お隣さんの思い出

1 名前:ツースリー 投稿日:2005/08/08(月) 18:43
よししばを中心に書かせていただきたいと思います。
またお付き合いいただけたらうれしいです。

前スレはこちらになります。
修学旅行の思い出
ttp://m-seek.net/cgi-bin/test/read.cgi/dream/1101401653/
2 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/08/08(月) 18:44



当たり前だと思ってた。
一緒にいられることなんて。
特別な、ことなんかじゃないんだって。


あの頃って、なんにもなかったなぁ。

こんなふうに、今日中に終わらせなきゃいけない仕事とか、その責任とか。
どんなに疲れて眠っても、朝7時には目が覚めちゃうような、おかしな義務感とか。


あー…あとお金もなかったなぁ…
それから、社会からの地位も、信頼も。

なんにもなくて。
何も持ってなくって。


…ただ…あったのは。

持て余すほどの自由な時間と、朝まで騒いでも平気な、無駄に若い体と。


…そして。

あなたが、ずっと。
きっと、これからも、こうして隣にいてくれるんだろうな、なんて。
不確かで、自分勝手な自信。



3 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/08/08(月) 18:46


でも、それはもう。
この先、私がどんなにがんばって働いても、大人になっても。

二度と、戻っては来ないものだろう。



◇     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇


「あ、柴ちゃんおかえり〜遅かったね。もう夜ご飯食べたの?」
「食べてないよぉ〜もう一日中歩き回ってヘトヘトだよ〜疲れた〜お腹すいたぁ〜」
「じゃあうちがなんか作ってあげるよ!え〜っと…たまねぎと鶏肉と…バターは
うちにあるけど…ねぇ、柴ちゃんちに牛乳ある?」
「牛乳?ん〜…あった…と思うよ?たしか。なになに?何作ってくれるの?」
「んふふ〜ヒミツ。あ、じゃあどっちの部屋にする?」
「そうだなぁ…最近ずっとよっすぃ〜んちだったし、今日はうち来る?」
「うん!あ、それからこないだ柴ちゃんが見たいって言ってたDVD、借りてきたよ。
持って行こうか?」
「持ってきて持ってきて!!じゃ後でね〜」
「はーい、すぐ行くね〜」


そうして、ようやく刺しっ放しだったカギを抜いて、ドアを開け、中に入る。



4 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/08/08(月) 18:47


こんなふうに、隣の部屋に住むよっすぃ〜と仲良くなって、もう2年目になる。

今じゃあ、あの子。
私がドアにかぎをさした音すら聞き逃さず、私が帰ってきたのが分かると、
でっかい目をくりくりさせてひょっこりとお隣のドアから顔を出す。

よしよし、おりこうに育ったもんだ。
やっぱり私の教育がよかったんだな。


そんなおりこうなよっすぃ〜が来る前に、
この暑い中歩き回って汗でベタベタになったリクルートスーツを、
ちゃちゃっと脱いでおこうと思ったんだけど…


「ねぇ柴ちゃん耐熱のお皿ある〜?…おわわぁぁぁぁぁぁ?!!!」
「ん?お皿?ありゃ、早かったねよっすぃ〜。」

ちょうどシャツを脱いだところで、ドアが開いて。
ご飯の材料とDVDを抱えたよっすぃ〜が中に入ってきた。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!!そんっ…そんなつもりじゃ!!!!」
「…いや、別にそんな慌てなくても。いいよ、見たって〜女の子同士なんだし。
まぁ、見せるほどの体でもないですけど。」


さぁどうぞどうぞ。
そう言うとよっすぃ〜はいい、いい!と相変わらず慌てたまま。
台所のほうに走っていってしまった。変な子。



5 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/08/08(月) 18:48


そして、洗濯機の中にあったジャージをひっぱりだしてきて、着替えて。
私も台所へ向かう。


「あ、ねー。耐熱のお皿って、ガラスなら大丈夫だよね?ふたつ出せばいいの?」
「…うん。」
「あと、牛乳もか。ねー何作ってんのぉ〜?」
「な、内緒だってば!もう、柴ちゃんはあっち行っててよ!」
「え〜超気になるぅ〜ありえなぁ〜い」
「…もう若くないんだから、そんな変な言葉使わなくたって…」
「………」
「ん?あ、ご、ごめんなさい!すいません、失礼なことを…」
「………」
「あの、すぐ、すぐできますんで…」
「じゃ、向こう行って待ってるから。」
「は、はい!」


にらまれて固まっているよっすぃ〜を台所にほったらかしにしたまま。
私は冷蔵庫からビールを取り出して、ソファーにどすん!と、わざと荒々しく座った。


まったく、よっすぃ〜もすっかり生意気になったもんだ。
引っ越してきたばっかりのときは、あんなにかわいかったのになぁ。

って…こんな発言してること事態、やばい?
やっぱ私もう若くないの?大学4年なんて、年下からみたらおばさんなのかな?


でもでもでも、まだ21歳だし。
…だけどもうすぐ社会人だしぃ…内定が出ればだけど。


はぁ、びみょーなお年頃だなぁ…私って。



6 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/08/08(月) 18:49


ちびちびビールを飲みながら、うじうじ悩んでいると。
オーブンがチンっとなって、そしたらなんだかすごくいいにおいがしだして。


振り返ると、よっすぃ〜が出来立てのグラタンを二つ、まな板の上に乗せて運んできていた。


「あっはっは!なんでまな板なのぉ〜?」
「あちち!だって柴ちゃんちお盆ないじゃんか〜熱くて持てないんだよ。取って、取って。」

言われたとおりまな板の上からお皿を受け取って、テーブルに置く、あちち、あちち。

牛乳に耐熱皿にオーブンって、グラタンだったのかぁ〜なるほど。

しかし、よっすぃ〜いつの間にこんなの覚えちゃったのー?


「んー?別に簡単だよ?このぐらい。」
「かーっ。ついこないだまでフライパンでスパゲッティー茹でてたのにねぇ〜」
「や、やめてよ昔の話!!」


だってそうだったじゃーん。
ほんと、なにもできなかったくせに。
料理も、それ以外のことだって。



7 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/08/08(月) 18:50



二年前の春。
引越しの挨拶に来た彼女は、今よりずっと頼りなくて。
不安そうに、大きな瞳をうるうるさせていたっけ。

しかも名前もヒトミちゃんだっていうから、まぁびっくり。


だけど、初めての一人暮らしなんて、みんな不安なのはあたりまえだし。
私もそうだったけど、すぐに慣れちゃうもんだから、心配するほどのことじゃないかなーって…
…普通は思うよね…いや、私も思ったんだけど。


引越しのご挨拶だというお茶菓子を受け取った後も、なぜか私の部屋の前に立ち尽くしたまま、動こうとしない彼女を。

そのくせ…今にも泣き出しそうな彼女を。
…ほおっておけなくて。


「…どうしたの?」

そう声をかけて、頭をなでたら。
ぶわぁーっと音がしそうな勢いで、案の定泣き出した。



8 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/08/08(月) 18:51


…話を聞くと。
今日ここに引っ越してきた彼女には、小さい弟さんがいるとかで。
だから、一緒に来ていたご両親はすぐにお家のほうに戻らなくちゃいけなくて。
それを分かっていた彼女は、一人で大丈夫?どちらか残ろうか?というご両親の申し出を
いい!大丈夫!なんて、強気で断ってしまったらしい。

つい、お姉さんぶっちゃったのね…。心配かけたくなかったのかな。


…って、それはわかったけど。

「それで、何で泣いてるの?もう、ホームシック?」
「ち、ちがっ…に、荷物が…荷物が…」
「荷物?」
「荷物が…と、とどかないぃ〜…」
「はぁ?!」


ちょ…それ、どういうこと?!

「電話は?!宅急便に電話したの?!」


そういうときは、ちゃんと苦情言わなきゃ!
忘れてるのか、それとも相手も場所わからなくて困ってるのかもしれないんだし。



9 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/08/08(月) 18:52


「電話…まだ…つながってなくて…ケータイ…充電切れて…充電器も、その荷物の中に…」
「だぁぁ!貸しなさい、宅急便の電話番号!私がかける!」


今思えば、公衆電話って手があったんじゃないかなーと思うけど。
荷物が届かない、ケータイも通じないですでにパニくってたこの頃のよっすぃ〜が、
そんなこと思いつくはずもないし。
思いついたとしても、歩いたこともないこの街で、今の時代減りつつある公衆電話を
見つけ出すのは大変だったろうな。


…ていうか、だったら最初から電話貸してくれって言えばよかったのに。

「…見ず知らずの人に…そんな…」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ?!ていうか見ず知らずの人の前で泣くほうが
どうなの?!見ず知らずの柴田さんだって困っちゃうよもう!」
「うぅ〜…ごめんなさい…」
「あ、怒ってるわけじゃないって!…もしもし?宅急便さん?今日二丁目のアパートに
越してきたえーっと…吉澤さんの隣の柴田ですけど!荷物届かなくて泣かれて困ってるん
ですけど!!」


宅急便の人は、最初はっ?って感じだったけど。
自分たちのミスがわかると慌てて謝って、急いでひとみちゃんの荷物を持ってきてくれた。



10 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/08/08(月) 18:53


「まいどどうも、すいませんでした〜」
「…はいはい、どうも。」


…まったく。
今日はとんでもないことにまきこまれちゃったよ。
…まぁ、声をかけたのは私なんだけど。

だってほっとけなかったんだもん…なんか。



荷物が届いたひとみちゃんは、やっと安心したのか、泣きつかれたのか。
なんだかぐったりしちゃって。

仕方なく、私がコンビニまで行って、ざるそばを二つ買って、引越しそばとして食べさせて。
そのまま、私のベッドに一緒に寝かせた。



11 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/08/08(月) 18:54


「あの…すいません…いきなり…泊めてもらって…」
「…いいよ、別に。どうせあなたの部屋この薄い壁の隣なんだし。
帰ったってたいして変わんないじゃん。
…荷物だってまだ片付けてないんだから、お布団も出せないでしょ?」
「…ありがとう…ございます…」
「あ、敬語じゃなくていいよ。…ていうかそんな怖がんないでよ。
さっきはほら、緊急事態で慌ててたから…つい大きい声出したけど。
せっかくお隣さんなんだし、仲良くしよう?私…柴田あゆみです。今、大学3年生。
ひとみちゃんはいくつなの?年下…だよね?」


…この頼りなさで年上とか…ありえないでしょ?


「はい…今年…大学に入って…18です…」
「あぁ、2個下か。よかった、これで年上とかじゃなくて…」
「え?」
「ううん、なんでもない。ほら、もう寝よう。おやすみ。」
「…おやすみなさい…」


とは言ったものの。
ずいぶん頼りないお隣さんになっちゃって、先が思いやられるなーなんて、
すぅすぅと寝息をたてるひとみちゃんを、ちらっと見ると。


…ほっぺたに、また涙の後が伝っていて。



12 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/08/08(月) 18:54


さみしくて…寝ながら泣いちゃったのかな?


そのとき、それを見た瞬間、なんだかこの子がすごくいとおしくなって。
それはなんか、小さい子供とか、もっと言えばペットなんかに思う気持ちによく似ているような。

始めは、そんなものだったけど。


だけど、私がこの子を、ちょっと頼りなくて泣き虫なこの子を、守ってあげよう。
分からないことは、なんでも教えて、助けてあげようって。

そう思ったの。


そう…思ったんだけど。


「あぁ!!柴ちゃんスーツ脱ぎっぱなしじゃん!シワになっちゃうよぉー大変だぁ〜」
「脱ぎっぱなしじゃないじゃん、ちゃんとかけてあるじゃん。」
「イスにかけたってダメ!かけるっていうのは、ハンガーにかけることを言うの!!」
「あ〜うるさい。疲れてるんだもん、私。まったくよっすぃ〜はいちいち細かいんだよ。
小姑かお前は。」
「うちだって普通の服なら文句言わないよ!だけどこれ面接用のスーツでしょ?!
ちゃんとしなきゃダメじゃん!」
「いーのもうどうだって。ていうかご飯食べてるときにバタバタ動かないでくださーい。
バタ子さーん」
「くぅ…!まったく…なんでこうだらしないんだ…」


…いつのまにか。
知り合ったあのころとは、立場が逆転してしまって。



13 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/08/08(月) 18:56


もともとキレイ好きらしいよっすぃ〜は、一人暮らしに慣れてきて、あの妙に挙動不審な
おどおどが取れてくると。
料理も掃除も、すぐに上達していって。


柴田さん…あっという間に追い抜かれてしまいました…


今では、叱られるのは私のほうだっていうんだから、驚きよね。

まぁでも、あのまま頼りないままでいられるよりは、よかったけど。


それになんだかんだ文句いいながら、こうしてご飯作ってくれたり、お世話してくれるし。
あ、よっすぃ〜そのスーツ汗くさいから仕舞うならファブリーズしてからにして、よろしく。



そんなわけで。
初めのころの関係とは、私たち。随分変わってしまったけど。
まぁ、あれはあれで、これはこれで。
楽しくやっているんです、これでも。


「柴ちゃん………」
「んぅ?なに?」



14 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/08/08(月) 18:56


なんて、昔のことを思い出していると。
私のスーツを片付けて戻ってきたよっすぃ〜が、なんだか急に難しい顔をしてのぞきこんできた。

「よっすぃ〜?なに、どうしたの?あ、グラタン?よくできてるよ、おいしい。」
「あぁ…そう?よかった…って、そうじゃなくて。あの…」
「?なにー?」
「うん…柴ちゃんさぁ。就職活動、うまくいってないの?」
「え?どうしたのいきなり?…まぁ、そりゃー絶好調、ってわけじゃないけど。」

でも、なんで急にそんなこと聞くの?


「いや…だってスーツ脱ぎ捨てて…もうどうでもいいとか…なんか…」
「…あぁ。」

なんだ、さっきの?
…ていうか脱ぎ捨ててないって、ちゃんとイスにかけたって言ってるのに…もう。


「そんなんじゃないよ?なんかもー暑くて汗だくで。疲れちゃっただけ。大丈夫だよ。」
「ほんとに?だったらいいけど…」


その上、私を心配して、気遣うことも忘れない。
本当に、よくできた子に育ってくれた。


う〜ん、我ながらよくしつけたもんだ、なんてね。



15 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/08/08(月) 18:57


「あ、そうだDVD!借りてきてくれたんでしょ?見ようよ〜早くつけて?」
「あぁ、うん。わかった。」


そして二人で食べたばかりでなんだか重い胃を引きづって、ごろごろしながら
DVDを見始めると…

この映画の、一番の山場の。
結構濃厚で強烈な、ラブシーンがやってきた。


すると、よっすぃ〜はいきなり慌ててリモコンを取って。
超スピードで早送りをし始めてしまった。


「あぁ!!ちょっと、なにしてんの?」
「え?だ、だって…こ、こんな!うち…こんなシーンあるって知らなくて…これ…」
「いやダメだって早送りしちゃ!そこ見たくてこれ借りたんだから!」
「えぇ?!そ、そうなの?!…変だよ、柴ちゃん!!」
「いいからほら、早く戻してよ。ちゃんとチューするところからね。」
「ちゅ…チュー?!!」
「もういい!かしてリモコン!よしよし、ほぉらよっすぃ〜見てごらぁ〜ん♪」
「い、いやだぁぁぁぁ!!!」


そ、そんな悲鳴まであげなくても…耳痛い、耳痛い。


まったく、ハタチにもなってこれくらいでビビッててどぉーすんの?
別にエロビデオじゃないんだから。軽いラブシーンよラブシーン。



16 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/08/08(月) 18:58


だけどよっすぃ〜はくるっと後ろを向いて、「お、終わったら呼んで!」だってさ。
う〜ん、こっちの教育はまだまだこれからだなぁ…


「ねぇねぇ、これって中全部裸なのかなぁ〜それとも上半身だけ?」
「し、知らない!!」
「うわ!この子清純派だったのにいいのこんなの?!…まぁ女優は脱がないと
大成しないっていうしね〜大変だわぁ〜」
「………」


とうとうよっすぃ〜は無言のままうずくまって膝をかかえてしまった。
んもーほんとにお子ちゃまなんだから。つまんなーい。


「ねぇよっすぃ〜も見ようよ〜一人で見ても盛り上がんないじゃーん」
「うぅ…」
「?よっすぃ〜?」


聞こえてくるのはなんか、さっきまでの悲鳴とは違う、どちらかというと…
…うめき声?


17 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/08/08(月) 18:59


「どうしたの?ラブシーン濃厚すぎて気持ち悪くなっちゃった?でもね、よっすぃ〜。
これくらいでそんな恥ずかしがってるようじゃぁ、いつまでたっても…」
「うぅ〜…い、痛い…」
「…痛い?」

どうやら映画のラブシーンが原因でうめいているわけではないみたい。

だけど痛いって…何が?私が?失礼な。


「お、お腹…痛いぃぃ〜…」
「お腹?え、だ、大丈夫?!!」

よく見ると顔色も真っ青で。
体もガタガタ震えている。


ど、どうしちゃったの?!なんか病気?!
…って…あれ?
そういえば私も…なんか気持ち悪くなってきたんだけど…


どうしたんだろ…食べ過ぎたのかな?…さっきのグラタン。


…ん?

…グラタン…?



18 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/08/08(月) 19:00


「…よっすぃ〜…グラタンさぁ…うちの牛乳使ったんだよね…?」
「え?うん…いてて…」
「…日付って…見た?」
「…へ?……ううん。」


やばい…嫌な予感…

痛むお腹を引きずって、二人で台所に行き、牛乳パックを見ると…


「今って…7月だっけ?」
「…8月だよ!…賞味期限…二週間も前に切れてるじゃん!!し、柴ちゃんのばかぁ…」
「よっすぃ〜だって確認しなかったんだから同罪でしょ?!…いたた…」

だ、だめだこりゃ…


そして私たちは、痛みで震える手で119番をダイヤルし。
事情を聞いてあきれた顔をしている救急隊員のみなさんによって、病院へと搬送された…



19 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/08/08(月) 19:00


「普通は気づくでしょ?!二週間もたってりゃちょっとヨーグルトみたいに
固まって出てくるじゃん!それをなんで料理に使うときに気づかないの?!」
「…ていうか普通は捨てるでしょ!二週間も前の牛乳だよ?!
それをおいてあることこそどうなの?!女として終わってるよ!!」
「なぁにぃ〜〜!!このぉぉ〜〜!!」

「…あー…お二人とももう元気みたいだし。帰っていいですよ。一応胃薬、二日分
出しときますから。」

「「あ、どうも…お世話になりました…」」


…ものすごく居づらい診察室を後にし、私たちが救急病院を出たころには。
外はもうすっかり朝になっていた。


結局あの後1時間くらい点滴をしてもらったら、すぐによくなって。
それはよかったし、ほっとしたんだけど…



20 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/08/08(月) 19:01


「まったく。よっすぃ〜のおかげで恥かいちゃった。」
「…こっちのセリフだよ!」

渡された胃薬を手に持ちながら、二人でとぼとぼと歩く。


はぁ〜女の子二人が腐った牛乳食べて下痢と吐き気で夜中に救急車って。
ダメだ…終わってる…


しかも先生結構かっこよかったのに…研修医なのかなぁ…若かったなぁ…

「まぁむこうは引いたろうね。二週間前の牛乳かよ、こいつだらしねぇなぁってさ。」
「…誰のせいよ!」
「うちのせいかよ!」
「そうよ!」
「ぐっ!ひ、ひどい…」


しゅんとしたよっすぃ〜はそれでもブツブツ文句をいい続けていて。

まぁ確かに捨てるの忘れてた私がいけないんだけど、でもやっぱ気づくでしょ?普通。


…はぁせっかく少しはしっかりしてきたと思ったのに、やっぱりよっすぃ〜って
どっか抜けてるのね。



21 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/08/08(月) 19:02


まぁいっか、ほら、もういいからさっさと歩いて。
まだDVD途中なんだから。早く帰るよ。

そういってよっすぃ〜の腕を引っ張ると。


「えぇ?!こ、これから見るの?!」
「もちろん。今日は私授業も面接もないもん。しかもあんないいところで止まったまんま
じゃん。…さぁラブシーンの続き見るよぉ〜♪」
「い、いやだぁぁぁ〜〜!!」


罰として大音量で見せてやる、強烈ラブシーン。うひゃひゃっ。




あのころって、こんなふうに。
なんでもないことが、すっごく楽しかったな。

あの日、よっすぃ〜と二人でアパートに帰る途中で見た。
キレイな朝日が、私は今も忘れられない。



ずっと、ずっと、こんなふうに。
一緒にいられると思ってたの。


私のお隣さんは。

ずっと…あなただって。

疑いもなく、そう信じてた。






22 名前:ツースリー 投稿日:2005/08/08(月) 19:05
以上、「お隣さんの思い出」第1話になります。

前スレの方に、短編の更新とレスのお返しをさせていただこうと思いますので、
そちらも読んでいただけたらうれしいです。
23 名前:名無し? 投稿日:2005/08/08(月) 23:44
どうもっ!
本当に着いてきちゃいましたw
新スレおめでとうございます。

新作さっそく読ませて頂きました!
今回はよっすぃーが純情?なかんじで,新しいですね(゜Д゜)
二人のやりとりにおもわず笑ってしまいました。こんな人達,実際にいそうですよねw

これからの展開を楽しみにしています。
24 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/09(火) 00:06
うわぁうわぁスゲェいい・・・
こーゆー二人のは関係って珍しいかも
次回も期待して更新お待ちしてます
25 名前:茶龍 投稿日:2005/08/09(火) 00:20
新スレおめでとうございますm(_ _)m

ついていきますどこまでも!

前スレの短編も読みました☆ニヤニヤしながら読んでましたよ笑
今回の作品もかなりにやけながら読んでますvv
頑張ってくださいっ
26 名前:ツースリー教信者 投稿日:2005/08/09(火) 06:07
新スレおめでとうございますm(__)m勝手にツースリー様を教祖に仕立て上げましたw
前スレの725です。着いてきちゃいました!
今までのツースリーさんの作品は吉が上にいるみたいなイメージがあったんですが、
こういう乙女チックな清純派吉もいいですね!
ここからどうなっていくのかすごい楽しみです!
27 名前:TETRA 投稿日:2005/08/09(火) 20:41
新スレ〜〜(何

今回は今までと違って
よっすぃ〜が弱くて柴っちゃんがディー・オー・エヌ・ケー・エー・エヌっぽいですねw
今回の話も楽しみにしてます!
28 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/09(火) 21:06
新スレおめでとうございます。
今回のお話も一話目から面白くって今後どうなっていくのか楽しみです。
前スレの短編も素敵でした!よししば良い!
29 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/10(水) 09:34
川σ_σ||☆新スレおめでとうございまぁす☆(^〜^O)

前スレの809です(しつこいっすね^^;)
すげぇ楽しく読んでました(爆)今後、どうなっていくかワクワクしてますw
何だか悪い方向に行かなければいいんですが…((( ;゚Д゚))
作者さんが書くよししばは、素敵すぎますww
次回の交信も期待しちゃいまぁーす!!
30 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/08/14(日) 02:26



その日は、ほんの気まぐれで。
ただ、なんとなく。

しいていうなら…今日も面接あったから、スーツ着てたし。
こういうカッコなら、おかしくないかもしれないなぁ…なんて、思ったから


―――そして私は、勇気を出して。重い木の扉をグっと押し開けた。




「あれ?あゆみちゃんじゃん。珍しいねーいらっしゃい。」
「あぁ、美貴ちゃん。どぉも〜…おじゃまします…。」


美貴ちゃんが言うとおり、私がここに来ることは、ほとんどない。
こんな気まぐれを起こすなんて、まったく珍しい。



31 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/08/14(日) 02:27


当然、そんな私がこの雰囲気に簡単に溶け込めるはずもなくて。
入ったはいいけど、どうしようか、どうしたらいいのか、うろうろ迷っていると。
美貴ちゃんが、ポンポンっと私の肩を叩いて、席に誘導してくれた。


「どうする?前のほう、行く?」
「いやいやいや!!い、いいよ〜…一番後ろで。わざわざ毎日隣で見てる顔、
こんなとこ来てまで、そんな近くで見たくないし…」
「あははっ。そっか。じゃ、そちらどうぞ?ご注文は?なんか食べる?」
「え、えぇっと…食べ物は、いいや。あんまお腹すいてない…っていうかお金ないし。
飲み物だけ…なんか、適当に…」
「オッケー。まかしとけ。安いの持ってくる♪」


そう笑ってくれる美貴ちゃんのおかげで、私はようやく少しホッと胸をなでおろすことができた。



…けど。
この、雰囲気。


うぅ〜…ダメだぁやっぱり、場違いだよぉ〜私。ちくしょぉ…よっすぃ〜め…。



32 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/08/14(日) 02:28


私とよっすぃ〜の住むアパートから、歩いて2、30分。
距離にすると…何キロぐらいなんだろ?よくわかんないけど。


面接の帰り道、駅から家へと向かって歩いていた私は、今日。
妙な気まぐれを起こしてしまって。

そのまま、アパートを通り越し、よっすぃ〜のバイト先へ。
…このバーへと、やってきてしまった。


ここは、おしゃれでちょっとお値段のお高い、おいしいお料理とお酒と。
そして…素敵な、音楽が楽しめる場所。


音楽といっても、演奏しているのは、プロの演奏家さんではなく。
プロを目指す、この近くの音大の学生さん。
つまり、よっすぃ〜や美貴ちゃんたちのこと。

なんでも、ここのオーナーさんが、その音大の卒業生なんだそうで。
中々練習の成果を発表する場に恵まれない学生たちのためにと、このバーを始めたらしい。


だから、バー…とはいっても、そんなにかしこまったところじゃない…って。
…よっすぃ〜や、美貴ちゃんは言うけど。


そういうのが一番困るんだよね〜…正装なら正装って、言ってくれたほうがよっぽど楽。
ラフすぎず固すぎず…って、どんなカッコすればいいのかわかんないよ!みたいな…
で、そんな私の今日の服装は…リクルートスーツ。



やっぱダメだ…なんか違う意味で固い。


おまけに、ほとんどのお客さんはその音大のOB、OGのみなさんとか、
他にも、ちょっとおしゃれな大人、って感じの人たちばっかり…。



33 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/08/14(日) 02:29


だから、場違いな自分が恥ずかしい、気まずいっていうのが、私がここにあまり来ない、
一つ目の理由。
あぁ、あとお金が高い、っていうのもあるけど。


…二つ目は。


「はい、これマジうまだよー。美貴特性の甘ぁ〜いカクテル。名づけてミキテル。
さぁ召し上がれ!」
「あぁ、ありが…って美貴ちゃんが作ったの?!本当に?!」


一番後ろの奥の席に、こっそり腰掛けていた私に差し出されたのは、
美貴ちゃんのオリジナルカクテル。

って、ちょっと、ちょっと!
まかしとけって…そういう意味だったの?!


だ、大丈夫かな…色はまぁキレイ…ていうか普通だけど。
なんか、中身…ドロドロしてない?



34 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/08/14(日) 02:30


「大丈夫だって。マジうまいよ。美貴今初めて飲んで感動したもん。」
「い、今?!初めて作ったの?!」
「だから大丈夫だぁって〜ほらあゆみちゃんも飲んでみてよ。感動する、絶対。」

うわ…もうほんと、どうしよう…


なんでこう…芸術系の人って、感性が鋭すぎるっていうか、ぶっちゃけどっかおかしいっていうか…


…しかたない、いくか。

えいっ!

「うっ!…うまぁ………」
「でしょ?!だから言ったじゃ〜ん。あぁ、そうだ、これ美貴のオリジナルだから、
後で値段考えとくね。それじゃ、ごゆっくりー。」
「あー…ありがとう…」


…やっぱあなどれない、芸術家の感性。



35 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/08/14(日) 02:32


そっかーこのドロドロはフルーツの果肉だったのかぁー
ストローで吸っても出てこない、ってのが難点だけど、ほんとに、結構おいしい。


そんなふうに、美貴ちゃんオリジナルカクテル、ミキテルを、
ストローをフォークがわりに、ほじくって味わっていると。


突然、お店の中がわぁ!っという声や拍手、口笛につつまれて。

もともとだいぶ暗かった照明が、さらに落とされた、後。


――――ただ一箇所にだけ…光が集められ。



静かに、ピアノの演奏が。
…よっすぃ〜の演奏が、始まった。



36 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/08/14(日) 02:32



…なんて、いうんだろう。
この感じ。



このお店の客席には、いくつもの丸いテーブルが並べられていて。
その一番前に、ピアノや、いろんな楽器が置かれた、ステージがある。
だから、お客さんの中には、ステージが背中側になっちゃう人も、ほんとならいるはずなのに。

みんな、丸いテーブルの形に逆らって、イスを一直線に並べて。
食事をしていた手を、とめて。


…よっすぃ〜の演奏に、聞き入り始めた。

もちろん、私も…。


曲はなんか、よくわかんない。
いわゆる、クラッシック、っていうんじゃないと思うけど。

楽譜とか、あんま見ずに、言っちゃうと適当に弾いているように見えるから。
…まぁ、本当は適当じゃないんだろうけど。


こういうのって…ジャズ、とかいうヤツ?
ほんと、よくわかんない。



37 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/08/14(日) 02:33


素人の私に、曲の種類や、それがうまいか下手かなんて、全然わかるはずもないけど。


そんなことより…
今、私の目を引きつけているのは。

もっと、単純なこと。



…あの子。
本当に、キレイな子だなぁ…



初めて会ったときも、もちろん思ったけど。
普段の、何気ない、二人で一緒にバカばっかりやっている生活のせいで、私は。
それをどこか。
心の奥の方に、忘れてしまっていたみたい。



38 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/08/14(日) 02:34


けど…こんなふうに、こんな場所で。
改めて、見ると。


サラサラの髪に、透き通るような白い肌。
端正すぎる顔立ちは、どこか怖いくらい。


この暑いのに着ている長袖の真っ白いシャツと、ジーパンがやばいくらいハマってる。


…あぁ、そう、この長袖のシャツには、ちょっとしたエピソードがあって。


もう、随分前、よっすぃ〜がお隣に引っ越してきて、最初の夏。
近所のスーパーで一緒に買い物をしていたら、たまたまそこに、長袖のシャツを着たおじさんが通りかかって。


私は、何の気なしに
「あ〜暑いのに長袖着てる人って、カッコイイよね〜都会派、って感じ。」
なんて、軽く話した。


だって、ほら、なんだかオシャレじゃない?
夏にホットコーヒー注文する人とか、さ。


…私だけ…かな?



39 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/08/14(日) 02:35


でも、そんな私の意見に、上京したてでウブだったよっすぃ〜は(まぁ今もだけど)、
すっかり影響されてしまったみたいで。


あれ以来ずっと。
よっすぃ〜は、夏でも長袖を着ている。


だけどちょっと、最近の猛暑はハンパじゃないし。
政治家だって、ネクタイはずす時代なんだし。
無理しない方がいいよって、何度も注意したんだけど。
いい、大丈夫って、全然取り合ってくれない。


そんな状況に…私も、ちょっと責任感じちゃって。
だから、今でもよっすぃ〜の長袖シャツを見るたびに、オシャレ!カッコイイ!なんて、
少し大げさに褒めてあげることにしている。


う〜ん…田舎から出てきたばっかりの子って、東京らしい服とか、東京らしいモノに特別
反応するもんなぁ〜…

都会派、って言ったのがまずかったか。



40 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/08/14(日) 02:36


そんなことを考えながら。
ボーっとステージを眺めていると。
そこにはなぜか、こっちに向かって手をふるよっすぃ〜がいた。

…って、えぇぇぇ〜〜???!!!



き、気づいたの?!!私がいること?こんな奥にひっそり座ってるのに?!!


そうか…あまりにも一緒にいる時間が長すぎて、私のにおいとか覚えちゃったのかな…
いや、まぁ、それは冗談だとしても。


だけど本当に、まるで飼い主にしっぽをふるワンちゃんのように。
よっすぃ〜は、私に向かって片手をブンブン振り回していて。

周りのお客さんはなんだ?誰だ?って感じで。
みんな振り返って私を見る。



41 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/08/14(日) 02:37


…ちょっ!!注目浴びちゃってるよ!!よっすぃ〜!お願いだから、見ないでこっち!!
前向いてちゃんと演奏してなよ!!……ほんとにヤダぁ〜〜!!!



だけどそんな飼い主の気持ちを、ワンちゃんがわかってくれるはずもなくて。
それどころか、私が、手で振り払うしぐさをしたのを、手を振り返してくれたと、
勘違いしたみたいで。


うれしそうに、さらに満面の笑顔で、しっぽを、いや、手を振りかざしてきた。


…ただでさえ、私には。
ここは、なんだか居ちゃいけない場所みたいで、気まずいのに。
よっすぃ〜のおかげで、なんだか余計居づらくなっちゃって。


……は、恥ずかしい…ダメだ…か、帰ろう……

そう思い、私は、荷物をそっと抱え、静かに席を立ち出口へと向かう。


「…あれ、あゆみちゃん、もう帰んの?」
「うん…もう、無理…」
「へ?」
「だって恥ずかしいんだも……って、なに?!!」


すると、いきなりお店に響き渡ったのは。
さっきまでとはまるで違う、たたきつけるような荒っぽいピアノの音。



42 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/08/14(日) 02:38


よ、よっすぃ〜?!!なにしてんの?!!


ステージ上から、私がこっそり帰ろうとしていることに気づいたらしいよっすぃ〜は。
それに抗議するように、ピアノをバンバン叩き、私に向かってワンワンキャンキャン吠えまくっていた。


「…帰るなって、ことらしいよ?」
「…わかったよもう…やっぱ来なきゃよかった…」


しかたなく、もう一度席に戻ると。

よっすぃ〜は、また満面の笑顔になって。
演奏も、耳に心地いい、キレイなものへと戻した。


はぁ…まったく。
飼い主に恥かかせないでよね〜!!


むすっとふくれながら、そのままよっすぃ〜の演奏を聞いていると。
また美貴ちゃんに、背中をポンポンっと叩かれたので、振り返る。


「それじゃ、私も歌ってくるわ〜。」
「あぁ、うん。聞いてるね、がんばって。」
「うぃ〜」



43 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/08/14(日) 02:39


そう言って、腰にまいていたギャルソンエプロンを、シュッ!と抜き取って。
美貴ちゃんは、ステージに向かった。



美貴ちゃんをよっすぃ〜に紹介されたのは、もう1年以上前になるかな。
よっすぃ〜と同じ音大の、声楽科の生徒さんで、よっすぃ〜と同じバイト先の子。


つっこみは厳しいけど、おもしろくて優しい子で。
音大でも、トップの成績を誇るらしい。

だけど私は、仲良くなればなるほど、本当にこの子がそんなにすごい子なのかなって、
不思議に思ってた。


…まぁ、それはよっすぃ〜にも言えることなんだけど。


でも、実際に、私がココを数少なく訪れて、美貴ちゃんの歌を聞いた感想は。

…すごい。
本当に、うまい。


技術的なこととか、難しいことは、やっぱりわからないけれど。


だけど、本当にすごいんだ。
美貴ちゃんも……よっすぃ〜も。



そう、それが。
私が、ここにあまり来たくない、二つ目の理由。



44 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/08/14(日) 02:40


「…じゃあ、次は。ちょっとボサノバテイストの曲を。」

その美貴ちゃんの一言で、ステージの照明も、よっすぃ〜の演奏も変わって。
お客さんの中から、また甘いため息がこぼれ出す。


…もし、ここで演奏しているのが。
まったく、見知らぬ人だったなら。

私も、周りのお客さんたちのように、この演奏に。
夢のような気分に、ひたれたかもしれない。


…だけど。


美貴ちゃんと、よっすぃ〜の演奏なんだと思うと。

あそこにいるのが…いつも私の隣で笑ってる、よっすぃ〜なんだと思うと。


…私は。
夢を見るどころか、現実をつきつけられた気分になってしまう。



45 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/08/14(日) 02:41


このイスから、あのステージは、果てしなく遠く。
彼女たちは、誰かに、もしくは、何かに。
…選ばれた人間で。


私には…なにも。
特別な才能も、魅力も。
なにも…ないんだって。
そう、思い出させられてしまうの。



彼女たちにだって、私と同じように。
悩んだり、くじけそうになることがあるんだろうけれど。


それすら、輝いて見えてしまう。
…夢を、追っている人って。


私の、小さいころの夢って。
…なんだったんだろうなぁ…もう、思い出せないや。



46 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/08/14(日) 02:42


ごく普通の家庭に、生まれ育って。
両親も、さほど厳しいわけじゃなかったから、あせらず、ゆっくりやりたいことを見つければいいよって。
言われてたし、そう思ってた。


それに甘えて、大学まで、なんとなく過ごしてきて。
…いざ、社会に出ろと言われても。
この先の道を、自分で決めろと言われても、そんなの私に決められるはずがなくて。


とりあえず、人と同じような道をたどれば間違いない。
周りと溶け込むことが、安心なんだって。


…そう思って、今、就職活動をしてる。


昔は、サラリーマンとか、OLとか。
ちょっと、かっこ悪いくらいに思っていたけど。

でも…そうなるのがこんなに大変だなんて、難しいだなんて。


人と同じように過ごすことって、けして簡単じゃないって、
ことごとく落とされる面接で、私は今、思い知らされている。



47 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/08/14(日) 02:43


…だけど、だからって、これからやりたいことを、夢を。
探すような勇気も気力も。
私は…持っていなくって。


だからね、よっすぃ〜。
すごくすごく、うらやましいよ、あなたが。

人と違う道を、堂々と歩いてる。
やりたいことを、夢を、キラキラした瞳で追いかけている。


ねぇ、よっすぃ〜…
だから私は、ここに来たくないんだよ?


そんなあなたを、知るのが怖い。
あなたに、ヤキモチを焼いてしまう自分が怖くて。
私は、ここでのあなたを。
私の隣以外のあなたを…見たくないの。



48 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/08/14(日) 02:44




…だけど、本当は。
それよりも、もっと、怖いものがあったって。



…三つ目の理由に。
私はこのとき、気づいていなかった。






49 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/08/14(日) 02:44


「あ〜疲れたぁ〜ねぇ、柴ちゃん。どうだった?うち、どうだった?」
「え?…あぁ、うん。その…よかった…と、思うよ?」
「えーなんだよその反応。ちゃんと聞いててくれたの?」
「聞いてたって。ていうか私帰ろうとしたのに誰かさんのせいで帰れなかったんですけど!!」
「だ、だってさぁ…せっかく珍しく来てくれたのに…一人で帰っちゃうなんてさぁ…」


演奏が終わった後、さっきの行動を、よっすぃ〜に厳しくしつけていると。
またまた美貴ちゃんに、背中をポンとされた。


「よっちゃんにあゆみちゃん。お疲れ〜」
「あ、美貴ちゃん。お疲れ様。そうだ、私の今日のお会計、よっすぃ〜のバイト代から
引いといてくれる?」
「えぇ?!ちょ、なにそれ?なんで?!!」
「あぁ、それいいね〜。よし、じゃあよっちゃん今日のバイト代はなしね♪」
「へぇぇぇ?!!ど、どんだけ食ったんだよ柴ちゃん!!」
「うるさいうるさい。ほら、もう帰るよ?たく…すっかり遅くなっちゃった。
それじゃ、美貴ちゃん。またね〜」
「うん。またおいでよー?」
「ねぇ、ねぇ!!どうしてこうなるのぉぉぉ〜〜〜!!!!」


そうして、まだキャンキャン叫び続けるよっすぃ〜の首をつかんで。
私は、久しぶりに来たこのバーを後にした。



50 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/08/14(日) 02:45


「なんでうちがお金払わなきゃいけないの?!うち働いてたんだよ?」
「あーもう、いいかげんしつこいなぁ。いいじゃん、それくらい。」
「いいじゃんって…よくないよ…」


あのバーから私たちの住むアパートまでは、やっぱり歩くと2、30分はかかる。
その上、結構暗い道が多いから。

さっきからブツブツ文句を言い続けるよっすぃ〜はうるさいけど、やっぱり一緒に帰ることにしてよかったかも。
あのとき、一人で帰ってたら、きっとすごく心細かったな。


…まぁ、この子が。
そこまで考えてくれて…あのとき私を引き止めたとは。
ちょっと想像しにくい…けどね。


「ていうかさぁ…柴ちゃん。もっとさぁ…遊びに来てよ、今日みたいに。
聞きに来て…くれるとさぁ…うち、うれしい…っていうか…盛り上がる、っていうか…」
「…え?…」


モジモジ恥ずかしがりながら、そんなことを言うよっすぃ〜に。
なんだか、私まで照れくさくなってしまう。



51 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/08/14(日) 02:45


「…でも、わざわざお金払ってまでよっすぃ〜に会いに行くのもなぁ〜〜。」
「えぇ〜?!いいじゃん、それくらい。ひでぇ…」
「だって、あそこ高いんだもん。なんか割引になるヤツとか持ってないの?クーポン券とかさ。」
「…マックじゃないんだから…」
「あぁ、マックでバイトしてくれるなら毎日行くよ?スマイル0円だし♪」
「…もう、いいよ…」


すると、よっすぃ〜はプイっと向こうをむいて。
すねてしまった。


…ごめんね…なんか、よくわかんなくて、ごまかしちゃった。
でも、よっすぃ〜ならマックの制服も結構似合うと思うけどな。


そんなふうに、よっすぃ〜がマックのユニフォームを着て、「いらっしゃいませ〜」
とか言ってる姿をぼんやり想像していた私の目に。

突然、明るい看板の光が飛び込んできた。



52 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/08/14(日) 02:46


「あ、こんなとこにコンビニあったんだぁ〜。」
「え?あぁ、うん。そっか柴ちゃんあんまりこっち側来ないもんね。」
「うん。ねぇ、よっすぃ〜。アイス食べたくない?」
「アイス?いいねぇ〜食べたい。」
「じゃ、買ってきて♪」
「はぁ?!!」


そういって手を振る私に、よっすぃ〜は猛抗議。


「なにそれ?!なんでそうなんの?!!」
「だってぇ〜食べたいって、言ったじゃん。よっすぃ〜。」
「いや、でもそれは!!柴ちゃんが食べようって言うから…」
「食べようなんて言ってないもぉ〜ん。食べたくない?って、聞いただけ♪」
「…じゃ、柴ちゃんの分はいらないね?」
「………」
「に、にらむなよぉ…わかったよぉ…」


不機嫌な私の表情に、よっすぃ〜はしゅんとして。
仕方なく、嫌々って感じで、ポケットからサイフを取り出した。



53 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/08/14(日) 02:48


「…なんで…なんでうちが…ブツブツ…」
「いいじゃ〜ん。今日見に来てくれたお礼だと思ってさ♪」
「見に来てくれたって…会計もどうせうちのバイト代から払ったんだし…」
「いいから、ほら。行ってこぉ〜い!」

そして、よっすぃ〜の背中を叩いて送り出すと。
よっすぃ〜は、文句を言いながらコンビニに入って行き。
パピコを二袋、持って帰ってきた。


「えぇ〜?パピコって、普通一袋が二人分じゃないの?二本入ってるんだし。」
「え?そうなの?うちはいつも二本一人で食べてたよ?」
「変だよ〜それ。食べすぎ。あややだって、CMで子供と二人で分け合って食べてるじゃん。」
「イヤなら返し…」
「た、食べる食べる!!二本もあってうれしいなぁ〜〜…」


よっすぃ〜がまたすねる前に、慌てて受け取った袋を開けてパピコを取り出す。

よっすぃ〜も同じ用にパピコを取り出して、車の車輪止めの上に座って食べだしたから。

私も、その隣に座ろうとすると…


「あぁ!ダメだよ、柴ちゃんは!!スーツでしょ?こんなとこ座ったら汚れちゃうよ。」
「えぇ?ちょ…それじゃ、私はどうすんの?どこで食べんの?」
「さぁ。…そのへんで立って食べればぁ〜〜。」
「くぅっ……」


くそぉ…こいつ、さっきの仕返しのつもりだな?!

むすっとよっすぃ〜をにらむと、よっすぃ〜はフフンって、得意そうな顔。


…よぉし、そっちがそう来るんなら…



54 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/08/14(日) 02:48


「…えいっ!」
「うわぁっ!!ちょ…な、何?!何すんの?!!!」


私は勢いをつけて。
よっすぃ〜のヒザの上に飛び乗った。


「だって下には汚れるから座っちゃダメなんでしょ〜?だから、ここならいいんでしょ?」
「い…いいわけないじゃん!!お、降りてよ!!早く!!」
「うん、アイス食べ終わったらねぇ〜♪」
「………」


そして、よっすぃ〜のヒザをイス代わりにして、座っていると。
よっすぃ〜が急に無言に、静かになるから。


どうしたのかなぁって、気になって、振り向いて顔を覗き込むと…



よっすぃ〜?…なんでそんな真っ赤になってんの?



55 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/08/14(日) 02:49


「ねぇ、よっすぃ〜。そんな赤くなるほど私重い?大丈夫?」
「…うるさいな。ほっといてよ。」
「なぁにぃ〜〜?!!人がせっかく心配してあげてんのにぃぃ〜〜〜!!!」
「いててっ!!あ、暴れないでよ人のヒザの上で!!う、うわぁっ!!」


ねぇ、よっすぃ〜。
私がこのとき、あなたの気持ちに気づけていたら。

私たち、まだお隣さん、だったかな?


起こりえなかった未来を、想像しても。
今さら、どうしようもないけれど。



「よぉ〜し。罰として、あややのマネして♪あのCMのヤツ!」
「え、えぇ?う、うちが?!!」
「ほら、早く。さん、はい♪」
「…ちゅ、ちゅーちゅーちゅぶりら…」
「ぶ…あっはっは!!!ひどいそれ〜!似てない、全然似てないじゃーん〜」
「そ、そっちがやれって言うからやったのに!!…ひでぇ!!」



…あのね、よっすぃ〜。
私が、あれから見つけたたった一つの夢が。
また、あなたと隣で暮らすことだって言ったら、笑う?



56 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/08/14(日) 02:50



…あのころ。
バーで、光に照らされるよっすぃ〜を。
いつもよりずっとステキなよっすぃ〜を、見るのがイヤだったのは。
その才能に嫉妬しちゃうとか、何もない自分が悲しくなるとか。

もちろん、それもあったんだけど。



けど、本当はもっと。


…怖かったの。


あなたを、好きになることが。





57 名前:ツースリー 投稿日:2005/08/14(日) 03:02
以上、第2話です。

>>23 名無し? さま
ありがとうございます!またお会いできてうれしいです〜
この話では漫才のようなやり取りをさせていきたいと思っていますw
どうぞよろしくお願いします〜

>>24 名無飼育さん さま
うれしいです、ありがとうございます〜。
新しいスレ、新しい話なので心機一転がんばりたいと思います!
またよろしくお願いします〜

>>25 茶龍 さま
また来てくださってありがとうございます!
ニヤニヤしてもらえてうれしくてニヤニヤしてしまいますw
これからもどうぞよろしくお願いします〜

>>26 ツースリー教信者 さま
いやはや…お恥ずかしい限りです。
また読んでいただいてありがとうございます〜
ピュアなよっすぃ〜を楽しんでいただけたらうれしいです♪

>>27 TETRA さま
そうですね♪今回は柴ちゃんが例のアレですwドンカ(ry
また読んでいただけて本当にうれしいです。
がんばります!

>>28 名無飼育さん さま
短編も読んでいただいてありがとうございます!
またがんばりたいと思いますので、どうぞよろしくお願いします☆

>>29  名無飼育さん さま
本当に、悪い方向に…行かなきゃいいんですが…((( ;゚Д゚))
作者もガクブルですw
どうぞこれからもよろしくお願いします♪
58 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/14(日) 08:50
更新乙です
しばっちゃんの独白切ない…
59 名前:ツースリー教信者 投稿日:2005/08/14(日) 18:14
何だか過去形の柴っちゃんのナレーションがとても切ないです。
これを語っている時の二人はどうなっているんでしょう?
明日から10日ほど家を空けるので更新チェック出来ないですが、
続きを心よりお待ちしていますm(__)m
60 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/14(日) 23:00
29でした〜^^
おぉ!!よっすぃ〜カッケー!!!(((O^〜^)
○○○が弾けない俺にとっては…凄く夢のある話です(謎)
(ネタバレはがっかりしますもんね、後から見に来た方が。あえて○にしましたw)
宿題も順調に終わってきてるので、何だかスゲー盛り上がってきましたw
切なくなりそうですが(苦笑)次回も楽しみにまってます♪
61 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/15(月) 10:38
うーん切ないですね…続き楽しみに待ってます
62 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/08/21(日) 17:35



「…え〜要するにですね、面接では、自分が入社したならどういったメリットを
その会社に与えられるのか。つまり自己をアピールすることが大切となります。
そのために、まず自分をよく分析すること。自分の長所は、そして短所はなんなのか。
それらをしっかり考えておくことというのは、大変重要ですね。
 しかし、こういったことは、自分自身では見つけにくいという面もありますから、
自分の身近にいる人、たとえば家族や友人などですね。
そういった人たちに相談してみてはどうでしょうか。…」



自分の…身近な人、かぁ…


2時間にもわたる、大学での就職活動のための合同説明会がようやく終わった後。
私は、地下の講堂から出て、ケータイの電波の入る場所を探し、すぐにメールを打った。



63 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/08/21(日) 17:36



    件名    緊急事態発生!!!

   大変!超緊急事態!!
   よっすぃ〜隊員は先週駅前にオープンした新しいケーキ屋さんの
大人気シュークリームを買って、私の部屋に集合すべし!!
  集合予定時刻は3時だ。3時のおやつに間に合うよう、全力を尽くしてほしい。

それでは健闘を祈る!!



…送信、っと。


さぁて、急いで帰らなきゃ。


そして、私はスーツの上着を脱いで、軽く背伸びをしてから。
大学を出て、アパートへと向かった。




64 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/08/21(日) 17:37



「ねぇ。私の長所ってなぁに?」
「…はぁ?」


ちゃんと3時ぴったりに、ケーキ屋さんの袋と不機嫌な顔をぶら下げてやってきたよっすぃ〜に、いきなりそう尋ねると。

よっすぃ〜は、脱ごうとしていた靴のヒモがひっかかったみたいで。
おろおろ、転びそうになっていた。


「…いきなりなに?ていうか先にお礼はないの?!ったく…ほれ。」
「わぁ〜い♪ありがとぉ〜あそこのケーキ一回食べてみたかったんだぁ〜。」
「んじゃ、自分で買いに行けばよかったじゃん。」
「え〜。だって、なんかケーキって自分で買うより、人に買ってもらう方がよくない?
こう、うれしさが倍増するっていうか…」
「…とかなんとか言って。結局うちにおごらせようとして…」
「いひひ。さぁて、早速食べよう〜♪」



65 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/08/21(日) 17:37


待ちきれず、玄関でよっすぃ〜から受け取ったケーキの箱を、部屋の中へと歩きながら開くと。
そこには、とってもおいしそうなケーキがたくさん…って、え?


「…ね、よっすぃ〜。シュークリームは?」
「え?あぁ。なんかそれ人気らしいね。今日はもう売り切れちゃったんだってさ。」
「えぇぇぇぇ?!!う、うっそでしょ?!なにそれ!ひっどぉい!!」
「ひ、ひどい?!って、なにが?!」
「だって、だって!シュークリーム楽しみにしてたのに!!そのために今日まで
生きてきたのにぃ〜〜〜!!」
「んな、大げさな…いや、だからさ、代わりに他のヤツいっぱい買ってきたじゃん。
ほら、これなんかおいしそうだよ?このメロンとかいっぱいのったフルーツタルト…」
「やだやだやだぁ!!シュークリーム!シュークリームが食べたいぃ〜…」
「またそんなわがまま言って…じゃ、これはいらないの?」
「…ううん、いる…」
「じゃ、文句言わずに食べなさい。」



66 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/08/21(日) 17:38


そして、イスに座らされ。
よっすぃ〜が入れてくれた紅茶とともに、仕方なく他のケーキを食べることにした。


…あぁ〜…そりゃー、他のもおいしそうだけど…
でも、あそこのシュークリーム、雑誌にも載っててすごい人気なんだよなぁ…
食べたかったなぁ…


向かいに座って一緒にケーキを食べているよっすぃ〜を、むすっとにらむと。
よっすぃ〜は知らんぷりするように、さっと体を横に動かして、視線をそらし、話し始めた。


「あ、そういえば。なに?緊急事態って。…まぁ、柴ちゃんの緊急事態なんて。
どうせたいしたことじゃないんだろうけど。」
「あ、ひっどぉ〜い。…シュークリームも買ってこれなかったくせに…」
「ぐぅっ!!し、しつこいな…で、なんなの?まさか用事ってケーキ買えってことだけ?」
「ううん。あのさぁ…さっきも聞いたけど。私の長所ってさぁ…どこだと思う?よっすぃ〜…」
「へ?」



67 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/08/21(日) 17:39


いきなり、そんなことを言い出した私に。
よっすぃ〜は、パクパクケーキを食べていた手を止め、思いっきり怪訝そうな顔をした。


「なに?急に。どうしてそんなこと聞くの?」
「…あのね、今日、就職の説明会があったんだけど…そういう、自分の長所と短所を
知っておくことが大切なんだって。ね?どこ?私の長所ってどこかなぁ…?」
「ううん…柴ちゃんの長所か…どっかあったかなぁ…」
「…えぇ〜…そんなぁ……なんかあるでしょぉ〜?…」
「うーん…あ!あった。まず、髪の毛でしょ?それから、爪。あと、お風呂の時間と寝る時間。
それから…」
「…ちょっと待って。それって、私の長い所を言ってるだけじゃない…?」
「あれ?違うの?」
「………」
「うわぁっ!う、うちのケーキがぁ!!」


からかってくるよっすぃ〜に頭にきたので、よっすぃ〜が持っているお皿の上にある、
食べかけのモンブランを。
フォークでガシガシつっついて、ボロボロに崩してやった。


「あぁ〜もう。なにすんだよぉ…」
「…もう、長所はいいよ。思いつかないんなら。じゃ、短所は?ある?ないかなぁ…」
「あるから。超あるから。まずわがまま、すぐに暴れる、自己中、だらしない、あとねぇ
…あ、イビキがうるさい!!」
「…やろうってんなら受けてたつけど?外に出ろぉぉぉぉぉ〜〜!!!!」
「うわぁ!!!ご、ごめんって!!うそ、冗談!わぁごめんなさぁ〜い〜!!」



68 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/08/21(日) 17:40


立ち上がってよっすぃ〜につかみかかると。
よっすぃ〜は手をブンブンと振り、降参のポーズ。


はぁ…たく、こっちは真剣に悩んでんのに…

ちょっとは真面目に答えてよね。


「でもさー。そういうのって、自分で考えないといけないんじゃないの?自己分析なんでしょ?
だいたい、なんでそんなことうちに聞くのさ。」
「…んー…だって。自分じゃ、自分のこと…よく、わかんないんだもん。
それに、先生がね?わかんないときは、自分の一番身近な人に聞いてみろって。」
「…え?」
「でもやっぱダメか…わかった、自分で考えてみる。
うーん…でもそうすると…短所があんまり思いつかないなぁ〜…えへへ。」
「………」
「よっすぃ〜?」


…笑うところなのに。
もしくは、つっこむところなのに。


ひどぉ〜い。シカト?



69 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/08/21(日) 17:42


何も言ってくれないから、どうしたのかと思って、
腕を伸ばして、固まっているよっすぃ〜の手をトントンっと叩くと。

よっすぃ〜は急にバッ!と顔を起こして、ぐいっと、前に身を乗り出してきた。


「…よっすぃ〜?」
「あ、あの!柴ちゃんの…一番、身近な人って…うち、なの…?」
「へ?うん、まぁそりゃー…」


…だって、隣に住んでるんだし。
ほぼ毎日、一緒にいるんだし。
一番、身近じゃない?


…それに。


よっすぃ〜と、いるときって。
私は…そのまんま、私だと思うんだ。


飾ることも、気を使うことも忘れて。


イヤなところも、ダメなところも。
全部、よっすぃ〜には見せちゃってて。


それはカッコいい姿じゃないかもしれないけど、
でも私が一番、私らしいときを知っているのは、よっすぃ〜だと思うから。


きっと、一番身近な人ってことに、なるだろうなって。



70 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/08/21(日) 17:43


私がそういうと、よっすぃ〜はなぜだか少し恥ずかしそう。
そして、またうつむいて、小さな声で。
…だけど、さっきまでとはまるで違う、真剣な、真面目な声で。

静かにつぶやいた。


「…柴ちゃんの。長所は。人に…優しいところ。
初対面の人にでも、親切にしてくれるところ。…柴ちゃんのそういうの、すっげー。
…あったかいなって。いいなって、思う…ずっと…思ってた…」
「…え?」


…よっすぃ〜…?


突然の、真剣なよっすぃ〜の言葉だったから。
はじめは、誰のことを、何のことを言っているのかわからなかった。
だけど、すぐにあの春の。
よっすぃ〜が引っ越してきたころの、思い出が浮かんで。


あぁ…そんなふうに、思ってくれてたんだ。
でも、私。
あのとき、たいしたことしたわけじゃなかったのに。
ただちょっと、宅急便に電話かけてあげて、おそば食べさせて、一緒に眠らせただけで。



71 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/08/21(日) 17:44


そんな些細なことを、よっすぃ〜があのころ。
そして今でも、そんなふうに思ってくれているのが、うれしいというより、なんだか恥ずかしくて。


…私は、またはぐらかしてしまった。


「そ、そんな。真面目に答えないでよ……」
「だ、だって…真面目に答えろって、そっちが言うから……」


そしたらなんだか、二人とも恥ずかしくなっちゃって。



私たちはそれぞれ赤くなったまま、自分の手元にあるケーキを。
フォークで、ボロボロに崩し続けた。




72 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/08/21(日) 17:45



「…あ、ねぇ。そういえば忘れてた、もう一個聞くの…」
「…へ?なに?」


その夜。
あの春の日の夜みたいに、一緒にベッドに入った私たちは。
ケーキをたくさん食べ過ぎたせいか、お腹いっぱいで、ひどく眠たくって。
もう、二人ともうとうとし始めていたけど、もうひとつの質問に。
答えてもらっていないことを、私は思い出して。


目を開けないまま、手探りでよっすぃ〜の背中を探して、ポンポンと軽く叩くと。

それに気づいたよっすぃ〜が、くるっと私の方を向いて。
体を、半分くらい起こしてくれたのがわかった。


「なに?柴ちゃん。」
「…んー…なんだっけ…あ、そうそう…私の、短所はぁ?…んー…」
「…あぁ、短所…」
「ない?ないならぁ…いぃ……」
「え?いや、ないってことも…そうだなぁ。だからほら、わがままだし、暴れん坊だし」
「んぅ…んー………」
「…すぐ、寝ちゃうし。」
「………すぅ……すぅ………」
「…それに。」



73 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/08/21(日) 17:46


少し、ベッドがきしむ音と。
隣のよっすぃ〜が動いたような気配は、なんとなく感じたけど。


フっと私の体にかかった、よっすぃ〜の重みと、頭をなでてくれる手が心地よくて。
やっぱり、私はまたすぐに眠ってしまった。



「…無防備、だしね。」


だから。


キスされてるなんて。


私は全然、…全然。


…気づかなかったの。





74 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/08/21(日) 17:47



ふと、なんだか、スースーするような感じがして、目を覚ますと。
そのときすでに、もうよっすぃ〜は隣にはいなかった。


…んぅ…もう帰っちゃったのかなぁ〜…何も言わずに帰るなんてひどぉーい…
…まぁ、帰ったっていってもどうせ隣の部屋だけど…

ていうか…今、何時なんだろう…

うーんと腕を伸ばして、ケータイをつかんで表示を見ると。
時計はまだ午前8時。


…もうちょっと、寝てもいいかなぁ…今日、土曜日だしねぇ〜…


そして、私はまた意識を手放した…



「…いつまで寝てんだよ。」
「…ふぇ?あたっ……よっすぃ〜…?」


そして、頭に何か軽い衝撃を感じて。
また次に目が覚めたとき。
隣には、なぜかさっき帰っていたはずのよっすぃ〜が居た。



75 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/08/21(日) 17:47


あれぇ…どうしたんだろう…

「えぇ…?よっすぃ〜…どうしたの?今、何時?」
「11時。たくっ。休みだからって寝すぎだよ、まったく。」
「うぅ〜…いいじゃん、土曜日くらい…」
「よくないよくない。ほら、さっさと起きる。」
「…起きるったって、さっきから私の顔の上になんか乗っかってる…って、え?
…なに?これ?箱?」


少しずつ戻ってきた意識の中、顔に乗っかっているなにかが箱だと気づき。
起き上がって、それをよく見ると…あれ?昨日のケーキ屋の箱?


「なにこれ。ゴミ?」
「違うよ!…中。見てみ。」
「へ?……あ。…シュークリームだぁ……」


箱の中には。
昨日食べ損ねた、あのお店の大人気シュークリームがたくさん入っていた。



76 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/08/21(日) 17:48


「うわぁ…どうしたの?これ。」
「…別に。ちょっと、駅前に用事があったからのぞいたら、まだ売ってたからさ。
ほら、昨日ブーブー文句言ってたし。今日も言われるのイヤだからさぁー。」
「…ふぅん…」


駅前に用事って…朝の8時に?
あそこの駅のアーケード。
10時からだよ?
もちろんこの、ケーキ屋さんも。


「土曜日なのに、よく残ってたねぇ〜。土日はいつも。あそこ、すごい並ぶらしいよ?」
「…へぇ。」
「運いいねぇ、よっすぃ〜。」
「…まぁね。」


本当は、偶然通りかかったわけじゃないことを。
きっと…朝から、並んで買ってきてくれたことを。


私は、気づいていたけど。



77 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/08/21(日) 17:49


だけど、ちっともそんなそぶりを見せずに。
なんでもないようにふるまうよっすぃ〜が、かわいくて。

だから、私もそれにつきあって、気づかないふりをした。


「う〜ん。おいすぃ〜♪」
「へ?あぁ!ふ、布団の上で食うなよ!!こぼすだろ!!汚いなぁ!!」
「えー。いいじゃん、大丈夫だって。」
「ダメだって!!ほら、ちゃんと手洗ってテーブルで食べなよ。…あぁだらしないなぁ…」


ねぇ、よっすぃ〜。
やっぱり、ケーキは買ってきてもらうほうがおいしいよ。
よっすぃ〜が、私のために買ってきてくれたシュークリームは。
ふわふわ甘くて、すっごくおいしかった。



78 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/08/21(日) 17:49



あのころ、よっすぃ〜は、私を優しいなんて、言ってくれたけど。
でも、優しくされてたのは、本当は私の方だったよね。


いつからか。
よっすぃ〜に頼っていたのは。
一緒にいてくれなきゃ、ダメになっちゃってたのは。
私だったんだよね。




こないだ、あのお店のシュークリームを。
自分で買ってきて、一人で食べたの。


だけど、全然。
甘くなかったよ。


…おいしくなかったよ、よっすぃ〜。






79 名前:ツースリー 投稿日:2005/08/21(日) 17:56
以上、第3話です。

>>58 名無飼育さん さま
レスありがとうございます♪まだちょっとせつなめです…

>>59 ツースリー教信者 さま
ご旅行ですか?楽しんできてくださいね〜♪
現在の二人の状況はまぁ最後の方で…

>>60 名無飼育さん さま
カッケーよっすぃ〜でしたw
今回もびみょーに切ないかもしれません…

>>61 名無飼育さん さま
レスありがとうございます!がんばります〜♪
80 名前:よししばヲタ 投稿日:2005/08/21(日) 18:10
更新お疲れ様です!初めてリアルタイムで読んじゃいました(〃д〃)よっすぃ〜がわかりやすくて可愛いです(笑)でもちょっぴりせつないですね。柴ちゃんの回想が。・゚・(ノД`)・゚・。
二人はハッピーエンドで終われるんでしょうか…次回も期待してます!
81 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/21(日) 20:55
60でした^^
よっすぃ〜優しいなぁー(≧▽≦)今すぐシュークリーム食べたくなりました(爆)
切ないっす・゜・(ノД`)・゜・。1人で食べた柴ちゃんが…なんか残ります。

次回も楽しみにA待ってます(´∀`)∩
82 名前:ツースリー教信者 投稿日:2005/08/24(水) 22:35
んあ〜〜!!何なんだ、あの不吉な感じのナレーションは!?
自分も照れ隠しよっすぃ〜と一緒にシュ−クリーム食べたい!とかほんわかしてたら
あんな話の止め方。。。泣きそう。
83 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/08/28(日) 02:05


少しずつ涼しくなってきた、夕暮れの。駅から、家までの帰り道。

赤く染まっていく空と、やさしく吹く風に包まれて、なんだかとても気分がいい。

こんな日は、私がご飯でも作ろうかなーなんて。
雰囲気に流され、つい、思っちゃったりなんかして。


そういえば最近、料理とか、片付けとか。
ほとんどよっすぃ〜にまかせっきりだったし。


そのせいか、あの子。ちょっと調子にのってきちゃってさー。
柴ちゃんは一人じゃなんにもできないんだからぁ…みたいな。

ていうか…最初、なんにもできなかったのはあんたでしょ?!って、感じだよ。ほんと。



だから、最近のよっすぃ〜の強気な態度を改めさせるためにも。
ここはひとつ、一人暮らしの先輩としての威厳をかけて。
いやいや、女の意地をかけて!


