爆音サンタクロース

1 名前: 投稿日:2005/12/26(月) 00:20

他板でも書かせていただいていますが、
こちらでは時期遅れのクリスマスネタを書きたいと思います。
メインは後藤さんとか紺野さんとか。
よろしくお願いします。
2 名前:爆音サンタクロース 投稿日:2005/12/26(月) 00:21





「はぁい、彼女ぉ。願い事、叶えに来たよー」




3 名前:爆音サンタクロース 投稿日:2005/12/26(月) 00:22

突然夜の静寂を切り裂いてきたその緊張感のない声を、
私は呆気に取られたまま何度も何度も頭の中で繰り返した。
だって、その声は私がよく知っている声で、何度も何度も聞いてた声で、
いつだってずっと聞きたいと思ってた声だったから。
その声が、そしてその持ち主が、今、私の目の前にいる。
目の前に……目の前!?

危うく夢のような時間に陥りかけて、私は今自分のおかれてる状況が
とてもじゃないけど普通じゃないってことに気がついて、思わず窓際から後ずさりをした。
手の届く距離にいたその人の目が、ゴーグルの向こう側で丸くなる。

「何びびってんのぉ」
「び、びびるとか……」

ありえない状況なのに、のんきな声だった。
元々焦るとかあわてるとかいうこととは無縁の人だと思ってたけど、
まさかここまでとは思わなかった。
あ、でも……そうか、元々自分が特殊な人間だって知ってたら、
焦ったりあわてたりなんてしないよね。
宇宙人が宇宙人に会っても驚かないのと一緒で。
4 名前:爆音サンタクロース 投稿日:2005/12/26(月) 00:22

「……意味わかんない」
「へ?」
「特殊な人間とか、宇宙人とか、意味わかんないから」
「わ、わ、わわわ!?」
「だーかーらー、何」
「わ、私、今、口に出して何か言いました?」
「何も言ってないと思うけど?」
「で、ですよね……。だったら、な、なんで、その、私の思ってたこと……」
「ん? そりゃわかるよ」
「だ、だから、なんで……」
「だって」

ゴーグルを外した彼女は、いつもの穏やかな笑みを浮かべていた。
まるですべてが当たり前で当然のことみたいに。

「あたし、サンタだもん」

   * * *
5 名前:爆音サンタクロース 投稿日:2005/12/26(月) 00:23

事が起こったのは、今からほんの数分前。
北海道出身で、東京の人よりは寒さに強いと思う私は、その日、
空気がキレイですごく星がよく見えたから、窓を開けてぼんやりと空を眺めていた。
私が家族と住むマンションは都心より少しはずれたところにあって、
しかも結構な高層階だから、星が見えないといわれる場所よりはまだ見えるほうだと思う。
もちろん、北海道の田舎と比べると、星の数が全然違うんだけど、
冬の深夜になると空気も少し浄化されてるみたいで空がキレイに見えるから、
私は寒い中毛布に包まりながら空を見上げるのが好きだった。

家族はもう眠ってしまっているし、終電も終わって出歩く人はほとんどいない。
たまにタクシーが通るけどそれもそんなに多くはなくて、
口を閉じて息を詰めれば、星の降る音が聞こえてきそう。

その時間が好きな私は、つい数分前もいつものように空を見上げていた。
12月に入ってから雨もほとんど降らなくて天気は良く、月がきれいに見えた。
クリスマスが近づいて、夜もなんとなくにぎやかで、そんな空気も楽しみながら、
私はほっ、と空に向かって息を吐いた。
白い息が一瞬だけ形を作って、そのまま空へと消えていく。
世界が私だけのものになったみたいな気分。

でも、さすがにちょっと寒くなってきたから、そろそろ部屋に戻ろうかと思ったその瞬間、
ビリッと体が震えたかと思ったら、途端に何かに体中を覆われた。
反射的に両手で耳をふさいで目を閉じたけど、それは何の意味もなくて、
私の耳には何かをぶっ壊すような轟音が響いてきて、部屋の床までも震えていた。
6 名前:爆音サンタクロース 投稿日:2005/12/26(月) 00:23

「ちょ、ちょ、ちょ……っ!?」

なんていうのかわからないけど、とにかくイヤな音。
口から体の中に入って、そこから叩き壊そうとするみたいな、よくわからない音。
音っていうか、それはもう何がなんだかわからないもので、私は思わず

「うるさーいっ!!」

と空に向かって叫んでしまっていた。
そしたらその音はピタッとやんで、静寂がまた戻ってきた。
そーっと両手を外してみるけど、もうさっきまでの音は聞こえない。
窓の外をのぞいてみたけど、外には誰もいないし何かが起こった気配もない。
さっきまでと何も変わってない、いつもの夜の街。

……私、もしかして、なんか、アブナイ?
勉強しすぎて幻覚でも見た?
あ、見てないから幻聴?
もしかして疲れてる? ……そ、そうだよね、疲れてるんだ。早く寝よう。

そう思って窓を閉めようと窓枠に手をかけた瞬間、
あののんきな声をかけられたんだ。
7 名前:爆音サンタクロース 投稿日:2005/12/26(月) 00:23

彼女はそこにいるのが当たり前みたいに、窓の向こう、私と同じ目の高さにいた。
体よりも大きい、テレビで見たことがあるような変わった形のバイクにまたがって、
真っ赤な革のライダースーツ(?)に身を包んで、
白いマフラーを首に巻いて、半分だけのヘルメットを被って、ゴーグルをして。

考えるより先に、私の心が今の状況がおかしなことに気がついた。
私の家は……確か8階だったはず。下を見れば、歩いてる人が誰だかまでは判別できない高さ。
私の部屋の窓はベランダともつながってないし、窓の外に足をかける場所なんてない。
当然、あんな大きなバイクを止められるような場所もなくて……。
おそるおそるのぞき込んだら、あのバイクは透明な床でもあるみたいに、
空中にぷっかりと浮かんでいた。

自分でも目が丸くなるのがわかったし、鼓動が早まるのもわかった。
びっくりっていうかなんていうか、ゆでたまごを丸ごと飲み込んだみたいで息ができなくなりそうで。
ホントなら気絶してたっておかしくなかったのかもしれない。
それなのに、私はその場から逃げるよりも先に、
目があってにっこり微笑んだその笑い方に気がついてしまって、目を離せなくなってしまった。
だって、その笑い方はあの人――後藤先輩とおんなじ笑い方だったから。
8 名前:爆音サンタクロース 投稿日:2005/12/26(月) 00:24

「……とにかくさ、ちょっと入れてくんないかな? 長旅で疲れてるんだよねー」

ぼんやりしてた私は、その声で我に返った。
そ、そうだった。この人何とかしなきゃいけないんだった。
落ち着いて考えたら、わからないはずもない。
いくら後藤先輩がなんかいろいろなものを超越してるっぽい人だって言っても、
まさか空に浮かんだりすることはできないはず。
あ、でも根本的に普通の人じゃないって可能性も……?

「いやいやいや。あたし、その後藤先輩とかって人じゃないから。
サンタ、サンタクロース。Do you know?」

……なんだか思いっきり突き飛ばしたい気分になってきた。
私がそんなことを考えたせいか目の前の後藤先輩もどきは、両手を上に上げて
おどけたように身を引いた。

「イヤだって言ったら、どうするんですか」
「……キミはイヤだとは言わないと思うけどな」

にまりと笑う"もどき"。
……よくわかってる。
9 名前:爆音サンタクロース 投稿日:2005/12/26(月) 00:24

ホントなら、この非現実的な事が起こったときに気絶したり悲鳴上げたりとかしてたはず。
それをしてなくて、この人と話とかするようになっちゃって、もう気分はだいぶ落ち着いてて、
だったら、次にくるのは好奇心。
あやしいなとは思ってるけど、この人の顔が私から警戒心を奪っていく。
だってだって、ホントに同じ笑い方なんだもん。同じ話し方なんだもん。
現実には無理なら、少しくらい夢が見たいって思ってしまう。
もう少し、この時間が続けばいいって思ってしまっている。
その時点で、私はきっと負けてるんだ。

私は大きく息を吐き出してから、体を横にずらして窓から入れるだけのスペースを作った。
目の前の"もどき"はパッと顔を輝かせると、またがっていたバイクから降りてそのまま当たり前みたいに
空中を歩いてくると、軽々と窓枠と手すりを乗り越えて私の部屋の中へと降り立った。

「あ、ど、土足は……」

ひらりと跳ね上げられた足に見とれていた私は、一瞬気づくのが遅れて、
しっかりと部屋の中に着地してから思わず声を上げていた。
"もどき"はちょっとだけ驚いたように眉をあげたけど、すぐに心得てるって感じで笑って、
ちょいちょいと足元を指差した。
そーっとそーっと腰をかがめて足元を覗くと……なんと、"もどき"の真っ赤なブーツの底は、
私の部屋の床にはついてなくて、ホントにちょっとだけ空に浮かんでいた。

窓を閉めて暖房を入れて電気をつける。
そこで初めて、私は彼女の全身像をはっきりと見ることができた。
10 名前:爆音サンタクロース 投稿日:2005/12/26(月) 00:25

おぼろげな街の明かりでもわかった、後藤先輩にそっくりの顔。
電灯の下で見ると、そっくりどころの話じゃなかった。生き写しって言ってもいいくらい。
髪の長さも、その凛とした雰囲気も、何もかもが私の記憶の中の先輩そのもの。
目が合うと、やわらかく微笑んでくれる。

だ、だから、"もどき"であって後藤先輩じゃないんだってば。
私はあわてて目をそらすと、"もどき"の全身をゆっくりと眺めた。
どこどう見たらサンタに見えるって言うんだろう。
サンタというにはあまりにも……あまりにも、かっこいい。

「んー、ありがとー」

何気なく言われたその言葉でハタと気づいた。
そ、そういえば、この人って……。

「んー、わかるよ、何考えてるか。しゃべんなくていいから、便利でしょ?」
「べ、便利じゃないです! プライバシーの侵害です!」
「……じゃあ、読まないようにするよ」
「で、できるんですか」
「できるよ、サンタだもん」
「じゃ、じゃあ、ぜひそうしてください」
「りょーかい」

正直、論理的じゃなかったし、ホントに聞こえないようになってるかはわかんないけど、
信じないよりは信じておくほうが得策だと思ったから、私は"もどき"の言うことを
信じることにした。
11 名前:爆音サンタクロース 投稿日:2005/12/26(月) 00:25

「でさ、とりあえず、その"もどき"ってのやめてくんないかな」
「え、へ?」
「あんま、気分よくないから」
「あ、ご、ごめんなさい。じゃ、じゃあ、なんて呼べば?」
「んー? 何がいいかねえ」
「サンタ、さんでは?」
「あ、それは却下」
「へ?」

サンタさん。
サンタクロースさん。

本当に彼女がサンタなら、それは別に変わった呼び方じゃないしいいと思うんだけど、
彼女はちょっとだけ口を尖らせて、それから小さく笑った。

「サンタってさあ、どうよ?」
「え?」
「いやね、日本じゃなければサンタだっていいと思うわけ。でもさ、日本語でサンタって
なんか、昔の男の子みたいじゃん? なんかこう、あたし的にしっくりこないっていうか。
そもそも、サンタってひげもじゃのおじいさんだと思って言ってるわけでしょ?
そのビジュアルがこう、あたしの頭にちらつくわけだ。
それはねえ、正直あんまりいい気分じゃないっていうか、わかるでしょ?」

わかるでしょ? と言われても、おじいさんと間違われたことは生まれてこの方ない。
あさ美って名前じゃ、間違われようもないから、この人の言ってることはどうにもわからない。
12 名前:爆音サンタクロース 投稿日:2005/12/26(月) 00:25

「あの……」
「うん?」
「サンタさんって、たくさんいるんですか?」
「うんまあ、きっとキミが思ってるよりはたくさんいるんじゃないかな。
それでも、一時期よりは減ったと思うんだよね。ほら、なんつーの、えーと技術革新?
あれが進んでさ、もうトナカイにソリ引かせてプレゼント配るサンタなんていなくなっちゃったから」
「え……ええ!?」
「うわお、何?」

や、だって、サンタさんといえば、トナカイにソリにひげのおじいさんに白い袋って
相場が決まってるじゃないですか。
まあ、そりゃ、目の前にいるこの人がサンタだって言われたら、そればっかりじゃないのかなとも思うけど、
でも、それが子供の夢だと思ってたし、そういうサンタがいないなんて思わなかったから。
なんだかクラクラしてきた。

「え、じゃあ、どうやってプレゼント、配ってるんですか?」
「まあ、ネットみたいなものかな」
「ネット?」
「インターネット。正確には違うけど、近いものだと思うよ。サンタにはね、サンタしか持ってない
パイプみたいなのがあってさ。クリスマスの夜にはそれを通して自分の持ち場の子達に
プレゼントを贈れるわけ。ボタンひとつで」
「ボ、ボタン……」
13 名前:爆音サンタクロース 投稿日:2005/12/26(月) 00:26

私の頭には、空に縦横無尽に張り巡らされた太いパイプが浮かんだ。
サンタがポチッとボタンを押すと、あのパイプを通ってプレゼントが贈られるんだ。
ボタンひとつ。サンタさんは苦労して煙突を通ってプレゼントを配ったりなんかしない。

ああ、神様。
せめて、このことを子供たちが知らずにすみますように。
だって、みんな夢を持ってるんだもん、壊されちゃったらかわいそう。

「そんなだからさ、人数も少なくてすむわけだ。人員削減ってんじゃないけど、まあそんな感じ」

夢のない言葉を次々と言われて、私はへなへなとベッドに座り込んだ。
や、私だってさすがにサンタが実在しないなんてことわかってはいるんだけど、
それでも、心のどこかでもしかしたらっていう気持ちは持ってた。
そのほうがステキだって思ってたのに……。

まさか、後藤先輩と同じ顔をしたこの人に、夢も希望も打ち砕かれるとは思ってもみなかった。

「もしかして、ショックだった?」
「はあ……割と」
「それは悪いことしたねえ」
14 名前:爆音サンタクロース 投稿日:2005/12/26(月) 00:26

ぽふぽふっと突然頭を叩かれた
ハッとして顔を上げると、そこには後藤先輩と同じ笑顔の人が、優しく私を見下ろしていた。
思わず、顔が赤くなる。
こんなに近くで先輩の顔が見られるなんて……夢みたい。
や、違うから、先輩じゃないし。
そもそも先輩はこんなにおしゃべりじゃないから。

スーハー深呼吸をして、なんとか心を落ち着かせる。
この人の存在は、どうも心臓に悪い。

「あ、あの、それじゃあ、なんで、あなたはここにいるんですか?」
「ん? あ、そうか。説明しないといけないね」

サンタさん(仮)は、私の髪をくしゃくしゃっと軽くなでてから、
よっこいしょ、と言いながら私の隣に座った。
ふわっと風に乗っていい香りがする。
なんだろう、甘くて優しい、花みたいな香り。少し気持ちがほっとした。
15 名前:爆音サンタクロース 投稿日:2005/12/26(月) 00:27

「今のサンタはね、持ち場の中のひとりの願いを叶えてあげることができるんだ。
んで、うまいこと願いが叶えられると、このバッチがもらえるわけ」
「バッチ……」

サンタさん(仮)は、ライダースーツの左袖をぐいっと手前に出した。
そこには真っ白な丸いバッチがいくつも並んでいる。まるで勲章みたいに。

「これがたまると、サンタさんは自分のお願いも叶えてもらえるわけ」
「はあ……」
「外にバイクあるでしょ? あれもあたしが長いことがんばってやっと今年手に入れたわけさ。
いやー、手に入れられたときはホントうれしかったなあ。あれ、ずっとほしくてさ、
かっこいいっしょ?」
「はあ……」

にこにこと満面の笑みで語る彼女は、子供みたいだった。
サンタが物欲にまみれてるのはどうなのと思ったけど、こんな顔見てると何も言えない。
それこそ、サンタさんからプレゼントをもらった子供って、こんな顔するよねって顔だし。
もしかしたら……ホントの後藤先輩も、こんなふうに笑うのかな。
だったら、それはきっとすごくすごくかわいいんだろうな。

「んで、今年選ばれたのがキミってわけだ。どう、うれしい?」

うれしいとかうれしくないとかそんなことよりも、どうにも疑問が頭から消えない。
わけがわかってないのは間違いないんだけど、それだけじゃなくて、なんかしっくりこない
っていうか、なんだろう、この違和感。
16 名前:爆音サンタクロース 投稿日:2005/12/26(月) 00:27

「……? 何、うれしくないのー?」
「あ」

わかった。
ぽむ、と手を打つ私をサンタさん(仮)は、きょとんとした顔をして見ていた。
目があってかくっと首を傾げる。その姿がなんだかちょっとかわいい。

「何?」
「今日、18日ですよ」
「…………………………………へ?」

私は携帯のサブディスプレイを見て、日付を確認した。間違いない。

「そっか、だからなんかヘンだなーって思ってたんだ。クリスマス、1週間後ですよ?」
「…………………………………マジ?」
「はい」

サンタさん(仮)は、きょときょっと視線を空に走らせて、
何を考えたのか、突然窓の外に目をやった。
くるくると頭をめぐらせていたかと思うと、いきなりパタッと動きを止めて、
がくーっと頭を下げる。
17 名前:爆音サンタクロース 投稿日:2005/12/26(月) 00:27

「あ、あの……?」
「うっそぉ! マジで!?」
「ま、マジ、です」
「しまったー、日本担当になったの久しぶりだったから、完全に日付間違えたよー」

それにしたって1週間は間違えすぎじゃないんですか、と思ったけど、それは言わなかった。
がっくりとうなだれているその姿は、本当にショックって感じだったから。

「あの……大丈夫ですか?」
「………………うん、まあ」
「日付間違えると、何か問題とか?」
「………………うん、まあ」
「ど、どんな?」
「聞いても、怒らない?」
「そんなの聞いてみないとわからないですけど……」
「じゃあ言わない」

コツンとガラスに額を当てて、彼女はハーッと大きく息を吐いた。窓が白く染まる。
その横顔には、さっきまでの笑顔はなくて、表情が引き締まってる。
ドキッと胸が鳴った。それはまさに、私が遠くからいつも見ているあの顔と一緒だったから。
18 名前:爆音サンタクロース 投稿日:2005/12/26(月) 00:28

「言わなくて、どうにかなることですか」
「……ならない」
「じゃあ、言ってください」

強気になったつもりはないけど、こんなことを言えたのは、真剣でも弱々しく見えたから。
私に何とかできるのなら、何とかしてあげたい。

「……あたし、1週間、キミと一緒にいないといけない」
「……はい?」
「クリスマスになるまで、あたし、帰れないんだ、空に」
「え?」
「そういうルールなの」

ポツリと、彼女はつぶやいた。
彼女の話によると、サンタは確かに願いを叶える権利を持ってるけど、
それを使うのかどうかはサンタ本人の自由らしい。
願いを叶えようと思ったサンタは、普通クリスマスイブの夜に相手の家に訪れて正体を明かし、
クリスマスになると同時に願いを叶えていく。
願いを叶えられなければ空には戻れないし、当然願いを叶えられるのはクリスマスだけだから、
時間を間違えたら願いを叶えるまで=クリスマスになるまでは空に戻れない、ということらしい。
つまり、それは……。
19 名前:爆音サンタクロース 投稿日:2005/12/26(月) 00:28

「1週間、一緒にいなきゃいけない」

ということで……。

「え、ええええええ!?」

大声を出した私に、彼女はあわてたように振り返った。

「や、でも、あたしの姿ってキミ以外には見えないし、その、迷惑だったら姿消したりとかも
できるから……」

言いながらも、彼女の言葉はどんどん力をなくしていく。
意外。
さっきまではあんなに自信満々で明るくて元気いっぱいにしゃべってたのに。
今はこっちが顔をしかめちゃうくらい、弱々しい。
手を、差し伸べてあげたい。
助けてあげたい。
20 名前:爆音サンタクロース 投稿日:2005/12/26(月) 00:29

「あ、あの……いいです、大丈夫」

そう思ったのは、後藤先輩と同じ顔だったからなのかもしれない。
私にとって手の届かないほど高いところにいる人。
その人がまるで目の前にいるみたいだったから、そんな時間を私ももう少し過ごしたかったのかもしれない。
キュッと痛む胸を押さえながら、私はできる限りの笑顔を彼女に向けた。

「ホントに……?」
「え、ええ……」
「マジで?」
「ま、マジで」
「……………………うわー、ありがとー!」

感情の起伏があまりにも激しくて、私は彼女の行動についていけなかった。
窓際にいたと思った彼女は、とおっとばかりに私に向かって飛びついてきた。
その勢いに負けて、私はベッドに押し倒されてしまう。
さらりと彼女の長い髪が、私の頬へと流れ落ちてくる。
上から見下ろされるそのまっすぐな瞳に心臓がバクンと大きく揺れた。
21 名前:爆音サンタクロース 投稿日:2005/12/26(月) 00:30

「大好きだー!」
「うえええええ!?」

わけがわからないまま、私は頬に思いっきりキスされていた。
そのままギューッと抱きしめられて、目が白黒白黒してくる。
頭がくらくらする。甘い香りに息ができなくなる。
わかってるわかってるわかってる。
この人は後藤先輩じゃない。後藤先輩じゃない。
でもでも……。

バクバクと心臓が鳴るのをやめない。
上半身全部が心臓になったみたいで、顔が熱くなるのがわかる。
ヤバイヤバイヤバイって!

そう思ったけど、彼女は私をいつまでも離してくれなくて、
気がつけば私はそのまま目を回してしまったらしく、
真っ白な世界に飲み込まれていっていた……。

   * * *
22 名前: 投稿日:2005/12/26(月) 00:30

本日の更新はここまでです。
23 名前:名無し飼育さん 投稿日:2005/12/26(月) 01:06
感情の起伏の激しいサンタさんかわいいっスね
24 名前:風まかせ 投稿日:2005/12/26(月) 18:20
これから楽しみですね
ところで、他板はどこですか
25 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/12/27(火) 01:45
うわぁい、藤さんの新作♪
サンタさん、いいですね。
26 名前:爆音サンタクロース 投稿日:2006/01/04(水) 00:33

「……ごめん、ちょっとはしゃぎすぎた」
「い、いえ、こちらこそ……」

私は目を閉じたまま、額に濡れタオルを当てていた。
彼女の声は少し離れたところから聞こえてくる。
そのしょんぼりとした声に、ちょっと過剰に反応しすぎた自分を恥じる。

「なんかさ、失敗したときって、人の優しさが身にしみるよねえ」
「そうですね……」
「とにかく、1週間、よろしく。できるだけ迷惑にならないようにするから」
「はあ……よろしくお願いします」
「そんじゃあ、まあ、まずは呼び名を決めちゃおうか」
「はあ」
「紺野、こんこん、紺ちゃん、あさ美ちゃん、あさみん……どれがいい?」
「……どれでも。好きなように呼んでください」
「んー、じゃあ、紺野、かな。しっくりくる」
「はあ。で、私はなんて呼んだら……」
「んー、それが問題なんだよねえ」

サンタさんはイヤだって言うし。
クロースさん、じゃなんかおかしいし(思いっきり日本人の顔だし)。
27 名前:爆音サンタクロース 投稿日:2006/01/04(水) 00:33

「あの……サンタさんってほかにもいるんですよね?」
「え、ああうん、いるよ」
「ほかの人にはなんて呼ばれてるんですか? まさかサンタさんじゃないですよね?」
「あ、うん。……ご、っつぁんとか」

なぜか口ごもる彼女に、私は首を傾げた。

「ごっつぁん? 変わった名前ですね」
「あー、うん……」

ごっつぁん、ごっつぁん……口の中でもごもごつぶやいてみるけど、どうにもしっくりこない。
ごっつぁんさん、じゃやっぱりおかしいよねえ?

