CALCIO CALCIO CALCIO!! 6

1 名前:ACM 投稿日:2005/09/25(日) 23:17
雪板、風板で連載していました吉澤さん主役のサッカー小説です。
今回からは海板で書かせていただきます。
どうぞよろしくお願いいたします。
2 名前:第25話  ロンドンの空 投稿日:2005/09/25(日) 23:18
全世界が注目したスペインダービー、“クラシコ”。
その興奮が冷めやらぬ中、またも全世界が注目する一戦が行われようとしていた。
それは世界最高峰の戦い、チャンピオンズリーグである。
この世界最高峰の戦いも、とうとう準決勝を迎えることとなった。


この準決勝の4つの椅子に座る、今季最高の名誉ある4クラブとは。

3 名前:第25話  ロンドンの空 投稿日:2005/09/25(日) 23:19
ビアンコ・ネーロ。
栄光の白と黒のユニフォームは全世界の憧れ。
スクデットを制すること28回。
コパ・イタリア、9回。
カップウイナーズカップ1回。
UEFAカップ3回。
インターコンチネンタルカップ(トヨタカップ)2回。
そしてチャンピオンズリーグ2回。
ありとあらゆるタイトルを総なめし、世界最高のクラブの名をほしいままにする。
当然所属選手も世界最高の選手ばかり。
彼女たちに負けは許されない。
勝つことが義務付けられた常勝クラブ。

『イタリアの貴婦人』。
「JUVENTUS FOOTBALL CLUB S.p.A」


         ―――ユヴェントス―――
4 名前:第25話  ロンドンの空 投稿日:2005/09/25(日) 23:19
ガナーズ。
砲手という異名通り、その華麗かつ速い攻撃はあらゆる敵を打ち砕く。
プレミアリーグ制覇12回。
FAカップ8回。
ワージントンカップ2回。
カップウイナーズカップ1回。
UEFAカップ1回。
名将に率いられたこのクラブは今最も勢いのあるクラブ。
強く、そして美しいサッカーで世界を制覇する。

「ARSENAL FOOTBALL CLUB」


      ―――アーセナル―――
5 名前:第25話  ロンドンの空 投稿日:2005/09/25(日) 23:20
ブルーズ。
その青は情熱の青き炎。
プレミアリーグ1回。
FAカップ3回。
ワージントンカップ2回。
スーパーカップ2回。
ヨーロッパ・スーパー・カップ1回。
獲得タイトルは今回の4強の中では確かに一番劣る。
が、それは過去のことであり、今は関係ない。
これからは新しい歴史を、栄光を創る。
新オーナー誕生で全てが変わったブルーズ。

「CHELSEA FOOTBALL CLUB」


      ―――チェルシー―――
6 名前:第25話  ロンドンの空 投稿日:2005/09/25(日) 23:20
ドラゴン。
青と白に彩られた誇り高き竜。
スーペルリーガ22回。
国内カップ11回。
スーパーカップ11回。
ヨーロッパ・スーパー・カップ1回。
UEFAカップ1回。
インターコンチネンタルカップ(トヨタカップ)1回。
チャンピオンズリーグ2回。
世界5大リーグ(セリエA、プレミアリーグ、リーガ・エスパニョーラ、ブンデスリーガ、リーグ1)からは外れているが、その実績は何ら劣ることはない。
誇り高き竜が、世界の頂上へと舞い上がる。

「FUTEBOL CLUBE DO PORTO」


      ―――FCポルト―――
7 名前:第25話  ロンドンの空 投稿日:2005/09/25(日) 23:21
この世界に選ばれし4強が、2005年4月26、27日に
サッカーの母国、イングランドのロンドンで火花を散らす。


目指すはただ1つ、世界一の称号。
8 名前:第25話  ロンドンの空 投稿日:2005/09/25(日) 23:21
「スペインダービー、“クラシコ”も日本人。
そしてチャンピオンズリーグも日本人か。
ホント、最近の日本の充実振りはうらやましい限りだな。」
「そうだな。イングランドもこれぐらい充実してくれればな。」
決戦の地、ロンドンではこんな会話がかわされていた。
彼らが言うとおり、チャンピオンズリーグ準決勝も日本人選手が注目されていた。
それも当然である。
何しろこの4強のうち、3つのクラブに日本人選手がおり、
また3人ともそのクラブの中心選手なのだから。
このままいけばかなりの確率で日本人選手が栄光のビッグイヤーを掲げるであろう。

この状況にもちろん日本人サポーターは大喜びだ。
そしてこの戦いを一目見ようと大挙してロンドンへと押し寄せた。
「アーヤだ!!」
「トキーワもいるぞ!!」
「リオナンプだ!!」
駆けつけた日本人たちは早速アーセナルの練習場へ訪れる。
そして目の前のスーパースターたちに歓声をあげる。
「あ、市井だ!!」
「市井さーん!!!」
「サヤカー!!!」
その中で一際大きな声援を受けるのはもちろん彼女。
世界でも数人しかいない“フリーロール”市井紗耶香だ。
集まった日本人は当然市井に大声援を送る。
9 名前:第25話  ロンドンの空 投稿日:2005/09/25(日) 23:22
「・・・・・・・・・・」
が、この大声援に市井は無言を貫く。
その表情はどこか怒りを含んでいるかのようだ。
結局市井はこの日集まった日本人サポーターたちに何も応えず、
さらには市井の声を一言聞こうと集まった日本人記者に対しても
何も答えずにクラブハウスへと姿を消した。

「どうしたんだイチイ?今日はご機嫌斜めか?」
クラブハウスのロッカールームで市井にフランス代表ウエト・アーヤが声をかける。
彼女は今日の市井の態度が気になった。
普段の市井は集まったファンや、記者に対して丁寧に対応するのだが、
今日のような態度は初めてだった。

「そうだな、お前らしくなかったな。」
世界最高のセンターハーフと称されるフランス代表MFタカコリック・トキーワ。
彼女たちをはじめ、みなが市井の態度に驚いていた。
「・・・・・・ごめん、ちょっとね・・・・・・」
市井は自分の思いを吐露した。
アーセナルにとって今が一番大事な時期。
世界にもう少しで手が届く大事な時期なのだ。
そんな大切な時期にミーハー気分で練習場に来て、
周りの迷惑(練習に集中できない)などおかまいなしに大声を上げる、奇声を上げる。
さらには毎日地道な取材をし、選手たちから信頼を受けている古参記者を押しのけ、
マナーも関係なしに我先にとコメントを求める。
それだけならまだしも、市井以外の選手には今度の試合のことを聞くのではなく、
市井の“いいところ”だけを言わせようとする取材スタイル。

これらに市井は怒りを通り越して悲しくなった。
同じ日本人としてチームメートに申し訳ないし、またこれ以上なく恥ずかしかったのだ。
それがあの態度につながったのであった。

確かに現時点で日本は世界のサッカー界にだいぶ名を馳せるようになってきた。
しかし、それはまだまだ新参者の域を出ていない。
歴史ある国々に本当の意味で追いつくためにはまだまだ勉強しなければならない。
自分を媒介に、全ての日本人が本当の意味でサッカーを知ってもらえれば。

世界で戦う“フリーロール”はそう思っていた。
10 名前:第25話  ロンドンの空 投稿日:2005/09/25(日) 23:23
「今のこの状況を察してください。質問も考えてしてください。」
「うう・・・・・・」
そのクールな表情でこう言われると、それに慣れていない者は例外なく戸惑うであろう。
「ふふふ、相変わらずきついねアスカ。」
チームメートたちはそれにはもう慣れっこといった感じだ。
市井紗耶香よりも彼女はずっとその思いにさいなまれてきた。
無論今は仕方がないのかもしれない。
チャンピオンズリーグベスト4に、日本人選手が3人いるということで快挙と言われる時代では。
いつの日か、それが当たり前のような時代になるべく彼女は世界を舞台に戦う。
真に日本にサッカー文化が根付くことを夢見て、
偉大なるパイオニアは今もひた走る。


そして、その夢の実現の第一歩となるべき試合がついに行われる。
11 名前:第25話  ロンドンの空 投稿日:2005/09/25(日) 23:23
チャンピオンズリーグ準決勝


チェルシー VS FCポルト (スタンフォード・ブリッジ)
12 名前:第25話  ロンドンの空 投稿日:2005/09/25(日) 23:23
その日のロンドンは満天の星空だった。


毎日のように雨が降るロンドンには珍しい雲ひとつない夜空。
その夜空を見て、彼女は思わず笑みを漏らす。
「どうしたアユミ?」
チームメートであるポルトガル代表MF、サヤが尋ねる。
「ん?いや、今日は星がきれいだなって。」
今やFCポルトのエースに君臨した柴田あゆみがにこやかに答える。
その表情からは熱く燃え滾るような気合と、冷静でクールな部分が見ることが出来た。
『アユミ、今日は感じがよさそうね。』
エースの状態にサヤは頼もしさを覚える。
が、これは実はある程度は予測していた。
『アユミはビッグゲームであればあるほど調子が良くなる。』
それはチャンピオンズリーグの戦いを見れば分かる。
昨年の三冠王者、マンチェスター・ユナイテッド戦。
さらには準決勝進出を賭けたリヨン戦。
この戦いでの柴田の輝きは半端ではなかった。
だからこそこの大事な一戦、エースの存在が頼もしい。
「さ、行こうか。」
「おうっ!!!!」
エースの言葉に頷く10匹の青き竜たち。
さあピッチという戦場で暴れまくろう。
13 名前:第25話  ロンドンの空 投稿日:2005/09/25(日) 23:24
ワアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!

スタジアムでは選手たちが入場する前にも関わらず大きな声援が上がった。
それは全てこの男に向かって上げたもの。
二番手グループだったチェルシーを、瞬く間にトップグループへと押し上げた。
それは莫大な資金力のおかげだと世間では言われているが、
彼を知る全ての人は、それは“情熱”の賜物だと言う。


チェルシーの新オーナー、テツヤ・コムロビッチ。


「さあ、この試合、楽しみだ。」
コムロビッチは大歓声に手をあげて応えながらシートに座る。
その目は少年が憧れの選手を見つめるもの。
真にサッカーを愛しているという目であった。
と、同時にそこには企業家としての目も含まれている。
我が愛するクラブ、チェルシー。
そのチェルシーを更なる高みへと導いてくれる者はいないのか。
彼は毎試合チェルシーを応援するとともに、次に自分が獲得する選手を探し続けている。
「・・・・・・アユミ・シバタ。その力、見せてもらいます。」
コムロビッチの目が妖しく光った。
14 名前:第25話  ロンドンの空 投稿日:2005/09/25(日) 23:24
ウワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!

スタンフォード・ブリッジが一気に大歓声に包まれた。
両チームの選手たちが入場し、いよいよ世界最高峰の戦い、チャンピオンズリーグ準決勝が始まる。


「ここはアウェーだ。まずはしっかりとディフェンスからやっていこう。」
ポルトキャプテン、ナナコド・オオコーチが円陣を組み、指示を送る。
相手はいまや世界一勢いのあるチームと言っても過言ではないであろう強敵。
しかもここは敵地ロンドンだ。
それだけに慎重に試合を運んでいかねばならない。
「アユミ、サヤ。その時が来たら頼むよ。」
「オッケー。」
「はい、マジュさん。」
ポルトの要、MFマジュ・オザワーニャの声に応える柴田とサヤ。
チェルシーはホームのため、勝ち点3を取りに来る。
そのため、必ずカウンターのチャンスがあるはずだ。
その一瞬に全てを賭けよう。
「さあ、この試合、勝ってポルトガルに戻ろう!!」
「おうっ!!!」
マエストロの号令のもと、青き竜たちが咆哮した。
15 名前:第25話  ロンドンの空 投稿日:2005/09/25(日) 23:25
「今日のエリ、違うな。」
チェルシーイレブンが、普段とは違う守護神の様子に戸惑いを見せる。
チェルシーのゴールマウスを守るのは、いまやアジアbPGKから
プレミアbPGKへと大きく成長した中国代表サ・トエリ。
その彼女の表情はこれ以上ないくらい険しいものであった。

「・・・・・・・・・・またお前か、柴田・・・・・」
サ・トエリのライバルといえば、日本代表GK飯田圭織。
これは自他共に認めていることだ。
が、サ・トエリが実際に直接的に煮え湯を飲まされているのは、柴田あゆみである。
オリンピック、そしてアジアカップ。
ここぞという時。
オリンピック出場。
アジアカップ制覇。
自分にとって大きな節目となる時は必ずといっていいほど日本が、
柴田あゆみが立ちはだかった。
だからこそ、今回の対戦では後れを取るわけにはいかない。
この世界最高峰の戦い、チャンピオンズリーグで頂点に立ち、
そして世界最高のGKになる。
また、“金満クラブ、チェルシー”と蔑む連中たちを黙らせるにはこの大会で優勝するしかないのだ。
そのためには絶対にこの試合、負けられない。
だが、ここにも彼女、柴田あゆみが立ちはだかる。
「必ず、必ずこの試合に勝つ。」
プレミアbPGKは、その闘志を静かに燃やしていた。

「この試合、シバタには気をつけろ。頼むよ、マナミ。」
「オッケー。」
ノリカーの言葉に頷くコニシシ。
フランスが誇る守備ブロックは、その牙を研いでいた。
相手は“パーフェクトクイーン”が、“ラストカナリア”が認めた選手。
相手にとって不足はない。
「よし、行こう!!」
「おうっ!!!」
キャプテン、フジワラ・ノリカーの檄に応える選手たち。


ブルーズも青き魂を燃やす。
16 名前:第25話  ロンドンの空 投稿日:2005/09/25(日) 23:26
チャンピオンズリーグ準決勝。

いよいよキックオフ。


<FCポルト>4−2−3−1

     77            DF  4 ナナコド・オオコーチ
                      22 スズキ・エミイラ
 MF  12  MF        MF  6 マジュ・オザワーニャ
                      10 サヤ
   10  6              12 柴田あゆみ
DF       22         FW 77 ミナコ・ナッカーノー
   DF  4

     GK
17 名前:第25話  ロンドンの空 投稿日:2005/09/25(日) 23:26
<チェルシー>4−4−2

       7  21      GK  1 サ・トエリ
                  DF  6 フジワラ・ノリカー
  11         10   MF  4 マナーミ・コニシシ
      20  4          10 リョウ・コール
                     11 サカイン・ミキ
  DF         DF      20 マイ・セバスチャン・クラキ
      DF  6       FW  7 タナカアン・レナァ
                     21 アムロン・ナミエポ
        1
18 名前:第25話  ロンドンの空 投稿日:2005/09/25(日) 23:27
「ナナコ!!」
「くっ!!」
そのパスは「針の穴を通すような」という形容詞がぴったりとくるパスであった。
開始早々、チェルシーの司令塔、マイ・セバスチャン・クラキの右足から放たれたパスは、
絶妙の高さ、速さでポルトセンターバック、オオコーチの頭を越える。
その裏にいいタイミングで飛び出したのはアルゼンチンが誇るゴールゲッター、アムロン・ナミエポ。
身体を投げ出し、つま先を懸命に伸ばしてこのパスをとらえ、ゴールを狙う。
「くうっ!!」
が、このシュートはポルトGKがファインセーブ。
何とかコーナーキックに逃れた。

オオオオオオオオオオオオオオオオ・・・・・・・・・・


いきなりのチャンスを外したため、スタジアムに集まったサポーターたちは頭を抱える。
が、次の瞬間にはクラキの最高のパス、ナミエポの素晴らしい飛び出し、
アクロバティックなシュートに惜しみない拍手を送る。

「すご・・・・・・・」
これには柴田も思わず感嘆の声を漏らす。
クラキの最高のパス、そしてナミエポの得点感覚。
さらにはプレミアリーグの観客の、いいプレーは称えるという雰囲気。
それらが柴田から感嘆の声を引き出した。
「でも、こっちだって負けないから。」
今度は逆にこっちのプレーで感嘆の声を上げさせてみせよう。
マエストロは、そのタクトを静かに構えた。
19 名前:第25話  ロンドンの空 投稿日:2005/09/25(日) 23:28
開始早々チェルシーのコーナーキック。
キッカーは当然クラキ。
そしてこのチャンスにチェルシーセンターバック、フジワラ・ノリカーも上がってきた。
「ここ集中だ!!」
ポルトは前線にサヤと柴田を残し、他は全員がペナルティエリアに戻ってきた。
序盤での失点は致命傷だ。
絶対にここは死守しなければならない。

「来いっ!!」
チェルシー攻撃陣がペナルティエリア内で激しく動き回り、マークを外す。
が、ポルト守備陣も集中を切らさず、しっかりとマークに付く。
「任せろ!!」
クラキの右足から放たれたボールにリョウ・コールが飛び込む。
しかししっかりとマークに付いていたオザワーニャが競り合いに勝ち、クリア。
「アユミ!!!」
このこぼれ球にいち早く反応したサヤが、ダイレクトで柴田にパスを送る。
20 名前:第25話  ロンドンの空 投稿日:2005/09/25(日) 23:28
「よしっ!!」
「あっ?!!」
このパスを柴田は触れずに股間を通した。
柴田の股間を通ったボールは、後からチェックに来ていたマナーミ・コニシシの股間をも通す。
見事なフェイントだ。

ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ?!!!!!!!

スタジアムが今のプレーに大きく沸く。

「ここだ!!!」
反転してボールに追いついた柴田は、何の躊躇もなく“タクト”を鋭く振った。

「あっ?!!!」
スタジアムにいるほとんどの者が完全に意表を突かれた。
柴田の左足にとらえられたボールは真直ぐチェルシーゴールへと向かっている。
60mはあろうかという超ロングシュートだ。
大抵GKは自チームがチャンスの際にはゴールマウスを離れ、前へとポジションを取る。
それはこぼれ球をしっかりとキープするためである。
特に自チームのコーナーキックのチャンスの時ならばなおさらだ。
その事を見越していたマエストロは、一気にゴールを狙った。

が、これをたった一人の選手だけが読んでいた。
21 名前:第25話  ロンドンの空 投稿日:2005/09/25(日) 23:29
「はっ!!!!」
掛け声とともにその大きな体が宙を舞った。
その跳躍力はまさに鳥人。
全速力で戻りながらも完璧なタイミングで跳躍し、
このマエストロのシュートをしっかりと両の手に収めた。
「どうだ!!!!」
そして起き上がると同時にはるか60m先に立つ指揮者を睨みつける。
その形相はまさに鬼の如しであった。


ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!

このビッグプレーにスタンフォード・ブリッジが大きく沸く。
「よしっ!!!!」
このプレーにはコムロビッチオーナーもご満悦だ。
それは無論、我がクラブの守護神のプレーにである。
彼女を獲得した際には、多方面から色々と雑音が出た。
なぜ、もっとビッグネームを、例えばヨシナ・ガーンやナカネ・カスミージャス、
ジャンルイジ・フカキョンなどを獲得しないのか、と。
彼女たちを獲得できるだけの資金を持っているのに、と。
しかし、コムロビッチは自分の直感を信じ、彼女を獲得した。
サ・トエリは必ず、世界最高峰にたどり着くと信じて。
そしてそれは最高にヒットしたのだ。
ここまでサ・トエリは獅子奮迅の活躍を見せている。
が、コムロビッチは一方で今のシュートを放った日本人の存在にも目を輝かせる。
あの的確な判断に正確な左足、さらには大舞台に臆することのない度胸も素晴らしい。
22 名前:第25話  ロンドンの空 投稿日:2005/09/25(日) 23:30
「さすがサ・トエリ。そう簡単には決めさせてくれないね。」
イングランドまで観戦に来たポルトサポーターや、
母国ポルトガルでこの戦いを見守る人々は一斉に頭を抱えた。
これとない絶好のチャンスだったはずだ。
もちろん、ポルトイレブンは言うまでもない。
が、当のシュートを放った柴田本人はあきれるくらいサバサバしていた。
その表情からは余裕の色が見て取れる。

このような大舞台でその余裕。
普通ではありえない話だ。
が、マエストロには確信があった。
この試合は必ず勝てると。

その余裕の源。

それはスーパープレーを見せたサ・トエリの存在であった。


サ・トエリが意識するように、柴田もこの試合、サ・トエリとの対決を意識していた。
今まで何度かサ・トエリと対戦してきた柴田。
その度に柴田はサ・トエリを叩き潰し、大きく飛翔していた。
オリンピック出場。
アジアカップ制覇。
ならば今回もきっとそうなる。
チャンピオンズリーグという大舞台で、サ・トエリを叩き潰し、自分は更なる高みに登る。
柴田はそう確信していた。
だからこそ柴田には余裕があった。


追いつめる者と、押し返す者。


果たして、試合後に笑っているのはどちらなのか?
23 名前:第25話  ロンドンの空 投稿日:2005/09/25(日) 23:31
前半も25分を過ぎた。
この熱い戦いは完全に一方的な展開となった。
ホームのチェルシーがこれでもかと、ポルトゴールに襲い掛かる。

これで何度目の突破であろうか?
左サイドをアイルランド代表MF、サカイン・ミキが駆け上がる。
その豊かなスピードとテクニックは、ポルトが誇る新進気鋭のサイドバック、
スズキ・エミイラを全くの子ども扱い。
何度もゴール前へ危険なクロスを送る。
「くうっ!!」
このクロスにナミエポが飛び込むが、ポルトもオオコーチを中心に何とか跳ね返す。

チェルシーの攻撃は左だけではない。
右サイドで存在感を放つのはイングランドの司令塔、リョウ・コール。
彼女は純粋なサイドハーフではないが、
そのテクニックとパスセンスで右サイドに君臨する。
クロスにスルーパス、さらには虚を突いたミドルなどでポルトゴールを脅かし続ける。

FWもアルゼンチンが誇るゴールゲッター、ナミエポが非凡な得点感覚を見せ続ければ、
ルーマニアの至宝、タナカアン・レナァがスピード豊かなドリブルで攻めあがる。
この危険極まりない2トップに最高のパスを配給するのが、
小さな魔法使いことマイ・セバスチャン・クラキ。


まさにコムロビッチオーナーがその情熱と資金をかけるに相応しいチェルシーの攻撃。
24 名前:第25話  ロンドンの空 投稿日:2005/09/25(日) 23:31
が、何故かゴールが決まらない。

その要因の一つは運であり、一つはポルトの選手たちのギリギリのラインでの頑張りである。
「ここで踏ん張って!!」
「絶対に止めろ!!」
ポルトが誇るセンターライン、DFナナコド・オオコーチとMFマジュ・オザワーニャ。
彼女たち2人の指示と身体を張ったディフェンスにチェルシーの攻撃も最後の最後で止められる。
「・・・・・・・・・素晴らしい。」
またもコムロビッチオーナーの目が光る。
この素晴らしいプレーを見せるボタバラコンビにコムロビッチの買物欲が増幅する。

「・・・・ナイスディフェンス。」
DF陣はもう限界以上に頑張っている。
この頑張りに報いるためにはゴールしかない。
「ミナコ、サヤ。絶対に点取るよ。」
「ああ。」
「うん。」
ポルト攻撃陣は1点を狙うべく、前線に構えてカウンターを狙う。
25 名前:第25話  ロンドンの空 投稿日:2005/09/25(日) 23:32
だが、そのカウンターのチャンスが一向に訪れない。
それはポルト守備陣がクリアしたボールはことごとく中盤で彼女が拾うからだ。
「任せて!!」
スラッとした体型からは予想の付かないほどの運動量。
スペインが誇る名門、レアル・マドリードが心底放出を悔やんだ選手。
最高の守備的MFマナーミ・コニシシ。

「うらっ!!!」
「うわっ!!!」
中盤を飛び越してきたロングボールは全て彼女が叩き落す。
今も激しいタックルでポルトFWミナコ・ナッカーノーを潰した。
その激しいハードなタックルはノリカチェックと言われ、
各国のストライカーたちを震え上がらせてきた。
フランスが誇るDFフジワラ・ノリカー。

「どうした柴田。」
さらにはゴールマウスには中国代表サ・トエリが控える。
が、ここまで彼女が輝いたのは開始早々の柴田の60mのループシュートを止めた時のみ。
それ以降、彼女がボールを触ることはなかった。
ポルトの攻撃はコニシシとノリカーにより、全て彼女の前で止まっていたのだ。

コムロビッチの情熱は、守備陣にも注がれていた。
26 名前:第25話  ロンドンの空 投稿日:2005/09/25(日) 23:33
この状況にさすがの柴田も顔色が曇る。
このままでは本当にノーチャンスだ。
「・・・・・・ミナコ、あたしとポジションチェンジしよう。」
そこで柴田は最前線のミナコ・ナッカーノーにポジションの変更を申し出る。
「あたしが前線でキープするから、ミナコはあたしを追い越す動きを頼むね。」
「オッケー。」
柴田の申し出にナッカーノーは素直に頷いた。
本来ならばストライカーであるナッカーノーにとって、
一列下がるということは耐えられないことである。
が、柴田が、指揮者がそう指示するのだから仕方がない。
それほど、ポルトの選手にとって柴田は大きな存在となっていた。


「アユミ!!」
何とかチェルシーの攻撃を食い止めたポルトDF陣が、
最前線で待つ柴田に希望という名のパスを送る。
「潰せ!!」
が、チェルシーDF陣もこれをやすやすとは許さない。
パスの落下地点へ走りこむ柴田へ殺到する。
「ここだ!!!」
が、柴田はこれを上手く利用した。
柴田はこのパスに飛びつくと、ダイレクトヒールで後ろのスペースへ流す。
チェルシーDF陣が自分に殺到したおかげで、広大なスペースが広がっていた。
「ナイス!!」
そこへ素晴らしいスピードで走りこんでいるのはミナコ・ナッカーノー。
2列目から飛び出しているため、オフサイドはない。
すぐさまポジションチェンジの効果が出た。

「くっ!!」
すぐさま追いかけるチェルシーDF陣だが、ナッカーノーのスピードに追いつかない。
「頼む!!!!」
フリーでゴール前へ走るナッカーノーに、ポルト陣営から祈りにも近い声が出る。
これこそポルト陣営が抱いていた最高の展開。
絶好のカウンターだ。
27 名前:第25話  ロンドンの空 投稿日:2005/09/25(日) 23:33
「ここはかわして確実に!!」
猛スピードで突き進みながらも、ナッカーノーは冷静に考える。
相手GKはあのサ・トエリ。
まともに行っても止められる可能性が高い。
ならばここはドリブルでかわし、無人のゴールへと流し込む。
これならば確実であるし、万が一反応されても倒れればPKをもらえる。
素晴らしい判断だ。
その抜群の身体能力を誇りながらも、計算高くゴールを狙うFW。
それが南アフリカ代表エースストライカー、ミナコ・ナッカーノーだ。

「エリ!!頼む!!」
チェルシー陣営も自分たちの守護神に祈る。
ホームで相手に先制点を取られると、この後の試合展開に大きな影響を及ぼす。
もちろん、第二戦にも大きく関わってくる。
それだけに絶対に失点してはならない。
28 名前:第25話  ロンドンの空 投稿日:2005/09/25(日) 23:34
「えっ?!何で?!!」
単独で突き進むナッカーノー。
彼女のイメージでは飛び出してきたサ・トエリをシュートフェイントでかわすというもの。
が、予想に反してサ・トエリが飛び出してこない。
じっとゴール前に張り付いたままだ。
そのため、ナッカーノーの眼前に広大なシュートコースが広がる。
『ど、どうする?う、打つか?!』
ナッカーノーはこの状況に一瞬戸惑う。
後ろからは猛スピードでノリカーやコニシシが追いかけてくる。
そのため迷っている暇はない。
『よし、打つ!!』
ドリブルからシュートへと意識を変えたナッカーノー。


が、サ・トエリは心を読んだのであろうか?


ナッカーノーがそう決心した瞬間、爆発的なダッシュで一気に飛び出してきた。
29 名前:第25話  ロンドンの空 投稿日:2005/09/25(日) 23:34
「?!!」
この完璧なタイミングでの飛び出しは、ナッカーノーの目にはっきりと映った。
『ドリブル?!いや!!でも?!!』
この時点で勝敗は決まった。
ナッカーノーは右足を振りぬいたが、その足には迷いという足かせが張り付いていた。
ボールは完全に枠を外れ、ゴール裏へと転がっていった。


ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ?!!!!!!!!!


スタンフォード・ブリッジが大きく揺れた。
その揺れはサ・トエリの絶妙の飛び出しによる歓声、決定的チャンスを外したナッカーノーへのブーイングとため息、そして嘲笑によるものであった。


「ぐっ・・・・・・・」
決定的なチャンスを外したナッカーノーはがっくりとうな垂れる。
そのすぐ側では、完全に勝ち誇った表情で見下ろすサ・トエリがいる。
ひれ伏す敗者に、そびえ立つ勝者。
この2人の間では完全に格付けが、勝敗が決した。
30 名前:第25話  ロンドンの空 投稿日:2005/09/25(日) 23:35
「こりゃすごいわ。これで今日はあのFWは終わった。」
スタンドの一角でこのプレーを見て感嘆の声を漏らすのは彼。
進境著しい日本代表を率いるツンク寺田であった。
今日は世界最高峰の戦い、チャンピオンズリーグ準決勝だ。
そしてその試合に日本人が、なおかつ自分がチームの中心にと考えている
柴田あゆみが出場しているのだ。
代表監督として、一サッカー人として見逃すわけにはいかなかった。
ちなみにスペインダービー“クラシコ”を観戦した中澤裕子は、
ツンクと入れ違いに日本へと帰国していた。

『これであのFWは使い物になれへん。さあどうする柴田?』
ツンクは、ピッチ上で表情を歪ませる柴田を見つめる。
頼みのストライカーが完全に敗れ去った。
これはパサーの柴田にとって最悪の状況だ。
が、一方でこの状況を柴田がどう打破していくかに期待を込める。
これを柴田の力で乗り越えた時。
その時こそ柴田は世界の頂点への挑戦権を手にし、
またワールドカップアジア予選を苦戦する日本代表をドイツへと導いてくれるであろう。
『さあ、柴田。お前の実力、見せてみいな。』
31 名前:第25話  ロンドンの空 投稿日:2005/09/25(日) 23:39
「ドンマイ、ミナコ。次、頼むよ。」
「う、うん・・・・・・」
柴田は気落ちするナッカーノーの肩をポンと叩き、そして立ち上がらせる。
が、ナッカーノーの落胆振りは激しく、明らかに表情からは生気がなくなっていた。
今の状況、最高の状況でゴールを外したことはもちろんショックだ。
が、それ以上に完全にサ・トエリに踊らされたこと、
完全に叩きのめされたことの方がショックであった。
足取りも重く、ナッカーノーは自陣へ戻っていく。

その姿を見た柴田はふり返り、ゴールマウスへ戻っていくサ・トエリの背中を睨みつける。
ピンチを防ぐどころか、逆にこちらを潰してくるとは。

「やってくれるねサ・トエリ。でも、この代償は高くつくよ。」
サ・トエリのプレーは、天使の心に火を点け、スイッチをONにした。
柴田はふうっと息を吐くと、その場でトントンと2回、軽く跳躍する。
「?!!」
その跳躍する姿は、ゴールマウスにたどり着き、
ゴールキックのためにボールをセットしたサ・トエリの視界に入った。
と同時に驚愕し、目を大きく見開く。
それは今の軽い跳躍が、まさにバネのような、ゴムマリのような弾力性のある跳躍だったからだ。
プレミアリーグで活躍するため、自分の身体を徹底的に鍛えてきたサ・トエリ。
そのためトレーニング方法や、他競技のアスリートを見て勉強をしてきた。
その経験が、今の柴田の跳躍の恐ろしさを感じ取らせた。
32 名前:第25話  ロンドンの空 投稿日:2005/09/25(日) 23:39
柴田は2回跳躍した後、ふうっと大きく息を吐き、目を閉じた。
「・・・・・・・よしっ!」
そして2秒後、目を開ける。
「?!!」
サ・トエリは柴田を見て絶句する。
そこには、今まで見たことがないほど生気に満ち溢れている柴田あゆみがいた。


「さあ、チェルシー。覚悟してね。」
33 名前:第25話  ロンドンの空 投稿日:2005/09/25(日) 23:40



“天使”の背中に今、大きな翼が宿った。



 
34 名前:ACM 投稿日:2005/09/25(日) 23:43
すみません、本日の更新はここまでとします。
またも中途半端ですみません。
続きはまた近日中に更新したいと思います。

とうとうスレも6枚目となりました。
ここまで続けられたのも暖かく見守ってくれたみなさんのおかげです。
これからもどうぞよろしくお願いいたします。
35 名前:ピクシー 投稿日:2005/09/26(月) 04:25
更新お疲れ様です。
同時に新スレおめでとうございます。

チャンピオンズリーグベスト4に3チームですかぁ。
現実だと・・・UEFAカップに結構日本人所属チームがいますね。
そういった欧州の舞台でどんどん激突して欲しいですね。
もちろん、ピッチ上で・・・

次回更新も楽しみに待ってます。
36 名前:春嶋浪漫 投稿日:2005/10/05(水) 21:13
更新お疲れさまです。そして新スレおめでとうございます。

これで6つ目と言うことでもう大長編ですね。
これだけ続けてくれて逆に読む人にとってはありがとうと言う感じです。
実際にはもう新たなチャンピオンリーグも始まっておりますね。
こちらは4チーム中3チームに日本人所属・・・すごいです。

次回更新も楽しみに待っています。
37 名前:ACM 投稿日:2005/11/07(月) 00:58
>>35 ピクシー様
 レスありがとうございます。チャンピオンズリーグベスト4に3チーム4人が揃いました。
 こんな日がいつか来てくれないものかと願っています。
 今回残った4人は作者の中でも思い入れのある4人なのでいい活躍を見せられればと思っています。
 量だけしか誇れない話ですが、これからもお付き合いいただければ嬉しいです。

>>36 春嶋浪漫様
 レスありがとうございます。量だけは何とかいっちょまえですが、
 もっともっと内容をがんばらねばなりません。
 更新速度も遅くなり、現実ではもう次のチャンピオンズリーグになっています。
 こんなぐだぐだな話ですが、またこれからも見ていただければ嬉しいです。
38 名前:第25話  ロンドンの空 投稿日:2005/11/07(月) 00:59
「絶対に気を抜くなよ!!」
覚醒した柴田を見て、サ・トエリはチームメートに注意を呼びかける。
「お、おお。」
が、チームメートたちの反応はいまいち鈍い。
ここまで圧倒的にチェルシーが押しているし、
柴田自身にもそれほどやられたという印象はない。
今のペースで試合を運んでいけば間違いないはずだ。
「ちっ!」
このチームメートの緩んだ雰囲気に、サ・トエリは思わず舌打ちする。
誰も柴田あゆみの真の恐ろしさを知らないのだ。
気付いたときには手遅れになるというのに。
「・・・・・・ここはあたしが止める。」
もうこれ以上地獄に蹴落とされてたまるか。
サ・トエリは頬を叩き、もう一度気合を入れなおした。

「くっ・・・・・」
ポルト右サイドバック、スズキ・エミイラがボールを持つが、
パスの出しどころがなく立ち止まる。
最前線に立つ柴田とナッカーノーにはしっかりとマークが付いており、
中盤のキープレイヤー、サヤにも監視の目が光っている。
そこで仕方なくセンターバックのナナコド・オオコーチへとボールを戻す。
39 名前:第25話  ロンドンの空 投稿日:2005/11/07(月) 00:59
ブゥゥゥゥゥゥゥ!!!!!

この消極的なプレーにスタンフォード・ブリッジがブーイングで包まれる。
イングランドでは勇敢なサッカーが好まれる。
いいプレーには敵味方関係なく称賛するが、
消極的なプレーには誰であろうと非難を浴びせる。
そんなお国柄だ。

「くっ!」
パスをもらったものの、オオコーチもどうすることも出来ない。
と、そこへチェルシー2トップが一気に距離を詰めてきた。
「ちっ!」
オオコーチはこれに対してどうすることも出来ず、
GKにまでボールを戻す。
そしてGKもこのボールをただ闇雲に前線に蹴り返すしか出来なかった。
40 名前:第25話  ロンドンの空 投稿日:2005/11/07(月) 01:00
当然精度の悪いボールは攻撃にはつながらない。
このボールをあっさりとチェルシーMF、クラキが拾う。
ボールを持ったクラキはその抜群の視野の広さでピッチを見る。
そしてその視野で、右サイドのリョウ・コールがマークを外す動きをとらえた。
「リョウ!!」
クラキの右足から放たれたパスはズバッとポルトの左サイドをえぐる。
そしてそのパスはピタリとリョウ・コールの足元へ。

リョウ・コールはボールを受けると、すぐさまペナルティエリアを見る。
『そう、そこだ!』
思わず口元に笑みがこぼれる。
それほど、理想的な位置に自分たちのエースストライカーが走りこんでいた。
「やられた!」
その瞬間、柴田はゴールの匂いを嗅いだ。
リョウ・コールの右足からポルトを地獄へ叩き落すクロスが上げられる。
それをナナコド・オオコーチの決死のディフェンスをあざ笑うかのように、
アルゼンチンが誇るストライカー、アムロン・ナミエポがオオコーチの上から
豪快にヘッドで叩き込んだ。


前半32分。
チェルシー、先制点。
41 名前:第25話  ロンドンの空 投稿日:2005/11/07(月) 01:01
ワアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!

スタンフォード・ブリッジが一斉に歓喜の声に包まれた。
ここまで圧倒的に押していながら取れなかった先制点が、ついに。
この展開にコムロビッチオーナーもご満悦だ。
と、同時にこれでこの試合の勝利は間違いないと確信する。
なぜならばチェルシーのDF陣に間違いはないからだ。
MFマナーミ・コニシシ、DFフジワラ・ノリカー、そしてGKサ・トエリ。
この3人の鉄壁のDFブロックが必ずシャットアウトしてくれる。
これはコムロビッチオーナーだけでなく、チェルシー陣営のほとんどが確信していた。

「くそっ・・・・・・・・・・」
チェルシー陣営の思いの正しさを表すかのように、
ポルト陣営はがっくりと肩を落としていた。
その姿を見れば、誰もが今日の試合はチェルシーのものだと確信できたはずだ。
「みんな、顔を上げて。この試合、必ず勝つから。」
が、この試合の勝利を微塵も疑っていない者がいる。
ポルトのエース、柴田あゆみだ。
「アユミ・・・・」
「大丈夫。あたしは、今までサ・トエリと対戦したときは一度も負けてない。
あたしなら絶対にあいつからゴールを奪えるから。」
柴田は強く言い切った。
それは強く言いきることで、現実に仕向けようとする思いが込められた感じであった。
「そうだな、あたしたちにはアユミがいる。こいつを信じれば大丈夫だ。」
この言葉にオザワーニャが乗る。
彼女としても、この言葉にすがるしかない状況に追い詰められている。
当然、他のポルトのメンバーも同様だ。
柴田は彼女たちに頷くと、ボールを持ってセンターサークルに走る。

その背中に、ポルト陣営全ての期待を背負いながら。
42 名前:第25話  ロンドンの空 投稿日:2005/11/07(月) 01:02
ピィー!!!

主審の笛が鳴り、試合が再開される。
ナッカーノーから柴田にボールが渡される。
「もらった!!」
と同時にチェルシー2トップがボールを持つ柴田に襲い掛かる。
彼女たちからすればもはや勝利は時間の問題。
手負いの龍にとどめを刺すべく、その牙を突き立てる。

が、これが龍の逆鱗に触れる。

「・・・・・なめないで!!」
柴田の体がグッと沈む。
そして次の瞬間、爆発的なダッシュで襲い掛かるチェルシー2トップの間をすり抜ける。
「?!止めろ!!」
その恐ろしいまでのキレのあるプレーを見たサ・トエリが思わず叫ぶ。
「分かってる!!」
当然彼女がこれを見逃すはずがない。
世界最高の守備的MF、マナーミ・コニシシ。
彼女が柴田の前に立ちはだかる。
43 名前:第25話  ロンドンの空 投稿日:2005/11/07(月) 01:02
「サヤ!!」
それを見た柴田、コニシシに突っ込んでいくが、間合いに入る瞬間にヒールでバックパス。
パスの先にはキープレイヤー、サヤがいた。
サヤはこのパスを軽いチップキックで前に送る。
その瞬間には柴田はコニシシの横を回り、コニシシを振り切っていた。
見事なワンツーリターンで世界最高の守備的MFをかわす。

「そうはさせない!!」
が、コニシシの後ろには彼女がいる。
チェルシーの、フランス代表のバックラインを率いるフジワラ・ノリカー。
彼女が、柴田のトラップぎわを潰すべく一気に前に出る。
「馬鹿!!」
これを見たサ・トエリは思わずキャプテンを罵る。
普段のノリカーであれば、ここは無理に前に出てボールを奪おうとはしない。
柴田の突破を遅らせ、他の味方のフォローを待っていたはずだ。
だが、ここで一気に前に出た。
つまりこれは、まだポルトを、柴田あゆみをなめている証拠だ。


そしてその代償は高くついた。
44 名前:第25話  ロンドンの空 投稿日:2005/11/07(月) 01:03
柴田はサヤの背中越しのチップキックのパスを左肩で前に押し出した。
左肩で弾く、といった感じだ。
その弾かれたボールは、ノリカーの顔の真横を通る。
「?!!」
これにはさすがのフジワラ・ノリカーも反応が出来なかった。
驚くノリカーを尻目に、柴田はノリカーの横をすり抜け、シュート体勢に入る。
自分とゴールの間にあるのは、GKサ・トエリ唯一人。

「こいつ!!」
が、ここで簡単に行かせるようではフランス代表を率いる事は出来ない。
何より、こんなにあっさりと抜かれてたまるか。
すばやく反転したノリカーが、柴田を潰すべく後ろからスライディングを仕掛ける。
この反応の速さは、さすがは世界最高峰のDF、フジワラ・ノリカーだ。
だが、その反応こそがここでは仇となる。
「うわあっ?!!」
柴田は宙を舞い、ピッチに倒れこんだ。
そして苦悶の表情で右足を押さえて呻く。
その瞬間、スタジアムが一斉に息を飲むのが柴田には分かった。
45 名前:第25話  ロンドンの空 投稿日:2005/11/07(月) 01:03
ピピピピピピッ!!!!
主審がけたたましく笛を鳴らし、一気にこちらに駆け寄ってくる。
そしてブルーのユニフォームに身を纏った、
世界最高峰のDFに容赦なく赤いカードを提示した。
前半33分。
歓喜の先制ゴールから一転、チェルシー陣営は大きな失望に包まれた。


キャプテン、フジワラ・ノリカー、一発退場。
46 名前:第25話  ロンドンの空 投稿日:2005/11/07(月) 01:04
ブゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!!!!

