Silent Science 2
- 1 名前:ただの名無しですから 投稿日:2005/10/04(火) 01:28
- 海板「Silent Science」の2スレ目です。
後藤、紺野、夏焼主役。
こんごまetc
近未来型ハードSF。
前スレは
ttp://m-seek.net/cgi-bin/test/read.cgi/water/1102950698/
倉庫落ちした際のアドレスは
ttp://mseek.xrea.jp/sea/1102950698/ になるはずです。
- 2 名前:ただの名無しですから 投稿日:2005/10/04(火) 01:28
- 硝煙の臭いが鼻を掠める。
命を奪うこの臭いをかぐと、私は自分の生を意識させられる。
私は生きていると感じるのはこの瞬間だけなんだと、はっきり言える。
死ぬことなんて怖くない。生きることに意味は無い。
なら、どうして、私は生きてるんだろう?
- 3 名前:ただの名無しですから 投稿日:2005/10/04(火) 01:29
-
―――― Silent Science 第四部 ――――
- 4 名前:1. Maki side 投稿日:2005/10/04(火) 01:29
- <1. Maki side>
繁華街も、一本中に入ると途端に喧騒が止んでしまう。
ネオンの光から逃げるように、私は路地を進んでいった。
人がなんとかすれ違うことのできるほどの幅しかない道の両端には、いくつものごみが散乱していて。
ひしめくように並んだ店のどこからも、人の声が漏れ聞こえてきた。
アルコール交じりの空気の中、ゆっくりと歩く私の容貌は、間違いなく浮いているだろう。
私はまだ17歳。
法律的にお酒を飲める年齢ではないし、また明らかに東洋人の顔立ちをしている私は、余計に幼く見られるのだから。
それでもまだマシかもしれない。
運が悪ければ、次々と酒臭い大人に声をかけられる。
彼らは一様にして、指を3本立てる。
それが30ドルか300ドルか、それとも3ドルなのかはわからない。
確かに、こんなところを幼い女の子が通る理由なんてそれくらいしかないのかもしれない。
だからといって、それを相手にするわけもない。
口で言っても彼らは食い下がるだけだから、武力行使が一番早い。
それも騒ぎ立てないように、急所への一撃で気絶させるのが一番簡単だ。
- 5 名前:1. Maki side 投稿日:2005/10/04(火) 01:30
- 自然と緩んでいく拳に、再度力を込めて、私は目的の店の扉の前に立った。
鉄製のドアと、Morningと書かれた看板。
私はそこを二度ノックした。
「はい」
しばらくして扉の向こうから声が聞こえた。
圭ちゃんか……
「今日はいい天気だね」
「星は見える?」
私の言葉に応じるように、圭ちゃんが答える。
これは一種の暗号だった。
他愛も無い会話にしか聞こえないけれど。
「北極星が綺麗だね」
「星を見ながら一杯どう?お客さん」
「やめとく。まだ未成年なもんで」
「そ、なら温かいコーヒーでもご馳走するわ」
ドアが開かれる。
左右を一度確認し、私は中へと入った。
- 6 名前:1. Maki side 投稿日:2005/10/04(火) 01:30
- ◇
「ったく、なんでこんなアナログな方法とるかなぁ」
お店に入った開口一番、私は言った。
静脈、虹彩、指紋、音声etc…個人を判別する手段はいくつもある。
わざわざ一番原始的な方法を使う理由がわからなかった。
「あほか。このデジタル全盛の時代やからこそ、アナログがええんやないの」
裕ちゃんは言う。
私よりも10以上離れた彼女が、実は機械オンチなだけじゃないのかって思うときがある。
だけど、銃火器やコンピューターの扱いに手馴れていることは知っているから。
やっぱりただ悪趣味なだけなんだなって私は思ってる。
「で、仕事は何?」
圭ちゃんが手渡してくれたコーヒーを飲みながら尋ねた。
私がここにくるケースの半分が仕事の依頼を受ける時。
残りの半分は、仕事が終わったことを報告をする時だ。
- 7 名前:1. Maki side 投稿日:2005/10/04(火) 01:31
- 「この子の護衛や。期間は未定。狙ってる相手を仕留めるまでや」
一枚の書類を渡される。
子どもだった。
少々目つきが悪くて、生意気そうな女の子。
年齢は12歳。田中れいなという名前が、日本人であることを示していた。
けれども、小学校ではなく、彼女の通学先は大学となっている。
しかも、生徒としてではなく研究者として。
世間一般に言われるところの、天才少女と言われる部類に入るんだろう。
しかし、それは確かに数少ない人間ではあるが、取り立てて貴重な人間ではない。
こういった子どもは何人かは確実に存在しているのだ。
自分のように、幼い頃から人を殺している人間と同じくらい、数少ないが、決していないわけではない。
探そうと思えばいくらでも探せる人種だった。
ということで、彼女の知能が狙われる原因であるとは考えにくい、と結論付けられる。
- 8 名前:1. Maki side 投稿日:2005/10/04(火) 01:31
- 「狙ってる人の心当たりは?」
「そんなもん無い。ただな、どうもこっちの世界に人間みたいやね」
「そうなんだ」
こっちの世界の人間。
つまり、私たちと同じ、犯罪請負人ってやつだ。
お金を積めば、人も殺す。また、その反対に人を守ることもする。
そこには正義なんて存在していなくって。
単純に、自分の実力で与えられた仕事をこなすだけ。
それ以上でもそれ以下でもないことだった。
だから、考えようによってはやりやすい相手だ。
あくまで、向こうも契約でしかないのだから。
契約が破棄されれば、それ以上のことは何もしない。
つまり、相手に依頼した人物を探すことが今回の目的で、それさえ出来れば、この子を守る必要すら無いということだ。
まぁ、実際には見つかるまでは守っていなきゃいけないんだけど。
- 9 名前:1. Maki side 投稿日:2005/10/04(火) 01:31
- 「報酬は諸経費込みで1日1000$や」
「安いね……」
「何日かかるかわからへんねや。その辺は向こうさんも考えてるんやろ。その代わり成功報酬は30万$や」
「ふーん。で、こっちは何人でやるの?」
「あんたと圭坊と、あと一人」
裕ちゃんの視線の先に、見た事の無い女性。
肩幅が広く、がっちりとした体格は、男性のそれを思わせるほど。
東洋人であることはすぐにわかったが、少しの違和感を感じる。
それはきっと白人からすれば、絶対に理解することのできない違和感なんだけれど。
いくらアメリカ暮らしが長いとはいえ、私は日本人。
同じ東洋人でも、日本人かどうかくらい、なんとなくだがわかる。
- 10 名前:1. Maki side 投稿日:2005/10/04(火) 01:32
- 「ソニンです。初めまして」
綺麗な日本語だった。
外国語として日本語を習った人では、決して話す事のできないような。
近づいてきて、そっと出される手を私は握った。
「中国の人?」
「いえ、生まれは韓国です。でも、生まれてすぐに日本で育ったから、日本語が一番得意ですよ」
にっこりと微笑む。
それが、どこか信用できないものに思えたのは、私の天性のカンなのかもしれない。
だけど、それを微塵にも出さずに、私は笑顔を作ってみせた。
「ほな、よろしくな。ええ報告をまってんで」
- 11 名前:ただの名無しですから 投稿日:2005/10/04(火) 01:34
- 新スレです。
前スレまでとは時間軸がすでに飛んでいますが……
引き続きよろしくお願いします。
- 12 名前:名無し読者 投稿日:2005/10/04(火) 13:45
- 新スレおめです
ごっちんの過去があきらかになりそうですね〜
楽しみにしてます
- 13 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/10/08(土) 02:01
- しょっぱなからドギツい?メンツが揃って嫌が応にも期待が煽られます…
- 14 名前:1. Maki side 投稿日:2005/10/10(月) 01:56
- ◇
砂漠の中から砂金を探すのに、もっともよい方法ってなんだろう?
答えは簡単。
もっとも単純で、もっとも原始的な方法だ。
コンピューターなんてちっともあてにならない。
人間の手でやるしかないんだ。
そんなわけで、私たちは田中れいなを監視してる。
アメリカの人口が何億人いるかわからない。
もしかしたらアメリカ人じゃないのかもしれない。
そんな中から、相手を見つけることなんて、この方法しかありえなかった。
- 15 名前:1. Maki side 投稿日:2005/10/10(月) 01:57
- 「どう、状況は?」
「全然。呑気にお昼ご飯食べてるよ」
サンドイッチを載せたお皿をテーブルに置き、圭ちゃんが私の隣に座った。
3人で12時間ごとに交代しながら、常に二人組での監視。
それ自体はなんてことない仕事。
これで1000$なら安いものだけど、先の見えない状況が億劫だった。
もう3日経つが、狙われているように思われる節が何一つ無い。
大学内では普通に人付き合いをしている。
いや、どちらかといえば周りに可愛がられてるくらい。
同室の女の子とも仲が良い。交友関係に問題はなさそうだ。
だとすれば、研究している内容かなと思ったが、何も彼女一人が研究の全権をになっているわけじゃない。
あくまで、一研究員だ。
プロジェクトはチーム全員で進めるものだと、圭ちゃんが言っていた。
そういうところは、私たちと似ているのかもしれない。
そう考えると、そこで個人を狙うことにさして意味は無い。
言い方が悪いが、代わりのコマはいくらでも調達が可能なんだから。
- 16 名前:1. Maki side 投稿日:2005/10/10(月) 01:57
- 「早く動かないかな」
「何言ってるの。何も無いなら無いに越したことは無いじゃない」
サンドイッチをほおばって、圭ちゃんは言う。
「何も起こらないなんて、退屈じゃん」と言いそうになったけどやめた。
その言葉で、私は一人の人を犠牲にした。
一人の仲間の命と信用。
それを失った。
その時に圭ちゃんも一緒に仕事をしていたから。
きっと、この台詞を吐けば怒るだろう。
- 17 名前:1. Maki side 投稿日:2005/10/10(月) 01:57
- その人は、私より2つ上の日本人。
裕ちゃんのところに集まるのは、東洋人が多かった。
それは、裕ちゃんがそうだからなのかどうか、わからない。
また、中国人のグループはサンフランシスコのチャイニーズ・タウンに存在していたから。
とりわけ日本人が多かった。
最初に銃の持ち方を教えてくれたのは、その人だった。
そういう意味では、師匠とでも呼べばいいんだろう。
その人は「教育係」なんて言葉をつかっていたけれど。
ようやく年齢が二桁になったばかりの私に、いろんなことを教えてくれた。
教えてもらったのはほんの数ヶ月で、ほとんどは実践で我流を磨いた私だったけど。
その時に教えてもらったことが基礎になっていないわけはなかった。
- 18 名前:1. Maki side 投稿日:2005/10/10(月) 01:58
- コードネーム「プッチモニ」。
それが、そのときの作戦名だった。
私とその人と圭ちゃんと。
3人に任された仕事。
私がその人の下を離れて一人で仕事が出来るようになってから、2年後のことだった。
詳しい内容は、よく覚えていない。
契約が終われば、その時に得た情報は努めて忘れるようにしている。
それが、私たちの中でのルールだった。
だからといって、内容を全て忘れることなんて出来るわけが無い。
私たちの脳は、ハードディスクじゃない。
ファイルをゴミ箱に入れたら消えるわけはないんだ。
記憶の中にある情報は、すでに古びて蜘蛛の巣が張っていそうなほどだった。
状況は今回と同じようなもの。
人の護衛を頼まれて、その途中に襲撃にあった。
依頼人は命に別状はなかったけれども重傷を負い、私と圭ちゃんは軽症。
そして、あの人が銃弾を浴びて死んだ。
- 19 名前:1. Maki side 投稿日:2005/10/10(月) 01:58
- 打たれた現場を見たわけじゃない。
事後報告で知っただけ。
遺体も何も目にしていない。
もちろん、お葬式なんてものを行うはずも無かった。
泣きはしなかった。
この世界にいて、死に対する感覚が麻痺している自覚はあったが、全く泣けなかった。
悲しいとか、寂しいとか、そういった類の感情が押し寄せてきたけれど。
それは、道端で死んでいる野良猫をみたときのような、それだけのものでしかなかった。
結局残った事実は、依頼人を守れなかったということだけ。
私たちの信用は一気に0となった。
それからまた一からやり直し。
崩された積み木は、また一から組みなおさなくちゃいけない。
壊すのは簡単だけど、作るのは難しいということを実感した。
それは人の命も同じ。
奪うのなんて、一瞬なのだから。
- 20 名前:1. Maki side 投稿日:2005/10/10(月) 01:58
- 「伏せて!」
考え事を遮るように圭ちゃんが声を張り上げた。
食堂中の動きが瞬間止まる。
キン
次に耳に入ったのは鈴の音のように綺麗な音だった。
だけど、それはそんな綺麗なものではなくって。
放射線状にヒビが走るガラス。
壁についた黒い穴。
そのすぐ横には田中れいな。
「圭ちゃん、ここお願い」
悲鳴が上がるよりも先に、私はそう言って席を経った。
チラリと見えた人影。
向かいの建物の屋上だ。
ヒビの入ったガラスに体当たりをして外に出る。
腕を少し切ったがこんなのは関係なかった。
- 21 名前:1. Maki side 投稿日:2005/10/10(月) 01:59
- 背後から聞こえる悲鳴。
きっと後ろでは一気に混乱が起こっているだろう。
ごめんね、圭ちゃん。押し付けちゃって。
銃を人影に向かって打つ。
狙いをろくに定めていない。
単に、ニ発目を防ぎたかっただけ。
狙い通り、人影は屋上から消える。
地面に飛び散ったガラスを踏みしめて駆け出した。
この建物の構造は把握している。
4階建てでエレベーターは一つ。階段は両端に二つ。
二択にかけるのはリスクが大きすぎる。
降りてくるのを待つしかない。
食堂の喧騒はまだこちらには
伝わっていないらしく、フロアを行きかう人は変わらない様子だった。
誰が部外者で、誰がここの人かなんて、顔を覚えているわけはないからわからない。
ご丁寧に銃をもって出てきてくれたり、走って降りてきてくれたらいいんだけど、そんなわけはない。
相手はプロだ。
といってもこの距離で狙いを少し外すくらいだから、二流に違いない。
- 22 名前:1. Maki side 投稿日:2005/10/10(月) 01:59
- どれだ……
行きかう人に目をやる。
学生といっても容姿も人種も多種多様。
その中から見た目で判別するのは難しい。
殺し屋の顔なんてものが決まってたらいいんだけど、そんなわけはない。
もしそうだったら、自分も同じ顔になっちゃってるんだし。
なぜか圭ちゃんの顔をした人が、何人も並んでる姿を想像してしまい、笑みがこぼれた。
だめだだめだ、今はそんなことを考えてる時じゃない。
緩んだ自分の頬を軽く二度叩いた。
そうして再びフロアの人を観察する。
その時だった。
ふっと鼻にかかった硝煙の臭い。
よほど注意していないとわからないようなものだったけど、慣れている私にとって、それをここで嗅ぎ分けるのは容易だった。
- 23 名前:1. Maki side 投稿日:2005/10/10(月) 01:59
- 私の前を通り過ぎた小さな女の子。
金髪の髪を肩まで伸ばし、左手には小さな手提げカバン。
当たりだね。
無用心にもほどがある。
絶対に見つからない自信があるのか、それともただの馬鹿なのか。
きっと後者だとは思うけど、私たちがここにいなかったら、わかるわけもないのだから。
そういった意味では正しいのかもしれなかった。
- 24 名前:ただの名無しですから 投稿日:2005/10/10(月) 02:02
- 更新終了です。
辞典は次くらいにまとめて。
>>12 ありがとうございます。何の前置きもなくいきなりの過去編ですが……お付き合いください。
>>13 た、確かに、かなり濃いメンツがそろってますね……爽やかにするために紺野さん辺りの出番が早く欲しいかも……
- 25 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/10/16(日) 17:10
- むーん、金髪の女の子…ごっちんの判断が吉と出るか凶と出るか
気になります
- 26 名前:通りすがりの者 投稿日:2005/10/21(金) 00:05
- 更新お疲れ様です。
新スレおめでとうございます。
また見に来させていただきます。
重要人物が増えましたね。
次回更新待ってます。
- 27 名前:1. Maki side 投稿日:2005/10/23(日) 11:29
- 上着の中に隠すようにして握った銃に力が入る。
数メートルの距離は、ほんの少し歩みを速めると追いついた。
「動かないで」
左手で持った銃を、右手で隠すようにして横に並ぶ。
わき腹に突きつけた銃の感触に気づいたのか、すぐに足を止めた。
「誰に頼まれたの?」
「しっらなーい」
英語で尋ねた私の言葉に、帰ってきたのは日本語だった。
「あんた、日本人でしょ?なんかわかる。おいらもそうだもん」
友達語りかけるように言われた言葉に、私は返事をしなかった。
相手に余計な情報を与えたところで、こっちが得することなんて極めて稀だ。
- 28 名前:1. Maki side 投稿日:2005/10/23(日) 11:30
- 「何?しゃべんないんだ。あ、そう、いいけどね別に」
この状況で動揺すら見せずに話していられるのはなぜだろう。
銃口が当たるそこは、やわらかいわき腹だ。
服の下に防弾チョッキを着込んでいないことはわかる。
だとすれば、この余裕が生まれるのは……
「ご名答」
私の視線が動くより少しだけ早く、金髪の女の子が言った。
背中に何かが押し付けられたのがわかる。
何か、じゃない。
銃に違いない。
その事実が、私の冷静さを著しく低下させた。
それは、決して銃を突きつけられているからじゃない。
銃を突きつけられるまで、背後にいる人間の存在を気にしていなかったことだ。
気を配っていなかったわけじゃない。
たとえ眠っていても、銃を持った人間が近づけばわかるんだ。
なのに……私は銃を突きつけられている。
背後からせまってくる人間に、全く気づかなかったんだ。
いや、気づいてはいた。
頭のどこかにそれはあったはず。
だけど、それは廊下を歩く無関係な人と同じくくりで処理されているものだ。
いるのはわかっているけど、意識する必要のない人。
その範疇に属するもののはずだった。
なら……意識する必要のない人とある人の決定的な違い……
自分に対して害をなそうとする意思があるかないか。
平たく言えば、殺気が感じられなかったんだ。
- 29 名前:1. Maki side 投稿日:2005/10/23(日) 11:30
- 今もそうだ。
銃を突きつけているのに、微塵も発せられない。
殺す気がないのか、それとも銃がただのおもちゃであるか。
そんな可能性は、私が金髪の女の子の表情を見れば、そんなわけがないことはわかった。
「ゆっくり歩きましょうね」
高い声だった。
女性と言うよりも、女の子のもの。
そして、明らかに子どもに向けたような言い方が、余計に腹立たせた。
背後に感じる気配は、肩より下だった。
銃の突きつけられている位置は腰あたり。
つまり、小さな女の子に間違いない。
促されるがままに3人で歩いていく。
この建物をでるまでに、何かを考えないといけない。
こうしてお互いに銃を構えていることしかできない今の状況のうちに。
とはいえ、何か策があるわけではない。
ニ対一という状況。
圭ちゃんの援護は期待できない。
なぜならば、田中れいなの傍を離れるわけにはいかないからだ。
ソニンに連絡をして、彼女がこっちに向かってくればいいんだけど、その望みも薄い。
どう考えても私がこの建物を出るほうが早いんだから。
- 30 名前:1. Maki side 投稿日:2005/10/23(日) 11:30
- 絶対的に不利な膠着状態は、建物を出ることで終わりを告げる。
外では食堂の騒ぎが広がり始めていた。
流れていく人並みに逆らうように私たちは歩いていく。
外に出てから私の腕は背後から握られている。
流れに乗じて逃げるのも無理。
そうして、人通りの少ない方へと進んでいく。
ふと、死ぬことを考えた。
このまま死ぬのかなって。
別に、それでもかまわないとも思った。
自分にとって、朝起きて顔を洗わないかどうかの違いでしかないような気がした。
このまま死ぬのなら、この金髪の子を打ってから死んだ方がいいかな。
- 31 名前:1. Maki side 投稿日:2005/10/23(日) 11:31
- パン。
そんな私の意識を目覚めさせるように、響いた銃声。
自分が打たれたと思い、反射的に人差し指に力を込めるが、それは間違いだとわかり、全力で阻止する。
少し離れた背後に感じる気配を、私は辛うじて覚えていた。
3人一塊で振り返る。
天に向けて掲げていた銃を、私の隣の女の子へと下げたのはソニン。
どうしてここにいるのかわからなかったが、そんなことがどうでもよかった。
彼女の存在が私にとってこれ以上の不利益になるとは考えられなかったから。
「ソニンじゃん」
「お久しぶりですね、矢口真里さん」
二人の和やかなやりとりの中に含まれるギラギラとした怒気を、私は感じ取っていた。
ただの知り合いでは無いことは明白だった。
それに、この金髪が矢口という名前だという情報も得られた。
- 32 名前:1. Maki side 投稿日:2005/10/23(日) 11:31
- 二対ニだけど銃は三丁。
そのうち二つは私たちが持ってる。
絶対不利から有利への好転、
背後の女の子が小さく舌打ちするのが聞こえた。
「引きましょう、矢口さん」
「ん、そうだね。でもこの子がそう簡単にさせてくれないみたいだよ」
私を挟んでの会話。
そう、このまま逃がすわけには行かない。
しかし、なんだろうか。この二人の余裕は。
さっきから、違う、たぶん私の前を通り過ぎたときからずっとこんな調子だ。
- 33 名前:1. Maki side 投稿日:2005/10/23(日) 11:31
- 「さて、問題です。あなたたちは食堂にいる一人を合わせて三人組っぽいけど、私たちは五人組です。田中れいな、守らなくていいのかな?」
「そんな嘘、信じると思う?」
「嘘じゃないよ。ねぇ、ソニンがどうして銃声をわざと聞こえるようにしたのかわかる?人が集まってくることも狙ってんでしょ」
矢口真里は言った。
だけど、人の集まってくる気配は少しも感じられない。
それは、もっと別に大衆の興味をそそるものが存在していることを示唆していた。
「一対三とニ対ニ。どっちが有利かわかるよね。気づかなかった?私がわざと弾を外してたのを。
あんたたちの存在はわかってた。だから、あんたたちの存在も含めてね、処分しようとしたのよ」
- 34 名前:ただの名無しですから 投稿日:2005/10/23(日) 11:34
- 更新終了。
忙しさが少しはましになるので、ペースを戻していきたいです。
>>25 彼女には金髪のイメージがものすっごくあるのはなぜでしょうか…
>>26 ありがとうございます。引き続きよろしくお願いします。
- 35 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/10/23(日) 22:47
- 更新お疲れ様です。タチの悪そう(誉め言葉)な5人組、いいですねえ〜
続きも楽しみにしてます(とはいえ、まずはゆっくり睡眠とって下さい…)
- 36 名前:通りすがりの者 投稿日:2005/10/23(日) 23:03
- 更新お疲れ様です。
なんだか凄いことになってますねぇ。
一つお聞きしたいことがあるのですが、これはいつごろのお話なのでしょう??
次回更新待ってます。
- 37 名前:ひろ〜し〜 投稿日:2005/10/30(日) 18:23
- こんにちわ。
新スレになってから初めて読ませて頂きました。
すごいですねぇ。
ソニンは何者なんでしょ・・・(・ω・`?)
- 38 名前:1. Maki side 投稿日:2005/11/03(木) 08:38
- ガツンと頭を殴られたようだった。
違う。
それは比喩じゃなくて、実際にそうだった。
私に生じた隙はほんの1秒にも満たないものだったけれども、あらかじめ予測していた彼女達に対しては十分な時間だった。
響いた銃声は2回。
聞こえた方向から考えると、ソニンと私を殴った女の子が一回ずつだ。
そして、それが真っ白になった視界に景色を戻した。
「圭ちゃんを、頼むね」
反省していないわけじゃなかった。
5人組というのは、おそらく本当だろう。
聞いたことがある。
5人組の有名なエージェントのことを。
単にそれを利用しているだけなのかもしれないが、私は一人であの二人を追いかけたかった。
- 39 名前:1. Maki side 投稿日:2005/11/03(木) 08:38
- なんてことはない、ただ単にカチンと来たからという理由だ。
油断していたわけじゃないのに、上手く相手にはめられたのが許せないだけ。
二人を見失わないように勢いよく駆け出す私の肩を、弾が掠めた。
蹴りだした右足が地面につくとすぐに、私は振り返ってソニンを睨んだ。
「邪魔する気?」
「いかないで。いっちゃいけない」
「どうして?」
「……」
「邪魔するなら、あんたも殺すよ?」
私は銃を構えた。
もちろん打つ気はなかった。
仲間割れしている暇なんて私たちには無い。
ただでさえ後手後手に回ってしまっているんだ。
- 40 名前:1. Maki side 投稿日:2005/11/03(木) 08:38
- 「ユウ……キ」
「え?」
「ん……ち、違う、そんなの勇気じゃない。後藤さんのやろうとしていることは、無謀なだけ」
「無謀かどうかは、結果が出てみないとわからないでしょ」
自分の声のトーンを1つ落とした。
もう、これ以上話している暇は無い。
「ダメ。それに、もう矢口真里たちには追いつけない」
「ダメじゃない。あんたのせいでしょ!」
叫んで私は引き金を引いた。
耳と肩の間に流れる髪の毛が揺れたが、ソニンは瞬きすらしなかった。
私を見ている目が、ただただ真っ直ぐで。
目をそらすと、自分が悪いことをしているように思え、私は視線を動かさなかった。
だけど、ひどく居心地が悪かった。
小さな子がお母さんに悪い事をして問い詰められているような、そんな感じだった。
- 41 名前:1. Maki side 投稿日:2005/11/03(木) 08:39
- どれくらいそうしていただろう。
半ば意地になって動かないでいたら、時間だけがいたずらに過ぎてしまっていた。
おかげで頭は完全に冷えたけど、もっと早くにそのことを気づくべきだった。
「行こ」
「え?」
「圭ちゃんのところ」
短く言葉を切ると、私は駆け出した。
少し遅れてソニンが続く。
この一帯の人間がほとんど集まっていると考えてよいほど、食堂への道は混みあっていた。
でも、混みあっていると言う事は、この先で少なくとも見物していて危険なことはないということになる。
無事か、もう終わってしまったのか。
人の波をかきわけて進んでいく。
ソニンの気配は人ごみに埋もれて全然わからないが、付いてきているはずだと信じて、振り返ることはしなかった。
- 42 名前:1. Maki side 投稿日:2005/11/03(木) 08:39
- 食堂の入り口が見える。
そこを囲むように人ごみが終わる。
打って変わってがらんとした食堂。
いくつかの人影の中に、圭ちゃんの姿はあった。
壁にもたれかかり、ぼんやりと宙を見ていた目が、私の存在に気づきこっちを向く。
「ごめん……二人が限界だった」
それだけで、全てを理解できた。
田中れいなの姿はここには無い。
クイッと首で示されたのは、さっき私が入っていった建物と向かい合う建物。
「任せて」
私はさっき破った窓からもう一度外に出た。
圭ちゃんの容態を気にすることは出来ない。
救急車くらい、野次馬の誰かが呼んでいるだろう。
本でかじった程度の医学の知識では、応急処置くらいしかここでは出来ない。
意識があるんだから、圭ちゃんはそれくらい自分でやっているだろう。
だから、放置していくのが正しいんだ。
- 43 名前:1. Maki side 投稿日:2005/11/03(木) 08:39
- この判断は早かった。
さっきもこれくらい早かったら……
後悔の念が浮かび始めるのを、とにかく押さえつける。
反省は大事なことだけど、それは後からでもできる。
今やることは……
少し開いたドアが目に入る。
ここから入ったと考えて間違いない。
「ソニンは奥。私はそこから入る」
再び背後に感じた気配に指示する。
了解とだけ返事して、ソニンの気配が遠ざかる。
この建物も、さっき私がいたところと構造は変わらなかったはずだ。
しらみつぶしに探していくには部屋数が多すぎる。
- 44 名前:1. Maki side 投稿日:2005/11/03(木) 08:40
- 考えろ……考えろ……
エレベーターを使うことはありえ無い。
だとしたら、最上階まで上がっている可能性は低い。
そして、1階にいることも逃げる者の心理からは考えられなかった。
階段を一段飛ばして駆け上がる。
すぐ上からガラスの割れる音が聞こえた。
当たり、みたいだね。
階段を上りきると、人影が3つ視界に入った。
3つとも、女の子。
小さな女の子。
田中れいなと、さっき食堂で見かけた女の子。
そして、もう一人、別の子。
- 45 名前:1. Maki side 投稿日:2005/11/03(木) 08:40
- 「動くな」
横にある窓に向けて銃を撃った。
振り返る前に、私は走り出して距離を詰める。
パチンというガラス片を踏みつける音がいくつも聞こえる。
チラッと覗く右の部屋の窓が割れていた。
さっきの音はこれのせいだ。
銃を向けられる。
私は構わずまっすぐに進んだ。
やたらめったらに動いて、狙いを定めさせないというのも銃を避ける一つ方法だけど、私は大嫌いだったから。
タイミングだけを計って狙いを避ける。
相手の指が動くその一瞬を見極めるために、私は視線を動かすことなくまっすぐに相手に向かった。
人差し指が動く。
私は横に飛んだ。
でも、弾は発射されない。
引き金を途中で止めたまま、銃がすーっと私の動きを追尾する。
- 46 名前:1. Maki side 投稿日:2005/11/03(木) 08:40
- はめられたと思ってる暇なんてない。
右足が着地した瞬間に、もう一度踏み切る。
避け切れない弾丸は、私の左手に当たった。
手のひらがジンとしびれる。
銃が手から落ちたことを、音で確認する。
それでも、構わずに踏み切ったおかげで、もう一度銃口が私を捉えるまでに、銃を持つ手を掴むことができた。
親指を軸に人差し指と薬指に力をこめ、手首を折る。
相手が女の子だから、それはいともたやすくできた。
こもったような音を指で感じ、骨が折れたことをがわかる。
手からこぼれる銃を踵で後ろにやりながら、左の肘を下から突き上げた。
肋骨を裏からえぐるように食い込んだ私の肘は、骨折の痛みと相まって相手の意識を消失させた。
振り返ると、田中れいなが、背後の女の子を私から隠すようにして立っていた。
- 47 名前:1. Maki side 投稿日:2005/11/03(木) 08:41
- 「何もしないから」
日本語は通じるはずだから、安心させる意味も込めて、日本語で言った。
キッと私を睨んだ目は、虚勢を張っているのは明白だった。
敵わないから相手との戦いを回避するための威嚇。
ライオンのものではなく、まさしく猫のそれだった。
ソニンがやってくるのを待ちながら、私は田中れいなからに背を向けていた。
割れた窓から救急車の音が近づいてくるのが聞こえた。
- 48 名前:1. Maki side 投稿日:2005/11/03(木) 08:41
-
あとはこの子を吐かせれば終わりか……
拷問とかは性じゃないから、そういうのは専ら圭ちゃんの仕事だ。
たぶん半日もあれば終わるから、準備しとかないといけないね。
力を込める左手は、まったく拳を作ることができずに震えるだけ。
手首を貫通しているのに、これだけの出血ってことは、幸いにして静脈は外れてるらしい。
結局、半日で治るわけもないから、使い物にならないのは変わらないんだけど。
- 49 名前:1. Maki side 投稿日:2005/11/03(木) 08:42
- 床に落ちた銃を拾い上げて、試しに撃ってみる。
右で打つのは久しぶりだったが、つきあたりの窓のサッシを狙った弾は、ピシっと鈍い音を立てた。
「私があっちからでてきたらどうする気だったの」
背後から聞こえた声。
「さぁね」
ソニンの気配がしたから、あっちに撃ったんだよとはいちいち言わなかった。
- 50 名前:ただの名無しですから 投稿日:2005/11/03(木) 08:46
- ちょっと立て込んでいて、更新間隔空いて申し訳ないです。なんとか週一に戻せるようにがんばります。
>>35 お気遣いありがとうございます。体壊さない程度にがんばっていきたいです。
>>36 1〜3部で後藤さんが正確に20歳と数字を出していませんが、20歳として書いてきています。ので、一応3年前という事になりますね。
>>37 次回更新はソニン編なので、その辺りはさくさくっと。いい加減謎だけ提示して謎解きサボりすぎな気がしてきましたね……
- 51 名前:通りすがりの者 投稿日:2005/11/03(木) 17:50
- 次回更新お疲れ様です。
なんだか色んなことがごっちゃになってきました(汗
でもなんとなく理解できるところも(笑
次回更新待ってます。
- 52 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/10(木) 23:04
- おお、更新されてる!しかもれいなが!
ソニン編はどうなるんでしょう。次回も楽しみにしてます。
- 53 名前:2.Sonim side 投稿日:2005/11/14(月) 01:26
- <2.Sonim side>
ぼろぼろになった工場跡。
撤去するための費用も無いままに放置された場所。
錆びつかないはずの金属が錆び付き、埃にまみれたガラスはスリガラスに変わっていた。
それでも、全然壊れる心配が無いほどにしっかりしているのは、建築技術の進歩だと言えるんだろうか。
壊れにくいことに比重を置き、壊すときのことを考えていないのかなとも思う。
だから、こうして使われない建物がたくさん残っているのかなと。逆に私は納得する。
前を歩く後藤真希は、慎重とは程遠い早さで進んでいく。
注意を払っているのは感じ取れるが、それでも心配になるほどにサクサクと彼女は歩を進めた。
その背中を見ながら、私は今日の昼間の出来事を思い出した。
- 54 名前:2.Sonim side 投稿日:2005/11/14(月) 01:27
- 「圭ちゃんを、頼むね」
駆け出そうとする後藤真希の姿は、2年前に私が見たものと同じだった。
「ここを頼むね」
そう言って、私の前から消えていったパートナーは、翌日には落下死体として新聞に載る事になった。
矢口真里。
その時から、私は彼女を追っている。
ターゲットだけでなく、それを守るエージェントまでも殺していく彼女たち。
エージェントまで殺されている事件のほとんどは、彼女達の仕業だった。
そういう意味では、私は稀な例だと自分では思っている。
運がよかった、なんて言いたくは無い。
何もかもを捨てて、私は逃げた。
守るべきターゲットも捨て、仲間も捨て。
もちろん、そんな私に次の仕事が舞い込んでくることは無い。
ただでさえ、チャイニーズタウンに属することができなかった私だ。
西海岸を飛び出して、正反対のここに来てから、一からやり直して2年。
ようやく私は彼女と会うことができた。
- 55 名前:2.Sonim side 投稿日:2005/11/14(月) 01:27
- 田中れいなを狙っている者がいるという事実。
ただの女の子である彼女には護衛なんてものは存在しない。
なら、普通のエージェントならたやすく始末してしまえる。
敢えて、狙っていることを相手に示す必要は無い。
護衛がつけられたら余計に面倒なことになるからだ。
だから、そんなことをするなんて、矢口真里たちしか考えられなかった。
そして、私の考えは当たった結果になる。
だから……
走り出そうとする後藤真希の姿は、私のパートナーにそっくりだった。
ううん、姿形もすごく似ていた。
違うのは、性別だけ。
彼女達を追いかけてはいけない。
だから、私は止めた。
それが間違いだとは思えない。
そのおかげで、田中れいなも守ることが出来た。
- 56 名前:2.Sonim side 投稿日:2005/11/14(月) 01:28
- 「もう邪魔しないでよ」
ここに入る前、後藤さんはそう告げた。
捕らえた矢口真里の仲間が、この場所を吐くのにそう時間はかからなかった。
罠ということも考えられたが、後藤真希はそれでもいいという風に、すぐにここに向かうことを決めた。
保田さんは、昼間の襲撃の傷でここには来ていない。
命に別状はないということだったが、足手まといになることは明白だった。
仕返しをしたいからと、無理を言ってついてくるような真似をしない人で助かった。
それでも、後藤真希が彼女の銃を借りたのは、そういったことも関係しているんだろう。
- 57 名前:2.Sonim side 投稿日:2005/11/14(月) 01:28
- まだ一緒に過ごして3日と少し。時間にして30時間ほどだけど、彼女が他人に執着していないのは感じ取れた。
初対面のときの、保田さんと中澤さんといるときの彼女は素の彼女で、仕事をしているときはスイッチが入っているものだと思っていた。
けれど、どうやらそれは私の思い違いらしいことは、短い間に十分わかってきた。
どちらかといえば、保田さんたちにペースを狂わされているというほうが正しいと思う。
それが、今までに数え切れない人と出会ってきた自分の目が、短期間で下した結論だった。
こういう人は、とても危うい。
経験の浅い人間が、自分は何でもできると勘違いして無茶をするのとはベクトルの違う危うさだ。
自分の力と相手の力を測る事ができるから。諦めがとても早いんだ。
無理だと思えばやらない。かなわないと思えば歯向かわない。
別の意味で命を粗末にしているんだ。
前を歩く彼女の背中を見ながら、私は願った。
ここから生きて出られることを。
自分よりも、彼女が生きていることを。
- 58 名前:2.Sonim side 投稿日:2005/11/14(月) 01:28
- 音もなく、後藤真希の足が止まる。
思わずぶつかりそうになり、考え事を止めた。
半身で壁にぴたり張り付く。
何も音は聞こえない。
自分の抑えている呼吸音だけがわかるほどの、不自然なほどの静寂が辺りを包んでいた。
私は、何も感じなかった。
この向こう側に誰かいるのかどうか、いや、寧ろいないと思った。
けれど、後藤真希は、銃を顔の横に掲げ機を伺っているようだった。
- 59 名前:ただの名無しですから 投稿日:2005/11/14(月) 01:31
- 更新終了です。少なくて申し訳ないです。
>>51 確かに、中途半端なところで切って過去になってるので……色々とごちゃごちゃしすぎてますね……
>>52 遅くなってごめんなさい。週一更新への道のりはまだ遠そうなので、たまに覗いてやってください。
- 60 名前:konkon 投稿日:2005/11/20(日) 12:58
- お久しぶりで〜す!
