Angel smile

1 名前:Aries 投稿日:2005/09/12(月) 20:26
某板でも書かせていただいています。
ここでは少し、ノンフィクションを描きます。

よろしくお願いします。
2 名前:〜序章〜 投稿日:2005/09/12(月) 20:29


あの子の声が聞こえる

あの子の姿が見える

あの子の全てが感じれる


真っ暗な世界だけど、あの子の気配がちゃんとある

「やっと・・・会えた」

謝りたかった

触れたかった

話したかった

「やっと・・・」


3 名前:〜序章〜 投稿日:2005/09/12(月) 20:32


この数ヶ月の間、何度も何度も思い返してきた彼女


あたしは・・・・君のために会いにきたよ



どれほど辛い思いをしてきただろう・・・


4 名前:〜序章〜 投稿日:2005/09/12(月) 20:35

だから、もう離さない

もう一人ぼっちにはしない



彼女の手に触れると、前のように柔らかい弾力を感じた

彼女だ、確かに彼女が目の前に居る


あたしの中で、彼女の記憶がどんどん膨らんで、それに身を任せ瞼を閉じた

5 名前:〜序章〜 投稿日:2005/09/12(月) 20:36









      今から十年前、あたしは彼女と出会った







6 名前:- 投稿日:2005/09/12(月) 20:38






7 名前:Aries 投稿日:2005/09/12(月) 20:39
明日か明後日に始めます

それでは後ほど
8 名前:名無し読者。 投稿日:2005/09/13(火) 16:48
おっ!面白そうですね、期待してます!!
頑張ってください(* ̄∀ ̄)ノ
9 名前:Aries 投稿日:2005/09/13(火) 18:11
名無し読者。様<

こんなにも早くレスが付くなんて、光栄です。
頑張って行きますので、今後ともよろしくお願いします。



それでは始めます、どうぞ
10 名前:Angel smile 投稿日:2005/09/13(火) 18:13

十年前,

あたしは当時五歳で、小学校の入学間際に母親と姉と一緒に”ある場所”にへと向かった。
 車の中ではいつも眠っていた所為か、その場所に着くまでずっと夢の中。
 そして着いた先で姉に起こされたあたしは、その目の前の光景になぜか首を傾げた。

 当時は三階建ての家なんて地元にも無かったから、あたしはビルのように立ち並ぶ住宅街にただ呆然とするばかりだった。

 
 「美貴、れいなを玄関まで連れてってあげて」

 
 母親の言葉で、あたしは隣の座席に居る姉に手を引かれて、車から持ってきたリュックを背負い、その建物を見上げる。
 一階ずつに大きな窓があり、玄関の横には奇妙な横式のドアが設置されている。
 左右には裏に続く細い道があるものの、草や日が当たらず、あたしにしてみれば少し怖いと思った。

 まるで異空間に続くような・・・

  
 そんなことを考えさせる家で、正直言って不気味にさえ感じた。

 だけど、それはあたしだけだったのかもしれない。
 手に重なるもう一つの手を持つ姉は、そんなことも気づかずに玄関のチャイムを鳴らす。

 ピンポーンと音が響き、ガチャッっと鍵の開く音がする。
 モザイクのようなドアだった為、人影が薄っすらと見える。
 姉と同じ位だろうか。
11 名前:Angel smile 投稿日:2005/09/13(火) 18:16
「あっ、美貴ちゃん」
 
 
 あたしの目の前から、なんだかアニメに出てくるキャラクターのような声が響いた。
 初めて聞いた所為か、目をパチパチさせてその人物を見る。

 
 「梨華ちゃん、数ヶ月ぶり」
 「本当だね♪あれ?」

 
 女の人だ、それもなんだか肌が黒い。
 ガイジンさんかな?

 なんて失礼な事を思っていると、その人があたしに気がついた。
 思わず姉の後ろに身を隠す。

 
 「れいなだよ、あたしの妹」
 「この子がれいなちゃん?」


 近かった顔をもっと近くさせて、あたしはなんだか恥ずかしかった。
 すると顔がどんどん緩んでいって、女の人は頭を撫でてくれた。

 「よろしくね、私は梨華って言うの」

 
 リカ・・・さん
12 名前:Angel smile 投稿日:2005/09/13(火) 18:17
「ほら、早く入って入って」

 母親が両手に荷物を持って、裏から怪訝そうに言う。

 「あっ、おばさん、こんにちは、どうぞ」

 無理やり中に入るようになると、あたしはギョッとなった。


 右側には真っ暗な道が一直線に伸びていて、左には十五段にも及ぶ二階に続く階段があるのだ。
 真っ黒な道は生唾を飲むほど静かで、今にも吸い込まれそうになる。

 リカさんが階段に登るのと同じく、あたしも姉につられて階段を上っていく。
 途中小さな横式のドアがあって、あたしはそれを横目で見ていた。

 「美貴はれいなと一緒に三階に居てね」

 そう言うと、母親は二階の奥のドアにへと入っていった。
 姉は渡された荷物をリカさんと一緒に持ち、三階にへと続く階段を上る。
 
 この階段は凄く急斜面で、危うく後ろに転げ落ちそうになる。
 仕方なく、あたしは両手を階段の段に置いて、スタートダッシュのような格好で上った。

 その上で、姉とリカさんがクスクスと笑っているのが見えた。


13 名前:Angel smile 投稿日:2005/09/13(火) 18:58
三階には三つの部屋があって、短めの廊下の奥に一つ、その途中に一つ、そして階段の登り終えたところに一つ。
 あたし達は、その中の一つの階段の近くにある部屋に入った。

 そこに、もう一人・・・


 「あっ、絵里ちゃん、美貴ちゃんが遊びに来たよ」

 エリと呼ばれた女の子は、あたしとあまり変わらない体形で、猫のようだった。
 リカさんが親猫で、彼女は子猫、という光景が簡単に思い浮かんだ。

 「久しぶりだね絵里ちゃん」
 「・・・こんにちは」

 彼女は小さく挨拶をすると、あたしをおずおずといった感じで見た。
 それに気づいた姉が、後ろに居たあたしを引っ張り出して前に連れてきた。

 「れいなだよ、絵里ちゃんとは一つ下だから、仲良くしてあげてよ」

 そう言ってあたしの背中を押して、彼女とはかなりの至近距離になる。

 「・・・は、初めまして」
 「こ、こちらこそ・・・」

 なにが嬉しいのか、姉はうんうんと満面の笑みで頷き、あたし達を見ていた。
 リカさんも同じく、あたしと彼女の姿をみてホッとしていた。

 
14 名前:Aries 投稿日:2005/09/13(火) 19:31
更新終了です。

短い更新ですみません。
それでは後ほど
15 名前:Angel smile 投稿日:2005/09/13(火) 22:00

 
 部屋の中は可愛らしい家具が置いていて、意外にも大きな十畳程の空間だった。
 机やタンスなどの日用品があり、隅には畳まれた布団が綺麗に敷かれていた。

 ふと見ると、彼女の隣にあたしの家に置いてあるぬいぐるみと同じものがあった。
 
 「これ・・・」
 「ああ、前に来た時近所のゲームセンターであたしが二個とったからあげたんだよね」
 「れいなちゃんのところにもあるでしょ?それいつも絵里ちゃんが抱いて眠ってるの」

 そう言ったリカさんの言葉で、彼女は顔を真っ赤にさせる。
 でもあたしはどこかで、あたしの知らない記憶に嫉妬していた。

 いつもは何もさせてくれない母親に、怒りを覚えた。
16 名前:Angel 投稿日:2005/09/13(火) 22:01
 

 「美貴ちゃん達はいつまで居るの?」
 「あと一週間もすれば入学式だから、たぶん二日じゃないかなぁ?」

 そんな話をする姉とは反面、あたし達はなんだかドギマギしてた。

 一応背負っていたリュックを置いて、部屋を見渡すあたしとは別に、彼女はモジモジと顔を俯かせるだけ。
 とりあえず、あたしは何かを言おうとして色々と頭の中で言葉を巡らす。

 普通年上の人が先手を打つのに、彼女はそれが出来ないらしい。
 そんなことを考えながら当時五歳のあたしは六歳の彼女に何か言おうとして必死になってた。

 そんな時、彼女が小さくあたしに言ってきた言葉・・・。

 
 「ほん・・・読む?」
17 名前:Angel smile 投稿日:2005/09/13(火) 22:01


 あたしは素直に頷いて、彼女が出してきた絵本を一緒に見た。
 母親の話では、あたしは赤ん坊の頃から難しい本を読んでいたらしいから、嫌だとも思わなかった。

 話の内容は、主人公は二匹のウサギ

 深い森の中に住む二匹のウサギはある日、家で作るケーキの材料を探しに行く。
 だけど一向に見つけれなくて、二匹のウサギはある作戦に出た。
 それは道行く動物達に手伝ってもらうこと。
 そして集まった食材で動物の皆と一緒にケーキを作り、楽しく過ごしたというお話。

 なんだか在り来たりな内容だったものの、当時のあたしにはそれでも新鮮な気持ちだった。
 
18 名前:Angel smile 投稿日:2005/09/13(火) 22:02

 読み終えると同時に、下のほうから壁を叩く音が聞こえた。
 
 「あっ、ちょっと待っててね」

 リカさんがドアを開けて、下のほうに何か叫ぶと、そのまま降りていってしまった。
 姉とあたしと彼女だけになったあと、姉が彼女に聞いた。

 「絵里ちゃん、れいなと友達になってくれる?」

 突然あたしの事であたしと彼女は同時に姉の顔を見た。

 「え、えと・・・」
 「お、おねぇちゃん・・・」

 彼女は何を言えばいいのか分からず、あたしは急に恥ずかしくなった。
 
 
 「・・・はい」


 小さく言った彼女の言葉で、姉はよしっと言うと、あたしに向けて言った。

 「れいな、友達は大切にしなくちゃだめだよ」

 
 
 あの時、姉はなんとなく分かっていたのかもしれない。
 
 当時あたしは小さかったから、その日を境にここまで人生が狂うなんて思っても見なかった。

 だから姉は、彼女にあんなことを言ったのかもしれない。


 
19 名前:Angel smile 投稿日:2005/09/14(水) 22:46

 それから小学校に入学したあたしは、リカさん達に会うのが楽しみになった。
 年に何回かしか行く事は出来なかったものの、その「行く」ということだけでもあたしは幸福に思っていた。
 
 母親はあたしが保育児の頃に就職し、父親は生まれた頃からの仕事一筋な人だった。

 だからあたしは姉よりもどこかへ行くなんて事は一切したことが無かった。
 それであたしは、地元にいるよりもその家に行ったほうが楽しかった。
 
 そんなある日、あたしは社交的なリカさんにべったりと寄り添っていた事があった。
 姉とは違って、あたしはリカさんが本当のお姉さんのように思って仕方無かったのだ。
 
 姉はどちらかと言うとお兄ちゃんといった感じだから、家には近所の子と遊ぶおもちゃで一杯なのだ。
 しかも全て男の子向けのロボットや機械仕掛けのものまで。
 
 その反面、リカさんのところはさすが姉妹の部屋といった感じで、ぬいぐるみやお人形なんかが丁寧においてある。
 だからあたしとしては、姉が二人、兄が一人といった構成を立てていた。

 だけど、それをよく思っていなかった人が一人居た。
20 名前:Angel smile 投稿日:2005/09/14(水) 22:47


 「おねえちゃん、ここ教えて」

 
 彼女、絵里だった。

 休日にあたし達が来る度に一回は言い放つこの言葉。
 しかもその時の表情ときたら、明らかに気に食わないと言うばかりの不満顔。

 でもあたしとしてもそのまま引き下がることも出来ず、リカさんの体に体重を掛ける。
 それに対して彼女は頬を膨らます始末。

 「れいなちゃん、ちょっと降りてくれないかな?」

 リカさんが困った顔で言う為、仕方なくその場は彼女に明け渡すことにした。
 でもその後の彼女の勝ち誇った顔は、あたしに対する敵対心だと思った。

 
 その日を境に、あたしと彼女は”犬猿の仲”になった。
21 名前:Angel smile 投稿日:2005/09/14(水) 22:51

 
 遊びに行く都度、あたしはリカさんと一緒に行動し、リカさんとい一緒に遊び、リカさんの隣で眠ることにした。
 (敷布団だったけど、リカさんが眠る布団に入るようにした)
 だけど彼女も同じようにあたしに対抗してきて、

 「えりもおねえちゃんとねるの!」
 「れなが先っちゃ!」
 「あーもーいい加減にしろ!」

 そんなこんなで、結局最後には姉に叩かれて、じゃんけんでいつ決めることにした。
 それでいつもあたしが勝っていたものの、その度に彼女がぎゃあぎゃあ言って、リカさんが困った顔をしていた。

 本当にあたしの姉のような存在なのかと少し感じるも、小学二年生なら仕方が無いと思う。
 といってもあたしも小学一年でこんな性格だったのがかなり驚きだ。

 ・・・・・・
22 名前:Angel smile 投稿日:2005/09/14(水) 22:53

 
 「れいな、梨華ちゃんが好きなの?」
 
 梨華さん達の家から帰ると、姉は急にそんなことを言ってきた。

 「スキっちゃよ、ダイスキ」
 「あたしよりも?」
 
 そのころのあたしには姉が言いたいことがよく分からなくて、とりあえず自分が思っていた事を言った。

 「おねえちゃんもスキっちゃ、でもエリちゃんはイヤ」
 「何で?」
 「だっていつもじゃまするし・・・」

 姉はふぅっと息を吐くと、やれやれといった感じで言った。

 「れいな、もしあたしが誰かと違う子と遊んでたらどう思う?」
 「・・・イヤだとおもう」
 「どうして?」
 「・・・わかんない」

 姉は頭をワシワシと撫でると、

 「れいなはまだ早いか、まぁ仕方が無いよねぇ」

 あたしは姉の言っていることがよく分からなかった。
 でも、どことなく姉の表情が寂しげで、何故か不思議と聞きたい言葉が消えてしまった。

 その日、一階からは怒涛の叫びが聞こえず、ぐっすりと眠ることが出来た。


23 名前:Angel smile 投稿日:2005/09/16(金) 23:40


小学三年になって、あたしは初めてリカさんに質問された。
 
 「れいなちゃん、学校は楽しい?」
 
 あたしは少し躊躇して、
 
 「・・・うん、楽しいっちゃ」

 少し無理があるような笑顔を見せるも、気づかなかったのか、リカさんも同じく笑ってくれた。

 「よかった、れいなちゃんはモテモテそうだもんね」
 「そういえば、こないだも何処か行ってたもんな」
 
 
 姉が絵里の夏休みの宿題を見ながら聞いてきた。
 今年は長期間であたしは来る前に済ませてきたからリカさんと折り紙でツルを練習している。

 リカさんの「よかった」と言う言葉が少し気になったものの、姉の言葉でドキッとなる。

 「れいなって昔から友達が多かったよねぇ、保育児の頃から門限ギリギリまで友達のところに行ってたり」
 「でも、元気があって良いんじゃない?」

 リカさんがそうフォローしてくれるものの、あたしには気が気でならなかった。


 なぜならあたしには、姉にもリカさんにも”嘘”をたくさん付いているからだ。
 あたしは、それを誰にも言わないものだと思っていた。
24 名前:Angel smile 投稿日:2005/09/16(金) 23:41


「ミキさん、これ教えてください」


 彼女が何気なく行った言葉で、あたしから矛先が変わった。
 このときだけは、絵里に感謝だと感じる。

 「どれどれ・・・えっ?これ今さっきやった公式で出来るよ」
 「えっ、そうなんですか?」
 「ごめんね美貴ちゃん、絵里ちゃんの勉強を押し付けちゃって」

 絵里はあたしとは反面、宿題の内容が違う上にレベルが高いから少しだけ勉強スピードが落ちていた。
 おまけにリカさんの方が器用だから、姉が教えるようにしている。

 「いいよ、あたしに似てれいなは不器用だから、梨華ちゃんがいて本当に助かったよ」
 「あたしはこれくらいしか取り柄が無いから、でもれいなちゃんも上手に出来てるよ」

 
 そう言われて少し恥ずかしくなって俯くと、頭をポンポンと撫でられる。
 少し嬉しくなって上機嫌にツルを折っていくと、

 「・・・ミキさん、これが終わったら図工を手伝ってください」

 彼女も負けじと姉になにかと頼み、あたしに対して作戦を変更する。
 どうやら姉に狙いを定めたらしい。
25 名前:Angel smile 投稿日:2005/09/17(土) 19:16

・・・・・・

 夏休みには恒例となる花火大会にも行った。

近くに大きな橋があって、そこからの花火が一番綺麗なんだという。
 屋台なんかは置いてなかったものの、コンビニで買ったジュースやお菓子を車の中で食べながら観賞した。
 (この日は雨が降った後だったから、芝生には行けなかった)

 ドーンドーン!!と大きな花火が空に飛び交い、あたしはそれに魅入っていた。
 母親とその友人は助手席と運転席でなにか話していて、不意にリカさんが聞いてきた。

 「れいなちゃんのところは花火大会とかあるの?」
 「あるけど・・・」

 
 正直言って、あたしは花火大会なんてものをあまり体験していない。
 母親も父親も仕事、姉は友人と一緒に行くけど、あたしは反対されて行けない。
 保育時の頃に一度だけ、父親が神社にへと連れて行ってくれて、そこで遠くに見える花火を見ていた。

 もうあんまり覚えてないけど・・・。
26 名前:Angel smile 投稿日:2005/09/17(土) 19:17


「れいなも大きくなったし、あたしと行こうな」

 急に姉がそんなこと言って、あたしの頭を撫でた。
 いつもあたしが行けない事を知っているからかもしれない。
 でも・・・嬉しかった。

 「またこうして一緒に見ようよ、ね、絵里ちゃん」
 「・・・うん」

 リカさんも絵里も、あたしのために誘ってくれた。
 あたしは凄く嬉しくて、いつまでもこの時間が続いてほしいと願った。


 でも・・・・・・やっぱり現実はそれほど甘く無く・・・。

27 名前:Angel smile 投稿日:2005/09/17(土) 19:18
 ・・・・・・・

 
「いやっちゃ!!」

 その夏休み、あたしは初めて帰るのを拒否した。
 長期期間滞在の所為か、あたしはこの家、いや、リカさんと絵里が居るほうが良いと知ってしまったからだ。

 
 あの家には帰りたくない!!
 あんなところには・・・!!


 「・・・れいなちゃん」

 母親があたしに激怒し、一時二階に戻っていった後、リカさんがあたしに言った。

 「私達は、ここにずっと居るから、また遊びに来てよ」
 「でも・・・でも・・・」
 「大丈夫、寂しくなったら、電話でも何でもしてくれれば良いから」

 頭を優しく撫でながら、リカさんはあたしをなだめようとする。
 でもあたしはその場から動こうとはせずに、ただずっと身体を丸めていた。

 泣く事はしなかった。
 奥で心配そうに見ている絵里と、あたしをなだめるリカさんの前では、絶対に泣かないと決めていたから。

28 名前:Angel smile 投稿日:2005/09/17(土) 19:19


「れいながもう帰らないなら、梨華ちゃん達が何処か行かなくちゃいけなくなるんだよ?それでもいいの?」

 姉がドアから入ってくると同時に、あたしにとって最も酷なことを言った。
 

 リカさん達がどこかに行く、それはつまり、もう会えなくなること。


 「い、いやっちゃ・・・」
 「なら、また来ればいいじゃん」

 姉が手を伸ばし、あたしの腕を掴んだ。
 あたしは抵抗もせずになすがままで、そのまま何も言わずに部屋を出た。

 二階に行くと、母親が怒りをあらわにした表情でおばさんと何かを話していた。
 それを聞かせないように姉はあたしの両耳を塞いで、先に下へと向かった。

 でもそんな中で、あたしは母親が唯一叫んだ言葉を聞いた。


 「あの子はあの人にそっくりよ!!」


 ・・・・・・

29 名前:Angel smile 投稿日:2005/09/19(月) 19:00

 小学四年

 この年は初めてリカさん達の家に行けなかった。
 理由は母親の仕事が忙しく、だれも連れて行ってくれる人が居なかったのだ。

 そしてこの時から、次第に家族の中で崩壊していった。


 朝から家に響き渡る怒涛の叫び
 怒り狂う鬼の様な母親の姿
 そして何も反論しない父親の態度

 どうしてあたしたちは、そんなところに居たのか。

 
 「・・・れいな」

 一声してアイコンタクトをする姉に、あたしは無言で付いて行く。
 裏から聞こえる声に耳を傾けない様に、両耳をグッと塞いで。
30 名前:Angel smile 投稿日:2005/09/19(月) 19:00


 部屋に戻っても、あの鬼の声は響き渡り、両耳にしっかりと届く。
 そんな時に、いつも姉がする事。

 「れいな、ゲームしよう」

  自分のお年玉で買ったゲームを引っ張り出し、あたしと姉はいつも大音量で夢中でしていた。
 主なのは姉が得意としたサッカーゲームで、時々格闘ゲームもしていた。
 そうする事で、あたしと姉は現実から一瞬でも離れることが出来る気がした。

 何かに熱中し、集中すれば、外野からの声は聞こえなくなると思っていたから。
 でも・・・それは本当に一瞬の事で。
31 名前:Angel smile 投稿日:2005/09/19(月) 19:01

 バンッ!!

 
 ドアが開かれると同時に、鬼が大声で叫び散らす。
 その前にテレビの画面を消し、あたしはいつも姉の胸の中に隠れてた。
 耳を姉とあたし自身の手で二重に塞いで。

 鬼は叫び続ける。
 あたし達に八つ当たりするように、あたし達を精神安定剤と同じように。
 


 「離婚するから」


 
 一通り叫んだあと、母親はいつもの言葉を吐いて出て行った。
 あたしは解放されると、姉の容態を心配した。
 両耳を閉じていたあたしでも聞こえた中傷する言葉の数々。
 
 そんなものを時下に浴びた姉の精神は・・・・・・。
32 名前:Angel smile 投稿日:2005/09/19(月) 19:02

 「・・・れいな」

 弱弱しく口を開く姉の姿は、どんどん小さくなっている感じがした。
 あたしは何も言えなくて、ずっと姉の腕を掴んでた。

 「・・・明日、海に散歩でも行こっか」

 あたしは小さく頷いて、その日は静かに眠った。
 二段ベットだから、あたしが上で、姉が下。

 あたしが上だと言い張るものだから、姉は仕方なく明け渡してくれた。
 でも、やっぱり一人はかなり心細い。

 姉がリカさんのところに行って取ってきたウサギを抱き、あたしはなんとか眠ろうとした。
 すると、思わず涙が出てきた。
 ウサギのぬいぐるみを見てリカさん達のことを思い出したのか、それともあの鬼からの開放で脱力したのか。

 それでも、下の姉には気づかせないように静かに泣いた。
 次々とあふれ出る涙を乱暴に拭って、ぬいぐるみを抱いて目を閉じる。

 
 リカさん・・・・絵里ちゃん・・・


 あの二人を思い浮かべながら、あたしはスゥッと深い眠りについた。
33 名前:Angel smile 投稿日:2005/09/23(金) 16:29
・・・・・・

 
 次の朝、あたしが起きた時には、母親と父親の姿は無かった。
 
 明朝には出かける父親と、その三十分後に出る母親に、どうやって会えるだろう。
 そんなことをなんとなく考えたこともあったけど、そんなことをして得になることはないと分かった時、すぐに思考から放り出した。
 だって、いくら考え付いても、当の本人達があたし達、最もあたしを避けているようにも思えたから。

 一階へと下り、リビングに入ると、テレビの音と一緒に姉の姿があった。
 ソファの上でクッションを抱いて、三角座りでテレビの画面をジッと見る姉。
 あたしが居る事にすら気づいていないのか、微動だにしない。

 「おねぇ・・・ちゃん?」


34 名前:Angel smile 投稿日:2005/09/23(金) 16:30
 
 恐る恐る姉に近寄って、後ろから肩に触れてみる。
 と、いつ何をしてそうなったのか、手首にグルグル巻きにされた包帯が服の袖から見えた。
 あたしは首を傾げ、もう一度呼びかける。

 「おねぇちゃん?」

 すると、ゆっくりと顔をこちらに向けて、目と目が重なる。
 でも、姉の表情には感情一つ無く、少しだけ目が赤くも感じた。

 「あっ、おはよ・・・」

 そう言うと姉はクッションを離して立ち上がり、無言でキッチンに入り、昨日の残り物の料理を冷蔵庫から取り出した。
 それをラップのままレンジに入れて、ピッピと時間を調節する。
 あたしはただ立ったままで、とりあえずテレビをジッと見つめた。

 「れいなも食べる?」

 その言葉を聞いたときにはすでに5分は経過していて、とりあえずあたしは頷いた。
 姉の背中は、前よりも小さく感じた。
35 名前:Angel smile 投稿日:2005/09/23(金) 16:31
 ・・・・

 ご飯を食べた後、姉は昨日言っていた通り、散歩にへと出かける。
 
 あたしは小さいカバンに何かを入れて持ち出す癖があったから、服を着替える時に必要の無い物までも持ち出した。
 でも姉は何も言わずに、自分の机の中から自転車の鍵と財布を取り出し、玄関の方で待っていてくれていた。
 紐がきつかった所為でなかなか履けなくてもそれを手伝ってくれた。

 自転車は一つしかなく、姉はあたしが立ち乗りが出来ないことを知ると、座れるように椅子を付けてくれた。
 しかも自腹で。

 「れいな、しっかり掴まってなよ」
 
 そういうと姉は自転車のペダルをこぎだした。
 あたしは身体を姉に預けるようにして、後ろから腰に腕を回す。
 だんだんスピードが出てきて、あたしの髪はタコのように踊りだす。
36 名前:Angel smile 投稿日:2005/09/23(金) 16:32

 姉の背中から顔を出すと、隣に国道が見えた。
 あたしの家を出て真っ直ぐに進むと、そこにはすぐに車が走り回ってる場所にへと到着する。
 でもあたしの地元はあまり走ることもせず、来るといえば今から向かう海へと遊びに行く観光客ぐらいのもの。
 
 それでも、時々あたし達が行くと、観光客の人達で魚や貝を分けてくれる人も中にはいる。
 それに昔から海に行くのは好きで、こうやって時々姉と一緒に行くこともあった。

 
 ブォンブォンと車が通り過ぎるたびに突風が吹き上がり、あたしの周辺では台風が来ているような感覚だった。
 それでもあたしはこの風が好きだった。
 もちろん姉も。

 背中に顔を戻すと、今度は姉の顔を見た。

 あたしと同じくらいに髪がなびき、目は真っ直ぐに直線を見ている。
 口は一本に引かれ、少しばかり見とれてた。
 
37 名前:Angel smile 投稿日:2005/09/23(金) 18:51

 姉はあたしよりも凄く繊細な人だった。
 少しきつめなところもあるけど、喧嘩もしたけど、とにかく姉は気丈で、繊細だった。
 でも、一度も涙を人前では一切見せることはしない人で、とにかくそこだけがあたし達は姉妹なのだと思わせてくれた。
 時々・・・本当にあたし達は実の姉妹なのかと不安になるときがあるから・・・。

 
 ガタンッ・・・ガタガタッッッ


 海に行くには、急な坂を上り、川に掛けられた橋を渡って、隣の地区にへと行かないといけない。
 しかもその行きが大変で、この町には珍しくも無い砂利の道を行かないといけないのだ。
 不安定ながらもなんとか走る自転車は、タイヤに石がぶつかりながら、泥水で汚れながらも止まる事をしない。

 そして、あたりの景色もどんどん変わり、目の前には、青々とする、水平線までもが見える場所にへと行き着いた。
38 名前:Angel smile 投稿日:2005/09/23(金) 18:51

 「れいな、もうすぐ着くよ」

 そう言って姉は自転車をどんどん加速させ、まるで鳥のように飛んでいるような感覚だった。
 その途中に、姉の友人が住んでいる家を通り過ぎた。
 海と同じ色をする青い家は、とてもその住人に似て、自由気ままな空を連想させる。

 でも、いつもなら干されている洗濯も、いつも放り出されているサッカーボールも、いつもなら見かける友人の姿も。
 何もかもが無くなっていて、壁に付けられていた名前入りのプレートさえも消えていた。
 まるで、静まり返った深海の海のように。

 ・・・・・・・ 
   
39 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/09/30(金) 01:30
独特な文章ですね。
続きが楽しみでなりません。
40 名前:Aries 投稿日:2005/10/09(日) 11:09
>名無し飼育さん様

ありがとうございます。
頑張っていきますので今後ともよろしくお願いします。


それでは始めます。
41 名前:Angel smile 投稿日:2005/10/09(日) 11:10

 海に着くと、姉は自転車を屋根のある休憩場まで引っ張って持っていった。
 もちろんあたしも手伝って、その後ろから押していく。
 海岸に行くには階段を上らないといけないから、あたしがそのまま座っていると自転車が上がらない。
 だからあたしも出来ることはしたいから、その方法をとっていた。

 「ちょっとジュース買ってくるけど、れいなもいる?」

 自転車を置いたあと、姉は言って、あたしは頷くだけにした。
 そして姉が行ったことを見送ると、椅子に座って眼前にある景色を一望する。

 時間が早い所為か、犬の散歩をするおじさんや、魚釣りをするおじいさん、そしてのんびりと海をみるあたしと同じような人たちがあちらこちらに居る。
 その上には限りなく透き通った、どこまでもどこまでも高い大空がある。
 
 今思うと、絵里が持っていた本の中に、こんな物語があった。


42 名前:Angel smile 投稿日:2005/10/09(日) 11:11

 「鳥はどこまでもどこまでも、青い空の上にへと上っていきます」
 「大きな翼を羽ばたかせ、希望を持った鳥は、その太陽の日差しを強く受け、幸せに満ち溢れています」
 「そして鳥は、自分が居るべき世界へと帰っていきました」

 
 絵里の持っている本は少し哲学的で、大人が読むような本を普通に読んでいた。
たぶん天性的なものなんだろうとリカさんは言ってたものの、それにしてはあまり頭は良くない気がする。


 あっ・・・

 
 そんなこと考えていたら、ふいにリカさんと絵里に何か渡されたものがあったことを思い出した。
 去年の夏休み、あたしが車に乗り込もうとすると、リカさんが姉に何かを渡していた。
 中身はなんなのか分からないけど、

 「大事にしてね」

 と言われたから、多分リカさんが大切にしてたのかもしれない。
43 名前:Angel smile 投稿日:2005/10/09(日) 11:13

 あとで姉に聞こうと思い気長に待っていると、防波堤のところに誰かが居た。
 夏になるとそこは釣り人で賑わう場所だけど、やはり時間が時間の為人気がまるで無かった。

 そんなところにポツンと椅子に座る人影。

 でも良く見てみると、それはどこと無く椅子とは言いにくい座りものだと気づいた。
 近いものに表してみると、それは病院なんかでよく利用される”車椅子”。

 あんなところに車椅子で行く人はほとんど居ない。
 いやその前に、あの場所を車椅子で行ける道なんて最初から無いのだ。
 
 ・・・・・・

 あたしはなんだか気味が悪くなって視線を逸らすと、後ろからひんやりとした何かが頬についた。

 「うひゃっ・・・」

 変な声が出て慌てて口を塞ぐ。
 すると後ろから小さく笑い声が聞こえた。

 「れいながそんな可愛い声出すなんて知らなかったぁ」

 振り向くと、そこにはお腹を押さえて片手に二つの缶を持った姉が立っていた。

44 名前:Angel smile 投稿日:2005/10/11(火) 22:08

 あたしは少し頬を膨らまして、差し出される缶の一つを掴んだ。
 姉はプシュッと音を鳴らしあたしの隣に座ると一気に飲む。

 「あー、おいしいぃ」

何故か妙にテンションが高くなった姉の顔を伺ったあと、あたしは自分のを空け様とした。


 ブシュッ・・・

 姉の開ける音とは違い、中身が花びらのように飛んでいく。
 それがあたしの顔にまで付いてきて、口のところにまで垂れてきた。
 驚いていると姉が思いっきり吹き出して、大声で笑い始めた。

 「ごめんごめん、ちょっと細工しといたんだぁ」
45 名前:Angel smile 投稿日:2005/10/11(火) 22:09

 そう言ってポケットから白色のハンカチを取り出すと、丁寧にあたしの服を拭く。

 「・・・貸して」

 姉のを奪うようにしてハンカチを取ると、頬や手に付着した液体の雫を取り除いていった。
 少し頭に血が上ってしまっていて、拭くのは少々荒かった。
 隣で姉が大きなため息を吐くのが聞こえると、缶を置いて立ち上がって背伸びをした。

 「・・・れいな」

 急に声が低くなったから拭くのを止めると、姉はジッと海の水平線を見ていた。
 上を見上げた時に袖から見えたあの手首の包帯。
 このときあたしは、姉がどんな気持ちだったかなんてまだ分からなかった。

 だけど、凄く不安な気持ちにさせられたのは、まだまだ子供だったあたしにも痛いほど感じた。
 
 
46 名前:Angel smile 投稿日:2005/10/12(水) 16:21
・・・・・・

 「れいなは、この海は好き?」
 「・・・うん」

 本当の気持ちだった。
 この広大な景色を見るたびに、この透き通った空を見るたびに、あたしは何度も何度も思った。



 ”「そして鳥は、自分が居るべき世界へと帰っていきました」”


