天使と悪魔と美貴とよっちゃん。
- 1 名前:すてっぷ 投稿日:2005/06/26(日) 18:55
- 藤本さん主役のコメディです。
よろしければお付き合いください。
- 2 名前:天使と悪魔と美貴とよっちゃん。 投稿日:2005/06/26(日) 18:57
-
「あ……」
よっちゃんが呟いた。
「どしたの?」
「ゴメン、20円ある?」
「は? なんで20円」
「20円足んないんだよ」
「美貴サイフ持ってきてないよ」
あたしが告げると、自販機の前でガックリと肩を落とすよっちゃん。
楽屋には自分の飲みたいモノが無かったらしく自販機へ向かう途中のよっちゃんとトイレから出てきたところで遭遇したあたしは、
なんとなく成り行きで彼女に付き合ってココまでやってきたというワケ。
「てゆーか、100円しか持ってないの?」
「うん。銀行行かなきゃとは思ってたんだけどさ、思ってるうちにいつのまにか100円になってた」
「思ったときに行けよ」
いいオトナが財布に100円しか入っていないのも問題だが、100円しかない所持金をたった今ココで
使い切ろうとしている彼女は一体何なんだろう?度胸があるのかバカなのか。まぁ、バカなんだろう。
「まいったなぁー」
言いながら、よっちゃんはサイフを覗き込み、中に指を突っ込んで何度も何度も中身を確認している。
「誰か知ってる人通んないかなぁー」
言いながら、よっちゃんは周りをキョロキョロ。
- 3 名前:天使と悪魔と美貴とよっちゃん。 投稿日:2005/06/26(日) 18:59
- 「ねぇ、諦めて戻ろうよ。20円あげるからさ」
「持ってきて。待ってるから」
「ハァっ?バカじゃないの」
ったくドコまで図々しいんだかコイツは。
『フフフフフ』
突然、どこからか声がした。低い、笑い声。
『困っているようだな、藤本美貴。お前の魂、20円でオレが買い取ってやろうか』
「え…?」
聞き覚えのある、忘れようにも忘れるヒマもないくらいほとんど毎日聞いてる、この声。
「よっちゃん、何か言った?」
「あ? なんも言ってねーよ」
よっちゃんが不機嫌そうに答える。
ゴキゲンナナメの理由はあたしに「バカじゃないの」とか言われたからなのか、
いい大人のくせにジュース1本買うコトが出来ない自分の不甲斐なさに呆れているのか。まぁ、前者だろう。
「そ、だよね」
だとしたら、さっき聞こえたあの声は一体なに?幻聴?
けど確かに、よっちゃんの声そっくりだったんだけどなぁ……。
『遠慮すんなって。20円無くて困ってんだろ?』
「べつに困ってねーよ」
あたしは思わず即答。
だいたい、ジュース買うのに20円足んなくて困ってるのはよっちゃんであって、あたしにとっては痛くもかゆくもないんだから。
- 4 名前:天使と悪魔と美貴とよっちゃん。 投稿日:2005/06/26(日) 19:00
- 「って誰だよおまえ」
姿の見えない、よっちゃんそっくりの声に向かって問う。
『オレ様は悪魔だ。悪魔に魂を売るってことがどういうコトか、お前にもじきに判るさ。フフフフフ』
「や、誰も売るとか言ってないから」
仮に悪魔だとして。なんであたしがよっちゃんのために、悪魔に魂売んなきゃなんないのよ。それも20円で。
チャリンチャリーン。
あたしの足元で小気味良い音がしたかと思うと、
「あっ!20円だラッキー!」
よっちゃんはそれを素早く拾い上げ、
「あ、コラ使うなバカっ」
あたしが止めようとしたときには既に。
「へ?」
よっちゃんの100円と、どこからともなく現れた10円玉2つは、めでたく自販機の中に吸い込まれた後だった。
「なんで?」
入れてから聞くな。
「いいから返却ボタ」
「えいっ」
そして理由聞く前に押すな。
ガタガタガタン。
『まいどあり〜♪ フハハハハ!!』
よっちゃんの100円と、あたしの魂と引き換えにどこからともなく現れた10円玉2つは、もう戻らない。
何を買ったか知らないが、めでたくよっちゃんは自分の飲みたかったモノを手に入れたのだった。
- 5 名前:天使と悪魔と美貴とよっちゃん。 投稿日:2005/06/26(日) 19:02
- 「ぷっ……はああ〜っ!うんめぇー!」
腰に手を当てて豪快にそれをあおった彼女は、幸せそうに目を細め、うっすら涙さえ浮かべている。
よっちゃん、そんなに嬉しいんだ…そっか。
よっちゃんがそこまで喜んでくれるんなら、美貴も悪魔に魂を売った甲斐があるってモノだようん。
と、無理に自分を納得させようとしてみたが、やっぱり無理だった。
「ハーイ、ミキティも飲むぅー?」
「あ、てゆーかデカビタなんだ…」
デカビタに罪は無いが、ヒトの魂売った金でデカビタ……なんだろー、なんか、納得がいかない。
『オレ様はお前の心の中に潜む邪心だ。これまでは、逐一メンバーの揚げ足をとったりカメラの前でやる気の無い表情をしてみたり、
その程度の悪事に甘んじてきたが……お前の魂をこのオレ様が買い取った以上、これからは思う存分暴れさせてもらうぜ』
「ねぇっ、よっちゃん!ホントに何にも言ってない!?」
「だからなにが?」
やっぱり、さっきから聞こえてくるこの声の正体はよっちゃん本人ではないらしい。
そしてさらに言うと、よっちゃんそっくりのこの声はどうやらあたしにしか聞こえないようだ。
- 6 名前:天使と悪魔と美貴とよっちゃん。 投稿日:2005/06/26(日) 19:03
- 『楽しみだなぁー!ハハハハハ!』
自称悪魔が、高らかに笑う。
そういえばコイツ、さっきなんか凄いコト言ってなかった?
人の揚げ足取ったりカメラの前でやる気無い顔したり、って…まさかそれ全部コイツ(あたしの中の邪心?)がやらせてたってコト?
てゆーかそもそもそれって、”悪事”だったんだ……あー、なにげにちょっと傷付いたかも。
『どんなイタズラしちゃおっかなぁー。えーと、あんなコトやこんなコトや…』
『待ちなさい!そんなコトさせないわっ!』
「ハ…?」
『ん…? おっ、おまえはっ!』
なんか、また新しいのが出てきたらしい。
『私は美貴ちゃんの中の良心。言うならば天使よ』
しかも今度のは、梨華ちゃんの声そっくり。
『自分で自分のコト天使とか言うかあ? あつかましーオンナだな』
『うっ…わたっ、私はそんなつもりはっ』
『んなーにが天使だよ』
『うるさいわね!』
『バーカバーカ!』
『バカはそっちでしょ!バカにバカとか言われたくないもん!バカ!』
『なにぃっ!バカにバカにバカとか言われたくないもんとか言われたくないもん!ぶあぁーーっか!!』
『なによっ!バカにバカにバカにバカとか言われたくないもんとか言われたくないもんとか…』
「うるっせーよっ!! ヒトの頭ん中で揉めんなバカ!!」
怒鳴らずにはいられなかった。
『………』
『………』
自称悪魔と天使は、反省したのか静かになった。
- 7 名前:天使と悪魔と美貴とよっちゃん。 投稿日:2005/06/26(日) 19:05
- 「え…美貴?」
「あ…」
ヤバイ…よっちゃんがすっかり怯えた目であたしのコト、見つめてる。
「なんでもない、なんでもない。ちょっと、一人ゴト?」
するとよっちゃんはなんとなく腑に落ちないってカオで、ふうん、と言った。
あたしは、べつに言っても良かったけど、言ったってこんなハナシ誰も信じないだろうし。
それにもし信じちゃったとしたら、自分のせいで美貴がこんなコトになったってよっちゃん、責任感じちゃうだろうし。
「そーいやさっきの20円どっから出てきたんだろうね」
ホントだよね。20円使う前に抱いてくれてたら良かったんだけどね、その疑問。
「そ…だね、気付いたら美貴の足元に落ちてたよね」
「あ、もしかして美貴、パンツん中入れてた?」
「なワケねーだろっ」
「だよなぁ」
ハハハ、と愉快そうに笑って、よっちゃんはまたデカビタをゴクリ。喉を鳴らしてそりゃーまあ美味しそうに飲んでる。
- 8 名前:天使と悪魔と美貴とよっちゃん。 投稿日:2005/06/26(日) 19:07
- 『なぁー、美貴、怒ってる?』
怒ってるよ。怒ってるに決まってんでしょーが。
頼んでもないのに人の魂勝手に買い取りやがって。
天使だかなんだか知んないけど、美貴のコト助けに来たらしいわりにめちゃくちゃ弱いし。
なんなのよもー、あんたらは。
『やっぱコイツ怒ってるよ、さっきからなんも言わねーもん』
『そうね。ねぇ、まだ怒ってるの?怒ってないなら何か言って、美貴ちゃん』
「………」
だから怒ってるって言ってんじゃん。
あたしの考えてるコトぐらい読めないのかよ。何のために美貴の脳内に存在しているワケ?君たちは。ええ?
ほんっと、使えないんだから。
「だいたい、なんでよっちゃんと梨華ちゃんの声なのよ。紛らわしいったらないんだけど」
すぐ傍に立ってるよっちゃんに怪しまれないよう、あたしは小声で問い掛ける。
つってもまぁ、隣でブツブツ一人ゴト言ってる時点で怪しいっちゃー、アヤシイんだろうけど。
「ん?なんか言った?」
案の定、怪しまれる。
「言ってない」
「うっそー。言ってたよなんか」
無視無視。
「はあ?シカトかよ」
気の利いた言い訳が思いつかないときは、聞いてないフリをするに限る。
- 9 名前:天使と悪魔と美貴とよっちゃん。 投稿日:2005/06/26(日) 19:09
- 『そりゃあ、お前の想像力のモンダイだよ。お前の中の天使と悪魔像がまんま反映されて、オレらとゆー存在が出来上がったのさ』
まだグチグチ言ってるよっちゃんに対し軽く完全無視を決め込んでいると、脳内ではよっちゃん声の悪魔が、あたしのギモンに答えてくれた。
『ありがとう、美貴ちゃん。こんなに可愛く生んでくれて』
「性格まで石川梨華なのかよ」
いろんな意味で、この世に石川梨華は一人でじゅーぶんだとゆーのに。
よっちゃん悪魔に梨華ちゃん天使。
なんだかよくわかんないけど、しかもちょっと古いけど…あたしの脳内でコントのイメージがまんま再現されちゃったとゆーワケなのね。
にしても悪魔といえばよっちゃん、天使っていやぁ梨華ちゃんって、あたしの想像力ってばわりと貧困だな……あー、軽くヘコんだ。
『キモっ。自分でカワイイとか言うかふつー。ってゆーかキモすぎ』
『いいじゃん、だって普通じゃないもん。普通じゃないくらい可愛いんだから、そういうコは自分で可愛いって言っていいんだもん』
『どういう理屈だよ』
『自己申告制ってコトよ』
『意味わかんねー意味わかんねー』
あぁー、なんかすごい疲れるわーコイツらー。
- 10 名前:天使と悪魔と美貴とよっちゃん。 投稿日:2005/06/26(日) 19:10
- 「美貴、ちょっと、美貴」
「ハァっ?だからなんも言ってないって」
「ちがくて。足、踏んでるから」
「えっ」
よっちゃんに言われて足元を見ると…確かにあたし、彼女の右足をしっかり踏んづけちゃってた。
「ゴメン」
あたしは慌てて足を退ける。
「なに?わざと?」
「なワケないじゃん」
「えー、だって思っきし踏んだよ?ぐわしっ、ってさ」
こんなだったよ、と、よっちゃんが足を振り上げて大げさに真似てみせる。
「そんなんしてないって。どんだけ陰険なんだよ美貴」
「えー。マジ、ちょっと怖かったんだけど」
「だから大げさだって…」
言いながら、ハッとする。
ひょっとしてコレもあいつの仕業とか、言わない、よね…。
- 11 名前:天使と悪魔と美貴とよっちゃん。 投稿日:2005/06/26(日) 19:12
- 『あ、美貴。コイツの言うとおりだよ?思っきし踏んでやった。ハハハハハ!!』
やっぱり。
『もーっ、だからやめなさいって言ったのに!』
やめなさい、って言って止める相手じゃないコトは、あたしだけじゃなくアンタだってよぉーっく理解してるハズだよね。
「ふぃ、ふぃふぃ、ひひゃい、ひひゃいっへ」
「は?」
気付いたらあたしは、よっちゃんの両ほっぺたを掴んで思っきり横に引っ張っていた。
よっちゃんのほっぺたがびろーんと横に広がる様を、あたしはまるで他人事のよーにノンキに眺めていた。
『美貴ちゃん、吉澤さんが痛がってるよ!離してあげて!』
天使の声にようやくあたしは、よっちゃんのほっぺたを掴んだ手を離した。
『あーっ、なんだよ面白かったのにー』
悪魔が、不満そうに言う。
- 12 名前:天使と悪魔と美貴とよっちゃん。 投稿日:2005/06/26(日) 19:15
- 「ってゆーかなんなの!? なにドッキリだよ!」
「あ、ゴメン、あの、ドッキリとかじゃなくて」
どうしよう、あたし…まるっきり無意識に悪事を働いちゃってるんだけど。
「っぷはあ〜!炭酸効っくワぁーー」
喉が、ちりちりと焼けるような感覚。
炭酸モノって、一週間ぐらい冷蔵庫に放置しとくと炭酸が抜けて身の毛がよだつぐらい甘くなるんだよね。
今あたしが飲み干したデカビタだってもちろん、例外ではないだろう。
だけどコレがあたしの、藤本美貴の、魂の味なんだ。
「うっそおっ、ぜんぶ飲んじゃったのー!? まだ半分以上残ってたのに!
ってゆーか喉が!すっかりあと一口飲むつもりでいたあたしの喉が期待しちゃってるよ!どーしてくれんだよっ!!」
『美貴ちゃん!吉澤さんの分も残しといてあげなきゃダメじゃない!』
「るっさいなぁーっ!だったら飲み干す前に言ってくれる!?美貴だってね、できれば残しといてあげたかったよ!
だいたい、梨華ちゃんにお説教される覚えとかないんだけど!!」
「はあ!?なんで梨華ちゃんが出てくんだよ!ワケわかんねー、飲んだのおまえだろ!?」
「うるさいよっちゃん黙ってて!」
なにがなんだかもー、ワケわかんなくなってきた。
『すっげー。20円でこんだけ楽しめるとはなぁ。いい買いモンしたわオレ』
「………」
もー、嫌。
- 13 名前:すてっぷ 投稿日:2005/06/26(日) 19:18
-
4、5回の更新で完結する予定です。
よろしければ最後までお付き合いください。
- 14 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/27(月) 09:59
- おもしろい
映像で見たいです
- 15 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/29(水) 00:47
- すてっぷさんの新作だ!!
これからの更新も楽しみに待ってます。
- 16 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/01(金) 20:37
- Dear Friendsののりですね。
こっちも楽しみにしてます。
- 17 名前:天使と悪魔と美貴とよっちゃん。 投稿日:2005/07/03(日) 19:18
-
――
『あー、ヤバイ』
悪魔、もとい、あたしの中の邪心とやらが、よっちゃんそっくりの低い声で呟く。
『どうしたの?』
それから梨華ちゃん声のコイツは、天使。本人曰く彼女は、あたしの中の良心、だそうで。
『悪いコトがしたい』
『ダメよっ、これ以上はガマンして。でないと美貴ちゃん、本当に吉澤さんに嫌われてしまうわ』
『大いに結構。なんたって、悪魔は嫌われてナンボだからね〜』
『美貴ちゃん逃げて!』
「え?」
『吉澤さんから離れるのよ!早く!』
天使に言われた瞬間あたしは、反射的に猛ダッシュしていた。
「はあ?美貴ー?」
よっちゃんをその場に置き去りにしたまま廊下の角を曲がり、物陰に隠れて彼女の様子を窺う。
『良かった、間一髪ね』
「ちょっと、一体なに…」
天使に向かって問いながら、あたしはよっちゃんの異変に気付く。
どうしたんだろ…通りすがりの人が、彼女を見て何やらクスクス笑ってる。
- 18 名前:天使と悪魔と美貴とよっちゃん。 投稿日:2005/07/03(日) 19:19
- 「ぷっ…なにアレ」
よっちゃんがこっちに背中を向けた瞬間、あたしは思わず吹き出した。
一方、自分が笑われている理由に全く気付いてない彼女は、「えっ?えっ?」とか言いながら周りをキョロキョロ。
面白い、いや不幸なことによっちゃんの背中には黒マジックで大きく、
”じーこJAPAN”
と殴り書きされた紙が貼り付けてあった。
「あははは意味わかんねーよ! じーこ、ってなんでひらがななの?”なでしこ”と間違えたのかなあははははは」
あまりに無意味なイタズラ。
いやそもそもこの世に有意義なイタズラなんて滅多にあるモンじゃないって解ってるけど、コレはあまりに、無意味すぎる。
『我ながらいいセンスしてるなぁ、うん』
えっ!