意気込んで、私は近所のスーパーに買出しに向かったのだった。



84 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/08/28(日) 02:07


だ、お、重い…やばい、買いすぎたかなぁ〜〜


なんとか家までは無事たどり着いたけど、
最初の予定では考えられないほどに膨らんだ買い物袋を持って、アパートの階段を上がるのは一苦労。

うぅ〜…こ、腰がぁ〜〜…


やっとの思いで階段をのぼり、ふと顔を上げると。
偶然、よっすぃ〜の部屋のドアが開いていて。
そしてそこにはよっすぃ〜と…なぜか美貴ちゃんの姿。



「…じゃ、よっちゃん…考えておいてくれる?別に…あせんなくていいから…」
「うん…」

「おぉ〜い!美貴ちゃーん、よっすぃ〜!!」


私は、急いで二人のもとへと向かう。


「…あ…柴ちゃ………」
「…あゆみちゃん。なにその荷物、食料品?そんなに買いこんで…冬眠でもすんの?」


えへ…気づいちゃった?…やっぱり買いすぎ?


二人とも、突然現れた私の姿に随分びっくりしたみたいで。
なんだか、苦々しい笑顔を浮かべている。



85 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/08/28(日) 02:08


「…スーパー。安売りでもしてたの…?」
「あーいやぁ…これはなんかつい、気づいたらね?いろいろカゴに入れちゃってて…
あ、よっすぃ〜。今日は覚悟しなさいよぉ〜?もうねぇ、ギャフン!って。
ギャフンって言わせるんだからね!!」
「…はぁ?なんだよ柴ちゃん。…いきなり…」
「そうだ、美貴ちゃんも一緒にご飯食べてく?材料はねぇ〜…ほら、こんなにあるから遠慮しないで♪」
「いや、美貴ちょうど帰るところだったし。…ていうかあゆみちゃんが作るんなら。
なおさら帰ろっかな。」
「ひ、ひどい!!美貴ちゃんまでそんな!!」
「だって、そうとうヤバイんでしょ?よっちゃんから聞いてるよ?」
「…よぉっすぃぃぃぃ〜〜〜〜!!!」
「う、うわぁ!!み、美貴!余計なこと言うなよぉ〜〜〜!!!」
「…ははっ。ていうのは冗談で、美貴、この後ちょっと約束あるんだ。だから今日は帰るね。
…じゃ。またね、ふたりとも。」
「…うん。」
「………」


ひらひら手を振って階段を下りていく美貴ちゃんは、なぜだか少しさみしそう。
…どうしたんだろう。なんか、困ったことでもあったのかな。


そんな美貴ちゃんの後ろ姿が、とても気がかりだったから。


うーん…この後の約束って、何かイヤな約束なのかなぁなんて、私は。
そんな、まったく見当違いな心配を。
勝手にしていた。



86 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/08/28(日) 02:08


「…ねぇ。ほんとに、柴ちゃんがご飯作るの?」
「え?あぁ、そう。そうだった。作るよ、作る。だってほら、これ。材料も買ってきたし♪」
「…作れんの?」
「しっつれーな!!私だってねぇー、料理くらいできるんだからね?
まぁ一人暮らし始めてたかだか1、2年目のよっすぃ〜には負けないっていうかぁ〜
それはもう、ベテランの技術っていうかぁ〜」
「…へぇ?じゃ、そのベテランのメニューは?何作ってくれるの?」
「…え?そ、その…まぁ、今日のところは…カ、カレー……」
「…プッ。」
「バ、バカにした?!!今、私とカレーをバカにしたでしょ?!!!」
「いや、してないしてない。いいんじゃん?カレーでも。
別にねぇ〜、料理は難易度がすべてじゃないしねぇ。さぁ、がんばって作ってみようかぁ〜」
「む、むかつく!!…おじゃまします!!」


ニヤニヤ意地悪に笑うよっすぃ〜を押しのけて、よっすぃ〜の部屋へと入り、台所に向かう。


イライラしながら材料を出して、野菜を洗っている私のそばで、
よっすぃ〜は美貴ちゃんが使ったらしいマグカップを片付けていた。



87 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/08/28(日) 02:09


「手伝おうか?柴ちゃん。」
「…いい!自分でできる!!」
「そう?まぁ、カレーだしね♪小学校高学年くらいでも作れるし…って、なにこれ?!
じゃ、じゃがいも、にんじん…どんだけ買ってきたんだよ!!」


買い物袋の中を見たよっすぃ〜は、とてもびっくりした様子。
うん…びっくりするよね。
私もね?会計するときびっくりしたもん…あれ?こんなに買ってたっけって…


「だ、大家族じゃないんだから!ちょっとは考えて買い物しなよ!」
「もう、いちいちうるさいなぁ〜。いいの、残りはまたなんか作るときに使うんだから。」
「…どうせカレーしか作れないくせに…」
「!!い、いいからよっすぃ〜はあっち行っててよ!!気が散る!!ジャマ!!」
「はいはいっと…そんじゃまぁせいぜいがんばってね〜」


そう言い残して、ようやくよっすぃ〜はキッチンから出ていった。


たく…なによぉ…せっかく、たまには私がご飯作ってあげようと思ってきたのに…あの態度。
こうなったら…絶対、おいしく作って見返してやる!…あの生意気な小僧を…よぉし!!



88 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/08/28(日) 02:10


…それから30分。
台所との死闘のすえ、一応できあがったんだけど…だ、大丈夫かな?これ…
ほんと料理なんか久しぶりだから、ちょっと不安…

でも、まぁ、いっか。
食べるのはどうせ私とよっすぃ〜だけなんだし。OKOKっと。


お皿に盛り付けてキッチンを出て、よっすぃ〜がいる部屋の中へと向かう。

って…相変わらず、キレイだなぁ〜部屋の中。


ジャージなんかが、脱ぎっぱなしにあちこちに転がっている私の部屋とは大違い。
同じアパートの同じ間取りの部屋だから、その違いが余計にわかっちゃう。


ちぇ、このキレイ好きさんめ。
…なんて、わけのわからないやっかみをしていると。


そのキレイな部屋の中の中心の、まぁるいソファーに。
なぜか…ボーっと、遠くを見つめながら座っている、よっすぃ〜を見つけた。



89 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/08/28(日) 02:11


…よっすぃ〜…?

どうしたんだろう…TVつけたりも、雑誌読んだりも、何もしないで。
ただ、ボーっと座ってるなんて。


「…なにたそがれてんの?」


そんなふうに、そっと声をかけると。
はっとしたように、よっすぃ〜はこっちに振り返った。
…まだ少し、うつろな瞳のままで。


「あぁ…できたの?カレー。」
「うん、できたけど…」
「じゃ、食べよっか。」
「うん…」


…なんか、変。

だけど、どう変なのか説明できないから、しかたなく。
とりあえず、そのまま一緒に、カレーを食べ始めることにした。


「…げっ。あ、あまぁ…」

おそるおそる一口。口に運ぶと。
案の定、やっぱりちょっと失敗してた。


は、ハチミツいれすぎたのかな…でも、リンゴとハチミツバーモンド!ってCMでもやってたし…


…でもこれじゃあ甘すぎるような…



90 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/08/28(日) 02:12


だけど、よっすぃ〜は全然気にしてないようで、普通にパクパク食べ続けていて。


「…ねぇ。甘くない?これ…」
「へ?うん、まぁ甘めだけど。でもうち、甘いヤツ好きだよ。お子様カレーとか、結構。」
「あぁ、そうなの?ならよかった…」
「…あ、もしかして失敗した?なんだわざと甘くしたわけじゃなかったんだぁ〜」
「ち、違うもん!!これも計算のうちなの!!…あ〜甘くておいしい〜♪」
「そんな強がんなって。やっぱり柴ちゃんは料理ダメだねぇ〜もうちょっと勉強しないとね♪」
「だ、だから失敗じゃないってば!!…最初から、甘めのカレーを目指して…」
「あぁそう。じゃあ大成功だねぇ〜拍手拍手。」


そんなふうに、またよっすぃ〜は私をからかったけど。

…だけど、やっぱり、なんか違う。


言い終わった後、フっと、軽くため息をついて。
ときどきボーっとどこかを見つめ、そしてまた思い出したようにカレーを少し口に運ぶ。
それの繰り返し。


「…あのさぁ…よっすぃ〜。…なにか、あったの?」
「…え?」


いつもと違うよっすぃ〜の様子に、さすがに、つっこまずにはいられなくて。
それとなく聞いたつもりだったけど、それでも随分動揺させてしまったみたい。


私の言葉に、よっすぃ〜はギクっと表情を固めて、それから妙に饒舌に話し出した。



91 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/08/28(日) 02:13


「な、なにかって!!別になんもないよぉ〜いやだなぁ柴ちゃん、そんな突然!」
「…だってなんか。元気ないじゃない、さっきから…」
「え?!いや、それは!!…ほ、ほら、カレーが甘すぎるから…はっ!!」
「…むかつく…」
「や、ち、違う!!う、うまい!うまいって!!うまいからごめんなさい!!」

そして私がジロっとよっすぃ〜をにらむと、よっすぃ〜はお皿をバっと手で持ち上げて、
残っていたカレーを、ガーっ!と全部口の中に流し込んだ。


…そりゃー、確かに私のカレーは、自分でも良い出来だったとは思えないけど。
だけど、よっすぃ〜から元気を奪っちゃうほどの、破壊力はなかったと思うよ?


きっと、別のことなんでしょ?
よっすぃ〜が少し、落ち込んでる原因。

…それに。
そういえば…美貴ちゃんも。
なんか、元気なかったし。


そのことが、関係あるのかないのか。
二人の悩みの原因が、同じなのかどうなのか。

わからないし、知ったところで、きっとどうしようもない。


どのみち、私とは離れたところで、二人、それぞれに起こっている問題なんだって。
私が…関わっているはずのないことだって。


…あのころはまだ、そう思ってたの…。




92 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/08/28(日) 02:14


「…そろそろ、帰ろう…かな。」
「え?もう?…なんで?」

ご飯の後片付けを終えて、私はそっと立ち上がった。


よっすぃ〜は、きっと私がこのまま泊まっていくんだろうって思って、
ゴソゴソ棚をいじって、いろいろ用意してくれていたけど。
DVDとか、ゲームとか。


うーん…いや、帰らなきゃいけないとか、他に用事がある、ってわけでもないんだけど…

…今日は。
帰ったほうが、いいような気がしたの。


さっきからやっぱり。
よっすぃ〜は、どっかいつもと違くて、元気もなくて。


時々、ボーっと遠くを見るのは、何かを考えてるんじゃないかって。
考え事をしたいのに、私が隣にいて、ジャマにならないかなって。
…なんか、そう思って。



93 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/08/28(日) 02:15


悩み事って、人に聞いてもらいたいときもあるけど。
一人で考えたいときも、あるじゃない?


…きっと、よっすぃ〜は今一人で答えを探したいんじゃないかな。
それは、たぶん、一人で。
自分でしか、出せない答えなんじゃないかな。


だから、今私にできることは、そんなあなたをそっとしておいてあげることだけかなって。


…ほんとは、ただ。
それ以外に、できることが見つからなかっただけなんだけど。


だから私は、泊まっていけばいいのにって引き止めてくれるよっすぃ〜を、
やんわりと断って。

バッグを持って、玄関へと向かった。


「…それじゃ、またね。あ、残りのじゃがいもとにんじん、よっすぃ〜にまかせたからね♪」
「えぇ?…わかったよ…もう…」
「いひひ。んじゃね〜」
「あ、柴ちゃん!」
「ん?なに?」
「あー…その…」


靴を履いて、帰ろうと立ち上がったところで、よっすぃ〜に引き止められる。



94 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/08/28(日) 02:16


…なに?どうかしたの?

「…あのさ。その…ごちそうさま。カレー…。うまかったよ、甘かったけど…」
「よっすぃ〜…」


ぶっきらぼうな、よっすぃ〜の言い方のせいで。
それが本当に、心からの言葉なんだって、逆に伝わってきて。


うれしかったけど、でもよっすぃ〜だっていつもご飯作ってくれてるのにって。
そう思うと、なんだかおかしかった。


「…甘かったってのが、余計じゃない?」
「いや、すいません…」
「まぁ、よし。それじゃねぇ〜」
「あ、柴ちゃん…あの…」
「ん?また?なに?」
「その…」



95 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/08/28(日) 02:16


…あぁ、もしかして。
迷ってるのかな?私に悩みを打ち明けるか…どうするか。


その姿はまるで、よっすぃ〜が初めてうちに来た日のよう。
おどおど、不安そうで、弱弱しくて。


きっと助けて欲しいのに、素直にそう言えないんだ…。


そんなよっすぃ〜見るの、久しぶりで、なんだか懐かしくて。

だから私は、またよっすぃ〜の頭に手を伸ばした。
…あのときと、同じように。


「…私に、できることがあったら言ってね?今さら、遠慮することなんか、ないんだから。」
「………うん……」


小さくうなずいてくれたよっすぃ〜に満足して、いよいよ私は玄関の扉のノブに手をかけた。



96 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/08/28(日) 02:17


それをゆっくりまわして、ドアを開けようとしたとき…


「…よ…っすぃ…?」
「………」


いつのまにか背後に立っていたよっすぃ〜に、その手をそっと握られて。

扉を閉められて、覆いかぶさるように体を重ねられて。
…前も、後ろも、出口をふさがれてしまっていることに気づいたとき、私は驚いて振り返った。


――――けど、そこに居たのは…まるで知らない人。


見たこともない顔、聞いたことのない声。
いつものあなたは、そこにはいなかった。


「…じゃあ。…抱きしめてもいい…?」


…そう聞かれたときにはもう、私はよっすぃ〜の腕の中にいたと思う。



97 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/08/28(日) 02:18


いったい、なにが起こっているのか。
どうして、こんなことになったのか。

パニックになった私は、それをよっすぃ〜に尋ねることさえできなかった。


…ただ、されるがままに。
締め付けられるような、体の痛みに耐えることで、精一杯。


それまでにだって、たとえば、外人がするような、ハグとか。
ふざけたように抱き合うことが、なかったわけじゃない。


…でも。
これが、そういうのとは、全然違う意味だってこと。
…そんな温度じゃないってこと。


もう子供じゃない私に、わからないはずがなかった。



…ねぇ、よっすぃ〜。


どうして、そんなに強く抱きしめるの?


…どうして、こんなにドキドキするの?



98 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/08/28(日) 02:19


私の耳にそっと触れているあなたの唇が。
何か言いたげに動くたび、背筋がぞくぞくする。


緊張と、興奮で。
私の体は、まるで氷のように固まったのに。
その熱は、冷えるどころか熱くなるばかり。


…どうしよう…やばいっ!――――…怖い……



このまま抱きしめられていたら、もうそれまでの私たちに戻れないこと。

…今までの関係が、お隣さんのよっすぃ〜が。
いなくなっちゃうことが、私は怖くてたまらなくて。


凍りついた体を、必死に動かして。
私は、なんとかよっすぃ〜を押し離した。


「…ごめ…か、帰る……」
「…柴ちゃん…」


そして振り返らず、慌ててよっすぃ〜の部屋を出て、ようやく扉を閉めることができた瞬間。


…私は、すぐ隣の自分の部屋まで歩くこともできなくて。
腰が砕けたように、その場に座り込んだ。



99 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/08/28(日) 02:20


…なに…なんだったの?今の…


さっきのよっすぃ〜を思い出した途端、カーっと頭に血がのぼっていくのがわかった。


信じられない、現実の出来事だなんて、思えない。


…あれが…よっすぃ〜…?


純粋で、恥ずかしがり屋で。
ずっと、子供だと思ってたのに…私よりもずっと。


なのに…そんなあなたに。
あんなに強く…熱く、抱きしめられて。



100 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/08/28(日) 02:21


初めて、よっすぃ〜の中にある、炎のような感情と。
それが…自分に向けられたことに、気がついて。


…体が震えた…でもそれは。
よっすぃ〜を、怖いと思ったからじゃない。


ただ…不安だったの。
私たちの未来が、今までが。
一気に、なくなっちゃったような気がして。



…でも、それは。
気のせいなんかじゃ…なかった。






101 名前:ツースリー 投稿日:2005/08/28(日) 02:28
以上、第4話です。

>>80 よししばヲタ さま
リアルタイムですか!偶然ですね〜♪すごくうれしいです!
柴ちゃんの回想はまだ続きます…

>>81 名無飼育さん さま
シュークリームは最近おいしいお店がたくさんあるんですよね〜w
ぜひ食べてちゃってくださいw

>>82 ツースリー教信者 さま
泣かないでください・゜・(ノД`)・゜・。
まだまだ不吉な感じですが…またよろしくお願いします!
102 名前:茶龍 投稿日:2005/08/28(日) 12:46
お久しぶりですm(_ _)m
ネタバレしそうなんで一言…
なぜかわかんないんですけどポロリと涙が流れました…
頑張ってください
103 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/28(日) 20:52
81でした!!
よっすぃーーーーーーーーー!!!!!!どうしたんだ…・゜・(ノД`)・゜・。
シュークリームの次は…またまた甘いものでしたねww
凄く泣きそう…てか切なくてキューンってなって、涙もでません_| ̄|○
次回の交信もまってます!
104 名前:ツースリー教信者 投稿日:2005/08/28(日) 22:55
何かもうアンポンタンな自分の頭じゃ処理しきれません・・・
どうなるんや・・・気になりすぎて暇になったら更新チェックしてしまってる自分がいます。
105 名前:よししばヲタ 投稿日:2005/08/30(火) 22:01
せつなぁ〜い・゜・(ノД`)・゜・。泣けてくる・・・。
なんだか中毒症になりそうですw次も期待してます!
106 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/09/11(日) 00:45



ねぇ、よっすぃ〜。

あの、夜のこと。
…私はずっと、後悔してる。


あの日、もし私が約束を守っていたら。
よっすぃ〜は、今でも隣にいてくれた?

…私を。
まだ、好きでいてくれたのかな…。



そのうち、誰か頭のいい人が、ドラえもんでも発明してくれて。
タイムマシーンで、あの日に戻れるとしたら。

…私は、今の、この気持ちを。
よっすぃ〜に、伝えに行きたい。


会いに行きたいな…。
お隣さんのよっすぃ〜に、もう一度…




107 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/09/11(日) 00:46


あれから、しばらくは。
よっすぃ〜の部屋に行くことも、よっすぃ〜がうちに来ることもなくて。


…なんだか、本当に夢の中の出来事だったように思えてきた。
だって、今でも信じられないもん。

…よっすぃ〜に……抱きしめられた、なんて。


でも、今こうして、よっすぃ〜に会わずにいることが。
あの夜が、夢じゃなくて、幻でもなくて。
実際の、現実なんだということを、しっかり私に伝えていた。


…どうして、よっすぃ〜は。
急に…あんなことを、したんだろう。


今、改めて、落ち着いてから思い出すと。
よっすぃ〜の腕の中は、すごく熱くて、力強かったけど。

…だけど、やっぱりどこか不器用な感じがして。
ああいうことに…よっすぃ〜が慣れているとは、やっぱり思えなくて。


でも、だったら余計。
…どうして…?



108 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/09/11(日) 00:47


そんなふうに。
よっすぃ〜が私を抱きしめた理由とか、…あと、例えば。
仮に、あのままだったら…あのまま、あの腕の中に、閉じ込められていたら…
…私は、どうなっちゃったんだろう…とか。


そんなことばかり、考えていたから。


自分の、心の中に生まれ始めた、その気持ちに。
私は、ちっとも気がついていなかった。



「…よっすぃ〜…?」

出かけようと思って、玄関のドアを開けると。
そこに、なぜかよっすぃ〜が立っていた。

「どうしたの?…もしかして、出てくるの待ってた?…あ、なんか用事?
ならピンポン鳴らしてくれればよかったのに…」


よっすぃ〜に会うのは、あの夜以来で。
しかも、ほんとに突然だったから。

すごい、びっくりして、心の中はかなり慌ててたけど。


…でも、なるべく、普通にしててあげたいって、思って。
だから、精一杯そうふるまった。


だって、優しくて繊細なよっすぃ〜が、こないだの夜のことを。
私以上に、気にしていないはず、ないと思ったから。



109 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/09/11(日) 00:48


「ううん…いいんだ。用事ってわけじゃ…柴ちゃん、どっか出かけるの…?」
「え?あ…うん、ちょっと大学の就職課見てこようと思って。」
「そっか…」


用事も、なにもなくて、ただ立ってるわけないのに…
だけど、それ以上私がなんて言ってあげたら、どうしてあげたらいいのかもわからなくて。

前よりもっと元気がないよっすぃ〜を、そのまま置いていくのは心配だったけど。


しかたなく、私は出かけようと、玄関の扉を閉めて、カギをかけた。

そして、よっすぃ〜にじゃあねって、声をかけて歩き出したとき。


「あ、あの!…柴ちゃん…今日の夜、部屋に行ってもいい…?話したいこと、あるんだけど…」

最初のあの!だけ大きい声で。
後は消えちゃいそうなくらい、小さな声で、よっすぃ〜はそう言った。


…それはたぶん、よっすぃ〜の精一杯の、―――…そして、最後のがんばりだったのに。


…あの夜。
私は、それに答えてあげられなかった。


「あー…今日?今日は、ちょっと用事があって…遅いんだ。ごめんね?」



110 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/09/11(日) 00:49


「…そう、なんだ…そう、だよね、ごめん…」


よっすぃ〜はたぶん、私がわざとそう言ってるんだと。
自分を避けているんだと思ったようで、わかりやすく肩を落として背中を向けた。

そんな姿を見て、慌てて私はかけ戻る。


「あ、ちょっと待って!ち、違うよ?ほんとに、今日は用事が…あ、じゃあさ!
遅くても、いい?遅くなっても、よっすぃ〜がいいんなら…それなら、今日でも大丈夫だよ?」
「…ほんと?」


よっすぃ〜の腕をつかんでそう言うと。
よっすぃ〜は少しうるんだ瞳で振り返った。

それを見て、私はなんかほっとして。


やっぱり、よっすぃ〜はよっすぃ〜だなぁって。
こないだは、きっとなんか悩んでて、つらくて、それで変になっちゃっただけなんだ。


そうだよ、…あんなこと。
よっすぃ〜が…本気でするはず、ないじゃない。

そう、勝手に思ってしまって。



111 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/09/11(日) 00:49


「うん!あ、でもご飯は私食べてきちゃうと思うから、よっすぃ〜先食べててね?」
「…わかった。柴ちゃん…誰かと、会うの?今日…」
「え?あ…うん、ちょっとその…友達、と…」
「そっか…じゃ、待ってるね…気をつけて。」
「うん。じゃあ、また夜ね。」
「うん、いってらっしゃい…」

そして、頼りなく手を振ってくれるよっすぃ〜に見送られて。
私は、もう。
なんか、すべてが解決したような気分になって。
ホっと、安心して出かけてしまった。


…けど。
ほんとは、まだなにも解決なんか。
始まってすら、いなかったのにね。


よっすぃ〜の気持ち、全然知らなかったのに…



112 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/09/11(日) 00:50



…友達、に会うと、よっすぃ〜には言ったけど。
それは、ちょっとウソだったかもしれない。

全く、ただの友達だったわけでは…なかったから。


よっすぃ〜が、私の隣に引っ越してくる、少し前。

私が、まだ大学2年生のころ。
私には…付き合っている人がいた。


二つ年上の、大学の先輩で。
すごく優しくて、頼りになって。

とても順調だったんだ、私たちは。
うまくいってた。


…彼が、先に卒業して…就職して、いなくなってしまうまでは。


就職した先輩は、一年目から、いきなり遠くに転勤になってしまって。
それから…もう二年。
あれからずっと…彼から連絡がくることも、会うことも。
一度も、なくて。


特に別れようとか、言っても言われてもないんだけど。
…まぁ、自然消滅、ってとこなのかな、たぶん。



113 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/09/11(日) 00:51


…なんて、今はこんな、人ゴトみたいに軽く思い起こすことができるけど。


始めのうちは、やっぱりつらかった…寂しかったし。
…だけど…

…よっすぃ〜が…私の隣に…引っ越してきて、くれて。


そういうの、いつのまにか忘れちゃってたなぁ…


よっすぃ〜と過ごす毎日は、あわただしくて、バカっぽくて、
ほんと、ちっともイケてない。

だけど、お腹が痛くなるくらい、いっつも笑っていられる。
…そんな日々で。


そのうち、彼から連絡がないことを、不安に思うことも、ひどいと、腹を立てることもなくなった。

…彼が彼で、幸せに過ごしてくれているなら、それでいいって思えた。
だって、私も。


…幸せだったから…よっすぃ〜が、そばにいてくれて。



114 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/09/11(日) 00:52


…なのに。

「…久しぶり。」
「あ、はい…お久しぶり…です。」


今頃になって、その彼から連絡がくるなんて。
私は、とても驚いた。

よほどなにか緊急の用事かと思ったけど、そうじゃなかった。
こっちに…東京に、戻ってくるという、連絡。

どこかで会えないかと彼に聞かれたとき、すごく悩んだけど。
…決着のついていないこの関係を、果たして、このまま残しておいていいモノかどうか。
それに、就職のことを、相談したいという気持ちもあって。

私は、はい、と返事をした。



115 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/09/11(日) 00:53


「電話…」
「え?」
「いや、電話、番号変わってなくてよかった。」
「…あぁ、はい…」
「ごめんね。ずっと…連絡も、しないままで…」
「…いえ、そんな。私も…しなかった、し…」


緊張しているのは、久しぶりの再会だからという、だけじゃない。

彼が指定したレストランは、ビルの高層階にある、夜景のキレイな高級感漂うお店。


…社会人になると、こういうところに来るのがあたりまえ、なんだろうか…
そういえば、よっすぃ〜の働いているあのバーも、大人の人がたくさんいたっけ。


…普通の、私くらいの年齢の、女の子なら。
きっと、うれしいんだろうな。
まるで、理想のデート。
高そうなお店のおいしいお料理とお酒と。
そして、窓からは夜景…みたいな。


うれしくならない私は、きっとどこかおかしいんだろう。
こんなところに居るより…早く、部屋に帰りたいな、なんて。


…よっすぃ〜が待ってる、あの部屋のほうがいい、なんて思っちゃうなんて…。



116 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/09/11(日) 00:53


でも、だって、ちっとも興味ないんだもん。
お皿にちょびっとしかのっかってこない、食べづらい料理とか。
監視されてるかのように、うろうろそばを通る、店員さんとか。


どうしても苦手なんだよなぁ〜そういうの。


それより、部屋でジャージになって、くつろぎながら。
よっすぃ〜が作ってくれたご飯を、よっすぃ〜とワイワイ騒ぎながら、二人で食べる。

高級感も、ロマンチックな雰囲気もないけど。
だけど、すごいホっとして、安心できて。


いつのまにか、私の望む贅沢は、そんなふうに変わってしまったみたい。


あ、そうだ、それに。
今日は、よっすぃ〜が話したいことがあるって、言ってたんだった。


早く…帰らなきゃな。



117 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/09/11(日) 00:54


そんなふうに、この場を、どう早く切り上げるかを、一生懸命考えていると。
…突然、彼に言われた。

「…やり直せない…かな?」
「え?!」


びっくりして、イスから落ちそうになった。

だって、まさか。想像してなかった。
今さら…そんなふうに、言われるの。


「あのころは…就職したばっかりで、しかもいきなり転勤になって。
正直、続けていく自信なかったんだ。君に、落ち着くまで待っててくれって、言うのも
悪いと思ったし…
 でも、今は。これからは、東京に戻ってこれるし…ちゃんと、会う時間も作れると
思うから。だから…どうかな…?」
「…どうって…すいません、急すぎてちょっと…」
「あぁ。そうだよね。ごめんね。…もしかして、今好きな人とか、いるのかな?」
「…え?いや…そんな…」


そう、言われたとき。
一瞬、なぜかよっすぃ〜の顔が頭をよぎって。
そして、のどに何かがつまったみたいに、グっと胸が苦しくなった。


痛い…なんだろう…これ…



118 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/09/11(日) 00:55


「あせんなくていいから…一応、考えておいてくれないかな…」
「え、あ…はい…」


ひどい話だけど、このときすでに、目の前の彼の言葉も、顔も。
私の目には、心の中には、全然映っていなかった。


ただ、好きな人と聞かれて、一番によっすぃ〜を思い出してしまった、自分の気持ちと。

息ができなくなりそうなくらい、苦しくのどを、胸をふさがれる感覚に。
私はとても動揺して、混乱して。


どうしたらいいか、わからなくなって。


頭の中に浮かんで消えない、よっすぃ〜の顔を洗い流すように
コップにそそがれていたシャンパンを一気に飲み干した。





119 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/09/11(日) 00:56



そして。
次に目が覚めたときには、私は見知らぬ部屋のベッドの上だった。


あれ…私…どうしたんだろう…

…あ!!そうだ!!よっすぃ〜が待ってるのに!!帰らなきゃ!!!


慌てて飛び起きると、矢で打ち抜かれたように、ズキンという痛みが、頭を貫いた。


…いったぁ〜〜〜…何これ…二日酔い…?

頭を抑えたまま、うずくまっていると。
遠くのほうで、声が聞こえた。


「…あ、目、覚めた?おはよう。」
「おはよう…ございます…」

やってきたのは、昨日食事をした先輩だった。
…って、ことは…ここ…先輩の部屋?!!



120 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/09/11(日) 00:57


まさかの事態を想定して、私はバっと顔を覆った。

すると、先輩は、笑いながら、優しく話しかけてくれた。

「…ははっ。何もしてないから安心して。昨日、酔っ払って寝ちゃったんだよ、
あゆみちゃん。お店でね。だから、仕方なくうちに。それだけだから。」
「…うわ…す、すいませんでした…」


やばい…久しぶりの再会だってのに…私ってどんだけ迷惑なヤツなんだろう…

申し訳ない…
ていうかこれってさ、よっすぃ〜が、いきなり私の頭の中に現れるから、
だからびっくりして飲みすぎちゃったわけじゃない?
そうだ…よっすぃ〜のせいだ…よっすぃ〜が悪いんだ…


恥ずかしさをまぎらわせるために、全部の罪をよっすぃ〜に押し付けていると。
不思議と、頭の痛みは和らいだけど、でもやっぱり胸は苦しかった。




121 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/09/11(日) 00:58



「…それじゃ。どうも、ご迷惑かけてすみませんでした…」
「いえいえ。どういたしまして。」


そのまま、先輩に車でうちまで送ってもらい。
その車から降りて、二日酔いでガンガン響く頭を下げる。

そして、お礼を言って、部屋に戻ろうとすると…


「あゆみちゃん!…昨日、言ったこと。覚えてるかな?」
「え?…あ!…はい…」

そ、そうだった…すっかり、うっかり忘れてた。
昨日先輩に…やり直そうって、言われたんだった…


「ほんとに、急がなくていいから。いつまででも、待つからさ。考えておいて…」
「…はい…」


…そういえば。
『考えておいて』って言葉…こないだ、どっかでも聞いたような。
あれ…たしか美貴ちゃんが…


そんなことを考えていたら、後ろで、ドサっと、何かを落としたような、物音がして。


振り返ると―――…よっすぃ〜が。
そこに…立っていた…



122 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/09/11(日) 00:59


はじめは、なんでよっすぃ〜が、そんな青ざめたような顔をしているのかわからなかった。


だけど、この状況。
早朝に、男の人の車で帰ってくるなんて。

二日酔いでズキズキと痛む、私の頭でも、すぐにその意味が理解できた。


ううん…それだけじゃない…
―――約束してたのに…昨日…帰るって…帰ったら話そうって、よっすぃ〜と…


無責任な、守られなかった約束を思い出して。
次に青ざめたのは、私のほうだった。


そしてよっすぃ〜は、無表情のまま、軽く私と彼に会釈をして。
手に持っていたゴミ袋を、バケツの中に、少し乱暴に投げ入れた。

「…あ!きょ、今日!!ゴミの日だっけ…」
「…うん。」



123 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/09/11(日) 01:00


それよりも、もっと先に。
言うことがあるだろうって、自分で自分が情けなくて仕方なかったけど。


だけど、体が震えて、思うように動かない。
ガンガン痛む頭はちっとも働いてくれなくて、言葉が出てこない。


すると、後ろで私たちを見ていた彼は、何の気もなしに、私に言った。

「…知り合い?」
「え?あ…はい、その…隣の…」
「あぁ、お隣さん。」


私たちの関係を、他人に、そんな言葉で片付けられたことに。
傷ついたのは、よっすぃ〜だけじゃない、…私だって。


走り出して階段を駆け上がるよっすぃ〜を、私も必死で追いかけた。
もう、きっと呆然と立ち尽くしているだろう先輩のことなんて、どうでもよかった。



124 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/09/11(日) 01:01


「…待って!!よっすぃ〜!!お願い!!」


自分の部屋に逃げ込もうとするよっすぃ〜を、必死で捕まえた。
腕を引っ張って、顔をのぞきこむと…また、胸が苦しくなった。


傷ついた、裏切られたって。

赤く染まる頬と、うるんだ瞳が言っていたから。


「ち、違うの!違うんだよ?その、昨日は…飲みすぎて、私眠っちゃって…
だから…泊まっただけで…
で、でも先輩とは何も…そういうことは…なんにもなかったから…」
「…聞きたくないよ!!そんなこと!!!」


考えてみたら、私は何を言い訳しているのか。
そして、よっすぃ〜はなんで傷ついているのか。


彼の言うとおり、ただのお隣さんだとしたら、そんなのありえないことで。


いつのまにか。
私たちは、とっくに、お互いの部屋の間にある薄い壁を、飛び越えてしまっていたのかもしれない。


…隣って言うより、一緒に住んでるようなもんだったもんね。



125 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/09/11(日) 01:02


この、二年間。
どんな友達より、家族より、いつも一緒にいた。
それはまるで…恋人のように。


ほんとは…どっかでわかってた。
私たちの…おかしな、中途半端な関係。
そんなの…ずっと、このままで。
続くはずはないと。


私は、ただよっすぃ〜に、恋をしないで、恋人ゴッコだけをしていたかった。

恋をしたら傷つくこと、つらいこと。
そして…いつか失うことを、私は知っていたから。


気づいてなかったわけじゃない。
気づかないようにしていただけ。
自分の…本当の、気持ちに。


そして、楽しんでいたの。
その一線を、すぐに踏み越えられるギリギリの位置で、立ち止まっていること。
友達と恋人の間を、行ったり来たりするような関係を。


いつか、その気になれば。

簡単に、壊せると思ってた。
私たちの間にある…薄い、一枚の壁なんて。



126 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/09/11(日) 01:03


だけど、物理的な、部屋の壁よりも。
このとき、私たちの間に生まれた、心の中の壁のほうがほんとはずっと分厚くて。


そして、二度とそれを打ち破る方法を、私はみつけることができなくて。


閉められたよっすぃ〜の部屋の扉の前で。
しゃがみこむのは、これで二度目。


私は、バッグからケータイを取り出して、電話をかけた。
今、まだ下にいるのかどうか、わからない先輩に。

「…もしもし?」
「…先輩…ごめんなさい…私…先輩とは、付き合えません…
…好きな人が、いるんです。だから…」
「…わかった。」


ひとつの恋に、終わりを告げることで。
新しい、もうひとつの恋に、私は気づかされていた。



127 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/09/11(日) 01:03


…ねぇ、よっすぃ〜。


…あの頃、二年前の、春。
きっと、一人だったら。
離れた恋人への思いを、断ち切ることも、忘れることもできなかった。

相手を憎んだかもしれないし、そんな自分を嫌いになっていたかもしれない。


…よっすぃ〜がいたから、寂しくなかったんだよ?
よっすぃ〜がいたから、昔の恋を、ちゃんと箱にしまって、そっと取っておけたの。
キレイな、ひとつの思い出として。



…今の私には、よっすぃ〜がいないから。
私は、今でもこの気持ちを抑えることができない。


…よっすぃ〜への想いを。
箱になんて、まだしまえないの。



128 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/09/11(日) 01:04



もう一度、あの日に戻れるなら。


その扉が閉められていても、よっすぃ〜が出てきてくれなくても。
それでも、大声で叫べばよかった。

ごめんなさいって。



…大好きって。






129 名前:ツースリー 投稿日:2005/09/11(日) 01:10
以上、第5話です。

>>102 茶龍 さま
ポロリされちゃいましたかw作者としてはうれしい限りです。
がんばりますのでどうぞこれからもよろしくお願いします♪

>>103 名無飼育さん さま
よっすぃ〜がお子様カレー好きだと聞いたものでw
またキューンしていただけたらうれしいです〜

>>104 ツースリー教信者 さま
いつもありがとうございます〜チェックしてくださってたのに遅くなって
ごめんなさい・゜・(ノД`)・゜・。またよろしくお願いします〜

>>105 よししばヲタ さま
泣かないで〜泣かないで〜・゜・(ノД`)・゜・。
中毒になってもらえたら最高ですwまたよろしくお願いします〜
130 名前:ツースリー教信者 投稿日:2005/09/11(日) 02:40
遅くったっていいですよ!放置さえなければいくらでも待ちますから。
ツースリーさんの満足のいく話を書いてください!
てかもう!なんかすれ違いっぱなし!?
きっとああいう状況って言い訳すればする程、嘘くさくなるんですよね・・・
心からうまくいって欲しい・゜・(ノД`)・゜・
131 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/09/11(日) 10:56
103でした!!
待ってましたーーーー・゜・(ノД`)・゜・。
ウワーン。しばちゃん頑張った!!けど、けど…_| ̄|○
頑張れ、よっちゃんもしばちゃんも(爆)この2人には上手くいってほしいなぁ、毎度w
すげぇ応援してますo( ^-^)o(^-^ )o
ツースリーさんもおっしゃってますが、納得いく話を書いてほしいっす♪
だから、時間とか気にせず。ずーっとワクワクして待ってますので^^

132 名前:名無しの手虎 投稿日:2005/09/11(日) 13:09
名無しにする意味無しw

うが〜〜〜〜〜!!!
何度泣かせば気が済むんですか!
泣かすの禁止!!
でもコーユー切ない吉柴も好きですw(矛盾

作者さん、ドラえもんになってください!w
何なら自分が…(殴
133 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/09/19(月) 17:41


―――よっすぃ〜と美貴ちゃんが付き合いだしたと聞いたのは。
…その、すぐ後のことだった。



まだ…怒ってるかな…

あの日、あれからケータイの履歴を調べると。
よっすぃ〜からのメールと着信が、ちょうど一時間ごとに入っていたことに気がついて。

あの夜…私が、連絡もしないまま、帰ってこないのを、ずっとあの子は心配して…
一晩中、起きて待っていてくれたんだと、知った。

だから、余計。
今回のことが、簡単にすまされる問題じゃないと。

…私が、あの子につけてしまった傷は、けして浅いものじゃないんだと分かり。


結局、そのまま、よっすぃ〜に会う勇気がでないまま。
私が約束を破った日から、一週間がたち。


なんとかしなきゃという気持ちは、日を追うごとに強くなるけど。
でも、どうしたらいいのか、どんどんわからなくなっていってるのも、事実で。


134 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/09/19(月) 17:42


ほんとは、直接会いに行くのが、一番いいんだろう。
だって、こんなに近くに…隣に住んでるんだし。

でも、会って、よっすぃ〜の顔を見て…私は、ちゃんと話ができる?
…この間のように。
傷ついた、悲しい目を向けられて、私はちゃんとそれに答えることができるだろうか。


…あんなよっすぃ〜…もう見たくない…

…見れない…


そして私は、ケータイのメモリーから、よっすぃ〜の名前を選び出し、
静かに、発信ボタンを押した。



135 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/09/19(月) 17:43


「…もしもし?」
「…あ…よっすぃ〜…ごめんね…今、大丈夫…?」
「うん。…大丈夫だけど…どうしたの?電話なんて…珍しいじゃん。」
「うん…」


電話に出てくれたよっすぃ〜の声が、思っていたよりも穏やかで。
ずっと、冷静なことにホっとしながら。

頭の中で、言葉を捜す。


「…よっすぃ〜、今どこ?部屋?」
「え?うん、そうだけど。柴ちゃんは?」
「あー…うん、私も…」
「…そう。」
「…うん。」


…いつもなら、それまでなら。
じゃあ、電話代もったいないからうちに来なよとか、行くよとか。
簡単に言えたけど…

お互いの口から、その言葉が出ないということは。
やっぱり、今はいつもの私たちじゃないということ…あたりまえだけど。


でも、私は勇気を出して。
この重い、私たちの間とは思えない雰囲気をうちやぶるために。


…この前、言いそびれてしまったことを、よっすぃ〜に言った。



136 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/09/19(月) 17:44


「…よっすぃ〜。ごめんね?この間…約束、守れなくて…」
「………」


…電話って。
言葉だけじゃなく…空気もちゃんと伝わってくるんだね。


また、厳しく凍りついただろうよっすぃ〜の顔が目に浮かんで。

私は、ぐっと唇をかみ締めた。


だけど、このまま、誤解されたままじゃつらくって。

…また、言い訳に聞こえちゃうかもって、思ったけど。


「…でも。約束は…守れなかったけど…私、ほんとに、先輩とは…
あの、送ってくれた男の人とは…なにも…」



137 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/09/19(月) 17:45


そう、続けると。
よっすぃ〜は小さくため息をついて。
その吐息がケータイを通り越して、私の耳にかかったような気がした。


「…いいよ、もう。うちこそ…こないだは。動揺、しちゃってさ…ごめんね?
柴ちゃん話そうとしてくれてたのに、部屋に閉じこもっちゃってさ…」
「…よっすぃ〜…」
「…もう、うちは怒ってないから。大丈夫だから。…だから。この間のことは。
柴ちゃんも。もう、気にしないで?」
「…うん…」


…そんな、寂しい声じゃ。
本当に、よっすぃ〜がこないだのことを、もう気にしていないんだとは、とても思えなかった。


だけど、本人がもういいといっている以上、私はそれ以上、何も言えなくて…



138 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/09/19(月) 17:46


そのまま、何分か。
よっすぃ〜の気配だけを、電話に感じながら。
ずっと続く沈黙に耐えていたけど。


もう、ひとつ大切なことを思い出して。
守れなかったあの約束の目的を…思い出して。

私は、黙ったままのよっすぃ〜に、たずねた。


「…ね、よっすぃ〜。あの日…何、言おうとしてたの…?」
「…え?」
「話、あるって。言ってたじゃない…あの夜。」
「…あぁ。」


よっすぃ〜が、ここ最近、元気がなかった理由。
きっと、悩んでいた原因を話してくれるつもりだったんじゃないの?


そう聞くと、よっすぃ〜は。
なぜか、あきらめのまじったような声で答えた。



139 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/09/19(月) 17:46


「…いいんだ、もう。一応…解決したから。」
「え?そうなの?…それなら、いいけど……でも…なんだったの?話って…」
「………」


良い方に解決したとは思えないよっすぃ〜の口ぶりに、なんだか少し心配になってしまって。

けどすぐに、まったく自分勝手な質問だったと気づき、私は慌てて口を手で押さえた。


「…ごめん、私が約束破ったのに。今更、話したくないよね。…ごめんね…」
「え…いや…そうじゃ…ないけど…」


今更、それを聞く権利など。
私にはもうないと思った。

でも、優しいよっすぃ〜は、沈んだ声を出した私を気遣って。
結局、この間言うはずだった話を、もう一度話してくれると言った。

そう聞いて、私はなんだかホっとしたけど…


…けど実際は、私にそれを話さないでいようとしたことが、よっすぃ〜の本当の優しさだったのかもしれなかった。



140 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/09/19(月) 17:47


次によっすぃ〜から聞く言葉を。
私は、頭の片隅にも、想像していなくて。


―――あの声を。
あのときの…よっすぃ〜のセリフを。
私は、今でもハッキリ覚えてる…だって世界一、ショックな出来事だったから…


「…美貴に。告白…されてさ。つきあってくれって、言われてて…」
「…え…?」


まるで、外国語を聞いたみたいに。
言葉の意味を理解するのに、すごく時間がかかった。


美貴、ちゃん…が?
…告白…?



141 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/09/19(月) 17:48


ちょっと待って…それって、どういう…


頭の中を、美貴ちゃんの顔や、最近の元気のないよっすぃ〜。
そして…いつも、私の隣で笑っていた、あの優しいよっすぃ〜の笑顔が。

グルグルと、波のように渦巻いて。


わからない、全然理解できない。

…なにが起こったの?

…なんで…そんなことに…


混乱して、わけわからない中で、
さっきのよっすぃ〜の言葉だけが、妙にハッキリ耳の奥に残ってる。

だって言ってたじゃない、…よっすぃ〜…さっき。


「解決、したって…」
「…うん。付き合うことにした。…美貴と。」



142 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/09/19(月) 17:50


―――ズキンっ、と。
胸をナイフで突き刺されたような、激しく重い、痛みと。

その奥にある、心から。
なにかが溢れ出て来るのを、感じていた。



…あぁ…今更になって。

自分のタイミングの悪さに、ほとほとあきれてしまう。


どうして、よりによって、あの約束の夜に。
私は、昔の恋人に会いに行ったりしたんだろう。


どうして…この電話がつながった瞬間に、ううん、ほんとはもっと、ずっと前に。
…よっすぃ〜に
好きだって…言わなかったんだろう…

言えなかったんだろう…



143 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/09/19(月) 17:51


私が、よっすぃ〜に想いを告げていたからといって。
それに、よっすぃ〜が答えてくれた保障は、どこにもない。

…けれど、今よりずっと、可能性はあった。
何パーセントかわからない、もしかしたらすごく、0に近かったかもしれないけど。


それでも、今、この状況よりは。
…0になってしまった今よりは、きっと、ずっと大きかった。


遠のいていきそうな意識の中。
私は、必死に言葉を搾り出した。


「…よ、よかったね!…おめでとう…」
「…うん。ありがとう…」
「あの…仲良く、ね?…美貴ちゃん…と…」
「…うん。」
「じゃあ…ね。また…ね。」
「…うん。」



144 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/09/19(月) 17:51


電話を切った瞬間。
体から、力が抜けて。
だけど、なにかに重くのしかかられているような気もして。

耐え切れず、私はケータイを握ったまま、その場に座り込んだ。


よっすぃ〜が…美貴ちゃんと…

…よっすぃ〜……よっすぃ〜……



痛い。
全部が痛い。
頭も体も心も気持ちも。

全部がギシギシ痛んで、私を苦しめる。



145 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/09/19(月) 17:53


…自分の体じゃないみたいだった。

まったく、コントロールできなくなって。


あふれ出す涙の中、なんとか、口から息を吸い込むのだけが、精一杯。
ほんとに、窒息しちゃいそうで。

何かの発作のように、おさまらない涙と、息苦しさの中。
…私は、なんとか這うように壁に向かい、そしてそこにそっとおでこをつけた。


…信じられない…
この壁の向こうに、よっすぃ〜がいるなんて。

ちょっと前までは。
壁の向こうのよっすぃ〜を、意識しなくとも感じられた。


…隣に、いてくれてるんだって。
実感できた、…安心できた。


なのに、どうして?
今はもう、全然わかんないよ、よっすぃ〜が今どこにいるのか。

…よっすぃ〜の心が。
たまらなく遠い。


…私たちの部屋って。
こんなに、離れてたの?



146 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/09/19(月) 17:53


よっすぃ〜は、今日も、明日もきっと隣に住んでいるだろうけど。
でももう、私の隣にはいてくれないんだ…


もう二度と戻らない、私たちの関係が。
どれほど自分を支えてくれていたか、自分の全てだったか。

気づいたときには、もう遅すぎて。



あたりまえだった生活が壊れたとき。

私の部屋に残っていたのは、深い後悔と、たまらない寂しさだった。




147 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/09/19(月) 17:54




◇     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇





148 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/09/19(月) 17:55


その年のクリスマス。
私は一人部屋でコタツに入り、コンビニで買ってきた鍋焼きうどんをすすっていた。

…はぁ、むなしい。
一人のクリスマスなんて。



…あれから。
よっすぃ〜とは、会えば普通に話すし。
用事があれば、メールしたり、電話したり。

…たぶん、このくらいの距離が、本当の意味で、お隣さんなんだろうな。
ううん、一般的なお隣さんよりは、きっとまだずっと親しいだろう。


…ただ、もともとの私たちの関係が、あまりに近すぎたから。
なんだか、すごく遠く離れちゃったような気が、しちゃうだけで。


…こんなふうに、クリスマスに一人、部屋にこもってるなら。
少し早めに実家に帰省して、家族と一緒に過ごすという選択肢も、私にはあったんだけど。

でも、もうすぐ卒業だし。
ついこの間、就職も決まったし。



149 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/09/19(月) 17:56


ようやく内定をもらえた会社は、ここからは電車で一時間以上かかる場所で。
通勤時間を考えたら、もっと近くに引っ越さないと。


だからきっと…この部屋で過ごすクリスマスも、今日が最後。
今年が、最後で…。


思い出していた。
…去年のクリスマス。

ここで、よっすぃ〜と一晩中、朝まで騒いでたっけ。


ううん、一方的に騒いでたのは私で、よっすぃ〜はそんな私をなだめたり、食べ散らかし、
遊び散らかした部屋をせっせと片付けてくれて。


…幸せだったなぁ。
隣に、よっすぃ〜が居てくれる、クリスマス。


それに気づかなかったなんて、ほんとバカ。


そんな、よっすぃ〜との思い出があるから。
私は、今年も、…たとえ一人でも。
クリスマスを、この部屋で過ごしたいと、思ったんだろうか。



150 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/09/19(月) 17:56


…『ピンポーン』…

突然、玄関のインターホンが鳴って。
仕方なく、私は、嫌々コタツから抜け出し、ドアへと向かった。


…誰だろう。こんな、クリスマスの夜に。
人がせっかくおコタでぬくぬくしてんのに、それをジャマするようなヤツは。


思いっきり不機嫌な顔で玄関のドアを開けると。
…まるで、一年前に戻ったみたいだった。




151 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/09/19(月) 17:57


「…よ…っすぃ…?」
「メリークリスマ〜ス♪こんばんは、柴ちゃん。」


そこには、あのころと変わらない優しい笑顔で。
私に笑いかける、よっすぃ〜がいた。


「なん…な、なんで?!どうしたの、よっすぃ〜!!」
「んー?いや、さっきちょっと出かけて帰ってきたら、
部屋、電気ついてるのわかったから。いるのかなーと思って、柴ちゃん。」
「そ、そりゃー…私は、いるけど。よっすぃ〜は?出かけなくていいの?」
「…へ?どこに?」
「だ、だって…今日…」


そう、今日はクリスマスだから。
世間一般では、普通…恋人と…


そんな私の疑問に気づいたのか、よっすぃ〜は。
あぁ、と言いながら背中に隠し持っていたケーキの箱を取り出し、そっと私に渡した。



152 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/09/19(月) 17:58


「美貴、今日は教会でボランティアなんだ。なんか、声楽科の学生は、クリスマスは
賛美歌歌いにいかなきゃいけないらしくて。だから今日は別行動。
それで…コレ。今、買ってきたヤツなんだけどさ。
柴ちゃん、食べない?一緒に…」
「へ?あー…そうだったんだ。…うん。」


そっか…これ、本当はきっと。
美貴ちゃんと…食べるヤツだったんだ。


箱には、前によっすぃ〜が私にシュークリームを買ってきてくれた、あのお店の名前が書いてあって。
あそこのクリスマスケーキ、予約分しか売らないんだよね。


だから…食べれて、ラッキーって…思わなきゃ。
悲しいなんて…思っちゃ、いけない。



153 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/09/19(月) 17:59


自分から、美貴ちゃんの話を振ったくせに。
想像したら、なんだか胸が苦しくなって。


私が少しうつむいたのを、よっすぃ〜は。

「あ、それとももう食っちゃってた?ケーキ。柴ちゃんのことだから、丸ごと一人で
食べてたんじゃないの〜?」
「た、食べてないよ!!…ほら、寒いんだから早く中入って。」
「は〜い。おじゃましまぁーす。」

…胸焼けと勘違いしてたみたい。失礼な。


けど、そのおかげで結構思ってたより普通に。
…昔みたいに、よっすぃ〜を招き入れることができた。




154 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/09/19(月) 17:59


久しぶりに、よっすぃ〜と一緒に過ごす時間。
それは、まるでしばらくそうしていなかったのが、ウソみたいに。

自然で、楽しくて、あっという間に過ぎていって。


「…あー。お腹いっぱいだぁ〜もう動けない〜…片づけができない〜」
「はぁ?…たく。そうやってうちにばっかり面倒なこと押し付けて…」


ブツブツ文句を言いながらも、結局片付けてくれるよっすぃ〜。
その姿を、また見れる日がくるなんて。


今日は、今日じゃないみたいだった。
今年じゃないみたいだった、去年のようだった。


…よっすぃ〜が、いつでもそばにいてくれた。
あのころのようで。


…うれしくて。

気を抜くと、私は泣き出してしまいそうで。
一生懸命、騒いで。
カラ元気なふりを続けていた。



155 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/09/19(月) 18:00


「…そんなに、元気ってことはさ。なんか…いいことでもあったの?」
「へ?…あーうん、まぁね。」
「えー?なんだよ、教えてよ〜。」

お、教えてって…言われても。
さすがに、よっすぃ〜が来てくれたから、なんてこと言えない。


だから困ったんだけど、すぐに。
…良い答えを、思いついた。

「実はねぇ…就職!決まったの!!」
「…えぇ!!ま、マジで!!…やったじゃん、おめでとう!!」
「ありがと〜♪」
「…そっかぁ…もうすぐ柴ちゃんも社会人かぁ…って、なんでもっと早く教えてくれなかったの?
心配してたんだよ、うち。」
「…うん。ごめんね…」
「…いいこと、なんだからさ。謝ること、ないけど…」



156 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/09/19(月) 18:01


…私だって。


本当は、すぐに教えたかったよ?
一番に、言いたかった…よっすぃ〜に。


だけど、もうあなたの隣には。
私以外に、大切な人がいて。

…私が、いる場所なんて、きっとない。


そう、思ったから。


…言えなくって。



157 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/09/19(月) 18:01


「それで?どんな仕事なの?」
「ん?普通の、OLさんだよ。あ、前によっすぃ〜と一緒にイルカ見に行った水族館
覚えてる?あそこの近くの会社。」
「あーあそこかぁ。イルカ、かわいかったよねぇ〜」
「ねぇ〜かわいかったねぇ〜。」
「…って、ことはさ。」
「へ?」


頭の中に、昔よっすぃ〜と一緒に見た、かわいいイルカの大ジャンプを思い起こしていると。
よっすぃ〜が、急に私を、真面目な顔で覗き込んできて。

至近距離で絡む視線に…ドキンっと、胸が、高鳴る。


「な、なに?!」
「…引っ越すの?ここ。」
「…え?」
「だって…ちょっと、遠すぎるでしょ?毎日、通うには…」
「…あぁ。うん。…そう、なる…かな…」
「…そっか…」


そう言うよっすぃ〜の声が、なんだか寂しそうに聞こえるのは。
私の…思い上がりだろうか。



158 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/09/19(月) 18:02


…今だって。
ほとんど、二人で会うことだって、ないのにね。


それに…美貴ちゃんが、いるのに。
寂しいはず、ないよね。


初めて出会ったときの、よっすぃ〜だったら、私も置いていくの、心配だったけど。
でも別に、今はもう。

…必要ない…よっすぃ〜に…私なんか。


だめだ、そんなことわかってるけど、考えただけで。
…泣き出しそう…


だから私は慌ててTVをつけて。
引越しのことから、話題を変えた。


「…あ、さんまさんだぁ〜。ね、よっすぃ〜。去年も、この番組。一緒に見たよね?
毎年、クリスマスに生放送って。大変だよねぇ〜さんまさん。」
「うん…あのさ、柴ちゃん…」
「ん?なに?」
「…今日。泊まってって…いい?」
「…え…?…」



159 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/09/19(月) 18:04


…いきなり。
よっすぃ〜に、そう言われて。


予想もしていないその言葉に。
心臓が、飛び出しそうなくらいに、暴れだす。


「な、な、なんで!!?どうして?」

動揺を隠すこともできずに、そう尋ねると。
よっすぃ〜は、少し視線を下に落としながら、ポツポツと話し出した。


「いや…だって。ずっと…泊まってなかったし。それに…」
「…それに…?」
「…これから。こういうのもう…なくなっちゃうでしょ?柴ちゃん…引っ越しちゃうんだから。」
「…よっすぃ〜…」


私たちの『お隣さん』が。
もうすぐ、終わってしまうということを。

…やっぱり、気のせいでなく。
よっすぃ〜も、寂しいと感じてくれているんだとわかって。


すごくすごく、うれしかった。



160 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/09/19(月) 18:04


ねぇ、よっすぃ〜。
…私だって…同じだよ?
寂しいよ…よっすぃ〜と離れるの。


…一晩くらい、いいのかもしれない。


別に、変な意味じゃないんだし。
今夜くらい…よっすぃ〜と一緒にいても。


そう、きっとこれは。
失恋した、かわいそうな私に。
クリスマスのプレゼントとして、サンタさんがくれたんだ。

私が…一番欲しいものを……よっすぃ〜と、過ごす時間を…


…だから…



161 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/09/19(月) 18:05


「…ダメ。」
「え?!な…なんで?!」
「んー…だって今日、クリスマスだよ?いくら私たちの関係でもさ…
美貴ちゃん、心配しちゃうかもしれないし…。
私が、美貴ちゃんだったらさ。やっぱり、嫌だと思うよ?よっすぃ〜が他の子と
クリスマス過ごすの。だから、今日はだぁめ。」
「………」


…でも、やっぱり。
私は、誰かを傷つけてまで、幸せになる、勇気はなくて。


こんな、聖なる夜に。
悪いことなんて、できなくて…。


「…ほら。もう教会のボランティア、終わったんじゃない?
美貴ちゃん、待ってると思うよ?…会いに行ってあげたら?」
「…うん。…わかった…」



162 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/09/19(月) 18:06


そして私は、名残惜しそうにしてくれる、よっすぃ〜の背中を押して。

玄関から、外へと送り出した。


「…それじゃ。気をつけてね?」
「…うん。じゃ、またね…柴ちゃん。」
「うん。あ、よっすぃ〜。…ケーキ、ごちそうさま。…美貴ちゃんに…よろしくね?
また、遊ぼうねって、伝えといて?」
「あぁ、うん。きっと喜ぶよ、美貴。…じゃあ…」
「…じゃあ、ね…」


そして、歩いて階段を下りていくよっすぃ〜の背中を見送って、ドアを閉めようとした瞬間。

…下のほうから、よっすぃ〜の大きな声と、パァン!という爆発音が聞こえた。


「…メリークリスマス!!」
「え?!」



163 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/09/19(月) 18:06


驚いて、バっとドアを開け、外に飛び出すと。

…よっすぃ〜が。
なぜかクラッカーを、パンパンパンパン鳴らしていた。


「…ちょっと。なんでそんなとこでやってんの?」
「い、いや…鳴らすタイミングがわかんなくて…本当は、柴ちゃんの部屋に着いた瞬間
鳴らそうと思ったんだけど、ケーキの箱とかで両手ふさがってたから…だから…」
「…意味わかんない。そこ、片付けていきなよ〜近所迷惑だから。」
「あぁ、大丈夫。これ、ちらからないヤツだから。…んじゃあね。バイバイ!!
メリークリスマス!!」
「…メリークリスマス。」


そして、よっすぃ〜は、せっせとゴミを集めて、
イルミネーションの光る、街の中へと消えていった。


…ははは。
あんなの、いつのまに用意してたんだろう。

でも、鳴らすタイミング逃しちゃったっていうのが、なんだかよっすぃ〜らしい。



164 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/09/19(月) 18:07


私は一人部屋に戻り、よっすぃ〜が持ってきてくれたあのケーキの箱から、
残りのケーキを取り出した。

冷蔵庫いっぱいで仕舞えないし、捨てちゃったらもったいないもんね。
よぉし〜食べるぞぉ〜…



―――そして。
そのケーキにつけられた、チョコレートのプレートを見たとき。
私は、もうどうしようもなく。
たまらなく、またよっすぃ〜に会いたくなって。
よっすぃ〜を追いかけていきたくて、でもそれを必死にこらえるので、精一杯だった。


…さっきは、よっすぃ〜がケーキを二人分、切って持ってきてくれたから。
そこに、そんな言葉が書かれているなんて、全然、気づかなかった、予想もしていなかった。


その、少し時間がたって、溶け始めたチョコレートには。
…『  祝! 二回目のクリスマス !!』

…そう、書かれていた。




165 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/09/19(月) 18:08


美貴ちゃんが、クリスマスはボランティアの仕事で忙しいことなんて。
よっすぃ〜は随分前から、きっと去年から、知っていたんだろう。


…だから、慌てて、今日になって突然、ケーキが余ってしまったわけじゃない。

美貴ちゃんと…食べるはずだったんじゃない、私が、勝手にそう誤解しただけで。



―――よっすぃ〜は…初めから私と一緒に食べるつもりで…このケーキを…



クラッカーを、こっそり用意していたのも。

なんとか、今日を盛り上げようとしてくれていたのかもしれない。
だって、きっとよっすぃ〜も。
気づいていたんだろう…私が、近いうちに。
この部屋を、出て行くということ。

考えてみれば。
卒業して、社会人になって。
そのまま、学生時代のアパートに住み続ける人って、ほとんどいないもんね。

みんな、会社に便利な場所に移っていくのが、普通の流れで…。



166 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/09/19(月) 18:09


…だから。
よっすぃ〜は、今日が私たちが隣で過ごす、最後のクリスマスだということ。


…きっと、初めから全部…

そして…そのために…



甘いはずのケーキが。
涙で、おせんべいみたいにしょっぱかった。

だけど、それでも私は。
泣きながら、そのケーキを全部、食べ続けた。



167 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/09/19(月) 18:10


…ひどいよ、サンタさん。

だって、あんなのまるで、究極の選択。


泊まりたいと言った、よっすぃ〜を。
そのまま、引き止めてしまったとしても、結局今みたいに断っても。

…私は、どっちにしろ後悔しなきゃいけないんだもん。


でも、だったら、他の人を…美貴ちゃんを、傷つけずにすんだだけ。

私の選択には…まだ、救いがあったのかもしれない。



ねぇ、よっすぃ〜。
なんで、私はまだこんなに。
あなたを好きで、いなきゃいけないんだろう。

望みのない、先のない恋を。
どうして、あきらめられずにいるんだろう。


これから、何度あの部屋にクリスマスがきても。
…そこに、よっすぃ〜はいないのに。





168 名前:ツースリー 投稿日:2005/09/19(月) 18:20
以上、第6話です。
季節完全無視ですwあと2回ほどで本編終了予定です。

>>130 ツースリー教信者 さま
ありがたいお言葉ありがとうございます・゜・(ノД`)・゜・
まだまだ過酷な状況ですが…こりずにどうぞこれからもよろしくお願いします♪

>>131 名無飼育さん さま
ワクワクしてもらえるなんて・゜・(ノД`)・゜・幸せです〜ありがとうございます!
毎度ハラハラさせてすみませんwまたよろしくお願いします〜

>>132 名無しの手虎 さま
ぼぉくドラえもんで〜(ry 
どちらかというとジャイアンタイプなので、泣いてもらえてうれしいですw
またよろしくお願いします〜♪
169 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/09/19(月) 19:37
131でした!!
大量交信お疲れ様です^^
うわーーーーーーーーー・゜・(ノД`)・゜・。ーーーーーーーん!!!
ひどいです、作者さん。
マジでクリスマスになったかと思いました(爆)
今回も大分進みましたね〜^^なんだか…美貴ちゃんはどうなるんでせう??
よっすぃ〜も罪だなぁ(謎)
頑張れ!!と日々応援しておりますので、次回の交信も待ってます♪
170 名前:ツースリー教信者 投稿日:2005/09/19(月) 21:10
もう!切な過ぎる!・゜・(ノД`)・゜・
涙で画面が見えません・・・
柴ちゃん頑張れ!もうこんな言葉しか出て来ないっすよ。。。
でも、美貴ちゃんもどうなるんかなぁ?
171 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/09/20(火) 20:05
最近になってツースリーさんの小説を知り、
読み始めたら止まらなくなって、二日間で3スレとも読破してしまいました。
もうツースリーさんの書く吉柴にどっぷりハマってますw
これからも吉柴を書き続けて欲しいなぁとか言ってみたりw
172 名前:名無し? 投稿日:2005/09/23(金) 23:38
更新お疲れ様です!
久しぶりです。相変わらず、泣ける作品をありがとうございます。
いやぁ、切ないです・・・なんか2人ともいい奴すぎて本当に泣けてしまいます!
なぜ、こんないい奴2人が辛い思いをしてしまうのか・・・世の中うまくいきませんねぇ・・・w

この後の展開に期待して待っています。
173 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/09/24(土) 01:07



時間というのは、満ち足りていても、物足りなくっても。
それに関係なく、同じように、ただ過ぎて行ってくれる。ありがたいことに。


…よっすぃ〜と知り合って。
―――三度目の春が…もうすぐ、訪れようとしていた。―――



大学の卒業式を終えた後、両親と駅で別れ、私は一人アパートへと歩いた。

こんなふうに…学校から、家までの道のりを歩くのも。
これが最後なんだなぁなんて、しみじみ思いながら。

キシンっ!と少し耳につく金属音をたてる、アパートの階段も。
なんだか妙に愛おしい。


…でも、それよりももっと、愛おしい人が。
なぜか、私の部屋の扉の前に…立っていた。


174 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/09/24(土) 01:08


「…よっすぃ〜!…どうしたの?」
「あ!柴ちゃん!!おかえり〜…はいっ!」
「…え?これ…」


満面の笑顔のよっすぃ〜に手渡されたのは。
キレイな花が何本か包まれた、小さな花束だった。


「今、ちょっと金欠でさ…花って、結構高いんだね。もっとたくさん買えると思ったんだけど…
ごめんね、なんかしょぼいね。」
「…ううん、うれしいよ?ごめんねわざわざ。」
「いえいえ。…おめでとう、卒業。」
「…うん、ありがと…」