「あの、ほかには?」
「……ご」
「ご?」
「……とー」

……?

「ご、とー」
「ごとう?」

こくりと首が上下する。
ごとう、ごとう……って?
28 名前:爆音サンタクロース 投稿日:2006/01/04(水) 00:35

「ごとう!?」
「そ、そうだよ」
「なんで!?」
「なんでって……510番だから」
「はい!?」
「だから、510番目だったの。サンタになったのが。で、名前も自分で決めていいって言われたんだけど、
めんどくさかったから。510でゴトー」

……神様。
そんな偶然がこの世にあっていいんでしょうか。
後藤先輩と同じ顔で同じ声のサンタクロースの名前は、ごとーさんだなんて。
そこにいられるだけでもドキドキするのに、それをガマンして一緒にいることもOKしたのに、
名前まで同じなんて。同じ名前で呼べなんて。……あんまりです。

「や、いいよ。無理に名前で呼ばなくて。サンタでもなんでも」
「……でも、イヤなんでしょう?」
「う、うん……」

私は呼吸を整えながら、目を開けて困ったような顔をしている彼女を見た。
もしも私が同じ立場だったらどうだろう?
名前があるのに呼んでもらえなかったら。
ほかの人に呼びかけるのと同じように一緒にされてしまったら。
29 名前:爆音サンタクロース 投稿日:2006/01/04(水) 00:36

『ああ、後輩ちゃんね』

……やっぱりイヤだな。
私は私で、ちゃんと私だって認めてほしい。
紺野あさ美って名前があるんだから、その名前で、呼んでほしい。
だったらそう、この人だってきっと同じはず。

「……わかりました。ごとー、さん」
「え、え?」
「ごとーさん、でいいですか?」
「う、うん!」

ぱあっと花が開くみたいに、ごとーさんの顔に笑みが戻る。
その笑顔に、私もなんだかうれしくなる。
そう、同じ顔なのも同じ声なのも同じ名前なのも、この人が悪いわけじゃない。
一緒にしてしまおうとしてるのは私なんだ。
私がちゃんとしてれば、彼女は困ったりしなくてすむ。
不可抗力とはいえ、一緒にいることになるんだから、だったら気持ちよく過ごしたい。
私の願いを叶えるためにって、わざわざ来てくれたんだから。
……まあ、自分の願いを叶えるためかもしれないけど。

「じゃあ、改めてよろしくお願いします」
「うん、こちらこそよろしく」

軽く挨拶を交わして、その日から私たちの奇妙な同居生活がスタートした。

   * * *
30 名前:爆音サンタクロース 投稿日:2006/01/04(水) 00:38

「んじゃあ、紺野の願い事ってやつを聞いてみようかな」

当たり前のように私の隣を歩きながら、ごとーさんが聞いてくる。
後藤先輩もこのくらいの高さなのかなっていう、私より少し高い目線。

私たちは並んで高校までの道を歩いていた。
私の家は高校まで歩いて20分ほどのところにあるので、通学は徒歩。

ごとーさんは、朝になっても真っ赤なライダースーツに白いマフラーのまま、
部屋の中に当たり前みたいにいた。
目が合った瞬間の「おはよう」は、なんだかちょっとこそばゆかった。

学校へ行く、と言ったら当たり前みたいにあたしも行く、とか言い出して、
まあ周りの人は見えないからいいかと思ったんだけど、
何かと話しかけてくるから、少し困ってはいる。

だって、見えないってことは私がごとーさんに応対したら、
独り言をつぶやくアヤシイ人ってことになっちゃう。
だけど、ごとーさんは黙ってるのが苦手なのか、せっせと話しかけてくるから、
私はこっそり小さい声でごとーさんの問いかけに答えていく。
その中での突然の質問に、思わず足を止めてしまった。
31 名前:爆音サンタクロース 投稿日:2006/01/04(水) 00:40

「ん? どした?」
「いえ……」

言われてみれば、私の願い事ってなんだろう?
おいしいものが食べたいとか。
新しい洋服がほしいとか。
遊園地に行きたいとか。
そんな当たり前のことでもいいのかな。

「あの、ごとーさん。叶わない願い事とかってあるんですか?」
「うん?」

前から吹いてくる冷たい風にも、ごとーさんは顔をしかめたりしない。
やわらかく笑って、前を見ながら歩いている。

「珍しいね、そういうこと聞いてくるの」
「え?」
「だいたいの人は、即何か言うんだ、自分のほしいものとかしたいこととか。
でも、紺野は違うんだね」
「ち、違うと何かまずいですか」
「ううん、そんなことないよ」

なぜだか知らないけど、ごとーさんはものすごくうれしそうに笑った。
32 名前:爆音サンタクロース 投稿日:2006/01/04(水) 00:42

「叶えてあげられない願いはないよ。どんなことでも叶えられる」
「どんな、ことでも」
「それこそ、世界征服でも。でも、そういう願い事をする人のは、
だいたい叶えてあげないけど」
「え、でも、叶えないと帰れないんじゃあ……」
「まあ、その辺はいくらでもやりようはあるってこと。叶うか叶わないかは、
あたしが認めるか認めないかにかかってるってとこかな」
「はあ……結構、すごい力をお持ちなんですね」

それって神様にも負けないほどの力なんじゃないですか。
そもそも、サンタさんって誰の力でそんな力を持ったんだろう。
軽く疑問には思ったけど、聞いたところで私にはよくわからない気がしたから、
そのことについて深く聞かなかった。

「んで、紺野のお願いは何?」
「な、なんでしょう……?」
「はは、何それ」
33 名前:爆音サンタクロース 投稿日:2006/01/04(水) 00:42

だってホントによくわからないんです。
誰だって夢を見ることはある。「ひとつだけ願いが叶うなら」ってこと。
でも、私はあんまりそれを考えたことがない。
叶わない願いは最初から考えない。
そんなことが身についたのは、いつからだっただろう。
努力してできることと、努力してもできないことを切り離して考えるようになったのは。

もう、忘れてしまった。
努力するだけで私はいっぱいいっぱいだったし、それで充分満足してた。
勉強もスポーツもそこそこできるようになって、仲のいい友達もできた。
充分幸せだった。だから……。

「んーと、かぼちゃとかおいもとかのお菓子、おなかいっぱい食べたい、かなあ」

精一杯考えて言ったのに、ウソとかじゃ全然なかったのに、
なぜだかごとーさんは一瞬言葉を止めて、次の瞬間には大きな笑い声を響かせた。
34 名前:爆音サンタクロース 投稿日:2006/01/04(水) 00:43

「ご、ごとーさん」
「や、ごめん、なんか、紺野らしいっていうか」
「ダメ、ですか?」
「ダメってことはないけどさあ」

ぽんぽんって子供をあやすみたいに、ごとーさんが私の頭を叩く。

「それはホントに、紺野の願いなの?」
「えっ……」
「ホントに紺野が一番にしたいことなの?」

言われて、言葉に詰まる。
それは、してみたいことではあるけど、絶対にしなきゃいけないことじゃない。
何をおいても一番に、っていう願いじゃない。
私は……。

「ま、そんなにあわてて考えなくてもいいよ。まだ1週間もあるんだし」
「は、はい」
「ゆっくり考えてあたしに教えて? 楽しみにしてるから」

   * * *
35 名前:爆音サンタクロース 投稿日:2006/01/04(水) 00:43

「あさ美ちゃん、何ぼーっとしてんの?」

まさしくぼーっとしていた私に、まこっちゃんが声をかけてきた。
私の前の空いている席にどかっと腰を下ろす。

「あさ美ちゃんがぼーっとしてるのはいつものことじゃん」

別の方向から失礼なことを言ってきたのは、里沙ちゃん。
ふたりとも私と同じクラスの仲よし友達だ。
もうひとり、愛ちゃんっていう子がいるんだけど、
あいにく今日は風邪をひいたとかでお休みらしい。
いつも4人で一緒にいる私たちは、今日は3人になっていた。

「ぼーっとなんてしてません。ちょっと考え事してただけです」
「考え事?」

里沙ちゃんは私の隣に座って、机に頬杖をついた。
36 名前:爆音サンタクロース 投稿日:2006/01/04(水) 00:44

「……ねえ、まこっちゃん、里沙ちゃん」
「んん?」
「もしもひとつだけ願い事を何でも叶えてもらえるとしたら何をお願いする?」
「……はい?」

里沙ちゃんの声がちょっと甲高くなった。
まこっちゃんはといえば、うーんって虚空を見上げて真剣に考え始めてるみたい。

「何、心理テストかなんか?」
「そういうわけじゃなくて、ちょっと聞いてみたかっただけ」
「ふーん。……あたしは、大学に合格させてほしいかなあ」

言ったのは里沙ちゃん。
里沙ちゃんの成績なら希望してる大学には問題なく行けるはずなんだけど、
こういうふうに堅実な答えを選ぶのが里沙ちゃんらしい。
一方まこっちゃんはといえば……。

「あたしはねー、吉澤先輩とデートしてみたいなー!」
「えー?」
「いいじゃん、願い事なんだからー」

……予想通りだった。
まこっちゃんは吉澤先輩にものすごく憧れてたからなあ。
かなり本気なのかもしれない。
37 名前:爆音サンタクロース 投稿日:2006/01/04(水) 00:45

「……ねえ、紺野。吉澤先輩って誰?」

唐突にごとーさんに聞かれたけど、私は答えなかった。
何度か聞いてきたごとーさんは私に答えるつもりがないとわかった途端、
不満そうに口を尖らせてそっぽを向いてしまう。
だって、しょうがないじゃないですか、ここで答えたら私がヘンな人ですもん。
後で教えてあげますから。

自分に言い訳をして、私はふたりの会話に加わった。
吉澤先輩って言うのは、私たちの2つ年上の先輩で、もう卒業しちゃったけど、
背も高くて美人でスポーツ万能で、すごく人気があった。
面倒見がよくて後輩たちにも厳しく優しくの人だったから、
吉澤先輩ファンクラブがあったっていう噂も聞いたくらい。
憧れてる子はホントに多くて、まこっちゃんもそのひとり。

吉澤先輩は卒業してからも、部活の後輩の面倒を見るんだって、
時々学校に来たりしているから、人気は留まるところを知らない。

そういえば、吉澤先輩と後藤先輩はすごく仲がよかったっけ。
ふたりは付き合ってるんじゃないかって噂が一時期流れるほどで、
実際には噂だけだったみたいだけど、それでもみんながうらやましがるくらい、
お似合いに見えた。
38 名前:爆音サンタクロース 投稿日:2006/01/04(水) 00:45

「吉澤先輩といえば、あたし、この前後藤先輩見かけた」
「えー、ホントー?」
「うん。駅でバス待ってた。声はかけなかったんだけど、
なんかねー、すごい大人っぽくなってた。キレイになってたよー」

後藤先輩の名前に、ドキッと胸が高鳴る。
でも、あんまり気にしてる気配は見せずに、里沙ちゃんたちの話にうなずいてみせた。

凛々しくて、性別をあんまり感じさせなかった後藤先輩。
そんなにキレイになったってことは、きっとステキな恋をしてるんだろう。
後藤先輩を好きになる人は、後藤先輩に好かれる人はどんな人だろう。
きっときっとステキな人に違いない。
憧れの先輩、大好きだった先輩。
でも、先輩は私のことなんて絶対おぼえてない。
ふたりきりで話したことなんて一度もないもの。
ほかの子たちみたいに、近づこうとさえしなかったくらいだし。

元々手が届かない人だから、最初から見つめてるだけでよかった。
卒業したら、きっと忘れられるって思ってた。
そのはずだったのに……。
39 名前:爆音サンタクロース 投稿日:2006/01/04(水) 00:47

私はそっぽを向いたままふてくされているごとーさんの横顔をこっそり見た。

後藤先輩と同じ顔、同じ声をした人。
性格はだいぶ違うみたいだけど、それでもその顔を見た瞬間、
忘れていたはずの想いが一気によみがえってきてしまった。

ごとーさんと一緒にいるのは楽しいけど、今はもうその顔を見るだけで胸がちくちくする。
ああ、この人と私はあと1週間も一緒にいなくちゃいけないんだ。
別人だってわかってるけど、うまくやっていけるだろうか。

私の視線に気づいたのか、ごとーさんが不意に私のほうを見た。
目があってふにゃっと笑う。
その顔に胸がちくっとすると同時に、ほわっとあったかくなる。
……微妙な感じに、私は力ない笑顔を返すことしかできなかった。

   * * *
40 名前: 投稿日:2006/01/04(水) 00:53

本日の更新はここまでです。


レス、ありがとうございます。

>>23 名無し飼育さん
かわいさとかっこよさと出せればいいなと思っております。

>>24 風まかせさん
暴走サンタさんを楽しんでいただければうれしいです。

他板ですが、現在は白で書かせていただいております。
ただ、こちらとはだいぶ登場人物が違っておりますが…。

>>25 名無飼育さん
うわあ、喜んでいただきましてw サンタさんはこれからもがんばります。
41 名前:konkon 投稿日:2006/01/04(水) 19:17
タイトルとは裏腹にほわほわした感じですねw
とても面白いです!
コンコンの願い事に興味津々です。
がんばってくださ〜い。
42 名前:爆音サンタクロース 投稿日:2006/01/09(月) 23:10

それから3日。
私たちは特に変わることなく毎日を過ごしていた。

日中は学校に行って、紺野は思ってたより運動ができるんだねって言われ、
家に帰ってからは、紺野はいつもまじめに勉強するんだねと言われ……。
なんだか観察されているような気分なってきて、ちょっと複雑。

私は思っていたほどごとーさんに先輩を重ねることはなくて……。
だって、あんまりにもイメージしてる先輩像と違いすぎて、
はっきりと別人なんだなって意識することができて、少しずつ胸のちくちくにも慣れてきていた。

慣れたとはいっても、どこに行くにも(トイレとかお風呂は別にして)一緒っていうのは、
いくら1週間だけでも、結構厳しい。
息が詰まるっていうわけじゃないんだけど、やっぱりなんだか落ち着かない。
ごとーさんもそれに気づいてきたのか、最初の日ほど頻繁に話しかけてこなくなった。
でも……いるのに話しかけられないっていうのも、ケンカしてるみたいで
それはそれで結構つらかったりして。
どうしたらもうちょっと気持ちよく過ごしていけるのかなあなんて考えていたら、
その日の夕方、家に帰り着いてからごとーさんが声をかけてきた。
43 名前:爆音サンタクロース 投稿日:2006/01/09(月) 23:11

「ねえ、紺野。今日、これからヒマ?」
「え、ええ……」
「じゃあさ、あたしとデートしようよ」
「へ?」
「で・え・と」

言うなり、ごとーさんは今までずっと着ていた真っ赤なライダースーツから、
ジーンズに胸元の開いた黒いセーターに白いシャツ、細身のコートという姿に変わった。
今までの格好も充分かっこよかったんだけど、
その服はまるでごとーさんのためにあつらえられたみたいで、
すらっとした長い足、ムダのない引き締まった体、思ったよりも細い首を
これ以上ないくらい魅力的に浮かび上がらせて、私の心を爆発させた。

うわあぁ……。
かっこいい、かっこよすぎる。
何この人……人じゃなくてサンタだけど、でも、あああもう。

「ね、デートしよう?」

覗き込んでくる笑顔から目をそらして、私はこくこくとうなずいた。
ごとーさんはよし、とつぶやいて、くしゃくしゃと私の髪をなでる。
44 名前:爆音サンタクロース 投稿日:2006/01/09(月) 23:13

「あ、でも……ごとーさん、姿が……」
「見せることくらいできるよ。サンタに不可能はないのだ」

特に何をしたわけでもないのに、ごとーさんの言葉はすんなりと私の中に入ってきた。
この人の言うことは、いつだってウソがなくてホントのことばかりだ。
何の保証もないのに、私はもうこの人を信じている。

「じゃあさ、外で待ってるから。おしゃれしてきてよね」
「え、え?」
「デートなのに、家の中からスタートなんておかしいじゃん」
「あ、は、はい」
「ん、待ってるから」

ぽふぽふと私の頭を叩いて、ごとーさんはひらりと窓から外へ出て行ってしまった。
そっか、ずっとずっとそばにいないといけないと思ってたけど、
このくらいの距離なら離れても平気なんだ。
一瞬ぼーっとしてしまって、すぐにあわててタンスの引き出しを引っ張る。
いくら寒くなさそうだって言っても、こんなに寒い中待たせるのはちょっとどうかと思うし。
でも、おしゃれしてきてって言われても……困ったな。
あのごとーさんの隣に並ぶのにふさわしい服なんて、私、持ってたかな……。
45 名前:爆音サンタクロース 投稿日:2006/01/09(月) 23:15

普段使わない頭をフルに使って、
持ってる服とかアクセサリーとか全部引っ張り出して、
私は30分かかってやっと、家の外に出ることができた。

「お、お待たせ、しました」

ドアを開けて声をかけると、あのでっかいバイクに体を預けていたごとーさんが軽く手を振ってきた。
その姿はものすごく様になっていて、目をそらせなくなる。
なんてかっこいい。このまま額縁に入れて飾っておきたい。

「す、すみません、遅くなって」
「あは、紺野、かわいーね」

私の謝罪なんて聞いてもいないそぶりで、ごとーさんが目を細めた。
じっと見つめくる視線がものすごく恥ずかしくて、私はピンクのダウンの前をあわてて閉じる。

「なんで隠しちゃうのさー」
「そ、そんな、じっと見られたら、恥ずかしい、です」
「かわいいものは目の保養になるからいーんだよ」

紺野はもう少し自信を持っていいと思うよ。
さらりと言って、ごとーさんはトテトテと私に近づいて左手を差し出してきた。

はい?

首を傾げた私を見て、もう一度軽く左手を上下させる。
46 名前:爆音サンタクロース 投稿日:2006/01/09(月) 23:18

「ご案内しますよ、お嬢さん」
「え、あ、は、はい」

やっと言われてる意味がわかって、私はその手に自分の右手をそっと乗せた。
軽くごとーさんが私の手を握って、エスコートしてくれる。
そういえば、ごとーさんと手をつなぐのは初めてだ……。
やわからくてあったかい手。
シャープなイメージがあったから、ちょっと意外。

爆発しそうだった心臓は少し落ち着いてはいたけど、やっぱりドキドキする。
ねえ、ごとーさんは先輩じゃないんだよ。
わかってるのに、なんでこんなにドキドキするの?
先輩に似てるから?
それとも……ごとーさんだから?
……わからない。

「ほら、紺野」

悩んでる私をよそに、ごとーさんはヘルメットを差し出してきた。
いわゆるフルフェイスじゃなくて、顔がちゃんと見えるタイプ。
ギュムって感じで私の頭にそれを押さえつける。
ごとーさんは同じように自分の頭に同じ形のそれを被って、パチンと顎の下でベルトを止める。
そんな姿さえかっこよくて、私は半分呆けてごとーさんの姿を見つめてしまった。
47 名前:爆音サンタクロース 投稿日:2006/01/09(月) 23:20

「こーんの」
「あ、は、はい!」

声をかけられてあわててベルトを止めようとする。
でも、こういうのははめたことがなくてなかなかうまくいかなくて……。

「ったく、紺野って器用なんだか不器用なんだか」

呆れたような声のごとーさんがひょいっと顔をのぞきこんできて、
思わず跳ね上がった私の心臓のことなんて完全に無視して、
ベルトに触れると、手馴れた仕草でパチンと止めてくれた。

「ほら、これでよし」
「あ、ありがとう、ございます」

あああ、もう心臓に悪いです。
スーハースーハー深呼吸。少しだけ落ち着いた。

「よし、じゃあ、後ろに乗って」
「え、ええ!?」
「いいから乗りなってば。時間もったいない」
「あ、は、はい……」
48 名前:爆音サンタクロース 投稿日:2006/01/09(月) 23:21

バイクにまたがったごとーさんの後ろに、その姿に倣って同じようにまたがる。

「しっかりつかまっててよー」
「え、えっと」
「こーこ」

何がなんだかホントにパニックに陥りかけていた私の手をごとーさんが取って、
ぐっと手前に引っ張った。
当然引っ張られた私は、目の前にあったごとーさんの背中にこんにちはしてしまう。
でも、ごとーさんはそんなことにもかまわないみたいで、
私の両手をギュッとごとーさんのおなかの前で握らせてくれた。

「ご、ご、ごとー、さん」
「大丈夫だって。しっかりつかまっててよ、ホントに」
「は、はい」

言われなくてもそうします。
でも、このドキドキが背中からごとーさんに伝わってしまうんじゃないかってそれが怖くて、
ちょっぴり体を離してしまう。ごとーさんにはそれもわかっちゃってるみたいで、
もう一度黙ったまま腕を引っ張られた。

「紺野がしっかりつかまっててくれないと、あたしも危ないんだよ?」
「あ、す、すみません」

そういえば、聞いたことがある。
バイクの二人乗りは後ろの人が怖がったりしちゃうと、運転も危なくなるんだって。
前の人の動きにあわせておくのが一番安全だって。
思い出しながら深呼吸をして、私は両手をしっかりと握り締めた。
49 名前:爆音サンタクロース 投稿日:2006/01/09(月) 23:23

ごとーさんは満足したみたいにうなずくと、初めて来たときと同じような爆音を響かせて、
バイクをゆっくりと発進させる。
あんまりの音の大きさに耳をふさごうとしたけど、それはもちろんできなくて。

「ごごごご、ごとーさん!」

叫んでみたけど、自分の声さえも爆音にかき消されてしまう。

「ごとーさん!!」

ギュウギュウと腕を引っ張ったら、私の様子に気づいたのか、ごとーさんがスピードを緩めた。

「何?」
「あ、あの! ……なんで! こんなにバイクの音、大きいんですか!?」
「ん……? 大きいか」
「ええ……かなり!」

ごとーさんは私の質問には答えてくれなかった。
わかったって小さな声でつぶやいて、途端にバイクの音は小さくなった。
ただ、ごとーさんの横顔が、なんだか一瞬だけものすごくさびしそうに見えた。

だけど、初めて乗るバイクのスピードが怖くて寒くて、
私はいつの間にか、ごとーさんのそんな表情も忘れてしまっていた。

   * * *
50 名前:爆音サンタクロース 投稿日:2006/01/09(月) 23:24

そんなに長い時間じゃなかったけど、
私とごとーさんはごはんを食べに行ったり夜景を見たりして、今は大きな観覧車の中にいた。
今日は風もなくて天気も良くて、観覧車の外にはキラキラ輝く夜景が広がっている。

「うわあ……」
「きれーだねえ」
「はいっ」

思いっきり元気よく返事をしてしまって、くすっと笑うごとーさんの声で我に返った。
途端に恥ずかしくなって、私はペタンと座席に座りなおす。

「楽しかった?」
「あ、はい、すごく」
「よかった」

ふわりと笑うごとーさん。
その笑顔に、ドキッとはしなかったんだけど、見惚れてしまう。
なんだろう、なんだかよくわからない。頭の中がごちゃごちゃしてる。
51 名前:爆音サンタクロース 投稿日:2006/01/09(月) 23:24

ごとーさんが先輩と違う人だってことはわかってる。
それなのに、時々先輩とごとーさんを重ねてしまってる。

ドキドキするのはなぜ?
ドキドキしないのはなぜ?
安心するのはなぜ?
不安になるのはなぜ?

