オオキナチカラ
- 1 名前:ななしーく 投稿日:2005/07/07(木) 12:39
-
いしよしです。
- 2 名前:七夕の夕立 投稿日:2005/07/07(木) 12:40
-
撮りがやたらスムーズに進んで、予定よりずっと早く
スタジオから出れた。
あたしの頭ん中は、夕暮れで。
別に欲しいもんとかあった訳じゃないけど、なんとなく
このまんま街をブラつくのもいっか……
んな事を考えつつ、ドアを通り抜ける。
- 3 名前:七夕の夕立 投稿日:2005/07/07(木) 12:40
-
バタバタと小走りにやってくる賑やかな足音と、それを
追いかけるように聞えてくる、弾んだ声。
「…よしざーさんっ、待って下さいよぉ……」
あたしは立ち止まって、鞄からキャップを取り出すと
被りながら振り返った。
真琴がちょっと肩で息をつきながら、見上げてくる。
「…愛ちゃんとか〜、あさ美ちゃんとかとー
ケーキ食べに行こうって、いま話してたんですよ。
よしざーさんも、一緒に行きましょーよ!」
あたしは少し、首を傾げて考える振りをしてから、ゆっくりと
首を横に振った。
「……やめとくわ。」
「なんでですか〜?!」
心底不満げに、膨らんだ白く丸い頬を見ながら、キャップを
深く被り直して、口許だけで薄く笑った。
「また今度、次誘ってよ?……んじゃ。」
……よしざーさぁ〜ん
あたしの背中に独り言みたいに呟かれた、引き止める声に
気づかなかったように、あたしはさっさと歩き出した。
- 4 名前:七夕の夕立 投稿日:2005/07/07(木) 12:41
-
地下鉄の階段を下りる手前で、携帯が震えた。
片手で開いて、表示された名前を確認して耳にあてる。
「……もし」
「美貴!」
「ん、何?」
「なんで待っててくんないのー今どこ〜?」
「え?…あぁ、駅。地下鉄乗るとこ。」
「ねー?焼肉行こーよっ」
「今からぁ〜?……食いたくねーよ。」
「えぇ〜…あ、じゃぁさ……」
「ごめん。あたし約束あんだ。」
「マジで〜〜〜」
「わりーわりー、今度付き合うからさ…」
通話を終わらせると、何故だか小さな溜息が出た。
……あ、夕焼け
キャップを上げて見上げたら、空はどんより曇ってた。
- 5 名前:七夕の夕立 投稿日:2005/07/07(木) 12:42
-
階段を下りてたら、ふいに石川の声が聞えた。
あたしの頭ん中で、鼓膜のずっとずっと奥から。
……よっすぃーって、寂しがり屋だよね。
そう思う?
ほんとにそう思うの?
ならさ、なんにも言わないで、あたしの後をついて来てよ?
ほんとに言ってみたい言葉って、いつも後から見つかる気が
する。あたしが頭わりーだけなのかも知んないけど。
さみしーからさ。なんか孤独なんだよ。誰かといてもね。
それがなんでかわかんないからさ。
そんな時は一人になりたくなんだよ。わかんねー?
あたしの心にぽっかり浮かぶ石川は、やっぱり単細胞だから
ちょっと眉をしかめた顔になる。
わっかんねーよねーキミには。
だけどさ、そーゆーもんなの。
…ふぅぅぅん
石川が、納得いかないって感じで唇を尖らせるから、あたしは
口許を歪めて笑った。
- 6 名前:七夕の夕立 投稿日:2005/07/07(木) 12:42
-
………だけどさ、
もっとわかんねーのは、そんな時、絶対あんた出てくるよね。
あたしの頭ん中に…
その答えを探ろうとすると。
決まって消えちゃうけどね。役にたたねーヤツだよ。
- 7 名前:七夕の夕立 投稿日:2005/07/07(木) 12:42
-
どこに行くか、とか。
あんまり考えることなく、ホームに滑り込んできた電車に乗った。
そのまま閉まるドアの横に立って、キャップを目深にする。
両肘を抱えるように腕を組んで、ドアにもたれかかった。
そして、瞼を浅く閉じる。
伝わってくる電車の振動。
それが止まると、反対側のドアが開く音。人の動く気配。
何回かそれを繰り返した後。
傍に人の立つ気配がして、あたしは瞼を開けていく。
傘が見えた。
降ってきちゃったんだ?
傘、持ってねーし。…いいけど、別に濡れたって。
……かぁっこいぃ〜
よっすぃー、少女漫画に出てくる人みたい。
ふいに石川が現れて、冷かすようにあたしに言った。
うるせーよ。メンドいんだよ。傘なんて持って歩くの。
それだけだよ。
後は……そう、待ってられないんだ。
- 8 名前:七夕の夕立 投稿日:2005/07/07(木) 12:43
-
あれは夏だった。
なんでだっけ?忘れたけど、ジュースを買いに外に出た。
パタパタ後からついてきた石川が、傘を持って行った方がよくない?
雨が降りそうって言った。
いいよ、すぐだし。
だけどなんか自販機がなくて。それを見つける出すより、最初の大きな
一粒が、あたしの頬に落ちる方が早かった。
あーーー
悲鳴みたいな石川の声。
あっと言うまに、音をさせながら落ちてくる雨粒。
シャッターの閉まった店の軒下で、石川は小さく息をついた。
「こういう雨って、すぐ上がるんだよね?
ちょっと、ここで待ってようよ。」
頷いたあたしの目の端っこで、道路の反対側に自販機があるのが
見えた。
信号が変わる。一回、二回、三回、四回……
あたしは石川の顔を見た。
「ちょっと行ってくる。」
え?
石川があたしの方を見上げる気配がした時には、もう走り出して
いた。
- 9 名前:七夕の夕立 投稿日:2005/07/07(木) 12:43
-
「……ん」
なんだかよくわかんない南国のフルーツミックスのアイスティーと
ロイヤルアイスミルクティーを、差し出すと、石川はチラッと
目線を上げた。
雨粒が短い髪から、肩先に滑り落ちて。
なんだか自分がかなりのアホゥに感じられて。
あたしはちょっと、ムッとした顔をしていた。
石川は……いいの?って小声で聞いて。
あたしが頷くと、おずおずと南国のアイスティーを取った。
「……ありがと。
やっぱり傘持ってくれば良かったね?」
どうしてか気まずくて、もとにもどらないムスッとした顔のまま
まるで言い訳をするように、あたしは少し早口でしゃべり出す。
- 10 名前:七夕の夕立 投稿日:2005/07/07(木) 12:44
-
「…傘って、なんか苦手なんだよ。
あんま持って歩かないし、ちょっとくらいなら濡れてもいっかって
思うしさ。」
「えぇ?そうぉ?…わたしは濡れるのヤだなぁ〜」
「メンドいじゃん。それに濡れたって死なないし。」
「……それはそうだけど」
「雨宿りとかもホントは好きくないんだ。
走っちまえーみたいな。」
石川はクスッと笑った。そして言ったんだ。
冷かすみたいに。
「かぁっこいぃ〜
よっすぃー、少女漫画に出てくる人みたい。」
格好つけてるって思われたような気がして。
それが心外で。あたしは言った。
「…ちげーよ。待てないんだ、なんか。」
- 11 名前:七夕の夕立 投稿日:2005/07/07(木) 12:44
-
ジュースを飲み終わる頃、雨は上がってた。
ほらやっぱり、待ってればよかったんだよ。
そんな風に言われたら、言い返したりしてただろうけど。
石川は優しい声音で、…戻ろっか。そう言っただけだったから。
あたしは自分で言った。
やっぱバカだよな。あたしって。
石川はゆっくり首を横に振って、ただ柔らかく微笑んでいた。
- 12 名前:七夕の夕立 投稿日:2005/07/07(木) 12:45
-
最近まで、ずっと一緒にいたから。
こんな風に、特別何かがあったわけじゃない、石川との日常の
一コマは、あたしの中にたくさんストックされていて。
一つ思い出すと、次々、色々思い出してくるんだ。
石川と同じ仕事が減れば、減るほど、思い出す時間が多くなって
いく気がするんだ。
ほんとうに、特別ではないただの一コマ。
なのに、なんだか、それが、そのすべが特別だった気がする。
- 13 名前:七夕の夕立 投稿日:2005/07/07(木) 12:45
-
どこかに行きたいから、誰かを思い出すんでも。
なにかをしたいから、その相手を考えるんでも。
なんか暇だから、遊び相手を探すんでも。
そのどれにも当てはまらないのに。
石川のことを、頭に浮かべてる。
特別、何してんのかな?とか考えてたわけでもないのに
気がつくと、石川がいる。あたしの心ん中に。
なんでかね?
あたしの吐いた、大きな溜息に重なるようにプシュゥーと
音がして、ドアが開く。
ピンクのレインコートを着た小さな女の子が、母親に手を
引かれて、電車のステップを踏むと、あたしが背中をつけていた
手すりにつかまりながら、可愛らしく高い声を出した。
- 14 名前:七夕の夕立 投稿日:2005/07/07(木) 12:46
-
「ねぇ、ママー
おりひめさまとひこぼしさま、あえるのかなぁ〜?」
「…どうかな?でもきっと会いたいよね」
…そっか、
今日は七夕なんだ。
女の子は、ちょっと小難しい顔をした。
「あいにいけばいいのにねー?
ね、ママァ、あいたかったらあいにいけばいいんだよね?」
母親はちょっと、困ったような顔をして。
でも愛おしそうに目を細めて笑った。
「…そうだね?
ほんとうは、会いに行こうって頑張ったら、もっといっぱい
会えるようになるのかも知れないね」
「うんっ!あたしだったらそうするよ?
だいすきなひとなんでしょ?
だってあたしいっぱいあいたいもん。」
「え?誰に会いたいの?」
- 15 名前:七夕の夕立 投稿日:2005/07/07(木) 12:46
-
……えっとね〜……
女の子は指を折りながら、次々友達らしい子供の名前を
出していく。
あたしは小さく微笑んだ。
………だな。
携帯を取り出して、メール画面を開いた。
あて先に石川のアドレスを入れる。
会いたくなったんだ。
そんな一言を送ったら、どんな顔をするんだろう。
理由なんてないさ、用事もこれと言ってない。
だけど、会いたい。会いたいんだ。
きっと、驚くよね?
その顔が見たい。だからその言葉は、会ってから言おう。
- 16 名前:七夕の夕立 投稿日:2005/07/07(木) 12:47
-
会いたくなった時に会えないなんて。
たとえ神さまが決めたんだとしても、ひどい話だ。
だったらそう、もっと単純に。
会いたくなったら、会いに行ってしまおう。
約束された会える日を待ってなんかいないでさ。
- 17 名前:七夕の夕立 投稿日:2005/07/07(木) 12:47
-
てか、一つ聞きたいことがあってさ。
あたしにとって、石川ってなんなの?
当たり前みたいな顔して。何を今更って顔して。
仲間とか、友達とかって答えるかな。
へ?って間の抜けた顔になって。
そんなの知らないよって言うかな。
それとも……
本当はずっと聞いてみたかったこの一言が言えたら、
本音はきっと言ってほしかった一言が、返ってきたりする?
遙かに、離れ離れだった恋人たちだって、会える今夜なら。
あたしにも何かが出来るかも知れない。
- 18 名前:七夕の夕立 投稿日:2005/07/07(木) 12:47
-
あたしはノンタイトルのメール画面に短い本文を入れた。
今晩さ、そっち行っていい?
END
- 19 名前:ななしーく 投稿日:2005/07/07(木) 12:51
-
急に思い立ち、スレ上げしてしまったので、話のストックが
ありません。
どんな話を書いていくにかも、いつ更新出来るのかも未定で
すが、それでも読みに来てやってもいいか?と思って下さる
方がいたら、光栄です。
よろしくお願いいたします。
- 20 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/07(木) 14:27
- 良かったです。
切なくなりました。
次回お待ちしております。
- 21 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/07(木) 20:46
- すごい好きです。
次回をまったりお待ちしています。
- 22 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/08(金) 00:55
- あーなんかいいなあこういうのすごく好きです
気がむいたときで十分ですので少しだけ分けてください
- 23 名前:アイドルでライバル 投稿日:2005/07/08(金) 12:34
-
「……ね?したくなっちゃった。」
- 24 名前:アイドルでライバル 投稿日:2005/07/08(金) 12:35
-
あたしはその甘えを含んだ声に、パラパラと捲ってた情報誌に
落としてた目線を上げた。
梨華ちゃんが、うっとりと素敵なことを思い出している
ように、夢見ごごちな目をしてる。
「ね?よっちゃぁ〜ん、いいでしょ?」
「………好きだね、ほんとに。昨日もしたじゃん?」
「昨日は昨日!…今日もしたいのっ
ほんとは毎日何回でもしたいくらいなんだからっ
それをよっちゃんが、一回しか付き合ってくれないんだもん!」
「……疲れんだよ。」
「…イジワル」
- 25 名前:アイドルでライバル 投稿日:2005/07/08(金) 12:35
-
梨華ちゃんの目がうるうるしてきたから、あたしは盛大に溜息をついた。
いーよ、いーよ、わかりましたよ。
「…一回だけだかんね。」
「やったー!」
梨華ちゃんはこの上なく可愛らしく、にっこり微笑んで
あたしの手を取った。
まったく、こーんな早い時間からさー……
手を引っ張られながら、あたしはブツブツ文句を言って
テーブルの上の雑誌を閉じた。
「いーからぁ〜早くぅー」
梨華ちゃんの焦れったそうな声を聞きながら、あたしは
聞こえよがしに、溜息を連発して立ち上がった。
そして、ベッドに…
- 26 名前:アイドルでライバル 投稿日:2005/07/08(金) 12:36
-
放り投げてあった、キャップを取ると、これでもか?って
くらい目深に被った。
- 27 名前:アイドルでライバル 投稿日:2005/07/08(金) 12:36
-
そもそも。
ここに連れてきたあたしが、悪いっちゃー悪い。
けどさ、言わせてよ?
誰が思う?誰が想像出来る?こんな結果……
確かにさ。
梨華ちゃんがハマるとすげーの知ってるけどさ〜
にしたって、あんまりだって。
梨華ちゃん?あんたいくつよ?
目の前で、…シャンッ……シャンッ、とリズムを取りながら
ボタンを叩いてる、その真剣な横顔にあたしは問いたい。
梨華ちゃん…
ねぇ?梨華ちゃん…もしも忘れてるなら思い出して。
キミはハタチで、世間的にはもう大人なんだってこと。
- 28 名前:アイドルでライバル 投稿日:2005/07/08(金) 12:36
-
うちらはご近所さんで。
ちっちゃな時は一番の遊び相手で。
多感な頃は一番の相談相手で。
今では一番の……てか、たったひとりの大切な相手で。
そう、……つまりはコイビト、なわけで。
そして。
この悪夢が始まったのは、ちょうど二週間前。
バイト代が入ったあたしが、梨華ちゃんを誘ったのだ。
そうこの、ゲームセンターに。
- 29 名前:アイドルでライバル 投稿日:2005/07/08(金) 12:37
-
バイトで小金が入ったあたしは、梨華ちゃんと二人、たまには
こんなとこで遊ぶのもいっかって単純に思ってさ。
そもそもうちらって、どっちかの部屋でぐーたら過ごしてる
ことばっかだし。
それはそれでいーんだけどね、でもね、たまにはね?
それにこのゲーセンの前を通るたんびに、UFOキャッチャーの
中のぬいぐるみに、目を奪われてる梨華ちゃんの姿を見てた
わけだし?
あたしもちょっと頑張っちゃってみよっかなー
…みたいな?
やぁ〜ん、よっちゃぁん、わたしコレ欲しかったんだぁー
ありがとーーーチュッ! …とか?
考えてなかったとは言わないしさ。
- 30 名前:アイドルでライバル 投稿日:2005/07/08(金) 12:37
-
……だけどね、世の中落とし穴がある訳ですよ。
あたしは目深に帽子を被り直して。
辺りをキョロキョロ窺った。
ガラスドアの前に小学校低学年っぽい女の子と、その親が
立ってるのが見えた。
………ヤバいぞ、アレは来る!
梨華ちゃんが釘付けになってる画面を確認すると、終わりまで
あと一歩。
ジリジリとしながら、画面と、こっちに近づいてくる親子づれを
交互に見るあたし。その時…
画面が切り変わった。梨華ちゃんが振り返る。
「ねー?よっちゃ…」
「ダメッ!」
あたしは梨華ちゃんの腕をむんずと掴むと、ダッシュで
ゲーセンを後にした。
- 31 名前:アイドルでライバル 投稿日:2005/07/08(金) 12:38
-
あたしの部屋に戻ると、梨華ちゃんは手に入れたばかりの
カードを嬉しそーにニタついて見てる。
あたしの口から、つい呆れた声が出た。
「……梨華ちゃんさー恥ずかしくないわけ?」
梨華ちゃんは、ちょっと身構えた。
「…そりゃ、ちょっとは……ううん、結構恥ずかしいよ?
だからーよっちゃんについてきてもらってるんじゃない。」
「じゃ、もう止めよーよ?通うの。
あったしもう、無理だって。マジ疲れんだから〜
もし誰かに見られたら?って思うと心臓バックバックの
冷や汗タッラタラで。」
だってアレ、梨華ちゃんがハマッちゃってるゲーム。
小学校低学年の女の子向けなんだからさ。
- 32 名前:アイドルでライバル 投稿日:2005/07/08(金) 12:38
-
そのゲームはコインを入れると、カードが出てきてさ。
自分の選んだキャラにおシャレさせれるわけ。
髪型とか、服装とか、靴とかね?
んで、その中にアイドルのステージがあるんだけど…
「だって、わたしっ!」
梨華ちゃんが、ふいに甲高い声で叫んだから、あたしはギョッと
した。
アイドルになりたかったんだもん。
……よっちゃん、よく知ってるでしょ?
梨華ちゃんは、しゅんっと項垂れて。
カードを並べだした。
そこには、キラキラでフリフリで、リボンとか、ハートとか
ピンクとか、そんなので飾られたアイドルの衣装が描かれていた。
…こんなお洋服きて、ステージに立ちたかったんだもん。
それにひょっとして、ひょっとしたら、夢じゃなかったかも
知れないんだよ?
- 33 名前:アイドルでライバル 投稿日:2005/07/08(金) 12:39
-
実は、梨華ちゃんは一度だけ、アイドルになる為に書類を送った
ことがあった。
そして、一次の書類審査は合格していた。
だけど二次審査の日、熱を出して行くことが出来なかったんだ。
心細いからって、あたしの分まで勝手に送っちゃっててさ。
あたしもなんだか、一次審査は受かってたんだけど、梨華ちゃんが
いかない二次審査には、あたしは行こうと思わなかった。
…アイドル?芸能人?
別になりたくもなかったけど、もし梨華ちゃんが芸能人になってたら
あたしもなってたかも知れないって思う。
別にどうしてもやだ、とも思わなかったから。
あの時……もしも、行けてたら…
梨華ちゃんがぽつんと呟いた。
わたしたち、
アイドルでライバルとかになってたかも知れないよ?
- 34 名前:アイドルでライバル 投稿日:2005/07/08(金) 12:39
-
アイドルでライバル…?
あたしはフッと小さく笑った。そうだね?そうかもね?
そして想像してみる。
あの時、二次審査に行けて、そんでもって二人とも受かっちゃって
アイドルになってる、うちらを。
梨華ちゃんが愛しそうに眺めてる、そのカードに描かれてるような
衣装を着て、大きなステージで、たくさんの人でうまった客席に
向かいながら、歌いながら踊ってる姿。
隣りで梨華ちゃんの笑顔が、スポットライトに映えて、極上に
キラッキラって輝いてる。
時々、アイコンタクトしたりしてるうちら。
うん、いーね……悪く、ない。
どっかで、ここではないどっかにも、似たような世界があって。
違う選択をしてたら、違う人生になってた…とかってさ。
よく言うじゃん?
そっちではさ?うちら、ほんとにそんなアイドルになっちゃってるかも
知れないよね。
でもさ……あたしは…
- 35 名前:アイドルでライバル 投稿日:2005/07/08(金) 12:39
-
このままでいいんだ。
世の中の大半の人が、吉澤ひとみ、なんてヤツがいること
別に知ってて欲しいなんて思ってないし。
ただ、石川梨華って子が、ずっと一人だけしかいらないコイビトって、
誰にも代わることが出来ないって、それがあたしだって。
そんな風に思ってくれてたら。
それが、とりあえずは今のあたしの望みの全てかなって思うし。
だからもしも、生まれ変わってさ?神さまみたいなヒトが。
梨華ちゃんとあたしの生まれる場所を離してしまって…
アイドルにならないと会えないよ?って言ったとしたら
あたしは迷わず、アイドルになるよ。
そんで、見つけるんだ梨華ちゃんを。
したら絶対、捕まえる。
- 36 名前:アイドルでライバル 投稿日:2005/07/08(金) 12:40
-
ぼんやりとカードを見てる梨華ちゃんに、あたしは静かな
だけど、きっぱりとした口調で言った。
「梨華ちゃんはアイドルだよ。」
「…………」
「あたしにとって、ずっと一人しかいないアイドルなんだよ。
すんごい可愛いから、目が離せなくって困ってるんだ。
いつでも梨華ちゃんのことだけ見てる。
いつでも梨華ちゃんのことだけ考えてる。」
「……よっちゃん」
「こんな熱狂的なファンが、一人だけってのじゃダメ?」
梨華ちゃんは、ちょっと震えだした唇をギュッと噛んで。
あたしの首に抱きついてきた。
「………ダメ、じゃない…よ。」
- 37 名前:アイドルでライバル 投稿日:2005/07/08(金) 12:41
-
あたしは梨華ちゃんの細っそいウエストに腕を回して、強く強く
抱きしめた。
「……やったー!
あたしってツイてるぅー。アイドルがコイビトだー。」
「…もぉ!信じらんない。
……よっちゃんって、ほんっと、口が上手いんだから。」
肩先でクスクス笑う声がして。
あたしは腕を緩めて、その顔を覗きこんだ。
「ふふ…やっぱりよっちゃんには、アイドルでライバルなんて
全然似合ってないよね?……だってまるで、ホストみたいだもん!」
「えぇーーー?!」
あたしは不満げな声を出したけど。
梨華ちゃんのキレーな瞳が、イタズラっぽく細められて。
あたしを誘うように、瞬いてるから。
ま、そーゆーのもありかなって笑った。
- 38 名前:アイドルでライバル 投稿日:2005/07/08(金) 12:41
-
「…じゃー、ホストらしーことしないとね?
梨華ちゃんをあたしに夢中にさせないと………」
ん、もぉ…
梨華ちゃんは、あたしの身体が熱くなるような艶っぽい
上目遣いで軽く睨んだ。
あたしはその目に微笑み返すと、ゆっくり唇を近づけていく。
ぷるんっと弾力があって、瑞々しく柔らかな感触。
あたしはその甘さを、うっとりと酔うように味わいながら、思った。
- 39 名前:アイドルでライバル 投稿日:2005/07/08(金) 12:42
-
やっぱ…
アイドルでライバル、よりさ
アイドルがコイビト… こっちのがいーでしょ、 って。
END
- 40 名前:ななしーく 投稿日:2005/07/08(金) 12:43
-
更新しました。
なんかサクサク書けちゃって、自分がオドロキ……
- 41 名前:ななしーく 投稿日:2005/07/08(金) 12:44
-
レス、うれしーです。
20 名無飼育様
ありがとーございます。
私の中では、よしざーさんの想いって、なんか切なげな
イメージがあるんですよねw
21 名無飼育様
ありがとーございます。
前作、好きって言ってもらえたのに、今回、こーんな
くだらねーノリですんません。
22 名無飼育様
ありがとーございます。
書ける時は、ガンガン行きますよぉ〜
ただいつ書けなくなるかも不明なんですが……
- 42 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/08(金) 15:43
- こんな感じも面白くて良いですね。
甘くって優しい雰囲気の文章がスキです。まったりがんばってくださいね。
- 43 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/08(金) 23:36
- おお。良スレ発見!
いいですねー、いしよし。頑張ってください!
- 44 名前:名無し飼育さん 投稿日:2005/07/09(土) 00:53
- 作者さん、どっかで書いてましたか?
アイドルでライバルに似た小説を見たことがある気がするんですが。
- 45 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/07/12(火) 17:38
-
なんで貴女だったんだろう?
なんで貴女なんだろう?
答えなんか知らない。
けどそれは、なんか………
- 46 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/07/12(火) 17:39
-
オオキナチカラ
- 47 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/07/12(火) 17:39
-
あの頃。
たぶんあれ、あたしの今までの人生でどん底だった。
ほんとに?
お母さんが亡くなっちゃった時より?
あぁ。
絶望って言葉の、ほんとの意味を知った気がするんだ。
目の前が暗くなるって言うけど、違くて。
見えなくなるんだよ、何もかもが。
自分も、他人も、これからどうしたらいいのかも………
- 48 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/07/12(火) 17:40
-
─── 十六才、冬 ───
- 49 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/07/12(火) 17:41
-
藤本美貴は頭の中で、ブツブツ文句を言いながら、ファションビル
から、ファションビルへと繋がる通路を歩いていた。
いつも思うことだけど、どうして都会はこんなに、無意味に
人が多いんだろう?
それが美貴をイライラさせる。
無秩序でいるくせに、どこかプログラムされたような人の流れ。
まぁ、都会育ちの美貴には慣れたもので、その中を一切隙のない
足取りで、前へ前へと突き進んで行く。
- 50 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/07/12(火) 17:41
-
朝から雨が降っていた。
冬の雨は見ている分には、まだ許せるけれど、その中を歩くのが
好きな奴は、そうそういないだろう。
美貴もそうだ。
暖かいコートに包まれていても、ほんの少し外気に触れた肌から、
温められた体温を、いや、それ以上に体の奥底にあるような、穏やかさ
そのものを力任せに奪って行こうとする、強引な寒さ。
重い灰色に煙った都会に、乱立する色のないファッションビルの
群れが、余計に視界を寒々しく塞ぐ。
だから美貴は屋根のあるこの場所を、気の早すぎる春物を華やかに
美しくディスプレイされたマネキンに目をやることもなく、一心に
つき進んでいる。
- 51 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/07/12(火) 17:42
-
吉澤ひとみから、電話が来たのはつい今しがたのことだった。
美貴が携帯を耳にあてて、いつものように気安く、もっしー?と
おどけて出ると、受信されてる電波の先にいるはずのひとみは
重く沈黙していた。
「…?……もしもし?」
「 ………………… 」
間違い電話?
一瞬、美貴は眉間に皺を寄せたけれど、そんな筈はない。
着メロに気がついて、通話を押す前にそこに表れてる名前を確かに
確認したのだから。
「……よっちゃん?…よっちゃんじゃないの?」
名前を二度呼ぶと、ひとみはくぐもった声で、……そう、と一言
答えた。
「…どーかしたかい?」
「 ………………… 」
- 52 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/07/12(火) 17:42
-
ひとみはもともと、そう軽い調子で話すタイプではなかったけれど
自分から電話をしてきておいて、黙りこくってみるほど、子供っぽくも
悪戯好きでもなかった筈だ。
あまりの沈黙の重さに、美貴は堪らず、すんっと鼻を鳴らした。
「…………藤本、今どこにいる?」
「…はっ?…あーーーえーっと、駅ビル、東口の方。よっちゃんは?」
「……西口の、駅ビル抜けたとこのスタバ。」
「……そっか。」
「 ………………… 」
「 ………………… 」
「………………… じゃ、…」
「…ち、ちょーーーっと待ったー!
行くから、美貴いまからすぐそっち行くからさっ」
- 53 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/07/12(火) 17:42
-
おかしい、……絶対に変だ。
ひとみは自身の感情を、あまり出すタイプではない。
そもそも、自分の何かを人にどうこうしてもらうと言う思考は
持っていないのだ、と美貴は思っている。
それに。感情の変化を出さないと言うより…
常に淡々として見えるひとみは、冷めているというのではなく、自身の
中にある熱い感情を、押さえ込む為の手段としてそうしているように、
美貴には見えていた。
美貴はイライラと歩きながら、自分が親指の爪を口許に持って
いってることに気がついて、腕を下ろした。
すっかり治っていると思っていたのに、自分でもそれと気づかない
不安な気持ちに襲わた時の、落ち着こうとする美貴の癖だった。
- 54 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/07/12(火) 17:43
-
スタバのグリーンの屋根が見えてきた。
冷たく湿った外気の先で、靄が立ち込める高原の中に浮かぶ
深緑の幻のようだった。
- 55 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/07/12(火) 17:43
-
店内は混んでいた。
少し猫背気味に座っていても、明るすぎるほど、色素の薄い短い髪や、
ひとみの見た目だけでなく、どこか中性的な独特の空気は、いつでも
辺りから、放つ本人を浮き上がらせて見せていた。
その筈なのに、どんなに混雑した場所でも簡単に見つかるひとみが、今日に
限って、美貴の視界に引っかからない。
そのことが、美貴をさらに得たいの知れない不安な気持ちへと誘って
行く。
帰っちゃったか?
美貴は携帯の画面を開いた。
あまりにせわしなく歩いていたから、気づかなかったのかと思い
携帯を開いて見たのだが、確認するまでもなく着信もメールも送られては
いなかった。
デジタル表示を見て、小さく溜息が洩れた。
ひとみとの通話を終わらせてから、二十分は経っていない、と美貴は思った。
- 56 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/07/12(火) 17:44
-
ぼんやりしててもしようがない。
美貴は携帯を握る手に力を入れると、踵を返そうとした。その時。
カウンターの奥の化粧室からスラリとした人影が出てきた。
あ、よっちゃ………
唇を開こうとした美貴は、喉元までせり上がってきた声と、ひとみを
見つけた安堵の為、頬に浮かび上がろうとする微笑も一緒に、とっさに
飲み込んでいた。ひとみが泣いているように見えたのだ。
まさかぁ……
美貴は微笑の代わりに、その顔に皮肉屋らしい苦笑を浮かべる。
…ないない。
美貴は小さく首を横に振りながら、ひとみが向かった一番奥の席へと
歩き出す。そして。
テーブルの上で組んだ腕に乗せられた、ひとみの頭に声をかけた。
「…よっちゃぁ〜んっ」
- 57 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/07/12(火) 17:44
-
ひとみの肩がビクッと震え、ゆっくりと顔が持ち上がって行く。
美貴に向けられた眼差しは、黄色くよどんで、その端を充血させていた。
驚きで、僅かに目を瞠った美貴にひとみは。
「………あ、…寝てた。」
そう、嘘をついた。
- 58 名前:ななしーく 投稿日:2005/07/12(火) 17:45
-
更新しました。
- 59 名前:ななしーく 投稿日:2005/07/12(火) 17:46
-
42 名無飼育様
ありがとーございます。
まったり、ゆるりと参りたいと思ってます。
43 名無飼育様
お言葉のよーに成れればいいんですがw
いしよしはやっぱりいいんですよぉ〜♪
44 名無飼育様
はい。けれどこういう設定では書いてないですよ。
とは言え、似てると思う感覚もそれぞれかなぁ、とは思いますが。
- 60 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/13(水) 02:10
- 全部読ませていただきました
うん、面白い!さくっと読めるのがいいです
続きのやつも期待してます
- 61 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/13(水) 17:58
- 続くのかな?次回も期待しています。
- 62 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/07/13(水) 20:49
-
「……でさ〜、そん時亜弥がね…って、ちょっと、よっちゃん
聞いてんの?美貴の話。」
ひとみは、…あぁ、と億劫そうな声を出した。
そして、目の前にいるのが誰だか思い出そうとしてるみたいに、
瞬きを繰り返す。
ひとみの様子は明らかにおかしかった。
けれど、美貴はあえていつも通りにしていた。
他愛ない話をしているうちに、ノッてくるのならば、あえてひとみに
何があったか等と、口に出して聞かないつもりだったのだ。
美貴は頬杖を解いて、テーブルの上に乗せた腕を組むと、身を
乗りだした。
「もう聞くわ。
知ってると思うけど、美貴ってそんなに気が長い方じゃないし?
…あのさ、なんかあったでしょ?よっちゃん。」
「……ない。」
「嘘だね!」
「………… 。」
- 63 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/07/13(水) 20:49
-
ほらきた、黙んまりだ。
こうなると厄介なんだよね。
美貴は、口には出さず胸のうちで、あ〜ぁ、と声を漏らす。
話題を変えるか?
ひとみがいつでも飛びつく話。
どんな時でもその名前を出すと、ひとみの口は閉じたままではいられなく
なるのだ。
「……ところでさー 梨華ねぇ、元気?」
その表情の変化は、ちょっと劇的だった。
美貴の口から出た名前に、ただでさえ色の白いひとみの顔から、精気というか、
ひとみを存在させている、目に見えないエネルギーみたいなものが瞬時に
搾り取られたように、顔色を失くしていく。
「………ない。」
ひとみの声は小さすぎて、美貴には聞えなかった。
…えっ、美貴が眉を寄せると、ひとみは繰り返した。
「梨華の話はしたくない。」
- 64 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/07/13(水) 20:50
-
迂闊だった。思い切り地雷を踏んだらしい。
そうなのだ、なんで忘れていたんだろう。
ひとみがこんな様子なのを、梨華が放っておく訳はないのだ。
梨華本人が関係した事柄でないのなら。
同じ家に住む、ひとみの姉のような存在の石川梨華という人。
何故、苗字が違うのか?
それは二人に血の繋がりがないからだった。
今でこそ、色白で背も高く声が低めのひとみと、色黒で小柄、声も高い
梨華には血の繋がりなんて感じようがないけれど。
それでも小学生の頃は、ひとみの家に遊びに行くたびに、制服姿のまま
ひとみの部屋にお菓子を持ってきては、
ひとみちゃんと仲良くしてくれてありがとう
等と言い出す梨華を、ひとみのお姉さんだと何の疑いもなく思ったものだ。
梨華はひとみだけでなく、美貴のことも妹のように可愛がってくれた。
一緒にプリクラを撮ったこともある。
美貴自身の、怒りっぽい姉より、いつも高い声でくすぐったそうに
笑ってる梨華の方が、美貴は好きだと思ったくらいだった。
- 65 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/07/13(水) 20:50
-
中学生になると、ひとみは梨華のことを呼び捨てるようになった。
けれど口を開けば、言ってることは同じだった。
梨華が、梨華が、と。
ただ単純に、ねーちゃんと、言う単語が抜けただけだった。
姉妹と言うより、シスコンの弟のようだった、あの頃のひとみ。
そして別々の高校に進学して、たまにしか会わなくなっても、ひとみは
相変わらずだった。
ただ、昔よりも大人びてきた風貌のひとみの口から出てくる、梨華と呼ぶ
声音に、思い出し笑いをする目許に、何かが、昔とはどこかが微妙に
けれど決定的に違う何かが、ちらちらと見え隠れしているような気がした。
だから美貴は、漠然と思ったことがあったのだ。
よっちゃんって、ひょっとして……
本人に聞いてみたことはないけれど。
- 66 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/07/13(水) 20:50
-
「……って、いい?」
今度は美貴が、少しぼんやりしていたらしい。
ただでさえ、小さく低いひとみの声が、俯いた顔からでは、余計に
くぐもって聞き取り辛い。
ひとみは、ふっと顔を上げて美貴の視線を捉えた。
「…今晩さ、藤本んちに泊めてよ。」
ひとみは口許だけで、薄く微笑んだ。
美貴を見ているようで、何も映していない目の色。
そんな酷薄なひとみの表情に、美貴は少しの間、魅入られていた。
- 67 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/07/13(水) 20:51
-
そして、無意識に頷いてしまっていた自分を後悔した。
- 68 名前:ななしーく 投稿日:2005/07/13(水) 20:52
-
更新しました。
- 69 名前:ななしーく 投稿日:2005/07/13(水) 20:53
-
60 名無飼育様
ありがとーございます。
今回はサクサクいけないかも知れませんw
ですが、ガンバローと思ってますので、宜しくお願いします。
61 名無飼育様
ありがとーございます。
しばらくは続きそうなので、お付き合い頂けたら嬉しーです。
まだ私の中で迷いがある話なのですがw
- 70 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/07/14(木) 13:06
-
美貴は自分の部屋で、何故こうも居心地の悪い思いをしなければ
ならないのか、と思うと無償に腹立たしかった。
ひとみと二人でいる時、いつでも話が弾んでいた、と言う訳では
ない。だけど、美貴にとっては、ひとみとの間には無理に話を
しなくても気づまりにならない空気があって、それが好きだったのだ。
お笑い番組を、どこか緊張しながら見るなんてことは、誰だって
避けたいだろうと、美貴は思う。
このままでは、納得がいかない。
かといって、ひとみの口を割ることも難しそうだ。
ここは、梨華ねぇに直談判しに行こう。
どんな喧嘩をしたのか知らないが、当事者同士でどうにかして
欲しい。美貴を巻き込むのは止めてくれ、と。
- 71 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/07/14(木) 13:07
-
「…ね、よっちゃん?」
「……なに?」
「明日、美貴さー
ちょっと亜弥んとこ行かないといけなくて。
ノート返すだけだから、一時間くらいで帰れると思うし、
テキトーにテレビとか見ててくれる?」
ひとみはテレビに向いていた体を捻って、美貴を見た。
「…あ、そっか。帰ろうか?あたし。」
むしろ帰られたら困る、と美貴は考えていた。
まぁ、今のひとみの様子では、明日は日曜日だし、、美貴の家を出た
からと言って、真っ直ぐ家に帰りそうもないな、とは思うのだが。
「や、いーから。ゆっくりしてって。午前中って約束だしさ〜
寝ててくれてもいーし。お母さんには、美貴言っとくし。」
美貴は、慌てて捲し立てるように言ってから、不自然だったか?と
笑顔を作って誤魔化しながら、ひとみに頷いてみせた。
- 72 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/07/14(木) 13:07
-
「……随分、やさしーじゃん?」
ひとみが、ゆっくりと唇の口角だけを引き上げた。
目は美貴を見たまま、笑っていない。
「なんかー気ぃ遣ってもらっちゃって。」
「そんなんじゃないって!」
「ふぅ〜ん。……そーだ、藤本、ちょっとこっち来てよ?」
軽く手招きしながら、またテレビ画面の方に向いてしまったひとみに
美貴は、首を傾げながら、腕を伸ばして、床に手をつくとそろそろと
その横に移動した。その時。
ふいに、ひとみの腕が伸びてきたのが見えた。
次の瞬間、美貴はひとみに押し倒されていた。
「…ちょっ、ちょっとー何すんのよっ!」
「何って……」
ひとみは、くっくっく、と、喉を詰まらせるように笑い声を立てた。
「なぁ、藤本ぉ?いーコトしない?
なーんか、なんもかんも忘れられる事。」
- 73 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/07/14(木) 13:08
-
美貴は信じられなかった。
いま自分の腕を強い力で押さえつけてくるひとみが、見たこともない
全く知らない誰かに、すり変わってしまったようで。
美貴が無言のまま、呆然と見上げていると、ひとみの表情が見る見る
歪んでいく。
ブルブル震えだした唇を、ぎゅっと音がしそうに強く噛締めると
上体を起こしながら、ひとみはプイッと横を向いてしまった。
「……バッカ、ジョーダンだって。」
「……よっちゃん?」
「…なんか、疲れた。……もー寝る。」
そのまま、背中を向けて、寝転がったひとみに、美貴は何も
言えないでいた。それはひとみの丸まった体の両肩が、小刻みに
震えているのが見えたから。
美貴がテレビと、部屋の電気を消して、ひとみに掛け布団をかけると
暗く、音のない部屋には、…うっ、ううっ、と、消え入りそうな嗚咽が
響いていた。
- 74 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/07/14(木) 13:08
-
翌朝。美貴が目覚めると、雨音がした。
そのまま、耳をすましていると、すぅすぅとひとみの寝息が聞える。
昨夜はあまり眠れなかった。
聞こえない振りをしていたけれど、聞いているこっちの胸が締め付け
られるかと思うような、嗚咽がいつまでも響いていたから。
美貴は静かに起き上がると、携帯を片手に部屋を出た。
- 75 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/07/14(木) 13:09
-
携帯のデジタル表示は、八時を少し過ぎたばかりだった。
まだ、寝てるか?
一瞬考えてみたが、逸る気持ちは押さえようがなく、美貴は
メールを打ち始めた。
オハヨ。
梨華ねぇ、今日時間ある?てか作って。
会って聞きたいことがあるからさ。
美貴は、一つ息をつくと洗面所に向かって、階段に足を下ろした。
と、着メロが鳴ってドキリとする。
- 76 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/07/14(木) 13:09
-
まるで、連絡がくるのを待っていたかのように、早い返信に、
美貴の胸に得体の知れない、ざわざわした波が打つ。
おはよう、美貴ちゃん。
何時にしようか?
簡潔すぎる梨華のメールに、美貴は暫く見入っていた。
けれど、そこには書かれている以上のどんな情報も、美貴には
与えてくれない。
また親指を口許に持っていきそうになり、小さく舌打して、美貴も
短いレスをした。
九時。駅前のキャロットハウスで。
キャロットハウス、あまりにもネーミングセンスのない、その店を
梨華は知っているだろうか?
- 77 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/07/14(木) 13:10
-
やってるんだか、やる気がないんだか、よくわからないその喫茶店の
前を通学時通るたび、こんな店でモーニングとか食べるヤツいんの?
と、美貴は首を傾げたものだった。
けれどその、開店休業状態であると推測される、寂れた店が
今日の自分と梨華が、ひとみの目を忍ぶように会う密会場所として
とても相応しい気がして、美貴は苦笑した。
まさか、美貴が行くとはね。なんでも、需要ってあるもんだね。
開いたままだった携帯に、メール受信中の動画が動き出す。
早押しクイズのボタンに飛びつくように、フォルダを開くと
了解。
たった一言、そう記されていて、美貴はなんだか可笑しくなった。
なんかさー、梨華ねぇまでキャラ変わっちゃってない?
もっとこう、余計な事ばっか言ったり、やったりしてて、結構年下な
美貴のが、大丈夫かよ〜梨華ねぇ、とかってさ、思ってた気がすんだけど。
- 78 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/07/14(木) 13:10
-
…よしっ!
美貴は小さく声に出して言って、階段を降り始めた。
- 79 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/07/14(木) 13:11
-
- 80 名前:ななしーく 投稿日:2005/07/14(木) 13:11
-
更新しました。
- 81 名前:名無し虫 投稿日:2005/07/14(木) 17:52
- 面白そう。
頑張れみきたん!
- 82 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/07/14(木) 22:37
-
そうだったんだ……
でも、でもね?
わたしなりに考えて、ほんとに色々考えて、出した答えだったの。
その答え、間違ってるから。
ひどいよっ!
…だけど、やっぱりこれだけは言わせて欲しいの。
わたしがいつも、いつもいつも考えていたのは………
- 83 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/07/14(木) 22:37
-
─── 二十二才、冬 ───
- 84 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/07/14(木) 22:37
-
梨華が約束の十分前に店に着くと、美貴はすでに待っていた。
姿を捜すまでもなく、客は美貴しかいない。
ドアが空いた時、入ってきたのはたぶん自分しかいないと思って
いたのだろう、美貴は窓の外に顔を向けたままだった。
レジ番をしながら、雑誌に目線を落としていた店主に、小声で
すぐに出ますんで、と注文をしない了承を得て、梨華は美貴の
目の前の席に腰掛けた。
「待たせちゃった?ごめんね?」
梨華のかけた声に、美貴の顔がこっちを向いた。
「…いーけど、そもそもさ、まだ約束の時間になってないし。」
「ふふっ」
梨華が小さく笑うと、ただでさえ不機嫌そうな美貴の表情が、さらに
不愉快そうに歪む。
「何で怖い顔してるの?美貴ちゃん。」
「……わかってるくせに。」
- 85 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/07/14(木) 22:38
-
あーーぁ、大人ってズルいよね〜
美貴が独り言のように、けれど梨華の気を引く為、聞こえよがしに
漏らした呟きに、自分でも意外な程、梨華は傷付いていた。
そう、わたしは大人だもの。
ひとみちゃんや、美貴ちゃんより、六つも年上なんだから。
だからいいの、これでいいの。
梨華は意識して、大人らしく鷹揚に微笑んだ。
「昨夜、ひとみちゃんが泊まりに行ったんでしょ?
迷惑かけちゃったかな?……ごめんね?」
「迷惑とかじゃなくってさ。
よっちゃん、マジ様子おかしーよ。ね?梨華ねぇ…」
あのね?
美貴の言葉の途中で梨華は遮った。
- 86 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/07/14(木) 22:38
-
相手は、高校生だから等と余裕ぶっていたら、美貴の追及から
逃れることが出来なくなってしまう。
昔から鋭いところのある子だった。
話に長く付き合えば、梨華の話の綻びに、あっという間に気が
ついて、どんどんついてくるだろうことは、想像に易しい。
「ひとみちゃんって、あぁでしょ?
ちょっと難しいところがあるし、斜に構えてるし。
だけど根は優しくて、脆いところのある子なの。
美貴ちゃんは、それをすっごくわかってくれてるよね?」
まるで、保護者のような自分の言い様に、染み付いたクセと
矛盾が切れ目のないループのように重なって、梨華を息苦しく
させる。
何を言い出すんだ、と不審感露な美貴の顔を覗き込むように見て
梨華は、この為にここにきた、どうしても美貴に言っておきたかった
一言を告げた。
- 87 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/07/14(木) 22:39
-
「ひとみちゃんの傍にいてあげてね?
美貴ちゃんがいたら、きっと大丈夫だと思うから。」
「……は?」
美貴は、梨華の言葉があまりに予想外だったらしく、口を半開きに
したまま、動きを止めていた。
じゃぁね、梨華がサッと立ち上がって、伝票に伸ばした腕を美貴が
グイッと引っ張った。
「ちょ、ちょっと待ってよ?
梨華ねぇ、いったいどうしちゃったのさ。
よっちゃん……よっちゃんさ、泣いてたんだ。
美貴、小学校からの付き合いだけど、よっちゃんが泣いてんの
見たのって、初めてだった。
ねぇ、梨華ねぇ?ちゃんと説明してよ?
何があったか知らないけど、そんな、そんなさ、よっちゃんを
見捨てるみたいな言い方しないでよ。
ね、ねぇ梨華ねぇ?…今までみたく梨華ねぇが……」
「無理なのっ!」
- 88 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/07/14(木) 22:39
-
感情的に叫んでしまって、梨華はハッとした。
目を見開いた美貴が固まっている。
梨華は、自分の腕から力の抜けた美貴の腕を解いて微笑んだ。
「もう、ひとみちゃんのお姉さん役はできないよ。
わたしね、家を出ることにしたから。
だから美貴ちゃん、ひとみちゃんをよろしくね。」
美貴の唇が明確な形になる前に、梨華はサッサとレジに向かった。
聞かない振りをしながら、聞き耳をたててただろう店主に、梨華は
美貴の分の飲み物代を渡した。
「ちょっとー!梨華ねぇって」
美貴が立ち上がる気配がした。
梨華は振り返らずに、そのまま逃げるように店を出た。
- 89 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/07/14(木) 22:40
-
少し走って、後ろを振り返った。
追いかけてくるかと、思ったけれど、何がなんだかわからなかったの
だろう、呆然と立ち尽くしている美貴の姿が目に浮かんだ。
…あ、わたし、もう一つ肝心なこと言うの忘れてた。
わたしが誰と暮らし始めるかって言うこと。
どういう選択をしたのかと言うこと。
- 90 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/07/14(木) 22:41
-
誰かに。
間違ってないよ、と言って欲しかった。
梨華の頭に浮かぶ顔は、後藤真希しかいなかった。
- 91 名前:ななしーく 投稿日:2005/07/14(木) 22:41
-
更新しました。
- 92 名前:ななしーく 投稿日:2005/07/14(木) 22:42
-
名無し虫様。
ありがとーございます。
視点、変わっちゃってごめんなさい。
- 93 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/07/15(金) 14:15
-
梨華は真希にメールして、急行で一つ先の駅で会う約束をした。
- 94 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/07/15(金) 14:15
-
ターミナルビルに着いて、開店したばかりの店内を約束の時間
まで、ブラブラ回る。
特設会場が、これ見よがしに堆く積み上げていたのは、趣向を
凝らした、チョコレートの包みだった。
そっか。
もうすぐ、バレンタインデーだものね。
梨華の口許が自然に綻んだ。
ひとみが梨華の家に来ることになったのは、梨華が中学生になる
年の春だった。
それから毎年、ひとみに手作りのチョコや、ケーキや、クッキーを
作り続けていた。
ただ単純に、ひとみの喜ぶ顔が見たかったから。
小学校も五年生になると、ひとみは自分のおこずかいから
ホワイトデーにお返しをくれるようになった。
- 95 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/07/15(金) 14:15
-
その習慣めいた季節行事を止めてしまったのは、ひとみが中二に
なった年だった。
梨華は苦笑してしまう。
ムキになっていた自分に。姉ぶってた態度の裏に潜んだ子供っぽい
態度に。
あの日のこと、今でもよく憶えている。
- 96 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/07/15(金) 14:16
-
梨華が、夕食の後片付けに台所に立っていると、ひとみがテーブルに
残った皿を背後から、流し台に置いた。
スポンジを泡立てながら、梨華は振り返らずに言う。
「あ、ありがと、ひとみちゃん。」
「……な、梨華。」
「ん?なぁに?」
「今日、何日だか知ってる?」
梨華は、少しバツの悪い気分になりながら、知ってるよ、と
素っ気無く答えた。
ふぅーん、じゃぁさ〜……
背後に立つ、ひとみの息が耳元にかかって、梨華の背筋がびくん
と、波打った。
「まだ、貰ってないんだけど。梨華からのチョコ。」
- 97 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/07/15(金) 14:16
-
背中から、ゾクゾク這い上がってくる感覚に、堪らず振り返って
梨華は言った。
「ないよ。」
「はい?」
「な・い・のっ」
「なんで?」
だって……
梨華は目線を上げて、ひとみを見上げた。
いつの間に。
なんで、こんなに背が高くなってしまうのだろう。
なんで、こんなに大人びた雰囲気の子になっちゃったんだろう。
まだ十四歳で、年の差は変わらないままなのに。
そんな当たり前の、考えても仕方のないことを、たったいま気づいた
ことのように、意識してる自分に何故かイラだった。
- 98 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/07/15(金) 14:17
-
「…いい?バレンタインっていうのはねー
女の子が男の子にチョコを上げる日なの。ひとみちゃんは
女の子でしょ?」
「いまさら何言ってんの?…んならさーなんで去年までは
くれてたの?」
「それは、小学校の時にひとみちゃんが、そんなのズルいって
自分もチョコ食べたいって言うから…」
「そんなのズルい、チョコ食べたい。」
ひとみはニヤニヤと笑って、梨華を見下ろす。
六歳も年下のひとみに、からかわれるなんて、と、梨華はカチンッ
ときた。
「ひとみちゃん、チョコ、いっぱい貰ってきてるでしょ?
去年だってそうだったんだもの。もう、わたしがあげる必要
なんてないと思うよ。貰ったの、食べればいいじゃない。」
梨華は冷たく言い放つと、ひとみに背中を向けて、洗い物の
続きをしようとした。
- 99 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/07/15(金) 14:17
-
ふいに、梨華の腰にひとみの両腕が回ってくる。
そう、昔からそうだった。
梨華の家は共働きだったから、台所にたった梨華が相手をしないと、
ひとみはよくこうして、甘えてきたのだ。
梨華の記憶が、梨華ねーちゃん、と、ひとみの甘えた声を再生する。
けれど、実際に聞えてきたのは、梨華よりも低く、笑いを滲ませた
声だった。
「梨華のが食べたい。」
梨華は現実に引き戻される。
そうなのだ、もう自分が手をかける必要なんてない。
ひとみはいま、中学生なのだから。
「だから、ないの。作ってないの!
ひとみちゃんって、欲張りね?いいじゃないの、チョコ
いっぱい貰ったんでしょ?」
梨華が強い口調で繰り返すと、ひとみの腕が解けた。
- 100 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/07/15(金) 14:18
-
「わかった。……返してくる。」
えぇっ…梨華は慌てて振り返った。
「違うよ!そんなことしろなんて、言ってないでしょ?!」
「いい、決めた。明日、全部ちゃんと返すから。」
ひとみはそう言うと、自分の部屋へと戻ろうとする。
その背中に梨華は大声を出した。
「ちょっとー、止めてよーっ!わたし、あげないからねっ」
ひとみは振り向きもしないで、ダイニングから出て行ってしまった。
もぉ!
イライラと乱暴に、洗い物を始めながら、梨華はブツブツと
繰り返した。
絶対、あげない。絶対、作ったりなんかしないんだから。
- 101 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/07/15(金) 14:18
-
中学生になったひとみ。
あどけなさがどんどん抜けていく横顔。
梨華よりも大きくなってしまった肩幅や、掌。
もう、怖い夢を見たからと、夜中に梨華の部屋をノックしたりは
しない。
何かに急きたてられるように、梨華は流水でしゃぼんを落として
いく。
そうよ。もう必要ないんだから。作る必要がなんだから。
ここでひとみの言うことを聞いてしまうと、何かに負けて
しまいそうで、梨華はそれが許せなかった。
- 102 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/07/15(金) 14:19
-
ほんとうはたぶん、意地になった瞬間に負けていたのだ、と
梨華は思った。
いまならそれがわかる。
それがわかってしまったからわたしは……
「梨華ちゃんっ!」
- 103 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/07/15(金) 14:20
-
誰かに名前を呼ばれて、梨華はハッとした。
通路の先から、笑顔で近づいてくる真希の姿が見えた。
「なーに、こんなとこにいんの?
あ、わかった!ごとーにプレゼントだぁ〜」
「もー!何、言ってんのよぉ〜」
真希の笑顔を見ると、梨華も安心して笑顔になれた。
いまの梨華にとって、一番安らげる相手は真希だった。
なぜなら、真希の前でだけは、自分の姿を偽わる必要がない
のだから。
- 104 名前:ななしーく 投稿日:2005/07/15(金) 14:20
-
更新しました。
- 105 名前:そーせき 投稿日:2005/07/15(金) 20:02
- うっわー、すっごいとこで切られたっ!
毎日チェックしちゃってますよぉ!
続きが気になって仕方ないっす!
- 106 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/07/16(土) 02:42
-
1階の大きなガラス張りのカフェは、まだ人もまばらだった。
ランチで混み合うまでには、まだ一時間以上ある。
窓際の席に通され、オーダーを済ませると、梨華は窓の外に
視線を投げた。
せめて、晴れていてくれてたら良かったのに。
目に映り、流れて行く傘の波は、どれも重そうに濡れている。
滴り落ちる水滴を、なんとなく目で追っていると、美貴の困惑した
声が、梨華の脳裏に過ぎった。
- 107 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/07/16(土) 02:43
-
……よっちゃんさ、泣いてたんだ
泣かせるつもりなんてなかった。
強がって見せる所があるけれど、本当は寂しがりやなのは誰よりも
わかっていたから。
多少、非難されるだろうとは思っていたけれど。
だけど、ひとみは何も言わずに出て行ってしまった。
「どしたー?」
いつもと同じの穏やかな問いかけに、梨華は真希の顔を見た。
片手で頬杖をつきながら、目許を微笑ませて、梨華を見ている。
- 108 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/07/16(土) 02:43
-
「…わたし、間違ってないよね?」
唐突に、一番聞きたかった事が梨華の口から飛び出した。
真希は僅かに目を見開いて、黙っている。
どういうこと?、と促してくるその眼差しに、梨華の口は
重くなる。
梨華は、自分でもわからないのだ。
自分の選んだ答えが正しかったのかどうかと言うことが。
「…ひょっとして、梨華ちゃん…あの話?決めたの?」
梨華は、強く自分を見捉えてくる真希の目を弱弱しく見返して
頷いた。すると、真希は小さく溜息をついた。
「なんか、ごとー…責任感じちゃうな」
「な、なんで、真希ちゃんが責任なんて…」
「だってさ、会わせたの、ごとーなわけだし。
でも、ま、こんな展開になるなんて思ってなかったからね。
で、もうご両親とかに話したわけ?」
- 109 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/07/16(土) 02:44
-
「……うん。」
「なんだって?」
「もう一度、よく考えてみろって」
「そりゃそーだよ。ちょっと親不孝なんじゃない?梨華ちゃん」
真希の、少し意地の悪さを含んだ口調に、梨華はムキになった。
「そんなことない!ひょっとして、親孝行だったってことになるかも
知れないじゃんっ
だってわたし、こうでもしないと、この先きっと……」
「お待たせしましたー 」
ウェイトレスのにこやかな声に、梨華は口を噤む。
二人の間のテーブルに、真っ白な二組のティーセットが置かれた。
「ごゆっくりどうぞ。」
もう一度、さっきと同じ温度のにこやかさで、そう言うと、
ウェイトレスはテーブルから離れて行った。
- 110 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/07/16(土) 02:44
-
梨華が一度噤んでしまった口を、なかなか開けないでいると
真希が先に口を開いた。
「…で、あの子、なんか言ってた?」
梨華は目線をテーブルに落として、首を横に振った。
白いカップをジッと見ながら、…でも、と言いよどむ。
まるでカップを見つめていれば、いまの自分の気持ちの在り様が
浮かび上がってくるとでも思っているみたいに。
そして、諦めたと言うように、小さく息を吐くと、ポットから
沈んだ茜色のお茶をカップに注いだ。
「ひとみちゃんにとっては、いいことだと思う。」
「そうかな?
あの子、梨華ちゃんが思うほど子供じゃないよ。」
「だから何?…そういうことが問題なんじゃないの、
真希ちゃんなら、わかってくれると思ってたのに。」
梨華は、温かな湯気を上げるカップを見つめ続けたまま言った。
「…それに、真希ちゃんはひとみちゃんに一回しか会ったことが
ないじゃない。」
- 111 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/07/16(土) 02:45
-
暗に責めるような梨華の口調に、真希もポットを持ち上げると
ゆっくりとした動作でお茶を注いだ。カップを持ち上げ、一口
啜ると、ソーサーにカタッとカップを戻す。
「だからこそ、ごとーに見えたもんもあると思うけど?
梨華ちゃんは逃げてるんだよ。」
「……逃げてる?」
梨華は、何故かドキリとした。
それを誤魔化す為に、真希に眉を顰めて見せた。
「逃げることが悪いなんて、ごとーは言わないよ?
梨華ちゃんの立場を考えたら、当たって砕けろ、なーんて
無責任なこと言えないしさ。
逃げるが勝ちって言葉もあるし、ね……たださ…」
自覚した方がいい。
理由がどうであれ、それは誰かの為なんかじゃなくて、梨華ちゃんが
自分でした選択なんだってこと。
そうしないと、いつか後悔するから。
- 112 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/07/16(土) 02:45
-
たぶん、真希の言う事は正しいのだ。
ひとみの傍に居続けることから、自分は逃げる理由が欲しかっただけ
なのかも知れない、と梨華は思った。自分が苦しいから。
眉を下げ、俯いてしまって梨華に真希はおどけて続ける。
「そんな泣きそうな顔しないでよ〜
やっぱりあの時、ごとーと付き合っちゃえばよかったのに、
そしたら、今頃はもう、悩んでなかったかも知れないよ?
……なーんてね。
それでも、あの時の梨華ちゃんは、ごとーと付き合うことは
選べなかったんだよ。
今回のことは、梨華ちゃんが自分で選んだことだって言えるなら
ごとーは応援するよ?出来る限りのことは手伝ってあげる。
あいぼんやののが、梨華ちゃんに懐いちゃってるのは知ってるし、
あの二人はごとーだって可愛いんだから。」
「……真希ちゃん」
真希の上辺だけの優しさで飾らない言葉に、いつでも梨華は
支えられてきたんだと思う。もしも、真希と出会えていなかったら、
梨華は、とんでもなく後悔するような、自棄な真似をしていたかも
知れないとさえ思った。
- 113 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/07/16(土) 02:46
-
「ね〜梨華ちゃん?ごとーにだってわからないんだよ。
梨華ちゃんが間違ってるかどうか、なんてことは。
それを決められるのは、未来の梨華ちゃんだけなんだと思うよ」
そうかも知れないね。
梨華は小さく微笑んで頷いた。
真希も微笑んで頷いてくれる。
正しいか間違ってるかなんてわからない。
いい事なのか、悪いことなのかさえわからない。
けれど、いまの梨華には、自分の選ぶべき道はこれしかないように
思えるのだ。だから、例え。
その理由が、逃げる為の口実だったとしても、全ての誠実さで向き
合って行くことだけ考えよう。いまはそれしか出来ないから。
- 114 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/07/16(土) 02:46
-
梨華の選択に、正しい答えと呼べるものが、もしあったのだとしたら
それはいつか、いつかその先に、見えてくるものなのかも知れないから。
- 115 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/07/16(土) 02:46
-
- 116 名前:ななしーく 投稿日:2005/07/16(土) 02:47
-
更新しました。
- 117 名前:ななしーく 投稿日:2005/07/16(土) 02:47
-
そーせき様。
ありがとーございます。
そんなふうに思ってくれてる方がいるんだと知って、かなり
うれしーです。ムチャクチャ励みになります!
- 118 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/16(土) 06:37
- 続きが気になります
楽しみにお待ちしております
- 119 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/07/19(火) 15:08
-
- 120 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/07/19(火) 15:08
-
考えていたのは……ひとみちゃんのことばかりだったの。
そしたらわたし、わたしが傍にいることはひとみちゃんにとって
なんのプラスにもならないって思えてきて……
………なんで?
…わたし、星飾りを見たから。
……星飾り?
- 121 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/07/19(火) 15:09
-
─── 十一才と十七才、夏 ───
- 122 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/07/19(火) 15:09
-
「ねぇねぇ、ひとみちゃんっこれ着てみて!これっ」
「なーにぃー?」
梨華がはしゃいだ様子で、部屋に入ってきた時、ひとみは読んでいた
漫画雑誌を見たままで聞いた。
「こーれっ!」
梨華は真夏の午後の日差しに負けない、熱いテンション全開でサンサンと
輝く太陽ばりの笑顔になり、ひとみの顔を覗き込む。
ひとみは、眉を寄せて梨華の抱えているものに目を向ける。
梨華は、ご機嫌にその布を広げていく。
それは浴衣だった。
白地に、青や紫や、濃いピンクの朝顔が咲いている。
「わたしが、昔着ていたのなの。可愛いでしょ?」
「うち、いーよ。着ない」
梨華は、一瞬で陽が落ちたような沈んだ表情になった。
- 123 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/07/19(火) 15:09
-
「これ着たら、すっごくカワイイと思うな?きっと似合うよ?」
「カワイくなんてなりたくないもん。」
「ひとみちゃーん、そんなこと言わないで? ね、これ着て、今夜の
夏祭り行こうよ〜 わたしも浴衣着るから、だから一緒に、ね?」
ひとみは、漫画雑誌を閉じて横に置くと、胡坐をかいて梨華を見た。
「夏祭りは行ってもいーけどさ〜 浴衣はいーよ。
梨華ねーちゃんだけ着なよ。」
「嫌よ。」
「…………。」
ひとのいやがることをしてはいけません
って、一年生の時、センセーが言ってたっけ。
そんな言葉が、ふと、ひとみの頭に、一瞬浮かんですぐに消えた。
よくわからないんだけど。梨華ねーちゃんはガキっぽいのだ。
いまも、頬を膨らまし気味に自分を睨んでる顔を見て、ひとみは
疲れた大人みたいな溜息をつきたくなった。
- 124 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/07/19(火) 15:10
-
梨華ねーちゃんはカワイイと、ひとみは思う。
小学生のひとみが言うのは、生意気に聞えるかも知れないけれど、
とにかくそう思うのだ。
なんかいつでも頑張っちゃってて。お節介焼きで。
よく笑うし、すぐ泣くし。
たいしたことないことで、すぐムスッとするし。
こーゆうのを多分、無邪気って言うのだろうと、ひとみは思っていた。
ひとみは、梨華ほど簡単に笑ったり、ましてや泣くなんてことは、絶対に
出来なかった。何故出来ないのかは、わからなかったけれど、とにかく
出来ないということはわかっていた。
そして、大人たちはそーゆー子供を可愛げがないと言うことも
もう、ひとみにはわかっている。
だから、カワイくなんてなくていいや、べつに困らないし、と、ひとみも
常々、思っていたのだ。
- 125 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/07/19(火) 15:10
-
「…わかったよ。出かける前に着とくから、梨華ねーちゃんも
着なよ。」
「やったー!いい子ね?ひとみちゃん」
さっきまでの不満げな表情を吹き飛ばして、満面の笑みを浮かべ
ながら、自分の頭を撫でる梨華を見て、ひとみは思う。
信じやすいのはイイコトだ。なんて扱いやすいんだろう、と。
そして夕方、梨華が濃紺に淡い色彩の紫陽花の浴衣を着て、嬉々と
して、ひとみの部屋に現れた時。
ひとみはもちろん浴衣等着ていなかった。
唖然として、立ち尽くす梨華を尻目に、ひとみは勉強机の上に
ほおってあったベージュのキャップを被った。
大きめの半そでのTシャツに、膝が隠れる丈のカーキ色のズボン。
ひとみの、夏定番の服装である。
- 126 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/07/19(火) 15:11
-
「行くよ、梨華ねーちゃん!」
「……えっ?!」
自分が騙されたと、まだいまひとつ理解できていない梨華は、さっさと
部屋を出て行こうとするひとみと、部屋に残されたままの浴衣を交互に
見てる。
「おいてくよっ」
廊下を進みながら、振り返り大声でひとみが言うと、バタバタと
追いかけてくる足音がする。
- 127 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/07/19(火) 15:12
-
「ちょ、ちょっとー 待ってよぉ〜 ひとみちゃん!」
ひとみは、玄関でスニーカーを履きながら、ニヤリと笑っていた。
- 128 名前:ななしーく 投稿日:2005/07/19(火) 15:12
-
更新しました。
- 129 名前:ななしーく 投稿日:2005/07/19(火) 15:13
-
118 名無飼育様。
ありがとーございます。
読んでくれてる方がいるって思えると頑張れますw
- 130 名前:そーせき 投稿日:2005/07/19(火) 15:18
- あっしもずっと読んでますよぉ(^^)
いやぁ、ひっぱりますねー。
思うツボにヤキモキさせられてます(^^)
- 131 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/07/20(水) 10:33
-
夕暮れの濃くなる道を、神社に向かって人通りが増えて行く。
- 132 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/07/20(水) 10:33
-
遅れてついてきていた梨華が、パタパタとひとみに追いつき
ニッコリ微笑みながら、片手を差し出した。
「はいっ!ひとみちゃん、迷子になっちゃうよ?」
ひとみは梨華のすんなりした手を、一瞥した。
……どっちが、だよ?