よっすぃ〜がくれたその小さな花束からは、すっかりたくましく成長したよっすぃ〜の思いやりと気遣いと。
…三年前と変わらない、優しい春の匂いがあふれていた。


175 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/09/24(土) 01:12


「…あがってく?部屋…」
「あー…うん。いい?」
「いいよ、もちろん。」


クリスマス以来に、よっすぃ〜を部屋へと導いて。

ソファーの上に散らかしていた雑誌や服を、急いでどかして片付けて。
そこに座るように、促した。


「…あ、ちょっと待ってて、…着替えてくる…」
「あぁ…うん…」


さすがに、卒業式帰りの。
胸のところにコサージュなんかがついた、堅苦しいスーツのままではいられなくて。
私は、洗面所に向かった。


…前なら、よっすぃ〜の前でも、平気で着替えられたのになぁ、なんて思いながら。


176 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/09/24(土) 01:12


「…お待たせしました〜」
「お待たせされました〜はい、お茶。」
「あ、ごめんね。ありがとう。」
「いえいえ。」


私が着替えている間に、よっすぃ〜はもうお茶をいれてくれていた。
勝手知ったるなんとやら、だもんね。
…最近は…そうでもない、かもしれないけど…



お茶を飲みながら、二人でボーっと外を眺めていると。
窓一面に、オレンジ色の空が広がっていて。


177 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/09/24(土) 01:13


それを見て、きっと。
二人とも、同じことを考えていた。

「…柴ちゃん。…引越し、いつだっけ…」
「…今月中、には…」
「…そう…」
「…うん…」


あっという間に沈んでいく、夕日のように。
私たちが隣で過ごす時間も、きっともう本当にごくわずか。

それはすごく寂しいけれど、でも、頭のどこかで。
仕方のないことだって、お互いにわかっているから。


…それに、私はいなくなっても、よっすぃ〜と、ここでの思い出は。
ずっとあるって、残ってるって、思ってたから。


なのに…


178 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/09/24(土) 01:15


「…うちもさ。実は…引っ越すことにしたんだ、ココ。」
「…え?!…どうして!!?」


そう、よっすぃ〜に言われて。
突然のことに、私はひどく困惑した。


…だって、思ってもみなかったんだもん。
よっすぃ〜は、ずっとここに居てくれるって、思ってた。
私がいなくなっても、よっすぃ〜は住み続けてくれていて。

そこには私たちが、二年間隣通しで暮らした思い出と。
…私が…帰る場所があるんだって。


そう…思ってたのに…


179 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/09/24(土) 01:15


「…美貴の部屋に。移ることにしたんだ…そしたら、家賃も二人で半分にできるし。
あいつ、防音のたっけー部屋に住んでてさぁ〜。まぁ、歌の練習とかしたくて、
らしいんだけど。…うちも…そこなら…キーボードとか。音、気にしないでできるし…」
「…そっか。一石二鳥だね。」
「えぇ?なんじゃそりゃ。」
「んーだって、同棲もできるし、練習もできるし♪いいことづくしじゃん。」
「…まぁ…そうかも、ね…」


あたた…
私、何で自分でつらくなるようなこと、言っちゃってんだろ。

バカだな、ほんと…


でも、聞けば聞くほど。
結局、よっすぃ〜と美貴ちゃんって、お似合いのカップルだよね。

ちょっと違うのかもしれないけど…共通の夢?みたいなの、持ってるんだし。
うらやましい、輝いてて。


…それに比べて。
これから、普通の会社員になって。
働いて、夢のない、だけど堅実な生活を送ろうとしている私は、やっぱり場違いなんだ。


…そんなの…わかってたけど…


180 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/09/24(土) 01:17


同棲、なんて言葉を私に言われた、よっすぃ〜の照れ隠しだろうか。
それから妙によっすぃ〜は明るく、饒舌に。
話し出して…

「…でもさ!結構、いいと思うよ?お金もたまるし…一緒の時間も、たくさん作れるじゃん?」
「…うん、そうだねぇ…うらやましい、幸せそう…」
「なんだよ、それ。…柴ちゃんもさ…」
「…へ?」
「…いないの?そういう…人…」

そういう人、いないの?なんて。
…親戚のおばちゃんじゃないんだから。


そう言って、私がふき出すと、よっすぃ〜は少し怒って。
そして…それから…真剣な顔で。
私に向かい合って、聞いてきた…


181 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/09/24(土) 01:20


「…昔。一緒に…車で帰ってきた人、いたじゃん。あの人とは…どうなの?」
「え?…あぁ…」

…そんなの、よく覚えてるな。
なんて、人ゴトみたいに思ってしまうのは、私の悪いクセで。


もしかしたら、よっすぃ〜は。
あの人のことを、私以上に、引きずっていたのかもしれない。
確信めいたことを、聞きたくて、でもずっと聞けなくて…


そんなあなたの心を。
私は全然、わかっていなかった。


182 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/09/24(土) 01:21


「どうって…別に…」
「別にって…告白とか。付き合おうとか…言われてないの?」
「言われてない…ことも…ない…けど…」
「ほら!別にじゃないじゃん!!」
「いや、でも、そんなの…」

そんなの、よっすぃ〜が言うとおり、ずっと、昔の話で。


それに、私は他に好きな人がいて。
目の前に、好きな人がいることに気がついて、とっくにそれを断っているのに。


…よっすぃ〜の勘違いは止まらない。
あの日からずっと、誤解は解けていなかったみたいで。


183 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/09/24(土) 01:21


「柴ちゃんは、好きじゃないの?あの人のこと。」
「…好きじゃないっていうか…そういう、意味では…好きじゃない、かな…」
「あぁー!!同じだ!うちと、同じパターン!!」
「…え?」
「実は、うちもさ。初めは…好きじゃなかったんだ、美貴のこと。
いや、友達としては大好きだったけど、その、そういう意味では…」


このとき、すでに。
嫌な予感はしていた。
急に、堰を切ったように、話し出したよっすぃ〜。


きっと、本人も何を言っているのかよくわかっていない。
それを止める方法を、誰も知らない。


「でもさ…その、初めは、そうじゃなかったけど。でも、美貴と付き合いだして…
うちは、よかったと思ってる。美貴がうちを好きになってくれて…うちが、それに答えられて。
本当に、よかったって思えるよ。想われるのって、幸せだよ。
…柴ちゃんだって。嫌いじゃ、ないんでしょ?その人のこと。思い切って、つきあってみたら?
きっと、そのうち。それでよかったって思える日が…来るからさ。」


184 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/09/24(土) 01:22


…好きな人に。
他の人と付き合うように、他の誰かに恋をするように勧められるのって…

振られるのと、同じくらい。
ううん、もしかしたら振られるよりも、つらいのかもしれない。


苦しくって、悔しくって。

ほんとはもう、泣き出しそうだった。
だけど、よっすぃ〜に悪気がないんだとわかる以上。
そんなこと、できるはずもなくて…


185 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/09/24(土) 01:23


「…でも。私…好きな人いるから…だから、無理。」


そう、答えることだけが。
せめてもの、抵抗だった。

この想いを。
形にはならなくても、あなたに伝わらなくても。
残しておく、唯一の手段だった。


…なのに…

「…そうなの?…そっか…そうなんだ。でも、うちもさ。ぶっちゃけていっちゃうと…
あのころ、他に好きな人…いたんだよね。だから、初めはそれで断ったんだ。
けど美貴は…それでもいいって。これから、少しずつ自分のこと見てくれればいいからって。
言ってくれて…ほんとに、感謝してる。そのおかげで…うち、つらいとき乗り越えられたし。
美貴のこと…大切にしなきゃって思えるようになったし…」
「…そうなんだ。…よかったね…」
「うん。だから、柴ちゃんもさ!あんまり、難しく考えないで。つきあってみたら?
…優しそうな人、だったじゃん。そのほうがいいよ、きっと。」
「…ね、よっすぃ〜。」
「うん?なに?」
「…どうして、そんなに。一生懸命。私が…誰かとつきあうこと、勧めるの?」


186 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/09/24(土) 01:24


もう、なんだかおかしくなってきちゃって。
笑えてきて、気持ちとは全然違う、笑顔で。
よっすぃ〜に、そう聞いてしまったから。


妙に、よっすぃ〜を安心させてしまったのかもしれない。



ねぇ、よっすぃ〜。
よく、わかるよ。
あふれ出した気持ちが…自分では。
決して、止められないこと。


187 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/09/24(土) 01:25


「なんでって…うち、柴ちゃんには幸せになってほしいし…。
柴ちゃんには…あぁ、もう。…今だから、言っちゃうけど。うち、あのころさ…」


聞きたくなかった。
それ以上。

世界で一番、聞きたい言葉を。

そんな…へらへらと、おどけた声でなんて、絶対。


「…好き、だったんだ…柴ちゃんのこと…ずっと…出合ったときから…。
だから…好きだった人には。幸せに…なってほしいって、いうかさ。…そんな感じ。」


188 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/09/24(土) 01:25


…なにかが。
はじけ飛ぶような音が、頭の遠くのほうで聞こえた。


もっと…ずっと、前なら。
よっすぃ〜が、美貴ちゃんとつきあっていないとしたら。

幸せな、感動するような言葉も。

今の私には、絶望にしか聞こえない。



もう、抑えることなんてできなくて。
抑えようとも、思えなくて。

私は、よっすぃ〜の胸に、思いっきりつかみかかった。


189 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/09/24(土) 01:26


「…なんでっ…どうして今さら!!そんなこというの?!どうしてそんなこと!
…今の私に言うのよ!!」
「え?!…ちょ…柴ちゃん?!ど、どうしたのさ!」
「…好きだったなんて…そんなこと言われたって!うれしくもなんともない!
…つらくなるだけじゃない…苦しくなるだけじゃない!
どうして…どうして…そんなひどいこと…私に言うのよぉ…」


泣きながら、崩れ落ちた私を。
よっすぃ〜は、反射的に受け止めてくれたけど。


そのまま、ただボー然と。
それ以上、支えることも、まして…抱きしめるなんてこと。
してくれる、はずもなくて。


…私は、自分から。
立ち尽くしたままのよっすぃ〜の胸に、顔をうずめた。


190 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/09/24(土) 01:27


「…どうしたらいいの…?今でも…よっすぃ〜を好きな私は…どうしたらいいのよぉ…」
「……え…?」


ずるい、よっすぃ〜はずるいよ。

自分だけ、一人だけ、勝手に私たちの関係を。

もう、終わったものに。
過ぎ去ったものに、いい思い出みたいに、都合よく片付けて。


私は、取り残されたまま。
…よっすぃ〜を好きなまま、どこへも動けない。

まして、好きだったなんて…言われたら、余計…


あきらめきれない想いを、あきらめる方法を。
よっすぃ〜に教えて欲しくて、どうにかしてほしくて。

私は、何度もよっすぃ〜の胸を叩いて問いかけた。


…でも、それに答えた、よっすぃ〜の言葉は。
これ以上ないくらい、残酷なものだった…


191 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/09/24(土) 01:28


「…そんなの…わかんないよ…自分で、なんとかするしか…。うちだって。
つらいとき…あのとき…自分で乗り越えたんだ。柴ちゃんだって…
…自分で。解決するしか……忘れるしか、ないよ…」


よっすぃ〜の言っていることは、悲しいくらい正論だった。
自分の気持ちは、自分しか変えられない。
自分の苦しみが分かるのは…自分だけだから。


だけど…そんなこと、とっくにわかってた。
聞きたいのは…そんな言葉じゃ、なかったのに。


「…私は。よっすぃ〜みたいに…簡単に。好きだった人を、忘れることなんてできない。
…違う人を。すぐに、好きになるなんて…できないもん…」


まるで、自分の痛みを押し付けるように。
傷ついた分、傷つけ返すように、私はよっすぃ〜にあたった。

それが余計、私自身を苦しめることになると知りながら…


192 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/09/24(土) 01:32


よっすぃ〜の顔つきが、それまでと全く変わり。
見たこともないくらい、険しくなるのを感じたとき。


…私の言葉が、想像以上にあなたを傷つけてしまったことを。
そして。

…あなたが本当に私を想ってくれていたんだと…悟った。


「…簡単、だったわけないだろ…ふざけんなよ…うちが、どんだけつらかったかなんて…
知らないくせに…。ずっと…ずっと好きだったんだ…それを…忘れなきゃ、いけないの。
すんげぇ…きつかったのに…」


よっすぃ〜の声が怒りで震える度。
その想いが、私の心を震えさせた。


…けど、それはもう。
遅すぎて、意味のないこと。


193 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/09/24(土) 01:32


「…そんなこと…言わないでって!言ってるじゃない!!どうして…どうして今頃?!
もっと…前だったら…前に、言ってくれてたら…そしたら私たち…」
「言えるかよ!!…言おうと思ったよ!言いたかったよ…けど…」


お互いの心の中にある、悔しさや切なさ、…もどかしさとか。
もう、それを一人で閉じ込めてはおけなくて。

ぶつけあうことを、やめられない。
相手を傷つけてしまうと、分かっていても。


「それを…その勇気を…うちから奪ったのは…そっちだろ…?」


その、よっすぃ〜の言葉を聞いて。
頭の中に。
また、あの夜のことが浮かんできた。


私が…約束を守れなかった、あなたのもとに帰らなかった夜のこと。


…まさか…あの日…?

話したかった…ことって…


194 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/09/24(土) 01:33


後悔しても、遅いんだから。
今さら、悔やんでも意味ないのに。

心臓が壊れだしそうなくらいに、胸を締め付ける痛みは治まらない。


…あの日。
あなたに、男の人と居るところを見られてしまって。

彼との関係を、誤解されたらどうしようって。
そういう行為が、あったと思われたくなくて。

必死で弁解した。言い訳をした。


…だけど、よっすぃ〜にとってみたら。
実際に、何があったとか。
…何をしていたかとか。

そんなこと、どうでもよかったのかもしれない。


…そんなことよりも。

もっとずっと、あなたを傷つけたのは。


私が、あなたとの約束をやぶったということ。
あなたの想いを…たった一度の勇気を。
あの日、受け止められなかったということ。


195 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/09/24(土) 01:34


とうとう、立っていられなくなって。
足に力が入らなくて。

また崩れ落ちそうになる私を、今度はよっすぃ〜も支えきれずに。
二人で、床の上に座り込んだ。


もう、何も考えられない。
でも、ただひとつ、最後に私の口から出たのは、叶わない願いで。

そしてそれには、よっすぃ〜を責めたいという気持ちなんて。
もう全く、含まれていなかった。


ただ…遅すぎた言葉を、私は望んでいなかっただけ。


「…だったら…ずっと。そのまま、言わないで…言わないで、いてほしかった…
知りたくなかった…だってもう。今さら…どうしようもないのに…」


…好き、だったなんて。
どうして…今さら。

あなたは、私に告げたの?


…言わないまま。
甘さと、切なさを残したままの関係で、いさせてくれればよかったのに…


どのみち、もう遅いけれど…



196 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/09/24(土) 01:35



それ以上、よっすぃ〜は何も答えずに。
そして私も、なにも聞かずに。


ただ、静かに過ぎていく時間の中。
…そっと、お互いの手を握り合った。


抱き締めあうことは。
私たちに…許されていなかったから。



電気もつけないまま。
いつのまにかすっかり日が落ちて、薄暗くなった部屋の中。

かすかに見えるよっすぃ〜の唇が、そっと動き出す。
それはさっきよりずっと落ち着いているけれど…寂しい、声だった。


「…柴ちゃんの。言うとおりだよ。…今さら…言うことじゃ、なかった。
言わずにいるべきだったって…分かってる。分かってたんだ。
…けど。
ずっと…ずっと後悔してて…気持ち、一度も伝えなかったこと…。
なんで、言えなかったんだろうとか、もし言ってたら…とか。
そんなことばっかり。もうずっと、…ずっと…
…だから。ここを、出て行く前に。最後に…知ってもらいたかった。
ずっとずっと、好きだった…こと。」


197 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/09/24(土) 01:36


最後。
その言葉が、私の心に重くのしかかる。


…別れのときが、近づいていることを。
もう、気づかないふりはできなかった。


「…荷物は。また、取りに来ると思うけど…今日から、美貴の部屋で暮らそうと思うから。
だから…バイバイ、だね。」


よっすぃ〜が、美貴ちゃんを裏切るはずもないと。
一度決めたことは、貫き通す人だということを。
分かっていたけれど。


…それでも私が胸に抱いた、淡い期待は。
音もなく、打ちひしがれて。


198 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/09/24(土) 01:37


立ち上がり、静かに歩き出すよっすぃ〜の背中を。
ボンヤリと、見つめていた。

引き止めるなんて…できるわけもなかった。


「…それじゃ。…柴ちゃん…元気で、ね?仕事…がんばって…」


扉が閉まる音を。
あんなに、悲しく感じたことはない。


「…行かないで……」


もう、届くはずもないけれど。
…私は。
そう、つぶやかずにはいられなかった。


199 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/09/24(土) 01:37


「よっすぃ…よっすぃ……やだよぉ……行かないでよぉ…」


そばにいてほしい。
ただ、そばにいてほしかった。

お隣さんでいい、美貴ちゃんの恋人のままでいいから。


だから、朝会ったときには、笑っておはようって言って?
私が、部屋に帰ってきたら、隣からおかえりって顔を出してよ。


…このまま。
もう、一緒にいられないなんて。

隣にあなたがいないなんて。


やだよ…そんなのやだ…


200 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/09/24(土) 01:38


駄々をこねる、子供みたいに。
私はわんわん、声を上げて泣いた。

そうすることで、もう、誰もその涙をぬぐってくれないことを。
誰も、抱きしめてくれないことを。
…よっすぃ〜がそこにいないことを、確認していた。



それから、また季節はいくつもめぐったけれど


それっきり。
あの日以来、私がよっすぃ〜に会うことはなかった。





201 名前:ツースリー 投稿日:2005/09/24(土) 01:47
以上、第7話です。
次回、最終話の予定です。

>>169 名無飼育さん さま
メリークリスマース…も、終わりましたw季節感なくてごめんなさいw
本編のほかに、よっすぃ〜とミキティ視点のお話を用意しておりますので、
そちらもぜひ読んでいただけたらうれしいです♪

>>170 ツースリー教信者 さま
いつもありがとうございます〜ミキティの視点の話も、本編が終わったら
書かせていただこうと思っておりますので、ぜひぜひまたよろしくお願いします!

>>171 名無飼育さん さま
はじめまして!レスありがとうございます〜
3スレ全部読んでいただいて本当にありがとうございます・゜・(ノД`)・゜・
感激です。これからもがんばりますのでよろしくお願いします♪

>>172 名無し? さま
こちらこそいつも読んでいただいてありがとうございます〜
ほんと世の中どうなってるんでしょうかw
次回で最後になると思いますが、どうぞよろしくお願いします!
202 名前:名無し? 投稿日:2005/09/24(土) 02:05
初!リアルタイムで読ませていただいちゃいました。
まさか、こんな展開になろうとは…という感じです。
いや、いい意味で期待を裏切られた感がありますね。
ほんと切ない…柴ちゃんと共に泣いてしまいました!!

次回が最終回ですか。寂しいですが、また、いい意味の裏切りを期待して待っています!!
203 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/09/24(土) 20:41
169でした!
・゜・(ノД`)・゜・。
お互い、すごーーーく辛い感じになってきてますね…_| ̄|○
お前らより、俺の方が辛いよ!!と訴えたいくらいです(笑)
切ないなぁ〜〜〜〜〜〜〜〜。涙が止まらない(放課後)←(苦笑)
次回の展開が楽しみですww
 待 っ て ま す 。 
204 名前:171 投稿日:2005/09/25(日) 17:00
作者さんが書く柴ちゃん大好きなんです。
今回は切なかったけど、最終話はきっと…
早くも次の更新が待ち遠しいです。

よっすぃ〜とミキティ視点もあるんですか!!
わぁ〜早く読みたいw

作者さん、応援してます。頑張ってください!
205 名前:手虎 投稿日:2005/09/25(日) 22:42
うが〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!
ツースリーさんのジャイry w

きっと何とかしてくれるはず!
いや、何とかなるはず!
いや、何とかなる!!
いや、何とかしろ!w(殴

ごめんなさい、
逝ってきます…


206 名前:ツースリー教信者 投稿日:2005/09/26(月) 16:27
次が最後!?もう!??なんとか皆が幸せになって欲しい。。。
ミキティ視点もやっぱ切ないんでしょうね・・・
ツースリーさん、これ以上僕の水分を涙で出させないでください!
脱水症状で死んでしまいそう・゜・(ノД`)・゜・
207 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/10/02(日) 21:17
せつなすぎですね・・・最終回待ってます
208 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/10/04(火) 15:40


会社から駅へと向かう、大通りは。
キラキラ光る、イルミネーションと。
幸せそうに寄り添う、カップルたちで溢れかえっていた。


…ま、しょうがないか。
クリスマスだし、ね。


駅へ着き。
2本ほど、電車を見送って。
時間はかかるけれど、座って帰れるよう、各駅停車に乗ることにした。
残念ながら…急ぐ、用事もないし。
一時間以上、立ちっぱなしはつらいもんね。


あれから、私は社会人になり。
早いもので、9ヶ月が過ぎたけれど。
…結局。
今でも…あのアパートに。
よっすぃ〜と、隣で暮らしたあの部屋に、住み続けている。


毎日の、長い通勤時間は。
朝は早く、夜は遅くて、それまでぐうたらな大学生活を送っていた私には、
非常に厳しいものだったけれど。


…それでも。
離れることが…できなかった。
あの部屋から。

よっすぃ〜との…思い出から。


209 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/10/04(火) 15:42


あの日、以来。
よっすぃ〜が出て行ってしまってから、よっすぃ〜と連絡をとることはなかった。

だって…それは、ルール違反なんだから。


美貴ちゃんと暮らしていくと決めたよっすぃ〜。
私ではなく…美貴ちゃんと。
隣ではなく、一緒の部屋で…

もちろん、それを思うと、今でも締め付けられる胸の痛みは変わらないし。
…むしろ、ひどくなっていくぐらいだけど…


それでもだんだん、前向きに。
がんばろうって、気持ちも生まれてきて。

泣いてばかりじゃいられないし、生きていかなきゃいけないんだし。


それに…私はひとりじゃなくて。
ここで、この部屋で。
よっすぃ〜と…一緒に、笑ったり、泣いたりして過ごした思い出もあるんだからって。


210 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/10/04(火) 15:43


いつか、もしかしたら。
また、よっすぃ〜に会える日がくるかもしれない。
そしたら、そのときに。


私は、笑ってあなたに会いたいって。
会えるように、なっていたいって。
そう、思うから。

だから…



一時間以上、電車に揺られて。
うとうとしかけた頃に、ようやくいつもの駅に着いた。


改札を出て、家へと歩き出すと…
あの、ケーキ屋さんが。

よっすぃ〜が、去年。
去年の今日。クリスマスに。

…私に、ケーキを買ってきてくれた、あのお店が見えて。

胸が、ズキズキと痛んだ。


211 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/10/04(火) 15:44


…いつもは。
よっすぃ〜との思い出がある、あの部屋に。
すぐに帰りたいって思う、よっすぃ〜が残してくれた思い出の、そばにいたいって。


けど…
さすがに、今日は。

去年は、おととしは。
よっすぃ〜と一緒にいられた、あの部屋に。
一人でいる、自信がなくて。
…でも、よっすぃ〜との思い出から、離れたくもなくて。


私は、アパートを通り越して。

…なつかしい、あの場所へと向かった。


◇     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇


この、バーへ来るのは。
いつ以来だろう…思い出せないくらい、昔。


あの頃はまだ…美貴ちゃんも、よっすぃ〜も。
友達のまま、ここでバイトしてて。


…今、考えてみたら。
美貴ちゃんはずっと、よっすぃ〜のこと、好きだったのかもしれないなぁ…


212 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/10/04(火) 15:46


よっすぃ〜の演奏する姿は。
せつなくなって、見たくなくなっちゃうくらい、素敵だったし。

その隣で歌う彼女は。
とてもキレイで…幸せそうだった。


でもまぁ、自分の気持ちに気づかなかったくらい、鈍感だった私が。
美貴ちゃんの気持ちを…よっすぃ〜の気持ちを。
今さら、推し量ってみたところで、きっと何の意味もないだろう。


おそらく、よっすぃ〜たちの後輩らしい、店員の女の子に。
私は、カクテルとフルーツを注文した。

ここのアルバイトは、音大生の中でも、1、2年生の若い子たちが中心らしくて。
当然のことながら、よっすぃ〜や美貴ちゃんの姿は、もうなかった。
そう予想していたからこそ…私は、ここに来れたんだけど。


だって…あの頃のように。
まだ学生だったころのように、大人すぎる、ここの雰囲気に、
おどおどすることはなくなったけれど。

でも…よっすぃ〜と美貴ちゃんが、二人でいる場面には。
きっと、まだ。
平気な顔で…いられるはず、ないから…。


213 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/10/04(火) 15:47


ふいに、もともと薄暗かった店内の照明が、さらに落とされて。
それに気がついたお客さんの歓声と拍手が沸き起こる中、ステージに。
…ただ一点に、光が集められ。

あぁ…演奏が始まるんだなぁ…なんて。
私は、何の気もなく、顔を上げた。



…けど。

―――その光の先を見つけたとき。
私の呼吸は、止まってしまった。



…どうして…


軽く礼をした後、静かにピアノの前にある、黒いイスに腰掛けて。
あの頃と変わらない、やさしいタッチで。


…よっすぃ〜は…演奏を始めた。


214 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/10/04(火) 15:48


手が、足が。
何より、心が震えた。

…涙が、あふれそうになって。


私は、慌ててカバンをすくい上げ、逃げるように出口へ向かった。


…あと、一歩。
もう少しで、この場から離れられる。
そう思い、急いで重い扉のドアを押し開けようとしたとき。


…あの頃と、同じように。

ダンっ!!と。
ピアノを…叩きつけるような、音がして。

演奏がやみ、静まり返ったお店の中…振り返ると。


…あぁ…もし、もう一度よっすぃ〜に会えるとしたら。
私は、絶対に笑顔でいようって、そう思っていたのに。

…無理だよ…


涙でにじむ、視線の先に。
唇をかみ締め、困ったように眉をハの字によせた。


…よっすぃ〜と目が合った…


215 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/10/04(火) 15:49



◇     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇


「…久しぶり…だね。」
「…うん…」

お店の奥の、カウンターに。
席を移して、よっすぃ〜と座った。


こんな偶然…信じられなくて。
私は、何度も何度も、目を疑った。


…けど、その真っ白い長袖シャツと、同じくらいの白い肌と。
キレイな顔立ち…優しい手の動きは。
ちっとも…あの頃と変わっていなくって。


夢みたい…だけど。
でも…本当に、よっすぃ〜なんだ、よっすぃ〜が…いるんだ…


216 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/10/04(火) 15:50


ボーっと見つめていると、不思議そうな顔で。
よっすぃ〜も、こっちを見たから。
私は、慌てて言葉をつなぐ。


「…ま、まさか!いると…思わなかった。よっすぃ〜が…ココに…」
「ははっ。うちこそ、だよ。柴ちゃんが…まさか。ここに…来てるなんて。びっくりした。
…マジで。」


驚いて、演奏途中でつっかえちゃったよ、なんて。
いたずらっ子みたいに笑う、よっすぃ〜に。
私は少し、安心して。

昔の…まだ、仲のいいお隣さんだったころの感覚が。
よみがえってくるのを、うれしく感じたりして。


…だけど…気になることがひとつ。
今日…クリスマス、なのに…美貴ちゃんは?
どうしたんだろう…一緒じゃないのかな…


217 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/10/04(火) 15:51


そうよっすぃ〜に尋ねようとしたところで、去年の記憶が。
私の頭に戻ってきて…その答えを教えてくれた。


「…あ!そっか…美貴ちゃん。クリスマスは毎年、ボランティア…なんだっけ?
だからよっすぃ〜…ひとりで。ここにいるんだぁ〜。」
「え?あぁ…いや…」


てっきり、うんって、そうだよって言われるかと思ったのに。

よっすぃ〜は軽く首を横にふって、グラスに少し残していたお酒を、一気に全部口に流し込んで。
それから、店員さんにまたおかわりを注文してから。
…なんだか妙に落ち着いた…静かな声で、言った。


「…美貴。留学、したんだ…アメリカに。つい、この間、なんだけど…。
なんか、大学の推薦…もらえたらしくて。…それで…」
「え?!…そう、…なんだ…」


…留学…?
…美貴ちゃん、が?


218 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/10/04(火) 15:52


確かに、彼女の歌の実力からしてみれば。
推薦をもらえたり、それで留学したりするのも、当然のことなのかもしれない。


けど…よっすぃ〜…は?
よっすぃ〜のことは…どうなんだろう。


凛々しく、潔い美貴ちゃんの性格を、私も少しは知っているつもりだったけれど。
きっと、高い目標と、大きな夢を抱いているんだろうということも。
…強い、あの瞳を見れば。
理解、できたけど。


それでも…彼女の覚悟が、ここまでとは。
よっすぃ〜と…恋人と、離れても。
離れてでも、夢を叶えようとする、できる、その勇気に。


私は…なぜか感動すら覚えてしまって。


…だって、私は、今。
よっすぃ〜と離れて暮らして、こんなにつらくて。

なのに、美貴ちゃんはそれを自分から。
望んで、よっすぃ〜と離れていくなんて。


219 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/10/04(火) 15:52


うらやましいなぁ…美貴ちゃんの、その強さ。
…ううん、もしかしたらそれは。

強さだけじゃない…よっすぃ〜と、離れていても大丈夫だという。
…恋人同士だからこそ持てる…自信があるからかもしれない。


…それ。
余計、うらやましいなぁ…なんて。

今さら、思ってしまったから、つい。
私は、よっすぃ〜を見ながら、苦笑いしてしまった。


「…ん?なに?」
「ううん。…そっか。じゃあ、寂しいね、よっすぃ〜。美貴ちゃん…早く、帰ってくると
いいね。」
「え?あぁ…うん…」
「あぁ、でもクリスマスぐらい。よっすぃ〜アメリカに会いにいけばよかったのに。
美貴ちゃん、きっと喜んだよ?恋人がサンタクロ〜ス♪って、感じ?
…って。そんな簡単じゃないか。遠いもんね…アメリカ。」


つい、調子に乗って。
二人の仲を、からかうようなことを言ってしまう。


220 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/10/04(火) 15:53


でも、これは…私なりに。
自分の気持ち、抑えるための。
抑えて…二人を、祝福するための。
方法なんだ。


だから…ごめんね、よっすぃ〜。


そんなふうに、言い訳を考えている私の心に。

よっすぃ〜から、返ってきた反応は、言葉は。
…まるで…予想していないものだった…


「…いや。…うちらは、もう…」
「ん?」
「…恋人じゃ…ないんだ。うちと…美貴は。…もう。」
「…え…?」


私から、視線をはずして。
小さく、つぶやくように、そういったよっすぃ〜。


221 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/10/04(火) 15:54


…頭の中が。
グルングルン、意味のない回転を始める。

…え?
…よっすぃ〜…それって…
…どういう、こと…?


聞きたいことも、知りたいことも、たくさん浮かんできたのに。
驚いて、言葉にできなくて。

でもそんな私の気持ちを、やっぱりよっすぃ〜はあのころと同じように、
簡単に、汲み取ってくれて。


遠く、まだうっすらと光っているステージの上を、見つめながら。
まだきっと、思い出にもなっていない、美貴ちゃんとの記憶を。
…そっと教えてくれた…


「…別れて。お互い、自由に。…思うままに生きようって…美貴が…」
「…美貴ちゃんが…?」
「…うん。」
「…そっか…」



…それ以上。

よっすぃ〜が語ることも、私が聞くこともなかった。


222 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/10/04(火) 15:55


美貴ちゃんにとっての、自由は。
留学して、歌の勉強をするってこと…だったのかな…
すごいな…夢を追いかけることが、自由になる方法だなんて。


でも…じゃあ。
よっすぃ〜…は?
よっすぃ〜にとっての、自由って…なんなんだろう…


もちろんその答えが出せるのはよっすぃ〜だけだし。
よりによって、私が考えるべきことじゃないって、思ったから。



そのまま、ただじっと。
よっすぃ〜の手元でくるくる回る、ロックグラスの中の丸い氷を。
…ボンヤリ眺め続けた…


223 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/10/04(火) 15:55



◇     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇


「…いいよ。歩いて帰れる。」
「ダメだよ、こんな遅くに。風邪引くよ。それにメチャメチャ酔ってるじゃん、柴ちゃん。」
「…そっちこそ…」
「うちは、別に。」


224 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/10/04(火) 15:56


お店を出て、広い大通りへと向かう。


私は、せっかく、なつかしいあのバーへと来たんだから。
あのころと同じように、歩いて帰りたいって言ったのに。

…危ないから、タクシーで帰れって、よっすぃ〜がうるさい。


さっと道路に飛び出し、タクシーを止めようとするよっすぃ〜の姿は。
中々様になっていて、ちょっとうっとりしてしまうけど。

だけど、今日はクリスマス。
どのタクシーもほとんど乗車中で、まだ帰りたくない私の味方になってくれる。


ふふん、どうだ、まいったかなんて。
一生懸命なよっすぃ〜の後姿を見つめながら、思っていると。


なぜか妙に慌てた様子で、よっすぃ〜が言う。


225 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/10/04(火) 15:57


「とりあえず、駅まででいいんだよね?終電、間に合うのかなぁ…」
「…あぁ、そっかよっすぃ〜…電車、なんだっけ。」
「え?あぁ、うん。でもうちはそんなに遠くないから、電車じゃなくても、帰れるけど。
柴ちゃんでしょ、困るの。引越し先、会社の近くだっけ。うぅ〜間に合うかなぁ…」
「…え?…あ…そっか、言って…なかったんだっけ。」
「…?なにを?」


そっか…
どおりで、慌てているはずだよね…。
…あの頃のまま。
私が、立ち止まったままだなんて、よっすぃ〜はきっと予想もしていなかったんだろう。


「私…まだ。あそこに住んでるんだ…あの、アパートに…」
「…はっ?!そうなの?!」
「うん。」
「…そう…」


226 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/10/04(火) 15:58


よっすぃ〜は、すごく驚いたようで、くるんと私のほうに振り返り。
その間に、空車のタクシーが一台、通り過ぎたりもしたけれど。


けど…それ以上、続かない会話。
不自然な空気。

よっすぃ〜は…その理由を。
私が、引っ越さずに、まだあの部屋に居続ける理由を、聞こうとはしてくれなくて。


どうしてだろうって、思って…

そのとき、ふいに気がついた。


…今日、私。
全然…自分のこと、話していない。
会ってから…ずっと。
よっすぃ〜の話を…聞くばかりで。


…それは、同時に。
よっすぃ〜が…私に何も聞かなかったということだった。
今、どうしているかとか。
なにしてるのかとか…まぁそれは、普通に働いているんだと知っていたからかもしれないけど。


でも…

…クリスマス、なのに。


ひとりで…あのバーにいる、理由とか…


227 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/10/04(火) 15:59


あなたに話していないことは、たくさんあったし。

会話の中に、それを聞くチャンスだっていくらでもあっただろう。
「柴ちゃんは?」って、そう言ってくれるだけでよかったんだもん。


なのに…なんで…?


一度も出なかったその言葉に、なんだか違和感を覚えて。
…意図的に、聞かれなかったような気もして。


不安を抑えきれず、私はよっすぃ〜に尋ねた。


「…ね。聞かないの?」
「…なにを?」
「…私の、こと…。最近、どうしてるかとか…いろいろ…」
「あぁ。…聞かない。」

返ってきた言葉に、チクンと胸を刺されたのを感じた。

「…なんで…?」


聞かないって…どうして…?
どうして、聞いてくれないの…


特別、おもしろい報告ができるわけじゃないけど。
だけど、何にも聞かれないのって、辛すぎる。


228 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/10/04(火) 16:00


だって、それって…

「…元気だって、分かれば。それでいい、っていうか……それ以上。知りたくない、し…。」

私に、もう興味がないってことじゃない。



よっすぃ〜が持ってくれていた自分のカバンを、その手から剥ぎ取って。
私は、無言のまま歩き出した。

「へ?!あ、柴ちゃん?!ど、どうしたの?!!」
「…帰る!!」
「えぇ!!ちょ、待ってよ!今タクシー捕まえるから!歩きは危ないって…柴ちゃん…」


その場から逃げ出すみたいに、離れようとする私を。
よっすぃ〜の右手が、慌てて引き止めるように、掴んでくれたときには。
…私はもう、泣き出してしまっていたと思う。


「なん…で。泣くんだよ…」
「…だって……だって…」


229 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/10/04(火) 16:01


…だって。
…よっすぃ〜はもう、私のことなんか。
知りたくないんでしょ?聞きたくないんでしょ?

…せっかく、再会できたんだから。
もう、あの頃みたいに。
わがままは言いたくない。
困らせたくなかった、よっすぃ〜のこと。


けど、もう限界。


「…どうでもいいんだ…よっすぃ〜は…私のことなんか…どぉでもいいんだぁぁ…うぅ…」
「…んなこと、誰も言ってないじゃん…」


わかってる。
そんなの、勝手な自分の思い込みだって。

よっすぃ〜に…どれだけ大切にされてきたかって、ことも。


…今だってそう。
酔っ払いのたわ言みたいな私の文句に、呆れた顔をしながら。
それでも…心配そうに、こうやって。そばにいてくれる。


230 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/10/04(火) 16:02


だけど、それじゃあどうして?
私のこと、どうでもよくないなら。
ちょっとでも、気にかけてくれてるんなら。

…どうしてなにも聞いてくれないの…?


うつむいて、泣き続ける私を。
よっすぃ〜はなぐさめようとはせずに。

ぶすっと、不満そうな声を出す。


「…聞けるかよ、そんなの…」
「なんでよぉ…どぉしてよぉ…」
「…聞いてさ!どうすんの?!柴ちゃんに……恋人がいるかどうかなんて!!
そんなの聞いて、今さらどうしろっていうんだよ!!」


…よっすぃ〜が、そう声を荒げた理由が。
怒りからでは、ないんだってことに、私はそのとき気が付いて。


恐る恐る顔を上げると…
…よっすぃ〜も。


…泣き出しそうな瞳で…私を見つめていた…。


231 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/10/04(火) 16:02


「…聞くのはいいよ。…いるって、言われたとしても…仕方ないって、きっと思う。
でもそれで!…もし…うちが…望んでる答えが…返ってきたりしたら…」
「…よ…すぃ…」
「…いないなんて…言われたらさ…」


突然、腰が抜けたみたいに、よっすぃ〜はその場にしゃがみこんで。
頭を抱えながら、力なく吐き出した、そのくぐもった声が。

強く、切なさを揺さぶって…私の心を締め付けた。


「…また。…我慢、できなくなるだろ…」



よっすぃ〜が言う、またって。
いつのことなんだろうって…考えて。

ひとつだけ、思い出せたのは。
一度だけ、あなたに抱きしめられた…あの日のこと。


232 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/10/04(火) 16:04



…ねぇ、よっすぃ〜。
そんなの…今さら言うの…ずるいよ。


今日…ずっと…
よっすぃ〜に、もう一度会えてから。

…必死で我慢し続けてる私が…バカみたいじゃない…



もう、抑えられなくて。

しゃがんだままのよっすぃ〜の手を、そっとつかんだ。


233 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/10/04(火) 16:04


「…いないよ?誰も。…ずっと、ひとりぼっちだよ、私。あれから…ずっと。」
「………」
「ねぇ…よっすぃ〜ってばぁ…」


お願い…何か言って。
…こっち、見てよ。

じゃなきゃ…今にも崩れ落ちそうな勇気なんだよ?


あなたを引き付けられるような、気の利いたセリフを考えている時間も、余裕もないけれど。
今自分にできる精一杯の方法で。
…私は、あなたに想いをぶつけた。


「…もう。…どこにも…行かないで…。一緒にいてよ…帰って…きてよぉ…よっすぃ…」


234 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/10/04(火) 16:05


もう一度…よっすぃ〜と暮らすこと。

それが、それだけが、私の。
回り道をして、やっと見つけることができた…ただひとつの夢だった。


けど、それは。

私が、どんなに頑張っても、一人では実現することができない。

…よっすぃ〜がいなきゃ。
よっすぃ〜だけが、叶えることができる夢で。


「…帰ってきて…よっすぃ〜がいないと…暮らしていけないよ、生きていけないよぉ…」
「…生きてるじゃん。今だって。」


自分も泣いてるくせに、私の涙をぬぐいながら。
よっすぃ〜は、わざとらしく、冷静を装って。
そんな意地悪なことを言う。


235 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/10/04(火) 16:06


たしかに。
生きるという意味が、ただ心臓を動かし続けるということならば。

よっすぃ〜が言うとおり、私は生きてる、生きていける、たとえよっすぃ〜がいなくても。


…でも、私は知ってるんだもん。

生きるってことは、それだけじゃないって。
うれしいことがあったり、悲しいことがあったりするけれど。
…ううん、するからこそ。

胸がドキドキして、そして生きてるって思えること、幸せだって思えること。
それを…私は、知ってる。


だって、よっすぃ〜が一緒にいてくれたから。
よっすぃ〜に、恋をしたから。



…ねぇ、よっすぃ〜は今、一人で。
ちゃんと、生きてるの?
美貴ちゃんが言ったように、思うままに生きてるの?


…もう、よっすぃ〜に。
…私は、必要ないの?


それなら、これは本当にただの私のワガママだから。
いくらクリスマスだからって、よっすぃ〜がそれに答える、義務はないんだよ?
だって…あなたはサンタクロースじゃないんだし。


私も…プレゼントをもらえるほど、いい子にしていなかったから。


236 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/10/04(火) 16:06


…そのまま静かに、よっすぃ〜の答えを待っていると。
噛み締められていた、唇から。
真っ白い、煙のような息と。
…言葉が吐き出された。


「…必要、なかったら。こんなとこ…わざわざ来たりしないよ。
柴ちゃん思い出すような場所に…来たりしない…」
「…え?」
「…一人で…部屋にいらんなくて…去年は、おととしは。柴ちゃんと一緒だったなとか、
一緒にケーキ食べたなとか。なんか、今日は。今日に限って、んなことばっか思い出して…
思い出したくないのに…忘れたくなくて。気づいたら…ここに来てた。
…どうせいないと思ったから来れたのに…なのにいてさ、柴ちゃん。
もう…どうしていいか、わかんなくて…」
「…よっすぃ〜…」


237 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/10/04(火) 16:07


…まるで、自分の言葉を聞いているみたいだった。


ねぇ、よっすぃ〜。
同じだよ。

私も、同じこと思って、ここに来たんだよ?


…きっと、私たち。
同じ、気持ちなんだよ。

ずっと…出会ったときから、ずっと…


「…帰ろう?よっすぃ〜…」
「…帰る、ったって。うちは…あの部屋、引っ越したんだし……柴ちゃんの隣は。
もう、他の人が入居してるんでしょ?だったら、もう…」
「隣は…そうだけど。でも、そうじゃなくて。…隣じゃなくて。」
「…え?」


238 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/10/04(火) 16:08


確かに、私の隣には。
もう、別の人が暮らしてる。

…だけど。
よっすぃ〜が帰ってくる場所なら、ちゃんとあるんだよ。


隣なんかじゃ、もうない。
もう、隣なんかじゃ、我慢できない。


「…一緒に。暮らそうよ、よっすぃ〜…。うちで、一緒に…」


…だって、私たち。
お隣さんに、戻るわけじゃないでしょ?


ただの、お隣さんなら。
こんなに、愛しく感じることなんて、できないはずだよ。


「…ね?帰ろう…一緒に。また、あのころみたいに。歩いて帰ろうよ…あのアパートまで。」


そして、私の夢をかなえて欲しい。


239 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/10/04(火) 16:09


…何分間か、わからないけど。
しばらく、そのまま二人で、固まったままで。

手や顔を刺す、針のような寒さと風に。
…このまま、凍っちゃうんじゃないかなって…でも、二人でなら。
…それでもいいかな…なんて、思っていたときに。

ようやく、よっすぃ〜は決心したように、起き上がって。


「…いや。やっぱり、タクシー、つかまえるよ。」
「え?」

そういって、もう一度車に向かって手をあげた。


…私は、すごく悲しくなって。

それはやっぱり、あのころみたいには戻れないってことなのかな…なんて。
それがよっすぃ〜からの、答えなのかなって。


落ち込んで、下を向いていると。


240 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/10/04(火) 16:09



―――突然すぎて、一瞬すぎて。

なにが起こったか、全然わからなかった。


急に、私の体を吹きつけていた風がおさまって。
でもそれは、風が本当に止んだわけじゃ、なくって。

…よっすぃ〜に抱きしめられているからだと、気づいたその瞬間に。


顔を手で強く持ち上げられて、そのまま。
目をつぶる暇もないまま、軽く、でもやさしく。
そっと…キスをされた。


241 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/10/04(火) 16:10


あっという間に離れ、色づいていくよっすぃ〜の顔を、呆然とただ眺めていると。
今触れたばかりのその唇が、ポツリと動いた。


「…歩いて帰る時間、もったいない。そんなに、待てない。…早く、帰りたいから…」


心の中から待ち望んでいた、その言葉に。
私は、泣きながら何度もうなずいた。



◇     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇



242 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/10/04(火) 16:11


…アパートに着いた途端。
よっすぃ〜は、久しぶりの私の部屋のその姿に、驚愕して。

なんじゃこりゃあー!!なんて、古い刑事ドラマの定番のセリフをしっかりと叫びながら。
いきなり、掃除を始めた。


…そんなにひどいかな…確かに、最近忙しくて片付ける暇、なかったけど…

でも、昔から思ってたけど。
よっすぃ〜ってば、キレイ好きすぎ。助かるけど。


243 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/10/04(火) 16:11


久しぶりに始まったそのよっすぃ〜の小言は、ベッドに座ってからも。
布団は干してるのかとか、シーツが汚い!とか。
ちっとも、やむことはなくて。


けど…そのうちに、私は気づいてしまった。

たぶんこれって…照れ隠し?時間稼ぎ?


さっきは、待てない…なんて言ってたくせに。

…きっと…怖気づいちゃったんだな、ここまで来といて、今更。


そんな、相変わらずピュアなよっすぃ〜を、愛しくも思うけど。

だけど、このままじゃいつまでたっても始まらない。
そんなの、私だって待ちきれないから。


「…いいじゃん、シーツなんか。…どうせ、これからもっと汚しちゃうんだし。」


よっすぃ〜の耳元でわざとそうささやくと、音がしそうなくらいの勢いで。
顔が、ボっと赤くなった。


244 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/10/04(火) 16:12


その真っ赤な顔で、なにか文句でも言いたげに、動こうとする唇を。
今度は私が、一瞬のうちに。
―――ふさいでしまう、ことにした。



…さっき、まで。
よっすぃ〜はあんなにおどおど、不安そうにしてたのに。

…始まってしまったら。


体中を、いつしか相手の思うままに、好きなように操られているのは…私だった。


…油断、しちゃってたな。

そうだ、よっすぃ〜は、元々。
そういう子、だったんだ。


245 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/10/04(火) 16:13


思い出せば、引っ越してきたときだって。
はじめのうちは、料理も掃除も、なんにもできなかったのに。

いつのまにか上達して、私を追い越しちゃう。


心細そうな目をして、一人じゃ、私がいなきゃダメだったくせに。

…いつのまにか、相手に頼っているのは、縛られているのは、甘えているのは。
私に、なっちゃうなんて…


「…ねぇ。なんか。…初めてじゃ…ないみたい…」
「…ん?」


何度目かの、最中のキスで。
私は、ずっと疑問に思っていたことをよっすぃ〜に伝えた。


246 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/10/04(火) 16:13


「…よっすぃ〜と。キスするの…今日が初めてのはずなのに。…なんか。
なつかしい、気がするの…」
「…ふぅん。」


私には、分からないけど。
なにか、思い当たることがあるのか、よっすぃ〜は、ニヤっと笑って。

じんじんしてる、私の耳元に口付けて。
そのままそっと、ささやいた。


「…じゃあ。初めてじゃ、ないのかもね…。」
「……え?……んぅ!…」


それがどういう意味なのか、詳しく聞こうとしたけど。
またよっすぃ〜に、激しく攻め立てられて。
…聞けなかった。


247 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/10/04(火) 16:14



そのうち、耐え切れず、私はまた泣き出してしまったけど。
それでも、よっすぃ〜がその手を休めようとしないのは。

…それが、悲しみの涙じゃないことを。
もう、よっすぃ〜は知っているから…




248 名前:お隣さんの思い出 投稿日:2005/10/04(火) 16:14


よっすぃ〜が、隣から、この部屋に。
私の中に、来てくれるまでに。

随分遠回りして、回り道をしてしまった。
…歩いたら、たった数歩の距離だったのに。

それを体じゃなく、心が近づこうとしたら。
…こんなに、難しいんだね。


だけど、そうやって、傷ついて、抱きしめあって、ひとつになった心は。
もう二度と…離れることはないって。
…信じているから。


これからもずっと…一緒の部屋で。
お隣さんじゃなくて、恋人として。
そばに…隣に…いようね。
…いてね?


よっすぃ〜。





249 名前:ツースリー 投稿日:2005/10/04(火) 16:23
以上で、お隣さんの思い出、完結です。
読んでいただいた方、どうもありがとうございました。

>>202 名無し? さま
リアルタイムとは!ロマンティックですね〜w
今回も期待を裏切れているといいんですがw
ずっと読んでいただきありがとうございました♪

>>203 名無飼育さん さま
おもしろいレス、いつもありがとうございますw
終 わ り ま し た。
今回も泣いていただけたら、とってもうれしいですw

>>204 171 さま
うれしいお言葉です・゜・(ノД`)・゜・。ありがとうございます!
最終話、気に入っていただけたらうれしいです♪
次回、よっすぃ〜視点の予定ですので、またぜひよろしくお願いします!
250 名前:ツースリー 投稿日:2005/10/04(火) 16:29
>>205 手虎 さま
ジャイアンは映画では必ずいいヤツになる法則w
こんな終わりでしたが、気に入っていただけていればうれしいですw
また次回もよろしくお願いします♪

>>206 ツースリー教信者 さま
水分補給!!w もう終わってしまいました〜
最後こんな感じでしたが、水分は大丈夫でしょうか…w
いつもありがとうございます、これからもぜひ、よろしくお願いします!

>>207 名無飼育さん さま
レスありがとうございます〜無事、終わりました!
251 名前:ツースリー 投稿日:2005/10/04(火) 16:31
それでは、次回、「お隣さんの思い出」のよっすぃ〜視点、
そのまた次に、ミキティ視点を書かせていただきたいと思います。

どうぞ、またよろしくお願いします!
252 名前:名無し飼育 投稿日:2005/10/04(火) 17:57
完結お疲れ様でした!
ほんと切なくて途中涙で前がぼやけてました・゜・(ノД`)・゜・
だけど素敵なエンディングでよかったです
このお話に出逢えたことに感謝です!ありがとうございました
253 名前:TETRA 投稿日:2005/10/05(水) 10:45
やっぱり作者さんはジ(殴 w

今何故か頭の中で「ガラスの十代」が流れていますw(ぇ
あ、自分は光GENJI世代ではありませんよwイヤ、ホンマに^^:
よっすぃ〜視点でも泣かされそうですw
254 名前:名無し? 投稿日:2005/10/05(水) 14:30
完結お疲れ様です!!
なんというか、今回も裏切られましたね・・・いい意味でw
すごく良かったです。柴ちゃんもよっすぃーも2人の思いが切ないですね。
こうくると、ミキティがすごく気になります!これ以上に泣けそうな予感・・・。

よっすぃー視点、ミキティ視点も楽しみにしています!
255 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/10/05(水) 18:02
203でした^^
完結お疲れ様でしたー!!(・∀・)
うわーーーーーーーーーー・゜・(ノД`)・゜・。ーーーーーーーーーーん
マジ泣ける(爆)というか、キュンと北感じです(笑)
もー。作者さんの意地悪!!(謎)すげーひたってますよ、俺(・∀・)w
今後もそれぞれの視点、楽しみです(・∀・)ニヤニヤ

マジで完結お疲れ様でした!次回の交信も待ってます^^
256 名前:ツースリー教信者 投稿日:2005/10/05(水) 23:38
完結おめでとうございます&こんな話に出会わせてくれてありがとうございます
水分足りません!補給班、至急こちらに向かってください!って感じですなw
作者さん本当にやってくれますね〜もう、グッジョブ!!

さてミキティはどうな(殴

焦らずそれぞれの視点の話、楽しみにしてます☆
257 名前:隣にいたい 投稿日:2005/10/07(金) 17:24


―――もっと早く、好きだと言えていたら。
…違う未来が…あったんだろうか…


そんなことを、考える。
ずるい自分が、大嫌いで、うっとーしくて。


でも…それでもやっぱり。
…君が好きで。



「…忘れ物、ない?大丈夫?」
「大丈夫じゃない?足りないものあったら、買うし。向こうにもコンビニくらいあんでしょ?」
「…そりゃ、そうだろうけど…」
「なら平気平気。地球は丸い。」


…意味、わかんねぇし…
ったく。なんでそんなに落ち着いていられるんだか…
尊敬するよ、ほんと。その根性。


258 名前:隣にいたい 投稿日:2005/10/07(金) 17:25


留学する日の、朝。
美貴はいたってマイペースに荷物をまとめていた。


…これから。
アメリカなんて、そんな遠くに行ってしまうのが信じられないくらい。

ちょっとそこまで買い物に行って、すぐ帰ってきそうなくらい。


…けど、取り出しやすいようにスーツケースの一番外側にしまわれた、真新しいパスポートが。


…離れていく距離の重さとその意味を、うちに教えていた。


「…んじゃ、いってきまぁ〜す。」
「え?!ちょ、待った待った!!…送ってくよ、空港まで。ほら。」


…んな、いきなり一人で行こうとしないでよ…
まいったなぁ…


259 名前:隣にいたい 投稿日:2005/10/07(金) 17:25


こんな日でさえ、いつも通りの美貴のペースに狂わされながら。
うちはスーツケースを玄関まで運んだ。


「はい。」
「…ありがとっ。」
「じゃあ、そろそろ時間かな?…行こうか。」
「だからいいって。…美貴一人で大丈夫だから。」
「えぇ?だ、だって…荷物、重いだろ?」
「引っ張るのあるから平気だよ。」
「いや…でもさ…」


特別、今日どうするかなんて打ち合わせはしていなかったけど。
でも、当然空港まで見送りにいくもんだと思っていた、うちは。


いや…普通、そうなんじゃないの?
そして、空港の屋上から美貴の乗った旅立つ飛行機にハンカチをふって…

「ダサっ!やめてそういうの。寒いから。」
「い、いやでも…まぁ、それは冗談にしても…さぁ…」


260 名前:隣にいたい 投稿日:2005/10/07(金) 17:26


うち、どうせ今日は予定もないんだし、送っていくよと。
何度言っても、いい、いい、と断るばかり。

うちには、どうして…美貴がそんなに、かたくなに。
見送りを拒否するのか…理由がわからなくて。


「だって、ヤじゃん、なんか。」
「…はぁ…そう…」
「空港で別れ話なんてさ。いつの時代のドラマだよって感じだし。石田純一もビックリじゃん?」
「そりゃまぁトレンディードラマに石田純一はかかせないけど…って、え?」


…今。
…美貴、なんて…?


261 名前:隣にいたい 投稿日:2005/10/07(金) 17:27


さらっと、何事でもないかのように吐き出されたその言葉に。
うちは驚いて、目を見開いて美貴を見つめた。


…すると美貴は、今日一番。
いや…出会ってから、一番の。

やさしい笑顔で…微笑んで。
…言ったんだ。


「…だからさ。ここで。…別れ話、しよう…?」
「…美貴…」



…その言葉を。
全く、予想していなかったわけでは…なかった。


なんだかんだいっても、うちらはまだこんなに若くて。
海を越えて離れる距離に、その上で交わされる未来の約束に。

…自信なんて、どうがんばっても持てるはずなかったから…


262 名前:隣にいたい 投稿日:2005/10/07(金) 17:28


…いや。
本当は、違う。

距離が原因じゃない、美貴が留学することが、本当の理由ではない。


…ただ、それは。
お互い、気づいていても。
ずっとずっと…黙っていたこと、けして、口に出してはいけなかったこと。


…だって、それは。


「…よっちゃん。まだ…あの子が好きなんでしょ…?」


…お互いを苦しめるだけの、言葉だったから…



そう言う美貴の口調は、泣きそうになるくらい、優しくて。
いやもううちは、泣いてしまって、いて。

そんなふうにうなだれ、頭を下げたうちの首に。
…そっと、美貴の腕が回された。


263 名前:隣にいたい 投稿日:2005/10/07(金) 17:29


「…責めてるんじゃないよ?それでいいって、言ったのは美貴だし。
…どっちかって、いうとね?感謝してるの…よっちゃんに。ウソみたいだけど。
他に好きな子がいるのに、美貴と一緒にいてくれてありがとうって。
美貴のそば、離れないでいてくれてありがとうって。嫌味みたいだけど。」


まぁ美貴だったら、こんなこと言われても信じられないだろうけどね、なんて。
わざとらしく、いつもみたく、軽口を言う、美貴に。

うちは、ただ首を振りながら。


…気づいたんだ、やっと。
こんな日でも、いつも通りなんじゃない。
こんな日だからこそ、美貴は。
いつも通りにしているんだ、無理をして。


…だってうちに巻きついている、その細い腕は。
切ないくらい、かすかに。震えているんだから…


264 名前:隣にいたい 投稿日:2005/10/07(金) 17:30


「…ずっと。いつか、終わらせなきゃって、思ってたんだけど…ね?
なかなか、タイミングがなくてさ〜。…だから。思い切って…留学。することにしたんだ。
これなら、イヤでも離れなきゃいけないじゃん?いいキッカケみっけ!って、思って。
…ごめんね。こんなに長い間…閉じ込めて。もう、いいんだよ、よっちゃん。自由になって…」


泣いて、何も言えない自分が悔しい。

…本当は。
うちだって、思ってたのに、考えていたのに。
それを全部、美貴に言わせて。

何も言えなかった自分が、情けない。


「…これからは。自分の、思うとおりに。…自由に…生きようよ、それぞれ。…ね?」
「………」
「おい、返事。…聞こえないんだけど?」
「…はい…」
「…よろしい。」


265 名前:隣にいたい 投稿日:2005/10/07(金) 17:31


満足そうに、美貴は笑って。
うちから腕をほどき、振り返ってスニーカーを履き、ヒモを結ぶ。


「…んー…よし!さて、行こっかな!」


そう言うと、スーツケースを起こし、引っ張り。
玄関の扉を開けるため、ドアノブをまわした。

…と、思ったら。


…美貴は、もう一度だけ、振り返り。

やっぱり、笑って言った。


「…最後に。…もっかい…抱きしめて…?」


266 名前:隣にいたい 投稿日:2005/10/07(金) 17:32


腕を広げた美貴の体の中に。
うちは飛び込んで。

きつく、きつく。
その細い体を抱きしめた。


「…よっちゃん…ありがとね…大好き…だったよ?」
「…うちだって。大好き…だよ。」
「ははっ…ありがと…」


それがきっと、美貴の望む意味ではないってことを、知りながら。

それでも、うちは。
…言わずに。いられなかったんだ。


「…あぁ〜。やっぱ、見送り空港までにしなくてよかったよ。…絶対、泣くと思ったもん、
よっちゃん。」
「うるへー…」
「こんなカッコ悪いよっちゃん…美貴だけで、充分だし、ね…見るの…」
「……美貴…」
「…そんじゃ!美貴行くから!!引き止めてもムダだからね!!」
「引きとめねーよ!!」


…寂しくて寂しくて仕方ないけど。


267 名前:隣にいたい 投稿日:2005/10/07(金) 17:33


だって、完璧な、理想どおりの形ではなかったけれど。
この何ヶ月か、うちらは恋人として…暮らしてきたんだから。


必死に…愛し合おうと、努力したんだから…二人とも。


…だから…

「…部屋。そのまま住み続けても、…出て、いっても…大丈夫だから。管理人さんに、
ちゃんと言ってあるからね。」
「…あぁ。…鼻水、ふけよ。」
「…よっちゃんこそ。じゃあね!…元気でね、バイバイ!!!」
「バイバイ!」

…明るく、さようならを言おう…


268 名前:隣にいたい 投稿日:2005/10/07(金) 17:34


バタン!と、音を立てながら閉められた、扉の前で。

きっと、傷つきながら、飛び立った…美貴の後ろで。

…うちはしゃがみこんだ。


「…ごめん………ごめん……」


今はまだ、謝るしかできない。
それしか、見つからなかった、自分ができることが。


傷つける方法は、いつのまにかたくさん、覚えてしまったのに。
償う方法は、何も知らないなんて。


自分勝手でガキすぎる自分が。

…許せなかった…





269 名前:ツースリー 投稿日:2005/10/07(金) 17:44
以上、よっすぃ〜視点「隣にいたい」の前編でした。
次回、後編です。

>>252 名無し飼育 さま
ありがとうございます!ラスト気に入ってもらえてよかった〜・゜・(ノД`)・゜・
こちらこそ読んでいただいて感謝です。またぜひお願いします♪

>>253 TETRA さま
なつかしいなぁ…ローラースケート…あ、わわわ私だって、その世代じゃない(ry
…またよろしくお願いします♪ジャイアンがんばりますw

>>254 名無し? さま
裏切れてよかったですwミキティちょこっと登場。
引き続きよっすぃ〜視点とミキティ視点、よろしくお願いします♪

>>255 名無飼育さん さま
キュン?(・∀・)キュンキュンしちゃったんですか?(・∀・)ニヤニヤ
…すいませんw
まだよっすぃ〜視点つづきますが、どうぞよろしくお願いします!

