/ Zero Divide /
- 1 名前:ふぐつら 投稿日:2006/01/16(月) 22:56
- 道重さゆみ主人公。能力バトルものです。
娘。はだいたいみんなでます。
- 2 名前:1. 屋上一会 投稿日:2006/01/16(月) 23:01
-
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東京の某高等学校。
図書室でいつものように時間を潰していた道重さゆみは、時間を気にした。
すでに2時間目が終わろうとしている時刻。
茶色い表紙の古い本をパタンと閉じ、図書室を出る。
「面白いことないかなあ」
これがさゆみの口癖だ。
学校に出て来ても授業をサボって図書室にばかりいる。
本を読んだり、ときどきは学校の外に行ってコンビニでお菓子を買ったり、
自由気ままに過ごしていてもなにも言われない。これにはわけがある。
さゆみは統一模試で、都内7位の成績を取ったことで、
学校中から一目置かれる存在になっていた。
ふらっと授業を抜け出すときに、先生に一言。それで黙認してくれる。
理事長から、「道重さゆみには好きにさせろ」というお墨付きが出ているからだ。
- 3 名前:1. 屋上一会 投稿日:2006/01/16(月) 23:25
- いい成績を取るとこんなにも自由になれるんだね、とさゆみは驚く。
この学校の体質もあるのだが、力あるものが自由になるという原則を、
さゆみはその華奢な体で感じ取り始めていた。
学校の自販機でお茶を買うと、屋上に上がった。
柵にへそを乗っけて体を預け、下を見た。
制服のスカートが風に揺れる。
花壇と先生の車がおもちゃみたいに見えた。
このままここから落ちたら、と考えてみる。
「あぶない」
遠くからそう突然声をかけられて、さゆみは後ろを向いた。入り口を見ても誰もいない。
右、左と見るが、コンクリートの格子模様が広がっているだけだ。
「こっち」
もう一度声がした。屋上の入り口の屋根にジャージ姿の少女がいた。
歳はさゆみと同じぐらいだろうか。
脚を投げ出して、縁に腰掛けている。
ひらひらと、さゆみに手を振った。
「誰?」
「田中れいな」
少女はいきなりフルネームを言ったが、説明になってない。
さゆみは自分の質問が悪かったと思った。
- 4 名前:1. 屋上一会 投稿日:2006/01/16(月) 23:30
- 「うちの生徒?」
「違う」
「なんでここにいるの?」
「もちろん、道重さゆみを待ってた」
「え?」
さゆみは自信を持って、この少女と会うのははじめてだ、といえる。
なぜ名前を知っているのか。
「そんな変な顔してないでよ」
変な顔というか、いきなり名前を言われて怪しまないわけないのに、と思うが、
へんな顔といわれてさゆみはムッとする。
「カワイイよ」
「はいはい。かわいいかわいい」
カチンとくるなーこの子、とさゆみは思った。
さゆみより一階分ほど高いところにいた、田中れいな、と自己紹介した少女は、
よっ、と言い、屋根からさゆみと同じ高さに下りた。
結構な高さのはずだが、着地してもバランスを崩さない。
運動神経はいいらしい。
れいなは、さゆみのそばまでくると、顔を覗きこんだ。
その鋭い目に威圧されて少しビビるさゆみは、ななめ下を向いてかわす。
「あー、ほんと、カワイイ目してる」
と、誉められたのはいいが、疑問が残ったままだ。
なぜこのれいなという子は自分のことを知っているのだろう、とさゆみは再び考える。
「面白いことしない?」
れいなはそう言って、にっと笑った。見透かされているようで怖さを感じたが、
好奇心のほうが勝った。
「面白いこと?」
「あたしについてくればわかるよ。さゆには、面白いほうへいく才能があるんだから」
れいな、はさゆみにいうわけでもなく、むしろれいな自身が確認するように言った。
さゆみは、いきなり、さゆなんて呼び捨てかよとか思いながら、
そこまで言うならついてってやろうどっちにしろ暇だし、という気になっていた。
- 5 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/17(火) 00:37
- 好きなジャンルなので期待
- 6 名前:2. ダンスのお誘い 投稿日:2006/01/18(水) 23:59
-
れいなと一緒に学校を出ると、校門前に黒塗りの高級車が横付け。
れいなが近づくと、車の後ろの重そうなドアが、音もなく開いた。
ぼーっとしてるさゆみに、先に乗りこんだれいなが手招きする。
「はやく」
さゆみも乗りこんだ。
車が走り出して30分、都内某所のビルの地下駐車場に着いた。
車から降りた二人は、エレベーターに乗って21階へいく。
エレベーターが止まると、れいなはさゆみを引っ張って、
といっても実際袖を掴んでではなく、先導して廊下を歩く。
人の気配ないなあ、とさゆみは思った。
「ハイ到着」
れいなはどうってことない扉の前で、足を止めた。
倉庫か階段かへつながるような、よくある灰色の扉だ。
さゆみは予想がはずれて、あれれ? と思う。
もっと物々しい雰囲気を想像していたのだ。
「じゃいくよ」
と、真剣な声でれいなが言って、さゆみの手をぎゅっと握る。顔も真剣だ。
「いい、けど」
「トイレとか大丈夫?」
「うん」
「身の回りのものは?」
「ケイタイも、財布もあるよ?」
「よし」
れいなはスゥーッと息を吐くと、GO! と叫んで扉をズバッと開けた。
扉の先には、暗闇、の中に深い紫色の球体が浮かんでいた。
ブラックーホール。吸い込まれる。
「うきゃああああああああ!」
変なさゆみの叫び声を残して、二人はブラックホールの中へと消えた。
- 7 名前:2.ダンスのお誘い 投稿日:2006/01/19(木) 00:03
-
じゅうたんのフロアにドサッと落ちるさゆみ。スタッと立つれいな。
二人が降り立った先は、高級そうなスポーツジムだった。
ずっこけたさゆみが腰を起こすより早く、れいながさゆみを引っ張り起こす。
そのさゆみの目に飛び込んできたのは、ジムの受付カウンター。
そのカウンターに隠れてしまいそうなほど小柄な女性がいた。
小柄な女性は、れいなにちらっと目をやると、おかえりーとだけ言った。
なにやら仕事している様子で、忙しそうだ。
「ただいまーっす」
れいながカウンターに近づいて、小柄な女性の手元をのぞきこむ。
「石川さん、まだ連絡つかないんですか?」
「そうなんだよ。あのバカどこまでいってんだろ・・」
小柄な女性は心底嫌そうな顔をした。
「あ、矢口さん。あの子が道重さゆみです」
れいなはそう言って、さゆみのほうを向く。さゆみは少し緊張した。
矢口は首をあげて、さゆみを見る。
2人はヒソヒソと話しはじめた。
「へー。あの子が。適性Aの」
「センターの評価ではA+でした」
「逸材だね。壊すなよ」
「わかってます」
ひそひそ話はさゆみに届いていない。れいながさゆみのとこに戻ってきた。
- 8 名前:2.ダンスのお誘い 投稿日:2006/01/19(木) 00:05
- 「なに話してたの?」
「アメリカって勝手だよねー、とかどうとか」
「へー」
「いや、まそんなことより。さゆのこと」
「うん」
「ついてきて」
れいなのあとをついてスポーツジムの中を歩くさゆみ。きょろきょろ。
エアロバイクやダンススタジオ、プールなど、どこを見ても普通のジムだ。
突き当たり、Staff Only、のプレートが張られた木目調のドアをれいなが開けた。
片付いているロッカールームを、さらに奥へと進むれいなに遅れないように、
さゆみも慌てて部屋に入り、早足で歩く。
れいなはひときわ大きなロッカーの前で止まると、両目を閉じ、
ロッカーの戸に両手をかざす。
れいなの全身を、金色の光がまとう。
後ろにいたさゆみはギョッとして、
「な、にそれ」
と言葉をもらした。れいなは金色のなか、ゆっくり目を開けた。
「わかるんだ。さすが、さゆだね」
れいなの両手から、金色の光がロッカーにかかる。
かちゃん、という音がして、大きなロッカーの扉が開いた。
- 9 名前:2.ダンスのお誘い 投稿日:2006/01/19(木) 00:07
- ロッカーの中は暗くてよくわからない。どうなってるんだろう。
さゆみが覗きこもうとして、れいなの横に立つと、れいなはさゆみの手を取った。
「いくよ」
「え?」
「せーの」
れいなはそう言うと、さゆみを引っ張ってロッカーの中に飛び込んだ。
2つの体が、闇に落ちた。
暗闇の中を、れいなとさゆみは滑り落ちていく。
ロッカーの先は、ウォータースライダーのような滑り台になっていたのだ。
「うきゃあああああああああああああ!」
さゆみの叫びが暗闇にこだまする。
真っ暗な滑り台の先に光が見えた。出口だ。
れいながすとん、と降り、さゆみがドサッと落ちたそこは、
ダンススタジオ、と形容するのがぴったりな、
大きな鏡が壁の片側に張られている、強い照明のたかれた、だだっ広い部屋だった。
綺麗なフローリングがてかてかと敷かれている。
「なに、ここ?」
そう言ってさゆみがきょろきょろする。
「ここで今から面白いことがあるんだよ」
れいなはそう言って、フロアの広さを確かめるように歩く。
さゆみは鏡の壁をみて、髪の毛を整える。
「さゆ。ほら、あれ」
れいなに呼ばれ、さゆみはれいなが指さすほうを見た。
- 10 名前:2.ダンスのお誘い 投稿日:2006/01/19(木) 00:12
- 「うええええーーーーーーーーーーー!?」
さゆみが驚くのも無理はない。
れいなが指さした先、フロアの端には、
『SAYUMI☆』と書かれた、ディズニーキャラクターのプレートのついたドア。
ダンススタジオの壁にぽっこりはめ込まれた、違和感いっぱいのそのドアは、
さゆみがいつも見ている、自分の部屋のドアだったのだ。
戸惑いながらも、さゆみは走り寄る。
ノブを掴んで開く。そこには、そっくりそのまま、さゆみの部屋があった。
今朝脱ぎ散らかしてきたピンクのパジャマ。
出しっぱなしのCD。ベッドの上にはマンガの本。
部屋の匂い。間違いなくさゆみの部屋だった。
あれこれ探ったり、机の引出しを開いたりした。
さゆみがピンクのカーテンを開いて見た、いつもの部屋の窓の外は、
灰色い高層ビル群だった。
- 11 名前:ふぐつら 投稿日:2006/01/19(木) 00:21
- 更新しました。
- 12 名前:ふぐつら 投稿日:2006/01/19(木) 00:23
- >>5
ありがとうーっす。
期待にこたえれるといいな。
- 13 名前:ふぐつら 投稿日:2006/01/19(木) 00:26
- 次回、『白雪姫』。
- 14 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/20(金) 01:38
- 面白いですよ。次回予告で予想がつかなくって期待してます。
- 15 名前:3-1.白雪姫 投稿日:2006/01/22(日) 00:44
-
自分の部屋の中で、あっけに取られているさゆみの後ろから、
れいなが部屋をのぞきこむ。
「これで大丈夫だよね」
「……へ?」
「ここでしばらく生活してもらうから」
言葉を返せないさゆみをよそに、れいなは話し続ける。
「自分の部屋あったら困らないでしょ」
「……まじ」
れいなはベッドの下に転がってたクマのぬいぐるみを取り、
ぽんぽんと叩く。そのままベッドに寝そべると、
一人でクマを天井にむけて胴上げしはじめた。
「面白いでしょ?」
「……面白くない……帰る」
「ありゃ」
困惑してるさゆみをほっぽって、
れいなは部屋を出て行く。ぽかーんとしたままのさゆみも後に続く。
れいなはダンスフロアの中央に行くと、
「あそこみて」
と、鏡とは反対側の壁を指さす。
れいなが指差したほうをふわっとさゆみが見ると、
そこには大きなホワイトボードがあった。何も書かれていない。
- 16 名前:3-1.白雪姫 投稿日:2006/01/22(日) 00:45
- 「あれがなに?」
「まあ、見ててよ」
れいなはホワイトボードに近づくと、1つだけあった黒ペンをつまんで、
ホワイトボードの左にでっかく星マークを1つ書いた。
そしてホワイトボードの右に、ハートマークを書いた。
ピンポーン、と軽い電子音が響き、星とハートが拭い去られたように消えると、
ホワイトボードがひっついてる壁がスーッと上がった。
壁がぽっかりと口をあけた先には、
宇宙船の内部のような白い通路が続いている。
「こうやって、ホワイトボードに星とハートを書くと、ここの壁が上がるから」
れいなはそう言って通路に入ると、バイバイ、と笑顔でさゆみに手を振った。
さゆみが何か言う間もなく、壁がスーッと下がって、閉じた。
さゆみもホワイトボードに駈け寄る。
れいなと同じように黒ペンを持……とうとしたが、動かない。
「え、うそ・・」
親指と人差し指に摘ままれた、なんてことないペンが、ぴくりとも動かない。
両手で引っ張るが、接着剤でくっついたみたいに固い。
「ぶちありえん」
さゆみはホワイトボードを持ち上げようと力を入れるが、動かない。
ダンスフロアを見まわして、壁と鏡となぜかあるさゆみの部屋のドア以外には、
入り口らしきものがないことに、あらためて気づく。
- 17 名前:3-1.白雪姫 投稿日:2006/01/22(日) 00:47
- 「閉じ込められた」
ホワイトボードの前で呆然とするさゆみの横、少し離れたところから、
壁がぶいーーんと開く音が聞こえた。
壁の中で、某電機メーカーが開発したような二足歩行ロボットが、
えらそうな姿勢で突っ立っている。
ろぼっと? という言葉すら口をつかないさゆみは、
ただただ、目の前に現われた人型の機械を、黒い真珠のような瞳で見つめる。
ロボットはかすかなモーター音を響かせながら、
さゆみのほうへゆっくり歩いてくる。
ロボットはさゆみのそばまで近づいてくると、電子音声で喋り出した。
『スペシャルトレーニングプログラムへようこそ。
あなたはここで、基礎フロウをつけ、フロウ応用を学び、
あなたなりのネイバーを見つけることでしょう。
カリキュラムの段階に応じて、ホワイトボードに星が書けるようになります。
星とハートがホワイトボードに記されたとき、トレーニングプログラムは終了です。
現在マーク数は 0 個です。
ここまででなにか質問はありますか?』
驚きで何をいっていいのかわからないさゆみは、沈黙。
- 18 名前:3-1.白雪姫 投稿日:2006/01/22(日) 00:48
- 『ないようなので、次へ。
