ふ
- 1 名前:白 投稿日:2005/06/08(水) 22:07
- 明るくない話ばかりですがよろしくお願いします。
- 2 名前:白 投稿日:2005/06/08(水) 22:07
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もうすでに何十、何百と登り続け、足はまともに動いてはくれない。
それでも上り続けなければ、この階段の先へと急がなければ。
下なんか見ている場合ではない。見たら足を止めてしまいたくなる。
だから決して見てはいけない。見られる余裕もない。
けれど耳は絶え間なく自らの足音だけが響いている事を残り少ない集中力と気力で常に確認している。
最初から比べると正確で早かったリズムは遅くなり、自分の荒い息と速い心音と軋む膝の音はわずかながら徐々に大きくなっている。
自分の限界はもうとっくに超えているだろう。
今すぐ倒れこんでしまいたい、こんな単純な動作も、それに伴う苦痛も普通なら耐えることなんてできなくなっている。
が、命には問題ないなら耐えなければいけない。
これを今止めることは自分の信念も、自分も殺すことになる。
死ぬ気になれば何でもできるとよく言うがまさにそれで。
数えきれなくなった階を刻む扉を通り過ぎるたびに仕方なしにもう一階と出せなくなった声で呟く。
そう思ってもう何十階越えただろう。太腿もふくらはぎも悲鳴をあげすぎて今度は黙ろうとしていた。
力が入らない、ふらりと後ろに落ちそうになりながらもさびた鉄の手すりに寄りかかって登る。
手もまともに力が入らない。弱った力で弱った体を引っ張り古ぼけた無機質なコンクリートに汗が落ちる。
その中には少なからず涙の成分が混ざっていた。
そうしたら少しだけ感情を持たない階段に自分の命を賭けた想いが染み込んでいくような気がした。
汗が落ちた後を踏んでは登って、踏んでは上がって、思うとおりに動かない爪先のせいで何度も転びかける。
- 3 名前:白 投稿日:2005/06/08(水) 22:08
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天井しらずの階段を登り続けるうちに、地獄の底のような階段の下から機械音が聞こえてきた。
まだ奥の奥のほうだろう、が向こうは機械。いつ追いつかれてしまうかわからない。
亜弥は残る全ての力を振り絞って階段を駆け上がる。
もしも機械が追いつけば自分の最後の願望や希望や夢は見事なまでに打ち砕かれる。
この塔の、特に亜弥のような住民が上に行くというのは犯罪行為で、例外はなく死刑である。
その様子は映像として残りまるで見せしめのように塔の人間に晒される。
自分達は囚われの身と同じだととても小さい頃、まだ頼れる大切な人が一緒にいたときに聞いた。
階下に暮らす研究者に好き勝手もてあそばれる実験体。自分達を殺すのも生かすのも、彼らだとも聞いた。
そしてその際に、この塔の階段を登りきり、そこにある扉を越えると、
「空」というものを見ることも、この生活から逃げ出すことができると教えてもらった。
だから亜弥は実験体が持たない夢を持った。空が見たい、と強く思った。
ここで夢を持つなんてことは許されないし、仮に持ったとしても果たされない。だから誰も持とうとしない。
実験体となって死ぬ日をひたすら待ち続ける。自分達は死ぬために存在する。
亜弥にはどうしてもそれは耐えられなかった。
そうして今日こうやって自分の暮らす階を抜け出して階段を蹴りあがっている。
するとある扉のある地点から半階上がって上を見ると、今までと違う扉が見えた。
こんなに嬉しかったことは人生の中で初めてだった。
壊れかかった足も最後を見ると少し軽やかになったようなきがした。
一段一段焦らずに、開いた先には希望があるだろう。
一番上の一段を登り終わってさびかけた取っ手を掴み疲労で震える手でをれを回す。
その先には跳ね返すものがないから音は響かず短く切れた。
- 4 名前:白 投稿日:2005/06/08(水) 22:09
-
彼女が望んでいた景色、空とは一体どんなだったろう。
確かに胸に描いていた青、白。それは幼い頃からの果てしなく純粋な記憶の色。
自分の名を呼んでいた声にも、話すときの楽しそうな表情にも、嘘はなく、ただ無邪気に嬉しそうに笑っていた。
――ねえあやちゃん、空って知ってる?
塔の中で最も仲の良い、最も可愛く笑う年上の女の子。
ある日突然亜弥といた階を去った。
うつむいて涙を流しながら、姉の元へ戻らなければならないと、自分はここのものではないと。
当時でさえそれが意味することがわかっていた。彼女とは立場が違うこと。
簡単に言うならば、亜弥が実験体なら、彼女は研究者側だった。
彼女の様子では彼女が向こう側の人間だったとは本当に知らなかったようだった。
だから亜弥は彼女の事を嫌うことも咎めることもしなかった。嘘つきだなんて思ったこともない。
二人の関係は確かなものだと思っていた。
その反面どこかで空なんかないと気がついていた。
地下の人間の汚さはわかっていた。本当に秘密なことが実験体のところまでに流れてくるはがない。
何も知らない身内の少女を使ってでも自分達で遊びたいだろう。
亜弥は馬鹿ではなかったからわかっていた。それでもこうして登っているのは、
彼女の自慢げに嬉しそうに輝かせた表情を、どうしても忘れられなかったから。
彼女もまた空を見たがって、亜弥と同じようにそれを夢とした。ここから飛び出したかった。
この塔には灰色や黒、そして実験体たちの肌の色くらいしかない。
赤や青はときどきお目にかかれる研究者の服か何かでしか見ることなんかない。
彼女は他人から流れてきた知識をまるで自分のもののように自慢げに話し、亜弥もまた羨望の眼差しを向けた。
空は、一面青が広がっていて、時々オレンジにもなり、美しい紫に染まることもある。
紺色の天井にきらきらと黄色く光る星がちりばめられ、ぷっかりと薄い黄色が丸く浮かぶ。
二人にとっては魅力的すぎて、見たいと思う気持ちが強くなりすぎてどうにもできなくてもどかしくなった。
亜弥はいつか見ようと、どうせ実験に消える命なら、万一の可能性に賭けようと思った。
亜弥は扉をまたぎその先の世界を見た瞬間にわずかに長く息を吐き、
またさっきと同じように息を激しくきらしてその場に倒れこんだ。
――やっぱりか
ある程度は予想していた。見上げた先には無機質な、どこまで行っても黒。
本当は向こう側なんてないんじゃないかと思わせるような。
他には何もない。
予想通りすぎておかしかった。亜弥は息が苦しいのに笑っていた。
おかしくておかしくて怒りはわいてこなかった。
代わりにほんの少しの悲しさが染み入るように心を覆う。
彼女があんなに見たがったものがなかったから。うっすらと涙が目に浮かぶ。
あんなに切望したのに、だなんて勝手な事を考えながらだらりとやっぱり無機質な薄汚いコンクリートに頬をつけた。
- 5 名前:白 投稿日:2005/06/08(水) 22:10
-
突っ伏していつのまにか呼吸が元に戻ろうとする頃に追いかけてきていた機械音が徐々に大きくなって迫る。
だからといって亜弥は動こうとしなかった。想像したより大きかった空虚感が体を地面に縛り付けていた。
殺されたってもういいや、そしてまた笑った。空の話と一緒に聞いた話も研究者のお遊びの嘘だなんてとうに知っている。
機械音が近づき最大になって、大きな停止音を最後におまけにつけて音はやんだ。
それから一人分の足音が二、三度聞こえると、扉から勢いよく白衣を着た人が出てきた。
「動くな。」
―――あやちゃん
鋭い声の主に亜弥は一度驚いて、ゆっくりと笑顔になり質問を投げかける。
「研究者だろうと屋上には入れないんじゃないんだっけ。」
―――階段を抜けて屋上まで出たら、屋上には誰も入っちゃいけないから逃げ切れるんだって。
「そんなの嘘だったんだよ、あやちゃん。」
幼き日々の思い出をくれた彼女は扉の一線を越え亜弥に銃を向けていた。
昔の面影を残したまま昔はしなかった表情で。
「美貴は亜弥ちゃんを殺さなきゃいけない。」
ひやりとする目線は亜弥を見下し、逃がさない。抵抗したなら容赦なく引き金は引かれる。
亜弥にとってもしかしたらそれは本望かもしれなかった。
たとえこのやりとりすら実験だったとしても何の悔いもないと思った。
空を見ることよりも、本当は美貴に会うことを強く望んでいたのかもしれない。
時々夢も投げ出したくなって希望も捨ててしまって全てあきらめてしまいたくなった。
そんな時いつも亜弥は美貴に会いたかった。心の底から、まるで本能のように。
けれどまさかこんなところで、こんな形で会えるとは想像もしなかった。
自分の命をこれ以上顔も知らない誰かに弄ばれるくらいなら、最愛の人の顔を見て最愛の人に奪われてしまいたい。
亜弥は短時間のうちにそんなことを思っていた。
- 6 名前:白 投稿日:2005/06/08(水) 22:10
-
お互いの顔を見合わせ黙っていると美貴はきりりと締めていた空気をゆるめて、疲れきったように笑って口を開く。
銃口は寸分違わず亜弥に向けたまま。
「最後にいいこと教えてあげる、信じないと思うけどこれは本当の話。」
気だるい嘲けるような話し方や素振りに普通なら腹を立てる、が、
亜弥は隠そうとしている美貴の思惑とは正反対にその奥の奥の感情を的確に読み取っていた。
あの日の純粋さを、無垢を亜弥は忘れていなかった、信じていた。
だから余計に美貴の瞳の奥の真実を見抜くのは簡単だった。
「ここは空より上だからここからじゃ見えない、最下階の研究室の窓からなら見ることができるんだ。」
どんなにふざけた態度で話しても嘘か本当かはわかる。これはきっと本当。
亜弥はそう判断した。
「みきたんは見たの?」
ずいぶんと真剣なまなざしを受けても美貴は関係なしに答える。
「見たよ。想像してたよりも、ずっとずっと綺麗だった。」
美貴は自分は上手にふるまえていると思っているだろう。
しかし亜弥は苦しくなるくらい美貴の複雑に動くわずかな表情に気づいている。
今にもぼろぼろ泣き出しそうで、そのくせ空の話をしているときは相変わらずあの頃のように目を輝かせる。
こんな話を今するのは嫌味でもなんでもない、ただどうしようもない罪の意識がそうさせている。
「亜弥ちゃんにも見せたかったよ。」
わざとらしいほどの冷たい声。幼い頃の親友に向けているのに微塵も震えない指先。
見つめてくる亜弥の目から逃れたい気持ちを相手に悟らせないように亜弥を見下す。
氷のような笑みはこの世の終わりのように、頭上の暗闇のように。
しんと静まり返ったこの空間も、自分を殺す最愛の人間の整った顔立ちも冷めた声も、複雑な表情も、
亜弥は一つ残らず覚えておこうと思った。
限られた時間の中の、更に大切なものたちだから。
とても穏やかに亜弥はずっと言いたかったことを口にした。
「恨んだことなんてないよ、みきたん。」
- 7 名前:白 投稿日:2005/06/08(水) 22:11
-
途端、みるみる間に美貴の仮面が剥がれ落ちるように氷のような表情は崩れ落ち、
決心の塊を詰めた銃口は震えだし、氷は解けて水となって目の端から流れ落ちる。
呻きたくなる気持ちを懸命に抑えて唇をかみしめた。
精密機械のように振舞っていたのにたったの一言はそれをあっさり壊してしまった。
亜弥はわかっていた、長い間気にしていた、美貴が結果的に自分をだますような事をしてしまった事を。
自分は気にしていなかったけれど、美貴は苦しんでいるだろうと、会わなくてもわかっていた。
「そっか」
銃口なんて降ろせたらいいのに、なんて美貴は言わなかったし、ごめんとも言わなかった。
それは今更以前のようには戻れないと言うことだった。
美貴がそれ以上何も言わなくても亜弥は零れ落ちた涙を信じた。言葉が全てじゃない事を知っていた。
だからやっぱり穏やかな顔で笑った。
今までの決心が涙と同じに流れきってしまわないうちに、美貴は言葉を紡ぐ。
「さよならだよ、亜弥ちゃん」
氷が解けてしまったから冷たくなんかできない、亜弥が今まで聞いた事のない、
美貴が今まで出したことのない優しい声で別れを告げた。
亜弥は自分を殺す彼女がこれ以上苦しまないように美貴の顔を頭に焼き付けて目を閉じ少し俯いた。
死に顔なんて美貴の心に残らないように。
瞼の裏には今の美貴を、幼い頃の彼女を、忘れたくない声やしぐさや表情などの思い出を浮かべて、心の中で祈るように呟いた。
――大好き、みきたん、大好き
「ばいばい」
弾けるような銃声がきんと美貴の声を捕らえた聴覚を潰して闇に吸い込まれた。
- 8 名前:白 投稿日:2005/06/08(水) 22:12
-
「みきたんは馬鹿だなあ」
亜弥は壊れたうつろな目でくたびれ笑って力なく呟いた。
灰色の地面に真っ赤な血が花びらのように飛び散っている。
まだ血が流れ続けている美貴の体を亜弥は持ち上げて抱きしめるが、美貴はだらりとしてしなやかに動かない。
熱は残って、でも呼吸はなくて、血は流れて亜弥の体を染める。
さっきまでここにいた人はただの残骸を残して消えた。
喉から液体が垂れているから顎には赤がついているが顔にはそんなでもなかった。
血の気の失せた顔は白い。閉じた瞼から生えている睫は長い。
唇から生きたピンクは色みを失い、代わりにだらだら際限なく亜弥の手を色が染めていく。
まるで眠っているようだからさっきと比べて美貴は幼く見えた。反対に老けているようにも見えた。
やつれて細い顎のラインと指、そして肩を感じると無性に悲しくなって生のない体をもっと強く抱いた。
とくとく聞こえるのは自分の心臓の音だけで今度は寂しくなった。
深い深い溜息をついて上を見上げる。
――ねえみきたん
どうしてここまできて、こんな風になってしまったのにそれでもまだ
――空が見たいよ
空が見たいのだろう。
目線を下げると何のためかわからないフェンスがあった。
亜弥は静かに丁寧に美貴を寝かせ、赤い足跡をつけながらフェンスのそばまでよろめきながら歩いた。
錆びたフェンスの向こうには果てのない塔が闇に続いている。
亜弥は迷わずにフェンスを登って越えた。フェンスにもたれかかるとかしゃかしゃと鉄の音が聞こえる。
ここは塔の最上の端、生死の境。ここに立つと亜弥は初めて美貴から空の話を聞いたときの気持ちを鮮明に思い出した。
それがくすぐったくておかしくて笑うしかなかった。
怖くないことが怖い、簡単すぎる一歩を亜弥は平気で踏み出せる。
踏み出した足はどこに触れることなく空を切り、バランスを崩した体は宙を舞う。
まっさかさまに落ちていくのは案外気持ちよかったかもしれない。
- 9 名前:白 投稿日:2005/06/08(水) 22:12
-
徐々にスピードを増して、もう何階遡ったかわからない。
意識が飛びそうになるのを何度もこらえて我慢して空を待つ。
どうしても見たかった。彼女が心に残したものを、どうしても。
高スピードで塔の壁を駆け抜けているのは亜弥なのに、亜弥は置いていかれているような気になる。
彼女がもうここのものではなくなってしまったからかもしれない。
何度も過ぎていく同じような景色をとばしていくうちに何かのラインを超えた。
だんだんと色みがついて透き通った緑がかった青と、遠くに紫、更に遠くにはオレンジが形成されていく。
強い光源は地上に沈みかかって力を失いかけている。
それでもそばに浮かぶ雲を空気とはまた一味違う色で染め上げる。
亜弥には、今まで見てきたものの中で一番、他の何とも比べられないほど綺麗で。
その先に美貴の顔を思い出したら大粒の涙が溢れた。
こらえきれないたくさんの水の粒が自分を残して浮かび空色に染まった。
小さな空の世界が水の中に出来上がり、それも美しく輝いた。
ただただ初めての光景と思い出に浸りながら、亜弥は満足して意識を手放した。
- 10 名前:白 投稿日:2005/06/08(水) 22:13
-
川*VvV(‘ 。‘*从
- 11 名前:白 投稿日:2005/06/08(水) 22:14
- 隠し
- 12 名前:白 投稿日:2005/06/08(水) 22:15
- かくし
- 13 名前:名無しさん 投稿日:2005/06/08(水) 23:02
- イイ!! あやみきの切ないところに泣けました(>_<)
- 14 名前:白 投稿日:2005/06/25(土) 18:40
- >>13 名無しさん
ありがとうございます。
泣けましただなんてすごく嬉しいです。
それでは今回の更新です。
- 15 名前:白 投稿日:2005/06/25(土) 18:41
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「今日はいい天気だねえ」
しなやかに揺れる綺麗に刈り揃えられた草の中に後藤は立って空を見上げている。
その数歩離れた地点に置かれた丸いような四角いような形の整わない大きな石にコンノは無表情に座っている。
空を見ようとせず、ただ数歩分前にいる後藤の背中に視線を向けていた。