「まさか美貴がやったのアレ!?」
『お前以外に誰がやるんだよ』
確かに、そうだよね…さっきまであたし、ずっとよっちゃんと一緒にいたんだし。
てコトはあの意味不明な落書きも、悪魔に操られたあたしが無意識にやっちゃったってコトか……スマン、許せよっちゃん。
『良かったねっ、美貴ちゃん!あのまま一緒にいたら、美貴ちゃんまで笑い者だったよ?』
「そーゆー問題か?」
どーでもいいけど、なんか助け方間違ってないか?あたしの良心。
- 19 名前:天使と悪魔と美貴とよっちゃん。 投稿日:2005/07/03(日) 19:21
- 『さーてと、次は何をやらかそっかなぁ』
『もーっ!やめなさいって言ってるでしょ! 20円のモトは十分取ったはずよっ!?』
そーだそーだ。言ってやれ言ってやれ。
『あのなぁ、価値観ってのは人によって違うんだ。何もかも自分の物差しで測ろうとすんじゃねーよ』
『そっか。美貴ちゃんの魂。20円を安いととるか、高いととるかはその人次第ってコトね』
「安いよ!誰が見ても安いから!」
てゆーか丸め込まれてどーすんのよ、あたしの良心。
『仕方がないわ。こうなったら力ずくで、あなたの魔の手から美貴ちゃんを救い出してみせるっ』
おっ?なんだか戦闘モードに突入の予感…行けっ!梨華ちゃんガンバレ!
『フフフフフ。愚かなヤツめ…このオレ様に力で敵うと思うのか』
『そんなこと、やってみなきゃわかんないでしょ。腕力だけが戦いを制すると思ったら大間違いよ』
『フフ…いいんだな、どうなっても。場合によってはお前のスカートがめくれるかも知れないということだけは忠告しておこう』
アホか…なんの忠告だよ。
『え、え、えぇっ…』
ってコイツもいきなり動揺してるし。
『戦場には風も吹くし竜巻だって起こる。だがしかし戦場に見せパンなどない。闘う、ってそーゆーコトだろ?』
『………』
「ちょっとー!しっかりしてよ!」
美貴の魂より自分のスカートめくれる方が心配ってかい!
あー、てかホント、確かに安っすいわあたしの魂……ちょっとマジでいやかなり、傷付いたかも。
- 20 名前:天使と悪魔と美貴とよっちゃん。 投稿日:2005/07/03(日) 19:24
- 『あ……下着は白じゃないんだ。意外ー』
『うそっ………見た、の?』
『えへ。いいなぁー、そーゆーの。なんつーか、意外性がいいよね』
しかもあたしが悩んでる間に、戦わずして梨華ちゃん、もとい天使のスカートは悪魔の手によってめくられていたらしい。
「なっ、ぬあーっ!なんだコレ!?」
そして通行人に散々笑われたよっちゃんは、ようやくその理由に気付いてしまったらしい。
「ヤバっ」
真っ先疑われんの美貴じゃん。てゆーか実際やったの美貴なんだけどさ。
「ちょっとどーすんのよ!ヤバイって美貴絶対怒られるって!」
あたしは悪魔に抗議するも、返答はなし。
『でも服、白なのに透けてないね』
『えー? だってちゃんと透けないようになってるもん。裏地とか、ちょっと厚めなの』
『へぇー。え、もっかい見して』
『んもぅ、やだぁっ』
「………」
て、ゆーか、な。
「なにしてんだおまえら」
もーキレた。キレたよ。
さすがのあたしも、カンニンブクロの緒が切れたってのよ。
だいたい、ご主人様がピンチ迎えてるってのになに二人して和んでんのよ。
っつーかよく考えたら、相反する存在なハズのあんたらが二人して和んでるコト自体がまず間違ってるから。
周りに人がいないコトを確認すると、あたしは、
「あのさあ!! アンタたちいいかげんにしてよっ!!!」
あたしの中の天使と悪魔に向かって叫んだ。
叫んだ、のに。
- 21 名前:天使と悪魔と美貴とよっちゃん。 投稿日:2005/07/03(日) 19:25
- 『メール教えてよメール』 わー。聞いちゃいねー。
『今日携帯忘れてきちゃったの。こっちから送るからあなたの教えて?』 簡単に教えたくない気持ちはわかる、でも言い訳がベタ。
『んだよー。意外に慎重派かよー』 ほらね、嘘バレバレじゃん。
『ホントだってばー。ホントに忘れてきちゃったのぉ』 ってだからなにやってんだっつーのおまえらは。
「メールとかしなくたっていっつも会ってるじゃん」
『わかってないなぁ。文字だから伝わるコトだってあんだよ』
『そうよ』
「あっそ」
はっ。
いかんいかん。コイツらのよもやま話に付き合ってる場合じゃなかった。
さっきのイタズラのコト、よっちゃんに謝んなきゃ。
あたし自身は無意識だったとはいえやっちゃったコトは事実なんだし、たとえそれが自分の意志とは無関係に行われたコトであろうと、
あたしには彼女に謝罪する義務がある。
……とは言ったものの、でもなぁ、よっちゃんそーとー怒ってんだろーなぁ……アタタタ、なんか胃ぃ痛くなってきた。
彼女のマジギレぶりを想像した瞬間あやうく胃に穴が開きそうになったが、あたしは覚悟を決めた。
そもそも身に覚えの無い悪事について謝るってのもなんだかものすごく理不尽で納得いかないけど、仕方ない。やったのは美貴なんだし。
あたしはよっちゃんの背後からゆっくり近づくと、
「よっちゃん」
怒りに震える彼女の背中に向かって、恐る恐る声を掛けた。
- 22 名前:天使と悪魔と美貴とよっちゃん。 投稿日:2005/07/03(日) 19:27
- 「ああーーっ!!」
振り返ったよっちゃんが、あたしを見るなりその大きな目をさらに大きく見開いて叫ぶ。
一瞬息が詰まった。胃がギュ、ってなって、半分くらいに縮こまった気がした。
怒ってる。よっちゃんカンペキ、怒ってる。
だよねぇそりゃそーだわ。だって”じーこJAPAN”だもの。そりゃよっちゃんじゃなくても普通怒るわ。
「コレおまえだろ!?」
背中から剥がした紙を突きつけ、彼女は鼻息も荒くあたしに詰め寄ってくる。どうしよう。
こんなとき梨華ちゃん天使なら、『素直に謝るのよ美貴ちゃん。誠意を持って謝ればきっと許してくれるわ』なーんて言うんだろう。
なのにこんなときに限って、天使のお告げはあたしの耳に聞こえてきてはくれない。
「なに黙ってんだよ。おまえだろって」
と、よっちゃんがさらに凄む。低い。ってか怖い。
「あ、それコンコン」
よっちゃんが怖くてつい、嘘を吐いてしまった。
けれどなぜコンコンと言ってしまったのかは、自分でもよくわからない。
- 23 名前:天使と悪魔と美貴とよっちゃん。 投稿日:2005/07/03(日) 19:29
- 「はあっ?どこにコンコンがいんだよ。意味わかんないから」
その冷たい声音から、彼女があたしを疑ってるのは明らか。
ってかなによなによ。たかが落書き貼られたぐらいでそんなに怒るコトないじゃんか。もっと広い心を持ちなさいってのよ。
て、ゆーか。
あたし疑われるよーなコトなんもしてないから。
そりゃあ、よっちゃんにちょっとしたイタズラしちゃったかもしんないよ?
けどさ、あくまで”かもしんない”であってあたし自身はなーんも覚えてないんだもん。無意識よ無意識。
やったかもしんないけど覚えてない。あ、それってつまり、やってないのと同じコトじゃん!
だとしたら、やってないのと一緒みたいなモンのあたしとホントにやってないコンコンと、一体どこがどう違うってのよ。ええ?
てコトはコンコンに罪を被ってもらうのはちぃーっとも悪いコトではないと、美貴が罪悪感なんて感じる必要はまったく無いと、
藤本美貴、罪悪感ゼロ宣言であります!と、そーゆー結論になるワケだようん。
- 24 名前:天使と悪魔と美貴とよっちゃん。 投稿日:2005/07/03(日) 19:31
- 「よっちゃんがジュース飲んでるときだよ。通りすがりに貼ってったの、美貴見たもん」
「だったらなんでそんとき言わないんだよ」
「だってコンコン、もんのすごいイキオイで美貴のコト睨むんだもん」
『美貴、石になっちゃうかと思ったよ』
と、天使。
ってなに?言うの?それ
「美貴、石になっちゃうかと思ったよ」
「へ?なんで石?」
「メドューサだよ知らないの?」
「あー、なんか聞いたコトあるかも。昔話かなんかで」
『ギリシャ神話でしょ?教えてあげて美貴ちゃん』
「神話だって。ギリシャ神話」
「あー、それそれ。ギリシャのやつね」
『わかってねーだろお前』
「わかってねーだろおまえ」
あっ。しまった。
あたしが悪魔につられてつい憎まれ口を叩いてしまったせいで、よっちゃんの目が再び鋭くなる。
「んなこた、どーでもいいんだよっ。石になるとか関係ないよね!んな話してないじゃん今!」
「…ゴメン」
石になる件はあたしが言い出したんじゃないのに…まぁ、そんなコトよっちゃんに言ったって解ってもらえるハズないんだけど。
- 25 名前:天使と悪魔と美貴とよっちゃん。 投稿日:2005/07/03(日) 19:32
- 「けどそれ、ホントなの」
「えっ?」
「だから、紺野がやったって」
「…美貴が嘘ついてると思ってんだ、よっちゃんは」
上目遣いであたしが拗ねると、よっちゃんはちょっと慌てた様子で、
「そうじゃないよ、ただ……もーんのすごいイキオイで美貴のコト睨んでるコンコンて、どう頑張っても想像できないんだけど」
確かに。
今さらだけど、他人を騙すってよりむしろ騙されキャラのコンコンを選んだのは明らかにあたしの人選ミス。
やっぱりココは、いくつになっても無邪気さの抜けない麻琴あたりが適任だったかもしれない。
「なんか悩みでもあんのかなぁ…あいつ」
突然、思い詰めたカオでよっちゃんが呟く。
「は?」
なんのコトやらわからず、問い返すあたし。
「たとえば麻琴がやったとかならさ、あたしだって、あいつが泣くぐらいマジギレしてやるトコだけど…紺野じゃ、そういうワケいかないし」
「てゆーかその差はなに?」
よっちゃん……さすがに、麻琴が不憫に思えてきた。
- 26 名前:天使と悪魔と美貴とよっちゃん。 投稿日:2005/07/03(日) 19:34
- 「あたしにこんなイタズラ仕掛けるなんて麻琴ならともかく、普段の紺野ならまずありえないよ。
もしかして何かのサインなんじゃないかな。SOSっていうか…ほら、悩み抱えた子供が教室で突然暴れだしたりとか、そういうの」
「あー…それはどう、かなぁ」
あのねよっちゃん深読みしすぎだから。
「あいつのコトだし、きっと一人で思い詰めてんだろうけど…。でも、無理に聞き出すのは逆効果かも知れないし……どうしよう美貴」
「ねぇ。どうしよっか」
どうする美貴。白状するなら今しかない。今ならまだ、間に合う。
「やっぱさ、無理に問い詰めるのはどうかと思うよ?ホントにダメそーなときはちゃんと、よっちゃんに相談してくると思うし」
「だよなぁ」
あー、白状できませんでした。
その上しゃあしゃあとなによ善人ヅラしちゃって。なんだかなー、自分で自分のコト嫌いになりそうなんだけど。
「あ、ねぇ、よっちゃん」
「ん?」
「…ううん。なんでもない」
なんでよ。
なんでやめちゃうのよ美貴。今、正直に言おうとしたじゃん。
ううん、今だけじゃない。
そもそもなんで、コンちゃんのせいにしようなんて考えたんだろ。
イタズラはしても、本気で誰かのせいにして逃げようなんて、あたしそこまで悪いコじゃないよ。
なに? やっぱあたし、なんか、ヘンじゃない?
- 27 名前:天使と悪魔と美貴とよっちゃん。 投稿日:2005/07/03(日) 19:36
- 『ほーらねっ、上手くいったでしょ?』
と、聞こえてきたのは天使の声。
「なにが?」
『だからあ、紺野さんだっけ?罪を着せるならあのコが良いって、私が言ったんだもん』
「はあ?」
ちょっと待って。なんでアンタがそんなコト言うのよ。
だってキミ、あたしの中の良心、なハズでしょ?
『口惜しいがお前の言うとおりだったな。どっちかっつーとオレは、あの小川って奴のが良いと思ったんだけどなぁ』
『こういうときは、大人しくていかにもやらなそうなコに罪を着せるの。その方がより信憑性のある嘘になるんだから』
『ってゆーか、オレ悪魔なのにお前のが言ってるコトよっぽどあくどいよね』
『いずれにしてもあの小川さんってコはダメよ。だってあのコ、いかにもやりそうだし。
小川さんが犯人だと知ったら吉澤さん、何の苦悩も葛藤も無く彼女のコト問い詰めるだろうからすぐに嘘だとバレちゃうでしょ?』
「ちょっと、ねぇ、なに言ってんの」
嘘でしょ?
なんか、あたしの中の”良心”が、凄まじく良心じゃなくなってってる気がするんだけど……。
- 28 名前:天使と悪魔と美貴とよっちゃん。 投稿日:2005/07/03(日) 19:40
- 「美貴ー?なにやってんのー」
先に歩き出してたよっちゃんが、振り返ってあたしの名を呼ぶ。
『行けよ、美貴。呼んでるぞ』
『安心して、美貴ちゃん。どんなにあなたが悪いコトしたって、私が美貴ちゃんのコト守ってあげる』
「やめてよ!」
だからさっきから守り方とか助け方とかぜったい間違ってるから梨華ちゃん。
『なぁ、美貴。人間の心なんてのは脆いモンさ。たったコイン2コの重みでどっちにも傾いちまう。
んーな危ういバランスとりながら毎日暮らしてんだよお前らは。だから疲れちまうんだ』
悪魔が、よっちゃんそっくりの声で囁く。
『楽になりたければ簡単さ。お前が、オレだけのモノになればいい』
「美貴ぃー?」
よっちゃんどうしよう。なんか美貴、また胃ぃ痛くなってきたよ。
きっとそのうち、あたしのココロは悪魔でいっぱいになって。
やがて、あたしはあたしじゃなくなっちゃうんだろうか。
「なるほど、ね…」
ようやくわかった。
悪魔に魂を売るってことが、どういうコトか。
- 29 名前:すてっぷ 投稿日:2005/07/03(日) 19:45
-
>14 名無飼育さん
ありがとうございます。読んでいて映像が浮かぶようなモノが書けると良いんですが…。ガンバリマス。
>15 名無飼育さん
ありがとうございます。久々の新作、作者自身も楽しんでるので、読んで下さる方にそう言ってもらえるとすごく嬉しいです。
最後までよろしくです〜
>16 名無飼育さん
ありがとうございます。Dear〜のようなドタバタコメディ(?)を書くのはホントに久々です。
あの頃の勘を取り戻さなくては(笑
- 30 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/04(月) 07:07
- 更新お疲れ様です!あいかわらず面白すぎます。
良心の感じられない天使が最高です。さすが藤本さん。
期待して待ってます!