新スレおめです。
ようやくごっちん達の過去が明らかになってきましたね。
目指すはこんごまでよろ(笑)
いや、冗談ですので、今後もがんばってください♪
- 61 名前:通りすがりの者 投稿日:2005/11/20(日) 18:48
- 更新お疲れ様です。
なにかが起こりそうですね・・・。
かなり気になります。
次回更新待ってます。
- 62 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/22(火) 02:44
- カッコ良さがハンパじゃないっすね、ソニン。憧れるなあ
>>59 こちらこそ中々確認しませんで申し訳・・
作者さんのペースで進めていただければ、と
- 63 名前:2.Sonim side 投稿日:2005/11/23(水) 18:08
-
ふわっと私の髪が揺れたのは、後藤真希が動いたせい。
それを感じたのと、空気がこすれたほどの小さな銃声を聞いたのはどちらが早かっただろうか。
壁から首だけをだした私の目には、後藤真希が立っているのが見えるだけ。
その向こうに二人倒れていることがわかったとき、背筋がゾッとした。
驚きなんかではない。
怖かった。
自分の目の前にいる人間の能力が、単純に怖かった。
余りにも簡単にこなしすぎて、自分にもできるんじゃないかと錯覚するほど私は愚かじゃない。
サイレンサーのせいで物理的に音が聞こえないというわけでない。
彼女は音も無く二人を殺してみせた。
それも、自分が感じ取れなかった気配をいち早く察知して。
知らずに自分が拳を作っていることに気づく。
広げた手には、汗がべっとりとついていた。
- 64 名前:2.Sonim side 投稿日:2005/11/23(水) 18:08
- 後藤真希は、ただただ前進していくだけ。
迷いもなく扉を開き、ためらいもなく銃を撃つ。
後ろにいる私は、完全に攻略を終えたゲームをやっているような錯覚に陥った。
敵の場所、隠し通路、アイテム、ボスの弱点。
それら全てを把握しているかのように。
そして、後藤真希はゲームの主人公そのものだった。
「矢口って人」
「え?」
突然告げられた言葉の意図を、私は読み取ることができなかった。
「あんたが殺したい?」
ドキッとした。
突然の提案だったからではない。
自分が殺したいかどうか迷ったからではない。
後藤真希がそんなことを聞くとは思わなかったからだ。
- 65 名前:2.Sonim side 投稿日:2005/11/23(水) 18:09
- 彼女なら、迷わずに自分が殺すだろう。
それが最も確実で速い方法だと知っているから。
そこには私情なんて挟むことはない。
それこそゲームのように、仲間を盾にしてでも最短クリアできればいいんだと。
後藤真希ならそうするに違いないって確信があった。
それなのに。
「殺したくないの?」
「殺したくなくない」
自分の言う日本語が滑稽すぎて笑えた。
とっさに頭が回らなかったから仕方ないことだけど。
もちろん、後藤真希も「ふぅん」というだけで。
「殺させてあげる」とも何も言わなかった。
代わりに、もう話は終わりとばかりに歩き始める。
- 66 名前:2.Sonim side 投稿日:2005/11/23(水) 18:09
-
意味がわからなかった。
そもそも、意味を求めることに意味はないとも思えた。
気まぐれ。
たったそれだけの言葉で片付けてしまうのが、一番納得ができるようにも思えた。
腕をぐいと引かれたのは、そのすぐ後。
バランスを崩した私は引きずられるように、後藤真希に角まで連れて行かれた。
角を曲がる寸前、まるで昼のように辺りが明るくなった。
- 67 名前:2.Sonim side 投稿日:2005/11/23(水) 18:09
- 「キャハハハハ」
マイクでも通したかような大きな笑い声。
聞くものを呆れさせるような、馬鹿っぽい笑い方だった。
「うざすぎ」
小さく後藤真希が言った。
私はすぐに体勢を立て直し、銃を取る。
声の主が矢口真里だということはわかっている。
気配は無い。私が感じ取れないだけかと思ったが、後藤真希が銃を構えることをしていなかったから、近くにはいないのだろう。
- 68 名前:2.Sonim side 投稿日:2005/11/23(水) 18:10
- ばかばかしい。
その自分の考え方に笑えた。
後藤真希の能力が自分より上ということは認めていい。
だからって、自分よりも彼女の判断を信じるなんて……
プライドっていうものを、私は本当にあの時に残らず捨ててきたんだな。
もう、潮時かもしれない。
丁度、もう一度矢口真里に会うことが出来たことだし、これが最後の仕事でいいだろう。
自分の能力に自信をもてないなんて、プロとして失格だ。
そんな人間が、これ以上いていい世界じゃない。
大人しく、国にでも帰ってお店でも開こうかな。
- 69 名前:2.Sonim side 投稿日:2005/11/23(水) 18:10
- こう見えて意外と料理は上手いんだ。
カレーとか、昔は仲間内では好評だった。
キムチ使えばこんなに旨いカレーが作れるのか?なんて、真面目な顔で聞いてきた奴もいた。
韓国人じゃなくて本当はインド人か?とも言われたことがあった。
まだまだ強く残る東洋への偏見が、その時だけは妙に心地よかったようにも思う。
韓国に生まれて、日本へとすぐにやってきた私には、国という意識が曖昧だ。
韓国人と言われることも、日本人と言われることも私は違和感を覚える。
そう、だから東洋人と呼ばれるくくりが一番心地良いのかもしれなかった。
「ようこそーお二人さん」
そんなノスタルジックな気分を一瞬で吹き飛ばす矢口真里の声。
- 70 名前:2.Sonim side 投稿日:2005/11/23(水) 18:10
- 「さっきの二人は、おいらたちとは関係ない雇ってきたエージェントだよ。こっちは後4人いるからね」
そういえば、先ほどの二人は大人の男だった。
だからといって、罪悪感が沸くとかそういうことは無い。
それはもちろん後藤真希も同じだろう。
「こっちのチーム、ZYXのメンバーを紹介するね。まずはリーダーのおいら、矢口真里」
ゲームのつもりなんだろうか。
次々に読み上げられる4人の名前。
嗣永桃子、清水佐紀、梅田えりか。
先ほど私たちがここの場所を吐かせた女の子は村上愛らしかった。
- 71 名前:2.Sonim side 投稿日:2005/11/23(水) 18:11
- 「ルールは簡単。相手を全滅させた方が勝ちね。夜更かしはお肌に毒だし、早めに終わらせよう。
場所は今からあんたたちがいるエリアを封鎖させてもらうから、そこの中ね。
すごいっしょ?わざわざそのためだけに設計してるんだよここ。キャハハ」
「んな暇あれば、ここ壊して立て替えればいいのに」
髪をくしゃくしゃと掻く後藤真希は、苛立っているようにも見えたが、心配はしなかった。
そんなことで冷静さを失うような子じゃないと、私は思っていた。
「あ、そっだ。こっち4人だから、ハンデとしてこっちは梅田と清水しかこのエリアには入らないから。
万が一、どっちかが死ぬことがあれば、私と嗣永がそっちいくから。たぶん無いけどねー」
- 72 名前:2.Sonim side 投稿日:2005/11/23(水) 18:11
- ゲームだ。鬼ごっこの延長線上とでもいいたげな態度。
そして、絶対に自分達は負けることは無いと確信している。
こういうやつが力を持っていることが一番アブナイんだ。
手の汗を拭き、銃を握りなおす。
彼の仇を取ることができる。
それからこの仕事は廃業。理想的な流れだ。
神様は私に最後に微笑んでくれたのかもしれない。
「OK,ladies & gentleman.it's a exciting show tim――」
矢口真里の言葉が終わらないうちに、後藤真希はスピーカーを銃で打ち抜いた。
- 73 名前:Silent Science悪魔の辞典30 投稿日:2005/11/23(水) 18:12
- ・こんなところを幼い女の子が通る理由
幼い男の子でも可です。
・北極星
関西の都会においてもなんとか見つけることができました
・チャイニーズ・タウン
サンフランシスコだけでなく、アメリカ中に存在しています
- 74 名前:Silent Science悪魔の辞典30 投稿日:2005/11/23(水) 18:12
-
・親指を軸に人差し指と薬指に〜
腕ではなく、指くらいなら大人でも折れますので絶対にやらないでください
・カレー
キムチの辛さとはベクトルが違います
久々になりすぎて申し訳ないです。
- 75 名前:ただの名無しですから 投稿日:2005/11/23(水) 18:18
- 更新終了です。
>>60 紺野さん、同じ空間に元気で存在してますので、ちょっとしたきっかけで絡むかも知れませんw
>>61 ありがとうございます。4部はシンプルにいくつもりなのですが、なんか話をこね回しつつありますねぇ……
>>62 いえいえ、気が向いたときにさらっと見てやってください。こんなイメージのソニン書いたこと無かったので、ちょっとドキドキですが気にいっていただけたようでよかったです。
- 76 名前:通りすがりの者 投稿日:2005/11/24(木) 21:36
- 更新お疲れ様です。
ウーン、まさかあのグループですか。
これは想像不能ですね。
次回更新待ってます。
- 77 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/25(金) 00:28
- 更新乙です
超人後藤を前にして(カッコ良いんだけど)人間臭さを感じさせるソニンの視点。
彼女が感じた恐怖とか諦観?をたっぷり味わせていただきました。
- 78 名前:3. Maki side 投稿日:2005/12/01(木) 00:17
- <3. Maki side>
くっだらない。
いらつく自分と、冷静に周りの気配を探る自分がいた。
これはただのゲームだ。
プレイ料金は自分の命。
そのことに対して苛立ちは無い。
いつも命を賭けてきた。
たくさんの人を殺して私は生きてきた。
命のやり取りがどうとか、そんなことにどうでもいい。
舐められてるって感じるのが一番の屈辱だった。
舐められてる方が付け込む隙があるんだから。
有利なのはこっち。
相手が4人で来るのをやめて、最初は2人で来る。
そのことに対して、私たちの不利は何一つ無い。
歓迎するべき事態なのに……なぜか、いらつく。
- 79 名前:3. Maki side 投稿日:2005/12/01(木) 00:17
- 嫌悪感。
まさしくそれだった。
下衆なオヤジに対して抱くそれに近いようで、全く違うモノ。
だけど、この感情に名前をつけるのなら、嫌悪感としかいえない。
さっさと終わらせよう。
茶番は茶番として、さっさと終わらせて帰りたい。
気配を感じとった。後ろと前に一つずつ。
ソニンと一瞬と視線を交差させる。
私の意図を汲み取ってくれたみたい。
私は後ろ、ソニンは前。
左手の筋肉を弛緩させる。
その方が、半瞬は速く動くことができる。
ゆがんだ金属製の壁に背中をつける。
ギィと音が鳴る。
小さく吐いた息が、辺りの空気を乱していくのがわかる。
- 80 名前:3. Maki side 投稿日:2005/12/01(木) 00:17
- 遠ざかっていくソニンの足音は、少しずつペースが落ちていく。
呼吸が深く、長くなっていくのが感じ取れた。
私の右斜め前に、同じように背中をつけている女の子がいる。
小さな女の子。
周りの空気が小刻みにブレている。震えているんだろうか?
まさか……人を殺すことに怖気づくなんて、この状況ではありえない。
ありえるわけが無い。
殺さなければ殺される。
殺すことにおびえ、殺されることにおびえて、何ができるって言うの?
一歩、動いた。
私はそちらを向くことはしない。
体はいつでもそっちに銃を向けることができる。
気づいていないと相手に思わせるために。
私に狙いを定めるために、相手の体が出てくるのを誘うために……
- 81 名前:3. Maki side 投稿日:2005/12/01(木) 00:18
- 腕を持ち上げた途端、震えが更に大きくなっていく。
引き金を引いてしまうかもしれないほどの大きな震えを、空気のブレとして手に取るように感じ取れた。
あれでは犬も殺すことはできない。
発射地点の数センチのズレが、到達地点では大きなズレとなるのは、直線に飛ばす場合の一番の基本だ。
片手でも発射の際の反動に負けないようになるまでは、ブレを抑えるために不便さを感じてまでも両手で銃を持っていた。
いくら素早く打てても、当たらなければ意味が無いんだから。
そっと伸びてくる手。
震えるそれが私に照準を合わせる前に、私はその手を撃ち抜いた。
銃が落ちる。
半秒遅れて悲鳴が耳に届く。
近づく私。
手を押さえる少女。
かぶせた左手から漏れる血。
瞳に浮かぶ光。
空気を振るわせる大きな泣き声。
そこまで観察すると、私は迷うことなく引き金を引いた。
小さく動いた頭は、生命機能を止める命令を全身に送り出した。
- 82 名前:3. Maki side 投稿日:2005/12/01(木) 00:18
- 足元の銃を拾う。
私の弾が当たったせいで歪んでいる。もう使えない。
撃てない銃はただのガラクタ。
唯一の機能を失ったそれはただの無駄でしかない。しいて言うなら弾を持ち運ぶ入れ物。
それと同じだ。動かない人もただのガラクタ。
この状況で人を殺せない人は、ただのガラクタとなるべきだ。
ソニンはどうなっただろうか。
足元に広がっていく血を避けるように数歩下がり、向こうの様子を伺う。
まだ、決着はついていないようだった。
弾が壁に当たる音がいくつも聞こえる。
助けは、いらない。
いや、助けにいけない。
- 83 名前:3. Maki side 投稿日:2005/12/01(木) 00:18
-
「あのさ」
私は少し離れた背後に感じる気配に呼びかけた。
「殺気はなくても、他に人がいないここじゃ、気配はバレバレなんだよ」
横に飛ぶ。
聞こえた銃声。
サイレンサー、無しなのね。
サイレンサーはその性質上、発砲の際に掛かる反動が大きい。
残り二人の矢口真里ではない方、嗣永桃子の力を考えると、その方が扱いやすいってことか。
「佐紀ちゃんを殺した。許さない」
高くて甘い声は、例え語気を強めたところで何の威嚇にもならない。
キンキンと耳が痛いだけ。
- 84 名前:3. Maki side 投稿日:2005/12/01(木) 00:19
- 壁に背をつけ、タイミングを計る。
殺気が無いという私の考えは間違っていない。
こうして今、私を狙って銃を構えているのがわかっている状態でも、殺気は微塵も感じ取れないのだから。
気配がわかるから、大丈夫だと思っていた。
だけど、この状況になってわかる。
さっきのは単にタイミングがよかっただけ。
私の話が終わる。銃を撃つ。
というのは、合いの手のような感覚でなされたことだ。
言ってみれば、組み手の一種のようなものかもしれなかった。
だから、避けることができた。
話し終えてすぐに横に飛べばいいのだから。
でも、今は状況が違う。
タイミングが取れない。
殺気を感じ取れないということは、いつ銃を撃つかわからないということだ。
私は目で相手の引き金を引くのを見て、避けているような感覚に陥っているが、その前に殺気の高ぶりを察知しているはずだ。
無意識に行っているが、それは絶対に必要なことだ。
だからこそ……殺気を感じ取れないなら、私は銃弾を避けることはできないだろう。
- 85 名前:3. Maki side 投稿日:2005/12/01(木) 00:19
- ゆっくりと近づいてくるのがわかる。
わざとらしいほどに音を立てて、一歩一歩ゆっくりとこちらへ。
知らずに自分の肩に力が入っていることに気づく。
不安。
そうかもしれない。
なんだ、結局私は死にたくないだけなの?
違うね。
運で決まるのが嫌なんだ。
一か八かなんて性に合わない。
絶対に勝てる算段がある勝負か、負ける勝負か。
それがわからないから不安なんだね。
- 86 名前:3. Maki side 投稿日:2005/12/01(木) 00:19
- 今の状況で打ち合えば、普通の人が打ち合うということでしかないから。
相打ちの可能性すら十二分に存在する。
それが自分に不安を与えてる。
私はわからないのが怖いんだ。
わかってたら怖くない。
そう、「死ぬ」ことよりも、「死ぬかもしれない」ことの方が怖いんだ。
私は壁伝いに後ろに下がることを考えた。
心の準備ができていない。
今なら、引き金をひくことはできないだろう。
この状況で引き金を引けない人間はガラクタ。
だから、ガラクタでなくなるために、もう少し時間が要る。
- 87 名前:3. Maki side 投稿日:2005/12/01(木) 00:20
- 考えろ。
もう一度状況を整理しろ。
私に不利はある?
五分の勝負になっただけでしょ?
シュッ
空気のこすれる音がした。
腹部に感じる痛み。
参ったな……全然周りが見えて無いじゃん……
間髪いれずに二撃目が全く同じ箇所に届いた。
気絶しそうな痛みをこらえ、すぐさま走って物陰に隠れる。
反対方向からの狙撃。
私は何を勘違いしてた?
敵は一人じゃない。
昼間、あの距離からの狙撃を見せた人間が、余ってるはずだろ?
自分に説教するように問いかけた。
- 88 名前:3. Maki side 投稿日:2005/12/01(木) 00:20
- 傷はかなり深かった。
防弾のスーツも、二撃重ねられれば意味を成さない。
服に開いた穴から、じんわりと血が滲み出してくる。
もっとも、一撃目でスーツにはまった弾に、二撃目の弾を当てて貫通させるなんて芸当、近距離でもない限り私にはできないことだ。
矢口真里……でかい態度に実力が伴ってる例なんて、裕ちゃんくらいしか見たこと無かったよ。
足音はわざと。
私の意識を向けさせるための罠。
まんまとはめられた。
これで何回目だろう?
会ってから3回ははめられている。
生かしてもらってる……か。
笑いがこみ上げてくる。
今、一番大嫌いだと断言できる奴に、生かしてもらってるという事実。
生き恥って言葉はこういう時に使うものなの?
- 89 名前:3. Maki side 投稿日:2005/12/01(木) 00:20
- ならさ……あがいて生き延びてやろうじゃん――なんて、考えられたら私はもっと強くなれるのかな?
あいにくそれは無理。
生きることに執着なんて無い。
死ぬなら死ねばいい。
なぜか少し吹っ切れた。
お腹なら流れる血が、頭に上った血を流していったのかな。
常識で考えろ後藤真希。
私の反応速度を持ってすれば、殺気を感知して避けるなんてことはしなくていいんだ。
よーいどんの勝負なら、相手が引き金を引くよりも早く、引き金を引けるはずだ。
そしたら……悪くても相打ち。勝てないはずは無い。
問題は、矢口真里。
- 90 名前:3. Maki side 投稿日:2005/12/01(木) 00:21
- 彼女の狙いの届かないところにいったということは、私からも彼女が見えないということ。
痛みと貧血が私の集中を邪魔するから、さっきまでのような鋭敏な感覚を持つことはできない。
ソニンの場所すら、時たま響く大きな音でしか、だいたいの位置を判断できないのだ。
痛みをこらえるためにお腹に力を入れることは、余計な出血を誘発する。
弾が体内に残ってるんだ。銃弾の全衝撃が体内に拡散したのだから、内臓がやられていないわけはない。
早く決着をつけないと、死んじゃうな。
生と死。
まるでカードの表と裏のようにパラパラと切り替わる状況が、なぜか私に生への執着を芽生えさせ始めていた。
矢口真里にここまで舐められた仕返しをしたいだけと、自分に言い聞かせる。
これは、プライドの問題だ。死んでもいいけど、傷つけられたプライドの分、きっちり払ってもらわないといけない。
自分を洗脳するかのように、私は思い込む。
死なない。
死ねない。
死にたくない。
生きる。
生きたい。
生きなきゃいけない。
- 91 名前:3. Maki side 投稿日:2005/12/01(木) 00:21
-
見えた。
矢口真里の姿。
狙いを定められる前に私は動く。
射程のある銃ほど、打つまでの動作が遅くなるから、手負いの私でもそれは容易にできた。
よし……今のうちに……
3.2.1―――
心の中のカウントダウン。
タイミングがつかめないのなら、自分でタイミングを作ればいい。
0。
嗣永桃子の前に飛び出した。
なびく自分の髪の合間から見える彼女の姿。
狙うのは銃を持つ手。
照準を合わせる。
引き金を引く。
- 92 名前:3. Maki side 投稿日:2005/12/01(木) 00:22
- 左足が地に付いた。
銃声が響いたが、弾は私の体には当たらなかった。
痛みに耐え、嗣永桃子はすぐに銃を左手に持ち替えようとする。
そんな暇を与えるわけは無い。
胴に一発。
打とうとしたその時だった。
「頭を!」
聞こえたのはソニンの声。
引き金に掛かった手は止まらない。
銃を撃つことは私にとっては反射行動。
故に、ソニンの声を認識しても、止めることはできない。
視界に広がる光と、体中に感じる風。
泳いでいるような感覚に襲われた後に認識するのは、全身の痛みと痺れ。
何も見えない。何も聞こえない。
真っ白な視界と、幾重にも反響して判別のつかない音。
地面にうつぶせになっているのか、それとも仰向けになっているのかすらわからない。
- 93 名前:3. Maki side 投稿日:2005/12/01(木) 00:22
-
爆弾だ。
今になってその答えが導き出される。
これで4回目。いや、もうこれが最後かな。
仏の顔も三度までって、裕ちゃんから昔教えてもらった気がする。
これって、そういうことなんでしょ?4度目は、もう無いんだ。
余裕で自分たちが勝つゲームだというような口ぶりで。
打たれれば敵もろとも吹き飛ぶように胴体に爆弾。
安全なのは頭だけ。
爆弾を持っているなんて考えずに胴体を狙った私。
いや、これは騙す意図があったわけではないのかもしれない。
単純に彼女たちのゲームなのかもしれない。
打たれれば死ぬ。
それがゲームだ。打たれれば、その時点で1ライフを消滅するんだ。
- 94 名前:3. Maki side 投稿日:2005/12/01(木) 00:22
-
閃光と爆音は私から五感を奪いつくしている。
嗅覚と味覚なんて、五感の中で生存競争においては劣等な感覚だ。
それだけを残されても、何もできない。
死。
やっぱり死ぬのかな。
負けた。
完全に負けた。
ゲームオーバー。
もうコンティニューはきかないっぽい。
- 95 名前:3. Maki side 投稿日:2005/12/01(木) 00:23
-
「ご……」
声が聞こえる。響いて全然聞こえないけど声が聞こえる。
誰かがいる。
見えない。
気配も上手くつかめないけど、近くにいる。
「……とう……」
ごとう。
後藤。
私の名前。
わかる。
聞こえる。
でも見えない。
目の前が真っ赤になった。
引きずられてる。
地面がわかる。
背中。
私は仰向けに引きずられてる。
- 96 名前:3. Maki side 投稿日:2005/12/01(木) 00:23
-
誰に?
この声。
ソニン。
ソニンだ。
私の名前を呼んでいる。
でも、見えない。
全然見えない。
真っ赤な光が広がるだけ。
味。
鉄の味。
ニオイ。
血のニオイ。
誰の?私の?私の血?
身体が痛い。
痺れが取れてきた。
- 97 名前:3. Maki side 投稿日:2005/12/01(木) 00:23
-
痛い。
痛いから意識が……
「ソニン」
視界が開けた。
真っ赤な視界が。
血で覆われた視界。
私の血じゃない。
ソニン。
ソニンの血。
「はは……せっかく仇取れると思ったのにね……ユ……ウ……キ……」
咳き込むソニンは、手すら口に当てない。
両手が私の脇に回されている。
私の顔に落ちてくる血の量は、とても命が助かるとも思えないほど。
- 98 名前:3. Maki side 投稿日:2005/12/01(木) 00:24
-
引きずられた後。
あそこから、ここまで。
ソニンの身体が急にバランスを崩す。
踏ん張った彼女の右足は、震えていた。
「カレー屋……開きたかったな……」
「ソニン?」
カレー。何のことかわからない。
両手を伝って私に流れるソニンの血。
矢口真里。
そう、今は戦闘中。
だったら……
「ソニン!」
ずるりと落ちた私の身体。
それに覆いかぶさるように、ソニンの身体が倒れてくる。
- 99 名前:3. Maki side 投稿日:2005/12/01(木) 00:24
- あそこから、ここまで。私を運んできた。
矢口真里の銃弾から私をかばって。
ソニン……
全身に針が刺さっているかのように、激痛が走る。
それでもよかった。
痛みが意識を鋭敏にしてくれる。
血のニオイが、私の中の何かを呼び覚ます。
私の髪の毛は一本一本に至るまで、血を吸って赤く染まっていた。
殺す。
矢口真里。
絶対に。殺す。
手元に銃は無い。
かまわなかった。
私は走り出す。
ゆうに3階は上にいる矢口真里めがけて。
枠だけとなった窓から私を狙う彼女めがけて。
- 100 名前:3. Maki side 投稿日:2005/12/01(木) 00:24
- それは、後から思えば不思議な感覚だった。
直線距離にして数百メートル離れている彼女の動きが、手に取るようにわかった。
肺の収縮、心臓の鼓動、引き金を引く指の筋肉の繊維が一本一本収縮していくのを感じ取れるような。
放たれた弾すら目で追えるような気がした。
斜めになった支柱を駆け上がり、壁を蹴って飛び移る。
矢口真里の前に私が立つまで、どれだけの時間が必要だっただろうか。
「ば……化け物」
叫びながら片手に持った小銃を私に向かって撃つ。
そんなものは当たるわけは無い。
弾が切れるまで撃ち尽くしたのも気づき、すぐにナイフを取り出す。
無駄。
将棋って知ってる?
日本の昔からあるゲームなんだけど。
キングが一番弱いんだよ。
- 101 名前:3. Maki side 投稿日:2005/12/01(木) 00:25
-
グキッ
ナイフを伸ばす手の骨を、私は折った。
「これが、圭ちゃんの分ね」
次いで、手からこぼれるナイフを拾い上げ、腹部を斜めに刺し上げた。
「これがソニンの分」
臓器を傷つけずにナイフの先で横隔膜を少しずつ破いていく。
少しずつ呼吸が停止していくほうがいい。
苦しみは、長い方がいい。
- 102 名前:3. Maki side 投稿日:2005/12/01(木) 00:25
-
「こ………ん……な……て……」
話そうとするが肺に送り込まれた空気が抜けていくから、上手く声を発することはできない。
彼女の足元に出来た染みは、赤色ではなく臭いを放っていた。
「やっぱ見苦しいから殺すよ」
ナイフに力を込める。
横隔膜を突き破ったナイフは、心臓へと至った。
急速に死に至る矢口真里の身体。
だけど、それを見届ける前に、私の意識も途絶えた。
- 103 名前:3. Maki side 投稿日:2005/12/01(木) 00:26
- ◇
「大丈夫ですか?」
声が聞こえる。
誰だ?
聞いたことの無い声。
まるで夢の中にいるようで……
あぁこれは夢なのかもしれない。
それとも、私は死んだのかな?
「ひどい怪我……」
温かい。
私の体を温かくしてくれるもの。
目を開けたくない。
気持ちいい。すっごく気持ちいい。
- 104 名前:3. Maki side 投稿日:2005/12/01(木) 00:26
-
「よかった。生きてる」
生きてる。
私は生きてるんだ。
じゃあこれは夢?現実?
手が触れる。
頬に。
温かくて柔らかくて……
あなたは誰?
誰なの?
- 105 名前:ただの名無しですから 投稿日:2005/12/01(木) 00:30
- >>78-104 大量(?)更新してみました。
そろそろ週一更新に戻していきたいですね。
4部の山は越えたので、今月中には五部に入れると思います。
>>76 一人足りないんですけどねwちょっと前に出したので……グループ名まで出すかは迷ったんですがせっかくだし出しました。
>>77 人間離れしている人たちの間の、唯一の人間みたいな。人間ならではの弱さも強さもかければなって思いました。
- 106 名前:通りすがりの者 投稿日:2005/12/01(木) 21:16
- 更新お疲れ様です。
決まったんでしょうか・・・ね。
次回がかなり気になります。
次回更新待ってます。
- 107 名前:konkon 投稿日:2005/12/02(金) 00:52
- もしかして、ついにきましたか・・・?
む〜、このような結果になるとは、後藤さんには
すごいとしかいえませんねw
これから待ってます!
- 108 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/12/04(日) 02:22
- 大量更新、有難うございます。
それにしてもまさに化け物ライクな後藤さん
>キングが一番弱いんだよ。 にゾクッと来ました。
- 109 名前:3. Maki side 投稿日:2005/12/10(土) 03:50
- ◇
目覚めた時に、目に入ったのは真っ暗闇。
自分の目が開いていることを疑うほどの闇だった。
体を動かすことが困難で。
自分に筋肉がついていないんじゃないかと思うほど、動かそうとする意思に体がついてこなかった。
次第に慣れていく目で、カーテン越しの月明かりに照らされた部屋の様子がわかる。
ほのかに鼻をつく消毒液の臭い。
吊り下げられた袋の中に入っている色のついた液体。
それから伸びるチューブ。
それだけでも、病院であるということがわかる。
不意に部屋の明かりがついた。
まぶしさに目を閉じる。
- 110 名前:3. Maki side 投稿日:2005/12/10(土) 03:50
- 「おぉ、目覚めたんか」
耳に入る聴きなれた声が、一気に現実感を与えてくれた。
「裕ちゃん?」
わかってはいるが、なぜか私は問いかけた。
起き上がろうとしても身体が言うことをきかない。
「そうや。裕ちゃんや」
よっこいしょと脇の椅子に腰掛ける。
そういうところが、オバサンなんだけどと突っ込みはしなかった。
「UP」という裕ちゃんの声で、ベッドがゆっくりと形を変え、私の上半身が起きていく。
- 111 名前:3. Maki side 投稿日:2005/12/10(土) 03:51
- 「私は……どうしたの?」
「おぼえとらんのか?」
「いや……」
覚えてる。
ソニンの体温を帯びた液体と、そのニオイ。
矢口真里を刺した感触。
何度も経験して覚えている感覚とは少し違う。
どこか他人事だったそれが、リアルに思えた。
血ってあんなに温かいものだったの?
ヒトの命って、あんなにもろいものだったの?
