吉澤とビールと当たり前の話
- 1 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/30(火) 23:44
-
リアル系で吉澤中心でいろいろな人を登場させたいと思ってます。
きょう、お台場冒険王フットサル決勝トーナメントに行ってきたら
吉澤さんの苦悩みたいなものへの妄想が浮かんだので、
そんなところから始めます。
恋愛ちょいドロ系(なんだそりゃ)を目指します。
よろしくお願いします。
- 2 名前:Chapter1 投稿日:2005/08/30(火) 23:48
- 「でもやっぱ、くやしいな」
シャワーを浴びながら吉澤は小さくつぶやいた。
メイクを落として、最近使い始めた、何かの花の香りのするせっけんを手にとる。
ふわっとひろがる香りがなんだか悲しくて、あ、やべ、泣く、と思ったら涙が出た。
誰に見られるわけでもないのに、あわてて涙をシャワーで流す。
ふぅっと息をついて、このせっけんの香り、強すぎる、と
わざと違うことを考えてみる。
そう、麻琴が私にくれるものは、いつも少しズレている。吉澤はそう思って苦笑する。
- 3 名前:Chapter1 投稿日:2005/08/30(火) 23:51
- フットサル公式戦で、優勝できなかった日。
準優勝、という呼び方がウザく感じる。負けは負けだ。
狭いコート、全国ツアーと並行のスケジュール、予選で敗退しないでくれという
大人たちの暗黙のプレッシャー、「ブリリャンチス」と言えずに何度も言いなおす女子
アナ、ムラのある審判、、、、言いたいことはいくつもあった。
でも、記念撮影は、笑顔で写った。
本当は、ミキティのように、くやしさをずっと表情に出していたかった。
でもそれは、私には許されないんだ、と表彰式の途中で頭を切り替えた。
- 4 名前:Chapter1 投稿日:2005/08/30(火) 23:53
- ガッタスの、キャプテンだから。
記念撮影のあと、何度か会ったことのあるサッカー協会の人が
スッと握手を求めてきて、なんとなく、大人な感じで私もうなずいたりして握手した。
日本女子サッカーの盛り上がりとかいろいろ、あまり考えたくないが、
そういうことも、担ってるらしい、ウチらのチーム。マジかよーってマジで思うけど。
バッターが、バッターボックスでぎゅっとバットを構えるように。
そこにカメラがあるなら、私はいつでも笑顔になれる。表情をつくれる。
- 5 名前:Chapter1 投稿日:2005/08/30(火) 23:55
- 苦痛でもなんでもない。自然なことだ。
ねぇ、私、きょう、ちゃんと笑えてた?また尋ねてしまいそうだ。
「そんなこときかれても、私、そこにいなかったから、わからないよー」
ってきっと年上のあの人は笑って答えるだろう。
そこにいたって、全然わかってくれない人もいるんだよ。それはすごいさびしいよ。
また別の人の顔が浮かぶ。吉澤の心がチクリと痛んだ。
- 6 名前:Chapter1 投稿日:2005/08/30(火) 23:56
- 「負けたなぁーしかし!」
吉澤は大きな声で言ってみた。
とにかく今は汗を流して、母の作った夕食を食べよう。そして休まなくては。うん。
負けたんだから。くやしさだけで、反省点だけで精一杯だ。
こんな日は、あれこれ考えるのはやめよう。
自分のこころ、、、、感情なんか後回しだ。
- 7 名前:Chapter1 投稿日:2005/08/30(火) 23:58
- 「イエローカードもらったんだって?」
吉澤の母が夕食を盛り付けながら言う。
「うげ、おかん、地獄耳やん、誰からきいたん?」
吉澤は、疲れていると、にわか関西弁で話すクセがある。
そのほうが疲れをごまかせる、つまり、親に心配をかけない、と吉澤は思っている。
心配されるのはありがたいが、だからと言ってスケジュールが変わるわけも
ないのだから、だいじょうぶなの?だいじょうぶなの?と言われるだけうっとうしい。
「誰がおかんやねん!って、これがノリつっこみっていうやつ?」
- 8 名前:Chapter1 投稿日:2005/08/30(火) 23:59
- 吉澤の母はそんな娘の考えなどとっくにわかっているので
関西弁が出たら話をあわせてみるものの、ひそかに心配モードが加速していく。
「全然ちがう。それ、ノリつっこみじゃない」
「甘いですか」
「おお甘ですわ。ま、ワテもですけどな、、、、イラだっちゃってさ、、、、
なかなか点がとれなくて、、、、腕にあたったボール、、、、、ポーンて蹴り出したら、
イエローもらっちゃった、、、、、ちょうど蹴りやすいとこにフワッて来たから、、、、
わざとじゃなくて、反射的にエイッって大きく蹴っちゃったとこあんだよね、、、、」
吉澤の箸の動きが鈍くなる。関西弁も消えていく。
- 9 名前:Chapter1 投稿日:2005/08/31(水) 00:02
- 「フリーキックのとき腕で顔守るのはOKじゃん??ってアピールしたら、
そっちじゃなくて、ボール蹴ったのが遅延行為だって。なんか、ショックだった」
「イエローカードが?」
「それもそうだけど、そういうふうにカッとなってアピールしてることとか、イラ立ちとか、
ボールに八つ当たりしたみたいになった後悔とか、、、
冷静じゃない自分に、自分でショックだったっつーか」
感情を後回しにしていると、思わぬ爆発を招くことがある。
爆発の第一の被害者は自分自身になる。
- 10 名前:Chapter1 投稿日:2005/08/31(水) 00:03
- その危険に、吉澤の母は気がついて、こう言った。
「いいんじゃない?たまにイエローカードもらうぐらいで。
あんまりいいコでいようとすると、大変よ」
「そうだけど、、、、」
自分はガッタスのキャプテンだし、娘。のリーダーだし、
つまり、巨大化したハロプロ組織の今やもっとも重要な立場に、、、、。
吉澤のそんな心の声が聞こえたかのように、母が続ける。
- 11 名前:Chapter1 投稿日:2005/08/31(水) 00:05
- 「いろいろあるのは、もちろんお母さんわかるわよ。
でも、自分の気持ちがちゃんと見えてればきっと乗り切れると思うの。
イラ立ってもいいじゃない。それに気づいてるのが大事だと思うけど。
ごまかさないでいれば、冷静でいられるんじゃないかしら」
自分の気持ちなんか後回しだ、とさっき思ったばかりの吉澤は、
形だけ、うん、とうなづくと、黙って箸を動かした。
- 12 名前:Chapter2 投稿日:2005/08/31(水) 00:09
- (chapter2)
「あーあ、あたしもフットサルやってればよかった。今からでもやりたいなぁ」
「げ、やめてよ」
「なんでですかー??」
「だってさ、、、」
「あたし、けっこうパワーとかあるし、動きのキレっていうの、
あると思うんだけどなー」
「いや、でも、向いてないっつーかさ、それに、、、」
これ以上、私に負担をかけないで、と言いかけて吉澤は言いよどむ。
お台場冒険王での敗北から一ヶ月。
今は娘。のツアー中なのでガッタスの全体練習はない。
そんなわけで、吉澤は麻琴の家に遊び行く気分になったのだ。
- 13 名前:Chapter2 投稿日:2005/08/31(水) 00:11
-
「なんでですか、よしざーさんだって最初は素人だったんでしょー?
だったらあたしだって」
「んー、いや、もう戦術とかそういうの、形ができてるからさ、
麻琴が来てもポジションがないっていうか」
「でもキーパーとか、いま狙い目なんじゃないですか?紺ちゃんには悪いけど」
す、するどい、と吉澤は思うが認めるわけにはいかない。
別のことを言って麻琴を黙らせることにする。
「麻琴がフットサル始めちゃったら、麻琴の部屋に来てもこんなふうに、
なごめなくなるような気がする」
- 14 名前:Chapter2 投稿日:2005/08/31(水) 00:13
- 「え?なんでですか?それは困ります!」
「フットサルのこと忘れる時間も、必要だよ・・・・」
それはかつて「あの人」がテンパッていた吉澤に言った言葉だ。
今、本当に会いたいのは、、、吉澤の心が一瞬、誰かの像を結びかけるが、
それを無視して吉澤は身体をグラリと傾ける。
どうでもいい。今、目の前の現実を大切にする。
どうせ自分の気持ちなんてよくわからないんだし。
吉澤は、麻琴の肩に身体をもたせかけた。
麻琴の身体が一瞬、こわばる。
「・・・・・ずるいです、よしざーさん」
- 15 名前:Chapter2 投稿日:2005/08/31(水) 00:15
- 「なんで?」
吉澤は少し身体をおこして、麻琴の顔をのぞきこむ。
「そういうふうにこっちを見るのも、ずるいです」
「どうして?」
吉澤はわざとゆっくりまばたきをして、麻琴に顔を近づける。
「吉澤さん、わかってやってるんだもん、いつも・・・」
麻琴は狼に追い詰められた小動物のように動けない。独り言のように小さい声。
「よしざーさん」から「吉澤さん」になっている。緊張している証拠だ。
- 16 名前:Chapter2 投稿日:2005/08/31(水) 00:19
- 「わかってるって、何を?」
吉澤は小川の声が小さくなったのにあわせて、ささやくように言った。
世界で麻琴にだけ届けばいいという声。そして、吉澤は見つめる。
視線を麻琴の顔、首、胸、と動かして、もう一度、目に戻す。
そうだよ、麻琴。あたしはわかってやってる。ずるいんだ。
あたしは、甘えたい。今、あんたに甘えたい、、、、、。
- 17 名前:Chapter2 投稿日:2005/08/31(水) 00:20
- 「あたしが、、、吉澤さんのこと、、、、吉澤さんのこと、、、、、、うぇええええ〜〜〜ん」
「あ、麻琴」
「だってぇえぇえぇえぇえええええ〜〜〜〜よしざーさんがーよしざーさんがーーー」
「悪かったよ、ごめんごめん、ほら、ティッシュ」
「うぇぇえええん、、、、やっぱり、やっぱり、ふざけてあんなふうにーーーーーー」
「・・・・・ちがうよ」
「うぇえええええん、ちがうって何がですかぁああ?」
「・・・・・だから、ごめん」
「うぇぇええええええん、、、、、ごめんって、何がですかぁああああああ?」
「麻琴、好きだよ」
「ぶぇえええええん、まだふざけてるーーーーー」
「ふざけてねーっつーの」
「ずぇええったい、そんなの、うそだもぉおおおおん、ぶぇえええええぇえん」
「ああもう、うるせっ、黙れっ!」
- 18 名前:Chapter2 投稿日:2005/08/31(水) 00:26
- 吉澤は麻琴の唇に自分の唇を重ねた。乱暴に、ふさぐように。
突然近づいてきたあたたかく、やわらかいものとの接触に驚いて
麻琴の身体が固まる。静かになる。吉澤は、唇を離す。
そっと、ショートケーキのセロファンをはがすようにゆっくりと離していく。
近づくときよりも離れていくときの方が優しい。
それは吉澤も気づいていない吉澤らしさだった。
吉澤がふっと微笑む。
「あたしがコクることになるなんて、思わなかった」
「・・・・・・・・・・」
「もう一度、ちゃんとキスしていい?」
麻琴はコクリとうなづいた。
- 19 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/31(水) 00:27
-
本日は以上です。
- 20 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/31(水) 00:37
- 苦悩する吉澤さんは大好物です。
次の更新を楽しみにしてます。
- 21 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/09/01(木) 15:22
- おおー、なんだか不思議な空気。
期待してます。
- 22 名前:chapter2 投稿日:2005/09/06(火) 02:16
- ソファに並んで座ったまま、上半身を麻琴に覆いかぶせるように
吉澤はゆっくりとくちびるを近づける。麻琴は身を固くする。うつむいてしまう。
「麻琴、、、こっち見て」
吉澤は麻琴の顎にそっと指をかける。
吉澤の指が触れた瞬間、麻琴の身体はこれから起こることを察知してビクッと動いた。
吉澤が指にわずかな力を入れると、麻琴は顔を上げる。無抵抗。
赤いくちびる。微かに震える白いのど。
そして音もなく。
ふたりの間の空気が、動いた。
- 23 名前:chapter2 投稿日:2005/09/06(火) 02:17
- ああ、あったかいな、と吉澤は一瞬うっとりする。
ずっと誰かに、こんなふうに甘えたかった。さびしかった。あの人と別れてから。
キスの感触。なつかしい。
くちびるを少しずつ角度を変えて、愛撫する。
触れるように、踊るように、ついばむように、すべるように。
離れると見せかけて、また舞い戻る。気づくか気づかないかの微妙な強弱。
それを繰り返すうち、固く閉じていた麻琴のくちびるがわずかに開く。
そう、いいコだね。
開いた部分を吉澤はそっと舌先でなぞる。ゆっくり。右から左。左から右。
麻琴の呼吸が乱れ始める。何かに耐えているかのような表情だ。
何にしがみついているの?理性とかだったら、無理だよ、麻琴。
連れて行ってあげる。遠くに。
麻琴、、、、溺れるってどういうことか知ってる?
自分で自分の身体がどうしようもなくなることって想像できる?
- 24 名前:chapter2 投稿日:2005/09/06(火) 02:18
- キスをこのまま深くしようか迷って、いや、きょうはまだ、と吉澤は思う。
きっと、麻琴は初めてだから。
敏感にさせて。じらして。そして、もっと敏感にさせる。
そして、私に夢中になって―――。夢中になって欲しい―――――。
好きなひとに触れられたとき、身体が何を求めるか、吉澤は知っている。
それを吉澤に教えたのは、、、、。
- 25 名前:chapter2 投稿日:2005/09/06(火) 02:22
- 吉澤は、目を閉じる。腕を麻琴の背中にまわす。
そして、やさしいけれど迷いのない強さで麻琴の姿勢を変える。
麻琴の身体をソファに横たえ、自分は上になる。麻琴をそっと包むように。
逃がさない、逃げちゃヤダ、というように吉澤は麻琴を見下ろす。
わずかに乱れた呼吸のまま、麻琴が何かを言いかける。かすれた声。
「よしざ、、、」
「なに?」
「よしざわさん、、もういちど、、、」
言われなくても、と吉澤は心で言って、麻琴にもういちど、キスをする。
溶けてゆく、この感じ。
普段、その姿を巧妙に隠している、もうひとりの自分が、炎とともに放たれる。
がんじがらめの鎖を溶かす。でも、ひとりぶんの炎じゃ、溶かしきれないんだ、
この鎖は、、、、。だから、もっと、深くしたい。もっと、、、、。
- 26 名前:chapter2 投稿日:2005/09/06(火) 02:23
-
『だめ、きょうはキスだけって言ったじゃない。
もう、よっすぃは、キスしたら、結局、全部欲しくなっちゃうんだから、、、、』
あの人の声が吉澤の頭にふと蘇る。
「ちが、違うんです」
麻琴が渾身の力で吉澤の肩を押し返す。くちびるを引き離す。
現実に引き戻されて吉澤は戸惑う。
「、、、、」
麻琴の目から涙がスッと流れた。
「吉澤さん、、、、もういちど、、、」
「、、、、、、」
「もういちど、『好き』って言ってください」
- 27 名前:chapter2 投稿日:2005/09/06(火) 02:25
- 麻琴は尋ねたかったのだ、本当に、私が好きなのか、と。
誰でもいいわけじゃないですよね?麻琴が言いたかったのはそういうことだった。
「、、、好きだよ、麻琴」
「本当に?」
「本当だよ」
あたしはウソはついてない。麻琴のことは、好きだよ。
ただ、もっと好きな人が、他にいるだけだ。
- 28 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/09/06(火) 02:35
-
本日は以上です。
>20名無し飼育さん
ありがとうございます。吉澤さんといえば苦悩ですよねぇ(決めつけ)
好きなものが同じでうれしいです!
>21名無し飼育さん
期待にそえるといいのですがー。不思議っぽさ、謎とか意外な感じとか意識
してるとこでした!
小説を上手に書くひともすごいけど、レスする人の偉大さというのも
書いてみるとわかった気がします。まったり、続けていけたらと思います。
- 29 名前:chapter3:楽屋 投稿日:2005/09/07(水) 01:19
- (chapter3:楽屋)
翌日。
天王洲にあるテレビ東京のスタジオ。ハロモニの収録日だ。
吉澤が楽屋の扉をあけると、六期と久住が何やら盛り上がっている。
「あー、吉澤さん、吉澤さんも参加してくださいよぅ」
あいさつもそこそこに亀井が飛んでくる。
さりげなく吉澤は目を走らせる。麻琴はまだ来ていない。安心と、少しの不安。
「いまぁ、お茶の試飲会やってるんですー。
生茶とー、おーいお茶とー、伊右衛門とー、はじめってあるじゃないですかー。
それを、この紙コップに、絵里が入れたんですよぉ。
でも、どれにどれが入ってるかは、絵里だけが知っててー」
- 30 名前:chapter3:楽屋 投稿日:2005/09/07(水) 01:21
- 机の上には、見慣れたお茶のペットボトルが4種類並んでいる。
そして、紙コップが4つ。紙コップには既にお茶が入れてあり、マジックで番号が
1から4まで書いてある。参加者は、まずペットボトルのお茶をひとくちずつ飲む。
それから、紙コップのお茶を飲んで、何番がどのお茶か、を当てる、というわけだ。
「えー、わからんーーー」と言いながらもテキパキ飲んでみて、
パッパとメモ用紙に答えを書く田中。
「あれ?いまあたし何番飲んでた?」と久住に尋ねる道重。
「3番飲んでました」ニコニコと答える久住。
「あたし、パス。よっちゃんさんがんばって」
藤本は頬杖をついて静観の構え。
「おっしゃ」
吉澤はおおげさに腕まくりのしぐさをすると、ペットボトルを手にとる。
「あ。ストローない?」
- 31 名前:chapter3:楽屋 投稿日:2005/09/07(水) 01:23
- 「意外と潔癖症だよね、よっちゃんさんって」
白いストローでペットボトルのお茶を順番に飲む。続けて紙コップのお茶。
「答えはこれに書けばいいわけ?」
考え込むこともなく、吉澤はさらさらと答えを書く。すぐに提出。
最後まで迷っていたのは道重だった。
「ほほぉ、いや、これはこれは、なるほどねぇ」
集まった紙をバサバサとめくりながら亀井が思わせぶりにつぶやく。
「なになにーーー、絵里、はよ、正解言ってー」
「はーい、では、結果、発表でーーーす。じゃんだらじゃんだらだららー」
「なにそれ、じゃんだらって」
「出た、つっこミキティ」
「今の別にキツくないでしょ?フツーじゃん」
「だいじょうぶ、絵里はぜんっぜん気にしてません!」
「ほら、気にしてないって。それで、正解は?誰が優勝?」
- 32 名前:chapter3:楽屋 投稿日:2005/09/07(水) 01:24
- 「さーあ、どうでしょうか!まず、正解の発表!
紙コップナンバー1番は、じゃんだららーーー、おーいお茶!
ナンバー2番は、じゃんだららーーー、伊右衛門!
ナンバー3番は、じゃんだららららー、はじめ!」
「『ら』が増えてるよ」
「はい、そしてナンバーフォーは、生茶!でした!」
「最後だけ英語だよ。じゃんだららも、なかったし」
いつの間にか集まっていた高橋、新垣、紺野が笑う。
「はい、つっこみありがとうございます!では、楽屋のなかの、
全国八千五百億七千万93人のみなさん!お待たせしました、成績発表です!」
「楽屋に何人だって?」
「細かいことは気にしない気にしない。まず、第四位の発表!道重さゆみ!
全問はずれです!」
「ええーーー、なんで?」と目を見開いて驚く道重と対照的に、皆、納得の表情。
- 33 名前:chapter3:楽屋 投稿日:2005/09/07(水) 01:26
- 「第三位!田中れいな!伊右衛門だけ正解!」
「まぐれじゃない?」
「出た!出ました!これは、正真正銘、つっこミキティでしょう」
「でも、れいなも、自分でまぐれだと思う」
「ほら、じゃあ、いいじゃん。キツくないじゃん。フツーじゃん。ね?」
「そして!衝撃の第二位は、、、なんと、、、、いません!」
「は?いませんって?」
「久住ちゃんと吉澤さん、二人が、正解数が同じで、第一位です!優勝です!」
「へー、すごいんだ」
「し、か、も!聞いてください、藤本つっこミキティさん!」
「なにそれ?」
「二人とも、全問正解なんです!」
思わず顔を見合わせる久住と吉澤。
- 34 名前:chapter3:楽屋 投稿日:2005/09/07(水) 01:35
- 「吉澤さん、すごいですね」
スッと微笑んで、久住が言う。
このコの透明感が吉澤は苦手だった。自分が汚れてしまった、と感じさせられるから。
大物、とか、ミラクル、とか、そういう言葉の持つ温度や熱が、実は、このコにはない。
逆に、何があってもすべて受け入れていくような、無であるがゆえの強さ、
をこのコは持っている。微笑むブラックホール。
果たして、ブラックホールは光を放つのか。
それがわからなくて、吉澤は久住との距離を測りかねている。
「いや、久住ちゃんも同じだし」
吉澤が答えるよりも先に藤本がつっこむ。
「以上で飲み比べてみまショー!終わりです!」
亀井がぺこり、とお辞儀をする。
軽いざわめきを残して、それぞれの位置に散っていくメンバー。
久住はうれしそうな顔で立ち上がり、紙コップを片付ける亀井を手伝う。
- 35 名前:chapter3:楽屋 投稿日:2005/09/07(水) 01:37
- 取り残された吉澤は、イスに身体を預けて足を投げ出し、斜め上を眺めている。
何かを思い出すような表情で、くわえたままの白いストローを噛む。
そのとき、楽屋のドアが勢いよく開いた。
「おっはーーーー!」
「うわ、まこっちゃん、遅刻だよ」
新垣が振り向く。
「うん、だいじょぶだいじょぶ。きょうはいい天気だねぇぇえ!」
新垣の肩をバシバシ叩きながらひとりで何度もうなずく麻琴。
「なんや、テンション高いな、麻琴」
高橋がつぶやく。
吉澤は、ストローを噛むのをやめる。根元のところが平らになってしまったストローをゴミ箱に投げる。白く、いびつな放物線。カサッと小さな音がする。
イスから立ち上がる。振り向く。麻琴を見て、言う。
- 36 名前:chapter3:楽屋 投稿日:2005/09/07(水) 01:38
- 「麻琴、集合時刻は守って」
「は、はぁーい。すみません」
「準備おしてるから、今回は、いいけど、いつもそうとは限らないから」
リーダーらしく振舞うと、自分のメイクコーナーに吉澤は向かった。
背中に麻琴の視線を感じる。
麻琴、と吉澤はこころで呼びかける。
秘密を守れるって、昨日、言ったよね。あたしとあんたはつきあってる。
でもそれは誰にも内緒だよ。わかってる?
「よっちゃーーーーん!」
甲高い声とともに楽屋に飛び込んできたのは、石川梨華だ。
割烹着姿に着替え終わった石川が台本を手に一直線に吉澤に向かう。
きょうは美勇伝の歌収録もあるので、楽屋は別の部屋になっている。
- 37 名前:chapter3:楽屋 投稿日:2005/09/07(水) 01:41
-
「一徹の、きょうのあの、ちゃぶ台のとこなんだけど」
「ああ、うん」
ちゃぶ台の置き方について真剣に語る石川を見ながら、吉澤はふと思い出す。
そう言えば。
はじめてのキスは、この人とだったな、と。
- 38 名前:chapter4:回想2001年 投稿日:2005/09/07(水) 01:43
-
(chapter4:回想2001年)
「ねぇ、ねぇ、よっすぃ、冷蔵庫、見た?」
「ん?見てないけど」
「辻加護が、すごいイタズラやってた。あれ、見つかったら絶対怒られるよ」
石川はまるで怒られるのが自分であるかのようにオロオロしている。
2001年11月。ライブレボリューションツアー秋、の時のことだ。
あれは、どこだったか―――吉澤は思い出せなかったが、
そのホテルの部屋の壁がクリーム色だったことはよく覚えていた。
新曲Mr.Moonlightで自分が注目を集めていた時期だったことも。
パンフの写真がセンターだったことも。不安げな自分の表情も。
- 39 名前:chapter4:回想2001年 投稿日:2005/09/07(水) 01:46
- 早々にパジャマに着替えて、
さて、明日のライブに備えて早く寝よう、と思っていた吉澤の部屋に、
悲壮な顔で石川がやってきたのは夜11時15分すぎだった。
「もう、あいつらのことは放っておいたら?」
だって、キリがないもん、梨華ちゃん、心配しすぎだよ、と続けて言おうとしたが、
それも冷たすぎるかな、と思い直して、吉澤はこう尋ねた。
「で、イタズラって、どんな?」
待ってましたとばかりに石川が話し出す。
「このホテルの冷蔵庫」
石川はすたすたと吉澤の部屋の奥へ歩く。
そしてライティングデスクの下にしゃがみこむと、
白色の小さな正方形の冷蔵庫の扉を、パッと開いた。
- 40 名前:chapter4:回想2001年 投稿日:2005/09/07(水) 01:52
- 「中に、缶ジュースとか、ビールとか、セットされてるでしょ」
その冷蔵庫は、家庭用のものををそのまま小さくしたというタイプではなかった。
扉をあけると、白いプラスチックが冷蔵庫全体をふさぐようにある。
そして直径10センチぐらいの円柱状の穴が、正面から見るとサイコロの目の
ように合計6個あけてあり、そこに、缶ジュースや缶ビールを寝かせた形で
セットするという、ビジネスホテルでよく見かけるタイプの冷蔵庫だった。
「うん、セットされてるね」
「これね、飲み物、取り出すと機械が自動的に料金をカウントするんだって」
「へぇ」
「それで、それをマネージャーさんから聞いた加護が、その仕組みを知りたい!とか
思ったらしくて」
「、、、へぇ」
「そーっとさわってみたり、覗き込んだりしてるうちに、発見したの」
「何を?」
- 41 名前:chapter4:回想2001年 投稿日:2005/09/07(水) 01:54
- 「料金カウントのしくみ。缶を取り出そうとすると、後ろの面のバネみたいのが
動くから、それを動かないようにすればいいって」
「へぇ、、、、すごい発見じゃん」
「そう。すごい、とは思う。でも、、、だからって、棒をつかって、そのバネを
おさえて、缶ジュース取り出すのって、よくないでしょ?絶対、怒られる!!」
「あ、あはははははは」
「何笑ってるの?」
「だって、おもしろい。いいじゃん、それぐらい。どうせ、あとで、
ちゃんと払うことになるよ」
「そ、そうかな、、、」
「そうだよ。ね、それ、おもしろいから、この部屋でもやってみようよ」
「えーー、、、でもぉ、よくないよ」
「あとで払えばいいじゃん。ね?」
- 42 名前:chapter4:回想2001年 投稿日:2005/09/07(水) 01:56
- やってみると、それはとても簡単なことだった。
取り出した缶ジュースと缶ビールを並べて、吉澤と石川はクスクスと笑った。
地方に行っても、ホテルの外に出ることもできない。
ちょっとした、好奇心。ちょっとした、ストレス発散。
缶を手に持ってみる。キラリ。銀色に輝く缶は、ささやかな自由の象徴だった。
特別な空間からやってきた、特別な缶に見えた。
「なんか、機械に勝ったーっていう感じ」
「そうだね。おかしい」
「これ、どうしようか?」
「ビール、中澤さんにあげようか?」
「今ごろ中澤さんの部屋に行ったら、『はよ、寝ろゆーたやん!』って怒られるよ」
「そうだねぇ」
- 43 名前:chapter4:回想2001年 投稿日:2005/09/07(水) 01:57
- 「ま、ちょっと一杯飲んでいきますか、石川さん」
「そちも悪じゃのう、吉澤さん」
そして、二人は顔を見合わせて、笑う。
「あーあ、ほんとに飲んでみよっかな」
プシュ。
石川が缶ビールを開ける。
「え」
吉澤は驚く。冗談のつもりだった。本当に飲むつもりはなかった。
ゴクゴク、ゴク。
「ふうん。意外とおいしい。よっすぃは?」
「うーん。じゃ、ひとくちちょうだい」
ゴク。
「にがい」
吉澤は顔をしかめる。銀色の缶を石川に返す。
「こんなのが、おいしいの?梨華ちゃん」
「うん。なんか、くぅーーーっ、しみるーーーって感じ」
ゴクゴク、ゴク。
- 44 名前:chapter4:回想2001年 投稿日:2005/09/07(水) 01:58
- 「ふーん。あたしはいいや。梨華ちゃん、ビール、よく飲むの?」
「はじめてだよー。いえーい!」
「梨花ちゃん、大きな声だしちゃだめだよー。隣、保田さんだし、、、」
「あ、それは大変、もう寝ないとね。おやすみー、いえーーーい!」
「梨華ちゃん、酔っ払ってるんじゃないの?」
「酔っ払ってないよーーーーん、あはははーーー、今夜は、語り明かそうー」
ぐー。
石川は右手を天井に伸ばした姿勢のまま、床に崩れおちた。寝息をたてて。
「うわ、、、まいったなぁ。梨華ちゃん、梨華ちゃん、、、い、し、か、わ!」
吉澤は石川を起こそうとするが、全く起きる気配がない。
仕方なく、石川をベッドに引きずりあげて、毛布をかける。
- 45 名前:chapter4:回想2001年 投稿日:2005/09/07(水) 02:00
- 「梨華ちゃん、風邪ひくよ、、、、ていうか、あたしも、ひきそう」
吉澤の頭に、責任、という言葉が浮かぶ。
明日はライブだ。風邪なんて、ひくわけにはいかない。
石川に、ひかせるわけにもいかない。五期が入って、自分も先輩になった。
もう「新メンバー」ではいられない。
ふぅ、とため息をついて、吉澤は石川の横に身体をすべりこませる。
なるべく、ベッドの端のほうに身を置く。
寝なくちゃ。小さな灯りを残して、吉澤は部屋を暗くした。
いつの間にか眠っていたらしい。
眠っていたらしい、ということは、今は起きている、ということだ。なんだ?この重みは。
吉澤は一瞬、ぎょっとするが、すぐに思い出す。ああ、石川がいるんだった、と。
「梨華ちゃ、、、ん?」
- 46 名前:chapter4:回想2001年 投稿日:2005/09/07(水) 02:01
-
「よっすぃ、、、、」
仰向けに眠っていた吉澤の身体にぴったり重なる姿勢で。
両腕で上半身をおこし気味にして、石川は、吉澤の顔を覗き込んでいる。
石川が腕の力をゆるめれば、顔と顔の距離はあっという間にゼロになるだろう。
惑星の衝突。銀色の流れ星が崩した宇宙のバランス。
あの小さな灯りは灯台?
吉澤の心臓が、誰にも届かないモールス信号を刻む。
助けて、助けて、どうしたらいい?
- 47 名前:chapter4:回想2001年 投稿日:2005/09/07(水) 02:07
- 石川は、酔っていた。
適切な光。
適切な光さえあれば、吉澤にもそれがわかっただろう。
しかし、闇と逆光のせいで、吉澤には石川の表情は見分けられなかった。
「よっすぃ、、、、きれいだね」
石川の右手が、吉澤の頬をそっとなでる。
「本当に、きれい」
キレイッテ、ナニ?吉澤は動けない。
- 48 名前:chapter4:回想2001年 投稿日:2005/09/07(水) 02:08
- そして、重力が石川梨華をからめとる。
石川梨華は、吉澤ひとみにキスをした。
吉澤の頭が真っ白になる。目を閉じることもできなかった。
吉澤にとっては、はじめてのキス。くちびるの感覚も見失っていた。
ただ、キスのあいだずっと、頬に触れていた石川の長い髪の感触だけを
吉澤はかろうじで記憶した。
- 49 名前:chapter4:回想2001年 投稿日:2005/09/07(水) 02:10
- 翌朝、目覚めるとベッドに石川はいなかった。
混乱しながら、昨夜のことを思い出す。あれは、夢?
しかし、床に転がった缶ビールが地雷のように吉澤に現実を告げる。
ハッとして自分のパジャマを見る。着ている。ほっとする。でも。
どうしよう。
どうしよう。どうしよう。
キスした、石川と。
ずっと好きだった人と。
そう、吉澤は、ずっと、おさえていた。石川梨華への気持ちを。
思いが、叶った、のだろうか。しかし。
なにか、なにかが、違うような気がする――――。
相手への、そして、自分自身への、違和感。
それは、ねっとりと吉澤の内側にあった。
カーテンを開ける。太陽がまぶしい。照らしてほしい、この心を、と吉澤は思う。
自分が何を考えているのか、わからないんです神様。
- 50 名前:chapter4:回想2001年 投稿日:2005/09/07(水) 02:15
- ホテルの一階。朝食の席で、吉澤は石川と顔をあわせた。
「おはよー」
「おはよう」
「よっすぃ、、あとで、、、部屋に来てくれる?ちょっと話したいことが、、、」
石川の表情から、吉澤は、もう二度とこの人とキスをすることはないだろう、と感じる。
悲しかったが、冷静でもあった。
「あ、うん、、、風邪とか、ひかなかった?」
「ありがと。だいじょぶ」
「じゃ、あとで」
「うん、あとで」
集合は10時、ホテル玄関で!というマネージャーの大きな声を
聞きながら、あのビール代、どうなるんだろう、と吉澤はぼんやりと考える。
- 51 名前:chapter4:回想2001年 投稿日:2005/09/07(水) 02:17
-
吉澤が石川の部屋入ると、ベッドに腰掛けていた石川がぴょこんと
立ち上がり、勢いよく頭を下げた。
「あの、昨日のことだけど、ごめんなさいっ!」
「あ、別に、、、、」
「酔っ払っちゃったみたい」
「うん、そうみたいだった。わかってたよ」
「怒ってない?」
「怒ってないよ」
「よかったーーーー!よっすぃに嫌われたらどうしようって
朝から不安だったのー」
- 52 名前:chapter4:回想2001年 投稿日:2005/09/07(水) 02:19
-
朝から?と吉澤は思う。
あたしは、ええと、梨華ちゃんに嫌われたらどうしようって、この一年以上、
ずっと不安だったよ。それで、けっこう、がんばった。好かれたくてがんばった。
でも、なんか、そういうのも終わった気がする、今。
恋に恋してた、みたいなこと?たぶん、この気持ちはそうじゃないけど
そういうことにした方が簡単で、いいかも。
わからない。考えるのもおっくうだな。
キスして、失恋した。恋が終わった。
ヘンだけど、そういうこと。
- 53 名前:chapter4:回想2001年 投稿日:2005/09/07(水) 02:22
-
黙り込んでいる吉澤の様子に気づくこともなく、石川は続ける。
「これからも、友達でいてねっ!」
ダサいぐらいまじめで、一生懸命。それが石川梨華のいいところなんだよな、と
吉澤はつくづく思う。
うん。わかったよ。ていうか、わかってたよ。
それにしても、なんだか、、、ちょっと疲れたな。
好かれようとして、がんばりすぎたみたい。
もう、しばらくは、、、、誰にも好かれなくていいや。
「もちろん、、、友達だよ」
吉澤は笑顔で答えた。
吉澤ひとみがどこか投げやりになり、ゆっくりと太り始めたのはこの頃からだった。
- 54 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/09/07(水) 02:22
-
本日は以上です。
- 55 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/09/07(水) 03:48
- 01年みたいだ、01年の娘小説みたいだ
この感じ、僕が読んでたあの頃の娘小説みたいだ
- 56 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/09/09(金) 08:23
- 確かにどこか懐かしい。
好きですこういうの。頑張ってください!