道重さゆみ さん。
JCL社によるあなたのネイバー適性評価は A+ です。
およそ2週間から3週間で、プログラムは終了となるでしょう。
まずはフロウ基礎。4日ないし5日で行うことが理想です。
ちなみに、外世界に比べ、フロア内の時間密度は100倍となっております。
つまり、外の世界で約15分間すすむ間に、
フロア内では、24時間を取得することを可能とします。
数週間の拘束も、外世界では数時間。
このようにJCL社のプログラムは、ユーザーに優しい設計がなされています。
我が社は、お客様視点に立ってのものづくり、を企業理念として掲げ――』
長そうなロボットの講釈に、さゆみが口を挟む。
「あの・・」
『はい。』
「ネイバー、ってなんですか?」
『ネイバーとは、あなたが望む力のかたちです。』
「フロウ、ってのは?」
『フロウとは、あなたの中に漂うエネルギーです。』
「フロウ、ってのとネイバーってのを済ませば、帰れるんですか?」
『ネイバー発現までを修了すれば、あなたはこの部屋から出ることができます。』
その言葉を聞いて、さゆみはホワイトボードのほうを睨んだ。
自分を置いて出ていった、田中れいながバイバイと手を振る姿が目に浮かぶ。
「やる」
さゆみはロボットを黒い瞳で見据えた。
ロボットは笑ったかのように、顔の真ん中にある緑のランプを明滅させた。
- 19 名前:3-2.白雪姫 投稿日:2006/01/22(日) 00:49
-
壁と鏡を調べ尽くし、他に脱出する方法がないと理解してからのさゆみは、
ひたすらトレーニングに没頭した。
毎日のスケジュールはこう。
朝起きて、ストレッチとランニング。朝食。
ロボットと一対一の組手。
ロボットの格闘レベルはそれほど高くなかったが、
格闘初心者のさゆみにとっては、しんどい限りだった。
拳すら握れないような状態だったが、
負けん気の強い性格と、持ち前の身体バランスのよさで、
着々と格闘基礎を身につけていった。
長い昼休みの後、昼食。午後からはロボットによる講義。
講義は、身体とフロウに関する基礎知識。
知って体を動かすのと、知らずとでは、効果が大きく違うらしい。
さゆみは、筋トレでもそこの筋肉を意識して行うほうがいい、
と保健体育の先生が授業で言っていたことを、ぼわーっと思い出した。
組手の疲れがたまっていて、講義を聴きながら寝てしまうこともあった。
フロウとは、田中れいながロッカーんとこで見せた金色の光のことらしい。
体の中を流れるエネルギーを凝縮して、体外に現したものだそうだ。
- 20 名前:3-2.白雪姫 投稿日:2006/01/22(日) 00:50
- 講義が終わると、ダンス。
さゆみは、小学校のころエアロビ教室に通っていたこともあり、
踊りは好きだった。
ロボットが投影する3Dビジョンのインストラクターに合わせて、
汗を光らせながら踊った。
「なんでダンスなんかやるの」
とさゆみはロボットに聞いたことがあった。
ロボットの答えはこうだった。
『古来より、踊ることと戦うことは、近くにあるものなのです。
踊りも戦いも、リズムが大事です。
リズム感、動きの緩急、力の強弱を身につけるには、
踊りこそ最適なのです。』
踊りが終わると夕食。
朝昼は決まりきった給食のようなメニューだったが、
夕食は希望を聞いてくれた。
さゆみが明太子スパゲティーを2日連続で頼もうとしたら、
栄養価がどーとかこーとかでロボットに断られた。
- 21 名前:3-2.白雪姫 投稿日:2006/01/22(日) 00:51
- いまだに、フロウというのがよく分からない。
何日か前、田中れいながロッカールームで見せた金色の光。
あのイメージだと分かってはいるが、できない。もどかしい。
両肩の力を抜き、腕を重力に従って下ろし、目を閉じる。
『体の中を漂うエネルギーを、いったんヘソのあたりに集めるイメージです。
ゆっくり、ゆっくり、集めて。
それを、一気に解放する。』
ロボットの言葉のようにはうまくいかない。
教えてくれるのが、ロボットじゃなくて人だったらなー、と、
愚痴をボソッとこぼしたこともあるが、
『フロウ基礎から応用、ネイバーまでは、いわば基本です。
人の手を借りるほどのことではないですよ。』
と、諭されてしまった。
今日も一日が終わった。
一日というのは、過ぎてしまえばとても短い。
たった一日でなにかをやり遂げることは難しい。
だからこそ継続することが力となる。
と、いうようなことをロボットが言っていた。
さゆみは疲れた体をベッドに投げ出し、自分の部屋の天井を見つめた。
そのまま、眠りに落ちた。
- 22 名前:3-2.白雪姫 投稿日:2006/01/22(日) 00:53
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いつもと変わらない朝がやってきた。
朝といっても、外界の朝ではない。
ダンススタジオ内の壁に、映像として表示される、擬似的な朝だ。
『人間の体というのは、太陽なしでは生きにくい仕組みになっていて、
朝昼晩のリズムで一日一日を過ごしていくことが必要なのです。』
ダンススタジオの隅っこの洗面台でパシャパシャと顔を洗いながら、
さゆみは昨日ロボットと話した雑談を思い出していた。
生活環境として、ここはひととおりのものが揃っていた。
風呂やトイレは、大きな鏡の1つが横にスライドしたそこにあって、快適だった。
空調はちょうどいい感じに効いていた。
さゆみの体温が上がると、それをロボットが感知し、
自動的に部屋の温度が下がる仕組みらしい。
- 23 名前:3-2.白雪姫 投稿日:2006/01/22(日) 00:54
- 今日も、普通の朝。
そんななんでもない朝に、転換期が訪れる。
さゆみは、フロアで柔軟体操をしたあと、脚を肩幅に開いて立つ。
あー、私の部屋って、家のほうではどうなってるんだろうとか、
他事を考えながら。
『そのまま。』
さゆみの後ろ。静かな声で喋ったロボット。さゆみは振り向く。
『その感じです。』
ロボットは、とてもゆっくりとした動作で鏡を示す。
さゆみは自分の姿を鏡で見た。
頭から肩にかけて、うっすらと金色の光がある。
意識して光を保とうとすると、逆に光は消えかかる。
『力を抜いて。体を漂う流れに預けるのです。
水に浮かぶように。』
さゆみは、体の力を抜く。
深呼吸をし、頭の中を空っぽにして、ゆっくり目を開けた。
鏡の中に、金色の光に全身を包まれた、道重さゆみがいた。
- 24 名前:3-3.白雪姫 投稿日:2006/01/22(日) 00:55
-
いったんコツを掴んだら、金色の光を身に漂わせるのは簡単だった。
一度水に浮かぶ方法を覚えたら、そう簡単に沈まないようなもの。
『星が書けると思います。』
ロボットがそういうので、ホワイトボードのほうへいってペンをつまむ。
が、持ちあがらない。びくとも動かない。
『フロウを使ってください。』
さゆみは目を閉じ、体の力を抜く。
髪がふわっと浮いて、体の周りを金色の光が包んだ。
右手を眼前に持ってくる。フロウに包まれた手をグーパーグーパーする。
そのまま、ペンに指をやった。
動く。
しっかりと指に持って、ホワイトボードの左に思いきり大きく星を書いた。
黒いペンを持ったまま、にっと笑った。
続いてさゆみは、星の隣にハートを書こうとペンを動かす。
が、なぜだか、インクがつかない。
さっき星を書いたときはしっかりついたのに。
『ハートマークは、まだ早いですよ。』
さゆみは、ぶーたれた。
- 25 名前:3-3.白雪姫 投稿日:2006/01/22(日) 00:57
- -------------------------------------------------------
星を書いてからは、ロボットと話をすることが多くなった。
質問に答えたり、性格検査みたいなのをしたり。
何が好きで何が嫌いかとか、音楽とか芸能とか、そういう話もした。
フロウを纏っていると疲れるのか? と聞いた。
もともと身体に秘められていたものが外に出ただけのことで、
フロウを纏っているから疲れる、ということはありません、
とロボットは答えた。
「あとは何すればいいの?」
『ネイバーの発現です。』
ネイバーこそ、このダンススタジオで身につける最終段階のものだそうだ。
フロウを素として具体的なかたちになり、
人の隣に現れることから、そう呼ばれているらしい。
朝起きて軽くランニングをする以外は、さゆみの自由時間となった。
いっぱいに詰まっていたスケジュールに、急に余裕が出て、
さゆみはなんだか、喪失感をおぼえた。
部屋でごろりごろりしたり、フロウを纏ったまま映画を見たり、
お菓子を食べたり、髪を梳かしたりした。
- 26 名前:3-3.白雪姫 投稿日:2006/01/22(日) 00:58
- 「こんなんでいいのかなあ」
ロボットとフロアの隅っこで卓球をしながら、さゆみはぼやく。
『ネイバーは個人の好み、欲するものに、強く左右されます。
日々の生活の中で、焦らずに、見つけていくのです。』
いま日々の生活じゃないし焦るに決まってるし、とさゆみは思ったが、
いちいち言わないでおいた。
ロボットはなかなか卓球が上手く、さゆみは何度目かの負けを喫した。
「あー、また負けた」
さゆみは、卓球台のそばにへたり込む。
ロボットはチカチカと笑った。
「球技、苦手。水泳とかスキーならけっこう上手いんだよ」
さゆみは立ちあがり、大きな鏡のほうへいって髪を整える。
「このぐらいの鏡、うちにもあったらな」
さゆみはボソッとぼやく。
- 27 名前:3-3.白雪姫 投稿日:2006/01/22(日) 00:59
- 『いま、なんて言いました?』
「んと、これぐらいの鏡がー」
さゆみは目の前の大鏡を両手で示す。
「うちにもあったらなあ、って」
『そんな大きな鏡が必要ですか?』
「必要かどうかわかんないけど」
さゆみはそう言って、両手を大きく広げる。
「これぐらいのあったら、全身見れるし。ほしいな。
外してもって帰ろうろうかな、なんてねー」
と、さゆみが後ろを見る。
そこには、大きな鏡、
いや、雪の結晶が整然と並んで、鏡の役目を果たしていて、
さゆみの全身がはっきりと映っている。
ダンススタジオの壁鏡と、さゆみが作り出した雪の鏡で、合わせ鏡。
さゆみの姿が無限に、鏡の中へと連なって続いていた。
- 28 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/22(日) 01:00
-
- 29 名前:3-4.白雪姫 投稿日:2006/01/22(日) 01:01
-
ネイバー発現から、一夜明けて、朝。
ダンススタジオに埋め込まれた自分の部屋で、さゆみは荷物をまとめていた。
といっても、着替えて髪を整える程度だったが。
ここに来た時に着ていた、制服に着替えた。胸に赤いリボンをつける。
『お疲れ様でした。』
ロボットにねぎらいの言葉をもらい、さゆみはあくびをする。
「外って、今何時?」
『13時32分です。』
「え、今起きたばっか」
『ここであと5時間程度過ごすと、時差なく戻れます。』
「じゃそうしようかな」
さゆみは部屋のベッドに座る。読み古した少女マンガを手に取った。
熱中。
全8巻を読み切った。
部屋を出て、ロボットに聞いた。
「あと何時間ぐらい?」
『残り3時間程度です。』
さゆみはすでに見古した、ローマの休日のビデオをデッキにいれた。
何度目かの鑑賞。それでも見入った。
時間と、我を忘れる。
- 30 名前:3-4.白雪姫 投稿日:2006/01/22(日) 01:02
- 気がつけば、エンドロールが流れている。さゆみは背伸びをした。
学校指定の鞄を持ち、制服の襟を整えて、部屋を出る。
「あと一時間ぐらいだよね」
ロボットに、そう聞いた。
『そうです。』
「じゃ、もう出るね。ちょっとぐらい大丈夫」
『分かりました。』
さゆみは2週間近くを過ごしたフロアを見渡す。
ここから出たい気持ちに変わりはないが、少しさみしい。
なんとなく、昨夜発現させた雪の結晶を舞わせてみた。
雪はふわふわとさゆみのまわりに漂う。
「思ったんだけど」
さゆみは雪を見ながら言った。
「この雪、冷たくないね」
『冷たくすることもできます。あなたの意思次第ですよ。』
- 31 名前:3-4.白雪姫 投稿日:2006/01/22(日) 01:03
- さゆみは冷たい雪をイメージした。
二の腕に、頬に、足先に冷気がくる。
「ほんとだ」
『雪の鏡も作ってみてください。』
さゆみは掌で、スーッと目の前の空間をなでる。
雪の結晶が整然と並び、鏡が現われた。
さゆみはついつい、自分のかわいさをチェックしてしまう。
「よし、今日もカワイイ」
ロボットは、頭部の緑色ランプをチカチカと点滅させた。
『Snow white.』
「え?」
『あなたの能力の名前です。白雪姫。』
さゆみの顔がパアっと輝いた。
「いいそれ! うん、ばっちり。カワイイ」
スノーホワイト、とさゆみは呟きながら、手の上に雪を舞わせる。
「鏡にもなるし、クーラーにもなるし、便利ー」
- 32 名前:3-4.白雪姫 投稿日:2006/01/22(日) 01:04
- 『もっといろいろな使い方ができる能力です。
生かしてくださいね。』
「はーい」
『そして、道重さゆみ さん。』
「はい?」
『生きてください。』
& & & & & & & & & & & & & & & & & &
・道重さゆみ・ スノーホワイト
雪を発生させられる。結晶を並べて大鏡としても使える。
夏はクーラー代わりにひんやりどうぞ。
& & & & & & & & & & & & & & & & & &
- 33 名前:ふぐつら 投稿日:2006/01/22(日) 01:05
- 更新しました。
- 34 名前:ふぐつら 投稿日:2006/01/22(日) 01:06
- >>14
ありがとうーっす。
楽しんでもらえたら嬉しいです。
- 35 名前:ふぐつら 投稿日:2006/01/22(日) 01:08
- 次回、
『長袖を脱いだ猫』
- 36 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/22(日) 13:27
- わー、すごく面白いです
続きが楽しみです
- 37 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/24(火) 18:48
- なんかいい感じです。
続き頑張ってください!