この判定にスタンフォード・ブリッジからブーイングの雨が一気に降ってくる。
ノリカーは血相を変えて主審に詰め寄る。
確かに今のタックルは柴田の足に入ってしまった。
でもそれはシバタが自分で足を出してきたんだぞ?!!
他のチェルシーイレブンも主審に殺到する。
だが主審はこの裁定を覆さない。
今のは一対一の決定的なチャンスをノリカーが、後ろからのタックルで潰した。
これは完璧に非紳士的行為であり、退場に値するプレーだと主審は判定した。

「大丈夫かアユミ!!」
一方、ポルト陣営はピッチに倒れこむ柴田に駆け寄る。
その表情はみな一様に青ざめている。
ここでチェルシーの要、フジワラ・ノリカーが退場になったのは最高の展開。
だが、ここで柴田あゆみが負傷退場となると、それは最悪の展開となる。
「・・・・・・・・・・大丈夫。」
が、仲間たちの心配は杞憂に終わった。
柴田は右足を押さえながらも力強く立ち上がった。
どうやら怪我の心配はないようだ。
「アユミ!」
それを見た仲間たちの表情が明るくなる。
みな理解している。
チェルシーは要であるキャプテンを失った。
それも、この試合だけでなく、次のセカンドレグでも試合に出ることは出来ない。
つまり、このワンプレーで柴田は世界王者フランスのキャプテンを
チャンピオンズリーグ準決勝という舞台から葬り去ったのだ。
47 名前:第25話  ロンドンの空 投稿日:2005/11/07(月) 01:04
この判定に納得のいかないチェルシー陣営はなお執拗に抗議する。
が、それを守護神、サ・トエリが止める。
「もういい、下がれ。これ以上すると、退場者がまた増える。」
「?!・・・・・・おい、何だその言い方は?」
サ・トエリの言い方がことさらクールだったため、
チェルシーの幾人かの選手はカチンと来た。
そして今度はサ・トエリに詰め寄る。
「やめろ!何をしているんだ!」
これを止めるのは退場となったキャプテン、フジワラ・ノリカーであった。

「おい。」
「ああ。」
このチェルシー陣営の状況に、ポルトの選手たちは無言で頷きあう。
ここまで圧倒的に押されていて何も見えなかったが、
チェルシーにも穴があるではないか。
スター選手集団による“エゴ”という穴が。
「よし、いける。」
今までの怯えた表情、雰囲気が嘘のように、ポルト陣営に生気がみなぎっていった。
48 名前:第25話  ロンドンの空 投稿日:2005/11/07(月) 01:05
「今のプレー、柴田さん分かっていたな。」
この試合は当然世界中に配信されている。
そしてほとんどの人々がテレビ画面に釘付けとなっていた。
柴田あゆみの永遠のライバルであるセリエAインテルミラノ所属MF吉澤ひとみも当然この試合を観戦していた。
ひとみは先ほどのプレー、ノリカーのタックルを柴田は完全に予測していたと見た。
だからこそ咄嗟に重心をずらし、自ら強烈なタックルを受けにいったのだ。
その結果、見た目はあれだけ激しく飛ばされてしまったのだが、ほとんど足に痛みはない。
そしてそれは審判の目を惑わせるのに十二分の効果があったのだ。

「これでポルトの、柴田さんの勝ちだな。」
誰よりも柴田あゆみの実力を知る彼女は、そう呟いた。
49 名前:第25話  ロンドンの空 投稿日:2005/11/07(月) 01:06
「右!!そう、そこだ!!」
ノリカーの退場により、にわかに雰囲気が変わったスタンフォード・ブリッジ。
そんな中、試合が再開された。
ゴールまで22mほどの地点でのポルトのFK。
ボールを持ってポイントに向かうのは“マエストロ”柴田あゆみ。
チェルシーGKサ・トエリは指示を出し、6枚の壁を作る。
『ここで決めれば逆転できる。』
チェルシーはこの退場で穴が見え出した。
ここで同点に追いつけば、その穴はさらに大きくなる。
それだけにこの絶好のチャンスは外せない。
柴田は強い決意を胸に秘め、ボールを置き、助走の距離をとった。

「絶対に止める。」
獲物を狙う豹のように身体を沈めるサ・トエリ。
その眼光は味方の作る壁をすり抜け、柴田あゆみだけを睨みつけている。
「・・・・・・決める。」
その強い視線を柴田も感じている。
だがこれに惑わされることなく、柴田は目線をゴール右隅、左隅へと動かす。
この段階からサ・トエリとの戦いは始まっているのだ。
50 名前:第25話  ロンドンの空 投稿日:2005/11/07(月) 01:06
「あっ?!」

が、ここで誰も思いもよらないことが起きた。
呆然と立ちすくむサ・トエリ。
口を開けたままの柴田。
驚きの表情でゴールを見るチェルシーイレブン。
大きく目を見開くポルトイレブン。
信じられないといった表情のコムロビッチオーナー。
そして静寂に包まれるスタンフォード・ブリッジ。

その中で唯一グッと拳を握り締めるのはFCポルト10番。
カンダルソン・マツダ・ノ・サヤカこと、サヤ。


後半34分。
サヤのFKにより、ポルト、同点。
51 名前:第25話  ロンドンの空 投稿日:2005/11/07(月) 01:07
ウワアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!

ゴールを見届けた後、一拍置いてスタジアムが爆発した。

「サヤ!!」
それはポルトイレブンも同様で、一瞬何が起こったのか分からなかったが、
すぐに我に返り、見事なFKを決めたサヤに抱きつく。
「まさかあんたが蹴るとは思わなかったよ!」
マジュ・オザワーニャが全員の気持ちを代弁する。
柴田がボールをセットし、そして目線をゴールの左右の隅へと走らせていた瞬間、
ボールの真横にいたサヤが、助走なしでFKを放ったのだ。
これにはスタジアムにいた誰もが虚を突かれた。
コースとしてはそれほど難しくないところだったが、
柴田だけに集中がいっていたサ・トエリは反応すら出来なかった。
「サヤ。やってくれるね。」
柴田もしてやられたといった表情でサヤに抱きつく。
彼女自身もこれは予想していなかったのだ。
だからこそサ・トエリをはじめ、スタジアムにいる全ての人が騙されたのだ。
“マエストロ”が驚くほどの即興の演奏。
さすがはポルトガルが誇るニュースター、サヤだ。
52 名前:第25話  ロンドンの空 投稿日:2005/11/07(月) 01:07
「ぐぐ・・・・・・・・・」
ゴールを奪われたサ・トエリはギリリと歯を噛み締める。
まさか、ここで同点ゴールを奪われるとは。
しかも、柴田ではない相手に。
「ふん。」
「?!」
その時、サ・トエリの耳に飛び込んできたのは自分を嘲る笑いだった。
しかも、それは味方であるはずの青いユニフォームからもれたものだった。
見渡せば、その選手だけでなく、他の選手たちも自分を蔑むような視線を向けている。
『あれだけでかい口を叩いておいてこの程度か。』
彼女たちの目がそう雄弁に語っていた。

「・・・・・・いいだろう。お前たちがその気なら。」
もう誰にも頼らない。
サ・トエリはゴールに絡まったボールを前線に蹴りだすと、そう決意を固めた。
誰の力も頼らず、自分の力だけでゴールを守ってみせる。
53 名前:第25話  ロンドンの空 投稿日:2005/11/07(月) 01:08
ピィー!!!!!

主審の笛が鳴り、試合が再開された。
「前からボールを奪うよ!」
と同時にポルトのマエストロがタクトを振るう。
同点に追いつき、こちらのムードは上昇中。
逆に相手は下降中だ。
だからこそここは一気に勝負に出る。
マエストロの指揮に従い、ポルト選手たちが一気にプレスをかける。

「落ち着け!!ボールを回せ!!」
チェルシー司令塔のクラキが指示を出す。
が、ポルトの勢いは止められない。
すばやいプレスにボールを奪われる。
「アユミ!!」
奪ったボールはすぐさま柴田の足元へ。
これを柴田はダイレクトで右サイドのフリースペースへ。

「ナイスパス!!」
そこへ走りこんでいるのはポルト右サイドバック、スズキ・エミイラ。
チェルシーはDFのフジワラ・ノリカーが退場したため、3バックだ。
だからこそサイドに大きなスペースが空いている。
そこをためらいなく突く。
「くっ!!」
チェルシーが誇る左サイド、サカイン・ミキがエミイラを追いかける。
これまでとは全く逆の展開だ。
54 名前:第25話  ロンドンの空 投稿日:2005/11/07(月) 01:08
「来いっ!!」
ゴール前にはFWミナコ・ナッカーノーが走りこんでいる。
サ・トエリに完膚無きまで叩きのめされたナッカーノーだが、
ノリカーの退場により気持ちを立て直すことが出来た。
鋭い動きでゴール前に飛び込んでくる。
「ミナコ!!」
そこへエミイラから精度の高いクロスが送られる。
ナッカーノーはその瞬間グッとニアに切れ込み、チェックに来たDFの鼻先で合わせた。
「くうっ!!」
さすがのサ・トエリもこの近距離からのヘッドには動けない。
逆転ゴールかとポルト陣営は期待を込めるが、その期待に水を差す金属音が聞こえた。
そしてボールはゴールラインを割っていった。

「くっ!!!」
思わず頭を抱えるナッカーノー。
またも絶好のチャンスを外してしまった。
「ドンマイ、今のは最高のプレーだよ。」
が、柴田は笑顔でナッカーノーの肩を叩く。
今のプレーはゴールこそ決まらなかったものの、完全にナッカーノーの勝利だ。
現にサ・トエリは反応できなかったのだから。
「逆転ゴールは頼むよ。」
「・・・・・・・・ああ。」
柴田の言葉に深く頷くナッカーノー。
マエストロの言葉は、演奏者たちに心強く染み渡る。
55 名前:第25話  ロンドンの空 投稿日:2005/11/07(月) 01:09
その後、ポルトは1人少ないチェルシーを相手に分厚い攻撃を見せる。

復調気配のミナコ・ナッカーノーが抜群のスピードでゴール前に飛び込む。
中盤のキープレイヤー、サヤが高精度のミドルや前線への飛び出しでチェルシーゴールを強襲する。
中盤の底に君臨するマジュ・オザワーニャも怒りのミドルを放つ。
右サイドからはスズキ・エミイラがジャックナイフのように切り込んでくる。
そしてセットプレーではキャプテン、ナナコド・オオコーチが打点の高いヘッドを見せる。
その一つ一つが才能のきらめき。
FCポルトという、青き龍たちの才能のきらめきであった。

そしてそれを全て演出していたのが“マエストロ”柴田あゆみ。
彼女の左足のタクトが、青き龍たちの才能を全て引き出していく。
パスのスピード、コースはもちろんのこと、
味方選手の走りこむタイミングまでも完璧に合わせたパス。
さらには相手陣形の薄いところを逃さない目。
その類まれなゲームメイクには、目の肥えたイングランドの観客たちも思わず見とれてしまう。

「・・・・・・・・・・」
スタンドで見つめる日本代表監督ツンクも言葉が出てこない。
彼女の実力は、自分が一番良く知っているはずなのに。
やはり日本代表には彼女が必要だ。
柴田がいれば、絶対にアジア予選突破が出来る。
ツンクは今日、この試合を直接現地で観戦できた幸運に感謝していた。
56 名前:第25話  ロンドンの空 投稿日:2005/11/07(月) 01:10
「サヤ!!」
「ミナコ!!」
「エミイラ!!」
柴田の足から変幻自在のパスが放たれる。
『今日は、全てが見える・・・・・・!!』
柴田は自分の体の奥底からみなぎってくる力に正直戸惑いを隠せない。
この感覚はあの時、チャンピオンズリーグ決勝トーナメント1回戦セカンドレグ。
アウェーでのマンチェスター・ユナイテッド戦の時と似ている。
あの日は何でも出来そうな気がしていた。
現にあの日は、本当に身体のキレは最高だった。
しかしその分筋肉が付いていかず、故障を発生して無念の途中交代となった。

が、今日の感覚はそれとは違う。
今日は肉体的にというより、感覚的に最高に優れている。
その感覚は、ピッチに立つ全ての選手の姿や意志、そして呼吸までをも感じ取る。
そしてその感覚は、時間が経つごとに鋭くなっていく。
だからこそ、今日、後半には今までで最高のゲームメイクが出来る。
柴田はそう確信していた。
57 名前:第25話  ロンドンの空 投稿日:2005/11/07(月) 01:10
「くっ・・・・・・」
このポルトの怒涛の攻撃にチェルシーDF陣はサンドバック状態となる。
ただただ自陣に引き、防戦一方だ。
「守れ!!守れ!!」
GKサ・トエリがヒステリックに叫ぶ。
それも無理はない。
彼女が一番ポルトの攻撃に消耗させられているのだから。

「これは・・・・・・」
この守護神の様子にチェルシー監督は絶句する。
今までのサッカー生活で彼女ほどのGKは数えるほどしか見たことがない。
いや、これからの成長次第では唯一無二のGKとなる可能性も秘めている。
それほどのGKが、今、ポルトの攻撃を心底恐れている。
彼はこのままの状態で、DFは3枚のままで乗り切るつもりだった。
が、そのプランも音を立てて崩れていく。
58 名前:第25話  ロンドンの空 投稿日:2005/11/07(月) 01:11
ピィ、ピィー!!!!

ここで主審の笛が鳴った。
1−1のまま、激動の前半45分が終了した。
「ふうっ。」
選手たちの口から思わず安堵の息が漏れる。
チェルシーは前半の終盤のポルトの猛攻を凌ぎきって。
ポルトは前半の序盤の猛攻を凌ぎ、終盤の反撃を終えての安堵の息だ。
両チームとも前半が終わったところとはいえ、かなり疲労の色が濃く出ていた。
が、終盤盛り返したポルトの方が若干精神的に余裕があるようだ。

「みんな、でも気を抜いたらだめだからね。」
ロッカールームへと戻る時、マエストロはチームメイトに気を引き締めるように伝える。
まだ演奏は半分を終えたばかり。
そしてこれからがクライマックスへと入る。
その時に気を抜いていては最高の演奏など聴かせることが出来ない。
「アユミの言うとおり。相手は強豪チェルシー。相手が10人であることは忘れよう。」
「おお!」
キャプテンのナナコド・オオコーチもみなに注意を促す。
この試合はチャンピオンズリーグ。
世界最高のクラブが集う舞台。
だからこそ、一瞬の油断が命取りとなる。
しかし、マエストロに率いられたポルトに油断や慢心はない。
それがあると、マエストロのタクトについていけなくなるからだ。
なおかつ、今日のマエストロのタクトは普段よりも鋭いためなおさらだ。
青き龍たちはロッカールームへと戻っていった。
後半、爆発するために。
59 名前:第25話  ロンドンの空 投稿日:2005/11/07(月) 01:12
一方、チェルシーの面々の表情は暗い。
前半の終盤はいつ点が入ってもおかしくないほどの猛攻を受けたのもあるし、
何より、頼りとなるキャプテン、フジワラ・ノリカーを一発退場で失ってしまった。
スター選手ぞろいのチェルシーだが、その分エゴが勝ち、まとまりにかけている。
それをつなぎとめていたのがノリカーであったが、彼女を失った今、
チェルシーにはチームをまとめる選手は存在しなかった。

「これは・・・・・・まずい。」
その様子をスタンドから見つめるコムロビッチオーナー。
自分の情熱をかけて多くのスター選手を集めてきた。
が、どうやら自分はまとめ役の選手を獲得することを失念していたようだ。
「私もまだまだ勉強が必要だな。」
コムロビッチオーナーは、自戒の念を込めて呟いた。
これは明らかにフロントである自分のミスだ。
だからシーズン終了後の移籍市場では、必ずチームの中心となれる選手を、
そしてみなのために働ける選手を獲得しよう。
そう誓うコムロビッチであった。
そしてその獲得の最有力候補はもうすでに彼の中で決まっていた。
「後半、その指揮振りをみせてもらいますよ。」
コムロビッチの視線は、ロッカールームへと消える12番を背負った日本人に注がれていた。
60 名前:第25話  ロンドンの空 投稿日:2005/11/07(月) 01:13
ウオオオオオオオオオオオ!!!!!!

15分の短いインターバルを終え、選手たちがピッチへと戻ってきた。
ポルトの選手たちの表情はいい具合に引き締まっている。
研ぎ澄まされた集中、熱い魂、そして少し冷めた目。
その全てが同居しているようないい表情だ。
その表情からもポルトの状態がいいことが一目瞭然だ。
「後半、リズムを上げるよ。」
「おお!!」
マエストロのリズムアップ宣言に演奏者たちは同意し頷く。
マエストロは後半の序盤、一気に勝負を決めるつもりだ。

「ん?アユミ、あれ。」
と、ここでサヤがチェルシー陣営を見て気付いた。
「・・・・・・レナァがいない?」
柴田もそれに気付いた。
チェルシーのチャンスメーカー、タナカアン・レナァがピッチに出てきていない。
その代わりにタッチラインにDF登録の選手が立っていた。
「チェルシーは引き分け狙い・・・・・?」
サヤはチェルシー陣営の狙いをそう察知した。
前線のキープレイヤー、タナカアン・レナァを外してDFを入れる。
これは明らかに守備を重視した選手起用だ。
61 名前:第25話  ロンドンの空 投稿日:2005/11/07(月) 01:14
「・・・・・・おかしいなこの選手起用。」
が、この選手起用に異を唱えたのはツンク。
彼の目には、この選手交代は奇異に映った。
『退場になったノリカーの穴を埋めるために前線の選手を外してDFの選手を入れるのはええ。
けどそれやったら外すのはナミエポや。レナァはスピードとドリブルに優れた選手や。
だからこそカウンターを仕掛ける場合には彼女ほど恐ろしい相手はおらん。
逆にナミエポは味方に活かしてもらうタイプやし、カウンターには向かんFWや。
・・・・・・何を考えとんねんチェルシーの監督は?勝つのを諦めたんか?』
チェルシーを率いるのはイタリア人の監督だった。
この状況で彼の脳裏にあったのは負けないこと。
ただそれのみであった。
そのため、前線には速さのレナァではなく、高さのあるナミエポを残したのだ。
彼女を残せば、セットプレーでも守りきることが出来る。
つまり、ナミエポは完全な守備要員であったのだ。
これはまさにイタリア人の典型的な守りの思考“カテナチオ”であった。
そしてそれとは別に、彼には考えがあった。

「こう来ると、チャンスね。」
柴田はチェルシー監督の思考を正しく理解した。
この攻めより守りの思考は半年間、さんざん経験してきたものだ。
それにより柴田はイタリアで活躍することが出来なかったのだから。
だからこそこの試合の勝利を確信する。
何故なら、最後まで徹底的に守りきるという戦術をこなせるのはイタリア人のみ。
チェルシーという、イングランドのクラブには到底不可能な戦術なのだから。
「よし、みんな、後半はペースを落とすよ。」
「え?」
「さあ、行こう。」
驚くチームメイトを尻目に、柴田は自分の左足をパンと叩いた。
その眼光が鋭く光る。
彼女の脳裏にはポルトの勝利の瞬間が鮮明に映し出されていた。
62 名前:第25話  ロンドンの空 投稿日:2005/11/07(月) 01:14
ピィー!!!!

主審の笛が鳴り、後半戦が開始された。


後半戦開始と同時に、ポルトがボールを圧倒的にキープする。
だがボールをキープしているだけで、効果的な攻撃は全くといっていいほど見られない。
「ボールまわして。ゆっくりね。」
柴田の指示により、DFラインや中盤でボールを回すポルト。
そのパス回しはリードしているチームがする時間稼ぎのようだった。

ブゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!!!!

このポルトの試合運びに当然スタンフォード・ブリッジからブーイングが浴びせられる。
が、そのブーイングはポルトだけにではない。
ホームのチェルシーにも浴びせかけられていた。
いや、むしろチェルシーの方がブーイングの雨は激しい。
それは後半に向かうチェルシーの戦術に対してだった。
勝ちを諦めた選手交代。
さらには積極的にボールを奪いに行かず自陣ゴール前で固まる選手たち。

これがフットボールか?!

観客たちの熱い魂の声がブーイングとなって降り注ぐ。
63 名前:第25話  ロンドンの空 投稿日:2005/11/07(月) 01:15
「くっ・・・・・・・・・」
この声にチェルシーの選手たちは表情を歪める。
彼女らとて勝ちを諦めたわけではない。
だが、チェルシー監督は全員に引いて守れという指示を出した。
それは2つの理由がある。
1つは彼がイタリア人で、カテナチオの思考があること。
そしてもう1つ。
それは守護神サ・トエリをポルトの攻撃から守るためであった。
彼女はアユミ・シバタを恐れている。
それだけにこの試合で負けてしまうと、彼女の自信は完全に崩れ去ってしまう。
だからこそ絶対にこの試合、例え引き分けで終わろうとも絶対に負けてはならないのだ。
しかしその采配はチェルシーの他の選手たちには受け容れられなかった。
なぜならば、彼女たちは自分たちがポルトよりも格上だと思っていること。
そして自分たちの守護神に対して余り良い感情を抱いていないこと。
これらの理由からであった。
そのため、チェルシーの選手たちに次第にフラストレーションが溜まっていく。

「落ち着いて!そう、ゆっくりボールを回せばいいから。」
だが、チェルシーの選手たちの気持ちを逆なでするかのように
柴田はゆっくりとボールを回す。
相手のチェックが少しでも来ると、安全に最終ラインまでボールを戻す。
そのプレーに一斉にブーイングが浴びせられる。
だが柴田はそんなブーイングなどお構いなしに落ち着いてボールを処理する。
時には大胆に、どフリーの状態でも最後尾のGKにロングパスを送るほどだ。
「アユミ、何て奴・・・・」
そのゆったりと落ち着いたプレーは味方であるポルトの選手たちも舌を巻くほどだ。
「さあ、どっちが我慢できるかな?」
これは忍耐力の勝負だと柴田は睨んでいた。
どちらが先にしびれを切らしてしまうか。
先に動いたほうがこの試合、負ける。
柴田はそう確信していた。
64 名前:第25話  ロンドンの空 投稿日:2005/11/07(月) 01:15
「行くなマジュ!!!」
柴田がボールを持ってドリブルで突き進もうとするマジュ・オザワーニャを止める。
「くっ・・・・・・」
その指示に表情を歪めるオザワーニャ。
彼女もこの試合運びは正直言って気に入らない。
相手が10人になった今、徹底的に攻めて勝ちに行くべきではないのか?
「だめ、マジュ。」
だが柴田が、マエストロがそれを許さない。
ドリブルをやめ、自分にパスを出すように要求する。
「・・・・・・分かった。」
その指示にオザワーニャは従った。
入団当初は色々とあったが、今では柴田のことを信頼している。
だからこそこの試合運びにも狙いがあるはずだ。
そう信じてオザワーニャは柴田にボールを預けた。

「ちっ!!!」
チェルシーも攻撃的なキャラクターのサカイン・ミキ、リョウ・コール、
そしてマイ・セバスチャン・クラキがボール奪取を試みようとするが、
これも監督の指示により断念せざるを得ない。
だが、明らかにその表情には不満の色がありありだ。
チェルシーの選手たちはサ・トエリを第一に考える指揮官に対して信頼を無くしつつあった。


信頼されるポルトのマエストロと、信頼を失いつつあるチェルシーの指揮官。


そしてこれが試合を決める最大の要因となった。
65 名前:第25話  ロンドンの空 投稿日:2005/11/07(月) 01:17
退屈なボール回しが続く試合が25分ほど過ぎた。
観客たちはブーイングをするのも諦め、冷ややかな目でこの試合を見つめている。


「くそっ!!!」
と、ここでついにしびれを切らした選手がいた。
アルゼンチンが誇るゲームメイカー、マイ・セバスチャン・クラキだ。
自分のポジションを離れ、猛然とポルト選手にチェックに行く。
「マイ・・・・・・!!」
これにつられて他の選手たちも同様に猛然とプレスをかける。
みな、後半開始からの展開に我慢が出来なかったのだ。
堤防がたった一粒の水滴で決壊するかのように、
チェルシーの選手たちは一気に前に出てきた。

「チャンス!!」
これを彼女は待っていた。
後半のちんたらとしたボール回しも、全てこの瞬間のため。
味方ではなく、敵を動かすためのゲームメイクだったのだ。
さあ、チェルシーの守備陣の陣形が崩れた。
後は、自分の左足で一突きだ。
「落ち着いて!!しっかりボールを回して!!」
だがここでボールを奪われては終わりだ。
チャンスだからこそ落ち着いて回せ!
柴田が大きな身振りで指示を出す。
66 名前:第25話  ロンドンの空 投稿日:2005/11/07(月) 01:18
ウオオオオオオオオ!!!

スタジアムが退屈な展開から一変、激しいプレスと素早いボール回しに一気にどよめく。

「くっ!!」
勢い込んでプレスをかけるチェルシーだが、ポルトの中盤はテクニシャン揃い。
なおかつ、ポルトDF陣も積極的に上がってボール回しに参加しているため、
ボールを奪うことが出来ない。
「くそっ!!」
必死に追いかけるチェルシーの選手たち。
が、このプレスは感情が高まって生じたもの。
それだけにきちんと戦術立って仕掛けられたプレスではなかった。
そのために、穴が、綻びが生じる。
そしてその綻びは、“見えないものが見える” 者にとっては、決定的な綻びだった。
67 名前:第25話  ロンドンの空 投稿日:2005/11/07(月) 01:18
「・・・・・・見えた。」
その瞬間、柴田あゆみの目に一本の白い道が見えた。
真直ぐ、ただひたすらに真直ぐと伸びていく。
暗いロンドンの星空の下、真直ぐに伸びていく白い道。
それはまるで、観客たちを幻想と言う名の天国へ導く道のようだった。

ピッチの上をボールが滑らかに転がっていく。
もちろん速さ、鋭さはある。
現に、チェルシーの選手たちは誰も反応が出来ないのだから。
だが、そこにいる者の目には、その全てがスローモーションに流れた。
そして全ての者の視線を集めるボールは、
吸い寄せられるかのように、ゴール前へと走りこむ選手の足元に転がっていく。

「すごい・・・・・・・!!」
その走りこんだ選手、ポルトガルのニュースター、サヤは試合中であるにも関わらずこのパスに感動していた。
ゆっくりとボールが転がっている。
1、2、3・・・・・・
そのリズムは自分の走るスピードに完全に合っている。
自分の呼吸で、打ちたい呼吸に合わせて転がってきている。
しかも自分の利き足に合わせて、そして打てば必ずゴール隅へと飛ぶコースに転がってきている。
68 名前:第25話  ロンドンの空 投稿日:2005/11/07(月) 01:19
「なっ?!」
さらにサヤは驚く。
サヤは右足を振り下ろそうとした瞬間、直感した。
『このボール、あたしが打つ瞬間にへそを向ける。』
その直感通りサヤの視界にボールのへそが見えた。
つまり、ここへ右足を当てろという意味だ。
『・・・・・・何て恐ろしい人・・・・・!!』
右足で完璧にとらえたボールがGKサ・トエリの手をかいくぐり、
ゴールネットへと突き刺さるのを見届けながら、サヤは恐怖を感じていた。
スピード、タイミング、コース、そしてボールのへそ、つまり回転まで完璧に合わせたパス。
こんなパスを出せるなんて・・・・・・・・・・・・


逆転ゴールに沸き返るポルト陣営の中、
手荒い祝福を受けながらサヤは全身に鳥肌を粟立たせていた。
69 名前:第25話  ロンドンの空 投稿日:2005/11/07(月) 01:20
「し、柴田さん、あなたって人は・・・・・・」
テレビに映る映像を見ながら、ひとみは絶句していた。
今のパスは、コースも、そしてパス自体も最上級のまさに究極のパスだったからだ。
もちろんあのコースに出すのは、ひとみならば出来る。
柴田がパスを出す瞬間、そのパスコースがひとみにも見えたからだ。
だが、ここで問題なのは、あのコースを柴田が見つけられたということだ。

無論柴田もひとみも、“見えないものが見える”ファンタジスタである。
が、柴田とひとみとでは少し意味合いが違ってくる。
ひとみのパスは悪魔のパス。
相手に合わせるのではなく、コースのみを狙うパスである。
そのため合わせる味方選手にそれ相応の技量がなければゴールは決まらない。
しかし相手に合わせない分、“白い道を見つける力”は柴田以上にある。
それは同じファンタジスタである柴田が、
「まさかここを?」と驚くようなコースをひとみはしばしば通していたことからも分かる。

一方柴田のパスは天使のパス。
相手のスピードやタイミングを意識した、受け手に優しいパスだ。
そのため味方はこのパスに合わせることは容易であり、受け手を選ばないパスである。
しかし、自分だけでなくパスの受け手までを意識しなければならない分、
ひとみほど頻繁に白い道を視界にとらえる事が出来ない。

つまり、どちらも一長一短があるということだ。

だが、今出した柴田のパスは天使のように優しく、
そして悪魔、ひとみのように厳しいコースを通した究極のパスだったのだ。
70 名前:第25話  ロンドンの空 投稿日:2005/11/07(月) 01:21
「シバタ・・・・・・・」
「まさかもうここまで・・・・・・・」
この“天使”と“悪魔”が共存したパスを出せる選手は世界に2人いる。
フランス代表“パーフェクトクイーン”ナナコーヌ・マツシマ。
そしてブラジル代表“ラストカナリア”ハマ・サーキ・アユウド。
世界のトップ2だ。
彼女たちもテレビ画面から飛び込んできたアユミ・シバタのパスに絶句していた。

アユミ・シバタがこの“天使”と“悪魔”が共存したパスを出した。
それはつまり、彼女たちの位置に、高みに、領域に
アユミ・シバタがたどり着こうとしていることであった。
71 名前:第25話  ロンドンの空 投稿日:2005/11/07(月) 01:21
そしてこのパスはひとみとマツシマ、アユウドだけでなく、
全世界に散らばるファンタジスタたちの心を揺さぶる。

イタリア代表MFナカマチェスコ・ユッキエ。
ポルトガル代表MFヒロスエ・リョウ・コスタ。
ブラジル代表FWコヤナギーニョ。
アルゼンチン代表MFチヒロ・オニツカール。
アルゼンチン代表MFスズキ・“アミーゴ”・リケルメ。
ドイツ代表MFイケワキ・チイヅルー。
チェコ代表MFミズノ・ミキツキー。
オランダ代表MFクニナカ・チュラ・サン・エリート。
韓国代表MFミ・サキー。
元イタリア代表ヤマグチ・トモコオ。
そして日本代表MF田中れいな。

彼女たち全てが、日本代表MF柴田あゆみのパスに目を、心を奪われていた。
72 名前:第25話  ロンドンの空 投稿日:2005/11/07(月) 01:22
「ま、また・・・・?またあたしは・・・・・柴田に・・・・・?」
逆転ゴールを沈められたサ・トエリは色を失った表情でピッチにひざまずく。
もうこれで何度目だろう?柴田あゆみに叩きのめされるのは。
しかも、いつも節目節目で叩きのめされる。
果たして自分は永遠に柴田あゆみに勝てないのか?
弱気な気持ちがサ・トエリの心を覆い尽くす。

「・・・・・・・・・・終わったな。」
ポルトを率いる名将、テレ・キダターロは我がポルトが勝利することを確信した。
覚醒したアユミ・シバタの前にチェルシーは、サ・トエリはもはや太刀打ちできないであろう。
「シバタ!!ここで一気に決めろ!!」
「はいっ!!」
自陣へと戻るマエストロに、次の曲の指示を出す。
後は、マエストロのタクトに任せるのみだ。
それで全ての結果が付いてくる。

「それにしても・・・・・・・」
まさかここまで恐ろしい選手になるとは。
キダターロの目には若き日のアユウドがだぶる。
まるで彼女が世界のトップへと上りつめていったのを再現するかのようだ。
「・・・・・・・いずれ、シバタがアユウドとマツシマを倒すだろう。」
名将は、見事なタクトを振るってチェルシーに止めを刺すマエストロを見てそう確信した。
73 名前:第25話  ロンドンの空 投稿日:2005/11/07(月) 01:22
ピィ、ピィ、ピィー!!!!!!

主審の笛が試合の終了を告げた。
その瞬間、ピッチに崩れ落ちる情熱の“ブルーズ”。
歓喜に天へと昇る青き“ドラゴン”。
結果を示す電光掲示板には、

CHELSEA   PORTO

   1    −   4


という、信じられない数字が映し出されていた。

このスコアには、チェルシー陣営はもちろん、
ポルト陣営も信じられないといった表情だった。
が、これは現実。
変えようのない現実であった。

そして彼らは理解している。
この現実を生み出したのは、あの小さな日本人だということに。
74 名前:第25話  ロンドンの空 投稿日:2005/11/07(月) 01:23
「さあ、もう少しだ。」
その日本人、柴田あゆみは滴り落ちる汗を拭いながら、夜空を見上げる。
彼女の視線の先にあるのは高い頂。
世界の頂上という高い頂であった。
今までは遠すぎて見る事すら出来なかった。
が、今は違う。
もうそこまで、手が届くところまで来ている。
「・・・・・・・必ず、あそこにたどり着いてみせるから。」
天使は、そう夜空に誓った。

・・・・・・・・・・ザアアアアアアアアアア!!!!

そしてその誓いをロンドンの夜空が聞いた瞬間、
雲が発生し、雨がスタンフォード・ブリッジに降り注がれた。
これは柴田の誓いを肯定する雨なのか、それとも否定の雨なのか。
柴田はそれを聞くべく、ピッチにたち、雨に打たれる。
75 名前:第25話  ロンドンの空 投稿日:2005/11/07(月) 01:23
すると、次の瞬間。


ザアアアアアア・・・・・・・・・・


雨は弱まり、そしてすぐに止んだ。
そして雨雲も分散し、スタンフォード・ブリッジの上空は、晴れ渡った夜空となった。


「アユミ・・・・・?」
その時、スタジアムにいた人々全てが見た。
晴れ渡った夜空に浮かぶ月の光が、ピッチに立つ柴田あゆみを優しく照らしたのを。
「天使だ・・・・・・・」
誰彼となくそう呟いた。
そしてその呟きに異を唱えるものは誰もいなかった。
その雨上がりの空気と、優しい月光に照らされた彼女は、まさに天使そのものだった。
76 名前:第25話  ロンドンの空 投稿日:2005/11/07(月) 01:24



それはつまり、ロンドンの空は、彼女を祝福したのに他ならなかった。



 
77 名前:第25話  ロンドンの空 投稿日:2005/11/07(月) 01:24


  第25話  ロンドンの空  (終)

 
78 名前:ACM 投稿日:2005/11/07(月) 01:25
  第25話  ロンドンの空  終了いたしました。

   すみません、大分間隔が開いてしまいました。
   なかなか書く時間が取れず、申し訳ありません。
   こういった話は勢いやテンポが大事で、
   読んで頂いている間に更新を重ねないといけないと分かっているのに
   更新できていません。自分で自分の首を絞めているような気がしてへこんでいます。
   ただ、テンポが悪くても見ていただいている方もいらっしゃいますので、
   何とか最後まで続けていきたいと思っています。
   これからもどうぞよろしくお願いいたします。
79 名前:ACM 投稿日:2005/11/07(月) 01:26
では次回の予告です。

   第26話  先駆者たちの激闘

    チャンピオンズリーグ準決勝、アーセナルVSユヴェントス。
    ロンドンでのビッグマッチ第二弾は、
    世界に日本人の存在を知らしめた二人の初対決となった。
    吉澤ひとみも柴田あゆみも、安倍なつみも後藤真希も、
    彼女たちがいなければ世界に出るのはもっと遅れていたかもしれない。

    “偉大なるパイオニア”福田明日香 VS “フリーロール”市井紗耶香。

    日本人選手の先頭に立つ彼女たちが、ついに世界最高峰の舞台で激突する。
80 名前:ACM 投稿日:2005/11/07(月) 01:27
では、次回更新まで失礼いたします。
次回も少々更新が遅くなるかもしれませんが、
よろしくお願いします。
81 名前:ピクシー 投稿日:2005/11/07(月) 04:24
更新お疲れ様です。

柴っちゃんノリノリですねぇ(w
次回のカードも非常に気になります。

受け手に完璧にあわせたパス。
ピクシーが最後のオールスターで、森島に出した浮き球のパスが思い浮かびます。
後日、ゴールを決めた森島が「サッカー人生最高のゴール」といいましたし。
良いパスってのは、普通のパスと紙一重なのかもしれませんね。

次回更新も楽しみに待ってます。
82 名前:みっくす 投稿日:2005/11/07(月) 07:54
更新おつかれさまです。

アジア予選の10番は決まりですかね。
これだけの信頼を得れる日本人プレーヤーはでてくるのでしょうかね。
次の日本人対決もすごい試合になりそうな予感。

次回更新も楽しみにしています。
83 名前:春嶋浪漫 投稿日:2005/11/11(金) 18:08
更新お疲れ様です。

10番対決で一歩リードするような活躍。
まぁ〜実際にその時にならないとわかりませんがね・・・
そして、次は私としても楽しみなカード。
ある意味最高の戦いの一つになるのではと思っていますね。

次回更新も楽しみにしています。
84 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/12/12(月) 04:24
突然失礼します。
いま、2005年の飼育を振り返っての投票イベント
「2005飼育小説大賞」が企画されています。よろしければ一度、
案内板の飼育大賞準備スレをご覧になっていただければと思います。
お邪魔してすみませんでした。ありがとうございます。
85 名前:ACM 投稿日:2005/12/31(土) 23:03
>>81 ピクシー様
 レスありがとうございます。そうです、柴ちゃんさんノリノリです。
 そして今回は作者自身も楽しみにしているカードです。熱戦をお届けできればと思います。
 そして、確かに良いパスと普通のパスは紙一重かもしれませんね。
 でもその紙一重が大きな差なんでしょうね。


>>82 みっくす様
 レスありがとうございます。アジア予選の10番は、今この瞬間なら決まりでしょう。
 ですが、次の予選まで後一ヶ月と少しあります。きっと主人公が黙っていないでしょう。
 世界のビッグクラブで、完全に信頼される日本人。そんな選手が出て欲しいものです。
 次の日本人対決ですが、作者も楽しみですし、いい試合をお届けできればと思います。


>>83 春嶋浪漫様
 レスありがとうございます。確かに一歩リードですが、まだたったの一歩です。
 いくらでも挽回は可能でしょう。主人公の巻き返しにどうかご期待下さい。
 そして次の試合は、作者も楽しみにしているカードです。
 熱戦と感じてくだされば嬉しいです。
86 名前:ACM 投稿日:2005/12/31(土) 23:04
では本日の更新です。


    第26話  先駆者たちの激闘


 
87 名前:第26話  先駆者たちの激闘 投稿日:2005/12/31(土) 23:10
柴田あゆみの素晴らしいパフォーマンスに全世界が酔いしれた翌日。
またもロンドンにおいて、世界最高峰の戦いが繰り広げられる。

アーセナルVSユヴェントス

チャンピオンズリーグ準決勝。
そして、日本中が待ちに待った日本人対決だ。
これでチャンピオンズリーグでの日本人対決は
予選グループでの市井紗耶香VS吉澤ひとみ。
決勝トーナメント一回戦での福田明日香、安倍なつみVS辻希美、石川梨華VS柴田あゆみ。
そして準々決勝での福田、安倍VS後藤真希、市井紗耶香VS高橋愛と数多く行われた。
が、今回の日本人対決は前回までとは少々趣が異なってくる。

何故なら、この2人は特別な存在だからだ。


福田明日香。
市井紗耶香。


彼女たちこそ現在の日本サッカー界の地位を築いた2人である。
彼女たちがいたからこそ、欧州で日本人選手がプレーできる環境が整ったのだ。
そしてその結果、今では各国で日本人選手が大暴れしている。
この現状を生み出した二人が、とうとう欧州の舞台で、
しかもチャンピオンズリーグという最高の舞台で激突する。

果たして当の本人、福田と市井はヨーロッパに降り立った日に、
このような日が来ることを予想できたであろうか?
88 名前:第26話  先駆者たちの激闘 投稿日:2005/12/31(土) 23:11
あの日、福田明日香は絶望を胸に、イタリアの地に降り立った。
日本サッカー界の脆弱さに絶望し、自分を生かすために渡ったイタリア。
だが、そこで待っていたのは“ファンタジスタ”福田明日香の死であった。
一度は全てを失い、どん底に落ちた福田明日香。
しかし彼女は不死鳥の如く甦った。
“ファンタジスタ”としてではなく、
世界最高峰の万能型センターハーフ、“ウニベルサーレ”として。

その結果、彼女は“偉大なるパイオニア”と呼ばれ、
そして今現在も日本人選手の先頭を走り続けている。
89 名前:第26話  先駆者たちの激闘 投稿日:2005/12/31(土) 23:11
一方、市井紗耶香は希望を胸にフランスへと渡った。
福田のイタリアでの活躍もあったが、純粋に自分の実力を認められての欧州移籍。
彼女は意気揚々とフランスリーグへと殴り込みをかけた。
が、待っていたのはこちらも絶望だった。
あれほど自信に満ちていたドリブルが全くといっていいほど通用しない。
欧州の選手の屈強なフィジカルに何度も吹っ飛ばされる日々。
だが彼女は負けなかった。
フィジカルを鍛えることはもちろん、自分のテクニックとスピードを活かすために
何をすべきかを考え、そして欧州の壁を自力で打ち破った。

その結果、イングランドのアーセナルに移籍した今でも、
ASモナコではアイドルとして人々の心に深く刻まれている。
そして今や、世界でもごく少数しかいない“フリーロール”としてその名を轟かせている。
90 名前:第26話  先駆者たちの激闘 投稿日:2005/12/31(土) 23:12
この2人の活躍が、レアル・マドリードの後藤真希を、
インテルミラノの吉澤ひとみを産んだのだ。
そしてそこからまた多くの日本人選手たちが飛翔していった。
つまり彼女たちこそ全ての始まりだった。

その始まりがついに、欧州の舞台で初めて激突する。


それに重みを感じたあるサッカーライターは、この戦いをこう名付けた。



『ジハード』―――聖戦と。



サッカーの母国イングランドで日本が誇る先駆者たちが激突する。
91 名前:第26話  先駆者たちの激闘 投稿日:2005/12/31(土) 23:13
「サヤカー!!!」
「イチイー!!!」
バスから降り立った市井紗耶香に溢れんばかりの大声援が送られる。
アーセナルのサポーター、ガナーズたちはみな、彼女に期待している。
「・・・・・・・・・・・」
が、市井は声援に応えることなく、無言でハイベリー・スタジアムの中に入っていく。
その表情からはひしひしとこの試合にかける思いが伝わってくる。
サポーターたちにとっては、その表情こそが声援に対する十分な応えであった。
「今日は完全にあたしたちは脇役だね。」
市井の後ろにいたフランス代表ストライカー、ウエト・アーヤが呟いた。
「ああ。そうだろうね。この試合はイチイのものだろう。」
その呟きに同意したのはフランス代表MF、タカコリック・トキーワ。
「その分、サヤカの働き次第ってわけね。」
「まあ、サヤカならやってくれるでしょ。」
フランス代表MF、フカーツ・エリスに、シノハラ・リョウコールも同意し、頷く。
アーセナルが誇るフランスカルテットもこの試合は市井紗耶香のものであることを確信していた。

サヤカ・イチイがアスカ・フクダを倒し、
アーセナルをチャンピオンズリーグファイナルへと導く。

それがアーセナル陣営が願うシナリオであった。
92 名前:第26話  先駆者たちの激闘 投稿日:2005/12/31(土) 23:13
「・・・・・・・・・」
一方、福田明日香は無言のままスタジアム内でアップを続けていた。
彼女の表情からもこの試合に対する熱い気持ちが十分に伝わってくる。
普段はクールな福田であるだけに、感情が見て取れるということは
かなり気持ちが入っているということだ。
「アスカ、気合入っているな。」
イタリア代表FW、アレッサンドロ・デル・ハセキョンが呟く。
「こんな状態のアスカは、正直敵にまわしたくないね。」
フランス代表MF、“パーフェクトクイーン”ナナコーヌ・マツシマ。
「アスカが同じチームでよかったよ。」
チェコ代表MFアキコ・ヤダベド。
世界に名だたるアタッカーたちが、福田明日香の存在に恐れを抱く。
「今日の福ちゃんは無敵だべ。」
そして福田を良く知る日本代表FW安倍なつみも親友の状態に太鼓判を押す。
彼女たちも当然主役クラス。
だが、彼女たちもこの試合に関してはアーセナルの選手同様脇役に回らざるを得ない。

それほどの存在感が、市井紗耶香と福田明日香にはあった。
93 名前:第26話  先駆者たちの激闘 投稿日:2005/12/31(土) 23:14
「時間だ。」
入場の時間帯が近付いた。
いよいよ死闘が開始される。
「アスカ、今日はお前に任せる。頼むぞ。」
ユヴェントス、オダギリ・ジョリッピの言葉に福田は無言で頷く。
その表情を見たジョリッピは、満足した表情で頷き、先にベンチへと向かう。
確かな技術に広い視野。
豊富な運動量に、正確無比なミドルシュート。
群を抜く統率力に危険察知能力。
そして類まれな闘志。
これほどの人材が自分の指揮するチームにいる。
それは幸せなことだとジョリッピは思っていた。


「お前の全てを出し尽くしてこい。」
こちらも同様にアーセナルの名将、ザイゼン・カラサワが市井紗耶香に声をかける。
そしてその声に市井紗耶香も無言で頷く。
その表情は言わずもがな、気合が満ち溢れている。
どんな鉄壁の守備陣でも切り裂くドリブル。
獣のようにしなやかな身体から生み出されるスピード。
どんな状況でも諦めない不屈の闘志。
そして何より、世界に数人しかいない、“フリーロール”。
ザイゼン・カラサワの監督生活の中でこれほどのポテンシャルを秘めた選手はいなかった。
そんな選手を指導できる、それは監督冥利に尽きるというものであった。


両チームの名将も、全てを彼女たちの足に託している。
94 名前:第26話  先駆者たちの激闘 投稿日:2005/12/31(土) 23:14
通路に両チームの選手たちが並ぶ。
先頭にはユヴェントスキャプテン、アレッサンドロ・デル・ハセキョンと
アーセナルキャプテン、タカコリック・トキーワ。
その後には“パーフェクトクイーン”ナナコーヌ・マツシマや、ウエト・アーヤ、
アキコ・ヤダベド、フカーツ・エリス、そして安倍なつみといった
各国を代表するスーパースターたちが続く。
そして彼女たちの最後尾。
そこに2人はいた。

ユヴェントス、福田明日香。

アーセナル、市井紗耶香。

「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
彼女たちはお互いの姿を見ると、無言で頷きあった。
ここに言葉はいらない。
全てはピッチで表現するだけ。
そう心で会話しているようであった。


さあ、この試合、今までの全てを出しつくそう。

先駆者たちはそう誓った。
95 名前:第26話  先駆者たちの激闘 投稿日:2005/12/31(土) 23:15
2005−2006 チャンピオンズリーグ準決勝


   アーセナルVSユヴェントス


 
96 名前:第26話  先駆者たちの激闘 投稿日:2005/12/31(土) 23:15
その日のロンドンの空も晴れやかな夜空であった。
それは市井紗耶香と福田明日香の対決を、天が心待ちにしているようであった。
満天の星空の下、両チームの選手たちが試合前の握手を交わしていく。
「紗耶香、負けないべ。」
「なっち。それはこっちのセリフ。」
市井が安倍と笑顔で握手を交わす。
この光景も日本人にとっては実に感涙ものだ。
世界最高峰の舞台で、日本人選手が対決し、そして中心選手として注目を浴びる。
これはまさに先人たちの努力の結晶といっていいだろう。
そしてその先人のうちに入る2人、福田明日香と市井紗耶香も握手を交わす。
この戦いが、更なる日本の発展につながる事を期待して。


ピィー!!!!