 あの本の鳥のように、あたしは空を飛びたい衝動に駆られていた。
 それが本当に幸せに続く道なら・・・あたしは・・・。

 「じゃあ、れいなはあたしをずっと好きで居てくれる??」

 姉から意外な言葉が出てきて、一瞬固まった。
一度もそんなことを口にした事は無かったから。
47 名前:Angel smile 投稿日:2005/10/12(水) 16:22
 
 でもなんとなく察ししてた。
 凄く嫌な予感だけはしてた。

 あの青い深海を見たときから・・・。

 「よっちゃん、知ってるよね?」

 姉の声が小さくなった。
 
 姉が発した”よっちゃん”という言葉、それはあの青い家の住人だった。
 正式に言えば確か”吉澤ひとみ”
 そして姉の幼馴染だった。
 でも二人の両親との付き合いは全く無くて、一方的に姉が遊びに行ってた。

 あたしはよく姉にくっ付いて吉澤さんの家にへと遊びに行っていた。
 姉が遊びに行かなくても、一人で行く時さえあった。
 それほど姉の友人、吉澤ひとみは人望が優れてた。

 
 でもあの家には・・・。

 「よっちゃんね、引っ越しちゃったんだ」
 
48 名前:Angel smile 投稿日:2005/10/12(水) 16:22

 あたしは頭の思考と眼の神経がおかしくなったかと思った。
 眼前は真っ白な霧に覆われ、眼は姉を見上げたままピクリとも動かない。
 姉が言った言葉が木霊し、口が何かを発しようとフルフルと震える。

 「二ヶ月前にさ、よっちゃんのお母さんが入院して、都会のほうの病院に行くことになったんだって、だから家族揃ってそこに住むことにしたんだって。」
 「・・・いつ聞いたと?」
 「夏休みに入る前、ほら、あたしが少し帰るのが遅くなった時あるじゃん。あの日」

 姉はいつものような口ぶりで話した。
 いや、話そうとして必死になってた。

 感情を表さないようにして、両手を真っ赤に染めて、拳を作る。
 血の循環が悪くなるまで握り締める姉の後姿は、あたしからしてみると凄く大きく見えた。
 
 小さいんじゃなくて、大きく見えたのは、多分背骨を伸ばしてるからだと思うけど。
 それ以上に、姉が懸命に姉らしいところをあたしに見せていたからかもしれない。
 あたしと姉が姉妹だと思っているたった一本のか細い糸。
49 名前:Angel smile 投稿日:2005/10/12(水) 16:23
 
 「・・・れいなは、よっちゃんのこと好きだった?」
 「・・・うん」
 「今でも?」

 姉の声が一気に強張る。
 この質問は姉にとってどんな意味があるのだろう。
 そんなことを一瞬でも考れたら、多分この時点で違う言葉を掛けれたのかもしれない。

 でもやっぱりあたしには無理だった。
 子供は本当に嘘がばれる、それに本当のことを話せば褒めてもらえる。
 当時のあたしには、そんなことしか理解してなかった。

 「・・・うん、れなは、ひとみさんが何処に行ってても好きっちゃ、ずっとそれは変わらんけん、ミキ姉ちゃんも。れなはずっと好きっちゃよ」
 「・・・そっか」

 姉は置いていた缶を取り、一気に飲み干した。
 「ぷはぁ〜」といかにもおっさん臭い声を発すと、大きく大空を見渡し始めた。

 「れいな、あたしさ、れいなと姉妹で本当に幸せだよ」
 「・・・れなも」
50 名前:Angel smile 投稿日:2005/10/12(水) 16:24

 姉は少し恥ずかしそうにはにかむと、「よしっ、帰ろっか」と言ってごみ籠に缶を投げた。
 さすが運動神経が抜群なだけに缶は真っ直ぐにごみ籠の中にへとゴール。
 その瞬間、姉は自転車の方に駆けていった。
 あたしも残りのジュースを飲むと、姉の居た場所からごみ籠にへと狙いを定める。

 こう見えてもあたしは球技には自信があった。
 だけど姉にはいつも手のひらで踊らせられている。
 
 だからこの瞬間だけでも姉に勝ちたいと思った。
 勝てなくても姉には劣りたくなかった。

 
 ・・・・・・・
51 名前:Angel smile 投稿日:2005/10/12(水) 19:41

カランッ・・・

 
 一歩及ばなかった。
 
 缶は半分以上籠の側面をぶつけ、カラカラと地面に転がる。
 あたしは投げた方の手を空中で止め、その缶を数秒見ていた。

 やっぱりまだ姉には勝てないのか・・・。

 仕方なく缶を取りに行こうとした途端、誰かがその缶を代わりに取ってくれた。
 ゆっくりと缶から視線を外すと、そこには姉よりも長身な女性が、あたしが投げた缶を籠に入れた。
 あたしの存在に気づくと、にっこりと笑って、思わず身体が強張る。
 
 「おーい、れいな行くよぉ」

 後ろを向くと姉が自転車を片手に手を振っていた。
 あたしはもう一度女性の方に向き直ると、大きくお辞儀をした。
 どことなく罪悪感と恥辱に苛まれながらも、あたしは姉の方にへと駆けた。
52 名前:Angel smile 投稿日:2005/10/12(水) 19:42
 
 「どうしたの?れいな」
 「・・・なんでもないっちゃ」

 姉は少し不思議がっていたものの、あたしが後ろに乗ったことを確認すると、自転車を発進させた。
 腰に腕を回すと、さっき居た女性の方を向く。
 女性は背中をこっちに向けて反対方向にへと歩いていく。
 
 これが・・・あの人との出会い・・・。

 あの人が居たから、あたしはまだ生き続けれたんだ。

 
 ・・・・・・

53 名前:Angel smile 投稿日:2005/10/12(水) 19:43





54 名前:Angel smile 投稿日:2005/10/16(日) 03:27

 数日後、急遽母親が一人で梨華さん達の家にへと行ってしまった。

 その頃には両親共に何故か安静を保つようになり、その静けさが異様に嵐を吹かせるよな気がしてならなかった。
 
 あたしも付いて行きたかったけど、去年の事もあってか、母親は連れて行きなくないらしい。
 母親はあたしに対してだけ何かが違った。
 
 幼かっただけかもしれないけど、とにかく姉とあたしとは何処か見る目が違った。
 
 
 冷たくて、何も感じず見下す目


 その目をあたしは、いつも何処かで見ていた。
 その上殺気も籠もり、その人物の存在すらも全否定していた。

 見るたびに思った。それはあたしに対しても同じなの?と・・・。

 
 ・・・・・・
55 名前:Angel smile 投稿日:2005/10/16(日) 03:35

 「れいな?」

 ハッと気づき、隣に座る姉の方に振り返る。
 此処はあの海岸を降りた先にある海水浴場。

 父親は仕事、母親は梨華さんの家にへと行ってしまい、宿題もやり終えて時間を持て余していた矢先、姉が出した提案。

 「海に泳ぎに行こう♪」

 
 というわけで、やって来たのだ。
 姉は前よりも吹っ切れた様にスッキリしていて、なんだかやけに元気だった。

 それがなんだか怖くて、あたしはこの海水浴にはあまり乗り気にはなれなかった。
 これを機会になにか悪いようなことが起きるんじゃないかと思ったから。

 「れいな、泳げないんだっけ?」
 「そ、そんなことないけん」

 あたしは泳ぎは上手かった、小さい頃から海には来てたし、ひとみさんにもクロールを教えてもらった。
 姉もあたしとは比べ物にならないほど上手くて、それでいていつも自慢げに泳ぐ。
56 名前:Angel smile 投稿日:2005/10/16(日) 03:36
 
 「じゃあさ、あたしと勝負しようよ」

 そう言った姉はすぐに海の中に入り、仕方なくあたしもすぐにそれに続いた。

 海の中は天候の所為で上が温く、下は氷が置いてあるように冷たかった。
 あたしは姉の所にまで行くと、足をバタつかせて体勢を整えながら止まる。

 「よし、あのブロックまで行けば勝ちだからね」

 姉はそう言って海に何個も重なっている変な形のブロックを指差す。
 そのブロックがあるところまで行くと絶対に足は届かない。

 それどころか水深が五十メートル以上あるところだ。

 「行くよ、よーい・・・」
 
 
 「ドンッ!!」と言って、姉が狙いを定めた豹のようにして合図をする。

 それを聞いた瞬間にあたしと姉は一気に足をバタつかせた。
 バシャバシャと水を掻き分け、ゴールへと目指す。

 そういえば泳ぎだした瞬間、思い出したことがあった。
57 名前:Angel smile 投稿日:2005/10/16(日) 03:36
 
 このレースは、元はと言えばひとみさんが考えたものだ。


 あたしは姉とひとみさんの泳ぎを一足先にあのブロックの上でいつも見てた。
 二人とも凄く早くて、特にひとみさんは平泳ぎでも姉に勝ってた。

 恐ろしく運動神経が良くて、なんだか圧倒したのを覚えてる。

 
 ・・・でもそのひとみさんはもう居ない。

 
 姉はこの短期間で、それを克服したんだろうか・・・。

 だってひとみさんは、姉にとって数少ない友達の中でも幼馴染で親友だった。
 いや、親友と言うよりも、すでに家族のようだった。

 あたし達の姉のような存在だった。

 ・・・・・・
58 名前:Angel smile 投稿日:2005/10/16(日) 04:48

「勝ったぁ!」

 大きくガッツポーズをし、ブッロクの上に乗ると背伸びをする。
 
 姉は勝負事になると手加減をまったくしない。
 いつも本気で掛かり、勝てば凄く嬉しそうに喜ぶし、負ければ勝つまで何度でも続ける。

 所謂負けず嫌い。

 だけどあたしも人の事は言えず、勝てば嬉しいし、負ければ悔しく思う。
 まぁ誰でもそうだとは思うけど・・・。

 「れいな、こっち来てみなよ」

 そう言って息を荒くして疲れているにもかかわらず、姉は滅茶苦茶に置かれたブロックを乗り越え、反対の海側にへと行った。
 あたしも姉に劣らず、身体が凄く重たく感じた。
 必死に追いつこうとして、腕を漕ぎ過ぎたのかもしれない。

 「ほら、魚が居る」

 ひとみさん、たぶん姉はあなたに似たのかもしれません。

 指を差した場所には、五、六匹の魚が群れを成して泳いでた。
 多分イワシだと思う。
59 名前:Angel smile 投稿日:2005/10/16(日) 04:49

「惜しいねぇ、網さえあれば丸ごと取れたんだけどね」

 そういえばひとみさんも、手のひらを優に超えた魚を取ってた気がする。
 それでひとみさんの家に行ってそれを三人で食べたんだ。

 ひとみさんのお母さん、凄く焼き加減とか上手だった。

 「ねぇれいな、よっちゃんも、よくここに来て魚獲ってたんだって」

 姉が口から出した言葉に、一瞬心を読まれたのかと思った。
 自分からひとみさんの事を言うなんて思わなかったから・・・。

 「もうあたし達中学だし、魚釣りなんて全然やってないからさ、またいつかやろうね、なんて言ってたんだよ」

 姉はジッと海の方を見てた。
 姉はよく真っ直ぐに視線を向けてしゃべることがある。
 今がそのときで、数日前も。
60 名前:Angel smile 投稿日:2005/10/16(日) 04:51

「でもさ、その当の本人がどこか行っちゃってさ、あたし達、竿も何も持ってないのにさ、どうしたらいいのって感じじゃん」

 前にも言ったとおり、姉は凄く繊細で、あたしよりも凄く気丈だ。
 それに、頑固で、涙を一切見せたことがない。

 だからあたしは、姉の頬に流れた水を、海水だと思った。
 さっき泳いだばかりで、その海水が垂れ落ちたんだと思いたかった。

 姉があたしに対して弱音を見せた事は一度もないから。
 あたしに対して気丈に振舞ってたから。
 さっきまで、あたしに凄く楽しそうにしてたから。

 だから・・・だからあたしは、そのか細い一本の糸に必死に掴もうとしたんだ。

 あたし達がまだまだ姉妹で居られるように・・・

・・・・・・
61 名前:Angel smile 投稿日:2005/10/16(日) 04:52




62 名前:Angel smile 投稿日:2005/10/21(金) 00:18

 でもあたしは思い知っていた。


 現実はそれほど甘いものでは無い事を・・・。
 あたしの人生の中で、これほど不公平なことがあるのだろうかというくらい・・・。

 梨華さんと絵里

 この二人に会ってから、あたしの進む線は決まっていたんだ。

 



 この翌年、あたしが小学五年になって、姉が中学を卒業した直後、両親は正式な離婚をした。

 


 
 あたしは父親に、姉は母親にへと、それぞれに引き取られた。
 元の家はあたしの父親に譲り
 母親は実家にへと帰ると言うことに決定した。



 ・・・・・・
63 名前:Angel smile 投稿日:2005/10/21(金) 23:41

「れいな」

 あたしが部屋の隅に三角座りで俯いていると、姉がおもむろに袋を取り出した。
 それはピンク色で、服の色しか違わないウサギが二匹、縫い合わせられた可愛いい布袋。

 たしかコミックかなにかの付録だったと思う。
 そしてその布袋に見に覚えがあった。

 「これ、無くさないように」

 袋から出されたものは、それはとてもキラキラしていて、あたしにはそれが、月の石のように思った。
 太陽を象った金色のアクセサリー、それを姉はホックを取ると、あたしの首にへと付けた。
 
 「月はね、どんなに暗い闇の中でも照らし続けて、あたし達を見守ってくれる。そして、どんな時でもあたしは見てるから、れいなも見ててよ」

 姉は少し作り笑顔で、悲しそうな表情を作り出さないようにそう言った。
 あたしも震える身体を必死に両手で抑えて、目を瞑った。

 すると身体になにか暖かいものが包んだ。
64 名前:Angel smile 投稿日:2005/10/21(金) 23:42

 「れいな、またいつか会お、絶対に・・・」
 「・・・美貴姉ぇ・・・」

 姉の体温は暖かく、あたしは小さく泣いた。
 か細い一本の糸は切れてしまったけど、それでもあたし達にはまた新しい糸が繋がった。

 今度は二度と切れることは無いと言うくらい、何十にも括られた鉄の鎖。
 どこに居ても、あたしと姉は姉妹だと言う証。

 そして姉は部屋から出ていった。

 姉の荷物が無くなると、どことなく部屋の中が寂しくなった。
 
 二段ベットの下には誰も居ない。
 本棚の中の本も大半が無くなり、二つあった勉強机も今では一つ。

65 名前:Angel smile 投稿日:2005/10/21(金) 23:51

 散らばっていたゲーム機やカセットも母親に処分されてしまった。
 姉が大事にしていたボールは確かリュックにあらかじめ入れていたような気がする。

 
 今日からここはあたしだけの世界になる。
 そんな事を思い、窓から見える空を見上げた。

 でも・・・それはすぐに止めた。

 宝石の様に青い透き通った空
 それを持つには、その時のあたしには荷が重すぎた。
 あれほど好きだった空だったのに・・・。

 だけどあたしには、もっと濃く、深いモノにへと取り込まれたかった。
 首に下げられた、夜のシンボルと共に・・・。

 ・・・・・・
   
66 名前:Aries 投稿日:2005/10/24(月) 21:32
>>63
「太陽」を象った金色のアクセサリーとなっていますが、
「月」を象った金色のアクセサリーです。
すみませんです。
67 名前:Angel smile 投稿日:2005/10/27(木) 22:31

 夜になって、あたしはただ闇の中に輝き続ける月を見つめた。
 朝の目がつぶれそうな輝きを持つ太陽とは違って、ゆったりとしたこの空間があたしをホッとさせた。

 まだ小学五年になったばかりだというのに・・・私は孤児同然になった。

 父親は母親と姉が出て行ってからどこかに行ってしまった。
 いつかは帰ってくるんだろうけど、今更話すことも何も無い。

 慣れとは少し違うかもしれないけど、あたしにとって両親とは、それほどの存在でしかなかった。
 だけど、今はもう父親しか頼れる人が居なくなってしまった。
 今思うと、父親の存在はあたしにとってそれほど濃いものでもなく、まるで、風の様な人だと思う。

 父親の表情も一度も見たことが無い。
 話し声も思い出そうとしても思い出せないくらい昔の声しか思い浮かばない。
 
 母親に関しても、父親とはそれほど違いなんて無い。
68 名前:Angel smile 投稿日:2005/10/27(木) 22:31

 ただあるのは、両親共に本が好きで、その数はリビングの棚、父親の部屋の棚だけでも数百冊にも及んだ。
 姉もなんだかんだと言って、パラパラと広げていたものの、やっぱり姉には向かなかった様だ。

 だから姉が居なくなって数日、あたしはずっと本を読むことが多くなった。
 全然訳の分からない内容だったものの、なにもしないよりはマシだったし、そうすることでより早く夜がやってきた。
 

 でも、それは休日だけの事。


 平日になると学費なんかを払ってもらってる為、嫌でも学校に行かされた。
 父親はそこら辺がどうもおかしかった。
 あたしや姉が学校を休むと、いちいち母親に突っかかってたのだ。
69 名前:Angel smile 投稿日:2005/10/27(木) 22:32

 「子供は何事にも勉学だ」と。

 いつもは自分の娘達を放っているくせに、そんな人間の血があたし達に流れていると思うとゾッとした。
 冷酷な大人になんてなりたくはない。
 ただ普通の大人でありたい。

 そんな事を考えて眠る毎日、そして平日が訪れ、また孤独を知る。

 
 ・・・・・・
70 名前:Angel smile 投稿日:2005/10/27(木) 22:40

 あたしが小学六年、つまり卒業式が間近になるも、周りはなんの変化も見せない。
 その所為か、あたしはこの年で不登校を続けていた。

 小五の三学期から、学校から電話が来ても、担任が直接家に訪れても、あたしは一切会わず受け取らずだった。
 朝起きるとボォっと地面に積み上げられた本を見て、お昼には冷蔵庫の冷凍食品を漁って食べ、夜は父親の車の音が聞こえるまでただ本を読み続けるだけ。

 そういえば最近、栄養が全く取れていないようにも思ったが、当時11歳の私には栄養成分なんてものは分かるはずもなかった。
 それに知っていたとしても、この時のあたしには調理をする気力さえも無かったと思う。


 そんな時に、いきなり父親があたしに詰め寄った。
 どうやら担任の先生から電話が掛かって来たようだ。

 次の瞬間、あたしは鈍い音と一緒に地面に投げ出された。
 頬に手を触れてみると、ジンッとした痛みが走った。
 つまりあたしは平手を受けてしまったのだ。
71 名前:Angel smile 投稿日:2005/10/27(木) 23:00

 「お前は現実を知らなさ過ぎる!!!」


 こんな赤の他人のような人に平手を受け、あたしはずっと父親の暴言を聞いていた。
 あたしは毒を吐いていた。

 あんたに何が分かる
 
 もとはとあんた達の所為じゃないか

 父親も母親と同じだった。
 結局は自分達の都合にしか子供を思わない。
 父親は母親が嫌いだった。

 だからこの時を狙ったのだろう。
 自分の鬱憤を晴らす為に、自分の溜め込んでいたものをぶつけたいが為に。
 結局あたしは、そうして利用したいが為に生ませたのだ。
72 名前:Angel smile 投稿日:2005/10/27(木) 23:00

 なら・・・姉は一体どんな事になってるんだろうか。
 そう思うと自分の状況よりもそっちに気持ちが向いた。
 その瞬間、今度は頭の髪を掴まれた。

 「痛っ・・・!!」
 「なんでお前を引き取ったのか分かるか?それはあいつがお前が邪魔だから俺のほうに無理やり引き取らせたんだ」

 あたしは父親の腕を掴んで必死に抵抗した。
 でもやはり11の子供と四十半ばの男では分が悪い。
 半分引きずられるようにして、あたしは壁に叩き付けられた。

 息が一瞬出来なくて、ゴホゴホと咽た。

 「それにお前はあいつの娘じゃないしな」
73 名前:Angel smile 投稿日:2005/10/27(木) 23:01





74 名前:Angel smile 投稿日:2005/10/27(木) 23:02

 ・・・・・・一瞬、空間が歪んだ。
 
 「・・・ぇっ」
 「お前は違う女と出来た子供なんだ、でもその女が病死してな、仕方なく引き取ったんだ」

 意味が分からない。
 あたしはこの父親の娘であっても、母親の娘ではない??
 
 だったらあたしは姉とはどうなんだ?
 ずっと姉とは姉妹だと思ってた。
 だったら・・・だったらあの姉の行動は全部・・・。

 「美貴はお前とは腹違いの妹になったわけだが、あいつは知らないよ、なにせ三歳の頃だからな」

 あたしはどうにも父親の行動が分からなかった。
 実の父親が娘に対してそんな酷な事を言って何になる?
 
 「なんで俺がこんなことを言い出したのか分からないだろう?」
 
 父親はあたしの心を読んだかの様に言って、気味が悪いほどに口角を曲げる。
 その後父親は、とんでもない事を口にした。
75 名前:Angel smile 投稿日:2005/10/27(木) 23:05




 
 「お前は人工的に作られた、数少ない子供の一人だからだよ」




76 名前:Angel smile 投稿日:2005/10/27(木) 23:06





77 名前:Angel smile 投稿日:2005/10/27(木) 23:06





78 名前:Aries 投稿日:2005/10/27(木) 23:10
ノンフィクションと書いていますが、所々フィクションはあります。
そしてこの視点はれいな視点とさせていただきます。
感想苦情なんでもどうぞ。
79 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/10/28(金) 09:01
どうなってしまうのでしょう・・・・。
80 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/10/28(金) 21:24
だんだん話が見えてきましたね。
続きも期待しています。
81 名前:Aries 投稿日:2005/10/28(金) 23:10
>>79 名無し飼育さん様
どうなっていくんでしょう、作者の自分も殆どがアドリブの様なもので。
今後もよろしくお願いします。

>>80 名無し飼育さん様
ご期待に添えれるかどうか・・・今後ともよろしくお願いします。
まだまだ初番ですから、これからもどんどんと・・・w

では始めます。
82 名前:Angel smile 投稿日:2005/10/28(金) 23:22

 父親の言葉と、背中に叩き付けられたままの状態で丸一日が経っていた。
 あたしは不安定のままフラフラと身体を起こし、ベットにダイブした。
 もうこのまま動きたくなくて、あたしは全ての力を抜いた。

 母親はあたしの実の母親とは違う。
 本当の母親は死んでいる。
 あたしは人工的に作られた。

 その瞬間に色々な事が頭の中で蘇り、あたしは不意に耳を塞いだ。
 もう何も考えたくない。
 これ以上あたしを苦しめないでよ。
 人工的に作られた?人間じゃないって事?

 アタシハ、ニンゲンジャナイ・・・?

 ドクドクと心臓が張り裂けそうになる。
 汗が止まることなく流れ出る。
83 名前:Angel smile 投稿日:2005/10/28(金) 23:26

「・・・美貴姉ぇ・・・」

 不意にいつもあたしの傍に居た姉の名前を読んでしまった。
 姉はなにも知らない。
 でも、何かを信じてそこで行き止まりになるのが嫌だった。
 だからあたしは何も信じないことにした。

 大好きだった姉の存在を、あたしは自分の中で消してしまおうとした。
 鎖がいくつも砕かれる音が聞こえた気がした。
 何十にも括られた鎖が、次々と砕かれる。

 ふと、あたしは首のアクセサリーに手を置いた。
 月が輝き、あたしは姉の言葉を思い出した。

 「”どんな時でもあたしは見てるから、れいなも見ててよ”」

 
 ・・・・・・
84 名前:Angel smile 投稿日:2005/10/28(金) 23:27

 夜になって、父親がまたあたしの部屋に来て暴力を奮った。
 どうやらまた評価が悪かったようだ。

 今思うと、父親は学者だった。
 
 あの数百冊にも及ぶ本は、遺伝子学や医療関係のものばかりだったのだ。
 父親の仕事なんて知らなかったし、ましてや企業秘密な実験だったため、家族にも言えなかったのかもしれない。
 ・・・いや、あの父親があたし達を家族として見ていた訳ではないと思う。

 それは、当時のあたしも同じ事を思ってただろう。

 そして父親が部屋から出ると、あたしは痣だらけの身体にムチを打って、ある場所へと向かった。
 窓から一階に行く事は屋根があるため可能なのだ。
 昔その屋根で姉と一緒に日向ぼっこをしていたこともあったほどだ。
85 名前:Angel smile 投稿日:2005/10/28(金) 23:28

 そしていくつかシップを貼った後、あたしは家から飛び出した。
 秋が近くなっているのか、涼しい風が身体に触れて痛みが和らぐ。
 姉の自転車の鍵は事前に貰ってたから、それを手の中から出し、それをロックの鍵穴に差し込む。

 父親に聞こえないように慎重にタオルでその部分を塞ぎ、一気に中にへと押し込む。


 ガキン・・・カシャンッ・・・


 自転車に跨り、あたしは地面を走り出した。
 小さな電灯を付け、足元を照らしながら、”あの場所”にへと目指す。

 あの場所は、あたしにとってかけがいの無い場所。
 姉も、そしてあたしが最も凄いと思った景色。
 
 そしてそれは・・・今日で終わる。

 ・・・・・・
86 名前:ひろ〜し〜 投稿日:2005/10/29(土) 15:49
こんにちわ。初めまして。
感想・・・、よろしいですか??

せつなすぎです。。。
思わず涙が出てくるような。。。

ホンットせつなすぎです。
続き、楽しみにしてます。
87 名前:Aries 投稿日:2005/10/30(日) 21:15
>>86 ひろ〜し〜様
はい、ぜひまたご感想などを頂ければ幸いですw
切な過ぎますか。
続きはどうなって行くのかは作者にも分かりません。
更新は早いですが、量はさほど多く無いので、今後ともよろしくお願いします。

それでは始めます。
88 名前:Angel smile 投稿日:2005/10/30(日) 21:16

 あたしは堤防に居た。
 
 この海岸には灯りと言う灯りが殆ど無いものの、それでも伊達にこの場所には来てない。
 自転車を置いて、一応鍵を掛けると、ブロックを飛び、反対方向にへと座った。
 つまり眼前はすぐ海の顔面絶壁のような場所。

 そんな所で夜女の子一人居るなんて何人の人が分かるだろう。

 「・・・・・・」

 あたしは無言のまま、闇の上に灯る月を見上げた。
 真ん丸な満月は、眩しいほどに月光を放ち、そして浮かんでいた。

 掴める事は叶わない満月。
 それを知りながらも、あたしはふと、空に腕を伸ばす。
 風がピユゥっと吹き上がり、髪が後ろに流れるも、そんな事は目も向けない。
89 名前:Angel smile 投稿日:2005/10/30(日) 21:17
 
 ただあたしの目に見えるのは、眩しいほどに輝かしい、今にも押しつぶされそうな金色の満月。
 
 どこまでも神々しく、どこまでも高い場所に存在する夜のシンボル。
 そして、姉と繋がっていられる唯一のシンボル。

 本当に見ているのか分からないけど、でも、一つだけになってしまった糸を、あたしは簡単には切れなかった。
 でも、それは今、あたしの手の平にグルグル巻きにされてるだけの、いつ取れてしまうか分からないほどに危うい状態。

 そんな中、どんどん中間あたりでキリキリと伸びきり、少しずつ中から崩壊していく。

 
 もうどこにも居られる場所なんてない。
 
 ひとみさんも居なくなった。
 学校なんてあってもなくても変わらない。
 梨華さん達にももう会えない。
 そして、姉さえも居なくなった。
 これからもずっと父親にサンドバックとして、精神安定剤として利用される。

 実の娘が崩壊しても、何とも思わないだろう。


90 名前:Angel smile 投稿日:2005/10/30(日) 21:18

 
 だから・・・今日でこの日々を終わらせる。
 
  

 この見える世界に飛び立って、あたしは自分の存在を自分で決める。
 それが・・・あたしの最後のわがままだ。

 
91 名前:Angel smile 投稿日:2005/10/30(日) 21:19

・・・・・・

 闇の様に深い海は、月光で気味が悪いほどに黒く染まっている。
 もし今あたしが飛んでも、身体は何年先になるだろう・・・。
 
 そんな事を考えながら、あたしの手はブロックから離れようとしない。
 まだ恐怖心が残ってる所為だろうか。
 
 ここまで絶望的になってると言うのに、あたしは、その先に進む事が出来ないのか。
 そんな事がありえるのか・・・。

 「珍しいね、今時身投げ?」
 
 ドキッとした。
 心臓が跳ね上がり、身体が石のように固まる。
 こんな時間に来る人がいたなんて、予想外だった。
 
 「此処ってよく溺れる人が居るからね。こんな時に泳いでもしたら最低二年はこの中だよ」
92 名前:Angel smile 投稿日:2005/10/30(日) 21:22

 女性の声だった。
 しかも前に聞いたことのある声で、何歳か年上の女性の声。

 「それでも行く?」

 凄くあっさりとした声で、思わず強張る身体が脱力感を覚えかける。
 そして月明かりに照らされた姿を見て、あたしは目を見開く。

 「あっ・・・」
 「あれ?君・・・」

 その人は、あの空き缶を拾い、笑い掛けた長身の女性だった。
 今は目を見開いて、あたしだと分かるとまたあっさりとした口調で話し始める。

 「なんだ、君も良く来るんだ、家は地元だよね?」
 「・・・はぃ」
 「でもここ足場が不安定なのによくそこまで行けたねぇ」
93 名前:Angel smile 投稿日:2005/10/30(日) 21:24

 女性は数十センチの距離からゆっくりと話しかけ始めた。
 あたしはもう一度、背中を向けて海のほうに視線を向ける。
 
 「私もこの山を越えた先にあるハロモニ小学校にお世話になってるんだけど、君はあっちのハロプロ小学校に通ってるの?」
 「・・・そうですよ」
 「ふーん、私もね、本当はそっちに行こうとしたんだけど、ちょっと予定が変わったの」

 女性がブロックを乗って、あたしの傍まで来る足音が聞こえた。
 意外にも慣れているようで、何分も掛からない内にあたしの隣に来た。

 「・・・ね、君の名前は何て言うの?」
 「・・・・・・」

 あたしは何処かでこの人は悪い人じゃないと信じきっていたのかもしれない。
 一度きりしかあったことの無い人なのに、それだけであたしは安心しきっていた。
 
 この状態を、誰かに止めて欲しかったんだろうか・・・。
94 名前:Angel smile 投稿日:2005/10/30(日) 21:26

 「れいなです・・・」
 「れいな・・・良い名前ね」
 
 女性は座ると、長髪が風で揺らめくのを手で押さえる。
 大人の女性というのはこの人を言うのかも知れない。
 本気でそう思った。

 「私は圭織、飯田圭織、またここに来れないかな?」
 
 飯田さんは月を見ながらあたしに問いかけた。
 あたしは横目でチラッと横顔を見ていたものの、足を自分の所に引き寄せた。
 
 「つい最近ここに転任してきたからさっきの溺れたお話も釣り人から聞いたの、だから全然知らなくて困ってた所なの、お話しない?」

 あたしはグッと堪えて、両手に拳を作る。
 それは怒りでもなく、憎しみでもない。
95 名前:Angel smile 投稿日:2005/10/30(日) 21:27

 あたしの中にある、あたしの弱さと恥る気持ち。
 そして、飯田さんの優しさが、あたしの心に沁みた。

 「・・・はい」

 そして、あたしは微かな光を見つけた。
 本当に小さくて消えそうな光だったけれど、当時のあたしには月よりも神々しく、言葉にならないくらいの綺麗な光だった。

 
 それは、梨華さんと絵里に会った時と同じ気持ちだった。
 安らげる世界。
 暖かい空間。
 
 そして、人の温もり。

 たった少しの間だったけど、あたしが少し大人になるには、十分な時間だった。
 
 
 ・・・・・・ 
96 名前:Angel smile 投稿日:2005/10/30(日) 21:28





97 名前:Aries 投稿日:2005/10/30(日) 21:32
訂正です。

>>88 顔面絶壁→断崖絶壁です。

少し疑問ではありましたが本当に間違っておりました。
申し訳ありません。
98 名前:Angel smile 投稿日:2005/11/03(木) 22:10

 その翌日から、あたしは夜になると堤防に通うようになった。
 朝から夜にかけての日常は何も変わることは無かったけれど、それでもそれ以上のことは何も無かった為、それが幸いだった。

 この数日間、飯田さんと話すうちに色々な事を話し合った。

 飯田さんの実家は北海道で、この町には美術の先生として上京。
 今年で21歳で、学校でも新米。
 あたしが12だと言うと、「いいなぁ、若いって」とか羨ましがっていた。

 そして飯田さんは今週に誕生日が来るんだと言う。
 その時に、あたしの誕生日はどうなるんだろうとか考えたけど、どうってことはない。

 姉がいつも祝ってくれていたけど、今年はたった一人のハッピーバースディ。
 真っ暗な部屋の中で時計の針を追いかけ、それが12時丁度の所に行けば一人小声で歌う。
 そんな姿が簡単に想像できて少し笑えた。
99 名前:Angel smile 投稿日:2005/11/03(木) 22:10

 でもそんなあたしに対して、飯田さんは提案した。

 「れいなちゃんのお誕生日、お祝いしよっか」

 なんでも学校でお誕生日パーティというのがいつも開催されているため、それにあたしも加えてくれると言うものだった。
 あたしは凄く嬉しく、その逆に遠慮の気持ちが生まれた。
 