足元の草も遠くの草もざわざわと世間話をしているが誰ももそれは聞いていない。
二人は今日の天気も、青い空に漂う白い雲も、草木を歌わせるやわらかい風も、
全て国が管理しているということを理解している。
- 16 名前:白 投稿日:2005/06/25(土) 18:41
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二人がいる場所から工場の屋根が見えそこから大きな機械音がけたたましく響いている。
そこで行われている作業は止まることはない。
一日何千という人間型ロボットが作り出され都市部に送り込まれるが数台はここに残り、ここでの仕事をこなす。
機械なので疲れることはない、過酷な労働も喜んでする、
というのも彼らには仕事を楽しんでやるようにプログラミングされているからであり、
偉い科学者が言うにはそのほうが作業効率が良いらしい。
最近のロボットは改良に改良を重ねちょっとやそっとでは壊れないように作られており、人間よりはるかに長生きする。
走れば人より速く、計算能力は人の何億倍も優れ、力はあり、肉体労働を嫌がらない、賃金は必要ない。
そんな理由があっという間にロボットを増やし、便利さを求めれば更に質が良くなる。
こういうロボットを作る際にも滅多に機械の調子がおかしくなったり、バグが起きたりはしない。
だから原因不明のコンピュ−タのバグによってできた「できそこない」のコンノはこの世界では珍しかった。
何千億のロボットを作る過程でしかできない「できそこない」はどういうわけか決まった異常が見られた。
他のロボットと同じ量の仕事をさせるとオーバーヒートし機能がストップする、笑う以外の負の感情を持つ。
完璧を欲しがる世界ではそんなものは誰も欲しがらない。
バグが起きて「できそこない」が一台できてしまったらコンピュータは異常を感知し止まる。
そこからは人間が操作しなければ動き出さなければ動かない、
そうすると困るので止まった工場の流れをまた動き出させるためだけに後藤は雇われている。
つまり、異常がないときはまったく暇である。
たった一人しか工場では雇われないので、自然と工場長となってしまう。
そんな工場長の仕事はもう一つ、できた「できそこない」を解体し、
またその部品から新しいロボットを作るように流れ作業の最初に戻してやる。
たったその二つだけである。
コンノはこの二つの仕事の存在を知っている、
なので後藤が自分を壊さないこと不思議に思っていた。
- 17 名前:白 投稿日:2005/06/25(土) 18:41
-
草っぱらの中で後藤が言ったことにコンノはまったく反応しようとしなかった。
聞こえていないわけではない、意味がわからないわけではない、無視したわけでもない。
ただどんな反応を示せばいいのか、どうすべきなのかがどれだけ計算しても見当もつかなかった。
もし怒らせるような事を言ってしまったら、それが怖くてコンノはいつも何も言わない。
元々こうだったわけではなく、以前は普通に話していた。
けれど自分の発言に後藤はよく怒った顔をして声を少し荒げるから自分はもう何も言ってはいけないと思ったのだ。
コンノはなぜ後藤が怒るのかを知らない。どんなことをいうと顔をしかめるのかわからない。
後藤はコンノが自分自身をけなすような事を言ったりさげずんだりするのがどうしても嫌だった。
勝手に自分をいらないものだと思っているのに対し、後藤はコンノを大切に思っている。
その事を知ってほしくて、わかっていてほしくて、わからないコンノに腹を立てる。
かといって後藤は自分がコンノの事をどう思っているかなんて言ったこともないのに。
そのせいで今のような状態になってしまった。
何も答えてくれないコンノに聞こえないように小さく悲しげに溜息をついた。
が、コンノにはそれはしっかり聞こえていた。
今だけではない、もうずっと前から。
今の溜息は二人が出会ってからコンノの知っている738回目の溜息だった。
- 18 名前:白 投稿日:2005/06/25(土) 18:42
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工場の一部となっている職員の住むための家は防音加工になっている。
そうでもないととても暮らしてはいけない。
外に一歩でも出ると聞こえる大きな作業音から唯一逃げられる場所だった。
今日もたいした仕事を与えられなかったことにコンノは不安と不満を溜めていた。
昨日も一昨日も、その前の日は少しだけ与えられたが他のロボットの3分の1程度だった。
いくら他のものと比べて劣っているとはいえ簡単で楽すぎる。
きっと無理させてオーバーヒートさせたのを直すのが面倒なのだろう、
たかが「できそこない」に時間も手間もかけたくはないだろう、とコンノは思っていた。
料理をする後藤の背中をじっと見つめ、いつか捨てられる、解体されるだろうことを悲しんでいた。
無能なロボットを飼っていて楽しいのだろうか。
よく見せてくれる笑顔でさえ怖かった。あの日からずっと。
一年に二度程度、都市部の会社から後藤と工場を視察しに来る。
50代後半に見える眼鏡をかけた険しい顔をした男が後藤の住む家の中で話し込んでいる。
テーブルの上には難しそうな漢字と膨大な数字がずらずらと並んでいる。
誘導尋問するように男は後藤に質問し、後藤は無表情に真剣そうな顔を作って応答していた。
珍しく多めの仕事を頼まれてコンノは喜んでいた。
自分の体は自分がよくわかる、せっかくの機会をオーバーヒートして逃してしまわないよう気をつけながら、
けれどとても張り切って働いていた。
そのせいか後藤が予想した時間よりも大幅に早く終わってしまった。
仕事が終わった事を報告しようと家の中に入り後藤と男のいる部屋に向かう。
コンノは戸を開けようとしたが、その前に中から声がすることに気がついてそれをしなかった。
中の声に無意識に耳が傾いてしまう、妙に静まった廊下でコンノは会話を聞いてしまった。
「三月に一台足りないのはなぜかね」
「バグが起きまして」
「そうか、今本社でもバグが起きないよう研究している
早くできそこないが生まれないようになるといいのだがな」
「そうですね」
「ところできちんと処分したのか」
「はい」
ドアノブを握った手は下に降り、顔は下を向いた。
少しだけ、そうか、と心の中で呟いてコンノは再び踵を返して外に出て
後藤といつも話すところに全力で走っていった。
息が切れたりはしないが体が熱を持ってくる。
頭に危険信号が響いてもあの場所に着かなければ止まる気にはなれない。
得体の知れない感情が危険信号と同じくらいに頭の中で何か叫んで叫んで、ぐちゃぐちゃなまま走り続けた。
オーバーヒートする直前にいつもの石を見つけて近くまで行き、座るのも嫌で疲れも知らないのに倒れこんだ。
十数分動きもせずに何もせずに、ぐるぐると回っている思考をそのままにして、
きっとそのうちに自分は解体されるのだろうと、むなしい将来を思ってぷつりと電源を切るように思考を切った。
会話を聞かれていた事を知らない後藤は男が去った後、閉じられたドアに向かって中指を突きたてた。
コンノが聞いていた会話の最中必死に後藤は拳を堅く握って殴りかかりたくなるのを我慢していた。
途中途中言われた嫌味よりも、コンノが「できそこない」といわれたことに何よりも強い怒りを感じる。
あんなやつよりも立場が上だったなら殴りかかれただろうに、
下手に殴りかかったらこの工場からも会社からも追い出される事をわかっている。
それは大して怖いとは思わない、がそうするとコンノは壊されてしまうだろう、それだけは避けたかった。
しばらくして帰ってきたときからもうずっと今の今までコンノは変わってしまった。
何も話さなくなったのはこの日からだった。
- 19 名前:白 投稿日:2005/06/25(土) 18:42
-
後藤の目の前のテーブルの上にはおいしそうなご飯、おかずが並んでいるのに対し
コンノの目の前には専用のペットボトル、中には最新ロボット用のガソリンが入っている。
おそらくそれは味気ないものだが元々ロボットに味覚はない。
人間からすると水を飲んでいるのに近いがそれ以上に味がない。
料理が好きな後藤にとってはそのことがなんだかもったいないと思っていた。
「できそこない」として存在しているコンノを構わずここに住まわせているのは
コンノの事を好いているから、という単純な理由からだった。
自分の手料理を食べさせて喜んでくれる顔が見たい、きっとおいしいと満面の笑みで言ってくれるのだろうに。
特別頭がいいわけでも運動神経がいいわけでもない後藤でも料理だけは得意で自信があった。
だからペットボトルの中身をストローで吸うコンノに何の裏表もない言葉を投げかけた。
「コンノにも味覚あればいいのにね」
言葉を察知するとコンノの中のコンピュータがその言葉の意味をはじき出す。
もし、普通のロボットだったならマイナスの感情や思考は持っていなかった。
正確で賢いコンピュータは何の表裏のない言葉の裏まで計算する。
自然とマイナス思考が付け足されればどんな言葉だって厭味に変わる。
後藤は人間と同じように、あたしと同じようにと言いたかった、
別にコンノ以外のコンピュータに味覚がついていようがいまいがどうでも良かった。
コンノだからついていて欲しかったのに、当のコンノは何を言われたってマイナスに聞いてしまうのだから。
他のロボットには味覚を判断する機能があるのかもしれない、
そう仮定して他のロボットと比較されたとコンノは思っていた。
自分が「できそこない」のせいなのだろう、普通のロボットたちより早く自分は壊される、
後藤の何気ない言葉に怯えて、悲しんで、結局黙っていた。
あの日の得体のしれない感情がぐるぐると蘇ってくる。
足りないものに気がついてまた一つ見えない劣等性のはんこが増えた。
コンノはガソリンを飲んでいた手をテーブルに下ろしじっとうつむいていた。
不規則な木目にはいつの間にか出所のわからない水滴が落ちていた。
不思議に思いつつそれには構っていられる状態ではなかった。
「コンノ」
呼ばれて恐る恐る顔を上げて後藤のほうをうかがうと、後藤はどうしようもない困った顔をしていた。
「なんで泣いてるの」
いつもの優しい声に、何か不安にさせるような、ひどく落ち着かせてくれないような力が加わっていた。
こんな声を聞くのは初めてで、後藤のそんな顔を見るのも初めてで、困り果ててしまいそうになる。
さっきまで頭を占めていた感情は波がひくようにひけて、いくらかの疑問は波のように押し寄せた。
なぜ後藤はそんなに困った顔をしているのかということ、そして自分が「泣いている」ということ。
「泣く」という単語は聞いたことがある、意味も知っている、けれど「泣く」こと自体は見たことがない。
生まれてから何億のロボットを見てきたがそんなところは見たことがない。
唯一の人間の後藤だって同じ、泣いたことなんてない。
どうして自分は泣いているのだろう、そもそも本当に泣いているのだろうか、
いや、後藤が言うのだから間違いないはずなのだ。
コンノは頭の中の辞書で「泣く」意味を調べた。
―悲しみ・苦しみなどを抑えることが出来ず涙が出る。
初めてそのときテーブルの上の水滴が涙だと知り、この名も知らない感情がおそらく「悲しい」というのだと知った。
- 20 名前:白 投稿日:2005/06/25(土) 18:43
-
「答えられない?」
答えられるも何も今初めて感情の名前も水滴の正体も知ったばかりなのに、そんなことは到底無理だった。
結局また何も言えずだんまりが続く。
痺れを切らした後藤は733回目のかすかな溜息をつく。
私はまた後藤さんに呆れられてしまった、と何もできない事をあきらめつつ、悔やんだ。
きっともうすぐ壊されてしまうだろう、せっかくここまで存在させてもらっていたのに。
壊されるのは別に構わない、もっと怖いのは―
そこまで考えるともう一粒頬を涙が伝った。ゆっくりとじらすように。
コンノの涙がまだ落ちていないのに、テーブルに涙が落ちる音がした。
やや下気味に下がっていた視線を上げると後藤は綺麗な茶色の瞳から涙を流していた。
赤くなった目はコンノをとらえる、見つめられたコンノはこれ以上ないほどに動揺する。
透き通った薄い茶色には海のような深い悲しみが映っていて、
それを見せつけられてもコンノはただそのとにかく綺麗としか言いようのない目をじっと見ているしかできなかった。
むずがゆいような焦燥が体を走り回る。どうしてこんなにも自分は無力なのだろう。
「コンノはあたしのこと嫌でしょ?」
断定的、かつ突然の質問にコンノは驚く。
「そうじゃないなら、苦手、とか、怖いとか」
いちいち区切って言うのは全部良い印象を与えない言葉ばかり。
後藤はまっすぐにコンノを見据えていた。
その目に責めるようなニュアンスは含まれておらず、決して追いつめない、
たとえ良い答えが返ってこなくてもこなくても構わないというわけではないがその事を許されているような。
つまり嘘をつかれるくらいなら正直に答えられたほうがマシだということだった。
沈黙でもそんなことは伝わってくる。
そうじゃない、そうじゃないのに。
コンノの頭の中では声を出そうとコンピュータが働くが、話すと叱られる、だから話してはいけないとシステムが働く。
指すらも動かせないでいると後藤はあきらめた顔ですがすがしく笑った。
コンノにははっきりとその中にある微妙な悲しみはとらえられなかったけれど、違和感は感じていた。
「そっか」
それから次に話し始めるまで少し間を空けた。その間にコンノはどうしようもない不安を覚えた。
沈黙は肯定、誰がそんなルールを作ったかは知らないが、間違いなく今だってルールは適用された。
後藤は立ち上がってコンノのそばまできて、軽く頭を撫でた。涙の跡がかすかに光った。
「ごめんね、今まで無理強いさせて。でも私はここを出るわけには行かないから、
コンノは好きなとこに行っていいよ。他のロボットといてもいいし、
あの部屋使わないから使ってもいいし、どっか行ってもいいし。」
後藤は彼女の斜め後ろにある部屋を顎で指し示した。後藤の言葉で不安は大きな恐怖と変わる。
完全に見捨てられてしまったような気分になる、これだったら壊されたほうがまだましだったのかもしれない。
せっかくひいていった悲しみはさっきよりも強く押し寄せてコンノを押し潰す。
人工の白い肌に涙が伝う、そして早く落ちていった。それは何度も繰り返される。
「コンノはどうしたい?」
わたしはどうしたいのだろう、考えなくても答えは見えている。
そしてそうするためにはどうしなければならないのかも。
わかってほしいなら伝えなきゃ、止まれというシステムを破壊するように強引に声を押し出した。
「私はここに、後藤さんのそばにいたい」
震える唇はようやっと音を出すことができたが、久しぶりのことであまり上手くいかない。
しかしそんなことはどうでもよかった。
ずっと我慢していた意思、思考、気持ちは堰を切ったようにあふれ出す。
コンノにとって後藤は、好き嫌いのレベルじゃない。絶対であり、唯一であり、大切だった。
後藤のために存在し、それでよかった。それで世界が上手く回るのに、どうしようもない不安を抱えていた。
「コンノ・・?」
まさかこんな風にコンノが返すとは思わなかった後藤は戸惑った顔をした。
- 21 名前:白 投稿日:2005/06/25(土) 18:43
-
「私には後藤さんしかいない、嫌いだなんてありえないんです。
何もない私にあるのは後藤さんだけなんです。」
「できそこない」でも壊さないでいてくれたのは、そして今日までコンノが存在できたのは
紛れもなく後藤のおかげであった。
「『できそこない』でも後藤さんが私がここにいることを望んでくれるなら、私はここにいたい。」
あの日から死刑宣告を受けた囚人のように不安は消えることがなかった。
解体しないからといってここにいることを望まれているとは限らない。
いつかは、と怖がって全く身動きが取れなかった。
でももう変わらなければならない。
少なくとも今、白い人工の手は後藤にすがるために、耳は後藤の声を聞くために、喉は後藤に意思を伝えるためにある。
それができないならどこが無くなっても構わない。余計な計算はいらなかった。ただ純粋にあればよかった。
彼女が望むものを精一杯の力であげられるように。
後藤は滑らかに、美しいといっても過言ではないくらい優しく笑い、
堅く握られているコンノの手をやわらかく自身の手で包んだ。
そこに体温がなくても一体何が変わるというのだろうか。
かすかに息を吸って後藤はコンノに更に質問をした。
「あたしのこと好き?」
そのとても穏やかな声でされた問いにコンノは強くうなづき、はい、と答えた。
後藤はそれを見ると手をコンノの髪に置いてゆっくり頭を撫でた。
「それでいいんだよ、難しいことなんていらないの、コンノがあたしのこと好きでここにいたいならいればいいんだよ」