- 57 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/09/09(金) 22:54
- すごく懐かしい気持ちがしてます
- 58 名前:chapter5:ハロモニ 投稿日:2005/09/10(土) 02:10
- (chapter5:ハロモニ)
「このちゃぶ台、重たそうに持ってきた方がいい?軽々との方がいい?」
石川が真剣な表情で吉澤に尋ねる。
パタン。吉澤が思い出の小箱を閉じる音。
ぎゅっと一回まばたきをして、吉澤は答える。
「トメ子が重たそうに持ってきたのを、一徹がかるーくひっくり返すかぁ、
軽そうに持ってきたけど一徹にはすんごく重くてかなかひっくり返せないって、
いうのかぁ、どっちがウケるかだよね」
- 59 名前:chapter5:ハロモニ 投稿日:2005/09/10(土) 02:11
-
「そう、これ、白百合伯爵夫人の家じゃない?
他人の家で『準備しろ』って言われて、トメ子は困って、
伯爵家の超高級大理石ちゃぶ台を持ってくるのよね。
宝石とかギラギしてるちゃぶ台。いつもと少し違うの」
少しっていうか全然ちがう、と「白百合つぼみ」がいたら、つっこんだだろう。
うーん、と腕組みして吉澤は考える。メイクはまだだが、既に一徹。
「石川、ちょっとやってみて」
「重たそうなら、こう、かな、、、、うん、、、うん、、、、、うーん、、、、」
苦しそうに顔をゆがめて、腕を下げ、ちゃぶ台を運ぶ動きをする石川。
「軽そうなら、こう、、、、宝石とかに緊張してるからカニ歩きとか、、、、」
こわばった表情、上目遣いでギクシャクと横に歩く石川。
- 60 名前:chapter5:ハロモニ 投稿日:2005/09/10(土) 02:13
-
その表情がおかしくて、吉澤は笑ってしまう。
「その顔、超ウケる。そっち!」
「そう?今おもしろかった?あたし?」
石川はうれしそうに小さくジャンプ。
「そしたらぁ、よっすぃはどういうふうにひっくり返す?」
「それは秘密。本番でのお楽しみ」
「えーー、なんでぇー?」
石川がくやしそうにジタバタするのを見て、吉澤は、幸福になる。
うん。これでいい。
あの日、石川への思いは砕けたけど、ガレキの上に咲く花もある。
今、こうしていられるのは悪くない。
- 61 名前:chapter5:ハロモニ 投稿日:2005/09/10(土) 02:14
- コントだけじゃなくて。
リーダー同士、相談したり、されたり。
どっちかっていうと、される方が多いけど、、、石川は、あたしが悩んでても
気づかないし、、、、それはちょっとさびしいけど、、、ま、気づいてくれたとしても、
石川に相談できることと、、、できないことが、、、、。
「おーほほ、、、おーほ、、、、このシラウリ家の、、、しきりを、、」
「はい、カット!小川さん、セリフです!」
「すみませぇん、、、」
麻琴のNG。もう5回めである。
「まこっちゃん、どした?思いっきりいけー」
ふたすじ姿の辻が言う。
- 62 名前:chapter5:ハロモニ 投稿日:2005/09/10(土) 02:15
- ペン子をお手伝いがわりにコキ使う伯爵夫人に抗議するため、
ひとすじ、ふたすじ、一徹、トメ子が伯爵家に乗り込む、というお話。
収録は難航していた。
「オーッホッホッホ、オーーーーッホッホ、、、、、、この白百合家の敷居を
またぐには顔と服と鼻の穴とぜーんぶ洗ってからにしてください!ごめんあさーせ!」
というセリフが、なかなか決まらない。麻琴にいつもの力強さが全くない。
スタジオに静かな困惑が広がる。
「小川さん、セリフ、変えましょうか?」
フロアディレクターが近寄って声をかける。
麻琴が答える前に、吉澤が言う。
「あの、、、3分休憩もらっていいですか?」
「OKです。3分休憩!再開は11時45分です!」
腕時計をチラと見て、ディレクターが指示を出す。スタジオの空気がゆるむ。
「麻琴、ちょっと」
- 63 名前:chapter5:ハロモニ 投稿日:2005/09/10(土) 02:17
- 吉澤は麻琴を連れ出す。空いているメイクルーム。
「ここでいっか」
ひとりごとのようにつぶやくと、吉澤は淡い緑色のドアを閉めた。
今にも泣き出しそうな顔で麻琴がソファに座る。
伯爵夫人の大きなカツラが揺れる。吉澤は麻琴の隣に座ろうか、一瞬迷う。
が、座らない。麻琴の前に立つと、背中を丸めてしゃがみこんだ。
ヤンキー座りのような姿勢。自分の指先をいじりながら黙る。白く長い指。
天敵である伯爵夫人と頑固一徹が、うつむきながら向かい合う。
それは滑稽と言えば滑稽だし、美しいと言えば美しい光景だった。
- 64 名前:chapter5:ハロモニ 投稿日:2005/09/10(土) 02:18
- 「あの、、、さ、、、麻琴、、、」
麻琴は顔をあげない。吉澤が続ける。
覚えたての日本語を話す外国人のようにゆっくりとはっきりと。
「昨日、うれしかった。きょうも、会えて、うれしい」
「・・・・・・・・・・・」
「あたしだって、緊張してるよ」
「、、、そう、、、なんですか?」
「ったりめーじゃん」
意外、という顔の麻琴を見て、吉澤はふっと微笑んだ。
「でも、一緒にいるの、楽しいから、単純に」
そう言われて、麻琴の表情に力が戻ってくる。
- 65 名前:chapter5:ハロモニ 投稿日:2005/09/10(土) 02:19
-
吉澤は咳払いをして姿勢を変える。しゃがんだまま、片膝をついて背筋を伸ばす。
麻琴を見つめる。そして、騎士のように、うやうやしく一礼すると
麻琴の手の甲にキス。
「伯爵夫人、パーティの準備が整っております」
そのまま立ち上がる、麻琴の身体をひきあげるように。
「ほんとは、手じゃなくて、、、、、でも、メイクとれちゃうし、今、一徹だしさ」
- 66 名前:chapter5:ハロモニ 投稿日:2005/09/10(土) 02:21
- 二人がスタジオに戻るとちょうど11時45分だった。
白百合つぼみが振り向きざまに、ニヤッとして一言。
「なぁぁぁんか、あやしぃぃぃい!一徹さん、不倫してんじゃないのー?」
ひょえー、誰かミキティを黙らせてくれー、と吉澤は心で叫ぶ。
「ば、ばかやろう!幼稚園児は不倫とか言うんじゃなーーーい」
せっかく麻琴が持ち直したのに、これじゃあ、また、、、、。
- 67 名前:chapter5:ハロモニ 投稿日:2005/09/10(土) 02:22
- 「オーーッホッホ、オーーーーッホッホッホッホ、つぼみちゃん、お母様は
こんなヘンな服を着た人とは付き合いませんことよっ!!」
「ああ、いいですね、小川さん、その感じでいきましょう、では収録再開します!
みなさんよろしくお願いします!本番5秒前!4、3、、、、」
急いで頭を切り替えながら、吉澤は軽く衝撃を受ける。麻琴の芯の強さに。
- 68 名前:chapter6:全国ツアー 投稿日:2005/09/10(土) 02:27
- (chapter6:全国ツアー)
11月。
モーニング娘。コンサートツアー2006秋、
『バリバリ教室〜小春ちゃんいらっしゃい〜』も折り返し点を過ぎ、
それなりに落ち着きが出てきた。
大阪での2Days。一日めが終了したあと、吉澤はラジオの取材が入っていたため
他のメンバーより遅くホテルに戻った。
乳白色の壁に濃紺のドアが規則正しく並ぶホテルの廊下。まっすぐな廊下。
小さなスポット照明が点々と、やわらかく空間をつつむ。
えんじ色のじゅうたんが足音はおろか、宇宙のすべての音を吸収する。
現実の空間ではなくゲーム画面のように思えてくる。
- 69 名前:chapter6:全国ツアー 投稿日:2005/09/10(土) 02:28
- 娘。の部屋はセキュリティの関係から、1フロアに集められている。
今日の部屋割りは一番奥に吉澤、その手前に、紺野、高橋、小川、新垣、、。
奥から4つめ、麻琴の部屋の前で吉澤は立ち止まる。
ああ、本当にこれがゲームだったらいいのに。
途中で気が変わったら、電源を切ってしまえたらいいのに。
でも、これは現実。
行動を選ぶたび、欲望を満たすたび、次へと運ばれる。
麻琴、きょう、すごく麻琴が欲しいよ。なんでだろう。欲望に理由なんか
ないけど。きょうは、すごく、、、。
吉澤は、小さく息を吐くと、自分の部屋へ向かった。
- 70 名前:chapter6:全国ツアー 投稿日:2005/09/10(土) 02:31
- 軽くシャワーをあびてTシャツとジャージに着替える。色は黒。
ラインが入っただけのシンプルなタイプ。
ベッドに寝転んで吉澤は天井を見上げる。ケータイを手にする。
そして、行動を選ぶ。あっさりと、選んでしまう。
TO:麻琴
会いたい。来て。
「、は、、、、ぁ、、、、、」
照明は落として待っていた。部屋に入るとすぐに抱き寄せる。
会いたかった、と耳元で吉澤はささやく。それだけで麻琴の口から小さな声が漏れる。
赤いロンTにオレンジの短パン。せっけんの香り。
- 71 名前:chapter6:全国ツアー 投稿日:2005/09/10(土) 02:34
- 「シャワーあびたんだ?」
転げるようにベッドに倒れこむと吉澤は麻琴に尋ねるが、
返事など待たずに唇を重ねる。最初は軽く、感触を確かめるだけ。
触れる。かすめる。着陸する。触れる。かすめる。愛撫する。
吉澤は、上から麻琴を見下ろす。
麻琴の唇がぬらぬらと光り、その奥にピンク色の舌がチラリと見える。
麻琴の瞳に霞みがかかったようになる。
呼吸が荒くなっているのを確かめると、吉澤は麻琴の首筋に、キス。
- 72 名前:chapter6:全国ツアー 投稿日:2005/09/10(土) 02:36
- 「あっ、、、、」
麻琴の身体が、クッ、と波打つ。
「感じてるの?」
わかりきったことを。
吉澤は、麻琴の首筋から耳へと、舌先をとがらせて、ゆっくりとなであげる。
こうされるの、好きなんだよね、麻琴は。
麻琴がいちばん感じる、いやらしいスピードで進む吉澤の舌。
「いやっ、、、ちがっ、、、、ぁ、、あっ」
麻琴が身体をのけぞらせる。
- 73 名前:chapter6:全国ツアー 投稿日:2005/09/10(土) 02:39
- 再び麻琴の唇に舞い戻った吉澤が、自分勝手なキスで麻琴を黙らせる。
ふさがれ、かきまわされ、舌で舌をもてあそばれ、麻琴は身をよじる。
熱い。身体の芯が。
自分の身体が白く白く発光しているように感じる。
「麻琴、感じやすくなっちゃったね、、」
「、、、よ、、、よしざわさんが、、、そう、、、したんじゃないですか、、、」
不意に唇を解放され、かすれた声で麻琴は言った。
- 74 名前:chapter6:全国ツアー 投稿日:2005/09/10(土) 02:42
-
「ふぅん、、、。あたしが、、、何を、したって、、、?」
吉澤は目を細めて悪魔的に微笑むと、
ひとさし指を麻琴の下唇に置き、そっと左から右になでた。
麻琴の舌が、その指をとらえようとチロチロと動く。吉澤は、指をひく。
「でも、まだ、キスしかしてないよ、ウチら、、、」
麻琴がハッと我にかえる。好きだよ、と言われてから二ヶ月。
吉澤が求めても、麻琴はそれ以上のことを、拒み続けていた。
- 75 名前:chapter6:全国ツアー 投稿日:2005/09/10(土) 02:44
- 「麻琴、、、欲しい、、、、全部、、、」
吉澤に、哀願するような表情が浮かぶ。
泣き出す?と麻琴が一瞬思うほどに。
雨に濡れた仔犬――――。
でもそれも一秒あるかないかのことだった。
麻琴の沈黙を了解と受け取って、吉澤は猟犬のように
麻琴の赤いロンTに手をかける。
「待って、、、」
またか、という顔の吉澤を見ながら、麻琴は言葉を続ける。
- 76 名前:chapter6:全国ツアー 投稿日:2005/09/10(土) 02:46
-
「自分で、脱ぐ、、、」
「・・・・・・・・」
「それから、、、ふたりのときは、、もう、敬語、使わない、、、それでもいい?」
吉澤は、無言でうなづく。麻琴は、するりとロンTを脱ぐ。
そして短パンも自分の手で。麻琴の白い肌の上にあるのは、
ベージュの地味なデザインのブラとショーツだけになった。
はぁっと麻琴が息をつく。困ったように唇を噛んで麻琴はつぶやく。
「あとは、、、どうしたらいいのか、わからないよ、、、よしざわさん、、、」
- 77 名前:chapter6:全国ツアー 投稿日:2005/09/10(土) 02:49
-
震えているのは、麻琴か、自分か。
吉澤は麻琴をベッドに腰掛けさせる。
そして、うしろから、麻琴の身体に手を回す。
麻琴の肩に顎をのせ、背中をつつむように抱きしめる。
麻琴の顔だけをこちらに向かせて、キス。
これ以上ないくらいのやさしいキスを。
初めてであることを隠そうともしない麻琴。
吉澤の過去を、これまでの経験を、一切尋ねない麻琴。
その小さな身体に張りつめた意志と情熱に、吉澤は圧倒される。
- 78 名前:chapter6:全国ツアー 投稿日:2005/09/10(土) 02:53
- 「麻琴、、、、」
どうしたらいいのかわからないのは、あたしも同じだよ。
あたしは、、、Tシャツひとつ、自分で脱げないよ、、、、。
「、、ぁぁあああっ、、、いっ、、、んんん、、、、あ、ぁ、、、、、」
麻琴の声がだんだん大きくなる。
吉澤は、黒い服を着たまま、首筋にキスを繰り返す。
額にかかる自分の前髪をかきあげる。整った顔立ち。
吸血鬼の青年が極秘で来日、食事中、と言っても通用しそうだ。
背中から前にまわした長い指で、麻琴のブラと素肌の境界線をなぞる。
脱がせることをためらっていただけなのだが、それがかえって麻琴を
敏感にさせてしまった。やばいかも、と吉澤は思う。
- 79 名前:chapter6:全国ツアー 投稿日:2005/09/10(土) 03:01
- 隣の部屋に聞こえてしまうだろうか、、、、。
吉澤はスッと右手をベッドサイドに伸ばすと、ケータイをつかんだ。
「なっ、、、、」
麻琴は驚くが、言葉にならない。
暗闇のなか、ケータイのディスプレイが四角く光って吉澤の横顔を照らす。
吉澤は麻琴の身体を抱いたまま、片手で器用にケータイを操作する。
「こんこん?起きてた?」
麻琴が目を見開く。
吉澤は表情ひとつ変えずに麻琴のブラの中へ左手のひとさし指と中指を
すべりこませた。麻琴の心臓が、ドクン、と音を立てる。
- 80 名前:chapter6:全国ツアー 投稿日:2005/09/10(土) 03:05
- 「こんこん、あのさぁ、こんこんがこないだお取り寄せしてた、
紫イモのクッキーって、どこのだったっけ?」
吉澤の白く長い指があっと言う間に麻琴の乳首をとらえる。
ここだよね?そうだよね、麻琴?小さく円を描いて愛撫する。
『種子島ですよぉ、吉澤さん』
麻琴は必死で声をこらえる。
「え?どこ?」
吉澤は、胸だけでは、、、、我慢できなくなる。
ケータイを肩と首ではさむと、右手を自由にした。
- 81 名前:chapter6:全国ツアー 投稿日:2005/09/10(土) 03:09
- 「どこだっけ?」
『た、ね、が、し、ま!』
するりと伸ばした吉澤の右手が、ももから、足のあいだへとすべりあがってゆく。
麻琴は、きゅっと目を閉じて、耐える。
のどの奥で声にならない声が出口を求める。
「こんこん、ここ、なんか電波悪いみたい」
『たぁー、ねぇー、がぁーー、しぃー、まぁー!!』
「なに?カナダ?」
『たーー、ねーーー、がーーーー、しーーーー、まーーーー!』
まず、中指だけで。
ショーツの上からラインをなぞる。上へ、下へ。
吉澤の白い指がその場所を探りあて、立ち止まる。
軽くこねるように、刺激する。強く、弱く。強く、弱く。
- 82 名前:chapter6:全国ツアー 投稿日:2005/09/10(土) 03:12
- 麻琴の身体がうっすら汗ばむ。すがるような目で吉澤を見る。
無理だよ、麻琴。やめてあげない。もう、とまらないよ。
麻琴だって、そうでしょ?今、もし、あたしがやめちゃったら、、、どうする?
きっと、困るよ、、、。
だって、ほら、ここ、こんなに熱くなってる、、、、。
『たーーーっ!ねーーーっ!がーーーーっ!しーーーっ!まーーーーーっ!』
ケータイから、紺野の大きな声が聞こえてきた。
吉澤は目線を隣の部屋との壁に投げかける。
うん。
あれだけの大声を出させても、この壁からは、紺野の声は聞こえてこなかった。
- 83 名前:chapter6:全国ツアー 投稿日:2005/09/10(土) 03:14
- 「あ、わかった、種子島だね。ありがと、こんこん。おやすみー!」
吉澤はケータイを切る。
さて、、、、。
ここの壁は、、、、厚いよ、、、、麻琴。
だから、、、声、、、聞かせて、、、、もっと。
- 84 名前:chapter6:全国ツアー 投稿日:2005/09/10(土) 03:15
-
高橋愛は戸惑っていた。
30分ほど前、「愛ちゃん、ドライヤー貸して」と紺野が部屋に来た。
「ああ、いいなぁ。この部屋、ベッドの右側が壁にくっついてる」
「紺ちゃんの部屋はちがうの?」
「そう、左側が壁なんだ。それだとよく眠れないんだよねぇ」
紺野があまりに悲しそうに言うので、高橋は言った。
「そんなら、部屋、かわってあげようか?」
- 85 名前:chapter6:全国ツアー 投稿日:2005/09/10(土) 03:16
- 部屋を代わってしばらくすると、隣の部屋から紺野の声が聞こえてきた。
『たーねーがーしーまー』
なんだ?
『たーー、ねーー、がーー、しーー、まーーー』
なんなんだ?発声練習かな、紺野オリジナルの。
その声が終わったと思ったら。
反対側の隣の部屋、、、一番奥の部屋だから、吉澤さんの部屋から、、、、、。
なんなんだ、これ。
吉澤さん、エロいビデオでも見てるんやろか、、、。
リーダーって、やっぱりストレスあるんかな、、、、、、、、。
え、、、、?
マジ、、、、、?
ちがう、、、この声、、、ビデオじゃない、、、、、
麻琴――――――――!
- 86 名前:chapter6:全国ツアー 投稿日:2005/09/10(土) 03:24
-
本日は以上です。
55 名無飼育さん
おもしろがってもらえてるのでしょうか。もしそうならうれしいです。レスありがとうです。
56 名無飼育さん
確かに、最近こういうの懐かしいかも。また気が向いたら見に来てください。レス感謝です。
57 名無飼育さん
レスありがとうございます。懐かしい感じプラス、ゆくゆくは、
未来な感じを、と思ってます。またフラッとお立ち寄りください。
- 87 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/09/11(日) 00:46
- すげえ。この二人の絡みにシリアスなものはめったに見ないだけに、
今回のはぞくぞくしました。
吉澤さん視点から見る彼女の強さの表現とか素晴らしいと思います。
次も楽しみに待ってます。
- 88 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/09/15(木) 11:04
- 更新お疲れ様です。
無駄に頑張っちゃったこんこんが素敵でした。
次回も期待してます。
- 89 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/09/17(土) 06:11
-
高橋が呆然とホテルの壁を見つめていた、ちょうどその頃――――。
西麻布のイタリアンレストランは週末らしい活気に満ちていた。
オリーブオイルとガーリック、バジルの香り。
表通りから一本裏手の。
テーブルが5卓、あとはカウンターに6人が座れば満席の小さな店。
「さっき電話したモンやけど」
「いらっしゃいませ。お待ちしておりました。おふたりさまでいらっしゃいますね」
「そう。席は、、、カウンターの方が、気楽やし。ええかな?」
店の客に背を向けて座れるカウンター席は、自分のように顔が知られている者
にとっては都合がいい。
- 90 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/09/17(土) 06:13
- 「ホタルイカ、ええねぇ。前菜は、ほかにもおすすめの持ってきてくれる?
それから、ポルチーニのサラダ、マル必ね。
メインは、そやなぁ、パスタを、雲丹と秋刀魚のフェトチーネにするとすると、
あっさりめのもんがええかなぁ、ちょっと考えるわ、それはあとで頼んでもええ?
ワインは、白っちゅー気分なんやけど、ソーヴィニヨン・ブランで安すぎず
高すぎずのやつ。酸味少な目ね。ニューワールド系でええのがあったら、ええな」
「かしこまりました」
ウエイターが去ると、つんくは、一瞬、黙り込む。
メニューを閉じる。
「それで、、、、冬のハローで卒業、でええんやな?」
「はい。そうさせてください」
アヤカが答えた。
- 91 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/09/17(土) 06:15
- 「そやけど、さびしくなるな。けっこう長かったしな。アヤカ、ハローに入ってから」
「いろいろお世話になりました」
「こっちこそやん。なんや、ココナッツもあるようなないようなことになってしもうて
俺的にも、アヤカには申し訳ないって思ってたんや」
アヤカは微笑む。
あるようなないようなになってるのは、ココナッツだけじゃないけど、、、。
前菜がサーヴされる。
「このホタルイカ、ワインと合いますね」
「そやな、、、」
- 92 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/09/17(土) 06:18
- プロデュースってなんやろか。つんくは思った。
他人の人生をいじくりまわしてるだけなんちゃうか、俺は。
このコは、これから、どうなるんやろ。俺にできるのは、せいぜい、メシおごるぐらいの
ことや。無責任やろか。無責任かもしれん。でも、逃げてへんつもりやで。
ちゃんと、目ぇ、そらさんと、見ていこうと、思ってるよ、このコらのこと。
ああ、そうか、、、。
結局、俺は、最大の傍観者なのかもしれん、ハロープロジェクトの、、、。
「ほんで、アヤカ、どうしたいとか、あんのか?卒業したら」
「、、、、結婚、します」
「そうなん?なんやぁ、おめでとう!知らんかったわー」
つんくは、途端にほっとしたような表情になる。
「ほんなら、相手の男も、きょう、連れて来たったらええのに」
- 93 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/09/17(土) 06:21
- 「彼、きょう、出張で」
「何してる人なん?」
「会社員です」
「ええやん。日本を支えてんのは、会社員やで」
「1月に彼が海外勤務になるので、私も一緒に行って、向こうで式の予定です」
「どこ?」
「オーストラリアです」
「なんや、かっこええなぁ」
アヤカは微笑む。
「それでつんくさん、お願いがあるんです。彼は一般の人なので、
マスコミには結婚のこと、ふせておいて欲しいんです。ハローのメンバーや
スタッフには言っていただいて構わないんですが」
「了解。卒業は夢の実現のため、とか発表しておく。ほんで、このことはもう誰かに
報告したんか?里田とか、吉澤とか、、、」
- 94 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/09/17(土) 06:23
- ワイングラスを持つ手が、ピクッととまる。
「ええ、、、だいたい、話してます、、、、くわしいことは、これから、、、」
「そうか。ごっつ親友らしいやん、3人。マスコミに言う前に、アヤカからきちんと
話しといたほうがええで」
「はい」
「モーニングは今、ツアー中やから吉澤、つかまりにくいかもしれへんけど、、、
そうや、吉澤のこと、俺、アヤカに御礼言わなと思っててん」
「・・・・・・」
「一時、あいつ、やばかったやろ?『アタシなんていてもいなくてもええんやー』って
顔になっとった。めっちゃボリュームアップキャンペーン、ひとりで爆裂展開中やった
しな」
「・・・・・・・・」
「里田とアヤカと仲ようなってから、吉澤はガラッと変わったって現場が言っとった。
ありがとうな。あのままやったら、ほんま、やばかったわ。
モーニングのリーダーやからなぁ。矢口が抜けたとき、吉澤がカラダ絞れてて
どんだけホッとしたか、、、」
- 95 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/09/17(土) 06:25
-
つんくはメインに、ヒラメを選ぶ。
「私は、鴨胸肉の香り焼き、シシリー岩塩とカシスのジャム添え、で」
「そしたら、ワイン、赤にするか?」
「いえ」
「遠慮せんでええし。赤の方が合うと思うで、鴨やったら」
「赤ワイン、苦手なんです」
「あ、そうなん?」
「、、、つんくさん、よっすぃのことですけど」
「なんや?」
「私は、御礼を言われるようなことは、何も」
「ん?」
「よっすぃは、、、吉澤さんは、、、、」
- 96 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/09/17(土) 06:26
-
よっすぃ、今、あなたは、どこで、何をしている?
聞いてもらおうか、つんくさんに。私たちの2年間を。
何を得て、何を失って、今、ここにいるのかを。
そう思ってアヤカは、つんくを見る。
ああ、だめだ、つんくさん、酔ってる。
ていうか、よっすぃのこと、ヒトに話すなんてありえないんだった。
酔ったかな、珍しく。
だいじょうぶ。誰にも話さないよ。
「いえ、なんでもないです」
「アヤカ、酒入ると、キャラ変わるんか?普段は、よーしゃべるのに、
今は、考える人って感じやなぁ」
- 97 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/09/17(土) 06:30
-
(2003年)
「じゃーさー、次は、『放っておけないものしりとり』!」
「なにそれー!?まいちゃん。たとえばたとえば?」
「うーーんと、『奥歯にはさまったパイナップルの繊維』」
「ああーーー、それは確かに放っておけないっ!」
「でしょー。次、アヤカ。『い』ね『い』」
「ちょっと待ってちょっと待って、考える!」
- 98 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/09/17(土) 06:34
- 2003年6月。
春の爽やかさは去り、夏の輝きはまだ遠い。
もったりとした季節の、もったりとした午後4時。
交差点近くのコンビニから、派手なジャージ姿のふたりが出てくる。
キャラメルコーンやペットボトルの入った袋をバサバサ振りながら、歩く。
アヤカと里田まい。
モーニング娘。主演ミュージカル『江戸っ娘。忠臣蔵』昼夜2回公演の間の
休憩時間だ。
「い、い、、、い、、だよねぇ?い、、、い、、、、、『一本だけ生えたホクロ毛』」
「あははーーっ、ウケた、それ超なんとかしたい!てか、抜け!」
笑いながら二人は明治座の楽屋入り口で「どもー」「どうもでーす」と守衛に
挨拶して中へ。しりとりは続く。
- 99 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/09/17(土) 06:39
- 「げ、、、げ?、、、げ、、、、、げ?、、げってすごくない?
、、、げ、、、げ、、、、、『玄関で気づいた、はがれかけのマニキュア』」
「うわ、それも放っておけないー、玄関ってのがツライ」
「困るよねー」
バサバサ。袋が音をたてる。
明治座の楽屋は、L字型の廊下の両側に3人から10人用まで、さまざまな
大きさの部屋が並んでいる形式。「カントリー娘。様、アヤカ様」と札のかか
った楽屋は、廊下を曲がった一番手前だった。
「だよねー、、、、次は、あ?あ、、、、あ?、、、あー、、、、あ、、、あめ、、
、雨、、、『雨に濡れた仔犬』!」
- 100 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/09/17(土) 06:41
- アヤカがそう言ったとき、ちょうど自分たちの楽屋の前だった。
「あー、それも放っとけない!」
里田が言いながら、ドアを開ける。ガチャ。
「あれ?」
「だれ?」
楽屋にはメイクコーナーとは別に、こげ茶色のビニール張りのソファが置かれていた。
そこで、誰かが寝ている。
頭と顔を、白いタオルでぐるっと巻いている。
丸めた背中が寝息に合わせて規則正しくアップダウン。
紺色の着物のようなものを着ている。アヤカも里田も、その名前を知らなかった。
それは「甚平」というものだった。
- 101 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/09/17(土) 06:45
- 「あさみじゃないよね」
「あんなにデカくないよ」
「寝てる?」
「死んでる?」
よく見ると、白いタオルの先から、水滴がポタポタと落ちている。
「迷惑だよね、ぶっちゃけ」
里田はそう言うと、スタスタとソファに近づいた。
「あの、ちょっと」
起きない。
「あーのー、ちょーっとーーー」
- 102 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/09/17(土) 06:47
- 「ほ、、、、、ぁ、、」
起き上がる、謎の白いタオルマン。
「あ、、、あ、、、、お、、じゃましてます、、吉澤で、す、、、
そこの水道で頭洗ったら眠くなって、、、、ここ、誰もいなかったから、、、」
吉澤は、白いタオルで、ぐしゃりと髪をふくと、目をこする。
顔の筋肉が言うことをきかない、というように、何度も、何度も目をこする。
「雨に濡れた仔犬だ、、、、」
アヤカはつぶやいた。
- 103 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/09/17(土) 06:50
- 「あの時、正直ちょっとひいたかも」
「あ、やっぱり?」
「そんなに話したことなかったじゃん?あの頃って」
自由が丘のスペイン料理店に、里田、アヤカ、吉澤がいる。
ミュージカルの間にポコンと生まれた友情は、夏になっても消えることはなかった。
きょうはついに、雑誌に載ってた店にパエリアを食べに行く!という計画を実行。
里田やアヤカにとっては特別なことではないが、吉澤にとってはじゅうぶんに、
イベントと呼べるものだった。
「だってさー、なんで水道で頭洗うわけ?謎すぎ」
「なんでだったんだろう。忘れた。すげー洗いたくなったんだよ」
- 104 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/09/17(土) 06:52
- ずっとモヤモヤしていて、、、。
基本、どうでもいい、みたいな。
自分なんて意味ないし、みたいな。
ひとりでイカダで漂流中、みたいな。
んで、太陽はまぶしいし、魚は取れないし、水も食料もなくなって、
もう、だめだーーーって気を失ったら、まいちんとアヤカっていう浜辺に
打ち上げられました、みたいな。
神様っているんだな、みたいな。
そんな感じを、どう言えばいいんだろう?
言葉が見つからなくて、吉澤はひとまず、叫んだ。
「パエリア、うめー!」
- 105 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/09/17(土) 06:54
- 「よっすぃ、あの頃、調子悪そうだったよねー」
アヤカが言う。
「え?あたし、、そう、、、だった?」
「ま、そーゆーときもある!そーゆーときは、おいしいワインでも飲んで!」
「まいちゃん、よっすぃ、まだ、コドモ!」
アヤカと吉澤は炭酸の入ったミネラルウォーター、
里田は白ワインを飲んでいた。
「それ、そんなにおいしいわけ?」
吉澤が里田に尋ねた。
「飲んでみる?」と里田。
「だめだよー」とアヤカ。
「へーきだよ、アヤカ。ひとくち」
石川の件以来、吉澤は、酔う、ということに嫌悪感があった。
でも、この日は、なんだか楽しくて、好奇心が勝った。
ビールじゃないし、と吉澤は思った。ビールは、イヤだけどね。
- 106 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/09/17(土) 06:57
- コドモ、と言われた反発もあった。ぐいっと手を伸ばすと、里田のグラスを取り、
口をつける。ひんやりとした、薄いガラスの感触に、なぜかドキリとする。
ゆっくりと、傾ける。スプーン一杯にも満たない量の液体が、吉澤の舌の上に乗り、
消える。
「ふぅん」
「どう?どう?どんな感じ?初ワインの感想は?」
里田がおもしろがって騒ぐ。
「香りが、、、花みたいな香りがする」
「香りかー、そんなのよくわかるね、よっすぃ。あたし全然気がつかなかった」
「じゃーさー、じゃーさー、他の種類も飲んでみよーよ」
アヤカが提案した。
- 107 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/09/17(土) 06:59
- 「アヤカ、さっき、『だめだよー』とか言ってなかった?『だめだよぉ』とかって」
里田がアヤカの物まねを始める。
「全然似てないから。それに、もっとよっすぃの感想、聞いてみたくない?」
「そーだー、そーだー、それだ!すいませーん、メニューくださーい!」
「えっ、マジ?」
あわてる吉澤。
あっという間に、ワイングラスが4つ、吉澤の前に並ぶ。
すべてのグラスに3分の1ほど、同じ高さで白ワインが入っている。
かすかに金色がかっているもの、透明なもの。
ひとつひとつ、色あいは微妙に異なる。
グラスの足には1番から4番までの番号札まで置いてある。
- 108 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/09/17(土) 07:01
- 「ちょっとずつでいいいからね、よっすぃ」
「まいちゃんが、『俺の分、残しとけ』って言ってまーす」
「バレましたかー」
「バレバレ、超バレバレ」
「こーんなに全部飲めないから、マジで」
「ひとくちでいいよ、ほんとに」
「アヤカは?飲まないの?」
助けを求めるように吉澤が言う。
「あたし?あたし、飲めないんだ、お酒」
アヤカが答えた。
「それでは、よっすぃの、ワイン飲み比べ、スタート!」
「まいちゃん、声」
一応、店が気を利かせて他の客から見えにくい席をとっているものの、
ここにいるのは未成年のモーニング娘。である。
- 109 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/09/17(土) 07:04
- 苦笑いして、吉澤が、右端からグラスを手に取る。薄いガラスを唇に触れさせる。
「これは、、なんかねぇ、さっきのより、香りが野菜っぽい」
「ほぉ」
「これは、、、りんごみたいな甘いニオイ。ワインってりんご?」
「ち、ちがうよ、よっすぃ、ぶどーだよ、ぶどー」
「これは、、、逆。ぜんぜん甘くない。キーンとしてる。すっぱい」
「ああ、なるほどね」
「これはぁ、、、パーッとした感じ。フルーツ山盛り?」
「へぇ」
吉澤は本当にひとくちずつしか飲まなかったので、ワインはほとんど減らなかった。
里田は、吉澤のあとから、飲んでみる。
「そういわれれば、そんな感じです!しかし、わたくしには、よくわかりません!