私はいったい、何に揺れているんだろう。
52 名前:爆音サンタクロース 投稿日:2006/01/09(月) 23:26

「ね、紺野」

観覧車よりもひどく揺れている私の心を見透かしたみたいに、
ごとーさんが優しく声をかけてきた。
いつものごとーさんとは違う、とっても落ち着いた声。

「はい」
「紺野はさ、ホントは願い事がなんだかわかってるんじゃないの?」
「え?」
「自分が一番ほしいもの、なんだか知ってるんじゃないの?」

口元に微笑みは残したまま、ごとーさんは真剣な眼差しで私を見つめていた。
その眼差しに射止められて、ごとーさんから目をそらすこともできなくなる。
ずっと約束を守ってくれている人。
私の心をのぞかずにいてくれている人。
おちゃらけてるけど優しくて、おしゃべりだけどまじめな人。
きっと、何も言わなくてもこの人にはわかってしまう。

そんな空気がわかったから、小さくうなずいていた。
53 名前:爆音サンタクロース 投稿日:2006/01/09(月) 23:31

「……私、好きな人がいるんです」
「うん」

どこが好きなのかって言われると、正直困る。一目ぼれだったから。
キラキラと輝いて自信に満ち溢れたあの人は、私にとって憧れであり目標でもあった。
あの人みたいになりたいと思った。
いつだってあの人を目で追いかけて、あの人の些細な仕草にドキドキした。
凛とした横顔も、ちょっと照れたような笑い方も、全部に見とれてしまった。

彼女は私より高く遠いところにいて、いつだって近づくことを拒むような
高貴でまばゆい光を放っている人だった。

彼女に憧れていた子はたくさんいた。
告白した子もそれなりにいた。
だけど、答えはいつもNOだった。
すまなさそうな顔をして、ごめんという彼女の姿を、何度か見かけたことがある。
元々彼女に想いを伝えるなんて気持ちは、コンペイトウ一粒よりも小さかったけど、
そんな姿を見てからは完全に消えてしまった。
目の前でそんな顔をされたら、耐えられない。
それに何より、好きになった理由が一目ぼれなんて、彼女に言えなかった。
そんな好意のもたれ方はきっと本意じゃない。
何ひとつ知らずに好きになったなんて、私が言われたとしたら信じられない。
54 名前:爆音サンタクロース 投稿日:2006/01/09(月) 23:32

だから、あきらめた。
忘れた。忘れたつもりだった。

でも、忘れてなんていなかった。
ごとーさんが現れても現れなくても、私はきっと先輩をどこかで思い出していたはず。
だって今でも、あの気持ちはこの胸の中にあって、
いつか言えたら、うまくいったらって、どこかで想像してたんだから。

ああ、そうか。
私はやっぱりごとーさんに先輩を重ねてる。
私が見たことのない先輩の姿を、この人の中に見ている。
どこかで違うとわかってるからドキドキしないし安心する。
でも、同じに見えてしまうから、ドキドキするし不安になるんだ。
……私はやっぱり、あの人が好きなんだ。今も、ずっと変わりなく。
55 名前:爆音サンタクロース 投稿日:2006/01/09(月) 23:33

「紺野が一番叶えたい願い事は、何?」
「……先輩に、気持ちを伝えたいです」

本音を言えば、告白してYESっていう答えがほしい。
ごとーさんみたいに、私の前では人に見せないような笑顔を見せてほしい。
すねたりふてくされたり、いろんな顔を見せてほしい。
だけど、それは叶えてもらうこととは違う。
先輩の意思で選んでもらえなければ、意味なんてない。
だから、叶えたいことはたったひとつ。
引き出しの奥にしまっていたこの想いを、先輩に伝えたい。

「……紺野らしいや」
「え?」
「あたしには紺野と先輩を両想いにすることもできるんだよ?」
「はい」
「でも、それをしてほしいとは言わないんだね」
「はい」
「そういうところが、紺野らしい」

やわらかい笑顔のまま、ごとーさんは窓の外に視線を投げた。
その瞳がさびしげに見えたのは、私の気のせいじゃ、ない。
56 名前:爆音サンタクロース 投稿日:2006/01/09(月) 23:35

「なんか、うれしいな」
「え?」

だけど、私に向き直った顔は、もういつものごとーさんで、
ふにゃふにゃとあんまり力の入ってない笑顔になっていた。

「願いを叶えるって、単純なようでそうでもないんだよね。
両想いになるってことは、どこかで相手と両想いになれたはずの人の未来を
変えてしまってるかもしれない。お金持ちになるってことは、
どこかでお金持ちになれた人の将来を変えてしまってるかもしれない。
何かを望めば、自分以外の誰かに影響を及ぼすかもしれない。
紺野は無意識かもしれないけどそれを知ってる。それがわかってる」

だから、うれしい。
あたしの選んだ子が、そういう子で。

「どういう……意味ですか」
「サンタってさ、案外不便な生き物でね。1年で人に会えるのはひとりだけなんだ」
「え……?」
「昔、トナカイでプレゼント配ってた頃は、まれに会っちゃうこともあったんだけど、
ボタンひとつになってからはわざわざ家まで出向くこともなくなって、
偶然会うなんてこともなくなっちゃった。だから、1年のうちにちゃんと顔を見て、
話ができるのは、願いを叶えるために出会う、たったひとりの人だけ」

ふにゃりと笑うごとーさんは、悲壮さなんて何も感じさせない。
いつもの、陽だまりみたいな穏やかさで、ただそこに座っているだけ。
57 名前:爆音サンタクロース 投稿日:2006/01/09(月) 23:36

「自分で選んだ子だよ? いい子だったら、やっぱりうれしいじゃん」

いい子……その言葉の意味を、私ははっきり知ることはなかった。
ただ、ごとーさんは私の存在を喜んでくれている。それはうれしかった。

「あ、ありがとうございます」
「いーえ、こちらこそ」

なんだか急に恥ずかしくなってうつむいていると、ゴトンという衝撃があって観覧車のドアが開いた。

「さ、降りるよ」

先に降りたごとーさんは、当然のように左手を差し出してくる。
私は今度はためらうことなく右手を差し出して、ごとーさんより先にキュッとその手を握った。

「ごとーさん」
「ん?」

手を離さずに、私たちはバイクを止めた駐車場へと向かう。
その手のぬくもりに、なぜか泣きそうになった。
58 名前:爆音サンタクロース 投稿日:2006/01/09(月) 23:37

「ほかのサンタさんに会うこと、ないんですか」
「……あんまりないかな。持ち場が違うし、みんなひとりの子を探すのに一生懸命だから」
「じゃあ……」
「でも、別にさびしいことなんてないよ。みんなの生活を見てるのは楽しいし、
こうやって、1年に1回は誰かに会えるから」

今年は、1週間も期間もらっちゃったしね。
きっと、帰ったら大目玉くらうんだろうけど。
怖いんだよー、あたしたちのボスって。

言いながら、ごとーさんは怖そうなそぶりは少しも見せなかった。
だから私は精一杯笑って、握る手に少しだけ力を入れた。

 * * *
59 名前: 投稿日:2006/01/09(月) 23:38

本日の更新はここまでです。


>>41 konkonさん
レス、ありがとうございます。
紺野さんのお願いは……な感じで。
今後もがんばります。
60 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/11(水) 20:14
せつないんだけど、暖かい雰囲気が好きです。
次回更新も楽しみにしてます。
61 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/20(金) 22:22
心がほんわかとしてきます。いい作品ですね。
62 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/25(水) 00:09
サンタすごくいいやつなので
サンタの願いが叶いますようにとか思って読んでます
63 名前:爆音サンタクロース 投稿日:2006/01/28(土) 23:19

ごとーさんは、このことを知っていたんだろうか。
サンタクロースに予知能力があるなんて聞いたことがない。
それらしいことは何も言ってなかったし、きっと知らなかったんだ。
このことを知ったら、「だから運命は面白いんだよね」って言うのかな。
あの人なら、笑ってそういうことを言いそう。

12月23日、午前11時。
なぜだかその日、ごとーさんは私のそばにいなかった。
どこまで離れられるのかわからないけど、離れられるだけ離れた位置にいるらしくて、
どんなに言ってもそばに来てはくれなくて。
その代わり……ってわけじゃないんだろうけど、私の目の前には後藤先輩が立っていた。
64 名前:爆音サンタクロース 投稿日:2006/01/28(土) 23:19

「まさか後藤先輩も来るなんてびっくりしましたよお」

まこっちゃんの言葉に先輩はそっかなーなんて笑いながら軽い調子で答えている。
そんなまこっちゃんを横目で見ながら、私はかちんこちんに固まって何も言えなかった。
そもそも、なんで、今日、ここに後藤先輩がいるの?

今日はまこっちゃんが所属するバスケ部の練習試合で、
たまたまそれが私たちの学校でやるっていうし、家から近いしって思って
ちょっとのぞきに来ただけなのに。
1時なのを間違えて11時に来ちゃって、対戦校の人もまだ来てなくて、
まこっちゃんにコートの隅で見学してるといいよって言われて。
そしたら、吉澤先輩が現れて(元キャプテンだから)、ああ久しぶりだなあなんて思ってたのに……。
なんで、後藤先輩が、一緒に……?

確かに吉澤先輩とはすごく仲がよかったけど、後藤先輩はバスケ部だったわけじゃないし、
卒業してから今まで、一度だって学校に来たことはなかったはずなのに。
65 名前:爆音サンタクロース 投稿日:2006/01/28(土) 23:20

「……ちゃん、あさ美ちゃん!」
「あ、え、何?」
「あたし、そろそろ練習に戻るけど」
「あ、うん、がんばって」
「……あれ、ひとりなの?」

私とまこっちゃんの間に突然入ってきたのは、吉澤先輩だった。
こくこくとうなずくと、少し考えるような顔をしてから、

「ごっちん、一緒にいてあげなよ」

と、とんでもないことを言い出した。

「め、めめ、めっそうもない!」

反射的に飛び出た言葉に、その場にいたすべての人がきょとんと目を丸くする。
次の瞬間、吉澤先輩が大声で笑い出した。

「ちょっと、あさ美ちゃん! そんな時代劇じゃないんだから」
「そ、そんなつもりじゃなくて……」

あわてたまこっちゃんにめって顔をされたけど、時すでに遅し。
吉澤先輩は大笑いしたまんまで、当の後藤先輩は……きょとんとしたままだった。
66 名前:爆音サンタクロース 投稿日:2006/01/28(土) 23:21

「ごっちんさあ、なんかすごい人みたいに思われてるみたいだねえ」
「……うるっさいなあ」
「そんなびびんなくても大丈夫だよ。取って食ったりしないから」

食われても困ります。
笑顔の吉澤先輩にそんなことが言えるわけもなく。

「あたし、そんなに怖いかなあ」

誰に言うでもなくひとりつぶやく後藤先輩に異論を唱えられるわけもなく。
結局私は、体育館の2階みたいなところから、
試合の様子を後藤先輩と眺めることになってしまった。

できるだけ先輩のほうは向かないようにして、下の練習風景に集中しようとするのに、
ちょっと先輩が動くたびに、心臓がいちいち跳ね上がって反応する。
だってだってだって……。
この間里沙ちゃんが言ってたとおり、後藤先輩、ホントにキレイになってた。
凛とした雰囲気は変わってないんだけど、なんだか大人っぽくなった。
サンタのごとーさんとは、少し違ってた。

少し茶色くなってる髪が、窓から入ってくる光でキラキラと輝く。
ちょっと下をのぞき込もうとすれば、その髪がさらりと動く。
手が動いて軽く口を覆ったり、髪をすいて後ろに流したり、
コツコツって床を叩く爪の先まで美しい。
なんて……魅力的になっちゃったんだろう。意識が切り離せない。
だから、条件反射的に反応してしまった。先輩の口が動くのに。
67 名前:爆音サンタクロース 投稿日:2006/01/28(土) 23:22

「ね」
「は、はいっ!?」

即答してるのに声が裏返る。
下を見てた顔がゆっくり私のほうに向いて、首が傾げられる。
さらりとまた髪が動いて少し頬にかかり、それをめんどくさそうに背中へと流していく。

「そんなに怯えないでよ、どうしたらいいか、ちょっと困る」
「あ、ご、ごめんなさい」
「あやまるようなことじゃないんだけどさ」
「す、すみません」
「ほら、また」
「あ」

ずっと会いたいと思っていた人。
想いを伝えたかった人。
今、その人がここにいて、私にだけ話しかけてくれてる。
それだけでもうれしいはずなのに、緊張しちゃってそれどころじゃない。
バクバクいう心臓の音が止められない。

ごとーさんの顔なら、だいぶ見慣れたつもりだったのに、
やっぱり違う人なんだってそんなことを今さらながら思う。
68 名前:爆音サンタクロース 投稿日:2006/01/28(土) 23:23

「えーっと、紺野さん」
「はいっ!?」

不意に名前を呼ばれて、私は目を丸くした。
だってだってだって、名前を覚えられてるなんて思わなかった。
確認もしなかったし、私が私だって知ってて言ってるんだ。
なんでなんでなんで?

私の行動は相当不審なものだったんだろう。
先輩はじっと私を見てたかと思ったら、プッと吹き出した。
すごく楽しそうにおなかを抱えて笑うその姿は、ごとーさんのそれとダブる。
ああ、変わったけど、変わってないんだ。
この人は、あの頃と違うけど同じ。変わってない。
私の、好きな、人。

「そんなに驚かれるなんて思わなかった」
「わ、私も、驚きました」
「んー、何に?」
「先輩が私の名前を知ってることに」
「ああ」
「私、何かしましたか?」
「んにゃ、何も。ってか、何もしてないから覚えてた」
「え?」

先輩は自分の髪を何回かなでて、ふうっと息を吐いた。
69 名前:爆音サンタクロース 投稿日:2006/01/28(土) 23:23

「覚えてないかな。いつだったか、まだあたしが卒業する前。
小川ちゃんとかと一緒にバレンタインに来たことあったでしょ。
小川ちゃんはよしこ目当てで、ほかの子たちもあたしとかよっすぃとかに
チョコくれて。でも、紺野さんだけは、ちょっと離れたところで見てるだけだった」
「そ、そうでしたっけ」

覚えてる。先輩に近づいたときのことは、ほとんど全部覚えてる。
先輩にチョコ渡すなんて考えられなくて、だから付き添いで行っただけだった。

「わざわざあたしたちのとこに来る子たちって、だいたい何か意味があってきてたからさ、
紺野さんみたいな子、初めてで。だから覚えてた」
「そ、そうなんですか」
「うん。まー、それだけってわけでもないんだけどね」
「へ?」

笑っていた先輩の顔に、急に影が落ちた。
口元は笑っているのに、真剣な瞳。どこかで見たことがある。
そうだ、この顔は――観覧車の中で見た、ごとーさんのあの顔だ。
70 名前:爆音サンタクロース 投稿日:2006/01/28(土) 23:24

何を言ったらいいかわからなくて私は黙ってしまって、
先輩も同じように黙ってしまってちょっと空気が止まったと思った瞬間

……クション!

ゾクッと背中に寒気が襲ってきて、私は思いっきりくしゃみをしてしまっていた。
先輩は目を丸くして、ふにゃりと今度は顔全体で笑う。

「やっぱ体育館は冷えるよね」
「す、すいません……」
「まだ始まるまで時間ありそうだし、ちょっと出てこようか」
「え……」
「ん?」
「あ、は、はい」

当たり前みたいに立ち上がって階段を降りていく先輩の後を、私はあわてて追いかけた。
だって、ついさっきまではそんなふうにできるような仲じゃなかったのに、
なんで今、私はたったひとり、先輩の後をついていく権利を与えられてるんだろう。
71 名前:爆音サンタクロース 投稿日:2006/01/28(土) 23:26

階段を降りてお日さまが入っている体育館の出入り口まで近づく。
そこで、先輩は足を止めて右手を差し出しながら振り返った。
反射的に、ごとーさんにしてたみたいに、私の左手はためらうこともなくそこへと差し出される。
軽く握られたぬくもりに、ハッと我に返る。

しまった、ごとーさんのつもりで……。

おさまってたはずの心臓が何かで殴られたみたいにドゴッという鈍い音を立てた。
その音にあわせるみたいに手を引きかけたけど、先輩はそのことに気づかないみたいで、
軽く握ったまま、私の手を引いて歩き出す。
もう、私の意志なんてどこかに行ってしまったみたいで、
私はただ先輩に手を引かれるまま、その後を歩いて行っていた。
72 名前: 投稿日:2006/01/28(土) 23:29

本日の更新はここまでです。


レス、ありがとうございます。

>>60
できるだけ暖かい空気を目指していきたいと思います。
不定期で申し訳ないですが、また読んでいただけるとうれしいです。

>>61
ありがとうございます。すごくうれしいです。

>>62
サンタ…いいやつですよねw
今後ともよろしくお願いします。
73 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/30(月) 10:10
いい展開ですね。
読んでてこっちまでドキドキしてきます。
早く続きが読みたくて待ちきれないのに
穏やかな気持ちで待てそうな不思議な感じです。
74 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/02/02(木) 01:24
この作品のトリコになってしまいました。
早く続きが読みたいです…ドキドキしながら待ってます。
75 名前:爆音サンタクロース 投稿日:2006/02/05(日) 22:22

「あ、あの……先輩?」
「んー、外は寒いからねえ」

少しだけ寒そうに首を縮めながら、廊下を歩く先輩。
家から用意してきたらしいスリッパが、パタパタと小さな音を立てる。

「紺野さんは何組?」
「え、び、B組です」
「じゃあ、すぐそこだ。ちょっと行ってみよっか」
「え、え?」

先輩の行動が、全然読めない。
そりゃ、まともに話したこともないんだから、どんなこと考えてる人かなんて知らないけど。
それにしたって、なんだか人から聞いた話とは、だいぶ違う感じがする。
なんだろう、飄々としててつかみどころがない。

……クション!

ああ、もう、考えることさえまとまらない。
2度目のくしゃみと同時に、私の手は先輩の手から離れていた。
先輩はそんな私を、首を傾げながら見つめていた。
76 名前:爆音サンタクロース 投稿日:2006/02/05(日) 22:23

「なんか、本格的にヤバイ?」
「い、いえ、大丈夫です」
「ならいいけど」

私のことなんてかまう様子もなく2階へと上がっていく先輩の後を、
私はあわてて追いかけた。
勝手知ったるって感じで迷いなく私の教室の前まで来ると、扉を開けて中に入っていく。
練習試合があるとはいっても、部活の子たちは直接体育館に集まっちゃうから、
当然人の気配はない。

「なんか懐かしいなー」

ひとつひとつ机に触れながら、先輩は教室の奥へと歩いていく。
窓際は太陽の光が入っていて、さっきまでの寒さがウソみたいだった。

「紺野さんの席は?」
「あ、こ、ここです」

私は窓際の後ろから三番目の席まで歩いていった。
うん、あったかい。
77 名前:爆音サンタクロース 投稿日:2006/02/05(日) 22:23

「いい席だね。眠くなるでしょ?」
「はい。晴れてる日とかは結構ピンチです」

だろうね。
先輩は優しい声で笑う。
その笑顔には、ドキドキはしなかった。
なんだか心がほんわりとあったかくなる、そんな笑顔。

「試合始まるまで、ここにいよっか。ここならあったかいでしょ」
「あ、はい」

私は自分の席のイスを引いて、そこに腰掛けた。
先輩は窓ガラスに背を預けて、軽く腕組みをしている。

教室の中はとても静かだった。
遠くからダンダンという体育館の床を叩く音と人の声が聞こえてくるくらい。
冬だとは思えないほどの穏やかさ。
それが、とても不思議だった。
78 名前:爆音サンタクロース 投稿日:2006/02/05(日) 22:24

私の目の前には、大好きな先輩がいる。
声をかけられればドキドキして、手を握られればドキドキする。
この人相手にはドキドキすることしかできることはないんじゃないかって思えるほど、
私にとって特別な人。
それなのに、今はこんなに穏やかだ。
口元に笑みを浮かべて、優しい顔をしている先輩を見ていると、
私まで優しい気持ちになれる。

こんなふうに向き合うことができるなんて、考えたこともなかった。
これも、チャンス、なのかな。
もしかしたら、ごとーさんが……?
でも、願いを叶えるには時間が早すぎるし。
聞こうにもごとーさんは姿も現してくれないし。

大事なときにいないなんて、それでもサンタなんですか。

ガウッとここにいない人に向かって噛みつこうとしたら、またしても寒気に襲われた。
なんとかこらえようと思って口元に手を当てたけど、時すでに遅し。
79 名前:爆音サンタクロース 投稿日:2006/02/05(日) 22:25

……クシュン!