- 31 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/07(木) 17:39
- 天使なんかほんとに梨華ちゃんっぽい(笑)
- 32 名前:天使と悪魔と美貴とよっちゃん。 投稿日:2005/07/10(日) 23:06
-
――
『ぐへへへへ。ねぇねぇ、誰のスカートめくる?全員?全員やっちゃう?』
悪魔、もとい、あたしの中の邪心が、下卑た声で言った。
「全員ジャージだよバカ」
今日はダンスレッスンなんだから。
『えぇぇ!』
あたしに一刀両断されて、あっさり玉砕する悪魔。てゆーかバカだろおまえ。むしろ悪魔と書いてバカだろ、おまえ。
『もぅ。小学生じゃないんだから、もっと高尚な悪事を思い付けないの?』
そして、バカこと悪魔のバカ発言に呆れるコイツは天使。
つい昨日まで、あたしの中の良心、だったモノ。
『あー、そういうのはお前に任せるワ。どーせ、お前と違って低俗なワルだからさオレなんて』
『なに拗ねてるのよ。もぅ、しょうがないんだから』
『お前だって、ホントはとっくに愛想が尽きてんだろ。遠慮なんかいらない、行けよ。お前にはもっと相応しい悪魔がいるさ』
なんのハナシだよ。
『なんでそういうコト言うのっ?ずるいよ! …なによ。私のコトもう、嫌いになっちゃったの?』
『なっ…!ワケない、だろ』
『だったらもう、バカなコト言わないで。自分のコト、低俗だなんて………わかった。一緒にやろ?スカートめくり』
『ホントに?もうバカにしない?』
『うん。もう、小学生並だなんて言わないから。一緒にやろうね』
『うん』
「やんないやんない。やんないから」
てゆーかいつの間に付き合ってたのアンタら。美貴聞いてないから。
- 33 名前:天使と悪魔と美貴とよっちゃん。 投稿日:2005/07/10(日) 23:08
- 「ん?なんか言いました?」
前を歩いていたガキさんが、振り返ってあたしに言った。
「あっ、ああゴメン、ひとりゴト」
あたしは焦りながらもなんとかフォロー。
なるべく小声で話してたつもりだったんだけどなぁ…ったく、天使と悪魔二人がかりでボケるもんだからついツッコみたくなってしまう。自粛しなくては。
「なんだ」
そう言うと彼女は再び前を向いて歩き出す。
今日は事務所で簡単な打合せの後、これから新曲のダンスレッスン。
そして今日からいよいよ新メンバーの久住もレッスンに参加するってコトで、期待感やら危機感やらワクワクやらドキドキやら、
メンバー全員がフクザツな感情を抱いているであろう中、あたしの心にも期待感やら危機感やら色んな感情が渦巻いていたのだ。
そう、昨日までは。
「あははははぁ。えーっ、ねぇ吉澤さん今度行こーよぉ。すっごい美味しいんだってマジでぇ」
あたしとガキさんがスタジオに入ると、中には既によっちゃんと麻琴の姿があった。
二人は雑談しながらストレッチしてる。
「「おはよーございまーす」」
「あぁー、ふじもっさんガキさんオハヨぉ〜〜」
「どしたのミキティ寝不足? なんかいつも以上に顔怖いけど」
昨日コイツに、もといよっちゃんにジュース買ってあげるために20円で悪魔に魂を売ってしまってからというものの、
新メンバーを気にかける余裕などあたしの中からキレイさっぱり消え失せていた。
- 34 名前:天使と悪魔と美貴とよっちゃん。 投稿日:2005/07/10(日) 23:10
- 「マジもう、ホントかぼちゃの味しかしないの。もーねぇ、かぼちゃ三昧ですわアレは」
「ってか、かぼちゃの味しかしないってどーなのそれ。他の素材殺しちゃってるってコトじゃん」
「それがいーんだなぁ、もぅ。わかってないから吉澤さんは」
だらしなく口を開けてふにゃふにゃと幸せそうに笑う麻琴を遠巻きに眺めていると、むしょーに、アレがしたくなった。
「ガキさん、マシュマロある?」
と、あたしが聞くとガキさんは、
「はあっ?なんつった? マシュマロ、っすか?」
すっとんきょーに聞き返してくる。
「ちゃんと聞こえてんじゃん」
「や、てゆーかあまりに唐突だったんで」
「だってさー、見てよアレ。麻琴」
「えっ?」
ガキさんが、あたしが顎で指し示した先を見る。
柔軟やりつつ片手間に雑談してるカンジのよっちゃんとは対照的に、だんだん雑談がメインになり始めた麻琴は、そのうち身振り手振りをまじえて
かぼちゃ料理について語り始め、やがて完全にストレッチを止めてもはや井戸端会議するためにココに来ちゃったひとと化してる。
「あぁ、よっぽど美味しかったんでしょうね。かぼちゃが」
「だからー、マシュマロある?」
「あると思います?」
「どーだろね」
「あのねもっさん。マシュマロですよマシュマロ。マシュマロある?って聞かれてあーありますよハイっつって出てくるほうがおかしいでしょふつー」
ったくコイツは、ゴチャゴチャと。
「っせーな。じゃ買ってこいよ」
「えぇーっ……わっかりましたよ、もぅ」
そう言うとガキさんは、渋々立ち上がった。
- 35 名前:天使と悪魔と美貴とよっちゃん。 投稿日:2005/07/10(日) 23:11
- 『や〜んっ。美貴ちゃんコワ〜イ』
「黙れ石川」
『でもいいの?吉澤さんがチラチラこっち見てるよ?』
「うそっ」
ヤバイっ。美貴の番長的行動、よっちゃんに見られた!?
とっさに彼女の方を見ると、
『あ、逸らした。ねっ、あからさまに逸らしたよね今』
『ああ。今のは完全に、見ちゃいけないモノを見ちゃって気まずくなってしまったひとの目だったな』
「うそぉ、マジでぇ…」
ガキさんパシらせてるトコとか、なんとなく、よっちゃんにだけは見られたくなかったかも……なんて。
だってなんとなく、よっちゃんの前でだけはカワイイ女子でいたいってゆーか?
って、わー、キモっ!なに梨華ちゃんみたいなコト言ってんだあたしは。
- 36 名前:天使と悪魔と美貴とよっちゃん。 投稿日:2005/07/10(日) 23:13
- 『だからヤンキーなんて言われちゃうのよ。美貴ちゃんもう大人なんだから、そういうのは卒業しなきゃ。
あそうそう、それで思い出したけど、最近はね、暴走族の世界にも高齢化の波が来てるんだって。ヤフーのトピックスに出てたよ?』
『んじゃあ、モーニング娘。卒業したらそっちに復帰すれば?老後は安泰だな』
『よかったねっ、美貴ちゃん』
「復帰とか言うな」
過去に一度でもやってたコトありませんから。
てゆーか、
「なんでYahooとか見てんのよ…」
『だって美貴ちゃん、今朝事務所で保田さんがネットやってるの横から見てたじゃない。
保田さんこんなトコでなにやってんですか?やっぱヒマなんですかー?
って、言ってたじゃない』
「ぅげ! んなコト言ったの美貴!?」
『うん。笑ってたけどちょっと引きつってたよ?保田さん』
「ま、マジで…」
どーしよ。「ヒマなんですか?」ならまだしも、「”やっぱ”ヒマなんですか?」はマズイでしょ…。
- 37 名前:天使と悪魔と美貴とよっちゃん。 投稿日:2005/07/10(日) 23:15
- 『それで保田さんが打合せで席外してる間に、”エロ動画”ってキーワードで検索したら897,000件もヒットしちゃって、
わー世の中バカばっかじゃん楽勝だねー、どーよガキさん? なんて美貴ちゃん、はしゃいじゃって。
しかもその検索結果、表示したまま事務所出てきちゃったんだよねっ。
一緒にいた新垣さん、マズイっすよマズイっすよふじもっさん!なんて青くなっていたけれど…あの後戻ってきて保田さん、どうなったかしら』
や、どーなったもなにもさ。
「よりによってそのワードはナイよね」
保田さんがどうなったかよりむしろ、”エロ動画”ってキーワードを自らの手で入力&検索しちゃった自分の行為が恥ずかしくてしんじゃうかも美貴。
「もー、カンベンしてよっ……美貴がやったってバレバレじゃん」
『だいじょうぶ!安心して美貴ちゃん!
ガキさんヤバイヨー!マジやばいってー! って、大声で捨て台詞残しといたから。スタッフさんたちみんな、新垣さんがやったと思ってるから』
「あっそ。ならいいけど」
いいのか?って気もしたけど、きっと気のせいだろう。
『あ、キーワードはオレ様が考えたの!どーだ、すげぇだろ』
「あー、すごいすごい。うちら凡人にはとーてい無理だわそのアイディア」
まさにバカのなせる業だわ。と、あたしは心の中で毒づく。
『やー、それにしても、15分後に作動するよう設定されていたスクリーンセーバーを解除したお前の機転には頭が下がるよ』
『やーだぁ、そんなに誉めないでぇ。照れるじゃんっ』
天使はついに、悪魔をも超えたな。
て、なコトに感心してる場合ではナイ。
- 38 名前:天使と悪魔と美貴とよっちゃん。 投稿日:2005/07/10(日) 23:17
-
「ハイ、ふじもっさん買ってきたよ」
ストレッチしながら待っていると、ちょっぴり不機嫌そうな表情のガキさんがコンビニより帰還。
「さんきゅー」
受け取った袋には、白やピンクや水色の柔らかそーなマシュマロがいっぱい詰まってる。
「ってゆーか、どうすんのそれ」
「麻琴ー」
ガキさんの問いには答えずあたしは、袋の中のマシュマロを1個掴むと、彼女の名を呼んだ。
「ぬあ?」
振り返った麻琴の口は、やはりポカンと開いていて。
あたしはそこに狙いを定めると、ダーツの要領でマシュマロを放った。
ひゅんっ、と鋭い音を立てマシュマロが空を切る。
麻琴が素早く右にスライドするコトで、あたしのコントロールの甘さをカバーしてくれる。
ケタ外れの反射神経。それはまるで、休日昼下がりの公園で遊ぶフリスビー犬を見ているかのよう。
「うぉぉーっ!ナイスキャッチぃぃっ!!」
興奮したガキさんが、ガッツポーズと共に叫ぶ。
「うぉ!すげ!おまえスゴくない!?」
興奮したよっちゃんが立ち上がる。
「わ、なにコレおいしいー♪」
「人間誰しも、隠れた才能ってモンがあんのよ」
「ハァ〜、なるほど。ムダに開いてたワケじゃなかったんだなァ、マコっちゃんの口」
ガキさんは、自分に言い聞かせるように何度も頷いている。
- 39 名前:天使と悪魔と美貴とよっちゃん。 投稿日:2005/07/10(日) 23:19
- 「ねぇねぇ、ふじもっさん、もいっこー」
「わんわん、って言ったらあげてもいーよ。犬っぽくね」
「わんわん!ミキティ!欲しいワン!ぼくマシュマロ欲しいワン!わんわんわん!」
中腰になり、チンチンの格好をしてぴょんぴょん飛び跳ねる麻琴。
「や、そこまでやんなくても、さ…」
なんだろ……なんだか急に、とてつもない罪悪感が。
「わんわん!マシュマロちょーだい♪マシュマロちょーだい、っだワン!」
「わかったわかった。行くよー?」
「待って待って。もうちょっと離れてやってみてくださいよ。どこまで行けるか」
もはやノリノリのガキさんの提案で、あたしはマシュマロの袋を片手にじりじりと後退り。
「あ、じゃとりあえずそんなモンで」
ガキさんに言われるがまま、足を止める。あたしと麻琴の距離は、ざっと10mってトコだろうか。
「じゃ、行きまーす」
「わんっ♪」
「う、あ、づああっ…!」
大きく振りかぶったそのとき、よっちゃんが言葉にならない声を上げた。
「「ん?」」
「わん?」
あたしとガキさんと犬とで、一斉によっちゃんを見る。
- 40 名前:天使と悪魔と美貴とよっちゃん。 投稿日:2005/07/10(日) 23:23
- 「くすっ、久住っ。いつの間に…!」
「「「あ…」」」
あたし、ガキさん、犬。一同固まる。
「あ、おは、おはよう、ございます…」
新メンバーこと久住小春12才は、スタジオの隅からなんだかとても申し訳なさそうに言った。
「あの、さ」
と言葉を発したよっちゃん以下、全員の関心事。
「いつから、居たのかなぁ?」
一体どこから見られていたのだろう。
それはうちらの、先輩メンバーとしての、こけんに関わるとゆーかなんとゆーか大問題なワケで。
たとえば年下をパシリに使うメンバーがいたりレッスンスタジオでマシュマロキャッチして遊ぶメンバーがいたり、
本気で犬のモノマネに取り組むメンバーがいたり、そういう、バカグループだと思われるのはすんごく大問題だと思われ。
「あっ、にいがき、さんの後ろについて、入りました…」
「え、マジっすか。えー、全然気付かなかったよー」
「ガキさん鈍いよ。後ろにいたら気付くだろふつー」
「はァ?なーんすかっ。もっさんだって気付かなかったくせにー!」
時間を遡って思い出してみる………
と、あたしがガキさんにパシリを強要するシーンは見られてないな。うん。とりあえずよし。
「すいませんっ、あいさつしたんだけど、あの、」
「あー、いいよいいよ。うちらが気付かなかっただけだから」
よっちゃんが、(今さら)リーダーらしく余裕の表情で微笑む。
- 41 名前:天使と悪魔と美貴とよっちゃん。 投稿日:2005/07/10(日) 23:25
- 『ねぇ美貴ちゃん見て。久住さんが、小川さんのことチラチラ見てるよ?』
「え?」
天使の声に導かれ、こっそり久住の行動をチェックしてみると…ホントだ彼女、2秒おきに0.5秒ぐらいの間隔で麻琴のこと何度もチラ見してる。
「あ、言っとくけどこいつ、いっつもあんなコトしてるワケじゃないからね」
久住の怯えた視線に気付いたらしいよっちゃんが、麻琴の奇行をフォローする。
ああ、なんて美しき師弟愛。
「……もーいいよ、吉澤さん」
と思ったら、意外にも弟子は迷惑そうな様子。
『フフ。傷口に塩とは、なかなかやる…天然とはいえ立派に悪魔の所業だぜ』
確かに。
一見麻琴をフォローしたように錯覚しがちだけど、よっちゃんの発言は彼女以外の誰もが暗黙の了解で流そうとした話題を蒸し返したにすぎない。
さすがに久住だって、小川先輩はいっつもあんなコトしてる、なんて思ってるワケないだろうし。
ねぇ、よっちゃん。
むしろ何も無かったかのように振舞おうよ。それが優しさってモンじゃない?美貴はそう思うよ?
「よくないよ。いつもはあんなだけどこいつ、レッスン入ったらホント、ちゃんとやるし」
それはさすがに当たり前だよよっちゃん。レッスン中に犬マネして遊ぶよーなコだったら今ごろとっくにクビだから。
てゆーか、”いつもはあんなだけど”って…その前に言ったコト全否定しちゃってるよね。
- 42 名前:天使と悪魔と美貴とよっちゃん。 投稿日:2005/07/10(日) 23:28
- 「あーあ!」
麻琴が突然、どこか吹っ切れたような爽やかな笑顔で言った。
「ああでもホント、あたしが教育係じゃなくてよかったねっ!久住ちゃん!てへっ」
「………」
いや笑うトコだから。少なくともフリーズするトコじゃないからそこは。
『あぁ、逸らしたぁーっ。ねぇねぇ、明らかに逸らしたよね!今!』
『ああ逸らしたな。完全に、見ちゃいけないモノを見ちゃって気まずくなってしまったひとの目だったと思う』
「久住ちゃん……もしかしてマジであたしが教育係じゃなくてよかったって思ってるとか」
この場合、久住ちゃんにとって”見ちゃいけないモノ”とはイコール小川麻琴ってコトになるんだろーか、やっぱり。
「いや麻琴!誰でも、そうそう誰でもよかったんだよ教育係なんて。たまたまシゲさんになったってだけでさ、べつに麻琴でも、全然よかったんだよ」
半泣きの麻琴を必死になだめるよっちゃんの姿を、あたしは他人事のようにものすごく遠くから眺めていた。
「ふじもっさん……なんで、マシュマロ買って来いなんて」
半ば放心状態で、ガキさんが呟く。
「なんでって、そりゃあ……」
なんだろうね。
悪魔か、それとも悪魔より悪魔らしいインチキ天使の仕業なのか、はたまたあたしの本能がそうさせたのか、それはわからない。わかりたくもない。
「麻琴の口が、開いてたから、さ」
ただ一つ確かなのは、その事実だけだ。
- 43 名前:天使と悪魔と美貴とよっちゃん。 投稿日:2005/07/10(日) 23:30
- 『マシュマロ、ってなんか可愛いよねぇ。言葉の響きがね、すごく似合ってるの、形とかフワフワしたカンジ?とかにすごく似合ってると思わない?』
『だね。オイラも梨華ちゃんのマシュマロたべたーい。エロ動画検索したーい』
『もーっ、なに言ってるのよっすぃーはぁ』
こら待て。
「ちょっと、なにその呼び方」
”梨華ちゃん”って言った?
”よっすぃー”って呼んでた、よね?
『え? だって、その方が美貴ちゃんに解りやすいかなぁーと思って』
あー、なるほどね。
美貴のために、美貴がより脳内のあんたらをイメージしやすいよーに気を遣ってくれてるってワケか。うん。よくわかった。
「余計わかりづらいからやめて」
マジ迷惑。
- 44 名前:すてっぷ 投稿日:2005/07/10(日) 23:33
-
>30 名無飼育さん
ありがとうございます。天使とは完全に名ばかりの存在になってますが…
さすが藤本さんの良心ということで(笑
>31 名無飼育さん
今回さらに石川さんらしく(?)、前へ前へ出てきております(笑
- 45 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/11(月) 22:06
- 更新乙です。
ガキさんがマシュマロでミキティに突っ込むところ、めっちゃ創造できて笑えたっす。
それにしても相変わらずみんなキャラ濃くっていいですね。
- 46 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/12(火) 01:02
- 小川さん最高です!!