引き続き、研究してみたいと思います!里田まいでした!」
とリポート風に、たて続けに飲む。
- 110 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/09/17(土) 07:07
- 「あー、すごいよ、よっすぃの感想、だいたい、あってるって」
店の人と話していたアヤカが戻ってくる。
「ぶどうの種類や産地や作った年で、味と香りに違いがあるんだって。
でもそんなにわかる人は珍しいって」
「ふぅん、、、、そうなんだ、、、、、てか、見て、、、、まいちん、やばくね?」
「あぁっ」
すっかり酔っ払った里田を連れて、吉澤とアヤカは店を出た。
里田の自由が丘のマンションへ、なんとか里田を送り届けると、
ふたりはタクシーに乗った。
- 111 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/09/17(土) 07:09
- すっかり酔っ払った里田を連れて、吉澤とアヤカは店を出た。
里田の自由が丘のマンションへ、なんとか里田を送り届けると、
ふたりはタクシーに乗った。
「アヤカ、三宿だったよね?三宿でひとり降ります。そのあと、外苑前まで」
「あ、よっすぃ、外苑前なんだ、原宿とか、近いね」
「歩くと結構あるよ」
言わなきゃよかった、とアヤカは思った。外苑前の高級マンションなんだろうな。
立場の違いを、ふと、感じてしまった。自分で自分の気分を台無しにした気がして、
悲しくなる。打ち消すようにアヤカが言う。
「まいちゃんが、あんなになっちゃったけど、、、きょう、楽しかったよー」
「うん!ほんとマジで楽しかった!あたしさぁ、ハローのコと外でご飯食べたりとかぁ、
したことなかったんだよね、実は。きょう、初めて」
- 112 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/09/17(土) 07:11
- 「えぇーーーっ?」
「すごく、楽しかったよ」
「楽しかったよね」
「、、、、、、、」
「よっすぃ?」
「あ、、、うん、、、、なんでもない、、、」
「どうした?気分悪い?」
「ううん、、、ちょっと、、、、タバコの臭いが、、、、」
タクシーの中には、前の客が吸っていたのだろう、タバコの臭いがかすかに
残っていた。
よっすぃは、香りに敏感なんだ、とアヤカは気づく。味覚と嗅覚が人より鋭い、と。
窓を開けて黙り込む吉澤。タクシーは三宿の交差点に近づいていた。
アヤカは尋ねる。
「よっすぃ、ウチに寄ってく?」
- 113 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/09/17(土) 07:14
-
「マジ助かったしー、アヤカぁー。おじゃましまーす」
アヤカのマンションの玄関でスニーカーを脱ぎながら吉澤が言う。
「てきとーに座って」
「おおー、いい部屋じゃん。片付いてるし。さっすがアヤカ」
ダイニングと寝室のシンプルな1DKのマンション。
吉澤はソファに腰を下ろす。足を投げだし両手を上げて、んんーーっと伸びをする。
キッチンを背景に。
フローリングの床に、3人がけの黒いソファとガラスのローテーブルが窓に向かって
配されている。カーテンは白。厚手の布地だ。
テーブルの横には白く、直径30センチぐらいの球形のライトが置かれている。
アヤカは天井の蛍光灯を消して、このライトをオンにした。
足元からの白い光が空間に奥行きを作る。
- 114 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/09/17(土) 07:16
- 「よっすぃ、なにか飲む?」
ソファから振り返るような姿勢で、吉澤はキッチンにいるアヤカを見る。
「なんでもいい。アヤカと同じで」
「じゃ、あたしは、赤ワイン」
「、、、、はぁ!?、、、アヤカ、さっき、飲めないって言ってなかった?」
「言った」
「ウソ?」
「外では、飲めない。ウソじゃないよ」
アヤカは慣れた手つきでコルク栓を開ける。きゅるきゅるきゅるきゅる、、、ポン。
「これ、最近気に入ってるCaliforniaのメルロー。よっすぃ、どうする?」
ボトルを掲げて首をかしげるアヤカが急に大人びて見えて、吉澤は驚く。
「キャ、キャ、キャリフォーニャって言われても」
- 115 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/09/17(土) 07:18
- 「お茶にしとこうか?」
「なんで外だと飲めないのさ?」
「大人には、二面性があるものです」
冗談とも本気ともつかぬ口調でアヤカが言う。
「わ、笑うとこ?ビミョーです、アヤカ先輩」
麦茶とワインをアヤカがテーブルに置く。
コトッ。
「まじめな話で言うとぉ、最近、眠れないんだよね」
「え?」
「眠りが浅いっていうか。ワイン少し飲むと、よく眠れるから」
「眠れないって、、、」
悩みでもあるの?と吉澤は尋ねようとするが、そこまで踏み込む自信がない。
まだ仲良くなって日も浅い。
- 116 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/09/17(土) 07:26
- 「あたしって、意外と、閉じてるから、、、」
そう言ったのは、アヤカ
「あ、、」
驚いたのは、吉澤。それは、ここ一年以上、吉澤がずっと考えていたことだった。
あたしって、意外と、閉じてる――――。
白いライトが、アヤカの横顔を淡く照らす。
ワイングラスはオブジェのようにテーブルの上に置かれたまま。
麦茶のコップを口に運びながら「ワイン、飲まないの?」と吉澤が尋ねる。
「ん、待ってるの。ワインが開くのを。赤ワインって、最初は閉じてるんだ。
空気となじんでから、だんだん、香りと味が目覚めて、、、本来の姿を現す、、」
目の前で、じっとしている赤い液体。
ふぅん、あんたも閉じてるんだ、と吉澤は思った。
- 117 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/09/17(土) 07:29
- 「よっすぃ、赤ワインが、なんで赤いか知ってる?」
「ぶどーの実の色?」
「そう。でも、ぶどうの中身は白いの。赤いのは皮だけ。
赤ワインが白ワインより濃厚で複雑なのは、中と外で、違うから。
、、、、人間みたいでしょ?
ヒトの心にはさ、お酒だけが辿り着ける場所があると思うんだ。
特に赤は、奥の奥まで流れていって、、、扉をノックする感じ。
不思議な飲み物なんだよね」
「、、、、、」
「ほんとの自分、ヒトに見せるのは怖いから、飲むときは、ひとりって
決めてるんだ、、、、ネガティブにもなるしさ、不安だったりするしさ、
24時間、元気で笑顔、じゃいられないっしょ?」
そう言うと、アヤカは微笑む。
「てか、今、すげーいい笑顔なんですけど、、、、」
吉澤が軽くつっこんで、ふたりは、笑った。
- 118 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/09/17(土) 07:33
-
あれ?
なんであたしこんなにたくさんしゃべってるんだろ。
ワインの話なんか、誰にもしたことなかったのに。
不思議なのは、ワインじゃなくてよっすぃかもね。この人、真っ白な感じがする。
肌の色もそうだけど、そうじゃなくて。あれだけのグループで、あれだけの仕事を
してるのに、何もしてないって顔してる。
よっすぃ、水道で頭洗ったのは、何も考えてなかったから?
それとも、繊細すぎる自分がイヤだったから?
- 119 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/09/17(土) 07:36
- アヤカは吉澤の顔を見た。
「よっすぃってさ、キレイだよね、顔」
キレイッテ、ナニ?吉澤が無言になる。一瞬よぎる石川の影。
「、、、、あ、あたし、なんか、悪いこと言っちゃった?」とアヤカがあわてる。
「キレイって、よくわかんないんだ、、、、」
吉澤が手の中の麦茶のコップを見ながら、言う。
「そりゃ、アイドルだし、あたしの顔を好きな人がいなくちゃヤバイんだけど、、、
みんなさぁ、キレイとかカワイイとかで盛り上がるじゃん?
アヤカだから言うけどさぁ、あたしにとって、それって、、、、
身長164センチっていうのと同じなんだよね。『身長164センチですね』って
言われたら『はい、そうです』って答える。わーい、とか、うれしー、とか、
そんなことないですぅ、とか、別に思わないじゃん。
キレイですねって言われても同じ。ああ、そうみたいですねって思うだけ。
ヘンかな?ヘン、、、だよね、、、」
- 120 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/09/17(土) 07:39
- 「はぁー。よっすぃ、そんなふうに思ってるんだー」
「ゴカイされるから、こういうことって、ぜってーヒトに話せないんだけどさー。
天才的にかわいいとか言われたときも『キャーうれしい』みたいに思ってなくて。
イヤじゃないよ、もちろん。ばっちりメイクして、
おおー美人じゃんって思うときもある。でもどっか他人事ちっくなんだよねー。
うれしいってか、おもしろがってる。
『あたしの顔が役に立つんだったら、おもしろいな』って感じで」
「おもしろがるって、おもしろい、よっすぃ」
「そう?、、、あたし、こーゆーこと話したの、はじめてだよ、、、」
そう言うと、吉澤はニコッと笑った。
- 121 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/09/17(土) 07:40
- 「このタクシーは大丈夫そうだね」
吉澤が乗り込んだタクシーを覗き込んでアヤカが言う。
麦茶を一杯飲み終えると、吉澤はあっさりと「んじゃ、帰る」と言って立ち上がった。
アヤカは吉澤と一緒にマンションを出て、タクシーをつかまえたのだった。
「また、、、メールとか、していい?」と吉澤が尋ねる。
「当たり前じゃん!」
ドアが閉まる。走り出すタクシー。
ラーメン屋やビストロ、深夜スーパーの灯りが、白く輝く。
座席に背中を預けて、吉澤は「きょうはいい日だったなー」と思う。
アヤカと里田とは、これから、いろいろなことを、話したり、話されたりするだろう。
その確かな予感が吉澤を幸福にしていた。
人に話したって、どうせ何も変わらない、と決め付けていた吉澤。
フテ寝していた吉澤の魂。何度こすっても、開かなかった目が開いた日。
- 122 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/09/17(土) 07:43
- 吉澤にとって、話すことは離すことだった。かかえこんでいるものを、はなす。
里田とアヤカにとっても、吉澤とのコミュニケーションは発見の連続だった。
江戸時代の長屋で、偶然、隣り合わせに住む三人の娘がおしゃべりしながら、
それぞれの部屋を片っ端から大掃除していくような勢いがあった。
「これ、捨てるよ?」
「そうだね、要らない」
「これは?直せば使える?」
「そうだね、直そう」
ひとりではできない大掃除だった。
9月。フットサルが始動。
仕事ではあったが、転がるボールを追いかけるのは、気持ちがよかった。
ああ、あたしは走りたかったんだ。
もう、飽きてたんだ、ダメでいることに、と吉澤は気づいた。
- 123 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/09/17(土) 07:48
- 秋から冬へ。
吉澤が木の実なら、里田とアヤカは大地。居場所だった。
土は木の実に栄養を与えた。
土は、芽吹いてゆくものから、熱と動きを受け取り、自らを豊かにする。
やがて芽は伸び、葉をつける。
そして、強すぎる陽射しや嵐から、地表を守る。
互いが互いを必要として、そこにある。
永遠に続くかと思われた、その美しいバランス―――――。
転機は、その数ヵ月後、ミカの卒業とともに訪れた。
- 124 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/09/17(土) 07:53
- (2004年)
「返事、全然こねーし、、、」
三宿のデニーズ。深夜12時。
黒いキャップを目深にかぶった吉澤はコーヒーを前に、ひとりで座っていた。
2004年5月。
ツアーが終わって、今はミュージカルのリハで忙しい。収録済みではあるが、
OL役で出演するドラマの放送も始まった。『浪漫〜My dear boy〜』が
リリースされ、歌番組出演も続く。吉澤は新曲で冒頭のセリフを任され
、一年前からは考えられないほど目立つ位置にいた。
黒いキャップからショートカットの金髪がのぞく。アーミーっぽいシャツに、
ダボすぎないカーゴパンツ。ケータイを手にとっては、置き、を繰り返している。
銀色のFOMA。
「どうなってんだ、アヤカ」
- 125 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/09/17(土) 07:55
- あのベーグル買ったから、来ない?という、アヤカからのいつものメール。
代々木上原の有名ベーグルを、アヤカはときどき、買ってきた。
夜食べると太るから、泊まって、しゃべって、朝、一緒にベーグルを食べる、
というのがパターンだった。
しゃべることは、いくらでもあった。最近は、ミカの卒業、アヤカの不安な気持ち、
を吉澤が聞くことが多かった。ココナッツ娘。はついにひとりになってしまったから。
現場の笑い話、事務所の噂話、家族のこと、映画、食事、最近買った服。
ふたりは、何でも話せる「親友」だった。
――――この日までは。
- 126 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/09/17(土) 07:58
- 打ち合わせがあるけど10時なら家にいると思う、というアヤカのメールだったが、
行ってみると不在。吉澤は「何時ごろになる?デニーズでスタンバってる」とメール。
が、返事がない。
「今、デニーズでバイトの面接受けてまーす」と送信しても、返事なし
帰ろうか、、、でも、、、なんだか、、、気になる、、、。
ブルルル、、、。
マナーモードにしていた吉澤のケータイに受信表示。
「FROM:アヤカ
ごめん。きょう会えない」
- 127 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/09/17(土) 07:59
- へ?
おいおい、待たせといて、それだけ?という怒りと、
何があったんだろう、という心配と。
反射的に、吉澤は直電。
「ちょっと、アヤカはん、どないしはりましたん?」
『あ、、、よっすぃ、、、』
「あ、じゃねーよ。今、どこ?家?」
『うん。やっと帰ってきた。疲れちゃって』
「なんかあったの?打ち合わせって、何?」
『、、、説明がむずかしい、、、』
「今から行くから。いい?」
吉澤は答えを待たずにケータイを切る。立ち上がる。
落ちまくっていたアヤカの声。走ろう。
- 128 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/09/17(土) 08:01
- 「個室?接待じゃん、それ」
「、、、だよね、よっすぃもそう思うよね、、、」
ぐったりとしてアヤカが言う。いつものソファ。白い照明。並んで座るふたり。
「ひっでーーーー。なんだそれ。サイテー。大人、サイテー」
吉澤がこぶしをぎゅっと握り締める。
「TXの偉い人と、、マネージャーと、、、あたしの3人で新番組の打ち合わせって
ことだったんだけど、いきなり、料亭の個室で食事ってなって、、、そしたらその
偉い人の息子っていうのが後から来て、あたしのファンだとか言って、、、」
「えっ、、、、?」
「マネージャーと偉い人は帰っちゃって」
「は、、、、、、、?」
- 129 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/09/17(土) 08:03
- 「ううん、別に何もないよ。ただ話してただけ」
「だからって」
「その人は、広告代理店に勤めてて、、、、、」
「ねぇ、それ、見合い?事務所公認の」
「そう、かな、やっぱり」
「ひど、、、、マジで、、、なんだ、それ、、」
「でも、、、考えたら、それも仕方ないかなって思えてきた、、、、。
あたしのこと、考えてくれてのことかもしれない、事務所も」
「、、、、、、」
「ココナッツ、もう、あたし一人だし」
「、、、、、、」
「その人、悪い人じゃなさそうだった」
「、、、、、、」
「あたしの歌とか、ほんとに聴いててくれてたみたいで、感想とか言ってくれた」
「、、、、、、」
- 130 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/09/17(土) 08:05
- 「この間の、ミカの卒業のライブも見に来たって」
「、、、、、、」
「あたしが泣いてるの見て、涙が出たって」
「、、、、、」
「すごく、いい人なんだなと思った」
「、、、、、」
「こんなカタチで会ってもらってすみませんって何度もあたしに謝ってた」
「、、、、、」
「それで、、、だから、、、、」
「だから?」
せわしなく金髪をかきあげて、吉澤はアヤカを見つめる。
- 131 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/09/17(土) 08:06
- 「あのね、よっすぃ。あたし、断る理由もないし、その人と、、、つきあってみ」
「イヤだっ」
吉澤は、弾かれたように、アヤカを抱きしめた。
「、、、それ以上、言っちゃイヤだ、、、」
アヤカの言葉を消すように。
言葉さえ消せば、なんとかなる、というように。
吉澤はアヤカの唇に、自分の唇を重ねた。
ぎゅっと、ただ押し付けるだけのキス。
どこにも行かないで、としがみつく迷子。
- 132 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/09/17(土) 08:08
- 「苦しいよ、よっすぃ、、、」
そっと吉澤を押し戻すと、やわらかな声でアヤカが言った。
吉澤の目から、ツッと涙がこぼれる。
吉澤も、自分のしたことに驚いていた。ましてや、涙まで。
手の甲で目尻をぬぐいながら、吉澤は動揺する。
「あたし、、、ええっと、、、、」
「冗談?」
「ち、ちがっ、、、そうじゃない」
うろたえる吉澤を、アヤカは黙って見つめる。
吉澤はなぜか苦しくて、荒い呼吸を繰り返す。
アヤカの顔を見れない。目線を床に落とす。
「あ、あの、、あたしは、、、、アヤカが、、、今、話してるとき、、、
うれしそうじゃなかったから、、、そんなの、よくないって、、、思った、、、」
- 133 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/09/17(土) 08:11
- 言い訳だ、、、。
たとえアヤカがうれしそうだったとしても、同じことをしただろう。
吉澤は、唇をグッと噛む。はぁっと息をついて、顔をあげる。アヤカを見る。
「あたしだって、、、アヤカの歌の感想は、言ったことある。
ミカの卒業ライブも、そこにいた。アヤカの涙を見て、涙、出た」
「本当?よっすぃ、泣かなかったって」
「か、隠してたけど、ちょっと、泣いたんだよっ」
ムキになって吉澤が答える。吉澤の頬が、カーッと赤くなる。
「だから、、、、そんなやつじゃなくて、、、あたしと、、、、、
、、、あたしと、、、一緒にいて、、
、、、、、、あたしと、、、、つきあって、、、、」
- 134 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/09/17(土) 08:13
- 突発的な出来事だった。
吉澤は、アヤカのことを、そんなふうに考えていた自覚はなかった。
友達だと、思っていた。
でも、誰ともつきあってほしくない、というこの気持ちは、、、、。
アヤカの「いちばん」でいたい、と渇望するこの気持ちは、、、、。
一秒が、一時間にも感じる。
アヤカの手が、スッと吉澤の頬に触れる。
吉澤は固まって、動けない。
「よっすぃ、、、好き、、、、いちばん、好きだよ、よっすぃ、、、」
アヤカの唇が、吉澤の唇をとらえる。
吉澤の身体に、落雷――――。
- 135 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/09/17(土) 08:15
- アヤカも、自分で自分に驚いていた。こうなるなんて、予想もしていなかった。
理屈で判断する自分と、感覚で判断する自分。強さと弱さ。2面性。
理屈では、、、あの男を選ぶべきかもしれない。
だが、吉澤に抱きつかれた瞬間、全身に広がった感覚を、アヤカは信じた。
だって、放っておけないよ。
何でも話せて。楽しくて。安心できて。
好きだよ、よっすぃ。いちばん大切な存在。
放っておけない、と思ったのは、自分の強さか、弱さか。
そのときのアヤカに考える余裕はなかった。
- 136 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/09/17(土) 08:18
- くたっと全身から力が抜けてしまった吉澤を仰向けに寝かせると、
アヤカは再び、唇を近づける。
が、吉澤の怯えた表情に気づいて、動きをとめた。
「、、、、怖いの、よっすぃ?」
アヤカの髪――――。
アヤカの長い髪が、頬にスッと触れる感触が、もう2年以上前になる石川とのこと
を思い出させた。吉澤は怖かった。受け入れて、あとで否定されるのが。
アヤカを見上げて、細い声で尋ねる。
「酔ってない、、、よね?」
「外では、飲まない、、、酔ってないよ、、、」
「そうだったね、、、」
子供のようにつぶやくと、吉澤は目を閉じた。
- 137 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/09/17(土) 08:25
-
本日は以上です。
>>87 名無飼育さん
ああ、そうなんです、それは書いてみたかったことなので伝わってよかったです。
レスありがとう!
>>88 名無飼育さん
そう、きっとすごくがんばったと思うんですよ。それですぐ爆睡してそう。
レス感謝です。
- 138 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/09/17(土) 11:07
- うぅわぁ〜
気になる〜ヽ(´口`)ノ
- 139 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/09/17(土) 15:35
- 更新お疲れ様です。
深いところに入ってきましたね…。
引き続き目が離せません。頑張ってください!
- 140 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/09/18(日) 05:04
- 妙にリアルっぽさがあるのがすごいと思います。
次も楽しみにしてます。
- 141 名前:名無し飼育さん 投稿日:2005/09/18(日) 06:40
- 朝一で読ませて頂きました。
続きが気になるー。
- 142 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/09/22(木) 08:25
-
(2005年)
、、、、、あっ、、、んっ 、、んっ、、、 やっ、 ぁぁあっ、、、、、、
吉澤は薄く目を開いて顔をあげると、アヤカの反応を確認する。
アヤカは喉をのけぞらせ、耐え切れずに声を出し始めていた。
―――――きょうはキスだけ、とか、いじわる言うからじゃん。
それなら、キスだけで、、、、口だけで、、、いくよ、、、、、。
- 143 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/09/22(木) 08:26
-
2005年4月。
ふたりがつきあい始めて、もうすぐ一年が経とうとしていた。
吉澤が、せつなげに身体をふるわせ、なにもかも手放す瞬間の表情を
惜しげもなくアヤカに見せてくれたのは、最初の一ヶ月あったかどうか。
吉澤がひととおり「学習」してしまった今となっては、、、、
声をあげさせられるのは専らアヤカの側だった。アヤカが吉澤のあの表情を
見るためには、非常な努力と技術と、運――吉澤の気まぐれに頼るしかなかった。
- 144 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/09/22(木) 08:27
-
吉澤は、変わった。
何でも話せる人がいることが、吉澤を強くした。
自分をさらけ出すこと。甘えること。相手を信頼すること。感謝すること。
そして、閉じないこと。
石川のことでさえ、吉澤はアヤカに話せた。
自信とは何か。それは、自分を開く勇気。今いる場所から逃げない強さ。
アヤカと過ごす時間から、吉澤はそれを得た。
自分なんか意味ない、と思っていた頃がウソのように、吉澤の輝きは、
モーニング娘。とハロープロジェクトに欠かせないものになっていた。
- 145 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/09/22(木) 08:28
-
「アヤカは、左の方が、感じるんだよね、、、」
「そんなキス、なしだよぉ、、、、」
アヤカがかすれる声で抗議する。
吉澤は、ゴールデンオレンジに染めた髪を耳が半分見えるほどのショートカットに
している。服などというものが最初からこの世に存在しないかのように自然に、何
も身に着けず、吉澤はアヤカを組み敷く。
しっぽがないこと、肌がつるりと白いことをのぞけば、オレンジ色の猫のよう。
ぴちゃぴちゃとミルク皿をなめる姿勢で、吉澤はアヤカの乳首に夢中だ。
舌先だけを使って、小刻みに、すばやく頂点をすくいあげる。何度も、何度も。
吉澤の金色のピアスが揺れる。
- 146 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/09/22(木) 08:30
- ――――あたし、そんな舌の使い方、教えてないよ、よっすぃ、、、、
敏感な一点を舌独特の感触で舐めあげられて、身体が勝手に、、、、しなるように、
うねるように、動いてしまう。アヤカは一枚一枚、理性をはぎとられてゆく。
もうこれ以上脱ぐものなど何もないのに。
、、、ん、、、はぁっ、、、、んんっ、、、ぁぁああっ、、、いっ、、イヤっ
オレンジ色の猫が顔をあげる。
「イヤなの?腰とか、いま、相当エッチな感じで動いてるけど?」
「だって、、、キスだけって、、、言ったのに、、、、」
吉澤はニッコリと微笑んだ。
反則だよ、と言いたくなるほどのアイドル・スマイルで見つめる。
そして軽く耳を甘噛み。息をふきかけるついでに、という感じでささやく。
「キスだけで、責任もって、いかせてあげる、、、」
- 147 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/09/22(木) 08:31
- 首から、肩、脇腹へ。唇をほんのわずかだけ肌に触れさせる。
かすかな刺激が、さらにアヤカをじらし、高める。
決定的な快感を求めて、のたうつカラダ。
どこにキスして欲しいのかな、、、ねぇ、、アヤカ、、、、。
キスして欲しいとこ、あたしに見せて、、、、。
わざと生え際をうろうろしてから、、、、アヤカのいちばん感じる場所へ。
舌でしかできない動きで、つついて、なでて、剥き出しにして、、、、。
「あぁんっ、、、、、あ、、、、ぁ、ぁ、ああああああぁぁーーーーっ」
「そんなに動いちゃキスできないよ、、、、、
やっぱり、指も使わないと、ダメだね、アヤカ、、、」
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・
・・・・
- 148 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/09/22(木) 08:32
-
朝。
先に目覚めたのは、アヤカだった。
カーテンの隙間からこぼれる日差し。
吉澤の寝顔。
口をきちんと閉じて真上を向いている寝顔はまるで彫刻のようで、
きれいだな、とアヤカは思った。
吉澤の肩に、毛布を掛ける。
よっすぃ。
かっこよくなったね。
どんどん、自信持ってくの、わかるよ。
それに比べて、あたしは―――――。
- 149 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/09/22(木) 08:33
- 「ん、、、、おは、、よう、、、」
吉澤が目を覚ます。
ぐりぐりと目をこする吉澤を見て、アヤカは不意に泣きそうになる。
『江戸っ娘。忠臣蔵』の楽屋での出会いを思い出した。
あの時は―――。
あの時は、まだ、私たちの間には、何もなくて。
あの時とは別人みたいなよっすぃが、今、ここにいて。
あの時と大して違わない私が、ここにいる。
「どした?悲しそうな顔してる。悪い夢でも見た?」
そう言うと吉澤はアヤカを抱き寄せて、額に軽いキスをした。
アヤカは吉澤の胸に顔をうずめ、小さな声でつぶやく。
それは質問ではなくて、独り言だったかもしれない。
「よっすぃにとって、あたしって、何?」
- 150 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/09/22(木) 08:34
-
「え?何って、、、、いちばん信頼してる人だよ。いつでも、アヤカを信じてる」
「、、、、、、、」
「アヤカ、寝ちゃった?」
「起きてる。、、、よっすぃ、、、キスして」
吉澤はアヤカの額にもう一度キスをした。
「そうじゃなくて、、、ちゃんとしたキス」
「、、、ちゃんとしたのやっちゃうと、全部したくなっちゃうから、、、、、
ごめん、今は、おでこで許して。フットサルの練習、もう行かなきゃだから、、、」
あとになって吉澤は、このとき、アヤカにキスを、、、ちゃんとしたキスをしてお
けば、何かが変わっただろうか、と考えることになる。いや、たぶん何も変わらな
かっただろう、何も、、、。そう結論づけるしか、なかった。
- 151 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/09/22(木) 08:35
- 「うん、、、、。じゃあ、起床!」
イキオイをつけて、アヤカは起き上がった。
Tシャツを着て、冷凍しておいた食パンを焼く。コーヒーを淹れる。
「よっすぃ、今日、なんの日か知ってる、、、よね?」
「んと、、、誕生日、だよね」
照れたように、吉澤が答える。
2005年4月12日。
吉澤ひとみ、二十歳の誕生日。
「お誕生日おめでとう、よっすぃ」
- 152 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/09/22(木) 08:37
-
05年の4月12日――――
吉澤は『第六感 ヒット満開!』のツアー中だった。
前年の夏に辻と加護、1月には飯田が卒業し、サブリーダーに就任、
5月の石川の卒業を控えていた。
同時に7期のオーディションも大詰めで、
メンバーの間には静かな緊張感が漂っていた。
さらに、フットサルの練習も定期的に。
3月の739カップの敗戦ショックから、ようやくチームが立ち直りつつあり、
5月の駒沢に向けてキャプテンとして気が抜けない。そんな時期だった。
- 153 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/09/22(木) 08:38
-
「夕方に練習終わったらフリーだから、ここ来ていい?
ふたりで、、、まったり、過ごしたいな、、、なんて、、、、」
「全然そのつもりだったよ」
「やったぁ!あとさぁ、、せっかくハタチだから、、ワインで乾杯したいんだ」
「珍しいねー、よっすぃが自分からそんなこと言うの」
「えへ、ちょっと、やっぱ、オトナって感じ、感じたいじゃん。
ハーターチーって感じで!」
「赤?白?ロゼ?スパークリング?」
「よくわかんないけどぉ、赤!」
「了解」
「んじゃ、いってきまっす」
- 154 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/09/22(木) 08:39
- 黒いTシャツに黒いジャージ。
いつものコートで汗を流す。
練習が終わりかけた時、辻がケーキを持って乱入。ローソクを吹き消して記念撮影。
吉澤ははにかみながら
「きっと今、あたしが世界で一番しあわせな誕生日をむかえてると思う」
と取材のカメラにコメントした。
その直後。
カメラが吉澤から他のメンバーにパンするのをじっと待っていたマネージャーが
吉澤の横にスッと立つ。小声で言う。
「吉澤、着替えたら、事務所に来てほしいんだ」
- 155 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/09/22(木) 08:41
-
「えっと、、、用事、あるんですけど、今日じゃなきゃだめですか?」
「俺も事情がよくわからないんだ。他のメンバーにはわからないように、
なるべく急いで吉澤を連れて来いっていう指示なんだよ」
「はぁ、、、、」
ケーキを抱えたまま、吉澤は困惑する。
あたし、何かした?
きょうは、誕生日なのに。
あたしは、いま、世界で一番しあわせなのに。
- 156 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/09/22(木) 08:43
-
花見客もひと段落した芝公園を右手に見て、
吉澤を乗せた黒いワゴン車が赤羽橋のUFGビルへ滑るように入っていく。
グループ企業を分散させているため、売り上げ高の割には、こじんまりした5階建
てのビル。
1階は駐車場で、2階は小規模の取材と写真撮影ができるスタジオ、
フィッティングルーム、プレゼンテーションルーム。
3,4階はオフィス。社員の席と、打ち合わせコーナー、会議室がいくつか。
最上階の5階は、、、山崎会長の専用オフィスだった。
山崎の五階、略して山五、、、「やまご」と呼ばれるそのフロアには、日常的に
社員が利用するエレベータは通じていない。
暗証番号の必要な専用エレベータで1階の駐車場からアクセスするしかなかった。
- 157 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/09/22(木) 08:44
-
ジャージ、シューズバッグとケーキとプレゼント。けっこうな荷物。
「置いておいていいですか?」
吉澤はクルマを降りた。
アヤカと一緒にノリで買った「美脚ジーンズ」にダークグリーンのタンクトップ。
白いシャツブラウスをはおっている。
二階に行こうとした吉澤をマネージャーが呼びとめる。
「えっ、山五ですか?」吉澤が驚く。
駐車場で待っていた別の男がうなずき、専用エレベータに暗証番号を打ち込む。
吉澤は山五には行ったことがなかった。
初山五だよ、、、何なわけ?いったい、、、、。
- 158 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/09/22(木) 08:45
-
床から天井まで、一面のガラス。
窓の向こうには、道路ひとつはさんで向かいにある首都高速がよく見えるが、
防音がしっかりしていて、外音は何も聞こえない。
空色のぶ厚いじゅうたんにスニーカーをめり込ませながら案内された、応接室
らしき部屋の革張りソファに座り、吉澤は首都高を走るクルマを眺めていた。
まだ誰も現れない。現れる気配もない。
暗くなりかかる東京の空。ライトをつけたクルマと、つけてないクルマ。
そうだ、あたし、免許欲しかったんだ、ハタチになったら。
- 159 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/09/22(木) 08:46
- 壁には40センチ四方の大きさの風景画がかかっている。赤い風車と田園風景。
絵には、艶やかなコゲ茶色に磨かれた木の額縁。
きっと高価な絵なんだろう、と吉澤は思う。
ソファも、テーブルも、吉澤が知っている他のフロアとは明らかに違うレベル。
ここにあるほとんど全てのものに、自分が歌ったり踊ったりした対価が関係あるの
かもしれない、と思うと、戸惑いを感じる。
あとどのくらい待つんだろう、、、。
何の話なんだろう、、、、。
そうだ、アヤカに連絡しなきゃ。吉澤は、ケータイを取り出す。
「ごめん、急に仕事。終わったらすぐ行く」
ピッ。送信。
- 160 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/09/22(木) 08:48
- ガチャ。
吉澤の背中でドアが開く。
「お待たせしました、申し訳ない、、、」
紺色の地に白のピンストライプのダブルスーツを着た男が現れた。
UFG会長の山崎。50台後半。時代劇で言えば、悪代官役もできるが、
気のいいうどん屋のおやじ役もできるだろう、という怖いんだか憎めないんだか、
よくわからない空気をまとった男。
基本、笑顔。主語は「私」、年下の者にも「ですます」で話す。
それを山崎の誠実さと取る者もいたが、威圧感と受け取る者もいた。
どっかりと、吉澤の向かいのソファに腰をおろす山崎。
「ひさしぶりですね、元気ですか」
「、、、はい、、、、、」
- 161 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/09/22(木) 08:50
- 「前に会ったのは、いつでしたか」
「、、、かおりん、、、飯田さんの卒業のライブのときに、ちらっと」
「ああ、そうでしたね」
「、、、、、、、、、」
「急にお呼びたてして、すみませんでした」
「いえ」
「実は、ちょっと困ったことが起きました。
あなたに、、、吉澤さんに、頼まなくてはいけないことがあります」
ぶるるるる、、、。
山崎のポケットでマナーモードのケータイが鳴る。
それを取り出すと、山崎はディスプレイの確認もせず、電源を切った。
「出なくていいんですか?」
「いま、私は吉澤さんと話すことを最優先したいと思っています」
「、、、、、、」
山崎の表情から笑顔が消える。
膝の上で、拳をぎゅっと握り締める。
- 162 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/09/22(木) 08:52
- 「矢口真里が、、、、モーニングを辞めることになりました」
「、、、、卒業ですか?」
「いえ、違います。脱退、という言い方になります」
「は?脱退?」
「あさって、、、14日付けで、脱退です。メンバーではなくなります。
具体的には、今週16日のライブから矢口抜きでモーニング娘。は進行します」
「、、、えっ?、、、意味がよく、、、、、、」
「わからなくて当然です」
そう言うと、山崎は経緯を説明した。2日前に、矢口が恋人とのツーショットを
撮られたこと、娘。を続けていけない、と自分から言い出したこと。
吉澤は、軽くめまいがした。
付き合ってる人がいるのは知ってたけど、そんな、、、。
なんで辞めなくちゃいけないんだろう、、、。
何とかならなかったんだろうか、、、、。てか、クビってこと?