「……大丈夫?」
「は、はい、大丈夫です」

先輩の眉尻が少しずつ下がっていく。
ああ、困らせたいんじゃないんだけど。
そんな顔をされると、なんだか困る。

「ホントに大丈夫ですから」

そう言ってはみたものの、どうも風邪の入口には差し掛かっちゃってるみたい。
どうしたものかと考えていると、ふっと息の漏れる音が聞こえた。
と思ったら……ふわりと白くて温かいものが……。

「え?」
「これしてたら、ちょっとは違うよ」

気がついたら、先輩の顔が目の前に来ていた。
あまりに意外な出来事に、驚くことさえ忘れていた。
首元にやわからくて温もりを持ったものが、ギュウと巻かれていく。
ごそごそと洋服のこすれるような音が聞こえてくる。
80 名前:爆音サンタクロース 投稿日:2006/02/05(日) 22:25

「はい、完成」

こつんと、おでこをぶつけられて、笑顔の先輩が離れていく。
確かめるように首周りに手を伸ばすと、そこにはやわらかいマフラーが巻かれていた。
その色は真っ白で、それは確かにさっきまで先輩の首にあったもの……。

「せ、先輩」
「あたしは寒いの結構平気だし。風邪引いたら大変でしょ? せっかく冬休みなのに」

ふわんと笑う先輩の顔は、今までに私が見てきたどれとも違っていた。
先輩はいつも優しくて穏やかで、吉澤先輩みたいに喜怒哀楽をはっきり見せるタイプじゃなくて、
後輩たちが群がってくる様子も、ちょっと困ったなって感じで見てるだけの人だったのに。
こんな……こんなふうに人を慈しむように笑うこともあるんだ。

「……紺野さん?」
「あ、は、はい」

あまりにもキレイすぎて見とれてしまった私に、先輩はいつもの困ったような笑顔を見せた。
少しだけ緊張がほぐれていって、なんだかドキドキじゃなくて、あったかくって……うれしい。

「そろそろ始まる時間かな。戻ってみる?」
「……はい」
81 名前:爆音サンタクロース 投稿日:2006/02/05(日) 22:27

音を立てて立ち上がると、先輩はもう私に背中を向けていた。
遠くに見ていたそれが今目の前にあることがなんだか不思議で、
思わず手を伸ばしてしまっていた。
いつもなら自分の行動にびっくりしてすぐに手を離しちゃったと思う。
だけど、こんなにそばにいられるのはこれっきりかもしれないと思うと、
少しだけ私の心に勇気の火が灯った。

それに……気づいてないはずはないのに、先輩は何も言ってこなかった。
ただ黙って、その場に立っているだけ。
私が話しかけなきゃいけないんだって使命感に押されるみたいに、言葉が口から出ていく。

「……ちょっと、意外、でした」

何が私の背中を押してくれたんだろう。
一言二言しゃべることさえ緊張しちゃってできない相手だったはずの先輩に、
顔が見えないとは言っても、こんなふうに声をかけることができるようになるなんて。

「うん?」
「こういうこと、後藤先輩がするの」
「そーかな」
「吉澤先輩なら、なんか普通に納得できるんですけど」
「ははっ、よしこの日頃の生活が知れるねえ」
「先輩も……こういうこと、するんですね」

ははっと、もう一度先輩の笑い声が聞こえて、誰もいない教室に吸い込まれるように消えた。
82 名前:爆音サンタクロース 投稿日:2006/02/05(日) 22:28

「そりゃ、あたしも人間だからね。好意を表現することくらい、あるよ」

最初の言葉は軽く、あくまでも軽く。
だから、続けて言われた言葉の意味を、私は理解し損ねた。
先輩はくるりとその場で振り返ると、さっき私の首に巻いたマフラーにそっと手を伸ばしてきた。

「だからって、誰にでもやるわけじゃない」
「え?」
「似合うよ。すごくかわいい」

ふと、視界の端に何かが飛び込んできた。
そう思った次の瞬間、私の顔に先輩の手が触れ、冷たい指先が頬を優しくなでていった。

ドキドキ……じゃなくて、ギョッとした。
その冷たさと小刻みに震えている姿に。
驚きすぎて冷静になった私は、そのときようやく、先輩の言葉の意味の端っこにたどり着いた。
だけど、だけどだけど……信じることなんて簡単にはできない。
だって、この人は私の手の届かないほど高いところに……。

「せん、ぱい……?」
「好きだったんだ……ずっと前から、紺野さんのこと」
83 名前: 投稿日:2006/02/05(日) 22:30

本日の更新はここまでです。


レス、ありがとうございます。

>>73
ちょっと展開があったかなあと。
まだまだドキドキしていただけるとうれしいです。

>>74
できるだけ多めに更新したいのですが…。
少量ですみません。がんばります。
84 名前:名無し読者 投稿日:2006/02/05(日) 22:53
ぐっほぁ!
もーこっちのドキドキが止まらないっすよ。
素敵です。楽しみにしてます。
85 名前:konkon 投稿日:2006/02/06(月) 12:40
ドキドキドキドキッ!
と、konkonは言ってました(爆)
続きが楽しみです!
86 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/02/09(木) 23:35
これは大変な三角関係だ
87 名前:爆音サンタクロース 投稿日:2006/02/12(日) 23:35

…………………………………!?

思わず叫びそうになった。
「うそぉ!?」とか「ホントに!?」とか「冗談!?」とか。
実際、コンマ何秒の世界で、私の心には自分でもつかみきれない数の言葉が浮かんで飛んで流れた。
でも、その言葉は先輩の顔を見た瞬間に、
私の体の細胞に溶けていくみたいにすーっと消えていってしまった。

泣きそうな顔で笑う先輩。
落ち着かないように揺れる瞳。
それでも、私に触れる指も向けられる瞳も、そこから動こうとはしなくて。
私の目は、ただ先輩を見つめるためだけにあるみたいに、まっすぐに先輩を捕らえていた。

「もし、イヤじゃなければ、これからも、会いたい。会って、ほしい」

先輩の言った言葉がくるくるくるくる頭の中を回る。
何か、何か言わなくちゃって思うのに、焦るばっかりで言葉が出てこない。
だってだって、こんなの予想外。
自分から言う言葉は何度も何度も考えて、先輩からの答えもいろいろ予想して、
できるだけシミュレーションしてたのに。
どう……どうしたらいい?
88 名前:爆音サンタクロース 投稿日:2006/02/12(日) 23:37

私の頭の中がとんでもなくヒートアップしているうちに、

「……いきなり返事しろったって無理な話だよねえ」

あはっと空気の抜けるような先輩の声が聞こえてきた。
そこにはさっきまでの張り詰めた空気はもうなくて、いつものどこかほわんとしている先輩がいた。

「紺野さん、ケータイ持ってる?」
「え、あ、はい」

言われるままにケータイを差し出すと、先輩は「開けていい?」と一言断ってきた。
私がうなずいたのを確認して、手馴れた様子でケータイを操作して私の手元に返してくる。

「あたしのケータイ番号、入れたから。……明日、連絡、してくんないかな」
「え、え?」
「ホントはもっと長く待っててあげたいんだけど。もうちょっと、無理っぽいから」

くるくると表情の変わる先輩。
いつも私が見ていた先輩の顔と、見たこともない先輩の顔が交互に表れる。
今は少し苦しそうで、でもなんだかすまなさそうなそんな顔に見えた。

「うん……待ってるから」

私はどう応えたんだろう、その声に。
練習試合の結果もどうやって家に帰ったのかも記憶にはほとんどなくて、
気がついたら私は暗い部屋の中で自分のケータイをぼんやりと見つめていた。
89 名前:爆音サンタクロース 投稿日:2006/02/12(日) 23:38

「どったの、紺野」

声がして顔を上げると、今日初めて見るごとーさんの顔がそこにあった。
いつものように不思議そうな顔をして、少しだけ首を傾げている。

「……今日、どうしてたんですか。一度も姿見せないで」
「見せてないだけで、そばにはいたよ。だから、紺野に何があったかもちゃんと知ってる」
「……じゃあ、言ってみてください」
「告白されたんでしょ? 紺野の好きな先輩に」

そうです。その通りです。
でもなんだろう、なんだかしっくり来なくて。
驚いてはいるんだけど、素直に喜ぶって感じにならない。
理由はそう、わかってる。

「それなのになんでそんなに元気がないの」
「ごとーさん……何かしてませんか」
「何かって何」
「……先輩の気持ちを、動かしたり、とか」
90 名前:爆音サンタクロース 投稿日:2006/02/12(日) 23:38

そうだ。
だって、こんなことあるはずない。
だから思ってるんだ。
もしかしたら、ごとーさんが私の願いを変えて、
先輩から告白するように仕向けたんじゃないかって。
わからないけど。そんなことする意味なんてないと思うんだけど。
そんなことしてもごとーさんにメリットなんてないってわかってるんだけど。
心の奥にある何かが私の感情を抑えつける。

「そんなことしてないよ」

体がしびれた。
ごとーさんの声は、そのくらい冷たくて、耳から心に直接突き刺さるんじゃないかってくらい。
一気に後悔の波が押し寄せてくる。
そう、そうだ。
ほんの1週間しか一緒にいなかったけど、ごとーさんがどんな人か少しくらいはわかってる。
いい子だって言って笑ってくれたごとーさん。
私のことを気遣ってデートに誘ってくれたごとーさん。
そんな優しい人が、私の気持ちを踏みにじるようなことをするはずはないのに。
91 名前:爆音サンタクロース 投稿日:2006/02/12(日) 23:39

……バカだ。
先輩の言葉も、ごとーさんの言葉も、どっちも信じてない。
自分に自信がないのを人のせいにしようとしてる。
傷つかないように落ち込まないように、自分を守ろうとしてる。殻の中に閉じ込めようとしてる。
……バカだ、ホントに。

「……ごめんなさい」

返事はなかった。
おそるおそる顔を上げると、そこにはもうごとーさんの姿はなかった。
外を見ても、いつも不自然なくらいの位置に浮かんでいるあのバイクもない。

「ごとー、さん。ごとーさん!」

呼んでも叫んでも、やっぱり返事はない。
怒らせた……当たり前だ。あんなふうに疑われて、怒らない人なんていない。
でも、だって……信じられないんです。
あの後藤先輩が私を好きだなんて。
ろくに話をしたこともないし、一緒に何かをしたことがあるわけでもないし、
名前と顔を覚えられてるだけでもびっくりな出来事なのに。
私を好きだなんて。
いったい、なんで? どうして?

だけどそれに答えてくれる声はなくて。
私はただ途方にくれるしかなかった。

   * * *
92 名前:爆音サンタクロース 投稿日:2006/02/12(日) 23:40

何気なく目を覚ましたら、外がオレンジ色だった。
オレンジ色……オレンジ色!?
ぼんやりとにごった頭もその色で一気に晴れていき、私はあわてて部屋の時計を見た。

……どう見ても、6時を回っている。
そしてどう見ても、外の空の色は朝方の色とは違っていた。

「もう、やだぁ」

そりゃ、確かに昨日はいろいろありすぎて明け方まで眠れなかったけど、
だったらそのまま起きてればいいのに。なんで、そこで寝ちゃうの。
こういう日に限って誰からも電話はかかってこないし、親も起こしてくれない。
普通夕方過ぎまで音沙汰がなかったら心配するんじゃないの?

責任転嫁をひと通りしてみて、自分のしてることがむなしいと気づく。
そう、全部私が悪い。わかってるもん。

はああとため息をついたら、突然今頃になってケータイが鳴った。
あわてて開いてみると、愛ちゃんからだった。
93 名前:爆音サンタクロース 投稿日:2006/02/12(日) 23:41

「も、もしもし?」
「おー、あさ美ちゃーん。なんも連絡ないからどうしたかと思ったよー」

そうだ。
そういえば今日はいつもの4人で集まってパーティーやろうって言ってた。
ここ数日のドタバタですっかり忘れてた。

「あーごめん」
「どしたー? 具合でも悪いー?」

電話の向こうで「えー、あさ美ちゃんどうかしたのー?」って声が聞こえる。
そっか、もうみんな集まってるんだ。

「あー、う、ちょっと……その、あの、都合が悪くなっちゃって」
「んー?」
「ごめん、今日は行けない」

愛ちゃんからの返事はすぐにはなかった。
ぼそぼそと何かしゃべってるみたいな声が聞こえるから、
きっとみんなに伝えてるんだと思う。
私はその声を聞きながら、いつものように外を眺めて、
そこにごとーさんのバイクが戻って来てないことを知る。
願いを叶えなきゃ空には帰れないって言ってたのに、このままずっと隠れてるつもりなの?
94 名前:爆音サンタクロース 投稿日:2006/02/12(日) 23:42

「もしもーし」
「あ、はい」
「えーと、とりあえずみんなの意見をまとめるとだね」
「うん」
「今度ちゃんと埋め合わせしろよーって」

理由を聞かずにいてくれるのがうれしかった。
私は何度もうん、うんとうなずいて、電話を切る。
窓を開けて外をのぞいて……やっぱりバイクはない。

そういえば。
ごとーさん、方法はあるって言ってたっけ。
世界征服とか願っちゃう人の願いを叶えずに、空へ帰る方法。
それを知ってるってことは、私の願いを強引に叶える方法を知ってるってことだ。
それでなければ、そう、帰ることを強引に願わせる方法を。
95 名前:爆音サンタクロース 投稿日:2006/02/12(日) 23:42

……どうしよう。
このままじゃ、ホントに会えないかもしれない。
残された時間はもうあと何時間かしかないのに、このまま別れるしかないの?

なんだかものすごく不安になってきていた私は、
また鳴り出したケータイの音にビックリして、少し飛び上がりそうになった。

「……もおぉ」

ブツブツ文句を言いながらケータイの着信を見ると……「後藤真希」。

「も、もしもし!」
「あはっ、ちゃんと出てくれたー」

は、しまった。
何も考えずに反射的に取ってしまった。
だって、連絡しなきゃって考えてはいたし、だからって連絡してどうしようってことは
考えられないまんま今日になっちゃったんだけど、
それでも何も言わずにっていうのはやっぱりどうかと思ったし、
そもそも私が先輩を振るなんて考えられなくて、でも付き合うってことも……。
96 名前:爆音サンタクロース 投稿日:2006/02/12(日) 23:43

「もしもーし。紺野さーん?」
「あ、は、はい!」
「今日ってさ、ちょっと出られるかなあ?」
「え、あ、はい」
「ちょっと窓の外とかのぞいてみない?」
「え、は、わかりました」

ケータイを片手に窓を見ると……そこには笑顔で手を振る先輩の姿があった。

「せ、先輩!?」
「こんにちはー」

もう何がなんだかわからなくて、私は呆然としたまま先輩に手を振り返していた……。

   * * *
97 名前: 投稿日:2006/02/12(日) 23:45

本日の更新はここまでです。


レス、ありがとうございます。

>>84
どっせぃ!(謎
ドキドキしてください、ぜひぜひw

>>85
ドキドキ言っちゃってますか。
どんどん言っちゃってください、ぜひぜひw

>>86
なにせあの人がふたりいますからね。
紺野さんは大変ですw
98 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/02/13(月) 01:02
素直に喜んでしまいなさいと言いたいところだけど困る主人公が好き
99 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/02/13(月) 23:30
すっげぇ癒されます。こんこんキャワいすぎ!
100 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/02/14(火) 00:13
なんだ、このドキドキ感。高校時代に戻った気分です。
てか、紺ちゃん可愛すぎです。
101 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/02/16(木) 01:19
うわわ予想外の展開に心の臓がバクバクしてます
そして結構積極的なあの人にもドキドキです
102 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/02/20(月) 22:56
最高です!すっごくドキドキしますね。面白い!!
キュンと来ました!ごまこんっていいですねぇ。。続き楽しみに待ってます!
103 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/02/21(火) 01:16
うーー!
ドキドキ…心臓やばい。
こんごま、最高なり。
104 名前:爆音サンタクロース 投稿日:2006/02/26(日) 22:22

「ごめんね、押しかけちゃったりして」
「いえ……」

私はもうすっかり暗くなってしまった街を、後藤先輩と並んで歩いていた。
街路樹がイルミネーションに包まれて、どことなく街全体が浮かれてるように見える。

先輩は昨日とは違うコートの下に、タートルネックのセーターを着ていた。
昨日してた白いマフラーはその首にはなくて、今は私の首にまたしっかりと巻かれている。
突然の先輩の訪問にあわてた私は、適当に近くにあったものを着込んで、
一番手近にあったマフラーを手に家を飛び出していた。
そんな私を見た先輩が、昨日と同じように私にマフラーを巻いてくれて、
もう心臓がドッキンドッキン。
いろんなことが重なりすぎて、どうしたらいいのかわからなくて、はっきり言って途方に暮れていた。

「家まで知ってるとか、ストーカーみたいかなあ」
「そ、そんなことはないです」

先輩は歩きながらしゃべる。
人が多いから聞こえるようにと思うと、それなりに近くの位置を歩かなくちゃいけなくて、
近づきすぎてつまずきそうになって、しょうがないなあって感じで笑われる。
だけど、昨日みたいに手を握ってきたりはせずに、少し歩くペースを緩めてくれただけだった。
……それが、ちょっとだけさびしかった。
105 名前:爆音サンタクロース 投稿日:2006/02/26(日) 22:23

「時間たっちゃうと言いにくくなるから、先に言っちゃうけど」
「……はい」
「今日は、返事を聞きたくて来たんだ」

そりゃそう、ですよね。
それ以外で先輩が私のところに来る用事なんて、あるとは思えませんもの。
理由がそれっていうのも、個人的にはいまだにびっくりなんですけど。

「ちょっと急すぎかなあとは思ったんだよ? でも、言っちゃったらやっぱり、ね。
イエスでもノーでも、直接聞きたくって」

先輩がこんなにしゃべるところを見たのは初めて。
きっと緊張してるんだ。そう思ったらドキドキがおさまってきた。
先輩も、私たちとおんなじなんだ。
緊張もするし、きっとドキドキだってする。
少しだけ、安心した。

「……って思ってたんだけど」
「はい」
「うん、やっぱり返事を聞くのは、もうちょっと先でもいいや」
106 名前:爆音サンタクロース 投稿日:2006/02/26(日) 22:24

え?
どういうことですか?
今日がクリスマスイブだからですか?
自信がないだけですか?

よくわからなくて横顔を見上げると、先輩は眉尻を下げていた。

「紺野さん、何か心配事とかあるでしょ?」
「え?」

家を出てから初めて、先輩と目があった。
困ったような表情は消えて、愛しむような優しい眼差しが私を見下ろしている。

「そういう顔、してるよ」

つんとおでこを指でつつかれて、私は目を丸くした。
だって、なんで。

「紺野さんが思ってるより、あたしは紺野さんのこと、知ってると思うなあ」
「え?」
「まあ、それはともかく。あたしで役に立つなら、相談に乗るよ」
107 名前:爆音サンタクロース 投稿日:2006/02/26(日) 22:24

心配事、悩み事。
先輩の顔を見てたら、確実に思い出しちゃうこと。
……ごとーさんのこと。

口元に微笑みを浮かべて私を見ている先輩の姿に、私の口も小さく開いた。
ぽろりと言葉が転がり落ちていく。

「……ちょっとケンカ、っていうか、その、怒らせちゃって」
「うん」
「ずっと、その、昨日の夜からなんですけど、連絡が取れなくて。
いつもすぐに返事とかしてくれたから、なんだかすごく、心配で。
その、あやまりたくて、でも、会ってくれなくて」
「……そっか。うーん、誰にでもそういうことってあると思うし、
しばらくそっとしといたら?」

しばらく、そっと。
そんな時間は、ない。

おそるおそる出して見たケータイは、もう9時を示していた。
時間がない。今日が終わるまであと3時間しかない。
ごとーさん、ごとーさん。

別れなきゃいけないことは出会ったときからわかってた。
だけど、ずっとずっとごとーさんは優しくて穏やかで、
別れる直前にこんなことになるなんて思わなかった。
なんて、なんて浅はかだったんだろう。
もしも、本当に願いが叶うなら。今ここに、出てきて……。
108 名前:爆音サンタクロース 投稿日:2006/02/26(日) 22:25


『何かを望めば、自分以外の誰かに影響を及ぼすかもしれない。
紺野は少なくともそれを知ってる。それがわかってる』


唐突に、ごとーさんの声が頭の中に響いた。
もし、私がごとーさんに出て来てほしいと願ったら、それは出て来たくないと思っている
ごとーさんに影響を及ぼすことになる。
それは、ごとーさんの本意じゃない。
それなのに、私は自分だけのために、ごとーさんの気持ちを捻じ曲げようとしている。

そんなことはしちゃいけない。
それだけはしちゃいけない。

ごとーさん、ごとーさん、私……。

私に、できること。
それは……。
109 名前:爆音サンタクロース 投稿日:2006/02/26(日) 22:25

「紺野さん、大丈夫?」
「……は、はい、大丈夫です」
「すごい大切に思ってるんだねえ、その人のこと」
「大切っていうか……」
「あは、ちょっとうらやましいかな」

気を遣ってくれてるのか、先輩声は優しくて胸にしみる。

私は。
ごとーさんを傷つけて、先輩に気を遣わせて。
自分だけが安全な場所にいようとしてるみたいで。

違う。違うんです。
私は……私は……。

「……先輩」
「ん?」

立ち止まった私に、先輩が怪訝そうに振り返った。
街の中はクリスマスのイルミネーションとお店の明かりでキラキラと輝いている。
そのキラキラが先輩の顔や髪や瞳を照らして、先輩が遠くに見える。
感じる距離が怖くて右手を伸ばすと、先輩は何も聞かずに手を握ってくれた。
ポケットに突っ込まれていたせいか、先輩の手は温かかった。
左手を強く握って、私は先輩の目をまっすぐに見つめる。
110 名前:爆音サンタクロース 投稿日:2006/02/26(日) 22:26

「わ、私は……先輩のことも、た、大切に思ってます」
「………………………え?」

突然話題が変わったからか、それとも別の理由からか、
先輩の声に困惑の色が混じった。
だけど、恐れてなんていられない。
私は、言わなきゃいけない、今。

「……好きです」
「…………………こんの、さん?」
「ずっと前から、初めて会ったときから、好きでした」
「…………ウソ」
「じゃ、ないです、ホントです。ずっとずっと先輩だけが好きだったんです」
「え、でも、だって、バイクとか乗ってたし……」
「え、見てたんですか?」
「あ、うん。その、なんか、絵になってたから、もしかしたら、って」
「あの人は……別にそういう関係じゃなくて、大切な……友達、です。
私は、私が好きなのは……先輩……なんです」

ギュッと手を強く握り締められた。
先輩の表情から笑顔は消えていて、真剣な瞳が私に届く。
111 名前:爆音サンタクロース 投稿日:2006/02/26(日) 22:26

「ウソだって言っても……もう、聞かないよ」
「ウソなんて、言えません」
「あたしの恋人に……一番大切な人になってくれるの」
「私にとって、先輩は、ずっと大切な人です。今まで言えなくて……ごめんなさい」
「そんなこと……! あたしだって、今まで、ずっと言えなくて」

ほうっと先輩が息を吐いた。白い息が空に舞って、夜空に溶けるように消える。

「ヤバイ」
「え?」
「マジ、うれしい。超幸せなんだけど」
「先輩」
「これ、夢とかじゃないよね」
「ち、違いますよ」
「……確認してもいいかな」
「え……あ」

私の返事を待たずに、握られていた手が引っ張られ、私は温もりに包まれていた。
あったかくて、すごくいい匂いがする。
私が何度も夢見てきた居場所。
私は目を閉じて、先輩の背中に腕を回した。
112 名前:爆音サンタクロース 投稿日:2006/02/26(日) 22:27

「うわー、ヤバイ。紺野さん、ホントやわらかい」
「な、何言ってるんですか!」
「いいじゃん、ちょっとくらい感動に浸らせてよ」
「むうぅ……」

先輩の温もりに包まれたら、心は少しずつ安定を取り戻してきた。

ねえ、ごとーさん。
疑ったりしてごめんなさい。
私、ちゃんと自分の言葉で先輩に気持ちを伝えられました。
自分の言葉で言えたけど、それはごとーさんがいてくれたから。
ごとーさんが私の前に現れてくれたから、今こうして幸せになれたんだと思います。

だから、せめて。
ごとーさん、この声が届いていますように。
本当に、感謝しています。

「……へえ、そんなに感謝してくれてるんだ」
113 名前:爆音サンタクロース 投稿日:2006/02/26(日) 22:27

突然の、よく聞いた声の、でもちょっと違う声に私はハッとして顔を上げた。
抱きしめていた先輩が、不思議そうな顔をして離してくれる。
でも、私の視線は少し上を見ているだけ。
ちょうど、先輩の頭の上あたりに、ごとーさんがぷっかりと浮かんでいた。

「ご、ご、ごとー、さん!」
「お、先輩から昇格?」
「ははー、久しぶりー」

あああ、わけがわからない。
そうだったそうだった。ごとーさんはごとーさんだけど、先輩も後藤さんなわけで。
下手に呼んだりしたら、わけがわからなくな……ってるのは私だけみたいだけど。
あああ、先輩にはごとーさん見えないんだっけ。って見えてもそれはそれで困るんだけど。
なんでこんな微妙っていうか絶妙っていうか、あああもう!

