Blue Moon Stone 2
- 1 名前:悪天 投稿日:2005/07/24(日) 01:27
- 同じ風板の 『Blue Moon Stone』 の続きです。
吉澤さん主役のファンタジーです。
どうぞよろしくお願いします。
- 2 名前:悪天 投稿日:2005/07/24(日) 01:29
- 「散れ!!散れ!!」
うろたえたライジング兵たちは、散開して矢を避けつつ体勢を整えようとしたが、
その動きをあざ笑うかのような正確な矢が彼らを貫いていく。
「こ、これは安倍さん・・・・・・・?」
マコトがこの光景を見てそう呟く。
今までこれほどの正確な弓術はゼティマ王国が誇る10剣聖、
“ホーリーナイト”安倍なつみしか見たことがない。
「うわっ!!」
その間にもライジング兵たちは矢に貫かれ、息絶えていく。
「おのれ!!姿を見せろ卑怯者め!!」
隊長があらん限りの声で叫ぶ。
「・・・・・・卑怯者とはまたえらい言い様やなあ。」
その言葉に呼応するかのように1人の剣士が姿を現した。
その剣士は腰に長剣を佩き、左手には弓を持っていた。
「貴様・・・・・・女か?」
隊長が驚きをもって声を上げる。
姿を現した剣士は、黒い髪を肩まで垂らした女性であった。
年齢は確実に梨華たちよりも上のようだ。
身長はそれほどでもないが、引き締まった身体からは相当の力を感じる。
「あ、安倍さんじゃない・・・・・?」
マコトは姿を現せた女性を見て驚いた。
あれほどの弓術は安倍以外には不可能なはずだ。
- 3 名前:悪天 投稿日:2005/07/24(日) 01:30
- 「貴様か、俺の部下を殺ったのは。」
「まあね。明らかにあんたたちの方が悪だと思ったんでね。」
「ほざくな女が!」
隊長は自分の部下が無残に殺された怒りをもって女剣士に斬りかかった。
その動きは精錬され、鋭い。
だが二、三合撃ち合ったのは武人としての礼儀のようなものであった。
この女剣士と隊長とでは圧倒的に格が違った。
一撃。
ただの一撃だった。
女剣士が振るった長剣は、隊長の首と胴を永遠に切り離した。
と同時に誰もが目を奪われるような鋭く、流麗な動きで弓に矢をつがえ、射る。
「ぎゃっ!!!」
女剣士が隊長と対峙している隙にマコトを斬ろうとした男は咽喉を貫かれた。
「に、逃げろ!!!」
これだけの弓術・剣術に翻弄されたライジング兵はついに逃げ出した。
半数以上の仲間を失い、
また隊長も一刀の元に斬り捨てられた恐怖と敗北感に打ちのめされながら逃げ散った。
もちろん軍のもとに帰っても待っているのは絶望なのだが。
- 4 名前:悪天 投稿日:2005/07/24(日) 01:31
- 女剣士は逃げていくライジング兵たちには見向きもせず、梨華の元に駆け寄る。
「大丈夫か?」
そう言うやいなや、女剣士は土の術を唱え、梨華の傷を治す。
「こ、これ・・・・・・・・ひとみちゃん?」
自分の傷が治っていく感覚に梨華は声をあげた。
この感覚は一度経験がある。
ミホ村で及川光博が襲ってきたときだ。
あの時、傷ついた市井紗耶香を救おうと、土の術を唱えてひどい傷を負ったが、
その際にひとみに傷を治してもらった。
あの時の感覚と全く同じだった。
いや、それ以上に傷の治りが早いような気がする。
「よし、これでもう大丈夫やろう。」
そう言うと女剣士は今度はマコトのもとへ向かい、足に受けた矢傷を治した。
「あ、ありがとうございます。おかげで助かりました・・・・・・」
命の恩人であるこの女剣士に梨華たちは頭を下げる。
それどころか傷を治してもらい、
また余分にあるからといって糧食までも分けてもらったのだ。
「いや、別に気にせんといて。たまたま通りかかっただけやし。」
女剣士はニッと笑うと、手早く荷物をまとめ、この場から立ち去ろうとした。
「あ、待ってください!!」
マコトは女剣士を呼び止めると、自分が左腕にはめていた腕輪を差し出した。
「本来ならばもっと礼を尽くさねばなりませんが、
先を急いでおりますのでどうかこれでお赦しください。」
「いや、そんなに気を遣わんとい・・・・・・」
そう言おうとして女剣士は身体を硬直させた。
それは手渡された腕輪に施されている意匠を見たからだ。
その腕輪にはゼティマ王家の意匠が施されていた。
- 5 名前:悪天 投稿日:2005/07/24(日) 01:31
- 「では我らはこれにて。どうも助けていただいてありがとうございました。」
マコトたちは女剣士に感謝の意を述べると、その場から立ち去った。
もうカリアリは目と鼻の先。
一刻も早く目的地へたどり着かねばならない。
「マコト様、助かりましたね。」
「ええ、あの人のおかげですね。」
梨華とマコトの顔に安堵の表情が浮かぶ。
まさに九死に一生だった。
これは天が梨華たちに味方しているとしか思えなかった。
が、一方でミカだけは眉間に皺を寄せていた。
『あの女剣士、どこかで・・・・・・・・・?』
ミカにはさっきの女剣士に見覚えがあった。
しかもそれは自国ではない。
どこかの国の城の中でだ。
昔のことだが、微かに記憶にある。
『一体誰なんだ・・・・・・・・?』
ミカは思案に頭を動かしつつも足を進めた。
- 6 名前:悪天 投稿日:2005/07/24(日) 01:32
- マコトたちが立ち去った後もその女剣士は腕輪をジッと見つめていた。
そして低い笑い声を漏らす。
「ふふふ、懐かしいなこの腕輪・・・・・」
彼女の脳裏にこの腕輪をしていた人物が浮かぶ。
正確に言えば、この意匠を施した腕輪をしていた人物をだ。
その人物は自分よりも6つ年下で、生意気ながらも可愛いやつだった。
そして大国の王女という重圧に必死に耐えていた少女だった。
「・・・・・・・あの娘が妹のマコトやな・・・・・・・・ヒトミ・・・・・」
女剣士は穏やかに微笑んだ。
- 7 名前:悪天 投稿日:2005/07/24(日) 01:33
- 「おーい、あんたら!」
「あ、さっきの・・・・・・・」
カリアリへ急ぐ梨華たちの元に先ほどの女剣士が駆け付けてきた。
「どうしたんですか?あ、もしやその腕輪が気に入らなかったのでは・・・・・・」
「へ?いやいやそんな事あらへん。」
女剣士はマコトの言葉に大きく笑った。
が、すぐに真面目な表情に変わる。
「いや、実はうちは世界中を旅をしてるもんなんやけど、
よかったらあんたらと一緒について行かせてくれへんかな?」
「え?」
この申し出に驚く梨華たち。
「何や、あんたらライジング兵に追われてるみたいやんか。
そんな状況やったら腕の立つ護衛がおったほうがええやろ?
それにな、うち、前々からライジング王国が嫌いやってん。
だからあんたらに協力したるし。な、ええやろ?」
女剣士がニィッと笑う。
その笑みには人を惹きつける何かがあった。
- 8 名前:悪天 投稿日:2005/07/24(日) 01:33
- 「・・・・・そうですか。じゃあ、今のところ何もお礼は出来ませんけど、
よろしくお願いします。」
「え?!」
マコトが満面の笑みを浮かべて言った答えに、梨華はもちろん当の女剣士本人も驚く。
彼女自身もまさかこんなにあっさりと承諾してくれるとは思ってもみなかった。
「ちょ、ちょっとマコト様。本当によろしいのですか?」
異議を唱えるのはミカ。
「え?何がですか?」
「確かにこの方は私たちを助けて下さいました。ですが・・・・・・・・」
ミカは言葉を途中で切ったが、その気持ちは誰もが分かる。
いくら助けてもらったとはいえ、
得体の知れない彼女を付いていかせるには余りにも危険すぎる。
だがそんな不安もマコトはあっさりと一蹴する。
「いえ、助けてくださった、それだけで信じるには十分じゃないですか。
それにこの方は悪い方ではありません。目を見れば分かります。」
マコトはニッと笑って言った。
その笑みにも人を惹きつける何かがあった。
その笑みを見て女剣士は感嘆する。
『・・・・・・なかなかどうして。この娘にも類まれな資質がある。
人を安心させるという、王者の資質が。この点はヒトミ以上だな・・・・・・』
- 9 名前:悪天 投稿日:2005/07/24(日) 01:34
- 「・・・・・分かりました。マコト様がそう仰るならば私に異存はありません。」
ミカが諦めたかのようにマコトの意見を取り入れた。
なぜだかマコトが笑顔で言うと、ホッとするし、それで大丈夫だと思ってしまう。
その不思議な力は同じ王女の立場として、嫉妬してしまうほどの力であった。
「私も異存はございません。」
梨華も同様にマコトの言葉に従う。
マコトの言うとおり、梨華もこの女剣士が悪い人だとは思えなかった。
なぜなら彼女の目は限りなく優しかったからだ。
「ありがとう、ミカ様、梨華さん。では、すみませんがよろしくお願いします。」
「あ、こちらこそ、どうも。」
マコトが頭を下げたので、女剣士も慌てて頭を下げる。
『なんや、えらいペースを乱されるな。・・・・・・・・・おもろい娘や。』
「あ、そう言えばまだお互い名乗っていませんでしたね。」
ふっと出たマコトの言葉にハッとなるミカ。
確かにマコトの言うとおり、まだお互いに名乗っていない。
だが、果たしてここで自分たちが王女であることを名乗っていいのであろうか?
ミカは完全にこの女剣士を信頼しているわけではないのだ。
- 10 名前:悪天 投稿日:2005/07/24(日) 01:35
- が、そんなミカの心配など全く感じず、マコトは正直に述べた。
「私はゼティマ王国王女、マコト・オガワ・ブルーです。
そしてこちらがココナッツ王国王女、黒澤ミカ様。
そしてこちらがミホ村の石川梨華さんです。」
「は、はあ。」
紹介を受け、会釈しながら女剣士は驚く。
まさか正直に名乗るとは思ってもみなかった。
『・・・・・・・馬鹿なのか大物なんか、ちょっと見分けがつかんなあ。』
女剣士は苦笑する。
が、一方で自分もこれは正直に答えなければならないという気持ちにさせられた事に気付く。
こういう気持ちを他人に抱かせることこそ王者の器なのかもしれない、
と彼女は心の中で呟いた。
「で、あなたは・・・・・・?」
このマコトの問いに女剣士はハッと我に返り、
片膝を付き、礼節を持って答えた。
- 11 名前:悪天 投稿日:2005/07/24(日) 01:35
-
「私の名は平家みちよ。卑しくもゼティマ王国国王、ゼティマ・レム・ブルー様より、
王位継承者であるヒトミ・ヨッスィ・ブルー様の師範の地位を賜りました者でございます。」
- 12 名前:悪天 投稿日:2005/07/24(日) 01:39
- 本日の更新はここまでです。
なぜか更新ごとに期間が空く最長記録を作っているような気がします。
次はこんな事にならないように頑張ります。
そして今回、とうとうスレ2枚目に突入しました。
こんな話がここまで続いているのも皆様が温かく見守ってくださっているからです。
本当にありがとうございます。
またこれからもよろしくお願いします。
- 13 名前:悪天 投稿日:2005/07/24(日) 01:39
- >749 名無飼育さん様
レスありがとうございます。ワクワクしていただいてホント嬉しいです。
それに癖のある表現も気に入っていただけてとても嬉しいです。ありがとうございます。
色々と癖のある内容、表現ですがこれからもお付き合いいただければ嬉しいです。
>750 春嶋浪漫様
レスありがとうございます。確かに話の展開があちらこちらで動いてますね。
新たな展開もありますが、作者自身完全に把握できているか不安です。
しっかりと繋がるよう頑張っていきたいと思っています。
>751 通りすがりの者様
レスありがとうございます。お待たせしてすみません。
今回、ついに知る人ぞ知るあの人が登場します。
物語のいいアクセントになってくれればと思っています。
>752 スペード様
レスありがとうございます。いつもいつもお待たせしていますね。
何とか安定した更新をと思いますが、なかなか難しいです。
でも出来るだけ頑張ります。
- 14 名前:悪天 投稿日:2005/07/24(日) 01:40
- では次回更新まで失礼いたします。
またこれからもよろしくお願いします。
- 15 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/25(月) 00:29
- カッケー!カッケすぎですよ〜○○さん。
2スレ目に突入してますます続きが気になるところです。
作者さんのペースでこれからも頑張ってください。
- 16 名前:通りすがりの者 投稿日:2005/07/25(月) 17:40
- 更新お疲れさまです。 2スレおめでとうございます これからも頑張ってください{笑 ついにあの方の登場ですね、かなり行く末が気になります!! 次回更新待ってます。
- 17 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/25(月) 23:58
- 更新お疲れ様です。
○○ちゃんすげーかっこいい!!
次回も楽しみに待ってます。
- 18 名前:闇への光 投稿日:2005/08/04(木) 23:03
- お久しぶりです。
各々が微妙にすれ違っていますが
段々と纏まってくるのでしょうね。
さて、次回は誰の場面かな?
- 19 名前:春嶋浪漫 投稿日:2005/08/17(水) 22:57
- 更新お疲れさまです。
2スレおめでとうございます。てか、更新していたのに
それに気付かなかった私がだめだめですが・・・
相変わらずのすれ違いで、けど話がなんとなくつながっていますね。
これからも3スレ・4スレと時間をかけてでもなが〜く書いててほしいです。
次の更新も期待して待ってま〜す。
- 20 名前:悪天 投稿日:2005/10/12(水) 00:17
- 春の陽は、光のしずくとなって“3人”の頭上に降り注いでくる。
ゼティマ暦308年4月26日。
季節は花が咲き、蝶が舞う季節である。
その柔らかな季節の中、“3人”の女がゼティマ王国の北に広がるシーク山脈を越え、
ベリーズ公国中央部を南北に縦断する街道を北に上っていた。
「だいぶ北の方に来たけど、あんまり寒くないな。」
両肩に刀を背負った女、弱冠21歳にしてあのフォルリヴァー族を束ねる女、藤本美貴が言うと、
もう1人の女、伝説の“ムーンライト”の使い手吉澤ひとみが応じた。
「そうですね。それはこの近くの海を流れるアップフロント海流のせいでしょう。
ここの海流は暖流ですから、これだけ北の方でも暖かいんでしょう。」
「へーえ。海でも温かいのと冷たいのがあるのか。
それが気温にも関係するなんておもしろいな。」
藤本はひとみの言葉に感心する。
「藤本さん、海は初めてですか?」
「ああ。あたしはずっとシーク山脈で育ったからね。
たまに山を降りて町に出たりしたけど、海を見るのは初めてなんだ。
ひとみは海は身近にあったのか?」
「ええ。あたしは何と言っても港町ダンジグの生まれですからね。
海に育ててもらったと言ってもいいぐらいですよ。あ、藤本さん、海が見えましたよ。」
“3人”は小高い丘を上りきったところで足を止めた。
彼女たちの視界にはベリーズ公国の都、ベリーズと港が入り、
そして見渡す限りの大海原が広がっていた。
吹き付ける海風が、潮のにおいを運んでくる。
海面は碧く染まり、白い波の数は三十を超える。
- 21 名前:悪天 投稿日:2005/10/12(水) 00:18
- 「あれが海か・・・・・・・・」
実に平凡な一言であった。
だが、藤本にはそれしか言えなかった。
延々とつらなる水。
世界の果てまで永遠につながっているようだった。
その自然の壮大さに藤本はしばらく見入っていた。
『・・・・ふふふ、この海の前ではさすがのフォルリヴァー族族長も形無しだな。』
吉澤ひとみにこの場にいる3人目の女の声が聞こえた。
が、この声は隣にいる藤本美貴には全く聞こえないものだ。
この声の主こそ、大国ゼティマ王国第一王女、ヒトミ・ヨッスィ・ブルーであった。
彼女は先の大戦、『クロスロードウォー』において瀕死の重傷を負い、
その際に出会った吉澤ひとみと“共存”することになったのである。
「・・・・・気持ちいいですねー。」
強い海風が吹きつけ、ひとみと藤本の前髪をはねあげる。
強いが、心地よい風に思わずひとみは感嘆の声を漏らす。
ひとみはふと、数奇な運命に彩られた自分の境遇を思い返してみる。
3年ほど前には自分がこのような土地に、
このような形で存在するなど想像したこともなかった。
あの日、川の上流から流れてきた王女と出会ったその瞬間から、
吉澤ひとみの人生は大きく変わった。
ごく平凡なものから、誰も味わえないような波乱に満ちた人生へと。
「・・・・・どうしたひとみ?」
『ひとみ?』
感慨にふけっているひとみの様子に気付き、藤本とヒトミが声をかけた。
『・・・・ひとみ、後悔しておるのか?』
ヒトミが普段とは違う口調で尋ねた。
あの日、自分が敵の策略にかかり、アッケロンとエリゴルに致命傷を受けなければ、
吉澤ひとみをこんな戦いに満ちた世界に引き込むことはなかった。
そのことに関して、ヒトミはひとみに正直負い目を感じている。
「・・・・・いえ、後悔などしていませんよ。さあ、ベリーズへと向かいましょう。」
前半部分はヒトミへ、後半部分は藤本に言ってひとみは力強く一歩を踏み出した。
その表情からは何の迷いも曇りもなかった。
『・・・・・すまぬな、ひとみ。一刻も早く、この乱世を終わらせようぞ。』
大国の王女は心の中でひとみに頭を下げた。
- 22 名前:悪天 投稿日:2005/10/12(水) 00:21
- 「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
歩いていくひとみの後ろ姿を見ながら、藤本はとある疑問を心に抱かせていた。
『・・・・・・時々ひとみは誰かと話しているような感じになるな。』
これは出会ったときから常々感じていたことである。
時折口調が変わるのもそうだし、今回、ベリーズへと向かうと言った時もそうだ。
自分で考えてそう言ったのではなく、他の者の言葉を自分に伝えたように聞こえた。
『・・・・・・・・・・ま、いいか。』
が、藤本はそのことをひとみに尋ねようとはしなかった。
人のことを根掘り葉掘り聞くのは性格的にあわないし、
またこの吉澤ひとみならいずれはそのことを言ってくれそうな気がしたからである。
藤本はふふっと微笑むとひとみのあとを付いていった。
丘を下る道は数百メートル進むと、石畳で整備された道へと変わっていった。
そのまま下っていくと、だんだんと人家が建て込んでくる。
人影もどんどんと増え、あちらこちらから活気に満ちた声が聞こえてくる。
「かなり賑やかな街ですね。」
「すごいな。」
『余も初めてここを訪れたが、ゼティマよりも賑やかかもしれぬ。』
ひとみの言葉に呼応するかのように、藤本もヒトミも感嘆の声を上げる。
都市としての規模はゼティマに劣るかもしれない。
だが、華やかさと自由闊達な雰囲気はゼティマをはるかに凌駕していた。
「何か、国の都にしては余りに奔放すぎるような気がするな。」
藤本が街の様子に率直な感想を述べた。
そしてその感想はひとみも同様だった。
「確かにそうですよね。ここが都っていうには何か違和感がありますよね。」
都とはその国を表すもの。
だからこそ活気はもちろんのこと、その国の重みを示すための荘厳さも必要である。
だが、ここベリーズにはそのような重さ、煩わしさはなかった。
あるのはただ1つ、自由な雰囲気。
誰にも束縛されないような自由で開放的な雰囲気だった。
- 23 名前:悪天 投稿日:2005/10/12(水) 00:22
- 『お前たちがそう思うのも当然だ。ベリーズ公国は国であって国でないからな。』
2人の思いに答えたのは当然ヒトミであった。
『この国は我らゼティマ王国や、その他の王国のように王族が治めているのではないのだ。
この国を治めているのは、商人なのだ。』
「商人・・・・ですか?」
『うむ。この地は噂に名高い商業都市だ。世界各国の商人たちがこの地に集まってくる。
その商人たちの中から代表者を決め、その者を中心とした会合によってこの国は治められているのだ。
だからこそ、この国は自由で開放的なのであろう。』
商人とは名より実を取るもの。
だからこそ店や出店は見かけだけの美しさより、機能的な美しさを重点においている。
この点もこの都が自由に感じる要因であろう。
3人は街の中にしばらくたたずみ、自由の息吹を全身に感じていた。
ベリーズの街に着いたひとみとヒトミ、藤本はまずは一泊する宿を探した。
ここまでほとんど野宿できた。
今日ぐらいは暖かいベッドの上でゆっくりと身体を休めたい。
ベリーズは商業都市。
当然宿泊できる場所も揃っている。
ひとみたちは自分たちの所持金と相談し、分相応の宿を見つけた。
- 24 名前:悪天 投稿日:2005/10/12(水) 00:23
- 「へー、この値段でこれだけの宿か・・・・さすが商業都市。」
ダンジグからミホ村へ向かうなど、今までに旅を経験した事があるひとみ。
その経験の中から大体相場は把握していたつもりだったが、
思っていた以上にいい宿だった。
2人がゆったり泊まれる部屋が用意されただけでなく、
食事もきちんと付いていたのだ。
「うわっ、おいしい。」
またそこで出てきた料理は味がよかった。
港を中心とした商業都市のため、新鮮な魚介類がふんだんに使われていた。
港町ダンジグ出身で、魚介類を食べなれているひとみも思わず唸る。
「魚ってうまいな。」
この料理は特にフォルリヴァー族族長に好評だった。
普段はシーク山脈にこもっているためこのような新鮮な魚介類を口にする機会はなかった。
明らかにご機嫌な表情で料理を口に運ぶ。
「ところでひとみ、ここで富商たちに援助してもらうって言ってたけど、
何かあてとかあるのか?」
しばらく料理を堪能した後、藤本がひとみに尋ねた。
「はい。ここの商人たちの代表者に利権を説きます。
ここであたしたちゼティマ王国軍に協力すれば、
王都奪回のあかつきにはゼティマ国内での優先的な商売権を認めると。
ここの代表者はかなり利を追い求めていると聞きます。
そんな人にゼティマ王国での優先的な商売権は喉から手が出るほど欲しいはずです。
これを条件にすれば、きっと協力してくれるはずでしょう。」
ひとみが自信を持って言う。
もちろんこれはヒトミの自信である。
彼女は1度ここの代表者の『越後屋』と会ったことがある。
その時に彼に感じたのは、まさに商売人。
生粋の商売人といった感じだった。
だからこそ少々困難であろうとこの話に飛びついてくる。
ヒトミはそう確信していた。
- 25 名前:悪天 投稿日:2005/10/12(水) 00:24
- 「・・・・・・なるほど。でも、1つ問題があるんじゃないか?」
ひとみの話を聞いていた藤本は表情を改め、箸を置いた。
「それは・・・・・?」
「それは約束のことだ。その約束、内容はいいけどそれをする人が問題だろ?
ひとみにその約束を守らせる権力はあるのか?」
藤本の疑問はもっともだった。
ゼティマ王国での優先的な商売権は、商人にとってはまさに神の如き権利。
誰もがその権利に飛びつくはずである。
が、それをこんな一般の民衆に保証されたとしても、銅貨一枚分の価値もない。
「それは心配に及びません。あたしにはこれがありますから。」
そう言ってひとみは腰につけていた小さな道具袋から銀の腕輪を取り出した。
「これは?」
「これはゼティマ王国の王族のみが持つことを許された腕輪です。
これを見せればあたしがゼティマ王国の王族関係の者と相手は思うでしょう。
それならばきっと約束も効力があると思うはずです。」
「・・・・・・やっぱりひとみはゼティマ王国に関係があったんだな。」
藤本はひとみが取り出した腕輪を見て、今までのひとみの言動に納得した。
「いえ、違います。これは実はヒトミ様から直接いただいたものなんです。」
「え?どういうこと?ちゃんと説明してよ。」
藤本は訳が分からないといった表情だ。
その顔を見たひとみはふふっと微笑む。
「・・・・・ちょうどいい機会です。今まであったことを全部お話しします。」
ひとみは藤本に今まであったことを話した。
その内容はゼティマ城で中澤たちに語ったことと同じもの。
つまり、“共存”ではなく“トランスファー”を使ったとしたものであった。
- 26 名前:悪天 投稿日:2005/10/12(水) 00:25
- 「・・・・・・・・なるほどな。“トランスファー”か・・・・・・」
長い話を聞き終えた藤本はふうっと大きく息を吐いた。
これで全てが納得いった。
時々ひとみが誰かと話しているかのように見えるのも、
自分の中にあるヒトミ・ヨッスィ・ブルーの記憶と相談しているからなのであろう。
また口調が変わるのもヒトミ王女の記憶そのままに話しているからだろう。
藤本は胸のつかえが取れたような感じで、少し冷めてしまった料理を口に運んだ。
『・・・・・すみません藤本さん。でも、いずれはきっとお話しますから。』
その姿を見てひとみも後ろめたさを覚える。
だが今はこれが最善の方法だと自分に言い聞かせる。
いたずらにヒトミ・ヨッスィ・ブルーが生きていると触れ回るわけにはいかないのだ。
3人は夕食をとり終えると、部屋へ戻り、ここ2週間の疲れを癒すべく深い眠りについた。
- 27 名前:悪天 投稿日:2005/10/12(水) 00:26
- 翌朝、気持ちのよい目覚めとともに、
ひとみと藤本はベリーズ王国の代表者が住む邸宅へと足を向けた。
「ここか・・・・・・・・・・」
それきり藤本は次の言葉を言うことが出来なかった。
それほど、ベリーズ王国代表者の邸宅は豪華であり、広大であった。
真っ白な壁と広葉樹林で囲まれた邸宅は小さな城ならばすっぽりと入るほどの広さを持ち、
また庭園には大きな池に橋が架かっており、自然と人口の造形美をかもし出していた。
これだけでこの邸宅の主人が絶大な財産を所有していることがわかる。
『これだけの財力があるならば、きっと大きな力になるはず。』
ヒトミはこの豪華な邸宅を見て確信する。
だからこそ絶対に越後屋の協力を得なければならない。
「さあ、行きましょう。」
ヒトミの思いを感じ取ったひとみが、力強く一歩を踏み出す。
「・・・・・ああ。」
そしてその後をフォルリヴァー族族長が付いていった。
「ふうむ・・・・・・これは一体どうしたものかな・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
豪華すぎる邸宅の一室では、この国の主だった商人たちが集まり、
会議を開いているところであった。
この会議に集まった者の財力を合わせれば、この世界の全てが買える。
そう世間に言わせるだけの者たちが一同に座していた。
その者たちは豪奢なカーペットの上に胡坐をかいているが、
その彼らの中心には一通の書状が置いてあった。
この書状こそ、各方面での商いに忙しい彼らを朝から集まらせた要因である。
- 28 名前:悪天 投稿日:2005/10/12(水) 00:27
- 「越後屋どの、これは一考を要しますな。」
座の中で最年長と思われる老人が口を開いた。
「うむ。吉村どのの言うとおりだ。だからこそみんなに集まってもらったのだ。」
一同の中で上座に座る男。
歳は50を過ぎたころだろうか。
恰幅がよく、頭に白色のものが混じっているが、眼光は鋭く、頼もしげである。
この彼こそ世界でも有数の商人、越後屋であった。
また口を開いた最年長の男は、吉村屋である。
「さて、みんなはどう思う?率直な意見を聞かせてくれ。」
越後やのこの言葉に周りにいる天下の豪商たちは口々に意見を言い始めた。
商人たるもの、自分の考えをしっかりと持ち、他人に遅れを取ることなど許されない。
「私はこの申し出を受けるべきだと思います。
彼らは今やその名の通り日の昇るような勢い。
これに逆らうべきではないでしょう。」
こう言ったのは豪商与那城屋の当主その人。
「いや、我々は自由を尊ぶべきであり、また信義も大事なはずだ。
この申し出を受けると、自由も信義も失うことになる。だから俺は反対だ。」
こう主張するのは新進気鋭の商人、雁丘屋の主人。
血気盛んで、利益よりも情を優先することもしばしばである。
「・・・・・ここはしばらく様子を見るのがいいのでは?
情勢を見極めてから返事をしても遅くはないのでは?」
こう保留論を唱えたのは呂比須屋の主人。
話し合いはおおむね、この三種類の意見に分かれた。
そのため、一向に話し合いはまとまらなかった。
- 29 名前:悪天 投稿日:2005/10/12(水) 00:27
- 「ふうむ・・・・・・・・・」
越後屋は腕を組み、唸った。
どの意見も理にかなっており、よく聞こえる。
だが、それはつまりどれもが決定打に欠けるということだ。
今まで自分が成功してきたのは、こんな分岐路で正しい路を選んできたことにある。
だからこそ、ここで判断ミスは許されない。
それは他の者たちも同様で、眉間にしわを寄せ、考え込む。
「お話中失礼いたします、旦那様。」
と、その時、越後屋で奉公人を務める男の声が一同を思考の縄から解放する。
が、次の言葉が再び彼らを思考の縄に縛りつけた。
「ゼティマ王国の使いと申すものが2人、旦那様を訪ねておりますが、
いかがなさいましょうか。」
「何・・・・・・?」
越後屋をはじめ、その他の豪商たちが黙り込む。
それはまさに計ったような機であったからだ。
「・・・・これは好機でございますな。」
呂比須屋がにやりと口元をほころばせる。
「うむ。」
彼の言わんとすることは、この場にいるすべての者が理解していた。
「よし、その者たちをここへ案内せよ。」
この豪華な屋敷の主人は奉公人にそう命令した。
- 30 名前:悪天 投稿日:2005/10/12(水) 00:29
- ほどなくして彼らがいる部屋に、ゼティマ王国の使いの者が現れた。
「・・・・・・・・そなたたちがゼティマ王国の使いの者か。」
その姿を見て越後屋をはじめ、豪商たちは軽く驚いた。
それは現れた2人が、若い女性だったからだ。
「お初にお目にかかります、越後屋様。
わたくしはゼティマ王国王女、マコト・オガワ・ブルーの使者、吉澤ひとみと申します。」
「同じく藤本美貴でございます。」
2人の美しい女性はうやうやしく礼を施した。
「・・・・・一つ尋ねてよいか?」
越後屋が目の色を変えながら尋ねる。
その目は、胡散臭いものを見るかのようだった。
「はっ、何でございましょうか?」
「そなたたちはゼティマ王国の使いと申すが、それは本当なのか?
私にはどうもそのようには見えぬが。何か証拠となるものはないのか?」
予想通りの展開であった。
「越後屋様がお疑いになるのもごもっともでございます。
ならばこれをご覧くださいませ。」
そう言ってひとみは自分の腰に下げている袋から一つの銀の腕輪を取り出し、
側に控える奉公人に手渡した。
その奉公人は主人の下へ赴き、腕輪を渡す。
「・・・・・これは・・・・・・」
越後屋が思わず唸った。
彼は世界に名だたる大商人。
当然この腕輪の意味を知っていた。
「これはマコト王女から拝領したものでございます。
これで信じていただけましたでしょうか?」
「・・・・・・・うむ。」
越後屋は頷くと、この腕輪を再び奉公人の手に戻した。
奉公人は一礼して主人のもとから下がると、ひとみに腕輪を手渡した。
- 31 名前:悪天 投稿日:2005/10/12(水) 00:30
- 「遠路はるばるよく来たな。して、そなたたちの用件は何だ?」
ひとみたちをゼティマ王国の使者と認めた越後屋は文字通りふんぞり返って物を言った。
そこには大商人としての権力の自意識が見て取れた。
その態度に誇り高きフォルリヴァー族族長は思わずカチンとなるが、
ひとみのこちらを見る視線にその怒りの矛先を収める。
「はっ。この度はマコト王女の指令により、越後屋様をはじめ、
各名家の皆様方に資金援助を申し込みに来ました。
どうかこの願いをお聞き届けくださいませ。」
ひとみは越後屋を曇りのない目で見た後、スッと平伏した。
「ほうっ・・・・・・」
その一連の動きはまさに流麗であった。
思わず豪商たちの口から感嘆の息が漏れる。
「資金援助と申すが、それは一体誰にだ?
