劫を経た女の話

1 名前:ささるさる 投稿日:2005/08/10(水) 03:06
ささるさると申します。
年長のあの方をモデルにした読み切りの短編です。
2 名前:劫を経た女の話 投稿日:2005/08/10(水) 03:07
とある山並のそのまた奥の山間に、ハロプロ村という女ばかりの村がありました。
全員が女ですから子供は生まれません。
しかし不思議なことに誰かが周囲の森に木の実やきのこを取りに行くと、ときどき森の中に裸の赤ん坊が捨てられたようにして見つかるのでした。
赤ん坊たちはみんな女で、連れて来てはみんなで育てているのです。
しかしその赤ん坊たちが年頃になると、狭い村にいるのが息苦しくなるのと、まだ見ぬ男というものに憧れて、次々とこの村を出て行くのでした。

そんなハロプロ村に、三十歳を超えてなお住み続ける女がいました。
彼女は村の長老格で村長も勤めましたが今は悠々自適の生活をしていました。
しかし狭い村で三十年以上も暮らすというのは実に窮屈で退屈な話で、村長の激務から解放されてからはあまりにもヒマな長い時間をもてあましていたのです。
彼女も年頃のころ、やはり村を出ようとしたことがありました。
まわりはみな女ばかり。
風のうわさに聞きつけた男という存在にときめきを覚えたのです。
しかし人望のあった彼女は周囲から担ぎ上げられて村長にされてしまい、自分の青春を楽しむことなくこの村のために尽くしてきたのでした。
その長く辛い仕事を終えてみると、青春時代がもはや過ぎ去ろうとしていることに今更ながら気付いたのです。
3 名前:劫を経た女の話 投稿日:2005/08/10(水) 03:08
女ばかりの村は気苦労が多いのです。
会えば楽しげに話しますが、一人一人が砂のようにバラバラで互いに見えない火花を散らし、人が良さそうでじつは冷たいのです。
村長時代、彼女が一番苦労したのはこのウラとオモテの食い違いでした。
会合で何かやることになっても、いざとなるとまとまりなどありません。
村長の仕事とはバラバラの女たちをいかに一つに束ねるか、そのことにただひたすら頭を悩ますことだったのです。
ほとほと女というものに愛想が尽きましたが、村長を辞めてただの一村民となってみると、イヤというほど見てきたウラや鞘当てをもう見なくて済むのですから、憑き物が落ちたように気分が晴々となりました。
その反面、仕事一筋だった彼女の身近には心を素顔にして付き合える人が誰もおらず、独りぼっちの寂しさがどうしようもなく強くなったのです。

そんな時かつて憧れた男という存在が脳裏に再び蘇ってきたのでした。
男だったら村の女のようなイヤなところはないでしょう。
一緒にいたらさぞかし気楽なはずです。
しかし三十歳を過ぎてしまった今となっては、もはや自分と付きあってくれる男はいないかもしれません。
それに彼女自身も、妬みそねみ、恨みつらみするウラのある女です。
もし男と付き合ったとして、その部分を勘付かれたら。
彼女は自分がウラのある女の一人だという思いが強過ぎるあまり、自らをプラスに評価することができずにいたのです。
その一方で、男と付き合えればそんな自分は変われるんだと、何の根拠もなくおめでたいほどに信じ込んでいたのです。
4 名前:劫を経た女の話 投稿日:2005/08/10(水) 03:08
しかしハロプロ村に住む限りそれは妄想にしかすぎません。
村を出ても今の歳でどうやって男に会うきっかけを作ればいいのか、付き合うにしても何度も辛い失恋をしなければいけないのではないかと及び腰になるのです。
このままでは女ばかりのこの村でくすんで老いさらばえるばかりだ。
このさき男と知り合いたい心を何で晴らせばいいのか。
どうしようもない寂しさを抱え、毎日村の飲み屋で飲んだくれていたのです。
その飲み屋の女主人は彼女より年下で背が小さいのですが、彼女の話を村長時代から聞いてくれる良き相談相手でありました。
女主人はいつもケラケラとよく笑って彼女を励まし、それが彼女にとって唯一の心の支えだったのです。