ここまでやってくれたら楽しいだろーな
- 47 名前:ごまべーぐる 投稿日:2005/07/12(火) 09:55
- 更新お疲れ様です。
保田さんの扱いにシビれました。
実際の彼女は自宅にPCを4台も所有してるそうです(5台という説も)。
蛇足ですが。
- 48 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/13(水) 01:59
- すごい…キャラにマッチしすぎてて、情景が目に浮かぶようです。
- 49 名前:天使と悪魔と美貴とよっちゃん。 投稿日:2005/07/24(日) 20:22
-
――
「小春ちゃーん!見て見てー」
「えっ?」
新メンバーが振り返ったと同時にあたしは素早くよっちゃんの背後に回ると、彼女の両頬を掴んで横に引っ張る。
「ね、よく伸びるでしょコレー」
言いながらあたしは、よっちゃんのやわらかーいほっぺたを上下左右にびよんびよん。
ホント、よく伸びるほっぺだこと。
「え…あ、あ、は………はいっ!」
ハイ、よくできました。
新メンバーは戸惑いの表情を浮かべつつも、最後は元気よく「ハイ」のお返事。
「藤本さんって…久住ちゃんと仲良くなろうとしてんのかな」
あたしたちより少し遅れてやってきた愛ちゃんは、隣に座るガキさんとなにやらヒソヒソ話。
てゆーか本人達は小声で話してるつもりらしいけど、クールを装いつつ実は極度の地獄耳だったりするあたしにはしっかり聞こえてるのであった。
「えーなんか裏があんじゃない?自分から率先して行くよーなキャラじゃないっしょ。年下には徹底して放任主義だからもっさんて」
「えっ。それって単なる”無関心”じゃん」
「そうとも言うね。でも時にはその冷たさに救われるコトもあるんだな〜コレが〜。もちろんごくたまにだけど」
誉められてんだかけなされてんだかなんだかわかんないけど、ありがとガキさん。
美貴、今までどおりガキさんに対しては超徹底的に放任主義で接してあげるね。いや、むしろ今まで以上に放っとく。
- 50 名前:天使と悪魔と美貴とよっちゃん。 投稿日:2005/07/24(日) 20:23
- 「痛っ」
いきなり脇腹にヒジ鉄をくらい、思わずあたしはよっちゃんのほっぺた掴む手を離した。
「痛ってぇーよ!!」
振り返ったよっちゃんが怒鳴る。怒鳴られたのはもちろん、あたし。
ヤバイっ。誰かに罪を着せなきゃ、このままではあたしがやったコトになってしまう(てゆーかもちろん、やったのはあたしなんだけど)。
「麻琴、ダメじゃんイタズラしちゃ」
「ほぇっ?」
マシュマロの袋を抱えた麻琴が、寝耳に水をぶっかけられたひとのカオでこっちを見ている。
「麻琴なワケねーだろっ!なんですぐバレるよーな嘘つくかなあ!」
「…ゴメンナサイ」
確かに。
広いスタジオの端と端では、罪を着せるにはあまりに距離がありすぎた。
「そーですよもっさん、せめてうちらのせいにすれば良かったのに。距離的には」
「………」
「えぇぇーー。シカトですかぁー」
『もうっ、ほんっと浅はかなんだから!バレる嘘なら吐かないでよ!怒りを倍増させるだけなんだから!』
『ううっ…ゴメン』
どうやら、麻琴に罪を着せようとしたのは悪魔の浅知恵だったらしい。
- 51 名前:天使と悪魔と美貴とよっちゃん。 投稿日:2005/07/24(日) 20:25
- 『ゴメンって…なぁ、そんな怒んなってー。こうやってさー、謝ってんだろ?』
『そんなねぇ、土下座なんかされたって騙されないんだから』
「土下座っ?」
ああついに。
ごくごくわずかに残っていたプライドまでも完全に捨て去ったか悪魔……。
『なによなによっ…いっつも邪魔ばっかりして。そんなに私のやることが気に入らないんだったら、どっか行っちゃえばいいじゃん。
無理して私と付き合ってるコトなんか、ないんだから』
『……それ、本気で言ってんの』
『……そうだよ。あっ、痛っ』
『わ、だいじょーぶっ!?』
え…?
『やべぇ、血ぃ出てんじゃん。ちょっと貸してみ』
『あっ…』
どういう状況?てゆーかなにやってんのおまえら。
- 52 名前:天使と悪魔と美貴とよっちゃん。 投稿日:2005/07/24(日) 20:27
- 『よし。あとはバンソーコー貼っときな』
『うん。ありがと』
『ったくドジだなぁ』
『ちがうよぉ。だってこのキャベツ、すっごく硬いんだもん』
『バカだなぁ。先に芯落としてから千切りすんだろふつー』
ああなるほど。料理中なのね。
てコトはアレですか、キャベツ刻みながら片手間によっちゃんにイタズラしたってワケですか。
あたしが久住の前でよっちゃんのほっぺたびろーん引っ張ってよっちゃんに怒鳴られ、麻琴に罪を着せようとしてさらに怒られたのも、
あんたらバカップルの料理中の単なる暇つぶしだったってコトなのね。
てゆーかどうせ暇つぶすんならなんか煮込んでる途中とかさ、レンジのチン待ちとかさー、なんにもやるコトがない時にやんなよ。
少なくとも、キャベツ刻みながらは危険だから。現に指切っちゃってるし。
『うるさいぃ。文句言うんだったら食べなくていいんだからねーっ』
『はあ?べつに文句とか言ってないし』
『なんてねー。今日はよっすぃーの好きなロールキャベツだからね。おとなしく待ってなさぁーい』
『はあーい』
へぇー、ロールキャベツなんだ。いいなぁ…。
『ねぇっ、美貴ちゃん聞いて! よっすぃーったらね、私が指切っちゃったからって傷なめてくれたのー』
はいはい。会話の流れからだいたいわかってたよ。
「てゆーか千切りしちゃダメじゃん」
巻けないから、肉。
- 53 名前:天使と悪魔と美貴とよっちゃん。 投稿日:2005/07/24(日) 20:28
- 『え……? ああっ!?そうじゃんっ!もう全部切っちゃった!どうしよう、よっすぃー!?』
『……とりあえず、ひき肉と一緒に煮てみよう。食べるときバラバラでもおなかに入っちゃえばロールキャベツになる、かもしれない』
もしかしてコイツら、二人そろってバカとか。
「あ、おはよーございまーす」
ガキさんの声で我に返ると、ちょうどダンスの先生が入ってきたところだった。
他のメンバーも続々と到着して、まもなくレッスン開始ってフンイキ。
ふぅ、助かった…このままレッスン始まっちゃえば、あたしがしでかしたイタズラもうやむやになろうってモノ。
「てめーおぼえてろよ」
すれ違いざま、よっちゃんが言った。
「うっせーよハゲ」
あたしは彼女の背中に向かって吐き捨てる。
ってわああ、美貴ってばまた心にもないコトを…!
「あ?」
振り返ったよっちゃんの表情は、フキゲンそのもの。
「あっゴメンちがくて。 ハゲってかバカ?略してバカハゲ?あはははは」
「………」
よっちゃんはガックリと肩を落とし、疲れたようにため息を吐くと、何も言わずに行ってしまった。
あああもうサイアク……よっちゃんの中で完全に問題児キャラじゃん、あたし。
- 54 名前:天使と悪魔と美貴とよっちゃん。 投稿日:2005/07/24(日) 20:30
- 『わはははは!いーよぉ美貴ちゃんすごくイイ!あはははは』
あたしの脳内で、悪魔が爆笑する。
やっぱりコイツの仕業だったか……ハゲだのバカだの、フレーズの低俗さ加減からしてある程度予想はしてたけど。
『今のでカンペキに嫌われたな。やっぱなー、悪魔はこうでねえと。コーディネートはこーでねえと!あはははは』
「つまんないからそれ」
ベタとかつまんないとか通り越して殺意すらおぼえるわ。
ったく、んなオヤジギャグどこで覚えたんだか……あ、そーいや今朝事務所で飯田さんに会ったんだった。あのときか…!
「お願いだからやめて。嫌われんのとかマジやばいから。ね、お願いだから」
『お、珍しく素直じゃねーか。フフフ…いいだろう。オレ様が一肌脱ごうじゃないか』
「や、何もしないでお願いだから」
てゆーか、こんなときに石川梨華はなにやってんのよ一体。
よっちゃん悪魔の暴走を止められんのはあいつ、梨華ちゃん天使だけだってのに…。
それとも、いわゆるコレも惚れた弱みってやつで、天使は悪魔に身も心も骨抜きにされちゃったってコトなの?
『よっすぃー、ねぇなにしてるのー?手伝ってよぉ』
それ以前に、料理に夢中で聞いてなかったのか。なるほどー。
- 55 名前:天使と悪魔と美貴とよっちゃん。 投稿日:2005/07/24(日) 20:33
- 「ちょっ…なにやってんの」
「え?」
気がつくと、あたしはよっちゃんを後ろから抱きしめていた。
……って、どういう状況だよ。
「おまえあっちだろ」
よっちゃんに言われ、あたしはようやく事態を把握。
今は新曲の振り付けの真っ最中。
冒頭の、カメちゃんと久住の台詞部分。
よっちゃんはカメちゃん側であたしは久住ちゃん側のポジションにいなきゃいけないトコロを、
何故かあたしがカメちゃん側に乱入した上に背後からよっちゃんに抱きついているってのが今の状況。
『美貴!粘れ!』
何をだよ。
悪魔の意味不明な激励に心の中でツッコみながら、あたしの口から出たのは、
「だってぇ、よっちゃん怒ってるかなぁって」
我ながら気分が悪くなりそうな、なんとも甘ったるい声。それも、まだよっちゃんに抱きついたままで。
「マジメにやんないともっと怒るよ」
「やだ。だって美貴、よっちゃんに嫌われたくないもん」
うちらの左右に位置する二人、愛ちゃんがやや怯えた目で、そして麻琴が口をポカンと開けて、うちらのコト見上げてる。
- 56 名前:天使と悪魔と美貴とよっちゃん。 投稿日:2005/07/24(日) 20:35
- 「キモイ」
「えぇっ」
よっちゃんにキモイ言われたよっちゃんにキモイ言われた……石川梨華、そして小川麻琴に続く快挙じゃんコレって。
「うれしくねー」
嫌われたくない一心で取った行動によって、結果的に嫌われる。
なんだろうこの、やりきれなさは……。
いや、落ち着け美貴。
コレは美貴自身がやったコトじゃない、悪魔の仕業なんだ絶対にそう。そうに決まってる。
『え?だってお前が、嫌われたくないって言うから…』
ほらねやっぱり。
『嫌われたくないって素直に言ったのに嫌われたな。なんでだろう』
「あのね…」
美貴が言ったコトまんま伝えるんなら伝書鳩にもできるわ!バカかおまえは!!
「余計なコトしないでマジで。キレるよホント」
『お前さー、なんかカン違いしてない? オレは悪魔で、そんでお前はもうオレのモンなんだよ』
思わずぞっとするような、冷たい声だった。
『ねーぇよっすぃー、来て来て! サクサクに揚がったよっ♪』
『えーマジぃー』
「………」
やっぱり暇つぶしか。てゆーか、
ロールキャベツ作ってんじゃ、なかったのかよ――。
- 57 名前:天使と悪魔と美貴とよっちゃん。 投稿日:2005/07/24(日) 20:37
-
「ちょっと止めて」
先生の合図で、曲が中断する。
あれから、あたしの奇行など何も無かったかのようにレッスンは進行している。
ま、アレぐらいでレッスン止めちゃうほどモーニング娘。もヒマじゃないってコト。
「久住、そこ一人だけ遅れるよいつも」
彼女は戸惑ったような表情を浮かべながら、先生の話に耳を傾けてる。
本人にしてみれば一生懸命やってるつもりなんだろうけど……
動きも小さいし、時々うっすら笑っていたりもして傍から見るとなんだかやる気の無い態度に見えてしまう。
いつもならスムーズに進むレッスンも、新しいコが一人入るだけでなんとなく全体的にギクシャクしてるカンジ。
愛ちゃんと動きを確認し合いながら横目で久住の様子を窺うと、彼女を挟んで向かいに立ってるよっちゃんと目が合った。
…と思ったのはあたしだけで、よっちゃんはあたしの視線にまったく気付いてない様子。
彼女の視線の先には、困惑顔の新メンバー。
新リーダーのよっちゃんとしては、あたし以上に、久住のコトが気になってるんだろう。
や、ちがうか。べつにリーダーだからとかじゃなくて、よっちゃんってそういうひとだもんね。
いつだってちゃんと周りを見ていて、何かあるといちばん最初に気がついてくれて。
「久住、ちょっと」
先生が離れると、よっちゃんは彼女を連れてスタジオを出て行った。
- 58 名前:天使と悪魔と美貴とよっちゃん。 投稿日:2005/07/24(日) 20:39
- それから10分くらい経って二人が戻ってくると、まるで何事も無かったかのようにレッスンは再開。
さっきあたしがレッスン中によっちゃんに抱きついて甘えるとゆー愚行を晒した後ぐらい、何も無かったコトにされてる。
ただ一つ、小春ちゃんの表情もレッスン受ける態度もすごく真剣になってて、10分前とはまるで別人だった。
「よっちゃん」
小春ちゃんのコト、やっぱ怒ったのかなぁ……。
よっちゃん、そういうのあんまり得意じゃなさそうだからちょっと心配、なんだけど。
「ん?」
「あ…やっぱいいや」
また、謝れなかった。
素直になれないのは悪魔のせいなのか、美貴自身のせいなのかもうわかんなくなってきたよ。
聞きたいコトだってあったのに。そりゃあ美貴が心配するコトじゃないかもしんないけど、よっちゃんだってそんなの望んでないかもしんないけど。
でも結局なんも言えてないし。それどころか昨日から言わなくていいコトばっか言ってよっちゃんのコト怒らせてる。
- 59 名前:天使と悪魔と美貴とよっちゃん。 投稿日:2005/07/24(日) 20:41
-
「おつかれさまでしたぁー」
レッスン開始前と同様、ガキさんの律儀な挨拶が一際大きく響き渡る。
ガキさんで始まりガキさんで終わる。
ああ、なんだか清々しい一日だったなあー。
……なんて、上辺だけのウソくさい嘘じゃ自分の心に嘘をつけるハズなんてなくて。
ガキさんで始まってガキさんで終わったコトを差し引いても、決して良い一日だったとは言えない。
むしろ人生でワースト3には確実にランクインするぐらいサイアクな一日だった。とりあえず帰って寝よう。うん。それしかない。
寝て起きたらもしかして迷惑なアイツらも消えてくれてるかもしれないし…ほのかな期待を抱きつつ、あたしは荷物をまとめる。
『さーてと、おなかも一杯になったし、帰ってなにする? イタ電?迷惑メール?ぴんぽんダッシュ?』
「………」
寝る。ぜったい寝てやる。
『ねぇよっすぃー、スイカとメロンどっちがいいー?』
『どっちもー』
「………」
お願いだから、家事に専念してないでとっとと戻ってきてよ梨華ちゃん……。
- 60 名前:天使と悪魔と美貴とよっちゃん。 投稿日:2005/07/24(日) 20:43
- 「美貴」
顔を上げると、よっちゃんが立っていた。
気がつけば、残っているのはあたしと彼女の二人だけ。
「あ、おつかれ」
どどどーしよ。気まずい…果てしなく気まずい。
「あのさ、ちょっと話したいことあんだけど…このあと空いてる?」
「え…」
一瞬、頭の中が真っ白になった。
話したいコト?なに?やっぱアレ?怒られんの美貴?
だよねぇそりゃそーだわ。
昨日からのよっちゃんに対する数々の悪行、ぜんぶ無かったコトになんてできるワケないよね…。
逆に相手がよっちゃんだから何もなくて済んでるけど、コレが中澤さんとか稲葉さんとか夏先生だったりしたら………
「美貴?」
「へっ?」
はっ。いかんいかん、中澤さんとか稲葉さんとか夏先生だったりした場合のコト想像してたら意識飛んでた怖すぎて。
「あ、なんか予定あるんだったらいいよ」
「やっ、ないよ。ないけど」
「じゃおっけー? ゴハン行こうよ。なんか、美貴の好きなモノ」
ヤバイ。
よっちゃんから誘ってくれるなんてなんかめちゃめちゃ嬉しいかも。
- 61 名前:天使と悪魔と美貴とよっちゃん。 投稿日:2005/07/24(日) 20:46
- 「予定ないけどやめとこっかな」
「え?」
「疲れたし。帰って寝る」
「あっ…そう」
気まずそうなよっちゃんのカオを見たとき、あたしはほんの数秒前にあたしが言ったコトバをゆっくりと思い出した。
”予定ないけどやめとこっかな”
”疲れたし。帰って寝る”
ホントは嬉しいのにわざと素っ気ないフリして。怒られんのなんかべつにどーだっていい、よっちゃんと一緒にいたい。なのに。
素直になれないのは悪魔のせい?それとも美貴自身のせい?
「なんかさー」
よっちゃんが、ぽつりと言った。
「あたし、美貴に嫌われてんのかな」
「ちが…」
違うんだよ、ゴメンねよっちゃん、ゴメン
「ゴメンね。やっぱ気付いちゃった? 嫌いってゆーかさ、なんてゆーかよっちゃんとは美貴、合わないみたい」
「へ、へぇ」
違うんだよ、心の中で繰り返し叫んでも、声になってくれない。
- 62 名前:天使と悪魔と美貴とよっちゃん。 投稿日:2005/07/24(日) 20:50
- 「でもそういうことハッキリ言うかな普通。子供じゃないんだからさ、嫌いだからって、じゃあバイバイってワケにいかないんだからさ」
「違うの」
「もういいよ。わかった」
「違うんだって」
「でも、仕事んときはちゃんとやろうね。あからさまにさ、仲悪いとか思われたくないしヤバイでしょそれって」
じゃあおつかれ。少し怒ったように言うと、よっちゃんは出て行ってしまった。
「ちがうんだよ、よっちゃん…」
嫌いなんかじゃない、よっちゃんとは合わないなんて嘘。
嫌いなんかじゃないのに。ホントは好きなのに。大好きなのに。
こんなときに限って、天使も悪魔も何も言ってくれない。
美貴をこんな目に遭わせてるのは間違いなくあの二人なのに、こんなトコに一人ぼっちでいると、あんなやつらでも傍に居ないと寂しいなんて。
『なんで泣くんだよ』
「…っ、うるさい!」
『もしかしてオレのせい?』
「………」
とりあえず早く帰ってきて梨華ちゃん……。
- 63 名前:すてっぷ 投稿日:2005/07/24(日) 20:54
-
>45 名無飼育さん
ガキさんとミキティのコンビって個人的に大好きなので(笑)、書いてて楽しいです。
小川さんあたり濃すぎかな、と思わなくもないのですが、笑ってもらえてよかった(笑
>46 名無飼育さん
小川さんってどうしても犬っぽいイメージが…あ、もちろんイイ意味で(笑)
吉澤さんとか藤本さんあたりが頼んだらやってくれるかも?(笑
>47 ごまべーぐるさん
保田さんて人は、現実世界でもそうだけど(ハロモニとかマシューとか)、
本人不在なのにエピソードだけで笑いが取れるのでスゴイと思います(笑。
PC5台で一体なにやるんだろう…もはや想像もつきません。4台でも同様。
>48 名無飼育さん
少しでも本人達に近づくように、喋り方とかリズムとかには気を使ってるので…
そう言ってもらえるとホント嬉しいですね。
- 64 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/25(月) 18:49
- 更新乙です。
なんかミキティが乙女だ〜。可愛い
- 65 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/25(月) 22:10
- いやぁ…ごっつ切ないっす・゚・(ノД`)・゚・
- 66 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/26(火) 18:49
- 笑いと切ないのが、イイっす!!