もうすでにゼティマ王国は滅びているのであろう?」
『さすが天下に名高い越後屋。耳が早い。』
情報こそ商人の命。
だからこそ越後屋は世界各国に手の者を送り込んでおり、
常日頃から情報収集に精を出していた。
「はっ。我らゼティマ王国はライジング王国の攻撃により、確かに国を失いました。
ですが、マコト王女はご存命で、ゼティマ王国再興を果たすべく力を蓄えておられます。
ぜひ、越後屋様をはじめ、ベリーズ公国が誇る豪商の皆様方のお力をお貸し下さい。」
ひとみが頭を下げると、藤本もそれに倣って頭を下げた。
フォルリヴァー族としては他人の国のために頭を下げるのは嫌だが、
ひとみのためと思えばそれも苦にならなかった。
- 32 名前:悪天 投稿日:2005/10/12(水) 00:31
- 「ふむ・・・・・・・・」
そう言って越後屋はこの言葉を吟味し、深く考え込む。
周りの豪商たちはこの状況を固唾を呑んで見守っている。
「・・・・・・・無論、協力するからには何か見返りがあるのだな?」
「はっ。この度、ご協力いただけるのなら、ゼティマ王国が再興したあかつきには
ゼティマ王国においての優先的な商売権を保障するとマコト様は仰っています。
こちらでいかがでしょうか。」
「おおっ・・・・」
この申し出に他の豪商たちは思わず声を上げた。
ゼティマ王国の優先的な商売権。
これによっていか程の利益がもたらされるか。
少しでも商売に手を染める者であるならば、まさに喉から手が出るほど欲しい権利だ。
「それは確かに魅力的な話であるな。」
越後屋はそう言うと、手元にあった書状を拾い上げた。
そして、その書状とひとみたちとを見比べる。
その目はまさに値を算段するかのような目であった。
- 33 名前:悪天 投稿日:2005/10/12(水) 00:32
- 「・・・・・・・・残念だが、この申し出はなかったことにしていただく。」
「え?・・・・・今、何と・・・・・?」
5分ほど経った後、越後屋の口から発せられた言葉は予想だにしなかった言葉だった。
思わずひとみは聞き返してしまった。
「この申し出はなかったことにしてくれと言っているのだ。
残念だが、そなたたちに協力するつもりはない。」
今度ははっきりと一言一句まで聞こえ、意味を理解した。
「実は、ここに一通の書状がある。」
絶句するひとみたちに越後屋は持っていた書状を掲げた。
「これはライジング国王、ライジング4世からの書状だ。
内容はそなたたちと同じく、自国に資金援助をというものだ。
そして資金援助を申し出る代わりに、優先的な商業権を我々に与えてくれるというのも同じだ。
が、それはライジング王国本国、旧メロン公国、旧ココナッツ王国、
そして旧ゼティマ王国という広範囲のものだがな。
そなたたちの条件と吟味した結果、
我々ベリーズ公国はライジング王国に協力することにする。」
「な・・・・・・?!」
ひとみとヒトミは驚愕の事実に心底驚かされる。
まさかあのライジング王国が、ここベリーズ公国に目をつけていたとは。
『・・・・・・あやつだ。あやつに間違いない。』
ヒトミの脳裏に浮かぶのはあの男。
伝説の“ムーンライト”の使い手。
―――つんく―――
- 34 名前:悪天 投稿日:2005/10/12(水) 00:33
- 「越後屋様、ライジング王国は魔物を使い、人の世の中を滅ぼそうとする国です。
そんな国に力をお貸しするのですか?」
ひとみは越後屋の出した結論を非難する。
人類の敵ともいえるライジング王国に資金を提供するとは。
人としての気持ちもそうだが、それ以上にこの資金でライジング王国が
ますます強大なものになってしまう。
こちらとしては資金提供をお願いしに来た分、強くは出れないが、
それでもライジング王国に協力することだけは防がねばならない。
ひとみは再度、越後屋に自分たちへの協力を願い出る。
「ふふふ。」
が、越後屋はこれを涼しい顔で払いのける。
「我々商人にとっては、取引相手が誰でもかまわぬのだ。
もうかりさえすればな。それに、もうゼティマ王国は滅んだのだ。
国王は死に、残ったのは惰弱な王女のみ。
いい加減自国が大国であるという幻想から抜け出すのだな。」
そう言って高らかに笑う越後屋の顔はこれ以上なく醜かった。
金という大いなる毒に心身全てを染めつくされたかのようであった。
- 35 名前:悪天 投稿日:2005/10/12(水) 00:34
- 「?!!」
ひとみと藤本、そしてヒトミは越後屋の言葉に絶句した。
が、厳密に言うとひとみとヒトミ、そして藤本が絶句した理由は少し違う。
藤本はゼティマ王国に対しての誹謗中傷、というより自分たちに対する無礼に対して。
ひとみとヒトミは“国王が死んだ”という言葉に対してだった。
もちろん、ある程度は予測していた。
十字架に貼り付けられ、そして救出することなくゼティマ城は落城した。
普通ならばこの時点でゼティマ王の生死は諦めている。
が、微かな、一縷の望みを心に抱いていたのは確かだった。
しかし、その望みも完全に絶たれてしまった。
『・・・・・・父上、後は私たちに任せてどうか安らかにお眠り下さい。』
娘は、偉大だった父に愛情と惜別の意を込めて祈りの言葉を唱えた。
「というわけで我々はこれからライジング王国側と色々と条件を詰めるための会議を開かねばならぬ。
すまぬが、これ以上そなたたちの相手をしている暇はない。お引取り願おう。」
越後屋のこの言葉と同時に、10人程の屈強な男たちが部屋に入ってきた。
明らかにひとみたちを力ずくで引き取らせる気だ。
現に、有無も言わずにひとみと藤本の細い肩を力任せに掴んでいる。
「・・・・・・気に入らないね。」
ここまで怒りを抑えて黙っていたが、こう来られては黙って入られない。
フォルリヴァー族族長は絶対零度とも言うべき氷の視線を男たちに叩きつける。
「うっ・・・・・・」
この視線に思わずたじろぐ男たち。
と同時に1人の男は宙を舞い、備え付けてあった豪華な食器棚に叩きつけられた。
- 36 名前:悪天 投稿日:2005/10/12(水) 00:35
- 「なっ・・・・・?!!」
まさかこの女たちが歯向かうとは思っても見なかった。
しかも、女たちの倍はあろうかという屈強な男を、いとも簡単に投げ飛ばすとは。
男たちは藤本の力と、その凍りつく視線に明らかに恐怖を感じていた。
「あんたたち、“人間”としてちょっと無礼すぎないか?」
藤本はそう呟くと両肩に手を回し、剣の柄を握った。
豪商たちの態度、返答に、誇り高きフォルリヴァー族族長に怒りも沸点を越えていた。
「おのれ!!者ども、であえ!!!」
越後屋が引きつった声で叫ぶと、
部屋の外から越後屋が雇っている私兵たちがさらになだれ込んできた。
そしてひとみと藤本を素早く囲む。
「ほーう。そんなに死にたいんだ。」
藤本の額に血管が浮き出て、それがピクッ、ピクッと痙攣する。
この欲深き商人は本当に腹立たしい。
その思いがさらに藤本の視線を冷たくし、殺気を含ませる。
「うう・・・・・」
この殺気を帯びた視線の前には、金で雇われた傭兵などいないも同然であった。
- 37 名前:悪天 投稿日:2005/10/12(水) 00:36
- 「・・・もうよい、ここは引きあげよう。」
押さえつけられていた鬱屈を晴らすべく、
藤本が剣を抜いて大暴れしようとした瞬間、
“ヒトミ”が藤本の前に立って止めた。
「何でだ?!」
藤本がその絶対零度の視線をひとみに向ける。
人類の敵になり、またゼティマ王国の事を虚仮にしたこいつらをこのまま放っておくのか?
「こんなところで暴れても仕方がない。出直そう。」
「だけど!」
「出直すぞ。」
が、ヒトミはこれをあっさりとはね返す。
そしてさらに冷たい視線を藤本に送る。
「・・・・・・分かったよ。」
藤本はこの視線にしぶしぶと両手を剣の柄から離した。
内心で、焦りの色を感じながら。
「越後屋様。とても残念です。どうか、あなたの未来に幸あらんことを。
それに、数々のご無礼をお許し下さい。」
ヒトミは越後屋に向き直ると深々と頭を下げる。
「う、うう・・・・・」
その礼儀正しさが逆に恐ろしい。
越後屋は恐怖の余り、床に尻を落とした。
脅える豪商を一瞥すると、ヒトミは踵を返して部屋から立ち去った。
「願わくば、人としての幸福な死を迎えんことを。」
豪商たちへの鎮魂歌を唱えながら。
- 38 名前:悪天 投稿日:2005/10/12(水) 00:37
- 「・・・・ひとみ。正直に言って、あいつらに資金援助を断られたのは痛いんだろ?」
「・・・・・・・うむ。」
藤本の言葉にヒトミは深く頷いた。
越後屋の豪華な邸宅から立ち去ったヒトミたち。
あっさりと越後屋たちに見切りをつけたものの、
やはり協力を得られなかったのは痛恨の極みだった。
『藤本の申す通りだ。何とか資金を得る方法を考えねば・・・・・・』
ヒトミが苦悩に満ちた声を出す。
「・・・・・・・ヒトミ様、わたしには分かりませんが、そんなに財力は必要なのでしょうか?」
その言葉にひとみは反応し、思わずヒトミに尋ねた。
『もちろんだ。資金があれば兵が雇えるし、糧食も揃えることが出来る。
資金はあればあるほどいい。』
「・・・・・・・・・・そうですか・・・・・・・・・・」
ひとみはヒトミの言葉に余り納得がいかなかった。
ひとみはずっと疑問に思っていた。
なぜヒトミはわざわざこんな北国にまで来て、資金援助を申し出たのか、と。
平家みちよに会えなかった時点で引き返し、
まだ健在のカントリー王国に向かうべきだとひとみは思っていた。
世界の情勢は一刻を争う。
ぐずぐずしていたら、カントリー王国も滅ぼされてしまう。
そうなってしまってはもう遅いのだ。
それに金で兵士を雇うのもどうかと思う。
あの越後屋の私兵どものように、所詮金で雇われた兵士など頼りにならない。
それなのになぜヒトミは資金を求めるのか。
- 39 名前:悪天 投稿日:2005/10/12(水) 00:38
- 「確かにあいつらはむかつくけど、金はありそうだったからなあ。
どうするひとみ、他の商人を当たるか?でもどいつもあの越後屋の息がかかってそうだからなあ。
何とか、資金と糧食が手に入らないものかなあ。」
が、そんなひとみの思いとは裏腹に、ヒトミも、そして藤本も資金獲得に熱心だった。
「・・・・・どうして藤本さんもそんなに資金援助にこだわるんですか?」
「は?」
藤本は驚いてひとみの顔を見る。
いまさら何を聞くんだという感じだ。
資金の獲得のためにはるか遠く北のベリーズ公国まで来たのではないのか?
「いえ、これはヒトミ様の記憶がそうしなければならないと言っているからなんです。
ですから、あたし自身は正直言ってその重要性がわかっていないんです。
あたしは、今は一刻も早くカントリー王国に行ってライジング王国と戦うべきだと思うんです。
きっとカントリー王国にはライジング王国に滅ぼされた国の兵士たちが集まっているはずです。
そこに合流し、そして一気にライジング王国を討つべきでしょう。」
ひとみは力強く言い切った。
彼女の脳裏には、ミホ村を襲った後、一気にメロン公国、ココナッツ王国、
そしてゼティマ王国を滅ぼしたライジング王国の一気呵成が浮かんでいる。
それだけにこちらも急速に軍勢を揃えなければならない。
「・・・・・・なるほどな。」
その言葉、思いを聞いた藤本は苦笑を浮かべた。
- 40 名前:悪天 投稿日:2005/10/12(水) 00:41
- 「なあひとみ。戦いに勝つには何が必要だと思う?」
「え?」
いきなりの藤本の問いに、ひとみは考え込む。
このあたりは真面目な性格が出ているところだ。
「・・・・・・色々あると思います。武勇もそうですし、知略も大事です。
でも、あたしは一番大事なのは気持ちだと思います。気持ちが、心が一番大事でしょう。」
その問いに藤本はニヤリと笑う。
「ひとみ、それじゃああんたはライジング王国には勝てないよ。」
「え?・・・・・・じゃあ、何が必要なんですか?」
自分の意見を真っ向から否定され、ひとみは微かに苛立ちを覚える。
「戦いに勝つには、資金と糧食。これが必要だ。」
「は?」
『ほう。さすがはフォルリヴァー族の族長。事の道理を分かっているな。』
ひとみは藤本の言葉に驚いたが、ヒトミはその通りとばかりに大きく頷いた。
- 41 名前:悪天 投稿日:2005/10/12(水) 00:41
- 「わからないかひとみ?」
「・・・・・はい。」
ひとみは苛立ちながら頷く。
資金と糧食など、戦いに何の関係もないのではないか?
「いいかひとみ。武勇に知略は鍛えれば、考えれば浮かんでくる。
気持ちも自分で奮い立たせることが出来る。が、資金は、糧食はそうはいかない。」
「ええ、それは分かっています。もちろん資金と糧食が大事なのも理解していますよ。
でも、戦いに勝つためにはもっと違うものが必要だと思います。」
「・・・・・・じゃあひとみ。あたしと勝負しよう。」
「え?勝負、ですか。」
「ああ。ただし条件がある。それは勝負は10日後ということ。
そしてその10日間お前は何も食べないでという条件だ。」
「え?10日間ですか?そんなの勝てるわけ・・・・・?」
ひとみはあっと小さく唸った。
それを聞いて藤本は満足げに頷く。
「そう。10日間何も食べないまま戦っても勝てるわけはないよな。
ひとみの言うとおり、戦いに勝つには武勇と知略、そして気持ちが必要だ。
けどそれは戦いのごく一部、局地戦での話だ。戦い全体を見渡したとき、
しっかりと資金と糧食を準備できたものが勝つんだ。」
- 42 名前:悪天 投稿日:2005/10/12(水) 00:43
- 『その通りだひとみ。』
藤本の言葉に、ヒトミの言葉もかぶさる。
『糧食がなければまともに身体は動かせぬ。資金がなければ兵士たちに恩賞を与えることも出来ぬ。
つまり、これらは戦いに入る前に必ず揃えておかねばならぬのだ。
そういう意味で、戦いに必要なのは資金と糧食なのだ。恐らく、カントリー王国には各国の兵士たちが集結しておる。
が、その分の資金や糧食の蓄えはないはずだ。
今ここで軍を動かしても、すぐに心身両面で疲弊するであろう。
だからこそ我らはここで資金と糧食を貯めねばならぬ。』
「・・・・・・なるほど・・・・・・」
ひとみは2人の言葉に赤面しながら頷いた。
2人の言葉を聞くと、いかに自分の視野が狭かったかが分かる。
「というわけだ。特にあたしたちには馬がいるからね。
あいつらを飢えさせるなんてことしたら
あたしは歴代の族長たちの怨念で八つ裂きにされるよ。」
藤本はふふっと微笑んだ。
その顔は、フォルリヴァー族族長という一族をまとめ、率いる将帥の顔であった。
『ひとみ、今の藤本の言葉を覚えておくのだ。』
「ヒトミ様。」
『そなたは“ムーンライト”の使い手。そのため、必ず一軍を率いる役を任されるであろう。
将たるものは、戦いに勝つ前に、兵士を飢えさせてはならぬのだ。肝に銘じておくのだ、よいな。』
「・・・・・・はい。」
ひとみは深く頷いた。
まだまだ自分は全ての面で勉強が足りない。
- 43 名前:悪天 投稿日:2005/10/12(水) 00:44
- 「た、大変だ!!!船が燃えているぞ!!!」
と、その時、ベリーズの街の人々がざわめき立った。
「何?!」
その声に導かれてひとみと藤本は港に目を向けると、
港外に黒煙を噴出しながらこちらへ向かってくる一隻の船と、
その後ろから黒煙の船を追いかける武装された船があるのが見えた。
「か、海賊だ!!!海賊船が現れたぞ!!!港を守れ!!!!」
突然の凶行に人々は慌てふためく。
平和で、活気溢れた自由な街、ベリーズは一瞬のうちに混乱へと陥った。
「何事だ?!!」
この騒ぎを聞きつけた越後屋たちが、血相を変えて飛び出してきた。
「越後屋様!!我々ベリーズの商船が、海賊たちに襲われております!!」
望遠鏡を覗き込んでいた男が越後屋に事を知らせる。
「どこの船だ?!」
「はっ!あの家紋は・・・・・・“うな重屋”でございます!!」
「何?“うな重屋”・・・・・・?」
そう呟くと、越後屋は表情を歪めた。
襲われたのがよりによってうな重屋とは・・・・・。
吉村屋や与那城屋、呂比須屋、雁丘屋の面々も苦渋に満ちた表情を浮かべる。
彼らにとって、襲われた船が“うな重屋”というのは非常にまずいことなのだ。
- 44 名前:悪天 投稿日:2005/10/12(水) 00:44
- このベリーズ公国は越後屋を中心にまとめられている商人の国だ。
商人たちはそれぞれが選挙権を持ち、4年に1度選挙を開いて自分たちの代表者を決めている。
ここまで越後屋は3期連続して選ばれ、ベリーズ公国の代表者として君臨している。
しかし、その中でも全ての商人たちが心から越後屋に従っているわけではない。
越後屋は確かに類まれな財力を持っており、確実な商業ルートも確保している。
そのため、彼に従っていればうまい汁が吸えるということで、商人たちは彼に投票する。
が、投票する理由はそれだけである。
誰も、心から越後屋が自分たちのリーダーに相応しいと思って投票しているわけではないのだ。
常に利益第一を考えているため、足を引っ張る仲間(利益を出さない者)を切り捨てることもしばしば。
また、利権を奪い取ることもしょっちゅうである。
そのため、越後屋に対して恨みを持つ者も多く、
また越後屋の傘下には入らず、独自のルートで商いをしている商人も多かった。
- 45 名前:悪天 投稿日:2005/10/12(水) 00:45
- その独自の活動をする証人の中で筆頭的な存在なのが、“うな重屋”である。
“うな重屋”のもとには越後屋にははるかに及ばないものの多くの商人たちが集まり、
それぞれが助け合って商売をしていた。
“うな重屋”を起こした先代はすでに死去したが、
後を継いだ二代目は先代を超える才覚の持ち主であり、
二代目になってから、その勢力は益々増加する一方。
巷では来年行われる予定の代表者選挙では、
越後屋を破るのではないかという憶測が飛び交うほどであった。
そんな“うな重屋”の船が海賊船に襲われて燃えている。
これは越後屋個人にとっては胸のすくようなことである。
が、ベリーズ公国代表者としてはそうはいかない。
ベリーズ公国の商人の船が襲われているのだから、代表者として助けなければならない。
・・・・・・何で自分が“うな重屋”のために動かねばならないのだ。
越後屋一派はギリリと苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。
- 46 名前:悪天 投稿日:2005/10/12(水) 00:46
- 「越後屋様!!うな重屋の者共の話によれば、あの船には二代目当主の道重さゆみ様が
乗船なさっているそうです!!」
「何?!あそこに二代目が?!そういえばっ!!」
この報告に越後屋は道重さゆみが大きな取引のため一ヶ月前からこの地を離れたことを
ようやく思い出した。
と同時に、身体が喜びのあまり震える。
「・・・・越後屋殿。」
当然吉村屋たちもこの好機に気付いている。
それはすなわち、あの船を助けなくともよいという事だった。
越後屋一派が恐れているのは“うな重屋”ではない。
“うな重屋”の当主、道重さゆみなのだ。
もしあの船に道重が乗っておらずに助けることが出来なければ、
道重は越後屋を非難していただろう。
そしてその非難はベリーズ公国全体を巻き込み、
越後屋一派にとって大きな災厄をもたらす。
それほどの影響力が道重さゆみにはある。
が、道重さゆみはあの船にいる。
ならば、あの船が沈めば、同時に道重さゆみも海の底に沈むことになる。
これはまさに千載一遇の好機だ。
「おい、そなた、近う寄れ。」
越後屋はこの好機を逃さずべく、
側に控える者にすぐさま指示を出す。
指示を受けた者は頷くと、すっとその場から離れていった。
- 47 名前:悪天 投稿日:2005/10/12(水) 00:46
- 「すぐに兵を整えて船を出せ!!うな重屋どのをお助けしろ!!」
多くの群集たちが集まる中、越後屋は代表者らしく派手に指示を出す。
もちろんこれは群集たちへのアピールである。
彼にそんなつもりは毛頭ない。
と、そこへある報告が届いた。
「大変でございます越後屋様!!我らの船の帆から火が出ております!!
これでは船は出せませぬ!!」
「何?!!何故だ一体?!!!
さては海賊どもがすでにこの街に?!!」
この報告に越後屋をはじめ、群集たちは顔色を失った。
無論、越後屋のそれは失ったふりである。
なぜなら、これは越後屋が指示したものだからだ。
大船を動かすには風を受ける帆が必要である。
その帆が燃えてしまっては、動かすことが出来ない。
これでうな重屋を助けに行けないという理由が出来る。
さらに、この帆を燃やしたのが海賊の仕業と思わせておけば、
街に潜入した海賊たちからみなを守るために兵をこの場にとどめておくという理由が出来る。
これならば、うな重屋を見捨てるしかなかったとう言い訳が十分に立つ。
- 48 名前:悪天 投稿日:2005/10/12(水) 00:47
- 「ぐふふふふう・・・・・・・」
この咄嗟の状況で、これだけの事を考えた自分は素晴らしいと思う。
越後屋の口から思わず笑みが漏れる。
その姿を見た吉村屋の頭に一句が浮かんだ。
彼は趣味として俳句をたしなむのだ。
その一句とは。
「越後屋よ そちもそうとう 悪よのう。」
- 49 名前:悪天 投稿日:2005/10/12(水) 00:47
- 強烈な海風が黒煙を吹き払う。
が、それもわずかに一瞬のことだけである。
すぐさま濃い黒煙が船の甲板を覆う。
それは、破滅へと誘うかのような黒煙であった。
「ベリーズまでもう少しです!もう少しがんばれば、きっと助けが来てくれるはずです!
性根を入れてがんばりなさい!!」
うな重屋の商船“エコモニ”の広い甲板で、1人の女が叫んでいた。
その姿はまだ幼く、これから着実に実が熟すかのような少女だった。
彼女の名は道重さゆみ。
わずか16歳にして越後屋を恐れさせる、うな重屋の二代目である。
「さゆみ様、だめです!!港からは一隻も船が出てきません!!」
海賊船から飛んでくる矢を防ぎながら、船員が叫ぶ。
その言葉に船員たちは絶望的な表情を浮かべる。
ここまで奮闘し、海賊たちの攻撃を防いできた。
が、それももう限界に近付いている。
- 50 名前:悪天 投稿日:2005/10/12(水) 00:48
- 「・・・・・・もう、越後屋・・・・・・・!」
道重はこの状況を正しく理解していた。
港から助けが来ないのは越後屋の指示であること。
これを機に、自分を亡き者にしようとしていることを彼女は理解していた。
「でもね、そう思い通りにはいかないんだから。」
道重はそう呟くと、腰に佩いていた剣を抜いた。
白銀に輝くその剣は見るからに鋭い。
そしてびっと剣を突き出し、構えを取る。
「ねえ、さゆってかわいい?」
「はっ?」
その時、道重の口からこぼれた言葉は、まさに場違いなもの。
船員たちも思わず素っ頓狂な声を上げる。
が、道重は戸惑う船員たちを気にせず、さらに尋ねる。
「ここで海賊たちを退けたら、さゆ、もっとかわいくなるよね?」
「?!・・・・・・・はいっ!!」
船員たちはこれに笑顔で答えた。
そう、この危険な状況であっても自分のかわいさに気がいく彼女はまさに大物。
彼女ならばどんな危機も乗り越えられる。
疲労と不安に翳っていた彼らの顔が、新たな力を得たように輝いていった。
- 51 名前:悪天 投稿日:2005/10/12(水) 00:49
- 「財産を全て差し出せば、命だけは助けてやるぞ!!」
海賊たちが声を揃える。
その顔は醜悪そのもの。
目の前の獲物を舐めまわすような目つきでこちらを睨んでくる。
そして一斉に“エコモニ”に向けて火矢を放ってきた。
甲板に矢が突き立ち、火が燃え移る。
それを慌てて船員たちが上着を脱いで火を消し止める。
「いまだ!!かかれ!!!」
海賊たちの頭であろうその男が叫ぶと、海賊船は一気に距離をつめ、
商船“エコモニ”の船尾に追突する。
そしてそこから一気に“エコモニ”へと乗り込んできた。
船上は一気に騒乱の場と化した。
「お、何だこいつ?!お頭、女がいますぜ!しかも上物の!!」
道重の存在に気付いた海賊が声を上げる。
その声に、他の海賊たちも船上にいる愛らしい女性を見てニヤリと口元を歪める。
「さゆがかわいいって分かっているのはいいこと。でもね。」
道重はにっと笑うと、その海賊へ褒めてくれたお礼とばかりに鋭い剣閃を贈った。
「?!」
その海賊は痛みすら感じず、絶命した。
それはもしかしたら、その海賊にとっては幸せなことかもしれなかった。
「こ、こいつ・・・・・?」
そのあまりに鋭い剣閃に海賊たちも思わず息を飲む。
こいつ、只者ではない。
「さあ、さゆは強いよ?覚悟してね。」
少女は妖艶に微笑んだ。
- 52 名前:悪天 投稿日:2005/10/12(水) 00:49
- 「ぎゃっ!!!」
「ぐあっ!!!!」
甲板の上では激しい戦いが繰り広げられる。
道重率いるうな重屋は人数が劣るにも関わらず、互角以上の奮戦を続ける。
しかし、やはり多勢に無勢。
次第に押されていき、劣勢に追い込まれる。
仲間たちが1人、また1人と力尽き、倒れていく。
「くっ!!」
さすがの道重も表情に焦りの色が見て取れる。
海賊たちはまさに沸いて出てくるように“エコモニ”に乗り込んでくる。
「?!」
が、その時、道重の目に一艘の小船がこちらに向かって来るのが見えた。
それは他の船員たちにも見えたようだ。
一瞬だが、船員たちの心に希望の火が灯る。
「な?!」
しかし喜んだのもつかの間だった。
港からこちらに向かってくる船はただの一艘。
しかもその小船に乗っているのはただの2人。
さらに言うと、2人とも若い女だった。
「そ、そんな・・・・・・」
船員たちはがっくりと肩を落とす。
援軍がたった2人、そしてなおかつ若い女?
一瞬希望が見えただけに、船員たちの落胆振りは激しかった。
しかし、船員たちは知らなかったのだ。
この2人の若い女は、ただの女ではないことを。
それを理解するのには、あとわずかな時間が必要であった。
- 53 名前:悪天 投稿日:2005/10/12(水) 00:50
- 「藤本さん。」
「ああ。」
港外で炎上する船。
そして誰も動こうとしない港内。
この状況で2人が動かないわけがなかった。
ひとみと藤本は港に並ぶ船を強引に借り受け、船へと向かって漕ぎ出した。
その船の持ち主は顔を真っ赤にして怒っていたが、
借代として放り投げられた袋に詰まった金貨を見れば納まっているだろう。
何しろ、この小船が百艘も買えるほどの金貨が入っているのだから。
『ひとみ、無論、これは人の道に反することだが、この災難は好機だぞ。』
「・・・・・はい!」
ヒトミの言葉に頷くひとみ。
これは藤本も同様の思いである。
この状況でひとみたちが見事に商船を救ったのならば、
ベリーズの人々もひとみたちの事を違った目で見るであろう。
その状態で自分たちに協力してくれと頼めば、
越後屋たちもさっきとは返答が違ってくるはずだ。
何しろ自分たちにはベリーズの商人を危機から救ったという大きな面目が出来るのだから。
人の災難を利用するのは忍びないが、まさにこれは千載一遇の好機だった。
- 54 名前:悪天 投稿日:2005/10/12(水) 00:50
- 「間に合った!!」
船を漕いでいたひとみが声を上げる。
ひとみは小船を商船に接舷させると、鉤のついた綱を放り投げた。
綱についていた鉤が、船縁に引っかかり、ピンと張る。
その一連の動きは何のよどみもなく流れるようだった。
『さすがは港町ダンジグの生まれだな。見事な腕だ。』
ヒトミがひとみの“海の技術”に感嘆する。
「よしっ!行くぞ!!」
その綱を伝って、藤本が一気に船へと乗り込む。
海は初めてで、恐怖心はあるはずだが、
それをおくびにも出さないとはさすがフォルリヴァー族族長である。
その後ろ姿を頼もしく思いつつ、ひとみもその後を追う。
- 55 名前:悪天 投稿日:2005/10/12(水) 00:51
- 藤本は船上に一気に上ると、両肩から双刀を抜き放った。
そして船員を斬ろうとする海賊の生命活動を永遠に止めた。
「何だてめえは?!」
いきなり現れた女に海賊たちは戸惑いつつも怒りを露にする。
せっかく獲物を取れるという時に邪魔をされ、
なおかつ仲間を殺された。
海賊たちの目には尋常でない殺気が込められている。
が、フォルリヴァー族族長はその怒りを涼しい顔で受け流すと、
「さあ海賊たち。大人しく降伏するんだな。
でないと、死ぬことになるよ?」
と豪語した。
「てめえ!!!」
藤本の言葉に怒りを爆発させた海賊たちが藤本へと襲い掛かる。
「そうか、そんなに死にたいのか。」
藤本はふっと小さく息を吐くと、次の瞬間一足飛びに海賊たちの懐に入り込み、
双刀を振るった。
「ぐわっ!!」
絶命の声が甲板にこだまし、生命を失った海賊の身体は崩れ落ちた。
- 56 名前:悪天 投稿日:2005/10/12(水) 00:51
- 「おのれ!!」
海賊たちは目の前の敵に、怒りの剣を叩きつける。
が、藤本はこれを軽やかな足さばきでかわしていく。
「藤本さん、気をつけて!!」
「?!!」
綱を上がり、甲板へと降り立ったひとみが叫ぶのとそれは同時だった。
ぐらり。
船が波によって大きく揺れた。
「うおっ?」
それに思わず藤本はバランスを崩す。
「死ねっ!!」
それを逃さず海賊は藤本に斬りかかる。
「藤本さん!!」
ひとみが叫ぶ。
しかし、次の瞬間、藤本に剣を振り下ろした海賊は首筋から血を噴出して倒れた。
もちろん、これは藤本の双刀によるものだった。
バランスを崩したかに見えた藤本だったが、
何事もなかったかのように船内を踊るように駆け巡る。
- 57 名前:悪天 投稿日:2005/10/12(水) 00:52
- 「くっ・・・・・・」
海賊たちは慌てて藤本から距離をとった。
彼らはこの目の前の女が、只者では無い事に気が付いたようだ。
「藤本さん、船は揺れます、気をつけてください。」
その間にひとみが藤本の横に並ぶ。
船上での戦いは常に波による揺れを気にしなければならない。
が、この忠告に藤本はニヤッと笑う。
「ひとみ、誰に物を言ってるんだ?あたしは族長だよ?