生きた瞳は愛しいものを愛でるように。
「あたしはコンノにここにいてほしい」
そして空よりも透きとおっている。
頭を撫でていた手はいつしか止まり、後藤はコンノの額に額をつけて目を閉じた。
コンノの目からはさっきまでとは違う涙が落ちた。
その違いをコンノはわかっていて、これは悲しいからじゃないと思った。
他の感情から生まれる涙もあるのだとわかり、そのことに動揺しなかった。今はそんなことどうでも良かった。
つけられた額の温度がとても心地いいと思った。
後藤の心臓の音が聞こえる。
二人はしばらくそのままでいた。
- 22 名前:白 投稿日:2005/06/25(土) 18:44
-
それから数日が過ぎて、二人はこの前の日と同じように快晴の空の下にいた。
立つ場所も座る位置も同じだけれど、今までだんまりだったコンノは後藤に話しかけ穏やかな顔で笑う。
後藤は以前よりもずっと幼い表情で笑う。
あの日からコンノは後藤に色々な話をした、自分の心に秘めていたこと、男との会話を聞いてしまったこと。
そのことについてしっかり後藤は弁解してそれからごめんね、と言った。
コンノはやっと納得できたようですっきりとした顔をした。
後藤は自分がコンノの事をできそこないだなんて思っていない、思ったこともないことと
コンノが自分の事をけなすような事を言うのが嫌だったと伝えた。
自分が話すと後藤が怒る理由がやっとわかって、自分は話してもいいのだとわかってコンノはとても安堵した。
二人ともの思いを伝え合って、微妙なすれ違いに気づいて、相手を理解できて、二人は笑った。
草はまた刈り揃えられて短くなっている。
風が吹くと光に照らされた緑が波をうって二人だけを避けて走っていく。
それを掻き分けて後藤はコンノに近づき今日は森に行こうと提案した。
コンノは嬉しそうに差し出された手を握りうなづく。
立ち上がって歩き出した二人の背中はとても幸せそうだった。
- 23 名前:白 投稿日:2005/06/25(土) 18:45
- ( ´ Д `)<かくし
- 24 名前:白 投稿日:2005/06/25(土) 18:45
- 川o・-・)ノ<かくし
- 25 名前:白 投稿日:2005/06/25(土) 18:46
- 川VvV)<かくし
- 26 名前:白 投稿日:2005/07/16(土) 20:29
-
「れいな空飛びたか」
幼馴染は夢を語るとき必ず、いつもこれを言う。
いつから言っていたかなんて覚えていないくらい小さいときから、そして今もずっと。
そんなことは生身の体ではどうあがいたってできるはずがないということがあたしも彼女もわからない歳ではない。
だからいつだったかにパイロットになりたいの?と訊いたら首を横に振った。
じゃあスカイダイビングでもしたいの?と尋ねても変わらず首を横に振った。
彼女は運動音痴だから高飛びがしたいというわけではないと思っていたけれど一応訊いてみた。
これも首は横。
空を飛ぶことに関する思いつくものをだんだんやけくそになりながら訊いても結局同じ。
たった一つだけこれは絶対に違うだろうと思っていたものがあったけれど避けていた。
願望であるならともかく、夢だと語るには人間には不可能すぎる。
けれどそれ以外はもう何も浮かばなかったから投げやりに鳥?と言ってみた。
するとれいなはそれが一番近い、と初めて首を縦に振った。
そしてたて続けにある漫画の主人公らしき人物の名をあげた。
私は読んだことないけれどそれが有名だったからどんな話かは大体知っていたし、
その主人公が何の道具も使わずに空を飛べることも知っていた。
ある程度想像がついたところでわざとふうん、と興味のない声を出した。
冗談だと勝手に思い込んでいた分、れいなの目が真剣でなぜかどきりとさせられた。
そういえばこの話をする度れいなはこんな目をしていたかもしれなかった。
長く一緒にいたのに、知らされていなかったような勝手な疎外感は心にしまって顔に出さないように努めた。
湧き上がってきたわずかな不安は、コーヒーの中に一滴牛乳を垂らしてかき混ぜたときの渦巻く白とよく似ていたと思う。
さっき口から出たふうん、はこれまでれいなに聞かせたのと同じニュアンスになっていただろう。
そしてこれからも変えるつもりもない、変えてはいけない気がした。
れいなはそんな気のない返事をしても全然気にする素振りもなく
難しい顔で窓の外の遠くの何もないところを見つめながらどうしたら飛べる?と悩みを持ちかけた。
これまでの世界の歴史の中で人間が空を飛ぶことがあったという話は聞いたことがない。
あったとするならみんな飛べているはずだろうし。
もしかするとあったのかもしれないが私はそれを知らない、多分これからも知ることなく一生を終えると思う。
知ってたら絵里だって飛んでるよ、とれいなが真剣なのに少しおちゃらけて言った。
そうでもないとこの空気は私には到底耐えられなかった。
小さい頃からの付き合いだから自然と一人称は名前となってしまった。
それは不思議であり、当然でもあるが、やっぱりれいなの前でしか使わない。癖はなかなか抜けない。
れいなは、そっか、そうやけんね、と変わらず遠くを見ながらうなずいた。
彼女も小さい頃からの癖は抜けない。ただし誰の前でも。
夢も独特の訛りも変わらないれいなの顔はそれでも少し大人びたと思う。
- 27 名前:白 投稿日:2005/07/16(土) 20:30
-
れいなは空を飛ぶ練習と称して去年の夏は結構な高さの、崖といってもいい岩場から海に飛び込んでいた。
私は上からその様子を黙ってみていた。遠ざかっていくつむじと青い海に吸い込まれていく体。
どうしてかおもわずあ、と呟いた。よくわからない、気味が悪いわけではないけれど、上手くいえない嫌なものが体に沸きあがる。
呟いた声は幸か不幸かれいなに届くことはなかった。
海に吸い込まれた数秒後にれいなは海面から顔を勢いよく出して顔を拭った。
何が幸で、何が不幸かはよくわからなかった。
楽しげに彼女はこっちを見上げて手を振った。
その姿が遠くて小さくて、もし仮にれいなが空を飛んでしまったらこんな距離感を味わうのだろうか、
とそんな考えが私が確認できないほど早く通り過ぎて行った。
私はこの日よくわからない嫌なものを一日でいくつか抱えてしまった。
れいなの晴れ晴れとした表情と対照に私の顔には雲行きが怪しい笑顔が貼りついていた。
いつだったかの冬にもれいなは空を飛ぼうとして、真っ白に降り積もったふかふかの雪のベッドに少し高いところから飛び込んでいた。
その頃はまだ今よりも幼さが目立って、どちらもまだまだ背が低く同じくらいだった。
高いところから飛ぶといってもせいぜい子供たちが作った雪山程度の高さ。飛ぶというには足りなすぎる。
れいなが足跡のないところに飛び込み、私もまたその横の整った雪に飛び込む。
積もった雪の高さはあの頃の腰くらいにまであり、飛び込むと埋もれて見えなくなる。
体の形が綺麗に縁取られて、埋もれた顔を着地してしばらくしてから顔を上げると、
先にれいなが顔をあげてこっちを見ていて目があった。
あっちがにへらと笑うから私もつられて笑う。それが楽しいのかれいなは余計笑い、私ももっと笑った。
二人とも雪の降る中で、何もないのに笑った。空は確かに灰色だった。
- 28 名前:白 投稿日:2005/07/16(土) 20:30
-
同じように雪が積もっている今日、空は真っ青で一つ二つ羊のような雲が浮かんでいる。
どうやら今日は空を飛ぶには絶好な日らしい。
誰が言ったわけでもないけれどそう思った。曇ってるよりはいくらか良い。
あの日れいなと雪に飛び込んだのは近所の人通りの少ない空き地。
きっと雪が積もって誰も足を入れていないだろうから行ってみよう。
ひょんな思いつきで私は空き地に足を向かわせた。
近づくにつれて足跡が減り、最終的にはなくなってクッキーの表面のような雪が目の前に続き私はそこを構わず進んだ。
空き地の隣は壊れかけの空き家が建っていて、一部分は風にいじられないまま、赤ちゃんのほっぺたみたいだった。
あの時と同じように足跡はない。迷わず私は真ん中らへんに走り飛び込んだ。
私の走ったあとはさっきまでつけていた足跡とは違い荒々しく雪が飛び散っていた。
別に私しか来ないし、汚く飛んだからといってどうなるわけじゃないから気にしなかった。
顔も手も雪で冷たい、けれど雪の中を歩いて少し火照っている体には呼吸を整える間くらいの時間だと気持ちよく感じる。
それは昔から知っているし、今実感している。
頬がじんじんいうまではこのままでいたい、とこうするたびに思う、といっても今日は久しぶりだけれど。
さすがに冷たいと感じたから私は仰向けになった。雪からは出ようと思わなかった。
青い空が見える。それしか見えないわけではないが、認識する気にならなかった。
そしてまた空飛び日和だと一連の流れを癖のように思う。空なんか飛べるはずないのに。
れいなが空を飛んでどうしたいのかは知らない。以前訊いてみたけれど本人もあまりよく考えたことがなかったらしく
そのときのれいなの顔は間が抜けていておかしかった。
思い出すと笑えたから私は空に向かって笑った。
- 29 名前:白 投稿日:2005/07/16(土) 20:30
-
あの日は曇っていたけれど今日は憎いほど晴れている。
万一も無いというのにもしもを考えてしまうのは人間の性だろうか。
そしてもしもの話はいつも寂しいといったのは誰だったか。
とにかく自然に私はれいなが空を飛んだらの事を考えた。
雲まで高く飛ぶ、遠くの行ったことも見たこともない知らない街へ旅にでる。
私の足りない想像力ではそれくらいしか浮かばないが、共通して遠くに行ってしまう。
遠く、と思うと、れいなが海に吸い込まれていくシーンが空に浮かんだ。
きっとそれ以上に小さく見えてしまうのだろう、薄っすらと眉間にしわが寄る。
再びいやな気分がよみがえってきて、れいなは空なんか飛べないんだから、と必死に自分に弁解した。
仮定の話だとはわかっているのに。
しかしよく考えれば空を飛べなくてもれいなは遠くに行ってしまうことができる。
さらに、もしかしたら私のそばには戻ってこないかもしれない。
手の中が空なのが急に寂しく感じた。もうやめたらいいのに負の思考は止まろうとしなかった。
れいながどこか遠く、なかなか合えないようなところに行ってしまうと決まっても私はそれを止めることは出来ない。
たかが幼馴染程度の関係に何が言えようか、もっと幼ければ平気で言えたとしても
言ってはいけないことの判断ができるくらい歳をとってしまった。
そのくせに我慢したりあきらめたりすることはとても難しい。
口を滑らかしてしまいそうな半端な自分がもどかしい。
行かないで、だなんて間違っても言ってはいけない。
空を飛ぶよりはるかに確実にそんな日はきてしまう。
永遠が欲しいわけではないけどできればそんな日はまだまだ来ないで欲しい。
いつか来てしまう日を憎むと、なぜか青い空も憎くなって限りなく続く空を睨んだ。
そんなことおかまいなしに羊は宙ぶらりんに漂っている。
晴れてなんかほしくなくてもいつまでも曇っていてはくれない。
あの日は曇っていたのに今日は晴れ。いつまでも変わらないなんて、悔しいことに、存在しない。
いやな気分が大きくなるとその正体が寂しさや悲しさの感情の集合体だと気づく。
今はそれにプラスもどかしさと悔しさ。
苦い表情を隠す必要もないので曝け出していたら急に空をさえぎってれいなが顔をひょっこり出して私の顔を覗いた。
「なにしとー」
- 30 名前:白 投稿日:2005/07/16(土) 20:31
-
「空見とー」
聞きなれすぎたアクセントを真似して返した。
れいなは私のように興味なさそうにふうん、と言った。
人に質問しておいて、とも思ったけれど私も同じ事をしていたから黙っていた。
「楽しい?」
「いや別に」
正直つまらないどころじゃなかった。それがれいなのせいとはもちろん言えるはずもなかった。
そう言うことが、「行かないで」と言ってしまうことに私側からするとすごく近いものだと感じたからだった。
この妙な感情を押さえつけられるほど大人じゃない、半ば八つ当たりのように私はれいなにこの感情をぶつけようとした。
「れいな空飛ぶんでしょ?」
「うん」
飛べないだろうとか平気で思っているくせに心にもないことを言った。
そんなことはただの前ふりのようなものだからどうでも良かった。
「れいな空飛んだらさ、どっか遠くまで行っちゃって、戻ってこなくな」
少し早口になっているのは自分でもわかっている。
それでもれいなは私が最後の、るんでしょ、といってしまう前に綺麗に言葉を遮った。
「くるよ、つか遠くなんか行くつもりなか」
れいなは寝転がった私の横に座った。元々白いのに加えて顎の辺りが特に白いと思った。
「絵里のために戻ってくるったい」
頬がほんのり薄桃色になったのがわかる。その綺麗な肌に少し触れてみたいと思った。
照れた表情をしながら言い、こっちを向いた途端いたずらな笑顔に変わる。
「絵里、れいながいないと寂しかろ?」
年下のくせに年上のように話すから私はムキになる。いつものパターン。
「寂しくないもん」
言うとれいなは私の目の辺りを指差し、だって泣いとーよ、と指を親指に変えて涙を拭ってくれた。
私は不思議なことに泣いてると気がついていなかった。
「あくびしてただけ」
我ながら苦しい言い訳だとは思う、でもれいなの言葉に安心しきってしまったからもう気にすることでもなかった。
れいなは一通り涙を拭うと、更に頬を赤くしてありがと、と呟いた。
私は、うん、といってそのまま空を仰いでいた。
- 31 名前:白 投稿日:2005/07/16(土) 20:34
-
***
- 32 名前:白 投稿日:2005/07/16(土) 20:34
-
背中がコート越しに雪の冷たさを感じ始めた頃、あれから何も言わなかったれいなが口を開いた。
「空飛ぶ方法はまだわからんけど、月に行く方法は知っとうたい」
空にあるもの、月。
月に行くイコール空を飛んだことにはならないけれど少しは近づいたことになるのかもしれない。
そう思いながら私は体を起こして背中の雪を掃った。
「ロケットにでも乗るの?」
れいなのことだから一般論ではないとわかっていたが、とりあえず聞いておく。
予想通りにれいなは首を横に振り、そげなことしなくても行けるけん、とこっちを向いて言った。
「行きたいっちゃろ?」
雪を掃い終わった手を雪の上において軽く体重をかける。さく、と軽快な音がした。
れいなは私に何かを期待しているようでその目は輝いているというには足らないけれど断りづらくするには十分だった。
そんな事をしなくても空を飛ぶよりは興味があったし手軽にいける方法があるなら行きたいと思っていたが。
「うん」
れいなは期待に沿った答えを貰って嬉しそうに笑った。
「じゃあ8時くらいにここにきて」
「うん」
それから私たちはそれぞれの家に帰った。
- 33 名前:白 投稿日:2005/07/16(土) 20:35
-
8時といったら真夏だって暗いのに正反対の冬なら当然、頼れる光は街灯くらい。
私たちのような子供がそんな遅い時間に外に出るのも親は嫌がるだろう。
そんなことはもちろんれいなもわかっているはず。
そうでもしなければいけない理由、それだけの価値があるかは見当もつかない。
おそらく、というか絶対、本当に月に行くことはないだろう。
地球に存在する月、簡単にいける、けれどきっと夜にしか行けない。点ばかりで繋がらない、わからないことだらけ。
れいなはどこに連れて行ってくれるつもりなのだろう。
窓を開けて新鮮に感じる冷たい空気を吸いながら、黒に近い紺の空に浮かぶ本物の月を眺めていた。
親にはノートがなくなったからコンビニで買ってくる、とそれらしい嘘をついて家を出た。
親は信じてくれたようだったが微妙に渋い顔を見せたから、嘘をついたことに罪悪感を感じた。
けれどそれ以上の興味と、あのれいなの顔を見た後だととてもじゃないけれど断るわけにもいかなかった。
尻尾を振った仔犬のようなれいなが頭の中で蘇る。
私を年下のようにあしらうくせに自分は全然やはり幼い彼女がなんとなくおかしくて、おもしろくて
道路に誰もいない事をいいことにへらりと笑った。きっと今自分は怪しい人になっているだろう。
街頭の光を雪が照り返してそんなに暗くない、むしろ夏場のほうが暗いかもしれない。
今私が向いている方向と逆に向いた足跡を踏みながら歩く。間違いなく私のものだろうに意識して歩くと疲れるのはどうしてだろう。
いくつかあった種類の足跡は次第にどこかの曲がり角で曲がったりして消えていき私のものだけになる。
Gパンのすそが雪で白くなってしまって冷たい。
まっさらな雪を踏んでそうなったなら許せるのに、足跡を踏んでそうなったら悔しい気分になる。
下手に足跡があればそれを辿ってしまうから。
吐くたびに白に変わる息は寒空にまた透明に溶けて見えなくなる。