「そやけど、無茶しすぎや。あんたももう少し遅かったらソニンの後を追ってたで。
全身の筋肉も骨もぼろぼろ。お腹の中にどれだけ血が溜まってたと思ってんの」
その言葉に、私は過去に神経伝達速度を引き上げる訓練の時に教えてもらったことを思い出した。
ヒトは普段は自分に秘められた力の数%しか使っていない。
なぜなら、体がそれについてこないからだ。
持っている力を全て使ったのなら、自分自身が壊れてしまう。
無意識のうちに自己防衛本能が働いているんだ。
- 112 名前:3. Maki side 投稿日:2005/12/10(土) 03:51
- 「それに、あの子に感謝しとかなあかんで」
「あの子?」
「あぁ。あの子の完璧な応急処置がなかったら、あんたは死んでたで」
トクンと胸がなった。
夢じゃなかった。
いたんだ。
温かいあのぬくもり。
あれは、夢じゃなかったんだ。
「ん、どうかしたんか?」
「いや……」
平静を装う。
気づかれたくない。自分のこの気持ち。
すごく恥ずかしいこの気持ち。
何だろう……会いたい。会ってみたい。
あの温もり、もう一度味わいたい。
- 113 名前:3. Maki side 投稿日:2005/12/10(土) 03:51
- 「なんでもないよ」
必死に表情を保って言う。
無関心を最大限に装って。
いつも関心のある振りをわざわざしているくらいなのに。
いや、だからこそなんだよね。
気づかれたくなかった。
無関心であることは私だということだから。
「あーその子の名前は聞いてへんで」
パチンと手を叩いて裕ちゃんは言った。
自分が落胆したのがわかる。
わかるから余計に嫌だった。
何かおかしい。
狂い始めている。
私が私じゃなくなってきている。
「本当なら死んでもらうとこやけど、まだ小さい女の子やったしね。
このことは全部忘れてもらうってことで、そのままや」
「そっか……」
「残念やったな。私らみたいな人種とは縁の無いような子や」
そう言って、裕ちゃんはにやりと笑った。
- 114 名前:3. Maki side 投稿日:2005/12/10(土) 03:52
- 「別に」
思わずでてしまった本音を否定するように、私は強く言った。
布団を頭からかぶりたいくらいの気持ちだったけど、あいにく私の身体は満足に動かない。
「そや、ごっちん、もう来年で18になるやんな?」
「そーだけど」
「もう1つ、ごっちんは両親と暮らしたい?」
「別に」
さっきとは違う、「別に」。
私は小さい頃、突然両親に捨てられた。
両親と言っても、私の記憶にあるのは父親だけ。
父親は、私を残してどこかに行ってしまった。
「ここで良い子で待ってるんだよ。すぐに帰ってくるからね」と。
そう言い残した父親は、二度と戻ってこなかった。
ましてや、母親の顔なんて見たこと無い。会いたいなんて思わない。
親から受け継いだ「後藤」という姓も、名付けられた「真希」という名前も、捨ててしまいたいと思ったことがある。
ただ、逆を言えば、私と両親を繋ぐものがそれだけしか残っていないということだった。
- 115 名前:3. Maki side 投稿日:2005/12/10(土) 03:52
- きっと、裕ちゃんに拾ってもらえなかったら死んでたに違いない。
飽食の時代とはいえ、年齢が二桁に満たない女の子が一人で生きていけるほど、世の中は甘くない。
ましてやその時の私は、今のように「力」がなかった。
銃も扱えないし、拳の握り方すら知らなかったのだから。
「そうか。すまんな、嫌なこと聞いて」
「別に」
「ゆっくり治しな」と言い残して、裕ちゃんは部屋から出ていった。
一人で残された部屋の中、私はボーっと考えた。
私の手当てをしてくれた人と、私の両親のこと。
最も会ってみたい人と、最も会いたくない人。
その二つに共通しているのが、会うための手がかりが無いってことなのが少し笑えた。
人生は上手くいかない。
だから、意味の無いことは考えない。
会えない人のことを考えても意味は無いことなんだ。
そう、だからソニンのことも考えない。
考えて生き返るならいくらでも考えてあげる。
だけど、そうじゃないんでしょ。
- 116 名前:3. Maki side 投稿日:2005/12/10(土) 03:53
- 頬を涙がつぅっとつたった。
誰かが死んで泣くのは、何年ぶりだろう……
人を殺すことによる恐怖に対して泣いたことすら、もう思い出といえるほど前のことだ。
私に生きる術を教えてくれた人が死んだときも、私は泣かなかった。
そんな私が今、涙を流していて。
泣くことがまだできるんだという事実に、少しホッとしている。
馬鹿馬鹿しい。
「Down」と声を出し、ベッドを元に戻す。
もう何も考えない。
目を瞑り、私は再び闇の中に意識を落としていった。
- 117 名前:3. Maki side 投稿日:2005/12/10(土) 03:53
- ◇
考えてみれば、退院とリハビリを終え仕事に復帰してから半年後だった気がする。
裕ちゃんが、私に日本で暮らせと言ったのは。
私が18歳になった日に、裕ちゃんは言ったんだ。
明日から私は日本の大学に通うんだと。
「どうして?」
「もう私も30や。決めてたんや。こんな商売は30で辞めて、それからは好きなように暮らすってな」
「そんなの裕ちゃんの勝手じゃん」
「あぁ、勝手やで。勝手ついでにごっちんもこの世界から抜けれるように手回しといた」
「何で!」
「ごっちんももう18や。大人や。こんなところでおったらあかんねん。
これからはもっとお日様の当たるところでな、幸せに暮らしていくんやで」
「そんなの、勝手だよ」
「だから、勝手や言うてるやろ。でももうあかん。あんたが何を言おうと、従ってもらう。それが、私ができるごっちんへの最後のプレゼントや」
「そんな……いらない」
「いらんやない。人の好意は受け取っとくもんや。大丈夫。きっとごっちんは幸せになれると思うから」
- 118 名前:3. Maki side 投稿日:2005/12/10(土) 03:53
- 圭ちゃんも裕ちゃんに付いていくと言った。
だけど、私だけのけ者にされてた。
悔しかった。悔しくて悔しくて。
だけど、裕ちゃんが仕事を持ってきてくれたから、私だけじゃ仕事を見つけられなくて。
仲介屋のあてはいくつかあったが、どこも断られた。
みんな口をそろえてこう言ったんだ。
「中澤さんから言われてる。あんたにはもう仕事は頼めない」って。
確かに、この辺りは裕ちゃんの力が大きかった場所だから。
遠くにいけば何とかなるかもしれない。
西海岸のチャイニーズのグループとかは、身内意識が強くて絶対に仕事は分けてもらえないだろうけど、他の場所ならなんとかなる。
- 119 名前:3. Maki side 投稿日:2005/12/10(土) 03:54
- とはいっても、私はそれを思うだけで実際に行動はしなかった。
裕ちゃんが言うことは間違いない。
何年も一緒にいてわかっていることだ。
それに、散々お世話になったんだから、最後のお願いは聞いてあげるべきなのかもしれない。
親孝行、って言葉がふっとよぎった。
きっとそう言ったら「あんたみたいな大きな子はまだおる年やない」って言われるんだろうけどね。
そんなわけで、私はここに来た。
私がこれから通う大学の構内。
「明日から大学生や」なんていいながら、もうとっくに大学は始まっている。
入学式を初めとする一連の行事は全て終わっているようだった。。
確かに、そんなものに出ようとも思わないからどっちでもいいんだけど。
- 120 名前:3. Maki side 投稿日:2005/12/10(土) 03:54
- 「えっと、ここの3階か」
携帯のディスプレイに表示された図と目の前の景色をあわせる。
ここの3階がこれから私の家となるところ。
同居人は、私の遠い親戚。
紺野あさ美とかいったかな。
たぶん、私の記憶にあるあの子だ。
小学生に入ったばかりのころ、一度だけ会った気がする。
なぜ覚えているかって言うと、その子とその両親だけだったから。
私が父親以外の身内というものに会ったのは。
部屋番号をいれ、ボタンを押す。
程なくして声が聞こえた。
「後藤真希です」
「は、はい、ちょ、ちょっと待ってください。すぐ開けます」
音を立てて自動ドアが開く。
建物の中に入って気づいたけど、こういったセキュリティを素直に通るのは初めてかもしれなかった。
それに、こうしてスーツケースを引きずりながら歩いている間にも、知らずのうちに監視カメラを探している。
まだまだ一般社会には溶け込めそうにないよと、どこにいるかもわからない裕ちゃんに向かって呟く。
- 121 名前:3. Maki side 投稿日:2005/12/10(土) 03:54
- エレベーターに乗り、3階まであがる。
紺野あさ美は部屋のドアを開けて待っていた。
真ん丸の顔に、ウェーブのかかった黒髪。
白のブラウスと膝までのピンクのスカート。
天才少女とはきいていたけれど、そこらにいる15歳の女の子とは何も変わらなかった。
「こんにちは」
「こ、こ、こんにちは」
小さくどもる声。
緊張が手に取るようにわかる。
「後藤真希です……初めましてでいいよね?」
私はそっと手を差し出した。
- 122 名前:4.Extra side 投稿日:2005/12/10(土) 03:55
- <4.Extra side >
「報告します」
ディスプレイに映った金髪の女性は言った。
大声で話しているわけではないが、音の波が見えるのではないかと思うほどに、はっきりと通る声。
「矢口真里、いえHPK01は死亡。以下HPK02から04も死亡。05は別に処分しました」
「ありがとー」
椅子にもたれた女性は言った。
女性と言っても一見すればまだまだ子ども。少女という方が正しい。
ストレートに肩までおりた黒髪と、細めの目はどこか気が弱いように思わせるが、実際はその印象とは正反対。
彼女は若干13歳にしてハロープロジェクトの根幹の一つを担っているのだから。
- 123 名前:4.Extra side 投稿日:2005/12/10(土) 03:55
- 「データの方を転送しています。やはり欠陥が多いですね、初期型は」
「んー」
送られてきたデータを、全て受信する前に開いていく。
画面いっぱいに広がるアルファベットと数字。
少女はその中から必要なものだけをピックアップしていく。
「HPK01ですが、やはりあの人の想定どおり、躁鬱の症状が見られていました」
「こことここがやっぱり引っかかってくるよねー」
指を刺した部分が赤く光る。
画面に映し出されているそれは、矢口真里のDNA配列の一部だった。
- 124 名前:4.Extra side 投稿日:2005/12/10(土) 03:55
- 「次に、HPK02。これは臆病すぎます。セロトニンのトランスポーターのせいでしょうか。パニック障害も一部患っていたようですね」
「それも"お母様"の想定の範囲内?」
「はい。その通りです」
「そっか。なら、なんで"お母様"はこの欠陥品を作らせるんだろね」
「それは、私が知ることではありません」
「それはそうだよね。絵里もわかんないことだもん。大谷さんにわかるわけないじゃん」
少女―亀井絵里―はエヘヘと笑った。
大谷雅恵はそれに対して何を言うでもなかった。
ただただ、黙々と自分の任務を遂行していた。
今ここでは、絵里にデータを報告するということだ。
一見すると聞いて無いようにも見える絵里の態度に苛立つこともなく、淡々と。
キャスターが見えない視聴者に向かってニュースを報道しているかのように。
一定のペースではっきりと話すだけだった。
「はいはーい。これで全部かな」
絵里は結局、読み上げられたHPK01から05のデータを事細かに記録するようなことはしなかった。
なぜなら、彼女にとってはコンピューターに記録するよりも、記憶していく方が確実だったからだ。
そう、彼女にとって忘れるとか覚え間違えるといった危険性は、コンピューターが壊れたり、キーボードを撃ち間違える危険性に比べるとはるかに低いのだ。
- 125 名前:4.Extra side 投稿日:2005/12/10(土) 03:56
- 「はい。ところで、田中れいなの件はどうしましょう?」
「ん?れいな?れいなはどーせすぐに来ると思うよ。これで十分にわかったはずだよ。自分は平穏な暮らしが出来ないって」
ニヤリと絵里は笑う。
れいなとは、まだ写真でしか会ったことは無い。
だけど、絵里にとって自分のかけがえの無い半身であることは間違いないことだった。
絵里にとってそれは、"お母様"がそういうのだから絶対に間違いの無いことだった。
「わかりました。そちらの方は指示があるまで待機しておきます。それとですね……」
「何?」
「田中れいなの護衛を依頼した者達はそのままでいいですか?何分、この近辺で随一のグループに依頼をしておりますので、処分しようとするとそれなりに面倒なことになります」
「もうお金払ってるんでしょ?」
「HPK01たちに田中れいなの殺害を依頼した分とともに、前払い分は全て支払いを終えています」
「なら、残り払っちゃえばいいんじゃないの?プロだったらお金払えばそれ以上は詮索しないでしょ」
言い残して絵里は通信を切った。
もう自分が必要な情報は手に入れたのだから。
コミュニケーションとしての通信はこれ以上は必要はなかった。
それよりも、早く報告がしたかった。
"お母様"に、得た情報と自分の考えを報告したかった。
- 126 名前:4.Extra side 投稿日:2005/12/10(土) 03:56
- 部屋を出て、エレベーターを使い、何重にもロックされた扉をくぐり、またエレベーターを使い……
迷路のように入り組んだ廊下を、迷うことなく絵里は早足で歩く。
そうしてたどり着いた部屋。
トントンとノックをしてから、絵里は中に入った。
「"お母様"」
絵里は言う。
誰もいない部屋で、絵里はそう呼びかけた。
誰もいない部屋だった。
人ほどの大きさのコンピューターとモニターが数個並んでいるだけの部屋だった。
「"お母様"あのね……」
- 127 名前:ただの名無しですから 投稿日:2005/12/10(土) 03:58
- 第四部 後藤真希編 完
第五部 Hello Project編へと続く
- 128 名前:ただの名無しですから 投稿日:2005/12/10(土) 04:05
- >>109-127 更新終了です。あんまりばらし過ぎるとあれなのでと思うと、すごくわかりにくくなりますね……
いまだに伏線の張り方が下手すぎですorz
次回から五部。いい加減今までの話の収束をなんとかかんとか。
>>106 ありがとうございます。次回からは心機一転でさくさくっと書いていきたいですね。
>>107 ええ、密かにきてたりもします。次からもまた適度に絡めていきたいですね
>>108 ありがとうございます。後藤さん大好きなんでどんどん格好よくさせていきたいです
- 129 名前:Silent Science 悪魔の辞典31 投稿日:2005/12/10(土) 04:24
- ・横隔膜
背中側の肉はサガリ。お腹側の肉はハラミ。
・秘められた力の数%
○斗○拳に潜在能力を100%引き出す呼吸法っていうのがありました(って今の高校生とか見たこと無いよね)
・躁鬱
うつ病治療薬に対して、躁病の治療薬がほとんどないのは、躁であることによって苦しむ人がいないからとか違うとか。
・臆病すぎ
脳でのセロトニンの分泌が少ないと、人は不安を感じる。
セロトニントランスポーター(脳内セロトニン量を減らすもの)にはいくつかの種類があり、西洋人に比べて日本人が多く持つ型はその機能が強いため、
日本人は脳内セロトニン量が少ない=西洋人胃比べて臆病だと言うムチャな説もあります。
- 130 名前:通りすがりの者 投稿日:2005/12/10(土) 18:36
- 更新お疲れ様です。
ウーン、大分現在の方にへと戻ってきましたね。
次回更新待ってます。
- 131 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/12/11(日) 22:28
- 第4部、お疲れ様でした
個人的にはこれぐらい伏せられてたほうが読む楽しむが増して有り難いです
次の第5部は一体どんなシーンから…ワクワク
- 132 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/12/12(月) 04:21
- 突然失礼します。
いま、2005年の飼育を振り返っての投票イベント
「2005飼育小説大賞」が企画されています。よろしければ一度、
案内板の飼育大賞準備スレをご覧になっていただければと思います。
お邪魔してすみませんでした。ありがとうございます。
- 133 名前:_ 投稿日:2005/12/16(金) 00:28
- ずっと、一緒にいることが当たり前だった。
時々煩わしささえ感じることがあるほどに、ずっと一緒に過ごしてきた。
たとえ血はつながっていなくても、「お姉ちゃん」と呼ばれることに何の抵抗も持たないほどに。
ずっと、ずっと一緒だった。
もちろん、これからもずっとそうだと思ってた。
なのに……私は銃を向けている。
自分の「妹」に。
自分を「姉」と言うその子に向かって。
- 134 名前:_ 投稿日:2005/12/16(金) 00:29
-
―――― Silent Science 第五部 ――――
- 135 名前:1. Maki side 投稿日:2005/12/16(金) 00:29
- <1. Maki side>
風が冷たかった。
もう冬だということに、ようやく気づく。
日付感覚なんてなかった。
朝も昼も夜も、何もかもが一様に流れて。
自分がいつ寝てるのかすらもわからなかった。
美貴が持ってくるご飯を食べているのかすらわからない。
けれど、美貴が文句も言わずに食器を下げていくのだから、きっと食べてるんだろう。
実は生存本能が強いのではないかと、そんな自分に嫌になる。
死ぬのは私でいいのに。
傷つくのは私でいいのに。
何のために歩いているのかさえも、わからなくなってくる。
そもそも、自分が何のために生きてるんだろうか。
それすらもわからない。
- 136 名前:1. Maki side 投稿日:2005/12/16(金) 00:29
- だけど、生きている。
この時代においては、生きるということよりも死ぬほうが難しい。
何もしなくても、生きていける。
何かしなければ死んでしまう時代に生まれたかったと思う。
死ぬことが難しいから。
生きることが簡単すぎるから。
だから、死が悲しいんだ。
誰もが訪れる死だけど、それが日常的に起こることではないから。
だから、別れが悲しいんだ。
- 137 名前:1. Maki side 投稿日:2005/12/16(金) 00:30
- 死ぬことよりも、会えなくなることがつらいって言ったよね。
それは、アタリかもしれない。
死んでしまえば、もう自分は悲しまなくて済む。
だけど、残されたほうは、悲しむことしかできないんだから。
どんなに悲しんでも、思い出しても再び会えることは無い。
それは、死ぬよりもつらいことなのかもしれない。
紺野は目覚めていない。
あの日から、もう一月が経っていた。
雅は行方不明。
生きてるのか死んでるのかすらわからない。
- 138 名前:1. Maki side 投稿日:2005/12/16(金) 00:30
- 残されたのは私だけ。
元気なのは私だけ。
でも、私は自分が死んでいるのか生きているのかすらわからない。
生きている意味があるのだろうか?
死んでしまったほうがいいんじゃないか。
そんなことを考えながら、私は生きている。
逆だ。
死ぬことができない。
紺野が目覚めるかもしれない。
雅が見つかるかもしれない。
その時に、私が死んでいたのなら。
それはあらすじでしか聞いたことの無い、有名な悲劇でしかない。
- 139 名前:1. Maki side 投稿日:2005/12/16(金) 00:30
- だから、私は生きていなければいけない。
いつかもわからない、その時を待って。
それが、私への罰だ。
だから、私は死ねない。
生きること自体が、私の罰なんだ。
紺野と雅を守れなかった私への。
- 140 名前:1. Maki side 投稿日:2005/12/16(金) 00:31
-
「ごっちん」
不意に名前を呼ばれた。
あぁそうだ。
私は美貴と一緒にいたんだ。
付いて来て欲しいところがあるからって、美貴が言ったんだ。
ぐいと腕を組んできた。
それに抵抗するでもなく、私は成されるがまま。
どこに連れて行かれようがかまわない。
例え地獄に連れて行かれたとしても、今よりつらいことなんてないんだから。
- 141 名前:1. Maki side 投稿日:2005/12/16(金) 00:31
- 「フラフラしてないでちゃんと歩きなよ」
鈍った頭に美貴の声はよく通る。
周りの雑音なんてほとんど耳に入ってこない中、美貴の声だけが私の頭に伝わってくる。
つれられるままに歩いた町並みの記憶はまるで無い。
どこを曲がったとか、目印になる建物とか。
その気になれば歩数で大体の距離すらはじき出して、頭の中で地図を構築していくのに。
まるきりダメ。
携帯電話もあの時壊れたままだから、このままはぐれてしまえば迷子になってしまえるのにとも思った。
「着いたよ」
そんな考えは実現される前に、目的地に着いたようだ。
促されるままにドアをくぐり、エレベーターに乗り込む。
- 142 名前:1. Maki side 投稿日:2005/12/16(金) 00:31
- 美貴は一言も話さなかった。
私と目を合わせるでもなく、ドアを見つめていた。
「ここはどこなの?」「何のためにここに来たの?」とか話せば、会話も進むんだろうけど、私はしなかった。
どうでもよかった。
自分がどこに連れて来られて何をされようが、興味のないことだったから。
エレベーターを降り、事務所のようなところに入っていく。
ここには来た事のあるような、だけど始めてのような、変な気分だった。
「こんにちは」
一人の女の子が私に言った。
美貴の「こんにちは」という声に遅れて、私は首だけの会釈を返す。
見たことのある顔だった。
名前も聞いた覚えがあるけど、思い出せなかった。
- 143 名前:1. Maki side 投稿日:2005/12/16(金) 00:32
- 「高橋さんは、あのまま?」
「はい。ずっとまこっちゃんが一緒にいますが……」
それから、チラッと私の方を見た。
「後藤さんもそうなんですね」
「うん……」
美貴が言う。
何が「そう」なのかはなんとなくわかっている。
それが事実だから、否定はしない。というより、否定することが面倒だった。
どうでもよかった。
結局、その言葉に落ち着くんだった。
- 144 名前:1. Maki side 投稿日:2005/12/16(金) 00:32
- 「大丈夫でしょうか?」
「たぶん……でもそうでなきゃ手がかりは得られないんでしょ」
「はい……だけど……」
「大丈夫。ごっちんを信じなよ」
信じる……私の何を信じるんだろう?
美貴は、私に何を求めてるんだろう?
雅との約束も、紺野との約束も守れなかった私に。
尚も話を続ける二人。
状況がつかめないのだから、何を言っているのかわからない。
私に何をやらしたいのか。どうして私でないとダメなのか。
- 145 名前:1. Maki side 投稿日:2005/12/16(金) 00:32
- その理由は、すぐにわかることとなる。
先ほどとは違うエレベーターで降りた先。
数十センチの厚みのある扉をゆっくりと開く。
完全に空気が停滞していた。
人の気配なんてしない。
少し暗めの照明と天井の低い通路は、さながら洞穴のようにも思えた。
「後藤さんじゃん」
上に視線をあげた私の耳に届いた声だった。
不意のこととはいえ、私の血液を一気に沸騰させるには十分だった。
「あんた……」
青色の拘束具を身に着けたまま、足を組んで椅子に座る松浦亜弥。
何も無い真っ白な部屋で、椅子に座っているその姿は、なぜか絵になって見えた。
- 146 名前:1. Maki side 投稿日:2005/12/16(金) 00:34
- 「約束どおり、後藤さんを連れてきました。これで話してもらえますね」
「まぁまぁ、あせんないの、新垣さん」
松浦亜弥はにししと笑う。
囚われの身であるにも関わらず、主導権は完全に向こうが握っている。
馬鹿げた状況だ。
何より、あいつが生きていること自体が、一番頭にくる。
新垣さんと呼ばれた子。
思い出した。新垣里沙という名前だった。
彼女の腰に見えた銃。
それを手にとって私は放った。
- 147 名前:1. Maki side 投稿日:2005/12/16(金) 00:34
- 銃声と同時に聞こえる金属音。
微動だにしない松浦亜弥。
強化ガラスね……
傷一つついているように見えないそれは、囚人を閉じ込めておくには当然のものだろう。
「それを返してください」
「返さなくていいよ、後藤さん」
かぶさるように聞こえる松浦亜弥の声。
- 148 名前:1. Maki side 投稿日:2005/12/16(金) 00:35
- 「後藤さんなんて馴れ馴れしく呼ばないでくれる?」
「ずっとそう呼んでたでしょ」
「あんたに名前なんか呼ばれたくない」
銃を再度向けるが、そんなことは何のおどしにもならないことはわかっているから、すぐにお豆ちゃんと呼ばれた子に返した。
「それより、約束を守ってください。後藤さんに会わせれば何でも話すって言ったでしょ」
「いいよ。そのかわり、私と後藤さんを勝負させて」
「何言ってるんですか。できるわけ無いです」
「でないと、私は何も話さない。知りたいでしょ?HPK07とか……そうそう、さゆって子のこととかね」
- 149 名前:ただの名無しですから 投稿日:2005/12/16(金) 00:35
-
- 150 名前:ただの名無しですから 投稿日:2005/12/16(金) 00:35
-
- 151 名前:ただの名無しですから 投稿日:2005/12/16(金) 00:40
- >>133-148 更新終了。
いきなり進めるのもあれなので、状況説明も兼ねてちょっとゆるめに。
>>130 やっと現在に到着です。過去編はまだ書くことがあるので、また機会を作って書きたいですね。
>>131 ありがとうございます。心置きなく隠すとこは隠しまくっていきたいですね。とはいえ、そろそろ謎解きを始めたいところですがw
- 152 名前:konkon 投稿日:2005/12/19(月) 22:54
- ついにこの人が登場ですか〜。
さてさてどうなることやら・・・
次回も楽しみしてます。
- 153 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/12/25(日) 23:42
- おぉいきなりあやごまが!
悪そうなまっつーの活躍も期待しとります。
にしても、後藤さんの感情がどんどん豊か?になっていくのが興味深い…
- 154 名前:1. Maki side 投稿日:2006/01/06(金) 00:20
- ◇
体が小さく震えているのがわかった。
こんなのは何年ぶりだろうか。
緊張というよりも感慨に近かった。
さゆという言葉で決定的になった私と松浦亜弥の勝負。
それは訓練用のヴァーチャルゲームで行われることになった。
向き合うカプセルの中には、松浦亜弥が入っている。
拘束具に加え、手錠を四肢にはめられた上、ベッドにくくりつけられた彼女。
もちろん、ゲーム中もそのままだ。
使うのは頭だけだから、それによる不利は一切無いのだけど。
- 155 名前:1. Maki side 投稿日:2006/01/06(金) 00:21
- そんなことよりも、たとえヴァーチャルゲームとはいえ、松浦亜弥を殺すことができることを私は喜んだ。
人を殺すことに、感動も恐怖も躊躇いも何も感じなかった私が、初めて殺人というものに対してもった感情。
それが喜びである私は、きっと狂っている。
殺戮を好む狂人なんて、昔に嫌というほど見た。
例外なくそんな奴らは鬱陶しくて大嫌いだった。
そんな中に自分が片足を突っ込んでいると思うと、笑えて来る。
だけど、否定はしない。
今の私にはそれが全てかもしれないのだから。
「体は動かさなくてかまいません。脳の指令を受け取ってそのまま伝えていますので。
後、死亡判定は出血量が40%以上、もしくは急所に対する多大なショックによってでます。
衝撃や痛みはそのまま伝わりますが、意識を失うほどのものは自動に軽減処理を行います。
その際、画面上に処理したという文字が出るようにはなってます」
アナウンスされる説明を、私は黙って聞いていた。
注意する点は一つだけ。
反射が伝わらないということだ。
人が本来備わっている反射はプログラムとしてインプットされているだろうけど、それ以上のものが入っているわけも無い。
もちろん、伝達速度を早めることも意味は無い。
頭にかぶるこのヘルメットのようなものが、脳でのパルスの変化を受信すると、最初に説明されていたから。
だけど、それは松浦亜弥も一緒。
状況は五分五分。
後は、殺すだけだ。
- 156 名前:1. Maki side 投稿日:2006/01/06(金) 00:21
- 2人くらいは寝転がることくらいはできそうなカプセルの中、ヘルメットを頭にかぶり椅子に腰掛ける。
カプセルの照明が落とされ、闇に包まれる。
ヘルメットからゴーグルとヘッドホンが伸び出て、私の目と耳を覆った。
目の前が光に包まれる。
聞いたことのあるけど、名前の知らないクラシックが流れ始めた。
「お二人の武器は、ベレッタM390。弾は15発入っています。
制限時間はありません。エリアは後藤さんの通っていた大学をモチーフにしています」
あぁ、こういうの、覚えがあるな。
アメリカにいるとき、ちっちゃな女が人の命を使ったゲームをやったっけ。
名前は、何ていったかな……
- 157 名前:1. Maki side 投稿日:2006/01/06(金) 00:21
- 「それでは、ゲームスタートです」
新垣里沙の声と同時に体がふっと浮かび上がった。
たぶん、椅子に座る私の両足は地面に着いたままなんだろけど。
ゲームの世界に入った私は、着地をすると目の前には建物があったんだ。
見覚えがあるけれど、どこか違和感を覚える。
デジャブに近い感覚を覚える建物に、私は足を踏み入れた。
明るいのに誰もいない大学というものは、異様なものだった。
ゲームではあるのに、BGMの一つすらない。
足音を消して歩いているから、完全な静寂だった。
腰に下げた銃を手に取る。
弾が15発はいっていることを確認する。
ベレッタがどれだけ優れたものかは知っているが、自分自身余り使ったことが無い。
弘法筆を選ばずの精神だ。
そもそも、ここまでクセの無い銃はいまいち愛着がわかない。
性能が良いため、誰でも使いやすくどこにでも転がっている銃になるのだけど。
それゆえに、使いたくないのはすごく妙な話だなと思う。
- 158 名前:1. Maki side 投稿日:2006/01/06(金) 00:22
- ゆっくりと廊下を歩く。
構造は、自分が知っているそれとなんら代わりが無かった。
ドアとドアの間隔も自分の歩幅どおりだし、窓の高さや階段の傾きまで、何もかも同じだった。
松浦亜弥はどこにいるんだろうか。
気配は全く無い。
6階建てのこの建物の2階に私はいるんだけれど。
エレベーターは動いていない。
まだ4階に止まったまま。
物音一つしない。どこにいるかわからないのに、探すのは面倒だ。
制限時間は無いと言っていたけれど、私はさっさと殺したかった。
だから……
左手から放つ銃声は激しく空気をゆらし、廊下に反響した。
自分の居場所を知らせるために私は撃った。
そして、すぐにそれに答えるように銃声が聞こえる。
音の聞こえ方からして2階以上離れた階だった。
- 159 名前:1. Maki side 投稿日:2006/01/06(金) 00:23
-
うん、そういうところ、大嫌いなんだよね。
私は更に銃を撃つ。
松浦亜弥も続いて撃つ。
幾重にも重なって聞こえる銃声。
27回目に二つの銃声が重なり、それから静寂が一度、あたりを包んだ。
位置は完全にわかった。
向こうもわかっているだろう。
6階の、私と同じ位置に立っていた。
しばらくして、わざとらしいまでに階段を下りる音が聞こえてくる。
- 160 名前:1. Maki side 投稿日:2006/01/06(金) 00:23
-
「はは……いってやろーじゃん」
私は呟いて歩き出す。
同じように、階段を音を立てて上りながら。
カン、カンと。
松浦亜弥は一旦足を止め、私と段をあわせてから再び下りてくる。
15段の階段を二度上ることで私は3階へ。松浦亜弥は5階へ。
次いで、15段を上る。踊り場を3歩で周り、最後の15段も、お互いペースを変えずに進む。
もちろん、15段目を踏んだのも全くの同時だった。
- 161 名前:ただの名無しですから 投稿日:2006/01/06(金) 00:32
- 少ないですが更新終了です。
この作品の連載を開始してから1年経ちました。
昨年ともども、今年もよろしくお願いします。
>>152 いったりきたり、消えたり出てきたりと忙しいですが……松浦さん、お気に入りなキャラなので色々使っていきたいです。
>>153 あやごまいいですよ〜あやごまは。紺野さんが寝ている間に、色々な人を後藤さんに絡めていきたいですね(爆
- 162 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/08(日) 14:41
- 松の内から更新あざーっす!
現実のベタベタあやごまも良いですが、こういう緊張感のあるあやごまもたまりませんね
銃を空撃ちし合う辺り、映像が浮かんでゾクゾクしました
- 163 名前:1. Maki side 投稿日:2006/01/16(月) 01:11
-
カンと地面を踏んだのが合図。
銃を上げ、廊下で対面した。
勝負は瞬間的に決まる。
一発の弾が当たるか当たらないか、それだけ。
相手に先に弾を外させて、その後に確実にしとめるというのが私の選択。
逆に、相手より先に撃ってしとめるのが松浦亜弥の選択。
お互いの利害が一致した形だから、余裕を持って松浦亜弥は銃を構える。
相手もわかってるみたい。
私が避けてからしとめることを。
だから、これを避ければ私の勝ち。
避けれなければ松浦亜弥の勝ち。
- 164 名前:1. Maki side 投稿日:2006/01/16(月) 01:11
- 伝達速度を上げていてもこのゲーム上では関係の無いことだ。
だから、避けられる保障があるわけじゃない。
よくて五分五分の勝負だ。
だけど、私は自信があった。
根拠なんて無い。
ただ、負ける気がしなかった。負けちゃいけなかった。
死んではいけないから。
紺野が目覚めるまで、雅を見つけるまでは、死ねないんだから。
だから、私は勝つんだ。
指が動く。
狙う場所は急所のどこか。
いくつもある選択肢の中、私が選んだのは心臓だ。
フットサルの後、私は彼女の鳩尾に肘を打ち込んだ。
右肩を私に撃たれたことを覚えているような相手だ。
きっと、そこを狙ってくるに違いない。
走る速度をあげる。
視線は動かさないまま。
体を上下させずに、滑るように私は走った。
撃つのを見てからじゃ間に合わないんだ。
撃つ瞬間を感じ取らないといけない。
殺気なんてものはこのゲームでは感じ取れない。
所詮はゲーム。
一般の人間が持ち合わせていないような感覚を想定して作っているわけは無い。
- 165 名前:1. Maki side 投稿日:2006/01/16(月) 01:12
- 筋肉のわずかな動き。それを見逃さないように神経を集中させなければいけない。
松浦亜弥の右の肩がピクリと動くその半瞬前に、私は横に飛びのいた。
バン
乾いた音が耳を突く。
画面が赤く光り、大きく表示される「reduction」という単語。
次いで感じる腹部の痛み。
やっぱり完全には避け切れなかったね……
致命傷ではないけど、意識を失うほどのもの。
だけど、減算されて伝わるのは、痛みを十分に感じるものの動ける程度のもの。
現実なら負けていたかもしれない。
けれど、現実ならお互いの能力に制限が掛かっていないから、また結果は別になっただろう。
そう、だから……
私の勝ち、なんだ。
- 166 名前:1. Maki side 投稿日:2006/01/16(月) 01:13
-
松浦亜弥は抵抗しなかった。
私は彼女の眉間を打ち抜いた。
電池の切れたロボットのように倒れていく松浦亜弥。
それに沿うように目の前が再び闇に包まれる。
「お疲れ様でした」
新垣里沙の声が届き、私は現実世界に戻ってきた。
- 167 名前:2. Ai side 投稿日:2006/01/16(月) 01:13
- <2. Ai side >
さゆは、どこに行ったんだろう。
あの日以来、さゆは消えてしまった。
私が悪いんだ。
あの時、さゆを危険な目にあわせたくないからって。
あそこで一人にさせたから悪いんだ。
行くのは私一人でも良かった。
麻琴も一緒に残していれば、よかったんだ。
いや、麻琴に任せてさゆを連れて行っても構わなかった。
一緒にいれば、守ってあげることもできるんだ。
私はバカだ。
私情を挟んで一番間違った選択をしてしまった。
- 168 名前:2. Ai side 投稿日:2006/01/16(月) 01:13
- さゆを探すことは、私は出来ない。
麻琴は決して私をこの部屋から出そうとはしない。
警察が探してくれてるからと、彼女は言う。
確かに、私一人が探すより警察という組織の方が力は上だ。
一生懸命ではないにしろ、数がものを言う。
だから、私はさゆと行った事のある場所を全て伝えた。
孤児院の時に遊んだ公園や、みんなで行った水族館。
Angel Heartsに入ってから二人で買い物に行ったショッピングモールなど。
思いつく限りの場所を伝えたのに。
連絡は無い。
さゆ……
生きているのか死んでるのかもわからない。
今この瞬間も、どこかで泣いてるかもしれない。
お姉ちゃん。助けてって泣いてるかもしれない。
携帯は繋がらない。
GPS機能も繋がらないから、電源が入っていないのかもしれない。
生きていれば……携帯が手元にあるのなら、絶対に電源を入れるはず。
それが出来ないってことは……
- 169 名前:2. Ai side 投稿日:2006/01/16(月) 01:14
- 「愛ちゃん」
声が聞こえた。
肩に感じる温かい感触。
そう、麻琴はいつもここで現れる。
変わらない顔で私を見てくれる。
そして言うんだ。
しげさんは大丈夫だってって。
気休めでしかないけれど、日に何度も言われてくるとそれが本当のようにも思えてしまう。
「しげさんが見つかったときに、愛ちゃんが倒れてたらダメでしょ」
そういって砂のように味の無いご飯を私の口に運ぶ。
もう何度この循環を繰り返しただろう。
そして、後何回繰り返せばいいんだろう。
- 170 名前:2. Ai side 投稿日:2006/01/16(月) 01:14
- その時だった。
勢いよくドアが開いて部屋に誰かが入ってきた。
知ってる。この人。
後藤真希。
その後ろにいるのが藤本さん。その横にはガキさん。
「ごっちん」
藤本さんが言う。
それは飼い犬に叱るような口調だった。
だけど、犬は叱られてることも理解せずに、私を睨むんだ。
何を言われるのか、全く予想できなかった。
それでも、身構える必要も反論の準備をする必要も無い。
罵るなら罵ればいい。あなたに罵られたところで状況は何もかわらないんだ。
- 171 名前:2. Ai side 投稿日:2006/01/16(月) 01:14
- 「あのさ、あんたもアップフロントの人間なの?」
言われたことを、理解できなかった。
予想をはるかに超えた言葉だった。
「後藤さん!なんてこと言うんですか」
「邪魔しないで」
麻琴を振り払った後藤さんの腕が、私の首元をつかんだ。
「あんた、さゆって子と二人でアップフロントのスパイやってたんじゃないの?」
さゆ。
その言葉が私の脳を刺激した。
さゆ……さゆが、アップフロントの……スパイ?