「………いい」
一言返して、歩き出す。
さっきより、ゆっくり進むひとみの横に、シュンとした梨華が
並んで歩いた。
- 133 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/07/20(水) 10:34
-
人波に追い越されながら、手ぐらい繋いでやればよかったかな、と
ひとみは少し、後悔した。
最近、梨華のことが何故かうざったいのだ。
うざったいって言うのとは少し違うかも知れない、と、ひとみは首を
傾げる。
だけど、こんな風に子供扱いされると、無償にイライラするのだ。
昔、もっとひとみが幼かった頃は別として、今のひとみには
梨華の手を借りなければ出来ないことなど、殆んどないような
気がしていた。
昨日の夜だって……
- 134 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/07/20(水) 10:34
-
夏のお約束的、心霊番組を見ていた時、相手の体の後ろに隠れるように
擦り寄ったのは梨華の方だった。
ひとみだって、怪奇現象ウエルカムって訳じゃないし、それなりに
こええー、と思って見ていたのだ。
けれど、梨華が自分の後ろにススッと移動してきて、瞬きもできずに、
息を詰めて画面を凝視してるのに気がついてしまうと、なんだか
自分は大丈夫というか、どうせヤラセだろ?みたいなヘンに落ち着いた
気分になってくるのだ。
台所にゴキブリが出る時だってそうだ。
ひとみだって、ごきぶりは大の苦手だったのだ。なのに。
梨華がギャーギャー逃げ惑うだけだから、ひとみは今では、ゴキブリと
聞いただけで、無表情に新聞紙や雑誌を丸めたり、スリッパ片手に
立ち上がるようになってしまっていた。
- 135 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/07/20(水) 10:35
-
隣りを歩く、自分より背の高い梨華を横目で見ながら、ひとみは思った。
梨華がもっと小さければいいのに、と。
自分と同じ年とか、いやもっと年下で、妹のように、とか。
そうしたらひとみは、梨華に対して、素直に優しく出来るような気がした。
- 136 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/07/20(水) 10:35
-
地元の夏祭りは知り合いで溢れていた。
よっちゃん!と声をかけられる度に、よぉ!とか、おぉ!とか適当な
返事を返しながら、やきそばを食べたり、ラムネを飲んだりして歩く。
「暑いね〜…カキ氷でも食べよっか?」
片手でパタパタと、胸元を仰ぐような仕草をしている梨華の頬が、
少し赤味を帯びてきてるのが、すっかり薄暗くなった境内の、夜店の
安っぽい電飾の中で、浮き上がって見えた。
カキ氷?さっき見たよーな…
ひとみが辺りを見回した時、そいつと目があった。
- 137 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/07/20(水) 10:36
-
「…吉澤じゃん。」
ヘンにニヤついた顔をしながら近づいてくるのは、ひとみと同じ
クラスの男子三人組だ。
その中のリーダー格らしいクラスメイトに、ひとみは、最近目の敵に
されていた。
それはひとみにとっては、実にアホらしい理由からだった。
そいつが一人のクラスメイトの女子に、くだらなく子供じみたちょっかいを
出すから、嫌がっていたその女子を庇ってやったのだ。
以来、その女子に懐かれてしまった。
そいつはそれから、ひとみに絡んでくるのだった。
そー言うこと?
分かり易くて、笑ってしまう。
いつか、鏡見たことあんの?って言ってやろうと思っている。
- 138 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/07/20(水) 10:36
-
「おまえ、一人?
なーんだ、偉そうにしてるクセに一緒に来るともだ……」
「ひとみちゃん?」
そいつは、ひとみの肩にふわりと手をかけた梨華に気がつくと
驚いたように口を噤んだ。
梨華はひとみが睨んでいるのに、気づかないようで、ひとみと
向き合うように立っている三人組に微笑みかけた。
「ひとみちゃんのお友達?…わたし、姉の梨華です。」
梨華が、さらに柔らかい微笑みを顔中に広げた時。
そいつの顔が真っ赤になっていくのを、ひとみは見逃さなかった。
なんだ、こいつ……
- 139 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/07/20(水) 10:36
-
ひとみは苛立った。
クラスメイトが、ひとみと同じ年のそいつが、梨華を意識することが
許せなかったのだ。
そして、そんな風に呑気に微笑んでる梨華にも無償に腹がたった。
ひとみは、くるりと体の向きを返ると、ぞんざいな口調で、始めて
梨華を呼び捨てた。
「行くぞ! …梨華っ」
「……え?」
ひとみちゃん?
梨華の戸惑うような声が、そいつらに謝ってるのが聞える。
謝る必要なんかないのに、とひとみは唇を噛む。
そいつが悪いんだ。梨華をヘンな目で見たりするから。
- 140 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/07/20(水) 10:37
-
遅れて追いついてきた梨華が、息を弾ませてひとみに話かける。
「どうしたの、ひとみちゃん?」
「 ………… 。」
ひとみが足を止めて、梨華を睨むように見ると、怪訝だった梨華の
眼差しが、閃いたと言うように輝いた。
「あ、わたし、わかっちゃった〜 ひとみちゃん、あのお友達と…」
「友達なんかじゃないっ」
「…ひとみちゃん?何、怒ってるの?」
梨華の眉が情けなく下がっていくのが、見えたけれど、ひとみは
自分の中でムシャクシャと苛立ちを増す気持ちを、上手く収める
ことが出来なかった。
「あたしの何がわかんだよっ?でしゃばんなよ!
…ホントのねーちゃんじゃないクセに……」
- 141 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/07/20(水) 10:37
-
ひとみは言ってしまってから、しまったと思ったけれど、もう
遅かった。
梨華の目に見る見る涙が浮かんでゆく。
大きな最初の一粒が、音もなく頬を滑り落ちると、梨華は無言のまま
両手の掌を瞼に押し当てた。
幾度となく、他愛ない喧嘩はしてきたけれど、梨華を泣かせてしまった
のは初めてのことだった。
傷つけてしまった、ということはわかった。
けれど、ひとみは正直、どうしていいかわからなかった。
- 142 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/07/20(水) 10:38
-
「…ごめん、梨華ねーちゃん……ごめん、あたし…」
ひとみのボソボソと謝る声に。
梨華はただ、子供のように首を横に振っていた。
- 143 名前:ななしーく 投稿日:2005/07/20(水) 10:39
-
更新しました。
そして、
遅ればせながら、訂正とお詫びです。
121 十一才と十七才ではなく、十一才と十六才ですね(汗
- 144 名前:ななしーく 投稿日:2005/07/20(水) 10:39
-
130 そーせき様。
またまたレスが貰えて、とてもうれしーです。
引っ張るとゆーよりも、二人の時間軸をどのように書いていくか
いまだに、悩んでたりする情けない状況なのですw
いずれ、そーせき様がヤキモキしてるコトについても出てきますんで
それまで、二人の過去を楽しんで貰えたらいいなーと思っています。
- 145 名前:そーせき 投稿日:2005/07/20(水) 19:26
- すみません!
レスした後で、ひっぱるって、不適切な言葉だったなーって反省してました。
きちんと背景からお書きになってるの、わかってまして、
全然悪い意味じゃなかったんですけど、お気を悪くなさってたらごめんなさい!
実は割と、ヤキモキするの好きなんです(^^ゞ
これからも楽しみにお待ちしてます。
- 146 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/20(水) 20:05
- 素直になれない吉がいじらしいなぁ
- 147 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/20(水) 20:55
- 毎日こちらをのぞいてみるのが楽しみです。
- 148 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/07/21(木) 20:56
-
すんすんと梨華の鼻を啜る音を聞きながら、歩くのは気づまりだった。
まだ時間が早いでせいだろう、境内へと向かう人たちとはすれ違ったが
帰路に着く者はいず、並んだ夜店を抜けるまで、知り合いに会わなかった
ことに、ひとみは安堵した。
- 149 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/07/21(木) 20:57
-
境内を抜ける階段の前で、梨華に呼び止められた。
「…すんっ…ひとみちゃん、これ書いて行こう?」
梨華が指差していたのは、簡易テーブルの上だ。
そこに乗ってる箱には(星飾り)と書いてある。
梨華は、毎年これをひとみに書かせたがった。
それはこの地区の子供会と呼ばれる父母の集まりが、子供が、何を
欲しているか把握することに自信をなくした為なのか、子供たちへと
何を望ん出るのか書かせてみる、自白剤めいたものなのだ。
星飾りに願いごとを書いて、絵馬の奉納所の一番下に、張られたロープに
括れと言うのだ。そうすれば。
二日続いた夏祭りの後、星飾りを燃やし、その天へと上ってゆく煙を見た
神さまが子供たちの願いを聞き届けてくれると言うことらしい。
- 150 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/07/21(木) 20:57
-
梨華は、糸がついて、星型に切った色紙をひとみに渡した。
泣く子には勝てないって言葉、名言だとひとみは思った。
少し目の淵を赤くしてる梨華からなら、自分はなんだって
受け取ってしまいそうな気がしていた。
こんなん、七夕のパクリじゃん?
ひとみは、冷めた気分でマジックの蓋を捻りながら、すでにテーブルの
上で梨華が書き始めた、文字を盗み見た。
ひとみちゃんが、お友達と仲直り出来ますように
いいかげんにしてよ!
とたんに、ムッとしたひとみは、自分でも、なんでそう書くのかが
わからないうちに殴り書きしていた。
妹が欲しい
視線を感じて、ひとみが振り返ると、梨華がスッと目を逸らたのが
見えた。
- 151 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/07/21(木) 20:58
-
ひとみはさっさと、星飾りを括りつけ、首を傾げて梨華を見た。
「帰ろ。」
「……ん」
境内を抜け、長い階段を降り、少し歩いた所で梨華の足が遅くなった。
ひとみが、振り返って見ると梨華が眉根を寄せていた。
「…どしたの?」
「靴づれしちゃったみたい…ごめんね?
ひとみちゃん、もう少しゆっくり歩いてくれる?」
ひとみは、梨華のもとへ戻ると、足元にしゃがみ込んだ。
「見して、足」
梨華が鼻緒から足の指をずらすと、指と指の間の皮膚が擦れて、皮が
捲れていた。
あ〜あ、慣れない下駄なんか履くから。
- 152 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/07/21(木) 20:58
-
ひとみは立ち上がると、履いていたスニーカーを脱いで、裸足に
なった。
目を丸くして、自分を見てる梨華の足元へとスニーカーを足先で
押しやる。
「…かえっこ」
「…え?……でも」
「家まで後少しだから。」
…うん
戸惑いながら頷いた梨華が、下駄からスニーカーへと履き変えると
ひとみも、下駄の鼻緒に指を入れた。そうしたら。
さっきまで、自分より、ほんの少し高かった梨華の背を自分が越して
いることに気がついた。
梨華は気がついているだろうか?
ひとみの靴のサイズが、もう梨華より大きいことに。
- 153 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/07/21(木) 20:58
-
ほとんど、どんぐりの背比べだけれど、ほんの僅かでも梨華より
自分が大きくなったことが、ひとみは誇らしかった。
そして、なんだか少しだけ梨華に優しく出来る気がした。
歩き出したひとみは、ぺたぺたと自分のスニーカーで音をさせながら
歩く梨華に、片手を差し出した。
「…はい、梨華ねーちゃん、転んだら危ないから。」
「転ばないよっ!」
梨華は、甲高い声で抗議してから、もぅ!と小さく笑った。
そして、ひとみの手をギュッと掴んだ。
「…ありがと、優しいね? ひとみちゃんは」
梨華が嬉しそうな笑顔を顔中に広げて行くのを見てると、ひとみの
胸の鼓動が、ふいに速まった。
- 154 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/07/21(木) 20:59
-
ひとみは、自分の顔が赤くなっていくのを感じながら、何故だか
梨華には見られたくないと思った。
だから、急いで前へと向き直り、ゆっくり歩き出した。
そして。
片手に梨華の体の重みを感じながら、ひとみは考えていた。
来年には、下駄なしでも梨華を追い抜くんだ、と。
中学生になる頃には、もっともっと大きくなってやるんだ、と。
そして、梨華を見下ろすくらい、自分が大きくなったら……
- 155 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/07/21(木) 20:59
-
もう梨華を、ねーちゃんとは呼ばない。
ひとみは、そう決めていた。
- 156 名前:ななしーく 投稿日:2005/07/21(木) 21:00
-
更新しました。
- 157 名前:ななしーく 投稿日:2005/07/21(木) 21:00
-
そーせき様。
ありがとーございます。
気を悪くするなんてとんでもないですよぉw
こうしてレスをくださること、すっごくうれしーです♪
146 名無飼育様。
ありがとーございます。
反抗期〜なお年頃なんで、素直になることが一番難しー
と、思われますw
147 名無飼育様。
ありがとーございます。
私もいただいたレスを見るのが楽しみです♪
そしてまた、続きを書きたいと思えるのですw
- 158 名前:もも 投稿日:2005/07/22(金) 00:48
- 初レスです。
ステキな(*´▽`)´〜`*) いしよしをありがとう〜
続きを楽しみしています。
- 159 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/07/23(土) 14:03
-
- 160 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/07/23(土) 14:03
-
…んなのずっと、気にしてたんだ?
気にしてたって言うより、忘れられなかったの。
……はぁ、
…呆れないでよぉ
あのね、あたしはあの頃、クソ生意気だったけど、まだガキだったんだよ。
自分の思いですら、なんでそう思うのか、とか、そんなん考えられなかった。
…わかってたよ?
ひとみちゃんは、わたしよりずっと年下なんだってこと。
すごくわかってたの。なのに……わたし…だから、わたし…
嫌だった自分が、怖くなったの自分が……
- 161 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/07/23(土) 14:04
-
─── 二十才と十五才、夏 ───
- 162 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/07/23(土) 14:04
-
梨華は幸せな夢を見ていた。
夏の夜。
寝苦しさを感じて、夜中目覚めた時、その寸前まで見ていた夢の
名残で、梨華の心臓はまだ高鳴っていた。
どきどきと鳴っている胸の鼓動と、いましがた見ていた夢の甘さ。
けれど、意識がはっきりとしてくると、なぜ、そんな夢を見て
しまったのだろう、と、梨華の胸はさっきまでとはまた違う、警告の
音色で、梨華の胸を鳴らし続ける。
- 163 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/07/23(土) 14:05
-
夢の中で、梨華とひとみが、見つめ合っていた。
二人は交わす言葉もなくどこにいるのかもわからない。
けれど、梨華を見るひとみの眼差しは、どこまでも優しく。
甘い、甘い空気が二人を包んでいた。
ひとみの眼差しが、ふっと微笑んで、梨華の頬に片手が添えられる。
その、端正に整った顔が、涼やかに甘い微笑を広げながら、ゆっくりと
梨華に近づいてきた。
梨華は目を閉じた。そして待っていたのだ。ひとみの唇が……
- 164 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/07/23(土) 14:05
-
─── あぁ、わたしったら…なんて夢を!
梨華はバクバクと一際高い音で鳴り出した、左胸のパジャマの布を
ギュッと握った。
暑さの為だけではない汗で、握られたパジャマの布が湿っていく。
それが自分の願望だなどとは、梨華は認める訳にはいかなかった。
ひとみはまだ中学生なのだ。
そんなことより、血の繋がりがなかったとしても、家族のように
大切な妹として、見てきたはずだった。
…ヘンな夢見ちゃった。
寝る前に読んだ、恋愛小説のせいかも。
何かのせいに出来るなら、なんでも良かった。
けれど、いまの梨華には、ひとみの姿を頭に浮かべないでもう一度、眠りに
落ちることは、この上なく難しいことのように思えた。
- 165 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/07/23(土) 14:06
-
梨華はタオルケットを口許まで引き上げて、ギュッと瞼を閉じた。
ふいに、頭の中で母親の声がした。
─── 梨華、明日からお姉ちゃんね?
ちゃんと、面倒を見てあげるのよ。
梨華は一人娘で、両親は共働きだった。
梨華が小学校の低学年までは、夕食時に母親は家にいたと思う。
けれど、梨華に手がかからなくなると、母親はそれまで梨華に
使っていた自分の時間を仕事で埋めるようになって行った。
- 166 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/07/23(土) 14:06
-
ここ一年ほどは、梨華が眠った後に帰宅することもめずらしいことでは
なくなっていた。
父親は仕事がら出張がちだった。梨華以外誰もいない家。
かといって、梨華の家庭が不和だったわけではない。
そこそこ優しく、それなりに厳しく、いたって普通の両親だった。
梨華は親がいない時間が多くてラッキーと喜ぶほど、ドライでも
なかったし、かといって、親の気を引く為に良からぬ行動に走って
しまう程、幼くもなかった。
だから、古くからの友人の娘が身寄りがない為に、引き取ろうか
と悩んでいると、母親が言った時。
今ひとつ、渋い顔をしている父親を説得したのは梨華だった。
ずっと、平気だと思っていたけれど、自分は本当は少し寂しかった
のかも知れない。
梨華はひとみと言う名前の幼い少女が、自分の妹になるのだと思うと
楽しみで仕方がなかった。
- 167 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/07/23(土) 14:06
-
次の日、インターフォンが鳴ると、梨華は玄関に飛び出した。
ひとみちゃんよ、母がひとみの小さな背に手を添えながら、玄関へと
入ってくる。
不安げに大きな瞳をキョロキョロしていたひとみは、梨華の視線に
気づくと俯いてしまった。
駅からの、満開のさくら並木を通ってきたせいだろう、花びらがひとひら
どこからか舞い落ちた。
梨華は両手を伸ばすと、ひとみを抱きしめた。
「ひとみちゃん、待ってたよ!仲良くしてね。」
梨華が、そっと抱きしめた腕に、少しだけ力を加えると、ひとみは
腕の中で小さく頷いた。
- 168 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/07/23(土) 14:07
-
梨華は腕を緩めて、ひとみの顔を覗き込むと微笑んだ。
ひとみに会えたことが、本当に嬉しかったから。
だから梨華は心に誓ったのだ。ずっと傍にいてあげよう、と。
小さなひとみちゃんが寂しくないように。
いっぱいお話をして、一緒にたくさん遊ぼう。
ご飯も作ってあげるし、お洗濯も、お掃除もしてあげる。
だってわたしは、お姉ちゃんになるんだもの……
梨華は心から、微笑んでいた。
何も心配いらないからね、今日からはわたしがいるよ?
そう、ひとみに伝えたかったから。
- 169 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/07/23(土) 14:07
-
梨華は寝返りを打つと、瞼を開けた。
ひとみちゃんが、この家に来て何年経つんだろう……
瞬きをして、そっと目を閉じる。
小学校に入学する年にやってきたひとみが、来年の春にはもう
中学校を卒業するのだ。
不思議………
こんなにも長い間、ひとみを見てきたと言うのに…
梨華の閉じた瞼の裏に浮かぶのは、いまのひとみの姿だけだった。
- 170 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/07/23(土) 14:08
-
梨華は寝返りを繰り返して、また目を開ける。
眠れなかった。
夕飯時の食卓の光景が、梨華の頭に浮かぶ。
今日はめずらしく、ひとみが夕飯を作ってくれた。
ありあわせのもので、作った炒飯。
梨華は自分の作るものより、よっぽど美味しいような気がして
ひとみにそう言った。
ひとみは、スプーンを持つ手を止めないで、さらりと答えた。
「…不味くても、梨華の作ったもんがいい。」
「……え?」
「…なんでもない。」
梨華には、ひとみの言った言葉がちゃんと聞えていた。
けれどその意味がわからなくて、聞き返したのだ。
- 171 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/07/23(土) 14:08
-
……からかわれたのかな?
そう思って、ひとみの顔を見てみたけれど、ひとみは普通の顔で
黙々とスプーンを動かしていた。
また、ひとみのことを考えてしまっている。
梨華は小さく、首を横に振った。
夏休みに入って、ひとみはほとんど家にいる。
もともと外出好きではなかったけれど、来年の受験に控えて、家で
勉強をしているのだ。
そしてひとみは、何故か自分の部屋では勉強をしなかった。
リビングだったり、台所だったり、梨華の部屋だったり。
とにかくいつでも、梨華のいる場所にひとみもいるのだ。
梨華は大きく息を吐いた。
この閉鎖的な、家という場所にばかりいるのがいけないような気がした。
四六時中、ひとみとばかり顔を合わせているから、だからきっと、ひとみの
ことばかりを考えてしまうのだ。
- 172 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/07/23(土) 14:08
-
…バイト、しようかな?
今は夏休みで、学生向けのバイトは掃いて捨てるほどあるはずだ。
そもそも、大学も三年になるまでバイトの一つもせず、ひとみの
世話に明け暮れていたのかと思うと、自分に呆れてしまう。
もうひとみは自分の食事くらい自分で作れるのだし、片付けだって
実は自分よりも手際がよいことに、梨華は気づいていた。
ひとみが家にいるのなら、自分が外に出ればいい。
そろそろ自分も子離れならぬ、ひとみ離れが必要なのだ。
この思いつきは、とてもよいことのように思えた。
明日、バイトを探しに行こう……
- 173 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/07/23(土) 14:09
-
梨華の唇から、小さな欠伸が一つ洩れた。
- 174 名前:ななしーく 投稿日:2005/07/23(土) 14:09
-
更新しました。
- 175 名前:ななしーく 投稿日:2005/07/23(土) 14:10
-
もも様。
レスをありがとーございます。うれしーです。
こちらこそ、読んでもらってありがとーです。
- 176 名前:そーせき 投稿日:2005/07/23(土) 14:24
- サクサク更新してくださるのが、すっごく嬉しいです。
もちろん内容がともなってるからこそですけど。
でも、お陰で、ここを覗いてみるのがすっごく楽しみで、
仕事中も見ちゃってますよ(^^ゞ
なんて言うとプレッシャーかな?
あんまり気にせず(なら言うな)これからもよろしくです。
- 177 名前:YUN 投稿日:2005/07/28(木) 00:12
- すいません・・・。
初レスですが、さり気にいつも読んでました(^▽^;)
ここのいしよしは素敵ですね。
毎日チェックをしています。わがままですが、早く続きが読みたいです!!
作者様、頑張ってください。
- 178 名前:もも 投稿日:2005/07/30(土) 01:17
- 更新お疲れさまです。
いいな〜いいな〜いしよし(*´▽`)´〜`*)
いつも楽しく読ませていただいてる、大好きな作品です。
- 179 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/09/10(土) 00:36
-
「…あぁ、石川さん、そのオーダー出したら上がってね〜」
「はいっお疲れ様でした!」
梨華はルームナンバーを確認すると、軽くノックしてドアを開けた。
「お待たせいたしました!…カシスソーダのお客様は…」
「はぁ〜い…」
ガンガン鳴るカラオケBOXの中で、梨華が高い声を張り上げながら
ドリンクを掲げてみせると、次々に手が伸びてくる。
…ごゆっくり、どうぞ
梨華は頭を下げて、ドアを閉めた後も賑やかさが漂ってくるような
部屋を振り返った。
何人かの、自分と同じ年くらいの学生らしき人達だった。
考えて見れば、梨華はこういった集まりに参加した事がない。
大学に入ったばかりの頃は、よく合コンに誘われた。けれど、まだ
小学生だったひとみを、夜一人で家に置いて出かけようなどどは
梨華は思いもしなかった。
- 180 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/09/10(土) 00:36
-
羨ましい…と、言うのとは違う。
けれど、梨華は自分の今までしてきた生活がすごく単調で
他の学生達と自分が、あまりにかけ離れているような気がした。
タイムカードを押す前に、トレーを戻し、バイト仲間に、お先に
と声をかけ、従業員用の裏口から外へ出る。
梨華は、このバイトが楽しかった。
広いフロアーには二台のビリヤード台。
その前にバーカウンター。
奥にはあまり多すぎない、カラオケBOXの部屋。
業務用レトルトに、少し手を加えて作るフード。
初めて作ってみた、色鮮やかなカクテル。
ガチガチに固まった大きなアイスを削り取るのが、苦労するパフェ。
本当は、夜の街があまり得意ではないから、普段は夕方までのシフトに
しか入っていない。
お酒を飲む席に行ったことの無い梨華は、酔っ払いが苦手だった。
少し大きめになる声や、焦点の合ってない目が少し怖かったのだ。
けれど、今日のような人手の足りない金曜日の夜などは、店長に頼まれると
バイト時間を延長した。
- 181 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/09/10(土) 00:37
-
「…ねぇ、ちょっと」
ゴミの積んである裏口から出ると、ふいに暗がりから、ヌッと
人影が出てきて、梨華はぎょっと体を固くした。
人影は梨華の前に移動してくると、立ちはだかるように立ち止まった。
「…バイト、終わったんでしょ?…飲みに行こーよ〜」
「……え?」
「…いーじゃん?どーせヒマでしょー、ね?石川ちゃん」
…石川ちゃん?
梨華が驚いて、立ちはだかる相手の顔を見上げると、その男は
ニヤニヤと爽やかさとは対極にあるような笑みを浮かべた。
なぜかゾッとした。梨華の体に嫌悪感が走る。
…ヤだ!絶対イヤッ!
「…あの、わた…」
- 182 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/09/10(土) 00:37
-
梨華が断りの言葉を口にしようとした時、その男は急に手を伸ばすと
梨華の腕を引っ張った。
「ね?石川ちゃんって、カレシいんの?」
「え?」
「…ま、いーや。取り合えずさ〜今夜はちょっと付き合ってよー」
「あ、あの、私、困ります…」
「えぇ〜〜〜なにぃー聞えなーい」
梨華は抵抗するように、男に取られた腕を引こうとしたけれど
ズルズルと引っ張られて、足がよろよろと前へ出てしまう。
「ほんとに、あのっ…困るんですっ、は、離して下さい!」
梨華は足に力を入れて、自分の腕を強く引いたけれど、男の腕を
掴む力は、ビクともしない。思わず泣きそうになった時。
梨華がさっき出てきた、従業員用のドアがバタンッと閉まる音がした。
- 183 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/09/10(土) 00:38
-
ハッとして、ドアの方を見ると、自分と同じくらいの女の子が出てきて
ゆったりとこっちに歩いてきて、男の前で足を止めた。
…あ、この子
「…ラッキー、奢ってくれんの?あたしも連れてって。」
梨華は、バイト仲間の女の子の言い出した言葉に唖然とした。
それは、男も同じだったようで、ふいに梨華の腕を掴む力が弱まった。
女の子は、まるでそれがわかっていたかのように、さりげなく男に
掴まれていた梨華の腕を取ると、そのまま梨華の肩に自分の腕を
回した。
「うちらねー今日、お寿司が食べたいと思ってたんだ〜
回るのなんてナシだよぉー
ちゃんと、カウンターで〜あ、そうそう、後、四人くらい
集まるんだけど、もちろん奢ってくれるよね?」
- 184 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/09/10(土) 00:38
-
女の子が、ニッと笑ってみせると、男は顔を引き攣らせて、
…イヤ俺は、とか、…そんな金なんて、とか独り言のようにブツブツと
呟いた。
「あ、ホントにぃ〜?ざーんねん!
じゃ、うちら約束があるから行くねーばいばい〜い」
女の子は、片手をヒラヒラ振ると、梨華の肩に手を回したまま
くるりと向きを変え、表通りへの道を歩き出した。
「…あ、あの、後藤さん、ありがとう…」
梨華が小声で、礼を言うと、バイト仲間の後藤真希は、前を見たまま
めんどくさそうに答えた。
「いーんだけどぉ、ごとーまだバイト上がり時間じゃないから
店、戻らないとなんだよねー」
- 185 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/09/10(土) 00:39
-
えぇっ?!
梨華が、驚いて真希の顔を見ると真希はニカッと笑った。
「まー、店長に一服させてって拝んできたからダイジョウブだよ。」
- 186 名前:ななしーく 投稿日:2005/09/10(土) 00:39
-
更新しました。
- 187 名前:ななしーく 投稿日:2005/09/10(土) 00:40
-
そーせき様。YUN様。もも様。
レスをありがとーございます。
かなーり、お待たせしてしまって、本当に申し訳ありません。
何かと、バタバタと、忙しい夏でして…(汗
また読みに来て頂けるといいのですが……(汗×2
ストックが全くナイので、少量更新をお許し下さいませ。
- 188 名前:もも 投稿日:2005/09/10(土) 02:20
- 更新お疲れ様です。
待ってました〜(*´▽`)´〜`*)わぁ〜い
作者さまの都合で更新してください。
マッタリと楽しみに待ってます。
- 189 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/09/11(日) 00:28
- ごっちんがらしくてイイ!
いしよしはとにかく綺麗&キャワですね。
- 190 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/09/12(月) 12:59
-
結局、真希は梨華を駅前まで送ってくれた。
「さすがに追いかけてくるだけのコンジョーはないみたいだねぇ〜」
駅の改札の横にあるコンビニの吸殻入れの前で、真希は振り返ると
足を止めて、ポケットから煙草を出して唇に挟んだ。
もう一度、ポケットをゴソゴソやりながら、飾り気のない
ライターを手にして、片手で風を遮るようにシュッと火を点けた。
手馴れた流れるような動作を見ながら、梨華はためらいがちに
口を開いた。
「…あの、なんかごめんね?送ってもらっちゃって。」
「いんや。さすがにごとーも歩きタバコはしないから。」
煙草を唇に挟んだまま、真希は片方の口角を上げて笑った。
淡いパールピンク箱から出てくる、綺麗な細長い筒。
梨華は、ふいに自分も吸ってみたいと思った。
- 191 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/09/12(月) 13:00
-
「あ、あのっ…後藤さん、一本貰ってもいいかなぁ?」
真希は意外だと言うように、両目を見開きながら、箱を傾けると
梨華の目の前に差し出した。
梨華が、おずおずと指先を伸ばして、一本摘み出すと、火の点った
ライターを煙草の先に近付ける。
梨華が真希の顔を上目遣いで、見上げるように見ると、真希は
目を微笑ませて、吸い込むんだよ。と言った。
煙草の先に、火が付いて、梨華は思い切り吸い込んだ。
と、とたんに、ゲホゲホとむせ返った。
真希は、短くなった自分の煙草を吸殻入れに投げ入れると
腰を折るように咳き込んでいる梨華の指先から、煙草を取って自分の
唇に挟んだ。
…喉が痒い、口の中が苦くて、不味くて、しようがない。
梨華が涙目になりながら、どうにか咳を止めようとしていると
真希がポツリと言った。
「…石川さんてさ、アヤウイよね。」
- 192 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/09/12(月) 13:00
-
え?
真希は梨華の顔をジッと見ていた。
な、なに?どういう意味?
梨華が真希の顔を見返すと、真希は二本目の煙草を吸殻いれに
ポトンと落とした。
「さっきのあいつ…店の客じゃん?気がつかなかった?
店にいた時、石川さんのことジィィーって、かなりヤバめで
見てたじゃん?」
真希の意外な言葉に、梨華は…え?、と思うだけで、全然心あたりが
なかった。
そもそも梨華は、そう器用な方ではないから、バイト中は自分の
仕事をキチンとこなすことしか、頭の中にないのだ。
梨華がキョトンとした顔をしてると、真希は大きく息を吐いて
しようがなさそうに…そっか、と呟いた。
- 193 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/09/12(月) 13:01
-
ふいに、聞きなれたメロディが鳴って、自分の携帯のメール着信音だと
気づいた梨華は、真希に、ごめんね?と言いながら、携帯の画面を
開いた。
メールはひとみからで、(まだバイト中?)と短い文章が記されて
いた。
ひとみちゃん…
いま、何してるのかな?
梨華の意識が、ひとみへと飛びかけた時、真希の声がした。
「誰からだった?ひょっとしてカレシ〜とか?」
うぅん…梨華は首を横に振って、なんと答えるべきかと考えた。
そして、そんな事を考えてる自分に、何を考えてるんだろう?と
自嘲的な笑みが込み上げる。
ひとみは家族だ。血が繋がっていなくても自分の妹じゃないか?
ひとみと自分との間には、それ以外の答えなんてある訳がない。
梨華は真希を見て、微笑んだ。
「妹からだったよ。」
- 194 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/09/12(月) 13:01
-
真希と別れて、ホームで電車を待ちながら、梨華はひとみにメールを
打った。
(今日は忙しくて、なんか疲れちゃったよ〜
ひとみちゃん、お夕飯は何を食べたの?
いま駅だから、これから電車に乗って帰ります。)
滑り込むようにホームに入ってきた電車に乗って、揺られながら
梨華はひとみからの返信を待ったけれど、マナーモードにした
携帯は震えない。
今晩は、あんな事があったのに…怖かったのに…
ひとみは呑気にテレビでも見ているのだろうか?
それとも、勉強をしているのだろうか?
自分でも抑えがたいほど、梨華はひとみの顔が見たいと思っていた。
今すぐに……けれど、
いつでも自分が思うほど、ひとみは自分を気にかけたりはしていないに
違いない、と、梨華は小さな溜息をついた。
- 195 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/09/12(月) 13:02
-
揺れる車窓をばんやりと眺める梨華の脳裏に、ふいに、別れ際の真希の
親しみのこもった笑顔が浮かんだ。
石川さん、明日もバイト入ってる?
梨華が頷くと、真希は笑顔で言った。
明日からは、梨華ちゃんって呼ぼーかな〜
梨華の胸がじんわりと温かくなった。
真希とは、ひょっとしたらいい友達になれるかも知れない。
梨華にも、人並みに友達と呼べる知り合いはいたけれど、その付き合いは
上辺だけのものであるような気がしていた。
けれど、小さい子供を持つ母親のように、今までの梨華は、自分の
生活が、ひとみ中心に回っていることに、不安や寂しさを感じたりは
しなかった。
それなのに今は…なぜだかどうしようもなく空しかった。
- 196 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/09/12(月) 13:02
-
駅に着いて、改札の前に出ると、その先に自転車に跨ったひとみが
いて、梨華は驚きのあまり立ち止まった。
一瞬、幻かと思った。
夜目の先に映るひとみは、いつものひとみより数倍大人びて見えて、
まるで、梨華の知らない人のようだった。
ひとみが梨華の視線に気づいて、片手を小さく上げる。
梨華は弾かれたように、改札を抜けながら、ひとみの傍らに立った。
「…んだよ?ヒトを化けもんかなんか見るよーな目で見ちゃって」
「そんなことないよ! …それより、どうしたの?ひとみちゃん?」
「ん〜?牛乳切れてたから買いにきた。」
「…そんなのメールくれたら、わたしが買って帰ったのに。」
「梨華、忘れそーじゃん?」
ひとみにからかうように、ニヤリと笑らわれると、梨華の体温がぐんと
上がり、頬は赤くなった。
「そんなのっ…忘れるわけないじゃん!」
「マジでぇ〜?」
- 197 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/09/12(月) 13:02
-
もぉぉぉーーー!
梨華が、ひとみの腕をペシペシ叩くと、ひとみは相好を崩すように
笑いながら、自転車の後ろの荷台を差した。
「帰ろーぜぇ」
「…うん」
梨華が荷台に腰を下ろすと、前を見たままひとみが言う。
「ちゃんと捕まってろよー」
そして、ペダルを思い切り踏むと、ぐんっと景色が進んだ。
昔、梨華がこぐ自転車の後ろにひとみを乗せて、よく買い物に行ったっけ
と、梨華は流れゆく景色を見て思った。
けれどいま、ひとみは当たり前のように、自分の後ろに梨華を乗せたまま
軽々とペダルをこいで行く。
目の前を塞ぐひとみの背中を見ながら、自分よりも大きいんだ…と
梨華は止まらない時の流れを感じた。
カーヴを曲がる時、ひとみの背中に梨華の頬が押し当てられた。
梨華はそのまま、強く頬を押しつけるように目を閉じた。
- 198 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/09/12(月) 13:03
-
髪を弄って行く風が強かった。
梨華は、なぜだか涙が零れそうだった。
- 199 名前:ななしーく 投稿日:2005/09/12(月) 13:04
-
更新しました。
- 200 名前:ななしーく 投稿日:2005/09/12(月) 13:04
-
もも様。
レスをありがとーございます。
お待ち頂けてまた来て下さってうれしーです。
189名無飼育様。
レスをありがとーございます。
私も今回、結構ごっちんがお気に入りですw
- 201 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/09/12(月) 13:11
- よっちゃんかっけー梨華ちゃん頑張れ
これからごっちんがどう絡んでくるのか…気になります。
- 202 名前:YUN 投稿日:2005/09/12(月) 16:17
- 更新お疲れ様です。
なんか切ないですねぇ・・・
2人はどうなるんでしょう・・・。
次回も楽しみにしています、頑張ってくださいね。(^▽^)
- 203 名前:YUN 投稿日:2005/09/12(月) 16:19
- スイマセン。。。
sage忘れてしまいました・・・。
- 204 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/09/13(火) 00:59
- 更新お疲れ様です
続きが読めてよかった〜
がんばってください!
- 205 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/09/13(火) 11:23
- 更新お疲れ様です。
それぞれの関係が素敵で、そして二人の関係が切なくて・・・。
続き楽しみにしています。まったり作者様のペースで頑張ってください!
- 206 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/09/20(火) 01:14
- あー、青春だー!
この切なくも優しい美しさこそいしよしだー!
更新乙です。頑張ってください!
- 207 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/09/28(水) 17:51
-
ねぇ、梨華……あれ、夏の終わりだったよね?
ほらあの人と会った日……あぁ、もう秋だったっけ?
……?
あたしさ、あの人を羨ましいと思ってたんだ……今はそれが…
それが、わかるくらいは成長したんだ。
……ひとみちゃん?
すげー暑い日でさ、四人で出かけたじゃん?
…初対面って顔してたけど、ほんとはさ……あたし……
あの日が初めてじゃなかったんだ…あの人の事を見たのは…
- 208 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/09/28(水) 17:51
-
─── 十六才と二十一才、秋 ───
- 209 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/09/28(水) 17:52
-
─── 雨の音がする。
細く開けた窓の外で、タイヤが水飛沫を上げて通り過ぎる。
夜、一人で家にいると普段なら気にも止めない雑多な生活音が
意外な程、耳に入ってくる。
ひとみは、携帯が表示してる時間を横目でちらりと見ると、
捲っていた雑誌を閉じて、立ち上がった。
玄関で、傘を二本掴み、ちょっと考えて一本戻す。
そのまま外に出て、大きめの青い傘を開いた。
─── 今日はなんて言うかな…
ひとみはそんな事を考えながら、ふっと笑みを漏らして、雨の住宅街を
歩き出した。
- 210 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/09/28(水) 17:52
-
数日前。
偶然、街で美貴に会った。
中学生の頃は学校にさえ行けば顔を合わせていた幼馴染は、近くに
住んでいると言うのに、意外な程、偶然会うことがなかった。
「よっちゃぁ〜ん!」
街中で聞きなれた声がして、美貴だ、とひとみが気づいて、振り返るのと
美貴が、ひとみの目の前に走ってくるのは、ほとんど同時だった。
「何してんのー?」
美貴が腰を折って、覗き込むようにひとみの顔を見た。
「…買いもん。そっちは?」
「友達と…今のね、ガッコのクラスの子とお茶してきたとこ。
ね、ね?一緒に帰ろっ」
「…いーけど、まだちょっと寄るとこあるよ?」
「なーに言ってんだか!美貴も付き合うよー」
- 211 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/09/28(水) 17:53
-
二人でスーパーに寄り、家で切れそうになっていた調味料をひとみが
買い、駅の改札前を通り過ぎようとした時、美貴がふいに足を止めた。
「そう言えばさ…こないだ……」
「ん?」
「美貴、見ちゃったんだよね……」
「…何を?」
「梨華ねぇが……カレシみたいなヒトといるとこ」
────── はっ?
ひとみは、何故だか息を呑んだ。
心臓が、いきなり早鐘のように鳴り出して、こめかみがドクドクと
音を立てるようで、頭に重さを感じた。
「…………。」
美貴が言いにくそうに、つうと目線を下げた。
その頭の先を食い入るように、ひとみは見つめた。
- 212 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/09/28(水) 17:53
-
「…グリーン系のチェックのシャツ着たヒトとね、自転車に
二人乗りしてた…夜だったから、よく見えなかったんだけど…」
……グリーンのシャツ?…チェックの?
夜?自転車の…・・・二人乗り?
そこまで考えて、ひとみは、……ハァ、と全身から力が抜けた。
それ、あたしじゃねーか…
ひとみは、呆れたように目線を上げてから、美貴を見た。
いつの間にこっちを見てたのか、美貴は人の悪そうな笑みを浮かべて
ニヤニヤとひとみを見上げていた。
「…だってさ〜こう、腰にピターーーッて、手ぇ回しちゃって
あれじゃ、まるっきりカップルみたいだったしー」
「バッカ……何、言ってんだか?」
ひとみは、怒ったように早口で言って、くるりと前を向くと、サッサと
歩き出した。
もちろん、美貴のオフザケに付き合ってられないと、言いたかったから
だけど、それよりも、何故だかニヤけてくる顔を見られたくなかった
からだった。
- 213 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/09/28(水) 17:53
-
パシャパシャと自分の立てる水音を聞きながら、ひとみは梨華の事を
考えるともなく考えている。
でもそれは、今に限ったことではない。
ひとみは常に梨華の事を考えていたのだから。
けれどそれは、考えている、と意識するよりも、もっとひとみにとって
自然なことで、当たり前の事だから、いつでもひとみは、自分は梨華の
事ばかり考えている、などと特別意識したことはなかった。
梨華がバイトを始めたのは去年の夏休みだった。
大学が始まると、夏休み中は昼間だったバイト時間が夜になった。
そして一年が経つ今日までに、ひとみは何度、駅まで梨華を迎えに
行ったことだろう。
勿論、迎えに来た、なんてことは一度だって口にしていない。
そんなセリフは照れ臭くって、絶対言えない。言いたくない。
梨華も、迎えに来てくれたの?なんてことは、一回だって聞きは
しなかった。
だから当然、ありがとう、と言われた事もなかった。
- 214 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/09/28(水) 17:54
-
だけど、それでいい、とひとみは思う。
確かに血の繋がった姉妹ではないけれど、こんなにも同じ時間を
過ごしてきてるのだ。
自分と梨華の間には、二人だけでしか作る事のできない空気があって
それを感じることができるから。
だからわざわざ、本当はどうだ、なんて言う必要ないし、それでも
お互いの胸の内は分かり合えている、と安心していたのだ。
だからいいのだと、ひとみは当たり前のように信じる事が出来た。
今日も梨華は改札前で、自分の姿を見つけたら、にっこりといつもと
同じに微笑んで、駆け寄ってくるだろう。そして。
- 215 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/09/28(水) 17:54
-
なんで傘が一本しかないの?
そんな風に言うかも知れない。
そしたら自分はニヤニヤしながら、
梨華を迎えに来た訳じゃないから、と言うだろう…そしたら、梨華は、
もぉ!濡れちゃうじゃないっ
なんて笑いながら、腕を組んでくるかも知れない。
だから別にいいのだ。
本当は…わざわざ迎えに来たんだとか、そんな事は言う必要もないのだ。
そういう自分を、梨華は…誰よりもわかってくれているのだから。
- 216 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/09/28(水) 17:55
-
ひとみは、小さく笑いながら駅への道を歩き続けた。
- 217 名前:ななしーく 投稿日:2005/09/28(水) 17:55
-
更新しました。
- 218 名前:ななしーく 投稿日:2005/09/28(水) 17:56
-
YUN様
レスをありがとーございます。
そうですね〜なんとなーく、この切なげなトーンが
続いてしまいそうです…(汗
ageってしまったのは、お気になさらないで下さいね〜
204名無飼育様
レスをありがとーございます。
以前より、お待たせしてしまう事になりそうですが
ゆるりとお付き合い頂けたらうれしーです。
205名無飼育様
レスをありがとーございます。
そのように感じて頂けて、うれしーです。
御言葉に甘えて、マイペースで参ります(w
206名無飼育様
レスをありがとーございます。
青春ですね〜(w
優しさのすれ違いを書いてみたいなーなどと思っておる
秋の夕暮れでございます(ww
- 219 名前:ななしーく 投稿日:2005/09/28(水) 18:03
- すみませんっ!
201名無飼育様へのレスが洩れておりました!
201名無飼育様
レスをありがとーございます。
ごとーさんは、助演ってところでしょうか?(汗
私の書く吉澤さんは、格好いいと言うよりも格好つけ、が正解かと(w
せっかくレスを下さったのに、大変な失礼をしてしまい申し訳ありませんでした。
これに懲りず、またレス頂けたらうれしーです!
- 220 名前:YUN 投稿日:2005/09/28(水) 18:44
- 更新お疲れ様です。
>「梨華ねぇが……カレシみたいなヒトといるとこ」というトコを見て
『えっ・・・。』と思いましたが、読んでいくと藤本さんの勘違いだった
ようで安心をしました。(^▽^)良かったですぅ・・・
次回も頑張ってください。
- 221 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/10/01(土) 10:19
- >>220
ネタバレすんな(゚听)
- 222 名前:YUN 投稿日:2005/10/01(土) 23:59
- >221 名無飼育さん
でしゃばったマネをしてすみませんでした・・・。
これからはおとなしくしてます。。。
- 223 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/10/13(木) 21:32
- 2人とも素直になってほちい・・
- 224 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/22(火) 17:42
- 待ってます。
- 225 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/12/12(月) 05:14
- 突然失礼します。
いま、2005年の飼育を振り返っての投票イベント
「2005飼育小説大賞」が企画されています。よろしければ一度、
案内板の飼育大賞準備スレをご覧になっていただければと思います。
お邪魔してすみませんでした。ありがとうございます。
- 226 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/12(月) 13:46
-
最初に気づいたのは、聞きなれた高い笑い声だった。
- 227 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/12(月) 13:47
-
寂しげな雨音をはらう、よく響く楽しげな声。
………梨華?
ひとみは、駅へと向かう夜の道でハッとして足を止めた。
傘を心持上げて、前方からやってくる二人連れに目を凝らしたら、
一つの傘から、楽しげな笑い声に揺すられた肩が見え隠れしている。
ひとみはなぜか、傘を持つ手に力が入り、指先が震えた。
ひとみは、自分を隠すように傘を下げ、咄嗟にすぐ横に広がる脇道に
入ると、壁沿いに息を殺すように立ち竦んだ。
なぜ、隠れようとするのか?……そんな事はわからなかった。
- 228 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/12(月) 13:47
-
お互い傘をさしていたから、梨華は闇に紛れたひとみに気づく事は
なかった。
ひとみが今、一人で歩いてきた道を、ひとみの知らない誰かと肩を
並べながら歩いていく梨華。
二人が行き過ぎると、ひとみは脇道から出て、梨華の背中を見送った。
梨華は……人見知りするところがあるから…
その笑い声を聞くだけで、梨華がいま、並んで歩いている相手に、
かなり好感を持っている事が、ひとみにはよくわかった。
はっきりと見えた訳ではないが、梨華と同年代らしい女の子だった。
ひとみは視線を落とした。そして、息を吐く。
- 229 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/12(月) 13:48
-
ひとみは小さく、傷付いていた。
そして傷付いている自分に気づいて、苦笑せずにはいられない。
雨に濡れる梨華には自分以外に、傘を差し出す相手がいないとでも
思っていたのだろうか?
…そんな、ふう、に………あたし、は、思っていたんだ。
梨華の傍にはあたししかいない。
梨華が困っている時、助けられるのはあたしだけだって。
…だって、さ……そうだろ?
……あたしが誰かに、傍にいて欲しい時、いつでもいてくれたのは
梨華だったじゃんか…
ひとみは唇を引き結ぶと、踵を返して、梨華達が楽しげな笑い声を
たてながら歩いてきた、けれど今は歩く人もいず、しんと静まり
返った住宅街を、駅に向かい歩き出した。
- 230 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/12(月) 13:48
-
ひとみは駅前に出て、コーヒーでも飲みながら時間を潰そうかと
考えていた。
いま家に帰っても、あの友達が家に上がっているかも知れない。
梨華が自分以外と楽しげにしているからと言って、面白くなさそうな
顔をするなんて、そんな子供じみた真似はしたくない。
……なのに、さ、しそーだよ……ははは…
ひとみは曲げた口許に乾いた笑いを浮かべたが、前方の闇に包まれ静まり
返った公園を見て、何かに誘われるようにその中へと入って行った。
- 231 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/12(月) 13:49
-
砂場の土は水を吸って、ひとみのスニーカーをぐちゃりと沈めた。
かなり大きめの砂場の真ん中にあるのは、像の滑り台。
その下の、像に守られるようにぽっかり空いた小さな場所は、
濡れてはいなかった。
ひとみは、膝を抱くように丸まって据わり込むと、立てた膝に
顔を埋めた。そして、頬を擦り付けるように横を向く。
………こんな、狭かったんだな、ココ…
- 232 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/12(月) 13:49
-
…あれはいくつだったんだろう?
確か…小学校三年生?…二年生だったかも知れない。
夏休み明けに学校に行くと、苗字のことをクラスメイトに聞かれた。
別にイジメとか、そんな深刻な話では全然なかったけど……
ただ単純に、無邪気に不思議そうな顔で、なんで苗字の違う家から通って
来てるのかと聞いてこられた時。
自分だけが、他の子と違う……強く、そう思って。それは、
母さんや、父さんがいないことが悲しいのか、それとも悔しいのか。
よくわからなかったけれど……とにかく、石川の家に帰る気がしなくて
ココに蹲ってた。
- 233 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/12(月) 13:50
-
夕方になって、どんどん辺りが暗くなって。
そしたら余計に寂しくなって。心細くて。
いつの間にか、熱くなっていた目頭から、気がついたら、ポトポト
涙が落ちてきたんだ。
泣きたくなんかなかった……
泣いてしまうことは、なんだか負けることのような気がして。
だからあたしは、瞼に力を入れて、歯を食いしばって、肩を震わせていた。
その時……聞えたんだ。梨華の、自分を呼ぶ声が……
その声は、遠くからだんだん近づいてきて。
なんだか…なんだかすごく必死な感じで。
泣きだしてしまいそうに悲しそうなのに、震えてなんてなくって、
耳の奥まで、強く響いてくる声で。
- 234 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/12(月) 13:50
-
梨華の声が……見てみなくても梨華が、自分を、自分だけを、一生懸命に
呼んでいるのを伝えてくるから。
- 235 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/12(月) 13:51
-
……そしたら、 なんか、もう
すっごく泣けて、泣けて、我慢出来なくなって、大声で泣いていた。
そうなんだ……
梨華が、いま呼んでるのは、自分の事で。
ひとみってのが、あたしの名前で。あたしだけのことで。
とにかくこんなに必死に、あたしを呼んでくれる人がいて。
それは梨華で、梨華だけしかいなくて。
それが他の子と違うことだったとしても、なんかもう、それならそれで
いいっていうか……
とにかくなんかもう……よくわからないけど、よくわからないんだけど
あたしはこれでいいんだって思ってしまったんだ。
- 236 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/12(月) 13:51
-
大声で泣き続けるあたしの体を、優しい腕が包んでくれた……
- 237 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/12(月) 13:52
-
……ひとみちゃん
そっと囁かれる、どこまでも深く、ずっと心の奥底に響いていく声。
梨華のあたしを呼ぶ声は、いつでも特別な音を持っている気がした。
- 238 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/12(月) 13:52
-
帰り道。
梨華は何も聞いてこなくて。
あたしも、心配させたのはわかっていたけど、何も言えなくて。
黙って、手を繋いで歩いていた。
ふいに、梨華があたしと繋いだ手にぎゅっと力を入れて。
…わたしは、ひとみちゃんのそばから離れないからね。
いつまでも、この手を離さないから。
独り言のようにそう呟いて。
ハッとして、あたしの顔を見ると、微笑んで頷いた。
どこまでも、どこまでも優しい瞳で。
- 239 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/12(月) 13:53
-
いつからか…と、ひとみは考える。
そう、たぶん、自分の体が梨華よりも大きくなった頃から。
ひとみは梨華を、自分が守ってやってるんだと思っていた。
だけど……現実は何も変わっていなかった。
いつでも甘えていたのは、自分の方だったんだ。
ひとみも高校生になり、格好つけて自分を強く見せる術を学んだ。
そうかと言って、表面的ほど簡単に、人は内面を変えたりは出来ない。
下らない焼餅を焼いて、勝手に傷付いて。
まだまだ自分は子供なのだ……と、ひとみは強く意識した。
- 240 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/12(月) 13:53
-
それでもいつか……
いつかもっと大人になったら。
もっと強い人間になりたいと思った。
梨華が心配だからではなく、安心できるから、自分の傍にいるんだと
そんな風に思ってくれるような。
- 241 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/12(月) 13:54
-
そんな大人にいつか……なりたい。
- 242 名前:ななしーく 投稿日:2005/12/12(月) 13:54
-
更新しました。
長らく空いてしまい、本当に申し訳ありませんm(_ _)m
- 243 名前:ななしーく 投稿日:2005/12/12(月) 13:55
-
YUN様。
レスをありがとうございます。
私が偉そうに言えることでもありませんが、人に失敗は付き物です。
でしゃばった真似などと仰らず、またレスしてやってもいいか?と
思って頂けたら嬉しいです。
221名無飼育様。
ご忠告、ありがとうございました。
223名無飼育様。
レスをありがとうございます。
素直ですか……今回のテーマが擦れちが(以下自粛)
224名無飼育様。
レスありがとうございます。
このような気まぐれなスレをお待ち頂けて嬉しいです。
225名無飼育様。
丁寧なご連絡をありがとうございます。
一度、目を通させて頂きます。
- 244 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/12/13(火) 03:18
- 更新キタ^!!
続きをまったりとお待ちしています。
- 245 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/12/13(火) 18:14
- やっぱり読み応えがあるので更新うれしいです。
心理描写が巧みで惹き込まれます。
まったりつづきお待ちしています〜
- 246 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/13(火) 22:06
-
その日は朝から、よく晴れていた。
- 247 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/13(火) 22:06
-
暫く雨が続いて、一雨ごとに、薄っすらと靄のように秋の気配が
立ち込め、このまま涼しくなっていくのだろうと思っていた矢先。
気まぐれな太陽は、季節を逆回転させようとするように、やたらと
景気良く、惜しみなく、日差しを降り注いでいる。
まだ午前中も早い時間だと言うのに、その眩しさにひとみは
顔を顰めて、上空を仰いだ。
空が高かった。青かった。広かった。
なのにひとみの気分は上々とは言えない。
隣りを歩く梨華をちらりと盗み見ると、やけに敏感に僅かに投げかけた
ひとみの視線に反応して、上目遣いで見上げてきた。
- 248 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/13(火) 22:07
-
…なぁに?
そう言いたげな眼差しに気づかなかった振りをして。
ひとみは大きな歩調で歩く。
歩幅が小さな梨華が、慌ただしく左右の足を運ぶ。
いつもなら、梨華のそんな様子に、ひとみの口許は綻んでいくの
だが、今日のひとみの口許は結ばれたままだった。
あの雨の日。
なぜだか隠れてしまった自分。
格好つけていても、気づいてしまった自分の幼さ。
現実の自分が嫌だった。早く大人になりたい。
自分が何に、焦っているのかもわからないまま、それでもひとみは
今、目に映る晴れやかな大空と、対照的な重い雲に、心の中が覆われる
ような閉塞感に、苛立ちを感じていた。
- 249 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/13(火) 22:07
-
駅へ向かう一本道。
曲がり角に現れた、見慣れた人影。美貴だった。
親しげに上げた片手を一回大きく振っている。
- 250 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/13(火) 22:08
-
「美貴ちゃん、おはよう!」
何かの見本のように、清清しい梨華の挨拶に、美貴がニヤッと笑い返した。
「梨華ねー、久しぶり……ほっんと久ぶりだよね〜、一緒に遊ぼう
なんてさ〜」
「ん。今日はわたしのバイト先のお友達も一緒なんだけど…
よろしくね?美貴ちゃん。」
「ラジャ!……今回のチケットくれた人でしょ?と、あれ?
…よっちゃん?なんか影薄くない?今日。」
ひとみは無表情に、横を向いていた顔を美貴に向けた。
「……べっつに。いつも静かだろ、あたしは。
誰かみたいに、キャンキャン煩くねーもん。」
「よっちゃん、口悪!」
美貴は、涼しい顔したひとみと、ちょっとムッとした梨華の顔を
交互に見ると、肩を竦めて呆れ気味に笑った。
「変わんないね、二人とも」
- 251 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/13(火) 22:08
-
梨華は、ぷぅと頬を膨らせたまま、抗議するように美貴に捲し立てた。
「でしょ?…もぉ、ひとみちゃんって高校生になっても、子供みたい
なんだよー」
「どっちが。」
ひとみが簡潔に入れた合いの手に、ぐっと言葉を飲み込む梨華。
声を立てて、笑い出した美貴の肩を梨華が軽く小突く。
「も〜、美貴ちゃんまでぇー、なんなのよぉ」
今まで通り。何も変わらない光景。
そう思うのに、こんな風に梨華をからかった後、ひとみの顔にいつも
浮かぶはずの笑みは、やはり出てきてはくれなかった。
- 252 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/13(火) 22:09
-
目的地に着いて。
目の前に広がる大きなゲートに、左右に振られていた梨華の顔に、
ふわっとした微笑が広がった。
遅れて微笑みの形になった唇から、小さく、真希ちゃん、と声が洩れる。
梨華の目線の先には、どこか人の目を引く女の子が、凛とした感じで
立っていた。
「真希ちゃーんっ!」
梨華の大きな声に、その女の子は相好を崩すように笑う。
そのふにゃんとした笑顔とのギャップに、美貴が、へぇ、と目を見開いて
ひとみに耳打ちした。
「…なーんか、目立つ子だね。梨華ねーのオトモダチ」
「……そっか?」
ひとみは、真希のもとに駆け出す梨華を見ながら、ジーンズのポケットに
指先を引っ掛けて、美貴と共に近づいて行った。
- 253 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/13(火) 22:09
-
真希は笑顔を浮かべたまま、ひとみと、美貴の顔を交互に見た。
そして梨華に、ね?と促すような目線を向ける。
梨華は照れくさそうに笑いながら、真希と目を合わせた後、
ひとみを真っ直ぐに見た。
「…こっちが、妹のひとみ。横にいるのがお友達の美貴ちゃん。」
ほぉ…と目を丸くした真希に、ひとみは皮肉っぽく目を細めた。
「全然、似てないでしょ?…ほんとの姉妹じゃないもんで」
「ひ、ひとみちゃんっ!」
「あれ?梨華、言ってなかったの?
すげー仲良しの人だって聞いてたから、話してんのかと思ってた。
…別にいーじゃん?たいした事じゃないっしょ?」
えっと…あの、モゴモゴと、気ずまりそうな梨華の様子を気にすることなく
真希はニッと、ひとみに笑顔を向けた。
- 254 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/13(火) 22:10
-
「…だね?
関係ないよ。梨華ちゃんの可愛い妹サンって事は同じなんだし。
よろしくね、あたし、後藤真希。」
ひとみの目の前に立つ、後藤真希と言う人。
梨華からは、バイト先で仲良くしてもらってる人なの。同じ年なんだよ。
それしか聞いてなかった。
遊園地のチケットが余ってるんだって。
良かったら、妹さんも一緒に遊びに行かない?
そんな風に誘われたって。
だけど、ひとみは確信していた。
あの、雨の日に梨華を送ってきたのは、この人に違いないと。
- 255 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/13(火) 22:10
-
真希の自分に向けられた、微笑んだままの、目許は穏やかで。
梨華と二人でいる時には、感じたことのない、二人の年の差を。
梨華がいる場所と、自分がいる場所の隔たりを。
同じ場所に立っていても、時間の流れ方が違うような、そんな感じを。
この、今日初めて会った、後藤真希と言う人に。
ひとみは、無言のまま教えられた気がした。
- 256 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/13(火) 22:10
-
案内図を片手に四人は、目星をつけた乗り物を次々制覇して歩く。
まるで、真夏のプールみたいに、水流の中を流れ落ちる大きな
浮き輪みたいなコースターに乗った時。
十字を書くように、対直線状に座った四人の中で、一番、体が大きかった
せいだろう、ひとみの座る場所は、進行方向に最初に向かって行った。
うねりのあるカーブ。ばしゃんと跳ねる水飛沫。
激流さながらに、最後に落ちた水場で、ひとみの体はあちこち
濡れてしまっていた。
コースターを降りると、梨華は小さなハンドタオルを片手に
ひとみの体についた水飛沫を、せっせと拭った。
「ひとみちゃん、大丈夫?冷たくない?」
「…っせーなー、大丈夫だよ!」
- 257 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/13(火) 22:11
-
クスクスと笑う声が聞えて、ひとみが顔を向けると、真希が
ニッと親しげな笑顔を返す。
「梨華ちゃん、まるでお母さんだねー」
「ヤ、ヤだぁ〜 真希ちゃん!そんなんじゃ…」
「はいはい、お母さんじゃなくって、お姉ちゃんだもんね〜
い〜なぁ〜 ごとーも欲しいなぁ、梨華ちゃんみたいなお姉ちゃん」
真希はおっとりした口調で、梨華を軽くあしらって、ひとみに向けた
笑顔の目元を一層、和ませた。
その真希の、大人びた対応に。余裕すら感じさせる表情に。
なぜか、ひとみはイラついて、梨華の手を邪険に振り払った。
「…うぜー ガキじゃないんだから、ほっとけよ!」
「なっ?!なんでぇ、もぉ〜
ひとみちゃん!ダメでしょ?そんな言葉使いしてっ」
梨華が顔を赤くしながら言うと、真希はおろか、今度は美貴までが
堪えきれないと言うように、身を捩って笑い出すから、ひとみは
居た堪れなくなって、梨華以上に顔を真っ赤に染めた。
- 258 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/13(火) 22:11
-
真希は、さり気なく気を遣うのがとても上手かった。
一休みしようか?等と声をかけるタイミングは外さないし、隣りを歩く
梨華が、躓きそうになると、自然な感じで肘を支えてやっていた。
ひとみはふいに、もし、もし真希が男だったら……梨華は、梨華は
真希と付き合うんじゃないか?と、思いついたりした。
スマートで、穏やかで、梨華を大切にしてくれそうだ……
………ズキッ
- 259 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/13(火) 22:12
-
ひとみの胸が唐突に痛んだ。
なんだか悲しかった。何かが、どこかが、どうしようもないほど
ひとみを切なくさせていた。
- 260 名前:ななしーく 投稿日:2005/12/13(火) 22:12
-
更新しました。
- 261 名前:ななしーく 投稿日:2005/12/13(火) 22:13
-
244名無飼育様。
レスをありがとうございます。
更新がかなり空いてしまったのに、それでもまだ、このお話を読みたいと
思って下さってる方がいると思うと、本当に励みになります!
245名無飼育様。
レスをありがとうございます。
こちらこそ、読んで下さって、レスまで頂けてとても嬉しいです。
実は書いてる私がまどろっこしく感じたりしてますが、こういう
トーンのお話を、気に入って下さってお付き合い頂けるなんて光栄です!
- 262 名前:245 投稿日:2005/12/14(水) 00:41
- 更新お疲れ様です。
こういう落ち着いた雰囲気のお話が好きなので、楽しみにしています。
あぁ、でも切ないですね……
- 263 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/15(木) 11:42
-
…………。
…ひとみちゃん?
……な、梨華…さっきもあたし、言ったよね?
少しは成長できた筈だって。だから、聞かせてよ?
あの頃の事。梨華の気持ちを。梨華の言葉で。
あの頃はさ、何も聞いてあげられなかったから。
だけど、今ならちゃんと聞けると思う。
………うう、うぅっ、ひぃっく
…梨華、泣かないで
……う、うぅっく、ご、ごめんなさ…
梨華……梨華にそんなふうに自分を責めて欲しい訳じゃないんだ。
謝って欲しいんでもなくて……ちゃんと知っておきたいんだ。
あの頃は、目を逸らしてたから。
だから、さ…泣かないで、ちゃんと話して欲しい。
- 264 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/15(木) 11:42
-
─── 二十一才と十六才、晩秋、そして初冬 ───
- 265 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/15(木) 11:43
-
バイトの上がり時間。
梨華がタイムカードを押し終わると、Gジャンを羽織った真希が、
襟元のファーの毛を払いながら、何気ない感じで言う。
「送ってくよ、梨華ちゃん」
「……え…でも」
「今日、来てたじゃんバカ息子…」
真希が汚いものに触れたように、眉間に皺を寄せる。
その真希の表情を見てると、梨華の心の中にも、言いようのない
嫌な感じが広がっていく。
いま梨華を悩ませているのは、最近、足繁く通ってくる大学生だった。
- 266 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/15(木) 11:43
-
始めの頃、数人の女の子を侍らせて来ていた時から、ねっとりと
絡みつくような視線で、梨華の事を見ていた。
そして、最近は女の子を伴って来ることはなくなり、友達数人を引き
連れて、ビリヤード台を占領したり、一人でやってきてカウンター席に
長時間座り続け、あれこれ梨華に話かけたりしていた。
有名雑誌に頻繁に登場するフレンチの店に顔がきく、とか
自分の愛車はポルシェなんだけど、乗ってみたくないか?とか。
梨華にとっては、全く興味の無い、どうでもいい自慢としか聞こえない話
だったけれど、相手は一応、お客様だから、話かけられたら
無視する訳にもいかず、そうなんですか、とか、すごいですね、とか、
適当な相槌を打っておいた。
真希は、ああゆうちょっと金持ってそうなヤツは勘違いしてて最悪だよね
と、その大学生を毛嫌いし、バカ息子と呼んでいた。
- 267 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/15(木) 11:44
-
二人が、裏口から外に出て、歩き出した時。
後ろから、馴れ馴れしく呼び止めてくる声がした。
「梨華ちゃんじゃん! バイト終わったんだ?
んならさーメシ行かない? 俺のダチで、ごっちんの事、気に入ってる
ヤツがいてさー そいつも呼ぶから、四人でってどう?」
影では、バカ息子と呼んで憚らない相手に、ごっちんなどと気安く
呼ばれて、みえみえのだしにされても、真希は表情を変えない。
のほほんとした顔つきのまま、さらりと答えた。
「あ、残念〜
実はうちら、これからカレシと会うんですよ〜
Wデートって感じでー」
「……え?梨華ちゃんってカレシいたの?」
- 268 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/15(木) 11:44
-
その大学生は、真希が付けたあだ名そのままに、間の抜けたような
バカ顔をして梨華を見た。
梨華は真希が、ね?と自分に微笑む顔を見た後、大学生に向き直り
大きく息を吸いながら、口を開いた。
「……えっと…はい…そうなんです。
あの、ちょっと、なんて言うかウルサイ人なんで、ご飯とかだけでも
無理だと思います。…それじゃ、失礼します!」
ちょっと目を丸くしてる真希の腕を、行こう、と、梨華が引っ張った。
返事をしない大学生は、自分に向けられた言葉を理解できていないように
間抜けな顔のままだった。
- 269 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/15(木) 11:45
-
歩き出すと、真希が堪え切れずに、くっくく、と笑い出す。
「言うようになったねー梨華ちゃん。いや〜感心感心」
「…もぉ!真希ちゃんったらっ」
「あははっ!や〜愉快だなぁ …あ、ねぇ、梨華ちゃん?
この後平気なら、ホントにご飯行かない?」
「……あ…うん」
「…もし妹さんのこと気になるなら、呼んじゃえば?」
確かにひとみのことが、梨華の頭には浮かんでいた。
……だけど。
高校生にもなった妹のことが気になって、友人からの誘いを断る姉が
この世の中のどこにいるだろう?