せめて見えなくなるまでは、とその行方をいつも目で追いかける。
次々と生まれる息に一つ二つ前のが混ざっていつどの息が消えているのかわからなくなる。
それでもただ消えるのを見ながら真っ白な足元を歩いていく。
紺の空には窓から見たのと同じ月と星。今から私はあそこへ行く。
手を伸ばしたって届かない、静かに見守っていてくれる場所に行くというのは一体どんななのか。
全ては行ってみないとわからない。
空き地には周りに頼りない街灯が一、二本あるっきり。少し離れれば表情はわからなくなる。
さく、と踏まれていない雪を踏んで中に入るともうれいなは着いていた。
私の姿を確認すると少し深い雪に足を取られながらこっちにきた。
「思ったより早かったとね」
- 34 名前:白 投稿日:2005/07/16(土) 20:35
-
携帯をみるとまだ8時になっていない。暗い中で画面が一際眩しく光る。
れいなは私の手をひいてさっきまで自分が立っていたところへ私を連れて行く。
中に入るとまだ奥のほうに、白い部分が多く残っている均一に光を反射している雪が見えた。
雪が青白く光りきれいだ。
我を忘れてじっとみているとふいに本来の目的を思い出した。
「れいな、月は?」
背の低い隣に立っている彼女に尋ねると、ん、と答えになっていない声を返してもらった。
れいなはしゃがんで小さな手に雪玉を作るとまっさらな向こう側へそれを投げた。弧を描いて落ちては見えなくなる。
せっかくきれいなのに、影を増やしていくのがもったいなく思えた。
最初に落ちた雪玉のそばにまた落ちて影が広がる。
3つほど大き目の影を作るとれいなは投げるのを止めた。
「れいな?」
理由のわからない行動やら月に行くのはどうなったのかとかを訊こうと名前を呼ぶと、
れいなはその声を無視して雪玉を投げたほうを指さした。それから指をさしたままぐるりと一周まわった。
「ほら、月みたいじゃなか?」
明るめの声、少し弾んでいるようにも聞こえる。また私に何かを期待しているのがわかる。
青白い光、足跡と雪玉の落ちた跡はクレーター。雪は穏やかに弱い光を反射する。
まさに、月にいるようだ。行ったことは一度だって無いしこれからもないけれどきっとこんなだと思った。こうであってほしいような気がした。
見方を変えるだけでただの空き地は月に変わる。心臓の音がわずかに速くなっているのがわかる。
なんだかとてもおもしろく思えた。
「月だ」
私が呟くとれいなは嬉しそうににへへといたずらな顔で笑った。
「よかった」
れいなが笑うから私も笑う。ずいぶん前もそうだったななんて思い返しながら。
二人でしばらく月の表面を見ていた。
長く寒い中に立っていたから体がとても冷たくなってれいなに抱きついた。私より早く来ていたれいなの体はもっと冷たい。
寒い、とのしかかるとれいなは帰ろっかといった。私はうん、と体を離して小さな冷たい手を握った。
最後に空き地を出てからもう一度振り返りばいばい、と心の中で呟いた。
空の月もどちらも穏やかに優しく光り続けていた。
- 35 名前:白 投稿日:2005/07/16(土) 20:36
- リd*^ー^) <かくし
- 36 名前:白 投稿日:2005/07/16(土) 20:37
- 从 ´ ヮ`)<かくし
- 37 名前:白 投稿日:2005/07/16(土) 20:38
- 从*・ 。.・)<かくし
- 38 名前:白 投稿日:2005/07/31(日) 23:21
- ※注 血などダメな方は少しばかりご遠慮ください。
- 39 名前:白 投稿日:2005/07/31(日) 23:21
-
雨の青暗い傘の中から見えた向こう側の歩道に立つ少女から一瞬で目が離せなくなった。
青白いような薄気味の悪い顔色で、口と目は三日月の形をしていた。
背筋のぞっとするような冷たい笑みは気味の悪さが強く、
幽霊のような不気味さ、それでいてなぜか美しい。
れいなは腕に鳥肌を立てながらそれでも彼女を凝視していた。
二人の間に降る雨は普通果たすノイズの役割を果たさなかった。
突然、彼女との間にあった道路で、タイヤと地面の摩擦の大きな音が耳をつんざき直後に何かがぶつかり合う音、
同時に近くに立つ街路樹から大きな悲鳴がれいなの感じていた凍った空気を容赦なく切り裂いた。
驚きで体がはねる、不幸な出来事を連想させるような音を反射的に目で追う。
そこには、
見たことのない大量の血液と、だらしなく横たわった真っ赤な血を垂れ流した
おそらくは男性だった人間。
顔が瞬時にひきつり、胸が潰されたときのような強い吐き気がれいなを襲った。
- 40 名前:白 投稿日:2005/07/31(日) 23:22
-
れいなはなぜだろう。無意識に、惹かれるように少女のほうを見た。
もしかしたら目を背けた先に彼女がいただけなのかもしれないが。
彼女は、横たわった人間を見ても、いや、見てから更に、あの冷ややかな笑みを強くしていた。
何かをもてあそんでいるような気分の悪い。
唖然としながら、それに気分を悪くし一層吐き気を強めながらそれでも彼女から目が離せない。
青い世界の中で一人青さを増して騒がしい中に動かずに立ちすくんでいた。
ぱらぱらと傘の先から集まった水が垂れる。
柄を握っている手は恐怖と雨の温度のせいかたかたと小さく震えている。
雨が血を薄めて周りに広げている。広がった血に雨が降って小さな波紋を何度も何度も広げていた。
急に彼女が顔を上げたせいで目があってしまう。
く、と同様で目と体が動く前に、後ろから首筋を冷たくゆるい風邪が撫でた。
「何見てたの?」
目線の先にさっきまでいた彼女はいない。代わりに雨降る空間と向こう側の景色がそこに埋まっていた。
怖くて後ろを振り返ることが出来なかった。
心臓が大きく鳴り、冷や汗が背中を伝う。
ゆっくりと首に手をまわされ、触れた指先は氷のように冷たかった。
その冷たさに体がびくつく、しかし体は恐怖で動かせない。
呼吸もままならないれいなは後ろから背筋の凍るような言葉を浴びた。
「魂ちょうだい」
今歩道に立っていたはずが、瞬きもしないうちに、
見知らぬ路地裏の薄汚いコンクリートの壁に押し付けられていた。
傘もささずに。
手首を掴む手は強く、氷のように冷たい。
「やめっ」
彼女が浮かべた笑みに悪い予感を感じ強い拒否を示した。
が、彼女はお構いなしに首に艶かしい口付けを。
手首よりも敏感な首に同じ冷たさが触れれば、れいなの。体は大きく跳ねた。
掴まれた手を、触れている体を離そうと手に力を込める。
だからといって何も変えられない。全力の抵抗は結局、無駄に終わる。
大きすぎる体温の差。れいなの体温は雨と彼女に奪われていった。
噛みつきはしないものの、首の筋は口にくわえられ中では舌が這う様にうごめいている。
時間が経つにつれてれいなの魂は吸われていく。
れいなの体から力と体温が徐々に抜けていく。
不思議な気持ちよさと血の抜けるような脱力感が同時に襲ってれいなは抗う力を失った。
失われていく自分の命と冷めていく体をただ傍観者のように眺めていた。
するといつの間にか冷たかった雨も温かくなっていた。
雨が温かくなったわけではない、おそらくは、れいなの体が危険なほどに冷えていた。
そのことに気づいていても、温かい雨は気持ちよくされるままに濡れて、
上から落ちる水滴を下から仰ぎ見ていた。
彼女の手が抵抗しなくなった腕を離れ、首にぬめついた。
雨は温かくなったのに、彼女の手は相変わらず冷たいまま、わずかにも温度は変わっていない。
思わず虚ろな目で眉をひそめて首にある手を力なく握った。
「冷たい」
蚊の鳴く様な細い声だった。しかし雨には消されずにはっきりと響く。
弱々しい力で手を握り締める。まるでそれは、冬に母親がこの手を温めるような。
氷のよう、ではあるが刺さるような痛みは触れても伴わない。
彼女の温度は負を相手に与えるのではなく、正も生も奪う温度。
結局はどちらでも構わなかった。冷たい手が冷たいままであるのがなぜか嫌だった。
彼女は接していた体を離しれいなの行為を、握られた手を、握っている手をしばらく観察した。
それから目を細めてくすくすと楽しそうに嬉しそうに、わずかな影を隠しながら笑った。
「変な人」
- 41 名前:白 投稿日:2005/07/31(日) 23:23
-
伏せていた虚ろな目がくるりと動いて彼女を映した。
れいなの瞳には古い映画のフィルムがまわるように、彼女がかたかたと動いていた。
「そんなことされたのは初めてだよ」
首の手が後ろの髪の毛を動物を撫でるように撫でた。
フイルムは依然、動き続けたまま。
この笑顔は冷たくない、と擦れた意識の中でれいなは思っていた。
幽霊、死神の類にはいりそうな彼女が見せた人間らしさ。
髪から頬にかけて、更に顎まで雨が伝って流れた。
今だけじゃなくさっきからずっと。
「殺すのもったいないから、生かしてあげる」
握っていた手はするりと抜けて腕ごと首にまわされ、外国映画のラブシーンの一部の甘ったるい口づけをされた。
少し開いた口の隙間から熱が戻ってくる。指先に血が通っていく。
いきなり魂が戻って忙しくなった心臓はやかましい。
やっぱり雨は冷たかった。そして彼女の体温も。
体がゆらりと離されて、覆われてほとんど濡れていなかった腹の辺りに雨が降る。
れいなは体にまだ力を入れずに壁に寄りかかっていた。
彼女は猫背気味に丸めた背をれいなに向けて、去り際に、じゃあね、と言った。
寝起きの頭で遠くにその声を聞いていた。
- 42 名前:白 投稿日:2005/07/31(日) 23:23
-
気がつけばあの道路にいた。さっきと同じで周りは非常に騒がしい。
危機感を与える声と野次馬のざわつく声、
建物の裏からは赤いランプをくるくるまわしてサイレンを鳴らす救急車。
状況は大して変わらないのに道路の向こうに彼女はいない。
れいなの頭に白昼夢、と言う言葉が浮かんですぐに雨に溶け込んだ。
手首は氷のように冷たかった。
真っ赤な青暗い血の海を尻目にれいなはそこから立ち去った。
- 43 名前:白 投稿日:2005/07/31(日) 23:25
- 从* ´ ヮ`)<かくし
- 44 名前:白 投稿日:2005/07/31(日) 23:26
- ノノ*^ー^)<かくし
- 45 名前:白 投稿日:2005/07/31(日) 23:29
-
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デコティ
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ノノノノo∈ 川川川 )━~~ トゥルトゥル
川川从) /:::::::: ヽ
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- 46 名前:白 投稿日:2005/08/16(火) 17:31
-
窓から日の光がはいってずいぶん古ぼけた絨毯を明らめた。その眩しさの加減で夏だなと実感する。
強い光は目を眩ませて、目に映るものの輪郭を細める。白いような黄色いような世界が本物を消していく。
薄れて何もなくなる直前に似た視界は嫌ではなくて、むしろ好きなくらいだ。
ただ夏はその強すぎる力によって気だるくてやる気をそぐ。
汗が額ににじむ、今日は夏日だか真夏日だかとニュースでやっていたのをさっき耳だけで捕らえていた。
けれどテレビはうざったい感じがして今点けていない。
うつろな目でどこかを見ているけれどそのどこかの情報は脳に入ってこない。まるで虚無を眺めているようだった。
そのうち聴覚で虫の羽音を見つける。近づいたり遠ざかったりどちらにせようざったいことには変わりない。
嫌々ながら体を起こして、そばにあった新聞を手に取り折りたたむ。
もう一度近づくのを呼吸だけして待つ。獲物を捕らえるときは人間だろうと獣だろうと大して変わらないんだろう。
耳障りな音を大きくしてあたしとの距離を縮める、
あたしは睨みながら正確にその距離を読み取る。ぶんぶんと視界の中を動き回る。
一瞬動きを先読みして灰色の紙の束をさっきまでのだらだらはどこへやら、思い切り振りかざした。
さっきまでいた位置に虫はいない、羽音もない。おそらくは振りかざした紙の下。
一発的中、誇らしい気持ちになって紙をどけると平たくなった黒い虫の死骸。
それをひどく冷めた目で見ている自分。
風にそよいでいるティッシュを乱暴に数枚むしりとって適当に重ねて死骸を恐る恐るつまんでゴミ箱へ捨てた。
きっとどれだけ枚数を重ねたって拭いきれないだろう胸のつかえと気味悪さが残る。
だから虫は嫌いなんだ、と心の中で悪態をついてもう一度寝転がる。
当然虫の死骸があったところを避けて。
汗で背中が湿っている。嫌な感触ばかりで気分が悪い。
五感から逃げるために目を閉じた。静寂を耳で覚えるように音を耳から消した。
色々な悪いものを忘れて何も考えないようにしたらするりと眠りに落ちていった。
今日は約束があると思いだしたけれど眠りに落ちる直前では意味はなかった。
- 47 名前:白 投稿日:2005/08/16(火) 17:32
-
何の夢を見ていたかは覚えていない、唯一覚えているのは終わりのほうで絵里が出てきたこと。
あたしの名前を何度も呼ぶ。だんだん声が大きくなって、意識が戻ってくる。
決定打は頬に感じる冷たさ。
目の前では絵里が座りながらあたしの顔をじっと見ていた。
頬に当たっていたのはペットボトル、中身はりんご。
「おはよう」
時計は13時を少し過ぎた時刻を指し、その過ぎた分だけ約束の時刻を過ぎていた。
「ごめん、寝すぎた」
言い訳のしようもないからただありのままを伝える。
「うんわかってる」
あたしは玄関のチャイムが鳴ったのも気づかないでいた。
母親はあたしが寝ているのを知らなかった。
ありがと、と飲み物を受け取って体を起こす。口の中が乾いて気持ちが悪い。
「暑い」
だから、というようにジュースに口をつける。想像通りの甘さと冷たさが口の中に広がった。
暑さで働かない頭と水分不足でだらけた体がわずかにましになった。
「暑いねえ」
薄っすら額にかいた汗を手首あたりで拭いながら絵里はへにゃりと笑った。
相変わらず猫のような顔で、脱力しながら人より少しだけ目立つ犬歯を気にすることもなく見せている。
あたしは立ち上がって膝下くらいしか高さがない来客用の小さなテーブルを引っ張り出して、
机の上の宿題の山から一つ選んで広げた。
意味不明の数列の中にアルファベットなどなど記号がずらり。
当然やる気がなくなるけれどいつかは必ずやらなければならないからと無理矢理使い慣れたペンを持つ。
絵里はもうこの種の問題を一年前に終えているから聞けばある程度答えてくれる。
あたしは教師なんかに聞く気にはなれるはずもない。けれど授業は聞いていないしわけがわからない。
だからいつもわからないときは絵里に聞く。
- 48 名前:白 投稿日:2005/08/16(火) 17:33
-
一年前のこの時期に、気だるい暑さのときに、あたしたちは別れた。
「恋人」という関係は思いのほか上手くいかなくて、たくさんケンカして、
相手を嫌いになったわけではないけれど関係を保てなくて最終的に崩すことにした。
どちらもこれ以上は無理だった。そうしてあたし達はただの友達に戻った。
まるで何事もなかったかのように。
驚くほど普通に自然に元に戻れたのは絵里が不自然なく無理なく振舞ったからで、
あたしは楽だったからそれに従った。
こうして今一緒に普通に勉強できるのもそのおかげだった。
二人黙々と自分の課題を進めて、時々わからなくなれば絵里に聞き、
絵里はそのたびに手を止めて詳しく教えてくれる。
シャーペンの芯と飲み物とお菓子がすらすらと時間と平行して減っていく。
窓の外から虫の声が聞こえる。熱は退かない。
ペットボトルが汗をかいてだんだん冷えを失っていった。
同様に時間が経つにつれて集中力がなくなっていく。
数字を書く速さと解にたどり着くまでの速さがだんだん遅くなる。
暑さに思考が溶かされてだらだらゆるんで、複雑な数式を溶くには緩みすぎている。
ついには耐えることもままならなくなってペンをテーブルに押し付けた。
「疲れたー」
反動で体を後ろに反らす。そのまま後ろに倒れこんだ。
宿題はいつもよりはずっと進められて十分満足だった。
あたしの気の抜いた姿を見ると絵里は真面目な表情を解いて笑った。
「疲れたねえ」
なんとなく気の抜ける語尾にほっとする。あたしは絵里の柔らかい空気が好きだった。
付き合っていた頃も、そして今でも。
絵里はあたしとは違って頭がいい。
さっきちらりと盗み見たプリントにはさっぱり理解できない数列がずらりと長く整頓されて並んでいた。
ごちゃごちゃしたものはもうごちそうさま、今の今まで頭を独占していたものを真っ白にする。
頭が回らない。空白の世界。目にぼんやり映るのはいつかの彼女。
短い髪の毛が少し寂しかった。
去年の冬に、絵里は肩をゆうに越えていた真っ直ぐな黒髪をばっさりと切った。
それから伸びるたびに切って、切るたびにちょっとずつ短くなって今では肩につかない程。