- 38 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/26(木) 21:47
- なるほどそう言うことだったのか。
でもハロプロの名だたるK画伯、F画伯、Y画伯あたりは能力を使えても星やハートがうまく書けるか心配だったり
- 39 名前:初心者 投稿日:2006/01/28(土) 15:44
- 読ませていただきました
とても面白いです
しかし最後のロボットが言った一言が気になります
次回更新楽しみに待ってます
- 40 名前:4-1.長袖を脱いだ猫 投稿日:2006/01/28(土) 23:58
-
星
ハートマーク
せりあがる壁
手を振るロボット
- 41 名前:4-1.長袖を脱いだ猫 投稿日:2006/01/28(土) 23:59
-
ダンススタジオの壁の奥、白い通路を、
黒のローファーでぱたぱた歩きながら、さゆみは物思う。
――生きてください、か……。
ロボットがふと発したその言葉が、さゆみの耳に刻まれるように残っていた。
雪や鏡と、命がどう関係あるのか。さゆみにはわからない。
まっすぐ続く白い廊下の向こうに、灰色の両開きの扉が見えてきた。
取っ手が見当たらない。自動ドアか、とさゆみが思うと同時に、
滑るように扉が開いた。
だだっ広い部屋だった。モデルルームのように片付いていて、
白いソファーに、原色のクッションが転がっている。
クッションの合間に、さゆみに背中を向けて、ゲームをしている少女がいた。
田中れいなだった。
「はやかったね、さゆ」
れいなは、さゆみのほうを見もせず、画面に集中したまま言った。
画面の中で、扇を背負ったようなロボットが鞭を手に戦っている。
れいなの肩に力が入り、前のめりになる。
「あー! ……やられた。装甲弱いって」
れいなはコントローラーを投げ捨てた。
クーラーがよく効いているのか、部屋は寒い。
さゆみは制服から伸びる二の腕をさする。
れいなは、長袖を着ていた。
「あーごめんね。私クーラーがんがん効かせるの好きだから」
- 42 名前:4-1.長袖を脱いだ猫 投稿日:2006/01/29(日) 00:00
- れいなは立ちあがると、おつかれさん、とさゆみをねぎらう。
そのままなぜか屈伸をはじめた。足を伸ばし、背中を伸ばしている。
「なに準備運動してるの?」
「まーまー。それより、早かったね。二時ぐらいになるって思ってた」
「つーかね、いきなり置き去りするなんて」
「大丈夫大丈夫。ほら、さゆイイ顔してるよ。もっと可愛くなった」
「え、そう?」
「うん。で、大変だったろうけど、終わってみたら楽しかったでしょ」
「……まあ」
「中でどのぐらい経った?」
「2週間ぐらいかなあ」
「だいたいの人、3週間ぐらいかかるんだよ。やるねーさゆ」
なんだかおだてられ過ぎだと思ったさゆみだが、気にしないことにした。
「中のトレーニングで、ネイバーとかなんとか――」
「それ今は見せなくていいから、あとでね。いろいろ疑問あると思うけど、
だいたい矢口さん、受付のとこにいたちっこい人ね、覚えてる? その人が
説明してくれるから」
「夕ご飯までに家帰らないと、お母さん心配するんだけど、大丈夫?」
「んー、ギリで間に合うかな。遅くなっても夜8時ぐらい。さゆ次第」
「ささっとやる」
「じゃ、あの階段降りてって。あ、さゆの部屋は、ちゃんと家に戻ってるから」
れいなは肩をぐるぐる回しながら、そう言った。
- 43 名前: 投稿日:2006/01/29(日) 00:00
-
- 44 名前:4-2.長袖を脱いだ猫 投稿日:2006/01/29(日) 00:02
-
白い螺旋階段を降りていくと、そこはミーティングルームになっていた。
部屋の中央に長机が1つあって、先ほど受付にいた女性、矢口が、
頬杖をつきながらだるそうにマウスをクリックしている。
さゆみのが階段を降りてくるのに気がついた矢口は、軽く笑顔を作った。
「おつかれさま。まず聞きたいことがあればどうぞ」
「はい。なんであの、ここに連れてこられたんですか」
「簡単に言うと、道重さんに才能があるから」
「はあ」
「道重さん、全国模試でかなりいい順位とったらしいね」
「そこまで知ってるんですか」
「いや、それは最近調べて知ったんだけどね。でも才能ってのはそれじゃない」
「え」
さゆみは意外だった。自分の才能といえば勉強だと思っていたし、
まわりからも、そう言われていた。
「なんかつまんないな、って思ってない?」
「同級生とかもだいたい思ってそうですけど」
「つまんないな、っていうかね、難しくいうと、変化のない社会にうんざりしてない?」
「戦争あるよりいい、って思います」
- 45 名前:4-2.長袖を脱いだ猫 投稿日:2006/01/29(日) 00:04
- 矢口はさゆみから目線を外した。言葉を探している。
「ここ数年、大きな変化が日本にはないんだよね」
「はあ」
「ちょこちょこいろんなものが進化、携帯にカメラついたりそういうことはあるんだけど、
大きな変化がないんだよ。去年と、おととしと、同じ風景が今年もある。
多分来年も。
うちの調査だとね、2000年の4月あたりから、ほとんど社会が進化してない」
難しい話になってきたな、とさゆみは思った。
「進化なんてしなくても、十分便利ですけど」
「便利なのはオーケーなんだけどね。もともと社会には進化する力があるんだよ。
今の枠組みでの進化はもう限界まで来てんだ。
なんつうかな、これ以上は大きくならない部屋に少しづつ空気入れてる感じ」
「ぎゅうぎゅうですね」
「そう、空気が凝縮されるわけ。
まあ社会は空気ほど均一じゃないからばらつきが出るんだけどね。
濃いとこと薄いとこが」
んで、と矢口は言った。
「その凝縮された濃いのの1つを持ってるのが、道重さん。あなたなわけです。
道重さんのとこにパワーが集まった。
でもそのパワーは内在される。体の中にたまっちゃってなかなか出てこないわけ。
で、それを表に出す手伝いをするのが、うちら。
どこにパワーが集まってるか監視するのが、いまの私の仕事だね」
- 46 名前:4-2.長袖を脱いだ猫 投稿日:2006/01/29(日) 00:06
- さゆみは考えている。
「……なんとなく分かったような」
「そんなもんでいいよ」
「パワー、体の中に閉まっておいたほうがいいんじゃないですかね」
「それムリ。いつか突然、出てくる。そうなる前に段階を踏んでネイバーを出させないと、
ほとんどの場合、出てきた自分の力にヤられる」
「ねいばー」
「道重さんのネイバー見せてよ」
「ここで? いいんですか」
「うん」
さゆみは両掌を机の上、天井に向けて置き、目を閉じる。
ふわり、と音が聞こえるかのように、掌の上に無数の雪が舞った。
さゆみが手を握って、また開くと、雪に風が混じり吹雪になった。
矢口は卓上の吹雪に髪を揺らしながら、興味深そうに見つめる。
「へー。そういうのか」
「あと、こういうのも」
さゆみは目を開け、横の空間を手でなぞる。
掌が白い軌跡を描き、スクエアに凝固する。
雪の鏡が、さゆみと矢口の姿を映し出した。
矢口は感心したようにうんうんと何度も頷き、腕を組む。
「いいね」
「これ、便利ですよね」
「便利の進化を超えたね」
矢口はニッと笑うと、でも、と言った。
「道重さん、自分の力を甘く見ないでね」
- 47 名前: 投稿日:2006/01/29(日) 00:06
-
- 48 名前:4-3.長袖を脱いだ猫 投稿日:2006/01/29(日) 00:09
-
矢口のところかられいなのいるフロアに戻ったさゆみは、
ソファの上で坐禅をしているれいなが、
金色の光を体に漂わせているのを見つけた。
れいながうっすら目を明ける。
「おかえり」
静かな声でれいなはそう言うと、立ちあがった。
すたすたと部屋の端へ歩くと、ただの白壁に向かって手をかざす。
白壁に音もなくエの字型に亀裂が入り、開いた。
先には、さゆみが先ほどまで過ごしていたダンススタジオのような、
板敷きのだだっ広い部屋があった。
れいなは部屋にはいると、床を確かめるように、足の裏でキュ、キュっとなぞった。
さゆみに、おいでおいでと手招きする。
さゆみも部屋に入った。今まで訓練したところに似た、高い天井をなんとなく見まわす。
「さゆもフロウまとって」
れいなはそう言って、部屋の奥でぴょんぴょんとその場ジャンプをした。
さゆみは目を閉じて両手を羽のように広げ、深呼吸する。
髪がふわっと動いて、うっすらと光を漂わせる。
れいなの光と比べると輝きが弱く、範囲も狭い。
- 49 名前:4-3.長袖を脱いだ猫 投稿日:2006/01/29(日) 00:10
- ふーん、とれいなが呟いた。
「慣れてないにしても少なめだね、フロウ」
「だめ?」
「いや、ダメじゃない。個人差あるもんだから。
矢口さんに聞かんかった?
フロウとネイバーの関係についてどうとかこうとか」
「ううん」
「ま、いいか。やりゃわかるし」
「え?」
「じゃ、行くよ」
れいなは姿勢を低くすると、床を思いきり蹴ってさゆみの方へ走り出した。
突然向かってくるれいなに、さゆみはその場で立ちつくす。
れいなの、光に包まれた腕がしなり、
小さく握られた拳がさゆみのわき腹にめりこんだ。
「うげっ」
さゆみがあんまり可愛くない声を吐き出して、床にひざを付く。
そのままれいなが、さゆみの頭を蹴り飛ばそうと脚をふるう。
細い脚が伸びてくるのが、さゆみの視界に入った。
さゆみはすんでのところでかわすと、横に転がって、れいなから距離をとった。
- 50 名前:4-3.長袖を脱いだ猫 投稿日:2006/01/29(日) 00:13
- 「い、いきなりなに?!」
驚きと恐怖で声を上げ、わき腹を押さえるさゆみに、れいなは、
「大丈夫?」
と言いながら、また走って向かってくる。
今度はじっと見つめて迎えうつ。
飛んでくるれいなの拳を上体をそらしてかわした。
続いて蹴りが来る。後ろにステップしてかわした。
「やっぱりきちんと基礎できてるっちゃね」
にっ、とれいなは笑いながら、そう言った。
短パンにTシャツというとても薄い、動きやすい格好のれいなが、
大きく深呼吸して、
「悪いけど本気でいくよ」
と言って、フロウを強く輝かせる。まぶしい光にさゆみの目がくらむ。
さゆみが次に目を明けると、そこには、まるでぬいぐるみの衣装のような、
猫耳と、猫のしっぽ、猫の手足を身につけたれいながいた。
& & & & & & & & & & & & & & & & & &
・田中れいな・ キャットウォーカー
猫娘的コスプレ。攻撃力と素早さアップ
猫っぽさも格段にアップ
ネイバーON時は、語尾が「にゃ」
& & & & & & & & & & & & & & & & & &
- 51 名前:4-3.長袖を脱いだ猫 投稿日:2006/01/29(日) 00:15
- 「覚悟するにゃ」
れいなは低めの声で可愛いセリフを吐くと、消えた。
瞬く間にさゆみの隣に現われ、猫手を大きく振るう。
ズシャ!!
大きな衝撃音と共に、さゆみの体が吹っ飛んで、転がる。
「うぐぅ」
とっさに、なんとか腕でガードできた。
痛む右腕を左腕で押さえると、何かぬめりとしたものに触る。
血だ。
れいなの猫手に引っ掻かれたさゆみの白い肌に、
三本の深い爪あとが出来ていた。
痛みと、肌を傷つけられた事実にさゆみはキレた。
「てめええええええ!」
さゆみは怒りまかせに能力を発動する。
両掌に冷気をためると、れいなに向けて放った。
飛んでいく冷気の弾も速いが、れいなも素早い。
ジャンプしてかわすと、さゆみにとびかかり猫手を振り下ろす。
ガキーン!!
先ほどとは違う衝撃音がフロアに響いた。
さゆみがとっさに空間を手でなぞって氷の壁を作り、攻撃を防いだのだ。
- 52 名前:4-3.長袖を脱いだ猫 投稿日:2006/01/29(日) 00:16
- 「なかなかやるにゃ」
れいなは身を翻して再び襲いかかる。
飛びかかり上から振り下ろす猫手、はフェイントで、
いったん身をかがめ床からさゆみの脚を狙う。
と、さゆみの脚をなぎ払う直前で、れいなの体が半回転した。
天井が目に写る。
「にゃ?」
すってーん! とれいなが派手に転んだ。床の上がつるつる。
いつのまにかさゆみが、自分の床回りを、スケートリンク状態にしていたのだ。
「た、立てないにゃ……」
猫耳としっぽをピンと立てて焦るれいなだが、四肢でバランスをとるのが精一杯。
いまだキレているさゆみが、
「ふっとべ」
と低く呟き両掌をれいなに構えて向けて、冷気をためる。
れいなの頬を冷や汗が流れた。
「こ、降参にゃ、こうさんこうさんこうさ――」
言いかけのれいなを、特大の冷気のカタマリがすっ飛ばした。
さゆみは視界の端に、吹っ飛んでいくれいなの姿をうつしながら、
ふっと気を失って倒れた。
- 53 名前: 投稿日:2006/01/29(日) 00:16
-
- 54 名前:4-4.長袖を脱いだ猫 投稿日:2006/01/29(日) 00:18
-
さゆみはベッドの上で目を覚ました、なにやら額が冷たい。
冷やっこいタオルが乗せられているようだ。
さゆみが体を起こすと、ベッドサイドに座って
スクリーンがふたつある携帯ゲームをやっていた矢口が、
それに気づいた。
「起きたか。おはよー」
と矢口が、ゲームを継続しながらのんきに言う。
「あの……ここは」
「うちの診療室」
そうだ。さゆみは思い出した。
田中れいなに連れてこられて、2週間(実時間的には数時間)過ごした後、
れいなと戦ったのだ。れいなが吹っ飛ぶ映像がさゆみの脳をよぎる。
「あの、田中れいなって子は」
「重態」
「うそ」
「うそー」
キャハハハと矢口は笑った。さゆみは軽く殺意を覚える。
「いや、でもダメージはけっこうデカい。
腕と肩と脚に打撲。肋骨にヒビ、ほか」
- 55 名前:4-4.長袖を脱いだ猫 投稿日:2006/01/29(日) 00:33
- さゆみはぞっとした。ほとんど交通事故じゃないか。
そしてやっと自分の怪我にも気がいく。
傷つけられた右腕を見た。
ない。傷がない。痛みはおろか傷跡もない。白くきれいな腕のままだった。
腕をさすりながら驚いているさゆみの肩を、矢口がぽんと叩いた。
「怪我のことはそんなに気にしないで。治す方法はあるから」
「あの子の怪我は?」
「いま治癒中」
「治るんですか」
「治ることは、治るね」
詰まったような言いかたがさゆみの罪悪感をかきたてる。
「ほんとにちゃんと治るんですか!」
語気を荒げて、矢口の腕を掴む。
「な、治る治る!」
矢口も豪語するが、さゆみの納得していない表情に気づき、説明をはじめた。
「うちの能力者の中に、石川ってのがいてさ、そいつは怪我とか治すの得意なんだ
石川にかかればたいがいの怪我はすぐ治るから大丈夫」
ずいぶんと便利な能力だな、とさゆみは思った。
「ほんとにちゃんと治ったかどうか確認させてください。どこの診療室ですか」
さゆみは急いで見てこようとベッドから飛び降りる。
- 56 名前:4-4.長袖を脱いだ猫 投稿日:2006/01/29(日) 00:35
- 「行くな!」
矢口は大声で叫んだ。さゆみがびくっとなる。
「石川の能力は二人っきりじゃないとダメなんだ」
矢口は先ほど冗談を言ったときとは違い、大真面目な顔をしていた。
さゆみが矢口を見たまま固まる妙な雰囲気の診療室に、人が飛びこんできた。
振り返った矢口が、石川、と呟くと同時に、
「しゅーーーりょーーーー!」
と、やたら高い声で叫び、奇怪なキメポーズをした、
可愛いけれどどこかヘンな女性が、石川梨華だった。
「もーけっこう大変だったー」
石川はベッドに座って、そのまま体を倒して寝そべる。
「おつかれ」
と矢口がねぎらい、言葉を続ける。
「完治した?」
「うん、傷は。でも精神的なダメージもあるから、今日明日は安静にかな」
矢口と石川はさゆみをほっぽって話しだした。
「で、今回はなに?」
と、矢口が聞いた。
「鏡台」
と石川が答え、矢口はクスリと笑った。
- 57 名前:4-4.長袖を脱いだ猫 投稿日:2006/01/29(日) 00:37
- 「けっこう高い買い物だな、田中には」
「まあ稼いでもらうしかないよねー」
「だな」
「次の仕事も、れいなに行ってもらおうよ」
「え、つぎの石川担当だろ」
「出来れば休みほしいなー」
「おいおい。……んー、まあ大丈夫かな。田中に、道重ちゃんもつけてけば」
「へー。さゆみちゃんて実戦的?」
「実戦的。それにけっこう応用ききそう」
「なら大丈夫だー」
二人で勝手に話を進めてる、とさゆみは不満げだ。
「あの」
と口を開く。
「あーごめんごめん。道重ちゃん、田中の様子見てきてもいいよ。隣の部屋」
と、矢口が言った。
「私、なんかするんですか」
「そうだね。できればしてほしいな」
「はあ」
「田中は道重ちゃんとの戦闘であれで、傷は治ったもののまだちょっと不安だし。
道重ちゃんが横についててくれると心強いんだけどな」
矢口は真剣な表情でそう言った。
- 58 名前:4-4.長袖を脱いだ猫 投稿日:2006/01/29(日) 00:50
- れいなが伏せっているのはさゆみのせいだ。
そこまでいわれて無下に断れるほど、さゆみも神経がぶっとくはなかった。
「わかりました」
「ありがとう」
矢口はにっと笑った。
「じゃまた連絡するね。あ、下に送迎の車用意してるから」
下、という言葉に、さゆみは窓の外を見た。夜景の中に輝く高層ビルの姿が見える。
さゆみたちのいる部屋は、地面から遥か高いところにあるようだ。
「ここ、どこですか」
さゆみは長らくこの疑問を聞いてなかった。
「都内某所、とだけいっとく」
矢口はハードボイルドな調子でそういって、ニヤリと笑った。
それに石川が突っ込む。
「そんな含んだ言い方してー。新宿だよ新宿。
こういうのはだいたい新宿って相場が決まってんの」
「なんだよ相場って。
ここは、JCLっていうIT関連の会社だよ。表向きは」
「そんなかっこつけないの!