>>256 ツースリー教信者 さま
ミキティは実は(ry …と、それはまた次の次にw
GJキター ありがとうございます・゜・(ノД`)・゜・
またよろしくお願いします!
270 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/10/07(金) 18:09
255でした^^
…キュンキュンキュンキュンキュンキュンキュンキュンキュンキュンキュンキュンしてました(ばきゅ)
後編も楽しみにしてます(*・∀・)ノシ
271 名前:ツースリー教信者 投稿日:2005/10/10(月) 00:20
よっすぃキターーーーーー(・∀・)ーーーーー
どんな気持ちだったんだろう・・・?
気になり過ぎます。後編も楽しみに待ってます!!
272 名前:名無し飼育 投稿日:2005/10/21(金) 18:49
>>260〜あたりのミキティはかっこいいですね
そのぶん彼女を見ててすごく切なくなりました
続き待ってます
273 名前:隣にいたい 投稿日:2005/10/22(土) 01:57


「…何時くらいに。帰ってくる?」
「ん?あー…今日は、講義お昼くらいまでだし。荷物とか取りにいくけど…4時前には。
帰れると思うよ。」
「…そっか…」
「うん。柴ちゃんは?」
「私…は。6時くらい、かな。」
「そう、わかった。」
「うん。」


いってきますといってらっしゃいの変わりに、キスを交わすのが。
徐々に、習慣になりつつあった。


君と再会して、…一緒に、暮らすようになって。
何週間かが、過ぎた頃。



―――外はまだ薄く雪のつもる、冬のままだった。



274 名前:隣にいたい 投稿日:2005/10/22(土) 01:58


久しぶりに戻った美貴の部屋には、誰もいなかった。
当たり前…なんだけど。

寒く、閑散とした部屋の中は。
まるで時が止まったかのように、静かで寂しくて。


暖房をつけようかと思ったけど、部屋だけを暖めてみても、仕方ないような気がして。
コートを着たまま、壁際に座り込んで。
そのうち自然に、…いろんなことを思い返していた。



◇     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇



275 名前:隣にいたい 投稿日:2005/10/22(土) 01:59


…初めて、柴ちゃんに出会った日のことを。
うちは、ハッキリ覚えてる。ちょっと恥ずかしいけれど。


初めての東京、初めての一人暮らし。
気にかけて残ろうとする両親を、半ば強引に押し帰して。

それは、家族に心配をかけたくないって、気持ちと。
もう一人でなんでもできちゃうんじゃないかって…根拠のない自信があったから。


笑っちゃうよね。
まだ全然、大人になっていたわけじゃなかったのに。
…大人に、なりたかっただけで。


いつまでたっても荷物が届かなくて、それがイライラを通り越して不安に変わった頃。
誰かに連絡を取ろうとしてもケータイもないし、電話もまだ繋がってないんだってことに、
ようやく気がついて。

困り果てたうちは、仕方なく。
親から渡されていた、引越しのご挨拶を持って。
お隣さんの部屋へ向かった。


276 名前:隣にいたい 投稿日:2005/10/22(土) 02:00


出てきたのが怖そうなおじさんとかじゃなかったら…優しそうなおばさんだったりしたら。
事情を説明して、助けてもらえるかもしれないと思って…

初対面でかなり図々しい、あつかましい行動だろうけど。
でも…それ以外、他に方法が思いつかなくて。


――そして。

ドキドキする指でインターホンを鳴らし。


…カチャっとカギを開ける音とともに。
現れたのが…柴ちゃん、だった。


「あ、あの…うち…わ、私。今日隣に引っ越してきた…吉澤です。…これ…」
「え?あぁー。どうもすいません、いただきます。私、柴田です。よろしく。」
「は、はい…」
「……?」


言えなかった。
それ以上、なにも。


277 名前:隣にいたい 投稿日:2005/10/22(土) 02:01


柴ちゃんはジャージ姿でボサボサの頭だったけど、怖そうなおじさんじゃなかったし。
どちらかといえば、話しやすそうなタイプだったと思う。一般的には。


…でも…うちは。

こんな同年代の女の子に、助けを請うの。
なんだか…恥ずかしくて。


例えば、これが一回きりの付き合いなら。
言えたかもしれない、助けてって。

けど、この人はこれからずっと、うちの隣に住んでいて。
…お隣さんで。


それなのに、こんな恥ずかしい、情けないお願いするの。
荷物が届かなくて、電話もできなくて、一人じゃなんにもできないヤツなんだって思われるの。


イヤだったんだ…
きっと、笑われるって思った。


こんなことなら、やっぱり親に、一人で大丈夫なんて、言うんじゃなかった。
強がった分、そのシッペ返しが痛くって、痛くって。


278 名前:隣にいたい 投稿日:2005/10/22(土) 02:02


ほんとはもう、今にも泣き出しそうだった。

恥ずかしくて逃げ出したいのに、足が凍り付いて動かなくて。
でも、やっぱり助けて欲しいとも、言えなくて。


どうしようもなく、ただうつむくだけのうちの頭に降りてきたのは。
信じられないくらい優しい声と…暖かい手のひらだった。


「…どうしたの?」


その声を聞いた瞬間、その温かさに触れた瞬間。

こらえきれずに、うちは泣いてしまった。



うちから話を聞いた柴ちゃんは大きな声を出して「なんで早く言わないの!!」なんて、
怒ってたけど。

でも…笑ったり、しなかった。


279 名前:隣にいたい 投稿日:2005/10/22(土) 02:03


――その夜。
初めて、柴ちゃんの部屋で。
柴ちゃんと一緒に、眠った。


きっと、今夜は今までで一番、寂しくて不安な夜になるだろうって、覚悟していたのに。
…こんなに、温かい夜になるなんて。


ホっとして、頬を涙が伝うのと。
隣で眠る人の温かさを…感じてた。



たぶん、もうずっと、あの瞬間から。
初めて君と…出会った日から。

うちは君に恋をしていたんだと思う。


280 名前:隣にいたい 投稿日:2005/10/22(土) 02:04


君が長袖のシャツがカッコイイっていうから。
夏でも、汗をかきながら、うちは長袖を着ていた。

少しでも君に頼りにされたくて、大人になりたくて…
料理や掃除、家事を一生懸命練習した。


この頃の気持ちは、今思い出してみても、自分で微笑ましいとさえ、思ってしまうくらい。
幼くて…その分、純粋だった。


いつからだろう…それが。
うちらの関係が…変わり始めたのは。


281 名前:隣にいたい 投稿日:2005/10/22(土) 02:05


…初めて。
寝ている君に、そっと口付けたとき。

バクバク胸をうつ鼓動を押さえながら、感じたのは…
罪悪感と、満足感。
深い後悔と、大きすぎる喜び。


そんな裏腹な心を、抑えることができずに。
あれから何度、寝ている君に。
キスをしたのか、自分でも数えられない。


…君は、一度も目を覚ますことはなかったけれど。


それにホっとしながら、でも心のどこかで。
目を覚まして欲しい、気づいて欲しい。
うちの気持ちを…受け止めて欲しいって。


もういつ爆発してもおかしくなかった。
日に日に、イヤでも育っていく、この想いは。


ある日、そんなうちに告げられたのは、全く予想もしていない展開。
…美貴からの…告白、だった。


282 名前:隣にいたい 投稿日:2005/10/22(土) 02:06


もう、最初からあきらめているような、そんな声で。
美貴は好きだと言ってくれた。

うちらは誰よりも仲の良い、ふざけあってばかりの、友達だった。
だから美貴は…覚悟していたと思う、うちらの友情の終わりを。


好きだなんて。
言ってしまえば、もう二度と。
元通りになんて、戻せなくて。


それは今、まさに。
うちが抱えている、悩みと一緒だった。


柴ちゃんが、好きだ。
出会ったときから、ずっと。

だけど言えない。
言って失うものが、大きすぎたから。


…柴ちゃんを。
失いたく、なかったから。


283 名前:隣にいたい 投稿日:2005/10/22(土) 02:07


モヤモヤとかかった霧のように。
うちの頭を覆いつくす、悩みの数々は。
きっとこの顔まで、暗くしていたんだろう。

その日うちでカレーを作ってくれた柴ちゃんは、食べ終わるとすぐに、部屋へ戻ると言い出した。
たぶん、落ち込んだうちを、気遣って。

玄関まで送ると…あの日のように。
初めて、出会った日のように。


そっと…頭をなでられて。


あの日は、確かに。
安心したんだ、そうされて。


ううん、今だって。
ホっとする気持ちは変わらない、だけど…それ以上に。

もどかしくてたまらなかった。
…ねぇ、柴ちゃん。

うちらはずっと、あの頃の関係のままなのかな。
この先も、ずっとずっと、ただのお隣さんなの…?


284 名前:隣にいたい 投稿日:2005/10/22(土) 02:07


もう、我慢できなくて。
戸惑う君に、かまいもせず。

ただ…きつくきつく、抱きしめた。


いや…我慢できたと、言うべきかもしれない。
抱きしめるだけで、よく抑えられたと、ほめてもらいたいくらいなんだ。


逃げるようにいなくなった君のぬくもりを、まだ感じながら。
もう戻らないそれまでの二人の関係に、さよならを言おうと決めていた。


そう。…言う、つもりだったんだ。
あの約束の夜に、君が帰ってきてくれていたら。

…好きだと、言おうと思ってた。
美貴がしてくれたように、うちだって。
勇気を…出さなきゃって。


でも、君は帰っては来なかった。



285 名前:隣にいたい 投稿日:2005/10/22(土) 02:08


告白への緊張と、その胸の高鳴りは、だんだんと弱くなり。
その分、心配がふくらんだ。


どうしたんだろう…柴ちゃん。
こんな時間まで…メールも、返ってこないし…

体は疲労や睡魔に襲われたけど、こんな不安な気持ちのままじゃ、眠ることなんて…。


…結局、一睡もできないまま。
うちは、朝を迎えた。


そのうちに、今日がゴミの日だって思い出して。
…習慣って、恐ろしいな。
君に認められたくて、頼りにされたくて。
しっかりとした生活を、日々心がけていたうちは。
そんな日でもいつも通り、やっぱりゴミを捨てにいったんだ。


…そこで。

朝帰りした、君に遭遇してしまった。


286 名前:隣にいたい 投稿日:2005/10/22(土) 02:09


真面目そうで、優しそうな男の人だったな。
柴ちゃんを、送ってきた人。


混乱する頭の中、ハッキリとした声だけが、聞こえてきた。

『…あぁ。お隣さん。』


追いかけてきた柴ちゃんを振り払って。
うちは、部屋の中に逃げ込んだ。


…いやだ…いやだいやだ!!

お隣さんが…いやだから。

君に、告白しようと思ったのに。

なんでこうなるんだ。どうして君は昨日、帰ってきてくれなかったんだ。


終わりだ…もう、うちは言えない。
この先もずっと…お隣さん、なんだ…。


…こんなときでさえ、きっと君はすごく近くにいるから。
声を上げて泣くことも、できなくて。


…きつく噛んだ唇から、鉄の味が流れ込んできた。



287 名前:隣にいたい 投稿日:2005/10/22(土) 02:09


あの人とはなんでもない、なんでもなかったんだと。
あの後、君は何度もうちに言ってくれたけど。

…きっと、本当なんだろうけど。


でも、君は。
寝ている間に、キスされても気づかないくらい、鈍感なんだよ?

たとえ何もなかったんだとしても、きっとまたあの無防備な顔で眠ったんでしょ?


うちの隣と…同じように。


美貴の気持ちに応えようと思ったのは、やっぱり少しやけになっていたというのは否めない。
それに、甘えもあった。
美貴は、他に気持ちがあってもいいと。
そばにいてくれればいいんだと、言ってくれたから。


そしてうちも…誰か、そばに居てくれる人が欲しかったから。
柴ちゃん、以外で。


288 名前:隣にいたい 投稿日:2005/10/22(土) 02:10


初めはすごくぎこちなくて、手探りで。
けどうちらは少しずつ、それっぽく。
恋人っぽく…なれていったと思うんだ。

美貴のこと、大切にいたいって感じ始めてたし。

…けど…



柴ちゃんの卒業の日。
うちは、花屋で花を買った。

でっかい花束で驚かそうと思ったのに、渡したお金で返ってきたのはほんの小さな花束で。
元々はそこらで咲いてたヤツだったはずなのに、なんでこんなに高いんだー!って、
ちょっとショックを受けながら。

それでも、なんだか誇らしげに。
柴ちゃんの部屋へと向かった。


正装で戻ってきた柴ちゃんは、とてもキレイだった。


ときめきそうになる胸を、必死で押さえながら。
いつも通りを装った。
そのいつも通りは、もう、いつのものだったのか思い出せないけれど。


289 名前:隣にいたい 投稿日:2005/10/22(土) 02:11


美貴はもう、いつ引っ越してきてもいいと言っていたから。
うちも、近いうちに引っ越すつもりだった。

…君も、出て行くんだと、思ったから。


この部屋でこうして二人でいるのも。
もしかしたら、今日が最後かもしれないなぁ…

そうしたら、もう…
会えない、のかな…


あのとき君に好きな人はいないのか、なんて聞いたのは。
もちろん、君に幸せになってほしいという想いもあったからだ。

でも、それ以上に…寂しかったから。
まだ、話していたいと思ったから。
君のことを…本当は、もっともっと、知りたいって…思ってたからなんだ…


290 名前:隣にいたい 投稿日:2005/10/22(土) 02:12


ずっとずっと、言えなかった一言を。
今なら、言えるかもしれないって思った。

だって…きっと。
今日が、最後なんだから…


この想いを断ち切るために。
前に進むために、うちは君に好きだと。
…好きだったんだと…告げた。

それがどんなに自分勝手で。
君を傷つける言葉かも、知らないまま。


泣き叫ぶ君を見て、わけが分からなくて。


…どうして?
なんで、柴ちゃんが泣いてるの?


291 名前:隣にいたい 投稿日:2005/10/22(土) 02:12


君がうちの胸に顔をうずめてきて。

そのとき、やっと。
言葉の意味を、涙の意味を、理解できたんだ。


…好き…?

誰が?柴ちゃんが?

…うちを…?


二年間、ずっと膨らませ続けた、この想いが。

やっと、通じ合ったのに。
どうしてこんなに…悲しいんだろう。


292 名前:隣にいたい 投稿日:2005/10/22(土) 02:13


正直、心が揺らいだのは、事実だ。
何も考えずに、今この人を抱きしめてしまえたら、どんなにラクだろう。

でも、できない。
しちゃいけないんだ、もう。


そう、このときうちは。
二度と、君に会ってはいけないって思った。


絶対に、この部屋に戻ってきてはダメだ。
柴ちゃんを、美貴を。
…うち自身を。

もっともっと…苦しめることになるんだから…


扉を閉めて、踏み出した外の景色は。
もうすぐ春が訪れるとは思えないほど、暗く、冷たかった。



◇     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇



293 名前:隣にいたい 投稿日:2005/10/22(土) 02:14


「…へ…くしゅん!!」

…いっけねー!もう6時だ!!
柴ちゃん、帰ってきてんじゃん!!


想いにふける時間が長すぎたのか、いつのまにか時計が進んでしまっていて。
置いていたリュックを拾い上げ、うちは慌てて起き上がった。


…ねぇ、美貴。

いつもさ、こんなとき。思うんだ。
あの部屋に…柴ちゃんのそばに。
帰って、いいのかなって。


あの日うちが出した結論は、結局、誰も幸せにすることができなかったけど。
それでも、一度決めたことだったのに。
…もう、あそこには戻らないって。
あの部屋には、もう…


294 名前:隣にいたい 投稿日:2005/10/22(土) 02:15


なのに、いいのかな。
一度突き放した相手のもとに…また、自分から戻ってしまっても。


そんなこと、許されるのかな。
柴ちゃんは許してくれるのかな。


…美貴は…?



部屋の鍵を閉め外に出ると。
冬の風はひどく冷たかったけど…でも、それはなんだか。
逆に、背筋をピシっとさせてくれて。


まるで美貴に、しっかりしろよって、叱られてるみたいだって思った。



295 名前:隣にいたい 投稿日:2005/10/22(土) 02:15


「…柴ちゃん?…」
「…あ…おかえり…」


階段を上がると、なぜかうちらの部屋の前に。
しゃがみこんでいる…柴ちゃんが見えた。


「…どうしたの?風邪ひくよ?」

不思議に思って声をかけると、君は妙に慌てた声で。

「え?…あー…そう、そ、そろそろ新聞、新聞くるかなーって…」
「…はぁ?」


新聞って…夕刊なんかとってたっけ?
何言ってんだぁ?


わけがわからないけど、とりあえず中に入るために、立ち上がらせようとすると…


―――掴んだその手は、まるで氷のように冷たくて。



296 名前:隣にいたい 投稿日:2005/10/22(土) 02:16


どれだけの時間…こうして外にいたんだろう…


驚いて顔をのぞきこむと、君は笑顔で。
…だけどその顔は、心は、ほんとは笑っていないって。
すぐ、分かったから。


そっと、冷たく、青白くなっている彼女の顔を、手のひらで包み込む。


「…どうした?」


うちがそう聞くと、ようやく、安心したように。
顔を、ぐちゃぐちゃに崩して、ポロポロ泣きだして。


「…帰って…こないんじゃないかと思った…」


297 名前:隣にいたい 投稿日:2005/10/22(土) 02:17


涙交じりのその声を聞いてしまったら、たまらなくなって。
思わずギュっと、強く抱きしめた。



そのとき…やっと気づいたんだ。

君が毎日、うちに帰ってくる時間を聞く理由。
うちより…絶対遅く、帰ってくる理由。


あの日、君を突き放して出ていった日のこと。

今でも気にしてるのは…傷になっているのは。

うちだけじゃない、…君だって。
いや、君のほうが、きっと。


ねぇ…ずっと、不安だったの?
うちが、あの日のように。
出て行ったきり…帰ってこないんじゃないかって…?


298 名前:隣にいたい 投稿日:2005/10/22(土) 02:18


うちもね、ずっと不安だったんだ。
あの日、自分で出て行ったのに。
戻ってきていいのかって。また…君と暮らして、いいのかって。


だけど、今、ようやくわかった。

あの日、出て行ったからこそ。
君を傷つけたからこそ、悲しませたからこそ。
今は、これからは、うちはここにいなきゃいけないんだ。


君のそばに、いなきゃいけないんだ。


…いて、いいんだ。


299 名前:隣にいたい 投稿日:2005/10/22(土) 02:18


「帰ってこないわけ、ないじゃん。バカだな…」
「…うぅ〜…だって…だってぇ〜……うぅ…」
「…ん?」
「ひ、一人で…部屋にいたら…こ、このまま…また…一人に、なっちゃうかも…って…
…よっすぃ〜…帰ってこなくて、また…」
「…なんないよ。…ずっと。これからは、ずっと。ここにいるから…一緒にいるから…」
「…うぅ…ばかぁ…よっすぃ、遅いよぉ…うぅ〜…」
「はいはい、ごめんごめん。遅くなってごめんね。ほら、早く中入ってご飯食べようよ。
…あぁ〜寒ぃ〜」


ごめんね。
ほんとに…遅くなっちゃったね。
こうしてやっと、君の本当の隣にいられるようになるまで。


でも、もう大丈夫。
うちはずっと、ここにいるよ?
もう絶対に、一人にさせたりしない。
不安になる暇なんて、ないくらい。
ずっとずっと…そばにいるから。
…いたいから…


300 名前:隣にいたい 投稿日:2005/10/22(土) 02:19


まだまだ、うちらの将来は果てしなく長く。
するべきことも、考えなきゃいけないことも、これで終わりじゃなく、たくさんあるけれど。

…とりあえず。


これからも柴ちゃんと二人で、こうやって。
一緒にいられるように、そして。


…美貴が。
いつか夢を叶えて、うちといたときよりもずっと、ずっと。
幸せになってくれるように、願いながら。


今夜は、眠ろうと思う。





301 名前:tu 投稿日:2005/10/22(土) 02:19
以上、よっすぃ〜視点の「隣にいたい」でした。
302 名前:ツースリー 投稿日:2005/10/22(土) 02:25
すいません、>>301は間違いです(汗
ツースリーと打とうとしたらtuになってしまいました…

>>270 名無飼育さん さま
キュンキュンでつねw後編こんな感じで完結しました〜いつもありがとうございます
次のミキティ視点も読んでいただけたらうれしいです♪

>>271 ツースリー教信者 さま
いつもありがとうございます〜後編でよっすぃ〜の気持ちを充分表せているといいんですが…
次もまたぜひよろしくお願いします〜

>>272 名無し飼育 さま
レスありがとうございます!すみませんお待たせして・゜・(ノД`)・゜・
ホンモノのミキティのほうがかっこいいかもしれませんw
303 名前:ツースリー 投稿日:2005/10/22(土) 02:26
それでは次回はミキティ視点のお話を書かせていただきたいと思います。
また読んでいただけたらうれしいです。
よろしくお願いします。
304 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/10/22(土) 22:36
270でした!!
よっすぃ〜編完結お疲れ様でした〜(´∀`)
これも涙でそうになりました〜ってゆーか、涙出ました((ばきゅ
よっすぃ〜編も凄く良かったです♪もう1回最初っから読み返したいと思いますww
次回も待ってます!!ミキティ編も期待っす!!
305 名前:ツースリー教信者 投稿日:2005/10/22(土) 23:36
切ないです!!二人とも同じように傷ついて同じように相手を求めてるんですよね。
304さんみたいに僕も読み返そうかな〜
次のミキティ編も待ってます!!!
306 名前:手虎 投稿日:2005/10/23(日) 02:28
うぅぅ…また目から汗が…
ホンマに切ないしか出てきません
もう離れたらあかんぞ!


何度も最初から読み返しましたw
307 名前:熱い瞳 投稿日:2005/10/28(金) 01:11


「…そんじゃ!美貴行くから!!引き止めてもムダだからね!!」
「引きとめねーよ!!」

バタンっ!


…ったく。

…最後くらい。
引き止めろっつーの、…バカ。


明るく、よっちゃんに別れを告げて。
勢いよく閉めた、その扉を。


絶対に振り返りはしないと、心に決めて。
…美貴は前へと歩き出した。



308 名前:熱い瞳 投稿日:2005/10/28(金) 01:12


◇     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇


別に、初めはそんなんじゃなくて。
そんな風に、思ったこともなかった。


よっちゃんとは大学で知り合って、それですぐに仲良くなった。
学校生活でよくありがちな、表面上だけのつきあいじゃなくて、中身の部分だって。
よっちゃんには抵抗なく…見せることができた。


それはよっちゃんが、男っぽい…ように見えて、実は結構女っぽかったり。
サバサバしているようで、本当は少し、もろかったりとか。


…そんなところが…自分と、ちょっと似てるかもなぁなんて、思ったりしたからかもしれない。




309 名前:熱い瞳 投稿日:2005/10/28(金) 01:13


ときどき近くで見たら、おぉ!美系!とか、色白っ!とか思うこともあったけど。
でも、別に。
それが何?って感じ。


キレイな子だとは思ったけど。

でも、それ以上の感情を、抱くことなんてなかった。


だってよっちゃんは、美貴の友達だったから。
お調子者で、バカなことばっかして。
だけど優しくて、かわいくて。
気の合う、愛すべき親友だった。



―――そんなあなたの…あんな顔、見てしまったら。
心を揺れ動かすなと言う方が、無理な話でしょ?



310 名前:熱い瞳 投稿日:2005/10/28(金) 01:14


よっちゃんと一緒に、バイトを始めた、あのバーで。
美貴は初めて…あゆみちゃんに出会った。


すぐに気づいた。
よっちゃんの…彼女を見つめる、切ない視線に。
そして…その、意味に。

彼女を見つめながらよっちゃんが弾く、ピアノの音は。
キレイで切なくて、消えてしまいそうに、はかなくて。
なんだか美貴まで胸が締め付けられてしまって…息ができなかった。


…よっちゃん…苦しいの?
その子のことが好きで…でもそれを言えなくて……苦しいんだね…


気持ちを隠すように、なんでもないように。
あゆみちゃんに笑いかける、よっちゃんのあの顔。

そのくせ、時折抑えきれないというように、でもやっぱり気づかれないように
注意を払いながら。
彼女を見つめる…熱い視線を。

見て、しまったとき。


もう…愛おしくて…たまらなくなった。


311 名前:熱い瞳 投稿日:2005/10/28(金) 01:15


美貴が助けてあげたい、救ってあげたい。
終わりのないその苦しみから…解放してあげたい、なんて。


大切な友達、だったはずのあなたに。
こんなことを…思うなんて。


そう、たぶん美貴はあのとき。
皮肉なことに、よっちゃんがあゆみちゃんを見つめる…あの切ないまなざしに。
…恋をしてしまったんだろう。


それはよっちゃんがあゆみちゃんへの想いを募らせていくのと、まるで比例するように。
…よっちゃんがあゆみちゃんを見つめていくほどに、美貴の心は惹かれていって。

…って、ことは、同時に。
美貴の気持ちが膨らんで、破裂しそうになったあのころ、よっちゃんの気持ちだって。
…もう、限界に近かったんだろうな。


膨らみすぎた風船のようなその想いを、先に破る勇気を出したのは。
美貴のほうだった。だって、そうするしかなかった。
よっちゃんより先に…想いを告げなきゃ。
この恋に…未来なんてなかったんだから。


312 名前:熱い瞳 投稿日:2005/10/28(金) 01:17


よっちゃんの部屋で、告白をした、その日の帰りに。
偶然…あゆみちゃんに会った。
いや、よっちゃんの隣には彼女が住んでるんだし、偶然というよりは必然、なのかもしれない。


その可能性があると分かりながら…それでも美貴は、どうしても。
よっちゃんの部屋で、告白がしたかった。

それはもちろん、学校やバイト先じゃなくて、ちゃんと二人になれる。
静かな場所がよかったという理由もあるけど。
でも…それ以上に。


入り込みたかった…よっちゃんと、あゆみちゃんの…間に。


分かってた、よっちゃんの気持ちが、自分にないことなんて。
最初から分かってて、それで好きになったんだから、仕方ない。
よっちゃんにも、他の人を好きでもいいから、そばにいて、なんて。
言葉では…言った。


でもね、本当はそんなのウソだよ。

美貴を見て欲しい、好きになってよ、美貴を好きだと言って。


口では絶対に言えない、この想いを。
少しでも伝えたくて、美貴のこと、もっと考えて欲しくて。
よっちゃんがいつもいる、あの部屋で。
あゆみちゃんと…いつも一緒に過ごしているはずの、あの部屋で。
…美貴はあえて、想いを告げた。


313 名前:熱い瞳 投稿日:2005/10/28(金) 01:18


帰り道。
何も知らないあゆみちゃんが、美貴を夕飯に誘ってくれたとき。
二人の間に…喜んで、迎え入れてくれようとしたとき。
美貴は、なんだか心がいたたまれなくなって。
二人に、申し訳なくて。

逃げるように、その場から立ち去った。


ごめんね…だけど、美貴だって。
よっちゃんのそばに…いたいんだもん。



でも、まさか。
本当に…よっちゃんが、この気持ちに応えてくれるなんて。
…つきあってくれるなんて。
考えてもみなかった、ありえないと思った。
…信じ、られなかった。


美貴に答えをくれた、よっちゃんの顔は。
思いつめたようで、苦しそうで。
それはすごく、やっぱりつらかったけど。
…でも、そんなあなたを。
美貴は、受け止めようと…決めた。


314 名前:熱い瞳 投稿日:2005/10/28(金) 01:19


それまでよっちゃんは、美貴の大切な友達だったから。
いきなり、くっついたりするの、お互い恥ずかしくて、照れくさくて。
だけど少しずつ…手を、繋いでみたり。
時間はかかったけど、そっと寄り添えるようになるの。
単純に、嬉しかった。

…けど。

どうしてかな。


よっちゃんはあゆみちゃんを見るように、切ない瞳で美貴を見てくれたけど。
でも…あのときのそれは、こんなにも。
悲しい色を…していなかった。

その瞳に美貴の心は、やっぱりまた締め付けられたけど。
でも、それはあの日のような…トキメキではなかった。


ねぇ、よっちゃん。
美貴ね、よっちゃんを助けてあげたかったんだ。
つらく切ない日々から、終わりのない苦しみから…解放してあげたかったの。


なのに、これじゃ意味ないね。


…ごめんね…


315 名前:熱い瞳 投稿日:2005/10/28(金) 01:20


美貴はやっぱり、あの瞳のよっちゃんが好きだな。
…あゆみちゃんを。
一途に思って、苦しんでるよっちゃんが、大好きだった。


だからこの恋は。
…初めから。
始まる前から、終わっていた恋だったんだね。


よっちゃんはやっぱり…美貴の大切な友達だったんだよね。



それを、ようやく思い出せたころ。

タイミングがいいのかなんなのか。
大学から、留学の推薦なんてもらえちゃって。

美貴はその場で、行きます!と、返事をした。


よっちゃんは自分に相談もせずに、旅立ちを決めた美貴を。
すげー根性、尊敬するなんて。
尊敬しているとはとても思えないような、呆れた声で言っていたけど。

でもさ、別に、そんなカッコイイもんじゃないんだよね。
ただ…よっちゃんに相談して。
…決心が鈍るのが、怖かっただけ。

行きたくなくなるのが。
よっちゃんと、離れたくなくなるのが怖かっただけなの。


316 名前:熱い瞳 投稿日:2005/10/28(金) 01:21


さぁ、今度こそ。
本当に…よっちゃんを解放してあげよう。
自由にしてあげよう。
そして。

美貴も…自由に、なろう。


不安なんか、ない。
あっても、ない。
そう、思うことにして。


スーツケースと同じく、どこか少し重い心を引きずりながら。
…美貴はアメリカへと旅立った。



◇     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇


317 名前:熱い瞳 投稿日:2005/10/28(金) 01:22


「ふぅ〜ん。」
「いや、ふぅ〜んって…えーっと…亜弥ちゃん…だっけ?あんたが聞くから話したのに…
なに、その反応。」
「だってつまんないんだもぉ〜ん。みきたんの恋バナ。」


このガキ…
やっぱりさっきからちょっと思ってたけど…
変わってる…ていうか生意気だ。


空港を出て、これからお世話になる寮に着いてすぐ、紹介されたのが。
この、亜弥ちゃんだった。美貴の、ルームメイト…らしい。


部屋で荷物を片付けながら、家族やよっちゃんに無事に着いたことを知らせようと
ケータイを取ると、圏外で。

…しまった、ここアメリカだっけ。
なんの手続きもしてないよ…アメリカにもドコモショップってあんのかな、なんて。
繋がらないケータイをいじっていたら、突然、その亜弥ちゃんが。
…美貴のケータイを覗き込んできて。
よっちゃんと一緒に写っている、待ち受け画像を見た途端。
「誰それ?!友達?恋人?親戚?」などと、しつこく聞くもんだから。


…話してやったのに…つまんないだとぉ〜?


318 名前:熱い瞳 投稿日:2005/10/28(金) 01:23


「…どんな話を期待してたわけ?ていうか、いきなり。みきたんって。なによ。」
「えーなんかもっとさぁ、甘ぁいラブラブなストーリー?あ、いいじゃん。みきたん。
かわいいでしょ?」
「…どーでもいいけど。」

はぁ…ただでさえ留学初日で疲れてんのに。
…こんなのと一緒の部屋なんて。


わざとらしく大きくため息をついてみたけど、そんなのまるで気にしてくれる様子もなく。
彼女はペラペラと、話を続けた。


「でもさ、似合わないよ、みきたん。そんな影から見守る愛人タイプじゃないじゃん。
みきたんは。」
「…愛人って…それに…。似合わないとか。美貴のこと…まだ、なんも知らないじゃん。
…亜弥ちゃん、は。」


…もちろんそれは、こちらも同じことだけど。

あぁ、でもまぁ。
ちょっと変わっててうるさくておせっかいそうっていうのは充分、伝わってきてるけどね。


皮肉たっぷりにそう言ったのに、彼女はなぜかうれしそうにニャハっと笑って。
…それから、びっくりするくらい、自信たっぷりな。
真剣な瞳で、見つめてきて。


319 名前:熱い瞳 投稿日:2005/10/28(金) 01:24


美貴が息を呑んでいる間に、あっという間にその距離を近づけて、言った。


「…わかるよ。目、見たら分かる。ねぇ、みきたん。みきたんはそんなんで。
我慢できる子じゃないでしょ?そんな恋で。…人の代わりで。満足できるはず、ないよ。
だって…私と。おんなじ目してるもん。」


反論できなかったのか、させてもらえなかったのか。
…わからないけど。


美貴はもう、その目をそらすことができなくなっていた。


320 名前:熱い瞳 投稿日:2005/10/28(金) 01:25


…彼女の代わりでもよかった。
ずっと、そう思ってた。


代わり、だって。
誰にでも、できるわけじゃないって。
…知っていたから。感じていたから…。

よっちゃんは、相手が美貴だったから。
だからきっと、代わりにしてくれたんだって。
他の子ならきっと、断ってたんだって。

…そう、思うことで。


必死に、納得しようとしていた。
自分の存在する意味を、見つけようとしてた。

…でも。

やっぱり、ダメだ。

美貴は、誰かの代わりなんかじゃない。
そんなの、イヤだ。
…美貴は美貴なんだもん…


321 名前:熱い瞳 投稿日:2005/10/28(金) 01:25


ずっと、自分にさえも気づかれないようにと。
隠し続けていた、胸の内を。

…今日、初めて会った子に、見透かされちゃうなんて…


戸惑うのと同時に、なんだか悔しくて。
得意のにらみをきかせてみたけど、やっぱり彼女にはそれも通じない。
ほぉらねって、余計にその自信を強めた瞳で、また言う。


「…そんな恋より。もっと、いいの。もっと素敵なもの…見せてあげる。」


いきなり、そんなことを言うから。
何かと思って、もしかしたらそーいう展開?!とか思って。
美貴は慌てて、アワアワと目を手で覆った。


けど、じゃーん!という彼女の声とともに。
部屋に差し込んできたのは…色とりどりの街の明かりと。
淡い…月の光だった。


322 名前:熱い瞳 投稿日:2005/10/28(金) 01:26


予想外の『素敵なもの』に、ちょっと拍子抜けしながらも。
美貴は、明けられたカーテンの向こうの、その窓から見える。
ネオンに包まれた街並みに、目をやった。

「…キレイ…」
「…でしょ?」

それ以上、言葉では表せなかった。

なんなんだろう…この街の、この、存在感。
日本とは、まるで違う。
行きかう人の表情さえも。かすんだ空の色だって。
たくましくて、なんだかカッコイイ。

ただの街並みが。
…こんなに、胸が震えるくらい。
素敵に見えるなんて。


子供のように夢中になって外を見る美貴の姿に。
亜弥ちゃんは少し笑いながら、でも真剣な声で言った。


「…ここで。うちらは、夢を叶えるんだよ。ここの人たちを。夢中にさせられたらさ…
最高じゃない?ゾクゾクするでしょ?」
「…うん…」
「きっと、恋より。楽しいかもよ?」


323 名前:熱い瞳 投稿日:2005/10/28(金) 01:27


同じ夢を持つ、彼女の言葉に。
なぜか自然にうっすらと、涙がこみ上げてきた。

そんな美貴の肩をそっと掴んで。
覗き込んできて、優しく微笑む。


「よかった…みきたん。さっきより、ずっと。いい顔してるよ。」
「…変な顔。してた?」
「うん。みきたんには似合わない顔だった。」

きっとね、なんて。
知り合ったばかりの彼女は、笑う。


…なんだかいきなり馴れ馴れしくて、変わった子だと思ったけど。
でも…その行動は全部。
美貴を、どうにか励まそうとしてくれていたものだったんだ。…きっとね。


324 名前:熱い瞳 投稿日:2005/10/28(金) 01:28


そのまま、二人で窓の外を眺めていると。
…ふいに、頭に柔らかい手の感触が降りてきて。
振り向くと…彼女にそっと、なでられていた。


「…でもさ、みきたん。よく来たよ。失恋したばっかりで、つらいのに。
一人で…がんばったね。…えらかったね。よしよし。」


年下らしい彼女に、そんなことをされて。
すごく照れくさい、でもなんだか安心しちゃったりもしたけど。

その手をやんわりとどかして、今度は美貴が亜弥ちゃんを見つめた。


「…むしろ、逆かな…」
「え?」
「いや…一人だから。…がんばれたと、思うんだ。」
「…みきたん?」


不思議そうに首を傾ける彼女が、なんだか犬っぽくて。
笑いそうになるのを抑えながら、美貴は答えた。


325 名前:熱い瞳 投稿日:2005/10/28(金) 01:29


「もし…よっちゃんが。美貴を、本当に好きでいてくれたら。美貴は…きっと。
ここには…来れなかった…たぶん。」


夢は大切だし。
叶えたいって思う。
…けど。


もしね?よっちゃんが。
美貴のことを。
美貴のことだけを。
…好きでいてくれたら。

本当に…両想いだったとしたら。
美貴はやっぱり…よっちゃんと。
離れるなんて…できなかった。


夢への道が、少しくらい遠のいても。
…もしかして、途切れてしまったとしても。
それでも美貴は、よっちゃんを選んだと思う。
だって、本当に好きだったの。


…大切な人を。
失ってまで…夢だけを追いかけられるほど。
美貴は、本当は。
…強くなかったから。


326 名前:熱い瞳 投稿日:2005/10/28(金) 01:30


「…だからさ。むしろ、よかったのかも。…失恋して。じゃなきゃ、こんなすごい街に。
来ることなんか。きっと一生できなかった。」

…一度きりのチャンスを。
逃さずにできたのは、きっと恋を失ったおかげ。
…よっちゃんの、おかげだね。



もしかして、また。
似合わない顔、っていうのをしていたんだろうか。

うつむいた途端、両頬をガシっと手のひらで包まれて。
顔を上げるとやっぱりあの、強い瞳。


「…決めたのは、みきたんでしょ?理由なんか、どんなんだっていい。勇気を出したのは、
このチャンスを掴んだのは、みきたん自身だよ。他の誰でもない。だから、自信もって?
…元気出して?みきたん。」


胸にズキンと、甘い痛みが走った。
それはまるで…あの日のような。
よっちゃんに…初めて恋をした日のよう。


327 名前:熱い瞳 投稿日:2005/10/28(金) 01:31


…まいっちゃうな。
全然、違う瞳の色なのに。


よっちゃんの瞳は、例えるならまるで、木漏れ日のような優しい日の光。
たくさんの人を、美貴を、ポカポカと温かく包んでくれる。
…でも、寒がりな美貴には、その温かさでは足りなくて。


この子の瞳は…亜弥ちゃんの瞳は。
まるで燃える炎のよう。
熱すぎて、人によってはそれは、灼熱の地獄と化すかもしれない。
でも…美貴にはこれくらいが。これくらいの、強烈な強さが。
もしかして、ちょうどいいのかも。


よっちゃんに決してもらえなかったものを。
この子からなら。
…きっともらえる。


寂しくて、凍えそうになっても。
美貴が望む以上の熱で、力で。
抱き返してくれるだろう…

…この子なら。
きっと。


328 名前:熱い瞳 投稿日:2005/10/28(金) 01:32


「…ねぇ、亜弥ちゃん。ケータイで…写真、撮ろっか。」
「お!いいねー。撮ろう撮ろう♪」


この素敵な街並みをバックに。
一緒に…笑顔で写真を撮ろう。
同じ夢を持つ、私たち。


「あぁ!今ちょっと目つぶっちゃった。もう一回、もう一回。」
「えぇ?いいよ別にこれで。」
「ダメだって!みきたんは私がブッサイクに写っててもいいの?!」
「あーいい、いい。そんなのどうでもいい。」
「ひっどぉーい!むかつくぅ〜」


隣でワンワンわめく、亜弥ちゃんをほったらかしにして。
…美貴はそっと…待ち受け画面を変えた。


今は、まだ、電波が届かないけれど。
でも、きっとそのうちに。


よっちゃんに、この新しい待ち受け画面をメールで送れる日がくるだろう。
…幸せだよって、言葉とともに。





329 名前:ツースリー 投稿日:2005/10/28(金) 01:43
以上、ミキティ視点の話、「熱い瞳」でした。
これでこの話は完結になります。

>>304 名無飼育さん さま
いつもありがとうございます♪また最初から読んでいただくなんて恥ずかしいです(ノ∀`*)
ウソですwうれしいですwミキティ編期待に応えられているといいんですが…
またぜひよろしくお願いします!

>>305 ツースリー教信者 さま
いつもありがとうございます〜二人の切ない感じが伝わってうれしいです♪
二人は切なくとも作者は幸せですwこれからもよろしくお願いします〜

>>306 手虎 さま
何度もですかw恥ずかちい(ノ∀`*)…ってキモがらないでくださいねw
目から汗また出してもらえたらうれしいです〜♪

それではまた次回から新しい話を始めさせていただきたいと思います。
もちろんいつものよししばですw
またぜひよろしくお願いします。
330 名前:ツースリー教信者 投稿日:2005/10/28(金) 12:31
ミキティも心機一転走り出したって感じですね。
3人とも何だかんだで幸せな方向に向かっていってるんで
何ていうか自分まで幸せな気分になってきました!
また次から新しい話ということでそちらの方も心から楽しみにしています♪
331 名前:ツースリー教信者 投稿日:2005/10/28(金) 12:32
↑すいません。あげてしまいましたorz
以後気をつけます。
332 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/10/28(金) 17:06
304でした〜^^
交信お疲れ様です!!ミキティ視点、これまた切ない・゜・(ノД`)・゜・。
今後のあやみきが気になっちゃったりもしますね(・∀・)

新しい話!!これまた楽しみです〜(((*´∀`)
またワクワクしちゃう内容なんだろうな〜☆無理せずこれからも頑張って下さい!!
次回も待ってます♪(´・ω・)ノシ
333 名前:TETRA 投稿日:2005/10/29(土) 22:37
お久しぶりです(ぇ

藤本さんも幸せの予兆が見えましたね^^
全員すっきりした終わり方でよかったよかった^^
334 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2005/11/02(水) 19:53


これはとある国の物語。
丘の上にそびえ立つのは、大きなお城。まるで、シンデレラ城。

「…なんや。あのアホ息子、今日も街に行ったんかいな。」

そう言ってあきれているこの人は、裕ちゃん。
この国の、王様である。


「んあー。困ったねぇ〜」
「どうせまたさぁ。探しに行ったんでしょ、『獲物』をさ。」
「OH〜全くひとみったら。相変わらずやんちゃなんだからぁ〜♪」
「まいがよっすぃ〜に狩られてから、もう結構立ったもんね〜」

そして、ごっちん、ミキティ、アヤカ、まいちゃん。
この人達は、全て。
この国の王子様が狩って来た戦利品、いわば収穫である。


そう、王子様が狙っている『獲物』とは…
かわいいかわいい女の子のこと、なのである。


335 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2005/11/02(水) 19:56



〜〜〜〜 Wellcome マイキャッスル♪ 〜〜〜〜


336 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2005/11/02(水) 19:58


「うおぉ!!ど、どうしたマキバオー!!」
「ヒヒッヒーン!!!」

お城から街へと続く山道を、愛馬マキバオーで駆け下りていた、王子様。
すると突然、マキバオーに振り落とされてしまった。
…そう、振り落とされたこの人が、王国始まって以来の女ったらしと有名な。
ひとみ王子様なのである。


「どうしたんだよぉーマキバオー。具合でも悪いの?ふんふん…なになに?
食べ過ぎで?胃がもたれただって?そっかー困ったなぁ。キャべジン持ってないしなぁ。
とりあえず、ふもとまで下りて人を探そうよ。薬持ってる人がいるかもしれないし。
…さすがにこんな山奥じゃ人も家もないだろうからっ…って、あった!!」


あった、家が。
いた、人も。

近くには、赤い屋根の小さなお家と。
その前にある畑を耕している、一人の女の子らしき人影がはっきり見える。


「ラッキーだなぁ〜マキバオー。これで薬がもらえるぞ!おーいすいませ〜ん」


薬がもらえる、マキバオーが元気になる。
街に行ける、女の子探しができる。
これぞ、まさに天の助け。

王子様はうっきうきでその少女に声をかける。


337 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2005/11/02(水) 20:00


「すいませーん」
「…え?」
「…!!!!」

ところが。なんとびっくり。
その少女が振り向いた瞬間、王子様は息をのむ。


…かっ…かっ…かわいいっ!!!


あぁ、まさか、こんなことって。
こんな、山奥に。
人が住んでいることさえ、奇跡なのに。
そのうえ、こんな。
とびっきりの、王子好みの、かわいいかわいい女の子が。
住んでいるだなんて。


今まで、街にばっかり気をとられて、見逃してしまっていたんだ。
ていうか、こんな山奥。
人、住んでるなんて思わなかったしなぁ。
あぁ、しかし。
なんてバカだったんだ、うちは。
こんなかわいい子に、今まで気がつかなかったなんて。
…王子、失格だ。


338 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2005/11/02(水) 20:01


悲しみと、自分へのふがいなさで、やりきれなさいっぱいの王子。
頭を抱えて、うなだれてしまった。

「あ、あのぉ…」
「あぁ…やぁ。お待たせ。」
「はっ?」


なに?なんなの、この人。
いきなり来て。
…お待たせって。

うなだれたままで、顔もわからないし。


明らかに不審なその人物に、少女は勇気を出して話しかける。


「あの…お、お待たせって…」


…ほぉ。声も、なかなか。
低めでかわいいー♪

少女の声を改めて聞いた王子は一気に元気になり、顔を上げ、
ニコニコ悩殺スマイルを繰り広げる。


339 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2005/11/02(水) 20:03


「いやぁ、だって、女の子はみんな。待ってるんでしょ?
白馬に乗った、王子様を。だから、ほら。…待たせちゃって、ごめんね?
もっと早く、気づいてればなぁ〜いやぁ。残念無念。」
「なにか、ご用ですか?」

あれ、今の話しのくだり、聞こえなかった?
そう思うくらい、見事にシカトされてしまう、王子。


「あ!!そっか信じてないんだろぉ〜うちはね、ほんとぉに〜」
「…わかってます。ひとみ王子…でしょ?」
「あ、あれ?知ってるの?うちのこと。」
「…王族の顔を。知らない国民なんて、いません。それに…あなたは…」


有名、だし。
…女ったらしって。


340 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2005/11/02(水) 20:03


「いやぁそんな〜。うちってそんなに有名なの?まいったなぁ〜」
「…街中の。年頃のかわいい女の子は。…みんなあなたにお城にさらわれたって。」
「さらわれたなんて!心外だなぁ〜。そりゃーナンパはしたけどさぁ。
でも、みんな一家そろってお城に引っ越してきて、楽しそうにやってるよ?
ごっちんはイグアナとか山ほど飼ってるし、ミキティは毎日焼肉三昧だし〜。
アヤカは英会話勉強してペラペラだし、まいちゃんは…おやじ全開だし。
…それに別に、うちエッチとか強要してないよ?
むしろみんなの方がノリノリで…おかげでうち、腰やっちゃってさぁ。
3ヶ月整体通ったんだよ?それで街になかなか下りてこれなくて…」
「そ、そんなことまで!聞いてません!!」

おっと、失礼。
でも、なにも。そんな真っ赤になって怒らなくても。


ピュアなところが、またいい。
たまらん。
…連れて帰りたい。


341 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2005/11/02(水) 20:04


「それで…なんの用、なんですか?王子様が…こんな、山奥の家に。」
「…つきあってください、うちと。」
「お断りします。」
「早っ!秒殺?!!」


せめてもうちょっと悩んでよ。ていうかなんで断るの?!
そっちこそ、こっちの質問ずっと無視じゃない。何の用かって聞いてんでしょ?


無言でかわされる二人のやりとり。
なかなかの、ナイスコンビネーションである。


しかしそのうちに、果てしなく続くにらみ合いに段々耐えきれなくなった王子。
とうとう、叫び出す。

「なんでなんでなんで!!なんでダメなの?うちの何が不満?」
「…不満とか。そういう問題じゃありません。」
「こんな山奥のお家じゃ。不便でしょ?なにかと。お城においでよーうちと暮らそうよー」
「結構です。」
「そ、そんな!!…じゃあせめてお名前だけでも…!」
「…庶民の名前なんて。王子様が聞いてどうするんですか?」


342 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2005/11/02(水) 20:06


熱を増す二人のトークバトルのさなか。
小さな赤いお家の小さな窓から。

一人のメガネをかけた老人が、顔を出す。

「あゆみー。メシはまだかにぇー」
「!!もう、村っち!!…さっき食べたでしょ?!」
「…あゆみ…ちゃん。」

それが…この。
怒った顔も美しい、愛しい少女の名前。


「も、もういいでしょ?!用がないんなら帰ってください!」
「で、でも…あの…」
「…女ったらしなんて!!大っ嫌いなの!!」


ガーン………ガーン………ガーン………

誰?…女ったらしって…誰?……うちか?……うちだ……


343 名前:Wellcome 投稿日:2005/11/02(水) 20:07


なんてこった。
…まさか。まさか、このうちが。

…女の子に振られるなんて。
生まれて、初めてだ。

女ったらしが、女ったらしと呼ばれる所以である。


「…帰ろう…マキバオー…」


がっくりと肩を落とした王子様は、胃痛のマキバオーを引っ張って、山道を登り、
トボトボと帰っていった。


344 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2005/11/02(水) 20:09


それを見送るあゆみという名の少女。
その姿に、首をかしげる。


白馬って…あれ?牛かと思った…


マキバオー。ちょっと食べ過ぎである。



…それにしても。
驚いた、突然、こんな山奥の家に、…王子様が来るなんて。

彼女が聞いていた王子の噂は、…女ったらし、というだけではなかった。


…―――噂より…ずっとずっと、キレイな人…―――


金色の髪、大きな瞳。
確かに、幼い頃、夢でみたような王子様に違いなかった。
…けれど。

「…ダメ。女ったらしなんて…最低なヤツなんだから。」
「あゆみ〜メシはまだかにぇー?」
「村っち!だからさっき食べたの!!」


そう。
だから。
ドキドキと高鳴ってしまった、この胸の音は。
聞かなかったことに、しなければ。


345 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2005/11/02(水) 20:10


「はぁ…ぐすん。…はぁ…ぐすん。」


お城に帰ってきた王子様。
どうも、様子がおかしい。

「どうしたの〜よしこ。元気ないじゃん。かわいい子、いなかった?」
「うわぁーん!ごっちーん!!そうじゃないんだよぉ〜聞いてよぉ〜」
「なになに、どうしたの?」
「うち…うち…振られた…女の子に…。」
「えぇ!!ふ、振られたの?よしこが?!どんな子よ?なかなかやるなぁ〜…」
「山奥の…赤い屋根のお家の…あゆみちゃん。」
「あゆみちゃん…あぁ、村田じいさんとこの、あゆみちゃんのこと?」
「…え?!ご、ごっちん…知ってるの?!あゆみちゃんのこと!!」
「うん知ってるよ?小さいころは、結構近所に住んでたし。」
「近所?ごっちんも昔あの山奥に居たの?」
「あぁ、ううん、そうじゃなくて。あゆみちゃんが、街に住んでたってこと。」
「へぇ…街に?」


だったら、どうして。
わざわざ、あんな不便な山奥に引っ越したんだろう。


346 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2005/11/02(水) 20:11


「おじいちゃんのお家が、山奥にあったからねー。…いろいろ。複雑なんだよ、
あゆみちゃんのお家。」
「複雑って…?」
「うーん…後藤も。小さかったし、噂で聞いただけだけど。」


…あゆみちゃん。
小さいころは、街でお父さん、お母さんと一緒に、仲良く暮らしてたんだけど。

その、お父さんがね?結構な女好きだったらしくてさ。
借金作って遊びまわったあげく、若い女の人と、蒸発しちゃったみたい。

お母さん借金返すために働いて、体壊して…。
それで、村田じいさんのお家に引き取られたの。

それからは、ずっとあの山奥のお家で。
村田じいさんの面倒見ながら、暮らしてるんだって。


347 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2005/11/02(水) 20:12


「…まぁ、村田じいさんがあゆみちゃん引き取ったのか、あゆみちゃんが村田じいさん
引き取ったのか…びみょーなところだよね…」
「…そっか。それで…女ったらしが…嫌いだなんて。」


ん?てことは、お父さんが嫌いって意味だったのかな?
…うちのことじゃなかったんだ。よかったー。

そうだよね、まさか、会って3分で嫌われるなんてはず、ないよね。
だって、うちこれでも。
イケメン王子様だし。


自分にとって都合の悪い話は、宇宙のかなたへフォーエバー。

このすっとぼけた前向きさも。
女ったらしには、大切な才能である。


「よぉし!これからはもっと、誠実さを前面に押し出すぞ!!目指せ誠意大将軍!!
そして、あゆみちゃんのハートをゲッチュするんだ!!イェーイ!」

「…ハート?ボディじゃなくて?あの、よしこが?」
「OH〜ひとみったら。もしかして、本気であゆみちゃんのこと、好きになっちゃったん
じゃない?」
「え〜美貴つまんなーい。よっちゃんさーん。…あ、まいちん、ちーかま美貴にも
ちょうだい。」
「いいよ〜。じゃあミキティ、鮭トバわけて?かぁ〜うまい〜やっぱどさんこだね〜」


348 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2005/11/02(水) 20:14



――次の日の朝。
なにやら畑の方が騒がしい。


あゆみは眠い目をこすり、パジャマのまま、畑へと向かう。

「…ちょっと。なに、やってるんですか?」
「おぉ!!おはよう、あゆみちゃん!!いい天気だね!!」
「おはようにぇー。」


そんな、バカな。
どうして、こんなところに、こんな時間に。

…王子様が。


考えられない…世間の常識では。


349 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2005/11/02(水) 20:16


「…人ん家の畑で。なにしてるんですか?王子様。」
「いやだなぁ〜人ん家だなんて。君とうちの仲じゃないかぁ〜♪」
「…どんな仲でも、かまいませんけど。やめてください、勝手に入りこむの。」
「勝手に入ったりなんかしてないよー?村田じいさんに許可もらったもん。ね♪」
「王子様〜メシはまだかにぇー?」
「ははは。村っち、さっき食べたじゃないか〜おちゃめさん♪」
「頭痛い…」


する?普通。

王国の王子様が、早朝から。
一般家庭の畑の、草むしりと老人介護。

アホか…


変なのになつかれてしまった。
変な、王子様に。


350 名前:Wellcome 投稿日:2005/11/02(水) 20:16


「あゆみちゃん…パジャマ姿も。かわいいねー♪」
「も、ほんと頭痛い。…寝よ。」
「あ、寝るんだったら、うちが添い寝を…」
「…いりません!!さっさと帰ってよ!このエロ王子!!」
「ひ、ひどい!!エロ王子だなんて!!」


だって、本当のことじゃない。
街のかわいい女の子を見つけては、お城にお持ち帰り。

昨日だって…会っていきなり。
つきあってくれ、だなんて。


「あ、昨日は、ほんと。いきなりつきあってくれなんて言って。悪かったと思ってる。
ごめんね、君の気持ちも考えずに…あんなこと言って。」
「え?…あ、いえ。…そんな。」


どうしたんだろう…急に、真面目になって。


351 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2005/11/02(水) 20:18


さっきまでとはまるで違う、王子のギャップに。
グラッときてしまう、あゆみ。

…もしかしたら、本当はいい人なのかも。
今日だって、わざわざ畑仕事までしてくれて。王子様なのに。
…そうだよね、仮にも、王子様、だもんね。


「あの、私、怒鳴ったりして。…ごめんなさい。ありがとう。その、草むしりなんてしてくれて…」
「つきあってくれ、なんて。失礼にも程があったよね。ごめんごめん。じゃあ、改めて。
…結婚してください!!」
「お断りします!!!」
「なんで!!」


ダメじゃん、全然ダメじゃん。
前より、進んでるじゃん、展開。勝手に。


「なんでダメなの?!」
「…なんでダメなの…じゃないでしょ?!よく、考えてよ!!会って2日でどうして
結婚になるわけ?!」
「だって好きなんだもん!!」
「やかましい!!…誰にでも、言うくせに。もう、ほんとに帰って!!」


そう言い放つと、あゆみちゃんは。
村田じいさんの首根っこをつかんで引きずり、家の中に入っていってしまった。


352 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2005/11/02(水) 20:19


「…誰にでも。言ったりなんかしないよ。」


結婚してくれなんて。
言ったの、君が初めてなんだ。

本当に…本気、なんだよ。


君が言うとおり、
会って、まだ2日だけど。

だけど、うちの心は…


ん?
…そっか、2日じゃダメって言ったんだ。

てことは、もっと、時間をかければ、いいってことなんだ。


353 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2005/11/02(水) 20:20


なるほどねーもっと恋の駆け引きとか、じわりじわり楽しみたいタイプなんだねーあゆみちゃん。

そうかそうか、そういうことか。
よぉし…それなら、がんばるぞー♪


こんなことでは、落ち込まない。
むしろ、盛り上がる。

だってうちは、なんてったって王子様だもん♪


…今は、みんなの王子様だけど。
いつか、きっと君だけの王子様になるからね♪



354 名前:ツースリー 投稿日:2005/11/02(水) 20:28
以上、「Wellcome マイキャッスル♪」第1話です。
途中なんどかタイトル名がWellcomeだけになってしまい、すみませんでした。

>>330,331 ツースリー教信者 さま
いつもありがとうございます〜幸せになってもらえてよかったです♪
新しい話始めちゃいましたw今度は幸せに笑ってもらえたらうれしいです〜
これからもよろしくお願いします!

>>332 名無飼育さん さま
いつもありがとうございます〜ミキティ編もなんとか無事に終わりました・゜・(ノД`)・゜・。
新しい話…ワクワクしてもらえるように、がんばります!
またよろしくお願いします♪

>>333 TETRA さま
わぁ〜何年ぶりですかねー…ってえぇぇぇぇ?!!
…すいませんw
スッキリ終わりました〜また新しい話も読んでいただけたらうれしいです〜
355 名前:名無し飼育さん 投稿日:2005/11/03(木) 00:59
更新お疲れさまです。
今回はうってかわってコメディタッチですね。
読んでいてわくわくします。次回の更新も楽しみにしてます。
356 名前:TETRA 投稿日:2005/11/03(木) 01:43
よっすぃ〜ポジティブなんはイイ事やけどw

面白いからタイトルの綴りの違和感なんて吹っ飛びましたww
357 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/03(木) 14:05
332(だったハズ)でした〜ww

今回の話、ヤバイっす(爆)
アンリアルだからこそ、面白いってゆーか…またどっぷりはまりそうですw
次回の交信も楽しみに待ってます!!(>0<*)
ひとみ王子様、頑張れ〜w
358 名前:ツースリー教信者 投稿日:2005/11/07(月) 17:31
ヤバイ!面白臭がぷんぷんする!
皆いい意味であほですっごい良い感じですw
続き心から待っています(≧O≦)
359 名前:ツースリー 投稿日:2005/11/14(月) 16:01
本編とは全く関係ないのですが…
ちょっと思いついた短編を書かせていただきたいと思います。
よろしくお願いします。
360 名前:予定変更 投稿日:2005/11/14(月) 16:02



最初の予定では、一泊二日の温泉旅行に行くはずだった。


それが、よっすぃ〜の仕事の都合でキャンセルになって。

結局、一日しかお休みが取れないから、じゃあ遊園地にでも行こうかって。


…そして…



「…柴ちゃん。何見たい?」
「んー…なにやってるの?今…」
「えーっとね…あぁ、結構いろいろやってるみたいだよ。アクション、恋愛、ホラー…」
「あー…だったらアクション系がいいなぁ〜」
「はいはい。ちょっと待って。」


日曜日。お休み当日。
…雨。


361 名前:予定変更 投稿日:2005/11/14(月) 16:02


朝起きて、カーテンを開けると、窓の外には薄暗い雲がかかっていて。
昨日の天気予報で、予想はしてたけど…やっぱりかぁ〜…


外を見ながらよっすぃ〜に電話すると、まだ眠っていたみたいで。
ポケ〜っとした声で、ケータイに出てくれた。

「ねぇ、よっすぃ〜。雨だよぉ…今日。」
「…んぅ?…雨…?」
「そう、雨。」
「…そっかぁ…」


遊園地も、中止決定だなぁ…
せっかく、一緒のお休みなのに…なんだか予定が狂ってばっかり。


とりあえず、一度よっすぃ〜の部屋に集合して。
それから、予定を決めなおすことになった。


362 名前:予定変更 投稿日:2005/11/14(月) 16:03


「…お、この映画、ちょうど今日までで終わりなんだって〜。」
「うそ。ラッキー。じゃ、それにしよう。」
「よっしゃ。それじゃ時間はっと…あぁ。今からすぐに出ればお昼の回に間に合うかも。
どうする?」
「え?…うーん…」


雨、ということもあり。
一応、室内で落ち着けるからということで、予定は映画に決まった。

よっすぃ〜はパソコンで、近くの映画館の上映スケジュールを調べてくれている。


こんなふうに、お休みが一緒になるのは久しぶりで。

…一緒に過ごせるのも、久しぶりで。


温泉にも行きたかったし、遊園地にも行きたかったけど。
…映画も、早く見たいけれど。

でも。


「…もう、ちょっと。ゆっくりしてからに…しない?」
「うん…賛成。」


なんだか、今すぐ出かけるのはもったいない気がして。
二人っきりの時間を、終わらせてしまうのがちょっと寂しくて。

私は小さなわがままを、よっすぃ〜に告げた。


363 名前:予定変更 投稿日:2005/11/14(月) 16:04


…雨のせい、かな?
こんな、気持ちになるの。


そしてよっすぃ〜はパソコンの電源を切って、私が座っているソファーのそばにやってきて。

…そのままそっと。…抱きしめてくれた。


なんか…全部、バレちゃうのかな?
全部、伝わっちゃうのかな。
私の気持ち。


言葉にしなくても、私を分かってくれる人を。
同じふうに、一緒に思ってくれる人を。
すごくすごく、愛しいと思った。


364 名前:予定変更 投稿日:2005/11/14(月) 16:05



…静かに降る、雨の音だけが。
遠くのほうで、聞こえていた。


後は、何も聞こえない。

こんなにそばに、よっすぃ〜の息遣いを感じているけど。
よっすぃ〜がくれる、優しいキスに。
甘くて、柔らかい感触に…夢中になってしまって。

それは音として、私の耳には届かなかった。


唇を、合わせるだけの行為が。
どうして、こんなに気持ちいいんだろう…


目をつぶって、何も見えなくて。
…何も聞こえなくて。


なのにどうして、こんなに安心できるの…?


365 名前:予定変更 投稿日:2005/11/14(月) 16:06


いつのまにか、優しくベッドに押し倒されていて。
首筋に吸い付いてくる、よっすぃ〜の唇を感じていると。

突然よっすぃ〜は、何かに気がついたように、バっと勢い良く体を起こして。
…キスを、やめてしまって。


気持ちよさの途中で、中途半端に放り出されてしまった私は。
取り残されたままの状態で、きっとものすごく不機嫌に、不満げに。
よっすぃ〜を見つめてた。


そんな私を見て、よっすぃ〜は笑いながら。

「…だぁめだよ。映画…また、間に合わなくなるよ?」
「…え…?」


そう言われて、近くにあった時計を覗き込むと。
いつのまにか時間は過ぎ、さっきの映画の夜の回が、もう始まりそうになっていて。


…せっかくの、一緒のお休みだから。
温泉や遊園地、映画のように。
どこかに出かけたい、二人でデートをしたいっていう気持ちも、確かにあったんだけど…


そのまま黙り込んだ私を、よっすぃ〜は余裕の表情で見つめて。
そして私の耳元に、その柔らかい唇を、そっと押し付けて。
甘い声で…ささやいた。


「…それとも。もっかい、予定変更する?このまま…続き、しよっか?」


366 名前:予定変更 投稿日:2005/11/14(月) 16:07


胸を、背中を、体中を。
優しく触りながら。

そんなことを、言われて。


もうフワフワする意識の中、何も考えられない私が。
その誘いを…断れるはずもないの、知ってて。

よっすぃ〜は意地悪に、そうささやいた。


「…賛成…」
「…よし。じゃ、そうしようか。」


初めから、答えなんて分かってたくせに。
満足そうによっすぃ〜は笑って、私の体を持ち上げて。


あっという間に…服を脱がしていく。


367 名前:予定変更 投稿日:2005/11/14(月) 16:08


よっすぃ〜の肌は真っ白で。
すべすべしていて、とても気持ちよくて。

抱きしめられただけで、私は声が出てしまう。


「ん…大好き…」
「うん。…うちも。」


自然に、心から。
言葉があふれて。


どんどん、どんどん、自分のものじゃなくなっていく体と。
休みなく襲ってくる、快感の波は。

これから、どうなっちゃうんだろうって。
私をすごく、心細くさせるけど。


でも、よっすぃ〜と一緒だから。
よっすぃ〜がいるから、よっすぃ〜が抱きしめていてくれるから。

だから、平気。
きっと、どんなことをされても、怖くない。


…あなたになら…



368 名前:予定変更 投稿日:2005/11/14(月) 16:08



結局、せっかくのお休みだったのに。
無駄にしちゃったなぁ…

隣で眠たそうにしてる、よっすぃ〜のほっぺたをつんつんとつっつくと。
ベッドに横たわったまま、うっすらと目を開けた。


「…ん?」
「…映画。今日までだったのに…見損なっちゃったね。ごめんね?よっすぃ〜せっかく
調べてくれたのに。」
「…あぁ…」


なんだ、そんなことかって。
よっすぃ〜は眠たそうな表情のまま笑って、それからまた私の上に覆いかぶさって。

コツンとおでこがぶつかるくらいの、距離まで近づいて。


「DVD。きっとすぐに出るよ。うち、買ってあげるから。んで、また部屋でこうして。
…二人っきりで。イチャイチャしながら見よう。」


369 名前:予定変更 投稿日:2005/11/14(月) 16:10


映画館よりずっといいよ、誰にもジャマされないしね。
…なんて。

期待していた言葉を、それ以上の優しい、溢れるような気持ちで返してくれる、よっすぃ〜に。

私も笑ってうなずいた。


…けど…

「…でも…」
「ん?」
「…こんなこと、しながらじゃ…全然、頭に入らなそうだよ?ストーリー…」
「…あぁ。確かに。」


…だってね?

よっすぃ〜に触れられていたら、よっすぃ〜以外のことは考えられなくなる。
もっと欲しい、もっともっとって、それだけに夢中になっちゃって。


370 名前:予定変更 投稿日:2005/11/14(月) 16:10


さっきまでのこと、思い出してきっと少し赤くなった私の頬を。
からかうようによっすぃ〜は撫でて、言う。


「柴ちゃん。いっつも目ぇつぶっちゃうもんねー。絶対見れないね、映画とか。」
「うそ!つぶってた?」
「つぶってるよ、いつも。最後まで。よしこすっごい寂しいんだからぁ〜
あー柴ちゃんこっち見てくんない、何考えてんのかなーって。」
「…よっすぃ〜のことだよ。」
「もしかして気持ちよくないのかなーって、心配。」
「……気持ちいい…から、でしょ?そんなの…分かってるくせに…」
「うんまぁ、分かってるけど。」
「…むかつく。」


意地悪な笑顔でふくらんだ、よっすぃ〜のプニプニのほっぺたをつねろうと、手を伸ばすと。
…それもまたきっと、私と同じくらい。
色づいていることが、わかったから。

つねるのを止めて、よっすぃ〜がしてくれているように。
私もそっと、その頬を撫でた。


そんなふうに、二人でお互いの頬を撫であってるのが、なんだかおかしくて。
おでこを重ねたままで、笑った。



371 名前:予定変更 投稿日:2005/11/14(月) 16:11



あなたとこうしている時間は何よりも大切で、一番、大好きだけれど。
でも、他のことがなんにも手につかなくなっちゃうのは困るなぁ…

さっきの映画も、すっごくおもしろそうだったのに。
こうしてたら…きっと本当に全然、その内容なんて理解できない。


どうしよう、どうしたらいい?って。
よっすぃ〜に尋ねると。

「うーん…別にいいんじゃん?DVDなんだから。何度でも見れば。」

なんて。
一番明確で、かつ、解決ではない答えが返ってきた。


「…こういうことを。…しないっていう、選択肢はないんだ。」
「え、したくないの?」


その言葉に、わざとらしく驚いた顔をする、よっすぃ〜の首に、腕をからめて。
私は誘うように…いや、誘うために、その耳元でささやいた。


「…ううん、…したいの…」



372 名前:予定変更 投稿日:2005/11/14(月) 16:12


せっかくのお休みを。
無駄にしてしまうと、わかっていても。
…こうしていたいよ。


外にも出かけたい、遊びにも行きたい、ステキな映画も見たい。
…でも、それよりも、なによりも。
一緒にいたい、よっすぃ〜に抱きしめられたいんだよ。



だって…大好きなんだもん…



外ではまだ、雨の降る音が聞こえていたけれど。
…その滴は。


やっぱり二度目の行為の最中も、目をつぶっている私には。
…届くことなく、降り続けるのだろう。





373 名前:TETRA 投稿日:2005/11/14(月) 16:19
レスOK?
リアルで読めました〜♪

切ない吉柴もいいけど
コーユー甘い吉柴もいい!
374 名前:ツースリー 投稿日:2005/11/14(月) 16:20
以上、タイトルまでも「予定変更」でしたw
途中で短編を挟んでしまい、読みにくくなってしまったことをお詫びいたします。

>>355 名無し飼育さん さま
レスありがとうございます!たまには明るい話を…と思いましてw
楽しみにしていただいていたのに違う更新で申し訳ありません・゜・(ノД`)・゜・。
次回こそは本編を更新したいと思いますので、またぜひお願いします!