- 163 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/09/22(木) 08:57
- 吉澤の表情を見て取って、山崎が言う。
「私たちが、矢口を守れなかった、と感じているかもしれませんね。
私たちの力不足ではないかと。あるいは、私たちが辞めさせたのではないか、
と、、、。信じていただきたいのですが、それはありません。本当のところ、
多少の貸し借りを覚悟すれば、私たちは、それをもみ消すことはできました。
実際、その方向ですぐに動き始めたのです。ですが、、」
「、、、、、、」
「ですが、矢口は、もうどうしても、続けられない、と、、、、。
話し合った結果、脱退という結論に至りました」
「、、、、矢口さんと、直接話がしたいです」
「今、矢口はメンバーと会える状態ではありません。
しかし、近いうちに必ず、あなたと矢口がふたりで、、、
ふたりだけで会う時間を、つくります。それは約束します」
- 164 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/09/22(木) 08:59
- 「つんくさんは?矢口さんと話してるんですか?」
「寺田は、いま、ロスです。間が悪い、、、やっと連絡がついて、あさっての便で
帰国ですが、それまで待てません」
「、、、、、、」
「それで、私がきょう、あなたにお願いしたかったのは、、、」
山崎はそう言うとまっすぐに吉澤を見た。
「気持ちを、つくっておいてもらいたいということです」
「気持ち?」
「そう、気持ちです。モーニング娘。のリーダーとしての、気持ちです」
- 165 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/09/22(木) 09:03
-
「本来、メンバーの増減に関する事項は、外部を含めた関係者に根回しをしてから
でないと、当事者たちにも知らせないことになっています。契約上の問題がありま
すから。私が今していることは、ルール違反です。
ですが、今回は、、、、どうしても、あなたには、、、吉澤さんには、
先に知っておいていただきたかった。
明日か、調整が長引けば、マスコミ発表と同日のあさってに、
緊急ミーティングという形でメンバーを集めます。
そのときに、あなたは、リーダーとしての気持ちで、そこにいてもらいたいのです」
「、、、、、、」
「お願いできますか、吉澤さん」
- 166 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/09/22(木) 09:04
- 専用エレベータを降りると、ワゴン車が待っていた。
外はすっかり暗くなっている。
吉澤は荷物だけ家に届けてもらうよう、マネージャーに頼んで歩き出す。
奥歯をぎゅっと噛みしめて、赤羽橋の交差点、長い横断歩道を渡る。
芝公園の、緑の多い遊歩道へ。
ライトアップされた東京タワー。夜空にのびる樹木の黒。
春の風が吉澤を追い越す。
立ち止まり、うつむくと、ピンクの花びらが土の上。もう舞い上がることはない。
ああ、そうなんだ。
ここで、先週、満開だった桜はもう散ってしまった――――――。
- 167 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/09/22(木) 09:05
- 応接室を去り際に、山崎が言ったひとことを吉澤は思い出す。
「他の予定は、予定通りですから」
まだ、メンバーには言うな、と言われている。
でも、一秒でも早く気持ちをつくる必要があるのは、自分だけじゃない。
モーニング娘。としての一分、一秒を、今、このツアーで、
いちばん大切にしているのは、、、、、。
全力で駆け抜けようとしているのは、、、、、。
確かに、この状況から言えばそれは「他の予定」だろう、オトナ的には。
でも、ウチらは、、、、、ぜってーそんな言い方は、しねーよ。
- 168 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/09/22(木) 09:07
-
吉澤はケータイを取り出す。
メール画面を呼び出すが、手が震えて、うまくキーが打てない。
緊張してる、、、。あきらめて、直電。
呼び出し音。
「あ、、、、、、、石川?」
- 169 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/09/22(木) 09:08
- 「いらっしゃい、ひとみちゃん、久しぶりねぇ」
石川の姉が、吉澤を出迎えて、リビングに通す。
バタッ、、、ガササー、、、、ずっざー、、、バタムッ、、
リビングの奥にあるドアの向こうから、不穏な音がする。
「梨華、今、必死で、、、部屋片付けてるから、ちょっとここで待っててね」
石川梨華は代官山のマンションに、姉と二人で住んでいた。
ようやく招き入れられた石川の部屋を見て、吉澤は言った。
「石川、この部屋、散らかってるね。モノ、多すぎ」
がっくりと落ち込む石川に、ま、いっけど、と声をかけ、適当なクッションを見つけて、
フローリングの床に吉澤は座る。壁に寄りかかる。
- 170 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/09/22(木) 09:10
- 石川が持ってきた紅茶をひとくち飲んで、改まった口調で吉澤が切り出す。
「ごめんね、こんな時間に、急に」
「久しぶりだよね、よっすぃがウチとか来るの」
「なんか、なつかしいね」
「そだね」
「、、、、、、」
「それで、、、話って、、?」
「うん、、、、きょうさぁ、フットサルの練習のあと、実は、、、、、」
吉澤は順を追って、山崎から聞いたことを、石川に話した。
吉澤が話している間、石川は「えっ」と「ええっ」しか言えなかった。
沈黙。
最初に口を開いたのは、石川だった。
- 171 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/09/22(木) 09:12
- 「よっすぃ、リーダー、できるよ。あたし、全然、心配してない」
「そうかな、、、まだまともに考えられなくて。一瞬さぁ、石川の卒業が取り消し
になって石川がリーダーやればいいのに、とか思ったよ」
爪をいじりながら、吉澤が答えた。
石川が首をふって、微笑。
「ありえないよ、、、、、あたし、卒業する気まんまんだもん。すんごい集中してるもん」
「わかるけど。石川がすげーいいテンションでやってるの」
壁に寄りかかったまま、はぁーっ、と吉澤は足をまっすぐ伸ばす。手を身体の横に
投げ出す。頭頂部を壁につけるようにして天井を見て、しみじみと言う。
「みんな、いなくなっちゃうんだよねー」
「、、、、、、さびしい?」
- 172 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/09/22(木) 09:14
- 「んー、、、」
吉澤は思い返す。飯田の卒業、辻加護の卒業、安倍の卒業、保田の卒業、
後藤の卒業、中澤の卒業、、、、。
「いや、、、おもしろかったかも」
と吉澤。
ぷっ、と石川が吹き出す。
「よっちゃんさん、それ、おかしい」
ミキティ風に受ける石川。
「正直さぁ」と吉澤。
「ここに来て、石川と話すんの、不安だったんだよね」
「なんで?」
- 173 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/09/22(木) 09:17
- 「だってさぁ、やっぱ、あたしもテンパッてたし、話しながら、泣いちゃったり
とかしたらかっこわりーなぁ、とかさぁ、いろいろ思いながら、来たわけさ」
「うん」
「でもさぁ、意外と、落ち着いてるなぁ、自分、とか思って。
今、ちょっとびっくりしてる。落ち着いてることに」
「強くなったんじゃない?前より。よっすぃ」
「強く?」
「うん。そんな感じ、する」
「、、、、そっかなぁ、、、、」
強くなってるとしたら、それはアヤカのおかげだな、と吉澤は思う。
それに、石川。
- 174 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/09/22(木) 09:18
- 石川への気持ち、今、フツーに、友情って感じ。
ヘンに泡立ってない。だから、ちゃんと話せてる。
そのことを、吉澤は心からうれしく思った。
「あー、あたしの話は、いいんだよ。石川の卒業だよ、あたしが言いたかったのは」
「別に、だいじょぶだよ」
「ノイズ、増えるよ?集中できる?」
「できるに決まってんじゃーーん。あたしを誰だと思ってんの?」
「世界で一番かわいい女、石川梨華」
「正解!」
- 175 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/09/22(木) 09:21
- 吉澤と石川ほど、並んでいるようで並んでいない同期はなかった。
最初の期待値は、吉澤の方が上だったかもしれない。同じように活躍していると
見えた時期もあったかもしれない。が、いつしか一方はセンター、一方は後列、
とポジションは離れた。「キャラ」という魔物、「性格」という持って生まれたもの、
そして、吉澤の石川への思い、が複雑に絡み合って、ふたりはずっと、
同じラインに立つことがなかった。近くて遠い同期。
もし、石川の卒業がなかったら?
矢口が抜けたとき、リーダーは石川になっただろう。
そして、吉澤はまた一歩、ひいてしまっただろう。
石川がいなくなる。そして矢口も。
そうなって初めて、吉澤は、一歩ひかなくてもやっていける自分に気づいた。
この日、石川の部屋で、石川と吉澤はようやく、同じラインに立った。
離れるからこそ、並ぶことができた。それは、皮肉か、奇跡か。
そう、あと一ヶ月もない。それぞれの円を描く惑星の軌道。
この美しい星がふたつ並んで見えるのは5月7日までだ。
- 176 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/09/22(木) 09:22
-
寝転がりながら、あぐらをかきながら。
石川と吉澤はこの日、たくさんのことを話した。
これまでの距離を埋めるかのように。
これまでの距離を確認するかのように。
- 177 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/09/22(木) 09:25
- 「やべっ、、、明るくなってねー?」
「ほんとだ」
石川が窓をあける。
ひんやりとした空気が飛び込む。
東の空が、墨色から紺へかわってゆく。
ビルの向こうの雲がオレンジ色に輝き始める。
街はまだ眠っている。街灯。信号。たまにしか通らないクルマ。
ふたりは石川の部屋のバルコニーに出る。
太陽がゆっくりと姿を現す。
石川と吉澤の横顔を金色に照らす。
ふたりはまぶしそうに目を細める。
・・・・・・・・・・
・・・・・・
・・
- 178 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/09/22(木) 09:26
-
石川のマンションを出ると、吉澤はタクシーで三宿へ急ぐ。
早く、話を聞いてほしかった、アヤカに。
山崎と会っていたとき感じた重苦しさは、もうなかった。
きっと、なんとかなる。
そうだよね?アヤカもそう思うよね?
早朝の太陽に励まされるように、自信と希望が吉澤の中に満ちていた。
- 179 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/09/22(木) 09:27
-
カチャリ。
キーホルダーから合鍵を選び、アヤカのマンションの扉を開ける。
「!?」
さまざまな食べ物の臭いが吉澤に押し寄せる。
暗い室内。
厚いカーテンが、太陽の光を拒んでいる。
「、、、、、アヤ、、カ、、、?」
- 180 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/09/22(木) 09:37
-
本日は以上です。
>>138 名無飼育さん
書いていてもヽ(´口`)ノな感じですーーー。レスありがとうです。
>>139 名無飼育さん
ですねー。じわじわと深いかもー。レス感謝しています。また立ち寄ってください。
>>140 名無飼育さん
妙な、その感じを味わっていただければ。レスありがとうです。
>>141 名無飼育さん
朝型なんですね。気にしてもらってうれしいです。レス励まされます。どうもです。
- 181 名前:名無し 投稿日:2005/09/22(木) 22:50
- 誕生日当日夕方で仕事が終わるハズだった吉澤が予定が延びて深夜をまわったのはブレキスでいってましたね
午前中がサルで夕方までのが90%の確率でうたばん収録でしたか
ディティール細部まで細かく詰まっていてそこが「もし当時その状況で本当に二人が恋愛関係だったとしたら」と引き込まれした
次回も楽しみにしてます
- 182 名前:名無し 投稿日:2005/09/22(木) 22:51
- ネタばれ回避
- 183 名前:名無し 投稿日:2005/09/22(木) 22:52
- 回避
- 184 名前:名無し 投稿日:2005/09/22(木) 22:52
- 回避
- 185 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/09/23(金) 02:58
- 久々に読んでいて鳥肌立ちました。
今後もますます期待してます。
- 186 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/09/24(土) 14:28
- すげえ。やっぱり読んでてぞくぞくします。
あの日の吉澤さんのことは自分も色々考えたことがあります。
こういう風に一つの形を物語として読めたのは嬉しかったです。
- 187 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/09/25(日) 15:36
- なんなのこのリアル感、て感じです。素晴らしい。
当時を思い出しつつ期待してます。
- 188 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/10/01(土) 03:24
-
スニーカーを静かに脱いで。
玄関からダイニングへ、短い廊下を、吉澤は歩く。
アヤカは眠っているのだろう、返事はない。
夕方にメール1本入れただけだったことを思うと、さっきまでの明るい気持ちが
急激にしぼんでいく。
この部屋の空気の一粒一粒が、眠っているアヤカの代理人として
自分を責めているような気がして、吉澤はひるむ。
- 189 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/10/01(土) 03:26
-
最初に目に入ったのは、
ろうそくが20本立った円形の白い物、、、、。
その中央には「よっすぃ20」と書かれたホワイトチョコのプレート。
オードブルのセット、ポテトサラダ、瓶詰めのオリーブ、フランスパン。
そしてテーブルの右端に新品のワイングラスが、ひっそりと無色の光を放っている。
キュッと細く伸びたグラスの足には、赤いリボンが蝶ネクタイのように
誇らしげに結ばれていた。
誕生日―――――。
- 190 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/10/01(土) 03:28
- テーブルの向かいのソファで、アヤカは、うずくまるようにして眠っていた。
そっと近づく吉澤の足に、何かがコトッと当たる。
空になったワインのボトルが転がっている。1本、、、2本。
吉澤はそれを集めて、キッチンの隅に立てて置く。
「ん、、、、」
アヤカが目を覚まし、上半身を起こす。
「よっすぃ?、、、、、」
「アヤカ、ごめんね、いろいろ大変なことがあって、、、メンバーの家に行ってて」
頭痛がする、、、とアヤカは思った。
この人は、なんでここにいるんだろう。
ここにいる必要なんて、ないんじゃない?
- 191 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/10/01(土) 03:30
- 髪をかきあげながら、アヤカは吉澤の方を見ずに尋ねる。
「メンバーって、誰?」
吉澤は答える。
「、、、石川」
アヤカはダルそうに顔をあげる。吉澤を見る。一度まばたきをする。
「ふぅん、、、、、、、、、。初恋のお姫様のところに、朝まで、いたんだ」
「そっ、、、、、」
そんなふうに言うな!と叫びそうになるが、言葉にならない。
「待ってたのに、、、ずっと、、、もうさぁ、いいよ、梨華ちゃんとつきあえば?
もともと、梨華ちゃんが好きなんでしょう?それがいいよ、、、、」
- 192 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/10/01(土) 03:31
-
そう言うとアヤカはフラフラと立ち上がり、ケーキをつかむと、流しに叩きつけた。
生クリームが床に飛ぶ。
「いらないよね、こんなの、、、これもー、これもー、、、、」
そしてアヤカは床にペタンと座り込むと声をあげて泣き始めた。
「よっすぃ、もう、どっか行って。あたしなんか、もう、、、、」
吉澤は棒のように固まっている。
なんでこうなっちゃったんだろうなんでこうなっちゃったんだろう、、、、、。
「、、、ほんとに、、、遅くなって、、、ごめん、、、アヤカ、、、」
「いいよ、、、全然、、、謝る必要、ないし、、」
アヤカは泣きじゃくる。
- 193 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/10/01(土) 03:33
- 「ごめん、本当に、ごめん、、、、大変で、、、いろいろ、、、あって、、、」
何を言っていいのか、言ってはいけないのか、言ってはいけなくても、
言いたかったのか、吉澤はわからなくなる。混乱する。
言い訳。説明。共有。仕事。ルール。優先順位。信頼。信頼?
「、、、、ひとりにして、、、一緒にいると、、、つらくなる、、、」
泣きながらアヤカが言う。
「、、、、、、、、」
「、、よっすぃ、、、もう、いいから、、、、」
「、、、、、、、、」
「お願いだから、もう、行って、、、」
床に座り込んだまま、顔を上げないアヤカ。
静かにしゃくりあげながら、「お願い、ひとりにして」と小さい声で
何度も繰り返す。
独り言のように。おまじないのように。「お願い、、、」と。
- 194 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/10/01(土) 03:35
- 「アヤカ、あとで、、ちゃんと、、話を、、、させて、、、、、」
「、、、、、、」
「、、、、、、」
「わかったから、、、今は、、、、帰って、、、、、、、、」
小さいけれど確かな声で、アヤカが言った。
吉澤はスニーカーを履き、ドアを開け、マンションの廊下へ出る。ドアを閉める。
立っていられない。
閉めたばかりのドアに、背中で寄りかかり、目を閉じる。両手で顔を覆う。
なぜ。自分。悪い。拒否。ひとり。アヤカ。今。どうして。何を。誰が。どこで。
つながらない考え。途切れそうな意識。
- 195 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/10/01(土) 03:36
- ――――カシャン
ドアの向こう側に、何かがぶつかり、砕ける音。
微かな衝撃が、ドア越しに吉澤の背中に伝わる。
ワイングラスだ、、、、。
吉澤は閉じていた目を開く。
アヤカが泣きながら投げたワイングラスが、赤いリボンをなびかせて、
自分の背中に向かって飛んでくる様子が吉澤には見えた気がした。
投げつけられた誕生日プレゼント。
見えないガラスの破片が、音もなくドアを突き破る。
そして、背中から一直線に、吉澤の心を切り裂いた。
痛い――――――−−。
- 196 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/10/01(土) 03:38
-
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
Dearよっすぃ
テレビのニュースで、矢口さんのことを知りました。
よっすぃの言ってた「大変なこと」って矢口さんのことだったんですね。
新リーダー。
よっすぃは、いいリーダーになると私は思います。
何から書けばいいのでしょう。
きょうは、4月15日Fridayです。
私は今、よっすぃと別れるかどうか、迷っています。
- 197 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/10/01(土) 03:39
- 誕生日の日のこと、書きます。
よっすぃが練習に行ったあと、私は買い物をして、準備をしていました。
ポテトサラダ作ったりして。よっすぃ、前においしいって言ってくれたから。
あの日、夕方にメールが来たけど、仕事だったら見れないしジャマかなと思って、
返信しませんでした。12時まで待って、待ちくたびれて、ワインを一杯だけ、
と思って開けたんだけど、一杯飲んだら、もっと飲まずにはいられなくなりました。
不安な気持ちがどんどん大きくなってしまって。飲めば飲むほど不安になるのに、
飲むことをやめられない、という、よっすぃとつきあう前に、ときどき、
なっていたキモチの状態になりました。
- 198 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/10/01(土) 03:41
- 「大変なことがあって、メンバーの家にいた」って言ったよっすぃに、
私は「メンバーって誰?」って言いました。
どうして、最初に「大変なことって何?」って言えなかったんだろう。
よっすぃの心配をするより先に、自分の不満をぶつけてしまいました。
もし、「大変なことって何?」って聞いてたら、全然ちがってたよね。
梨華ちゃんのこと、あんな、いやな言い方して、ごめんね。
よっすぃの大切な仲間なのに。
赤ワインだったから。赤は、心の奥の扉を開けてしまうから。
そして出てきたのが、嫉妬とか自分勝手とかでした。私の心の奥は、
そんなものばっかりだということを、あの日、ワインが教えてくれたのだと思います。
- 199 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/10/01(土) 03:42
- 自分で自分がイヤになりました。
はっきり言って、カッコ悪いと思った。なんとかしなきゃ、と思いました。
そのために、一度、ひとりになる必要があると思っています。
ダンスと同じで、まず、個人練習しないと、合同練習できない。そんな感じです。
待ってたのに朝帰りだったから怒って別れるって言っているのではありません。
結局、あの日、私は自分に自分でイラだっていたのです。よっすぃに、私が八つ当たり
していただけで、よっすぃは全然悪くありません。
- 200 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/10/01(土) 03:44
- よっすぃは別れたくないって言うかもしれません。
でも今のよっすぃは、私が「放っておけない」って思った頃のよっすぃじゃないから。
私なんかいなくてもだいじょうぶだよ。
ねぇ、よっすぃ、気づいてる?
前はよく「あたし、うまくできてた?」「ちゃんと笑えてた?」って
あたしに聞いてたけど、最近、聞かなくなってたよ。
自信でてきたんだよ、自然に。
- 201 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/10/01(土) 03:46
- スキーのジャンプ台って、ザーッと下に降りてから、ちょっと上にカーブしてる部分
があるでしょ?そこから飛び出してジャンプしていくとこ。
よっすぃにとって、私は、そこの部分だったんじゃないかな。あの部分が、
もし、もっとずーーっと上まで長く続いてたら、逆に、遠くまで跳べない。
逆戻りしちゃうかもしれない。ちょっとだから、遠くに跳べるんだと思う。
私は、よっすぃといるのが楽しくて、「自分」を放っておいたのだと思います。
私は、自分が、何をしたいのか、よくわかりません。
歌もダンスも好きだけど、「本当の本当の本当に好き?」と言われたら、そこまで
好きかわかりません。私は、何が好きなんだろう。何がしたいんだろう。大げさに
言えば、生きる目的?そういうこと、ちゃんと考えてなかった。考えなくちゃと
思っています。ひとりになって。
- 202 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/10/01(土) 03:47
-
よっすぃのこと、嫌いになったわけではありません。
それなのに、別れようとしてるのはおかしいのかもしれません。
実は、まだ迷っています。別れたくないキモチもあります。
- 203 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/10/01(土) 03:49
-
だから、私は、賭けをします。
明日、16日、八王子市民会館でのライブ。
矢口さんがいない初めてのライブだから、新リーダーのよっすぃは、そのことを
会場のお客さんに説明すると思います。その時、よっすぃが、もし、涙で言えな
かったり、何度も噛んじゃったり、アタマ真っ白になったりしたら、
まだ、私はよっすぃのそばにいる意味があるのかもしれないから、別れない。
- 204 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/10/01(土) 03:50
- でも、もし、よっすぃがちゃんと、リーダーとして、説明できたら。
お客さんに伝わるように、言えたら。
別れよう。
もう私は必要ない。いなくても、だいじょうぶ。
それで、私は、私のこと、ひとりになって考えることにする。
もちろん、私がこんな賭けをしていることは、よっすぃには内緒です。
私は、明日、関係者席から、見ています。
アヤカ
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
- 205 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/10/01(土) 03:51
-
「こんなメール、出せるわけないね」
アヤカは苦笑する。
このメッセージへの変更を保存しますか?
はい(Y) いいえ(N) キャンセル
いいえ、をアヤカは選ぶ。
メッセージは、消えた。
- 206 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/10/01(土) 03:53
-
4月16日
八王子市民会館前は、異様な熱気に包まれていた。
矢口脱退に反対する署名を集める者、「チケット譲ってください」という紙を握り
締めて無言でたたずむ者、矢口真里、と毛筆体で刺繍してある黄色の
特攻服から出ている近寄りがたいオーラ、グッズ売り場の「この商品の販売は
都合により中止させていただきました」という張り紙の前で動かない者、、、。
- 207 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/10/01(土) 03:56
- チケットを持つ者、持たない者、誰もが緊張と興奮を漂わせて、市民会館の前に
集っている。開場時刻を過ぎても入場は始まらない。フォーメーションの変更、
リハーサルに時間がかかっているのだろうと誰もが思い、問いかけるような視線
で市民会館の灰色の壁を見る。その中にいる者たちと、おそらくそこにはいない者
を思って、コンクリートの壁を見る。
声が聴きたい。
文字ではなく、声が。
たとえその言葉は誰かにつくられたものだとしても、
声を聴けば、絶対にわかる。感じ取れる。
そこに、納得すべきものがあるのか、ないのか。
誰もがそう信じて、そこに集まっていた。
- 208 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/10/01(土) 03:58
-
開場。
今は無人のステージが人々を迎える。
大きな声をあげる者、小さな声で話す者。それぞれの座席で、それぞれの思いを。
予定時刻を30分過ぎた。事務的な開演のアナウンス。
客電が落ちる。
ざわめきが消える。
一瞬の間があって。
吉澤ひとみが、ステージ上手から歩いて現れる。続いてメンバーが一列に並ぶ。
- 209 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/10/01(土) 03:59
- 「八王子市民会館にお越しのみなさん、こんにちは、モーニング娘。です。
コンサートをはじめる前にここでメンバーを代表して
吉澤からみなさんにお伝えしたいことがあります。
スポーツ紙やワイドショーなどですでにご存知とは思いますが・・・・・・
吉澤が話し終える。
拍手。歓声。揺れるサイリウム。照明が目を覚まし、一気に色を走らせる。
音楽が始まる。モーニング娘。が動き出す。
- 210 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/10/01(土) 04:01
-
アヤカは、涙が止まらなかった。
よっすぃ、すごいね、ちゃんと、伝わったよ―――――――
- 211 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/10/01(土) 04:02
-
アヤカが吉澤に別れを告げたのは、その2日後のことだった。
週末のライブをやり遂げて会いに来た吉澤に、アヤカは自分の気持ち、
ひとりになりたいという気持ちを正直に話した。
吉澤は、なぜ別れなければならないのか、わからなかった。
誕生日の日に早く帰らなかったのがいけなかったのだと思い、謝った。
そうじゃない、よっすぃは悪くない、あなたのことは嫌いではない、という
アヤカの言葉が吉澤をさらに混乱させた。だったら、なぜ、と。
ひとりになりたい、というアヤカの考えを吉澤は理解できなかった。
そばにいたいと思った。平行線だった。
- 212 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/10/01(土) 04:04
- 何回か、アヤカの部屋でふたりは話をした。
吉澤が、泣くこともあった。アヤカが、泣くこともあった。
このままでは、また、ずるずると吉澤と過ごすことになってしまう、そして、
自分を放っておいて、不安になって、八つ当たりする、同じことの繰り返しに
なってしまう、とアヤカは思った。結局誰のためにもならない。
アヤカは、マンションの鍵を取り替えた。
それでも吉澤はアヤカの部屋の前に立った。開かない扉の前に立った。
しかし、扉は決して開かれず、やがて、その前に立つ者はなくなった
- 213 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/10/01(土) 04:05
-
吉澤を救ったのは仕事だった。
メンバーが。スタッフが。そしてファンが。吉澤を必要としていた。
仕事に集中していると、アヤカのことを考えずに済んだ。
必要とされていることが吉澤を支えた。ありがたかった。
感謝の気持ちが笑顔につながった。
期待をプレッシャーではなく、エネルギーに変換する強さを吉澤は身に付けていた。
リーダーとして駆り出される様々な仕事、フットサル、久住の加入、石川の卒業。
吉澤は走り続けた。仲間からの信頼を杖にして。喪失感を奥に沈めて。
- 214 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/10/01(土) 04:06
- アヤカは。
吉澤が決して開けられない扉の向こうで、泣いていた。
吉澤を傷つけてしまった。傷つけたまま、コミュニケーションを断ってしまった。
吉澤の抱えているものが喪失感なら、アヤカのそれは罪悪感だった。
でも、あの誕生日の日に直面した、自分のカッコ悪さ。自分の、なんにもなさ。
それを何とかするのは今しかない、と思って、扉を開けなかった。
そして、考えていた。
自分は何をしたいのか。どう生きていきたいのか。
- 215 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/10/01(土) 04:07
- 「はい、バター茶」
「バター茶?」
「チベットのお茶」
自由が丘の里田のマンション。
象の形のティーポットで里田がお茶を出す。
里田の趣味は模様替えで、今はアジア風のインテリアや雑貨に凝っていた。
「これ、しょ、、、しょっぱいよ、まいちゃん」
「そーゆーもんだから」
「そーゆーもんなんだ」
「で、さぁ。しょっぱい悩みとか、あるんじゃないの、アヤカ?」
- 216 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/10/01(土) 04:09
-
里田は気になっていた。
―――そういえば最近、3人で遊んでなくない?
- 217 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/10/01(土) 04:11
- 「別に、しょっぱくなくてもいいんだけどさー、元気的には元気なの?」
と里田。
全部話してしまいたい、とアヤカは思った。でも、そうしなかった。
ひとりになって考えたい。そう吉澤に別れを告げた以上、里田に相談するのは、
ちがう気がした。
「べつにー。元気だよ」
「そんならいいけど。今度よっすぃ誘って、おいしいもの食べにいこー」
「、、、、でも、よっすぃ、きっと忙しいよ、、、」
はい、キーワードは、やっぱり、よっすぃですね、と里田は思った。
しかも、相談してくれないんだ。
とりあえず、見守りモードでいくしかないか、、、、、。
- 218 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/10/01(土) 04:15
-
7月。
夏のハロープロジェクトライブの全体リハーサルが都内のスタジオで行われた。
吉澤とアヤカが、数ヶ月ぶりに同じ場所にいなければならない日がやって来た。
ごったがえす出演者、スタッフ、衣装のカート、飛び交う指示。
- 219 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/10/01(土) 04:16
- 里田は見ていた。
吉澤が向こうを向いているときにだけ、控えめな視線を投げかけるアヤカを。
吉澤は?忙しそうだ。
曲順、立ち位置、変更、修正、再修正を台本に書き込んでは、
ブツブツと暗記して、周囲を見渡し、確認に走る。
久住っていう新しいコの分もメモして、さりげなく気にしてる。
キャプテン、えらいね。
それでも時折、吉澤の視線がハッと一点に固定されるときがあるのに里田は気づく。
視線の先には、アヤカの後ろ姿。
- 220 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/10/01(土) 04:17
-
「悔し涙ぽろり〜〜〜、よしざーさん、別れた恋人に未練ドボドボの
ダメ男みたいな目つきで、なーに見てんですかーーー?」
「げっ、、、、、、、麻琴、う、うるせーんだよ」
「はい、これ、プレゼント」
「は?」
「いいにおいのせっけん、あたしとおそろですから!」
「いらねー」
「まぁまぁ、遠慮しないで。この思い、よしざーさんに届けーーーっ!」
「届かねーよっ」
・・・・・・・・
・・・・
・・
- 221 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/10/01(土) 04:21
- ・・
・・・・
・・・・・・・・・・
西麻布のイタリアンレストラン。
デザートに、つんくは、ビターチョコレートのグラッサージュ、
アヤカは洋梨とキャラメルのムースを選んだ。
「コーヒーは、エスプレッソじゃなくて、普通のやつ」とつんく。
「つんくさん、甘いもの好きなんですか?」
「意外とな」
- 222 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/10/01(土) 04:23
- 細かく砕いたへーゼルナッツを練りこんだチョコをグラッサージュ、
光沢のあるビターチョコでコーティングしたもの、がつんくの前に。
チョコレートというよりも、ブラックメタリッックのiPod nanoのよう。
白い皿との対比に目を奪われる。
「鏡みたいですね、すごくツヤがあって、そのチョコ」とアヤカ。
アヤカは、チョコの表面に、自分の顔が映りこんでいるのを、
おもしろいなと思って見つめた。
「ほんまやな」
デザートナイフをチョコレートに近づけていたつんくが、ふと、手を止めた。
- 223 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/10/01(土) 04:25
-
「そうや、、、アヤカ、冬のハローで一曲、派手にやっとこか、卒業記念やし。
あれや、あれがあるやん、プッチモニ。
久しぶりに、吉澤と小川と3人並んでるとこが見たくなったし。新曲つくるわ。
ほかにもユニット2つ作って、ほんで3ユニットまとめてCD出したろ、
夏んときみたいに。ああ、それがええわ。待てよ。ただのプッチじゃつまらんなぁ。
- 224 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/10/01(土) 04:27
- そや、矢口や。矢口も入れたろ。矢口も入れて、矢口やから小さい『ャ』つけて、
『プッチモニャ』、ええんちゃう?いけるんちゃう?『プッチモニャ』」
こうなると、つんくの仕事は早い。サッとナイフを置いてケータイを取り出す。
「ああ、俺やけど、来週、レコーディングしたいんや。ハコとメンツ、
おさえといてくれる?メンツはなぁ、アヤカ、吉澤、小川、矢口、
それから――――――」
- 225 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/10/01(土) 04:28
-
アヤカはチョコに映った自分の顔を見ていた。
その姿勢のまま、動けなかったから。
- 226 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/10/01(土) 04:29
-
本日は、以上です。
- 227 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/10/01(土) 04:30
-
>>181 レスありがとうです。現実とあってるところとあってないところが
あったりなかったりしていますが、
今後ともなまあたたたくよろしくですm(_ _)m
>>185 ありがとうございます。励まされます。また気が向いたらよろしくです。
- 228 名前:chapter7:現在と過去 投稿日:2005/10/01(土) 04:32
-
>>186 こちらこそ読んでもらって感謝しています。またよろしくお願いします。
>>187 「当時」からすっとび気味ですが、また気が向いたら冷やかしにきてください。
- 229 名前:名無し飼育 投稿日:2005/10/01(土) 07:35
- すげえ この「ありえた」かもしれない話・・・
文句無く面白い!
- 230 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/10/07(金) 21:55
- 不思議なリアルさ、ありますね。次回も期待しています。
- 231 名前:chapter8 冬のハロー 投稿日:2005/10/10(月) 10:38
- ココナッツ娘。「アヤカ」に関するお知らせとスペシャルユニットのお知らせ
2005年11月21日
平素より皆様にはご愛顧賜りありがとうございます。
つんく♂でございます。秋も深まってまいりましたが、HAPPYに過ごされて
いることと思います。
さて、99年からココナッツ娘。として活動してきた「アヤカ」が2006年冬の
ハロー!プロジェクトのコンサートでハロー!プロジェクトを卒業することとなり
ましたのでご報告させていただきます。「ココナッツ娘。で育んだインターナショ
ナルな感性をいかして、世界に飛び出し、さらなる夢を追いかけたい」との申し出
がアヤカからあり、これを了承した次第です。思えば、ココナッツ娘。として
アヤカがデビューした頃は、ハロー!プロジェクトもまだまだヨチヨチ歩きの赤ん坊
でした。そんな赤ん坊時代からハロー!プロジェクトと一緒に成長してきたアヤカ
ならば、きっとどんな夢でも叶えてしまうことでしょう!
- 232 名前:chapter8 冬のハロー 投稿日:2005/10/10(月) 10:39
-
そして!
そんな「アヤカ」の卒業までの期間限定ユニットのお知らせです!
「アヤカ」とモーニング娘。の吉澤ひとみ、小川麻琴の3人は「プッチモニ」で
あるわけですが、そこに今回、矢口真里を加えて「プッチモニャ」を結成いたします。
矢口なので、小さい「ャ」をつけました。しかし、この「ャ」の存在は、かなり
大きい!吉澤、アヤカの背ぇたっかいチームと、矢口、小川の背ぇちっさめチーム
のメリハリがいい感じです!
テーマは、「宇宙規模の出会い」です。卒業は出会いの始まり!だからです。
曲のタイトルは『すべての声、ハーモニャー』といたしました。
ラップあり、ハモリあり、のキラキラ感をお楽しみに。
- 233 名前:chapter8 冬のハロー 投稿日:2005/10/10(月) 10:41
-
そしてそして!
最近めっきり実力をつけてきたと評判の「℃-ute」!
ここらでいっちょう、テーマ曲があったらええなぁと考えまして、つくりました。
彼女たちの年齢、身長、キャラクターの凸凹感、カラフル感を表現したくて、
テーマは「色えんぴつ」といたしました。曲名は『9と10とジューイッチー!』です。
きゅうと、と℃-ute,のダジャレじゃん、と思わせつつ、実は、数字の
ヒトケタからフタケタ、というでっかい変化や成長を彼女たちに全身で表現して
もらおう、という狙いです。
- 234 名前:chapter8 冬のハロー 投稿日:2005/10/10(月) 10:43
- そしてなんとさらに!
もうひとつ、ユニットです!
前田有紀、中澤裕子、後藤真希、この3人で新ユニット「前中後」を結成いたします。
「ゼンチュゴー」と読んでください。レッツゴー的気分です。
テーマはズバリ、「女の人生」。
演歌、フォーク、ロック、3つのテイストを絵巻物のように練り上げた、
組曲風のナンバー『愛の三部作』が完成。年齢もキャラクターも異なる3人
の女たちの物語、必聴です!