 「私の誕生日パーティにもご招待するから」
 
 だけど飯田さんの懸命な誘いの言葉に、少し甘えても良いだろうと言う気持ちにさせられ、OKを出した。
 指きりもし、このとき初めて誕生日を好きになった。


 そして幸運にも、また父親が家に帰ってくることが少なくなったのだ。
 多分夜勤というのがあり、研究所に籠もりっきりなのだろう。

 でもそれがあると言うことは、また何か始めたのだろう・・・。
 どこまで狂ってる父親なのだろうか。
100 名前:Angel smile 投稿日:2005/11/03(木) 22:11

 「れいなちゃん」

 ハッとして横を見ると、飯田さんが海を眺めながらポツリポツリと聞いてきた。

 「人の命って危ういよね、だってほら、こうして手を添えるだけで心臓がどこにあるかが分かっちゃう」

 そう言って手を胸元に添えると、飯田さんは少し悲しそうな表情を浮かべる。
 飯田さんは少し医療のほうも齧っているそうで、そう言った所で人間の事がそう言った形で表すことが多いらしい。
 
 「れいなちゃんは、自分が生まれてきてよかったって思ったことある?」

 そんな事もあってか、飯田さんの話はどうも重い話が多い。
 かと言って、あたしもそれほど吹っ飛んだ性格でもない為、うっかりそれに乗ってしまう。
101 名前:Angel smile 投稿日:2005/11/03(木) 22:12

 「・・・れなは今の自分が嫌いです、でも、どうしてもこの世から消える事が出来ないんです」
 「それは皆同じ、私達はどんな事があっても、決して割り切れる動物じゃないから」
 「でも、今この現状から逃げ出したいです、辛いんです」
 「私もそんな時があったよ、逃げたくても追いかけてきて、振り切ろうとしても何度も何度も行き止まりで」

 「でもね」っと、飯田さんはあたしの頭を撫で、柔らかく微笑んでゆっくりと言った。
 あたしは段々瞼が熱くなっている事に気づいて、慌てて俯く。
 人の温もりを知ってから・・・あたしは少し弱くなってしまっていた。 

 「悩んで悩んで、それでも駄目なら休憩して考えれば良いんだって思ったの、だって、私達がどんなにもがいたとしても、時は止まることを知らない」

 「だから、れいなちゃんも休みながらでいいんだよ」と、飯田さんは私を包んでくれた。
 それがどれほどあたしの中で沁み込んだか、なんとなく飯田さんの言葉が分かった。
102 名前:Angel smile 投稿日:2005/11/03(木) 22:13

 あたしは逃げたい一心だった。 

 
 走って走って、心臓がドクドク鼓動を鳴らそうと、わき腹が痛くなっても、荒い息をゼェゼェ言ってても、あたしは休むことなくずっと走りこんでた。
 だから色んなところが痛かった。
 転んでも逃げ続け、溺れそうになりながらも泳ぎ続けて。
 そんな事をいつまでも続けていれば有名選手でも身体を崩壊させる。

 あたしは・・・自分で自分を壊してた。

 「それに何かあったら、またここにおいでよ、私が休憩所になってあげるから」

 そう言って、飯田さんは帰っていった。
 飯田さんが帰ると、あたしはいつもの様に頭の中で考えを巡らす。
 一人になると、飯田さんが言う言葉を丹念に考えてしまう。
 
103 名前:Angel smile 投稿日:2005/11/03(木) 22:13
 
 でも、なんだか悪いようには感じなかった。
 逆にその時間が清々しくも感じた。

 風は優しく顔を拭い、今までの傷を全て飛ばしてくれる気がした。
 そして思った。

 この風がまた、あの嵐に変わることをしないでほしいと。
 またあたしから、光を奪わないでほしいと・・・。


 そう、あたしの心の中では、嵐と光は紙一重の存在だった。

 ・・・・・・
104 名前:Angel smile 投稿日:2005/11/03(木) 22:14





105 名前:Aries 投稿日:2005/11/03(木) 22:18
ようやく100に辿り着きました。
なんだかどんどん頭の中でフラッシュバックされて行くようです。
作者にもこの結末がどう完結するのかは謎ですが。
どうぞお暇なお方、感想苦情なんでもどうぞ。
106 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/04(金) 09:51
ちょっぴり切ないです。
107 名前:Aries 投稿日:2005/11/04(金) 20:40
>>106 名無飼育さん
切ないものとなっておりますが、もっと深みに行きます。
飽きずに見ていただければ幸いです。

では始めます。
108 名前:Angel smile 投稿日:2005/11/04(金) 20:41

 そして飯田さんの誕生日当日。
 あたしは初めて山を越えたハロモニ小学校へと行った。
 
 飯田さんが車で海岸まで来てくれたのだ。
 その時にはもう体中の傷は薄くなり、朝や昼でもあまり目立つことは無かった。
 
 何週間ぶりの外だろうと快晴の空を見上げて、あたしはフゥッと小さくため息をつく。
 いつも本を見ていた所為か、大分身体も鈍っていた。
 目も少し悪くなったかもしれない。

 それにしても熱い。
 今夏のピークだと言われているようだが、それの対処法なんて帽子を被るか冷たい水を飲むなどしか当時のあたしには考えれなかった。
 だけど車の中では飯田さんが冷房を付けてくれたおかげでどうにか過ごせる空間にはなった。
109 名前:Angel smile 投稿日:2005/11/04(金) 20:42

 そういえば、ハロプロ小学校は一クラスで二十人は居るというのに、ハロモニは一クラスに十人程度しか居ないとか。
 あたしの所から二十分しか違わないのに、何処と無く違和感があった。
 地域は一緒でも、一度壁を作ってしまえばどんどん場所は違っていくんだと初めて知った。

 「それで、れいなちゃんにお願いがあるの」

 飯田さんはクネクネと曲がる道をスイスイと通りながら、助手席のあたしに言った。
 (ちなみに飯田さんの愛車はなんと小学校の経理から出しているようで、飯田さん自身の車ではないらしい)

 「実はれいなちゃんよりも二つ離れてて、あっ、ハロモニ小学校って中学と共同なの。そこにお友達になってほしい子が居るんだけど、良いかな?」

 ハロモニ小学校は人数が少ない為、中学校を建てるより合体させればいいという提案があったらしい。
 だから正しく言えば「ハロモニ小中学校」と言うんだとか。
110 名前:Angel smile 投稿日:2005/11/04(金) 20:44

 友達・・・ふと、小学校に通っていた時の事を思い出し、苦笑いが漏れた。
 全然居なかったな・・・。

 そして、今度はあの子を思い出した。
 あたしよりも年上な癖に、強情で見栄っ張りな幼馴染。
 でもそんな子だけは・・・あたしの唯一の友達だった。

 今ではもう本人も覚えているかどうか定かじゃないけど・・・。

 「・・・いいですよ」

 あたしは少し作り笑いを作って、飯田さんにOKを出した。 
 そると飯田さんは嬉しそうにフッと微笑んで、「ありがと」と言った。

 そしてそんな話をして二十分あまり、あたしと飯田さんを乗せた赤い軽自動車は、目的地「ハロモニ小中学校」へと辿り着いた。

 意外な再会を待たせているなんて、あたしの気持ちには一切抱かせずに・・・。

 ・・・・・・
111 名前:Angel smile 投稿日:2005/11/04(金) 20:47

 「ハロモニ小中学校」
 
 あたしの第一印象は・・・とにかく小さい。

 グラウンドも学校も、道すらも、とにかく何もかもが細く、小さかった。
 あたしの学校とは大して違わないのかも知れないけど・・・とにかく小さくて、そしてある意味で凄い場所。

 「れいなちゃん、ご感想は?」
  
 そう聞いてきた飯田さんに対して、あたしは言う言葉が見つからず、「凄いですねぇ」と眼前の光景を一言で表した。
 誰がどう見てもその言葉しか出ないと思う。

 この目の前に広がる光景は、あたしの想像を遥かに超えていたから。

 「凄いでしょ?まさか私も本当に見れるとは思ってなくて、初めの頃は少し怖かったよ」

 茶色のフサフサの毛と、ビローンと鼻の下は伸び、お尻には見事に赤で染められている。
 
112 名前:Angel smile 投稿日:2005/11/04(金) 20:48

 その正体は何処から見ても「猿」。
 
 
 小猿から大猿までさまざまで、あたしの所でもこんな至近距離で見たことは一度も無い。
 
 あたしの家の近くにも秋になると柿を盗みに小猿が降りてくるけど、こんな夏真っ盛りな時期にこんな猿が降りてくるなんて、誰が予想できただろう。
 それに来るのなら気温の低い夜の方が良いと思うけどなぁと猿に対して忠告。

 「このお猿たちもここの常連客だから、皆とも仲良しなの、だからきっと大丈夫」
 
 そう言う飯田さんを尻目に、あたしは早く中に入りたいとばかり頭の中で連呼していた。
 (家に中でもクーラーは掛けっぱなしな為、あまり熱さには慣れていなかったのだ)

 学校の正面玄関から中に入ると、少しばかり涼しい風が何処からか入ってきた。
 どうやらこの学校は風通しをよくする為になにか細工をしているようだった。

 「今は皆体育館で準備してると思うから、ちょっと待ってようか」

 「多分あの子が来ると思うから」と言って、下げられているプレートには「美術準備室」と書かれている。
 つまりここは、飯田さんの仕事場だった。
113 名前:Angel smile 投稿日:2005/11/04(金) 20:49

 「ちょっとゴチャゴチャしてるけど、そこの椅子使ってね」

 飯田さんの言うとおり、中は彫刻や絵の画用紙、絵の具や彫刻等は素でバラバラに放置されていた。
 中の広さは少し狭いようにも感じたけれど、それでも七、八人は簡単に入れそうな場所だった。
 壁に飾られている絵は、多分ここの生徒が描いたもののようで、下の方に名前と題名が書いてあった。

 「その絵、ここの子達が書いてるんだけど、一人だけちょっと苦手な子がいるの」

 そう言って何かを取り出した飯田さんはそれを机に置くと、あたしが見ていた絵の中である一つの絵を指差した。
 題名は花と海なものの、素人のあたしから見ても少しコメントに戸惑う。

 「これ、何に見える?」

 そう言って飯田さんが指を差したものに目を向けて、あたしは少し言葉に詰まる。
 花が海と一体化してしまっていた。
114 名前:Angel smile 投稿日:2005/11/04(金) 20:50

 というのも、花の色が滲み出て、背景の海の方にへと色が流れてしまったらしい。
 これだと見る人は少し困るだろうなぁ、っと少し苦笑いを浮かべてしまった。

 「これね、あなたよりも二歳年上の子が書いたの」
 「さっき言ってた子ですか?」
 「その子じゃないんだけど・・・れいなちゃん的にはどうかな?」

 そう聞かれて、あたしはジッとその絵の”良さ”を探す。
 と言っても、あたしはそこまで絵の事は分からないから、素直にこう答えた。

 「なんだか・・・一生懸命に書いてます。それと、なんだか悲しそうです」
 「悲しそう?」
 「あっ、いえ、なんだか使ってる色が薄くて、今にも消えそうな感じがしたから・・・」

 あたしの言葉で飯田さんは絵を見つめた。
 少し眉を真ん中に寄せて、そして言った。

 「・・・れいなちゃんもそう思う?」 
 「へっ??」
115 名前:Angel smile 投稿日:2005/11/04(金) 20:52

 意外な言葉であたしは少し変な声が出た。
 飯田さんは向きを変えて、机の方に置いてあった何かを開く。

 それは長方形の白い画用紙と五本の鉛筆。
 多分飯田さんの持ち物だとは思ったけど、それを一枚取り出し、一本の鉛筆とあたしに差し出した。

 「ちょっと書いてみてよ」
 「はっ?」
 「なんでもいいよ、自分が思いついたものをそのまま書いてくれれば良いから」

 そう言われてすぐに書ける人は居ないだろうけど、とりあえず椅子に座り、少し考えてから画用紙に大きく描く。
 
 あたしが思いつくといったら、たった一つしかない。
 あの思い出深い景色、広大な水色の宝石。
116 名前:Angel smile 投稿日:2005/11/04(金) 20:52

 シャッシャッと鉛筆を流し、色は無いけれど、とにかく何も考えずにただその景色を思い描いた。
 時計のカチコチという音とシャッシャッという音しかない空間。
 集中させるのは読書を読むときと同じ、目をその物質に当てはめ、それをただジッと見るだけ。
 
 そしてその空間の中に入り込む。
 無理にではなく、ただ自然にゆっくりと入り込む。
 この地球もそうだ、何十年、何百年と時を重ね、そして回る。 

 近い物に当てはめるとあの本の山。
 今読みかけの本をあの山になっている本たちの中に時間を掛けて積む。
 それと同じ、簡単なことだ。

 ・・・・・・
117 名前:Angel smile 投稿日:2005/11/04(金) 20:53





118 名前:Angel smile 投稿日:2005/11/06(日) 02:42

シャッシャッという音が鳴り始めて早十分、絵は完成した。
 本当はこの下書きから絵の具で色を付けていくんだけど、あたしにはそんな道具も無い為、それだけを飯田さんに見せた。
 飯田さんはうんうんと頷いて「へぇ〜」と感心したような声を出した。

 「れいなちゃんは想像させることとか好き?」
 「まぁ・・・いつも本しか読んでましたから」

 飯田さんは「ふぅ〜ん」と言った感じであたしの絵を見ている。 
 なんとなく自分が描いた絵を見られると少し恥ずかしい気もしたけど、なんだか飯田さんの表情は上々な様子で、ちょっと何かを期待していた。

 「れいなちゃんは、この絵が悲しそうだって言ったよね?」
 「えっ?はい・・・」
 「・・・ありがとう」

 ・・・・・・へっ?
              
119 名前:Angel smile 投稿日:2005/11/06(日) 02:43

 あたしは何でお礼を言われたのか分からずに、漫画なら目が点になっていたと思う。
 飯田さんがあたしの方を見て微笑んで、そしてまた言った。

 「君は絵の気持ちが分かるのね」
 「絵の・・・気持ち?」

 あたしは単に素直な感想を言っただけだったけれど、それを飯田さんはこう解釈してくれた。

 「絵ってね、その描く人の手によって作り出される、つまり一つの意思表示なの、その人の気持ちが景色と交わり、そこからまた違う見方が出来る」
 「それって、その人が誰かに知ってほしいから描くってことですか?」
 「確かに絵が好きで描く人や、趣味で描く人は居ると思うけど、でもそんな人たちも心の中では、誰かに知ってほしいという願念はあるかもしれないと思うの」
 
 あたしの絵を持ってまたじっくりと見た後、飯田さんはあたしに聞いた。

 「れいなちゃんは、この絵をあたしが「何でも良い」と言って、この絵を描いたでしょ?」
 「はい」
 「それで、一瞬にしてこの絵を描いた、それはどういうことか分かる?」
 「・・・分かりません」
 「この短期間で描ける人の大半は、「自分の頭の中に残された一番心に残っている景色」を描いてるの、無意識かもしれないけど、れいなちゃんは、その景色を絵にした」

 飯田さんの言いたい事はこうだ。
120 名前:Angel smile 投稿日:2005/11/06(日) 02:44
 
 つまり人がいつも心の中で残すのは「良い出来事」。
 良い出来事は人の中でずっと行き続けるものであり、それを人は忘れたくないが為に何か形にしたいと願う。

 それが「絵」。
 絵とは、その人の残したいという意思表示と他の人達にも「覚えててほしい」という表れなのかもしれない。
 
 っと、あたしは思った。
 当時のあたしには、それ以上理解することは出来なかった。

 「でもれなはそこまで考え付かなかったです」
 「それは仕方ないよ、私みたいな職業してないと気づく人は数少ないからね」

 「それに・・・」っと、飯田さんはあの絵を見上げて、少し寂しそうに呟いた。

 「人は不器用だから、こういうことでしか気持ちを伝えられないのよ、だから私も、遅すぎちゃったかな」
 「飯田さんは遅くなんてないですよ、まだまだ若いです」

 
121 名前:Angel smile 投稿日:2005/11/06(日) 02:45

 あたしは少し慣れすぎていたのかもしれない。
 飯田さんの言葉の”穴”に、あたしは何も知らずに入り込んでしまっていたのだから。
 そして、その闇の中でまた嵐が来るのを待っていたことに・・・。

 「それくらい分かってる、れいなちゃんもすぐにおばちゃんになるよ」
 「れなはまだ12ですよ」
 「それでもまだまだ言ってても時は流れるものだからねぇ」

 そんな事を言い合ううちに飯田さんの表情は柔らかなものに戻り、あたしは気づかれずにホッと安心した。
 飯田さんと会ってから、姉が居た頃に戻ってきた気がすると思った。

 そんなこんなで話し込んでいると、大きくドアが開いた。
 見るとあたしよりと大して変わらない身長の女の子が、飯田さんに向かって背中から押しの一発。
 
 だったけど、飯田さんはそれをあっさりと流して、その女の子の頭を鷲掴み。
122 名前:Angel smile 投稿日:2005/11/06(日) 02:46

 「こらっのの、また体当たりをしようとしたなぁ、それに飯田”先生”でしょ?」
 「でもいいらさんはこの方が分かりやすいでしょ?」
 「分かりやすくてもこの前のような事になったらどうするの?」
 
 なんだか舌っ足らずな言葉で話す女の子は、飯田さんの身体にくっ付いて離れようとしない。
 でもその相手をする飯田さんも、なんだか悪い気分でもないらしく、笑って受け取っていた。
 すると女の子はあたしに気づいたのか、飯田さんに聞く。

 「この子がれいなちゃんれすか?」
 「そう、あっ、紹介が遅れたね、この子がこの絵を描いた子、辻希美ちゃん」
 「ののって読んでくらさい」
 「あっ、あのれいなです」

 辻さんは、あたしの髪の毛をジッと見てた。
 実を言うといつもは髪を下ろしてたけど、今日だけ片方をゴムで結んでいた。
 それを見て辻さんは「てへへ」と笑って、自分の髪を見せた。
123 名前:Angel smile 投稿日:2005/11/06(日) 02:46

 「ののと同じれすね♪」


 そう言って辻さんも両方にゴムで結び、あたしのを見て凄く嬉しそうだった。
 それを見てたら、何故か急に恥ずかしくなった。
 あたしが何をしていても、周りからは何も言ってくれなかったから・・・。
 
 「れいなちゃん、握手してくらさい♪」
 「へっ?」
  
 そう言って、辻さんはあたしの手を掴むと、ギュッと握って、また笑いかけてくれた。
 そして辻さんはあたしに教えてくれた。

 「あのれすね、いいらさんが「友達になる子にはまず握手から」って教えてくれたんれす」
 「最初のご挨拶って言う意味もあるからね」
 「は、はぁ・・・」

 そう言って辻さんはあたしの腕をブンブン揺らして、凄く満面な笑顔であたしを受け入れてくれた。
124 名前:Angel smile 投稿日:2005/11/06(日) 02:47

 「そういえばのの、私になにか用事だったんでしょ?」
 「あっ、そうれした、ではいいらさん、こっちに来てくらさい」

 そう言って、辻さんは、飯田さんの腕を引っ張って教室をあとにした。
 あたしもチラッと後ろの絵を見た後、なんだか少し複雑な気分で教室を後にした。
 
 
 この絵に秘められた意思表示が、あたしが飯田さんよりも先に気付いてしまったからだと思う。

 
 ・・・・・・
125 名前:Angel smile 投稿日:2005/11/06(日) 02:48





126 名前:Angel smile 投稿日:2005/11/06(日) 02:49





127 名前:Angel smile 投稿日:2005/11/06(日) 02:49





128 名前:Angel smile 投稿日:2005/11/06(日) 16:42

 パーン、パーン♪♪

 「「「飯田先生、お誕生日おめでとう♪」」」

 拍手と共に、クラッカーの音とそこから紙の花びらや川が出てきて、それが飯田さんの上に降り注いだ。
 そして辻さんが眼前に出て、大きく包まれた花束を差し出す。

 「これ、皆で探して作ったんれすよ」
 
 そう言って「てへへ」と笑い、他の生徒の子もそれぞれに照れたり恥ずかしそうに笑った。
 それを見て飯田さんは一人一人に頭を撫でてあげ、そして大きく書かれた「お誕生日おめでとう」のプレートの下にへと行った。
 あたしはその後ろでその光景を見てたけど、皆が着席したと同時に、辻さんがあたしに手招きをした。

 どうやら隣の席が空いているらしく、そこがあたしの席なのだろう。

 そしてマイクが「キーン」と響き、飯田さんが少し角度を調節すると「ゴホンッ」と咳払いを一つ。

 「えっと、まだここに来て何ヶ月も経ってないんだけど、こんな盛大なパーティを開いてくれてどうもありがとう」
 
129 名前:Angel smile 投稿日:2005/11/06(日) 16:43

 と、隣に座っていた辻さんがあたしの肩を叩き、にやぁっと何かを企む様な笑顔を浮かべる。
 そしてゴショゴショと耳の近くで囁かれ、ちょっとした”いたずら”の説明を聞く。

 改めて辻さんのやり方は唐突だなぁ、と思いながらも、それに乗ってしまうあたしはまだまだ子供だと感じた。
 そして辻さんから残しておいたクラッカーを貰い、誰にも気付かれずにテーブルの下に潜り込む。

 この席からは飯田さんの方から死角になっている為、多分辻さんはそれを計算してここに誘ったのだろう。
 なんて計画的犯行だろうか。

 あたし達は人並み以上に身体が小さかったから、あたしが裏で辻さんの後を追った。
 飯田さんはどうやら少しウルッときてる様で、マイクからグシグシと鼻声が小さく聞こえた。
 クールな人に見えて、少し涙もろいところがあったんだと思った。

 
130 名前:Angel smile 投稿日:2005/11/06(日) 16:45

 ・・・そういえば姉が十二歳の誕生日の日、あたしは姉に内緒で近くの小さなスーパーでプレゼントを当てようとした時があった。
 それは当時あたし達の周りで人気だったガチャポンの玩具。

 姉もひとみさんと一緒にしてたけど、結局自分が欲しかったのが出なくて、仕方なく諦めてしまった。
 だからそれをあたしが出してあげようとして、自分の少ないお金を色んな所からかき集めて、全部そのガチャポンに注いだ。

 
 ・・・でも、それをあたしの前で出ることは無く、違う子に渡ってしまった。
 しかもその子は、あたしの学校の同級生で、一番嫌いな奴だった。
 
 そしてあたしは、初めて”やってはいけない事”をしたんだ。

 ・・・・・・
131 名前:Angel smile 投稿日:2005/11/06(日) 16:46

 「"れいなちゃん?"」

 ハッとして、前から不思議そうにあたしの顔を覗く辻さん。
 どうやらまたしてしまったようだ。

 「"どうしたの?大丈夫れすか?"」
 「"は、はい、大丈夫です"」

 少し作った笑いで誤魔化したけど、なんだか上手くいったようで、辻さんは「じゃあいくよ」と言って、一気に空気を吸うのを止める。
 隅に潜めるようにして、飯田さんが居る場所まであと少しという所でジッと佇む。

 耳の神経を集中して、あたしの心臓は少しワクワクとドキドキで高鳴っていた。
 少し笑いが込み上げてきて、それを辻さんが「シィー」と口元に指を立て、あたしの口を閉ざす。
 なんだか・・・久しぶりにこんな事してるなぁ。
132 名前:Angel smile 投稿日:2005/11/06(日) 16:47


 そして一気にテーブルから出て、辻さんとクラッカーの紐を同時に引っ張る・・・筈だった。
 辻さんの「アハハ・・・」といういかにも「しまった」というような笑い声で、あたしの背中もサァッと血が引いたのが分かった。
 どうやら”失敗”らしい。

 見下ろす飯田さんの毛が逆立っている様に見え、まるであのゴーゴン並の視線が突き刺さる。

 「のの〜〜〜」
 「ア、アハハ・・・逃げるれすっ!!」

 そう叫んだ瞬間、辻さんは一目散に逃げたけど、あたしは石にされたように動けなかった。
 瞬発力はいい方だと思ってるけど、こればっかりは無効化される様だった。
     
133 名前:Angel smile 投稿日:2005/11/06(日) 16:48

 その後、あたしは何もされずに開放されたけど、辻さんは頭に一発、鉄槌を食らってた。
 見てるだけでもちょっと頭に頭痛を覚えたけど、なんだか慣れてるのか、「てへへ」と笑ってまた飯田さんにじゃれ付いてた。
 なんだか打たれ強いなぁと思いながらその姿を見てた。
 
 そして・・・少し姉の事も思い出した。

 ・・・・・・
134 名前:Aries 投稿日:2005/11/06(日) 16:54
更新が早めなのはあまり理由は無いです(汗
あと三日はこんな調子で続くと思いますが、ご了承ください。

苦情、感想があれば遠慮せずどうぞ。
135 名前:Angel smile 投稿日:2005/11/08(火) 01:56

 「ごめんねぇ、れいなちゃん」

 誕生日パーティも中盤を迎えて、生徒達も疎らで、外で遊んだり。
 あたしの様に中でのんびりとテーブルの上に置かれているお菓子や料理を満喫したり、体育館で遊んだりと皆それぞれだった。
 そんな中で、あたしと飯田さん、辻さんとあと何人かの先生と生徒がいる中、飯田さんが話しかけてきてくれた。

 「いいんですよ、あたしも少しスリルがあって楽しかったです」
 「のの、本当に落ち着きが無くて、私がここに来る前からずっとあんな調子なんだって」
 
 と、辻さんの方に目を向けると、何だか外のほうをチラチラ見ながら、まるで何かを待っているように落ち着きが無い。
 
 「・・・あの子さ、ちょっと舌っ足らずなところあるでしょ?」
 
 それを聞いてあたしは飯田さんの横顔を見て、ちょっとドキッとした。
 その横顔が、何故か姉に似てたからだ。
 あの何処までも消えそうで、凄く悲しそうな表情。
 
136 名前:Angel smile 投稿日:2005/11/08(火) 01:57

 そしてそんな複雑な気持ちのまま、あたしは飯田さんから聞いてしまった。
 
 
 
 


 「あの子ね、未熟児で生まれたの、しかも頭に病気を持って」


 

 ・・・・・・ 
  
137 名前:Angel smile 投稿日:2005/11/08(火) 01:58
 
 ・・・これは私も聞いた話なんだけど。
 
 病気っていうか、一種の障害ね。
 のののお母さんが身体が弱くて、そのままののを生めば自分の命と引き換えだって言われたそうなの。
 でも、お母さんは言ったんだって。


 「人の命は、絶対的なものでは無いから」って。


 自分の身体もボロボロで、命も残りわずかだって分かってて、それを娘の為に使って、お母さんは亡くなった。
 そして、ののは、その後遺症として言語障害を背負うことになった。
 
 最初の頃は大変だったらしいよ。
 そのあと父親は行方知れずで、親戚の家に引き取られたらしいけど、話は出来ない、身体も弱く、いつも熱を出したり嘔吐したり。
 
 病院には週に何回もお世話になって、その頃には親戚の人たちも相当参ってて、引き取っていく事も難しくなってたの。
 そんな時に、病院からこんな話が来てね、「転地療養をしてはどうか」って言う提案が出てきたの。

 
138 名前:Angel smile 投稿日:2005/11/08(火) 02:00

 それでこの「ハロモニ小中学校」に転入。
 ここはののの様に何か事情を持った子が来ることが多いし、人数も少人数だから、友達になるのもそう難しくない。
 環境も良いから、ののはここに来て、凄く変わったって。

 それと、ののを変えてくれた子が一人・・・今ちょっと病院に行ってて遅れてるんだけどさ、その子が一番大きいんだと思う。

 ・・・・・・
139 名前:Angel smile 投稿日:2005/11/08(火) 02:01

 「・・・という訳、この話、その子の家に今お世話になってるから、直接聞いたの」

 そう言って飯田さんは持っていたコップを揺らしながら、何処にも視線を向けずにただボォッと俯いていた。
 ついさっき終わった話を、本当にあたしにしていたのか疑問になるほど、飯田さんはその後何も聞こえていない様に黙っていた。

 その姿は、本当に姉にそっくりで、思わず目を逸らしてしまうほど、見れるものじゃなかった。
 その頃辻さんは、まだチラチラといった感じで体育館の出口のドアを見ながら、他の下級生の子とじゃれていた。
 本当に、そんな過去があったのか不思議に思うくらいに満面な笑顔で・・・。

 
 あたしは自分が本当の人間じゃないと知った時、本当にこの世が全て絶望だと思った。
 なにもかもが嫌になって、誰も信じられなくて、そして・・・たった一つの光さえも見失いそうになってて。
 でも、辻さんはあたしとは異なる絶望があった。
140 名前:Angel smile 投稿日:2005/11/08(火) 02:02

 辻さんは、最初から光なんてものの存在があやふやで、一歩間違えればこの世には居なかったかもしれない。
 そして・・・やっとここに来て希望を持った。
 

 「・・・ののの名前ね、本人から聞いたんだけど、なんていう意味かわかる?」

 急に飯田さんが話始め、それの答えをあたしは待った。 
 それを言えるのはあたしではなく、飯田さんだからだ。

 
 「”全ての希望が美しく、幸せでありますように”って事なんだって」


 「これをなんで本人が知ってるのかは知らないんだけどね」と言って、コップに入ってた黄色のジュースを一口啜り、飯田さんは辻さんの方に近づいていった。
 辻さんは笑って逃げ、それを飯田さんが笑って追いかける。
 あたしより二歳年上なのに、そこはどうも子供染みていて、なんとなく、羨ましくも思えた。
141 名前:Angel smile 投稿日:2005/11/08(火) 02:02

 でも、あの「絵」からはまた何か違うものがあった。
 言葉では話しにくい、辻さん自身では無く、「誰か」に対しての気持ちというのだろうか。

 
 っと、教室のドアがゆっくりと開き、あたしは不意にそのドアの方へと視線を向けた。
 そして・・・見てしまったんだ。


 「・・・ぁっ・・・」

 丁度二年前の夏、あの海岸の防波堤で。

 「・・・あっ」

 あたしがもっとも不思議な出来事を目撃した、あの人影。
 今でも思い出せる、あの光景。
142 名前:Angel smile 投稿日:2005/11/08(火) 02:03




女の子を乗せた、あの”車椅子”が、そこにあった。

 


・・・・・・
143 名前:Angel smile 投稿日:2005/11/08(火) 02:04





144 名前:Angel smile 投稿日:2005/11/08(火) 02:04





145 名前:Angel smile 投稿日:2005/11/08(火) 02:04





146 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/09(水) 22:53
れいな、居場所が見つかるといいなぁ。
147 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/10(木) 21:55
れいな幸せになって欲しいなあ( ´ー`)
148 名前:Aries 投稿日:2005/11/12(土) 13:20
>>146 名無し飼育さん
本当に見つかるといいんですが、その道のりがどれ程あるんでしょうね。
本当の居場所が見つかるまでぜひお付き合いください。

>>147 名無し飼育さん
幸せになって欲しいです。
作者の私もそれだけが願いですが、一体どうなることでしょう。


それでは始めます。
149 名前:Angel smile 投稿日:2005/11/12(土) 13:21

 「あっ、あいぼん!」

 辻さんが勢い良くドアの方に駆けていって、その女の子にしがみ付く。
 あたしは頭が少し困惑していて、状況が把握出来なかった。

 「のの、苦しいでぇ」
 「検査はどうらった?また何かお薬貰った?」
 「うん、こんなぎょーさん貰ったわ、しかも苦いやつ」

 そう言って服のポケットから包みを取り出し、辻さんにへと見せた。 
 しかも凄く苦そうに表情を歪めて。

 それを辻さんは笑って「それは嫌れすねぇ」と言いながら苦笑いで対応し、凄く親しんで会話を弾ませていた。
 どうやら彼女とはそれほどの関係があるのだろう。

 だけど私にとっては何だか複雑な気持ちで頭にモヤがあった。
 
 たった一瞬の事の筈だったのに、あの光景がどうしても忘れられないのだ。
 
 するとあの”車椅子”に乗った女の子があたしに気付き、そして言った。
150 名前:Angel smile 投稿日:2005/11/12(土) 13:22

 「・・・もしかしてハロプロ小学校の子?」
 「そうれすよ、れいなちゃんって言うんれす♪」

 少し警戒するような目であたしを見る女の子は、あたしと何かが似ていた。
 素直に頭を下げて一礼すると、女の子はさらに怪訝な顔をする。
 
 両方の車輪を回し、あたしの近くにへと寄ると、上から下までをじっくりと見始めた。
 そして鼻で笑い、ギョロっとした感じであたしを睨んだ。

 「・・・ここはあんたみたいな”何も無い子”が来るとこちゃうよ。早く帰ったら?」
 「・・・ぇ・・・」

 いきなり初対面のあたしにそう言って、車椅子の車輪を回すと、飯田さんの所にへと行ってしまった。
 飯田さんには聞こえなかったようで、今着たばかりの女の子の容態を心配していた。

 あたしは呆然としていて、なんだかポカーンとしていたような気がする。
 すると肩をポンポンと叩かれて、後ろに辻さんが心配そうに立っていた。
151 名前:Angel smile 投稿日:2005/11/12(土) 13:22

 「どうしたんれすか?」
 「ぇ、ぁ・・・なんでも無いですよ」

 そう言って誤魔化したつもりだったけど、なんだか辻さんは複雑そうに「そうれすか?」と言った。
 やっぱり二度目はキツイかなぁ、と効き目が薄くなることに少し不安になる。

 それでもやっぱり辻さんは何事も無いように「じゃあ遊ぶれす♪」と言ってあたしの手を引っ張る。
 少し後ろを振り返ってみると、あの女の子がこっちを睨んでた。
 
 
 もしかしたら、あたしにかもしれない。
 あの冷たい眼差しは、どこかで見たようで頭の中を離れることは無かった。

 ・・・・・・
152 名前:Angel smile 投稿日:2005/11/12(土) 13:23
 
 その日の夜、あたしはまた海にへと行った。

 今日はお誕生日会があったにも関わらず、飯田さんが「今日も海岸に来てよ」と言ってくれた。
 遠慮はしたものの、また半分押し切られるようにしてOKを出してしまった。

 自転車を林の方に置いて、鍵を掛け、いつもの場所にへと徒歩で行った。
 約3分で行けるから、そこまで大変な事ではない。
 逆に堤防の近くに置いておくと、不法放置ということですぐに持っていかれてしまうのだ。

 だから隠すように林にへと置いておく。
 これも姉から教わったちょっとした悪知恵。

 すると、どうやら誰か先客が居た様で、飯田さんでは無く、一回り小さな人影が見えた。
 邪魔をしては悪いだろうと思って帰ろうとすると、人影が口を開けた。

 「・・・れぃなちゃん?」
153 名前:Angel smile 投稿日:2005/11/12(土) 13:23

 舌っ足らずな声が、ますます消え入りそうな小さな響音で耳にへと入ってきた。
 目を凝らして闇の中をよぉく見てみると、そこには三角座りで小さな身体をもっと小さくした辻さんが居た。

 あたしはビックリして、辻さんに近づいた。
 お誕生日会の時よりもラフな格好で、夜には少し涼しそうにも感じた。

 「ど、どうしたんですか?、こんな時間にこんなところまで」
 「れいなちゃんこそ・・・」

 
 ・・・何故か変な沈黙が続き、それを破ったのは辻さんだった。

 「・・・飯田さんがここに連れてきてくれたのれす、ここは・・・思い出の場所だから」
 「思い出の・・・場所?」

 辻さんは何だかホッとしたような表情で、コクッと頷いた。
 辻さんは聞く所によると関東の方から来たから、ここには何の思入れがあるのか、少し気になってしまった。
154 名前:Angel smile 投稿日:2005/11/12(土) 13:24

 「飯田さんは・・・」
 「ジュースを買いに行ったれすよ、会わなかったれすか?」

 まさか飯田さん・・・計ったのだろうか?