>>356 TETRA さま
いつもありがとうございます〜見習いたいくらい前向きなよっすぃ〜ですw
更新がまた遅れてしまいましたが、次回もどうぞよろしくお願いします〜・゜・(ノД`)・゜・。

>>357 名無飼育さん さま
いつもありがとうございます♪せっかく気に入っていただけたのに違う更新ですみません・゜・(ノД`)・゜・。
次回こそ更新しますので、どうかひとみ王子の応援引き続きお願いしますw

>>358 ツースリー教信者 さま
いつもありがとうございます!続きの更新じゃなくてごめんなさい・゜・(ノД`)・゜・。
またアホっぷりを出していけるよう次もがんばりますので、どうかよろしくお願いします〜
375 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/14(月) 17:29
357でした〜。
交信お疲れ様です!
いやいや!!!短編も大好きなんで(ってか全部大好きなんで(爆))、全然気にならないですよ〜
こういう吉柴もいいですね〜ww
キャッスルがアンリアルなだけに、この短編はリアルに見えて凄く楽しい感じでしたっ(謎)
とにかく、作者さんの書くものは全て大好き(爆)

次回交信、楽しみです♪王子様ガンバレ〜w
376 名前:ツースリー教信者 投稿日:2005/11/21(月) 17:31
んあーーーー!?1週間も見逃してしまってた!?
続きではないけど、短編のよししばの方も良かったです!
俺も予定変更したい!とか一人で熱くなってしまいましたw
続きも楽しみにしていま〜〜す♪
377 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2005/11/25(金) 01:22



「舞踏会…って、あの…シンデレラとかに出てくる…定番のあれですか?」
「そうあれ!…っていっても、そんな堅苦しいもんじゃないから!うちのお城のは。
キレイな服着て、おいしいもの食べて、うちといちゃいちゃしてくれれば。
それでいいんだよ♪」
「お断りします。」
「どうして!!?」


どうしてって…

…だって、最後のがイヤなんだもん。


あれ以来、すっかりあゆみちゃん家の畑をお手伝いするのが日課になった王子。

始めのうちは来るな!帰れ!とけん制ばかりしていたあゆみちゃんだったが、
毎日畑仕事に性を出す王子に気を許したのか、それとも怒鳴るのにただ疲れ果てただけなのか。

いつしか王子の訪問を認めるように、もとい、スルーするようになっていた。


そんなこんなで今日も早朝からマキバオーにまたがりやってきた王子からの、突然のお誘いがこれ。

…舞踏会に、来ないかなんて。

ほんとに、どこかのお国の童話みたい。



378 名前:Wellcome 投稿日:2005/11/25(金) 01:23


「…だいたい、そういうのって。王族の人とか、えらい人の集まりでしょ?
…一般市民が行くようなものじゃないと思うんですけど。」
「いやいやいや!!うちのお城のはさーなんていうか、そのへんオープンだから。
身分とかそういうのにこだわらないし…ぶっちゃけかわいい女の子なら誰でも大歓迎っていうか…」
「…は?」
「え?!あ、いや!!ち、違う!!く、口が…口が勝手に…!!」


慌てて自分の口の中に手をつっこみ、言葉を飲み込む王子。
しかし、あゆみちゃんはその一言を聞き逃してはいなかった。


…ふぅん…やっぱり、女の子なら誰でもいいんだ…
私じゃなくてもいいんだ…そうだよね…


憧れがない…わけではなかった。舞踏会、という響きに。
それはそうだろう、女の子なら、誰しも。
自分がお姫様になるのを、夢見ない者がいるだろうか。

…しかし…

「せっかくですけど、やっぱり私…お断りします…」

その、お姫様も。
複数多数じゃ、意味がない。


あゆみちゃんがはっきりとそう断ると、おろおろと、妙に慌てふためく王子。



379 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2005/11/25(金) 01:26


「そ、そんな!!それじゃあ作戦が!!」
「はっ?…作戦…?」
「え?!あ、いや、なんでもない、なんでぇもなぁい〜」

♪なんでだろう〜♪のリズムをパクり、ごまかす王子。


…危ない危ない。
うっかり、ばれちゃうところだった。
今回の作戦が。


ひとみ王子は、あれから考えた。

どうしてあゆみちゃんは、こんなにかわいいんだろう…じゃなくて。
どうしてあゆみちゃんは、こんなにお城に来るのを嫌がるんだろう?
…王子、自分が嫌がられているとは、夢にも思っていない。

そうかあゆみちゃん…きっとお城のことをなにも知らないから、不安なんだろうな。
そうだよなぁ〜いきなり、新しい土地で暮らすのなんて、誰だって不安だよ、うん。
…という、これまた都合のいい結論になり。

それなら、一度お城に実際に来てみれば、そのすばらしさが伝わるに違いない!
あゆみちゃんだって、こんな山奥より、何でもそろったお城がいいって言うに決まってる!

そしたら…うちとの結婚だって…ムフフ。


「具合でも…悪いんですか?」
「え?ど、どうして?」


めくるめく、あゆみちゃんとの結婚生活を思い浮かべていると。
表情を引きつらせたあゆみちゃんが、心配そうに聞いてきた。


「なんか…変な顔、してるから…」

…失礼な。
これでも、うちはこの国じゃイケメン王子様で通ってるのに、変な顔って。
君のことを考えていたんじゃないかベイベー♪


パチンとウインクをすると、おえっと胸元を押さえるあゆみちゃん…ほんとに失礼だ。



380 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2005/11/25(金) 01:27


ま、いいや。それはそれとして…


「ね!お願い!ほんともう来るだけでいいからさぁ〜…どうしても来て欲しいんだ 、
あゆみちゃんに!!」
「…え?…」


…おや?
今…ほんの一瞬だけど…なにかが変わったぞ。

相変わらず王子を見る彼女の顔は無愛想だけど。
でもその頬には…ほんのりと赤い色が。

もしかして…


王子はまっすぐにあゆみちゃんを見つめ、もっと強い口調で言う。


「…あゆみちゃんが。来てくれないと…困るんだ。あゆみちゃんに…来て欲しいんだよ…」
「……っ!!」


…やっぱり。勘違いじゃなかった。
今度ははっきりと、その頬が染まっていくのがわかる。


ふーん…なんか…特別扱いに弱い…のかな?あゆみちゃん。

なるほどねー…



381 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2005/11/25(金) 01:28


「…ね?本当に、たいしたことない、小さな集まりだからさ…そう、むしろ舞踏会って言うのがおかしいっていうくらいの、
ほんの…そう、ちょっとしたホームパーティみたいなもんだから!!
全然、気つかわなくていいし!!…ね?」
「…ホーム…パーティ…?」
「うん!!」
「…ん…まぁ…それくらい…なら…」


赤いほっぺたで、下を向きながら。
あゆみちゃんは、こくんとうなずいてくれた。


やった!!グラッチェ!!
これで…うちらの結婚も決まったようなもんだぜぇ!!あひゃー指輪買わなきゃ〜♪


またもや勝手に一人で展開を進め、大はしゃぎの王子。



382 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2005/11/25(金) 01:29


うほほ〜楽しみだなぁ〜

あぁでも舞踏会の夜までまだこんなに時間がある…本当は今すぐにでもあゆみちゃんをお城に
連れて行きたいのに。なんてこった。


「…ごめんね、あゆみちゃん。舞踏会…明日なんだ。随分待たせちゃうけど…これもまた運命。
我慢してね?」
「…え?…って、あ、明日?!!…急すぎなんですけど!!!」


…愛に生きる王子に、まともな時間の感覚などまるでないのである。


「それじゃあまた明日!あぁ待ちきれないぜぇ〜舞踏会♪」


よほどうれしかったのか、マキバオーをかつぎ、るんるんと山を登って帰っていく、王子。
白馬を担いだ王子様…やはり、どこかおかしな人である。



383 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2005/11/25(金) 01:30


残されたあゆみちゃんは、それを見送り、ボー然と立ちすくむ。

…明日?!舞踏会?!!

どうしよう…私…どうしてそんなの…OKしちゃったんだろう…


大体、あの人のこと…まだ、信用したわけじゃないのに。

女ったらしなんて…大嫌い、なのに。


わかってる、頭では分かってるんだけど…でも。


あんなこと…言われてしまったら。


気のせいなんだと思いたい。
こんなに…ドキドキと脈を打つ、胸の痛みなんて。

…気のせいなんだ、と。


…けど。



384 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2005/11/25(金) 01:31


一瞬心をよぎった、…嫌な予感を。
頭をぶんぶんとまわし、振り払うあゆみちゃん。


…そう、気のせい、気のせいよ…あんな女ったらしのことなんて……気のせい気のせい…
あぁ!それより明日なんだった、舞踏会…したくとか、しなきゃ…!
うぅ〜…何着てけばいいんだろぉ…ドレスなんか持ってないよぉ…
…普通のお洋服でもいいのかな…ただのホームパーティって…言ってたし。
いっか。とりあえず、一番新しいのを着ていこう。

それから…それから…


「むぁ〜あゆみぃ〜メシはまだかねぇ〜」
「…んもう村っちまた?!人が考え事してるのにもぉ!だからさっき食べた…ってえぇ?!!
も、もう夜?!ご、ごめんね村っち!今すぐ用意するからね!本当にごめん!」
「むぁ〜待ってるにぇ〜」


危ない危ない…あと少しで、いたいけなメガネの老人を虐待してしまうところだった。



そうこうしているうちに、あっという間に夜、そして朝が来て。


あゆみちゃんは、いよいよ王子の待つ舞踏会へと向かったのであった。



385 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2005/11/25(金) 01:33


…って。

なに?…これ。

…この、大きさ。



天までとどくかのごとくそびえ立つ、重々しい門の扉を前に。
ハトが豆鉄砲くらっちゃった状態に、目を点にする、あゆみちゃんの姿。


そんなバカな…だって、ほんの簡単なホームーパーティーって…ん?
…ホーム?


あゆみちゃんはここでやっと、うっかり忘れていた、大変なことを思い出す。

…しまった!!
あの人のホームって…城じゃん、むしろ、国じゃん。

ってことはこれは…お城の、国の。…パーティー…?


うわぁぁ!!そ、そんなの無理無理、絶対無理!!
ただでさえずっと山奥に暮らしてて、パーティーなんて行ったことがないのに。それに。


…こんな。みすぼらしい服で、なんて…


…帰ろう。



386 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2005/11/25(金) 01:34


くるりと方向を変え、とぼとぼと歩き出そうとしたあゆみちゃんに、なつかしく聞き覚えのある声が聞こえてくる。


「んあ〜あゆみちゃん!久しぶりぃ〜」
「え?…もしかして、ごっちん?!!ほ、本当にごっちんなの?!」
「んえ?そりゃ、ごとーはごとーだよぉ?サトーでもイトーでもないよぉ♪」
「あ、いや…そういうことじゃ…なくて…」


なんとびっくり。
門の内側から声をかけてくれたのは、小さい頃によく遊んだ、あのごっちんだったのである。


信じられない…ホンモノのごっちん?いやでも、このとぼけた天然っぷりは…間違いない、ホンモノのごっちんだ。


「ごっちん…どうしてたの?ずっと。」
「んあ?散歩してた〜アベちゃんと♪」
「い、いやだからね?そういうことじゃ、今日のことじゃなくて…アベちゃん?」
「うん♪イグアナのアベちゃんっていうの〜よしこからのプレゼント♪」
「あぁ、そうなんだ…って、そう、そのこと。…王子様に。さらわれたって…うわさで聞いて。ずっとずっと。
心配してたんだよ?…大丈夫…だった、の?」
「さらわれたぁ?えーそんなうわさがたってるんだぁ…んー誤解だよぉそんなの。他のみんなも。
さらわれたりなんかしてないよぉ〜?」



387 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2005/11/25(金) 01:35


「…え?そうなの?」
「うん♪あ、あゆみちゃん今日のブドー会に来たんでしょ?よしこがあゆみちゃんが来るんだって、
昨夜大騒ぎしてたんだよー。うんうん、やっぱ食べたいもんねぇ、ブドウ。ごとーはねぇ、種無しがいいなぁ♪」
「いや、ごっちん、ブドウ会じゃなくて舞踏会…」
「早く中入りなよぉ〜エイ♪」
「え?…わわっ!ご、ごっちん!こんな重い扉一人じゃ絶対開けられないよ!…あ。自動、なの…?」
「もち♪イマドキでしょ?」
「そっか…」


すごい…本当に…なんでもそろってるんだ、このお城。

…こんなすごいところに住んでいる王子様が、どうして?

どうして…私なんか…


「よしこももう、きっと待ってるよ〜さ、早く早く。」
「え?あ、…ううん、私、今日は帰るね。」
「んえぇ?どうして?なんか用事?」
「ううん、そうじゃないけど…お城に入れるような…カッコじゃないから、私は。」
「んあ?服?服なんか中にいっぱいあるよぉ〜♪ごとぉの貸してあげるから大丈夫!
さ、あゆみちゃんアベちゃん。おいで〜♪」
「え?ちょ?!ご、ごっちん!!」


そうしてあゆみちゃんはごっちんに引っ張られるがまま、アベちゃんとともに初めてお城の中へと入っていったのである。



388 名前:Wellcome 投稿日:2005/11/25(金) 01:37


◇     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇


「…なんでブドウ会じゃないのー。ごとぉ今日すっごい楽しみにしてたのにぃ〜ねぇ、アベちゃん?」
「…って大体、なんでみんなで集まってブドウ食わなきゃなんないのさ。普通、考えたらわかるでしょ?
普通。」
「んあ!!よしこ〜ごとぉが普通じゃないみたいな言い方した!今!!」
「イグアナ抱いてる女の子なんか普通じゃないだろ、普通!!」


あぁ…って、そんなことごっちんと言い争ってる場合じゃない。

…あゆみちゃんがまだ来ないんだよぉ〜…!!!



389 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2005/11/25(金) 01:38


今日のこの日のために、超豪華新品の、なぜか真っ白いタキシードを用意し、バシっと着こなしている王子。
…だってこのまま結婚式に突入かなぁって思ってたんだもん♪それなのに…

新婦になるはずの、あゆみちゃんの姿が今だないのである。


あぁどうしよう、どうしたんだろう…まさか、急に嫌になっちゃったとか?
それともどっか体の具合でも…あぁ、こんなことならやっぱり迎えに行けばよかった。
ついつい、髪の毛のセットに時間をかけすぎてしまったせいだ。


あぁ、どうしよう…
落ち込む王子のそばで、怒ったごっちんが叫ぶ。


「頭きた!そういうこと言うよしこにはあゆみちゃん見せてやんないからね!!」



390 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2005/11/25(金) 01:39


「…えぇ?!!ちょっと!ごっちんそれどういうこと?!!ごっちんあゆみちゃんがどこにいるか知ってるの?」
「んふふ♪まぁ、知ってるねぇ〜」
「ご、ごめんなさい!!もうそんな失礼なこと言わないから、許して!あゆみちゃんに会わせてくれぇ〜」
「ヌフフッ。ごとぉ種無しがいいなぁ〜種無しブドー。」
「すぐ、すぐご用意いたしますぅぅぅぅ!!!」


「…なに遊んでんの、ごっちんもよっちゃんも。」
「OH〜だめよひとみ。そんなところで土下座しちゃ。せっかくのタキシードが汚れちゃうわ〜」
「さぁて〜よしこお待ちかねのあゆみちゃんだよ〜おいでーどっこいしょっ!」


そう言っておやじ臭くまいちゃんが開けた扉から出てきたのは…なんとびっくり。

キレイなドレスに包まれ、見違えるほどに美しい姿で、恥ずかしそうにたたずむあゆみちゃんの姿。


そう、ごっちんに連れられてお城へと入ったあゆみちゃんは、まいちゃん達によってお着替えをさせられていたのだった。


…か、か…かわいいぃぃぃぃ〜〜〜〜!!!!


「………あ、あのっ!!!」



391 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2005/11/25(金) 01:40


「…え?」
「そ、それ!よ、よく似合、似合って…あの…」


いつもは羽のように軽い口で、初対面のあゆみちゃんにでさえ、簡単に告白だってできてしまう王子でも。
今日の美しいあゆみちゃんの姿を前に、ついついどもりがちになってしまって言葉が出ない。

…あぁ〜〜〜なんでこんな肝心なときに、うまくしゃべれないんだ!!
結婚してくださいって、言うだけなのに!!


…王子はすっかり、最初の目的であった舞踏会というものを忘れ去っているようである。


そんな王子の腕を、ミキティが強く引っ張った。


「ねぇ〜よっちゃん。せっかくなんだから踊ろうよ〜美貴、一番最初ね♪」
「えぇ?!んな、ぶ、舞踏会なんてもうどうだって…あぁ〜やめてミキティ〜鎖骨押さないでぇ〜
行きます、お、踊りますからぁぁ〜〜〜」


あぁ、もっとあゆみちゃんのドレス姿を見ていたいのに。
できることなら1000万画素のデジタル一眼レフカメラで撮影したいのに。ツーショットで。


泣き出しそうな顔で、引きずられるがまま、あゆみちゃんから離されていく王子。

仕方なく、光り輝くシャンデリアのもと、ミキティとともに踊り始める。



392 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2005/11/25(金) 01:42


うぅ…どうしてこんなことに…ダンスなんかしてる場合じゃないよ、早くあゆみちゃんにもう一度プロポーズを…ん?


「んー?どうしたのよっちゃん?」
「にひひ…いい、これはいいぞぉ…」
「…キモっ。」


そんな苦々しいミキティの表情だって、気にならない。いや、ちょっと傷ついたけど…。
でも、落ち込んでいる場合じゃない。そう、王子は気づいてしまったのだ、。


…ダンスなら…密着できるじゃないかぁーあゆみちゃんと♪


それもなんていうか無理やりとかじゃなく、必然的に。そうせざるをえない的状況で!!


ナイスアイディーア!!さすが王子!!王子最高!!!王子大好き!!!!
…誰も言ってくれないので、自分で言ってみた王子。


「おえ。なんかよっちゃんキモイからもういいや。おーしまい。」


そんな浮かれモードな王子に呆れ果てたのか、ミキティはそう言って戻って行ってしまった。



393 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2005/11/25(金) 01:43


やった!!ありがとうミキティ!!


王子も大急ぎであゆみちゃんがごっちんたちと座っている、ソファーのそばへと走る。


「…あ、あゆみちゃん!!…」
「…え?」


まだ自分の格好に慣れないのか、そわそわと落ち着かない瞳で、戸惑うように王子を見上げる、あゆみちゃん。


はぁ〜〜かぁわぁいぃぃ〜〜〜!!!

いや、いつもかわいいんだけど、今日はもうスッペシャルかわいい!!
こんなにかわいいあゆみちゃんと…ピッタリくっついてダンスできるなんて…うふ。
たまりませんなーこりゃこりゃ。


さぁ…あゆみちゃん!!
おいで、踊ろう!!

…と、王子が言おうとしたそのとき。


「OH〜ハワイの曲だわ♪そういえば私、最近フラダンス始めたのよ!ひとみ、踊りましょう♪」
「へ?いや、待ってアヤカ、それは…いやぁぁぁぁぁ〜〜〜!!!!」



394 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2005/11/25(金) 01:44


なんで?!どうして?!!あと一歩なのに!!!
ていうかおい!舞踏会でハワイアンなんか流すなよ!!選曲したの誰だ!!出てこぉい!!

…ちっくしょーーー!!!


そして、アヤカと一緒にフラダンスを踊らされた王子が腰を振りすぎて、疲れ果てた頃。
ようやく長い長い一曲が終わった。

やった…お、終わった…よぉし、今度こそ…


「あ、あゆみちゃん…お待たせ…さぁうちと一緒に…」
「お!ラジオ体操第2だ。まい最近運動不足でさぁー。よしこつきあってよ。」
「踊ろう…ってまいちゃん!!だぁぁぁ〜〜!!もうカンベンしてぇぇ〜〜〜!!!」


だからなんで舞踏会でラジオ体操なんだよ!!
なんでまいちゃんそんなノリノリなんだよ!!


あぁもうみんなのバカぁぁぁぁぁ〜〜〜〜!!!



395 名前:Wellcome 投稿日:2005/11/25(金) 01:45


◇     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇


「…バッカ…みたい。」


残されたあゆみちゃん。
尖らせた唇で、そうつぶやく。


…なんなの、あれ。
人を呼びつけておいて、他の女の子と遊んでばかり。

あんなのを見せ付けるために、わざわざ私を呼んだの?


…服だって。
せっかく、ごっちんが貸してくれて。


…こんなにかわいいドレス、着たのに。


…何も…言ってくれないじゃない。



ほんとバカ…エロ王子。
やっぱり、ただの女ったらしなんだ。


…帰ろう、もう。



396 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2005/11/25(金) 01:47


「…ごっちん。」
「んあ?あゆみちゃんも食べるぅー?ブドー♪」
「…ううん。私…帰るね。いろいろとありがとう。」
「えぇ?帰っちゃうのー?よしこ寂しがるよぉ?」
「いいの、もう。あんな人。知らないんだから。…じゃあ、また…なのかな。ごっちん。」
「また、だよー♪また遊ぼう?あゆみちゃん。」
「…うん。ありがとう。じゃあ、またね?ごっちん。」
「んあー。」


懐かしい友に、別れを告げ。
あゆみちゃんは、怒った足取りでお城からどんどん遠ざかり、森へと入っていく。



…なによ、あんなにピッタリくっついて、デレデレしちゃって。
それもとっかえひっかえ、いろんな女の子と。
結局誰でもいいんじゃない。私じゃなくたって、誰でも。

…バカみたい…バカ、みたい…なのは、私だ。

ちょっとキレイなドレス着たからって…舞い上がっちゃって。
私なんか、ほんとはただの一般市民の貧乏人なのに。

なのに…

…ん?

…ドレス…?

「あぁ!!き、着てきちゃった…ごっちんのドレス!!」


ど、どうしよう…余計なことを考えていたせいで、すっかり脱ぐの忘れちゃってた。


397 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2005/11/25(金) 01:47


「も、戻らなきゃ…あれ?」


…私。今、どの道を通ってきたんだっけ…
…あれ?


どうしよう…道が。


わからなく…なっちゃった。



◇     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇



398 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2005/11/25(金) 01:49


「はぁ…や、やっと終わった…あゆみちゃん、今度こそうちと…って、あれ?あゆみちゃんは?」
「んあー。もう、怒って帰っちゃったよ?あゆみちゃん。」
「…えぇぇ?!!か、帰った?!怒ってって…な、何に?!!この舞踏会の選曲の悪さに?!!」
「…違うよーもう。…よしこ。全然かまってあげないんだもん、あゆみちゃんのこと。
せっかくかわいいドレスだったのに。ずっとここに座ったままなんて。かわいそーあゆみちゃん。」
「い、いやだってそれはうちが悪いんじゃなくて…」
「…一言ぐらい。褒めてあげたらよかったのにーキレイだよベイベーとか。得意じゃん、よしこ。そういうの。
なんであゆみちゃんには言ってあげないのー?」
「それはその…なんていうか、あゆみちゃんだからこそ、簡単に言えないっていいますか、その…」
「んもぉいい訳はいいから!ほら、さっさと追いかける!!ほんとに帰っちゃうよ、あゆみちゃん!」
「え?お、追いかけるって…これから?」
「あたりまえでしょー?…今を逃したら。たぶんよしこ、一生あゆみちゃんに嫌われたまま…」
「追いかけます!!追いかけさせていただきまぁぁぁすぅぅぅ〜〜〜!!!」


大変だ大変だぁぁ〜〜〜!!!
け、結婚するはずが、一生嫌われ者って!!
なんてこった、なんてこった!!


あぁもうこんな予定じゃなかったのにぃ〜〜〜

「マキバオー!!快速でよろしく!!」
「ヒヒーン!!」


待っててね、あゆみちゃん!!すぐ、すぐ追いつくから!!

…お願い嫌わないで〜〜〜〜!!!!



399 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2005/11/25(金) 01:51


◇     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇



「…はぁ…はぁ…」


おかしい…どうしてだろう…随分歩いたのに…お城がちっとも見えてこない。
それどころか…どんどん、森の奥へ入ってしまっているみたい…

だ、だめだ…引き返さなきゃ…でも…


さっき歩いた道さえ、わからない。
真っ暗闇の森の中。あゆみちゃんは、すっかり道に迷ってしまっていた。

右も左も。後ろも、前も。
あるのはあゆみちゃんの背丈をはるかにこえ、高くそびえる木々たち。


…もう、今日はダメだ。
今むやみに歩いても…この暗さじゃあ、きっともっと森深くへと迷い込んでしまうだけ。

…今夜は、ここでじっとしていよう。
そして、明日陽がのぼったら。
そしたら、また動き出せばいい。

そうだ、そうしよう。



400 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2005/11/25(金) 01:52


あゆみちゃんのそれは、とても懸命な判断だった。
ただひとつ。
この付近が、お腹をすかせた野犬たちに囲まれた場所だったという点だけを除けば。



〜〜〜ウゥ〜〜〜ウォゥ〜〜〜〜


?!…なに…?

木の下に座りこんだあゆみちゃんに聞こえてきた、地を這うほどに低い鳴き声。
恐る恐るあゆみちゃんが振り返ると…そこには。

よだれをたらし、長い牙をむき出しにした、野犬たちが。
群れとなって、こちらに向かっていたのである。



401 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2005/11/25(金) 01:53


◇     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇



「…また胃痛って。おまえ、何食ってんだよぉ…マキバオー…」
「ヒヒィン…」

勢いよくお城を飛び出したひとみ王子だったが、走り出して数分もすると、またマキバオーが胃痛を訴え。
仕方なく、またもや王子がマキバオーを抱え、山を下っているのである。


「しかも重いし。食いすぎなんだろうよ、お前は。…ちょっとエサ減らそうかな…」
「ヒヒィン!!ヒ、ヒヒィン〜〜!!」
「うわわっ!う、ウソだって!!暴れるなって!!あたたたっ!!」


暴れるマキバオーを支えきれず、その場に崩れ落ちる王子。
…いってーたく、うちを誰だと思ってんだ、これでもうちは王子…ん?


転んだその足元を見ると。
王子のものでない、誰かの足跡が。

これは…人間の足跡…それもサイズは大体24から24.5センチ…ハっ!あ、あゆみちゃん?!!
…ま、間違いない!!うち好みのこの足のサイズは!!…あゆみちゃんだ!!


マニアックな趣味を持つ、王子である。


「行くぞマキバオー!あゆみちゃんはこっちだ!!…あぁようやく会えるぅ〜よかったぁ〜…
…しまった、急がないと嫌われるんだった、うち!!急ぐぞ!急げぇ〜〜!!」


そして王子はマキバオーを再びかつぎ、足跡を追って猛スピードで走り出した。



402 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2005/11/25(金) 01:54


◇     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇


「…こ、来ないで…シッシ…」
「ウゥーウァゥー」


じりじりと、少しずつ、確実にあゆみちゃんににじり寄る野犬たち。
ギラギラと輝く恐ろしいその瞳は、まるで品定めをするかのように、あゆみちゃんを見つめている。


…ど、どうしよう…そうだ、木に…だめだ、こんなドレスじゃ重くて木登りなんてできない…


じりっ。

また一歩、野犬たちが近づく。


403 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2005/11/25(金) 01:55


…怒って。勝手に、お城から出てきちゃったから…バチがあたったのかな。
…ごっちん、ごめんね?ドレス、返せなくなっちゃうかも…

じりじりっ。


…王子…さま。
むかつく人だけど…もう会えないと思うと。なんだかすごく、悲しい。…どうしてかな。


あぁ…ごめんなさい、王子さま。せっかく、よくしてくれたのに、私…
…私…


もう、すぐそばに感じる、獣のにおいに。
あゆみちゃんはあきらめ、その目を閉じた。


「だぁぁぁぁぁ!!なんだお前らはぁぁぁ!!!」
「…え…?」
「こんにゃろこんにゃろ!!!あゆみちゃんに近づくなぁ〜〜!!」
「お…王子?」



404 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2005/11/25(金) 01:56


その声にあゆみちゃんがパっと目を開くと。
野犬たちに飛び掛る王子の姿が。


「あぁ?!お前ら、あゆみちゃんを食おうってか?!!甘いんだよ、ずうずうしいんだよ!!
この国で一番えらくて一番イケメンの王子のうちでさえ!!まだあゆみちゃんを食べていないって言うのに!!
生意気にもほどがある…!!いいかげんにしろってんだよ!!えぇ!!東京湾に沈めるぞごるぁ!!」
「う、ウワァゥ…キャインキャイン!!」


あまりにも恐ろしい、王子のその剣幕に。
野犬たちも、いっせいに逃げ出していく。


「…ったく。最近の野犬は。ルールってもんがわかってない、ルールってもんが。
王子の未来のお嫁さんに手ぇ出してただですむとでも思ってんのか?!まったく…」


そういって立ち去った野犬たちに向かっておかしな説教をする、王子の後ろで。

あゆみちゃんは、ペタンと、腰が抜けたように座り込む。


405 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2005/11/25(金) 01:57


「あ、あゆみちゃん?!!」

それを見た王子。
慌てて駆け寄る。


「だ、大丈夫?!ケガはない?!!」
「………」
「…あ、い、今のはほんの例えっていうか…た、食べるっていうのはそういう、いやらしい意味じゃなくてね?
もっとこう、健全なお付き合いをもちろんうちは考えているわけで…」
「……こ…」
「こ?…」


こ…このやろー?
あわわわっ!!や、やっぱりあゆみちゃん怒ってる?!!
ど、どうしよう…ごっちんが言ったとおりだ…大変だぁ!!


406 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2005/11/25(金) 01:58


慌ててあゆみちゃんに頭を下げて謝る、王子。


「ご、ごめんなさい!!あゆみちゃん、ほんとにあの…」
「…こ、怖かっ…」
「…へ?」
「…怖かっ……た…」

「…あゆみ…ちゃん…」


だけど、あゆみちゃんから帰ってきた言葉は。
王子が予想していたものとは、まるで違った。


小さな体を震わせながら。
あゆみちゃんは…泣いていた。


「こ、怖かっ…た、食べられちゃうって…も、もう…だめだって…」
「………」


407 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2005/11/25(金) 01:59


震える体で、唇で。
泣きながらそう言う、あゆみちゃんを見たとき。

王子の心は、深い後悔と、耐えられないほどの痛みに襲われた。


…くそっ…なんで、なんであゆみちゃんを…一人で、こんな時間に、帰らせたりしてしまったんだ。
一番、一番。いとおしい君を。
…傷つけてしまったんだ。


いや、現実には、ケガもないみたいだし。
王子はあゆみちゃんを助けられたんだと、考えることもできるかもしれない。

…けど。
そんなの、結果論だ。

あと少し、うちが来るのが遅かったら…もう少し早く、野犬たちが襲い掛かっていたら…
…あゆみちゃんは…


あゆみちゃんを、本当に失っていたかもしれないという、恐怖で。
王子の体も、かすかに震えだした。



408 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2005/11/25(金) 02:00


…あゆみちゃん。
どうしよう、胸が苦しいよ。

…女の子の涙は、もともと苦手だけど。
けど、君の泣いている姿は…とても耐えられない。


君を悲しませた自分が…情けなくて…許せなくて。



このとき、わかった気がしたんだ。
自分が、なんのために生まれてきたのか。

王子になるためなんかじゃない、国を治めるためなんかじゃない。


ただひとつ。君を守るために、うちは生まれてきたんだって。


…だけど。
君は?君は誰に守られるために、生まれてきたんだろう…


それがまだ。
自分なんだと、とても胸を張って言うことなんかできなくて。


苦しい胸を、ただぐっと押さえていた。



409 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2005/11/25(金) 02:01


◇     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇


…どのくらい、泣いていたんだろう。

あゆみちゃんが泣きはらした顔を上げると、その目には優しい月の光が、そして。
自分を…心配そうに見つめる、ひとみ王子の姿が映った。


…王子?
これが…この人が?
あの、いつもちゃらちゃら遊んでばっかりの、あの…


見たこともない、表情だった。
こんなに真剣で、切なそうで…悲しそうな、王子の顔。


どうして…どうしてあなたが。
そんな…瞳をしているの?


どうして…



410 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2005/11/25(金) 02:02


「…泣かないで…」


自分だって泣き出しそうなくらいの、悲しい瞳をして。
そう言ってそっと涙をぬぐってくれる、頬に触れた優しいその手のひらの温度を。
…感じたとき。

あゆみちゃんは、ちくちくと痛む、自分の胸に気がついた。


…痛い…どうしよう、まただ。
また…この感じ。


知らないふりをしようとしたけど、気のせいなんだと思おうとしたけど。

…でも。

…これは…


月の光を浴びる、その金色の髪と。
切なげなのに、宝石のように光る、大きなその瞳に。

…吸い込まれるように。


あゆみちゃんは目を閉じて、柔らかく重ねられた唇を感じていた。





411 名前:ツースリー 投稿日:2005/11/25(金) 02:07
以上、第2話です。

>>373 TETRA さま
いつもありがとうございます〜たまには甘い話なんぞ書いてみましたw
こっちの話も楽しんでいただけたらうれしいです〜♪

>>375 名無飼育さん さま
いつもありがとうございます!よかった〜・゜・(ノД`)・゜・。
突然短編を書いてしまって、こちらの話が遅れてごめんなさい・゜・(ノД`)・゜・。
またこっちもぜひよろしくお願いします♪

>>376 ツースリー教信者 さま
いつもありがとうございます〜熱くなってもらえましたかw
続きも相変わらずこんな感じで…wまたよろしくお願いします!
412 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/25(金) 09:02
375でした!
交信お疲れ様です〜(・∀・)
短編、とっても面白かったですよ♪
本編のほうも……・゜・(ノД`)・゜・。もう、大好き!(謎
次回も待ってます〜(´∀`)
413 名前:ツースリー教信者 投稿日:2005/11/25(金) 13:23
やっぱりツースリーさんのよししばは最高ですね☆☆☆
ただ人語を普通に理解する白馬マキバオー・・・
どんなのかすごい見てみたいですw
414 名前:TETRA 投稿日:2005/11/25(金) 13:47
またもやタマクダキ?w
と思いきや…

っていうか王子振り回され過ぎw
415 名前:Rink 投稿日:2005/12/07(水) 04:40
一気に読ませていただきました
胸がキューンとなりました。涙ちょちょぎれです。・゜・(ノД`)・゜・。
ありがとう、作者様・・・
416 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/12/12(月) 03:46
突然失礼します。いま、2005年の飼育を振り返っての投票イベント
「2005飼育小説大賞」が企画されています。よろしければ一度、
案内板の飼育大賞準備スレをご覧になっていただければと思います。
お邪魔してすみませんでした。ありがとうございます。
417 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2005/12/12(月) 18:47



「…はぁ……」

今日も…来ない、か…


山の向こうに沈み行く、オレンジ色の太陽をボンヤリと眺めながら。
あゆみちゃんは、ポツリとつぶやいた。


これで、あの舞踏会の日から、今日で一週間。
王子は…一度も、この畑にやってこなかった。


はぁ…
無理もない…か…。

あんなこと、…しちゃったんだし。


この一週間、あゆみちゃんは無意識に、自分の唇を触るのが癖になってしまっていて。
今日だって、何度こんな風に、ムニュムニュと自分の唇をつまんだことか。


…むにゅ。
はぁ……。

…王子の唇。
…柔らかかった、な……柔らかかった…のに。



418 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2005/12/12(月) 18:48



「………いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜!!!!!」
「ぶほぉぉっ!!!!」


…気づいたときには、もう。
思いっきり引っぱたいて、王子をはるか遠くへと突き飛ばしてしまっていた。


「はぁ、はぁ………ああっ!!だ、大丈夫ですか?!!」
「………うぅ……」


…ど、どうしよう……つい。

つい、のわりに、随分しっかりとしたフォームで王子を叩いたあゆみちゃんだったが。
慌てて、頬を押さえたまま倒れこんでいる王子の下へと駆け寄る。


「あ、あの!わ、私…び、びっくりして。その…」
「………」
「あの、本当に、あの…」
「…も、帰ろう…か。…送るよ。」
「…え?あ、…はい…。」


…いつものひとみ王子なら。
こんなとき『あゆみちゃんひどいよぉ〜』とか、『なんで叩くの?!』とか。

きっと、いろいろ言ってくるはずなのに…。


黙ったまま、王子はあゆみちゃんを家まで送って。


「…それじゃ…」

…それだけ言うと、すぐに背中を向けて、帰って行ってしまった。



419 名前:Wellcome 投稿日:2005/12/12(月) 18:49


…あれから。
一度も、来てくれないし。


…怒ってるのかな…嫌われちゃったかな。

叩いたり、して。


…でもだって、本当にびっくりしたんだもん。

いきなりあんな…キス、なんて。


それもそれも、あんな、女ったらしの王子と、なんて。
全然、そんな、するつもりなんてなかったのに。

…なのに。


気がついたら、目をつぶってた。
あなたから降りてくる唇を、…私は、受け入れる準備をして。


………待ってた。


………どうして?



420 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2005/12/12(月) 18:50


そんな自分が、信じられなくて。…恥ずかしくて。
もう、なにがなんだか、どうしたらいいのか。…わかんなくなって。


気がついたら、つい。
…思いっきり。


…助けにきてくれたのに。
あんなこと、して。

怒られてても、嫌われてても…仕方ない…よね…


あぁ…もう。
来てくれない…のかな、会えないのかな。


…王子さまと。



421 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2005/12/12(月) 18:51


◇     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇



「うふふぅ…そうなんだ、くまちゃんはウィンタースポーツが得意なんだぁ♪
え?うちぃ?うーん…スキーとかは結構するほうかなぁ。
いやいや、そんな、うまくないって。本当だよ〜恥ずかしいなぁ〜うふぅ〜」


「ちょっ…!とうとう会話し始めたよ?!ぬいぐるみと!!」
「OH〜心が通じ合ったのね♪」
「いや、ここまで来るとさぁ、もう。見事だね、感動しちゃうね。この壊れっぷりには。」


その頃、お城では。
なぜかぬいぐるみを抱いた王子と、それを温かく見守るミキティとアヤカとまいちゃんと。


「んあぁ!!またみんなでそんなおもしろがってちゃダメでしょ?!なんとかしなきゃ!!」


そしてそんな王子を心配する、ごっちんの姿があった。


422 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2005/12/12(月) 18:52


「えーそんなこと言ったって。もうあれ。どうしようもないよーツッコミようがない。」
「オーノー美貴ちゃんがつっこめないなんて。手遅れってことね。」
「ここんとこずっと。舞踏会が終わってから、あの調子だしねぇ。ダメじゃん?もう。」


そうなのだ。
あの舞踏会の後、一人で帰ってしまったあゆみちゃんを追いかけ、勢いよく出て行った王子だったが。
その日の深夜、明け方に、まるでこの世の終わりのような顔つきでとぼとぼと戻ってきて以来。

すっかり心を閉ざし、小さい頃によく遊んだクマのぬいぐるみ、くまちゃんをどこからか引っ張り出してきて。
そのまま、二人っきりの世界へと入ってしまったのだった…


「…もぉいい。わかった。ごとぉが…話しかけてみる…!」
「「「えぇ?!!!……じゃ、がんばれぇ〜ごっちん♪」」」

あぁ、無情。


薄情な仲間たちに見送られ。
ごっちんは勇気を出して、ベッドの上、くまちゃんと乳繰り合う、壊れた王子に話しかける…


423 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2005/12/12(月) 18:53


「…よしこ…?」
「うふぅ〜…くぅまぁちゃぁん〜…うふふ…」
「…よしこ!!もう大人なんだから!!いいかげんくまちゃん離しなさい!!」
「あぁぁ!!!く、くまちゃん!!くまちゃんがぁぁぁぁ〜〜!!!」

えぇい、離せ。イヤン!離さない!!


いつまでも終わらないアホらしい押し問答に、ついにごっちんがキレて。
…とうとう王子の心の傷に触れてしまう。


「…よしここないだから変だよ?!なにかあったんでしょ?…あゆみちゃんと!!」
「はうぅっ!!!あ…あゆみ…ちゃん…」


…あゆみちゃん。
その言葉を聴いた王子、胸を抑えがっくりと倒れこみ、うなだれる。


「うぅ…胸がぁ…胸が痛いよぉ…いたたっ…」
「…もぉ、どうしたの?またケンカでもしたの?あゆみちゃん怒らせちゃった?」
「…ぐすっ…もうダメだ…終わりだ…終わったんだ…うちとあゆみちゃんは…うぅ…」
「え?そんな…もう終わりだなんて…」


なにか始まってたの…?
もっともな疑問に、首をかしげるごっちん。


424 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2005/12/12(月) 18:53


しかし、王子の考えの中ではもうあと一歩で結婚するはず…だったのだ。
あくまで、王子の中では、だが。

あぁ…
それなのに…それなのに…


「嫌われた…完全に嫌われた…うぅ…」
「そ、そんなの…わかんないじゃん?嫌われたなんて、よしこの勘違いかもよ?
嫌いって。あゆみちゃんに…ハッキリそう言われたの?」
「そうじゃ…ないけど…」
「ほら。だったらぁ…」
「…でも。…叩かれた。叩かれちゃったよ…ははっ。バチーンって…イヤーって…
もうダメだ…嫌われたんだ…あぁ…ふふっ…ルゥルル〜ルルル〜♪」


…女の子に。
それも、大好きなあゆみちゃんに。

叩かれたショックからどうしても抜け出せない王子は、あれ以来ずっと、こうして。
ファンタジーな世界との狭間を、いったり来たりしているのだ。


425 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2005/12/12(月) 18:54


そんなふうに遠くを見つめながら、鼻歌を奏でる王子のそばで。
ごっちんは、首をかしげる。


「…でも。あゆみちゃん、理由もないのに叩いたりしないでしょ?…よしこ、なんか
したんじゃないのぉ〜?」
「ぎくぅっ!!!い、いや…うちはその…そ、そんな、そんなこと、ほんとはするつもりじゃ…」
「あぁ〜やっぱりなんかしたんだぁ〜〜!」
「だ、だって…うぅ…グスン。」


しゅんっと、指をもじもじツンツンしながら、みるみる小さくなる王子。


…そりゃー…そりゃーさ…キス、なんて。

あゆみちゃん…絶対、怒るだろうなって、嫌がるだろうなって。
思ってたし、わかってた。
だから、始めはほんとそんな。

…するつもりなんて、これっぽっちもなかったんだ。
もちろんしたいって気持ちは、いつでももっていたけれど。


でも…あのとき。
涙で濡れた…彼女の瞳を見て。

あぁもうなんか、なんにも考えられなくなっちゃって。
そのまま…キスを。


426 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2005/12/12(月) 18:55


触れた唇は、溶け出すみたいに重なって、ひとつになって。
…心が…通じ合った気さえ、したのに。


バチーンって…バチーンって…
…ぐすん。


そんなに…そんなにイヤだったなんて…

あぁもうダメだ…ダメさ…。
完璧にっ、完全に!!
嫌われたぁぁぁ…うぅぅぅ…


もう消えてなくなりそうなくらい、すっかり影の薄くなった王子を、ごっちんは慌てて励ます。


「…よ、よしこ!そんなに落ち込まないでよ〜」
「ふぐぅ…ぐふぅ…」
「…なにしちゃったんだか知らないけど。あゆみちゃん。謝ればきっと許してくれるよぉ。
ごめんなさい、しておいで?誠心誠意言えば、きっと伝わるって!」
「そう…かなぁ…そんなもん、かなぁ…」
「そうだよ!ちゃんとごめんなさいって謝れば、大丈夫、きっと大丈夫だって。
それともよしこ、このままあゆみちゃんと仲直りできなくていいの?」
「…そんなの…やだぁYO〜…うぅ…」
「ほら、だったら行く!!はい、いってらっしゃい!!!」


そういうとごっちんは、重い王子のお尻をペチペチと叩いて。
立ち上がらせ、ベッドから外へと送り出す。

王子は不安そうにしていたが、しぶしぶ仕方なく、覚悟を決め。
マキバオーと一緒に、あゆみちゃんのお家へと向かっていった。


427 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2005/12/12(月) 18:56


「すげーごっちん。さすがだーよっちゃんの扱い方、わかってるねぇー」
「OH、プロフェッショナルね〜♪」
「…でもさぁ。もしあれでその…あゆみちゃんに。完璧に振られちゃったり…したらさぁ…
今度こそ。立ち直れないんじゃ…ないの?よしこ。」


ごっちんと王子のやり取りを、一部始終、そぉっと見守っていたみんなもよってきて。
その後姿を一緒に見送っていると、まいちゃんが心配そうに、そうつぶやく。


「…いや…たぶん。大丈夫だと…思うんだ…」
「?なんで?」


まぁ、根拠はないんだけどね。と、一応断ってから。
それでもごっちんはどこか自信ありげに、笑って。


「あゆみちゃんも。…よしこのこと。…結構、まんざらでもない気がするから♪」



◇     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇



428 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2005/12/12(月) 18:57


「えぇ…先日は、私めの不注意により、多大なるご迷惑とご心労をおかけして、まことに
申し訳なく思っている所存であり…どうかな?マキバオー。」
「ヒヒィ〜ン。」


ダメダメ、とでも言うように、マキバオーに首を振られ。
がっくりと落ち込む王子。


「これもダメー?じゃあどういったらいいんだよぉ〜…誠心誠意、謝るって…どうしたら…
あぁ!!!つ、着いちゃった…」


そんなこんなで、謝るためのセリフを考えているうちに。
いつのまにかもう着いてしまった…あゆみちゃんのお家に。


その赤い小さなお家を見上げ、ゴクリとつばを飲み込み覚悟を決める王子。
マキバオーと向かい合い、気合を入れなおす。


429 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2005/12/12(月) 18:57


「い、いいかマキバオー。今日は失礼のないようにしなきゃいけないんだぞ!!
気の利いた挨拶とお茶菓子なんかを用意してだな、その…あぁ!お茶菓子忘れた!!
…ま、まぁいいよ…お菓子なんかなくても気持ちが、気持ちで、カバー…
いや、マキバオーはカバじゃなくてウマー…あぁもう、何言ってんだうちは…
と、とにかく!ここが正念場なんだから!がんばるぞ!わかったな!!」
「ヒヒヒ〜ン!!!」
「だぁっ!!で、でかい声出すなって!!あゆみちゃんに気づかれちゃ…」
「…王子…?」
「えぇ?!あ、はい!!王子です王子!!うちは王子なんです!すいません!!はい!!」
「いや…すいませんって…言われても…」



あーしまったぁー気づかれたぁぁぁぁぁ!!!
…いや、気づいてもらわなきゃそれはそれで、困るんだけど…でもでも…


マキバオーの雄叫びが届いたのか、それとも王子の焦りが伝わってしまったのか。
あゆみちゃんは王子が来たことに気がついて、そっとそのそばへとやってきていた。


「あ、あのぉ…あのぉ…」
「………」


430 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2005/12/12(月) 18:58


まずい…この空気は…まずいぞ…


久しぶりに再会した二人。
だが、お互い言葉が出ずに、無言のまま。

緊迫した状況に、このままでは明日に、いや、明後日になってしまう、
そしたら体も冷えるし、おなかもすいてしまう、と考えた王子は。
…勇気を出して、あゆみちゃんに話しかけようと決心する。


そうだよ…謝りに来たんだし、うち。
謝らなきゃ、謝って、許してもらわなきゃ…よし…


「あ、あゆみちゃん!!その、こないだは…ご、ごめ…ごめっ!!!……え?」


…と。
王子が目をつぶり、頭を下げようとした瞬間。

頬に、優しいぬくもりを感じて、目を開けると。


「…痛く…ない?」
「え?…あゆみ…ちゃん?」


心配そうに、自分を見つめるあゆみちゃんの姿が。
そっと頬に触れる、彼女の手の感触があった。


431 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2005/12/12(月) 18:59


え?え?
これって…どういうこと…?


「…まだ…痛い…?」
「え?あ…こないだ…の?いや、まさか。だって一週間も前だよ?さすがにそこはもう
痛くないよ。」


心は…マイブロークンハートは痛いけども…

と、その心の中でつぶやく王子に対し、あゆみちゃんはホっとしたように顔を緩める。


「よかった…ずっと…まだ痛かったら、どうしようかと思った…」
「…心配。してくれてたの?」
「…だ、だって…私…叩いちゃったから…だから…」
「?だから?なに?」
「…だから…来てくれないんだって…もう…来てくれないんだって…」
「あ、あゆみちゃん…」


432 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2005/12/12(月) 19:00


…驚いた。
てっきりもう、嫌われたんだと思っていたのに。


「…ごめんなさい。私、びっくりして…もう、わかんなくて…気がついたら、叩いちゃってて…
…ごめんなさい…」


謝るのは。
自分なんだと、思っていたのに。


「…来てくれて…よかった。謝れて…よかった…」


信じられないけど。
君は今、確かにうちに微笑んでくれている。


その笑顔に動揺する心をなんとか抑えながら、王子はあゆみちゃんにたずねる。


「い、嫌じゃ…なかったの…?」
「え?」
「…その…き、キス。」
「…わ、わかんない…」
「わ、わかんないって…」


君は…だから叩いた…んじゃないの?
うちとのキスが嫌で…それで…


433 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2005/12/12(月) 19:01


「い、嫌とか。そういうのも全部、全然、わかんなくて…ほんとに、びっくりしてて…
…だから……叩いたのは。嫌だからとか…じゃなくて、すごく、びっくりしたから…
と、とにかく…びっくりして…だから…」
「そ、そうなの?」
「ま、まぁ…」


ちょっと待って…ていうことはだよ…
…嫌われてない…の?

うちはまだ…あゆみちゃんに、嫌われてない…ってこと?


「いやったぁぁぁぁぁぁ!!!やったぞぉぉぉぉぉ!!!」
「わ、ちょ、お、王子!静かに!!村っち起きちゃう!!」
「え?あ、ご、ごめん。…でもさ、ほんと、嫌われたんだと思ってたから…うれしくて…」
「…嫌われた?」
「うん。だからずっと来れなかったんだ…あゆみちゃんに、嫌がられると思って、
来れなかった。」
「…そう、だったんだ…」


あーもうなんていうすれ違い。
まるでロミオとジュリエット。

いやはや、うっかりしちゃってたなー


そうだよ、よく考えたら。
うち王子様なのに。
嫌われるわけないじゃないかーなんだーそっかー♪


ここにきて、ようやく。
王子のバカげた自信も復活。

いつもの女ったらしの口調も戻ってくる。


434 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2005/12/12(月) 19:01


「あぁ!そういえば。言うの忘れてた。…キレイだったよ、あゆみちゃん。
この間のドレス姿。」
「…え?」
「マジキレイすぎてなんにも言えなくってさー言葉にならなかったよ。だから感想、
遅くなってごめんね?」
「べ、別に…気にしてなかった…もん…」
「そう?ならよかった。…今度は。うちだけに見せておくれ…二人っきりで…」
「…え?…そ、そんな…でも…」
「…あゆみちゃん…」


そして、王子は慣れた手つきであゆみちゃんの腰をグっと引き寄せて。
あの夜と同じ、甘ぁいくちづけを…


「…いやぁぁぁぁぁぁぁぁ〜〜〜!!!!」
「ぶほぉぅっ!!!!」


かわせない、のであった。


435 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2005/12/12(月) 19:02


「ちょ、な、なんでまた叩くの?!キスOKなんじゃないの?!!」
「お、オッケーなわけないでしょ?!!調子に乗らないで!!」
「だ、だ、だ、だって!!嫌だったから叩いたんじゃないって!!」
「それとこれとは関係ないの!!もう帰って!!!」
「そ、そんなのひどいよぉ〜あ、そうだ叩いてもいいからさ、ちゅーしてから叩いてよ。
する前に叩くのは反則だよ!!違反だ!!」
「どんなルールよ?!ダメなものはダメなの!!このスケベ!変態!!さっさと帰れ!!」
「お願い!ライトなやつでいいから!!ソフトなやつでいいから!!一瞬だけでもぉ〜」
「うるさい!バカ!!」



こうしていつもの二人にすっかり戻り、仲直りした姿を見ながら、マキバオーは首をかしげていた。


…仲いいのか?これ…




436 名前:ツースリー 投稿日:2005/12/12(月) 19:15
以上、第3話です。

>>412 名無飼育さん さま
いつもありがとうございます♪大好きキター うれしいです・゜・(ノД`)・゜・。
もしかしたらまた次か次、短編になるかもしれませんが…これからもぜひよろしくお願いします〜

>>413 ツースリー教信者 さま
た、確かにwなんで言葉が通じるんでしょうか…不思議ですね…
実はマキバオーも王子様で魔女に野獣の姿に変えられてしまってるパターンとか…
すいません大うそです、またよろしくお願いしますw

>>414 TETRA さま
いつもありがとうございます!そこが王子のいいところってことでw
もちろん今回も振り回されておりますので、よろしくお願いしますw

>>415 Rink さま
たくさん読んでいただいてありがとうございます〜
私のほうこそ涙ちょちょぎれです。・゜・(ノД`)・゜・。
これからもくだらない文章ですが、読んでいただけたらうれしいです♪
437 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/12/12(月) 21:38
414でしたw(爆死
止めて!石投げないで!ごめんなさい!

言いますよw(キッパリw
ケンカするほど何とかって言うじゃないですか!w
438 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/12/12(月) 21:40

×言いますよ
○いいですよ
439 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/12/13(火) 00:45
くまちゃんツボ
440 名前:ツースリー教信者 投稿日:2005/12/13(火) 18:37
マキバオーも王子!?本当にそんなオチでよっすぃー取り合いの泥沼劇場となったらどうしよう?
って大うそかい!!テンションあがって思わずノリツッコミ出ましたよ。
とにかく今まで通り仲良く(?)なってよかった☆
441 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/12/14(水) 21:31
412でした!交信お疲れ様です!!
从‘ 。‘从<大好きーーーーーーーーーーーーーー!!!!
に負けないくらい、大好きです(爆)
今回、安心しましたwこれからが…マジで楽しみです( ・∀・)ノシ
次回の交信も、短編も楽しみに待ってます^^
442 名前:ツースリー 投稿日:2005/12/18(日) 12:32
クリスマスも近いということで…
短編をひとつ

よろしくお願いします。
443 名前:古風な純愛?!メリークリスマス!! 投稿日:2005/12/18(日) 12:34


21世紀も、始まってすでに5年が経ち。
景気が悪いとはいいながらも、この国の進化は止まらなくて。

テレビはデジタル放送だとか、IT革命がどうのこうのって
もうすっかり、近未来化してきたとばかり思っていたのに。


…今時。
下駄箱に、ラブレターなんていうものが。
それも、屋上へ来てくださいなんて、セリフが。


…まだこの世に存在していただなんて。



「ク、ク、…」
「…く?」
「ク、クリスマス……クリスマスって、あ、空いてる?!!」
「え?あ、あぁ…まぁ別に。…なんにもないけど…」
「じゃ、じゃあ!」


12月の寒空の下。
一人残された屋上で、うちはただボーっと空を見上げていた。

はぁ…さみぃ…
つーか…びっくり。



444 名前:古風な純愛?!メリークリスマス!! 投稿日:2005/12/18(日) 12:35


ちょうど今うちの真下にあるはずの体育館から、いよいよ校歌が聞こえてきた。
終業式も、そろそろ終わりだな。


今年最後の登校日。
うちが下駄箱ラブレターに従って屋上へ向かうと、そこには一人の女の子の姿。

確か…隣か、そのまた隣のクラスの…柴田さん?だったと思う。


同級生なのに知らないのかって言われたら困るけど、でも一度も同じクラスになったこと
なんてないし、ましてや話したことなんて。


…ただ、一見マジメで地味な印象なのに、実はすごくキレイな顔立ちをしている子だったから。
だからなんか、それが妙に記憶に残って。見覚えだけはあったんだ。


で、そんな柴田さんが、うちになんの用なのか。
いや、ラブレターをくれたってことは…つまりはそういうことなんだろうけど。



445 名前:古風な純愛?!メリークリスマス!! 投稿日:2005/12/18(日) 12:36


ちょっとドキドキしながら話を聞くと、いきなり、「クリスマス暇?!!」って
真っ赤な顔で、でかい声で聞かれて。
耳を押さえながら暇だよって答えたら、じゃあ駅のクリスマスツリーの前で!って言って
走っていっちゃった。


えぇぇ〜〜〜?!!

それだけ?言うことはそれだけなの?!!
慌ててそう引き止めると、あ!って顔をして。


「6時に!」


ってまたそれだけ言って、速攻走り去っていった。


…おいおいおいおい。
なんなんだ…あれ…不思議ちゃんにもほどがあるだろ…


ていうか。
その…ほかに、あるでしょ?言わなきゃなんないことが。あるんじゃないの?え、ないの?


…なぞだ…



446 名前:古風な純愛?!メリークリスマス!! 投稿日:2005/12/18(日) 12:37


…てなわけで。
うちは、なんだかボー然としちゃって、こうして屋上からただ空を眺めているんであります。


…クリスマス…別にほんとに暇だからいいけどさ。
でも、またツリーの前で待ち合わせって、…古いな、ベタだな、まったく。

いかにもクリスマスデートですって感じで、恥ずかしいよなぁ…


うちはなんかどちらかというと、そういうの、冷めてるほうで。
まぁ…カッコつけ、とも言うのかもしれないけれど。


一生懸命なのとか、必死になったり夢中になったりするのって。
今の時代に…似合わないっていうか。

もっとさ、ほら、適当…に?
楽しく、ラクチンな感じでいきたい。

今っぽく、『超ダルくなぁ〜い』ぐらいのノリで、さ。


…だから本当は、あぁいうタイプの子、純情で、ラブレターとか書いちゃう女の子、
マジパスっ!って…感じ、なんだけど。


でも…なんでだろう…なんか、ちょっと興味ある。

…ちょっと、面白そう、なんだよな…あの子。



447 名前:古風な純愛?!メリークリスマス!! 投稿日:2005/12/18(日) 12:38


いきなり呼び出しておいて、肝心なことはなにも言わずに、慌てて走っていっちゃうところとか。

あぁ、そういえば自己紹介すらされてねーや。まぁ名前くらいは知ってたからいいけどさ。


真っ赤なほっぺたに、うつむいたまま、でかい声で早口にしゃべるあの姿を思い出すと、
やっぱり笑える。おもしろい。


おもしろいことには敏感っていうのも…今を生きる、若者の特徴じゃん?きっと。


だから、ここはひとつ、あの子の誘いにのってみよう。


どんな古っぽいクリスマスにしてくれるのか…楽しみだ。



「って。…来ねーんじゃん…」



448 名前:古風な純愛?!メリークリスマス!! 投稿日:2005/12/18(日) 12:39


クリスマスの、夜。
約束の6時より、何分か前からこのツリーの下で待ってるのに。

…柴田さんはまだ来ない。


ケータイに電話してみよう…と思っても、そういえば番号なんて全く聞かされてなくって。
…ていうか、名前も言わないまま走り去ったからね。あの人。


たく…教えとけよなぁ…連絡つかねーじゃんか…
…そもそも…柴田さん、ケータイって持ってるのかな…
持ってる…よね?いまどき、小学生でさえ持ってるんだし…
いや、でも下駄箱にラブレターとか入れる子だぞ?レターだぞ、レター。
…持ってない…の、かも。


このままじゃ、らちが明かないし、ハッキリ言ってちょっとむかつくし。
イライラする気分の中、もう帰ろうかとも…思ったんだけど。


でもまだ、
彼女のことを。

うちは…なんにも知らなくて。


人を呼び出しておいて、わけわかんないことだけしゃべって走り去って、
おまけに約束の時間には遅刻。連絡もない。


…そんな…意味不明、なに考えてんだかわからない、摩訶不思議な彼女のことを。


なんとなく、もっと知りたいような、気持ちになって。なっちゃって。

…やっぱりもう少しだけ、待ってみることにしたんだ。



449 名前:古風な純愛?!メリークリスマス!! 投稿日:2005/12/18(日) 12:40


幸い、ツリーは駅ビルの中にあるから、空調設備は完璧、半袖でもすごせそうな勢い。

ぬくぬくとした環境の中、うちは近くにあるベンチに座って。
待ち合わせのカップルを見送ったり、時々うとうとしたりしながら。
…彼女を待ち続けた。



…が。

それが、30分過ぎ、1時間過ぎ、とうとう2時間が過ぎても。
…やっぱり、彼女は一向に現れなかった。


ツリーの下で待ち合わせをしていたたくさんのカップルも、次々と夜のイルミネーションの中へと消えていき。

今や、待ち人がいるのは、うちだけになってしまったようだ。


…どういう…こと?
間違って…ないよね、今日クリスマスだし。
慌ただしい、聞き取りづらい声だったけど、でも確かに6時にと。
彼女は言っていたし。


と、いうことは。
…考えたくないけど。
想像したくないけど。
ひとつの答えが、うちの頭の中をグルグル駆け巡る。



450 名前:古風な純愛?!メリークリスマス!! 投稿日:2005/12/18(日) 12:41


…もしかして。
うち…からかわれた…の?


いかにもマジメな雰囲気の彼女が、そんなことをするとは思えない。
…あんなに真っ赤だった顔が、うそだったなんて、作り物だったなんて。
絶対、思えない。思いたくない。

…けれど。


よく、考えたらさ。
やっぱり、今どきありえない…んじゃない?
下駄箱に、ラブレターは。
屋上に、呼び出しは。


もしかしたら、はじめから単なるいたずら…だったのかな。
古くさい手に引っかかった、うちを笑っていたの?


そっか…やっぱ、そうだよな。



451 名前:古風な純愛?!メリークリスマス!! 投稿日:2005/12/18(日) 12:42


このとき、なんか妙にがっかりしている自分に。
それどころかちょっと泣き出しそうなくらい、悲しいなぁってことに、気がついて。

…わかっちゃったんだ。


ないない、今どきありえない、なんて口では言っていても。
いや…言っている、うちが、実は一番。
本当はめちゃめちゃ、こういうのに憧れていたんじゃないかってことに。

こんな…純粋な気持ちを、心のどこかですっと。
待っていたんじゃないかって…


そして、信じたかったんだと思うんだ。

何もかもが手に入る、便利さゆえに恐ろしい、まともな感覚がマヒしてしまったような、こんな時代にも。


…古くてダサイ、一途な気持ちが、恥ずかしいくらいの純愛が。
あるんだと…存在するんだと…


その希望を見事に打ち砕かれたうちは、とても今日がクリスマスとは思えないような、
重い足取りで。

二時間待ち続けた、そのツリーのそばから、そっと離れることにした。



452 名前:古風な純愛?!メリークリスマス!! 投稿日:2005/12/18(日) 12:42


「…さむぅ!…」


駅ビルから外に出ると、凍りつくような寒さが、うちの体を覆った。


なんか今年のクリスマスは寒いなぁ…いや、心の中だけじゃなくて、気温もね。
うぅ…ったく、どこが温暖化だよ。めちゃめちゃさみーじゃん。

あぁー…早く帰ろっと。


コートのポケットに手をつっこんで、足早に歩き出しそうとした、そのとき。
…なんだかキラキラと点滅する光に気がついて、パっとそちらに振り返ると。


…あぁ、なんだ、ツリーか。
へぇ、外にもツリーって飾ってあったんだぁ…ふぅんそっかぁ……って、え?


…ツリー…?

ま、まさか!!


うちは慌てて、猛ダッシュで、その輝くツリーの元へと走り出す。


「…し、柴田さん!!」
「え?…あ…吉澤…さん。」



453 名前:古風な純愛?!メリークリスマス!! 投稿日:2005/12/18(日) 12:43


そこには、何かを抱きしめるように抱えながら。
鼻をトナカイ並みに赤くして、寒そうに、小さくなって立っている。
…柴田さんがいた。


「ど、どうし…え?ツ、ツリーって…まさか、この?この外のツリーのことだったの?」
「…?うん、そうだけど…」


…なんてこった。

だ、だからあのとき、ほかに言うことはないの?って聞いたじゃんか!!
ちゃんとどこのツリーなのか言っててくれよ、あと連絡する方法も教えててくれって…

…そうしていたら。


「…うち。ずっと…中のツリーの下で待ってたんだ。駅ビルの、中の…」
「え?あ、…中にもあったの?ツリー…」


…すれ違わずに、すんでいたのに…


こんな寒いところで…君を。
二時間も、待たせずにすんだのに…。



454 名前:古風な純愛?!メリークリスマス!! 投稿日:2005/12/18(日) 12:44


「…ごめん。」
「ううん、そんな。吉澤さんが悪いんじゃないよ。私がちゃんと、伝えなかったから。
…ごめんね。」


うちはなんか申し訳なくて、それにちょっと気まずくて。
ぶっきらぼうに、話すことしかできないのに。

君はなんだかすごく幸せそうに、うれしそうに笑って。
「会えてよかったぁ…」なんてつぶやきながら。


大切そうに抱えていた何かを、そっとうちに手渡した。


「…え?…なに?」
「…クリスマスプレゼント、なの。一応…」


うわっ!照れくさい!
あーもうだからさ、うち。こういうの…苦手なんだって。


やばい、超恥ずかしいんだけど…



455 名前:古風な純愛?!メリークリスマス!! 投稿日:2005/12/18(日) 12:45


そんなクリスマスプレゼントを、「ありがとう」なんて優しく笑って、受け取るなんて。
まじドラマじゃないんだから、漫画じゃないんだから。
恥ずかしくてできねー!うちにはできねー!って…思ったんだけど。
思ってたんだけど。


…でも。
差し出されたその手が、わずかに震えていることに、気がついてしまって。


それはきっと寒さのせいだけじゃなくて。
緊張とか不安とか、…恥ずかしさとか。


そういうのに必死で耐えながら、かすかな勇気を振り絞って、がんばってるんだって。
君が、がんばってるんだって。

…わかったから。


「…ありがと。」
「うん…」


だからうちもほんっとに、本気で恥ずかしかったけど。
でも、がんばって受け取ったんだ。




456 名前:古風な純愛?!メリークリスマス!! 投稿日:2005/12/18(日) 12:46


「…中…空けてみてもいい?」
「…うん。」


照れくさい気持ちをなんとか抑えながら、かわいくラッピングされたその袋を開けて、
中身を見ると。

真っ白な、まるでわたあめみたいにフワフワした。
マフラーが…入っていた。


おぉ、マフラーか。
さすが、ベタだな。
でもまぁなかなか温かそうで…ん?