- 172 名前:2. Ai side 投稿日:2006/01/16(月) 01:15
- 「松浦亜弥から聞いた。田中れいなとさゆって子がよく会ってたって。
で、あんたたちの情報は、全部さゆって子が流してたって」
言葉が頭を勢いよく通り過ぎる。
それは自己防衛本能だったんだろう。
断片的に脳内に残された言葉の意味をとっても、十分に狂ってしまえるようなものだった。
「愛ちゃんは違います。絶対に」
後藤さんの手から解放された。
麻琴たちが言い争いをする声が聞こえる。
私の頭は、後藤さんの言葉を整理することで精一杯だった。
さゆが、スパイ……
田中れいなと……
次々とさゆの笑顔が浮かんでは消える。
お姉ちゃんって呼んでくれたさゆ。
私のところからいなくなったさゆ。
HPKである夏焼雅と消えたさゆ。
わからない……わからない……
聞きたい。さゆの口から聞きたい。
絶対に違う。何か事情があったんだ。
私にも言えないような、何か事情が……
- 173 名前:2. Ai side 投稿日:2006/01/16(月) 01:15
- 「さゆに……会わせてください。さゆはどこにいるんですか?」
「あんたには、教えられない」
後藤さんが言った。
さっきよりも語調が強まったが、さゆに会えるのなら、そんなことにひるんでいられなかった。
「教えてください。私が、さゆに確認します」
「あんたもグルだって証拠が無い。私だけでいく。雅を取り返しに行くんだ」
「ごっちん、もう止めてって。高橋さんは違う。私や紺ちゃんにもよくしてくれた。きっとそう言うよ、紺ちゃんがここいいたら」
「紺野は関係ない!」
「関係ないこと言ってるのはごっちんだ。紺ちゃんが打たれたのも、雅ちゃんが連れていかれたのも、高橋さんのせいじゃない。私や……ごっちんのせいでしょ」
その言葉に対する明らかな表情の変化を私は見てしまった。
きっと、さっきまでの私もあんな顔をしていたんだろう。
悔しさと寂しさの混ざった、自分を責めているだけの顔だった。
- 174 名前:2. Ai side 投稿日:2006/01/16(月) 01:18
- 「行きましょう。私も愛ちゃんも麻琴も行きます。それでいいでしょ」
「私も行く」
「藤本さんは危険です」
「嫌だ。もう待ってるだけは嫌。事後報告のみって一番感じ悪いんだよね」
「そんな……」
「それに、ごっちんのお守りがいるでしょ」
藤本さんは後藤さんの頭をくしゃくしゃと撫でて抱き寄せた。
口元が「ごめん」と動いているようにも見えた。
「仕方ないですね……それじゃ、みんなで行きましょうか」
そう言ったのはガキさん。
一番年下であるはずの彼女が、いつの間にかまとめ役になっていた。
「ガキさん、場所はどこ?」
「埼玉です。山の中の大きな大学病院です」
- 175 名前:ただの名無しですから 投稿日:2006/01/16(月) 01:20
-
- 176 名前:ただの名無しですから 投稿日:2006/01/16(月) 01:20
-
- 177 名前:ただの名無しですから 投稿日:2006/01/16(月) 01:22
- >>163-174
更新終了です。次くらいからサクサクッといきたいです。
>>162 あけましておめでとうございます。現実があれだけベタベタしてるんだから、もっとあやごまが流行るといいんですけどねー
自分はこういうあやごましか書けなさそうなので……
- 178 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/17(火) 22:14
- さゆ怖いよさゆ
何かだんだんと凄そうな雰囲気になってきましたねえ…これじゃベタベタあやごまは出せ(ry
次回の更新も楽しみに待ってます(雪板のも)
- 179 名前:通りすがりの者 投稿日:2006/01/18(水) 20:06
- 更新お疲れ様です。
ウーン。。。(汗
なんだか嫌な予感がするのは自分だけでしょうか。
次回更新待ってます。
- 180 名前:2. Ai side 投稿日:2006/01/23(月) 22:35
- ◇
「私も、しげさんがスパイだったなんて思ってないから」
駐車場に向かうとき、後藤さんには聞こえないようにボソッとガキさんは言った。
「当たり前」と私は答える。
そんなことあるわけない。
だから、私はさゆに会いに行くんだ。
「運転、するね」
「だめ、美貴がする」
私から鍵を奪い取るようにして、藤本さんが言った。
- 181 名前:2. Ai side 投稿日:2006/01/23(月) 22:35
- 「どうして?」
「さっきまで死んでた人に運転させて事故ったら最悪だし」
「しないから」
「いや、寝てて。車よりはバイク派だけど、大丈夫だから」
「でも」
反論しようとする私の袖を、ガキさんが掴んだ。
「お願いします。ナビに全部入ってますので。2時間もあれば着くと思います」
「おっけー」
運転席に座るのは藤本さん。
必然的に助手席は後藤さんとなる。
私と里沙ちゃんは後ろ。
「藤本さんなりの気遣いだから」
乗り込みながら、ボソッと言うガキさん。
- 182 名前:2. Ai side 投稿日:2006/01/23(月) 22:36
- あぁ、そうか。
藤本さんも自分が何も出来ないことがわかってる。
だから、できることはやってあげたいんだ。
それに、私の体に休息が足りてないことはわかっている。
活動していなかったとはいえ、まともに寝ることは無かったのだから。
そう、麻琴が一緒に来れないのも、私の世話をしていたせい。
ろくに寝ずに私の世話をしていた麻琴は、あれからすぐに倒れている。
ヤバくなれば救急車呼ぶからっていう麻琴の言葉を信じ、ベッドに寝かせるだけの処置しかしていない。
「ほら、早く乗って」
藤本さんに促され、車に乗る。
車に乗るのがすごく久しぶりに思えた。
とくに、後部座席に乗るなんてこと、人生の中で数回しか無いのかもしれない。
それだけに、景色の見え方がどこか新鮮で。
久々に浴びる日の光とともに、自分の体がリフレッシュされていくようにも思えた。
- 183 名前:2. Ai side 投稿日:2006/01/23(月) 22:36
- 車内は静かだった。
カーステレオから何も流れていないのは、藤本さんが使い方がわからないだけか、それとも静寂のままがいいと思っているのか、わからない。
後藤さんは窓に肘を付いて外の景色を見ているだけ。
窓に映る目と何度か視線が合い、私はその度に逸らした。
ガキさんがたまに珍しい看板や、道行く車について何かコメントするが、藤本さんが軽く返事するだけで。
高速に入る頃にはそんな会話すらなくなっていった。
私と言えば、ガキさんには悪いけどさゆのことを考えていた。
会ったら何ていえばいいんだろう?
どうやってさゆに尋ねればいいんだろう?
そして、もしも、後藤さんが言った通りだったら。
考えたくは無いけど、その可能性も考えなくてはいけない。
その時になって考えていたのなら、きっと私は何も出来ない。
想像するだけでも頭が拒否しようとするのに。
さゆみの口から聞いたのなら……
吐き気がこみ上げてくる。
それをぐっと我慢して、思考を続ける。
- 184 名前:2. Ai side 投稿日:2006/01/23(月) 22:36
- 現に、夏焼雅とさゆは同時に姿を消している。
吉澤さんたちの証言が正しければ、外に出たところでさゆが連れて行ったという。
そう考えるのが最も上手く説明がつくんだ。
だから……
もしそうだったのら……私の責任。
私が、処理しなければいけない。さゆを……道重さゆみを撃たなければいけない。
他の誰でもない。
これだけは、私がやらないといけない。
撃てるの?
さゆが、私に。
最初にさゆがやってきた日のことはよく覚えてる。
小さな声で泣いていた。
私がみちよさんと呼んでいた、私たちを世話してくれていた人が言ったんだ。
「道重さゆみちゃん、仲良くしたってな」って。
- 185 名前:2. Ai side 投稿日:2006/01/23(月) 22:37
- 私より年下の子はたくさんいた。
だけど、なぜか私はこの子に惹かれた。
小さな両手で抱き上げるには少し重く。
カイロのように温かい体温が両手を通して伝わってきた。
抱き上げると、思い切り泣き始めて。
それをあやそうと揺らしたりしてみるけど、全く泣き止まなかったね。
いつしか、私は常にさゆと一緒にいるようになった。
「愛ちゃん」から、「お姉ちゃん」に変わったのはいつからだろう。
そう呼ばれることが、寧ろ誇らしかった。
血はつながっていないけれど、さゆは私を姉として見ていてくれるって。
それがうれしかった。
「可愛い」って言ってあげるとすごく喜んで。
にっこりと笑う顔が、また一段と可愛らしかった。
普段ボーっとしてるくせに、怒ったときはなかなか機嫌が直らなくて。
成長期を迎えたさゆは、すぐに私の背を追い抜かした。
負けまいと牛乳を毎日のように飲んでいたけれど、それを真似してさゆも飲むから結局さゆばっかり伸びていって。
- 186 名前:2. Ai side 投稿日:2006/01/23(月) 22:37
- 覚えてる?
小さい頃のさゆが着ていた服って、私のお古だけど、特にお気に入りの服だったんだよ。
ピンクがいいって怒ったとき、ちょっとショックだったんだからね。
笑ったさゆ。
怒ったさゆ。
泣いたさゆ。
いろんなさゆ。
ずっと、ずっと一緒だったね。
私が孤児院を出て、警察学校に入るとき、不貞腐れて見送ってくれなかったね。
でも、まさかさゆが2年後に、同じ警察学校に入ってくるなんてね。
それだけならまだしも、Angel Heartsとして、さゆが私に紹介されたとき、すっごく驚いたんだからね。
- 187 名前:2. Ai side 投稿日:2006/01/23(月) 22:38
- 「愛ちゃん?」
掛けられた声でふと我に返る。
視界に入るガキさんの顔がよく見えなかった。
泣いてる。
涙を見られたくないと思って瞳を閉じると、溢れた涙が頬をつたった。
ガキさんはそれ以上何も言わなかった。
ただ、そっと私の右手を握ってくれた。
私は、それに対してありがとうとも言えなかった。
言葉を出せば、もっと涙が出てくると思ったから。
下を向いて、しゃくりあげそうになのを必死にこらえる。
泣いてることを知られたくないから。
後藤さんや藤本さんだけには知られたくないから。
どれくらいの時間、涙と格闘しただろう。
高速を降りたことはカーナビの音声でわかった。
それから、緩やかなカーブを繰り返していることから、山道に入ったことがわかる。
- 188 名前:2. Ai side 投稿日:2006/01/23(月) 22:38
- 「もうすぐ」
短く切った藤本さんの言葉。
「もう泣いてる暇なんてないんじゃないの」
前から聞こえる後藤さんの言葉。
「泣いてません」と反論するが、それに対する後藤さんの答えはない。
ただ、それで涙が止まったのも事実だった。
ガキさんが渡してくれたハンカチで目元をぬぐう。
「ありがと」
「ううん」
ハンカチ貸してくれたお礼じゃないからなんて、言えなかった。
その代わり、これが終わったらいっぱいお礼しよう。
- 189 名前:2. Ai side 投稿日:2006/01/23(月) 22:38
- 車がゲートをくぐる。
山の中で、ここだけ切り取られたように別世界だった。
目の前にそびえる白いはずの建物は、夕日で真っ赤に染められていた。
カーナビが駐車場の空きを示してくれる。
正面玄関から少し離れたところ。
車よりはバイク派といいながらも、藤本さんはスムーズに車を止めた。
「着いたよ」
誰もがわかっていることを、改めて藤本さんは口に出す。
まるで、自分の仕事を一つやり遂げたという合図のように。
「銃は4丁です。私たちが訓練で使ってるものと同じベレッタM390です」
一人一人に銃を配りながら、ガキさんは説明していく。
後藤さんは少し不満そうに受け取り、藤本さんは銃が予想以上に重かったのか、差し出した手が下に下がった。
- 190 名前:2. Ai side 投稿日:2006/01/23(月) 22:39
- 「使い方は、後藤さんが後で藤本さんに教えていただけますか?」
「ああ、いいよ」
そう言って後藤さんは藤本さんから銃を取り上げた。
次にガキさんが取り出したのはノートパソコンだった。
画面には目の前の建物の内装が表示されていた。
「入り口は、3つありますがどこから入っても同じだと思います」
「で、上?下?」
「下だと思います。14階が一般の病室になってますし、屋上も開放していますから」
「ってことは、やっかいだね」
「そうですね……私ではその入り口までは調べられませんでした」
要点だけを掻い摘んだ二人の会話。
私にはかろうじてわかるが、藤本さんには全くわからないかもしれない。
基本的に、上に目標があるというのは楽だった。
一つは、目標がある位置を隠しようがないこと。
二つ目に、外からも進入できるということ。
最後に、逃げ道が限られるということだ。
- 191 名前:2. Ai side 投稿日:2006/01/23(月) 22:39
- だけど、地下はやっかいだ。
どこに広がっているかわからない。
真下に広がっている可能性もあるし、半分しかその建物とかぶっていない可能性もある。
何よりフロアの全体像が把握できない。
加えて、外から進入することは不可能なのだから。
「紺ちゃんがいればわかったんだけどね」
「それは、仕方ないよ」
ドキッとさせる藤本さんの物言いだったが、予想に反して後藤さんはサラリと流した。
「入り口を探すのは私と愛ちゃん、藤本さんと後藤さんで別れていきましょう。連絡は携帯だと傍受の恐れがありますから、1時間後にここに戻ってきてください。それから、見つかったのなら突入しましょう」
- 192 名前:2. Ai side 投稿日:2006/01/23(月) 22:39
- 今の時刻は16時を少し過ぎたくらい。
まだ院内に人がいる時間帯だ。
調べるには丁度いい。
私とガキさんが先に車を出て、次いで残りの二人が外に出た。
私たちは正面から。
後藤さんたちは反対側から。
「では、1時間後に」
ガキさんの声に、二人は手を上げて答えた。
- 193 名前:ただの名無しですから 投稿日:2006/01/23(月) 22:43
- 更新終了です。
>>178 ベタベタなんて雰囲気じゃないですよね……そんな中にベタベタを入れるのが楽しいんですが、無理そうかもです……
>>179 少しの間、シリアスにいきたいですね。予感がいい意味で当たるように……
- 194 名前:2. Ai side 投稿日:2006/01/29(日) 23:56
- ◇
院内は至って普通だった。
高い天井と広い廊下。
鼻をつく独特の病院の臭いと、足早に行きかう白衣姿の人たち。
こんなところにあるのかと疑問に思うけれど、そんなところだからこそ、あるんだと思う。
存在することに理由はなくても、存在しないことには理由があるんだと、昔聞いたことがある。
Something must be here because nothing is here っていうこと。
ぐるりと壁づたいに歩いていく。
クリーム色の壁には目立つ継ぎ目も無く。
足元も特に異常は無い。
いくつかの扉はあるが、それらは病室だったり診療室だったりと中を調べることができない。
もしも、その中に入り口があるとしたなら、それを見つけることは難しい。
診察を受ける間に調べるなんて不可能だ。
そこは願うしかない。
彼らもそこから頻繁に出入りするのなら、そういった場所にあると不便なはずだし……
- 195 名前:2. Ai side 投稿日:2006/01/29(日) 23:57
- そう、あくまでここで働く人全員が知っているわけではないんだ。
情報は人を集めるほどに広がっていく。
秘密を漏らしたくなかったら、限られた人間で共有していくことは鉄則。
私たち、Angel Heartsもそうだ。
そう……さゆがスパイでなかったら、漏れるはずは無いんだ……
時間はすでに20分を経過していた。
途中、何度か廊下の端に後藤さんたちの姿が見えた。
もう、一通り見回ったといっていい。
見つからない。
焦るほどに見落とすことが多いから、落ち着かせるために私たちは自動販売機の横の椅子に座った。
「コーヒーでいい?」
「うん。冷たくて甘いやつね」
「はーい」
行きかう人をボーっと見る。
思った以上に人の流れが多いのは、食事時が近いからだろうか。
食堂にいくのも運動の一つだなんて聞いたこともある。
元気な患者はできるだけ歩かせるほうがいい。
寝ているだけだと治りが明らかに遅くなることは周知の事実だ。
- 196 名前:2. Ai side 投稿日:2006/01/29(日) 23:57
- 「これでいい?」
視界に割り込んでくるガキさんの手。
「ありがと」といい、ひんやりとしたコーヒーを受け取る。
コーヒーというよりもコーヒー牛乳という方が正しいと思う。
だけど、疲れたときには甘いものが一番だ。
脳を働かせるには糖分がもっとも大事なのだから。
250mlを一気に飲み干す。
喉を通る冷たい感覚とともに、頭がすぅっと冷えていった。
だからというわけではないが、一つのことに気づいた。
突き当たりのドアに入っていく白衣の女性。
何って言うわけではない。
気のせいだとか、見方によってはそう見えるといった程度のものだけど。
ドアに入る直前に振り返った彼女の仕草に違和感を感じた。
直感、そういうのが一番正しい。
けれど、確信に近かった。
あの先に何かある。
立ち上がって小走りで進む。
途中にすれ違った看護士さんはきっと怪訝な顔をしていただろうが、気にしなかった。
- 197 名前:2. Ai side 投稿日:2006/01/29(日) 23:57
- ドアのノブを掴む。
開いていた。
というより、非常階段へのドアだとプレートに示されている。
「いきなり、どうしたの?」
ガキさんの質問に答えず、私はドアを開けた。
右半分に上へと続く階段があるだけ。
左半分は物置と化しており、畳んだダンボールが紐で縛られて積み上げられていた。
耳を澄ます。
階段を上る音は聞こえない。
2階までしか上がっていない可能性も考えられるが、それは無いと思った。
壁に手を当てて慎重に探していく。
どこかにあるはず。
きっと……
指先に感覚を集中させる。
ガキさんは何も言わず、一緒になって探してくれた。
けれど、どんなに探しても何も見つからなかった。
ダンボールの山をずらして調べたけれども、何も無い。
- 198 名前:2. Ai side 投稿日:2006/01/29(日) 23:57
- 諦めかけて戻ろうとしたときだった。
いきなり首元に細いものが押し当てられた。
振り返ろうとするのと、チクリとした痛みを感じたのは同時だった。
「どうしてここがわかったの?」
さっきここに入った女性だということは、顔を見てわかった。
それからすぐに視界が一度、グラリと揺らいだ。
麻酔……
首筋を抑えた指に赤い血がついていた。
ガキさんと呼びかけようとするが、口が上手く開かない。
代わりに、女性の肩越しにガキさんがゆっくりと崩れ落ちるのが見えた。
まずい状況だと思ったところで、体の自由はもう利かなくなっていた。
意識を保っているので精一杯。
それも、彼女が更に取り出した注射針が腕に当てられるまでの間だけだった。
- 199 名前:3.Miki side 投稿日:2006/01/29(日) 23:58
- <3.Miki side>
「遅いね」
日はもう傾き、あたりが暗くなり始めていた。
肌寒い風が、私の髪を撫でる。
とっくに1時間経過している。
ごっちんはいらだつように、ボンネットを爪で小刻みに叩いている。
連絡をしないようにと言われていたけれど、心配で掛けてみた携帯へは電波が届かない。
最近、携帯が有効に使えた覚えが無い。
ごっちんの時もそうだった。
肝心なときにいつも使えない。
そのくせ、携帯があるからなんて安心してしまう。
「探しにいこう?」
「ん……」
「どうしたの?」
「いや……」
「何?」
何か言いたそうに私の目を見るんだけど、すぐにちらちらと逸らす。
そういうの、すっごく鬱陶しいし、ごっちんらしくない。
- 200 名前:3.Miki side 投稿日:2006/01/29(日) 23:58
- 「はっきり言ってくれない?そんなに私、信用無い?」
「いや、そうじゃない……」
「じゃー言ってくれない?」
いつの間にか、ごっちんはボンネットを叩くのを止めていた。
じっと私の目を見た後に、一度目を閉じてからボンネットを滑らせるように私に銃を渡した。
「……やっぱり美貴が持ってて」
私に目を合わさずにそう言った。
最初、新垣さんから渡された後、ごっちんはすぐに私からそれを取り上げた。
簡単な打ち方の説明はしてくれたけれど、「美貴が使う必要は無いから」と、またすぐに取り上げた。
それは、私に人を殺させたくないっていうごっちんの思いと、自分が守るって意思表示だったのかもしれない。
私自身、狙って上手く当たるとも限らないし、ごっちんにもし当たってしまったらという思いがあったから、それを受け入れた。
なのに……
- 201 名前:3.Miki side 投稿日:2006/01/29(日) 23:59
- 「どうして?」
「守れないかもしれない。紺野も雅も守れなかった……それに、今もあの二人が帰ってこない」
はっきりとした声だった。
覚悟を思わせるようなずしりと重い声。
「ごっちん……大丈夫だって……すぐに見つかるから」
「いや、それは違う。高橋だけならそうかもしれない。あの子だけなら先走って一人で隠し扉を見つけていっちゃうかもしれない。
だけど、新垣がいる。あの子は違う、それをちゃんと止められる子だ。なのに帰って来ないってことは……」
バンとごっちんは両手で車を叩いた。
ただ、私は少し安心した。
ごっちんの頭はきちんと冷静に働いている。
ヤケになってるわけでもなんでもないってこと。
ごっちんの人を殺す能力については、新垣さんから聞いている。
実際に目にしたことはないけれど、新垣さんがごっちんのデータをインプットしたものを相手に訓練するのを見たことがある。
結果は素人目に見ても勝てるきっかけすら作れないほどの惨敗。
近づくことも許されずに、頭を打ちぬかれていた。
それが恐ろしいと思わずに、頼もしいと思うのは、私がまだ殺している瞬間を未定ないからなのかもしれない。
あくまでゲームの上手い友人がいるのと同じ感覚なのかもしれない。
- 202 名前:3.Miki side 投稿日:2006/01/29(日) 23:59
- そして、ごっちんが私に銃を渡すのは、弱気になったわけでもなんでもないってこともわかった。
逸らした目を私に向ける。
こんなごっちんの目を見たことは一度だけある。
フットサルのときだった。
決勝点が入る直前に私たちの方を見たときの、あの時のもの。
「わかった」
私は手元の銃を受け取った。
ここで否定する事に意味は無い。
ごっちんが自分で納得して、自分の力量とか精神的な問題を考えて決めたことだ。
私がそれを撃つとか撃たないじゃなくて、もっていることが重要なんだと理解した。
- 203 名前:3.Miki side 投稿日:2006/01/29(日) 23:59
- 「だから、行こう。二人を探しに」
走って病院に戻る。
新垣さんたちが入った入り口から、彼女達が探したであろう方面を回っていく。
院内を走ることは出来ないことが、逆に少し私の心を落ち着かせた。
走って探したのなら見落としてしまうかもしれない。
一度通ったところを見落として、後からもう一度探すのは二度手間。
少々ゆっくりとでもいいから、一度で探した方がいい。
壁に手をつきごっちんの後ろについて進む。
ごっちんが見落としたものを、自分が見つけられるだなんて思ってない。
でも、そうしなければ気が済まなかった。
運転のできる精神安定剤じゃ、さすがに悲しすぎる。
それに、精神安定剤としては紺ちゃんや雅ちゃんの方が圧倒的に上。
私なんてプラセボでしかない。
そこまでわかってて、どうして着いてきたのと尋ねられれば、それは置いていかれるのが嫌だったから。
あの日、ごっちんが部屋を出て行った時から、私は置いていかれている。
それまでは、気軽に肩を叩いて、文句を言いながら授業を受けたりご飯を一緒に食べたりしていたのに。
- 204 名前:3.Miki side 投稿日:2006/01/30(月) 00:00
- あの瞬間から全てが変わってしまった。
自分の従兄弟とフットサルをしていたごっちんは、明らかに自分の知っている人ではなかったし。
その後、松浦亜弥と対峙するときもそう。
紺ちゃんがああなってからもそう。
もちろん、今もそう。
それに、ごっちんだけじゃない。紺ちゃんもだ。
Key masterという呼び名を急に出されて。
明らかに自分と住む世界の違う人間だと言うことを理解させられた。
その後の美勇伝の事件も、私は後から概要を聞いただけ。
まるで私と一緒に笑って過ごしてきた時間が嘘みたいに、二人は遠くへ行ってしまった。
だけど、遠くへ行ってしまったからといって、諦めて引き返すなんてこと、性に合わない。
私はごっちんと紺ちゃんの友達だ。
大学内での唯一の友達といっても言いすぎじゃないと思う。
だから、私は横に並びたい。
この騒動が終わった後に、もう一度笑ってご飯が食べたいから。
それは単なる自己満足でしかないかもしれない。
けれど、もう後戻りする気はさらさらなかった。
- 205 名前:3.Miki side 投稿日:2006/01/30(月) 00:00
- そんなことを考えているうちに、一通り見回った。
後はドアを開けて調べていくしかないけれど、それは病院と言う場を考えれば困難なことだった。
「ドアを開けて調べたとは考えにくい。だとすると、廊下で連れ去られた可能性が高いんだけど、それも考えにくい」
ごっちんの言葉に私は頷く。
さっき入ったときに比べてまばらになったとはいえ、人の目がない瞬間はあまりない。
「そう考えると、あそこ、非常口っていうのが可能性高いんだけど」
指を差した先の緑のプレート。
だけど、あそこは……
「鍵がかかってた。非常口なのに」
「それって……」
「正解だと思うよ。だけど、扉が開かない。鍵をかけたってことは、二人が捕まったってことだし、そこで銃でもつかって鍵を壊して中に入ると、すぐに気づかれるでしょ」
「どうするの?」
「今、考えてる」
非常口に背を向け、ごっちんは近くの椅子に腰掛ける。
隣に座ろうとしたとき、横の自動販売機が目に付いた。
- 206 名前:3.Miki side 投稿日:2006/01/30(月) 00:01
- 「何か飲む?」
「いや、いらない」
「そぅ」
取り出しかけた携帯をポケットに戻そうとする。
その時、携帯が震えた。
ディスプレイをみる。
Angel Heartsと表示されるそれ。
小川さんかと思い、着信を押す。
「もしもし」
「もしもし……美貴ちゃん?」
聞こえてきた声に、私は携帯を落としそうになった。
- 207 名前:ただの名無しですから 投稿日:2006/01/30(月) 00:01
-
- 208 名前:ただの名無しですから 投稿日:2006/01/30(月) 00:01
-
- 209 名前:ただの名無しですから 投稿日:2006/01/30(月) 00:02
- 更新終了です。
次の更新まで少し空くかもしれません。
- 210 名前:通りすがりの者 投稿日:2006/01/30(月) 20:14
- 更新お疲れ様です。
危機一髪という事態が発生したようですねぇ。
次回更新マターリ待ってます。
- 211 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/02/27(月) 23:56
- あぁ!ここしばらくめちゃめちゃ忙しくてチェックすらろくに出来ない間に
板整理が行われていたとは…。凄く焦ったけど良かったあぁあ。
後愛新藤のほうも、凄いことが起きてきてますねえ…
- 212 名前:3.Miki side 投稿日:2006/02/28(火) 00:58
- そんなことがあるわけない。
そう、思った。
だけど、現実にここでこうして声が聞こえてる。
私の様子がおかしい事に気づいたのか、ごっちんが肩をぽんと叩いた。
「どうしたの?」
そう問いかけるような視線を投げかけてくる。
私は、声を出すことが出来なかったから、電話をごっちんに渡した。
「もしもし」
怪訝そうな顔でごっちんは電話を耳にあて、いつもとは少し違う低い声で言った。
その後の反応は私と同じだったんだろう。
驚き、困惑……そして、その中にある確かな喜び。
- 213 名前:3.Miki side 投稿日:2006/02/28(火) 00:58
-
「紺野……」
ごっちんは振り絞るようにそう言った。
やっぱり夢じゃなかった。
私が聞いたのは紺ちゃんの声。
意識が戻った。
最新の医療を駆使しても一月の間、昏睡状態のままで医師すら絶望していたというのに。
紺ちゃんは……戻ってきた。
そして……それが引き金となって、状況は一変することになる。
「行こう」
ごっちんは電話をしたまま私に告げる。
さっきの鍵の掛かったドアへと。
ためらいもなく銃で鍵を壊す。
サイレンサーで銃声は聞こえないが、激しい金属音が廊下に響く。
周りの目を気にせずに蹴り破るように開けたドア。
- 214 名前:3.Miki side 投稿日:2006/02/28(火) 00:59
- それは確信があったから。
見つかってもいい。
相手の対処が完了するまでの間に、終わると確信していたから。
非常口というとおり、中に入ってすぐ目に付くのが階段。
上に上っていくそれは、明らかに私たちが目指しているものと違う。
「美貴、こっち」
携帯を耳に当てたまま、ごっちんは指を差す。
階段の裏。
壁になっている部分にごっちんの手が入っていく。
「ホログラフィ」
思わず口に出す。
物体を投影する技術の一つだけれど、装置がコンパクトである利点があるだけ。
投影されたものは粗く、少し注意すれば誰でもわかるようなもの。
もちろん投影像が大きくなればなるほど粗くなっていくのだから、各自の机に備え付けられた装置で、授業の補助資料として使われるのが一般的だった。
なのに……人一人分ほどある壁を投影している。
それも、見た目に判らないほどに。
「いくよ。二人はこの先。紺野が二人を守ってくれてる。急ごう」
壁の中に消えていくごっちんを、私は追った。
- 215 名前:4.Maki side 投稿日:2006/02/28(火) 00:59
- <4.Maki side>
「次の扉、ロックを解除しています」
「おっけー」
壁に設置された認証機に視線すら向けずにドアを開く。
この施設のコンピューターは全て紺野の支配下だ。
Key Master。
私もその名前を聞いたことが無いはずはない。
特に、裏の世界で生きる私たちにとっては脅威の一つだった。
どんな銃の腕を持ってしても、相手の正体がわからなければ対処ができない。
弾の届く距離に決して現れることなく、こちらが追い詰められるだけ。
それも身体的には少しもダメージは受けないのに、追い詰められていく。
当然だ。相手に身体的ダメージが与えられないのなら、こっちも与えられるわけがない。
そんな簡単な結論が、私たちにとっての最大の脅威だった。
- 216 名前:4.Maki side 投稿日:2006/02/28(火) 00:59
- コンピューターの仕組みはそれなりに叩き込まれている。
簡単なクラッキング程度なら私にもできる。
けれども、こればっかりは訓練によってどうにかなるものではない。
反応速度が速くても、正確な射撃が出来ても、どれだけ動体視力が良くても。
キーボードというものを手にした瞬間、私たちはただの人間となる。
頭脳やセンスの勝負になれば、私たちより上なんていくらでもいるだろう。
そう、私たちが人を殺すということに特化した集団であったのなら、コンピューターを扱うということのスペシャリストもいて当然だった。
だから、相手にしなかった。
それは四半世紀前まで存在した核分裂を利用した爆弾に似ている。
使われればどうすることもできない。
だから、自分達に対して使われないようにするのだ。
幸いにして、私たちが彼女の被害にあうことはなかった。
しかし、Key Masterを処分する依頼を受けたことはあった。
結果は全て依頼人の間違いだったということになるのだけれど。
ともかく、それが紺野だった事実は驚きでしかない。
私にとって彼女は、コンピューターに詳しい同居人……いや、今は……守りたい存在……
彼女がなんであろうと、私は彼女を守る。
- 217 名前:4.Maki side 投稿日:2006/02/28(火) 01:00
- 目を覚ましてくれた。
私のところに帰ってきてくれた。
紺野の声。
ようやく聞けた、彼女の声。
だけど、その喜びすら、瞬時に胸にしまわなければいけない。
彼女は言った。
「二人を、助けてください」と。
彼女が望むのなら……
もう、いつでも会える。
このまま帰れば、私はずっと紺野を守っていられる。
だから、先にやるべきことをやらなきゃいけない。
二人……高橋と新垣。
そして、雅をつれて帰らないといけない。
- 218 名前:4.Maki side 投稿日:2006/02/28(火) 01:00
- 「美貴、止まって」
小さく叫ぶ。
それから、腰の銃を引き抜く。足音を瞬時に消し、スピードを上げて角を曲がる。
曲がった瞬間に放つ弾は2つ。
気配でわかっている。そこには二人いる。
向こうは足音でしか私を感知していない。
なら、私が先手をとるのは当たり前。
瞬時に息を引き取る二人の男。
監視カメラも紺野の支配下。
ドアのロックも何もかも。
言うならば、ここは紺野の掌の中だ。
「紺野、次は?」
「右です。その先に高橋さんたちが閉じ込められています」
再び走り出す。
美貴もすぐに追いついてくる。
行く手を阻む人間はいない。
紺野が部屋をロックしているからだろう。
十分な耐火器性能をもつここの扉は、つまり牢獄となりえるということだ。
だから、紺野がコンピューターに侵入した時に、廊下に出ていた者しか、動くことは出来ないのだ。
- 219 名前:4.Maki side 投稿日:2006/02/28(火) 01:00
- だからこそ、紺野がこのコンピューターに侵入したときに真っ先に行ったのは二人の部屋をロックすることだろう。
そうすれば二人は安全だ。
抜け出せない牢獄は、侵入を防ぐ強固な砦となりうるのだ。
「ロックを解除します」
紺野の声とともに、ドアが開く。
薄暗い部屋の中、二人の目が私を見上げていた。
新垣を庇うように背中に隠す高橋。
緊張感のある目は、すぐに安堵へと変わった。
「後藤さん!」
「おまたせ」
「ここ、この病院にはやっぱり地下室が……」
「わかってる。だから私たちはここにいるんでしょ」
勢いよく話し出そうとする新垣を抑える。
彼女はすぐに口を閉じ、恥ずかしそうに私を見て、「すいません」と言った。
- 220 名前:4.Maki side 投稿日:2006/02/28(火) 01:00
- 確かに怒るべき所だ。
高橋が勝手にしたことだろうけれど、それを止め切れなかったのは彼女。
止めるのが彼女の役割だということを理解していたはずなのに。
しかし、そんなことは後回し。
今は一刻も早く雅を見つけなければならない。
二人が捕まっているのだから、私の事もわかっているんだろう。
コンピューターの制御が利かないということも判っているだろうから。
だとすれば、私の目的が雅だということも、わかっているはず。
「美貴、来た道を戻って駐車場にいて。新垣、高橋をつれて一緒に」
「ごっちんは?」
「私は雅を探す。ここにくればもう4人でいる必要は無い。はっきり言って足手まといなの」
銃を持ち上げて言う。
不満そうな美貴。
けれど、彼女が何か言うより先に、携帯から聞こえた声が私の思考を止めた。
- 221 名前:4.Maki side 投稿日:2006/02/28(火) 01:01
- 「雅ちゃん、ここにはいないです。いた形跡はあります。けれど、一週間ほど前に別のところに移されています」
「嘘……」
思わず声がでた。
ここにいるんじゃないの?
雅は。
だから私はわざわざこんなところに来たんじゃないの?
松浦亜弥を生かして……殺さずにここまで来たんじゃないの?