 あの人の事だから、きっと何処かで交信をして気付いたのではないだろうか?
 そんな考えが浮かんだものの、あまりにも非現実過ぎてパタパタと頭のモヤを飛ばす。
 一瞬辻さんに「何してるれすか?」とばかりの不思議顔で首を傾げられたけど、それを何とか誤魔化す。

 辻さんは案外鈍感なのかもしれない。 

 「ねぇ、れいなちゃん」

 辻さんは少し、というよりもかなり元気が無かった。
 数時間前はもっと弾けっぷりがあって、帰る寸前まで遊んでたのに。
 
 もしかしてちょっと疲れてるのかもしれないと思ったけど、それをあたしから言ってみても多分説得力は無いだろう。
 「疲れるのには慣れてるのれす」とか言われたらその次の言葉が出てこないし・・・。
 それを言われるのなら今辻さんがあたしに言いたい事を言わせたほうが良いだろうと思い、「どうしたんですか?」と聞いた。
155 名前:Angel smile 投稿日:2005/11/12(土) 13:25

 「れいなちゃんは、お友達は居るのれすか?」

 ・・・固まった。
 それをどうして表現したのかは分からないけど、とにかく辻さんの隣に座らせてもらって、視線を海に向けた。
 
 闇の中で半分欠けた月が、眩しく月光を放つ。
 それを見るには何だか首が重くて、水面を見た。

 それでも頭の中で考えることは暗く、悲しいものに違いなかった。

 
 あたしは自分に問う。「言ってしまえば楽になるのか?」と。


 でもそんな事を何度も考えたけど、やっぱり”言う時では無い”という結論に出てしまう。
 これは自分自身の問題。
 逃げる事なんて、出来ない。

 「・・・居ますよ」
156 名前:Angel smile 投稿日:2005/11/12(土) 13:25

 そしてその結論として出て来た嘘。
 これが・・・あたしの精一杯の嘘。

 「・・・ののは、ここに来てからたくさんのお友達が出来ました、ののが最初に居た所よりもずっとずっと・・・凄く幸せれす」

 辻さんはあたしの言葉をきっかけに、ぽつりぽつりと話してくれた。
 多分たくさんの事を抱えていたのかもしれない。
 それをあたしと同じ理由で仕舞い込んでいたのかもしれない。

 そして、辻さんは、今までの”過去”を簡単に話してくれた。

 ・・・・・・
 
157 名前:Angel smile 投稿日:2005/11/12(土) 13:26





158 名前:Angel smile 投稿日:2005/11/12(土) 13:26





159 名前:Aries 投稿日:2005/11/12(土) 13:28
田中れいなさん、一日遅くなりましたがお誕生日おめでとうございます。
これからもどんどん輝いていてください。

これからももっと深みに入ります。
苦情、感想、なんでもどうぞ。
160 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/12(土) 18:47
読みました。過去がどんなものなのか気になります。
161 名前:Aries 投稿日:2005/11/12(土) 19:54
>>160 名無飼育さん

呼んで頂き有難うございます。
それを今回からちょっと挟んで行きます。


翌日なんですが、田中れいなさんの誕生祭という事でもう一回更新したいと思います。
では始めます。
162 名前:Angel smile 投稿日:2005/11/12(土) 19:55
 
 のののお母さんは生まれたときに死んじゃって、お父さんは一度も見たことが無いのれす。
 叔母さんに聞くと、「あの人は弱かったから居なくなったんだ」って言ってた。

 それがどういう事なのかは全然分からなかったけど、すぐに分かったんれす。
 ののがまた吐いて病院に入院してた時、知り合いの人と叔父さんが言ってたのを聞いたのれす。
 
 
 父親は母親がののを生む前日に突然消えたって。
 多分母親が死んで一人娘を育てるのが嫌だったんじゃないかって。

 それでののは、いつも一人れした。

 言葉が上手く話せなくて、学校でもなかなか友達が出来なくて、鬱陶しがられた事も・・・。
 先生にも言ったけど、何もしてくれなかった。
 だからののは、それから話すことを止めたのです。
 
 クラスの子に何か言われても、先生に注意されても、叔父さんや叔母さんが懸命にののを世話してくれていても。
 それからはどんどん状況は悪化して、叔父さんや叔母さん、先生やクラスの子から疎遠していった。
163 名前:Angel smile 投稿日:2005/11/12(土) 19:56

 だからののは・・・死のうとも考えたのれす。

 無茶苦茶に病状を悪化させて、一週間した頃には命が危なくなった事もあったのれす。
 でも・・・死ねなかった。 
 
 何をどうしても死ねなくて、高学年になった時に初めて家を飛び出したのれす。
 叔父さん達にも迷惑を掛けたくなくて・・・。

 
 辺りが真っ暗になって、偶然近くの公園に来てて、ののはそこで小さな人影を見たのれす。
 もう心配してるのかなぁって考えてた時に、一人ブランコで遊んでたのの位の髪を二つ括りした女の子。

 光は一つの電灯しかないのに、それでも女の子は何をするでも無くただただブランコを揺らしてた。
 ののは何処と無く思ったの、あの子はののにそっくりだって。

 でも何だか緊張してて、その子には近寄れなくて、その公園を通り過ぎようとしたのれす。
 すると・・・。
164 名前:Angel smile 投稿日:2005/11/12(土) 19:57

 「・・・なぁ、こっち来うへん?」

 急に言われたから、最初は慌てて周辺を見回したよ。
 でも誰も居なくて、恐る恐るののを自分で指差して、その子に聞いてみた。

 「見れば分かるやん、他に誰もおらんのやし」

 そう言われて何だか妙に納得しちゃって、するとその彼女が手招きして、呼んでた。
 慌てて近くに寄ってみると、彼女の隣には車椅子が置いてあった。

 「・・・珍しい?」

 そう言われて、あたしは慌てて首を左右に振った。

 病院にもこれに似たような車椅子はたくさんあるし、それに、のの自身も一時的に乗っていたことがあったから。

 女の子はフッと笑って、「乗ったら?」と言ってくれた。
 少し考えたものの、数秒と経たずに隣のブランコにへと身体を預けた。

 一緒にブランコに乗って欲しいとののは言われたように聞こえたから。

 ・・・・・・
165 名前:Angel smile 投稿日:2005/11/12(土) 19:57

 キィキィと錆付いた音が響くも、何だか変に嫌な沈黙じゃなかった。
 逆に安心できて、なんだか妙に笑みが溢れた。

 こんな事、一度も隣に並んでしたことが無かったから。

 「あんた・・・声が出ぇへんの?」
 
 そう言われて、ののは考えたのれす。
 声を出さないのは下手に話して言語が話せない事を知られるのが怖かったから。

 そして・・・もうののには言葉なんて必要が無いと思い始めていたから・・・。

 だからののは、コクリとだけ頷いて、そのまま地面に視線を向けた。
 その後の彼女の言葉を待とうとした事と、どんな事を言われても我慢が出来るようにしておこうと思ったから。

 でも、その女の子はののが想定していた言葉とは全然違う事を口にした。
166 名前:Angel smile 投稿日:2005/11/12(土) 19:58

 「・・・じゃあ、これで名前書いてみて」

 そう言って、彼女は一本の木の枝をののに差し出してきた。
 きょとんとして一瞬頭の中で混乱したけど、彼女が笑いながら差し出してきて思わず取ってしまった。

 「じゃあ、まずあんたの名前を教えてよ」

 そう言われて、あたしは叔母さん達の家の棚に飾られた筆跡の紙を思い出す。
 そこには大きく、【希美】と書かれていた。

 最初はなんて言うのか分からなかったものの、授業を受ける内に国語でこの字が出てきた。
 そして、その意味も図書室で調べて知っていた。

 その字を地面に書くと、少しグニャグニャに歪んだ字が完成した。 
 ののはいつもの調子で書いてしまって、心の中で「しまった」と思ったよ。
 
167 名前:Angel smile 投稿日:2005/11/12(土) 19:59

 いつもその文字書きの下手さでも苛められたから。
 彼女は無言でその文字を見てた。
 やっぱりちょっとダメだったかなと思ったけど、意外な言葉が帰って来た。


 
 「・・・ごめん、読み方が分からん」


 

 ・・・・・・
168 名前:Angel smile 投稿日:2005/11/12(土) 20:01

 「あれにはビックリしたよぉ、ののが思ってた事が全部外れるんだもん」
 
 そうして辻さんは八重歯を出して大笑いしてた。
 さっきよりも何だか表情が元に戻ってきていて、少し安心した。

 それに何だか、その笑顔があの子に似てて、思わず笑みが零れる。
 そういえば、辻さんと一緒にいると、何だか凄くあの子と居た日の事が蘇って来る。
 
 姉と梨華さんとあの子。
 そしてあたしを含む四人の過ごした日々は、幸せの絶頂だった。

 
 話し始めてから5分が経ったものの、一向に飯田さんが帰ってくる気配が無い。
 やっぱり計られたな、と辻さんに気付かれないように小さなため息を一つ。

 そして辻さんも、久しぶりに話せて嬉しいのか、どんどんその日の”出会い”を話始めた。
 まぁ、今日は特別に夜が長いと思えば、それほど苦にもならなかった。
 それに、あの人の事をもっと聞けるチャンスだとも思った。

 ・・・・・・
169 名前:Angel smile 投稿日:2005/11/12(土) 20:02





170 名前:Angel smile 投稿日:2005/11/12(土) 20:02





171 名前:Aries 投稿日:2005/11/12(土) 20:06
本日は終了です。
何だか色々書くうちに自分でもいろんな事を考えてしまいます。
誕生日の翌日に暗い話・・・_| ̄|○ 

しかしまだまだ終わることはありませんので(開き直り
苦情、感想、なんでもどうぞ。
172 名前:Aries 投稿日:2005/11/12(土) 20:16
今見直した所、途中から皆さんの名前が呼び捨てに・・・_| ̄|○ 
申し訳ありません。
次からは気をつけます。
173 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/14(月) 09:33
更新お疲れ様です。あの人と辻さんはこんなふうに出会ったんですね。
174 名前:Aries 投稿日:2005/11/19(土) 18:41
>>173 名無飼育さん様

そうですねぇ、いやぁ、結構寒い日でしたね(ぇ


それでは1週間振りですが、始めます。
175 名前:Angel smile 投稿日:2005/11/19(土) 18:42

 彼女の名前は加護亜依

 ののとは同い年で、同じ病院にお世話になっていた女の子。
 関西から療養の為に来たらしく、なんだかテレビに出てくるお笑い芸人さんの様で、凄くハキハキした声の持ち主。

 それが時々羨ましくもあったけど、言葉というのは決して声から生まれるものじゃないというのを、彼女から教えてもらったから。
 全然怒りさえも覚えなかった。

 愛称はあいぼん。

 髪の結び目にいつもボンボンを付けてたから、ののが付けたの。
 「お揃いやな」って、その時ののも同じようなのを付けてて、あいぼんが笑って言ってくれた、初めての褒め言葉。

 
 凄く・・・凄く嬉しかったれす。

 
 ・・・・・・
176 名前:Angel smile 投稿日:2005/11/19(土) 18:43

 その日はお互いに名前を教えあって、あいぼんは車椅子に乗って、ののは歩いて、家に帰った。
 ののって言うあだ名は、あいぼんが付けてくれたんだよ。

 家に帰ると、叔母さんと叔父さんは何も言わずに家にへと居れてくれた。
 話すのを止めて、話さないことが分かっているからかもしれない。

 でも、ののはその時、全然悲しくなかったれすよ。
 
 だって、今日初めて会った子と、ある共通点があってこその関係だったけれど・・・。


 「お友達」になれる気がしたから・・・。 
 
 
 それでも凄く、ののにとっては救いれした。
177 名前:Angel smile 投稿日:2005/11/19(土) 18:44

 ・・・数日が経って、その時からは少し体調も良くて、時々あの公園に遊びに行くようにもなったんれす。
 
 学校は我慢して行くようにして、夜は叔父さん達が寝静まってから。
 それでも十分あいぼんに会いに行けた。
 あいぼんの家は公園からさして距離が近いらしく、叔父さんたちの家とは近所だった。

 もちろんまだ、言葉を喋れるというのは言ってなかったよ。
 それがのの達の間で、唯一繋がりのあるものだったから。
 
 でも、たった一つの木の棒で、のの達は色んな事を話した。
 
 書くのが大変だったけど、話し出すと止まらなくなって、自然に頭から、腕から、指が動いたの。
 
178 名前:Angel smile 投稿日:2005/11/19(土) 18:45

 たった一言二言の文章。
 のののは汚くて、クニャクニャした文字だったけど、あいぼんは何故か最初から分かっているかの様にその言葉の返答を書く。
 それが嬉しくて、何度も書き直して書いた。
 次第にどんどん話したくなって、そのまま自分の「声」で話してみたくなった。

 でもね、それはのの達の繋がりを切る様にも感じて・・・何とか踏みとどまることが出来た。
 だって、まだ数日しか経ってなかったのに、急にその関係が、「お友達」が消えるんだよ?

 だから・・・ののはずっとずっと、我慢し続けたれすよ。



 小学を卒業する当日までは・・・。

 
 ・・・・・・
179 名前:Angel smile 投稿日:2005/11/19(土) 18:46

 卒業式三日前の夕方、ののは病院にへと行って、検査をした。
 付き添いには叔父さんが来てくれてて、叔母さんは用事で知り合いの家にへと出て行っていた。

 叔父さんは近くで小さな工場で働いていた。
 でもあまりケイキというのが良くないらしく、休日が日が経つにつれて多くなっていた。
 夜になると、お仕事の事が話しに入り、凄く深刻そうに叔父さんと叔母さんは首を傾げていた。
 
 でも叔父さんは、叔母さんよりもののの容態を心配してくれた。

 それが・・・少しだけ嬉しかったのは本当。


 と、ののと叔父さんが検査を終えて部屋から出ると、『車椅子』の車輪が近づいていた。
 最近は身体の調子も安定し、前のように嘔吐や貧血を起こす事も無くなり、自力で歩くことも簡単になった。

 だから、ちょっと懐かしいなぁって思いながら、斜めの通路から出てきた『車椅子』を見て、一瞬呆然とした。

180 名前:Angel smile 投稿日:2005/11/19(土) 18:46
 
 「「ぁっ・・・」」

 まさに同時で声がハモり、ののは嬉しいのと驚きが混ざったような気分になった。
 あのボンボン、あの餅の様なほっぺた、そして、あの声。

 あいぼんはののに気付くと、真っ先に車椅子から身を乗り出してののに飛びついた。
 慌ててギュッと腰に腕を回して、ののはあいぼんとしがみ付く形になった。
 その時、少し、いや、大分痩せていたのに気が付いた。

 「のの、あんな・・・」

 そう言って、ののの耳に口を寄せて、ののとあいぼんだけが知る会話をした。
 なんだかぽかーんとしてて、それの返事をするのに数秒掛かったけど、首を縦に動かした。

 
 そしてこの瞬間、ののは、あいぼんが幸せを運ぶ天使だと思った。

 
 ・・・・・・
181 名前:Angel smile 投稿日:2005/11/19(土) 18:48

 「あいぼんは、ののが見たことが無い、とても幸せな場所に居る子だと思った」

 辻さんは、少し遠い場所を見ているような目で、空に浮かぶ星を見上げてた。
 どうやらもう、あたしの存在も薄くなり始めているようだったけど、あたしは何も言わずに、耳だけを傾けた。

 「でも、その瞬間に、あいぼんがとても遠い所に居る子なんだっていう事も分かって・・・ちょっと寂しかった」

 辻さんは、その時に希望と同時に、絶望と不安にも苛まれたと思う。
 やっと繋がった糸・・・あたしと、姉の様になるのかと思ったかもしれない。

 「ののは、その糸をずっと繋ぎ止めていたくて・・・叔父さんにも頼んだ」
 
 でも、辻さんは、あたしとは違って、ちゃんと行動したんだ。
 その糸をあきらめる事も無く、血が滲む思いで、その糸を手にぐるぐる巻きにして。

 「それで、ののはこっちに来れた、あいぼんのお父さんやお母さんも、ののを凄く優しくしてくれた」

 そして、辻さんは辻さんとしての”願い”を叶えた。
 ほんの小さな事だけど、それでも辻さんにとって、星の様に輝く、大きな光を掴んだ瞬間だと感じた。

 ・・・・・・
182 名前:Angel smile 投稿日:2005/11/19(土) 18:48





183 名前:Angel smile 投稿日:2005/11/19(土) 18:49





184 名前:Angel smile 投稿日:2005/11/19(土) 18:50
今度からは1週間を目処に更新したいと思います。
苦情、感想なんでもどうぞ。

それでは。
185 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/20(日) 01:43
来週が楽しみだな〜
186 名前:名無しファン 投稿日:2005/11/20(日) 21:10
更新お疲れ様です。
はぁ…こういう雰囲気、引きこまれます。
次回更新一週間後ですね、お待ちしてます。
187 名前:Aries 投稿日:2005/11/21(月) 23:02
>>185 名無飼育さん様
すみません、ちょっと時間が余ったので更新を(汗

>>186 名無しファン様
引き込まれますかぁ、もうちょっと分かりやすく文章にまとめたのですが。
少し日も浅いので・・・(汗
早くもやって来てしまいました(笑

では始めます。
188 名前:Angel smile 投稿日:2005/11/21(月) 23:08

 そして、ののの物は全て無くなった。
 
 
 小学校を卒業し、ののはあいぼんのおじいさんの所に引っ越す為、全ての荷物を出した。

 貸して貰った部屋の中には殆ど何も無くなって、ののという人が居たと言う証明が全て無くなったと思った。
 あいぼん達は玄関で待っていてくれてて、ののが思い残すことの無いようにと、言ってくれた。
 でも、もうここに残すものなんて何も無い。

 ただあるのは、ここに居て、辛い、悲しい記憶。
 一刻も早く、ののはどこかへ行きたかった。

 叔母さんは、すでに外に居て、あいぼんのお父さんとお母さんにお辞儀をして、何かを話していた。
 
 でも、叔父さん達の部屋にもお別れを言いにと襖を開けると、そんな叔母さんを尻目に、叔父さんはジッと、その部屋で座っていた。 
 何かを持ったまま、動くこともせずに。
189 名前:Angel smile 投稿日:2005/11/21(月) 23:09

 それは、あの棚飾られていた、ののの名前が書かれた紙。
 それを叔父さんは額のまま胸に抱いて、言った。

 「希美というのは、”自分の全ての希望が美しく、幸せでありますように”という、母親が付けた名前だ」
 「・・・お母・・さ・・・?」
 「お前はここに存在している、辻希美として、いつまでも存在する」 
 
 ののはお母さんの事も、お父さんのことも全く覚えてなかったけど、目からポロポロ何かが零れて来た。
 お母さんが、ののが生きてても良いと言ってくれたようにも聞こえて、その紙は、ののが存在するという証にさえ思えた。
 
 
 たった二言、『希美』という言葉だけのただの紙切れ

190 名前:Angel smile 投稿日:2005/11/21(月) 23:10

 それでも、それを大事に持っていてくれた、叔父さん。
 叔父さんがののを疎遠していたのは、叔母さんの精神崩壊が不安だったんだと思う。

 伯母さんが壊れたら、ののをどうにかしてしまうんじゃないかと不安だったんだって。
 だから、叔父さんは伯母さんを壊さないように、毎日ののには近づかせないようにしてたから、あまり自分も近づかないようにしてたらしい。

 
 それを聞いて、ののは大きく泣いた。
 叔父さんの優しさに包まれながら、ののは思いっきり声を張り上げて泣いた。
 沢山のものが一瞬にして弾けて、全部目から大粒になって沢山出てきた。

 
 そして、これでやっと、思い残すことは無くなった。
 ののが居たと言う証明も、ののが居なくても証明されたから。

 ・・・・・・
 
191 名前:Angel smile 投稿日:2005/11/21(月) 23:11

 車に乗せてもらって、ののはあいぼんの手を握った。
 なんだか色んなものを出した所為か、凄く疲れたのれす。

 凄く暖かい、カイロよりも暖かい、あいぼんの手。
 すると、ギュッと力が強まったのが分かった。

 見ると、あいぼんがニッと笑って、ポンポンと自分の膝を叩く。
 ののはきょとんとして、その意味が分かって、甘えさせてもらった。
 
 その時、ののの耳に、小さく言葉が聞こえた。

 
 「・・・あんた、声が出るやろ?」


192 名前:Angel smile 投稿日:2005/11/21(月) 23:12

 そう言われて、ののはあいぼんの顔を見上げると、ニシシッと言った笑顔で、髪を撫でられた。
 
 「病院って言うとこにおったらだんだん分かってくるんやで?」

 
 ・・・本当に、あいぼんは天使だった。
 なんでもお見通しの、ののにしか分からない、たった一人の天使。
 
 あいぼんの膝は・・・とても柔らかいものでは無く、寧ろ骨しかないようにも感じた。
 でも、それでもあいぼんの気持ちを受け取らないといけないと思った。
 あいぼんに救われて、ののは旅立つことが出来る。

 
 言えば、「鶴の恩返し」と似てるのかな?
193 名前:Angel smile 投稿日:2005/11/21(月) 23:13

 鶴は、おじいさんに助けられて、その恩返しとして人間に変わる。
 そして、自分の羽で機を織って、作った着物をおじいさんとおばあさんに渡していた。
 
 でも・・・ちょっと違うのかもしれない。

 最後には、鶴は正体をばれちゃって、空に帰って行っちゃうんだよ?
 ののは絶対にそんなことしない。

 ののはのので、あいぼんはあいぼん。
 だから、のの達はいつも一緒。
 どこにも行かない。


 絶対に・・・どこにも・・・。

 ・・・・・・
194 名前:Angel smile 投稿日:2005/11/21(月) 23:13

 「・・・これがののの、全てれす」

 辻さんはフゥッと息を吐くと、バタリと地面に倒れこむ。
 あたしはハッとして、今の今まで、辻さんの話の中にへと引き込まれていたことに気付く。
 途中までは何とか覚えているものの、その後は自分の世界にも入り込んでいた。
 
 「ののは、あいぼんが居て、ここに証明されている、だから、あいぼんの証明も、ののがするって決めたんれす」

 あたしも、そんな人が居れば、どれほど救われただろう。
 あたしの周りには、敵ばかりで、頼みだった姉は、その場所に居ない。
 だからあたしは、自分で自分の存在を守り通すしかないと思ってた。

 ・・・飯田さん達にあって、そう言った考えは大分薄れているけど。

 「れいなちゃんは、ののはどんな感じに見えますか?」


 
195 名前:Angel smile 投稿日:2005/11/21(月) 23:16

 そう言われてあたしは、少し考えてみる。

 
 可愛そう?同情?哀れ?友達思い?

 
 ・・・そんな事を、あたしは望んでない。
 たとえ何かを言ったとしても、それを辻さんは信じきると思う。
 たとえあたしが、辻さん自身に中傷的な事を言っても、「仕方がないよね」と言って、苦笑いで終ってしまうだろう。

 だからあたしは・・・今あたしの前に居る辻希美という人間を見る。
 そして直感的にも思える言葉を、辻さんに言った。

 

 「・・・辻さんは・・・辻さんですよ」

196 名前:Angel smile 投稿日:2005/11/21(月) 23:16

 あたしの言葉は、何の力も無い、ただの言葉。
 たとえ何か励ましの言葉を言ってみせても、それはただの励ましの言葉。
 たとえ何か中傷的な言葉を言ってみせても、それはただ傷つけるだけの言葉。


 なら、その人間の証明となる言葉は・・・?

 
 「れなの目には、辻希美さんという女性が居ます、辻さんは、れなはどんな感じに見えますか?」

 そう言ってみると、今度はこっちがドキドキしてきた。
 辻さんはきょとんとして、あたしの顔をジッと見た。
 ちょっと恥かしくも思えたけど、不思議と、辻さんの目と合い続けた。

 すると、辻さんも八重歯を出して、ニヘッと笑う。
197 名前:Angel smile 投稿日:2005/11/21(月) 23:17

 「ののの目にも、れいなちゃんっていう女の子が映ってるれすよ」
 
 
 そう言って、あたし達は自然と笑いあった。
  
 そしてやっとあたしの存在も、たった一言で証明された。

 
 れいなはれいな。
 他の誰でも無い、あたしの名前は・・・『れいな』。
 
 ・・・・・・ 
 
198 名前:Angel smile 投稿日:2005/11/21(月) 23:18





199 名前:Angel smile 投稿日:2005/11/21(月) 23:18





200 名前:Aries 投稿日:2005/11/21(月) 23:21
ついに200にへとたどり着きました(嬉
ちょっと狙ったわけではなかったんですが、偶然にもw

この先はどうなるのか作者でも分からないので、この先の事はあまり言えません(汗
ですが、読んでくださる皆様には本当に感謝で一杯です。
これからもよろしくお願いします_| ̄|○ 
201 名前:Angel smile 投稿日:2005/11/24(木) 20:36

「あっ、れいなちゃんも来てたんだ」

 と、後ろからこの空間を作り出した張本人が、のんびりとした声で言った。
 辻さんと一緒に後ろを振り返ると、ヒヤッとした何かが頬に当たる。

 「うひゃっ・・・」
 「うひぃ・・・」

 変な声が出て慌てて口を塞ぐ。
 もちろん辻さんも。

 すると後ろから小さく笑い声が聞こえた。

  
 「ののがそんな可愛い声を出すなんて知らなかったなぁ」
 
 ”「「れいながそんな可愛い声出すなんて知らなかったぁ」」”
 
 
 
 ・・・あたしの中で、姉の声が聞こえた気がした。
 飯田さんの笑顔が、姉と重なった。

 
 
・・・あぁ・・・まだなんだ・・・。


202 名前:Angel smile 投稿日:2005/11/24(木) 20:37

「もぉ、いいらさんずるいれす」
 「ずるいって、あんた達がいつもやってる事をお返ししただけ、つまり罰ね」

 「くっそぉ」といって、辻さんは悔しそうにしながら、ジュースうを受け取る。
 どうやら計りはしたけど、行った事は行動に移したらしい。

 「はいっ」と言って、飯田さんはあたしにもジュースを差し出した。

 「どうしたの?」

 そう言われて、一瞬困ったけど、「何でも無いです」と言って、そのジュースの蓋をプシュッと空ける。
 と、辻さんのジュースから凄い音がした。


 あのブシュッという、姉と一緒に過ごした最後の夏の思い出。
203 名前:Angel smile 投稿日:2005/11/24(木) 20:38

 辛いようで甘い、中身が花びらのように飛んでいく。
 それが辻さんの顔にまで付いてきて、口のところにまで垂れてきた。
 驚いていると飯田さんが思いっきり吹き出して、大声で笑い始めた。

 「ふふふ、これもお返しね」

 そう言って、辻さんの服をハンカチで拭う飯田さん。

 全てがそう・・・走馬灯で、デジャビュだった。
 あたしの中で、小さな何かが弾けた。

 目の下に一直線に何かが流れ落ちる。
 視界がどんどんどんどん滲んでいく。

 そして・・・またあたしは思った。


 あぁ・・・まだなんだ・・・。
204 名前:Angel smile 投稿日:2005/11/24(木) 20:40

 あたしという人間は、作られた人間。
 『れいな』という人間は、人間によって作られ、人間に見下ろされる存在として生まれた。
 
 だから・・・まだあたしの苦難は続く。
 あたしの証明が、『真の証明』がされるその日まで。

 『れいな』という人間は、まだ何も手に入れてないから。


 あたしという人間が、自分を”愛してくれる人”に認められるまで。
 

 ・・・・・・ 
 
205 名前:Angel smile 投稿日:2005/11/24(木) 21:16

 その日を境にあたしは飯田さんに会うことを止めた。
 
 どうしてか自分自身にもよく分からないけど、とにかく、”考える時間”が欲しかった。
 
 辻さんが語った過去。
 
 その中に出てきた、辻さんだけの天使。
 最後の最後に、辻さんは存在を認められた。

 
 あっ、思い出の場所の事を聞きそびれてる。

 ・・・まぁ、辻さんがいつか教えてくれるか。

 
 ベットの中でひたすら考えを巡らせる。
 隣の小さな電気を灯し、手を伸ばせば届いてしまう天井を見ながら。

 最近は本当に眠れず、頭の中でその日に起きた事を全て見てみる。
 所謂、学校の補習の様な気分で。
206 名前:Angel smile 投稿日:2005/11/24(木) 21:18

 ・・・辻さんの物語は、これで終ったんだろうか。
 
 全ての”願い”が叶い、後は幸せにここで生きていくのだろうか。
 あの”天使”と一緒に。
 辻さんにとっては、あの”天使自身”が自分の存在の証明。
 
 
 でも、やっぱり何かが気に掛かる。

 
 あの準備室に飾られた、辻さんの絵。
 あの”天使”のあたしに対しての言葉。
 そして・・・思い出。

207 名前:Angel smile 投稿日:2005/11/24(木) 21:18

 まだ何かある。
 辻さんはそれをただ自分自身完結させようとしてるのかもしれない。

 思い出は思い出として・・・。
 過去は過去として・・・。

 だからあたしに言ったのかもしれない。
 誰かにその”過去”を明け渡し、残すために。

 
 ・・・辻さんは、自分でも分かってるのかもしれない。
 この先に何が待ち受けていて、なにが起こるのか。


 ・・・・・・
208 名前:Angel smile 投稿日:2005/11/24(木) 21:20

 ・・・昔、姉が言っていた言葉がある。

 「相手の気持ちなんて誰にでも分からない、でもそれを理解できる唯一の方法がある」
 
 姉は人差し指を上に立てて、「1」という数字を表して言った。


 「・・・相手にしか分からない気持ちなら、本人に直接聞くこと」


 姉は少し強引な所があったから、あたしが見る限りはバリバリ実行していた。
 でも一理はあった。

 本人の気持ちは本人しか分からない。
 だからその人の口から聞き出せば良い。
 ちょっと相手には悪いかもしれないけど、今はその方法しかないのなら、やってやろうと思った。

 辻さんには過去やら気持ちやらを入手済みな為、今度は”相手”の方にも聞く必要がある。

 あたしは何とかして睡眠をとる様に毛布を頭まで掛けた。
 頭が真っ白なままで話しを聞くにも聞けないから。
209 名前:Angel smile 投稿日:2005/11/24(木) 21:22

 父親の車の音はこの数日全くしない。

 多分あともう少しの有余は残ってる。
 
 その間にあたしは、頭の中にあるものを全て解決しようと思った。
 父親が居れば、そんな事をしている暇なんて無くなってしまう。

 あの父親が、今度は何を企んでいるのかは全く分からない。
 

 でもあたしの眠れない理由の中で、父親に対する何かがあった。
 あたし『れいな』を作った張本人。

 あの狂った父親に、いつかは問いただす日が来るのだろうか・・・。

 ゾッとする様な父親の影が、頭から消えることは無かった。

 ・・・・・・
210 名前:Angel smile 投稿日:2005/11/24(木) 21:22





211 名前:Angel smile 投稿日:2005/11/24(木) 21:22





212 名前:Aries 投稿日:2005/11/24(木) 21:25
今週は休日少し多忙のため、少し更新を。
ちなみに作者は気分次第な所があるので、「いつの間にか更新が」
と言うことがざらになってしまうと思います。
そこはご了承ください。

苦情、感想、なんでもどうぞ。
213 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/25(金) 21:19
更新お疲れ様です。
何か行動を始める予感。
次回楽しみにしています。
214 名前:Aries 投稿日:2005/11/26(土) 21:17
>>213 名無飼育さん
始めますが、これが吉と出たか凶と出るか・・・。
これから少し深めに行きます。