次回更新も待ってます。
- 67 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/30(土) 23:31
- 切ないですが
女の子なたんキャワ!!
更新がんがってくらさい
- 68 名前:名無し飼育さん 投稿日:2005/08/28(日) 13:55
- ミキティ可愛いですね
まったりと待ってます
- 69 名前:名無しさん 投稿日:2005/09/01(木) 18:16
- オモロ
- 70 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/09/12(月) 23:25
- 更新まだかな?
- 71 名前:天使と悪魔と美貴とよっちゃん。 投稿日:2005/09/19(月) 14:01
-
――
「ただいまー」
半ばヤケ気味に、言ってみた。
つっても一人ぼっちの部屋なんだから、おかえりなんて迎えてくれる人は居ないワケなんだけど。
『おかえり美貴ちゃんっ』
チッ。思わず舌打ちしてしまう。
居て欲しいときには居なくて、居なくていいトコで居たと思ったら余計なひとこと。
っとにこやつは、ヒトの神経逆撫でするコトにかけては天才的能力を発揮するよな。
『ねぇ。どうしたの、美貴ちゃん?なんか、元気ないみたいだけど…』
「べつに」
『いやあ、さっき梨華ちゃんが晩メシ作ってる間にイロイロとあってさ』
『えっ。なになに?』
『実はかくかくしかじかこんなコトやあんなコトや…』
いちいち説明せんでいいっちゅーに。まったく、親切な悪魔だこと。
『そうだったんだ…。かわいそう、美貴ちゃん』
『どこが。中途ハンパに好かれるより、むしろ徹底的に嫌われる方がスッキリするよな。なぁ、美貴』
はあっ…あたしは大きくタメイキ。今のあたしにはもはや、悪魔の憎まれ口に言い返す気力なんて残ってない。
『どうした?怒らないのか』
「もー、怒る気も失せた」
テレビをつけると、どっかのお笑い芸人がカメラに向かってなんかぎゃーぎゃー喚いてた。
どこが面白いんだろ、こんなの。コレなら、コントんときのよっちゃんのが、よっぽど笑えるのに。
- 72 名前:天使と悪魔と美貴とよっちゃん。 投稿日:2005/09/19(月) 14:02
- 『美貴ちゃん…』
るっさいなー、もう。
『ねぇ、美貴ちゃんってば』
「見損なったよ、美貴」
こうなったのはべつに天使のせいじゃないけど、なんとなく、彼女のコト責めてるみたいな言い方になってしまう。
『え…?』
「こんなに情けなくて悪いコだったんだ、美貴って」
さんざん困らせて、怒らせて、嫌われた。イチバン、傷つけたくなかった人なのに。
『それもまぁ、今や天使をも味方につけたオレ様の功績と言わざるをえまい』
『そんな…。どうしよう、私、わたし…』
あ、悩んでる悩んでる。
あたしの中の良心が、善と悪の間で揺れている。
『あらゆる魔の手から美貴ちゃんを守るのが私の使命なのに…私は、このままで良いのですか?ああ、教えてください、仏様…』
天使だけど仏教徒なんだ……新しいな。
とはいえ、あんまり悩ましとくのも可哀想なので。
「あー、もういいよ。もともとそーゆー契約だもんね。美貴は自分の魂差し出す代わりに20円もらったんだし、
そのお金でよっちゃんがジュース、買っちゃったんだし」
『…よく考えたら美貴ちゃん、何ひとつ得してないね』
「うるせーよ」
んなコトうすうす気付いてたさ美貴だって。
- 73 名前:天使と悪魔と美貴とよっちゃん。 投稿日:2005/09/19(月) 14:04
- 『まっ、この際いくトコまでいっちゃおーぜ! 明日あいつのランドセルに、ヘビとカエルのおもちゃ入れちゃえ!
あとはハーモニカの音が出るトコに木工用ボンド塗って音が出ないようにするとかー、リコーダーの先に吹き矢を仕込むとか』
『もうっ、ほんと発想が小学生なんだから』
コイツの発想が小学生並みとか以前に、相手も小学生じゃないと使えないだろ、そのイタズラ。
「てゆーか、アンタさあ」
降って湧いた疑問。今さらだけど、
「なんでよっちゃんにばっか悪いコトするわけ?」
だって考えたらあたし、昨日からずっと、よっちゃんにばっか酷いコトしてない?
そりゃ、保田さんの使ってたパソコンでエロワード検索したのをガキさんのせいにしてみたり、ガキさんのことパシらせたりガキさんのことシカトしたり、
麻琴にマシュマロキャッチやらせたりもしたけど…そんなのはそもそも悪魔の仕業じゃなく普段の美貴がやっててもおかしくなさそうなレベルの些細な悪事。
イタズラの量も質も、よっちゃんへのそれには到底敵わない。
『そりゃあ、嫌いだからだよ』
「なんでよ。なんでよっちゃんのコト嫌いなの?」
確かに悪魔らしいコメントだけど、あたしはその理由を問わずにはいられない。だったらどうして、よっちゃんのコト嫌いなのよ?
- 74 名前:天使と悪魔と美貴とよっちゃん。 投稿日:2005/09/19(月) 14:06
- 『オレがじゃなくて、お前が。だってオレは、お前の心に棲む悪魔なんだからさ』
「はあ?」
なんだそりゃ。ますますワケがわかんないじゃないか。
「美貴がよっちゃんのコト嫌いなワケないでしょーが」
『だったら、好きなのね、きっと』
天使が言った。
『ほら、好きなコにイジワルしたくなっちゃう、っていうアレじゃない?』
「はあ?なにそれ」
それこそ、小学生じゃあるまいし。
あたしはコホンとひとつ、咳払い。(けっして照れ隠しなどではナイ)
「どーでもいーけど、どうすればやめてくれんの? もうダメだよ美貴。カンペキ嫌われたし。
てゆーか向こうが、美貴がよっちゃんのコト嫌ってると思っちゃってるし」
謝ろうにも、コイツらが束になって邪魔してきそうだし。
『やめるワケないだろ。オレにはお前の人生をメチャメチャにする義務があんだよ』
「ないからそんな義務」
すると天使が小さく、ふぅっ、と困ったようなタメイキをついた。
『美貴ちゃんってホント、素直じゃないよね。それに鈍感』
「なにがよ」
『自分が素直になれないの、私たちのせいにしてる』
「…ぅるさいな」
コイツの言うコトは、いちいち図星だから腹が立つ。
「ってゆーか、鈍感てなに」
自分に都合の悪いハナシは横に置いといて、あたしは話題を逸らすべく天使に尋ねる。
- 75 名前:天使と悪魔と美貴とよっちゃん。 投稿日:2005/09/19(月) 14:09
- 『ああ、だからー、帰りに吉澤さんが、美貴ちゃんに何か言おうとしてたんでしょ? 私はお料理してて見てなかったけど』
『そういやアイツ、なんか深刻そうな顔してたなぁ。財布でも落としたんかな?』
「なんか、話あるとか言ってたけど」
『何の話だと思う?』
「さあ…」
始めはてっきり、イタズラのコト怒られるんだと思ってたけど…ゴハン行こう、って言ってたから違うっぽいし。何よりよっちゃん、怒ってる顔じゃなかったし。
よっちゃんが誘ってくれるなんてめったに無いコトだから、嬉しさ先行で理由なんて考えてなかったけど。
『それ、美貴ちゃんに告白するつもりだったんじゃないかな』
「はあっ!?」
思わず声が裏返ってしまう。突然いきなしとーとつに、なにを言い出すんだコイツは。
「ないない!ないってそれは!」
でもってなぜか力いっぱい否定してる自分がちょっぴり哀しかったりして。
『オレも無いと思うが』
「てゆーかオマエが言うな」
自分で言ってるぶんにはおっけーだが他人に言われるとむしょーに腹立つのよね、こーゆーときって。
- 76 名前:天使と悪魔と美貴とよっちゃん。 投稿日:2005/09/19(月) 14:10
- 『だからぁ、そういうトコロが鈍感だって言ってるの』
「…根拠は」
『えっ?』
「だから、なんか、根拠があるワケ。あるんだよね、とーぜん。そこまで自信満々に言うからにはさ、あるよね根拠。無いとは言わせないよ」
『じゃあ聞くけど、絶対に告白じゃない、って言い切れる?』
「え…」
そう言われると、絶対、とは言い切れないけどさ、確かに。万が一ってコトも、無いとは言い切れないかもしんないけど…。
「ま、絶対、じゃないかな」
あたしは観念してそう答えた。
『だったら、それが根拠よ』
「うーん…」
なんか、上手いコト言いくるめられた気がしないでもないけど…だって、よっちゃんが美貴に告白とか? ないない、ナイわやっぱ。
- 77 名前:天使と悪魔と美貴とよっちゃん。 投稿日:2005/09/19(月) 14:12
- 『でもね。ホント言うと、よっすぃーが私に告ってくれたときとそっくりなんだよねー、シチュエーションが。
だから、吉澤さんの場合もそうなんじゃないかなぁって思っただけ』
『ハアっ!? ざけんな!誰がいつそんなコトしたよ!平成何年何月何日何時何分何秒っ、地球が何回周った日だよっ!?』
わー、図星つかれてこんなにテンパってるひと初めて見たかも。
「安心して。べつに美貴、そんなにきょーみ無いから」
アンタたちの馴れ初めなんて本当に、コレっぽちも。
『もぅ、なに照れてるの? 大事な話があるからって、食事に誘ってくれて。告白してくれたじゃん。駅前のマックで』
「安っ」
てか、食事、って言うのそれ。
いやまぁ、マックだって立派なお食事処には違いないけどさ。間違っちゃいないけどさ。……いや、やっぱ間違ってんな、なにかが。
それよりなにより、駅前のマックってどーゆーコトよ。アタマん中に街あるわけ、美貴。だいじょーぶかあたし。
『まっ、百歩譲って、あのときアイツが美貴を口説こうとしてたんだとしてもだ。時すでに遅しだな。何故ならさっきカンペキに嫌われたから』
『そうね、残念だけど…』
あ、そこは同意するんだ。なんて薄情なやつ。
- 78 名前:天使と悪魔と美貴とよっちゃん。 投稿日:2005/09/19(月) 14:15
- 「それでもいい。とりあえずよっちゃんに謝る。アンタがいくら邪魔したって、何度だって謝ってやる」
『諦めな。お前はもう昔のお前じゃない。悪魔に魂を売った女など、誰が相手にするものか』
悪魔に魂を売ったオンナ、か。
そう言うとカッコよく聞こえるけど実際のトコロ、ただのイタズラ大好きっ子(20)だもんね。現実は厳しいよ。
今の美貴に比べたら、あの辻ちゃんだってもうちょっと落ち着いてると思うもん。
今の美貴に比べたら、あの辻ちゃんが大人の女性に見えてくるもん。錯覚だと思いたいけどさ。
(「嫌いってゆーかさ、なんてゆーかよっちゃんとは美貴、合わないみたい」)
美貴のあんなコトバ、信じたの?よっちゃん。
あんなコト言ったけど、美貴のココロはまったく別のトコロにあるのに。
あたしは、20円で悪魔に魂を叩き売った哀れなオンナだけど、
たったコイン2コの重みでどっちにも傾いちゃうような、気持ちなら、こんなに悩んだりしない。こんなに、苦しくなったりしない。
『ねぇ、美貴ちゃん、』
「美貴、もう言い訳なんかしない」
たぶん天使でも、悪魔でも、誰のせいでもない。だから。
悪魔が取り入る隙も無いくらい、あたしは、素直になりたい。
『…うん』
嬉しそうに言った。声が梨華ちゃんなだけに、見えなくても笑顔が容易に想像できてしまう。
その夜は、疲れてるはずなのに、ベッドに入ってもなかなか寝付けなかった。
- 79 名前:天使と悪魔と美貴とよっちゃん。 投稿日:2005/09/19(月) 14:17
-
翌日、スタジオに入ると、よっちゃん始めほとんどのメンバーが既に揃っていた。
集合時間まではまだ余裕がある。
あたしは意を決して、彼女に声を掛けた。
「よっちゃん」
彼女が振り返る。
「ちょっといいかな」
するとよっちゃんは、一瞬ちらっと周りを見てから、
「いいよ。外行く?」
あたしは黙って頷いた。
「や、さ、なんか、誤解させちゃったかなって。こないだのコト」
二人きりになって、すぐにそう切り出したものの…いつまた悪魔がしゃしゃり出てくるかと思うと、気が気じゃなかった。
「誤解…ってゆーか、誤解しようがないんじゃないの? 美貴さ、あんだけハッキリ言ったじゃん」
「だから違うんだって。本心じゃないんだ、アレは」
あたしは必死の弁解。あんなコト言われて当たり前だけど、よっちゃん、そうカンタンには許してくれなさそう。
「だったらなに。無かったコトにしろって?」
「はぁ?そーゆー言い方しなくたっていーじゃん」
あたしは売り言葉に買い言葉とゆーやつで、つい、キレ口調になってしまう。
「……なんだよ。あたしが悪いんだ」
「んなコト言ってないじゃん。てゆーか美貴は、」
ただ謝りたいだけなのに、どうしていっつも遠回りしちゃうんだろ。いーかげん、自分が嫌になる。
「言ってるよ。もういい、もうやだ。ケンカとかしたくないんだ、あたし。……もう、行っていいかな」
『おー、行っちゃえ行っちゃえ。お前なんかどこへでも行ってしまえ!ハハハハハ』
「いっ…」
よっちゃんが、あたしに背を向けて歩き出す。
- 80 名前:天使と悪魔と美貴とよっちゃん。 投稿日:2005/09/19(月) 14:19
- 「いかないで!」
『そうはいくか』
足を止めて振り返ったよっちゃんに、あたしははっきりと告げた。
「嫌い。美貴、よっちゃんのコト大っ嫌いだから」
「あっそ。もー、わかったから」
「嫌い。嫌い!嫌い!マジで、大っ、嫌い………じゃない」
「……は?」
よっちゃんのキョトン顔で、ハッと我に返る。あたし、今ちゃんと、でもないけど、言えたよね。嫌いじゃないって。
「嫌いじゃないよ。美貴ホントは、よっちゃんのコト、大好きだよ」
「あのー、好きっていうのは、どういう」
「よくわかんない、けど……いわゆる好きなコにイジワルしたくなっちゃうってゆー、アレ?」
「……小学生かよ」
そう言った後でよっちゃんは、くすっ、と小さく笑った。
- 81 名前:天使と悪魔と美貴とよっちゃん。 投稿日:2005/09/19(月) 14:22
- 『お、おまえ…』
「わかった?美貴は20円でどうにかなるよーな安いオンナじゃないんだからね」
「20円?」
「なんでもない。こっちのハナシ」
「あっそ」
『偉いよ美貴ちゃん!よく頑張ったね!』
『えっ、梨華ちゃんなんでコイツの味方してんの?』
『なに言ってるの?私は最初から美貴ちゃんの味方だよ。あなたの悪巧みに加担したのだって、
イタズラしたのが美貴ちゃんだってバレないように偽装工作するのに協力してただけだもん』
『ううう…裏切られた。はっ!マズイ!悪魔が天使に嵌められたとあっては、地獄で笑い者になってしまう!』
可哀想に。下界ですらじゅーぶん笑い者だったとゆーのに、地獄に戻ってまでさらに笑われるだなんて。
『ねぇ、よっすぃー。コレ……接着剤でくっつくかしら』
『は? あああーーっっ!! オレのシッポじゃねーかっ!いつの間に!?』
『あなたの魔力を弱めるために仕方なくやったの。ねぇ、瞬間接着剤で元に戻るかな』
『戻るかバカ! どんだけ単純なんだよオレのカラダの構造はよ!!』
『アタマの構造は単純なのにね。くすっ』
『あああ…そーいやなんかフラフラする。バランス感覚が確実に失われている気がするよ梨華ちゃん』
『ゴメンね、よっすぃー。でも、よっすぃーのコト愛してるのはホントだよ。だから許してね』
今さらだけど、このコ、あたしの良心なんだよね……
忍び寄る魔の手から自分を守ってくれた恩人とはいえ、なんだか複雑な気持ちになる。
- 82 名前:天使と悪魔と美貴とよっちゃん。 投稿日:2005/09/19(月) 14:27
- 「あ、そうだ」
と、突然何かを思い出したようによっちゃんは、ジャージのポケットをガサゴソ。
「コレあげる」
そして取り出したモノを、あたしに向かって放り投げた。
「10円…?」
それは、ナントカとゆー大きなお寺だか何だかの絵が描いてある、何の変哲も無い10円玉だった。
「それ、美貴が生まれた年のやつ」
あ、そうなんだ。
あたしは、右手に乗っかってるそれをもう一度見ようと……
したら、確かによっちゃんからパスされたハズの10円玉は、あたしの手の中から跡形も無く消えていた。
『まっ、十分楽しませてもらったからな。10円で売ってやるよ』
『この三日間で美貴ちゃんの魂、ずいぶん値下がりしちゃったね。でも良かったねっ、美貴ちゃん!』
20円で売って半値の10円で買い戻したんだから、美貴的には得したのかコレって。
あ、でも美貴のコト買い戻してくれたのは結局よっちゃんなんだっけ。
なんだかよくわかんないけど、こうしてあたしは、無事に自分の魂を取り戻すコトができたのだった。
- 83 名前:天使と悪魔と美貴とよっちゃん。 投稿日:2005/09/19(月) 14:29
- 「なんか嬉しくない?自分の生まれた年のやつとか見つけたらさ」
「そだね」
美貴の生まれた年とゆーかそれは、よっちゃんが生まれた年でもあるワケで。
なのに、美貴にくれるんだ。たかが10円玉だけど、でも、妙に嬉しかった。
「ってか、さっきはカッとなっちゃったけど…ホントは今日、仲直りしたくて。こんなんでもハナシの種になるかなって思ってさ」
「それは微妙じゃないか?」
「やっぱそっかな」
今回は美貴が一方的に悪かったワケだから、まぁ、それでも良しとしよう。でも、そうじゃなかった場合。
ケンカした昨日の今日で、何の脈絡も無く生まれ年の10円玉もらったトコロで果たして相手を許す気持ちになれるだろーか。
美貴だったらたぶん、「はあ?」って言っちゃうと思う。確実に言うな、うん。
「でもありがと」
そしてあたしは、もう手の中には無いそれを、ポケットに仕舞うフリをした。
「じゃあさ、ついでって言っちゃなんだけど、このあと焼肉行かない?」
と、よっちゃん。
「なんのついでだよ」
「…べつに、無理にとは言わないけど」
「行く行く。行こ行こ!」
あたしはもう、嬉しさを隠さずに言った。
なんてゆーかコレ以上、美貴の非情なツッコミでよっちゃんを傷つけるワケにはいかないし。
- 84 名前:天使と悪魔と美貴とよっちゃん。 投稿日:2005/09/19(月) 14:31
-
ジューっ。
小気味良い音。美貴の大好きな、この世でイチバン美しい音色。
「ねー、あんときのアレ、なんだったの?」
あたしは、よっちゃんが網の上に次々と肉を乗っけてく様子を眺めながら、尋ねる。
「なんだそれ。あんときのアレじゃ全然わかんないよ」
「ほら、昨日ケンカする前さ、なんか美貴にハナシあるって言ってたじゃん」
「あー。でそのあと美貴に冷たく断られたやつね」
「…うん、まぁ、それは置いといてさ」
告白しようとしてたに違いないと言った天使のコトバを思い出し、んなワケないじゃんとか思いながらも、あたしはちょっとだけ期待していた。
「あんときはさ、ちょっと悩んでたんだなぁ。久住のコトちょっと、怒っちゃってさ」
「あ、アレやっぱそうだったんだ。二人で出てくの見えたけど」
なるほどね、そーゆーコトか。
久住のコト怒ったってのは昨日のリハで、他のメンバーに付いていけてなかった彼女をよっちゃんが連れ出してったときのコトだろう。
「もちろん後悔はしてないんだけど。それって、あたしの役目だしさ。けど、なんとなく誰かに言いたかったんだよね」
「後悔してないって?」
「うん」
「そっか」
なーにが、『美貴ちゃんに告白するつもりだったんじゃないかな』だよアー?