実際暇なときITの仕事もしてるじゃんかー」
「まーそうだ。あっはっはっは!」
ノリノリの二人がちょっとウザくなってきたのもあり、
さゆみは挨拶して、ささっと部屋を出た。
- 59 名前:4-4.長袖を脱いだ猫 投稿日:2006/01/29(日) 00:51
-
隣の部屋に、れいなの様子を見に行く。
戸をそっと開けると、さゆみがさっきまでいたのと同じ、
学校の保健室のような部屋がそこにはあり、
真ん中のベッドで、れいなが寝ていた。
近づいてみると、すうすう寝息を立てている。
顔にも傷一つない。頬も白くてすべすべな感じだ。
ちょっとだけ布団をめくって、れいなの腕を見てみる。
やはり、傷どころかあざもない。お風呂上りの洗い立ての肌のようだ。
さゆみはようやく、ほっとした。
起こすのも悪いし、れいなが寝ている部屋をそっと出る。
さゆみは家に帰ることにした。
1階まで下りていって、エントランスを抜けて地上に出ると、
さゆみが乗ってきたのと同じような、黒塗りの車が待っていた。
運転手が礼をする。さゆみもあわてて礼をした。
慣れないながら、さゆみは乗り込む。運転手がドアを閉めてくれた。
- 60 名前:4-4.長袖を脱いだ猫 投稿日:2006/01/29(日) 00:54
-
車に揺られること30分。
さゆみは家に帰りついた。
時刻は夜7時すぎで、
母親は夕食を用意し終わり、ぼんやりテレビの生活情報番組を見てて、
帰宅が送れて心配をかけるという事はなかった。
父親はまだ帰ってきてないらしい。
さゆみはテーブルにおいてある漬物を適当につまみながら、
「兄ちゃんは?」
と聞いた。
母はテレビから目を離さないまま、
「サークルじゃない?」
と言った。
さゆみは階段を上って、自分の部屋へ行く。
ある。当たり前だが確かにある。
扉を開けると、まさにさっきまで過ごしていた部屋があった。
角にあるテレビの下、ビデオデッキの取り出しボタンを押す。
吐き出されたビデオテープは、さっき見ていたローマの休日だった。
不思議すぎるが間違いない。
さゆみの部屋はあっちにあって、またこっちに戻ってきたのか。
(ええーい、考えても仕方ない)
さゆみはカバンを投げ出し、制服のままベッドに寝っころがった。
- 61 名前:4-4.長袖を脱いだ猫 投稿日:2006/01/29(日) 00:55
- しばらくボーっとしたのち、下へ行って、夕食を食べる。
今日はいろいろあっておなかが空いたさゆみは、ばりばり食う。
「どうしたの、よく食べるね」
「おなか空いた」
食べるのと食べるのの間に、短く答えた。
母はさゆみの顔をジーっと見ている。
「なんか、いい顔してるね」
さゆみはごくっと飲みこんだ。
「可愛い?」
「そりゃ私の娘だもん。超可愛い」
「えへへ」
「一回り綺麗になった感じする」
さゆみはもぐもぐほおばりながら、母に向かってピースをする。
「いつのまにか高校性だもんねー」
さゆみの食べる姿を見ながら、母は頬杖をついてしばらく微笑んでいた。
- 62 名前: 投稿日:2006/01/29(日) 00:57
-
- 63 名前: 投稿日:2006/01/29(日) 00:59
- 次回、
『Catcher in the School』
- 64 名前:ふぐつら 投稿日:2006/01/29(日) 01:22
- 更新しました。
>>36
面白いといってもらえてすげー嬉しいです。
また楽しんでもらえてたらいいな。
>>37
いい感じにでけたみたいでよかったです。
今回も楽しんでもらえたらいいな。
また頑張ります!
>>38
そういうことだったんです。
三画伯の場合、絵的にオーケーが出ずに、
能力開花を見届けたロボットが代わりに描いてあげるのかな(´・∀・`)
>>39
読んでいただけて、さらに、
面白いといってもらえてほんと嬉しいです。
ロボットの一言は、なにかを示唆しているんでしょうか……。
謎です。っていうか決めてない(笑)。
今回の更新も楽しんでもらえてるといいな。
- 65 名前:ふぐつら 投稿日:2006/01/29(日) 01:23
- 毎週土曜深夜、更新の予定です。
また来週〜
- 66 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/29(日) 21:17
- 更新乙でした。うん、面白かった。
またまた気になることもあるし。
来週楽しみにしてます。
- 67 名前:初心者 投稿日:2006/02/01(水) 22:27
- 更新お疲れ様です
猫はさすがにはまってますね
石川さんも出てきたしこれから何があるか楽しみです
あとさゆ母はやっぱりさゆのお母さんだなと思いました
次回更新楽しみに待ってます
- 68 名前:5-1.Catcher in the School 投稿日:2006/02/04(土) 22:05
-
すったもんだあってから数日後。
さゆみがいつもどおり高校へ行くと、校門のところになんと、田中れいながいた。
さゆみと同じ制服を着て赤いリボンをつけている。
さゆみが不思議そうに見ていると、れいながそれに気づく。
「あ、おはよーさゆ」
「……うちの生徒だっけ」
「うん、今日から」
「は?」
「まあまあ、早くいこ」
れいなはさゆみの腕を引っ張ってすたすた校舎へ歩いていく。
「どういうこっちゃ」
一人ごとを呟いたさゆみを、れいなが振り返る。
「一緒の学校の方がいろいろめんどくないっちゃろ。転校してきた」
すたすたと歩くれいなはさゆみより先に校舎に入ると、
持ってきたスリッパを足に引っ掛けて、職員室どっち? と聞いた。
「え、あそこ」
とさゆみは目の前を指さす。
「ちかー。じゃ、またあとでねさゆ」
れいなは小さく手を振ると、職員室に入っていった。
怒涛の展開に、全国模試トップクラスの秀才さゆみの頭もついていかない。
考えながら自分の教室に入ると、クラスメイトが話しかけてきた。
「おはよーさゆみ」
「う、うん」
「また考え事?」
「うーん、ちょっとね」
とさゆみが、教室うしろの空きスペースに一つ増えた机に気づく。
さゆみの目線を追ったクラスメイトが、あー転校生来るらしいよ、といった。
(田中れいなだ)
さゆみは、うちのクラスなのかよ、と思った。
- 69 名前:5-1.Catcher in the School 投稿日:2006/02/04(土) 22:06
- 担任の若い男の先生が来て、朝のホームルームが始まった。
先生は教室のざわつきを静めると、
「実は今日から転校生がきます、入ってー」
と言った。
勢いよく扉を開けて入ってきたのは、さゆみには分かっていたが、田中れいなだった。
教卓の上の先生が、自分の隣に呼ぶ。
「じゃ、自己紹介」
「田中れいなです。趣味は音楽鑑賞。
よく友達からは猫っぽいっていわれてました。
よろしくお願いします」
れいなは小さな体を折り曲げて礼をした。
じゃー席はー、と先生が言った。
れいなが先生を上目遣いで見て、言う。
「先生」
「ん?」
「道重さんの隣でもいいですか」
え、とさゆみは思わず声を出してしまう。
「あー道重とは知り合いなんだったよな、いいよいいよ」
「ありがとうございます」
れいなは可愛く笑った。
「道重、よろしくしてやってな」
男の先生は陽気に笑いかける。
「……はい」
「よろしくね道重さん」
隣にきたれいなが、ニヤリと笑った。
- 70 名前: 投稿日:2006/02/04(土) 22:06
-
- 71 名前:5-2.Catcher in the School 投稿日:2006/02/04(土) 22:08
-
授業がのほほんてろんてろんと過ぎ、昼休み。
ほえーっと高3の教科書を読むさゆみの白い二の腕を、
れいなが隣からぺちぺちやる。
「ご飯食べよ、ご飯」
れいなに腕を引っ張られて屋上まできたさゆみは、
適当に腰を下ろすと弁当を開いた。
れいなもその横に座って持ってきたパンの袋を破く。
かじりつくと、そういえばさ、と言った。
「グループとかいいの?」
「グループって?」
「いっつも一緒にご飯食べるグループ」
「あー、いるけど」
「抜けてきちゃ怒られん?」
「大丈夫だと思う。私いっつも本読みながら食べてるからあんま喋らないし」
「かわっとー」
さゆみは弁当の卵焼きを突っつく。
「たぶん、わかってくれてるっぽい」
「へーいいね」
「なんかいつも、まあさゆみだしね、とかいわれる」
「あっはっは」
- 72 名前:5-2.Catcher in the School 投稿日:2006/02/04(土) 22:09
- れいなとさゆみは並んでご飯を食べる。
「ね、さゆ」
「もが?」
頬張っていたさゆみは返事がおかしくなった。
「今日の放課後、仕事になるかもしれない。
パワーが凝縮してる地点が特定できそうなんだってさ」
さゆみは急いで飲みこむ。
「それってやっぱり私もいくの」
「きてよきてよ」
「うーん」
先日いったん引き受けはしたものの、なんだか大変そうなので、
少ししりごみし始めたさゆみだった。
「まあまあさゆ、人助けだと思ってさ。れいなも助かるってのあるけど、
そのパワーが凝縮してる子ほっといたらどうなるかわかんないし」
「れいなは、あ、れいなって呼んじゃまずい?」
「どしどし呼んで」
「れいなはいつから、あの能力使えるの?」
「半年前ぐらい」
「やっぱり誰かが迎えにきた?」
「うん。んでさゆとおんなじトレーニングプログラムもやった」
「そうなんだー」
「私はギリギリだったんだ。あと2、3時間迎えが遅かったらバーストしてたらしい」
「ばーすと?」
「勝手に突発的な能力が発現して、花火みたいに咲いて散る」
――咲いて散る。
その表現にさゆみは少し恐怖を覚えて、それ以上聞けなかった。
- 73 名前:5-2.Catcher in the School 投稿日:2006/02/04(土) 22:10
- れいなは立ち上がり、ぱんぱんとスカートの汚れを払う。
「明日かもしれないしあれだけど、一応準備だけしといて」
「うん」
「じゃのんびり5時間目でもいこっか」
「そだね」
「なんの授業だっけ?」
「次? 数学1」
「あーつまんねー」
「授業単調だしね。あんまり難しいことやんないし」
「いや、ムズすぎるから」
「れいな、数学苦手?」
「勉強全部苦手。頭悪いし」
「ヘえ、でも話してて楽しいよ」
さゆみが可愛い真顔でそういうので、れいなはちょっと照れた。
「あ、ありがと」
と早口で言って、れいなはさっさと教室へ向かう。
さゆみはその後姿を見おくったあと、
今一度青い空と、所々ばらまかれた白い雲ををなんとなく見てから、
教室へ向かった。
- 74 名前: 投稿日:2006/02/04(土) 22:11
-
- 75 名前:5-3.Catcher in the School 投稿日:2006/02/04(土) 22:12
-
さゆみとれいなが5時間目の授業を受けていると
(正確には、さゆみは読書をしていて、れいなはぼえーっとしていた)、
れいなのケイタイがぶいぶい震え出した。
ささやき声で、はや、と呟き、れいなは、
「先生、ちょっとトイレ行ってきます」
と言い席を立つ。さゆみにも、こいよこいよと手招きした。
「私も」
と言いさゆみも席を立つ。
れいなはトイレに行く前に、ケイタイに出た。
「はい、れいなです」
『矢口だけど、ポイントが特定できた』
「はやいっすね」
『早く特定できたのはいいんだけど、ちょいヤバいんだ。
今回どうも、予想より凝縮が速い』
「バーストの危険ありですか?」
『そういうこと』
「まずいなあ」
『ちょっと悠長にしてられない。ヘリ飛ばすし学校の屋上から乗ってくれ』
「はい、さー」
『一応ガキさんもポイントに向かわせるし、合流して』
「はい」
『ケイタイにまたデータ送るけど、
ポイント名は久住小春、中学一年生』
「中1っすか」
『そうなんだよ、まさか中1なんてな。
歳若いとバーストへの進行も早いんだよ……。
ま、なんとかよろしく』
「うぃーっす」
- 76 名前:5-3.Catcher in the School 投稿日:2006/02/04(土) 22:13
- れいなは電話を切った。
さゆみも、時々漏れてくる会話と、れいなのテンションで理解している。
れいなはさゆみの目をじっと見て、言った。
「じゃ、いくよさゆ」
「うん」
-------------------------------------------------------
カバンを教室から取ってきた二人は、制服姿のまま屋上でヘリを待つ。
10分程度でヘリがやってきた。
ヘリからの風で、れいなとさゆみの髪とスカートがたなびく。
れいなもさゆみもヘリに乗るのも見るのもはじめてだった。
仕事に向かうとはいえ、好奇心が頭を出してくる。
とくにさゆみは興味を隠せない様子で、
ヘリに座っても、あちこちをじっと観察したり外を眺めたり、
操縦士にいろいろ質問したりしていた。
れいなは外の景色と、回転するヘリの羽を交互に見ていた。
さゆみがふと思い出したように、れいなに聞いた。
「さっき言ってた、ガキさん、てのも能力者?」
「そう。バーストしたときにいてくれると助かるから、来てもらう」
「一緒にヘリで行くんじゃないんだね」
「別方向なんじゃないかな。ガキさん、あ、新垣新垣さんっていうんだけど、
地方回りしてること多いから」
「え、なんで?」
「なんつうのかな、営業」
なんだか売れない演歌歌手やお笑い芸人のようで、
さゆみは少し哀しくなったので、それ以上は聞かなかった。
- 77 名前:5-3.Catcher in the School 投稿日:2006/02/04(土) 22:14
- ヘリは30分ほど飛んで、目的地周辺まできたようだ。
れいながケイタイをピポピポやりながら、眼下の学校を指さす。
「あの中学校」
さゆみも目をやった。
中学校の校舎全体に桃色のもやがかかっているように見える。
目をこすってみたが、風景は変わらない。
校舎全体を包むように、薄桃色のもやが綿菓子のようになっている。
「あのピンクの」
「遅かったね。もうバーストしとる。
色は人によって違うけど、広い範囲にああいう薄もやが出る」
れいなの顔が真面目になった。
ヘリの操縦士には薄桃色のもやは見えていない。
この女子高生二人は何を言っているんだろう、と思った。
さらに中学校に近づこうと、レバー操作をする。
「少し離れたところに下ろしてください」
とれいなが言った。操縦士はそれに従う。
ちょうど学校正門のすぐそばに、空き地があった。
ヘリはそこに着陸する。
ヘリが放つ突風と轟音が、空き地そばの住宅地を駆け抜けていく。
音と風がおさまると、れいなとさゆみは続けざまにヘリから降りた。
校門に向かって走る。
- 78 名前:5-3.Catcher in the School 投稿日:2006/02/04(土) 22:15
- 特に立派ともぼろいともいえない、普通の白塗りの中学校だった。
その中学校が、かすかにピンクなもやに包まれている。
これもどこにでもありそうな普通の校門のわきに、
女性の人影がある。
「ガキさんだ」
とれいなが言った。
「おーす」
「遅いよ!」
ガキさんと呼ばれた女の子は、そんな不満そうでもなく明るく文句を言った。
その快活な様子をさゆみがなんとなく見ていると、目があった。
新垣が尋ねる。
「道重さゆみさん?」
「あ、はい」
「噂きいてたよー」
「どもはじめまして。新垣さんですよね」
「はい、よろしく」
れいなが口を挟む。
「あーもうかたっくるしい! ガキさんもさゆって呼んでくださいよ。
さゆもガキさんって呼べ! それ以外の呼びかたしたら引っ掻く」
れいなの強引な仲とりもちで、親しく呼び合う事となった二人だった。
少々強引だがそうなのだった。
- 79 名前: 投稿日:2006/02/04(土) 22:15
-
- 80 名前:5-4.Catcher in the School 投稿日:2006/02/04(土) 22:17
-
新垣がれいなと一緒に学校を見て、本題に入る。
「完璧にバーストしてるね」
「ポイント、なんでしたっけ、久住小春? 無事ですかね」
「危険ぽい。急ごう」
「そうっすね。いくよさゆ」
二人のテンポに乗せられて、さゆみはあとをついてく。
校舎に入る直前で、新垣とれいながフロウを纏った。
金色の光につつまれた二人が、さゆみも、と促す。
「このもやが能力領域だから、フロウで防御して」
とれいながいった。
さゆみは、まだ慣れてなくて少し時間かかりながらも、
ねり出すようにしてフロウを纏った。
三人は消防士のように、思いきって薄もやの中へ突入する。
別に呼吸が苦しいとかはない。
皮膚に異様な感触もない。妙な違和感もない。
安心できそうだ、とさゆみは校舎内をきょろきょろしながら思った。
- 81 名前:5-4.Catcher in the School 投稿日:2006/02/04(土) 22:18
- 一階の廊下、職員室生徒会室などの横をとおり、階段から二階へ。
早足で進む新垣とれいなに、少し遅れてさゆみが続く。
二階へ降り立ったとたん、新垣とれいなの足が止まった。
さゆみは急に止まれずにぶつかる。
「ごめん」
とっさに謝ったさゆみに、二人の返答はない。
新垣とれいなは突っ立ったまま、前方の何かを見ている。
さゆみも目線の先を追って、教室の中に目をやる。
先生がチョークを片手に黒板に何か書いている、ように見えた。
違う。
書きかけで静止している。表情も止まっている。
さゆみはこの2階からまったく物音がしないことに気づいた。
生徒もペンを握ったまま、教科書を開いたまま止まっている。
「まずい」
重い声で、新垣が言った。
れいなも同じく重い声で、
「さゆ、絶対フロウ解くなよ」
と忠告した。
れいなと新垣は一歩ずつ進み始める。
「もう捕獲しかなかとですね」
「うん」
「ガキさん、調子はどうです?」
「絶好調」
「よかった」
れいなは心底ホッとした。
- 82 名前:5-4.Catcher in the School 投稿日:2006/02/04(土) 22:19
- さゆみはもうわけもわからず二人のあとをついていく。
横目に授業風景そのままで一時停止した教室内を見て、
ここは人形の館か、と錯覚する。
それほどに、完全に停止した人間というのは、見事なまでに人形だった。
れいなが考えて、言った。
「二手に別れます?」
新垣が即否定する。
「だめだって! バーストフォグだけでこれだもん。固まっていく」
「そうっすね、いやちょっと焦りました」
警戒しつつも早足で進む新垣とれいなに、さゆみがついていく。
「ポイントは2階かと思ったけど、おらんね」
れいなが低く言った。
「とりあえず3階行こう」
新垣が言い、それに従う。
さゆみにも二人の話はなんとなくわかった。
2階は教室の札を見たところ、一年生の教室がある階のようだ。
動いてなければ、この階にいるだろう。
いないとなれば、上か下か。
博打のような二択だが、外れてももう一回逆を選べる。時間があるのなら。
- 83 名前:5-4.Catcher in the School 投稿日:2006/02/04(土) 22:20
- 新垣がふーっと長い息を吐いた。
「ポイントが移動してるとなると、余計まずい……」
「どうしてですか?」
さゆみが好奇心から聞いた。
「多くの場合、バーストしたポイントは能力に飲まれて動けないんだけど、
まれに能力が強大すぎて、能力自身が自我を持って、
それでポイントが移動することがある。
これだと、かなりまずい」
「さゆ」
と、れいなが言って、じっとさゆみの瞳を見つめる。
「ついて来てもらうだけのつもりやったけど、
さゆの力も必要みたいやけん、よろしく頼む」
れいながとても深刻に言うので、さゆみは逆に明るく返した。
「おっけーだって!」
「こんだけバーストフォグが張っとーと、
そうとうな能力やと思う。はやくせんと」
れいなが、はやくせんと、といったのは、
ポイントである久住小春のことも含めてだった。
能力に長く引きずられると、その分死線に近づく。
3人は階段から、三階へと踏み込んだ。
2階とは明らかに違うプレッシャーが廊下の向こうから這って来ている。
「ここやね」
「うん」
すでにさゆみは、もちろんれいなと新垣もだが、
廊下の奥に仁王立ちする、人の形を視界に捉えていた。
「いる」
さゆみが思わず言葉を漏らす。あれだ。
- 84 名前:5-4.Catcher in the School 投稿日:2006/02/04(土) 22:22
- 新垣は気合を入れるためか、自分のほっぺたをパンパンと二回たたく。
「よし。あたしが2階に戻って裏手から回って、
ポイントの向こうの階段から詰める。挟み撃ちね」
と、言い残すが早いか、新垣は階段を下って消えた。
新垣を見送った二人が、ポイント久住小春に目を戻す。
さっきより姿が大きい――こっちに向かってきている!