晴れ渡った夜空の下、空気を切り裂くような笛の音が鳴り響いた。


『ジハード』、ついに開戦。
97 名前:第26話  先駆者たちの激闘 投稿日:2005/12/31(土) 23:15
<アーセナル>4−4−2

    14
        10        DF 23 ナオミ・ザイゼン・キャンベル
                  MF  4 タカコリック・トキーワ
  7     11   9        7 フカーツ・エリス
     4                9 シノハラ・リョウコール
                     11 市井紗耶香
 DF         DF    FW 10 ハヅキ・リオナンプ
    23  DF           14 ウエト・アーヤ

      GK
98 名前:第26話  先駆者たちの激闘 投稿日:2005/12/31(土) 23:16
<ユヴェントス>

       27         GK  1 ジャンルイジ・フカキョン
    10            DF  4 アンパン・トダム
                  MF 11 アキコ・ヤダベド
   21    11          18 福田明日香
                     21 ナナコーヌ・マツシマ
    26  18           26 エドガー・マヤミッキ
                  FW 10 アレッサンドロ・デル・ハセキョン
 DF         DF       27 安倍なつみ
    DF   4

       1
99 名前:第26話  先駆者たちの激闘 投稿日:2005/12/31(土) 23:16
「・・・・・・・・・」
ハイベリー・スタジアムに集まった観衆は、
目の前で起こっている『ジハード』の展開に声が出ないでいた。
それは、試合内容が素晴らしいからではない。
むしろその逆。
余りに寒い試合内容だったから声が出ないのだ。
開始から15分たったが、はっきり言って凡戦の域を脱し得なかった。
ユヴェントスはアウェーということもあり、
ほぼ全ての選手が自陣に引きこもり、ゴール前を固めていた。
イタリアが誇る“カテナチオ”そのままに。

一方、ホームのアーセナルはこの試合はチャンピオンズリーグの準決勝であり、
また相手が試合巧者のユヴェントス。
そのため、カウンターを恐れて、中盤での華麗なパスワークを披露せず、
ただ闇雲に前線にロングボールを送るのみ。
それか、DFラインで時間稼ぎと錯覚するようなボール回しに終始していた。

両チームとも、お互いの出方をうかがいながら試合を進めていた。
100 名前:第26話  先駆者たちの激闘 投稿日:2005/12/31(土) 23:16
「これは意外。紗耶香なら闇雲に攻めてくると思ったのに。」
アーセナルの、市井紗耶香の動きに意外さを禁じえない福田。
自分と同様、市井もかなり昂っているはずだ。
そしてここはアーセナルのホーム、ハイベリー・スタジアム。
市井が超攻撃的に振舞ってくる条件は全て揃っている。
「後ろ、ゆっくりでいいぞ!」
だが、市井は予想に反して慎重にゲームを運んでいる。

「明日香のことだから、アウェーなど関係なしかと思っていたけれど。」
一方で市井も福田明日香の戦い方に意外さを感じていた。
見た目はクールでも人一倍熱い気持ちを持つ福田。
だからこそ、この大事な一戦、アウェーとはいえ、積極的に攻めてくると思っていた。
「・・・・お互い大人になったってことかな。」
ただ闇雲に、がむしゃらに自分の思うままサッカーをする時代はもう終わりを告げた。
熱い気持ちを持ちつつも、頭は冷静に。
ここにいるのは成熟した大人のサッカー選手だった。
101 名前:第26話  先駆者たちの激闘 投稿日:2005/12/31(土) 23:17
「でもそろそろこちらから攻撃を仕掛けていかないとね。」
市井がペロッと唇を舐める。
この準決勝は初戦がアーセナルのホームで、二戦目がユヴェントスのホーム。
ということは、市井に、アーセナルにとってはこの初戦で勝利する必要がある。
それも、できるだけ無失点に抑えて。
一方、ユーヴェは守って守ってカウンターの一刺しを狙っている。
それか、最低でも引き分けでいいという考えだろう。
だからこそほぼ全員が自陣で守りを固めているのだ。
だが、そこにこそ付け入る隙がある。

「そのプランを根底からひっくり返してやるよ。」
市井のエンジンが、今、点火した。
102 名前:第26話  先駆者たちの激闘 投稿日:2005/12/31(土) 23:17
「ナオミ!くれっ!」
DFラインでゆっくりとボールを回していたアーセナル。
そこへ市井が爆発的なダッシュでフリースペースへ動きながらパスを要求する。
「頼むぞ、サヤカ!」
ナオミはそれを見逃さず、鋭いパスを送った。
「む?!」
その瞬間、後ろから来るのが肌で感じられた。
間違いない、奴だ。
市井はグッと腰を落とし、後ろからのチャージに備える。

「ぐっ?!」
予想通り後ろからチャージが来た。
が、予想以上にそのチャージは重たかった。
踏ん張ったにも関わらず、バランスを崩しかける。
「行かせないよ、紗耶香。」
「小っちぇーのになんて当たりだよ!」
ウワアアアアアアアアアアア!!!!!!
市井紗耶香、福田明日香の直接対決にスタンドが大きく沸きあがる。
これをみなが待っていた。
103 名前:第26話  先駆者たちの激闘 投稿日:2005/12/31(土) 23:18
「サヤカ!!」
と、そこへ右サイドからシノハラがボールをもらいに来た。
それを見た市井は、シノハラにボールを渡し、自分は右サイドへと走る。
「そっちは頼む!!」
福田は市井に付いていかず、中に切れ込んできたシノハラのマークに付く。
そのマークは実に巧妙で、フランス代表シノハラ・リョウコールといえども
突破を図るのは無理だった。

「くっ、サヤカ!!」
たまらずリョウコールは右サイドに開いた市井にパスを送る。
だがこれをユヴェントスは予測していた。
左サイドバックの選手が、市井の前に入り込み、あっさりと弾く。
「ナイス。」
この弾かれたボールはすでにシノハラのマークから離れて走り出していた福田の足元に。
「ちっ、明日香の奴!」
今のは福田の策略だった。
わざとパスコースを市井へと限定させたのだ。
それを理解したユーヴェ左サイドバックはパスコースを容易に遮断することができたのだ。
そして福田自身はすぐさま前へと上がり、攻撃へとシフトチェンジを果たしていた。
104 名前:第26話  先駆者たちの激闘 投稿日:2005/12/31(土) 23:18
「マツシマ!!」
ボールを受けた福田は、低く、鋭いパスをマツシマへと送る。
アーセナルも当然マツシマにはしっかりとマークに付く。
このマーカーは、マツシマと同じフランス代表、タカコリック・トキーワだ。
フランスが誇る両雄のマッチアップ。
これぞチャンピオンズリーグの醍醐味であろう。
「くっ!!」
福田の鋭いパスを完璧にコントロールしたマツシマ。
その技術はまさにパーフェクトクイーンの名に相応しい。
が、トキーワを抜くには至らない。
彼女は世界最高のセンターハーフの1人に数えられる選手。
いくらパーフェクトクイーンであろうと簡単に抜ける選手ではない。
トキーワは粘り強いディフェンスでマツシマを抑え込む。

「マツシマ!」
と、ここへパスを出した福田がフォローに来た。
この運動量はさすがである。
マツシマはフォローに来た福田にボールを預けると、
自分は前へと走る。
当然トキーワもマツシマのマークに付くが、福田はマツシマにリターンを返さず、
右サイドへ大きくふった。
105 名前:第26話  先駆者たちの激闘 投稿日:2005/12/31(土) 23:19
そこで待ち構えているのは、チェコの英雄、アキコ・ヤダベド。
ボールを胸でトラップすると、右サイドを駆け上がる。
そして鋭い身のこなしでアーセナル左サイドバックをかわす。
「来いっ!!」
その瞬間、ストライカー安倍なつみがペナルティエリア内に進入する。
マークについているイングランド代表ナオミ・キャンベルと激しいポジション争いをする。
ニア、ファー、ファーと来て一気にニアサイドに走りこむ。
「ちっ!」
これだけ動かれるとさすがのナオミも後手に回る。
安倍がナオミのマークを離した。
「よしっ!」
これを見たヤダベドは鋭いクロスをゴール前へと送った。

「あっ?!!」
が、このクロスは万人の予想を大きく裏切った。
誰もがニアサイドに飛び込む安倍へと送られると思ったが、
ヤダベドのクロスはファーサイドに上がった。
「オッケー!」
このクロスにタイミングよく飛び込んでくるのは、
イタリア代表アレッサンドロ・デル・ハセキョン。
全くのフリーだった。
106 名前:第26話  先駆者たちの激闘 投稿日:2005/12/31(土) 23:20
「くっ!!」
それでもアーセナルDF陣はシュートコースを消そうと、懸命に動く。
この寄せが少しでもプレッシャーとなれば。
が、またも万人の予想は裏切られる。
ハセキョンはこれをシュートにいかず、肩に当て、中へと折り返したのだ。
最後、中央へ走りこんでいたのは福田明日香。
全くのどフリーで、シュートコースもぽっかりと空いている。
まさに完璧というべきユヴェントスのチームプレーだ。
後は福田のライフルのような正確なミドルを放って終わり。


が、しかしその時、一陣の風が福田の前を通り過ぎ、ボールを奪い去っていった。
107 名前:第26話  先駆者たちの激闘 投稿日:2005/12/31(土) 23:20
「紗耶香!!」
「甘いよ、明日香!!」
何と、ここに何故か市井がいた。
誰もが信じられなかった。
イチイはまだユーヴェ陣内にいたはずではないのか?
が、確かにそこに市井がいて、そしてボールを奪い去ったのだ。
「何故イチイがここに?!」
ユーヴェの名将、オダギリ・ジョリッピも我が目を疑う。
「当然だ。」
しかしアーセナル監督ザイゼン・カラサワは何の驚きもない。
今の市井のプレーを当然ととらえている。
何故なら。
「彼女は“フリーロール”なのだから。」
名将は静かに笑った。

「よし!」
ボールを奪った市井は、その勢いのまま前へと突き進む。

ワアアアアアアアアアアアアア!!!!!

今までの退屈な試合から一変、攻守が素早く入れ替わるスピーディーな展開に
スタンドから大歓声がピッチに降り注がれる。
そう、俺たちはこんな試合を待っていたんだ。
108 名前:第26話  先駆者たちの激闘 投稿日:2005/12/31(土) 23:21
「止めるよ。」
この市井のドリブルを止めようと、オランダ代表MFマヤミッキが立ちはだかる。
が、スピードに乗った市井はそう簡単に止められるものではない。
しかも、今はエンジンが温まっている。
キュキュッと音がしそうなほど鋭い身体の振りでマヤミッキのバランスを崩すと、
一気にその横を抜け出した。

ウオオオオオオオオオオオオオ?!!

あのマヤミッキが一発で抜かれた。
どよめきと歓声でスタジアムは一気に爆発する。
さらに市井はスピードを上げ、ピッチ中央を爆走する。
「サヤカ!」
「イチイ!」
これを見てアーセナルの危険な2トップ、ウエト・アーヤとハヅキ・リオナンプが動き出しを始める。
スピードに溢れたアーヤ、テクニックに優れたリオナンプのコンビはまさに成熟に域に達している。
この2人だけで点を取ることは十分に可能だ。
「サヤカ!!」
「こっちだ!!」
さらに、右にはシノハラ・リョウコール、左にはフランス代表フカーツ・エリスが中へと切れ込む動きを見せる。
サイドハーフでありながらFWも顔負けの得点力を誇る彼女たち。
ウエト・アーヤ、ハヅキ・リオナンプ、シノハラ・リョウコール、フカーツ・エリス。
これに市井紗耶香が加わったアーセナル攻撃陣は、今や世界屈指の攻撃陣だ。
109 名前:第26話  先駆者たちの激闘 投稿日:2005/12/31(土) 23:21
「マークを確認して!絶対に目を離さない!!」
だがユーヴェもイタリアを代表するクラブ。
DF陣の鉄壁さは世界屈指。
世界最高のGKの1人、ジャンルイジ・フカキョンが的確な指示を送り、
アーセナルの攻撃を食い止めようとする。
さらにそのフカキョンの前で壁となって立ちはだかるのが
フランス代表DFアンパン・トダム。
またその他にも名門ユーヴェのDFラインを支えるに相応しい人材が揃っている。
彼女たちが真正面からアーセナル攻撃陣に挑む。

『どうする?』
ドリブルで前に突き進みながら市井は考える。
選択肢は数多くある。
その選択肢の中からベストなものを選び出さねばならない。
自分で決めるのか、それとも味方を使うのか。
味方を使うにしてもワンツーで抜け出すか、スルーパスでアシストを狙うか。
それかサイドに一度開いて中にクロスを送らせる手もある。
数多くある選択肢だが、迷っている時間などない。
ぐずぐずしていると、必ず奴が戻ってくる。
110 名前:第26話  先駆者たちの激闘 投稿日:2005/12/31(土) 23:22
「アーヤ!!」
市井は決断すると、左前方にいるアーヤに意志を込めた鋭いパスを送った。
と同時に市井は前へと走る。
『ワンツーか?いや、違う!』
このパスの意志を感じ取ったアーヤは
同じフランス代表の同僚、アンパン・トダムのマークを受けながらも
上がってきた市井にダイレクトで返す。
「あっ?!」
これを察知していたユーヴェセンターバックは市井の突破を止めようと身体を張る。
が、このパスを市井がスルーするとは思わなかった。
完全に虚を突かれた。
スルーされたボールはリオナンプのもとへ。
これをリオナンプはダイレクトの右足アウトサイドで柔らかくDFラインの裏へ出す。

「ナイス!!」
このスルーパスに合わせて飛び出しているのは当然市井紗耶香。
フリーでDFラインの裏を取った。
先ほどのユーヴェの攻撃に劣らない見事なアーセナルのコンビネーションだ。
これで市井の目の前にはGKフカキョンただ1人。
111 名前:第26話  先駆者たちの激闘 投稿日:2005/12/31(土) 23:23
「くっ!」
フカキョンは迷いなく飛び出してシュートコースを狭める。
が、市井の足元へ飛び込むようなことはしない。
そんなことをすればあっさりとかわされるのは明らかだ。
コースを狭め、なおかつドリブル突破に対応できるギリギリの位置で両手を広げ、
市井の前に立ちはだかる。
『さすがフカキョン!』
市井もこのフカキョンの絶妙なポジショニングには舌を巻く。
彼女を見ればGKは反射神経と身体能力だけが優れていればいいとは決して思えなくなる。
味方への指示、そしてポジショニングに判断力。
これらが備わってこそ真のワールドクラスのGKなのだ。
「けど、負けねーよ。」
こうなったら小細工はなしだ。
市井は自分の全ての力を右足に乗せ、思い切り振り抜いた。

「くうっ!!」
魂が込められた豪快なシュートだが、コースは真正面。
フカキョンは懸命に手を伸ばし、これに触る。
が、気持ちがフカキョンの手を凌駕し、ボールは勢いを衰えずゴールへと向かう。
ガゴンッ!!
しかし聞こえてきたのはネットが揺れる音ではなく、激しい金属音だった。
フカキョンがわずかに触った分コースが浮き、クロスバーに直撃した。
ボールは真下に落ち、高く浮き上がる。
「まだ!」
だがこれをある程度予測していたのか、市井がすぐさま走り出し、このボールに飛びつく。
そして頭で押し込もうとする。


が、その瞬間、市井の視界にユーヴェの選手の背中が映った。
その背中には18という数字があった。
112 名前:第26話  先駆者たちの激闘 投稿日:2005/12/31(土) 23:23
「明日香?!!」
もちろん彼女だった。
“偉大なるパイオニア”福田明日香。
福田は全速力でゴール前に戻り、市井よりも速く反応し、
このこぼれ球をヘッドでゴールラインの外へクリアした。
「うおっ?」
「ぐっ!」
2人とも全速でボールに飛び込んだため、後のことは考えていなかった。
両者が空中でもつれあってゴールへと飛び込んでいく。


オオオオオオオオオオオオオオ・・・・・・・・・・・・・・・

絶好のチャンスを逃したアーセナルサポーターは頭を抱える。
まさか今ので点を取れないとは。
一方ユーヴェサポーターは今のプレーにホッとし、胸を撫で下ろす。
何しろ絶体絶命のピンチだったのだから。
どちらのサポーターでもない日本人は今の一連のプレーにただ純粋に拍手を送っている。
ユーヴェの攻撃もアーセナルの守備も、アーセナルの攻撃もユーヴェの守備も
全て福田明日香と市井紗耶香によって生み出されたものだから。
113 名前:第26話  先駆者たちの激闘 投稿日:2005/12/31(土) 23:24
「あたたたた・・・・・」
ゴールネットに仲良く絡まりあう2人。
その光景に、スタンドやピッチは熱戦から一時の安堵を覚えた。
「明日香、邪魔するなよ。せっかくのあたしのゴールを。」
「そっちこそあたしの邪魔をしないでよね。
先にチャンスだったのはあたしだったんだから。」
そう言い合って立った後、どちらもニヤリと笑った。
なんて楽しい戦いだろう。
一瞬でも気が抜けない、全力を尽くしあう戦い。
そうだ。
あたしたちはこんな戦いを世界最高峰の舞台でしたかったんだ。

今、2人は何とも言えない幸せな気持ちに包まれていた。
114 名前:第26話  先駆者たちの激闘 投稿日:2005/12/31(土) 23:24
両チームのこの一連の攻守から、試合展開は大きく変化した。


「アスカ!!」
マツシマが左から中央へと入り込んでくる。
そこへ福田から足元へ正確なパスが供給される。
これをマツシマ、トキーワのチャージを受けながらも踵越しに右足ヒールで右へ弾く。
このパスは正確にヤダベドのもとへ。
「ナツミ!」
さらにヤダベドはダイレクトで前線の安倍へ。
安倍はナオミ・ザイゼンのマークを受けつつもそつなくポストプレーをこなす。
しっかりとトラップし、前へ走りこんでくるマツシマへボールをタイミングよく落とす。
マツシマは走りこむ勢いのまま、右足を相手ゴールへとロックオンする。

「行かせない!」
しかしそこには市井が危険を察知し、シュートコースを消しに身体を投げ出していた。
「?!」
が、相手はパーフェクトクイーンだった。
マツシマは安倍の落としたボールに右足踵を乗せると、それを軸にして一回転した。
伝家の宝刀、“マルセイユ・ルーレット”だ。
これで市井の決死のブロックをかわす。
「もらった!」
そして距離はややあったが、マツシマはキャノン砲を放った。
115 名前:第26話  先駆者たちの激闘 投稿日:2005/12/31(土) 23:25
「くっ!!」
アーセナルGKが懸命にダイブするが、全く届かない。
強烈なシュートは見事にゴール隅へとコントロールされていた。
ガンッ!!
シュートはポストの内側に当たり、跳ね返る。
マツシマはここまでは計算どおりだった。
コースのギリギリ、ポストの内側を狙い、そしてゴールへと吸い込ませる。
まさに完璧なシュート。
「え?!」
が、運命のいたずらか、ゴールライン上の芝生がめくれており、
ボールはゴールラインの内側には吸い込まれなかった。
ポスト内側に当たって跳ね返ったボールはさらに反対側のポストの内側に当たり、
GKの前に転がっていった。
これをアーセナルGKは宝物を掴み取るかのようにしっかりと胸へ抱え込んだ。

「何てこと。」
シュートを外し、表情を歪めるマツシマ。
この絶好のチャンスを逃すなんて。
「ドンマイ、ナイスプレー。」
が、ユーヴェの心臓、福田明日香は同僚に拍手を送る。
これはユーヴェ陣営はもちろん、スタンドのサポーターも、
そしてアーセナル陣営も同様であった。
シュートに至るまでのテクニックはさすがの一言だった。
「今日のマツシマを止めるのはちょっときついよ。」
マツシマのマークに付くトキーワを見ながら福田は呟いた。
自分も正直、今日のマツシマは止められそうにない。

“パーフェクトクイーン”はその輝きをいかんなく発揮していた。
116 名前:第26話  先駆者たちの激闘 投稿日:2005/12/31(土) 23:25
だが、アーセナルも負けてはいなかった。

「落ち着け!コースを見てプレスしろ!」
「そっち行ったぞ!」
マヤミッキと福田の声が飛ぶ。
マツシマのスーパープレーで勢いに乗ったユーヴェは、
自陣にベタベタに引くのを止め、中盤から積極的にプレスをかけてきた。
マヤミッキが、福田が、ヤダベドが、そしてマツシマまでもが積極的にプレスを仕掛ける。
どのクラブも恐れる、ユヴェントスの組織的なディフェンスだ。
が、これをアーセナルは難なくかわす。

「エリ!」
「サヤカ!」
「タカコ!」
「リョウコ!」
アーセナルが誇る中盤が高速で華麗なパスワークにより
ユーヴェの激しいプレスをかいくぐっていく。
「よし。」
ザイゼン・カラサワが満足げに頷く。
これがザイゼン・カラサワが創り上げた、アーセナルのパスワークだ。
「ここだっ!」
高速のパスワークに翻弄されるユーヴェ。
そして一瞬だが堅固なユーヴェDF陣に、ぽっかりと穴が開いた。
そこを彼女は逃さなかった。
フランスが誇るテクニシャン、フカーツ・エリス。
綻びをズバッとつく、スルーパスを送った。
117 名前:第26話  先駆者たちの激闘 投稿日:2005/12/31(土) 23:26
このパスに反応するのは彼女、ウエト・アーヤ。
世界屈指のDFアンパン・トダムを一瞬にして置き去りにし、
左足で強烈なシュートを放った。
「くっ!」
だがゴールを守るのは世界最高のGKフカキョン。
このシュートを超人的な反応でビッグセーブし、ピンチを救った。

オオオオオオオオオオオオオオ・・・・・・・・・・・・

スタンドからどよめきが聞こえてくる。
誰の表情も、今のシュートが止められたことに対しての驚きで満ちている。
「あれを止める・・・?」
もちろんシュートを放った当の本人、アーヤも同様だ。
完璧に抜け出し、そしてコースも狙ったところへ行った。
威力も申し分なかった。
だが止められた。
さすがはフカキョンと、脱帽するしかなかった。
「ドンマイ。次いこう。」
気落ちするアーヤにグッと親指を立て、今のプレーを称賛したのは市井だった。
そしてさらに気持ちを切り替えるように指示を出す。
「オッケー。次は決めるよ。」
パンと頬を叩き、気合を入れなおすアーヤ。
こちらも危険なにおいを漂わせている。
118 名前:第26話  先駆者たちの激闘 投稿日:2005/12/31(土) 23:27
左サイドでハセキョンがボールを持つ。
当然ハセキョンをアーセナルはフリーにさせない。
右サイドバックと右センターバック2人がかりでハセキョンの自由を奪う。
「ハセ!」
そこへマツシマがフォローに向かった。
密着マークに手を焼くハセキョンは無理せずマツシマへパスを出そうとする。
「?!」
が、マツシマにはトキーワがきっちりとマークに付いているのを見たハセキョンは、
右足の爪先をボールに引っ掛け、グイッと自分の足元に引き寄せる。
と同時に素早く前へ出てアーセナル右DF陣を振りほどいた。

「チャンス!」
これを見た安倍はストライカーの嗅覚そのままにグッとニアサイドに切れ込んでくる。
そこへハセキョンから鋭いクロスが送られた。
「もらった!うわっ?!」
ゴールを確信し、頭から飛び込む安倍。
が、それを彼女が許さない。
イングランド代表センターバック、ナオミ・ザイゼン・キャンベルが。
ポジション取りは安倍の方が早かったが、強引に安倍を弾き飛ばし、このクロスをクリアした。

「あんたにはゴールを決めさせないよ。」
ナオミが鋭い眼光で安倍を睨む。
「絶対にゴールを決めるべ。」
が、これに負けじと安倍も睨み返す。
「・・・・なっち。」
そのたくましい姿に嬉しさを覚える福田。
コンサドーレ時代は頼りなかった安倍が、今は実に頼もしく見える。
119 名前:第26話  先駆者たちの激闘 投稿日:2005/12/31(土) 23:27
「リョウコ!」
右サイドでシノハラがボールを持つ。
が、すぐにユーヴェDF陣もマークに付き、突破を許さない。
そこへ市井が猛スピードでシノハラの大外を回るように上がっていく。
今はフリーロールとして中央にポジションを取る市井だが、
右サイドを駆け上がるのは身体に染み付いている。
チャンスがあればどんどん右サイドを疾走する。
シノハラは突破は市井に任せ、自分はゴール前に飛び込んでいく。
元ストライカーなだけに、彼女も中央へと切れ込むのは好きなのだ。
シノハラが中へ、市井が外へ。
これが結果として相手DFを混乱させる。
この辺りもザイゼン・カラサワのコンバートの恩恵といっていいだろう。

「そこで時間を稼げ!!」
マヤミッキの言葉通り、市井に時間をかけさせようとするユーヴェ左サイドバック。
が、それをあざ笑うかのように市井が躍動する。
120 名前:第26話  先駆者たちの激闘 投稿日:2005/12/31(土) 23:28
「うわっ?!!」
市井の両足がボールの上で鋭く交差していく。
またぐ、またぐ、またぐ、またぐ、またぐ、またぐ、またぐ。
足だけでなく上半身も激しく揺れ動いている。
それでいて身体の軸は一切ぶれていない。
これが世界中のドリブラーから熱い視線を送られる市井の必殺シザースフェイントだ。
もちろんユーヴェ左サイドバックも、このシザースフェイントはボールをまたぐだけで、
ボール自体は動いていないことは理解している。
派手な動きに惑わされることなくボールだけを見ていればいい。
そう分かっている。
が、頭で分かっていても、身体が自然に反応し、バランスを崩してしまう。
それほど、市井のシザースは切れ味鋭く、そして抜くという強い意志が込められている。
そして、バランスを崩し、ボールの傍観者となった途端、
市井は爆発的なスピードで自分の横をすり抜けるだろう。

その予想通り、ユーヴェ左サイドバックは何の抵抗を示すことなく
市井にぶち抜かれる事となった。
121 名前:第26話  先駆者たちの激闘 投稿日:2005/12/31(土) 23:29
右サイドを駆け抜けた市井は、中を見る。
ゴール前にはウエト・アーヤ、ハヅキ・リオナンプ、
そしてシノハラ・リョウコールが飛び込んでいる。
「ここはグラウンダー!!」
市井は中にいる顔ぶれを見て、そう判断した。
アーセナル攻撃陣はテクニックもスピードも兼ね備えているが、
唯一高さ、ヘディングが弱かった。
特にアーヤはヘディングが大の苦手である。
ヘディングで競り勝てるのはベンチに座るナイジェリア代表FWヒローコ・オグーぐらいなものだ。
が、彼女とて身長があるのでヘディングが出来るが、技術としてはまだまだ未熟なのである。
そのため、自然サイドアタックからはグラウンダーのクロスが多用されるのだ。
そして市井は当然低く速いクロスを中に送った。

「よしっ!!」
このクロスはユーヴェDF陣の間を上手くすり抜け、アーヤの目の前に。
これをアーヤは右足でとらえる。
が、放ったシュートは飛び込んできたトダムの足に当たり、
大きくゴールラインを割っていった。
「あんたのプレースタイルは分かっているから。」
立ち上がりながらトダムが不敵に笑う。
同じフランス代表で世界を制覇した仲だ。
癖や特長はしっかりと頭に入っている。
122 名前:第26話  先駆者たちの激闘 投稿日:2005/12/31(土) 23:29
「ぐっ!」
市井が中央でボールをもらい、前に出る。
チェックに来た福田をかわしたまではいいが、
その後ろから飛び出してきたマヤミッキにボールをかっさらわれる。
この辺りはさすがベテラン。
老練なプレーだ。
ボールを奪ったマヤミッキはそのまま上がる。
それを見た福田は自陣に留まり、カウンターに備える。
この辺りのコンビネーションも見事だった。
マヤミッキはチェックに来たトキーワをマツシマとのワンツーでかわす。
そして距離はあるが思い切り左足を振り抜いた。

彼女の左足もまさにキャノン砲だ。
豪快なシュートが唸りを上げ、ゴールへと向かっていく。
が、これはわずかに高かった。
懸命に伸ばすGKの手を掠めるようにしてクロスバーの上を越えていった。

「危なかった・・・・・・」
ホッと胸を撫で下ろす市井。
今のは自分の軽率なプレーから招いたピンチだった。
「さすがユーヴェ。ミスは見逃してくれない。」
プレミアの他のチームならば致命傷にはならないミスも、
このレベルでは確実に致命傷となる。
「イチイ、気をつけろ!」
「ああ!悪い!!」
市井は他のチームメートからの叱咤に手を挙げて応えると、
もう一度気持ちを集中させた。
123 名前:第26話  先駆者たちの激闘 投稿日:2005/12/31(土) 23:30
その後も緊迫した展開が続く。


リオナンプが卓越した個人技でユーヴェDF陣を翻弄し、シュートを放つ。
が、これはGKフカキョンがスーパーセーブ。
今日のフカキョンは限りなく絶好調のようだ。
さらにフカーツ・エリスがアーヤとのコンビネーションでゴール前にせまるが、
このパターンをしっかり読んでいるトダムが跳ね返す。
シノハラも右から、中央からゴールを狙っていくが、ユーヴェDF陣も必死に守る。
また、機を見て世界最高のセンターハーフの1人、タカコリック・トキーワが強烈なミドルを放つが、
これもフカキョンを破るには至らない。
そして市井紗耶香も必殺シザースフェイントでユーヴェDF陣を切り裂くが、
最後の最後ではユーヴェの、イタリアの粘りに跳ね返されてしまっていた。
124 名前:第26話  先駆者たちの激闘 投稿日:2005/12/31(土) 23:30
一方アウェーのユヴェントスも負けてはいない。
何と言ってもマツシマが今日は絶好調。
トキーワのマークを受けながらも、何度も前線に危険なパスを供給する。
このパスに安倍が抜群の嗅覚をいかして飛び込むが、
安倍に密着マークするナオミがギリギリの所で跳ね返す。
エース、ハセキョンも類まれなテクニックでゴールを狙うのはもちろん、
チャンスメイクにと攻撃を見事に司る。
ヤダベドはその豊富な運動量で右サイドにこだわらず中央、さらには左からアーセナルゴールを脅かす。
そして福田明日香も万能型センターハーフ、ウニベルサーレとして、
パス、シュート、ドリブルといかんなくその才能を発揮する。
が、これらの攻撃もアーセナルDF陣が身体を張って守り通す。
そしてここぞの場面では“フリーロール”が輝きを増す。

まさに一進一退の攻防が続く。
それも途切れることなく。
125 名前:第26話  先駆者たちの激闘 投稿日:2005/12/31(土) 23:31
ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!

この展開にスタジアムからは大歓声が送られる。
これほどの試合を生で見れていることを、
神に感謝しながら彼らは、彼女たちは声援を送っていた。


ピィ、ピィー!!!!!!

そしてこれらの攻防がしばらく続いた後、主審が前半終了を告げる笛を吹いた。
「ふうーっ。」
その笛と同時に、ほとんどの観客が大きく息を吐き、自分の座席に座り込む。
まさに息をするのを忘れるぐらいこの試合に見入っていたのだ。
ピッチ上の選手たちも似たり寄ったりで、大きく息を吐き、
呼吸を整え、気持ちを落ち着かせる。
ここまで限界に近いぐらい飛ばしてきた。
無論、ペース配分の想定内のことだが、気持ちの面での消耗度は高い。
世界一流の選手たちを消耗させるほどの激戦。


まさに聖戦、『ジハード』の名に相応しい戦いだ。
126 名前:第26話  先駆者たちの激闘 投稿日:2005/12/31(土) 23:31
「なんちゅうすごい試合や。」
当然彼もこの試合の視察に訪れていた。
日本代表監督、ツンク寺田。
彼も、他の観客と同様、試合に見入っていて思わず大きな息を吐いた。
だが他の観客と違うところは、彼は日本代表の監督。
素晴らしい存在感を見せ付けた福田明日香と市井紗耶香の代表監督だったのだ。
つまり、この試合を楽しむという視点とは別に、
自分のチームで彼女たちをどう使うか、という視点を持っていた。

「・・・・・市井の奴は真ん中で使った方がいいのかもしれんな。」
ツンクはここまでの試合を見て、その意識を持った。
今までは市井の突破力を優先し、主に右サイドで使ってきた。
また、それはセンターハーフには福田をはじめ、
保田、辻、平家、新垣と人材が豊富だったせいもある。
が、今や市井は世界でも希少な“フリーロール”。
その能力を生かすには真ん中に置くべきではないか?
ツンクはそう思い始めていた。
「センターハーフに福田と市井。そしてトップ下に柴田。
・・・・・・・・すごい魅力的な中盤やないけ。」
ツンクの頭の中では柴田のタクトにより中盤で躍動する福田と市井の姿が浮かんだ。
「でもこれやと守備に少し不安があるから、DFラインの前に保田を置けば・・・・。」
そう呟くツンクの表情は笑みに満ちていた。
市井紗耶香と福田明日香が自分のチームにいる。
そんな監督など世界にただ1人、自分だけだ。
そう思うと、自然と笑みがこぼれる。
「さあ、この後もすごい試合を見せてや。」
ツンクは期待を胸に、ピッチに目をやった。
127 名前:第26話  先駆者たちの激闘 投稿日:2005/12/31(土) 23:32
ピッチにまず出てきたのはホームのアーセナルだった。
途端にスタジアムから大歓声が沸き起こる。
この歓声はチームを応援するとともに、後半も熱い試合を期待する歓声だった。
「よし、後半もこの調子でいこう。」
「ああ。」
市井の言葉にみなが頷く。
選手たちはお互いに声をかけあい、気持ちを高めていく。
ここまでいい戦いを繰り広げられた。
試合内容にはとても満足している。
が、試合は勝ってこそなんぼだ。
いい試合をしたね、だけでは上へと進めない。
「勝って、決勝へ行こう。」
「おうっ!」
昨年はこの準決勝で涙を呑んだ。
そのリベンジを果たそう。

「気持ちで負けたらだめだからね。」
「おう。」
アーセナルから遅れること2分。
ユヴェントスの面々もロッカールームからピッチへと戻ってきた。
福田の言葉に頷くユーヴェイレブン。
技術、組織面ではお互いに互角。
後は、“勝ちたい”という思いを強く抱いた方が勝つ。
「この試合に勝って、トリノへと戻るぞ。」
「おうっ!」
キャプテンハセキョンの言葉に応える選手たち。
ここまできたら、勝って帰ろう。

ワアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!

両チームの選手たちがピッチに戻り、一気にスタジアムのテンションは跳ね上がった。
128 名前:第26話  先駆者たちの激闘 投稿日:2005/12/31(土) 23:33
審判たちもピッチへと戻ってきた。
この『ジハード』を取り仕切るという大事な仕事を負った審判たちだ。
ここまでは実に見事なレフェリングを見せている。
彼らも、この試合の笛を吹くことに誇りと責任を感じている。
それは観客たちも同様で、この試合を見るに相応しい観客たらんとしている。

「頼むぞ。」
「任せたぞ。」
名将たちもこの『ジハード』に彩りを添える。
卓越した戦術眼、類まれな手腕を発揮し、この素晴らしい両チームを創り上げた。
そして試合中も恐らくその手腕を発揮することになるであろう。

選手、監督、審判、観客。

全てがチャンピオンズリーグという世界最高峰の舞台に相応しかった。


ピィー!!!!

高揚感に満ちた主審が笛を口に加え、ピッチに鳴り響かせた。
と同時に選手たちが一斉に動く。
観客も声を上げる。

『ジハード』後半戦が、今、開始された。
129 名前:第26話  先駆者たちの激闘 投稿日:2005/12/31(土) 23:33
後半戦は前半とは違い、最初から全速で突き進んだ。

「パス回せ!」
ホームのアーセナルは後半開始から華麗かつ高速なパスワークで、
ユーヴェのディフェンスを崩壊させようとする。
「落ち着いて!みんな分かっているね?」
「おうっ!」
が、ユーヴェはこれにきっちりと対応していた。
闇雲にプレスをかけるのではなく、きっちりとゾーンを守ってパスワークに対処する。
そして予測通りの時には一気に前へとつめる。
当然DF陣もMF陣の動きに連動しているため、アーセナル中盤はフリーのときでも
前線へスルーパスを出すことが出来ないでいる。
「しまった!」
この見事なユーヴェのディフェンスにより、左サイドのフカーツ・エリスがパスミス。
福田明日香がこれを難なくカットした。
130 名前:第26話  先駆者たちの激闘 投稿日:2005/12/31(土) 23:34
「なっち!」
ボールを奪った福田は前線に張る親友へ速いパスを送った。
「相変わらずきついパスだべ!」
福田のパスはたいていが速いパスだ。
安倍もイタリアに来た当初はこのパスに戸惑っていた。
が、これが世界基準であることは言うまでもない。
安倍はナオミを背負ったまま見事にこのパスをコントロール。
ダイレクトで2トップの相棒、ハセキョンへと出した。
「ナイス!」
このパスをハセキョンはさらにダイレクトでDFラインの裏へ出す。
速いパスをダイレクトで出したにも関わらず、ふわっとした優しいパスだ。
見事なテクニック。
そしてこのパスに右サイドから中へ切れ込んで合わせるのがアキコ・ヤダベド。
1人、2人、3人と連動したユーヴェの動きにアーセナルDF陣は完全に切り裂かれた。

中に切れ込んでいくヤダベド。
が、アーセナルDF陣も必死に戻る。
ペナルティエリアのちょうど角の辺り。
シュートも、パスも選択できる。
「来いっ!!」
とそこへ左サイドから中央へマツシマが走り込んでいた。
マークに付くトキーワは遅れている。
「ナナコ!」
ヤダベドはパスを選んだ。
シュートを打つにはコースが限定されている。
「よしっ!!」
トキーワを振り切ったマツシマはこれを右足で押し込もうとする。


が、ここでまた彼女が現れた。
131 名前:第26話  先駆者たちの激闘 投稿日:2005/12/31(土) 23:35
「イチイ?!!」
マツシマが右足でとらえる瞬間、後ろから飛び込んできた市井がマツシマの前に入り込み、
このクロスをスライディングで大きくクリアしたのだ。

ウオオオオオオオオオオオオオオオ?!!!!!