馬に乗るフォルリヴァー族のね。」
「あっ。・・・・・・はい、失礼しました。」
その返答にひとみもニヤッと笑う。
そう、彼女はフォルリヴァー族族長なのだ。
揺れる馬に跨り、なおかつ両手を離し、足だけで馬を御するほどバランス感覚に優れた騎手なのだ。
揺れの心配など無用の長物だった。
「さあ、ひとみ、行くぞ!」
「はいっ!」
2人は呼吸を整えると、海賊たちへ一気に飛びかかった。
- 58 名前:悪天 投稿日:2005/10/12(水) 00:52
- ひとみの長剣が唸ると、海賊たちは声を上げて倒れていく。
その斬撃の鋭さには誰も追いつくことが出来ない。
ひとみの身のこなし、足さばきは絶妙で、揺れ動く甲板の上でも一向に鈍らない。
海賊たちはまた1人、1人と倒れていく。
ひとみは階段の手すりを使い、高く飛翔する。
そして階段の上にある舵輪を壊そうとする海賊を一刀の元に斬る。
港町ダンジグで育ったひとみにとって、船はいわば自分の庭である。
それだけにどこが大事な箇所なのか、考えなくても理解していた。
藤本の剣技も海賊たちを圧倒する。
両手から繰り出される変幻自在の剣閃はまさに予測不可能。
そして激烈であった。
また、その身のこなしも足さばきも地上と何ら劣ることはない。
海賊たちはその剣閃の前に屍を増やしていく。
「お、おのれ・・・・・!!」
この現状に海賊のお頭は顔を赤青にして口をパクパクと動かす。
そしてついには彼も、この2人の若い女、
海賊たちにとっては悪魔の如き女たちにその命を差し出したのであった。
「す、すごい・・・・・・・・」
道重や船員たちは圧倒され、ただ呆然とその光景を眺めていた。
- 59 名前:悪天 投稿日:2005/10/12(水) 00:53
- 甲板には合計34もの死体が転がっていた。
その中には犠牲となった船員のものもあったが、ほとんどが海賊たちのものであった。
“エコモニ”を襲った海賊たちは文字通りほぼ全滅した。
海賊たちの総勢は50を超えていたが、その半数がたった2人の剣士に、
しかも若い女に斬り捨てられた。
数人は海に飛び込んだり、運よく船へと戻ったりしてこの場から立ち去ることが出来たが、
それが出来ずに残された海賊8名は武器を捨て、投降した。
こうして“エコモニ”は海賊たちの魔の手から救われたのである。
- 60 名前:悪天 投稿日:2005/10/12(水) 00:54
- “エコモニ”の所有者であるうな重屋の主人、道重さゆみは部下たちに
投降してきた海賊たちを縄で縛るように、また、怪我をした者たちを治療させるように
指示を出した後、自分たちを助けてくれた恩人の前に立ち、礼を述べた。
「本当にありがとう。おかげで助かりました。」
うな重屋の若き女主人はにこっと微笑むと、優雅な仕種で頭を下げる。
そして自分の事を紹介し、ひとみと藤本の名を聞いた。
「吉澤さんと藤本さんが来てくれなければ、さゆたちはみんな死んでいたよ。
2人は越後屋に雇われた人ですか?」
「いえ、違います。ちょっと理由があって、ベリーズに来た旅人です。」
「そう!2人は全然この地と関係ないんだね・・・・・・・。
ありがとうね。さゆ、この恩は決して忘れないし。
あ、何かさゆに出来ることはある?お礼がしたいし。」
助けてもらった恩は必ず返す。
それがうな重屋の商業方針であり、それがうな重屋を支えるお客様の心を掴んでいる。
特に今回はベリーズ公国とは関係のない彼女たちに助けてもらったのだ。
いくら礼をしてもしすぎることはない。
「実は、大いにあるんです。」
うな重屋の主人の言葉に、ひとみは手早く事情を説明した。
「・・・・・・・・さゆがベリーズを離れている間に、そんな事があったなんて・・・・・」
道重にとって、ひとみから聞く話は新鮮であった。
彼女が他国との大きな取引のためにベリーズを離れたのが、一ヶ月前のこと。
その時にはまだライジング王国の蜂起や『ゼティマ城攻防戦』も起こっておらず、
世界は魔物の影に怯えていたとはいえ、安定していたものと思っていた。
- 61 名前:悪天 投稿日:2005/10/12(水) 00:56
- 「それにしても越後屋は相変わらず勝手なことをするね。」
ひとみから話を聞き、道重は怒りを露にする。
が、その怒り様は“プンプン”と表現するのに相応しいものであり、
いまいち迫力に乏しい。
が、その愛らしい姿は人をひきつける何かがあった。
「とにかく、さゆたちうな重屋は吉澤さんたちに力を貸します。
助けてくれた恩もあるし、ライジング王国に手を貸すのもいやだしね。」
「本当ですか?ありがとうございます!」
ひとみは道重の言葉を聞くと、満面の笑みを浮かべた。
これで資金を得ることができ、ライジング王国を討てる準備を整えられる。
ひとみの心に熱い火が灯る。
「・・・・・かっこいい・・・・・・」
その姿を見て、うな重屋の主人はぼそりと呟いたが、それは誰の耳にも届かなかった。
碧い海と潮の匂いのする風だけが、それを聞いていた。
- 62 名前:悪天 投稿日:2005/10/12(水) 00:57
- 港に戻ると、人々はうな重屋の主人道重さゆみの無事と、
彼女を助けた2人の女性の武勇に歓声をあげた。
うな重屋の主人はその愛らしさにより、
ベリーズ公国のほとんどの人々から愛されているのだ。
それだけに彼女の危機を救ったひとみと藤本に対して称賛の声を惜しまなく上げる。
「く、くそっ・・・・・!」
この状況に表情を歪めるのが越後屋一派だ。
彼らにすれば最悪の状況であり、完全に面目丸つぶれ。
その無能ぶりをベリーズの国民にさらけ出す結果となってしまった。
そして、その越後屋一派にさらに追い討ちがかかる。
- 63 名前:悪天 投稿日:2005/10/12(水) 00:57
- 「みなさん、聞いてください!」
群集たちの間で道重が演説を始めたのだ。
その内容はひとみと藤本がゼティマ王国の使者であり、
世界の平和のためにベリーズの商人たちの力を借りたいということだった。
そこに、道重は様々な脚色を加え、ライジング王国の非道さを述べ、
さらに2人を困難を乗り越えて頑張ってきたヒロインに仕立て上げた。
「そうか・・・・・・その理由で・・・・・・」
「よくがんばったなー、嬢ちゃんたち。」
この道重の演説は人々の心に大きく響いた。
無論それはひとみと藤本が真っ先にうな重屋を助けに行った事が最大の要因である。
2人の行動と、道重の存在がベリーズの人々の心を動かしたのであった。
人々の心の動きを感じ取った道重は、越後屋に決定打を放つ。
「越後屋様、彼女たちの気持ちと行動は私たちが支えるに値するべきものです。
力を合わせてゼティマ王国再興のために、協力しようではありませんか!」
- 64 名前:悪天 投稿日:2005/10/12(水) 00:58
- オオオオオオオオオオ!!!!
この言葉にベリーズの人々は歓声をあげた。
その歓声、表情から道重の言葉に賛成というのは誰が見ても分かった。
「ぐ、ぐぐぐぐぐ・・・・・・・・」
越後屋はギリリと歯軋りする。
この状況ではもうどうすることも出来ない。
もし、ここでひとみたちへの援助を断り、
ライジング王国への支援をすると言ったならば・・・・。
その後の事は想像に難くない。
「お願いします越後屋様!我々をどうか助けてください!」
とそこでひとみが頭を下げた。
これは狙ったわけではなかったが、実に効果的であった。
その姿を見て、さらに人々は心を揺さぶられ、そしてジッと越後屋を見つめる。
その視線には明らかに越後屋の言葉に期待している。
もうこれで越後屋一派が取るべき道は1つしかなかった。
- 65 名前:悪天 投稿日:2005/10/12(水) 00:58
- 「も、もちろんだとも!世界の平和のため、ベリーズの発展のため、
そしてこのゼティマの2人の勇者たちのために我々は支援することをここに誓おう!!」
ウオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!!!
この宣言に人々は一斉に声を上げた。
誰もが、この宣言に賛成し、満足していた。
「ひとみ!!」
「はいっ!!」
藤本もひとみも同様に満足した笑みを浮かべる。
そして2人ともこれだけの大事をお膳立てしてくれた道重さゆみに感謝し、抱きついた。
「・・・・・・・・・・・」
いきなり抱きつかれた道重は顔を真っ赤にして俯く。
その周りでは人々が肩を抱き合い、喜び合っている。
まさに自由と活気に溢れた街、ベリーズだ。
ベリーズの街はその日、夜遅くまで大騒ぎだった。
- 66 名前:悪天 投稿日:2005/10/12(水) 00:59
- 「・・・・・・・ようやくだ。これでようやく前へ進める。」
祝宴も終わり、人々が眠りについたころ、
ヒトミは道重が用意してくれた宿を抜け出し、港で漆黒の海を1人眺めていた。
藤本も、そして中にいるひとみも深い眠りについている。
「・・・・・・・・・・・」
ヒトミの胸の中からは熱い思いが湧き出て、身体を震えさせる。
愛する母国、ゼティマ王国が滅んでからまだ一ヶ月足らず。
ゼティマ王国再興には途方もない時間がかかると思っていたが、
もしかすると意外に早く再興できるかもしれない。
フォルリヴァー族の武力と、ベリーズ公国の財力を手にした今の自分たちならば。
ヒトミの心に希望の火が、大きく燃え盛っていく。
が、一方で事はそう簡単に運ばないということも理解している。
何しろ相手はあの“つんく”であり、魔物たちだ。
これで勝てるならば、そもそもゼティマは滅んでいない。
もっと、もっと力を蓄えねば。
そして絶対にライジング王国を打ち倒さねば。
もし、次敗れたならば、人類に明日はない。
そう思うと、大きな不安を感じる。
- 67 名前:悪天 投稿日:2005/10/12(水) 01:00
- 『・・・・・ヒトミ様。』
と、その時、ヒトミの中からひとみの声が聞こえた。
その言葉からは、自分を気遣う温度が感じられた。
きっと、自分の胸の高鳴りと、不安を感じたのであろう。
「ひとみ?・・・・すまぬ、起こしてしまったか。」
『いえ、自然に目が覚めました。』
「そうか・・・・・・」
そう言うと、ヒトミはまた漆黒の海を眺めた。
ひとみも波の音と、潮の風にその身をさらして、海を見る。
『・・・・・・・ヒトミ様、必ず、必ず世界に平和を取り戻しましょう。』
「・・・・・・うむ。」
2人はしばらく漆黒の海を眺めていた。
そしてその2人を、大きな満月が優しく照らしていた。
- 68 名前:悪天 投稿日:2005/10/12(水) 01:00
- ゼティマ暦308年4月27日。
この日は、後世の歴史書『ゼティマ王国復興記』において、
特別な日として記される日である。
なぜならこの日からゼティマ王国のライジング王国打倒作戦が始まるからである。
- 69 名前:悪天 投稿日:2005/10/12(水) 01:01
-
それはすなわち、歴史書の主人公である吉澤ひとみが、
ベリーズ公国の財力を手中に収めた日であったこと。
- 70 名前:悪天 投稿日:2005/10/12(水) 01:02
-
そして『新10剣聖』の1人、“道重さゆみ”に出会ったことであった。
- 71 名前:悪天 投稿日:2005/10/12(水) 01:03
- 本日の更新はここまでといたします。
毎回更新が遅くて、申し訳ありません。
何とか自分の出来る範囲で頑張っていきますので、
どうかこれからもよろしくお願いします。
>>15 名無飼育さん様
レスありがとうございます。カッケーと言っていただいて、とても嬉しいです。
この話はとにかく格好よく表現出来たらなあと思っています。でも難しいですね。
作者のペースはかなり遅いですが、どうかよろしくお付き合い下さい。
>>16 通りすがりの者様
レスありがとうございます。そうです、ついにあの人の登場です。
この人が登場することによって物語にいい広がりがもてればと思っています。
でもある意味ジョーカーなので、扱い方が本当に難しい人です。いい子なんですけど。
- 72 名前:悪天 投稿日:2005/10/12(水) 01:03
- >>17 名無飼育さん様
レスありがとうございます。格好よく感じてくれたならば、それは何よりです。
これからも色々と格好いいところをお見せできればと思っています。
更新は遅いですけれども、これからもどうぞよろしくお願いいたします。
>>18 闇への光様
レスありがとうございます。どうもお久しぶりです。見ていただいてとても嬉しいです。
各々のすれ違いが話を膨らませていくと思います。それをいかに上手くつなげていくか。
本当に難しいですが、頑張りたいと思います。またこれからもよろしくお願いします。
>>19 春嶋浪漫様
レスありがとうございます。なかなか定期的な更新が出来ずに申し訳ないです。
それぞれが各地で動いていますが、それがどうつながるのか、ご期待下さい。
一応作者の構想ではまだまだ続く予定ですので、これからも見ていただければ嬉しいです。
- 73 名前:悪天 投稿日:2005/10/12(水) 01:04
- ではこれで失礼いたします。
また次回もよろしくお願いいたします。
- 74 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/10/12(水) 01:36
- 夜更かししてよかったー。
更新お疲れさまです。
こんなに読んでてわくわくする娘。小説久しぶりです。
闘い一辺倒ではなく、軍資金について踏み込んでいるのも良いですよね。
次回も楽しみに待ってます。
- 75 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/10/13(木) 09:39
- ワクワクする展開に鳥肌立ちまくりです。
マターリお待ちしてますので頑張ってください。
- 76 名前:通りすがりの者 投稿日:2005/10/13(木) 11:27
- 更新お疲れさまです。
待ちわびておりました。
ついに一歩前進を果たしましたね。
これからどんな旅になるのか楽しみです。
次回更新待ってます。
- 77 名前:春嶋浪漫 投稿日:2005/10/14(金) 20:58
- 更新お疲れさまです。
いよいよ最初の一歩前進と言うことで。
新たな登場人物も出てきましたし。
さて、次は誰が出てくるのか楽しみです。
次回更新も楽しみに待ってます。
- 78 名前:初心者 投稿日:2005/12/08(木) 23:37
- とても楽しく読ませていただいてます
道重さゆみ、うな重屋、商船エコモニとさゆ好きの自分には
たまらない展開でこれから頑張ってほしいです
次回更新楽しみに待ってます
- 79 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/12/12(月) 05:21
- 突然失礼します。
いま、2005年の飼育を振り返っての投票イベント
「2005飼育小説大賞」が企画されています。よろしければ一度、
案内板の飼育大賞準備スレをご覧になっていただければと思います。
お邪魔してすみませんでした。ありがとうございます。
- 80 名前:悪天 投稿日:2005/12/25(日) 21:16
- 「これはひどいな・・・・・・・」
目の前の惨状に百戦錬磨の彼女たちも思わず表情を歪める。
彼女たちの視界には、焼け爛れた荒野が広がっていた。
そしてその荒野の所々に、黒く焦げた物体がいくつも転がっている。
それはかつて生命を持ち、生活を営んでいた“人間”の変わり果てた姿であった。
また、その周りには崩れ落ちた家屋の山で溢れかえり、
この付近での戦闘が激しかったことを如実に表している。
「・・・・・ライジング王国め・・・・・・・」
「ここまでやるとはね・・・・・」
「・・・・・・許せない・・・・・・・・」
この焼け爛れた荒野に、その光景が似合わないであろう3人の若い女が立っていた。
が、彼女たちはただの若い女ではない。
「さて、この分だと生存者はいないかもね。」
こう呟いて辺りを見回すのは背中に大剣を背負った女性。
“土”を極めたゼティマ王国10剣聖、“アースクエイカー”保田圭。
「うん。ここまでの道のりと、この公都の現状じゃあね。」
“風”を極めし10剣聖、“ウインドブロウ”矢口真里。
「ここがあのメロン公国の都があった場所なんて、誰も信じないだろうね。」
“雷”を極めし10剣聖、“サンダークロウ”飯田圭織。
彼女たちこそ、全世界にその名を知られたゼティマ王国が誇る10人の剣士、10剣聖であった。
その勇名は全世界に響き、誰からも畏怖される存在である。
が、今の彼女たちにはこの“10剣聖”の肩書きは重みにしかならない。
ライジング王国に敗れ、むざむざと国王を、国を失わせてしまった彼女たちには。
- 81 名前:悪天 投稿日:2005/12/25(日) 21:17
- 「さて、どうする?圭ちゃん、圭織。」
“サンダークロウ”矢口真里が2人に問う。
彼女たちがあえて滅んだメロン公国に来た理由。
それはこの地に潜伏しているであろう旧メロン公国軍の生き残りを集めるためであった。
ライジング王国打倒には、多くの兵力がいる。
そのため、ライジング王国に滅ぼされた国の兵士たちを集めなければならない。
ということで矢口と飯田と保田は、ゼティマ王国、ライジング王国に次ぐ実力を有した
メロン公国軍の生き残りを探すべく今や危険地帯と化したメロン公国へと歩を進めたのであった。
「そうね、どうしようか。でもここがこんな現状とは正直当てが外れたわ。」
保田圭がため息をつきながら言った。
途中、ココナッツ王国の“カウアイの野”でライジング王国軍と一戦を交えた。
3対300という、数の上では圧倒的に不利な状況。
術と技を惜しみもなく繰り出して勝てたが、次はどうなるかは分からない。
そんな危険な状況を潜り抜けてきたのに、肝心のメロン公国がこの現状では、
正直無駄足だったというしかなかった。
「まあそれを嘆いても仕方ないでしょう。嘆くよりも行動に移さないと。
ここを諦めるならばあたしたちがフラフラする必要もないわね。
あたしたちも一刻も早くカントリー王国へ向かいましょう。」
飯田のこの言葉に矢口も保田も頷く。
恐らくほとんどのゼティマ王国軍の生き残りは、
いまだ健在のカントリー王国へと向かっているはずだ。
そこへ一刻も早く合流し、ライジング王国打倒を果たさねばならない。
10剣聖の3人は荒野と化したメロン公国公都を一瞥すると、歩を進めた。
- 82 名前:悪天 投稿日:2005/12/25(日) 21:18
- 「・・・・・・・・矢口、圭ちゃん、今何か聴こえなかった?」
メロン公国公都を出立してから2日。
メロン公国を南部から北部へと抜け、
そしてゼティマ王国北部を通ってカントリー王国へと向かう進路を取った3人。
もうそろそろゼティマ王国の国境付近というところで飯田は足を止めた。
「え?何が?」
「おいらは何も聴こえなかったけれど。」
保田と矢口の耳には何も聞こえていない。
周りは濃い緑の木々に囲まれた森林地帯だ。
風が樹木を揺らす音ではないのか?
だが飯田は目を閉じ、全神経を耳へと集中させる。
確かに誰かの声が聞こえたはずだ。
「・・・・・・・いや、聴こえる。誰かのうめき声だ。」
今度は確実だった。
誰かの苦しんでいる声が飯田の耳に届いた。
「こっち。」
飯田は声のする方へと駆け出していく。
「圭ちゃん。」
「ああ。」
矢口たちは飯田の後を追いかけていく。
3人はしばらくすると、小さな洞窟の前にたどり着いた。
- 83 名前:悪天 投稿日:2005/12/25(日) 21:19
- 「・・・・ここ。」
飯田は洞窟を指差すと、中へと入ろうとする。
が、何かに気付いて一瞬立ち止まると、勢いよく後方へと飛びのいた。
飯田が今、立っていた所に一本の矢が鋭く突き刺さっていた。
「圭織?!」
「矢口、圭ちゃん、敵だ!!」
飯田はそう叫びながらも背中に背負った槍、『トライデント』を構える。
その声に瞬時に反応し、矢口も『グラディウス』を、
保田も『クレイモア』を抜いて臨戦態勢を取る。
と、そこへ生い茂る森から恐ろしいまでの殺気と共に一斉に矢の雨が降り注いでくる。
「ちっ!」
3人は一斉にその場から飛びのく。
が、それを予測していたのか、矢は3人がそれぞれ飛びのいた方向へまたも斉射される。
「くっ!!」
これを3人は何とかかわすが、なおも矢は一斉に放たれる。
その矢はただ闇雲に放たれるのではなく、しっかりと3人のいる位置、
次に移動する位置を予測しながら放たれている。
「何て統制のとれた攻撃なの?!」
この見事な攻撃に、冷静沈着が売りの保田も思わず声を荒げる。
相手はかなりの統率力、力量の持ち主だ。
「はっ?!」
と、次の瞬間、1つの人影が保田に飛び込んできた。
そのタイミングはまさに絶妙だった。
「ちっ!!」
保田は理解した。
この矢は自分の体勢を崩させるもの。
本命は、この斬撃だということに。
その剣士は鋭く間合いに入り込むと、右手に手にした剣を鋭く振り下ろした。
- 84 名前:悪天 投稿日:2005/12/25(日) 21:20
- 「くうっ!!」
これが普通の剣士であったならば、確実に斬られていただろう。
だが、ここにいたのは10剣聖に名を連ねる“アースクエイカー”保田圭。
その剣技はまさに神業であった。
信じられない反応で長剣『クレイモア』を操り、この鋭い斬撃を受け止める。
「なっ?!」
これを受け止められるとは露ほどにも思わなかった。
強烈な斬撃を放った剣士は、驚き、距離を取った。
「・・・・・・今の斬撃、かなりできる。」
一方、受け止めた保田にしても、今の斬撃は想像以上に鋭かった。
危うく一刀のもとに斬り捨てられるところだった。
この相手は危険だ。
保田はクレイモアを握りなおし、相手の剣士の顔を睨む。
と、そこで保田は相手の剣士の顔にハッと気付いた。
そう、その顔には見覚えがあったのだ。
「・・・・・大谷殿?」
「えっ?」
保田の声にその剣士は驚き、目を見張った。
「や、保田殿?」
そう叫んだその人物こそ、颯爽とした立ち居振る舞いは“プリンス”と謳われ、
各国にその剛勇を轟かせる剣士、“プリンス”大谷雅恵であった。
- 85 名前:悪天 投稿日:2005/12/25(日) 21:21
- 「めぐみ!瞳!相手は敵じゃない。ゼティマ王国10剣聖の保田殿たちだ。」
相手が保田たちと気付いた大谷は、慌てて森の奥へと声をかける。
すると豪雨の如き矢の雨は止まった。
と同時に充満していた恐ろしいまでの殺気も消えてなくなった。
そして辺りは一瞬の静寂に包まれる。
数十秒の後、その静寂を打ち破るかのように森の奥から2人の女性が姿を現した。
「久しぶりですね、村田殿、斉藤殿。」
その姿を見て飯田が微笑む。
そこに現れたのはメロン公国の村田めぐみと斉藤瞳であった。
「大谷殿、村田殿、斉藤殿、よくぞご無事で。」
「飯田殿たちこそ。」
先の大戦、『クロスロードウォー』では共に戦った仲であり、
またメロン公国とゼティマ王国は友誼の深い国であったため、彼女たちとは友好があった。
お互いがお互いの無事を喜び合う。
「それにしてもさすが村田ちゃん。きつい攻撃だったよ。」
「飯田殿、矢口殿、保田殿とは知らず、ご無礼いたしました。」
矢口の言葉に“マスク”こと村田めぐみが口元に微笑を浮かべ、スッと頭を下げる。
その知略はゼティマ王国10剣聖“ダークエンジェル”中澤裕子に並び立つと称される。
常に冷静沈着であり、味方に対しては温厚であるが、
敵に対しては表情を変えることなく全滅に追い込む。
その、一向に表情を変えない事から人々は畏怖と尊敬を込めて“マスク”と彼女を讃える。
それがメロン公国の参謀、“マスク”村田めぐみ。
「斉藤殿もさすが。“アンデス”の異名は伊達ではないですね。」
「いえ、それをあっさりとかわした保田殿たちこそさすがです。」
その守備能力、特に城塞での防御能力は世界随一。
彼女が城塞で指揮を執れば、凡庸な兵たちも世界屈強の兵士へと様変わりを見せる。
その鉄壁の守りから世界に名だたる山脈の名を与えられた勇将、
それが“アンデス”斉藤瞳。
- 86 名前:悪天 投稿日:2005/12/25(日) 21:22
- と、ここで保田はふと気付いた。
「ここにあなたたちがいるということは・・・・・柴田あゆみ様も?」
保田の問いに大谷たちは黙って頷いた。
そう、彼女たちの使命は1人の王女を守ること。
メロン公国王女、“クインシー”柴田あゆみを。
「そうですか・・・・・・・」
保田はその表情に笑みを浮かべる。
メロン公国が誇る4将が生きていた。
これは軍事的、政略的にとって大きなことであった。
この4人の力は、ゆうに千の兵士を超えるであろうし、
また、彼女たち3人に、王女柴田あゆみがいれば、
メロン公国に潜伏している敗残兵たちもその名の下に集ってくるであろう。
公国の都が跡形もなく破壊されたこの激しい攻撃の中よく生き残ったものだと
保田をはじめ、飯田も矢口も感嘆の意を禁じえなかった。
- 87 名前:悪天 投稿日:2005/12/25(日) 21:22
- 「でも何で生きているのならゼティマ王国へと来なかったの?