れいなが一歩前に出て、すぐさま能力を発動する。
明らかにさゆみをかばう意図だ。
さゆみはそれが分かりながらも自分は足がすくんで動けなかった。
久住小春はこっちに向かってくる。
別段素早くもない、人間の女の子の歩速だ。
しかしそのプレッシャーは、悪魔のものだった。
さゆみのところまでビリビリと感じられるほどだった。
教室一個分の間合いにまで詰め寄られて、れいなが攻撃を仕掛けた。
猫手を構えて飛びかかる。
久住小春は、れいなをきっと睨んだ。
さゆみはそれを見て、不謹慎にも、美少女だと思った。
しかしその評価は恐怖で塗りなおされる。
久住小春の目が赤黒く光る。
夜中、照明が落とされた建物の廊下で妖しく光る、
非常ベルの赤いランプのようだった。
- 85 名前:5-4.Catcher in the School 投稿日:2006/02/04(土) 22:23
- れいなの瞳が赤いランプに支配される。
ぴたり。
れいなの体が攻撃姿勢のまま止まった。
ろう人形みたいに静止している。
「れいな!」
さゆみの叫びは響くだけで、
襲いかかる格好のまま猫の像となったれいなに、久住小春が迫る。
低くうめくような声が、久住小春の唇の隙間から轟く。
さゆみは恐怖を押しのけるようにして飛び出した。
――間に合わない。
さゆみがガードの氷を張るより早く、久住小春がれいなの腹を両手でなぎ倒した。
すぐ横にあった教室の扉にぶち当たり、れいなが転がってなだれ込む。
さゆみが、うあああああああ! と叫び、冷気を手にためて打った。
久住小春が冷気弾を睨む。
冷気弾はさゆみと久住小春の、ちょうど中間点でぴたりと止まった。
さゆみは闇雲に、次々と冷気弾をを放つが、
久住小春はそれをものともせず、
空中でオブジェのように静止する冷気弾の隙間をぬって、さゆみに迫る。
- 86 名前:5-4.Catcher in the School 投稿日:2006/02/04(土) 22:25
- さゆみはその視界に、久住小春の頭の後ろ、攻撃を仕掛ける新垣の姿を捉えていた。
久住小春はさゆみの目線と気配から察し、振り返りざま裏手に拳を放つ。
新垣も吹っ飛んだ。教室ふたつ分跳ね飛ばされ、転がる。
再びさゆみに向き直る久住小春、の眼前に、さゆみが必死で張った氷の壁。
しかし、ものともしない。右手で障子戸でもはがすように破壊する。
さゆみはすぐさまもう一枚の氷の壁を、両手で作った。
拳でぶち割る。
またつくる。
吼えた久住小春が、飛び膝で、さゆみを氷の壁ごと蹴り飛ばした。
氷の破片と一緒に壁まで吹っ飛ばされたさゆみに、さらに久住小春が迫る。
その横に猫れいなの影が、低空で飛んできた。
バシュ!
猫手が舞って、久住小春の肩を裂いた。血しぶきが飛ぶ。
久住小春の唇から、苦痛のうめきが漏れた。
ひるみながも久住小春は、れいなの頭に鋭い蹴りを放つ。
パリーン!
一瞬早く張ったさゆみの氷が、れいなへの蹴りを防いだ。
それに憤った久住小春がさゆみに殴りかかる。
- 87 名前:5-4.Catcher in the School 投稿日:2006/02/04(土) 22:27
- その殴るに構えた腕を、背後から新垣が取るのが速かった。
新垣のフロウが久住小春にまで纏わり、動けない。
「thanks, My little shief.」
そう新垣が唱え右手を握りこむと同時に、久住小春の姿が忽然と消えた。
& & & & & & & & & & & & & & & & & &
・新垣里沙・ マイリトルシーフ
触ったものを片手に握りこむ。
手を開くと、一瞬にしてもとの大きさに戻る。
マジックブームに乗っかって荒稼ぎしよう。
& & & & & & & & & & & & & & & & & &
- 88 名前: 投稿日:2006/02/04(土) 22:27
-
- 89 名前:5-5.Catcher in the School 投稿日:2006/02/04(土) 22:29
-
さゆみたち三人が、久住小春をゲットして本部にもどると、
すでに矢口が堅牢な保護室を用意していた。
白壁に、一面だけがガラス張り。さゆみはガラスに近づいて、厚みを確かめた。
15センチはある。とんでもなく強固だ。
「おつかれさん」
と矢口が三人をねぎらう。
新垣が右手をしっかりと握ったまま、
「いやー結構大変でしたよー!」
と両手を上げて背中を伸ばした。
「手、開くなよ」
矢口が注意した。
「大丈夫ですって」
「とりあえず、ここに手突っ込んで」
「はーい」
矢口が促した先、堅牢な造りの保護室のガラス面には、
ちょうど真ん中あたりにだけ、重厚な鉄の郵便受けみたいなものがあった。
食事とかだけはここから入れられそうだ。
矢口が郵便受けの鉄扉を開くと、
新垣は右手を、鉄扉の横に現れた丸い穴へ奥深く突っ込んだ。
- 90 名前:5-5.Catcher in the Scool 投稿日:2006/02/04(土) 22:30
- 新垣がぱっと手を開く。
マジックでも行われているかのように、久住小春が一瞬にして、
目を閉じ横たわった状態で姿を現した。
さっと腕を引きぬき、矢口が鉄扉を閉める。
久住小春は学校で着ていた制服姿のままだ。
大きな目をぱちっと開けると、
保護室のあまりの白さに一瞬目がくらんだようだが、
すぐに慣れ、あたりを見回し、ガラスの向こうの矢口ら四人を視認した。
久住小春はまっすぐさゆみに飛びかかる。
さゆみは反射的に能力を発動して、氷の壁を目の前に張った。
が、久住小春の攻撃は、分厚いガラスであっさりと阻まれた。
さゆみの側には、微々たる衝撃も、音すら届かない。
- 91 名前:5-5.Catcher in the Scool 投稿日:2006/02/04(土) 22:31
- 矢口が言う。
「大丈夫だよ道重ちゃん。超強化ガラスだから」
「でもビビるっちゃね」
と、れいながいった。矢口も、保護室内で暴れまくる久住小春を見ながら、
「こりゃつええな。それだけに、もうちょい遅かったらこの子死んでたね」
と言い、胸につけていたピンマイクに向かって、
「石川、もう早めにやっとけ」
と指令を出した。
『――はーい』
と石川の声が天井のスピーカーから聞こえて、
保護室内の横壁の穴から、青い煙が勢いよく噴き出し始めた。
面食らった久住小春は次々と俊敏によけるが、
やがて青い煙は保護室中を覆いつくし、なにも見えなくなった。
不思議そうな顔をしているさゆみのケツあたりをぽんぽんとたたきながら、矢口が言う。
「しばらく眠らせるんだ。一度バーストしたやつを平静に戻すには時間がかかる」
さゆみ、れいな、新垣は、青く煙るガラスの向こうを、しばらくなんとなく見つめていた。
- 92 名前: 投稿日:2006/02/04(土) 22:32
-
- 93 名前: 投稿日:2006/02/04(土) 22:33
- 次回、
『読書病の女』
- 94 名前:ふぐつら 投稿日:2006/02/04(土) 22:36
- >>66 名無飼育さん
ありがとうございまーす。
気になりそうなことをいろいろちりばめてみてます。
またお楽しみに!
>>67 初心者さん
やっぱ猫がしっくりきますかねータン鳥チキン。
これから徐々に、出るメンバー増やしていきます。
さゆ母のとこはなにげに気に入ってるので触れてもらえて嬉しいです。
- 95 名前:ふぐつら 投稿日:2006/02/04(土) 22:37
- また来週〜
- 96 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/02/05(日) 02:52
- 相変わらずの面白さでワクワクします
次の週末が楽しみです
- 97 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/02/05(日) 16:14
- シーフの綴り間違ってない?
- 98 名前:初心者 投稿日:2006/02/08(水) 15:27
- 更新お疲れ様です
ドキドキの内容で面白かったです
なかなか手ごわかったけどガキサンの能力いいですね、れいなもカッコイイ
さゆはまだまだだったけどこれからに期待したいです
次回の題名から誰か想像しつつ更新楽しみに待ってます
- 99 名前:6-1.読書病の女 投稿日:2006/02/11(土) 23:42
-
久住小春をゲットしてから一週間後。
さゆみは事務所から呼び出された。
久住小春の容態が落ち着いてきたらしい。
れいなも誘って一緒に来い、との指令だったので、れいなにメールを打った。
10分後。
『
実家かえっとー
しムリ。れなの分
もかわりに行っ
といて
』
と返されてしまった。
交通機関を乗り継いで新宿へ。
慣れてくるともう送迎はないらしい。ちぇって感じだな、とさゆみはおもった。
エレベーターでブーンと最上階まで昇って、チーンと着いて、事務所のカーペットを踏む。
どうみてもスポーツジム受付にしか見えない事務所に、さゆみは降り立った。
受付に、ちっこいひと、矢口の姿がない。
代わりに座っていたのは、男前な感じの女性だった。
いかにもめんどくさそうに、パソコンをいじっている。
さゆみの姿に気付いた女性は、ちょいちょいと手招きした。
なんだろう、とさゆみがとたとた寄っていくと、
「これ、止まっちゃったんだけどさー。なおせない?」
と言われた。
「……全然むりです」
「くっそー」
頭をかきむしる女性の胸元の名札、吉澤ひとみ、と書いてあった。
- 100 名前:6-1.読書病の女 投稿日:2006/02/11(土) 23:43
- 「あのー、前いたちっちゃな人は」
「矢口さん? ああー辞めたよ」
「辞めた?」
「よくわかんないんだけどトラブって、上からの指示で退職」
「へえ……」
「あー急にやめっからあたしが苦手なパソコンなんか触らなきゃいけないんだよ!もう!」
吉澤はひとりでキレた。
「中学生の子、落ち着いたって聞いてきたんですけど」
「あー小春? うんもう大丈夫」
とかなんとか話してるうちに、一人の女の子が、よしざわさーん! と奥から走ってきた。
さゆみには見覚えがある。こないだ死闘を繰り広げた久住小春、だった。
しかし、あの時感じた禍々しいほど強大な気配はかけらもない。
そこには、キラキラと目を輝かせた、人間の美少女がいるだけだった。
さゆみが小春を眺めていると、小春がその視線に気付く。
吉澤が、
「小春、あいさつしなよ」
と小春の背中を押した。
「はじめまして! 久住小春です!」
キラキラした目で深く礼をする小春に、さゆみも、はじめまして、と返す。
当然はじめましてではなかった。しかし小春は、戦ったことを覚えていないらしい。
「小春ちゃん、トレーニングプログラムは」
とさゆみが吉澤に聞いた。
「あー今日の昼ぐらいから始めよっかなって。まだちょっとうわっついてるからさ」
「そうですか」
- 101 名前:6-1.読書病の女 投稿日:2006/02/11(土) 23:44
- エレベーターの扉がピシューンと開いて、新垣が下りてきた。
あーさゆひさしぶりーとか明るくいいながら、新垣は吉澤のほうへ歩いていく。
「おーガキさん、どうだったよ」
「だめです。愛ちゃんとコンタクト取れません。ていうか部屋の戸が開きません」
「なんとか連れてきてくれよ!」
吉澤は頭を抱えた。
「鍵かかっててムリでした」
「ケイタイは?」
「もち連絡しましたけど、反応ないです」
「クソー高橋のやつ……だいたいあたしデスクワーク向いてねーんだよ!」
「それは確かに」
新垣が深く頷いた。
「高橋にここやってもらわないと、もうキツイ!」
吉澤がパソコンの横っ面をひっぱたく。……わずか動いていた画面が、完全に止まった。
やべえ、と吉澤はあせるが、どうにもならない。
なんとなくまず〜い雰囲気の中、
小春だけが状況を把握してなくて、ウキウキしている。
「ガキさん。もう道重ちゃん連れてって、扉破壊していいからひっぱってきて!」
吉澤がなかば叫ぶように言った。
「でも、部屋の中入っても、愛ちゃんの能力効いてるかもしんないすよ」
「それでもいい。もうなんでもいいから連れてきてくれ!」
「わっかりましたー」
そんなこんなで、さゆみとガキさん二人で再チャレンジとなった。
- 102 名前: 投稿日:2006/02/11(土) 23:44
-
- 103 名前:6-2.読書病の女 投稿日:2006/02/11(土) 23:47
-
事務所でてからタクシーに15分ほど揺られて、やってきたのは住宅街。
午後の陽射しを浴びながら、二人は歩く。
「高橋さん、でしたっけ? なんで事務所こないんですか」
「もともとあんまり呼んでなかったんだよね」
「仲悪いんですか」
「ちがうの、そーじゃないの。ただ……」
「ただ?」
「愛ちゃんの能力がさ、つかえねーんだこれが」
「……へえ」
「まー見りゃわかるよ」
新垣とさゆみは、高橋が住んでいるアパートに来た。
木造のアパートで、戸も木で出来ている。
新垣が、建物中響くような大きなノックをガン!ガン!撃った。
反応なし。
今度は後ろを向いて、かかとでドッカン!ドッカン!蹴る。
反応なし。
「愛ちゃーーん!! 開けてー!」
と新垣は叫んだ。むなしく響き、消えていく声。
さゆみも中の気配をうかがうが、物音一つしない。
この狭いアパートで、これだけの音を立てられて反応がないとは。
- 104 名前:6-2.読書病の女 投稿日:2006/02/11(土) 23:48
- 「寝てるか出かけてるんじゃないですか?」
「愛ちゃんは規則正しい生活してるから、昼は絶対起きてんだよね。
電気のメーターの回り方みるに、いる。
これだけやって気付かないてことは……」
新垣は、高橋の部屋の前から離れると、
「さゆ、扉壊しちゃって」
「ほんとに、いいんですかね」
「吉澤さんの指令だ。やっちゃえ!」
「はい」
さゆみはフロウを展開し、掌で冷気を練る。
右手を、左手で支え、冷気のカタマリを放った。
ドグワッシャーーーーーーーーン!!