「せ、先輩」
「あら、いきなり降格」
「あの、その……時間が」
「ああ、そっか。もういい時間になっちゃったね。んじゃあ、帰ろうか。送ってく」
「い、い、いえ! もう遅いですし」
「紺野さんの家、通り道だよ、あたしんちに帰る」
114 名前:爆音サンタクロース 投稿日:2006/02/26(日) 22:28

あああ、そうだったんですか。
混乱、ホントに大混乱。
顔を上げれば、そこにはふたつの後藤……さんの顔があって。
片方は少しきょとんとした顔で。
片方はにんまりとした顔で。
なんですかなんですか、もしかして狙ってたんですか。
いじわるにもほどがあります。

先輩に手を取られて歩き出す私の後ろを、ふわふわと浮かびながらごとーさんがついてくる。

「ね、紺野さん。明日とかヒマかなあ」
「え、ええ……特に予定は」
「だったらどこか行かない? せっかくのクリスマスだし」
「は、はい」
「初デート、だね」

うう。
先輩って、こういうことあっさり言えちゃう人だったんですね。
私が思ってた先輩とは、ううん、ほかの人が思ってる先輩ともきっと違う。
結構おしゃべりで、照れくさいこともあっさり言えちゃって、
ただかっこいいだけじゃなくて、お茶目なところもあって。
そして、かわいかったりとかもしちゃって。
115 名前:爆音サンタクロース 投稿日:2006/02/26(日) 22:29

「幸せそうだねえ、紺野」
「ふ……!」
「ふ?」

ああああもう!
ごとーさんの言葉に反応しようとすると、先輩が返事をしてくれちゃって。
それだけ私のことを意識してくれてるんだって思えば、それもうれしいことなんだけど、
ごとーさんの存在が私からドキドキを奪って、妙に冷静になってしまう。
サンタっていう、ある意味非現実的な存在のおかげで、現実的になってる自分って
なんだかちょっとおかしいなって思うんだけど、あああもう。

「明日は、何時くらいから出ようか。今日もう遅いし、午後からでいいかな」
「あ、はい」
「どこか行きたいとことか、見たい映画とか、なんかあったら教えて?」
「いえ、特には」
「紺野さんは、何が好きなの?」
「……甘いもの、とか」
「んじゃあ、おいしいものでも食べに行こうか。友達にくわしいのがいるから、聞いとくよ」
「あ、で、でも、先輩は? 甘いもの、平気ですか?」
「うん、へーきだよ。それに」

ギュウウって強く手を握られたので顔を上げると、
先輩はなんだかものすごーくうれしそうに笑っていた。

「紺野さんといれば、きっとどんなとこでも楽しいよ」
116 名前:爆音サンタクロース 投稿日:2006/02/26(日) 22:29

…………うわー…………。

もうどうしたらいいんですか。どうしたらいいって言うんですか。
ドキドキするとかそういうんじゃなくて、もうかわいくてどうしようって感じ。
あああ、ヤバイなあ。
私、今日1日でこれまで思ってきた分を超えちゃうくらい、この人のこと、好きになってる。
でももっと知りたい。もっともっと知りたい。
私の知らないあなたを、どうか見せてほしい。

「幸せそうだねえ、紺野」
「……ありがとうございます」

それは、先輩と、ごとーさんとふたりに向けて言った言葉。
うん、って笑ってぶんぶんと手を振り回す先輩がかわいくて。
やられたって感じで笑うごとーさんが、面白くて。
この時間を、いつまでも忘れずにいたいって、そう思った。

  * * *
117 名前: 投稿日:2006/02/26(日) 22:34

本日の更新はここまでです。

わー、レスがいっぱい!w
ありがとうございます。

>>98
ついつい考えすぎちゃうところがキュートだと思っておりますw

>>99
今回も癒しオーラが出てればうれしいです。
紺野さんはキャワいいのですよ!w

>>100
学生時代の恋…なんともよい響きですねw
甘酸っぱさなど感じていただけるとうれしいです。
紺野さんはかわいすぎるのですよ!w
118 名前: 投稿日:2006/02/26(日) 22:37

>>101
ぼんやりしてるようで、案外行動的なのです。
今回のあの方は素敵でありつつかわいらしくあれば、
と思ったのですが、いかがだったでしょうか?

>>102
ありがとうございます!
なんと言いますか、こう甘い雰囲気が漂えばいいなあと
思っております。今後ともよろしくです。

>>103
ええ、最高です!w
今回はドキドキ度は低かったかもしれませんが、
甘々度は高かったのではないかと思っております。
かわいらしいふたりを感じてくださるとうれしいです。


あ、書き忘れましたが、次回ラストになります。
どうぞよろしくお願いします。
119 名前:名無し飼育さん 投稿日:2006/02/26(日) 23:36
更新お疲れ様です
サンタも先輩ももちろん紺野さんもかわいすぎw
120 名前:あお 投稿日:2006/02/27(月) 20:49
>>100の者です。


こんこん、よく頑張ったー!!!ごとーさん意気ですな。
次回ラスト……淋しいですが、楽しみにしてます!
121 名前:名無し猫 投稿日:2006/02/28(火) 13:01
更新お疲れ様です。
もう3人がかわいくてさいこーですw
毎回楽しく読んでいましたが次回でラストなんですね;
残念ですが次回更新も楽しみにまってます。
122 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/01(水) 14:10
幸せな雰囲気の中に少しだけせつなさを感じてしまいます
最終回、楽しみに待たせて頂きます
123 名前:爆音サンタクロース 投稿日:2006/03/12(日) 22:54

「前に言ってた紺野のお願いは叶えなくてよくなっちゃったみたいだね」
「そう、みたいですね」

部屋に戻った私に、思いのほか軽い声で、ごとーさんが言った。
あの時は、まさかクリスマスイブにこんな展開が待ってるなんて予想もしてなかったな。
なんとか先輩に想いを伝えられればいいって思ってただけなのに、
先輩から伝えられたうえに、両想いになれちゃうなんて。
これだってもしかしたらサンタの力なのかもしれないって思ったけど、
ヘタなことを言うとまた怒られそうだったので……って。

「ごとーさん、さっき、私の心の中、読みましたね?」
「……ごめん。だって、ああでもしなきゃ、なんか、出て行きにくくって」
「もう読まないでくださいね」
「わかってるよ」

クリスマスまであと15分。
ごとーさんは、最初に来たときと同じ真っ赤なライダースーツに身を包んで、
ベッドの上に腰掛けて身を縮こまらせていた。
ちらっと私を見て、たぶん私が口で言うほど怒ってないって気づいたんだろう。
上目遣いのまま微笑んで、上がっていた肩を下げた。
124 名前:爆音サンタクロース 投稿日:2006/03/12(日) 22:56

「でも、よかったよ、ホント。そのお願い、叶えてって言われなくて」
「……どういうことですか」

意味がよくわからなくて、詰問するような口調になっていたのを、
ごとーさんの笑顔にとがめられた。
だって、久しぶりに会えて、残り時間は後わずかなのに、
ごとーさん、わけわかんないことばっかり言ってるじゃないですか。

「それがさ、早く降りてきちゃったの、かなりまずかったらしくてさ。
願いを叶えること、できなくなっちゃったんだ」
「え……?」
「強制停止。バイクも取り上げられちゃった」
「も、もしかして……それでしばらく姿を見なかったんですか」
「うん……まあ」

困っちゃったよね、ホントにボス大目玉でさ。
元々結構厳しい人なんだけど、あそこまで怒ったのって初めてで。
ちょっくらお説教食らっちゃったんだけど、気づかなかった自分も責任はあるからって、
最後くらいはちゃんとしてきなさいって、送り出してくれたんだ。
……うん、怖い人なんだけど、優しい人なんだよね、あの人。
125 名前:爆音サンタクロース 投稿日:2006/03/12(日) 22:58

「だから、今日はお別れに来ただけなんだ。ごめんね、何もしてあげられなくて」
「そんな……ことないです」

だって、ごとーさんが来てくれなかったら、私は先輩に告白しようなんて考えもしなかったし。
同じように出会っていたとしても、何も言わずに逃げちゃってたかもしれないし。
告白されたって、ちゃんと返事ができたかもわからない。
私が今、こうやって先輩と向き合うことができたのも、きっかけをくれたのはごとーさんなんですよ。

「充分、叶えてくれました、私の願い事。ありがとうございます」
「……こちらこそ、ありがと。紺野と一緒にいられて、楽しかったよ」

ごとーさんが差し出した手を、私はそっと両手で握った。
私に勇気をくれた人。
本当に本当に、どんなに感謝してもしたりない。
この人に出会えて、本当によかった。
126 名前:爆音サンタクロース 投稿日:2006/03/12(日) 22:59

「ね、紺野。抱きしめてもいいかな」
「え……はい」

まるで壊れ物にでも触るみたいに、ごとーさんの手が伸びてきて、
私はスポッとその腕の中におさまった。
その温もりは普通の人と何も変わりなくて。
その腕の強さも、トクトクと聞こえてくる心臓の音も、やっぱり普通だった。

「あは、あの先輩が言ってたとおり、確かに紺野、やらかいねえ」
「ど、な、何言ってるんですか!」

あははって、軽い笑い声が聞こえてきた。
だけど、次の瞬間には、ごとーさんの声は今までに聞いたことがないような
細い音に変わった。

「じゃあ、紺野。そろそろ時間だから」
「……はい」

ごとーさんは来たときと同じように窓を開けた。
そのとき。
キラリと窓の外が光ったと思ったら、シャンシャンという鈴の音が聞こえてきた。
ごとーさんの向こうに見えたのは、ソリ、と、トナカイ。
それに、白いふわふわのついた赤い服を着た、サンタさん。
いわゆるサンタスタイルのサンタさん。
でっぷりとしていて、白くてもこもこしたひげをたくわえた、絵に描いたようなサンタさん。
127 名前:爆音サンタクロース 投稿日:2006/03/12(日) 23:00

「紺野のリクエストに応えてみた」

優しく笑うごとーさん。
でも、もういいんです。
私のサンタさんはごとーさんで、それでいいんです。

「元気でね」
「はい、ごとーさんも」

うん、ってうなずいてごとーさんはサンタのおじいさんの隣に乗り込んだ。
シャンシャンってサヨナラの合図みたいな鈴の音がして、
ゆっくりとソリが滑り出す。

「紺野」
「はい」
「今、幸せ?」
「……っ、はいっ!」

ならよかった。
ごとーさんが笑うのが、ぼんやりと曇っていく。
泣いたらダメだ。泣いたら、ごとーさんの顔が見えなくなる。
128 名前:爆音サンタクロース 投稿日:2006/03/12(日) 23:01

「ごとーさんっ!」
「んー、何ー?」
「ごとーさん……」

何を……何を言えばいい?
最後に、私が伝えるべき言葉は何?

ぐるぐると言葉が回る。いくつものどまで出かかって、
でもなぜか引っ込んでいく。

早く言わなくちゃ。ごとーさんが遠くなる。

微笑みを浮かべるごとーさん。
その首がほんの少しだけ傾いだ瞬間、言葉が、浮かんだ。

「……メリークリスマス!」

一瞬、ごとーさんがきょとんと目を丸くした。
でも、すぐさま笑顔に変わる。
私の思いこみかもしれないけど、今日で一番うれしそうな笑顔に。
129 名前:爆音サンタクロース 投稿日:2006/03/12(日) 23:02

「メリークリスマス、紺野」

ごとーさんの声に応えるように、キラリとソリの後ろが光った。
と思ったら、そこからキラキラと何か光るものが流れ出す。
今度は私が目を丸くする番だった。

ソリを後ろから押し流すみたいに、
ソリから流れ出すみたいに、夜空に星が流れていく。
暗い空が一気に明るくなって、まるで遊園地のパレードのよう。


シャンシャンシャン……


流れ星で埋まる空をバックに、ごとーさんを乗せたソリが小さくなっていく。
私は後ろを向いたごとーさんに向かって大きく手を振り続けて、
ごとーさんもそれに答えるようにずっとずっと手を振り返してくれた。

そして、夜空に吸い込まれるように、ごとーさんを乗せたソリは空の彼方へと消え、
それを追いかけるように、星も消えていった。
あっという間に、空はいつもの暗さを取り戻し、
ちらちらと小さな星の光を浮かべていく。
130 名前:爆音サンタクロース 投稿日:2006/03/12(日) 23:03

束の間の夢。

でも、それが現実だったことを、私は知っている。

きっと話してもほとんどの人には信じてもらえないだろう。
それでも、いつか、話してみようか。

あなたによく似たサンタに会ったことがあるって。
大好きな先輩に。



  END
131 名前: 投稿日:2006/03/12(日) 23:10

レス、ありがとうございます。

>>119
もう、3人ともかわいくてかわいくて仕方ないんですw

>>120
いざって時に紺野さんは芯が強いのが魅力だと思っておりますのでw
ごとーさんも素敵でしょう?w

>>121
ここまで読んでいただきまして、ホントにありがとうございます。
こんごまさいこー!w

>>122
ラスト、せつなさも残ってしまいました。
楽しんでいただけると幸いです。
132 名前: 投稿日:2006/03/12(日) 23:12

以上をもちまして、このお話はおしまいです。
これまでレスをくださった方、読んでくださった方、ありがとうございました。

今後は、続きになるかまたちょっと違った話になるかわかりませんが、
何らかの形で続けていければと思っております。
よろしければ、またおつきあいください。

それでは、ひとまずこれで。
133 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/13(月) 20:10
完結、おつかれさまでした。ずっと読んでました。
とてもやさしくて気持ちのいい話でした。
続き(?)をゆっくりお待ちしてます。
134 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/14(火) 11:18
お疲れ様でした。
心温まるいいお話でした。ごとーさんが素敵すぎます。
これからも作者様のお話をぜひ読んでみたいです。
待ってます。
135 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/14(火) 21:41
すごく良かったですー!!
先輩とのその後もきになりますねぇー。続き…あるのでしたら、
楽しみに待ってます。もちろん違ったお話でも待っております。
136 名前:あお 投稿日:2006/03/15(水) 23:41
うぁー!!ごとーさん、あなた可愛過ぎです!ラストシーンにほろり。良い作品でした。
藤様、執筆お疲れさまです。次作品も楽しみにしてます!
137 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/04/21(金) 17:53
所々涙腺が弛みました。感動しました。次回作、期待しております。
138 名前: 投稿日:2006/08/13(日) 21:48

作者です、すみません。
もうしばらく残していただければと思います。
よろしくお願いします。
139 名前: 投稿日:2006/11/26(日) 15:10

お久しぶりでございます。

>>133-137
遅くなったうえ、まとめレス返しですみません。
みなさま、最後まで読んでいただき、またレスもいただきありがとうございました。
大変遅くなりましたうえ、続きとはちょっと違いますが、、
同じ世界観内でのお話を書きたいと思います。

お時間ありましたらどぞ。
メインは吉澤さんです。
140 名前:見習サンタクロース 投稿日:2006/11/26(日) 15:11

「よしこー」

夏。
いつもよりは少しだけ気温が低くて過ごしやすかったその日、何となく出かけた帰り道で
声をかけられた。
声のしたほうを見ると、そこには相変わらずほわんとした顔のごっちんと、
ちょっと緊張気味に表情を硬くしたこんこんがいた。
手を振ると、ごっちんが手を振り返しながら近づいてくる。

「おー、久しぶりー」
「久しぶりー」

こんこんがぺこりと頭を下げたので、あたしはそれに軽く手をあげて応える。

その言葉は、冗談でも皮肉でもなくて事実だった。
こんこんとつきあうようになったと聞いてから、あたしとごっちんが会う機会は
前よりもそれなりに減った。
元々大学は別だし、そう頻繁に会う用事があるわけでもない。
特にごっちんはめんどくさがりで、よっぽどのことがないと自分から連絡してこないから、
あたしたちがちゃんとした連絡を取るなんて、2週間に一度あるかないかだった。

それが、こんこんというかわいい彼女ができてからは月に一度あるかないかに変わったくらい。
どうでもいいようなメールなら3日に1回くらいはしてるけどね。
141 名前:見習サンタクロース 投稿日:2006/11/26(日) 15:11

「何、デートの帰り?」
「うん」

あらら、言い切られちゃいましたよ。
ごっちんの笑顔はキラキラしてて、その隣でこんこんが恥ずかしそうに身をすくめる。

ごっちんのこういうところは、長いつきあいのあたしでも気づかなかったことだ。
ごっちんは元々物事に対しての執着があんまりない。
文字通りモノに対してもそうだったし、人に対してもそう。
はっきり聞いたことはないけど、卒業するまでに名前を覚えられなかったクラスメートも
たぶんいるはずだ。
同級生の名前も覚えられないんだから、後輩の名前なんて覚えられるはずもなく。
本人、覚えようと努力するわけでもなく。
時々、「後藤先輩は冷たい」とか陰口叩かれても気にすることもなく。
ホントに飄々と生きてるみたいなタイプだったから……。

まさか、恋人ができた途端、こうもクリアな人間になるとは思わなかった。

「へえ、いいねえ、ラブラブで」
「うん」

…………………。

いいんだけどさ、わかりやすくて。
142 名前:見習サンタクロース 投稿日:2006/11/26(日) 15:12

「あ、あの、先輩」
「んー?」
「ここで大丈夫です。今日はありがとうございました」
「えー、家まで送ってくよ」
「いえ、大丈夫ですから」

なかなか紳士だね、女の子だけど。

ごっちんは少し考えてたふうだったけど、そっか、じゃあまたね、と短く言った。
ほっとしたように息を吐き出して、こんこんはあたしにお辞儀をすると、
そのままその場を離れていく。

「いーの?」
「ん、何が?」
「送ってかなくて」
「あー……うん。あの子、あれで結構頑固だからさ」
「へえ」
「押し問答になると、後々怖いし」

怖い、と言ってもごっちんの顔はそうは見えなかった。
これ以上ないってくらいやわらかい表情で、こんこんの消えた方向を見つめている。
そこには、第三者のあたしでもわかる愛情がいっぱい詰まってて、
このふたり、うまいことやってるんだなあとかそんなことを考えていた。
143 名前:見習サンタクロース 投稿日:2006/11/26(日) 15:13

あたしたちは、立ち話もなんだからと言いつつ、どこかでお茶するほど時間もなかったから、
そのまま家に向かって歩き出した。
最近どうとか、そんなありきたりの話が一段落して、
あたしはふと、さっきのこんこんの言葉を思い出した。

「そういやさあ、いまだにこんこん、敬語使ってるんだね」
「だね」
「呼び方も先輩のままだ」
「うん」

ごっちんは意に介してる様子はまったくない。
あたし自身もそれに意味があるなんて思ってない。
ただなんとなく、だったんだけど。

「慣れないの?」
「それもあるみたいなんだけど、なんか、サンタがね」
「……は?」

一瞬、聞き間違えたのかと思った。
今、サンタって言わなかった? サンタ。
144 名前:見習サンタクロース 投稿日:2006/11/26(日) 15:13

「だから、サンタ」

間違ってなかった。
ごっちんの口からもう一度出てきたのは、間違いなく「サンタ」という言葉。
サンタっつーとあれですか。あの、赤くて白くてひげもじゃの……。

「サンタ……ってあれだよね」
「うん。サンタクロース。クリスマスに出てくる人」
「……そのサンタが何」

ごっちんの言いたいことが全然わからない。
あたしはそーっと横目でごっちんを見たけど、その表情はやわらかいまま変わってない。
別に何か人を引っかけようとかそういうことじゃないのだけは……わかるけど。

「あの子ね、あたしにそっくりなサンタに会ったことがあるんだって。
で、そのサンタのこと『ごとーさん』って呼んでたから、ちょっと呼びづらいって」

こんこんの顔が、一瞬頭に浮かんだ。
あの子はずっと頭がよくて常識のある子だと思ってたけど、実は違うんだろうか。

「……ごっちんは、それを信じてるの?」
145 名前:見習サンタクロース 投稿日:2006/11/26(日) 15:14

こんこんが嘘をついてるとか、そういうことが言いたいわけじゃない。
けど、普通に考えてそれを素直に信じろっていうのは無理があると思っただけ。
思ったことを正直に聞いてみただけなんだけど、ごっちんはなんでもないことのように笑った。

「もちろん」
「……でも、普通に考えたらありえなくね?」
「普通に考えたら、ないと思うよ。でも、あの子が言うならそうなんだよ」
「……すっごい自信満々だよね」
「まあね」

あたしが長く息を吐くと、ごっちんの微笑みの色が変わった。
それは、その先に今はいないあの子を慈しんでいるかのような。

「さて、帰ろ帰ろ」

ごっちんは、それ以上何も言わなかった。
それが、何よりの自信なんだと気がついたのは、ごっちんと別れてからだ。

信じてる、なんて言葉にしない。
それは、言葉にする必要もないくらいに信じてるってこと。
そのくらい当たり前だとってこと。
ごっちんの自信はそこに表れているんだ、きっと。

あたしはちょっとだけ肩をすくめて笑った。
ごっちんの自信さえあれば、あのふたりはそれで充分なんじゃないかって、そう思ったから。


   *  *  *
146 名前:見習サンタクロース 投稿日:2006/11/26(日) 15:16

本日の更新はここまでです。
147 名前: 投稿日:2006/11/26(日) 15:17

名前変え間違えました…orz
もうひとりのメインの人は、次回から登場します。
148 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/11/26(日) 19:05
更新乙です!
こんごま推しでこの作品が凄く好きだったんで再開嬉しいですww
頑張って下さい
149 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/11/26(日) 22:36
きたわぁコレ。
お待ちしておりました。
次の更新を楽しみにしています。
150 名前:見習サンタクロース 投稿日:2006/12/03(日) 19:23


サンタねえ。


あたしはひとりで街を歩きながら、
降り注ぐ太陽の光と熱を無視したようなことを考えていた。
きっと、この広い日本の中で、仕事も何も関係なくサンタのことを考えてるのなんて、
あたしくらいなんじゃないか。
そう思えるくらいに、今日は暑かった。

真夏の昼下がり。
今日は確か、この夏一番の暑さになるようなことを天気予報でも言ってたっけ。
さすがにみんな一番暑くなる時間を避けているのか、
土曜日だっていうのに、人通りはそんなに多くない。
ちょっと視線をずらしてみれば、カフェやファーストフードの中は、
いつものこの時間よりも混雑しているように見えた。

そんな中、あたしはといえば、どうしても冷房の中に長時間いるのに耐えられなくて、
キャップを頭に乗せてうろうろと目的もなく歩き回っている。
暑くて汗もかくけど、こっちのほうが気分がいい。
151 名前:見習サンタクロース 投稿日:2006/12/03(日) 19:24

特に目的がないから、気がついたらぼーっと考え事をしてたりする。
今考えてたのは、ごっちんと……こんこんのこと。
その中でもこんこんの「サンタ」発言のことだ。

ま、ごっちんがあれだけ信じてるんだから、あたしが考えてもしょうがないんだけどさ。
あの子にいったい何があったんだろうなあ。
ごっちんをごまかすために言ってるとも思えないし。
と言って、サンタがホントにいるなんて話、この年になって信じろって言われてもなあ……。
ってあたしは別に信じろとはいわれてないのか。
そうかそうか。

息を吐き出して、思考を中断。
考えててもしょうがない。うん、しょうがない。

……しかし、暑い。

さすがにあたしも暑さに耐えきれなくなってきた。
とりあえず喉の渇きを潤そうと自動販売機に近づこうとして……
あたしはとっさに走り出していた。


   *  *  *
152 名前:見習サンタクロース 投稿日:2006/12/03(日) 19:25

プハーッ!