この3つのユニットの曲がいっぺんに楽しめる超お得なCDも近日発表!
2006冬のハロー!プロジェクトのコンサート、さらに盛り上がることでしょう!
今後ともつんく♂およびハロー!プロジェクトをよろしくお願いいたします。
つんく♂
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
- 235 名前:chapter8 冬のハロー 投稿日:2005/10/10(月) 10:44
-
空は白に近いブルー。
街路樹が葉を失って骨の枝をさらす。
午前中の光がその輪郭を際立たせる。
晴天。
11月。
山手通りに面した目黒の撮影スタジオ。
駐車スペースに黒いワゴン車が停まる。後部のスライドドアが開く。
ジーンズにミントグリーンのタイトなダウンジャケットを着た吉澤ひとみが
降りてくる。濃い灰色のキャスケットをかぶっている。
- 236 名前:chapter8 冬のハロー 投稿日:2005/10/10(月) 10:46
-
「あと5分ありますよね?コンビニ行って、すぐ行きます」
吉澤はマネージャーにそう言うと、通りの反対側にあるコンビニへ走り出す。
―――ギリギリまでスタジオに入りたくない。
今日は新ユニットのジャケット撮影。
初顔合わせ、でもある。
- 237 名前:chapter8 冬のハロー 投稿日:2005/10/10(月) 10:47
- アヤカの卒業、結婚、という話だけでも衝撃だったのに、そのうえ、
この新ユニット。マネージャーから話を聞かされたとき、無邪気に
「プッチモニャー、プッチモニャー」とはしゃぐ麻琴の手前、吉澤はかろうじで
平静を装った。正確には、適切な範囲の驚きだけを表そうと努力した。
吉澤は、ずっと考えていた。なぜ、別れなければならなかったのか。
わからなかった。結局、嫌われたのだ、もう要らないと思われた、それだけのこと。
そう理解するしかなかった。
人の気持ちは変わる、変わってしまう。それだけが確かなことなのだ、と。
- 238 名前:chapter8 冬のハロー 投稿日:2005/10/10(月) 10:48
-
アヤカ、、、、。
それでもあたしは、今も、アヤカが好きだよ。いちばん好きだよ。
仕事は好調なコンディションで臨んでいたが、ひとりになると虚しさは募った。
誰かに、甘えたい。そばにいて欲しい。要らないなんて思えないほど夢中になって
欲しかった。そして吉澤は麻琴に「告白」し、つきあうようになった。
吉澤は何も買わずにコンビニを出る。もともと欲しいものなどなかった。
- 239 名前:chapter8 冬のハロー 投稿日:2005/10/10(月) 10:50
-
地下一階の控え室。
「プッチモニャ様」と印字された紙が貼ってある白いドアの前に、吉澤は立つ。
この、簡単に開く扉の向こうに、きっと、あの人がいる。
小さく息を吸って。
扉を押す。
- 240 名前:chapter8 冬のハロー 投稿日:2005/10/10(月) 10:51
-
「そーしーたーらー、そのぉ、クレームブリュレの焦げてるとこがぁーすんごい
ぶ厚くてなかなか割れないんですよぉ、あ、よしざーさんおはようございますぅ、
それだから恥ずかしかったんですけどぉ、お店の人にナイフありませんか?って
聞いてぇ」
「へぇぇぇえええ、そーんなにぶ厚いんだぁ、あっ、おはよう、でもぉ、
それじゃあ中のカスタードはどうなってるの?」
「それがぁ、中は逆にやわらかすぎっていうかぁぁああ」
「逆にやわらかすぎぃぃいい?」
- 241 名前:chapter8 冬のハロー 投稿日:2005/10/10(月) 10:52
- 麻琴とアヤカが不自然なハイテンションで話をしている。
ふたりとも、チラッと吉澤の方を見てあいさつだけすると話を続けた。
麻琴は。
仕事場ではベタベタするな、と吉澤から言われているから。
それと、アヤカと仲良くなりたくて、最近あったおもしろい話をしている。
アヤカは吉澤の友達だから、自分も仲良くなりたかったのだ。
アヤカは。
吉澤とは「友達」に見えるように接するしかない、と思っていた。
つきあっていたことは誰も知らない。みんな、自分たちを友達と思っている。
- 242 名前:chapter8 冬のハロー 投稿日:2005/10/10(月) 10:53
-
こんなカタチで吉澤と言葉をかわすようになりたくはなかった。
まだ、、、、まだ、ひとりで考えている途中なのに。
ようやく、もしかしたら、と思うものがあり、一歩踏み出すことを決めただけで、
なにひとつ、つかんだわけではなかった。自分のやりたいこと。できること。
アヤカは、吉澤と話をする状況を避けるため、必死に麻琴と話を続けていた。
控え室は奥に長い8メートル×4メートルの長方形の部屋で、ドアのある手前側に
ソファとテーブルがあり、奥の壁に沿って鏡が張られたメイクコーナーがあった。
床も壁も白い。地下。窓のない空間に蛍光灯の無機質な光が満ちている。
- 243 名前:chapter8 冬のハロー 投稿日:2005/10/10(月) 10:55
- 麻琴とアヤカはメイクコーナーのイスに座って向かい合って話しをしていた。
他に人はいない。矢口も、スタイリストもヘアメイクもまだ来ていない。
吉澤はダウンジャケットとキャスケットを手前のソファに置きながら
「おはよう、、、、ジュース買ってくる」とひとりごとのように言って、
廊下に出た。ふたりと目を合わせることはしなかった。できなかった。
吉澤は。
こんなカタチでも、アヤカと会えたのは、うれしかった。でも、苦しい。
嫌われている。終わった、そして遠くに行ってしまう。
せめて、見苦しくなく、、、、見送りたい。見送れる自分でありたい。
- 244 名前:chapter8 冬のハロー 投稿日:2005/10/10(月) 10:57
- 人がいる時は「友達」に見えるように振舞うしかない。アヤカもそうするだろう。
でもそれを勘違いしない。嫌われていることは、忘れない。
扉は結局、開かなかったのだから。
そして今、あたしには麻琴がいる。いてくれる。
アヤカと麻琴、、、、、。
どっちも、あたしと相手とのことを、知らない。だからあんなふうに話せてる、、。
吉澤は歩きながらため息をつく。
廊下をエレベータの方に行くとイス4つと小さなテーブルの休憩コーナーがあり、
その横に缶飲料の自動販売機。吉澤は立ち止まり、どれにしようか、と考える。
- 245 名前:chapter8 冬のハロー 投稿日:2005/10/10(月) 10:58
- 「よっすぃ〜〜〜〜、おはよっ!」
「やぐっつぁん!!」
茶色のロングブーツに白いコートの矢口が
満面の笑顔で吉澤の背中にぶつかってきた。
「なになに?ジュース?コーヒー?おごっちゃうよ、どれ?」
「マジですか?ラッキー。じゃ、レモンティーで」
「あたしはこの、田舎風つぶあん抹茶しるこ甘酒入り、にしよ」
「マジでっ!?そーゆーのって誰が買うんだろって冬になるたんびに
思ってたんですよ、やぐっつぁんだったんだ、、、、、」
「ウソ、ウーロン、ほんとは」
「なんだー、つまんねー」
ふたりは笑いながらイスに座る。
- 246 名前:chapter8 冬のハロー 投稿日:2005/10/10(月) 11:00
- 「どう?みんな元気?」
「バリバリ元気ですよ、バリバリ教室ですから」
「いま、まだツアー中?」
「あと少し」
「そっか、、、、、」
矢口は、リーダーの吉澤をねぎらう言葉を言いたいと思うが、
いい言い方が浮かばない。わずかな沈黙。
「やぐっつぁん、あたし、ツアー中に、やぐっつぁんはこういう気持ちだったの
かなって思うことあって」
「なに?」
「レボリューションとピースはLOVEマシーンなんですよ」
「?」
「それを知ってるメンバーが、自分しかいないっていう曲のとき、、、、、
カオリンや、矢口さんの気持ち想像するっていうか、、、」
「あぁ、、、、」
- 247 名前:chapter8 冬のハロー 投稿日:2005/10/10(月) 11:02
- 「すげー緊張するっていうか、気合いが入るっていうか、、、」
孤独っていうか、、、と付け加えようか。やめとこ。と吉澤は思う。
「って、あれ、ごっつぁん?」
「なーんか、いい感じでまったりしてるじゃーーーん」
と言いながら近づく後藤。℃-uteの撮影、後藤のユニット前中後の撮影も
ここで同時に行われる。
「すげー着物だね、それ、、、、アタマ、重くない?」
前中後の衣装は着物だった。
「んまぁね、、、、女の人生だからね、テーマ」
紫に赤の差し色、金と銀のラメ入りの着物。髪もアップにまとめて、クリスマスツリーですか?と問いたいような鮮やかなグリーンのオブジェが生えている。
後藤がイスに座る。
「どう、キャプテン、調子は?」
- 248 名前:chapter8 冬のハロー 投稿日:2005/10/10(月) 11:03
- 「え、、、あ、、、ガッタス?」
「うん」
「がんばってるよ。冬のハローの後も、すぐ試合あるし」
「そっか、、、、、」
「、、、、、、、」
「よっすぃは、チームが似合うよね」
「そう?」
「ごとぉは、、、ロックがいいな」
「え?」
「ぬはー、なんでもない」
「ごっつぁんさえよかったら、、、また、練習来てよ」
「んー、、、、、、やめとく」
「なんで?」
「んー、、、、うまく言えない。てか、久住ちゃん元気?」
「元気だよ、、、久住と、なんかあんの?」
「なんもないけどぉ、あのコ、宇宙人だよ」
- 249 名前:chapter8 冬のハロー 投稿日:2005/10/10(月) 11:05
- 「宇宙人?」
「なんとなく。てか、みんな宇宙人」
「ごっつぁん、わけわかんなすぎ」
「あのコからしたら、あたしとかって、何なんだろ?」
矢口が会話に入った。
「なんだろぉねぇ?レキシジョーの人物じゃない?」と後藤。
「だーれーがー大河ドラマやて?」
「うわっ、裕ちゃん」
「裕ちゃんの着物も、すごいねぇ」
「交通事故みたいやろ?」
「確かに、、、」
赤と紫の幅の広いストライプの着物は、血まみれの横断歩道のよう。
しかも、頭から白い湯気のようなオブジェが生えている。
4つめのイスに中澤が座る。
- 250 名前:chapter8 冬のハロー 投稿日:2005/10/10(月) 11:07
- 「よっすぃ、元気そーやん」
微笑んで、中澤が吉澤を見つめる。四代目リーダーを。
自分と時間を共有した最後のモーニング娘。を。
「元気ですよ、中澤さん」
「よっすぃ、こーゆー場合は、中澤さんはお元気ですかー?とかなんとか
聞いて欲しいわけよ」
「あ、、すいません、、、、中澤さんは、お元気ですか?」
「そーれーがーなぁーーー、ちょっと聞いてぇなあー」
「よしざーさーーん、あーやぐっつぁんもいたー、衣装お願いしますってーーー」
小川が走ってくる。
矢口と吉澤が立ち上がる。
「なんやぁ、これからっちゅうときにー」
一期から四期、つかの間の会合。
久々に年下メン気分味わっちゃったな、と吉澤は思う。
- 251 名前:chapter8 冬のハロー 投稿日:2005/10/10(月) 11:08
-
「ゆきどん、すごい!」と矢口。
控え室前で、前田有紀とすれ違う。
頭から真っ赤なキノコが生えている。ラメラメの赤と紫の雷模様の着物。
照れくさそうに微笑むと前田はスタジオへ向かう。
吉澤は我にかえる。そうだ、まったりしてる場合じゃない、、、、。
- 252 名前:chapter8 冬のハロー 投稿日:2005/10/10(月) 11:10
-
矢口が控え室のドアを開けた。
「アヤカー、卒業おめでとーーー、結婚するんだってー?
うらやましーーーー、ほんっとおめでとう!」
アヤカに駆け寄る矢口。吉澤は待ち構えているスタイリスト達のほうへ。
すみません、と言って着替えを急ぐ。
- 253 名前:chapter8 冬のハロー 投稿日:2005/10/10(月) 11:11
- プッチモニャのテーマは「宇宙規模の出会い」なので、吉澤・アヤカはロケットを
イメージした銀色、矢口・小川は星をイメージした金色、で統一されていた。
銀色の裾の広がったベルボトム風のパンツにオレンジの炎のイラストが入っている。
上は銀のスパンコールの短めタンクトップ、ヘソ出し。
銀色のラインストーンでキラキラに仕上げたゴーグルをヘアバンド風に頭につける。
矢口・小川チームは金色のショートパンツに同じく短めタンクトップ、
頭には2本の触角のついた金色のヘアバンド、触覚の先には小さな星のオブジェが
揺れている。
曲は昨日、仮歌MDをもらったところ。レコーディングはあさってだ。
着替え終わった吉澤が、ヘアメイクの待つメイクコーナーへ向かう。
入れ替わるように、しゃべりまくっている矢口とアヤカがさりげなく
スタイリストの方に移動。ふたりは距離を保ってすれ違う。
- 254 名前:chapter8 冬のハロー 投稿日:2005/10/10(月) 11:13
- 吉澤は思う。
やっぱ無理だ、、、、このままじゃ、、、こんなんじゃ仕事に支障がでる。
準備を終えた4人が控え室を出て、スタジオへ。
既に撮影を始めている前中後、スタンバイしている、カラフルな色えんぴつ衣装の
℃-uteのはしゃぐ声。カメラマンの指示。ストロボの音。ポラチェック。いつもの風景。
ざわめきにまぎれて、吉澤はアヤカの横に立つ。
小さな声で、前を見たまま、言う。
「仕事だから、ちゃんとやろう」
「わかってる」
アヤカも前を見たまま答えた。
久しぶりの、それがふたりの会話だった。
- 255 名前:chapter8 冬のハロー 投稿日:2005/10/10(月) 11:15
- 「はい、カメラ目線OKです!じゃあ、次、笑顔で横の人を見てください!」
4人は前列に麻琴・矢口、後列に吉澤・アヤカ、と並んでいた。
微笑みあう麻琴と矢口。
微笑みあう吉澤とアヤカ。
そう、そこにカメラがあるなら、あたしはいつでも笑顔になれる。表情をつくれる。
だけど、、、、、。
「OKです!次は個人写真いきますので、そちらで少々お待ちください!」
吉澤はうつむいて足早にスタジオの隅へ行く。
アヤカ、、、あたし、今、ちゃんと笑えてた?
実は、かなり、泣きそうだよ、、、、、、。
- 256 名前:chapter8 冬のハロー 投稿日:2005/10/10(月) 11:16
-
「じゃ、あさって」
「あさって。お疲れさまー」
夕方、撮影が終わって、控え室を出る。
廊下で吉澤は麻琴を呼び止める。小声で言う。
「きょう、、、行ってもいい?」
「えっ、、、いいけど」
麻琴は驚く。周囲を見渡す。誰もいない。よかった。でも、いつもの吉澤なら
こんな場所でそういうことは絶対言わない。どうしたんだろう。
- 257 名前:chapter8 冬のハロー 投稿日:2005/10/10(月) 11:17
-
夜。
麻琴の部屋。
ほとんど無言で、麻琴を抱く吉澤。
それが珍しいことだと気づくほど、麻琴はまだ、吉澤との時間を過ごしていなかった。
吉澤は、ひたすら、麻琴を快感の海へ突き落とす。
その手ごたえだけが確かなものだというように。
- 258 名前:chapter8 冬のハロー 投稿日:2005/10/10(月) 11:18
- アヤカは。
ひとりの部屋で膝を抱えて目を閉じる。歯を食いしばる。
よっすぃは本当に、私なしでもだいじょうぶだ。あんなに冷静に私に話しかけた。
それをよろこぶ気持ちより、さびしい気持ちが大きいのは、、、、
今もよっすぃのことが好きだからだ。
でも。今の私じゃ、カッコ悪すぎる。好きとかそういうこと、言えない。
自分をつくらなきゃ。まず、それがなきゃ、好きとか、誰に対しても言えない。
言っちゃいけない。
赤い皮で、白い果肉を包むぶどうのように。
もっと濃い赤、、、、黒くてもいいから。
固くて厚い果皮を、私にください。
あの人の笑顔をはねかえす、鋼鉄の果皮を。
- 259 名前:chapter8 冬のハロー 投稿日:2005/10/10(月) 11:19
- レコーディング、ダンスレッスン、PV撮影、
TV出演、雑誌取材、ラジオ局プロモーション、ライブのリハ、、、、。
4人は着実にこなしていく。
プッチモニャはチームワークがいい、と周囲の評判もあがる。
評判があがればあがるほど、苦しくなるふたり。
他人の前では普通に話すが、他人がいなければ言葉を交わさないふたり。
相手は自分を必要としていない、と思い込んでいるふたり。
好きだけど、今の自分にはそれを言う資格はない、と決めているふたり。
自分の決意に縛られるふたり。
冬のハローのライブが近づく。
- 260 名前:chapter8 冬のハロー 投稿日:2005/10/10(月) 11:21
- プッチモニャの仕事の後、吉澤は必ず麻琴の部屋に行った。
そして麻琴の身体を求めた。
モーニングの仕事の日には来なくて、プッチのときだけ来る。
麻琴はそれに気づいていたが、みんなと会った日よりは、
吉澤も気がラクなんだろうと思って、気にしなかった。
アヤカの卒業、矢口の歌、という話題性もあってプッチモニャの仕事は
予想を上回って増えていった。吉澤が麻琴の部屋に行くことも増えた。
麻琴にとっては、それは「ラブラブ」ということだった。幸福だった。
- 261 名前:chapter8 冬のハロー 投稿日:2005/10/10(月) 11:23
-
「アヤカさんがね、、、」
ベッドの中で麻琴が言う。吉澤の腕のなかで。
余韻で身体の芯がまだ震えているのを味わっている。
吉澤の首に顔を寄せて、あご、頬、耳、、白い輪郭を見上げる。
抱かれた者だけしか見れない角度。
この眺めは、あたしだけの特権、、、、。
これ以上近づけない、いちばん近くの場所にいる。
- 262 名前:chapter8 冬のハロー 投稿日:2005/10/10(月) 11:25
- 「え?」
吉澤の身体が固くなる。
「『よっすぃ、リーダーがんばってるね』って言ってた」
「、、、、、、」
「ますます、カッコよくなってますよーって答えて、、あっ」
麻琴の唇を吉澤がふさぐ。
「麻琴、、、もう一回したい、、、」
乱暴に麻琴を押えつけて、キス。深く。
「、ん、、、ぁ、、、っ、、、、」
――――見せて、麻琴。
感情。本能。装えない表情。計算してない声。むき出しの呼吸。
今のあたしが殺しているもの、すべて。
- 263 名前:chapter8 冬のハロー 投稿日:2005/10/10(月) 11:27
-
2006年1月。
Hello!Project2006winter〜冬の大ジャンプ、びゅーん〜
7日(土)大阪城ホール
8日(日)大阪城ホール
14日(土)名古屋市総合体育館レインボーホール
15日(日)名古屋市総合体育館レインボーホール
21日(土)代々木競技場第一体育館
22日(日)代々木競技場第一体育館
女子フットサル公式戦
すかいらーくグループカップ・ニューイヤーチャレンジトーナメント
23日(月)駒沢体育館
- 264 名前:chapter8 冬のハロー 投稿日:2005/10/10(月) 11:28
- 冬のハロー!プロジェクトのコンサートツアーが始まった。
ステージはエスキモーの家を模した白い空間。
高さ50センチ、長さ1メートルの白く発光する箱をブロックのように積み重ねて、
段差のあるステージと背景が構成されている。
左右のひな壇も、白い箱を組み合わせてつくったように見せている。
「ハローのテーマ」でオープニング、
続けて全員で、、、イントロでは、観客はそれが何の曲かわからなかった。
「ここにいるぜぇ!」に似ているが違うドラムのイントロ。
- 265 名前:chapter8 冬のハロー 投稿日:2005/10/10(月) 11:30
- とっぎれとぎれー Oi!
会話になんてならへん Oi! Oi! OiOiOi!
「大阪恋の歌 Oiパンクバージョン」だった。
ハロプロメンバー全員が笑顔でこぶしを突き上げる振り付けに煽られて観客もOi!
おっおっさっか恋の歌 Oi Oi Oi!
曲が終わるとモーニング娘。らはひな壇へ。
松浦とBerrys、エッグによる「気がつけばあなた」、
W、亀井、新垣、村田、里田、の「原色GAL」と続く。
- 266 名前:chapter8 冬のハロー 投稿日:2005/10/10(月) 11:32
- 初公開のOiパンクバージョンに観客がノッてくれたのがうれしくて、
笑顔でひな壇に座る娘。たち。
左のひな壇の上段に高橋、麻琴。吉澤は反対側のひな壇だ。
「すっごいキスや、Oi!、、、、ねぇ、愛ちゃん、すっごいキスってしたことある?」
無邪気な表情で麻琴が尋ねた。高橋は驚く。
麻琴のすっごいキスの話、今、始めるつもり?
- 267 名前:chapter8 冬のハロー 投稿日:2005/10/10(月) 11:33
- まじまじと麻琴の顔を見て、高橋は答える。
「、、、、ない」
「ないのに歌えるなんて愛ちゃんすごいねぇ、んふふふふ」と麻琴。
会話はそれで終わった。松浦の歌に合わせて身体を揺らすふたり。
高橋は思う。
麻琴、、、、、『愛ちゃんすごいねぇ』じゃなくて、、、
舞い上がってるよね、あれから、、、、ねぇ、麻琴は、本当にそれでいいの?
それが、麻琴が「モーニング娘。」でやりたかったことなの?
- 268 名前:chapter8 冬のハロー 投稿日:2005/10/10(月) 11:35
-
中盤にユニットがたたみかける。
℃-ute、前中後、そしてプッチモニャ。
ステージ中央奥から、4人が登場。
吉澤の短いMC。
「え〜、プッチモニャです。アヤカが、この、
ハロープロジェクト2006ウインター、冬の大ジャンプびゅーん、をもって、
ハロープロジェクトを卒業することになりました。
その、記念すべき一曲です。聴いてください。『すべての声、ハーモニャー』」
- 269 名前:chapter8 冬のハロー 投稿日:2005/10/10(月) 11:37
- イントロ。
宇宙は出会いに満ちている
AH〜
誰かが歌を歌ってる
AH~
すべての声
すべてを超え
すべてどこへ
すべてここへ
Yes, we are in ハーモニャー
きみの声
海を超え
ゴミ、横へ
罪、どこへ
Now, we are inハーモニャー
- 270 名前:chapter8 冬のハロー 投稿日:2005/10/10(月) 11:38
- きみの声
意味、どこへ
闇、底へ
笑み、ここへ
Get, we are in ハーモニャー
誰かがきっと同じ歌、
今どこかで歌ってる、AH~
宇宙は出会いでみちている AH~
光よりハヤい笑顔のパワー AH~
すべての声、ハーモニャー
Yes, we are inハーモニャー
歌い終わりの8小節のキメポーズは、
並んでいる麻琴と矢口のすぐうしろに、白い箱一個分段差のある場所から
吉澤とアヤカがジャンプして着地。
- 271 名前:chapter8 冬のハロー 投稿日:2005/10/10(月) 11:39
- ジャンプしながらアヤカが「yes,we are in」とソロで歌って、
着地と同時に前列は中腰、後列のふたりは手をまっすぐに上に伸ばし、
4人で「ハーモニャー」とコーラス。
4人がひとつのロケットに見えるようなポーズで終わる。
歌い終わると。
舞台袖から里田が花束を持って登場。
自分の分と、吉澤の分、二人分の花束。
ハロープロジェクトの仲良し、ということで花束贈呈。まず、里田が。
「アヤカとは楽しい思い出、たくさんあるよね。絶対、みんなのこと忘れないで。
これからも、アヤカらしく、がんばってね」
- 272 名前:chapter8 冬のハロー 投稿日:2005/10/10(月) 11:41
- 続いて吉澤。
「吉澤は、アヤカにたくさん助けてもらいました。ありがとう。
アヤカの夢の実現にむかって、がんばってください」
拍手する矢口と麻琴。アヤカの挨拶。
「ハロープロジェクトで学んだことは一生の宝物です、、、、
本当に、ありがとうございました!」
そして、退場。
ライブの後半は、ソロ組のメドレー、
モーニング娘。が数曲、
ラストは「ALL FOR ONE&ONE FOR ALL!」。
アヤカのパートが多めのバージョンで締めくくる。
そういう流れだった。
- 273 名前:chapter8 冬のハロー 投稿日:2005/10/10(月) 11:42
- 「アヤカがオーストラリアに行っちゃう前に、3人でご飯食べようよ。
彼も紹介して欲しいしさぁ」
リハーサルの日。里田は、アヤカと吉澤にそう言った。
里田は、アヤカはときどき会って遊んでいたし、吉澤とはガッタスの練習で
話をしていた。吉澤にそれとなくアヤカの話をふってみたこともあるが、
何も収穫はなかった。心配しすぎかな。3人で会ってないのも、
偶然そうなってるだけかな。
それでも、3人で話すのは、このライブのリハーサルが久々なのは事実だった。
アヤカが答える。
「そーだねー。でもツアー終わるまでは落ち着かないから、終わってからにしない?」
「ああ、その方がいいな、あたしも。試合もあるし。そのあとがいい」
吉澤もあいづち。
「わかった。じゃ、そーゆー感じで。彼にもよろしくってことで。先輩だっけ?大学の?」
里田が尋ねた。
- 274 名前:chapter8 冬のハロー 投稿日:2005/10/10(月) 11:43
- 「そう、上智の、、、、商社関係なの」
「写真とか、ないの?今?」
「今は持ってないよぉ」
「今度持ってきてぇ。よっすぃだって、見たいよね??」
「、、、、、うん」
「、、、、、、、」
「、、、、、、、」
「あ、、『原色』のリハ始まる、、、またあとで!」
空気が重い、、、、と里田は思った。
夏のときは全然しゃべってなかったふたりが、今は普通にしゃべっているのを見て
里田は少しほっとした。でも、、やっぱり、なんか、、。
- 275 名前:chapter8 冬のハロー 投稿日:2005/10/10(月) 11:45
-
大阪で。
名古屋で。
吉澤は麻琴を抱く。
触れられないアヤカを思って。
もう誰かのものになってしまった、アヤカの感触を求めて。
腕の中の麻琴。知りたがりの肌。
迷走する気持ち、密室に舞う落葉。
ホテルの部屋、麻琴の部屋はキャンセルしてもいいですよ。
ずっと、あたしの部屋の、、、ベッドにいますから、裸で。
スタッフにそう言いたいぐらいだ。
麻琴、、、気持ちいい?
あたしのこと、好き?
あたしが、必要?
- 276 名前:chapter8 冬のハロー 投稿日:2005/10/10(月) 11:47
- 1月22日(日)。
代々木第一体育館。
千秋楽のステージが始まる。
最後なんだ、このステージで。
そう思って吉澤は、そっとアヤカの背中を見る。
ちゃんと見送りたい、その一心で身体を張り詰めさせてきたが、
疲れがたまっているのは自分でもわかった。
まだ好きな、別れた相手と仕事上、友達のように話すということが
負荷でないわけがなかった。麻琴の身体で何度、気持ちを流してみても。
- 277 名前:chapter8 冬のハロー 投稿日:2005/10/10(月) 11:49
- プッチモニャの出番が近づく。
スタンバイエリアで4人が話す。
「あーあ、これでプッチモニャも最後かぁー、つまんないなー」
麻琴の言葉に、矢口、吉澤、アヤカがそれぞれの想いで微笑んで、口を開く。
「あたしは、ひさしぶりに、歌でみんなと一緒のステージに立てて感動した」
「あたしは、、、一生忘れないって感じ、このユニット」
「あたしは、、、すごい、ありがとう、としか言えない」
「じゃあ、いきますか、ラストステージ!」
イントロ。
4人のコーラスから始まって、ラップへ。
それぞれのソロパート、ラストで再び、コーラス、キメポーズへ。
異変は、そのとき起こった。
- 278 名前:chapter8 冬のハロー 投稿日:2005/10/10(月) 11:50
- 麻琴と矢口が並んで立っている。
その後ろに箱ひとつぶん50センチの高さからジャンプして着地する吉澤とアヤカ。
アヤカはジャンプしながらYes,we are in と歌う。
前列のふたりは中腰になって最後の「ハーモニャー!」のコーラスと
キメポーズへ備える。
着地した瞬間、アヤカの視界の左側で、何かがグラリと揺れた。
アヤカは自分の左側を見る。吉澤の方を。
- 279 名前:chapter8 冬のハロー 投稿日:2005/10/10(月) 11:51
- やっちゃった、膝――――――――。
これぐらいのジャンプならだいじょうぶだと思ってたのに、、、。
着地の瞬間、左膝が不意に力を失い、吉澤はバランスを崩した。
よろける身体。泳ぐ手。
その腕をアヤカがつかむ。支える。引き寄せる。倒れないように、吉澤の身体が。
首から上が反動で大きく揺れる。吉澤の頭につけた銀色のゴーグルが外れて、
落ちる。すぐ前にいる麻琴の背中へ。
背中に何かがあたった感触に驚いて、麻琴が中腰のまま振り向く、反射的に。
麻琴の目に映ったのは。
- 280 名前:chapter8 冬のハロー 投稿日:2005/10/10(月) 11:52
- アヤカが吉澤を抱き上げている。
崩れ落ちそうな吉澤を支えている。
アヤカと吉澤が見詰め合っている。アヤカの顔を見上げる吉澤。
その表情。互いに息を飲むふたり。
――――――なに、、、この、、、空気?
麻琴は、アヤカを見る吉澤の表情を見る
そして次に、吉澤を見るアヤカの表情。なに?なんなの、これ?
「ハーモニャー!」
矢口の声だけが響いて、曲が終わった。
- 281 名前:chapter8 冬のハロー 投稿日:2005/10/10(月) 11:54
-
吉澤は完全に動揺してしまっていた。
左足。歌をきちんと終えられなかった。
そして。接触。
ユニットメンバーとして、普通に話すことはしていても、吉澤はアヤカと身体が
触れることは意識して避けていた。怖かった。
触れた場所からガラガラと堤防が崩れて、想いがあふれ出てしまいそうで。
- 282 名前:chapter8 冬のハロー 投稿日:2005/10/10(月) 11:56
- 笑顔も、会話も、がんばった。
でも、触れることだけは避けていたのに。
それなのに。
最後の最後で。
腕と腕。肩と肩。頬と胸。ダイレクトに伝わるアヤカの体温、息づかい。まなざし。
吉澤の目から涙があふれる。もう限界だった。
- 283 名前:chapter8 冬のハロー 投稿日:2005/10/10(月) 11:57
- 矢口が状況を知る。フォローに出る。
こういう場合は、逆にいじってごまかすしかない。
「いやーもう、大変です、プッチモニャ。よっすぃが、コケましたぁぁああ」
歓声。
「ほんとにもう、最後の最後で、ねぇ」
花束を持った里田がひきつり気味の笑顔で登場。
スタッフから、吉澤が立っていられないようなら合図を送ってくれと言われている。
袖でスタンバイする担架。
よっすぃは、こんなことで立てなくならない、と里田は思う。肉体的には、ね。
里田は、アヤカを見る。
アヤカがちゃんとして、今は、と目で言う。
ハッと我にかえるアヤカ。吉澤に小さな声で言う。
「立てる?ひとりで」
吉澤は、うなずく。
――――立たなくては。ひとりで。
- 284 名前:chapter8 冬のハロー 投稿日:2005/10/10(月) 11:59
- 膝のダメージは、いつもの感じだ。テーピングでしのげる。
身体をアヤカから離す。吉澤は涙をぬぐって動揺をかろうじでおさえる。
吉澤は歩ける、と見て取った里田が言う。
「よっすぃ、ほら、こっち来てくれないと、アヤカが卒業できないから」
歓声。
吉澤から観客の注意をそらすように里田が花束贈呈。
「アヤカ!卒業おめでとう。アヤカとは楽しい思い出、たくさんあるよね。
絶対、みんなのこと忘れないで。これからも、アヤカらしく、がんばってね」
次は吉澤。
花束を持って、アヤカと向かいあう。
- 285 名前:chapter8 冬のハロー 投稿日:2005/10/10(月) 12:02
- 「アヤカ。さっきは、、、コケてごめん」
歓声。
「吉澤は、そんなふうに、いつも、アヤカにたくさん助けてもら、、、、、、」
吉澤が泣く。
花束に顔を埋めて。
あの、めったに涙を見せない吉澤が崩れるように涙を流すのを見て、観客も驚く。
「がんばれー」「よっすぃー」・・・・・
- 286 名前:chapter8 冬のハロー 投稿日:2005/10/10(月) 12:03
-
アヤカが歩み寄る。
「ありがとう、よっすぃ、、、、、」
押し付けるように渡される花束。
アヤカの挨拶。
「私は、きょう、このステージでハロープロジェクトを卒業しますが、
ハロープロジェクトで学んだことは一生の宝物です、、、、本当に、
ありがとうございました!きょうは最後まで盛り上がっていきましょう!」
泣き続ける吉澤の肩を里田が抱いて、退場。
アヤカは、、、アヤカは涙を流さなかった。
鋼鉄の果皮。
- 287 名前:chapter8 冬のハロー 投稿日:2005/10/10(月) 12:05
-
スタンバイエリアに戻った後も立ち止まらず、里田は吉澤の肩を抱きかかえて
歩き続ける。人のいない場所を探すつもりだ。うつむいて顔を覆う吉澤。
銀のタンクトップから伸びる白い肩、腕、背中が嗚咽で震えている。
麻琴が、里田と吉澤の後を追おうとする。それを矢口が制する。
「まこっちゃん、あの二人だけにしてあげよう」
今、吉澤のそばにいるべきなのは、麻琴ではなく、里田であり、アヤカであると
矢口は思う。3人は親友だから。
- 288 名前:chapter8 冬のハロー 投稿日:2005/10/10(月) 12:06
- 麻琴は、自分こそが吉澤のそばにいるべきなのに、と思うが、言えない。
秘密だから。悔しい。麻琴は振り向く。
そこにアヤカがいた。
「アヤカさん、、、なんで吉澤さんは急にあんなふうになっちゃったんですか?」
「えっ、、、」
「ころんだから、、、だけですか?」
- 289 名前:chapter8 冬のハロー 投稿日:2005/10/10(月) 12:06
-
本日は以上です。
- 290 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/10/10(月) 12:11
-
>>229名無飼育さん
読んでもらってありがとうございます。レス感謝です。またよろしくです。
>>230 名無飼育さん
レスありがとうございまっす。どーなることやらですが、続きますのでよろしくです。
- 291 名前:名無し 投稿日:2005/10/10(月) 12:12
- すごいリアルタイムで見てしまいました
どうなってしまうのか予想がつかなくて面白いです
- 292 名前:chapter8 冬のハロー 投稿日:2005/10/15(土) 01:43
- アヤカを見上げる麻琴。
少し猫背。顎をあげて。
全身から出ているのは、心配、だけではない。
覚悟。
吉澤のいちばん近くにいる者としての覚悟。
吉澤を傷つける者は、許さない。
あたたかく、やわらかな心配と、黒光りするナイフのような覚悟が麻琴の全身に
みなぎっている。
- 293 名前:chapter8 冬のハロー 投稿日:2005/10/15(土) 01:45
- アヤカは気づく。
このコは、「カッコいいよしざーさん、大好き!」だけのコじゃない。
麻琴の問いかけに込められた硬質なもの。
鋭利な刃が、今、自分の咽喉に突きつけられている。
このコは、、、まこっちゃんは、、、よっすぃと特別な関係にあるのかもしれない。
そうか、、、、そうだったんだ、、、、。
気づかなかった、、、。
アヤカは麻琴を見る。
小さくため息をつく。
- 294 名前:chapter8 冬のハロー 投稿日:2005/10/15(土) 01:46
- まこっちゃん、よくわかったね。
そうだよ、、、。
あたしは、よっすぃを傷つけた。
でも、、、、傷つけたくて傷つけたわけじゃない、、、。
どうしたらいいか、わからなくて、、、、
そうするしか、なくて、、、、。
アヤカの目に涙がにじむ。
鋼鉄の果皮に、亀裂。
「まこっちゃん、、、、」
アヤカが口を開く。
「これから、よっすぃ、助けてあげてね」
それだけ言うと、アヤカは足早に歩き出す。
自分の言葉が鋼鉄のヒビをさらに広げる。
- 295 名前:chapter8 冬のハロー 投稿日:2005/10/15(土) 01:48
- 答えになってないよ、と麻琴は思う。アヤカを追いかけて尋ねたい。
一歩踏み出す麻琴。矢口が麻琴を諭す。
「まこっちゃん、よっすぃ、よっすぃって、いい加減にしなよ。アヤカの卒業だよ?