あれ?


ま、まさか…



457 名前:古風な純愛?!メリークリスマス!! 投稿日:2005/12/18(日) 12:46


広げてみると、そのマフラーにはところどころ小さい穴が開いていて。
使う分には、問題なさそうだし、虫食いでもないみたいなんだけど…


これって、その…まさか。もしかして。

「…手編み?」
「…は、初めてで…うまく、できなくて……ごめんなさい…」


……だぁぁぁぁぁ〜〜〜〜!!!!
あぁ、もう、なんか、この場から走って逃げ出したい!!

い、いや、うれしいよ?うれしいんだけど…


なんなんだこのむずがゆい気持ち…あぁかゆい、なんか胸の中が、奥が、かゆい。

うぅ…恥ずかしいよぉ…どうしよう〜…


「…でも。いらなかった…かな。」
「ぅぅ〜…え?」



458 名前:古風な純愛?!メリークリスマス!! 投稿日:2005/12/18(日) 12:48


あまりの照れくささに、うちが身もだえしていると、下を向いた彼女から、
しゅんと沈んだ声。


え?いや、そりゃー今どき手編みのマフラーなんて恥ずかしくて恥ずかしくてしょうがないけど。

…でも、いらないなんて、うち一言も…あ。

もしかして…これ?
うちがもう別のマフラー…つけてるから?


…しまった。
いやでもさ、まさか今日誰かからマフラーもらうなんて思わないし。

しかもこの寒さだよ?やっぱその、防寒としてね?うちはマフラーをしてきたわけでして…


…まいったな。


寒さに縮んでいた彼女の体は、またさらに小さくなって。
もう、目に見えてしまう、その落ち込みよう。


…初めてって…言ってたっけ。編むの…
お世辞にも出来はあんまりよくないし…時間、かかったんだろうな。
…好きな人の笑顔とか思い浮かべて、一生懸命編んじゃったのかな。
この場合、うちの笑顔か。


…純粋だなぁ…乙女だなぁ…

…かわいいな…


あぁ、もう、なんだよ、全く。



459 名前:古風な純愛?!メリークリスマス!! 投稿日:2005/12/18(日) 12:49


「…はい。」
「…え?」


自分がつけていたマフラーをはずして。
…うちは、それを彼女に差し出した。


「…え?…え?」
「…いや。寒いでしょ?柴田さん。マフラーなくて。」
「え、でも。…吉澤さんは…?」
「…うちは。こっち使うから。」


…恥ずかしいけど。

でも、そんなこと言ってる場合じゃない。


「…柴田さんが。編んでくれたの、使うから…だから、それはもういらない。
…あげるよ。柴田さんに。」
「…吉澤さん…」


かっこなんか、つけてる場合じゃないんだ。

それよりもっと、大切なものがある。…彼女の気持ちとか。…防寒とか。



460 名前:古風な純愛?!メリークリスマス!! 投稿日:2005/12/18(日) 12:49


「…ほら。」
「…でも。」
「いいって、…あぁ、もう。貸して。」


突然のことに、遠慮して、うちのマフラーを受け取ろうとしない彼女。
じれったくなって、うちはそれをもう一度取り返して。

すっかり冷たくなった、彼女の首に。
少し乱暴に、無理やり、グルグルと。
…巻きつけた。


「…手編みじゃないけど。…いい?」
「…うん…」
「…しかも。安物だけど。」
「…あったかい…」



461 名前:古風な純愛?!メリークリスマス!! 投稿日:2005/12/18(日) 12:50


うつむいたまま、そのマフラーをぎゅっとつかむ、彼女の頬は。
うちを屋上に呼び出した、あの日のように真っ赤で。

それを見るとこっちまで照れくさかったけど、でもなんか妙な満足感もあって。


ちょっとホっとしたら、改めて今この場所のものすごい寒さを感じて。
うちは、慌てて彼女に言った。


「ごめん、ていうか、寒いよね。…ずっと、待っててくれたんだもんね。
どっか中、入ろうよ。なんかおごるよ、温かい飲み物でも。」
「え?あ、ううん…その…」
「いいから。遠慮しなくていいって。いつまでもこんなとこいたら風邪ひくよね。
気づかなくてごめん。ほら、行こう。」
「ちが…ちがう…ま…待って!!」


建物の方へと歩き出そうとしたうちの手を。
彼女は突然、強く引っ張って。


驚いて振り返ると。
…また、真っ赤な、かわいい顔。

溶け出しそうなくらいに…潤んだ瞳。


手とともに、胸まで掴まれたような感覚に陥りながら。
うちは、引っ張られるまま、静かに彼女に向き合った。



462 名前:古風な純愛?!メリークリスマス!! 投稿日:2005/12/18(日) 12:51


「…なに?」
「う…噂。…知ってる?」
「…噂?なんの?」
「この、…ツリーの…」


うちが顔を覗き込むと、恥ずかしそうに、視線を落としながら。
小さな声で、ポツポツと話し出す彼女。


噂…あぁ…なんか聞いたことあるような…ていうか、よくあるもんね、噂とか。
いろいろさ。

うちはさ、いちいちそういうの。
興味ないし、気にしないほうなんだけど。


「んー…どんな噂…なの?それ。」
「…あのね…」


内心、別にどうでもいいなーなんて思いながら。
軽い気持ちで、そう聞いたんだけど。


…次の彼女のセリフに。
うちの心は、体は。
さっきまでの寒さなんて、途端に忘れてしまった。



463 名前:古風な純愛?!メリークリスマス!! 投稿日:2005/12/18(日) 12:52


「…この、ツリーの下で…ね?…好きな人に…告白すると。その恋が…実るの…」


…え?

…それって…


その言葉に息をのみ、彼女を見つめると。


うつむいていた、真っ赤な顔は。
覚悟を決めたように、真剣に、うちへと向けられて。

…涙で溢れそうなくらい、潤んだ瞳は。
このクリスマスツリーの光を、キラキラと反射させながら。
真っ直ぐに、うちを見ていた。


「…好きだったの…ずっと…吉澤さんのこと……にゅ、入学したときから、ずっと…」
「………」



464 名前:古風な純愛?!メリークリスマス!! 投稿日:2005/12/18(日) 12:53


…もしかして。
君は、初めからここで告白…するつもりだったの…?


誰が作ったかわからない、きっと嘘っぱちな、そんな噂を信じて。
…ここなら。
恋が…実る、から?


あ、だから。
あの日。
屋上にうちを呼び出したとき。
なにも…言わなかったのか…


…そっか…


不思議だと思っていた、君の行動に隠された、理由を知って。
…純粋でかわいい、理由を知って。

なんか、やばい、さっきまでかゆかった胸の中が、奥が。
だんだん…熱くなってきた。


そんな気持ちが、この心の熱が。
バレてしまうんじゃないかって、君に、伝わっちゃうんじゃないかって、不安で。



465 名前:古風な純愛?!メリークリスマス!! 投稿日:2005/12/18(日) 12:54


何も言えない、黙ったままのうちに。

君は必死に声を振り絞って。
一生懸命、告白を続ける。


「私…そういう、恋愛とか…よく、わからなくて…初めは、好きって、ど、どういうこと
…なんだろうとか…吉澤さんのこと、好きだけど…別に、それを伝える必要はないかなって…
心の…中で。想ってるだけでも。満足だなぁって、ずっとずっと。そう、思ってたの…
…でも。」


ひとつ、ひとつ。
君から、言葉を聞くたびに。
高鳴っていく、鼓動の音がする。


「…もう、今はなんか。…それだけじゃ…我慢できなくなって…吉澤さん、見かけるたびに…
苦しくて…それで…わかったの。私…吉澤さんと…」


あぁ…どうして…どうしてこんなに…


「…一緒にいたい……一緒にいたいの……」


…ドキドキするんだ…



466 名前:古風な純愛?!メリークリスマス!! 投稿日:2005/12/18(日) 12:54


これまで、生きてきて。
告白されたこともある、別にうちにとっては、これは人生初めての告白ってわけじゃない。

…けれど。

君の告白は…
他の人とは…それまでのものとは。
…違う気がするんだ…だって、こんな。


こんな純粋な想い…こんな、純粋な、『好き。』
うちは、聞いたことがない。経験したことが…ない。


…想ったことあったかな…こんなふうに。
ただ、一緒にいたいなんて。誰かと、一緒にいたいなんて。


そんなふうに、想ってもらえたことが、うれしくて。
君の気持ちが…うれしくて。


がらにもなく、うちは、なんだかすごく。
…感動していたんだ…胸が、いっぱいになった。



467 名前:古風な純愛?!メリークリスマス!! 投稿日:2005/12/18(日) 12:55


時代は今日も明日も、日々進化していって。
移り変わっていく、街も、人も。


…だけど。
心は。
人を想う、人の、純粋な気持ちは。
…きっと、いつの時代も変わらないんだって。


恥ずかしがらずに、今なら言える。信じられる。
…君が、うちに。
教えてくれたから。


「…つきあおう……うちと。…つきあって…」
「…え?…いいの…?」
「うん…つきあいたい…柴田さんと…」
「…う、うん……私も……」



468 名前:古風な純愛?!メリークリスマス!! 投稿日:2005/12/18(日) 12:56


冷え切った彼女の体を抱きしめたら。
…やっぱり、少し恥ずかしかったけど。


でも、それは前までの恥ずかしさとは違う、人に見られるのが恥ずかしいとか、
ベタで恥ずかしいとか、そういうことじゃなくて。

…胸の鼓動が。
君に、伝わってしまうことが恥ずかしかった。


「…やっぱり。噂、本当だったんだ…」
「…ん?」
「この、ツリーの噂。本当に…恋が実るんだね…」
「…あぁ…」


それは…単なる偶然…だと思うけど。
でも、うれしそうに、目をキラキラ輝かせながら、君が言うから。


その純情を踏みにじることは止めておこう、っていうか、むしろ。

…利用させてもらおう…



469 名前:古風な純愛?!メリークリスマス!! 投稿日:2005/12/18(日) 12:56


「…でも。うちが聞いた噂とは、違うな、それ。」
「え?それって?」
「ん?その、恋が実るって噂。うちが聞いたのは…別の噂だったなぁ…」
「え?!他にもあるの?このツリーの噂?どんな?どんな噂?」
「んー…でもいいや、やめておく。柴田さんには…ちょっとまだ…」
「えぇ…な、なに?…気になるよぉ…教えてよぉ…」
「ふぅん…知りたい?」
「知りたい!!知りたい!!」
「じゃあ…教えてあげる。」


恋の噂が大好きな、乙女な彼女。
この後の反応を期待して、ニヤケそうになる顔をなんとか抑えながら。


…そっと…彼女の耳元でささやいた…



「…この、ツリーの下で。…キスをしたカップルは…来年も、一緒にいられるって。」



470 名前:古風な純愛?!メリークリスマス!! 投稿日:2005/12/18(日) 12:57


…人間って。
耳まで…赤くなるんだなぁ…

マフラーで隠れているから見えないけど。
きっと、首まで真っ赤だろう。


かー、これこれ。
この、純粋な反応がたまんないんだよねー。

予想を裏切らない彼女のリアクションに、うちはとっても満足して。


真っ赤な顔で固まっている彼女に呼びかける。


「…でもま、噂なんて気にしないで。…つーかいいかげん。中入ろうよ。
あぁさむぅ…え?」


そう軽く言って、駅の方へと歩き出そうとすると。
また彼女が、うちの腕を掴んできて。


「…柴田さん…?」
「………」


振り返ると、やっぱり恥ずかしそうにうつむいている彼女。
だけどその顔を、真っ赤なまま、一生懸命持ち上げて。


…言うんだ。


「……して…」



471 名前:古風な純愛?!メリークリスマス!! 投稿日:2005/12/18(日) 12:58


…おそらく、うちも。
首まで…真っ赤になってしまってただろう。


やっぱり、君は不思議な子だ。
行動が読めない、まだまだ…わからないことばっかり。


甘く柔らかい、唇を味わいながら。
そんな君に、どんどん惹かれて止まらない、この想いを。
…感じていた。



「…これで…」
「…ん?」
「これで…来年も。…一緒にいられるんだよね…?」
「…あぁ…うん…」


キスをした後。
君がそう聞くから。

噂なんてほんとは嘘だけど、ていうか、そんな噂なんてなくっても。
うちは来年も…絶対、君を離さないけど。


でも一応、このツリーの効果だよってことにしておいて。
うちがうなずくと、君は笑って「…うれしい…」って言った。


まぁ、だから…君がうれしいんなら、それでいいんだ。



472 名前:古風な純愛?!メリークリスマス!! 投稿日:2005/12/18(日) 12:59


「じゃあ…来年は。うちも、手編みのマフラー編むね。」
「ふふっ。いいよぉ…そんなことしなくても。」
「いや、編むよ。絶対。んで…またここで…キス、しよう…」
「…うん…」


…じゃあ、せっかくだから、約束のしるしってことで。
もう一度ここでキスをしてから、うちらはようやく建物の方へと歩き出した。

…手を、つないで。



本当はもっと、今どき、は。
もっと、簡単でおしゃれな付き合い方があるんだろう。
プレゼントはすでに出来上がってるブランドもののマフラーとか、
告白は、「つきあっちゃう?」くらいの軽いノリでとか。


でも、結構いいんじゃない?こういう、古めかしい、純情恋愛も。
そう、いいさ、手間がかかったって、時間がかかったって。


メールができないなら、毎日交換日記でもしようよ。
電話ができないってことは、君の声を聞きたいって思う時間が増えるってことだ、
素敵なことじゃないか。



473 名前:古風な純愛?!メリークリスマス!! 投稿日:2005/12/18(日) 12:59


まぁつまり…君となら。
どんな恋愛だって、楽しいと思う、幸せだと思う。


こういうのが、時代に流されない、周りに流されない…
…本当の…愛、ってヤツ、なんじゃない?
あれ?違う?


「…やだ…メールも…したいし、電話も…したい…」
「あ、そう?…ていうか柴田さん。ケータイ…持ってるの?」
「え?そりゃー持ってる…けど?」
「…教えとけよ!!だったら!!」
「え?!い、言ってなかった…っけ?」
「…はぁ…マジ、かんべんしてよ…」
「ご、ごめん…だって…あのとき、ほんとに緊張してて…何しゃべってるのか、
自分でもよくわからなくて…吉澤さんが、目の前にいるんだって、思ったら…私…」
「…許す。かわいいから許す。全部許す。」



あぁーもう!!!

なんじゃこりゃ、最高、もう参ったな。


…純愛バンザイ!!!メリークリスマス!!





474 名前:ツースリー 投稿日:2005/12/18(日) 13:05
以上、クリスマスの短編でした。

>>437 名無飼育さん さま
ケンカするほど…仲が悪い、でしたっけw?
いつもありがとうございます〜またぜひよろしくお願いします♪

>>439 名無飼育さん さま
レスありがとうございます!ツボに入れてうれしいですw

>>440 ツースリー教信者 さま
ノリツッコミありがとうございますwスルーされなくてよかった…w
本編の続きもがんばりますのでよろしくお願いします!

>>441 名無飼育さん さま
あややキター いつもありがとうございます♪
短編はこんな感じで…気に入っていただけたらうれしいです。
また本編のほうもぜひぜひよろしくお願いします!
475 名前:吉柴好き 投稿日:2005/12/18(日) 18:33
初めまして。いつも読んでます!ツースリーさんの書く小説が本当に大好きです!尊敬してます!
もう本当にツースリーさんの吉柴は胸がキュンてなります。何か純粋で優しい気持ちにもなれて。とにかく全ての物語が大好きです!
476 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/12/18(日) 21:35
441でした!!
クリスマスネタキタ――――(゚∀゚)―――――!!!
作者さんの書くものは、全部新鮮なんで、今回もまたワクワクでしたw
また純な川σ_σ||と(O^〜^)が見れて最高です〜(・∀・*)
…_| ̄|○また淋しい日になりそうだな、俺>24・25日
本編の方も楽しみにまってますね♪
477 名前:ツースリー教信者 投稿日:2005/12/19(月) 18:22
か、かわいい・・・ツースリーさんは何でこうも私のツボをついてくれるんでしょう?
こんな告白されたらどんなに嫌いでもOKしてしまいそう。
ってまあ、多分それはないですけど。w
本編も楽しみにしています☆
ていうかツースリーさんの書くものなら本編でも短編でも何でもいいんで待ってます!!
すでに中毒症状出そうなんでw
478 名前:TETRA 投稿日:2005/12/19(月) 21:13
>>474
まぁ、それが正しいですけどねw(ぇ

ホンマにすごいっす!
何で同一人物やのにこんな色んなパターンが書けるんでしょうか?

本編とは打って変わって
すごい純粋でウブな2人でw
凄く可愛くて良かったです!

あぁ…自分の感想のボキャの無さが嫌

とにかく自分が言いたかったんは



皆さんに負けないくらい大好き!!!(謎
479 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2006/01/12(木) 17:31


「えーっと…里芋を傷つけないように、くわを下ろして…えいっ!一気に引き上げる!!
…やったぁ〜!!あゆみちゃん、見て見て〜一人でできたよぉ〜♪」
「…はいはい、えらいえらい。」
「むぁ〜上手だにぇ〜王子様〜」


…上手にもなるはずである。
あの日、あゆみちゃんに一目ぼれしてしまってから。
王子はこうしてほぼ毎日のようにあゆみちゃんのお家へ来ては、
畑仕事のお手伝いをしているのだから。


初めのうちは、温室育ちで土なんて触ったこともなかった、このボンボン王子様。
ちっとも役に立たなくて、どちらかといえば邪魔をしに来ているのではないかと、
あゆみちゃんは密かに疑ったぐらいだったが。


…今ではすっかり農作業を覚え、テキパキ仕事をこなすこの王子の姿に。
あゆみちゃんも村っちも、安心して畑を任せているのであった。


480 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2006/01/12(木) 17:31


…って。
…農作業の得意な王子様って…どうなの…


頭にタオルを巻き、ズボンを膝まで捲り上げ、一心不乱にくわを振り下ろす王子。


…ダメだ…なんか知り合ってから段々、時間が経つにつれて…王子様らしくなくなってる。
この人。

…これじゃただの農家のおっちゃんじゃない…はぁ。


初めて出会ったときの、サラサラになびく金色の髪を。
あまりの美しさに、不覚にもときめいた、あの胸のドキドキを。
思い出しては、頭を抱え、ため息をもらすあゆみちゃん。


そんなあゆみちゃんの気持ちなど、農作業に夢中なこのアホ王子に伝わるはずもなく。
ウキウキ弾んだ声を出す。

「ねぇねぇ!うち上手になったでしょ〜うまいでしょ!役に立ってる?活躍してる〜?」
「…はいはい、うまいうまい、してるしてる。」


481 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2006/01/12(木) 17:32


だが、返ってくるあゆみちゃんの返事は、あまり心のこもっていない、軽い言葉で。
王子には、どこか物足りないものばかり。


…おかしいなぁ…前に比べたら、いろいろ。
できるようになったし、一生懸命…やってるんだけど、なぁ…

もっとこう、「キャー王子すごぉい〜かっこいい〜♪」とか、あるいは
「王子がいてくれてよかった…あゆみ幸せ♪」みたいなコメントが聞きたいんだよなぁ…

はぁ…

あゆみちゃんとはまた違う理由で、王子もため息をもらす。



困ったなぁ…もう…どうしたら、いいんだろう…
どうしたら…好きに、なってくれるの…?



482 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2006/01/12(木) 17:34


君と出会って、もう3ヶ月以上が過ぎてしまった。
人生で、こんなにも女性から振り向いてもらえないという経験は、王子にとって、初めてで。
…こんなにも、人を好きになるということも。初めてで。


膨らむ気持ちと裏腹に、なかなか縮まらない、この距離を。
王子はずっと、もどかしく感じていたのだ。


だけど、それを解決してくれる方法も、見つけることが出来ず。


今日も日が暮れて、農作業の終わりの時間。
…あゆみちゃんとの、お別れの時間が迫ってきていた。


「…んじゃあ…うちは、そろそろ…」

帰りたくはないけれど、勝手に無理やり居座るわけにもいかず。
王子がとぼとぼと歩き出そうとしたそのとき。


「…あ、待って。…これ。」
「…え?」

それを引き止めたあゆみちゃんから、大きな袋をひとつ、渡された。


483 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2006/01/12(木) 17:34


「…え?なぁに?これ。」
「…里芋。王子がさっき、取ってくれたやつ…」
「えー…あぁ、あれかぁ…え?いいの?もらっても。」
「…うん。いつも…がんばってくれてるから…」
「あ、あゆみちゃん…」


あぁ、なんてこった。
うちのこの努力は、しっかり実を結んでいたんじゃないか。


そっかーあゆみちゃん。
ちゃんと認めてくれてたんだなぁ〜うちのがんばりを!!
ふんふん、やっぱ伝わるんだね〜愛は♪


「それじゃあ、ぜひお礼のキスのほうもですね、ひとつ…」
「さ、早く帰ってね。」
「…はい…すいません…」


浮いたり沈んだり、激しい動きを繰り返す、ガラスのハートを引きずりながら。
やっぱりとぼとぼと、王子は帰っていった。


484 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2006/01/12(木) 17:36



…やれやれ。
甘い顔すると、すぐ調子にのるんだから。

まぁでも…いい人、なんだけど…


王子と知り合って、もう3ヶ月以上が過ぎた。
初めのうちの、女ったらしという印象は、まだまだ拭い切れはしないが。


…でも、優しくて…一生懸命で。
いい人、だっていうのはわかってる、もう充分に。

この国で一番偉い王子様なのに、いつもこんな小さな畑の、私たちの、お手伝いをしてくれて。
感謝もしてる、中々行動や言葉には表せないけれど。


…でも。

王子の…その、気持ちに。
結婚してくれだとか、…キス。しようだとか…。
そんな気持ちに…答えるなんてこと、まだまだ、出来そうになくって。


485 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2006/01/12(木) 17:39


好きか嫌いかと聞かれたなら。
…百歩譲って、好きだと答えるだろう、だって嫌いじゃないから。
…だけど。


こういうの…恋って、言うのかな…?


何度か、胸が高鳴ったことはある、初めて会ったときとか、一度…キスをした、あのとき。
破裂しそうだった、ドキドキして、胸が痛くなって。

でも、最近はもう、なんだか。
一緒にいても、ドキドキするというよりは、安心しちゃって。


落ち着くし、楽だし、これはこれで素敵なことなんだろうけど…
でも、なにか。
なにかが、決定的に足りないような気がして。


486 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2006/01/12(木) 17:40


…なんか、慣れすぎちゃったのかな…
それとも、これも恋のうちのひとつなんだろうか…


…よく、わかんない。


きっとこれ以上、考えてみても仕方がない、そう簡単に答えなんて出ないだろう。
そう思ったあゆみちゃんは、ひとまず考えるのをやめることにした。


…ま、いいか。そんなに慌てなくても。
…ゆっくり、考えよう。


「さ、村っち。もう寒くなってきたからお家の中に入ろうよ。」
「うぅ…うぅぅ…」
「…村っち?」


487 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2006/01/12(木) 17:41


そして、側にいた村っちにそう声をかけると、なにやら様子がおかしい。
いや、いつもちょっとおかしい人なんだけど。
でも、このおかしさは、そういうのではなくて。


お腹を押さえたまま小さなうなり声を上げていた村っち。
あゆみちゃんが、それを心配して、そっとその背中に手を置いたとき。
―――バタンっ!と、大きな音をたてて。その小さい体が崩れ落ちた。―――


「…村っち?!!ど、どうしたの?!!大丈夫?!!」
「うぅ…うぅぅ〜〜〜…」
「…ど、どうしよう…村っち、しっかりして、村っち!!!」



◇     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇



488 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2006/01/12(木) 17:43


「…あ。そうだ。里芋って…どうやって食えばいいんだっけ?ジャガ芋とは違うんだったかな?」


王子はふと道の途中で立ち止まり、あゆみちゃんから渡された袋を覗き込む。


う〜ん…うち、自分で料理したことなんかないからなぁ…
いつも専属の料理人さんたちが、フルコース作ってくれるし、王子様だから。

…弱ったなぁ…でもせっかくあゆみちゃんがくれた里芋、食べないわけにはいかないし…


「…そうだ!!あゆみちゃんに作り方聞いてこよう♪」

そうだそうだ、そうしよう、そしたら今日もう一度あゆみちゃんに会えるじゃないか〜♪
うれしいなぁ〜ラッキーだなぁ〜


そして、王子は道を引き返し、もう一度、あゆみちゃんのお家へと向かった。


「…あ、いたいた、あゆみちゃ〜ん。あのね、里芋って…あゆみちゃん?」


489 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2006/01/12(木) 17:50


そして王子がうきうきとまたあゆみちゃんのお家へと戻ってきたとき。
あゆみちゃんの姿はまだ畑にあったが、なにやらその様子がおかしい。


ひざまずき、何かを守るように抱きかかえ、大きな声を上げている。
見ると、そのあゆみちゃんの側でうずくまっているのは…

…村っち?!!


「ど、どうしたの?!!大丈夫か村っち!!」
「え…お、王子?」


慌てて、王子もその側に駆け寄る。
村っちの背中をさすりながら、その顔を覗き込むと。

お腹を押さえたまま、青白い顔で冷や汗をかいている。


「お腹?お腹が痛いの?村っち、どのへんが痛い?」
「うぅ…こ、こっちぃ…」
「こっち側か…このへんが痛い?…あゆみちゃん、このあたりに病院は?」
「ど、どうしよう…村っちが…村っちが…」


王子がそう尋ねても、あゆみちゃんはひどく動揺した様子で。
気が動転しているのか、まともな返事を返してくれない。


490 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2006/01/12(木) 17:51


「あゆみちゃん…ねぇ、あゆみちゃんってば…」
「ど、どうしよう…村っち…村っちぃ…やだぁ…」
「………落ち着け!!!!」
「…!!!」



―――王子は動揺するあゆみちゃんの肩をつかみ。…強い口調で、そう叱った。―――



そして、叱られ、はっと我に返った様子のあゆみちゃんに、王子はもう一度尋ねる。


「しっかりしろって、近くに病院は?お医者さんはいないの?」
「え……あ、な、ない。いない。ずっと、なにかあったときはふもとの街の病院に…」
「…そっか。じゃ、急がなきゃ。もうすぐ暗くなる。うちが村っちおぶってふもとの病院
まで走るから。あゆみちゃんもはぐれないように付いてきて。」
「…は、はい…」
「よし、いこう。」


そして王子は苦しそうにうずくまる村っちの体を抱き上げ。
背負い、あゆみちゃんとともにふもとの病院へと向かった。



491 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2006/01/12(木) 17:52



◇     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇



「…種?…うめぼしの…?」
「えぇ。それも何個も胃の中に入っていまして。間違って飲み込んじゃったんでしょうかね。
今から処置をしますけど、たいした作業じゃありませんから、心配いりませんよ。
ご家族の方は外でお待ちください」
「…王子さま、ごめんにぇ…」
「…ううん。じゃ、あゆみちゃんと外で待ってるね。」


バタンっと、診察室の扉を閉めると。
待っていたあゆみちゃんが、心配そうに王子のもとへと駆け寄る。


492 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2006/01/12(木) 17:53


「む、村っちは?!!お医者さん、なんて…?」
「…あー…なんかね、その、うめぼし…うめぼしの、種が…胃に詰まってたらしくて…
もうね、すぐ治るって。入院もしなくていいってさ。」
「…種?」
「そう、種…」
「…なんだ…」


ほっと、安心したように。
あゆみちゃんは、ペタンとその場に座り込んだ。

そして…静かに揺れだす、その頭を。
そっと、王子がやさしく撫でる。


「…よかったね。なんでもなくて。…ほんとによかった…」
「…うぅ…うわぁぁん…」


子供のように泣きじゃくるあゆみちゃんの頭を。
王子はずっと、ずっと。
その側で、何度も何度も撫で続けた。



493 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2006/01/12(木) 17:53


その優しい手のひらの温かさに触れながら。
あゆみちゃんは、さっきの出来事を思い返していた。


たった一人の家族、村っちを失うかもしれないという恐怖が体中駆け巡った、あのとき。
とてもまともな判断なんかできなかった、動揺してしまって。


けど…王子が。
王子が…来てくれたから。

私を…叱ってくれたから。


そしていつもより何倍もたのもしく感じた、王子の背中を見たそのとき。
…胸が、また。

いつかのように、久しぶりに。
痛いくらいにドキドキと、高鳴るのがわかった、でもそれは。


…今までの…ドキドキとは…痛みとは、まるで違くって。



494 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2006/01/12(木) 17:54


それを確かめるように、泣いていたあゆみちゃんがそっと顔を上げ、
自分の頭を撫でてくれる、その手の先を見つめると。
優しく、穏やかに笑う、王子の姿。


…ほら、やっぱり。


ほんのついさっきまでは、その笑顔に安心感を、ただそれだけを、感じていたのに。
…今はもう、こんなに切ない。

王子の優しさが、笑顔が、うれしくって切なくって。
…愛おしくて。


締め付けられるような、痛みを胸に感じながら。
あゆみちゃんは、自分の中にある気持ちに、今ようやく気づき始めていた。



◇     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇



495 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2006/01/12(木) 17:55


「いや〜ホント!よかったね〜村っち無事で!!」
「…うん…」
「しっかし梅干しの種まで食べちゃうなんて!村っちったら食いしん坊さんだね〜あははっ!」
「…うん…」
「いや〜ホント、しかし…あははっ!はっは〜…」


…ま、まずい…
どうしたんだ、この空気…なんかおかしいぞ…


病院で村っちを治療してもらい、三人でまたあゆみちゃんのお家に、無事に戻ってきて。
村っちをお布団に寝かせ、二人っきりになった途端、なぜかビミョーな空気になっちゃって。
王子は必死であゆみちゃんに話を振るのだが、
…あゆみちゃんは、うん、うん、というだけで、ちっとも乗ってきてくれない。


それどころか下を向いたまま、目も合わせてくれなくて…



496 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2006/01/12(木) 17:56


ほ、本当にどうしたんだろう…あゆみちゃん…
まさか、あゆみちゃんまで具合悪くなっちゃったとか?
いやでも、さっきまでなんともなさそうだったし…

…なんか、怒ってる?
で、でもうち今日は怒られるようなこと、なにも……あぁぁぁぁぁぁぁ〜〜〜!!!!


し、しまった…そうだ…
そういえば…さっきうち…


……〜〜〜『…落ち着け!!』〜〜〜


ど、怒鳴った…怒鳴っちゃったんだ!!あゆみちゃんに!!!

キャー最低ー!!!
う、うちは、…なんてことを…
女の子に怒鳴るなんて…


王子として…いや、人として。
ほんっと、最悪だ…最低だ…


あゆみちゃんがうつむいている理由を、自分に腹を立てているからだと勘違いした王子は。
その場に勢いよくしゃがみこみ、深々と頭を下げ、床につけた。
…いわゆる…土下座である。


497 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2006/01/12(木) 17:57


「ごごご…ごめんなさい!!!う、うち、つい…申し訳ありませんでしたぁぁぁぁぁ!!!!」
「…え、え?」


いきなり目の前で土下座をされ、あまりのことに驚くあゆみちゃんをよそに。
王子は必死で誠心誠意の謝罪を続ける。

「あの、あのときは本当に緊急事態だったし…あんなこと言うつもりじゃ……いや。
そんなの…言い訳だよね。ごめんね…うち、最低だよね…そう、ほんと最低…
あぁぁぁ〜怒らないでぇぇ〜〜〜嫌わないでぇぇぇぇぇ〜〜〜お願いだぁぁぁぁ〜〜〜〜」


村っちが起きてしまうんじゃないかと思うくらいの大声で叫ぶその声に。
あゆみちゃんは耳を押さえながら、王子に尋ねる。


「や、あの、…なんの話ですか?…怒るって…?」
「…へ?だ、だってあゆみちゃん…怒ってるでしょ?うちのこと…」
「…どうして…?」
「え?ど、どうしてって…うちがその。…さっき…怒鳴っちゃったから…あゆみちゃんに…だから…」
「…あぁ…」


ようやく話の背景を少し理解したあゆみちゃんが、そっと王子の側にしゃがみこんで。
取り乱した王子の手を優しく掴み、自分と一緒に立ち上がらせる。


498 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2006/01/12(木) 17:58


その仕種に、まさかあゆみちゃんの方から手を触ってくるなんてことに。
王子は驚きながら、あゆみちゃんを見つめ、その言葉を聞いた。


「…怒ってなんて…いません。すごく…びっくり、したけど。」
「あ、あゆみちゃん…」


いや、でもうちも今。
ものすごぉくびっくりしてるんですが…
…なんて言葉は心の中に飲み込み。


なるべく冷静を装った声で、王子は返す。


「そ、そうだよね!!びっくりさせて…ごめんね?もう、しない。もうしないから、だから…」
「…でも。」


…だが、せっかく王子が装ったその冷静さも。
次のあゆみちゃんの言葉に、いとも簡単に打ち砕かれてしまう。


「…うれしかった…叱ってくれて。…うれしかった…」
「…へっ?」


499 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2006/01/12(木) 17:59


…うれしい…
…うれしい?

えぇぇぇぇぇぇ〜〜〜!!???
な、なん…なんで?!!
うち、怒鳴ったのに?怒ったのに?
それなのに…なんで?
なんでそうなるの?


今度はもうその慌てた様子を隠しきれずに。
王子は問いただすようにあゆみちゃんに聞いた。


「いや、あのね、あゆみちゃん。うちは君に『落ち着け!!』なんて、怒鳴ったんだよ?
それなのに…」
「…ううん。うれしかった…すごく、ほっとして…思ったの…」


…あぁ、まったく人生って不思議なもんだ。
あれだけ聞きたくて仕方なかった言葉を。
あれほど努力しても聞けなかった言葉を。

…どうして、こんな、簡単な事で。


「…王子が。…来てくれてよかったって…いてくれてよかったって……ありがとう。」



500 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2006/01/12(木) 18:00


…おかしいなぁ…あれだけ、一生懸命畑のお手伝いしても。
あゆみちゃんそんなこと、一度も言ってくれなかったのに。
…なんで、怒鳴ったりして。
そう、言ってくれたんだろう…思ってくれたんだろう…


結果的には自分にとっても、よかったんだろうけど。
でもなんだか納得がいかないような、腑に落ちないような、喉に魚の骨がつまったような、
それこそお腹に梅干の種がつまったような、そんな気持ちになって。

首をかしげながらあゆみちゃんを見つめると、その顔はやけに晴れ晴れとしているから。


…まぁ、いいかなんて思ってしまう。
そんな単純な王子様だ。


とにかく嫌われていない、怒られてもいない、それどころかなぜか感謝されてしまっている。
…そうなると、やはりこの王子。
…悪い癖が出てしまう…


501 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2006/01/12(木) 18:00


「…なんかよくわかんないけど。あゆみちゃんは、うちに感謝してくれてるん…だよね?」
「え?…うん。すごく…」
「そっか、そっか。じゃあ。」


まぁどうせ断られるってわかってるんだけど、もしかしたらそれこそ怒られちゃうかもしれないんだけど。
言わずにはいられないっていうか、これもある意味お調子者の王子の役目だってことで。


わざと軽い調子で、王子は言った。



「…お礼に。キス、させて?」
「………!!!!!!」



502 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2006/01/12(木) 18:02


ふふん、赤くなってる、赤くなってる。
まったく毎度のことなのに、いちいち反応してくれて。
あゆみちゃんも律儀だなぁ〜


いつもとまるで変わらない、そのピュアなリアクションにすっかり満足して。
だけどいつまでもからかっていると、ビンタなんか飛んでくるかもしれないから、このへんにっと。

ちょうどいいところでいたずらを切り上げるために、王子は笑ってあゆみちゃんに言った。


「…なぁんてね〜ダメに決まってるっつーの!!あははっ!ごめんねからかって。ついつい。
って…あゆみちゃん?」
「…………」


…あれ?…おかしいな…


いつもなら、ここで。
『この変態王子!!』とか『早く帰れ!!』とか。
お決まりのセリフが飛んでくるはずなんだけど…
…無言?


503 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2006/01/12(木) 18:03


予想外の展開に、動揺しながらも。
王子は、うつむいたままのあゆみちゃんの真っ赤な顔を覗き込む。

「…あゆみちゃん…?おーい…」
「…………」
「あゆみちゃーん…あゆみちゃんってば。」
「…………」


…うん?
なんだ、これは…?


あゆみちゃんが黙ったままでいる意図を、王子は理解できなくて。

しつこいくらいに何度も、あゆみちゃんの名前を呼び続けた。

その、何度目かの『あゆみちゃん』に。
ようやく、あゆみちゃんは答えるように顔を上げて。



――――…その真っ直ぐな瞳に、今までにない、温度を感じた王子は。
やっと、彼女の気持ちを理解した。


「…して、いいの…?」
「…………」


やっぱり、無言なままだったけど。
潤んだその瞳が、はっきりイエスと答えてくれているのが、わかって。


王子はそっと、赤い頬を手のひらでくるんで。
…優しく口付けた。



504 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2006/01/12(木) 18:04



…どうして今日は、あゆみちゃんがキスを許してくれたのか。
あんな…熱い瞳で、自分を見つめてきたのか。

やっぱりどこか不思議で、わからなかったけど。


もう、そんなことどうだってよかった、だって。
あまりにもこのキスが…気持ちよかったから。


「…ちゅっ…ちゅっ…」
「……んっ!……ん…」


夢中になって口付けながら、そっと手を彼女の手へと滑らせると。

その手はなにかに耐えるかのように、力任せに強く、グッ!と握られていて。
…王子は優しく、丁寧に、一本ずつ。
その指を開き、口付けながら言った。


「…手は…こうして…?」
「…んぅ?…ん…」


戸惑う腕を、そっと自分の首に巻き付けさせて。
やっぱり落ち着かない様子の彼女に、ひとつひとつ、甘いキスの手順を教えていく。


「…くっつけるだけじゃなくて…ほんの少し吸ったり、ついばむみたいにすると…
気持ちいいよ?…」
「…うぅ…う〜…」


505 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2006/01/12(木) 18:04


恥ずかしそうに、嫌がるようにしながら。
だけどけして王子から唇を離さないように、耐えるあゆみちゃんの顔はみるみる赤くなって。

その姿を心配するように王子が、言う。


「…苦しくなったら…少し、口開けて…息吸って…」
「……んん…」


キスの仕方をまるで知らないあゆみちゃんは、あまりにも従順に、王子の言葉に従ってしまって。

薄く唇を開き、言うとおりに酸素を取り入れようとしたところで…
王子の本当の意図に気が付いた。


「…むぅ?!…んんっ!!…ん〜〜〜〜〜!!」


しまった、やられた、そう思ってももう遅くて。
…自分の口の中で、優しく、激しく、動き回る、自分以外のそのなにかに。


…あゆみちゃんはすっかり捕らえられてしまっていた。



506 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2006/01/12(木) 18:05



「…はっ!…はぁ……はぁ…」
「…大丈夫?」


自分でしておいて、心配するフリなんて、ずるい。

卑怯な王子を不機嫌に、むすっと睨み上げようかと思ったけれど。

その顔を見たら…愛おしさのほうが、先にこみ上げてきてしまって。

仕方なく、睨むのを止めて、王子の腕の中に素直に納まることにした。


…不思議。
キス、前にもしたのに…前も、すっごくドキドキしたのに…
でも、なんか、どこかが違う。
…今日は…


だけど、それがもうどうしてなのかということを。
…王子のことを、好きになってしまったからだと、いうことを。
あゆみちゃんは、実はもうすっかり気づいてしまっていて。
王子にバレないように、小さく笑った。



507 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2006/01/12(木) 18:06



…あぁ…夢みたいだ…こんな風に、あゆみちゃんと。
…キス、できる日がくるなんて…


前にも、一度。
そりゃー、したことはあったけれど、でもあれは。

…やっぱり、すごく一方的だったから、盗んでしまったようなものだったから。

今日とは違う、全然違う。


あぁ〜うれしいなぁ〜〜♪

…でも、一体、どうして?


あゆみちゃんが自分に心を許してくれたことは、なんとなく伝わったけれど。
でも、それがどうしてなのかは、やっぱりこの鈍感王子にはわからなくて。


まるで見当違いな答えを。
腕の中で、目を閉じているあゆみちゃんに伝える。


508 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2006/01/12(木) 18:07


「…って、ことは。怒鳴ったら…また、キスさせてくれるってこと?」
「…バカ…」


あれ?違うの?
だって、怒鳴ったからあゆみちゃんは感謝してくれたんでしょ?
で、そのお礼のキスなんでしょ?
あれー?

…よく、わかんないや。
でもま、いいか。


ずっと立ち止まったままだった、あゆみちゃんとの関係に。
なんだか明るい兆しを、一歩も二歩も前進したような感触を感じて。


王子はあゆみちゃんにバレないよう、小さくガッツポーズをするのだった。



◇     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇



509 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2006/01/12(木) 18:08


「…ふぅ〜疲れたわぁ〜〜。」

…その頃、お城では。
この国の王様、つまり…ひとみ王子のお父上である、祐ちゃんが。

歩きつかれた足に、サロンパスを貼っていた。


「あれ、裕ちゃん。おかえんなさーい。どっか出かけてたの?」
「おぉ、ごっちんか。まぁちょっとな。あぁそうや、悪いけど肩もんでくれへん?
もーな、痛くて痛くて…」
「えぇ〜。全くしょうがないなぁ〜。」


そしてそこにちょうどごっちんが通りかかって。
頼まれたとおりに、優しく裕ちゃんの肩をもんであげる。


「はいはい、どう?気持ちいい?おじーちゃん。」
「あー気持ちえぇわ…って誰がおじいちゃんやねん!!まだまだ現役やっちゅーねん!!」
「んえ〜?だっておじいちゃんだから肩こってんでしょ?」
「…違うわ!ちょっとな、ここんとこ忙しかってん。隣の国と往復しっぱなしやったし。
あ〜でもこれからはもっと忙しくなるで?なんせ結婚決まったからなぁ〜」
「…結婚?へーそりゃーめでたいねぇ〜」


510 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2006/01/12(木) 18:09


めでたい、めで鯛。
あぁ、そうだ鯛の塩焼きが食べたいなぁ…なんて、ごっちんは頭に祝いの字が乗った
鯛の姿を空想しながら。

何の気なしに、裕ちゃんに尋ねる。


「で?誰の結婚が決まったの?」
「へ?あー。そんなん、決まってるやんか。あれや、あいつや。」


アレヤアイツヤ?はて、誰だろう?
そんな名前の人いたっけ?

自分の知り合いの中からアレヤアイツヤさんを探している、ごっちんに。
裕ちゃんの声が、遠くで響く。



「…うちの。アホ王子の結婚が決まったんや。」




511 名前:ツースリー 投稿日:2006/01/12(木) 18:25
以上、第4話です。
ご挨拶が遅れましたが、昨年は本当にお世話になりました。
感想レスをくださったみなさん、読んでくださったみなさん、本当にありがとうございます。
今年もがんばりたいと思いますので、どうかよろしくお願いします!

>>475 吉柴好き さま
初めまして!私のほうこそどうもありがとうございます〜・゜・(ノД`)・゜・。
優しい励ましのお言葉本当に感謝感激です!!これからもどうぞよろしくお願いします〜♪

>>476 名無飼育さん さま
遅ればせながら…メリークリスマス♪すでにハッピーニューイヤー♪
一人だって…寂しくないよぉ〜寂しくなんかないよぉ〜おぉ〜orz
…今年もどうぞよろしくお願いしますw

>>477 ツースリー教信者 さま
ツボ推しできてうれしいです♪ちなみに肩こりのツボは鎖骨の上のくぼみだそうですwお試しアレ…
更新がかなり遅くなってしまってごめんなさい・゜・(ノД`)・゜・。
今年もぜひよろしくお願いします♪

>>478 TETRA さま
ボキャありまくりじゃないですか!!w
短編気に入ってもらえてよかったです〜今年もどうかよろしくお願いします〜
…大好き!!(あやや風)
512 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/12(木) 21:51
交信お疲れ様です(≧▽≦)476ですw

すげー楽しかったっす!!!!!!!
王子が怒鳴った時、あーカッケ〜(*´∀`)と思った俺w
皆幸せになってほしいですね〜

今年も宜しくお願いします〜orz
513 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/12(木) 23:27
大量更新ご苦労様です!
今回もほんと面白かったです。
鈍感アホ王子かっこいいですねw柴ちゃんも可愛くってw

もう、ツースリーさんが書く吉柴はなんでも好きです!
むしろツースリーさん大好きですよ!w
514 名前:ツースリー教信者 投稿日:2006/01/12(木) 23:53
更新お疲れ様ですm(__)mいや〜やっぱりツースリーさんからは目が離せないです!
まさかあんなことがあってこんなことが起こって、最終的にはそんな展開とは!?
とにかくよっすぃ〜かっこいい、柴ちゃんかわいい、ツースリーさん最高ってことです!!
この後、どうなることやら・・・楽しみに待ってます☆

>513さん
私の方がツースリーさんのこと好きですよ!w
って対抗してみたりwでも好きな気持ちに嘘はない!!
これだけは自信を持って言えます!
515 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/20(金) 02:24
ハロモニでよっすぃがバレーをやってるのを見たら
修学旅行の思い出をまた読み返したくなって、一気読みしちゃいましたw
読み返すの何度目でしょう。
…ほんと、何度読んでも飽きないです。
自分も大好きっすツースリーさん!!
一つ質問して大丈夫ですか?
どうしてツースリーさんは吉柴を書こうと思ったんですかね?

516 名前:ツースリー 投稿日:2006/02/14(火) 01:50
また突然で申し訳ないんですが…バレンタインデーということで。
短編をひとつ。
517 名前:バレンタインデーキッス♪ 投稿日:2006/02/14(火) 01:53



「ふんふん〜…バレンタインデーキッス♪」
「古っ!…はい、歌ってないでこっちも並べてよ、よっすぃ〜。」
「…はぁ〜いはい、っと。」


入り口から一番近い棚の一番手前に。
バレンタインデーコーナーを作り、そこにチョコレートを並べる。

そう…だって今日はバレンタインデー♪
恋する乙女の素敵な記念日♪


…というわけで、コンビニ店員のうちらも、今日はいろいろと大忙しなのです。



―――……バレンタインデーキッス♪……―――



518 名前:バレンタインデーキッス♪ 投稿日:2006/02/14(火) 01:54


「え〜…600円になります。ちょうどお預かりします。あーたーす。」


うちから、買ったチョコレートを受け取ったOLさんは、慌ててそのシールの値札をはがし。
いそいそとオフィス街へと駆けていった。

ふむ。…あれは…数が合わなかったんだな、義理チョコ。
ご苦労様です、毎度アリ。


そう、今日はバレンタインデー…だけど。
コンビニで買われていく、そのチョコレートの行き先なんて。

大方さっきのOLさんみたいに、会社の男子全員に配る用のとか。
後は中高生の女の子たちが、女の子同士キャハキャハとグループで交換しちゃうみたいな。

まぁ、そんなところだろうなぁ。
コンビニには愛を育ませる力なんてないのさ…無念…


「もう。暇だからってボーっとしちゃダメでしょ。よっすぃ〜。」
「いてっ。何すんだよぉ柴ちゃん。…そういや確かに暇だね、今日。なんでだろ。」


バイト仲間の柴ちゃんに軽くコツンと叩かれた頭を押さえながら。
店内を見回すと誰も居ない。


…おっかしぃなぁ〜…
いつもなら、この時間帯、うちのコンビニは。

学校や会社が近くにあるせいか、その帰りの人たちで賑わい、大忙しのはず…なのに。
なんで?why?



519 名前:バレンタインデーキッス♪ 投稿日:2006/02/14(火) 01:55


「だから。バレンタインデーだからでしょ?きっとみんなデートで。コンビニに
寄り道なんかしてる暇ないんだよ。」
「…ほぉ。なるほどね。」
「まいちゃんもデートだしね。」
「あぁ、代わってくれって頼まれたんだっけ?バイト。」
「そぉだよ、もう。」


全く、と口を尖らせながら。
片づけをしている柴ちゃんは、空のダンボール箱を叩き。
怒りをぶつけるように、押しつぶす。

…おー怖い怖い。


でもさ、代わってあげたということは…

「…かわいそうに。予定なかったんだぁ、柴ちゃん。」
「…うるさいな、よっすぃ〜こそ。」


ぐぅ!!ま、まぁそうですけど…

ていうかうちの場合は、こういう女の子らしいイベントってどうも苦手で…
背中かゆくなっちゃうし。


けど…柴ちゃん、一見女の子っぽいのに。
予定なかったのかぁ…まぁたまたま好きな人がいないってこともあるだろうしね。
ていうかあんまり詮索するとまた怒られそうだし。


なぜか妙に気が立っている今日の彼女は、このまま最後までそっとしておいた方がいいだろう。


…つーわけで、仕事しますか、仕事。ね。
よぉし!働くぞぉ〜…なんちゃって♪



520 名前:バレンタインデーキッス♪ 投稿日:2006/02/14(火) 01:56



「それじゃあ、お先に失礼しまぁ〜す。」
「はい、お疲れさん。」

そして、あっという間にアルバイトの時間も過ぎ。
遅番の店長さんと入れ替わるように、コンビニを後にする。


「んじゃ、柴ちゃん。またね。」
「あ!よっすぃ〜待って!」


コートに着替え外に出て、方向の違う彼女に別れを言って歩き出そうとすると。
…なぜか慌てたように、彼女が追いかけてきた。


「…え、駅まで…一緒に歩いていい?」
「へ?いや、そりゃーいいけど…柴ちゃん家あっちでしょ?電車じゃ…ないよね?」
「あ、その…ちょ、ちょっと駅前に用事が…」
「…ふぅん。じゃ、行こっか。」
「…うん…」


不思議に俯きかげんな彼女と一緒に。
とりあえず駅までの道を歩くことになった。


「うぅ〜…さみーね〜…」
「…うん……」


二月の半ば、いやもうすぐ三月だというのに、春の足音なんて全く聞こえず。
歩くうちらに吹き付ける風は、厳しく、冷たい。


そんなわけで、うちはつい早足になってしまって。
それに君は少し戸惑いながら、でも付いてきて。



521 名前:バレンタインデーキッス♪ 投稿日:2006/02/14(火) 01:58


…ほら、もう、すぐに、駅に到着してしまった。


「…んじゃぁ…うち、電車だから。じゃあね、柴ちゃん。またバイトで。」
「ま…待って!!よっすぃ〜!!」
「へ?」

今度こそ別れのときだと思って、今日二回目のさよならを言うと。
…やっぱり二回目のちょっと待ったコール。


…なに…?どうしたんだ柴ちゃん…
なんか今日…様子がおかしいんだけど。


バイト中はなぜかずっとイライラしてて。
でも終わった途端、今度は急に静かになって。

歩いている間も、軽く相槌を打つ以外は、黙ったままだったのに。
急に大きな声でうちを呼び止めたりしてさ。

…なぁんだぁ?


「どうしたの?柴ちゃん。」
「あ、あの…そのぉ…」
「?…」
「…今日、今日…バレンタインデー…じゃん。バレンタイン…じゃん。」
「??うん。そうだねー。」
「だ、だから…いや、だからってわけじゃ、ないんだけど…」
「うん…で?」
「こ、これ…これ…」
「…へ?!!!」



522 名前:バレンタインデーキッス♪ 投稿日:2006/02/14(火) 01:59


そう言って、なんだかモジモジしてる彼女からそぉっと差し出されたのは。
小さな紙袋。
中身は…え?!ま、まさか、チョコ?!!!


「ななななな、なんで?!!!ど、どうしてうちに?!!!どういうこと!!!!?」
「どどどど、どういうことって!…ち、違うの!!いや、その、ふ、深い意味は!!
全然、全然!!ないんだけど!!でも、あの、まぁ、一応、一応っていうか…
…なんて…いうか…」


い、一応?
一応…で、なぜにうちにチョコを?!!


あまりのことに動揺して、ガタガタ震える手で、その紙袋を開くと。
…ちょっと安っぽい、包み紙。

え?あ、もしかしてこれって…


「…コンビニの?うちのコンビニのチョコレート?」
「え?ううん、ちが……う、うん。そ、そう。そうなの、その…」
「なぁんだ、びっくりした〜。…売れ残りでしょ?これ。」
「…そ、そうそう!!さ、さっきね、店長が。売れ残ったから、もらってっていいよって。
だ、だから…よっすぃ〜にも。…おすそわけしようと思って!!」
「あぁそっか〜。なんだ、おすそわけね、おすそわけ。」
「…う、うん…おすそわけ…」
「そっかぁ〜。」
「…うん…」



523 名前:バレンタインデーキッス♪ 投稿日:2006/02/14(火) 01:59


はぁ〜…いやマジ、本当にびびったよ〜。
なんだ、そうならそうと早く言ってくれればいいのに。
この寒いのに汗かいちゃったじゃん。


おすそわけおすそわけ〜♪なんて、笑いあいながら。
いや、実際よく見たら、彼女の笑顔は少し引きつっていたのかもしれないけれど。

でも、そんなことに全く気が付かないうちは。
聞こえてきた駅からのアナウンスに、慌てて時計を見た。


「あ、ごめん!柴ちゃん!!うちそろそろ電車の時間だ。これ、おすそわけありがとね♪
後で食べるよー。」
「…うん。じゃあ…気をつけて…」
「うん、それじゃ、また今度…」
「あれー?よしこ〜!あゆみん〜!!」
「…って、え?…まいちゃん?」


ホームに駆け出そうとしたうちに、うちらに、声をかけてきたのは。
もう一人のバイト仲間のまいちゃんだった。



524 名前:バレンタインデーキッス♪ 投稿日:2006/02/14(火) 02:01


「おーまいちゃん!なに、今帰り?随分遅いじゃ〜ん。デート楽しかった?」
「は?デート?よしこ何言ってんの?…あー飲みすぎた。頭痛い。」
「え?…だって…今日。デートだからバイト休んだんでしょ?ほら、バレンタインデーだし…
ねぇ、柴ちゃん。」
「………」
「…柴ちゃん?」
「あっはっは、よしこったらー。バレンタインデーだからってなんで私がデートしなきゃ
いけないのよ。ホワイトデーならまだしも。何かくれるっていうならねー
遊んでやってもいいけどさ。いやーアヤカと飲んでたらワイン一本開けちゃってさぁ。
クラクラするよ、うえっぷ。」
「…えぇ?」


そうなの?
…でも、言われてみれば確かに酒臭い…まいちゃんオヤジだな、相変わらず。


いや、でもじゃあなんでまいちゃん柴ちゃんにバイト代わってもらったの?
デートじゃないんでしょ?おかしくない?
ねぇ、柴ちゃん。


そう問いかけても君は、黙ったままうつむくだけで、なにも答えてくれなくて。

困ってしまってかしげた、うちの首に。
ほろ酔い気分のまいちゃんの腕がまわされた。


「…そんなことより。二人で一緒に帰ってきたってことはぁ…うまくいったんだね?告白。
やったじゃーん♪あゆみん。おめでとぉ〜…今度何かおごってよぉ〜?」
「…告白?」
「………」



525 名前:バレンタインデーキッス♪ 投稿日:2006/02/14(火) 02:02


いっしっしと、笑うまいちゃんをよそに。
うちは更に戸惑い、彼女は余計に、下に下にと、俯く。

え…?
は、話が見えないんだけど…


「…告白って?…誰が、誰に?」
「………」
「…やぁだぁ〜決まってるじゃなーい。あゆみんが、よしこにぃ〜♪」
「…はぁ?!!そ、そうなの?!!!」
「え?!!ま、まさか………まだだったの?!!!」


まいちゃんと二人、顔を見合わせ。
その驚きようから、やっとお互いに状況を理解した。


ど、どうしよう…
な、なんか大変なことになってきたぞ…


少し青ざめた顔のまいちゃんが、慌てて柴ちゃんに話しかける。


「ご、ごめん!!あゆみん!!ま、まい…もうてっきり…こら!!よしこ!!
…忘れなさい!!今言われたこと、全部忘れなさい!!今すぐに!!!」
「え、えぇ?!!んな、む、無理だよそんな!!聞いちゃったもん、今!」
「うるさぁい!!はぁっ!!」
「ぐふぅ!!な、なんで殴るんだよ!!」
「ほ、ほらあゆみん。叩いて忘れさせたから、もう大丈夫よ♪さぁいざ告白を!!」
「ま、また言ってんじゃん…」
「うるさぁい!!うるぁぁ!!」
「いってぇー!!!」



526 名前:バレンタインデーキッス♪ 投稿日:2006/02/14(火) 02:03


…っと、まいちゃんとやりあっている間も。
なぜか柴ちゃんは、一言も言葉を発することなく、俯いたままで。

心配になったうちとまいちゃんが、そっと声をかけると…


「…柴ちゃん?」
「あゆみん?」
「………っ!!!」


ようやく首を上げてうちらを見た、その顔は。
ほっぺたもおでこも首も、真っ赤っかで。


キッ!とまいちゃんを、そしてなぜかうちまでを。
にらみつけた後、彼女は勢いよく走り出して。
…駅から去って行ってしまった。


「あぁ!!た、大変!!よしこ、追いかけな!!」
「えぇ?!!う、うちが?!!なんで?!!」
「なんでですって!あゆみんの気持ち考えたら、ここはよしこが行くべきでしょ!!」
「や、で、でも…うちもう電車が…」
「うるさぁい!!行けぇ〜!!」
「いってぇ!!だから、なんで殴るのさ…トホホ…」


全く、どうしてこんなことになったのか。
わからないし、全然納得いかないんだけど。

…走り去った彼女を、やっぱりそのまんまにはしておけないから。


あーもう終電間に合わないなぁ…なんて、ガックシ肩を落としながら。
…半ばヤケになりつつ、うちは彼女を追いかけた。



527 名前:バレンタインデーキッス♪ 投稿日:2006/02/14(火) 02:04


「…柴ちゃん、待って、待ってって!!」
「………」


ちょうどうちらのバイト先のコンビニの近くの信号機で足を止めた、彼女に。
ようやく追いつくことができた、…ていうかまたここまで戻ってきちゃったのか…はぁ。

いつになったらうちは家に帰れるんだろう…なんて、空の星を見上げ、しみじみ思っていると。


鼻をすする音が聞こえてきて、慌てて彼女の顔を覗き込む。


「柴ちゃん?寒い?」
「…ぐすっ…ぐすん…」
「…えぇぇぇ?!!!な、泣いてんの?!!!な、なんで、どうしてまた!!!」


な、なぜ?
どうして泣いちゃったの?!!
やばい、やばい!!
全然理由が、意味がわかんねーんだけど!!!



528 名前:バレンタインデーキッス♪ 投稿日:2006/02/14(火) 02:05


おろおろと取り乱しながら。
それでもうちは、必死で彼女に問いかける。


「ど、どうしたの?なんか…悲しいことでもあったの?」
「…ぐすっ…うぅ…」
「はぁ…ま、まいったな…」


…が、やはり彼女は何にも答えてくれなくて。
あぁ…犬のおまわりさんってこんな気持ちだったんだろうなぁ…

にゃんにゃんにゃにゃーん♪泣いてばかりいる子猫ちゃん♪
犬のおまわりさん♪困ってしまってワンワンワワーンワンワンワワーン…


なぁんてこと、考えてる場合じゃない。
歌ってる場合じゃないっつーの。


そ、そうだ…とりあえず、なんか拭くもの…


とめどなく流れている彼女の涙を拭うために。
なにか…ハンカチかティッシュか。
ないかなぁーと、ポケットやかばんを探すけど。
…あいにく持ち合わせてなくて。



529 名前:バレンタインデーキッス♪ 投稿日:2006/02/14(火) 02:06


弱ったなぁ…仕方ない。
いっか…手で。

「…あぁ、はいはい。泣かないでよ、柴ちゃん。」
「うぅ……ん!!!…うぅ〜……」


そっと、指先で彼女の涙をふき取ると。
一瞬驚いたように、ビクっと体を揺らしたけど。
…そんなふうに驚いたのが、かえってよかったのか。
彼女は徐々に泣き止み始めた。


「…あぁ、よかったぁ…」
「………」

子猫ちゃんが泣き止んでくれて、犬のおまわりさんがホッとしていると。
…小さい声で、子猫ちゃんが…彼女が、つぶやいた。


「…もう。…気づいてると、思うけど…」
「え?…あぁ…さっきの?…うん…」


…まぁ、なんとなく、話はわかったような気がするけど。
いや…でもわかんないな…なんで柴ちゃんが泣いちゃったのか。

うーんうーんと腕を組み、悩み続けている、うちに。
やっぱり小さな声が、そぉっと聞こえてきた。



530 名前:バレンタインデーキッス♪ 投稿日:2006/02/14(火) 02:06


「ウソ、なの…今日、まいちゃんに、バイト代わってくれって、頼まれたなんて。
…本当は。私が、頼んだの…シフト表見て。14日、まいちゃんとよっすぃ〜、シフト
一緒だったから。…バレンタインデーの日、一緒だったから…だから…」
「え?あぁ、そうだったんだ。うん、そっか。」


…まぁそうだよな。よく考えたら。
あのオヤジキャラのあの人が、バレンタインデーなんか大切にしてるはずはない。
現にアヤカさんとあんなに酔っ払うまで飲んでたみたいだし。


って、それはおいといて。
…でもさ、なにもバイトまで。
入る必要なかったんじゃない?柴ちゃん。
その…うちのバイトの終わる時間とか、始まる時間とかに?
世に言う…待ち伏せなんかを、してくれてもいいわけだから。
なぜ?


「バ、バイトだったとしても…一日ずっと、一緒だったら…一緒にいられたら。
…きっと、告白しやすいかなって…告白するチャンス、いっぱいあるだろうって。思って…」
「あぁ、…なるほどね。」


まぁそりゃ…時間はたっぷりあったわけだから…ねぇ。



531 名前:バレンタインデーキッス♪ 投稿日:2006/02/14(火) 02:07


「…だけど。やっぱり、言えなくて…言えないのに、時間は過ぎてくし。
どうしようどうしようって悩んでたらなんかイライラしちゃって。
…よっすぃ〜にもちょっと、あたっちゃて…ごめん…」
「え?いや…いいけど…んなの…」


はぁ、そっかだから機嫌悪かったのか…
ん?それって間接的に、うちのせいってこと?
…ありゃま。


「で、でも…せっかくだから…チョコレートだけでも、渡したくて。
帰り、やっと、一緒に歩けたのに…二人になれたのに…チョコも、渡せたのに…
…あんな形で。気持ち…バレちゃうなんて。私、なんのために、わざわざバレンタインに
バイト代わってもらったんだろうって。…なんでもっと早く…自分の口から言えなかった
んだろうって、思ったら…思ったら…うぅ…」
「あーそういうこと…って、泣かないで泣かないで!!わかったからわかったから、ね?」


なるほどね…見かけによらず、結構負けず嫌いな彼女としては。

口を滑らせたまいちゃんに対する怒りとかよりも、自分に対しての情けなさ?
みたいなのがこう、つもりに積もって。
…泣いちゃったと。


まぁそりゃわかる気もするけど。
…でもさぁ…



532 名前:バレンタインデーキッス♪ 投稿日:2006/02/14(火) 02:08


「…チョコ。渡してくれたときに…その、言ってくれてたら。よかったのに。
そしたらまいちゃんに先に言われたりしなかったっしょ?柴ちゃんが言わないから…」
「…だって!!コンビニのチョコに間違われて!それも売れ残りのチョコだなんて
言われて!告白なんてできるはずないじゃない!!」
「えぇ?!!こ、コンビニのチョコじゃ…なかったの?!!」
「…手作りだよバカ!!!」
「ひぃ?!!」

ま、マジでぇ?!!

だ、だって包みがなんか…や、安っぽかったから…つい。


慌ててもう一度袋の中身を確認すると。
…確かに、うちのコンビニのチョコレートじゃない。
商品を棚に並べてたから、よく見たらその違いがわかる。


…ていうかコンビニのチョコレートだってもうちょっとまともな包装してるっていうか…
柴ちゃんってもしかして…


…ぶきっちょ?