長いほうが好きだったとは今更言えなかった。隠れていた小さな耳が見えてまるで別人のよう。
前はこうして寝転がっても手を伸ばせば届いたのに。
なくなった髪の毛をひそかに心の中で惜しみながら短い毛先に触れようと手を伸ばす。
届くはずもないとわかっていた。予想通り指は空を切る。
悲しくはなかった、だけど髪の毛の代わりにふとした寂しさは掴んでしまった。
絵里はほったらかしの指先をきっとあまり働いていないだろう頭で見ていた。
「なに?」
焦点がずれ気味の目をあたしに向けた。ゆるい空気が流れている。
伸ばしたあたしの腕はなんだか助けを求めているようで今の状況ではなかなか間抜けだ。
「髪触らせて」
絵里は指先を見たまま毛先が触れるように体を傾けた。
さらさらとした感触は何も変わっていない。なつかしいなと感じた。それしか思わなかった。
なのにか、だからか、順接か逆接か、自然かつ不自然に、髪の毛を引っぱった。
ぴんと張った髪の向こう側の絵里はあたしに引き寄せられて上半身を更に傾けた。
バランスが完全に崩れたわけではない。倒れないように右手を床についた。
あたしは手を離すタイミングに気づきながらわからないで引き続けてそのまま。
相手の目を見てしまったのは付き合ってた当時からの癖だった。
当時との違いはそこに恋人同士の甘さがあるかどうかだ。絵里はきょとんとしてあたしを見ている。
瞬き一つどちらもせずに、動いた軌道の延長線上、唇と唇が触れた。
目も閉じないキスは、もしかしたら初めてだった。
ドラマチックでもロマンチックでもない意味がわからないキス。
複雑すぎて解く気も失せる数式の解のような。そもそも式も何もあったのか自分でもわからなかった。
妙に静かで、窓の外の音も間が悪く止んでしまっていた。
- 49 名前:白 投稿日:2005/08/16(火) 17:34
-
自分のしたことに驚いて思わず手を離す。後ろに退こうとするけれど背中には床。
「ごめ、」
とっさに謝った。途端に固まっていた絵里の顔が険しく変わった。
いつも温厚だからまれに怒るとすごく怖い。普段からは想像できない気迫で圧倒される。
逃げ道はなかった。かといって押しのける勇気もなかった。
あたしの左肩の上にある手はそのまま、
右の対称の位置にはもう一つの手をあたしの行方を失くした右手を掴んだ左手。指が細い。
半ば押さえつけられる形であたしは身動きが取れない。
離れた唇がもう一度重なる。ただしさっきとは違って、大人なモノだった。
閉じかかっていた口に無理矢理舌が入る。ざらざらとした感触がいろいろな箇所を舐めて、吸い上げていく。
こんなに絵里が熱くなれる人だとは付き合っていたときでさえ思わなかった。
絵里があたしのどこかを舐めるたびに魂ごと奪われてしまいそうになる。
途切れ途切れの苦しそうな熱い呼吸、あたしも同じ。懐かしい匂いが精一杯の呼吸に混ざる。
酸素を吸うことも許されなくて苦しい、けれど気持ちいい。腕を握る指にこめられた力が弱まる。
このまま流されるのをぼやけた頭のどこかで望んでいた。
同じ熱を持つと離れるのが名残惜しい。甘ったるい溜息をほぼ同時について唇を離した。
伏せ目がちの絵里の表情が色っぽい。
心臓が大きな音を立てて速く動いている。顔が、熱い。
時間が経つのが心臓と反比例して遅い。絵里の一つ一つの動作がスローモーションのように映る。
絵里が体をあたしから離す。腕は捕まれたまま、熱が腹から逃げていった。
完全に開かれた目は潤んでいて、今にも涙が零れ落ちそうで、複雑な感情が入り交ざって
言葉に表せないような儚さや寂しさや困惑が、どうしようもない程の引力であたしの心を奪った。
同時に叫びだしたくなって、けれど言葉も声も奪われて、ただ黙ってその表情を見つめるしかできなかった。
心を食らう、危険なまでに惹かれている。そんな表情見たこともない。
落ちた涙が頬に触れた冷たさがあたしを刺激してやっと正気に戻る。
けれど絵里の目の涙を拭く余裕はなかった。何粒も降ってくるのに、水滴を落とす目だけをじっと見ていた。
「まだ、れいなのこと、好きなの」
- 50 名前:白 投稿日:2005/08/16(火) 17:35
-
誰でもないあたしの涙で無意識にゆっくりと視界が滲む。
絵里と同じものをあたしも持っていた。結局捨てられなかった気持ち。
さっきキスしてしまったのはきっとあたしの奥深くからの願望。
友達のふりを装って隠していた、あの日からずっと抑えていた。
知らない顔で消そうとして消しきれないで揺らいでいたのに、なかったことにしていた。
くすぶっていた火が大半を焼き尽くすように、突然表面にでてきてあたしを動かす。
小さくて確かな気持ちが絵里の言葉に強く反応した。
「れいなもまだ好きやけん」
頬を伝う涙と目の縁から流れる涙。あまりに同質からこそ一つになるのは難しい。
本当はもっと一緒にいたいこと、前の関係に戻りたいこと、そして
戻っても同じ事を繰り返すだろうこと、全て互いにわかっていた。
好きと伝えることはできても、それを認められても、何も相手に求めてはいけない。
限りなく強い願い事が叶わなくてもそれを甘んじて受け入れなければならない。
喧嘩することが辛かった二人のルールは喧嘩することの種を禁じた。
そのせいで恋がどんなに虚しいものになろうとも。
届いているはずなのに相手に永遠に気持ちが届くことはないような、
こんなに近くにいるのに決して交われないような、
平行線上のあたし達は、虚しい、寂しいものをこれからずっと
相手に恋愛感情を持たなくなるまで抱えなければいけない。
抱きしめたところで、抱きしめられたところで、泣いたって泣かれたって何も変われない。
「どうしてこんな上手くいかないんだろうね」
それはきっとあたしたちが不器用すぎるせいだ。
わかっている、けれどだからといってどうにもできない。
あたしの胸に絵里が顔をうずめて泣いている。
いつの間にか外された手で、あたしは絵里の短い髪を撫でるしかできない。
この指にどんな強い気持ちがあってもなんの役にも立たない。
何も出来ない自分が憎い、絵里が泣いているのは悲しい、悔しい。
この苦い感情を捨てられないし捨てたくない。捨ててしまうことは絵里を好きじゃなくなるということだから。
「すごく好きなのに」
声が直接胸に響く。何度も好きと絵里が小さな涙声で言う。
そのたびにあたしの目からは涙が伝って床に落ちて絨毯にしみを作る。
結局無力であたしたちはどうもできないで、この関係を崩せずに歪めてしまった。
もう元の友達にも戻れそうにない。
- 51 名前:白 投稿日:2005/08/16(火) 17:36
-
从* ´ ヮ`)<かくし
- 52 名前:白 投稿日:2005/08/16(火) 17:37
-
ノノ*^ー^)<かくし
- 53 名前:白 投稿日:2005/08/16(火) 17:38
-
( ´ Д `)<隠せ ぽ
- 54 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/17(水) 00:52
- 感想書いていいのかな・・・
見てますよ
こういう静かというか落ち着いた感じの短編好きです
- 55 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/17(水) 06:55
- すごくいい感じです。
こんな雰囲気の二人もいいですね。
- 56 名前:白 投稿日:2005/10/07(金) 23:43
- なかなか忙しくて時間が経ってしまいました。ちゃんと生きてます。
できれば全部書いてから載せたいものですが、
このまま更新がないほうがなんとなく嫌なので現段階で書けているところまで置いておきます。
次回更新は出来るだけ急ぎますのでよろしくお願いします。
>>54
遠慮せず感想をください。作者が飛んで喜びます。
私は落ち着いた感じの話を書くのが好きなので
楽しんでいただけたならうれしいです。
>>55
ありがとうございます。
この話は割と雰囲気にこだわったので褒めていただいて嬉しいです。
それでは更新です。( ^▽^)<ホイッ!
- 57 名前:白 投稿日:2005/10/07(金) 23:44
- キスは交渉で、その中でも別れるときにするのは最も高尚であると思う。
どれだけ月日が流れてもあの日の事を忘れられないのはそのせいかもしれない。
そんなことを飲む気が起きないコーヒーと携帯を眺めながら思った。
彼女はあたしより一つ年上で、なのにそれ以上に年の差を感じさせるほど大人に見える瞬間や、
反対にあたしより年下のように思わせるときがあったり、
付き合っているのに相手が何を考えているのか読めないことがよくあった。
そのせいかあたしは彼女の変化に全くと言っていい程気づけず別れの日を二人でいつも通り穏やかに過ごし、
ばいばいとほぼいつも通りの近い未来に会う意を含ませて言って別れた。
いや、違いがまったくなかったとは言えない。
ただしその微妙な違いは彼女お得意の気まぐれとも思えるくらいのものだった。
次の日からどういうわけかいきなり携帯電話もメールも繋がらなくなり、
彼女の家からやっと電話がきたかと思えば電話の向こうにいるのは彼女の母で、
とても困った慌てた声で絵里の所在を尋ねられた。
そんなのあたしが知りたいよと心の中で絵里がどこか行ってしまったことに愕然としていた。
彼女はメモ一枚の置手紙を残し家出した。そしてその後二度と家に帰ることはなかった。
数日後彼女の家庭は崩壊した。家族は絵里の家出をきっかけに崩れて、家に残ったのは父親だけだった。
母親は浮気相手と遠くへ引っ越したと近所の噂好きのおばさんたちが噂しているのを聞いた。
あたしは何も知らなかった事を悲しみ、同時に彼女と自分を恨んだ。
もしかしたら二度と会えないかもしれないことが悲しみとなってあたしを食い尽くそうとする。
誰にもいえなかった関係、流れる涙は尽きる事を知らない。
どれだけ望んでも彼女は帰ってこなかった。手がかりは何一つつかめないまま数年が過ぎる。
その数年は彼女の事しかほとんど考えていなかった。
今頃何してるかばかり考えて心配になり寂しくなる。
あの日の事を頭から投げ出そうとしても無理だった。
二人で一緒にいた帰り、月ははっきりと浮かび、薄暗い街灯の下。
彼女は何を思っていたのかあたしには今でも知ることができていない。
- 58 名前:白 投稿日:2005/10/07(金) 23:45
-
二人とも服の好みも音楽の好みも違って血液型の相性だって合わない、
共に意地っ張りなところだけ似ていた。
互いに好きな理由一つあげるのが難しいくらい、
付き合っていることを疑問に思うくらい足並みの揃わない二人。
それでもあたしは絵里を好きで、絵里はあたしを好きだった。
なぜか互いにはっきりとそれだけは通じている。
見えない糸で繋がっていると信じていられた。
ぶらぶらとそれぞれの好きな店を回ってお互いの好みを更に詳しく知って、
軽い御飯を食べて、絵里の家に行く。
絵里の家はたいてい親が留守で誰もいない。広い家の中で二人っきり。
それをいいことにあたし達は何でもしていた。
勉強や借りてきた恋愛映画をみたり、雑談、昼寝、恋人同士がすること、ケンカ、本当に何でも。
その日もだらだらと過ごしながらなんとなくお互いに触れて抱き合ってそういうことをした。
今思えば行為のときの彼女はわずかに、かすかに、ほのかに違っていたかもしれなかった。
否、違っていた。
あまりに一瞬の違和感で勘違いだと思えるほど。
絵里が果てる直前の瞳にはすがるような寂しいような、
今思えば別れの全てを凝縮した色が映っていた。
幸福の最中によぎる不安、まさかその日のうちに現実になるなんて誰が考えつくだろう。
終わったあとは荒い呼吸を整えながら穏やかな表情をした。
さっきの影は微塵もなく勘違いだとほっとする。
この顔が一番好きで何度見てもどきどきしてしまっていたとか恥ずかしくて言ったことはない。
それから他愛のない軽口を交えたおしゃべりをしていると帰らなければならない時間になった。
- 59 名前:白 投稿日:2005/10/07(金) 23:45
-
家が近いのに毎回絵里は途中まで送ってくれる。
近所の公園ひとつ向こうの街灯の下、あたしと絵里の家のちょうど約半分の距離にある。
そこに近づくにつれて歩く速度が二人遅くなる。
何回も繰り返された習慣のようなものだった。
たとえそれまで何時間一緒にいても、どれだけ体を重ねても、
いや、一緒にいればいるほど、体を重ねれば重ねるほど、別れるときは一層寂しくなる。
明日もしくは近い日に会える会えないは関係なしに
繋いでいる手が、絡んでいる指が、彼女という熱を手放すのは
心から彼女を引き剥がすのと同様に、体と心の一部が欠けると等しく
寂、悲、恋、虚、しい。そして切ない。
足が止まる、イコール、握る手の力を緩めて離さなければならない。
しかしその手を弱い力で引き寄せる、というのはそれだけで彼女が理解して近づいてくれるから。
次の行動すらお決まりで、だからなくてはならない。
ちらりと横目で人がいないことを瞬時に確認する。正面にいる彼女の顔は青白く儚く照らされる。
薄い桃色のはずの唇に少しだけ背伸びして口づける。
触れるだけのキスは本能的でなく獣らしくなく、ただ静かに街灯の灯と同じように青い淡い、
落ち着いた、欲求的でない、ある種大人のキスだった。
例えるなら「儀式」に一番近いだろう。あたしがもっと彼女から離れられなくなるするための。
唇が離れる瞬間、ぺろりと絵里はあたしの唇を舐めた。
突然のことであたしは間抜けな顔をしていた。
対して絵里はいたずらに笑ってれいなの味だ、と意味がわからないようなわかりそうなことを言った。
照れくさくて怒ったふりをしようとすると灯に溶けてしまいそうな顔でそれを許さなかった。
あたしは浮かびあがった得体のしれない感覚に捕らわれて言葉を飲み込んだ。
知ってか知らずか直後に絵里は目を細めてへらへら笑ってばいばいと言った。
暗い中に浮かんでいた体を街灯から離れて黒く染めていった。
胸をまだ捕らえているのは微かな不安、
けれど普段からそんな風な部分があったからと大して気にはしていなかった。
遠ざかる背中は闇に混ざりそうで混ざらないで、いつもと同じだった。
だから、勝手に安心していた。
その次の次の日、絵里の母親から電話がかかってきた。
そこで初めてあたしは絵里の家出を知った。それから絵里に連絡は取れなかった。
- 60 名前:白 投稿日:2005/10/07(金) 23:46
-
数年が経った。あたしは家を出ることもせず、引っ越すこともなく、当時の家に居座り続けていた。
絵里の豪邸ともいえる広い家には一人父親だけが残されていた。
絵里がいなくなってからは訪れる用がなくなってしまって一度も行くことがなかった。
あれだけ慣れた玄関もリビング、たいてい散らかっている絵里の部屋も
家の匂いも、あたしの記憶から離れていこうとする。
あの家に二人だけじゃないほうがまれだった。
生活感があるのは唯一彼女の部屋だけといえた、埃も落ちていない、何もない家。
絵里はあたしに何かを訴えたかったのかもしれないと今更思う、気づく。
現在のあたしがわかる事を当時のあたしは全く気づけないくらいに子供で、
彼女は年に合わない、サインかもわからない合図を出し続けていた。
いつまで経っても彼女のことが頭から離れることはなく、離す気もなく、
ふとした瞬間に思い出してしまうあの真意の読めない笑顔を何かに重ね合わせては
彼女があの時何を考えていたのか考えてしまう。
いくつかの答えが浮かぶけれどどれもはっきり正解だと言えるような答えはなく、
答えまで彼女に似てつかみどころがないのかと嘆く。
そりゃあそうだ、それはイコール彼女なのだから。
- 61 名前:白 投稿日:2005/10/07(金) 23:47
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从* ´ ヮ`)<また田亀ですか?
- 62 名前:白 投稿日:2005/10/07(金) 23:48
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リd*^ー^) <また田亀ですよ?
- 63 名前:白 投稿日:2005/10/07(金) 23:50
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しばらくお待ちください
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ノノノノo∈ 川川川 )━~~ しばらくお待ちください
川川从) /:::::::: ヽ
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- 64 名前:白 投稿日:2005/11/02(水) 23:34
-
( ^▽^)<更新するよ!