だから、梨華は真希に微笑んだ。いいね、行こ、と。
- 270 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/15(木) 11:45
-
前から気になっていた小さな洋食屋さんに行ってみようと話は纏まった。
小ぢんまりした、家庭的な雰囲気の店で。
出された料理も期待通りの味だった。
真希と梨華の話も弾み、美味しく楽しい時間が過ごせた。
ただ一つ、真希が不運だったのは、その店が禁煙だったことだろう。
店を出るなり、真希は梨華に言った。
「も〜限界!タバコ吸いたーい」
地団駄を踏みそうな真希の様子に、梨華はクスッと笑った。
「真希ちゃん可笑しい、普段はクールっていうかどーんと構えてる感じなのに」
「なはは、んなことないない、ごとーのはポーズだもん。…てか、
依存入ってるねタバコには。」
「…確か、駅前のロータリーに灰皿あったよね?」
「あ、あのいつ見ても人の並んでないバス停んとこ?あったかも?」
- 271 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/15(木) 11:46
-
そのまま、ロータリーに向かい、灰皿を見つけたとたん、真希はタバコに
火をつけると、それを咥えながら、バスの時刻表を見ている。
梨華は、灰皿の横にあるペンキの剥げたベンチに腰掛けた。
真希は空に向かって、大きく煙を吐くと、タバコを灰皿に投げ入れ、
梨華の横に腰掛けた。
「すごいね〜ココのバス、一時間一本だって。」
「そうなの?だからいつ見ても誰もいないんだね。」
「誰にも必要とされてないって感じが、あのバカ息子と同じじゃん」
「……あははっ!」
「だけどあいつ、梨華ちゃんにガツンと言われて、ボーゼンジシツに
なってたね。世の中の女は全部、自分の思い通りになるとでも
思ってたのかね? んな訳ないじゃーん ダッサ!」
そんな事を言いながら、二人で笑った。
真希の微笑んでいた顔が、ふいに真顔になり、梨華を見つめる。
「……だけどさ、梨華ちゃん……」
- 272 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/15(木) 11:46
-
真希が途中で口を閉ざしてしまったから、急に訪れる沈黙。
梨華は、言い難いことなのかな?と思い、微笑んだまま、何?と目で
聞いてみたけれど、真希は無言のままだった。
「……真希ちゃん?」
「…んぁ?……あぁ」
真希は唇だけで小さく笑うと、梨華の顔から視線を外し、正面を向いた。
「……梨華ちゃん、って…本当は好きな人、いるでしょ?」
「………え?」
思ってもいなかった、突然の真希の言葉。
心臓が信じられない程、すごい音を立て出した。
そして、浮かんでくる顔。その名前。
- 273 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/15(木) 11:47
-
いつでも上手くはぐらかすことが出来ると思っていた。
そういう話題が出そうになると、梨華は頭の中で回答を用意して。
それが不自然なことすらもう、自分でも、ずっとずっと、気づかない
ふりをしていたのに…
こんなに簡単に、出されてしまった本当の答え。その事に
梨華は言葉を失っていた。
真希の顔がゆっくりと動き、梨華を見た。
「…その子と、ごとー会ったことあるでしょ?」
違うよ。
そう、誤魔化そうとすれば、出来たのかも知れない。だけど。
梨華の心は、梨華が思うよりもずっと疲労していた。
梨華はもともと、嘘や隠し事が苦手で。
思ったことは顔に出やすくて。
だから、自分さえもを誤魔化してきたけれど、偽り続けることは
もう限界だった。本当は、誰かに話してしまいたかった。
だけど……怖くて。
妹に、そんな気持ちを持ってしまったことは、責められるべき罪のような
気がして。真希に軽蔑されるのが怖くて。
- 274 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/15(木) 11:47
-
梨華は何か、言わなくちゃと口を開こうとした。
だけど、何も言葉が浮かばない。
浮かぶのは…ひとみの顔と、その名前だけ。
梨華の唇は戦慄くように、ただ震えていた。
真希は、どこか辛そうに、けれど穏やかに微笑んだ。まるで。
それでも別にいいよ、と言うように。
その眼差しに捉われた瞬間、梨華の目からは、音もなく静かに涙が
溢れていた。
真希はまた、梨華の顔から視線を外すと、ぽつりぽつりと話しだした。
- 275 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/15(木) 11:47
-
ごとーってね、嫌になるくらい、そーゆうのわかっちゃうんだ。
梨華ちゃん、自分で気づいてないと思うけど、時々すごく思いつめた
顔してんの。バイト仲間でカレシの話とかが出ると、遠くを見るような
目になってて。誰かを想ってる顔だって、すぐにわかった。
言えない相手なのかな?とか、苦しんでるのかな?とかってさ。
ごとーじゃ、力になれないのかな?って思って。
ずっと、ずっとさ、気になってて。
だけど、梨華ちゃんの口から出る名前って妹さんのことばっかで。
さすがに、まさかなーって思ってた。だけど。
あの日、遊園地で会って、なんとなくもう、わかっちゃったんだよね。
「……辛いでしょ?」
「…う、うぅぅ……」
「…あのね、ごとーが初めて付き合った人って、女の人だったんだ。
色々あって…上手くいかなくて別れちゃったけど…
その頃、若かったし、なんか全部自分でどうにかしなくちゃって
思ってて……なんか、梨華ちゃんの思いつめた顔見てると、
思い出すんだよね」
- 276 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/15(木) 11:48
-
「…好きな人が傍にいるのに、一番、解り合いたい人なのに
それが出来なくて、苦しかった気持ち……」
今やもう、肩を震わせてしゃくり上げることしか出来ない梨華の肩を
真希は抱き寄せた。
「……ね、梨華ちゃん?
失くしてしまいたい想いなら、ごとーが手伝ってあげるよ?
ごとー、梨華ちゃんなら、本気で好きになれそうな気がするんだ。
きっと楽しませてあげられる。だから。
…ごとーと付き合ってみない?」
梨華は顔を覆っていた手をずらし、真希の顔を見た。
真希は微笑んでいたけれど、やはりどこかが寂しそうで。
自分は真希のように、気づいてあげられなかったけれど。
真希もやはり、何かを抱えてる人なのかも知れないと思った。
- 277 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/15(木) 11:48
-
梨華は、戦慄く唇に力を入れて、右手で拳を握ると胸にあて、真希を
真っ直ぐに見返した。
「……ま、真希ちゃ、んが、だ、だいす、き、だ…だから…
で、でき、できな、いよ……ま、真希ちゃんと、つ、付き合う
なんてぇ……」
「………そっか」
真希は梨華の肩から腕を外すと、背中を優しく擦った。
「…やっぱ、梨華ちゃんはごとーの思った通りのいい子だね。
ごめん、忘れて、ごとーの言ったこと」
真希は、あぁ、でもやっぱりと言いながら、梨華の顔を覗き込むと
おどけた笑顔を見せる。
「憶えてて? …んで、気が変わったら飛び込んでおいでよ。
ごとーの胸に!」
そう言いながら、梨華の頭を慈しむように、柔らかく撫でた。
- 278 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/15(木) 11:49
-
梨華はたくさんの涙を流しながら、それでも口許に小さく笑みを
浮かべることが出来た。
今だけは、甘えてしまおうと思った。真希の優しさに。
こうして、溜め込んだ涙を流してしまえば、まだ少しは
頑張れる気がした。
口に出すことの出来ない、秘めた思いを抱え続けることに。
- 279 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/15(木) 11:49
-
それでもやはり、ひとみを想うことは罪なのだ。
罪だからこそ、その咎の罰として、ギリギリと心が引千切られそうに痛む
のだ、梨華にはそう思えるのだった。
- 280 名前:ななしーく 投稿日:2005/12/15(木) 11:50
-
更新しました。
- 281 名前:ななしーく 投稿日:2005/12/15(木) 11:51
-
245様。
またまたレス頂けて、ありがとうございます。かなり嬉しいです。
続きも楽しみにして頂けると、更に嬉しさ倍増です。
- 282 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/12/15(木) 14:50
- 楽しみにしてます
回想シーンの間に時々入る現在?の会話が気になります
- 283 名前:245 投稿日:2005/12/15(木) 14:57
- 更新お疲れ様です。ごっちんいい子だな・゚・(ノД`)・゚・
あぁ、こっちの気持ちももどかしいくらい切ないですね。
毎度の更新ほんとうに楽しみにしています。
まったり作者様のペースで頑張ってくださいね。
- 284 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/15(木) 19:06
-
バカ息子は意外な粘りを見せた。
梨華のつれない反撃で、消沈するかと思いきやなんのその、その後も
変わらず、店にやってきた。
そして、繰り出す質問の数々。
梨華ちゃんのカレシってどんな人?
格好いいの?年はいくつ?
「あのぉ…もうわたしのカレの話なんていいじゃないですか…」
梨華は、話を終わらせようとしたけれど、食い下がる。食い下がる。
困ってる梨華を見かねて、真希が横から口を出した。
「すっごく大人で、よく出来た人ですよ?
梨華ちゃんは大人の人しか相手しないから。」
- 285 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/15(木) 19:07
-
真希は暗に、だからオマエの出る幕ではないと言ってやったつもり
だったのに、さすがにそこはバカ息子。自分にとって都合の悪いようには
受け取らないようだった。
日に日に質問がストレートにエスカレートしていって。
可愛い彼女の働いてる店に一度もこないなんて、冷たいんじゃないか
とか。
愛が足りないよね。とか、悪口めいたことを言うようになり。
終いには、一度、会わせてよ、俺からガツンと言ってあげるから。
そんな事を言い出した。
「いま、仕事が忙しいみたい…」
何回か、そんな風に誤魔化していたら、とうとう、本当はカレシなんて
いないんじゃないの?と言い出した。
- 286 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/15(木) 19:07
-
「あのしつこさは尋常じゃないよ。」
バイトの上がり時間、イライラした様子で真希がタイムカードを押した。
梨華も憂鬱で溜息しか出てこない。
「ここらでちょっと、どうにかしないと……」
独り言のように呟いた後、真希は携帯を開いてメールを打ち出した。
そして、誰かに送信した後、おもむろに梨華の顔を見る。
「梨華ちゃん、今日、ちょっと遅くなっても平気?作戦会議しよう。」
「……あ、うん。ありがとう真希ちゃん……わたしもちょっとメール
打ってもいい?」
「もちろん。」
梨華はひとみにメールを打った。
今日はバイトは早番だけど、用事が出来たから、少し遅くなるかも知れ
ないけど、心配しないでね、と。
だけどたぶん、ひとみから返信は来ないだろう。
- 287 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/15(木) 19:08
-
最近のひとみは、すごく素っ気なかった。
もともとそう口数の多い方ではなかったけれど、根が素直なせいだろう
ひとみの考えていることは、なんとなく梨華には伝わっていた。
なのに最近は……ひとみの考えていることが、梨華には全くわからなかった。
それにひとみだけではなく、梨華の方も以前のようにひとみを構えなく
なってしまっていた。
ひとみの視線を感じると、梨華の胸は詰まり、息が苦しくなる。
あの真っ直ぐで美しい瞳の光彩が、自分の姿を映すのが怖かった。
……だけど、見ていたい。傍にいたい。
梨華は透明人間になりたいと思った。
ひとみに気づかれず、ひとみだけを見ていられたら……
「……梨華ちゃん?」
躊躇いがちに名前を呼ばれて、ハッとした。
真希が言っていたように、確かに自分は、ひとみの事を考え出すと
ばんやりし過ぎてしまうようだった。
- 288 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/15(木) 19:08
-
通用口から出る時に、梨華の鼓動は早まった。
また声をかけられるのではないか?
そう考えると、身構えてしまう。
それでも今日は隣りに真希がいる。
梨華が顔を向けると、ニカッといつも通りに笑ってくれた。
その顔を見ると安心できて、呼吸が楽になる。
真希のような、と言うよりも真希自身を好きになれたなら…
あの真希の本気とも慰めともつかない告白を聞いた後。
何度となく、そんな風に梨華は考えた。
けれど、こればかりは、そうなりたいと思ってなれるものでは
ないようだった。
頭で何を考えてみたところで、そんなことは足元にも及ばないほど
梨華の心は…身体は……ひとみを求めて、ひとみに反応してしまう。
それはもう、自分でどうすることも出来ないオオキナチカラに操られて。
- 289 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/15(木) 19:08
-
十二月に入ると、途端に太陽は急ぎ足で沈んでゆく。
真希に言われるまま電車に揺られ、初めて降りた私鉄の駅。
駅前のスーパーの入り口で、真希は梨華に聞いた。
「今日の夕飯は何にするかね?」
「…え?真希ちゃんが作ってくれるの?」
「作るのは梨華ちゃんでも、ごとーは嬉しいけどね」
ま、無難に行くか……そう言いながら、真希が買い物カゴに
次々、食材を投げ入れていく。
玉ねぎ、にんじん、きゅうり、レタス、トマト、玉子、色のついたマカロニ。
牛乳にロールパン、ハムとひき肉。
真希はケチャップを片手に、首を捻りながら、これはあったよなぁ…
そう独り言を言って、棚に戻した。
二人分にしては、やけに食材が多い気がした。
- 290 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/15(木) 19:09
-
当たり前のように、重い方の袋を提げて真希は歩き出す。
梨華は、ふっと、真希のそういう所はひとみと似ていると思った。
ひとみもいつも重いものを持ってくれた。とても自然に。
買う物を迷わないのも、二人の共通点だ。
真希は梨華の意向を一応聞いてくれるけど、それはポーズというか
儀礼的なもののような気がする。
ひとみは梨華の意見を聞いたりなんかしない。
表面的には違うけれど、内面的には、すごく近いものを持ってる
二人のような気がした。
そんなことを考えだして、梨華は頭を小さく振った。
いま隣にいてくれる真希に、ここにはいないひとみを重ねようと
することは、とても失礼な気がして。
真希の横顔が小さく笑った。
- 291 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/15(木) 19:09
-
「ごとー、すっごい見られてんですけど……」
「あっ……ごめ…」
「…似てる?」
「……え?」
「……・・・梨華ちゃんの心ん中にいつも住んでるヒトと」
「………ごめんね」
「なんで謝るかな〜 いいさ別に、負ける気しないしぃーなんつって」
真希はニッと唇の両端を上げて梨華を見た。
本当に真希には敵わない。
真希は自分自身の事をとてもよくわかっている人なんじゃないだろうか?
だから梨華のことさえもこんなにもわかってしまうんじゃないだろうか?
なんとなくそんなふうに思った。
それは結局真希が大人だと言うことの気がする。
そう、自分よりもはるかにずっと。
「はい、ここでちょっと寄り道させてね〜」
真希は朗らかにそう言うと、ブルーのペンキの剥げかけた背の低い
柵をガラガラと引いた。
- 292 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/15(木) 19:10
-
柵の中には、増築された感じの地区年数がバラバラな平屋が並んでいた。
入り口には小さな靴が数足入った下駄箱。
正面に乾いた砂場と、顔の無くなってしまった、動物の乗り物。
奥には乗り手がないまま、風に揺れているブランコ。
真希は、すのこの上から腕を伸ばすと、ガラガラと建てつけの悪そうなドアを
引いた。
そのドアの上には、手作りの旗がかかっていて、こりす 一字一字区切るような
大きな文字と、真丸くて大きな黒い瞳のりすが描かれていた。
「お迎えきましたー!」
真希がドア越しに大声を出すと、小さな足音が二つ駆け寄ってきた。
「なんやぁ〜きょうのむかいはまきかいな」
「あいぼん…可愛くないよ。いっつも言ってるでしょ?
呼び捨てすんじゃないよ!真希ねーちゃんだから。」
梨華は真希と、あいぼんと呼ばれた小さな女の子のやり取りを呆然と
見ていた。
記憶が過去へ、過去へと飛びそうになった時。
つんつん。
- 293 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/15(木) 19:10
-
梨華のスカートが引っ張られた。
驚いて見ると、もう一人、小さな女の子が梨華のスカートを
握っていた。
「……だれですか?あたらしいせんせい?」
「あぁ、のの。違うよ、真希ねーちゃんのお友達、梨華ちゃんって
言うんだ。」
真希がしゃがみ込んで、ののと同じ目線でそう言う。
ののは梨華を見上げた後、真希に向かいニッコリと笑った。
「りかちゃん、かわいいです〜
おにんぎょうさんと、おんなじおなまえですっ」
あいぼんは、梨華を見ると、鼻に皺を寄せてふんっと言いながら、横を
向いた。
- 294 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/15(木) 19:11
-
ののは梨華のスカートを離すと、そのまま真希に抱きついた。
「まきねーちゃん。だっこです〜」
「はいはい」
「あ、亜衣ちゃん、希美ちゃん、お迎えきたのね〜
良かったわね。」
あいぼんは、真希に抱き上げられながら、先生に頭を撫でられている
ののを見て、もう一度、ふんっと鼻を鳴らした。
そして、さっさと上履きを脱ぎ、スニーカーに履き替えている。
ただ目を丸くして立ちすくむ梨華に、あいぼんが言った。
「ぼーとしたねーちゃんやなぁ…はよかえるで!」
「…は、はいっ」
思わず梨華が敬語で答えてしまうと、あいぼんは驚いたように
仰け反り、その後、ニッと笑った。
「なんや、けったいなねーちゃんや。」
梨華がつられて微笑み返すと、あいぼんは頬を僅かに染め
ぷいっと横を向いてしまった。
- 295 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/15(木) 19:11
-
さっさと前を歩いて行ってしまうあいぼんと、ののを抱っこしたまま
ゆっくりと後ろを歩いてくる真希。
真希に聞きたいことは色々あったけれど、いまそれよりも梨華が
気になるのは、あいぼんの小さな背中だった。
ふんぞり返るようにピンと伸ばされた、小さな背中。
梨華はこんな背中をよく知っている。そう思った。
ふいに鼻の奥がつんとしてくるような懐かしい切なさ。
梨華はあいぼんに走りより、片手を差し出した。
「あいぼんちゃん、おねーちゃんとおててつないで?
おねーちゃん道に迷いやすいの。
ここは初めてきたところで、迷っちゃったらすっごく
困っちゃうんだ。」
- 296 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/15(木) 19:12
-
あいばんは、立ち止まると、眉を寄せて困った顔をした梨華を見て、
それからゆっくりと自分の小さな手を見た。
「……せわのやけるねーちゃんや…」
「ありがとう♪」
梨華はあいぼんの手をぎゅっと握った。
梨華の掌の中にすっぽりと納まってしまう、あいぼんの小さな手は
とても温かくて、柔らかかった。
「…あとな、ねーちゃん。うちは あいぼん や。
あいぼんちゃんやない。」
「うん。わかった、仲良くしてね、あいぼん。」
「……しゃーないなぁ」
あいぼんの白い頬が赤く染まっていく。
後ろからは小さな笑い声がしたけれど、梨華が繋いだ片手を大きく
振るから、それに気を取られたあいぼんの耳には、その声は
聞えていないようだった。
梨華は、あいぼんと繋いだ片手を大きく振りながら。
- 297 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/15(木) 19:12
-
こんなに穏やかで、優しい気持ちになれたのは久しぶりだと
真希に感謝していた。
- 298 名前:ななしーく 投稿日:2005/12/15(木) 19:13
-
更新してみました。
- 299 名前:ななしーく 投稿日:2005/12/15(木) 19:13
-
282名無飼育様。
レスをありがとうございます。嬉しいです。
二人の会話、気にして頂けて良かったです(w
245様。
レスをありがとうございます。
楽しみにして頂けてるようで、嬉しさ増量中です(w
私の更新ペースは気まぐれなので、申し訳ないです……
- 300 名前:245 投稿日:2005/12/15(木) 20:36
- 更新お疲れ様です〜。気まぐれ……最後までまったりとお付き合いしますw
やっぱりいいですね。お話の雰囲気が暖かいので読んでて癒されます……
>>295-296の今回登場した子と、梨華ちゃんのやりとりがすごく好きです。
- 301 名前:244 投稿日:2005/12/15(木) 23:27
- 更新が連続できて、うれしいです。
ごっちん・・ほんとにいい娘ですね・・・。
まったりと作者さまのペースで、完結まで付いていかせていただきます。
- 302 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/16(金) 14:48
-
住宅街の奥まった所、道路が行き止まった先には公園があった。
その手前にタイル張りの三階建てのマンションがある。
少し高台の立地で、広い駐車場には、数台の車が止まっていた。
梨華の手を引いたあいぼんが、一階のポーチを抜けて、三段ばかりの
階段を上がる。( TERADA )と書かれた玄関の前で、あいぼんは
ニヤッと笑うと、梨華の手を離し、トランクルームの中から小瓶を取り出した。
しゃぼん玉。蛍光ピンクの容器にポップな字が躍っていた。
あいぼんは、黄色くて丸い蓋を取ると、容器を逆さに振った。
─── チャリン
音を立てて落ちたカギを拾うと、あいぼんは、フフンと鼻を鳴らした。
「ええ、あいでぁやろ?」
「うん、すごいねっ」
あいぼんの円らな瞳が、キラキラと輝く。
だから、梨華は微笑まずにいられなかった。
- 303 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/16(金) 14:48
-
賑やかな夕食だった。
真希が上手にハート型に焼いたハンバーグ。
梨華がその上に、ケチャップでうさぎの顔を書くと、ののは歓声を上げた。
あいぼんは「……あほや」そんな憎まれ口をききながら、それでも
バクバクと頬張った。
夕飯が終わると、疲れたらしいののは、テレビアニメを見ながら寝て
しまった。
真希はリビングと繋がる引き戸を開けると、ののを抱きかかえ、ベッドに
運んだ。
あいぼんはアニメの時間が終わっても、絵本を膝に、欠伸を噛み殺してる。
その横顔を見ながら、梨華は大袈裟な欠伸をして見せた。
「……ふぁぁぁ」
あいぼんはチラリと梨華の顔を見て、また絵本を見ながら言った。
「なんや、ねーちゃんおとなのくせにもうねむいんか?」
「んん…あのね、あいぼん。
わたしもちょっとだけ一緒に寝てもいい?」
「…ええけど……」
- 304 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/16(金) 14:49
-
あいぼんは、こっちや、そう素っ気無く言って、梨華を引き戸の
奥の部屋に連れて行く。
「……もうののがねてるさかい、しずかにしーや」
「…あいぼんは優しいね。」
豆電球しかついていない薄暗い部屋で、それでもあいぼんの丸くて
白い頬っぺたが赤く色づくのが見えた。
「…うちな、ねーちゃんやねん。ののはあまったれやから……
うち……うちはな、ねーちゃんやもん。」
「……そっか」
あいぼんはこくんと頷くと、二段ベットの下に潜り込んだ。
梨華も一緒に布団に包まると、あいぼんの小さな身体を、そっと
抱きしめた。ピクリと身構えたあいぼんに、梨華は小さく優しい声で
囁いた。
「…わたし、寒がりなの。お願いあいぼん、少しだけ抱っこさせてて?」
「……ほんまに、しゃーないねーちゃんや…」
少しすると、小さな寝息が、梨華の身体に響いてきた。
- 305 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/16(金) 14:49
-
そっと、ベッドから出て、引き戸を開けると、真希が梨華に小さく
拍手してみせた。
「お見事!」
梨華が小さく微笑むと、真希は口に咥えていたタバコを捻り消して
換気扇を止めた。
そして、二つのカップに紅茶を淹れると、テーブルを囲むように、
ダイニングの椅子に腰掛けて、梨華の前にマグカップの一つを置いた。
自分も、ズズッと紅茶を啜った後、梨華の顔を見る。
「……あいぼん、さ」
「…ん?」
「自分が寝ちゃったら、梨華ちゃんが帰っちゃうと思ったんじゃ
ないかな?………ほんと珍しいことなんだよ、あいぼんがこんなに
懐いちゃうなんて」
梨華は黙ったまま微笑むと、頷いた。真希も微笑み返して話を続ける。
「…ののは……素直でしょう?甘えるのがうまいんだ。
二人は双子なんだけど、性格は本当に違くてさー
大人って、なんていうか、解り易い子供が好きじゃない?
子供らしく見えるんだろうね……だからまぁ、あいぼんはさ…
あれでも、うんと頑張ってると思うんだよね。……確かに
可愛げないんだけどね。」
- 306 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/16(金) 14:50
-
真希は冗談みたいに、最後の言葉を付け足して、小さく笑った。
梨華はゆっくりと首を振り、真希に微笑んだ。
「ううん。すっごく可愛いよ? あいぼんも、もちろんののも。」
「……そっか」
梨華は柔らかい気持ちになっていて。
ずっとカチコチに固まっていた気持ちが、ゆるゆる溶け出していく
のを感じていた。
「……ね、真希ちゃん?」
「…ん?」
「少し話してもいいかなぁ……ひとみちゃんの事。聞いてくれる?」
「もちろん!」
梨華は止め処もなく、溢れ出てくるひとみとの思い出を真希に話し
続けた。
ひとみと過ごした長い時間。
それが行ったり来たりしながら、今流れていく。
- 307 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/16(金) 14:50
-
「……あいぼんね、似てるんだ。ひとみちゃんの小さかった頃に。
本当はすごく寂しがり屋さんなんだと思う。」
「……うん。」
「でもなんかね、わたし…今日はすごく幸せな気持ちになれたんだ。
小さい子のいるところって、温かいよね。
……なんでかな?寂しさを紛らわしてくれるの。」
「梨華ちゃんはさ、根っから面倒見がいいんだよ。
だから子供がいると、自分のことよりそっちを優先しちゃうん
じゃない?」
「………そんなことないよ」
梨華は俯くと、微笑とも溜息ともつかない小さな息を吐く。
「…あれいつだったかなぁ……ひとみちゃんが小学生の高学年
だったと思うんだけど。
うちの地元で、夏祭りがあってね?
そこで、星飾りって願いごとを書くんだけど……」
「ん 」
「その時、ひとみちゃん、妹が欲しいって書いてた。
それってなんか、本当の家族が欲しいってことなのかなって
なんとなく思ったの。
お母さんでも、お父さんでもない所が、妙にひとみちゃんらしくって。
……わたし、頑張ってたつもりだったけど、それでもやっぱり
ひとみちゃんは寂しいんだ。わたしじゃ足りないんだって思った。」
- 308 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/16(金) 14:51
-
「……梨華ちゃん」
梨華は真希の顔を見ると、目許を微笑ませたけれど、その淵には
ひっそりと涙が浮かんでいた。
みるみるそれは溢れてきて、梨華は顔を覆うと小さな嗚咽を漏らした。
真希はテーブル越しに手を伸ばして、ギュッと梨華の手を握った。
そして、涙で頬を濡らす梨華の目をしっかりと捉えた。
「そんなこと…ある訳ないじゃんっ
今日、会ったばかりの、あいぼんやののが、こんなに梨華ちゃんを
好きになっちゃってるんだよ?
そんな梨華ちゃんに毎日愛されてきた妹さんに、伝わってないなんて
そんなこと、ある訳ない!」
「……うっ、うう…」
その時、
ガチャリと、リビングのドアが開く音がした。
- 309 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/16(金) 14:51
-
「なんやなんや、真希が女の子泣かしてるでー」
「おっちゃんっ!」
梨華が振り返って見ると、やけに派手な眼鏡をかけた、金髪の男が
ニヤニヤしながら立っていた。
男は梨華を見ると、人懐こそうに、ニッと笑った。
「あんたが石川さん?エラいべっぴんさんやな〜
まぁ、ボクのことは気にせんといて。シャワーしてくるわ」
そして、そのままバスルームに消えてしまった。
この部屋の主で、あいぼんとのの、の父親の寺田は、シャワーから
戻ると、さっきの真希と同じように換気扇の前でタバコをふかしている。
今までずっと、抱え込んでいたから、一度その戒めを解いてしまうと
梨華の涙は留まることを知らなかった。
- 310 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/16(金) 14:52
-
梨華の涙の訳を、二人の会話から聞くともなく聞いていた寺田は
タバコを消すと、真希の横の椅子に座り、静かな声を出した。
「…なぁ、石川さん。悪いけど、話は聞えてしもうた。
あんたのことばっかり聞いてしまうんは、フェアーやないから
ボクも話すわ。
見てわかるやろうけど、亜衣と希美には母親がおらへん。
なんでかっちゅーと……」
そこで、寺田はニーッ、とおどけて笑った。
「ボクは女の人に恋愛感情が持てへんねん」
梨華は大きく目を見開いた。
そして、なんとなく、なぜ真希がこの人と自分を引き合わせようと
したのかが、わかるような気がした。
「いま思えば、アホなんやけど、認めたくなかったんやね。
んで、あの子らの母親と結婚したんや。
そやけど、無理は続かんくて……彼女の知ることとなった。
彼女はキズついて、この家を出て行った……」
そやけど、と、しんみりした声から、おどけた口調に変えて、
寺田は言った。
- 311 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/16(金) 14:52
-
「真希が昔、女に惚れて、いろいろあってメチャクチャやってた時
血は恐ろしいな〜、思ったわ」
「おっちゃん!!!」
真希が真っ赤になって、大きな声を出した。
こんなに子供っぽい表情をする真希を初めて見たと、梨華は思った。
梨華の唇から、小さな笑い声が洩れた。
真希も、あーもー、と言いながらそれでも顔は笑ってる。
寺田は真希の母親の年の離れた一番下の弟なのだと、教えてくれた。
「そやからまぁ、石川さんがどんなにべっぴんさんでも、ボクが
よろめく事はない、と。安心してや。
石川さんを悩ます、バカなおぼっちゃまくんには、ボクがガツンと
やったるさかいな。」
「……はい」
梨華が安心したように微笑むと、寺田は目を細めた。
「あんたの笑顔ええな。ほんわかしてくるわ…ここら辺が」
寺田は自分の胸を押さえて、優しく微笑んだ。
- 312 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/16(金) 14:53
-
「…笑ってた方がええで。
辛いばかりの人生なんてないからな。
ボクが彼女をキズつけてしまったことは、一生の後悔やけど、
幸せだった時も、確かにあったんや。
彼女のボクにくれた愛情と、形は違ってしまったけれど、
ボクも彼女を愛していた。
……それになにより、彼女がいたから、ボクにはいま二人の
娘がいる。ボクのあいときぼうなんや。
そやからね、石川さん。
無駄な出会いなんて世の中にはないの。」
………はい。
梨華が微笑むと、寺田は大きく頷いた。
そっと目を閉じると、浮かんでくるのは、
あの、ひとみと出会えた春の日。
桜の花びらと一緒に、玄関に立っていた、小さなひとみ。
緊張のあまり、抜けるように白い肌が青く震えていた。
梨華がそっと抱きしめた後、はにかんだように微笑んだあの笑顔を
今も覚えている。
- 313 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/16(金) 14:53
-
大切だった時間を。後悔はしない。
この先、二人の関係がどう変わろうとも、確かにひとみと過ごした
季節は、梨華の中で輝いているのだから。
- 314 名前:ななしーく 投稿日:2005/12/16(金) 14:54
-
更新しました。
- 315 名前:ななしーく 投稿日:2005/12/16(金) 14:54
-
245様。
レスをありがとうございます!
最後までお付き合い頂けるよう頑張りまっす(w
気にいって頂けるシーンが書けたのなら、作者、嬉しいです。
244様。
レスをありがとうございます。
このスレは半放置状態があり、それでもこうして読みにきて下さる方が
いるとわかったので、作者、今燃えています(遅っ
更新ペースが少し、おちてしまう事はあると思いますが、以前のように
お待たせすることはないと思うので、完結までお付き合い頂けたら
本望です。
- 316 名前:モモ 投稿日:2005/12/16(金) 16:06
- 大量更新(*^∇^)/オツカレー!!様
大好きな作品ですから、いつまでも待ちますよ!
作者さんの更新ペースで是非つづけてください。
応援してます。
- 317 名前:モモ 投稿日:2005/12/16(金) 16:07
- すいませんageちゃったごめんなさい_| ̄|○
- 318 名前:245 投稿日:2005/12/16(金) 17:33
- 更新の疲れ様です。どんなペースでもついていきますよ〜w
作者様のペースで無理せずに頑張ってくださいね。
いやぁ、ほんとにちっちゃい意地っ張りな子と、梨華ちゃんのシーン大好きです。
登場人物がそれぞれ優しいのもいいですね……
- 319 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/16(金) 17:39
-
約束通り、次に梨華がバイトのシフトの日に寺田は店にやってきた。
寺田は結構、演技派で、年の離れた彼女にベタ惚れで、そこはかとなく
ヤバめの感じに、若い彼女にハマっている大人の男を上手く演出してくれた。
寺田が帰った後、真希は苦笑いしながら、梨華に耳打ちした。
「アレじゃまるで、ヤーさんだよぉ〜」
そして。
当然のように大学生は、寺田を見た後、店に来なくなった。
- 320 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/16(金) 17:40
-
数日後、大学の帰り道で梨華の携帯が鳴った。相手は寺田だった。
「あ、寺田さん!この間はどうも……」
梨華の言葉の途中で、寺田は早口に遮った。
「あぁ、そんなんええねんええねん。
それより石川さん、今日これから予定ある?」
「……別にないですけど?」
「悪いんやけど、亜衣と希美を保育園に迎えに行ってくれへん?
希美が熱を出しよって……
いつも迎えを頼んでる家政婦さんも、真希も連絡が取れへんのよ。」
「あ、はい、いいですよ〜
寺田さんのお仕事が終わるまで、わたし、二人を見てますから」
「ほんまぁ? …悪いなぁ〜 そんなら甘えさせてもらうわ」
通話を終わらせると、梨華は、よし!と自分に気合を入れて
駅への道を走り出した。
- 321 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/16(金) 17:44
-
梨華は、ののを抱っこしながら、あいぼんと寺田の家へ帰ってきた。
のの、の身体はかなり熱くて、いったんは寝かせたものの
どうしようかと、思案していると、インターホンが鳴った。
「ごとーだよ!ごめんっ 梨華ちゃん!」
梨華がドアを開けると、真希が慌ただしく部屋に入ってきた。
そして、キャビネットから体温計を出して、のの、の熱を測った。
「…ヤバいな、これ。ごとー、病院に連れて行くよ。
梨華ちゃん悪いんだけど、あいぼんのこと見ててくれる?」
「もちろんだよ!」
真希は、安心したように微笑むと、ののを抱えて、部屋から出て行った。
- 322 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/16(金) 17:44
-
真希は病院から帰ってくると、 そのままののを寝かしつけた。
そして、心配そうに後をついてきた、あいぼんの頭を撫でながら
安心させようと微笑む。
「大丈夫。ただの風邪だって……子供は熱が上がりやすいけど、水分を取って
よく寝たら、すぐよくなるってさ」
「良かったね!」
梨華もあいぼんに微笑みかけたけれど、あいぼんは唇をぎゅっと噛んで
いた。そして顔を上げると、真希と梨華の顔を交互に見た。
「おる?……なぁ、まきも、ねーちゃんも、とーちゃんがかえって
くるまで、ずっとおる?」
「あったりまえじゃん!」
真希は大きな声を出して、あいぼんの柔らかそうなほっぺたを
引っ張ってみせた。
それでも、心細そうに梨華を見上げるから、梨華はあいぼんの
前にしゃがみ込み、小さな手を両手で包み込んだ。
「いるよ?
わたしも真希ちゃんも、ずっと、あいぼんとののといる。
だから大丈夫、あいぼんは、なにも心配しないで?」
あいぼんは薄っすら涙を浮かべながら、こくんと頷いた。
- 323 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/16(金) 17:45
-
夕飯の時もあいぼんは食欲がなかった。
夕飯の後、リビングで、テレビを見ている時、ソファに並んで座る梨華の
指先をためらいがちに握ってきた。
梨華が強く握り返すと、あいぼんは、こてんと梨華に寄りかかってきた。
そしてそのまま、黙ってテレビを見ている。
気丈そうな横顔がいじらしい。
けれど、小さなあいぼんにとっては、気の張った一日だったのだろう。
気づけば、小さな寝息をついていた。
梨華はあいぼんの身体を、ソファに横たえた。
そっと繋がれた指を離そうとしたけれど、意外な程つよく掴まれていて
なかなか外せない。
毛布を片手にやってきた真希が、指を外そうとしてくれたけれど
梨華は微笑んで、首を横に振った。
「しばらくこのままでいいよ?あいぼんが離すまで」
梨華はソファの下に座って、繋がれていない方の手で、そっと
あいぼんの頭を撫でた。
- 324 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/16(金) 17:45
-
暫くすると、眠りの深くなったあいぼんの指から力が抜けた。
梨華は小さく微笑んで、真希のいるダイニングテーブルへと
移動した。
真希と梨華がお茶を飲みながら、他愛無い話をしていると、
ガチャリとドアが開き、寺田が帰ってきた。
はぁ、と大きな息をついて、真希の隣りに座ると、梨華の顔と
真希の顔を交互に見た。
「今日は悪かったなぁ、二人とも。」
寺田は疲れた顔で、無理に笑ってみせた。
「……せやけど、参ったわ」
「…おっちゃん?」
「家政婦さんがなぁ、止めたい言って来はって……」
「……また?
ああ、だからかぁ〜 なんか今日あいぼん、やけに素直だったよ。
なんか珍しく甘えモード入ってて、さっきも寝ちゃうまで
梨華ちゃんの手を握って、離さなくってさ」
- 325 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/16(金) 17:45
-
「亜衣はなぁ、いい子やねんけど、ごっつう強情やからな。
気に入らん人にはすごいねん。
石川さんのこと、メッチャ気に入ってるんやわ。」
「あれね、ごとーのことより気に入ってるよ、絶対」
「そ、そんなことないと思うけど……」
「まぁ、真希は身内やから……そんなんやなくても、子供には
わかるんやろうなぁ……相手の大人が、自分のこと、ちゃーんと
愛してくれる人かどうかが…子供は一人で生きていけないさかい
理屈やなくて、本能なんちゃう?」
寺田が黙ってしまうと、テーブルに沈黙が落ちてきた。
すぅぅぅと、大きく息を吸う音がして、寺田が真っ直ぐに梨華を
見ていた。
「こんな会ったばっかりの人に、こんなん頼むのは間違うてるって
わかってんねんけど……石川さん、少しの間でええから、うちを
手伝ってくれへん?
泊まりもしてもらえる家政婦さんを探すのは、結構時間がかかるねん。
もちろん、石川さんに泊まりなんて頼まんけど、安心できる人で
出来れば、子らが懐いてる人がええねん。
本当は、真希に頼んだらええねんけど、ボク、後藤の家では禁忌やから。
……真希が毎日ボクんとこ来てるって、ねーちゃんにバレたら
こいつ可愛そうやし。」
- 326 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/16(金) 17:46
-
真希が小さく溜息をついた。
「……おっちゃん、いくらなんでもそれは図々しいよ。
大丈夫、ごとー、なんとかお母さんの目を誤魔化すし。」
「せやけど真希、暫くの間、毎日やで?…誤魔化すちゅーてもなぁ…」
梨華は暫く考えこむように、俯いていたけれど、顔を上げると
……あの、と躊躇いがちに口を開いた。
「いいですよ。暫くの間なら、私、どうにか出来ると思うし。」
「梨華ちゃん?!」
驚いた声を上げる真希に、梨華は微笑んで頷いてみせた。
「大丈夫。どうしても無理な時は真希ちゃんに助けてもらうから!」
寺田は感心したような溜息をついた。
「あんた強いなぁ……あぁ、あかん!ボクらしくもない、なにを
弱気になってんねんっ」
寺田は自分の頬をピシャンと叩いた。
それを見て、真希と梨華は小さく笑った。
- 327 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/16(金) 17:46
-
その後、寺田は、金の話するのんもどうかと思うけど、こういう事は
最初にキチンとしといた方がええから……と、梨華にバイト代の話を
した。
いまのバイト先の時給よりもよっぽど多いその額に、梨華が驚くと
家政婦さんの相場を教えてくれた。
梨華は、ののとあいぼんが可愛いから勢いで、ああ言ってしまった
けれど、寺田からお金を貰うと言うことは、仕事なのだと意識し
直して、今までのバイトを辞めることにした。
帰り道で、梨華は真希から、寺田がカメラマンであることを聞いた。
人物像を撮るのが得意で、写真集も何冊か出していると言うことだった。
それなりに注目されていて、国内はおろか、海外にまで、撮影に出て
いたけれど、離婚後は、子供たちの面倒を見る為に、スタジオ撮影を
メインにしているらしい。
真希は大きく吐いた自分の白い息を見ながら、人生いろいろだよね
と、呟いた。
- 328 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/16(金) 17:47
-
梨華は自分を取り巻く環境が激変するなか、慌ただしく年を越して
行った。
梨華のバイト帰りが遅くなったことに、ひとみは何も言って
こなかった。
けれど、時折、何か言いたそうな顔で、自分を見ていることにも
梨華は気づいていた。
そうかと言って、説明するには、寺田親子との関係はややこしく
梨華も自分の身に起こったことを、あえてひとみに話そうとは
思わなかった。
ひとみとの距離が少しづつ、離れて行くことを、梨華は意識しながら
それでもこんなふうに穏やかに、普通の姉と妹のように、年を重ねて
行くに連れ、離れていくことは、いいことなのではないか?と
思うことにした。
- 329 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/16(金) 17:47
-
その日。
寺田家からの帰り道、梨華の携帯が鳴った。
こんな日にまだバイトなの?
ひとみからの短いメール。
その文章を読むまで、今日が自分の誕生日であることを梨華は
すっかりと忘れていた。
遅くなってごめんね?いま帰るところだよ。
梨華は返信すると、小さく身震いした。
真っ暗な空から、冷たい雨がぽつり、ぽつりと落ちてくる。
- 330 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/16(金) 17:48
-
梨華は握っていた携帯をバックに入れると、急ぎ足で駅に向かった。
- 331 名前:ななしーく 投稿日:2005/12/16(金) 17:48
-
更新しちゃいました(w
- 332 名前:ななしーく 投稿日:2005/12/16(金) 17:51
-
モモ様。
レスをありがとうございます。嬉しいです。
あげさげは拘りがある訳ではないので、気になさらないで下さいね〜
245様。
毎回のレス、ほんとに励みです、ありがとうございます!
いしよし以外の絡みも気に入って頂けてるようで、嬉しいです。
しかし、ここはいしよしスレ!ひとみちゃんを登場させないとっ(w
- 333 名前:245 投稿日:2005/12/16(金) 21:15
- 更新お疲れ様です。仕事の合間などにも、気がついたらスレを覗いて読んでます( ノ▽^)アチャーミーw
いしよし大好きですし、子供達も可愛いですからw この絡み、すごく良かったですよ!
続きをまったりお待ちしています(*´▽`)´〜`*)
- 334 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/12/16(金) 23:57
- あいぼんと梨華ちゃんの交流いいですね
大人な後藤さんや不器用な吉も魅力的です
これからも楽しみにしてます
- 335 名前:244 投稿日:2005/12/17(土) 00:15
- 二度の更新お疲れさまです。
話がどんどん進んでいって、ますます目が離せないです。
燃えてくださってうれしい〜♪
- 336 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/19(月) 15:50
-
梨華が改札まで出てくると、大きな青い傘が見えた。
……・・・うそ
ひとみは、俯いて、白い息を吐いている。
その風情は、このまま夜の闇に消えてしまうんじゃないかと
思うくらい、頼りない。
梨華はキュンと、甘く痛み出す胸を押さえて、ひとみに駆け寄った。
梨華の気配で、ひとみは大きな青い傘を上げる。
まっすぐに梨華に向かう視線。
どうして、ひとみちゃんはこんなに強い眼差しでわたしを見るの?
梨華が息をつめて、ひとみを見上げていると、ひとみの眼差しが
和らいで、口許に優しい笑みを浮かべた。
まるで、夢の淵に浮かぶような儚い微笑。
- 337 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/19(月) 15:50
-
「………迎えにきたよ」
「……え?」
「だけど、傘は一つしかないんだ。…だって寒いじゃん?今日」
ひとみの夜目に映える真っ白な顔が、ほのかに色づく。
いったいどうしたと言うのだろう?
梨華を見るひとみの眼差しはどこまでも優しくて……
見惚れてしまう。他のものが見えなくなってしまう。時間が止まってしまう。
ぼんやりとしてしまった梨華に、ひとみは自分の肘を少し前に出して
見せる。ほら、掴めと言わんばかりに。
梨華はそっと、そっと指を伸ばして、ひとみの腕に触れると、躊躇い
がちに腕を組んだ。
- 338 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/19(月) 15:51
-
そして、二人で歩く夜の道。
こんなにひとみの体温を近く感じるのは、本当に久しぶりだった。
梨華の胸の鼓動は煩いくらいで、しとしとと、しめやかに二人を包む
雨音を払って、ひとみの耳に届いてしまうんじゃないか?と梨華は
気が気ではなかった。
「………あの、さ」
ひとみが、溜息のような小さな声を出した。
「…こういう雨の夜は嫌いなんだ。」
「……え?」
「…サイレンの音とか聞いちゃうと、梨華が帰ってこない気がしちゃって」
─── あぁ……
なんで忘れていたんだろう?
ひとみちゃんのお母さんの事。
ひとみの父親がなぜいないのか?梨華はその事を知らなかった。
ただ母親に、ひとみのお母さんが、雨の日に事故にあったということは
初めに聞いていたのに…
- 339 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/19(月) 15:51
-
ひとみの横顔は薄く笑っていた。
なんでこんな時にまで、あなたは笑うの?
そう思うと、梨華の胸は息が出来ないほど詰まった。
ひとみは、ちらりと梨華を見て、小さな掠れた声で……バッカ、と
呟いた。
「なんて顔してんだよ?」
「………ごめんね、わたし…」
「…ふっ、何、謝ってんの」
…………だけど。
そう言いながら、ひとみは、ふいに足を止めると、いきなり梨華を
抱きしめた。
梨華の肩先に埋めるように、顔を寄せて、ひとみはくぐもった声を出す。
「……ちょっとだけ、ちょっとだけ、こうさせて」
- 340 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/19(月) 15:52
-
ひとみは確かめているのだと梨華は思った。
自分がひとみの傍からいなくなることはないんだと。
子供のように、純粋に、そのことが確かめたいのだ。
…………なのに、わたしは
こんなにも、こんなにもときめいている。
ひとみは涙も流さず、一人孤独に震えて、寂しがって、不安がって
いたと言うのに。
わたしは………わたし、は……
喜んでいる。ひとみの腕の中にいることを。
心が震えだしそうな程、喜んでいる。
その事実は、二人の生み出す温かな体温とは裏腹に、梨華を底の
見えない孤独の中へと、ひっそりと沈めていった。
- 341 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/19(月) 15:52
-
- 342 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/19(月) 15:52
-
家に帰ると、テーブルの上に小さなバースディケーキが乗っていた。
駅前の洋菓子屋のケーキ。
それは、梨華の好物だけど、ひとみは甘すぎるから、あまり好き
じゃないと言っていた。
ひとみはジャンバーを脱ぐと、手早く紅茶を淹れてくれた。
少し濃い目に淹れて、かなり大目に牛乳を注ぐ。
少し冷めてしまうけれど、まったりとした味わいが好きなのと
猫舌気味の梨華には、温かいくらいが熱すぎなくて丁度良かったのだ。
「……はい」
ひとみはそう言いながら、マグカップを渡してくれて。
梨華の目の前に座ると、ケーキを切り分けてくれた。
「………なんかさ、あたしバイトもしてないから、こんなんしか
買えなくて。……だけど、ちょっとバイトしてみようかと思って。
そしたら、梨華の欲しいもん買ってやれるよ。」
「え?………わたしの、欲しいもの?」
- 343 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/19(月) 15:53
-
ひとみは頬杖をつきながら、ジッと梨華の顔を見ている。
息苦しさを感じるほど、真っ直ぐな眼差し。
……わたしの欲しいものは………あなた、だよ。
ふいに動きそうになる梨華の唇。
いっそのこと、そう告げてしまったら、ひとみはどうするのだろう?
梨華は自分の考えてしまった事に、思わず鳥肌を立てた。
なのに、唇は癖のように微笑もうとする。
わたしは壊れかけているのかも知れないね…
梨華は小さく笑いながら、別に欲しいものなんてないよ、と答えた。
ひとみは、ふぅ〜ん、と納得のいかなそうな表情で言う。
「だけど梨華、ムチャクチャ働いてるじゃん?
何か欲しいものがあるからじゃないの?
もしあるなら、少しはあたしも助けるからさ、そんなにバイト
しなくってもいいよ。」
「……ひとみちゃん、大人になったね」
「はぁ?……何、言っちゃってんの?」
- 344 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/19(月) 15:53
-
ひとみは呆れたように溜息をついた。
そして、拗ねたような唇が子供っぽく尖る。
ひとみはとてもアンバランスなんだと梨華は思った。
大人になろうとしているけれど、なりきれない。
そして梨華は、その危うさは自分のせいのような気がする。
ひとみの梨華に向ける執着は、子供が母親を独占しようとするのと、
とてもよく似ている気がした。
寄る辺ない幼かったひとみに、梨華は自分の愛情のすべてを与えてきた
つもりだ。それはずっと、続けられることだと思っていたから。
けれど、
自分はもう、ひとみの望む形の愛情を与えられそうにもなかった。
梨華はひとみから離れるべき時がきたのだと、漠然と感じた。
- 345 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/19(月) 15:54
-
人はみな、一度は親から離れて、孤独を感じ、共に歩く相手を見つけて
いくものなのだと思う。
庇護する者がいれば、人は大人になれない。誰かの子供のままだ。
だけど、大人にならなければ、自分の家族を持つ事は出来ないんだと思う。
いまが、自分とひとみの家族の時間を、終わらせる時。その時がきたのだ。
わたしの役目は終わったんだ……
それならば……
わたしの出来ることは何?
- 346 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/19(月) 15:54
-
これからの、ひとみの為に。ひとみの未来の為に。
ひとみが独りで立ち、共に歩める人を見つけられるように……
- 347 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/19(月) 15:55
-
自分は、ひとみから離れて行くべきなのだ。
梨華の思いは今、強い確信へと変わった。
- 348 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/19(月) 15:55
-
- 349 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/19(月) 15:55
-
次の日。
梨華は寺田に連絡を取った。
寺田が出ると、梨華の喉はごくりと動きこう告げる。
住み込みの家政婦として雇って欲しい、と。
携帯を握る梨華の指先が震えていたのは……
- 350 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/19(月) 15:56
-
冷たく吹き荒ぶ北風のせいだけではなかった。
- 351 名前:ななしーく 投稿日:2005/12/19(月) 15:56
-
更新しました。
- 352 名前:ななしーく 投稿日:2005/12/19(月) 15:57
-
245様。
レスをありがとうございます。嬉しいです!
お仕事の合間にまでなんて〜♪作者冥利につきますね!
しかし、大丈夫なのでしょうか?
半端な時間の更新が多くて申し訳(w
334名無飼育様。
レスをありがとうございます。嬉しいです!
三人称の文体は客観的表現になってしまうので、少々、書いていて
もどかしいのですが、わたし、一人称で、こういう路線のお話は
書けないもので…もっと精進しなくては(w
244様。
レスをありがとうございます。嬉しいです!
亀の歩みで、やっとこココまで参りました〜(←自分のせい・汗
後、もう少しの間、亀な二人を見守ってやって下さいませ(ついでに作者もw)
- 353 名前:245 投稿日:2005/12/19(月) 16:17
- 更新お疲れ様です〜。(意外と大丈夫ですw)
穏やかな二人の情景が浮かんで、とても暖かい気持ちになりました。
最後のほうは、相手を思うあまりに……すごく切なかったです。
続きも楽しみにしています。まったり頑張ってくださいね。
- 354 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/12/20(火) 09:03
- どうなるんだぁ〜
続き気になる
- 355 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/20(火) 13:50
-
……うぅっく…ご、ごめん、ね、わ、わたしが、あ、あんなふ、ふうに
い、いえをで、でちゃった、から……そ、それ、で…
…ふっ……荒れたな。確かに、さ。
けどそれって、梨華のせいじゃないでしょ?
あたしの…あたしの弱さなんだったと思う。
…そ、そんなこと、ない…ひ、ひとみちゃ、んは……
もういいんだよ、梨華。
梨華が離れて行った事で、教えられた事がたくさんあったんだ。
だから、聞いて欲しい、あたしの事も。
かなり格好悪いけど……知っておいて欲しいんだ。
- 356 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/20(火) 13:51
-
─── それからの季節 ───
- 357 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/20(火) 13:51
-
春、と呼ぶにはまだ寒い季節に、梨華は家を出て行った。
- 358 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/20(火) 13:52
-
あの冬の日。凍えるような雨が降っていた。
梨華が、母親とリビングで話しているのを聞いてしまった日。
聞き間違えなんかじゃなかった。
梨華は確かに好きな男がいる、と、一緒に住むんだと言った。
梨華の母親は、なんと言っていただろう?
いくら考えても思い出せない。
けれど梨華は出て行った。
その後、迷子のように街中をフラついて。なぜだかわからないけれど
美貴の家にいた。
そして暫くの間、友達の家を転々と泊まり歩いた。
- 359 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/20(火) 13:52
-
梨華のいる家に帰りたくなかった。
もし梨華の顔を見たら、自分が何を言い出すのか、何をしようとするのか
ひとみには、全くわからなかった。
反対にひとみは、自分が梨華に何を言うべきなのか、どんな態度を取るべき
なのか、そのことも全くわからなかった。
ただ、ひとみの頭に、心に、深い刻印が結ばれてゆく。
やはり自分は独りになるのだ。置いていかれるのだ。必要ないのだ。
そんな思いを、人は絶望と呼ぶのだろうか?
ひとみはいま、無人で、無音の世界のただ独りの住人となった。
そこには誰もいない。
他人はもちろん、自分さえも。
そしてひとみは、十七才になる日を迎えた。
- 360 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/20(火) 13:53
-
新しい季節は、ひとみが住む都会の灰色の街に、ところどころ、ほんの
気持ちばかりのパステルトーンを落として見せた。
けれど、ひとみの目に、それは映らない。
当たり前のように、景色は動いて行くけれど。
ひとみは、今も真冬の中にいる。
身体も、心も凍えたまま、時は止まってしまった。
動くものは何もない。見えるものも何もない。聞こえるものさえ何もない。
それでも、他人の目に、ひとみはきちんと映っているらしい。
ひとみには、そのことが不思議でたまらなかった。
- 361 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/20(火) 13:54
-
淡い薄桃色の儚いベールが落ち、瑞々しい新緑がその姿を現す頃。
誰かが、ひとみに言った。付き合って欲しい、と。
何に付き合えばいいの?
誰かが答えてる。これはあたしなんだろうか?
意地悪ね……
誰かはそう言い、ひとみの唇を唇で塞ぐ。
大きく見開かれたひとみの目。
目の前にいるのが誰だかわからない。けれど、重ね合わせた唇だけが
ほんのり温かい気がして、自分と同じ制服に包まれた体を、ひとみは
抱き寄せた。
ふいに───
ひとみの鼓膜の奥で、雨音がした。
無音の世界に響きだす鮮やかな雨の音。
雨音は、梨華の幻影をひとみの腕の中に連れてくる。
- 362 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/20(火) 13:54
-
自分の両腕は、易々と梨華を包み込み、その存在の確かさを、ひとみに
教えてくれた。
回したら、余ってしまった自分の腕。
触れた途端、そのあまりの華奢さに、酔うように熱く疼き出した胸。
鼻先を埋めた髪の。
胸のずっと奥底まで、くすぐったくて笑みが零れそうになる甘い香り。
ひとみの胸は、急に激しく鳴り出した。
何故、腕を伸ばしてしまったのか、そんなことはもう憶えていない。
けれど、あの時。
- 363 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/20(火) 13:55
-
自分を見上げてくる梨華を見ていたら、ああせずにはいられなかった。
何かを言おうとしていたのかも知らないけれど、それより先に、腕が
梨華を抱いていた。
そして、自分の心臓が鳴らし続けるのは、あまりに激しい、聞いたことも
ないほどの音で。
どうしようもなく胸が熱かった。焼けそうだった。
苦しくて、息をつくのもやっとだった。
なのにいまは……
腕の中に、同じような温かい塊があるというのに、間違いだったとばかりに、
静かになってしまった心音に、本当に動いているのだろうか?と
そのことが確かめたくて、ひとみは腕に力を入れた。
- 364 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/20(火) 13:55
-
梨華、梨華、梨華 ───
堰を切ったように、溢れ出す想い。
呼ばずにいられないその名前。
ずっと一緒にいてくれるんじゃなかったの?
その事を、疑うことなんてなかったのに……
あたしの何がいけなかった?
あたしに何が足りなかった?
- 365 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/20(火) 13:56
-
当たり前のように、こんなにも激しく、
梨華を求めている自分自身を、ひとみは持て余し、初めて、
怖い、と思った。
- 366 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/20(火) 13:56
-
………だけど、
会いたい。
どうしても、会いたい。
梨華に会いたい。
会ってもう一度、抱きしめたい。
それがどういう意味かなんて、
今は考えられなかった。
- 367 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/20(火) 13:56
-
- 368 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/20(火) 13:57
-
- 369 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/20(火) 13:57
-
ひとみは走っていた。
気がつくと、全速力で走っていた。
息が上がって、肩で喘ぐ……
目的の場所は、もうすぐそこ……
- 370 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/20(火) 13:58
-
そこは坂の上で。見晴らしが良くて。生まれたばかりの新緑は
目に突き刺さるかと思うほど、眩しかった。
その眩しさに、瞳を閉じて。
そよ、と、頬を撫でる風の優しさに瞼を開けると、目の前に梨華がいて
柔らかく微笑んで、ひとみを見ていた。
なんて綺麗な瞳。
なんで今まで、気づかなかったんだろう……信じられないよ。
胸の奥が、そっと温まってくるような、その微笑みに。
ひとみは指を伸ばした。
- 371 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/20(火) 13:58
-
その微笑みを抱きしめたくて。
ほら、手が届く。もう後、少しで……
- 372 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/20(火) 13:59
-
ひとみは腕を伸ばすと、思いきり梨華を抱き締めた。
もう離さない、この腕を。何があろうと、離さない。
そして、ひとみは梨華の唇に、自分の唇を近づけていく。
- 373 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/20(火) 13:59
-
すると、ふいに腕の中から梨華がいなくなり、遠くから
聞き分けのない子供に言い聞かすような、優しい声がした。
……さよなら、
わたし、好きな人が出来たの…………
「嫌だーーーーっ!」
- 374 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/20(火) 14:00
-
ひとみは、ガバッと起き上がって、額の汗を拭った。
窓の外で、太陽が真っ白に、ギラギラと音がしそうに燃えている。
ミンミンと蝉の鳴く声も、クーラーのブゥーンと唸る音も。
ひとみの耳を通り過ぎて行く、ただのノイズでしかなかった。
リアルに響いてくるのは、ドクドクと脈打つ、自分の心臓の音だけ。
─── 梨華ぁ ……
ひとみは顔を覆って、俯いたけれど、もう涙さえ浮かびはしなかった。
- 375 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/20(火) 14:00
-
数ヶ月前、春の麗らかな午後。
ひとみは、梨華の住む町へと行った。
すっかり暗記している住所に、ひとみが迷うことはなかった。
そして、何かに憑かれたようにドアチャイムを鳴らした。
けれど、ドアの先は沈黙したままだった。
ひとみは、暫くドアの前で、ぼんやりとしていたけれど、子供の
賑やかな笑い声がして、ポーチを抜けると、声のする方に顔を廻らせた。
どうやら、目の前の一本道の突き当たりは、公園らしく、子供の歓声は
そこから聞えているようだった。
緩やかなカーヴに沿って歩いて行くと、路上駐車の車が道を塞ぐように
止まっている。
車の陰から、顔を傾げて、ひとみは公園を見た。
- 376 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/20(火) 14:01
-
ザザーーーッ
春の強い風に、ひとみは一瞬、目を閉じた。
そして、瞬きして、ゆっくりと瞼を開けた。
そこに、笑顔の梨華がいた ───
あの甘く耳に残る声は立てずに、柔らかく、慈しむように微笑んでいた。
梨華の優しい眼差しの先を辿ると、小さな女の子が二人、自転車に乗る
練習をしていた。
よろよろとよろめいては、またペダルを踏む。
必死な姿に、思わず、ひとみの口許も綻んだ。その時、
進むかに見えた小さな自転車は、見事に転倒していた。
梨華が、転んだ子供に手を差し伸べる、ひとみの身体も前へと動いた。
けれど、ひとみの身体は金縛りにあったように、それ以上、動こうとは
しなかった。
- 377 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/20(火) 14:01
-
ひとみには、見えてしまったから。
梨華の後ろから、もう一人の腕が出てきて、倒れた自転車を立たせているのが。
自転車を支えた腕の先を辿ると、梨華に何かを囁いている男がいた。
それに梨華が小さく笑うと、泣きそうだった子供の表情が、気丈そうに
変わり、男の手からから自転車を奪うと、跨った。
男は梨華たちから、離れると、首にかけていたカメラのシャッターを
きった。何度も。何度も。
もう一人の子供が、男に寄り、ねだるようにカメラに手を伸ばす。
梨華は微笑んでいた。見惚れるほど、優しく…
その笑顔は幸福そうで、他の何も必要としていないように見えた。
掌に痛みが走って。
知らずに握り締めていた、両手の拳を、ひとみは、だらしなく開くと、
そのまま踵を返した。
- 378 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/20(火) 14:02
-
そして景色が勢いを増して流れ出し、自分が走り出していることを知った。
- 379 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/20(火) 14:02
-
見知らぬ住宅街。どこをどう走っているのか、自分がどこへ向かって
いるのか、ひとみにはわからなかった。
ただひとつ、ひとみにはわかったことがある。
梨華は、どこかが悪いとか、何かが足りないとか、ひとみへの気持ちで
あの家を出た訳ではないのだ。
ただ単純に、一人の女として、好きな男といたくて出ていったのだ。
そんな当たり前のことに、今頃、気づくなんて……
ひとみは走った。闇雲に走った。
嗚咽が込み上げてきて、吐きそうだった。
目が霞んで、進む道さえもよく見えない。
それでも走った。走って、走って、走り続けた。
- 380 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/20(火) 14:03
-
その夜、ひとみは夢で、梨華を抱いた。
- 381 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/20(火) 14:03
-
ひとみはまだ、誰かと寝たことなどなかったから、リアルに何かを
感じたりは出来なかったけれど。それでも、今、自分の腕の中に、
梨華がいると思うとあまりに幸せで。
全てが満ち足りて。泣けてきた。
そして、
自分の涙の冷たさに目覚めて、目の前の現実に声を殺して泣いた。
梨華が、梨華が、この夜に、
あの男の手で、自分以外の手で、
抱かれているのかと思うと、胸元を掻き毟り、叫び出しそうだった。
息を吐いても吸っても、苦しくて、苦しくて、
ベッドから立ち上がったり、座ったりを繰り返して、髪を掻き毟る。
- 382 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/20(火) 14:04
-
そしてひとみは、眠れない夜をいくつも越え。
眠ることのない、夜の街へと出て行った。
- 383 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/20(火) 14:04
-
- 384 名前:ななしーく 投稿日:2005/12/20(火) 14:05
-
更新しました。
- 385 名前:ななしーく 投稿日:2005/12/20(火) 14:05
-
245様。
レスをありがとうございます。嬉しいです。
優しさと、思い遣りは、似て異なるものなので(w
その変が切ないかな〜と。
354名無飼育様。
レスをありがとうございます。嬉しいです。
気になって頂けたようで、作者としては安心しました(w
- 386 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/12/20(火) 17:24
- 胸が痛ひ・・・
- 387 名前:1444 投稿日:2005/12/20(火) 17:28
- 泣いちゃいます。
切ないですね。
がんばれひとみ〜〜
作者さんいつもご苦労様です。
- 388 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/12/20(火) 17:30
- 切ない
- 389 名前:244 投稿日:2005/12/20(火) 18:08
- 連日の更新お疲れさまです・・。
切ないです・・・。
続きを息をひそめてお待ちしております。
- 390 名前:245 投稿日:2005/12/21(水) 10:30
- 更新お疲れ様です。言葉にならないくらい胸が痛いです。
切なくも美しい世界観にどっぷりハマッてます……
- 391 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/21(水) 17:32
-
夜の街は、ひとみに優しかった。
- 392 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/21(水) 17:32
-
キャップを目深に被って、真昼の熱を熟れたまま抱える夜の盛り場を
歩けば、都合の悪いことは誤魔化して、求めるモノに求めるモノを
簡単に差し出してくれる。
そう、望むモノが単純であればあるほど、
都会の夜の猥雑ネオンは、蛾のように、その光に誘われ、集うモノたちを
狂ったように躍らせる。
真夏の一夜の夢、そんな風に笑ってしまえば、全てが許される、と。
- 393 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/21(水) 17:33
-
ひとみを男と見間違えて、客引きしてくる、派手な半被の男もいれば、
ひとみに、…いくら?と聞いてくる、真面目そうなサラリーマンもいた。
そして、ひとみを女とわかった上で、声をかけてくる女もいた。
人の欲望には限りがないから。
欲しがるモノに、欲しがるモノを周到に用意してくれる。
あたしは空っぽなんだ………
このままじゃ、もう自分が本当に存在しているのか、いないのかも
わからない。切れない絆なんか、この世の中にはないから。
それが、束の間の儚いもので構わない。
あたしが見えるなら、繋ぎとめてよ ───
ひとみは乞われるまま、差し出された腕を掴んだ。
- 394 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/21(水) 17:33
-
女と寝ることは、呆気ないほど簡単だった。
真夏だと言うのに、自分の指先が、ありえないほど冷たかったから
ひとみは温めようと、女の身体を弄り、熱い場所に潜り込ませた。
それだけのことなのに。
苦しんでるのか、悦んでるのかもわからないほど歪む女の顔。
人の声とは思えない喘ぎに、仰け反らせた喉を震わせてる。
ひとみは無言のまま、乱れる他人を見下ろし、
自分は今、どんな表情をしているのだろう?
そんな事を、他人事のようにぼんやりと、考えていた。
- 395 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/21(水) 17:34
-
人工的な薄明かりに目が慣れてしまえば、記憶を消すように酒を
煽ってしまえば、タバコの紫煙の先に、どんな顔があろうと、そこには
違いなんてなかった。
誰も自分のことを知らなくても、名前さえ呼ばれなくても、寂しさなんて
感じない。空しいとも思わない。全てはお互いさまなのだ。
ここには他人を利用するモノしか存在しないから。
もっと麻痺してしまいたい。
全ての記憶を泡沫の夢だと、跡形もなく失くして。
何も考えられなくなりたい。
- 396 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/21(水) 17:34
-
青白く照らされた、細長い箱ような店で、夜の底に漂う浮き草みたいに
ひとみは、フラフラとグラスを傾ける。
何もかもどうでもいい、なんでもいい、と思っていれば、案外簡単に
時間を潰す場所は作れるものだ。
そして、ひとみがいるから、と、わざわざこの店にやってくる新しい
顔もあるらしい。
どんな噂をされて、どんな目的で、自分に近づいてくるのかなんて
知ったこっちゃない。
けれど、腕を差し出すのなら掴んであげるよ。
そして引き寄せて、囁いてあげよう。
どんな言葉が欲しいの? …ねぇ?
気持ちのない言葉は、サラサラと、ひとみの唇から零れ落ちていく。
- 397 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/21(水) 17:35
-
今日も真っ赤な唇が、ひとみに何か囁いてくる。
半分酔ったような頭で、可笑しくも楽しくもないのに、笑いながら
女の腰を抱き寄せた。
際どい露出のスカートから、ただ欲望を覗かせて、女はひとみの
太腿の上に乗った。
点けたそばから忘れてるタバコの煙が、ゆるゆると立ち込め、
あちこちで交わされてる視線も、忍び笑いも、現実の出来事ではない
ように、曖昧にぼかされてゆく。
ふいに目の前にあった真っ赤な唇が遠のいた。
何か言い合う声に、面倒くさそうに、ひとみが首を回すと、この場所には
不似合いな、きちんと意思を持った眼差しとぶつかった。
「……随分、ヤンチャなんだね、ひとみチャン」
唐突に呼ばれた自分の名前に、頭が覚醒したように動き出して
ひとみは目を細めると、声の主を見た。
- 398 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/21(水) 17:35
-
「……まさか、ラリってんじゃないよね?
もう忘れちゃったかな?…・・・ごとーの顔」
……ごとー ?……後藤?
ひとみは、目の焦点がうまくあわないというように、一層、目を細めた。
「……こっちの世界は意外と狭いから、すぐに噂になるんだよ。
ガラス玉みたいに、キレイで、冷たい瞳の王子さまみたいに
格好いい女の子がいてさ、誰とでも簡単に寝てくれるって……
まさかと思ったけど……」
ビンゴ、そう言いながら小さく笑って、ひとみの横のスツールに腰かけた女に
カウンターから、はしゃいだ声がかかった。
「やだ〜〜〜真希ちゃんっ!すっごい久しぶりぃー」
……真希ちゃん?……真希ちゃん!
ふいに梨華が照れたように微笑んで、自分と引き合わせた日の情景が
ひとみの脳裏に浮かんだ。ひとみの真希を見ていた目が大きく見開かれた時
真希はふにゃんと力が抜けるような笑顔を見せていた。
- 399 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/21(水) 17:35
-
真希は、何かの魔術を施されたように、微動さえできずに自分を見つめ続ける
ひとみの存在を無視するように、カウンターの女と話している。
後藤真希という、自分と梨華を知るものが、いきなりこの店に現れたことに
ひとみはかなり動揺していた。
酔いも一気に醒めて、ざわざわと胸騒ぎがする。
いったいなんで?
面識があると言うだけで、例え自分が噂になっているとして、自分を真希が
訪ねてくるとは考え辛い…そんな理由なんて……
そこまで考えて、ひとみの頭には梨華の顔がくっきりと浮かんだ。
「梨華には言わないでっ」
真希の顔がゆっくりと、ひとみの方を向いた。
ひとみは今、自分の口から出た言葉が信じられなくて、瞬きさえも出きずに
ただじっと座っていた。
「……意外と冷静なんだ?わかってんだね、自分のこと」
「…………」
- 400 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/21(水) 17:36
-
真希は息を吐きながら、一回髪をかきあげると、身を乗り出して、色を無くした
ひとみの白い顔を、ジッと見る。
「…いま、楽しい?……楽しそうじゃないよね?楽しくない遊びなんて止めなよ、
イミないじゃん?」
真希はひとみの答えなど、初めから望んでいないというように、灰皿に手を伸ばして
引き寄せると、タバコに火をつけた。
そして煙を吐きながら、正面を向くと、またカウンターの女と話出した。
暫くの間、石のように身体を固くしていたひとみは、忘れていたことを思い出したと
いうように、一回、大きく息をつくと、スツールから降りた。
と、背中に声がする。
「逃げるのはクセになるよ?