梨華ちゃん天使の言うコト真に受けて、淡い期待を抱いてしまった自分がまるでバカに思える。
- 85 名前:天使と悪魔と美貴とよっちゃん。 投稿日:2005/09/19(月) 14:33
- 「でね、」
「間違ってないよ、よっちゃんは。うん。間違ってない」
あたしが言うと彼女は一瞬キョトンとして、かと思うとすぐに復活して、
「そう。それを言って欲しかったの、美貴に」
今度は、あたしがキョトンとする番だった。
「そっかー。やっぱりね」
よっちゃんがしみじみと言う。
「なに?」
「や、昨日あのとき美貴を選んだあたしの選択は間違ってなかったなぁっていう」
「てゆーか普通に考えて、あの中で相談ゴトするとかだったらまず美貴でしょ。後はおこちゃまばっかだし」
「そっかー?冷静に考えたらガキさんじゃね?」
「そーなの?」
ま確かに、ガキさんならよっちゃんの悩みも真剣に聞いてくれそーな気はするけどね。もちろん、美貴の次に。
「でもまぁ、結局あのとき話は聞いてもらえなかったワケだけど」
「今聞いたんだからいーでしょ」
「で、美貴はまたイジワルすんの?あたしに」
よっちゃんはニヤケ顔。完全に楽しんでるなコイツ、性格わる。
「うるさい」
「えー、だって好きなコ見るといじめたくなるんじゃないの?」
「…だから、そこにはもう触れないでっつったじゃん」
って実際まだ言ってないけどさ。蒸し返して欲しくないの、わかるでしょ?
「ほい」
「あ、ありがと」
あたしが動揺してるのなんておかまいなしに、よっちゃんはあたしのお皿に次々と焼き上がった肉を乗せてく。
- 86 名前:天使と悪魔と美貴とよっちゃん。 投稿日:2005/09/19(月) 14:36
- 「よっちゃんも食べなよ」
「ん、あたし焼いてるから、先食べてていーよ」
「あっそ。じゃ遠慮なく」
ああ、美貴ってなんて素直で正直なオンナノコなんだろ。こと、焼肉に関しては。
「知ってた?」
あたしが顔を上げると、
「あたしって、好きなコには優しくなんの」
「ぇ…。へ、へぇー」
ヤバイよ梨華ちゃん。なワケないじゃんとか思ってたけどキミが言ってたコト、案外当たってるかも。
「そうなんだ。ぜんぜん知らなかった」
「じゃあ、気付くまであたし焼く」
「てゆーかもう気付いちゃったからいいよ」
「いいから早く食べなよ、冷めちゃうよ」
彼女に急かされて我に返ると、ああ、なんということでしょう。
箸を口に運ぼうとした瞬間によっちゃんが変なコト言い出すもんだから、美貴そのまま固まっちゃって、
愛しのマイスウィートお肉が宙ぶらりんの状態で所在無げに哀愁たっぷり佇んじゃってるではありませんか。
もっさんってキャラ変わるよね。こと、焼肉に関しては。って、ガキさんによく言われる。
「よっちゃん」
「ん?」
「あーん」
「んー!うまっ」
美貴も、なるべく優しくできるようにするよ。好きなコには、とくにね。
<おわり>
- 87 名前:すてっぷ 投稿日:2005/09/19(月) 14:39
- >64 名無飼育さん
ありがとうございます。よっちゃんにだけは乙女なミキティでした(笑
>65 名無飼育さん
前回切ないシーンで終わってしまいましたが…ラストまで見届けていただけると嬉しいです。
>66 名無飼育さん
ありがとうございます。今回も笑ってもらえると良いんですが…。
>67 名無飼育さん
女の子な藤本サン、気に入ってもらえて良かったです。
宜しければ最後までお付き合いくださいませ。。
>68 名無し飼育さん
ありがとうございます。
ミキティちょっと乙女すぎ?(笑 でも気に入って頂けて嬉しいです。
>69 名無しさん
感謝!
>70 名無飼育さん
お待たせしてすみません。。最終話もお付き合い頂けると嬉しいです。
- 88 名前:はち 投稿日:2005/09/19(月) 18:57
- 完結乙です
いやぁ、なんかほっとしました
みきてぃもよっちゃんもすげーいいキャラでw
楽しませていただきました
- 89 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/09/20(火) 00:29
- 完結お疲れさまです。m(_ _)m
- 90 名前:名無し飼育 投稿日:2005/09/25(日) 00:26
- 面白かったです
Dear〜時代からROMらせて頂いてたので懐かしくて
ひとり大笑いしてましたw
完結お疲れ様でした
- 91 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/09/25(日) 15:47
- 完結お疲れ様です。
おかげ様でお腹の筋が割れました。幸せです。
- 92 名前:サンタクロースの恋人。 投稿日:2005/12/11(日) 16:58
-
<イブまであと20日>
「で?今年はちゃんと考えてんだよね」
とある休日の昼下がり。
あたしは、こたつに入ってノンキに煎餅なんかかじっちゃってる目の前のコイビトに向かって問う。
「なにが?」
なにが、だと?
「とぼけんなよわかってるクセに」
「とぼけてないもん。ホントにわかんない」
あっそう。そーゆー態度に出るワケね。だったらこっちにも考えがある。
「言っとくけど、あたし手伝わないからね」
「えっ!? ちょっとー!なんでそーゆーコト言うのよーっ」
「ちゃんとわかってんじゃんか…」
ったく忘れたフリしやがってコヤツは…。
「……だって」
「だってじゃない!」
あたしが怒ると彼女はバツが悪そうに目を伏せ、たと思うと性懲りも無くまた一口、煎餅をかじった。
パキっ、とゆー小気味良い音が、あたしの神経を逆撫でする。
「とりあえず煎餅食べんのやめて。ひとが真剣に話してんだからさ」
「この食べかけのも? 置いとくと湿気っちゃうかも」
「じゃあと一口で食え」
「えーっ、無理だよ〜。どっからどう見たって一口じゃ無理じゃない?ねぇ」
「あぁもー何でもいいから早く食っちゃえよ!」
もぉうるさいんだからよっすぃーはぁ、とか何とか言いながら、三口ぐらいで彼女はようやく残りを完食。
- 93 名前:サンタクロースの恋人。 投稿日:2005/12/11(日) 16:59
- 「あのさ、おせんべ食ってる場合じゃないっしょ。わかってる?もう12月だよ?ダラダラしてたらすぐクリスマス来ちゃうんだよ?」
「……だって」
「なに」
「……めんどくさいんだもん」
あきれた。
なんて言い草だ。キミの立場にあるまじき発言だぞ、今のは。
「めんどくさいとか言わないの。冗談でも言っちゃダメ」
「だってー、ぶっちゃけクリスマスはよっすぃーと二人っきりで過ごすほうが絶対楽しいし。よっすぃーだってそう思うでしょ?」
「…梨華ちゃんさぁ」
神様は不公平だ。
「おまえそれでもサンタかよ」
神様はときに、本当にそれを望んでいるひとには与えず、べつにたいして望んでもいないヤツにひょっこりあげてみちゃったりする。
つまり、子供の頃から誰よりもサンタクロースに憧れ、ご近所中にサンタクロース志願を公言してはばからなかった、このあたしではなく。
「あたしだって好きでなったワケじゃないもん。たまたま、お父さんがサンタクロースだったってだけのハナシじゃん」
パリっ。
「っつーかなにまた食ってんだよっ」
「あっ! もぅ、いいじゃん返してよぉ」
世界中の誰よりもサンタさんを尊敬してやまないこのあたしではなく神は、
サンタクロースに何の思い入れも無いこの煎餅女を選びたもうた。それが現実。
- 94 名前:サンタクロースの恋人。 投稿日:2005/12/11(日) 17:01
-
『誰にも、言わないでね』
去年の秋。
彼女が実はサンタクロースの末裔だと聞かされたときは、正直驚いた。
彼女はモーニング娘。のチャーミー石川であるのと同時に石川梨華という一人の女性であり、
そしてさらに、石川サンタクロース梨華、でもあるのだと。 あたしは、完全に混乱していた。
『って言ってもあたしもそれ聞いたの、つい一週間前なんだよね。なんかうちのお父さんが、サンタさんらしいのね。
で今年からあたしが跡、継ぐみたいなハナシになってて』
そのときあたしは初めて、サンタクロースって世襲制なんだと知った。
『だからね、よっすぃー。恋人がサンタクロースだって自慢したい気持ちはわかるけど、絶対、誰にも言わないでね』
『言わないよ。ってゆーか、言えないよ』
恋人がリアルサンタだなんて、口が裂けても。
『でさっきの話だけどね、京都はちょうど今イチバン見ごろなんだって』
『なにが』
『なにって紅葉だよもぅ。いいよね京都。行きたいなぁ』
『ああ…紅葉か』
それは、時間にしてほんの3分足らずの告白だった。
恐らく彼女にとっては自分が実はサンタクロースだったコトよりも、京都行きたい、方が重要だったんだと思う。
- 95 名前:サンタクロースの恋人。 投稿日:2005/12/11(日) 17:03
-
「実はさ、あたしも今年はメンバーのみんなにプレゼントしようかなぁなんて思ってんだよね」
「よっすぃーが?」
「ほら、何年か前にさ、梨華ちゃんに手伝ってもらってみんなにプレゼント配ったときあったじゃん」
あれはまだ、五期がまだ新メンバーって呼ばれてた頃だからずいぶん前のハナシ。
長年のサンタクロースになりたい願望をついに抑えきれなくなったあたしは、今一つ乗り気ではなさそうな梨華ちゃんと二人、
憧れのサンタさんに扮してメンバー全員にクリスマスプレゼントを配って回ったのであった。
「あぁ、そんなコトあったよねー。もぉあのときのよっすぃーってさー、すっかりサンタクロース気取りで、ねぇ」
「気取り、って…」
今や自分がホンモノのサンタクロースだからってその余裕発言かよ(しかも失笑混じりに)……正直、ムカついた。
「でも、正直どうなのってカンジのプレゼントばっかだったよね。あのときは、好きだから言えなかったけど」
そう言って彼女は、湯呑みを傾ける。
「んー、やっぱお茶とお煎餅って合うよねー。ねぇ誰が考えたのかな、この組み合わせ」
「知らねえよ。ってゆーかあたしだってもう大人なんだからさ、プレゼントはちゃんとしたの、選ぶよ」
「え?なんだっけ?」
たった20秒前の会話を忘れるな。虫かおまえは。
- 96 名前:サンタクロースの恋人。 投稿日:2005/12/11(日) 17:05
- 「やぁ…でさぁ、あたしもみんなにあげるプレゼント色々考えてたんだけど。
したらなんてゆーか、梨華ちゃんの苦労がわかったってゆーかさ…だから、早めに準備しといた方が良いと思ったわけ。
じゃないとまた去年みたくなっちゃうじゃん」
すると、彼女は眉をひそめてあからさまに不機嫌そうな表情。
「みんなって言ったって、よっすぃーの場合せいぜい10人かそこらじゃん」
こっちはケタが違うのよケタが、と、心なしか自慢げな彼女。
「10人かそこらって、んなてきとーな…」
コイツは自分が抜けた途端それか。
こたつの中で握り締めたコブシに思わず力が入る。
「て、てゆーかさっ…だったらなおさらじゃん。早くプレゼント選ばないとマジやばいって」
怒りのあまり、押し倒しそうに…いや、掴みかかりそうになるのをぐっとこらえて、あたしは説得を続ける。
「…もぅ。わかった、明日やる」
「なんで。せっかくあたし居るんだから、一緒に考えようよ」
「えぇー、なんでぇ?せっかくよっすぃー居るのにやだよーそんなの」
いい年して駄々をこねる彼女は正直、カワイイ。
でもだからといって騙されてはいけない。
だってこのままズルズル行けば、去年の二の舞は必至だから。
休日の昼下がり。
しかも二人のオフが合う日なんてそうあるコトじゃないし、ふたりで甘い時間を過ごしたいのはあたしだって同じ。だけど。
ココはひとつココロを鬼にして、やらせるしかないんだ。
なぜならそれがサンタクロースの恋人である、あたしの使命なのだから――。
- 97 名前:サンタクロースの恋人。 投稿日:2005/12/11(日) 17:07
- 「もしもし麻琴ー?なにしてたの? あそうなんだー。え〜、いいな〜」
あっ。コイツいつの間に。
あたしが苦悩してる隙に、梨華ちゃんは携帯片手に寝転んでなにやら楽しそう。
「ねぇねぇ映画行こうよぉ。麻琴さぁ、なんか見たいのあるって言ってたじゃんこないだー」
「ちょっと梨華ちゃん…」
出た。
無理に予定を作って現実逃避を図るつもりだな。
「そうなの。最近わりとヒマなんだよねー」
「梨華ちゃーん」
たとえば夏の終わり。
それまで散々ダラダラ過ごしていたのに宿題が全く手付かずなのに気付いた瞬間、突然鬼のよーに遊びたくなるよな。気持ちはわかる。わかるけど。
「月曜?うんいいよ。空いてる」
「空いてるじゃねーよっ。おい!石川!!」
「えっ?あぁ、違うのゴメンゴメン。なんかねぇ、妬いてるみたい。え?だってさー、あたしと麻琴が仲良くしてるからじゃない?とか言って!あはははっ」
「………」
教えてくれ、梨華ちゃん……そんなコトしてなんになる。
キミがどんなに足掻こうと時間は止められないし、麻琴と遊び呆けてる間にもその日は間違いなく確実に近付いてくるとゆーのに。
「えー?なに、じゃあ麻琴24日どうしてんの? えー、だったらさぁ、鍋やろうよウチで。コンコンとかも呼んでさぁ」
「!」
って当日に予定入れてどーするよ!なあ!さすがに!