村田さんたちが来てくれてたなら大きな戦力になってたのに。」
この矢口の問いに、村田の目が一瞬揺れた。
「・・・・・我らは柴田様をお守りするのが務め。
そのため、ここから動くわけにはいかなかったのです。」
「・・・・・・柴田様の身に何か?」
この村田の言葉に保田は違和感を感じ、思わず尋ねる。
「・・・・・・・言うよりも、実際に見ていただいたほうが分かるでしょう。」
村田はそう返答すると、踵を返して森の奥へと歩を進めた。
それに保田たちも付いて歩く。
しばらく進むと、地面から極僅かに口を出している小さな洞窟が見えた。
「・・・・・?これは・・・・・」
洞窟に近付くにつれ、矢口たちの耳に声が届く。
苦しそうにうめいている声だ。
「これ・・・・・圭織が言ってたやつ・・・?」
「そう、これ。」
飯田が保田の言葉に頷く。
このうめき声がかすかに聞こえたため、彼女たちは大谷たちに会えたのだ。
そして今までの村田たちとの会話から、
このうめき声を上げている人物こそ
メロン公国王女柴田あゆみだということを飯田たちは理解した。
- 88 名前:悪天 投稿日:2005/12/25(日) 21:22
- 「?!!!」
大谷たちに連れられて洞窟に入った飯田たちは、そこに飛び込んできた光景に絶句した。
「し、柴田様・・・・・・?」
そこにいたのは、全身に何か呪詛のようなものが張り付き、
もがき苦しんでいるメロン公国の王女柴田あゆみだった。
「これが私たちがここを動けなかった理由です。」
斉藤の声とともに、守るべき王女の苦しむ声が、洞窟内に木霊した。
「・・・・・・なぜこのようなことに?」
そう尋ねる飯田たちに、メロン公国の3戦士はここに至るまでの経緯を話し始めた。
- 89 名前:悪天 投稿日:2005/12/25(日) 21:23
- 「駄目です!!もう城が落ちるのも時間の問題です!!」
臣下たちの言葉を聞き、メロン公国国王は「そうか。」と言って目を閉じた。
その横では王妃が表情を青ざめている。
戦闘が開始してわずかに3時間。
世界でも3本の指に入ろうかという強国、メロン公国が
こんな短時間でいとも簡単に落ちるとは。
これがライジング王国の、魔物の力なのか。
その力の強大さに、これからの人間界は絶望に彩られることをメロン公国国王は悟った。
「・・・・・・だが、メロン公国は滅びようとも、人類は滅ぼさせん。」
国王はそう呟くと、城壁で防戦の指揮を執る4戦士を呼び出すよう、命令した。
- 90 名前:悪天 投稿日:2005/12/25(日) 21:25
- 「父上。」
聡明で美しいメロン公国王女は、父である国王の意図を正しく汲み取っていた。
呼び出しに応じた時には、すでに城を落ち延びる準備を済ませていた。
当然、他の3人も準備を済ませ、守るべき王女の側に控えている。
その姿はメロン公国国王の目にこれ以上なく頼もしく映る。
「あゆみよ。そなたはメロン公国のみならず、この全世界において生き延びねばならぬ身。
よいか、必ず生き延びて後日、この恨みを晴らすのだ。よいな。」
「はっ。」
父王の言葉に柴田はうやうやしく頭を下げる。
我が王家はあの300年前の戦いより、
ゼティマ王家とともに世界の鍵を握る一族として存在してきた。
だからこそ、今ここでその血を途絶えさせるわけにはいかない。
「村田、大谷、斉藤。頼むぞ。あゆみを必ず守るのだ。」
「はっ!」
「命に代えても。」
「必ず。」
国王の命に、メロン公国の3戦士が決意を秘めた表情をもって応える。
ここは自分たちが育った愛すべき国。
その国を、民を見捨てて逃げ出すのだ。
本来ならば誇り高きメロン公国の戦士として、命尽きるまで守らねばならない。
だが、全世界のことを考えてここは耐え忍ばねばならない。
その思いが、村田めぐみ、大谷雅恵、斉藤瞳に祖国を捨てさせることを決意させる。
- 91 名前:悪天 投稿日:2005/12/25(日) 21:25
- 「では父上、母上、お別れを申し上げます。・・・・・・あの世でもお達者で。」
聡明なる王女柴田あゆみはそう父と母に告げると、静かに微笑した。
これが今生の別れということは誰もが知っていた。
だがそれを悲しんでいる暇はない。
自分には果たさねばならない使命があるのだから。
「うむ。そなたこそ達者でな。」
「身体には気をつけるのですよ。」
「はいっ。」
柴田は父と母の言葉に深く深く一礼した。
今まで育ててくれた恩を感じ、また自分だけ生きながらえる事を謝罪しながら。
そして頭を上げると同時に、側に控える3人の忠実なる友に出立を命じ、
颯爽と王の間を後にした。
その姿からは誰もが目を奪われるほどの気品が漂っていた。
村田、大谷、斉藤はこの命令に深く頷き、
自分たちに王女を託した王と王妃に深く一礼すると、柴田の後を追った。
その途中で準備させていた護衛の兵士50人を合流させる。
「妃殿下、必ずや我らがお守りいたします。」
「うむ。そなたたちの働きに期待しておるぞ。」
兵士たちの熱い言葉に柴田は微笑を持って答える。
それだけで兵士たちにとっては十分すぎる褒美であった。
- 92 名前:悪天 投稿日:2005/12/25(日) 21:26
- 娘が去った王の間では、父が最期の生命の炎を燃やさんとしていた。
甲冑を着込み、武将たちが守る城壁へと足を運ぶ。
その姿を王妃は熱い思いと共に見送る。
彼女もここで散る覚悟を決めている。
「者ども!!ここでメロン公国の意地を見せるのだ!!」
「おおおおおおおお!!!!!!!!」
国王自らが最前線へと躍り出たことで、兵士たちの士気もこれ以上なく高揚した。
が、これもライジング王国の、魔物の勢いをしばらくの間止めるに過ぎなかった。
国王は、しばらくはその類まれなる武勇を発揮し、
城壁へ殺到するライジング王国軍兵士や魔物たちを斬って斬って斬りまくった。
が、その奮戦もついに途絶える。
「がっ?!」
「こ、国王様!!」
どこからか飛来した矢が、メロン公国国王の咽喉を貫いた。
国王はかっと目を開き、口から多量の血を吹き出す。
「あ、あゆみ・・・・・・た、頼んだ・・・・・ぞ・・・・・」
最期の力を振り絞ってそう呟くと、前のめりに倒れこんだ。
「こ、国王様!!!」
この瞬間、メロン公国は滅亡した。
- 93 名前:悪天 投稿日:2005/12/25(日) 21:27
- 後は赤子の手を捻るかのようだった。
国王という柱を失ったメロン公国軍は完全に士気が低下した。
今まで奮戦していたのが嘘のように、
あっさりとライジング王国軍兵士や、魔物たちの侵入を許した。
進入を許した城内では快楽に満ちた狼藉、殺戮が行われた。
兵士たちは支配者よろしく、略奪を行い、女を犯す。
魔物たちはその暴力性に任せて暴れまくる。
かつては果物のように人々に優しく、甘い心地を与える天国と謳われたメロン公国は、
一瞬にして地獄と化した。
「ここが王の間だ!必ずここに王女がいるはずだ!」
飢えた狼と化したライジング王国軍が王の間へと侵入を果たした。
が、そこは誰もいなかった。・・・・・・生命活動をしている者は。
王妃以下、王族に列なる者はことごとく自らの手で命を絶っていた。
「・・・・・・・こいつらはいい!王女を探せ!!」
部隊長らしき人物がこの状況に、逆に冷静さを取り戻して部下たちに命令を下す。
彼が命じられたのはただ1つ。
メロン公国王女柴田あゆみを生きたまま捕らえること。
それが出来た者には褒美は思いのままという。
それだけに彼らは血眼になって柴田あゆみの行方を捜す。
だがそれらしき人物は見当たらない。
「・・・・おのれ・・・・どこに行った・・・・!」
部隊長は歯軋りして吐き捨てる。
せっかくの昇進の好機である。
これを逃す術はない。
なおも彼らは執拗に柴田あゆみの姿を捜す。
- 94 名前:悪天 投稿日:2005/12/25(日) 21:27
- しかし、その捜し人はすでに城内から脱出していた。
「・・・・・・・」
一度も後ろを振り向いてはいない。
が、それでも城が、自分が愛したものがいた城が燃え盛っているのは分かる。
それは柴田あゆみの胸を容赦なく締め付ける。
燃え盛る炎の中には、彼女の愛する者たちがいるはずだからだ。
だが、ここで振り返って歩みを止めるようでは、
ブルームーンストーン発動の鍵を握る一族としての誇りが許されない。
それに第一、自分のために犠牲になった者たちへ申し訳が立たない。
「雅恵、めぐみ、瞳。先を急ぐよ。」
「・・・・・・はっ!」
柴田は決意を新たに歩を進める。
- 95 名前:悪天 投稿日:2005/12/25(日) 21:28
- が、その時。
「ふふふふ、そうはいきません。」
何もないはずの空間から声が聞こえた。
「?!」
その瞬間、柴田をはじめメロン公国の4戦士はすぐさま抜刀し、体勢を整える。
その反応の速さには付け入る隙がない。
「・・・・ほほう、その身のこなし。さすがですね。」
そう言うやいなや、何もなかった空間にぼうっと、黒いフードを被った者が現れた。
その姿を視界にとらえた瞬間、4人の全身に電流が走った。
こいつは、危険だ。
「・・・・そなた、何者だ?」
柴田の口から、鋭さがみなぎった声が漏れる。
その言葉に黒いフードを被った異形の者は微笑を持って答えた。
「これは失礼。わたくしはネビロス。冥王ハーデス様の臣下に名を連ねる者でございます。
地獄の元帥にして検察官を務めさせていただいております。」
「冥王ハーデス・・・・・・!」
“ハーデス”という言葉は柴田の心に不吉な影を大きく落とす。
300年前の戦い、人間界、天界、冥界で激しく揺れ動いた戦い。
あの戦いから柴田の一族の運命は定められたといっていいだろう。
あの戦い以後、“ブルームーンストーン”の発動の鍵となる一族として生きることとなったのだ。
その元凶というべき冥王ハーデス。
その臣下が、今、ここに。
- 96 名前:悪天 投稿日:2005/12/25(日) 21:28
- 「なるほど。事態はここまで悪くなっていたのか・・・・・」
今回の事件は、ただ、ライジング王国が野望のために起こしたものではない。
もっと大きな、冥界が絡んだ事件であることを柴田ははっきりと理解した。
「我々冥界の者は、柴田あゆみ様。あなたの御身を必要としております。
どうかわたくしとご同行願えますね?」
言葉遣いは丁寧だが、その言葉一つ一つに邪悪な意志が感じ取れる。
それで誰が付いていくだろうか。
当然柴田の返答はこうだ。
「せっかくの申し出だが、遠慮させていただく。先を急いでいるのでな。」
そう言うやいなや、柴田は身体を動かした。
身に纏った甲冑は何一つ音を立てなかった。
それほど、柴田の動きはなめらかであり、豹が獲物を狙うが如き危険なものであった。
次の瞬間、空間に大きな爆発が生じた。
それはほとんどの者が目でとらえることが出来ぬほど高速な斬撃がぶつかり合って生じた爆発であった。
二本の剣が凶暴にぶつかり合い、眩いばかりの閃光を放つ。
そしてその刃は残響を残して離れる。
- 97 名前:悪天 投稿日:2005/12/25(日) 21:29
- 「ふふふふ、その容姿に似合わず、好戦的ですね。」
距離を保ったネビロスはニヤリと不敵に笑う。
一方、柴田は表面は平静さを装いながらも、内心では驚いていた。
相手は、いつ、剣を抜いたのだ?
柴田の目はもちろんのこと、他の3人の目にも
抜刀した姿をはっきりととらえることが出来なかった。
「あゆみ様。」
「うむ。」
斉藤の言葉に頷く柴田。
と同時に斉藤、村田、大谷がそれぞれネビロスの左、右、背後へと回りこむ。
この相手はかなり危険だ。
だからこそ、数で優位な状況をつくり、打破していかなければならない。
このあたりはさすがはメロン公国の4戦士、見事な連携だ。
さらに大谷たちの後ろに50人の兵士たちがそれぞれに別れて付く。
彼らも王女の護衛に付くだけあって、選ばれた精鋭たちだ。
このあたりも忠実に鍛えられている。
だが、相手も地獄の元帥にして検察官という要職に付く者だ。
おいそれと相手に有利な状況を与えない。
「?!」
ネビロスが右腕を地に向けると、斉藤、村田、大谷の目の前の地面がえぐれ、
そこから魔物が飛び出してきた。
「アカーコック、フィロタヌス、デウムス、頼んだぞ。」
名を呼ばれた魔物たちは、上司の命令に相手に襲い掛かるという行動で応えた。
- 98 名前:悪天 投稿日:2005/12/25(日) 21:29
- 「ぐっ?!」
大谷は自分に振り下ろされてきた爪を剣で受け止めた瞬間、余りの衝撃の強さに声を上げた。
いまだかつてこれほど重く、鋭い爪撃を受けたことはない。
「速い?!」
そこへさらに二撃、三撃と猛烈な勢いで爪が振り下ろされてくる。
その爪撃を防ぐだけで大谷は精一杯だった。
いや、むしろ“プリンス”大谷雅恵だからこそこの爪撃を受け止めることが出来たのだ。
他の凡庸な剣士ならば、一撃で頭を叩き割られていたであろう。
だがそれでもいくら大谷といえども押し返すことが出来ず、完全に防戦一方となる。
「大谷様!!」
大谷の後ろに付いた15人の兵士たちが自分たちの上官たる大谷を救おうと
魔物『デウムス』に飛び掛かる。
これは素晴らしく勇敢なことであった。
が、同時に無謀でもあった。
「?!!」
その兵士たちは一瞬のことで、何も感じることは出来なかったであろう。
それはもしかすると苦痛を感じなかったという意味で、幸せなことなのかもしれなかった。
魔物『デウムス』が左手を振るった瞬間、幾人かの兵士たちの頭と胴が永遠に離れた。
頭を失った胴体は、重力にしたがって地面へと落ちていく。
「おのれ!!」
だがこの兵士たちは大谷に攻勢の機会を与えるという輝かしい武勲を立てた。
デウムスが左手を振るった事によって生じた隙を狙い、
空いた左脇腹へ強烈な斬撃を叩き込む。
デウムスは勢いよく吹き飛び、大きな岩に激突した。
- 99 名前:悪天 投稿日:2005/12/25(日) 21:30
- 「な?!!」
起死回生の素晴らしい一撃を放った大谷だが、表情は驚きに満ちていた。
確かに手応えはあった。
今までの経験から言って、確実に相手の胴を両断したはずだ。
だが、目の前の魔物は吹き飛ばされたものの、胴は両断されなかった。
「グルルルルル・・・・・・・」
岩に激しく叩きつけられたデウムスは、ダメージを受けていたものの、
ゆっくりと立ちあがった。
そしてこの攻撃を仕掛けた女を、明らかに怒りの表情で睨む。
「こいつは・・・・・・・」
大谷の額から汗が流れ落ちる。
この相手は、今までで一番の敵だ。
そう確信した。
- 100 名前:悪天 投稿日:2005/12/25(日) 21:30
- 一方、“アンデス”斉藤瞳、“マスク”村田めぐみの両者も
大谷と同様苦戦を強いられていた。
「くっ!!」
アカーコックの繰り出す牙撃に斉藤は守勢に回る。
同様に村田もフィロタヌスの力任せの攻撃に圧倒されている。
「ちっ!!」
斉藤は必死になってアカーコックの牙を防ぐ。
このままでは確実に仕留められるということは何よりも自分が理解している。
さばくのが精一杯で、反撃など出来るはずもない。
それ以上に苦戦しているのが村田めぐみだ。
完全に防戦一方、体勢を崩しながら何とか逃げているといった状況だ。
この戦いぶりから2人の実力は完全に相手に劣っているということは誰の目にも明らかだ。
が、これも仕方がないことである。
もともと斉藤の本分は軍を指揮しての防塞戦であり、
村田はその知能から繰り出される深慮遠謀が持ち味なのだから。
無論それでも普通の兵士が束になってもかなわないほどの実力は軽く有している。
だが、魔物たちはそれ以上の実力なのだ。
- 101 名前:悪天 投稿日:2005/12/25(日) 21:31
- 「くっ・・・・・・・」
大事な仲間たちが苦戦をしている。
柴田としてはすぐに助けに行きたいところであるが、この場から動くことが出来ないでいる。
それは目の前にネビロスという、強敵が立ちはだかっているからだ。
その強敵、ネビロスはこの状況を楽しみ、不敵に微笑む。
その微笑には完全な余裕が感じ取れた。
・・・・・・ならば、と柴田は考えを入れ替える。
大谷たちを助けに行くために、まずは全力でこの強敵、ネビロスを倒すことだと。
そう決心するやいなや、柴田の身体が踊った。
「む?!」
余裕の表情も一瞬で変化する。
柴田の放った剣閃は、ネビロスの予想を大きく凌駕していた。
ネビロスの身体を両断せんと鋭く一閃する。
咄嗟に剣を垂直に立て、自分の身体を守ろうとするネビロス。
が、その途中で剣閃が変化した。
横薙ぎから上へと跳ね上がる。
- 102 名前:悪天 投稿日:2005/12/25(日) 21:31
- 「ぐうううううううっ?!!」
ネビロスの口から世も知れぬ声が放たれる。
柴田の放った剣は、ネビロスの首、頚動脈を一気に断ち切った。
一気に首から大量の血が吹き出る。
「まだっ!!」
そこで柴田は止まらなかった。
下から掬い上げた剣を、そのまま一気に振り下ろす。
全身全霊の力を込め、一刀のもとに斬り捨てる。
が、相手は地獄の元帥ネビロス。
この致命傷を与えるであろう剣を、身体を捻ってかわす。
と同時に、反転しつつその勢いを利用して柴田の脇腹に強烈な斬撃を叩き込む。
「くうっ!!」
これに気付いた柴田は身を捻ってかわそうとするが、余りの鋭い斬撃をかわしきれない。
剣先が脇腹をかすめ、肉を抉り取った。
「ぐううっ!!!!」
激痛に満ちた声が、柴田の口から飛び出す。
と同時に、肉を抉られた脇腹からも大量の血が飛び出る。
- 103 名前:悪天 投稿日:2005/12/25(日) 21:32
- 「柴田様!!!」
柴田についていた5名の兵士たちはこれを見て、
自分たちの姫を救わんと命を捨てて柴田の前に立ち、防壁となる。
が、ネビロスの首からも大量の血が噴出しており、柴田に止めを刺すことが出来ない。
間合いを外し、柴田との距離をとる。
「おのれ・・・・・・」
まさか人間相手にこれほどの傷を負わされるとは思いもしなかった。
首筋に手を当て、血を止めつつもその眼光は鋭く柴田をとらえる。
その憤怒に満ちた表情からは、先ほどの余裕など全く感じることが出来ない。
柴田も同様に真直ぐネビロスを見ながら脇腹に手を当て、
土の術を唱えて傷を回復させる。
が、これは傷を塞ぐだけにとどまっている。
失った血液、体力までも回復しようとするならば、
しばらく術に専念しなければならないからだ。
そしてその瞬間、自分は回復を一切考えなくて済むこととなる。
つまり死の世界へとご招待されてしまうわけだ。
それは無論ネビロスも同様である。
傷を塞ぐだけで術をとどめ、剣を構えている。
- 104 名前:悪天 投稿日:2005/12/25(日) 21:32
- 「柴田様、我々が時間を稼ぎます。その間に体力を回復なさいませ。」
柴田に付いた5人の兵士のうちの1人が、柴田に進言する。
自分たちが時間を稼ぐ間に柴田は体力を回復する。
そうすれば、ネビロスを確実に討てる。
が、この代償として自分たちの命を差し出さねばならぬことを、兵士たちは理解している。
「・・・・いや、そなたたちは余ではなく、めぐみたちを助けに行け。」
しかし、柴田はそれを認めない。
すぐさま5人の兵士に村田たちの救援に向かうよう指示を出す。
その口調には有無を言わさぬ強さがあった。
「・・・・・分かりました。」
王女の命に従い、5人の兵士たちは苦戦する村田たちの下へ向かった。
- 105 名前:悪天 投稿日:2005/12/25(日) 21:33
- 「そんな命令を下してよいのですか?あの者たちは感心にもあなたのために
命を捨てて時間を稼ごうとしているのですよ。」
傷をふさいで血を止めることが出来たせいか、ネビロスに先ほどまでの余裕が生まれた。
不敵な笑みを浮かべ、柴田に言葉を投げかける。
「ふ。それを命じた瞬間、余の首と胴は永遠に離れることになっているであろう。」
ネビロスの言葉に柴田は笑みを浮かべながら答えた。
兵士たちの申し出は確かにありがたい。
が、悲しいかな、あの兵士たちでは時間を稼ぐことなど不可能なのだ。
時間を稼ぐことを期待して、術を唱えようとすれば、それは全てが終わりとなる。
「ふふふふ、その実力にその判断力。恐ろしいですな。」
これほどの人材が冥界の敵に回る。
ぞれだけでも厄介であるというのに、
彼女は“ブルームーンストーン”発動の鍵を握る一族なのだ。
「・・・・・・決めました。あなたには死んでもらいます。」
地獄の元帥としては、冥王ハーデス様のために将来の禍根となるものは
摘み取っておかねばならない。
そして柴田あゆみ、彼女を利用するには余りにも危険な存在だ。
そうネビロスは認識し、息の根を止めるべく柴田に襲い掛かった。
- 106 名前:悪天 投稿日:2005/12/25(日) 21:33
- 「くっ!!」
秀麗な顔から血飛沫が飛んだ。
フィロタヌスの爪が、村田めぐみの頬をかすったのだ。
その瞬間、激しく血が飛び散った。
「村田様!!」
それを見た兵士たちの口から上官を心配する声が漏れる。
が、すぐさま、彼らは目を見張った。
それは、上官、“マスク”村田めぐみの表情の変化を感じたからだ。
村田は頬から血を流しながらもニヤリと笑う。
そして次の瞬間、一気に感情が消え去った。
「私としたことが・・・・・・」
無表情のまま村田が呟く。
愛する城が落ち、なおかつ魔物に遭遇したせいか、いつもの冷静さを失っていた。
それが、頬に傷を受け、噴出した血を見たことで逆に落ち着くことが出来た。
何を相手に合わせて戦っている。
戦いに勝つには、いかに自分たちに有利な状況で戦うかが肝心だ。
そしてその状況を創り出すことこそ“マスク”村田めぐみの天分ではないか。
- 107 名前:悪天 投稿日:2005/12/25(日) 21:34
- グルルルル・・・・・・・
この村田の変化に何かを感じたのであろうか。
あれほど激烈に攻撃を繰り返していたフィロタヌスの動きがピタリと止まった。
それどころか、村田との距離を取り始める。
「雅恵、瞳!」
この隙に村田は苦戦する同僚を自分のもとに来るように指示を出した。
彼女がこう言う時には、必勝の策がある。
ということを長年の付き合いで大谷と斉藤は理解していた。
大谷と斉藤は何とか攻撃をやり過ごすと、村田のそばへと駆けつけた。
「雅恵、瞳、魔物たちが突っ込んできたら、
あんたたちも突っ込んであいつを2人がかりで倒せ。」
村田がそう言って指したのは、フィロタヌスだった。
指示を受けた2人は黙って頷く。
他の二匹はいいのか?などとは聞かない。
聞かなくても大丈夫なことは分かりきっているからだ。
「よし。」
大谷はそう呟くと、剣を握りなおした。
斉藤も気合を入れ、大谷に倣う。
そして村田は両手を動かし始めた。
- 108 名前:悪天 投稿日:2005/12/25(日) 21:35
- 魔物たちは自分の獲物が一つの場に固まったのを見て、
自分たちも自然、一つの場に固まった。
そして涎の出るような獲物の肉にかぶりつかんとばかり、
三匹とも一気に突っ込んできた。
「今だ雅恵、瞳!」
それを見た村田は勝利を確信し、2人に指示を送る。
「うおおおおおおお!!!」
「でやああああああ!!!」
その指示と同時に、弾かれるように大谷と斉藤が魔物に飛び込んでいく。
「この世界を形作る大地の精霊よ。我が名は村田めぐみ。汝の生命力を我に与えたまえ。」
2人を魔物に向かわせた村田は、間髪いれずに術を詠唱した。
先ほど手を動かしていたのは術の構築だったのだ。
「?!!」
すると、突進してくる魔物たちの前の地面が大きくえぐれた。
いきなり目の前の地面が抉り取られたのだ。
いくら魔物たちといえども、不意を突かれては子供のように無防備なものだ、
無様に転ぶ。
「チャンス!!」
この機を逃さず、大谷と斉藤は倒れこんでいるフィロタヌスの頭部めがけて、
渾身の力で剣を振り下ろした。
「グギャッ!!!!!!」
短い断末魔の叫びが聞こえた。
フィロタヌスの頭部は大谷と斉藤の剣により、粉みじんに撃砕された。
「こ、これはめぐみ?」
大谷はいくら2人がかりであるとはいえ、魔物の頭部がいとも簡単に砕け散った事に
意外さを感じていたが、すぐにこれは村田の術であると理解した。
「雅恵、瞳!!いったん下がれ!!」
村田の言葉に反応し、大谷と斉藤はすぐさま村田のもとへ戻った。
魔物たちはというと、すぐさま起き上がりはしたものの、
同胞の死体を見てわけの分からない叫びを上げている。
- 109 名前:悪天 投稿日:2005/12/25(日) 21:35
- 「これで一気に形勢逆転ね。」
斉藤はそう言うと同時に、村田めぐみの知略に感嘆する。
村田は斉藤と大谷を呼び、一つの場に集まりさせたのは、魔物たちも一つに集め、
それにより攻撃を仕掛けてくる方向を限定させるためであったのだ。
そうすれば土の術で穴をえぐる位置を完璧に計算でき、魔物たちを無様に転ばせる事が出来る。
さらに、大谷と斉藤を自分の前に置くことにより、
自分は術を構築し、詠唱する事が出来た。
だからこそ、土を抉ると同時に大谷と斉藤の運動能力を上げるという離れ業を可能にしたのだ。
その結果、確実に一匹は葬られ、
斉藤たちにとって3対2と数の上で有利な状況が創られた。
確かにこの策は、あのゼティマ王国10剣聖“ダークエンジェル”中澤裕子のような派手さや壮大さはない。
後世の戦術家も村田めぐみの策は華やかさに欠けると指摘する。
だが、村田の策は全く無駄がなく、そして最大限の効果を得ることが出来る策だ。
もしこの場に中澤裕子がいたならば、村田の策を絶賛し、敬意を表していただろう。
“マスク”村田めぐみ。
その知略は味方にとってこの上なく頼もしいかぎりである。
- 110 名前:悪天 投稿日:2005/12/25(日) 21:36
- グルルルル・・・・・!!
魔物たちの弱々しい叫び声が響き渡る。
いくら魔物たちの力が個人を勝っていようとも、
数の上で不利を被っては勝ち目はなかった。
また、大谷、斉藤、そして村田の連携により、その力を十分に発揮することが出来ない。
魔物たちは次第に追い詰められていく。
そして。
「うおりゃあ!!」
気合一閃、大谷の剣がデウムスの首を胴体から切り離し、
そして斉藤と村田の剣が、アカーコックの胴体を右と左から切断した。
叫び声をあげぬまま、地面に倒れこむ魔物たち。
そして、もう二度と動くことはなかった。
魔物たちはメロン公国の3戦士の手によって、死の世界への旅を受け賜ったのだった。
「やった!!」
その瞬間、兵士たちの口から喝采の言葉が溢れる。
彼らは自分たちでは何の役に立たないことを自覚していた。
それどころか、下手に手を出せばかえって邪魔になることも理解していた。
だからこそ、一歩引き、戦況を見つめていたのだ。
これはこれで、大いに村田たちの助けとなった。
- 111 名前:悪天 投稿日:2005/12/25(日) 21:37
- 「やったな、めぐみ、瞳。」
「ああ。」
大きく肩で息をしながら3人は一息つく。
勝ちはしたものの、本当に危なかった。
もし村田が策を弄してくれなければ、間違いなくやられていたのはこちらだった。
それほどこの魔物たちの力は強大だった。
「こんな魔物たちが攻め込んできたら、
ゼティマ王国はまだしも他の国ではひとたまりもない。」
「ああ。」
村田の冷静な分析に斉藤たちは同意する。
この近辺の国で、メロン公国以上の国力を持っているのはゼティマ王国とライジング王国。
そのうちのライジング王国が魔物の力を借りているのだ。
下手をすれば、全ての国がライジング王国に滅ぼされてしまう。
この村田の予想は、この後、現実のものとなる。
ココナッツ王国が滅び、『ゼティマ城攻防戦』において大国ゼティマ王国までもが滅ぶことになるとは、
このとき村田も予想していなかった。
いや、予想してはいたが、そうなって欲しくないと願っていたと訂正しておこう。
「よし、ともかく私たちはあゆみ様を。」
「うむ。」
3人は呼吸を整えるやいなや、すぐさま自分たちが守るべき王女の下へ走る。
ここまで王女は一対一で互角に近い戦いを繰り広げている。
そこへ自分たちが加勢すれば、おのずと勝利はこちらのものとなる。
- 112 名前:悪天 投稿日:2005/12/25(日) 21:37
- 「ぐっ・・・・・・」
村田たちがこちらへ向かうのを見てネビロスは腹の底から憎悪に満ちた声を出す。
全身全霊の力を込めて柴田あゆみを殺そうとしたが、柴田を殺すことは出来なかった。
それどころか、反撃を受け、いまや自分の方が手傷を負っている。
柴田あゆみの何という実力であろうか。
1人だけでも互角であるのに、そこへ他の3人が加勢に来るのだ。
これでは万に一つの勝機もない。
「さあ、これで終わりにしよう。」
柴田が剣を構え、身体をグッと沈みこませる。
「ぐっ・・・・・」
その柴田の姿を見て、ネビロスは恐怖した。
まるで豹に狙われた小動物かのように。
『・・・・・・・・・・・・ハーデス様・・・・・・!!』
自分が恐怖していることに気付いたネビロスは、愕然とし、そして決心した。
この命と引き換えに、冥界の強敵を葬り去らんことを。
- 113 名前:悪天 投稿日:2005/12/25(日) 21:38
- 「うおおおおお!!!」
ネビロスは“最期”の攻撃を仕掛けた。
真直ぐ柴田あゆみへ突進してくる。
「玉砕かっ!!」
柴田はこれを見て、相手の狙いをすばやく察知した。
ネビロスは命と引き換えに自分を倒すことを。
が、それに付き合う筋合いもない。
一撃で首を切り落とし、そして素早く間合いから離れる。
そうすれば何も起こらない。
柴田はそうすべく、ネビロスの懐へ飛び込もうとする。
「なっ?!」
が、ここで予想外の事が起こった。
何と、ネビロスは柴田に飛び込みつつ、右手の爪で自分の首を切り落としたのだ。
「し、しまっ・・・・・」
おびただしい血が飛び散り、柴田の身体にべっとりとまとわり付く。
「くっ!!」
首を失い、勢いがなくなったネビロスの身体を柴田は蹴り飛ばしてよける。
「天に舞う“聖”の精霊たちよ。我が名は柴田あゆみ。汝の力、我に与えたまえ。」
そしてすぐさま術を構築し、詠唱する。
おそらくネビロスは自分の血に呪いをかけているはずだ。
だからこそ一瞬でも速く聖の術を唱え、呪いを打ち消さねばならない。
- 114 名前:悪天 投稿日:2005/12/25(日) 21:38
- が、わずかに間に合わなかった。
「ぐううううっ!!!」
聖の術が発動する瞬間、身体中にまとわり付いた血がぐちゅぐちゅと泡を立て、どす黒く光る。
そしてそれは怨念のこもった呪いとして、柴田あゆみの身体に入り込んでいく。
すると、柴田の白い肌にぼうっと呪詛が浮き上がった。
『ふふふふふ、これでそなたも・・・・終わりだ・・・・・・』
生命を失い、この世の存在ではなくなったはずのネビロスの声が辺りにこだまする。
「・・・・・・何という執念・・・・・」
薄れゆく意識の中、柴田は冥界の者の恐ろしさを思い知らされた。
「あゆみ様!!」
村田と大谷、斉藤が文字通り血相を変えて、倒れた柴田のもとに駆けつける。
「?!!」
そして柴田の身体に浮かび上がった呪詛を見て、息を飲む。
これは、間違いなく“邪”の術だ。
「めぐみっ!」
「天に舞う“聖”の精霊たちよ。我が名は村田めぐみ。汝の力、我に与えたまえ。」
斉藤が叫ぶ前に村田は聖の術を唱えていた。
術を構築し、詠唱して柴田の身体に浮かぶ呪詛を消そうとする。
が、村田の聖の術のレベルではこの怨念のこもった邪の術を消し去ることは出来なかった。
聖の術はおそらく、一番使いにくい術だろう。
人間は誰しも邪の心を持っている。
その邪の心が、聖の術の力を押さえ込むのだ。
それに、邪の術をかけたのは地獄の元帥にして、
冥界でも有数のネクロマンサー、ネビロス。
そのネビロスが自分の命を懸けて呪いをかけたのだ。
おいそれと解けるはずがなかった。
- 115 名前:悪天 投稿日:2005/12/25(日) 21:39
- ならば、と村田は考え方を入れ替える。
「この世界を形作る大地の精霊よ。我が名は村田めぐみ。汝の生命力を我に与えたまえ。」
村田はすばやく土の術を構築し、詠唱して柴田の身体に両手をかざした。
「め、めぐみ?」
「何を?」
大谷と斉藤は村田の意図を理解しかねていた。
なぜ今、土の術を?