起死回生の市井のプレーに、スタンドは総立ちとなる。
「紗耶香・・・・・・・」
「イチイ・・・・・」
これにはさすがの福田も、マツシマも呆然となる。
何度完璧な攻撃を繰り出したであろうか?
3−0でもおかしくないぐらいの決定的なチャンスを創り出しているはずだ。
それをことごとく彼女に止められている。
“フリーロール”市井紗耶香に。
132 名前:第26話  先駆者たちの激闘 投稿日:2005/12/31(土) 23:35
「イチイ・・・・・・・」
このプレーに息を飲むのが、ドイツのバイエルン・ミュンヘン所属“小皇帝”ナキャタニ・ミキック。
彼女は市井と同じく“フリーロール”として世界に名を轟かせる存在である。
その同じ“フリーロール”の目から見ても今日の市井のポジショニングは予測不可能だった。

「これは・・・・・・とうとう覚醒したか?」
市井の素質を見抜き、“フリーロール”への道を歩ませた名将ザイゼン・カラサワ。
今、その素質が大きく花開いていることを彼は確信していた。
133 名前:第26話  先駆者たちの激闘 投稿日:2005/12/31(土) 23:36
「やべーな。」
が、周囲の気持ちとは裏腹に市井自身は危機感を覚えていた。
何とか最後で抑えてはいるものの、このままでは点を奪われるのは間違いない。
ならば・・・・・・。
市井は決心した。

「トキーワ、ナオミ。ディフェンス、頼めるか?
マツシマとなっちでしんどいと思うけど。」
あえて市井は挑発するような言い方をした。
「当たり前だ。任せていろ。」
「お前は早く点を取って来い。」
そしてその返答は予想通りだった。
超一流の選手がこんなことを言われて黙っているはずがない。
「よし、任せた。」
市井は鋭い眼光をユヴェントスゴールへと向ける。
今から守備のことはほとんど考えない。
“フリーロール”の力を、攻撃に全て費やす。
134 名前:第26話  先駆者たちの激闘 投稿日:2005/12/31(土) 23:37
「こっちだ!!」
市井は中央はもちろん、右に、左に、そして最前線へと積極的に飛び出していく。
この動きは変幻自在で、組織が完璧なユーヴェDF陣であっても容易に捕まえられない。
その分守備が手薄になるが、トキーワが、ナオミが身体を張ってユーヴェの攻撃をシャットアウトしている。
だからこそ市井の攻撃に鋭さがみなぎっている。

「落ち着け!最後で対処したらいい!」
今日の出来に絶対的な自信を持つフカキョンが、神の声を後ろから送る。
その言葉にユーヴェDF陣は少し落ち着きを取り戻す。
「ちっ、嫌なGKだ。」
市井は舌打ちする。
こういった仲間に安心感を与えるのも、優れたGKの要因だ。
「でも、その自信は過信じゃないか?」
だけど、最後で対処したらいい、とは考え物だ。
こっちのストライカーはウエト・アーヤだぞ?
135 名前:第26話  先駆者たちの激闘 投稿日:2005/12/31(土) 23:38
「うわっ?!」
市井は中央をドリブルで突き進む。
そこへマヤミッキがチェックに来るが、必殺シザースでマヤミッキをかわす。
「甘いよ紗耶香!」
が、これを狙って福田が飛び込んできている。
「これは予測済みだよ明日香!」
しかし市井も何度も同じ手は食らわない。
何と、福田のチェックまでも類まれなテクニックと、キレを生かして抜き去る。
「まさか!アスカが?!」
マツシマが思わず叫ぶ。
あのアスカ・フクダがあんなにあっさりと?
福田を抜き去った市井は、トダムがチェックに来た瞬間、
左サイドにいるアーヤへパスを出した。
ワンツーで抜け出しを狙う。

「チャンス!!」
その瞬間、ストライカーとしての嗅覚がそう告げた。
彼女もザイゼン・カラサワによりストライカーの素質を見抜かれ、
ウイングから転向したのである。
アーヤは市井からのパスを右足で巻き込むようにしてとらえ、一気に振り抜いた。
136 名前:第26話  先駆者たちの激闘 投稿日:2005/12/31(土) 23:38
「なっ?!」
ワンツーで市井が抜け出してくるとフカキョンは予測していた。
だが、アーヤの右足から放たれたのはシュートで、鋭い弧を描いてゴールへと向かう。
ハセキョンを彷彿とさせる、見事な左45度からのシュートだ。
「くうっ!!」
体勢を立て直したフカキョンは、全身の力を振り絞ってこのボールに飛びつく。
だが、指先にはわずかに触れただけだった。
ボールはややコースを変えたものの、導かれるようにゴールネットに飛び込んでいった。

後半14分。
ついに、先制点が生まれた。
137 名前:第26話  先駆者たちの激闘 投稿日:2005/12/31(土) 23:38
ウワアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!

ハイベリー・スタジアムは一気に爆発した。
誰もが言葉にならない雄たけびを上げ、誰彼となく抱きつく。
そしてゴールを決めた殊勲者を讃える。
決めたのは“スピードストライカー”ウエト・アーヤ。
テクニックと得点感覚が凝縮された、スーパーゴールだった。
彼女の存在を、アーセナルサポーター、ガナーズは誇りに思った。
「イチイー!!!!」
そしてそのお膳立てをした市井も讃えるのを忘れない。
見事なドリブル突破からのアシスト。
しかもそれは福田明日香をぶち抜いてのものだ。
これほど痛快なものはない。
138 名前:第26話  先駆者たちの激闘 投稿日:2005/12/31(土) 23:39
「・・・・・やべーな。」
が、市井はまたも周囲の気持ちとは裏腹に、危機感を覚える。
それは虎の尾を踏んでしまったからだ。
「このまま終わるわけにはいかないよな、明日香。」
彼女の視線の先には、全身から青白い炎を放っている小さな巨人がいた。
その雰囲気から、逆襲が来ることは市井には容易に想像できた。
「みんな、気を抜くなよ。」
「ああ。」
喜びもほどほどに、アーセナルのイレブンは気持ちを切り替える。
相手は名門ユヴェントス。
世界でも超一流の彼女たちが、このままで終わるはずがない。
残りはまだ30分以上もあるのだから。
「さあ、行くぞ。」
「おう!」
イレブンは気合を入れ、それぞれのポジションへと戻っていった。
勝利へ向けて、アーセナルイレブンに死角はなかった。
139 名前:第26話  先駆者たちの激闘 投稿日:2005/12/31(土) 23:39
だがユヴェントスもこのままで終わるチームではなかった。
試合が再開と同時に、怒涛の勢いでアーセナルゴールへと襲い掛かる。

「ハセキョン!!」
トキーワの密着マークを受けながらもマツシマは危険なプレーを何度も演出する。
今も引きずり倒されそうになりながらも抜群のボディバランスで鋭く、
かつ柔らかいパスをハセキョンに供給した。
これを受けたハセキョン、鋭い切り返しでマークに付いている2人を振り切ると、
中に鋭いクロス。
これに合わせるのがエースストライカー安倍なつみ。
こちらもナオミに押さえ込まれながらもボディバランスを駆使して、
このクロスを左足ダイレクトでとらえる。
が、惜しくもGKの真正面だった。

さらに今度は右サイドからヤダベドだ。
マヤミッキからのパスを受けたヤダベドは、中に切れ込んで左足を振り抜いた。
彼女は右足でも左足でもミドルを狙える力を持っている。
強烈なシュートが唸りをあげてゴールに向かうが、
アーセナルDFも身体を張ってブロックする。
だがこのこぼれ球にいち早く反応したのは安倍なつみ。
少々無理な体勢だったが、強引に反転しながら左足を振りぬく。
この反応の速さにはナオミも付いていけない。
が、運に見放されているのか、これもポストを叩く。
こぼれ球はGKが何とか抑えこんだ。
140 名前:第26話  先駆者たちの激闘 投稿日:2005/12/31(土) 23:40
オオオオオオオオオオオオ・・・・・・・・・・・・

ピンチに頭を抱えたアーセナルサポーターだが、ホッと胸を撫で下ろす。
先制点を決めたはいいものの、それによってユヴェントスの怒涛の攻撃を生み出すことになってしまった。
このままではいつ逆転を許すか不安で仕方がなかった。
「なっちの奴、なんて危険な・・・・・・」
ここまでの安倍の動きに市井の背中に冷や汗が流れる。
あのイングランド代表のナオミ・ザイゼンのマークを受けながらも
決定的な仕事を何度もしている。
敵に回してみて余計にその嗅覚の恐ろしさを感じる。

「それにトキーワまで・・・・・・・」
世界最高のセンターハーフ、タカコリック・トキーワがまるで相手にならない。
練習ではよくトキーワと対戦するが、ほとんど勝てたためしがない。
その相手をまるで子ども扱い。
これが“パーフェクトクイーン”の力か。
「けど、負けねーよ。」
市井はそう言い放つと前線へと上がっていく。
ここでもう1点とれば試合は完全に終わりだ。
逃げ切るのではなく、叩き潰す。
それぐらいの気持ちでないとユーヴェには、福田明日香には勝つことはできない。
そしてその気持ちは正しい理解だった。
一度後ろ向きになると、ユーヴェの攻撃は防ぎきれないのだから。
141 名前:第26話  先駆者たちの激闘 投稿日:2005/12/31(土) 23:40
その後もノーガードの打ち合いは続く。

アーセナルもユーヴェに負けじと攻撃を仕掛けていく。
左サイドをフカーツ・エリスが突破し、中にクロスを送る。
これをファーサイドに開いたリオナンプが見事なワンタッチで中に落とす。
そして最後飛び込んできた市井紗耶香がこれを押し込もうとするが、
市井より先に触ってクリアしたのはアンパン・トダム。
リオナンプが折り返すのを完全に予測していた。
老練なディフェンスとはまさにこのことだった。

さらに今度は右サイドを突破したシノハラが中に切れ込み、左足でシュートを狙う。
が、これはユーヴェDFが身体を張ってブロック。
しかしこのこぼれ球がアーヤの前に。
アーヤはこれをダイレクトで狙うが、
積極果敢に飛び出してきたフカキョンの身体に当ててしまい、ゴールにならない。
142 名前:第26話  先駆者たちの激闘 投稿日:2005/12/31(土) 23:40
ユヴェントスも負けてはいない。
安倍のポストプレーからマツシマが強烈なミドルを放てば、
ハセキョンがハセキョン・ゾーンへと進入し、アーセナルゴールを脅かす。
右サイドを突破したヤダベドのクロスを、
ナオミと競り合いながらもヘッドでとらえる安倍。
ユーヴェも危険な攻撃を次々と繰り出してくる。


ワアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!

この素晴らしい試合展開に、サポーターたちも大歓声をあげる。
「ええ試合や!」
ツンクも一サッカー人に戻り、この試合を楽しんでいた。
それはこの試合を見ている全世界の人々も同様だった。
143 名前:第26話  先駆者たちの激闘 投稿日:2005/12/31(土) 23:41
「よしっ!」
市井もこの流れに乗る。
中央から積極的にドリブルで上がっていく。
その抜群のスピードにキレは、後半も半ばを過ぎ、終盤に差し掛かっても一向に衰えない。
ヤダベドのチェックも難なくかわす。
「チャンス!!」
これはいい形だ。
アーセナル2トップがそれぞれ動き出しを図る。
「行かせないよ。」
後はパスを出せば決まる、という時、1人の選手が市井の前に立ちはだかった。
無論彼女だ。
“偉大なるパイオニア”福田明日香。
「勝負だ明日香!」
その姿を確認した市井は更にスピードを上げ、福田に突っ込んでいく。
そして必殺のシザースフェイントで福田を抜きにかかる。


だがしかし―――――――
144 名前:第26話  先駆者たちの激闘 投稿日:2005/12/31(土) 23:41
「え?!」
市井には何が起こったか分からなかった。
福田の姿が一瞬、消えたように感じたのだ。
が、次の瞬間自分の目の前に福田がおり、そしてあっさりとボールをかっさらわれたのだ。

「行くよ!!」
呆然とする市井を尻目に、福田はドリブルで前線へと上がっていく。
それを見たユヴェントスイレブンは全員が一つの意志のもとに動き出した。
それはすなわち、アスカ・フクダをフォローすること。
「くっ!!」
下がり目にポジションを取っていたフカーツ・エリスが福田に当たる。
が、これを福田はフォローに来たマツシマとのワンツーでかわす。
さらに、飛び込んできたアーセナル左サイドバックも今度はヤダベドとのワンツーでかわす。

危険なエリアに、危険な選手福田明日香が入ってくる。
145 名前:第26話  先駆者たちの激闘 投稿日:2005/12/31(土) 23:42
「ちっ!!」
たまらずイングランド代表DF、ナオミ・ザイゼンが安倍のマークから離れ、
福田に当たりに行った。
安倍はもう1人のセンターバックが見ており、ハセキョンは右サイドバックだ。
確かにこれは危険だが、それ以上に危険なのはこのアスカ・フクダというのをナオミは理解していた。
「あっ?!」
が、この瞬間、自陣へと全速力で戻る市井は我が目を疑った。
ナオミに向かって突っ込んでいく福田。
何と、ボールをまたぎ始めたのだ。
またぐ、またぐ、またぐ、またぐ、またぐ。

そのまたぎと身体を激しく振る様は、まさしく市井紗耶香の必殺シザースフェイントだ。
146 名前:第26話  先駆者たちの激闘 投稿日:2005/12/31(土) 23:42
オオオオオオオオオオ?!!!!!

スタジアムがどよめく中、福田は実に鮮やかにナオミをぶち抜いた。
「福ちゃん!!」
その瞬間、安倍が最高のタイミングでDFラインの裏へと抜け出しを図る。
『さすがなっち!・・・・?!!』
最高のタイミングで抜け出した親友へゴールへのスルーパスを送ろうとした瞬間、
福田の背中はゾクッとするものを感じた。
「出させない!!」
やはり彼女だった。
“フリーロール”市井紗耶香。
その感覚で、危険地帯を感じ取っていた。
身を投げ出し、スライディングでパスコースを完全にブロックする。
が、これに福田はかわした。
爪先をボールの下に入れ、ふわっと浮かして市井のスライディングをやり過ごすとともに、
自分も跳躍して市井を飛び越える。
そして浮いたボールが落ちてくるのをそのままダイレクトの左足で完璧にとらえた。
147 名前:第26話  先駆者たちの激闘 投稿日:2005/12/31(土) 23:42
その一連の動作はまさに芸術と呼ぶに相応しかった。
そして30m近く離れたゴールネットに突き刺さった瞬間、
それはまさに人々の記憶に永遠に残るであろう芸術作品となったのであった。


後半34分。
ついにユヴェントス、同点。
148 名前:第26話  先駆者たちの激闘 投稿日:2005/12/31(土) 23:43
「うおおおおお!!!!!!」
このスーパーゴールにユーヴェベンチから控え選手はもちろん、
監督、コーチも思わず飛び出していく。
そこへゴールを決めた福田が珍しく感情を露にして飛び込んでいく。
さらにピッチにいるスタメンの選手たちもその輪に飛び込む。
小さな身体は、瞬く間に見えなくなった。

まさに歓喜の、スーパーゴール。


「まさか・・・・・・」
アーセナルイレブンはまさに茫然自失。
もうすぐそこまで来ていた勝利が、遠くへと離れていってしまった。
しかも、誰もが目を奪われるようなスーパープレーによって。
そして、誰よりもショックを受けているのは市井紗耶香。
自分の得意とするプレーを止められただけでなく、
その得意なプレーを使われてゴールを奪われたのだ。
さらに自分だけの絶対唯一、“フリーロール”の能力をもってしても
福田は止められなかった。
それだけにショックは大きい。
149 名前:第26話  先駆者たちの激闘 投稿日:2005/12/31(土) 23:43
「凄いね、やっぱり。」
これには“パーフェクトクイーン”ナナコーヌ・マツシマも脱帽以外にない。
やはり彼女を敵に回したくないと改めて思う。
と同時に別の思いもこの時、生じていた。
それはすなわち。
『アスカと・・・・・・全力でぶつかりたい・・・・・・・』
それは、一流が一流を希求する心。
戦うことを希求する心であった。

この思いが、今シーズンの終了後に世界中を驚愕に導く引き金になるとは、
この時、誰も予想することはできなかった。
150 名前:第26話  先駆者たちの激闘 投稿日:2005/12/31(土) 23:45
ピィー!!!!

興奮が冷めやらぬ中、主審の笛が鳴り、試合が再開された。
残りは10分。
そして勢いは明らかにユヴェントス。

「気持ちを立て直せ!!まだ負けたわけじゃない!!」
ベンチから名将ザイゼン・カラサワが声を張り上げる。
確かにこの失点は痛いが、まだ同点だ。
気持ちを切り替えれば十分に凌げる。
逆に切り替えられなければ、必ず逆転される。
だからこそ冷静沈着なカラサワはピッチ近くまで駆け寄り、声を嗄らす。

「ここだ!!ここで一気に決めろ!!」
一方、ユヴェントス監督、オダギリ・ジョリッピもピッチ近くまで来て声を張り上げる。
彼もここが勝負どころだと思っている。
今、アーセナルの選手が気落ちしている間にとどめのゴールを決める。
そうすれば次の一戦はかなり有利な状況で進められる。
アーセナルの実力はこの試合で嫌というほど思いしらされた。
だからこそ今、絶対にこの好機を逃してはならない。
151 名前:第26話  先駆者たちの激闘 投稿日:2005/12/31(土) 23:46
そのジョリッピの思いを、百戦錬磨のユーヴェ選手たちは正しく理解していた。
キックオフの笛と同時に、疲れた身体を懸命に動かして激しいプレスをかける。
そのプレスに、アーセナルの中盤は完全に後手に回る。
そして中盤の高い位置で福田がボールを奪った。
「アスカ!!」
マツシマがボールを要求する。
これは、見えたな。
そう確信して福田はマツシマにボールを預けた。

「これで終わり。」
パスを吸い付くようなトラップでコントロールしたマツシマ。
彼女の目には、もうすでに白い道が見えていた。
左手でマークに付くトキーワを抑えながら、
マツシマは勝利へとつながる最高のパスを出した。
152 名前:第26話  先駆者たちの激闘 投稿日:2005/12/31(土) 23:46
「さすがだ。」
「完璧なパス。」
「決まった。」
ACミランMF“ラストカナリア”ハマ・サーキ・アユウド。
FCポルトMF“マエストロ”柴田あゆみ。
そしてインテルミラノMF“悪魔”吉澤ひとみ。
世界に名だたるファンタジスタたちが、今のマツシマのパスに感嘆した。
やはり、彼女はbPだ。

マツシマのパスをアーセナルゴールへ導いたのは、
こちらも日本が誇るストライカー、安倍なつみ。
ゴール右隅へとしっかりと流し込んだ。

後半38分。

ユヴェントス、逆転。
153 名前:第26話  先駆者たちの激闘 投稿日:2005/12/31(土) 23:46
ウワアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!

その瞬間、耳をつんざくような大歓声が、ピッチに降り注がれた。
まさに奇跡の4分間の逆転劇。
このドラマチックな展開に、人々はただただ、酔うしかなかった。

「ぎゃ、逆転・・・・・・」
市井は青ざめた顔で、腰に手を当て、がっくりとうなだれる。
たたみ掛けるようなユヴェントスの攻撃。
これが欧州を制覇するチームの強さなのか?
他の選手たちも、ほぼ同様にうなだれている。
すなわちそれは、敗戦を受け容れるといったものに他ならない。

ボールがGKから前へと蹴りだされた。
まだ試合は終わっていないため、もう一度キックオフだ。
それを見た選手は足取りも重くポジションに付く。
まるで、逆転する意志がないかのように。
市井も同様に、完全に覇気を失っていた。
残り7分。
逆転はおろか、同点にすることすら不可能だ。
そんな思いが脳裏をよぎる。
154 名前:第26話  先駆者たちの激闘 投稿日:2005/12/31(土) 23:47
「紗耶香。」
が、そんな市井の状態を許さない人物がいた。
しかもそれは、相手チームの選手だった。
ユヴェントスMF、背番号18“偉大なるパイオニア”福田明日香。
彼女は強い眼光を市井に向けている。
こんなもので終わりか、諦めるな。
そう訴えかけている。
「明日香・・・・・」
その眼から逃げては、市井紗耶香の名が廃る。
市井は返礼としてニヤリと笑うと、センターサークルへと走る。
一秒でも早く試合を再開させよう。
その気持ちが十分に伝わってくる。

「イチイ・・・・・・よし。」
その姿にカラサワも勝利のための采配を採る。
アップをしていたナイジェリア代表FWヒローコ・オグーをキックオフ前に投入する。
交代で戻ってくるのは、右サイドバックの選手だった。
「後ろ三枚!中盤三枚!前も三枚!!」
オグーがカラサワの指示を伝える。
DFは3バックとなり、トップはオグーを真ん中、アーヤが左、リオナンプが右という3トップ。
そして中盤は左にフカーツ、右にシノハラ、そして中央にトキーワという形。
「あたしは・・・・?」
市井はそう呟きながらも自分で答えを出している。
自分のポジションは“フリーロール”だ。
ピッチ全体。
それが自分のポジションなんだ。

ピィー!!!!

「さあ、行くぞ!」
市井はキックオフの笛と同時に、前線へと飛び出した。
逆転することを心底信じて。
155 名前:第26話  先駆者たちの激闘 投稿日:2005/12/31(土) 23:48
「前線、放り込め!!」
オグーが入ったことで、アーセナルは高さが加わった。
オグー自身はヘディングは苦手としているが、今はそれは関係ない。
その身長を生かして何とか活路を、という気持ちだ。
「絶対に跳ね返せ!!」
しかしユヴェントスもそれを易々と許すわけにはいかない。
全員が身体を張り、アーセナルの捨て身の攻撃を防いでいく。

「オグー!!」
疲れの見えるマツシマからボールを奪ったトキーワが、最前線のオグーへロングパス。
これをオグーはユーヴェDF2人と競り合いながらもヘッドで落とす。
落とされたボールにリオナンプが反応し、ダイレクトでゴールを狙う。
が、シュートコースには福田明日香が。
156 名前:第26話  先駆者たちの激闘 投稿日:2005/12/31(土) 23:48
「ならば。」
それに気付いたリオナンプは、シュートを打たず軽く左に流す。
そこへ走りこんでいるのは市井紗耶香。
しかし今度はマヤミッキがシュートコースに入り込んでいる。
「アーヤ!」
市井もそれに気付いており、リオナンプと同じくパスを選択した。
ふわっとカーブがかかったボールがDFラインの裏に。
そのパスに反応したのはウエト・アーヤ。
右斜め後ろから来たボールをダイレクトでとらえる。
「くっ!!」
このシュートにさすがのフカキョンも届かない。
コース、威力ともに完璧なシュート。
それが見事にゴールネットに突き刺さる。

アーセナル、土壇場で同点に追いつく?
157 名前:第26話  先駆者たちの激闘 投稿日:2005/12/31(土) 23:49
「よしっ!!!・・・・・?!!!」
ゴールが決まり、ガッツポーズをとったアーヤ。
が、彼女の目に飛び込んできたのはラインズマンが右手を上げている姿だった。

オオオオオオオオオオオオオオ?!!!!!

スタジアムが怒号で揺れる。
今のがオフサイドか?!!
場内ではリプレイが流れる。

アアアアアアアアアアア・・・・・・・・・・・・・

観客はそれを見てため息を漏らした。
VTRでは間違いなくオフサイドだったからだ。
「こんな素晴らしい試合だ。だからこそ我々もミスは許されない。」
誇り高き審判員たちもこの試合、全力で戦っていた。

「ドンマイ、今のは仕方ない。」
市井がアーヤに声をかける。
「ああ、分かっている。次もパス、頼むよ。」
アーヤも今のはオフサイドと納得しているだけにショックはない。
しかもオフサイドとはいえ、今のは完璧にフカキョンを破ったのだ。
「オグー、頼むぞ!」
「ああ!」
これも前線にオグーがいるからだ。
彼女の存在が、相手DFをひきつけてくれる。

残り4分。
絶対に同点に追いつく。
158 名前:第26話  先駆者たちの激闘 投稿日:2005/12/31(土) 23:49
「もう少しだ!必ず防ぎきれ!!」
名将オダギリ・ジョリッピも焦りの色を隠しきれないでいる。
アーセナルの粘りは実に脅威だ。
残り4分でひっくり返される可能性は十二分にある。
「いける!いけるぞ!!」
ザイゼン・カラサワは選手たちを後押しすべく声を嗄らす。
必ず同点に、逆転を果たせ!

ベンチでも熱い火花が散っている。

アーセナルは怒涛の攻撃を見せる。
アーヤが、リオナンプが、オグーが、シノハラが、フカーツが、
そして市井が自分の持てるもの全てを出し尽くし、ユーヴェゴールへと迫る。
一方ユーヴェは、安倍までもが戻ってきてディフェンスをする。
そうしないと守りきれないと判断したからだ。
全員がなりふり構わず身体を張り、ゴールを死守する。

まさにこれぞ死闘であろう。

そして時間は刻一刻と過ぎていき、残りはロスタイムだけとなった。
159 名前:第26話  先駆者たちの激闘 投稿日:2005/12/31(土) 23:49
『紗耶香だ。紗耶香を見逃すな。』
福田は最後は彼女がキーだと睨んでいた。
“フリーロール”市井紗耶香。
ボールを追いながらも、常に意識は市井に向けられている。
市井は今、ペナルティエリアの中にいる。
「オグー!!」
右サイドを突破したシノハラが中へクロスを送る。
これをオグーは合わせようと飛び込むが、トダムらユーヴェDF陣のプレッシャーを受け、
ジャストミートできない。
ボールはファーサイドに流れる。

「な?!紗耶香?!」
そのボールの先に目をやって福田は驚いた。
そこに、市井が待ち構えていたからだ。
市井から目を切ったのは一瞬だけだ。
その一瞬でもうすでにそこへ?
『これが・・・・・・“フリーロール”?』
160 名前:第26話  先駆者たちの激闘 投稿日:2005/12/31(土) 23:50
「くっ!!」
慌てて福田がチェックに向かうが間に合わない。
が、福田よりも先に市井の動きに気付いていた者がいた。
「打たさないべ、紗耶香!」
市井の前に立ちはだかったのは安倍なつみだった。
彼女は生粋のストライカー。
だからこそ、こういった時にボールがどこへ流れるかを感じ取ることが出来る。

「ナイスなっち!!」
「ちっ、なっちめ・・・・・ならば!!」
安倍の存在に気付いた市井は、ダイレクトでシュートを諦めた。
胸でトラップし、安倍を抜きにかかる。
「くっ!」
シュートを打つのを防いだのはいいものの、ドリブル突破をふせぐには自信がない。
しかも下手に足を出せば、PKをとられる。
「なっち、コースだけ切れ!!」
福田が安倍の加勢に向かう。
それに気付いた市井は決断を下した。
161 名前:第26話  先駆者たちの激闘 投稿日:2005/12/31(土) 23:50
「右!」
市井は対峙する安倍の右側から巻くようにクロスを上げようと、ボールを右に出す。
が、それはフェイクで、キックフェイントで鋭く左へ切り返す。
そして左足でクロスをあげようとする。
安倍も最初のフェイクを我慢し、次の左足のクロスをブロックしようと構える。
「なっち、それもフェイク!!」
が、それを福田の指示で思いとどまった。
『さすが明日香。・・・・・でもな!!』
確かに左足のクロスもフェイクだった。
が、次のプレーは福田にも予想できなかった。

「?!!」
市井は振り下ろした左足を、ボールの右横に置いた。
そしてその勢いを利用して、右足を左足の後ろから振り下ろし、ボールをとらえた。
「ラボーナ?!!」
思わず叫ぶ福田の顔の横を、ラボーナによって放たれたクロスが通り過ぎていく。
そしてこのクロスは、中央で待ち構えるオグーにピタリとあった。
「いけっ!!」
全てのアーセナル陣営の思いとともに、オグーはこのクロスを頭で合わせた。
GKフカキョンも全く動くことが出来ず、ただ見送るだけだった。
そしてオグーのヘッドは、すうっとゴールポストの横を通り過ぎていった。
162 名前:第26話  先駆者たちの激闘 投稿日:2005/12/31(土) 23:51


が、それはポストの内側ではなく、外側にだった。

 
163 名前:第26話  先駆者たちの激闘 投稿日:2005/12/31(土) 23:51
ピィ、ピィ、ピィー!!!!!!!

そしてこの瞬間、主審の笛が三度鳴り、試合終了が告げられた。


アーセナル 1−2 ユヴェントス
164 名前:第26話  先駆者たちの激闘 投稿日:2005/12/31(土) 23:51
ウオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!

地鳴りのような歓声がピッチに舞い降りてくる。
まさに激戦。
『ジハード』の名に相応しい激戦だった。

が、勝負とは非常なもの。
必ず勝者がいれば敗者も存在する。

「負けた・・・・・・・」
市井紗耶香ががっくりとうなだれる。
ユヴェントス相手にホームで痛い、痛い敗戦だ。
これで第二戦のトリノでの試合がかなり厳しいものになってしまった。
最低でも2点を取って勝たねばならないのだから。
「・・・・・けど、まだ可能性は残っている。」
この試合で決定したわけではない。
まだ後1試合残されているのだ。
そう考えると下を向いている暇はない。
市井は顔を上げ、胸を張って、今日戦った親友たちに健闘の握手を求めに行く。
165 名前:第26話  先駆者たちの激闘 投稿日:2005/12/31(土) 23:53
「明日香、なっち、今日はやられたよ。」
「紗耶香。」
「紗耶香、お疲れだべ。」
市井の差し出した手を、2人はがっちりと握った。
「でも、トリノではそうはいかないから、覚悟しておいてね。」
「覚えておく。」
「次も負けないべ。」
次戦の再会を誓い、3人は別れた。

「なっち、次は。」
「うん、分かってるべ福ちゃん。」
シュートを外してうなだれるオグーを慰めながら、
毅然とした表情でサポーターのもとへ挨拶に行く市井の後姿を見ながら2人は確信する。
次のトリノでも、間違いなく死闘が繰り広げられることを。
この勝利に浮かれていたら、必ず次は負けるということを。

ロンドンの夜空の下、3人の日本人選手が次戦へ向けて歩みだした。
166 名前:第26話  先駆者たちの激闘 投稿日:2005/12/31(土) 23:53
「すごい。やっぱり福田さんに市井さんだ。」
この試合をテレビで見ていた吉澤ひとみは、福田と市井がやはり自分たち日本人の先駆者であり、そしてなおかつまだトップを走っていることを理解した。
まだまだ自分は、自分たちは誰も2人に追いついていない。
「安倍さんもさすがだ。・・・・・くそっ!何であの時・・・・・」
そしてこの2人の戦いの舞台に、ともに立てた安倍をうらやましく思う。
さらにこの舞台にたったことにより、安倍もまた一段上に引き上げられた感じがする。
そう考えると、自分の軽率なミスでグループ予選突破を逃したことが悔やまれる。

「でも、いまさら言ってもしょうがない。」
が悔やんでいても時は戻らない。
大事なことは、今、何をすべきかだ。
167 名前:第26話  先駆者たちの激闘 投稿日:2005/12/31(土) 23:54
現在、インテルはセリエAで4位の位置につけている。
が、5位のパルマ、6位のラツィオ、7位のウディネーゼとは勝ち点3以内の差しかない。
もし4位を逃せば、この夢の舞台、チャンピオンズリーグに立つことは不可能となる。
だからこそ、しっかりとリーグ戦を戦わねばならない。
それが、今、ひとみがすべきことなのだ。
紆余曲折があったセリエA04−05シーズンも残り3節。
絶対に負けるわけにはいかない。

「よし、やるか!」
ひとみはパンと頬を叩くと、次節の相手、レッチェのビデオを取り出した。
次節、必ず勝とう。
「福田さん、市井さん、安倍さん。そして・・・・・・柴田さん。
来シーズンはあたしも同じ舞台に立ちますから。」
ひとみは偉大なる先人たちに、そしてライバルにそう誓った。
168 名前:第26話  先駆者たちの激闘 投稿日:2005/12/31(土) 23:55
聖戦『ジハード』

アーセナル 1−2 ユヴェントス

【得点】
後14 アーセナル  ウエト・アーヤ(市井紗耶香)
後34 ユヴェントス 福田明日香
後38 ユヴェントス 安倍なつみ(ナナコーヌ・マツシマ)

【WOM】
    ユヴェントス 福田明日香
169 名前:第26話  先駆者たちの激闘 投稿日:2005/12/31(土) 23:55


   第26話  先駆者たちの激闘  (終)

 
170 名前:ACM 投稿日:2005/12/31(土) 23:56
第26話  先駆者たちの激闘  終了いたしました。

やばいですね、かなり更新速度が遅いです。
もう2005年も終わりだというのに、まだ04−05シーズンです。
構想では次の05−06シーズンも続くというのに。
何とか少しでも早く更新できるよう頑張ります。
171 名前:ACM 投稿日:2005/12/31(土) 23:56
では次回の予告です。
  第27話  夢への切符

    チャンピオンズリーグも残りはわずかに3試合となった。
    すなわち、準決勝セカンドレグの2試合と、決勝戦、この3試合だ。
    決勝という夢舞台への切符を手にするのは一体どのチームなのか。
    全てを賭けた聖戦『ジハード』が、今、再び。
172 名前:ACM 投稿日:2005/12/31(土) 23:57
では、久しぶりにスレ隠しです。

小川麻琴

“オスティナート”
得意プレー:粘り強いディフェンス 運動量 レーザースコープクロス
ポジション:SB CB WB
所属クラブ:清水エスパルス

・プレーの特徴
運動量に優れ、また正確なクロスを武器とするサイドバック。
また、その粘り強いディフェンスからセンターバックもこなすことが出来る。
が、現時点では4バックのセンターではなく、あくまで3バックのセンターという状況のみだ。
どんな苦境においても決して諦めず、最後まで粘り強く戦う。
4バックの右サイドバックを任せるには、これ以上ない人物。
173 名前:ACM 投稿日:2005/12/31(土) 23:57
・作者のイメージ
バルセロナのプジョールですかね。
プジョールのような粘り強いディフェンスに、諦めない気持ち。
チームに必要な選手だと思っています。
いずれプジョールのようにサイドバックからセンターバックへコンバートさせようかと思案中です。

・本編での存在
舞台が欧州に偏りがちなため、なかなか出番がありません。
が、出たときはそこそこ活躍してくれているのではないでしょうか?
また、日本代表でも4バックを採用したことで出番が増えるはずですし、
ワールドユースもありますから、きっと活躍してくれるはずです。
174 名前:ACM 投稿日:2005/12/31(土) 23:58
では次回更新まで失礼いたします。
今年もこんな話を見てくださってありがとうございました。
皆様が温かく見守ってくださったからこそ続けられたと思います。
こんな話ですが、来年も続きますので、どうぞよろしくお願いいたします。

では、失礼いたします。
175 名前:みっくす 投稿日:2006/01/01(日) 14:06
更新おつかれさまです。

いやー、相変わらず凄いふたりですね。
本文126のつんく監督の思いにすべてが詰まっている気がします。
欧州トップクラブの要選手が日本人という時代はくるのでしょうかね。
次回も楽しみにしております。
176 名前:ピクシー 投稿日:2006/01/03(火) 04:08
更新お疲れ様です。
そして、今年も楽しく読ませていただきます。

いや〜、あつい。
つくづく実際にこういう状況を見てみたい。

スレ隠し久しぶりですね。
マコ、確かに地味ながら活躍してますよね(苦笑)

次回更新も楽しみに待ってます。
177 名前:春嶋浪漫 投稿日:2006/01/04(水) 15:48
更新お疲れさまです。
そして今年も宜しくお願いします。

いや〜やっぱいい戦いですね。
どちらが頂点の戦いへ進めるのか楽しみです。
実際でもジハードならぬ戦いが見られるといいですね。
ある意味W杯の日本−ブラジルは個人的に楽しめそうですが。

次回更新も楽しみに待ってます。
178 名前:クロ 投稿日:2006/01/24(火) 16:02
初めてかきこみます、ジハードは手に汗握りましたね実際あれほどのみたいですよ
いやホントに。 
ポルト&柴ちゃんの快進撃はどこまで続くんでしょうか。
個人的にののが大好きです。キャプテン向きですよね、実際代表でもやる回数が
多くなってきてるのが嬉しいです。
ランパードぐらいてんとらないですかね?
179 名前:クロ 投稿日:2006/01/31(火) 08:58
楽しみにしてます。
更新あるまで待ってます。
180 名前:ACM 投稿日:2006/02/11(土) 00:10
>>175 みっくす様
レスありがとうございます。相変わらずすごい2人です。作者も驚いています。
つくづくこんな2人が実際に出てきてくれたら、と思うばかりです。
ツンク監督も、この2人を指揮できて幸せですね。
この2人の競演を、どうぞお楽しみ下さい。

>>176 ピクシー様
レスありがとうございます。熱い試合は本当に見たいと思います。
それが日本人選手が関わっていて、なおかつ大舞台であったなら最高ですね。
マコは地味だけど、欠かせない存在です。
これからもっと活躍してもらいたいと思っています。

>>177 春嶋浪漫様
レスありがとうございます。実際でもこんな熱い試合が見られればと思います。
ワールドカップのブラジル戦は、確かに楽しみですね。
コンフェデのような戦いになってくれればいいのですが。
でもそこまでに予選突破を決めてて欲しいのが一番ですね。

>>178 179 クロ様
レスありがとうございます。更新の遅い作者ですみません。
どうか温かく見守ってくださればと思います。よろしくお願いします。
ののは最近出番が多くなってきています。その雰囲気が何となくキャプテンかな、
と思っているので、これからも出番が増えると思います。
181 名前:ACM 投稿日:2006/02/11(土) 00:11
では本日の更新です。


   第27話  夢への切符
182 名前:第27話  夢への切符 投稿日:2006/02/11(土) 00:11
全世界を熱狂の渦に巻き込んだ、ロンドンでのチャンピオンズリーグ2連戦。
日本人選手の実力を世界に知らして、ひとまず幕を閉じた。
が、この戦いの続きはわずか一週間後。
一週間後には栄光のビッグイヤーを手に入れるための切符が2チームに配られる事となる。
その夢への切符を掴むのは一体どのチームなのか。
世界はその一週間後を、今か今かと待ちわびていた。

が、サッカーとはチャンピオンズリーグだけではない。
サッカー選手の全ての基本は、自国のリーグ戦である。
この1年を通して戦うリーグ戦を制するかどうかで、
その後の人生も大きく変わることとなる。
ましてここでいい結果を残さねば、
来シーズン、夢舞台であるチャンピオンズリーグには進めない。
しかも各国とも残り試合は数えるほどしかない。
優勝か、チャンピオンズリーグ出場権獲得か、UEFAカップ出場権か、
1部リーグ残留か、それとも2部降格か。

この時期の戦いには多くのドラマが詰まっている。
183 名前:第27話  夢への切符 投稿日:2006/02/11(土) 00:12
2005年4月30日(土)

――――イングランドプレミアリーグ

ロンドン、ハイベリー・スタジアム

アーセナルVSバーミンガム・シティ 
184 名前:第27話  夢への切符 投稿日:2006/02/11(土) 00:12
「頼むよ・・・・・・・」
市井紗耶香は祈るような気持ちでピッチを見つめていた。
彼女が今、いる場所はベンチだった。
3日前、福田明日香、安倍なつみの所属するユヴェントスと、
チャンピオンズリーグ準決勝を戦った。
この史上まれに見る大激戦は2−1でユヴェントスが勝利を収めた。
その結果に少なからず衝撃を受けたアーセナルだが、まだ第一戦が終わっただけ。
第二戦で十分に逆転のチャンスがある。

そのため、アーセナルの名将ザイゼン・カラサワ監督はトリノでの試合にベストコンディションで臨みたいため、
市井紗耶香をはじめ、ウエト・アーヤ、シノハラ・リョウコール、
フカーツ・エリス、タカコリック・トキーワなど主力選手を温存させた。
唯一バーミンガム・シティ戦に出場している主力といえば、ハヅキ・リオナンプのみだ。
これには彼女が飛行機嫌いという理由からだ。
トリノへは飛行機で向かうため、リオナンプは帯同しない。
その分、このバーミンガム・シティ戦で活躍してもらわねばならない。
185 名前:第27話  夢への切符 投稿日:2006/02/11(土) 00:12
「後何分だ?」
「後10分ほどです。」
ザイゼン・カラサワが残り時間を気にしだす。
市井たちも一応アップをしているが、気持ちはピッチに向いている。
ここまで両者とも決め手がなく0−0という展開。
しかし、この試合は引き分けでいいのだ。
それは、この試合でアーセナルが引き分ければ、
残り2節を残してアーセナルのプレミアリーグ制覇が決まるからだ。
しかも、無敗でという、大記録のおまけつきで。

そうなれば、1年間の苦労が最良の形で報われるとともに、
ユヴェントスに負けたショックは吹き飛び、トリノでの再戦に弾みがつくだろう。
が、もし失点して負けてしまうと、ユヴェントス戦でのショックにさらに追い討ちがかかるだろう。
ある意味、薄氷を踏む思いのこの一戦。
だが、名将ザイゼン・カラサワは自分の育ててきた選手たちの底力を信じた。

0−0のまま試合はロスタイムを含めて5分となった。
と、ここでカラサワが動く。
「イチイ、トキーワ、アーヤ。後はしっかり締めてこい。」
「えっ?あ、はいっ!」
「分かりました。」
「はい。」
カラサワに命じられ、市井とトキーワ、アーヤはウォームアップスーツを脱ぎ、
第四審判のもとへ向かう。
186 名前:第27話  夢への切符 投稿日:2006/02/11(土) 00:13
ワアアアアアアアアアアアアア!!!!

彼女たちの姿が見えると、満員のハイベリー・スタジアムは大きく揺れた。
この1年間、主役を張ってきた3人だ。
最後、有終の美を飾るのは彼女たちしかいない。
華麗にゴールを決めて、優勝を勝ち取ってくれ。
サポーターたちの熱い声援が3人に降り注がれる。

「守れ!絶対に守りきれ!!」
彼女たちの投入により、バーミンガム・シティ陣営は顔面蒼白となった。
この試合、無配記録更新中のアーセナルに対して、
ここまで0−0と大健闘のバーミンガムだが、今現在の順位は17位。
残留圏内ギリギリなのだ。
だからこそここで勝ち点1を取れるかどうかで、まさに天国と地獄を味わうこととなる。
そのため、バーミンガム・シティの監督は全員を自陣に引きこもらせた。

「よし、これで問題ないだろう。」
バーミンガム陣営の動きを見たカラサワは、ホッと胸を撫で下ろす。
市井、トキーワ、そしてアーヤ投入の目的は、ゴールをあげることではない。
彼女らを投入することで、相手を自陣深くへ引かせることが狙いであったのだ。
そしてその狙い通りバーミンガムは自陣に引きこもってくれた。
これで、優勝だ。
187 名前:第27話  夢への切符 投稿日:2006/02/11(土) 00:13
ピィ、ピィ、ピィー!!!!!

それから約320秒後。
今シーズンの覇者を決定付ける笛が、3度高らかにロンドンの夜空に鳴り響いた。


「よっしゃー!!!!」
その瞬間右拳を高らかに天に突き上げる市井。
ベンチからは一斉に全員が飛び出してくる。

アーセナル、通算13回目のリーグ優勝。
さらには無敗という、とてつもない大記録だ。

ワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!