「後藤さん……」
「紺野、どこに行ったかはわかる?」
「いえ……データもネットワークで送られてはいないです……チップで移しているようですね……」
「つまり?」
「……わかりません。通信の記録は随時消されているようです。今日の午後の分しか残っていません」
「そっか。ありがとう……じゃあ代わりにここのメインルームのロックを開けてくれない?」
沈黙が流れる。
紺野のわずかな息遣いだけが、電話越しに聞こえてくる。
- 222 名前:4.Maki side 投稿日:2006/02/28(火) 01:01
- 「わかりました……美貴ちゃんたちが出て行けば、解除します」
「さんきゅ」
通話を切り、携帯を美貴に投げた。
「そういうことだから、先に行ってて」
「わっかんないから。全然説明になってないから」
「まぁまぁ、藤本さん、行きましょう。ここは後藤さんに任せるべきです」
新垣は今度こそ自分の役目を全うしようとしている。
そう、それでいい。
もしも、万が一私に何かあったとき……
もしも、みんなを守れなかったとき……
それを想定するのならば、私一人で残る方が明らかにリスクが少なかった。
- 223 名前:4.Maki side 投稿日:2006/02/28(火) 01:01
- 「30分で戻る。帰らなかったら先に帰ってて」
そう言って3人が歩きはじめる背中を見る。
すれ違いざまの高橋の目。
明らかにどこか常軌を逸しているような彼女の表情は、確かに新垣の手に余るのかもしれない。
3人の姿が見えなくなった。
扉越しにいくつもの気配を感じる。
どこがメインルームかは紺野からは聞いていない。
けれども、おおよその作りから推測できる。
隠れ家というものは多くの場合、作りがシンプルだ。
なぜなら、発見されることを想定していないから。
だから、話は簡単。
RPGのボスは一番奥にいるんだ。
- 224 名前:4.Maki side 投稿日:2006/02/28(火) 01:01
-
私はゆっくり歩き出す。
手にした銃には弾が残り12発。
雅の行き先を吐かせる為には十分すぎる弾数だ。
私が一番奥の部屋の前で足を止めると、ドアがカチッと音を立てる。
ロックが解除された。
紺野、見てるんだね。
二箇所にある監視カメラを打ち抜く。
見られたくない。
紺野に、私の今からの姿は見せたくはなかった。
- 225 名前:ただの名無しですから 投稿日:2006/02/28(火) 01:04
- 久々ですが……更新終了
辞典は次くらいにまとめて。
>>210 緊迫した場面のはずなのにマターリ更新ですいません。次はできるだけ早く書きます。
>>211 お久しぶりの割にあまり進んでなくてごめんなさい。なんとかペースを戻します
板統合でスレ数多くなりましたが、できるだけ埋もれないようにしますので、引き続きよろしくお願いします
- 226 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/02/28(火) 09:40
- Extra sideも待ち遠しいです…
- 227 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/02(木) 21:27
- 更新お疲れ様でしたー
ごまこんカッコイイ、スゲー・・・この後、どうなるんだろう・・・
久しく見てなかったのに、あっという間にドキドキしてきました。この緊迫感、何なんだ
- 228 名前:通りすがりの者 投稿日:2006/03/05(日) 01:53
- 更新お疲れ様です。
なんだか久々のこんこん活躍ですね。
ごっちんが凄くカッコいいですよ。
次回更新待ってます。
- 229 名前:4.Maki side 投稿日:2006/03/08(水) 16:26
- ◇
「初めまして、でいいんでしょうか」
「さあ?私はあんたなんか見たこと無いけど」
部屋には一人しかいなかった。
一人しかというのは、周りにいた2人を私が入った瞬間に撃ち殺していたから、結果として一人になっただけのことなのだけど。
にもかかわらず、私と話をする少女からは、少しの動揺も感じられなかった。
「れいなが言ってました。後藤さん、ですよね」
れいなという名前を聞いたことはある。
だけど、名前の響き以外はろくに思い出せなかった。
これがありふれた名前だったら、全く気にならないのに。
聞き覚えがあるだけで思い出せないというのは、余り気持ちの良いものではなかった。
それは仕方ない。
任務を受けていた頃は、任務が終わればその時の依頼人、ターゲットなど不必要な情報は極力脳内から消そうとしていたから。
だからといって、完全に忘れていることはできないことが、自分は人間だと思い知らされる。
別に人間を毛嫌いしているわけでもない。
ただ、自分が人間だと実感する瞬間がそれしかなかったことも事実だった。
- 230 名前:4.Maki side 投稿日:2006/03/08(水) 16:26
- 「雅はどこ?」
「みやび?あぁ、後藤さんはそう呼んでるんですね」
「そんなことは聞いてない」
銃を構えて一歩近づく。
距離にして数メートル。
その間には小さなテーブルがあるくらいだった。
「HPK07ですよね。れいながそう言っていました。だけどここにはいません」
「わかってる。だからどこかって聞いてるの」
「私が知ってると?」
「知らないなら知ってる奴の居場所を教えなさい」
「それは、れいながどこにいるかってことですか?」
「それならそれでいい」
もう一歩近づいた。
さっきからどこかおかしい。
れいな、れいな、れいな。
連発される名前が、どこかイライラを呼び起こす。
- 231 名前:4.Maki side 投稿日:2006/03/08(水) 16:27
- 「れいなは、ここにはいません」
「だから、どこにいるのか聞いてるの」
「れいなと、HPK07が一緒にいるかどうかは知りません」
「あんた、私の話聞いてた?」
「あんたじゃないです。道重さゆみです。れいなはさゆって呼びますけれど」
頭が痛くなる。
首をかしげて私を見る仕草は、見る人が見ればかわいいと思うのかもしれない。
くりっとした目に小さな口。
後ろで二つに縛った黒髪が肩にかかっていて。
外国の人形のような雰囲気だった。
「言わないと、殺すよ」
「言っても構いません。れいなには言うなとは言われていません」
「じゃあ言って」
「でも、れいなはどこにいるかわからないです」
「はぁ?」
「会ったのはこの前。れいなの誕生日の一週間遅れだったけど、お祝いしたの。
いつも、れいなは絵里と一緒にいるんです。絵里は、たぶんれいなのことが好きみたい。
でもね、れいなはさゆが一番って言ってくれるの。さゆも、れいなが一番なの」
- 232 名前:4.Maki side 投稿日:2006/03/08(水) 16:27
- 絵里と言う新しい名前。
こちらはありふれているため、どの絵里も思い浮かばなかった。
大学の授業で隣に座った子がエリって名前だったかもしれないし、美貴の高校時代の親友の名前だったかもしれないし、紺野のお母さんの名前だったのかもしれない。
全く記憶の網に引っかかることは無かった。
「そんなことはどうでもいい。知ってるの?知らないの?雅はどこ?れいなって子はどこ?」
「れいなからは昨日連絡がありました。明日にここに来るって言っていました」
ふっと、私は妙な違和感に気づいた。
彼女の表情がどこかおかしかった。
れいなって子のことを話す時のそれと、他のことを話すそれのい間に些細な変化があった。
好きな人のことを話しているからとか、そう言ったものではない。
どこか、空ろな……意識が飛んだような表情が、れいなという言葉を発した後に垣間見えた。
しかし、明日というのはタイミングが悪かった。
このことは、すぐにれいなって子が知ることになるだろう。
そうなったら、ここに来る事は無い。
それで、手がかりは途絶えてしまう……
- 233 名前:4.Maki side 投稿日:2006/03/08(水) 16:27
- 「他にここみたいな場所は無いの?」
「それは言えません。れいなにはここは秘密って言われています。だから、他のところも秘密なんです」
「そう……」
それだけ分かれば十分だ。
瞬間的に狙ったのは彼女の両肩。
打ち抜いた勢いで、バランスを崩してた道重さゆみの体は、背後のテーブルによって止められた。
「人を簡単に殺す方法を私は知ってる。だから、人を殺さないでおく方法も知ってるんだよ」
もう一発、わき腹を打ち抜いた。
くぐもった声を出し、その後に状況を理解したのか、絶叫に近いような悲鳴を上げた。
- 234 名前:4.Maki side 投稿日:2006/03/08(水) 16:28
- 「言いなさい。銃で撃ってあげるのはここまでだよ。次からは骨の一本一本を折っていくから」
ゆっくりと足を踏み出す。
相手の恐怖心を煽るように、わざとらしく音を立てながら。
2歩目を踏み出したとき、背後に感じた気配に、私は身をかがめる。
空気の摩擦音が耳を掠めた直後に、弾が金属にめり込む鈍い音が聞こえた。
「何のつもり?」
振り返る。
銃を構えた高橋。
- 235 名前:4.Maki side 投稿日:2006/03/08(水) 16:28
- 「さゆみから離れてください」
あぁ……そう言えばまだそんなことを言ってる奴がいたね。
だけど、運良く道重さゆみに当たらなかったから良かったものの、この状況で私に向かって発砲するのはどうかしてると思うよ。
「さゆ、大丈夫?」
「お姉ちゃん……」
銃は私に向けたまま、私越しに言葉をやりとりしている。
別に、高橋一人くらい簡単に処理できるんだけど。
もしかしたら彼女がいることでこんなことをせずに済むのかもしれない。
そんな思いもあった。
こんなことで快感を得る趣味は私には無いから。
拷問という手段は、手間が掛かるため、好きではない。
昔はもっぱら圭ちゃんに任せていたし。慣れていないから。
- 236 名前:4.Maki side 投稿日:2006/03/08(水) 16:29
- 圭ちゃんも、こんなことはしたくないっていうけれど。
この時代になっても、一番単純で簡単な方法が人から情報を得るということなのかもしれない。
私は銃を下ろして、高橋と入れ替わるように入り口に立った。
そういえば、美貴と新垣はどうしているんだろう。
外で大人しく待っているんだろうか……
「さゆ、みんなが言っていることは本当なの?」
高橋の問いに、道重さゆみは答えなかった。
質問の意味がわからないのか、それとも答えられないのか。
そのどちらか判断しかねたが、高橋が現れたことで少し表情が変わったように思えたから、後者なのかもしれない。
- 237 名前:4.Maki side 投稿日:2006/03/08(水) 16:30
- 「さゆ、答えて!」
「……お姉ちゃん、言ってる意味がわからない。私がお姉ちゃんを裏切ったってこと?
だとしたら違うよ。それは、絶対に違う」
そこで一呼吸置いて、私の与えた痛みを忘れたかのように、道重さゆみはにっこりと笑顔を作ると言った。
「だって、先に裏切ったのはお姉ちゃんなんだからね」と。
- 238 名前:4.Maki side 投稿日:2006/03/08(水) 16:30
- 高橋の表情はわからない。
完全に私に背を向けているから。
その瞬間に、グラッと体が揺れたのがわかっただけ。
けれども、それで十分過ぎるほどに彼女の動揺がわかる。
それから続けられた道重さゆみの話を、彼女は聞こえているのだろうか。
攻めているわけでもない。怒っているわけでもない。
子どもがお母さんに学校であったことを話す時のように、相手の知らない名前を当たり前に使って、フォローすることなく勢いよく話していく。
もちろん、私は二人の過去を知らないから、余計に言っている意味がわからない部分が多かった。
ただ、少ない手がかりから話を類推することはできる。
「お姉ちゃんとは、血はつながってないから」
そう言った彼女。
孤児院で絶えず自分と一緒だったから、そう錯覚はしていたものの、彼女の心は常に求めていたという。
自分の身内である存在を。
自分の傍にいてくれる、本当に血のつながった兄弟を。
その思いは、高橋が自分の前から去ったときに一層確かなものになったのだと。
- 239 名前:4.Maki side 投稿日:2006/03/08(水) 16:31
- 「お姉ちゃんは、ずっと一緒にいてくれるって言ったのに、どこかに行っちゃった」
「違う!それは、さゆを……」
「違わないの。でもいいの。そのおかげでれいなと会ったから」
きっぱりと、高橋の言葉を拒絶するように言い切った。
微笑みを何度も重ねる彼女の顔。
このまま話を聞いていても、欲しい情報を得ることは出来ない。
そう判っていても、なぜか手を出すことは出来なかった。
高橋が前にいるからじゃない。
不快さを覚える一方で、あの微笑にはどこかガスを抜かれてしまうのだった。
- 240 名前:4.Maki side 投稿日:2006/03/08(水) 16:32
- 「れいなは、さゆの半身だった。ずっと、ずっと求めてきたものを、れいなは持ってた。
だから、お姉ちゃんがいなくなった寂しさなんてすぐに忘れたわ。うん、もうお姉ちゃんなんてどうでもよかった。
れいなは妹。ずっとずっと見ててくれる妹」
「嘘だ!」
「本当だよ。お姉ちゃんは他人。れいなは妹。どっちを優先するかなんて簡単でしょ?」
「私にとっても、さゆは妹よ」
「姉妹ごっこしてたの、お姉ちゃんだけでしょ。あなたも特別な家族が欲しかった。
だから、姉妹ごっこをした。結局、自分のためでしょ。自分が一人になりたくないから」
「違う!」
「だって、お姉ちゃん、浮いてたよ。孤児院の中で。お姉ちゃん以外の人と遊んだ覚えが無いのも、今思うとお姉ちゃんには友達がいなかったのかもね。
ずっと、ずっとお部屋の隅っこでさゆに本を読んでくれたよね」
もう一度笑った。
皮肉で笑っているのではないことに、ようやく気づいた。
この子の笑顔は、笑顔じゃない。
作られた、媚びるような笑顔。
自分を可愛くみせようとして計算された笑顔。
それが、どんな場にでもこうしてでてきてしまっているのだ。
- 241 名前:4.Maki side 投稿日:2006/03/08(水) 16:33
- 「れいなが、れいながね、言ったの。お姉ちゃんたちが邪魔だって。
邪魔っていうなら、殺してくる言ったのに、れいなは駄目って言った。
さゆにそんなことはさせたくないって。優しいでしょ。れいなはね、れいなはいつもそうなんだ」
まただ……こういうの、似ている。見たことがある。
彼女の笑顔に気づき始めたくらい、それなりに彼女を観察できる時間が持てたから、わかるんだ。
「だから、代わりにれいなが知りたいってことを全部教えてあげた。
れいなは、ありがとう、さゆが好きだよって言ってくれるの。れいなはね、れいなはね、さゆのことを好きでいてくれるの。
ずっと一緒にいてくれるの」
れいな、という言葉に固執する彼女は既に壊れている。
一種のマインドコントロールみたいなもの。
だから、彼女の言っていることはどこまで本当かもわからなかった……
- 242 名前:4.Maki side 投稿日:2006/03/08(水) 16:33
- 「だから、お姉ちゃん、バイバイ。さゆは今かられいなのところに行くの」
後ろに数歩下がる。
逃げられる。
そう直感が告げる。
どんな仕組みかわからないが、彼女はここから脱出する手段を持っている。
高橋の肩越しに狙いを定める。
殺さずに、瞬時に動けない程度にする必要があるから、狙える急所は限られてくる。
その判断が間違っていたとは決して思わない。
ただ、そのために高橋を掠めるような軌道を取る必要があった。
そして、私が銃をあげていることに気づいた高橋が、道重さゆみを庇おうとしたのなら。
止めなきゃと思った。
高橋の体が動くことに気づいたのだから。このまま行けば、私の弾は高橋の頭を打ち抜くということを。
けれども、止められなかった。
後追いで届けたシグナルが指に伝わる前に、先のシグナルにより、指は動いていた。
- 243 名前:Silent Science 悪魔の辞典32 投稿日:2006/03/08(水) 16:35
- 133レス以降(5部開始以降)の分を一挙に。
・あらすじでしか聞いたことの無い、有名な悲劇
作者もあらすじでしか知りません。
・出血量が40%以上
出血多量死は50%。30%の出血でショック死を起こします。
・ベレッタ
イタリアのベレッタ社が開発した自動拳銃。
装弾数が多く、各国の軍隊でも採用されている。
- 244 名前:Silent Science 悪魔の辞典32 投稿日:2006/03/08(水) 16:36
- ・山の中の大きな大学病院
埼玉といえば山。神奈川といえば海なのは関西人の認識です。
・カイロのように温かい
カイロは60〜70度。赤ん坊は36度後半くらいです。
・牛乳
カルシウムやタンパク質に優れているだけでなく、五大栄養素を含んだ食品。
身長が伸びる代名詞と言われているが、状況証拠としてそう言われるだけである。
・屋上も開放していますから
屋上のある病院は少ない。自殺者が出るせいだとかそうじゃないとか……
- 245 名前:Silent Science 悪魔の辞典32 投稿日:2006/03/08(水) 16:36
- ・存在することに理由はなくても、存在しないことには理由がある
作者が勝手に作った言葉です。
・コーヒー
カフェインによる作用と、糖分の摂取により、脳の活性化を行うのに優れた飲料。
ブラックで飲んではいけません。
・プラセボ(placebo)
偽薬効果。ブドウ糖を薬と偽って患者に投与すると、本当に薬を飲んだときと同じ効果が生じる現象のこと。
健康食品のほぼ全てがこれのせいで効果がでます。病も気からです。
・RPGのボスは一番奥にいる
上座といえば入り口から一番遠い席です。
- 246 名前:ただの名無しですから 投稿日:2006/03/08(水) 16:40
- 更新終了です。
そろそろ残り1/3くらいになったかと思います。
>>226 たぶん、次の次くらいに入れれたらいいかと……あの辺りの処理もそろそろ始めないといけないですからね
>>227 こんごまは1+1が100になる最強コンビなので。それゆえ余りそろわないのですが……
>>228 一応主役ですから。ちゃんと主役らしく活躍の場を与えないとですね。完全に後藤さんの独壇場ですからねー
- 247 名前:通りすがりの者 投稿日:2006/03/09(木) 13:32
- 更新お疲れ様です。
悲しい出来事となりましたねぇ…。
次回が激しく気になります。
次回更新待ってます。
- 248 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/13(月) 22:46
- 更新&久しぶりの悪魔の辞典、乙かれさまです。
しかしまあ、その、いや、うん…これをどうもっていくのか、次回も楽しみに
しております。はい。
- 249 名前:4.Maki side 投稿日:2006/03/31(金) 01:01
- ◇
考えてみればわかることだった。
ここのコンピューターは、紺野が制御している。
道重さゆみが、どんな手を持っていたとしても、ここを脱出することはできないのだ。
現に、スイッチを押しても何も起こらない彼女は、ひどく狼狽した。
だから、私のミス。
完全なる私のミス。
耳に届く二人の声。
戻ってきた新垣と美貴の声。
道重さゆみが撃ったと思っている二人の声。
それを否定する私の声が、二人の怒りを私に向かわせる。
疑問の言葉を投げかける。
- 250 名前:4.Maki side 投稿日:2006/03/31(金) 01:02
- なぜ?に対する答えなんて無い。
撃った、当たったの結果論。
逃げようとした道重さゆみを庇ったから撃った。
違う。
撃ったから庇った。
そんな些細な違いでも、二人にとっては重要であるようで。
なぜを繰り返す二人の言葉が、今でも私の耳に焼きついている。
いくら医学の発達した現代でも、即死というものは存在する。
即死を治療する方法なんて存在しない。
即死の時点で死んでいる。
死んだモノを生き返らせるのは、人間には不可能だ。
- 251 名前:4.Maki side 投稿日:2006/03/31(金) 01:02
- 空からの雨が、頬を濡らしていることに気づく。
泣くことの無い私の代わりとでも言いたげに降る雨だけど。
余計なこと。
悲しくなんて無い。
少なくとも、高橋が死んだこと、殺したことに対する悲しさなんて無い。
たぶん、それが……それが私がこうして一人でいる理由に違いないのだけれど。
紺野はどうしているんだろう。
私にとって気になるのはそっちの方かもしれない。
携帯電話越しに「どうしてですか?」と尋ねた彼女の声は震えていた。
「何か言ってください」
そう言った紺野に、私は答える言葉を持ち合わせていなかった。
話したいことなんて、いくらでもあった。
言いたいこともいくらでもあった。
なのに、それら全てを言うことは許されなかった。
- 252 名前:4.Maki side 投稿日:2006/03/31(金) 01:02
- 業を煮やしたのか、映像が受信され、画面に紺野の顔が映った。
それはまさしく紺野だった。
少し頬がこけている様に思えたし、顔色も優れないようだった。
だけど、紺野あさ美以外の何者でもなかった。
それから、ふっと思った。
どうして紺野は私が高橋を撃った事を知っているんだろうと。
そのために破壊したカメラだけれど。
この部屋に残っていたのかもしれない。
そんなことは、紺野の表情が如実に現している。
「引き金を引くのに必要な力は1.5キロほど。私の筋肉がそれだけの力をかけるのに必要な時間は0.01秒単位のわずかな瞬間。
……先の脳からの命令に遅れて、私が指を止める命令を発したとしても、その0.01秒以内でないと計算上は間に合わない。紺野なら、わかるでしょ?」
どうしてこんなことを言っているんだろう。
言い訳するつもりは無い。
そもそも、こんなこと、言い訳でもなんでもない。
- 253 名前:4.Maki side 投稿日:2006/03/31(金) 01:03
- 「そんなの、わかりたくもないです」
私から目を逸らして、紺野は言った。
「そっか」
それが、紺野と話した最後の言葉。
結局、私と紺野が目を合わせたことはなかったんだ。
あの日、あそこを飛び出して雅を追ったときから……ずっと……
それから、こうしてやったらめったらに歩いている。
山道を道路を無視して駆け下りたから、服は泥にまみれていたし。
何も食べていないから、空腹感もある。
手持ちのお金やカードが一切ないから、何も買うことも出来ない。
考えてみれば、生と死の狭間で生きてきたとはいうけれども、それは殺すか殺されるかの狭間であって。
生きるか死ぬかの間ではなかったのだ。
ライターが無ければ火をつけることはできないし、野菜の1つも育てることは出来ない。
動物を狩ることは簡単だけど、それを食べるのも抵抗がある。
お肉は、パックに詰められているものなのだから。
- 254 名前:4.Maki side 投稿日:2006/03/31(金) 01:03
- つまるところ、自分はどこかで天狗になっていたのかもしれない。
豊かさの上に立って、命のやり取りしかしていなかったのだから。
次に目に付いたところでいいかな……
そんなことを考えていても、お腹が膨れるはずもない。
だからこそ、さっさと行動しよう。
時計がないから正確な時間はわからないが、とっくに日は落ち、人通りもまばらになっている。
24時間年中無休ということが既に売り文句にはならなくなった今だけど。
コンビニというものは、便利がいい。
自動販売機の方が楽だったんだけど、見当たらないからコンビニでいい。
「いらっしゃいませ」
レジに一人。それと、雑誌を並べているもう一人の店員。
それだけ確認すればよかった。
「ごめんね」
形だけでも謝っておく。
犯罪行為に抵抗はないし、気絶させるだけだけれども、やはり一般の人を手にかけるのは少しだけ気が引けた―――
- 255 名前:4.Maki side 投稿日:2006/03/31(金) 01:03
- 「ふぅ……」
満たされた空腹と、重みを増したポケットが再び冷静な思考を取り戻させる。
これからどうしようか。
次に浮かぶ考えはそれだった。
当面の課題である空腹と無銭はクリアされている。
ここがどこであるかは、東京まで10キロという標識が先ほど見えたから、それくらいのところだというのがわかっている。
問題は……
手がかりが無いことだった。
道重さゆみから、雅の行方を聞くことはできなかった。
今更、紺野たちの力を借りることは出来ない。
- 256 名前:4.Maki side 投稿日:2006/03/31(金) 01:03
- どうするか……考える。
思いつく方法は、どれも余り良い方法とは言えない。
けれど、それしか無いのが事実である。
だから……
「ごっちんじゃん」
その時、不意に声をかけられた。
ヘッドライトが私を照らす。
「どうしたの?泥だらけじゃん」
車から降りた彼女は言った。
その声を影には覚えがある。
吉澤ひとみ。
私がよっすぃと呼んでいた人。
「ん、ちょっとね」
ぎこちない笑いで返す。
説明なんか出来ない。
そもそも、彼女はこっち側の人間ではない。
それを言ったのなら、美貴もそうに違いない。
友達だからという言葉を盾に、こっちの世界に入ってくる彼女だけれど。
私と友達でなかったのなら、平穏無事な大学生活を送っていたはずなのだ。
- 257 名前:4.Maki side 投稿日:2006/03/31(金) 01:04
- 「乗ってく?」
「別にいい」
「どうして?」
「どうしてって……乗せてもらう理由が無い」
「なら乗って」
手をつかまれて、車に乗せられる。
「汚れちゃうよ」
「そんな大した車じゃない」
バンと閉められたドア。
ヘッドライトに照らされた雨粒の中を横切って運転席に戻るよっすぃ。
それから、彼女は口を開いた。
「理由ならあるよ」と。
その意味がその前の私の言葉を受けてのことだとは、すぐにはわからなかった。
「私が、話したいことがあるの。ごっちんに」
車は動き始める。
どこへ向かっているのかわからないままに、私とよっすぃの会話は始まった。
- 258 名前:ただの名無しですから 投稿日:2006/03/31(金) 01:07
- 更新終了です。量が少なくてすいません。
色々と周りにフォローしたいことはありますが、また機会があれば……
>>247 遅くなってすいません。次こそは……たぶん。この出来事がこれだけで終わらないように、書いていきたいです。
>>248 どうしようか迷ってたんですが、流れ的にこっちにしました。簡単に死ぬのは余りいいことではないので、その代償はきっちりと書きたいです。
- 259 名前:通りすがりの者 投稿日:2006/03/31(金) 04:45
- 更新お疲れ様です。
結果から見て…ダメだったのでしょうか。
人は間違いだらけで生きていくものですからねぇ。
次回更新待ってます。
- 260 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/31(金) 08:30
- うわああごっちんに説教してやりたい
今後の展開めっちゃドキドキしつつ待ってます
- 261 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/04/02(日) 03:16
- お忙しい中更新お疲れさまです。
>>248
確かに、フィクションとは言えあんまり良いもんじゃないかもしれませんね。
そういう意識をお持ちの作者様だからこそ、この事件をどう展開させるのか、
ごっちんがどう受け止めていくのか、今後とも興味深く見守らせていただきます。
- 262 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/04/02(日) 03:17
- すみません。上のは>>248ではなく>>258でした…
- 263 名前:4.Maki side 投稿日:2006/04/08(土) 16:08
- 「元気してた?」
「ん、まぁそれなりに。よっすぃは?」
「まぁまぁ」
「ふぅん」
会話が途切れる。
よっすぃと最後に会ったときのことは覚えていない。
紺野が打たれた次の瞬間に、私はあの部屋にいた。
それから、一月の間、同じ部屋にいたことを聞いたのは、つい数時間前のことだ。
だから、よっすぃに会ったのは、久々という思いはさらさら無いが、どことなくぎこちない距離感は、確かに久しぶりに会った時のものだった。
- 264 名前:4.Maki side 投稿日:2006/04/08(土) 16:09
- 「あれから……違うか、試合の後、加護ちゃんが手術することになったの」
「あぁ……」
答えてから、それが目的の1つだったことを思い出す。
「治ったの?」
「まだ、わかんない。遺伝子治療って言ってね、あの子が欠損している遺伝子を補っていくっていう……」
「あ、わかる。一応、これでも大学生で生物学専攻だから」
「あ……そっか」
そう、正確に言えば私はまだ大学生。籍はまだ残っているに違いない。
だけど、私と松浦亜弥のやり取りを見せているのに、今更大学生だなんて、白々しすぎるね……
「うん、とにかく、その遺伝子を入れていってるところだって。一度にやると副作用が強いから、少しずつ時間をかけてやっていくって」
「そっか。治りそうでよかったじゃん」
「治ったら一緒にお見舞い行こうよ」
よっすぃの声が少し上ずった。
だから、私も「いいね。連れて行って」と調子を合わせて答えた。
- 265 名前:4.Maki side 投稿日:2006/04/08(土) 16:09
- 嘘。
行くことは無い。
私は、この世界の人間じゃない。
ついさっき、それを実感したばかりじゃないか。
よっすぃや紺野たちとは、元々住む世界が違う。
期待したつもりは無いけれど、どこかで変に期待をかけていた自分が馬鹿。
「で、ここからがごっちんに言いたいことなんだけど」
「何?」
声のトーンが落ちた。
車の速度が心なしか遅くなっているように思えた。
「雅ちゃんのこと、安倍さんが調べていたでしょ」
ぎゅっと心臓をつかまれた様に思えた。
雅という言葉が、自分にそれだけの影響力があるのだと、改めて思い出す。
安倍さん……か。
あの時、私のDNAと雅のDNAを調べた人。
私と雅の関係性、そして、雅のDNAの仕組みを調べていた人。
なにより、雅が作られたヒトであると断言した人。
- 266 名前:4.Maki side 投稿日:2006/04/08(土) 16:09
- 「あの後、全部高橋愛って子に安倍さんはデータを渡したの。だけど、それからちょっとしたことがあってね……いや、まぁそんな大したことじゃないんだけど……
でも、美貴は家にいないし、携帯は番号変わってるし、私から連絡できないから、もういいかなぁって思ってたんだけどさ。うん、そんな重要なことでも無いし……」
よっすぃは言いづらそうに言葉を濁していく。
「教えて。私は、雅の情報が少しでも欲しいの」
「まだ……見つかってないの?」
暗闇を手で探るように放たれた言葉だった。
雅がいなくなったことは、よっすぃも知っているらしい。
当然か。
道重さゆみと雅の二人がいなくなったのだから、最後に二人と会っているよっすぃにそのことを聞かないはずは無い。
「うん……手がかりは、全く無い」
あることはあるんだけど……と心の中で呟く。
抵抗があるけれども、使わなければいけない方法だ。
ふぅと息を吐くのが聞こえた。
- 267 名前:4.Maki side 投稿日:2006/04/08(土) 16:09
- 「……ダッシュボードの中、安倍さんからのことづて」
よっすぃは指を差す。
開いた中には、一枚のチップが入ったケース。
取り出してナビに挿入する。
「見た?」
読み込んでいる間に問いかけた言葉に、よっすぃは無言だった。
見たに違いない。
でなければ、あんなに言いづらそうにするわけがないんだから。
映し出されるのは、安倍さんからの手紙と思わしき文面。
ざっと流し読みをする。
速読とは少し違うけれど、文章を早く読む訓練は昔から受けている。
専門用語がわかりやすく解説までされて書かれている。
なるほど、これならよっすぃでも内容が理解できるに違いない。
医者っていうものは、そういうことに長けているのかもしれないと、ふと思った。
医学が発達し、専門用語が飛び交うようになってから、余計に患者にそれをわかりやすく説明する義務が医者にはある。
必然的に説明上手となるわけだ。
- 268 名前:4.Maki side 投稿日:2006/04/08(土) 16:10
- 次に、データのファイルを開く。
1つは、成分の解析結果。
これは、よっすぃたちが口にしていたドリンクのもの。
そして、もう1つは、雅のDNA配列。
確かに、よっすぃが言いづらそうにするわけだ。
フットサルの最中に私が感じた感覚は間違っていなかった。
疲れているはずなのに、体の中からエネルギーが湧き出てくるような感覚。
俗に言うドーピング。
それが、よっすぃたちが口にしていた飲み物の正体だ。
もちろん、よっすぃはそのことを知らなかったに違いない。
ドーピングの検査にかからないために、100%体内へ蓄積するように設計されている。
仮に、一部が代謝されたり、吸収されずに体外に排出されたとしても、それが全くの未知なる化合物であれば、検査には引っかからない、というわけだ。
- 269 名前:4.Maki side 投稿日:2006/04/08(土) 16:10
- そして……その化合物が、雅の遺伝子の引き金となる物質の一つだということだ。
アナフィラキシーショックを起こした原因となる、雅の体内で異常発生していた毒素。
もしかしてと思い、それをコードする遺伝子を安倍さんが調べた結果がそれだ。
あのドリンクを口にした雅が、その吸収率の高さから例え少量でも十分な量を摂取したこととなる。
体内に入ったそれが、雅の遺伝子に働きかけて、毒素を作らせるというわけだ。
わかってみれば、線は一つにつながる。
ガッタスの親企業は、アップフロント系列の企業なのだから。
だけど、ここで疑問が一つある。
HPオールスターズの親企業もアップフロント系列の企業。
もちろん、そちらでも同じドリンクが使用されている。
勝つため?優勝するため??
それは少し違うような気がした。
それだけが目的なら、雅の遺伝子にそれを仕込む必要が無い……
- 270 名前:4.Maki side 投稿日:2006/04/08(土) 16:10
-
だとしたら?