が、術を唱え終わった村田の説明で納得した。
「この呪いを解くには私では無理だ。なら、この呪いにあゆみ様が耐えられるように
体力を回復させないと。」
これはある意味、死ぬよりも辛いことである。
なぜならば、呪いによる地獄の苦しみを永遠に味わなければならないからだ。
呪いにより苦痛に苦しみ、衰弱する。
土の術によって回復する。
呪いにより苦痛に苦しみ、衰弱する。
また土の術によって回復する。
これの繰り返しだ。
はっきりいって、これは拷問だろう。
村田としても主君にこれほどの苦しみを与えるのは忍びない。
が、それでも彼女には生きてもらわねばならないのだ。
「めぐみ、すまぬが、頼む。」
意識を取り戻した柴田もこれを理解し、村田に全てを任せた。
大谷と斉藤は、柴田が余計な体力を使わないよう、背中におぶって昼夜歩き続けた。
村田は何度も何度も土の術を唱え続けた。
そして彼女たちはここまで来たのだ。
目的地であるゼティマ王国の国境付近まで。
- 116 名前:悪天 投稿日:2005/12/25(日) 21:40
- 「なるほど、そんなことが・・・・・・・」
ここに至るまでの経緯を知り、思わず嘆息を漏らす矢口たち。
まさに激闘であったと言えるだろう。
魔物たちの強さは、『ゼティマ城攻防戦』においていやというほど思い知らされた。
しかも今聞いた魔物たちは明らかに格上の存在。
そんな相手によくも勝てたものだ。
これがメロン公国の底力なのであろう。
「では、僭越ながら私もご協力させていただきます。」
話を聞いた保田は苦しむ柴田の側へ行き、術を構築し、唱えた。
「この世界を形作る大地の精霊よ。我が名は保田圭。汝の生命力を我に与えたまえ。」
保田が両手をかざすと、柴田の身体を淡い光の膜が覆った。
すると、あれだけ乱れていた柴田の呼吸が、次第に規則正しいものへと変わっていった。
その事からも体力が回復し、安定してきたということは明らかだった。
- 117 名前:悪天 投稿日:2005/12/25(日) 21:41
- 「・・・・・・さすがは土を極めし“アースクエイカー”保田殿。」
村田が畏怖の念をこめて呟く。
自分も術に関してはかなりのレベルであると自負している。
だが今の保田の術のレベルに比べれば、その自負など一息で飛び去る紙切れのようだ。
「これでいつまで持つかは分かりませぬが、私も村田殿もいらっしゃいます。
カントリー王国まできっと大丈夫なはずです。」
「・・・・なるほど、“ホーリーナイト”安倍なつみ殿はカントリー王国におられるのですね。」
「おそらく。なっちならばきっとそうしているでしょう。」
「私もそう思います。ならば・・・・・・」
保田と村田は勢いよく話しこむ。
2人とも頭が切れるため、余計な言葉はいらないため、会話のテンポが速い。
「・・・・・・・・・あ、なるほど、そういうことか。」
「そういうこと。」
保田と村田の会話に少し遅れて矢口は合点がいき、頷いた。
飯田はすでに気付いていた。
柴田あゆみは“邪”の術をかけられている。
それを解くには、“聖”の術をかけるしかない。
そして今現在、世界で最高の“聖”の術の使い手は“ホーリーナイト”安倍なつみである。
ならば、村田たちの目的は安倍なつみとなる。
これらはゆっくりと順を追っていけば理解できることだが、
何しろ保田と村田の頭の回転の速さは常人ではついてはいけない。
- 118 名前:悪天 投稿日:2005/12/25(日) 21:41
- 「もう、圭ちゃんに村田ちゃん、頭いいんだから。」
矢口が2人の頭の回転の速さに感嘆し、カラカラと笑う。
自分はこういうのは、理論だてて考えるのは苦手と矢口は公言してはばからない。
10剣聖はほとんどの者が知勇を兼ね備えているが、
矢口真里だけは別だと、後世の歴史家たちの中にはそう言う者もいる。
が、そう言う者は二流以下の歴史家である。
「何言ってるの。あんたには誰にも負けない勘の鋭さがあるでしょ。」
矢口の力を誰よりも知る飯田が矢口の肩をポンと叩く。
「そうそう。それに決断力、思い切りのよさも誰にも真似できないしね。」
保田がニッと笑う。
戦いとは水物だ。
思惑通りに動くことなどほとんどない。
その場その場の空気の流れを読むことが大事なのだ。
そしてその分野において矢口真里は抜けた力を有していた。
先の『ゼティマ城攻防戦』において、ライジング王国の援軍にゼティマ軍が壊滅させられた際に、
真っ先に退却を決断したのも矢口だったのだ。
だからこそ、10剣聖の3人は無事に生き残ることができ、
また他の兵士たちも散り散りになって逃げることに成功したのだ。
もちろん祖国を、守るべきものを捨てて逃げだす事に抵抗を感じた。
が、それもゼティマ王国再興のため、甘んじて受け容れよう。
そう決断したのだ。
これこそ矢口真里の真骨頂であった。
- 119 名前:悪天 投稿日:2005/12/25(日) 21:42
- 「矢口殿、保田殿、飯田殿、よろしくお願いいたす。」
とその時、メロン公国王女の口から言葉が発せられた。
「あゆみ様!」
慌てて3戦士が王女のもとへ駆けつける。
保田たちもそれに倣い、柴田のもとへ行く。
「余が非才であるため、多くの者に迷惑をかける。どうかお許しくだされ。」
保田の土の術で体力を回復させたが、すぐさま呪詛の力で体力が落ち、衰弱していく。
そのため、話すことさえ控えていたが、どうしても感謝の意を伝えねばならなかった。
「いえ、それは我らも同じこと。一刻も早く身を完全に回復され、
とも祖国復興のために働きましょうぞ。」
飯田の言葉に柴田は深く頷いた。
- 120 名前:悪天 投稿日:2005/12/25(日) 21:43
- こうして矢口、飯田、保田は当初の予定通りメロン公国の残存兵力と合流することが出来た。
しかもこれは予想を遥に超えるいい結果をもたらしてくれた。
それはすなわち、残存兵力とはメロン公国が誇る4戦士だったのだ。
これは非常に大きな戦力である。
さらに今後、まだ生き残っているメロン公国の戦士たちも、
柴田あゆみの旗の下に集ってくるであろう。
無論、柴田にかけられた呪いを解かねばならないが、
安倍なつみさえ健在ならばこの呪いも必ず解けるはずだ。
さあ、これでライジング王国と戦える。
祖国を失い、絶望感が先走っていたゼティマ王国10剣聖の心に、今、希望の火が灯った。
- 121 名前:悪天 投稿日:2005/12/25(日) 21:44
- ちなみにこの日はゼティマ暦308年4月27日であり、
奇しくも彼女たちの主君、ヒトミ・ヨッスィ・ブルーが
北の国、ベリーズ公国においてうな重屋を初めとする豪商たちから
協力を取り付けた日でもあった。
- 122 名前:悪天 投稿日:2005/12/25(日) 21:45
-
ゼティマ王国は、静かに反撃の狼煙を上げ始めた。
- 123 名前:悪天 投稿日:2005/12/25(日) 21:50
- 本日の更新はここまでとさせていただきます。
本当はまだ作者の考えている区切りまで来ていないのですが、
とりあえずここまで書き上げたので更新しました。
でないと、恐らく年内に更新できないだろうと思いましたので。
中途半端な内容かもしれませんが、どうかお許しください。
- 124 名前:悪天 投稿日:2005/12/25(日) 21:51
- >>74 名無飼育さん様
レスありがとうございます。また、リアルタイムで読んでいただいて
ありがとうございます。わくわくすると言っていただき、本当にうれしいです。
またこれからもこんな小説を読んでいただければうれしいです。
>>75 名無飼育さん様
レスありがとうございます。わくわくしていただいて何よりもうれしいです。
これからも更新が遅く、マターリお待ちいただくことになると思いますが、
どうぞこれからもよろしくお願いいたします。
>>76 通りすがりの者様
レスありがとうございます。また、待っていただいてありがとうございます。
ようやく第一歩を踏み出しました。が、旅はまだまだこれからです。
これからの主人公たちの“苦難に満ちた”旅を、また見てあげてください。
- 125 名前:悪天 投稿日:2005/12/25(日) 21:53
- >>77 春嶋浪漫様
レスありがとうございます。また今回も新たな登場人物が出てきました。
そしてこれからもどんどんと新しい登場人物が出てきて、活躍してくれると思います。
彼女たちの活躍にご期待下さい。これからもどうぞよろしくお願いします。
>>78 初心者様
レスありがとうございます。とうとう道重さんが出てきました。
彼女のキャラクターは、この話に彩りを付けてくれると思いますし、
どんどん活躍させたいと思っています。こんな話ですが、また見てやってください。
本当に亀のようなスピードで進んでおり、このままで本当に終わるのか、
と作者自身不安になりますが、ゆっくりでも一歩ずつ進んでいきたいと思います。
どうぞ、これからもよろしくお願いします。
では、次回更新まで失礼いたします。
- 126 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/12/26(月) 02:01
- 更新乙です。
もうみんなかっこよすぎです!
しかも自分のツボ押さえまくりでどうしようって感じです。
押しメンまだ出てないのにこんなに更新楽しみな小説ないです。
更新はゆっくりでかまいませんので楽しんで書いてください。
- 127 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/12/27(火) 00:07
- 更新お疲れ様です。
あちらこちらで絶えず動いている物語に目が離せません。
頑張ってください。応援してます。
- 128 名前:通りすがりの者 投稿日:2005/12/29(木) 17:07
- 更新お疲れ様です。
苦難続きですねぇ。
この作品はいつも見応えがあって良いですよ。
次回更新待ってます。
- 129 名前:初心者 投稿日:2005/12/31(土) 17:45
- 更新お疲れ様です
今年残りわずかでいいもの読めました
ゼティマ反撃の狼煙があがってこれからまた楽しみです
来年も頑張ってください 期待してます
- 130 名前:春嶋浪漫 投稿日:2006/01/04(水) 15:52
- 更新お疲れさまです。
そして今年も宜しくお願いします。
ようやくこちらでも狼煙を上げれるかなということで先の展開が楽しみです。
それにしても毎回毎回登場人物が増えますねぇ〜
これからも登場人物が増えるとなると書き手にとっては大変そうですね。
今年も頑張ってください。期待して待ってます。
- 131 名前:闇への光 投稿日:2006/01/04(水) 17:50
- 謹賀新年
今年もどうか宜しくお願いします。
さて、狼煙が上がりつつありますね。
一筋の煙は細くてもそれが二重三重になれば・・・
次回更新も楽しみにしています。
- 132 名前:悪天 投稿日:2006/01/04(水) 18:23
- カントリー王国の王都、『フラワーフィールズ』に連なる街道は、
多くの武装された兵士たちで埋まっていた。
ゼティマ暦308年4月も、もう終わりに近付いている。
辺りは可憐な花が咲き誇り、それに群がるミツバチが、
この乱世にあってひと時の安らぎを与えている。
だが、時代は確実に混迷を極めていた。
武装した兵士が向かう先というのは、カントリー王国王都、フラワーフィールズである。
彼らの目的は、いまだ健在のカントリー王国に身を寄せ、
ライジング王国軍を打ち滅ぼすためである。
「わたくしはゼティマ王国南東部の守備隊長を務めておりました者でございます。
このたび同士とともに駆けつけました。どうか、我々にゼティマ奪還のためのお力をお貸しくだされ。」
「うむ。余は約束しよう。ゼティマ王国奪還のため、力を尽くさせてもらうぞ。」
「ははっ!ありがたき幸せにございまする。」
王の間で謁見を許された兵士たちは、深々と頭を下げ、礼を述べた。
「・・・・・・ふう、大臣よ、これで今日は何人目だ?」
兵士たちが出て行った後、カントリー王は側に控える大臣に問うた。
「今ので4人目でございまする。」
「そうか・・・・・」
大臣の報告にカントリー王はふうっと息を吐く。
今日はまだ4人目であるが、果たして一体今まで何人の者が自分の下へ助力を嘆願に来たであろう。
あのゼティマ暦308年4月12日の『ゼティマ城攻防戦』においてゼティマ王国が滅亡してから、
毎日のように自分の下に誰かが来る。
それはゼティマ王国の人間だけでなく、メロン公国、ココナッツ王国の者まで来る。
しかも、その中にはあの10剣聖も含まれていた。
- 133 名前:悪天 投稿日:2006/01/04(水) 18:23
- 「陛下。重ねて申しますが、これは大いなる好機でございますぞ。」
「そなたの言いたいことは分かっておる。
もう暗唱できるぐらいに聞かされておるわ。」
そう言ってカントリー王は小言のうるさい大臣を侍従たちとともに下がらせた。
「余には、そんな器量などないのにな・・・・・」
1人になった王の間でカントリー王はそう呟くと、
王宮の外の露台に出て、下の広場を見下ろした。
その広場には所狭しと甲冑を着た兵士たちで埋まっていた。
甲冑が太陽の光を反射し、カントリー王の表情をまぶしさで歪めさせる。
その甲冑は種類に富んでおり、様々な国の物であることは一目瞭然だった。
「陛下。ここで陛下が中心となり、軍を指揮なさいませ。
そして魔物たちを打ち滅ぼし、秩序を回復なされたあかつきには、
陛下こそが全ての国を統治することになりましょうぞ。」
これが、幾度となく大臣に聞かされ続けてきた言葉である。
カントリー王の下に集まった将兵たちを指揮し、そしてそれぞれ滅んだ国を復興させる。
そうすれば、各国の将兵や民衆たちはこぞってカントリー王を讃えるであろう。
また、それぞれを統治する王族たちも、カントリー王への恩義を忘れることはない。
それはつまりカントリー王の影響力が全ての国に行き渡る事となり、
間接的ではあるが全ての国を統治することにつながる。
そう、大臣はけしかけているのだ。
- 134 名前:悪天 投稿日:2006/01/04(水) 18:24
- 「・・・・・余にそんな大それたことが務まるはずがなかろう。」
だが、カントリー王の気持ちは重く、今のこの状況から逃げ出したい気持ちがあった。
無論、カントリー王家として生まれ、国王の座に着いた時から戦いから逃げることは許されない。
だからこそ、3年前の『クロスロードウォー』でも逃げることなく勇敢に戦った。
が、その時に彼は自分の限界を悟った。
自分にはゼティマ王やライジング王、それにココナッツ王、
また、ゼティマ王国第一王女や、メロン公国王女のような、
兵士や民衆を束ねる器量はない、と。
それまでは世界に覇をとなえたいという、男なら誰しも持つ野望を少なからず有していたが、
それ以後は一切そんな大それたことを考えなくなった。
しかし、世界は混迷し、ゼティマ王もココナッツ王も、ゼティマ王国第一王女も、
メロン公国王女もこの世を去った。
さらにライジング王もこの世の人間とは思えなくなってしまった。
自分よりも器量の上の者が相次いでこの世を去る。
これは自分にとって好機なのではないか?
大臣に言われなくてもそう考えるのが自然だ。
だが一方で、自分よりも上の器量の者が生き残れなかったのだ。
凡人である自分が彼ら以上の事を出来るはずがないという気持ちの方が強かった。
が、その思いに反比例するかのように、各国の敗残兵たちが自分を頼ってくる。
頼むから、責任を自分に余分に押し付けず、ひっそりと人生を終わらせてくれないか。
これがカントリー王の偽らざる心境であった。
- 135 名前:悪天 投稿日:2006/01/04(水) 18:25
- 「ふん、軟弱な。あれでは取れるものも取れぬわ。」
国王の軟弱さを正確に見抜き、それに毒づくのは、先ほどの大臣だった。
カントリー王国の宰相を務めるこの男、松永久秀は、
自分の身には不釣合いな野望を胸に抱いていた。
それはすなわち、この混乱に乗じてカントリー王国が世界を統一し、
自分は国王を影で操るという、自分の器には収まりきらないほどの大きな野望を。
「国王はもちろん、集まった他の国の連中も我が手で容易に操れる。
10剣聖も例外ではない。祖国復興という欲に目がくらんだ奴らならばな。
どうせならば魔物と共倒れになって欲しいものだ。それなら余計な手間が省けてすむ。」
彼はそう独りごちると、ククッと含んだ笑いをみせた。
この時、彼は世界の全てを我が手で掌握しているという気持ちだった。
無論言うまでもなく、それは大いなる錯覚である。
そしてそういった錯覚は例外なく自分の身を滅ぼすということを彼は完全に失念していた。
- 136 名前:悪天 投稿日:2006/01/04(水) 18:25
- 「押すな!!」
「おい、早くしろよ!!」
続々とカントリー王国王都フラワーフィールズ集まる兵士たち。
兵力の膨張はまさに急激であったと言っていいだろう。
その数は、カントリー王国王城に入りきらないものであり、
あぶれた兵士たちは王都の外でテントを張り、野営をしていた。
ライジング王国を打倒するには、兵力はいくらあっても不足するということはない。
その観点で言えば、素晴らしい状況が整いつつある。
が、一方、別の方面では深刻な問題が生じようとしていた。
「何?ないだと?主人よ、わたしは別に略奪しようとしているわけではない。
金銭を払って食料を買おうと言っているのだ。そこを勘違いしないでいただきたい。」
「それは分かっているけど、うちの店にはもう売るものは何もないんだよ。」
「ならば、いつ食料を入荷できるのだ?」
「それは分からない。だっていつも俺らが輸入していたゼティマ王国、
それからココナッツ王国は滅んじまったからさ。どうしようもないんだよ。」
「では我々はどうやって食料を手に入れればよいのだ?」
「それは俺らも一緒だよ。家族に食わせる物すらなくなってきてるんだから。」
こういったやり取りが、フラワーフィールズの至る所で起こった。
深刻な問題というのは、急激な兵力の膨張から生じる食料不足であった。
- 137 名前:悪天 投稿日:2006/01/04(水) 18:26
- 「宰相閣下、兵士たちから苦情が殺到しております。
また、民衆たちからも同様です。」
「むむむむむ・・・・・・・」
部下たちの報告に自称「世界の黒幕」である宰相閣下松永久秀は、
苦虫を噛み潰した表情となる。
久秀はしばらく熟考した後、仕方なく国庫を開き、食料を分け与えるように指示した。
「来るのは一向に構わぬが、せめて自分たちが食べる分ぐらいは持参してこぬか!」
思わず毒づく久秀。
が、これは少々お門違いというものだ。
もともと軍隊というのは、消費するだけのもので、生産に寄与する事など何もないのだ。
軍隊を抱え、指示するものが食料や資金を提供するのは世の道理なのである。
言い換えれば、食料や資金を用意できたものこそ、人々の上に立つに相応しいのである。
これを理解できていないものが何かを成そうとすると、それは例外なく失敗に終わる。
つまり、この時点で松永久秀は自分の限界を世に知らしめた事になった。
- 138 名前:悪天 投稿日:2006/01/04(水) 18:26
- 「あいつらは何だ。我々が世界のために命を懸けようとしている時に協力しないとは。」
兵士たちは食料を売ろうとしない商人や、
積極的に協力をしようとしない民衆たちに毒づく。
自分たちは世界の平和のために戦っているのだ。
それに民衆たちが協力するのは当たり前ではないか。
「何だよあいつら。威張りくさりやがって。」
「自分の国が滅んだからといってこっちに来ることないのに。」
これはフラワーフィールズのある民が言った言葉だが、
それはそのまま全ての民衆の潜在的な思いを表している。
彼らももちろん国を追われてこっちへ来た人々に同情は寄せている。
しかしその結果、自分たちの生活を脅かすのであれば話は別となる。
人間界の存亡、魔物、そういったものはお偉方に任せておけばいい。
自分たちはただその日の暮らしをいかに生活するかだ。
このようにカントリー王国は、国王、宰相、兵士、民衆と、
各国の兵士たちとはそれぞれ気持ちの上で温度差が生じていた。
この温度差が致命的であったと、後世の歴史家は、みな口を揃えている。
- 139 名前:悪天 投稿日:2006/01/04(水) 18:27
- 「マコト様、焦ってはなりません。マコト様の旗を掲げるにはまだ時が来ておりませぬ。」
目の前にある緑茶をすすりながら、平家みちよは若い君主にそう述べた。
「しかし平家さん。」
「平家殿の申すとおりです。ただ闇雲にマコト様の名を掲げるのは
今までの労苦を無駄にすることになります。じっくりと時を計る事が大事と存じます。」
逸るマコトをカリアリの村長、真田信之がおさめた。
カリアリの村長真田信之はこの年、63歳。
が、その歳とは思えぬほど身は引き締まっており、眼光も時折鋭いものを見せる。
しかし普段は柔和な笑顔を絶やさず、誰からも慕われる村長である。
あの『ゼティマ城攻防戦』から約2週間経った、ゼティマ暦308年4月25日。
ついにマコトたちは目的地カリアリの地にたどり着いた。
到着直後は、さすがに長旅の疲れがあったのか、
挨拶もそこそこに、用意された部屋に案内されるとすぐに眠りに付いた。
翌日、太陽が天高く昇りきったころにようやく目が覚めた梨華たちは、
村の村長である真田信之から改めて歓迎の意を受けたのであった。
- 140 名前:悪天 投稿日:2006/01/04(水) 18:28
- 「この村は一体・・・・・・・・?」
歓迎の意を受けたマコトは、村長の真田信之に開口一番尋ねた。
彼女自身、この村の存在は全く知らなかったのだ。
それは無論、ヒトミの師範であった平家も同様だ。
「この村は代々のゼティマ国王様のために作られた秘密の村でございます。
そしてこの村の建設者はゼティマ王国建国の祖、あの伝説の始祖でございます。」
「え?始祖が?」
伝説の人物であるゼティマ王国、始祖。
この人物が、この村に大きく関わっていようとは。
マコトをはじめ、梨華たちも驚いている。
さらに信之は続ける。
「人の世は永久ではありません。それは大国ゼティマ王国であっても同じ。
いつ、何が起こるか、それは神にすら分からないでしょう。
ですから、常に変事に備えておかなければなりません。
ということで我らの祖先は始祖に命じられてこの地に移り住んだのでございます。
いつか必ず来るであろう変事に備えて。」
「そうだったんですか・・・・・・・」
マコトは感慨深げに呟いた。
- 141 名前:悪天 投稿日:2006/01/04(水) 18:28
- そしてその後、マコトたちは信之に宝物庫へと連れて行かれた。
「おお・・・・・・」
「これは・・・・すごいなあ・・・・」
目の前に広がる財宝の山には梨華たちはもちろん、平家ですら言葉を失った。
金や銀、さらには白金や翡翠。
ダイヤモンドやエメラルド、サファイア、ルビー、真珠もある。
これほどの量の財宝は、ゼティマ城の宝物庫にも存在しなかった。
さらに、その横の武器庫には武具が揃っていた。
甲冑、剣、槍、弓、矢などありとあらゆる武具だ。
しかもその数は尋常ではない。
「これらは代々の国王様が300年かけて蓄えたものです。
武具に関しては新しい技術が広がるたびに改良を加えております。
ですから、今すぐお使いになられても何ら支障はございません。
数も10万人分ほどはありますので。」
「じゅ、10万人?」
その数に、マコトたちは言葉を発することが出来なかった。
宝物庫を出て、村長の家へと戻ると途中、マコトは思う。
始祖とは何と偉大な人物であったのだろう、と。
冥王ハーデスとの戦いに勝利し、人間界を救った。
そして大国ゼティマ王国を築いた。
それらの素晴らしい業績を上げる一方で、
自分が築いた物がいずれ変事に巻き込まれる事を想定し、事前に手を打っておくこと。
これは並大抵の人物に出来ることではない。
まさに伝説となるに相応しい人物だ。
そしてその血は、代々受け継がれ、自分にも流れている。
そう思うとマコトは誇らしいと同時に、恥ずかしくもなる。
果たして自分は始祖の系譜に連なる資格を持っているのであろうか。
- 142 名前:悪天 投稿日:2006/01/04(水) 18:29
- 村長の家へと戻ったマコトたちは、これからの事を協議した。
その席でマコトは、これらの財宝、武具があるのだから、
今すぐこの地で自分の名前を掲げ、ライジング王国打倒の兵を挙げるべきだと主張した。
これはすぐに祖国を取り戻したいという気持ちがほとんどと、
自分にも偉大であった始祖の血が流れている事を証明したいという少しの思いからであった。
しかしこれは自分を高く見せたいのではなく、
マコトの強すぎる責任感から生じたものである。
そしてその返答が、冒頭の会話である。
「マコト様、焦ってはなりません。マコト様の旗を掲げるにはまだ時が来ておりませぬ。」
目の前にある緑茶をすすりながら、平家みちよは若い君主にそう述べた。
「しかし平家さん。」
「平家殿の申すとおりです。ただ闇雲にマコト様の名を掲げるのは
今までの労苦を無駄にすることになります。じっくりと時を計る事が大事と存じます。」
逸るマコトをカリアリの村長、真田信之がおさめた。
が、それでもマコトは納得し得ない。
何とも言えない焦燥感がマコトを支配していた。
- 143 名前:悪天 投稿日:2006/01/04(水) 18:29
- 「物事を起こすには、天の時、地の利、人の和が必要でございます。
これらが揃わなければ、何事も成就することはないでしょう。
そして我々にはいくつか、これらが欠けております。」
そこで平家がなぜ今挙兵に賛成しないのかを説明する。
「まず、天の時ですが、これは今は特に問題ありません。
これから季節は夏へと移行していきます。戦場になるであろうゼティマの地は、
夏といえども過ごしやすい季節でございます。行軍に何ら不安はありません。」
平家の言葉に頷くマコト、梨華、ミカ。
知略に優れた勇者として名高い平家の言葉だけに説得力がある。
- 144 名前:悪天 投稿日:2006/01/04(水) 18:30
- 「次に地の利でございますが、この地、カリアリはなるほど、
始祖がお選びになった地であるだけあって、周りを自然に囲まれ、
他人に見つかりにくい地でございます。力を蓄えるにはよき地でございましょう。
ですが大軍の本拠地とし、ここで敵と戦うのには果たしてどうでしょうか?
敵と戦う本拠地は、攻められても防戦できるだけの機能が必要です。
それにはこの村は狭すぎますし、また防衛のための柵なども不十分です。
さらに、この地へ至るまでのマコト様のご苦労を思い出し下さい。
大軍が行軍するには余りにも険しい道でありましたし、何よりもゼティマより遠すぎます。
以上のことから、ここでは地の利は得られないということです。」
『むむむ・・・・・・』
この平家の言葉に真田信之は心の中で唸った。
確かに平家の言うとおりであった。
『この地はあくまで力を蓄える地。戦いを挑むための本拠地ではない』
と始祖は言われた、と信之の先祖たちは言い伝えている。
その理由は、全て平家が言ったとおりだった。
『このわずかな時間で全てを見抜くとは・・・・・・・さすがはヒトミ様の師範、平家みちよ殿。』
この秘密の村にいても、世情についていくために情報を収集することは怠らない。
そのため、信之は平家みちよのことは知っていた。
が、平家の見識がここまで見事とは驚くしかなかった。
- 145 名前:悪天 投稿日:2006/01/04(水) 18:31
- 「そして最後に人の和です。何事も独りでは成し遂げられません。
どんなに優れた人物であっても、仲間の協力なくしては志半ばで倒れるのみです。
それはあの始祖であっても同様でした。始祖も、信頼できる仲間がいたからこそ
ゼティマ王国を建国できたのです。今現在、マコト様のもとにはごくわずかしかいません。
これではライジング王国に勝てるわけがありません。
つまり、今の我々には地の利と人の和が欠けております。
ですので、私と村長どのはここでの今すぐの挙兵の反対を申し上げるのです。」
「・・・・・・分かりました。」
ここまで懇切丁寧に説明されては、マコトも何も反論は出来ない。
逆にここまで懇切丁寧に説明されなければ分からない自分が恥ずかしく思える。
「ということは、あたしたちがこれからしなければならないことは、2つですね。
まずこの村の財宝や武具を有効に使える本拠地を手に入れること。
そして信頼できる仲間を集めるということですね。」
「そう、その通りや石川。」
梨華の言葉に大きく頷く平家。
なかなか彼女は情勢を見極める力があるなと感心する平家であった。
- 146 名前:悪天 投稿日:2006/01/04(水) 18:32
- 「でも、本拠地を手に入れるといっても一体どこがいいのでしょう?」
「うーん。」
ミカの言葉に梨華をはじめ、一同が考え込む。
と、ふと梨華は、平家がこちらを見ているのに気付いた。
「石川、あんたやったどうする?どこがええと思う?」
「え?」
平家に問われて梨華はさらに深く考え込んだ。
「・・・・・・地理的な条件と言いますか、地の利ならばココナッツ王国でしょう。
ここからも一番近い所ですし、ゼティマ王国にも近いですから。
ですが、人的な条件、人の和を見るならばカントリー王国だと思います。
おそらく世界各国の生き残った兵士たちは、
まだ健在のカントリー王国へと向かっているでしょう。
つまり、ココナッツ王国か、カントリー王国のどちらかですね・・・・・・・」
- 147 名前:悪天 投稿日:2006/01/04(水) 18:32
- 「なるほど。ではマコト様ならばココナッツ王国かカントリー王国、
どちらを選びますか?」
梨華の返答に平家は頷き、今度はマコトに振った。
「・・・・・・私はカントリー王国だと思います。」
「それはなぜですか?」
平家はさらに質問をする。
『なるほど、平家殿はこのお二方を育てるつもりだな。』
平家のやり取りを見て、そう信之は思った。
かつてのヒトミのように。
そしてそれは、正鵠を射ていた。
「今、我々には多くの資金と武具があります。それを有効に使うためには“人”が必要です。
ですから今は地の利より人の和を優先すべきだと思います。」
「あたしもそう思います。カントリー王国までの道は遠く険しいですが、
そこへたどり着けば人の和も地の利も得ることが出来ます。
それからマコト様の旗を掲げれば天の時、地の利、
そして人の和が揃った状態になるのではありませんか?」
梨華もマコトの言葉に同意し、さらに自分の意を述べた。
平家は2人の生徒の解答に、満足げに頷いた。
- 148 名前:悪天 投稿日:2006/01/04(水) 18:33
- 「村長殿。こうと決まったからにはすぐさまカントリー王国へ向かいましょう。
おそらく、あなたのことです。財宝や武具を運び出す手筈はもう整っているのでしょう?」
この平家の言葉に信之は口もとをほころばせた。
それは肯定を表していた。
村長は腰掛けていた椅子から立ち上がると、高揚感に溢れた足取りで玄関の戸を開けた。
「あ!」
開け放たれた戸から梨華の視界に映ったのは、
荷車にどんどんと財宝と武具を積み上げていく村人たちの姿であった。
その動きは実に整然としており、
あれだけあった財宝や武具は瞬く間に積み上げられていった。
- 149 名前:悪天 投稿日:2006/01/04(水) 18:33
- 「村長様、積み終わりました。」
そして甲冑を纏った一人の少女が村長に作業の終了を報告した。
『・・・・・若いな。でも一番身のこなしがいい。』
平家は先ほどからその少女の荷を積み上げる動きを見て感嘆していた。
もちろん平家にしか分からないことだが、
平家に言わせればその身のこなしは明らかに他の者とは違っていた。
「うむ、ご苦労であった里沙。さあこちらに来なさい。
マコト様にお前の事をご紹介する。」
「はいっ!」
里沙と呼ばれた少女は笑顔で頷くと、マコトたちの前に歩み出た。
「マコト様、この子は新垣里沙といいます。歳はマコト様のひとつ下ですが、
なかなかの実力の持ち主です。
彼女以下、500名がカリアリの財宝・武具の運搬にあたらせていただきます。」
「初めて御意を得ますマコト様。私は新垣里沙と申します。
どうかマコト様のお側にお仕えさせてください。」
新垣はうやうやしくひざまずいた。
これがゼティマ王国第14代国王マコト・オガワ・ブルーと、
彼女を補佐して激動の時代を戦い抜いた『新10剣聖』との初めての出会いであった。
- 150 名前:悪天 投稿日:2006/01/04(水) 18:34
- 「マコト様、我らもお供させていただきまする。
どうか我らが命、お好きにお使いなされませ。」
その後ろに控えていた甲冑を纏っていた500人もうやうやしくひざまずく。
彼らはこの日を心待ちにしていたのだ。
国王の力になるために、厳しい訓練をこなしてきた。
ここにいる500人は、まさに屈強の精鋭だった。
「そんな、どうか顔を上げてください。」
恐縮した体でマコトはひざまずく新垣の手を取り、立たせた。
そして新垣の目を見て柔らかく微笑む。
「こちらこそ取るに足らない身ですが、どうかよろしくお願いしますね。」
「え?は、はい。」
新垣は意外さを禁じえなかった。
彼女はこの村で生まれたときから王室に忠誠を誓うよう、厳しく育てられてきた。
その厳しさから、ゼティマ王室というのは厳格なものだと思い込んでいた。
が、目の前にいるゼティマ王国の後継ぎは厳格とは程遠い人物に思えた。
- 151 名前:悪天 投稿日:2006/01/04(水) 18:35
- 「みなさんも。頭を上げてください。どうぞこれからよろしくお願いしますね。」
「あ、は、はい。」
それは他の500名の者も同様であった。
マコトに言われ、頭を上げたが、誰もが意外といった表情を見せている。
理由は新垣と同じく、王室は厳格なものだという思いがあったからだ。
そして彼らはこういった厳格な王族でなければ乱世は生き残れないという思いがある。
その観点からすれば、マコトのような“柔らかい”王族など命をかけるに値しない。
だが、不思議なことにマコトの柔和さを悪いものだとは誰も思わなかった。
それどころか、心が安らぎ、温かくなっていく。
そしてなぜか守り立てようという気分になっていた。
『これがマコト様の力なんだわ。』
梨華は、マコトには人を安心させ、
守り立てさせようとする不思議な力が備わっていることを理解していた。
そしてそれは王者として得がたい資質であるということも。
その後、細部の準備を整え、体力も万全に回復させるため
カリアリにもう一泊したマコトたち。
そして翌日、500名の兵士たちとともにマコトたちは旅立った。
人の和が揃う、カントリー王国に向かって。
- 152 名前:悪天 投稿日:2006/01/04(水) 18:36
- これは果たして偶然だろうか?