そんな音が目で見えるくらいの勢いで、目の前の女の子は空になったグラスを置いた。
ほんの10秒前までそのグラスに入っていた水は、見事に女の子の腹の中だ。
あたしは自分の前に置かれたグラスを、ずずいっと彼女の前に差し出した。

「……いいんですか?」
「いいよ、また頼むから」
「ありがとうございます!」

やたら元気いっぱいに返事をして、今度は一口だけ水を口にする。
はふうっと文字そのままに息を吐いて、彼女はやっとあたしと目を合わせた。

「……大丈夫?」
「はい!」

元気いっぱいにもほどがある。
さっきまでひとりで歩けないくらいだったくせに。
水一杯、いや、冷房の利いたファミレスに入っただけで元気になるなんて、
何者なんだ、キミは。

目の前でにこにこと笑う女の子。年は……小学生か、いやもうちょっと上かな。
長い髪をポニーテールにして、大きな目であたしを見ている。
153 名前:見習サンタクロース 投稿日:2006/12/03(日) 19:27

自動販売機に近づこうとしたあたしは、ちょうど目の前を歩いていたこの子の体が
くらりと揺れたのを見てしまった。
ほとんど反射的に駆けだして、倒れる前にその体を捕まえて、
どうしたらいいかわかんなくなって、こうしてファミレスに引っ張り込んだわけ。
救急車呼ぶにもそれを待ってる時間がほしいなって思っただけなんだけど、
ファミレスに入った途端、電池を入れられたラジコンみたいに、
急に元気になりやがって……。

とりあえず、救急車は呼ばなくても大丈夫らしい。
けど、それにしたって、あんまりにも反応早すぎだろ。

「なんですか?」
「……いや、すっげー元気になるの早いなって思って」
「小春、暑いの苦手なんです」

そういう問題じゃないだろ!
思わず思いっきり突っ込みそうになって、かろうじて手を止める。
いやだって……あんまりにも無邪気だから。
154 名前:見習サンタクロース 投稿日:2006/12/03(日) 19:28

「はあ、そうですか……」
「こっちって、ホントに暑いんですね。話には聞いてたんですけど、
ここまで暑いとは思わなくて」
「こっち?」
「あ、小春、こっちに来るの初めてなんです! だから、すごくワクワクしてて、
いろいろ持っていかなきゃいけないって言われてたのに、忘れて来ちゃって」

忘れて来ちゃった割には、全然反省するようなそぶりがなくて、
あたしはその言った人に同情した。
たぶんそのいろいろの中には帽子とかも入ってたんだろう。
それを忘れて来ちゃったから、半日射病みたいになっちゃったんだ。
ああ、きっとその人と一緒に来たんだ。今ごろ慌てて探してるだろう。
だったら、あたしもこの子の保護者が見つかるように協力するべきかな。

この子は、確かに子供の顔をしてるけど、かなり美人だ。
しかも、警戒心ってものがかけらほども見えない。
初対面のあたしを前にしても、逃げるでもなくベラベラ話し出しちゃうくらいだし。
このままほったらかしたら、マジでヤバイ人につかまっちゃうかもしれない。
乗りかかった船だし? しょうがない。

あたしはドリンクバーをふたつ頼み、オレンジジュースをふたつと水を持ってきて、
この子の話を聞く体勢を整えた。
155 名前:見習サンタクロース 投稿日:2006/12/03(日) 19:32

「えっと、名前は小春ちゃんでいいのかな?」
「はい!」
「あ、ちなみにあたしは吉澤ね。吉澤ひとみ」
「吉澤さん」
「ん。で、小春ちゃん、お父さんとかお母さんとかは?」
「いませんよ?」

あまりにもあっさりと、悲壮感のかけらもない答えに、自分でも目が丸くなるのがわかった。
小首を傾げたその姿は、まあかなりかわいいと思ったけど、
そんなことはどうでもよくて、両親がいない?
いやまあ、まあそういう人もいるだろう、うん。

「え、えっと……じゃあ、今日一緒に来た人は?」
「そういえば、見かけないです」

そういえばって……。
危うく脱力しそうになって、あたしはなんとか体勢を立て直した。
うん……きっとこういう性格なんだ、この子は。
のびのびしたところで育ってきたんだ、都会の子とは違うんだ。
156 名前:見習サンタクロース 投稿日:2006/12/03(日) 19:33

「んーと……その人の家とかわかる?」
「家はないです」

思わず目を閉じていた。
……いやいや、早合点は禁物。
もしかしたら、夏休みだから旅行でこっちに来てるだけかもしれないし。
親戚の家とかに泊まってるのかもしれないし。

「……こっちで泊まってるホテルとかは?」
「ホテルはまだ見たことないです」

自分の頭をはたきたくなるをのを抑えて、あたしはオレンジジュースを一口飲んだ。
あー、中途半端に甘い。

「……小春ちゃん」
「はい」
「小春ちゃんの家はどこ?」
「あっちです」

にこにこと満面の笑みで彼女が指さしたのは、間違いなくファミレスの天井だった。
このファミレス、2階建てだったっけと一瞬考えかけて、ぶるぶると頭を振る。
157 名前:見習サンタクロース 投稿日:2006/12/03(日) 19:36

「……小春ちゃんは、ここに、何しに来たのかな」
「えーっと……見学、じゃなくて……あ、研修、研修です」
「研修、ねえ」

実はこの子は中学生くらいに見えて、もうハタチ越えてたりとかするんだろうか。
いやまさか。
いくら暑いからって、そこまで見間違えるほど朦朧とはしてないつもりだし。
かなり疑った眼差しで小春ちゃんを見ると、
彼女は今日見た中で一番いい笑顔をあたしに見せてきた。

「はい! 来年になったら、いよいよ初めてのお仕事なんです!
だから、その前にこっちの様子とか、ちゃんと知っておかなきゃいけないよって」
「……なんかさ」

それは本当に本当に思いつきだった。
こんこんとごっちんのこと考えてたから、するっと出てきただけ。
普段なら、こんな真夏にそんなこと、思いつくわけなんかない。

「サンタみたいだよね」

それなのに。
小春ちゃんは、その言葉にぱっと花が咲いたみたいに笑った。
158 名前:見習サンタクロース 投稿日:2006/12/03(日) 19:36





「はい! 小春、サンタさんなんです!」



159 名前: 投稿日:2006/12/03(日) 19:40

本日の更新はここまでです。


レス、ありがとうございます。

>>148
メインメンバーが替わっちゃってますが、
お時間ありましたら、読んでいただけますとうれしいです。

>>149
きちゃいましたわぁコレw
コンスタントに更新していきたいと思っております。
今後ともよろしくです。
160 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/12/03(日) 23:12
こっはーキター
この先どうなっていくのか楽しみです。
頑張ってください。
161 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/12/04(月) 22:53
ヨシコハァ――――――;´Д`――――――ン

超楽しみです。マターリ待ってます
162 名前:見習サンタクロース 投稿日:2006/12/10(日) 22:34

どうやって答えたらいいのか、あたしはかなり迷った。
小春ちゃんはずーっと笑ってて、さっきの発言を取り消す気配もなくて、
なんか妙に居心地が悪くなって、ガシガシと頭をかく。

なんだろうなあ……。
無邪気そうに見えるし、素直そうにも見えるのに。
もしかして、今時の小学生とか中学生の間では、こういうの流行ってんのかな?
こうやって大人をバカにして影から友達が見て笑ってるとか。
どうやって反応するかで賭けてるとか。

素直ないい子っぽいんだけどなあ。
人間見た目だけで判断しちゃいけないってことなのかなあ。

頭を抱えたくなったけど、もし影から誰か見てたりしたらそれもバカらしい。
だったらいいじゃん。子供の遊びだよ。
つきあってやればいいんじゃね?

むくむくとあたしの中に芽生えてきたのは、そんな思いだった。
なんか知らないけど、むかついて。
この子を困らせてやろうとか思っちゃってたんだ。
163 名前:見習サンタクロース 投稿日:2006/12/10(日) 22:34

「へえ、サンタさん」
「はい」
「研修中」
「今日からなんです」
「サンタさんってさ、見た目普通と変わんないけど、なんかできるの?」
「へ?」
「なんかこう、サンタっぽいこととか」

サンタっぽいことってなんだよ、って自分にツッコミを入れつつ、
あたしは頬杖をついて小春ちゃんの様子を見た。
小春ちゃんは唇を軽く噛んで、うーんとひとしきり悩んで、あ、と小さな言葉を発した。

「たぶん、何でもできます」
「たぶん……?」
「小春、こっちに来たの初めてだって言ったじゃないですか。
だから、どういうことができるのかわかんないんですけど、
ミキさんが何でもできるって言ってたから」

ミキさん、ね。
家族か誰かの名前なんだろう。
でも、この答えにあんだけ悩んだくらいだから、もうちょっとつつけばぼろが出そうだ。
164 名前:見習サンタクロース 投稿日:2006/12/10(日) 22:35

「じゃあさ、このグラス、浮かせることとかもできんの?」

氷が半分ほど溶け始めているグラスを指で叩く。
小春ちゃんはまた笑顔になった。

「できますよ、たぶん」
「やってみせてよ」
「はーい」

バカにしてるのか、引っ込みがつかなくなったのか、小春ちゃんは人さし指を
グラスの縁ギリギリに差し出した。
んーって声を出しながら、小さくえいっとかけ声。
当然、何も起こらない。

「あれー?」

もう一度、同じようにしてみるけど、当然、何も起こらない。

「浮かないねえ」
「おかしいですねえ……」
165 名前:見習サンタクロース 投稿日:2006/12/10(日) 22:36

どうするんだろう、この子はこの先。
トイレにでも行くフリをしてあたしの前から姿を消すんだろうか。
それならそれでもいいけど。

自分の指を見つめてうーんとうなっている小春ちゃんを、
あたしは自分でもひどいかなと思うほどに冷めた目で見ていた。

「もう一回、やってもいいですか?」
「どうぞ、何回でも」

笑顔が消えて、なんだか不安そうな顔になっている気がしたけど、
あえてそれは見ないふりをした。
小春ちゃんはさっきと同じように人さし指を差し出して、えいっと小さなかけ声を……。

「痛っ!」

と思ったら、悲鳴に近い声が聞こえてきて、あたしは目を丸くした。
166 名前:見習サンタクロース 投稿日:2006/12/10(日) 22:37

「……ったく」
「ミキさん!」

ずっと小春ちゃんに集中してて気づかなかったけど、
小春ちゃんの真横に、きつそうな顔立ちの女の子が立っていた。
女の子って年じゃないかもしれない。けど、女性って感じにも見えない。
あたしと同い年くらいだろう。不機嫌そうに顔をゆがめている。

小春ちゃんはどうやら頭を叩かれたらしく、両手でかばうように頭を覆っていた。
ミキさん、と呼ばれたその子は、ますます不機嫌そうに眉根を寄せる。

「あんたねえ、こんなとこで何やってんの? もしはぐれたらって戻る場所も決めたでしょ」
「あ……ごめんなさい」
「右も左もわかんないくせに、好奇心ばっかり旺盛なんだから。
面倒見なきゃなんないミキの立場にもなれっつーの」
「……ごめんなさいぃ」

ミキという子のきつい口調に反論するでもなく、小春ちゃんはどんどんしょんぼりしていく。
何がなんだかよくわかんないけど、さすがにやばくなったんで引き取りに来たんだろうか。
それにしたって……このミキって子も、そんなことするようには見えないんだけど。
167 名前:見習サンタクロース 投稿日:2006/12/10(日) 22:37

「あんたもさあ」

ブツブツ考えているところに、いかにも不満だという声が聞こえた。
ミキの目は、明らかにあたしを責めている。

「こんなとこ連れ込む前に、警察とかなんか行くとこあんじゃないの?」
「ああ……ごめん」
「ほんっとにいい迷惑。信じらんない」
「悪かったって」
「しかもさー、ベラベラベラベラしゃべっちゃって。
あんたホントに自覚ないよね。ずっと前から思ってたけど」

あたしの言葉なんて聞いてない。
ミキの攻撃先は、また小春ちゃんに戻ってしまっていた。
って、ベラベラしゃべっちゃってって……?

「……まさか、本物?」
168 名前:見習サンタクロース 投稿日:2006/12/10(日) 22:38

そのつぶやきをミキは聞き逃さなかった。
鋭い目つきであたしをにらみつけてくる。
肩でひとつ、やれやれといったように息をつくと、唐突に、さっき小春ちゃんがしてたみたいに
人さし指を突き出して、くいっと上に向けた。

その途端。

まるで上から引っ張られるみたいに、あたしたちの前にあったグラスが一瞬宙に浮き、
すぐに元の場所に戻った。

嘘じゃない?
本物?
サンタクロースなんて、ホントにいんの?

「行くよ」
「あ、はい!」

あたしの疑問を完全に無視して、ミキは小春ちゃんを連れて行こうとする。
これまた反射的に、あたしはミキと小春ちゃんの腕をつかんでいた。
169 名前:見習サンタクロース 投稿日:2006/12/10(日) 22:38

「なーに、もう用はないでしょ?」
「すげー! すげーすげー!」
「はぁ?」
「だって、すげーじゃん! 本物なんでしょ? しかも、ああいうこと
すぐできちゃったりするんでしょ? トリックとかなしでさ。すげーじゃん!」
「意味わかんない。あんたのために何かしたりなんてしないよ」
「そんなのどーでもいーんだって! うわー、すげー! すげー!」

そのときのあたしは……まあ、好奇心が先走っちゃったっていうか。
元々珍しいこととか大好きだったし、そういうときはやたらテンション上がっちゃって。
ミキが今まで以上に不信感丸出しであたしを見てても気にならなかった。
それよりも、小春ちゃんがすごくキラキラした目であたしを見ててくれたのを覚えてる。

「あー……こういうのもいるから、うろちょろして欲しくなかったのに」
「……ごめんなさい」
「あやまるくらいなら最初っからやるなっつーの」
「ああ! それで暑いのが苦手なのか」

ふたりの会話を無視してあたしが言うと、小春ちゃんが困ったように笑いながらうなずいた。
ミキはますます苦々しい顔をして、むっつりと黙ってしまう。
そんなミキを見て、小春ちゃんがますます小さくなる。
170 名前:見習サンタクロース 投稿日:2006/12/10(日) 22:39

ちょっと興奮状態から抜け出したあたしは、そんなふたりを見ながら思わず忍び笑いをしてた。
だって、小春ちゃんは気づいてないみたいだけど、ミキは小春ちゃんをすっげー心配してる。
暑いのが苦手なサンタクロースなのに、
さっき見たミキは汗もかいてたし息も切らせてた。
小春ちゃんを捜すのに一生懸命になってた証拠じゃん。
きっとそう言ったら、面倒見なきゃいけないからとか言うんだろうな。
ミキって素直そうじゃないもんな。

そんな想像をしていたら、ミキから「にやにやして気持ち悪い」と一刀両断され、
あたしはにやけるほっぺたを引き締めるのに必死になった。

「しっかし、サンタにも研修とかあるんだ」
「そりゃそうでしょ。生まれたときから何もかも知ってると思ったら大間違い」
「へえ」
「小春はまだなりたてほやほやだから、実際に仕事するまでに慣れてもらわないと困るし。
こっちのこと全然知らないのがサンタやって願い叶えたりしたら大変でしょ」
「ふーん、そんなもんか」
「そんなもん。人間みんなが願いを叶えるに値するわけじゃないってこと、
ちゃんと教えないと大変なことになるんだから」
「それを、あなたが教えるわけ?」
「……まあねえ。教えるだけならいいんだけどさ」

ミキの声音に、今までとは少し違った色が混じった。
ミキを見ると、苦々しい顔をさらに苦々しくして、ため息をついていた。
171 名前:見習サンタクロース 投稿日:2006/12/10(日) 22:40

「何、なんか問題でもあんの?」
「んー……」
「小春たちは、人間の人と一緒に生活しなきゃいけないんです」
「へ?」
「こら!」
「人間の人と生活することで、こっちの世界についてとか人間の性質についてとか、
より近い立場で学べるからって」
「ふーん……あなたはそれが嫌なわけ?」
「嫌っつーかねえ」

ま、しょうがないことだからさ。
ミキはちょっと投げやりな口調で言う。
その顔が、声が、さっきよりもずっとか細く聞こえたからかもしれない。
あたしが、また自分の意志に反してしゃべっちゃってたのは。
172 名前:見習サンタクロース 投稿日:2006/12/10(日) 22:40

「じゃあ、あたしんとこ来る?」
「……は?」
「あたし、今大学行っててひとり暮らしだし。夏休みだし。
家も別にそんな狭くないから、ふたりくらいいても平気だし」
「何言って……」
「どっちみち誰かのとこ行かなきゃいけないんでしょ? だったらいーじゃん」

ミキは少し柔らかくなった表情をまた硬くしてしまっていた。
けど、あたしはそれに構わず小春ちゃんを見る。

「小春ちゃんは? あたしんとこじゃやだ?」

ぶるぶるぶる。
即答。
わかりやすい。

「……ミキさん」

渋い顔をしているミキに、小春ちゃんがおそるおそる声をかける。
ミキは目を閉じて、いらだたしげに髪をかき上げたり指に巻きつけたりして、
息を吐きながら目を開けた。
173 名前:見習サンタクロース 投稿日:2006/12/10(日) 22:41

「わかった。小春はえーと……」
「吉澤、吉澤ひとみ」
「吉澤さんとこ行けばいいよ」
「え、ミキさんは……?」
「いくら狭くないって言っても、さすがに3人はきついでしょ。
ミキは力も使えるし、なんとでもなるから」
「でも……」
「どっちみち仕事はじめたら誰かと一緒になんていられないんだから。
小春もそういうのに慣れといたほうがいいと思うし」
「……わかりました」
「じゃあ、これ」

辞典の「仏頂面」の欄に写真を載せたくなるような顔をして、
ミキが小春ちゃんに携帯を渡した。

「なんかあったら、これで連絡取れるから」
「はい……」

その後、お会計を済ませて(ミキが払った)あたしたちはファミレスを出た。
出てすぐのところで、ミキはあたしたちとは逆のほうに行くと言う。
174 名前:見習サンタクロース 投稿日:2006/12/10(日) 22:43

「じゃあね」
「はい」

割と物事に柔軟に対応するらしい小春ちゃんは、
あっさりとこの事態を受け容れているみたいだった。
ミキと二言三言で挨拶をしたかと思ったら、
ファミレスの近くにつながれていた犬を見つけて、つつつとうれしそうに寄っていく。
ドライなもんだと思いつつ、あたしもそのあとを追おうとして、後ろから何かに引っ張られた。

「……何?」

ミキはあたしの顔を見て、あからさまにため息をついた。
失礼な。

「小春のこと、頼むね」
「言われなくても」
「……あの子さ」
「うん?」
「あの子、ホントにいい子だから。だから……ホントに頼むね」

何かほかに言いたいことがあるのはわかった。
けど、ミキはこれ以上突っついたってそれを口にはしないだろう。
それが、先輩としての責任なのか、あたしが人間だからなのかはわかんないけど。

あたしはできるだけミキが安心できるようにと、笑顔でうなずいた。


   *  *  *
175 名前: 投稿日:2006/12/10(日) 22:45

本日の更新はここまでです。

レス、ありがとうございます。

>>160
きちゃいましたーw
ゆったりペースで進んで行っておりますが、
今後ともどうぞよろしくお願いします。

>>161
ハァ――――――;´Д`――――――ンw

楽しんでいただけてるようでうれしいです。
がんばりまっす。
176 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/12/11(月) 00:09
かわいい。かわいすぎる!小春もミキティもよっさんも
177 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/12/11(月) 01:32
やばい楽しいっす!!!
かなりワクワクしながら続きを待ちます
178 名前:見習サンタクロース 投稿日:2006/12/18(月) 00:33

ミキと別れてからも、小春は──呼び捨てでいいと言われた──不安そうな様子は
全然見せなかった。順応性が高いのか、怖いものなしなのか。
とりあえず、あたしを信用してくれてると思いこむことにして、
あたしは小春を、大学の近くに借りているアパートに案内した。
階段で2階に上がってさあどうぞ、と思ったら、そこに見慣れた人の姿を見つけた。

「おー、ごっちん?」
「おー、よしこ」
「どしたよ?」
「んー、ケータイつながんなかったから」

言われてポケットからケータイを取り出すと……。

「あちゃー。ごめん、電池切れてたわ」
「んなことじゃないかと思った」

たぶん、ごっちんは特に用があってやって来たわけじゃないと思う。
高校時代は何かあったからってあたしんとこに来るようなことも多くはなかった。
それが、こんこんとつきあいだして少し変わって、
人の様子を思うことができるようになっただけのこと。
まあ、たぶん、今日は大方こんこんと会うまでの時間つぶしってところだろうけど。
179 名前:見習サンタクロース 投稿日:2006/12/18(月) 00:34

「ごめんごめん。なんか急用?」
「んーん。ちょっと待ち合わせまで時間があってさ」

予想通り。

「それであたしんとこで時間つぶそうって?」
「ご明察ー」
「しょうがないなあ」

ごっちんのほうへ歩きだそうとして、後ろから何かに引っ張られた。
振り返ると、そこには大きな目をさらに大きくしている小春がいて、
あたしの服の裾をしっかりと握りしめていた。
……って忘れてたよ、小春のこと。

小春のことを思い出すのと同時に、ごっちんが小春に気づいたようだった。
こんにちはー、とやわからい声をかける。
一方、小春は……なぜだかぎこちなくお辞儀をしただけだった。
180 名前:見習サンタクロース 投稿日:2006/12/18(月) 00:34

「よしこ、この子は?」
「う? あ、え、あの……いとこ! そういとこなんだ!」
「……何力説してんの?」
「あーいやいや。えーっと、いとこの小春。東京来るの初めてだっていうから、
あたしがしばらく面倒見ることになってさ」
「へー……あんまりよしことは似てないねえ」
「いとこが全員あたしに似てたら気持ち悪いと思うぞ?」
「はは、それもそうか」

ごっちんはいつもの調子で小春の顔をのぞき込むような仕草をした。

「初めましてー。あたしはよしこ……ひとみちゃんの友達の」

ひとみちゃんって!
悪寒がして突っ込もうとしたんだけど、それは小春の行動で止められてしまった。

「……ごとーさん」

本当に小さな声だったけど、周りにそれを遮るような音が何もなかったから、
小春の声はあたしにも、たぶんごっちんにもちゃんと届いたはずだ。
その証拠に、ごっちんはふにゃっと表情を崩した。
181 名前:見習サンタクロース 投稿日:2006/12/18(月) 00:35

「なんだ、よしこから聞いてたんだ?」

思わず首を振りたくなった。
だって、あたしこの子と会ったの今日が初めてだし。
けど、当然そんなことは言えるはずもなくて、とりあえず笑う。

「まーた目の離れた友達ーとか話してたんじゃないのー?」
「ち、違うって! メール……メールで写真とか送ってたんだって!」
「あはは、わかってるよー」

ごっちんは軽くあたしの言葉をかわすと、また小春と向き直った。

「そのごとーさんです。名前は後藤真希、よろしくね」

小春はまたぎこちなくお辞儀をする。
ごっちんはそれを人見知りだからだと思ってくれたみたいだけど、
あたしはそんなふたりを冷静に見つめながらも、まったく別のことを考えていた。
182 名前:見習サンタクロース 投稿日:2006/12/18(月) 00:35

小春はごっちんとは今日が初対面のはずだ。
どこかでごっちんを知っていたとも思えない。
だとすれば?
小春はごっちんじゃない誰かを知ってる?
ごっちんによく似たごっちんじゃない人を知ってる。

そうだ、小春はサンタだと自分で言ったじゃないか。
それはミキが証明してくれた。
小春がサンタなら、そして……こんこんが言っていた言葉が本当なら。
こんこんの言ってたサンタと、小春の言った「ごとーさん」は……同じ人?