「こ、この…リボンとかさ…もうちょっとしっかり結んだほうが…」
「うるさい!!バカ!!…一生懸命やったの!!!」
「あ、あぁ…すいません…ありがとう…」


まぁ…その、努力の後、っていうか。
彼女の変に真面目で不器用で。
なのに乙女な心は…十分、伝わってきました、けども。



533 名前:バレンタインデーキッス♪ 投稿日:2006/02/14(火) 02:09


…はぁ、そんなに口尖らすなよ。

…あのさ、うちも悪かったよ?気づいてあげられなくて。
だけど普通コンビニのチョコは義理だと思うでしょ?
いや、実際はコンビニのチョコじゃなかったんだけど。
でも…だって…あれだよ、その。


…くれるなんて。
思わなかったから、さ。
…君が。

…やったね。


予想外の…うれしい展開に。
うちはすっかりご機嫌。


そう…だって、あのコンビニで、密かに恋を育んでいたのは。
なにも、君だけじゃないんだからね。


「…じゃあ。お返しは、ホワイトデーにでも、ね♪」
「…いらない、お返しなんか。」
「えぇ?いらないの?」
「…いらない…」
「あぁ…そう…」



534 名前:バレンタインデーキッス♪ 投稿日:2006/02/14(火) 02:10


…なんだ、いらないのか。
せっかくノリノリで話しかけたのに、つれない返事。


ふーん…うち、結構料理得意だからさ。
君よりもうまく作る自信、あったんだけどな。
残念。


「…お返しは、いらない…」
「え?お返し…は、って?」


…じゃ、なにがいいの?
だって定番でしょ?ホワイトデーのお返しのキャンディーとかクッキーとか、さ。
違うの?それが欲しいんじゃないの…?

不思議に思っている、うちに。
君が、小さい声で、つぶやく。


「…お返しは、いらないから……返事が、欲しい。答えが…欲しい…」
「へ?…あぁ、そうか」
「………」



535 名前:バレンタインデーキッス♪ 投稿日:2006/02/14(火) 02:11


あの、例の、あれの…ね。
そうだよな、バレンタインデーだもん、そうだよ…
あれ、でもさ…


「でもうち、ちゃんと聞いてはない…んだけど。チョコは、もらったけどさ。
気持ちは…聞いてないけど?」
「えぇ?!!ひ、ひどい!!だってまいちゃんにもう聞いたじゃない!!」
「うん、まいちゃんからは、ね。聞いた。それでいいの?それに返事出して、いいの?」


こんなこと言われて。
負けず嫌いな彼女が、引き下がるはずない、引き下がれるはず…ない。


むすっと不機嫌な顔を、わざと作りながら。
だけど、本当は不安げに揺れている、瞳で。

…そしてやっぱり小さい声で、言った。


「…よっすぃ〜が…好き…」
「…うん、ありがと。」


あぁ…なんでまた涙ぐむかな、全く。
うるうると水分を貯めている、彼女の瞳を覗き込んで。
軽く微笑んだ後、そっと唇をよせて…



536 名前:バレンタインデーキッス♪ 投稿日:2006/02/14(火) 02:12


「ま、待って!」
「え?…なに?」

…キス、しようとしたんだけど。
思いっきり手で顔、押さえられちゃった。
…なぁんだよぉ…


「だ、だって…」
「うん?」
「気持ち…まだ、聞いてない…」
「あぁ。…うちの?」
「……うん。」


これ…さっきの仕返しかな?
…もう、気づいてるくせにさ。


「言ったら…キスしていいの?」
「…答えによっては…」


はいはい、わかりましたよ。


「好きだよ。うちも。」
「…ん…」


満足したように、恥ずかしそうに、笑う君の頬はやっぱりピンクくて。
ツンツンつっついたら、また口をタコみたいに尖らせたから。
…その唇に、キスをした。



537 名前:バレンタインデーキッス♪ 投稿日:2006/02/14(火) 02:13



「ふんふん…バレンタインデーキッス♪」
「だから…古いってば…」
「いいじゃーん、事実なんだからさ。」


繋ぎ慣れてない手を揺らして歩くと、なぜかさっきより風邪も暖かく感じるから不思議だ。


…やっぱ…いいなぁ〜バレンタイン♪
乙女なイベントは苦手だなんて言っていた、さっきまでの自分を。
ふふんと、鼻で笑ってやりたい気分。やーいやーい、なんてね。


そんな、この上なくご機嫌なうちの隣で、
彼女は気まずそうな、声を出した。


「…まいちゃんに。謝らなきゃ…」
「へ?あー…そうだね心配してるだろうしね…って!!そうだ!!!電車!!!
…あぁ…ははっ……ダメだこりゃ…」


まぁ…半分あきらめてたけどさ。
案の定終電なんかとっくの昔にハローグッバイ。

…さて…どうすっか…



538 名前:バレンタインデーキッス♪ 投稿日:2006/02/14(火) 02:14


ポリポリと頭を掻く、うちに。
聞こえてきたのは…なんとも素晴らしいセリフ。


「…来る?家…」
「え?!!い、いいの?!!!」
「私のせいで…電車、乗り遅れさせちゃったから…」


いや、そんな、柴ちゃんのせいなんかじゃ…いや、そうだな。うん、そうだ。そうそう
じゃあお言葉に甘えさせてもらって、シングルベッドで夢とおまえ抱かせてもらっちゃ
おうかな、うん。


いや、やっぱりバレンタインは最高だ、なんてしみじみ感じているうちのほっぺたを。
彼女が、軽くつまむ。


「いたぁ〜い。何すんの?」
「…ニヤニヤしすぎ、よっすぃ〜のバカ。」


へへっ、またまたぁ〜そのバカが好きなくせにぃ〜


よし、じゃあ早くお家に行ってぶきっちょな手作りチョコとかその他いろいろ
ごちそうになろう、と歩く足を速めると。

…ケータイに着信だ。



539 名前:バレンタインデーキッス♪ 投稿日:2006/02/14(火) 02:14


「はい。もしもし?」
『あ!よしこ!!ねぇ、どうだったのあゆみん?大丈夫だった?』
「あーなんだまいちゃん。うん、大丈夫〜♪よっすぃ〜が優しくカッコよく受け止めて
くれたから〜♪」
「…言ってないし、そんなこと。」
『あぁ、うまくいったんだぁ〜よかったぁ〜。いや、マジどうなることかと…』
「ごめんねぇ、心配かけて。あぁ、そうだまいちゃん。お願いがあるんだけど…」
『え?なに?』
「…ホワイトデーも。うちらバイト入ってたら…代わってね?まいちゃんと違って、
デートで忙しいからさ♪うちら♪」
『バカよしこ!!!バカップル!!!だいたいあんた達は…』
「じゃね!切るよ!!プチッ」


切ってもなお、ケータイから。
まいちゃんの怒鳴り声が聞こえてきそうで。


柴ちゃんと二人、笑いあった。




…あなたが渡す、コンビニのチョコレートも、不器用な手作りチョコも。
ちゃんと、愛を届けてくれますように…


…ハッピーバレンタイン♪





540 名前:TETRA 投稿日:2006/02/14(火) 02:26
またもやリアルで☆


よっすぃ〜いくら柴ちゃんが不器用でも、それは売れ残りと間違ったら駄目でしょww

久々に(?)
純情柴ちゃん、鈍感よっすぃ〜wが見れてよかったですww


てか、まいちゃん強いww
541 名前:ツースリー 投稿日:2006/02/14(火) 02:30
以上、バレンタイン記念w短編でした〜。

>>512 名無飼育さん さま
いつもありがとうございます!今年もよろしくお願いします〜
(O´∀`)<やるときはやるYO!
また本編もよっちぃ共々がんばりますのでよろしくお願いします〜♪

>>513 名無飼育さん さま
告白…(*´∀`)ありがとうございますwうれしいです〜
また次回もアホかっこいいw王子が書けるようにがんばります!
またよろしくお願いします〜

>>514 ツースリー教信者 さま
奪い合い…(*´∀`)いつもありがとうございます〜
本編の方はおそらく次で最終話になるか…と思います!
どうかどうか最後までお付き合いよろしくお願いします♪

>>515 名無飼育さん さま
ハロモニバレー部のよっすぃカッコよかったですね〜♪
修学旅行も呼んでいただいてありがとうございます〜

吉柴は…そうですね、元々この二人が大好きで…というかハロメンなら
裕ちゃんからまいまいまでモーほんとみんな大好きのDDなんですがw
特にきっかけというと…昔、美少女教育という番組のストーカー対策コーナーに、
吉柴が一緒に出てるのを見まして…
なんかピコンとwきちゃいましたw

わかりずらい上に長くなってすみません…これからもぜひよろしくお願いします♪
542 名前:ツースリー 投稿日:2006/02/14(火) 02:34
>>540 TETRA さま
早速レスありがとうございます〜
リアルタイムだなんて…ミラクルw
本当にダメなよっすぃ〜で柴ちゃんに申し訳ないw
またぜひよろしくお願いします♪
543 名前:ツースリ^教信者 投稿日:2006/02/15(水) 06:16
いい!甘いですね〜!
自分にとっては何の記念にもならないバレンタインですが、こうしてツースリさんの話が読めて素晴らしい日となりました!
本編は次で最後ですか・・・終わると聞くと寂しくなりますが、楽しみにして待っています☆
544 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/02/15(水) 23:51
512でした。交信お疲れ様です(≧▽≦)

短編、楽しかったです〜^^
確かに歌は古いかもしれませんが(爆)まいちゃんもいい味出てました〜
次回の交信も待ってます!!
545 名前:515 投稿日:2006/02/19(日) 21:19

短編キテター!!
今回もほんと面白かったです。
まいちんのキャラ最高ですねw

きっかけは美少女教育でしたかぁ〜
それ画像でしか見た事ないんですよねぇ↓↓
う゛〜見てみたい。。。

>なんかピコンとwきちゃいましたw
そんなツースリーさん大好きですw
546 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2006/02/22(水) 16:08



「イヤだイヤだ!!!!…絶対にイヤだぁぁぁぁぁ〜〜〜!!!!」
「…あぁ?!たくワガママもえぇかげんにせぇやぁ!!このクソ坊主が!!!」
「んだと、この…クソじじぃ!!!」
「なんじゃわれぇ?!ケツの穴から手ぇつっこんで奥歯(ry」


…お城の中の。
それも、王様と王子様の会話とはとても思えない、汚い言葉の掛け合いが。

朝夜を通して、続けられていた。


「イヤなもんは…イヤなんだよ!!大体今どきありえねぇつーの!…政略結婚なんて!!
いつの時代の天下騒乱なんだよ、あぁ?古い古い古い!!あんたの体型くらい古いわ!!」
「な…っ!う、うちのどこが古いねん!!ぶら下がり健康機で毎日体鍛えてるし、
全身サウナスーツで汗も一杯かいて…」
「それだよそれ!!だからその流行アイテムがいちいち古いんだよ!!」
「なぁにぃ〜〜〜?!!!きさま…」

「だぁ、ストップストップ。ちょっと二人とも落ち着きなよぉ〜。
あぁ、大丈夫だよ、アベちゃん。怖くないよ〜おーよしよし。」


そのケンカのあまりにもひどい有様に。
とうとうアベちゃんを抱いたごっちんが、仲裁に入ってきた。



547 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2006/02/22(水) 16:09



…あの後。
あゆみちゃんとの熱ーいチューを堪能した王子が、もともと軽い脳みそと足取りをさらに
軽くして、うっきうっきお城へと帰ってくると。
そういえば最近顔を見ていなかった、裕ちゃんの姿があって。


「あーおかえりー」「おー誰かと思ったらうちのかわいい息子やん、ただいま。」
「いやーんそんなかわいいだなんてぇ」「あーかわいいわー…結婚せい、お前。ケメコ姫と。」
「いやーん…は?」「結婚や結婚。かわいい息子の結婚。あぁ楽しみやわぁ〜♪」


…おい。
ちょぉっとぉ…待ってくださいよ?

なんかものすごいどさくさに紛れて…とんでもないこと言ってませんか?あなた。


「…誰が。誰と…結婚だって?」
「ん?なんやぁ〜聞こえへんかったん?…お前が。ケメコ姫と。…結婚や♪」
「…なぁんじゃそりゃぁぁぁぁぁ〜〜〜!!!!」


こうして突如始まった二人のケンカは、さっきごっちんがようやく止めに入るまで。
実に12時間ほど、不眠不休で続けられていたというのだから、驚きだ。
王様もまだまだ若い。


…が、しかし。
突然の急な話に全然納得のいかない王子と、もうケメコ姫との結婚を全く譲る気のない王様。



548 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2006/02/22(水) 16:10


…そっぽを向き続ける二人の間で、困ったようにごっちんが言う。

「…ねぇ。二人とも〜ちゃんと話し合いなよぉ〜。大切な…コトでしょ?
ほら、こっち向くの。…ねぇ〜裕ちゃん〜大人でしょ?ちゃんと話さなきゃ〜」
「………。」

ごっちんとアベちゃんに手を引かれた裕ちゃんは。
むすっと膨れた顔のまま、仕方なくといった感じで、王子の方へ向き直り、話しかける。


「…なぁ。あんた…なんでイヤなんや?ケメコ姫…ええ子やで?酒は強いしキャラは濃い。
この国にいないタイプやん。おいしいで?」
「…結婚にキャラとかいらない。おいしいって、うちが求めてるおいしいと意味が違う。
もっとこう…たとえばキスしたらとろけちゃいそうな、あの…」
「ケメコ姫の唇かてとろけるかもしれんで?そや、一回ためしにケメコ姫とチュー…」
「イヤ!!絶対にイヤ!!…無理!!!」

ちょっと一瞬その瞬間を想像してしまったひとみ王子。
鳥肌を立てながら、ガクガクと震えだす。


その様子を見た、裕ちゃんは。
はぁ、っと大きくため息をもらす。


「…本当のこと。言ってみ?結婚自体がイヤなんか?それとも…うちの言うことを聞いて、
黙って親に従うんがカッコ悪い思ってるんか?それやったら…うちも経験あるからな、
わかるわ。せやけどな、親の言うこと聞くんて全然カッコ悪くないねんで?うちも…」
「ち、違うよ!!…そうじゃなくて…イヤなんだ…ケメコ姫でも…他の誰でも。」
「…?どういうことや?」
「…うち、うち…」


王子はグっと拳を握り締め。
それまで見せたことのないような…真剣な眼差しで。
裕ちゃんに言った。



549 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2006/02/22(水) 16:11


「…好きな人が…心に決めた人がいるんだ!!だ、だからうちは…」
「…あっはっは!!な、なんやぁ〜…そんなことかぁ…そんなことやってんかぁ〜」
「…へ?」


自分の中では、屋上から飛び降りるくらいの勇気を出して言った言葉だったのに。
すっごい怒られて、もしかしたら勘当されちゃうかもとか思ったのに。
…なんじゃ、これ…

呆気にとられる王子をよそに、裕ちゃんは笑い続けながら言う。


「心配いらんで〜♪あんたの女好きはケメコ姫もよう分かってくれてるからな。
浮気のひとつやふたつ、どんと来いよオーホッホホ!…って、言ってくれてるんや。
まぁ、あんまり調子に乗るんもあかんけど、ガールフレンドくらいはな。いてもええから。
…な?これならケメコ姫との結婚、OKやろ?」


よ、この色男〜♪…と、王子をつっつき、はしゃぐ裕ちゃん。
…その横で、王子は拳を固く握り締め。

声を震わせる。


「……違う…」
「ん?」
「……うちが…うちが望んでるのは、そんなことじゃない!!…たくさんの女の子なんて
いらないんだ、もういらない。…たった一人…あゆみちゃんが…あゆみちゃんだけ
傍にいてくれたら。…あゆみちゃんと…結婚したいんだ。だから…だからうちは…」
「…あゆみ…ちゃん?」
「…もう、いいよ!!裕ちゃんの分からず屋!!うちは絶対他の子と結婚なんか
しないからな!!ふん!!」


…キッ!と、裕ちゃんをにらみつけ。
その場を走り去るひとみ王子。
あわてて駆け出したせいでドアに小指をぶつけ、一時うずくまったが。
やはり振り返らず、痛む足を押さえ、ピョンピョン片足で去っていった。



550 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2006/02/22(水) 16:12


「………」
「…ね、ねぇ…裕ちゃん。あの、よしこの気持ちもさぁ…大切にしてあげて?
だってよしこあんなに…」
「…誰や?」
「え?」
「誰や…あゆみちゃん。ごっちん…知ってるんか?あゆみちゃん。」
「え、あ…ま、まぁ…知ってるよ?すっごい、すっごいね!?いい子で…あの…」
「…そうかぁ…ごっちん。ちょっと用事…頼まれてくれへん?」
「へ?用事?」
「あぁ…その子。その…あゆみちゃんって、子。」


――そう言って振り返ったその顔は。
さっきまで王子と暴言を吐きあっていた裕ちゃんとは、まるで違う人のようで。


とても冷静な。
…王様にふさわしい、威厳を備えた声で。
裕ちゃんはごっちんに言った。


「連れてきて欲しいんや。…ここに。この、お城にな。」



◇     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇



551 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2006/02/22(水) 16:14



…今日…遅いなぁ…王子。
まだ、来ないのかな…あぁ早く。
…会いたいなぁ…


あゆみちゃんはいつも通り、畑で王子を待っているのだが。
その姿はいつになく、そわそわと落ち着かない。

それも無理もない…だって、昨日は。
はっきりと確認してしまった…自分の気持ちを。
王子が…好きだという、あの気持ち。
おまけにあんな…熱いキスまで。


思い出しては顔をポーっと赤らめ、しかしまだ来ない王子を心配し、やっぱりそわそわする。
そんなことを繰り返しているあゆみちゃんの元に、いつまでたっても王子は現れなくて。


…おかしいなぁ…
あ、もしかしてあんまり待ち遠しくて時間が経つの、遅く感じているだけ…?
…ううん、やっぱり遅い…


そわそわ、そわそわ。


けして広くはない畑の中を、行ったり来たりするあゆみちゃんに。
ようやく、一人の訪問者の姿が見えてきた。

…しかし、それは待ちわびている、あの人ではなくて。



552 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2006/02/22(水) 16:15


「あれ…ごっちん?」
「んあ…あゆみちゃん、おひさ〜…」

幼馴染のごっちんだった。


「どうしたの?珍しいねー。…はっ!ま、まさか王子になにかあったの?!!
それで、それでごっちんが?!!」
「んあんあ!!ち、違うよぉ〜…いやまぁ、なにかあったっちゃーあったんだけど…」
「や、やっぱり!!それで王子は?無事なの?!いいい生きてるの?!!!」
「いや、だからよしこの健康上には一切問題はないからね。心配しないで〜。
…そう健康は問題ないんだけど…」
「あぁ、ならよかったぁ〜…けど?けど…って?」
「う〜ん…あのさ。あゆみちゃん…」


元々愛らしいタレ目を、よりいっそうタレさせて。
困った顔で…ごっちんはあゆみちゃんに言う。

「…一緒に、お城まで来てくれる?あゆみちゃんに…会いたいって人が。…いるんだ…」
「…私に…?」
「うん…」


お城で…私に会いたいって、言う人?
…王子、以外で?
…誰だろう…


あゆみちゃんには全く見当もつかなかったが、けど大切な幼馴染の頼みだし。
それに…ごっちんの話では、きっと王子になにか関係があることみたい。
…だったら。

「…うん。わかった…」


ちょっと心細いけれど、がんばろう。
…王子のためだから。



553 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2006/02/22(水) 16:16



「…裕ちゃ〜ん。…来てもらったよ、あゆみちゃん。」
「おぉ、そうか。入ってもらってくれ。」


以前、舞踏会であゆみちゃんがお城に来たときよりも。
もっとずっと奥の、そしてなんだかとても豪華な部屋に通されて。

言われるがまま、恐る恐るその大きな扉に手をかけると…


「…いらっしゃい。あんたが…あゆみちゃんか?」
「…!!!!」


そこに座っていたのは、この国で一番偉い人。
偉い偉いひとみ王子より、もっと更に偉い人。

…王様だ。


あゆみちゃんは、慌てて床にひざまずき、頭を下げる。

その姿を見て、裕ちゃんはやめてや〜と、傍に駆け寄り。
そっと肩に手をかける。


「頭上げてぇや。うちそういうの嫌いやねん。まぁ、礼儀正しいことは大切やけどな。
一に挨拶、二に挨拶や。ヤンキーの基本や、基本。」
「…へ?」
「あぁ、なんでもないねん。…急に呼び出したりして、すまんかったなぁ…」
「い、いえ!!…そんな…」


…驚いた…まさか自分を待っていたのが王様だったなんて。



554 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2006/02/22(水) 16:19


王様の声は優しくて、そしてなんだかどことなくひとみ王子に似ていて…。
それには少しホっと安心したけれど、それでも緊張を全て拭い去ることはできない、
だって…王様なんだ…もん。


体をきつく固まらせたままのあゆみちゃんの頭の上で。
王様の困ったような声が聞こえる。


「実はな…今日来てもらったんは…あいつ。うちの…バカ息子のことなんやけど…」
「…王子の…?」
「そうや、あいつを…結婚させようかと思ってるんよ、隣の国の…ケメコ姫と。」
「…え…」


突然のそのコトバに。
あゆみちゃんの思考は、ピタっと止まった。


…結婚…?…王子が…?……お姫様と…?


…不思議なことに、あゆみちゃんは。
あまりビックリしなかった。
それはいつか…こういうことになるんじゃないかって。
きっと王子様は、どこかのお姫様と結婚するんだろうって、だって王子様なんだからって。
心のどこかで…わかっていたから。


だから、あゆみちゃんは驚いたりしなかった。
…悲しかったけれど。



555 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2006/02/22(水) 16:20


うつむいてしまったあゆみちゃんを気遣うように。
王様は優しい声で話を続ける。


「…けどな。アイツは…嫌やって…言ったんよ。結婚せぇへんって。他に…好きな子が
おるからって。あんたが…好きやからってな。言うてん…」
「…え…お、王子…が…?」
「そうやぁ。」


うれしいと思った。
それはもう、心の底から。
…だけど。


「でもなぁ…アイツは………」

…それは。


「…王子やねん。…この、国の、な…」


喜びだけで済まされることではないと…
許されることではないと。


…あゆみちゃんは、知っていた。



556 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2006/02/22(水) 16:21


重々しい沈黙の空気を。
裕ちゃんが静かに破る。
申し訳ない、というような声色で。


「…ごめんなぁ…ほんまは。親やからって子供の恋愛のことにまで口出すんはあかんって
わかってるんやけど…けどな、アイツは…王子やねん。いつかは…王になるねん。
この国を、しきっていかな…あかんねん。」
「…はい…」
「…守らなきゃ…いけないものがありすぎるんよ、アイツには。国の平和とか、経済とか。
そういうの全てや。…もし…あんたが、アイツと結婚したら。それは、あんたの使命にも
なるんや…今までのようには暮らせへん。つらいこともあるはずや。でも、もし、な。
それでもあんたがいいんなら、それだけの覚悟が二人にあるんやったら、それやったらうちも…」
「…王様。」
「ん?」


王様の話をさえぎるように、あゆみちゃんは顔を上げて。
…微笑みながら言った。


「…心配…しないでください。…もう…わかりました。だから…」
「…そ、そうか…」


…悲しみをこらえ。
なのにひどく優しい、そのあゆみちゃんの微笑みが。


…あまりに美しくて。
裕ちゃんはグっと、息を飲んだ…




557 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2006/02/22(水) 16:22



◇     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇


「あぁもう!!ったく、やんなるよ、ほんと。誰がするか結婚なんか!!あゆみちゃん
以外と!!…ふんだ…裕ちゃんのアホバカハゲ親父…」


プリプリ怒ったまま、王子はあゆみちゃんのお家へとやってきて。
その姿を探す…が、あゆみちゃんはどこにもいない。


「あれ?…あゆみちゃん…?」

おかしいなぁ…どうしたんだろう…


キョロキョロあたりを見回すが、やっぱりいない。


…もしかしてうちが遅くなったから怒ってお家に入っちゃったのかな?
ま、まずいなぁそれは…

慌てて王子はあゆみちゃんのお家の玄関を叩く。



558 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2006/02/22(水) 16:23


「あ、あゆみちゃ〜ん…あのぉ、うちぃ、王子ですけどぉ…その、ごめんね?今日、
遅くなって…本当に申し訳ない、いや、うちも早くあゆみちゃんに会いたかったんだけど
いろいろ野暮用が…」
「…王子?」
「へ?あ、あゆみちゃん…?」


すると、後ろから声をかけられ、振り返るとそこにはあゆみちゃんが。
あぁなぁんだどっか出かけてたの?…はっ!!じゃあうちはずっと玄関に向かって
言い訳してたのか…恥ずかしい…

ちょこっと照れながら、王子はあゆみちゃんに歩み寄る。


「へへっ。あーゆみーちゃん♪会いたかったよぉぉぉぉ〜〜〜♪」


そのままガバァっと思いきり抱きついてみると…おかしい。
いつもなら君はキャーってうちを叩くか、ほんのりピンクにその頬を染めるはずなのに…


おとなしく王子の腕に収まったあゆみちゃんは、顔色を変えることもなく、やけに冷静で。
…すぐに、そっと優しく王子の体を押し返し、体を離して。


…小さな声で。
…言った。


「…もう。こんな風に…会うの…やめよう。」
「…え?…」



559 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2006/02/22(水) 16:24


突然だった。
突然の、コトバだった。


「ななな、なんで?!!!!う、うちが、うちが今日遅刻したから?!!それともなんか
悪いことした?なんで、なんで?!!」


混乱する頭の中でも、そんな理由でないことは充分にわかっていた。
でも、どうしてなのか、どうしたらいいのかわからなくて。

尋ねずにはいられなかった。


「なんでさ!!どうしてさ!!どうして急に…そんなこというのさ!!!」


いつも言われていた、「来るな!」とか、「帰れ!」とか。
でもあれは本気じゃないってわかってたから平気だった。けどこれは。今日の、君は。
…その、目は。


「…なんでだよぉ…」

…本気じゃないか…


泣きじゃくる王子を見て、あゆみちゃんは強く噛み締めていた唇を、そっと開いた。


「…だって…あなたは、王子様で。…私は、ただの庶民だもん。…あなたには、他にもっと
ふさわしい人がいるよ、その人と…居たほうが。きっと幸せになれる。だから…」



560 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2006/02/22(水) 16:25


その言葉に、王子はハッと目を開く。

まさか…あゆみちゃん…

「…裕ちゃんに…うちの親父に、なんか…言われたの…?…」
「………」


答えないということは、暗に認めているということだった。

そうか…だからさっき、お家にいなかったのか。
きっと、あゆみちゃんはお城に呼ばれて、裕ちゃんに会って。
そして…


王子の怒りが、再び裕ちゃんへと向かった。


「くっそ!!なんなんだよクソ親父!!勝手にあゆみちゃんに変なこと吹き込んで!!
あゆみちゃん、あんなの気にしないで!!うち、そんなほかの人と結婚する気なんか
ないから!だから…」
「違う!違うの!!そうじゃない…」
「…へ?」


怒りに震える王子の手を、あゆみちゃんはそっと握って。
うつむいたまま話す。


「…王様は。本当に私たちがちゃんとやっていけるんなら、その覚悟があるんなら。
…認めてくれるって…そう、言ってくれたの…」
「…え?!そ、そうなの?!!だ、だったら…」

なんの問題もない。
ない…はずでしょ?…だってうちらには、…君には…


「…うん。だから…私に、ないの。…その、覚悟が…」
「…あゆみ…ちゃん…」



561 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2006/02/22(水) 16:26


…悲しい笑顔を浮かべたあゆみちゃんは。
自分の心を抑えながら、王子を説得するように言う。


「…あなたには…守らなきゃいけないものが、たくさんあるでしょ?国の未来とか、
みんなの生活とか。すごくすごく大切な、大変なものばかり。…そういうの…私とじゃ、
きっと守っていけない。もっとちゃんとした…お姫様とかとじゃないと。だから…」
「で、でもさ!でも、二人で力を合わせれば…きっと…」


終わりになんてしたくなくて。
だってまだ始まったばかりなのに、このうちの人生の中で、ようやく本当に好きな人に、
…君に。
…出会えたばかりなのに。

もっともっと一緒にいたいのに、一緒に生きていきたいのに。


…必死に、すがりつくように。
食い下がる王子を、あゆみちゃんはそっと制して、言う。


「…それにね。…私にも…守らなきゃいけないものが…あるの。あるって…気がついた。
あなたのおかげで。…村っちとか、この小さな畑とか。
 あなたが守らなきゃいけないものに比べたら、すごく小さくて、ちっぽけなものばかり
だけど。…でも……それでも、私には。…大切なものなの。大切にしたいの、今の生活。
…だから…」


それ以上の言葉は、もう聞かなくても分かった。
…彼女の決意の強さは、もう充分王子に伝わってしまっていたから。


きっと…彼女のこれからに、うちはいないんだ…いないほうが、いいんだ…



562 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2006/02/22(水) 16:27


…そして。
うつむいたまま、もう、何も言わなくなった、言えなくなってしまった王子に。

あゆみちゃんが今までで一番、出会ってから、一番の優しい声で話しかける。


「…短い間だったけど…本当に、楽しかった。…ありがとう…」
「………」


…そう、最後の言葉を告げると。

あゆみちゃんは掴んでいたその手をそっと離し、王子の隣をするりと通り抜けて。
…お家の扉に手をかけた。


すると、それを遮るように、その後ろで。
王子がかすれた、小さな声を出す。

「…フラれたんだ…ね、うち…」
「…え?」


あゆみちゃんがその声に振り返ると…王子の背中はションボリと小さくなって。
…震えていた。


「…結局…さ。うちは…あゆみちゃんのこと、振り向かせられなかったんだ…
だって、好きだったら、もしうちのこと好きになってくれてたら…一緒にいたいって。
うちと、同じように、そう思うはずじゃん。…てことは、あゆみちゃんは…うちのこと…
うちのことなんて…」
「…王子…」



563 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2006/02/22(水) 16:28


…悔しくて、悲しくて。
それは、あゆみちゃんにあたるべきことじゃないって、分かっているのに、
頭では分かってるのに。

情けない自分を。
見せたくないと、あゆみちゃんには見せたくないと、思うけれど。
…王子は涙を止められなかった。


…あ〜あ〜…
もう、こんなとこ見られたら、カンペキ嫌われたっしょ、うち。

まいったな…でも、まぁ。
いっか、だって…どうせ今日が…
…最後、なんだから。


…もう、全てをあきらめたように。
そう、自嘲気味に笑う、王子の背中が。
突然、温かいものに包まれた。


…え?

「…あ、あゆみちゃん…?」
「…ばか…」


…小さい体を、精一杯に広げて。
きつくきつく、痛いくらい、悲しいくらいにきつく。
あゆみちゃんは王子に抱きついて。



564 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2006/02/22(水) 16:29


王子の背中に埋もれた唇から、くぐもった声が漏れる。


「…とっくに…振り向いてたじゃない……なんで、なんで気づかないの…?…」
「…え?」


ど、どういうこと…?
それって…それって…
じゃあ、あゆみちゃん…


「…好きに…決まってるでしょ…ばか……一緒にいたくないはず、…ないでしょ…
好きだよ…王子が…好き……大好き…」


…う、うちら…
…両想い?

……あゆみちゃん!!!!


「…振り返んないで!!!」
「え?!」


たまらず、あゆみちゃんの方へ向き直ろうとした、王子に聞こえた。
耳を裂くような、あゆみちゃんの大きい声。



565 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2006/02/22(水) 16:30


「…こっち…見ないで…もう、行って…」
「…あゆみちゃ…」
「…早く!!」


イヤだイヤだ!!
行きたくないよ、離れたくない。

だってだって…
やっと、君の気持ちを捕まえられたのに。

…君に好きになってもらえたのに…


強く背中を押されても、一歩も歩けない王子の姿に。
あきらめたように、あゆみちゃんは手を離し。


自らも振り返らずに、とうとう家の中へと走り去った。


王子はそれをただ背中で感じて。
…強く拳を握り締めた。



◇     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇



566 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2006/02/22(水) 16:31


扉を勢いよく閉めた後、あゆみちゃんは泣いた。
しゃがみこんで、声が漏れないように、膝を噛んで。


…仕方ない…仕方なかった、こうする以外。


お互いに離れるのが一番いいんだ。
明日や明後日じゃなく、今日、今すぐ離れるのが一番いい。


…時間が経てば経つほど。
きっともっと好きになって、もっともっと苦しくなるんだから…


バラバラになるんじゃない、元通りに戻るだけ。
明日から、またいつもの当たり前の生活が送れる。
退屈だけど平穏な毎日が…

…本当は。
その生活の中に、これからもあなたが居てくれるのなら…
一緒にいられたら…


でも、やっぱり世の中そう、うまくはいかない。
…仕方ないんだ…何かを得るために、何かを失うのは。
この世の、摂理だから。
…だから…


国の未来を、大好きな人の大切な未来を。
守れるんだったら…それでいい。


体中の水分が全てなくなってしまえば。
涙もいずれ、出なくなるだろうから。



567 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2006/02/22(水) 16:32



◇     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇


ガタッ!!ガタン!!

「…なぁんやぁ〜騒がしいなぁ〜…」
「…んあ〜…」

工事でもしているかのように。
お城の中は、突然大きな物音に包まれた。


それを不思議に思った裕ちゃんとごっちんが。
その騒音の発生場所を探し、つきとめてみるとそこは。

…王子の部屋の中だった。


「えぇい!!うるさいわーおまえ!なにをガタガタ…ひとみ?」
「…あぁ…うるさかった?ごめん…」


二人が中に入ると、ひとみ王子は。
広々とした部屋の中を、どこからか引っ張り出してきた、山のような荷物で埋め尽くし。
…その中から必要なものを集め、ひとつの大きなボストンバッグに積めていた。



568 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2006/02/22(水) 16:34


「…なにを…してるんや?…旅行でも行くんか?」
「旅行?いいなぁ〜ごとぉも旅行行きたいなぁ〜」
「…違うよ、二人とも。」


ジーッと、そのバッグのチャックを勢いよく閉めると。
王子は裕ちゃんとごっちんの方へ向き直り。

ひざまずき、深々と頭を下げた。


「…裕ちゃん…いや、お父さん。今まで…お世話になりました。…ごっちんも。」
「…どういう…ことや?」
「よ、よしこ…?」


突然の王子のその言葉に。
ごっちんはおろおろと戸惑い、裕ちゃんも驚きを隠せない。
だが、それでも裕ちゃんは王の威厳を壊すことなく、低い声で、王子にその意味を問う。


王子は深く息を吸い込み、呼吸を整えると。
答えた。


「…うちは…王子でいる限り。…好きな人と…一緒に暮らすことができないから。
…だから…」
「…出て行く、ちゅーことか。」
「えぇ?!よ、よしこ…そんな…」


コクン、と頷く王子に。
裕ちゃんはハァ、と大きくため息をつく。



569 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2006/02/22(水) 16:34


「だから…何度も言うてるやろ。結婚はさせられへんけど、一緒に暮らしたかったら
あゆみちゃんにお城に来てもらってやな…」
「いや、ダメなんだ、そんなの。…あゆみちゃん、そういうこと一番嫌がるし。
…それに…お城には、絶対来てくれないだろうから。…あゆみちゃん…守らなきゃ
いけないものが、あるんだって。小さくても守りたいものがあるんだって、だから…」
「…そうかぁ…でもだからってあんたが城を出て行っていい理由にはならへんやろ。
あんたがいなくなったらこの国の将来はどうなるん?残された人たちはどうするんや?
自分の都合しか考えられへんっちゅーんは子供の証拠や。そろそろ大人になったかと
思ったら…やっぱりまだガキなんやな。」
「そうかもしれない…ね。うん。うちは…きっとまだガキなんだ。」


厳しい、裕ちゃんの言葉にも。
王子は動揺することも、その決意を揺るがすこともなく。

すっと立ち上がり、真っ直ぐに裕ちゃんを見つめ、言う。


「…裕ちゃんが言うとおり…ガキくさい、考え方かもしれないけど。だけど、
うちはやっぱり好きな人と、好きになった人と一緒にいたい。その人のこと…
大切にしたい、幸せにしたいって思う。だって…
…自分の。一番大切な人を、守れないようなヤツに。国を、みんなを。
守れるなんて、幸せにできるなんて。
…うちには…どうしても、思えない、から…」


この国の空が、どんなに日差しに照らされて、晴れ晴れとしていても。
…その下で君が泣いているなら、そんなのうちにとって、何の意味もなくて。


君を守りたいということは。
君が守りたいと思うものを、守るってことだから。
…だから…



570 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2006/02/22(水) 16:35


「…自覚のない、責任感のない行動だって、思われても。仕方ないと思う。
けど…勘当されても、王子の資格を失ったとしても…やっぱ、他の答えはうちには出せない。
…ごめん、裕ちゃん。バカな…息子で。ダメな息子で、ごめん。…ごめん。」


親の期待に答えられないのは、辛い。
大切に、守られ、育ててもらってきたのに。

みんなにも申し訳がない…

王子は痛む胸を押さえ、何度も、深々と頭を下げた。


…その姿に、裕ちゃんは、またフーっと、ため息をついて。
言った。


「…わかった。そこまでの覚悟があるんやったら、出て行き。」
「んあ?!ちょ…ゆ、裕ちゃん…」
「…うん。ごめん。」


裕ちゃんのその言葉を聞いた王子は。

パンパンのボストンバッグを拾い上げ。
裕ちゃんとごっちんに頭を下げ、手を振り。


長年暮らしたお城を、静かに出て行った。



571 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2006/02/22(水) 16:36


その姿をボー然と見送っていたごっちんが、慌てて裕ちゃんにつかみかかる。


「ゆ…裕ちゃん!!追いかけなくていいの?!!そんな…だ、ダメだよ勘当なんて!!
も、もう一度ちゃんと話し合ってさぁ…」
「勘当するなんて、うちは一言も言ってへんで?ごっちん。」
「…んあ?」


拍子抜けするくらいに。
裕ちゃんは明るい、晴れ晴れとした顔で、そう答えた。

ごっちんは不思議に思い、尋ねる。


「だ、だって…出てけって…」
「だって出て行きたいって言うねんもーん、アイツ。」
「そんな!」
「いやいや、まぁ、社会勉強や。…考えてみたらアイツ、ずっと城の中でしか暮らして
へんし。…外の世界を学ぶんも、ええやろ。」
「え?ていうことは…ゆ、裕ちゃん?」
「ふふん…これも修行のうちやな。きっとアイツ…もっとたくましくなるで。
そして…いつか立派な。…国王になる。そしたらこの国は…きっともっとええ国になるで?」
「…裕ちゃん…」


…その言葉に。
裕ちゃんの自信に満ちた、その目に。
ごっちんはホッと胸を撫で下ろし、いつもの柔らかいふにゃふにゃの笑顔を取り戻す。


「なぁんだぁ〜…びっくりしたぁ〜ごとぉてっきり親子の泥沼の現場に居合わせちゃった
のかと思ってさぁ〜…ねぇアベちゃん?」
「ははっ。まぁ心配かけてごめんな、ごっちん。…あんなバカでも、大切な息子や。
バカ息子のわがままを聞いてやるんも、親の務めやろ。」
「…バカな子ほどかわいいっていうもんね。」
「そやな。…しかし…」
「んあ?」



572 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2006/02/22(水) 16:37


歩いていく、王子の後姿を。
窓から、こっそり眺めながら、裕ちゃんはさっきの王子の言葉を思い出す。


『…大切な人を守れないヤツに。国が守れるなんて思えないから…』


「…バカはバカでも。…中々いいバカになりよった、アイツ。」


嬉しそうに笑う裕ちゃんを。
ごっちんもアベちゃんも、また嬉しそうに見つめていた。


「さぁて…大変なのはこれからや…ケメコ姫に。謝りにいかんと…うぅ…」
「んあ…だ、大丈夫?裕ちゃん?」
「いや、わからん…おそらくうちの国の酒は全部奪い取られるやろうな…うぅぅ…」
「なぁんだぁ〜それくらいで済むのぉ?ならいいじゃん♪」
「な、なにがええねん?!!うちもう酒が飲まれへんかもしれんのやで?!!」
「ちょうどいいちょうどいい。禁酒しなよぉ〜裕ちゃん♪」
「…そ、そんな…えぇいバカ息子ぉぉぉ〜〜〜!!!覚えとれやぁ〜〜〜!!!!」


…さっき褒めたばかりの息子を呪いながら。
そして…いつか帰ってくる日を、願いながら。


旅立つ王子を、裕ちゃんもごっちんも、お城も。
温かく見送るのだった。



573 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2006/02/22(水) 16:38



◇     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇



どんなに悲しくとも、苦しくとも。
時間はいつもどおりに過ぎてくれて。

…どんなに暗い夜だって。
明けない日は、ないんだ。


そう気づいたのは、悲しみにくれる自分に、差し込む朝日を感じたとき。


…泣きはらして重い体をなんとか持ち上げ。
あゆみちゃんは、畑に向かうことにした。


…そうよ…泣いてたって仕方ない。
がんばらなきゃ…ちゃんと、また、自分の力で。
立ち上がらなきゃ…生きていかなくちゃ…

ぐっと、唇をかみ締め。
玄関のドアを、無理に、元気よく。
あゆみちゃんは開けた。


「おっはよー!村っち!!さぁ今日もがんばって…」
「おはよう!!あゆみちゃん!!」
「おはよぉにぇー」



574 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2006/02/22(水) 16:39


ひとつ多い、その声に。
ズルっと。
あゆみちゃんは、足を滑らせ地面に倒れこんだ。


それを見た王子は、急いであゆみちゃんの元へ駆け寄り。
体を抱き起こす。


「あぁ!!だ、大丈夫?あゆみちゃん!!畑ぬかるんでるから気をつけなきゃ…」
「うんありがとう…ってそういう問題じゃないでしょ?!!…なんで…なんでいるのよ!
…もう来ないでって行ったじゃない!!バカ!!」
「え?い、いや…でも…でもうち…」
「でもじゃない!!…なんの…なんのために昨日…お別れしたと思ってるの…?
こんな…これじゃ、意味ないじゃない…ばか…ばかぁ…」


なんのために、昨夜一晩、自分は泣き明かしたのか。
もう会わないと決めた次の日に、もう会ってしまうなんて。

なんでこんなことになったのか、ガックリと肩を落としながらも。
…それでも、自分の頭とは別に、やっぱり切なく痛む胸の鼓動を感じながら。


うなだれるあゆみちゃんに、王子の困ったような声が聞こえてきた。



575 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2006/02/22(水) 16:40


「…ごめんあゆみちゃん…昨日、言われたことも…わかったんだけど。
わかってたんだけど…でも、やっぱり。…うちは…あゆみちゃんと一緒にいたいよ…
いや、本当は。…もし、あゆみちゃんが、うちのことなんて。…なんとも思ってないって。
うちなんて、いらないって。…そう言うんならさ、その…身を、引くっていうの?
そうしようと、思ったんだけど…けどさ。あゆみちゃん…言ってくれたじゃない?
昨日。うちのこと…す、す、す…好きだって…だから…」
「…王子…」
「…だから。…一緒にいちゃ、ダメかな?好きになってくれた、お礼に。
うち、ずっとあゆみちゃんのそばにいて…守るから。あゆみちゃんのことも、
あゆみちゃんが守りたいって思うものも。…だから…」
「…ばか…」


さっきと同じ、「ばか」だったけど。
少し潤んだ瞳のあゆみちゃんが、微笑みながら言うから。
さっきの「ばか」とは、違くて。


ほっと胸を撫で下ろす王子に、でもやっぱり不安げにあゆみちゃんが言う。


「だけど…国は?お城は…どうするの?…ケメコ姫との…結婚だって…」
「あぁ、うん。そのことなんだけど…うち、出てきたんだ、城。」
「…は?」
「だから…今日からここに。住まわせて♪」
「はぁぁぁぁぁ?!!!」


簡単に、そんなものすごいことを言う王子に。
あゆみちゃんは卒倒しそうになりながら、それでもなんとか持ちこたえ。
王子に掴み掛かる。



576 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2006/02/22(水) 16:40


「ちょ!そ、そんなことしていいの?!!王様は?王様はなんて…」
「あー裕ちゃん?…出て行けってさ♪」
「…もぉ…ホントばか…」


なんで…なんでこの人こんな単純なの…
出て行けって…言われてそのまま出てくるなんて…

もうちょっとこう…言葉の裏を読むとか、できないの?
…できないのか、はぁ…


お城に自分を呼び出し、申し訳なさそうに頭を下げた、あの王様の姿を。
王子を…大切な息子を、心から心配していた、あの王様の姿を思い出して。

あゆみちゃんは胸が締め付けられる想いだった。


「…やっぱり…だめだよ、こんなの…王様のこと…国の、みんなのこと考えたら…
私だけ…幸せになるなんて。だめだよ、できないよ…」
「…ううん。あゆみちゃんだけじゃないよ。うち…いつか…必ず、みんなを幸せに
してみせる。そのためには、いつまでもお城の中で、甘えていちゃいけないって、
思ったんだ。うち…がんばるから…もっともっとがんばって、いつか…裕ちゃんに。
みんなに、認めてもらえるような王様になる。
あゆみちゃんか、国の将来か、どちらか一方じゃなくて。…どっちも。
全部、守れるような人間になるから。」
「…王子…」



577 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2006/02/22(水) 16:41


そう、思ったんだ。
今の自分には、まだ足りないものがたくさんある、足りないものだらけで。
…きっと、あゆみちゃんか国、どちらかを選んだところで、どっちも幸せには
できないだろう。だけど。


…がんばって。
努力して、きっともっとたくさん知識を、力を身につけて。
全部を、守れるようになればいい。
そして、そうなるためには。


…自分には、この人が必要だと。
あゆみちゃんが、いなきゃダメなんだと、そうわかったから。


だから今はあえてあの城を出よう。
自分を、鍛えなおすために。


そうすることが。

…裕ちゃんへの。
自分を育ててくれた父への、そしてこの国への。
…恩返しに、なるはずだから。



578 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2006/02/22(水) 16:42


潤んでいた瞳から、とうとう涙をこぼし始めたあゆみちゃんを。
そっと抱き寄せ、王子は小さく、耳元でささやく。


「…でも。その中でも、一番。あゆみちゃんを幸せにしてあげるから…ね?」
「…ばか…」


何度言われても、耳に心地いい、彼女の「ばか」を。
本当はいつまでも聞いていたいけれど。
…でもやっぱりキスもしたいので。
声が聞けないのは残念だけど、唇を塞いで。


…今度はその柔らかい感触の方を、味わうことにした。


…甘い口付けを堪能する、二人のそばで。
…懲りずにすっぱい梅干を堪能する、むらっちがいた。



「…ねぇ。そういえば…ケメコ姫は?…断っちゃって…よかったの?」
「え?あぁ。さぁ…どうだろう…」
「ど、どうだろうって…」



579 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2006/02/22(水) 16:43


そ、そんな簡単に…

「まぁ、いいのいいの。今度お詫びに酒のつまみでも送っておくよ、それに。」
「…それに?」
「今さら。結婚しようがないもん。」
「…え?なに…どういう…意味?」
「だって。独身同士じゃなきゃ、結婚できないでしょ?」
「それは…そうだけど…」


…ちょっと待って。
なんか話がおかしい…ていうか、ちょっと嫌な予感がするんだけど…
背筋にひんやりと、嫌な汗を感じるあゆみちゃん。


「ねぇ…ケメコ姫って…独身じゃ、ないの?」
「え〜?バリバリ独身だよぉ〜ケメちゃん。中々相手見つかんないからね〜あははっ!」
「じゃ…まさか王子が…既婚…?」
「うん♪」


ニッコリと愛らしく微笑む、ひとみ王子の頬を。
あゆみちゃんがバチーン!と、山の向こうまで、そのずっと奥のお城の中まで
聞こえそうなボリュームで、叩く。



580 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2006/02/22(水) 16:44


「ひぃ!い、いったぁ!!」
「この…浮気もの!!バカ!!…最低!!!」
「えぇ?!な、なんで?!!ど、どうしてさ!!」
「どうして?!!…結婚してるくせに!!なのに…なのに…私と…バカバカ!!
…うぅ…ぐす…ぐすん…」
「ちょ?!!な、泣かないで!!あゆみちゃんなんか勘違いしてる!!」
「…なに…がよぉ…うぅ…」
「確かにうちは結婚してるよ。だけどそれはあゆみちゃんとでしょ?!
あゆみちゃんと結婚してて、んであゆみちゃんとちゅーして。それがなんで浮気になるの?」


え?

…確かに、王子が言うとおり。
それは…浮気ではない。
…浮気では…ないけど…


「…誰と、誰が。…いつ…結婚したって?」
「えー?決まってるじゃない、そんなの。うちと、あゆみちゃんが。…今朝♪」


はぁぁぁぁぁぁ〜〜〜〜?!!!!


やっぱりさっきと同じくらい、いやそれよりも大きいくらい。
耳の遠い村っちも耳を押さえるくらいの大きな声で、あゆみちゃんは叫んだ。



581 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2006/02/22(水) 16:45


「か…勝手にそんな…なんでそんなことしたのよ!!」
「え、え?いや、だって…膳は急げって言うし…ケメコ姫の他にまた候補が出てきたら
大変だし…早いほうがいいと思って…」
「そ、それに!!私自分の名前はおろか…判子だって押してないのに!!そんな書類、
受理されるわけ…」
「あぁ、そのへんは心配しないで♪だってうち…」


ポンポンっと、荒ぶるあゆみちゃんの肩を叩いて、王子は笑って言う。


「…王子様だからね♪」



…神様。
なぜ、なぜこのバカに…
…権力を与えたの?



肩を落とし、地面にひざまずくあゆみちゃんを。
王子はおろおろと心配する。


「ご、ごめんね…そんな…嫌がると思わなくて…ご、ごめ…ぐすん。」


いいことをしたつもりだったのに。
まさか悲しまれるなんて。



582 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2006/02/22(水) 16:46


ショックで涙にくれる王子を見て、あゆみちゃんは慌てて起き上がり。
…口を尖らす。


「べ、別に嫌がってるわけじゃ…いい、いいけど…でも…そ、それならそれで。
日取りとか、ご家族へのご挨拶とか…その…そういう、プロセスがいろいろ…」
「村っち。不束者ですが、よろしくお願いします。」
「むぁー。よろしくにぇー。」


言われた後すぐ、ご家族にご挨拶を済ませる王子。

…あとは…日取りか。


「でもでも!これでまたひとつ大切な日が…そう記念日が…!増えたってコトで…
いいじゃない!!…ダメ?」
「…だめじゃ…ないけど…でも…」
「むあー?!あゆみぃ、あゆみぃ!!」


新婚ホヤホヤで早速機嫌を損ねている、奥さんを。
だんなさんの王子が必死でなだめていると。
村っちが梅干を食べながら、慌てて話しかける。



583 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2006/02/22(水) 16:46


「もぉ…なに村っち?今王子と大切な話を…」
「おめでっとー!あゆみぃー誕生日だにぇー」
「…え?」
「へ?!!た、誕生日?!!本当あゆみちゃん!!?」
「…そっか…今日2月22日…誕生日だ…」


最近もういろんなことがありすぎたから。
ていうか、この人と、王子と知り合ってから、本当に毎日が嵐のように過ぎていたから。
…すっかり忘れていた。
そう、今日私。

…誕生日だったんだ。


「やったー!!ベストタイミング!!!ぴったりじゃん!うちらの結婚記念日に!!
ナイス!!村っちナイスアシスト!!」
「むぁ〜♪」
「も、偶然じゃない。…知らなかったくせに。」
「え、えへへ?」
「…でも、ま。…いっか。」
「え?!!い、いいの?!!て、いうことは…」
「…早く。そのバッグの荷物…中に運べば?」
「あ、あゆみちゃん…!!」



584 名前:Wellcome マイキャッスル♪ 投稿日:2006/02/22(水) 16:47


わぁいわぁい!と。
スキップをしながら村っちと手を取り合い、家の中へと入っていく王子の後姿を。

全く世話が焼ける…手のかかるのが、また一人家族に増えちゃったな、なんて、
優しく見つめながら。


あゆみちゃんは幸せそうに笑った。



…今日から、この小さな赤い屋根のお家が。
二人だけの、…村っちもいるけど。
お城になるんだね。



おしまい♪





585 名前:ツースリー 投稿日:2006/02/22(水) 17:01
以上でWellcome マイキャッスル♪完結です。
そして柴ちゃんお誕生日おめでとう♪

>>543 ツースリ^教信者 さま
そんなふうに言っていただいて感激です〜ありがとうございます!
本編終わってしまいました〜…こんな感じでw
気に入っていただけたらうれしいです♪

>>544 名無飼育さん さま
本物のまいちゃんのおもしろさには中々勝てないとはおもいますがw
気に入っていただけてうれしいです〜
本編無事完結しました〜また読んでいただけたらうれしいです♪

>>545 515 さま
ピコンピコンw
二人ともすっごくキャワかったんですよw今でもですが…(*´∀`)
今回で本編無事完結しました〜これからもよろしくお願いします♪


次回からまた新しいお話をはじめさせていただきたいと思います。
またみなさんに読んでいただけるようがんばりますので、よろしくお願いします!
586 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/02/23(木) 00:18
完結おめでとうございます!!
しかも22日で内容もシンクロしてる…!!
コレを狙ってたんですねぇ〜作者さん憎いよコノこのぉ!w

めっちゃ感動しましたぁ!
王子かっこいい!柴ちゃん可愛い!村っち面白いw
いつも思うんですが、作者サンは脇役を描くのも上手いですよね。
読んでてほんと楽しいです。

次回は新しい話ですか!
楽しみしてます!
587 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/02/23(木) 04:03
王子と村っちのはしゃぐ姿が目に浮かぶw
面白かったです
次も楽しみにしてます
588 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/02/24(金) 00:46
完結おめでとうございます。
柴ちゃんが後ろから抱き締めるところ、めちゃくちゃ切ない(;_;)
読んでてホントに涙出てきて自分にびっくりでしたw
次回作も楽しみに待ってます。
589 名前:ツースリー教信者 投稿日:2006/02/25(土) 00:37
完結おめでとうございますm(_ _)m
『…大切な人を守れないヤツに。国が守れるなんて思えないから…』
この台詞に痺れました!!良いこと言うね〜
ほんとに毎回楽しく読ませていただきました☆
次回作も心から楽しみにしています♪
590 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/02/25(土) 19:56
544でした。

完結おめでとうございます♪
いやぁー。誕生日に完結させるところ、さすが作者さん(´∀`)
王子もグッとくる台詞、いくつもあって……本当最高w
次回作も楽しみにしてます!!頑張って下さい!!!
591 名前:ツースリー 投稿日:2006/02/26(日) 01:09
新しい話を始める前に、短編をまたひとつ書かせていただきたいと思います。
592 名前:プラネタリウム 投稿日:2006/02/26(日) 01:10



「…なんかさ…変わったよね…最近。」
「え?そう。」
「うん、なんか。なんかっていうか…その…大人っぽくなったっていうか…」
「えーそうかなぁ?別にそうは思わないけど。」
「絶対絶対!!そうなの!!そうなんだって!!…イヤ悪いってわけじゃないよ?
大人になるのは…いい、そう、いいことなんだと思うんだけど…でも…私にとっては…
それってなんか…寂しいの。…寂しいんだもん。」


付き合い始めた頃の。
私が好きになった、あの頃のあなたがいなくなっちゃうみたいで。


ううん、あなたは、実際には、そこにいるんだけど。
…今でも、一緒に居てくれてるんだけど。


「ふぅん…って、それ本人に言ってくれる?!まいに言われても困るんだけど!」
「言えないからまいちゃんに言ってるんじゃない!!」
「あほか!!!」


カフェで突然大声をあげた私たちに、店員さんや他のお客さんから、白い目が注がれた。
…ご、ごめんなさい…



593 名前:プラネタリウム 投稿日:2006/02/26(日) 01:10


二人でペコペコ頭を下げながら、小さい声で話を続ける。


「…それで?あゆみんはどうしたいの?なに、別れたいの?よっちゃんと。」
「まさか!!そんなはずないでしょ?!別れたくない…別れたくないよぉ…」
「…んじゃあさっさと仲直りしてさ、ちゃっちゃと。ちゃっちゃと。ね。」
「…仲直り?なんで?」
「はっ?いやだって、別れたくないんでしょ?あゆみん。」
「それはそうだけど…そもそも。ケンカなんてしてないよ?私たち。」


ガタンっと。
大きな音を立てて。まいちゃんがイスから転げ落ちたから。
…またみんなに冷たい視線を向けられた。ごめんなさい、ごめんなさい。

倒れたままのまいちゃんを抱え上げて、イスに戻す。


「…もぉ…まいちゃん。コントじゃないんだから。恥ずかしいよ、やめてよ。」
「…こ、コントじゃん。まんま、コントじゃん。…なに?ケンカもしてないのに
まい相談されてたの?こんなに…こんなに親身になって答えてやってたのに…?」
「えー?そうだった?」
「そうだろうがよ!!…もう、血圧上がりそう…ただのノロケなら先にそう言ってよね?
一応さぁ…まいにも責任があるわけじゃん?二人紹介したのまいなんだから。
心配させないでよ。」
「や、悩んでるのは本当だよ?ケンカはしてないけど。心配してくれないの?」
「してくれない、してくれない。まぁ、あれでしょ?一種の倦怠期?そんなのそのうち
どうでもよくなるって。だーいじょうぶ。ほら、さっさと帰るよ。
よっちゃん待ってんでしょ?」
「…倦怠期。…違うと、思うんだけど…」


ぶつぶつ文句を言っているうちに、まいちゃんに手を引かれて。
よっすぃ〜との、待ち合わせの交差点に連れてこられていた。



594 名前:プラネタリウム 投稿日:2006/02/26(日) 01:12


「お〜まいちゃん!久しぶりじゃーん、元気?」
「元気元気。はいよっちゃん、お届けもの。はんこくれる?なきゃサインでいいけど。」
「え?は、はんこ?え、えーっと…えーっと…な、ない!」
「…本気にするなっての。ほらあゆみん。これのどこが大人なの?!考えすぎだって。ね?」
「……んー…」
「?なに?なんの話?」
「あーいいのよっちゃんは。んじゃ、まい帰るからね。仲良く遊ぶのよ。バイバーイ♪」


そう言うと、まいちゃんは引っ張っていた私の手を、そのままよっすぃ〜の手の中に渡して。
なんか変な動きをしながら帰っていった。



「ねー。まいちゃんとなんの話してたの?」
「うーん…難しい話。」
「難しい話?」
「うん。」
「…二人が?」
「もぉ、どういう意味よぉ〜」
「ははっ。ごめんごめん。うっそーん。さ、帰ろっか。」
「…うん。」


繋ぐ手の大きさや、優しさは一緒なのに。
…その温度があの頃と違うような気がしてしまうのは、やっぱりただの気のせいなんだろうか。



595 名前:プラネタリウム 投稿日:2006/02/26(日) 01:13



学校が違うよっすぃ〜と知り合ったのは、そのまんま、まいちゃんの紹介だ。

たまには大勢で遊ぼうなんていうから、いろんな人が来るんだと思って、私はたくさん
得意なダジャレを用意してやる気まんまんで向かったのに、来たのはよっすぃ〜だけだった。
…まぁ、そのダジャレによっすぃ〜が笑ってくれたから、別によかったんだけど。

よっすぃ〜はよっすぃ〜で全然似てない長島さんのモノマネを、バット持参で披露してくれたり。
それは似てなかったけど、すっごく面白くて。


そんなふうに遊んでいるうちに、気が付いたらもう、
いつしか私はよっすぃ〜のことが大好きになっていて。

告白をしたら、すっごい喜んでくれて。
おんなじ気持ちだって、言ってくれた。


そして付き合いだして、もう二年。
帰りはいつも、この交差点で待ち合わせをして一緒に帰る。


学校の方向が違うし、終わる時間も違うから。
だから私は今日みたいに、まいちゃんと時間をつぶしたり、なんかそのへんブラブラ
したりして、適当によっすぃ〜に会えるまでを過ごす。


…こんなふうになったのは、いつからだったっけ?



596 名前:プラネタリウム 投稿日:2006/02/26(日) 01:14


よっすぃ〜はもう覚えてないのかもしれないけど、最初の頃はね?私たち。
会えるまでの間だって、離れている時間だって。
ずっとメールして、チャットみたいにメールして、こっそり講義を抜け出して電話もしてみたりして。


…会いたいよ、会いたいよって。
一日にたぶん、500回くらい言ってた。


今、またあの頃と同じようにしたいってわけじゃないの。
会いたいけど、放課後になれば会えるのわかってるし。
話したいけど、もうほとんどのことは話したし。知らないことなんてないし。


あの頃と、お互いが。
違うのがわかる、変わりたくないわけじゃない、だってそれは自然なことだし。


…ただ。
わかんないけど、寂しいの。
…寂しいよ、よっすぃ〜…


「今度の日曜、どうする?柴ちゃんなんかしたいこととか行きたいとことかある?」
「うーん…別に?」
「あ、そう?じゃあうちに来ない?」
「うん、行く。」


帰り道の話題は、次、今度、どうするか。
…今、なにをするかじゃ、なくて。



597 名前:プラネタリウム 投稿日:2006/02/26(日) 01:16


昔だったら、…昔昔って、言い過ぎのような気もするけど。
でも、ほんと、昔だったら、前だったら。


毎日いろんなところに行って、何時間も話して、手を握って、一緒に居て。
そのうえ日曜に家においでなんてよっすぃ〜に言われたら、ドキドキして舞い上がって
震えちゃってた。…よっすぃ〜だってきっと、そうだった。

なのに今じゃ…当たり前、だもんね。お家デートなんて。

…やっぱり、まいちゃんが言うとおり、倦怠期なんだろうか。


少し強めによっすぃ〜の手を握って、それを大げさに揺らすと。
うん?って、穏やかに微笑んでくれた、余裕の笑み。

ほら、やっぱり。
最初の頃だったら、きっと動揺したくせに。
顔を赤くしたくせに、どもっちゃったくせに。


…落ち着いてるよっすぃ〜が、大人になっちゃったよっすぃ〜がなんだか憎たらしい。


ううん、もともとよっすぃ〜はやんちゃそうに見えて、実は結構しっかりしてる子だった。
整理整頓好きだし、時間は守るし。


…ただ、それなのに、しっかりしてるのに、どこか抜けたところがあって。

デートの日に、時間もファッションも完璧なのに、足だけおやじサンダルだったりとか。
今日はうちがおごるよ!なんてお財布出したら中にお金が入ってなかったりとか。


そういうところ、かわいくって愛しくって大好きだったの。


…なのに今はあんまり抜けてないんだもん。
なんか年下と思えないくらい、大人なんだもん…。


愛おしいと、私が気に入っていた、あなたの幼いそんな所が。
消えたからといって、この想いが消えるわけではないんだけど。



598 名前:プラネタリウム 投稿日:2006/02/26(日) 01:17


「じゃ、またね…バイバイ…」
「…ん…」


別れ際に、するキスも。
好きなの、今だって好き。
…今みたいに、優しくて、大人なよっすぃ〜がくれるキスも好きだけど。


ただ、懐かしいって思っちゃうんだ。
勢いまかせで、鼻や歯が、ぶつかっちゃうような、あの頃のキス。

その後で、照れるように笑うよっすぃ〜の顔…


今のよっすぃ〜とキスをしながら、昔のよっすぃ〜を思い出す。
それはなんか、まるであなたとあなたの間で、心が揺れているみたいで。
…浮気をしているみたいで。


ひどく後ろめたかった。




599 名前:プラネタリウム 投稿日:2006/02/26(日) 01:18



「ごめん!昼間ちょっと用事できちゃってさ…来てもらうの夜でもいい?」
「あ、そうなんだ…そっかぁ。…わかった、じゃあ夜行くね?」
「うん!ごめん!それじゃ!」


日曜。お昼過ぎ。
ちょうど家を出ようとしていた私に、よっすぃ〜からの電話。
そっか…用事できちゃったのか、なんだ。


残念には思うけど、そんなに悲しくはない。
どうして私以外に用事なんか作るのよ!!…なぁんて怒鳴る気もさらさらない。
…ぶつぶつは言うけど。ちぇ。


じゃあ…どうしよう、夜までなんか。
本でも読もうかな…なんか読みかけのあったっけ。
棚の中から、適当な一冊を探そうと、私は引き出しの中に手をつっこんだ、そしたらなんと。


…昔。
付き合いだして、初めてのデートでよっすぃ〜と出かけた。
…プラネタリウムの、パンフレットが出てきて。



600 名前:プラネタリウム 投稿日:2006/02/26(日) 01:20


あー…懐かしいな、そうだ初めてのデート…プラネタリウムだったっけ…
楽しかったなぁ…あの頃。


まいちゃんに相談したあの日から、何日か過ぎても。
私のこの、『過去を振り返りたがる症候群』(メールにてまいちゃんが命名。)は、治っていなかった。


昔の写真や日記を見返して、何度もため息をついた。
あの頃は、とか、昔は、とか、何度もつぶやいて。


…けど…考えてみたら。
変わったのは…よっすぃ〜?
よっすぃ〜だけ…なの?

私にだって、どこか余裕が、…甘えがない?
昔の私だったら、夜まで会えないなんて、耐えられたかな。


…ねぇ、よっすぃ〜、だけど私。
何時間か、会えなくても平気になったけど、会いたくないってわけじゃないんだよ?