この日はゼティマ暦308年4月27日。
後の歴史書ではこの日は『聖なる日』と記されることとなる。
それは奇しくもこの日は吉澤ひとみたちがベリーズ公国で、
そして矢口真里たちがメロン公国でそれぞれ反撃の狼煙を上げた日であったからだった。
だがそれはまだ各地で単独に上げられたに過ぎなかった。
この狼煙を一つにまとめ、そして煙からいかに大きな火と変えるか。
それはこれからの彼女たちの働きにかかっていた。
そして彼女たちの目指すものは、唯一つ。
- 153 名前:悪天 投稿日:2006/01/04(水) 18:36
-
ゼティマ王国奪還―――――
- 154 名前:悪天 投稿日:2006/01/04(水) 18:37
- その彼女たちの目的地、ゼティマ王国では
世界の支配者として君臨するライジング王が怒気を含んだ声でわめき散らしていた。
「魔物どもめ!ここまで街を破壊することもなかろうに!」
王宮から見える街は、街と呼ぶにはためらわれるほど破壊されつくしていた。
そのおかげで耕作地や用水路は使い物にならなくなり、
また、魔物たちが暴れたせいで食糧庫にも火が付き、多くの食糧が灰となったのである。
そのため、ゼティマは今、深刻な食糧不足と水不足に悩まされていた。
「これも魔物たちが暴れすぎたからだ。後先考えずに暴れおって。」
「それはえらい言いようですなあ。」
歯ぎしりをするライジング王のもとへ魔物を統括する者が現れた。
その姿を見たライジング王は文字通り飛び上がった。
「いや、つんく、誤解しないでくれよ。余はただ・・・・・」
「分かっております。」
つんくと呼ばれた男はニヤリと笑った。
それだけでライジング王は口を噤んでしまった。
一見これではどちらが王か、何も知らぬ者は分からぬであろう。
- 155 名前:悪天 投稿日:2006/01/04(水) 18:39
- 『こやつ、日に日に態度が大きくなりおるな・・・・・・・』
言葉にはならないが、ライジング王の表情がそう雄弁に語っていた。
近頃のつんくの態度は王の反感を大いに買うものであった。
しかも、それはこのように2人だけの時のみである。
他に人がいる場合は、完璧な礼儀で接している。
が、それを意にするつんくではない。
もともとつんくはライジング王など眼中にないのだから。
そして、この態度はあからさまなだけに、余計にライジング王は腹立たしくなる。
「・・・・・・・・」
ライジング王とつんくの間に流れる非友好的な空気は、
正直に辺りを支配する。
しばらく言いようのない空気の沈黙が漂う。
しかしその空気はある兵士の報告によって破られた。
「申し上げます。ココナッツ王国より高橋愛様がお越しになられました。」
「ほう?高橋家の後継ぎが?」
この報告にライジング王は首を傾げる。
それは、彼は高橋愛にこちらへ来るようにとは命令を下していないからである。
果たして一体何用であろうか。
「まあよい、ここへ通せ。」
「はっ!」
報告に来た兵士は一礼すると王の間を去り、
そして再び面会者を伴って王の間に現れた。
- 156 名前:悪天 投稿日:2006/01/04(水) 18:40
- 「国王陛下。此度はゼティマ王国陥落、まことにおめでとうございます。」
面会者、高橋愛はライジング王の御前に進み出ると、完璧な礼儀をもって祝辞を述べた。
その仕種は、当人が意識していなくても華やかで見る者の心を掴み取る。
「うむ。そなたこそココナッツ王国を陥落せしめた働きは聞いておるぞ。
大儀であったな。」
「ありがたきお言葉にございます。ですがこれも主将たる足利義昭様のご采配や、
我が部下たちの奮闘のたまものでございます。
私個人の働きなどたかが知れておりまする。」
高橋は自分の功績をやんわりと否定した。
「ふふふふ、相変わらず謙虚よのう。」
ライジング王は高橋の言葉がいたく気に入り、高らかに笑った。
- 157 名前:悪天 投稿日:2006/01/04(水) 18:41
- 「ところで今日はどうしたのだ?余は特にそなたにこちらへ来るようには命令をした覚えはないが。」
ひとしきり笑った後、ライジング王は高橋がゼティマ王国へ訪れた理由を尋ねた。
「はっ。本日は足利義昭様のご命令で、国王陛下の勝利の祝宴の足しになるよう、
食糧を運んでまいりました。酒や飲み物の方も数多く揃えております。」
「何?食糧だと?」
“食糧”という言葉を聞き、ライジング王は玉座を倒さんばかりの勢いで立ち上がった。
「高橋よ、よく来てくれた。褒めてつかわすぞ。」
「はっ。」
高橋はこのライジング王の言葉にうやうやしく一礼した。
『・・・・・・ふふん。さては分かっていたな。』
その高橋の様子からつんくはある事に気付き、ニヤリと笑った。
「高橋よ、ここに来るまでに見たであろう?この街の現状を。」
「はっ。」
「ゼティマ王国軍の抵抗が激しかったため、街はこれ以上なく損壊した。
そのため、食糧庫や耕作地、用水路が破壊され、
今やゼティマは深刻な食糧不足と水不足に悩まされているのだ。
ここまで言えば明敏なそなただ。余が何を言いたいか分かるな?」
「はっ。我々が運んできた食糧を民衆に分け与えればよいのですね。」
「うむ、そうだ。さすが名門高橋家の後継ぎだな。」
ライジング王はそう言って高橋を褒め称えた。
高橋はその言葉に恐縮して一礼すると、
直ちに民衆たちに食糧を分け与えるために王の間を辞した。
- 158 名前:悪天 投稿日:2006/01/04(水) 18:42
- 『俺の考えが正しければ、もうすでに準備は始まっているはずや。』
高橋が王の間から辞した後、つんくは興味に満ちた表情で街を見下ろした。
そこでつんくの視界に映ったものは、予想通りのものだった。
高橋の部下と思われる者たちが、すでに荷車を城の前にある広場に置き、
民衆に配れる体制を整えつつあった。
「違うぞ、こちらは食糧、そちらは酒や飲み物といった風に分けておけ。
そうすれば民衆たちも分かりやすいであろう。それから配るのは各荷車に5名ずつでよい。
残りの者は民衆をきちんと整列させるのだ。押し合って怪我人が出ぬよう、心してかかれ。」
「はっ!!」
高橋に代わって指示を出しているのは高橋家の宿将、朝倉義景であった。
彼の命に従ってフクイの兵たちはそれぞれが機敏に動いている。
「ふむ、見事な指示だな。それに兵士たちもよく統制がとれている。」
頭上から見物しているつんくは、彼らの指示と動きに感嘆の声を上げる。
そして全ての準備が整ったと同時に、彼らの主君高橋愛が広場に姿を現した。
「ご苦労であった義景。準備は出来ているな?」
「はっ。完了しております。」
「うむ。」
高橋は義景の言葉に頷くと、何事かと様子を見ているゼティマの市民たちにこう告げた。
「我々は国王陛下の命により、食糧と水を運んできました。
これを食べて、飲んで、どうか飢えと渇きを癒してください。」
- 159 名前:悪天 投稿日:2006/01/04(水) 18:42
- 最初、ゼティマの民衆たちはこの高橋の言葉を聞いたとき、
お互いに顔を見合わせるだけで動くことは出来なかった。
が、一人の子どもの腹の虫が鳴るのが引き金だった。
我先にと食糧をめがけて殺到する。
「みなさん!どうか落ち着いて!こちらへ並んでください!」
飢えた狼のような民衆をフクイの兵たちは身体を張って整列させる。
彼らの目は強い意志の光が宿っており、
そのため民衆たちもどうにか理性を保って整列をしだした。
「おら!どきやがれ!!」
「俺らが一番先なんだよ!!」
しかしその時、10人ほどの若い男たちが列に並ぶ人々を押しのけて荷車に走り出した。
兵士たちの制止の声も聞こうとしない。
「うわーん!!!」
押しのけた際に蹴られて転んだ小さな男の子が、泣き声をあげる。
民衆たちは恨みがましい目でこの男たちを睨むが、彼らは一向に関しない。
彼らは、ゼティマ王国が健在の時からのごろつきどもだ。
性質が悪く、下手に抵抗しようものなら後で陰湿な仕返しをする事で有名な奴らだった。
無論ゼティマ王国ではこういった者は許されないが、
彼らは上手く法や憲兵の目を潜り抜けていた。
どんな良国であろうと、こういった連中は必ずいるのだ。
- 160 名前:悪天 投稿日:2006/01/04(水) 18:43
- 「おい、お前たち・・・・・」
「待て、義景。」
たまらず注意しようとした義景だが、それを主君高橋愛は止めた。
そして高橋は自ら彼らのもとへ歩み寄る。
「何だよ、何か文句あるのか?」
「おらおら、早く食糧を渡せよ!」
男たちは威勢を張って高橋に詰め寄る。
が、これを高橋は涼しい顔でやり過ごす。
「もちろん食糧はお渡ししますが、きちんと列に並んでください。
あなたたちはもっと後ろのはずです。」
「は?別にこいつらは列を抜かされたことに何も文句を言ってねえだろ。」
「そうだ。俺らは先頭を譲ってもらったんだよ。」
男たちはニヤニヤと笑う。
彼らは高橋が女で、自分たちよりも遥に年下であることから舐めていたのだ。
が、その代償は高くつくことになるとは、この時彼らは想像もつかなかった。
- 161 名前:悪天 投稿日:2006/01/04(水) 18:43
- 「・・・・・・こほん。」
高橋は一つ咳払いをした。
この瞬間、義景をはじめフクイの兵士たちは来る、と身構えた。
「もう一度言います。自分の列に戻ってください。
それと・・・・・・・あの男の子に謝りなさい!!!」
「?!!!」
男たちは高橋の一喝に思わず後ずさり、そして尻餅をついた。
彼女と男たちとでは圧倒的に格が違った。
クスクスクスクス・・・・・・・・・・
10人の男たちが情けなく尻餅をつき、
一人の少女を見上げている姿はこれ以上なく滑稽なもの。
周囲からは失笑が漏れる。
「て、てめえ!!!」
怒りによって顔を真っ赤にした男が高橋の胸倉を掴む。
こんな屈辱は初めてだ。
自分たちをこんな目に合わせたことを、地面にはいつくばらして後悔させてやる。
彼がそう思った次の瞬間、彼の意識は途切れた。
地面にはいつくばらされたのは、彼自身の方だった。
「て、てめえよくも!!」
仲間の一人が無様にはいつくばらされたのを見て、他の男たちが一斉に高橋に飛び掛った。
が、次の瞬間には全員が地面に口付けをするはめとなっていた。
「ほーう、今の動きはすごいなあ。やるやんけあの娘。」
つんくも思わず目を見張る。
一瞬にして9人の男を地面にはいつくばらせる。
その動きはまさに非凡であった。
- 162 名前:悪天 投稿日:2006/01/04(水) 18:44
- 10人のごろつきどもを一瞬にして静かにさせた高橋は、
彼らを一瞥することなく歩み始め、泣いている男の子の前に立った。
「す、すみません、すぐに泣き止ませますから!!」
この男の子の母親は慌てて男の子を抱きしめ、泣き止ませようとする。
あのごろつきどもが一瞬にして倒されたのだ。
誰もが高橋の力に恐れおののいていた。
が、母親の願いもむなしく、男の子は泣き止むどころかさらに泣き声をあげる。
それを見た高橋はふふっと微笑むと、足を地面について身体をかがめ、
目線を男の子と同じ高さに合わせた。
「ぼく、大丈夫?痛かった?」
周りにいる民衆たちは、我が耳を疑った。
今、高橋が発した声は、これ以上なく優しさに満ちていたからだ。
それはとてもごろつきどもを一瞬で倒した者が発した声とはとても思えないほどだった。
男の子自身もそれを感じたのか、きょとんとした目で高橋を見た。
いつの間にか泣き止んでいる。
- 163 名前:悪天 投稿日:2006/01/04(水) 18:44
- 「あ、血が出てるね。よーし、お姉ちゃんが治してあげるよ。」
転んだ際に擦りむいたのであろう、男の子の右膝から血が流れていた。
それを見つけた高橋は、腰につけていた皮袋の中から竹筒を取り出し、
その中に入っている水で男の子の膝の傷を洗った。
それが終わると同じく皮袋から今度は手の平に収まる程の丸い漆器を取り出した。
「これはね、よーく効く傷薬なんだ。これを塗るとすぐに怪我なんて治っちゃうよ。」
高橋は男の子の膝に、傷薬を塗ってやった。
もちろん土の術を使えばすぐに治るが、
子どものうちは自然治癒力に任せておいたほうがいい。
そのため、自然治癒力を補佐する程度の塗り薬にとどめておいた。
「はい、これでもう大丈夫。もう痛くないでしょ?」
「うん。ありがとうお姉ちゃん!」
「どういたしまして。でもね、男の子はこれぐらいで泣いちゃだめだよ。分かった?」
「うん!」
高橋は男の子の元気な言葉に満面の笑みを返し、優しく頭を撫でてあげた。
その光景を、民衆たちは唖然とした表情で見つめていた。
- 164 名前:悪天 投稿日:2006/01/04(水) 18:45
- 「義景!」
高橋は立ち上がると、宿将の名を呼んだ。
その時の声の質と、顔つきはもう別のものに変わっていた。
そして地面に転がるごろつきどもは邪魔だから、どかせるように指示を出した。
「はっ!」
指示に従い、義景たちは地面に転がっているごろつきどもを運び出した。
無論彼らはただ気を失っているだけである。
「それから10人分の食糧と水を取り置きしておいてくれ。」
「はっ?それは一体・・・・・?」
高橋の指示に困惑する義景たち。
が、高橋の言葉を聞いて合点し、恐縮して頷いた。
「その者たちの分だ。気が付いた後、反省をするようであったなら
食糧と水を与えるように。」
そう言い残して高橋は後は義景たちに任せると、
民衆たちに一礼をして城へと戻っていった。
その後ろ姿をゼティマの民衆たちは複雑な思いで見つめていた。
それは、彼女たちは紛れもなく自分たちの国を奪った侵略者であること。
ほとんどの者が自分の愛する家族や恋人を失っている。
その張本人といってもいいライジング王国の重臣。
恨む気持ちは確実にある。
が、一方で今見せた振る舞いは、民衆の心を打つのに十分すぎる振る舞いだった。
「・・・・・・・・・何であんなに立派な将軍がライジング王国に仕えているんだ?」
それが民衆たちの率直な思いだった。
- 165 名前:悪天 投稿日:2006/01/04(水) 18:45
- ライジング王に報告するために城へと戻った高橋は王の間へと向かう。
その王の間の前に一人の男が立っていることに気付いた。
「つんく殿。」
高橋はその人物、つんくの前にいくと、礼儀を守って一礼した。
彼とは今日が初めて顔を合わせたのであるが、彼のことは色々と伝え聞いている。
無論、ほとんどの者が彼に反感を持っているため、よくない話しか伝わっては来ないが。
が、高橋はそんな声に踊らされることなく国王の一番の側近に対して完璧な礼儀で振舞う。
この辺りも凡人との大きな違いであろう。
「なあ、自分。自分はホンマに足利殿の命でここに来たんか?」
一礼した後、王の間に入ろうとした高橋をつんくは呼び止め、尋ねた。
「・・・・・仰っている意味が分かりませんが。ええ、間違いなく足利義昭様の命で
こちらに来ましたが、それが何か?」
この時、高橋は心の中で身構えていた。
このつんくという得体の知れない男は、自分に害意があるのでは?と思ったからだ。
- 166 名前:悪天 投稿日:2006/01/04(水) 18:46
- 「これは俺の質問が悪かったな。その足利殿にそう命じるように仕向けたのは、あんたやろ?」
この言葉は高橋を戦慄させた。
「・・・・・・・なぜそうお思いに?」
「さっきのライジング王との会見で気づいたんや。
あんたは自分が運んできた食糧を民衆に配ることを完全に予測していたやろ。
そうやないと、ライジング王の言葉に対するあんたの反応の速さや、
部下たちの速すぎる手際の説明つかんからな。
つまり、あんたは祝宴のためではなく、民衆に食糧と水を配るためにここへ来た。
そういう事やな?こんなんはあの自分は策士やと思っているボンクラ将軍足利義昭では
思いつかんことやからな。」
「・・・・・・・・・」
高橋はこの言葉に無言であった。
それは肯定を表すものと分かっていながらも無言でいるしかなかった。
この男は切れる。
高橋はそう確信し、つんくに対する警戒心をさらに強める。
が、それは遅すぎたかもしれないと悔やんでもいた。
彼は一体何を企んでいる?
そんな高橋の心情を正確に見透かすようにつんくはニヤリと笑う。
「いや、そんな警戒せんでもええがな。特にそれについてどうこう言うつもりはないねん。
今回の事があんたが考えたことかどうかが知りたかっただけやねん。
ごめんな、時間を取らせて。」
つんくはそう言うと、同じライジング王国の臣下として礼を施してその場を立ち去った。
「あの男は一体・・・・・・」
その後ろ姿を見て、高橋は呟いた。
胸には不安という火種が燻っていた。
- 167 名前:悪天 投稿日:2006/01/04(水) 18:47
- 「国王陛下、少しお話があります。」
高橋が王の間でライジング王に報告を済ませ、退出してからしばらくの後、
つんくが彼のもとを訪れた。
「む、分かった。」
ライジング王は頷くと、人払いをした。
つんくが改まってこう言うときは何かあることは分かっている。
「で、話とはなんだ?」
ライジング王はつんくに尋ねた。
どうか厄介事を言わないでくれと、願いながら。
「はっ。先の『ゼティマ城攻防戦』の際に、私は国王陛下の御為に働きもうした。
そういえばまだその働きに対する褒美をいただいておりませんでしたので、
それを無心に参りました。」
つんくはニヤッと笑いながら述べた。
「む、む、そうであったな。・・・・・・・・・で、何が欲しいのだ?遠慮なく申すがよい。」
ここでためらいを見せては王者の沽券にかかわる。
度量の広さを見せておかねばと意識するライジング王であった。
そしてこの言葉こそつんくが欲していたもの。
こういった以上、ライジング王も今さら後には引けない。
「ではお許しを得て申し上げます。わたくしに陛下の家臣を一人いただけませんでしょうか。
わたくし直属の部下としたいのでございます。」
「何?」
これはライジング王にとって意外な申し出であった。
「・・・・・よかろう。で、誰をそなたの配下に加えたいのだ?」
「はい。それは・・・・・・・」
- 168 名前:悪天 投稿日:2006/01/04(水) 18:48
- 「何?わたしがつんく殿の直属の部下に?!!」
その知らせを聞いて、高橋愛は思わず椅子から立ち上がった。
「そ、それは確かなのか?!」
側に控える朝倉義景は余りの衝撃の大きさに、
国王からの使者に対して声を荒げてしまうという無礼をはたらいてしまった。
が、それを咎めるものは誰もいない。
主君の高橋ですら受けた衝撃にしばし我を見失っていたからだ。
「はい、これは国王陛下の勅命でございます。詳細は明日、
直接陛下がお伝えになられるとのことでございます。
では、確かにお伝えいたしましたぞ。」
国王の使者はそう言って一礼すると、高橋たちにあてがわれた宿舎を辞していった。
義景をはじめ、他のフクイの兵士たちはしばらく呆然としていたが、
我を取り戻すと力なく椅子にへたり込んだ。
「こ、これで高橋家は・・・・・!!」
義景が沈痛な思いで声を絞り出す。
それはこれで名門高橋家復興の道は途絶えたと思ったからだ。
名門高橋家が膝を屈するのは国王陛下以外にない。
が、自分と同等の名門ならまだしも、
つんくという得体の知れない男に膝を屈しなければならない。
これが名門高橋家の成れの果てなのか。
そう思うと、ここまで奮闘してきた重臣たちは無念さを押し隠すことが出来ない。
- 169 名前:悪天 投稿日:2006/01/04(水) 18:49
- 「・・・・・すまない。わたしの力がたりないばかりに。」
今までよく尽くしてくれた部下に高橋は自分の力の無さを詫びた。
「いえ、それは我らです。我らの働きが足りなかったからでございましょう。
申し訳ありません、愛様。」
高橋家の主従たちはお互いの非力さを詫びあった。
この時期の高橋愛は“高橋家”という鎖に縛られていたということは、
数々の文献や伝聞、後世の歴史家の研究から明らかにされている。
「高橋愛が、“高橋家”という鎖から外れる時期が早ければ、
それに比例して世界の変化も早まっていたであろう。」
とは後世の歴史家においての共通の認識である。
- 170 名前:悪天 投稿日:2006/01/04(水) 18:49
- コンコンッ
とその時、高橋たちにあてがわれた宿舎の扉を叩く音が聞こえた。
来客である。
「き、貴様は?!」
一人の兵士が戸を開けたが、そこに立つ男の姿を見て絶句した。
そう、そこに立っていたのは、これから自分たちの上官となるつんくだったのである。
その姿を確認したフクイの兵たちはみながいきり立って立ち上がった。
それは彼の下に付くことなど到底受け容れられないという感情の表れであった。
が、つんくはそんな感情などどこ吹く風である。
そしてその目はまっすぐ高橋愛をとらえていた。
「突然の訪問、ご無礼をいたします。
高橋殿、貴殿と少し話がしたいのであるが、いかがであろうか。」
「・・・・・分かりました。では、こちらへどうぞ。」
その目と態度に、真摯なものを感じ取った高橋は自室へとつんくを案内した。
重臣たちは不安げな表情を浮かべつつも、それを見送るしかなかった。
- 171 名前:悪天 投稿日:2006/01/04(水) 18:50
- 「どうぞ。」
高橋はつんくに自室にある低い木のテーブルにつくように言い、
自分は客人をもてなすため茶を淹れた。
そしてつんくの前に茶を出した後、自分も席についた。
「・・・・・・・して、話とは一体何でございましょう。」
つんくが一口茶をすするのを見てから、高橋は用件を尋ねた。
つんくから返ってきた言葉は高橋を驚かせるのに十分であった。
「高橋殿。どうかわたしに力をお貸し下さい。人間界の存続のために・・・・・・!」
「?!」
話し合いは1時間にも及んだ。
その間中、義景をはじめとする高橋家の重臣たちは隣の部屋で控えていた。
何か変事があった際には、身命をとして主君の命を救う。
誰もがそのつもりで1時間、控え続けていた。
と、その時、高橋の部屋の戸が開いた。
「?!」
その瞬間、一斉に立ち上がる義景たち。
が、彼らの視界に映ったのは、憎むべき金髪の男と、
どこか吹っ切れた感のある主君の姿だった。
- 172 名前:悪天 投稿日:2006/01/04(水) 18:50
- 「では、これにて失礼いたします。」
「はい。わざわざご足労、ありがとうございました。」
高橋はつんくに頭を下げた。
それを見た義景たちは面食らう。
なぜつんくのような者に頭を下げるのだ?
フクイの重臣たちの顔にはあからさまに不満の色が現れる。
「朝倉殿。」
「・・・・・はっ。」
フクイの重臣たちの様子に苦笑したつんくは、重臣の筆頭である朝倉義景に語りかけた。
「ライジング王のご命令で高橋殿は私の配下に組み込まれることとなった。
が、私自身は配下などと思ってはいない。ライジング王にお仕えする同志だと思っている。
ですから、こういった場では私などに上官に対する礼をとる必要はありません。
ですが公の場ではそのような態度は慎んでいただきたい。
無用な争いを起こすのは私としても避けたいのだ。そこをどうかご考慮いただきたい。」
「・・・・・・・心得ました。」
その申し出に義景は丁重な礼を持って応えた。
他の者も主君と筆頭重臣が同意したのだ。
それに従うしかなかった。
- 173 名前:悪天 投稿日:2006/01/04(水) 18:50
- その後、つんくは高橋たちの宿舎を辞して王宮へと戻っていった。
「義景、すまぬ。だが分かってくれ。理由はまだ言えぬのだが・・・・・」
「はい。愛様の決断は我らの決断。どこまでもついていきますぞ。」
重臣たちの不満を汲み取っている高橋は義景にそう告げた。
義景は笑顔でその言葉に頷いてみせた。
が、内心は違った。
『どんな巧みな言葉で愛様をたぶらかしたかは知らぬが、
この朝倉義景の目が黒いうちはそう好き勝手にはさせぬぞ。』
彼の心は、つんくに対する警戒の念で埋め尽くされていた。
- 174 名前:悪天 投稿日:2006/01/04(水) 18:51
- 「くくくく・・・・・・」
王宮へと戻るつんくは、内側からこみ上げてくる喜びを押さえきれない。
ついに求めていた人材を得ることが出来たのだ。
そして夜空に浮かぶ満天の星に語りかける。
『及川、和田。そなたたちの代わりがようやく見つかった。
これで我々は世界を、人間界を救うことが出来る。だから安心して眠ってくれ。』
彼は志半ばに倒れた2人の戦友に語りかけた。
その時、2つの星が夜空を流れた。
つんくの言葉に呼応するかのように。
- 175 名前:悪天 投稿日:2006/01/04(水) 18:52
-
ゼティマ暦308年4月ももう終わりを迎えようとしていた。
世界を救おうとする両陣営は、それぞれの思いを胸に、着々と力を蓄えつつあった。
- 176 名前:悪天 投稿日:2006/01/04(水) 18:56
- 本日の更新はここまでとさせていただきます。
皆様、明けましておめでとうございます。
本年もこんな話ですがどうぞよろしくお付き合い下さい。
今回は久しぶりに早く更新が出来ました。
次回からはまた遅くなるとは思いますが、どうかご容赦下さい。
>>126 名無飼育さん様
レスありがとうございます。押しメンがまだ出ていないのに読んでいただいてとても嬉しいです。
押しメンは誰かは分かりませんが、いずれ必ず出てきますのでどうかそれまでお待ち下さい。
これからもどうぞよろしくお願いします。
>>127 名無飼育さん様
レスありがとうございます。あちらこちらで物語は動いております。
その分作者も追うのが精一杯なところはありますが、何とかまとめられればと思っています。
これからも見ていただけると嬉しいです。どうぞよろしくお願いいたします。
>>128 通りすがりの者様
レスありがとうございます。苦難続きです。そして苦難はまだまだ続きます。
見応えがあると言われてとても嬉しいです。これからもそう言ってもらえるように
頑張っていきたいと思います。どうぞこれからもよろしくお願いします。
- 177 名前:悪天 投稿日:2006/01/04(水) 18:57
- >>129 初心者様
レスありがとうございます。本年もどうぞよろしくお願いします。
ようやく狼煙が上がり始めましたね。その狼煙をいかに続けられるかが心配です。
きっと登場人物たちは頑張ってくれると思いますし、その奮闘をうまく書ければと思っています。
>>130 春嶋浪漫様
レスありがとうございます。ようやく狼煙が上がりだしました。
それを消してしまうかは彼女らの活躍次第です。登場人物はどんどん増え続けています。
多すぎて以前に出た人物が宙ぶらりんとなっていますが、何とか頑張って輝かせていきたいと思います。
>>131 闇への光様
レスありがとうございます。確かに一筋の煙は確かに小さいですが、
それが重なればというところです。登場人物たちもそれを願っていることでしょう。
これからも彼女たちの活躍を見てあげてください。どうぞ今年もよろしくお願いいたします。
- 178 名前:悪天 投稿日:2006/01/04(水) 18:57
- では次回更新まで失礼いたします。
どうぞこれからもよろしくお願いします。
- 179 名前:通りすがりの者 投稿日:2006/01/05(木) 14:45
- 更新お疲れ様です。
なんだか妙な展開がありそうですね。
次回更新待ってます。
- 180 名前:初心者 投稿日:2006/01/05(木) 18:17
- 更新お疲れ様です
つんくの考えがまだ分からなくて不思議ですね
愛ちゃんも吹っ切れてるし気になります
次回更新楽しみに待ってます
- 181 名前:春嶋浪漫 投稿日:2006/01/05(木) 22:22
- 更新お疲れさまです。
レスを書いたと思っていたら
いつのまにか更新されていて思わずびっくりでス。
話自体も不透明な部分も多くなり・・・
なんかせっかくあげた狼煙も一筋縄では行かなくなりそうな展開に。
この先も楽しみですね。
次回更新も楽しみに待っています。
- 182 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/06(金) 23:58
- 更新乙です。
今回も面白かったです。次回も楽しみにしてます。
- 183 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/04/04(火) 01:28
- 待ってます。
- 184 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/04/27(木) 22:46
- 更新待ってます。
- 185 名前:悪天 投稿日:2006/05/07(日) 15:58
- ゼティマ暦308年5月2日。
季節は春から初夏へと移ろい始めていた。
街道の横に並び立つ木々は、濃い緑陰の葉をその身に宿していく。
風も爽やかなものから、夏の強さを感じさせるものとなり、
太陽も自身の存在を鼓舞するかのように力強さを増していく。
今までならばこの夏への移ろいは、民衆たちにとって気持ちを奮い立たせるものであった。
が、今は違う。
ライジング王国という侵略者に支配された今の状況では、
この自然の強さまでもが自分たちを押しつぶそうとしていると感じる。
- 186 名前:悪天 投稿日:2006/05/07(日) 16:00
- 旧ゼティマ王国王城、ゼティマ城では支配者たるライジング王が、
主だった将軍たちを集めて軍議を開いていた。
今回の軍議は、ゼティマ、メロン、ココナッツの残党たちがカントリー王国へと集結しつつあるという、
物見からの報告を受けてのものであった。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
が、その軍議中、ライジング王はうんざりといった表情で豪奢な椅子に座っていた。
ここはかつてゼティマ王が軍議に使用していた部屋で、
実に重厚で荘厳な装飾が施されていた。
これだけでゼティマ王国の国力を推し量ることができた。
しかし、そのゼティマ王国はもう存在しない。
ライジング王国が滅ぼしたのだ。
その証としてライジング王はこの椅子に座っているのだから、
本来ならば上機嫌なはずである。
- 187 名前:悪天 投稿日:2006/05/07(日) 16:00
- だが、ライジング王を不機嫌にさせたのは思いの外長引いた軍議である。
午前中に開かれた軍議だったが、今は日も天高く上りきっている。
この軍議で主張される意見は、完全に2つに分けられていた。
「国王陛下、ここは今すぐ奴らを叩くべきですぞ。完膚なきまでに叩きのめし、
今後我がライジング王国に弓を引こうなどと思わないようにしてやりましょう。」
こう強硬論を主張するのは、実際に軍を率いる将軍たちだ。
どの将軍たちも、無敵を誇ったゼティマ軍やメロン軍を叩きのめしたことで、
自分たちの武勇に自身を持っていた。
「我々はライジング王国を遠征して以来、連戦続きだ。
兵たちも疲れておるし、補給もままならない。
ここで戦いに向かっても我が軍が疲弊するのみではないか?」
「さよう。ここはいったん内政に従事し、基盤を整えることが肝要かと。
補給を整えさえすれば、奴らなど物の数ではございません。」
一方、こう主張するのは主に行政面を担当する文官たちだ。
彼らから言わせれば、こんな補給も生産もままならない状況で戦いを挑むのは愚の骨頂。
もし仮に遠征して敗れれば、それはすなわちライジング王国凋落のきっかけとなるのだ。
そんなことも分からないのかと怒鳴りたくなる文官たちだが、
彼らは戦闘はからっきしなので、将軍たちに強く言うことができない。
- 188 名前:悪天 投稿日:2006/05/07(日) 16:01
- 「陛下、いかがなさいましょうか?」
意見を出すのは臣下の務め。
そしてその意見を採択するのが主君の務め。
お互いの主張をそれぞれ言い合い、吟味した後、臣下たちは主君の判断を仰いだ。
「む、むむ・・・・・・・・」
だが主君たるライジング王は決断しかねていた。
本来ならば、好戦的なライジング王であるため、
四の五の言わずにカントリー王国侵攻を決断していたであろう。
が、今の状況を考えると、そう簡単に決断できなかった。
その状況とは、まず、文官たちの言うとおり、
兵士たちは長旅と連戦で疲弊しきっていること。
さらには補給路が伸びきり、ろくな補給が受けられないこと。
また、頼りにしていたゼティマ王国の糧食も灰となってしまっていたこと。
これらがライジング王の決断を鈍らせる。
しかし、それ以上に彼を縛り付けるものがある。
「ライジング王、これ以後は魔物たちを自由に扱うことは無理です。」
それは、このつんくの言葉であった。
冥王ハーデスとの約束はゼティマ王国陥落まで。
それ以後は一切協力しないということであった。
いくら相手が敗残兵の集まりとはいえ、
その中には10剣聖など、歴戦の勇士たちが揃っている。
果たして魔物の力を借りずに勝てるのであろうか。
その思いが、ライジング王を悩ませていた。
- 189 名前:悪天 投稿日:2006/05/07(日) 16:01
- 「・・・・・つんくよ、余は一体どうすればよいと思う?」
考えに窮したライジング王は、今一番頼りになる、好き嫌いは別にして、男に尋ねた。
それが他の家臣たちの不興を買うとも知らずに。
「そうですね・・・・・・」
つんくは考え込む。
ここで間違えると、今までの苦労が全て水泡に帰してしまう。
『本来ならばここは打って出るべきやない。文官たちの言うとおり、
内政に力を入れて、国力の基盤を整えるべきや。けど・・・・・・・』
つんくも思い悩む。
彼を悩ませるのはあの2人の女の存在。
すなわち、ヒトミ・ヨッスィ・ブルーと、吉澤ひとみの存在だ。
先の『ゼティマ城攻防戦』において、彼女たちの実力を思い知らされた。
他の者がいくら徒党を組もうが関係ない。
が、その徒党に彼女たちが加わったならば、それは大きな力となる。
そしてつんくの考えではひとみたちはもうカントリー王国に合流していると予測している。
ここでじっくりと力を蓄えられたら・・・・・・・・
そう考えるとつんくの心が焦りに沸き立つ。
- 190 名前:悪天 投稿日:2006/05/07(日) 16:02
- 「・・・・・・・ここは将軍たちの申します通り、
全軍をもってカントリー王国を叩くべきでしょう。」
数秒ほど熟考した後、つんくはそう断言した。
ヒトミやひとみがカントリー王国にいるかはわからないが、
いまだ力が集まりきらないうちに叩くべきだとつんくは判断した。
「おお・・・・・・」
この言葉にライジング王や、強硬論を主張した将軍たちがどよめく。
「しかしつんく殿。」
文官の代表格である石田三成がつんくの言葉に異を唱える。
「分かっております三成殿。」
が、つんくは右手を出して石田三成の言葉をさえぎると、諸将に向かって唱える。
「確かに三成殿たちが申すとおり、今は早急に内政面を充実し、
国力を蓄えることが肝要でございましょう。ですがそれは敵に時を稼がせ、
力を蓄えさせる結果ともなりましょう。よってここは一刻も早い進軍をすべきです。
そして敵を平定した後に、ゆっくりと内政に力を入れればよいと存じます。」
つんくは言い終えると、豪華な装飾が施された椅子に腰を下ろした。
こう進言した以上、もう後戻りは出来ない。
「つんく殿の申すとおりだ。」
「いや、しかし・・・・・」
諸将たちは、つんくの言葉を引き金にそれぞれが議論を展開しだした。
が、つんくはそれらを全く耳にいれず、ただじっとライジング王を見つめていた。
『・・・・・・勝算はあるのだな?』
言葉には出ないが、ライジング王の表情がそう言っているのがつんくには分かった。
『もちろんや。そうやないと戦いを主張したりせーへんわ。』
つんくは自信に満ちた表情で頷いた。
この表情に、ライジング王も決断を下した。
- 191 名前:悪天 投稿日:2006/05/07(日) 16:02
- 「余の見解を申す。」
「・・・・?!」
このライジング王の言葉で、諸将たちの議論は終わった。
姿勢を正し、ライジング王の次の言葉を待つ。
「ライジング王国はこれより、全勢力をもってカントリー王国を討ち、
余に刃向かうすべての者を根絶やしにする。」
「・・・はっ!!」
この言葉に、強硬論を主張していた将軍はもちろん、文官たちも最敬礼で応えた。
それは、王の言葉は絶対であるからだ。
「では諸将に命じる。速やかに軍を動かせる準備を整えよ。」
「はっ!」
彼らは一礼をすると、それぞれが先を争うかのように会議室を飛び出し、
軍を動かすための仕事へと向かっていった。
つんくもそれに倣い、足早に部屋を後にする。
この戦い、魔物が使えないとはいえ、必ず勝たねばならない。
その足取りは決意に満ちていた。
- 192 名前:悪天 投稿日:2006/05/07(日) 16:02
- 「みんな、いよいよ決戦や。」
自分にあてがわれた官舎に戻ったつんくは、待機していた信頼する部下たちにそう告げた。
「いよいよやな。」
「待ってたで。」
「腕がなるな。」
まこと、はたけ、たいせーがにやりと笑う。
「私も、心待ちにしていました。」
その男たちの中に紅一点。
ライジング王国が誇る名門高橋家の当主、高橋愛だ。
「ああ、頼むで高橋。今回はお前の働きにかかってるからな。」
「はい。」
新たな上司の言葉に一礼する高橋。
その姿からは無理をして、という印象は微塵も感じられない。
心底つんくの考えに賛同しているかのようであった。
つんく、まこと、はたけ、たいせー、そして高橋愛。
彼らこそ人間界を救うために立ち上がった者たちだ。
今や風前の灯となった人間界を救うため、彼らは決戦に挑もうとしていた。
- 193 名前:悪天 投稿日:2006/05/07(日) 16:03
- 「全軍、出撃!!」
ゼティマ暦308年5月10日。
ライジング王は全軍を率いてゼティマ城を進発した。
目的地は西に存在する、カントリー王国王都、フラワーフィールズ。
ライジング王国軍の総兵力は8万。
まさに大軍である。
ライジング王は、この戦いのために、本国であるライジング王国を含め、
全ての勢力地からほぼ全ての兵力を動員した。
そのためにこれほどの膨大な兵力が集まったのである。
無論これは魔物が使えないということに大いに関係があった。
魔物の力に頼れない分、兵力の数に頼るしかないというのが、
ライジング王の胸中であった。
「・・・・・・・この一戦で全ては決まる。」
陽光を受けた甲冑と刀槍の群れが、黄金色に輝きわたり、
ゼティマ王国のよく整備された街道を覆い尽くしていた。
この甲冑の群れがどのような状態でゼティマ王国に戻ってくるのか。
それにより世界の進路が決まる。
つんくたちは決意を胸に秘め、戦いに向かった。
- 194 名前:悪天 投稿日:2006/05/07(日) 16:03
- 「大変です!ライジング王国軍が国境を越えてこちらへ進撃してきます!!