ものすごい音がして、扉が吹っ飛んだ。
さすがに罪悪感のわくさゆみをよそに、新垣はドカドカと部屋に入っていく。
壊れた戸を土足で踏みつけ、部屋への引き戸を開けた。
「やっぱり」
そう呟いた新垣の肩から、さゆみが部屋の中を覗き込むと、
部屋のど真ん中、うっすらブルーがかった金色の光の中、
あぐらをかきながら文庫本を読む高橋の姿があった。
& & & & & & & & & & & & & & & & & &
・高橋愛・ リーダホリックガール
本を誰にも邪魔されずに読める。
高橋が読書に没頭している間、
読書を妨げる全ての攻撃は無効化される。
& & & & & & & & & & & & & & & & & &
- 105 名前:6-2.読書病の女 投稿日:2006/02/11(土) 23:49
- 「愛ちゃん!」
新垣は叫ぶが、この至近距離なのにまったく反応がない。
高橋の手元を見ると、文庫本はもうすぐ終わりそうだ。
新垣とさゆみは、高橋が本を読み終わるのを待つことにした。
「ガキさん」
「ん?」
「これ、ある意味恐ろしい能力ですね」
「なんにも効かないんだって」
新垣は床に落ちていた文庫本を、高橋に向かって鋭く投げつける。
本は高橋のまとうフロウでやわらかくバウンドして、床にすとっと落ちた。
「ね」
「ほんとだ」
新垣はつまらなそうに窓の外を見たりしている。
さゆみは、高橋の本棚を適当に眺める。小説が多いようだ。
手にとってぱらぱら眺めていると、背中のほう、高橋のフロウの雰囲気が変わった。
感じ取ったさゆみが後ろを向く。
- 106 名前:6-2.読書病の女 投稿日:2006/02/11(土) 23:50
- 高橋のフロウはふっと消え、高橋が背伸びをした。
「愛ちゃん」
「うあ! び、びっくりした」
後ろから新垣に声をかけられた高橋は、目をむいて驚いた。
「まったく困ったもんだよ。気付けよ」
「そういえば、誰かいたような気ぃしたような」
高橋は、本棚の前にいるさゆみに気付く。
「だれ?」
と新垣に聞いた。
「新しく入った、道重さゆみさん。つーかさゆでいいよさゆで」
「ほーなんや。よろしく」
「よろしくお願いします」
とさゆみは挨拶を返しながら、読書から目覚めた高橋を観察した。
けっこう小柄のようだ。そして若干サルガオだが、綺麗な人だ。
「かわいい子やね」
高橋がそんなことを急にいったのでさゆみは嬉しくなった。照れたフリをした。
高橋は高橋でさゆみのことを観察していたらしい。
- 107 名前:6-2.読書病の女 投稿日:2006/02/11(土) 23:50
- 「んでさ愛ちゃん、事務所きてほしいんだ」
「どったの」
「矢口さんが事務所辞めてさあ」
「え、そうなん?」
「なんか大人の事情で」
「ほー」
「んで今吉澤さんがフロントやってんだけど」
「あんま似合わんね」
高橋はさらっと毒づく。
「でしょ。まあ向いてないよ、吉澤さんには」
「あたしにフロントやってくれ、ってことか」
「そうそう。そのとおり」
高橋は綺麗なサル顔ってだけじゃなく、アタマも悪くはないようだ。
さゆみの中で、高橋のポイントがアップした。
「別にえーよ。することないし」
「よかったー。んでもうすぐ行ってほしいんだ。パソコンぶっ壊れちゃって」
「石川さんの能力でなんとかならんの」
「石川さんの能力だと、買ったときの状態に戻んじゃねーか、ってのが多数意見」
「なーるほど。んじゃいちおう行って触ってみるわ」
高橋は立ち上がり、玄関のほうを見る。
動きが止まった。
「……戸が……」
「ごめん!なんとかしてもらう! なんとかしてもらうから!」
新垣が必死で弁解するも、高橋の凹みはかき消せなかった。
- 108 名前: 投稿日:2006/02/11(土) 23:51
-
- 109 名前:6-3.読書病の女 投稿日:2006/02/11(土) 23:53
-
新垣とさゆみは、高橋を連れて、三人で事務所に戻った。
受付はカラだ。吉澤がいない。
早速高橋は、パソコン前に座る。
「愛ちゃんパソコン詳しい?」
「詳しくない。人並みやね」
「ほーう」
「電源落としたいけど、どうしょっかな。マニュアルある?」
「まにゅある?さあ、わかんねー」
高橋は受付の机の引き出しを開く。マニュアルを探し始めた。
そこへ、どこやらいっていた吉澤が帰ってきた。
「おー高橋ひっさしぶりー」
「お久しぶりです」
「どう?」
吉澤は画面を覗き込む。
「マニュアルがあったら確実なんですけど」
「どっかあったような気がすんだけど……引き出しにない?」
「ないです」
「じゃー倉庫かなあ。ふう、ちょっと探してくっか」
「探さんでいいです。近くにないなら」
- 110 名前:6-3.読書病の女 投稿日:2006/02/11(土) 23:54
- 高橋はそういって、フロウを展開すると、事務所のパソコンに被せた。
フロウをパソコンにまとわせたまま、
高橋は目を閉じ、両掌を胸の前で拝むように重ね、そっと開く。
そこには、いつも高橋が読んでいる文庫本があった。
高橋はその文庫本を見ながら、パソコン本体をいろいろ触る。
「えーと、背面の、緑のボタン……」
「高橋?」
吉澤が不思議そうに聞いた。
「はぇ?」
「その本なに?」
「マニュアルです。このパソコンの」
「お前の能力そんなのもできるのかよ! 聞いてねえ!」
「いや、聞かれてねーですしね……」
これには少し離れて見ていた新垣も感心した。
「なーんだ、けっこういいんじゃん。愛ちゃんの能力」
さゆみは驚いた。
使えない、どころじゃない。
高橋さんの能力、使い方でかなり役立つじゃないか、とさゆみは思った。
& & & & & & & & & & & & & & & & & &
・高橋愛・ リーダホリックガール
本を誰にも邪魔されずに読める。
高橋が読書に没頭している間、
読書を妨げる全ての攻撃は無効化される。
緑表紙の白紙の文庫本が、世に存在する本、紙媒体の複製となる。
フロウを本に纏わせれば本をコピーし、
物に纏わせればその物に関する書籍を呼び出す。
& & & & & & & & & & & & & & & & & &
- 111 名前:6-3.読書病の女 投稿日:2006/02/11(土) 23:56
- 高橋はほどなくパソコンを直し、データもごく一部が消えただけだった。
大事なデータは守られたらしい。
吉澤はほっとしていた。
「もーこれから全部高橋に任すからな」
「いいすよ」
「いやっほーい!」
吉澤はデスクワークから解放されたのが嬉しかったのか、
無意味に、事務所を走り回る。
これは机に向かうタイプじゃないなやっぱり、とさゆみは思った。
そんな中、暇をもてあます小春は、受付横のソファにちょこんと座り、
マガジンラックにおいてあった少年サンデーをぱらぱらやっていた。
吉澤もその横にどっかり座って、コーヒーを飲む。
サンデーを閉じた小春が聞いた。
「吉澤さ〜ん」
「んー?」
「トレーニングしたいです」
吉澤は腕にはめていたごっつい時計を見た。
「高橋ー。どうよ、プログラムいける?」
「テストしました。正常に動きます。おっけーです」
吉澤はそれを聞いて、にっと笑う。
「うし、小春。トレーニング行ってこい」
「はいさー!」
- 112 名前:6-3.読書病の女 投稿日:2006/02/11(土) 23:57
- やたらハイテンションな小春が、受付奥のstaff onlyドアを勢いよく開け、
勇んで奥へと消えていった。
さゆみはその元気な姿を見送る。
吉澤が、さゆみに話しかけた。
「あの子、テンション高いだろ」
「そうですね」
「内に秘めてるパワーのせいかもしれないな」
「なんかすごいんですか」
「道重さん、重さんでいいや、重さんのネイバー適性評価なんだった?」
おいおいこの人勝手にあだな決めちゃったよ、とかさゆみは思いながら答える。
「A+だったと思います」
「それもすげーけど、あいつ、評価Sなんだぜ」
「わ、なんかよくわかんないけど高いですね」
「うちの会社じゃ初めてだよー、評価S」
「へえ」
吉澤はなんだか嬉しそう。
やっぱり能力高い人が来ると嬉しいのかな、とさゆみは思った。
吉澤はなにやらワルい顔をした。
「これで2億はもらえる!ハッハッハ」
「え、お金ですか」
「うん。Sクラスのメンバーがいるとさ、下りてくる金額が違うんだ」
「へえー」
「これ、小春には言うなよ」
JCL社はどこからかお金をもらっているのだろうか。
上に何かお金持ちがいるらしい、ことしか、さゆみには予測できなかった。
- 113 名前:6-3.読書病の女 投稿日:2006/02/11(土) 23:58
- 吉澤は高橋のところへ歩いていく。
「高橋、どう。小春もうプログラム入った?」
高橋はキーボードを滑らかに叩き、ウィンドウを開いた。
「入りました。12時30分スタートす」
「何時ごろ出てくる?」
「順調にいって、16時すね」
「プログラム内で2週間の見積もり?」
「そうです」
「十日間で終えるとかもありえるかな?」
「どうすかね。Sクラスやったことないんであれですけど、早ければそれも」
「ふーむ。Sだもんなあ」
「たしかうちのプログラムでは、最低でも二週間はやりますよ」
「高橋、そこらへん直せない?」
「プログラム直す技術はないですし、たとえ出来ても、
実行中の今直すのは不可能です」
「むこうで時間余っても、ま大丈夫か」
「こっちの時間としてはそう変わらないすよ」
「だな」
パソコンの画面には、小春がダイブしているプログラムが中継されている。
高橋はパソコンの画面を目で追いながら、時々マウスをカチカチやる。
「久住小春。やっぱ早いすね」
「おお、さすがSクラス」
「いまんとこ、平均達成速度の2.2倍すよ」
「ちょっと早すぎじゃね? ロボットにもうちょっと抑えるように指示だせ」
「はい」
「小春はどうもノリ過ぎるとこがあっからな」
吉澤は画面を見ながら、実の妹を心配するような目つき。
大雑把そうだけどいい人じゃん、とさゆみはそれを見ていて思った。
- 114 名前: 投稿日:2006/02/11(土) 23:58
-
- 115 名前: 投稿日:2006/02/11(土) 23:59
- 次回、
『亀井絵里に嘘をつくな』
- 116 名前:ふぐつら 投稿日:2006/02/12(日) 00:02
- >>96 名無飼育さん
ワクワクさせたいです。
また楽しみにしてもらえる話にしていきたいな。
>>97 名無飼育さん
仕様です。
……。
。・゚・(ノД`)・゚・。ウエエェェン マチガエタ
正しくは[ theif ]です。
>>98 初心者さん
ありがとうございます。
新垣の能力はいろいろ使えそうですねw
れいなは格闘専門て感じです。
新人のさゆの伸びにも期待したいとこです。
予想は当たってたでしょうか。
またご贔屓にお願いしますw
- 117 名前:konkon 投稿日:2006/02/12(日) 01:59
- やばっ、面白いっす!
自分じゃ考えられん・・・っつか愛ちゃんキャワワッ!
これからも待ってます。
- 118 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/02/12(日) 03:43
- おーすごく面白い
戦闘一辺倒じゃない能力の設定がいいですね
次も楽しみにしてます
- 119 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/02/13(月) 23:35
- 面白い世界観ですねぇ。すごい好きです。
- 120 名前:初心者 投稿日:2006/02/15(水) 09:53
- 更新お疲れ様です
読書といえば愛ちゃんですね、能力も愛ちゃんっぽくて好きです
でもガキサン「つかえねーんだこれが」って愛ガキ2人は仲いいんですね
さゆの初対面での心の中の反応も面白いです
次回更新楽しみに待ってます
- 121 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/02/17(金) 21:27
- 更新乙です。
内容もすごい面白いんですけど、登場人物の会話に引き込まれるって言うか何ていうか…。
みんな生き生きしてて大好きです。
次回更新待ってます。
- 122 名前:7-1.亀井絵里に嘘をつくな 投稿日:2006/02/19(日) 01:09
-
小春がプログラムに入ってしばらくたった頃。
時刻は午後1時。
新垣とさゆみは、小春が4時ごろまで出てこないと知ったので、二人でカラオケに行く。
吉澤はほんとはJCL社の現リーダーとして、事務所にいなければならないのだけど、
高橋に頼み込んで任せることにして、新垣とさゆみに付いていった。
とんでもねえ最高責任者。
----------------------------------------------
そんな真面目な高橋しかいないJCLの事務所にて。
事務所受付そばのエレベーターの扉がピシューンと開き、二人の人影が現れた。
高橋はふっと目をやる。
若干目の離れた茶髪、後藤真希だった。
「後藤さん、久しぶりすねー」
「おーっす」
後藤は連れてきた女の子を後ろに伴って、高橋のほうへテクテク。
「あれそういえば、やぐっちゃんはー?」
「辞めたんすよ」
「なんだーそっかー」
と別に残念そうでもなく言った後藤は、ちょいちょいと、連れてきた女の子を指さす。
- 123 名前:7-1.亀井絵里に嘘をつくな 投稿日:2006/02/19(日) 01:10
- 「この子、けっこういいよー」
と後藤は、連れてきた子を紹介した。
「亀井絵里。高校2年生。港らへんで膝抱えてたところ拾ったんだ」
紹介された亀井絵里は、まったく反応がない。うつむいちゃってる。
どうも暗い子のようだ。
「確かめますよ」
「どーぞどーぞ」
「亀井さん、ちょっと触りますけど、動かないでくださいね」
高橋はカウンター越しに絵里のモチモチした二の腕に触れると、わずかにフロウを浴びせる。
亀井は不安げだ。
高橋は目を閉じ、聴診器で心音を聞くように集中する。
「反応ありますね」
「でしょー」
「どうやって見つけたんすか」
「それは企業秘密」
「企業てか、後藤さん一人じゃないすか」
「そーだけど、言ってみたいじゃん」
後藤はJCL社に属していないフリーの人間で、
JCLのシステムで探しきれないエネルギーポイントを探してくる。
能力者なのかどうかさえ、高橋は知らない。
「亀井絵里、たしかに受け付けました」
と高橋はいって、さらさらと証明書を書き、JCLの印鑑にフロウを纏わせて押す。
これが普通に印を押すよりも確実なやり方だ。
- 124 名前:7-1.亀井絵里に嘘をつくな 投稿日:2006/02/19(日) 01:11
- 後藤は証明書を受け取ると、折りたたんでジーンズのポケットに突っ込んだ。
「ちょっとプールで泳いでっていい?」
「いいすよ」
「最近体なまっちゃってるからさあ」
「ちょっと待ってください、最近スポーツジムとしての仕事してないもんで」
「ははは」
高橋はカウンター下の引き出しから入店証を取り出すと、
バーコードリーダーに通して、ケースに入れて後藤に渡した。
「じゃ、亀井絵里さんよろしくね」
と高橋に言った後藤は、亀井ににっこりと笑いかけ、
「ここに来たらもう大丈夫だから」
と優しい声で言い、プールのほうへと歩いていった。
二人残された高橋と亀井。
ちょっと気まずいな、と高橋は思った。
とりあえず仕事だ。
このパソコンは久住小春のプログラムを走らせるのでカツカツだから、
もう一台のパソコンを起動する必要がある。
高橋は絵里に背を向けて、少し離れたとこにあるもう一台のコンピューターを起動した。
これでプログラムは2つ動かせるだろうが、メインのシステムは大丈夫なのだろうか。
高橋は吉澤に電話する。
「もしもし高橋です」
「はいはーい! 吉澤ですイエーーーーイ!!フォー!」
カラオケボックスのにぎやかな様子が伝わってくる。
乗りすぎでうるさい。高橋は受話器から耳を離した。
- 125 名前:7-1.亀井絵里に嘘をつくな 投稿日:2006/02/19(日) 01:12
- 「あのですね、後藤さんがポイント連れてきてくれたんですけど」
「ごっちんが、へえ。久しぶりだなあ」
「今久住小春やってるじゃないすか。同時に二つプログラム走らせて大丈夫すかね」
「あー、なんか設定しなきゃいけないはず」
「帰ってきてくださいよ。わかんないす」
「えーまじで?」
「はい」
「じゃーさ、ガキさん帰すわ。ガキさん知ってっから聞いて」
「わかりました」
「んじゃーねー! ファッフォーウ!」
超ノリノリなまま電話は切れた。
亀井は相変わらず無言。
高橋は、ソファに座ったら、とか、飲み物いる? とか優しく聞くが、
ただ首を横に振るだけだった。あつかいづれー。
高橋にとって重苦しく長い30分がすぎ、新垣が事務所に戻ってきた。
「たっだいまー。なに、二重起動すんだって?」
「うん、やり方わかんね」
「電源供給レベル上げるだけだよ」
「どうやって」
「アンペア切り替え」
と言って、新垣は高橋の足元の、赤いレバーを指差した。
「ああ、これ?」
「そう、それを右。ちょっと力いるけど、気にせずぐっと」
「おりゃ」
カコン、と車のギアが入るような音がした。
「おっけー。んでポイントはどこ?」
「横、横」
「うわ! 気付かなかった。気配消してた?w」
- 126 名前:7-1.亀井絵里に嘘をつくな 投稿日:2006/02/19(日) 01:13
- 新垣は亀井に軽口を叩くが、亀井は暗いままだった。
そのうつむく亀井の顔を、新垣がのぞきこむ。
あれ……?