よっすぃが泣いたの、アヤカがなんか悪いことしたみたいに言うの、おかしくない?
あの3人仲いいから、3人ともナーバスになってるんだよ。察してあげようよ。
コケたのだって、アヤカが助けなかったら、マジゴケで大怪我モンだったかも
しんないじゃん。むしろ御礼言うべきなんじゃないの、アヤカには?」
「そう、、、ですけど、、、、」
麻琴は唇をかむ。
いったん、娘。の控え室に戻る。吉澤はいない。
麻琴は控え室を出る。歩き出す。吉澤と里田が行った通路の方へ。
人のいない方へいない方へ歩く。階段の脇の古ぼけたドアを開けると、
暗い廊下の奥の方で、毛布のようなものを持って、部屋に入る里田の背中が見えた。
麻琴はその部屋に近づく。廊下で耳を澄ます、、、、、。
- 296 名前:chapter8 冬のハロー 投稿日:2005/10/15(土) 01:49
-
倉庫。
折り畳み式の大きな机とイスが重ねて置かれている。白く積もるホコリ。
吉澤を部屋の隅に座らせて、里田は自分の肩掛けブランケットを取りに、
いったん楽屋に戻っていたのだった。冬のライブの必需品。
バックステージではほとんどの者が、はおるものを持参している。
「よっすぃ、、、これ、、、、。寒いから、ここ」
クリーム色と茶色のチェック。やわらかなウールが吉澤のむき出しの肩をふわりと包む。
- 297 名前:chapter8 冬のハロー 投稿日:2005/10/15(土) 01:51
- 体育座りでうつむいて。吉澤は泣いている。その横に里田も座る。
「タオルも持ってきたよ」
「り、、、がと、、、、」
タオルに顔をうずめて吉澤はしゃくりあげる。
ブランケットにくるまって。身を丸めて、布の端をぎゅっとつかんで。
「よっすぃ、、、ゲロした方が、ラクなんじゃない?」
「、、、、、、、」
「あたしはさぁ、、、、、何があってもよっすぃのこと、大切に思ってるよ」
「、、、、、、、」
「アヤカのことも」
「、、、、、、、」
「どっちも大切だから。それでよかったら、あたしと、友達でいて」
背中を震わせて泣く吉澤。
沈黙。
里田が言う。
「アヤカのこと、、、、好きなんだよね?」
- 298 名前:chapter8 冬のハロー 投稿日:2005/10/15(土) 01:52
-
――――否定して否定して否定して。
麻琴が心で叫ぶ。
涙で言葉をつまらせて、吉澤が言う。
「、、好き、、、、今も、、、、いちば、、ん、、、、」
吉澤の堤防が崩れる。
横に座ったまま、里田は吉澤の背中に手を回してぎゅっと肩を抱く。
ブランケット越しに伝わる吉澤の震え。
- 299 名前:chapter8 冬のハロー 投稿日:2005/10/15(土) 01:53
- 里田は思う。
あの頃、去年の春ごろにはもう3人で会わなくなってて、、、
それで秋からこのユニットか、、、。つらかったね。
涙、出せるだけ、いま、出しちゃいな。
天井近くの丸い時計を里田は見上げる。
もう少しここにいよう。
でも、まだ、ライブの途中。モーニングの出番もあるし。
5分だな。
あと5分、泣いてていいよ、よっすぃ。
そしてあたしは、あと5分したら、こう言おう。
「キャプテン、試合だよ」
と。
- 300 名前:chapter8 冬のハロー 投稿日:2005/10/15(土) 01:54
-
キュッと微かな音をたてて、麻琴がきびすを返す。
その小さな足音は誰の耳にも届かなかった。麻琴自身の耳にも。
吉澤の声がリフレインしていて。
・・・・・・・・・
・・・・・
・・
・
- 301 名前:chapter9:フットサル 投稿日:2005/10/15(土) 01:55
-
(chapter9:フットサル)
1月23日(月)
駒沢体育館。
女子フットサル公式戦 すかいらーくグループカップ・ニューイヤーチャレンジトーナメント。
前夜からの雨は、やみそうでやまなかった。
降り続く小雨が駒沢体育館前の白い石畳を灰色に濡らす。
- 302 名前:chapter9:フットサル 投稿日:2005/10/15(土) 01:56
- 「おはよー」
「おはよっ」
「さーむいっすぅ」
「ねーむいっすぅ」
つい昨日、きらびやかな衣装で同じ場所にいたチームメイトとユニフォーム姿で
言葉をかわす。
ウォーミングアップしながら、里田は昨日のライブを思い出す。
- 303 名前:chapter9:フットサル 投稿日:2005/10/15(土) 01:57
- 5分して声をかけると、吉澤は目を閉じて無言でうなずいた。
いつまでもこうしていられないことは吉澤もわかっていた。
メイクを直して、気持ちをなんとか着地させて。その後のステージをやりきった。
モーニング娘。のパフォーマンスも素晴らしく、吉澤率いる10人の娘。たちは
今、とてもよくまとまっているように里田には見えた。
アヤカは里田と目をあわせようとしなかったが、その表情に暗さはなく、
エンディングでは明るく手を振ってステージを降りた。
ライブ後は、バタバタしていて里田は吉澤ともアヤカとも話せなかった。
だが、フットサルで吉澤とは会えるし、アヤカともライブ後に一度会おうと言って
あったので、ひとまず昨日は、それ以上、ふたりを追いかけることはしなかった。
- 304 名前:chapter9:フットサル 投稿日:2005/10/15(土) 01:58
-
「おはよ」
照れくさそうな表情で吉澤が里田に言う。
「おはよ」
里田が笑顔で答える。
オレンジのユニフォームのふたり。
- 305 名前:chapter9:フットサル 投稿日:2005/10/15(土) 02:00
-
ライブの翌日に試合が設定されたのは、集客、ライブの客がもう一日、
続けて試合を見に来るのを想定してのことだった。翌日っていうのはキツイな、と
吉澤は思っていたが、こうなってみると、ありがたかった。
もし、今日がオフだったら、あたしは、、、、。
自分の部屋で、泣くだけだったな。
ちゃんとした歌で送り出せなかったことを悔やんで。自分の弱さを嘆いて。
今も好きだよ、とつぶやきながら。
「よっすぃ、今日、終わったら、ウチ来ない?」
「、、、、うん」
話、聞いてもらおう、まいちんに。それで、ちょっとずつ気持ち、整理していこう。
- 306 名前:chapter9:フットサル 投稿日:2005/10/15(土) 02:01
-
「吉澤、膝、大丈夫なのか?」
北澤が吉澤に歩み寄る。吉澤の左膝には黒いサポーター。
「昨日のこと、耳に入っちゃってます?あれ、たいしたことないですから。大丈夫です」
「そうか、、、今日は、トーナメントだから、先発でいってもらいたいんだけど、
まぁ、様子みて、早めの交代もありうると思っててくれな」
「はい」
すかいらーくグループカップ・ニューイヤーチャレンジトーナメントは勝ち上がり式の
大会だった。一発勝負。初戦で負けたら、それまで。8チームが参加している。
11時に開場、公開練習、12時に開会式と組合せ抽選。
12時30分から一回戦の4試合が行われる。
7分ハーフ、同点の場合は、PK。
休憩を挟んで15時30分から準決勝2試合、続いて決勝、表彰式。
- 307 名前:chapter9:フットサル 投稿日:2005/10/15(土) 02:02
-
開場までの時間に、ウォーミングアップをする選手たち。
「ダルい」
「ミキティ、んなこと言わないでさぁ、ウォーミングアップしないと」
「よっちゃんさん、美貴のぶんもやって」
「ガキみてーなこと言わねーで」
「ほわーーー。寒いし、、、ちゃちゃっと負けて、帰らない?」
「ミキティ、、、、」
吉澤の表情が変わる。
「ミキティさぁ、副キャプテンだし、そーゆーの、、、、冗談でも、ナシだよ」
「あ、、、ごめん」
藤本がしまったという顔で立ち上がる。
「わかってるって。ごめんね、マジで」
- 308 名前:chapter9:フットサル 投稿日:2005/10/15(土) 02:02
- 開場。
次々に張られる横断幕。コートで練習する選手への声援。
吉澤は膝が隠れる長さの黒いフィールドコートをユニフォームの上に着て、
コートサイドで北澤と話をしている。コートの上のガッタスの選手、ライバルの選手に
目をやりながら。
開会式。抽選。
ガッタスは、第一試合を引いた。同じく第一試合を引いたのは、TEAM dream。
エイベックスのチームだ。5−0で勝ったことがある。
楽勝、と誰もが思った――――。
- 309 名前:chapter9:フットサル 投稿日:2005/10/15(土) 02:03
- いったん、控え室に戻り、試合開始までミーティング。
ビデオで相手の特徴をざっとチェックしながら、
大勝した時のいいイメージを確認して、開始時刻を待つ。
身体をほぐす者、水を飲む者、作戦について相談を続ける者。ざわめき。
一応、メイクとか最終確認しよ、と思って里田はバッグからポーチを出す。
バッグの中でケータイのメール受信マークが点滅しているのに気づく。
ケータイを開く。
「アヤカだ、、、」
- 310 名前:chapter9:フットサル 投稿日:2005/10/15(土) 02:04
-
FROM:アヤカ
まいちゃん。急に予定が変更になって、
今日の夕方の飛行機で
出発することになりました。
向こうに着いたら連絡するね。
いろいろありがとう。ごめんね。
またね!
- 311 名前:chapter9:フットサル 投稿日:2005/10/15(土) 02:05
- 里田は息を飲む。ケータイを握り締めて、吉澤を目で探す。
急に予定が変更って、、、、最初からそのつもりじゃ、、、、。
「まいちん、コーナーキックの時さ」と吉澤。里田のすぐうしろから声をかける。
ハッと振り向いた里田が反射的にケータイを見せる。
「よっすぃ、これ」
見せてしまってから、見せるべきじゃなかったと後悔する。吉澤の顔色が変わる。
ただでさえ白い吉澤の顔が、さらに白くなる。
- 312 名前:chapter9:フットサル 投稿日:2005/10/15(土) 02:06
-
ホイッスル。
ガッタスの先発は吉澤、藤本、あさみ、是永、紺野。
辻は仕事で欠場。攻撃的な布陣で早めに点をとって、
膝に不安のある吉澤と里田を交代させるという北澤の意図。
ガッタスは開始直後から攻めたてるが、ギリギリのところでゴールを割れない。
ドリブルで持ち込んだ藤本のシュートがポストに嫌われ、是永のミドルシュートは
バーのわずか上にそれる。
是永のパスを受けてワンタッチで放った吉澤のシュートはキーパーの正面をついた。
嫌な展開。dreamにはマークすべき選手などいないのに。
- 313 名前:chapter9:フットサル 投稿日:2005/10/15(土) 02:06
- いや、一人だけいた。嘉陽愛子、背番号19。
モーニング娘。LOVEオーディション21最終候補者のひとり。
五期候補の最終9人まで残った嘉陽は、エイベックスから03年にメジャーデビューを
果たしていた。石川、吉澤、藤本と同じ85年生まれ。
嘉陽はフットサルにまったく興味がなかった。
手を使わないなら、ネイルはそのままでいいんですよね?が最初にした質問だった。
仕事だと思って練習に参加した。が、TEAM dreamの他のメンバーのやる気のなさを
見るにつけ、苛立ちが募った。
- 314 名前:chapter9:フットサル 投稿日:2005/10/15(土) 02:07
- これなら、自分が出た方がマシ。とはいえ、ランニングとか、ヘディングとか痛いのは
イヤ。ゴールの前にずっといて、ボールが来たら蹴ればいいんじゃない?そんなノリ。
それでもこのチームでは「やる気がある」とみなされた。即レギュラー昇格。そして今、
嘉陽は紺野の前に立っている。ふーん。あのコがキーパーなんだ。あのコがね。
紺野は、嘉陽を覚えていた。しゃべったことはなかったが自分以外の最終候補者は
自分より「優秀」に見えたから。でも、それは昔のこと。
今の私は、、、もう赤点じゃない、、、と思う。ていうか、そんなこと言ってる場合じゃない。
- 315 名前:chapter9:フットサル 投稿日:2005/10/15(土) 02:09
- 紺野はグローブをパン、と鳴らすと大きく肩を動かして、
相手ゴールへ攻め込むオレンジ色の背中を見つめた。
そう、あたしは赤点でも、、、仲間がいるから。一生懸命やるだけ。できることを。
あさみのシュートがキーパーにはじかれる。
コーナーキック。ちょこん、と出したあさみのボールを吉澤が狙う、、、
が、そのボールをdreamの5番がカット。そのままボールが嘉陽の前に転がってきた。
「あら?」
嘉陽が蹴る。ボールがふわっと浮いて、紺野の逆をつく。
必死に手を伸ばす紺野の指先をかすめて、ボールはゴールに吸い込まれた。
歓声。TEAM dreamが一点先制。
得点者、嘉陽愛子。
倒れこんだ紺野が、痛みをこらえて立ち上がり、ボールを追う。
- 316 名前:chapter9:フットサル 投稿日:2005/10/15(土) 02:09
-
―――――ダサすぎ、モー娘。
赤点で合格、というコメントを聞いたとき、あたしは、不公平だと思った。
点の低い者が受かるなんておかしい。これからする努力より、既にした努力を
見て欲しかった。くやしかった。あたしの方が、できてたはず、あのコより。
ほら、今だって、あたしの方が。
- 317 名前:chapter9:フットサル 投稿日:2005/10/15(土) 02:11
- 0−1で前半終了。
「吉澤、膝は?」
「大丈夫です」
円陣を組むガッタス。
後半もメンバーは変わらず。
「カタチはいいんだから自信もっていこう」と北澤。
後半も攻めているのはガッタス。
是永から絶妙のパスがゴール前の吉澤に。右足を振りぬく吉澤、、、、空振り。
どよめくスタンド。吉澤の左足が吉澤を支えきれず、よろけた。唇をかむ吉澤。
即座にメンバーチェンジ。吉澤にかわって里田。
あわせて、疲れの見え始めた藤本にかわって石川。
- 318 名前:chapter9:フットサル 投稿日:2005/10/15(土) 02:12
- 里田がこぼれ球をきっちり拾ってあさみにパス。あさみから是永、シュート。
ポストにはじかれる。そのボールを石川が押し込む。
ようやく同点に追いついた。
ベンチで吉澤は拳を握り締めてコートを見る。
初戦なんかで負けられない。
――――夕方の飛行機
――――ちゃちゃっと負けて、帰らない?
もし、負けたら、、、仕事は終わり、、、
、、、、、すぐに成田に行けば、、、、。
吉澤は小さく頭を振る。
なに考えてんだ、あたし。
- 319 名前:chapter9:フットサル 投稿日:2005/10/15(土) 02:14
- 吉澤はベンチから声を出す。
その後もガッタスはシュート数でdreamを圧倒するが、得点には至らない。
ホイッスル。
1−1のまま終了。PK戦へ。
まさかの大苦戦にスタンドもざわめく。
蹴る順番を決めなくては。
「あたしに、、、5番目蹴らせて。膝、だいじょぶだから」
吉澤が言った。自分で決めたかった。勝ちを。夕方まで、ここにいることを。
1:藤本
2:みうな
3:里田
4:是永
5:吉澤
- 320 名前:chapter9:フットサル 投稿日:2005/10/15(土) 02:14
- ガッタスの先攻。
まず、藤本が、、、、、、、外した。
どよめくスタンド。うつむく藤本。
続いて、dreamの背番号5番が蹴る。成功。
みうな。落ち着いてゴール右隅に蹴りこんで成功。
dreamの背番号6番が蹴る。成功。
里田。成功。
dreamの4番が蹴る。紺野の手をはじいてゴール。
是永、成功。
dreamの14番。成功。
4人終わったところで3−4。
もし5人目の吉澤がはずしたらそこでガッタスの負けが決まる。
- 321 名前:chapter9:フットサル 投稿日:2005/10/15(土) 02:15
- ボールを置いて。気持ちを込めて。短い助走。右足を振りぬく。
ボールはゴール左上に突き刺さる。
歓声。
これで4−4。
dreamの5人目は嘉陽。
紺野が嘉陽のボールを止めれば、4−4でサドンデスに突入。
止められなければ、4−5、ガッタスの敗北。
ガッタスのメンバー全員が肩を組んで紺野に気持ちを送る。
- 322 名前:chapter9:フットサル 投稿日:2005/10/15(土) 02:16
- 嘉陽と紺野が向かい合う。
その距離、わずか6メートル。
紺野が両手をいっぱいに広げる。自分を大きく見せるために。
嘉陽が紺野を見る。
もし、あのコじゃなくてあたしが受かってたら、あそこでキーパーやってたかな。
それで、あんなふうに手を広げたりしてた?あたしが、、、あのコのかわりに?
6メートルの無限。
紺野が嘉陽を見る。
相手が誰であるか、はもうアタマになかった。
ボール蹴ろうとする者がいる、それだけだった。
- 323 名前:chapter9:フットサル 投稿日:2005/10/15(土) 02:17
-
チームメイトが肩を組んで、紺野を見る。
ウチらの守るべき場所を守るのは、紺野。
紺野の場所。
紺野なら。紺野だから。紺野――――。
- 324 名前:chapter9:フットサル 投稿日:2005/10/15(土) 02:18
- 嘉陽がボールを置く。狙いを定める。
助走。蹴る。
4年5ヶ月の距離を、ボールが1秒で貫く。
伸びのあるボールが紺野の右に。
紺野は嘉陽の踏み込みを見て、右、と読んでいた。
横に飛んだ紺野の両手がボールをつかむ。
そのまま抱きかかえるようにうずくまる。
止めた。
歓声。
紺野のまわりにメンバーが集まる。
あーあ、髪とかぐちゃぐちゃ。
なんでそんなに一生懸命なわけ?ダサい。早く着替えたい。
フットサルはきょうでおしまい。もうこんなとこ来ない。
でも、それは、あたしには、ダサいのは似合わないってだけだから。
あたしには、あたしの場所があって、、、あたしの一生懸命がある。
それだけのことだから。チャオ!
- 325 名前:chapter9:フットサル 投稿日:2005/10/15(土) 02:19
- サドンデスに突入。
紺野が止めたからと言って、勝ったわけではない。追いついただけ。
次は?誰が蹴る?
もう、みうなは蹴っていた。「伝説」には頼れない。
「やります」
ガッタスは、石川。
石川はPKが苦手だったが、きょうは得点もあげているので、
いけるような気がしたのだった。
肩を組んで見守るメンバー。
石川がボールを置く。
一歩、二歩、三歩、四歩、下がる。
顔を上げてゴールを見る。
歓声。
- 326 名前:chapter9:フットサル 投稿日:2005/10/15(土) 02:21
- 吉澤は思う。
石川、、、外すなよ、、、、。
石川、、、、。
一瞬の空白。
でも、、、もし石川が外したら、、、、
あたしは、、、、行く、、、空港へ。
もし石川が外したら、、アヤカに、、会いに、、、。
外したら、、、。
ピッ
石川が、蹴る。
- 327 名前:chapter9:フットサル 投稿日:2005/10/15(土) 02:22
- ボールはゴールの上へ。
どよめき。
崩れ落ちる石川。
呆然とする吉澤。
紺野が黙ってキーパーの位置につく。
両手を大きく広げる。
dreamの11番が歩み出る。
ボールを置く。
ピッ
ゆっくりとした助走から、ボールを蹴る。
紺野が手を伸ばす。ボールのスピードが速い。
ゴールネットが揺れた。
うずくまる紺野。
- 328 名前:chapter9:フットサル 投稿日:2005/10/15(土) 02:24
- 泣き出す石川のまわりに駆け寄るメンバー。
吉澤は輪の外で立ちすくむ。動けない。
気持ち、一瞬、白くなってて、、、、、。
チームと気持ち、違ってた、、、、
だから、石川のボールが、、、、、。
裏切り行為だ、、、キャプテンなのに。
そもそもあの空振りだって。
自分のせい。
自責の念が吉澤を襲う。
優勝候補ガッタス、第一試合で敗退。
うつむき、泣きながら、整列し、礼。
容赦なくたかれるフラッシュ。
吉澤に涙はなかったが、まなざしは誰よりも、うつろ。
- 329 名前:chapter9:フットサル 投稿日:2005/10/15(土) 02:25
-
コートサイドで選手を出迎えて、北澤が言う。
「内容では、勝ってた。ゲームで負けただけだから。反省は、しよう。
でも、自信なくす必要、全然ないから」
控え室に戻る。
連絡事項、クールダウン、ストレッチ、、、、差し入れのお菓子をつまんでしゃべったり
するうちに、メンバーは少しずつ元気を取り戻していく。
吉澤だけが無言。
石川が近づく。
- 330 名前:chapter9:フットサル 投稿日:2005/10/15(土) 02:26
- 「よっすぃ、ごめんね、、、、」
「石川のせいじゃないよ。あたしがカラブッたのがいけないんだよ」
「でも」
「ほんとに。ほんとにそうだから。謝らないで」
そう言うと吉澤はユニフォームの上にフィールドコートを着て、控え室を出る。
ポケットにケータイと財布を入れて。
廊下、、、、飲み物のベンダー、、、他のチームの控え室、、、、階段、、、、
通路の扉、、、、、関係者通用口、、、、適当な言い訳、、、、、外へ。
- 331 名前:chapter9:フットサル 投稿日:2005/10/15(土) 02:27
- 雨はあがっていた。
曇天。
冷えた空気。湿度。濡れている石畳。室内用のシューズ。ため息。白い息。
体育館横の大階段を降りると、駒沢通り。
ポケットに手を入れて。
フィールドコートのフードをかぶって。
道路際の植え込みまで吉澤は歩く。
平日の昼。
ベビーカーを押している若いお母さんと4歳ぐらいの赤いスカートの女の子。
チワワの散歩をさせている初老の女性。
シェパードに、しつけだろうか、立ったり座らせたり、
青いボールをくわえさせたりしている若い男性。
- 332 名前:chapter9:フットサル 投稿日:2005/10/15(土) 02:29
- ブルルルル、、、。
マナーモードのFOMA。ハッとする吉澤。
アヤカ?
ポケットからケータイを取り出す。
里田から。
吉澤は通話ボタンを押さない。そのままディスプレイを見つめている。
伝言録音中になって、振動は止まる。
顔を目の前の道路に向ける。
クルマの流れ。右から左へ。
一台通過するごとに、冷たい風が頬にあたる。フードの中の髪が揺れる。
灰色のトラック、白いセダンに続いて、オレンジ色のタクシー。
「空車」の赤い文字が近づく。
- 333 名前:chapter9:フットサル 投稿日:2005/10/15(土) 02:30
-
本日は以上です。
- 334 名前:chapter9:フットサル 投稿日:2005/10/15(土) 02:33
-
>>291名無しさん
レス感謝です。なんとか続けていこーと思ってるのでまた気が向いたらよろしくです。
- 335 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/10/16(日) 14:40
- すごいところで止めますねw
ゾクゾクしてます。続きがもっそい気になりつつ待ちます。
- 336 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/10/17(月) 03:08
- 更新乙です。これからどうなっていくのか・・・おもしろいです。
日本語あんまり上手くないんで感想とかあまり書けないけど、これだけ言わせてください
小川ちゃん!!がんば!!
- 337 名前:chapter9:フットサル 投稿日:2005/10/22(土) 02:52
-
「成田、、、空港」
吉澤は口のなかで言ってみた。
今、ここで、手をあげれば。
ポケットから手を出して、手を上げて「成田空港」と言うだけでいい。
でも。
タクシーが、近づき、そして遠ざかる。
無人の後部座席を見送る吉澤。
右手は、ポケットの外に出なかった。
- 338 名前:chapter9:フットサル 投稿日:2005/10/22(土) 02:53
- 戻ろう。
ちょっと、外の空気を吸いたかっただけ。
レモンティーを、買いたかっただけ。
控え室で聞いた連絡事項。
「全員、最後まで残って表彰式に出席してもらう」とスタッフ。
ガッタスが帰ったとなると、観客のほとんどが帰ってしまうおそれがあるから、と。
まさかこうなると思わなくて、初戦敗退の場合も最後まで残る、という段取りを
事前にちゃんと伝えていなかった、と詫びながら。
そっか、、、、負けたら帰っていいって思い込んでた。
それなら最初っからあんなこと考えなかったのに。
吉澤は、笑い出したくなった。バカみたいだ。
- 339 名前:chapter9:フットサル 投稿日:2005/10/22(土) 02:54
- それでも、映画か何かのヒロインみたく、タクシーに飛び乗るって、どうよ?
と吉澤は思ってみた。仕事より恋、とか思ってさ。
でも仕事って、仲間っつーか。
自分っつーか。生きる希望っつーか。
そーゆーもんだから。
ここにいることに意味がある、と、誰かが思っているのなら。
それが、いま、自分に期待されていて、自分にできることであるなら。
あたしは、やっぱり、ここにいようと思う。
吉澤は、雨上がりの空を見上げる。まだ雲は厚い。
いったんうつむいて、濡れてしまった黒いシューズを見る。
視線を前に戻す。そして、くるりと道路に背を向ける
体育館へ続く大階段を駆け上がる。
- 340 名前:chapter9:フットサル 投稿日:2005/10/22(土) 02:56
-
大階段は、幅が約100メートル、段数は60段ほど。
20段ごとに平らなスペースがある。ゆるやかな傾斜。
階段を駆け上がる吉澤が、まだ最初の20段を登りきらないとき、視界の右側に
青いボールがバウンドして上へ行くのが見えた。
続いて黒いシェパード。ボールを追いかけて。吉澤の横、階段を駆け上がる。
首輪から白いリードが延びているが、その先を持つ者はいない。
波打つ白いリード。
階段を登りかけの姿勢で吉澤は立ち止まる。シェパードの行く先に目をやる。
- 341 名前:chapter9:フットサル 投稿日:2005/10/22(土) 02:57
- 階段の途中の平らなスペースに女の子がひとり。赤いスカート。転がってくるボールを
拾おうとしゃがみこんでいる。シェパードが吼える。
女の子が驚く。バランスを崩す。
危ない――――。
吉澤が駆け上がる。女の子の母親が階段下から大きな声で何かを言う。
交錯する犬と吉澤と女の子。
―――――あっ、、、、、、
女の子をかばう姿勢で吉澤が階段で転倒。
支えて、押し戻して、踏みとどまる、、、滑る。
いやな浮遊感。落下。打ちつける。ひねる。圧。壊れ、、る。
- 342 名前:chapter9:フットサル 投稿日:2005/10/22(土) 02:58
- 駆け寄るシェパードの飼い主。
女の子の母親。
階段をずり落ちる身体を腰と肘で止める。
力なく伸びた左足。
階段で、のんびり座っているように見えなくもない姿勢。
吉澤は苦痛に顔をゆがませる。
足が、、、。
「だいじょうぶですか?!」
たぶん、ちょっと、だいじょうぶじゃない、と吉澤は思う。
痛みで返事ができない。
こんなに寒いのになんで汗が出るんだろう。
- 343 名前:chapter9:フットサル 投稿日:2005/10/22(土) 03:00
-
「あ、、モーニング娘。の、、、、」
シェパードの飼い主の若い男が気づく。
「救急車呼んだほうがいいんじゃ、、、」
女の子の母親が動けない吉澤を見て言う。
雨に濡れた階段。コンクリート。
「や、、、ちょ、、まっ、、、てく、、、」
吉澤は声を絞り出す。足に響かないようにそろりと姿勢を変えて、
ポケットからケータイを取り出す。
最小の動作で。
着信履歴のいちばん上。
発信。
- 344 名前:chapter9:フットサル 投稿日:2005/10/22(土) 03:01
-
「まいちん?、、、、、、また、、、コケちゃって、、、
ちょっと、、、動けなくて、、、」
・・・・・・・・・
・・・・・
・・
- 345 名前:chapter10:春の前 投稿日:2005/10/22(土) 03:05
-
(chapter10:春の前)
広尾。
日赤医療センター。
事務所の判断で、駒沢近くの救急病院ではなく、
事務所が懇意にしている、つまり何かと融通が利く、位置的にもUFGに近い
総合病院に吉澤は事務所のクルマで運ばれた。
- 346 名前:chapter10:春の前 投稿日:2005/10/22(土) 03:07
- 左足くるぶしの剥離骨折。膝靭帯損傷。
4週間の安静。元のように動けるまで、それからさらに一ヶ月かかるという診断。
すぐにギブスを巻く処置がなされた。膝から下を固定する。
4週間は固定しておくしかないので、入院してもいいし、自宅で松葉杖で生活していく
こともできなくはない。入院するか、しないか、と問われて、吉澤は入院を選ぶ。
特A室。
11階建ての病棟の最上階に5室だけある個室。
吉澤はまだユニフォームのまま。
真新しい白いギブス。足を伸ばして固定した状態で、車イスで病室に案内された。
ドアを開けると、応接室。ベージュの革張りのソファとテーブル。
仕事をするためのデスクが窓辺に。マホガニーの木目が美しい。
その部屋の奥にステンレスのスライドドアがあり、それを開けるとベッドのある部屋。
専用の電話、ファックス、テレビ、冷蔵庫は当然のこと。2部屋から成る特A室は、
まるでホテルか、会社の役員室のよう。
ベッドだけが、ここが病院であることを思い出させてくれる。
- 347 名前:chapter10:春の前 投稿日:2005/10/22(土) 03:10
- 白いスチールのベッド。40センチの低い柵のようなスチールのフレームが頭上と、
左右の長辺の半分ほどの長さでベッドを縁取っている。
頭上の側に垂直に立つフレームには「吉澤ひとみ様 20歳 O型」というプレートが
かかっている。
看護師は、ひととおり病室の設備を説明すると、吉澤をベッドに移す。
生乾きのギブスを吊る。「夜になって乾いたら、足、下ろしてもいいですよ」と看護師。
「政治家の入院みたいね」
と吉澤の母。
- 348 名前:chapter10:春の前 投稿日:2005/10/22(土) 03:11
- 「実際は、政治家本人というより、政治家が親を入院させることが多いようです」
とマネージャー。
「こんなすごい部屋じゃなくてもいいんだけど、、、」と吉澤。
「A室と特B室が満室で、あとは人の出入りが多いフロアになるから、ここしか、、、。
いい面もあるよ。このフロアは規則が甘いんだ。ウチの事務所のことも承知してくれてる。
防音がしっかりしていて、夜遅くまで音楽をかけてもだいじょうぶらしい。
もちろん、程度問題だけどな」とマネージャー。
「じゃあ、お母さん、いろいろ取ってくるわね、着替えとパジャマと、、、タオルと、、、
すぐだから、待っててね」
「俺もちょっといろいろアレだから。また連絡する」
慌しく去る母とマネージャー。
カーテン閉めて、と吉澤は言い損ねた。
- 349 名前:chapter10:春の前 投稿日:2005/10/22(土) 03:12
- 窓。
夕方。
ベッドの上から雲ばかりの空を見る吉澤。
結局、表彰式、出られなかった。
そして、、、。
今ごろ、あの人は。
黒に近づく灰色の空。
吉澤の目が、見えるはずのない機影を求めてさまよう。
- 350 名前:chapter10:春の前 投稿日:2005/10/22(土) 03:13
- 「吉澤さん、痛みますか?」
「はい、、、、少し」
就眠前に看護師が来る。
吉澤は、母が持ってきたアイスブルーのパジャマに着替えている。
オーガニックコットンの肌触りとクールなブルーの色あいが気に入っている。
ギブスも乾いた。足は下ろした。ギブスは包帯状で思ったよりも厚みがなかったので、
パジャマのボトムもそのまま着ることができた。一見、いつもの就眠姿。
あれこれ整えた後もまだ病室に残っていたがる母を「もういいから」と帰らせて、
吉澤はひとりの時間を過ごしていた。
- 351 名前:chapter10:春の前 投稿日:2005/10/22(土) 03:14
- 「痛み止め、先生に聞いてみましょうか」と看護師。
「お願いします」
渡された白い錠剤を2粒飲む。
鋭敏になっていた神経がほぐれてゆくのを感じる。
吉澤は久しぶりに、、、、深い眠りについた。
まず、ネットで。
体育館の外で一部始終を見ていたファンの書き込み。
表彰式に姿を見せないことに気づいたファンの書き込み。
公式ページでの事務的なお知らせ。夜のニュースのいくつかが短く報道。
翌日のスポーツ紙、ワイドショー。
事務所の誘導もあり、基本的には「人助け」「美談」として語られる吉澤のケガ。
犬の飼い主の反省のコメント、女の子の母親の感謝のコメント、、、、。
- 352 名前:chapter10:春の前 投稿日:2005/10/22(土) 03:15
-
「おはよっちゃーーーーん!」
「おは、おは、おはよっちゃぁぁあああん!!」
- 353 名前:chapter10:春の前 投稿日:2005/10/22(土) 03:16
- 「、、、ん、、、、あぁ、、、、?」
朝。
まだ眠っていた吉澤の病室に辻と加護。
あ、、、そか、、、入院してたんだ、、でも、、、。
「なんで、、、あんたたち、ここに、、、?」
「下で、『ダブル、ユーでーす!』って言ったら入れてくれた」
「てか、今、何時?」
「6時15分ジャスト!」
「は、、、早すぎねー?」
「だって、これから収録とかだから、今しか来れなかったんだもーん」
規則が甘いってそーゆーこと?脱力する吉澤。
「サインしといたから」
「は?」
「ギブスに、サイン」
「え?」
見ると、布団は大きくめくられ、パジャマの左足がたくしあげられて、白いギブスが
むき出しになっている。そこに「W参上!一番のりGEtS!」と紫の極太ペンで。
- 354 名前:chapter10:春の前 投稿日:2005/10/22(土) 03:17
- 「おまえら、、、」
「ほんでも元気そうでよかったわ、な?」
「そうそう、心配したよ、あたし、昨日、行けなかったからさぁ」
辻がしんみりと言う。
「うん、、、、負けちゃったし、、、あたしのせい、、、、」
「なんか、みんなしてそんなこと言ってるー。梨華ちゃんも昨日そー言って泣きメール
送ってきたしー、まこっちゃんも、わけわかんないメール送ってきたしー」
- 355 名前:chapter10:春の前 投稿日:2005/10/22(土) 03:24
-
麻琴――――。
「わけわかんないって、どんな?」
「人のこころがどうしたこうした、とか、とにかくわけわかんないのー」
「そっか、、、、」
「ほんじゃ、また来るし、よっちゃん!」
「、、、うん、ありがと。みんなによろしくね」
「これ、ここ置いとくよん」
12色のマーカーセットをサイドテーブルに置く辻。
ふたりがバタバタと去る。
- 356 名前:chapter10:春の前 投稿日:2005/10/22(土) 03:25
- その日は大お見舞い祭りだった。
入れ替わり立ち代り訪れるハロプロメンバー。
吉澤の母が「お誕生日会みたいね」と言うほどの見舞いの品、花、スィーツ、
ぬいぐるみ、笑顔、おしゃべり、、、。
そして皆が吉澤のギブスに何か書いていく。
- 357 名前:chapter10:春の前 投稿日:2005/10/22(土) 03:26
- 「サクサク治せ!保田圭」「Let’sリラックス 飯田圭織」「キャプテン、待ってます! ガッタス一同」
「骨が、くっつく音が聞こえます。小春」「ゆっくり休んでください 新垣理沙」「お大事に 高橋愛」
「ほねほね、俄然強め!絵里」「小魚食べましょう吉澤さん! さゆ」「骨に気合を。中澤裕子」
「ギブスは白いな大きいな 村田」「びっくりしまくりですーー!!れいな」石川のうさぎのイラスト。
「ミキティも、イラストにして」と吉澤は言ってみた。
「ぐえ。やだ」
「いーじゃーーん。ミキティのネズミ、描いて」
「えーー」
「病人のお願いきいてくんないのー?」
「わかった。描けばいいんでしょ、描けば。はい。描いた」
「はやっ、、、、すごっ、、、、ネズミ、、、ありがと、これ見たら何があっても笑える」
- 358 名前:chapter10:春の前 投稿日:2005/10/22(土) 03:27
-
里田は、ガッタスメンバーとまとまって来た。
みんなに笑顔で応対する吉澤に一応の安心を感じる。また別の日にひとりで来るよ、
と目で合図。
そんなふうに時間は過ぎた。
午後6時。
夕食の時刻を過ぎると、訪れる人は途切れた。
吉澤は、母に、もう帰っていいと言う。
ひとりになる。
考える。
- 359 名前:chapter10:春の前 投稿日:2005/10/22(土) 03:28
- 4週間、ギブス、入院。そして元通りに動けるまで、さらに一ヶ月。
その意味すること。
重大さ。
誰も口に出さなかったけれど、大変なことだからこそ、みんな、駆けつけてくれたのだ、
と吉澤は思う。
麻琴のこと。
ライブのあと、全く連絡をとっていなかった。
忘れていたわけではないが、、、、、。
連絡をとる気持ちになれなかった。抑えていたアヤカへの想いがあふれてしまって。
ライブで乱れた気持ちが落ち着いたらメールするつもりだった。
麻琴からもメールはない。なぜだろう。ケータイを見つめる。
ガラッ、、、。
廊下に面したスライドドアの開く音。
- 360 名前:chapter10:春の前 投稿日:2005/10/22(土) 03:29
- ホテル風の個室とはいえ、病院なのでドアに鍵はかけられない。
応接室を人が歩いてくる気配。ベッドルームのドアをノック。
「今、ええかな?吉澤?」
「どうぞ、、、」
つんくが入ってくる。
笑顔。
「どうや?痛むんか?」
- 361 名前:chapter10:春の前 投稿日:2005/10/22(土) 03:30
- 「いえ、、、もう痛みはほとんどないです」
痛みはある。が、吉澤はそう答えた。
寝たままでは失礼かと思って、上半身を起こす。
背中をベッドの白いフレームに寄りかからせるために、腰を後方にずらす。
ギブスで動かない足を、腕と腹筋を使って引きあげながら姿勢を変える。
それだけの動きもなかなかに重労働。
「ええて、そのままで」
つんくがあわてて言う。
「つんくさん、こんなことになって、申し訳ありません」
吉澤が頭を下げる。
下げたまま、顔を上げられない吉澤。
- 362 名前:chapter10:春の前 投稿日:2005/10/22(土) 03:31
- 「なんや、大人になったなぁ、吉澤も、、、」
つんくがしみじみと言う。
「俺は怒ったりしてへんで、マジで。そんな小さい男やあらへん。
吉澤は、ええことしたんやから、なんも気にすること、ない。ちゃんと治せばええだけや」
吉澤が顔をあげる。
つんくを見る。
でも、、、あたしがなんで外にいたのかっていうと、、、それはやっぱり、個人的な気持ちの問題で、、、。
何をどう言えばいいのか、、、、、黙る吉澤。
- 363 名前:chapter10:春の前 投稿日:2005/10/22(土) 03:32
- 「新垣が吉澤のギブスの写メ送ってきたで。めっちゃ笑えるな。愛されてるなぁ、吉澤」
「そ、、、そんなことないです」
「吉澤、どうや、リーダー、1年やってみて?」
1年は経ってないけど、と吉澤は思う。
「リーダーやってるっていうか、やらせてもらってるってほんと、そんな感じで、、、」
「俺なぁ、吉澤のリーダー、結構ええなぁって思ってて。ボールをパスしてく感じがある
やん。矢口はなぁ、しょいこみ系っちゅーか、そーゆーとこあったから。それがあのコ
の強さなんやけどな。吉澤の強さは、おもろいな」
「自分では、、そういうの、、、よく、、、」
「そうやなぁ、自分ではわからんかもわからんなぁ」
「、、、、、、」
「俺はなぁ、今のモーニング、かなり好きやで」
「、、、、、、」
- 364 名前:chapter10:春の前 投稿日:2005/10/22(土) 03:33
- 「もちろん、今までのモーニングも、そのときそのとき、ぜんぶ最高やったけどな」
「、、、、、、」
「わけわからんこと言うてるなぁ、俺、、、」
「、、、、、、」
「ほんなら、帰るわ」
「はい、、、、わざわざ、、ありがとうございました、、、」
「ほななぁー」
軽く手を振ってニカッと笑うとドアを閉めるつんく。
遠ざかる足音。
吉澤は腰をずらして、足を移動させて、もとの姿勢、仰向けになる。
ふぅ。
- 365 名前:chapter10:春の前 投稿日:2005/10/22(土) 03:34
-
痛み。疲労。
痛み止めを飲む。眠ることにする。
小さな灯りだけ残して、照明を消す。
・・・・・・・
・・・・
・・
- 366 名前:chapter10:春の前 投稿日:2005/10/22(土) 03:34
-
「、、、しざわ、、さん、、、、、よしざ、、、わ、、、さん、、、、」
名前を呼ばれて、吉澤は眠りから引き剥がされる。
目を開ける。
ここは?ああ、入院してたんだ、、、、。
誰?呼んだの?