- 65 名前:白 投稿日:2005/11/02(水) 23:35
-
忘れられないのは罪悪感のためだとなんとなく思っていた。
そうではない、あたしはいまだに彼女のことが好きだった。
それに気づいたのはいつだったか、それすらもう思い出せない昔の事となっていた。
細々としてしまった恋愛感情の糸は途切れているのかいないのか、
確かにそこにあるくせに誰にも届いていないような気がする。
というかきっとその可能性のほうが普通は高いなと、だらだら過ごすある日、
一通の手紙が届いた。封筒に差出人の名は書いていない。
質素な紙に遠慮がちにあたしの名が書かれてそれっきり。
不気味に感じながらもこわごわ開いて中を確認してみる。
ちょっとだけ右上がりに整った、黒いインクで書かれた文字は差出人の几帳面さを表していた。
文面は封筒どおり、文字通り、よそよそしい。
長々とやや遠まわし気味に書かれた内容を要約すると、
近々近所の喫茶店で会ってほしいとのことだった。
手紙は最後の最後にぽつりと名前を告げた。
男性の名、苗字は「亀井」。
いかないわけにはいかない。
- 66 名前:白 投稿日:2005/11/02(水) 23:35
-
白髪まじりの五十代後半あたりの男性のもとへ、やる気のなさそうなウエイトレスに従って行った。
休日だから若者が談笑したり、ひとりで勉強していたり、そこそこに込んでいた。
楽しそうに活気に溢れている。
けれどその中にはきっと混ざれないだろう、拭えない寂しさが漂っている。
切れ長の目は絵里そっくりであたしを捕らえると優しそうに笑った。
彼はこんにちは、と穏やかな口調で言う。穏やかといえない機械的な口調であたしは繰り返す。
「初めましてではないね。」
何度か、記憶が正しければ二度、あたしは絵里の家でこの人に会っていた。
絵里と彼の間に会話らしい会話もなく気まずい雰囲気の中で仕方なく挨拶をしたのを覚えている。
当時はもっと表情のない笑い方をしていたはずだったのにがらりと変わってしまったみたいだ。
親子の間に、母親と父親と子供の間に、温度が存在していない、そんな印象だった。
それを良くも悪くも壊したのは彼女の不在。
今目の前に座る男性は子を想う父親の顔になっていた。
「そうですね、お久しぶりです。」
彼はあたしと絵里の関係を知ってしまっただろうか。
知っていてその上でこんな風に話しかけるのだろうか。
他人行儀に会話をしながらどう謎を解くか考えている。
手紙の文面どおり彼は本題らしきことに早々に触れてこない。
来てくれてありがとうだとか、今は何をしているのかとか、一つ一つ質問を答えるうちに気づく。
彼は優しい見守るような、成長を喜ぶような目であたしを見ている。
あたしを絵里と重ねている、確実に。
喜び、それだけではない、知っている、知りながら知らないふりでわざと少し冷めた風に話す。
あたしは自覚していなかったがきっと絵里の両親を憎んでいた。
自分を憎んでいることは気が狂いそうなほど知っていたが、
彼を目の当たりにして浮かび上がった感情は影すらつかめていなかった。
静かに牙を向こうとする感情を抑える。鈍い牙は大人しく静まりそうだった。
彼のアイスコーヒーの入ったコップは汗をかき水溜りを作っていた。
あたしのコップにも水滴が大きく張り付いていた。
手が濡れるのを我慢して指先だけでつまみあげて、
氷が解けて薄くなった茶白いコーヒーに口をつける。
さっきまで窓際に座っていたカップルはいつの間にかいなくなっていた。
そこは空席になって、その隣のテーブルもさっきとは違う人が座っていた。
長い前置きもつきたのか彼は話すのを止めて、高級そうな黒いバッグを開き
眉間にわずかにしわを寄せて一通の手紙を取り出した。
あきらかに彼のものではない可愛らしい、女の子らしい封筒。
似た封筒を何度か見たことがある。
形は整っているが月日で黄ばんで古ぼけていた。
あて先はあたし、差出人はおそらく、絵里だ。
テーブルに這わせて彼は手紙を差し出した。
- 67 名前:白 投稿日:2005/11/02(水) 23:36
-
「絵里の部屋から出てきたんだ。中は見ていない。」
幼い字でれいなへ、と書かれていた。
嘘はついていないらしく糊付けがしてあり、はがしても開けた痕跡はない。
中には敬語で書かれた文が並んでいた。
敬語のくせに、確かに絵里の言葉だった。
「この手紙はいつどこで見つけました?」
時間が経ちすぎた手紙、あたしたちの関係。
「本と本の隙間に挟まっていたみたいだ、最近掃除していたら落ちてきて驚いた。
まさかそんなところに手紙があるとは思わなかった。」
彼は苦笑した。
絵里はこれを見つけてほしくなくて、見つけてほしかった。
糸がどれだけ細くなろうとも繋げておきたかった。逆に切りきってしまいたかった。
彼女の思考の欠片を微かに拾う。大きな矛盾、彼女が最後に悩んだこと。
右に片寄った字はあたしの薄れかけた記憶を遠慮なく引っ張り涙腺を緩めさせる。
頭を殴られたように泣きたくなる。文字も文体も、内容も。
あたしに何もいえなかった理由が懺悔するように書かれていた。
決心を揺るがしたくなかったと、ごめんなさいと一緒に置いてあった。
二度と親に会うつもりはないらしい。
けれどあたしは彼らとは決定的に違うのだった。
それが絵里に最後の迷いを生ませて糸を引き寄せる機会をくれた。
手紙を最後まで読んであたしは嬉し涙を流しそうだった。
- 68 名前:白 投稿日:2005/11/02(水) 23:38
-
彼はすがるような顔であたしの顔をじっと見ていた。
「内容を教えてもらえないかな」
あたしは横に首を振った。
絵里を裏切るつもりはないし、そうでなくても教える気はさらさらなかった。
そうか、と彼は仕方ないという顔をした。
これがきっと最後の望みだっただろう、隠そうとしても落ち込んでいる様子がはっきりわかる。
暗く沈んだ目は光を持たない。大きな溜息をひとつついてから口を開いた。
「今でも後悔する、あの時もっと絵里を見てやれば、妻とうまくやって良い家庭を築いていれば、とね。
仕事を口実に逃げていただけだ。失うまで気がつかないなんて笑うしか出来ないだろう。
私は結局妻も失ってしまった。何も残ってないんだ。」
俯いていた。彼は散々泣いていたのか泣いていなかった。
あたしは白髪の根元に目を向ける以外にどうもできなかった。
何か言おうにもそれは慰めにもならないし、多分責める言葉しか出てこない。
「許して欲しいなんていわない、ただ謝りたいだけだ、成長した姿を一目見たいだけだ。」
苦しそうに切実に願っていた。
会いたいと思う気持ちは同じだということにそうしてやっと気づく。
胸を裂きたくなる感情、矛先はなくなってしまって自分に突き刺すしかない。
憎しみは少し薄れて、わずかに願いが叶えばいいのになんて正反対なことを思った。
失くすことで得てしまった深い愛情もやり場がないまま宙ぶらりんの状態。
「今はどうすることもできないが」
彼は自分を憎みあざ笑う。あたしと何が違うだろう。
「こんな話をしにきたわけじゃないんだ、すまない。
今日は会ってくれてありがとう」
水溜りが広がっていた。水滴は流れて跡を残し点線が残っていた。
コップの中のコーヒーの上部は透明で下に行くほど不透明な色を強める。
不均等を均等にかき混ぜて飲むこともせず彼は立ち上がって二人分のコーヒー代を置いた。
絵里の手とは違って太く大きい。
「それじゃあお元気で」
上品そうに笑って一礼した。あたしは座ったままお元気でとまた繰り返して倣った。
また会うことなんてないだろう。
店の出口に向かう堂々とした背中に親子の血を見ながらそう思った。
残されたあたしは水溜りのコーヒーをとても飲むつもりにはなれなくて、コップを眺めていた。
さっきの手紙をどうしようか迷う。
彼女はあたしだけに最後の手がかりを残した。
たとえ他の誰かに中を見られてもあたしにしかわからないように、あたしたちが唯一つなげる糸。
使われているかわからないメールアドレスの一部は塗りつぶされている。
横にはヒントが書いてあった。
二人で誕生日についていたときに話してた内容。
あたしは何の日で、彼女は何の日だったか、あだ名をつけた。
つながるだろうか、きっと繋がるはずだ。
彼女が選んだのはあたしだけ。あたしが彼女を待つように彼女もあたしを待っている。
たいした根拠もなくそう感じて携帯を開いた。
- 69 名前:白 投稿日:2005/11/02(水) 23:39
-
从* ´ ヮ`)<まだ続きます
- 70 名前:白 投稿日:2005/11/02(水) 23:40
-
リd*^ー^) <またしばらくお待ちください
- 71 名前:白 投稿日:2005/11/02(水) 23:41
-
从*・ 。.・)<かくし
- 72 名前:白 投稿日:2005/12/03(土) 10:55
- 続きがさっぱりかけてないくせに短編書いちゃったので置いておきます。
石は投げないでくださいませ。
- 73 名前:※ 投稿日:2005/12/03(土) 10:56
-
弱い波が体を通り抜けようとして失敗し、進むはずだった方向を阻まれた水はうえに進むしかなかった。
腰まで浸かっているのに跳ね上がった丸い粒は顔にもかからなかった。
裸足の指先で砂が揺れるのを感じる。素手の指先で動く水面を刺す。
月の位置、風の力、振動、水の満ち引き、その結果で起きる波を全身で感じる。
体が揺れる、頭の中も揺れる。感情は確固として揺れない。
まだ青が残る暗い空にぽっかりと浮かぶ月があるように、美貴の中には穴が開いている。
どうしようもできない虚無感が穴という形で存在し、波を通してしまうから揺れることもない。
波打つ表面には目もくれず底の砂のさらに奥深くを欲するように、
強い羨望と欲求と、打ち消すだけの喪失感と諦めが波とともに目に映る。
冷たい海に、青い唇、青い顔、藍色の空。
涙は必要じゃない、そんなもの、とうに超えてしまった世界。
冷え切った手で水を掬い上げる。砂が混ざっている。不純。嫌うように手の隙間から零していく。
もう一度世界を分け、零しては音を立てさせて戻す。
失ってしまったのは、涙と感情と大切なもの。
得たものは喪失と空、虚。
失ったならもう一度得なければならない。涙も感情も探している。それだけじゃないものも。
感情があったから大切になった、けれど大切なものを失ったら感情は消えた。
卵が先だったか鶏が先だったか、どちらだっていい気がしていた。結果は変わらない。
視界は青暗く水は輝かない。水が混ざる音だけやけに大きく響いた。
- 74 名前:※ 投稿日:2005/12/03(土) 10:57
-
完璧な円は描けずにそれでも美しい三日月として光はぼんやりたたずむ。
藍も黄も薄く色のコントラストは弱い。淡い雲が更に弱める。
徐々に濃くなる闇を知っていても美貴は繰り返す動作をやめようとしなかった。
暗くなるからなんだというのだ、どうせまた日は昇ってしまうだろう。
そしてまた沈み、昇り、永遠ともいえる長さで繰り返す。
自分の世界が変わっても変わらない外の世界。
憎むことすらなくただそれを傍観するだけ。いや、傍観すらしない、していない。
目に映ったところで心には響かない。感情を失った瞳で見る世界は色も輪郭も存在していない。
どれだけ外が移り変わっていっても自分の世界がすでに終了しているなら意味を持たない。
心にしっかりと在ったものは痛みを伴って引きちぎられ、その際に神経は持っていかれた。
痛覚が麻痺するのではなく「無い」という状態。
心の大部分を埋めていた場所には今何も残っていない。
在るとするなら、それは「空」だ。空で虚ろだ。
大切なものが心を埋める前がどうだったかを思い出せない。
思い出したところで平常は取り戻すことはきっとできない。
取り戻すなんてことは不可能だと知っている。再び得ることは出来るのかもしれないが。
全く同じものを同じ状態で同じ感情で得ようとすると大抵は失敗する。
成功しても後悔する。以前と比べてしまう。手離した事を強く恨む。
どうして守れなかっただろうか。守ろうと決心していたのに。
自分の体よりも心よりも大切な存在を後悔すらできないほど呆気なく失った。
彼女のために泣こうとしても泣くことも出来なくなっていた。
何も出来ない、無力。
後を追って死ぬことも出来ない。考えつかない。
守れなかったという罪に、失うという罰を。全ては自分への罰であった。
後悔も自分を責める気持ちもそのまま生きなければならないことも。
きっと神様がいて自分に言わせたに違いないのだ、と美貴は信じている。
無情で非情で残虐な神様は二人に約束をさせた。
美貴を殺すのは亜弥しか許されず、亜弥を守るのは美貴である。
死ぬのなら彼女の手で、異常で変質、常軌を逸した願望は果たされなかった。
美貴の手はかろうじて手といえる細さだった。
指には肉が一切なく骨と皮だけで、
手の甲には弱々しい血管が薄皮一枚の下に通りその分少し浮き上がっている。
そんな手で水を掬い上げ零す。
似つかない彼女の手と自分の手を重ねながら。
- 75 名前:※ 投稿日:2005/12/03(土) 10:57
-
「藤本さん」
荒く乱れた呼吸の中に名を呼ぶ声が聞こえる。
暗くてわからないがそのほんのり赤い顔は美貴のいる光景を見てすぐさま青ざめたことだろう。
「藤本さん!」
秋の冷たい海に何のためらいもなく走り入る。
暗い世界の中に不釣合いな強い赤が沈んで、水を含んで暗を増す。
それでも消えたりなんかしない。消えずにその痩せ細った手を掴んで存在させなければならない。
れいなは辛うじて失われなかった体温で美貴の手首を掴んだ。
海までは冷えていない、感触がある、けれどそれは最低限度生きていることの証明でしかなくて、
常識的には体温が低すぎる。ただでさえ美貴の体はもう弱っているのに。
異次元ともいえる世界に身を投じていた美貴は手首をつかまれて
初めてれいなの存在に気づいたようだった。
優しい表情でれいなを見てわずかに頬を緩める。
以前とは違う魂のこもらない目、優しい表情に見合うだけの優しい目はもう無い。
笑顔であって笑顔じゃない。無表情といったっておかしくはないとれいなは思った。
走って熱くなった頭に氷の欠片をつめられたようだった。
「よくここがわかったね、れいな」
「勘は藤本さんに鍛えられてますから」
圧倒的な「虚」に触れて泣きそうになり、堪えて苦く笑った。
ぎりぎりのライン際に立っている自分達の場に海がふさわしいと思えなかった。
「行きましょう、こんなところにいたら死んじゃいます」
冗談でも大げさでも形容でもない。美貴は重い病にかかり治すことは出来ないと言われていた。
なのに美貴は、冗談と捕らえたかのように笑った。
「死なないよ、亜弥ちゃんが殺してくれるまで死ねないから」
一際大きい氷の破片が頭を容赦なく突き刺した。泣いていないのが不思議だった。
- 76 名前:※ 投稿日:2005/12/03(土) 10:58
-
「ああ、でも」
美貴は愛しげに自分の手を見ている。映る手は自分の手なんかじゃない。
今でもなお、その手が自分の願望を満たしてくれる事を欲している。
「亜弥ちゃんは約束を守ってないし、美貴も守れなかったし」
くるんと表情が猫のように変わる。
といってもそんな可愛らしいものではなく絶対零度の温度に変わったというだけ。
れいなは怯えて手を離したい衝動に駆られる、けれど離したら、離したなら、一体どうなってしまうだろう。
どうもならない、それが模範解答である。少し考えればわかる。
しかしそんな余裕は持たせてもらえなかった。
一瞬の切り替えに上手く対応できなかった。
約束が想定外に破られる事を美貴はわずかにも想像しなかった。
確かに死を目前にしていたのは自分だったはずなのに、この様はなんだ。
先に死ぬべきは自分で、そうするのは彼女。そう願うのは自分。
片方の願いが叶えば片方の願いは叶わない。その範囲で全て世界は進んでいた。
そうでなければならなかった。
ところが今ではどちらも叶わない。「一」も残らない結末は予想していなかった。
「約束なんかなくなっちゃった」
手から水が伝い肘から落ちた。
自分の手を掴んでいる幼い手首を砂を握るように掴む。
「この手が亜弥ちゃんの手なら良かったのに」
握るのは美貴の手ではなく鋭く光るナイフで、狙う先は心臓。
こんな風に近づいて、もっともっと近づいて、キスをするくらい、いやもっと近く、
互いの心臓の音が聞こえるくらい、そして最後に
繋がる。
そんな世界を少なくとも美貴は切望していた。
なのに目に映る世界はどうだろう。どうして冷たい目で見ないでいられるだろう。
彼女がいることで正常を保っていたのだから今はどうしたって狂ったようにしか見えない。
可愛がった後輩を一番大切にしていた彼女と重ねようとする。
到底無理なことだと知っていても。
- 77 名前:※ 投稿日:2005/12/03(土) 10:58
-
「死んだりなんかしないでください」
確かな人が狂った様を直視できないでれいなはうつむいて精一杯青ざめた唇で言葉を発した。
それで美貴を動かすことが不可能だとわかっていながらそういうしか出来なかった。
「死ぬつもりはないよ」
互いに手首を握り合ったまま美貴は震えずれいなは震えて立ち尽くしている。
体温は下がりっぱなしで顔色は双方悪い。
「ならこんなところに居ちゃだめです、体を壊します」
れいなは美貴を引張るが美貴は動こうとしない。
もう一度さっきより強く引張るも岩のように動かない。
「まだここに居るよ」
美貴は手を離し、水に触れた。
手の平に掬われる水はわずかでそれでも砂やら色々なものが入り混じる。
れいなは怖々美貴の手を掴む手を離した。
すぐさま美貴は両手で水を掬い上げて手の平を見つめる。
「藤本さん」
美貴が何を考えているかれいなにはわからなかった。
れいなと美貴との間にははっきりとした境界線が引かれている。
大切な人、大切なものを失ったかそうでないか。
けれどれいなは近いうちに自分もその線を越える事をわかっていた。