では始めます。
215 名前:Angel smile 投稿日:2005/11/26(土) 21:18

 その翌日、あたしは初めて一人でバスにへと乗り込んだ。
 
 
 始発よりも二つ遅めのに乗って、中には5、6人程のお婆さんやお爺さん、親子連れの人たちが疎らに席に座ってた。
 市民バスはそこまで大きいものではないけど、20個の椅子と立ち幅があるから、多分40人くらいは入れるかもしれない。
 でもこの道をバスで向かう人は、今だと殆ど居ないらしく、普通のワゴンでも良いほどだ。
 
 すると隣の座席に座ってたお婆さんが「飴食べるかい?」と昔のミルクキャンディーを差し出した。
 あたしは「ありがとうございます」とお辞儀をして、それを受け取った。

 甘いものは最近本当に食べてなかったから、袋から取り出し、口に放り込んだ瞬間、凄く甘味が広がった。
 以前からそれほど食べる事は無かったけど、殆ど昨日眠れず、ボォッとしていた頭には十分だった。
216 名前:Angel smile 投稿日:2005/11/26(土) 21:18

 結局、昨日は寝床に付いた5時間も後にやっと眠れた。
 
 その前から夕方まで眠っていたあたしも悪いけれど、少し身体が重たかった事も原因に入ってる。
 ちょっと風邪を引いたのかもしれない。
 クーラーは殆ど付けっぱなしだから。

 そう思っていると、ふと視線を外に向けるとそこには青い海が広がっていた。
 以前飯田さんの運転で来た時は、助手席が殆ど絶壁側だったから、運転席の方にこんな景色があった事に今ようやく気付いた。

 林が少し邪魔だったけれど、今の時間帯は日が上に昇っていて、海が輝いていた。
 まるで星を散りばめた様に、キラキラキラと海全体が眩しいほどに光を放つ。

 あの防波堤よりも凄いかもしれない。
217 名前:Angel smile 投稿日:2005/11/26(土) 21:19

 「ここもねぇ、昔は沢山人が集まってて良い場所だったんだけどねぇ」

 と、さっきのお婆さんが独り言のように呟いた。
 
 「この先にある原子力があるんだけど、そこが数十年前に管理区域になってね」


 【管理区域(放射線管理区域)
 
  原子炉格納容器内、使用済燃料の貯蔵施設、放射性廃棄物の廃棄施設などの場所で、
  外部放射線、空気中、水中の放射性物質濃度や放射性物質によって汚染された物の表面の放射性物質の密度が
  主務大臣の定める値を超えるおそれのある区域をいう。この区域内は、特に放射線の管理が厳重に行われる。】

 「上の人は問題は無いって言ってたけど、その数年後に被ばく者が続出してね、住人の半分以上が移住しちゃったのよ。
 私はもうここで50年も住んでるから、今更何処かに行きたいとも思わなかったしねぇ」

 そう言って、お婆さんはミルクキャンディーを口に放り込んで、小さく笑った。
 あたしはその話を聞いて、少し息を呑んだ。

 父親の所持していた本の中にも書いてあった。
218 名前:Angel smile 投稿日:2005/11/26(土) 21:20

 【放射線に被ばくしたあと、数カ月以内にあらわれる色々な症状を急性放射線症と言いう。
 具体的には、嘔吐、下痢、血液細胞数の減少、出血、脱毛、一時不妊、水晶体混濁などがある。
 これらの症状が起こるのは嘔吐を除いて、いずれも細胞分裂と深い関係があって、分裂していない細胞と比べると、分裂をくり返している細胞は放射線にとても弱い。
 放射線の量が少なければ、これらの症状がすべてあらわれるとは限りませんし、逆に量が多ければ、十、二十日後には腸の傷害で、一、ニカ月後には骨髄の傷害で死に至ります。】

 つまりこの地域はそんな症状が起こるかもしれないと数十年も前からあるにも関わらず、このお婆さんは「ずっと住んでいたから」と自分に言い聞かせ、この場所に居る。
 あたしは、人の心はそこまで行くのもなのかと背筋がゾッとした。

 自分自身が犠牲になっても、その場所からは絶対に動く事をしないという執念。
 あたしは・・・自分を嫌悪した。
 
 自分は、この町に何の関係もない人間だけど、自分だけ他の世界に行こうとしたのがなによりも心の中で毒づいた。
 弱すぎてあたしは自分が嫌になる。

 
 ・・・・・・
219 名前:Angel smile 投稿日:2005/11/26(土) 21:21

 プシューとバスのエンジンが止まり、目的地にへとあたしは降り立った。
 お婆さんにお礼を言って、あたしは歩き出す。

 目の前に見える小さな建物。
 それでもこの町にはたった一つしかない”ふれあい”の場所。
 グラウンドには、何日ぶりかのあの人が見えた。

 「あっ、れいなちゃん」

 気付いた人影は、あたしの方に走って飛んできた。
 それをあたしは手を振って、来た事をアピールする。

 その後ろに見えた、”車椅子”の女の子。

 少しブスッとした顔で、あたしの方にへと視線を送っている。
 あたしと彼女は互いに目を合わせ、何かを言うという事もせず、ただ見続ける。
220 名前:Angel smile 投稿日:2005/11/26(土) 21:24

 彼女に対し、あたしは作り笑顔のような表情で笑った。 
 それを見た瞬間に、彼女はフンッと背を向け、車椅子を動かした。
 それと同時に、人影、もとい辻さんがあたしの手を掴んだ。

 「遊びに来てくれたんれすか?」

 凄く嬉しそうに笑う辻さんは顔を泥んこにしながら言った。

 「家に居ても暇ですから」というと、辻さんは「じゃあいいらさんのところに行くれす」と、学校に招き入れた。

 
 そしてこの瞬間、あたしは衝撃的な事を聞いた後だったために分からなかった。
 この後の日々が、まさに悲劇の序章になる事を・・・。

 ・・・・・・
 
221 名前:Angel smile 投稿日:2005/11/26(土) 21:25





222 名前:Angel smile 投稿日:2005/11/26(土) 21:25





223 名前:Aries 投稿日:2005/11/26(土) 21:27
学校でもここまで頭を使う事は無いので、少し使い方が変かもしれません。
もう一度確認しますが、これはノンフィクションとフィクションが交じり合っておりますので
そこをご了承ください。

感想、苦情なんでもどうぞ。
224 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/27(日) 10:37
ノンフィクションって取材とかして虚構を交えずに現実に起きた出来事を文章にするんですよ?
こういうのはフィクションと言い切って良いのでは?
つーか飼育にノンフィクションなど存在しないから論ずることさえ意味無いのでしょうが
ノンフィクションの意味を誤解されてるようなので
225 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/27(日) 12:53
続きが超気になる〜。
226 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/28(月) 06:39
>>224
娘。小説で言うところのリアル設定とアンリアル設定のことでは?
227 名前:Aries 投稿日:2005/12/01(木) 21:01
更新は明日くらいに。
フィクションというのは最後に言おうかと思ったんですが、
ちょっと違う意味に理解されてしまいますね(汗
では
”実在を元にしたフィクション”ということにしときましょうか。
これならノンフィクションでもフィクションでも対応できますかね。
228 名前:Angel smile 投稿日:2005/12/02(金) 23:18

 学校の校舎の中に入ると、なんだか夏の終わりが近づいている様な感覚を覚えた。
 蝉は五月蝿いほどに鳴り止まないけど、少し涼しい風がフィッと通り過ぎた。

 あまり壁を作らず、風通しを良くする為の仕組みを施した学校、「ハロモニ小中学校」
 廊下の壁には生徒達が作ったらしいお手製のポスターや飾り物が沢山ある。

 辻さんはその近くにあった手洗い場で顔と手を洗い、うっかり触ってしまったあたしの手もそこで洗わせてもらった。

 その中で、今辻さんに手を引かれてやってきたのは、最初に見せてくれた教室。
 相変わらず彫刻や絵の画用紙、絵の具や彫刻等は素でバラバラに放置されていた。
 
 でも少しだけ掃除したのか、壁に飾れていた絵が半数ほど取り外されていて、辻さんの絵も無くなっていた。
229 名前:Angel smile 投稿日:2005/12/02(金) 23:19

 「あっ、れいなちゃん久しぶりぃ」
 
 そう言って奥のテーブルの下の方からヒョコッと顔を出した女性は、頭に埃の様なものを被って、ゲホッと一つ咳をした。
 首に掛けたタオルで「フー」と頭の誇りを取り、腰のベルトに挟むうちわを仰ぐ飯田さんが、なんだか妙に合ってなくて、吹き上げる
 のを我慢して堪える。
 
 「飯田さん、お久しぶりです」
 「あれ?ののが連れて来てくれたの?」
 「はいれす♪」

 てへへと笑う辻さんは、あたしの手をギュッと握り締めて離さなかった。
 その行為が、なんだかあたしには妙に意味があると思い、特に何もしなかった。
 ただ、少し辻さんの手が少し冷たく感じたけど、それもさっき洗った水の所為だとも思う。
230 名前:Angel smile 投稿日:2005/12/02(金) 23:19

 「よくここまで来てくれたね、遊びに来てくれたの?」 

 そう言われて、あたしはその場しのぎに「はい」と返事をした。
 今本当のことを言うと、反対されるという気持ちがあったからだ。

 飯田さんは「よいしょっと」と言って、腕の中に余るほどのダンボールを持ち上げて、それをテーブルにへと置いた。
 ドシンッと壮大に置かれたダンボールからは埃が煙のように出てきて、思わず全員で咳き込んだ。
 なんの合唱だよとか考えるけど、全く想像が出来なくて、そのまま咳き込み続けた。

 目に細かいのが入ったのか、じんわりと目が滲む。
 それは隣に居た辻さんも同じく。

 「いやぁごめんね、最近掃除してなかったし、もう夏休みも終るから」
 
231 名前:Angel smile 投稿日:2005/12/02(金) 23:20

 そう言って、埃をうちわで仰ぐも、まるで効果は無く、あたしと辻さんは度々気管に入ってしまった埃でケホッと小さく咳き込んだ。
 それを尻目に飯田さんはダンボールの中に入っている絵の具やポスターの画用紙を取り出すと、闇雲に絵の具は絵の具で、画用紙は画用紙と並べ始めた。
 これが飯田さんの性格なら仕方が無いものの、何時間要するのか全然予想が出来ないんですけど。

 「あ、あの飯田さん?」
 「あっ、今あんまり声掛けないでねぇ」

 数も数えてたのが分かって、あたしは「・・・はい」というと、その隣の辻さんに助け舟を出した。
 辻さんは小さく「ちょっと後で出直そっか」と言って、あたしは素直に賛同した。

 
 やっぱり飯田さんはちょっと変わった人だと再確認し、あたしと辻さんはソロリソロリと教室をあとにした。

 ・・・・・・
232 名前:Angel smile 投稿日:2005/12/02(金) 23:22

 場所は変わって、あたしと辻さんはグラウンドにへと着ていた。
 まだ蝉がミーンミーンと鳴き止む事をしなかったけど、もう慣れてしまって、その樹木の陰にへと身体を忍ばせた。
 意外にも大きくて、あたしと辻さんが入っても、まだ余分があった。
 
 「辻さんはいつもここに居るんですか?」
 「うん、あいぼんと一緒に・・・」

 その瞬間思い出したように「あっ」と言うと、辻さんは慌てて立ち上がった。
 どうやらさっきまで居た彼女に気付いたらしい。

 「ちょっとれいなちゃん待ってて!」

 そう言って辻さんは何処かへ走って行ってしまい、あたしはグタァと樹木に寄り掛かった。
 なんだか辻さんはあの人とは近づいたり離れたりをしている。
 
233 名前:Angel smile 投稿日:2005/12/02(金) 23:23

 それがどういった理由なのかは分からないけど、とりあえず、あたしに出来る事は限られてる。
 辻さんの天使であるあの人、辻さんの幸せはあの人無しでは続くことは無い。
 あたしはそれを少しだけ、ほんの少し変えてあげればそれでいい。

 それが、辻さんに対してのあたしからの感謝の気持ちだ。

 だけど、あの人に会うには少し骨が折れそうだなぁ。

 「なぁ」

 なぜかあたしの声が反響したのかと思い、周りを見渡してみる。
 と、あたしが視線を上げた瞬間、隣にいつの間に居たのか、”車椅子”が止まっていた。
 いきなりで声を出しそうになったものの、その上に乗っかるように言葉が被さる。
 
234 名前:Angel smile 投稿日:2005/12/02(金) 23:25


 「ののは、もう大丈夫なんかな?」

 
 そう言ってあたしの隣で、雨が降った。
 たった一つの雫が、顔を何度も何度も濡らし、止む事も無く、音も無く、ただ流れて・・・落ちていった。

 あたしは何も言えず、その雨を見上げていた。
 ”天使”の彼女、加護亜依。

 流す雫には、何か自分にとって洗い流したいモノが含まれているらしい。
 天使の流す雫は、とても透き通っていて、どこまでも曇りの無い、だけどとても哀しい色をしていた。

 ・・・・・・
235 名前:Angel smile 投稿日:2005/12/02(金) 23:26





236 名前:Angel smile 投稿日:2005/12/02(金) 23:26





237 名前:Aries 投稿日:2005/12/02(金) 23:30
この土日このお話をもう少し進めて行きたいとは思っているんですが
果たしてどうなることやら・・・(汗
飽きずに見ていただければ幸いです。
では。
238 名前:Angel smile 投稿日:2005/12/10(土) 22:15

 のの、うちはな、最初から知っててん。
 
 
 あの公園に居た日。
 うちらはあの日に初めて出会ったんやない。

 もっともっと前、丁度、うちの”病名”が分かった時やった。

 その時のうちはもう抜け殻になってて、車椅子が無いとろくに歩けない自分自身さえも嫌になってた。
 一層の事、誰かに頼んで殺してほしいとさえ思った。
 
 そんな時うちは病院を抜け出し、宛ても無く、ただ車椅子の、否、自分自身の両手が赴くままに、彷徨うにして廻していた。
 何度か道端で冷ややかな視線を浴びながらも、うちはそんなものを無視して漕ぎ続けた。
 というよりも、その時点でうちの中はポッカリと穴が開いたままで、五感が全て飾りのように機能していなかった。

 ただうちの足の代わりとなっている両腕を除いては・・・。

 ・・・・・・
239 名前:Angel smile 投稿日:2005/12/10(土) 22:16

 加護亜依さんは数分と経たずに目を片手で乱暴に擦ると、濡らした顔をあたしの方にへと向けた。
 その目は何処か不安と安心が入れ混じっていて、言葉が見つからないほどに妙な"濁り"を持っていた。
 
 だけど、自然と"怒り"は無かった。
 
 "嬉しい"とか"悲しい"も無く、ただ"不安"と"安心"が交差する。

 「・・・ののは、誰にも渡さん」
 「えっ」
 「・・・ののは、人形やったうちを人間にしてくれたんや、やから、渡さん」

 そう言って、ようやく"怒り"を表し始めた加護さん。
 それをあたしは今度は問いた。
 自分の目的を果たす為に。
240 名前:Angel smile 投稿日:2005/12/10(土) 22:17

 無意識に空気を小さく吸って、あたしは加護さんの目を見つめる。
 
 「・・・辻さんは、あなたに救われたと言ってました。自分の存在はあなたなしでは証明されないと」
 「・・・ののが」
 「加護さん、れなは何かを変えるためにここに来たんじゃ無いんです、れなはお礼をしにやってきたんです」
 「お礼?」

 加護さんは眉を細めて、あたしに見下ろした視線を向け続ける。
 多少は身長差もあるんだろうけど、加護さんの表情には日の当たるものとは違って、妙に影があった。

 
 
 「・・・加護さん、あなたにとって辻さんはどんな方に見えますか??」

241 名前:Angel smile 投稿日:2005/12/10(土) 22:18

 加護さんはポカンとして、呆れた様な表情で答えた。

 「・・・ののは、うちのただ一人の"共感者"や、ののが居るからこそ、うちも居続けられる」
 「共感者?」
 「もしののがおらへんかったら・・・うちは死んでた」

 加護さんは上を見上げ、視線を泳がせた。
 頭上には清々しい程の青い空が広がり、それでいて何処か薄く切ない程の何かがあった。
 まるで・・・辻さんの絵の様な・・・。

 「"何も無い子"の町。うちは、あんたのところがそうにしか見えんかった」
 
 不意に加護さんの口から、最初に言われた言葉が聞こえた。
242 名前:Angel smile 投稿日:2005/12/10(土) 22:19

 「ここはな、あんた達からしてみれば凄く綺麗な町で、しかも凄くのんびりとしてる所やと
 思ってると思う。けどな、それほど綺麗な町なら、うちらみたいな人間がおる筈がないやろ」
 「うちらって、れなのところにもたくさん居ますよ、骨折したり、怪我したり」
 「・・・ここの学校の生徒はな、なにかしら障害を持ってる子ばかりが集められた、つまりは施設や」

 施設・・・。

 それがどういって結びついているのかは、此処に来たときから分かっていた。
 辻さんや加護さん、そしてあの誕生日会に居た先生以外の生徒。

 
 殆どが、その傾向のある子ばかりだった。
243 名前:Angel smile 投稿日:2005/12/10(土) 22:20
 
 「"障害持ち"と一緒に居たらうつってしまう、そうやってうちらは異常者扱いの毎日。
 そんなうちらにあんたがお礼?」

 加護さんは小さく笑うようにして口角を歪めると、あたしを睨み付けた。

 
 「・・・余計なお世話や、あんたに何が分かるっていうねん」


 あたしの心臓が、ドクンッと飛び跳ねた。
 その目に少し恐怖を抱いたのだ。
 その殺意とも捉えれる様な、憎悪の様な歪む視線に。

 あの母親の視線の方がまだマシだと思うほどに・・・。
244 名前:Angel smile 投稿日:2005/12/10(土) 22:21

 加護さんは素早く両手を車椅子の車輪に乗せると、早々と教室の所にへと行ってしまった。
 あたしは小刻みに震える身体をなんとか抑え込むようにして、その場を後にした。
 
 なんだか、あたしはとんでもない所に足を突っ込んでしまったのかもしれない。
 そう思いながらも、当時その場所があたしの唯一の居場所でもある事には変わりは無かった。 
 あたしの中に恐怖が嵐の様に渦巻いていたけど。 

 それが分かっていたかの様に、グラウンドには"猿"が一匹も居なかった。
  
 ・・・・・・
245 名前:Angel smile 投稿日:2005/12/10(土) 22:21





246 名前:Angel smile 投稿日:2005/12/10(土) 22:22





247 名前:Aries 投稿日:2005/12/10(土) 22:23
お久しぶりの更新なんですが、それほど量が無く・・・(汗
明日も更新出来ればと思います。
では。
248 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/12/11(日) 09:32
毎回ロムッてますよ。がんばってください。
249 名前:Aries 投稿日:2005/12/11(日) 23:17
>>248 名無飼育さん
有難うございます。
今後ともよろしくお願いします。


それでは少し時間帯も遅いですが始めます。
250 名前:Angel smile 投稿日:2005/12/11(日) 23:17

 ―――昔、あたしの学校で男子が腕を骨折している場面に出くわした事があった。
 男子は同じ同級生で、なんだかんだと人気があり、結構モテる奴だった。
 
 男子はジャングルジムという何十本の鉄の棒で建てられ、設置された遊び物で格好つけようとしたんだろう。
 両足で立とうとし、両手を離した瞬間、一番上から真っ逆さまに落ちてしまった。
 しかも受身をしたおかげで、身体の重心が腕を下敷きにしたのが原因。

 全治3ヶ月で、以後その男子はもうその建造物で遊ぶ事は無かった。
 相当怖かったのかもしれない。

 人に害を成すものの前には、それがただの物や小さな生物や植物でも、決して二度と近づく事はしない。
 人は自己的な判断で悪いか善いかを決める。
 まるで伝染するかのように、縫い付けられるように広まり、一瞬にして境界線は断ち切られる。

 そして人間の世界でも、それは存在する。
 
 ・・・・・・
251 名前:Angel smile 投稿日:2005/12/11(日) 23:18

 転地療養で最適な場所。

 高原や海辺など気候のよい土地が、その的になる事が大半。
 この「ハロモニ小中学校」も、その場所に指定された「施設」だった。
 
 転地療養は主にその患者の容態を気にして提案を持ち出す事が多い。
 だがそれを賛同する者の中には、"異物を自分の境界線から排除したい"という願を持っている事も少なくは無い。

 自分とは異なる存在、それが例え同じ人間であっても、何処かが違うと言う恐怖で異端者と感じてしまう。
 そして自分達の憲法に基づければ、たとえこの世から消しまいたくても、自分を汚してまではと躊躇する。

 自分が好きだというのは誰にでもある事。

 だからそこまで行かずとも、ただ自分の境界、視界に入らなければ事は足りる。
 そして行き着いた先にあったのが、何も害を成さない様な遠い場所に作られた"療養施設"だった。
 
 現代は少子化も進んでいるにも関わらず、障害を持つ人間を迫害するという行為。
 どうやら人間と言うのは、余程自分自身に好意を寄せている様だ。

 ・・・・・・
252 名前:Angel smile 投稿日:2005/12/11(日) 23:19

 絵の具の匂いが漂う一室。
 シャッシャと鉛筆の流れる音だけが聞こえ、それ以外には何も無い。

 あたしは一枚の画用紙の上に視線を向けて、ピクリと動く事をせずに椅子に座っていた。
 夏の暑さの所為で体温が篭るものの、それを絶えず我慢する。

 「・・・私もね、この場所が療養施設だっていうのは前々から知っていたの」

 数分前から語っていた話の続きを、飯田さんはスケッチブックから視線を外さずに口にする。
 あの後あたしは、飯田さんの居る美術室にへと帰ってきた。
 その頃にはすでに整理が終っていて、コーヒーを飲みながら一服している飯田さんが椅子に座っていた。
 
 あたしにもコーヒーを作ってくれて、それを飲んでる間は一言も話す事は無かった。
 だけどコーヒーを飲み干したと同時に、唐突に飯田さんがスケッチブックと鉛筆を取り出した。

 「書きたくなったから、モデルになってよ」
253 名前:Angel smile 投稿日:2005/12/11(日) 23:20

 という飯田さんの提案をあたしは戸惑いながらも頷いてしまい、今に至る。
 特に何もすることは無かった為、何を言われても承諾する事に変わりは無かったけど。

 「この学校の半分は住めるようにもされているし、遠い街から来た子で身寄りの無い子は殆どがここに住んでるの」
 
 その事については納得できた。
 洗面所に置いてあった何本かの歯磨きとコップの事。
 日常品が廊下の棚に仕舞い込んでいた事。

 そして何より、あたしはこの美術室の先から一歩も入れてもらってない。
 
 「あんまり公開は避けてるらしいの、"ハロモニ小中学校"としておけば、この学校にも入学してくれる子だって居る。
 でも障害者の子達が居ると知られると、迫害する子やご両親だって居る。」
 「でも町の人もいつかは気づくんじゃ」
 「・・・この町全体でそれを隠しとうそうとしてるから、万が一の事が無ければ大丈夫」
254 名前:Angel smile 投稿日:2005/12/11(日) 23:20

 町全体での秘密、もしかして、"あの事"が関係しているのだろうか。
 それを聞こうとして、あたしは言おうとした。
 でも、それを言ったところで飯田さんの表情が一変する事は明白で、過去の話を持ち出す事で、また何か違う恐怖を覚えた。

 この町には、秘密が多すぎてあたしの中には収められ切れないほどに絡み、黒い毛玉のように大きくなっていく。
 あたしの町と大して違わないこの町が、今この世界の境界線の外に居るような・・・。

 そう、まるで"異界"。

 十二歳の子供が、この異体の知れない町に入り込んだことで、何かが大きく変わっているのかもしれない。
 ほんの小さなことが大きな事態にへと膨らませる。
 まさにチリも積もれば山となる。
 最悪の意味で。

 「・・・出来た」
255 名前:Angel smile 投稿日:2005/12/11(日) 23:21

 そう言って飯田さんは鉛筆を置くと、フゥッと息を吐いて、スケッチをテーブルにへと置いた。
 それを聞いた瞬間、強張っていた身体がフッと気が抜けたように崩れた。
 だけど本当に崩れるわけにはいかないから多少力は入れておく。

 「見る?」
 
 そう言われて出来上がりのスケッチを見せてもらう。
 さすが美術の先生を任された先生だけあって、細かいところまできっちり描かれたあたしが居た。
 
 でもその表情は儚げで、何処かが切なく、脆いほどに影を持っていた。
 あたしが息を顰めたままその絵に目を奪われていると、飯田さんが何気なく聞いてきた。

 「自分の気持ちに気が付いた?」
 「気持・・・ち?」
 「前には言わなかったけど、絵には描く人の意思表示が籠められる、でもそれと同時に、相手の意思もその絵に含まれるの、
 特に人の場合だと、表情なんかですぐ分かる」
 「れな、そこまで違いが分かっとりました?」
 「うーん、私から見れば、かなりね」
256 名前:Angel smile 投稿日:2005/12/11(日) 23:22
 
 目を上に向けて指を顎に差すような姿勢で言うと、「さて」と言って、椅子から立ち上がった。
 ちょっと気になって頬を触ったりしていると、飯田さんが薄く微笑んだ。

 「でも、絵の気持ちが分かるれいなちゃんだからこそ、その意思が簡単に見つかってしまったって言う事もあるかもね」
 「よく・・・分かりません」
 「うん、私も他の人の気持ちは分からないから、あまり気にしないでね」

 飯田さんはそう言うと、壁に掛けられた時計を見て「あっ」と声を漏らす。
 あたしも連られてその時計を見ると、いつの間にか夕刻になっていた。

 ここまで朝から夕方までの時間が早いものだなんてすっかり忘れていた。
 いつもは家の中で本を読んだりして時間を潰していたけど、この町には、なにか魔法めいた物があるのかと疑問に感じたほどだった。
  
 「どうしよっか、もう皆もそろそろ帰ってくる頃だろうし」
 「他の皆はどこに・・・」
 「この先の森に遊びにいったの、もう暗くなると物騒だからね」

 うーんと唸って、飯田さんは外の方に目を向けると、一度頷いてまたあたしの方に視線を戻した。
 
257 名前:Angel smile 投稿日:2005/12/11(日) 23:22

 「れいなちゃん、私の家に泊まってく?」
 「・・・へ??」

 あたしはポカーンとした頭と思考でゆっくりとその言葉を理解した後、また身体の力が抜けた。
 さっきよりも疲労があるようにも感じるほどに。

 「ど、どうして・・・」
 「その荷物を見れば誰だって分かるよ」
 
 そう言ってあたしがさっき隠していた大き目のリュックに視線を向ける。
 バレてたんだなぁ、とちょっとやるせない気持ちになった。 

 実は何を言われてもあたしは夏休みが終るまでは"ここ"に居るつもりでいたのだ。
 加護さんと辻さんの事もあったし、それに父親は此処最近全くの音信不通。
 正直言って、一人で家に居るのも何か物足りなさを感じていた。
258 名前:Angel smile 投稿日:2005/12/11(日) 23:23

 「ここには泊められないけど、私が貸してもらってる小さな借家があるから、そこなら良いよ」
 「あ、ありがとうございます」
 
 あたしは深々と頭を下げ、飯田さんに感謝した。
 そう言って飯田さんは、理由も聞かずに"お泊り"をあっさりと承諾してくれたのだ。
 
 初めの出会いの事やさっきの意思の事もあってか、飯田さんはあたしの"気持ち"を察してくれたのかもしれない。
 こうしてあたしはこの"ハロモニ小中学校"での秘密の中に、片足だけだったのが両足とも踏み入れてしまったのだ。

 ・・・・・・
 
259 名前:Angel smile 投稿日:2005/12/11(日) 23:23





260 名前:Angel smile 投稿日:2005/12/11(日) 23:24





261 名前:Aries 投稿日:2005/12/11(日) 23:27
また更新が不定期になると思います。
感想、苦情があればなんでも言って下さい。
それでは次回まで。
262 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/12/12(月) 03:39
突然失礼します。いま、2005年の飼育を振り返っての投票イベント
「2005飼育小説大賞」が企画されています。よろしければ一度、
案内板の飼育大賞準備スレをご覧になっていただければと思います。
お邪魔してすみませんでした。ありがとうございます。
263 名前:Aries 投稿日:2005/12/23(金) 21:21
>>262 名無飼育さん
お疲れ様です。
また立ち寄らせて頂きますね。

それでは、結構間が空いたのですが、
一段落着いたので始めさせて頂きます。
264 名前:Angel smile 投稿日:2005/12/23(金) 21:22

 辻さんと加護さんの姿があの後見つけられず、仕方無く飯田さんが他の先生にへと伝言を預け、あたし達は学校を出た。
 学校を出ておよそ10分の道のり、その間は何も話を交わすことをしなかった。
 
 特に話す事が無かったというか、空に疎らに光る星を見上げながら歩いていた、というのもある。
 ちょっと言い訳染みてるけど、自然と話を避けてたのかもしれない。

 飯田さんも飯田さんで、なんだか交信真っ最中のようにボォッとただただ歩いていた。
 周辺には転々と家が建ち並ぶけど、外には殆どといって良いほど人の気配が全く無い。
 人口が少ないというのもあるかもしれないけど、ここまで静寂されると逆に落ちつかな無い。

 と言っても、さまざまな虫の鳴き声や蚊などはそれに見習うでもなく、耳に付いて結構鬱にさせられた。
 
265 名前:Angel smile 投稿日:2005/12/23(金) 21:22
 
 「ここだよ」

 そう言って行き着いた先には大きな2階建てのお屋敷、多分旅館の造りに似ている。
 かなり年季の入った木造建築だったけれど、骨はちゃんとしていて、結構丈夫に見えた。

 飯田さんが呼び鈴を鳴らし、ドアを開けて中にへと入っていった。
 あたしも続けて入る。

 「ただいまぁ」
 
 そう言って靴を脱ぐ飯田さんに対し、あたしは背後から首を動かし、周辺をじっくりと見渡した。
 中も凄く広く、まるでお屋敷のような静けさと温かみがある。
 壁には何処かの風景画が額に入れられて飾られ、その下には立派に見える灰色の壷が置いてあった。
 
 と、そのうち、奥の方からゆっくりとした歩きで足音が聞こえた。
 多分スリッパか何かを履いているようで、パタパタと滑る様に。
 奥のドアが開くと、黒髪の肩まであるロングを揺らし、服は黄緑の半そでとGパンのちょっと寒そうな感じ。
 でもその上からは妙に合ってしまう白いエプロンを肩から掛け、その人物は現れた。
266 名前:Angel smile 投稿日:2005/12/23(金) 21:23

 「お帰り」

 そう一言言うと、女性は飯田さんの方から視線を逸らし、あたしにへと向けた。
 少し眉が歪むのが見えて、唾を無意識に飲む。

 「その子は?」
 「あっ、この子はれいなちゃん、私の・・・親戚なの」

 あっさりと言いのけた飯田さんをあたしは目玉が飛び出るくらいに見開いた。
 
 「親戚?」
 「そう・・・ちょっと預かってほしいって頼まれて、さっきそこで偶然会ったの」
 「でもいつ言ったのよ」
 「一昨日の・・・晩かな」
 「・・・カオリ分かってるでしょ?」

 徐々に女性の口調が強くなり、表情も少し険しくなる。
 飯田さんが軽くOKしてくれた所までは良かったのだけど、やはりそう簡単には行かないらしい。

 「分かってるよ、でも最近はあっちも目立つことしてないから」
 「それはそうだけど・・・」
267 名前:Angel smile 投稿日:2005/12/23(金) 21:24
 
 ボソボソと何か言っているのは聞こえるものの、あたしはその話の中身が妙に意味深に感じた。
 二人の表情も少し影を持っていたからだろうか・・・。

 「圭ちゃん」
 「・・・分かったわよ」

 女性が仕方がないと言わんばかりに大きなため息を吐いて、両腕を組んだ。

 「カオリが案内してあげてよ、私は今ご飯の用意してるから」
 「圭ちゃん・・・ありがとぉ」

 飯田さんがお辞儀をし、それを見習うと、チラッとあたしに視線を向け、また奥にへと入っていった。
 妙にあの女性は、母親に似て素っ気無い人だと感じた。 
 フゥッと吐息が聞こえ、飯田さんは「結構良い人なんだけどね」と言って、二階にへと招き入れた。
 
 二階は何個か部屋があって、飯田さんの話だと昔は旅館を経営していたようだ。
 廊下を通り、三番目の部屋にへと入ると、そこには沢山の絵が飾られていた。

 「私小さい頃に画家になりたくてさ、美術館にも何回も通ったし、直接絵を描いてみた事もあったの」
268 名前:Angel smile 投稿日:2005/12/23(金) 21:25

 荷物はどこかそこに置いといてと言われて、タンスの近くの隅っこに置かせてもらった。
 絵を近くで見ながら、あたしは一つの絵にへと目を奪われた。

 それはシンプルなものだったけれど、とても斬新で、とにかく綺麗な色合いで書かれていた。
 広い草原で、麦わら帽子を被った少女。

 「あぁ、それね」 

 飯田さんがあたしの隣で同じく見ながら、ソッと優しく額縁を両手で持って、壁から取り出した。
 絵をじっくりと見てから、あたしにへと言った。

 「この子、私のお友達で、ほら出身が北海道でしょ?よくこの草原で一緒に絵を描いてたの」
 
 飯田さんは絵を指でなぞり、小さく笑った。
 でもそれは何処か切なくて、あたしは絵にへと視線を向けた。
269 名前:Angel smile 投稿日:2005/12/23(金) 21:25