- 367 名前:chapter10:春の前 投稿日:2005/10/22(土) 03:35
-
ベッドの横に立って、麻琴が吉澤の顔を覗き込んでいる。
病室の青白い小さな灯りが麻琴を照らす。
- 368 名前:chapter10:春の前 投稿日:2005/10/22(土) 03:36
- 「あ、、、麻琴、、、来てくれたんだ、、、、」
頭の芯が、重い。眠りから目覚めきれない。
「ケガ、、しちゃってさ、、、、、」
「うん、、、聞いた、、、昼間来れなくて、、、ごめんね、、、、考え事してて、、、」
「いいよ、、、大変だったから、みんな来ちゃって、、、、」
「リンゴ、食べる?」
「今は、、いらない、、、」
麻琴は食べやすい大きさに切ったリンゴをタッパウエアに入れて持ってきていた。
お見舞いといえばリンゴ、そんな田舎の習慣が抜けない自分。こんなときでも。
麻琴はそれを吉澤の枕元に置く。
- 369 名前:chapter10:春の前 投稿日:2005/10/22(土) 03:37
- リンゴを一緒に食べて帰る、そんなお見舞いの可能性を、残しておきたかった。
けれど。
沈黙。
吉澤は眠りに引き戻される。
まぶたが一瞬、閉じる。意識が遠のく。
「ごめん、、、痛み止め飲んじゃって、、、少し、ぼーっとするんだ、、、」
麻琴はそれに答えず、吉澤の顔に自分の顔を近づける。
キス。
「あ、、、、、」
舌が。
麻琴の舌が吉澤の舌を、追いかける。
- 370 名前:chapter10:春の前 投稿日:2005/10/22(土) 03:38
- いつもと逆の構図に吉澤は戸惑う。しかし、抵抗することができない。
されるがままの吉澤。眠りと覚醒のはざまで漂う吉澤。
麻琴が吉澤の肩から腕をなであげる。
そのまま万歳させるように吉澤の両腕を頭の上に。
ガチャリ、、、ガチャリ。
手首に冷たい金属の感触。
仰向けのまま、吉澤はのけぞって見上げる。自分の両腕の先を。
―――――手錠。
- 371 名前:chapter10:春の前 投稿日:2005/10/22(土) 03:40
- ベッドの白いスチールフレームに、自分の両手が手錠でつながれている。
吉澤の意識が覚醒に向かう。
なに、、、、これ、、、、、。
冗談だと思いたい。笑顔で尋ねようとするが、うまく笑えない吉澤。
「麻琴、、どういうこと、、、これ、、、、」
「、、、、、、」
「麻琴、こういうのが好、、、」
「どんな気持ちかなぁ、と思って」
麻琴が吉澤の言葉をさえぎって強い口調で言う。
ベッドサイドに吉澤を見下ろして立つ。青白い光が照らす麻琴の横顔。
吉澤は手をひっぱってみる。金属の冷たさが手首にしみる。
カチャ、、、カチャ、カチャ。
銀色の輪をつなぐ鎖とスチールのフレームがこすれて、音をたてる。
- 372 名前:chapter10:春の前 投稿日:2005/10/22(土) 03:41
- 吉澤が尋ねる。冗談であることを、まだ、期待しながら。言葉の端に笑顔を残して。
「どんな気持ちって、、、、なに、、、が、、、?」
麻琴が答える。冷静に。
「、、、、カラダ、もてあそぶのって」
吉澤は息を飲む。
麻琴がベッドに乗る。
吉澤の腰を押さえつけて馬乗りになる。騎乗位の姿勢。
90度の角度で吉澤を見下ろす。
「ねぇ、人のカラダもてあそぶのってどんな気持ち?
アヤカさんが、好きなんでしょ?今も、いちばん」
「、、、、、、、、、」
「ひどいよ」
- 373 名前:chapter10:春の前 投稿日:2005/10/22(土) 03:42
- 麻琴は吉澤のパジャマのボタンに手をかける。
ブルーのコットンのパジャマ。光沢のある黒蝶貝の丸いボタンが並んでいる。
「ばかっ、、、やめろっ、、、」
カチャカチャ、カチャ、カチャカチャ。
いちばん上、、 、二番目、 、 、三番目、 、、 、四番目、、 、 、五番目。
ボタン一個はずされるごとに。
少しずつ、確実に。
冷たい空気が舌なめずりして、吉澤の肌に近づく。
すべてのボタンをはずし終えると、麻琴は一気に布地を開く。
リゾートホテルで、朝、カーテンを開くように、一気に、両側へ。
- 374 名前:chapter10:春の前 投稿日:2005/10/22(土) 03:43
-
色の薄い小ぶりの乳首が無防備にさられる。右の乳輪の下に小さなホクロ。
胸からわき腹へのなだらかな白い曲線が上下にうごめく。
食べてくださいといわんばかりに、なめらかさを誇示している。
震えている、、、寒くて?恐怖で?あるいは、、、。
- 375 名前:chapter10:春の前 投稿日:2005/10/22(土) 03:44
- 吉澤は身体をひねって暴れる。麻琴を振り落としたい。
「暴れない方がいいと思うけど」
麻琴が言う。
「ムダだし」
手を括られ、腰を押えつけられ、足にはギブス、、、、。
麻琴は見下ろす。むきだしの白い上半身が、今、自分に差し出されている。
両手を伸ばす。吉澤のウエストから胸の横、ワキへのラインをそっとなであげる。
指の腹だけを使って。何度も、ゆっくりと。
- 376 名前:chapter10:春の前 投稿日:2005/10/22(土) 03:45
- カチャ、カチャ、、、カチャ、、、、。
はだけたパジャマ。下ろすことを許されない両腕。銀色の拘束。白い手首。
いつもは雄弁な吉澤の指が空でもがく。
唇を噛んでぎゅっと目を閉じ、顔をそむける吉澤の白い首筋。ピアスのきらめき。
吉澤は身をよじる。
「やめろ、、、麻琴っ、、、、、やめ、、 、 、、やめ、、 て」
吉澤の唇が震え始める。
耐えているのは、屈辱?快感?
あなたがあたしにくれたのは、どっちだったの?
立ってくる乳首。
コリつかせてんじゃん――――。
- 377 名前:chapter10:春の前 投稿日:2005/10/22(土) 03:46
- 麻琴はサイドから頂点へ手のひらを滑らせる。
右手と左手、それぞれが胸をつかむ。
ふたつのやわらかなものの感触を乱暴に確かめる。
左右の手に同じ動きをさせて、手のひらと指でこねまわす。
人差し指でふたつの尖った頂を同時に刺激する。はじくように、なでるように。
吉澤が微かに咽喉をのけぞらせ始める。
「気持ちいい?」
- 378 名前:chapter10:春の前 投稿日:2005/10/22(土) 03:47
- 頂点をはじく人差し指をいったん止めて、麻琴が聞く。
目を閉じ、歯をぎゅっと食いしばって首を左右に振る吉澤。頬にかかる髪。
「答えてよ。気持ちいい?」
再び尋ねながら、一回、乳首を押しつぶすようになでる麻琴。
吉澤が渾身の力で身体を揺らす。抵抗する。
ガタ、、。ベッドの振動で枕元にあったタッパウエアが落ちる。
蓋が取れて、カットされたリンゴが床に散らばる。
キラリ。
- 379 名前:chapter10:春の前 投稿日:2005/10/22(土) 03:48
-
いいもの見つけた。
フォーク入れてきてたんだ、あたし。
- 380 名前:chapter10:春の前 投稿日:2005/10/22(土) 03:49
- 麻琴はいったん床に降りる。
二股に分かれたステンレスの小さなフルーツフォークを右手につかむ。
そして再びベッドに上がろうとする。吉澤の上へ。
「ちょ、、、待てって、、、麻琴っ」
自由になる右足を乱暴に動かして、上がらせまいとする吉澤。
麻琴は吉澤の咽喉にフォークを突きつける。
「おとなしくして」
動きを止める吉澤。
フォークが怖いのではなかった。麻琴が怖かった。
そうさせたのは、自分だということも。
- 381 名前:chapter10:春の前 投稿日:2005/10/22(土) 03:50
-
吉澤の咽喉にフォークを触れさせたまま、再び吉澤に馬乗りになる麻琴。
右手に持ったフォークをだらだらと下へ動かす。
咽喉から鎖骨、、、胸、、、乳首、、、あばら、、、ウエスト。
きしむように、ひっかくように肌の上を蛇行していく金属の爪。
気持ちの濁流が流れていく。
- 382 名前:chapter10:春の前 投稿日:2005/10/22(土) 03:51
- 乳首でフォークは立ち止まらなかった。
そこを面白がって往復してくれた方がまだマシ、と吉澤は思った。
それなら麻琴が楽しんでいるということだから。
金属の感触。麻琴の気持ち。
吉澤は、もう抵抗しなかった。
いちばんやわらかい、わき腹のところで、麻琴はフォークを止めた。
背筋を伸ばして、吉澤の顔を見る。
青白い、か細い光の中で。
胸をはだけさせた吉澤を見る。
吉澤も目をそらさなかった。
両手を縛り上げられて、唇を噛んで、麻琴を見る。
- 383 名前:chapter10:春の前 投稿日:2005/10/22(土) 03:52
- 息を吸うたびにウエストに食い込むフォークの感触。
空いている左手で、麻琴が吉澤の胸をつかむ。
それは愛撫と呼べるものではなかった。力まかせに、握り締めただけ。
吉澤の顔が苦痛にゆがむ。
わき腹に触れさせたフォークに力を込める麻琴。
麻琴が尋ねる。最後の望みを託して。
「言い訳とか、ないの?」
- 384 名前:chapter10:春の前 投稿日:2005/10/22(土) 03:53
- 吉澤は思う。
なぜ、アヤカのことを麻琴が知ってしまったのか、わからない。でも。
言い訳?もてあそんだつもりはなかった。甘えていたつもりだった。必要とされたかっ
た、さびしくて。そう言うべきだろうか?ちがう、麻琴が聞きたいのは、そんなことじゃない。
麻琴が聞きたいのは、、、、、。あたしがいちばん好きなのは、、、、。
麻琴の聞きたい言葉は、言えない。結局、勝手だ、、、勝手だった、あたしの。
言い訳なんて、、、。
吉澤は短く答える。
「、、、、、ない」
- 385 名前:chapter10:春の前 投稿日:2005/10/22(土) 03:54
- 麻琴の右手にさらに力が入る。
あとわずかの力で、皮膚は裂けるだろう。
プチトマトのように。プツリと小さな音を立てて。
「麻琴、、、、気が済むようにやっていいよ」
麻琴が吉澤を見る。吉澤が続ける。
「一個だけ、、、お願いあるんだ、、、、そこ、傷残ると目立つから、、、衣装とか、、、
ヤバくなるから、、、刺すんだったら、、、、、、、、、胸にして」
- 386 名前:chapter10:春の前 投稿日:2005/10/22(土) 03:55
- 言い終えると、吉澤は目を閉じる。奥歯を噛みしめる。
苦痛に耐える準備。
ツッ・・・・・・・・・・
わき腹じゃん、麻琴、、、、と吉澤は思う。
そこ刺すなって、言ったのに。
ツッ・・・・ツッ・・・・・・・・・
吉澤の皮膚に落ちた刺激は、フォークのそれではなかった。
温かい水滴。
麻琴の涙。
吉澤が目を開ける。
フォークを手にしたままうなだれて、麻琴が泣いている。震える背中。
- 387 名前:chapter10:春の前 投稿日:2005/10/22(土) 03:56
- 「ずるいよ、、、吉澤さん、、、、わかってて、、、わかってて、そういうこと言う、いつも、、」
「わかってないよ、麻琴、、、。ほんとに、あたしは、、、何もわかってなくて、、、、」
麻琴を見つめる吉澤。
一粒、大きな涙がこぼれる。
麻琴はその涙に息を飲む。
麻琴にとってそれは初めての涙――――
吉澤が自分の目を見て流す、初めての涙だった。
- 388 名前:chapter10:春の前 投稿日:2005/10/22(土) 03:57
- 「勝手だよ、、、ずるいよ、、、、、涙とか、、、」
麻琴は、バッと手を伸ばして、はだけさせたブルーの布地をつかむ。
元の位置に重ねあわせる。吉澤の上半身が布に覆われる。麻琴はうつむく。
そのまましばらく動かない。猫背。
そして麻琴は、ベッドから降りる。
涙で目をいっぱいにして、吉澤を見る。
「自分の涙は、、、、自分で、ふいてよね」
- 389 名前:chapter10:春の前 投稿日:2005/10/22(土) 03:58
- 麻琴から吉澤への、それが最後のタメぐち。
麻琴は手錠を外す。
ベッドサイドにまっすぐ立って。息を一回吸って。一秒、天井を見る。
もう泣かない、と麻琴は決める。
視線を吉澤に戻す。はっきりした声で言う。
「吉澤さんのこと、もう好きじゃありません。嫌いです」
麻琴は病室を出ていく。
吉澤は涙をぬぐう。
自分の手で。
・・・・・
・・・
・
- 390 名前:chapter10:春の前 投稿日:2005/10/22(土) 03:59
- 同じ頃。
赤羽橋のUFGビル。
オリーブグリーンのロータスエリーゼが一階駐車場に滑り込む。
英国製のオープンカーから降り立った男がエレベータの暗証番号を押す。
5階。
「あいかわらず、急だな」と山崎。
この男には、山崎は「ですます」では話さない。
「まぁな、、、でも、決めなあかんこと、山ほどあるやろ?」
つんくが、続ける。
「吉澤の骨折で俺もいろいろ考えたんやけど、まず、明日、なる早で――――・・・・・」
- 391 名前:chapter10:春の前 投稿日:2005/10/22(土) 03:59
-
本日は以上です。
- 392 名前:chapter10:春の前 投稿日:2005/10/22(土) 04:00
-
>>335 名無飼育さん
レス感謝です!今回はこんな感じなんですが、またよければよろしくです。
- 393 名前:chapter10:春の前 投稿日:2005/10/22(土) 04:00
-
>>336 名無飼育さん
レスありがとうございます。感想、すごい伝わったっていうか、うれしかったです。
- 394 名前:名無し飼育 投稿日:2005/10/22(土) 04:04
- 一時間以上の更新先ずはお疲れ様でした
ほぼリアルタイムで読ませていただきました
正直鳥肌が立ちっ放しで圧倒されて上手く言葉に出来ないです
言葉悪いかもしてませんが怖かったです
それぐらい引き込まれました
次回更新も楽しみにしています
- 395 名前:名無し飼育 投稿日:2005/10/22(土) 04:06
- >言葉悪いかもしてませんが
間違えました
言葉悪いかも知れませんが
でした
- 396 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/10/22(土) 13:08
- 更新お疲れ様です。
こんなにひきこまれる話は久しぶりです。
よしまこのやりとり痺れました。
次回も楽しみにお待ちしてます。
- 397 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/10/23(日) 23:23
- やばい…展開が読めないからマジでどきどきします。
この作品大好きです。次回も楽しみにしてます。
- 398 名前:名無し読者。 投稿日:2005/11/07(月) 17:12
- 偶然ここを見つけてこの話にいっきに引き込まれました
まこっちゃんが切なすぎる…でも続きが気になってしょうがないです
次回の更新楽しみです
- 399 名前:chapter10:春の前 投稿日:2005/11/11(金) 00:22
- 「モーニングのメンバーを集めて欲しいんや、そんでな――――・・・」
しゃべり続けるつんく。
山崎は思った。
おいおい、何の話だ?
たかが、、、、たかが吉澤の骨折。
一ヶ月だか二ヶ月だかすれば元通りになると聞いている。
つまり、4月のツアーには間に合う。それまでの間、9人のメンバーで予定通り
仕事をこなせばいい。ちょうど新曲も発売になったところだ。
骨折で話題になって、よかったとすら言える。2月は歌番組収録が続く。
9人で出ればいい。「吉澤さーん、見てますかぁ?」とカメラに向かって手を振りながら。
番組によっては病室からの中継を入れてもいい。その程度のことだ。
それを、、、、この男は、、、、。
- 400 名前:chapter10:春の前 投稿日:2005/11/11(金) 00:24
- 「ほんで、吉澤が踊れるようになった時点で、ダンス有りバージョンで新しいPVつくって―――」
利益機会は増える、と、、、。
ただ漫然と9人で予定通りこなすよりも付加価値が増す、か、、、、、。
骨折をフルに利用する、、、、。
つんくの話を黙って聞きながら山崎は忙しく計算する。頭の中で。
メリット、デメリット。
リスクとリターン。
金銭の、そして、各方面との貸し借りの。
「あとは、それが物理的に可能かどうか、なんやけどな。なんとかなるやろ、
あんたの力を持ってすれば」
「かなりギリギリの線だな。普通は、まず、無理だろう」
- 401 名前:chapter10:春の前 投稿日:2005/11/11(金) 00:25
- 「そこをなんとかするのが、あんたの仕事やないんか?」
珍しく厳しい表情で、つんくが続ける。
「何のために韓国やら香港やらシンガポールやら出張っていってんねん。遊びか?
うまいもん食って終わり、やったんか?そんなわけないやろ?」
痛いところをつくな、こいつ、と山崎は思う。
「そこは今、即答できない。しかし、、、、、寺田のやりたいことは、わかった」
「驚かせたみたいやな」
「リスクが大きい。読めない。その間、何が起こるのか、悪く考えることはいくらでもできる」
「そらそうやな」
「最悪の事態を考えて準備するのが、こっちの仕事だから」
「そら残念やったなぁ。俺の仕事は、いつもいつも、最高の事態を考えることなんや」
「、、、、うらやましいよ、おまえが」
- 402 名前:chapter10:春の前 投稿日:2005/11/11(金) 00:26
-
翌日。
午前9時。
UFGビル3階の会議室に吉澤を除くモーニング娘。が集められる。
おはよー、と言い合うと、なんとなく黙ってしまう。
落ち着かない表情の9人が、四角い大テーブルの三辺を囲むようにして座っている。
何があっても驚かないけど、という表情の藤本。きょろきょろする亀井。
ウトウトする田中。枝毛を気にしている道重。目を開けたまま眠っている紺野。
うつむく新垣。眉間にしわを寄せている高橋。微笑みを浮かべる久住。
固い表情の麻琴、、、、、、。
- 403 名前:chapter10:春の前 投稿日:2005/11/11(金) 00:27
- ガチャ。
つんくが入ってくる。笑顔。
「おっはようー、早くに、ごめんなぁ」
「おはようございます、、、」
つんくは空いている中央のイスに座って、メンバーを見渡す。
―――ええやん、モーニング娘。
つんくは小さくうなずくと、楽な姿勢で話し始めた。
「冬のハローのライブ、お疲れ様やったな。ええライブやった。感動したで」
無表情のメンバー。今日集まったのは、そんな話じゃないはず。
「ほんで、今日集まってもらったのは、今後のモーニングに関することなんや」
9人に緊張が走る。
- 404 名前:chapter10:春の前 投稿日:2005/11/11(金) 00:29
- 「吉澤が2月の末まで入院、踊れるようになるのが3月の下旬っちゅうのはみんな聞いたよな?
そやから思い切ってな、2月は、モーニング娘。、、、休みにする」
「えっ、、、?」「休み?」
「そう、2月は全面休業。名づけて、『モーニング娘。の骨休み』や」
「名づける必要ないし。あ、なんでもないです」
反射的につっこんで後悔する藤本。
「確かに必要ないけどな」
苦笑するつんく。
- 405 名前:chapter10:春の前 投稿日:2005/11/11(金) 00:30
- 「先週新曲出たとこやし、テレビの予定もいろいろ入っとったけど、全部、キャンセルする。
新曲のテレビ出演は、ナシ。歌ってるとこはDVDだけで見てもらう。ある意味、
伝説の曲になるわけや。
歌番組だけやない。ほかの仕事も全部キャンセル。みんなは好きなように今
日から2月いっぱい、過ごしてくれてええ。ほんで、3月1日の同じ時間、朝9時に、
吉澤含めて、ここに集合な」
静まり返る娘。たち。
「うれしくないんか?」
「うれしいっていうか、え?っていう感じで、、、」
藤本が言う。うなずくメンバー。
- 406 名前:chapter10:春の前 投稿日:2005/11/11(金) 00:32
- 「じゃあ、あの、旅行とか行っちゃってもいいんですか?たとえば海外でも?」
なんで美貴が聞く係なんだよー、みんな質問しろよーと思いながら、藤本が続けて尋ねる。
「ええよ。ケガと、あと、やっちゃいけないこと、わかるよな、それだけ気をつけてくれたら、
ほんまにフリーに過ごしてもらいたいんや」
「TVカメラとかマネージャーさんとか、ついて来ないんですか?」
「ついて来ん。マジで、休み、オフ、ホリデー、バケーション、有給休暇、一ヶ月」
よろこんでいいのか、そうでないのか、戸惑う娘。たち。
高橋が口を開く。
「吉澤さんがいないと、モーニング娘。は成り立たないってことですか?」
声にならないざわめきがメンバーに広がる。
- 407 名前:chapter10:春の前 投稿日:2005/11/11(金) 00:33
-
「高橋、ええところに気がついたな」
つんくが微笑んで答える。身を乗り出す。
「ぶっちゃけ、足治るまで吉澤抜きの9人でやっていくってのも、アリや。
当然、成り立ったと思うで。むしろフツーそうする。事務所もそのつもりやった。
俺が、あえて、そうじゃなく、一ヶ月休みにしよって思った理由はな、事務所には、
利益機会と付加価値の増大って説得したけどな、ほんとの理由はそうやないねん。
それは誰にもまだ言うてへんかったけど、、、、言うとこか?」
- 408 名前:chapter10:春の前 投稿日:2005/11/11(金) 00:36
- やわらかい表情で話し続けるつんく。凝視する娘。たち。
「ひとことで言えば、俺のわがままやねん。
って俺が休みたいっちゅーのとちゃうで。見てみたいんや。
一ヶ月、休みがあったら、モーニング娘。が何を吸収するのか、見てみたいと思ったんや。
何かを無理やり学んでこい、って言うてるのとちがうで。なんもせんでぼーっとしててもええ。
みんなずーっと忙しく仕事してきてな、やっぱちょっとゴムが伸びてるとこ、
あるんやないかと思うんや。自分が元気やなかったら、ヒトも元気に、できひんやろ。
元気の器をでっかくするような時間が、あってええんやないか、吉澤には悪いけど、
これ、いいきっかけなんやないか、と思ってな。一ヶ月、テレビにも出ん、他の仕事も
せんことのデメリットは、あるやろ。でもそれを上回る、なんか得るものがあるような気
がしてな。一ヶ月のひとり合宿、みたいなもんと思ってほしい。ポテンシャルに期待し
てるってことや」
- 409 名前:chapter10:春の前 投稿日:2005/11/11(金) 00:37
- 期待っちゅうか、これは賭けや。信頼してるで、とつんくは思う。
山崎の言っていた「その間」の「リスク」は確かにある。酒、男、その他、
事務所的に好ましくないことで写真を撮られたり、予想外の変化が娘。たちに
起こってしまう可能性。
でも、とつんくは思う。
一ヶ月後、「ええ顔」のこのコらと、この会議室で会えるような気がするんや。
そんで、、、、、このコらの顔見て、、、、、それから、、、、、、、俺はめっちゃ名曲を書いてやる。
「骨休み」はつんくが自分に課した賭けでもあった。
- 410 名前:chapter10:春の前 投稿日:2005/11/11(金) 00:37
- 「あのぅ、ポテンシャルって何ですか?」
久住が尋ねた。
「潜在能力。まだ奥に隠れてる『できること』のことや」
「わかりました」
「そや、久住はな、ごめん、例外や。ダンスと歌のレッスン、一ヶ月がっつり、
やってもらおうと思ってる」
「はい!」
うれしそうに久住は背筋を伸ばす。それはまさに久住のやりたいことだった。
「つんくさん、3月以降はどうなる予定なんでしょうか?」
新垣が不安そうに尋ねる。
- 411 名前:chapter10:春の前 投稿日:2005/11/11(金) 00:38
- 「そうや、3月からは忙しくなるで。4月のツアーめがけてガーッといく。
3月1日に集合したら、すぐ新曲のレコーディングや。
特急でリリースする。最近事務所が開拓してるアジアのルートとか使って、
レコーディングからリリースまでの最短記録を目指すつもりや。吉澤も
レコーディングには参加できるはずやしな。
PVのDVDは時間差で2バージョン出す。まず、9人のダンスなしバージョンに、
吉澤のインタビューとか特典映像付きのを出して、
吉澤が踊れるようになったら10人ダンスバージョンを追っかけてまた特急で出す。
- 412 名前:chapter10:春の前 投稿日:2005/11/11(金) 00:39
- テレビ出演は3月に固めなおす。
これから調整やしちょっと生々しい話になるけど、たとえば、
HEYには9人バージョンプラス最初で最後の吉澤リハビリ中継、
うたばんには、吉澤、回復後テレビ初登場だけどトークだけで踊らへん、
Mステでは初披露10人バージョン、とかな、
その番組だけの、とか、最初で最後の、とかで、出演枠取れると踏んでる。
2月にキャンセルする分、うまくどっかに譲ってな。
そんで、吉澤が踊れるようになる3月の最終週は、合宿や。
ツアーのリハを一週間で集中してやる。やるしかない。忙しくなるで。安心やろ、新垣?」
具体的な話を聞いて、少しほっとする新垣。
つんくはイスに背中を預けて、9人の娘。たちを満足そうに見る。
「そしたら、3月1日に、元気な顔で、また会おな!」
つんくが立ち上がる。腕時計を見る
「1月25日午前9時27分、骨休み、開始や」
- 413 名前:chapter10:春の前 投稿日:2005/11/11(金) 00:40
- 同じ日の午後。
吉澤の病室。
里田がひとりでやって来た。
「よっすぃ、あ、松葉杖」
黒のジャージを来た吉澤が松葉杖で窓辺に立っている。振り向く吉澤。
「ずっと寝ててもねー。そっちで話す?せっかく応接室がついてるんだし、使おっか」
「お茶、入れるね?今、下でマネージャーさんとすれ違ったよ」
「うん、来てた。2月、休みなんだって、モーニング」
「休み?」
「『モーニング娘。の骨休み』だって。一ヶ月全面休業」
「へぇ」
「あと、3月の予定とか、いろいろ」
神妙な表情の吉澤。
「そっか」
事務所も思い切ったもんだな、と里田は思う。
- 414 名前:chapter10:春の前 投稿日:2005/11/11(金) 00:40
- 紅茶を吉澤の前に置く。ベージュの革張りソファに向かい合って座るふたり。
行儀悪く投げ出しているように見える吉澤の左足。
「ストレートでいい?」
「うん。ありがと」
吉澤の背中に、窓。晴天。
空色というより水色の空。
吉澤が紅茶を一口飲むのを待って、里田が切り出す。
- 415 名前:chapter10:春の前 投稿日:2005/11/11(金) 00:41
- 「神戸のアヤカの実家に、電話してみたんだ」
「、、、、、、」
「結婚なんて、聞いてないって。お母さん驚いてた」
「、、、、、、」
「卒業は知ってて、オーストラリアに行くのも聞いてたって」
「、、、、、、」
「でも、行くのは来月って言ってたって」
「、、、、、」
「だから向こうでの連絡先とか、全然まだ聞いてなかったって」
「、、、、、」
「出発したみたいって言ったらびっくりしてた」
「、、、、、」
「もしかしてまだいるのかと思ってアヤカんち、行ってみたけど、空室だった」
「、、、、、、」
- 416 名前:chapter10:春の前 投稿日:2005/11/11(金) 00:42
- 「行っちゃったのは、ほんとらしい。結婚は、ウソっぽい」
「、、、、、、」
「アヤカから連絡、まだない。向こうに行ったの、試合の日だから、、、、
まだおとといのことだし、、、時差とかよくわかんないし、そのうち連絡あるだろうけど」
「、、、、、、、」
「ケータイ通じないしね」
「、、、、、、」
「不便だよね、ケータイ通じないと」
「、、、、、、」
「何考えてんだろ、アヤカ」
圏外、という言葉が吉澤に浮かぶ。
大気圏とか成層圏とか、そういう大きな圏。アヤカ圏の圏外。
連絡とか、ないような気がする、、、、。
- 417 名前:chapter10:春の前 投稿日:2005/11/11(金) 00:42
-
4日後。
1月29日(日)。
高橋の部屋に麻琴が遊びに来ている。
「愛ちゃん、テレビつけていい?」
「ええよ」
ハロモニ―――。
早速素材が差し替わっている。
石川司会で、松浦、安倍、後藤、メロン、W、Berryz、、、、。
スタジオにモーニング娘。の等身大集合写真が置かれ、
「骨休み中」というシールが貼ってある。
- 418 名前:chapter10:春の前 投稿日:2005/11/11(金) 00:43
-
「モー娘。骨休み?」
「モー娘。一ヶ月ドタキャン!?吉澤の入院で全面休業」
そんな見出しの躍るスポーツ紙がテレビの横に置いてある。
麻琴はテレビを消す。高橋に尋ねる。
「愛ちゃん、休み、どーするか、決めた?」
「決めた。カタキをとりにいく」
「カタキ?なにそれ?」
- 419 名前:chapter10:春の前 投稿日:2005/11/11(金) 00:44
- 「ニューヨークに、カタキをとりにいく」
「にゅーよーく?」
「そうや宝塚のカタキを取りに行くもうずっと怒っててんからあたし」
「ぜんっぜん意味わかんない」
「宝塚がな、ニューヨークで公演したときにな、ボロクソ書かれたんよ、向こうの新聞に。
ゲテモノとかキモイとかな。そんなら、どんだけすごいんやって思うやろ、そっちの舞台。
ブロードウェイとか、オフブロードウェイとか、そんなにすごいんかって。
それ見て、たいしたことなかったら、ボロクソ言い返して、カタキとってきたい」
- 420 名前:chapter10:春の前 投稿日:2005/11/11(金) 00:45
- 「・・・・英語で?」
「そーゆー問題やないし。けど、向こうに叔父さんおるから泊めてもらうしいざとなった
ら叔父さんに英語で言ってもらうかもしらんけどたぶんそれはないけど麻琴はどうす
るん?休み?」
「あたし、、、決めてない」
「そうか」
「ねぇ、愛ちゃん、、、、、失恋したことある?」
- 421 名前:chapter10:春の前 投稿日:2005/11/11(金) 00:46
- 麻琴、、、、、すっごいキス、の次は失恋?