ただし美貴とは違う、覚悟もある程度しているし、二人の世界なんか創ってはいない。
入り込めない第三者として存在し、そのくせに辛うじて触れ合える彼女を大切に想ってしまった。
美貴がいなくなっても美貴のように壊れることは無いだろう。当然痛みはあっても。
今だって確かな痛みがある。壊れた破片が指先を刺すように。
届かないはずなのにどうしてこんなに痛いものなのかはれいなにはわからない。
「藤本さん帰りましょう」
「れいな」
「何ですか」
辺りは暗くなり水面も色を失っていく。互いの顔もはっきり見えなくなっていく。
「あたしがいつか死んだら灰をこの海に捨ててよ」
細く力のない声だった。
「せめて死んだ後くらいは一緒に居たいから」
美貴は事実を受け止められなくて壊れたのではなかった。
受け止めた上で壊れていた。受け止めたから壊れた。
彼女の不在を誰よりも実感していた。死ぬために生きていた。
「はい」
れいなは何にも照らされず誰の目にも映らない涙をとうとう流した。
美貴は相変わらず水を掬っては失くした涙と亜弥の死んだ海に触れていた。
最後の思い出というものを作ろうにも出来ない突然のことだったから、
せめて彼女の死に繋がりを持っていたかった。彼女と繋がって一つになりたかった。
- 78 名前:※ 投稿日:2005/12/03(土) 10:59
-
翌日れいなは警察から電話を受け美貴の入院する病院へ向かった。
れいなは他の誰よりこんな展開をはっきりと予想していた。
美貴の病室はドラマで見かける黄色と黒のテープで立ち入りが禁止されていた。
看護師やら医者やらが厳つい顔の刑事らしき人に尋問されていた。
少しだけドアが開いており、覗いた先には白いシーツに赤茶色のしみが広がっていた。
美貴はどこへ行っただろうか、とりあえずうろついている警察の中から適当に選んで話しかけた。
田中れいなです、と告げるとああ、と呟いてから少し離れたところへ連れて行かれ座って待たされた。
騒がしい院内を思ったより冷静な目で見ている。冷静な代わりに深く沈んでいる。
涙に重りがついたのかじわりとしてもなかなか上がってこない。
中途半端なせいで余計痛かった。目から流れられないとわかると仕方なく心臓を攻撃し始めたようだ。
「お待たせしました」
さっきの刑事は顔に似合わず礼儀正しそうな印象を受けた。
シャツにはしわがついているし、剃られていない髭があってもきりりとした話し方で厳しそうでもあった。
彼は一通り何があったかを話してから美貴とれいなの関係と、れいなが昨晩何をしていたかを
あまり期待していなさそうな表情で尋ね軽くメモを取っていた。
それと、と付け足して彼は持っていたカバンのファイルから袋に入った封筒を取り出し、
白い手袋をはめてそれを開いた。
あなた宛のようです、と一枚きりの手紙を見せてくれた。文は一行だけだった。
遺灰は頼んだよ
筆不精な彼女らしい手紙だった。可愛らしい紙に質素な文字だった。
「これはもらえますか?」
彼女が最後に自分に一つ託したことが不謹慎に嬉しくもあった。同時に悲しかった。
「捜査が進み次第、すぐにお渡ししたいのですが」
彼が言うには自殺か他殺かわからないらしい。
状況的には自殺なのだけれど、矛盾が出てくるのだと言った。
ナイフで心臓を刺されていたのに両腕はそれより上で何かを抱きしめるようで、
更に美貴の頬には美貴のではない涙が落ちていたという。
誰かが流した涙が落ちたように。
遺書はある、狙いすまされたように日付は昨日付けだった。
死んだ後の遺族へのとれいな宛の、どちらも美貴の筆跡だとそこまで鑑定されていた。
凶器は果物ナイフ。いつだか亜弥が持ってきた可愛らしいものだ。
指紋は亜弥のものしか出なかったと刑事は不思議そうな顔で言った。
「藤本さんと会えますか」
れいなは再び連れられて美貴がいる部屋へ向かった。
- 79 名前:※ 投稿日:2005/12/03(土) 10:59
-
こんなに色白ではなかったはずだった、とれいなはその穏やかな顔を見て思った。
前は辛うじて血の気があったのだとそこで初めて実感した。
以前だって決して顔色は良くなかったのに、体から血が抜けたせいなのか本当に真っ白だった。
今にも動き出しそうとはよく言うけれどその通りで美貴は話しかけたら昔のように笑ってくれるような気がした。
昔、普通だった頃、何もかもが平凡だったあの頃。
強い力を持った瞳や元気そうな色の頬や冷めた突っ込みの声とか、
いつも美貴のそばにいた亜弥、美貴が亜弥に見せる表情、そしてれいなを見るときの優しい表情、
失っていったものが確かに全てあった時のように。
崩れ落ちていった、というのは決して形容ではなかった。
ああと溜息を漏らす間に瓦礫となり砂となり、これから灰となる。
れいなはその頬に触れた。乾燥してかさかさしていた。
瞼はもう開かない。声を出すことも表情を見せることもない。
自分の胸でそう呟くとざっくりと実感という意識が胸を貫いた。
覚悟はしていたくせにその痛みと他の感情でれいなは泣いた。
そして同時に覚悟がなければ泣けもしなかっただろうと思った。
美貴はどうだったのだろうか、目の前で眠るように横たわる美貴に尋ねるも答えはない。
涙を失った彼女は一体、覚悟なんてすることができるはずなかっただろうに。
れいなははっとした、触れていた指を思わず動かしてしまった。
刑事は不思議そうにどうしましたと聞きなんでもないですとれいなは言葉に反した顔で言った。
可能性は二つ。
予知していたか、本当は受け止めてなんていなかったか。
予知だなんてばかげたことは考えるべきじゃない。
未来を知っていて動かさないならそれはもう意思である。
美貴は亜弥が死ぬ事をわかっていたのだろうか、それともそう仕向けただろうか。
れいなはそれを否定した。あり得ない。
美貴は亜弥の手で死ぬことを切望していた。異常な執着ともいえたくらいだ。
ならやはり受け止めることなんてできていなかったのだろう。
ましてやこうやって最期の果てを見ることも出来なかった。
亜弥は海に沈んで浮かんでこなかったのだから。
美貴は涙を失ったわけじゃないのかもしれない、
もしくは本当に失っていたかもしれないけれどそれは亜弥の「死」に大してではなく「不在」に対して。
どこかで死なんて根本的に信じていなかったのなら、
美貴が本当に探していたものは、そして美貴を殺したのは。
れいなは背筋を凍らせた。
- 80 名前:※ 投稿日:2005/12/03(土) 11:00
-
再びあの冷たさに下半身を浸けながられいなは瓶に入った灰を海へと落とした。
粉のように舞うわけでもなくすんなり落ちていくわけでもなく、
少し腹が立つくらいの速さでのろのろと流れていった。
溶けるように沈んでいくものもあれば沈む気配も見せずに浮かんで流れていくものもあった。
波に流されて自分にかからないように、遠く海に溶けるように、亜弥に近づくようにと
別れを惜しみながら彼女の最後の願い事を叶えた。
本当はきっと二人が近づけるようになんて思わなくたってあの二人なら自然と引き付けあえるだろう。
それどころかもうすでに触れ合って繋がっている。
その世界を苦く恨みながられいなは瓶を思い切り遠くに投げた。
美貴は結局他殺か自殺か警察は判明させることはできず、
けれど部屋に誰か入った証拠もないのであきらめて自殺として病院の騒動は終わった。
全ての事を結びつけてれいなは一つの推測を立てていた。
誰もが聞いたら笑い出してしまうようなものだったがあの二人のことなら純粋に信じたっていいと思っている。
最終的に美貴の究極の願いは叶ったのだろう。満たされた笑顔のままの遺体をみてそう感じた。
あの日美貴を殺しに来たのは死んだ彼女だった。幽霊だなんて信じたこともないけれどそれしかないと思える。
他の何者をも受け付けない二人だけの約束。約束は破るか果たすためだけにある。
死んでも果たしたかったのだろう。
失っていった美貴の一つの、一番の願いを亜弥は未練で動けるほどどうしても果たしたかった。
想定の範囲外なんて関係ない、結局願い事は叶い、れいながその物語を締めくくらなければならない。
わずかにも入り込めなかったストーリーのエンドロールを頼むなんて美貴はどれだけひどい人だろうと
れいなはあまり飛ばなかった瓶の行く先を眺めていた。
甘酸っぱいとか苦いとかそんな表現で表せない完全な失恋。
憎いという感情さえある、それでもこの役を降りなかったのはれいなにとって美貴はとても大切な人だったからだ。
亜弥と同じように約束を果たしたかった。たとえ世界から外れてしまっていても。
瓶が視界から消えてしまってれいなは溜息をついて海から出た。
全ては終了した。何も未練はない、寂しさはあるけれど。
さようならと心の中で呟いて砂浜に足跡を残してれいなは海から去った。
数日後亜弥の遺体がその砂浜で発見されたという。
- 81 名前:白 投稿日:2005/12/03(土) 11:00
-
从*・ 。.・)<かくし
- 82 名前:白 投稿日:2005/12/03(土) 11:00
-
从*・ 。.・)<かくし
- 83 名前:白 投稿日:2005/12/03(土) 11:01
-
从*・ 。.・)<かくすの!
- 84 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/12/12(月) 05:03
- 突然失礼します。
いま、2005年の飼育を振り返っての投票イベント
「2005飼育小説大賞」が企画されています。よろしければ一度、
案内板の飼育大賞準備スレをご覧になっていただければと思います。
お邪魔してすみませんでした。ありがとうございます。
- 85 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/06(金) 23:19
- 密かに待ってます。
- 86 名前:白 投稿日:2006/01/20(金) 01:01
- お待たせしてます、ごめんなさい。
石を投げられても仕方がない状態です。
無更新というのは嫌なので時期を外したものを置いておきます。
>>85
お待ちさせていてなおかつ違う話を置いていくのですが
必ず終わらせますので最後まで御付き合いしていただけると嬉しいです。
- 87 名前:白 投稿日:2006/01/20(金) 01:02
- 「なんでれいながこんなことしなきゃなならないんですか
後で何かおごってくださいね」
「いいから黙ってやって」
藤本さんは頼んだ側のくせに冷たく偉そうにめんどくさそうにあしらった。
「あー全然片付かない」
片付けるためにはまず散らかさなければならなくて、
目の前には嫌になるほど大量の「物」が引っ張り出されている。
そしてこんどはこれを整理して今まで入っていたところに戻さなければならない。
終わる目処が立っていないのにすでに数時間が経過している。
「こういうのは自分でやってくださいよ」
「無理」
「なら松浦さんとやってください、恋人同士なんですから」
「えー」
頭を働かせて上手に収納する方法を考えそのとおりに収める。
引っ張り出したはいいもののどうやって入っていたのか今では不思議でしょうがない。
藤本さんはだらだらと手を動かしだらだらした非難の声を上げた。
「だって恥ずかしいじゃない」
なんでだよ、と思わず突っ込みたくなったけれど一応は先輩だからやめた。
後が怖いというのもあるけれど。
「あたしならいいんですか」
一体今更何が恥ずかしいというのか全く見当もつかない。
人前で遠慮なくいちゃつく姿を何度も目にしているこちら側としては
何年も付き合っていてなおかつ人前でそういうことをしていてその発言はないだろうと思った。
「れいなはいいんだよ」
「なんでですか」
「怪しまれないから」
あたしが知りえる藤本さんの友達は同い年かほんの少し年下の人ばかりで
あたしほど離れている人はいなかった。
つまりあたしだけが恋愛対象外と藤本さんからもその彼女からも見なされているらしい。
子ども扱いされていることに腹が立ったけれど
そういうと余計そんな扱いされるのを知っているから反論しなかった。
それはともかく、あたしが聞きたかったのはそんなじゃなくて
どうして「彼女」じゃいけなくて「後輩」ならいいのかだった。
話し方によれば「友達」だって怪しまれさえしなかったらよかったのだろう。
二人の間に隠し事があるようには思えない。
「一休みすっかー」
二度目の休憩で藤本さんはホットココアを入れてくれた。
熱くて飲めないから冷ましていると、隣で藤本さんは平気な顔して軽々と飲んでいた。
あたしがようやく口をつけられる頃にはほとんど飲み終わっていた。
「終わんないなこりゃ」
藤本さんは半ば諦めたように山を見ながら呟いた。
その目は思い出を懐かしんでいるようだった。
- 88 名前:白 投稿日:2006/01/20(金) 01:03
- 「あまり捨てないんですね」
片付けるうちに捨ててよさそうなものもいくらかあったのに
捨てようとする素振りはなくむしろ大切そうに見ていた。
「自分で買ったものならいいんだけどね」
照れくさそうに苦笑した。最後の一口に口をつけたのを見てあたしもカップに口をつけた。
「あやちゃんからのだからさ」
それなら捨てられないだろうなと思った。
捨てられないものばかりのこの部屋はその分だけ彼女達の想い出が詰まっている。
大量に物がある中で一人だけあたしが仲間はずれでいたたまれなかった。
「あたしがそういうものを整理してていいんですか」
「じゃなきゃ頼まないでしょ、こんなの見られたら亜弥ちゃんにからかわれちゃう」
そんなにあたしのこと好きなんだ、ってさ、
あまり似てないはずの物まねは無邪気な松浦さんの笑顔を思い出させて、
重なるように自分の大切な人の笑顔が浮かぶ。
「捨てられないもの増えたなあ」
それは物だけじゃない、自分の想いや彼女との想い出。
捨てられないというのはつまり、切ることが出来ないということ。
「あたしもです」
独り言のつもりだっただろうけど思わず同意してしまった。
藤本さんは後輩に向ける先輩の笑顔を浮かべた。
「大事にしなよ」
あたしに向けたようでもあったし自分に向けたようでもあった。
「はい」
心の中で絵里とつないでる手に力を込めるイメージ。
感触はないけれど確かだと思える。
「さあやるかー」
だらりと伸びた声で藤本さんは言う。
あたしはしぶしぶ返事をしてまた手を動かし始めた。
- 89 名前:白 投稿日:2006/01/20(金) 01:03
- 从* ´ ヮ`)<みじ
- 90 名前:白 投稿日:2006/01/20(金) 01:04
- 川VvV)<かい
- 91 名前:白 投稿日:2006/01/20(金) 01:05
- ( ´ Д `)<ぽ
- 92 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/02/19(日) 21:25
- あなたの田亀だいすきです。
なので、がんばってほしい…
- 93 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/08(水) 23:02
-
砂糖、ミルクともに多目、隣のテーブルに座る20代半ばくらいの男性のそれと比べると
明らかに白の成分が多いとわかる。
いつも普通に飲んでいるのにそんな気分にはなれない、
数年前いつも彼女に笑われていたコーヒーをテーブルに置いたとき、
彼女は数年前の面影を強く残した笑顔で現れた。
更に言うなら数日前に会った彼女の父親の雰囲気とも近かった。
「れいな?」
「え・・り?」
外面は大きく変わった。
し慣れていなかったはずの化粧は自然に綺麗にされていて
元の顔立ちの綺麗さを引き立たせていた。
髪の毛はだんだん茶色くなっていたのに今はどちらかというと黒に近くなり
出会ったときくらいに長くなっていた。
内面も変わったような気がする。
不透明に表情を隠していた目はなく、今は嬉しさが伝わってくる。
じんわりと涙が目を包んだ。ここで零すのは恥ずかしいから必死にこらえる。
絵里も同じだった。流れそうになった涙は流れる前に拭かれた。
「久しぶり、変わんないね。」
「絵里は変わったー。すんごい綺麗になったよ。」
全くのお世辞抜きで美人。
年上か年下かわからなくなるようなあの頃が信じられないほど
目の前の絵里は大人びている。
「そう?ありがと」
椅子に座る振る舞いも、注文する横顔も、瞬間瞬間にはっとさせられる。
それでも純粋に嬉しそうに笑う顔にはまた相応の目だった。
迷いや悩みの闇が吹っ切れたように素直な目。
そのことがあたしは嬉しかった。安心した。
嬉々とした会話は弾み数日前に行った会話とどうだっていいようなことを話した。
「絵里は、あの日からどこに居たの?」
ずっと心配していた、後悔していた。埋められない数年間。
「んーとね、適当に電車でちょっと離れたところまで行って、
数日はホテルだったんだけどそれだとお金すぐになくなるから
そこの近くで知り合った人に面倒見てもらってた。」
「ふうん。」
正直良い気分になれるはずがなかったのは確かだったけれど顔には出せなかった。
知り合ったということは初対面だったのだろう。
そんな人がそう簡単に一人の女の子を面倒見るなんてことは普通に考えればあるはずがないし、
万が一あったとするならその人は女か男か、どんな関係なのか。
今も親しくしているのだろうか、それどころか体の関係すらあるのかもしれない。
どんな人かどんな風に知り合ったのか訊きだしたかったけれど
責めるようになってしまう気がしてできなかった。
あたしたちの関係は今、何と呼べるのだろう。
「じっくり話したいからうちにこない?実は今すごく近くに住んでるんだ。」
「いいの?」
「もちろん」
- 94 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/08(水) 23:02
-
立ち上がって店を出て、あたしは絵里の車に乗った。
小さくてオシャレな軽自動車。可愛らしい小物が置いてあり新しい匂いがした。