「ひょっとして、亀ちゃん?」
「え?」
「ほら、中学ん時一緒だったマメだよ。新垣、にいがきまめ」
「マメちゃん?!」
「そうだよー! ひさしぶりー!
いやー髪とか変わってるから自信なかったけど、
なつかしいねー! 元気?」
「うん」
亀井はあんまり元気じゃなさそうに答えた。
高橋は急展開に驚く。
「知り合いなの?」
「そう! 中学のときの友達。っていうか相方!
クラスではさあ、『マメちゃん亀ちゃん』って有名だったんだから!」
クラスの中だけかよ、と高橋はちょっと思ったが、つっこまなかった。
これで気まずい空間からおさらばできる。
「じゃ亀井さん任せていい?」
「もちろんおっけー!」
任から降りられた高橋は、こっそり、ほっと一息つき、
パソコンを横目にチェックしながら、緑表紙の文庫本で読書を始めた。
- 127 名前: 投稿日:2006/02/19(日) 01:14
-
- 128 名前:7-2.亀井絵里に嘘をつくな 投稿日:2006/02/19(日) 01:16
-
新垣と亀井は、事務所奥の小さな休憩室に入って、二人きりでしゃべる。
手には、二人ともココア。コーヒーは苦いから嫌い。それもお互いに知っている。
「じゃ後藤さんに連れてきてもらったんだ」
「うん」
「そっかー、まさか亀ちゃんがポイントとはなあ」
「ポイント?」
「なんにも聞いてないの?」
「うん」
「えーとねー」
新垣は手短に説明した。
「って感じ」
「なんか、信じられない」
「すぐってのはねー、ムリだよね。
あたしも最初聞いたとき。は?なにいってくれちゃってんの? って思ったしw」
「マメちゃんも不思議な力があるんだ」
「うん。まだ見せれないけどねー」
「どうして?」
「いまから亀ちゃんはその力をつけなきゃいけなくて。
だから、力について変な先入観を与えるのはよくないんだ」
「そっか。なんかまだ信じられないけど、
マメちゃんが私に嘘つく理由ないもんね」
「これが、ほんとなんだよマジで。漫画みたいだけどw」
- 129 名前:7-2.亀井絵里に嘘をつくな 投稿日:2006/02/19(日) 01:17
- 亀井はなんだかおとなしい。というか暗い。
中学時代の漫才コンビ、マメちゃん亀ちゃんのボケ担当、明るい亀ちゃんらしくない。
新垣はもちろん誰よりもその変化を感じていたが、そこには触れなかった。
何か心悩んでいるに違いない。
高校が別で、なんとなく疎遠になってしまった二人だったけど。
せっかく会えたんだ。また楽しくやればいい。
亀井が能力資質を持ったのも何かの転機だ。
能力は、悩みや願いに大きく関わっている。
能力を発現させて亀井は成長するだろう。
そのときに話してくれるなら、聞けばいい。聞いてほしそうなら、尋ねてやる。
「能力はさ、すごく役に立つよ」
喋りだした新垣を、亀井が見る。
「亀ちゃんがなにか悩んでることがあっても、全部消えてなくなる。大丈夫だよ」
「マメちゃんの言うことだもん、信じる」
「もち! 信じて!」
オーバーアクションでお願いする新垣に、亀井は少しだけ笑った。
「うん」
「じゃあ、手はず説明するから」
新垣は持ってきた資料を見せる。
「トレーニングプログラムに入ってもらう。期間は二週間から三週間」
「そんなに?」
「でもJCLのプログラムは、なんだっけな、密度が100倍なんだよ」
「……」
「えーとね、実際は数時間ですむの。二週間、を数時間で使えるというか。
亀ちゃんが二週間トレーニングしても、時間は数時間しか進まないんだよ」
「よくわかんない」
「わけわかんないよねw とにかく、問題ないから! よくできてっから!」
「うん」
あまり理解してない亀井だったが、新垣の言葉に頷いた。
「プログラムの中に教えてくれる人がいるんだ。
人ってかロボットなんだけど」
「へえ」
「あたしの説明より、中で聞いたほうが分かりやすいか」
新垣は立ち上がり、亀井の手を取る。
「いこう、亀ちゃん」
「うん」
- 130 名前:7-2.亀井絵里に嘘をつくな 投稿日:2006/02/19(日) 01:19
- -----------------------------------------------------------
亀井は新垣に連れられて、事務所の奥、staff only、の扉をくぐる。
ロッカーが並ぶ通路の一番奥、ひときわ大きなロッカー。
新垣はそこに手をかざす。
かちゃん。
大きなロッカーが、その口をあけた。
真っ暗闇。どうなってるか全然分からない。
どこかに続いているようだが、まったく見えない。
これは、分かっているはずの新垣でもちょっと怖い。
遠慮がちに、亀井に言う。
「ここに、飛びこんで」
少し時間を置いて、亀井が頷いた。
「行く」
「亀ちゃん」
闇を見据えていた亀井が、新垣を見る。
「待ってるから。帰って来るの待ってるからさ」
「約束だよ」
「ぜってー待ってる。死んでも待ってる」
「しなないでよ」
新垣はボケたつもりだったが、亀井は笑わなかった。
新垣は亀井を抱きしめて、背中をぽんぽんと叩く。
「大丈夫」
往年のドラマの台詞が浮かんだけどやめておいた。
「マメちゃん亀ちゃんは永遠だから」
亀井は、新垣の体を離した。
「行ってくる」
口元だけ作った笑顔の亀井が、闇へ消えた。
- 131 名前: 投稿日:2006/02/19(日) 01:19
-
- 132 名前:7-3.亀井絵里に嘘をつくな 投稿日:2006/02/19(日) 01:20
-
時刻は4時。
さゆみと吉澤はカラオケを終え、事務所に戻ってきた。
上気した二人の顔からはなにやら達成感のようなものが伺えたが、
パソコンの前に座っていた高橋は知っていた。吉澤が音痴だということを。
さゆみと吉澤はソファにでーんと横になってなにやら話している。
「重さんのシャウト熱かったね〜」
「吉澤さんの語りもいけてましたよ〜」
「やっぱカラオケは気持ちですよね」
「そうなんだよ! 気持ち第一! 音程とかリズムとかどうでもいいの!」
「そうですよね!」
あっはっははー! と笑いあう二人を見ながら高橋は思った。
あー、さゆみちゃんも多分音痴なんだろうな、と。
吉澤が高橋に聞く。
「小春のプログラムおわった?」
「それが、まだです」
「なぬ、なんかトラブル?」
「ネイバー発現段階に移行してから、動きが止まりました」
「ほう」
吉澤がディスプレイを覗き込む。
進捗を示す緑のバーがまったく進んでいない。
「ほんと止まってるな」
「小春ちゃん、もう少し時間かかりそうです」
「2重起動してるもう一人のほうは?」
と吉澤はいいながら、二つ目に起動されているパソコンを見た。
プログラムに入っている人間の名前が、アルファベットで表示されている。
- 133 名前:7-3.亀井絵里に嘘をつくな 投稿日:2006/02/19(日) 01:23
- 「eri,か」
「亀井絵里、17歳です。
小春ちゃんと違い、進捗は98%超。
内時間であと10時間、こちらの時間であと5分ほどで出てきます」
「この亀井絵里のが後にプログラム入ったんだよな」
「そうです」
「はえーじゃん」
「ランクとプログラム達成スピードの間に、相関関係はないのかもしれませんね」
「ほんとだな。梨華ちゃん説は間違ってるかもしれん」
「上に報告しときましょうか?」
「そだね、よろしく」
高橋は自分のトートバッグの中からミスターイトウのクッキーを出して、
口につまんでパリッとやった。
さゆみのとこに戻っていこうとした吉澤を引き止める。
「吉澤さん。亀井絵里、いまプログラムから上がりました」
「はや!」
「事後説明どうします?」
「うーん、あたしやりたくないしなあ」
「あ、そういえば、里沙ちゃんの友達なんですよ。亀井さんて」
高橋が思い出したように言った。
「そうなのか。じゃガキさんにやってもらう」
「そうですね」
「ガキさんどこ?」
「えーと」
高橋はパソコンをいじりながら答える。
社内のどこに誰がいるか、すぐ分かるシステムになっているのだ。
- 134 名前:7-3.亀井絵里に嘘をつくな 投稿日:2006/02/19(日) 01:26
- 「B控え室にいます」
「なーんだ、二つ目のプログラムの出口じゃん」
「事後説明とかやってくれるようですね」
「実証はどうだろ?」
「里沙ちゃん、格闘向きじゃないですからね」
「れいなは?」
「福岡に帰省中。今日帰ってくる予定です」
「連絡とって」
「はい。……いまケイタイ呼び出してます。
あーもしもし、高橋だけど。今どこ? え?」
高橋が耳から受話器を離した。
「今、JCLビルのそばみたいです」
「よっしゃ!すぐ来てもらって」
「向かってるみたいです」
「ふう〜」
吉澤は安心していた。カラオケではしゃぎすぎて、体力を使っちゃったのかもしれない。
れいながエレベーターから下りて、JCLのフロアに現れる。
「ただいまーっす」
「お帰りれいな」
吉澤が嬉しそうに迎えた。
「これおみやげです、博多明太子。老舗のですよ」
ソファに転がっていたさゆみが身を乗り出す。
「明太子!」
いわずもがな、好物なのだ。
「お、さゆただいま。明太子好きなの?」
「好き好き大好き超好き!」
「じゃもっと送ってもらう」
「やったー。いいの?」
「うん。博多戻っとって、明太の老舗とちょっと知り合いになったけん。
送ってくれるゆっとった」
「れいな大好き」
ノリで発せられた言葉だとしても、
さゆみのカワイイ顔でいわれると、照れた。
こいつ小悪魔だな、と内心れいなは思った。
- 135 名前:7-3.亀井絵里に嘘をつくな 投稿日:2006/02/19(日) 01:27
- 吉澤はさっそくれいなに頼む。
「れいな、んで早速仕事あんだけど」
「えーまじっすか。ちょっと休みたいんですけど」
「この仕事の時給、倍にすっから!」
「やります」
即答だった。
れいなは金が絡むと本気になるようだ。
れいなは荷物をカウンターの中に投げ入れた。
「んで仕事なんです? 小春ですか」
「いや、小春じゃない。あれ」
と言って吉澤は、二つ目に起動したコンピューターを促す。
「2重起動してますね」
「あっちのプログラムが今さっき終わったんだ。
それの実証よろしく」
「わっかりましたー。事後説明はしなくていいんですか」
「ガキさんがやってる」
「じゃ実証だけっすね。部屋どこ使えばいいですか」
高橋が答える。
「ルーム3でよろしく」
「はーい」
れいなはすたすたと歩いていく。
さゆみは吉澤に、ついてっていいですか? と聞いた。
「おーいいよ。勉強になると思うし」
さゆみは明太子をくれたれいなの後を、てこてこついていった。
- 136 名前: 投稿日:2006/02/19(日) 01:28
-
- 137 名前:7-4.亀井絵里に嘘をつくな 投稿日:2006/02/19(日) 01:34
-
一方その頃、B控え室。
新垣は亀井がプログラムから帰って来るのを待っていた。
高橋のところでプログラムを見守れば、後どれぐらいで出てくるのかは分かる。
でも新垣はそうしなかった。
窓の外、新宿の灰色い景色を眺めながら、亀井のことを考えていたかった。
決意の表情でロッカーの暗がりの中へ消えていった亀井を思い出す。
悲壮感でいっぱいだった。
あの表情に、自分は応えることができるのだろうか。
新垣はケイタイを取り出した。
過去のメールを見る。
亀井からもらったメールはまだ残ってるだろうか。
探した。
……。
高校の友達からもらったメールに押し出されて、消えていた。
それでも新垣はいいと思った。これからメールをやり取りすればいいんだ。
B控え室の壁につけられた赤いシグナルが、ピンポーン、という音とともに緑に変わる。
新垣はハッと、白い壁を見た。
縦に亀裂が走り、開いた壁の中には、笑顔の亀井絵里がいた。
- 138 名前:7-4.亀井絵里に嘘をつくな 投稿日:2006/02/19(日) 01:36
- 「亀ちゃん!」
新垣は思わず声を出す。
「ただいま」
一回りも二回りも成長したような亀井が、笑顔で答えて、新垣に抱きついた。
「おかえり」
「久しぶりのシャバの空気じゃ」
「刑務所じゃねーよ!」
新垣は突っ込みながら思った。戻ってきた、ボケの亀ちゃんが戻ってきた。
クラスでは寒いといわれながらも、教壇で二人だけで楽しんでいた。
そんな二人に、またなれる。
「楽しかったよー」
亀井がほへーんとした顔で言った。表情も昔の亀井だ、と新垣は思った。
「そうだ、能力見せてよ!」
「うん、ちょっとまって」
といって亀井はフロウを全身にためる。わずかに緑がかった金色の光。
「マメちゃん。ちょっと触るよ」
「ん」
亀井が新垣の手を、両手で握る。亀井の口がなにやら喋ってるみたいに動いた。
呪文でも唱えたみたいだった。
「はいオッケー」
「?」
新垣に特別変化はない。
- 139 名前:7-4.亀井絵里に嘘をつくな 投稿日:2006/02/19(日) 01:37
- 「マメちゃん、何でもいいから動いてみて」
「うごく?」
新垣はよく分からないながら、さっと右手、左手を上げ……目の前で亀井が、
鏡に映したみたいにまったく同じ動きをしている!
新垣は後ろに下がってターンしたが、亀井もまったく同時にして、
お互い、すたっ、と向き合った。
「よくわかんないけどすげえ!」
新垣は叫ぶ。
「へへ」
「どういうことなんだこりゃ」
状況を把握しようと考え出す新垣に、亀井が言う。
「マメちゃん。じゃんけんしよ」
「おう、おっけー」
じゃんけん、ぽん!