この快挙に、サポーターたちは大歓声をあげ、選手たちを祝福する。
ついに、ライバルマンチェスター・ユナイテッドを抑えての優勝。
これはサポーターたちにとって最高に誇り高い優勝であった。
188 名前:第27話  夢への切符 投稿日:2006/02/11(土) 00:14
ワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!

キャプテンのトキーワが優勝カップを受け取る。
そしてそのカップを天高く掲げた瞬間、スタジアムはさらに歓喜の渦に包まれた。
「サヤカ!!」
トキーワが市井にカップを手渡す。
市井はカップを受け取ると、至福に満ちた表情でカップに口付けした。

翌日の紙面を飾ったのは、この光景であった。

アーセナルは昨シーズンの借りを、無敗優勝という最高の形でリベンジを果たした。
そして市井紗耶香は日本人初のプレミアシップ制覇。
彼女にまた新たな勲章が加わることとなった。
189 名前:第27話  夢への切符 投稿日:2006/02/11(土) 00:15
同時刻、ロンドン、スタンフォード・ブリッジ。
チェルシーVSサウサンプトン。

「やられたか・・・・・・・」
一縷の望みにかけてこの一戦に臨んだチェルシー。
試合はナミエポのハットトリックの活躍などで4−0と圧勝したが、
アーセナルにはついに逃げ切られてしまった。
「まあ今シーズンはこれで上出来です。」
チェルシーの新オーナー、テツヤ・コムロビッチはうな垂れて戻ってくる選手たちを敬意の拍手で出迎えた。
今までセカンドクラブだったチェルシーが、最後までビッグ2(マンチェスターU、アーセナル)と優勝争いを繰り広げ、
チャンピオンズリーグでもベスト4まで勝ち進んでいる。
チェルシーの新しい船出としては、これ以上ない結果であったと言っていいだろう。

「だが・・・・・・・・・」
が、満足するのは今シーズンのみだ。
来シーズン、全く同じ成績を残したとしても、それは成功ではなく失敗となる。
同じ失敗を繰り返すものは、プロとしてサッカーに関わる資格はないのだ。
無論それは、経営陣も選手たちと同様である。
彼らもれっきとしたプロなのだから。
190 名前:第27話  夢への切符 投稿日:2006/02/11(土) 00:15
「彼との交渉の下地は整っているな?」
「はい。今シーズン終了後、すぐに交渉のテーブルにつくことができます。」
コムロビッチオーナーの問いに、側近が答える。
今シーズンの問題点はすでに把握している。
その解決策は、今のうちから打っておかねばならない。
「まずは監督だ。我の強い選手たちをまとめる力を持った監督。
それが我がクラブには必要だ。」
コムロビッチの目には、チェルシーはまだ“チーム”としてまとまっていないように感じた。
だからこそ彼女たちをまとめられるカリスマ性を持った監督が必要だ。
「そして、チームの柱となる選手。味方の士気を高め、
勝利へと導いてくれる指揮者が。」
それからもう一人、個性の強い選手たちを一つの方向へ導くことができる指揮者。
彼女が必要なのだ。
コムロビッチの頭には、2人の人物が浮かんでいる。
この2人を獲得できたとき、チェルシーは常勝クラブへと変貌を遂げるのだ。

「来シーズンを楽しみにしていてください、」
来シーズンこそ、マンチェスター・ユナイテッド、アーセナルの2強時代を終わらせて見せる。


コムロビッチの野心の炎は、これ以上なく燃え盛っていた。
191 名前:第27話  夢への切符 投稿日:2006/02/11(土) 00:16
同時刻、ブラックバーン、イーウッド・パーク
ブラックバーンVSマンチェスター・ユナイテッド

「ミカちゃん・・・・・・・・」
自宅のテレビで自分のチームの試合を観戦していたのは、
2月のリーグ戦で、悪質なタックルを受けて右足首を骨折した石川梨華だった。
手術は成功し、退院も済ませた。
後はリハビリをして、復帰を目指すところだ。

石川梨華の、“魔法の左足”の離脱。

これが昨シーズン3冠王者の敗因の全てだった。
彼女の左足からのクロスが無くなった瞬間、王者マンチェスター・ユナイテッドは
その翼を失い、天から落下したのだ。
192 名前:第27話  夢への切符 投稿日:2006/02/11(土) 00:16
現に今日の試合も、格的には下であるブラックバーン・ローバーズに
まさかの1−0の完封負け。
いくらブラックバーンのGK、日本代表ミカ・トッドがスーパーセーブを連発したからといっても、この体たらくは到底許されるわけが無い。
これでアーセナルに優勝を許し、チェルシーにも抜かれて3位に転落した。
さらにチャンピオンズリーグも敗退、FAカップ、カーリングカップも敗退。
昨シーズンの3冠から一転して今シーズンは無冠と、
栄光は地に落ちてしまった。

「・・・・・・・・・・・・・・・」
石川はテレビを消すと、松葉杖を持って立ち上がった。
優勝を逸した責任は自分にある。
この悔しさを晴らすには、来シーズン、完膚なきまでにアーセナルを叩きのめすしかない。
石川ははやる気持ちを抑えながらリハビリに取り組む。

来シーズンのリベンジを心に誓って。
193 名前:第27話  夢への切符 投稿日:2006/02/11(土) 00:17
――――スペインリーガエスパニョーラ

ラコルーニャ、リアソールスタジアム

デポルティボ・ラ・コルーニャVSレアル・マドリード

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ラコルーニャまで駆けつけたレアルサポーターは、
屈辱で押し黙っていた。

今節を入れて残り4試合となったリーガエスパニョーラ。
終盤戦の順位は、識者たちの予想を大きく裏切ることとなった。
現在、首位を走るのは復活を遂げたFCバルセロナ。
2位には強豪バレンシアがつけている。
3位はデポルティボ・ラ・コルーニャだ。
そして王者レアル・マドリードは現在4位。
もし仮に今日の試合に敗れれば、その時点でレアルの優勝の可能性はゼロとなる。

そして、この試合、その事態が現実のものになりつつあった。
194 名前:第27話  夢への切符 投稿日:2006/02/11(土) 00:17
「出してっ!!」
右サイドをデポルティボMFが突破した。
その瞬間ペナルティエリアに飛び込んでいくのは、デポルティボの背番号10。
韓国が産んだ天才、ミ・サキーだ。
彼女のアシストによりホームのデポルティボが先制したのが後半23分。
そして今は後半41分。
ここで決まれば、レアルは全てが終わる。
レアルサポーターは、ただただ祈る。

右サイドからクロスが上がる。
このクロスに飛び込むミ・サキー、競り合うレアルDFイナモリッド・イズミ。
が、その瞬間芝に足を取られ、バランスを崩すイズミ。
それは王者レアルの沈没を指し示していた。
レアルサポーターの祈りも届かなかった。
ミ・サキーの打点の高い強烈なヘッドがゴールネットをゆさぶり、
王者レアル・マドリードの04−05シーズンは、幕を閉じた。
195 名前:第27話  夢への切符 投稿日:2006/02/11(土) 00:17
「く・・・・・・・・」
この敗戦を、日本が産んだ天才、後藤真希はベンチで受け容れた。
チャンピオンズリーグ敗退、“クラシコ”の敗戦。
これらの敗戦により天才は集中力を切らした。
その結果、終盤戦にはスタメンを外されることも多くなった。
これは今まで栄光を欲しいものにしてきた天才には屈辱のきわみだ。


屈辱のまま終えた今シーズン。
果たして、来シーズンは天才の復活がなるであろうか?


「レアルが消えた・・・・・・。」
この試合の結果を聞いたバルセロナFW松浦亜弥は、
喜ぶチームメートとは異なり、深くため息をついていた。
これで優勝にグッと近付いたのは嬉しいことだが、
レアルが半ば自滅するように落ちていったのは正直残念だ。
希望を言うならば、最終戦までレアルと競って、そして優勝を勝ち取りたかった。
「でも、それは贅沢すぎるよね。」
レアルは終わったとはいえ、まだシーズンは終わっていない。
2位のバレンシアとの勝ち点差は2。
明日の試合でバルサが負け、バレンシアが勝つと首位の座を明け渡さねばならない。
そんなことは絶対に許されない。
「残り4節。全勝で優勝。」
それが松浦亜弥が自分に課したノルマだった。
196 名前:第27話  夢への切符 投稿日:2006/02/11(土) 00:18
同時刻、マドリード、ビセンテ・カルデロン

アトレティコ・マドリーVSセルタ・デ・ビーゴ

こちらの試合は優勝争いとは何の関係もないが、
日本人同士による熱い戦いが行われていた。

「マーク厳しく!アヤカを行かせるな!!」
アトレティコのセンターハーフ、保田圭が指示を出す。
だがスピードに乗った彼女“オールライト”木村アヤカを止めるのは困難だ。
あっさりとアトレティコDFを置き去りにする。
「くっ!!」
保田はゴール前まで戻り、セルタFWのマークに付く。
前半に喫した失点も、今のようにアヤカが右サイドを突破し、
中に折り返したボールをセルタFWが押し込んだものだ。
絶対に同じ轍は踏まない。
が、その瞬間アヤカの右足が振りぬかれる。
ゴールは中に走るFWではなく、まっすぐゴールへ。

「あっ?!」
クロスが来ると思い込んでいたGKはこのシュートに対する反応が遅れた。
ゴールネットを激しく揺さぶり、アヤカのミドルが決まった。
これで2−2の同点だ。
197 名前:第27話  夢への切符 投稿日:2006/02/11(土) 00:18
「よしっ!」
グッと拳を天に突き出して喜びを表現するアヤカ。
そこへセルタのチームメートが抱きつく。
「アヤカ、上手くなってる。」
ゴールネットに絡まるボールを取りながら保田は呟く。
もともとスピードとテクニックに優れたドリブラーだったが、
このスペインに来てその実力は格段にアップしたようだ。
スペインといえばサイドアタック。
セルタもサイドアタックを重視し、前線はウイングを両翼に置いた3トップ気味の布陣だ。
それがアヤカにとって最高の環境となっていたのであろう。

「でも、こっちも負けられない。」
成長したのはアヤカだけではない。
自分もスペインという、世界最高峰のアタッカーが揃うリーグで戦ってきたのだ。
世界に名だたるビッグネームたちと毎週、しのぎを削ってきた。
自分も以前よりもはるかに成長している。
そう確信している保田。

そしてその成長を証明するかのように、
この後はアヤカのサイドアタックを的確な指示とカバーリングで防ぐ。
なおかつ試合終了間際には、セットプレーで正確なキックを見せ、
エース、ミムランド・ミームラの勝ち越しゴールをアシストした。

3−2という乱打戦。
この試合で活躍を見せたのは木村アヤカ、保田圭という2人の日本人だった。
198 名前:第27話  夢への切符 投稿日:2006/02/11(土) 00:19
――――ドイツブンデスリーガ

ドルトムント、ヴァスト・ファーレン

ドルトムントVSハンザ・ロストック

ここまで6位と、チームのポテンシャルから言えば低迷と言えるドルトムントは、
ホームで格下のハンザ・ロストックと対戦。
序盤からミキツキー、トミ・ナガーのチェコ代表コンビが爆発し、
4−0とリードを広げる。
だが後半32分、連携ミスからコーナーキックを押し込まれ、失点。
結局は4−1で勝利したが、このまま無失点で逃げ切れないところが
今季のドルトムントを象徴している。

「・・・・・・・・・・」
大きな失望とともに飯田圭織は肩を落とす。
意志の疎通。
これが今季の全てであった。
代表でポジションを争うライバルのミカ・トッドがプレミアで大成功を収めているのに対し、
その差は顕著に現れていた。

彼女にとって、ここが正念場であろう。
199 名前:第27話  夢への切符 投稿日:2006/02/11(土) 00:19
――――フランス、リーグアン

ニース、スタッド・ドゥ・レイ。

ニースVSASモナコ


フランスでは今節を入れて残りは5節だ。
しかし、ほぼ大勢は決まっていた。

首位はここ最近フランスサッカー界を牽引するリヨン。
2位にはパリ・サンジェルマンで3位がASモナコである。
優勝の可能性はわずかに残っているが、リヨンが逃げ切ることはほぼ間違いないであろう。
だが、2位、3位争いにも大きな意味がある。
2位のクラブには来シーズンのチャンピオンズリーグ本戦への出場権が与えられるのに対し、
3位は予備戦3回戦からの出場となる。
この差は考えている以上に大きな差である。
何故ならその試合の分だけコンディションを上げておかなければならないのだ。
そしてその分のツケは、必ず終盤に来る。
だからこそ、この試合、モナコは必ず勝たねばならない。

「みんな、絶対にこの試合勝つよ!」
その思いを強く持ったのが日本代表高橋愛。
チャンピオンズリーグに出場し、世界の一流たちと戦えたことにより、
彼女は上へと目指す意欲が高くなった。
その意欲が、更なる高みへと導いていく。
得点にこそ絡まなかったものの、キレのある動きでモナコ攻撃陣を牽引する。
アウェーでありながら2−1で見事に快勝。
2位のパリ・サンジェルマンにプレッシャーをかけることに成功した。
200 名前:第27話  夢への切符 投稿日:2006/02/11(土) 00:20
――――ポルトガル、スーペルリーガ。

ポルト、ドラゴン・スタジアム

FCポルトVSリオ・アベ

ポルトガル、スーペルリーガは今節を入れて残り2節。
現在、首位を走るのはFCポルト。
だが、その後ろを猛追するのが2位のスポルティング・リスボン。
勝ち点差を4まで詰めてきた。
しかし、このリオ・アベ戦に勝利さえすれば、見事に23回目の優勝達成となる。
相手は格下であり、ポルトの実力からすれば何の問題もないように思われる。
が、ポルト監督、名将テレ・キダターロは迷っていた。

それはこの一戦から4日後の5月4日に、
チェルシーとのチャンピオンズリーグ準決勝セカンドレグがあるからだ。
ファーストレグは柴田あゆみの活躍で4−1と圧勝したポルトだが、
セカンドレグもそうなる保障はどこにもない。
それどころか、逆に4−0で完膚なきまでに叩きのめされるかもしれないのだ。
だが、かといってこのリーグ戦終盤、
タイトルがかかった試合を軽視するわけにはいかない。
しかも、ポルトもここまで無敗できているのだ。
後2試合で無敗優勝という大記録が達成される。
それだけにブラジルが産んだ名将といえども、直前まで決断をしかねていた。
201 名前:第27話  夢への切符 投稿日:2006/02/11(土) 00:20
が、決断を決定付ける報告が、キダターロのもとに届いた。
それは、医者からの報告書であった。
「アユミ・シバタの足は酷使してはいけません。十分に休養を取らせるべきです。」
チャンピオンズリーグ決勝トーナメント一回戦、マンチェスター・ユナイテッド戦で足を負傷した柴田。
その際に治療をしたドクターは、柴田の足の特異さを認識することとなった。
彼女の足は、素晴らしいポテンシャルを秘めているが、
その分強度が足りない、という。
だからこそ、連戦はなるべく避けるべきだという、ドクターの進言だった。
テレ・キダターロ監督も、柴田の素質にほれ込んでいる。
それだけに、彼女を潰してしまうわけにはいかない。
キダターロは、この試合、マエストロを使うことを断念した。

が、この結果、チームは無敗で優勝という栄誉を失うこととなった。
格下であるはずのリオ・アベが奮闘をみせ、1−0で敗れてしまったのだ。
思いもよらぬ結果にがっくりと肩を落とすポルトイレブン。
いくら柴田を欠いているとはいえ、負けるとは思いもよらなかった。
しかし、これは大いなる戒めとなった。
それはこの敗戦により、
「格下と舐めていたら、必ず手痛いしっぺ返しを食らう。
絶対に油断してはならない。」
というサッカーの大原則をしっかりと胸に刻み込むことができたのだ。
「気持ちを入れ替えてチャンピオンズリーグのチェルシー戦、
そしてリーグ最終戦のパッソス・デ・フェレイラ戦を戦おう。」
「おうっ!」
柴田たちポルトイレブンはそう確認しあった。
202 名前:第27話  夢への切符 投稿日:2006/02/11(土) 00:21
そんなポルトイレブンに、柴田に大きなプレゼントが贈られた。
プレゼントの贈り主は、ベンフィカFW村田めぐみ。
翌5月1日、2位と3位の直接対決、S・リスボンVSベンフィカの試合で、
後半42分、ベンフィカFW村田めぐみが値千金の決勝ゴールを上げた。
このゴールは、ベンフィカを2位に押し上げるとともに、
ポルトに23回目の優勝をプレゼントするゴールとなったのだ。

「ありがと、めぐみ。」
柴田はブラウン管に映る親友に向かって感謝の言葉を述べた。
これで、何の憂いも無くチャンピオンズリーグへと挑める。
目指すは、リーグ、国内カップ、そしてチャンピオンズリーグの3冠。
全てが今、手の届くところにあった。

そしてその先にあるものは・・・・・・

柴田あゆみは、その先にあるものを目指し、前へ、前へと進んでいく。
203 名前:第27話  夢への切符 投稿日:2006/02/11(土) 00:21
ポルトガル以外にも、5月1日も激闘が繰り広げられた。

――――イタリア、セリエA。

ミラノ、スタディオ・サンシーロ。

ACミラン VS ASローマ

セリエAも残りは2節となった。
ここまで首位はACミラン。
チャンピオンズリーグ敗退後、国内リーグ一本に絞ることにより、
その実力の全てをリーグ戦で発揮することができた。
王者ユヴェントスがチャンピオンズリーグの掛け持ちによる取りこぼしをする中、
ミランは確実に勝ち点3を獲得。
ついにはユーヴェを逆転するまでに至った。
そして迎えた3位のローマとの大一番。
この試合に勝てば、スクデットへ大きく前進する。
204 名前:第27話  夢への切符 投稿日:2006/02/11(土) 00:22
試合は序盤からイタリアらしい、組織だったディフェンスが目立つ。
ミランの4バックはブラジル代表ユーミン、イタリア代表マキコサンドロ・エスミ、
日本代表石黒彩、イタリア代表タマオ・ナカムラーニという世界最高の4バック。
対するローマはアルゼンチン代表オカモト・マヨエル、そして日本代表紺野あさ美。
まさに世界屈指のDF陣たちの競演。

またそれを打ち破る攻撃陣も豪華だ。

ミランはウクライナ代表イイジマー・ナオチェンコ、
イタリア代表スズカゼ・マヨザーギの2トップに、
ブラジル代表ハマ・サーキ・アユウド、ポルトガル代表ヒロスエ・リョウ・コスタ、
オランダ代表サトレンス・アイコルフ、
そしてイタリア代表マユコ・ハカセ。
この黄金の中盤が危険な2トップを走らせる。
一方ローマのアタッカー陣は、正統派ストライカー、アルゼンチン代表ナカジマル・ミユキトゥータ。
彼女を支える中盤には、イタリア代表ディ・カリーナ、キョウノ・コトミージ、ブラジル代表アイコソン、
そしてイタリア代表ナカマチェスコ・ユッキエ。

まさにイタリアを、世界を代表する選手たちが揃った両クラブ。
攻守にわたってまったく気が抜けない展開が続く。
そしてその激闘の結果は0−0のスコアレスドロー。
その戦いに、サッカーの女神は両者に等しく舞い降りたのであった。
205 名前:第27話  夢への切符 投稿日:2006/02/11(土) 00:22
ペルージャ、レナト・クーリスタジアム。

ペルージャVSユヴェントス

ミランVSローマの試合が引き分けに終わったため、
ユーヴェにとってはスクデットへと望みをつないだ一戦となった。
しかし、ここでユーヴェ監督オダギリ・ジョリッピは決断をした。
ポルトのように、この試合を捨て、次のチャンピオンズリーグへと照準を絞ることに。
この試合で勝利しても、残り2節でミランを逆転するのは難しい。
ミランはこの後、レッジーナ、ブレシア戦を残す。
いずれも格下のため、ミランが取りこぼすとは考えられない。
ならば、一番タイトルに近いものを取りにいく。
そう決断し、ジョリッピは主力選手をほとんど温存した。

その結果、格下ペルージャに1−0の敗戦を喫し、ユーヴェのスクデットは完全に消えた。

「・・・・・・この借りは必ず返す。」
可能性は正直ほとんどないとは分かってはいたが、実際にスクデットを逃すとなると、
悔しさは隠し切れない。
それが福田明日香という人物ならばなおさらだ。
「なっちも悔しい。来シーズンは必ず。」
安倍なつみも、自分の加入がスクデットへとつながらなかったことが悔しい。
王者ユーヴェのエースストライカーとして、仕事ができなかったのだ。
来シーズンでのリベンジを誓い、福田明日香、安倍なつみはチャンピオンズリーグへと向かう。
206 名前:第27話  夢への切符 投稿日:2006/02/11(土) 00:22
レッチェ、ビア・デル・マーレ

レッチェVSインテルミラノ

こちらの試合はスクデットとは関係ないが、
インテルミラノ吉澤ひとみにとっては大事な大事な一戦となった。
インテルは現在優勝争いとは全くの無関係の4位。
ビッグ3(ユヴェントス、ミラン、インテル)の一角としては少し寂しい成績だ。
そして何より、これ以上成績を落とせば来シーズンのチャンピオンズリーグに出場することが出来なくなる。
これはひとみにとって、後藤との約束を破ることとなる。
それだけにひとみにとって、この試合は正念場だ。

だが、その思いは空転した。

ホームでありながら自陣深くへと閉じこもるレッチェを打ち破ろうと、
積極的に攻撃を仕掛けるインテル。
が、その前がかりになった隙を突かれた。
わずか2本のシュートのみだったが、
見事なまでのカウンターにより2失点を喫してしまった。
終了間際にようやく天才アルバロ・ヤイコが
魔法の左足によるFKからレッチェゴールをこじ開けるが、時既に遅し。
格下レッチェ相手に2−1とまさかの敗戦を喫してしまった。
207 名前:第27話  夢への切符 投稿日:2006/02/11(土) 00:23
「・・・・・・・・・・」
この結果に、ひとみの表情も強張る。
これはひとみにとって痛恨以外の何物でもない。
残り2節でこの敗戦は何よりも痛い。
そして追い討ちをかけるように、5位のパルマ、6位のラツィオが勝利したため、
インテルは順位が2つ下がって、6位。
チャンピオンズリーグ出場へと黄信号が灯った。

「まだだ。まだ2節ある。絶対に諦めない。」
だが今のひとみは以前のひとみとは違う。
絶対に、最後まで諦めない。
最後の最後まで可能性を信じ、全力を尽くそうとする。
そうしなければ、自分の最大のライバルには追いつけなくなると感じているからだ。
「絶対に、絶対にチャンピオンズリーグ出場権を取ってみせる。」
そう誓い、ピッチを後にするひとみであった。
208 名前:第27話  夢への切符 投稿日:2006/02/11(土) 00:23
――――スペインリーガエスパニョーラ

バルセロナ、カンプノウ

バルセロナVSエスパニョール

首位を走るバルセロナは、同じ本拠地のエスパニョールとのバルセロナダービー。
この試合もバルサが誇る4トップが爆発。
エスパニョールをまったく相手にしない。
アルゼンチン代表タマキル・ナミオラの2ゴールに、日本代表松浦亜弥、
ブラジル代表のコヤナギーニョの得点で4−1と圧勝。
優勝へと逃げ切りを図った。
チームの雰囲気もよく、このまま優勝するというのが大方の予想だが、果たして・・・?
209 名前:第27話  夢への切符 投稿日:2006/02/11(土) 00:23
バレンシア、メスタージャスタジアム

バレンシアVSベティス

一方、バルセロナを追うバレンシアはホームでベティスと対戦。
アルゼンチン代表チヒロ・オニツカールのファンタジーと、
スペイン代表ミホチャン・シライシのスピードでベティスを圧倒。
2−0で勝利し、バルセロナ追撃の手を緩めない。
ちなみにこの試合、バレンシアの日本代表矢口真里は試合に出場せず。
日本代表の試合で慣れないサイドバックにつき、フォームを崩した影響のためである。
バレンシア陣営はこの結果を招いたツンクを激しく非難。
終盤のバルサ追い上げに大きな被害を被ったからだ。
次回の代表選出の際には、もしもまたサイドバックで使うようならば
強い態度で臨むことを表明している。
210 名前:第27話  夢への切符 投稿日:2006/02/11(土) 00:24
――――オランダ、エールディビジ

アムステルダム、アムステルダム・アレナ

アヤックスVSズボレ

オランダ、エールディビジでも熱戦が繰り広げられている。
残り3節で首位を走るのはアヤックス・アムステルダム。
ゲームメイカー、オランダ代表クニナカ・チュラ・サン・エリート、
日本代表加護亜依が繰り出す攻撃力はオランダ随一。
堂々の首位を走っている。

この試合でも自慢の攻撃力が爆発。
加護の変幻自在のドリブルは誰にも止められず、
チュラ・サン・エリートのパスには誰も付いて行けない。
特に加護のドリブルはここオランダの地で更なる進化を遂げていた。
211 名前:第27話  夢への切符 投稿日:2006/02/11(土) 00:24
「アイ!!!」
3トップの左を任されている加護。
彼女にボールが渡れば、観客は一斉に沸きあがる。
じりじりと距離を詰める加護。
そして右足でボールをまたぐと左足アウトサイドで一気にタテへと抜ける。
「?!!!!」
が、その瞬間、ボールは反対方向に弾かれる。
“エラシコ”だ。

ウオオオオオオオオオオオオオ?!!!!!!

エラシコで相手をかわした加護は、中へと切れ込む。
当然ズボレDFも加護へチェックに向かう。
が、それを加護は予測しており、チェックに来る前にボールを出す。
そしてすぐさまDFラインの裏へと抜け出す。
「さすがエリさんや!」
そう叫ぶほど見事なパスが加護へとリターンされていた。
リターンを出したのはオランダの宝石、クニナカ・チュラ・サン・エリート。
彼女と加護とのコンビは、まさに珠玉の輝きを放っていた。
加護はこのリターンパスを胸でトラップすると、そのままダイレクトで思い切り叩いた。
ボールは唸りをあげてゴールネットに突き刺さっていった。
212 名前:第27話  夢への切符 投稿日:2006/02/11(土) 00:24
「よし!」
加護がグッと右拳を突き上げる。
これで今シーズン、得点は二桁を数えることとなった。
アヤックス加入後、わずか半年で二桁ゴール。
これは今までの加護からは考えられない数字である。
それを可能にしたのは加護のドリブルの進化だった。
それは技術云々ではなく、質の変化にあった。
つまり、「抜く」ためではなく、「点を取る」ためのドリブルへ。

今まではドリブルで突破することに最大の喜びを感じていた加護。
しかし、アヤックスでクニナカ・チュラ・サン・エリートとコンビを組むようになって加護はゴールを量産していった。
そしてそれが、加護に得点の喜びを教えることとなった。
得点の喜びを覚えた加護は、全てがゴールへと繋がることを強く望むようになったのだ。
ドリブルを生かすためにパスを覚えた。
そして今度はそのドリブルはゴールのために。

その結果、加護のドリブルは今まで以上に危険で厄介な代物となったのだ。

この加護の進化したドリブルにより、ズボレはずたずたに切り裂かれる。
5−0と最下位ズボレを完膚なきまでに叩きのめした。
213 名前:第27話  夢への切符 投稿日:2006/02/11(土) 00:25
アイントホーフェン、フィリップス・スタディオン

PSVVSフォーレンダム

首位を走るアヤックスを追うのは、日本代表辻希美を擁するPSV。
だが、残り試合を考えると、追いつくのは難しい状況となった。
アヤックスとPSVの差は、試合数の差であろう。
PSVがチャンピオンズリーグ決勝トーナメントまで進んだのに対し、
アヤックスはグループリーグ敗退。
しかも最下位で終わったためUEFAカップにも回らなかった。
その分全精力をリーグ戦にかけたため、アヤックスは取りこぼすことは無かった。
が、PSVはチャンピオンズリーグのために主力を温存したりなどで取りこぼしがあり、
それがそのままアヤックスとの差となったのであった。

「止まったらだめ!最後まで足動かして!!」
試合も残り3分。
一番厳しい時間帯だが、辻は足を止めない。
3−0と大差はついているが、相手のチェックを怠ることはない。
「ツジのフォローだ!!」
この辻の動きに引っ張られるように、PSVイレブンもピッチを駆け巡る。
その姿からは、シーズンを諦める気持ちは微塵も感じられない。
残り試合を考えると、正直アヤックス逆転は難しいが、辻は絶対に諦めない。
ここで諦めて気の抜いた試合をしたならば、一生あの人には、“偉大なるパイオニア”には追いつけないであろう。
偉大なるパイオニアの魅力は、技術、体力はもちろんだが、一番はその精神力だ。
技術も体力も劣る自分が、精神力で負けてどうする。
辻は更なる高みを目指して躍動する。

その後PSVは辻が2ゴールを叩き込み、5−0で圧勝した。
214 名前:第27話  夢への切符 投稿日:2006/02/11(土) 00:25
――――ドイツ、ブンデスリーガ

ゲルゼルキルフェン、アレーナ・アウフ・シャルケ

シャルケ04VSヘルタ・ベルリン

今シーズン終了後、バイエルン・ミュンヘン移籍が決まっているシャルケ04の日本代表藤本美貴。
自分を育ててくれたクラブに恩返しをして移籍しようと気合を入れて臨んだ今シーズンだったが、
ここまでチームは8位と低空飛行。
藤本も恩を返せないでいた。
この原因は主力の怪我もあるが、藤本自身にもあった。
今シーズンより日本代表に招集されるようになった藤本。
その幾度とない長距離フライトにより、コンディションの維持を上手くできなかったのだ。
これには本人も自覚しており、次シーズンには万全の対策を立てるつもりでいる。
バイエルンならば世界各国の代表選手が揃うため、
クラブ全体で色々と対策を立てることができるであろう。
今シーズンの轍は絶対に踏まない。
そう誓う藤本であった。

試合のほうは何とかUEFAカップへチームを導きたい藤本が活躍。
2アシストで3−0の勝利に貢献した。
215 名前:第27話  夢への切符 投稿日:2006/02/11(土) 00:26
4月30日、5月1日のリーグ戦もこうして幕を閉じた。
リーグ優勝を果たしたクラブ、または逃したクラブ。
さらには来季のチャンピオンズリーグやUEFAカップをめざすクラブと、
その模様は様々だ。
全ての選手たちは目標へと向かって全力を尽くす。
それがプロだからだ。

そして、全てのプロたちの心を震わせる戦い、
チャンピオンズリーグもとうとう準決勝セカンドレグを迎えた。

2005年5月3日。

イタリア、トリノ、スタディオ・デッレ・アルピ

ユヴェントスVSアーセナル
216 名前:第27話  夢への切符 投稿日:2006/02/11(土) 00:26
「イチイ、今からそんな飛ばしてたら、最後までもたないぞ。」
試合開始前のアップ。
ピッチを走る市井に、中盤でコンビを組むトキーワがセーブするように指示する。
「ああ、分かってる。」
そう答えながらも市井はセーブをせず、全力で走る。
試合開始から全力でいかねば、ユーヴェは、福田明日香は倒せない。
だからこそ今、体を温めておかなければならない。
「おい、イチイ!」
「かまわん、好きにさせてやれ。」
余りのオーバーペースに、たまらず止めようとするトキーワだが、
アーセナル監督ザイゼン・カラサワは市井の思うようにさせた。

『・・・・・イチイ、今日の試合、お前の本当の力を見せてみろ。
そして必ずフクダを倒せ。』
彼女の素質は誰よりも高く評価している。
だからこそこの試合は、市井紗耶香に全てを任せる。
217 名前:第27話  夢への切符 投稿日:2006/02/11(土) 00:27
「紗耶香の奴、飛ばしてるね。」
その様子を鋭い眼光とともに見つめているのが、福田明日香だ。
彼女も、誰よりも市井紗耶香の恐ろしさを知っている。
そして、今、市井紗耶香が最高潮の状態でここトリノに乗り込んできていることも。
「なっち。紗耶香はあたしが必ず止める。だから攻撃は頼むよ。」
「うん。なっちに任せるべさ。」
これは福田が攻撃を放棄したことを意味する。
つまり、この試合、延々と市井のマークに付くという意志の表れだ。

お互い、前回の対戦で相手の恐ろしさを嫌というほど思い知った。
それだけに、この試合でいかに相手を押さえるかが鍵となることを、
市井も福田も知っていた。

『この試合、どちらが音をあげるかだね。負けないよ、紗耶香。』
偉大なるパイオニアが、不敵に微笑んだ。
218 名前:第27話  夢への切符 投稿日:2006/02/11(土) 00:27
ウワアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!

スタジアムが大きく揺れる。
普段はわりかと空席があるスタディオ・デッレ・アルピだが、この日は超満員。
ユーヴェのゼブラカラー、そしてアーセナルの赤でスタジアムは覆いつくされる。
もともと欧州の名門同士の戦いであり、チャンピオンズリーグの準決勝。
注目度が高いのは当然のことであるが、
ファーストレグでの激闘がさらに注目度をあげていた。

今回も必ず心を振るわせる激闘が繰り広げられる。

全世界の人々はそう確信し、この試合をある者は現地で、
ある者はブラウン管で見つめていた。


「ぶっつぶしてやる。」
入場行進を終え、両チームの選手たちが握手を交わしていく。
その際に市井は高らかに宣戦布告をした。
「こっちがね。失意のうちにロンドンに帰りな。」
そして福田も倍返しの返答をする。
両者とも、気合は十二分に入っている。


クラブレベルでの最高の栄誉、チャンピオンズリーグ優勝。
その舞台への夢切符をかけた戦い、『ジハード』が、今再び開戦されようとしていた。
219 名前:第27話  夢への切符 投稿日:2006/02/11(土) 00:27
<ユヴェントス>

       27         GK  1 ジャンルイジ・フカキョン
    10            DF  4 アンパン・トダム
                  MF 11 アキコ・ヤダベド
   21    11          18 福田明日香
                     21 ナナコーヌ・マツシマ
    26  18           26 エドガー・マヤミッキ
                  FW 10 アレッサンドロ・デル・ハセキョン
 DF         DF       27 安倍なつみ
    DF   4

       1
220 名前:第27話  夢への切符 投稿日:2006/02/11(土) 00:28
<アーセナル>4−4−2

        25
    14            DF 23 ナオミ・ザイゼン・キャンベル
                  MF  4 タカコリック・トキーワ
  7     11   9        7 フカーツ・エリス
     4                9 シノハラ・リョウコール
                     11 市井紗耶香
 DF         DF    FW 14 ウエト・アーヤ
    23  DF           25 ヒローコ・オグー

      GK
221 名前:第27話  夢への切符 投稿日:2006/02/11(土) 00:28
前回の『ジハード』は静かな立ち上がりだった。
が、今回は違った。
試合開始の笛と同時に、両チームが全力を出してぶつかり合う。


「サイドだ!サイドから崩せ!」
市井が大きな身振りで指示を送る。
前回の対戦で、ユーヴェの中央はとんでもなく分厚いことが分かった。
福田明日香を中心に、エドガー・マヤミッキ、
アンパン・トダムとワールドクラスが揃っている。
が、その反面サイドはどちらかといえば手薄である。
それに対して、こちらは両サイドはフランス代表のテクニシャン2人だ。
狙うならそこだ。

「無理に取りにいくな!時間をかければいい!」
市井に負けじと、福田も大きな身振りで指示を送る。
市井の狙い通り、サイドはユーヴェにとってはウイークポイントに入るであろう。
が、いくらサイドを崩されようと、しっかりと中央を固めて跳ね返せばいい。
だからサイドの選手には中央を固める時間を稼がせる。
「トダム!25!!」
ユーヴェが誇る守護神、フカキョンも的確な指示を送る。
アーセナルは今日のスタメンに長身FWヒローコ・オグーを持ってきている。
そのため、サイドアタックがいつもよりも脅威だ。
だからこそトダムにオグーを付けさせる。
222 名前:第27話  夢への切符 投稿日:2006/02/11(土) 00:28
「ちっ!」
右サイドをフランス代表シノハラ・リョウコールが突破する。
しかし突破にいくらか時間がかかった分、中は完全に固められている。
「リョウコ!」
とその時、市井はペナルティエリアの外へといったん出てボールを要求する。
このまま闇雲にクロスをあげても跳ね返されるのが落ちだ。
それよりも、ここは中央突破。
上手くいけばゴール、またはPKを取れる。
「頼むイチイ!」
シノハラも市井の狙いを理解し、グラウンダーの速いパスを送った。

だがユーヴェが思い通りにさせてくれるはずがなかった。

「甘いよ紗耶香!!」
「明日香!!」
市井の狙いを察知した福田が、爆発的な瞬発力で市井の前に躍り出てこのパスをカットした。
「来い!アスカ!」
その瞬間ユーヴェFWハセキョンが左サイドのスペースへと流れていく。
もちろん福田がこれを見逃すはずが無い。
ライフルのような鋭いパスがハセキョンの足元へ送られた。

ユーヴェ、必殺のカウンターだ。
223 名前:第27話  夢への切符 投稿日:2006/02/11(土) 00:29
「そこで遅らせろ!!」
アーセナルDFリーダー、ナオミ・ザイゼン・キャンベルが指示を出す。
こちらは1点差を追いかける立場にある。
それだけにユーヴェに先制を許せば、その時点で試合終了となる。
絶対にゴールを死守しなければならない。

だがそんな思いを、ユーヴェのエースが切り裂く。

オオオオオオオオ?!!!!

チェックに来たアーセナルDFを一瞬でかわす。
その華麗な動きに、満員のデッレ・アルピが揺れる。
DFをかわしたハセキョンは、そのまま左サイドを駆け上がる。
中央を駆け上がるのはエースストライカー安倍なつみ。
右からはチェコの英雄アキコ・ヤダベドが切れ込んできている。
この2人からやや離れた位置で、パーフェクトクイーンナナコーヌ・マツシマがフォローに入っている。

ユーヴェ最強のカルテットが、アーセナルゴールへと襲い掛かる。
224 名前:第27話  夢への切符 投稿日:2006/02/11(土) 00:29
「頼むナオミ!!」
市井が必死に自陣へと戻るが、ユーヴェの高速カウンターの前には到底追いつけない。
ここは仲間たちのディフェンスに託すしかない。

「アベをフリーにしてはいけない。」
アーセナルDFナオミは前の対戦で、この日本人ストライカーの実力を思い知った。
ゴール前、ペナルティエリア内では彼女こそユーヴェのナンバーワンプレイヤーだ。
「来い!!」
安倍がゴール前に飛び込んでいく。
もちろんナオミもマークについている。
しかしナオミはハセキョンと安倍、両方を視界に入れておかねばならない。
この点ですでに致命傷を負っていた。
225 名前:第27話  夢への切符 投稿日:2006/02/11(土) 00:30
「?!」
その時、ナオミの視界から安倍が消えた。
自分の右側にいたはずの安倍の姿が消えたのだ。
「ファーか?!!」
これはファーサイドへと逃げたな。
そう思い、ファーサイドを見ようとした瞬間、
いきなり自分の目の前にユーヴェの27番が出没した。
ファーサイドへ行ったと見せかけて、急激にニアサイドに切れ込んだのだ。
そのタイミングと動きのキレは、安倍の得点への並外れた嗅覚が可能にしたものだ。
「な?!」
「すごい!!」
この動きを真後ろから見ていたのは市井と福田。
安倍のゴール前での消える動きに思わず感嘆の声が出る。

「アベ!!」
安倍がナオミのマークを外した瞬間、ハセキョンからクロスが送られた。
2トップでコンビを組んで、安倍の動き方は熟知している。
いくら相手がナオミであっても、必ずアベならばマークを外す。
そう確信してのクロスだった。
226 名前:第27話  夢への切符 投稿日:2006/02/11(土) 00:30
「しまった!」
ここまではまさに完璧だった。
が、ハセキョンの左足から放たれたクロスは、わずかにマイナス。
これではさすがの安倍もシュートに持って行けない。
「なら!」
その瞬間、安倍はスイッチを切り替えた。
シュートから、ポストプレーへと。
左からのクロスを、左足インサイドで勢いを殺してペナルティエリア中央外へと落とす。

そこへ猛然と走りこむのはヤダベド。
左足ダイレクトで、このボールをとらえた。
豪快に放たれたシュートは、アーセナルGKが必死に伸ばす手をかすめ、ゴールネットに突き刺さった。


ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!

スタジアムが一斉に沸き返る。
前半6分。
ユヴェントス、いきなりの先制点。
227 名前:第27話  夢への切符 投稿日:2006/02/11(土) 00:31
そしてこれは、アーセナルに止めを刺そうかという、大きな、大きな1点。
その重みを十二分に知っているアーセナルイレブンは、がっくりと肩を落とす。
絶対にやってはならない先制点を与えてしまったのだ。
それだけにショックは大きい。


「・・・・・・つえーな。」
市井もユーヴェの力に感嘆の意を禁じえない。
攻守ともに隙の無い、まさに完璧なチームだ。

果たして自分たちはこの完璧なチームに勝てるのだろうか?