とある夜も店に来た彼女はカウンターでカクテルを飲んでいたのですが、その時は妙に酔いが回り、寂しさが一気に噴き出してきたのです。
その寂しさから救って欲しい一心で、女主人がカウンターに置いた手に思わず自分の手を重ねたのですが…
「あのう、それはオイラの手。カクテルはこっち」
と、その手をグラスの方に淡々と導かれてしまいました。
村で一番自分の気持ちを理解してくれると思っていた女主人も、彼女の心を悟ってはくれません。
村長の仕事に耐え続けながら心の奥に溜め込んだ寂しさ。
それを取り除くための方法など、もはやないらしい。
酔った頭で考えがそこに至ると寂しさは絶望感に変わり、彼女の目から真珠の涙がポロリポロリと流れ出したのです。
その涙は頬を伝い、海と同じ色をしたカクテルの中にポトリポトリと落ちたのでした。
5 名前:劫を経た女の話 投稿日:2005/08/10(水) 03:09
その日からほどなく彼女は自分の家にお手伝いを住まわすようになりました。
それはずっと年下で小春日和みたく陽気な女の子でした。
なぜその子なのか、はっきりした理由は彼女にもわかりません。
道を歩いていたら、向こうから走ってくるその子を見てドキッとしてしまったという、それくらいの理由しかありません。
そんなミラクルな出会いを逃すまいと、駆け抜けていくその子にとっさに声をかけたのです。
その子は振り向きましたが、目はなんとなく怯えた風でした。
それもそうでしょう。彼女は元村長で村の長老格です。
はるかに年下のその子にしてみれば、声をかけられるだけでびくついてしまうのです。

しかし自分に声をかけられて怯えてしまうその子が、とても初々しく可愛く映ってしまったのです。
彼女はその場で住み込みでお手伝いをしてくれないかとお願いしました。
それはおそるおそる、腰を低くして切り出したお願いでした。
ささいな噂でもあっという間に広まる村のことです。
断ったらどんな後ろ指を指すような噂が流れるか知れたものではありません。
元村長で長老格の彼女からのお願いとは、たとえおそるおそるの打診でも、はるか年下のその子にとって命令と同じことなのです。
小春日和の陽気さが失せたその子は、泣きそうなかぼそい声で「ハイ」と言うのが精一杯だったのでした。
6 名前:劫を経た女の話 投稿日:2005/08/10(水) 03:10
その子が住み込むようになってからというもの、彼女は上機嫌なのです。
自分のそばに言うことを聞いてくれる者がいると、寂しさが少しは和らぐ気がしたのです。
「うーん、なんやお腹減ったなあ」
「ハイ」
彼女が言えば、その子はおとなしく食事を作り始めます。
出来上がって食卓に並べると…
「じゃあ一緒に食べよか?」
「ハイ」
「あんた、いっつもハイばっかりやな」
「…ハイ」
その子はこわごわした目で彼女をチラと見ます。
「おんなじ家の中におるんやで。もっといろいろ話してもかまへんよ」
「ハイ」
彼女は微笑んで話しかけますが、その子は小さく答えて御飯をぽそぽそと食べ始めます。
せっかく身近にいるのですから、もっといろいろ口を聞いて欲しいのです。
もっと自分に近づいてもらいたいのです。
ハイという返事以外の言葉を聞きたいのです。
7 名前:劫を経た女の話 投稿日:2005/08/10(水) 03:10
年齢差が大きすぎると双方同じ目の高さというものが取れなくなります。
彼女もどう取ったものか見当がつかず、気を抜くと上の立場からの言い方をしてしまいます。
それに根がせっかちなためか必要最小限の言葉だけで物事を進めようとするクセがありました。
ために彼女はいろいろ話しかけるのですが、どうしても素っ気ない、スパッと割り切るような言い方になってしまうのです。
「掃除はもっと丁寧に。それでは掃いても除けんよ」とか。
「タオルやジーンズは天日に当てても、色柄物は陰干し」とか。
それは年端もいかないその子にとって、強烈に突き刺さる言葉の銃弾でした。
そして相変わらず頑なに「ハイ」としか言わず、それどころかいっそう黙々として家事をこなすだけになりました。
やがて家事以外の時間は自分の部屋にこもって過ごすようになり、彼女とあまり顔を合わせないまでになりました。
しかし彼女は、なぜ間遠になったのかてんで見当が付きません。
そしてさんざん悩んだ末、心の距離を近づけるには会話では無理でスキンシップしかない、などと浅はかな結論を出してしまったのです。

ある夜、その子がシャワールームでシャワーを浴びていると、思い詰めて眉間にしわを寄せた彼女がノックもなしに
「スキンシップしよか。背中流してあげるから」
と、突然入って来たのです。
次の瞬間絹を裂くような黄色い悲鳴をあげ、その子は彼女の家から飛び出して行ったのです。
8 名前:劫を経た女の話 投稿日:2005/08/10(水) 03:10
その子が訴えたのでしょう。
翌日村人たちが彼女の家を取り囲み、怒りの口調で口々になぜ小春日和みたく陽気な子に辱めを与えたのかと問い詰めました。
彼女は全身に冷や汗をかき、震える声で必死に弁明します。
「悪気とかそんなのは一切ないんです。寂しかったんですよ。私このままずっと独りなんやろか思て。そばに誰かにいて欲しかったんです。そんでその子に来てもらって。でも最近なんとなく疎遠になってしまって、そんでスキンシップして距離を近づけようと…」
そう言うと村人たちから轟々たる面罵の言葉が飛んできました。
元村長や長老格という肩書はすべて地に堕ちたのです。
半ば強引に住み込ませた年下の娘に、あろうことか立ち直れないほどの恥ずかしい思いをさせたのです。
村始まって以来のもっともハレンチな女として糾弾され追放されることになったのです。