だけど、どんなに逃げたって、自分の想いからは逃げられやしない。」
振り向くと真希が、真っ直ぐにひとみを見ていた。
「…ちゃんと話してみたら? きっと、間に合うよ」
ひとみは何も言えず、ただ何かを飲み込むように、一度喉を鳴らすと
そのまま店を後にした。
- 401 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/21(水) 17:36
-
外に出れば、夏の夜は長いとばかりに、一向に減らない人の波。
雑踏に紛れて、ぼんやり歩いているひとみの耳に、いま聞いたばかりの
真希の声がリフレインする。
─── 自分の想いからは逃げられやしない
身体から、ふいに力が抜けて、ひとみはぐにゃりと歩道の縁に座り込む。
込み上げてくる乾いた笑い。それに任せて、ひとみは声を上げた。
信号が変わり、歩道を行過ぎる人々が、笑うひとみをよけて歩く。
- 402 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/21(水) 17:37
-
……あぁ、こんなに人がたくさんいるのに、
あたしの心の中には、いつでも一人しかいない、たった一人しか…
だから無理なんだよ。
何をしてたって忘れられる訳なんかない。
なかったことになんて出来ない。
…・・・たったひとりしかいないんだから
……あたしの想いのすべてなんだから
痙攣をおこしたように、震えだす自分の身体を抱きしめながら
笑い続けるひとみの声が、夜の交差点に響いていた。
- 403 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/21(水) 17:37
-
- 404 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/21(水) 17:38
-
もう夏も終わりだと言うのに、間抜けな蝉がまだ鳴いている。
誰を呼んでるの?誰を探してるの?
ひとみは、すっかり癖になってしまったタバコをベランダでふかしながら
最後の力を振り絞るように、一鳴きして飛びたった蝉を目で追った。
「ひとみー?」
自分を呼ぶ声が聞えて、ひとみは慌ててタバコの火を消すと、リビングへと
戻った。
梨華の母親は薄く笑いながら、ひとみの顔を見ている。
「……何、してたの?」
「蝉を見てた」
「ふふっ 変な子ね」
母親は、ふっと遠くを見る目をして、その後、目を細めた。
「…ひとみとは、いつもちゃんと話す時間もなくて、申し訳なく思っていたわ。
梨華が居なくなって、あなたも寂しいでしょう?」
- 405 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/21(水) 17:38
-
ひとみはどういう顔をしていいか解らず、曖昧に微笑んだ。
「……あなたが来てくれて、梨華はよく笑うようになった。
感謝しているの、これでも。
親らしいことは何もしてあげてなかったけど」
「………そんなこと」
こう言う時、気の利いた事が何も言えない、口下手な自分を、ひとみは
持て余してしまう。
梨華の父親は、今、単身赴任で家にいない。
母親も、仕事を認められて昇進し、泊り込みやら、出張やらに忙しい日々を
送っていた。
もちろんすれ違うことが多かったし、ひとみの部屋を勝手に開けるなど
しない母親は、ひとみが家にいなくても気づかなかったに違いない。
だからと言って、ひとみは母親に不満なんて持つはずもなかった。
- 406 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/21(水) 17:39
-
血の繋がらない自分をここまで食べさせてくれたし、不自由な思いを
したことも一度もない。
その理由が、今ここにいない梨華の寂しさを紛らわす相手だから
だったとして、文句を言う筋合いではないと思えた。
改めて口にしたことはないけれど、ひとみも感謝しているのだ。
母親が手を伸ばして、ふいにひとみの手を掴む。
母親の手が離れると、ひとみの手には一冊の通帳が残されていた。
ひとみが顔を上げると、母親は微笑んだ。
「あなたのお金よ?
お母さんがなくなった時の保険金。
ひとみも、後一年で高校を卒業するでしょ?
そろそろ自分の将来を考え始めた方がいいと思うの。
受験するなら、早く準備した方がいいし。」
- 407 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/21(水) 17:39
-
そして、母親は土曜日だと言うのに、書類を作らなくてはいかないから
会社に行く準備をすると言って、リビングを出ていった。
ひとみは通帳を開いて、その額に驚いた。
ひとみの亡くなった母親の保険金自体はそう多い額ではなかった。
けれど、ひとみがこのうちに来てから、梨華の母親が積み立ててくれた
らしいお金が、保険金と同額くらいあった。
ひとみは大学まで出してもらおうなどど考えた事はなかった。
だからこそ、梨華の母親は、ひとみにこの通帳を今、渡したのだろう。
行きたいのなら、行きなさい。遠慮する必要はないから。
そう言ってくれている気がした。
梨華がいなくなっても、この家に、自分を思ってくれている人がいる。
ありがとう、そして、ごめんなさい。
自分こそ、けしていい娘ではなかったと、ひとみは、心の中で、母親に
頭を下げていた。
- 408 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/21(水) 17:40
-
行ってくるわ、という声が聞えて、ひとみがリビングから玄関へと顔を
出すと、靴を履いていた母親が、ふと、何かを思い出した顔をして、
ひとみを見た。
「ひとみも明日、いるでしょう?」
「…え?」
「梨華から連絡来たでしょう?明日くるって」
「……あぁ」
ひとみは咄嗟に俯いた。
何を言うべきか、頭を働かせて顔を上げる。
「…ごめんなさい。言うの忘れてたんだけど、今日から部活の合宿なんだ」
「…部活の?合宿?……そう、じゃぁ仕方ないわよね、別にいつでも
会えるものね」
そう言って、母親はドアを開けると出て行った。
- 409 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/21(水) 17:40
-
この家は、梨華の家でもあるから…
ここにいる限り、いつ梨華が現れてもおかしくないんだと、ひとみは改めて
思った。
さっきの通帳が、頭を過ぎって、ここを出て行こうかと考えて、首を振る。
せめて高校を出るまではここにいるべきだ。
それが梨華の母親に対する、せめてもの礼儀のような気がする。
ふいに真希が、梨華とちゃんと話してみろと言っていたことを思い出す。
だけどいったい、何を、どう話せと言うのだろう?
梨華がどうして恋に落ちたのか?
なぜ、その男を選んだのか?
そんなことは聞きたくもなかった。それに、いったい自分になんと答えろと
言うのだろう。
- 410 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/21(水) 17:41
-
だけど、
ひとみは頭の片隅で、その答えをわかってもいた。
自分を妹として、長い間、大切にしてくれた。
その梨華の愛情に嘘はなかった。
そのことは、誰に言われるまでもなく、ひとみ自身が一番わかって
いることだった。
だったら、
おめでとう、と喜ぶべきなのだ。
幸せに、と言うべきなのだ。
それでも、
いつか自分が、梨華に笑ってそう言える日が来るなんて、
今のひとみには、想像すら出来なかった。
- 411 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/21(水) 17:41
-
- 412 名前:ななしーく 投稿日:2005/12/21(水) 17:41
-
更新しました。
お読み頂き、レスを下さった皆様、ありがとうございます。
本当に励みです。嬉しいです。
- 413 名前:ななしーく 投稿日:2005/12/21(水) 17:44
-
386名無飼育様。
胸を痛めて頂いたこと、忘れずに、書上げますね!
1444様。
涙をありがとうございます。ひとみちゃんに頑張ってもらいます。
388名無飼育様。
切なさは、この話の中では、愛しさと同義語化しちゃってますね。
244様。
私の書くものを、待ってて下さる方がいるなんて、光栄です。
切なさの抜けた先にある光景を描けたらいいんですけど…
255様。
ハマって下さっているなら、作者冥利につきると言うものです。
月並みですけど、やっぱり胸を痛める事があり成長するのでは?と思っております。
- 414 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/12/22(木) 00:32
- ただ悲しいと胸を痛めずにすむ構成が嬉しいです。
物語が進んでいくことを楽しみしているので、更新頑張って下さい。
- 415 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/22(木) 08:29
-
夕方になり、さて、どこに行こうかとひとみは考えた。
明日になれば、梨華がこの家にやってくる。
街に出ようか、と考えて、やっぱりもうそれは止めようと思い直す。
夜の喧騒は、自分の想いを紛らわせはしないし、その闇がもう、自分の
想いを隠してくれるとも思えない。
真希が梨華を、あの店に連れてくるとも思えなかったけれど、それでも
やっぱり惨めな姿を梨華には見られたくなかった。
離れてもなお、こんなに梨華の存在は大きい ───
ひとみは泣きたいのか、笑いたいのか、よくわからなかった。
- 416 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/22(木) 08:29
-
ひとみが、ジャンバーのポケットの中で、持て余すように携帯を握りながら
夕暮れの住宅街を歩いていると、前から美貴がやってきた。
……あぁ、そうだ。
「藤本ーーーっ!」
そう怒鳴るように言いながら、ひとみは美貴に向かって、手を振った。
久しぶりに会う美貴に、ひとみが、今晩泊めてよ、といきなり言っても
美貴は動じるふうもなく、いいよ、と答えただけだった。
- 417 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/22(木) 08:30
-
ひとみは美貴の部屋で、ジャンパーを脱ぐと一息ついた。
美貴も無口でなんとなく、気づまりな雰囲気が部屋の中に立ち込める。
前、この部屋に来たのは、梨華が出て行くと知った日だった。
いつものように、梨華ねぇ元気?と聞いてこないところを見ると、
美貴はもう、梨華が出て行ったことを知っているのかも知れないと
ひとみは思った。
美貴は鼻から大きく、息を吸うと、顔を上げて、ひとみをちらりと見た。
「……ね、よっちゃん?」
「…ん?」
「あの女の人と付き合ってるの?」
- 418 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/22(木) 08:30
-
梨華の名前が出るだろうと、身構えていたひとみは、咄嗟に言葉が出て
こなかった。
それに、あの女の人とはいったい誰のことだろう?
答えようがないひとみは、美貴の問いをはぐらかすように質問で答えた。
「…女のあたしが、女と付き合ったらいけない?」
俯いていた美貴は、バッと顔を上げると、ひとみを睨むように見た。
「美貴が…美貴がそんなふうに思うわけないじゃん!
美貴はね、よっちゃんが好きになった人と、付き合ってるなら
それが誰でも全然構わないよ? ………だけど」
美貴は悔しそうに、一度唇を噛むと、またゆっくり口を開いた。
「……美貴が見たの、一人だけじゃないよ?
よっちゃん、美貴が見てても全然、気づいてないみたいで、
なんか、ちっとも楽しくなさそうにしてて、見かけるたび、
違う人、連れてて……」
- 419 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/22(木) 08:30
-
美貴は、はぁ、と息を吐いた。
「美貴の知らない人みたいで。
よっちゃんは好きでもない人と、簡単に付き合えるようなタイプじゃ
なかったじゃん?だって、全然、よっちゃんらしくないじゃん?
そんなの……そんなの、お互いを傷付けるだけだよっ」
美貴の声は、きつい語尾と裏腹に少し、震えていた。
……あぁ、なんかだかもう、本当に、嫌になる、情けないな、と、ひとみは
思った。こんな自分だから、だから、梨華も…
梨華に、好きな男がいるなんて、ひとみは全く気づかなかった。
だけど、それは、ひとみが気づいてやろうとしていなかったからなのかも
知れない。自分は呆れるほど子供で、いつでも自分の気持ちしか見えて
いなくて。だから梨華は、ああいう行動に出るほど、思いつめるまで
自分に何も相談してこなかったのかも知れない。
- 420 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/22(木) 08:31
-
あの、梨華とまともに話した最後の日。
あの日、梨華は口では、……大人になった、と、自分に言ったけれど、
その表情は、反対に子供を見るようだった。
なんの、本当になんの力もないちっぽけな自分を、ひとみは嫌という程
感じていた。
そんな自分が、梨華を、誰かを、支えたり、幸せにすることなんて
できないだろうと、ひとみは思う。
だったら、
せめて、誰も不幸にしたくない、心配をかけたくない、と強く思った。
だからひとみは、美貴に笑ってみせて、こう言った。
「藤本ぉ……それ、悪いけど、人違いだから」
美貴は、一瞬、気の抜けたような、呆れた顔をしたけれど、それでも
……そっか、ならいいんだけど。
そう言いながら、ひとみに笑い返してくれた。
- 421 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/22(木) 08:32
-
- 422 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/22(木) 08:32
-
秋はいつの間にかやってきて、冬は足早に通り過ぎ、また春がきて
ひとみは十八才になった。
- 423 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/22(木) 08:32
-
- 424 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/22(木) 08:33
-
ひとみは、毎日、普通に起きて、学校へ行く。
ご飯を食べて、寝て、また次の日が始まる。
梨華が傍にいなくなって、二度目の春。
ひとみは、当たり前の日常を淡々とこなしていた。
梨華がいなくなった喪失感が、薄れたわけでは、けしてなかった。
けれど、どんなに深い傷でも、やがて慣れて、その傷自体が、ひとみの
一部になっていく。
そうして、普通のなんでもない一日が終わり、また始まる。
そんな風に淡々と日々をやり過ごしていても、ひとみは時々、どうしようもない
空しさに襲われる。それは唐突に嵐の中に身を投げ出されるようで、叫び
だしたくなった。
自分はいったいなんの為に生まれて、生きているんだ!
誰も答えを教えてはくれない。そもそも、そんな問いかけに答えがあるのかも
わからなかった。
- 425 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/22(木) 08:33
-
それでも学校があるうちは、取り合えず、時間を潰す場所があった。
そして、長い夏休みが始まった時、ひとみは考えた。有り余る時間。
旅行にでも行こうか?
どこか知らない場所へ、行ってみようか?
だけど、行きたい場所も、見たい景色も、ひとみの頭には浮かばない。
そしてひとみが、どうしようかと考えていた時、
ポスティングされてきたビラを見て、自動車の教習所に通うことに
決めた。
それはただの偶然と、タイミングの問題で、ひとみは、別になんでも
よかったのだ、時間さえ潰せれば。
けれど、通い始め、教科が進み、車を路上運転するようになると、意外にも
ひとみは、楽しいと感じている自分を見つけた。
車窓からは、いつもと同じ景色が、違って見えた。
梨華がいなくなり、何にも興味を持てなかった。それがやっと、
こんなに他愛ないことでも、興味を持てるものを自分で見つけることが
出来たのだった。
- 426 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/22(木) 08:34
-
免許は、呆気ないほど簡単に取れてしまい、ひとみは、もっと車に乗り
流れる景色を見ていたいと思った。けれど、梨華の家には車がなかった。
このままでは、せっかく筋がいいと言われた、自分の運転の勘のようなものも
すぐになくなってしまう気がして、ひとみは、ドライバーと名のつくバイトを
探すことを思いつく。履歴書を買い、面接を受けに行く。
ほんの小さな一歩だけれど、誰に教えられたわけではない。
ひとみが自分で、見つけることが出来たのだ。
自信、と呼ぶにはおこがましい。けれど、着実に、昨日とは違う道に
ひとみは足を踏み出していた。
梨華が目の前からいなくなって、一年半が過ぎ、止まったままだった
ひとみの時間が、今やっと、少しづつ動き始めた。
- 427 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/22(木) 08:34
-
花屋を選んだのは、自分が口下手で、人見知りなことを、ひとみ自身が
よくわかっていたからだった。
誰かと、他人と積極的に係わりたいと思うほど、いまのひとみは、まだ
前向きにはなれなかった。
履歴書の詐称には、少しばかり気持ちが咎めたけれど、高校生では
ドライバーの仕事は見つかりそうもなく、ひとみは、自分を十九才と
偽って、花屋のドライバーとなった。
免許を取り立てのひとみに、最初は社員が同乗していたけれど、
それも一週間だけのことだった。
進学を考えていなかったひとみは、卒業するのに最低必要な出席日数を
確保して、試験中以外は、もの言わぬ、美しい花との日々を送り続けた。
- 428 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/22(木) 08:35
-
窓をフィルターのようにして、流れて行く、人の流れ、時間の流れ
季節の流れ。
車内の優しい花の香り、淑やかな生の息吹に包まれた、ひとみだけの
空間は、寂しさではなく、安らぎを与えてくれた。
穏やかな一人の時間は、ひとみの肩から力を抜かせ、特別意識せずに
漠然と物事を考える時間を与えてくれた。
梨華との、帰らない思い出の日々も、何度となく頭に描いていた。
すっかり道に詳しくなったひとみは、意外な場所で、切り取られた絵画の
ような美しい場所を目にした。
こんな都会でも、ビルの切れ間から覗く木々の紅葉の艶やかさ。
日の光で鮮やかに輝いて浮かぶ、教会の銀の十字架。
橋を渡る時、決まって見える約束されたような夕陽の色。
そんな時、ひとみの頭には決まって、梨華の笑顔が浮かんだ。
甘酸っぱいような優しい気持ち。
─── いつか、見せてやりたいな ……
ひとみは素直にそう思えた。いつか教えてあげたい、と。
自分が見つけた、小さなアルバムような光景のひとつひとつを。
ひとみの胸の真ん中に住み続けている梨華が、嬉しそうに微笑んだ
ような気がした。
- 429 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/22(木) 08:35
-
いつからかひとみは、心の中に住む梨華に話しかけながら、
ハンドルを握るようになった。
いくつもの季節を一緒に過ごし、長い時間を隣りで見てきたから
ひとみの問いかけに、梨華がどう答えるか、それが手に取るように
よくわかる。
梨華を想うと、心が千切れて、どこかに飛んで行って、迷子になって
しまっていた時期があった。
けれど、いまは穏やかに、自分と梨華の絆は、切れることなく続いて
いるんだ、と、思う事が出来た。
こんなにも梨華の面影で、胸を一杯にしている自分がいる。
そう、梨華が確かな愛情を注ぎ続けてくれていた事を、ひとみの心と
言わず、身体と言わず、すべてが憶えている。
その愛情の大きさに、ひとみはずっと包まれていたから。
それが自分の望む形でないことを、ひとみはやっくりと諦めていった。
- 430 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/22(木) 08:36
-
- 431 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/22(木) 08:36
-
そしてまた、春が来て、ひとみは高校を卒業した。
- 432 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/22(木) 08:37
-
今日もまた、春の息吹をそのまま感じさせるような優しい花と
ひとみは街を走る。
冬の間は気づかなかったけれど、綻び始めている花をたくさん
抱えた、並木道。すべて花開いたなら、ここは桜のアーチになる。
梨華に見せたいと、ひとみは思う。
薄桃色の豪奢なカーテンが空から降りてくる場所を。
ふいに視界が翳り、隣りを見るとトラックが止まっていた。
高い運転台を見上げるようにして、ひとみは考えた。
あの場所から見える風景は、きっとこことはまた違う。
いつか見てみたい、と。
- 433 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/22(木) 08:37
-
もうすぐ、ひとみの十九回目の誕生日がやってくる。
ひとみはその日が過ぎたら、漠然と、梨華の家を出て行こうと
考えていた。
どこか違う町へ出て、大型免許を取り、知らない町から町へと
走り続ける生活も悪くはなさそうだった。
その前に、梨華に会いに行こう───
ひとみは、静かに、けれど強く、そう思った。
最後に、もう一度、あの笑顔を見て、胸に刻みこみたい、と。
梨華が出て行った頃、何も聞いてやれず、話すことも出来なかった自分。
そんな、だらしない妹からはもう、卒業したかった。
今はまだ、おめでとう、とは言えないと思う。
だけどせめて、幸せに、と伝えたかった。
その気持ちには嘘はないから。
- 434 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/22(木) 08:38
-
そして、
迷惑かも知れないけれど、抱えてきた想いを梨華に告げたかった。
自分の弱さが、わかったからこそ、と、ひとみは思う。
たぶん正直にならなければ、過去を引きずり、前へと進んで行けない。
梨華への想いを引きずったまま、新しい場所で歩けない。
梨華は困った顔をするかも知れないけれど、そっと、自分の告白を聞いて
くれるだろう。そして、許してくれると思う。
最後まで、手のかかる妹だと笑いながら。
すべてを正直に語っても、梨華と自分の絆は切れたりしない。
いまひとみは、不思議とそのことが信じられた。
真希がいつか、自分に言ってくれた、ちゃんと話してみれば、まだ
間に合うと言うのは、こういう事かも知れないと、ひとみは思った。
- 435 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/22(木) 08:38
-
梨華を信じられる。
だからこそ、あの頃のことも、離れていた間のことも、梨華のことを
教えて欲しい。そして、自分の気持ちのすべてを聞いて欲しい。
そうすれば、この想いに終わりを告げることが出来そうな気がする。
この想いを終わらせても、自分と梨華には、きっと絆が残るから、
それは形を変え、いつまでもきっと残るから。
- 436 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/22(木) 08:38
-
梨華と過ごした年月の確かさがいま、ひとみを強くし、前へ一歩を
踏み出すのだと、教えてくれた。
- 437 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/22(木) 08:39
-
- 438 名前:ななしーく 投稿日:2005/12/22(木) 08:40
-
更新しました。
次の更新で、終わります。
- 439 名前:ななしーく 投稿日:2005/12/22(木) 08:40
-
14名無飼育様。
レスをありがとうございます。嬉しいです。
やはり希望がないと、そして最後は……と、思う作者なのでありました(w
- 440 名前:ななしーく 投稿日:2005/12/22(木) 08:42
- 上記レス、頭に4が抜けてます(汗
ごめんなさい……
- 441 名前:244 投稿日:2005/12/22(木) 10:24
- 更新おつかれさまです。
いよいよラストですか・・。
早く読みたいような、終わってしまうのが残念のような・・・
作者さまのやわらかな情景の描写が大好きです。
- 442 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/12/22(木) 15:47
- いよいよ次で終わりですか・・・
早く読みたいような読みたくないような(^^ゞ
更新お待ちしております
- 443 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/23(金) 10:33
-
春の日差しは、ほわほわと緩やかに降り注ぐ。
柄違いのTシャツ、ポケットのデザインだけちょっと違うパーカー
カラフルで、小さな洋服たちが陽の光を浴びて輝いている。
梨華はベランダで、小さな伸びをした後、リビングに戻り、掃除機を
かけた。平凡な、いつもと同じ、梨華の日常。
掃除機をかけ終わると、キッチンで濃い目に紅茶を入れる。
冷蔵庫から牛乳を出しながら、そこにマグネットで止まっている
子供たちの予定表に目がいった。
もう四月も十日を過ぎて、明日はひとみの誕生日だった。
- 444 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/23(金) 10:33
-
梨華は、お祝いがしたかった。
今年はひとみが、高校を卒業する特別な年でもあるから。
だけど梨華は、ひとみが欲しがるものを、ただの一つも思い浮かべる
ことが出来ない自分に、小さくイラだった。それに、
今更、どんな顔をして、どんな理由で、ひとみに会えばいいのか?
梨華の唇からは小さな溜息が出た。
この寺田の家に来てから、ひとみに会って話すべきなのではないか?
と、覚悟した時があった。でもそれは、過ぎ去った夏の話。
週に一度は、顔を出してくれる真希が、街でひとみを見かけたと
あまり幸せそうではなかったと、話してくれた事があった。
梨華は矢継ぎ早に、ひとみの様子を聞いてみた。けれど真希は曖昧に
微笑んで誤魔化すだけだった。
そして、ちゃんと話してあげなよ。と、そう言った。
- 445 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/23(金) 10:34
-
梨華は、あんなふうに家を出てしまって、本当に良かったのだろうか
と自問自答した。だけど、答えは出なかった。
ただ、単純に、自分くらいの年の娘が、いきなり家を出るのなら、好きな
相手ができ、一緒に暮らしたいから、と言えば、説得力がある気がしたのだ。
だけど、ひとみには誤魔化しでない理由を話した方がいいような気がしていた。
自分の胸に秘めたひとみへの想いまでは、打ち明ける勇気はないけれど、
せめて、家を出た訳くらいは。
ひとみのことを残して家を出るのは、ひとみよりももっと、自分の手を
必要とする人たちに出会ってしまったからなんだと。
住む場所が離れていても、いつもひとみのことを思っているからねと。
けれど、ひとみは家にいなかった。そしてなんとなく梨華は感じたのだ。
自分は避けられているんじゃないかと。自分には会いたくないのだと。
そしてそれは仕方のないことなのだ。
ずっと一緒にいると誓ったのに、初めに手を離したのは梨華なのだから。
- 446 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/23(金) 10:34
-
幾度となく、ひとみを想い、ひとみが恋しくて涙に頬を濡らした夜があった。
だけど、悪いのは自分、その胸の痛みはすべて自分が犯した裏切りへの
贖罪なのだ。
梨華は、一人でいると、どうしてもひとみのことばかり考えてしまう。
こんなにも大きいひとみの存在、離れてもなお、大きさをますひとみ
への想い、梨華はひとみを想うことで、一人の時間を埋めて行く。
─── ピンポーン
ドアチャイムの音がして、梨華はハッとして時計を見る。
ぼんやりし過ぎて、小学校に通い始めた子供達が、もう帰ってきたのかと
思ったけれど、時計の針はまだ十時を少しばかり過ぎただけだった。
- 447 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/23(金) 10:35
-
「…はい?」
「………あたし…………あの、ひとみです」
「!!!」
梨華は驚きのあまり、声が出なかった。
と、いうよりも息をすることさえ忘れたように、インターフォンを
繋ぐ受話器を握り締めていた。
「……梨華?……あの、さ、今、少し時間ある?
ちょっと、外、出れるかな?」
梨華は夢中で、何度も頷いたけれど、受話器越しに……梨華?と、ひとみの
戸惑うように自分を呼ぶ声がして、慌てて声を出した。
「ち、ちょ、ちょっ、と、待って、待ってて。すぐ出るから」
ふっと、ひとみの微笑む気配を残して、通話の切れた受話器を胸に抱き
しめながら、梨華は、どうしよう、どうしよう、と、ただそればかりを
繰り返し、呟いていた。
- 448 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/23(金) 10:35
-
取り合えず、受話器は戻したものの、梨華はその辺りをうろうろと
歩き回り、…あぁ、もぉ!そう、小さく叫ぶと、テーブルを見て、目に
ついた家の鍵だけ持つと、外に出た。
ポーチを抜けると、ひとみの姿はなく、目の前の道路に白いワゴン車が
止まっている。
梨華は俯いて、歩き出す。車の車体には、七色の流れるような字体で
フローラルSIKI と書かれていた。
車の前へ回って見ると、ひとみが空を見上げながらタバコをふかしていた。
「……ひとみちゃん?」
梨華の声に、ひとみはゆっくりと首を回して、梨華を見た。
そして、ふっ、と穏やかに微笑む。
「…久しぶり」
そう言いながら、ひとみは携帯用の灰皿でタバコの火を揉み消した。
- 449 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/23(金) 10:36
-
胸の辺りを両手で押さえながら、ただ何も言えず、ジッとひとみを
見つめ続ける梨華に、ひとみは軽く笑ったまま、車のドアを開けた。
「…ちょっとドライブに付き合ってよ。この車は禁煙車だから
安心して」
梨華はこくんと頷くと、助手席のドアを開けた。
椅子に座り、梨華は俯いたまま、隣りのひとみをちらりと見る。
キーを回し、ブレーキからアクセルへと、ひとみの足が動くのを見て
梨華は慌てて、シートベルトを締めた。
景色が、流れ出す。
ひとみは何も言わず、前を見ている。
梨華は、なかなか顔が上げれず、呼吸さえも上手くできていないようで
胸が苦しかった。意識して大きく鼻から息を吸い込むと、薄っすらと花の
香りがした。
緩やかな振動を身体に感じながら、梨華は時折、隣りのひとみを盗み見た。
- 450 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/23(金) 10:36
-
ずいぶん、大人びた横顔。少し痩せたみたい。
…ねぇ、ひとみちゃん?
いつの間に車の運転なんて出来るようになったの?
さっきはすごく様になってて、ビックリしちゃったんだけど、
タバコって二十才にならないと、吸っちゃいけないんじゃなかった?
わたしも一度だけ吸ったことがあるけど、すっごく不味かった。
ひとみちゃんは、美味しいと思うの?
ねぇ、なんで、急に会いに来てくれたの?わたしを驚かせる為?
・・・ひとみちゃん。わたし心臓がバクバク鳴ってて、上手く
おしゃべり出来そうそうにないよ。
ひとみちゃん、声に出して、そう呼んで、こっちを向いて欲しいのに
ねぇ?…ひとみちゃん、ひとみちゃん、ひとみちゃん……
梨華は胸の中で、ひとみの横顔にそっと話し続けていた。
- 451 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/23(金) 10:37
-
車のスピードが落ちて、ひとみはバックミラーを見ながら、ハンドルを
大きくきっている。ここはどこだろう?
ずっと続くかと思うほど長いような、それでいて、瞬く間ほどの
一瞬のような不思議な時間が、今、止まった。
ひとみはバックミラーを見ながら、気をつけて降りて、と梨華に言った。
梨華が車から降りると、目の前にひらひらと、薄桃色の花びらが空から舞い
降りてきた。
梨華は慌てて、上空を見上げる。
そこには、空の青を覆い隠すほどの、見事な桜の橋が架かっていた。
クラクションの音に、梨華の身体がビクッとするのと、ひとみが
梨華の腕を引っ張ったのは、殆んど同時だった。
「ぼやっとしてんなぁ…」
ひとみは呆れたように笑いながら、道路の縁から歩道へと梨華を
誘い、そっと腕を離した。
- 452 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/23(金) 10:37
-
グレーのアスファルトを、はらはらと舞落ちる桜が、ピンクの絨毯へと
塗り替えようとしている。
前を歩くひとみが、独りごとのように言う。
「今年は寒かったじゃん?…間に合って良かった。」
ザザーーッ
強い風が吹いて、一瞬、目を閉じた梨華が、再び瞼を開けた時、
梨華の記憶よりも、遙かに大人びた微笑みを浮かべる、ひとみの
眼差しとぶつかった。
桜は二人の間で、はらはらと、舞い続けている。
「……梨華、あたし、高校を卒業したよ」
「う…うん、お、おめでとう……」
「…ありがとう……だけど、あたしには、もう一つ、卒業しなくちゃ
いけない事があるんだ」
「………?」
それは…
そう言いながら、ひとみはゆっくりと梨華の方へと戻ってくる。
- 453 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/23(金) 10:37
-
ひとみの肩に、頭に、休むことなく花びらが落ちていく。
ひとみは梨華の目の前で、足を止めると、降り止まない淡雪のように
ひらひらと舞う花びらを目で仰いだ後、梨華を真っ直ぐに見た。
「…梨華、もうあたしを、梨華の妹から、卒業させて?
確かに出合った頃と、年の差は変わらないけど、それでもあたし、
明日で、十九才になる。
あたしさ?梨華に守ってもらってたよね、ずっと長い間……
ずっと支えてもらってるばっかで、なのにそれにも気づかないで。
ほんと、ガキだったなって思う。
梨華から見たら、まだまだ子供なんだろうけど……
それでももう、梨華から貰うばっかりじゃ嫌なんだよ。」
そんな事ないよ、梨華の唇は動いたけれど、それは声にはならなかった。
ひとみは俯くと、小さな声で、梨華が出て行った時、と言った。
そして、顔を上げて、優しく、悲しい目で梨華を見る。
「あの頃。
たぶんあれ、あたしの今までの人生でどん底だった。」
「ほんとに?
お母さんが亡くなっちゃった時より? 」
- 454 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/23(金) 10:38
-
自分のしたことは、そんなにもひとみを傷つけたのだろうか?
そうだ、傷つけたのだ。当たり前ではないか。
ずっと小さな頃から、ひとみに誓い続けてみせた約束を破って
しまったのだから。
梨華は唇を噛んで、ひとみを見つめることしか出来ない。
ひとみは信じられないほど、大人な表情をして、口許だけを自嘲的に
笑うように歪ませた。
「あぁ。
絶望って言葉の、ほんとの意味を知った気がするんだ。
目の前が暗くなるって言うけど、違くて。
見えなくなるんだよ、何もかもが。
自分も、他人も、これからどうしたらいいのかも……… 」
梨華はもう、なんと言っていいのかわからなかった。
浅はかだった自分。だけど、だけど、このことだけは言いたかった。
信じて欲しかった。梨華は俯いてしまった顔を上げ、ぽつりぽつり、と
話始めた。
「そうだったんだ……
でも、でもね?
わたしなりに考えて、ほんとに色々考えて、出した答えだったの。」
「その答え、間違ってるから。」
- 455 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/23(金) 10:38
-
「ひどいよっ!
…だけど、やっぱりこれだけは言わせて欲しいの。
わたしがいつも、いつもいつも考えていたのは……… 考えていたのは
……ひとみちゃんのことばかりだったの。
そしたらわたし、わたしが傍にいることはひとみちゃんにとって
なんのプラスにもならないって思えてきて…… 」
「………なんで? 」
「…わたし、星飾りを見たから。」
「……星飾り?…んなのずっと、気にしてたんだ? 」
「気にしてたって言うより、忘れられなかったの。」
「……はぁ、 」
「…呆れないでよぉ 」
「あのね、あたしはあの頃、クソ生意気だったけど、まだガキだったんだよ。
自分の思いですら、なんでそう思うのか、とか、そんなん考えられなかった。」
「…わかってたよ?
ひとみちゃんは、わたしよりずっと年下なんだってこと。
すごくわかってたの。なのに……わたし…だから、わたし…
嫌だった自分が、怖くなったの自分が…… 」
- 456 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/23(金) 10:39
-
梨華は腕を回して、自分を抱いた。
伝えたい気持ちばかりが空回りして、本当にひとみに伝えたいことは
何ひとつ、口に出せていない気がした。
ひとみは大きく空を仰いで、しばらくの間、ジッと何かを考える顔を
していた。そして振り返える。梨華を見る眼差しは穏やかだった。
「ねぇ、梨華……あれ、夏の終わりだったよね?
ほらあの人と会った日……あぁ、もう秋だったっけ?」
「……?」
「あたしさ、あの人を羨ましいと思ってたんだ……今はそれが…
それが、わかるくらいは成長したんだ。」
「……ひとみちゃん?」
「すげー暑い日でさ、四人で出かけたじゃん?
…初対面って顔してたけど、ほんとはさ……あたし……
あの日が初めてじゃなかったんだ…あの人の事を見たのは…」
- 457 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/23(金) 10:39
-
真希ちゃんのこと?
梨華が問うような眼差しを向けると、ひとみはゆっくり頷いた。
「…………。」
「…ひとみちゃん?」
黙って、何かに想いを廻らす顔をしていた、ひとみがまた梨華を見て
さっきと同じように、穏やかに微笑む。
「……な、梨華…さっきもあたし、言ったよね?
少しは成長できた筈だって。だから、聞かせてよ?
あの頃の事。梨華の気持ちを。梨華の言葉で。
あの頃はさ、何も聞いてあげられなかったから。
だけど、今ならちゃんと聞けると思う。」
梨華は泣くつもりなんてなかった。
だから、自分が涙を流していることにすら暫くの間、気づかなかった。
だけど、口を開いたら、出てきたのは言葉ではなく、ただの嗚咽だった。
「………うう、うぅっ、ひぃっく」
「…梨華、泣かないで」
- 458 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/23(金) 10:40
-
「……う、うぅっく、ご、ごめんなさ…」
「梨華……梨華にそんなふうに自分を責めて欲しい訳じゃないんだ。
謝って欲しいんでもなくて……ちゃんと知っておきたいんだ。
あの頃は、目を逸らしてたから。
だから、さ…泣かないで、ちゃんと話して欲しい。」
「……うぅっく…ご、ごめん、ね、わ、わたしが、あ、あんなふ、ふうに
い、いえをで、でちゃった、から……そ、それ、で…」
「…ふっ……荒れたな。確かに、さ。
けどそれって、梨華のせいじゃないでしょ?
あたしの…あたしの弱さなんだったと思う。」
「 …そ、そんなこと、ない…ひ、ひとみちゃ、んは……」
「もういいんだよ、梨華。
梨華が離れて行った事で、教えられた事がたくさんあったんだ。
だから、聞いて欲しい、あたしの事も。
かなり格好悪いけど……知っておいて欲しいんだ。」
それきり黙って、自分を見つめるひとみの眼差しを、梨華は全身で
感じていた。
梨華の唇から、ぽつり、ぽつり、と言葉が漏れていく。
- 459 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/23(金) 10:40
-
梨華はひとみに話すうちに、どんどん気持ちが高ぶって、何もかもを
話してしまっていた。
そう、あんなに頑なに隠そうとしていた想いまで、いまこの目の前から
自分へと、注がれる優しく、穏やかに慈しむような眼差しに包まれて。
ひとみの眼差しは、梨華の全てを認め、たとえどんな過ちであろうと、
わかっているから、それでいいから、と無言でありながら、多弁に語り
かけてくるようで、もう何も隠しごとなど出来なかった。
ひとみは、梨華の告白には、何も答えず、今度は自分のことを
ゆっくりと、話し出した。
その告白に、梨華は信じられない思いで、返事をすることはおろか
相槌を打つことさえも出きずに、話続けるひとみの顔を凝視する。
ひとみの話が終わった時。梨華の心に残ったのは、
- 460 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/23(金) 10:41
-
同じ想いだったのだ、と
自分たちは、ずっと同じ想いでいたのだ、と
ただ、そのことだけだった。
- 461 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/23(金) 10:41
-
「ずっと…考えてたんだ。
あの、あの春の日、子供だったあたしを抱きしめてくれたのは
なんで、梨華だったんだろうって。
秋の肌寒い夕暮れに、あたしを見つけてくれたのも、やっぱり
梨華だったのは、なんでなんだろうって。」
「わ、わたし、だって考え、たよ?
なんで、ひとみちゃん、なんだろう、って。」
「…答え…わかった?」
「……わから、ない、よっ …そん、なの、わからない……」
「…たぶん、答えなんてないんだよ。
ただ、あたしと梨華だったって事しか……だけど…
もし、あたしの生まれたことに何か意味があるんだとしたら
それは梨華と出会うことだったと思えるんだ。
そして一緒に生きていくこと……それがあたしの人生になる。
……随分、回り道をしたよね?
だけど梨華が、離れていた間も、梨華の存在そのものが、いつでも
あたしの生きる力そのものだった。
それは、すごく、ものすごくオオキナチカラだったんだ。」
- 462 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/23(金) 10:42
-
ひとみは、今にも泣き出しそうな、それでいて笑いだしそうな目をして
梨華を見ている。
「…抱きしめても、いいかな?」
「そ、そんな、こと、聞かないでぇ…」
梨華は体中から湧き上がってくる熱い想いに、涙で、語尾を震わせながら
ひとみの腕の中にぶつかるように、身を投げ出した。
ひとみは、しっかりと梨華の身体を抱きとめて、何かを確かめるように
腕の力を、強く、強く、していった。
ひとみの熱い息が、梨華の耳朶に染み込み、確かにここにいるよ、と
語りかけてくる。
「ね……キス、してもいい?」
「………そ、そんなことっ」
そう言いながら、頬を赤らめて顔を上げた梨華に、ひとみは「聞かないで?」
と、首を傾けて、瞳を微笑ませながら、そっと唇を近づける。
二人の唇が重なった時。
- 463 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/23(金) 10:42
-
なんで梨華だったんだろう?
と、ひとみの心の声が聞えた気がした。
だから梨華も、心で答えた。
なんでひとみちゃんなんだろう? と
だけど、
答えなんか出なくってもいい。
ただあなただけが、いつでも………
わたしの、オオキナチカラ、だから。
- 464 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/23(金) 10:43
-
人はみな、一人で生まれ、一人で死んで往くけれど、
きっと、生まれた意味は一人では生きられないと知ること。
人はみな弱いから、愛するだけでは寂しくて、
愛されるだけでは、物足りなくて。
だから、ずっと一緒にいようよ。
愛し、愛される、その人と。そして手を取り歩いて行こう。
愛の意味を知ること、それはきっとオオキナチカラ。
- 465 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/23(金) 10:43
-
そう、今までも、そしてこれからも、何があっても、どんな時でも、
ずっとお互いを、ただ目の前のあなただけを、
愛し続けること、
それがわたしたちの……
- 466 名前:オオキナチカラ 投稿日:2005/12/23(金) 10:44
-
オオキナチカラ
FIN
- 467 名前:ななしーく 投稿日:2005/12/23(金) 10:44
-
更新終了いたしました。
明日はクリスマスイヴですね★
この寒い季節、皆様が、心温かい一日を過ごせますように…
♪☆( ^▽^)人(^〜^0)♪☆メリハッピ〜〜☆♪☆♪
- 468 名前:ななしーく 投稿日:2005/12/23(金) 10:45
-
レスをありがとうございました!
224様。
お読み頂いてありがとーございました!
大好きと言って貰えて、とても嬉しかったですw
442名無飼育様。
お読み頂いてありがとーございました!
どうにか書上げられて、ホッとしておりますw
- 469 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/12/23(金) 12:48
- 完結おめ&乙でした。
感動しました。
- 470 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/12/23(金) 13:03
- 完結お疲れ様でした。
もどかしいくらい擦れ違う表現が巧みで、何度も読み返しました。
ところどころに暖かい情景が見え隠れして、とても優しい気持ちにもなれました。
このお話が大好きです。
- 471 名前:244 投稿日:2005/12/24(土) 08:56
- 完結おつかれさまでした。
この難しいテーマを最後まで書き上げられた作者様は
すごいなあって想います。
二人の気持ちが痛いほど伝わってきて・・・。
すてきなお話を読ませていただいてありがとうございました。
次回作もホントに楽しみにしています。
- 472 名前:キヨシ、コノヨル、 投稿日:2005/12/26(月) 14:22
-
その収録の合間に、仲間たちはガヤガヤ騒ぐ。
「梨華ちゃん、マジ、あり得ないから」
オェッと、胸の辺りに手をあてて、吐く真似をするミキティに
梨華ちゃんは、えぇ〜〜っと言いながら笑う。
「藤本さん、わかってないですねぇ…女の子のロマンじゃないですかぁ?」
どっかの誰かさんそのままに、胸元で指を組む重さんに、梨華ちゃんは
大きく頷く。そりゃー満面の笑みで。
「でしょ?でしょ?
どんな格好でも、愛する彼女の喜ぶ顔を見る為ならがんばっちゃうって
いうのが、ロマンなのよね〜〜」
「ですよね〜」
重さんと梨華ちゃんは、ね?ね?と言い合いながら、頷き合っている。
- 473 名前:キヨシ、コノヨル、 投稿日:2005/12/26(月) 14:22
-
「……変なコスプレじゃん」
呆れ返った溜息を天井に吐きながら、この場から離れようとする
ミキティに、重さんが絡みつく。
「もぉ、藤本さんわかってないですねぇ、さゆが教えて上げますよぉ」
「…イヤ、いーから」
キャンキャン騒ぐ重さんを、誰かに押し付けようと、ミキティは
あさっての方を見ながら、はいはいと気のない相槌を打ちつつ、
5、6期の輪の中に入っていった。
ごしゅーしょーサマ。
心の中で、合掌してるあたしに、隣りからとんでもねーことを
言ってくる人、約一名。
- 474 名前:キヨシ、コノヨル、 投稿日:2005/12/26(月) 14:23
-
「…私には王子サマが、もういるんだもんね?」
ニコニコあたしを見る梨華ちゃんに、あたしはわざとらしく目を細めて
笑ってみせる。
「へぇ?今度会わせてよ?」
クリスマスに王子の格好だと?ぜってーしないから、そんな真似。
そこの人、わかってんでしょ?
ふぅ〜〜〜んって、言いながら、こっちを覗き込む顔に、あたしは
小さく笑った。
「それよりやっぱ、セクシーサンタっしょ?」
「せくしぃさんたぁ?」
「なーんでも言うこと聞いて、あ・げ・る、ニコッ、みたいな。」
「……何よ、それ?」
「だからぁ、ロマンの話だろ?」
「…バッカみたい」
- 475 名前:キヨシ、コノヨル、 投稿日:2005/12/26(月) 14:23
-
梨華ちゃんが呆れたように笑って。
あたしも堪え切れなくて、小さく噴出して、くっくと笑い出す。
現実にはさ、クリスマスなんて一緒にいれないから。
しんみりしちゃっても、お互い困るだけだし。
つかの間の、こんなコトバの遊びで誤魔化して、笑顔になる。
ずいぶん大人になったね、あたしたち。
- 476 名前:キヨシ、コノヨル、 投稿日:2005/12/26(月) 14:24
-
ずっと傍にいて。ずっと大切だと思ってて。
ずっとそれなりに好きでさ。
だけどそれが特別だとか、確かめることが中々出来なくて。
それでもまぁ、行き着くとこに、人は行くわけで。落ち着くわけで。
あたしはこうして、ずっと梨華ちゃんと一緒にいる。
みんな特別がるけどさ、あたしはクリスチャンじゃないし、
クリスマスなんて、一年でたった一日だけじゃん?
だからいいよね、べつに一緒にいれなくっても。
なんつって、カッコつけすぎ?
- 477 名前:キヨシ、コノヨル、 投稿日:2005/12/26(月) 14:24
-
- 478 名前:キヨシ、コノヨル、 投稿日:2005/12/26(月) 14:25
-
この間の収録が放送された今日。
身体が空いたのは、夜も十一時前。
あたしはタクシーの中で、目を閉じた。
どんよりと身体が疲れてて、このまま眠ってしまいそう。
うちらの仕事、身体が資本だから、お互い無理するのはよそうって
約束したよね。 ……だけど、
閉じた瞼の奥で、そっと微笑む梨華ちゃんに、あたしは微笑み返すと
運転手さんに、行き先の変更をお願いした。
- 479 名前:キヨシ、コノヨル、 投稿日:2005/12/26(月) 14:26
-
オートロックを合鍵で解除して、だけどドアチャイムは、わざと
鳴らした。
「………はい?」
「…あたし」
疑うようにドアは、おずおずと開かれる。
その先には、喜びいっぱいをギュッと閉じ込めた瞳を微笑ませる
梨華ちゃんがいる。その顔が見たかったんだ。
なのにさ、二人きりでこんなふうに、じっと見つめ合うと、今だに
ちょっとだけ照れくさい。
それがわかるからだろう、梨華ちゃんは、あたしに憎まれ口をきく。
「……あれ、おかしいなぁ、王子さまじゃないぞぉ?」
「…バッカ、よく見てみ?」
そう言いながら、あたしは腕を広げて、梨華ちゃんを抱きしめた。
そして耳元で囁く、メリークリスマス、と。
- 480 名前:キヨシ、コノヨル、 投稿日:2005/12/26(月) 14:26
-
あたしたちは大人になっちゃったから。
もうサンタはやってこない。だから自分で届けるしかないよね。
ほんとうの聖なるこの夜に。
愛すべき者と共に在れ、と神サマだって思ってるはず。
仕事場から直行したから、プレゼントさえ持ってないクリスマス。
ケーキもシャンパンもないクリスマス。
それでも梨華ちゃんへの一番のプレゼントは、渡せたはず。
あたしの腕の温もりの温度は、そのまま梨華ちゃんへの想いの温かさ
だから。
この腕に梨華ちゃんを閉じ込めて、伝え続けよう……今夜、ふたりの、
- 481 名前:キヨシ、コノヨル、 投稿日:2005/12/26(月) 14:27
-
キヨシ、コノヨル、
END
- 482 名前:ななしーく 投稿日:2005/12/26(月) 14:28
-
更新しました。
なんかついつい書きたくなってしまい…一日遅れ、しかもイマイチ。
なので、イキオイ上げです。……こんな話で申し訳(w
- 483 名前:ななしーく 投稿日:2005/12/26(月) 14:29
-
469名無飼育様。
最後までのお付き合い、ありがとうございました!
感動など、恐れ多いお言葉。but、喜び♪
470名無飼育様。
最後までのお付き合い、ありがとうございました!
読み返して下さる方がいたとは、オドロキ、そして感激です。
244様。
最後までのお付き合い、ありがとうございました!
何度もレス下さって、応援いただいてこちらこそありがとうございました。
- 484 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/12/26(月) 19:35
- 素晴らしかったです。
短い中に二人の絆が凝縮されててよかったです♪
- 485 名前:244 投稿日:2005/12/26(月) 22:49
- リアルいしよしきたw
さっきハロモニを見たばっかだったので、
萌え度かなり上がってます。
- 486 名前:名無し飼育さん 投稿日:2005/12/27(火) 03:26
- オオキナチカラ、最初から一気に読ませていただきました。
切なくてきれいで、本当に素晴らしい物語だなぁと感じました。
そして、作者様の構成力はついおおぉと唸ってしまうほど素晴らしかったです。
短編もほんわか愛が詰まってて素敵でした。次回更新もマターリ待ってます。
- 487 名前:さよなら、涙 投稿日:2005/12/27(火) 16:56
-
ああ、さくら満開。
マジで、さくら満開、胸ん中。
もう、言葉にならないくらい、恋の花が満開
さあ今が、打ち明ける瞬間。
- 488 名前:さよなら、涙 投稿日:2005/12/27(火) 16:56
-
ウチの学校はさくらが有名でさ、
そりゃーもうキレイ、マジで。
中学ん時、ちょっとアコガレてた。
卒業の日に、もしさくらが満開だったら、この並木道を手を繋いで歩けば、
何年も何十年も一緒にいれるんだってさ、そのヒトと。
オトメチックだね、笑っちゃうよ、だけども笑えない。
恋してしまえば、いつでもオトメだから。なんてな。
- 489 名前:さよなら、涙 投稿日:2005/12/27(火) 16:57
-
あたしの愛しいカノジョはさ、ヤボッたい黒ぶちメガネしてて、
キッチリ着てる制服の、ブラウスは第一ボタンまでとめて、スカートは
膝下5pって、ダサいことこの上ない。
イマドキ、真っ白の靴下履いてんの。それも中途半端な長さのヤツ。
信じられないセンスでしょ?
だけど、恋しちゃったからそんでいいの。
カノジョは、なんもかんもそんでいいの。
- 490 名前:さよなら、涙 投稿日:2005/12/27(火) 16:58
-
サイズの合ってないメガネを外したら、すげー美人で、トキメいちゃった
なんて、マンガみたな話、マジでしたら恥ずかしいから。
カノジョに制服の第二ボタン下さい!
とかって、どーよ? レトロでいんでない?
だけど、ダメだね。
クソ真面目なカノジョのこと、ボタンを無くしちゃったの?って
心配そうに眉毛下げて、制服のボタン、全部くれそう……
- 491 名前:さよなら、涙 投稿日:2005/12/27(火) 16:58
-
だけど遅い、カノジョが遅い。
ぶっつけ本番、アドリブの天才のあたしでも、やっぱりコワイんだ。
年下はちょっと…って言われちゃったら、いきなし、年とることなんて
ぜってームリだし。
ネはけっこー真面目なんだけど、ふだんオチャラケってから、そんな
軽いヒト、タイプじゃないって言われたら、……ほんとの、あたしはさ…
なんてセカイをイキナリ展開させても、アヤシーだけだし。
だけど、勝算はある。手ごたえは感じてた。
だってさ、あたし見つけたんだから。
人がたっくさんいる中で、ただ一人カノジョを。
- 492 名前:さよなら、涙 投稿日:2005/12/27(火) 16:59
-
ああ、さくら満開
マジで、さくら満開、好き過ぎるよ?
もう、あなた以外の人は、
目にも映らないみたい。
- 493 名前:さよなら、涙 投稿日:2005/12/27(火) 16:59
-
校舎から出てくる、小さな人影。
アレはカノジョ。あたしが見間違えるはずもない。
どんどん近づいてくる、華奢なシルエット。
俯き歩くカノジョを、あたしは呼び止めた。
「石川先輩!」
「……吉澤さん?」
驚いた顔で、あたしを見上げるカノジョ。
あたしはちょっと、ビビッてしまう。だって泣いてんだもん。
- 494 名前:さよなら、涙 投稿日:2005/12/27(火) 16:59
-
あたしはカノジョの顔を見たまま、片手でぽんぽんとスカートを
探り、ハンカチを取り出して、カノジョに差し出した。
「これ、使って下さい」
「……ありがとう、わたしってダメだよね、いつも持ってるのに
こんな日に限って、忘れちゃうの」
カノジョはメガネを外すと、美しい瞳にハンカチを押し当てて
あたしに微笑んだ。
- 495 名前:さよなら、涙 投稿日:2005/12/27(火) 17:00
-
「先輩はそれでいいんです」
「え?」
「先輩はハンカチを持ってなくていいんです。
あたしが持ってるから。
だから、あたし意外の人の前で泣いちゃダメですよ?」
「吉澤さん……」
カノジョの瞳に新しい涙が溢れて、だけどそれは一滴残らず、
あたしのハンカチが吸い取っていく。
「……悲しいんですか?」
「ううん…違うよ、嬉しいの」
「先輩、卒業、おめでとうございます」
「…ありがとう」
「一緒に帰ってもいいですか?」
「うん」
「……あの、先輩」
「…なぁに?」
- 496 名前:さよなら、涙 投稿日:2005/12/27(火) 17:00
-
あなたがいるよ。
ああ、目の前にあなた、立っている。
この恋、
決心はもう固いんだ。
- 497 名前:さよなら、涙 投稿日:2005/12/27(火) 17:01
-
「……好きです」
- 498 名前:さよなら、涙 投稿日:2005/12/27(火) 17:01
-
カノジョは大きく瞳を見開いて、あたしの顔をジッと見てる。
ああ、そんなに見つめないで。
あなたの瞳に吸い込まれてしまうから。
ああ、お願い。
あなたの煌く瞳に映るのは、いつまでも、あたしだけにして?
だからあたしは教えてあげない。
カノジョがどんなに美しいかってこと。
いつまでたっても教えてあげない。
カノジョの輝く涙が宝石みたいに、
見るものの心を魅了してしまうってことも。
- 499 名前:さよなら、涙 投稿日:2005/12/27(火) 17:02
-
ぽろぽろと、惜しげもなく転がり落ちる宝石たち。
あたしのハンカチだけじゃ、ちょっと受け止め切れないみたい。
だったら、あたしがハンカチになるから。
あたしは腕を広げて、そっと、カノジョを抱きしめた。
その涙、あたしがぜんぶ吸い取ってあげる。
だからさ、もう、
- 500 名前:さよなら、涙 投稿日:2005/12/27(火) 17:02
-
……さよなら、涙
おしまい
- 501 名前:ななしーく 投稿日:2005/12/27(火) 17:03
-
更新しました。
今回が今年最後の更新になります。
ではでは皆様、よいお正月をお迎え下さいね♪
カノジョがいれば…
★(0^〜^人^▽^ ) ★ベリハッピ〜〜★
- 502 名前:ななしーく 投稿日:2005/12/27(火) 17:03
-
484名無飼育様。
ありがとうございます♪
あの短い話で、二人の絆をわかってもらえて作者小躍りw
244様。
ありがとうございます♪
私もあのハロモニを見て、いしかーさんが、王子サマと言えば!と、
妄想にて自給自足w
486名無飼育様。
ありがとうございます♪
過剰にお褒めいただいて、作者恐縮中…
いつで〜も愛を、ここ〜ろに愛を、でいきたいものですw
- 503 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/12/28(水) 00:09
- (´Д`* )
癒されます
- 504 名前:名無し 投稿日:2005/12/28(水) 18:29
- 素晴らしい、いしよしをありがとうございました
これからも楽しみにしています
- 505 名前:You Can't Hurry Love 投稿日:2006/01/06(金) 17:17
-
今日は四月の最終日。
暑すぎず、もちろん寒くもない。
どっかナマあったかいよーな外気ん中を、ときどき、スーッと
澄んだ風が吹く。
大きなターミナルビルには、目をみはりたくなるよーな緑なんか
ありゃしないけど、キレイに舗装された歩道には所々、そこそこ
大きな木が青い空に向かって伸び上がるように枝を広げてる。
点々と並んでるノッペラボーなビルまでが、どこかノンキに見える春。
あたしは退屈で欠伸を噛み殺しながら歩いていた。
- 506 名前:You Can't Hurry Love 投稿日:2006/01/06(金) 17:19
-
信号待ちで立ち止まって、なんの気なしに首をまわすと、ピカピカ光る
ガラスに超タルそーに立ってるあたしが映ってた。
長めのショートの髪が明るすぎてキンパツみてー
前髪、伸びすぎかぁ?
生え際から指先をつっ込んで、いつの間にやらセッセと伸びてた前髪を
払いのけた。
したら、これまた超つまんなそーな顔したあたしが映ってる。
あ〜ぁ ……なんつーかサエねー顔だな〜
言わせてもらうと別にあたしは不幸なワケじゃない。
うちはトクベツ金持ちじゃねーけど、困ってもないみたいだし。
あたしも親も兄弟も健康だし。トモダチだってそれなりいるし。
だけど……
なーんかツマンネーんだ。
- 507 名前:You Can't Hurry Love 投稿日:2006/01/06(金) 17:21
-
何してても、ピンとこないっつーか。燃えらんない。
もともとそーんなに熱くなるタイプでもないし。
そーゆーのウザいし、カッコわりーし。とはいえ……
若者らしくねーじゃん?こんなあたし。
それはそれでカッコわるい、と思う、たぶん。
「……ね、いきたい?」
ガラスに映る自分に見入ってたあたしは、背後から唐突に聞えた言葉に
数秒遅れて振り返った。
そこには、あたしと同じくらいか、ちっと年上ってカンジの細っこくて
背も小っこい、影と幸がいかにも薄そーで地味ぃな女のコが立っていた。
あのぉ〜?ちょっとー そこのヒト、あたしに話かけてんの?
そう聞こうかと思ったけど、そのコの目線はココロここにあらずって
カンジで、あたしを突き抜けて背後のガラスに張り付いている。
あたしもその目線をたどって、いまさらながらにそこに貼られている
ポスターに気がついた。
- 508 名前:You Can't Hurry Love 投稿日:2006/01/06(金) 17:22
-
嘘偽りなくドッカーンと広がる空の青いコト、青いコト。
絵の具やマーカーじゃ絶対だせねー複雑ですんげぇ美しー海の色。
小麦色のナイスバデーのおネーチャンが、眩しく煌く真っ白なビキニで
ながーい髪を風に躍らせながら微笑んでるよ?誘ってるよ?
行こうよ、沖縄へ、ってさ。
「………いいよね、沖縄」
夢見るように呟く声に、あたしが振り返ると、胸元で指を組みながら
うっとりとポスターに見入ってたそのコの顔が、ハッとしたような真顔に
変わって、上目遣いで睨むようにジィッとあたしを見据えてくる。
な…なんだぁ?
あたしはその迫力に思わず上体を少し引く。
すると、ズズッとそのコが近づいてきて、何かをあたしの胸元にずんずん
押し付けた。
な、なにぃ?
そのコが胸元から手を離すと、ひらひらと長細い紙があたしの足元に
落ちた。その紙を拾おうと片膝を付いたあたしの頭上に耳に残るよーな
キンキン声が早口に捲し立てた。
- 509 名前:You Can't Hurry Love 投稿日:2006/01/06(金) 17:24
-
「明日、待ってるからっ 空港で!」
はいぃぃ?
あたしが慌てて顔を上げた時、そのコは横断歩道の先へ走り出していた。
「ちょっ……」
あたしが立ち上がった時。
信号が変わり何台も何台も交互に行過ぎる車が、そのコの細っこい体の
行く先を隠してしまっていた。
あたしは右手に握った紙片を目の高さまで上げた。
ソレは、羽田空港から沖縄への航空チケット。
う、うっそ?………マ…マジでぇ〜〜〜っ?!
- 510 名前:You Can't Hurry Love 投稿日:2006/01/06(金) 17:25
-
- 511 名前:You Can't Hurry Love 投稿日:2006/01/06(金) 17:25
-
あたしは自分の部屋のベッドの上に寝転びながら、片手で航空チケットを
持ち上げ、ヒラヒラ振った。
……ありえん。
あたしは有名人なワケじゃないし、どっきりなんて仕掛けられるハズも
ないし。
それともナンパされたんか?あたし?
にしたって、いきなり沖縄ってナイでしょ?
確かにさ、ヒマでヒマでしょーがなくって、ツマンね〜って心ん中で
グチッてたけど、だからって、どこのダレかもわかんねーヤツと旅行
なんてしたいワケないじゃんよ。
しらね……
あたしはチケットをポイッと投げ捨てた。
片腕を枕にして、ごろんと横を向く。
…明日
……待ってるからっ
- 512 名前:You Can't Hurry Love 投稿日:2006/01/06(金) 17:26
-
頭の中で、甲高い声がどこか切羽詰って響く。
待ってるからっ 空港で!
「…だぁーーーっ!」
あたしはガバッと起き上がると、チケットを拾った。
フライトの予定時間は八時半。
今は飛び石のGWの真っ只中で、だからこのチケットだって、けっこー
高かったんじゃねーの?
いつかまたあの駅前で会って、チケット代返して、なーんて言われても
困っちゃうワケだし……
……しょーかね〜、行くか?
もちろん、
チケットを返しに、だ。
- 513 名前:You Can't Hurry Love 投稿日:2006/01/06(金) 17:27
-
- 514 名前:You Can't Hurry Love 投稿日:2006/01/06(金) 17:27
-
翌日。
羽田空港で、チケット記載の航空会社のカウンター前に、あたしが
着いた時、搭乗時間の三十分前だった。
あたしは辺りを見回したけど、人が多過ぎた。
ため息と一緒に肩の力が抜けた。その時、
タッタッタ…
小走りに近づいてくる足音に、振り返ろうとしたあたしの体にギューッと
ダレかが抱きついてきた。
「……来てくれたんだぁ、良かったぁ」
「…え?あの…さ、違くて」
あたしより背の低いそのコを肩越しに振り返ると、そのコはあたしに
しがみつくようにくっ付いていた体を離して、上目遣いでこっちを
見上げた。
ジッと見上げてくる視線に息が詰まりそうになって、あたしはそのコの
顔から目をそらしながら、チケットを返そうとした。
- 515 名前:You Can't Hurry Love 投稿日:2006/01/06(金) 17:28
-
「……あの、コレ」
「………嫌っ」
い、いやぁ?
んなコト言われても……
あたしがそのコの顔に視線を戻すと、そのコのへの字に結ばれた唇が
小さく震えていた。
まっすぐあたしを見たままの目に、うっすらと涙が浮かんでくる。
「…お願いっ お願いします!わたしと沖縄に行って下さい」
そのコは、あたしに向かって九十度に頭を下げた。
「ちょ、ちょっとー 頭上げてよ〜」
困り果てたあたしの声に、そのコは頭を下げたまま首を横に振った。
目の前の細い肩が小刻みに震えてるから、あたしは、弱ったなぁって
思いながら、回りを見回した。
- 516 名前:You Can't Hurry Love 投稿日:2006/01/06(金) 17:28
-
そこには、肩を組んだカップルとか、大きな荷物とはちきれそうな
笑顔の子供を連れた家族連れとか、情報誌を歓声を上げながら見て
いるグループとかがいて。
とにかく、ココにいるダレもかれもがすっげー楽しそうな顔してて。
そんなヒトたちの顔ばっか見えるから、したらふいに、二人分チケットを
持ってたこのコが、どんな理由かもわかんないけど、このコは今ひとり
なんだって。傍にダレもいないんだって。
そのコトがなんか、なんか可愛そうつーか、ホント幸薄そーなカンジで
ほっとけない気がして、あたしの気持ちは揺れてしまった。
「……あの、さ、あたしなんにも用意とかしてきてないのよ。」
あたしのため息まじりの言葉を、そのコは、控えめな了承と受け取って
しまったみたいで、バッと上げた顔を輝かせた。
その時、館内アナウンスが流れた。
沖縄行きの最終搭乗時間の案内が。
そのコは、あたしの手からチケットをもぎ取るようにして、カウンターへと
走って行った。
- 517 名前:You Can't Hurry Love 投稿日:2006/01/06(金) 17:29
-
あたしは、その華奢な背中を見ながら、とんでもないコトをしてしまった
と、後悔しながら。
それなのに、どこか心の奥底からわくわくした気持ちがせり上がってくる
のを、現実感の欠けたどこか他人事のように感じていた。
- 518 名前:ななしーく 投稿日:2006/01/06(金) 17:30
-
更新しました。
本年もお付き合い頂けたら嬉しいです♪
- 519 名前:ななしーく 投稿日:2006/01/06(金) 17:30
-
503名無飼育様。
こちらこそ頂いたレスに癒されますた。
名無し様。
これからも楽しみにして頂けるように頑張りまっす。
- 520 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/06(金) 23:05
- 最初からわくわくしちゃうシチュエーションです〜。
今年も楽しみにお待ちしておりますw
- 521 名前:そーせき 投稿日:2006/01/07(土) 23:22
- タイトルが、好きだった80'sの洋楽と同じなのが、なんか嬉しいっす♪
タイトル同様、のんびり急がず、更新お待ちしておりまぁす。
- 522 名前:名無し飼育さん 投稿日:2006/01/07(土) 23:30
- おお。面白そうなお話しですね!
どうやって展開していくのか楽しみに待ってます。
- 523 名前:You Can't Hurry Love 投稿日:2006/01/12(木) 20:20
-
シートベルト着用のサインが消えた。
しばらくすると、スチュワーデスさんがワゴンを引きながらニコヤカに
営業スマイルを浮かべてやってきた。
「お飲みものはいかがですか?」
「……えぇ〜と、何がありますか?冷たいやつで」
スラスラ出てくるドリンクメニューから、あたしはウーロン茶と
答えながら横を見た。
「………えっとー、オレンジジュースお願いします」
スチュワーデスさんは、了承の笑みを浮かべながらドリンクを手際よく
注いで、あたしのテーブルの上にウーロン茶を置くと、続いてオレンジ
ジュースのコップを差し出した。
横のヒトがあたふたテーブルを出そうとしてるから、あたしが手を出して
オレンジジュースを受け取っておいた。
- 524 名前:You Can't Hurry Love 投稿日:2006/01/12(木) 20:21
-
「…はい」
出し終わったテーブルの上にあたしがコップを置くと、そのコは横目の
上目遣いでチラッとあたしを見て、怯えた亀みたいに首を竦めた。
「…あ、すみません……」
すみませんってアンタ……
あたしは、あ〜ぁ、と心ん中でため息をついた。
横のコはずっとこんな調子で、飛行機が離陸してからあたしの方を
まともに見ようともしない。もちろん会話もほとんどなしの方向で。
なんなのこの状況……
昨日のテンションはどこ行っちゃったのさ?
あたしを飛行機に乗せるまでの強引さはなんだったワケ?
- 525 名前:You Can't Hurry Love 投稿日:2006/01/12(木) 20:21
-
まるでやっと会えた恋人みたいに、抱きついてきたり、目に涙まで
浮かべて見せるんだもんなー
ついついほだされちゃうじゃんよ?
コレも何かの縁かな〜とかって。
なんかすでにこのコに係わっちゃってるみたいなモンだし、こうなったら
もう一緒に沖縄だろーが行っちゃるか?って思っちゃってさ。
財布にいくらあったっけ?
着替えの下着とか、水着とか買えっかな?
この時期、バーゲンなんかしてねーよなぁ?
まぁ、食費なんかは取り合えずこのコに借りて、と。
東京帰ったら返すことにすっか。
なんつーカンジで、すっげー前向きに考え始めてたワケよ?
だってさ、どうせなら楽しく過ごしたくね?
せっかくの沖縄なワケだし。もうハラ据えてさ、
あたしはあたしなりにテンション、アゲアゲで行っとくかぁーとか
思うことにしといたワケよ。
- 526 名前:You Can't Hurry Love 投稿日:2006/01/12(木) 20:22
-
飛行機に乗って、あたしらの座席は窓際の二人席だったから、このコを
窓際に座らせてから、あたしも通路側に座って話かけたんだ。
「……あのさ、沖縄には何泊すんの?」
やっぱソレは聞いておかないとでしょう。
お金はぜってー借りることになんだし、この後のこと、相談って
ゆーかしたかったワケよ。
なのに、横のコは俯いてもじもじしててさ。
両手を擦り合わせるように口許に持っていきながら、カのなくよーな
ちっさい声でこう言ったんだ。
「………三泊四日、です」
ナゼいまさら敬語?
あたしは眉を顰めた。
オマケにあたしがまた口を開こうとすると、その気配で体を緊張させて
んのがモロわかるし。
………なんか、萎えた。
別に気ぃー遣えとまで言わないケドさ?