アーセナルは、市井紗耶香は、早くも追い詰められていた。
228 名前:ACM 投稿日:2006/02/11(土) 00:32
すみません、本日はここまでとさせていただきます。
またも中途半端で止まってしまってすみません。
他の選手たちの活躍も書こうとしたら、思いのほか長くなってしまいました。
続きはまた近日中にあげられたらと思っています。
229 名前:ACM 投稿日:2006/02/11(土) 00:33
では次回更新まで失礼いたします。
こんな話ですが、また見てやってください。
230 名前:みっくす 投稿日:2006/02/11(土) 01:10
更新おつかれさまです。

改めてみると、相当な人数が飛び出しているんですね。
さあ、この戦いはどうなるのかな?
次回、続き楽しみにしています。
231 名前:ピクシー 投稿日:2006/02/12(日) 07:29
更新お疲れ様です。

つくづく海外組の人数がすごいですねぇ。
海外に出てからの明暗、成長等も個人個人違うみたいですね。
日本人対決にはこれからも目が離せませんね。

次回更新も楽しみに待ってます。
232 名前:春嶋浪漫 投稿日:2006/02/13(月) 01:51
更新お疲れ様です。

海外組の活躍。いよいよチャンピオンリーグも各地リーグも終盤ですね。
日程的にいけばもうすこしで代表戦のW杯の最終予選になるのかな?
けど、こうやって見ると複数のリーグを取り上げているので
膨大な登場人物にいつもながら感嘆いたします。

次回更新も楽しみに待っています。
233 名前:クロ 投稿日:2006/02/18(土) 22:45
お待ちしていました!!
いっやー鮮やかですね、ユーベの先制点。実際も
あんぐらい強いですからね。こっから市井ちゃんの反撃が
どう来るか楽しみです。
でも本当に凄い人数ですよね、いつも関心しながら見てます。

次回の展開も楽しみにしてます。
234 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/02/24(金) 16:28
最初から一気に読ませて頂きました。
すっげえ面白いです!!
作者さんが美勇伝をどこで使うのかが気になるところですね。
これからも応援してます。
235 名前:ACM 投稿日:2006/04/17(月) 22:44
>>230 みっくす様
レスありがとうございます。そうですね、作者も改めて人数の多さに驚きました。
実際もこれぐらい海外に進出し、
誰を代表に選ぶのか迷うような状態になってほしいものです。
この戦いもついに決着が付きます。どうかご期待下さい。

>>231 ピクシー様
レスありがとうございます。海外組が本当に増えました。
そしてこれだけ人数がいますから、当然栄光もあれば挫折もあります。
その辺りを上手く描ければと思います。
これからもどうぞよろしくお願いいたします。

>>232 春嶋浪漫様
レスありがとうございます。そうですね、日程的に
チャンピオンズリーグが終われば代表戦に入っていきます。
W杯最終予選、それからコンフェデへといきます。
人数が多いため、今から誰を代表にしようか作者自身迷っているところです。
236 名前:ACM 投稿日:2006/04/17(月) 22:45
>>233 クロ様
レスありがとうございます。ユーヴェの試合巧者ぶりは、本当に感心させられます。
ですが市井もこのまま終わるわけがありません。反撃にご期待下さい。
人数は本当に多くなりました。ですが、
全員をうまく書ききれていないところが悔しいです。

>>234 名無飼育様
レスありがとうございます。最初から一気に読んでいただき、ありがとうございます。
こんな話ですが、これからも見ていただけると嬉しいです。
美勇伝はもう少し後で登場します。
一応登場の布石は打っているつもりですので、ご期待下さい。


では本日の更新です。
237 名前:第27話  夢への切符 投稿日:2006/04/17(月) 22:46
絶対にやってはならない先制点。
それを開始わずか6分で与えてしまったアーセナル、市井紗耶香。
しかも相手はイタリアが誇るユヴェントス。
1−0(ウノ・ゼロ)のユヴェントスだ。
この先制点で後は守りきるだけ。
もし仮に失点しても、まだ1−1。
アーセナルが勝つには2−1で勝つしかない。
そして今のユヴェントス相手に2点を取ることがどれほど難しいのかは、
聞かなくても誰もが承知していた。

サッカーに関わる全ての者は、この瞬間、ユヴェントスの決勝進出を確信した。


「よし、後は引いて守れ!」
ユーヴェ監督、オダギリ・ジョリッピが選手たちに守りきるように指示を出す。
さあこれで決勝進出へ磐石だ。
ユーヴェ陣営の誰もがそう思った。
238 名前:第27話  夢への切符 投稿日:2006/04/17(月) 22:46
「・・・・・・早すぎる。チャンスだ。」
まさかの失点にがっくりと肩を落とすアーセナル陣営。
が、その中で一人、市井紗耶香だけは死中に活を見いだしていた。
それは、アーセナルにとってとどめになるであろうこの得点だ。
得点を入れた時間が、早すぎるのだ。
ユヴェントスの本当の恐さは、試合巧者なところにある。
堅いディフェンス、総合力に優れた中盤、決定力に優れた前線。
これらの特徴を持ったそれぞれのブロックが、
その試合状況に応じて柔軟に、確実に仕事をする。
それがユヴェントス最大の強みだと市井は睨んでいた。
が、この早すぎる得点により、ユーヴェは守りきるだけとなった。
つまり、柔軟さを失い、戦況に応じた戦いを見せる試合巧者振りを発揮する機会を失ったのだ。
「このユーヴェなら、圧力をかけ続ければ必ず崩せる。
そしてあたしたちは、ヨーロッパ最強の攻撃陣、アーセナルだ。」
市井はゴールネットに絡まったボールを持ち、センターサークルへと走る。
「サヤカ・・・・・・」
その表情は自信に満ち溢れており、
落ち込むアーセナルイレブンを奮い立たせるのに十分であった。

ユヴェントス先制で終わったと思われたこの試合。
しかしまだ試合は、『ジハード』は終わっていなかった。
239 名前:第27話  夢への切符 投稿日:2006/04/17(月) 22:47
ピィー!!

「いくよ!!」
キックオフの笛と同時にアーセナルは怒涛の攻撃を仕掛ける。
市井からパスを受けたフランス代表のテクニシャン、フカーツ・エリスが
左サイドからユーヴェゴールに襲い掛かる。
ワンフェイクでユーヴェ右サイドバックをかわすと、そのまま中へと切り込んでいく。
「マヤミッキ!!」
「分かってる!」
が、ユーヴェもすぐさまフォローに入る。
福田がすぐさまフカーツのチェックに行き、
マヤミッキがポジションをずらして全体のバランスを取る。
連携が取れた素晴らしいユーヴェのディフェンスだ。

「エリ!」
しかしアーセナルの攻撃陣も負けてはいない。
彼女たちは名将ザイゼン・カラサワが鍛えに鍛えた攻撃陣だ。
その華麗なるパスワーク、機能美はまさに世界最高峰。
フカーツ・エリスは福田のチェックを市井との細かいワンツーで完璧にかわした。
240 名前:第27話  夢への切符 投稿日:2006/04/17(月) 22:47
オオオオ?!!!

スタジアムも思わずどよめくほどの細かい、そして速いワンツー。
あの福田明日香もただ見送るだけだった。
「オグー!」
抜け出したフカーツは、リターンされたボールをさらにダイレクトで中にあげる。
そのクロスは利き足とは逆の左足で上げられたにも関わらず、
柔らかく、正確にオグーの頭に。
「もらった!」
オグーはトダムと競り合いながらもこのクロスを完璧に頭でとらえる。
「くうっ!」
しかしユーヴェゴールを守るは、世界最高峰の守護神、ジャンルイジ・フカキョン。
この完璧なヘッドを、超人的な反応でセーブ。
こぼれ球はユーヴェセンターバックが大きくクリアした。
241 名前:第27話  夢への切符 投稿日:2006/04/17(月) 22:47
ワアアアアアアアアアア!!!!!!!

フカキョンのスーパーセーブにスタディオ・デッレ・アルピが大きく揺れた。
まさに絶体絶命のピンチだった。
それを救った守護神にユーヴェサポーターは惜しみない声援を送る。

が、これは裏を返せばアーセナルに完璧に崩されたということだった。

「ドンマイ、ナイスヘッド。」
シュートを止められ、頭を抱えるオグーの肩を市井がポンと叩く。
ゴールこそ決まらなかったものの、今のは理想とする攻撃だった。
やはりオグーの高さは頼りになる。
「コーナーキック、頼むね。」
「オッケー。」
市井はオグーにそう言うと、コーナーフラッグへと走る。
今日はオグーがスタメンのため、セットプレーも今まで以上に得点を奪える可能性が増える。
彼女に合わせてもいいし、彼女を囮にしてもいいだろう。
さあどうしようか。
リードされ、絶体絶命のはずの市井の表情に笑みが浮かぶ。

「紗耶香・・・・・・」
その表情に何とも言えない不安を感じる福田。
「みんな、絶対に守りきるよ!!」
その不安から珍しく大声を張り上げる。
が、この思考こそ、市井が望むもの。
この1点を守りきる。
そう思わせておけば、反撃は、ユーヴェ必殺のカウンターアタックは影を潜めることとなる。
ユーヴェは、市井の術中に嵌りつつあった。
242 名前:第27話  夢への切符 投稿日:2006/04/17(月) 22:48
アーセナルの右からのコーナーキック。
ボールをセットしたのは市井紗耶香。
ゴール前にはオグー、シノハラ、アーヤをはじめ、DFのナオミまでもが上がっている。
この中の誰に合わせるのか。
市井の判断に注目が集まる。
「マークは外すな!確認怠るな!!」
福田が指示を出す。
ユーヴェはコーナーキックでは通常ゾーンディフェンスで守る。
しかしこの試合はアーセナルの長身FW、ヒローコ・オグーに
アンパン・トダムがマンマークについていることから、マンツーマンで守る体制をとっていた。
この辺りをすぐに切り替えられるところはさすがユーヴェといったところだ。

「行くぞ!」
市井が右手を上げる。
その瞬間アーセナルの選手たちがペナルティエリア内を縦横無尽に動き回る。
その動きは激しく、速く、ユーヴェDF陣のマークも追いつけない。
そして市井の右足からボールが放たれた。
「?!フカキョン!!」
その瞬間福田明日香は叫んだ。
それは彼女が持つ勘、さらにはよく知る市井紗耶香の性格から出された叫びだった。
市井の右足から放たれたボールは鋭くカーブがかかる。
その曲がりは急激で、そしてゴールへと向かっていた。

「くうっ!!」
マークがずれた瞬間、フカキョンは前へ飛び出そうとした。
ここは手の使える自分が制空権を取らねばならないと思ったからだ。
が、福田の叫びがフカキョンの飛び出しを止めた。
右足で前にかかる体重を踏みとどめ、
さらにそこから爆発的な力でボールに向かって跳躍する。
243 名前:第27話  夢への切符 投稿日:2006/04/17(月) 22:49
チッ!!

フカキョンの指先に、わずかにボールが触れる。
だが、市井の蹴ったボールは鋭さがみなぎっている。
わずかにコースを変えたものの、そのままゴールへと向かう。
「?!」
決まったと思い、拳を握り締める市井だが、次の瞬間大きく目を見開き凍りつく。
市井が、いや、スタディオ・デッレ・アルピにいる全ての者たちがそのプレーに目を奪われていた。
ここにいたのは、“パーフェクトクイーン”ナナコーヌ・マツシマ。
タイミングを合わせると、高く跳躍し、オーバーヘッドキックでボールをクリアした。
こぼれたボールは、福田明日香がすばやくタッチラインに蹴りだした。


ウオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!

“パーフェクトクイーン”が見せた素晴らしいプレーに、大歓声が送られる。
「さすがマツシマ。今のは決まったと思ったけど・・・・・」
これには市井も脱帽といった感じだ。
「けど、悪くない。次は必ず決める。」
が、すぐに気を取り直し、ペナルティエリアへと走る。
同点に追いついてしまえば必ず勝利を手にできる。
そう信じ、市井はゴールへと向かう。
244 名前:第27話  夢への切符 投稿日:2006/04/17(月) 22:49
「さすが市井さん。マツシマもさすが。」
スタディオ・デッレ・アルピのスタンドに彼女はいた。
イタリアビッグ3の一角、インテルミラノの背番号10、吉澤ひとみ。
ミラノからほど近いトリノでの一戦のため、現地に観戦に訪れた。
ひとみにとっては自分のミスで逃した悔しい舞台であるが、
来シーズンへ向けての気持ちを奮い立たせるために絶対に見ておきたい試合だった。
それにこの試合には自分が尊敬すべき選手たちが何人も出ている。
福田明日香、市井紗耶香、安倍なつみ。
彼女たちの存在も、この試合にひとみを観戦に向かわせた大きな要因だった。

「もう1点とれば試合が決まるのに。」
ここまでユヴェントスが1点リードしているという状況。
先制点を取った後、守りを固めるユヴェントスに対してひとみは不満を持っていた。
なぜもう1点取りにいかないのであろうか?
ここでもう1点取れば、完全に試合は終わる。
もし仮に相手に同点を許そうが、1−1のままならばユーヴェの勝ちぬけが決まる。
また、その状況ならばアーセナルは逆転を狙ってさらに前がかりになるであろう。
ならばその状況こそユーヴェ必殺のカウンターを発動できるはずだ。
しかし、ユーヴェはひたすらにゴールを守り抜く作戦。

「これも王者のプレッシャーなのかな・・・・・・」
ひとみはそう呟いた。
負けることは許されない王者ユヴェントス。
セリエAはミランの独走状態。
ならばチャンピオンズリーグは絶対に勝ち取らねばならない。
それゆえのプレッシャーが、百戦錬磨の王者たちを縛り付ける。
「このままじゃ市井さんにやられますよ、福田さん、安倍さん。」
ひとみは顔の前で指を組み、ジッとピッチを見つめていた。
245 名前:第27話  夢への切符 投稿日:2006/04/17(月) 22:50
前半も25分を過ぎた。
ここまで、ユヴェントスは防戦一方。
アーセナルの怒涛の攻撃に完全に押し込まれている。

中盤でボールを持ったトキーワが低く速いパスを前線に出す。
このパスをトダムを背負いながらオグーが確実にポストプレーで右サイドへ流す。
流されたボールをシノハラがダイレクトで中へシュートのような速いグラウンダーを送る。
このグラウンダーにスピード豊かに飛び込むのはアーヤと市井。
福田もユーヴェDFも完全においていかれた。
「ちっ!」
しかし、両者が懸命に足を伸ばすがわずかに届かなかった。
ボールはそのままタッチラインを割っていった。

オオオオオオオオオオ・・・・・・・・・・・・・

ユーヴェサポーターがホッと胸を撫で下ろす。
アーセナルの攻撃は本当に速い。
今のも全てダイレクトでつなぎ、なおかつパスも高速だ。
さらに、最後飛び込んだ市井とアーヤのスピードも際立っている。
これがイングランドの強豪、アーセナルの高速フットボールか。
その強い衝撃にユーヴェサポーターの表情も青ざめる。
246 名前:第27話  夢への切符 投稿日:2006/04/17(月) 22:50
さらにアーセナルの高速フットボールは続く。
アーセナルが誇る中盤4人が、ポジションをめまぐるしく変えながら高速でパスを回す。
この高速パスワークに、福田率いるユーヴェ中盤も完全に後手に回る。
「はいっ!」
そしてアーヤがボールをもらいに中盤へ下がってきた。
それを見た福田は急いでアーヤのマークに付く。
彼女の武器はレアル・マドリードFW“フェノーメノ”ヒカルド並みの光速ドリブル。
スピードに乗らせれば誰も彼女を止められない。

「エリ!」
しかしその瞬間アーヤがいた位置、つまり左FWの位置に一人の選手が飛び込んでいった。
これは高速パスワークと、福田がアーヤのマークに付いたために出来たユーヴェディフェンスの綻びを彼女が見つけたからだ。
世界でも稀有な存在、“フリーロール”市井紗耶香。
そのポジショニングセンスが、ユーヴェのカテナチオに亀裂を走らせる。
「サヤカ!」
市井の動きをフカーツ・エリスが見逃すはずが無かった。
右足インフロントで、DFラインの裏へ完璧なスルーパスを送る。
247 名前:第27話  夢への切符 投稿日:2006/04/17(月) 22:51
「ちっ!」
このパスに反応しながら市井の目はGKフカキョンのポジションを確認する。
が、さすがは世界最高のGKの一人、フカキョン。
完璧なポジショニングで隙が無い。
ならばと市井はこのスルーパスを咄嗟に左足ダイレクトで中へ折り返した。
「なっ?!」
ここで折り返すとはユーヴェDF陣の誰もが想像出来なかった。
しかも、シュート性のクロスのため、反応できない。
最後このクロスに合わせたのは右サイドから中へ切れ込んでいたシノハラ・リョウコール。
元フランスリーグ得点王の名に相応しいゴール前への飛び込みだった。
DFの死角から入り込み、右足インサイドで合わせたボールはフカキョンの手をかすめ、
ゴールネットへと突き刺さった。


前半25分。
アーセナル、同点。
248 名前:第27話  夢への切符 投稿日:2006/04/17(月) 22:51
ワアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!

アーセナルの鮮やかな同点ゴールに、スタディオ・デッレ・アルピが大きく揺れる。

「シノハラ!」
「リョウコ!!」
ゴールを決めたシノハラにアーセナルの選手たちが抱きつく。
大きな、大きな同点ゴールに、誰もが興奮を隠せないでいる。
「よしっ!!」
ベンチでもザイゼン・カラサワ監督が喜びに震え、グッと拳を握り締める。
ゴール裏で陣取るアーセナルサポーターたちも声を上げて喜びを露にする。

「すごい!!!」
ひとみも今のゴールに思わず叫んでいた。
それほど見事なアーセナルの攻撃だった。
ユーヴェの中盤、DF陣の強固さは身をもって知っている。
そのユーヴェをあれほど完全に翻弄するパスワーク。
見事としか言いようが無い。
「それに、今の、市井さんとシノハラだけじゃない。」
ひとみは今のプレーを確実にとらえていた。
アーヤが下がって出来たスペースを市井が使ったのはもちろん凄いが、
その市井に完璧に合わせたフカーツのパス。
さらに市井のクロスに合わせたシノハラもそうだが、
その前にオグーがトダムをブロックしていたのを見逃してはならない。
まさにアーセナルの高度に完成された組織プレーによる1点だったのだ。
249 名前:第27話  夢への切符 投稿日:2006/04/17(月) 22:51
「さあ、これで流れは一気にアーセナルです。どうします、福田さん、安倍さん。」
そう呟いたひとみ。
が、すぐに気付く。
この後、必ずユーヴェの大反撃が始まるということを。
ユヴェントスはこのまま終わるチームではないことはひとみが一番よく知っている。
このチームには福田明日香をはじめ、世界最高峰の選手たちが揃っている。
そして何よりユーヴェには彼女がいる。
世界の頂点に立つ彼女、ナナコーヌ・マツシマが。
「市井さん、ここが正念場ですよ。」
ひとみは喜び立つ仲間を落ち着かせ、自陣へと戻る市井紗耶香の姿をとらえて呟いた。


「みんな、攻めるよ。」
フカキョンからボールを受け取ったマツシマが失点に浮き足立つ仲間たちに“攻め”を伝えた。
本来ならばまだ1−1の同点であり、アウェーでは2−1で勝利しているため、
このまま守りきればユーヴェの勝利は間違いない。
だが、守りきるだけではアーセナルの攻撃的サッカーを押さえ込むことは出来ない。
こちらも攻めて相手を自陣に閉じこませ、そしてなおかつとどめの一撃をお見舞いせねば。
「いくよ。」
世界最高のファンタジーが、今、発動されようとしていた。
250 名前:第27話  夢への切符 投稿日:2006/04/17(月) 22:52
ピィー!!!

試合再開の笛が高らかに鳴り響いた。
同点に追いついたアーセナルはその勢いのまま高い位置でプレッシャーをかけ始める。
「あっ?!」
さすがの福田明日香も1点を追いつかれ、
さらには勢いのあるアーセナルのプレッシャーに浮き足立ってしまった。
マツシマへのパスを完全に読まれてカットを許した。

「チャンス!」
この瞬間、ウエト・アーヤは全速力でDFラインの裏へと抜け出す。
そしてそれを逃さずカットしたトキーワからスルーパスが送られる。
アーセナル、最高のビッグチャンス。
「もらった。」
ボールを受けたアーヤは狙いすまして左足を振りぬく。
左サイドから切れ込み、逆サイドのサイドネットへと突き刺す。
まさに最高に得意な形でのシュート。
251 名前:第27話  夢への切符 投稿日:2006/04/17(月) 22:52
普通の相手ならば確実にゴールネットを揺らしていたであろう。
だが、この戦いは世界最高峰の舞台、チャンピオンズリーグ。
そして相手はイタリアの王者ユヴェントスであり、世界最高の守護神、フカキョン。
このシュートに反応し、左手を懸命に伸ばして弾く。
弾かれたボールはゴールポストを叩く。

「クリアだ!」
「押し込め!」
ゴールポストに弾かれたボールに、両チームイレブンが殺到する。
この混戦の中、いち早くボールをクリアしたのはユヴェントスDF、トダム。
さすがの反応と言いたいところだが、アーセナルFWヒローコ・オグーも詰めていたため、
ピッチの外に出せず、ペナルティエリアの外に出すしか出来なかった。
力なくクリアされたボールはふわっとペナルティエリア外、中央へ。
252 名前:第27話  夢への切符 投稿日:2006/04/17(月) 22:52
「もらったよ。」
そしてそこで待ち構えていたのは、“フリーロール”市井紗耶香。
こぼれ球に備えていたが、その通りにボールが来た。
このボールの嗅覚、ポジショニングセンスこそ、フリーロールの最低限の資格だ。
市井はこのこぼれ球をダイレクトボレーで狙った。
「?!」
が、その時、眼前に一人のユーヴェの選手が現れた。
その選手は、市井が右足でボールをとらえた瞬間に、自分の右足をボールにたたきつけた。
ボールが右足と右足で挟み込まれ、一瞬ひしゃげる。
しかし次の瞬間。
「うわあっ!!!!」
市井の絶叫とともに、ボールは大きく弾かれ、タッチラインを割っていった。

「サヤカ?!」
「おい、イチイ!!」
アーセナルのチームメートが右足を押さえて悶絶する市井のもとへと集まる。
「ぐう・・・・・・」
歯を食いしばり、苦悶の表情を浮かべる市井。
「・・・・・・・・・・」
その姿を冷ややかな目で見つめる彼女。
勢いは完全に市井にあったはずだ。
だが、力で一気に押し込まれた。
さらに、相手がダイレクトでとらえたボールに、寸分の狂いもなく合わせる技術。
彼女こそ、全世界で最高のサッカー選手。
“パーフェクトクイーン”ナナコーヌ・マツシマ。

253 名前:第27話  夢への切符 投稿日:2006/04/17(月) 22:53
このプレーで右足を痛めた市井は、ひとまず担架に乗せられピッチを後にする。
「大丈夫だ。これぐらいならばプレーできる。」
「・・・・・・もちろん。これぐらいで引っ込んでられない。」
チームドクターの言葉に頷く市井。
ここまで来てピッチを後にしてたまるか。
誰もが憧れるビッグイヤーまであともう少しなのだから。
市井の眼光は、ますます鋭さを増していく。

「ごめん、マツシマ。」
このピンチのきっかけを作った福田がマツシマに手を挙げ、ごめんという仕種を見せる。
それにマツシマは福田の頭をポンと叩いて応える。
「アスカ。あたしが負けるわけがない。」
「・・・・・うん。」
言うものによっては傲慢にしか聞こえないこの言葉。
だが、彼女が言うと、それは全て真実となる。
それだけの凄みが、彼女にはある。
これは福田明日香にも市井紗耶香にもなく、世界で超一流と呼ばれる選手たちにもない。
もちろん、柴田あゆみにも、吉澤ひとみにもない。

唯一の存在、それが“パーフェクトクイーン”。
254 名前:第27話  夢への切符 投稿日:2006/04/17(月) 22:53
「守りを固めろ!」
アーセナル監督ザイゼン・カラサワが選手たちに指示を送る。
市井がピッチの外で治療中のため、アーセナルは一人少ない10人に。
ここはしっかりと守りを固めて市井の復帰を待つ。
「ここは攻めろ!」
一方、守りを固めて逃げ切るはずのユーヴェ監督、オダギリ・ジョリッピはここで攻めを指示した。
彼も超一流の名将。
ゲームの流れは今どうなっているのかは確実に把握している。
そしてなおかつ、“パーフェクトクイーン”が攻める気でいる。
ならば、自分の指示により、チーム全体の意志統一を図らねばならない。

ユーヴェは、一気に勝負に出た。


「ナナコ!」
「マツシマ!!」
中盤でボールを持ったマツシマ。
当然アーセナルもチェックに行くが、それを福田が、マヤミッキが、
そしてヤダベドがフォローする。
マツシマこそ運動量は少ないが、その他の3人はまさにダイナモの如き運動量。
全員が縦横無尽に動き回り、マツシマの仕事をお膳立てする。
しかも全員が最高峰のテクニックを誇っており、しかもみなツータッチ、
パス&ゴーを怠らないなど、基本に忠実である。
しかもそれを恐るべき速さでやってのけるのだ。
そんな中盤相手に、アーセナルの中盤は一人欠けている。

中盤は完全にユーヴェが掌握した。
255 名前:第27話  夢への切符 投稿日:2006/04/17(月) 22:54
「アベ!」
中盤で華麗なパスワークが展開され、アーセナルDF陣に綻びが出来た。
それを逃さず、安倍がその綻びに飛び込む。
さすがはエースストライカーだ。
もちろんパサーもこれを見逃さない。
チェコ代表MFヤダベドの右足からの見事なスルーパスが、DFラインを切り裂く。
このパスを外すようではユヴェントスのエースストライカーは務まらない。
安倍は豪快かつ繊細に右足を振りぬいた。
強烈で、コースをとらえたシュートはGKの右手をかすめてゴールネットに突き刺さる。

ユーヴェ、見事な勝ち越しゴール。

「よしっ!」
ゴールを決めた安倍が拳を天高く突き上げる。
「ナツミ!」
そこへユーヴェ選手たちが歓喜の表情で集まってくる。
さすがはアベ。ここ一番の決定力はまさにストライカー。
そう彼女たちの表情が言っていた。
256 名前:第27話  夢への切符 投稿日:2006/04/17(月) 22:54
ワアアアアアアアアアア?!!!!!

が、その時、スタジアムが一斉にどよめいた。
それは黄色の旗が振られ、主審が右手を上げていたからだ。
つまりそれは、オフサイドの判定。
「ええ?!今のは違うべ!!」
普段は判定に異を唱えたりしない安倍だが、この判定には思わず抗議の言葉が出る。
今のは完璧なタイミングで飛び出したはずだ。
絶対にオフサイドではない確信がある。
だが、主審の判定は覆らない。

ブゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!!!!!!!

スタディオ・デッレ・アルピが一斉に審判団にブーイングを浴びせかける。
この1点でアーセナルに止めをさせるはずだったのが、まさかのオフサイドの判定だ。
彼らがブーイングを送るのも無理はない。
もちろん、選手たちも同様だ。
特に苦戦をしているだけにこのオフサイドの判定に納得が出来ないでいる。
「アベ、気にするな。次決めればいい。」
が、彼女は一人涼しい顔だ。
“パーフェクトクイーン”ナナコーヌ・マツシマ。
今のノーゴールの判定など、すぐに取り返せる。
そう表情が物語っていた。
「・・・・・・わかったべ。」
この表情を見せられては安倍も素直に従うしかなかった。
257 名前:第27話  夢への切符 投稿日:2006/04/17(月) 22:55
「・・・・・・・危なかった。」
先ほどのプレーをピッチの外から見ていた市井がホッと胸を撫で下ろす。
さすがはイタリアの王者ユヴェントス。
その強さは紛うことなき本物だ。
「早くお願い。」
その強さにあせりを感じたのか、市井はチームドクターに自分の治療を急ぐように頼む。
一秒でも早く自分が戻って人数を互角にしないと、確実にやられる。

が、市井のこの願いはむなしく終わった。
足に冷却スプレーをかけ、治療を終えた市井。
が、市井の眼前に映ったのはユヴェントスを天国へと導く光であり、
アーセナルを地獄へと叩き落す悪魔の鉄槌だった。

オフサイドにより、アーセナルの間接フリーキックで試合が再開された。
これをアーセナルは得意の高速パスワークで前へと進めていくが、
市井が離脱していたのが響いたのと、ユーヴェの中盤が躍動していたため、
あっさりとボールを奪われてしまった。
「マツシマ!」
ボールを奪った福田はペナルティエリアのやや手前で悠然と待つ女王へとパスを献上する。
そして次の瞬間、女王の右足は、全ての人々をファンタジーの世界へと導いた。
258 名前:第27話  夢への切符 投稿日:2006/04/17(月) 22:55
「うわあ・・・・・・」
このパスには受け手である安倍なつみをも幻想の世界へと導いていった。
彼女も、今まで最高と思えるパスを何度も受けてきた。
日本代表での柴田あゆみの“天使のパス”。
そして吉澤ひとみの“悪魔のパス”。
そのどちらも自分がストライカーとして存在する喜びを感じさせてくれた。
これらのパスを最後、ゴールに決める幸せを。
が、今来たマツシマのパスは、自分がサッカー選手であること、
そしてユヴェントスの一員でこのピッチに立てたことを、
いや、この時代に生を受けたことを感謝させた。
“天使の微笑”と“悪魔の微笑”が同居した世界最高のパス。


前半28分。
正真正銘の安倍なつみのゴールにより、ユヴェントスが勝ち越した。
259 名前:第27話  夢への切符 投稿日:2006/04/17(月) 23:02
ウワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!


スタディオ・デッレ・アルピはこの日、いや、今までで最高に大きく揺れた。
誰もが今見たファンタジーに心を奪われ、敵味方無く賞賛の声を上げていた。
「な、何てパス・・・・・・・・?」
当然彼女も心を奪われたうちの一人だ。
マツシマに自分の後継者の一人と言わしめた彼女、吉澤ひとみ。
ただただ呆然と、今のパスの軌跡を見つめていた。
「・・・・・・・・・・・・・・」
一方、この光景をテレビのブラウン管を通して見ていた彼女、
FCポルトMF柴田あゆみも同様に呆然としていた。
「あんな厳しく出せない。」
「あんな優しく出せない。」
“悪魔のパス”の使い手はそのパスが通ったコースに、
“天使のパス”の使い手はそのパスの柔らかさに衝撃を受けていた。
ひとみは鋭さやコースなら、柴田は受け手に合わせる柔らかさなら
今やすでに女王に匹敵するレベルだと思っていた。
が、その思いはいとも簡単に粉々に打ち砕かれた。

「・・・・・・・・・さすが。」
「・・・・・・・・・そうでないと。」
自分が誇る点が、今の時点では全く敵わないと悟ったひとみと柴田。
だが、その気持ちは落ち込むどころかさらに昂っていた。
こんな相手がいてくれる。
それだけで自分は、自分たちはどんどん高められていくような気がする。
頂点は高ければ高いほどいい。
それでこそ倒し甲斐があるというものだ。

世界最高のファンタジーは、日本が誇る“悪魔”と“天使”の心に熱き炎を宿らせた。

260 名前:第27話  夢への切符 投稿日:2006/04/17(月) 23:02
「・・・・・・・・・・・・・」
アーセナルの選手たちはもはや生ける屍と化していた。
あれほどのパスを眼前で見せ付けられては仕方がない。
そしてなおかつ、今のパスにより完全に止めを刺されたというものだ。
いくら目の前にビッグイヤーがちらついていようが、
選手たちの心を奮い立たせるには無理があった。

「これで決まったな。」
ユーヴェ監督、オダギリ・ジョリッピはホッと胸を撫で下ろす。
もちろん最後まで油断は出来ないが、このリードを守りきる自信は十二分にある。
ここで守りきれないクラブならば、
ずっとイタリアセリエAで王者の地位でい続けられるわけが無い。
「・・・・・・・・」
一方、アーセナル監督ザイゼン・カラサワは無言のまま腕を組んで立ちすくむ。
幾多の激戦を潜り抜けてきた名将にも、
この展開にはさすがに打つ手がないといった感じだ。
無論、残り時間はまだまだたっぷりとある。
前半も残り20分近くあるし、後半もまるまる残っている。
が、相手はあのユヴェントス。
はっきり言ってノーチャンスだろう。
261 名前:第27話  夢への切符 投稿日:2006/04/17(月) 23:03
「・・・・・・・まだだ。まだ諦めない。」
治療を終え、ピッチに戻る市井。
が、言葉とは裏腹に表情は暗い。
彼女も絶対に諦めてたまるかという気持ちで自身を奮い立たせているが、
それもピンと張りつめた糸のようなもの。
すぐに切れてしまうものであった。

「守れ!!」
試合が再開されたが、やはりアーセナルは気持ちと比例して全ての面で狂いが生じ始めた。
瞬く間にボールを奪われ、後は防戦一方。
いつ3点目を奪われてもおかしくない状況だ。

ガンッ!

ハセキョンの強烈なシュートがゴールポストを叩く。
そのこぼれ球に安倍なつみが飛び込むが、これはナオミが必死にクリアする。
さらには福田明日香が一瞬の隙を突いて30mのミドル。
これはアーセナルGKが懸命に手を伸ばし逃れる。
また、ヤダベドも左足ながら強烈なキャノン砲をアーセナルゴールへと放つ。
マツシマもファンタジーこそ発動しないが、危険極まりないパスを最前線へと供給する。

まさにユヴェントスのやりたい放題となった。
しかしアーセナルには天運が付いているのか、
このような劣勢であってもゴールを割られることは無かった。


そして、その天運が、ここで奇跡をもたらした。
262 名前:第27話  夢への切符 投稿日:2006/04/17(月) 23:03
前半も残るはロスタイムとなった。
ユーヴェは時間を稼ぐため、最終ラインでのらりくらりとボールを回す。
「くそっ!!」
市井はそれを必死に追いかける。
ただひたすらに、ガムシャラに。
もちろんボールが奪えるなどとは露ほども思っていない。
絶望しながらもただボールを追い掛け回しているだけだった。

「フカキョン。」
その市井のチェックにうんざりした福田明日香は、
一度完全に振り切るために最後尾のフカキョンへバックパスを送った。
「オッケー。」
フカキョンは前に出て、このボールを処理しようとする。
現代のGKはただゴールを守るだけでは務まらない。
足技を駆使して、ゲームの組み立てに参加しなければならないのだ。
そしてフカキョンは現代のGKの最高峰をいく選手。
当然足技にも自信を持っている。
市井が猛然と向かってくるが、何の問題も無い。
トラップして、フォローに来たトダムへ渡すだけだ。
263 名前:第27話  夢への切符 投稿日:2006/04/17(月) 23:04
「?!!」
「えっ?!!!」

が、その瞬間、誰もが目を疑った。
264 名前:第27話  夢への切符 投稿日:2006/04/17(月) 23:04
福田からのバックパスがフカキョンへと渡る瞬間、ボールが不規則に跳ねた。
天の悪戯か、選手たちが踏みつけてめくれた芝生が、
ボールに不規則なバウンドを与えたのだった。

そのため、フカキョンのトラップは大きく流れた。

「?!チャンス!!」
それを市井は見逃さなかった。
ゴールへと向かうボールを全速力で追いかける。
「くそっ!」
フカキョンも反転し、慌てて追いかける。
市井はスピードに乗っていて、フカキョンは反転。
この時点で結果は分かっていた。

市井は追いすがるフカキョンを振り切り、左足で丁寧に無人のゴールへと流し込んだ。


前半ロスタイム。
アーセナル、“まさかの”同点ゴール。
265 名前:第27話  夢への切符 投稿日:2006/04/17(月) 23:04
・・・・・・・・・・・ワアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!

一瞬、何が起こったのか分かっていないような静まりが、
スタディオ・デッレ・アルピを覆った。
が、次の瞬間、割れんばかりの歓声がピッチに降り注がれる。
まさか、まさかの同点ゴール。

「イチイ!!」
「サヤカ!!!」
アーセナルの選手たちが一斉に市井に抱きつきに行く。
「・・・・・・・・」
手洗い祝福を受けながらも市井の表情はまさに狐につままれたような感じだった。
無論、市井だけでなく、他の選手も同様だ。
誰もが今起こったことが信じられないまま同点ゴールに沸きかえっている。
266 名前:第27話  夢への切符 投稿日:2006/04/17(月) 23:05
「まさかこんな事があるなんて・・・・・・」
スタンドで観戦していたひとみもこの結果には呆然とするばかり。
マツシマのファンタジーにより、ユーヴェの勝利は間違いないと確信していた。
が、まさかのこの同点ゴール。
本当にサッカーは何が起こるか分からない。
それを再認識させられた同点ゴールであった。

「・・・・・・・・・・・・・」
一方、ユヴェントス陣営の落ち込みようは半端ではなかった。
こんな点の取られ方があっていいのか?
理不尽な思いが選手たちの心を支配するが、これはまさに現実のこと。
受け容れることなどできないが、受け容れるしかなかった。
267 名前:第27話  夢への切符 投稿日:2006/04/17(月) 23:05
ピィ、ピィー!!!!

と、ここで前半戦終了の笛が鳴り響いた。

ユヴェントス2−2アーセナル


「ふう。」
両チームの選手たちが、まさに精も根も尽き果てたという姿でロッカールームへと消えていく。
この後、15分のハーフタイムをはさんで後半戦へと向かう。
ここでいかに体力・気力を回復できるか。
それで試合は決まってくるであろう。
それだけに前半ロスタイムでのあの失点はユヴェントスにとって痛かった。
ロッカールームへと向かう足取りも重い。
268 名前:第27話  夢への切符 投稿日:2006/04/17(月) 23:05
「福ちゃん、落ち込んでる暇はないべさ。後半、巻き返すべ。」
安倍が年下の親友の肩を叩く。
あのバックパスを出したのは福田明日香。
もちろん芝生のことは不可抗力だが、
GKへバックパスを出さなければこんな事にはならなかった。
その思いが“偉大なるパイオニア”の心を凍りつかせていた。
その落ち込みようは誰が見ても明らかであり、
福田明日香らしからぬ醜態といってよかった。
「なっち・・・・・・。うん。」
が、その氷を溶かしたのは春の柔らかな陽射し。
安倍の暖かく、柔らかな笑顔だった。
「・・・・・・紗耶香。後半、覚悟しておいてね。」
パイオニアは雪辱を誓い、ピッチを後にする。
269 名前:第27話  夢への切符 投稿日:2006/04/17(月) 23:06
前半戦はまさにチャンピオンズリーグ準決勝に相応しい試合となった。
これで合計スコアは3−2でユヴェントスの1点リード。
このまま終わればユヴェントスが決勝進出だが、
もしアーセナルが勝ち越せばアウェールールの差でアーセナルが決勝にコマを進める。
まさに生きるか死ぬか。

これぞデッドオアアライブのチャンピオンズリーグ準決勝。


この熱戦『ジハード』の行方は、残りの後半45分に全てが委ねられた。
270 名前:第27話  夢への切符 投稿日:2006/04/17(月) 23:06
「いける、いけるぞ!」
「ツキはこっちにある!」
ハーフタイムのロッカールーム。
絶体絶命、崖っぷちから復活を果たしたアーセナル。
選手たちのテンションはこれ以上なく上がっていた。
「みんな、よくやった。だが、前半のことはすぐに忘れろ。
後半、新たな気持ちで向かっていけ。」
が、ここでプロフェッサーの如き名将、ザイゼン・カラサワが
選手たちの気を一旦静めた。
予想外の同点ゴールで昂るのは分かるが、そんな昂りきった状態では後半戦、
必ずユーヴェに突き放されるだろう。
気持ちは昂りつつ、頭は冷静に。
そんな状態でなければ『ジハード』を勝ち抜くことは出来ない。

「監督の言うとおりだ。後半、もう一度しっかりと自分たちのサッカーをしよう。」
「ああ。」
「そうだな。」
キャプテン、タカコリック・トキーワの言葉に頷く市井たち。
その表情から、内面の充実振りが感じられる。

イングランドの名門、ガナーズことアーセナル。
後半戦へ向けて砲撃の準備は整った。
271 名前:第27話  夢への切符 投稿日:2006/04/17(月) 23:06
「まだ同点だ。それに合計スコアではこっちが勝っている。
あせる必要は無い。」
ユヴェントス監督オダギリ・ジョリッピは毅然とした表情で言葉を発する。
その態度が、まさかの同点ゴールを喫し、気落ちする選手たちを落ち着かせる。
歴戦を戦い抜いた名将だ。
こういったときにどう対応すればいいのか十分すぎるほど分かっている。

「アスカ、後半借りを返せ。」
「ああ、分かってるよ。」
キャプテン、ハセキョンの言葉に頷く福田。
やられたままで終わるのは福田明日香ではない。
必ず三倍返しで返してくれるはずだ。

「マツシマ、次も必ず決めるべ。」
「頼むよアベ。」
安倍がマツシマに再度ファンタジーを要求する。
もう一度あのファンタジーを見せてくれれば、
自分の足でアーセナルの息の根を今度こそ完全に止めてみせる。

ユヴェントスももう一度自分たちのサッカーを展開させようとしていた。
イタリアでの絶対王者のサッカーを。
272 名前:第27話  夢への切符 投稿日:2006/04/17(月) 23:07


長い戦いとなったチャンピオンズリーグ準決勝。
その戦いもラスト、45分。


 
273 名前:第27話  夢への切符 投稿日:2006/04/17(月) 23:07
「ぐっ?!」
市井紗耶香がくぐもった声を出し、ピッチに倒れこむ。
ピピピピッ!!
主審が急いで駆けつけ、ユーヴェ18番、福田明日香にファウルを宣告する。
後半開始わずか10秒。
まさに電光石火の如き鋭いチャージング。

「・・・・・・・・・」
福田は倒れこむ市井を無言のまま見つめる。
そしてスッと踵を返して自分のポジションへと戻っていく。
その姿から感じられるのは“氷”。
熱く燃え盛った“氷”だった。
「へへ、やってくれるじゃん明日香。」
痛みをこらえながらも市井は笑みを口元に浮かべる。
福田明日香が形振り構わず本気になった。

それはつまり、今、自分はパイオニアの背中を捉えたということなのだ。

欧州で戦う日本人として、これほど嬉しいことはなかった。
274 名前:第27話  夢への切符 投稿日:2006/04/17(月) 23:08
「でも、それだけで満足しないよ。必ず明日香の背中を追い抜いてみせる。」
市井はスッと立ち上がると、パンと頬を叩いた。
気合は十二分に入った。
後半戦、今もてる全ての力を出し尽くしてこの戦いに、福田に勝とう。
そしてその時、自分は日本人のトップを走り、
また絶対無比の“フリーロール”となるはずだ。

この試合は、市井紗耶香にとって欧州の頂点へとたどり着くと同時に、
福田明日香という背中を追い越すための試合でもあった。
275 名前:第27話  夢への切符 投稿日:2006/04/17(月) 23:08
後半も10分を過ぎたが、試合はますます過熱していく。


「トキーワ。」
「行かせない。」
フランス代表の中核を担う2人、マツシマとトキーワが中盤で激しく激突する。
どちらも世界最高とうたわれるMF。
互いの意地と誇りがぶつかり合う。

「マツシマ!」
とそこへ福田明日香がフォローに来た。
この運動量がチームにとってまさに心臓の如き働きとなる。
マツシマは福田に出すとすぐさま前へと走る。
そこへ福田が間髪入れずリターンを送る。
ユヴェントスの黄金のホットライン。
「行かせるか!」
だがこれを“フリーロール”市井がスライディングで分断する。
「ナイスサヤカ!」
そしてこぼれた球はトキーワが拾う。
市井とトキーワ、彼女たちもアーセナルの中盤を支える黄金コンビ。

今回はアーセナルの黄金コンビに軍配が上がる。
276 名前:第27話  夢への切符 投稿日:2006/04/17(月) 23:08
ボールを奪ったトキーワはそのまま前線へと駆け上がる。
市井は当然カバーリングのため中盤に残る。
この抜群のコンビネーションを誇る2人こそ、イングランドが求める中盤。
攻撃だけ、守備だけといったMFはいらない。
守備的MF、攻撃的MFといった役割ではなく、
攻守両方を担当するマルチプレーヤーを求められるイングランド中盤の理想的な在り方だ。

「エリス!」
ボールを持ったトキーワはマヤミッキのチェックが来る前に
左サイドのフカーツ・エリスにパスを出した。
ボールを受けたエリスは、ユーヴェ右サイドバックをかわし、鋭く中へと切り込んでいく。
彼女も攻守ともに優れたマルチロールプレイヤー。
ただのサイドプレイヤーではない。
中へと切り込んだフカーツ。
その目が、シュートコースをとらえた。
イメージは、アレッサンドロ・デル・ハセキョンの“ハセキョン・ゾーン”。
カーブをかけ、GKの届かないコースへと流し込む。
277 名前:第27話  夢への切符 投稿日:2006/04/17(月) 23:09
ガンッ!