 絵には描く人の意思表示が籠められる。
 この絵を描いた飯田さんは、とてもこの景色とお友達が大好きだったんだろう。
 直感的に、あたしはそう感じた。

 「そうだ」

 飯田さんは絵を元に戻すと、思いついたように手を合わせる。
 
 「明日、絵を描きに行こう」
 「絵を?」
 「丁度絵の具を整理したんだし、うん、行こう」

 どうやら飯田さんの頭の中では、明日の予定にインプットされたらしく、何かブツブツ言いだした。
 もうこうなってしまえばあたしの声は聞こえ無い事確実だと思い、小さくため息を吐いてしまった。

 その10分後、ブツブツと飯田さんの独り言が終ったのが、あの女性の「ちょっと待ってなさいよ」と言う言葉の直後。
 後ろから突き飛ばすような肘突き一発で、飯田さんがおでこを壁に激突させていたのは言うまでも無く。
 
 ・・・・・・
270 名前:Angel smile 投稿日:2005/12/23(金) 21:26





271 名前:Angel smile 投稿日:2005/12/23(金) 21:26





272 名前:Angel smile 投稿日:2005/12/23(金) 21:27
また深夜辺りにももう一度更新できたらと思います。
苦情、感想なんでもどうぞ。
それでは後ほど。
273 名前:Angel smile 投稿日:2005/12/24(土) 01:14

 「へぇ、九州の方からねぇ」
 「それで夏最後だからって、遊びに来てくれたんだよね」
 「は、はぁ・・・」
 
 飯田さんの目を見ずに、額のシップを見ながら話してしまい、視線をご飯にへと戻し、また食べ始めた。
 とにかく飯田さんの言葉に上手く合わせ、父親の出身地を選んで言ったものの、この女性は妙に信じてないように感じた。
 目の前でお味噌汁を啜る女性、保田圭さんは、なんと旅館だったここのお孫さん。
 年は飯田さんの一つ年上で、あたしの住む町の図書館の事務をやっているらしい。
 どうやら千葉に住んでいたけど、この場所で旅館をやっていた祖父の遺言で、ここに住むことになったんだと言う。
 
 なんて理由だと思ったものの、あえて突っ込みはしなかった。
 数十分前に初めて会った人に失礼なことくらい分かってるから。
274 名前:Angel smile 投稿日:2005/12/24(土) 01:15

 なんて理由だと思ったものの、あえて突っ込みはしなかった。
 数十分前に初めて会った人に失礼なことくらい分かってるから。

 「でも、カオリの親戚にしてみても、あまり似てないわね」
 「それは外見は違うけど、こう見えて絵が凄く上手なの」
 「そうなの?よかったら私を書いてほしいわね」
 「ぁっ、はい・・・」

 そんな約束まで交わしたものの、あたし自身そこまで上手だとは思ってない。
 "絵の気持ち"、それは洞察力が高い人なら簡単に分かりそうなんだけどと本心を思ってみる。
 口には出さないように警戒しながら。
 
275 名前:Angel smile 投稿日:2005/12/24(土) 01:15

 「それで、夏休みはいつまで?」
 「ぇと・・・あと一週間・・」
 「まさか最終日まで?」

 急に声を荒立てる保田さんに、あたしは首を横に振った。

 「圭ちゃん、まだ何も言ってないじゃない」

 飯田さんがコップを啜った後にそう言うと、保田さんは横目で表情を伺い、眉を顰める。
 
 「余分に休みを残すとなると、二日だね、だからあと5日間は居させてあげてほしいの」

 そう言って、飯田さんはお箸を置いて、保田さんにジッと視線を送る。

 「私、これはチャンスだと思うの、あちら側をこのままにさせない為にも、誰かをこっちに入れないといけない」
 「カオリ・・・それは前にも言ったじゃない、危険すぎるって」

 あちら側。
 そして危険。
 何の話なのか全く見えず、あたしはご飯を口に運びながら、聞き耳を立てた。
276 名前:Angel smile 投稿日:2005/12/24(土) 01:16

 「でも、もうあれから10年以上経つんだよ、このままじゃあこの町が」
 「分かってる、分かってるわよ、私だって何か出来ないか考えてるのよ」
 「だったら、なんで圭ちゃんは何も行動しないの?」
 「・・・それは・・・」

 保田さんは両手にグッと力を入れ、そのまま俯いてしまった。
 あたしはすでに食べる動作を忘れ、そのやりとりを見るのに集中してしまっていた。

 「圭ちゃん、私は、もうあんな"もの"を見たくないの、だってあれは」
 「もういい、言わないで」

 保田さんは小さく、低く言うと台所から出て行ってしまった。
 飯田さんは何か言おうとしたものの、テーブルに腕を乗せ、両手で顔を全部隠してしまう。
 あたしはただジッと、その姿を見たまま固まっていて、言葉を発することも出来なかった。

 昔、両親が喧嘩していた事を思い出してしまったからかもしれない。
 
 ・・・・・・
277 名前:Angel smile 投稿日:2005/12/24(土) 01:17

 お風呂を先に頂いた後、二階に戻ると、飯田さんが布団を敷いていてくれた。
 絵に囲まれて眠るのなんて初めてのことだったけれど、何も無いよりは結構良いかもしれないと少し思った。
 敢えて口には出さなかったけど。

 「先に寝てても良いよ、私はまだ下に居るから」

 自由に使っても良いからね、そう言って、飯田さんは下にへと降りて行った。
 人一人が居なくなっただけで、少し部屋の中が広くなったように感じた。
 まるで、自分自身の部屋の中に居る感覚にさえも襲われた。

 だけど周りの絵を見ていくにつれ、そんな考えは何処かに行ってしまった。
 色んな景色が見れて、ちょっと気分転換になったのだろうか。
 もしかして飯田さんも、その為にこうして飾っているのかな、とふとあの絵に視線が向いた。

 思えば、この絵だけが妙にしっかりと固定され、傷が一つも無い。
 おまけに埃も一切被らずに。
278 名前:Angel smile 投稿日:2005/12/24(土) 01:18

 「・・・ぁ」

 良く見てみると、右下に小さく違う色で何かが書かれていた。
 丁寧に書かれていたそれは、どうやら題名らしい。


 "天使と麦わら帽子"


 そう書いてあった。

 ・・・・・・
279 名前:Angel smile 投稿日:2005/12/24(土) 01:19
 
 ―――あたしの町からそう遠くは無い町。

 空はあたしの町から見えるものと同じ様に青く澄み切り、薄っすらと雲が漂っていた。
 そこには小鳥が悠々と飛び回り、じゃれ付く姿も見えた。

 それをあたしは、"異界"だと思った。
 どこでも見れる風景、家や建造物、それをあたしは、"異界"だと思った。

 あの人が、加護さんが発した言葉、"何も無い町"
 あのお婆さんから聞いたお話。

 それが妙にあたしのこの言葉と合ってしまって、小さく苦笑いを洩らしてしまう。
 本当は笑い事ではないのに、何故か笑みが零れる。
 もしかしたら、あたしはその理由に気付いたのかもしれない。

 
 それはあたしが、加護さんの言った様に"何も無い子"であり、"何かがある子"であるからかもしれない。
 気持ちが分かるけど分からない。
 明らかに矛盾しすぎるあたし。
 まぁ自分自身、存在自体が矛盾だらけなんだけどね。

 ・・・・・・
280 名前:Angel smile 投稿日:2005/12/24(土) 01:19

 「れいなちゃん出来たれすか?」

 そう言って顔をヒョコっと出したのは、さっきまであの人の傍で一緒に絵を描いていた彼女。
 多分あたしが指を止めていたのを見て、様子を見に来てくれたのかもしれない。

 「何とか一枚・・・」

 そう言って完成していた最初の一枚を見せると、「れいなちゃんは上手いれすねぇ」と。
 辻さんはパァッと表情を明るくして、じっくりと絵を隣で見ていた。
 なんだかどちらが年上なのか分からなくなってしまう。

 「あいぼん、れいなちゃんの絵、凄く上手れすよ」
 
 と、上のほうであたしと辻さんを見下ろすあの人と目が合い、そのまま数秒間沈黙。
 手に持ったスケッチを片手に持ち直し、もう片手で車輪を持つと、同じくスケッチを持った飯田さんの所にへと行ってしまった。
 その飯田さんの額には、まだあの長方形のシップが張られている。
281 名前:Angel smile 投稿日:2005/12/24(土) 01:20

 「ぁ・・・」

 辻さんは落ち込んだように顔を俯かせ、眉を顰めた。
 
 「・・・辻さん、一緒に描いて来て下さい」

 あたしがそう言うと予想通り、「でも・・・」と戸惑う辻さん。
 
 「れなは全然大丈夫ですから、集中して書きたいですし」

 スケッチを見せて言うと、「・・・分かった」とまだ迷う様に言って、絵をあたしに返すと、二人の方にへと走っていった。
 あたしが来た目的は違う事だから・・・それにもう、一人になっても全然大丈夫だから。
 辻さんが構っていてあげてほしいのは、あの人だから。

 だから・・・大丈夫。
282 名前:Angel smile 投稿日:2005/12/24(土) 01:21

 そう自分に言い聞かせて、あたしは鉛筆を持つ指に力を加えた。
 書きかけのスケッチ、何かが欠けた風景。
 それはまるで、あたしの様で、ぐしゃぐしゃに鉛筆で抉った。
 
 命一杯、その欠けた絵が全て闇で掻き消す様に。
 真っ暗な水溜りになって、あたしは大きく息を吸い、大きく吐いた。

 鋭く尖っていた鉛筆はつま先を失くし、破片がスケッチの上に放り出されている。
 もう消しゴムでは消せないほどに成り果てていた紙を四つに折りたたみ、また違う紙にへと置き換える。

 スケッチはあたしの所為で"必要の無いもの"にへとなってしまった。
 そしてこのほんのちょっとの事で、あたしは"加害者"の気持ちが分かったようにも感じた。

 この"異界"と思ってしまった感覚の訳。
283 名前:Angel smile 投稿日:2005/12/24(土) 01:22

 あたし自身も、この町を"怖い"と思ってるんだ。
 辻さんや加護さん、そして飯田さんや、あのお婆さん。

 この町に住んでいる人全員をあたしは怖いと感じている。

 
 "「あんたに何が分かるっていうねん」"

 ・・・確かにそうかもしれない。

 
 「れいなちゃん、そろそろお昼にしようか」

 上から聞こえる飯田さんの声でハッと我に返ると、振り返って「分かりました」と手を伸ばす。
 辻さんと加護さんはその後ろで、凄く嬉しそうに自分が書いた絵を見せ合っていた。

 その姿に、少し面白くないと感じた自分が居た気がする。

 ・・・・・・
284 名前:Angel smile 投稿日:2005/12/24(土) 01:22





285 名前:Angel smile 投稿日:2005/12/24(土) 01:22





286 名前:Aries 投稿日:2005/12/24(土) 01:25
一日遅くなりましたが亀井さん、お誕生日おめでとうございます。
やっと冬休みに入るので、この期間に行ける所まで進めたいと思っております。
苦情、感想なんでもどうぞ。
それでは後ほど。
287 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/12/26(月) 18:42
なんだか新展開だあ(゜□゜)
288 名前:Aries 投稿日:2005/12/28(水) 22:54
>>287 名無飼育さん
新展開は少しずつ明かして行きたいと思います。


それでは始めます。
289 名前:Angel smile 投稿日:2005/12/28(水) 22:55

 ここは飯田さんが下宿する所、そしてあたしの町の正反対にある海の海岸。
 といっても、人が海水浴をするような場所ではなく、所々が断崖絶壁になっていてかなり危険な場所。
 だけどこの三人は、此処から見る景色がとても良いからだと言って、最近は良く立ち寄っていると言うのだ。

 思えば、あたしの所よりもかなりヤバイ場所だと思う。

 「「いただきまぁす」」

 そんな絶壁の上、海岸が丸見えの山のような所で、あたし達は昼食を摂ろうとしていた。
 大きく叫んだのはすでに持っていたおにぎりをパクパクと食べている辻さん。
 それを微笑ましく同時に言ったのは、水筒に入れておいたお茶を啜る飯田さん。
 
 そして、車椅子から降り、敷いて置いた敷物に三角座りで辻さんを見ているのは、加護さん。
 何も手には取らず、ただずっと辻さんの表情を見ては微笑む加護さん。
 あたしは飯田さんにおにぎりを受け取るまで、その表情を見ていた所為か、食べる前の挨拶をすっかり忘れていた。
  
 多分、彼女も同じく。
290 名前:Angel smile 投稿日:2005/12/28(水) 22:55
 
 「れいなちゃんおいしい?」
 「あっ、はい」

 飯田さんが「よかった」と言って、3段重ねの箱からおにぎりを取り出し、一口。
 実は持って来たお弁当は保田さんが作ってくれたもので、寝坊をした飯田さんの代わりと言って、朝早くから台所に立っていた。
 あたしが起きた時にはすでにその光景が映っていて。
 
 保田さんって良い人だなぁと、ぼんやりと考えていた気がする。
 まだ少し夢の中だったからだろうか、いまいちよく覚えてない。
 でもその後姿を、何処かで見たような雰囲気があった事だけは妙に覚えてる。

 「れいなちゃん、カニさんが居るれすよ♪」

 そういってちょいちょいと手を招き、あたしを呼んだ辻さん。
 見ると、小さなカニが横歩きでトコトコと砂利道を歩いていた。

 「とりゃ」

 すると辻さんは、そのカニを捕まえて、持っていたおにぎりをカニの上に乗せるようなジャスチャーをした。
291 名前:Angel smile 投稿日:2005/12/28(水) 22:56

 「さるかに合戦〜♪」

 と、いかにもバランスの無いおにぎりでカニに対して遊び始めた。
 ちょっと可哀想にも思えたけど、ちょっと似ていた事もあってか、口が緩んだ。
 飯田さんも呆れたようにその姿をみ、加護さんは声を出して大笑い。

 「のの〜そういう時はな、こうやるねん」

 そう言って指を出そうとした瞬間、カニのハサミが加護さんの指を挟んだ。
 
 「っつ・・・」
 「あいぼん!」
 
 驚いた辻さんがカニを取ろうとするも、一向に指から離れず。
 どうやら二人とも、こういったことは初めてらしい。

 「かして下さい」

 仕方なくあたしがカニを受け取り、姉から教わった方法でそのハサミを取り外すと、カニは一目散に逃げ出した。
 指には、二箇所ほど皮膚を食い破っているらしく、豆位の斑点が浮き出てきた。
 ポケットからハンカチを取り出し、その部分にへと押し当てる。
292 名前:Angel smile 投稿日:2005/12/28(水) 22:57
 
 「のの、遊ぶ事にも程ほどにしなくちゃ」

 飯田さんに言われて、辻さんはしゅんと頭を下げる。
 
 「いや、先生、うちは全然大丈夫やから」

 そう言ってあたしの手を払うようにして、ハンカチを自分の手で押さえた。

 「・・・これだけは感謝しとくわ」

 小さく呟かれた言葉は何とか聞き取れるもので、あたしは少し、彼女に一歩近づいたのかなと感じた。
 飯田さんの方にへと視線を向けると、少し苦笑いを浮かべていた。

 「れいなちゃん、ありがとうなのれす」
 
 辻さんにはホッと安心したような表情で、あたしにお礼の言葉を言った。
 久しぶりに、あたしはお礼の言葉を言われた気がした。
 その前に言われたのは・・・吉澤さんのお母さん。
293 名前:Angel smile 投稿日:2005/12/28(水) 22:58

 遊びに行った時に、美貴姉ぇと吉澤さんは買い物からまだ帰ってこなくて、仕方なく待っていると、お母さんがこう言った。

 「れいなちゃん、ひとみと仲良くしてくれてありがとう」

 いきなり言われて、あたしはどうすればいいのか分からなかったけど、一応頷いた。
 その時、吉澤さんのお母さんが、少し痩せて見えたのは・・・今思えば嘘ではなかったんだと実感した。

 その数ヶ月後、吉澤さんのお母さんは入院し、吉澤さんは引っ越していったのだから・・・。

 ・・・・・・
294 名前:Angel smile 投稿日:2005/12/28(水) 22:58

 あと4日。

 あたしはこの期間で、なんとか加護さんと話をしたかった。
 でもやっぱり、この人は本当に骨が折れる人で、あの日を境に、とうとう顔を見合わせることも出来なくなってしまった。
 それ以外は、辻さんがよく飯田さんの所に良く来てくれる様になった。

 遊び兼、何か悩み事があるのだという。

 ・・・・・・
295 名前:Angel smile 投稿日:2005/12/28(水) 22:59

 「あいぼんの様子がおかしい??」

 飯田さんの部屋にあたしと本人、そして辻さんの三人でお茶を啜った。
 辻さんは頷いて、少し俯くように頭を下げている。

 「あいぼん、昔はよく一緒に居てくれたんれすけど、最近は一人で行動するのが多くなったんれす」
 「お父さんとお母さんの所には?」
 「・・・来てないって・・・」

 加護さんは足が不自由な為、辻さんと一緒に学校の方で寝泊りをしているらしい。
 だけどそんな加護さんが夜な夜な、何処かに行っているというのだ。
 だが、学校から加護さんのご両親が住む家までは大分あると言う。

 「でも、一人で車椅子なんて乗れるんですか?」
 「あいぼんは病院でリハビリを少ししてたらしいから、多分何かを持って立てる位は出来るはずだよ」

 あたしの質問を、飯田さんは淡々とした口調で言った。
 でもそこで疑問が一つ、否、前々から聞きたかった質問が、無意識的に口から出てきた。

 
「・・・加護さんの病気ってなんですか?」
296 名前:Angel smile 投稿日:2005/12/28(水) 22:59

 もう時間が無いという焦りと、加護さんについての興味からの言葉だったのかもしれない。
 辻さんが作っていた拳が、少し力を加えたように見えた。
 飯田さんは少し考えるようにして天井を見た後、小さく口を開いた。

 「・・・あの子の病気わね」

 夏の兆しが薄れていく。
 蝉の鳴き声はもう僅かになっていたけど、それがとても鮮明に、大きく耳に囁かれた気がした。
 
 ・・・・・・
297 名前:Angel smile 投稿日:2005/12/28(水) 23:00

 のの、覚えとる?

 うちが病院を抜け出したあの日。
 どうしてあそこに居たのか。
 話した事あったやんなぁ。

 でもな。

 これだけは・・・これだけは秘密にしててん。

 
 うち、ののに一度だけ会うてるねんで?

 
 あの学校の校門で、たった一人だけ歩いているののを。
 うち、一度も学校に行った事、あらへんかったから。

 なぁ、のの、うち・・・うちな・・・。

 ・・・・・・
298 名前:Angel smile 投稿日:2005/12/28(水) 23:00

 「あの子の病気は・・・もう治らないの」

 飯田さんの口からは、ただその言葉だけが聞こえた。
 辻さんに視線を送っても、俯く彼女には何の反応も見せず。
 
 ただただ、重苦しい沈黙だけが流れ、この部屋の時間だけが止まったように感じた。
 この状態をどう変えればいいのかなんて考えれなかった。
 ただ思考の中で焦り、硬直し、後悔と、疑問の語りだけが延々と続く。

 と、部屋の出入り口から、開封と共に、言葉が大きく聞こえるほどに響いた。
 
 「天性的な心臓病でさ、もう手術しても治らない、あともって1年。って、この前の検査で戸惑いながら言われたそうよ」

 カチャンッと、お盆の中にあるお菓子の袋を千切り破り、入っていたお菓子を一つ手に取り口にへと運ぶ。
 ボリボリと咀嚼する音だけが響き、あたしはゴクリと生唾を飲んだ。

 「・・・加護さんは・・・知ってるんですか?」
 「心臓が弱いって言うのは知ってるはずよ、最初の時に本人もって言われて、その説明を聞いてる筈だから」

 あっさりと言う保田さんの声が、あたしの中で妙な怒りを引き起こしていたけど、無理やり大きく深呼吸し、収める。
 また辻さんにへと視線を向けるも、その姿勢があまりにも痛々しく感じ、中心にへと逸らしてしまった。

 「辻、あんたはその事を知っていたんでしょう?」
299 名前:Angel smile 投稿日:2005/12/28(水) 23:01

 保田さんの言葉で一瞬辻さんの肩がビクリと跳ねた。
 それを見ていたからこそ分かった、片隅に置かれていた疑問。

 「最近、加護と一緒に居る時が少ないって言うけど、それはあんたから"避けてる"んじゃないの?」
 「圭ちゃ「加護の命が、もう"消えかかっている"って分かってしまったから、もう一緒に居る事をしなくなったんじゃないの?」
 
 飯田さんが話の中に入ろうとしても、保田さんは止まらない。
 そして・・・。
 
 「保田さ「違う!」

 あたしが耐え兼ねて叫ぼうとしたその時、辻さんが大きく顔を上げると、保田さんを睨み付けた。
 その目じりには、持ち上げた拍子に雫が流れていた。

 「ののは、ののは避けてなんか無い!ののはあいぼんの前から居なくなったりしない!!」
 「じゃあ何で、あいぼんが夜な夜な何処かに行ってるの?」
 「そ「あいぼんが辻と一緒に居たくなくなったのは、誰の所為?」

 辻さんの言葉に被せるような保田さんの言葉。
 それはとても・・・あの光景に良く似ていた。
300 名前:Angel smile 投稿日:2005/12/28(水) 23:02

 「辻、あんたは無意識のうちに避けてるのよ」
 「ち、違う!」
 「違わない、現にあいぼんは、あんたの近くには居ないじゃない」
 「ののは、ののはただ・・・!!」
 「それとも何?あいぼんの病状が深刻だからって、もう愛想が尽きたの?」
 「圭ちゃん!」

 「辻、そうだとしたらあんたは人間として最悪なのよ」

 もう限界だった。
 辻さんはそんな人じゃない。
 保田さんも悪い人じゃないくらい分かってる。
 
 でも・・・。

 「ののは・・・ののはただ・・・」
 「圭ちゃん、言い過ぎ」
 「事実よ、それにカオリ、あんたもそうよ」
 
 今度は飯田さんに矛先を変える保田さん。
301 名前:Angel smile 投稿日:2005/12/28(水) 23:02

 「たとえ残酷な宣告をされても、それを本人の前で自分達が弱音を吐いてたらシャレにならないじゃない
  にそう言った感情をその人に見せる事によって、病状は変わってくるんだからね」
 「それは分かってるつもり、だから、ここはののの思いを聞いて・・・」
 「思いを聞いても、現実は変わらない、運命として受け入れないと、自分自身が壊れるわよ」

 運命・・・。

 「・・・運命ってなんですか?」

 あたしの中で、微かに燃え盛る、奥深い所から、確実に何かが燃え、そして黒く染まる。

 「運命だからって・・・運命だからってそれを受け入れるんですか?運命だからって、人の命までその中に入れるとですか!?」
 「人の命は儚いものよ、それは偶然に出来上がったものであり、必然的なものじゃない」
 「違う!命は・・・命はそんな簡単な言葉で作られてないけん!命は・・・偶然の産物なんかやないと!」

 なんだか妙に意識していた筈の標準語は消え、あたしは保田さんに初めて怒りをぶつけた。
 目尻がジワリと熱くなり、唇がフルフルと震える。
 
302 名前:Angel smile 投稿日:2005/12/28(水) 23:03

 「う、運命で命の有無が決まってたまるかっちゃ!あたしたちは生まれたいから・・・自分自身の意思で此処に居ると!」
 「それは科学的にはまだ解明されて無いわ、魂だけの存在時に自分という意思があるなんて、非科学的すぎるわよ」
 「だったら、だったら運命は科学的とでも言いたいとですか?なら人は、どうして生まれてきたんですか!?」

 飯田さんと辻さんは呆然としながら、あたしと保田さんのやり取りを見ている。
 
 「運命は、そうね、人の理の中では、最初から持っていた自分自身の幸・不幸・喜び・悲しみなどをもたらす超越的な力。
  まぁあまり、良いとは思えない言葉だし、非科学的なものかもしれない」

 でも、と、保田さんはあたしの目をしっかりと捉え、そして言った。

 「この世界には、あんたが思ってる数よりも何万倍の人間の命が無くなってるの、この瞬間にも、誰かが死んでるかもしれない
  でも、その人達はこの世界の悲劇のもたらしを世界に訴えてる、何かしらの変化を与えてはいるわね」
303 名前:Angel smile 投稿日:2005/12/28(水) 23:03

 そう言って、保田さんは部屋から去っていった。
 あたしは力が抜けたように脱力し、そして辻さん達にへと視線を向ける。
 辻さんは涙を溢れ出し、カタカタと肩を震わせ、飯田さんは辻さんを胸に抱いて、背中を擦ってあげている。

 「・・・圭ちゃんの言ってる事も一理あるんだけどさ、やっぱり、上手く自分の中ではそう簡単にはいかないのよね」
 「でも、それを言えば辻さんは・・・」

 あたしは、数週間前の話を思い出した。
 辻さんの過去を。
 あれを知っているなら、誰だってあそこまでは言わない。

 「圭ちゃんも知ってるよ、でも本人も色々あってさ、だから、ののには強くあってほしかったんじゃないかな?」
 「強く?」
 「命は確かに脆いもの、でもそれを、運命と言えば言葉はへんだけど、現実をちゃんと受け止めて、あいぼんを守ってほしいって事だったんじゃないかな?」 

 でもそうすると、さっきの話とはかなり矛盾していた。
 運命として、つまり現実を見つめてと言う事は、その存在を全て認めろと言う事。
 辻さんの命は・・・。
304 名前:Angel smile 投稿日:2005/12/28(水) 23:04

 「あっ」
 
 つまり保田さんは、運命だと思えば必然、偶然は関係なく、人間はこの世界に生まれる使命を持っているという事になる。
 生まれた時点で、人間は存在が証明されている。
 保田さんは、加護さんや辻さん、その他にも沢山の命を全て認めてる。

 「・・・かなり遠まわしな言い方とですね」
 「ああ見えて不器用だからね」

 それにしても、と、飯田さんはあたしを見る。

 「れいなちゃん、鈍ってたんだ」
 「あっ・・・まぁ抑えてはいたんですけん、でもやっぱり無理とでしたね」
 「でも、その方がれいなちゃんらしくて良いかもしれない」

 今度からはその喋りで話してよと、飯田さんはあたしの訛りを公認してくれた。
 なんだか修羅場の後だったけど、少し嬉しく思ってのは気のせいではないらしい。

 ・・・・・・
305 名前:Angel smile 投稿日:2005/12/28(水) 23:05





306 名前:Angel smile 投稿日:2005/12/28(水) 23:05





307 名前:Aries 投稿日:2005/12/28(水) 23:07
明日か明後日にも更新するかもしれません。
感想、苦情何でもどうぞ。
それではまた。
308 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/12/29(木) 05:15
更新待っときま〜す。
309 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/01(日) 03:33
新年明けましておめでとうございますm(_ _)m
310 名前:Aries 投稿日:2006/01/02(月) 01:05
>>308 名無飼育さん様
あけましておめでとうございますm(_ _)m
待っていただき有難うございます。
今年もよろしくお願いします。

>>309 名無飼育さん様
あけましておめでとうございますm(_ _)m
今年もよろしくお願いします。

では今年最初の更新です。
始めます。
311 名前:Angel smile 投稿日:2006/01/02(月) 01:05

 辻さんが大分収まった頃。
 飯田さんが「気分転換に」と言って、外にへと出掛けた。
 
 あたしと辻さん、そして飯田さんという順番で、ゆっくりと、着実に道を歩いた。
 (正面からみれば階段の段差みたいだ、だなんて思ったのは内緒。)

 「・・・ののはどうしたいの?」

 飯田さんがそう聞くと、辻さんは少し横目で飯田さんの表情を伺うと、また地面に視線を落とす。

 「・・・圭ちゃんが言ってた通り、あいぼんを「違う」

 飯田さんの言葉を掻き消す様に鋭く言うと、辻さんは足を止めた。
 あたしと飯田さんの足も自然と止まり、辻さんの方へと視線が向いた。
 フルフルと手が小刻みに震えるも、懸命に拳を作り、それを止め様としていた。

 「あいぼんは・・・あいぼんはののの"大切な人"なのれす、あいぼんが居なくなる事が分かっても、
  ののは絶対に離れない」
 「じゃあ・・・どうして?」
 「・・・れいなちゃんが心配だったから」
312 名前:Angel smile 投稿日:2006/01/02(月) 01:06

 ・・・あたしは一瞬時間が止まった気がした。
 
 れな・・・?

 「れいなちゃんが、こうやって来てくれるんだけど、あいぼんはれいなちゃんとあまり仲良くないから・・・だから、
  二人が一緒に居られる時間があれば良いんじゃないかって」
 「もしかして、れなの為に・・・?」

 もしかして、あの木の下での事も・・・辻さんがれなと加護さんが二人になるようにわざと?

 「あいぼんにも、のの以外に友達を作ってほしかったんれす、ののは、あいぼんと友達になって凄く嬉しかった・・・だから」

 辻さんは、加護さんの事を思って行動してたんだ。
 命が短い事を知って、何とか加護さんに出来る事は無いかって必死だったんだ。
 それで思いついたのが、自分に対しても凄く嬉しかった"友達"。
313 名前:Angel smile 投稿日:2006/01/02(月) 01:07

 でもそれが逆に、他の目からは"避けている"と捉えられてしまった。
 辻さんは、その瞬間どんな気持ちだったんだろう。
 多分・・・あの保田さんの言葉で完全否定をされて・・・凄く辛かっただろうな。

 「だから・・・ののは・・・」
 「もう良いよ、ののの気持ちは分かったから」
 「うぅ・・・うぇ・・うぇぇぇ・・・」

 飯田さんは中腰になって辻さんを包み込むと、辻さんはその中で大きく泣いた。
 外だったけれど、幸い誰にも見られる事は無かったから、あたしもそのままで居た。
 
 結局、あたしは何も出来ていなくて、逆にあたしが辻さんに"お礼"をして貰っていた。
 なんだか妙な気分だったけど、ちょっと安心した気持ちも中にはあった。
 保田さんが言った言葉を少しだけあたしの中でも思い浮かんでいたから。

 もしかしたら辻さんは、本当にそうなのかもって・・・。
314 名前:Angel smile 投稿日:2006/01/02(月) 01:08

 "お礼"をする側がこんな事を思うのは・・・やはりあたしのする事じゃ無いって何処かで警告音が鳴っていたのかもしれない。
 大きなお世話・・・確かにそうかもしれない。
 でも、それをした事で、あたしはこの二人を再確認することが出来た。

 あたしの中で何かがスッキリとした。
 
 あと4日、あたしは・・・自分が何をするのかというのが分かった気がした。
 これで・・・ようやくあたしの"お礼"が果たせると思った。

 ・・・・・・
315 名前:Angel smile 投稿日:2006/01/02(月) 01:49

 その夜、あたしは夕食の時に保田さんに謝った。
 一瞬驚いた感じだったけど、保田さんは「こっちも・・・大人気なかったわ」と頭を下げて謝ってくれた。
 やっぱり保田さんは悪い人じゃない。

 作ってくれる料理も、保田さんはあたしに好き嫌いが無いかを確認した上で作ってくれる。
 お布団だって、新しいのがあるからと使わせてくれている。
 あの時のお弁当だって・・・。

 保田さんを見ていると、母親って本当はこんな感じなのかなぁと思ってしまう。
 母親・・・あたしの本当の母親は、死んでしまっていると父親は言った。
 だからあの母親は偽者で、本当の母親ではない。

 ・・・でも、あたしが知っている母親も、あの母親だけであって。
 どうして母親は・・・あたしを傍に置いてくれていたんだろう??