その数、ざっと見積もって8万!!!」
「なっ?!!」
最前線にいる斥候の報告に、カントリー王国の者たちは文字通り表情を青ざめた。
「は、8万だと・・・・・?そ、それは間違いないのだな?」
「は、はいっ!」
報告に来た兵士も青ざめた顔で頷いている。
何しろ、いまだかつて見たことのないほどの軍勢だ。
何度も何度もその数を確認したが、
どう少なく見積もっても8万は固いというのが、
その場で実際に軍勢を見た全ての者たちの認識だった。
「ぐ、ぐぐ・・・・・・」
カントリー王国宰相松永久秀が唇を噛み締める。
8万という大軍が相手では、万が一の勝ち目もない。
これでは自分が抱いていた野望も、露と消える。
だが、この際自分の野望などどうでもいい。
いかにして生き延びるか。
「必要とあらばこいつらを売るということも考えられるな。」
宰相松永久秀は、大軍襲来に浮き足立つ者たちを冷ややかな目で見つめる。
自分が生き延びるためには、利用できるものは何でも利用する。
それが鉄則だ。
- 195 名前:悪天 投稿日:2006/05/07(日) 16:03
- 「ここは、降伏すべきでは・・・・・・?」
ライジング王国襲来の報を聞き、急遽軍議が開かれた。
もちろん誰もがライジング王国許すまじという気持ちを持っているのだが、
如何せん相手の兵力が膨大すぎる。
まともに戦っても勝ち目はないであろう。
ならば・・・・・・・・
誰もが思うその言葉。
しかし誰もが言うことができない。
が、ついに一人の者が降伏する意を伝えた。
「貴様何を言う?!ライジング王国は人類の敵だぞ?!
その敵に尻尾を振って助けを請うなど人としてこれ以上の恥はないぞ!!」
「だが、このまま戦っても勝ち目はないぞ?!
それにむやみに戦えば戦火を拡大させ、わが国の民衆たちの多くが死ぬこととなる。
それだけは避けねばならない!」
お互いがお互いの主張を言い合う。
徹底抗戦を主張する者。
降伏し、民衆たちとともに生き延びることを主張する者。
それぞれの思いが交錯する。
- 196 名前:悪天 投稿日:2006/05/07(日) 16:04
- 「安倍殿、安倍殿の意見はどうですか?」
しばらく接点の無い議論がかわされた後、
カントリー王国の筆頭重臣とも言うべき彼女、木村麻美が
軍議の席の隅で黙っている安倍に尋ねた。
世界にその名を轟かせるゼティマ王国10剣聖“ホーリーナイト”安倍なつみ。
誰もが彼女の言葉に注目する。
「・・・・・・・わたしは、故国を滅ぼされ、このカントリー王国に身を寄せている身分でございます。
ですから、意見を申し上げることなど恐れ多いことでございます。」
が、安倍は自分の思いを言及するのを避けた。
「何を仰いますか。安倍殿の力は誰もが認めるところです。
どうぞご遠慮なさらずにご意見を。」
同じくカントリー王国重臣、里田まいが安倍を促す。
「そうですとも。安倍殿のご見識をお伺いいたしたいと思います。」
同じく重臣、斉藤美海も里田と同様に倣う。
彼女たちはあの『ゼティマ城攻防戦』を切り抜け、ここ母国へと無事に帰還を果たした。
が、彼女たちの主将たる戸田鈴音はいまだ行方不明となっていた。
その分、知識も経験も豊富な安倍の発言に期待をする。
見渡せば、カントリー王国の誰もが安倍の発言を期待した目で見ていた。
- 197 名前:悪天 投稿日:2006/05/07(日) 16:04
- 「・・・・・・・私個人の見解といたしましては、降伏はありません。
ライジング王国は人類の敵といえます。そんな相手にどうして膝を屈しましょう。」
ザワザワザワ・・・・・・・
この安倍の発言にざわめきが起こる。
「しかし安倍殿、貴殿の申すことは確かに正論だが、
如何せんライジング王国との兵力差は膨大だ。まともに戦っても勝ち目はありません。」
「そうだ。悪戯に戦えば、民衆たちにも大きな被害を被ることになる。」
降伏論を唱える者たちが口々に言い立てる。
「何を言う!安倍殿の仰り様こそヒトとしてのあるべき姿。
自分の命惜しさに降伏を申し出るような輩とは次元が違うわ。」
「何を?!貴様、もう一度言ってみろ!!」
軍議はつかみ合いも起きようかというほど混乱をきたしていた。
その様子を安倍は、冷ややかな目で見る。
『カントリー王国がどうなろうといい。とにかく、ライジング王国に打撃を与える。
それだけの役目を果たしてくれればいい。』
これが安倍の正直な気持ちであった。
亡きゼティマ王との約束。
それはゼティマ王国を再興すること。
そのためには目的も、手段も選ばない。
安倍なつみも、ライジング王国将軍高橋愛と同様に、
失われたもの、つまり“過去の栄光”を取り戻すという鎖に縛られていた。
- 198 名前:悪天 投稿日:2006/05/07(日) 16:05
- 軍議はこの後、一つの方向性を見いだして終了した。
それはつまり、徹底抗戦。
ライジング王国に対して武力抵抗をするというものであった。
しかしこれは話し合いの結果決まったわけではなかった。
やむを得ず、である。
この結果をもたらしたのはライジング王の最後通告であった。
「我々ライジング王国の目的はカントリー王国の殲滅。
降伏など認めない。潔く滅んでいくがよい。」
この通告の前では全ての議論も無用の長物。
カントリー王国は自国の存亡をかけてこの一戦にのぞむこととなった。
- 199 名前:悪天 投稿日:2006/05/07(日) 16:05
- 「ライジング王国軍来襲!!」
カントリー城の望楼に立った兵士の一人が、東方の地平線に煙る砂塵を発見したのは、
ゼティマ暦308年5月15日のことであった。
「な、何たる数だ・・・・・・・」
カントリー王は視界に映るおびただしい兵士の姿に、思わず倒れこみそうになる。
これは一国の王たる者としては情けない姿であるが、
誰もそれをとがめることが出来ない。
カントリー城にいる全ての者が、ライジング王国の総兵力に心底驚いていたからだ。
これだけの数の軍勢を見たことなど、今まで一度も無い。
あの『クロスロードウォー』の際でも、各国の軍が一度に終結したことは無かった。
人類史上、最大の数の軍勢が、今、カントリー城を覆い尽くそうとしていた。
「陛下。総攻撃の準備は整いましてございます。」
カントリー城から少し離れた断崖に陣を敷いたライジング王は、
部下たちの報告により、重い腰を上げた。
いよいよこれで、天下は自分のものとなる。
「よいか皆のもの。」
「はっ!」
陣中にいる主だった将軍たちが平伏する。
無論その中につんくと、いまやつんくの一番の側近となった高橋愛も含まれている。
「よいか。これから余に歯向かう者が現れぬように、徹底的に叩き潰すのだ。」
「ははっ!!」
「よし、では総攻撃開始!!」
「はっ!!」
- 200 名前:悪天 投稿日:2006/05/07(日) 16:06
- ゼティマ暦308年5月15日。
歴史上で最も凄惨な戦いの一つといわれる、『フラワーフィールズの血戦』が開始された。
- 201 名前:悪天 投稿日:2006/05/07(日) 16:08
- 「城門を破壊しろ!!」
「うおおおおおおおおおおおお!!!!!!」
兵士たちが太い丸太を抱えて城門の扉へと突っ込んでいく。
「くさびを撃ち込め!!城壁によじ登るのだ!!」
また、別の一軍が城壁にくさびを撃ち込み、城内へと侵入する道を確保しようとする。
ライジング王国軍の攻撃は激烈をきわめた。
「させるな!!」
カントリー王国軍は防戦に追われた。
数の上では圧倒的に不利である。
「まいの部隊は城門の敵を防いで!!美海は城壁から矢を放って!!」
が、カントリー王国軍将軍木村麻美の的確な指示のもと、必死の防戦を見せる。
「むむむ、何を手こずっておるのだ!!」
一向に戦況が好転しないことにライジング王は怒りを覚える。
圧倒的な兵力差により、戦いはあっさりと決着が付く。
そう考えていたが、戦いが始まって5時間がたつが、一向に終わらない。
それどころか、ライジング王国軍のほうが勢いを失いつつあった。
「それも仕方がありません。奴らもこの戦いに敗れれば終わりと知っているだけに必死なのでしょう。」
「む、むむむ・・・・・・・」
ライジング王の側に控えるつんくはこの状況を予想していた。
“窮鼠、猫をかむ”という諺の通り、カントリー王国軍も必死なのだ。
「けど、それもいずれ力尽きる。だからそれを待てばいい。
焦る必要はあらへん。頼むで、高橋。」
つんくは前線で指揮をする高橋愛の力を信じていた。
- 202 名前:悪天 投稿日:2006/05/07(日) 16:08
- 「焦るな!気持ちさえしっかり持っていれば我らの勝利に疑いは無い!」
前線では高橋愛率いるフクイの軍が奮闘していた。
誰もが死を恐れず、勇敢に前へと進んでいく。
もちろんただ闇雲に突撃するだけではない。
状況に応じて引き、また突撃、と兵力を失わず、かつ最大の戦果が得られるような用兵だ。
この辺りにも高橋愛の一軍の将としての器の大きさがうかがえる。
「ぐわっ!」
だがカントリー王国軍の防戦も見事なものだ。
一斉に矢が放たれ、フクイの軍の進撃を止める。
「愛様!ここはあれの出番でございまする!」
戦況は完全に膠着状態に陥った。
両軍とも疲弊の色が濃く出てきた。
と、そこへフクイの軍の筆頭重臣朝倉義景が高橋に進言した。
お互い疲弊しているからこそ、今が投入の時期であろう。
「投石器用意!」
高橋の指示と同時に、大型の木製道具が運ばれてきた。
これが攻城戦に絶大な威力を誇る投石器だ。
人間の頭ほどの大きさの石を、反動を使って撃ち込む道具である。
- 203 名前:悪天 投稿日:2006/05/07(日) 16:09
- 「・・・・・・ってー!!」
高橋の指示のもと、4台の投石器から一斉に石が放たれた。
「ぐぎゃっ!!」
反動をつけられて飛ばされた石は、危険極まりない凶器となる。
人間の頭など、一撃で簡単に割ることができる。
一人、また一人とカントリー王国軍兵士が倒れていく。
「城門を補強しろ!!」
この投石器の攻撃は城壁や城門にも大きな衝撃を与えていた。
城門の扉にも穴が開き、だんだんと強度が落ちていく。
フクイの軍の投石器の攻撃に、カントリー王国軍は大混乱に陥った。
- 204 名前:悪天 投稿日:2006/05/07(日) 16:09
- 「くっ!何とかしてあの投石器を壊さないと・・・・・」
木村麻美の表情が曇る。
このままではライジング王国軍の攻撃に屈してしまうのも時間の問題だ。
「撃て!撃ちまくるのだ!!」
ライジング王国軍本陣ではライジング王が小躍りせんばかりに興奮していた。
今までの劣勢が嘘のように、ライジング王国軍の勢いが増していく。
「さすが高橋やな。」
この状況につんくも胸を撫で下ろす。
的確な判断により、最大限の効果を生んでいる。
この戦況を見極める力のあるなしも、一軍を率いる将たる器だ。
が、そんなライジング王国軍の攻勢を、一人で打ち砕くものが現れた。
「麻美殿、ここは私にお任せ下さい。」
そう言うやいなや、流麗な動作で矢をつがえる。
そして、一瞬で標的をとらえると、しなやかに弦を引き、弓を放った。
- 205 名前:悪天 投稿日:2006/05/07(日) 16:09
- 「ぎゃっ!!」
今まさに石を放とうとした兵士が、くぐもった声を出して倒れこんだ。
そののどには、一本の矢が深々と刺さっていた。
「ぎゃっ!!」
「ぎゃああ!!!」
と、次の瞬間、同時に他の投石器を動かしていた兵士たちが悲鳴を上げて倒れる。
みな、一本の矢で致命傷を受けている。
「な?!」
これには高橋愛も驚きを隠せない。
城壁からここまで相当の距離がある。
矢を当てるだけでも至難の業だというのに、一撃で致命傷を与えるとは。
こんなことが出来るのは世界にただ一人であろう。
「“聖”を極めし10剣聖、“ホーリーナイト”安倍なつみ。」
高橋愛はその名を畏怖を込めて呟いた。
- 206 名前:悪天 投稿日:2006/05/07(日) 16:10
- 「さすが安倍殿!!」
安倍の弓の腕に、味方は驚嘆し、そして士気を高める。
やはり10剣聖の力はずば抜けている。
「俺たちも安倍殿に負けるな!!」
「体勢を整えろ!!」
士気を取り戻した兵士たちは、先ほどの混乱が嘘のように統制を取り戻した。
安倍なつみの存在が、カントリー王国軍の兵士を奮い立たせ、
ライジング王国軍の猛攻に立ち向かわせる。
「盾で守れ!」
が、高橋愛もすぐさま手を打つ。
100人の兵士を呼び寄せ、大きな鉄製の盾を持たせて投石器を操る兵士の前に立たせる。
まさに鉄の壁が出来上がる。
「愛様、この数は多すぎませぬか?」
「いや、義景、先ほどの弓を見たであろう?安倍なつみの弓はまさに神技。
中途半端な防御ではいたずらに兵士を失うだけだ。」
義景に毅然と応える高橋。
そしてこの判断は正しかった。
「やるべ。あれでは矢を当てることは不可能だべ。」
あれだけの数で守られていてはさすがの安倍でも矢を当てることは出来ない。
・・・・・・・・・出来る。
安倍は敵の指揮官が優れた人物であることを認識した。
- 207 名前:悪天 投稿日:2006/05/07(日) 16:10
- だが、安倍の弓の腕は高橋が考えていたよりも遥かに上を行っていた。
「麻美殿、少しの間私を守ってください。」
「えっ?あ、はい、分かりました!」
一瞬意味を図り損ねた麻美だったが、安倍の前に立ち、安倍を敵の矢や投石器から守る。
その間に安倍は矢をつがえ、心を集中させる。
狙うところはただ、一点。
「・・・・・・・・ここ!!」
気合一閃とともに、鋭く矢が放たれた。
その矢は、正確に目標をとらえた。
それはすなわち、投石器を組み立てている木製のねじ。
全ての支点となっている大きなねじであった。
次の瞬間、投石器は分解され、音を立てて崩れていった。
「な?!!」
これには敵味方関係なく、誰もが驚愕の表情を浮かべる。
さらに安倍は矢を放ち、残る3台の投石器を完全に破壊してしまった。
恐るべき威力を誇り、カントリー王国を苦しめた投石器。
それがわずか4本の矢により、全て破壊しつくされたのだ。
- 208 名前:悪天 投稿日:2006/05/07(日) 16:11
- 「な、何て腕や・・・・・・・・」
さすがのつんくも今の神技に驚嘆していた。
やはり10剣聖は危険な存在だ。
消せるときに確実に消しておかねば、後々に大きな災いとなる。
だが、それは自分の仕事ではない。
10剣聖を倒すのは自分の信頼できる仲間たち。
自分が倒すべきはただ一人。
「安倍は高橋、お前に任せたで。俺は必ずあいつ、吉澤ひとみを倒す。」
来るべき宿敵との戦いに備え、つんくは力を温存する。
しかし一方で、この戦いに自分の出番は無いであろう事を感じていた。
ここまでの戦いから、つんくはカントリー王国に
吉澤ひとみがいないということを見抜いていた。
なぜなら、吉澤ひとみがこの場にいるのならば最前線で戦っているであろうからだ。
吉澤ひとみという“ムーンライト”の使い手を出し惜しみする必要など全く無い。
それが出てこないということは、この場にいないということなのだ。
- 209 名前:悪天 投稿日:2006/05/07(日) 16:11
- 実際はこのとき、ひとみははるか北の国、ベリーズ公国におり、
この戦いには物理的に参戦することが出来ないでいる。
が、これもヒトミ・ヨッスィ・ブルーが平家みちよを求めたためである。
彼女を求めて厳しいシーク山脈を越えたため、
その余勢をかってベリーズ公国へと向かったのである。
もし仮に平家みちよという存在が無ければ、
確実にヒトミたちはカントリー王国へと向かっていただろう。
そうでなければ、反撃のための橋頭堡を失うことになるからだ。
また、平家みちよ以外の者を求めたのであれば、
カントリー王国が落とされる危険性を無視してシーク山脈を越えなかったであろう。
つまり、平家みちよという強大な存在があったからこそ、
吉澤ひとみとヒトミ・ヨッスィ・ブルーはこの場にいないのだ。
いかにつんくに智謀があろうとも、千里眼を持っているわけではない。
そのような理由でここに吉澤ひとみがいないことを知る由もなかった。
- 210 名前:悪天 投稿日:2006/05/07(日) 16:11
- 安倍の神技により、戦況は再び膠着状態に陥った。
カントリー王国軍は士気を取り戻し、激しく防戦する。
その防戦は激烈かつ的確で、多くのライジング王国軍兵士たちが傷つき、倒れていく。
「・・・・・・ここはいったん退くべきだな。」
この戦況を見て高橋愛はそう判断した。
そもそも城攻めは時間がかかるものだ。
城を守るには攻める兵力の4分の1あればいいとされている。
ライジング王国軍が8万であるのに対し、
カントリー王国軍は恐らく2万5千はかたいであろう。
そのため、十分に城を守ることが出来る。
それに兵士たちも移動と長時間の戦いで疲れている。
この辺りで一度休息を取らさねば。
「隊列を崩さず撤退するのだ!!」
これらのことから高橋は一度退くことを決め、ためらいなく指示を送った。
「撤退?!・・・・・者ども、退けー!!」
主将たる高橋愛の指示は絶対だ。
重臣朝倉義景が指示を伝えると、フクイの軍は整然と撤退を始めた。
- 211 名前:悪天 投稿日:2006/05/07(日) 16:12
- 「申しあげます。高橋殿率いるフクイの軍が撤退を開始いたしました!」
高橋のフクイの軍の動きは全てのものが知るところとなった。
「何?・・・・・さすが名門高橋家の跡取りで、名君と誉れ高い高橋愛殿だ。
戦の流れというものをよく存じている。
我らもいたずらに傷を広げる必要はない。退けっ!」
「ふん、やはり小娘には荷が重すぎたのだ。名門高橋家もこうなると哀れなものだな。
我らはこのまま一気に城を攻め落とすぞ!」
ある者はその決断に感嘆し、ある者はその決断を臆病者と罵る。
そしてそれぞれの思いとともに行動をし始める。
が、罵ったものは、次の瞬間手痛いしっぺ返しを食らうこととなる。
- 212 名前:悪天 投稿日:2006/05/07(日) 16:12
- 「敵は統制がとれていない。ここに集中攻撃!」
城壁からは敵の動きがよく見える。
ある部隊は整然と撤退していったため、攻撃を仕掛ける隙がない。
が、いまだ力攻めに頼ろうとする部隊は孤立し、袋のねずみだ。
「撃てっ!」
指揮官の木村麻美の手が振り下ろされる。
そして次の瞬間、城壁から何千本という雨あられの矢が、一気に降り注がれる。
「ぎゃああ!!!」
「ぐごっ?!!」
激しい矢の雨に断末魔の悲鳴を上げる兵士たち。
「バカか!この状況で力攻めをする者がいるか!」
主だった将軍の中では最年少にあたる高橋だが、思わず毒づく。
この程度の流れを読み取れない者が、兵士たちの命を預る資格はない。
「・・・・・・・義景、行くぞ!」
「はっ!愛様!者ども、続け!!」
将軍の無能さには呆れるばかりだが、それに従う兵士たちに何の罪もない。
高橋は踵を返すと、盾部隊を前方に押し出し、その間に負傷者たちを運び出す。
その手際は実に鮮やかであり、
カントリー王国軍の猛烈な攻撃を凌ぎつつも完璧に成功させる。
- 213 名前:悪天 投稿日:2006/05/07(日) 16:13
- 「・・・・・・・・・・・くっ。」
「敵ながら見事。」
「もう少しだったのに・・・・・・」
その鮮やかな手腕には、木村麻美をはじめ里田まい、斉藤美海も感嘆せざるを得ない。
「麻美殿、ここはわたしたちも。」
「・・・・・・・そうですね。我々も休息をとらねば。」
安倍の言葉に頷く麻美。
戦いはどうやら長期戦へともつれこみそうである。
そのためにここでしっかりと休息をとらねばならない。
麻美は、ライジング王国軍が本陣近くまで退いていくのを見届けると、
兵士たちに交代で休むように命じた。
『フラワーフィールズの血戦』はひとまず休戦を告げた。
- 214 名前:悪天 投稿日:2006/05/07(日) 16:13
- 「何をしておるか!役立たずどもめ!」
ライジング王の怒号が狭い本陣の中で響き渡る。
今夜はカントリー王国の王宮の寝室で、と考えていた。
兵力はこちらが圧倒的に勝っているが、戦況はほぼ互角。
いや、むしろこちらが押されているといってもいいであろう。
それだけに心に焦りの色が濃く出る。
「おそれいります。諸将軍をはじめ、みな全力で戦いに努めたのでございますが。」
『ふん。全力で努めてその程度とは、おもろすぎる冗談やな。』
平伏する将軍たちを見て、つんくは心で嘲りの笑いをあげる。
それにしても将軍たちの何というお粗末な戦いぶりであろう。
喜劇かと思えるほどまさに滑稽だ。
「・・・・・・・・」
同じような思いは、高橋愛も抱いている。
無論自分が全軍を指揮していたからといって、
カントリー城を一日で陥落できたとは言わないが、
もう少し相手に打撃を与えることは出来たはずだ。
- 215 名前:悪天 投稿日:2006/05/07(日) 16:13
- 「身分というのは本当に厄介なものですな。」
本陣での軍議を終え、将軍たちはそれぞれの部隊へと戻っていった。
その際、高橋愛に声をかけたのは、高橋が退却を決断した際に、
自分の部隊も退却させた将軍だった。
彼も将軍の座にいるとはいえ、それほど身分の高い将軍ではない。
そのため自分の部隊の統率権のみが与えられ、指揮する権利は与えられていない。
が、高橋の決断に同意したように、能力はある将軍だった。
この2人は、先ほどまで他の将軍たちから叱責を受けていた。
それは、命令違反を犯し、勝手に退却をしたことによるものである。
「本来ならば高橋殿、あなたのようなお方が全体を指揮するべきです。」
「いえ、私にはそれほどの器量はございませぬ。」
「ふふふ、ご謙遜を・・・・・」
将軍は苦笑を浮かべる。
フクイの軍の統率された動きを見れば、
その指揮官がどれほど優秀であるかなど赤子でも分かる。
だがそんな優秀な人材がしかるべきポストについていない。
今、要職にいるのはほとんどがライジング王のお気に入りの人材であり、
純粋に能力と武勲が評価されたわけではないのだ。
「・・・・・・・・・ライジング王国は一体、どうなるのでしょうね。」
そうポツリと呟き、その将軍は自分の部隊へと戻っていった。
ライジング王国の行く末を、人の世のこれからを憂いながら。
- 216 名前:悪天 投稿日:2006/05/07(日) 16:14
- 翌日、朝日が昇ると同時に、ライジング王国軍の総攻撃が再び開始された。
休養をとった分、その攻撃は昨日よりも激烈を極めた。
「防げ!絶対に死守しろ!!」
城壁の上では総指揮官たる木村麻美がさかんに指示を飛ばす。
里田まい、斉藤美海といったカントリー王国軍の将軍たちもそれぞれの持ち場で奮戦。
窮鼠カントリー王国軍の奮闘は、いまだに続いていた。
その奮戦は2日、3日経っても変わらず、戦いはまさに持久戦へともつれていく。
「おのれ役立たずどもめが!!」
ライジング王はギリリと歯軋りをしながら、
立ったり、座ったりと落ち着きのない行動を繰り返していた。
その脇では侍従たちがおろおろとライジング王のご機嫌伺いをしているが、全く効果なし。
『頼むからもう少しでんと構えてや。』
この様子につんくも嘲りを通り越して悲しくなる。
こんな男に人間界を委ねなくてはならないのか。
- 217 名前:悪天 投稿日:2006/05/07(日) 16:14
- 「陛下、大丈夫でございます。」
「む、高橋?」
ライジング王の前に平伏して現れたのは、
命令違反の罰として後方待機を命じられた高橋愛だった。
「陛下は今までほぼ全ての戦いに勝利してこられました。
ですから今回の戦いも必ず勝利いたします。」
「む、むむ、そうだな・・・・・そなたの言うとおりだ。」
高橋の落ち着き払った態度にライジング王も落ち着きを取り戻す。
そして豪奢な椅子に腰を下ろし、葡萄酒を一杯あおった。
『ふふふ、やるやんけ高橋。これは思ったよりも素質を秘めとるな。』
その様子を見ていたつんくの口に笑みが浮かぶ。
高橋愛はご機嫌取りが上手いわけではない。
が、今一番何をしなければならないか、何を言わなければならないかを理解しているため、
人の心を掴むのが上手いのだ。
『・・・・・・・・・・・ええこと思いついたで。』
と、この時、つんくの脳裏にある考えが閃いた。
それはすなわち、新王国の建国。
高橋愛を頂点とする、人間界を守る新王国の建国だった。
彼女が王として人間界を統治する。
そうすれば冥界や天界に負けないだけの人間界となろうし、
自分やまことたちも安心して目的を果たすことが出来る。
これ以上ない考えだ。
- 218 名前:悪天 投稿日:2006/05/07(日) 16:15
- 『そのためにはもっと高橋に手柄を立てさせへんとな。』
そう思ったつんくは、ライジング王に進言した。
「申し上げます陛下。」
「む、どうしたつんく。」
「はっ。私の腹心である高橋愛に策がございます。お聞き届けいただけますでしょうか。」
「何?策が?よかろう、申してみよ。」
「えっ?」
いきなり言われた高橋は驚く。
が、無論後方待機のまま無為に時を過ごしていたわけではなかった。
当然2つ3つは策を考えている。
高橋はそのうちの1つを進言した。
「申し上げます。カントリー城の守りは堅く、また将兵たちの士気も高く、
早急に落とすのは不可能かと存じます。
そのため、こちらはまず相手の疲れや焦りを誘うことが肝要と存じます。」
「うむ。不快なことだが、そなたの言うとおりだ。で、具体的な策は?」
「はっ、それは・・・・・・・・・」
高橋の述べた策は、そのまま採用された。
- 219 名前:悪天 投稿日:2006/05/07(日) 16:15
- 「敵軍が退いていきます!」
「・・・・いえ、違います!退いていくのは半分の軍勢だけです!」
物見の報告が、カントリー城内に走る。
その言葉通り、ライジング王国軍は全体のうちの半分が退却し、
もう半分の軍は今までどおり城攻めを行っていた。
「これは一体・・・・?」
カントリー王国宰相松永久秀はこの報告の意味が分からなかった。
半分だけ退き、もう半分だけ攻める?