絶妙のコースへと流し込んだシュートだったが、惜しくもクロスバーに当たる。
そしてボールはラインの外へと流れていった。
「くうー!!」
思わず天を仰ぐフカーツ。
相手GKがフカキョンであることを意識しすぎたせいか、
少々厳しすぎるコースを狙いすぎてしまった。
「これが、フカキョンの力ね。」
悟りを開いたかのように今の状況を分析するフカーツ。
相手は世界最高峰のGK。
その力はセービング力だけではない。
その存在感で相手にミスを生じさせるのが本当の優秀なGKなのだということをフカーツは理解していた。

「ドンマイ!ナイスシュート!」
市井が手を叩いて今のプレーに賞賛を送る。
ゴールこそならなかったが、今のチーム状態はすこぶるいい。
必ずあと1点取れるはずだ。
「でも、それにはこいつを完全に叩き潰さないと。」
さっきから痛いほどの鋭い視線を感じている。
見なくても誰がそれを送っているかは分かっている。
彼女を叩き潰して、世界一へ王手だ。
278 名前:第27話  夢への切符 投稿日:2006/04/17(月) 23:09
「紗耶香・・・・・・・」
よくぞここまで来たものだ。
よくここまで自分の背中に追いついてきた。

クールという仮面をいつも彼女は被っていた。
それは冷静さを保つ反面、彼女の秘められた力を押さえつけることになっていた。
だが、今、自分の地位を脅かす最強の挑戦者が現れた。
それが、彼女の仮面を外させた。
「ふ、福ちゃん・・・・・?」
その表情は今まで誰も見たことがない。
親友の安倍なつみも、そして長年チームメートとして一緒に戦ってきたユヴェントスイレブンも。
今は試合中。
しかも劣勢に立たされている。
これ以上ない苦しい展開。
しかし、中から湧き上がってくる感情を抑えきることは出来ない。


福田の表情には笑みが浮かんでいた。
279 名前:第27話  夢への切符 投稿日:2006/04/17(月) 23:09
「あ、明日香・・・・・・・」
その笑みはこれ以上なく恐ろしかった。
試合終了後、市井紗耶香はそう述懐することとなる。


「マヤ、中盤を任せるよ。」
「あ、ああ。」
福田の言葉に戸惑いつつも頷くマヤミッキ。
これはつまり、中盤の底をマヤミッキ1人に任せるということだ。
「マツシマ、ヤダベド。ボール持ったらまずあたしを探せ。」
「分かった。」
「OK。」
マツシマもヤダベドも福田の指示に素直に従う。
そうさせるだけの何かを、今の福田明日香からは感じる。
280 名前:第27話  夢への切符 投稿日:2006/04/17(月) 23:10
「・・・・・・ユーヴェの中盤が変わった?」
スタンドから観戦するひとみは、上から見ている分すぐにユーヴェの中盤の変化に気付いた。

       21      11
           
26  18

試合開始当初は、この形だった。

21      11
           18
  
26

が、今、ユーヴェの中盤の形はこうなっている。
マツシマ、ヤダベド、マヤミッキのトライアングルの中央に福田明日香がいる。
「あそこに福田さんがいる・・・・・・・何て厄介な。」
ひとみはこのユーヴェの布陣相手に自分がピッチに立っているところを想像した。
すると、どこへ動いても、どうパスを出そうとしても自分の前に福田明日香が立ちはだかった。
また、逆にユーヴェが攻める際でも様々な場面で福田明日香が飛び出してくる。
攻守にわたって全てにおいて福田明日香が躍動する。
「これはまずいですよ市井さん。」
このひとみの言葉通り、アーセナルは次第に押し込まれていく。
福田明日香の動きによって。
281 名前:第27話  夢への切符 投稿日:2006/04/17(月) 23:11
「ハセキョン!」
左サイドでボールをキープするハセキョン。
すると、その大外を回るように福田が飛び出してきた。
ポジションチェンジ以来、福田明日香の神出鬼没な動きにアーセナルは翻弄されっぱなしだ。
今回も福田の動きにアーセナルDFは左サイドに注意を向けられる。
その瞬間ハセキョンは逆サイドへ大きなサイドチェンジのパスを送る。
「ナイス。」
このパスをヤダベドが完璧なトラップでコントロールすると、
手薄な右サイドを一気に駆け上がった。

「マーク外すな!」
ナオミの指示のもと、アーセナル守備陣がゴール前に防御壁を構築する。
特にゴール前は彼女だ。
ナツミ・アベ。
彼女をフリーにしてはいけない。
イングランドきってのセンターバック、ナオミ・ザイゼン・キャンベルがその力を全て注ぎ込み、
日本のエースストライカーの動きを封じ込める。
が、その分他の選手のマークが甘くなる。
282 名前:第27話  夢への切符 投稿日:2006/04/17(月) 23:11
「マツシマ!」
右サイドを突破したヤダベドはゴール前に飛び込んでくるマツシマへクロスを送る。
ワールドカップを制した二発のヘッドはいまだ人々の記憶にとどめられている。
それを再現するかのようにマツシマが高く跳躍する。
「打たせない!」
が、あのヘッドを彼女が忘れるわけが無い。
同じフランス代表で栄光を共にしたタカコリック・トキーワが。
必死に体をよせ、マツシマに打たせない。

ボールは2人の間をすり抜けていく。
「クリアだ!」
このボールがこぼれることを市井は予測していた。
素早くボールの落下地点に入り、このボールを外に蹴りだそうとする。
が、その瞬間、自分の横に小さな体の日本人が現れた。
「明日香?!」
その小さな日本人、福田明日香は市井がクリアするよりも早く反応し、
身体を捻りながらスライディングボレーでゴールを狙う。

「くうっ!」
きっちりと枠へと飛んだシュートだったが、
逆方向に倒れこみながらのシュートだったため、少々威力が落ちていた。
このボールは必死にアーセナルGKが抑え込む。
283 名前:第27話  夢への切符 投稿日:2006/04/17(月) 23:12
オオオオオオオオオオオオオオ・・・・・・・・・・・・・

スタディオ・デッレ・アルピのユヴェントスサポーターが頭を抱えてため息をつく。
せっかくのビッグチャンスだったのに。
失望を露にするユヴェントスサポーターだが、
同時に福田の素晴らしいプレーに期待をも持つ。
この福田明日香ならば、必ず我がユーヴェを決勝の舞台へと導いてくれるはずだ。

「いや、俺たちにはサヤカ・イチイがいる。
あいつならきっとやってくれる。」
一方、アーセナルサポーターたちも劣勢に肝を冷やしながらも
自分たちのアイドルに期待をかけていた。
アーセナルに加入して二年。
彼女はいつもサポーターたちの期待に応えてきた。
だから今回も必ず期待に応えてくれるはずだ。


福田明日香と市井紗耶香。

全ての者が両者を取り巻き、試合はさらに混戦へ。
284 名前:第27話  夢への切符 投稿日:2006/04/17(月) 23:12
右サイドからシノハラが崩しにかかる。
だがユーヴェDFも強固なブロックで突破を許さない。
「こっちだ!」
と、そこへ市井がシノハラの外を回ってタッチライン際を駆け上がっていく。
それを感じ取っていたシノハラは絶妙なタイミングで市井にスルーパス。
右サイドを市井が駆け上がる。

「来い!」
ゴール前にはヒローコ・オグー、ウエト・アーヤが走りこんでいる。
それを見た市井は中にクロスを送ろうとするが、
目の前に現れた宿敵により、クロスを上げられなかった。
「行かせないよ、紗耶香。」
自陣へと戻った福田明日香が市井の前に大きな壁となり、立ちはだかる。

オオオオオオオオオオオオオオオオ!!!
両雄のマッチアップ。
期せずしてスタジアムからどよめきが上がる。
285 名前:第27話  夢への切符 投稿日:2006/04/17(月) 23:12
「抜く!!」
市井は積極的に福田に突っかかっていった。
上半身を激しく揺さぶり、ボールをまたぐ、またぐ、またぐ、またぐ。
市井得意の高速シザースだ。
『動くな、我慢だ!』
福田明日香は飛び込みたい衝動に必死に耐えていた。
ここは絶対に我慢だ。
こちらから飛び込んでも確実にかわされる。
狙うは、市井が痺れを切らしてかわしにくる瞬間。

『ちっ!さすが明日香!ならば!』
飛び込んでこない福田に対し、市井は矛先を変えた。
またぎは内から外へというものだが、右足でボールをまたいだ瞬間、
顔を上げ、中央へ入り込んできたアーヤへパスを出す。
『我慢!これもまたぎ!』
一瞬反応しかけた福田だったが、必死に足が動くのを抑え込んだ。
286 名前:第27話  夢への切符 投稿日:2006/04/17(月) 23:13
福田の予想通りこれはフェイクだった。
市井はパスと見せかけて右足を外から内にまたぐ。
そしてまたいだ右足のアウトサイドでボールを一気に外に向かって押し出す。
『今!!』
これを福田は狙っていた。
市井から仕掛けてくる瞬間を。
その瞬間を逃さず、福田は一気に市井の足元へ飛び込んだ。
「うおっ!」
鋭い出足のタックルにもんどりうって倒れる市井。
だが、完璧にボールに行っていたため、ファウルではない。


1対1の直接対決は福田明日香に軍配が上がった。
287 名前:第27話  夢への切符 投稿日:2006/04/17(月) 23:13
「マツシマ!」
起き上がった福田は一気に前線のマツシマへロングパスを送る。
と同時に自分も全速力で前へと上がっていく。
「ちっ!!」
市井もすぐに起き上がり、福田のあとを追う。

マツシマは福田からのロングパスをトキーワを抑え込みながら胸でトラップ。
そして落ち際をボレーで逆サイドのヤダベドの足元へ正確なパスを送る。
そのプレーは実になめらかでエレガントなものだった。
まさに“パーフェクトクイーン”。
このパスを受けたヤダベドは右サイドを駆け上がっていく。
ゴール前には安倍なつみ、ハセキョンのユーヴェ2トップが走りこむ。

「クロスを上げさせるな!」
アーセナルDF陣もすぐにヤダベドのチェックに向かう。
そして中ではしっかりとユーヴェ2トップのマークを固める。
これではクロスを上げても跳ね返されるのは目に見えている。
「こっちだ!!」
とそこへ左サイドから中央へとマツシマが走りこんできた。
決して運動量が多くない彼女だが、この展開では身体が勝手に動く。
そこへヤダベドがグラウンダーでマツシマに送る。
もちろんマツシマはこれをダイレクトでゴールを狙う。

しかしトキーワがそれを許さない。
マツシマの前に滑り込み、シュートコースをブロックする。
288 名前:第27話  夢への切符 投稿日:2006/04/17(月) 23:14
「スルー!」
この声にマツシマは咄嗟に反応し、シュートを打たずに後ろへ流した。
そこへ走りこんでいたのは何と福田明日香。
つい先ほどまで自陣ゴール前にいたのだが、
このわずかな時間でもうここまで来ていた。
福田は転がってくるボールにタイミングを合わせ、左足を鋭く振りぬいた。
「ぐう!!!!」
が、そこへ懸命に足を出してブロックにいったのは市井紗耶香。
何とか爪先にボールを当てる。
市井の爪先に当たったボールは大きく跳ね上がりながらもゴールへ向かっていったが、
惜しくもゴールネットの上に落ちた。

「ちっ、外したか・・・・・・・」
ボールがゴールネットの上に落ちたのを見た福田はふうっと一息吐き、笑みを見せる。
惜しかったが、今のは仕方がない。
「次は確実に決める。」
そう呟くとコーナーキックのため、福田は涼しい顔でゴール前へと走る。
その姿からはこの激戦の後半戦で100m近くを全力で駆け上がったとは誰も想像できない。
289 名前:第27話  夢への切符 投稿日:2006/04/17(月) 23:14
かひゅっ、かひゅ・・・・・・・・

一方、同じ距離を走った市井は大きく肩で息をしながら、ようやく起き上がる。
「な、何て化け物だ・・・・・・・・」
驚愕に満ちた表情で市井はゴール前に走る福田を見る。
何でそんなに涼しげに笑っていられるんだ?
市井には、福田明日香が同じ日本人、同じ人間であるとはとうてい思えなかった。

「あたしだって辛いよ。疲れきっている。でも、それ以上に楽しい。」
驚愕の表情でこちらを見る市井に思わず苦笑する福田。
どっちも体力的には似たようなもの。
後は気力の勝負だ。
そして気力では世界中の誰にも負けない。
世界一の負けず嫌いはあたしだから。
その気持ちが、福田明日香の身体を限界を超えて動かしていく。
290 名前:第27話  夢への切符 投稿日:2006/04/17(月) 23:14
ユーヴェの左サイドからのコーナーキック。
キッカーはハセキョン。
ゴール前には安倍、福田、マツシマ、さらにはトダムまでもが上がってきている。
もちろんアーセナルもオグーが戻り、市井も気力を振り絞ってゴール前に戻ってきている。
ここで点をやるわけにはいかない。

「行くよ!」
ハセキョンがスッと左手を上げる。
と同時にユーヴェのアタッカー陣が激しく動き回る。
アーセナルDF陣も、この動きに惑わされること無くマークを受け渡す。
「必ず明日香だ!」
市井はそう睨んでいた。
神経を張り巡らし、フリーロールの嗅覚を最大限に開放させる。
「ここっ!」
そして次の瞬間、ボールが来る位置を完全に掴んだ。
そこへハセキョンからのボールが完璧に送られてくる。
291 名前:第27話  夢への切符 投稿日:2006/04/17(月) 23:15
このボールに飛びつくのは2人。
福田明日香と市井紗耶香。
「くっ!」
「もらったよ明日香!」
だが、“フリーロール”の反応が一瞬速かった。
福田よりも先に市井がポジションに入る。
そしてクリア・・・・・・だが、市井よりもこのボールに速く反応した選手がいた。
ゴール前での嗅覚においては、彼女に並ぶ者はいない。
それが例え“フリーロール”であってもだ。
ゴールを狙う嗅覚、それこそが安倍なつみの最高の武器。

安倍が全身の力を込めて叩きつけたヘッドは、
ユヴェントス陣営の希望を乗せ、ゴールへと向かっていく。
だがこれをアーセナルDF陣は身体を張って守る。
ゴールの中にいたアーセナルDFが、ポストに激突しながらもヘッドで止める。
そしてこぼれたボールはナオミが大きくクリアした。
アーセナル、気迫のディフェンス。
292 名前:第27話  夢への切符 投稿日:2006/04/17(月) 23:15
そしてクリアされたボールは、センターサークル手前で待っていたウエト・アーヤが
猛然と追いかけ、タッチラン際で何とか拾った。
拾ったボールを完璧にコントロールすると、
アーヤは一人猛然とユヴェントスゴールへと突進する。
その類まれなスピード、テクニックにユヴェントスDF陣が翻弄される。
「止めろ!時間を稼げ!」
コーナーキックのため、アーセナルゴール前に上がっていた守備陣のリーダー、トダムが叫ぶ。
何とかして自分たちが戻る時間を稼いでくれ。
心底そう願う。
だが、その願いをアーセナルが、フランスが誇るスピードストライカーが打ち破る。
ファウルで止めようとするユーヴェDFをあざ笑うかのようにフェイントでかわす。
1人、2人と華麗にかわしていく。

「くっ!!」
やむを得ずユヴェントスGKフカキョンが飛び出していく。
最悪退場でもいい。
ここで絶対に止めねば。
その鋭い出足に、さすがのアーヤもかわしきれなかった。
だがアーヤの得点にかける執念も素晴らしかった。
倒れこみながらもユーヴェゴールへとシュートを放った。
293 名前:第27話  夢への切符 投稿日:2006/04/17(月) 23:16
ボールは無人のゴールめがけて確実に転がっていく。

これでアーセナルの勝利。

そう誰もが思ったが、このボールを必死に追いかける2人の選手に目が釘付けとなる。
ユヴェントス18番福田明日香。
アーセナル11番市井紗耶香。
この2人が転がるボールを必死に追いかけている。
「アスカ!!」
「サヤカ!!」
両チームともボールを追いかける2人を目で追うのみ。
ここで守るか、それとも勝ち越しか――――――
294 名前:第27話  夢への切符 投稿日:2006/04/17(月) 23:17
「うおおお!!」
市井が懸命に足を伸ばす。
「くうう!!!」
福田も足を伸ばす。
「ぎゃっ!!!」
そして両者が激しく激突した。
「福ちゃん、紗耶香!!」
「福田さん、市井さん!!」
安倍とひとみが倒れこむ2人の名を叫ぶ。
それほど激しい激突だった。
両者ともピクリとも動かない。
が、ボールだけは意志を持ったように転がっていく。
全世界の人々がこのボールの行方を目で追う。


何十億という目に見られたボールはそのままゴールラインを割っていった。


福田明日香、執念のディフェンス。
295 名前:第27話  夢への切符 投稿日:2006/04/17(月) 23:17
オオオオオオオオオオオオオオ・・・・・・・・・・・・

ユヴェントスサポーターからは安堵のため息が。
そしてアーセナルサポーターからは失望のため息が漏れる。
ユヴェントスにとっては最大のピンチ。
アーセナルにとっては最高のチャンスだった。
が、それを彼女が防ぎきった。
偉大なるパイオニア、福田明日香が。

が、その福田明日香がピッチに倒れたまま動かない。
傍目から見ても完全に意識を失っているのが分かる。
一方、市井は頭を押さえて悶絶していた。
「アスカ!!」
「サヤカ!!」
両チームの選手たちが文字通り血相を変えて2人のもとへと走っていく。
審判もすぐさま待機しているドクターにピッチに入るように指示をする。

ザワザワザワザワザワ・・・・・・・・・・・・

スタジアムは一転、ざわめき立つ。
296 名前:第27話  夢への切符 投稿日:2006/04/17(月) 23:18
「アスカ?!!」
その状況に、ユヴェントスの選手はもちろん、アーセナルの選手も息を飲む。
それは、福田明日香の頭部からおびただしい量の血が流れていたからだ。
一方、市井からは何の出血も見られない。
一体どうなったんだ?
と、その時、場内ではスクリーンで、テレビではリプレイでこの場面が映し出された。

2人がボールを追って走っている。
市井は左側から、福田は右側からそれぞれボールにアプローチしている。
そして同時にボールに飛び込む。
そして・・・・・・・・・

ウワアアアアアアアアアア・・・・・・・・・

その瞬間をとらえた映像に、全ての人々はなんともいえない声を上げた。
全速力で飛び込んだ2人の頭がそのままの勢いで激突する。
が、市井は一番固いであろう額、福田はこめかみの辺りで激しく激突したのだ。
そして次の瞬間、福田は意識を失いピッチに落ちた。
しかし、この時に彼女の右足が動き、ブロックしたのも同時に映し出されていた。
何という執念であろうか。
297 名前:第27話  夢への切符 投稿日:2006/04/17(月) 23:18
「う、う・・・・・・・・あ、明日香・・・・・?」
とここで悶絶していた市井が倒れこんでいる福田の様子に気付いた。
「あ、明日香!」
市井は驚き、すぐさま駆け寄ろうとするが、膝に力が入らず、立つことが出来ない。
それでも市井ははいずるようにして福田のもとへと向かう。
「お、おい、明日香。」
「触っちゃだめだべ紗耶香!それに紗耶香も動いちゃだめだべ!」
意識を失った福田を起こそうと身体を揺する市井だが、安倍が止める。
2人とも頭を強く打っている。
動かすのは、動くのは危険だ。

と、その時、意識を失っていた福田の目がパチッと開いた。
そして何事も無かったかのようにスッと上半身を起こす。
そして血まみれの顔のままふふっと微笑んだ。
「紗耶香、ゴールは入れさせないよ。」
それは、妖艶で、誰もが吸い込まれそうな微笑だった。
死力を尽くす、生命力を燃やし尽くす女性の美しさ。
それがこの微笑に現れていた。
298 名前:第27話  夢への切符 投稿日:2006/04/17(月) 23:18
『すごい、本当にこいつはすごい。』
今は倒すべき相手。
それでも市井は感嘆せずにはいられなかった。
こんな選手が、同じ日本人であることを誇りに思った。
そしてその相手と今、真剣に戦えることも。

『すごいべ、福ちゃんは。』
当然安倍も自分の親友の凄さに感嘆する。
こんなすごい人とともに、自分は同じチームで戦うことが出来る。
これ以上の幸せはあるだろうか?

『福田さん、やっぱりあなたは福田明日香です。』
スタンドからピッチを眺めるひとみは、胸にこみ上げるものを感じていた。
福田明日香の1プレー、1プレーが本当に熱い。
本当に全ての選手の手本となる人だ。
299 名前:第27話  夢への切符 投稿日:2006/04/17(月) 23:19
『さすがアスカ・フクダ。それでこそあたしの天敵。』
イタリアが誇るプリンセス、ASローマMF、ナカマチェスコ・ユッキエ。
彼女にしても、福田明日香とライバル関係であることを誇りに思えた。

『アスカ。お前は最高だ。・・・・・・・お前と戦いたい。』
そして彼女の胸にも熱い思いがこみ上げる。
世界最高のサッカー選手、“パーフェクトクイーン”ナナコーヌ・マツシマ。
この瞬間、彼女はある決断を下したのであった。



それは、福田明日香と真剣に戦うということを。
300 名前:第27話  夢への切符 投稿日:2006/04/17(月) 23:19
「すぐに戻るから、頼むね。」
「頼むよ。」
2人とも頭を強く打っているため、いったん担架に乗せられてピッチの外に出る。
特に福田は出血があるため、その治療も必要となる。

「手っ取り早く血を止めて。縫ってもいいし、ホッチキスでもいいから。」
福田はチームドクターに出血を早く止めるように指示する。
当然麻酔などいらない。
一秒でも早くピッチに戻ることを要求する。
が、チームドクターは迷っていた。
あのぶつかり方は危険だ。
今は意識が戻っているとはいえ、いつ影響が出るかは分からない。
最悪、選手生命はもちろん、本当の生命に影響が起こるかもしれない。
そう考えると、手が止まってしまう。
「早く頼むよ。・・・・・もし、外から見てて何か影響がありそうだったら遠慮なく止めて。
その指示には絶対に従うから。この試合だけは絶対に勝ちたいんだ。」
「・・・・・・分かった。でもこれだけは約束してくれ。私がやめろと言ったらすぐにやめること。
そして自分で少しでも異変を感じたら動くのをやめる。いいな。」
「分かった、約束する。」
その言葉を聞くと、ユーヴェのチームドクターは福田の頭の治療を開始した。
何も起こらず、無事に試合終了の笛を聞けることを願って。


一方、市井の方は意識がはっきりしており、
目の動きもしっかり焦点が合っていたためすぐにピッチに戻ってきた。
後半も残り10分を切った。
全ての力を出し尽くして、必ず勝利を掴み取る。
301 名前:第27話  夢への切符 投稿日:2006/04/17(月) 23:20
ワアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!

ピッチ上では両チームが死力を尽くしてぶつかり合う。
その戦いはまさに世界最高峰の戦い、
チャンピオンズリーグ準決勝に相応しいものであった。

市井が復帰してから3分後には福田明日香も復帰した。
その動きからは頭を打ったことなど全く感じられないものであった。
両チームのキーマンが復帰したため、さらに試合は熱く燃え上がる。
どちらも全てを出し切るこの戦いは、ここまでのチャンピオンズリーグのベストバウトと言えた。


そして時間はすぐに過ぎ、残りはロスタイムのみとなった。
302 名前:第27話  夢への切符 投稿日:2006/04/17(月) 23:20
「攻めろ!!全員で攻めろ!!」
アーセナル監督ザイゼン・カラサワがベンチを飛び出して叫ぶ。
このまま終われば敗退だ。
次へ進むためには点を取るしかない。
「守れ!!」
一方、ユヴェントス監督オダギリ・ジョリッピは守るように指示をする。
これは消極的な指示ではない。
イタリアを代表するクラブとして、守ることが攻めなのだ。


「出して!」
アーセナルFWウエト・アーヤ、ヒローコ・オグーがペナルティエリア内で激しく動き回る。
その動きに連動するかのようにアーセナル自慢の中盤が華麗なパスワークを展開する。
「マーク外すな!」
が、ユヴェントスDF陣も完璧な動きで強固なカテナチオを構築する。
その錠前には、完全に鍵穴がない。
303 名前:第27話  夢への切符 投稿日:2006/04/17(月) 23:20
「トキーワ!!」
とその時、最終ラインからDFのナオミが上がってきた。
その動きにユーヴェのカテナチオが反応した。
「鍵穴が見えた!」
その瞬間中盤から一気に市井が飛び出した。
そこへトキーワから素晴らしいスルーパスが送られる。
「カットだ!あっ?!」
もちろんユーヴェDF陣もこのパスに反応するが、それぞれアーヤやオグー、
シノハラらにブロックされてカバーにいけない。
狭いところを市井が抜け出し、GKと1対1となる。
が、そこへ身体をぶつけてくる者がいた。
もちろん彼女、福田明日香だ。

「紗耶香!最後の勝負だ!」
「明日香!負けない!」
ここまで最高の戦いを繰り広げてきた両者。
その決着が、今、まさにつけられようとしていた。
304 名前:第27話  夢への切符 投稿日:2006/04/17(月) 23:21
「ぐっ?!」
福田の魂のこもったチャージに市井はバランスを崩す。
体格では完全に市井が勝っている。
が、福田のこの試合に賭ける思いが、市井紗耶香を止めた。
神は、福田明日香に微笑んだ。

「?!!」
が、その時、福田明日香の足が鈍った。
と同時に足がもつれてピッチに倒れこむ。
頭を打った後遺症が、この大事な瞬間に福田を襲ったのであった。
「くっ!」
福田がピッチに倒れるのに市井は気付かなかった。
意識は全てボールをゴールへと流し込むことしかなかった。
市井は倒れこみながらも、強引に右足を振りぬいた。
305 名前:第27話  夢への切符 投稿日:2006/04/17(月) 23:21
「くうっ!!」
GKフカキョンが必死に手を伸ばし、このシュートをかきだそうとする。
が、このシュートには市井紗耶香の魂が込められていた。
その魂がフカキョンの手を弾き、ボールをゴールネットへと吸い込ませた。


後半ロスタイム。
市井紗耶香の逆転ゴールにより、ついに『ジハード』、決着。
306 名前:第27話  夢への切符 投稿日:2006/04/17(月) 23:21
ウワアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!

スタジアムがこの瞬間、大歓声に包まれた。
歓喜の声、失望の声。
様々な感情が入り混じった歓声が、スタディオ・デッレ・アルピを包み込んだ。

「サヤカ!!!」
「イチイ!!!!」
アーセナル陣営が一斉にベンチを飛び出し、市井紗耶香に抱きつく。
まさかまさかの逆転劇。
その殊勲は間違いなく彼女だ。
アーセナルイレブンは最高の喜びとともに市井を手荒く祝福する。
307 名前:第27話  夢への切符 投稿日:2006/04/17(月) 23:22
「・・・・・・あー、気分悪い。」
ピッチに寝転んだまま福田明日香はぼそりと呟いた。
あの瞬間、目の前が真っ暗になり、身体に力が入らなかった。
その後の事は一瞬意識を失ったため見ていないが、
今のこの歓声と状況で分かる。
ユヴェントスは、自分は負けたのだということに。

「福ちゃん、大丈夫だべか?!」
寝転んだまま空を見つめていたが、
その視界に涙でぐちゃぐちゃになった顔の安倍が映った。
「・・・・・・大丈夫。ちょっと気分悪いけど、心配ない。」
そうは言うものの、起き上がろうという気持ちにはなれなかった。
それに何か眠い。
308 名前:第27話  夢への切符 投稿日:2006/04/17(月) 23:22
「担架だ!急げ!!」
その様子を見たユヴェントスの選手たちがすぐに担架を要請する。
素人目でも分かる。
これは危ない。
慌ててピッチに担架が運び込まれるが、焦っていたのか担架を運んでいたうちの一人が転び、
担架がピッチに投げ出された。
「バカ!何してるんだ!」
担架とともに走っていたチームドクターが怒号を浴びせる。
一刻を争うというのに。

「あたしがいく。」
と、ここで投げ出された担架を拾った選手がいた。
アーセナル市井紗耶香だ。
担架を拾うと、全速力で福田のもとへ走る。
その後を慌ててユーヴェのチームドクターが追う。
309 名前:第27話  夢への切符 投稿日:2006/04/17(月) 23:23
「大丈夫か、明日香。」
この市井の言葉に福田は目を開け、頷く。
その頷きで十分だった。
福田明日香は大丈夫だと確信できた。
福田明日香はこれぐらいでは負けない。
その後、チームドクターが軽く診察をし、とりあえず病院へと運ぶこととなった。
みなの手で担架に乗せられた福田。
その担架の取手を持ったのは市井と安倍だった。
誰に言われたのではなく、自然に2人がそう行動した。
そしてその場にいた誰もが、この行動を当然だと思った。



ワアアアアアアアアアア!!!!!

担架に乗せられて運ばれる福田を、スタディオ・デッレ・アルピに集まった観客は
スタンディングオベーションで見送った。
敗れはしたが、その動き、思いは確実に観客たちの心に届いた。
「すごい、福田さんも市井さんも安倍さんもすごい。」
ひとみも他の観客と同様に立ち上がって3人を見送った。
この戦いは本当に素晴らしかった。
自分もこの最高の舞台でこんな戦いをしたい。
心底そう思った。
310 名前:第27話  夢への切符 投稿日:2006/04/17(月) 23:23
「そのためにも絶対に残りのリーグ戦、勝ってみせる。」
そう闘志を燃やすひとみ。
現在インテルミラノは6位で、チャンピオンズリーグ出場圏外だ。
正直厳しい戦いかもしれない。
だが絶対に最後まで諦めない。
この試合の福田、市井、安倍のように。
必ず来季、チャンピオンズリーグに出場し、世界が震える戦いをしてみせる。


ひとみの心は、今、熱く燃え盛っていた。
311 名前:第27話  夢への切符 投稿日:2006/04/17(月) 23:24
聖戦『ジハード』は、こうして大いなる感動を残して幕を閉じた。


試合の結果自体はアーセナルが逆転で決勝へとコマを進めた。
が、福田と市井との戦いに決着が付いたとはいえない。
それは市井紗耶香が一番分かっていた。
まだ、自分はパイオニアの背中に追いついていない。
そう強く感じていた。

だが、きっと次こそ追いつき、追い抜いてみせる。

そう市井は誓った。
312 名前:第27話  夢への切符 投稿日:2006/04/17(月) 23:25
サッカー選手の全てが憧れるチャンピオンズリーグ。
その決勝という夢舞台の切符を手にした1チームは、
イングランドの名門、アーセナルに決まった。


そして翌日。

「よしっ!!」
グッと拳を天高く突き上げるのはFCポルトMF柴田あゆみ。
チャンピオンズリーグ準決勝のもう一戦、
FCポルトVSチェルシーは0−0の引き分けに終わった。
が、ファーストレグの結果により、決勝への切符を手にしたのは、
青き龍、FCポルト。

つまり、これで決勝カードが決定した。

FCポルトVSアーセナル

これはつまり、史上初めてビッグイヤーを掲げる日本人が誕生することを意味していた。


柴田あゆみVS市井紗耶香。
313 名前:第27話  夢への切符 投稿日:2006/04/17(月) 23:25


日本人による、頂上対決。

 
314 名前:第27話  夢への切符 投稿日:2006/04/17(月) 23:25


  第27話  夢への切符  (終)

 
315 名前:ACM 投稿日:2006/04/17(月) 23:26
  第27話  夢への切符  終了いたしました。

   長い戦いでした。更新が遅くなってすみません。
   ほんと、ピッチを上げていかないと終わらないような気がします。
   出来るだけがんばっていきたいと思いますので、
   これからもどうか温かく見守ってください。
316 名前:ACM 投稿日:2006/04/17(月) 23:27
では次回の予告です。

  第28話  最後の一枚

    誰もが憧れる舞台、欧州チャンピオンズリーグ。
    この大会に出場できるのは、各国から選ばれた数クラブのみだ。
    イタリアでは今、チャンピオンズリーグ出場権の最後の一枚をめぐって激闘が繰り広げられていた。
    4位パルマ、5位ラツィオ、そして6位にインテル。
    果たして最後の一枚を獲得するのはどのクラブなのか?
    残るは後、2戦。
317 名前:ACM 投稿日:2006/04/17(月) 23:27
スレ隠し

新垣里沙

“ダイナモ”
得意プレー:粘り強いディフェンス 運動量 ユーティリティー
ポジション:DMF SMF OMF CMF SB CB
所属クラブ:ジュビロ磐田

・プレーの特徴
彼女の特徴はなんと言ってもそのスタミナ。
試合開始から終了まできれることのない無尽蔵のスタミナは、確実にチームの戦力となる。
また中盤とDFラインのどこでもこなせるユーティリティーも魅力的である。
弱点としては小柄なため、競り合いに弱いというところか。
そのため、やはり中盤での起用が多い。
318 名前:ACM 投稿日:2006/04/17(月) 23:28
・作者のイメージ
当初は明神でした。が、今はどちらかというとコクーのような感じですかね。
それかボランチでは今野といったところです。
とにかく色々なポジションがこなせ、スタミナのある選手です。

・本編での存在
何と言ってもアテネオリンピックでの活躍が光ります。
作者自身、何であんなに活躍したのだろうかと不思議に思います。
また、U−20代表でも中心としてがんばってくれているため、
結構存在感を感じています。
319 名前:ACM 投稿日:2006/04/17(月) 23:29
では、次回更新まで失礼いたします。
もう少しで第三部が終わります。
がんばります。
どうかこれからもよろしくお願いいたします。
320 名前:ピクシー 投稿日:2006/04/18(火) 05:12
更新お疲れ様です。

熱いですねぇ。
そして決勝はこのカードになりましたか。
決勝も見逃せませんね。

6スレも書いてるわけですし・・・
ペースが落ちるのも無理ないかと思います。
作者さんのペースで頑張って下さい。

次回更新も楽しみに待ってます。
321 名前:みっくす 投稿日:2006/04/18(火) 06:04
更新おつかれさまです。

いやー、興奮しますねぇ。
決勝は、面白そうなカードになりましたね。
あと、来季は、かなり選手の配置が変わりそうな予感。

無理しないで、作者さんのペースで頑張って下さい。

次回も楽しみにしています。
322 名前:春嶋浪漫 投稿日:2006/04/18(火) 18:24
更新お疲れ様です。

この対戦は相変わらずの熱戦ぶり。さすがと言って良いですね。
早く代表戦が見たい気分になりますね。
実際のCLもいよいよ大詰めになりましたが、
こちらもこの小説くらいの熱戦を期待したいですね。

小説はいつも期待して待っていますので作者さんのペースで頑張ってください。

次回更新も楽しみに待っています。
323 名前:クロ 投稿日:2006/04/19(水) 12:37
更新おつかれさまです。
壮絶なる戦いも決着ですね。面白かったです。
でまた決勝もすんごく気になります。
324 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/07/19(水) 10:36
わくわくしながら待ってますー
325 名前:ACM 投稿日:2006/08/06(日) 21:39
>>320 ピクシー様
レスありがとうございます。決勝はこのカードになりました。
当初はそうならない予定だったのですが、
書いているうちに予定が変わってしまいました。
決勝は次回、お送りしますのでご期待下さい。

>>321 みっくす様
レスありがとうございます。
興奮する試合。それをワールドカップでしてほしかったというのが今の気持ちです。
来季は確かに選手の配置が変わると思います。
誰がどこへ行くのか、楽しみにお待ち下さい。

>>322 春嶋浪漫様
レスありがとうございます。代表戦は作者も楽しみにしています。
何と言ってもこのメンバーたちを動かせるのですから。
でも、誰を選ぼうか迷うところです。
第4部最初は代表編ですので、楽しみにしていてください。
326 名前:ACM 投稿日:2006/08/06(日) 21:42
>>323 クロ様
レスありがとうございます。とうとう決着が付きました。
作者自身も書いていて、疲れました。
そしていよいよ決勝戦。あの2人の対決です。
一話お待たせしますが、どうかお楽しみに。

>>324 名無飼育さん様
レスありがとうございます。お待たせしてすみません。
こんなに間が開いていてもわくわくして待っていただいて嬉しいです。
どうぞこれからもよろしくお願いいたします。

4ヶ月もあいてしまい、申し訳ありません。
では、本日の更新です。

 第28話  最後の一枚
327 名前:第28話  最後の一枚 投稿日:2006/08/06(日) 21:42
『ついにビッグイヤーを掲げる日本人が!!』

激闘が続いた2004−2005チャンピオンズリーグも、
とうとう後1試合を残すのみとなった。

決勝のカードは、FCポルトVSアーセナル。

つまり柴田あゆみVS市井紗耶香という、
日本人対決が栄光のフィナーレを飾ることになったのだ。

この展開に全ての日本人が心を躍らせる。
ついに、我々日本人から栄光のビッグイヤーを掴み取る者が現れるのだ。

決戦の日は5月25日。
その日を、いまかいまかと待ちわびていた。
328 名前:第28話  最後の一枚 投稿日:2006/08/06(日) 21:43
しかし、戦いはすでに始まっていた。
それは決勝戦のことではなく、来シーズン、2005−2006チャンピオンズリーグの戦いのことだ。
リーグ戦も終盤にきており、順位も決まりつつある。
この最終順位により、来シーズンのチャンピオンズリーグ出場が決まるのだ。
わずか勝点1の差で、天国と地獄が入れ替わる。
そんな残酷な戦いも佳境を迎えていた。

その佳境の真っ只中なのが、セリエA。
首位ミラン、2位にローマ、3位にユヴェントスはほぼ確定だが、
最後の一枠を4位パルマ、5位ラツィオ、6位インテルで争うという状態。
残り2節、目の離せない試合が続く。
329 名前:第28話  最後の一枚 投稿日:2006/08/06(日) 21:43
イタリア、ミラノ。
この地ではイタリアビッグ3の一角、
インテルミラノが次節へ向けて練習に励んでいた。


「来い!」
インテルMF、日本代表吉澤ひとみがスペースへと飛び込む。
そこへセルビア・モンテネグロ代表のエース、アサミ・イシカワビッチから見事なパスが通る。
このパスを受けたひとみは鋭く右足を振りぬき、ゴールネットを揺らした。
「やるなヒトミ。」
イタリア代表GKマキチェスコ・ミズノも防ぎきれないほどの強烈なシュートだった。
その切れ味からも、ひとみの調子がいいことは一目瞭然だ。
「よーし、それでいい。」
インテル監督、タケナカ・ナオトーニもこれには満足気に頷く。

残り2節となったカンピオナート。
逆転でチャンピオンズリーグ出場を目指すインテルにとって、
残り2節は絶対に落とせない試合。
しかも次節は4位パルマとの直接対決。
いやがうえにも練習に熱が入る。

とりわけその中で熱がこもっているのが吉澤ひとみ。

先のチャンピオンズリーグ準決勝。
この戦いで自分が尊敬する選手たちの活躍を見て、燃えないわけにはいかない。
来季は絶対に自分もその場所に立ってみせる。
その思いでひとみの心は満たされていた。
330 名前:第28話  最後の一枚 投稿日:2006/08/06(日) 21:44
「ふうっ。」
練習後、シャワーで汗を流したひとみ。
着替えをすませ、愛車へと乗り込んだと同時に携帯の着信音が鳴り響いた。
ひとみは携帯のディスプレイに映った人物の名を見て、思わず笑みを漏らした。
「もしもし。」
『もしもし、ヒトミか?あたし。ユッキエ。』
電話をかけてきた相手は、今やイタリアのみならず、世界のプリンセスとなりつつある
ASローマ所属、ナカマチェスコ・ユッキエだった。
「ひさ・・・・」
『いい?今度の試合、絶対に勝ちなさいよ。
勝って、必ず来季のチャンピオンズリーグに出るのよ。』
ひとみが久しぶりと言い終わらぬうちにユッキエはまくしたてる。
その言葉には怒りと優しさが含まれていることがひとみには理解できた。
その後、いくつかのやりとりをかわしたひとみとユッキエ。
次の試合でのお互いの健闘を誓い、電話を切った。
331 名前:第28話  最後の一枚 投稿日:2006/08/06(日) 21:44
だが、電話はこれだけで終わりではなかった。
その後、今まで激闘を繰り広げてきたライバルたちから続々と電話がかかる。
福田や安倍、石黒、紺野といったイタリアにいる日本人選手はもちろんのこと、
マツシマ、アユウドといったところからも次の試合に対する激励が届いた。
その中で特筆すべきは、ブレシアのヤマグチ。
次の試合で5位のラツィオと対戦するが、必ず勝ってみせると約束した。
この世界最高のファンタジスタも、来シーズン、チャンピオンズリーグで
吉澤ひとみの雄姿を見ることを心底期待しているのだ。

「・・・・・・・ありがとう、みんな。」
電話を終えたひとみは、そう呟いた。
仲間やライバルたちの心遣いが心に沁みる。

さあ、次の試合、必ず勝とう。

ひとみは決意を新たにし、愛車を走らせた。
332 名前:第28話  最後の一枚 投稿日:2006/08/06(日) 21:45
そして試合当日を迎えた。


インテルVSパルマ  ジュゼッペ・メアッツァ


 
333 名前:第28話  最後の一枚 投稿日:2006/08/06(日) 21:45
「この試合は絶対に負けられないぞ。」
開口一番、タケナカ・ナオトーニはそう選手たちに言った。
無論選手たちもそれは十二分に理解している。
この試合に勝たねば、来季のチャンピオンズリーグ出場はない。
それはイタリアビッグ3の一角、インテルミラノにとってはあってはならないことだ。

「よしっ。」
ひとみはパンと頬を叩き、気合を入れる。
現在、インテルが苦戦している一番の戦犯とされているのは吉澤ひとみだった。
昨シーズンのエンポリでの救世主を彷彿とさせる活躍。
イタリア中が彼女を獲得せんと、奔走し、そしてついにインテルが彼女を獲得した。
大きな期待を持って迎えた今シーズン。
が、そのイタリア中が熱狂に沸いた昨シーズンの動きは今シーズンはほとんど見られず、
それどころか大事な場面でミスをするなど、完全に足を引っ張っていた。
その結果が、シーズン半ばでの監督交代であり、チャンピオンズリーグ出場権を逃そうという体たらく。
また、ひとみ自身の頭突きによる出場停止も重なり、完全に戦犯となっていた。
この現状を当然インテリスタは黙っていない。
イタリアの新聞が調査した結果では、インテリスタの約60%が吉澤ひとみを放出しろ、という意見だった。
334 名前:第28話  最後の一枚 投稿日:2006/08/06(日) 21:45
「ヨシ、行くぞ。」
「頼むよヒトミ。」
が、インテルの選手たちの間ではそんな感情はない。
誰もひとみを戦力外と考えていない。
それどころか、ひとみこそインテルの低迷を打破する最高の手段だと考えている。
類まれなフィジカルに、攻撃的センス。
また、元DFという経歴を生かしたしつこい守備。
そして何より、あのファンタジー。
同じピッチに立ち、それらを体感すれば誰もがひとみに惚れ込む。

「さあ、いこうか!」
「おうっ!」
ひとみの声に応えるインテルイレブン。
ようやくこの危機的状況で、インテルは一つになりつつあった。

335 名前:第28話  最後の一枚 投稿日:2006/08/06(日) 21:46
<インテル> 3−4−1−2
             32       GK  1 マキチェスコ・ミズノ
        20            DF  2 チエン・アヤドバ
           10            17 ミホ・カンノバーロ
     MF            4     23 ムロイ・シゲルッツィ
         11   25      MF  4 ウエハラ・タカコッティ
                         10 吉澤ひとみ
       2   23   17       11 アサミ・イシカワビッチ
                         25 アイウチ・リナメイダ
            1         FW 20 アルバロ・ヤイコ
                         32 ヨネクラン・リョウコ
336 名前:第28話  最後の一枚 投稿日:2006/08/06(日) 21:46
「ミホ!!」
「くっ!!」
イタリア代表の屈強のセンターバック、ミホ・カンノバーロ。
彼女のDFとしての実力はまさに世界トップレベルである。
が、今日の相手は彼女をも翻弄する。
カンノバーロのチェックを弾き飛ばし、
さらにシゲルッツィのチャージももろともせずに左足で豪快にゴールを狙う。
これはイタリア代表GKミズノの正面で、何とか事なきを得た。

オオオオオオオオオオオオ・・・・・・・・・・・・

ジュゼッペ・メアッツァが安堵のため息に包まれる。
それほど危険な突破だった。

「外してもうたか。ま、しゃーないわ。」
その恐るべき選手は何事も無かったかのように自分のポジションへと戻っていく。
重戦車の如きプレーで、相手を破壊する。
その類まれな素質は次代のブラジル代表のエースと目される彼女。
パルマFW、コダクミーノ。
彼女がひとみたちインテルの前に立ちはだかる。
337 名前:第28話  最後の一枚 投稿日:2006/08/06(日) 21:47
「何てパワー。」
カンノバーロ、シゲルッツィのチャージをもろともしないその突破には、
ひとみも驚かされる。
「さすがブラジル。選手層が厚い。」
これだけの選手が、まだブラジル代表に呼ばれていない。
それは王国ブラジルの充実した現状を表している。
「けど、絶対に負けないから。」
ひとみは気合を入れなおすと、前線へと走る。
立ちはだかるものは誰であろうと叩き潰す。

「ヒトミ!!」
それを見たミズノは、前線へと大きく蹴りだす。
ひとみはこのパスを、2人がかりのマークを受けながらも、完璧に胸でトラップ。
そしてフォローに来たイシカワビッチに落とす。
イシカワビッチは、この落とされたボールをダイレクトで右サイドへ。
そこにはタカコッティが走り込んでいた。
タカコッティはフェイク一発でパルマ左サイドバックをかわし、サイドを深くえぐる。
338 名前:第28話  最後の一枚 投稿日:2006/08/06(日) 21:47
ウオオオオオオオオオオオ!!!