- 98 名前:サンタクロースの恋人。 投稿日:2005/12/11(日) 17:15
- 「ちょっ、貸して!」
思わず、彼女から携帯を奪い取る。
「ゴメン24日絶対ダメ!無理!」
『あぁ、あははぁ。ですよねぇ〜、わかってますって吉澤さぁーん』
電話の向こうから、麻琴の間延びした声が返ってくる。
「悪いけど月曜の映画も無し。じゃね」
「あっ、ちょっと!なんでよー!」
逆ギレサンタを軽く無視して、あたしは一方的に電話を切った。
「もぅ、しょうがないなぁ。じゃあ、イブは二人だけで鍋だねっ」
「てゆーか……なに、ぜんぶ無かったコトにしようとしてんの」
サンタがクリスマスに仕事ほったらかして鍋パーティとかありえないよ梨華ちゃん。
そんなの世界中の子供たちに、申し訳なさすぎる。
「あ〜あ、クリスマスが来るのがこんなに憂鬱だなんて。そんなの世界中探したってあたしと中澤さんぐらいだよ。ねぇねぇ、そう思わない?」
「そうだね。うん。わかったからもう諦めろ」
ホントに、酷いサンタさんでゴメンね、子供たち。 と、中澤さん。
- 99 名前:すてっぷ 投稿日:2005/12/11(日) 17:19
- 感想ありがとうございました。遅レスで申し訳ないです。。
>88 はちさん
ありがとうございます。楽しんで頂けて良かった…。
ミキティ視点は初だったのですが、容赦ないツッコミキャラは書きながらとても爽快でした(笑
>89 名無飼育さん
ありがとうございます。よろしければまたお付き合い頂けると嬉しいです。
>90 名無し飼育さん
ずっとお読み頂いてるのですね。感謝です。
今回はDear〜で毎年(…でもないけど)やっていたクリスマスものを書いてみました。
よろしければ。
>91 名無飼育さん
ありがとうございます。こちらこそお役に立てて光栄です(笑。よろしければ、また。
- 100 名前:すてっぷ 投稿日:2005/12/11(日) 17:23
- 「サンタクロースの恋人。」
残り2回ぐらいで完結の予定です。
補足。
今回更新分でよっちゃんが、”梨華ちゃんに手伝ってもらってみんなにプレゼント配った”と言ってますが、
この話は以前書きました↓の数年後という設定にしています。
といっても裏設定という程度なので、読んでなくても全然大丈夫ですが(長いし…)、もしよろしければ。
DearFriends4 「サンタクロースに逢えた日。」
ttp://mseek.xrea.jp/yellow/1009191908.html
- 101 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/12/12(月) 00:14
- よっちぃの口が悪くなってて(´Д`*)ポワワ
- 102 名前:780 投稿日:2005/12/12(月) 04:54
- 突然失礼します。
いま、2005年の飼育を振り返っての投票イベント
「2005飼育小説大賞」が企画されています。よろしければ一度、
案内板の飼育大賞準備スレをご覧になっていただければと思います。
お邪魔してすみませんでした。ありがとうございます。
- 103 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/12/13(火) 00:44
- 更新乙でウ。
つい先日サンタクロースに逢えた日を読み直したばかりなので
ちょい感動!今回はどんな話になるか楽しみです。
- 104 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/12/13(火) 15:23
- おぉ、また来てた!
- 105 名前:サンタクロースの恋人。 投稿日:2005/12/18(日) 22:02
-
<イブまであと10日>
「へぇ、色々あんだなぁ」
ページをめくりながら、あたしは感心しきり。
なるほどなるほど、最近はこういうのが流行ってんのかぁ…などと感心しつつ、
そういや去年の今頃も同じよーなコト言ってたよなあたし…と、ふいに灰色の想い出が脳裏をかすめる。
梨華ちゃんの実家から郵送されてきた、クリスマスプレゼント用のおもちゃカタログ。
なんでも、サンタさんにプレゼントをリクエストしなかった子供たちのために、前もって流行のおもちゃをまとめ買いしておくのだとか。
ってコトはちゃっかりプレゼントをリクエストしていた子供たちは、自分の望み通りのモノがもらえるってコトだからちゃんとリクっといた方が絶対、得なんである。
ただし、プレゼントは物であるコトってのが決まりらしくて、”死んだおじいちゃんに会いたい”とか”妹がほしい”等のリクエストは無効。
なお、家とか車とか高価なモノは無条件にシルバニアとかチョロQに過小解釈されちゃうらしいので、そのへんは注意すること。
「ココアって。もーケメちゃん、情報古いよぉ〜。それ何年前のみのさんなの、ってカンジ。え、今?今はアレじゃない?納豆。
え?それも古いの?えーそうなんだぁ、マジで? あっ、キャッチ入っちゃった。ゴメン、すぐかけ直すね」
クリスマスまで10日しかないのに何も準備してないこの状況で、サンタクロースは長電話を止めようとしない。
実家から届いてたカタログだって、あたしが今日開けなかったらいつまで放置されてたコトか…考えただけで、恐ろしくて眠れない。
- 106 名前:サンタクロースの恋人。 投稿日:2005/12/18(日) 22:03
- 「もしもし。あ、お母さん? うん、うん、元気。今ねぇ、よっすぃー来てる」
どうやら、電話の相手はお母さんらしい。
「えー、ちゃんと食べてるよー? 最近ちょっと時間あるからさぁ、料理してるよ?ちゃんと」
マジかよっ。
んな時間あるんだったらプレゼント選び、手伝えヨォォォ……!
「えー? …うん、…てゆーか、あたしだってさぁ」
ん?なんだなんだ?急にフキゲンになったぞ…?
「…うん、うん。わかってるよ、ちゃんとやってるってば…。そりゃあ、去年はちょっと、アレだったけどさぁ」
ははーん。さては梨華ちゃん、お母さんにサンタクロース業務サボってるコト指摘されたな?
あたしは思わずニヤリ。ちょっとだけ可哀想な気もするが、お母さんに怒られれば少しは反省もするだろう。
「今年はちゃんとやってるから。だってもう、プレゼントもぜんぶ発注しちゃったしぃー」
「えっ」
ウソじゃん。おまえそれ、完全に嘘だろーが。
「じゃあ、これからトナカイさんと打合せあるから。うん、また電話するね」
そう言って彼女は、電話を切った。
「トナカイとなに打合せすんの」
ったく、お母さんにまで嘘ついてどーすんだコイツは…彼女の往生際の悪さに、ついムッとした口調になってしまう。
- 107 名前:サンタクロースの恋人。 投稿日:2005/12/18(日) 22:05
- 「なにって当日の待ち合わせ場所とか、配達ルートとかいろいろ。あ、信じてない?ホントにやるんだからねーっ」
「そーゆーコトじゃなくてさ…」
「ん?」
梨華ちゃんがトナカイと話せるコトも、待ち合わせとか事前に打合せしとくんだってのも去年聞いたから知ってるし、
サンタクロースに憧れてるあたしとしてはすごく羨ましかったから、よく覚えてる。
確かに待ち合わせ場所とか配達(って表現もどうかと思うけど)ルート決めるってのも、大切なコトだろう。
だがしかし、カンジンのプレゼントが無ければそれらはまったくもって無意味なのだ。
とは言え、自覚の無いサンタクロースにそんなコト言ったってわかってくれるハズもなく。
「もういい」
時間のムダだ、とりあえず今はプレゼントをクリスマスに間に合わせるコトが先決なのだから…あたしは、再びカタログに目を落とす。
「ってゆーか無理だよもぅ…ぜったい無理」
タメイキ混じりに、梨華ちゃんが言う。
たぶんこっちに向かって言ってるんだろうけど、そんなのはとーぜん独り言と見なし、あっさり無視。
「あーあ。いっそのコト、全員カタログギフトにしちゃおっかなぁ」
「うっそ…!」
思わずリアクションしてしまった。
だって、だってカタログギフトとか、アリなんだ……それはちょっと、いやかなり、ショッキング。
- 108 名前:サンタクロースの恋人。 投稿日:2005/12/18(日) 22:07
- 「ってぜったい怒られるよね。ダメダメ、やっぱやめとこそれは」
「だ、よね…」
正直ホッとした。
だってまだ幼稚園かそこらの夢見るチビッコの枕元に、ギフトカタログがそっと置かれてる図…
想像するだけでものすごく嫌だ。靴下にだって入んないし。
「うん。ダメダメ。それはホントに、最後の手段だもんね」
頼むから使わないでほしい。たとえ最後の最後でも、その手段だけは。
「でも一応、そのへんも押さえとかなきゃね。何事にも保険は必要だし」
「………」
コレはマジでホントに、本気モードで早くあたしがプレゼント選んであげないと…イブの夜には、
世界中の子供たちにカタログギフトが届いてしまう異常事態に発展しかねない。
あたしは決意も新たに、おもちゃカタログと格闘を再開した。
「よっすぃー。ねぇ、よっすぃー。 よっちゃーん、よっちゃんってばぁ」
おもちゃ選びに没頭するあたしに、サンタが横やりを入れてくる。
「んだよ」
「ねぇっ、久し振りに会えたのになんでそんなムスッとしてんの?つまんないよ」
あのねぇ。
「ムスッとしてんじゃなくて選んでんでしょ、プレゼント」
「そんなの後であたしやるからいいってば」
…よく言うよ。こないだ会ったときだって、明日やるとか言っといて全然やってなかったくせして。
- 109 名前:サンタクロースの恋人。 投稿日:2005/12/18(日) 22:11
- 「ってかさ、なんであたしがこんなコトやってると思ってんだよ。そっちがいつまでたってもやんないからじゃん」
「だから後でやるってば」
「んなコト言ってやったか、去年?ねぇ、やんなかったよね。ギリギリんなってやってないのバレてさ、結局お母さんとあたしでやったよね。
クリスマスに間に合ったの誰のおかげだと思ってんの?もうちょっとでお父さんにバレるトコだったんだよ?」
「…だって、」
その後に梨華ちゃんは何か言ったけど、声が小さくてよく聞こえなかった。
去年のクリスマスは、そりゃあ大変だった。
イブの前日。
今年からクリスマスは一緒に過ごせないからと、彼女の部屋で少し早いクリスマスパーティをやることにした。
ケーキも買って、プレゼントも用意して、二人で作った料理をテーブルに並べて、シャンパンを開けようとしたとき、インターホンが鳴った。
それはモニター越しにでもくっきりとわかる蒼ざめっぷりで、震える声で、梨華ちゃんのお母さんは叫んだ。
『あ、あ、あんた…プレゼントまだ買ってないでしょッ!?』
『あっ、ちがっ、違うの、あのねっ、』
『違うってなによ!違うとこに頼んだのっ!?それならそうと、お父さんに言わなきゃダメじゃないの!』
『ううん、まだ……頼んで、ない』
『バカーーー!!』
それは、梨華ちゃんのお父さんが利用していたおもちゃの卸業者さんが今年はまだ注文が来ないコトを心配して、
お母さんに電話をくれたコトで発覚したのだった。
- 110 名前:サンタクロースの恋人。 投稿日:2005/12/18(日) 22:13
-
「ねぇねぇ、どっか行こ? お休み終わっちゃうよ?」
はあっ…あたしは思わずタメイキ。
この期に及んでまだそんなコト言うか、こやつは。
「行くワケないっしょ。なに考えてんだよ」
「プレゼントのコト心配してるんだったら、明日からやればなんとか間に合うから平気だよ?
昨日電話したらね、おじさんが、あ、業者さんがね、前日の夜までなら大丈夫だって」
「なにそれ」
いつの間にそんな根回しを…ってゆーか、そんなコトじゃない。
あたしが、ムカついたのは、そんなコトじゃなくて。
「あのさぁ、バカにしてんの?」
「えっ…」
「なんかさ、誰かにプレゼントするのとかって、そういうコトじゃないじゃん。もしあたしが子供だったら、そんなプレゼントいらねーよ」
彼女が黙り込んでしまったのを良いコトに、あたしは続けた。
「なんでお前なんかがサンタクロースなんだよ」
言った後で、急に恥ずかしくなった。
コレじゃただの、梨華ちゃんがサンタクロースなのを羨ましがってるヒトじゃんか…でもコレが、あたしの本音なんだ。
考えたらそもそも梨華ちゃんに手伝ってって頼まれたワケでもないし、実際、明日から彼女一人でやっても間に合うんだろう。
本人がそう言ってんだから、あたしが口出しするコトじゃない。
だってあたしは、梨華ちゃんみたいに、サンタクロースじゃないんだから。
ってゆーか…なんつーか、カッコ悪すぎ。
たまらず、あたしは部屋を飛び出した。
- 111 名前:サンタクロースの恋人。 投稿日:2005/12/18(日) 22:16
-
「帰るの?」
寂しそうな声に後ろ髪をひかれつつ、靴を履く。
「ゴメン。なんか、このままいるとケンカになっちゃいそうで嫌だから」
「…うん」
いつかあたしがサンタクロース気取りで梨華ちゃんと二人、みんなにクリスマスプレゼント配って歩いたとき、
梨華ちゃんはやれやれってカンジで付き合ってくれてたけど、でも、楽しかったよね。
少なくともあたしは、めちゃくちゃ楽しかったんだよ?
だから梨華ちゃんがホンモノのサンタさんだと知ったときは、またふたりでサンタクロースになれたらって、勝手に思ってた。
「梨華ちゃんさ」
「うん?」
「なんか最近ちょっと、ワガママになったよね」
あたしは嫌なヤツだ。
世界中の子供たちにプレゼント選ぶのより、あたしと一緒にいたいと言ってくれるコイビトに向かって、こんなコト言うなんて。
何も言わない梨華ちゃんは今、どんなカオしてあたしの背中を見てるんだろう。
- 112 名前:サンタクロースの恋人。 投稿日:2005/12/18(日) 22:17
-
「あ…」
エレベーターを降りて突然気付いて、彼女に知らせようかどうしようか迷った。
「いいや。知ーらねっと」
ひょっとして保田さん、すぐかけ直す、っつった梨華ちゃんからの電話まだ待ってんじゃねーかと思ったけど、
今このタイミングで梨華ちゃんに電話するのは気まずいから、放っとくことにした。
- 113 名前:すてっぷ 投稿日:2005/12/18(日) 22:20
- >101 名無飼育さん
ありがとうございます。今回は、珍しくよっすぃーがツッコんでます(笑
>103 名無飼育さん
ありがとうございます。ナイス偶然!こちらこそ感激です。。
前作より少し大人になった二人を楽しんで貰えたらと思います。
>104 名無飼育さん
ども。今回はペース上げて行きたいと思いますのでよろしくです。
- 114 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/12/19(月) 07:12
- うわっ!すてっぷさんの続編だあっっ!!
娘小説を読み出したきっかけになった作品ですので
本当に飛び上がるほどうれしいです。
大人になった二人、楽しみにしてます。
- 115 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/12/20(火) 00:25
- 続編、確かにすごいよっちゃん大人になりましたね。
梨華ちゃんは逆に…げほんげほん。
楽しみにしています!!
- 116 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/12/20(火) 14:43
- 川つvT从<保田さん…
- 117 名前:ごまべーぐる 投稿日:2005/12/21(水) 22:37
- あのエピソードにこんな後日談があったとは…。
こんなに誰かに振り回されるよしざーさんをヒサブリに見た気がします。
月日の流れるのは早いものです。
あの伝説のユニット「ヤスモニ。」結成からもう4年も経つんですねえ。
- 118 名前:103 投稿日:2005/12/28(水) 01:56
- 実は今年のイヴにはあわてんぼうのサンタクロースを読んでたりしたんですよね〜。
あれもめちゃめちゃ好きな作品でした。
今作ではすっかり梨華ちゃんがなまけものになってよっすぃーを困らせてますが、今後どうなるか楽しみです。
- 119 名前:サンタクロースの恋人。 投稿日:2006/01/09(月) 23:11
-
<イブまであと1日>
”12/23 21:00”
さっきからずっと、あたしは携帯とにらめっこ。
メモリーから彼女の名前を呼び出しては消しを繰り返してる。
あれから彼女とは会ってない。
ずっと気になってはいたものの、電話もメールもできなかった。やっぱり気まずいのか、向こうからも連絡はナシ。
プレゼント、どうしたかな、梨華ちゃん。
電話にしようかメールにしようかそれとも、このままほっとくか。
ダメだ、やっぱり……気になる。
”梨華ちゃん”
声が聞きたかったから、電話にした。
- 120 名前:サンタクロースの恋人。 投稿日:2006/01/09(月) 23:13
- 『もしもし』
4回目のコールで彼女に繋がる。
一週間ぶりぐらいに聞いた声は、なんだかすごく懐かしかった。
「あ、あたし」
『…うん』
「今、平気?」
『……よっすぃー』
「ん?」
元気ないな、どうしたんだろ…か細い声であたしの名前を呼んだきり、梨華ちゃんは黙り込んでしまった。
「梨華ちゃん?」
呼びかけるも、返事はナシ。
「…どした?」
あたしはいよいよ心配になって言った。ケンカの真っ最中なのに、どうした?って聞くのもなんか変だけど。
『…もう、一生電話くれないんだと思ってた』
「はあ?一生って。バカじゃないの?」
思わずミキティばりに悪態ついてしまう。だって、一生って…ありえないでしょ。
『ねぇ』
「うん?」
『…会いたい』
ワガママだなぁ、ホント。けど、やっぱり嬉しかった。
「じゃあ、今からそっち行くね」
だってあたしも彼女の声を聞いたら、いてもたってもいられなくなってしまったから。
- 121 名前:サンタクロースの恋人。 投稿日:2006/01/09(月) 23:15
- タクシーに揺られながら、窓の外のイルミネーションを眺めていると、彼女からメールが届いた。
ゴメンね。ワガママだと思ってるよね。ねぇ、べつに答えてくれなくていいけど、聞いてもいい?