 ・・・・・・
316 名前:Angel smile 投稿日:2006/01/02(月) 01:50

 「れいなちゃん?」
 
 ハッと目を開けると、そこは絵が数十枚以上も飾られる部屋。
 すでに天井の電灯は消えているけど、暗闇に目が慣れたのか、視界はボヤけてしまうけど、飯田さんにへと向ける。

 布団の中にへと潜り込んだのはほんの数分前。
 お風呂にへと入れさせてもらい、先に入っていた飯田さんは寝ていると思って電気を消し、それからだ。
 
 「どうしたとですか?」
 「・・・なんだかね、のの、成長したなぁって」
 
 飯田さんは何処かのおばさんの様な口調でゆっくりと話し始めた。

 「ののね、最初の頃は本当に手を焼かせっぱなしの子で、もう元気がとりえのいたずらっ子。
 まだここに来て半年しか経ってないけど、それだけですぐ仲良しになれたの。
 あの子、"友達"っていう言葉に凄く敏感で、遊んだ子とかすぐ「友達、友達」て・・・。
 でもね、あたしが来て数ヶ月後、れいなちゃんの所・・・あっ、あの防波堤ね。あそこで友達だって言ってた子とはしゃいでたの。
 そしたらね、ちょっと足場がいけなかったのかな、海に落ちて・・・ののったら、その子を助ける為に自分も落ちたの」
 「辻さんが?」
 「そう、その子が泳げない事を知ってたのかな?それで助けてあげて・・・今思うと、その頃にはもうののは大人だったのかな、
 あいぼんが必死に止めてたけど、それを振り払って飛び込んだから」
317 名前:Angel smile 投稿日:2006/01/02(月) 01:51

 "ここは・・・思い出の場所だから"

 辻さんが言っていた言葉・・・もしかして辻さん自身、自分の変化に気付いてたのかもしれない。
 たった二歳しか違わない辻さん。
 だけど、二歳も違う辻さん。

 あたしよりも辻さんの方が・・・よっぽど大人だった。

 「飯田さんも、"お友達"になってほしいってれなに聞いたけん、それってつまり・・・」

 飯田さんは、もしかしてこの事態を知っていたのかもしれない。
 辻さんが言っていた飯田さん特有の"交信"、さすがに少し認めていたかもしれない。
 が・・・。


 「ZZZ・・・」
 「って、勝手に寝んといてくんしゃい」

 フゥッと溜め息が出るも、仕方が無くあたしも寝る為に瞼を閉じる。
 考えてみれば、そこまで深く考えすぎていた事に気付いた。

 辻さんと加護さんの関係は、確かに今では深いものにへとなってはいるけど、最初のきっかけは簡単なもので、
 それは誰もが取れる手段だった。
 あたしも、その手段を辻さん本人から教わっていた。

 なら明日、あたしはそれを実行する。

 あと3日、あたしは、ようやく黒雲の中から一筋の光を差す事が出来たと心の中で感じた。
 だが、次の嵐のカウントダウンも、この時にはすでに始まっていた事に、あたしはその光で見えていなかったのだ。

 ・・・・・・ 
318 名前:Angel smile 投稿日:2006/01/02(月) 01:52





319 名前:Angel smile 投稿日:2006/01/02(月) 01:53





320 名前:Aries 投稿日:2006/01/02(月) 01:55
少し大目だと思う更新をさせて頂いたんですが、
やはりまだ少ないですかねぇ(苦笑
感想、苦情なんでもどうぞ。

それでは後ほど。
321 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/09(月) 19:29
更新お疲れ様です。
あと残された時間は3日・・・。
どうなってしまうでしょうか。
322 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/31(火) 18:36
れいな・・・
もう一つも是非お願いします
323 名前:Aries 投稿日:2006/02/04(土) 20:23
本編とレス返しは後に更新いたします。
実はお話なんですが、書くうちにアンリアルにへとなりまして
おまけにこれからはSF的なものとなります;;(死
それを承諾された上でお読みになって頂ければと思います。

誠に勝手ながら、申し訳ありません。
こんな作者ですが、お付き合いくだされば幸いです_| ̄|○(平伏
324 名前:Aries 投稿日:2006/02/04(土) 22:44
>>322 名無飼育さん様
かなり凄い事になります。
この後は方向をさらに歪めて行きます。
こんな作者ですが、これからもよろしくお願いします_| ̄|○(平伏

>>323 名無飼育さん様
作者の勝手ながら、申し訳ありません_| ̄|○|||
お付き合いくだされば幸いです。

では始めます。
325 名前:Angel smile 投稿日:2006/02/04(土) 22:45

 それは、翌日に突然起こった。

 「どうして…」

 飯田さんの驚異した言葉と同時に、あたしと保田さんの表情も歪んだ。
 目の前にある光景は、まさに昨日までは予想もしていない事だった。

 「ハロモニ小中学校」
 
 今日あたしは、学校の方から電話が掛り、その先生の声があまりにも焦っていた事で、
 この学校にへと来ていた。
 加護さんにも会う為、あたしには丁度よかったと思っていたんだけど…。
 
 保田さんはあたし達よりも先に来ていて、この光景をいち早く見ていた。
326 名前:Angel smile 投稿日:2006/02/04(土) 22:46

「…あっちが…動いてきたんだ」

 一人の講師がそう言って、ガタガタと身体を震わせながら頭を抱えた。
 それがスイッチのように、周りに居た数人の先生達も次々と慌て出す。

 あたし自身、すでに限界を達していて、膝から力が抜け様としている。
 カタカタと足は振るえ、隣に居た講師の一人が溜まらず胃の内容物を吐き出した。

 目の前にあるのは、何十もの毛むくじゃらが重なって出来た山。  

 所々には目があり、耳があり、茶色に汚れた毛並みがある。
 開かれっぱなしの口からは、何の鳴き声も聞こえてくることはなくて、
 ただ、淡々と血が流れ続けているだけ。
 見開いた獣の瞳は、ジッとあたしを見つめている気がした。

だけどあたしはその衝動を押さえ込み、"猿"だったモノを見て、
 ゾクリと背筋を凍らせた。
 何十匹にも及ぶ命、それがすぐ先にまるでゴミの様に乱雑に積み重なっていた。
 
 グラウンドの横隅に。
 あの…樹木のすぐ近くから…。
327 名前:Angel smile 投稿日:2006/02/04(土) 22:47

 「…警察には通報したんですか??」
 「で、出来るわけ無いでしょう、"あちら"がそれを望んでいない」
 「じゃあ…あちらには言ったんですね」

 保田さんの一言に、講師の男性は口を塞いだ。
 フゥッと息を吐くと、飯田さんはその積み重なったものに近づき、一つ掴み出した。

 あたしはその姿を見た瞬間、口を押さえ、胃からこみ上げてくる酸っぱいものを飲み込みんだ。

 無表情で仔猫の頭を手に持ち、首の切断面を見下ろす飯田を、
この時ばかりはすごいと思い、同時に怖いとも感じた。
 
 その限りなく感情の無い、無機質な眼は、あたしが見てきたものの中で母親と同じ…。

 「…頭に何かを落として、頭蓋骨を損傷した後に八つ裂きしたみたいだね。
 眼が幾つか?ぎ足られているのは分からないけど…」
 「でも変よね、こんなにも殺して…一体何を…」

 そんな話を淡々としながら飯田さんと保田さんは、その目の前にある異物と化した物の調査をし始めた。
 他の先生達は呆然としながらも、何か打開策が無いかとザワザワざわめく。
 あたしはなんだか…その空間に浮かんだ気分だった。

 ・・・・・・
328 名前:Angel smile 投稿日:2006/02/04(土) 22:48

 ハロモニ小中学校の校内にへと入ってから数十分後。
 辻さんが学校の校門で迷っていたという女性の人を入れてきた。
 
 名前は松浦亜弥さん

 ピシッと黒服を着こなし、自分では20歳だと言っているけど、明らかに飯田さんよりも幼い。
 
 その人が椅子にへと腰掛けた瞬間、空間の空気が変わる。
 まるで…何かに怯えた様な表情を浮かべる講師の先生達。
 
 それを見定めるように見回った後、松浦さんは苦笑いを浮かべた。

 「やはり皆さん見たんですねぇ」
 「という事はやはり"あちら"の??」
 「いいえぇ、実は緊急事態が発生しまして…」

 この松浦さんと言う人は、なんだかこの事態を知っているかの様な口ぶりだった。
 しかもその事を知っているくせに、軽い気分でのその状況を頭に記録しているかの様…。
 
329 名前:Angel smile 投稿日:2006/02/04(土) 22:48

 「こちらの手違いといいますか、"不適合者"が紛れ込んでいた様なんです」
 「なっ!?」
 「あっ、ですがご心配なく、検討は大よそ付いてますから」

 飯田さんの驚きをあっさりと回避すると、松浦さんはチラリとこちらを見てきた。
 いや、あたしではなく…。

 「君、辻希美ちゃんだよね」
 「は、はい」
 「じゃあ、話は早いね」

 そういうと、松浦さんは口角を歪ませて、辻さんにへと問いた。
 その瞬間、あたしと辻さん、飯田さんに保田さん、そして他の講師の先生達。
 全てが耳を疑った。

 「NO.64<ハウレス>、加護亜依の居場所を教えて」
 「ぇっ、なん「あの子が"不適合者"だから」
330 名前:Angel smile 投稿日:2006/02/04(土) 22:49

 

 「処理しなくちゃいけないの♪」

 
 まるで悪魔のように、その微笑みは酷く歪んでいた。

 ・・・・・・
331 名前:Angel smile 投稿日:2006/02/04(土) 22:49





332 名前:Angel smile 投稿日:2006/02/04(土) 22:50





333 名前:Aries 投稿日:2006/02/04(土) 22:51
短い更新ですが、申し訳ありません_| ̄|○|||
深夜にもう一度更新したいと思います。

それでは後ほど。
334 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/02/05(日) 00:23
こういう話大好きです(・ω・)
335 名前:Aries 投稿日:2006/02/05(日) 02:54
>>334 名無飼育さん様
有難うございます。
今後もお付き合いくだされば幸いです_| ̄|○(平伏

それでは更新始めます。
336 名前:Angel smile 投稿日:2006/02/05(日) 02:55

 なぁ、のの、うちな、幸せやったんやで。
 こんな不自由な身体になっても、うちはののに会えただけで凄く嬉しかった。
 
 けど…あの光景がどんどん濃くなってきて…。
 どんどん自分が自分や無くなっていく気がして…。

 怖いんや。 
 なぁのの、うちは、うちが怖いねん。
 このまま心臓が氷のように凍って、また人形の様に止まってしまったら…。

 でも…この高鳴りは一体なんやろ??
 この熱くて…まるで大きな火が燃えてる様な…。
 
 なぁのの…うちは…うちは一体…。

 ・・・・・・
337 名前:Angel smile 投稿日:2006/02/05(日) 02:55

 「ちょっ、ちょっと待「加護亜依が"不適合者"だという証拠は他にもありますよ」
 
 保田さんが何かを言おうとしていたけど、それを松浦さんの言葉が被さる。
 そのまま表情を崩さずに。

 「ここに来る前に、加護亜依はある事件を起こしてるんですよねぇ」
 「事件?」
 「殺人でぇす♪」

 あたしの心臓が大きく飛び上がった。
 講師の先生や飯田さんの表情が強張る。

 「これがその時調査したものなんですけどぉ」

 そう言って持っていた鞄から茶色の大きな封筒を取り出すと、それを飯田さんにへと差し出す。
 今まで無かった緊張感が辺りを包む。
 入っていた紙に目を通した後、飯田さんが読み始めた。
338 名前:Angel smile 投稿日:2006/02/05(日) 02:56

 「5月未明、都内の○○小学校で一人の女子学生が遺体で発見される。
  死因はショック死。
  解剖の結果、硬い物で後頭部を破損させ、約1000度以上の炎で炎上」
 「苦労したんですよぉ、歯型の痕跡でしか身元判明、判別を行えませんでしたから」

 カラカラと笑みを零しながら松浦さんは言う。
 腕や体中に悪寒を、恐怖を感じるくらいに…。

 「これが…加護となんの関係が?」
 「この日ですね、何と加護亜依は病院を脱走してるんです」
 「脱走?」
 「病名を知らされた事からの錯乱状態からのものだったそうですが、おまけにその学校には、そこに居る…」

 どうしていいのか分からず、横目で隣の方にへと視線を映した。
 講師の先生や飯田さんたちの視線も同じく。

 「辻ちゃんが通っていた学校でもあったんですよねぇ、しかもそこで何人かの目撃証言も取れてますし」

 辻さんはフルフルと手を震えさせながら、地面にへと視線を落としていた。
 何処か拒絶している様な、知ってはいけない真実や、現実から逃げ出したい。
 でも、聞きたいという気持ちと戦っているような…そんな姿。
339 名前:Angel smile 投稿日:2006/02/05(日) 02:57

 「それで、本当はもっと早く交渉したかったんですけど、
 上手く"私達"の包囲網を切り抜けてくれたので、こんなにも時間が掛ってしまいましたぁ」 

 ピンッと張り詰めた空間の中で、誰も声を発する事をせず。
 だけどその中を崩したのは、飯田さんだった。

 「"そちら"が検視、及び調査をしたんですか?」
 「それは飯田さんがよくご理解されているとは思いますけどぉ?」

 売り言葉に買い言葉。
 松浦さんは飯田さんにへと表情を全く変えず、そう言った。
 二人は知り合いだった様な口ぶりで。

 「それでですね、今のままだとマズイじゃないですか、
 このままだと動物に限らず、また人間を襲っちゃいますよ」

 その言葉で、さっきの光景がまた蘇り、額から汗が滲み出る。
 目を閉じたい衝動に駆られながら、隣からの大きく叩かれた音の反響によって
 その気持ちは何処かにへと飛んでいってしまった。

 「…加護は、そんな事をするような子じゃない」
 「圭ちゃん…」
 
340 名前:Angel smile 投稿日:2006/02/05(日) 02:57

 保田さんは眉を顰め、怒りを露わにしながら松浦さんを睨む。
 飯田さんの手に収められていた紙を引っ掴むと、目の前に乱暴に叩き付けた。

 「"そっち"の嘘はもう聞き飽きたわ、こんな手の込んだ事もして良いと思ってるの?」
 「今度のはウソじゃありませんよ、だから、こうして早く対処しようとしてるんじゃないですかぁ」
 「あんた達の所為でこの町は…」
 「文句は町長さんに言ってくださいよぉ、私達は土地を提供して頂いただけなんですから」

 松浦さんはそんな保田さんの気迫には動じず、表情を深くし、視線を絡ませ続ける。
 緊迫する空間の中で、あたしの頬に汗が一筋伝う。
 現実世界から切り離された"異界"。

 その中で、一つの嵐が再度起ころうとしていた。

 
 「…本当に」
 
341 名前:Angel smile 投稿日:2006/02/05(日) 02:58

 松浦さんは少し静かな笑みを作り、今度は辻さんにへと視線を絡ませた。
 その瞳はどこまでも薄暗く、ただの飾りの様にも思えた。
 
 対して辻さんは、一瞬考えると顔を持ち上げ、松浦さんに言った。
 まるで覚悟を決めた様に。

 
 蝉の声が聞える。
 太陽はまだまだ上昇し、計り知れない程の炎の塊から光を放ち続ける。
 全てをその中にへと呑み込む様に…太陽はあたし達の上で輝き続けていた。

 
 灼熱の炎は、全てを燃やし尽くす神の領域。

 ・・・・・・
342 名前:Angel smile 投稿日:2006/02/05(日) 02:59

 なぁ、あいぼん
 ようやく分かったで。

 うちがなんでこんなにもウキウキしとるんか。
 どうしてこんなにもこの色が好きなんか…。

 赤い赤い…燃え盛った炎。
 全てを包み込む業火…。 
  
 うちには全てが見える。
 過去から未来にわたるすべての事象の真実。
 
 それが全てうちには分かるんや。
 その中で、ののも見えるで。

 昔見た絵本の中の登場人物。
 その二人がこの世界に下りてきて…また繰り返されるんや。

 だからのの、うちは…救ってあげなあかんのや。

 この世界を…全て無くさなあかんねん。
 だからな…のの…。
 
 ・・・・・・
343 名前:Angel smile 投稿日:2006/02/05(日) 03:00





344 名前:Angel smile 投稿日:2006/02/05(日) 03:00




345 名前:Aries 投稿日:2006/02/05(日) 03:01
また更新が不定期になりますが、
明日更新出来ればと思います。

苦情、感想なんでもどうぞ。

ぞれでは後ほど。
346 名前:Angel smile 投稿日:2006/02/06(月) 02:40

 …この光景は一体なんだろう??

 あたしの脳はまるで殆ど完全停止されているかの様になにも考えられなくて、
 視界もどんどんと霧が被さっていく。
 だけど…目の前に浮かぶ赤い光が、それを許す事をしなかった。

 「これが…皆さんの招いた結果ですよぉ」

 松浦さんの間延びた声が聞える。
 だけど周りに居た人たちは全員その声には反応しない。
 視線はその赤い光に引き込まれ、そして愕然とする。

 ここは、あの正反対にある海の海岸。
 人が海水浴をするような場所ではなく、所々が断崖絶壁になっている危険な場所。
 ついこの前行ったばかりだったのに…。
347 名前:Angel smile 投稿日:2006/02/06(月) 02:41

 「<ハウレス>は主な能力として炎を自在に操れる事が出来る、
 その炎は人の肉を消し炭にするくらい容易いと言われています」

 淡々と説明する松浦さんは、淡々とした表情でその光景を見ていた。
 なんだか…何処にぶつければ良いのか分からないやりきれなさが膨らんできて、
 あたしは叫びそうになっているのを堪えていた。

 ゴウゴウと燃え盛り、来ていた衣類は全て塵になって、
 髪の毛は逆立ち、赤く染まっていた。
 ダラリと垂れる両腕両足は、まるで干物の様なイメージを思い浮かばせた。

 だけど、人が浮遊能力を持つなんて聞いた事が無い。
 人が業火の中で悠々としているなんて有り得ない。

 「…あいぼん?」
 「もうアレは、君が知ってる加護亜依じゃないよぉ」
348 名前:Angel smile 投稿日:2006/02/06(月) 02:42

 隣に居た辻さんの呟きを、松浦さんはあっさりと否定させた。
 地面に生えていた芝生をチリチリと燃やしながら、目の前の炎はこっちを向いた。
 ギチギチと、まるで人形じみたその動作は、もう人の気配は全くしなかった。

 【ノノ…】
 「あいぼん…あい…!!」

 真っ赤。
 
 本当に、その言葉しか言い表せない様な、どこまでも真っ赤で、
 眼の中が、赤い業火の様に炎が揺らめく。
 あの太陽の様な、砂漠の上で照ら付く灼熱の陽。

 でも…それは希望の光なんかじゃない。

 「!!…伏せて!」

 その瞬間だった。

 飯田さんの叫び声が聞えたかと思うと、目の前が一瞬にして真っ暗になった。
 それと同時に息苦しくなり、背中に激痛を覚えた。
349 名前:Angel smile 投稿日:2006/02/06(月) 02:42

 「痛っ…」
 
 それが人だと言う事に気付いたのは数秒後で、だけど上に乗っかっている人は全く動く事をしなくて…。
 確かあたしの前に立っていたのは、講師の先生の一人だった気がする。

 「れいなちゃん!」

 今度は保田さんの叫び声がしたと思うと、両脇を何かに掴まれ、ズルリと外に出された。
 何がなんだかさっぱり分からず、あたしは自分の手で地面を這いずりながら、"ソレ"を見た。

 ヌメリと…手に違和感を感じる。

 「…ヒッ」

 小さく喉を鳴らし、あたしは手を覗き込んだ瞬間、胃の中が逆流するのを覚えた。
 目の前で小さく揺らめく炎の塊。
 そこから地面にへと流れでる赤い液体。

 両手に付いているのは、まさにその赤い水と同じ…。

 「まだ来るよ!!」
350 名前:Angel smile 投稿日:2006/02/06(月) 02:43

 誰のものか分からず、あたしは誰かの胸の中に居た。
 よいしれない恐怖と絶望感が、あたしを包んでいた。
 カタカタと震える身体、両手に付着した赤い水。

 あたしの頭の中は、あの炎で一杯になっていた。

 誰かの叫び声が聞える。
 誰かの悲痛が聞える。
 誰かの鳴き声が聞える。

 目を開ければ、そこは"地獄"
 昔、戦国時代に居た絵描きが書いていた、"地獄絵図"がそこにあった。
 
 業火の中で人々は苦しみ、悶え、そして溶けて消えていく。
 
 あの何処までも綺麗だった景色は血の海に。
 あの緑が一杯だった自然地帯は、業火に呑まれ。
 あの岸壁には、苦痛を抱く人の影が映りこまれる。

 あたしは…どうしてこんな所に居るんだろう…。

 
 「れいなちゃん!!」
351 名前:Angel smile 投稿日:2006/02/06(月) 02:44

 ビクリと、その思考は叫び声で消えて、あたしを包んでいたものが、大きく肩を掴んだ。
 上を見上げると、そこには少し頬を煤で汚した飯田さんが居た。
 …否、その顔の半分からは、皮膚は爛れ、ボタボタと赤い水を垂らし落とす。

 飯田さんは…あたしを庇って受けてしまったのだ。

 「飯田さん、その子と辻ちゃんを!!」
 「分かった!れいなちゃん、立てる??」

 でもそんな事を全く無視して、飯田さんはあたしに問いかける。
 震える身体をグッと我慢して、一回頷いた。

 と、その時だった…。

 
 グオオオオオオオ!!!!―――
352 名前:Angel smile 投稿日:2006/02/06(月) 02:44

 まるでこの世のものとは思えない…
 まるで怪物の様な雄叫びが、後ろから聞えてきた。 

 条件反射というのだろうか…後ろにへと目を向けると、
 そこには、ここは本当に現実なのかと疑いたくなるような光景が見えた。
 
 ギチギチと首を動かし、まるで岩の様な腕に掴まれた槍の様なものを上に掲げると、
 それを地面にへと突き刺した。
 体長は悠に5メートルを超えているだろうか。
  
 まるで巨人兵の様な…そんな本の中の様な奴が、今あたしの目にはっきりと映っていた。

 化け物…人に害を成すものの前には、それがただの物や小さな生物や植物でも、決して二度と近づく事はしない。
 人は自己的な判断で悪いか善いかを決める。
 まるで伝染するかのように、縫い付けられるように広まり、一瞬にして境界線は断ち切られる。

 人間の世界でも、それは存在する。
 
 そしてこの"異界"でも…その存在は現れた。
  
 ・・・・・・・  
353 名前:Angel smile 投稿日:2006/02/06(月) 02:45





354 名前:Angel smile 投稿日:2006/02/06(月) 02:45





355 名前:Aries 投稿日:2006/02/06(月) 02:47
もうちょっとこの視点は続きます。

感想、苦情なんでもください。

それではのちほど。
356 名前:Angel smile 投稿日:2006/02/10(金) 02:22
 
うちの隣には誰も居ない。
 手を繋いでくれる友達も、一緒に笑い合える子も。

 うちはずっと闇の中。
 真っ暗のずっと続く夜の中で浮かぶ月。

 病院のベットから見える外の景色は、まるで偽者の様にしか見えなかった。
 透明な壁が張り付いていて、手を伸ばそうとするとその壁で塞がれる。
 
 歪んだ空間。
 歪んだ世界。

 薄緑の酸素マスク。
 ピクリとも動こうとしない自分の身体。
 辛くてもそれを分けてくれる人なんて居ない。 
357 名前:Angel smile 投稿日:2006/02/10(金) 02:23

 うちは…そこに眠り続けるただの人形。
 壊れてしまって、もう誰も必要としない人形…。

 そんな小さい頃の記憶が、今になって呼び起こされる。
 思い出したくも無い記録。
 全て否定したくなるような思い出。

 どこかに行ってしまえ。
 もううちは…一人やないんや。
 
 一緒に手を握ってくれる子が居る。
 隣で一緒に歩いてくれる子が居る。
 笑い合える子が居る。

 だから…だからもう邪魔せんといて。
 うちにもう関わらんといて!!


 …もしかして…あんたか?
358 名前:Angel smile 投稿日:2006/02/10(金) 02:24

 突然現れた、あの子と同じ髪型の女の子。
 "何も無い子"
 
 あの子を持って行こうとするあのガキ。
 うちだけの笑顔を受け取るあのガキ。
 うちだけの手を握るあのガキ。

 …渡すか…渡すものか。

 うちは、やっとすがれるもんを見つけたんや。
 "あの人"の言うとおり、自分が欲しいもんが見つかったんや。

 誰も…誰にも渡さん。
 あれは…地に落ちてしもたうちの…


 うちだけの…"天使"や


 ・・・・・・
359 名前:Angel smile 投稿日:2006/02/10(金) 02:24

 歪んだ赤い眼

 まるで鬼の様に赤く染まった化身。
 鬼はあたしの方にへとゆっくりと近づいてくる。
 母親の非ではない。

 あれは…目の前にあるアレは…正真正銘の"鬼神"だ。
 
 だけどどこか…どこか悲しそうに炎は揺らめく。
 どこか寂しそうに…"鬼神"は赤い涙を流していた。

 
 あたしは走ってた。
 どこにも宛もなく、ただあの赤い地獄から逃れる為に。
 今まで見たことも無かった…感じた事の無い恐怖から。

 最後に聞いたのは飯田さんの叫び声と、
 松浦さんの手から伸びる棘がその"鬼神"にへと刺さった瞬間。
360 名前:Angel smile 投稿日:2006/02/10(金) 02:25

 その後はもう走ってた後で、背後からは業火の熱気がずっとくっ付いて来ていた。
 現実じゃない世界。
 でも現実にあたしは走っていて、手には辻さんの手が絡まっていて。

 息が上がり切ってるのに、足がもう震えて悲鳴を上げているのに。
 あたし達は走った。
 降り始める雨を身体に打ち付かせて。

 「ウソだ…ウソだ…」

 目が覚めた時がいけなかった。
 辻さんの目の前には、赤く染まった"鬼神"が、自分自身に槍を突き刺そうとしていたから。

 辻さんにはもう走る力も無かったけど、あたしと同じくあの場所から逃げたいという、
 人間の本能かもしれない。
 その証拠に、足元がフラフラと覚束無い。
 
 それが災いしてか、自分の足が何かに絡まった。
361 名前:Angel smile 投稿日:2006/02/10(金) 02:25

 「うぁっ!!」
 「きゃっ!?」

 前のめりに倒れて、あたしは石道に顔から直撃。
 頭に鈍い痛みが襲い、一瞬意識が飛びそうになった。
 絡まった足を見て、あたしは絶句した。


 岩。
 だけどそれには5本の触覚があり、ギチギチと音を鳴らして、
 あたしの足首にへと絡みつく。
 液体は出ない。
 
 でも、それはとても冷たく、
 まるで氷の様に、まるでこの世の物とは思えない。
 
 「あっ…」

 その触覚にしっかりと掴まれた足首からは血が滲み、
 鋭く尖った爪が容赦なく皮膚を食い破る。
 着々と痛みが増してきた時、あたしはその先を見てしまった。
362 名前:Angel smile 投稿日:2006/02/10(金) 02:26

 ギチギチと首が、足が、そして背中に生える赤紫に発光させる羽が。
 ギョロリと黄緑の両眼を上下左右に動かし、笑っているのか怒っているのか、
 口角を歪ませ、"ソレ"は居た。

 ヒューヒューという息遣いがすぐそこで聞える。
 ギチギチと羽を動かし、身構えるようにしてあたしにへと視線を向けた。

 それはまさに、本に出て来るゴブリンの様な容姿をした"怪物"。
 
 「あっ、あぁぁぁ…」

 声が出ない。
 
 弱弱しく出てきた声は何かを起こす力も無く、
 ただただその目の前にある恐怖にへと怯えるだけ。

 絶望に思える頭の中で、あたしの思考はどんどん闇の中にへと呑まれる。
 一層の事このまま気絶するか、舌を噛んでしまおうとさえ思ったけど、
 あたしの隣の地面に、何かがあった。

 「…!!辻さん!」
363 名前:Angel smile 投稿日:2006/02/10(金) 02:27
 
 あたしと手を繋いでいた所為で、辻さんも一緒に倒れていた。
 おまけに打ち所が悪かったのか、一向に目を覚ます事をしない。
 さっきの感触は、地面に置かれた辻さんの手だった。

 もし今あたしだけが逃げれば、確実に辻さんはこいつに殺される。
 なら、あたしはどうすれば良い?

 このまま居てもあたしは何の役にもたたない。
 だけど怖がってばかりでも辻さんとあたしは助からない。
 
 何かしないと、何かを見出さないと。
 とりあえず今は自分達が助かる事だけを考える。
 後の事は何とでもなれば良い。

 「"ののの事…頼んでも良いかな?"」

 飯田さんと約束をしたんだ。
 辻さんは…なんとしても生きててくれなくちゃいけない。
 あの人の為にも…。

 目を左右に動かして、周辺の状況を手当たり次第に把握しておく。
 勝負事にもまずは周囲の位置や場所を把握し、その後初めて策を練る。

 とにかく自分が有利な状況を作り出さないといけない。
364 名前:Angel smile 投稿日:2006/02/10(金) 02:28

 自然と頭を集中させると、フッとなにかが取れた気がした。
 確かに怖い、自分に何が出来るかなんて分からない。
 足に付いていた手を乱暴に蹴り払うと、あたしは全身の力で起き上がった。

 でも…もうあたしは人形なんかじゃない。

 
 「ナラバ…オマエハナンナノダ?」

 目の前の怪物は、あたしの心を読んだかのように問う。
 
 「ヒトデモナク、ワレトオナジモノデモナイ」

 ギチギチと顔を傾斜させて、怪物は言う。

 「オマエノチカラヲ、ヒキダシテヤロウ」

 
 ドクンッ――
365 名前:Angel smile 投稿日:2006/02/10(金) 02:28

 そう言うと、あたしの中で血の循環が早くなった。
 心臓の鼓動が高鳴る。
 まるで何かに操られているかの様に、頭の中は全てが赤に染められていく。
 
 キャンパスに塗られた赤い色。
 景色も風景も、全てが赤いものに飲み込まれる。

 気持ち悪い…!!

 グニャグニャと中で掻き回される様な不愉快さを感じ、
 あたしは口元を押さえながら、我慢し続けた。
 もう立っていられなくて、膝が崩れる。 

 「ニンゲンノウツワデハケッシテヒキダスコトハデキナイ」
 「あ……がっ…」
 「コノヨハチカラガスベテ」
 
 
 「セカイハ、ヤミダ」
366 名前:Angel smile 投稿日:2006/02/10(金) 02:29

 意識が持っていかれそうになる。
 それでもまだ五感は生きていて、辻さんの方にへと視線を向けた。
 と…。

 「NO.56 <ゴモリー>、まだ目が覚めてなかったんだねぇ」
 
 今ここに居るのはあたしと辻さんだけ。
 それだけは分かっているものの、気を抜けば一瞬にして闇の中に引きずり込まれる。
 聴覚に集中し、その声を聞き逃さないようにした。

 「"悪魔"が"悪魔"を狩るなんて矛盾にも良いところだYO」
 「でもまぁ、まっつーが<ハウレス>を殺すっていうのも矛盾してると思うけど?」

 聞き覚えの無い声が一人、ふぁぁっと欠伸をしながら応える。
 その前の声はどこかで…。

 「んで、この子はどうするんだっけ?」
 「んっ?あぁ、その子は好きにさせておくっていう手筈だけど、
  やっぱり捕獲したての"悪魔"は使い慣れないね」
367 名前:Angel smile 投稿日:2006/02/10(金) 02:29

 "悪魔"…二人の会話には、その言葉が何度か出てきた気がする。
 ジャリジャリと石を蹴り、一人はあたしの方にへと近づいてくる。

 「ごめんね、手っ取り早く"悪魔"にするにはこれしか方法が無くってさぁ」
 「…さっき"能力を引き出すにはこれが一番"とか言って何通りかある
  方法から提案しなかった?」
 「あっ、ごっちんダメじゃんYO、まるでウチが悪者みたいじゃん」
 「"悪魔"に悪者も無いけどねぇ」

 まるでこの状況を慣れているような口ぶりで、二人の会話は続く。
 視界がぼやけてきた中で、あたしは首を上にへと持ち上げる。

 会話の中で、<ハウレス>という単語が出て来た。
 もしかしたらまっつーというのは松浦さんの事かもしれない。
 
 「あっ、この子起きるよ?」
 「大丈夫、"悪魔"になる時って結構キツイし、当分は目覚めないよ」

 でも念のために…。そう言った途端、あたしの額に手の平の感触を覚える。
 この感覚…前にもあったかもしれない。
368 名前:Angel smile 投稿日:2006/02/10(金) 02:30

 「何してんの?」
 「ちょっと仕掛けを施してんの♪」

 力が段々と抜けていく。
 もう瞼さえも開けられなくなって、身体ももう自分のものじゃない様に感じる。

 闇。
 どこまでもどこまでも続いている安息の地。
 でもいつも見ている夜の空ではない。
 全く光の射す事の無い世界。

 暗夜には必ず光があった。
 星や月。
 まるで欠片のように散りばめられた光の粒。

 掴めそうなのに…光はどんどん小さくなっていく。
 目に見えなくなって、それからは…。

 
 そこであたしの意識は―――――途絶えた。
 闇の中で聞えた最後の声。
 それは…とても懐かしく、似て非なるものだった。

 
 "おやすみ、れいな。今度会う時は、地獄の中でね"


 ・・・・・・ 
369 名前:Angel smile 投稿日:2006/02/10(金) 02:31





370 名前:Angel smile 投稿日:2006/02/10(金) 02:31





371 名前:Aries 投稿日:2006/02/10(金) 02:32
なんとか一段落つきました;;
この方は一時停止しまして、今度はあの方が登場です。

苦情、感想なんでもどうぞ。

それではまた後ほどノシ
372 名前:〜序章〜MIKI side 投稿日:2006/02/12(日) 22:36

聞える
 
 聞える
 
 全ての声が、聞える

 怒りも 嬉しさも 楽しさも
 
 恨みも 怨みも 妬みも 嫉みも

 幸福も…

 全てが、全ての感情が聞える

 どうしようもないほどの気持ちにへと襲われる

 やっぱり、あなたが居ないとダメだよ
373 名前:〜序章〜MIKI side 投稿日:2006/02/12(日) 22:37

 いつも身近に居て、この声を聞えないくらいに笑いあったあなた

 そしていつも暖かい、優しい言葉を言ってくれたよね

 あれはウソだったのかな

 
 あの日から…分かってたんだね

 もう…戻れないんだね

 
374 名前:〜序章〜MIKI side 投稿日:2006/02/12(日) 22:37

 


 なら…一緒に…逝こ?