まったくの他人を誘ったのはアンタだよ?
今更ビビられても、あたしにどーしろっつーの。
- 527 名前:You Can't Hurry Love 投稿日:2006/01/12(木) 20:22
-
あたしは聞こえよがしにため息を一つつくと、生え際をポリポリ掻いて
前の座席のポケットから、雑誌を抜き取りパラパラ捲ったりして。
その後はヘッドフォンを出して音楽を聴いたりして、今に至る、と
いうワケだ。……はぁ、
- 528 名前:You Can't Hurry Love 投稿日:2006/01/12(木) 20:23
-
「………あのぉ」
…何?しゃべる気になったの?
隣りから、おずおずと躊躇いがちにかけられた小さな声に、あたしは
ウーロン茶を口許に持っていってた手を止めて、横のコの顔を見た。
「……なんて呼んだらいいですか?…その、あなたの事」
……そっか。
あたしら、自己紹介はおろか名乗りあってすらないもんね?
あたしが鼻から大きく息を吸い込んで口を開こうとしたら、
「…あっ、あの、あだ名とかでいいですから!」
って、とって付けたよーな慌てた声がした。
何それ?
自分の身元を明かしたくないってこと?
あたしを誘ったコト、いまさら後悔してんの?
あたしは呆れながら目線をいったん上に上げて、イラだちを落ち着かせて
から、横のコを見た。
「……よっすぃー、よっちゃん…そんなカンジ」
- 529 名前:You Can't Hurry Love 投稿日:2006/01/12(木) 20:24
-
…よっすぃー さん
そのコは口の中で確認するみたいにそう繰り返して、またおずおずと
あたしを見た。
「わたしのことは…チャーミーって呼んで下さい」
「…ブッ!ゲホッゴホッ」
あのなっ?! 呼べるかっつーの。
んなふざけた、はずかしー名前って。 アンタいったい何者なの?
思いもよらないことを言われて、ウーロン茶にむせたあたしに
チャーミーは(呼び名がないとメンドーだから、とりあえず)は
心配そうに眉を顰めて、…大丈夫ですか?って言いながら
あたしの背中をさすってくれた。
全然大丈夫じゃないし……なんだろ?コイツすっげー変、とにかく変。
言動がいちいち突飛すぎ。フツーじゃねーって。
「……く、くくっ」
いきなり笑い出したあたしに、チャーミーは目を見開いた。
- 530 名前:You Can't Hurry Love 投稿日:2006/01/12(木) 20:24
-
なんかもう、呆れるのを通り越したらミョーに笑えてきた。
「フッ……くくく」
「ど、どうしたんですか?」
「べっつに…フッ、アハハ」
だっておかしーじゃん?
そもそもこの状況ってフツーじゃねーんだから。
「…フッ、アハ、ハハハ」
口許を手で覆いながら、肩を震わして笑うあたしを、チャーミーは
なんだか不思議そーな顔して見ていた。
- 531 名前:You Can't Hurry Love 投稿日:2006/01/12(木) 20:25
-
- 532 名前:You Can't Hurry Love 投稿日:2006/01/12(木) 20:25
-
沖縄に着いて、タラップを降りると空気が違った。
ほんの少し熱をふくんで、体に纏わりついてくるカンジ。
それでも、サーッと吹く風はまだまだ冷たい。
空港内に入って、チャーミーが預けた荷物がターンテーブルから出てくるのを
少し下がった場所から見ていたら、やっぱりずっと口数の少ないままだった
チャーミーが、思いつめたような真顔であたしを見上げた。
「……あの、ごめんなさいっ」
そしてまた、目の前で九十度に下がる頭。
どっかで見た光景リターンズ。
「……え、何?」
「…わたし、どうかしてました。
初めて会った人に、無理なお願いをして…こんな、こんなとこまで
強引に連れて来ちゃって……本当に迷惑でしたよね?」
- 533 名前:You Can't Hurry Love 投稿日:2006/01/12(木) 20:26
-
チャーミーはおずおずと頭を上げると、唇を噛んで、あたしから
目を逸らした。
「…いまさらですけど、いまから航空チケット用意しますから
よっすぃーさんはこのまま東京に帰って下さい。
本当に、本当にごめんなさいっ ごめんなさい!」
そしてまたまた、九十度に下がる頭。
いま見たばっかのつむじアゲイン。
あたしは、はぁ、と息をついた。
しょーがねーなーって思って。だけどソレは呆れてってのとはちっと違う。
なんか、なんかさ、チャーミーって、このコっていつもこんなコトばっか
やってんじゃねーのって、簡単に想像できちゃったから。
要領のいい方法とまでは言わないけど、物事には順番ってあるじゃん?
なのに、思いついたまま突っ走るからこーゆー状況になるんだよ。
たぶん本人は、目の前のことだけに必死っぽいから、わかっちゃ
いないんだろーけど。
んで、失敗したって気がついて、後悔して、反省して……どうしようって
今度はネガティブっぽく一人でぐるぐる考えてたんでしょ?
ことばとかもさ、いいようって言うかがあんじゃんね。
- 534 名前:You Can't Hurry Love 投稿日:2006/01/12(木) 20:26
-
ま、考えの足りない本人の自業自得って言っちゃえば、ソレまで
なんだけど。
同情ってゆーのともビミョウに違うと思う。
あたしは長女で、四月生まれで、なんだかんだと面倒を見させられる
ことが多かった。だからかな?
なんか放っておけないんだな、こーゆータイプ。
ウザいんだけど、メンドーなんだけどナゼか放っておけない。
「…いーよ」
あたしの押さえた声が聞き取りづらかったらしく、チャーミーは
え?と顔を上げた。あたしはその戸惑う顔をまっすぐに見た。
- 535 名前:You Can't Hurry Love 投稿日:2006/01/12(木) 20:27
-
「沖縄来たかったんでしょ?」
「……はい」
「…でも一人は嫌なんでしょ?」
「………」
「付き合うよ。もうこうして沖縄に着いちゃったんだし。
……三泊四日、最後まで」
「……そんな、だって…」
「あたしはいーよ」
「…でもそんなの、あの…」
「ヤなの?」
「……え?」
「あたしじゃヤなの?」
「そっ…そんな…わたし、は…」
チャーミーは少し恥ずかしそうに言いよどんで、俯くと、目だけを
上げてあたしを見た。
- 536 名前:You Can't Hurry Love 投稿日:2006/01/12(木) 20:27
-
「…嬉しいです。………でも、やっぱり迷惑じゃ…」
「もう、そーゆーことばっかぐちゃぐちゃゆーなよ。
…メンドくせーなぁ」
途端にしゅんっと肩を落とされて、あーもー本当にメンドくさいコだなぁって
思いながら、足りなかった言葉を付け足した。
「だーかーらー、せっかくだから一緒に楽しもうって言ってんの。
……三泊四日、よろしくね」
「………うっ」
チャーミーは両手で口許を押さえて、目をうるうるさせて、あたしを
見てる。
なんつーか、まぁ、乗りかかった船ってゆーんだっけ?
だからさ、もういーよ。
「……泣くなよ」
「はっ……はい。
あ、ありがとう、よっすぃーさん……」
「……さん、とか、敬語とかいらないからね。」
チャーミーは、はっと口を大きく開いて、照れたように笑いながら
うん、と頷いた。
- 537 名前:You Can't Hurry Love 投稿日:2006/01/12(木) 20:28
-
……なんだよ、素直じゃん、けっこーカワイーとこあんだね。
あたしもニヤッと笑い返しながら、あーそうだと口を開く。
「…あのさ、チャーミーって呼ぶのヤなんだけど、変だし。
名前、教えてよ?」
チャーミーは、心底意外だとゆーように目を丸くした。
「えっ?えぇ〜〜〜 すっごくイケてる感じだと思うんだけど」
「……は?どこらへんが?」
「あのね、なんかぁ、チャーミングな女の子ってかん…」
「ぶっ……あははっ!ちっと変だわ、アンタ」
イケてるってイミわかってんの?って、からかったあたしに、
チャーミーは、えぇ〜〜〜と、地団駄を踏むようにもじもじ体を
動かした。
- 538 名前:You Can't Hurry Love 投稿日:2006/01/12(木) 20:29
-
「…うっわ、キショ」
あたしが両腕を擦るように、大袈裟に体を引いてみせたら、
もぉ〜〜ひどーい、そう言いながら、今度は曲げた両腕を
ぶんぶん振り出した。
参ったね、ホントにいるんだ?こんなリアクションするヒト。
ナマで見たの初めてかも。あたしはニヤニヤしてしまう。
「…もぉ〜なんで笑うのぉ!」
半分怒鳴るような、チャーミーの甲高い大声に、横を走っていた子供が
びっくりしたように、足を止めてこっちを見ていた。
- 539 名前:You Can't Hurry Love 投稿日:2006/01/12(木) 20:29
-
- 540 名前:ななしーく 投稿日:2006/01/12(木) 20:30
-
更新しました。
- 541 名前:ななしーく 投稿日:2006/01/12(木) 20:30
-
520名無飼育様。
ありがとうございます!
シチュエーションを生かしきれないかも知れませんが(w
がんばりますので、お付き合いお願いします。
そーせき様。
ありがとうございます!
前連載で間が空いた分を埋めようと年末飛ばしすぎたので
今回は週一更新を目標に頑張りまーす。
522名無飼育様。
ありがとうございます!
いくつか展開パターンを考えてあるのですが、なんかピンと
こなくて、模索中だったり……(汗
- 542 名前:バード 投稿日:2006/01/13(金) 02:22
- 更新お疲れ様です。
いい感じです!!おもしろい☆
- 543 名前:You Can't Hurry Love 投稿日:2006/01/19(木) 18:11
-
「ねーねー、よっすぃ〜、コレなんかどぅお?」
あたしは、リカちゃんの広げたTシャツを横目で見た。
折り紙でしか見ないよーなハッキリキッパリした黄色に、サーフボードを
持った男の子と女の子がサイコーにダサいカンジで描かれてる。
「……パス」
「なんでぇ?……かわい〜よぉ?」
あたしはその声を聞えないフリして、SALEの札が貼ってある
大きな籐のカゴの中に入ってる黒いTシャツに手を伸ばした。
「ねーねー、よっすぃ〜……」
「ヤだ」
振り向きもしないで答えたら、とっとっとと足音が近づいてきて
グリーンの迷彩柄のTシャツが差し出された。
およ?
コレはなかなかいんでない?
あたしがTシャツを受け取ると、リカちゃんは得意げにニッコリする。
思いっきり褒められるのを待ってる犬みたいな表情を目の前に
あたしはTシャツを広げてみた。
- 544 名前:You Can't Hurry Love 投稿日:2006/01/19(木) 18:11
-
「……なんだよ、コレ」
迷彩柄の真ん中で、蛍光ピンクのうさぎがあたしに向かって
ウィンクしてる。軽く頭痛……
リカちゃんは得意そーな笑顔のままさらっと答えた。
「可愛いでしょー、うさちゃん♪」
「………パス」
「なんでよぉ?」
ツンと尖らせられた唇を捻ってやろーかと思いながら、あたしは
さっき手を伸ばしていたTシャツをカゴから引っ張り出して
広げてみた。
前は無地。背中に白く筆を走らせたような文字で 海人 と
書かれていた。値段を見ると、50%off。
ま、いっか、こんなもんで。
「コレにする」
あたしがそう言うと、リカちゃんは尖らせた唇のまま、
えぇ〜〜可愛くないよぉ?と言ったけど、もちろん無視。
そしてそのままレジに直行した。
- 545 名前:You Can't Hurry Love 投稿日:2006/01/19(木) 18:12
-
那覇空港に着いてから、リムジンバスに揺られて二時間弱。
このホテルに到着したのは、一時間半ばかり前のことだった。
- 546 名前:You Can't Hurry Love 投稿日:2006/01/19(木) 18:12
-
ロビーのソファに座って待ってたあたしに、宿泊手続きを終えた
リカちゃんが抱えていたビニール袋を一つくれた。
「なんかね、キャンペーンのプレゼントなんだって」
「へぇ…」
袋を開けると、グレーのTシャツが出てきた。
左側の胸元に赤い字で2006Supervacationの文字と、航空会社名が
印刷されている。
ふぅ〜ん。
街では着たかないけど、ココでなら、まぁいっか。
そんでー あともう一枚Tシャツが欲しいとこだよな〜
今日着てきたヤツ洗っちゃえば帰る日に着てけるし。
あたしがそんな事をぼんやり考えてると、リカちゃんが、
チャックインまでまだ時間があるからお昼にしようよ、と言った。
- 547 名前:You Can't Hurry Love 投稿日:2006/01/19(木) 18:13
-
かなり上階のほうまで吹き抜けになってるロビー。
その前の階段をニ、三段下がったティールームで、あたしたちは
スコーンつきのティーセットを頼んだ。
横に広がるおおきな窓には贅沢としかいいよーのない美しい景色が
絵画のように静かに映ってた。
遠くには紺碧、浅瀬はエメラルドグリーンに輝く海が一面に広がって。
真夏ほど真っ白でない雲が、綿を薄く裂いたように空に浮かんでいる。
なんか……シアワセかも。
唐突にそんなことを感じてしまうほどの光景。
ぼんやり窓の外を見ていたら、焼きたてのスコーンのほんのり
甘い匂いが漂ってきた。
- 548 名前:You Can't Hurry Love 投稿日:2006/01/19(木) 18:14
-
「お待たせ致しました。アイスコーヒーのお客様は?」
あたしが小さく片手を上げると、薄く細長いガラスのグラスが置かれた。
琥珀色の液体の中で、まったく濁りのない透明な氷が涼しげな音をたてる。
リカちゃんの前にはオレンジと明度の明るい茶色のセパレーツになった
アイスティーが置かれた。
ガラスの淵に小さな白い生花の飾りをつけて。
窓からゆるゆると入ってくる日差し。
なんだか眠たいような気分になってくる。
「…ねぇ、よっすぃ〜?」
「ん?」
「キレイだね」
「……ん」
「沖縄……来てよかったな、ありがとう……」
改まってお礼なんか言われちゃうと、なんて返したらいいかわからなく
なっちゃって、黙ったまま、目の前で眩しげに外を見ながら微笑する顔を
見てたら、思わずその相手を好きだと錯覚してしまうような、完璧な午後だった。
- 549 名前:You Can't Hurry Love 投稿日:2006/01/19(木) 18:14
-
さっきまで、あたしたちは二時間という時間を、空調の行き届いた
大きなバスの中で、色んな話しをして過ごしてた。
それはまぁ、好きな映画だったり最近聴いてる音楽や、ハマッたTV番組
食べモンのコトとかね。そんな他愛ないことばっかで。
現実的な実生活の話しは一つもしなかった。
それをしてしまうと、この旅行にダレとくるはずだったのかってコトに
ふれてしまいそうだしさ。
リカちゃんって名前は聞いたけど、どんな字なのかさえ、あたしは
知らないまんまで。
知ってることは、意外にもスプラッタ映画が好きなコト。
チキンが好物なんだけど、にわとりが苦手なコト。
中学生の時にテニス部のキャプテンだったコト。それと、
バスを降りる頃には、どこか硬かったリカちゃんのあたしをよっすぃーって
呼ぶ声が、少し甘ったるいよーな、よっすぃ〜に変わっていったから、
きっと、いつもはそんなしゃべり方をするコなんだろうってコト。
あ、あと服のセンスがあんまりなコト。
それはまぁ、ちょっと前から気づいてたんだけどさ。
- 550 名前:You Can't Hurry Love 投稿日:2006/01/19(木) 18:15
-
ティールームをでた後に、そのまま階段を降りたトコにショップが
あるのが見えて、こうして覗いてたんだけど、リカちゃんと服の話って
のもしないほーがいいって身に染みてわかったコトの一つだな。
そんなコトをシミジミ実感しながら、Tシャツのお会計を済ませたあたしに
リカちゃんがそろそろチャックインできる時間だよって言いながら寄ってきた。
そうそう、リカちゃんね、ヘンな動物が描いてある、ショッキングピンクの
Tシャツ着てんの。
最初、べピーピンクの七分たけのカーディガンをボタンを留めて
はおってたから気がつかなかったんだけど。
んで、いま思い出したんだけどさ、
ソレって確かピンクパンサーってゆーんじゃなかったっけ?
でさ、デニムのパンツとかに合わせるなら、まだアリかなーとかって
思わなくもないんだけど、同じデニムでもひらひらだんだんになった
スカートってどゆコト?
あたしの好みはシンプルイズベストだから、マジわかんね。
今日の格好も白いTシャツと、洗いの効いたデニムだし、拘ってるのは
バックルのごついベルトくらい。んではおってた黄色系チェックのシャツは
いま腰に巻いてる。
- 551 名前:You Can't Hurry Love 投稿日:2006/01/19(木) 18:15
-
マジマジとその姿を観察してるあたしと、目が合うと、リカちゃんは
えへってカンジに小首を傾げて笑った。
「行こう?よっすぃ〜」
「……うん」
リカちゃんは手ばなしで、嬉しさを隠そうともしない弾んだ笑顔を
あたしに向けた。
なんつーか…
その顔は100%女の子ってカンジの、見てるこっちのどっかがくすぐったく
なるよーな、そんな笑顔だった。
- 552 名前:ななしーく 投稿日:2006/01/19(木) 18:16
-
更新しました。
石川さん、お誕生日おめでとうございます♪
この一年が、貴女にとって笑顔溢れるステキな毎日でありますように…
- 553 名前:ななしーく 投稿日:2006/01/19(木) 18:17
-
バード様。
ありがとうございます♪
いただいたレスを励みにがんばりますっ!
- 554 名前:そーせき 投稿日:2006/01/20(金) 22:04
- 544冒頭のTシャツを着たよっすぃ〜をすごく見てみたい・・・
- 555 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/22(日) 00:29
- なんかすっごくリカちゃんが可愛い……
つづき楽しみにしています。
- 556 名前:You Can't Hurry Love 投稿日:2006/01/31(火) 17:59
-
ボーイさんが、リカちゃんの重たいスーツケースを軽々と部屋まで
運んでくれた。
なんでその重さを知ってるかってゆーとリムジンバスに乗る時
あたしが持ち上げたからだ。
だってさ、よたよたしてんだもん。
自分で持ち上がんないほど、荷物をつめるなよ! つーか
三泊四日って言ったよね?いったいナニが入ってんの?
そんなあたしの心ん中のグチを知るワケもないボーイさんは、簡単に
部屋の説明をすると、何かございましたらフロントまでご連絡下さい
そう言いながらさわやかな笑顔を残してドアを閉めた。
「うぅ〜〜〜んっ」
リカちゃんが両腕を上げながら、二台並んでるベッドの一つにゴロンと
大きく伸びた。
あ、結構硬めだ〜、そんな声を聞きながら、あたしはベランダの向こうに
遠く広がる海をみた。空はきれぎれの雲に覆われている。
今日は夕陽が沈むのは見れないかもな。
- 557 名前:You Can't Hurry Love 投稿日:2006/01/31(火) 18:00
-
ドレッサー調になってるチェストの上に、アルバムを薄くしたみたいなのが
乗っていたから、開いてみると、ホテルの施設案内と略図が載っていた。
……へぇ
室内プールにフィットネス、ゲームセンター、コンビニ、ネイルサロンに
エステ……なんでもありじゃん。
そのままページを捲ると、レストラン案内になった。
営業時間や、お勧めメニューなのか、その店のカラーというか、ウリっぽい
メニューがウマそーに写真に納まっている。
「…お夕飯、どこにする?」
背後から急に声をかけられて、一瞬、ビクッと肩が震えた。
振り向くと、身を乗り出すようにページを見てるリカちゃんの顔があった。
ちょっと眉間に皺とかよせちゃって、けっこーマジな顔。
「……うーーーん、なんつーかどこも高そーだよね」
どの店もかなりウマそーなんだけど、今のあたしが気になるのは
味よりも値段だったりする。
- 558 名前:You Can't Hurry Love 投稿日:2006/01/31(火) 18:01
-
リカちゃんは、…あ、と 何かを思いついた顔をして、辺りを見回すと
ベッドの上に投げ出されていたバックを引き寄せた。
そして、ホテルのロゴが描かれた厚紙みたいなモノを取り出すと、その間に
挟まっていた紙を取り出して、あたしが広げているレストラン案内と見比べて
顔を動かした。
「……うん、どのお店でも大丈夫みたい」
「…それって…」
「朝ごはんと、お夕飯のクーポン券だよ。
……あとね〜 ゲームセンターのメダルプレゼント券に、ショップの
10%割り引き券でしょ?…あ、これさっきのお店で使えたのかな?
それとぉ、エステのサファイアコース20%OFF券に……ウエルカムドリンク券と…」
「あ…あのさ、リカちゃん」
顔を上げて、ん? と、いう顔をしてるリカちゃんに、あたしは言った。
言いにくかったし、いまさらっちゃ、いまさらだけど、やっぱりちゃんと
した方がいい話だって思ってたから。
「……この、旅費のことなんだけど、あたしはいくら払ったらいいの?」
リカちゃんは、一瞬、ハッとすると、目線をオドオドと泳がせた。
その後、俯いてしまった顔の唇を小さく噛んでいる。
- 559 名前:You Can't Hurry Love 投稿日:2006/01/31(火) 18:01
-
「………いらないよ」
「へ?」
「…だってわたし……ひとり分しかお金出してないんだもん。
それに……もしよっすぃ〜が、こうして来てくれなかったら
わたしも…キャンセルしちゃってたかも知れないし……」
どんどん尻つぼみになっていく声に、…あぁ〜マズいこと聞いちゃったなぁ、
なんて思ってもアトの祭りだった。
顔を上げないリカちゃんに、もしかして涙ぐんでんの?って、ヘンに焦って
ドギマギしてしまう。
「……あ、あの、リカちゃん?」
あたしは目の前の細い腕に手を伸ばそうとした。その時、
リカちゃんは勢いよく、バッと顔を上げた。
その顔は笑顔だったけど、かなりムリムリで。
見てると、こっちの胸が詰まるカンジで。
無理して笑わなくってもいいのに……
そう思うと、あたしの方が情けない顔になってしまう。
- 560 名前:You Can't Hurry Love 投稿日:2006/01/31(火) 18:02
-
リカちゃんは、あたしの顔を見ながら、フッとため息のような
微笑みを漏らした。
「……そんな顔しないで…よっすぃ〜は優しいね」
「………そんなこと、ないケド」
リカちゃんがゆっくり首を横に振る。
「…よっすぃ〜って……恋人、いるの?」
「いないよ」
「気を遣ってくれなくてもいいのに……」
「マジでっ いねーの!」
あたしが語気荒く言い切ると、リカちゃんは肩から力が抜けたように
微笑んだ。
「……なら、良かった。
いまってGWだから、カレシとかいたら悪いから……」
「オトコなんていらねーよ。オンナ同士、楽しくやろーぜ!」
あたしのおどけた調子の言葉で、リカちゃんの微笑みが口許いっぱいに
広がっていくのが見えたから、あたしも安心して微笑み返した。
- 561 名前:You Can't Hurry Love 投稿日:2006/01/31(火) 18:02
-
わたしね……
そう、小声で言い出したリカちゃんの眼差しは、あたしの顔の上の合って
いたはずのピントがズレて、ここでないどこかを見てる。
「……ミッキーマウスの恋人になりたいな」
「……はい?」
イキナリのワケわかんない発言に、呆気に取られたあたしは、かなり
マヌケな顔をしているんだろう。クスッと笑う声がした。
「だってね、ミッキーはずっと一途でしょう?
どんなに人気があったって、みーんなが自分に注目してたって
いつでもミニーのことしか見てないの」
……あぁ、そゆコト。
昨日からのこのコが、どことなく影が薄くって、薄幸そーに見えたのは
コイビトの裏切りだか、浮気だかが、リカちゃんの自信を奪ってしまった
からなのかな?
忘れさせてあげるよ、なーんて言えちゃうほど、あたしはリカちゃんって
コを知ってるワケじゃない。
- 562 名前:You Can't Hurry Love 投稿日:2006/01/31(火) 18:03
-
けど、いま沖縄なーんて、ちょっとばかり非日常なトコにこうして
二人でいんだからさ?
一回でも多く、その寂しげな顔を笑顔に出来たらいんじゃんって、
楽しませてやりたいって、そう思う。
だからあたしは大袈裟に眉を顰めて見せた。
「………ネズミだよ?」
あははっ!
リカちゃんが声をたてて笑った。
「……けど、まーいんじゃん?」
ニヤリと笑いながら、あたしはそう言って、いま思いついたコトを
続けて話す。
「そだ。東京帰ったらさー、一緒にディズニーランドいかね?
リカちゃんの王子サマに会いに、さ」
- 563 名前:You Can't Hurry Love 投稿日:2006/01/31(火) 18:04
-
ほんとに?
大きく頷いたあたしに、リカちゃんの顔が柔らかく崩れる。
その笑顔は、昨日今日あたしが見た中で、一番嬉しそうに見えた。
- 564 名前:ななしーく 投稿日:2006/01/31(火) 18:09
-
更新いたしました。
週一目標とかデカい口叩いてたのはどの口だぁ〜(汗
ジミ〜にノロノロですんません!
- 565 名前:ななしーく 投稿日:2006/01/31(火) 18:10
-
そーせき様。
レス嬉しーです!
私も見たいです。出来ればイヤそ〜な顔してるカンジで(w
555名無飼育様。
レス嬉しーです!
これからもリカちゃんをカワイく書けるよーに頑張りたいです(w
- 566 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/02/01(水) 10:14
- 続きがますます楽しみです。
- 567 名前:名無読者 投稿日:2006/02/01(水) 18:06
- いいっすねー。
やっぱホント、いしよしはいいなぁ(しみじみ
- 568 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/02/07(火) 19:08
- 楽しみにしています。
- 569 名前:You Can't Hurry Love 投稿日:2006/02/14(火) 22:35
-
唐突にパッチリと目が覚めた。
たくさん眠った後のように、イヤに気分がスッキリしてる。
見慣れない室内に、一瞬、ココどこだー?と記憶が混乱して
あぁそうだ、と思い出す。淡い生成りのカーテンの向こうが明るい。
引き寄せられるように窓辺へ向かって、指先でカーテンの隙間を作り
外を見た。まさに沖縄。淡く輝く水面が長々と横たわっていた。
…今、何時なんだろ?
ベッドサイドに足音を立てないように戻って、ベッドに片膝をつく。
二台のベッドの間にある小さなサイドボードの上に置いておいた
携帯を手に取った。あと数分で七時だった。
- 570 名前:You Can't Hurry Love 投稿日:2006/02/14(火) 22:36
-
そのまままた、ベッドにゴロンと横になり、真っ白な天井を見た。
昨日は館内探検して、夕飯食った後、結構早く寝ちゃったんだよな。
片腕を枕にして、横のベッドで眠ってるリカちゃんを見た。
生成りの毛布を口許まで引き上げて丸まってる。
…なんつーか…フワフワした寝顔。
うぅーーむ、どっかで見たよーな?
あっ、そだ、まだ産毛でかこまれた動物の子供みたいなカオ。
あたしの口許から、フッと笑いが洩れた。
そのまま、ぼんやりとリカちゃんの寝顔を見続けていると
ちっちゃな手が毛布から出てきて、子ネコが顔を洗うみたいに
口の回りでモゴモゴ動いた。
……クッ、
思わず込み上げてきた笑いを噛み殺す。
「……カワイー」
意識するより早く、口から小さく言葉が出ていた。
- 571 名前:You Can't Hurry Love 投稿日:2006/02/14(火) 22:36
-
リカちゃんって見てて飽きないコだと思うんだよね。
そうだ昨夜、ゲーセンも行ったんだ。そん時、
メダルゲームで溢れ出てきたコインにリカちゃん怯えちゃって、半泣きに
なっちゃって。
あたしの背中に隠れるよーにして、…よっすぃ〜壊れちゃったよぉ
どーしよ〜って……
ちょっと変なんだよね、からかったら面白そーなんだケド。
それに性格が素直ってゆーか……
夕飯の時とかも、おいしいって言う前から、・・・あぁ、おいしいんだなって
顔見てるだけでわかっちゃったし。
表情暗かったから最初気づかなかったケド、こーやってよっく見んと
顔だって、整ってんじゃね?笑顔……カワイーし、さ。
女の子っぽくってさ、男ウケしそー……
なのにこんなコ、振っちゃうヤツいんだね。勿体無くね?
モテそーなカンジもすっけど、どーなのかね……そーだなぁ、例えば……
例えば………あたしが…男、だったとして………
- 572 名前:You Can't Hurry Love 投稿日:2006/02/14(火) 22:37
-
「……うぅ〜〜〜ん」
あたしの体がビクッと震えた。
リカちゃんはもぞもぞ動いて、毛布を抱きしめると反対側を向いて
しまった。
唐突に目の前に、細い肩から括れたウエストやら、そっからなだらかに
つづく丸いお尻なんかが見えてしまって。
……あたしが男だったとしたら、
そんなコトを考えてたせいか、思わず手を伸ばして撫でてみたいと
思ってしまうよーなライン。なんだろ?……ドキドキする。
こーゆーのって、なんつえばいーの?
色っぺー?シゲキテキ?ソソられる?エロい?
……あぁ、エロいのはあたしか…って、ナニ考えてんだよっ!
- 573 名前:You Can't Hurry Love 投稿日:2006/02/14(火) 22:37
-
オマエおかしーだろーって自分ツッコみ入れつつ、リカちゃんから
目が離せない。
浴衣の裾が肌蹴て、細い足首につるんと小さくて桃色の踵が見えた。
あたしの喉が小さく鳴る。
ゴクン……
あたし、が……男だったら……襲……って、ちっと待てやーーーっ
あたしはバッと起き上がると、マジでナニ考えてるんだよぉ〜
そう情けなくなりながら、ボケた頭をスッキリさせようと顔を洗いに
バスルームにはいった。
- 574 名前:You Can't Hurry Love 投稿日:2006/02/14(火) 22:38
-
顔だけ洗うつもりだったんだけど、なんだか勢いでシャワーまで
浴びてバスルームから出てくると、開け放たれたカーテンの先に
さっきより、青味を増して輝く海が見えた。
窓際に置かれたテーブルセットの椅子に腰掛けていたリカちゃんが
振り返り、ニッコリ微笑む。
「おはよ♪よっすぃ〜」
あたしは目を細めながらぼそぼそ、……おはよう、と答えた。
なんだか眩しいんですケド、朝日をバックに輝く笑顔。
ちと直視出来なくなって俯いたら、濡れた髪の先からポタポタと水滴が
絨毯に落ちるのが見えた。
- 575 名前:You Can't Hurry Love 投稿日:2006/02/14(火) 22:39
-
着替えて朝飯にってハナシになって、あたしはバスルームに戻って
髪を乾かした。
バスルームから出てくると、ハイビスカスが立っていてギョッとしたら
ちがかった。どハデなハイビスカスプリントのストンとしたワンピースを
着たリカちゃんが立っていた。
わかるよ?リゾートだもんな、南国だもんねー なんつって
……はぁ、
見て見てって、その場でターンしそーな顔してる気がするのは
きっとあたしの勘違いなんだ。うん。
どハデなハイビスカスリカちゃんと、景品のグレーのTシャツきた
あたしって、ペアルックの新婚ぐらいナサケナイ気がする……
- 576 名前:You Can't Hurry Love 投稿日:2006/02/14(火) 22:39
-
朝飯に洋食のビュッフェを食べて、泳ぎに行く準備をしよーと
部屋に戻った。
リカちゃんがスーツケースから、でっかい浮き輪を取り出した。
その後、空気入れが出てきたから、リカちゃんの荷物がこの量になって
いるワケをミョーに納得してしまった。
リカちゃんはスーツケースをガサガサやっていたから、あたしは
空気入れを片足で踏みながら、浮き輪を膨らませるコトにした。
浮き輪を膨らましながら、リカちゃんの背中を見ていると
さっきから手が止まったままだ。ナニしてんだ?
「リカちゃん?」
……ん?と振り向いたリカちゃんは、あたしが浮き輪を膨らまして
いることに気がついて、ありがとう、よっすぃ〜と微笑んだ。
「んなこたーいんだけど、ナニしてんの?さっきから…」
「……ん〜、あのね、水着なんだけど…」
- 577 名前:You Can't Hurry Love 投稿日:2006/02/14(火) 22:40
-
リカちゃんがあたしに向き直って、スーツケースの上に広がってた
水着が見えた。
両方ともピンクなんだけど、一つは時代遅れっぽいワンピースで
もう一つは上品なカンジのサーモンピンクのビキニだった。
胸元に白い花のレースみたいなのがついてて、リカちゃんってカンジ。
すっごい似合いそう、悩む必要なんてないじゃんよ。
「そりゃ、こっちだろ」
あたしがビキニを指差すと、……でも、とリカちゃんは俯いて
口ごもった。なんとなく暗いカオ。
……あぁ、そっか、
コイビトに見せよーと思って買ったんだよね、きっと。
けどさ、そんなんこだわってちゃ楽しめないよ。
フッきるなんて、なかなか出来なさそーなリカちゃんだからこそ
絶対、ビキニを着ちゃった方がいいって思うんだ。
- 578 名前:You Can't Hurry Love 投稿日:2006/02/14(火) 22:40
-
あたしは空気入れから、足を離して、屈みながらスーツケースから
ビキニを取って、リカちゃんに差し出した。
「コレ、似合うと思うから。あたし、こっちがいい。」
「……よっすぃ〜?」
「…はいっ」
目の前へと、さらにビキニを押し付けるよーに差し出すとリカちゃんは
ん、と頷いてビキニを受け取った。
照れたよーな小声で、着替えてくるね、そう言ってバスルームへ
入っていった。
んじゃー、あたしも着替えちゃおっかな?
昨日、館内探検をしてた時、
室内プールんトコでレンタル水着を見つけて借りてきたヤツ。
競泳用?ってカンジの紺に白や紫で、スポーツブランドが入ってるだけの
水着で、ココでは浮きそーだけどゼータク言ってらんないし。
あたしも水着に着替えて、その上からTシャツと、昨日リカちゃんが
コレならよっすぃ〜も着れるかな?ってスーツケースをガサゴソやって
貸してくれた、白のハーフパンツを穿いた。
- 579 名前:You Can't Hurry Love 投稿日:2006/02/14(火) 22:41
-
あたしが着替え終わって、また浮き輪を膨らませよーとした時、
バスルームからリカちゃんが出てきた。
あたしはちょっと、目を見開いて、ヒュ〜と口笛を吹きたい気分。
細い手足。ギュッと括れたウエスト。それに…胸あんだね。
マジで雑誌のブラビアとかの子みてー。
思わず無言で見入ってると、リカちゃんが不安そーにあたしを
見上げた。
「…わたし、変?……似合ってない、かな?」
「まっさかー てか、リカちゃんすんげーイイカラダしてんね」
「いいからだ?」
「…あ、えと、スタイル抜群じゃん!」
「ほんと?!」
「うん。マジ、マジ、普段服きてんの勿体ねーくらい」
「…………」
「…あれ?えと、あたしなんかヘンなコト言ってっかな?」
- 580 名前:You Can't Hurry Love 投稿日:2006/02/14(火) 22:41
-
少しだけ尖りかけてたリカちゃんの唇が、ふふっと笑った。
「ちょっとヘンだけど……でも、うん。ありがと!よっすぃ〜
わたしちょっとだけ自信ついちゃったかも」
「ちょっとなんて言わないで、もっと自信持っていいよ!
リカちゃんさ、カワイーと思うよ」
「ほんとうに?」
「うん。ナンパされまくってもついて行っちゃダメだよ?」
「えぇ〜、そんなぁ…」
リカちゃんははにかんだように俯きながら、髪を耳にかけたりしてる。
そして、少しほっぺたを赤くして口を開いた。
「…もし、もしね?
よっすぃ〜が男の子だったとしたら、声かけてくれるかな?」
「ったりめーじゃん。
あ、そん時はついてきてね。」
- 581 名前:You Can't Hurry Love 投稿日:2006/02/14(火) 22:42
-
「ふっふふ!もぉ、よっすぃ〜てばー」
リカちゃんがくすぐったそーに、クスクス笑ってる。
よしっ!イイ感じ〜♪
ね、リカちゃん?
沖縄の海があたしたちを待ってるよ?
だからもう、昨日までのヤなことはどっかやっちゃってさ、
今日を二人でめいっぱい楽しもうよ。
- 582 名前:ななしーく 投稿日:2006/02/14(火) 22:42
-
更新しました。
- 583 名前:ななしーく 投稿日:2006/02/14(火) 22:43
-
566名無飼育さま。
ありがとうございます。楽しんでいただけましたでしょーか?
567名無飼育さま。
ありがとうございます。いしよしはやっぱりいしよしですよね(w
568名無飼育さま。
ありがとうございます。楽しんで頂けてるといいんですけど…
- 584 名前:そーせき 投稿日:2006/02/16(木) 12:43
- いい!イイッ!甘々一直線最高!
季節先取りで気分は常夏〜♪
- 585 名前:You Can't Hurry Love 投稿日:2006/03/02(木) 17:32
-
遠目からはどっかの入浴剤を入れたみたいに見えた海の色。
シトラスミントの香りまでしそう……って、んなワケねって。
透明なんだ。海水は。
当たり前のコトにカンドーしちゃう、都会っこはヤーねぇー
ピーカンとは言えない空模様。せっかく顔を出した太陽が
雲に捕まってまた隠れてしまう。
風が凪いで、日が差していればもちっとなんとかなりそーな
とこだケド…
「冷っめてぇぇぇ〜」
感動モンの沖縄のウツクシー海に足を入れた、記念すべき第一声は
コレだよ……
- 586 名前:You Can't Hurry Love 投稿日:2006/03/02(木) 17:32
-
そりゃそーだろってカンジで、沖まで出てるヒト達なんかいなくって
浜辺で甲羅干ししてるカッポーや、波打ち際で家族連れなんかが
ちまちま遊んでる。
膝が隠れるくらいまで進んだところで、後ろからリカちゃんの情けない
声がした。
「…ねぇ、よっすぃ〜 待ってー 冷たいよぉ〜」
振り返ると、足首だけを水に浸したリカちゃんが両眉を下げてこっちを
見てる。前進する気配ナシってカンジで。
「おいでよー」
「えぇ〜?!」
確かに冷たいさ。
けど世間には寒中水泳とかあるワケだし。こんくらいイケるって。
それになんかムカツクじゃん?くやしーじゃん?
こんなキレーな海が目の前に広がってんのに、さ。
- 587 名前:You Can't Hurry Love 投稿日:2006/03/02(木) 17:33
-
ヨシザワね、基本は事なかれ主義であんま熱くなったりしねーんだけど、
体育会系在籍長かったから一度火が付くと止まんないの。
負けてらんないでしょーって。
「でーじょーぶだって!ほら来いっ」
「んもぉ〜〜〜」
ウシかオマエは?!
あたしは鼻息荒く沖に向き直る。
遠い水平線が緩くカーヴしているように見えて、地球は丸いんだー
なんてヤケにカンジちゃったりして。
数十メートル先には、ポッカリ浮かんだ白いブイがゆるゆると
揺れている。
そろそろと近づいてくる気配に振り返ると、ちょっぴり唇を尖らせた
リカちゃんがいた。
「…あそこまで行こーぜ」
「……え?」
- 588 名前:You Can't Hurry Love 投稿日:2006/03/02(木) 17:34
-
あたしが指さした白いブイがわからないのか、リカちゃんは
キョトキョトと視線を彷徨わせた。
「アレだよ、アレッ!」
あたしはリカちゃんの視線を捕まえて、腕を伸ばしてブイを差した。
「…え…えぇ〜〜〜っ!?」
スッゲー声……あーたソレ、悲鳴の域だって。
仰け反るあたしを見上げるリカちゃんの顔がこころなし青く見える。
ソコまで水冷たいか?
「む、無理だよぉ〜」
「冷てーの慣れてくるよ、も少ししたら。」
「そ、そうじゃなくって!無理なのっわたしっ」
「……?」
「…お、泳げないからっ!」
「……はい?」
「だからぁ〜 泳げないんだってば!」
「はぁ〜〜〜?!」
- 589 名前:You Can't Hurry Love 投稿日:2006/03/02(木) 17:34
-
リカちゃんは青かった顔色を、今度はほんのりと赤く染めて俯くと
ブツブツ小声で話し始めた。
スポーツが苦手な訳じゃないんだよ?って。
うん、わかるよ?テニス部だったんだよね。
足だって遅くないし、体は柔らかい方でって。
そーなんだ、へぇぇ〜
…だけど、だけど泳ぐのだけはダメなの。息継ぎがどうしても
出来なくって、足つかないとこだとパニくっちゃうのって。
リカちゃんは大きな浮き輪をギュッと抱きしめた。
なーる、ソレって命綱だったのね。
あたしは首を回して、その後、軽く肩も回す。そして俯いてる
リカちゃんの頭に声をかけた。
「連れてってあげるよ」
「…え?」
「あたし、浮き輪引っ張って泳ぐからさ〜
リカちゃん、バタ足なら出来るっしょ?」
「…う、うん……でも…」
「……怖い?」
- 590 名前:You Can't Hurry Love 投稿日:2006/03/02(木) 17:35
-
リカちゃんは言いよどんだまま、ブイの方に顔を向けた。
あたしを信じてよ。
なーんてクサいセリフは言えねーし、そんなコト言えちゃう
間柄でもないケドさ。
でも……楽しもうよ?今、を。
目の前には独占出来ちゃいそうな海がある。
この海はトクベツ、沖縄の海じゃん。そーそー来れるトコじゃなくね?
だから、行こう?
それにさ今、そのコトを一緒に楽しめる相手はあたししかいないんだから。
チラリとこっちに視線を戻したリカちゃんに、あたしは頷いて笑って
みせる。
そして、リカちゃんの浮き輪に手をかけて引っ張りながら沖へと
ゆっくり歩き出した。
水嵩がお腹まできた辺りで、あたしは泳ぎ始めた。
片手で浮き輪をひっぱりながら。
リカちゃんの懸命なバタ足は、やたらゴージャスに水飛沫を
飛ばすから、回りにヒトがいなくて良かったよ。
- 591 名前:You Can't Hurry Love 投稿日:2006/03/02(木) 17:35
-
近づいていくとブイはかなり大きかった。
リカちゃんに、ブイを固定させてるロープにつかまってるように
言って、あたしはブイの上に上がった。
そして、リカちゃんをブイに捕まらせて、両腕を引っ張り引き上げた。
はぁ、さすがに息がきれた。
そのままゴロンと横になって空を見上げる。
雲の切れ間から太陽が覗く。眩い白の光を手の甲で遮った。
「………ありがとう」
聞き逃しそうな呟きにあたしは顔だけ横を向いた。
両膝を抱えるように座ったリカちゃんが、眩しそうに目を細めて
陸の方を見ながら小さく微笑んでいた。
「……こんな風に海の上から砂浜とか見たことなかった。
わたしたちが泊まってるホテル、小さく見えるね」
「……あぁ、」
あたしも起き上がって同じように砂浜を見る。
白く浮かび上がるようで美しかった。
ぽつり、ぽつりと開いてるパラソルが風に揺れてる。
- 592 名前:You Can't Hurry Love 投稿日:2006/03/02(木) 17:36
-
「…なんかね、わたし……よっすぃ〜といると…よっすぃ〜がいると
ちょっと変われるって言うか……」
「…………」
「……いままで、わたしには無理って諦めてたこととか、やってみたら
出来るのかな?って思えてくるの。
……なんか上手く言えないんだけど…」
どっか自信なさそうに見えてたリカちゃんの表情が、
あたしにもいまはちょっと違く見える。
どこまでもどこまでも続く高い空から、降りてくる白く輝く日差しを
浴びて、その笑顔がキラキラしてる。
─── キレイ、だな
そう思って。気がついたら見惚れてて。
その笑顔のままこっちを振り返られたら、
─── ドキッ、
なんだか焦っちゃって。咄嗟に口から出たのは……
- 593 名前:You Can't Hurry Love 投稿日:2006/03/02(木) 17:37
-
「ん、んじゃ〜
帰りはバタ足で一人で頑張ってみる?」
リカちゃんのキラキラしてた笑顔がスッと曇った。
………バッカだぁ、あたし。何言ってんの?
「えっ、えっとぉ……それはちょっと無理かなぁ、やっぱり怖いし」
「……冗談。
んな無責任なコト、するワケねーだろ」
今度はまるで怒ってるみたいなぶっきらぼうな言い方になっちゃったし。
あぁ、もー なんなの、あたし。
リカちゃんがすまなそうな顔でこっちを見てる。
「…ごめんね?迷惑かけて。
ほんとにわたし……よっすぃ〜に迷惑ばっかり…」
「んなコトないし!」
今度は怒鳴っちゃったよ……
リカちゃんがビックリして固まってる。
- 594 名前:You Can't Hurry Love 投稿日:2006/03/02(木) 17:37
-
目を見開いたリカちゃんにジッと見つめられて、なんだろ?
上手く息が出来ないみたいに、口がパクパク動くだけで声が出てこない。
「……よっすぃ〜?」
「あ、……だからー、その、あたしは、んなふうに思ったコトねーから!
だから迷惑とかゆーなよ……」
「………ん…よっすぃ〜は本当に優しいね」
リカちゃんがエラい優しい顔になって、あたしを見てる。
やべーやベー、顔がカッカしてきた。
「……もーいーから。そろそろ戻ろ」
「うん!」
- 595 名前:You Can't Hurry Love 投稿日:2006/03/02(木) 17:38
-
陸へと帰る途中、リカちゃんのあまりの必死の形相が可笑しくて
あたしにちょっとしたイタズラゴコロが湧き上がる。
引っ張ってた浮き輪から、そろりと手を離すとあたしはリカちゃんから
数メートル離れた。
「ち、ちょっと、よっすぃ〜!」
「ココまで、頑張っておいでよ。」
「ええぇ〜〜〜!」
「すぐだから、すぐ!」
「んもぉーーー!」
リカちゃんのバタ足がヒートアップしてる。
この分ならすぐに追いついて来るだろう。
…………… 。
……前に進めてればだけど。
スゲーーー 後ろに進んでるし。コレって特技?
リカちゃんはもう、あたしの姿さえ見えてないカンジ。
やたらめったらバタバタやってる。スゲー疲れそーだな、アレ。
- 596 名前:You Can't Hurry Love 投稿日:2006/03/02(木) 17:38
-
あたしはまた沖へと進んでくリカちゃんの方へ泳ぎだした。
ゆっくりと水飛沫を上げないで。
自慢じゃないけど、スポーツはオールオッケー。
自分のペースでいいなら、いつまでだって泳いでられる。
リカちゃんが近づいてくあたしの姿に気づいて、ホッとした笑顔を
浮かべた時。あたしは海中に潜った。
「……えっ?!
ヤだ!よっすぃ〜?!よっすぃ〜!!!」
動揺して泣きそうな声で、あたしの名前を呼び続ける声に、
込み上げてくる笑いを噛み殺しながら、リカちゃんの真横で
あたしは海中から顔を出した。
「呼んだ〜?」
「キャァァァーーー!」
- 597 名前:You Can't Hurry Love 投稿日:2006/03/02(木) 17:39
-
涙目になりながら、あたしを睨みつけてくる顔。
全然怖くないし♪
ニヤニヤしながら浮き輪を引っ張ると、リカちゃんはあたしの手を
軽くぺチッと叩いた。
「もぉっもぉ〜〜〜!
よっすぃ〜のバカッ バカバカッ!」
「ひでーーー 迎えに来てやったのに」
リカちゃんが頬っぺたをぷぅーと膨らました。
悔しそうに唇も尖らせて。カーワイー。
高揚感が海水のようにあたしの体を取り囲んでく。
やたらウキウキとココロが弾む。
とにかく楽しかった。
青い海に浮かんで。目の前にリカちゃんの拗ねた顔があって。
- 598 名前:You Can't Hurry Love 投稿日:2006/03/02(木) 17:39
-
なんだかとにかく、笑い出したくなるくらい、
なにもかもがすべてが楽しかった。
- 599 名前:ななしーく 投稿日:2006/03/02(木) 17:40
-
更新しました。
- 600 名前:ななしーく 投稿日:2006/03/02(木) 17:43
-
そーさき様。
レスをありがとーございます。
二人は楽しんでいるよーなので、ほんのつかの間でも
二人の沖縄を楽しんで頂けたらうれしーです。
- 601 名前:ななしーく 投稿日:2006/03/02(木) 17:45
-
す、すみません……
上記、お名前を入力ミスしてしまいました。
そーせき様!です。
- 602 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/02(木) 22:41
- 続き待ってました!!
いいなあ・・・
引っ張られてる姿が目に浮かびます。
- 603 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/02(木) 23:42
- よっすぃの心理描写がとってもよくて楽しいです。
- 604 名前:名無し読者 投稿日:2006/03/03(金) 01:49
- あーもーパソコンの前でにやにやにやにや・・・・・w
次回も楽しみにしてます!
- 605 名前:You Can't Hurry Love 投稿日:2006/03/03(金) 19:00
-
夕飯はバーベキューにした。
真っ赤な夕陽をバックに……とかいきたかったトコだけど、
梅雨入り間際の沖縄の空には、薄い雲がスタンバったままだ。
少し風が出てきて肌寒い。
それでも網の上の魚介類の透明な肌色が白くなる頃には、それを
囲むウチらの頬っぺたも温かくなる。
バーベキューのセットが片付けられた頃、夕暮れが濃くなり
ところどころライトアップの明かりが点る。
少し離れたプールサイドの方から、トランペットの音色が
流されてきた。
「ちょっと行ってみない?」
「うん!……あ、そうだ〜」
リカちゃんは小さなバッグをガサゴソやって、ドリンクサービス券を
出すと、あたしに見せてニコッと笑った。
- 606 名前:You Can't Hurry Love 投稿日:2006/03/03(金) 19:01
-
空を覆ってた紫の色彩のグランデーションが落ちて、あたりは薄闇に
包まれてく。
プールサイドへ向かう道のところどころにもレトロなデザインの
シャレた街灯が温暖色の柔らかい明かりを灯してた。
道の向こうから腰に手を回したカップルがやってきて、
男が何やら女の耳元に囁いて、くすぐったそうに笑いながら
ウチらの横を通り過ぎる。
暖灯の中に浮かぶリカちゃんの横顔が、ふいに寂しそうに見えて
あたしはリカちゃんの肩に腕を回して囁いた。
「……コイビトごっこしよーか?」
「え?……ふふっ」
リカちゃんは小さく笑いながら、そっと頭をあたしの肩先にもたれ
かけてきた。
薄闇に紛れて、本物のコイビトみたいに見えたらいい、と思った。
マガイモノだってわかってるケド、この一瞬だけ、リカちゃんが
一緒にいるはずだったダレかの代わりに。
- 607 名前:You Can't Hurry Love 投稿日:2006/03/03(金) 19:01
-
「……困っちゃう…」
「え?」
「…よっすぃ〜が…優しすぎるから…」
「……リカちゃんにだけだよ。」
サラッと口から出てきた自分のセリフが信じられなかった。
まるで口説いてるみたいじゃん。
あたし、酔ってんのかな? ……沖縄の夜に。
- 608 名前:You Can't Hurry Love 投稿日:2006/03/03(金) 19:02
-
プールサイドでトランペットを聞きながら、サービスされた
ブルーの甘いカクテルを飲んだ。
リカちゃんが、もうちょっと飲みたくない?
と言い出して、部屋に戻る前にコンビニで缶チューハイやカクテルを
買った。
明日の朝はゆっくりでいーか? 目覚ましとかかけないで、さ。
こういう場所でそーゆーのって、ちっと贅沢なカンジ。
そーだな。今晩は甘い色をしたジュースのようなお酒を飲んで
リカちゃんといろいろ話そう。
そんで明日は、部屋でダラダラして午後から水温が温まったプールで
のんびり遊ぶ。
明日も楽しくなりそうだ。
あたしは自分でも気づかないうちに小さく笑ってた。
- 609 名前:You Can't Hurry Love 投稿日:2006/03/03(金) 19:03
-
部屋に戻って缶チューハイで乾杯した。
小首を傾げて、何に?と聞くリカちゃんに、あたしがニヤリと笑って、
二人の出会いに、と答えると、ブッと咽返ったリカちゃんの顔が
真っ赤になるのが可愛いかった。
「…よっすぃ〜酔ってるの?顔、赤いよ」
「酔ってないよ」
「ほんとに〜?」
自分だって顔赤いじゃん。
あー、あたしのせーか。
言っとくケド、実はあたし酒メチャメチャ強いんだ。
肌が薄いせいか、すぐ顔は赤くなるんだけどぜんぜん酔わない。
「リカちゃんはよく飲み行ったりすんの?」
「ん〜〜〜?」
あたしたちは、飲みに行くならどこの店がお勧めだとか言う話から
あそこのランチは絶品だとか、新しくオープンした店の限定ケーキを
食べたことがあるか?とか、二人が顔を合わせた駅周辺の話で盛り上がった。
高校時代、同じ電車で通学してたことがわかり、毎日すれ違ってたかもね、
なんて話をしてた時に、ふいにリカちゃんが言った。
- 610 名前:You Can't Hurry Love 投稿日:2006/03/03(金) 19:03
-
「よっすぃ〜って女子高だったんだよね?」
「うん。」
「……あの、ね、その…」
「ん?」
リカちゃんが新しい缶に手を伸ばす。
そしてグビグビ開けた後、あたしの顔をマジマジと見た。
「モテたんじゃないかなぁ〜って思ったの。……女の子に」
「……あぁ、」
きゃぁきゃぁ騒がれてたコトは確かにあるケドさ、
あーゆーのって、モテたって言うのかな?
答えあぐねていると、あたしが答えたくないと勘違いしたらしい
リカちゃんが、慌てて片手を振った。
「いーのいーの。ちょっと聞いてみただけ。
よっすぃ〜女の子なんだから、女の子にモテたって嬉しくないよね」
「…え? いや、そーゆーんじゃなくって…」
- 611 名前:You Can't Hurry Love 投稿日:2006/03/03(金) 19:04
-
「あ、……えっとね、じゃぁ、よっすぃ〜はどおいう人がタイプなの?」
「ん?……タイプゥ?……タイプねぇ?
あんま考えたコトねーなぁ……そっちは?」
「え?……わたし?わたしはぁ………」
リカちゃんがまた新しい缶に手を伸ばす。
ふとテーブルを見ると、缶がほとんど空いてる。
おいおいピッチ早くねー?
改めてじっくりリカちゃんの顔を見ると、かなり目がうるうるしてる
気がする。
口調も変わらないから強いんだとばかり思ってたケド、ひょっとして
あたしと逆で、酔ってんのに顔に出ないタイプだったりする?
「………よっすぃ〜みたいな人……なんちゃって」
ブッッッ!
思わず、吹いた。
ゲホゲホと咽てると、リカちゃんが立ち上がって背中を擦って
くれた。
「………ごめんね?ヘンなこと言って。わたしみたいなのに
そんなこと言われても迷惑なだけだよね」
- 612 名前:You Can't Hurry Love 投稿日:2006/03/03(金) 19:05
-
また迷惑とか言う───
そう思って顔を上げたら、潤んだ瞳とぶつかった。
泣いてるのかと思うほど、熱っぽく濡れた目の淵が赤い。
「……あのさ、あたし言ったよね?
リカちゃん、カワイイって。なんでそーゆー言い方するかな?」
「可愛くないよ。そんなこと自分が一番よくわかってるもん」
あーた、そーとー酔ってませんか?
そんでもって、ナニゲに絡み酒入ってない?
「よっすぃ〜優しいから気を遣ってくれてるんでしょ?
そのくらいわかるもん!」
食って掛ってくるよーな言い方に、思わずムッとする。
全然わかってねーだろ!なんでそーなるかなぁ……
「よっすぃ〜呆れた顔してる……やっぱり迷惑なんだ、わた…」
「いーかげんにしろ!ヒトの言ってることちゃんと聞けっつーの。
迷惑なんてダレが言ったよ」
「…じゃっ、じゃっよっすぃ〜は、わたしのこと魅力があるって
本当に思ってる?!付き合いたいとか思える?!寝てみたいと思う?!」
「そ、それは……」
- 613 名前:You Can't Hurry Love 投稿日:2006/03/03(金) 19:05
-
「ほらっ 言葉につまってるじゃん!
そんなふうに思ってもないクセにっ 上辺だけで調子のいいこと
言わないでよっ!」
カチンッときた。
あーそーかよ、ふぅぅぅん。
そっちこそ、あたしのことそんなふうに見てたんだ?
あたしは無言で立ち上がった。椅子がガタンッと大きな音をたてる。
ビクッとしたリカちゃんの腕を掴んで、そのままベッドに細い体を
投げ出すように引っ張った。
あたしは、リカちゃんのもう片方の腕も押さえ込んで、そのまま
ベッドに押し倒した。
「へぇ……寝てみたかったんだ?わりぃね、気が利かなくて」
たぶんあたしは、すごくイジワルく笑ってたと思う。
リカちゃんは、瞼をギュッと閉じて、体中に力を入れた。
- 614 名前:You Can't Hurry Love 投稿日:2006/03/03(金) 19:06
-
一文字に引き結ばれた口許。まるで息さえ止めてるような様子に
このコあんまり経験ないんじゃないか?って思って、キスぐらい
してやろーかと思ってたのを止めた。
顔を近づけるとあたしの息がかかるだけで、閉じた瞼にも
引き結ばれた唇にも、さらにギュッと力が入る。
あたしは首筋に唇を落として、軽く吸い付き、耳朶を甘噛みした。
それだけで、リカちゃんの体中がガタガタと震えだすのがわかった。
……しょーがねーなぁ、
あたしは体を起して、掴んでいた両手をそっと離した。
ちっとは自分の言ったコト後悔させてやろーと思ったのに……
挑発してきたのは、そっちだろ?
リカちゃんは、ギュッと瞑ったままの目尻に浮かんでる涙を
隠すように両手で顔を覆ってる。
キズ付けちゃったかなぁ?
けど、こっちだってキズついたんだぞ。
- 615 名前:You Can't Hurry Love 投稿日:2006/03/03(金) 19:07
-
あたしと寝たいなんて思ってないクセに、何を言っても大丈夫だとでも
思ってた?
バカにしてもらっちゃ困るんだよね。
あたしは頭を掻き揚げて、リカちゃんに背を向けるとベッドの端に
腰掛けた。
「……あのさ、会ったばっかのヤツで、
あたしの言うことイマイチ信じらんないかも知んないケド、
あたし、リカちゃんに嘘はついてないから。………だから、
あたしを試すよーなコト言うの止めてくんないかなぁ」
「…………うっ…うっく、ご…ごめ……ん、なさ……」
「…フッ、謝んないでよ?
謝られたら、あたしも謝んなきゃいけないじゃん?
リカちゃんそんな気ないのわかってたのに苛めて悪かったよ」
「……ち、ちが、わ、わたしが、バ、バカだ…だか、ら……」
あたしは天井を見上げて大きく息を吐いた。
その後、リカちゃんの方を振り返って身を乗り出すと、頭にそっと
手のひらを当てた。そして少し乱暴に撫でる。
- 616 名前:You Can't Hurry Love 投稿日:2006/03/03(金) 19:08
-
「ほんっとバーーーカッ……リカちゃん大バカでさ、
なんにもわかっちゃいねーから、あたしが教えてあげるよ
リカちゃんはね、笑った顔がスゲー魅力的でさ、お日様みたいに
キラキラしてて、その笑顔見てるとほわんと温かい気持ちになるんだ。
こんど忘れたら怒るからな、ちゃんと憶えとけよ!」
「……う、うっうぅぅ…」
あたしも大バカだし。
酔っ払いの戯言にマジになるなんて、ありえなくね?
だけど………
リカちゃんにそんなふうに思われてたのかって思ったら、
すげぇカーーーッときちゃって。
おかしーなー、あたし、そんなカッカしないのに、あんまアツク
なったりしねーのに……あーーーあぁ、
なーんか、調子狂うなぁ……リカちゃんと、いると。
あたしが、あたしで、なくなるみてーだ、うぅぅ〜ん、
どーしたもんかなぁーーー
だけど。
一つだけハッキリわかるのは、あたしはリカちゃんの楽しそうに
笑う顔や、嬉しそうに微笑む顔がスキだから…
涙は今日だけにして、明日はまた笑顔を見せて欲しいって思うんだ。
- 617 名前:You Can't Hurry Love 投稿日:2006/03/03(金) 19:09
-
あたしは、リカちゃんの頭に置いたままの手で優しく頭を撫でながら
こう言った。
「……だから明日、またその笑顔見せてよ」
だけどリカちゃんは、
返事も出来ないようで、ただ、嗚咽を漏らし続けていた。
- 618 名前:ななしーく 投稿日:2006/03/03(金) 19:10
-
更新しました。
ひな祭りだねっ♪(#^▽^)^〜^0#)そーだね♪
………だから?(汗
- 619 名前:ななしーく 投稿日:2006/03/03(金) 19:11
-
602名無飼育様。
ありがとーございます。
私も目に浮かびます♪←バカ(w
603名無飼育様。
ありがとーございます。
そー言っていただけて、私、嬉しーです♪
604名無飼育様。
ありがとーございます。
今回もお楽しみいただけてたらいいな、と。
- 620 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/04(土) 14:33
- うううう。ドキドキしながら読みました・・・。
続きをお待ちしてます・・。
- 621 名前:You Can't Hurry Love 投稿日:2006/03/10(金) 22:29
-
ぼんやりと覚めきってない目を薄く開いて、また閉じる。
……眠みぃー
今日はゆっくりでいーじゃん。昨日、リカちゃんと…
…あ?話したっけ?あたし。
そー思ってて、んでー ……アレ?
あたしはふいに感じた違和感に、目がバチッと開いた。
………え?
隣りのベッドには誰もいなかった。
- 622 名前:You Can't Hurry Love 投稿日:2006/03/10(金) 22:30
-
「……リカちゃん?」
小さく声に出しながら、ベッドから出てバスルームへ行く。
水を流してる音はしないし、ノックしても返事がない。
ドアを開けて覗いてみても誰もいなかった。
昨夜のこと、気にして……
顔、合わせづらいとかって散歩にでも行ったとか?
あたしはクローゼットの前に置いてあったサンダルを確認しよーと
思って……
その前に、どかんと置いてあったハズのものがなくなってるコトに
気がついた。
それはリカちゃんのスーツケース。
あんなモン持って、散歩するヤツなんていない。
あたしの胸がドクドクと鳴る。
コレって嫌な予感ってヤツ?
- 623 名前:You Can't Hurry Love 投稿日:2006/03/10(金) 22:30
-
予感どころじゃない、現実だ───
クローゼットにかかってたリカちゃんのカーディガンも、その前に
置いてあったちっこいサンダルも、
鏡の前にあった日焼け止めも、ふくらましたままだった浮き輪も
全部、全部、なくなってた。
キレイさっぱり、なんの痕跡もなく……
「………うそだぁ」
なんのジョーダン?止めてよ、マジで。
あたしは部屋中を見回して、昨夜、缶チューハイが転がってた
テーブルの上がキレイに片付いていて、その上に紙切れが乗って
いることに気がついた。
つかつか近寄って、バッと乱暴に紙をひったくった。
- 624 名前:You Can't Hurry Love 投稿日:2006/03/10(金) 22:31
-
よっすぃ〜へ
ごめんね、ごめんなさい。本当にわたし、迷惑ばっかりかけて。
もう、合わせる顔がなくて、なんて謝っていいかもわからなくて。
よっすぃ〜にとって、さんざんな沖縄だったと思うけど、
最後に一日だけ、自由に楽しんで欲しいなって思います。
チェックアウトにお金はかからないと思うけど、チェストの一番上の
引き出しに、残りのクーポン券、帰りのリムジンバス、航空券と
一緒に入れておきます。
ほんとにいろいろありがとう、そしてごめんなさい。
梨華
- 625 名前:You Can't Hurry Love 投稿日:2006/03/10(金) 22:31
-
紙に書かれた文字を理解するのに時間がかかった。
……梨華って、こんな字書くんだ。
そんなどーでもいいコト、ぼんやりした頭で考えて……
あたしは髪を掻き毟ると、イライラと部屋中を行ったり来たりして
足にあたったゴミ箱を蹴っ飛ばした。
そして、ドカッとベッドに座って項垂れる。
………ざけんなよ、
全然わかってねーじゃん!
なんでヒトの気持ちを勝手に決め付けるんだよっ
ダレが迷惑なカオしたよ?!
なんども言ったじゃん、んなふうに思ってないって!
そんなにあたしの言うこと、信じらんないのかよっ?!
「ふざけんなっ!」
あたしは大声で一言叫んで立ち上がると、そのままフロントへ走り出した。
- 626 名前:You Can't Hurry Love 投稿日:2006/03/10(金) 22:32
-
「すみませんっ!」
「はい?」
あたしの焦った声音になど気づいてないよーに、フロント係のヒトは
サワヤカさの基本、みたいなスマイルを浮かべた。
「空港行きのリムジンバスって、出ちゃいましたか?」
「一時間に一本の運行となっておりますので……今からですと
九時半発の便にならご乗車になれますが…」
「……始発って何時ですか?」
「こちらのホテルからですと六時半です。」
「……あの、予約してる便以外に乗り換えることって出来ます?」
「振り替え、と言う意味でしたら申し訳ありませんが出来かねます。
新たに乗車券をお買い求めでしたら、予約でお席がうまっていない
場合は可能です。」
息を整えて、ちょっと考える顔をしている間、フロント係のヒトは
同じ笑顔のままあたしを見てた。
「…那覇空港のサービスカウンターの電話番号を教えて下さい」
「かしこまりました。航空会社はどちらをご利用ですか?」
ええと……
あたしはココに来る時に乗った航空会社の名前を言った。
- 627 名前:You Can't Hurry Love 投稿日:2006/03/10(金) 22:33
-
フロントのヒトから電話番号の書かれたメモを受け取ると
あたしは部屋に戻った。
そして電話をかけて聞いてみた。
だけどやっぱり、悪天候などで飛行機が飛べない、などと言うことが
ない限り、ツアーの搭乗機の振り替えは出来ないと言うコトだった。
……そりゃそーだろ、なんとなくわかってはいたケド、
あたしは、ベッドに仰向けにばたんと倒れると指先を組んだ手の甲を
額に押し当てた。なんだか泣きそうだった。
だけど泣いたりなんかしない。絶対にしない。
あたしはそのまま瞼を閉じた。
そして思う。夢だったりしない?目が覚めたら……横には…
- 628 名前:You Can't Hurry Love 投稿日:2006/03/10(金) 22:33
-
だけどあたし自身がそんなこと、あり得ないって一番わかってた。
- 629 名前:ななしーく 投稿日:2006/03/10(金) 22:34
-
更新しました。
- 630 名前:ななしーく 投稿日:2006/03/10(金) 22:34
-
620名無飼育様。
レスありがとうございます!
ドキドキしていただけて嬉しかったです(w
- 631 名前:名無飼育 投稿日:2006/03/10(金) 23:15
- えー?!そんなのって、そんなのって…
- 632 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/10(金) 23:50
- うわ・・そういう展開に・・・
続きを固唾を飲んでお待ちしております。
- 633 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/11(土) 00:53
- 【更新】
幻板:You Can't Hurry Love(「オオキナチカラ」スレ内)
- 634 名前:663 投稿日:2006/03/11(土) 00:54
- あぁぁぁぁごめんなさいごめんなさいorz
- 635 名前:名無 投稿日:2006/03/11(土) 01:12
- ハラハラ‥
- 636 名前:そーせき 投稿日:2006/03/13(月) 22:00
- ウソッ!? ガーン!!!