大人になってしまったよっすぃ〜に、距離を感じてしまうこともあるけれど、
でも心が離れたわけじゃないの。


だって…こんなに。
あの頃みたいに、もしかしたらそれ以上に。
よっすぃ〜のこと…よっすぃ〜のことばかり考えてる。



601 名前:プラネタリウム 投稿日:2006/02/26(日) 01:21


少しくらい、一緒にいられなくても。
その間、耐えられるくらいの愛情を、よっすぃ〜からもらったから、私も持っているから。
あなたを…信じているから。
…だから、平気になったんだよ。

…好きだから…


よっすぃ〜が、今日予定を入れて、私と一緒にいる時間を減らしてしまった理由も。
…同じなら、いいと思った。



「…おじゃましま〜す。」
「どうぞどうぞ。ごめんね、夜になっちゃって。」
「ううん、大丈夫。本読んで時間つぶしてたから…あ!そうだよっすぃ〜、そしたらね?
本探して、引き出しの中見てたらね、出てきたの!昔の、あの…覚えてる?
…初めてのデートで行った場所!」
「えー、どこだっけ?忘れちゃった。」
「…そっか。」



602 名前:プラネタリウム 投稿日:2006/02/26(日) 01:22


少し落ち込みながら、ブーツを脱ぐと。
よっすぃ〜が飲み物持っていくから先部屋入ってて、と言うので。
ドアを開けた。
ええもう、慣れてますから。
どうせ、初めて部屋に来たってわけじゃありませんから、ドキドキなんかありませんから。

…ちょっとヤケになりながら、どうせ驚きもトキメキもないであろう、
いつものよっすぃ〜の部屋のドアを、開けた、そしたら。


「…デートの場所。覚えてるよ、プラネタリウムでしょ?」
「うそ…」


後ろから、よっすぃ〜のからかうような、でも優しい。
声が聞こえた、そして前には。
本物じゃないけど…でもあの日と同じくらい。
初めてのデートで見たのと同じくらいキレイな…星空が広がっていた。


「…なに?これ…」
「へへっ…手作り…プラネタリウム?」


カッケーっしょ?なんて、久しぶりにいたずらっ子みたいな、よっすぃ〜の言葉。


まだ、なにが起こってるのか、どうなってるのかわからないまま。

そっと、暗い部屋の中で輝いている壁に手を伸ばすと。
その、正体が分かった。これって、たぶん。

ひとつひとつ、小さく星型に切られた紙の上に、発光する塗料を塗って…
それを貼ったんだ、ほんと、よっすぃ〜が言うとおりの。
手作り…プラネタリウム。



603 名前:プラネタリウム 投稿日:2006/02/26(日) 01:23


「すごい?すごい?」
「すごい…すごいうれしい…超、グッドタイミング。」
「え?グッドタイミング?」
「うん…なんか、またこういうの。こういうこと…したいって、思ってた。」
「…うん、うちも。」


…付き合い始めた頃みたいに。
今よりもずっと、幼稚で、幼いけど。
だけど、ドキドキするようなことがしたいって、前みたいなこと、したいって。
最近ずっと…ずっと思ってて。


それを叶えてくれた、キラキラ光る、よっすぃ〜のがんばりの後に。
目を奪われ、言葉を失っていると、照れたようによっすぃ〜が話す。


「いや、ほんとはさ…早く、もう朝一で見せたかったんだけど。ところがなんと。
…光らないのよ、これ。夜にならないと。だから超焦ってさぁ〜
あーやばい柴ちゃん来ちゃう!でもまだ部屋明るいし!って、思って…だから…
ごめんね、昼間。用事できたなんて言って…ほんと、計算不足でした、申し訳ない。」
「あぁ…そっかぁ…そうだったんだぁ…」


なるほど、今日の昼間のドタキャンにはそういう事情があったんだ。なるほどね。


…だけど、普通貼ってるときに、いやもうこれを思いついた時点で気が付かない?
…昼間は光らないぞってこと…


なんだか、久しぶりの、よっすぃ〜のちょっと抜けたところを見て。
愛おしさがこみ上げる。本当にうれしい。



604 名前:プラネタリウム 投稿日:2006/02/26(日) 01:24


…だから、恥ずかしかったけど。
私も、あの頃みたいに。
ぎゅーって、よっすぃ〜に抱きついた。


「うれしい…すごい…ドキドキした…感動した…ありがとう…」
「…うん。実は…さ。こないだ…まいちゃんから、電話が…あったのね?」
「…え?…まいちゃんから?」
「うん。」
「な、なんて?!」
「…なんか。柴ちゃんが…悩んでるって。うちが…大人みたいになって、悩んでるんだって…」


ま、まいちゃん!!
ひ、ひどいひどい!!…バラすなんて…よっすぃ〜にバラすなんて…ばかぁ…


顔が、熱くなっていくのがわかった。
あぁ、もう、何年ぶりだろう。
よっすぃ〜の前で、赤面するのなんて。


ちょっともう、消えてなくなりそうなくらい、恥ずかしくて。
下げた私の頭を。
ポンポンっと、軽く、よっすぃ〜が叩く。



605 名前:プラネタリウム 投稿日:2006/02/26(日) 01:25


「…大人になった?うち。」
「…な、なった…」
「そう?どのへんが?」
「…そういうところが。」
「うーん…」


困ったように、よっすぃ〜は首をかしげる。
そうだよね、たぶん、よっすぃ〜はそんなこと意識なんてしてなくて、きっと
気が付いてもいないんだ。


…前よりもっと、優しくなったことも。
…前よりもっと、…素敵になったことも。


黙り込む私に。
軽く自分の頭をかいて、…私の顔を覗き込んで。
少し…悲しそうな声で、よっすぃ〜は言う。


「…今のうちは…嫌い?」
「そ、そんなことない!!好き!!…好き…なんだけど…」
「うん…けど?」
「…けど…不安、なの…」
「…柴ちゃん…」



606 名前:プラネタリウム 投稿日:2006/02/26(日) 01:26


本当はよっすぃ〜だけじゃない、変わったの。
きっと私だって変わったんだ、自分ではわからないけど。


…だけどそれがなんか不安なの。
あの頃の私たちに、今の私たちが想像できなかったように。
今の私たちに、未来の私たちは想像できない。


あの頃と同じ気持ちを、今の私たちが持てているのか分からないから。
…今の気持ちを。未来の私たちが、持ったままでいられるのかどうか分からなくて。


不安だよ…どうしよう。
変わっていくことが、不安で怖い。


悪いことばかりではないはずなのに。
変わって、いいこともあるはずなのに、よっすぃ〜が大人になって、前より落ち着いて。
…優しくなったように、頼りがいが出たように。


二人とも。
キスも前よりずっとうまくなって、ケンカすることも減った。
お互いの考えていることがわかるから、すれ違うこともなくなったし。


…幸せなのに、不安なんて。
大事にされてるのに、不満なんて。


バカみたい、私…ほんと、バカだ。



607 名前:プラネタリウム 投稿日:2006/02/26(日) 01:27


こんなことで悩んでいる自分が、本当に情けなくて。

よっすぃ〜に申し訳なくて、ごめんね、ごめんねって何度も謝って。
よっすぃ〜はそんな私を、いいよ、そんなことないよって、何度も慰めてくれて。


おいでおいでって、手を引いて。
ソファーに座らせてくれた。


「うーん…わからなく、ないよ?柴ちゃんの気持ち。あの頃のこと。今でもすげぇ
大切だし、またあんなことしたいなぁとか、あんな風に遊びたいなぁとか、うちも思う。
思ったから今日、こんなことしたわけだし。…でもさ、さっき、柴ちゃん来ていきなり。
『プラネタリウム覚えてる?!』とか言うから、超びっくりした。おい!もうバレてる
のか!って。すげーテレパシーって思った。…やっぱ通じ合ってるなって、感動した。
…こんな風にさ。思ってること、言わなくても伝わっちゃうのって…
したいと思ってること、一緒だったりするのって…やっぱり、今だからだよ。
今だからこそ。…あの頃があって、今があるから。今だからできるんだよ。
それはそれで…新たな感動じゃない?」
「うん…私も、びっくりした、…感動した。」
「でしょ?なかなかやるじゃん、今のうちも。今の柴ちゃんも。」
「うん…ふふ。」


…よっすぃ〜の言葉は、すごく自然に、当たり前のように。
胸に染みてきた。


そう…できなくなったことも、あるけど。
だけど、今だからできることもある。
今の私たちだからできること。



608 名前:プラネタリウム 投稿日:2006/02/26(日) 01:28


「…ずっとさ。あの頃みたいに、最初の頃みたいに。子供っぽいことばっかしてさ、
今でも柴ちゃんがあのつまんないダジャレ言ってうちがおもしろいモノマネばっか
してたらさ。
…きっと。こんなに、続かなかったんじゃないかな。一日中電話して、メールして。
他の事なんにも手に付かないって時期がず〜っとだったら。
…いつかしんどくなったと思うんだ。恋心だけじゃ…恋愛だって。やっぱり続けられない
んだよ。」
「…じゃあ…恋心、だけじゃないの?今の私たち…」
「うん、それだけじゃないと思う。…思いやりとか。ちょっと照れるけど…尊敬とか。
相手のこと、恋心だけで見てないから…だから続けられるんだよ、続いてるんだよ、うちら。
この先もさ、こういう、いろんな気持ち。ひとつひとつ、足してさ。
…まぁ、仲良く。やってこうよ、うちら。お願いしますよ、柴田さん。」
「…そうですね。わかりました…ねぇ、でも待ってちょっと。気になるところがあったんだけど…」
「うん?なに?」
「…ダジャレ。つまらないって…どういうこと?」
「え?!い、いや…それは…」
「吉澤さんのモノマネだって。つまんなかったんですけど?」
「えぇ?!!そ、そうだったの?!!…うわ、ショック…」


二年目の今、明かされた衝撃の事実に。
お互いちょっと落ち込む。
なによ、笑ってたじゃない!そっちだって!!みたいな。


うん…これくらいのケンカなら、たまにはいいかも。



609 名前:プラネタリウム 投稿日:2006/02/26(日) 01:29


確かに、よっすぃ〜が言うとおり。
お互いに、少しずつ変わっていったからこそ、今まで続けて来れたんだ。

悪いところは自然に直して、良いところは伸ばしあって。
昔みたいな、激しさはないけれど。
昔はこんな、穏やかさもなかったし。


だから、これからも私たちは少しずつ変わりながら。
お互いのこと、もっと知りながら、許しあいながら。
ひとつひとつ気持ちを増やしながら、前へと進んでく。


「…うん。だけど。まぁ変わらないものもあるよ。」
「え?なに?」


…たった今、変わっていくって言ったばかりなのに。
変わらないものもあるってぇ〜?なぁによぉ〜?



610 名前:プラネタリウム 投稿日:2006/02/26(日) 01:34


ニヤニヤ得意げな笑顔にむかついて、ソファーで隣に座っているよっすぃ〜のお腹に
手を伸ばし、くすぐる。
キャハハ!と、珍しく高い声で笑うよっすぃ〜がおもしろくて、しつこく何度も
くすぐっていると、とうとう手を掴まれて。


…その手を、引き寄せられて。
抱きしめられて、言われた。


「…その…元の気持ち?いろんな気持ち…増えてくと思うけど、でも最初にあった
その気持ちは。…恋心は。変わんないから…消えないから……今も、これからも。
…好きな気持ちは。…変わんないよ…」
「…よっすぃ〜…」
「…ま、だからさ、要するに。…変わっていくものは、無理に止めたり、
我慢したりしないで、変えていってさ。…んで、変わらないものは。
ずっとずっと…大切にしよう…するから…」
「…うん…」


…昔よりもっと、優しい腕の中で。
…昔と変わらない、気持ちを聞いて。


不安な気持ちが消えていくのを、心が、満たされていくのを。
…あー幸せだなぁなんて、のんびり感じていた。



611 名前:プラネタリウム 投稿日:2006/02/26(日) 01:34



「でもやっぱいざ考えると確かにうちも成長したよねー。プラネタリウム手作りよ?
独り占めよ?超ステップアップじゃん!」
「えぇー…ステップアップって言うの?これ。デート代の節約なんじゃないのぉ?」
「なんてことを!!どんだけ手間暇かけたと思ってんの君は!!こんなに手にマメが
できるまで紙を切っては貼り、切っては貼り…」
「…うん、努力は認める。…ありがとぉ…。」
「いいえ。ね、こうやって変わっていくんだよ、いろいろ、プラネタリウムも。」
「…うん。じゃあ、次のプラネタリウムはどこ?」
「え?次?…うーんそうだなぁ…あ、じゃあ次は本物を!今度はほら、このうちの6畳の
ワンルームの小さな小さな窓から見える本物の星空たちを君に上げよう♪」
「確実に手間省いてるじゃない!!明らかにステップダウンじゃない!!もうバカ!!」


さっきまでの優しくて頼もしい、よっすぃ〜はどこ行っちゃったの?
このおバカなよっすぃ〜は、いつ、どこから戻ってきちゃったの?

ハァっと、私はわざとらしくため息をついてみせる。


だって、なんだか最近ずっと悩んでて。
こんなふうにじゃれあうの、本当に久しぶりなんだもん。
…だから、なんか甘えたくなったっていうか。
…よっすぃ〜を、困らせてみたくなって。



612 名前:プラネタリウム 投稿日:2006/02/26(日) 01:35


「…なんか。やっぱさ。倦怠期なのかな、私たち。」
「は?倦怠期?なにそれ、なんで?」
「まいちゃんにね?相談したって言ったじゃない?今の私たちのこと。」
「あぁ、うん。うちが、大人っぽくなっちゃって寂しかったんでしょ?」
「うーん…そう、それもだったんだけど、でもね、あとひとつ悩みがあって。
なんか私、もう…ドキドキしなくなっちゃったの、今のよっすぃ〜に。」
「…えぇ?!!!」
「なんか安心はするけど…昔みたいにドキドキしないなぁって。まいちゃんがそれって
倦怠期なんじゃないかって。言われてみたらそうだよね…会う時間も減ったし…
デートのプラネタリウムはお台場から家の中へ、そして今度は窓の中へと小さく小さく
なってくんだし。…これって、やっぱ。世間一般で言う…倦怠期なんだね、うん。」
「…大変だ。」


そう、大変なんだよ、吉澤クン。
だから、あんまり手を抜かないで、もっともっとかまってよね、って。
…言いたかった、だけなのに。
その、罠を仕掛けたつもりだったのに。


「え?!ちょ!!!……ま、待って!…よっすぃ〜!!」
「待てない、だって。」


むしろ、仕掛けられていたのは、捕まっていたのは。
…私?



613 名前:プラネタリウム 投稿日:2006/02/26(日) 01:36


「…じゃあ。…ドキドキ。…させなきゃね…」


私の体をソファーに沈めて、上から見下ろしながら、微笑む、よっすぃ〜のその顔は。
…やっぱり大人っぽい、昔より、今までより、今までで一番。


ごめんなさい、ごめんなさい。
嘘なの、ドキドキしてないなんて。
今日だってもう何度もドキドキした、手作りのプラネタリウム、本当にうれしかった。


…昔のよっすぃ〜が好きだったのは、本当だけど。
でも、今のよっすぃ〜も好きなの、ううん、本当は、今のよっすぃ〜が一番好き。
あ、違うかも、たぶん未来のよっすぃ〜も好き、あぁ。よく、わかんないけど。


…よっすぃ〜は全部。…大好きだよ…



そう、言いたいのに、言えない。
体が熱すぎて、言葉が出なくて。


私がなにも答えないからか、よっすぃ〜は手を休めない。
ううん、そうじゃなかった、きっと本当はもう、私がとっくに限界なこと気付いてるのに。


…なのに、やめてくれないんだ、優しいのに。
時々なぜか…いじわるな人だから。



614 名前:プラネタリウム 投稿日:2006/02/26(日) 01:37


「…お願い…よっすぃ…も、無理…やめて…」
「…ドキドキしたの?」


必死に、振り絞ってやっと言った私の言葉にも。
やっぱりよっすぃ〜は余裕で答えて、許してくれない。

だから私はまた必死にがんばって。
次の言葉を…言わなきゃいけなくなる。


「…ドキドキ…したよぉ…ドキドキして…苦しい…もう、死んじゃう…っ…」
「…やった。…でもやめないよ?」


…そんなことだろうと、思ったけれど。
もう、それ以上抗議のために、口を開くことは。
…私にはできなかった。


…久しぶりに。
今のよっすぃ〜と、…ううん、今も昔も未来も、全部ひっくるめて、よっすぃ〜、ただ一人と。
キスを、した気がして。
ドキドキして苦しかったけど、すごくすごく、幸せだった。




615 名前:プラネタリウム 投稿日:2006/02/26(日) 01:37



次の日、目が覚めたら。
もう部屋の中は明るくて。
よっすぃ〜が作ってくれた星空も見えなくなっていて。
…よっすぃ〜も。
いつもの、大人な、穏やかなよっすぃ〜に戻っていた。


「おはよ、柴ちゃん。」
「…悔しい。」
「へ?な、なにさ、朝からいきなり。」
「…私。結局いつもよっすぃ〜に負けるよね。なんでもそう。なんでもよっすぃ〜の
思い通りじゃない。」
「…またいきなりだな。」
「いきなりじゃない、昔からそうだったもん!!」
「また昔の話?だからさ…」
「…昔。最初に、告白したのだって…私だったもん…」
「え?あぁ…」


そう、思い出せばそうだった。
最初に、好きって言ったのも私、それをよっすぃ〜は受け入れてくれただけで。
私はさ、よっすぃ〜が好きだったからつまらないモノマネにも笑ったし、
会う時間が減っても、文句も言わなかった、寂しかったのに。
なんでもそうだよ、なんでも…結局。


…先に、好きになった方の負けなんだ…



616 名前:プラネタリウム 投稿日:2006/02/26(日) 01:38


「…もしかして。それ…ずっと気にしてたの?」
「…自分でも気づかなかったけど…そうみたい。」


…もしかしたら。
そもそも、不安な日々が続いたのも。
…よっすぃ〜の気持ちが、私より少ないような気がして。
そしてそれが更に昔より、少なくなったような気がしてた…から?

あんなふうに、寂しく感じてたのが。
私だけなんだって…思ったから…なんだ。


ぶすっと膨れた私に、よっすぃ〜は大きくため息をついて。
「トラフグかよ」なんて、呆れたように。
…だけど穏やかに笑って言った。


「…先に好きになったのは。うちの方だよ、負けてるのも…うちの方。柴ちゃん、
気が付いてないだけだよ。」
「うそばっかり。…騙されないもん。」


昨日はなんか、よっすぃ〜の言葉に感動して。
私はまたいつも通りよっすぃ〜の思うとおりになっちゃったけど。
…それは私にとって、けして嫌なことなんかじゃないんだけど。


だけど、今日はそうはいかないんだから。
まだ昼間だし、ムードに流される心配もないし。
…そ、そんなふうに優しく見つめられたって…頭撫でられたって…全然平気、
平気なんだから……あぁ無理…やっぱ無理かも……溶けそう…


よっすぃ〜の優しい手の動きは、まるで麻酔のようで。
私はどんなに気が立っていても、怒っていても。
…よっすぃ〜に撫でられただけで、シュンとおとなしくなってしまう、心が安らぐ。
…眠くなる。



617 名前:プラネタリウム 投稿日:2006/02/26(日) 01:40


そんなふうに、いつも通り。
もうすっかりよっすぃ〜の腕の中に収まった私を、またよっすぃ〜は大人な表情で、
余裕で見つめて。

撫でる手を休めずに、話す。


「…告白してくれたのは確かに柴ちゃんだったけど。でもそもそも紹介してくれって
頼んだのはうちなんだし。…うちは、その頃から柴ちゃん狙ってたんだよ?」
「…え?…そうなの?」


…初めて、会ったときって。
ただの宴会じゃなかったの?ただ、みんなで遊ぼうって、まいちゃんが言うから、それで…

…あ。
そっか、だから…よっすぃ〜しか来なかったんだ、結局あのとき。
だから三人だけだったんだ…まいちゃんは始めから。
私とよっすぃ〜を会わせるつもりで…


…そっか。…そうだったんだ。



618 名前:プラネタリウム 投稿日:2006/02/26(日) 01:40


「なに、知らなかったの?」
「…まいちゃん。そんなこと今まで一言も言ってくれなかったもん。ひどい…
私の悩みはよっすぃ〜にバラすくせに、そういうことは、私にはなんにも教えてくれない…」
「…うーん。さすが、わかってるねーまいちゃん。言うべきことと言わざるべきことを。
あ、ていうか、言う相手を♪」
「…なによそれ…むかつくぅ〜…」


バタバタ暴れようとしても、もう体はすっぽりよっすぃ〜に包まれていたし。
…撫でられていたから、やっぱりできなかった。


「ねー…じゃあ。先に好きになったのは…よっすぃ〜?」
「…うん。そうだよ。」
「…負けたのも、よっすぃ〜なんだ。」
「…そもそも。勝ち負けじゃないでしょ…あぁ、はいはい。そうだよ、うちが負けました。」
「…えへへ。」
「満足なのかよ!」


うん、すっごい、すっごい満足。



619 名前:プラネタリウム 投稿日:2006/02/26(日) 01:41


だって、ずっと。
私のほうが先に、好きになったんだと思ってた、…私のほうが。
ずっとずっと、よっすぃ〜を好きなんだと思ってたから、…一方的なんじゃないかって。
時々すごく…不安だったから。


「…そんなわけないじゃん。好きなのも…悩んでるのも。柴ちゃんだけじゃないよ、
うちだって。」
「え?!よっすぃ〜にも悩みがあったの?!!」
「失礼な。あるよ。…相手が、変わったら。不安になるって…柴ちゃんだって言ったじゃん。」
「…そうだけど。けど、私はよっすぃ〜ほど大人になってないし。…そりゃー昔に比べたら
多少変わったこともあるかもしれないけど…でもよっすぃ〜ほど変わってないよ?」
「変わったよ。…自分じゃ気付かないだけっしょ。」
「えー…そうかなぁ…」
「…そうだよ。だから。」


突然。
さっきまで、私の頭を優しく撫でていてくれたはずの、その腕に。
息ができなくなる位、強く強く抱きしめられて。


また、胸が高鳴って、ドキドキして。
きっと赤くなっている私の耳元で、ささやく声が聞こえる。


「…柴ちゃん。変わったから…キレイになったから…。だから不安。誰かに…
…取られちゃうんじゃないかって…」



620 名前:プラネタリウム 投稿日:2006/02/26(日) 01:41


…よっすぃ〜こそ。
よっすぃ〜こそキレイになって、優しくなって、頼もしくなって。


だから不安だよ、まだ私だけのものでいてくれてるのかなって。
私のこと…まだ好きかなって。


でもそれってもしかして…お互い様…なのかな。


「…私のほうが不安だよ?」
「いや、うちの方が不安。」
「それはない。私の勝ち。」
「…勝ち負けじゃないって。この負けず嫌いめ。」


えへへ…よっすぃ〜。
…大好き。



621 名前:プラネタリウム 投稿日:2006/02/26(日) 01:42



…不安不安不安。
不安って…イヤだけど、つらいけど。


でも、不安が多ければ多いほど、それは相手のことを。
…お互いのことを…好きだって。
証拠、なのかな、だとしたら。


…こんな不安も…悪くないかも。
私もっと、不安になってもいいよ?
全然、怖くない。


だってあなたが。
その不安を、取ってくれるって、無くしてくれるって。


…あなたが、キスをしてくれたら。
そんな不安全部、なくなっちゃうんだって、もうわかってるから…




622 名前:プラネタリウム 投稿日:2006/02/26(日) 01:42


「って、いうわけでね。やっぱり倦怠期じゃなかったみたい。だって、もう、なんか。
今、前よりずっと燃え上がってるし、私たち。」
「あぁ…そうですかぁ〜…」
「もうまいちゃんが私の悩みバラしたって聞いたときは絶対怒ってやる!って思ったけど。
でもそのおかげで前よりずっとラブラブになれたし、それに私たちが出会えたのも全部。
本当はまいちゃんのおかげなんだよね。ありがとね。」
「…はぁ、ほんと。もっと感謝されてもいいくらいだね。」
「…あ、よっすぃ〜♪」
「いや、私はあんたの愛しいよっすぃ〜じゃなくて、まい、里田まい…って、よっちゃん?!
本物いたのかよ!!」


いつものカフェで、まいちゃんに。
この間のなんとか症候群がなくなったことと、前よりもっとよっすぃ〜とラブラブだと
いうことを報告していると。


…よっすぃ〜が来てくれた♪



623 名前:プラネタリウム 投稿日:2006/02/26(日) 01:43


「ちょっとよっちゃん!どうしたの突然。待ち合わせはあの交差点でしょ?!!」
「おーまいちゃん、やっほー。いや、早く終わったから。早く帰れるときは、迎えに来る
ことにしたんだ、ここに。ねー柴ちゃん。」
「うん♪」
「……バカップル。」

そんなことより、まいちゃん。
大声出すからまたみんなに白い目で見られてるよ。気をつけて?


「それじゃ!私たち帰るね♪まいちゃんバイバーイ!」
「はいはい、お幸せに…ってもう十分幸せか、バカップル。」


後ろでまたまいちゃんが何か言ってた気がするけど。
でもそんなことは気にせず、よっすぃ〜と手を繋ぐ。


「ねー柴ちゃん。今度の日曜どうする?うち来る?」
「うん行く!じゃあ日曜はよっすぃ〜ん家だからぁ…今日は。…うち来る?」
「え?!いいの?!!」
「いいよぉー♪」


待ち合わせの場所は、交差点から、喫茶店に変わった。もっと長く一緒に歩けるように。
週末だけだったお家デート、時間があるなら、平日だってしちゃおう。


…変わっていくことって、やっぱり悪くない。



624 名前:プラネタリウム 投稿日:2006/02/26(日) 01:44


…初めのころみたいに。
授業を抜け出してまで、一緒に過ごすことや。

お互いの家に、緊張して行くなんてこと…もうないだろうけど。


でも、それは情熱がなくなったってわけじゃない、気持ちが減ったってことでもない。


なにも分からずに、手探りで愛し合っていた時期を、二人で乗り越えて。
…今だからできる、愛し合い方がある。


だから、これからも。
無理をしないで、時間とともに、変わっていくものは、自然に変えていって。
…変わらないこの気持ちを、大切にしよう。


きっともっと素敵に変わっていく、あなたを。
ずっとずっと、好きでいよう。


大げさに、繋いでいる手を揺らすと。
うん?って振り返って、今のあなたが。
今の私に優しく微笑んだ。





625 名前:ツースリー 投稿日:2006/02/26(日) 01:57
以上、短編の「プラネタリウム」でした。

>>586 名無飼育さん さま
狙いがバレて恥ずかしい…wでも気づいてもらえてうれしいです♪
私は全然うまくなんかないですが…そんなふうに言っていただけて本当に光栄です。
新しい話後回しにしてしまってすみません〜またぜひよろしくお願いします♪

>>587 名無飼育さん さま
レスありがとうございます!私にも目に浮かびますw
新しい話はまた次回になりますがぜひよろしくお願いします〜

>>588 名無飼育さん さま
こんな話で泣いてもらえるなんて…マキバオーも喜んでいますw
勝手に短編を書いてしまい、新しい話はまた次なんですが、そちらもよろしくお願いします♪

>>589 ツースリー教信者 さま
たまには王子ににキメてもらいましたw
(O´∀`)<キマったYO!
楽しみにしていただいていたのに予定変わってしまってごめんなさい…
これからもよろしくお願いします♪

>>590 名無飼育さん さま
なんとか間に合ってよかった…誕生日w
王子のセリフ気に入ってもらえてうれしいです〜
(O´∀`)<サンキューだYO!
新しい話もがんばりたいと思いますので、これからもよろしくお願いします♪
626 名前:ツースリー教信者 投稿日:2006/02/26(日) 02:43
短編ごちそうさまですm(_ _)m
これはやっぱりBOCのあの曲からですか!?
あれ好きなんですよ!!
で、ツースリーさんの書く作品も好き!!
好きなもの二つが合わされば、そりゃ〜俺のツボどんぴしゃですよ!
プラネタリウム、楽しませていただきました☆
627 名前:ツースリー 投稿日:2006/02/26(日) 05:02
大変なことを言い忘れ…本編とは関係ないのですが…
…ミキティ誕生日おめでとう!w

>>626 ツースリー教信者 さま
ごめんなさい、何の曲なのかわかりません…
すいません、最近曲とか本当全然知らなくて…

検索してみたんですが、何の曲かわかりませんでしたorz
でも今回何かの曲を意識して書いたわけじゃなかったので…
せっかく喜んで下さっていたのに、がっかりさせてしまったらこれまたごめんなさいorz

また次の話も読んでいただけるようがんばりますので、またぜひよろしくお願いします〜
628 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/01(水) 20:51
交信お疲れ様です、590でした^^

短編とっても楽しく読ませて頂きました♪これ、大好きです(爆)
作者さんが書く吉柴は全部はまってしまうのですが、プラネタリウムって所がツボ(謎
次の話も待ってます!頑張って下さい!!
629 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/03(金) 14:42
すごく素敵な短編ありがとうございます。
なんというか、胸がキュンとしましたw
こんな恋をしてみたいですね〜ww
630 名前:Live=Love 投稿日:2006/03/13(月) 22:30



「ごめん、もう…会えないと思う。」
「…は?」


いきなり、家に来たいと言うから。
なんか変だなぁとは思ったけど。

突然、なぜ、どうして。
…そんなこと。


「別れるって…こと?」
「…んー…」


…ていうか。
そもそも、私たちはいつから付き合い始めてたんだろう。
ただの一度も。
確かな言葉なんて、もらったこと。
…なかったのに。



631 名前:Live=Love 投稿日:2006/03/13(月) 22:31


「…とにかく。今日が、最後。明日からはもう、あの駅にも行かないし…ていうか
行けないし…あぁ、そんなことはまぁ、いいんだけど。どうでも。…あゆみもさ。
だから明日からは…待ってなくていいよ?うちのこと…」
「…べ、別に…あなたを待ってたわけじゃないし…電車。そう、電車来るの待ってただけだし…
ていうか、全然。…どうでもよくないんだけど。…どういうこと?」
「…んー。まぁ、いろいろね、事情がね…ありまして…はい…」


あぁ、はいそうですかって…終わらせられる?

大切なことは、何も言ってもらえなくて。
…本当のことは、何一つ教えてくれなくて。


ため息なんて、どうしてつくのよ、つきたいのはこっちのほうだよ。


彼女がなにかに疲れたように肩を落とし、吐き捨てたため息の何倍かの大きさで。
私もわざと大きく息を吐く。


…突然の別れ話に。
泣いたり、すがったりできるような性格でも、そんな関係でもなかったから。


「わかった…要するに、もう会いたくないってことでしょ?理由は…知らないけど。」
「いやいや。会いたくないわけじゃないよ。会いたいんだけど、会えないんだ。もう。」
「…意味がわかんない。…結局。私たちって…なんだったんだろうね。友達…ではないし。
…恋人…なんて、もっとあり得ないか。」
「…うちは。その…つもりだったよ…あゆみのことちゃんと…その…想ってた…」



632 名前:Live=Love 投稿日:2006/03/13(月) 22:32


…今になって、そんなこと。
好きだとも、付き合おうとも、言ってくれたことなんかないくせに。
…ウソばっかり。


「…スムーズに別れ話を進めたいってだけで。そんなこと、言わなくたっていいよ。
嫌だとか、言って困らせるつもりもないから。」
「いや…本当に…そうじゃ、なくて…うちはちゃんと…」
「…ちゃんとなに?!!ちゃんと私のこと好きだったとでも言う気?!!自分のこと全然
話さなくて、何も教えてくれなくて…もし…もし、本当に好きだったら…好きな相手に
だったら…なんでも言ってくれるはずでしょ…?…好きだったら…会いたいって。
思うはずだよ…それをもう、会えないなんて…。…充分、証拠になるじゃない。
…私のこと、好きでもなんでもなかったって、証拠に。」
「違う…ホント、違うんだって…」
「…もういい!!…今日、突然部屋に来たいなんて言ったの。この…別れ話、するため
だったんだ?だったらもういいよね。…帰ってよ。」


…悲しんでなんかいないように。
胸が締め付けられるように痛いなんてこと、ごまかすように、気づかれないように。


私は冷たく彼女にそう言い放ち、背を向けた。


…歩き出す、音がして。
あぁ…きっと次に聞こえる音は、この部屋の玄関が、重く閉まる音だろうなって。
…思ったのに。



633 名前:Live=Love 投稿日:2006/03/13(月) 22:33


「…ちょっ?!!!」
「…ごめん…」


…聞こえたのは。
耳元でささやく、あなたの小さな声で。


驚いて振り返ろうと思っても、きつく後ろから抱きしめられていて。
身動きひとつ、できやしない。


「は、離してよっ……なに?!!」
「…違うんだ…それだけじゃ、ないんだ…」


…え?

あなたの言葉に疑問を抱いた、その瞬間。
抱きしめられていたはずの背中に、軽い衝撃を感じた。…ミシっと、響く音も。
…私を、なぜか切なそうに見下ろす、あなたの視線に気が付いて。
…ようやく、自分の状況が分かった。


ベッドに…押し倒されているんだと。


「…もう会えないって…言おうと思って、来たんだけど…でもそれだけじゃなくて。
本当は…あゆみのこと。…抱きたくって…来たんだ…部屋に。」
「…は、はぁ?!!!」



634 名前:Live=Love 投稿日:2006/03/13(月) 22:34


今までの短い付き合いで、彼女のそれまでの言動で。
ちょっと普通じゃない人だって、結構、相当、自分勝手だって。
…知ってたつもり…だったけど。
でも、まさか。
…ここまでなんて。


「あ、あなた…自分でもう会えないとか、ごめんとか言っておいて…そ、それなのに…
こ、こういう…ことを…しようだなんて……どういう神経してんの?!!
頭おかしいんじゃないの?!!」
「うん、おかしいかも。ごめんね。うち、頭も…きっとおかしいんだ。人と違うんだ。
ごめんね。」
「…ご、ごめんって…謝るくらいなら離してよ!!離れて!!」
「いやだ!!」
「な、なんでよ!!」
「いやだいやだ!!」
「は、はぁ?!!」


…ちょっと。
いいかげんに、して?

子供じゃないんだし…って、しようとしてることは、とんでもないくらい
大人なことなんだし。


…駄々こねてもダメなもんはダメ…って、ちょ、ちょっと!!!



635 名前:Live=Love 投稿日:2006/03/13(月) 22:35


「ヤダ!!ま、待って!!やめて!!」
「…やめれない…」


いいなんて、誰も一言も言っていないのに。
まだ全然、理解も納得もしていないのに。


手はもうすでに、私の肌に触れ始めていて。
服を捲し上げようと、私のシャツの裾を持ち上げるあなたのその手を必死で掴む。


「ホントにヤダ!!やめて!!」
「ごめん…やめれない…」
「な、なんで…なんでこんなこと…」
「…お願いだから…」
「…え?…」


どうしてか…わからないけど。

…泣きそうな、消えちゃいそうな、声で。

…彼女は言う。


「お願いだから…これが…最初で最後だから…一度だけ…ごめん、お願い、あゆみ…」
「………」



636 名前:Live=Love 投稿日:2006/03/13(月) 22:36


…最後。
今日が、最初で最後。


…本当にもう…会ってくれないんだ…会うつもりないんだ…私に。
でも、なのにじゃあどうして。

…抱きたいなんて言うの?


私のこと、嫌いになって…そもそも、好きでいてくれたのかわからないけれど。
でも、それでもう会わないって言ったんじゃないの?
それなのになんで?どうして?


…本当の…あなたの気持ちはどっち?


こんなこと、許されるはずない。
君とは今日限りで別れるけれど、もう会わないけれど、けど最後に一度抱かせてくれだなんて。
ひどい、ひどすぎる、納得できるはずなんてない。
…理解できるはずなんてない。


だって、私にはなんのメリットもない、もう振られるって分かってるのに、こんなこと。
…つらくなるだけなのに…


なのに…



637 名前:Live=Love 投稿日:2006/03/13(月) 22:38


「…あゆみ?」
「………」

頷く代わりに。
そっと、掴んで止めていた彼女の手を離した。


…言葉や態度で肯定するのは、悔しすぎるから。


「…ごめん。…ありがとう…」


謝られて、お礼を言われて抱かれるなんておかしな話だけど。
…でも…だって…
拒絶、できなかったんだもん…


見たこともないような、目で。
聞いたことのないような、声で。

怯えたような目だった、追い詰められたような声だった。


なんで、どうしてって。
…聞きたかったけど。


…理由なんて、教えてもらえないこと。
本当は最初から…出会ったときから、分かってたから。





638 名前:Live=Love 投稿日:2006/03/13(月) 22:39



ずっと、目をつぶっていた。
見たくなかった、あなたが今どんな顔をしているのか。
見たら…泣き出してしまいそうな、予感もした。


だけどそれは、視界を塞ぐことは。
余計に私を追い詰める材料になって。

触れられた場所が、火傷したみたいに、熱くなっていくのがわかった。
あゆみって、名前を呼ばれるだけでも、ビクビク体が震えだした。


…けど、喜んでいると、思われたくなくて。
感じているんだと…気づかれたくなくて。


必死に目を閉じて、顔を背けた。
声を漏らさないよう、噛み続けた唇が、とても痛かった。


頭が真っ白になって、意識が弾け跳んだ、あの最後の瞬間。


もうこれで終わりなんだっていう、寂しさと。
がんばったけど、耐えたけど、やっぱり負けてしまった、あなたにはきっと何もかも
敵わないんだっていう、敗北感と。
…わずかな幸福感を。


私はやっぱりあなたに気づかれないように、そっと静かに心の奥底で。
握り締めていた。




639 名前:Live=Love 投稿日:2006/03/13(月) 22:40


「…ごめんね…嫌な思いさせて…」
「………」


何度謝られても、どれだけ優しく頭をなでられても。
一言も言葉を発さず、背中を向けたままの私を、どれだけ傷つけたと、怒らせたと
あなたは感じたんだろう。


手の動きが少しずつ、ゆっくりになって、弱くなって…
…とうとう、私からその手は離された。


「ごめんね、ほんと…いろいろ、困らせて…でも、今日までだから…明日からは、もう。
うちいないから…だから、あゆみ心配いらないよ。あゆみのこと悲しませるヤツ、きっと
もういないから…ごめんね、ほんと、ごめんね…」
「………」


そういう問題じゃないだろうって。
あなたがいなくなったから私の悲しみが消えるなんて考え方はおかしい、
だって、あなたがいないことが私は悲しいのにって。


…言ってやりたかったけど、一度達した体は想像以上に重くって、だるくって。


…強がって背中を向け続けることが、私にできる精一杯だった。


「…それじゃ…もう、行くね…うち…」
「………」



640 名前:Live=Love 投稿日:2006/03/13(月) 22:41


…帰るね、じゃ…ないんだ…行っちゃうんだ…


わずかな言葉の違いを、まだボーっとする頭の中で、汲み取っていると。
突然、バタンっ!と大きな音がして。


驚いて、重い体をなんとか持ち上げて玄関の扉を見ると、部屋の中を見回すと。
…あなたの姿も、影すら。
…もう、どこにもなかった…


…さよならも…言わないって…
ひどい…ひどい人だと、知ってた、分かってたけど、でも!

…バカ…


それでもそのとき、私から涙は溢れなかった。


たぶん、姿はなくとも、さっきまで私を抱きしめていたあなたのぬくもりが。
そして感じた少しの…本当は少しじゃない、幸福感が。


まだ私の体に残っていたから、だと思う。



641 名前:Live=Love 投稿日:2006/03/13(月) 22:42


ただ、だるい腕を伸ばして、服を掴み。
それを着ようとしたとき。


…脱がされた服を、自分で着込むという行為が。
そして、その側には誰もいないという、現実が。
どれほど寂しくて、みじめで、悲しいか。


…あの身勝手でわがままな彼女は、たぶん一生知らずに過ごすんだろうなぁなんて、
まるで他人事のように、ボンヤリ感じていた。





642 名前:ツースリー 投稿日:2006/03/13(月) 22:48
以上、第一話です。

>>628 名無飼育さん さま
いつもありがとうございます!気に入ってもらえてヨカッタw
短編はのほほんとした二人が書きたいな〜と思って書きました。たまにはw
次の話はまたこんな感じですが…これからもよろしくお願いします〜

>>629 名無飼育さん さま
(O´∀`)<恋しちゃえYO!
ありがとうございますw胸キュンしてもらえてうれしいです〜
また次もどうぞよろしくお願いします!
643 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/13(月) 23:35
628でした。
交信、おつかれさまです☆

新作キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━!!!w
こんな始まり方、はじめて…?
また違った雰囲気からのスタート、新鮮です!(´∀`*)
次回も待ってます♪
これからもよろしくお願いしますorz


644 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/15(水) 19:06
新作おめでとうございます!
いやむしろありがとうございます!w

前作と全く違った雰囲気ですねぇ。
大人な始まりにどきっとしましたw
これからどう展開するのかとても楽しみです。
645 名前:Live=Love 投稿日:2006/03/19(日) 21:37



私が泣いたのは、あの日から二週間後のこと。
あの人が私を抱いて、いなくなって、それっきり連絡もなく二週間が過ぎた頃のことだった。


もう会わないと、言われた言葉を。
忘れていたわけじゃなかった、でもそれ以上に体のぬくもりを覚えていて。


…なんだかんだ言って。
どうせ、きっといつものわがままなんだ。
そのうち、またフラっと現れる、…また抱きたいとか、ひどいことを言い出す。

…そう、思っていたのに。
…信じていたのに。

…帰ってくるって…


いつもの駅で待っても、言葉通り彼女は一度も姿を見せなかった。
でも、それが現実とは思えなかった。

明日はきっと来る、明後日は…
そんなふうに二週間が過ぎて、もう我慢できなくて。
私はとうとう、彼女のケータイに電話をした。
それが唯一、私に与えられていた、彼女の情報だったから。



646 名前:Live=Love 投稿日:2006/03/19(日) 21:38


『…この電話は…現在使われておりません…』


無機質に繰り返す声を、何度も何度も聞いた。
次かけたら、彼女に繋がるかも。そんな浅はかな、悲しい希望を捨てきれずに。


何度も何度もかけ続けて、とうとう私のケータイが先にまいったと根を上げてしまった。

…充電が切れて、何の音もしなくなった、役立たずなケータイを。

私は壁に思い切り投げつけた。


…あなたがあの日、拾ってくれた、あのケータイを…



◇     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇



647 名前:Live=Love 投稿日:2006/03/19(日) 21:39



吉澤ひとみ。
それが本当の名前なのか、それすら私に確かめる術はないけれど。


初めて彼女に出会ったのは、駅のホーム。
定刻に遅れた電車が来るまでの退屈な待ち時間を、私は特に意味もなくケータイを
いじることでつぶしていた。

画面ばかりを見ていたから気づかなかったけど、私が立っていた場所は通行人のジャマを
していたのかもしれない。

ドーン!と、すれ違う誰かに思い切り背中を押されて、その衝撃に私は手を滑らせて。
…電車が来るレーンの中に、ケータイを落としてしまった。


た、大変!!どうしよう!!そうだ駅員さん…駅員さん呼ばなきゃ…


慌てて私が振り返ったとき。
―――体の横を、サラっと風が通り抜けた。


…え?


「ふぅ〜。あ、大丈夫だよ、壊れてないみたい。電源ちゃんと入ってるし。」
「え?!あ、あぁ…よかった…って!!あ、危ない!!危ないよ!!そ、そこ!!」


…信じられない。
私の隣を風のように通り抜けたその人は、今にも電車が来そうなホームの真下に立って。
…私のケータイを手に持って、笑っていた。



648 名前:Live=Love 投稿日:2006/03/19(日) 21:41


「ねー。名前。名前なんていうの。なにちゃん?いくつ?」
「へ?!な、名前?え、えっと…って、そんなこと言ってる場合じゃないよ!!は、早く!
早く上がってきて!!電車来ちゃうよ!!」
「え〜大丈夫だって〜♪」


…なにが大丈夫なの?!!
もしかしてこの人…頭おかしいんじゃないの?!!!


尋常じゃない…
電車が通るレーンの上を。
ケラケラ笑いながら、怯えることもなくたたずんでいるなんて。


目の前の彼女が余裕を見せれば見せるほど、私の心は、頭の中は、パニックになる。


「ね、ねぇ!!冗談はやめてよ!!早く上がってきて!!お願い!!」
「んーじゃあ…教えてくれる?」
「へ?」
「コレ。コレの番号。」


私のケータイのストラップを掴み、プラプラと揺らしてみせる。
え…ケ、ケータイ?ケータイ…教えろってこと?


「わ、分かった…お、教える。教えるから!だから早く!!」
『…電車が参ります…白線の内側にお下がりください…』
「!!!!」


私が必死に彼女を説得していると、無情にもアナウンスが聞こえ出した。



649 名前:Live=Love 投稿日:2006/03/19(日) 21:42


…ど、どうしよう…もう電車が…


「す、すいません!!止めてください!!電車止めて!!!」
「ははっ。んな慌てなくても大丈夫だって〜」
「だ、大丈夫なわけないでしょ?!!電車来るんだよ?!!…死んじゃったらどうするの?!!
「………」


…今まで。
笑ったまま、一度もその表情を変えることのなかった彼女が。
…初めて、私のその言葉に反応した。


「え?ちょ…ちょっと…?」
「…ホント。死んだら…どうするんだろうね…」
「…は?」


ウ〜…パ〜ン!!!

あまり遠くはない場所から、電車の凄まじい警報の音が。
左右の耳を、思い切り貫くように聞こえてきて。


振り返るともう、すぐそこに。
…電車の先頭が、見え始めていた。



650 名前:Live=Love 投稿日:2006/03/19(日) 21:42


「早く!!早く上がって!!で、電車が!!」
「…ねぇ。うちが…死んだらイヤ?」
「はぁ?!な、何言って…」
「ねぇ、イヤなの?」
「…い、嫌だよ!!嫌だ!!だ、だから…お願い!!」
「ん〜じゃあ…」


…聞き間違いかと、思った。
それくらい、周りはひどい爆音に包まれていた。


急ブレーキを踏む電車の音、状況を把握した人々の悲鳴。

その中で、耳を疑うような彼女の言葉が聞こえた。


「…キス。キスしてくれるんだったら…上がる。」
「へぇ?!!!」


…バカげてる。
命が…自分の命がかかっているというのに。



651 名前:Live=Love 投稿日:2006/03/19(日) 21:43


ねぇ、あなたは命が惜しくないの?
死ぬのが…怖くはないの?


…私は怖い。
今目の前で、名も知らぬあなたに死なれることが。

…怖くて…耐えられない。


「…ふ、ふざけないでよ!!」
「ふざけてないよ、本気。…どうする?」


ど、どうする?!!
どうするって、なに?!!


…だけど、答えを選択する時間も、自由も、私には与えられなかった。


「…分かった…する!!するから!!だからお願い!!上がってきて!!」
「…OK〜♪」



652 名前:Live=Love 投稿日:2006/03/19(日) 21:44


そう答えたかと思うと、すぐに。
彼女は飛び込んだときと同じか、それ以上の速さで。
…風を呼んで。


フワリと私の前を通り抜けると、隣にチョコンと座って、笑った。


その目の前では。
急ブレーキを踏んだ電車が、キーッ!っと、凄い音を立てて止まったけれど。
…でもそれは彼女が立っていた場所よりも、やっぱりずっと先の方で。


…もし、あのままだったら…こ、この人は…電車に…


改めて、その恐怖が沸いてきて。
私は腰が抜けたように、その場に倒れこんだ。



653 名前:Live=Love 投稿日:2006/03/19(日) 21:45


「…おい!!君たち何やってるんだ!!」

すると、物凄い剣幕で、怒鳴り声を上げて。
近寄ってくる、駅員さんの姿が見えて。

私は、その腰が抜けた状態のままで、慌てて頭を下げた。


「す、すいません!!ごめんなさい!!…え?」
「…約束♪」


なのに、そんな私を見ても、彼女は全く悪びれる様子もなく。

…下げていた私の顔を、頬を、勢いよく持ち上げて。
…駅員さんが、周りの人が、…みんなが見ているのに。


それを気にもせず。
…私に…キスをした。


「ちょ!!!…んぅ!!!」
「んー…へへ。やったぁ!!」


ボー然と、たたずむ私に、そのとき見えたのは。
呆れた顔をした駅員さん、周りの人たち。そして。


…透き通るような、真っ白い肌をして。
イタズラに微笑む、彼女の笑顔だった。




654 名前:Live=Love 投稿日:2006/03/19(日) 21:46



…それから。
私は彼女の要求どおり、ケータイの番号を教えて。
そして彼女も自分の名前とケータイ番号が書かれた紙をくれた。


…吉澤ひとみ。
年は私の一つか二つ、下だと言った。

…本当かどうか、知らないけれど。



その日から、私たちの不思議な関係は始まった。

最初のうちは、週に一度か、二度、彼女はあの駅にやってきた。
けどそれを私が見つけるのはいつも、改札の中ではなく、外。
駅の、外側だった。


家がこのあたりで、どこかに行くのに駅に来るの?それだったら私の家と近いのかもしれない。
そう思い、尋ねた。
私はいつも、家の最寄り駅としてこの駅を利用していたから。

だけど彼女は、家はここから電車で一時間ぐらいのとこだと言った。
じゃあ、ここに何しに来てるの?
そう聞くとまた「キスしてくれるんなら教える♪」なんて、はぐらかされた。


…来るときは、いつも電話をくれた。
でも、それはいつも帰りがけだった。



655 名前:Live=Love 投稿日:2006/03/19(日) 21:46


彼女は私が知らない間に、朝か、昼か、いつの間にか電車でこの駅にやってきて。
そして何かの用事を済ませ、帰るためにまたこの駅にやってくるそのときだけ、
私に電話をくれた。

…たぶん、3時か4時くらいに行く、なんて、適当な時間指定で。


その言葉通り、3時か4時の間に、一時間の間に来てくれるときはまだいい。
…ひどいときは、夜になったり。
もっとひどいときは、来なかったりした。


…それでも、私は待ち続けた。
自分で、忠犬ハチ公みたいだなぁって、自分を笑いながら。


…だって、もう引き返せないくらいだった。
わがままで自分勝手で、何考えてるんだかわからない。

そんな人のこと、なんで、どうしてこんなに気になるんだか、本当におかしい。
おかしいんだけど…でも…


私が駅で待ってると、彼女はいつもうれしそうに笑ってくれた。
…それだけで。充分だった。




656 名前:Live=Love 投稿日:2006/03/19(日) 21:47


うまく待ち合わせが成功して、会えたときは。
いろんな場所に行った、近くのカフェや、本屋、商店街、カラオケ、ゲーセン。
…人通りが多い場所でも。


やっぱり彼女はさほど気にする様子もなく、気が向いたときに、気が向いた分だけ。
…私にキスをした。


私は周りの人たちの冷たい視線が気になったし、とても恥ずかしかったけど。
でも…抵抗はしなかった…できなかった。


だって…うれしかったから。あなたに…キスをされて。



言葉なんて、いらないと思った、そんなもの、なくても伝わるって。
だけど、そんなのキレイごとで。


ねぇ…なんで…何も言ってくれないの?

何度もキスは繰り返すのに、わずかでも言葉はくれない。


私のこと…どう思ってるんだろう…でも、嫌いだったらきっと…キスは…しないよね?


…不安だったけど。



657 名前:Live=Love 投稿日:2006/03/19(日) 21:48


でも、そのうち彼女がこの駅にやって来る回数が増えた、週に一、二度だったのが、
三日に一度、二日に一度になって。


その理由について、やっぱり彼女は何も教えてくれなかったけど。

私は…もしかしたらって思った。
もしかして…私に、会いに来てくれてるのかもって。
…都合のいい、独りよがりの考え方だと、気づいていたけれど。


それでも…そう、思いたかったんだ。
思うことにしたんだ…彼女が何も言わないのを、いいことに。



だけど、段々、そうも思えなくなってきてしまっていた。
この駅に来る回数が増えれば増えるほど、時間が経てば経つほど、
彼女は元気をなくし、気まぐれやわがままもひどくなっていったから。


ときには露骨に不機嫌な顔をしてやって来ることもあった。
…とても…私に会うのを楽しみにしているとは…どんなに都合よくそう考えようとしても、
思えないほどに。



658 名前:Live=Love 投稿日:2006/03/19(日) 21:49


その不機嫌さを、私にぶつけることはなかったけれど。
立ち寄ったゲームセンターのシューティングゲームを、無表情のまま、黙々と、
何の感情も出すことなく続ける、彼女の目に、手に。

…寒気を感じることもあった。


日本人離れした白い肌は、最近では青く見えるほどで。
真剣に銃を握りしめる手は、獲物を狙う目は、あまりに鋭く、美しくて。


…撃たれているのが、狙われているのが。
…私なんじゃないかと…錯覚しそうなほどに。


怖いと感じることもあったし、ひどいこともたくさんされたと思う。
…だけど、なのになぜか。

…離れたいとは思わなかった…むしろもっと近づきたいと思っていった。


どんどん、どんどん…魅かれ続けて仕方がない、この気持ちが。
あなたと同じくらい…怖かった。




659 名前:Live=Love 投稿日:2006/03/19(日) 21:50



彼女が言葉を言ってくれない以上、私も言う必要はないと思った。
…というより、そっちが言ってくれないんなら、私だって言わないもん、っていう…
なんともお子ちゃまな、ちっちゃな意地だったんだけど。


…でも、ある日私は。
とうとう、その意地を捨ててしまうことになる。


その日のキスは、とても長かった。きっと、今までで一番。


古いカラオケボックスの狭い部屋の中で。
あなたはいつもどおり何の前触れもなく、突然私の肩を引き寄せて、いきなりキスをしてきた。

…普段なら、私は恥ずかしくて、それとなく、すぐに体を離すようあなたに促すんだけど。
でも…その日の場所は、カラオケボックスの中で。
…密室で。


いつもとは違い、誰にも見られていないという安心感か、それとも二人きりという興奮か。
私はそのまま、あなたに身を委ねることにした。


…いつもより、あなたの動きに従順に答える私に、なんだかとても気をよくしたようで。
キスはそれまでよりどんどん、…深くなっていった。


私の口の中に、あなたの舌がある。
…私の中に、あなたがいる。


頭の中では処理できない動作に、体がとても反応した。



660 名前:Live=Love 投稿日:2006/03/19(日) 21:50


興奮して、血が上って、きっと顔中真っ赤だった。

…震えを抑えながら。
あなたの腕か…背中か分からない、どこかを。
…必死で掴んでいた。



…唇を離したとき。
恐る恐る、そぉっと目を開けると、…そこには。

…今まで…見たことないような、優しいあなたの笑顔があって。


…笑ってる顔…見るの久しぶりだなぁ…
…本当に、笑っている顔は。
…見るの…初めてかもなぁ…


胸が一度ホっとした後、物凄い速さで、強さで、締め付けられていくのを感じた。
…キュンとして、痛くて、切なくて。

思うより先に、言葉が出ていた。


「…好き…」



661 名前:Live=Love 投稿日:2006/03/19(日) 21:51


言い終わった後、しまった!と思った。
…先に言ってしまった、我慢比べに負けてしまった…悔しいと。

だけど、心はどこか晴れ晴れしかった。


…予定になく、好きと伝えてしまったけれど。
でも、これできっとあなたからの言葉ももらえる、言葉を、気持ちを返してくれる。

…そう、思ったから……思ったのに…


私の言葉に、あなたは一度、さっき触れていた唇を軽く噛んで。

視線を困ったように下に、地面に流した後、私を見つめて。

…笑顔で…でも、さっきの優しい笑顔とは違う、あのいつものキレイな笑顔で言った。


「…ありがとう。」


…それだけ?
他には?何も言ってくれないの?


…ありがとうって、どっち?

「ありがとう、うちも好きだよ」ってこと?
「ありがとう、でもごめん」って…こと?


…どっちよ…ねぇ…



662 名前:Live=Love 投稿日:2006/03/19(日) 21:52


心の中で、どんなにそう問いかけても。
相手に、聞こえないことが悔しい。


…心の中で、どんなにそう思っても。
…相手に、伝えられない自分が悲しい。


一度、こんな体験をしてしまった以上。
私は二度と…彼女に自分の気持ちを伝えることも、そしてそれを尋ねることも。

…できなくなってしまって。


大丈夫、大丈夫。
…大丈夫…だよね…?って。


自分に尋ね、自分を励ます。

そんな日々が、続いていった。



663 名前:Live=Love 投稿日:2006/03/19(日) 21:53


…そして、あの日は突然にやってきた。


「家に行きたい」なんて。
あなたが珍しいことを言い出すから、初めて言ったから、私はとても驚いて。

とても…うれしくて。


だって、今までは特に目的もない、デートと呼べるのかもわからないような、
意味のない、中身のない時間を過ごすだけだったのに。
何にも興味がなさそうで、私がたとえ髪を切っても全く気づかない、気づく気もない、
そんな感じだったのに。


…初めて、私に関心を持ってくれたんだって、それを、示してくれたんだって。
うれしくて、うれしくて。
私は彼女の言葉に笑って何度も頷いて。
希望通り、彼女を家へと案内した。


あんなことになるなんて…思ってもみなかったから。



家について、すぐ。
鍵を開け、中に彼女を招き入れ、とりあえず座ってもらって、お茶でも入れようか、
これからどうしようかと、胸を躍らせているときに。
…突然だった。


…もう、会えないって…
どうして?どういう、意味?


頭の中が真っ白になって、燃え尽き、その後怒りがこみ上げてきた。



664 名前:Live=Love 投稿日:2006/03/19(日) 21:54


…どうして…どうしていつもそう勝手なの?


私のことなんだと思ってるの?自分を、何様だと思ってるの?

私が今までどんなに思っても口に出すことはなかった言葉。
私が口にすることで、それが真実味をおびてしまうと思ったから、けど。


やっぱり…そうなんでしょ…?
あなたは私のことなんか…好きでも、なんでも…ないんだ…ないんだよ…


さっきまで、浮かれていた自分が恥ずかしくて情けなくてかわいそうで。
ホント、嫌になる。


…いっぱい、いろんな話ができると思った…今日は、きっといつもと違う時間が過ごせる
んだって…


なのに、なのに。


泣きたかったから、一人にして欲しかった。
今の自分を、見て欲しくないと思った、あなたに。



665 名前:Live=Love 投稿日:2006/03/19(日) 21:55


帰ってって。
精一杯の勇気とプライドを投げつけて、あなたに言ったのに。
…それすらも、やっぱりあなたは答えてくれないんだ。


押し倒されて。
乗りかかられたときに、私の頭は、心は、パニックになって。


なに?どういうこと?
だって、さっきもう会わないって…別れるって…なのにどうして?


…最初から…それが…それだけが目的だったの…?


今日、部屋に来たいって言ったのも?何度も何度も、私にキスをしたのも?
…あの日…ホームに飛び込んで、私のケータイを拾ってくれたことも…?


言われれば何でも、私が言うことを聞くなんて思わないで、確かに今まではそうだった
かもしれないけど。


あなたが来ると言えば、何時間でも駅で待ったけど。
キスをされれば、それがどこの場所だって受け入れたけど。


…それは全部…あなたが好きだったから…
そしてあなたもそれに答えてくれるんじゃないかって…期待していたから。



666 名前:Live=Love 投稿日:2006/03/19(日) 21:55


けど、そんなのもうないって、なかったって分かったんだし。


今さら…こんなこと。
いくら私だって、あなたにでも、許すはずがない。


だから拒絶した、しようと思った、…でも。


…なんでそんな…顔、するの?
何がそんなに怖いの?何に怯えてるの?
ねぇ…本当のあなたは誰…?



結局、私は彼女を受け入れた、そうするしかなかった。
あぁ…やっぱり、私はあなたには逆らえないんだって、あなたのことこんなに…
…大好きなんだって。


何度も再確認しながら、されるがままに目を閉じていた。




667 名前:Live=Love 投稿日:2006/03/19(日) 21:56



あれからしばらくは、彼女への恨みというか…憎しみというか…そういう気持ちが
消えなかった。


人のこと散々弄んでおいて、好き放題にしておいて。


いきなり自分の勝手でいなくなって、それっきり連絡もなく、私に連絡をさせる術も
与えない。

ひどい人だ…ひどい人だったと。
今どうしているのか、どこにいるのかも分からない彼女に、頭の中の思い出の姿しかない
彼女に。
怒りをぶつけ続けた。


でも…あの日から、彼女と別れてから。
怒りや恨みを持ち続けながら…二年もの月日が流れると。

…さすがに、その気持ちも自然に薄れていくもので。


彼女が謝ってくれたわけではないのに、連絡が来たわけでもないのに。
なぜか少しずつ消えて行く、この嫌な感情が。
そしてやはりまだ消えない…あなたへの愛情が。
最近特に、あなたを思い出させる。



668 名前:Live=Love 投稿日:2006/03/19(日) 21:57


今、どうしてるのかなぁ…何、やってるのかな。
…そもそもあの頃も。
何をやってる人だったんだか、知らないんだけど…


あぁ…勝手な人だったけど、でも好きだったなぁ…大好きだった。


…あの日、別れの、日。

本当にあれっきり…もう会えないんだったら。


嫌がるフリなんかしないで…素直に、抱かれてればよかったな。
…うれしいって。
ちゃんと、伝えればよかった。


そして私を抱くあなたを…目に、焼き付けておけばよかった。
どんな顔をしてたんだろう、あなたも喜んでくれたんだろうか。


あなたが…帰るとき、最後の、瞬間に。
背中を向け続けてしまったこと…私は今でも後悔してる。


…悲しかったかな、寂しかったかな。
きっと、良い思いはしなかったよね…



669 名前:Live=Love 投稿日:2006/03/19(日) 21:58


…最後の最後に。
嫌われてしまっていたら嫌だなぁ…せめて、好きではなくても、嫌われて終わりたくは
ないもん。


だって…本当に本当に。
…大好き…だったから。


あなたはきっと。
そうじゃ、なかったんだろうけど。



でもね、今でも不思議に思うことがあるの。

あの日、あなたが家に来た、最後の日。
もし、目的が…そういうことを、するだけだったんなら、別れを告げる前に。
別れようって私に言う前にそう、…すればよかったんじゃないかって。


だって、そしたら私は嫌がらず、抵抗もせず。
素直に、喜んで、それを受け入れただろうから。

そして、終わった後に、もう会わないって。
…別れようって言えば…よかったのに、その方がすごく自然なのに。


ねぇ、どうして…?
あなたは本当は、あの日。


何が…したかったの?何を…言いたかったの?



670 名前:Live=Love 投稿日:2006/03/19(日) 21:59


あれからこんなに、時間が過ぎても。
あなたが、いなくなっても。

気になって、仕方がない。
あなたのことを考えることを…やめられない。


それは会っているときに、一緒にいるときに、あなたが私にしたどんなひどいことよりも。
…一番、ひどいこと。


私にあなたを忘れさせてくれないというのが…もしかしたら、あなたが。
私に、したかったことなのかもしれない…



◇     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇




671 名前:Live=Love 投稿日:2006/03/19(日) 21:59


今さら、何かを期待するわけではないけれど。

でも、駅の周辺、駅の中では。
私はついついキョロキョロ、不審な動きをしてしまう。


…もう、さすがに毎日駅の前であなたを待ったりはしていないけれど。
それでもやっぱり、駅に来ると…。



その日私は、あの日と同じように。
あなたと…初めて、この駅で出会った日のように。

少し遅れる電車の到着を待っていた、暇つぶしに、ケータイをただ意味もなく、
いじりながら。


すると、背中を誰かにドォーンと、押されて。
手から滑り落ちたケータイを、慌てて追いかけ、拾い上げた。
…今度は、ホームに落ちる前に、なんとか手にすることができた。

ホっとして、立ち上がって、そのケータイをバッグにしまった。
また落としたら大変だから、しまっておこうと、そう思ったから。


…それは…それらは…何かの偶然だったんだろうか。



672 名前:Live=Love 投稿日:2006/03/19(日) 22:00


もし、電車が遅れていなければ。私は今この場にいなかっただろう。
もし、ケータイを落として、それをバッグにしまわなければ。
まだケータイの画面を見続けていたら、きっと、気づくこともなかった。

…あなたの姿に。


無意識に、視線を泳がせた先には。
…周りに溶け込み、自然な感じで。
改札を出ようと歩く、あなたの姿があった。


ねぇ…なんでそんなに、普通なの?
この駅で、どうして。
そんなに…普通でいられるの?


私にはもう、周りなんか見えなかった。
人がいようが、誰に見られようが、そんなの関係ない。
まるで…昔のあなたのようだね。


気がついたら、もう。
思い切り、叫んでいた。


「…ひとみ………ひとみ!!!!」
「…え?」



673 名前:Live=Love 投稿日:2006/03/19(日) 22:01


ザワザワと、周りの空気が揺らいだ。
その中であなたは振り返り、私を見つけ。
笑顔で、言った。


「…おぉ!!あゆみ?!!すげぇ!!偶然!!久しぶり〜」


前よりずっと、穏やかな笑顔で。
前とは比べ物にならない、明るい声で。


ずっと会いたかったあなたの、初めて知るこんな笑顔を。

見た私は…物凄い速さであなたの元へ駆け出して。


そして…思い切り。
その笑顔を、柔らかい、頬を。


…引っ叩いていた。


「…ってぇ〜…あはは…いや…まいったなぁ…」


息を切らしながら、私が彼女を見つめると。
あの頃の怖いくらいの白さとは違う、血色の良い肌が、頬が。


…私の手形に、少しずつほんのり赤く、染まっていった…







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