チャンスにインテリスタたちが思わず身を乗り出す。
インテルの素早い攻撃に得点のにおいを感じ取る。
「来い!」
ゴール前にはコダクミーノに何らひけをとらない重戦車、ヨネクラン・リョウコと、
“魔法の左足”ヤイコ、そしてポストプレーをこなしたひとみも上がっている。
タカコッティはゴール前を見て、そして狙いを定めてクロスをあげた。

「おっしゃ!」
このクロスはゴール前に飛び込んだヨネクラン、ヤイコを超えて
ファーサイドへ走るひとみのもとへ。
ひとみはDFに密着マークされながらもこのクロスをヘッドで中に折り返す。
そこで待っていたのはウルグアイ代表アルバロ・ヤイコ。
ヤイコはこの落とされたボールをチャージを受けながらも思い切り左足でとらえた。
うねりをあげてボールはゴールへと向かっていく。
が、このシュートは惜しくもクロスバーを直撃し、ゴールならなかった。

「しもた!!」
絶好のチャンスを逃したヤイコが頭を抱える。
いくらチャージを受けたとはいえ、あそこは確実に決めておかねばならないところだ。
「ドンマイ、ヤイコ。」
ひとみは頭を抱えるヤイコの肩をポンと叩く。
外れはしたが、今のはいい攻撃だった。
これを続けていけば必ず点は取れるはずだ。
ひとみはそう確信している。
339 名前:第28話  最後の一枚 投稿日:2006/08/06(日) 21:47
その確信どおり、インテルは分厚い攻撃を仕掛ける。
左サイドに開いたヤイコに、ひとみから見事なパスが通る。
「きついパスやな!」
ひとみのパスは鋭いものだが、ウルグアイ代表のエースのテクニックには関係ない。
ヤイコは見事にトラップすると、鋭い身のこなしでパルマDFをかわし、中にクロス。
これにヨネクランが飛び込むが、パルマGKが飛び出しフィスティング。
ボールはペナルティエリアの外へ。

「任せて!」
が、このクリアの先にはイシカワビッチが詰めていた。
跳ね返ったボールを身体をかぶせるようにしてダイレクトでボレー。
ボールは見事に枠にコントロールされたが、このシュートをパルマDFが身を挺して防ぐ。


次はヨネクランだ。
ボールを奪ったシゲルッツィは、中盤を省略して前線へ大きなフィード。
これをヨネクランは2人に挟まれながらも強引に突破。
そしてペナルティエリア外から思い切り左足を振りぬく。
その強引なまでの突破力はイタリアにヨネクランありを大いにアピールする。
しかしこれをパルマGKがビッグセーブ。
弾いたボールにヤイコとひとみが詰めるが、ここはパルマDFも必死にクリアした。
340 名前:第28話  最後の一枚 投稿日:2006/08/06(日) 21:48
ピピピピピピ!!!

主審がけたたましく笛を吹く。
右サイドを突破したタカコッティだが、後ろからのタックルに潰されてしまった。
これを主審は当然ファウルをとった。
「・・・・・・よっしゃ。」
コーナーフラッグの少し手前で得たフリーキック。
角度は厳しい。
だが、右サイドからならこの魔法の左足が何とかする。
世界有数のレフティー、アルバロ・ヤイコ。
その黄金の左足がゴールを捕捉した。

ボールを慎重にセットしたヤイコは助走を取る。
パルマゴール前にはヨネクラン、ひとみのツインタワーに加え、
イシカワビッチ、シゲルッツィも上がってきた。
インテルとしては押しているだけに、このチャンスで確実に点を取っておきたい。
341 名前:第28話  最後の一枚 投稿日:2006/08/06(日) 21:48
ピィー!!

主審の笛と同時にゴール前にいたインテル選手たちが縦横無尽に動き回る。
この動きにパルマディフェンス陣は対応に追われる。
「ここや!」
その瞬間、ヤイコの“魔法の左足”が火を噴いた。

ヤイコの左足から放たれたボールは、大きくファーサイドへ。
が、そこには誰も走りこんでいない。
「?!!」
だが次の瞬間、ボールが急激にストップし、そしてグッと曲がった。
獲物を見つけた鷹のように、ゴールという獲物へぐんぐん加速していく。
パルマGKも懸命に手を伸ばすが届かない。
「よっしゃ!」
これを見たヤイコはゴールを確信する。
342 名前:第28話  最後の一枚 投稿日:2006/08/06(日) 21:48
しかし、これをパルマDFは防ぐ。
懸命にジャンプし、これをヘッドでクリアした。
が、そのパルマDFは勢い余ってゴールポストに顔面をしたたかに打ち付けてしまった。
ピッチに倒れ、激痛に悶絶する。

「すごい、あれを止めるなんて。」
これにはひとみも思わず感嘆の言葉を漏らす。
パルマは現在4位であり、このままシーズンを終わればチャンピオンズリーグ出場権を獲得する。
チャンピオンズリーグに出場できれば、全世界から注目され、
ビッグクラブへの移籍が叶うかもしれない。
また、クラブとしてもチャンピオンズリーグ出場を果たせば、懐も潤うのだ。
それだけに彼女たちも必死だった。

343 名前:第28話  最後の一枚 投稿日:2006/08/06(日) 21:49
顔面を強く打ちつけた選手は、鼻に詰め物をしてすぐさまピッチに戻ってきた。
これには敵味方関係なく、スタンドから賞賛の声が降り注がれる。
「ナイスや。絶対にあたしが点を取ったる。」
チームメートのガッツ溢れるプレーに、コダクミーノの闘志が燃え上がる。
何とか先制点を取り、インテルを慌てさせる。
そうすれば、さらにカウンターで得点のチャンスが広がる。

ここまで期待されながらも結果が出せず、長い下積みを経験してきた。
下部チームへのレンタル移籍を何度も経験し、ようやくセリエAパルマへとたどり着いた。
地獄のような、もう二度と経験したくない下積み生活。
しかし、ここでチャンピオンズリーグ出場権を獲得し、
そしてその大舞台で活躍できれば一気に地位は跳ね上がる。
ブラジル代表のエース、真の歌姫の地位は自分のものとなる。

コダクミーノにとって、この試合は人生を賭けた大勝負でもあった。
344 名前:第28話  最後の一枚 投稿日:2006/08/06(日) 21:49
「そっちも勝ちたいだろうけど、そうはいかない。」
「うっ・・・・・・・」
士気が上がるコダクミーノにパルマイレブンだが、
その士気を殺ぐかのように鋭い視線が彼女たちを射抜いた。
彼女には親友との約束がある。
今季は自分のせいでその約束は果たせなかったが、
来季は絶対に約束を果たす。
それに、自分のライバルがあの最高の舞台で光り輝いている。
だから必ず自分がその舞台に立たねばならない。
吉澤ひとみの闘志も熱く燃え上がる。


来季のチャンピオンズリーグに出場するのは自分たちだ。


両チームの選手たちが、己の全てを賭けて、たった一球のボールを追いかける。
345 名前:第28話  最後の一枚 投稿日:2006/08/06(日) 21:50
「クミ!」
パルマはボールを奪取すると、とにかく1トップのコダクミーノへとボールを送る。
コダクミーノはこのパスを受け、カンノバーロ、シゲルッツィと競り合いながらも
ゴールへと突進していく。
その強引なまでの突破は、しばしばカンノバーロ、シゲルッツィのイタリア代表コンビを振り切る。
「うおっ?!」
しかし、突破は成功しても、シュートを打つまでには至らない。
それは重戦車の如きコダクミーノを完璧に押さえる選手がいたからだ。

「すごい突破やなねーちゃん。うちそんなんよう止めへんわ。」
そう言いながらもひょいと出した足が、確実にコダクミーノの足からボールを弾く。
コダクミーノも強引な突破だけでなく、ブラジル人らしく柔軟なテクニックを持っている。
あの手、この手で突破を図るが、彼女の“小さな”壁を越えることが出来ない。
類まれな敏捷性は、いかなるリズムの変化にも対応し、
即興で最高のプレーを見せる。
そのプレースタイルから、ジャズシンガーの異名をとる彼女。
コロンビア代表DFチエン・アヤドバ。

彼女がコダクミーノの前に立ちはだかる。
346 名前:第28話  最後の一枚 投稿日:2006/08/06(日) 21:50
「さすがチエさん。」
元DFなだけに、アヤドバのディフェンスのレベルの高さがはっきりと分かる。
彼女に任せていれば、コダクミーノは大丈夫だ。
後は自分たち攻撃陣がパルマの分厚い壁を打ち破るだけだ。
ひとみはどんな壁をも打ち破る自分の右足をポンと叩いた。
「頼むよ。」
この右足で打ち破れないものはない。
“悪魔”と称されるパスを出す右足は、静かに牙を研いでいた。
347 名前:第28話  最後の一枚 投稿日:2006/08/06(日) 21:50
ピィ、ピィー!!!

ここで主審が前半終了の笛を吹いた。

インテル0−0パルマ

前半は両者とも無得点に終わった。
ここまでの展開は、ボール支配率が7:3と、圧倒的にインテルが押していた。
だがインテルの攻撃も、パルマの執念のディフェンスに跳ね返された。
ヨネクランのパワーも、ヤイコのテクニックも、タカコッティのスピードも、
イシカワビッチのパスも最後の最後で跳ね返される。
一方、パルマも頼みの綱のコダクミーノがアヤドバ、カンノバーロ、シゲルッツィの
インテル鉄壁の3バックに完全に押さえ込まれる。

両者とも決定的な決め手を得られない。
348 名前:第28話  最後の一枚 投稿日:2006/08/06(日) 21:51
「ヨシザワ、こういうときこそおめーの出番だ。」
ベンチからロッカールームへと戻るタケナカ・ナオトーニは、
同じくロッカールームへと戻るひとみの肩を叩いてぼそっと呟いた。
膠着状態のこの試合。
この状況を打破するのは、吉澤ひとみの“悪魔の右足”しかない。
さあ、それをいつ発動する?
タケナカの目がそう言っていた。

「・・・・・・・必ずあの壁を破壊してみせますよ。」
ひとみは静かに、そして自信を持ってそう答えた。
この壁を崩さない限り、自分には明日はない。
だからこそ、絶対にこの試合、自分の右足で勝つ。
ひとみの瞳には、決意の炎がゆらめいていた。
349 名前:第28話  最後の一枚 投稿日:2006/08/06(日) 21:53
同時刻、ブレシア。

「ちっ・・・・・・」
イタリアの至宝とうたわれ、今もなお世界最高のファンタジスタたる彼女、
ヤマグチ・トモコオ。
彼女は電光掲示板に記された他会場の結果に、思わず舌打ちした。
自分の試合は、0−0。
相手が格上のラツィオ相手に、これは素晴らしい結果である。
が、気になるのはスタディオ・ジュゼッペ・メアッツァ。
インテルVSパルマだ。

この試合の前半戦の結果は0−0。
いまだ両チームとも得点がないという状況だった。
「ヨシザワ、こっちは必ず勝つ。だから絶対に勝て。」
イタリアの至宝は遠く離れた日本人ファンタジスタにエールを送る。
この日、ブレシアの試合を見た人々は幸運だった。
なぜならばこの後、世界最高のファンタジスタが奏でるファンタジーを目撃できるからだ。
350 名前:第28話  最後の一枚 投稿日:2006/08/06(日) 21:53
「あーもうヒトミ、何やってるんだ。」
ローマでもプリンセスがインテルの結果に悪態をついていた。
前半のうちに点を取り、パルマはもちろん、ブレシアと対戦中のラツィオを焦らせる。
そうすればチャンピオンズリーグ出場権がグッと近付くというのに。
「大丈夫です。ヒトミは必ずやります。」
エンポリでひとみとチームメイトであり、
この試合すでに2ゴールを上げる活躍を見せているディ・カリーナ。
彼女はインテルの、ひとみの勝利を確信していた。
ひとみのここ一番での集中力の凄さ、
ZONEに入り込む強さは自分が一番良く知っている。
必ずひとみは勝つ。

「そうだな。ヒトミは絶対に勝つ。」
ユッキエはディ・カリーナの言葉に深く頷いた。
ここで負けるような相手では自分のライバルとは、マツシマの後継者とは言えない。
「来季、チャンピオンズリーグ、セリエA、そしてワールドカップで決着をつけよう。」
ユッキエはそう呟き、ロッカールームへと消えていった。
351 名前:第28話  最後の一枚 投稿日:2006/08/06(日) 21:53
「ふーむ、あの選手はいいな。」
この試合、VIP席ではインテル会長イブ・マサッティが陣取っていた。
この試合の結果いかんで来季のチャンピオンズリーグ出場が決まるのだ。
じっとしているわけにはいかない。
そのマサッティだが、選手の物色を忘れたわけではなかった。
これはと思った選手は絶対に手に入れる。
そうしてヤイコを、そして吉澤ひとみを手に入れてきた。
「来季はヨネクラン、ヤイコ、そしてコダクミーノの3トップだな。
そしてトップ下にヒトミ・ヨシザワ。・・・・・・・・世界最高のアタック陣だ。」
マサッティの目が鋭く光った。
352 名前:第28話  最後の一枚 投稿日:2006/08/06(日) 21:54
ハーフタイムが終了し、選手たちがピッチへと戻ってきた。
両チームとも交代はなし。
前半と同じメンバーで試合にのぞむ。

「時間はたっぷりある。焦らず、確実に点を取っていこう。」
「おう!」
インテルイレブンが、後半開始前に円陣を組む。
キャプテンのタカコッティが指示を出す。
点が欲しいからといって焦りは禁物だ。
焦れば焦るほど最後のフィニッシュの精度が落ちる。
サッカーは10秒あれば点が取れる。
まして後45分もあるのだ。
焦る必要などない。

「よし、行くぞ!」
「おうっ!!!」
インテルの選手たちが気合を入れ、ポジションへとつく。
さあ、いつでも準備はいい。
グランデインテルの力を見せ付けよう。

ピィー!!!!

高らかな笛の下、運命の後半戦が開始された。
353 名前:第28話  最後の一枚 投稿日:2006/08/06(日) 21:54
「はいこっち!」
ひとみがパルマ陣営にとって危険な位置でボールを要求する。
つまり、トップ下の位置だ。
ここでボールを持たれると、スルーパス、シュートと、決定的な攻撃を繰り出せる。
だからこそトップ下というポジションがもてはやされていたのだ。
が、現代サッカーでは、このポジションの選手が絶滅しかかっている。
それは、激しいプレス、チャージによりここでボールを持つことが困難だからだ。
だからこそ、今、注目を浴びるのはサイドアタッカー。
プレスの少ないサイドを駆け上がるサイドアタッカーなのだ。

しかしひとみにとってそれは関係ない。
自分のポジションはトップ下。
フィニッシャーの仕事をこなせるトップ下こそが自分のポジション。
絶対に譲らない。
354 名前:第28話  最後の一枚 投稿日:2006/08/06(日) 21:54
「くっ!!」
パルマの守備的MF2人が激しくひとみにチャージを加えてきた。
しかしひとみは崩れない。
しっかりと足を踏ん張り、このチャージに耐える。
と同時に強引に前を向き、DFラインの裏へスルーパスを出した。
「よし!!」
このパスに鋭い反応を見せるのはヨネクラン。
パルマDFにユニフォームを掴まれながらも強引に右足を振りぬいた。
利き足とは逆だが、鋭いシュートがパルマゴールを襲う。
しかしこれは惜しくもゴールポストに当たり、ゴールラインを割っていった。

オオオオオオオオオオオオ・・・・・・・・・・・

開始早々に絶好のチャンスを迎えたが、惜しくもゴールならず。
これにインテリスタたちが落胆のため息を漏らす。
355 名前:第28話  最後の一枚 投稿日:2006/08/06(日) 21:55
続いて後半8分だった。

「ヒトミ!」
トップ下の位置でボールを受けたひとみだが、パルマMFも今度は抜かせない。
とそこへセンターハーフのイシカワビッチが上がってくる。
このセルビア・モンテネグロのエースは、
ひとみからボールを受けると巧みなフェイントで相手DFの足を止めさせる。
「ここっ!」
そして次の瞬間、見事なスルーパスをDFラインの裏へ送る。

「ナイスパス!!」
このパスにはヤイコが合わせていた。
ヤイコは、GKの動きを良く見てまさに絶妙のループで冷静に流し込んだ。

インテル、ついに先制点。
356 名前:第28話  最後の一枚 投稿日:2006/08/06(日) 21:55
ワアアアアアアアアアアアアアアア・・・・・・・・・?!!!!!


ついに奪った先制点に歓喜するインテルイレブンにインテリスタだったが、
思わず目が点となった。
それは、副審が高らかに旗を揚げていたからだ。

「オフサイド?!今のが?!」
これにはヤイコも憤りを隠せない。
まさに完璧なタイミングで飛び出したはずだ。
今のがオフサイドのはずがない。
「オフサイドなわけないでしょ?!」
パスを出したイシカワビッチが猛然と抗議に行く。

「・・・・・・・・オフサイドだ!」
抗議を受ける副審は、平然とした表情だったが、内心は違った。
彼自身、今のはオフサイドではないと、誤審だと分かっていた。
が、いまさらそれを覆せるはずがない。
357 名前:第28話  最後の一枚 投稿日:2006/08/06(日) 21:56
「チャンス!」
激しい抗議をするインテル。
が、それはつまり、ここまでの苦戦を表すものであった。
もし、この試合がチャンピオンズリーグ出場権をかけた戦いでなければ、
崖っぷちに追い込まれていなければ、ここまで執拗に抗議はしなかったであろう。
が、インテルは追い込まれていたのだ。

そしてそれがパルマにとって大きなチャンスとなる。

「クミ!!」
ゴールネットに絡まったボールを素早く拾ったパルマGKは、
ボールをセットすると一気に最前線へと放り込んだ。
「ナイスや!」
「しもた!」
その瞬間爆発的なダッシュを繰り出すコダクミーノ。
一方、インテルDF陣は反応が遅れてしまった。

後ろから来るボールを見事にコントロールしたコダクミーノは、
そのまま爆発的なスピードでインテルゴールに突進する。
「くっ!」
高さと経験が武器のシゲルッツィは追いつけない。
カンノバーロとアヤドバが懸命に追う。
「ここで絶対に落ちるわけにはいかへん!」
しかしコダクミーノを捕まえられない。
もう二度と下積み生活へと戻るのはごめんだ。
そんな思いが伝わるような、必死な形相のドリブル。
358 名前:第28話  最後の一枚 投稿日:2006/08/06(日) 21:56
「マキ!頼む!」
が、そんなコダクミーノの前に、
インテル守護神、イタリア代表GKマキチェスコ・ミズノが立ちはだかる。
絶妙のタイミングで飛び出し、シュートコースを狭める。
「ここだ!」
が、コダクミーノの目には、一つだけシュートコースが見えた。
ここへ打てば絶対に決まる。
コダクミーノはそのコースへ、思い切り左足を振りぬいた。

「?!」
が、次の瞬間コダクミーノは目を見張る。
絶対に届かないはずのコースに、ミズノが反応し、触ったからだ。
「よしっ!」
ボールに触った瞬間、ミズノは内心で喝采した。
今のはあえてシュートコースを開けたのだ。
必ずそこへ打ってくるように。
これぞ経験が必要とされるGKならではのセービングだった。
359 名前:第28話  最後の一枚 投稿日:2006/08/06(日) 21:57
「えっ?!」
完璧にシャットアウトしたはずのコダクミーノのシュート。
が、ここで予想外の事が起こった。
コダクミーノのシュートに完全に反応し、触ったはずだった。
これでシュートはコースが変わり、ゴールラインを割る。
だが、そうはならなかった。
コダクミーノが魂をこめたシュートは、ミズノの右手をも弾き飛ばし、
ゴールネットへと転がり込んだ。


後半9分。

カウンターアタックにより、パルマ、先制。
360 名前:第28話  最後の一枚 投稿日:2006/08/06(日) 21:57
ブゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!!!!!!!

一瞬呆気に取られたインテリスタだが、我を取り戻すとスタジアムを破壊するかのように
激しくブーイングの雨を降らせた。
それは油断したインテルイレブンに対してではなく、またゴールを決めたコダクミーノに対してではなく、
誤審をした副審に対してだった。

そのブーイングは、このまま無事に帰れると思うなよ、という意味に等しかった。

それくらい、この失点はインテルにとって痛すぎた。

361 名前:第28話  最後の一枚 投稿日:2006/08/06(日) 21:57
「・・・・・・やべーな。」
失点後、明らかにインテルイレブンの動きがおかしくなった。
もちろん頭ではまだまだ時間があり、焦ってはいけないことが分かっている。
だが、今季の不調を考えると焦るなというほうが無理である。
普段は何事にも動じないインテル監督タケナカ・ナオトーニだが、
この時ばかりは表情を青ざめ、余裕を失っていた。

そして時間はどんどん過ぎていく。

「落ち着け!焦るな!!」
コダクミーノの突破を防いだアヤドバが、焦りたつイレブンに檄を飛ばす。
あの失点こそ虚を突かれたが、その後は完璧にコダクミーノを押さえ込んでいる。
もうこれ以上失点はないから、落ち着いて1点ずつ返していけ。
その思いをこめてコダクミーノを止める。
362 名前:第28話  最後の一枚 投稿日:2006/08/06(日) 21:58
「ヨシ!」
アヤドバが弾いたボールを拾ったのは、
運動量が豊富なアルゼンチン代表MFアイウチ・リナメイダ。
5つの心臓を持つとまで言われたその豊富な運動量は、
確実にこぼれ球を拾って前線へと供給する。
インテルに無くてはならないMFだ。

彼女たち守備陣は安定していた。
普段から耐え忍ぶ事が当たり前のディフェンス陣にとっては当然の事だった。

だが、今日は最前線が大ブレーキ。
ことごとくポストに嫌われたり、GKのビッグセーブに合い、得点が奪えない。
そして誰もが焦りを隠せなくなり、
それが最後、フィニッシュの精度を狂わせていく。

まさに悪循環だった。
363 名前:第28話  最後の一枚 投稿日:2006/08/06(日) 21:58
同時刻、ローマ。
「ふうっ。」
後半34分、役目を終えたユッキエがベンチに戻ってきた。
ここまでローマは大量5点のリード。
その全てにこのイタリアのプリンセスが絡んでいた。
「お疲れ。」
「ああ。」
先にベンチに戻っていたアルゼンチンの重鎮FWナカジマル・ミユキトゥータと握手をかわし、
ユッキエはベンチに座り込む。
が、次の瞬間、勢いよくベンチから立ち上がった。
それは電光掲示板に他会場の途中経過が映し出されたからだ。
364 名前:第28話  最後の一枚 投稿日:2006/08/06(日) 21:59

ブレシア2−0ラツィオ

インテル0−1パルマ

 
365 名前:第28話  最後の一枚 投稿日:2006/08/06(日) 21:59
「な、何をやってるんだヒトミは?!」
思わず叫ぶユッキエ。
このままでは、インテルの来季のチャンピオンズリーグ出場は絶望となる。
同時刻に試合開始のため、残りは10分少々。
引き分けではだめで、絶対に勝たねばならない。
つまり、後2点取らねばならないということだ。
「ヒトミ・・・・・・・・」
プリンセスはそう呟くと、ベンチに力なく座り込んだ。

お前の力は、そんなものなのか・・・・・・・・?

「・・・・・・・いや、ヒトミならば大丈夫だ。」
が、すぐに思いが変わる。
今までの対戦でひとみの力は十分に知っている。
だから、絶対に大丈夫なはずだ。
366 名前:第28話  最後の一枚 投稿日:2006/08/06(日) 21:59
「ヨシザワ、絶対に逆転してみせなさい。あなたなら出来る。」
ユッキエと同じ思いを抱くのは、イタリアの至宝ヤマグチ・トモコオ。
彼女も役目を終え、ベンチへと退いていた。
そのため、口調も穏やかなものに変わっていた。

この試合のブレシアの2点は全てヤマグチによるもの。
4人を鮮やかにぶち抜いたドリブルから、冷静にループシュートでゴールを奪い、
右からのクロスを胸で弾き、ブロックに来たDFの頭を抜くと、
落ち際を豪快にボレーでゴールネットに叩き込んだ。

まさにヤマグチ以外不可能なファンタジー。

この日、ヤマグチのプレーを見れたものは幸せだった。


このイタリアを代表するファンタジスタ2人から、
信じられている日本のファンタジスタ。
それだけで日本人として誇らしくなる。

が、残り時間は2分を切ろうとしていた。
367 名前:第28話  最後の一枚 投稿日:2006/08/06(日) 22:00
「守れ!!」
パルマ監督がベンチから飛び出して選手たちに指示を送る。
後わずか数分守りきれば、ついにチャンピオンズリーグ出場に王手をかける。
そうすれば来シーズンは財政が潤い、パルマがビッグクラブへと歩みだせる。
だからこそ、この試合は絶対にこのまま逃げ切らなければならない。
コダクミーノを最前線へと張り付かせ、残り10人で守りきる。

「ムロイさん、上がって!!」
カンノバーロが同じDFのシゲルッツィに最前線へと上がるように言う。
さすがの怪物コダクミーノも疲れが見えてきた。
この状態ならば自分とアヤドバで止められる。
「分かった、頼むよ!」
シゲルッツィはダッシュで最前線へと上がっていく。
少しでも前に枚数がいたほうがいい。
どんな形でも絶対にゴールを奪う。
368 名前:第28話  最後の一枚 投稿日:2006/08/06(日) 22:00
「・・・・・・・勝てる。」
インテルイレブンの誰もが焦る中、彼女だけは冷静だった。
冷静にインテルの勝利を確信していた。
日本のファンタジスタ、吉澤ひとみ。
彼女の脳裏には、自分のパスでインテルが逆転勝利をする光景が映っていた。


そして後半も45分を過ぎ、ロスタイムが2分と表示された瞬間、その時が来た。
369 名前:第28話  最後の一枚 投稿日:2006/08/06(日) 22:00
右サイドのタカコッティのクロス。
これにニアサイドでヤイコが囮になり、ファーサイドに回りこんだヨネクランが飛び込む。
しかし、これはパルマDFが身体を張ってヘッドでクリアする。
が、そのこぼれ球の先にいたのは吉澤ひとみ。
「ブロックだ!!」
ひとみのシュート力はイタリア中が知っている。
パルマDF陣は試合終盤、疲れきった身体を懸命に動かし、ひとみのチェックに行く。
それを見たひとみは、シュートを打たず、
ペナルティエリアと平行にドリブルした。

もう一度タカコッティへ戻すのか。

ひとみのドリブルの向き、また視線から誰もがそう思った。
370 名前:第28話  最後の一枚 投稿日:2006/08/06(日) 22:01
が、ひとみの目にはパスコースがはっきりと映っていた。
その方向を見ていなくても、白い道がどう伸びているのかはっきりと分かる。
ひとみは右サイドを見たまま、グッと身体を捻り、
ノールックでペナルティエリア内に“悪魔のパス”を送った。

「なっ?」
この“悪魔のパス”はニアサイドにいたヤイコの足元へ。
パルマDF陣が密集するわずかなスペースを、鋭く抜けて届く。
ヤイコ自身、まさか自分にパスが来るとは思っていなかった。
自分とひとみの間には何人ものパルマの選手がいたからだ。
そこを通すとは・・・・・・・・
ヤイコの背筋に冷たいものが流れる。
が、すぐにサッカー選手としての本能が、身体を反応させた。
ヤイコはこのボールを巻き込むようにしてダイレクトで左足でとらえた。

「くうっ!!」
ここまで堅守を見せていたパルマGKが懸命に手を伸ばす。
が、ヤイコの放ったシュートは鋭くカーブがかかり、
GKの手をかわしてサイドネットに突き刺さった。

後半ロスタイム。
インテル、同点。
371 名前:第28話  最後の一枚 投稿日:2006/08/06(日) 22:01
ウワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!

大歓声がスタンドからピッチに降り注がれる。
ついに、ついにゴールを奪った。
しかも見事なまでのファンタジーによって。
誰もが今のファンタジーに夢を見た。
インテルイレブンも、敵であるパルマイレブンも。

「まだ!もう1点!!」
が、その夢をかき消す声を張り上げたのは、夢を見させた当事者、吉澤ひとみだった。
まだ同点に追いついただけ。
この後もう1点取らねば、今季のパルマの調子からしてチャンピオンズリーグ出場はない。
絶対にこの試合で順位を逆転しなければならない。
ボールを拾うと、全速力でセンターサークルへと戻る。

「ヒトミの言うとおりだ。もう1点取るぞ!!」
インテルイレブンもそれに続く。
後、1点。
それで全てが決まる。
372 名前:第28話  最後の一枚 投稿日:2006/08/06(日) 22:02
ピィー!!!

主審の笛と同時に試合が再開された。
とその瞬間、インテルイレブンが最後の力を振り絞り、プレスをかける。
「くっ!!」
このプレスにパルマイレブンは浮き足立つ。
ここまで中堅クラブだったパルマ。
それだけにこういったある意味タイトルがかかった試合の経験がほとんどない。
もちろんインテルも15年もスクデットを逃し続けた重荷はあるが、
ビッグクラブとして何度も修羅場をくぐってきた。

その差が、ここに来て出る形となった。

「あっ?!」
ボールをまわしてキープしようとしたパルマ。
が、プレッシャーのためか、守備的MFのトラップがわずかに大きかった。
「もらった!!」
それを元DFの吉澤ひとみは見逃さない。
鋭い出足でボールを奪い取った。
373 名前:第28話  最後の一枚 投稿日:2006/08/06(日) 22:02
ワアアアアアアアアアア!!!!!

その瞬間スタジアムが沸く。
この位置でボールを奪うという絶好のチャンスに加え、
ボールを持ったのがひとみだ。
何かが起こる。
インテリスタたちが期待を込めて声を出す。



そしてその期待は見事に応えられた。
374 名前:第28話  最後の一枚 投稿日:2006/08/06(日) 22:02
「・・・・・・・・見えた。」
前を向いた瞬間、視界が広がり、白い道が見える。
それは、間違いなく自分にしか見えない白い道。
サッカーの神様に愛された者だけの特別なもの。
ひとみはその白い道に沿って“悪魔のパス”を送った。


アウトサイドにかかったシュート性の“悪魔のパス”は、パルマ陣営の思いを完全に破壊した。


後半ロスタイム。
ヨネクラン・リョウコの左足から放たれたインサイドボレーが、
パルマのゴールネットを揺らした。
375 名前:第28話  最後の一枚 投稿日:2006/08/06(日) 22:03
ピィ、ピィ、ピィー!!!!!

と同時に主審の笛が高らかに鳴り、試合終了の笛が鳴り響いた。

「ヒトミ!!!」
「ヨシ!!」
「ヨシザワ!!!!」
ピッチにいた選手たちはもちろん、
ベンチにいた選手まで一斉にひとみの元へと走り出し、抱きついた。
誰もがこのファンタジスタのファンタジーこそ、
自分たちを夢の舞台へと導いたことを知っていた。

「うおおおおおおお!!!!」
ベンチでもタケナカ・ナオトーニがほえている。
「さすがだ!さすがはヨシザワだ!3Yだ!!!」
VIP席でも会長イブ・マサッティが叫んでいた。
それほど劇的な逆転勝利だった。
376 名前:第28話  最後の一枚 投稿日:2006/08/06(日) 22:03
ウワアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!

スタディオ・ジュゼッペ・メアッツァが歓喜に揺れる。
「ヨシザワ!!!ヨシザワ!!!!」
そして、最大のヒロインの名前を連呼する。
この瞬間、吉澤ひとみは本当の意味でインテリスタに受け容れられたのだった。

377 名前:第28話  最後の一枚 投稿日:2006/08/06(日) 22:03
「ふう、よかった。」
当の本人、吉澤ひとみはふうっと一息ついた。
これで来季、親友である後藤真希との約束を果たす舞台に上がれる。
もちろん後1試合は残っているが、
ここで再度負けて順位を落とすようでは“インテル”ではない。

その証拠に一週間後、ひとみのインテルは危なげなく勝利を収め、
今季を4位で終え、チャンピオンズリーグ出場権を獲得した。

「さあ、夢の舞台へ行こうか。」

勝利を収めたピッチで、ひとみは澄み切った青空を見つめてそう呟いた。
378 名前:第28話  最後の一枚 投稿日:2006/08/06(日) 22:04
「よっすぃー、これで来季、約束を果たせるね。」
レアル・マドリード所属。
日本が産んだ天才、後藤真希。
今季は彼女にとっても不本意だったが、
これで来季へ向けて最高のモチベーションが生まれた。

来季こそバルセロナ松浦亜弥にリベンジを果たし、ひとみとの約束を果たす。

天才の心にも熱き火がついた。
379 名前:第28話  最後の一枚 投稿日:2006/08/06(日) 22:04
「信じてたよよっすぃー。でも、絶対にあたしが勝つから。」
吉澤ひとみの永遠のライバル。
FCポルト所属、マエストロ柴田あゆみ。
彼女もひとみを待っていた。
「・・・・・・けど、その前に紗耶香を倒す。」
リーグ戦を終えた柴田だが、彼女には最後の戦いが残っていた。

2004−2005チャンピオンズリーグ決勝戦という世界最高の舞台が。
しかも、相手は同じ日本人であり、同い年の市井紗耶香率いるアーセナル。
まさに最高の舞台。

「頼むよ。」
柴田はそう呟き、左足をポンと叩いた。
マエストロのタクトは磨かれ、その日を待っていた。
380 名前:第28話  最後の一枚 投稿日:2006/08/06(日) 22:04
2005年5月25日。


栄光のビッグイヤーへの挑戦。
 
381 名前:第28話  最後の一枚 投稿日:2006/08/06(日) 22:05
  

  第28話  最後の一枚   (終)

 
382 名前:ACM 投稿日:2006/08/06(日) 22:06
第28話  最後の一枚   終了いたしました。

 ようやく第28話が終わりました。待っていただいた方、申し訳ありませんでした。
 またお待たせするかもしれませんが、これからもよろしくお願いいたします。


 次回予告

  第29話  パーフェクトブルー

   世界最高峰の戦い、チャンピオンズリーグ。
   その舞台の決勝に、2人の日本人が立つ。
   ポルト柴田あゆみ、アーセナル市井紗耶香。
   激戦、必至。
383 名前:ACM 投稿日:2006/08/06(日) 22:07
 いよいよ次回で第三部が終了いたします。
 現実ではワールドカップも終わったのにこの遅さ。
 だめですね。またがんばります。

スレ隠し

亀井絵里

“PKストッパー”
得意プレー:PKストップ
ポジション:GK
所属クラブ:名古屋グランパスエイト

・プレーの特徴
何と言ってもPKストップに尽きる。コースが何となく分かるとは本人の弁。
確実にコースを読み、PKをストップする。
PK以外でのGKとしての技術も向上を見せており、次代の日本代表正GKに最も近い。
弱点としては、まだまだ経験が足りなさ過ぎるというところ。
384 名前:ACM 投稿日:2006/08/06(日) 22:07
・作者のイメージ
特にこれといったモデルの選手はいません。
とにかく不思議な感じがしていたので、PKのコースが読めるという特技が身に付きました。
あえて言うと、ZONEに入ったときの川口ですかね。

・本編での存在
なかなか活躍してくれているように思います。ですが、GKは一つしかポジションが無いので、
出番が来るには飯田、ミカとかを押しのけないといけません。
これからの活躍に作者自身期待しています。
385 名前:ACM 投稿日:2006/08/06(日) 22:07
道重さゆみ

“大型ストライカー”
得意プレー:ポストプレー ヘディング
ポジション:FW
所属クラブ:柏レイソル

・プレーの特徴
日本待望の大型FW。その恵まれた身体を生かしてポストプレーやヘディングでゴールを狙う。
得点の嗅覚も備えており、ポスト安倍なつみの一番手。
弱点として、まだまだテクニック、スピードが不足しており、
個人での突破が余り期待できない。
386 名前:ACM 投稿日:2006/08/06(日) 22:08
・作者のイメージ
平山ですね。大型センターフォワード。
ゴール前中央でドンと構えて、クロスを押し込む。
こういうFWがいると周りが楽になるような気がします。

・本編での存在
U−20などを取り上げているため、
田中や亀井とともにけっこう活躍してくれているのではないでしょうか。
作者自身も、彼女のプレーを書くのが好きなので、これから活躍の場が広がると思います。
387 名前:ACM 投稿日:2006/08/06(日) 22:08
では、本日はこれで失礼いたします。

次回もよろしくお願いいたします。
388 名前:春嶋浪漫 投稿日:2006/08/07(月) 01:30
おっ、更新されてる。更新お疲れ様です。
本物のワールドカップも終わり、いよいよ新シーズンに突入ですね。
こっちはまだワールドカップの1年前ですが。
まだ、楽しみはこれからこれからといった感じでしょうか。

次回も楽しみに待っています。
389 名前:ピクシー 投稿日:2006/08/07(月) 03:06
更新お疲れ様です。

熱い戦いが続きますねぇ。
そして、次回は本当に熱い戦いになりそうですね。

亀井のPKストップってのは不思議ですね(笑)
ZONEに入った時の川口とは・・・すごいGKになりそうですね。
GKといえば・・・ワールドカップのブッ○ォンはやはり凄かったですね。
予選敗退とはいえ○ェフも凄かった。

次回更新も楽しみに待ってます。
390 名前:クロ 投稿日:2006/08/20(日) 18:08
お待ちしてました、更新お疲れ様です。
ホントに熱い戦いですね。インテル勝って良かったですよ。

亀井がZONEに入ったときの川口・・・なるほど、納得です。
これからいろいろな成長を遂げていくんでしょうね。
自分もワールドカップ見てましたけど、ヴィエラ&マケレレのボランチコンビがホントに
いい仕事してますね〜って感じしましたね。

次の更新も楽しみに待っております。
391 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/20(日) 19:07
>>390
多分うっかりだとは思いますがageちゃいけませんよ。
作者様が更新されるまで落とさせて頂きます。
392 名前:ななしさん 投稿日:2006/11/21(火) 21:51
セリエAが「ああ」なっちゃいましたが、
こっちのCLは決勝。楽しみに待っています。
393 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/10(土) 18:00
更新待ってるよ
394 名前:名無し募集中 投稿日:2007/06/27(水) 19:08
待ってます
395 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/02(月) 16:37
もう更新無しですか?
396 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/02(月) 20:58
>>395
最近age/sage分かってない人多いなぁ。
案内板を読みましょうね。
みんなイライラしてきちゃうからさ。
397 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/03(火) 22:50
ハロも崩壊だし・・・
このスレも終わりなのかね?
398 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/10(火) 22:32
>>396 何を期待してるの?
もう放置でしょ
399 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/10(火) 23:23
わざわざ上げなくてよろし。
400 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/11(水) 08:48
>398
だったら尚更上げない方がよくない?
401 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/28(火) 14:49
ああ
402 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/28(火) 14:49
完!
403 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/28(火) 19:32
 
404 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/30(木) 11:35
やはり完!

405 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/30(木) 11:36
ぷっぷー、しあいしゅうりょー、物語もしゅーりょー!
406 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/30(木) 11:36
YES!!!
407 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/30(木) 19:47
408 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/13(木) 07:29
でも、
そんなのカンケーねぇー!オッパッピ〜!!!!
409 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/13(木) 07:29
でも、
そんなのカンケーねぇー!
オッパッピ〜!!!!
410 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/13(木) 12:35
ageるな
411 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/17(月) 14:21
と、
言われてもアゲ続ける〜

でも、
そんなのカンケーねぇー!
オッパッピ〜!
412 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/17(月) 20:57
と、
言われても落とし続ける〜

でも、
そんなのカンケーねぇー!
オッパッピ〜!
413 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/10/11(木) 00:29
0
414 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/11/07(水) 16:45
ochi
415 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/11/29(木) 15:29
まだなのかよ!!!!!!!!!!
416 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/11/29(木) 18:31
もう放置だろ。

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