「いとこちゃんが来てるなら、あたしは今日は帰ろうかな」
「え、いや、遠慮しなくていいよ」
「んー、でも、あたしはいつでも会えるけど、いとこちゃんはそうはいかないだろうし」

引き止めるあたしをいいからと制して、
ごっちんは笑顔を置きみやげに帰っていってしまう。
残されたあたしと小春は、とりあえず暑いからと部屋に入った。
183 名前:見習サンタクロース 投稿日:2006/12/18(月) 00:36

「どこか適当に座ってていいから」

物珍しそうに部屋の中を見回す小春に冷えた麦茶を出し、向かい側に座る。

「小春」
「はい?」

両手でグラスを包み込むように持ってつめたーいと言っていた小春は、
その姿勢のまま顔を上げた。

「小春、ごっちん……後藤さんとは初対面だよね」
「はい」
「んじゃあさ、なんで名前知ってたの?」

小春は目を大きく開いて、パチパチとまばたきをした。
何も邪気はない。
ただ、突然のあたしの言葉に戸惑ってるだけ、な感じ。

「えっと……あの、吉澤さんのお友達の後藤さんとは初対面なんですけど」
「うん」
「よく似た人は知ってて。その人も名前はごとーさんなんです」
「……その人は、サンタさん?」
「はい」
「ごっちんによく似てる」
「はい」
184 名前:見習サンタクロース 投稿日:2006/12/18(月) 00:36

じゃあきっと、間違いない。
こんこんの言ってるサンタと、小春の言ってる「ごとーさん」は同じ人だ。
ああ、そうか。
やっぱりごとーサンタはいたんだ。
こんこんは嘘をついてたわけじゃなかったんだ。

何となく、理由もよくわからないままほっとして。
はふ、と自分でもわかるように息を吐く。

「でも、小春、ごとーさんのことあんまりよく知らないんですよ。
何度かすれ違ったことがあるくらいで。サンタさん同士ってあんまり交流ないから」
「へえ、そうなんだ?」
「はい」

小春の話によると、今やサンタ界にも改革の波は押し寄せているらしく、
トナカイにソリを引かせるサンタはもういないんだそうだ。
ボタンひとつで世界中の子にプレゼントを配れるんだと。
今のサンタはそのほかに、1年でひとりだけ誰かの願い事を叶えられる権利を持って、
1年かけて自分が願いを叶えるべき相手を捜しているとか。
1年かけて探してるから、サンタ同士の交流はほとんどない。
あるのは、それこそ研修の新米サンタと指導についてるサンタくらいだとか。

小春はといえば、これからしばらくの間こっちで研修をして、
今年から来年にかけて願いを叶えるべき相手を捜して、
晴れて来年のクリスマスにサンタデビューを果たす……。
185 名前:見習サンタクロース 投稿日:2006/12/18(月) 00:37

「……サンタも結構大変なんだねえ」
「そうですか? 小春はすっごい楽しみですよ!」

キラキラと目を輝かせている小春に、思わずこっちも口元がゆるんだ。
この子はミキも言ってたとおり、ホントにいい子なんだ。
先にある輝かしい未来を夢見て希望を持ってる。
でも、だったら、なんでミキはあんなに何か言いたそうだったんだろう。
確かに小春は突っ走っちゃうところもありそうだけど、
一から話せば、ちゃんと言うことを聞いてくれそうなのに。

「吉澤さん?」
「あ、うん。……そういえば、これからあたしはどうしたらいいんだ?」

そんなあたしの疑問を見透かしたかのように、突然小春の携帯が鳴った。
小春は携帯を持つのもきっと初めてなんだろう。
わっと声をあげて驚いて、音が鳴りやむまで携帯に触ろうともしなかった。
なんか、ホントに何も知らないんだなあ。
今時の小春くらいの歳の子は、携帯なんて当たり前みたいに使うのに。
思わず、笑みがこぼれる。

「えっと……あ、ミキさんからだ」

おそるおそるといった感じで携帯を開いた小春は、
ぎこちない手つきでゆっくりとボタンを押し、それが誰からかを伝えてきた。
186 名前:見習サンタクロース 投稿日:2006/12/18(月) 00:38

「吉澤さん」
「ん?」
「吉澤さん宛でした」
「は?」

差し出された携帯を受け取ってメールを読む。

 ………………………
 小春は、とにかく吉澤さんに普通に生活してもらうこと。
 それを見て、「普通の人」ってのがどういうものかを学ぶこと。
 あと、いろんなとこに連れてってもらいな。
 よく遊びに行くとことか、買い物に行くとことか。
 友達にも会わせてもらえたらいいかもしんない。
 吉澤さん以外の人にもいっぱい会ってこないとダメだよ。
 必ず1日1回は外に出ること。いいね。

どう見ても、吉澤さん宛じゃないんですけど。

「あのさー、小春ー」
「はい?」
「どう見てもこれ吉澤さん宛じゃないでしょう」
「え? そうですか?」

これが吉澤さん宛じゃなくて、小春宛だっていうことを理解させるのに2時間かかった。
ちょっとだけ先行きが不安になったのは、小春にはヒミツにしておこう。


  *  *  *
187 名前: 投稿日:2006/12/18(月) 00:39

本日の更新はここまでです。

レス、ありがとうございます。

>>176
かわいいですか。かわいすぎますか。
ありがとうございます!w

>>177
楽しんでいただけてうれしいです!
ぼちぼち更新していきますので、今後ともよろしくです。
188 名前:見習サンタクロース 投稿日:2006/12/31(日) 15:46

小春との共同生活は、思ったよりも普通だった。
とりあえず、生活するのに必要な常識はそれなりに身につけてはいるらしく、
超基本的なトイレとかシャワーとかで悩んだりすることはなかった。
まあ、シャンプーとリンスを間違えたりするのはご愛敬ということで……。

料理は全然経験がなくて、いちいちあたしがやることに感心したり驚いたりしてた。
あたしのできる料理なんてホントに限られてるから、
そこまで感心されるとちょっとむずがゆい。
でも、包丁が危ないものだとか熱湯が危険なものだとか、そういうのはわかってるみたい。
そうだなあ、そういう物に対する知識は小学生くらいはありそうな感じだ。

その一方で、家の外に出るととにかく知らないことばかりだった。
コンビニ、スーパー、学校、公園……言葉としては知ってるみたいだけど、
そこがどういう役目を果たすのか、どういう見た目なのかってことをまるで知らない。
神社とかお寺とかに案内したら、どう思うんだろう?
鳥居ってなんのためにあるんですかとか聞かれたら、答えられないぞ。
189 名前:見習サンタクロース 投稿日:2006/12/31(日) 15:47

小春は行く先々で、これは何、あれは何と疑問に思うことを全部聞いてきた。
自動販売機からジュースを買ったときの驚き方はすごかったし、
同じ自販機でもカップタイプのやつを見せたときの驚き方はホントすさまじかった。
出てきたジュースをまじまじと見つめちゃって、
氷が溶けるまでそれを飲もうとはしなかった。

それでも、小春は物覚えがよくて、一度覚えたことは忘れない。
だから、毎日過ごしていけば、どんどん普通の人と同じになっていって、
あたしは小春を本当にいとこの子か、それ以上の……妹みたいな存在として見るようになっていた。

そんな生活も早1か月。
ほぼ、日常的に突飛なことを言ったりやったりはしなくなった小春を見て、
あたしは前にミキがメールでよこしたことを実践してみようと決めた。
190 名前:見習サンタクロース 投稿日:2006/12/31(日) 15:47

「小春ー?」
「はーい」
「今度の土曜日さ、大学の友達と久々に会うんだけど、小春も来る?」
「え、いいんですか?」
「いいよ、もちろん」
「わ、ありがとうございます!」

小春は本当に素直に喜びを体全体で表現した。

そう。
大学は夏休みで、あたしは特にバイトもしてなかったから、あまり人に会うことがなかった。
友達と遊ぶことはもちろんあったけど、とんでもない勢いで常識から外れてた小春を会わせるのは
正直ちょっと不安なところがあって、その辺はうやむやにしていた。
けど、今ならもう大丈夫。
そう判断したから、あたしは友達との集まりに小春を誘ってみることにした。

あたしとミキ以外の誰かと、まともに会うのは小春もほぼ初めてだ。
いったいどんな反応を示すのか楽しみだった。
少なくとも、そのときまでは。

  *  *  *
191 名前:見習サンタクロース 投稿日:2006/12/31(日) 15:48

その日集まったのは、大学のゼミの仲間で、小春とあたしを入れて全部で9人。
ゼミの仲間とは仲がよくて、時々こうしてみんなで集まって飲み会を開いたりしてる。
今回は小春もいるからカラオケボックスにしてもらって、結構にぎやかに食べたり飲んだりしてた。
ハイテンションな仲間たちに、最初こそちょっと気圧されてた小春も、
時間がたつにつれてだんだんと雰囲気に慣れてきたみたいで、
気がつけば、みんなから「小春ちゃん、食べ物は?」とか「ジュース飲む?」とか
世話を焼かれるくらいの人気者になっていた。

その空気が一変したのは、カラオケボックスに入ってから2時間以上も過ぎてからだった。

「小春ちゃんはさー、やっぱ、東京とかあこがれてるんだ?」
「うーん……どうですかねえ」
「初めて来たときどうだった?」
「人がいっぱいいて、にぎやかだなあって思いました」
「だよねー、やっぱ最初はそう思うよねえ」

たわいもない雑談だと思ってた。
小春には、空から来たとか正体がサンタだとか言わないように、きつく言ってある。
それを守ってさえいれば、ただの田舎から来た女の子としか思われないから。
律儀にそれを守って答える小春に、話しかけてる子はうんうんと、
まるで親戚のおばさんかなんかみたいにうなずいていた。
192 名前:見習サンタクロース 投稿日:2006/12/31(日) 15:48

「将来さ、高校卒業したら東京来たりとかするの?」
「まだ全然考えてないです」
「そっかー。小春ちゃんはさ、将来の夢とかあるの? 何になりたいとか」
「えと……」

ちらりと小春があたしを見た。
あたしはほかの人間が見てもわからない程度に、首を横に振る。

「そっちもまだ全然ですねえ……」

語尾が少し曖昧になったのが、小春の困惑の表れだ。
将来も夢ももう決まっている。
決まっているどころか、スタートしてるんだから当たり前だ。

けど、あたしたちの世界では、小春くらいの歳の子が将来を決めてるなんてあまりなくて。
決めてたとしても、それに向かってまだまだ努力し始めるような時期だから、
質問は別に間違ってたわけじゃない。
わけじゃないけど。

「……えっと、あなたは何か願い事とかありますか?」

不意に問い返されて、相手は目を丸くした。
それから、バカみたいに大声で笑って、バシバシと小春の肩を思いっきり叩いていた。
いい感じに酔っぱらってるらしい。
193 名前:見習サンタクロース 投稿日:2006/12/31(日) 15:49

「願い事とは、小春ちゃんかわいいねー。そうだなー、あたしは一生働かなくてもすむだけの
金がほしいかなー」
「……お金?」
「そ。人間生きてくのにお金って一番大事じゃん? お金さえあればだいたいのことはなんとかなるし、
正直宝くじでも当たんないかなーっていっつも思ってるね」
「あ、俺も俺も!」
「あのさー、中学生の女の子に言うのには夢がなさすぎじゃないのー?」
「えー、じゃあおまえはどうなんだよー」
「あたし? あたしはそうだなー、お金持ちの人と結婚したいなー」
「ほらみろ、やっぱ金じゃねーか!」
「そりゃ、愛はあってもお金がなかったら生きてけないもんねー」
「その通り!」

将来の夢、って話はだんだんと周りを巻き込んでいった。
酔っぱらってるからだろう、みんなの口から出るのは、まあある意味現実的な話。
好きなことをやるにしても、やっぱり元手は必要だしね。
苦笑いしながらそんな様子を見ていたあたしは、小春の表情が曇っているのに気づいた。

「小春? どした?」
「……でいいんですか」
「ん?」

一番近くにいた仲間のひとりが、小春のつぶやきを聞き止めてしまったようだった。
194 名前:見習サンタクロース 投稿日:2006/12/31(日) 15:49

「それでいいんですか。みなさんは」
「……どういう意味?」
「もっと、ちゃんとした願い事はないんですか! 人助けをしたいとか、人の役に立ちたいとか!」

まずいと思ったときには、もう遅かった。
小春は立ち上がると同時にそう叫んで、そこにいた全員から言葉を奪っていた。

「やだなあ、小春ちゃん。そんなマジになんないでよ」

静寂を破ったのは、一番最初に夢の話をした子だ。

「世の中、願い事なんて叶わないことのが多いんだから。ねえ?」

そうだそうだ、とまた場にざわめきが戻ってくる。
小春が何か言いたそうに口を開きかけたのを見て、あたしはあわててその口をふさいだ。
195 名前:見習サンタクロース 投稿日:2006/12/31(日) 15:49

「ん、どした?」
「あー、ごめんごめん。この子、こういうことになるとついムキになっちゃってさ」
「いいよー。子供の頃は夢とか願い事とかあったほうが楽しいと思うし」

もごもごと口が動きかけたのを、少し力を入れて止める。

「ごめん、今日はそろそろ帰るわ。あんまり遅くまで連れ回してると、
この子の親に怒られちゃうからさ」
「おー、わかったー」

適当にいいわけをして、あたしは小春から手を離した。
軽くその背中を肩でこづくと、どこか不満そうな態度をあらわにしたままぺこりとお辞儀をする。
頭が戻るより早く、あたしは小春の腕を取って早々にカラオケボックスを後にした。
なんだかわからないけど、居心地が悪かったから。
196 名前:見習サンタクロース 投稿日:2006/12/31(日) 15:50

帰り道。
小春はずっと無言だ。
表情もずっと硬いままで、不機嫌だっていうのが見ているだけでもわかる。

「小春ー?」

あたしは無言は苦手だ。
無言がいやで話しかけたら話がややこしくなったことも何度もあるけど、
それでも黙られてるのは苦手だった。

「こーはーるー」
「……はい」

二度呼びかけたら、小春はやっと返事をしてくれた。
不機嫌だということをまったく隠さないような声と顔で。

理由はまあ……さっきの夢やらなにやらなんだろうけど、
それでどうしてここまで小春が怒るのか、あたしにはそれがわからない。
黙って歩く間中ずっと考えてみたけどわからなくて、だから聞いてみることにした。
197 名前:見習サンタクロース 投稿日:2006/12/31(日) 15:50

「さっきのことで怒ってんの?」
「……さっきのこと?」
「願い事とか」

その通りだったんだろう。
小春は口をとがらせてまた黙り込んでしまう。

「そんなに怒んなくても。みんな、そんな本気で言ってるわけじゃないんだし」

小春からの答えはない。

「みんな、叶えばいいって思ってることはいろいろあると思うよ。
けどさ、たくさんありすぎて、ひとつに絞りきれないだけだよ」
「……吉澤さんは」
「ん?」
「吉澤さんは、どうなんですか? 吉澤さんも、みなさんと同じなんですか。
お金が欲しいとか、そういうこと思ってるんですか」

小春の質問に、あたしは足を止めた。
それに倣うみたいに、小春も歩くのを止めてあたしを見つめてくる。
そのまなざしは真剣すぎて、あたしは目をそらせなかった。
198 名前:見習サンタクロース 投稿日:2006/12/31(日) 15:51

お金が欲しいかと言われたら、間違いなくイエスと答える。
それがただひとつの願い事ってわけじゃないけど、間違っているとも思わない。
だけど……。
それを言えば、小春は怒るだろう。
悲しむかもしれない。口をきいてくれなくなるかもしれない。
それは、ちょっと勘弁してほしい。
だって、今家にいるのはあたしと小春のふたりなのだ。
無言のまま、研修が終わるまで一緒とか、それはつらい。つらすぎる。

それでも、小春に嘘をついてはいけない気もした。
じゃあ……どうする?

「吉澤さんの願い事はなんなんですか」

あたしが無言のままでいたのにしびれを切らすように、小春の口から硬い声がこぼれ落ちた。
表情も、それに倣って硬いまま。
あたしは軽く両手を握って、口の端をにいっとあげた。
199 名前:見習サンタクロース 投稿日:2006/12/31(日) 15:51

「……それは、今は言えない」
「え?」
「小春はまだ見習いサンタでしょ? まだ教えられないな」

ああ、そっか。
自分の言葉にあたしは自分で納得していた。

小春はまだ修行中とはいえサンタだから。
みんなの願い事を叶えるサンタさんだから。
「願い事」を軽々しく扱われてるみたいで、それが嫌だったんだろう。

小春はまた不満そうに口をとがらせて、手持ちぶさたなのか手をぶんぶんと振る。

「……じゃあ、小春がちゃんとサンタさんになったら、教えてくれますか」
「えー、小春のサンタじゃなんか頼りないなあ」
「あー、ひどいです!」

ぷーっとほっぺたをふくらませて、あたしのことを叩こうとする仕草を見て、
あたしはあわてて駆けだした。
追いかけてくる小春の顔に、さっきまでの不満なところは見えない。
ほっとして。
でも、その一方でのどに何かが詰まったような気持ちも味わっていた。
200 名前:見習サンタクロース 投稿日:2006/12/31(日) 15:51

その理由?
そんなの誰かに問いだたしてみなくたってわかる。

あたしの願い事。

あたしはそれを見つけられなかった。

小春が意図せずに放り込んだ小さな異物は、
あたしの胸の中でころころとその存在を訴えるみたいに転がり続けていた。

   *  *  *
201 名前: 投稿日:2006/12/31(日) 15:53

本日の更新はここまでです。
みなさま、よいお年を。
202 名前:見習サンタクロース 投稿日:2007/01/07(日) 23:32





いつ、どうしたら、小春がここからいなくなるのかなんて、考えてなかった。
サンタなんだから、きっとクリスマスには帰るんだろうってぼんやり考えてただけだった。




203 名前:見習サンタクロース 投稿日:2007/01/07(日) 23:33

壊れているのか、灯りをともさない街灯が立っている道。
雲ひとつない空から、満月の光が降り注いでいた。
舞台の中央でそれを受ける主演女優みたいに、ミキは明るく照らされたその場所に立っていた。

「ミキ……」

振り返る。
その足下には、黒い影。
ミキを挟んで、その影の反対側の塀際に……長い髪の少女。

「……頼むねって、言ったよね」

言ったよ。
言われたよ。
忘れたわけじゃない。

黒い影も、長い髪も、時間が止まったみたいに動かない。
月明かりのせいで陰影を濃くしたミキだけが、責めるみたいにあたしを見つめ続ける。
204 名前:見習サンタクロース 投稿日:2007/01/07(日) 23:34

こんなことが起こるなんて、考えもしなかった。
だって、今まで何も起こらずにやってきたから。
事が起こればわかる。その考えが甘ちゃんだったこと。
隣り合わせにあるのは幸せとか普通だけじゃない。危険だっていつも隣り合わせだ。

事の発端は、しょうゆ。
ふたりで夕飯を作っている途中で、あたしはしょうゆがないことに気づいた。
なくたって作れないわけじゃないのに、小春は自分が買ってくると言って譲らなかった。
時間は6時。
外はまだ明るかったから……そう、油断したんだ、あたしは。

一番近いスーパーまで、小春の足でも歩いて15分程度。
時間的にちょっと混んでるかもしれない……とは思ったけど、小春は1時間経っても帰ってこなかった。
持ってる携帯に電話をかけてみたけど、つながらない。
胸の中に波が立った。
あわてて家を飛び出したあたしは、あちこちをさんざん探し回って、
そして……人通りの少ない裏路地で、今の光景に出くわしてしまったんだ。
205 名前:見習サンタクロース 投稿日:2007/01/07(日) 23:34

「ミキ……小春、は?」

ここで起こったことを完璧に把握してるわけじゃない。
それでも、小春の身に起こったことへの想像は、あたしの頭の中に浮かんだり消えたりした。
最悪の想像を振り払ってミキにかけた声は、自分の声じゃないみたいにか細かった。
ミキはなんの感情もない瞳であたしを見て、そのまま足下に視線を落とす。

「へーき」

一歩、小春に歩み寄ろうとして、顔を上げたミキの動作に足が止まる。
足を止めたあたしに気づいたのか、ミキが一度まばたきをする。

ああ……。

あたしはごくりとのどを鳴らしていた。
ミキの瞳はさっきから何も伝えてこない。
怒りも憐れみも悲しさも何も。
だったら、足を止めたのはあたしだ。
あたしの弱さだ。
情けない。

気を取り直して、あたしは小春に近づく。
ここに来たときから塀に寄りかかったまま、ぴくりとも動こうとしない。
膝を折って小春の顔をのぞき込んでも、反応はまったくなかった。
206 名前:見習サンタクロース 投稿日:2007/01/07(日) 23:35

「小春……」

声をかけても返事はない。
ほっぺたにかかっていた髪を指で払うと、顔をちゃんと見ることができた。
いつもよりも白く、キレイなそれ。
ほっぺたに触れると、一瞬眉が動いた。

大丈夫、生きてる。

「……連れて帰っても」
「いいよ」

あたしは小春の背中と塀の間に腕を通し、もう片方の腕をひざの裏に入れて
小春の体を抱えあげた。
ホントはおぶったほうがいいのかなと思ったけど、小春はびっくりするほど軽くて、
抱きかかえたままでも充分歩けた。
207 名前:見習サンタクロース 投稿日:2007/01/07(日) 23:35