しかし彼女だって立ち直れない深手を心に負ってしまったのです。
三十年も暮らした故郷の村で信用もなにもなくしてしまい、着の身着のままで追い出されたのです。
明けても暮れても泣きはらし、ふらふらの足取りでいくつもの山を越え続けました。
しかし四日も歩くとさすがに心は落ち着いてきました。
だってもう過ぎ去ったことです。
それに二度と村に戻ることもないでしょうから。
9 名前:劫を経た女の話 投稿日:2005/08/10(水) 03:11
やがてだだっぴろい平野の片隅にある大きな都会に辿り着きました。
そこには憧れの男がたくさんいましたが、まず先立つ物が先決です。
ぼんやり考えているうちに靴を磨こうと思い立ちました。
男たちと話しながらお金も稼げるので一石二鳥です。
ただし額は微々たるものですから普段は公園でダンボールを組み合わせてその中に住み、稼ぎは食べ物に当てることにしました。
毎日なにがしかのお金は手に入りますから、飢え死にはしません。

靴磨きを始めて数週間経つと顔なじみの客ができました。
おそらく彼女より年下で、身なりもきちっとしたなかなかの色男です。
彼女の前に靴を出すとき、一瞬ですが目をしっかりと見て微笑みます。
そのたびに彼女の心にはビリビリと電流が走るのでした。
ハロプロ村では決して感じることのなかった初めての感覚です。
いつのまにか彼女はその客が来るのを心待ちにするようになり、やがてこの気持ちこそが恋なのではないかと思い始めました。
10 名前:劫を経た女の話 投稿日:2005/08/10(水) 03:11
待ちわびる気持ちが胸を締め付ける想いに変わったあるとき、彼女はその男の靴を磨きながら自然を装って問いかけました。
「私のこと、どう思います?」
男は一瞬口をつぐむようにして不思議そうな顔付きになりました。
「あの、私ずっとここにいますから。ずっと待ってますから」
と、さりげなく続けてはみたものの…
去り際にチラと目を細めるようにして彼女を見ると、男はそのあと二度と来ることはなかったのです。

それでも彼女はめげずに誰かに心が動くたびにそれとなく心の内をほのめかしますが、どの男も相手にしてはくれません。
器量は人並以上でも、決まった住まいすら持たないみすぼらしい女です。
それに三十ぐらいなら靴磨きの他にもいい仕事はあるのに、探している様子もありません。
上を向く気持ちもない女に好意をもってくれる男など、最初っからいやしないのです。
ところが彼女はそんなことにもまったく気付かず、恋が実らないのはやはり年齢のせいで、とにかく憧れだった男と毎日話せるだけでも幸せなのだと自分に言い聞かせるのです。
そして毎日男たちとたわいもない世間話をしながらせっせとその靴を磨き続けるのです。
けして付き合えることなどないのに。
11 名前:劫を経た女の話 投稿日:2005/08/10(水) 03:12
夕焼け色が濃くなると街の明かりがにぎやかになります。
仕事を終えた男たちがあちこちにあふれ、彼女にとっての書き入れ時になります。
その忙しいさなかにもフッと客足が途切れるときがあります。
そんなとき彼女は、色とりどりのネオンの街の片隅で、ハロプロ村にいた頃を思い出すのです。
地道に村長の仕事を続け評判を得、平凡に暮らしながらも心に寂しさを抱えていたあの頃。
その後に小春日和のような子の一件で村を追われ、どん底の生活をしながら大都会で憧れだった男たちの靴を磨き、寂しさを紛らわせている今。
どっちがよかったのか、彼女はすぐにははわかりません。

ハロプロ村の森の中に生れ落ちた瞬間にこうなる運命だったのかもしれない。
普通の人間に生まれていたら、違う人生を生きていけたかもしれない。
いや、やめよう。運命なんて考えたらますます哀しくなるだけだ。

でもいったいなんでこんなことになったんだろう。

思わず空を見上げると、一つだけやけに光る宵の明星が、にじんだ涙で少しかすんで見えたのでした。


                         劫を経た女の話  完


12 名前:ささるさる 投稿日:2005/08/10(水) 03:12
以上で終わりです。
13 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/21(日) 14:39
重いなあ。でも話としておもしろかったです。
もっといろんな話が見たいです。
次を待っています。
14 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/12/12(月) 05:02
突然失礼します。
いま、2005年の飼育を振り返っての投票イベント
「2005飼育小説大賞」が企画されています。よろしければ一度、
案内板の飼育大賞準備スレをご覧になっていただければと思います。
お邪魔してすみませんでした。ありがとうございます。

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