それでは攻撃力が半減し、こちらが守るのが楽になるではないか。
「久秀、これはどういう意味であろうか?」
甲冑姿のカントリー王が、宰相に尋ねる。
彼もライジング王国軍の意図が全く理解できていなかった。
「それがしにはわかりかねますが、恐らく何か策があるのでございましょう。
ご油断なきよう。」
松永にしてもそう言うしかなかった。
この辺りが、普段実戦を経験していない者の限界であろう。
- 220 名前:悪天 投稿日:2006/05/07(日) 16:16
- 「これは・・・・・・・何という策だ・・・・・・・」
実戦を経験している歴戦の勇士たちは、この高橋愛の策を正しく理解していた。
ライジング王国の採った策は持久戦。
軍を二手に分け、交代で攻めるというものだ。
A軍が攻めている間、B軍は休息をとる。
A軍が疲れてくれば、B軍と交代し、A軍は休息をとる。
これだと、ライジング王国軍は疲れを気にせずに間断なく攻撃を仕掛け続けることが出来る。
これも8万という大軍だからこそ可能なことである。
一方、カントリー王国軍は軍を二手に分ける余裕など無い。
全兵力で防塞戦に挑まねばならないであろう。
つまり、カントリー王国軍は休息をとることも出来ず全力で戦い続けなければならないのだ。
これは想像を絶する苦しみである。
カントリー王国軍が奮戦すれば奮戦するほど、体力は奪われ、疲弊していく。
そして疲弊したところを一気に叩き潰されるだろう。
が、だからといって奮戦しないわけにはいかない。
数の上で劣っているカントリー王国軍にとって、
気力で奮戦するしか道は残されていないのだから。
つまり、どちらを選んでも待っているのは破滅への終着駅。
破滅が見えているのに、そこへ向かって一歩一歩進まねばならない。
カントリー王国軍は、精神的に追い詰められていた。
- 221 名前:悪天 投稿日:2006/05/07(日) 16:22
- 「見事な策やな、高橋。」
戦況を見守る高橋につんくが声をかけた。
高橋はこの策の立案者として、二手に分けた軍のうち、一軍の総指揮官に抜擢された。
そしてこの戦いに勝てば、高橋の武勲はこれ以上無いものになるであろう。
「いえ。・・・・・・・本来ならば早急に落とさねばなりません。
しかし私の力ではこの策で限界です。」
高橋は苦笑し、頭を振った。
この戦いは早急に決着をつけねばならない。
なぜならば、今、ライジング王国本国をはじめ、
ライジング王国の支配下にある全ての国は、全兵力を動員したため空っぽの状態だからだ。
そのため一刻も早くカントリー王国を平定せねば、
闇に埋もれている不穏分子がここぞとばかりに躍動し、
世界はまたも混乱の渦に巻き込まれるであろう。
無論小さな混乱など抑えるのは容易いことだが、その小さなものが一つになると、
強力な指導者によって導かれるとそれは実に厄介な事になる。
だからこそ絶対に、早急に戦いを終わらせなければならない。
だが、焦って力攻めを繰り返してはよけいに疲弊するだけである。
だからこそ、ここはゆっくりと慎重に攻略しなくてはならない。
しかし、このゆっくりと慎重に、というのが難しい。
指揮するものの精神力が問われるからだ。
早く終わらせたいが、絶対に焦ってはならない。
綱の上を渡るかのような緊張感に耐えられるものは少ない。
つまり、この戦い方を決断しただけで、高橋の力量が世に知れわたる事になった。
「“急がば回れ”ですね。」
高橋は古いこの言葉の意味を噛み締めていた。
- 222 名前:悪天 投稿日:2006/05/07(日) 16:22
- 「も、もう・・・・だ・・・・・・・」
そう言ってその兵士は倒れた。
その兵士に目立った外傷はない。
が、生命活動は永遠に停止していた。
死因は過労死。
ライジング王国軍が高橋愛の策を敢行して、5日が経とうとしていた。
その間、ライジング王国軍の攻撃は昼夜一度も途切れることなく続いた。
当初はよく持ちこたえていたカントリー王国軍だが、
やはり人間の身体には限界がある。
一人、また一人と倒れていく。
「ぐっ・・・・・・・」
「あ、麻美様!!」
その中でも総指揮官たる木村麻美の疲労はまさに極限にあった。
今までは気力で何とか持たせてきたが、それも限界に近付こうとしていた。
ふらつく小柄な身体を、何とか剣で支える。
- 223 名前:悪天 投稿日:2006/05/07(日) 16:22
- 「諦めるな!諦めが死を招くのだ!!」
里田まいも声を張り上げ、兵士たちの士気を鼓舞しようとする。
無論兵士たちも気力を振り絞って奮戦しようと試みるが、
激戦による疲れのため、身体が言うことを聴いてくれなかった。
「ぎゃあっ!!」
生命の最後の声を上げ、倒れ行く兵士たち。
過労で死ぬ者。
攻撃を防ぐことが出来ず、その身を切り裂かれる者、射抜かれる者。
カントリー城は、もはや死の世界へと変わりつつあった。
- 224 名前:悪天 投稿日:2006/05/07(日) 16:23
- 「これは・・・・・まずいべ・・・・・・」
さすがの安倍も、この状況ではどうすることも出来ない。
彼女自身も体力、気力とも限界に近付きつつある。
「・・・・・・でも、このまま終わる気はない。」
亡きゼティマ王との約束を果たすまでは、何が何でも生き延びる。
どんな手を使おうとも、誰を見捨てようとも。
安倍なつみと同じ思いを抱いている者は、カントリー城にもう一人いた。
「俺だけは絶対に生き延びる。」
カントリー王国宰相松永久秀である。
この戦いで自分が破滅するつもりなど毛頭ない。
味方を売ってでも必ず生き延びる。
人間界のため、一つになって戦っていたカントリー王国軍。
その絆も、ついに音を立てて切れてしまった。
- 225 名前:悪天 投稿日:2006/05/07(日) 16:23
- 「そろそろだな・・・・・・・」
高橋は戦況をつぶさに観察していた。
ここまでカントリー王国軍が持ちこたえるとは正直思ってもみなかった。
が、その抵抗もここまで。
後は、こちらが最後の一押しをするのみだ。
高橋は休息をとっていた自分の指揮する兵士たちに、総攻撃の準備をさせる。
兵士たちは文句も言わずに迅速に陣容を整える。
彼らは、ここまでの戦いを通して高橋愛という人物を認めていた。
初日の見事な退却や、作戦を指揮する姿、また、兵士たちを労わる心など、
まさに自分たちの将たるに相応しい器だと。
「・・・・・・・・よし。」
兵士たちの準備が整うと、高橋はふうっと一息吐いた。
そして、次の瞬間。
「全軍・・・・・・・突撃!!」
『フラワーフィールズの血戦』の最終命令が全軍に伝達された。
- 226 名前:悪天 投稿日:2006/05/07(日) 16:23
- 「ぜ、全軍が突撃してきます!!」
城壁や望楼の上で、狼狽と驚きの声が上がる。
それは絶望の響きとなって、カントリー城を包み込む。
「ふ、防げ!!」
木村麻美が叫ぶが、その声ももはや力を失いつつあり、
全軍を奮い立たせることは出来なかった。
カントリー王国軍はもはや反撃の気力を失っていた。
「なっ?!」
と、その時、カントリー王国軍にとって信じられない光景が目に飛び込んできた。
今まで、ライジング王国軍の猛攻を防ぎきってきた城門。
それが、音を立てて開いていくのだ。
「だ、誰が?!!」
そう叫ぶ彼らの目に映ったのは、カントリー王国の重鎮というべき存在。
宰相松永久秀であった。
「我は松永久秀!!ただいまよりライジング王国にお味方いたす!!」
城門を開け、高らかに叫ぶ松永。
と同時に保護されるべく、一目散にライジング王国軍に駆け寄る。
これが全ての契機。
破滅への始まりであった。
これを機にカントリー王国軍の統制は完全に崩壊した。
- 227 名前:悪天 投稿日:2006/05/07(日) 16:24
- 「ま、松永!!裏切りおったか!!」
カントリー王が目を血走らせながら叫ぶ。
今まで全幅の信頼を寄せ、それによる報酬も十二分に与えてきた。
代々カントリー王家に伝わる茶釜“平蜘蛛の釜”をも松永に与えた。
その恩をこんな形で返すとは。
カントリー王の中で、何かが音を立てて崩れ去る。
- 228 名前:悪天 投稿日:2006/05/07(日) 16:24
- 「突撃!突撃!突撃!!」
今までの鬱憤を晴らすかのように、ライジング王国軍は勢い勇んで城門へと殺到する。
その最前線に立つのは、フクイの軍の猛将朝倉景健(あさくらかげたけ)。
朝倉家当主、義景とは遠い血筋にあたる一族だが、その才能は群を抜いており、
しばしば義景に代わってフクイの軍を統括するほどの猛者である。
高橋が別働隊の総指揮官を務めているため、フクイの軍は朝倉一族が率いていた。
「おらおらおらおらおら!!」
景健は大剣を旋回させ、2人のカントリー兵を一瞬で叩き斬った。
そして勢いを緩めることなくカントリー城内へと突っ込んでいく。
「我らも景健に遅れを取るな!突き進め!!!」
この機を逃さず義景はフクイの軍に指示を出す。
そして自らも刀を握り締め、前線へと突き進んでいく。
「まだまだ若造に負けはせん!」
齢はもう60を超えているであろうが、その動きに何の衰えも感じられない。
1人、2人とカントリー兵たちを斬り捨てていく。
「うおおおおおお!!!!」
この2人の朝倉家の猛将に続き、フクイの軍の兵たちが、甲冑の壁となって突き進む。
- 229 名前:悪天 投稿日:2006/05/07(日) 16:25
- フクイの軍は城門から続々と侵入し、数を増していく。
「よし、陣形を整えよ!!」
朝倉義景が叫ぶと、フクイの軍の兵士たちは義景を中心に陣形を整え始めた。
このあたりが、フクイの軍が他の軍とは違うところだ。
つまり、それを指揮する指揮官の力が違うということだ。
「突撃!!!」
陣形をわずかな時間で整えると、フクイの軍は雄たけびを上げて突進した。
槍を鋭く突き、剣をなぎ払い、戦斧を振りかざす。
「防げ!!!」
カントリー王国軍も咆哮をあげ、それを迎え撃つ。
たちまちにカントリー城内は血で真っ赤に彩られる。
持っている槍も剣も戦斧も手元までが血に濡れ、甲冑も鮮やかに赤を醸し出す。
カントリー王国軍は、この状況の中、勇敢に戦った。
全軍の統制はすでに途絶えていたものの、
それぞれが出来うる限りの奮戦をし、懸命に戦う。
だが、懸命に戦うだけではおぎなえない所までカントリー王国軍は追い詰められていた。
連日の攻撃に耐えてきた彼らには、もはや体力も気力も残っていなかった。
それに比べて二手に分けたライジング王国軍は、
それぞれが交互に休息を取っていたため動きが素軽い。
何より、数が圧倒的に違いすぎた。
カントリー城の城内は、いまやライジング王国軍が個人的な武勇を思う存分振るう場となっていた。
「むうう、見事だ。」
馬鹿な将軍たちでも、この状況を創り出したのが誰なのかは分かる。
今まで小娘と蔑んでいた彼女、高橋愛が全て創り出したのだ。
いかに彼らに自尊心があろうと、彼女の力を認めざるを得なかった。
- 230 名前:悪天 投稿日:2006/05/07(日) 16:25
- 「終わったなつんく。」
「ああ。」
本陣から少し離れた場所で戦況を見守っていたつんく。
そのつんくの肩をポンと叩いたのはまことだった。
「それにしても見事な手際やったな。
結局俺らの出番はなかったな。」
有り余る力をもてあますようにはたけが大剣を振るう。
高橋愛の指揮により、ライジング王国軍はまもなく完勝をおさめるであろう。
しかも、つんくたちの手を一度も煩わせることなく。
これはまさに高橋愛の力量によるものである。
「これでようやく次の段階へと進めるな。」
たいせーがふうっと息を吐く。
ここまではいわば序章。
これからが彼らにとって、本当の戦いの始まりなのだ。
「たいせー、実はそのことやけどな・・・・・・」
が、つんくは首を振る。
そしてたいせーをはじめ、みなに自分の考えを話した。
つまり、高橋愛を新たな人間界の王とするという考えを。
- 231 名前:悪天 投稿日:2006/05/07(日) 16:26
- 「それは・・・・・・魅力的な考えやな。けど、時間がかかりすぎるんとちゃうか。」
まことがつんくの意見に異を唱える。
もちろん実現するならば最上の考えだと思う。
だが一つの新王国を建国するには途方もない時間が必要だ。
自分たちにはそんな時間など許されない。
「いや、新しい国を創る必要はあらへん。今ある国を奪えばええねん。
そういうことやな、つんく。」
「ああ、冴えてるなたいせー。」
たいせーの言葉ににやりと笑うつんく。
「なるほどな、ライジング王国をそのままいただくというわけやな。」
はたけも合点がいったようににやりと笑い、頷く。
「この戦いで高橋の名声は限りなく上がった。
今やその武勲はライジング王国でもトップやろう。
それに兵士たちはもちろん、将軍たちも高橋の力を認めだした。
政権交代への礎はすでに出来てる。後は、ライジング王に不慮の死を遂げてもらうだけや。
そうしたら自然に高橋愛に玉座はめぐってくる。」
「やな。それにもともとあいつは名門高橋家の出やからな。
玉座についても何の違和感もあらへん。
力量、人望、家柄。全てが揃った名君の誕生や。」
つんくの言葉をまことが引き継ぐ。
彼も、話しているうちにこのつんくの考えを実行すべきだと決断していた。
「・・・さあハーデスにゼウス。俺は、俺ら人間はお前らには負けへんで。」
つんくの言葉は血の臭いが漂う空気に溶けて、消えた。
それは冥界、天界に向けての静かなる宣戦布告であった。
- 232 名前:悪天 投稿日:2006/05/07(日) 16:26
- 「ぎゃあああああああ!!!!!!!」
「げぶっ!!!!」
カントリー王国軍の兵士たちは、まるで雑草を刈られるかのように斬られ、倒れていく。
城内を血が覆い、辺りは血なまぐささで息をも出来ぬほどである。
が、この血は、人々をさらなる殺戮へと酔わせる。
「殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ!!!余に刃向かう者は皆殺しにしろ!!!
民衆もだ!!根こそぎ殺してしまえ!!!」
この血に一番酔ったのは他ならぬ彼。
世界の支配者、ライジング4世。
殺戮の病に犯された彼は、城内にいる全ての者を皆殺しにしろという命令を出した。
この命令が、『フラワーフィールズの血戦』を歴史上最も凄惨な戦いの一つといわしめる要因となった。
- 233 名前:悪天 投稿日:2006/05/07(日) 16:27
- ライジング王国軍の兵士たちは、この命令を忠実に実行した。
そうせねば自分たちの首が飛ぶのもあるが、彼らも血と殺戮に酔いしれていたのだ。
そんな彼らに、主君から皆殺しの命令が出た。
それを聞き、ほとんどの者が喜々として殺戮に走る。
「ひ、お、お助け・・・・・・」
「いやー!!」
民衆たちの口から悲鳴が上がる。
戦いの前に彼らは城へと避難をしていたのだが、
それが彼らにとって逃げ道をふさぐこととなった。
何の抵抗も無く斬られ、屍をさらしていく。
無論、そこには女子供も含まれていた。
「この下種どもめが・・・・・・・」
この惨劇を憤怒に満ちた表情で見つめるのは高橋愛。
兵士ならばまだしも、無抵抗の民衆まで殺めるとは。
「フクイの軍は私に続け!!」
「あ、愛様?!」
高橋は一目散にカントリー城へと入っていった。
この戦いを一刻も早く終わらせるには、総大将たるカントリー王の首を取ることだ。
そうすれば戦いの熱狂も冷め、少しでも犠牲を減らすことが出来る。
「愛様に続け!!」
主君高橋愛の命令は絶対。
フクイの軍に名を連ねる者は例外なくそうである。
そしてそれは強制ではなく、心からそう思っているのだ。
フクイの軍は無駄な虐殺などせず、一目散に王宮へと進んでいく。
「我らは高橋どのを援護しろ!」
この動きに気付いた他のライジング王国軍の将軍たちは正気の者に指示を出し、
高橋率いるフクイの軍を援護する。
彼らはみな、高橋愛を認めたのであった。
- 234 名前:悪天 投稿日:2006/05/07(日) 16:27
- 「に、逃げろ!」
王宮内ではカントリー王国の頂点に立つ者たちが、我先にと逃亡を図っていた。
無論国王も同様にだった。
その姿からは一国を預る最高責任者としての誇りが全く消えうせていた。
重臣や兵士たちが必死に戦い、また何の罪もない民主たちが殺されているというのに、
彼らはただひたすら自分が助かりたいと思い、逃げる。
カントリー王国宰相松永久秀が危惧したとおり、彼は惰弱な王であった。
「行かせませんよ。」
しかし、それを阻む者が現れた。
気品ある立ち振る舞いで、颯爽とカントリー王国の頂点たちの前に立ちはだかる。
今や、ライジング王国において絶対的な地位を得ようとしている将軍。
後の歴史書に『新10剣聖』の一人として名を連ねることになる高橋愛だった。
「ひ、た、助け・・・・・・」
その姿を見たカントリー王は、腰を抜かしながらも必死に後ずさる。
大臣たちは後ずさる国王などには目もくれず、我先にと逃げ出していく。
「何とあさましい奴らだ。」
が、彼らも朝倉義景をはじめ、フクイの軍にあっさりと包囲される。
「お前たちはカントリー王国の重鎮であろう?
重鎮ならば重鎮らしく、全ての責任を負わねばならぬであろう。
それを、全て投げ捨てて逃げ出すとは・・・・・・・・」
敵ながら、彼らの行動が許せない朝倉義景。
もし自分がこの立場ならば、主君である高橋愛を最期まで守り抜き、
そしてこの命を華々しく散らすであろう。
それが主君への熱き忠誠心の証明であり、武人としての本懐であるのだ。
- 235 名前:悪天 投稿日:2006/05/07(日) 16:28
- 「カントリー王国国王陛下とお見受けいたします。この血なまぐさい戦いを終わらせるにはあなたの首が必要です。
どうかそのお命、私にお渡し下さい。」
高橋はそう言うと、腰に佩いていた長剣を抜いた。
長剣が落日の光を浴びて、赤い光を放っている。
「ひ、ひいいい!!!」
光が目に当たると、カントリー王は発狂したかのようにわめき、叫ぶ。
口からはよだれをたらし、失禁もしていた。
「・・・・・・・・・・・」
一国の王のこんな姿を見るのは耐え難いこと。
一瞬でも早く楽にしてやろうと高橋は長剣を上段に構えた。
そして一気に振り下ろそうとしたが、カントリー王の発した言葉に動きが止まった。
「あ、安倍殿!助けてくれ!!」
半狂乱のカントリー王の目に映ったのは、祖国を滅ぼされ、
自国を頼ってきた10剣聖“ホーリーナイト”安倍なつみであった。
そしてその安倍の背中には一人の女性が背負われていた。
10剣聖“ファイアストーム”市井紗耶香。
先の『ゼティマ城攻防戦』以来、一命は取り留めたものの意識が戻っていなかった。
- 236 名前:悪天 投稿日:2006/05/07(日) 16:29
- 「あ、安倍殿、余を、余を助けてくれ!」
カントリー王が物を乞うように安倍に懇願する。
自国を頼ってきた安倍を手厚く迎え、
瀕死の重傷を負った市井紗耶香に出来うる限りの治療を施した。
その恩は計り知れないはずだ。
それに、安倍なつみは“聖”を極めたホーリーナイト。
その名を謳われる10剣聖だ。
必ず自分を助けてくれる。
「安倍なつみ殿ですね。」
高橋はカントリー王に振り下ろそうとした長剣を安倍に向けた。
つんくたちとの共通の目的のためには、彼女は倒さねばならない最大の敵の一人。
が、この『フラワーフィールズの血戦』を終わらせるためには、
一刻も早くカントリー王の首を取らねばならない。
無論安倍はそれを全力で阻止しに来るであろう。
出来うることならば今、安倍と対峙するのは避けたかった。
が、ここで安倍は誰も予想しない行動に出た。
何と彼女は、懇願するカントリー王を温もりの無い目で一瞥すると、
さっとその場から立ち去ってしまったのだ。
- 237 名前:悪天 投稿日:2006/05/07(日) 16:29
- 「え?!」
これにはカントリー王はもちろん、高橋愛も、フクイの軍の面々も驚きを隠せなかった。
あまりの驚きに誰もが身体を動かすことが出来ず、安倍の逃走を見逃してしまう。
「そ、そんな・・・・・・・」
カントリー王は信じられないと言った表情で呟く。
あの義に厚いはずの10剣聖安倍なつみが、恩のある自分を見捨てるとは。
「あは、あは、あは・・・・・・・・・」
この瞬間、哀れな男の精神は完全に崩壊してしまった。
「・・・・・・・・・なぜ?」
高橋自身もこれには大きな衝撃を受けていた。
今でこそ敵として見ているが、10剣聖の勇名には憧れさえ抱いていた。
目標とすべき存在でもあった。
それがこの状況で恩人を見捨てて逃げる。
高橋自身到底信じられなかった。
- 238 名前:悪天 投稿日:2006/05/07(日) 16:30
- 「・・・・・・・愛様。ここは急がねば。」
呆然とする主君を忠実なる臣下朝倉義景が現実に引き戻す。
今は呆然としている暇はない。
一刻も早くこの血なまぐさい戦いを終わらせねば。
「・・・・・・そうだな。」
忠臣の言葉に我を取り戻した高橋は、崩壊したカントリー王の傍らに立つ。
こんな状態の人間を斬るのは忍びないが、戦いを止めるには彼の首が必要なのだ。
「カントリー王国国王陛下。その首、高橋愛が頂戴いたします。」
そう言うやいなや、長剣が鋭く振り下ろされた。
この瞬間、『フラワーフィールズの血戦』は終わりを告げ、カントリー王国は滅亡した。
- 239 名前:悪天 投稿日:2006/05/07(日) 16:35
- 高橋がカントリー王の首を取ったことが全軍に伝わると、戦いは次第に収束していった。
誰もが狂気から目が覚め、正気を取り戻しつつあった。
正気に戻ると、自分たちのしでかしたことに対して罪悪感を持つ。
無抵抗の民衆までも殺し、またそれを楽しんでいたとは・・・・・・
と同時に、この狂気を覚ましてくれた高橋愛に感謝の念を持つ。
彼女が一目散に王宮へ向かい、カントリー王の首を取ってくれたからこそ、
死者の数は“この程度”ですんだのだ。
“この程度”というこの戦いでの死者はライジング王国で1万を超え、
カントリー王国にいたっては兵士、民衆合わせて5万はゆうに超えていた。
流された血の量は正確に量りようもなく、
ただただ血の海が、河が、湖が辺りを覆い尽くしていた。
- 240 名前:悪天 投稿日:2006/05/07(日) 16:35
- この戦いの中の戦死者には、カントリー王はもちろん、カントリー王国の重鎮、
主だった将軍たちも含まれている。
そして、彼、宰相閣下松永久秀もこの中に含まれていた。
彼はライジング王国へ降る最中に、
持っていた茶釜“平蜘蛛の釜”を落としたことに気付いた。
それに気付き、立ち止まった際に流れ矢に当たって絶息したのである。
小悪党らしい死に方であったが、歴史書には彼の死は書かれていない。
書かれるに値しなかったのであろう。
カントリー王国軍の重臣、木村麻美、里田まい、斉藤美海はそれぞれ奮戦したが、
力尽き、ライジング王国軍に捕らえられた。
ライジング王はすぐさま斬首を命じたが、高橋の進言により捕虜とすることになった。
無論戦いにはつきものだが、この『フラワーフィールズの血戦』はとかく裏切りが続出した。
そんな戦いで、最後まで祖国のために命をかけて戦ったこの3人は、
殺すには余りに惜しい人材。
そう判断し、高橋は彼女たちの助命を請うたのだ。
もちろん3人はこの助命を拒絶。
祖国とともに自分たちも死なせてくれと懇願したが、
熱く説得する高橋の涙に、とりあえず捕虜となることだけは受け容れた。
- 241 名前:悪天 投稿日:2006/05/07(日) 16:36
- その姿にライジング王国の他の将軍や兵士たちも心を熱くした。
勇者には、敵であろうと礼をもって接する。
武人としての本懐をこの小娘に見せ付けられたのだ。
が、不思議と悔しさ、腹立たしさは無かった。
さすがは名門高橋家の当主と、敬意をもって讃えられたのである。
これは、ライジング王国の民意が、
国王から高橋愛へと移り変わりつつあることを示唆していた。
- 242 名前:悪天 投稿日:2006/05/07(日) 16:36
- 「紗耶香、頑張るべ。」
彼女は歩く。
体力は限界を超えているが、気力が身体を動かしていく。
彼女の望みはただ一つ。
ゼティマ王国の復興。
そのためにはどんな手段をも選ばない。
誰を見捨てても、誰を殺めても構わない。
それは希望への道なのか、それとも絶望への道なのか。
安倍なつみは希望と信じて疑わなかった。
- 243 名前:悪天 投稿日:2006/05/07(日) 16:38
- ゼティマ暦308年5月23日。
この日、歴史上最も凄惨な戦いの一つと言われた『フラワーフィールズの血戦』が終戦し、
カントリー王国は滅亡した。
この瞬間、ライジング王国は人間界の主要五カ国を制覇し、
その力は人類史上最大のものとなった。
が、しかし、この日は同時に、
ライジング王国が新王朝へと移行する第一歩を歩み始めた日でもあった。
- 244 名前:悪天 投稿日:2006/05/07(日) 16:38
-
世界は、急速に音を立てて回り始めた。
- 245 名前:悪天 投稿日:2006/05/07(日) 16:40
- 今回の更新はここまでです。
前回から4ヶ月もあいてしまい、申し訳ないです。
でも放置だけはありえませんので、
どうかこれからも見ていただければ嬉しいです。
- 246 名前:悪天 投稿日:2006/05/07(日) 16:40
- >>179 通りすがりの者様
レスありがとうございます。そうですね、妙な展開になってきました。
そして今回も更に妙になりました。作者自身、これをうまくまとめられるか心配です。
これからもどうぞよろしくお願いいたします。
>>180 初心者様
レスありがとうございます。つんくがこの話の鍵を握ります。
彼の動向により、この先の展開が変わってきますので、
これからもご注目下さい。よろしくお願いします。
>>181 春嶋浪漫様
レスありがとうございます。確かに話が不透明になってきましたね。
狼煙も一筋縄ではいきません。主役さんたちにはまだまだ苦労をしてもらいます。
どうぞこれからもよろしくお願いします。
- 247 名前:悪天 投稿日:2006/05/07(日) 16:40
- >>182 名無飼育さん様
レスありがとうございます。おもしろいと言っていただいて嬉しいです。
更新は遅いですが、これからも見ていただければ嬉しいです。
よろしくお願いいたします。
>>183 名無飼育さん様
レスありがとうございます。こんな話を待っていただいてありがとうございます。
なかなか更新が遅くて申し訳ありませんが、これからもどうぞよろしくお願いいたします。
>>184 名無飼育さん様
レスありがとうございます。いつも更新が遅くてすみません。
こんな話ですが、これからも見ていただければうれしいです。
よろしくお願いいたします。
- 248 名前:悪天 投稿日:2006/05/07(日) 16:41
- では次回更新まで失礼いたします。
これからもどうぞよろしくお願いいたします。
- 249 名前:春嶋浪漫 投稿日:2006/05/07(日) 23:06
- 更新お疲れ様です。
実に4ヶ月ぶりですか・・・私は待っていましたよ。
ん〜最後の希望が・・・
まぁ〜人の思いが統一できなければ結局脆いですね。
私も完結するまでは絶対見てやる思いです。
次回更新も楽しみに待っています。
- 250 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/05/08(月) 02:38
- 更新お疲れ様です。
愛ちゃんかっこえぇ。
ツンクの秘密となっちの動向も気になります。
また次回も楽しみにしてます。
- 251 名前:通りすがりの者 投稿日:2006/05/09(火) 00:07
- 更新お疲れ様です。
待ち侘びておりました。
凄い展開へと発展しておりましたが
まだまだ続きそうですね。
次回更新待ってます。
- 252 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/06(日) 00:30
- えっと、この作品、スレ整理の条件に当てはまってますので、
作者さん、生存報告だけでもお願いします。
- 253 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/07(月) 01:25
- 作者さん。毎回楽しみにしています。
気がついたら生存報告よろしくっ!
- 254 名前:悪天 投稿日:2006/08/10(木) 06:51
- すみません、まだ続けるつもりですので、
保全をよろしくお願いします。
- 255 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/10(木) 21:48
- よかった〜、作者さんありがとう。
- 256 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/09/22(金) 01:34
- 気長に待ってるよ
- 257 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/09/29(金) 09:56
- 待ってるよぉ〜
- 258 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/20(金) 00:38
- 待ってます
- 259 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/12/28(木) 21:59
- 諦めたくないなあ
- 260 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/10(土) 18:02
- ほんと諦めたくないなぁ〜更新待ってます
- 261 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/19(月) 23:16
- 更新お待ちしてます
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