高橋はため息をつく。そして言う。
「失恋、したことない。失望なら、してるけど。いま、麻琴に」
麻琴は戸惑う。
「え?なに?」
「麻琴、あんたは何がしたいん?」
「え、、、と、、、、」
「麻琴は吉澤さんと付き合いたくてオーディション受けたんか?」
「や」
「ちがうやろ?」
「知ってたの、愛ちゃん?」
「偶然な。誰にも言っとらん」
「、、、、、」
「ちょ、これ、見ようや」
- 422 名前:chapter10:春の前 投稿日:2005/11/11(金) 00:47
- 高橋はビデオをセットする。古いVHSビデオ。
みのもんたの声―――。
高橋は麻琴の横に座って画面を見つめる。
泊り込みオーディションの様子が流れ始める。
楽譜に顔を埋めるようにしている高橋。
センターに立つショートカットの麻琴。
顔に、身体に、まだ子どもの気配を残しているふたり。
画面を見ながら、高橋が言う。
「あたしは、今の麻琴に失望してる。がっかりや」
横に麻琴などいないかのように、言う。
「あたしのライバルは、どこにいってしまったんや?」
・・・・・・
・・・・
・・
・
- 423 名前:chapter10:春の前 投稿日:2005/11/11(金) 00:47
-
同じ頃、藤本も自分の部屋で「ハロモニ」を見ていた。
「つまんない」
リモコンを手にして他のチャンネルに変える。
『ドキみき』ですら、ピンチヒッターを立てられた。
ピンチヒッターって。美貴は別にピンチでもないし、疲れてもいないけど。
確かに、一個でも仕事があると休みって感じがしないけど、でも、、、。
どっか行くのもめんどくさいし。つまんないなー。
だらだらとテレビを見続ける藤本。
- 424 名前:chapter10:春の前 投稿日:2005/11/11(金) 00:48
-
新垣理沙は、パリにいた。
4歳年上のいとこが留学していたので頼ることに。
カフェでお茶。シルブプレ?トレビアーン?
「みんな、おっしゃれー」
「あたしも最初はビビッたけど、慣れればなんてことないよ、同じ人間だもん」
「Bonjour,mademoiselle」
カメラを持った30代の男が新垣に話しかける。
「なんてなんて?」いとこに尋ねる新垣。
「写真撮っていいかって」
- 425 名前:chapter10:春の前 投稿日:2005/11/11(金) 00:49
-
道重と田中は地元に帰っていった。
亀井はそんなふたりがちょっとうらやましかった。
絵里はもともと東京だしなぁ。
学校でも行くかー。おりゃー!
紺野は青森にいた。
前から一度行きたいと思っていた場所へ。
それぞれの時間が過ぎる。
- 426 名前:chapter10:春の前 投稿日:2005/11/11(金) 00:50
- 「モモ、カワ、ネギマ、、、」
スーパーの店頭にある屋台で、大使館勤めらしきヨーロッパ系の夫婦が、
慣れた口調で焼き鳥を注文している。
その横をすり抜けるようにして坂道を上り、久住は帰宅する。
久住小春が住んでいるのは麻布十番のマンション。母は新潟と東京を行ったり来たり。
東京のことはさっぱりわからない久住家のためにUFGが用意した2DKの部屋。
事務所から程近く、外国人と昭和の残り香が不思議と調和する商店街。
骨休み期間中、放課後は毎日、ダンスレッスンとボイトレに直行。
2時間、ときには3時間、汗を流して帰宅。夕食を済ませると、自室で復習。
おなかに手をあてて、発声練習。腹筋。
ビデオを見ながら、ダンスの復習。
- 427 名前:chapter10:春の前 投稿日:2005/11/11(金) 00:51
- エースを探す、というオーディションだった。
ミラクルとは呼べるが「ミラクルエース」とは呼べない現状にUFGは焦っていた。
鮮度のあるうちに、起爆剤として機能してもらわないと、、、。
レッスンは自ずと熱のこもったものになった。久住もそれによく応えた。
歌もダンスも、スキルは向上していく。
だが、そこには圧倒的に足りない何かがあった。摩擦熱。
モーニング娘。という車輪がすすむためには、摩擦が必要だった。
久住の白く、つるりとしたオーラは周囲と噛みあわなかった。ズレているのとも違った。
ズレたり噛みあったり、、、、摩擦の前提となる凸凹がなかった。
アイスバーンの上をスリップする車輪。
- 428 名前:chapter10:春の前 投稿日:2005/11/11(金) 00:53
- そこにいるだけで摩擦を起こしてしまう人間と、意識して自己主張しないと摩擦を
起こせないタイプの人間がいる。久住は後者だった。
この時期の久住には、自分を動かす「意志」はあったが、外を動かす「自己主張」がなかった。
久住が、先輩たちの前で自己主張をするのは、もう少し先のこと。
今はまだ、自分を良くしたいという意志のチカラだけで、久住は、動く。
- 429 名前:chapter10:春の前 投稿日:2005/11/11(金) 00:54
- 踊る。見る。停める。
自分の部屋で、リモコンの一時停止ボタンを押して、久住は考える。
ダンス、誰かにチェックしてもらえたらな。
「おか、、、」
あさん、と言いかけて久住は声を飲み込む。
そうだ。
あの人がいる。
そこに行けば、たぶん絶対、そこにいる人。
お母さんなんかより、ずっとちゃんとアドバイスできる人。
ここから、近いんじゃないかな、意外と。
いいかな?いいよね?
「お母さん、ちょっと出かけてくる」
「もう8時よ。東京の夜は危ないよ」
「だいじょうぶ、自転車で行くから」
自転車は、得意だ。
夜はあんまり走ったことないけど、東京は、灯り、たくさんあるから危なくないよ、お母さん。
- 430 名前:chapter10:春の前 投稿日:2005/11/11(金) 00:55
- 「急にすみません!」
「いいよ、全然」
「ダンスの練習、見てもらいたくて」
ぺこりと頭を下げて、ニコニコと笑顔の久住。
ベッドで本を読んでいた吉澤のところに、久住が現れたのは8時10分のことだった。
入院して1週間以上経った。
痛みもだいぶひいてきて、吉澤はもう痛み止めは飲んでいなかった。
「ビデオもDVDも見れるから。CDは、そっち」
上体を起こす吉澤。
「鏡、ないけど、、、、見てるからさ、あたしに向かってやってみなよ」
「はい。じゃ、ピースいきます」
「どうせなら、歌いながらやってみて」
「はい」
- 431 名前:chapter10:春の前 投稿日:2005/11/11(金) 00:56
- ダンスレッスン用ビデオをセットして再生。テレビを右の視界の隅に入れながら、
正面の吉澤に向かって踊る久住。歌詞と動きは、覚えた。あとは、
どこをどう磨けばいいのか、そこを教えて欲しかった。
イントロ、Aメロ、Bメロ、ブレイク、、、セリフ、、、
「あ、ストップ!」
吉澤が声をかける。
久住が動きを止める。ビデオを止める。
「そこさ、、、石川のやってるやつ、ある?」
「持ってきてます」
再生する久住。
- 432 名前:chapter10:春の前 投稿日:2005/11/11(金) 00:57
- 「言っとくけど、石川をマネしろってんじゃないよ。石川、歌は、ダメっつーか、、、、
無理な人だから。でも、ほら、見て、ここ。石川はさぁ、目と指で歌ってんだよね」
「、、、、、」
「そこがあいつのすげーとこでさ。久住も、そんな感じ、意識してみたら?
小春は石川より全然歌えてるから、そーゆーのできたら強いと思うよ」
「はい!ありがとうございます、、、、吉澤さん、久住と小春がごっちゃになってます」
「あ?そうだった?どっちで呼ばれたい?」
「小春って呼んでください」
「わかった」
「吉澤さんと石川さんは同期なんですよね」
「そうだよ、、、、小春は同期とか、、ひとりだから、、、、大変だよね」
「吉澤さんだって、ひとりじゃないですか」
「えっ?」
- 433 名前:chapter10:春の前 投稿日:2005/11/11(金) 00:58
-
―――――吉澤さんだって、ひとりじゃないですか
久住の言葉が、不意に吉澤の胸にしみた。
4期で残っているのが、ひとり。それだけの意味で久住は言った。
アヤカのこと。麻琴のこと。さらに言えば石川のこと。骨折、入院、病室。
ひとり、という言葉が薄紙のように吉澤の心に滑り込む。
- 434 名前:chapter10:春の前 投稿日:2005/11/11(金) 00:59
- そっか。
ひとりだよなぁ、あたし、今。
壁の方をなんとなく見つめる吉澤。
「でもあたし、ひとりはチャンスだと思ってます」
チャンス?
吉澤は視線を久住に戻す。
ニコニコしながら久住が話す。
「もし、あたしに同期のコがいたら、こんなふうに、パッと動けなかったと思うんです。
吉澤さんに見てもらおうって思っても、一緒に行こうとか行かないとか、
相談してるうちに、気が済んじゃったりしそうです。それは、うまくなるチャンスを
逃すってことです。だから、ひとりでよかったと思ってます」
- 435 名前:chapter10:春の前 投稿日:2005/11/11(金) 01:00
- ひとりはチャンス、かぁ、、、、。
それから吉澤が退院するまでのほとんど毎日、久住は夜、吉澤の病室で練習をした。
吉澤もできる範囲でアドバイスをした。誰かのダンスを見ることは、吉澤自身の勉強に
もなった。
吉澤は久住が帰ると、毎日、考えた。
ひとり、について。
あたしとちがって―――
久住はものすごく「ひとり」だ。
同期もいないし、地元から離れて、友達も、家族もいない。だからって、無理やり涙を
こらえてる感じもない。がんばってるけど、根性って言葉は似合わない、あの感じ。
今までのメンバーにはないよね。違う機種って感じ。
- 436 名前:chapter10:春の前 投稿日:2005/11/11(金) 01:01
- あたしは?
あたしは、たぶん、ひとりでいるのがこわいタイプの人間なんだ。
―――よっすぃは、チームが似合うよね
そう言ったのはごっつぁんだった。
―――ひとりになって、考えたい
アヤカの選択、、、、。
あたしにはそれがわからなかった。今なら、少し、わかる。意味があるって、わかる。
あたしにとって、ひとりは孤独だった。ただの孤独。意味なんてなかった。
ひとりでいることに耐えられなくて、麻琴を傷つけた。
弱かった。
- 437 名前:chapter10:春の前 投稿日:2005/11/11(金) 01:01
- 変わりたい。変われるだろうか。
ひとりはチャンス、かぁ。そうかもしれないね。自分が、もっとマシになるチャンス。
ひとりでいる、今が、あたしのチャンスなんだ――――――。
2月20日、吉澤のギブスが取れた。
骨と靭帯の経過は良好。そっと足首を動かしてみる。動く。膝は?動く。痛くない。
自分のかかとで床に立つ感触を久々に吉澤は味わった。
退院。自宅に戻る吉澤。まだ体重を左にかけられない。
片手で握り締めるタイプの一本杖を使って慎重に歩く。
- 438 名前:chapter10:春の前 投稿日:2005/11/11(金) 01:02
- 一ヶ月ぶりの自分の部屋。
ベッドの上で体育座りをして、自分の足を触ってみる。
ギブスをしていた左足が、右に比べて明らかに細い。使わなかった筋肉が落ちている。
これを元に戻して、そして踊れるようになるまで、あと一ヶ月かかるわけだ、と
吉澤は気を引き締める。
とりあえず、3月1日を目標に。
それまでに杖なしで歩く。そして、午前9時、事務所で、みんなに会うんだ。
みんな、どうしてたかな、この一ヶ月、、、、、、。
- 439 名前:chapter10:春の前 投稿日:2005/11/11(金) 01:03
- ベッドサイドに置いたケータイの、メール受信マークが点滅している。
吉澤はケータイを開く。
FROM:タカハシ
そろそろ退院ですか?
足の具合いかがですか?
3月1日の前に、
会って話したいです、
麻琴のことで。
- 440 名前:chapter10:春の前 投稿日:2005/11/11(金) 01:04
-
本日は以上です。
- 441 名前:chapter10:春の前 投稿日:2005/11/11(金) 01:06
- >>394 名無飼育さん
すばやいリアクションありがとうございました。怖いっていうのも
そこまでじっくり味わってもらってうれしかったです。。
>>396名無飼育さん
レスありがとうございます。書きながら相当、消耗しました。
- 442 名前:chapter10:春の前 投稿日:2005/11/11(金) 01:07
- >>397 名無飼育さん
レス感謝です。なるべく読めない展開を目指していますが、どうなることやらです。
また見に来てみてください。
>>398 名無し読者。さん
偶然ってすごいです。レスありがとうございます。またよろしくです。
- 443 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/11(金) 01:56
- 更新お疲れ様です。
次から次へとあっと驚く展開にますます目が離せません。
随所に挟まれてる小ネタ(ミキティのツッコミとか)が笑えます。
- 444 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/11(金) 03:34
- 久住さんの描写が面白いと思いました。特にオーラの部分。
そういう捉え方があったか、と。
次も楽しみにしてます。
- 445 名前:chapter10:春の前 投稿日:2005/11/11(金) 23:39
- 「足、だいじょうぶですか」
「まだ、そーっとしか歩けないけどね」
吉澤の家のダイニング。
白に近い木製のダイニングテーブルと、同じ木製のイス。
自分の部屋で話せればよかったが、足のことを思うと、このイスが一番よかった。
テーブルの上にはピンクの花柄のティーカップとクッキー。加湿器のモーター音が小さく響く。
家族がみんな出かける午後に、高橋に来てもらった。
2月28日。「骨休み」最後の日。
退院から一週間。吉澤は杖なしで歩けるようになっていた。
あとは、落ちた筋肉が戻るよう、徐々に慣らしていくだけ。
- 446 名前:chapter10:春の前 投稿日:2005/11/11(金) 23:39
- 「吉澤さん、感じ変わった」
「どんなふうに?」
「お姉さんっぽくなった」
「おねーーーーさんじゃん、もとから」
「ほーやけどぉ」
そんな楽しい感じで話すために今、会ってるわけじゃない、とふたりは同時にハッとする。黙る。
「、、、、、、、」
「、、、、、、、」
「メール、ありがと、高橋」
「、、、、、、、、」
切り出しにくそうな高橋を見て、吉澤が言う。
「麻琴、元気かな」
「、、、、、、、、」
「、、、、、、、、」
- 447 名前:chapter10:春の前 投稿日:2005/11/11(金) 23:40
- 「ニューヨーク行ってたんです、一緒に」
「そうなんだ」
「あ、でも、、でも、誤解しな、、、あたしと麻琴は、、、、」
慌てる高橋。
吉澤ではなく、ティーカップの紅茶に向かって早口で話す。
水面が白く光って揺れている。
「あたし、言い方とか下手で、空気とか読めてなくて、でもニューヨークだと誰も空気な
んか読んでなくて、あたしと麻琴が信号待ちしてたら、道とか訊かれたんですよ、外人
さんに。たぶんあれインド人って麻琴は言うんだけど、あたしたちに訊いてどーすんの?
って思うし、それぐらい誰も空気読んでなくて勝手で、自由で、バラバラで、ポテトの量
もすごくて、あんなの絶対食べきれんし、チップとか渡さならんし、、、、あたし何の話し
てるんやろ」
- 448 名前:chapter10:春の前 投稿日:2005/11/11(金) 23:42
-
高橋を見つめる吉澤。言葉を区切って、ゆっくりと話す。
「麻琴から、あたしとのこと、聞いたんだよね、それで、あたしに言いたいことあって、
来たんだよね、高橋は」
「そ、そうです、、」
高橋は息を吸うと、顔をあげた。
「あたしが吉澤さんに言いたかったのは、、、麻琴は、変わったよってことです」
「変わった?」
- 449 名前:chapter10:春の前 投稿日:2005/11/11(金) 23:43
- 「ニューヨークで、いろいろ見て、ストリートでやってる人らから、すんごいおっきな劇場
のミュージカルまでいろいろ見て、それで、麻琴は、思い出したんやと思うんです。
自分が、ダンスがすっごい好きだったり、踊りに集中できてるときの気持よさとか、
ステージに立てる喜びとか、そういう、最初の最初の最初の気持ち。
だから、もう、麻琴にちょっかい出さないで欲しいんです。ちょっかいって言い方がよく
ないですけど、それに、麻琴も吉澤さんのことはもういいって思ってるっていうか、
あたしは、麻琴は、ライオンみたいやと思ってて、満腹になったらダラッとしちゃって、
おなか空いてる方がキリッとしてて動きもいいから、今、麻琴は、そーゆーふーになっ
てる麻琴だから、あたしは同期としてうれしいし、モーニング娘。にとってもいいと思うし、
五期はがんばらんといかんから、がんばります」
- 450 名前:chapter10:春の前 投稿日:2005/11/11(金) 23:44
- がんばります、で自分の言葉が終わったことに、高橋は落ち込む。
自分の考えがうまく言えない。セリフや歌だったら、ちゃんと伝わるように言えるのに。
「あのぅ、あたしの言いたかったこと、、、、、」
吉澤はうなずく。
「わかる、よ、、、、」
吉澤は黙る。
高橋も黙る。
冷めてゆく紅茶。加湿器の音。
- 451 名前:chapter10:春の前 投稿日:2005/11/11(金) 23:45
- 「高橋、いろいろ、、」
吉澤の方を見ずに高橋はひとくち、紅茶を飲む。カップを置く音がダイニングに響く。
「ごめんとかありがとうとか、言わんでください。
あたしは、麻琴のためにニューヨーク行ったんでもないし、吉澤さんのために、
ここに来たわけやないです。ヘンですか?あたし、冷たい人間なんやと思う。
変わってるってみんな言うし」
「え?」
- 452 名前:chapter10:春の前 投稿日:2005/11/11(金) 23:46
- 「ステージ以外のこと、バラエティとかゲームとかトークとかモノマネとかフットサルとか
全然ピンと来なくて、チームとか団体行動とか人間関係もよくわからんし、あたしがす
ごい集中できるのは、ステージで、歌の世界にぐあーって入り込んで、自分のイメージ
通りに歌えて、カッコつけられるかどうかってことだけやし、あたしはそれしかできんから、
それだけはもっとうまくなりたいってずっとずっと思ってたし、ニューヨークでもそう思ったし、
だから、ふたりが付き合ってるってわかったときも黙ってたんやけれども、
それが失恋だのなんだのでステージに影響あるんやったら、だらしないと思うって
麻琴に言ったんです」
「、、、、、、」
- 453 名前:chapter10:春の前 投稿日:2005/11/11(金) 23:48
- 「麻琴は、心のでっかい、いいやつだからステージの上も下も同じになっちゃうんです、
それがキャラってことで魅力なんやけど、それはモーニング娘。だから許されてることで、
ステージは、日常生活の延長線上にあるのとちがう。
ブロードウエイも宝塚も、日常とはちがう、どこにもない世界をカッコよく見せてくれます。
カッコよくなきゃ、カッコ悪いじゃないですか。
ほやから、あたしの心配は吉澤さんの足です。早く治して、お客さんが、吉澤さんの足を
最初から最後まで忘れてたっていうステージにしたいからお願いします、あたしも麻琴も、
4月のツアー、すごいやる気ですから麻琴は特に」
吉澤は黙ってうなずく。
高橋はため息をつく。
- 454 名前:chapter10:春の前 投稿日:2005/11/11(金) 23:49
- 「えらそうなこと言ってすみません、、、、。五期は、遠慮してたとこあって、、、、
でも、もうそんなこと言ってられないし」
「遠慮?」
「入ったときから、4期の人らとか、やっぱ人気、すごかったし、
安倍さんも後藤さんもいて、ていうか、吉澤さん、『エース』って何ですか?」
「え、、、」
- 455 名前:chapter10:春の前 投稿日:2005/11/11(金) 23:50
-
「『リーダー』は正式に指名されるけど『エース』は、そうやないから、、、
エースを探せみたいなオーディションされて、、、、、そんで選ばれたのがあのコで、
自分の位置づけとか、ますますようわからんかったし、そういうの考えるの苦手やった
けど、、、苦手っちゅうか、逃げてたんやけど、、、、」
高橋は顔をあげて吉澤を見る。
「吉澤さん、あたし、空気読めんし、勘違いかもわからんけど、
4月のツアー、『エース』のつもりでやりますから」
- 456 名前:chapter11:春 投稿日:2005/11/11(金) 23:51
-
(chapter11:春)
3月1日。
午前9時、UFGビル3階。大会議室。
窓から差し込む白い日差し。
空が広がる。
- 457 名前:chapter11:春 投稿日:2005/11/11(金) 23:52
- 四角い大テーブルの3辺に娘。たちが座っている。
中央につんく。テーブルに肘をついて、ニコニコとメンバーを見ている。
「おはよう。10人、そろったな」
つんくが言う。
「遅刻者ゼロ。おまえら、まじめすぎるわ」
顔を見合わせる娘。たち。
笑顔と小さなざわめきが広がる。
それが静まるのを待って、つんくが言う。
- 458 名前:chapter11:春 投稿日:2005/11/11(金) 23:55
- 「吉澤、久しぶりやろ、みんなと会うの。挨拶しとこか」
「はい」
吉澤がイスから立ち上がる。ゆっくりと。
「、、、吉澤です。みんなには、すごく迷惑かけて、すみませんでした。
おかげさまで、ギブスも取れて、歩けるようになりました。
早く踊れるように、がんばります、、、、、みんなに会えて、ほんと、うれしいです」
吉澤はメンバーを見渡す。麻琴と目が合う。一秒。どちらも視線をそらさない。
―――吉澤さん、退院おめでとう。歩いてるの見れて、うれしいよ。
でも、気軽に話す気には、まだ、なれないんだ。どうしようね、これから。ツアーも始まるのに。
麻琴の視線に憎しみや悪意がないことを、吉澤は直感的に感じ取る。
だからと言って、何もなかったようになれるわけではないことも。
―――麻琴、、、、。
- 459 名前:chapter11:春 投稿日:2005/11/11(金) 23:56
-
吉澤の目の端に涙が。
それはギリギリのところでこぼれずにひっこむ。
拍手が起こる。吉澤は視線を前に戻し、イスに座る。
皆に合わせて手を動かしながら、麻琴は、視線をそっと天井に向ける。
「ほんなら、せっかくやし、休みの話、聞かせてもらおか」
えぇっ、、と娘。たち。
「ここやのうて、あっちの会議室で」
つんくは立ち上がる。
「ひとりずつ呼ぶし、待っててな。ほんなら、久住から、いこか」
- 460 名前:chapter11:春 投稿日:2005/11/11(金) 23:57
- 長方形の机の両側にイスが3つずつ並んでいるだけの小さな会議室。
白い壁。ホワイトボード、テレビ、ビデオ、DVDデッキ。
窓からは同じ空。
真ん中のイスにつんくが先に座り、久住はその向かいに座った。
「久住は、レッスン、どうやった?すごいがんばったって聞いてるで」
久住はうれしそうに話し始める・・・・・・・・・。
亀井は学校の友達とあちこち遊びに行って、見たもの、やったこと、
おもしろかったことを身振り手振りで報告、新垣はパリの話を、
道重は実家近くの旅館でアルバイトしていた姉の手伝いをした話、
田中は地元に帰ったが遊び過ぎてしまうと思ってすぐ東京にもどって、
有名無名問わずいろんな人のライブに出かけたこと、、、、、。
- 461 名前:chapter11:春 投稿日:2005/11/11(金) 23:58
-
「藤本はどーしてたん?」
「テレビ見てました」
「なんか、感じたこととか、わかったこととか、あるか?」
「んー、、、、テレビは、見るもんじゃなくて、出るもんだなって」
- 462 名前:chapter11:春 投稿日:2005/11/11(金) 23:59
- 「ニューヨークか、麻琴と?どうやった、高橋?」
「ミュージカルいっぱい見て、やっぱり、いいなって思いました」
「そうか、、、、」
高橋の表情を見ながら、つんくは思った。
ステージ上では大人びて見えるが、現実の世界に身体を置いた瞬間、
高橋は存在感を失い、いるのかいないのかわからなくなる。
このコには、モーニング娘。は合わなかったのかもしれんな。
素の魅力ではなく。
インタビューには応じない、私生活は一切明かさない、作品だけで私を見て、
という昔の映画女優のようなスタイルが高橋には合っとったんやろな。
- 463 名前:chapter11:春 投稿日:2005/11/12(土) 00:00
- ここではないどこかの世界を自分の中に取り込んで、現実という外の世界に出すこと。
それが高橋にとっての「表現」。高橋はそういうふうにしか「現実」とつながれない。
モーニング娘。の「表現」は、逆。
目の前の現実をそのまま自分の中に取り込んで、未来や夢というここではない世界
に向かって放つこと。
個性やキャラを『ロック』と言い換えて、至らぬスキルも味のうち、と気まぐれサラダを
作ってきたが、高橋という素材は、、、、このコのスキルをいかすには、、、。
- 464 名前:chapter11:春 投稿日:2005/11/12(土) 00:01
- 「麻琴はニューヨーク行ったんやろ?さっき高橋が言っとった」
「愛ちゃんが行くって言ってるの聞いたら行きたくなって、ついていっちゃいました」
「髪型、ええやん。黒に戻して、短くしたんや」
「はい」
「ほんで、どやった?ニューヨーク?」
「なんか、元気になりました」
「麻琴は前から元気やん」
「そーでもないですよ」
サラッとそう言うと微笑む麻琴。つんくは驚く。
麻琴、そんな表情するんや。
「つんくさん、じゃんじゃん新曲書いてくださいね。早くステージに立ちたいです」
「お、、、おぉ」
- 465 名前:chapter11:春 投稿日:2005/11/12(土) 00:02
-
「紺野は、何してたん?」
「ボランティアです」
「へぇ、、、どんな?」
「命のおむすび、握ってました」
「なんやって?」
- 466 名前:chapter11:春 投稿日:2005/11/12(土) 00:03
-
「青森県の山奥に、お寺があって、そこは、尼さんがやってる駆け込み寺みたいなとこ
なんです。悩みがある人や心が疲れた人が行くと、尼さんのおばあさんが食事を作っ
てくれて、寝るところがあって、そのおばあさんが話をきいてくれるだけの小さなお寺
なんです。そのおばあさんのつくったおむすびをひとくち食べたらなぜか涙があふれ
て、自殺を思いとどまったっていう人の話を読んで、いつか、そのおむすび、食べたい
なぁって思ってて、、、、だって、すごくおいしそうでしょ、おいしい、のレベルが違うじゃ
ないですか」
「そ、そうやな」
「それで、泊めてもらって、ごはん、食べて、、、おむすびだけじゃなくて、おかずも、
ほんとに、おいしくて。涙出ました。2、3日泊まったら帰ろうって思ってたんですけど、
おばあさんにおむすびの作り方とか教えてもらって、あたしなんか全然できないんで
すけど、そのまま手伝いみたいなことさせてもらってたんです」
- 467 名前:chapter11:春 投稿日:2005/11/12(土) 00:05
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「そうかぁ、ずっと青森おったんかぁ」
「あたし、癒し系とか言われるじゃないですかぁ」
「そうやな」
「癒しって、あたしみたいのじゃ全然だめです。癒しは、深いです、つんくさん」
「いや、紺野にはびっくりさせられるわ」
- 468 名前:chapter11:春 投稿日:2005/11/12(土) 00:05
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大会議室。
つんくとの話を終えた娘。たちがそれぞれの休みについて、2、3人ずつ固まって話している。
座っている吉澤を囲むようにして新垣と藤本。
新垣のパリの話を聞いている。
紺野が戻ってくる。
「次、吉澤さん来てくださいって」
「え?あたし?話すことないけど」
「一応、行ったら?」と藤本。
立ち上がる吉澤。
- 469 名前:chapter11:春 投稿日:2005/11/12(土) 00:06
- 「吉澤は、どうやった、入院中の一ヶ月」
「いろいろ、考えてました、自分のこととか、、モーニング娘。のこととか、、」
「久住、感謝しとったで」
「あたしもイメトレになって、よかったです」
「ほんで、どんなこと考えてたん?」
麻琴のこと。アヤカのこと。ひとりってこと。
「自分の弱さについて、考えてました」
「吉澤、随分、強くなったと思ってたけどな、俺」
吉澤は唇を噛む。
「全然です。弱いです。人に頼りたいって思ってばっかりで。リーダーなのに」
うつむく吉澤。
「頼ったら、ええやん」
「え?」
- 470 名前:chapter11:春 投稿日:2005/11/12(土) 00:07
- 「俺かて、吉澤に頼ってるで」
「、、、、、、、」
「俺ひとりでは、なんもできひん。俺の考えたこと、
俺の想像以上にやり遂げてくれるのは、吉澤やで。モーニング娘。やで」
「、、、、、、」
「頼ってるって言われて、吉澤、今、どんな気持ちした?いやな気持ちやった?」
「イヤでは、、、なかったです。ドキッとしたっていうか、、、」
「うれしいような気持ちも、少しは、あったんやないかな?」
「、、、、はい」
「頼るのは、相手を認めてるってことやから」
「認めてる、、、?」
「そこが甘えとの違いやな。甘え、は自分しか見てへんけど、頼る、は相手を見てのことや」
「、、、、、、、、」
「誰かに頼るのは、悪いこととちゃうで、吉澤」
「、、、、」
- 471 名前:chapter11:春 投稿日:2005/11/12(土) 00:08
- つんくは吉澤を大会議室にかえすと、ケータイを取り出す。
吉澤には、まだ全員、残しておいてくれと言っておいた。
ケータイを見つめて、真剣な顔になるつんく。
窓に目をやる。青い。ずっと遠くまで、青いんやろな。
つんくはケータイに目を戻す。メモリーから山崎を選んで、かける。
話す。やりとりが続く。ときおり、激しい口調になる。
通話が終わる。
つんくが立ち上がる。大会議室に向かう。
- 472 名前:chapter11:春 投稿日:2005/11/12(土) 00:09
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「お待たせー。ちょっと座って聞いてくれるかぁ?」
立っていたメンバーが、もとの席に戻る。
つんくが中央の席に座る。
静けさが、空気を上から染めていく。
- 473 名前:chapter11:春 投稿日:2005/11/12(土) 00:17
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本日は以上です。
容量がいっぱいになってきたようなので新スレ立てました。
次回の更新は新スレでおこないます。
ttp://m-seek.net/cgi-bin/test/read.cgi/wood/1131721936/
短編の予定が、ふくらんでしまいました。すみません。
(しかも、新スレは更新までochiにしたかったのですが失敗しました)
- 474 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/12(土) 00:18
- >>443 名無飼育さん
小ネタ、好きなのでついつい。レスありがとうございます!
>>444 名無飼育さん
レス感謝です。ふと、そんな気がしてしまって。勢いで書いてしまいました(^^;
- 475 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/12(土) 00:24
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- 476 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/25(金) 00:15
- 何でみんな’ふいんき’って言うの?
- 477 名前:476 投稿日:2005/11/25(金) 00:26
- スレ間違いです・・本当すみません_| ̄|○
話は変わるんですが、読んだ感想は・・すごいですね、感心しました
リアルすぎてちょっとぞくぞくしながら読んでました
素晴らしい作品、本当にありがとうございます。
- 478 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/26(土) 05:38
- ochi
- 479 名前:モウリ 投稿日:2006/01/06(金) 14:53
- 続きが読みたいです!!
- 480 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/06(金) 21:28
- ochi
- 481 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/07(土) 01:46
- >>479
続きのスレありますよ、同じ板に。
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