・・・でも、信じてます(何を?^_^;)
- 637 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/14(火) 22:54
- りがぢゃ〜ん…
- 638 名前:You Can't Hurry Love 投稿日:2006/03/18(土) 21:57
-
予定時刻通りに飛行機は那覇を飛び立った。
高度が高くなると窓の外では、どこまでも続く海が午後の高い日を反射して
チカチカと銀色に光っていた。
目の奥が重たくジンジンとしてきて、あたしは瞼を閉じると
窓に頭をもたれた。
隣りの席は空いたまま ───
- 639 名前:You Can't Hurry Love 投稿日:2006/03/18(土) 21:58
-
昨日あたしは、底抜けに明るく、空気まできらめくよーな場所で
鬱々と一人、一足早く来た梅雨の中にいるようだった。
窓の外は眩く美しき世界。極彩色の楽園。
なのに部屋から出て行く気がしない。
閉じこもる、カラダと、ココロ。
「……確かにココって、一人で来たいとこじゃねーなぁ」
そーだよね、一人がヤだってダケで、別にあたしだったからじゃない。
あの時の梨華ちゃんはダレでも良かったんだから。
まるであたしが失恋したよーなキブン。下降線一途のキモチ。
いや違うだろ。あたしは何も失くしてなんかいない。
だってさ、梨華ちゃんとあたしは何も始まっていなかったんだから。
信頼なんて、そー簡単に得られるモンじゃないって、
もう知ってるはずなのに……ナニを期待してたんだか、
出会いすら、場当たりで、いいかげんだったのに。
- 640 名前:You Can't Hurry Love 投稿日:2006/03/18(土) 21:59
-
たぶん沖縄が悪いんだ。
ナニもかもを特別に輝かせてしまうから。
だから、その空気の中に二人でいると特別なナニかがあるよーな気がして。
梨華ちゃんの笑顔が、
あたしがいままで見てきたオンナノコの中で一番輝いて、
トクベツに可愛く見えたのも、みんな沖縄の太陽のせいなんだ。
それでも……
空港について、飛行機が離陸するまであたしは落ち着かなかった。
キョロキョロしちゃってさ、ほんとナニ期待してんだか……
早く羽田に着きたかった。日常に戻りたい。
南国独特の頭じゃなく、ココロが浮き立つよーな風に吹かれるのは
たまらない。たまらなかった。
- 641 名前:You Can't Hurry Love 投稿日:2006/03/18(土) 21:59
-
- 642 名前:You Can't Hurry Love 投稿日:2006/03/18(土) 22:00
-
沖縄から戻って、最初の一週間はもう梨華ちゃんの顔なんて見たくないって
思ってた。
違うよな、正直に言うと、そう思い込もうとしてた。
だけど、忘れよー忘れよーとすればするほど、あの胸の奥がくすぐったく
なるよーな高い甘い声が、あたしの名前を呼ぶのを再生する。
恥らうように微笑んだり、ちょっと拗ねたようなアヒル口だったり、
底抜けに無邪気だったり、ナニかを憂うように儚げだったり、
そんな映像までつけながら。
内気そーに僅かに頬っぺたを赤く染め、上目遣いに消え入りそうに
小さな声で、……よっすぃ〜、そう呼ばれたら、
何?……なんだよ、どうした?
そんな風に答えたくなってしまうあたしってヤツは、かなりオメデタイ。
そんでもって、梨華ちゃん、あんたさ、マジ、タチ悪いから。
- 643 名前:You Can't Hurry Love 投稿日:2006/03/18(土) 22:01
-
二週間が経つ前に、あたしは梨華ちゃんと出会った街を徘徊しだした。
だってさ、納得いかないじゃん。
文句の一つも言わせてもらおーじゃん。
そんな風にいきり立って。
違うだろ、正直になろう、ほんとはそんなの未練がましい自分が
ミジメになりたくない言い訳だった。
あんなの代表的なリゾラバ現象。
街で会ったらガッカリして、どーでもよくなるに決まってる。
なのにいなくなったりするから、いつまでも気になるんだ。
頭でそー自分に言い聞かせようとしても、ココロがあたしの
言うことを聞いてくれやしない。
チガウ、チガウヨ、ホントウハ、タダカオガミタイ、コエガキキタイ、
アイタイヨ、モウイチドアイタイヨ……
- 644 名前:You Can't Hurry Love 投稿日:2006/03/18(土) 22:01
-
二人で話してた時、話題に出た店にはすべて行ってみた。
あの店のランチ、あの店のバータイム、ケーキショップも覗いた。
あそこら辺の会社のOLかも知んないって思って、
OLに人気って聞けば、話には出なかった店にも行ってみた。
ターミナルのビルで働いてるトコなんかも想像して、いろんな
ショップも見て歩いた。
だけど、会えないまま、
都会は薄く晴れていた空が、いつの間にかどんよりと雨雲に覆われ、
雨に濡れる日が増えて行った。
- 645 名前:You Can't Hurry Love 投稿日:2006/03/18(土) 22:02
-
思いつくトコを行ってみた後、あたしはあの梨華ちゃんと初めて会った
沖縄のポスターが貼ってあるビルの横に立っているコトが多くなった。
梨華ちゃん本人は、あっとゆー間に目の前からいなくなったってのに、
たった三日間の想いでの梨華ちゃんはあたしの中から消える気はなさそーで、
ぼんやりと街を行き交う人たちを見ながら、考えるともなく
梨華ちゃんのコトばかりを考えていた。
その時間は、日によって、十分だったり、四十分だったり、
気がついたら一時間半以上経っていた時もあった。
- 646 名前:You Can't Hurry Love 投稿日:2006/03/18(土) 22:02
-
その日は午前中から、ずっしりと重そうな灰色の雲が大挙して空を
覆っていた。
ガラス張りの向こうに張られたポスターは、まだまだ沖縄のモノだったケド
あの頃と、押しのツアーが変わったのか違うポスターになっていた。
─── イチバン、熱いパラダイス!沖縄にKOI♪ ───
沖縄に来いと、沖縄に恋をかけてるらしい陳腐な宣伝文句。
………だけど、あたしは、
その陳腐な煽りどーり沖縄で………
あぁ、泣きたくなるほどカッコわりぃ……
- 647 名前:You Can't Hurry Love 投稿日:2006/03/18(土) 22:03
-
大きなため息をつきながら空を見上げたら、出掛けより濃度を増した
灰色の空からぽつりぽつりと、雨粒が落ちてきた。
………だーかーらー 泣きたいのはこっちだっつーの。
陳腐なあたしの胸を泣きたくなるくらい塞いでる、このキモチの名前を
あたしは、知ってる。だから、
─── 神様、正直になったらご褒美くれますか?
あたし、恋しちゃったんです。
ほとんどなんにも知らないし、ちょっとの時間しか一緒にいなかったし、
もう会えるかもわかんないのに、
なのに、
なんだかよくわかんないうちに、スゲーハマッちゃってたみたいで、
どうしても彼女に会いたくて、なのに見つからなくて、もう息してるダケで
苦しくて涙が出そーになるんです。
だから、
一つだけ、哀れな子羊のお願い聞いてくれませんか?
もう一度、もう一度だけでいいから、梨華ちゃんをあたしの前に
連れてきて下さい。頼むよ、神様………
- 648 名前:You Can't Hurry Love 投稿日:2006/03/18(土) 22:04
-
- 649 名前:You Can't Hurry Love 投稿日:2006/03/18(土) 22:04
-
「は、は、はっくしょん!」
昨日、雨に濡れたマヌケなあたしは、どーやら風邪をひいて
しまったらしかった。
は、は、は、はくしょん、くしょん!
今朝からクシャミが止まらない。
あたしは例の旅行会社が入ってるビルの前を通りかかって、
足を止めかけ、もう止めようと思い直して、首を振る。
雨ん中突っ立って、風邪引いて、鼻水たらして、もうこれ以上
ミジメになりたかねーだろ。
だけどちょうど信号が変わって、足止めされたあたしは、もう一度横の
ビルを見上げ、そこに耳鼻科の看板があることに気がついた。
「は、は、はっくしょん!くしょん、くしょん!」
連続でクシャミが出たあたしは、鼻を啜りながら、
このままじゃ、ナンもできん、ツラすぎる…
そう思いながら、そのビルに入ってる耳鼻科に行ってみることにした。
- 650 名前:You Can't Hurry Love 投稿日:2006/03/18(土) 22:05
-
耳鼻科は入り口が二階で、エレベーターでは行けないらしく、階段も
反対側でわかりにくく、グルグルしてしまった。
ドアを開けて、受付の人に声をかける。
「あの、初めてなんですケド……」
「こんにちは、それでは問診表にご記入をお願いいたします。
それと保険証をお預かりしてよろしいですか?」
「……すんません、今日、保険証持ってきてなくて…は、はっくしょん!」
「ですと、全額自費のお預かりになって、後日保険証をお待ちいただいて
からのお返しとなりますが、よろしいでしょうか?」
「……っくしょん!…あ、はい、お願いします」
「それではお呼びするまで、こちらにおかけになってお待ち下さい」
あたしは軽く頭を下げて、ビニール張りのソファに座ると、
気になる症状はなんですか?の項目にクシャミ、鼻水と記入した。
- 651 名前:You Can't Hurry Love 投稿日:2006/03/18(土) 22:05
-
あたしが受付の前においてあった雑誌を取って、パラパラ捲っていると
診察室と書いてあるドアの向こうから、あたしの前から待っていた人たちを
呼ぶ声がした。
なんとなく、梨華ちゃんに似ている気がして、あたしはとっさに顔を上げた。
だけど診察室へ繋がるドアへは、いま名前を呼ばれた人たちの背中で
ふさがれていた。
あたしの胸にいいよーのない緊張が走る。
ドクドクと、頭に血がのぼる音。
そんな、まさか、ありえねーでしょ?
けど、マジで、あの声……
手に冷たい汗が浮かんできて、冷たくなる指先を握り締めながら
あたしはドアの先を凝視した。
と、ドアが開き、
ピンクの制服に包まれた細い腕が覗き、その後そこに現れたのは、
- 652 名前:You Can't Hurry Love 投稿日:2006/03/18(土) 22:06
-
「吉澤さん、吉澤ひとみさん、中にお入りください」
患者さんたちを見回しながら、そう声をかけていた女の子は
あたしがソファから立ち上がると、目を見開いて息を呑んだ。
─── 梨華、ちゃん、だった ───
梨華ちゃんは、あたしの顔を信じられないモノを見るよーな目で
食い入るよーに見つめていた。
あたしも、まさかと言う思いでココロの準備が出来ていなくて、
立ち上がったまま動けずにいた。
すると中から先生らしき男の人の声が梨華ちゃんを呼んだ。
「石川さんどうしたの?患者さんいないの?」
「あ、あの、い、いらっしゃいます。吉澤さん、先生の前へどうぞ」
- 653 名前:You Can't Hurry Love 投稿日:2006/03/18(土) 22:06
-
あたしが診察室に入ると、梨華ちゃんも中に入りドアを閉めた。
「……あの」
小さく声をかけたケド、まるで聞えていないかのよーに素っ気無く
診察室の奥に進んで、何かの器具のよーなモノを片付けてる。
「吉澤さん、どうぞ」
先生の声にハッとして、あたしは診察台に座った。
あたしの書いた問診表を見ながら、先生が質問する。
半分上の空で答えながら、あたしは梨華ちゃんを見ていた。
「お鼻見ますよー、こっち向いて頭を後ろにつけて下さい」
「は、はい」
あたしは、風邪ですね、と診察された。
先生が梨華ちゃんの方を見ながら、吸入をしていって下さいと言った。
- 654 名前:You Can't Hurry Love 投稿日:2006/03/18(土) 22:07
-
「吉澤さん、こちらにお掛け下さい」
懐かしさにムネが締め付けられそーな梨華ちゃんの声が、
聞いたコトないほど他人行儀に響いた。
勧められた椅子に座ったあたしは差し出された器具を受け取りながら
梨華ちゃんの顔を見た。
「あの……」
「霧状でお薬が出てきますので、軽くお鼻にあてて、吸い込んで下さいね
こちらに点等してる電気が消えましたらお終いです。」
それだけ言うと、梨華ちゃんはまたドアを開けて次の患者さんを呼ぶ。
機械の電気が消えて、あたしは器具を手に持って、目で追い続けていた
梨華ちゃんに声をかける。
「……あの、」
梨華ちゃんはちらりとあたしを振り返った。
「そのままで結構です。
待合室でお会計をお待ち下さい」
あたしは梨華ちゃんの事務的な声に従うしかなかった。
- 655 名前:You Can't Hurry Love 投稿日:2006/03/18(土) 22:08
-
会計時に貰った診察券で診察終了時間を確認したあたしは、
その時間に病院の入り口で梨華ちゃんを待ち伏せることにした。
診察終了時間から三十分過ぎた頃、
ドアが開く音がして、ダレかが階段を降りてきた。
「……梨華ちゃん」
梨華ちゃんは強張った横顔を俯かせて、あたしの横を通り過ぎて行く。
「梨華ちゃん!梨華っ 石川梨華さんっ!」
大声で名前を立て続けに呼ぶと、梨華ちゃんの足が止まった。
あたしは梨華ちゃんの傍へと走り寄った。
目の前の顔に、……梨華ちゃん、囁くよーに名前を呼んだ時、
鼻の奥がどーにもできないくらいムズムズしてきて……
「は、は、はっくしょんっ!」
- 656 名前:You Can't Hurry Love 投稿日:2006/03/18(土) 22:08
-
耳元で大きなくしゃみをしたあたしに、梨華ちゃんは仰け反りながら
びっくりした顔をした。
「……あ、ごめん」
「うぅん……あの、大丈夫?」
あたしが鼻を啜ると、梨華ちゃんは気遣うよーに微笑んだ。
その、僅かに綻ばされた目許を見ながら言った。
「……休憩時間なんでしょ?メシ行かね?
奢ってもらってばっかだったから、今日はあたしが奢るし」
「………よっすぃ〜」
梨華ちゃんは、声にならない呟きでそう囁いて、切なそうに両眉をさげ
ながら、あたしの顔をじっと見た。
その目にみるみる涙が浮かんで、震えだした唇が、……なんで?
そう動いた。
あたしの目は瞬きするコトも忘れたよーに、梨華ちゃんの顔を
見つめ続けている。梨華ちゃんはどこか辛そうに視線を落とした。
- 657 名前:You Can't Hurry Love 投稿日:2006/03/18(土) 22:09
-
「……なんで、よっすぃ〜は…よっすぃ〜はそんなに優しいの?」
「梨華ちゃんだからだよ」
バッと顔を上げた梨華ちゃんが、焦れるように、だからっと声を荒げた。
「よっすぃ〜がそんなだから!だからわたし、あれ以上よっすぃ〜と
いたら、すっ……」
そこまで、早口で捲し立てて、梨華ちゃんはまた俯いて、小さな声で
ボソボソと続けた。
「……すっごく迷惑かけちゃう事になっちゃうから……」
また迷惑とか……もーマジでさ、いなくなられるほーがよっぽど
迷惑なんだっつーの。
だけどあたしはもう、声を荒げたりしない。
うんとうーーーんと優しくするよ。いっそ甘すぎるくらいに。
梨華ちゃんが、あたしが傍にいるのが当たり前になって、知らずに
頼って甘えてしまうように。
あたしなしじゃいられなくなるように。
- 658 名前:You Can't Hurry Love 投稿日:2006/03/18(土) 22:10
-
あたし、あんまりナニかに執着しないんだ。
物欲もそんなナイし、ぜーたくでもナイ。
そんなだから、一度マジになると結構コワイかもよ。
「……梨華ちゃん」
あたしはその名前を宝物を扱うように、そっと唇に乗せた。
梨華ちゃんの肩がビクッと小さく震え、その後、ゆっくりと顔が上がる。
「約束したじゃん?梨華ちゃんの王子サマに会いに行こうって。
ディズニーランドにいつ行こっか?」
フツーの顔で、そーいうあたしを見ながら、梨華ちゃんの目に
溜まってた涙が、ぽとぽと、と落ちていった。
あたしは急いだりしない。だってやっと見つけたんだ。
ゆっくりとあたしの本気を教えてあげるよ。
- 659 名前:You Can't Hurry Love 投稿日:2006/03/18(土) 22:10
-
そう、恋は急がず、いつかキミと。
─── おしまい ───
- 660 名前:ななしーく 投稿日:2006/03/18(土) 22:11
-
更新終了しました。
- 661 名前:ななしーく 投稿日:2006/03/18(土) 22:12
-
レスを下さった皆様、ありがとーございます。
自分で思うよりも読んで下さってる方がいらっしゃるかも知れない…と
嬉しくなりました♪
今回はお一人づつにレスすると、わたしがネタバレしそーなので、
申し訳ありませんが、皆様ご一緒のお礼とさせて頂きます。
お読みいただけて嬉しかったです。ほんとーにお付き合いくださって
ありがとうございました!
(663名無飼育様。全然大丈夫ですので、気になさらないで下さいね♪)
- 662 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/19(日) 21:02
- 『You Can't Hurry Love』完結おつかれさまでした!
すごく良かったです♪次回作をまた期待させて下さい。待ってます!
- 663 名前:663 投稿日:2006/03/19(日) 21:48
- 作者さま
スレ汚し申し訳ございませんでしたぁぁぁ!
こんな…こんな素敵なお話の途中でorz
ほんとすいませんでした(T▽T )
素晴らしいいしよし、ありがとうございました!
- 664 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/19(日) 22:14
- 完結お疲れ様でした。最後の場面すっごく好きです。
- 665 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/26(日) 17:16
- 完結お疲れ様でした(・・・と書くには遅いかもしれませんが;)
レスを書くのが勿体無いほど素敵な作品ばかりでついつい何度も読み返してしまいます。
素直じゃない二人の表現が巧みでもどかしさに何度床でゴロゴロと転がった事でしょうっ!(笑)。
拙い感想ではありますが、素敵な作品を読ませていただいた感謝の気持ちが少しでも伝われば幸いでございます。
- 666 名前:あい と いろ 投稿日:2006/04/12(水) 14:43
-
「あい ってコトバさ、五十音の最初の二文字だって知ってた?」
「……ほんとだぁ〜 すっごぉい、よっすぃ頭がいい人みたい」
「おいっ!」
「ふふっ」
「…ぁんだよ」
「なんかぁ、いちばん大切なことだから、かな」
「…ほぉ、いしかーさんってば詩人〜」
「…なによぉ」
「ふっ……はは」
- 667 名前:あい と いろ 投稿日:2006/04/12(水) 14:43
-
よっすぃが大きな目を細めてやさしく笑う。
安心するの。その笑った顔を見てると、ね。
大きな温かいものに包まれるみたいで、あたし、安心する。
不思議だね。初めて会った頃から、そこだけは変わらない気持ち。
あなたのその、あたしを包み込もうとするような笑顔に、
いつでも支えられてきたって、わかるの……すっごくよくわかるよ。
- 668 名前:あい と いろ 投稿日:2006/04/12(水) 14:44
-
よっすぃが鼻にワザとらしい皺を寄せて考える顔をする。
「……つか、昔は いろ から始まんだよな」
「え?……ぁあ、うん。そーだね」
あたし、ね?
よっすぃを想うと あい なんて気持ちとは程遠い、いろ な感情
一色に自分が染まちゃいそうな時があった。
乱暴なときめきに雁字搦めになっちゃってて。
あなたがいつでもあたしを見てなくっちゃイヤで、
あなたが一番にあたしを呼んでくれないとダメで、
あなたの笑顔があたしだけに向いてないとイラだっちゃって、
あなたが離れていっちゃうそうで不安だった。
あたし……辛かった。
- 669 名前:あい と いろ 投稿日:2006/04/12(水) 14:44
-
……だけど、
いまはもう、平気なの。
あなたがどこを見ていてもその目が輝いているなら、
あなたが誰と話していてもその声が楽しそうなら、
あなたの笑顔が遠くにあっても心からのモノなんだったら、
あなたを認められるから、自分を信じられるから。
あたし、幸せだよ。
あなた が、 いてくれたから、
あたし も、 いれる。
- 670 名前:あい と いろ 投稿日:2006/04/12(水) 14:45
-
─── あい に、なれたの ───
- 671 名前:あい と いろ 投稿日:2006/04/12(水) 14:45
-
「……うぅ〜〜〜むぅぅぅ」
……ねぇ?よっすぃ?
眉がくっつきそうなくらい真ん中に寄せて。
唇をひょっとこみたいに尖らせて、うんうん唸ってるけど……
考えてる、顔だよね?
………ヘン顔じゃ、ないよね?
FIN
- 672 名前:あい と いろ 投稿日:2006/04/12(水) 14:46
-
─── あい と いろ ───
- 673 名前:ななしーく 投稿日:2006/04/12(水) 14:47
-
更新しました。
よしざーさん、お誕生日おめでとうございます。
ずっと♪〜HAPPY〜♪な、お二人でいて下さい★
- 674 名前:ななしーく 投稿日:2006/04/12(水) 14:47
-
662名無飼育さま。
ありがとうございます♪
ご期待に添えないほど短いお話ですみません…
663さま。
ありがとうございます♪
素敵と言っていただいても恥ずかしくないよーに精進ですね(w
664名無飼育さま。
ありがとうございます♪
実は自分でも好きだったりします(w
665名無飼育さま。
ありがとうございます♪
レスをいただけることは励みです。お気持ち嬉しいです!
- 675 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/05/28(日) 16:48
- 大人な梨華ちゃんがリアルな感じで良かったです。
- 676 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/05/28(日) 18:37
- 梨華ちゃんの想いと、ちょっとおバカなよっすぃーの様子がおかしくて良かったです♪
次回作も楽しみにしているので頑張って下さい。
- 677 名前:雨の匂い 投稿日:2006/06/16(金) 18:20
-
一度は上がった雨が、また、ぽつぽつと落ちてきた。
あたしは、頬を手の甲で拭ってゆっくりと一度瞬きをする。
すんっと鼻を啜るとしっとり濡れた外気は、胸いっぱいに広がる
雨の匂い───
胸が騒ぐの、…………どきどき、する、
- 678 名前:雨の匂い 投稿日:2006/06/16(金) 18:21
-
閉じていたピンクの傘を開いて、いつの間にか止まってしまっていた
足を動かそうとしたら、
ガチャ、カシャン、カチャカチャ…
リズミカルに踊るような音が背中越しに聞えて全身が耳になってしまう。
暴れ出す胸、どくどく、と、鼓膜が敗れてしまいそうな音。
あたしは振りかえることも出来ないで、小さく震えだした指先にぐっと
力を入れて傘の柄を握り直した。
立ち止まったままのあたしを、追い越して行くのは黒い大きな傘。
若草色の作業着を着た中年の男の人。
………ほぅ、
無意識に口許から転がり出る、大きな吐息。
あたしは、ブラウスの胸元をぎゅっと掴んだ。
- 679 名前:雨の匂い 投稿日:2006/06/16(金) 18:22
-
─── あの日、
ふいに降り始めた雨は、歩道橋の階段を音がしそうに叩いていた。
見下ろせば住宅街の中、あたしは辺りを見回してその建物を目指して走りだした。
その建物は一階部分が駐車場になっていて、一台だけ車が止まっていた。
…ふぅぅ、
小さく息を吐いて、お使いの封筒を左手に持ちかえながらスカートのポケットを
探ったけれど、お目当てのハンカチは会社の鞄の中にあるようだった。
ガチャ、カシャン、カチャカチャ…
雨音の中に響く、金属が跳ねる音、
賑やかに合奏めいていく音をさせながら、その人はこの駐車場の中へ
駆け込んできた。
- 680 名前:雨の匂い 投稿日:2006/06/16(金) 18:22
-
「…ふ、ぁあ〜〜〜」
その人は大きな声を上げながら、俯いて頭を小さく振った。
ポツポツと飛ぶ、水飛沫。
濃紺のTシャツに、色の濃いジーンズ、
ウエストに巻きつけられたバックから、工具と、軍手みたいな
ものが覗いてる。
明るい色素の柔らかそうな髪が、すとんともとの場所に戻ると
こっちを向いたその人と目が合った。
「………あ、ごめん。
ひょっとして、かかった?……そっち」
「…い、いえ、」
その人は、良かった、と言うように小さく微笑んだ。
- 681 名前:雨の匂い 投稿日:2006/06/16(金) 18:23
-
その笑顔に、ふいに、胸が、小さく鳴った。
あたしは、警戒心が強い方だから、見知らぬ人と二人の空間なんて苦手で、
だから、なんか、ドキドキしてきちゃう。
あたしが、チラリと覗き見ると、その人は首にかけていたタオルを取って
肩先を拭いていた。
……一瞬、男の人かと思っちゃったけど、女の人で良かった。
お化粧けがないのに、透き通るような肌をしている。
ハッキリした顔立ち……キレーな人。
背があたしより高いくて、スラッとしたスタイルをしている。
……格好いいなぁ。
年は、同じくらい?かな?
- 682 名前:雨の匂い 投稿日:2006/06/16(金) 18:23
-
こんな時、
いきなりの雨で、困っちゃいますよね〜
とかって、軽く笑顔で話かけられるようなコだったら良かったのに、
そうしたら、こんな見知らぬ同士の気づまりな一時さえ楽しめて、
小さなアンラッキーがラッキーに変えられそう…
ああ、また!何、考えてるんだろ……
ちょっとしたコトで、ネガティブな思考になってしまうのは、
あたしの悪いクセ、ポジティブ、ポジティブ!
「………あの、」
だってほら、こんな風に雨宿り出来る場所をすぐ見つけられたじゃない?!
ポジティブ、ポジティブ!!!
「…あのーーー」
……だけど、お使いから帰るのが遅れちゃって、それで叱ら……
「あの、ちょっとっ!」
………え?あたし?
その女の人は戸惑うような顔して、あたしのこと見ていた。
- 683 名前:雨の匂い 投稿日:2006/06/16(金) 18:25
-
あ、呼ばれてたんだ?
全然、気がつかなかった……
「…あ、は、は、くしょん!」
返事をしようと思ったら、口から出たのはクシャミだった。
女の人は、フッと笑うと、手に持っていたタオルをあたしの前に
差し出した。
「コレ……」
「……えぇっ?!」
な、なんで?!
見知らぬ他人のあたしに?!
あたしが驚いて固まっていると、その人は、んんっ!と咳払いをして
目だけをあたしから反らした。
「…あ〜〜〜、っと、なんつーか……冷たそうだから…その……服が」
- 684 名前:雨の匂い 投稿日:2006/06/16(金) 18:26
-
え?!
確かに、制服のブラウスが水を吸って体に吸い付くようだけど……
あたしは自分の体を見て、ギョッとした。
ぴったりと張り付いたブラウス。露になってるブラの……
頬が、ボボボ、と熱を持った。
ヤだっ、もぉ!ハズカシ……
顔を上げれないでいる、あたしの視界を真っ白なタオルが塞ぐ。
「………使って」
「…え、でも」
「…ヤじゃなければ、どーぞ」
「………」
「…そんな汗くさくねーと思うケド」
ぶっ…
あたしは小さく笑うと、頭を下げてタオルを借りることにした。
- 685 名前:雨の匂い 投稿日:2006/06/16(金) 18:26
-
雨の匂いが外気中満ちているのに、真っ白なタオルに鼻を押し当てると
太陽の匂いがした ───
- 686 名前:雨の匂い 投稿日:2006/06/16(金) 18:27
-
あたしは丁寧に髪を拭って、ブラウスに押し当てた。
かしゃんっと音がして、見るとだらんと両腕を前に垂らした彼女が
しゃがみ込んで空を見上げていた。
あたしは、そんな彼女を見るともなく見ていて……
…ぐぅ〜きゅるるるるぅ
「……あ、」
「げっ!」
お腹の虫が大きな声で鳴いて、彼女の形のいい耳がほんのりと
赤く染まるのが見えた。
あ、そうだ!
あたしはポケットを探ると、たった一粒の飴を取り出した。
- 687 名前:雨の匂い 投稿日:2006/06/16(金) 18:28
-
「………あの、」
彼女はしゃがんだまま首だけ上げてあたしを見る。
真丸いキャラメルみたいな瞳の色。
なんだか、甘そう……
「…これ、良かったら……全然、お腹のたしとかにはならないと
思うけど……」
あたしがヌッと目の前に出している腕を見て、それからあたしの顔を見て
彼女は笑った。
細められた目元は優しそうで、温度を感じるほど、温かくて。
張り付いたブラウスが冷たかった筈なのに、ふいに、温かくなった。
「さんきゅー」
彼女が広げた掌の中に、あたしは飴をぽとんと落とした。
- 688 名前:雨の匂い 投稿日:2006/06/16(金) 18:29
-
彼女は、それをポンと口の中に放り込むと、音がしそうにほっぺたを
膨らます。
あたしはそんな彼女の、幼いような横顔を後ろから見ていた。
次第に雨音が小さくなって ───
人通りもなくて、静かで、不思議とこの世の中に、あたしと彼女の
二人だけしかいないような錯覚に捉われる。
あたしは何故か、とでも穏やかな気持ちで小さく微笑んでいた。
- 689 名前:雨の匂い 投稿日:2006/06/16(金) 18:30
-
「……いま、何時かわかる?」
彼女の声に、あたしはハッとして腕時計を見た。
「…えっと、二時、少し前です。」
あたしの時計は、ほとんどアクセサリーだから、こういう時、
ちょっと困る。
彼女はゆっくりと立ち上がって、両手を腰にあてると首を回した。
そしてそのまま、顔だけ振りかえる。
「……お先に」
え?!
- 690 名前:雨の匂い 投稿日:2006/06/16(金) 18:30
-
あたしは握ったままのタオルに、ハッとして、走り出した彼女に向かって
大声を上げた。
「あのっ!これ!」
彼女は全身で振り返った。
「あげる。飴のお礼!」
「え?でもっ!」
彼女は顔中をクシャクシャッと笑顔にして、大きく片手を振ると踵を返し
そのまま走って行ってしまった。雨の匂いの中、
ガチャ、カシャン、カチャカチャ…
と、どこか懐かしく耳に残る音を残して。
- 691 名前:雨の匂い 投稿日:2006/06/16(金) 18:31
-
後になって、あの沈黙の時間を同年代の女の子同士らしく、
なんてことない、暇つぶし程度でかまわないから、とにかく何か
話しておけば良かった、と、思った。
そうしたら、ひょっとしたら友達になれたかも知れないのに……
それが無理でも、少しは彼女のことがわかったかも知れないのに。
だけど、あんなに、
傍にいるだけで、心が安らぐような、息遣いだけで、沈黙さえ心地よいような
そんな人にあたしは今まで出会ったことがない。
なのに、雨の匂いに包まれて見知らぬ彼女と過ごした心安らぐほんの一時は、
その後、雨の匂いのたびに、あたしの胸を落ち着かなくさせる。
あの日、彼女の遠くなる後ろ姿を、見えなくなるまで目で追っていたら
知らずにブラウスの胸元をぎゅっと掴んでいて。
皺になってしまった。
そしてそれはそのまま、あたしのクセになってしまった。
- 692 名前:雨の匂い 投稿日:2006/06/16(金) 18:32
-
………すぅぅぅ、
あたしは大きく息を吸い込むと歩き出す。
濡れたアスファルト、雫を垂らす街路樹、胸いっぱいに吸い込む
そこら中にたちこめる雨の匂い。
ピンクの傘を、時々半回転させながら、騒ぐ胸の音を持て余して
人の波に紛れて歩く。いつでも耳を澄ましながら。
- 693 名前:雨の匂い 投稿日:2006/06/16(金) 18:32
-
駅前の小さな商店街で、もうすっかり顔馴染みになってしまった
お肉屋さんを覗く。
今日はからあげ買って帰っちゃおうかな〜
あたしの計画では、一人暮らしをするようになったら、料理の腕が
メキメキ上がっているはずだったんだけど、いまのところその兆しは
ない。
それにこう雨が続くと、一人暮らしとはいえ洗濯物がたまって困る。
部屋の中が洗濯物だらけって、あんまり好きじゃない。
第一、あの生乾きの匂いがイヤ。やっぱりお日様の下で乾かしたいし。
そう言えば ───
彼女に借りたタオル、お日様の下で乾かしても、あの時のような匂いに
ならなかった。あたしがいつも使ってる柔軟材の匂い。
どこか合成的な花の香り。
- 694 名前:雨の匂い 投稿日:2006/06/16(金) 18:33
-
いつの間にか、ぼんやりとまたあの日のことを思い出しながら
家につくと、新聞受けに何かが挟まっていた。
取り出して見ると、それはタオルらしい。
あたしは鍵を開けて部屋に入りながら、印刷されている文面を見た。
石川様
本日、ご挨拶に伺いましたがお留守のようなですので……
お隣の103号室の内装工事の為………
近隣の皆様には………
……………
………
吉澤工務店
工事時間等のご確認をいただきたく、また後日、改めてご挨拶に伺います。
- 695 名前:雨の匂い 投稿日:2006/06/16(金) 18:34
-
印刷の挨拶文の一番上の、石川様、と、一番下の、工事時間等の〜と
いうのは、あとからボールペンで手描きされたものだった。
「……ふぅ〜ん、」
ビニールの包装を破ると、中から出てきたのは真っ白なタオルで
あたしは小さく肩を竦めた。
「花柄とかなら嬉しいのに。せめてピンクとか……」
あーぁ、一人暮らしって、独り言が増えるなぁ……
そんなことを、ほんの少し寂しく思いながら、あたしはからあげを
食べて、シャワーをして、だらだらとテレビを見た後、読みかけの本を
ちょっとだけ読んで、ベッドに入った。
- 696 名前:雨の匂い 投稿日:2006/06/16(金) 18:34
-
ピンポーーーン……
次の朝、
土曜日だと言うのに、あたしは朝の八時に起こされた。
寝ぼけた顔と、ボサボサの頭でインターフォンを取る。
「………はい」
「朝早くすみません、吉澤工務店と申します」
「あ、はい、ちょっとお待ち下さい」
あたしがドアを開けると、漂ってくるのは雨の匂い。
そして、顔を上げると、そこには ───
- 697 名前:雨の匂い 投稿日:2006/06/16(金) 18:38
-
あ………
声が出なくて、口だけがぱくぱく動く。
胸いっぱいに広がるの、雨の匂いが───苦しいくらいに、
胸が騒ぐの、…………どうしようもない程、どきどき、してる。
あたしはただ、パジャマの胸元をぎゅっと握っていた。
END
- 698 名前:ななしーく 投稿日:2006/06/16(金) 18:39
-
更新しました。
- 699 名前:ななしーく 投稿日:2006/06/16(金) 18:40
-
675名無飼育様。
ありがとうございます!嬉しいです♪
676名無飼育様。
ありがとうございます!ご期待にあまり答えられなくてすみません…
(でも、嬉しいです♪)
- 700 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/06/17(土) 00:47
- 更新お疲れ様です。
これからどう展開していくのか楽しみです。
ボサボサはきついっすねぇ…笑
- 701 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/06/17(土) 01:30
- 更新お疲れ様です。
続編がめちゃ読みたいです!!
- 702 名前:ななしーく 投稿日:2006/06/23(金) 22:10
-
雨の匂い の、続きです。
- 703 名前:コロッケの距離 投稿日:2006/06/23(金) 22:11
-
- 704 名前:コロッケの距離 投稿日:2006/06/23(金) 22:11
-
………ウルサイぐらい、胸が騒ぐの、
- 705 名前:コロッケの距離 投稿日:2006/06/23(金) 22:12
-
あたしは酸欠の金魚のよう、
口をぱくぱく動かしてるうちに、どきどきが脳髄まで駆け上がって
熱を持った顔を俯かせた。
こんなに、どきどきしたのって、受験以来かも。
うぅん、就職の面接以来かも。違うよ。もっとどきどき言ってる。
………だって、
こんなふうにまた会えるなんて思ってなかったから、
ちょっと運命を感じちゃう。
あたし、そういうのに弱いから…だけど、
ほんとはタダの偶然。
そんなことわかってる………
- 706 名前:コロッケの距離 投稿日:2006/06/23(金) 22:12
-
「お休みのところ、すみません」
耳に心地よく響く、ほんの少しアルトの落ち着いた声。
あたしはゆっくり顔を上げて、彼女の顔をちらりと見た後、
また俯いて首を横に振った。
「お隣の103号室の内装工事をさせていただく、吉澤工務店と申します。
工事日程は、今日、明日の二日間を予定しております。
工事時間は………」
彼女は澱みなく、すらすらとしゃべってる。
丸暗記した何かのセリフみたい。だけど、あたしの頭の中に
そのコトバはちゃんと入ってこないよ。
………だって、
あたしはまた、ちらりと目だけを上げて彼女を見た。
- 707 名前:コロッケの距離 投稿日:2006/06/23(金) 22:13
-
あたしと目が合うと、彼女は、営業用なんだろうな、さわやかに
微笑んでくれた。
あたしも微笑み返したいのに、ほっぺたがヒクヒクして上手に
笑えない。
彼女の微笑が、ほんの少し申し訳なさそうなものに変わる。
「……まだお休みだったんですよね、本当にすみません」
あ、
………ヤだ、
あたし、パジャマだ……それに、最近ちょっと短くした髪は、トップに
ボリュームをもたせてるから、きっと膨らんじゃってるよぉ。
しかも寝起きは顔も浮腫んじゃってるし、瞼だって……
あたしは、パジャマの胸元を掴んでた手をはなして、ささっと
髪を撫でた。
- 708 名前:コロッケの距離 投稿日:2006/06/23(金) 22:13
-
彼女は穏やかに目許を微笑ませたままで、
なんだか、この前より大人っぽく見えるよ。
お仕事用の顔だからかな?
………きっと…絶対、彼女はあたしのこと、覚えてないんだ、
そりゃそーだよね、
学生時代から、うぅん、子供の時から薄幸そうだの、影が薄いだの
言われ続けてきたんだもん。わかってるもん!……どうせさー…
「……あの、気をつけますから、音とか、搬入とか。
お休みの日に申し訳ないですが、ご理解をお願いいたします。」
彼女は礼儀正しく頭を下げた。
そして顔を上げると、また眩しいくらいの営業スマイル。
「それでは、失礼します」
えっ?!
ヤだ、ちょっと待ってよぉ!
- 709 名前:コロッケの距離 投稿日:2006/06/23(金) 22:14
-
「あのっ!」
大声で咄嗟に呼び止めた、あたしに、
彼女は、はい?と顔を向ける。
「………あ、の…あの〜〜〜、た、タオルを…」
「あっ、はい!」
彼女は脇に抱えていた束からタオルをひとつ差し出そうとする。
「どうぞ」
「ち、違うんです!
…あの、タオルはもう貰ってて、ありがとうございましたっ」
「いえ、そんなご丁寧に……よろしければ、もうひとつ……」
「え、えと、違うんです!昨日の、じゃなくて……前に…
一ヶ月くらい前に、雨の……」
あたしの顔を見ながら、ちょっと小首を傾げるように、考える顔をした
彼女の唇が、……あ、め、と動いた。
- 710 名前:コロッケの距離 投稿日:2006/06/23(金) 22:14
-
そして、その目がだんだん大きく見開かれる。
「あっ、飴の!」
「はいっ……雨の!」
あたしは思い出して貰えたことが嬉しくて、今度は自然に笑顔に
なれた。
「……風邪、引かなかった?」
そう砕けた口調になった彼女の微笑みは、さっきより、少しだけ
親しげになった気がして、あたしの顔の笑顔もどんどん広がった。
「すげーぐーぜんじゃね?……あ、やべ、偶然ですよね?」
ぷっ!
あたしが小さく噴出すと、彼女はバツが悪そうに耳の後ろを掻いた。
- 711 名前:コロッケの距離 投稿日:2006/06/23(金) 22:15
-
「アタシさ〜、ダーメなんだよねー、げーごとか、
とっさに出てこなくってさー」
「え、そんな…敬語じゃないほうがいいですよ」
「えーーー、そっちこそけーごじゃ、…ないですかぁ?」
ニヤッと笑う彼女の顔は、さっきの大人びた微笑みをするのとは別人。
イタズラっこみたいで、かわいい。
クスクス笑い合うあたしと彼女。
なんだか照れくさい、だけどちょっとイイカンジじゃないかなぁ、
このまま仲良くなれないかなぁ、
上がって、お茶でもって言えたらいいんだけど、彼女はこれから
お仕事だし、
ここでいきなり名前とか、携帯やらメアドを聞くのも突拍子なさすぎな
気がするし…
どうでしたらいいんだろぉ……
「あ、もう行かなきゃ!そんじゃ…」
- 712 名前:コロッケの距離 投稿日:2006/06/23(金) 22:15
-
え……そんなぁ〜
自分の眉が情けなく下がった気がするけど、上手に彼女を引き止める
言葉なんか出てこないよ。
「あ、そだ。なんか不具合あったら言っておいでよ。そんじゃね!」
「あ、ありがとう!」
彼女は、ニッと笑うとそのままドアから出て行った。
……ふぐあい?
えっと、ふぐあいってなんのことかな?
あ……ひょっとして、直してくれるのかな?
このお部屋で調子の悪いとこ?……そんなのあったかなぁ?
- 713 名前:コロッケの距離 投稿日:2006/06/23(金) 22:16
-
もともと、このお部屋は親戚のオジサン一家のものだったんだけど、
父の弟にあたるオジサンが転勤になって、あたしに貸してくれることに
なったのが、今年の春の話で。
オジサンの家には子供がいなかったから、オクサンも一緒に行くことに
なったんだけど……
オジサンの転勤が短ければ一年、長くて三年という期間が曖昧なもの
だったから、その間の賃貸契約を結ぶのも難しくて、一人暮らしを
経験してみたかったあたしに、格安で貸してくれることになったんだ。
2LDKのこのおうちで、オジサン達の主寝室以外は一応好きに
使っていいって言われてて、
あたしにしては、お掃除だけは頑張ってマメにしてるのよ?
片付けとかって、すっごい苦手なのに。
お掃除だけはイヤになるけど、わりあい駅近で、商店街もあって
住み心地は結構いい。不便なんて感じたことないんだけどな、
………不具合、かぁ、
- 714 名前:コロッケの距離 投稿日:2006/06/23(金) 22:16
-
う〜〜〜ん、不具合…
首を捻りながら、とにかく顔を洗っちゃおうと洗面所へ行って、
鏡に映る自分にぎょっとした。
頭バクハツしまくってるよぉぉぉ
寝癖直しのスプレーをシュッシュッと髪に噴きかけてたら、
思わず、はぁぁぁ、と、大きなため息が出た。
- 715 名前:コロッケの距離 投稿日:2006/06/23(金) 22:17
-
あの日から ───
雨が降る度、結構オシャレしてたりしたのに……
雨なのに白いサンダル履いちゃったり、
新しく買ったばかりのワンピース着ちゃったり、
なのに……なんでこうなっちゃうかなぁ……
人生って悲しいね………
唇をアヒルのように尖らせながら、ドライヤーをコンセントに
差し込んでブローする。
そして、コンセントを抜く時、コンセントがぐらついてることに
気がついた。あ、コレだ!
あたしはバタバタと身支度を整えると、ドアから飛び出し、
お隣を覗きに行った。
- 716 名前:コロッケの距離 投稿日:2006/06/23(金) 22:17
-
ダンボールで押さえられるように、ドアは半開きになっている。
何気なく、その前を通り過ぎながら部屋の様子を観察。
何人かの人がいる話し声、彼女じゃない背中が行ったり来たり。
…………、
お仕事中なんだよね、うん。
そう言えば、休憩って何時からなんだろう?
………あれ?
ヤだ、あたし、彼女の名前すら知らないんじゃない、
はぁーーー、
それからあたしは、三十分に一回、廊下をウロウロした。
- 717 名前:コロッケの距離 投稿日:2006/06/23(金) 22:18
-
時計の針が12時半を指した。
何回目かの見回りの為、あたしはドアを大きく開こうとした。
「……っと!」
えっ、この声!
あたしが開けかけたドアを押さえながら、顔を覗かせると、
ダンボールを持った彼女と目が合った。
「おぉ!出かけんの?」
彼女がニッと笑いかけてくれる。
「…ぃえ、ええとぉ……」
口ごもるあたしに、彼女の目が、ん?と問いかけてくる。
- 718 名前:コロッケの距離 投稿日:2006/06/23(金) 22:18
-
「じ、実はっ…すっごく、すごーくずうずうしいんですけど、
洗面所のコンセントがぐらぐらしちゃってて、それで、あの……」
「おっけ。あたし後少しで休憩だからさー、見に行くよ」
「あ、ほんとですか?お願いしちゃっていいですか?」
「ん、全然よゆー」
「ありがとうございますっ」
「いやいや、んじゃ後で」
「はい、お待ちしてます!」
あたしはぺこんと頭を下げると、彼女を見送った。
……わぁーーーいっ!やった〜〜〜♪
後少しで、彼女がこの部屋に来てくれるんだぁー
いっつもダイキライな掃除しといて良かったぁ〜。ルルルン♪
- 719 名前:コロッケの距離 投稿日:2006/06/23(金) 22:19
-
- 720 名前:コロッケの距離 投稿日:2006/06/23(金) 22:21
-
あたしは、どきどき騒ぐ胸をそっと押さえる。
どきどきどきどき………どきどきどきどき…
ブラウスの胸元をぎゅっと握り締めながら、時計を見る。
12時45分……、
……!
あたしは、ハッとして冷蔵庫をばたんっと開けた。
あぁぁ、ヤだっ
うっかりするにも程がある!
彼女の休憩時間はお昼ごはんの時間じゃないのぉぉぉ
- 721 名前:コロッケの距離 投稿日:2006/06/23(金) 22:22
-
冷蔵庫の中にはたいした買い置きなんかなくて、
泣きそうになった。
昨日、からあげだけじゃ悪いからって買ったコロッケ。
おじさんが、いつもありがとーって、おまけしてくれて三つある。
辺りを見回すと、カウンターの上には食パン。
……コロッケサンドなら出来る、
キャベツを買っておかなかったことが悔やまれるけど、
あたしは、パンをトースターで焼いて、バターとからしをぬった。
コロッケをレンジでチンしてソースをかけると、パンにはさんで
半分に切る。
…ピンポーーーン
あ、彼女だ!
あたしはコロッケサンドをお皿に乗せると玄関に飛んで行った。
- 722 名前:コロッケの距離 投稿日:2006/06/23(金) 22:22
-
「…はい」
「ちわ、…んじゃ、早速お邪魔しちゃっていい?」
「はいっ どうぞ」
洗面所はどこ?って聞かれて、案内した。
彼女はウエストに巻きつけられたポーチから、ドライバーを出すと
コンセントのカバーを外す。
洗面所のスイッチを押したりした後、コンセントの四方のネジを
ドライバーでひとつづつしめていく。
流れるような動作。あたしはなんだか感動してしまう、
だってぇ、格好いいんだもん!
「うん、コレでいいと思う。
こういうタイプのは簡単にカバーが外れるでしょ?
緩んできたら、またこうやってしめてみて」
「あ、はいっ」
彼女は、あたしと目を合わせるとニッと笑った。
- 723 名前:コロッケの距離 投稿日:2006/06/23(金) 22:23
-
「そんじゃ、アタシはコレで…」
「あっ あの、」
玄関へと向かっていた彼女が振り返った。
よ、よかったら…
なんだか声が上ずっちゃって、あたしは胸元をぎゅっと掴む。
「…お昼、あの、まだですよね?
コロッケって嫌いじゃないですか?ほんのお礼って言うか、その…」
「…………」
「…実は昨日の残りもので、申し訳ないんですけど、コロッケサンドが
あって、イヤじゃなければ食べてもらえませんか?」
彼女がじっとあたしを見てる。
…ヤだ、恥ずかしいよぉ、
- 724 名前:コロッケの距離 投稿日:2006/06/23(金) 22:23
-
「……いーの?」
「はいっ ぜひ、お願いします!」
「…ブッ!あははっ なんかアンタ、おもしれーね、
んじゃ、こっちこそお願いしまーす。
あ、そだ、アタシ吉澤ひとみ。そっち、名前聞いていー?」
「はい!石川梨華ですっ」
よしざわひとみ。彼女の名前。今日のスペシャル嬉しいニュース♪
- 725 名前:コロッケの距離 投稿日:2006/06/23(金) 22:24
-
彼女、じゃなくって吉澤さんにダイニングの椅子に座ってもらって
冷たいお茶を出す。
ちょっと考えて、コロッケサンドを4切れにしたお皿を運ぶ。
「…どーぞ」
「わーーーぉ、サーンキュ!では早速、いただきまーす」
手を合わせた吉澤さんは、コロッケサンドをひとつ取って、
ガブッと齧り付いた。
「ん、……んまぁーい!」
「ほんと?良かったぁ」
もぐもぐと口を動かす吉澤さんが、何か言いたそうにあたしを見る。
……?
「ごくっ……あのさー、石川さんは食べねーの?」
「あ、あたし、朝が遅かったから、あんまりお腹空いてなくって…」
- 726 名前:コロッケの距離 投稿日:2006/06/23(金) 22:25
-
と、言うより、緊張してて、
食べ物なんか喉を通りっこないよぉ。
吉澤さんは、コロッケサンドに伸ばしかけてた手を止めて、
あたしを見た。
「…ひょっとして、わざわざ作ってくれたの?」
「そ、そんなっ、わざわざなんて程じゃぁ……」
あたしは首を横に振った後、
残りものだし、キャベツもないし……と小声で続けた。
吉澤さんは、止まってた手を動かして、コロッケサンドを掴んで
頬ばる。
「もぐもぐ、じゅーぶん、ウマいし。……ごっくん。
石川さん、コロッケじょーずだね」
ニコニコの吉澤さんの笑顔に、
コロッケを作ったのはお肉屋さんのおじさんです、
なんて、言えないよぉ。
- 727 名前:コロッケの距離 投稿日:2006/06/23(金) 22:25
-
「アタシ……コロッケって好きだな、
なんかいーじゃん?気取ってなくってさ、なんてーの?庶民の味?」
「……しょみんの…」
「あ、ちげーよ、褒めコトバだし。いくらでも食えるってこと!」
吉澤さんは照れたように、早口になりながら、
コロッケサンドをキレイに全部、食べてくれた。
お茶のお代わりをいれたあたしに、ごち、と手刀をきりながら
吉澤さんが言った。
「…あのー メモある?」
……メモ?
電話の横に置いてある新聞屋さんから貰ったメモ帳を、はい、と渡すと、
吉澤さんは、ウエストポーチからボールペンを出して何かを書き出す。
俯いてる頭を見てたら、顔を上げた吉澤さんが、書き終わったメモを
ほい、と、あたしに渡した。
- 728 名前:コロッケの距離 投稿日:2006/06/23(金) 22:26
-
「アタシの携帯とメアド、また何か不具合とかあったら連絡して。
そんくらいしか出来ねーけど」
「…あ、ありがとう!」
あたしは思わず、メモ帳を胸に抱く。
嬉しくて、嬉しくて、顔がひとりでに笑っちゃうぅぅ
そんなあたしを、頬杖をつきながら見ていた吉澤さんがニヤッと笑った。
「…つか、なーんかアタシ、餌付けされてねー?」
…餌付け出来るの?
なーんて、
だけど、出来るなら、
今度はちゃーんと自分で作ったコロッケを食べて欲しいなぁ、
火傷しそうなくらい揚げたてで、ホクホクの、
今度はキャベツも忘れないよ?
- 729 名前:コロッケの距離 投稿日:2006/06/23(金) 22:26
-
その頃には、
大きなお皿に湯気がほわほわ上がってるコロッケを山盛りにして、
二人でお箸で取り合いながら、食べれたらいいな、
それくらい、
仲良しになれたらいいな………
- 730 名前:コロッケの距離 投稿日:2006/06/23(金) 22:27
-
そ、その前に練習しなきゃぁぁぁ
梨華、ファイッ!
end
- 731 名前:ななしーく 投稿日:2006/06/23(金) 22:27
-
更新しました。
- 732 名前:ななしーく 投稿日:2006/06/23(金) 22:28
-
700名無飼育さま
ボサボサでは収まりきらなかった模様です(W
701名無飼育さま
ちょこっと続いてみました(W
- 733 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/06/24(土) 01:01
- 更新お疲れ様です
続編ありがとうございます梨華ちゃんの行動はカワイイし、よっすぃ〜は爽やかだし
この物語めちゃくちゃ好きです。
- 734 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/06/24(土) 08:38
- 頬緩みっぱなしです。
梨華ちゃんがんばれっ!!
- 735 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/06/24(土) 21:16
- ものすごいコロッケ食べたくなったw
- 736 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/21(月) 12:10
- なんかほのぼのしますね。w
続き楽しみにしてますので頑張って下さい!
- 737 名前:ななしーく 投稿日:2006/10/27(金) 16:06
-
お久しぶりです!
コロッケ〜からの続きの話ではありませんのでご了承下さい。
リアル短編です。
- 738 名前:愛してる 投稿日:2006/10/27(金) 16:08
-
愛してる………
そんなセリフなんて、
どっか嘘くさいって思ってたんだ。
- 739 名前:愛してる 投稿日:2006/10/27(金) 16:08
-
こんな午後は珍しい。
珍しいってより、奇跡だ。
ソファーの脚を背もたれにして雑誌を読んでいたあたしは、さっきまで
汗ばむほどに入り込んでた日差しが途切れてることに気がついて顔を上げた。
カーテンをひいてない窓の外には空だけが広がっている。
その空が見てるといつでも切ない気持ちにさせるグランデェーションを
始めようとしてるから、正確には夕方だった。
ローテーブルの向こうには、両膝を抱えるように座りこんだ梨華ちゃんが
やっぱり雑誌を見ていた。
梨華ちゃんは、立てた膝の上に頬を乗せている。
なんとなく、ぼんやりと、見るともなく梨華ちゃんの姿を見ていた。
梨華ちゃんは雑誌のページを捲るでもなく、ただジッと座りこんでいる。
- 740 名前:愛してる 投稿日:2006/10/27(金) 16:09
-
顔が反対側を向いてるから、表情が見えなくて、コイツ寝てんのか?と
あたしは訝った。
忙しいから仕方ないよな。
ほんの奇跡のような一時だけど、せっかく二人でいんだけど…
けどまー仕方ねーよな。
そう思いつつ、寝てるんなら起しちゃ可哀想とか思いつつ、
それでもあたしは極力小さな声で名前を呼んだ。
「………梨華ちゃん?」
一瞬の間を置いて、…ん、相槌のようなため息のようなくぐもった声がして
梨華ちゃんは顔を上げるとあたしを見た。
「ん?……なぁに?」
そして目が合うと、ぼんやりしてた表情をとってつけたような微笑みに変えた。
なんか考え事してたんだ?
- 741 名前:愛してる 投稿日:2006/10/27(金) 16:09
-
あたしが小首を傾げながら、その顔を見つめ続けてると、梨華ちゃんの
自慢の美しくカーヴしてる睫が小さく震えた。
何かを誤魔化すように軽く笑いながら梨華ちゃんは言った。
「…もぉ〜、何よぉ?」
言いたくないこと?
そんなに考えこむような事って大概良い事じゃなくない?
だけど……
「…あのさ、今日の夕飯ハンバーグにしよう!」
「……え?」
そう言いながら、あたしは立ち上がってキッチンで食材の確認をする。
「ハンバーグだよ、ハンバーグ!
梨華ちゃんは玉ねぎみじん切りしといて。あたしはひき肉買ってくるから。」
「…ち、ちょっとぉ、よっすぃ」
戸惑う顔した梨華ちゃんに手を振って、あたしは一人外へ出た。
- 742 名前:愛してる 投稿日:2006/10/27(金) 16:10
-
いつからか、
梨華ちゃんは泣き虫じゃなくなっていた。
涙もろいのは変わらないけれど。
話すべきことと、そうじゃないこと、
後でなら言えることと、ずっと言うべきではないこと、
例え相手があたしでも。
何もかもを相談しあってたことを懐かしく思わないわけじゃないけど、
あたしたちはあの頃よりも、少しだけ大人になって、その分ずっと
信頼し合えてるんだと思う。
- 743 名前:愛してる 投稿日:2006/10/27(金) 16:10
-
あたしはあの頃みたく、四六時中傍にはいれないけれど、だからこそ
余計にお互いがどれだけ大切で、離れられないかってことも、身にしみて
分かったと思うんだ。
ひとつひとつは、改めて誰かに話したりするほどじゃない、取るに足らない
事だったとしても、それが重なれば思いのほかきつかったりする。
そう言うときはさ、思いっきり感情をバクハツさせればいいんだ。
泣くのってスッキリすんじゃん?
あたしが買い物から帰った時、
梨華ちゃんの目が真っ赤だったとしても、それは玉ねぎのせいだから。
そーいうことだから。
- 744 名前:愛してる 投稿日:2006/10/27(金) 16:11
-
梨華ちゃんが、無心って顔でハンバーグの材料を捏ねて、あたしは自分が
センターだった歌を口ずさみながらハンバーグを焼く。
フライパンのあげる熱気がキッチンから、部屋中に広がっていく。
その頃には梨華ちゃんは、かなり嬉しそうって言うか、満足げな表情に
なっていて。
フライ返しを使うあたしの横で、ニコニコ笑ってる顔なんか見てると、
あたしは………なんでだか…唐突に、愛してるって思うんだ。
思っただけで照れちゃって、ちょっと頬が上気したのはコンロの熱の
せいにしておくよ。
- 745 名前:愛してる 投稿日:2006/10/27(金) 16:11
-
他愛もない話で笑い合って食事を済ませて、汚れた食器を片付けた後
ソファーに足を組んで座りながら、大きく伸びをした。
梨華ちゃんは、ちょっと何か考えてるような顔であたしの横に座ると
あたしの組んだ足を外して膝の上に乗ってきた。
背中をあたしに押し付けてくるから、くっ、と笑いを喉に詰まらせると
……なーにぃよぉ〜、と不満げな声がした。
あたしはあずけられた体を緩く抱きしめる。
梨華ちゃんの体から余分な力が抜け落ちる。
……あぁ、愛してる、
そんな想いが、言葉にならない想いがまた溢れ出す。
- 746 名前:愛してる 投稿日:2006/10/27(金) 16:12
-
梨華ちゃんの気の済むまで、優しくあやすようにだっこしていて
あげようと思ってたのに、
意図的でなく触れてしまった胸の柔らかさに、つい指先が反応して
胸元から手を滑りこませてしまった。
「…ちょっとー」
とたんに尖る梨華ちゃんの声。
怒んなくてもいーじゃん、条件反射なんだよ。
だけど、あたしは何も言わないで、首筋に顔を埋める。
鼻腔から体中にひろがる優しい匂い。
掌には吸い付くような肌の感触。
安心する。すごく、安心するんだ。
その匂いと感触であたしの全てを満たしたくて、くちづけた。
「…ん〜〜〜、もぉ!」
梨華ちゃんが身じろぎして振りかえる。
抗議するように尖った唇に小さなキスをひとつ落とすと、
寄せられた眉の下の目が、しょうがないなーと言うように笑った。
- 747 名前:愛してる 投稿日:2006/10/27(金) 16:12
-
梨華ちゃんを膝の上からソファーに下ろし、生え際から指先を滑り込ませ
頭を撫でる。梨華ちゃんはふわりとあどけないような微笑み方をして、
あたしの腕が誘う通りにソファーに体を沈める。
緩く閉じられた梨華ちゃんの瞼は幸福そうで、密やかに微笑んだ形のままの
唇は満たされていて、その表情を見いているとあたしは泣きたくなる。
なんて顔してんの?
安心しきった顔。すべてをあたしに預けてくれてるのがわかる。
愛してる、と、また波が立つ。
愛してる、
─── 愛してる、
言葉にはならない、想いの波が押し寄せて、あたしを飲み込む。
- 748 名前:愛してる 投稿日:2006/10/27(金) 16:12
-
そう言えば、
……いつからだろう?
梨華ちゃんはあたしに言葉を欲しがらなくなった。
だけど、それはきっと、
あたしの目が、指が、伝えすぎるから。
愛してる、
─── 愛してる、
何よりも愛してる、
ただただ、愛してる ───
END
- 749 名前:愛してる 投稿日:2006/10/27(金) 16:13
-
- 750 名前:ななしーく 投稿日:2006/10/27(金) 16:14
-
更新しました。
- 751 名前:ななしーく 投稿日:2006/10/27(金) 16:14
-
733名無し飼育様
ありがとうございます!好きと言っていただけると本当に嬉しいものです。
734名無し飼育様
ありがとうございます!でろでろ〜〜ん、と緩みきるような話が書きたいものです。
735名無し飼育様
ありがとうございます!今回はいかがでしょう?(w
736名無し飼育様
ありがとうございます!続きじゃないのですが、読んでいただけたら幸せです。
- 752 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/27(金) 23:29
- 最後のセリフになんかちょっと泣きそうになりました
何を書いてもネタバレになりそうなので一言だけ
好き♪
- 753 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/27(金) 23:29
- 更新お疲れ様です。
ちょっと大人ないしよしもいいですね♪
- 754 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/28(土) 00:12
- うわっこれはすごいヤラれました。最高です。
- 755 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/28(土) 00:39
- 更新お疲れ様です。
ななしーくさんの作品はいつも優しい気持ちにさせてくれますね。
そして不思議と色彩を感じます。
穏やかな気持ちに浸りつつ、行間から立ち昇る熱にジワっときました。
素敵ないしよしをありがとうございます。
- 756 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/11/08(水) 19:05
- まさに、「言葉にできない」。
- 757 名前:りみ 投稿日:2006/12/23(土) 13:23
- sage
マターリ待ってます。
- 758 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/12/23(土) 13:53
- >>757
なんだそれ(苦笑)
sageはメール欄にね
今度からは気を付けて
- 759 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/23(金) 21:27
- 楽しみに待ってます。
- 760 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/04/15(日) 08:08
- 作者さんの書くいしよしが大好き。
コロッケの距離 の 続きが読みたいです。
- 761 名前:横顔の温度 投稿日:2007/07/18(水) 21:51
-
すっかりご無沙汰してすみませんです。
「コロッケの距離」の続きです。
- 762 名前:横顔の温度 投稿日:2007/07/18(水) 21:52
-
「梨華っちー、なに爆読ってんの?」
軽くからかいを含んだ、鼻にかかってるクセによく通る声。
顔を上げると、スーパー派遣の美貴ちゃんがニッと笑った。
派遣サン達のお昼時間は、社員のあたしと三十分ずれている。
て、ことはぁ……あっ!まずぅ〜
チラッと見ようと思ってただけなのに……
あたしのデスクに両手をついた美貴ちゃんは雑誌の中を覗き込む。
「ふむふむ……男心を掴む家庭料理ぃ〜?」
ちょうど開いていた特集ページの見出しを声に出して読み上げながら
美貴ちゃんの笑い顔が、ニシシと人の悪いモノに変わる。
「こーのー、色気づきおって!」
そして、あたしの顔を覗き込みながら声を顰めた。
「…相手だれ?会社のヤツ?」
「ち、違うよっ!」
あたしは慌てて、顔の前で両手を振った。
そして、ぱらぱらとページを捲る。
- 763 名前:横顔の温度 投稿日:2007/07/18(水) 21:52
-
「これっ、この記事が見たかったの!」
おいしいコロッケの作り方……
美貴ちゃんの唇が声を出さずにそう動く。
「……ふぅぅぅん?」
全然信じて貰えてない……
そう思って焦ると、あたしのほっぺたが熱を持って行く。
このままじゃ、どんどん誤解されちゃうじゃんっ
美貴ちゃんはニタニタ笑いながら、さっきの特集ページを開くと
一ページ、二ページとページを捲って止めた。
「美貴はね、やっぱコレだと思うわ」
…ほこほこ心も温まる肉じゃが?
見上げると美貴ちゃんは大きく力強く頷いた。
「ガンバレ」そう言いながら、あたしの肩に手を置く。
「…ほんとに違うんだってばぁ〜〜〜」
泣きそうになるあたしに、美貴ちゃんはまた、うんうんと頷いた。
- 764 名前:横顔の温度 投稿日:2007/07/18(水) 21:53
-
「藤本さーん、ご飯行きませんか〜?」
他の派遣サン達の声に、美貴ちゃんは振り向いて頷いた。
「あ。行く行く」
「あたし、給湯室でお茶淹れてこよおっと」
そう言いながら立ち上がって、美貴ちゃんと一緒に歩き出す。
「なあーに、梨華ちゃん、お弁当?」
「ううん、朝、コンビニでおにぎり買って来た」
「あーんな本読んでるくせにダメダメじゃん!」
ニタニタ笑う美貴ちゃん。ふーーんだっ!
廊下に出ようとした時、バタバタ帰ってきた営業サンの
しまったー、と大きな声がした。
「お茶買ってくんの忘れたよ」タハハと、情けなさそうに肩を
下げる顔に声をかけた。
「あ、あたし淹れましょうか?」
「マジで?石川さん、気がきくー」
「いえ、ちょうどあたしも飲みたかったから…」
「じゃ、ね、梨華ちゃん、美貴行ってくるし」
「うん、いってらっしゃい」
- 765 名前:横顔の温度 投稿日:2007/07/18(水) 21:53
-
廊下の先で、美貴ちゃんを待つ派遣サン二人が肩をぶつけあって
あたしの方を見てひそひそ話してる。
なんだろう……?
美貴ちゃんが合流すると、派遣サン達はそのまま外へと出て行った。
あたしは首を傾げながら、薬缶を火にかける。
ポットのお湯は使わない。
会社のお茶はいいものじゃないから、この一手間を惜しむと全然
美味しくならないから。
沸騰した薬缶から、急須と湯のみにお湯を注いで温めておきながら
もう一度、薬缶を火にかける。
きっかり三分、カルキ抜きをしてから、温まった急須のお湯をすて
薬缶から熱湯を注ぎ込む。
二十秒くらい待って、湯のみのお湯をすててから、交互にお茶を
少し入れる。
自分の分を味見して、少し薄いかな?と思うくらい。
ここから手早く、交互に三回、お茶を淹れていく。
お盆に載せた湯のみを営業サンのデスクに置くと、自分の席に戻って
お茶を啜る。うん。バッチリ!
- 766 名前:横顔の温度 投稿日:2007/07/18(水) 21:54
-
- 767 名前:横顔の温度 投稿日:2007/07/18(水) 21:54
-
見積り書の画面から、目を上げて時計を見る。
まだ、四時を少し過ぎたぐらい。
あたしは首をまわして、またパソコンの画面を見た。
その時、「藤本さん」課長の声がして、見るとはなしに美貴ちゃんの
方に顔を向けた。
「これ、二十部作って会議室に準備して」
「…こっちの資料、今日中に出来なくてもいいのなら」
「………」
あたしは思わず立ち上がって、課長のデスクへと行く。
「課長、あたし、出来ます。」
「あぁ、石川さん、じゃ四時半までに頼むよ」
「はい」
すでにパソコンの画面に向き直ってる美貴ちゃんが、顔を上げないまま
ぼそりと言う。
「…サーンキュ」
「うん」
───ほぉら、
くすくす笑う声が聞えて、あたりを見回すと、お昼休みにあたしを見てた
派遣サンと目があった。
訝しげな顔をするあたしから、彼女はすっと目を逸らした。
- 768 名前:横顔の温度 投稿日:2007/07/18(水) 21:55
-
会議室の準備が終わって、部屋を出ようとしたところに課長がちょうど
入ってきた。
「あぁ石川さん、悪かったね」
「いえ」
「……派遣さん達は、会議の準備とか、お茶淹れとか、お使いとかは
仕事じゃないと思ってるようだからね」
あたしは、思わずムッとして課長の顔を見た。
「そうでしょうか?
他の人のことはよくわからないけど、美…藤本さんはそんなことないと
思います。それに…資料とか作るのすごく早くて正確で、あたしなんかより
ずっと仕事が出来ますよ」
「…どうしたの、石川さん。…僕はただ、なんて言うのかな?
どんな仕事でも文句を言わずにやってくれる石川さんみたいな人が
わが部署にいてくれて良かったと思ってるだけだよ。
それに、そう思ってるのは僕だけじゃないと思うがね…
若い奴らが、君のことなんて言ってるか知ってるかい?」
「……いえ」
「わが部署のマドンナ、嫁にしたい娘、ナンバーワンだそうだ」
愉快そうに笑う課長に、なんて言葉を返したらいいのかわからない。
あたしは「失礼します」そう言って、会議室を後にした。
- 769 名前:横顔の温度 投稿日:2007/07/18(水) 21:55
-
回りがザワザワしだしたのに気がついて、顔を上げるともう就業時間を
過ぎていた。
入力途中だった分だけ続けて入力し終わると、あたしはパソコンを
落としてバックを掴んで立ち上がった。
更衣室の前まで来ると、今日はやけに中がざわざわしてた。
ドアに手をかけたあたしは、中から───石川さん───自分の
名前が聞えてきたから、思わずドアから手を離した。
「あの人って、ほんと鼻につくよね〜」
「なんかいい子ぶってるよねー」
「男の人にいい顔したいんじゃない?」
頭が自然に下がっていく……そんな風に見えるんだ?