わからない。
確かに、引き金となる物質は、似たような構造の化合物なら同じように引き金になる可能性はある。
その可能性は無いわけではないが、たまたまの偶然にするには、上手く行き過ぎている。
「安倍さんに会える?」
「そう言うと思ってそっちに向かってる」
「ありがと」
- 271 名前:5.Asami side 投稿日:2006/04/08(土) 16:11
- <5.Asami side>
静止した空気が、部屋の中に漂っていました。
電気がついているのに、暗くて重苦しい空気。
呼吸をするたびに、空気がねっとりと喉に張り付くような。
そんな空間でした。
目覚めのぼーっとした感じは、疾うに吹き飛んでいたけれど。
頭はいまだに思考を拒むように、その働きを鈍らせていました。
お酒に酔ったらこんな風になるのかなと思いました。
一応、付き合いで数度飲んだことはありますが、それもほんの一口だけ。
乾杯の際に、口をつけたほどでした。
現実味は、まだそれほど沸いていませんでした。
映画のワンシーンのように。
丁度、二人のそっくりさんが、スクリーン上で演じているかのように。
ただ、後藤さんの言葉だけが、私の心の中にいつまでも冷気を残しています。
心に氷を乗せているかのように。
ずっとずっと溶ける事の無い氷が、私の心を冷やしてます。
- 272 名前:5.Asami side 投稿日:2006/04/08(土) 16:11
- 美貴ちゃんと里沙ちゃんが帰ってきてから、どれほどの時間が経ったでしょう。
デジタル時計は23時24分を示していましたが、逆にいつから自分がこうしているのかがわかりませんでした。
あの時、後藤さんの手によってプツリと切られた携帯電話は、机の上に置いたまま。
もう鳴ることはありません。
「そっか」と言った後藤さん。
それは、それまでの私が知らない後藤さんではありませんでした。
あの瞬間だけ……あの瞬間だけは、後藤さんでした。
優しくって、でも不器用で無愛想で。
どこか子どもで。拗ねたような目。
それが、少し心に引っかかっていました。
まだ、後藤さんは戻ってくるんじゃないかって。
そんなことすら思えてきました。
- 273 名前:5.Asami side 投稿日:2006/04/08(土) 16:11
- それは、きっと私が高橋さんの死に現実味をおぼえてないからに違いないです。
だからこそ、後藤さんを信じようとしてしまう。
それは絶対に間違ったことです。
後藤さんは、高橋さんを殺した。
それは事実で……だからこそ、里沙ちゃんは高橋さんの死体を処理して、道重さんをここに連れてきたのです。
それが事実。
後藤さんは私たちの前から消えています。
それが事実なんです。
死体も、後藤さんの姿も、監禁された道重さんの姿も見ていない私。
だからこそ、事実を必死になって認識しないようにしているに違いありません。
でなければ……私はこうしてここに座っていられないに違いないのです。
- 274 名前:5.Asami side 投稿日:2006/04/08(土) 16:12
- 病院で目覚め、小川さんに簡単に状況の説明を受けた後に、すぐさまあの病院のシステムに侵入しました。
そして、里沙ちゃんたちが囚われていることを知りました。
その後の後藤さんとの会話。
考えてみれば、すごく久しぶりの会話でした。
私が打たれて意識不明だったことは、病院から帰ってくるまでの間に、教えられました。
私の記憶では、後藤さんがフットサルの試合終了後に、私の元にやって来たところまででした。
それ以降はうやむやで、よく覚えていないのです。
ガタンと音がしました。
顔を上げたのは私と小川さん。
美貴ちゃんは、ぼーっと机に視線を投げかけたままでした。
勢いよく立ち上がった里沙ちゃん。
そのまま部屋を出て行きます。
小川さんが、遅れて出て行きます。
表情が、見たことも無いものでした。
年齢よりもずっと幼く、可愛いはずの顔が、目を合わせれば、背筋がぞっとするようなものに変貌していました。
- 275 名前:5.Asami side 投稿日:2006/04/08(土) 16:12
- 「ちょっと、何する気?」
小川さんの声。
小さな電子音が漏れ聞こえます。
「里沙ちゃん!そんなことしたら……」
「邪魔しないで」
切り裂くような声の後に、いくつかの物音。
喧嘩か何かを二人がやっているのがわかります。
立ち上がり、恐る恐る部屋を出ました。
「あーなんだ。生きてたんだ」
部屋を出た私に浴びせかけられた声はそれでした。
この声、知っています。
ほんの少ししか……いえ、違います。
私は、この人の声を聞いています。
傷口が、ズキッと痛みました。
- 276 名前:5.Asami side 投稿日:2006/04/08(土) 16:13
- そう……そうなんです。
あの時……私が後藤さんと再会した後に……
「あさ美ちゃんに手を出してはダメです」
「ふぅん。何?命令するんだ?」
にっこりと微笑むのは、さっきの声の主……松浦亜弥。
ごちゃまぜになった記憶が、少しずつ順番に並べられていきます。
パズルが自動に完成していくように。
そう……
あの時、私を撃ったのは……この人。
- 277 名前:5.Asami side 投稿日:2006/04/08(土) 16:13
- 「あなたの目標は後藤真希でしょ?」
「何?お豆ちゃんも殺したいの?」
「ええ。そのために貴方の力が必要なのよ」
にっこりと笑うそれは、松浦亜弥と同じもの。
「里沙ちゃん」と呼びかけて肩に手をかける小川さんの腹部を、松浦亜弥の拳が襲います。
苦悶の声をあげて膝をつくのを、私は見ていることしかできませんでした。
じろりと松浦亜弥の視線が私を一度捉えました。
殺される。
そう思いましたが、動くことが出来ません。
蛇に睨まれたカエルとは、きっとこういうことを言うに違いありません。
ズキズキと思い出したかのように強まっていく痛みを感じながら、私は松浦亜弥が視線を外し、里沙ちゃんと二人で部屋から出て行くのを見送ることしかできませんでした。
- 278 名前:ただの名無しですから 投稿日:2006/04/08(土) 16:14
-
- 279 名前:ただの名無しですから 投稿日:2006/04/08(土) 16:14
-
- 280 名前:ただの名無しですから 投稿日:2006/04/08(土) 16:24
- >>263-277
更新終了です。
えーと……説明忘れた方は前スレの569〜581とか634〜644とかを参照してくださいませ。
いい加減まとめサイトを作ったほうがいいのかなと思い始めてきましたが……
>>259 間違いを認めない後藤さんなので間違い続けちゃってたり。いつかは、素直に謝れるときがくるといいのですが……
>>260 後藤さん、ホント最悪ですから(ニガ いつか誰かが更正させてくれるのかもしれませんが……
>>261 こういうことを書いただけに、後のことをきっちり書いていきたいですね。後藤さんを含めた周りまできっちりと。
- 281 名前:konkon 投稿日:2006/04/08(土) 22:56
- いつ読んでも興奮させてくれますねw
次の更新楽しみに待ってます。
- 282 名前:通りすがりの者 投稿日:2006/04/09(日) 04:44
- 更新お疲れ様です。
ふむ、やはりそう来ましたか。
これはまた何か起こりますね。
次回更新待ってます。
- 283 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/04/19(水) 00:42
- 1個のボタンの掛け違いが、どんどんズレを生んでゆく
現実ではありがちなことですが、それを主人公たちにあえて課すとは…
どういう結果になるにせよ、期待して待ってます
- 284 名前:6.Extra side 投稿日:2006/04/25(火) 00:08
- <6.Extra side>
部屋を支配するかすかな機械音に混じり、ゆっくりとした呼吸が響いていた。
部屋を満たす空気を動かさないように気を使っているのではないかと思うほどに、ゆっくりと吐き出される息。
目の前のディスプレイに打ち出される文字を、れいなはただただ見ていた。
『お母様』。
目の前のものは、確かにそうだった。
ヒトとしての残骸を何一つ残していないけれども、それは確かにそうだった。
ヒトの死というものは、脳の死というものでもヒトの死とされると決着が付いたのは数十年前。
延命機器の発達により、ヒトはいくらでも生きていくことができるようになったから。
それは、生きると言うよりも生命機能を維持することができるだけと言う方が正しい。
ただ、そのせいで、ヒトの死というものを脳機能の停止としなければヒトは死ぬことが困難になったのだ。
- 285 名前:6.Extra side 投稿日:2006/04/25(火) 00:08
- 心臓は体から取り出しても栄養液の中で拍動を続ける。
脳機能の停止したヒトでも、シグナルを送ってやることで呼吸をさせてやることができる。生命機能を維持することができる
その二つの何が違うのだろうか。
ヒトが生きていると言うことは、意識が存在すると言うことだ。
死ぬと言うことは、脳の機能が停止すると言うことだ。
意識の存在しない入れ物はヒトでは無い。
マネキンとどこが違うというのだろうか。
だから、目の前の『お母様』はヒトだった。
ヒト=意識と定義するのなら、まさしく『それ』はヒトだった。
- 286 名前:6.Extra side 投稿日:2006/04/25(火) 00:08
- そもそも、神経の伝達というものは電気信号なのだ。
記憶も、思考も全て電気信号。
コンピューターの回路と同じ。
電気信号で演算を行う。
突き詰めれば同じ2進数の世界。
ヒトは、脳を思い描いてコンピューターを作ったのだろうか。
だとすれば……
脳と同等の性能をもつコンピューターがあるのなら、それはまぎれもなくヒトであり……
文字が止まる。
問いかけられた文章に対する答えを、れいなは打ち込んでいく。
それがコミュニケーションだ。
さほど違和感を感じるようなものでもない。
音声や映像を介さないチャットというものと寸分の違いも無いのだ。
- 287 名前:6.Extra side 投稿日:2006/04/25(火) 00:09
- カタンと音がして、れいなは振り返る。
自分以外にこの部屋に入ってこれるのは一人しかいない。
亀井絵里。
自分の半身であり、自分の好きなものであり……そして、自分の嫌いなもの。
「れいな、さゆがいなくなったよ」
告げられた言葉は、どこか嬉しそうだった。
いや、事実として絵里は喜んでいた。
自分とれいなを繋ぐものが、そのままさゆみにも当てはまる。
にもかかわらず、絵里はさゆみを毛嫌いしていた。
彼女はニセモノだ。
自分とれいなとは違う。
遺伝子の半分が同じだとしても、彼女とは決定的に違うことがある。
『お母様』の中から生まれたのか、そうでないのか。
それは、絵里にとっては大きな違いだった。
しかし、れいなは違う。
彼女は認識していない。
彼女は自分もさゆみも同じつながりだと思っている。
寧ろ、さゆみの方に傾いていることを、絵里はそれとなく気づいてた。
- 288 名前:6.Extra side 投稿日:2006/04/25(火) 00:09
- けれども、さゆみを殺すということはできなかった。
『お母様』にすれば、自分達は3人とも娘であり。
自分が殺したとなれば『お母様』に怒られると思っていたから。
しかし、今は状況が違う。
さゆみは例の病院から消えた。
それも他人の手によって。
だったら、殺されたと言うことにしてしまえばいい。
彼女の体内に埋め込まれた発信機によってGPS機能によって居場所は特定できる。
今現在は感知することはできないが、その反応が消えた場所にさゆみはいると考えてよかった。
つまり、彼女は捕らわれている。
位置を調べてみると、これはAngel Heartsが使用していると建前上は秘密となっているビルだ。
もちろん、さゆみから送られていたデータでそんなことは既にわかっている。
- 289 名前:6.Extra side 投稿日:2006/04/25(火) 00:09
- 絵里にとって、Angel Heartsがさしたる障害とは考えていなかった。
たまたま、さゆみが高橋愛とそういう関係だったから、さゆみをれいなから離す為にそうしたに過ぎない。
Angel Heartsなんて機関が存在していても、ハロープロジェクトには何の影響もなかった。
調べられるはずは無い。
真相にたどり着けるはずは無い。
ブンブンうるさい蚊にいくら刺されようとも、命に別状はないのと同じ。
だけど、目の前に止まっていたのなら、殺しておこうかなと思うのが人間だ。
ついでに、道重さゆみという人物のやっかい払いができるのなら。
絵里の『お母様』に対する提案は、すぐに採用された。
れいなと引き合わせたさゆみを、すぐにれいなから引き離す。
高橋愛の妹としての道重さゆみの方が、田中れいなの姉である道重さゆみよりも……亀井絵里の妹である道重さゆみよりもずっとずっと都合が良かったから。
「さゆが……」
目の前でうろたえを隠すことも出来ないれいなに、絵里は腹が立つ。
腹が立つからこそ、絵里は無理やりれいなの両手を握り、口付けた。
- 290 名前:6.Extra side 投稿日:2006/04/25(火) 00:09
- 「大丈夫、さゆはちゃんと助け出すから」
にっこりと笑顔を作り、もう一度れいなに口付ける。
もう、誰にも邪魔はさせない。
れいなは自分のものだ。
安心したように、自分に体を預けるれいな。
それをぎゅっと抱きしめる。
力を加えれば折れてしまいそうな細い体。
茶色かかった髪と白い肌。
これら全てがようやく自分の自由にできると思うと……
絵里はこみ上げる欲望をこらえようとはしなかった。
もう、十分待った。
れいなの姿を見てから5年。
一緒に過ごすようになってから3年。
ようやく手に入れた自分の半身。
半身だからこそ……一つになるべきなんだろう。
- 291 名前:6.Extra side 投稿日:2006/04/25(火) 00:10
-
「や……痛っ……」
肩に掛けた手で力任せに服を引っ張った。
引っ張られたワンピースがれいなの肌に食い込む。
外れないボタンに苛立つように、絵里は胸元に腕を突っ込んだ。
「絵里、何すると!」
吐き出される言葉を無視し、圧し掛かるようにれいなを地面に倒した。
「れいな」
短く名前を呼び、彼女の口を塞ぐ。
右手は胸元に侵入したまま、絵里の舌はれいなの口内を侵食していく。
自分の唾液が麻酔薬か何かのように。
れいなの口に流し込むほどに、抵抗するれいなの両手の力がどんどんと抜けていった。
- 292 名前:6.Extra side 投稿日:2006/04/25(火) 00:10
- 完全に力が抜けたのがわかり、絵里は口を離す。
ふっと漏れたれいなの熱を持った息が顔にかかる。
その息を残らず吸い取るように絵里は息を吸い、それからもう一度れいなに口付け、首筋へと舌を這わせていく。
左右にブンブンとれいなが顔を動かすことが、余計に絵里を掻き立てた。
力任せに左手でボタンを外していく。
ブチッと糸の切れる音を幾度か聞いた。
右手はれいなのそれを屠ったまま。
再び絵里はれいなに口付けた。
狭い口内を逃げ惑うれいなの舌を絡めとる。
さながら獲物を捕まえる蛇のように、絵里の舌は執拗にれいなの舌を何度も何度も絡め取った。
部屋に響くのはれいなの喘ぎと絵里の息遣い。
そして、ジュルジュルと啜る音。
意識という点でヒトであるというのなら、出力と入力という点に置いては『お母様』は間違いなくヒトではない。
目の前で行われていることを認識することはできない。
彼女が認識できるのは、目の前にいるのは誰であるかということだけであり。
何をしているのかなんて判断することは出来ない。
だからこそ、この状況の中、田中れいなと亀井絵里が目の前でぴったりとくっついて存在しているという事実しか得ることはできないのだ。
かすかな起動音を立てながら、『お母様』ただただ存在しているだけ。
強大になりすぎた彼女の脳は、移動するということに掛けても、ヒトではないのだから。
- 293 名前:6.Extra side 投稿日:2006/04/25(火) 00:10
- 絵里の指がれいなの秘部へと侵入していく。
れいなのそこは、侵入者を拒もうとはしない。
どんどんと溢れる液が、絵里の指を待ち構えていた。
求めるようにれいなは体を絵里に寄せる。
それは本能というものなんだろうか。
絵里が指を動かすまでも無く、れいなの中はそれをどんどんと奥へ奥へと飲み込んでいく。
締め付けられる指先。
それに抗うように二本そろえていた指をゆっくりと開くと、れいなから声が漏れた。
それが引き金となり、絵里は目茶目茶に指を動かす。
突き上げるたびに漏れ聞こえる声が、更に更に絵里の指に力をこめさせる。
次第に、同調するように自らも体を動かし始めるれいな。
首に回された両手の力が抜けるまでにどれほどの時間が必要だっただろうか。
荒々しい呼吸のままに、目を閉じたれいな。
絵里はそっと指を取り出す。
指先に付いた赤。
あふれ出す液と混じったそれを絵里は満足そうに眺め、指先を啜った。
- 294 名前:6.Extra side 投稿日:2006/04/25(火) 00:11
- ◇
「道重さゆみはどうしますか?」
部屋からでた絵里に、すぐさま村田めぐみが問いかけた。
「殺しちゃっていいよ。でも、れいなには内緒だよ」
にっこりと笑って絵里は答えた。
「あ、そだ。ついでにアレも使ってみたら?」
「アレですか」
「そう。実験としてはいいんじゃない?もう一ヶ月経ってることだし」
「田中れいなは、それすら知らないんでしょう?」
「うん。れいなはちょっと気に掛けてたからね。だから、どうでもいいんだよ。アレのことは」
- 295 名前:ただの名無しですから 投稿日:2006/04/25(火) 00:11
-
第五部 Hello Project編 完
第六部 Hello Project編2へと続く
- 296 名前:ただの名無しですから 投稿日:2006/04/25(火) 00:11
-
- 297 名前:ただの名無しですから 投稿日:2006/04/25(火) 00:15
- 更新終了です。一応6部構成ということで、次が最後になりそうですが、あまりに長いなら7部まで作るかもです。
>>281 いつも問題提起ばっかりですので、そろそろどどんと解決させていきたいですね
>>282 ありがとうございます。そろそろ収束していきたいものです
>>283 ズレてるってわかっていても修復が難しいのに、ズレてる事すらわかってない人がいますので……まだまだ難題が続きそうです……
- 298 名前:通りすがりの者 投稿日:2006/04/25(火) 17:26
- 更新お疲れ様です。
なんだか理科の授業を習っているかのような気分です(笑
理数が苦手な分面白さも半減いたしますが
次回更新待ってます。
- 299 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/04/27(木) 11:06
- 更新乙です。
ムメがついにまた!ってのはともかく、かのれなえりも含めて難題がさらに拡大していきそう…。
第6部、腹括って待ってます。
- 300 名前:ただの名無しですから 投稿日:2006/05/20(土) 00:12
-
「あなたにとって、あさ美ちゃんがそうであるように……私にとって、愛ちゃんは大事な人だったんです」
私をとらえる銃口が小刻みに震えた。
避けるでもなく、直立のままに立っていたのはなぜだっただろう。
「憎しみは連鎖するって言います。ここで私があなたを殺したら、今度はあさ美ちゃんが私を殺そうとするかもしれない。それはわかってます。
だけど……あなたを殺さずにはいられないんです。私は、それを我慢できるほど強くは無いんです!」
- 301 名前:ただの名無しですから 投稿日:2006/05/20(土) 00:13
-
―――― Silent Science 第六部 ――――
- 302 名前:1.Miyabi side 投稿日:2006/05/20(土) 00:13
- <Miyabi side>
ここは……どこ?
まぶしい光。
ぼーっとする頭。
「………じゃない?」
「違う………が、……なだけで」
聞こえてくる会話。
途切れ途切れで何を言っているかわからないですが、女の人の声。
体がピクリとも動きません。
まるで、首から下がついていないみたいに。
脳からの命令がそこでプツンと切れているように、指先一つ動かすことは出来ませんでした。
- 303 名前:1.Miyabi side 投稿日:2006/05/20(土) 00:13
- 「HPK07で…………するのは……」
HPK07。
私の名前。
大人の人はみんなHPKって呼びます。
みや。雅ちゃん。
夏焼雅。
それも私の名前。
梨沙子や友理奈ちゃん……そして後藤さんはそう呼びます。
「でも、この子でまずはやってみないといけなかったでしょ!」
大きな声。
はっきりと聞こえました。
体はまだまだ動きませんし、視界も真っ白なままですが、意識は少しはっきりとしてきました。
「大きな声を出さないでください。麻酔がきいていますが、もしかしたら目を覚ますかもしれません」
私の左側から聞こえる声。
もう目を覚ましていますけれどと、声を出すことはできません。
耳と頭だけはっきりとして、鼻を啜る音まで拾い上げることが出来るようになりました。
- 304 名前:1.Miyabi side 投稿日:2006/05/20(土) 00:14
- 「わかってる。この子がN−DEP(エヌ・デップ)をとってるとは思わなかった。
それは完全に偶然だし、そのせいでこの子の遺伝子が動き始めたことはどうしようもないじゃない」
「だから、遅れた分を挽回しようとしていたと」
「そう、何が悪い?第一、なんであの人はN−DEPなんてものを与えたのよ?意味わからない」
「……そういうことは、余り言わない方が良いかと思いますが」
「誰も言わないから無駄が多いと思うのよ。みんながみんな言いなりで」
この声、聞いたことがある。
飯田圭織さん。
そうだ……飯田さんだ。
「N−DEPは細胞内に入り込んで留まり、乳酸を分解して糖を精製する。そのせいで疲労は全くたまらない。
加えて、呼吸によるエネルギー産生効率も上げてしまう。スポーツ選手にとっては有用な物質だよ。
こんなものをずっと飲んでサッカーやってるんだから、勝てない方がおかしいよ」
「サッカーではないです。フットサルです」
「似たようなものでしょ。だいたい、こんなものを使って勝って、何が嬉しいの?」
「それでも勝てないことがあるから、スポーツは面白いのだと思いますが」
- 305 名前:1.Miyabi side 投稿日:2006/05/20(土) 00:14
- フットサル……
吉澤さん。
私に優しくしてくれた。
無事にあそこから逃げ出せたのでしょうか?
あの後、私は道重さんという警察の人に預けられました。
私に何かあると後藤さんが絶対に悲しむからと、私だけを先に預けたのです。
そのまま、私はその人に連れられて……
車に乗りました。
黒い車。
その後はよくわかりません。
気づけば、私は一人で部屋にいました。
テイキケンシンよりももっとたくさんのことをやりました。
いつもの注射も倍くらい打ちました。
たくさんの問題を解いたりお話をしたり……
そのことで、私はようやくわかったのです。
戻ってきたと。
後藤さんが、一度連れ出してくれたのに、再び戻ってきたんだと。
- 306 名前:1.Miyabi side 投稿日:2006/05/20(土) 00:14
- 「そんな悠長な娯楽に付き合わされる方の身にもなって欲しいね。
おかげでこの一ヶ月は何も出来なかったでしょ。この子の検査をするためにあんな山奥の病院に行ってたし」
「そう言えば、あの病院にいた道重さゆみが死んだと聞いたのですが……」
道重さゆみ。
警察の人ではなかったのでしょうか。
私をここに連れてきたのは、やっぱりそう?
記憶がありません。
抜け落ちたように、車に乗ってからの記憶が無いので断定は出来ませんが……
状況から考えればそうと言えるのでしょう。
「どっちでもいいじゃん。道重はこの子たちと同じでしょ。人工子宮なんかで生まれたのが人間なわけないじゃん。
モノだよモノ。カクテルとどこが違うの?精子と卵子を入れて振ったらできるんでしょ」
「法律上ではヒトと定義されていますが」
「法律?そんな子ども騙しで思想なんて変えられないよ。
そもそもヒトの定義が法律で決まっていないのに、法律がこれをヒトと認めるなんて矛盾してるでしょ。
だいたいさ……少なくともHPKはただのプラモデルに過ぎないでしょ」
予想はしていました。
後藤さんや安倍さんが話していたことの意味を、私なりに理解していたつもりです。
作られたヒト。
みんなはそう言いました。
飯田さんは言葉を続けます。
- 307 名前:1.Miyabi side 投稿日:2006/05/20(土) 00:14
- DNAを構成するアデニン、チミン、グアニン、シトシンという4つの核酸。
その4つの材料をくみ上げてできたのが私であると。
決められた設計図どおりに組み立てていくその作業が、プラモデルと何がちがうのか。
さらに、その中にいくつもの仕掛けを仕込んで、スイッチを入れることでそれが発動する。
子どものおもちゃと全く同じ。
スイッチを押せばスプリングで腕が飛んでいくだなんて、一世紀も前から存在しているチープな仕組みとの違いは?
「可哀想にね」
最後に飯田さんは言います。
棒読みに近いような声でした。
- 308 名前:Silent Science 悪魔の辞典33 投稿日:2006/05/20(土) 00:38
- ・2進数
0と1で全ての数を表す数値の表現方法。
コンピューターでは電気が流れた(+)か流れていないか(0)の2つで処理される。
そういう意味では神経伝達は厳密にはー、+、0の3つの段階が存在するため2進数とはいえないのかも知れない。
・蚊にいくら刺されようとも、命に別状はない
蚊そのものには脅威がありませんが、蚊が媒介するマラリアなどの病気は命に関わることがあります。
・N−DEP(エヌ・デップ)
Not-detect protain(非検出たんぱく質)からとっています。
ジョニー・デップとは全く関係ございません。
- 309 名前:Silent Science 悪魔の辞典33 投稿日:2006/05/20(土) 00:38
- ・乳酸
これが蓄積することで筋肉疲労となります。ミルクとは何の関係もありません。
・アデニン、チミン、グアニン、シトシン
正確に言えば核酸ではなく核酸を構成する塩基。
この4種が延々と並んで遺伝子を構築しています。
- 310 名前:ただの名無しですから 投稿日:2006/05/20(土) 00:39
-
- 311 名前:ただの名無しですから 投稿日:2006/05/20(土) 00:39
-
- 312 名前:ただの名無しですから 投稿日:2006/05/20(土) 00:42
- >>300-309 更新終了。6部開始です。
紺野さん卒業までにどう考えても終わらせることが出来ないので、開き直って卒業してもそのまま書いていくことにします
>>298 重ねるように生物知識で申し訳ございません。こういったのが一つの特徴ですので、適当に流していただけると……
>>299 収束させようとすればするほど広がっていくのはなぜでしょうか……一つ一つ解決していきたいですね……
- 313 名前:通りすがりの者 投稿日:2006/05/20(土) 00:53
- 更新お疲れ様です。
なんだかかなり汗が流れるのは気のせいでは無いですね。
雰囲気でなんとなく物語が繋がっていくので
頑張ってください。
次回更新待ってます。
- 314 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/05/28(日) 21:46
- 「可哀想に」。怖い飯田さんは、でもやっぱ良いなあ…。
さてはて紺野さん卒業後も続くとのこと、うーんと楽しみにしてまっす!
- 315 名前:ただの名無しですから 投稿日:2006/06/28(水) 22:05
- 長い間空いてしまって申し訳ございません。
紺野さん卒業までに書きあげたいお話がございまして、そちらの方を優先して書いております。
7月後半から、更新速度を週一を目標に戻していこうと思いますので、それまでお待ちいただけるとありがたいです。
ついでに優先して書いているスレの方、「こんごま」ということで晒させていただきます。
デューファー(夢板)
ttp://m-seek.net/cgi-bin/test/read.cgi/dream/1127406214
です。こちらが再開するまでのお暇つぶしにでも読んでいただければ幸いです。
- 316 名前:2.Maki side 投稿日:2006/08/08(火) 00:18
- <2.Maki side>
「あ……」
安倍さんが、私を見たときの反応はそれだった。
幽霊でも見たかのように。
確かに、もう幽霊がでてもおかしくないような時間だった。
だけど、すぐに平静さを取り戻して、安倍さんは言ったんだ。
「元気してた?」って。
「あぁ。おかげさまで」
こういうときに、棒読みに近い言い方しか出来ないのが私。
よっすぃなら、美貴なら……そして、紺野なら少しの愛想笑いでも浮かべているだろう。
「突然すみません」
「そう思っているなら来ないでよ」
「……はい」
「嘘嘘。上がって。長い話になるんでしょ?」
よっすぃとの軽いやりとり。
促されるままに私は靴を脱ぐ。
- 317 名前:2.Maki side 投稿日:2006/08/08(火) 00:18
- 通された部屋は、あの時と同じ。
「コーヒーでいい?」と尋ねる安倍さんに「ブラックで」と返す。
以前よりも少し散らかっている感じがする。
パラパラと机に巻かれたプリント。
コンピューターがいくら発達しても、人はいざという時は紙を出力する。
考える時。
確認の時。
ディスプレイとキーボードよりも、紙とペンを手に考えた方がはるかに思考力が上がるというのは、科学的に証明されて広く知られていることだ。
内容を盗み見しようとは思わない。
私が知りたい情報は雅のこと。
それ以外に安倍さんが何をしていようが、興味は無い。
「お待たせ」
目の前にコトンとコーヒーを置かれた。
湯の立つそれを一口飲む。
ほどよい熱さに調節されたそれが喉を通り抜ける。
- 318 名前:2.Maki side 投稿日:2006/08/08(火) 00:19
- 「一から話していいかな」
私とよっすぃがカップを置くのを待って、安倍さんは言う。
同じことを二度聞くことは、無駄でしかなかったが。
記憶が消えたり戻ったりしていた自分を、完全に信じることはできなかったから。
聞き落としが無いとも言えない。
「最初からお願い」
「わかった。ちょっと長くなるけどね」
そう前置きして安倍さんは話し始めた。
始めの方の内容は、以前に聞いたことと同じ。
私と雅の遺伝子から、私が雅の子どもであると判断できること。
つまり、私の母親のクローンが雅である可能性があるってこと。
だけど、安倍さんは前に言ったこの可能性は、やっぱり限りなく小さいって言った。
ここからはさっきのディスクの内容にも関わってきたことだ。
つまり、雅の遺伝子は、やっぱり人為的に作られたものであるということだ。
- 319 名前:2.Maki side 投稿日:2006/08/08(火) 00:19
- 「以前に、それは妄想って私は言ったけど。今の状況だと妄想じゃなくて仮説の範疇まで下がってきてる」
取り出された一枚の紙。
蛍光ペンでいくつも線が引かれたそれには、アルファベットがならんでいる。
A,T,G,C。
その4つで表されるものといえば、この状況では遺伝子配列だけだった。
「全配列から引っかかる点をピックアップしていくと、特定の配列が何度も出てきているの。
10個の配列が完全に一致する確率は4の10乗。だいたい100万分の1くらい。
100個以上の配列がも一致する可能性なんて、天文学的な確率になるわ」
「それなのに、これだけ一致してるってことは……雅を作った人が、何かの意味をもってこの配列を入れたってこと?」
「ご名答。さすがだね」
そう考えるのが自然だった。
雅の中に埋め込まれた遺伝子。
さっきのディスクにあったような遺伝子自体には、意味は無い。
寧ろ、雅を殺すためにあるような仕掛けだった。
けれど、意味のある仕掛けを仕込んでいれば……
そして、この配列がそれだったのなら……雅を作った人間の意図がわかるのかもしれない。
- 320 名前:2.Maki side 投稿日:2006/08/08(火) 00:19
- 「これの意味はわかってるの?」
「わからない……けど……」
「けど?」
「プロモーター配列であることは間違いないと思う」
「ってことは、その下流?」
「ええ。そう考えてるんだけど……」
「ちょっと待ってください!」
安倍さんの言葉に割り込んできたよっすぃ。
彼女は罰の悪そうな顔で続けて言った。
「よくわからないんで、わかりやすく説明してください」って。
「えーと…」
顔を見合わせる私と安倍さん。
私はぷいっと視線を逸らして、安倍さんが手にしていたプリントを手に取った。
そういうのは苦手。
説明ならきっと安倍さんのが上手いだろうし。
安倍さんも、私の考えを悟ってか、何も言わずによっすぃに体を向けた。
- 321 名前:2.Maki side 投稿日:2006/08/08(火) 00:20
- 「つまり……」
遺伝子の配列っていうのは、そのまま体を構成する成分を作る暗号である。
その暗号文を解読して、生物は体を作っていく。
手の細胞も足の細胞も、全部その暗号文を持っている。
だけど、いつもいつもその暗号全てを解読できるわけじゃない。
頭では髪の毛を作る暗号しか解読できないし、指先では爪を伸ばす暗号しか解読できないようになっている。
もしも、全てのところで全ての暗号が解読できるのなら、手の代わりに足が生えることが起こってしまう。
心臓にも脳にも、手にも足にも全て同じ暗号文が存在しているのだから。
だから、その暗号文の解読の制御を行う必要がある。
それに関わってくるものがプロモーター配列というものになってくるのだ。
頭では、髪を作る暗号の解読だけを。指先では爪を作る暗号の解読だけを起こす。
その制御は、プロモーター配列に働きかける物質によってもたらされる。
要するに、プロモーター配列がその暗号を解くスイッチだといってもいいのかも知れない。
さっきの例で言うと、雅の体内で毒素を作るという暗号、それのスイッチ(プロモーター配列)をオンにするものが、よっすぃたちが口にしていたドリンクの中の成分ということだ。
- 322 名前:2.Maki side 投稿日:2006/08/08(火) 00:20
- そして、私たちの目的。
例の特定の配列が、プロモーター配列なら、そのスイッチをオンにするような物質を見つけるとともに、それがオンになるとどんなことが起こるかを見つけ出せばよい。
言うのは簡単だが、実際に実行するのは困難すぎる。
作る方は簡単だ。
鍵に合わせて鍵穴(スイッチ)を作ればいい。
鍵穴だけを渡されても、鍵の候補は世の中に無数に存在する物質なのだ。
ましてや、そのためだけに新しく作り出された物質だとすれば、特定することは困難だ。
「ふぅん……」
私の考えよりももっと丁寧な安倍さんの説明を聞いていたよっすぃが、それだけ漏らした。
きっとわかってないに違いなかった。
- 323 名前:2.Maki side 投稿日:2006/08/08(火) 00:20
- 別によっすぃには必要の無いことだ。
それは本人にもわかってるに違いない。
だけど、彼女のなりに理解したいんだろう。
美貴と、そういうところが似ているのかもしれない。
最初に別れたときとは違うんだ。
自分の周りの人間が関わってしまった以上、傍観者ではいられないんだろう。
でも、知っておかなくちゃいけない。
力の無い人間が知った顔でしゃしゃり出てくることが、一番の迷惑だってこと。
- 324 名前:ただの名無しですから 投稿日:2006/08/08(火) 00:23
- >>316-323 久々すぎて弁解のしようもございません。
>>313-314
遅くなって申し訳ございません。
誰が卒業しようが、更新がマチマチになろうが、絶対に続けていくことに決めましたので、引き続き追っかけていただければうれしいです。
- 325 名前:名無 投稿日:2006/08/10(木) 01:24
- 再開オメ
最後まで追っかけますよ。
- 326 名前:2.Maki side 投稿日:2006/09/05(火) 00:04
- コーヒーに口をつける。
独特の苦味が口に広がり、瞬間的に集中力が緩み、そしてすぐさま張り詰める。
この仕掛けの意味を考えるのは、少なくとも私の範疇では無い。
安倍さんが、いや、彼女一人の力でどうにかなるものでもない。
ここまで、色々なことを調べてもらって悪いけど、それは安倍さんが一番よくわかってるんじゃないか。
莫大な予算と時間のかかることを、個人でやることは不可能だ。
それこそ、アップフロントのような巨大組織でなければ。
- 327 名前:2.Maki side 投稿日:2006/09/05(火) 00:04
- ……だからか。
諦めに近いため息が出る。
だけど、諦めることをしないのは、明確なヒントが与えられているから。
もっとも単純で、誰もが考える手段。
わからなければ、聞けばいい。
雅を作った人間に、それを聞けばいいことだ。
そして、それは私の範疇の問題だった。
やるべきことがわかると同時に、安倍さんのおかげで確信したことがある。
雅は絶対に殺されてはいない。
彼らにとって、雅は実験体であり、手段であり……そして宝物だ。
自分達の科学の結晶。
それが彼女なのだから。
- 328 名前:2.Maki side 投稿日:2006/09/05(火) 00:05
- 「ありがとね」
カップをテーブルに戻す。
半分以上残っていたが、私は立ち上がった。
「どうするの?」
尋ねるのはよっすぃ。
「雅を探す。ここまでわかったんなら、それが一番早いでしょ?」
そう答えた私を、安倍さんはじぃっと見ている。
怒っているのかどうかわからなかった。
「探す当てはあるの?」
数秒後に口に出された言葉。
それはそうだ。
この世の中から鍵となるものを探す安倍さんの作業と、この世界のどこかにいる雅を探す私。
状況はどちらも似たり寄ったり。
だけど、私には情報源がある。
- 329 名前:2.Maki side 投稿日:2006/09/05(火) 00:05
- できれば使いたくない方法だったけど。
やっぱり使わざるを得なかった。
紺野のところ。
そこにいるであろう道重さゆみを問いただす。
部屋に侵入するのは簡単だ。
強行突破してもかまわない。
ただ……紺野にだけは会いたく無いな。
その思いだけはあった。
彼女は、私とは違う。
違う世界の人間だ。
Key masterとして、裏の世界の人間の顔を持ってはいるが。
裏の次元が違う。
平行世界とでも言えばいいんだろうか。
彼女は、そっちの側の人間だ。
- 330 名前:2.Maki side 投稿日:2006/09/05(火) 00:05
- こっちの側の私とは、決して交わることは無い。
そう、ずっとそう思っていたでしょ。
そう自分に言い聞かせてきたでしょ?
だから、私は雅を求めるんだ。
同じ世界の人間だから。
交わることもできるし、一本の線になることもできる。
「私は……ごっちんと……行」
「ダメだよ」
言葉を遮って言い放つ。
「どうして!」
勢いよく私を掴もうとするよっすぃの腕を避ける。
宙を薙いだ指は、行き場を失って固く握られた。
- 331 名前:2.Maki side 投稿日:2006/09/05(火) 00:05
- 「よっすぃには、関係ない」
「どうして?私のせいだよ。私のせいで雅ちゃんがいなくなったんだよ」
「よっすぃのせいじゃない。私のせいだ。私の力が足りなかった。
雅と離れずにいるべきだった。紺野じゃなくて、雅の傍にいるべきだった」
あの時、どうして私は泣いていたんだろう。
紺野と会って。
どうして記憶が戻ったんだろう?
どうして、紺野の手を放せなかったんだろう?
「そうだよ、紺野を逃がすべきだったんだよ。そしたら、紺野は打たれなかった。
雅も連れ去られなかった。私の判断ミス。それが全てだよ」
油断したから。
松浦亜弥、彼女を殺しきれていなかったから。
あの時、すぐにそのまま喉を潰していれば。
こんなことにはならなかった。
そう、そういえば、紺野のところには松浦亜弥もいるんだ。
- 332 名前:2.Maki side 投稿日:2006/09/05(火) 00:06
- ついでに殺してしまおうか?
グラッと視界が揺れた。
懐かしくて、そして気分の悪い感覚。
どうして?
ついさっきまで……高橋を撃つ事になんらためらいもなかったのに。
どうして?
どうして殺すという選択肢に疑問が生まれる?
殺したくない?
違う。
それは違う。
殺してもかまわない。
ついさっきのコンビニではそう思った。
何が違う?
松浦亜弥。
殺したい。
だけど、それはできない。
紺野の傍にいるから?
紺野に見つかるかもしれないから?
紺野に、更に嫌われるかもしれないから?
自分の論理の飛躍に愕然とした。
- 333 名前:2.Maki side 投稿日:2006/09/05(火) 00:08
- どうして?
そんなわけはない。
殺せばいい。
音もなく、見つからずに殺す方法なんていくつもある。
いや、違う。
銃でもかまわない。
見つかってもいいじゃないか。
嫌われてもいいじゃないか。
どうせ、交わることの無い線だろ?
何を期待してるんだ、後藤真希?
自分自身に問いただす。
気づけば、手にべっとりと汗がにじんでいた。
- 334 名前:2.Maki side 投稿日:2006/09/05(火) 00:08
- 「そんな状態のごっちんを一人で行かせられない」
しかめた視線がよっすぃと合った。
「ダメだよ。言ったでしょ?私は紺野や雅を守れなかった。よっすぃを守れる自身は無い」
「守ってもらおうなんて思ってない」
「思って無くても、よっすぃに何が出来るの?人を殺したことあるの?