「……ミキは?」
「行くよ。話しときたいこともあるし」
「うん……」

ミキは足下の黒い影を完全に放置して、あたしのほうへと歩いてきた。
あたしの視線が黒い影に向いてるのに気づいたのか、表情を少し変える。

「大丈夫だよ、ちゃんと生きてるし」
「ほっといても……」
「ちゃんと手は打ってあるからへーき」

打った手がどんなものだったのかは、ミキの満面の笑顔に阻まれて聞けなかった。
……笑顔がなくても、怖くて聞けなかったけど。

   *  *  *
208 名前:見習サンタクロース 投稿日:2007/01/07(日) 23:36

部屋に戻ったあたしは、小春をミキに預けて、ロフトから布団と枕を降ろした。
バタバタとそれを敷いて、小春を横にする。
小春は深い眠りに落ちているようで、呼吸はしてるけどほとんど身動きしなかった。
表情が苦しそうでも悲しそうでもなく、落ち着いて見えるのだけが救いだった。

「えっと……適当に座ってて」

適当におかれていたクッションにミキが腰を下ろす。
あたしは冷蔵庫から麦茶を取り出してグラスに注ぐと、それを持ってミキの元へと戻った。
グラスを差し出すと、ありがと、という小さなつぶやきが聞こえてきた。
ミキはさっきまでの無表情ではなく、どこか居心地の悪そうな顔をしていた。

「……そういえば、初めてだよね、あたしん家に来たの」
「そうだね」

ミキはあたしの話に乗ってこようとはしない。
何か話しておきたいことがあるっていうし……そのことで頭がいっぱいなんだろうか。

「あの、さ。大丈夫、なんだよね、小春」

ミキは少しだけ表情をゆるめて、布団で寝ている小春に目をやる。
209 名前:見習サンタクロース 投稿日:2007/01/07(日) 23:37

「大丈夫だよ。あんたが想像してるようなことは何もない」
「そっか……」

ほっと胸をなでおろす。
この子の笑顔が曇るようなことは、やっぱりあってほしくない。
気が抜けかけて、ミキの視線に気づいた。

「あ……今日のこと、ごめん」

別に責めてるような目じゃなかったんだけど、思わず口から出ていた。
ミキはやれやれと言ったようにため息をつくと、グラスを小さなテーブルの上に置く。

「それは何に対してあやまってんの?」
「え……」
「何に対してあやまってんのかって聞いてんの」
「それは……約束、守れなかったから」

危うく語尾が上がりそうになるのをかろうじて押しとどめた。
あたしの言葉に、ミキは片方の眉だけをはっきりわかるほどに歪めて、不機嫌をあらわにした。
210 名前:見習サンタクロース 投稿日:2007/01/07(日) 23:38

「あやまんのはミキに対してじゃないと思うけどね」
「そ、そりゃわかってるよ。小春には目が覚めたらちゃんと……あやまるよ」

ふうんとわざとらしい相づちが聞こえた。
いつの間にかミキとあたしの立場は逆転してて、今はあたしの居心地が悪い。
もちろん、あたしが全面的に悪いから仕方ないんだけどさ……。

「……で、話しときたいこと、って何?」

聞きたかったわけじゃない。
いい話であるはずがないと思ったから。
でも、それ以上に無言になられるのが嫌だった。

「ん? ああ、小春のことさ、連れて帰ろうと思って」

ミキは今日の晩ご飯はカレーにしよう、というのと同じような声のトーンで言った。
あたしは、一瞬だけその言葉の意味を理解し損ねて、二度まばたきをする時間でその意味を知った。

「あ……ええと、そっか」
「うん」
「それは……研修期間が終わったから、とか」
「違うよ。研修は切り上げる。今の小春にはここはよくないから」

それはどういう意味かと問う前に、ミキは話し始めた。
視線はあたしに向けたまま、少しも動かさずに。
サンタが研修に来る、本当の意味を。
211 名前:見習サンタクロース 投稿日:2007/01/07(日) 23:39

……………
…………
………
……


「そうなんだ……」
「最初に言ったじゃん。『人間みんなが願いを叶えるに値するわけじゃない』って」
「……うん」
「確かに人間界の常識を学ぶのも目的のひとつではあるけど、
一番学ばなきゃいけないのは、ヒトには悪意とか自己中なところとかがあるから、
願いを叶える相手はちゃんと見極めなきゃならないってことなんだ」

だけどさ。
淡々と語っていたミキの声に苦々しい色が混じった気がして、
あたしは小春に向けていた視線をミキに戻した。

「サンタの見習いってのは、すっごい純粋なの。ヒトに対して夢とか希望とかすっごい持ってんの。
悪意があるってことを知るのは、そんな夢とかを思いっきりぶち壊されることなわけ。
それでショック受けて、サンタになるのやめる子もいるくらいだからね」
「……そっか」
「小春はさ、見習いの中でも特に純粋だったから、こうなるんじゃないかってここに来る前から
心配されてた。残念ながら的中しちゃったわけだ、その心配が」

ふ、と空気が流れた。
ミキの口の端が少しだけあがっている。
全然楽しそうに見えなくて、あたしは顔をしかめていた。
212 名前:見習サンタクロース 投稿日:2007/01/07(日) 23:40

「小春はサンタになれないの?」
「わかんない。それを決めるのはミキじゃない」

突き放したような言い方に、今度は胸の中がぐるぐるし始めた。

「……そんな言い方すんなよ! ミキは小春が心配じゃないわけ!?」
「……ミキはただのサンタだよ。今は研修中の小春についてきてるだけ。
アンタはミキのこと買いかぶりすぎてるんだよ」
「けど!」
「研修係は緊急事態以外手を出さない。本当にサンタになれたら、
全部自分で決めなきゃいけないんだよ。自分の責任で。
研修係に頼ってるような見習いは、本物のサンタになんかなれっこない」
「ミキ……おまっ……!」
「……めて、ください」

興奮して立ち上がりかけたあたしを止めたのは、背後から聞こえてきたか細い声だった。
振り返ると、布団の中から必死になって小春があたしのほうへと手を伸ばしていた。

「小春……!」
「やめて……やめてください。ミキさんは……悪くない」

あわててそばによって、その手に触れる。
あまりの冷たさに、あたしは小春の手を思いっきり握りしめていた。

「小春……まだ寝てなきゃ……」

ほとんど力らしい力の入らない体を、もう一度布団に押し返す。
乱れた前髪を手で払うと、力ない笑顔が表れた。
213 名前:見習サンタクロース 投稿日:2007/01/07(日) 23:41

「……驚いた」

気がつけば、ミキがそばに来ていて、立ったまま小春を見下ろしていた。

「もう気がついたんだ」
「えへへ……ごめんなさい。倒れちゃって」
「もっと寝込んでるかと思ったのに」
「ミキさんの一大事、ですから」
「何それ」

少し上を向いていた小春の視線が、またあたしに戻ってくる。
目があって微笑まれたので、あたしも思わず微笑み返していた。

「ミキさんは……いい人なんですよ」
「……ん」
「小春の研修、ついてきてくれる人全然見つからなくて。このままだと研修見送りになるってところ、
ミキさんが名乗り出てくれたんです」
「へえ……」
「ボスに頼まれたから仕方なくだよ。あの人、怒ると怖いから」
「でも、ほかの人はみんな断ってました」
「……ちょっと久々に降りてみたくなっただけだよ」

ぼそぼそと言う美貴の声の力のなさに、あたしは肩を落として息を吐き出した。
214 名前:見習サンタクロース 投稿日:2007/01/07(日) 23:42

そうだった。
最初会ったときから、ミキが実は優しいんだってことには気づいてた。
小春を必死になって捜したり、小春の人間界での生活を心配したり。
暴漢から守ったのだって、いつも小春のことを気にかけてたからできたんだ。
きっとこのサンタクロースは、サンタ界でも一二を争う天の邪鬼なんだろう。

「ミキさん。小春、ちゃんと研修したいです」
「……けど」
「大丈夫です。ちゃんと研修して、ミキさんみたいなサンタになりたいんです」

どんどん力を取り戻していく小春の声。
顔色もさっき起きたときよりずっとよくなっていた。
ミキはといえば……しばらく無言で小春を見下ろしていたけど、
勝手にすれば、とだけ言って、そっぽを向いてしまった。

「ミキ、帰る」
「え、ちょ……送ってくよ」
「いいよ、すぐ帰れるから」
「ちょっと……まあ玄関まででも」
「こんな狭い部屋なのに玄関までもなにもないじゃん」
「そう言うなって。小春、ちょっと送ってくるから、おとなしく寝てて?」
「はい」

あたしは人を待つことなく玄関を出て行くミキをあわてて追いかけ、
ドアを出てすぐのところで捕まえた。
215 名前:見習サンタクロース 投稿日:2007/01/07(日) 23:44

「うるっさいなあ」
「いいじゃん、少しくらい話してたって」
「別にミキには話すことなんてないもん。あんたはいったい何を話したいわけ?」
「え、いや、何って言われると困るけど……」
「ちゃんと小春の面倒見てよね。しばらくは安静にして外に出さないこと。
ほかの人と会わせたりしないこと。ミキに許可なく表に出したら許さないからね」
「わかってる。今度はちゃんと守るよ」

ミキが振り返る。
目が、合う。

「小春も……約束も」

ミキは不機嫌そのものという顔をしていた。。
何か言いたそうに見えたから、あたしは黙ってミキの言葉を待った。
その口からこぼれてきたのは、とても優しい旋律。

「……ミキはさ、ホントは小春にサンタなんかなってほしくないのかもしれない」
「なんで」
「サンタってのはさ、ヒトの悪意とかそういうマイナスなとこ、全部知ってるわけ。
それを承知した上で、サンタやってるの。だからさ、みんなどっか歪んでるんだよね」

ミキの顔に、さっき見たのと同じような、楽しくもなさそうな笑みが浮かぶ。

「……小春には、まっすぐなまんまでいてほしいのかもしんない。
ヒトの悪意とか、そういうのにさらされないとこで、生きててほしいのかもしんない」
216 名前:見習サンタクロース 投稿日:2007/01/07(日) 23:45

ほら。
ほら、ミキは優しいんだ。
見た目は怖そうで、言ってることもきつくて容赦ないけど、ホントはこんなにも優しい。
胸があったかくなって、あたしはミキの肩を叩いた。

「いったいなー」
「大丈夫だよ」
「何が」
「小春はきっと、ミキの心配なんて飛び越しちゃうよ。
きっと、今までミキが見たことないような、すっげーまっすぐなサンタになるよ」
「何その根拠のない自信」
「根拠はないけど自信はある」
「意味わかんないし」

すいっとなめらかな動きでミキがあたしの手から逃げ出した。
距離を取って、にひひと笑う。

「責任取らなくていいやつは気楽でいいよねー」
「責任取ってやってもいいよ」
「その言葉、ちゃんと覚えときなよー」
「覚えとくよ。ぜってー忘れない」
「……じゃあ。時が経ったらまた迎えに来るから」
「うん」
「小春のこと、頼むね」
「うん」

にひひと笑った顔のまま、ミキはあたしの前から立ち去った。
一度も、たった一度も振り返らずに。

   *  *  *
217 名前: 投稿日:2007/01/07(日) 23:45

本日の更新はここまでです。
次回、ラスト。
218 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/08(月) 04:17
イイ。
この3人がこれからどうするかどうなるか、すごく楽しみです。
219 名前:見習サンタクロース 投稿日:2007/01/20(土) 23:14

それからの日々は、今まで以上に穏やかに過ぎていった。
小春は次の日にはもう起き上がれるようになっていて、3日後には今までと変わりなく動けるようになった。
笑顔も仕草も変わりはなかった。
ほんの少し、憂うように黙る時間が増えただけ。

小春が何を考えているのかわからない。
ただ、人間を嫌いになってなければいいって思う。
……そんなこと、あたしが考えることじゃないってわかってるけど。
サンタになるってミキに宣言したあの言葉で、そんなことないだろうって思うけど。

季節は夏から秋へと変わり、あたしの夏休みは終わって大学に行く日々も戻ってきた。
講義やサークル活動で遅くなって家に帰って、灯りがともってるのがうれしいってことも初めて知った。
いつだって、小春は明るく元気にあたしを出迎えてくれた。
友達とけんかしたりテストがうまくいかなかったり、意味もなく落ち込んだりしていても。

限られた時間だと知っていたから、あたしは小春をいろんなところに連れて行った。
海に山に遊園地や美術館、お芝居やコンサート。
大学の講義に紛れ込ませたこともあるし、かなり奮発して高級レストランに行ったこともある。
あたしが持つ全部の知識を総動員して、あたしができるすべてをやった。

そして、季節は冬──。

関東地方にしては極端に寒くなって、何年かぶりに初雪が12月に降るんじゃないかといわれた日。
家に帰ると、そこにはミキが立っていた。
あたしはそれだけで、ミキの目的を理解した。
時は経ったんだ。
小春は今日、自分のいる世界へと帰っていく。
220 名前:見習サンタクロース 投稿日:2007/01/20(土) 23:15

「久しぶり」
「ん」
「ミキの長袖姿って見るの初めてかも」
「そりゃ、夏以来会ってないから」
「結構新鮮」
「何言ってんだか」

軽口を叩いて、あたしはミキと向かい合う。
こうしてしみじみ向かい合ってみると、ミキはあたしよりだいぶ小柄だ。
そこら辺にいる、あたしの友達と何も変わらない。

「小春、研修無事終わったの」
「うん、何とか」
「そう」
「規則だからさ、今日中に連れて帰んなきゃなんないんだけど」
「……今日中ってのは、11時59分まであんのかな」
「まあ、厳密に言えば」
「じゃさ、それまで待っててくんない? 小春、連れてきたいとこがあるんだ」
「いいけど」
「ミキも行く? 東京タワー」
「は? 何で東京タワー?」
「この間、テレビでイルミネーション映しててさ。小春がはわわ〜って顔して見てたから。
行きたいのかなって思って」
「いいよ、ふたりで行ってきたら。ミキ人混み嫌いだし」
「んー、わかった」
「じゃあ、またあとで来る」
221 名前:見習サンタクロース 投稿日:2007/01/20(土) 23:16

ミキはあっさりあたしの申し出を承諾してくれて、あたしは小春を連れて外に出た。
小春の首にはピンクのマフラーが巻かれている。
長い間一緒にいて、あたしが買ったたったひとつのものだ。

小春たちは基本的に服は自分の意識ひとつで替えられるらしいから、そんなものは必要なかった。
それでも、街で見かけたときに小春に似合うと思って反射的に買ってしまった。

『ありがとうございます! すごい、かわいいです…っ!』

小春はただただ素直に喜んでくれて、あたしもうれしかった。

みんなが首をすくめて歩く中、小春はさすがサンタというべきか、けろっとした顔をしている。
そんな小春を引っ張って、あたしは東京タワーへと向かう。
平日だったとはいえ夜はさすがに人が多くて、離れないようにと手をつなぐ。
小春の手は、小さくてあったかかった。

「すっごい人ですね〜」
「みんなこういうイベントごとが好きなんだよ」
「吉澤さんも?」
「うんまあ、嫌いじゃないかな」
222 名前:見習サンタクロース 投稿日:2007/01/20(土) 23:16

東京タワーの入口には、恒例のツリーが飾られていて、人でにぎわっている。
小春はその光に魅せられたように、きらきらと目を輝かせながらそれを見つめている。

すごいですねー吉澤さん。
キレイですねー吉澤さん。

小春の感想は、ほとんどそのふたつの言葉で構成されていた。
あとは、わーとかふへーとか文字にしづらい声ばかりを上げている。
その横顔は普通の女の子と少しも変わりなくて、
小春は本当にあたしのいとこだったんじゃないかとさえ思えてくる。

「小春?」
「はいっ」
「上、行ってみる?」
「上?」
「展望台があるんだよ、ここは」

小春がぱあっと顔を輝かせたのを見て、あたしはまず大展望台にあがった。
この時点で、小春のテンションはかなりあがっていて、窓ガラスから飛びださんばかりの勢いで
外を思いっきりのぞき込もうとしている。
この位置でも、十分すぎるくらいに夜景はキレイだった。
223 名前:見習サンタクロース 投稿日:2007/01/20(土) 23:18

小春に手を引かれて、ぐるりと一周。
あたしは夜景よりも、小春の顔ばかりを見つめていた。
胸に、今まで感じたことのない感情がこみ上げてくる。
一回だけ深呼吸をして、うれしそうにぶんぶんと振っている小春の手を止めた。

「小春、上に行くよ」
「ふえ?」
「もう一個、展望台があるんだ」
「もっと高いところにあるんですか!?」
「そうだよ」

特別展望台のチケットを買って、あたしたちはさらに上に行く。
緩やかに上昇するエレベーターの中で、小春があたしにしがみついてきた。

「こ、ここってすっごく高いんですよね」
「そうだね、さっきのところよりずっと高いね」
「落っこちたりしないですよね」
「大丈夫だって」
「そ、そうですよね」

普通の女の子だ。
初めて見るものに目を輝かせて、未経験のものを恐れる。
その純朴な反応は、あたしもあたしの周りにいる人間たちもずっと前になくしてしまったもので、
驚くほどに心地のいいものだった。
小春と一緒に暮らして、何かが大きく変わったわけじゃない。
だけど、小春がそばにいることで、あたしは今まで忘れていた感情を取り戻したような気がする。
224 名前:見習サンタクロース 投稿日:2007/01/20(土) 23:20

エレベーターが止まり、あたしたちは特別展望台に降り立った。
薄暗い空間が、外からの灯りをより多く取り込んでいるようだ。
カップルがちらほらいたけど、みんな他人のことなんて気にしてないみたいだった。

「ふわー」

小春は一言発したきり、言葉を止めてしまい、
下の展望台みたいにガラスに駆け寄ることもしないで、壁際で外を見つめている。
黒目がちの大きな瞳が、宝石みたいに輝いている。
あたしが黙ったままでいると、不意に手が握られた。
小春は前を向いて目はきらきらさせたまま、その唇に憂いを乗せていた。
225 名前:見習サンタクロース 投稿日:2007/01/20(土) 23:22

「吉澤さん」
「ん」
「……今日で、お別れなんですね」
「ん、さっきミキが来た。小春は無事に研修を終えたって」

ぐっとあたしの手を握る力が強くなった。

「……今日まで、ありがとうございました」
「こちらこそ。小春がいて、すごく楽しかったよ」
「こ……小春も、です」

小春の声が震えた。
けど、小春は真っ正面を向いたままだ。
あたしも、横目に小春を見ただけで、視線を正面に戻した。

「……さびしい、な」

しゃくり上げる声が聞こえた。
あたしはそれでも小春を見なかった。
少しだけ、手を握る力を強くした。

「小春はさ、きっといいサンタになるよね」
「……っ」
「みんながびっくりするような、いいサンタになるよ。吉澤が保証する」
「よしざわさん……」

気がつけば、あたしたちの見える範囲からは人の姿がなくなっていた。
その代わり、柱の影から現れたのは……ミキだった。
226 名前:見習サンタクロース 投稿日:2007/01/20(土) 23:25

「小春、顔あげて」

手を離して、あたしは小春と向き合った。
うつむいていた小春が、目元を手でぬぐいながら、涙に濡れた瞳をあたしに向ける。
右手を小春の肩において、あたしは目線を小春にあわせた。

「小春、約束しよう」
「やくそく……?」
「教えてなかったでしょ、あたしの願い事」
「……はい」
「小春がさ、本当にちゃんとサンタさんになれたら、教えてあげるよ」
「本当に?」
「本当に。だからさ、サンタになれたら一番にあたしのとこに来てよ」

一番の笑顔で笑いかけると、小春はごしごしと手の甲で涙をぬぐい、
えへへと照れたように笑った。

「約束ですよ」
「うん、約束」

あたしは小春に向けて、小指だけを立てて手を出した。
小春が困ったように首をかしげて、ああ、そっか、って気づく。

「これはね、指きりっていうんだ。約束を守りますっていう誓いの言葉みたいなもんかな」
「指きり……」

小春もあたしをまねて小指を出してきた。
小指同士を絡めて、お決まりの文句を小春にも教えてあげた。
227 名前:見習サンタクロース 投稿日:2007/01/20(土) 23:26


 ゆーびきーりげーんまーん……


「ゆーびきった」

その声にあわせて、あたしと小春の指はお約束通りに離れた。
意識したわけじゃないけど、それが合図になった。
あたしが一歩、足を引く。
小春に一歩、ミキが近づく。
あたしは笑顔で。
小春も笑顔だ。

最後に一度、抱きしめたいと思った。
その笑顔が何よりもかわいかった。
胸にこみあげてくるあたたかくて切ない感情。
こんな気持ちになったのは、初めてだった。

小春が、ただ愛おしい。

あたしは右拳を左手で強く握った。
小春にばれないように、体の後ろ側で。
センチメンタルなんてガラじゃない。
そんなことしたら、あたしが困るし、きっと小春も困るだろう。
永遠に会えないわけじゃない。
少なくとも、もう一度、チャンスはあるんだ。
228 名前:見習サンタクロース 投稿日:2007/01/20(土) 23:26

「吉澤さん?」
「……ちゃんと、立派なサンタになってよ? すごく難しい願い事するかもよ?」
「はいっ!」

小春の答えはいつだって明確で明白。
たったふたつの単語で、小春は自分の中にある強い信念を語る。
心配する必要なんてない。
小春は今でも人間を好きでいてくれてる。

「行くよ」
「じゃあ……ホントにありがとうございました」
「うん、元気で」
「はい、吉澤さんも」

まるで手品でも見てるみたいだった。
ミキは小春を従えて、特別展望台のガラスに向かって歩くと、
そのままガラス窓をすり抜けていく。
少し歩いて、そのまま空に浮かんだ状態で、ふたりは一度だけあたしを振り返った。
小春が手を振る。
あたしも手を振り返す。
ミキが、首をかしげて眉をあげた。
ミキらしい挨拶の仕方だと思った。
229 名前:見習サンタクロース 投稿日:2007/01/20(土) 23:30

もう、言葉は何もない。

黙ったままでいるとまずミキが。
追いかけるように小春が、背後で輝く夜景にも負けない、きらきらの笑顔を残して消えた。
夜の街に溶けるように静かに。
最後の最後、あたしがプレゼントしたピンクのマフラーの色だけが、
別れを惜しむようにその場に残像を残していたけど、それもいつの間にか消えていた。

あたしはガラスに手をつくこともせず、ふたりが消えた場所をただ見つめる。

 小春……実はさ、あたしにはまだ小春に願えるような願い事はないんだ。
 でも、1年にたったひとりしか選べないサンタさんにふさわしい願い事、
 ちゃんと見つけておくから。
 約束だよ。
 また会おう。



 ずっと、待ってるから。



   END
230 名前: 投稿日:2007/01/20(土) 23:37

>>218
レス、ありがとうございます。
3人はこんな形になりました。


以上をもちまして、このお話はおしまいになります。
レスをくださった方、読んでくださった方、ありがとうございました。

それでは、機会があればまたどこかで。
231 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/21(日) 17:49
作者さんお疲れさまです
ミキの去り方がカッコいいですね。

この三人いい雰囲気だな好きだなぁと思いながら読んでました。
またの機会をお待ちしてます。
232 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/20(月) 18:42
毎度の事ながら…

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