アクセルを踏んで慣れた手つきで運転する姿はあたしの知らない絵里に見えた。
絵里は覚えていないのかもしれないけど、あたし達は別れていないんだよ、
心の中で呟いたところで届かない。
あたしにとって現在進行形の大切な恋愛は彼女にとっては過去のものなのだろうか。
怖くて自分からきけなかった。
不安な気持ちは見せるだけ間抜けな気がして、どうでもいい話をした。
絵里は思ったより近いところに住んでいた。
小さくてあまり新しくはなさそうなアパート。こじんまりとして可愛らしい雰囲気が漂っている。
「可愛いでしょ、一目ぼれして最近引っ越したの」
えへへ、と嬉しそうな笑顔で階段を登る。あたしはその後をついていった。
「大変だけど、いつまでも世話になってばかりいられないから、
れいなは一人暮らしじゃないの?」
「うん、地元の大学だから」
「そっか」
鍵を開けドアを引くと少し狭い玄関。靴は置いてなかった。
すすめられて先に靴を脱いで家に上がる、その一歩を踏んだとき後ろから急に抱きしめられた。
身長差はあの頃と変わっていないのに段差で絵里の頭はあたしの背中にある。
回された腕に力がこもっていてあたしは動けなかった。
仮に力が入っていなくたって同じだったかもしれない。
心臓が不意に大きく鳴る。
- 95 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/08(水) 23:03
-
「会いたかったよう」
泣き出したくて仕方がなくなる。彼女の声は切望を示していた。
後ろでかたかたと震えているからどうにかしたくて
でもどうするのがいいかわからなくて迷ううちに動けなかった。
忘れられなかったけれど薄れかけた想いが思い切り鮮明になる。
鼻をすする音につられてあたしの涙が彼女の手の甲に落ちた。
絵里は腕をほどいてあたしの名前を呼んだ。雨の中で困り果てた猫の鳴き声みたいだった。
「こっちむいて?」
泣き顔を見せるのが嫌でできれば振り返りたくなかった。
渋っていると絵里があたしの腕を掴んで引っ張った。
わずかに見上げる絵里の頬には涙が流れた痕がある。
それはあたしも同じで絵里は自分のそれを拭くこともしないであたしの涙を親指で拭う。
ここにあるのは、あの頃よりも幼い関係だ。
自分が泣いているくせに相手に泣かないでというくらい。
濡れてしまった指先があんまり優しいせいでまた泣きたくなる。
絵里は靴を脱ぎ捨てて段差を上り元の身長差に戻した。
そして今度は正面からあたしを抱きしめる。香水のいい匂いがする。
「れいなは、あたし以外の誰かと付き合ったりした?」
あたしは絵里がいなくなった日から、まるで潔癖症のように誰にも恋愛感情をもてなかった。
自分で愚かだと笑ってしまうくらいに。
腕の中で横に首を振る。
「あたし以外好きになった?」
もう一度首を振る。
「絵里は?」
今度は絵里が横に首を振る。
「なれなかった、れいなのこと忘れられなかった」
- 96 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/08(水) 23:03
-
あたしの肩に顔をうずめて話す。声が震えていく。
「もう会えないと思ってた、死ぬまでずっとこんなの抱えて生きていかなきゃなんないって。
毎日後悔ばっかりで苦しくて、会いに行こうと思えば会えるけど
逃げ出したあたしが会いになんかいけなくて。辛いのは罰なんだって思うしかなかった。」
後悔し続けていたのはあたしだけではなかった。
罰を受け続けていたのは、もう会えないだろうと思っていたのは、
一人以外の誰のことをも想えずに捕らわれていたのは、絵里も同じだった。
何年も起こり続けたシンクロナイズ。あたし達はよく似ていた。
だから、一つにだってなれる気がした。
「絵里」
呼ぶと顔を上げて赤い目を見せた。弱い目の力に、あたしはもう苦しまなくていいと大声で言いたくなった。
顔を近づけると絵里は自然に目を閉じた。その際に目の端から水滴が零れた。
初めてのキスのようにたどたどしく唇に触れ合う。
久しぶりのやわらかさは甘くしょっぱい。
「今でも好きだよ、消したくても消せなかった。絵里は?」
大粒の涙がぼろぼろと溢れた。これは一体何年分の涙なんだろう。
あの日からか、それともそれ以前からか。
それだけ長く絵里は苦しんできた。不器用に。
「好・・・き」
傷つきすぎて絵里はふらふらだ。倒れる先はあたしだけしか用意できないし、絵里が求めないだろう。
もう一度口づけをする。今度は深く、長く、傷を舐めるように。
口内を舐めあげるたびに甘く切ない息が漏れてあたしはそれを追い求める。
途中で苦しくなって息継ぎのように溜息をついて、足りなくて何度も深くキスをして同じ熱を持つ。
頭が熱くなり考えることもままならなくて、ここが玄関だなんてどうでもよくなって溶けて落ちていく。
絵里が甘ったるい声をあげるとその度に脳の思考回路が破壊されて、求められているのに求めてしまう。
触れた絵里の体温に気が狂う。
肌は決して混ざらないくせに熱だけはひどく混沌としてぐちゃぐちゃになって、
自分が相手と別個に存在している事を腹が立つくらい教えるのに
一つにさえなれそうなおかしな気分になる。
行為の最中絵里は泣いていた。子供のように何度もあたしの名を呼んだ。
返事の代わりにあたしは彼女の名を呼んだ。
名を呼ぶ声はだんだん速くなって、呼吸は荒くなって、朦朧とした表情で最後は声にならなくなった。
- 97 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/08(水) 23:03
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最後まで終えて壁にぐったりと寄りかかる絵里にキスをする。
眠っているような深い呼吸をしながら穏やかで弱い声を出した。
「れーな、好き」
額にじんわりと汗をかいてえへへと幸せそうに笑う顔が幼かった。
「あたしも好き」
ぎゅうと抱きしめるとぐりぐりとあたしの肩に額を押し付ける。
「これからも好きでいい?」
背中に腕が回されて力がこもる。静かで確かな熱が伝わる。
「もちろん。だって別れてなんかないから」
あの日のばいばいに関係を終わらせる意味が含まれていないと思っていたかった。
もしかしたらと考えてもそれを認めたくなかった。
あたしが忘れられないように、絵里も忘れていないはずのあの日をほのめかす。
絵里は驚いた顔であたしの顔を見た。
「これからもずっと彼女でいて」
「うん」
これ以上不安定な関係が続かないように。
額に額をつける。
「もうどこにも行かないで」
「うん」
手が二度と離れないように。
絵里はまた泣いてしまった、でもこれは痛みのせいじゃない。
ようやっと繋がれた嬉しさだと思う。
「一緒にいよう」
絵里は何度も頷いた。まるで誓いのキスみたいなキスをする。
あたしはもう手を離さないしおそらく絵里も離さない。
数年分の苦しさは消えてなくなりはしないけれど、それ以上に幸せだった。
顔をはなして見えるのは絵里の心からの笑顔でつられてあたしも笑う。
「れーな大好き」
「絵里大好き」
甘ったるくて緩い空気で笑いあう。
これからはずっとこんな風に二人でいられたらいいなと思った。
- 98 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/08(水) 23:08
- >>93 名無飼育さん
本気でお待たせしました。土下座したい気分です○| ̄|_
スレの容量も微妙になってきましたのであと一つ二つが限界かと。
最後までお付き合いいただけたら嬉しいです。
- 99 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/08(水) 23:09
- リd*^ー^) <かくし!
- 100 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/08(水) 23:09
- 从 ´ ヮ`)<かくせ!
- 101 名前:白 投稿日:2006/03/12(日) 15:31
- あともうちょっとでスレが埋まりそうなんで埋めちゃいます。
>>46-50の続編らしきものです。これでこのスレは終わりです。
- 102 名前:白 投稿日:2006/03/12(日) 15:31
- 禁止令が解かれたように今までの我慢が一度切れると元に戻せない。
あたし達は恋人同士のようにキスをするようになった。
思わず以前に戻ったと錯覚してしまうほど自然に。
自然なことの不自然さに気づけば、幻想の中にいた自分を遠くから見ることになって
それがとてつもなく痛いことだと知ってしまった。
恋人でない、つまりは束縛できない。
自分以外の誰を彼女が好きになろうと口出しできない。
付き合うことになったら祝福すべきで、怒りを向けることなんて許されない。
その権利はとっくに放棄してしまった。それがどのくらいの価値があるか知らないで。
いつ心が離れていくか、そしてどれだけの速さで自分以外の人と成立してしまうのか、
足元が崩れ落ちるような恐怖は気が狂い自分を失いそうになるほどだった。
あたしはその不安から目をそらして逃げた。怖いのも痛いのも嫌だった。
考えることはいつしか禁断のタブーに触れることと等しくなり、
それでも時折考えてしまって涙が出てくるような痛みと戦わなければならなかった。
この関係にはただの友達や恋人なのとは違ったタブーがあった。
キスは許されても「好き」とか言葉で言うことはあの日以来両方ともしなかった。
相手を束縛することもしなかった。将来の二人の事を話し出さなかった。
明らかに意図的にお互い意識して触れないようにし、気づかないふりをした。
苦しむくらいなら永遠にこのままでいい、考えが合致するのは別れたときと同じだった。
「好き」と言わなくなったのはタブーに触れないようにするためだけではなくて、
彼女はどうかわからないけれどすくなくともあたしはやはり怖かった。
同じ言葉を返してくれるかなんてわからない。
あの日はそうだったかもしれないけれど今もそうとは限らない。
たくさんある痛みの中のひとつだった。
キスをするのに、その関係は恋人ではなく単なる友達。
恋愛と同じで永遠でないことは確かで、恋愛より壊れやすい状態。
そして今度壊れたら最後、待っているのが破滅である気がしていた。
修復だなんて期待は持てなかった。
見ないふりをしながら後ろで待ち構えている破滅の現実を恐れて
それが原因のぬるくて拭いきれない痛みの中にずっと浸かっていた。
- 103 名前:白 投稿日:2006/03/12(日) 15:32
-
相変わらずあたし達は仲良いふりして遊んだり一緒に勉強したりしていた。
仲がいいことは間違いないけれどその中にある複雑なものはあたしたち以外誰も知らない。
二人きりでないときは普通の友達のような顔で、
二人きりのときは隠されていた不自然が呑気に顔を出す。
恋人同士のような甘いようなぬるいような空気に足半分突っ込んで
それでいて完全にはまりきれないまま隣に存在していた。
彼女はあたしより背が高く同様に座高もその半分くらい高かった。
いつもよりは縮まっている、けれど結局は高いその位置から唇にやわらかいキスをした。
向かい合って座るより隣に座るのが好きらしく肩をくっつけて座っていた。
そこからされるキスはいつだって胸が高鳴る。
また伸び始めた髪の毛が気になってしまう。緩くて甘い空気によってしまう。
閉じきった部屋の中に音はなく、そのせいか余計集中してしまって、それ以上を望む。
柔らかい唇と、床の上に重なった手。
彼女の反対の手があたしの頬に触れた。
その手がどれだけやさしく触れるかなんて付き合ってから苦痛になるほど知っている。
指先にある確かな熱からは前より強い感情すら感じた。
閉じた瞼の裏で目眩がしそうになる。
光の気配は感じられるけれど目を閉じて何も見えない、
暗闇の世界は視覚以外の感覚を鋭くとがらせさせて痛みと優しさを強く感じさせた。
しっとりと緩やかに時が流れ、長いと感じるのにずっと続いてほしいと思う。
ずきずきと心臓が甘く痛む。二人とも動かないから動いている心臓がやけに目立った。
こんな痛みは好きだけれど、今は少し痛すぎた。
手が重なり合う間は、唇が触れ合う間はわずかな安心が感触として存在する。
それが離れた瞬間はそれ以上を求める昔の心と破滅を予想し不安にかられる心とが
混ざってどちらも歪んで今まで保っていた正気を狂わせた。
つまりあたしはこの微妙な均衡を崩そうとしていた。
後悔も予想も先に立つほど冷静ではいなかった。
糸が切れるのは何気ない日常で特別な日じゃない。
特別な日になれないほどキスを普通にしていた異常に手をかけようと
顔を離して細い腰を抱きしめた。
「絵里」
「ん?」
顔は彼女の鎖骨より少し下辺りにうずまって見えなかったけれど、
きっと友達になんかに見せない表情で微笑んだのだろう。
顔なんか見なくたって声でわかる。
特別な声はあたしにとって当たり前で、当たり前すぎて、
あたしの髪を撫でる手の優しさも当たり前で、失うのは怖かった。
もう一度自分のものにしてしまいたかった。
この後の言葉が上手くいくことをどこかで当然だとすら思っていた。
自然に流れ出るはずだった言葉は途中で行き先を失った。
「――す」
「だめだよれいな」
穏やかで頬を撫でた手と同じくらい優しい声は
あたしの声も言葉も遮り均衡を崩される事を拒絶した。
- 104 名前:白 投稿日:2006/03/12(日) 15:32
-
「おんなじこと繰り返しちゃう」
止まることなく撫でられ続けている髪が耳のそばで揺れて微かに音を立てていた。
時折地肌に指先がすべり、それでも不思議とどきどきしたりはしなかった。
うずめた箇所から震えが伝わる。
原因が何か正確にはわかりえることはないのだろうけどなんとなくは見えていたと思う。
彼女が踏んだブレーキは正しくてあたしはそうだねとか間抜けな答えだけ返した。
止まったことに安堵している自分がいた。
進めなかったことを憎んでいる自分ははるかに小さかった。
顔をうずめたままありがと、と言った。撫でている手が止まりあたしの頭に彼女は頭を乗せる。
声を失ったように、触れ合って何かを伝え感じようとする。
肩上に腕を回されてあたしはその腕に触れて自分の感情を逃がそうとした。
逃がせるはずないのは知っていた、縋るのに近かった。
子供のように抱きついた彼女を愛しいと思った。
わずかに服を握ると合図を受けたように顔を上げる。
頬に幼い子がするようなキスをしたらくすぐったそうに苦しそうに笑った。
あたしは忘れちゃいけないことを再確認した。
苦しいのはあたしだけじゃないこと、絵里をどこまでも好きだということ。
それが相手に伝わっていても伝えきってはいけないこと。
舞台上で演技するみたいに子供のように笑えばいい。
線は踏んではならない。越えないために線はある。
額をくっつけ合って、ふにゃりと笑いあった。
下手くそな笑顔だっただろう、でもお互い様で見逃しあう。
緩い温い優しい彼女の空気を愛する今は線は越えないだろう。
交わらない平行線上に立っていても限りなく近いならこの距離を許せそうだった。
キスしあう間にまた髪の毛の匂いがした。
髪、いい匂いする。そう?うん。
傷つかないために傷ついてもあたし達は気づかないふりをする。
これからずっと。永遠に。
- 105 名前:白 投稿日:2006/03/12(日) 15:33
-
(* ´ Д `)<ぽ
- 106 名前:白 投稿日:2006/03/12(日) 15:33
-
(* ´ Д `)<ありがとうございました。
- 107 名前:白 投稿日:2006/03/12(日) 15:34
-
(* ´ Д `)<また会う日までさようなら
- 108 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/12(日) 15:48
- こちらこそ、たくさんの田亀ありがとうございました。
また会いたいです。出来れば早く…
- 109 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/13(月) 00:07
- お疲れさまです!全部読んでました。
終わっちゃうのかぁ〜
またいつか白さんの作品を読めるのを楽しみにしてます!
- 110 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/24(金) 03:26
- おつかれさまでした
止まった時間の中にいるようなここの作品たち、大好きでした
噛み合わない気持ちはまさに平行四辺形ですよね
二人の間に錯角があるから二つは永遠には交わらない、と
自分も昔そんなこと思ったなぁって懐かしくなって胸が痛みましたw
こういう気持ちにさせてくれた作品たちと白さんに本当感謝です
白さん、ありがとうございました
またどこかでお会いできるのを楽しみにしております
- 111 名前:白 投稿日:2006/06/29(木) 23:27
- >>108
レス有難うございます。田亀ワショーイ。
>>109
全部読んでいただいたなんて嬉しいです。ありがとうございます。
>>110
このスレの話は割りと時間を意識して書いているので
大好きなんていわれると興奮して調子に乗ってしまいます。ドキドキムネムネ。
更に感謝なんていわれた日にはもう、舞い上がって踊り狂いそうな勢いですが
気持ち悪いのでやめておきます。
レス有難うございました。
次スレ立てました。ケーキやめました。
「Minus two」
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よかったらどうぞ。
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