中途半端な顔して付いてこられても足手まといなだけなんだよ」
あぁ、数時間前に美貴に同じようなことを言ったっけな?
言っていることはほとんど正反対だけど……
うん、あの時とはもう違う。私は、もう一人で行くって決めたから。
「どうしても?」
「どうしてもついてくるなら、ついてこれないようにするだけだよ」
脅しなんかじゃなかった。
巻き込まれて傷つくなら、ここで私が傷つける。
後に残らないように、そして動けないよう最小限度に痛めつけるくらいは可能だ。
- 335 名前:2.Maki side 投稿日:2006/09/05(火) 00:09
- 視線が一致する。
目を逸らした方が負けだなんて、動物じみた意地が湧き出てくる。
瞬きすらすることなく、お互いに見つめあう。
深く、ゆっくりとした呼吸。
顔が揺れないように気を使っているかのように。
先に動いたのはよっすぃ。
ふっと目から力が抜けるのがわかった。
そして、何かを投げられる。
まさしく投げられるだった。
真っ直ぐに、ポケットから出されたそれは私に向かって飛んできた。
鍵ね。
受け取ったそれを手元で確認せずに、「さんきゅー」と言う。
- 336 名前:2.Maki side 投稿日:2006/09/05(火) 00:09
- 「いいよ。その代わり、絶対に帰ってきなよ」
「あぁ……」
そう答えて、安倍さんをチラリと見る。
コクンと頷いた彼女に、頷き返して部屋を出た。
帰ってきなよ、か。
また私は死ねなくなっちゃったの?
思い出す。
死ねなくなっちゃったなんて、よくあの時思えたものだ。
死ねなくなっちゃったんじゃない。
目の前で誰も死なせられなくなったんだ。
守るものが多くなった。
守る力なんて無いのに。
分不相応に守ろうとしたから、誰も守れない。
自分の命を守りながら他人を守れる力なんて無いのにね。
- 337 名前:2.Maki side 投稿日:2006/09/05(火) 00:09
- 自分も他人も守らなくていいっていう強さ。
私の強さって、結局それだったのかもしれない。
死が怖くない。
心の底ではそう思えなくなってきたのは何時からだろう?
紺野に会ってから?
美貴に会ってから?
雅に会ってから?
よっすぃに会ってから?
生きたいって思った。
守りたいって思った。
一緒にいたいって思った。
思ったら叶わない。
散々人の命を奪っておいてね。
今更、生きたいだなんて、守りたいだなんて、都合よすぎるの?
ナビに任せるままに向かうのは松浦亜弥のいるところ、道重さゆみのいるところ、美貴のいるところ……そして紺野がいるところ。
- 338 名前:ただの名無しですから 投稿日:2006/09/05(火) 00:09
-
- 339 名前:ただの名無しですから 投稿日:2006/09/05(火) 00:10
-
- 340 名前:ただの名無しですから 投稿日:2006/09/05(火) 00:11
- >>326-337 更新終了です。
後藤さんの誕生日までには次の更新を……
>>325 ありがとうございます。間隔空き過ぎたせいで、もう誰も見て無いかなと思っていたからうれしいです。
- 341 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/09/05(火) 21:40
- 見てますよ。
- 342 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/09/06(水) 00:14
- 見てますよ更新乙です。
雅ちゃんが気になります。
がんばってください。
- 343 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/09/24(日) 22:24
- 21歳オメ…
更新お疲れさま
これからもかっこ悪い後藤を描いてください
- 344 名前:2.Maki side 投稿日:2006/10/18(水) 23:43
- ◇
静寂すぎた。
不自然なまでに。
時間が止まったかのように。
それが、私の中の何かを狂わせていたのかもしれない。
ううん、元々狂っているのかもしれない。
忍び込んだ場所。
人の気配はするけれども、生きている気配が感じ取れない。
妙な、酷く妙な感じだった。
だから、気づかなかった。
余りに不自然すぎて。
不自然さに包まれていて、自然な感覚が狂っていた。
- 345 名前:2.Maki side 投稿日:2006/10/18(水) 23:43
- カタカタとキーボードを操作していく。
欲しい情報は雅のこと。
この中に詰まっている情報は、私が雅に近づく最後の手段。
幸いにして、私の生体データが認証されていたから、苦もなく目的の情報へとたどり着くことが出来る。
けれど、その中から決定的なデータはない。
アップフロントに関係する場所というものをピックアップするには余りに数が膨大すぎる。
主要な建物だけでも50は越えるだろう。
それから絞り込むことは困難だった。
画面をいくつも切り替える。
ふと目に付いたのは自分の映像。
自分の映像なのに余り記憶が無い。
車の窓から乗り出した自分。
中に乗っているのは……雅だ。
ゴクリと唾を飲む。
目の前で起こっていることは、確かに自分がやったことだ。
けれども全く記憶に無い。
思い出そうとすればするほどに、自分の記憶がないことを思い知らされる。
忘れているんじゃない。
そもそも記憶が無いんだ。
- 346 名前:2.Maki side 投稿日:2006/10/18(水) 23:44
- どうして?
考える。
考えるほどに一つの事実がわかってくる。
雅を追った後。
私は何をした?
松浦亜弥。
そうだ…あの時、どうして彼女は傷口を見せた?
全く思い出せない。
雅を追ってバイクに乗った。
それからだ。
それから、私はよっすぃと一緒にいた。
その間……
画面では、車が海へと落ちていく。
「浜辺で倒れていたとこを……」
よっすぃの言葉が蘇る。
失った記憶。
戻ってなんかいなかった?
だけど、違和感を感じる。
覚えている気がしなかった。
合成されて作られたかのようにすら思ってしまう。
タイムスリップしてその1日だけを飛ばしてしまったかのように……
- 347 名前:2.Maki side 投稿日:2006/10/18(水) 23:44
- 位置を特定する。
これが起こった場所。
雅を追った後の記憶がなく、この映像が存在する。
それだけで、これが雅に近づく最重要ポイントな気がする。
その時だった。
建物の空気が変わった。
不自然な停滞が自然な淀みへと変わっていく。
人がいるという感覚。
それも、侵入者……
自分以外の侵入者の存在だ。
短く息を吐いてから、止めた。
侵入者の正確な数はわからない。
でも、ドア越しに二人いるのはわかった。
ぎゅっと拳を握る。
一人が手を掛けたその瞬間、内側から思い切り開ける。
ダン
手にかかる衝撃とともに音が響き、目の前に一人の人間が映る。
すでに構えられた銃。
相手が私を認識し、行動を考えるわずかな空白。
それだけで十分だ。
- 348 名前:2.Maki side 投稿日:2006/10/18(水) 23:44
- 左手を首に回し、右手で殴りつける。
拳をねじりこむ感覚で破壊していくのは気道。
素手で人を殺していくという感覚。
銃で味わうそれとは明確に違う。
引き金を引けば他人事のように人が死んでいくそれとは、比べ物にならないものだ。
「だから、なんだっていうのさ」
思わず言い放つ。
自分の中に生まれようとしたモヤモヤをかき消すかのように。
そのまま、手に収めた相手の銃を、扉がぶつかった衝撃で気絶しかけた男に向かって放つ。
貫通した弾が床に当たって響くカンという音と、小さなうめきを拾えるほどに、サイレンサーの聞いた銃。
人の気配はまだ続く。
壁を挟んで……更にもう一つ向こうか……
- 349 名前:2.Maki side 投稿日:2006/10/18(水) 23:44
- ざっと見つけた有用そうなデータは取り込み終わっている。
後は、道重さゆみと松浦亜弥。
そして、他にいる誰かと……紺野……
銃を握りなおす。
弾の残数を確認。
5発だけ。
一撃必中で殺せるのは5人までか……
十分だね。
二人を殺したんだから、銃はもう一丁あったが私は手にしなかった。
理由なんて無い。
それ以上殺したくなかったのか。それで十分なのか。
それとも……自分が死にたがっているのか?
そんなの、わかるわけなかった。
- 350 名前:3.Asami side 投稿日:2006/10/18(水) 23:45
- <3.Asami side>
目が覚めたときは、全てが夢のようでした。
このまま準備して、大学にいこうと思えるほどに。
まるで、この数ヶ月がなかったと錯覚するように。
ただ、決定的に違うのは、私の家は元通りになっても、決して戻ってこないものがあるということでした。
美貴ちゃんは、先に起きていました。
起きていたというよりも、寝ていないというのが正解だと、彼女の目の下のクマが物語っています。
「コーヒー、紺ちゃんの分も入れてるから」
ありがとうと言う前に、私の前にカップが置かれました。
無言のまま。
無言のまま、美貴ちゃんはテーブルの上においてあったパンの袋を開けました。
私もそれに習って。
- 351 名前:3.Asami side 投稿日:2006/10/18(水) 23:45
-
さつまいもペーストを挟んだ甘い菓子パン。
私が大好きだからと買ってきてくれた美貴ちゃんの心遣い。
けれども、亜鉛が不足しているのではないかというくらいに、味を感じることができませんでした。
噛めども噛めども甘みはでてこず。
反芻動物のように何度も何度も噛み続ける私。
それは、確かめたかったんです。
何か、間違いって思いたかった。
数日前のあの日の出来事が……
- 352 名前:3.Asami side 投稿日:2006/10/18(水) 23:45
- ◇
カタン
それは小さな物音でした。
静寂が続いていた部屋の向こうから聞こえる音。
けれども、それを確認する気はおきませんでした。
しばらくすると止んだそのたった一回の音。
考えてみれば、私はそれを確かめに行くべきでした。
そうしたのなら……
もう少し話せたのかもしれない。
いなくなっても私の心に空白という隙間を作り続けるあの人と。
けれども、現実に私は動きませんでした。
興味がなかった、というわけではないです。
気づいていたけれど、認識していませんでした。
- 353 名前:3.Asami side 投稿日:2006/10/18(水) 23:46
- 目の前にいた美貴ちゃんも同じだったのかもしれません。
顔を伏せたまま。
一定のリズムで動く背中を、私はじぃっと見ていました。
考えているのは、唯一のこと。
後藤さんのこと。
だから、それが、私のその想いが見せた幻なんだなと思いました。
バタンと急に勢いよく開いたドア。
飛び込んできたのは後藤さん。
変わらない、後藤さん。
あの日、窓から飛び降りた後藤さん。
私の手をとって、松浦亜弥から守ってくれた後藤さん。
瞬間的に合った目。
確かに合いました。
ほんの瞬間的な出来事で、すぐさま後藤さんの視線が別の方向を向きましたが。
後藤さんは確かに私を見ました。
- 354 名前:3.Asami side 投稿日:2006/10/18(水) 23:46
- タンという音が壁から連続的に鳴ります。
それが、銃弾が当たったことによる音だと認識したのは、後藤さんの手に持つ銃が目に入ったからでした。
「伏せて」
後藤さんの声。
ぼーっと動かない私の頭を、後藤さんは手を伸ばして押さえました。
その上でまた響く壁の音。
硝煙の臭いに混じるのは、ほのかな甘い香り。
後藤さんから嗅いだことのない香りでした。
「美貴と、一緒にそこにいて」
後藤さんの体がその数秒だけで私から離れます。
ドキッとして顔を上げると、後藤さんは遠くに行ったわけでなく、手を伸ばせば届く位置に立っていました。
「後藤さん、痛いじゃないですか」
聞こえた声。
聞き覚えがある声でした。
えぇ、聞き違いだと、幻だと思いたかった。
いるはずの無い人。
そして、そんな台詞を吐くはずの無い人の声でした。
- 355 名前:3.Asami side 投稿日:2006/10/18(水) 23:46
- 「あんたさ、何?クスリか何かやっちゃってんの?」
後藤さんの問いかけ。
無理もありません。
銃を持つ手からは血が滴り落ちています。
それでも、さも何も無いかのように、腕を上げて後藤さんに真っ直ぐ銃を向けています。
ええ、痛みなんて感じるはずが無いんです。
痛みなんて、その人には、生まれつき存在しないものなんですから……
はっきりと顔を、私は見ました。
あの時の、送られてきた映像とは全く異なった表情。
私が、あの時トイレで直面した時と同じ表情の三好絵梨香さんがそこに立ってました。
- 356 名前:3.Asami side 投稿日:2006/10/18(水) 23:47
- 「失礼ですね。生まれつきですよ。こんな化け物みたいな体」
「冗談」
「さぁ?嘘かどうかは試してみたらどうですか?」
銃が投げ捨てられます。
同調するように後藤さんも銃を後ろに投げ捨て、一歩踏み出しました。
真っ赤に染まった手が届く前に、後藤さんの蹴りが相手のお腹を薙ぎ払います。
薙ぎ払う。
まさしくその言葉が適切でした。
壁に体ごと叩きつけられた三好さん。
けれど、彼女はそのままボールが壁に跳ね返ってきたかのように、勢いそのままに後藤さんへと拳を放ちます。
虚をつかれたのか、後藤さんでしたが、体を落としてそれを避けました。
代わりに形を変えたのは後藤さんの頭の位置にあったスチールの棚。
まるで粘土のようにぐにゃりとそれは曲がりました。
「でたらめすぎじゃない?」
かがんだまま移動し、私と三好さんの間に体を割り込ませる後藤さん。
棚を殴った三好さんの腕は、逆方向に曲がっていました。
それでも、それでも彼女は痛みを感じないのです。
- 357 名前:3.Asami side 投稿日:2006/10/18(水) 23:47
- 感じないからこそ、ここまでの力を出すことが出来る。
筋肉の持つ力を無制限にセーブしているのが人間ですから。
でなければ、自分の体をああやって破壊してしまう。
筋繊維の断裂も骨折の痛みも。
三好さんにとっては、体を動かしにくくなった程度のことでしかないのです。
手首から先の機能を失った腕では、物をつかむことすら出来ません。
骨すらもボロボロになったその腕を、肩から動かすことで、鞭のように扱いはじめる彼女は、もう人間ではないのかもしれません。
あの時、何もかも記憶をなくして穏やかに過ごしていたはずの彼女が。
どうして……
豹変という意味では、後藤さんも……いえ、私もそうなんですね。
Key Masterと殺し屋。
一緒に同じ屋根の下、平和に暮らしていたのに。
どうして?どうしてこんなことになってしまったんでしょう……
- 358 名前:3.Asami side 投稿日:2006/10/18(水) 23:47
- 目の前で起こっている争いは、すぐに勝負が決まりました。
如何にスピードや力があっても、体を動かす骨格に負担を強いているのなら。
その稼動範囲が万全でないのなら、的確につくことのできる急所は痛みを感じなくても、体の動きを奪うことは可能でした。
「これで5発目」
気絶したのか、一向に動かなくなった三好さんに対して、後藤さんは銃を拾い上げて頭に向けます。
「後藤さん、待ってください」
「来るな!」
合った視線。
威嚇にも近い視線でした。
「前のことを忘れたの、紺野?もう……間違いはできない」
私から目を逸らし、後藤さんはそういいました。
- 359 名前:3.Asami side 投稿日:2006/10/18(水) 23:47
- 前のこと……
それが何であるか、すぐにわかりました。
松浦亜弥とのこと。
それを差していることくらい……
でも……だけど……
「なら、その子を目の前で殺すことは、間違ってないって言うの?」
言葉とともに、ずいと私の視界に入ってきた背中。
「高橋愛ちゃんを殺したことは、間違って無いって言うの?」
美貴ちゃんでした。
私の前に立った美貴ちゃんは、そう言いました。
- 360 名前:ただの名無しですから 投稿日:2006/10/18(水) 23:48
-
- 361 名前:ただの名無しですから 投稿日:2006/10/18(水) 23:48
-
- 362 名前:ただの名無しですから 投稿日:2006/10/18(水) 23:53
- >>344-359
後藤さんの誕生日は遥か昔に過ぎ去ってしまいましたが……更新です。
なんかもういろいろとほんとすいません_| ̄|○
>>341 ありがとうございます。見放されていなくてよかったです。
>>342 そういえば最近雅がすっかりとらわれのお姫様状態で書いていませんでしたね……も、もう少し進めば……はい、ちゃんと主役の一人なので…出番はある……はずです……
>>343 21歳おめでとうございます(遅)後藤さんは格好いいはずなのに、すっかり格好悪くなってしまいましたね……
- 363 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/19(木) 01:29
- 更新乙です!
楽しみに読んでますので作者さんのペースで進めてください。
後藤さん・・・カッコイイー!!!!
とらわれの姫・雅ちゃんを早く見つけて欲しい・・・
- 364 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/19(木) 01:58
- 更新乙ですよ
ブログも読んでます
- 365 名前:3.Asami side 投稿日:2006/11/18(土) 00:28
- 「答えなよ」
美貴ちゃんが向けている銃口は小さく震えていました。
それに対するかのように、後藤さんは少しも動きません。
ただ、合わせた視線がとても冷たくて……とても寂しげで。
「ごっちん!」
美貴ちゃんは銃を天井に向けて引き金を引きました。
カツンという音が、言葉に続いて部屋に響きます。
後藤さんは尚も動きませんでした。
小さくうごめく三好さんに狙いを定めた銃もそのまま。
「ごっちん、何かいいなよ」
「……」
「ごっちん!」
美貴ちゃんの怒声。
それに対する答えが得られたのは少し後。
冷たい隙間風が吹き込むような感覚とともに、私たちの耳に届きました。
「……何を言って欲しいの?」と。
- 366 名前:3.Asami side 投稿日:2006/11/18(土) 00:28
- 「え?」と思わず声に出したのは、自分だったか美貴ちゃんだったか……それとも二人共だったか。
それは確実に確信を突いている言葉でもありました。
『何を言って欲しいの?』
私は、何と言って欲しかったのでしょうか。
謝って欲しかった?
否定して欲しかった?
嘘だと言って欲しかった?
笑って言ってくれれば良かったのかもしれません。
あれは、どっきりでしたって。
泣いて謝ってくれれば、まだ良かったのかもしれません。
ただ、一言、ごめんと言ってくれたのなら。
それだけでも聞きたかったのに……
その私の想いとは正反対に。
後藤さんは何も言いませんでした。
引かれた引き金。
部屋から飛び出す後藤さん。
それを、見ていることしか出来ませんでした。
- 367 名前:3.Asami side 投稿日:2006/11/18(土) 00:29
- ◇
それからです。
目を覚ませば自分の家で寝ていました。
隣で眠っていたのは、美貴ちゃんであり。
私は彼女の腕に包まれるように、抱き寄せられていました。
「小川さんはあそこに残るって」
美貴ちゃんがそれから今日までに告げたのはそれだけでした。
後藤さんの名前を口にすれば、全てが壊れてしまいそうな、脆い現実感の中。
私と美貴ちゃんは、黙々と日常をこなそうとします。
だけど、私たちは大学に行くわけでもなく。
ボーっと流されるTV画面を目で追っているだけ。
- 368 名前:3.Asami side 投稿日:2006/11/18(土) 00:29
- これからどうすればいいか、なんてわかりません。
考えることも、話し合うこともできません。
美貴ちゃんが精一杯に作り上げてくれたツギハギだらけの平和を。
私が無理に破るなんてできないのです。
もう、後藤さんはいないんです。
後藤さんは……
はぁっと思わずため息がでました。
美貴ちゃんの顔がそれとともに、少しだけ険しくなったのに気づきました。
「ごめんなさい」
思わず口にしてしまった言葉。
美貴ちゃんは答えませんでした。
代わりにパンを口に運び、数回噛んで飲み込んでから言いました。
- 369 名前:3.Asami side 投稿日:2006/11/18(土) 00:29
- 「病院、行くよ。私が大学いく前に送っていくから」
「え?」
「あのさ、無理やり病院抜け出してきたんでしょ」
「あ……うん」
自分でもよくわかりませんでした。
ただ、あの時、病院で目覚めた私は……行かなきゃいけない気がしました。
丁度、小川さんが病室にいたから。
そのまま点滴の針を抜いて飛び出しました。
呼んでる様な気がしましたから。
後藤さんが。
後藤さん……
よぎった名前に、胸の傷がズキッと痛みました。
いいえ、傷の痛みなんかではないはずです。
少しでも考えてしまえば、平静を保ってられなくなるのに、事あるごとにその名前がよぎります。
- 370 名前:3.Asami side 投稿日:2006/11/18(土) 00:30
- 「とにかく、病院には連絡してるから、ご飯食べたら用意していくよ。でないと、私が2限に間に合わないから」
妙に現実感のある言葉が懐かしく、少しだけ心が落ち着きました。
夜にバイトをすることの多い美貴ちゃんは、1限の授業をとることをしないのでした。
そんなことを思い出しました。
ずいぶんと、昔のように思います。
研究室の窓から、美貴ちゃんがバイクに乗って登校するのを見ていたことが。
たまに後藤さんと二人乗りをして。
二人してヘルメットも被らずに髪の毛を乱してやってくる様子が、頭によぎりました。
ほんの少し前のことだけど。
ずっと昔のように思えて。
そして、絶対にもう一度来ることの無い時間であることは、よくわかっています。
「紺ちゃんの服、そこのカゴの中に入ってるから。食べたらすぐに着替えなよ」
パンを食べ終えた美貴ちゃん。
立ち上がりながらコーヒーをぐぃっと飲み、そう言いました。
- 371 名前:3.Asami side 投稿日:2006/11/18(土) 00:30
- ◇
病院は、思った以上に普通でした。
この状況で普通、というのは、十分に普通では無いということでもあるのですが。
飛び出してそのまま何の連絡もなく、数日後にぶらっと戻ってきた患者に、何事もなく検査を行うのですから。
検査の数値は1時間もしないうちに、私のもとにやってきます。
アルファベットでならぶそれは、いくつか正常範囲を外れて、赤く彩られていました。
次は一週間後に傷の経過を見せてくださいと、伝えられ病院を後にします。
美貴ちゃんは、私を送った後はすぐに大学に向かいましたから。
ここからは私一人で帰ることになります。
丁度お昼時で、駅前は人で溢れかえっていました。
流れに逆らわないように、ぶらっと歩いて一軒のお店に入ります。
のれんがかかった昔ながらのお蕎麦屋さん。
いらっしゃいませという声が、一歩踏み入れた私に向かって飛んできました。
- 372 名前:3.Asami side 投稿日:2006/11/18(土) 00:30
- 「お二人様ですか?」
「いえ……」
「二人です」
後ろから聞こえた声。
いつの間に後ろにいたのでしょうか。
その人は、私の肩をポンと叩きました。
吉澤ひとみさん。
美貴ちゃんの従兄弟にして、フットサルチームのキャプテン。
そして、そのチームにいたのは後藤さん。
「てんぷら好き?」
案内されるがままに、席に着き、メニューを開いた吉澤さんは言いました。
わけもわからず、流されるがままに頷きます。
- 373 名前:3.Asami side 投稿日:2006/11/18(土) 00:31
- 「てんぷらそば二つ、お願いします」
スポーツ選手が油っこいものを食べていいのでしょうかという疑問が沸きましたが。
それ以上に、いくつもの疑問が私の頭を占有しています。
私は、話したことは一度もありません。
それどころか、あの日、試合を見にいって初めて目にしました。
向こうも、それは同じです。
吉澤さんが私の事を認識している時間なんて、もっと少ないはずです。
「ごめん、急に。さっき歩いてたらあなたの姿が見えてね。えっと……」
「紺野あさ美です」
「そう、紺野さん。ごっちんの同居人だよね」
「だった。の間違いです」
自嘲気味に私は答えました。
吉澤さんが悪いわけではないのに。
けれど、後藤さんの名前が出ただけで、平静に答えることは出来ませんでした。
- 374 名前:3.Asami side 投稿日:2006/11/18(土) 00:31
- 「ごっちん、やっぱり帰って無いんだ」
「やっぱり?どういうことですか?吉澤さんは、何を知ってるんですか?」
「さぁ……私がどれだけ知ってるか自分でもわからないよ。
ごっちんは、何も言わなかった。私はいつも蚊帳の外」
私も同じです、なんて言えませんでした。
吉澤さんは、もう一度、蚊帳の外という言葉を呟きました。
それから、ずっと無言でした。
注文が運ばれてくるまでの間。
私たちはお互いに目をあわすこともなく、俯いて黙ったままでした。
「はい、お箸」
「ありがとうございます」
眼前に運ばれてきたお蕎麦と、湯気の中に伸びた吉澤さんの手。
受け取った割り箸はパチンと音を立てて変な風に割れました。
- 375 名前:3.Asami side 投稿日:2006/11/18(土) 00:31
- 「美貴は?」
「え?」
「美貴は元気?」
「あ……はい、たぶん」
「そっか」
ズルズルとお蕎麦をすすります。
汁が飛ぶのを気にせずに、吉澤さんは勢いよく食べていました。
「どうしてですか?」
私の問いかけに、お蕎麦を口に運んでいた手を止めて、吉澤さんが顔を上げます。
ズルッと口にお蕎麦を滑り込ませ、数回噛んでいます。
たったそれだけの時間に、私の心臓はドクドクとゆうに10回はなっていたと思います。
「どうしてって?声を掛けたこと?」
「はい」
「んー……」
言葉に詰まりながら、お箸でてんぷらを汁に沈めます。
カリカリのてんぷらが次第に汁を含み、柔らかくなって千切れます。
- 376 名前:3.Asami side 投稿日:2006/11/18(土) 00:32
- 「ごっちんの行方を知りたかったから」
「どうして私なんですか?」
「美貴に昨日電話したら、その話題になるとすぐ切られたから」
「あぁ……」
不機嫌そうな美貴ちゃんの顔がよぎりました。
私にとってそうである以上に、美貴ちゃんにとっては後藤さんはタブーであることは明白でした。
「あ、別にストーカーとかじゃないから安心して。ほんとたまたまだよ。紺野さんを見かけたのは」
「は、はい……でも私も知りません。後藤さんがどこにいったかなんて」
「そっか」
吉澤さんはふぅっとため息をつき、柔らかくなったてんぷらを口に運びました。
「やっぱり雅ちゃんか……」
「はい……後藤さんは、きっと雅ちゃんを探して……」
どうして、どうして彼女なんでしょうか。
突然、つれてきた小さな女の子。
あれは、間違いなく会って日がないはずです。
なのに、後藤さんは彼女を追ってでていきました。
あの時。
雅ちゃんさえ現れなければ。
全てはそこです。
人間関係が、お世辞にも上手いと言えない後藤さんが。
どうして、どうしてどこまで……
- 377 名前:3.Asami side 投稿日:2006/11/18(土) 00:32
- 「ったく……いくら自分の子どもだからって……」
「え?」
ドクンと体全体が震えました。
「あ、いや、子どもじゃなかったけ?親だっけ?その辺よくわかってないんだけどさ……」
雅ちゃんが……?
後藤さんの……?
「えと、知り合いにさ、そういうの専門の人がいてさ。その人が言うにはなんだけど……」
「あの……その人に、会わせてもらえませんか?」
口からそれだけでもだせたのは、自分でもよく出来たと思いました。
全身が心臓になったようにドクンドクンと波打っていました。
後藤さんと雅ちゃんが、親子。
全てを説明できるようで、説明できない事実。
だけど、一番もっともらしい事実でした。
- 378 名前:ただの名無しですから 投稿日:2006/11/18(土) 00:32
-
- 379 名前:ただの名無しですから 投稿日:2006/11/18(土) 00:32
-
- 380 名前:ただの名無しですから 投稿日:2006/11/18(土) 00:34
- >>365-378 更新終了です。
ちょっとずつ道を束ねていこうかなと。
>>363 ありがとうございます。雅&後藤さんはもう少し待ってください。
そのうち……どかどかっとくるはずですので……
>>364 ありがとうございます。ブログばっかり書いてないでこっちを書けって話ですが……
どちらもよろしくお願いします。
- 381 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/11/21(火) 03:19
- 先が読めなくてドキドキしてきた
今後も楽しみにしてます
- 382 名前:4.Maki side 投稿日:2006/12/04(月) 00:44
- <4.Maki side>
開いた銃創に弾を詰めた。
一個一個、丁寧に押し込むように。
弾を詰めるっていうのはね、命を詰めることなんだ。
私に銃を教えてくれた人は、最初にそういった。
命の重み。
それ自体が私にとっては陳腐な言葉となった今では。
思い出すことがあっても、弾を詰める心境が変わるわけではない。
ただの作業でしかないのだから。
日が昇って間もない海辺は、容赦なく光が照り付けていた。
キラキラと光る海を愛でるわけでもない。
銃口に反射した光がフロントガラスを照らす。
その先にあるのが私の目的地。
- 383 名前:4.Maki side 投稿日:2006/12/04(月) 00:45
- なくなった記憶を取り戻しにいくんじゃない。
取り戻すのは雅。
道重さゆみから情報が得られなかったのは誤算だった。
たどり着いた時には既に殺されていたから。
彼女達の目的はどうやらそれだったようだね。
私や紺野を殺すことよりもそっちを優先していたから。
それは、道重さゆみが重要な情報を握っていた事の裏返しでもあるから。
彼女から情報が得られなかったっていうのは痛かった。
もしかしたら、紺野たちが既に聞きだしているという可能性もある。
ただ、どちらにしろもうあそこには戻れないし。
あのパソコンから私が得ることのできる情報は全て把握している。
ロックの掛かっている部分は私の力では見ることはできないから。
紺野でもいれば、簡単に全部吸い出せるんだろうけど。
あいにく相手が紺野だから。
きっと世界中のどこを探してもそんな芸当のできる人はいないだろう。
- 384 名前:4.Maki side 投稿日:2006/12/04(月) 00:45
- でも、状況は悪くない。
少なくともまだ道はある。
こうして建物を目の前にしても、それは微塵にも思い出せないが。
記録として私はここに来ているはずなんだ。
私があの日、さらわれた雅を追った後、雅と再び会ったであろうはずの場所。
車から降りる。
固い地面の感触も新鮮に感じられる。
今の時間なら人は少ないだろう。
少なくとも、普通の人間はいないはず。
高い建物とそれに隣接する建物が一つ。
敷地内には監視カメラがいくつも見える。
ただの研究所、ね。
自然と笑みがこぼれる。
秘密保持のために、警備をしいている研究所はたくさんある。
これくらいの設備はさして珍しいことではないのかもしれない。
- 385 名前:4.Maki side 投稿日:2006/12/04(月) 00:45
- だけど、どこか心躍っていた。
雅に会えるからとかそういうのとは少し違った感覚。
懐かしくもあって……
どこか、忘れていたものが戻ってくるような……
自分が、自分になるって感覚。
私は後藤真希。
それ以外の何者でもないんだ。
打ち抜いたカメラと鍵。
開けた扉から中に入る。
堂々と。
堂々とでいい。
囚われのお姫様を迎えに行くのに、裏口を使う王子様なんていない。
真正面から迎えに行かないと格好つかないじゃん。
- 386 名前:4.Maki side 投稿日:2006/12/04(月) 00:47
- ここにいないなんて考えたくはなかった。
ここしか道が残されていないんだから。
ただ、それ以上にここを前にして別の感情が確かにあった。
心躍る。
そんな言葉がやっぱり正しかったんだと思う。
浮かれているに近いほどに、リラックスした頭。
最低限の緊張と警戒を頭に残しているだけ。
後は体が思うままに。
向かってくるものは排除する。
邪魔するものは破壊する。
弾数のカウントも無意識に。
私は中へと入っていく。
10階建て。
エレベーターで確認する。
目的地は、何階かわからない。
エレベーターが6階にあることを確認した時、横からの気配を感じた。
それから引き金を引くまでの時間は刹那。
認識と同時に放たれる銃弾は、相手を確認すると同時に命を奪う。
- 387 名前:4.Maki side 投稿日:2006/12/04(月) 00:47
- 危ない、とは思わなかった。
もしそれが、雅だったのなら。
大丈夫。
雅ならすぐに引き金を引く指を止めてみせる。
なら……もしそれが、紺野だったのなら。
紺野だったら……紺野でも……引き金を止めて……
思考がブレる。
なぜ?
どうして紺野がでてくる?
呼吸が乱れる。
考えようとすればするほどに。
苛立ちともいえる感覚だった。
どうしてか、全然理解できない。
紺野とはもう会うことは無い。
それは痛感したでしょ?
そこまでで考えを止めた。
ぎゅっと握りなおした銃を胸元に構える。
- 388 名前:4.Maki side 投稿日:2006/12/04(月) 00:47
- エレベーターはやめる。
きゅうになぜかそんなことを思った。
廊下を小走りに進む。
建物の大体の形を理解するにはそれほど時間を要しなかった。
外から見ていた通り、H型。
その中心にエレベーターが存在する。
突き当たりに見つけた階段を上る。
少し考える。
私の存在は知られているはず。
なのに、どうしてこれほどまでに人がいない?
まだここに入ってから打った弾は片手で足りている。
罠?
もっとも妥当な答えが導き出される。
だからといって、何か手を打つことなんてできない。
その場その場の対処しかない。
- 389 名前:4.Maki side 投稿日:2006/12/04(月) 00:48
- ずっと、そうだったでしょ?
どんな仕事でも、状況をその場で把握して行動してきた。
自分の判断でしのいできた。
それに対しての犠牲がなかったかといわれれば、絶対になかったなんて言えない。
寧ろ、たくさんの人が自分の代わりに死んだから、私は生きてこれてるんだ。
だけど……
階段を上りきり、2階へと至る。
小走りに進むことすらやめ、私はゆっくりと歩いていた。
だけどね、私はそれでも死んじゃいけないなんて思えなかった。
死んでもいいって思ってる私を生かすために、犠牲になった人の名前すら、私は覚えていない。
生きて欲しいって願って死んだ人たちの願いすら、私の本意じゃないのかもしれない。
それでも、それでも変わったことがあった。
こっちにきて。
銃の所持が許されて入るが、使用することなんてまずないこの世界にやってきて。
死んじゃいけないって思った。
気の紛れかもと思えるほどに短い時間だったけど。
私はそう思うことがあった。
- 390 名前:4.Maki side 投稿日:2006/12/04(月) 00:48
-
あった。
過去形。
今の私は、どうだろう?
雅に会うために生きているだけ?
雅に会えないのなら死んでもいい?
『いいんです。死ぬのは怖くないです』
言葉が不意に頭で響いた。
彼女はそう言った。
あの時、右手はこんな冷たくて硬い銃ではなくって、温かい手を握っていた。
『いいんです。死ぬのは怖くないです。それよりも、後藤さんに会えなくなる事の方が、怖いんです』
もう一度、彼女の台詞が頭に回った。
左胸に軋みが走る。
なんだっていうの……
額にじんわりと浮かんだ汗は、きっと冷や汗。
狭心症かと思わせるような胸の激しい痛みは、考えを逸らすことで治まっていく。
- 391 名前:4.Maki side 投稿日:2006/12/04(月) 00:48
- 気のせいだ。
自分に言い聞かせる。
煩わしかった。
何が?彼女が。
名前を出すことですら痛みを感じさせるかもしれないと思う彼女が。
気づけば、エレベーターがあった位置までやってきていた。
この先、1階と違うのは隣の建物につながる渡り廊下があるっていう……
妙な感覚だった。
その方向を見た瞬間に、私の中に何かが芽生えた。
それがなんだったのかわからないけれど。
そっちに行くことが自然に思えた。
そう、そっちに一歩踏み出したことのあるような。
まるで、地面に見えないレールが敷かれているかのように。
- 392 名前:ただの名無しですから 投稿日:2006/12/04(月) 00:49
-
- 393 名前:ただの名無しですから 投稿日:2006/12/04(月) 00:49
-
- 394 名前:ただの名無しですから 投稿日:2006/12/04(月) 00:50
- >>382-391
更新終了です。今年中にあと1回は。
>>381 ありがとうございます。最後までドキドキとしていただけるようにがんばります。
- 395 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/12/05(火) 01:05
- 更新乙です。
ドキドキしますね〜、がんばってください。
- 396 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/12/05(火) 02:21
- 更新乙でしたアッー!