 あの声が聞えない場所に…二人で…


375 名前:〜序章〜MIKI side 投稿日:2006/02/12(日) 22:38

 走馬灯のように記憶が蘇る…
 
 あたしが生きてきた"過去"

 そして…たくさんの人たち

 
 
 
 大好きだった人たちの声…

376 名前:- 投稿日:2006/02/12(日) 22:38





377 名前:Angel smile 投稿日:2006/02/12(日) 22:39

十数年前、

 あたしがまだ物心付いて、数日が経った頃だった。

 その頃はまだ母親が仕事をしてなくて、よく梨華ちゃんの家に遊びにっていた。
 家に居ると、母親はいつも父親と衝突し、まるで鬼の様に表情を歪まましていた。

 そんな中、あたしはまだ2歳だったれいなを抱えては自分達の部屋にへと逃げ込んでいた。
 でもそんな事をしていても無駄だった。

 数日前からあたしには、沢山の声が鮮明に聞えてた。
 まるでその部屋に母親が居るかのような、そんな幻覚さえも感じるほどに…。
 れいなはボォッとどこかを見つめて、全く泣く事をしなかった。

 人形のようにあたしの中に居てポッカリと口を広げて。
 それが…あたしにとってもこの家の住人にとっても溝を深めなかった要因なのかもしれない。
 
378 名前:Angel smile 投稿日:2006/02/12(日) 22:40

怒号する母親。
 悲しみにくれる母親。
 憎しみを沸き立たせる母親。

 その全てが声となって、あたしの中にへと入り込んでいく。
 まるで、一つの伝染のようだった。

 だから週に一度は家から出て、開放感を味わおうという母親の提案には賛同した。
 だけど…れいなは来れなかった。
 今ではあんなにも元気だけど、実は喘息持ちだったからだ。

 身体も弱く、家からは絶対に出す事をしなかった。
 母親がそれを許さなかったらしい。
 喘息になった時はいつも父親が看病していて、それがとてもあたしには不気味な姿だった。

 だってその時の父親の横顔が、凄く楽しそうに見えたから…。 

 母親は車の中でいつも言っていた。
379 名前:Angel smile 投稿日:2006/02/12(日) 22:41

 美貴だけはあの人のようにならないでほしい。
 あの人は…"人間"じゃない。
 人を食い物にしか考えていない化け物よ。

 化け物…母親はそう言って、いつもあたしに呪文のように言った。
 懸命な気持ちと、悲しそうな気持ち。
 
 その反面、諦めたような気持ちがあったのも事実。


 
 父親が化け物なら、母親はなんだろうか…。

 
 よくそう考えながら、あたしは母親の表情を伺った。
 でもよく分からずに、窓から見える空にへと視線を向けては、その世界に浸った。

 ・・・
380 名前:Angel smile 投稿日:2006/02/12(日) 22:41

 梨華ちゃんの家は最初見た時凄く怖いと思った。
 三階建てな上に両方には薄暗い、隣の家の壁に挟まれた細い道がある。
 その先を見ると、背筋に悪寒が襲った。

 まさに異空間に続くような…。
 
 一度、あたしは梨華ちゃんに聞いた事があった。
 
 梨華ちゃんは今と変わらず優しくて、ちょっと肌が黒かったけど、
 絵里ちゃんがもうすぐで保育所に入るから結構当時からお姉さんみたいだった。

 あたしと梨華ちゃんは一つ違い。
 
 あたしが小学二年で、梨華ちゃんはその上。
 三階に自分達の部屋を持ってて、どこか…あたしと同じ境遇なのかもと共感していた。
 
 「うしろって言っても…こんなんだよ?」
381 名前:Angel smile 投稿日:2006/02/12(日) 22:42

 そう言って、自分の部屋にある奥の大きな窓を開けると、その光景を見せてくれた。
 小さなベランダがあって、目の前には何か工場の屋根の壁がそびえていた。

 「ここあまり日がとおらないんだけど、下の方みて?」

 そう言われて見ると、何か小さな木の根が遙か地面に埋められていた。
 顔を柵の方に付けて、あたしはそれを観察する。
 
 「あれは?」
 「あれ、この家ができた時からあるんだけど、お母さんに聞いてもしらないって」
 「ふーん」

 ちょっと興味なさげに言って、あたしは部屋にへと戻った。
 梨華ちゃんは首を少し傾げながら、あたしと絵里ちゃんの方にへと戻った。

 絵里ちゃんはちょっとばかり言葉を話すのは苦手ならしく、よく本を読んでいた。
 
382 名前:Angel smile 投稿日:2006/02/12(日) 22:43

 「えーりちゃん、なによんでるの?」

 その本を横から見ると、あたしは一瞬固まった。
 訳の分からない公式、構造、図面、英語、それが全て統一された様なものを
 頭に叩き込まれている様な感覚に襲われた。

 「な、なんだこれ?」
 「モノオキにあったんだけど、絵里ちゃんがなんだか気に入ったらしくて」

 そんな事を言う梨華ちゃんも梨華ちゃんだけど…この姉妹…かなり凄いかも。
 ちなみに梨華ちゃんは器用さが半端無くて、千羽鶴を作るのに手伝ってもらったら二日で終った。
 
 
 「そういえばミキちゃん、さっきなんで聞いたの?」
 「え?う、ううん、ちょっと気になっただけ」 

 そういってあたしは話題を逸らす様に遊ぶ事にした。
 梨華ちゃんもまだ納得しない感じだったけど、一緒に賛同してくれた。
 あたしは心の中で、あの木は絶対に見ない様にしようと思った。
 
 本当はその木を、あまり見たくなかったから。 
 なんだかとても…嫌な予感がしたから…。
 
383 名前:Angel smile 投稿日:2006/02/12(日) 22:46





 頭の中に直接語りかけるような…声が聞えたから。


 

 ・・・・・・
384 名前:Angel smile 投稿日:2006/02/12(日) 22:47




385 名前:Angel smile 投稿日:2006/02/12(日) 22:48




386 名前:Aries 投稿日:2006/02/12(日) 22:50
更新終了です。

次回からはこの方で進めて行こうと思います。
苦情、感想なんでもどうぞ。
(ぜひ読まれている方、ください_| ̄|○)

それでは後ほど。
387 名前:(^〜^) 投稿日:2006/02/12(日) 23:20
田中さんはどうなったんでしょう……。気になります。

でも藤本さんもこれからどうなっていくか気になります。
388 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/02/13(月) 18:48
更新お疲れ様です。
視点が変わるとまた新鮮ですね。
次回も楽しみにまってます。
389 名前:Aries 投稿日:2006/02/17(金) 17:45
>>387 (^〜^)様
過去などを踏まえていくので、少し長くなると思います;
まだまだ未熟者ですが、よろしくお願いします。

>>388 名無飼育さん様
ありがとうございます。
そう言って頂けると誠に嬉しいです。
今後ともよろしくお願いします。


それでは始めさせて頂きます。
390 名前:Angel smile 投稿日:2006/02/17(金) 17:47

 「えっ!?ミキちゃんの妹!?」
 「ちょ、ちょっとリカちゃん、しぃーっ」
 
 梨華ちゃんが絵里ちゃんをお昼寝に寝かしつけた後、驚いたように言った。
 ハッとして口に両手を運ぶももう遅く…。
 でもスヤスヤと寝顔を見せる絵里ちゃんを確認し、フゥッと一息。

 「気をつけてよぉ」
 「ご、ごめん…でもミキちゃん本当なの?」

 両手を離し、梨華ちゃんは再確認する様に言った。
 何処かしら目がキラキラしてるような気がする。

 「うん、ミキよりも3つ下だから…多分絵里ちゃんと近いね」
 「なら、絵里ちゃんとトモダチになってくれないかぁ?」
 「どうだろう…はずかしがりやだからなぁ」

 そういうと「そっかぁ」と少し残念そうにする梨華ちゃん。
 すぐにネガティブになるんだから。

 「でも…絵里ちゃんよろこんでくれるかな?」
 「それは…うーん」

 唸り出す始末…。
 当時は本当にネガティブになったら止まらなかった。
391 名前:Angel smile 投稿日:2006/02/17(金) 17:48

 「そこは何かリカちゃんがはげます所じゃない?」
 「だってぇ、わたしがむかえる方でしょ?こっちがキンチョウするよぉ」

 そう言って徐々にオロオロしだす。
 確かに分からない事も無いけどさぁ…。

 「…でもさ、なんでイッショにこないの?」
 「ゼンソクっていうやつなんだって、あと、かなりカラダがよわいの」
 「ビョウキなの…?」

 一瞬にして不安な顔になる梨華ちゃん。
 まだ会った事も無い子に対してそこまで心配してくれるのが、ちょっと嬉しかった。
 声からも凄く不安の気持ちが分かる。

 「でも、オトナになってきたらしぜんとなおってくるって、
  それに…おとぉさんが見てくれてるし」

 頭に過ぎる表情。
 歪む口角。
 まるでガラスの破片を触ろうとしているような手つき。

 明らかに普通の子供を抱える父親には…見えなかった。

 「じゃあ、いつかは連れてきてくれるんだよね」
 「ゼンソクが出なくなったら…おかぁさんに聞いてみるよ」
 「やくそく♪」

 梨華ちゃんが小指を差し出してきた時、あたしは快く受け取った。
 
 「うん、やくそくする」

 小指を絡め、あたしたちは約束した。
 その姿は客観的に言えば、凄く初々しくさえ思えただろう。
 

 でもこの"約束"が、後になって後悔に苛まれるなんて…あたしは知る由もなかった。

 
 ・・・・・・
392 名前:Angel smile 投稿日:2006/02/17(金) 17:48

 そう約束してから丸二年

 はっきり言ってこの狭間の月日は、あたしの想像を遙かに超えていた。
 れいなの喘息はもう治りきっていて、母親にへと言った。
 
 れいなを…連れて行ってあげたいんだ、と。
 一度も外に出歩かせたこと無いじゃんと。

 
 母親は…豹変した。


 身体を突き飛ばされ、地面にへと落とされると、耳がおかしくなった様に暴走する。
 
 その声には、悲しみや憎しみ。
 あたしにへと向けられるさまざまな気持ちが。
 雪崩のように、波の様に押し寄せてくる。

 それに飲み込まれそうになりながらも、あたしは母親の目を見続けた。
 濁った両目、哀れむ両目。
393 名前:Angel smile 投稿日:2006/02/17(金) 17:49

 耳を塞ぐ暇もなく、ドドドドドと言葉や気持ちが頭の中に渦巻いていた。
 普通、ここまで人の気持ちが分かるという事があるのだろうかと尋問するほどに…。

 だけど、見計らったかのようにもう一つ声がした。


 「いいんじゃないか?三人で行って来いよ」


 その声はどこまでも優しくて。
 その表情はどこまでも歪んでて。
 その眼はとても…どこまでも深く濁ってた。

 父親がこの時初めて母親と話している姿をみた。
 冷蔵庫からペットボトルの水を取り出し、豪快に中身を飲み干していく。
 いつもの父親の習慣だったが、一日に飲む水は半端じゃない。

 それほど大きくも無い身体。
 180センチ程の長身に纏われた黒いスーツは、何故か不気味さがある。

 「でも…」
 「れいなにも、外の世界に馴染ませないといけないだろう」

 母親が突然怒りを抑え、父親に対してなにか怯えたような声で反論しようとする。
 だけど父親はいつもの様に話し、おまけに表情はそのまま。
 どこかその言葉から…とても楽しそうに聞えたのはウソじゃないと思う。
394 名前:Angel smile 投稿日:2006/02/17(金) 17:50

 だけどそれからは母親は妙にあたしの行動に目を付ける様にもなった。 
 まるで監視するような鋭い目つき。
 逃がすまいとしているような…そんな目をしてた。

 それから数ヵ月後、梨華ちゃんの家にへと赴いた。
 車の中ではあたしと母親の二人っきり。
 
 れいなはその数日前に突然の喘息で、入院してしまった。
 父親が近くの病院にへと連れて行ったけど…あたしは心配と不安がずっと残ったままだった。
 青く透き通る空を見上げても、そのモヤモヤした気持ちは全然晴れる傾向も見せない。
 
 しかも今度は尋常じゃなく、深夜に突然叫び出して…。
 その声がひどく耳に残ったままだ。

 
 まるで…悲しんでるような…凄く辛そうだった。
 瀕死になってる子犬の様に、痛々しくて、聞いててるだけでもその痛みが分かった。
 れいなが泣いてる…初めてれいなが…。

 一度も聞いた事のなかったれいなの声…。
 凄く辛かったんだと、初めて思い知らされた瞬間だった。

 ・・・
395 名前:Angel smile 投稿日:2006/02/17(金) 17:50

 梨華ちゃんの家に行くと、いつも母親は梨華ちゃんのおばさんと一緒に話をしている。
 内容は不明だったけど、とにかく表情が沈んでた。
 聞える声からは、諦めと、嫉みがいつもの事…。
 
 あたしの頭の中では、いつもその感情たちが渦巻く。
 どうしてか…あたしはその声を鮮明に聞く事が出来た。

 絶対音感とは少し違うものの、とにかく周りが全て発言装置で埋め尽くされているかのように錯覚してしまう。
 それをあたしは幾つもの声を聞いてきた。
 周りに居て、その発言や声色を聞けば一発で分かる。

 どうしてそんな超能力みたいな事が出来るのかは…自分自身にも分からない。
 でもやっぱり、毎日毎日マイナスな感情ばかり聞いてるのは気分が悪い。
 酷く気持ち悪い。

 
 まるで…その人の"溝"にへと入り込んでいるような幻覚を持ってしまう。
 
396 名前:Angel smile 投稿日:2006/02/17(金) 17:51

 でも梨華ちゃんや絵里ちゃんには、そんな気持ちが一切感じられなかった。
 どうしてか凄くゆったり出来て、心地よくも感じた。
 心の底では感謝してるけど、実際に言うのはちょっと恥ずかしいし。

 こんな現実味の無い事を言っても、多分きっと信じてくれないと思ったから。

 「ねぇミキちゃん、げーむせんたーに行こうよ♪」

 なにを思ってか、唐突にそんな事を言った梨華ちゃんに言った。
 妙にテンションが上がってる。

 「げーむせんたーって、あのゲームセンター??」  
 「そぅっ、この近くにあるから、散歩気分で♪」

 散歩気分でゲームをしに行くのはどうも変だったけど、地元にはそんな場所が無かったから、
 気晴らしも良いかなぁっとちょっと思う。

 「でもお金は?」
 「ジャーン♪、コツコツ貯めたんだよ」
 
 そう言ってアニメのキャラクター型の貯金箱を軽く振りながら言った。
 ジャリジャリと中身が大きく聞えてきた。
397 名前:Angel smile 投稿日:2006/02/17(金) 17:53

 「…何取るの?」
 「えーとね、あっ、そうだ、あの子、ミキちゃんの妹」
 「れいな?」
 「その子に、寂しく無いようにってぬいぐるみあげよっか」

 梨華ちゃんはそう言って、「いい考えでしょ」とどうやら決定らしい。
 まぁ良いんだけどね。
 そうやって気遣ってくれる梨華ちゃんに対して、心の中で感謝した。

 「あたしのと足すと…って100円玉以上のじゃないと出来無いじゃん」
 「なら…おかぁさんに変えてもらう」

 そう言って一度出した銀と銅の金銭を戻すと、二階に待つ母親達の元にへと降りて行った。
 スヤスヤと眠る絵里ちゃんを起こすのも悪いと思い、あたしは残ろうと思い、
 ポンポンと絵里ちゃんのお腹を撫でてあげた。
 すると…。

 
 
 「ミキちゃん…ちょっと良いかな?」

 降りたと思っていた筈の梨華ちゃんが廊下で待っていた。
 ドアから顔だけを出しながら、遠慮深そうに言う。
398 名前:Angel smile 投稿日:2006/02/17(金) 17:53

 「どうしたの?」
 「ちょっと…お願いがあるんだけど」

 いかにも何か怯えてるような声で、梨華ちゃんは苦笑いを浮かべる。
 こんな梨華ちゃんは初めてだった。
 部屋を出ると、梨華ちゃんはあたしの腕を掴んだ。

 「この階段急だから…」

 目の前にはまるで滑り台の様な急斜面の階段。
 しかも壁に取っ手が付いて無いから凄く危ないのだ。
 確か梨華ちゃんのお父さんが反対したらしい…。

 「ごめんね?」
 「別に良いけど…いつもはどうしてるの?」
 「お母さんと一緒に降りてる」

 そういえば今は母親と一緒に居て…。

 「…リカちゃんのおとぉさんってさ、見たことないよね?」
 「…うん、いつも居ないから」
 「どんな人なの?」
 
 一歩ずつ、壁に手を付けながら慎重に降りていく。
 ギュッと掴まれる腕に、少しだけ力が入った。

399 名前:Angel smile 投稿日:2006/02/17(金) 17:54


 「…やさしいよ」


 一気に低くなる声。
 あたしの頭には、その声の気持ちをすぐに察知する事が出来た。
 もしかしたら、これが無かったらずっとあのままだったのかもしれない。

 「…そっか、いいおとぉさんなんだね」
 「うん…スゴクやさしい」

 強まる手。
 低く、そして弱々しく発される言葉。
 懸命に明るく言おうとしてるのは分かってたけど…一度ネガティブになったら止まらないからねぇ。
 
 梨華ちゃんの性格を知っているなら尚更…その言葉は痛々しい。

 ・・・
400 名前:Angel smile 投稿日:2006/02/17(金) 17:55

 絵里ちゃんはおばさんに任せて、あたし達はやってきた。

 「中澤さぁん、早く早くぅ」
 「あんまり遠い所に行くんやないでぇ」

 もちろん子供二人じゃない。
 案の定反対されたしね。
 
 二階の部屋にへと行くと、偶然この隣の女性が居た。
 なんでも梨華ちゃんの家の近所に住んでる人で、当時まだ17歳の女子高生。

 中澤裕子さん、よくおばさんのお手伝いをしてくれている人らしい。
 理由は、梨華ちゃんのおとぉさんが知り合いだから。

 確かナントカっていう会社にも保護してもらってるから、時々こうして来てもらってるんだとか。
 中澤さんは関西に実家があるらしく、結構方言が強く残っているらしい。
401 名前:Angel smile 投稿日:2006/02/17(金) 17:56

 「えぇと、美貴ちゃんっていうんやんな?」
 
 飴を差し出しながら中澤さんは言うと、あたしはそれを受け取って応えた。
 
 「ぁ…はぁ…」
 「なんや、あの子とは正反対で随分おとなしい子やなぁ」

 確かに梨華ちゃんは妙にハイテンションだったり、ネガティブだったり、喜怒哀楽が凄かった。
 でも、あたしもそれを上手く対応しているというだけで、結局のところ、あまり人と話すのは苦手。

 「うちだけが居る時と全然違うなぁ」
 「誰が…?」
 「あの子や」

 そう言ってちょいちょいと指を差しながら、中澤さんは口の中にある飴をカリカリと噛み、削る。
 ザワザワとうるさい店内の中を、キャーキャー言いながら興味深々に見て回っている。

 「あの子、ちょっとした恐怖症でな、父親が苦手やねん」
 「……」
 「あの親父さん、ちょっとおかしいからなぁ、まともやないねん」

 中澤さんは、そう言って小さくため息を付いた。 
 梨華ちゃんの父親。
 中澤さんは…知っているのだろうか。

 知り合いだから…多分よく知っているのかもしれない。
 聞きたい。
 そう思うも、上手く口が動かない。
402 名前:Angel smile 投稿日:2006/02/17(金) 17:57
 
 「…うちも、そんな親父やったから、あの子の気持ちはよぉ分かるねん。
 一家の大黒柱でも、家族を守るとか考えへんかった、ただ自分の為にしか居ない人形としか…な」

 ガリッという音が聞え、口の中に入っていた飴がガリガリと咀嚼されていく。
 ポケットから新しいのを取り出すと、それをまた口に咥えた。


 「…あんたもそうやろ?」

 ビクリと、あたしの身体が飛び跳ねた。 
 父親の背中。
 父親の目。
 父親の表情。

 父親という印象が浮かびづらい存在。
 まるで…なにか違うものの様にさえ感じてしまう。

 「な…んで…?」
 「…やっぱり何も聞いてへんねんな」

 中澤さんは何を言っているんだろう。
 あたしとは今日初めて出会ったばかりなのに、知っているような素振りで話しを進めていく。
 
 「まぁ、もうちょい大きくなったら教えたるよ」
 「えっ…」
 「まだもうちょい…時間が早いからな」
403 名前:Angel smile 投稿日:2006/02/17(金) 17:58

 そう言って一気に飴玉をガリッと噛み刻むと、梨華ちゃんの声に応じた。
 どうやらどのぬいぐるみか決まったらしい。
 「仕方が無いなぁ」と言いながら、苦笑いを浮かべて…。

 中澤さんは、あの父親を…"あいつ"の事を知っているのだろうか。
 
 
 どこか無機質な目で見る"あいつ"を。
 まるで観察をする様に見る"あいつ"を。 
 人間の子供として触れない"あいつ"を。
 母親の憎しみとなっている"あいつ"を。


 
 "あいつ"は…一体何者なんだ? 
 

404 名前:Angel smile 投稿日:2006/02/17(金) 18:00

 「ミキちゃん、こっちこっち!!」

 ハッとして、梨華ちゃんがあたしを呼ぶ声と、手を振り回す姿が見えた。
 どうやら決まったらしい。
 あたしは小走りで向かうと、中澤さんが「あぁ〜!!」と奇怪な声を出していた。

 「あかん!うちこんな繊細な機械使わんから無理やぁ」
 「だからわたしがやるって言ったのにぃ」

 なんだか、こうしてみると中澤さんは梨華ちゃんのお母さんみたいに見えた。
 いつも絵里ちゃんの世話をしてるから、この姿は結構新鮮。

 「次、ミキちゃんの番だよ」
 「えっ、でも梨華ちゃ…」
 
 自分は?っと聞こうとした時、手に持つ柔らかそうな物質を発見。
 中澤さんが燃えるのも無理ないかも…。

 「じゃ、じゃあお言葉に甘えて…」

 そういって100円玉を2枚。
 初めてだから梨華ちゃんにやり方とコツを少し教えてもらって、いざ開始。
 こうして…れいなとも今度遊びたいな、と、心の中で思う。

 外に出れない、まだ歩く事もままならなくて、それでも必死に生きてるあたしの妹。
 笑ったり、怒ったり、楽しんだり、悲しんだり。
 そして…話したり。

 れいなとはまだ話した事も無かったから、帰ったら一度教えてあげないと。
 このぬいぐるみも…初めてのプレゼントだ。
 
 あたしの中で、なにか妙な楽しさが生まれた。
 心が躍るというのはこの気分を言うのだろうか。
 自分が、妹に初めて何かをやれるという喜びだったのかもしれない。

 ・・・
405 名前:Angel smile 投稿日:2006/02/17(金) 18:01

 気付いたらもう夕方で、あたしと梨華ちゃんは羽を伸ばしたように満足気分で家路にへと歩いていた。
 中澤さんは途中で放棄し、なんだかムスッと軽く不機嫌になってる。

 「中澤さん良いじゃないですかぁ、チョコ羨ましいです」
 「…うちは甘いものが苦手やねん」

 逆に火の中に油を注いだといった感じだろうか。
 でも満更でも無いような表情になって、ポケットに入ってるチョコを手で弄んでいるのが分かる。
 声からも、本気で不機嫌でも無いらしい。

 「あっ、じゃあここで、気い付けてな」
 「ありがとうございました」
 「…ありがとうございました」

 中澤さんとは途中から別れ、あたしと梨華ちゃんは腕の中に納まるぬいぐるみを見た。
 色違いのウサギのぬいぐるみ。
 あたしが薄紫で、梨華ちゃんは黄緑。

 ピンクは品切れだったから仕方が無いけど、梨華ちゃんは少し気にしてるらしい。
 ちなみにあたしが取ったのは梨華ちゃんが持っているぬいぐるみで、
 さっきお店を出た後交換をしたのだ。
 
406 名前:Angel smile 投稿日:2006/02/17(金) 18:01

 どうしてか、絵里ちゃん黄緑が好きで、折角だからと。

 「…今度は、れいなちゃんと一緒に色んな事して遊びたいな」
 「…うん」
 「ぬいぐるみ…喜んでくれるかな?」
 「大丈夫、ミキが無理やりにでもお気に入りにさせるから」

 ミキちゃんこわーい、とかちょっとキショい言葉を口にしながら、梨華ちゃんは笑った。 
 あたしもつられてか、笑みが零れた。
 いつまでもこの時間が続くといいのに…とあたしの中では、ソレばかりが浮かんでは…消えた。

 どこかで…なにか違う気持ちが伝わってきた。
 視線を感じるわけじゃないけど、チラリと、その方向を見た。
 あるのは電柱と、長く続くアスファルト。

 「どうしたの?」
 「えっ?ぁ…ううん、なんでも無い」

 考えすぎかなぁと思いつつ、気のせいだと自分に言い聞かせ、家にへと入っていった。
 
407 名前:Angel smile 投稿日:2006/02/17(金) 18:02



408 名前:Angel smile 投稿日:2006/02/17(金) 18:02


 ―――――――――
409 名前:Angel smile 投稿日:2006/02/17(金) 18:03



410 名前:Angel smile 投稿日:2006/02/17(金) 18:04

 「…あっ、もしもし?うちですけど」
 「"あの子"、本当にするんですか?いくらあの先生の娘や言うても…」
 「…そうでしたね、この世界の"歪み"に比べれば、あの先生は自分の娘でも容赦はしませんか」
 「…"神"が操るのは…絶望にしか導かん"悪魔"やった、言う事ですね」

 ピッ…

 ガリガリという咀嚼音が聞える。
 ポケットからは飴では無く…四角い箱。

 シュボッ…

 「…やっぱり人形のままか」
 
 壁に背を預け、空を見上げた。
 夕日に近づく紅い世界。
 そして紅から闇にへと…世界は堕ちて行く。

 闇は…一つの恐怖という原型なのかもしれない。
 そんな事を思いながら、どこかで<心臓>の音が聞えた気がした。

 ・・・・・
411 名前:Angel smile 投稿日:2006/02/17(金) 18:05




412 名前:Angel smile 投稿日:2006/02/17(金) 18:06




413 名前:Aries 投稿日:2006/02/17(金) 18:08
更新終了です。

かなり至らない場所があるかもしれませんがお許しを
(ベキベキ ギャー
か、感想苦情なんでもどうぞ…。

それでは後ほど。
414 名前:(^〜^) 投稿日:2006/02/18(土) 00:39
更新お疲れサマです。
なんとあの人の登場ですか(゜д゜;)さらに面白くなりそうな予感がします(*^o^*)
415 名前:Aries 投稿日:2006/02/25(土) 18:32
>>414 (^〜^)様

いつもありがとうございます。
ちょっとづつ出演者を増やしていこうと思います。


今日から座間で春ツアーが始まりましたね。
ではこちらも始めます。
416 名前:Angel smile 投稿日:2006/02/25(土) 18:33

 そしてついに…その日がやってきた。
 あたしが小学3年で、れいなが5才になって、保育園にへと入園する数日前。
 
 
 膝の上に頭を乗せて、スヤスヤと眠る妹の頭を撫でて、あたしは空を見上げた。
 母親はふとれいなを連れて行く気になった。
 それはどういった風の吹き回しなのか、あたしには全く分からない。
 
 ただ奇妙なのは…母親と父親の関係が少し変わった事。
 
 食違いが激しかった父親が、母親に対しての態度の異変。
 いつも遅く帰ってくる父親の行動。
 そして…あの母親が初めて父親に笑顔を向けた。

 それはどこか怖くて…どこか安心した表情だった。

 梨華ちゃんの家にへと到着すると、母親はあたしにれいなを任せた。
 その時、初めて「れいな」と呼んだんだ。
 毛嫌いするようにしていた母親が、初めてれいなの名前を呼んだ。

 その声は妙に冷めていて…妙に殺意の篭る気持ちで一杯だった。

 
 れいなの手を引きながら、あたしはドアの呼びボタンを押し、相手の返答を待つ。
 多分一オクターブ程の高い声が聞えてくるのだろう。
417 名前:Angel smile 投稿日:2006/02/25(土) 18:34

 「あっ、美貴ちゃん」

 案の定彼女の声で、れいなはきょとんとした表情で見上げていた。

 「梨華ちゃん、数ヶ月ぶり」
 「本当だね♪」

 相変わらず色黒な肌で笑顔を振り撒くけれど、あたしの手に繋がるもう一人の少女に目を置く。
 すると、あたしの背中に隠れてしまった。

 「れいなだよ、あたしの妹」
 「この子がれいなちゃん?」

 ヤクソクしたしね。
 梨華ちゃんが顔を近くさせると、れいなは恥ずかしそうに背中に顔を擦り付ける。
 っと、頭を撫でられたのが意外だったのか、少し頬が赤い。

 「よろしくね、私は梨華って言うの」

 短い自己紹介だったけど、れいなは頭の中にちゃんと名前を入れたらしい。
 そのすぐ後に、母親に後ろから怪訝そうな声で言われて、あたしとれいなは中にへと入っていった。
418 名前:Angel smile 投稿日:2006/02/25(土) 18:35

 長い長い階段を登ると、れいなが覚束無い足取りで後ろから上る。
 隣に続く一直線の道はまだ行った事は無い。

 梨華ちゃんに聞くと、そこは父親が昔使っていた仕事場らしいけど、厳重に鍵が掛けられている為
 中に入った事は無いらしい。
 階段を上りきった所にも一つ、横式のドアがあるけど、そこにも鍵が掛けられていた。

 母親は二階の奥にある部屋、すなわち台所にへと入っていった。
 れいなとあたしは梨華ちゃんと一緒に三階の方にへと上る。
 
 いつも母親は台所で梨華ちゃんのお母さんと一緒に何かを話している。
 おばさんと母親は昔からの幼馴染で、仕事仲間だったらしい。
 どんな事をしていたのかは全く分からないけど、とにかくおばさんと母親は、まるで姉妹の様な関係だった。
 
 母親から渡された荷物を持とうとすると、梨華ちゃんが「持つよ」と言ってくれた。
 「ありがとう」と返すと、梨華ちゃんは笑顔で返してくれた。

 その声が凄く優しくて、暖かい気持ちで一杯だった。
 一瞬にして母親の声が掻き消えるくらいに。

 急斜面な階段を上りきると、れいなが不安定な格好で上る姿が見えた。
 れいな的な対処だったんだろうけど、まるでネコみたいでつい笑ってしまった。
 
 梨華ちゃんも同じく。

 ・・・
419 名前:Angel smile 投稿日:2006/02/25(土) 18:35

 あたしがいつも居る部屋は、階段のすぐ近くにある。
 裏にはあと二つの部屋があって、一つは物置として、もう一つは、おとぉさんの部屋らしい。
 今は外出してて居ないものの、深夜になってようやく帰ってくるんだという。

 その話をしてくれる梨華ちゃんの声が、微かに震えていたのは嘘じゃない。
 明らかに何かに怯えているような…そんな気持ちが篭っていた。

 「あっ、絵里ちゃん、美貴ちゃんが遊びに来たよ」

 荷物を部屋の隅に置くと、部屋の隅にある小さな狭い所で本を読んでいる少女発見。
 ってなんでそんな所に?

 「久しぶりだね絵里ちゃん」

 あたしが挨拶をすると、小さく返事をして、ソロリと出てきた。
 なんだか前よりも内気になったのは気のせいだろうか。

 と、おずおずといった感じであたしの後ろに引っ付いている妹を見ている。
 
 ふーん。
420 名前:Angel smile 投稿日:2006/02/25(土) 18:36

 あたしは引っ張り出すと、身体の前にへと固定した。
 
 「れいなだよ、絵里ちゃんとは一つ下だから、仲良くしてあげてよ」

 れいなの背中を押すと、二人はおどおどしながら挨拶を交わした。 
 梨華ちゃんはホッと安心したように胸を撫で下ろしていて、あたしもなんとか馴染めそうだと
 思い、頬が緩んだ。

 前来たよりも部屋の雰囲気が変わっていて、ピンク系も少し多くなった気がする。
 掃除した後もあるし、梨華ちゃんなりに模様替えをしたんだろうか。

 「これ…」

 するとれいなが壁に寄りかかっていたぬいぐるみを見て、まじまじと見ていた。
 あたしが取った薄黄緑のウサギだ。

 「あぁ、前に来た時、近所のゲームセンターで取ったんだよ」
 「れいなちゃんの所にもあるでしょ?それいつも絵里ちゃんが抱いて寝てるの」
421 名前:Angel smile 投稿日:2006/02/25(土) 18:36
 
 そうなんだ。
 
 ちょっと嬉しい気持ちになって、あたしは絵里ちゃんにお礼を言った。
 するとフルフルと顔を振って、本で顔を隠してしまう。
 あっ、ちょっと可愛いかも。

 絵里ちゃんはサラサラの黒髪を伸ばしたらしく、
 まるで和風のお人形のようだった。
 れいなはどっちかといえば洋風な感じだから、これはこれで面白いかもしれない。

 れいなも確か一人でベットに入れるようにぬいぐるみを横に置いてたな。
 ふと見ると、れいなの手が強く握られている事に気付いた。

 ワナワナと震える拳に、妙な渦が巻いている事にあたしは気付かなかった。

 ・・・・・
422 名前:Angel smile 投稿日:2006/02/25(土) 18:37




423 名前:Angel smile 投稿日:2006/02/25(土) 18:38




424 名前:Aries 投稿日:2006/02/25(土) 18:40
更新終了です。

全然先に進めず、申し訳ないです_| ̄|○;
感想、苦情なんでもどうぞ。

また深夜頃に更新出来ればと思います。
それでは後ほど。
425 名前:(^〜^) 投稿日:2006/02/27(月) 00:22
短い更新でもいいですよ〜。次の更新も楽しみにしています。

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