あたしが唇を噛んだ時 ───
バンッと少し乱暴にロッカーが閉まる音がして…
それで?と美貴ちゃんの声がした。
……美貴ちゃんがいる、
美貴ちゃんまで、あたしのこと、そんな風に……
そう思ったら、あたしは堪らず更衣室の前から逃げるように
かけだしていた。
- 770 名前:横顔の温度 投稿日:2007/07/18(水) 21:56
-
そのままの勢いで外に飛び出して歩き出した。
人の噂が気にならない、といったら嘘だ。
あたしは、人の顔色を気にする小心モノだし、
だけど、それより─── 美貴ちゃん、
同僚、と言うよりも、あたしの中では友達みたいに思ってた人。
だから、ショックだった。
とぼとぼ、歩く。いつの間にか駅前まで来ていた。
ふいに、ショーウインドウに制服姿で映ってる自分が見えて、
こんなところを誰か会社の人に見られたら、と思うと涙ぐみそうになる。
「……石川さん?」
背後から呼び止められて心臓が止まりそうになった。
走り出したい気分なのに、あたしの足は、ぼぅっと動きを止めてしまう。
タッタッタと軽やかに近づいてくる足音がして、背中からはっきりと
また、あたしを呼ぶ声がした。
「石川さん…だよね?」
- 771 名前:横顔の温度 投稿日:2007/07/18(水) 21:57
-
・・・…え?この声って、
あたしがオドオドと振りかえると、そこには、笑顔の吉澤さんが立っていた。
「やっぱしー、ビンゴ!」
夕暮れの中、弾むような吉澤さんの笑顔。
……どうして、どうしてぇ?
あたしは、溢れ出しそうになる涙をどうにか我慢してる。
なんでぇ、なんで、こんな時なの?
あたしは吉澤さんにまた会いたいなって思ってて、すっごくそう思ってて、
だけどまるで、学生時代の憧れの先輩に声をかけるように、
どうしたらいいのかわからなくて、
だから、おいしいコロッケを作れるようになりたくって、
そしたら、遊びに来てくれて、仲良くなれたりして、なんて想像してて、
でも美貴ちゃんが、肉じゃがだっていって……って、あぁ、あたし何?
頭の中がぐるぐる、どうしよう ───
言葉が出ず、ただただ吉澤さんの顔を凝視していた。
吉澤さんもジッとあたしの顔を見返して、ぽつりと言った。
「……なんか、あった?」
「…え?」
「会社でなんかあったの?」
「……な、なんで?いまから帰るとこだよ?」
「その格好で?」
- 772 名前:横顔の温度 投稿日:2007/07/18(水) 21:57
-
あたしは、自分が制服だったことを思い出して、顔から血の気が引く思いだ。
「…え、えと、……朝、そう朝ね、朝、会社行く時ね……」
そう言いながら、頭をフル回転させて何かうまい言い訳を、と
考えを廻らせていたら、吉澤さんが「ま、いいよ」とあたしの話を遮った。
「それより今から帰るとこなんでしょ?
なら、この後ヒマってことだよな、じゃ、さ、付き合いなよ」
「……え、なに?」
吉澤さんは、ふっと見てるあたしの力が抜けるような微笑み方をした。
「…デート?かな?行こーぜ」
「えぇっ?」
「いーじゃん、固く考えるなって、……あぁ、これ」
吉澤さんはそう言いながら、自分が着ていたブルーのチェックのシャツを
脱ぐと、あたしに差し出した。
「石川さんのその格好じゃ、会社サボってるみたいだもんなー」
「……え、でも」
「いまから行こうとしてること、その格好じゃ目立つと思うけど?
石川さんが目立つの好きってんなら、アタシは別にいーけどね」
いまのあたしは目立つどころか、どこかに隠れたい気分だよ。
そう思いながら、吉澤さんのシャツを借りることにした。
- 773 名前:横顔の温度 投稿日:2007/07/18(水) 21:58
-
つれてこられたのは、ボーリング場だった。
スペアの次にストライクを続けて出した吉澤さんは、小さくガッツポーズを
とると、ふりかえって笑顔を見せる。
「…すっごい、吉澤さんボーリング上手なんだね〜」
パチパチとあたしの拍手を受けながら、吉澤さんはニヤッと笑う。
「あったりまえじゃん。てか、初めてデートに誘う相手にさ〜
自分のニガテなこと、連れてくと思う?」
……デート、かぁ〜
デート、デートって軽く言うなぁ……
なんか、吉澤さんに近づきたくて構えてたあたしってバカみたい。
「石川さん、ガンバレよー」
「うんっ」
あたしはボールを持って、レーンを見据える。
たったった、とピンに向かってボールを投げた。
ガラガラガッチャーン!
ストライクには届かなかったけど、ピンが連なって倒れていく音は
あたしの中に小気味良く響いた。
- 774 名前:横顔の温度 投稿日:2007/07/18(水) 21:58
-
カウンターで貸し靴を返して、ボーリング代は吉澤さんが払ってくれた。
半分返そうとするあたしに、「デート代は誘った方が持つもんなんだよ」
と、調子よく笑う。
もちろん、気を遣ってくれてるんだってわかるから、
あたしも笑顔で、ありがとうって答えた。
「全然、相手にならなかったな〜」ニヤニヤ笑う顔。
「なーにーよー」軽く睨むと、ニヤニヤ顔が、ふっと崩れて優しい笑顔になった。
「元気出てきたみたいじゃん」
吉澤さんの右手が、ぽんっと軽く音をたててあたしの頭の上に乗る。
─── どきんっ
ふいに大きな音をたてた、あたしの胸。
ぁあ、そうだった、あたし、
なんとなく吉澤さん見てると、吉澤さんといると、
ドキドキしてきちゃうんだよね……
気づけば、あたしは吉澤さんのブルーのシャツの胸元をぎゅっと
握っていた。
- 775 名前:横顔の温度 投稿日:2007/07/18(水) 21:59
-
「喉渇いたなー、
そうだ、敗者は勝者に奢ってくれないとねー」
「なにそれ?」
「勝負の世界はきびしいってことさ」
吉澤さんのしたり顔に、あたしは、ぷっと噴出した。
ちゃんとしたカフェで奢っても良かったのに、吉澤さんは自販機の方に
サッサと歩いて行ってしまう。
後をついていったあたしは、吉澤さんの立っている自販機に小銭を入れた。
吉澤さんは、たくさんあるコーヒーの中の一本を選んだ。
あたしはミルクティーのボタンを押して、吉澤さんが指差す椅子に
並んで腰掛ける。
少し高くなってるコーナー状に置かれた椅子の上から、たくさん横に
広がったレーンが見える。
ガラガラガッシャーン、と大きな音をたてて、ボーリングのピンが
倒れていくのをミルクテェーを飲みながら、ぼんやりと見ていた。
「ちっとはスッとしたろ?」
レーンの方を見たままの、吉澤さんの横顔が小さく微笑んでる。
あぁ、キレイだなぁ、なんて検討違いなことが頭に浮かんで、
あたしのほっぺたが、ちょっと赤く染まった。
- 776 名前:横顔の温度 投稿日:2007/07/18(水) 21:59
-
あたしの返事なんかまるで期待してないらしい吉澤さんが、ポツリポツリと
まるで落とすように言葉を繋げる。
「…なんかさー、
いろいろあるじゃん、いろいろあんだよ、誰だってさー
いいことばっかならいいけど、そんな訳なくって、悪いこと嫌なことだって
ぜってーある。
そんな時はさ…こーやって、パァーっと遊んじゃうとか?
誰か、傍にいる友達に話す、とかさ?
とにかく、一人で溜めないことが大事なんじゃないかって思うんだ」
…傍にいる、友達、か、
ふいに、美貴ちゃんの笑った顔が頭に浮かんできて、あたしは大きく息を吐いた。
そんなつもりなかったのに、まるで食って掛るような声が出てしまう。
「だけどっ……だけど、
あたしが友達だって思ってたって、相手はそう思ってないかも知れないじゃない!
話かけられても迷惑かも知れないし……」
「……そうかなー
石川さんが友達って思ってる人なんでしょ?話してみた?」
あたしは首を横に振った。吉澤さんは横顔のまま。
「石川さんがさ、その人のこと本気で友達だって思ってんなら大丈夫だよ。
……なんかぁ、上手くいえねーけどそーゆーもんじゃね?」
- 777 名前:横顔の温度 投稿日:2007/07/18(水) 22:00
-
ほんとに、そう、なのかな?
美貴ちゃんってそんな人だった?
だけど、だけど、更衣室でみんなとあたしの───
あたしの顔が歪んでいく。
「まず、石川さんの自信だと思うんだ。なんでもね。
すげー難しいことだけど。
アタシもね、自分に自信がなくなってる時って色々見えなくなるから。
自分が悪いことしてないなら胸張ってなよ?
そんで、自分を信じたらいい。
もし悪いんだったら、謝っちゃえ。
そしたら、友達だったらわかってくれると思う。そんだけ。」
吉澤さんは横顔のまま、そっと微笑んでる。
それはきっと、あたしに向けてくれてるのに、押し付けがましくなくって
あたしの目からは、安心したように涙が落ちていく。
頬を濡らす涙はちっとも冷たくなくって、なぜだか温かかった。
- 778 名前:横顔の温度 投稿日:2007/07/18(水) 22:00
-
吉澤さんは、赤い目になったあたしにそれ以上は何も言わなかった。
そして、いいって言ってるのに家まで送ってくれた。
そして、マンションの前に着くと、はい、と言って手を出す。
「…え、なに?」
「シャツ、返せよ」半分笑いながら、睨む真似をする。
「洗って返すから」
「んなの、いーから。早く脱げ、てか、脱がされたいとか?」
あたしは、ギョッとして、思わず首を横にブンブン振った。
「おー、全力否定」ニヤニヤ笑ってる吉澤さんを見ながら、
なんか、あたしが思ってるのと全然違うタイプの人なのかも?と
思ってしまった。だけど、
あたしが思ってたって、どう思ってたって言うんだろう?
格好いい人って、コレは外見だし、
颯爽としてるって言うか、なんだろう?
まだ、何も知ってるわけじゃなかったのにね。
勝手に、なんとなくのイメージを作っちゃって、それと違うって気がしてるだけ。
美貴ちゃんのことはどうなんだろう?
あたし、美貴ちゃんのことをどう思っていたんだろう?
- 779 名前:横顔の温度 投稿日:2007/07/18(水) 22:01
-
美貴ちゃんはとにかく仕事が早くって、頭の回転も速くって、
仕事が終わらなくて困ってた時とか、さりげなく助けてくれて、
そして……、あぁ、そうだ。
皮肉屋さんで、あたしのことをよくコケにして笑ったりするけど、
傍にいて迷惑な顔なんてされたことなかった。
誰かを笑いモノにする時は、本人の目の前でバッサリやっちゃって、
だけど、影で誰かの悪口なんて言ってるの聞いたことない……
美貴ちゃん、あの時……
「お〜〜〜いっ」
顔の前で手を振られて、あたしは、ビクッと我に返った。
「あっ…ゴメンね!いますぐにっ」
慌ててシャツのボタンを外し始めると、頭の上から、くっくっく、と
押し殺した笑い声がする。……な、なに?
「…そう言えばさ、石川さんって見かけによらず薄情だよな」
「へっ?」
- 780 名前:横顔の温度 投稿日:2007/07/18(水) 22:01
-
あんまりにも意外な言葉に、すっかり驚いたまま顔を上げると、
勘違いじゃなく、吉澤さんの笑顔がなぜだか少ーし意地悪そうに歪んで見える。
「…アタシ、携帯とメアド教えたのに、全然連絡くれないじゃん?
カルーく、拒否られてんのかと思ってたよ」
吉澤さんの声は、まるで何かを試しているようにゆっくりと低く響く。
なんだか心拍数があがってきた。
ヤ、ヤだな、顔も赤くなりそう。
「そ、そんなこと言ったって、吉澤さんだって……」
「はぁ?なに言ちゃってんの?
アタシは教えて貰えなかったじゃんか、そっちの番号もメアドも」
「えぇーーーっ!」
うそうそうそーーー!!!
だってだって、あの時、すっごく嬉しくて、あんまりにも嬉しくて、
吉澤さんが連絡先を書いてくれたメモを胸に抱きしめて……
えーっと、それからそれから、コロッケが好きっだって言ってたから、
頑張って、頑張って、次、会った時にはすっごく美味しいコロッケを
食べさせてあげれたら、ほんとに餌付け出来ちゃったりしてー、
なーんて思って、それで、それで頭がコロッケでいっぱいになっちゃってて、
─── あ。
- 781 名前:横顔の温度 投稿日:2007/07/18(水) 22:02
-
「そーかー、うん、わかった。」
吉澤さんの、どこか気落ちしたような小さな呟きに、あたしはまた
ハッとした。
見ると、吉澤さんは、あたしに背中を向けて歩き出そうとしてる。
「石川さん、アタシのことすっかり忘れてたんだろ?よーく、わかった」
あたしは、ビックリして吉澤さんの腕にしがみ付くと、とにかく必死で
口を開く。
「違うよっ 違うの!
あの日、すっごく嬉しかった。だって、あたし、吉澤さんに
初めて会ったあの日の後、友達になりたかったなって思って。
ずっと、思ってて。
何も話せない自分なんか、嫌って思って。
ずっともう一度会いたいって思ってて。
だからあの日、偶然また会えて、運命かもって思っちゃうくらい
嬉しくて。だから違う、絶対違うの!
忘れてたなんてありえないの!」
あたしは、自分がもう何をくちばしってるのかわからないくらい興奮して
肩で息をついた。
「……言えんじゃん?」
「え?」
- 782 名前:横顔の温度 投稿日:2007/07/18(水) 22:02
-
吉澤さんがくるりと振返る。
「石川さんさー
思ってること言えるじゃん?
ちゃんと自分の言葉で言えるんじゃない?
ちょっと情熱的すぎて、よしざーサン照れちゃったよ」
照れちゃったよ、なんて軽く言いながら、全然照れてるふうじゃない
吉澤さんの顔を見つめながら、吉澤さんの腕を掴んでたあたしの指先から
力が抜けていく。
「石川さんがそうやって頑張ったら、きっと伝わるよ」
目を細めて柔らかく笑いながら、吉澤さんはあたしの頭にぽんと
手を置いた。
ひょっとしてはめられたの?って考えが一瞬、頭を過ぎったけど、
吉澤さんの掌の温かさが、あまりにも心地よかったから、あたしは
黙ったまま、大きくひとつ頷いた。
「よし」
ちょっと偉そうな声を出して、吉澤さんはあたしの頭から手を離した。
その手に借りてたシャツを返して、あたしは「ありがとう」と言った。
吉澤さんの目が微笑む。
なんだか、見惚れそうになったあたしは慌てて目を伏せた。
- 783 名前:横顔の温度 投稿日:2007/07/18(水) 22:03
-
- 784 名前:横顔の温度 投稿日:2007/07/18(水) 22:04
-
お昼の時間になった。
時計を確認したあたしは、そっと美貴ちゃんの座ってるデスクを見る。
と、伸びをした美貴ちゃんが振返って、目が合った。
美貴ちゃんは、よっこいしょ、とでもいうようにめんどくさそうに
立ち上がって、あたしのところにやってきた。
「梨華っちー、今日昼は?なんか持ってきたー?」
「うぅん、今日は外に行こうかなって」
「じゃ、美貴も行く」
「え?美貴ちゃんのお昼って……」
「あー、部長に言ってさ、時間早便にして貰った」
なんで?
そう声を出そうとした時、美貴ちゃんの背中をきつい眼差しで睨む
派遣サン達に気がついた。
美貴ちゃんは昨日の更衣室でのことを、きっとあたしには
言わないんだろうなって思った。
だからあたしも、なんでって聞いたりしない。いま、決めた。
「……ゴメンね、美貴ちゃん」
「は?なにが?」
なんでもなーい、と明るく笑いながら、あたしは席を立った。
- 785 名前:横顔の温度 投稿日:2007/07/18(水) 22:04
-
外はすっきり青空。
眩しそうに目を細めた美貴ちゃんが、ぽつりと言う。
「あー、肉じゃが食いてー」
「え?……じゃ、昨日言ってたのって…」
「美貴の食いたいもんに決まってんじゃん。
だってさ、他のヤツが何食いたいかなんて美貴にわかりっこないよ」
しらっと言い切る美貴ちゃんに、あたしは呆気に取られた後、
くすくすと笑い出だした。
だって、なんだかほこほこと温かい。
ふいに、昨日の吉澤さんの横顔があたしの頭に浮かんだ。
優しい微笑み。ほこほこ、ほこほこ、心が温かくなっていく。
「肉じゃが、いいかも」
「梨華ちゃん、わかってんじゃん」
鼻に皺を寄せながら得意そうに笑う美貴ちゃんを見ながら、
今夜、吉澤さんにメールをしようと思った。
件名は、昨日はありがとう、
ハートマークとかつけちゃおうかな?
ひかれちゃうかな? 内容は───
- 786 名前:横顔の温度 投稿日:2007/07/18(水) 22:05
-
肉じゃがは好きですか?
なんてね。
end
- 787 名前:ななしーく 投稿日:2007/07/18(水) 22:06
-
更新しました。
すっかり間が空いてしまい、続きものなのにトーンが違うと
違和感を抱かれた方がいらっしゃったら、すみません。
いまの自分に書けるいっぱいいっぱいです。
- 788 名前:ななしーく 投稿日:2007/07/18(水) 22:06
-
752名無し飼育様
好きって言葉、嬉しいです。ありがとうございます!
753名無し飼育様
いいですか?ありがとうございます!
754名無し飼育様
貴方様のレスにこちらこそヤられました。ありがとございます。
755名無し飼育様
色彩とは!嬉しすぎて浮かれます。ありがとうございます!
756名無し飼育様。
まさに、ありがとうございます!
- 789 名前:ななしーく 投稿日:2007/07/18(水) 22:07
-
りみ様
お待たせしました!
758名無し飼育様
ご忠告ありがとうございました!
759名無し飼育様
お待たせしてすみません!
760名無し飼育様
ありがとうございます!続いてみました(w
- 790 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/19(木) 05:44
- 作者様 お帰りなさい。
「コロッケの距離」を待ち焦がれていたので
もの凄く嬉しいです。ありがとうございました。
- 791 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/19(木) 07:00
- 今回もやられました。
次は何かなーっとワクワクして待っています。
- 792 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/19(木) 07:40
- りみです。
当時はアゲ、サゲの意味も知らず作者様の大切なスレを汚してしまい
読者の気分も害してしまって本当に失礼いたした事を心からお詫びします。
すみませんでした。
- 793 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/19(木) 07:47
- ちょっと待って、終わりじゃないですよね?続くんですよね?
お願い!作者さん続きますよねー!。
- 794 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/19(木) 15:52
- ニヤニヤ(-∀-)ニヤニヤ
作者さまのいしよしはど-もニヤけてしまいます。やっぱいしよしは良いなあ〜。
次回の更新、正座して待ってます
- 795 名前:夏の足音 投稿日:2007/07/20(金) 20:16
-
横顔の温度の続きです。
- 796 名前:夏の足音 投稿日:2007/07/20(金) 20:18
-
肉じゃが?好きだよ
- 797 名前:夏の足音 投稿日:2007/07/20(金) 20:18
-
- 798 名前:夏の足音 投稿日:2007/07/20(金) 20:19
-
シャワーから出て髪をタオルで拭きながら、キッチンカウンターに
置いてある携帯を見ると、メール着信があったと知らせる赤いランプが
点滅してる。
ドクンッ、と心臓が大きく一つ鳴った。
吉澤さん、から…かな?もうお返事くれたのかな?
携帯へと伸ばす、あたしの指先が笑っちゃうくらい緊張してる。
なんで、なんで?自分でもよくわかんないよ…
画面を開けば、シンプルな一言、二言。
あたしはなんとなく力が抜けて、ソファーにズルズルッと座り込んだ。
肉じゃが、好きなんだー、美貴ちゃんと一緒だ…
だから?…あーも──、
だって、だって、何を話したらいいのかわからない…
とにかく!また会いたいなぁ…なんか、顔が見たいんだもんっ
あたしは携帯の画面を開くと打ち出した。
- 799 名前:夏の足音 投稿日:2007/07/20(金) 20:19
-
来週の土曜日とかって空いてますか?
良かったら、うちで一緒にご飯を食べませんか?
肉じゃがとか、コロッケとか、そんな感じで良かったら
準備して待ってます。
- 800 名前:夏の足音 投稿日:2007/07/20(金) 20:20
-
- 801 名前:夏の足音 投稿日:2007/07/20(金) 20:20
-
─── ピンポーン
うそっ!?
あたしは、リビングにかけてある時計をキッチンから覗く。
吉澤さんとの約束の時間まで、まだ三十分以上ある。
まだテーブルのセッティングまで出来てないよ。
だけど、コロッケは揚げたての方が美味しいだろうし…
まぁ、いっか。
ピンポーン、ピンポーン…
急かすように鳴り続けるチャイムに、あたしは慌てて玄関のドアを開けた。
- 802 名前:夏の足音 投稿日:2007/07/20(金) 20:21
-
「やほ!梨華っちー、居るなら早く出ろよ。
美貴、留守かと思っちゃったじゃん!あー重かった」
み、美貴ちゃぁん?!
しかめっつらをした美貴ちゃんは大きな紙袋を両手で提げていた。
「ど、どうしたの?いきなり…」
「暑ちー、外、暑かったー
これ、ウチの実家から送ってきたじゃがいも。
ダンボール一箱も送ってくるからさー
美貴の主食は芋じゃなくって、肉だからさ、参るよ。
邪魔だったから、早速お裾分け」
「あ、うん。ありがとう」
「梨華っち、最近さ、コロッケとか肉じゃがとかハマってんじゃん?
だから、ちょうどいいだろー」
美貴ちゃんの得意げな笑顔に、あたしは微妙な笑顔で頷いて
差し出された紙袋を受け取った。
まぁ、だってそれはハマってるというよりも今日と言う日に備えて
必要に迫られて作り続けてたってだけなんだもん…
そもそも美貴ちゃんが肉じゃがって言ってたんだよねー
それなのに、一回お弁当のを分けてあげたら、
やっぱ美貴は肉じゃないと力が出ない…とか、言っちゃってさぁ
- 803 名前:夏の足音 投稿日:2007/07/20(金) 20:21
-
「ねー、梨華ちゃん、美貴、喉乾いた。なんか飲ませて」
「うん。どうぞ、上がって」
美貴ちゃんは、「お邪魔〜♪」と歌うように言って、
ずんずん廊下を進むとリビングダイニングに続くガラスのドアを開けて、
くんくんと鼻を鳴らした。
「・・・おや、なにやらイイ匂いがするぞ」
美貴ちゃんに続いてリビングダイニングに続いたあたしは、キッチンに
入って、紙袋を置くと冷蔵庫を開けながら声をかけた。
「美貴ちゃん、ウーロン茶の冷たいのと、グレープフルーツジュース
どっちがいい?」
「ん〜〜?」
美貴ちゃんはキッチンを回ってあたしの横に来る。
そして、キッチンカウンターに載ってる料理を指差した。
「なにこれ?道産子祭り?」
「え?…いや、んー」
肉じゃが、コロッケ、それだけじゃ剥き過ぎたジャガイモが
余っちゃったから、ポテトサラダまで作っちゃったあたし。
- 804 名前:夏の足音 投稿日:2007/07/20(金) 20:22
-
「つーか、格好な量だけども、今日はパーティ?」
「え?…えと、パーティなんて大袈裟なのじゃなくってね
友達が、ね、…そのぉ、来る約束なんだけど……」
歯切れ悪く、しどもどするあたしに、美貴ちゃんは「なーんだ」と
訳知り顔になってニタニタする。
「例のアレか〜、梨華ちゃんが色気づいてるヤツ!
な〜にぃ、もう家に呼んじゃうような関係なんだ?
梨華ちゃんのクセに、美貴に内緒にしよーなんてムカツクー」
「ち、違うよぉ、本当にお友達なのっ」
興奮して、だんだん赤くなってきたあたしの顔を美貴ちゃんが覗き込む。
「梨華っち〜、今日、化粧濃くなぁ〜い?」
「え!うそっ」
「嘘」
「もぉ〜、美貴ちゃぁ〜ん」
ニタニタ笑う美貴ちゃんと、しどもど冷や汗をかくあたしが
見つめ合う。
「そっかー、友達、なんだ?
ただ、の、お友達が来るだけ、か」
ただ、のところをマーカーしたように強く発音する美貴ちゃん。
- 805 名前:夏の足音 投稿日:2007/07/20(金) 20:23
-
「う、うん、もちろんそうだよ?
美貴ちゃんと一緒で、あたしにとって大切なお友達なの」
「ふーーーん、じゃ、さ、美貴もご馳走になってい?」
「へ?」
「だってさ、こーんなあったら二人じゃ食べきれなくない?
それに美貴も、梨華ちゃんの大事なお友達なんだよねぇ?」
「…うっ……うん」
「あ、美貴ね、ウーロン茶ちょーだい。氷いっぱい入れてね」
「…はい」
ウーロン茶を入れたグラスを渡すと、美貴ちゃんはキッチンの
カウンターに背中をあずけて、ゴクゴクと喉を鳴らしてる。
なんだろ?上手く丸め込まれた気がする……
だけどまるで、
吉澤さんとのことを美貴ちゃんに隠そうとしているようなあたし。
なんだろう?この後ろめたいような気持ちは……
飲み干したウーロン茶のグラスを流しに置いて、振返った美貴ちゃんは
あたしを見て、またニターーーと笑った。
「あのね、梨華ちゃん。エプロンはお友達が着ても外しちゃダメだから」
「なんで?」
「そんなの決まってんじゃん?そそるから」
- 806 名前:夏の足音 投稿日:2007/07/20(金) 20:23
-
そ……そそ?、って、……あ、
「美貴ちゃぁーーーんっ 違うって言ってんじゃん!」
「てへ♪」
小首を傾げて笑う顔を睨んだ時、
ちょっと待って、そう言いながら美貴ちゃんは、デニムのスカートの
お尻のポケットから携帯を取り出した。
「…はい、うん、美貴。えぇ〜〜〜、マジでぇ?
うん、わかった。……行くって、うん、はいはい、じゃね」
ふぅ、と肩で息をした後、携帯をポケットにしまいながら
美貴ちゃんがあたしを見た。
「梨華ちゃん、残念なお知らせがあります。
美貴は急用が出来ちゃって、もう帰らなきゃいけなくなりました」
「え?そうなの……」
どこか胸の奥で、ホッと息を漏らすあたしがいる。
目ざとい美貴ちゃんがそんなあたしを見逃す訳もなく……
ちょいちょい、と人差指を曲げてあたしを呼ぶと、耳元で囁いた。
「……夏は恋の季節だ、ガンバレ」
- 807 名前:夏の足音 投稿日:2007/07/20(金) 20:24
-
「……もう、もうっ 美貴ちゃっーーーん!」
ボボボ、と熱くなってくほっぺたを押さえながら、あたしは叫んだ。
美貴ちゃんは、ナハハ、と愉快そうに笑いながら玄関に向けて歩き出す、
と、その時、
─── ピンポーン と、ドアチャイムが鳴った。
ばっ、と顔を見合わせた、あたしと美貴ちゃん。
サーッとチーターを思わせる身のこなしで、玄関へと向かった
美貴ちゃんは、大きくドアを開いた。
「はーーーい」
ドアの先に立っていたのは、黒いメッシュキャップを目深に被った吉澤さん。
心持、顎を上に上げて、目の前にいる美貴ちゃんを見て固まってる。
「…えっと、石川さんのお宅じゃぁ……?」
ほぉ、と、一つ息をついた美貴ちゃんは、そうですよー、と言いながら
満面の笑みであたしを振返った。
- 808 名前:夏の足音 投稿日:2007/07/20(金) 20:24
-
「…あっ、え、とぉ…いらっしゃい」
「こんちは」
廊下を空けるように、壁に体をくっつけた美貴ちゃんは、あたしと
吉澤さんを見比べて、ふぅ〜〜〜ん、と頷いた。
そして、腕を組みながら吉澤さんに向き直る。
「梨華ちゃんの親友の藤本美貴、よろしく」
美貴ちゃんの声が、凛と玄関に響いた。
一瞬、あっけに取られた顔をした吉澤さんは、ちょっと俯いて、ニヤリと
口許だけで笑った。そして、キャップを取るとパンツのお尻のポケットに
ねじ込んで、美貴ちゃんを見た。
「吉澤ひとみ、よろしく」
美貴ちゃんは、吉澤さんの頭の上から、足元まで、ゆっくり目線を動かすと
「美貴は帰るとこだから。吉澤さん、だっけ?どうぞ、ごゆっくり」
そう言いながら、玄関にあったサンダルを履くと、笑顔であたしを振返った。
「じゃね、梨華っち、月曜、会社で」
「う、うん、美貴ちゃん、気をつけてね」
美貴ちゃんは、小さく頷くと、笑顔のままであたしと吉澤さんを交互に
見て踵を返すと歩き出した。
あたしは廊下に顔を出して、「お芋、ありがとう!」と少し大きな声を出す。
美貴ちゃんは、振返らずに片手を振ってエレベーターホールに消えていった。
- 809 名前:夏の足音 投稿日:2007/07/20(金) 20:25
-
美貴ちゃんの姿を見送ったあたしは、吉澤さんを振返る。
「あ、ごめんね?どうぞ、上がって」
吉澤さんは、うん、と一つ頷いた。
「お邪魔します」スニーカーを脱いで、玄関に上がると、吉澤さんは
自分の格好を見て苦笑しながら、あたしを見た。
「なーんか、アタシ、汚くってゴメン。
家、帰って着替えてる時間なくってさー」
そう言われてみれば、色褪せた黒のTシャツには、ところどころ白い
塗料が飛んでいるし、グレーのワークパンツにも黒い染みがあった。
なのに、お化粧気のない顔は、相変わらず抜けるように白く輝いていて
汗ひとつ浮かんでなくって、やっぱりキレイだった。
あたしは、吉澤さんを見上げながら首を横に振る。
「うぅん、今日、お仕事だったんだね、ごめんね」
「なんで謝んの?腹減ってるから助かるよ。」
ニッと笑ってから、…あ、と小声で呟いて、両手で腰の辺りを擦り
ながら、困ったような顔になる。
「焦ってきたから、手土産もねーや、ゴメン」
あたしは、そんな吉澤さんの様子が可愛らしくて、くすくす笑った。
- 810 名前:夏の足音 投稿日:2007/07/20(金) 20:25
-
廊下をリビングダイニングへと進みながら、そんなの気にしないで
と、声をかけた。
ドアを開けながら振返って、
「こっちもなんか、バタバタしててごめんね」と言うと、
吉澤さんは、何かを思い出すような顔でクッと笑うとこう言った。
「頼りになりそーな親友じゃない、番犬みたいで」
あたしは、眉を寄せると…ばんけん?と呟いた。意味がわからない。
それより、そうだ!
美貴ちゃん、あたしのこと親友って言ってくれた……
そんな風に思ってくれてたなんてぇー
嬉しくって、思わず顔が笑っちゃうぅ〜
あたしは笑い出しそうになる口許を両手で押さえた。
そうしたら、くっくっく、と頭の上から笑い声がして、
……へ?
見上げたら、吉澤さんがニヤニヤして、あたしを見下ろしていた。
「石川さんって、わかりやすいな…」
「……?」
「…くっくっく、思ってること、すぐ顔に出るだろ?
見てっと、超笑える」
思わずムッとして、あたしの唇が尖る。
そしたら、吉澤さんが、また、くっと笑うから、
なんだか泣きそうになって、睨んだ。
- 811 名前:夏の足音 投稿日:2007/07/20(金) 20:26
-
やっべぇ……
吉澤さんは、あたしを見下ろしながら小さく呟くと、なんでもない、
というように微笑んで、ぽん、とあたしの頭の上に手を置いた。
「からかってゴメン、な」
「…もういいよ」
吉澤さんって実は、ちょっと意地悪だよね、
だけど、これは口には出さない、あたしは心の中だけでの呟き。
あたしの頭から手をどけると、その手で前髪をかきあげて
吉澤さんは、ふぅ、と息をつきながら上を向いて、首を回した。
「……今日も疲れたなー」
「お疲れ様!…あ、そうだ、吉澤さん、ビール飲む?」
「え、あんの?飲む飲む。石川さん、気が利くじゃん」
「そこ、座ってて」
吉澤さんは頷くと、あたしが指差したダイニングの椅子に座った。
冷蔵庫から冷えたビールを出して渡す。
あ、グラス、あたしがそう言った時には、もう吉澤さんはプルトップを
空けて、グビグビとビールを飲んでいた。ま、いっか。
あ、おつまみ、そう思って、肉じゃがを小鉢によそって、
ポテトサラダは取り分けの小皿と、お箸と一緒にテーブルに並べる。
- 812 名前:夏の足音 投稿日:2007/07/20(金) 20:27
-
「コロッケ、今から揚げるからちょっと待っててね」
そう声をかけると、吉澤さんは片手で頬杖をついた顔をあげて
あたしを見た。
「いーねー、なんかウチら新婚さんみたいじゃね」
あたしと、吉澤さんが新婚さん?
そう思ったら、急に胸がどくんっと鳴った。ドキドキドキドキ…
ヤだ、なんで?困るよぉ、
あたしはエプロンの胸元を思わず、ぎゅっと握った。
吉澤さんは、ビールを飲むとそのまま缶を握り潰す。
「ほんとは、裸にエプロンだけどね」
「は、はだかにエプロン?」
あたしの声が裏返る。吉澤さんは涼しい顔で、そう、と頷いた。
「新婚ならね、基本じゃね?」
その基本、間違ってる、絶対、間違ってる……
て、いうか、吉澤さん、酔っ払っちゃったの?
あたしは心配になって、顔色を伺うように吉澤さんを見た。
「ね、ひょっとして酔ってる?」
「は、アタシ?全然。 アタシ、酒、超つえーの。
十六ん時から飲んでっから、酔うことなんてないね」
じゅ、じゅうろくぅ?
- 813 名前:夏の足音 投稿日:2007/07/20(金) 20:27
-
「…ウチ、家がこんな商売じゃん?
ちっちゃい時から回りにいるのって、ガラの悪いオヤジばっかでさ、
あたしが中学出たら、義務教育が終わったらもう一人前だ、
酒は飲んでも、飲まれるなっつって、だから今じゃもう最強?」
「そ、そうなんだ……」
「石川さんは?飲めんの?」
「うん。でも、そんな強くないよ?カクテルとか甘いのが好き。」
「そっか、じゃ、今度飲みに行こーぜ。
石川さん、べろんべろんになっても、あたしがいれば安心じゃん?」
「……いや、そんな飲まないから」
吉澤さんは、なんだよ、付き合い悪いなーと言いながら笑った。
たぶん、吉澤さんに付き合ったら、あたし死んじゃうよ…
「あ、食べてて」
「ん、美味そうじゃん、いただきまーす」
あたしはキッチンに戻るとコンロの火をつけた。
ふーん、そうかぁ……
あたしはしみじみと考える。
この間とか、吉澤さんって落ち着いてる感じの人だと思ったんだけど、
あたしには、想像もつかないような経験をしてるからなのかな?
中学生とか、高校生とかの時ってどんな子だったんだろう?
ちょっとビックリしちゃうような事をサラッと言ったりするけど、
でも、やっぱり……うん、もっと知りたいな、吉澤さんのこと…
- 814 名前:夏の足音 投稿日:2007/07/20(金) 20:28
-
吉澤さんは、煮崩れた肉じゃがをこのほうが味が染みてて美味いじゃん、と
言ってくれた。
コロッケサンドの時とは、絶対に味の違うはずの揚げすぎてちょっと
焦げちゃったコロッケも、揚げたては美味い、美味いとたくさん
食べてくれた。
やっぱり、体が資本のお仕事だからかな、
あんなにあったお料理は、全部じゃないけど、あらかたキレイに
食べてくれて、あたしはなんだかすっごく嬉しかった。
あんまり上手じゃないあたしの作ったものを、ニコニコとバクバク
食べてくれる吉澤さんの顔を見てたら、なんだろう、
こういうのって、小さな幸せ?とかって思っちゃったりして、
だからそう、もっとお料理上手になりたいなって、
それで、吉澤さんに喜んでもらいたいなって、
あたし、思っちゃったんだよね。
- 815 名前:夏の足音 投稿日:2007/07/20(金) 20:29
-
「うーーー、腹苦しい」
吉澤さんが、お腹を撫でながら椅子の背もたれに寄りかかる。
「お茶淹れるね」
「おぉ、サーンキュ」
お茶と、紅茶を淹れるのだけにはちょっと自信があるんだ。
キッチンに入って薬缶をコンロにかけて、丁寧にお茶の準備をする。
美味しくなるように、美味しくなるように、
時間をかけて。心を込めて。
- 816 名前:夏の足音 投稿日:2007/07/20(金) 20:29
-
白い湯気があがる、湯のみを吉澤さんの前に、どうぞ、と、置く。
「おぉ、ありがと」湯のみに手を出して、ごくっと一口飲んだ
吉澤さんが、おっ、と目を丸くする。
もう、ひとくち、ふたくち飲んで、「すげっ」と言ってあたしを見る。
「なにこのお茶、ヤケに美味いんだけど」
「へへ、やった♪」
あたしが笑うと、吉澤さんも目を細めて微笑んだ。
その顔を見ながら、頑張るよ、って、また、思った。
あたしの作ったものの全部を、吉澤さんが口に入れた時に
そういう笑顔をしてもらえるように、あたし頑張るね?
一人暮らしをしても、全然上がらなかった料理の腕だけど、
吉澤さんが、そうやって食べてくれたら、
あたし、すごい腕前になれちゃうかも、
だからまた、食べに来てね?
あたしもお茶を飲みながら、心の中でそう思った。
- 817 名前:夏の足音 投稿日:2007/07/20(金) 20:30
-
お茶を飲み終わった吉澤さんが、「いま何時?」と言って、
辺りを見回して、時計に目を止めた。
「……7時40分か、あのさ、石川さん、自転車って持ってる?」
え?自転車?
家にならあるけど、ここにはないよ。
ううん、と、あたしが答えると、吉澤さんは立ち上がりながら
親指で後ろの玄関を指した。
「じゃ、いーや、ちょっと出られる?」
「え?いまから?どこに?」
「いーとこ」
いいとこ?
首を傾げるあたしに、吉澤さんはニヤリと笑った。
- 818 名前:夏の足音 投稿日:2007/07/20(金) 20:30
-
エントランスを出ると、吉澤さんは、「ちょっと待ってて」
そう言って、角の路地を曲がると自転車に乗って現れた。
あたしの前で片足をついて止まると、後ろを振り向き「乗りなよ」と言う。
「え?」
「はーやーくー」
「う、うん」
あたしが荷台に座ると、前を向いたまま「つかまって」と声がした。
「つかまるって、どこに?」
吉澤さんは、サドルに乗った足に片手をついて、肩で、はぁ、と息を
ついてから、振返るとあたしの手を掴んで自分の腰に当てた。
どきんっ……どくどくどくどく、
急に、また騒ぎ出した自分の心臓の音に驚いたあたしは、思わず、手を
引っ込めそうになった、と、その手を上から吉澤さんの手が押さえつける。
「ちゃんとつかまってねーと危ないんだよ。世話焼かすなよ」
つっけんどんにそう言って、吉澤さんは前を向くとペダルを踏み込んだ。
ぐんっ、と前につんのめる身体、ぐんぐんスピードが上がって、
暗くなった道を滑るように走り出した。
- 819 名前:夏の足音 投稿日:2007/07/20(金) 20:31
-
自分で漕いでる時との、あまりのスピードに違いにあたしは思わず
吉澤さんの腰に両手でしっかりとしがみついてしまった。
ふっと、吉澤さんの肩が揺れて笑うような息が洩れた。
「あのー、ねー、吉澤さんっ」
「ん?」
「あたし、重くない?」
「重いよ」
「……ごめんなさい」
「嘘、たいしたことない」
「もぉ!」
「あははっ」
あたしは、風に乗る吉澤さんの笑い声を聞きながら辺りを見回す。
こんな道、通ったことないや。
夜道だからではなく、普段、駅へ出る道しか通らないあたしは、
吉澤さんが漕ぐ自転車が走るひとけのない道を、どこか知らないところに
迷い込んだような不思議な気持ちで見ていた。
なんか、ワクワクする、ちょっとした冒険気分。
ずっとこのまま遠いどこかに走って行きたいな。
いくつかの曲がり角を曲がったあたりから、時折、ドンッと大きな
音が聞え出した。
「チッ、始まったか」
吉澤さんの小さな舌打ち。あれ、この音って───
- 820 名前:夏の足音 投稿日:2007/07/20(金) 20:31
-
そう言えば、マンションの掲示板に載ってた気がする……
花火大会のお知らせ、あれって、今日だったんだ。
「ねー、吉澤さん、この音って…」
「「花火」」
二人声がきれいに揃って、また笑った。
「最初車でって、仕事で使ってるダサいバンだけど、で、
石川さんち行こうかと思ってたんだけどさ、
この先の大通りに出たら、すごい人になっちゃうと思うし、
確か、交通規制してた気がすんだよね」
スピードに乗った自転車は、吉澤さんがそう話してる間に、大通りが
見える位置に着く。
出足の遅れた人たちが、花火の会場に向かって歩いてるのが見えた。
吉澤さんは、大通りに出る手前で自転車を止めた。
「こっからは、危ないから歩いて行こ」
「うん」
自転車を引く吉澤さんについて歩く。
と、吉澤さんは大通りを会場と逆に進んで行く。
- 821 名前:夏の足音 投稿日:2007/07/20(金) 20:32
-
「あれ?ね、吉澤さん?」
「いいから、こっち」
浴衣を着た、同じ年くらいの女の子達とすれ違いながら、吉澤さんの
背中について歩く。
大きな片側三車線の道路を渡ると、改装中立ち入り禁止、と目立つ看板が
下がっているビルの前で、吉澤さんは足を止めた。
駐車場に張ってあるチェーンを外すと、自転車を中に停めながら
あたしを呼ぶ。
「早く、来いよ」
「う、うん」
あたしが駐車場の中に入ると、吉澤さんは辺りを見回しながら
素早くチェーンをかけた。
「暗いから、気をつけて」
そう言いながら、パンツのポケットを探ると鍵を出して、
駐車場の奥にある扉を開けた。
目の前には薄暗い階段、ジーと切れそうな蛍光灯が瞬いた。
「十ニ階まで、ガンバレよ」
吉澤さんは、ニヤリと笑うと階段を上り出した。
- 822 名前:夏の足音 投稿日:2007/07/20(金) 20:32
-
はぁはぁはぁ……
い、息が切れる、
10Fの表示を恨めしげに見るあたしを余裕の吉澤さんがバカにする。
「年寄りみてーだな。石川さんさ、身体動かしてる?」
「ぜ、全然、し、仕事も座ってばっかりだし…」
「ふぅーん、そのわりにスタイルいいじゃん」
「そ、そうかな……はぁはぁ」
11Fだぁ……
「ん、出るトコ出て、引っ込むトコ引っ込んで、女の身体ーってカンジ」
「…はぁ、なんかー、ヤな、言い方……ふぅ」
「そぉ?ジュンスイに褒めてんだけど……と、着いた!」
息ひとつ切らしてない吉澤さんは、またポケットを探ると鍵を出し
重そうな灰色のドアを開けた。
あと三段、あたしは足を引きずるように前に出したけど、膝が笑って
階段を踏み外しそうになった。
「あっぶねーなー、ほらっ」
ドアを右手で押さえたまま、吉澤さんが左手を出して、あたしを
引っ張り上げてくれた。
「…あ、ありがとぉ」
- 823 名前:夏の足音 投稿日:2007/07/20(金) 20:33
-
肩で息をついたあたしは、ドンッドドーン───
と、辺りに響き渡る大きな音に顔を上げた
………す、すごいっ 何?これ!
目を見開いて、声も出ないあたしに、吉澤さんが子供のように笑う。
「やっぱ思った通り、すげぇな」
空一面に色鮮やかな花が広がっては消えていく。
- 824 名前:夏の足音 投稿日:2007/07/20(金) 20:33
-
吉澤さんは、まっすぐ柵へと向かって、曲げた両腕を乗せた。
あたしも夢中でその横に行くと、柵を両手でしっかりと握った。
花は広がり、広がり、また消えていく、
後から送れて、ドドーンドドーンと惜しむように音が被さっていく。
艶やかに瞬く色彩と風に運ばれる大きな音が、今にも覆いかぶさってきそう。
怖いくらいに、迫ってくる花火に圧倒された。
「…いまさ、このビルの内装しててさ、
昼休みとかここまで上がってきて、寝転がったり、景色見たりしててさ
花火見んのにいんじゃないかって思ってたんだ」
あたしはなんだか感動して、涙ぐみそうになりながら、うんうん
と頷いた。
「…ありがとう、あたし、こんな綺麗な花火見せたもらったのって
生まれて初めてだよ!すっごい嬉しいっ」
吉澤さんは、組んだ両手の上に顎を乗せて花火を見てる。
その横顔が「単〜純っ」と笑った。
あたしは吉澤さんの軽口なんか気にしないで、感動のあまり組んだ
両手を口許に寄せて、ただただ、花火を見上げる。
- 825 名前:夏の足音 投稿日:2007/07/20(金) 20:34
-
「…なんかさ、こうやってずっと、花火が瞬いてるの見てっと、
消えてもまた光ってって繰り返してんの見てっと、
なんか、流れ星じゃないけど、願い事のひとつやふたつ、叶いそうな
気がしねぇ?」
「………うん、する」
瞬いて、瞬いて、キラキラ、キラキラ、
儚いから綺麗で、綺麗すぎるから、とっても強く心に迫ってくる。
ちらり、と、あたしは吉澤さんの横顔を盗み見た。
柵の上で組んだ腕は、細いのにきれいに締まっていて、
その上には、花火に負けないくらいキレイな横顔。
こんなにキレイな人、あたし、今まで見たことなかった。
ちょっと手を伸ばしたら、触れられそうな場所に、あの瞳が、
初めて見た時、キャラメルみたいに甘そうって思った瞳がある。
あたしは瞬きを繰り返して小さく息を吐いた。
吉澤さんは……
この花火に何か願いたい事があるのかな?
それはどんな事なの?
ドーン、ドーン、と、花火の音に追い立てられるように
あたしの胸の鼓動が走り出す。
なんだか苦しいよ。息するのが苦しくって、涙が出てきそう
あたしが胸元をぎゅっと握った時、吉澤さんの声がした。
- 826 名前:夏の足音 投稿日:2007/07/20(金) 20:35
-
「あのさー、アタシ、超見られてんですけど?」
笑いを含んで、「花火、見ろよ」と言いながら、
振り向いた吉澤サンの表情が、あたしを見て強張った。
そしてそのまま、二人、固まったようにお互いを見詰めている。
吉澤さんの視線がなぜだか熱いと感じたから、眩暈がしそうになって、
ニ、三歩と、よろけるように後ずさって俯いた。
「……ねぇ……石川さん」
その呼びかけは、低く囁くようだったのに、はっきりとあたしの耳に
届く。そのことが、なんでだろう?怖くて、顔を上げられない。
吉澤さんはニ、三歩、と、あたしへと近づいた。
「…・・・ね、石川さん、アタシの事、気になるの?」
えっ?!
思いがけないような、それでいて、どこかでわかっていたような言葉に、
あたしは、思わず顔を上げる。
吉澤さんは方頬を歪めて、まるでどこかが痛むような顔をしていた。
- 827 名前:夏の足音 投稿日:2007/07/20(金) 20:35
-
「そんな顔されると……その気になるよ?」
吉澤さんの右腕が、すっ と上がった。
何回かあたしの頭の上に優しく落ちてきた吉澤さんの掌。
その掌がいままでと違う動き方をして、あたしの髪をゆっくりと撫でる。
そして、あたしの熱を持った頬にひんやりとした指が添えられた。
「………いいの?」
震えて聞える、吉澤さんの掠れた声を掻き消すように、
ドンッ、と大きな音がした。
その背中の向こうでは、次々、大きな花火が打ち上がる。
- 828 名前:夏の足音 投稿日:2007/07/20(金) 20:36
-
ドーン、ドーン、と、後から続く大きな音に隠るように、
小さな、小さな、音が、する。
あたしは耳を澄ませて、その音を拾おうとした。
ひたひた、ひたひた、
と、音がする。それは足音?
それはきっと、夏の足音 ───
夏が恋の季節だって言ってたのは、誰だっけ?
- 829 名前:夏の足音 投稿日:2007/07/20(金) 20:37
-
だけど、
吉澤さんの掌が、
そっとあたしに目隠しして、
あたしは……もう、何も考えられなくなった。
end
- 830 名前:夏の足音 投稿日:2007/07/20(金) 20:37
-
- 831 名前:ななしーく 投稿日:2007/07/20(金) 20:38
-
更新しました。
- 832 名前:ななしーく 投稿日:2007/07/20(金) 20:38
-
790名無し飼育様
待ち焦がれていただけるなんて、作中の二人もよろこんでます♪
791名無し飼育様
今回はお気に召したでしょうか?……どきどき
りみ様
丁寧なお言葉、ありがとうございます。嬉しかったです。
自分の作った話を上げさせていただいてはおりますが、
読みに来て下さる方に支えていただいてのスレなので、
ぜひ、またいらして下さいね。
793名無し飼育様
はい、続きました(w お願いされたので頑張りました。
794名無し飼育様
足痺れてないですか?(w 今回はニヤニヤ出るか?出ないのか?
- 833 名前:名無し飼育 投稿日:2007/07/20(金) 22:03
- 胸がキュンとしました
続きを楽しみにしています!!
- 834 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/21(土) 02:49
- うわああああああああ
描写がすごく綺麗で引きこまれました。
いいですね、この二人。
- 835 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/21(土) 02:50
- すみません上げちゃいました…
- 836 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/21(土) 04:43
- 更新お疲れさま
幸せで胸が一杯… ななしーく様愛してます。
- 837 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/21(土) 09:48
- リアルで石川さんも吉澤さんの為に美味しい料理を作れるようになってほしい
もんですね 鯛漁更新ありがとう続いてくれてありがとう!
- 838 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/02(木) 15:51
- ななしーく様 お待ちしています。
- 839 名前:雫の魔法 投稿日:2007/08/10(金) 20:09
-
夏の足音の続き、です。
- 840 名前:雫の魔法 投稿日:2007/08/10(金) 20:10
-
─── その気になるよ?
────── いいの?
- 841 名前:雫の魔法 投稿日:2007/08/10(金) 20:10
-
- 842 名前:雫の魔法 投稿日:2007/08/10(金) 20:11
-
お給料日前の月曜日、いつもランチ時は混んでるパスタ屋さんは
意外な程空いていて、美貴ちゃんとあたしは窓側の席に案内された。
注文を聞きに来た店員さんに、デイリーランチを二つ頼む。
テーブルに置かれた水を一気に飲み干した美貴ちゃんは
だらんと肩を落として頬杖をつきながら外を見てる。
窓の外は、白っぽく光るフィルターをかけたようにどこか歪んで見えた。
美貴ちゃんは目線をゆっくり動かして、あたしの顔の上で止めると
おもむろに口を開いた。
「……で、どうだった土曜日?」
「え?」
「え?じゃなくってさー、美貴に報告があるんじゃないのぉ?」
あたしが困って眉を寄せながら、ほうこく?と口の中で呟くと
美貴ちゃんは頬杖を解いて、ニターと笑いながら、腕を組みテーブルの
上から身を乗り出した。
「梨華ちゃんさー、もう惚けなくっていいって。美貴、見ちゃったんだし。
正直、ちょっとは意外だったけど。ま、いんじゃん?」
「あのー、美貴ちゃん?……それってどういう…?」
「どーいうって……梨華ちゃんさ、あの人、吉澤さんだっけ?に
気があるんでしょ?」
………気がある?
- 843 名前:雫の魔法 投稿日:2007/08/10(金) 20:11
-
─── その気になるよ?
────── いいの?
吉澤さんの震えるような掠れた声が、あたしの鼓膜のずっと、ずっと
奥のほうで甦る。……どきんっ、どきどきどき………
驚くほど大きく高く鳴りだす胸の音に怯えて、
あたしは、制服のブラウスの胸元をギュッと掴んだ。
- 844 名前:雫の魔法 投稿日:2007/08/10(金) 20:12
-
あの時、頬に添えられた吉澤さんの指先が、すぅっとこめかみまで
滑るように上がってきて、そのまま掌で目の前を塞がれていた。
あたしを支えているはずの足が、ゆらりと傾いた気がした。
背中へと、ピーーーンと緊張が走り抜けて、吉澤さんの指先が
触れてる場所が、ドクッドクッ ─── 脈打って、
何も考えられなくなっていた。
あんなに、辺りに響いてたはずの大きな音が聞えなくなって…
シン、とした夏の夜の気配の中で、あたしの耳の奥だけが鳴っている。
その時、
あたしの唇になにかが触れた気がした。
だけど、
それはほんの一瞬で、あれが吉澤さんにキスされたってことなのか、
本当にあたしにはわからなかった。いまもわからない。
だって、ほんとに全然、実感がない。
- 845 名前:雫の魔法 投稿日:2007/08/10(金) 20:13
-
掌が外された時、吉澤さんは夜空を見上げていて、
「……花火、終わったみたいだな。帰るか」
そう言って、あたしを見ることなく歩き出した。
帰り道、二人乗りの自転車、
彷徨ったあたしの指先は、自分の座る荷台をギュッと掴んでいた。
行きよりもゆっくりと進む自転車。
普段のあたしが漕ぐのより遅いくらい、
遠く浮かぶ白い月が追いかけてきて、薄い雲に隠れて、また覗いた。
吉澤さんはしゃべらない。ずっと何もしゃべらない。
前を向いたままの背中。
なんでなの?ふいにあたしは涙ぐみそうになる。
だけど、あたしも口を開くことなんて出来ない。
頭の中はさっきの現実感のない出来事でいっぱいだから。
口を開いたら、言葉じゃないものが溢れそうだったから。
マンションの前について自転車は静かに止まった。
俯いたまま自転車を降りて、
「…ありがとう」そう言ったけど、囁くような声しか出なかった。
……また、と、頭の上から声が聞えてきて顔を上げた。
吉澤さんが、あたしを見ていた。真っ直ぐに。そして、
「連絡して」そう短く言った。
- 846 名前:雫の魔法 投稿日:2007/08/10(金) 20:13
-
「おまたせしました」その声にハッとすると、テーブルの上には
ランチプレートが乗っていた。
「いいよ、話したくないなら別に」
そう言いながら、美貴ちゃんはフォークにパスタを巻きつけた。
「そう言うんじゃなくって……食べちゃってから、ね」
あたしが笑い顔を作りながら言うと、パスタを口に入れた美貴ちゃんは
黙って頷いた。
結局、ランチは半分も喉を通らなかった。
- 847 名前:雫の魔法 投稿日:2007/08/10(金) 20:15
-
アイスティーに浮かぶレモンをストローでつつきながら、
「…あのね」と、あたしが言うと、やっぱりストローで氷をつついてた
美貴ちゃんが、グラスを見たまま、ん?と答える。
「その気になるって、やっぱりそういう意味だよね?」
「…てか、他にどんなイミがあんの?」
「……そう、だよね、あのね……吉澤さん、ね?
その気になるよ……いいの、って、言ったの」
「そっか…で、梨華ちゃんは?なんて答えたの?」
美貴ちゃんが、グラスから顔を上げて、あたしを見た。
あたしは、はぁ、と、小さく息をつきながら、グラスの中で
ブツブツ潰れているレモンをさらに潰す。
「……なんか、何も答えられなかった」
「なんで?嬉しくなかった?」
「嬉しいとか、悲しいとかじゃなくって……
なんか……なんかもう、とにかく、頭、真っ白っていうか、
なんにも考えられなくって……
そしたら、また、連絡してって言われて…それだけだよ」
- 848 名前:雫の魔法 投稿日:2007/08/10(金) 20:16
-
「ふーーーん。
美貴、梨華ちゃんのこと、ずっと単細胞だと思ってたんだけど、
意外と面倒くさいね」
「面倒くさいって……」
苦笑するあたしに、美貴ちゃんはわざとらしく口を動かしながら
ナマイキーと言った。もぉ。
そっかー、ふーーーん、と、もう一度言って、背伸びをした美貴ちゃんは、
そのまま指先を頭の後ろで組んで、椅子の背もたれにもたれた。
「……まぁ、覚悟が出来たら連絡しろってことでしょ?」
「覚悟……?」
……って、なんの?
顔に出てたんだと思う。美貴ちゃんは目線を上に上げて、あたしの顔を
見捉えたまま、ズズッ、とジンジャエールを啜ってから諭すみたいな声を出す。
「だってさー、向こうはその気があるって言ってんのと一緒じゃん?
で、連絡してってゆーことは、この後どーなるのかは梨華ちゃん次第って
ことなんじゃないの?」
- 849 名前:雫の魔法 投稿日:2007/08/10(金) 20:17
-
呆然と美貴ちゃんの顔を見詰めるあたし。
美貴ちゃんは、ズズー、ズズーとジンジャエールを啜ってる。
「つーか、口空いてるし」
慌てて口と閉じると、美貴ちゃんは、ふふん、と鼻先で笑った。
「梨華ちゃんってさー、ホントわかってないねぇ、マジ、面倒だね。
あんた、ラブラブビーム出してたじゃん」
ラ、ラブラブビームぅー?
ああたしがぁ?吉澤さんにぃぃぃ?
思わず、またあんぐり口を空けると、美貴ちゃんは立ち上がりながら
ニターと笑い、手を伸ばしてあたしの顎を持ち上げた。
「顎出てる」そう言って、テーブルの上にある伝票を手に取った。
「そろそろ時間じゃない?行こっか」
「う、うん」
あたしも慌てて立ち上がる。
お会計をして外に出ると、先にお会計を済ませていた美貴ちゃんは
鼻歌を口ずさみながら、もう先を歩いていた。
───そのき、なんのき、きになるき〜♪きになるき〜♪
- 850 名前:雫の魔法 投稿日:2007/08/10(金) 20:18
-
── そのきなんのききになるききになるきになるきになる……
午後の仕事中、あたしの頭の中を美貴ちゃんの鼻歌がエンドレスで
巡ってる。
もうヤだよぉ……
あたしは、耳を塞いでデスクの下に潜り込んで丸まってしまいたかった。
- 851 名前:雫の魔法 投稿日:2007/08/10(金) 20:18
-
美貴ちゃんと更衣室で一緒になるのが嫌で、就業時間が過ぎても
あたしはパソコンを打ってる。
急ぎじゃない見積書をだらだらと入力しながら、気がつくと手が
止まってて苦笑してしまう。
パソコン画面を見て指を動かす。
……吉澤さんの顔が頭に浮かんできて……ため息、
あぁ、また指が止まってる。
ダメダメ!
頭を軽く振って、パソコンの画面を睨んだ。
暫く集中して、顔を上げると時計の針は六時半を過ぎていた。
もう、大丈夫だよね?
急ぎの仕事がない限り、ダラダラ会社に残るような美貴ちゃんではない。
あたしは、ひとつ息をついてから椅子から腰を上げた。
- 852 名前:雫の魔法 投稿日:2007/08/10(金) 20:19
-
会社帰りのこの時間、スーパーのお惣菜売り場は人で溢れていた。
何か簡単に作ろうかと思って、野菜のコーナーやお肉売り場も覗いたけど
結局、何も頭に浮かばなくって、三割引のシールが貼られたお弁当に
手を伸ばした。
どこのレジが早いかなぁ、あたしは目線を横に流して、ドキッとして
そのまま固まってしまった。
サラリと肩に落ちてる伸びかけのショートカット、髪の先が触れそうな
肩には真っ白なタオル、着てるのは色褪せた黒いTシャツ……
だけど、瞬きしてよく見れば吉澤さんとは似ても似つかない人だった。
はぁぁぁ……
大きく息を吐きながら、あたしはレジに並んだ。
- 853 名前:雫の魔法 投稿日:2007/08/10(金) 20:19
-
レジで貰ったビニール袋にお弁当を入れて、ふと思いついて
雑誌のコーナーに向かう。
あたしは新聞を取っていないから、
テレビ番組の案内雑誌を買おうと手に取って、顔を上げる。
なんだか、情けない顔をしたあたしが鏡に映っていた。
……そんな顔されたら………その気になるよ……
吉澤さんの声が、また耳の奥から響く。
そんな顔って、どんな顔よ?
あたしは、鏡の中の自分を睨む。とたんに情けなく眉が下がった。
─── ラブラブビーム出てたじゃん、
それが答えだと言うみたいに、美貴ちゃんの声が頭の中で響いた。
鏡の中のあたしが小さく唇を噛む。
鏡の中のあたしは、どうしていいのかわからない、そんな顔をしてる。
迷子みたいに、いまにも泣き出しそうに歪んだ情けない顔だった。
あたしは手に持っていた雑誌をラックに戻すと、そのまま逃げるように
スーパーを後にした。
- 854 名前:雫の魔法 投稿日:2007/08/10(金) 20:20
-
薄闇に包み込もうとする夜の気配を、商店街のお店の明かりがまだまだだと
挑むように光を放ってる。
通りの前方に、あたしより背の高い長めのショートカットでカジュアルな
服装をする人が現れる度に、一瞬、ビクッとしてしまう。
あたし……吉澤さんを探しているの?
会いたくないから?それとも、会いたいから?
ふと鼻腔の奥から、雨の匂いがした気がした。
梅雨の間中、あたしは名前も知らなかった吉澤さんを探していた。
雨の匂いがする度にドキドキしながら、体中をアンテナみたいにして。
名前も知らなかった彼女が、吉澤さんだと知った。
そして、吉澤さんはあたしの頭の中を独占してる。
いまもあたしは………
梅雨が明けても、あたしは同じところでぐるぐる何かを探してる気がした。
- 855 名前:雫の魔法 投稿日:2007/08/10(金) 20:20
-
- 856 名前:雫の魔法 投稿日:2007/08/10(金) 20:21
-
お給料日の金曜日、
就業時間になった瞬間、美貴ちゃんがあたしのデスクにやってきた。
「……なんでそんな顔してんの?」
「え?」
「給料日だってゆーのに冴えない顔」
「そ、そうかなぁ?」
あたしは、誤魔化すように笑って帰りの支度をする。
何気なさを装って携帯を覗くけど、やっぱり着信は無し。
美貴ちゃんの言う通り、吉澤さんは自分から連絡してくれる気は
ないみたいだった。
「今日、飲み行こーよ」
「えぇ?今日?」
「他に予定ないんでしょ?」
「……うん…まぁ」
「じゃ、決まり」
美貴ちゃんに急かされるように着替えて、
そのまま、駅前にある大きなチェーン店の居酒屋に入った。
- 857 名前:雫の魔法 投稿日:2007/08/10(金) 20:21
-
席に着くなり美貴ちゃんは「取りあえず、ビール」と言った。
案内してくれていた店員さんが「ジョッキでよろしいですか?」と
聞き返す。
「うん、梨華っちは?」
「あ、あたしはグラスで」
「畏まりました。少々、お待ち下さい」そう言いながら、店員さんは
ホールに戻っていく。
美貴ちゃんが、あたしを見てちょっと肩を竦める。
その顔は、グラスなんて頼んじゃってさー、と言いたいみたい。
美貴ちゃんとは、何回か飲みに来たことがあるけど、かなり強いみたいで
いつもあたしよりたくさん飲んでるのに、あまり酔っているようには
見えなかった。
でも、酔っていても、あたしにはわからないかも知れない。
だって、美貴ちゃんは、お酒が入っていてもいなくても、しゃべりたい時は
しゃべるし、気が乗らない時は無口だから。
- 858 名前:雫の魔法 投稿日:2007/08/10(金) 20:22
-
「お待たせしましたー!」元気な声と一緒に、頼んだビールと、
枝豆がテーブルにのる。
無言でメニューを見てたあたしと美貴ちゃんは、かわりばんこに四品ほど
おつまみを頼んだ。
お互いビールを持って、乾杯の真似をする。
グラスをちょっと上げるだけで「お疲れ」と、言い合った。
美貴ちゃんは、ジョッキの半分くらいまで一息で飲んだ。
ジョッキをテーブルに置く、ドンッと言う音が意外な程、耳に響く。
あたしはグラスに口を付けて、その後、バックから携帯を出して見た。
やっぱり着信はない。
「…誰かからかかってくる約束でもあんの?」
美貴ちゃんの声に顔を上げて、首を横に振った。
「そんなんじゃないけど……」
「そ?今日はヤケに携帯気にしてんじゃん?」
「……なんか、クセって言うか…」
「梨華ちゃんに、そんなクセあったっけ?
どっちかって言えば携帯鳴ってても気がつかないくらいじゃなかった?」
- 859 名前:雫の魔法 投稿日:2007/08/10(金) 20:22
-
美貴ちゃんは、残りのビールを飲み干すと、あたしに向かって手を出した。
「携帯、貸して」
「え?美貴ちゃん、今日忘れたの?」
そう言いながら、携帯を渡す。
美貴ちゃんは、携帯を受け取ると親指を素早く動かして、
ビールに手を伸ばすあたしの顔をジッと見ながら、耳にあてた。
「…あ、吉澤さん?」
─── えぇっ?
美貴ちゃんの言葉に、思わず息を呑んだあたしはビールが器官に入って
激しく咽た。
「……あー、あの、藤本です。藤本美貴。
そう、梨華ちゃん、石川さんちで会った。
………今、時間あります?梨華ちゃんと飲んでるんだけど、
吉澤さんも来ません?……えーと、場所は………」
ゲホゲホ咽てるあたしに、美貴ちゃんは方眉だけ器用に上げて
おやおや、と言う顔をした。
「…じゃ」と通話を終わらせて、美貴ちゃんはテーブルの上に
携帯を置いた。
- 860 名前:雫の魔法 投稿日:2007/08/10(金) 20:23
-
「良かったねー、梨華ちゃん?
吉澤さん、一時間かかんないくらいで来れるってよ」
まだ、ゲホゲホ咽てるあたしは真っ赤な顔になって、思わず
美貴ちゃんを睨んだ。
そうしたら、もっと怖い顔で美貴ちゃんが睨み返してくる。
「美貴ねぇ、面倒なのキライなの。
こないだっからの梨華ちゃんの顔、マジ、ウザい。
ただでさえ、暑くってイライラしてんのにさー」
美貴ちゃんは勝手なことをして謝るどころか、あたしが悪いと言いたい
みたいに迷惑そうな声を出した。
こんなの絶対に間違ってる、そう思うのに、
あたしを睨み続ける顔を見てたら、咳が止まったあたしは体を小さくして、
蚊のなくような声で美貴ちゃんに「…ゴメンね」と謝っていた。
なんでなのぉー ……納得がいかない。
あたしはグラスに残ったビールを一気に飲み干してまた咽た。
- 861 名前:雫の魔法 投稿日:2007/08/10(金) 20:23
-
あたしは続けてチューハイを頼んで、飲み続ける。
目の前のおつまみには手が出ない。
食べ物なんてとてもじゃないけど、喉を通りそうにもない。
お腹が空いてたのに、食べ物を食べないで飲み続けたせいか、
すでに、目の前の美貴ちゃんがちょっと滲んで見える。
「今日はヤケにイクねぇー」
美貴ちゃんが、冷かすみたいな声を出す。
だって、だって、だって……
「梨華ちゃんさー、素直になりゃいーじゃん。気になんでしょ?
ウジウジ考えてばっかいないで、取りあえず付きあってみれば?」
美貴ちゃんは、すごく簡単なことだと言う声を出す。
それは……あたしは確かに吉澤さんのことが、すっごく気になってて
仲良くなりたいと思ってた。
だけど、それは、憧れみたいなって言うか、気になるっていうのが
美貴ちゃんが言うような意味とは違うと思うんだよね。
………それは、だって、
「……だって、吉澤さん…女の人、だよ?」
「知ってるよ」
- 862 名前:雫の魔法 投稿日:2007/08/10(金) 20:26
-
美貴ちゃんの呆れたような声が、……それで?と続いた。
「まさか梨華ちゃん、付き合っちゃいけないとでも思ってる
ワケじゃないよね?