よっすぃーは、私が仕事してるとき、誰といるの?私がサンタクロースしてる間、誰と過ごすの?
そんなのどうだっていいことなのに、ときどきすごく不安になるんだ。自分でもわかんないけど、
たぶん、よっすぃーと一緒じゃないクリスマスは初めてだから。
会いにきてくれてありがとう。言うの恥ずかしいから、メールにしました。
「なんだ」
思わず、顔がほころんでしまう。
そうだった。
娘。になってからクリスマスは毎年仕事で、いつも当たり前みたく一緒にいたけど、今年からは違うんだよね。
「そんなコト考えてたんだ」
携帯見つめてニヤケ顔で独り言を呟くモーニング娘。
ミラー越しに運転手さんの微妙な視線を感じながら、あたしは返事を打った。
連絡しなくてゴメン。でも、ずっと気になっていました。
ちなみに、梨華ちゃんが仕事してるときはうちも仕事だよ?
梨華ちゃんがサンタさんしてるときは、じゃあ、サンタクロース2号は部屋で留守番してます。
料理とかケーキとか用意して待ってるから、帰ったらトナカイくん入れて3人でパーティしようぜぇ!
もうすぐ着くから待ってて。
あたしも梨華ちゃんが誰といるのとか誰と過ごすのとか、そんなのどうだっていいよ。
そんなの知ってたトコロで、前みたく一緒にいられないコトには変わりないんだし。
ただ、そういうときに、会えなくて寂しいと思ってくれてるかなぁって、ときどき不安になる。
- 122 名前:サンタクロースの恋人。 投稿日:2006/01/09(月) 23:17
-
あたしの顔を見ると、梨華ちゃんはちょっと照れたように笑った。
なんとなく照れくさくてあたしたちはさっきのメールには触れずに、梨華ちゃんの部屋で普通にお茶飲んで普通にくだらない話をして過ごした。
「そういえばさぁ、プレゼントどうした?」
あたしが尋ねると、梨華ちゃんはバツの悪そうな顔。ま、まさか、まだ準備してないなんて言わないよね……
「大丈夫。今朝頼んだから」
ほっ。
なんだよ、びっくりさせないでよもう…。
「すげー。やればできるじゃん」
「でも結局、お母さんに手伝ってもらっちゃったんだけどね」
「マジで?」
なるほど、気まずそうなカオしてたのはそれが原因か。
「怒られた?」
「うん。すっごい怒られた」
「だから早くやっとけって言ったじゃん」
「違うのっ。だって、ヤスダさんのこと調教するのに思ったより時間かかっちゃったんだもん」
「ハァ?」
保田さんを調教?なんのこっちゃ。
「あっ、ヤスダさんってケメちゃんのコトじゃないよ? トナカイのヤスダさん」
ほっ。
なんだよ、びっくりさせないでよもう…。
- 123 名前:サンタクロースの恋人。 投稿日:2006/01/09(月) 23:19
- 「トナカイ、保田さんっていうの?」
「うん。去年までやってたコが引退しちゃって、今年からヤスダさんになったの。それがさぁ、もう聞いてよ〜。
あたしに全然なついてくれなくてね、角で何回も刺されそうになったんだよー?今じゃもう仲良しだけど、最初は大変だったんだから」
「あー、確かに圭ちゃんってちょっと壁あるよね、最初」
「ってゆーかヤスダさんって保田さんのコトじゃないってば」
楽しそうに笑って、梨華ちゃんはお茶を飲んだ。
それから、ふぅ、と一息つくと、
「ねぇ、やっぱりいいよ」
「なにが?」
「明日。予定あったんでしょ?」
上目使いであたしの表情を窺う梨華ちゃんと一瞬目が合って、あわてて逸らす。
いきなり可愛いから、なんか照れてしまった。
「いいよべつに。ホントはあたしも一緒に行けたらサイコーだけど、そうもいかないだろうしさ。ここで待ってるよ」
もぞもぞと意味も無く体育座りなんかして、あたしは口をモゴモゴ。
- 124 名前:サンタクロースの恋人。 投稿日:2006/01/09(月) 23:21
- 「ねぇ」
梨華ちゃんが言う。
「もしかしてよっすぃー、サンタさんやりたいの?」
「は?やりてーよ。当たり前じゃん」
まさに愚問。
あたしとゆーやつはアイドルの身でありながら、一時は本気でサンタクロースを目指した人間だぞ……なにを今さら聞いちゃってんのってカンジ。
「そうなんだ。そういうのもう卒業したんだと思ってた」
フフン、と梨華ちゃんは心なしか余裕の笑み。
「……悪かったね、ガキで」
「じゃあ、来る?」
「えっ!?うそっ、いいの!?」
驚くあたしに、
「うん」
彼女は実にあっさり言い切った。
ってゆーか、サンタがプレゼント配るのにあたしみたいな一般人が同行しちゃっていいんだぁ…すげー、ミラクル。保田さんバンザイ!
「一人増えるってヤスダさんに言っとかなきゃ」
「だいじょうぶ?前日にそんなん言ったら怒られない?」
あの保田さんとは別人(ていうか人じゃない)だと解っていてもつい、保田さんだったらこんな状況キレるんだろうなぁ、などと考えてしまう。
「平気だよ。ちゃんとしつけてあるから。いつもね、叱ったあとにはちゃーんと、ニンジンをあげるの」
アメとムチって言うでしょ?と、梨華ちゃんは得意気に言った。
ってゆーか、へぇ、ニンジンでいいんだぁ……なんか馬みたい。っつかホントにニンジンでいいのか?合ってるのか?
- 125 名前:サンタクロースの恋人。 投稿日:2006/01/09(月) 23:24
- 「あっ、石川です、こんばんは。夜分にすみません」
ちゃんとしつけてあると言う割には、ずいぶん腰の低い調教師だな。
「すみませんヤスダさん、あのぉー明日なんですけどー、どうしても行きたいって言ってる友達がいるんですけど、
一緒に連れてってもいいですか? えっ?あっ、違います、抜けがけとかっ!あたしもイブは毎年一人ですからっ!
付き合ってるとかじゃなくてホント、単なる友達でっ」
明らかに、出来てないよしつけ……なんか、ちょっと可哀想になってきた。
「梨華ちゃん、もういいよ。あたし留守番してるからさ」
あたしの申し出にも、梨華ちゃんは首を横に振って”大丈夫、まかせて!”と言わんばかり。
「はい、どうしても行きたいって泣かれちゃって。連れてかないと、何するかわかんないって」
「………」
梨華ちゃんの気持ちは嬉しいけど、事前にそんなネガティブ情報流されてもあたしも困るよ……
仮にOKもらったとして、明日どんな顔して保田さんに会ったらいいのさ……。
「えっ、ホントですかっ!ありがとうございます!ニンジンいっぱい持ってきますから!
じゃあ、明日よろしくお願いします。はーい、おやすみなさい、失礼しまぁす」
向こうが先に受話器置くのを待って…ぐらいの間があって、梨華ちゃんは電話を切った。
完全にビジネスマナーじゃないか……サンタよりトナカイのが明らかに力関係、上だよね。
「ホントに、行っていいのかな…」
「いいってばぁ。なに心配してるの?もう」
と梨華ちゃんは言ってくれたけど、あたしの不安は消えなかった。
というかさっきのやりとり聞いて心配しないほうがおかしい。
- 126 名前:サンタクロースの恋人。 投稿日:2006/01/09(月) 23:27
-
――
「はい、コレよっすぃーにプレゼント」
「えっ、マジで!?」
クリスマスイブ当日。
夜、梨華ちゃんの家に行くと、彼女はあたしのためにサンタクロースの衣装を用意してくれていた。
胸に白のボンボンが付いた、赤いサンタさんワンピース。ふわふわのサンタ帽と、白いブーツもある。
「さんきゅー!ってゆーか超サンタじゃんコレ…やっばい、超うれしいんだけど」
「おそろいだよ?」
言われて、既に着替えていた彼女のサンタクロース姿を改めて見る。
「梨華ちゃん似合ってんじゃん。かわいい」
あたしが言うと、梨華ちゃんは照れたように笑った。
「ねぇ、早く着てみて」
「うん」
夢にまで見たサンタクロース。
あたしは今、幸せの絶頂にいた。
「なにイチャついてんのよ」
と、どこからか懐かしいような背筋が凍るような、明らかに梨華ちゃんのものとは異なる声が聞こえて、あたしは固まった。
「きゃあっ!?やっヤスダさん、いつの間にっ」
見ると部屋の隅に仁王立ちで腕を組んだトナカイがいて、ガムをくちゃくちゃ噛みながらこっちを睨みつけていた。
「すげー…」
トナカイが直立してる。ってか腕組みしてるし。ガム噛んでるし。なにより、喋ってるし。しかも声とか喋り方とか、保田さんに似てる気がするし。
- 127 名前:サンタクロースの恋人。 投稿日:2006/01/09(月) 23:29
- 「友達ってこいつ?」
げ。ヤバイ。ピンポイントで睨まれた。
「ぁ!や、よ、吉澤ひとみです!よろしくお願いします!」
噛みながらも、あたしはなんとか自己紹介。
「ふーん。石川、ホントに付き合ってんじゃないよね」
なんだかよくわかんないけどすごいこだわるよね、そこ。
「っ、やだぁ〜、違うって言ってるじゃないですかぁ。じゃなかったからこんな日にサンタなんてやってませんよ〜?」
「よし」
何の確認?
「ねぇちょっとトイレ借りていい? あ、あんたさー」
「あ、はいっ、吉澤です!」
「んーなのどーでもいいっつーの。あんた早く着替えなさいよ。すぐ出るからね」
「…はい。すいません…」
憧れのサンタさんになれたのは嬉しいけど…なった途端いきなりトナカイに怒られ、なんだか複雑な心境。
「ゴメンね。悪い人じゃないんだけど…」
「うん…」
世の中に根っからの悪人はいないんだと、お母さんが言っていた。
だけど、果たしてトナカイの場合はどうだろう?
- 128 名前:サンタクロースの恋人。 投稿日:2006/01/09(月) 23:31
-
「じゃあ、お願いします」
梨華ちゃんは遠慮がちに手綱を握ると、保田さんに向かって申し訳なさそうに言った。
「はいよー」
がくん、と大きく揺れて、あたしと梨華ちゃんを乗せたソリが走り出す。
真っ白に降り積もった雪みたいな雲の上を、ぐんぐんスピードを上げながら滑ってく。
「あっ。そうだ、ゴメン梨華ちゃん」
「なに?」
「梨華ちゃんのプレゼント、家に忘れてきちゃった」
「今度でいいよ。ありがと」
「こっちこそ、ありがとう」
梨華ちゃんが、「ん?」ってカオであたしの顔を覗き込む。
「あたしを、サンタクロースにしてくれてありがとう」
あたしが言うと、
「どういたしまして」
梨華ちゃんは嬉しそうに笑った。
- 129 名前:サンタクロースの恋人。 投稿日:2006/01/09(月) 23:33
-
「ほら、ちゃっちゃとやる!時間ないんだから!」
「「はいっ」」
トナカイの保田さんに怒られながら、あたしたちは次々とプレゼントを届けていった。
「かわいいね」
梨華ちゃんが言う。
「うん」
サンタクロースを待ちわびる子供たちの幸せそうな寝顔を見てると、こっちまで幸せな気分になる。
なんだか、
「こっちがプレゼントもらってるみたいよね〜」
ぇぇぇっ!
「なによ」
「や、同感ですハイ」
まさか保田さんの口からそのよーなお言葉が聞けるとは思わなかったものですからとは、口が裂けても言えず。
「じゃ、ちょっと休憩ね」
ようやくプレゼントの半分を配り終えたところで突然、ソリは高度を下げ、雲を抜けた。
さっきまで足下に見えていた雲が、今はあたしたちのはるか頭上に広がっている。
あれからずいぶん走ったけれど、あたしたちは今どこにいるんだろう?
「えっ?でも急がないと時間が…」
「るっさいわねー!忘年会ラッシュで疲れてんのよこっちは!ちょっとは寝かせなさいよね!」
「はい…」
ものすごく理不尽な理由で怒られ、しゅんとする梨華ちゃん。
「じゃ寝るんで。15分たったら起こしてね〜」
ものすげー、勝手…。
- 130 名前:サンタクロースの恋人。 投稿日:2006/01/09(月) 23:36
-
「わぁ…」
それに気付いた瞬間、あたしは思わず声を上げていた。
「あぁ、すっごい…キレイ」
つられてあたしの視線の先を見た梨華ちゃんが言う。
雲の下では、雪が降っていた。
手の中に粉雪が落ちては解けて消えてゆくのを見ていたら、広げた手のひらに、温かい彼女の手が重なった。
ここはとても静かで、あたしたちが住んでる地上の世界とは別の星なんじゃないかと錯覚するぐらい、穏やかで。
でも実際ここと地上とは別の星なんかじゃないし、境界線なんてどこにもないはずなのに、どうしてこんなに違うんだろう?
誰だって綺麗な景色に囲まれていたいはずなのに、ひどい悲しみや痛みは世界中に溢れてる。どうしてだろうね。
そんなん考えてたらちょっと泣きそうになったけど、梨華ちゃんに言うと笑われそうだから黙っておくコトにした。
「よっすぃー」
空の上で、あたしたちは手をつなぐ。
「メリークリスマス」
「メリークリスマス」
メリークリスマス、梨華ちゃん。
きっと世界中の恋人たちの誰より高い場所で、あたしたちはキスをした。
- 131 名前:サンタクロースの恋人。 投稿日:2006/01/09(月) 23:40
-
「あのさ」
幸せの余韻に浸っていると、ふいに、どす黒い疑惑が頭をよぎった。
「保田さんって、実はすごくイイやつだったりする?」
あたしは思った。
保田さん、忘年会で疲れてるなんて言ってたけどホントはうちらに二人だけのホワイトクリスマスをプレゼントしようとしてくれたんじゃねーかと。
「うん。だってほら、あたしの教育がいいから」
あ、こらこらコイツはまたよけーなコトを……。
視界の隅で、ぴくん、とトナカイの耳が微妙に動いた気がしたが、怖くて正視できなかった。
「動物なんてカンタンだよぉ、飴とムチだもん」
「へぇー。いつ出てくんだよムチ」
言っとくけどここまでずっと飴ばっかだぞ。
「石川」
げ。やっぱ起きてた。
「ハっ!はひぃぃっ!?」
梨華ちゃんが、あまりにもマンガのよーな驚き方をするので思わず笑ってしまった。
「二度と動物よばわりすんじゃねーぞ」
しかも保田さん怒るトコ、そこですか。
「すみませんでした…。あと、あの、もう15分たちました」
「うむ」
うむってなんだ。武将か。
結局、プレゼントを配り終える明け方まで、梨華ちゃんはずっと保田さんに小言を言われ続けていた。
あたしは、これじゃ梨華ちゃん来年のクリスマスは今年以上にやる気失くしちゃうんじゃねーかと、それだけが心配でたまらなかった。
<おわり>
- 132 名前:すてっぷ 投稿日:2006/01/09(月) 23:44
- 完結しました。最後までお読み頂き、ありがとうございます。
と、クリスマスまでに終わらなくてゴメンなさいでした。。
>114 名無飼育さん
わ〜、ホントですかっ。光栄です。こちらこそ本当に嬉しいです。感謝!
なるべく前作のイメージを壊さないように気をつけたつもりですが…楽しんで頂けたら幸いです。
>115 名無飼育さん
石川さんは逆に退化…いやいや、今回は視点が吉澤さんなせいでそう見えるんではないかと…たぶん(笑
>116 名無飼育さん
保田さんホントすいませんでした…
>117 ごまべーぐるさん
前作では石川さんが振り回されてたので、数年越しのリベンジということで(笑)
ヤスモニ。懐かしい!覚えててくださる方がいたとは…ヤスダ犬も泣いて喜んでると思いますハイ。
アレも機会があれば、全米デビュー編を…無理だろうなぁ(笑
>118 103さん
クリスマスに完結できなくてホント申し訳ない。。
でも「あわてんぼう〜」は自分でも気に入ってる作品でして、そう言ってもらえるとすごく嬉しいです。
今作はよっすぃーの方がちょっとシリアスなことを言っていたりして、すっかり立場逆転してますね(笑
- 133 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/10(火) 20:38
- 完結お疲れ様です。
今回も面白かったです。
となかいも良い味出してますね〜。
梨華ちゃんのビッグマウスっぷりも最高でした。
- 134 名前:ごまべーぐる 投稿日:2006/01/11(水) 23:22
- 完結お疲れ様でした。
毎年素敵なプレゼントをありがとうございます。
トナカイワロタ
いつも素敵なプレゼントを頂きっぱなしで、
すてっぷさんには何も差し上げられないのがちと気掛かりです。
最後に、いしかーサンタ来年も頑張れ(笑)。
- 135 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/12(木) 10:00
- 完結お疲れ様です。
ただただ面白かった。
前作は過去ログでしか読めなかったんですが
大好きな話だったので、続編をリアルで読めて幸せ…。
しかもトナカイが…w
やっぱりすてっぷさんはサイコーだー!
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