四つん這いになればごちんを守っていただけるんですね?orz
- 397 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/20(火) 05:26
- 待ってます
- 398 名前:4.Maki side 投稿日:2007/04/30(月) 23:54
- 人はいなかった。
少なくとも、動いている人は、いなかった。
幾人かの人だったものが、赤い染みを作り横たわっている。
そっと触れたそれからわずかな体温を感じ取る。
誰がこんなことをしたのか。
その疑問が真っ先に浮かんだ。
誰が。
何のために。
ただ、それはおそらく自分の見当があながち外れていないことを意味していた。
ここには何かある。
このいくつもの死体は、その事実を補強する証拠でもあった。
階段を上っていく。
白を基調にしたさっきの建物とは違い、こちらは少し緑がかっている。
草色の壁に包まれているここでは、少しの落ち着きを感じ取ることができる。
それが、まさしくここを設計した人間の意図でもあるのだろうけど。
- 399 名前:4.Maki side 投稿日:2007/04/30(月) 23:55
- そして、そんな空間に不意にそれは飛び込んできた。
角を曲がった私の目の前に現れたもの。
動物園を一瞬思わせた。
目の前に広がる光景は。
赤や黄色といったクッションとともに、小さな机と椅子。
誰もいない空間で、地震のあった後のように散乱したそれ。
たった一枚のガラスを挟んで、広がっていたそれ。
ゴクンと私は唾を飲んだ。
これが何なのか、それを解読することに神経を向かわせる。
表現が湧き出てこない。
これが何を意味しているのか。
頭の中の電卓が、最後のイコールを押すことを拒んでいるかのように。
- 400 名前:4.Maki side 投稿日:2007/04/30(月) 23:55
- コトリと、そのとき音がした。
瞬時に体が動く。
だけど、意識を一瞬奪われていたせいか、相手の声がその瞬間だけ早く耳に届いた。
「後藤、待って」
こんなところで聞けるはずの無い声。
どうして、こんなところにいるんだろう?
どうして、私の前にいるんだろう?
「圭ちゃん」
私は言った。
全力で向けようとした銃を抑えながら。
「元気してたの?」
何でもない風に言われた言葉。
向こうにいるときだって言われた事無いかもしれない、そんな言葉。
だけど、決して目は笑っていなかった。
警戒心に包まれた目。きっと私も同じ目で圭ちゃんを見ていることだろう。
「どうしてこんなところにいるの?」
「それは、こっちの台詞でもあるんだけど?後藤は、足洗ったんじゃなかったの?」
「質問に答えて!」
銃を構える。私の目的は圭ちゃんでは決して無い。
だけど、ここに圭ちゃんがいるという事実は、私にとって悪い状況ではないとも思えた。
仮に、敵としてここにいたとしても。
- 401 名前:4.Maki side 投稿日:2007/04/30(月) 23:55
- 「言えると思う?」
警戒心のレベルがまた一段と上がったのを感じた。
当然、か。
仕事の内容ぺらぺらと他人に言えるわけはない。
たとえ、知り合いだったとしても、敵である可能性がないわけではない。
まして、この状況なら……
「力づくで聞くってこと?」
「後藤が?私と?」
「やったこと無いよね?」
「そうね……」
じっと見詰め合う。
圭ちゃんは、仲間だった。
私の中で数少ない仲間といえる存在だった。
きっと、裕ちゃんと圭ちゃんだけだった。私と最後まで一緒にいてくれたのは。
パートナーというならば、きっと圭ちゃんがそうだったんだろう。
頼りにしてはいた。自分の背中を任せるくらいには。
でも、やらなくちゃいけない。
- 402 名前:4.Maki side 投稿日:2007/04/30(月) 23:56
- 「後藤、やる前に一つ、聞いていい?」
「何?」
「HPKって言葉を知っている?」
その言葉と引き金を引くのは同時だった。
狙うべきは圭ちゃんの銃を握った右手。
弾は、左半身を引いた圭ちゃんに当たる。
右手を貫通し、体を斜めに弾が抜ける。
かがめた体を無理やり起こすように、距離を詰めた私は、圭ちゃんの首をつかんで押し倒した。
「圭ちゃんは何を知ってるの?」
頭蓋の硬さをつきつけた銃越しに手に感じる。
変わらずに私を見つめる大きな眼。
「どうして?」
「え?」
「どうして腕を狙ったの?いつもの後藤なら、心臓か頭を一発だったはずよ。
腕が鈍ってるわけじゃないよね。私が油断をしていないとは言えないけれど、今の動きは全く鈍ってなかっ
た」
「だから?だからあんな避け方をしたの?」
「えぇ。後藤の速度に追いつくには、決めてかかるしかないからね。で、どうして?」
「聞きかったのよ。圭ちゃんの持ってる情報を」
「脅されて、私が言うと思うの?」
最後にそういった言葉は、少しの笑みを含んだものだった。
私もそれを感じて銃を頭から離した。
もうお互いに感じていた。
- 403 名前:4.Maki side 投稿日:2007/04/30(月) 23:57
- 「ったく、どうしたのよ?大好きな子と一緒に暮らしてたはずのあんたが、どうして銃なんか握ってるの?」
「大好きな子?」
「あれ?紺野って子。いないの?一緒に暮らしてたんじゃないの?」
ぞくっと体が震えた。
震えたというよりも波打った感覚。
「おっかしいなぁ…裕ちゃん、最後の最後にミスったのかな?後藤とあの子を会わせるために、あれだけ私たちが探したのに……」
「……どういうこと?」
乱れた呼吸に間から、私が言えたのはそれだけだった。
- 404 名前:5.Asami side 投稿日:2007/04/30(月) 23:58
- <5.Asami side>
「……どういうことですか?」
乱れた呼吸に間から、私が言えたのはそれだけでした。
「だから……」
安倍なつみさんは、もう一度、説明を始めます。
説明は、わかっています。理解しています。
理解しているからこそ……理解したくないのです。
後藤さんと雅ちゃんの遺伝子から、後藤さんが雅ちゃんの子どもであると判断できること。
それは、つまりは後藤さんのお母さんのクローン体が雅ちゃんであるということ。
クローン、それ自体は認められてはいないことです。
ですが、現実には雅ちゃんはクローンというレベルの問題ではありません。
一から遺伝子を設計された人間。
それをヒトと呼んでいいのか、わかりません。
化学反応で作られたモノ。
そうです、DNAすら、突き詰めれば炭素、酸素、水素に窒素、そしてリンです。
空気を構成するものとなんら代わりが無いのです。
- 405 名前:5.Asami side 投稿日:2007/04/30(月) 23:58
- 「紺野さん?どうする?まだ、引き下がることはできるよ?」
「え?」
「今なら、私が言ったことを忘れて、ごっちんのことも忘れて、普通の生活に戻れるってことよ」
じっと、だけどやさしい目。
決して意地悪で言っているわけではなく、私のことを思って言ってくれている。
『何を言って欲しいの?』
後藤さんの言葉が蘇ります。
私の希望は?
全くわかりません。
自分が後藤さんに何を期待しているのか。
でも、それでも私は後藤さんに……会いたい。
声が聞きたい。
答えが何だっていい。
後藤さんの言葉で答えが聞きたい。
それで、自分が怒るかもしれない、悲しむかもしれない、喜ぶかもしれない。
だけど、聞いてみたい。
後藤さんの声を。
後藤さんの姿を、見ていたいんです。
- 406 名前:5.Asami side 投稿日:2007/04/30(月) 23:58
- それが、自分の命をかけるようなことであるか。
安倍さんの問いかけはそういうことでした。
だから、いえ、考えるまでもなく、答えは決まっていたのかもしれません。
ただ、自分の背中を押してくれる人がほしかったんです。
後藤さんを追いかけることは間違っていない。
そう誰かに……いえ、きっと私は後藤さんに言ってほしかったんです。
でも、それは叶いません。
だって、追いかけるべきは後藤さんなのですから。
「お願いします」
私は言いました。
「そう……」
安倍さんの答えは短いもの。
そして、目の前のキーボードを操作すると、ディスプレイには地図が表示されました。
- 407 名前:5.Asami side 投稿日:2007/04/30(月) 23:59
- 「これは?」
「車両追跡装置。よっすぃが自分の車に盗難防止につけていたもので、昨日、ごっちんに鍵を渡したのはよっすぃの車の鍵」
と、いうことは……
「ごっちんが乗っていった私の車のある場所、ってこと」
吉澤さんが言葉を続けました。
地図の中心に光る赤い光。
それが後藤さんの位置。
画面の左半分は海。位置はここからそれほど離れてはいません。
海?
ひっかかりを覚えて、私は地図をよく見てみます。
すぐ近くにある建物。
ピッコロタウンのもの。
つまり、これは……
- 408 名前:5.Asami side 投稿日:2007/04/30(月) 23:59
- 銃撃戦の混じったカーチェイスの映像が頭によぎります。
あの時、後藤さんが車ごと海に突っ込んだところ。
あの夜、飛び出した後藤さんが次に見つかった場所。
車は動いていません。
ただ、そこで一定感覚で点滅を繰り返しているだけでした。
「心当たりあるのね?」
「はい」
「そう……本当にいいの?」
最後の問いかけに、私は頷き返しました。
それを確認すると、安倍さんは車の鍵を出します。
「表に回ってて。着替えてから車、出すから」
「安倍さん!」
ノブに手をかけた時、吉澤さんが、大声で叫びました。
手を止めた安倍さんは、数秒吉澤さんの顔を見つめた後に言いました。
「もちろん、よっすぃも一緒よ」と。
- 409 名前:takatomo 投稿日:2007/04/30(月) 23:59
-
- 410 名前:takatomo 投稿日:2007/04/30(月) 23:59
-
- 411 名前:takatomo 投稿日:2007/05/01(火) 00:03
- 更新終了。もうなんかごめんなさい……
こんなに更新空いてしまって、それでもまだ読んでいただける人がいればうれしいです。
>>395-398
お待たせいたしました。まとめてレス返し失礼します。
何を言っても言い訳になりますので……きちんと完結させますので、引き続きお付き合いいただけると幸いです。
- 412 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/05/01(火) 02:36
- 更新お疲れ様です!
ワクワクしてます^^
マイペースでがんばってください
- 413 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/05/01(火) 21:20
- いるいる、読んでる人、ここにもー。
つぎの更新も楽しみにしてますよ〜。
- 414 名前:5.Asami side 投稿日:2007/05/22(火) 23:36
- ◇
車を降りたとき、ビュッと風を感じました。
潮の香りが混じった、肌寒い風でした。
地図上を動かなかった光の主は、まだその場所に留まり続けていました。
「後藤さん」と呼ぶまでもなく、そこにあるのは車だけ。
鍵は抜かれたあったので、吉澤さんがスペアキーでそれを開けます。
けれども、中には何もあるわけがなく。
ただ、こすれるように赤い血が一線あるだけでした。
どうする?とは誰も言いませんでした。
これが唯一の手がかりでしかないのです。
ここに向かう途中に光が動かなかった時点で、薄々は気づいていましたが。
どこか、認めたくなかったのかもしれません。
「行ってみようか?」
吉澤さんが言いました。
どこに行くのか、それはすぐにわかりました。
ここに後藤さんが車を止めたのなら。
行くところは一つだけ。
ほんの少し向こうに見える建物。
そこだけしかないのです。
- 415 名前:5.Asami side 投稿日:2007/05/22(火) 23:36
- 行くことにためらいはありませんでした。
少なくとも私が一人だったのなら。
けれども、今の状況では、ためらいがあったのは事実でした。
吉澤さんと安倍さん。
二人をこれ以上巻き込んでいいのでしょうか。
確かに、吉澤さんはスポーツ選手ですから、私よりもはるかに身体能力が高いでしょう。
でも、だからこそ彼女をこんなことに巻き込んで、選手生命が絶たれることになったのなら……
ズキンとお腹が痛みます。
ふさがったはずの傷ですが、それでも恐怖という傷跡がふさがっているわけではありませんし。
銃というものが簡単に人の命を奪ってしまえるということは、ほんの少し前に痛感していますから。
- 416 名前:5.Asami side 投稿日:2007/05/22(火) 23:37
- 「一応、ごっちんとかかわるだけの覚悟はしているんだけど。もちろん、よっすぃも」
私の心を見透かしたかのように告げる安倍さんは、「でも……」と続ける私の両肩に手を置きました。
それ以上は言わせないかのように。
だけど……
予感というものが確かにそのときにありました。
ここが最後の境界線だという予感です。
ここを超えてしまえば、もう絶対に無関係ではいられないという予感。
そして、それは最悪の形で現れることになりました。
真正面から建物に入ることはできないと考えた私たちが、辺りをぐるっと歩いている時でした。
自分たちと全く同じことを考えている人間が別にいるとは、私は思いもしませんでした。
「ほんっとに、懲りないのかバカなのか……どっちなんですか?」
横からかけられた声に、全身が総毛立つのがわかりました。
また、ズキンとお腹の傷が疼きます。
- 417 名前:5.Asami side 投稿日:2007/05/22(火) 23:37
- 「吉澤……ひとみさんと……もう一人は知らない顔だけど」
ごくんと唾を飲んでから、声の方へと視線を移します。
向けられた銃。
持っているのは松浦亜弥。
そして、その後ろにいるのは、里沙ちゃんでした。
「あんた……あの時の……」
怒気の混じった声で、吉澤さんは言いました。
「ごっちんを探してたら、あなたたちがいるってことは、あながちあんたの推理も外れじゃなかったってことね、お豆ちゃん」
「えぇ。後藤さんにとって夏焼雅にたどり着く手がかりは、ここしかないでしょうからね」
やっぱりここがあのときの場所ということです。
やっぱり、ここに後藤さんはいるに違いないのです。
そこまでわかっているのに、この場から動くことはできませんでした。
素人の私にでもわかるくらい、松浦亜弥が無言のままかけている圧力。
一歩でも動けば、すぐさま殺されるに違いありません。
- 418 名前:5.Asami side 投稿日:2007/05/22(火) 23:37
- 「で、ごっちんはこの中にいるの?」
その問いかけに、答えることができませんでした。
松浦亜弥がここにいるから、後藤さんがここにいるであろうことが確信に近づいたのですから。
彼女がそれをわからずにここへとやってきているのなら……
私たちの確信への根拠が揺らいでしまうことになります。
「聞いてるんだけど?答えたくないの?」
パンと乾いた音がしました。
引き金を引いたことがわかったのは、風に乗ってやってきた硝煙の臭いのためでした。
「わからない……私たちもごっちんをさがしてるんだから」
答えたのは吉澤さん。
松浦亜弥は、その答えに少し驚いた素振りを見せました。
- 419 名前:5.Asami side 投稿日:2007/05/22(火) 23:38
- 「なのに、ここに来たんだ。ふぅん、なんだ、一緒の推理みたいだよお豆ちゃん」
実際には違う経緯でここにたどり着いたとは言えませんでした。
この場から逃れるチャンスを必死に考えていますが、全く思いつきませんでした。
このまま、松浦亜弥が私たちに興味をなくして通り過ぎる可能性は限りなく低く。
また、万が一それが起こったとしても、建物の中に入っていく彼女たちの後を追うことも不可能に違いないのです。
どうすればいいのか、考えれば考えるほどに答えに詰まります。
「なら、こんなとこで時間つぶしても仕方ないし、さっさと中に行こうか」
カチンとスライドを引く音がして、銃が向けられます。
「待って、無駄に人は殺さないって約束でしょ?」
里沙ちゃんの声に、松浦亜弥はあっけらかんとした声で答えます。
「そんな約束したっけ?鬱陶しい虫は殺しておいても問題ないでしょ」と。
すっと、私の前に吉澤さんが立ちます。
「逃げて。車のキーは安倍さんが持ってるから」
小声だけど、しっかりと耳に届く声でした。
- 420 名前:5.Asami side 投稿日:2007/05/22(火) 23:38
- 「そんな、ダメです。吉澤さん、死んじゃいます」
「どうせ、このままいたら全員殺されるんだよ……」
「でも……」
「私に指図する気?」
私たちの会話にかぶさるように、松浦亜弥は言いました。
キッと里沙ちゃんをにらみつける眼は、後藤さんに向けていたそれとはまた別のものでした。
チャンスだったのかもしれません。
私たちから気をそらしたこの一瞬が。
そして、それを感じて動けたのは吉澤さんでした。
数歩踏み出すと、両足めがけてタックルをするように飛び掛ります。
プロのスポーツ選手である吉澤さんの身体能力を前にして、銃を構え直す暇はありませんでした。
けれど、結果は吉澤さんの体は松浦亜弥の靴の下にあり。
後頭部に向けられた銃は、いつ引かれてもおかしくないものでした。
その過程において、私にわかったのは、左足下げて半身になった彼女が、吉澤さんの背中に手を置くように見えたことだけ。
その一瞬の動作で、目の前の状況が作られたのです。
- 421 名前:5.Asami side 投稿日:2007/05/22(火) 23:39
- グッと足に力が込められたのか、吉澤さんの口から短い声が漏れました。
「やめてください。関係ない人でしょ」
「関係なかったらこんなところに来ないじゃん。そうでしょ?」
その問いかけが誰に向けられたものだったのでしょうか。
ぐるりとこの場の全員に視線を投げかけました。
殺される。
その事実だけは確かでした。
この状況で私ができることは?
結局さっきからこの問いかけに終始することになります。
何も力の持たない私が、どうすることができるのでしょうか?
後藤さん?
後藤さんならどうしますか?
松浦さんを殺そうとしますか?
それともみんなを逃がすことを考えますか?
- 422 名前:5.Asami side 投稿日:2007/05/22(火) 23:39
-
『……何を言って欲しいの?』
あの時の後藤さんの声がよみがえります。
何度も、何度も心の中の後藤さんに問いかけても、答えは同じなのです。
だからこそ、その答えを知りたかった。聞きたかった。
私が知っている後藤さんでは答えられないその答えを、本物の後藤さんから聞きたい。
たったそれだけです。
死んだ人を生き返らせたいとか、世界を征服したいとか、お金持ちになりたいとか、そんな願いに比べたら、本当にちっぽけな……
たったそれだけの願いなのに、どうしてそれが叶わないのでしょうか。
- 423 名前:5.Asami side 投稿日:2007/05/22(火) 23:39
-
「ごっちん……後藤真希と夏焼雅の関係……知りたくはない?」
耳に入ってきたのはその言葉でした。
少し震えながらも、はっきりとした声で、安倍さんはそう言いました。
「関係?何?あなたが何を知ってるの?」
「その前に、よっすぃ、離してくれる?」
その言葉に、松浦亜弥は考える素振りすらみせず、思い切り蹴った。
ドンと鈍い音とともに、1メートルほど滑っていく吉澤さんの体。
「吉澤さん!」「よっすぃ!」
駆け寄る私たちに、胸を押さえながら吉澤さんは体を起こした。
「で、何を教えてくれるの?つまらないものだったらすぐ殺すよ」
「二人が実は親子だったとかいうのはどう?」
その言葉に対する反応は、私の考えるどれにも当てはまりませんでした。
バカな考えとあざ笑う笑うでもなく、驚くでもなく。
「そう、ごっちんもあの人の子どもだったんだ」
ただ、口の端をくいっとあげて、作り笑いのような笑みを浮かべてそう言ったのです。
- 424 名前:takatomo 投稿日:2007/05/22(火) 23:39
-
- 425 名前:takatomo 投稿日:2007/05/22(火) 23:39
-
- 426 名前:takatomo 投稿日:2007/05/22(火) 23:42
- >>414-423 更新終了です。
>>412
ありがとうございます。間あいてしまったのにまだ読んでくださる方がいてうれしいです。まったりですが、お付き合いください。
>>413
ありがとうございます。これからはできるだけ定期的に更新していきますので、引き続きお付き合いいただけるとありがたいです。
- 427 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/05/23(水) 00:39
- うぉおおおおお!あやや怖いっ!!
更新乙です!総毛立ちました!!
- 428 名前:6.Miki side 投稿日:2007/07/02(月) 22:45
- <6.Miki side>
下から小さな音が聞こえた。
バイクに乗った男の子。
男の子というほど自分とは年が離れてはいないだろうけど。
加えて、ここに住んでいる人間の8割が大学に通う目的だから。
自分と同い年である確率もかなりのものだった。
はぁーっと口から煙を吐く。
メンソールの爽快感が口の中に広がるが、しばらくして残るのはやっぱり独特の苦味。
1箱買うのにお札が必要なこんな紙の棒を、買ったのはただのきまぐれか……
それとも、自傷の現われなんだろうか。
- 429 名前:6.Miki side 投稿日:2007/07/02(月) 22:46
- ばっかばかしい。
タバコをくわえて、思い切り煙を吸う。
勢いよく肺を満たす煙にむせた。
手にしたそれを落としそうになりながら、私はベランダの手すりに捕まる。
そこから見た地面は、思ったよりも近かった。
手を伸ばせば届きそうなのに。
伸ばせば落ちてしまう。
見えているのに届かない、か。
頭によぎったのはごっちんのこと。
そして、帰ってこない紺ちゃんのこと。
「ったく……どこにいっちゃんたんだよ!」
苛立って口に出すけれど、わかっている。
どこにいったかはわからないけど、何をしに行ったかくらい。
- 430 名前:6.Miki side 投稿日:2007/07/02(月) 22:46
- ごっちん……
目を閉じれば…いや、目を閉じなくても思い出せる。
あの時の惨状が。
ついさっきまで、私の隣で笑っていた人間。
それが、ただのモノに成り下がった瞬間を。
今でも、思い返すたびにこみ上げるのは怒りだけ。
けれど、今は確実にそれ以外の怒りが加わっている。
どうして、紺ちゃんまで連れて行く?
その怒りが抑えられない。
落ちていくだけなのに。
近づこうとすれば傷つくのは紺ちゃんなのに。
それなのに、ごっちんは、紺ちゃんを惹きつける……
気づけば、タバコの灰がぽとりと靴の上に落ちていた。
黒いこげをつけるそれを、足を振って払い落とす。
- 431 名前:6.Miki side 投稿日:2007/07/02(月) 22:46
- ブンと一度大きな音をたてて、さっきのバイクが帰ってきた。
袋を提げているところをみると、近くのコンビニで何かを買ってきたのだろう。
バイク……か。
私のバイクはまだないままだ。
もちろん、あの夜、雅ちゃんを助けようとするごっちんに貸して壊れたまま。
愛ちゃんが、修理しましょうか?といったが、そのまま廃車にしてもらっている。
「後で、ごっちんにすっごくいいもの買ってもらうから」
思えば、それがゲン担ぎだった。
きっとごっちんは、生きている。
だから、帰ってきたら絶対にいいもの買ってもらうんだ、って。
- 432 名前:6.Miki side 投稿日:2007/07/02(月) 22:46
- ある意味、それは通じる形になった。
ごっちんは帰ってきた。
私の従兄弟のよっすぃとともに。
そして、あの事件。
ごっちんと紺ちゃんの再会の場に、もう一度現れた少女。
松浦亜弥。
最初の夜に出会った子。
奇しくも、ばらばらになった私と紺ちゃん、そして雅ちゃんとごっちんがもう一度揃った瞬間だった。
まるで、あの日の続きと言わんばかりに目の前で放たれた銃。
そして、ごっちんと紺ちゃんが逃げる手助けをしようとした私に、銃が振り下ろされた。
気を失っている間に起こったことはわからなかった。
事後報告という形だけ。
私は紺ちゃんと同じ病院に運ばれていた。
幸いにして脳波にも異常が見られなかった私は病院について、すぐに意識を取り戻し、そのままごっちんたちの元へと戻った。
そして……雅ちゃんは消え、紺ちゃんが生死の境を彷徨うこととなる。
- 433 名前:6.Miki side 投稿日:2007/07/02(月) 22:47
- はぁ……
ため息をもう一度つき、新しいタバコを取り出す。
どこで狂ってしまったんだろうか。
授業を早く抜けて、昼飯を食べたときから人生は変わってしまった。
私も紺ちゃんも、雅ちゃんもごっちんも全員がばらばら。
あの日、壊れたものはバイクだけでは決してなかった。
もう、戻っては来ない。
なんかそんな確信が私の中にはあった。
それでも、わざわざ自転車を買って、大学に通うのはどうしてだろう。
お金の問題なんかじゃない。
わかってる。
だけど、認めたくなかった。絶対に。
- 434 名前:6.Miki side 投稿日:2007/07/02(月) 22:49
- 「ばか」
口に出して言ってみた。
涙があふれてきたのは、きっとタバコの煙が目に入ったせいだった。
「ばかぁ……早く帰って来いよ……」
すーっと煙を吸い込んだ。
爽快感が口の中に広がるが、しばらくして残るのはやっぱり独特の苦味だった。
- 435 名前:takatomo 投稿日:2007/07/02(月) 22:54
- >>428-434
更新終了。
インターミッションみたいな感じで……
次からそろそろ収束させていきます。一応の予定では今のところで3/4くらい消化したくらいです。
あと少し……ではないかもですが、お付き合いいただけるとうれしいです。
>>427
ありがとうございます。彼女、心底悪役なのでw
最後まできっとこんな調子で悪役してくれると思います。
- 436 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/03(火) 15:58
- 待つ方は辛いねぇ…
これから収束ってことは、今回は嵐の前の静けさですか
- 437 名前:7.Maki side 投稿日:2007/07/23(月) 22:58
- <7.Maki side>
「大丈夫ですか?」
あの時、聞こえた声。
夢か現実かもわからないほどに朦朧とした中、私に聞こえた温かい声。
痛みなんてもう感じてはいなかったけど、すっと体の痛みが逃げていくような……
疑うことなんてなかった。
彼女のことを。
思い出すこともなかった。
もう会うことはないって思っていたから。
完璧な応急処置。
医師免許をもっている彼女なら可能だろう。
ルームミラーからさっきのビルが消えてからどれくらいたっただろうか。
正確な自分の道筋を把握することとりも、混乱する頭を整理することに終始する。
圭ちゃんは何も言わず、時たまミラー越しに目が合うだけだった。
- 438 名前:7.Maki side 投稿日:2007/07/23(月) 22:59
- 「残念やったな。私らみたいな人種とは縁の無いような子や」
病院でそういった後の裕ちゃんの笑み。
もうそこから仕組まれていたことなんだろう。
「人の好意は受け取っとくもんや。大丈夫。きっとごっちんは幸せになれると思うから」
そう言って私に日本行きを告げた時、おきまりの言葉をかけているのだと思っていた。
違った。
それの本当の意味、たぶん私の考えであっているはず。
どうして私が日本にやってきたのか。
どうして私が一人暮らしではなく、紺野と一緒に暮らす形になったのか。
車が止まった。
私のではなく、圭ちゃんが乗っていた車。
降りた時に鼻をくすぐったのはさっきとは少し違う潮の匂い。
- 439 名前:7.Maki side 投稿日:2007/07/23(月) 22:59
- 「ついてきて」
あの後、圭ちゃんは言った。
問いかける私に、十分な間を取ってから、そう言った。
罠という意識はなかった。
圭ちゃんもHPKのことを追っているという確信を持っていたから。
今、私に重要なのは情報だった。
紺野たちのところから得た情報は、あそこで止まっている。
今後、彼女たちが得た情報を同じような手段で奪い取っていくことは可能ではあるが、他人任せな上に時間がかかりすぎる。
なにより、きちんと紺野にロックをされたなら、私ではもちろん、世界中の誰もがそれを見ることはできないに違いない。
「裕ちゃん、ここにいるの?」
「いて欲しい?」
「別に」
「素直じゃないな、後藤は」
「違う、居たらいたで言いたいことがあるだけ……」
そう、あの言葉は嘘だった。
30になったらこの世界から足を洗う。
それは私をまともな世界へと行かせるための嘘。
そのことに対して腹は立ったが、それ以上に申し訳なさもあった。
そこまでお膳立てしてもらっていても、私は戻ってきてしまったから。
私の右手が握るべきだった紺野の手を一度つかんだのに、それを振り払って再び銃をしっかりと握ってしまったのだから。
- 440 名前:7.Maki side 投稿日:2007/07/23(月) 23:00
- 廃倉庫。
そう形容するのが正しいものが規則正しく並んでいる。
少し西に傾いた太陽が、それらの影を長く伸ばしていた。
「相変わらずだね」
「そう言うないであげて。裕ちゃんの趣味なんだから」
アナログという言葉がふっと頭によぎった。
そういえば、裕ちゃんがコンピューターとにらめっこしている姿は数えるほどしか見ていない。
4つ目の角を曲がって、2つ目の倉庫。
圭ちゃんが扉をノックすると、グワンと鈍い音が響いた。
「今日もいいお天気だから、星が見えるよ。季節外れの乙女座なんてどう?」
おきまりの暗号。
乙女座は私のことを指しているんだろう。
デジタルの時代だからあえてアナログ。
扉の向こうにいるであろう裕ちゃんはこれっぽっちも変わっていない。
- 441 名前:7.Maki side 投稿日:2007/07/23(月) 23:00
- 「オカエリナサイ」
微妙にイントネーションのずれた発音だった。
肩までかかる黒髪の女の子。
年は私よりも下……紺野と同じくらいだろうか……
紺野。
またこの名前を思い出す。
まるで自分が全てを紺野と比較しているような気がした。
「ただいま、リンリン」
圭ちゃんが声をかける。
少し平坦なイントネーションで呼ばれた名前は、あだ名ではないことがわかった。
韓国……いや、中国……?
日本人ではないその顔と名前から判断をする。
チャイニーズタウンは西海岸だったから、アメリカにいたときも数えるほどしかいったことはないけれども。
そこのエージェントがもっている独特な存在感を、彼女も持っていた。
- 442 名前:7.Maki side 投稿日:2007/07/23(月) 23:01
- 「ハジメマシテ。リンリンデス」
私の視線に気づいたのか、彼女はそっと手を出した。
握手。
アメリカ暮らしが長ければ、初対面でも当然のコミュニケーション。
だけど……
私が右手を出すと、手の平ではなく、手首がぐっとつかまれる。
強い力でそのまま左へと引っ張られる。
あえてそれには逆らうことなく、彼女の方へ一歩踏み出す。
すれ違う瞬間に私の後頭部に向けてリンリンの右手が動いているのだろう。
そんなことはお見通し。
踏み出した右足で踏ん張りながら、体を回転させて左足を回す。
狙うは彼女のこめかみ。当てるのは踵。
そして顔の前に来る彼女の右手を左手で受け止めればおしまい……のはずだった。
もう一つの気配を感じたときにはすでに遅い。
私は軸足である右を思い切り払われた。
- 443 名前:7.Maki side 投稿日:2007/07/23(月) 23:01
- 「ストップ。そこまでよ」
背中から落ちそうになるのを自由になった両手でこらえて、圭ちゃんを見上げる。
払ったのはもちろん圭ちゃんの仕業だった。
「リンリンもバカなことしないの。あんた、あのままだと後藤に殺されてたよ」
「ダッテ、後藤サン、『アシデマトイ』カモシレナイ」
アシデマトイ。足手まとい。
脳内で変換ができてカチンときた。
「そんなわけないでしょ。後藤が」
「デモ……」
「でも、じゃない。ほら、早く裕ちゃんとこいくよ」
つかつかと歩き出す圭ちゃん。
立ち上がった私と、もう一度リンリンは目が合い、思い切り背けられた。
- 444 名前:7.Maki side 投稿日:2007/07/23(月) 23:02
- なんなんだろうね……
よほど私が気に入らないんだろうか。
確かに、チャイニーズタウンの連中は仲間意識が強く、自分たち以外の者には手を貸そうとはしない。
情報も自分たち独自のネットワークが形成されていて、それはデジタルというよりもアナログな情報網だけど、
速度も量もデジタルに決してひけを取らないと聞いている。
特に、インターネットを介していない情報に関しては、彼らのネットワークは絶大な威力を発揮する。
それにお世話になる機会が1度だけあったが、それもお金でのドライな受け渡しだけで。
渡したお金に見合う必要最低限のことをだけしか教えてくれず、それ以上のことを聞き出すのに、最初の3倍以上のお金がかかったことを覚えている。
でも、どうしてこんなところにいるんだろうか……
日本でも外国人というものは珍しくは無いが、私たちのようなエージェントの存在はかなり珍しいのに。
ましてや、裕ちゃんや圭ちゃんといった日本人と一緒にいるなんて。
- 445 名前:7.Maki side 投稿日:2007/07/23(月) 23:02
- 「おぉ、久しぶりやな、ごっちん。元気してたか?」
まるで近所のおばちゃんのような感じで裕ちゃんの声が聞こえた。
当時とほとんど変わっていない。
少し茶毛の色が濃くなったくらいのものだった。
「元気してたか、じゃないよ。全く……嘘つき!」
「ごめんごめん、でも、嘘ついてたわけやないねん。ほんまに足洗うつもりやったんやで」
笑みを浮かべて肩に回される手。
どこかそれが懐かしく、振りほどこうと思ったけど、できなかった。
「紺野さんのことはもうええんか?」
ポンと何気無く告げられた言葉が、私の心にグサリと突き刺さり、自分の考えが合っていることを知らしめる。
- 446 名前:7.Maki side 投稿日:2007/07/23(月) 23:03
- 「やっぱり……そうなんだ」
そう切り返すのが精一杯。
「紺野さんはわかってないみたいやけどな。なんせ薄暗い中、ごっちんは血だらけのぐちゃぐちゃやったんやから」
「どうして……?」
「言ったやろ。幸せに暮らしていくんやでって」
「違う……そうじゃない……」
どうして……どうしてそれで紺野が……
どうして、紺野を選んだの?と口に出すことはできなかった。
今、幸せですか?とあの時聞かれれば、きっと否定も肯定もしないだろう。
でも、今なら……今ならわかる。
なくなってしまってからやっとわかる……
確かに、うれしかった。
紺野といるほうがうれしかった。
紺野がいて、美貴がいて……楽しかった。
アメリカにいた頃が懐かしくなるときもあった。
だけど、アメリカの生活の方が楽しかったと、いつしか思うことがなくなっていた。
- 447 名前:7.Maki side 投稿日:2007/07/23(月) 23:03
- 「まだ、戻れるで。ごっちん」
すっと耳元で告げられた言葉。
さっきまでとは違う、低くて真剣な声。
「…………」
もう一度、紺野の顔が頭によぎる。
それと同時にあの時の声。
瀕死の私を救ってくれた紺野の声。
でも、もう会うことはできない。
紺野とは住んでいる世界が違う。
無理にあちらの世界に入った結果がこれだ。
これ以上……紺野に会って、なんていえばいい?
人殺しと非難されたなら、どうすればいい?
- 448 名前:7.Maki side 投稿日:2007/07/23(月) 23:03
- 「もう……戻れないよ」
「ほんまか?ごっちんがそう思ってるだけちゃうか?」
「……」
「まぁ……ええわ。それより圭ちゃん、どうやったん?」
肩から手が外れる。
ふっと巻き起こった風がやけに冷たかった。
紺野……
考えるだけ無駄なのに。
もう、絶対に会うことは無いのに。会えやしないのに。
- 449 名前:takatomo 投稿日:2007/07/23(月) 23:04
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- 450 名前:takatomo 投稿日:2007/07/23(月) 23:04
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- 451 名前:takatomo 投稿日:2007/07/23(月) 23:10
- >>437-448 更新終了です。この次もこれくらいのペースでいけたら。
少しずつスピード上げたいですね
>>436 ありがとうございます。どこまでも追っかけ派が多いので、彼女はお留守番役ということで。
そうですね、これから最後に向けてどどどんと行きたいですね。
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