まー、世間的には多くはないかも知んないけど、男か、女か、
なんてことより、その人の事をどう思ってんのかって
ことなんじゃない?」
「そりゃぁ、あたしだって付き合っちゃいけないなんて思ってないよ?
もしも、美貴ちゃんがあたしに恋人を紹介してくれて、
その人が女の人だったとしても、友達だもんっ
美貴ちゃんが好きになった人なら断然応援しちゃうし!」
そこまで、捲し立てるように一気にしゃべって、
……だけど、それは……自分がって言われると、
どうなんだろう?って、考えると言葉に詰まっちゃう。
だってあたし、いままで女の人を好きになったことないよ?
それにあたし、ほんとはわりと結婚願望があって、なんでかって言うと
早くママになりたかったからで……だから、そう、もし……もしもだよ?
もしも、吉澤さんが男の人だったとしたらどうなのかな?
お仕事、頑張ってくれそうだし、頼りになりそうだし……それに、
あのキレイな顔に似た、色の白い女の子…とか、うん、いいなぁ…
ピンクのワンピースを着せて、長く伸ばした髪はツインテールにして
ワンピースとお揃いのピンクのリボンをしてあげて……
うわぁ〜、すっごく可愛いよぉ!
思わず、あたしは「…ふふふ」と笑っちゃってた。
- 863 名前:雫の魔法 投稿日:2007/08/10(金) 20:26
-
「キショ!」
美貴ちゃんの鋭い声に、あたしは我にかえると、咳払いなんかして
またチューハイに手を伸ばした。
ヤだ、なんだかあたしキョドってる?
美貴ちゃんが、ジーーーと、穴が開いちゃうよっていいたくなるほど
あたしのことを見詰めながら、おもむろに口を開いた。
「梨華ちゃんがー、マジでその気がないってゆーなら
美貴、遠慮しなくっていんだ。
ひと目見て、ちょっとイイじゃんって思ってたんだよね、
結構、タイプって言うか。
美貴はいまこの瞬間を楽しみたいからさー
ウダウダ考えるより、取りあえず行動したいってゆーかぁ…」
─── ええぇっ?!
美貴ちゃんの言葉にあまりにも驚いたあたしは目を見開いた。
その時、店員さんに案内されてこっちに向かってくる吉澤さんが見えた。
かぁーっと顔が赤くなる。
ドッドッド、と早くなる心臓の音。
あぁ、あたし、飲み過ぎてる。もう止めた方がいい、そう思うのに
あたしは、手にしていたチューハイの残りを一気に飲み干した。
- 864 名前:雫の魔法 投稿日:2007/08/10(金) 20:27
-
吉澤さんはテーブルの前までくると、ちょっと笑いながら
前髪をかきあげて、ぶっきらぼうな声で「…よぉ」と言った。
ごくっと、あたしの喉がなる。
「お飲み物、いかがですか?」
「あ、ビール。生、ジョッキで」
「あ、ああたしもっ!」
上擦った声を出すあたしの顔を、吉澤さんと美貴ちゃんが見る。
美貴ちゃんは、目線をそのまま吉澤さんの方に移動させて、自分の隣りの
椅子を、ポンポンと叩いた。
「ココ、座って!
急に呼び出して、ゴメンねー」
吉澤さんは、意外そうな顔をして美貴ちゃんを見た後、チラッと
あたしを見てから勧められた椅子に座った。
美貴ちゃんは、横に座った吉澤さんの方に体を向けて、ニッコリと微笑む。
「なんかぁ、こないだは擦れ違っただけだったけど、ね」
「あー、そだね」
「仲良くなれそーな気がしない?美貴たち、あ、私のこと美貴って
呼んでよ」
み、美貴ちゃん…どうしちゃったの?
やっぱり、さっき言ってたのって冗談じゃなかったの?
- 865 名前:雫の魔法 投稿日:2007/08/10(金) 20:27
-
あたしは、思わず俯いてしまって、ドギマギしながら目だけを上げて
二人の様子を盗み見る。
美貴ちゃんと並んでる吉澤さんはいままでとどこかが違って見えた。
知ってるはずなのに、知らない人を見てるみたい。
吉澤さんは、シャワーをしてきたみたいで、乾ききっていない前髪が
額にかかっては鬱陶しそうに、またかきあげてる。
なぜだろう?
吉澤さんは、フッと意味深に笑ってから、美貴ちゃんの顔を見た。
「じゃ、そーする」
「吉澤さんはぁ?普段なんて呼ばれてんの?」
「…んー、仕事場では、よっさん。仲間ウチでは、よっちゃん
よっすぃーとか?そんなカンジ…
ところでさ……なんで、石川さんしゃべんないの?
つーか、何、固まってんの?」
吉澤さんの目線が動いて、あたしの顔の上で止まる。
あたしはサワーのグラスを持ち上げ、空だったことを思いだして
テーブルに置いた。
「……え、…あのぉ、こんばんは…」
吉澤さんは、抑揚のない声で「こんばんはー」と言って、
ジッとあたしの顔を見てる。
- 866 名前:雫の魔法 投稿日:2007/08/10(金) 20:28
-
え、……えっとぉ…
何をしゃべったらいいのかな?
なんだか、頭がグルグル回ってきた気がする……
えっとぉ……あれ?あたしいま、何考えてたんだっけ…?
「生2つ、お待たせしました!」勢いのいい声で差し出されたジョッキ。
あたしは、ホッ、と息をついて、ジョッキのひとつを受け取った。
「じゃ、も一回乾杯しとく?」
美貴ちゃんの声に、三人でジョッキを軽く上げた。
吉澤さんが、ゴクゴクとジョッキを呷っていく、
横から美貴ちゃんが「イイ飲みっぷりだねー」と声をかける。
「よっちゃん、強いっしょ?」
「まーねー、美貴は?」
「美貴も強いんだな〜」
美貴ちゃんがニタッと笑うと、吉澤さんもニヤッと笑い返した。
……なに?なんなの、この二人、
なんかぁ、なーーーんか、ムカムカしてきたっ
酔っちゃってるの?あたし?うぅ〜ん、何杯飲んだっけ?
あーもー、考えるの面倒くさい…そんなことより……
- 867 名前:雫の魔法 投稿日:2007/08/10(金) 20:29
-
なーにが、よっちゃんよっ
あたしもジョッキを持ち上げて、ガッと飲む。
なぁ〜にが、美貴よ!あたしは梨華だってのよっ
さらにあたしは、ガガガァーーーと飲む、もっと飲む。
えぇーいっ、もう全部飲んじゃえ!
「すみまへぇ〜ん!」あたしの大声に美貴ちゃん、吉澤さん、
店員さんがこっちを見て、やってくる。
「サワーくらはぁ〜い」
「はい、どのサワーですか?」
「どのって、あははっ…ヤぁ〜だ!だからぁ、サワーだってばぁ〜」
きょとん、とした店員さんの顔を指さして、あたしは笑う。
だって可笑しいんだもーん、どのって、サワーって言ってんのにぃ〜、
あははっ!
「ウーロン茶にしてくれる?」吉澤さんが、横から店員さんに言う。
「ちーがーうーのぉ、ヤーよぉ、サワーがいいのぉー」
「ウーロン茶ですね、畏まりました」店員さんはそそくさと
あたしから逃げるように去っていく。やぁーん、待ってぇぇぇ…
「ぶぅー」あたしはほっぺたを膨らまして吉澤さんを睨んだ。
- 868 名前:雫の魔法 投稿日:2007/08/10(金) 20:29
-
「酔っ払い。
あーぁ、弱いんだろ?なんでそんなムチャな飲み方するかなぁ」
吉澤さんの声が呆れてるって言ってるよ……
ひどい……ひどいっ
あたしの視界がゆらゆら揺れてる、なんだか滲んでく。
「…ぅ、っく、ぐす、よしざーさんがぁ、わ、わるいんだもぉーん」
「へっ?アタシ?!」
「あ、ぐすっ、あいたかっ、たのにぃ、ぅ、な、なんでよぉ、ばかぁぁぁ!」
「……バカって叫ぶな」
吉澤さんが困った顔をして美貴ちゃんを見た。
美貴ちゃんはニタニタ笑ってあたしを見てる。
な、なによぉ〜……怖くないんだからねっ
あたしは、テーブル越しに吉澤さんの顔に手を伸ばした。
そして、ほっぺたを両手で包んでこっちを向かす。
「こっちみてよっ」
「ちょ、ちょっとー」
吉澤さんが困ったような声を出す。
なんで?なんで?あたしのこと迷惑?イヤなの?
ますます視界が滲んで、もうなにがなんだかわからない。
あたしは、吉澤さんのほっぺたから手を離す。
そして、口許を覆ってしゃくり上げた。
- 869 名前:雫の魔法 投稿日:2007/08/10(金) 20:30
-
「や、やなのぉ、うっ、ぐす、うぅ、あ、あたしのぉ、う、うぅぅ」
「は?ねぇ、ちょっと……泣くなよ〜」
焦る吉澤さんに、美貴ちゃんがあたしの隣りの席を顎を上げて差した。
「よっちゃんさー、隣り行ってあげてよ」
「うっ…ぅぅ、みきちゃんて、ぐす、なんでぇ…い、いっつもぉ
そんな、うっ、うぐ、え、えらそぅな、の、のぉ」
「それは美貴がエライから」
吉澤さんは、…はぁ、と小さく息を吐きながら立ち上がると、
あたしの横に来て、椅子を引いて座った。
興奮してたあたしは、頭がフラフラして自分で支えていられなくなってきて
そのまま吉澤さんの肩に頭をもたれかけた。
「…この人、酒飲むといっつもこんななの?」
「ち、ちぃなうぅぅぅ…」
反論したいのに、ちゃんと言葉が出てこない。
おかしい、なんか、おかしいよ…あたし。
吉澤さんが、あたしの肩を抱くように腕を回して、ポンポン、と
頭を撫でてくれた。あぁ…気持ちいい。
あたしはなんだか、すっごく心地よくて、自然に瞼が落ちてくる。
- 870 名前:雫の魔法 投稿日:2007/08/10(金) 20:30
-
「…梨華ちゃんって、見かけによらず意固地だからさぁー」
意固地って何よぉー、
唇を動かしたつもりだったけど、うぅ〜って唸り声にしかならなかった。
吉澤さんの掌が、よしよしと、あたしの頭を撫でる。
「……あー、なんかわかるかも」
「結構、面倒臭いんだよー、いいのぉ?」
なによぉ!美貴ちゃんたら、言いたい放題言っちゃってっ
肩越しの吉澤さんの身体が小さく揺れた。
「はははっ いんじゃねぇ?面白れーじゃん」
「よっちゃん、ヘンなシュミだねぇ」
「つーかぁ、実は美貴もそーなんじゃねーの?」
あ、また美貴とか呼んでるっ
ズルいよ!あたしのことは石川さんのままなのに……
「まっさかぁ、美貴、そんな物好きじゃないし」
「ふぅ〜ん?」
「何それカンジ悪ぅ、だからー、よっちゃん………」
「……………」
「……………」
二人が何か話してる、それはわかってたけど、
ぼそぼそとした話し声は、次第に小さくなって最後に聞こえなくなった。
- 871 名前:雫の魔法 投稿日:2007/08/10(金) 20:30
-
- 872 名前:雫の魔法 投稿日:2007/08/10(金) 20:31
-
吉澤さんと二人、車に乗っていた。
車はどこか人気のないところに止まっていて、運転席に座る吉澤さんは
ハンドルに両腕をかけて、フロントガラスを見たまま黙りこんでいる。
車内に満ちているのは、甘い空気。
どこがどう普通と違うって、それは上手く言えないんだけど、
あたしは知ってる……この雰囲気って……
ふいに吉澤さんが怒った声を出す。
「なんでそう、勝手にどっか行っちゃうかな」
あたし達はどこかに買い物に行っていたらしく、ふらふら消えちゃった
あたしを吉澤さんは探してくれていたみたい。
そんなつもりなかった。だけど、あたしは気になるものがあって…
「せっかく二人でいんのに意味なくね?」
「ご……ごめんね…ごめんなさい…」
あたしの目に涙が溢れてくる。
怒らせちゃったことが悲しくて、探し回らせたことが申し訳なくって、
どうしよう、どうしよう……涙がぽとぽと落ちていく。
そして、あたしは気がついた。
いくらなんでも、ただの友達が相手ならこんなに悲しくなったりしない。
泣いたりなんてするはずがない。
- 873 名前:雫の魔法 投稿日:2007/08/10(金) 20:32
-
そうか、あたしは ───
吉澤さんが好きなんだ、
だからこんなに涙が止まらないんだ…
溢れる涙を止めようと嗚咽を漏らしているうちに、
なんだか気持ちが悪くなってきた。
そんなに長い時間、ドライブしてたっけ?
そんなことより、このままじゃ……吐きそう───
- 874 名前:雫の魔法 投稿日:2007/08/10(金) 20:32
-
ハッと目が覚めて、あたしは瞬きを繰り返す。
ここどこ?
あたし……そうだ、吉澤さんと美貴ちゃんと飲んでて…
首を横に動かすと、ベッドに寄りかかって座りながら立てた膝に
顔を埋めるようにして寝てる吉澤さんが見えた。
ヤだっ、あたし!
バッと上体を起したら、猛烈な吐き気に襲われた。
「……うっ」
「…どうした?」
人の動く気配がして、
吉澤さんが両手で口許を押さえてるあたしの顔を覗き込む。
「…気持ち悪い」
「立てる?トイレこっち」
フラついて立ち上がったあたしは、吉澤さんに支えられるようにして
トイレに入った。
「我慢すんなよ、吐けばちっとラクんなるから」
背中を優しく撫でられて、気持ち悪さと情けなさに涙を流しながら
あたしは吐いた。
- 875 名前:雫の魔法 投稿日:2007/08/10(金) 20:33
-
だけど、ほとんどアルコールしか飲んでいなかったから、吐けなくて、
それでも吐き気が止まらないから、しばらくトイレに蹲っていた。
結構長い時間トイレにいたような気がするけど、吉澤さんはずっと
付き合ってくれて、ようやく吐き気が収まったあたしをまたベッドまで
連れて行ってくれた。
「すぐ横になんない方がいいよ、また気持ち悪くなると思うから」
そう言って、キッチンに行くとお水の入ったコップを持ってきて
ベッドに腰掛ける、あたしに渡してくれた。
「……ありがとう」
あたしはお水をひとくち飲むと、すっごく喉が渇いてたことに気が
ついて、一気に飲み干した。
そして、一息つくと、ぼんやりとあたりを見回した。
吉澤さんって、一人暮らしだったんだ…
おうちのお仕事をしてるから、家族と一緒だとばっかり思ってた。
いまって何時頃なんだろう?……あれ?そう言えば美貴ちゃんって……
「……あの、吉澤さん?」
「ん?」
「えっと……美貴ちゃんは?」
「あぁ、電車あるうちに自力で帰った」
吉澤さんは、空になったコップをあたしの手から取ると、キッチンの
シンクに置いて、戻ってくると胡坐をかいて座った。
- 876 名前:雫の魔法 投稿日:2007/08/10(金) 20:33
-
「どう、マシんなった?」
「うん……あの、ここって吉澤さんちだよね?」
「まーホテルには見えねーし、石川さんちでもないよな」
「………。」
吉澤さんって、ほんとよくわかんない。
なんでこんな時にそんなわけのわからない言い方するんだろ?
……でも、迷惑は絶対かけてるんだし、
「何、その顔?」ニヤリとしながら、こっちを見てる吉澤さんを見て
あたしは、すぅーと大きく息を吸って、大きな声で謝った。
「ごめんなさい!」
「は?何が?」
「なにがって……あたし、迷惑かけたでしょ?
あんな飲んじゃうこと普段ないんだけど……」
「やっぱ、アタシがいて安心だっただろ?」
こくん、と頷いたものの、そう自信たっぷりに言われると、
なんとなく面白くない。
「だけどっ、あたしがあんなに飲んじゃったのって、吉澤さんの…」
「アタシの?」
小首を傾げて見せる吉澤さんに、吉澤さんのことで悩んでたから、
なんて口が滑りそうになってたことに気がついて、言い直す。
- 877 名前:雫の魔法 投稿日:2007/08/10(金) 20:34
-
「……じゃなくって、美貴ちゃんが悪いんだもん」
「美貴?」
カチンッ
あたしの頭に硬質な音が響く。
だからぁ、なんで呼び捨て?なんで美貴とか呼んじゃうの?
「吉澤さんって軽いよねっ」
「はぁ?」
「ほとんど初対面なのに呼び捨てとかおかしくない?
美貴ちゃんがキレイだからって、ニヤニヤしちゃって!」
捲し立てるように早口に言うと、吉澤さんは一瞬目を見開いた後、
ふぅ〜ん、と言って、ニヤニヤしだした。
「あのさー、石川さん?まるでヤキモチ焼いてるみたいだけど?」
身体が、かぁーーーっと熱くなる。
ほっぺたが熱を持って、頭の中まで沸騰してるみたい。
熱くて、熱くて、なにを言ったらいいのか考えがまとまらない。
「ち、違うもんっ ただ、吉澤さんが!」
「アタシが?」
「軽いから、軽いって言ってんのっ
だって、だって吉澤さん、あたしにキスしたじゃん!」
「……キス?したっけ?」
したっけって……そんなぁぁぁ
- 878 名前:雫の魔法 投稿日:2007/08/10(金) 20:35
-
あたしの眉が下がって、情けない顔になっていく。
吉澤さんの考えるように寄せられてた眉が、ぱっと開いた。
「あぁ、思い出した!」
思い出したってなに?本気で忘れてたって言うの?!
信じられないっ
キッと睨むと、吉澤さんはあたしの顔に向かって、掌を開きながら
指先を伸ばしてきた。
どくんっと、心臓が飛び上がる。コチンッと背中が膠着した。
吉澤さんの指先が、あたしの顔に触れそうに伸びてきて、
その中指のはらがあたしの唇をほんの一瞬掠めた。
─── へ?
あたしが目を見開いたまま固まっていると、吉澤さんが、ぶっと
噴出した。
「あはははは!マジでー、フツー気がつかねぇ?」
「ひどい……ひどいよ…」
- 879 名前:雫の魔法 投稿日:2007/08/10(金) 20:35
-
気がつけばあたしの両目からは、ぼとぼとと涙が零れていた。
「吉澤さん……あたしのこと、からかってたんだ」
あたしは俯いて、涙を堪える。だけど、止まらない。
胸が引き裂かれるように痛くって、どうしても止まらない。
「違うっ、からかったわけじゃない!」
強い口調に驚いて顔を上げると、滲んだ吉澤さんは、あの花火の夜と
同じようにどこかが痛むような顔をして、あたしを見ていた。
「石川さんは、ズルイよ……そんなふうに泣くなんて…
またアタシに期待だけさせるの?」
はぁ〜と吉澤さんは、大きな溜息をついた。
「……ひでーのはどっちだよ?
あん時、答えてくんなかったのは石川さんじゃん…
ほんとは、さ、キスしちゃおうかと思った。
……けど、していいのか自信がなくなって、
ただ…アタシが自分の都合のいいように受け取ってるだけで、
石川さんは、そんな気ないのかもなって……」
そう、思って、と
最後は囁くような小さな声で言って、吉澤さんは苦笑した。
- 880 名前:雫の魔法 投稿日:2007/08/10(金) 20:36
-
「…なかなか連絡くんねーし、あー、アタシ墓穴掘ったって思って。
だから、考えてたんだ。今度会ったら、こう言うべきなんじゃないかって。
……石川さん、忘れていいよ。
あの夜の、花火の夜、アタシが言ったこと、無かったことにしよう。
したら、友達でいれるだろ?」
あたしの両目から、新たな涙がぶわっと溢れ出した。
唇からは、うわ言のように、ヤだ、…ヤだよ、と声が洩れる。
あたしは自分の体を庇うように曲げながら、気づけば大声で叫んでいた。
「……む、無理だもんっ、あたしには忘れるなんて出来ないよ!
できないもんっ 絶対無理だからっ」
自分から、どうしてそんなことが出来たのかわからない。
だけど身体が勝手に動いて、あたしは吉澤さんの胸に自分から
飛び込んでいた。
「……石川さん」
「梨華、梨華って呼んでよ」
あたしの身体の輪郭を確かめるようにゆっくりと控えめに、
吉澤さんの両腕に、少しづつ力が入って緩く抱きしめられた。
- 881 名前:雫の魔法 投稿日:2007/08/10(金) 20:36
-
「……梨華、ちゃん」
戸惑うような呼びかけに、
あたしが身動ぎしながら顔を上げて、こくん、と頷くと
吉澤さんは苦しそうに眉を寄せて呟いた。
「マジでわかってんの?
……このままいったら、アタシ、友達でいれなくなるんだよ?」
「友達なんかじゃヤなの!……だって、だってあたし、吉澤さんが、
吉澤さんのことが……」
あたしのだんだん小さくなっていく声と反比例して、吉澤さんの腕の
力が、ぐっ、と強くなった。
「……アタシの、事が?」
掠れた吐息のような声で、耳元で囁くように聞かれて、
あたしは呼吸困難になりそうになりながら、胸元をギュッと握った。
「………よ、吉澤さんのことが…」
キャラメルみたいな瞳が、とても甘く細められて、その眼差しひとつに
絡め取られるように、あたしは息さえ止まりそうになる。
あたしの唇は、ぶるぶると震えだして、とても声に出して言えそうには
なかったけど、たった二文字の言葉のかたちになった。
- 882 名前:雫の魔法 投稿日:2007/08/10(金) 20:37
-
─── す き
その瞬間、
あたしの唇は……吉澤さんの唇に塞がれていて……
瞼を閉じる時間さえ与えてもらえなかったあたしは、ただ呆然と
吉澤さんの顔を見ていた。
唇を離した吉澤さんは、うっとりするほど綺麗に微笑みながら
こう言った。
「……これがほんとのキスだから」
ほんの短い、触れるだけのキスが終わった後に、
自分の唇に残ったままの柔らかい感触を実感して、あたしの身体が
小さく震えた。
……キス、しちゃったんだ、
唐突に、また涙が溢れ出して、
吉澤さんは、ギョッとするとあたしの身体に回していた腕を解いた。
- 883 名前:雫の魔法 投稿日:2007/08/10(金) 20:37
-
「わ、ゴメン!」
「……なんで謝るの?」
「……だって、泣くから…嫌だったのかなって」
「…ヤじゃないよ……ヤなんじゃなくって…
だってなんか、勝手に出てきちゃうんだもん」
あたしはなんだか立ってられなくなって、その場にしゃがみこんだ。
「……大丈夫?」
「だ、大丈夫じゃないよぉ、すっごく緊張してる、死ぬかと思った」
吉澤さんは、中腰になって、胸元を押さえながら、ぽろぽろ涙を零す
あたしを見て、フッ、と、笑った。
「石川さん泣きすぎ……アタシ、焦ったよ、マジ、焦った。」
「好きで泣いてるんじゃないのっ…それに、それに梨華だってば!」
吉澤さんは、今度は、あははは!と声を上げて笑い出した。
そんなに笑わなくってもいいじゃんっ
軽く睨むと、吉澤さんはニヤリと笑って、あたしの頭の上に掌を
ポン、と乗せた。
そして、とびきり優しく微笑む。
その、笑顔を見るだけで、あたしの胸がまた、きゅんっと鳴って、
目の奥がジンとしてくる。
あたしの涙腺が壊れちゃったのは、吉澤さんに会ったからだよ…
- 884 名前:雫の魔法 投稿日:2007/08/10(金) 20:38
-
だって、こんなの、どうにも出来ない、
まるで、魔法にかかったみたい。
きっと、
あたしの目から落ちるのは涙なんかじゃなくって、
あの、雨の匂いの中でかけられた雫の魔法なんだ。
吉澤さんに出会った時から、
あの日、二人を濡らした雨の雫が、
ずっと、
あたしの中に棲みついちゃって、こんなにも胸を騒がせるから。
雫の魔法にかかったあたしは、
吉澤さんの前では、
いつでも胸を震えさせて、
雫を零すことしか出来なくなったの。
だから、あたしは、
ただただ、雫を落とし続けた……
end
- 885 名前:雫の魔法 投稿日:2007/08/10(金) 20:38
-
- 886 名前:ななしーく 投稿日:2007/08/10(金) 20:39
-
更新しました。
一応、今回で 雨の匂い から続く短編は終了したいと思っています。
- 887 名前:ななしーく 投稿日:2007/08/10(金) 20:39
-
833名無し飼育様
ありがとうございます。
今回も石川さんと一緒にきゅんきゅんして貰えたら幸せです。
834名無し飼育様
ありがとうございます。
花火シーンは自分のお気に入りなので、引き込まれていただけたかと
思うと嬉しいです。
あげさげは、そう拘りがないのでお気になさらずに(w
836名無し飼育様
ありがとうございます。
いただいたコメントにこちらこそ幸せで胸が一杯です。
837名無し飼育様
ありがとうございます。
好きな人の為に作る料理って、一種の快楽だと思うんですけど(w
石川さんにもその味を覚えていただきたいですねぇ
838名無し飼育様
ありがとうございます。
お待たせしました。楽しんでいただけたでしょうか?
- 888 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/10(金) 23:00
- キュンキュンときめいてしまいました
素敵なお話をどうもありがとうございました
- 889 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/11(土) 08:46
- ななしーく様
石川さんの妬きもちが可愛いかったです。
リアル世界ではいしよし公認の夏らしい?
あっちもこっちも熱!熱!ですねー
- 890 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/11(土) 12:03
- 更新お待ちしておりました
今回もドキドキしながらも楽しませてくれて
有難うございました今日も幸せな気持ちで過ごせそうです。
- 891 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/11(土) 16:01
- 更新お疲れさまです。
ぎゅっと抱きしめたいくらいみんな可愛いですね(作者さんも)♪
- 892 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/17(金) 11:19
- 私は作者様の小説でいしよしが大好きになりました。
これからもご無理をせず私達読者をHappy〜にしてくださいませ♪
- 893 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/23(木) 05:36
- かわいくて切なくて胸が高鳴りました。
- 894 名前:cherry 投稿日:2007/09/12(水) 17:24
-
酔った勢いが初めてだなんて、軽蔑されることなんだろうか……?
- 895 名前:cherry 投稿日:2007/09/12(水) 17:26
-
─── 愛してるの響きだけで、強くなれる気がしたよ、
なんて、歌があるね、そう、あるんだ。
ふたりで、歌って思い出した。
- 896 名前:cherry 投稿日:2007/09/12(水) 17:26
-
たぶん愛なんじゃない?これって愛なんじゃない?
そう感じる時ってあった、確かにあった。
だけど愛なんて、漠然としていてつかみ所がなくって、
けどさあるんだね。確かにあるんだ。
でもさ、キミが私の中にずっと住んでるってこと、
そういう響きで呼んでいいのか、ずっと決められなかったんだ。
戦友みたいな、仲間っていうか、
一番近いなって納得したり、一番わかんねぇよって焦れたり、
妹だったり、お姉ちゃんだとか、時には妻(笑)?みたいな
家族っぽいカンジ、
なんでも話したような、そうでもないような、
曖昧なんだけど、何よりも確かな存在。
疑ってた訳じゃないけど、信じきれてなかった。
枝の先で引っ付いたサクランボだって、片割が何考えてるかなんて
わかんないんじゃない?
- 897 名前:cherry 投稿日:2007/09/12(水) 17:27
-
最近結構、ふたりで飯食ったり、飲んだり、何回もしたよね。
どっちかの家で飲んだ後、
帰ったり、帰られたりする時、なんか焦れったかった。
後ろ髪を引かれるような、何かを諦めきれないような。
あの日の梨華ちゃんは、
目の淵がほんのり染まった顔でニッコリ微笑むと、おもむろにグラスを
テーブルに置いて、
ソファに座る私の膝の上に横座りしてきて、両手を首にまわした
そして「…ねぇ、ひとみちゃん?」と小首を傾げる。
「なつかしーね、ひとみちゃんとか」
私が笑うと、梨華ちゃんは焦れたように、ん〜、と呻いて、
「……ね、ひとみちゃん」と、今度は囁くような声音。
「ん?」
「ねぇ……」
「何よ?」
えらく至近距離から絡まってくる目線、
梨華ちゃんの身体があっつい、私の体温もガンガン上昇中。
目の前の瞳が妖しく瞬いて、吐息みたいな言葉を零した。
「……キス、しよっか」
「………」
「してあげよっか…」
- 898 名前:cherry 投稿日:2007/09/12(水) 17:31
-
それは昔、よくした挨拶みたいなキス。
女子高生がただふざけて戯れに交わすようなキス。
そうだよな、あの頃の私達もちょうどそんな年だった。
抱き合って眠ったことも何回もあるし、
服の上からだけど、梨華ちゃんの身体を撫でたこともあった。
梨華ちゃんが、キャッ、キャッと声を上げて笑って、
悪乗りした私は身悶えする全身を擽った。
そこに疚しさなんて全くなかった。
なかった筈なのに、
……んっ、
と、梨華ちゃんの唇から漏らされた吐息が、
やけに甘くって、いつまでも耳に残って、
改めて、見下ろすと、…柔らかい胸とか、ほっそい腰とか、
胸が、ドキドキ、身体中が、ドクドク、言い出して、
私を見上げる梨華ちゃんの顔がいやに赤くなってて、
その眼差しが、艶めかしいような気がして、
こいつ、女だ… 私と同じ、でも、違う、
そんなの当たり前なのに、あたしの手はもう梨華ちゃんに
触れることが出来なくなった。
- 899 名前:cherry 投稿日:2007/09/12(水) 17:32
-
梨華ちゃんの身体に触れられなくなると、私の口は悪くなり、
言葉で絡めて、その反応を愉しむことを覚えた。
自分のこと、ちょっと男子中学生みたいって、
どっかで思いながら、
男子中学生って言ったら、ヤリたい盛りだよな、
なんて考えちゃって、
おいおい、ちょっと待てよ、それは……それとこれは、違う、
違う?
愛ある行為の仕方がわからなかったわけじゃないけど、
それを私が?梨華ちゃんに?
普通にありえないだろ、と頭で考えながら、
そんなことをどっかで夢想してる自分が嫌になった。
だから、
私は、気持ちの距離を置くことにした。
- 900 名前:cherry 投稿日:2007/09/12(水) 17:32
-
「…ひとみちゃぁん、もっとぉ〜」
この年になって、相手が酔っ払いだとは言え、
こんな状況になるなんて、あの頃の私は思っていなかっただろう。
男だったら、絶対にヤッてる。ガマン出来ないでしょ。
だけど梨華ちゃんは、酔っ払いでも、私が女だからどこかで
安心してて、どう見ても誘ってるとしかいいようのないことが
出来るんだ。
「梨華ちゃん、酔ってるでしょ?」
「酔ってないよぉ〜」
「嘘だー」
「ウソじゃないよぉ」
「嘘だね」
「う〜そぉ」
「どっちだよ」
私はちょっと笑いながら、両手を梨華ちゃんの背中にまわした。
同じくらいの目線で、梨華ちゃんの顔がぐっと私に近づいた。
「ねぇ〜…ちゅうぅー」
顔を火照らせて、そっと閉じられた瞼の先で睫が小刻みに震えてる。
閉じきってない口許がえらく扇情的。
─── もう、知らね、
- 901 名前:cherry 投稿日:2007/09/12(水) 17:33
-
するり、と、自分を諌めていた結界のロープが解ける、
私は梨華ちゃんにくちづけた、
なんどもなんども角度をかえて、啄みを繰り返して、
開かれた隙間に舌をねじ込んだ。
熱い……梨華ちゃんの中、
はっ、ぁ、んっ、
途切れる息と息の継ぎ目、
梨華ちゃんは私の頭をぐしゃぐしゃ掻きまわしながら
力を強める。
ずっと、どう始めていいのかわからなかった、
いいの?なんて聞くのもまどろっこしい気がして、
だけど、
一度、解けてしまったロープは、いとも簡単にスルスルと
解け続けてなくなった。
- 902 名前:cherry 投稿日:2007/09/12(水) 17:34
-
毛足の長いラグの上、
私の与え続けた行為のせいか、ただ単に酔いが回っただけなのか、
梨華ちゃんは私の肩に頭をちょこんと乗せて、身体を丸めるようにして
小さな寝息をたてている。
あっちこっちに脱ぎ散らされた服が落っこちてて、
わーぉ、バイオレンスだねぇ、
自分が女の子を抱ける人間だったなんて、
すごく意外なような、案外そうでもないような、
ていうか、私って結構上手いんじゃない?なんつって、
ダレに自慢する気なんだか。
だけど、今夜の事、
お酒のせいにしないで済むなら、また繰り返せるなら、
梨華ちゃんに聞いてみたい、
気持ちよくしてあげられた?って、
- 903 名前:cherry 投稿日:2007/09/12(水) 17:34
-
私は空いてる方の肩を上げ、梨華ちゃんの顔を覗き込むと
唇にかかる髪をそっとどけた。
梨華ちゃんは目覚めたら、どうする気なんだろう?
だけど、心配しなくても大丈夫、
ちゃんと言い訳は用意しといてあげるから、
梨華ちゃんがなかった事にしたいなら、
酔っ払ってて、私も何も覚えてないって言ってあげるよ。
ほんとは全部、覚えているけどね、
忘れたりしないけどね、
それとももう、お互い言い訳を許すのは止めてしまおうか?
娘。じゃなくなったとか、子供じゃなくなったとか、
そんなのどうでもいいからって、その時がきただけだって
愛し合っちゃおうか?
ずっと怖かった梨華ちゃんに触れること、
でもね、欲しがってほしかった私のこと、
形振り構わないで欲しがってくれたら、
いまの私は、梨華ちゃんがもういらないって言うまで
与え続けてあげられるよ、
- 904 名前:cherry 投稿日:2007/09/12(水) 17:35
-
「愛してる」の響きで、キミの鼓膜を震わせるのは、
まだ、もうちょっと先になりそうだけど、
「愛してる」その存在自体のキミがいるから、私はちょっとづつ
強くなれてるって気がするんだ、
私とキミ、違う方を向いてても、
細い枝の先はずっと繋がっていたから。
End
- 905 名前:cherry 投稿日:2007/09/12(水) 17:35
-
- 906 名前:ななしーく 投稿日:2007/09/12(水) 17:36
-
更新しました。
あまい話を書きたかったんですが、エロくは出来そうでも
あまくは出来なさそーなんで(苦笑)諦めました。
人には向き、不向きってあるんですね……
まだまだな作者で申し訳ないです。
- 907 名前:ななしーく 投稿日:2007/09/12(水) 17:37
-
888名無飼育様
いぇいぇ、お読みいただいてこちらこそありがとうです。
889名無飼育様
熱、熱!ステキ♪書きたいのにぃーーー(w
890名無飼育様
こちらこそ、そのお言葉で幸せになれますです。
891名無飼育様
ふはは!抱きしめてやって下さい!(ダレを?)
982名無飼育様
恐れ多いですね…とは言え、いしよし人口が増えるのは喜びの極みです。
983名無飼育様
これからもお二人を見て、ときめいちゃって下さいね♪
- 908 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/12(水) 22:45
- 更新ありがとうございます
ぐっときました
あー泣けます
またよろしくお願いします
- 909 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/13(木) 02:24
- 凄いですね!いしよしがあんなことやこんな事を…!
リアルに妄想してしまいましたw作者さん有難う。次の更新も楽しみに待っていますねー。
- 910 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/13(木) 03:09
- 身悶えました。いしよしの夏は終わってない。
次の更新も楽しみにしてます。
- 911 名前:ななしーく 投稿日:2007/09/15(土) 01:56
-
スレの残りも微妙で、たぶんこれが最後の更新になると
思います。
いままで、読みにきて下さった皆様、ありがとうございました!
そして、レスを下さった方々、本当に感謝しています。
お陰様でどうにかここまで来れました。ありがとうございました!
最後の更新、楽しんで頂けたら幸いです。
- 912 名前:ななしーく 投稿日:2007/09/15(土) 01:56
-
908名無飼育様
ありがとうございます。
グッときていただけたなんて、ほんと嬉しいです。
909名無飼育様
ありがとうございます。
今回もリアルに想像いただけたら、こんな嬉しいことはないです。
910名無飼育様
ありがとうございます。
季節が変わろうと、アツアツは変わりませんよね!
- 913 名前:パーフェクトパフェ 投稿日:2007/09/15(土) 01:57
-
cherry の その後
- 914 名前:パーフェクトパフェ 投稿日:2007/09/15(土) 01:58
-
……背中が痛い、
……身体の節々が痛い、
あたしは眉を寄せ、薄い肌掛けを口許まで引き上げた。
覚醒しかけたぼんやりした頭で、もう一度寝ちゃおうと
シーツに頬ずりしたつもりが、ワサワサと毛足の長いぬいぐるみ
みたいな感触であることに、違和感を感じて薄目を開けた。
…… あれ? え、と、なんで、リビングで寝て…
─── あ、
あたしは、ばつの悪い思いでのそのそと起き上がり、壁の時計を見る。
十時、か。
もう、いるはずのない人の顔を思い出すと、ぼっと頬が熱くなる。
両頬を押さえて立ち上がり、冷蔵庫からミネラルウォーターを
出して、コップに注ぐと一気に飲み干した。
お水を飲むと、喉がからからに渇いていたんだとわかる。
もう一杯コップに注いで、今度は、ひとくち、ふたくち、乾いた唇を
湿らすように口をつけた。
- 915 名前:パーフェクトパフェ 投稿日:2007/09/15(土) 01:59
-
どんどんはっきりと目覚めていく意識、
足元がスースーすると思ったら、下着をつけていないらしい…
フー、と口から溜息が出た。
このロングTシャツも自分で着たのかがわからない。
大きく息を吸うと、また、フー、と溜息が出た。
昨夜のこと、覚えてない、と言ったら嘘になる。
だけど、すべて覚えている、と言っても嘘になる。
まだ熱がこもっているような、だるい身体を持て余すように
あたしはズルズル座り込んだ。
- 916 名前:パーフェクトパフェ 投稿日:2007/09/15(土) 01:59
-
あたしはズルくて臆病だ。
酔ってる時なら、言い訳が出来るって、どっかで思ってた。
よっすぃに拒否られても、キズ付かないで済むって。
だって、言えないじゃん。
いまさら言えないじゃん。
ずっと、傍にいたのに、そんなこと求められたことないんだから、
あたしから、して欲しいなんて言えるわけないじゃん。
好き過ぎるから、バカみたいに好き過ぎるから、
触れられるほど傍にいられたら、我慢できなくなっちゃうよ、
なんて、そんなこと言えるわけないじゃん、
怖くって、言えないじゃん……
だけど、昨夜、とうとう、
かぁーと頭に血が上ってきて、ドドドッと心臓が暴れだす。
昨夜の記憶を辿りそうになったあたしは、慌てて立ち上がると
バスルームに駆け込んだ。
- 917 名前:パーフェクトパフェ 投稿日:2007/09/15(土) 02:00
-
シャワーから出て、ソファに座りながら、携帯を開く。
着信も、メールもない。フー、
今日のお仕事、間に合ったんだよね、
よっすぃが、そんなことで遅刻なんてするわけないもんね、
そんなこと、か、
自分でそう考えて、空しくなる。
よっすぃ……
酔った勢いだったのかな、
なんとなく、断れなかっただけ、とか、フー、
よっすぃ、落ち着いて見えた、
あたしは頭真っ白だったけど、ていうか、あたし、あたし…
ヘンじゃなかったかな、呆れられたりとかしてないかな、
フ───、
手の中にある携帯を開いて、閉じて、また開いた。
電話、しちゃおうかな、
どうせ、出るわけないんだし、
アドレスを呼び出して、コール音を聞いてるうちに、バクバクと
心臓が鳴り出した。
避けられちゃったりして、
何考えてるのよ? よっすぃがそんなことする訳ないじゃん、
すぐ、留守電に変わるだけだよ。
- 918 名前:パーフェクトパフェ 投稿日:2007/09/15(土) 02:01
-
カチッ、 ─── え?
「…はい」
…… うそぉ、出ちゃった、
「もしもし?どした?」
…… よかった、普通の声、
「梨華ちゃぁん?」
「フー……あ、よっすぃ?」
「何?いきなり溜息とか?」
よっすぃの笑う声、よかった!
あたしは携帯をギュッと握り締めた。
「あ……あの、ね」
「ん?」
「……あ、のぉ」
「え?あ、ゴメン、休憩終わりだ、また後で連絡する!」
「あ、うん。頑張って」
「おぅ」
あたしって、バカだ……
話すことも考えてないのに電話しちゃうなんて、フー、
- 919 名前:パーフェクトパフェ 投稿日:2007/09/15(土) 02:01
-
携帯を閉じてテーブルに置く。
何も映ってないテレビの画面をぼんやりと見ていた。
─── 梨 華 、───
昨夜のよっすぃの囁く声が耳の奥から甦ってきて、
首筋がざわっと粟立つ。
呼び捨てにされたのなんて、たぶん初めて。
ひんやりと冷たい指、
もどかしそうに薄く開いた唇、
問うように細められた眼、
あたしは顔を両手で覆って俯いた。
後悔、してるのかな?
そんなんじゃない、そんなんじゃないけど……
顔を覆っていた両手から力が抜けて、口許に下がってきた爪を噛んだ。
ただ、怖いの。
- 920 名前:パーフェクトパフェ 投稿日:2007/09/15(土) 02:02
-
家にいるのが落ち着かなくて、身支度を整えると外に出た。
すごく暑い時間で、空を見上げると足元が揺れた気がした。
駅まで歩いて、人混みに出たくて切符を買う。
人のたくさんいるところを迷子みたいに歩きたかった。
よっすぃに会いたい、今すぐ会いたい、
だけど、怖い、顔を見るのがやっぱり怖い、
あたしは、目的の駅につくと、あてもなく歩き続けた。
- 921 名前:パーフェクトパフェ 投稿日:2007/09/15(土) 02:02
-
体中に汗がじんわりと浮かんできて、涼しそうな影が落ちてる
脇道に入った。
あてもなく歩いていたつもりなのに、そのお店の前で足が止まる。
ずっと前、よっすぃと入ったことがある喫茶店。
うらびれたカンジで、若い子なんかいなくって、
よっすぃやあたしの顔を見ても、お水を持ってきてくれた
おばさんは、表情がまったく変わらなかった。
ちょっと肩透かしをくったような、それでもすごく安心できて
結構、長居しちゃったのを覚えてる。
あたしの足は自然とその店に向いて、ドアを押し開けていた。
- 922 名前:パーフェクトパフェ 投稿日:2007/09/15(土) 02:03
-
「いらっしゃいませー」
お客さんは、新聞を読んでるおじさんがカウンターにひとり。
おじさんは顔を上げる気配もない。
あたしは、昔、よっすぃと座った一番奥のテーブル席に座った。
お水を持ってきてくれたおばさんの顔をちらりと見上げる。
あの頃と同じ人なのか、ちょっとわからなかった。
メニューを開くと、喫茶のページに大きいパフェの写真、
そうそう、あたしはあの日、これをたのんだんだ……
懐かしい思いで、そのパフェの写真の横のコメントを読む。
「女性の大好きなものばかりを集めました。
当店自慢のパーフェクトパフェ!!!
是非、一度お試し下さい!」
ふふ……
ひとつ思いだすと、つられたように次々思い出していく。
あの日のよっすぃの言葉も、表情さえも、
- 923 名前:パーフェクトパフェ 投稿日:2007/09/15(土) 02:03
-
このパフェを頬張るあたしに、よっすぃは呆れたように眉を寄せた。
「ほんっと、梨華ちゃんて、そーゆーの好きだよね」
「よっすぃだって、好きじゃない?」
「好きだけどさ〜、そこまでいらないよ。
そんな食べたら飽きるじゃん、てか、そこまで食べれないよ」
あの頃のよっすぃを、あたしは、大人びたかっこいい子だって
思ってた。
あたしにないボーイッシュなところとか、すごくかっこよくて、
まだまだ、漫画の男の子に憧れるくらい子供だったあたしは、
ほんと王子さまみたいって、思ってた。
よっすぃに纏わりつくのが楽しくて、よっすぃに触れられると
ちょっと、ううん、いつでもかなりドキドキして、
あたしにとって、このパフェのようにパーフェクトで甘かったんだよ。
「お決まりになりましたか?」
おばさんの声に、ハッとしてあたしはメニューを見た。
「ごめんなさい……もうちょっと…」
- 924 名前:パーフェクトパフェ 投稿日:2007/09/15(土) 02:04
-
「お決まりになったら、声かけて下さいね」
笑顔のおばさんに頷いた時、バックの中で携帯がなってるのに
気がついた。慌てて取り出す。
「もしもしっ」
「ぅわっ…声、でけーよ」
「よっすぃ……」
「うん。朝のってか、昼間か、何?」
「あ………う、ん」
「………いま、家?」
「うぅん、外に出てるの。そう、あのね!実はね…」
あたしは、よっすぃがこの店のこと覚えてるかなって、思ったら
気まずさも手伝って、熱をこめて語ってしまった。
「…あー、うん。わかるかも」
「ほんとに?覚えてるの?」
あたしなんか、たまたま通りかかって思い出したのに。
「店の名前、なんだっけ?」
「ちょっと、待って…」
- 925 名前:パーフェクトパフェ 投稿日:2007/09/15(土) 02:04
-
あたしは、メニューをひっくり返したり、捲ったりして
表紙に小さく書いてある名前を見つけた。
「……純喫茶、吉川」
「ブッ、はは!オーケー、今から行くわ、
30分、じゃ無理かぁ、40〜50分居れる?」
「…え?お仕事終わったの?」
「言ってなかったっけ?これでも一時間くらい押したんだよね」
人の気配に顔を上げると、おばさんが何かを言いたそうな顔で
あたしを見ていた。あ、お店の中で……
あたしはおばさんに目礼すると、受話器に向かって早口で
待ってるから、と言って電話を切った。
「すみませんでした!……あの、アイスロイヤルミルクティーを
お願いします。」
おばさんは、今の若い子をしょうがないわねぇ〜とでも言いたい
みたいに苦笑いをしていた。
- 926 名前:パーフェクトパフェ 投稿日:2007/09/15(土) 02:05
-
一時間待っても、よっすぃは現れなかった。
……よっすぃの嘘つき、
フー、と溜息を吐きながら顔を上げるとおばさんと目が合う。
お店はガラガラなんだから、気にする必要なんかないのかも
知れないけど、さっきの携帯のこともあるし、
気まずくなって、あたしは席を立ってしまった。
お会計をして、お店を出る。
どうしようかなぁ、とお店の前を行ったり来たりしていると
道の向こうから、よっすぃが走ってくるのが見えた。
あたしの前まで来ると、ちょっと肩で息をつきながら
よっすぃが言う。
「……はぁ、はぁ…出ちゃったんだ」
「だってぇ、遅いんだもん」
「ゴメン、ちょっと捕まっちゃって」
「いいけど……」
「もう一回入る?」
「……それは…ちょっと…」
あたしが眉を寄せると、…だよな、と言ったよっすぃは
ちょっと考える顔をした後、うち来る?と言った。
- 927 名前:パーフェクトパフェ 投稿日:2007/09/15(土) 02:05
-
なんとなく目線が合わせられないまま、よっすぃの口許らへんを
見ながら、あたしは頷いた。
ふたりっきりになったら、昨日の話に触れなきゃいけないかも
知れない。
だけどずっと、避けて通るわけには行かないだろうし、
やっぱり、よっすぃがどう思っているのかがわからないままだと
あたし自身が落ち着かない。
もし……よっすぃが、忘れちゃいたいなら、それはそれで
仕方のないこと、そう思うけど……
けど、そんなのあたし、耐えられるのかな?
よっすぃが何を考えているのかはわからない。
だけど、お互いなんとなく無口なまま、
もー面倒くせぇ、
そう、よっすぃが言って、タクシーを拾って帰ることにした。
- 928 名前:パーフェクトパフェ 投稿日:2007/09/15(土) 02:06
-
お部屋に入ったよっすぃは、暑ぢー暑ぢーとリモコンのスイッチを押す。
冷蔵庫を開けると、あたしに、何飲む?と言いながら、ビールを
取り出し、独り言のように「今日は止めとくか」と言って、
アップルタイザーの瓶を取り出した。
「最近飲んでみたら、結構美味くてさぁ、
夏はやっぱ、炭酸じゃねぇ?梨華ちゃんも飲むでしょ?」
「うん、ありがと」
よっすぃは、背の高いシャンパングラスを取り出すと、注いで
あたしに手渡してくれる。
「こーゆーのって、雰囲気じゃない?」
そんなふうに言うくせに、自分は瓶にそのまま口をつけて
グビグビ飲みだすから、あたしは笑ってしまった。
「ちょっと、シャワーしてきていい?
もー、汗が気持ち悪くってさぁ」
「あ、うん。おかまいなく」
そんなつもりなかったのに、畏まった言い方をするあたしに
よっすぃは、フッ…と笑った。
「変な梨華ちゃん…じゃ、ちょっと待ってて」
- 929 名前:パーフェクトパフェ 投稿日:2007/09/15(土) 02:06
-
あたしはアップルタイザーに口をつけて、全然甘くないんだな
と思った。
ダイニングのソファに腰掛けると、手持ち無沙汰で、見る気もないのに
テレビのスイッチを入れた。
少しして、タオルで髪をガシガシ拭きながら、よっすぃがきて、
あたしの横に座る。
「梨華ちゃんも汗かいてるんじゃない?
シャワーしてくれば?」
「……うん、でも」
「今日……泊まってく?」
背中を丸めたよっすぃが、髪を拭く手を止めて、ちらりとあたしの
顔を見た。
身体がビクッと震えた。
言葉が口から出てこない。
よっすぃは髪を拭いてたタオルを無造作に横に置いた。
「やっぱ、変な梨華ちゃん」
- 930 名前:パーフェクトパフェ 投稿日:2007/09/15(土) 02:07
-
あたしを見る、よっすぃの目に苛立ちがある気がして、
どうしよう、なんか言わなきゃ、そう考えていたら、
スッと、よっすぃが立ち上がって、なぜだか、それがあたしを
避ける動作のような気がして、思わずあたしは腕を掴んでいた。
よっすぃが振返る。静かな表情。
「何?」
「……あ、え、と」
「なんだよ?」
あたしはなぜだか涙ぐみそうになって、よっすぃの腕を掴んでいた
指先から力が抜けた。
よっすぃが怖い、静かな表情は何を考えているのか読みとれない、
その目か怖い。嫌になったの?あたしのこと。それとも……
「……怒ってる?」
「なんで、私が?」
「…だって、よっすぃ……」
「私はいつもと変わんないよ、変なのは梨華ちゃんじゃん」
よっすぃは、ハァと溜息をついた。
「…いいよ、言いたいこと、なんとなくわかるし、
後悔してるんでしょ?」
- 931 名前:パーフェクトパフェ 投稿日:2007/09/15(土) 02:07
-
後悔……? あたしが?
「梨華ちゃん酔ってたし……だから…」
よっすぃは一瞬だけ、傷付いたような眼差しを落として、
その後また無表情になった。
「ち、違、違うよっ
あたし、あたしは……酔ってたって、そんな…
後悔するような、そんな、誰でもいいみたいに言わないでっ」
「………」
「あたし、よっすぃが……よっすぃ、だから…
だけど、怖くて、
よっすぃ、ほんとはヤだったんじゃないかなって思って
だから、怖くてっ」
あたしは零れようとする涙を堪えて唇を噛んで、よっすぃを
見上げた。
よっすぃは、ちょっと驚いたように目を見開いて、その後俯くと、
顔を上げた時は、照れ臭そうに前髪を掻き揚げたりなんかしてる。
そして、梨華ちゃんさー と言いながら、
あたしの横にドサッと乱暴に座った。
- 932 名前:パーフェクトパフェ 投稿日:2007/09/15(土) 02:08
-
「……昨日、その、ハァーーー、
だからぁ、ヤッたのって、私じゃん?」
ヤ、ヤッたとか、そんな……直接的な言い方しなくても…
あたしは吃驚して涙も引っ込んで固まってしまった。
「梨華ちゃんに無理矢理襲われたんじゃないじゃん。
私が……したんだから」
それって……
あたしが、おずおずと横を向くと、俯いてるよっすぃの耳が
真っ赤に染まって見える。
「……よっすぃ?」
「私、は、……そんな酔ってなかった、んだよ、
まー、その、そーいうことだ」
「…え?じゃぁ……」
「だからぁ、ヤりたいからヤッたの!」
よっすぃは怒鳴るようにそう言うと、ガバッとあたしに
抱きついてきた。
「……何、言わすんだよ」
不貞腐れたようなくぐもった声が肩越しに響く。
- 933 名前:パーフェクトパフェ 投稿日:2007/09/15(土) 02:09
-
あたしの口から、ふ、と笑いが漏れた。
我慢しようとしたけど、ふ、ふふふと笑ってしまう。
「…何が可笑しーのっ」
安心したの。
不貞腐れたままの子供っぽい声を聞いてると、すごーく、
ホッとして、自然に笑っちゃうんだもん。
「ふ、ふふ……かわいい、ひとみちゃん」
「ばっ……バッカじゃねーの」
そんな憎まれ口を利きながら、それでもよっすぃはあたしを
抱きしめてる腕にギュッと力を入れた。
あたしはかなり有頂天になって、かわいいを連呼する。
「……おめー、調子に乗んなよ」
顔を覗きこめば、白い肌が薔薇色に染まってる。
「ふふ、照れなくってもいーのにぃ…ほんとかわいいっ」
「あーそー」
よっすぃがプイッと顔を逸らして、あたしの項に顔を埋める。
- 934 名前:パーフェクトパフェ 投稿日:2007/09/15(土) 02:09
-
「……梨、華、」
ふいに耳元で、熱い息だけで作ったようなくぐもる声で囁かれて、
あたしの背中がビクンッと跳ねた。
「あれ?……どーかした?」
よっすぃは、フゥーーーっと細い息だけを、あたしの首筋に
かける。
たったそれだけのことなのに、あたしの身体は変だ。
洩れそうになる声を我慢したら、
ビクッ、ビクッと勝手に身体が小刻みに震えだす。
「おかしいなぁ〜…なんもしてないのに、ねぇ、何でビクビクしてんの?」
勝ち誇ったような意地の悪い声を耳の奥に囁やかれて、
腕の中から逃れようと、ジタバタしだしたあたしを、
よっすぃは、ぐっと押さえつける。
「…フフッ、どーしよーかなー」
- 935 名前:パーフェクトパフェ 投稿日:2007/09/15(土) 02:10
-
…ごくっ
すっごく面白がってる声、
さっきまでの形勢に戻したいあたしは上擦った声を出した。
「なんだかよっすぃ子供みたい」
「それで?…フッ、声、震えてるよ?」
よっすぃの掠れた甘い声、
普段そんな声出さないくせに、こんな時ばっかりズルいよ…
囁かれただけで、意識が持っていかれそうになるなんて
情けない。あたしは声を張り上げる。
「そ、そんなことないもんっ」
「お酒がないと素直になれないの?」
「な、なによぉ…」
「かんでる、かんでる、
ねぇ、梨華ちゃん?強情なのって、誘ってるのと一緒だよ?
……素直にさせたげる」
な、なんでぇ?!
- 936 名前:パーフェクトパフェ 投稿日:2007/09/15(土) 02:10
-
スゥーーーと、触るか触らないかの微妙なタッチで、よっすぃの
唇が、あたしの項をいったりきたりする。
ビクン、と背中が仰け反ると、
今度は、熱い舌を押し付けて、ちゅっと軽く吸う。
さっきまでとは非にならないくらい暴れだしたあたしに、
よっすぃは囁いた。
「…声、我慢してると辛くない?」
そして、耳の中に舌を差し込みながら、カットソーの裾から
手を入れて、身体の横のラインを焦らすように指が上ってくる。
その動きが背中に回って、ブラのホックが簡単に外れた。
指は背骨を撫でて、濡れた舌は耳の隆起に添うように蠢いている。
「…や、……ぁ、んん、待ってぇ」
「ムリ」
「……だって、はぁ、シャワー……」
「ムダだよ、どうせ梨華ちゃん濡れちゃうんだから…」
「なっ、なに…ぁ・・・そ、れ……」
言葉の途中で唇を塞がれた。
よっすぃの熱い舌が、あたしの中で暴れまわって、
やっぱり、ダメ、頭、真っ白になっちゃう───
- 937 名前:パーフェクトパフェ 投稿日:2007/09/15(土) 02:11
-
- 938 名前:パーフェクトパフェ 投稿日:2007/09/15(土) 02:11
-
あたしの乱れた服を直してくれたよっすぃが、ちゅっと
唇に小さなキスを落として顔を離す。
前髪が汗でおでこにくっついてる、
サイドの髪も首筋にべったりしてて気持ち悪い、
それに、背中が、痛い、身体の節々が痛いよぉ、
何も…
フローリングの上ですることないじゃんっ
もっと、こう、優しくベッドに連れてってくれるとかさぁ
あたしがむくれて見上げると、
肩肘をついて、半分あたしに覆いかぶさるようにしてたよっすぃが
せっかく直したスカートの中に、また手を入れようとする。
「何?もっと?」
「ちがーうっ」
よっすぃの手を捕まえて止めると、よっすぃは、……だよね、と
言って、そのままあたしの横にゴロリと横になった。
「膝、まだガクガク震えてるもんなー」
「ちょっとー!」
非難の声を上げながら、上半身を上げようとしたけど、腰に力が
はいらなくって、ぺたんと潰れた。
- 939 名前:パーフェクトパフェ 投稿日:2007/09/15(土) 02:12
-
よっすぃは、ごろん、とこっちを向いて、肩肘をついて顎を乗せると
ちょっと真面目な顔をして、あたしの頬に手を伸ばした。
「……気持ち良かった?」
あたしの顔がボッと赤くなる。
真面目な顔してなにを言い出すのよ〜〜〜
「な、なんでそんなこと聞くのよぉ」
恥ずかしさで眉を下げるあたしに、よっすぃは意地悪じゃない
穏やかな優しい表情をして、頬を撫でた。
「…だって、大事なことでしょ?
私ひとり、気持ちイイなんて空しいじゃん」
「……よっすぃよかったの?」
「すげーイイよ、ヤバいくらい。
あの顔見て、あの声聞いてっと止まんなくって
優しくする余裕なかったから……」
すっ…と切なそうに目を逸らすから、あたしは頬に添えられた指を
掴んで、そんなの、大丈夫だよ、と言った。
よっすぃが目線をあたしに戻す。
そ、そんな見ないで……苦しくなるよ、
- 940 名前:パーフェクトパフェ 投稿日:2007/09/15(土) 02:12
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あたしきっと、茹蛸みたいになってる……
顔から湯気が出そうに火照ってる。
真っ直ぐにあたしを見つめたままの目……言わなきゃダメ?
「……よかったよ…すごく」
蚊の鳴くような声で、ボソッと言ったら、
よっすぃが嬉しそうにへにゃんと相好を崩した。
そして、頬にあった指先を動かしてあたしの唇をゆるゆると
撫でる。
「……もっかいする?」
「しないっ」
「またまた〜良かったんでしょぉ?」
「しないよ!」
「欲しそうな顔になってるクセに〜」
「なってないっ」
「…ちぇっ」
「フーーー」
- 941 名前:パーフェクトパフェ 投稿日:2007/09/15(土) 02:13
-
こんな人だなんて思わなかった、
だけど、大好きだよ、
きっとあたしは、どんなよっすぃでも大好きなの、
大好きでしかいれないの、
イジケたように投げ出された腕を捕まえて、そっと手の甲に
頬擦りすると、あたしの首の下に腕を入れて抱き寄せてくれる。
「……今日の、あの店、また今度行きたいな」
「あたしも!今度はパフェ食べるんだ〜」
「あー、あの、恐ろしくムダにでけーの」
「よく覚えてるねぇ」
驚いて顔を見上げると、フフン、と得意げに笑う顔、
ねぇ、よっすぃ?
よっすぃは、あたしが思うよりずっと、
あたしとの時間を大切に思ってくれてたのかな?
あたしも覚えてるよ?
いろんなよっすぃを、よっすぃと過ごした日々を、
これからも、もっともっと増やして行こうね、
よっすぃがいたら、いつでもあたしにとっては
パーフェクトなスイートな時間になるから、
ね、よっすぃ?
- 942 名前:パーフェクトパフェ 投稿日:2007/09/15(土) 02:13
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+++++ END ++++++
- 943 名前:パーフェクトパフェ 投稿日:2007/09/15(土) 02:14
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- 944 名前:パーフェクトパフェ 投稿日:2007/09/15(土) 02:14
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- 945 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/15(土) 11:15
- ギャー
昼に読んじゃった!
- 946 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/15(土) 23:36
- あ〜〜なんか胸がキュンって感じです。
また、甘い・いしよし読ませて下さい・・
更新ありがとうございました〜
- 947 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/16(日) 00:56
- 最高でした
また是非いしよし書いてください
- 948 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/16(日) 03:22
- 最後の更新お疲れ様でした。
ななしーくさんの小説は優しい気持ちになり大好きです
新スレ楽しみに待ちますので頑張ってください。お願いします。
- 949 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/16(日) 11:54
- 書き込むの初めてですが、ずっと読んでいました。
ほんと胸がキュンとなりました。
2人の心の逡巡がリアルでした。最高です。
また書いていただけると嬉しいです。
- 950 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/16(日) 19:58
- >>949
今度から迂闊にageないようにね。
- 951 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/16(日) 20:45
- 更新お疲れさまでした。今回は最高に甘いですね。うっひゃー
我儘を言わせて頂ければななしーくさんの小説、まだまだ読みたいなあ…
- 952 名前:ななしーく 投稿日:2007/09/17(月) 02:02
-
たくさんのレスありがとうございます。
ちょっとレス残量が不安なので、お返事できないことを
お許し下さい!
新スレを立てるほどではなく、けれど、妄想の仕上げを
レスを下さった皆様にご覧いただきたく、更新いたします。
ギリで、上げられると思うんですけど…
- 953 名前:幸せになっちゃえよ! 投稿日:2007/09/17(月) 02:03
-
電話してたら、よっちゃんが、やたら、梨華ちゃんがーとか
梨華ちゃんとー、とか連呼する。
娘。に、美貴たちがいた頃、良きにつけ悪しきにつけ、その名前を
口にしてたのって美貴の方だった。
よっちゃんは、その名前を口にするのを何気なく、さり気なく
避けてるっぽいとこがあって、けどさー
昔の映像とか見ちゃうとラブラブで、嫌ってるとは思えなかった。
中途半端に娘。の中に放り込まれた美貴は異端児で、
そんな美貴の居場所を作ってくれたのが、よっちゃん。
美貴を傍に居させて、甘えさせてくれることが、もちろん
よっちゃんの優しさであるんだけど、それが弱さから来るもの
なんだって気がついたのって、いつ頃だっけ。
けど美貴は、そーゆーのって解るし、娘。の中で、よっちゃんの
隣りって居心地よかったから、別にいんだけどね。
- 954 名前:幸せになっちゃえよ! 投稿日:2007/09/17(月) 02:03
-
だけど、よっちゃんと梨華ちゃんって、お互いを見てんだ。
いっつも見てんの。それも相手が気がつかなそうな時にね。
そのカンジは、別れちゃったけど、未練タラタラ〜
より戻した〜い!みたいな。
よっちゃんと、色んな話をするようになってから、美貴は
思い切って聞いたことがある。
「…ココだけの話、聞きたいことあんだけど、
よっちゃんと梨華ちゃんって、前はあんなベタベタしてたのに、
なんで今はしないの?……ひょっとして、別れた二人…とか?」
よっちゃんは、フッと笑った。いつものチャラ男風味じゃなくって
イヤに大人な静かな微笑み。
「美貴って勘いいし、勘ぐられてもやりにくいから言うけど…」
「うん、美貴、誰にも言ったりしないし」
「…別れたとかないよ、付き合ってもないんだから。
私は梨華ちゃんと離れられないし、離れたくないんだ。
けど、あの距離感のまま続けたら、私たち、どうなっちゃうんだろう?
って、思ってさ?
離れない、だから、サヨナラ、そんなカンジ」
- 955 名前:幸せになっちゃえよ! 投稿日:2007/09/17(月) 02:04
-
よっちゃんの言う、サヨナラ、がどんな意味なのかわからない。
だけど、そう言ったよっちゃんの眼は、切なげで、焦れていて、
愛しげで、優しくて、格好よかった。
いい女だなって、美貴、思ったよ。
梨華ちゃんは、イジられキャラが定着してて、Mっけがあって、
優等生面してて、ムカつくこと一杯あったけど、
ある意味、美貴は認めてた。
美貴よりも、よっちゃんよりも、ずっと強かで、だからこそ
お節介で、それが本当は嫌じゃないって気づいたのは、
いなくなっちゃうって意識してからだ。
ふたりを見てると、美貴は歯がゆかったけど、
余計なお節介をするほど、美貴は親切でも鈍感でもなかった。
梨華ちゃんが、娘。を卒業して、
よっちゃんが、娘。を卒業して、
美貴も、娘。じゃなくなって、
梨華ちゃんの話ばかりする、よっちゃんがいる。
- 956 名前:幸せになっちゃえよ! 投稿日:2007/09/17(月) 02:05
-
結局、そう言うことなんだって思った。
よっちゃんの、離れないって言ってた気持ちの強さが、
美貴には、いま、よくわかる。
よっちゃんの強い気持ち、それがどんなカタチをしてるのか
美貴にはわからない。だけど思うんだ。
最近、梨華ちゃん絡みの仕事がヤケに多いって、
喜びを戸惑いのベールで隠すような声を出す、よっちゃんに、
もうさ、事務所の思惑とかどうでもいいじゃん?って。
逆手にとって、一緒にいりゃいいじゃん?って。
よっちゃん、最近、張り詰めた表情しなくなったよね、
体って正直だよね、そう言うことなんだよ。だからさ…
いいじゃん、いいじゃん、二人でいりゃいいじゃん?
そんで、笑ってりゃいいじゃん。そんで堂々と……
「……幸せになっちゃえよ!」
美貴の言葉によっちゃんはくすぐったそうに笑った。
- 957 名前:幸せになっちゃえよ! 投稿日:2007/09/17(月) 02:06
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─── おしまい★
- 958 名前:幸せになっちゃえよ! 投稿日:2007/09/17(月) 02:09
-
- 959 名前:ななしーく 投稿日:2007/09/17(月) 02:10
-
時間軸、cherryの少し前ってトコでしょうか?
しつこくて、すみません!
御目汚し、失礼いたしました!
- 960 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/17(月) 04:18
- お目汚しだなんてとんでもない!
いやー最高でしたよー!!!ななしーくさんの小説を読む
ためだけに飼育に来てるような私なのでどうか新スレを
立てて欲しいです。素敵な小説を書いてくれて有難うございました。
- 961 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/17(月) 07:09
- ななしーくさんの短編連発にご飯が進む進むw
- 962 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/17(月) 11:28
- 更新ありがとうございます
とても幸せになっちゃいました
新スレお待ちしております
- 963 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/17(月) 11:35
- ななしーく様長い間お疲れさまでした。
このスレでホンワリと癒されていましたよーありがとう!。
- 964 名前:名無し飼育さん 投稿日:2007/09/17(月) 21:12
- 長期に渡り執筆お疲れ様でした。
作者さんのストーリー展開好きです。
いつでも戻ってきて下さい!
- 965 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/17(月) 21:51
- 作者さんのファンです
幸せな時間をありがとうございました
ぜひ、またお目にかかれますように
- 966 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/17(月) 23:39
- 本当にありがとうございました。
また、素敵なお話に会えますように・・
- 967 名前:名無しさん 投稿日:2007/09/19(水) 10:23
- 作者さんが書くいしよし大好きです
ゆっくりと心に染みました
更新お疲れ様でした
- 968 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/20(木) 03:07
-
「続いしよし物語」楽しみに待っています。
- 969 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/30(日) 01:10
- 2008年もななしーくさんの作品が読める事を期待して、楽しみに待っていますYO!
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