亀井がグー、新垣がチョキ。亀井の勝ち。
続いてじゃんけんぽん。
亀井がチョキ、新垣がパー。亀井の勝ち。
……。
そこから亀井が、じゃんけん10連勝。
さすがに新垣も混乱しだした。
「わかんねええええ」
亀井は新垣の頭の上をみて、にへーと笑っている。
新垣は頭の上に手をかざすが、別に何もない。
窓ガラスの反射で頭の上を見てみるが、なんにもない。
不思議だ。
- 140 名前:7-4.亀井絵里に嘘をつくな 投稿日:2006/02/19(日) 01:40
- 「乗っかられてる人には分からないようにしてあるんだ〜」
「へ?」
「マンオンザムーン、戻ってきて」
亀井がパチン、と指を鳴らすと、
新垣の頭の上から、急に何かが現れた、ように新垣には見えた。
月模型の球に乗っかった小人が、そのまま玉乗りするみたいに空中を渡って、
亀井の肩に戻った。
& & & & & & & & & & & & & & & & & & &
・亀井絵里・ マンオンザムーン
月の球体模型に座る小人。相手の頭の上に取り憑く。
憑依条件は、相手の体に両手で触って「ウソツキ」と口を動かすこと。
基本、マンオンザムーンは亀井にしか見えない。
相手の発言の真偽を見抜いて、両手で○とか×とかやる。
発言がないときは、相手の数秒先の動きの振りをまねしてやってくれる。
& & & & & & & & & & & & & & & & & & &
新垣は驚く。
「その能力、格闘もいけるかも」
「うん。中でいっぱい格闘練習した」
「だよな、やっぱそっちに伸ばしたほうがいいもんね」
亀井は、荷物を持って立ち上がった。
「じゃ、行く。これから戦いの試験するんだよね」
「うん。頑張って」
「大丈夫。もう最強だから、えり最強カワイイから」
「可愛さ関係ないしw」
くだらないやりとりをして、亀井は控え室を出て行った。
- 141 名前: 投稿日:2006/02/19(日) 01:40
-
- 142 名前:7-5.亀井絵里に嘘をつくな 投稿日:2006/02/19(日) 01:42
-
れいなとさゆみは、格闘場であるところのルーム3に入り、
れいなは体育館のようなフロアでバスケットボールをしている。
さゆみは待合室のようなところで、おいてあった雑誌を読む。
そこに亀井が入ってきた。
「こんちわー」
さゆみがそれに気付く。れいなはバスケに夢中で気付いてない。
さゆみも挨拶を返した。ニコニコした明るそうな子だなと、第一印象で思った。
「亀井絵里です。よろしく」
「道重さゆみです」
「道重さんが、格闘の相手?」
「ううん違うよ。あっちの子」
道重は、バスケをしているれいなを指差した。
亀井は、そっかでもいちおう、とボソッといったが、道重にはよく聞こえなかった。
「道重さん、背中に髪の毛ついてるよ」
といって亀井が、さゆみの背中に触る。
さゆみの背中に、やたらぺたっとした手のひらの感覚が残った。
髪の毛を取る触り方ではない。
でも、亀井が笑顔で、はい取れたよー、というので、
ありがとうー、と従った。
れいなが亀井の姿に気付く。
こっちこっち、と手招きした。
亀井も軽く会釈して、フロアに入っていく。
- 143 名前:7-5.亀井絵里に嘘をつくな 投稿日:2006/02/19(日) 01:44
- 「亀井絵里です。よろしく」
「田中れいな。れいなでいいよ」
れいなと亀井は戦いの前に握手をした。
れいなが差し出した手を、亀井は両手で丁寧に握る。
亀井がなにやら口を動かしたように、れいなには見えたが、声は聞こえなかった。
「田中さん?」
亀井は、れいなとは呼ばなかった。
「ん?」
「私のこと可愛いと思う?」
なにいきなり真顔でいってんだこいつ、怖いわ、とれいなは思ったが、流しておいた。
「……うん、けっこう」
亀井は口元で笑った。
「嘘はよくないよ」
亀井はいきなりフロウをまとって、仕掛けた。
動きはそこまで早くない、とれいなは思った。
もちろん簡単によけれるようなスピードではなく、常人のそれをはるかに超えていたが、
れいなは、能力を使えば余裕だと、見切っていた。
亀井の蹴りや手刀を交わしながら、しかし向こうも能力を使ってないのに、
こっちが先に使うのは先輩としての名が廃る、とれいなはプライドを持っていた。
亀井の攻撃をよけきって、いったん下がる。
「本気でいくけん、能力だしなよ」
亀井は笑った。
「もう出してるよー。
田中さんは、私に勝てない」
- 144 名前:7-5.亀井絵里に嘘をつくな 投稿日:2006/02/19(日) 01:47
- れいなはカチンときた。
「ほーう。
もう出してるなら、手加減せんからね!」
れいなは、猫にすばやく変身して、床を蹴って亀井を飛びこし、
後ろに回りこむ。
猫れいなの動きにまったくついてこれていない。
目がまったくついてきていない。
振り返る間も与えず、れいなの猫手が亀井の後頭部を削り取――
れない。
亀井の頭はかき消え、亀井の肘がれいなのわき腹、猫装束の隙間に食い込んでいた。
「ぐあ!」
れいなはもだえて膝をついた。亀井はれいなよりスピードがないが、その分パワーが強い。
れいなの細身には堪えた。息が出来ず動けない。
「プログラムの中で、この練習は死ぬほどやったからね〜」
亀井は奇妙な笑顔をうかべている。
その笑顔のままかがんで、れいなの腹に掌底を深く突き込んだ。
れいなは、そのまま崩れた。
亀井はその背中に台詞を吐く。
「田中さん、動きは速いけど防御が弱いよ。
あれだけのスピードあったら普通当てれないけどね」
さゆみは戦いを見て、驚いていた。
れいなの能力は知っていたから亀井のほうを注視していたが、
亀井のスピードはたいしたことなかった。
能力発動後のれいなのほうが、明らかに速かった。
亀井はれいなの姿を追えてもなかったのに、
目線もくれずに攻撃をよけ、さらに見もせずに肘を打ち込んだのだ。
完璧なカウンター。れいなはあそこで攻撃をもらうとは予想も出来なかっただろう。
ダイレクトに食らい、沈んだ。
- 145 名前:7-5.亀井絵里に嘘をつくな 投稿日:2006/02/19(日) 01:51
- 「なんか早く終わっちゃったなあ。
道重さん、やる?」
ニコニコした亀井が、崩れ落ちたれいなの横に立っている。
さゆみは、れいなの元に駆け寄った。
「れいな! 大丈夫?」
「……う、さゆ……」
声がか細い。腕を引っ張って、肩を貸す。
元から軽いれいなの体が、より軽く感じる。
引っ張っていって、フロア横の部屋に座らせた。
「さゆ……見てて、なんか、わかった?」
小さな声でれいなが聞く。さゆみは首を横に振った。
「わからない……普通によけてた。別に速くもなかったのに」
「そう、速くなかった。なのにジャストのタイミングで目の前からいなくな……うう」
れいなは痛む腹を押さえる。
その弱りきった姿を見て、さゆみは亀井に怒りを感じた。
フロア中央でほげーっと突っ立ってる亀井に向かって、道重は叫ぶ。
「次、私やるから!」
「のぞむとこだよ〜」
「てめ、ほえづらかくなよ」
さゆみは怒りで、言葉が荒くなった。
さゆみはフロウを展開して、亀井に襲いかかる。
さゆみの拳が、亀井の肩を掠めた。
やはりスピードは速くない。さゆみのほうが上だ。
さゆみの中断蹴りが、亀井のボディを襲う。
ガッ!
亀井は腕でガードしたが、吹っ飛ぶ。
亀井の体制が崩れた。
好機。
さゆみは冷気を右掌にためながら詰め寄っ――
さゆみの目に亀井の奇妙な笑顔が映った。
違和感。
さゆみは構えようとしていた腕を崩し、さっと下がる。
- 146 名前:7-5.亀井絵里に嘘をつくな 投稿日:2006/02/19(日) 01:53
- 亀井が腕を押さえながら、ゆっくり立ち上がった。
「何か撃ってくると思ったんだけどな〜」
さゆみに恐怖が芽生える。
(一度も能力を見せてはない。
今も手を構えはしなかった。
なのになぜ、何かを撃つ能力って……)
恐れを感じながらもさゆみは攻める。
拳をふるい、脚をふるって。いける。何発かダメージも与えている。
亀井の腕は先程の攻撃で痛んでいる。
さゆみは、得体の知れない何かを感じていたが、押し切る。
撃たなくたって冷気は浴びせられる。
蹴りから、動きが止まったところ、
(ぐっと掴んで直接――)
さゆみが亀井の肩を掴もうと手を振るったそのとき、
その場から消えた亀井が、さゆみの脇腹に膝を蹴りこんでいた。
さゆみの腕は空を切る。
「がはっ!」
さゆみは声を絞り出され、れいなと同じように膝を付いた。
(カウンター……。こっちの渾身の攻撃に合わせて、
迷うことなく全力で攻撃を合わせてきている……。
動きは速くない。速くないのに……よけれない)
さゆみはフロアの床を見つめながら洞察していた。
ドスッ!
そんなさゆみの背中に衝撃が落ちてきて、意識が飛んだ。
- 147 名前: 投稿日:2006/02/19(日) 01:54
-
- 148 名前:7-6.亀井絵里に嘘をつくな 投稿日:2006/02/19(日) 01:55
-
さゆみはすぐに目を覚ました。フロア横の部屋に寝ている。
れいなが横にいた。
「れいな……?」
「さゆ、大丈夫?」
「うん、なんとか……」
体が痛む。腹と背中の両方だ。
体を起こそうとしたが、痛いので、また伏せた。
「亀井さんの能力、だいたいわかった」
「ほんと!?」
「時々、うちらの頭の上見よらんかった?」
「そういえば。目線はずしてたときあったような」
「何かを見て、こっちの動きを読んでるとしか思えん」
「なるほど」
それなら納得がいく、とさゆみは思った。
こっちの動きを読まれてると考えれば、
スピードが遅いのに、かわされるのも、
測ったようにジャストカウンターを決められるのも、ちゃんと説明がつく。
「能力はなんとなくわかったけど、
動きが読まれてたらどっちにしろ勝てん……」
と悔しそうにれいながいった。
これは単なるテストなのでれいなが勝つ必要はないのだが、
さゆみも負けずぎらいなので、気持ちは痛いほどわかった。
- 149 名前:7-6.亀井絵里に嘘をつくな 投稿日:2006/02/19(日) 01:57
- そのとき部屋の戸が開いて、元気よく誰かが飛び込んできた。
「おはよぅございまぁああ〜す!」
変なテンションの女の子は、小春だった。
れいなが声をかける。
「小春か」
「れいなさん! プログラムやってきましたあ」
「おつかれさん」
あまり明るくないれいなの声に、小春はハテナな顔をする。
ふせっているさゆみにも気付いて、さすがのおおらかな小春も何かを感じたようだ。
「……吉澤さんが、れいなさんに格闘テストしてもらってこい、って」
「ごめん、ちょっとやられちゃってさ。
吉澤さんに連絡するわ」
れいなは内線を使って吉澤に電話する。
「あ、もしもし。れいなっすけど」
『おーどったの』
「亀井さんに酷くやられちゃいまして。
小春の格闘テストできそうにないっす」
『マジでかよ』
吉澤が驚くのも無理はない。
れいなはJCLきっての格闘タイプ能力者だからだ。
「吉澤さんやってもらえませんか」
『んー、あたしもなまってっからなあ』
「どうしましょ」
『亀井さんはまだ元気?』
「はい。れなのあとさゆとも戦いましたけど、ピンピンしてます」
『わかった。じゃ、亀井さんと小春戦わせて』
「亀井さんの能力かなりやばいですよ」
『小春なら、大丈夫』
吉澤は自信をもってそう言った。
「わかりました」
れいなはチン、と電話を切る。
「小春、あそこにいる亀井さんと勝負だ」
「はい先輩!」
小春は元気よく亀井のほうへ走っていく。
- 150 名前:7-6.亀井絵里に嘘をつくな 投稿日:2006/02/19(日) 02:03
- それを見送る、さゆみとれいな。
「大丈夫かなあ」
「吉澤さんがやたら強気だった。
あのひと豪快に見えて繊細だから、実は珍しい」
「そうなんだ」
「小春のパワーか、能力か、よっぽどなのかも。Sランクだし」
「ほーう」
さゆみは先程の格闘を忘れ、もちろん痛みはまだあったが、すんだこと。
今は好奇心のみで、亀井と小春を見つめる。
駆け寄ってくる小春を見て、亀井はニコニコ笑う。
「こんにちは亀井です」
「久住小春です!」
亀井が笑顔とともに右手を差し出す。握手を求めた。
小春も笑顔でそれにこたえ、右手を出す。
がっちり握手。亀井はさらに左手を重ねた。
れいなが呟く。
「両手で握手か……。さゆ」
「ん?」
「亀井さんと握手した?」
「してないよ」
「ふーむ」
「あでも、背中触られた」
「ちょんと?」
「わりとぺったりと」
「それが発動キーかも」
「?」
「能力使うのに、何か条件があるんかもしれん」
「それが握手?」
「たぶん、体に触れることとか」
「なるほど」
- 151 名前:7-6.亀井絵里に嘘をつくな 投稿日:2006/02/19(日) 02:05
-
亀井は小春と握手をして、
(勝った)
と確信した。
誰にも見えてはいないが、すでに小春の頭の上にはマンオンザムーンが待機している。
次に何をしてくるか手に取るように分かる。
マンオンザムーンの振り付けから、
どのぐらいのスピードでどんな攻撃が来るかを高い精度で判断すること。
これが、ずっと亀井がプログラム内でやっていた訓練だった。
相手の体の動きは小人が、相手のスピードは月の球体の回転が、それぞれ教えてくれる。
送ってくる情報を解析して、目の前で起こるイメージに変換すること。
これさえきちんとできれば、負けはしない。
相手が勝負を決めにきたその一瞬、どうしても不自由になるその時に、
こっちがためておいた力を全力で打ち込む。
相手の動きは、もうわかる。
亀井の目には、小春の体が連なった残像のように伸びてくる、ようにすら見える。
タイミングよく、自分に迫っている近影の急所に、全力で攻撃するだけだ。
(まっすぐダッシュ、右へ回って、右、右、左のパンチから、ローへの蹴り)
特に変な動作はしない。何か撃ってくるでもなさそうだ。
ローの蹴りにかなりの力を込めてくる。
亀井は蹴りに、狙いを定めた。
力をためて、蹴ってくる足のすねに、上から膝を落とす。これでいい。
小春は向かってくる。亀井が読んだ起動どおり。
小春の顔は真剣だ。小春の大きな目を、目で見つめ返――
亀井は衝撃を食らい、もんどりうって倒れる。
吹っ飛ばされた亀井の目に飛び込んできたのは、フロアの天井。
顔、胸、腹、そしてふくらはぎ、と体のあちこちにダメージ。
一つ一つのダメージは軽いが、同時に痛み出す。
- 152 名前:7-6.亀井絵里に嘘をつくな 投稿日:2006/02/19(日) 02:07
- (どうして)
亀井は小春から距離をとった。
亀井はきちんと読めていたはずだ。先に二人と戦って、調子だっていい。
ダッシュから4.2秒後、小春はローキックを放って、
その脚に亀井の膝がささる予定になっていた。
それは確定した未来だった、はずなのに。
気が付いたらすっ飛ばされていた。
(読みがずれた?)
いやそれはない、と亀井は思いなおす。
亀井は自分の能力を信じている。
小春の動きは読みどおりに決定していた。
マンオンザムーンは決定意思を読み取る。
途中で行動が変更された場合、そのつど送られてくる情報を見て、
修正を加えればいいだけだ。
なのに小春は読んだ動きをまったくしなかった。
(……しなかった?)
小春から距離をとり、亀井は自問自答する。
自分のダメージを食らった場所を考える。
上半身数箇所と、脚。
読みどおりだ。
ただその攻撃をされたことが亀井の認識から抜け落ちている。
(まさか)
亀井は真実にせまっていたが、
小春が寄せているのに気付くのが一瞬遅れた。
マンオンザムーンの情報は、1.5秒後の全力右膝蹴り。
(カウンター、ムリ かわす)
亀井の判断むなしく刹那、
小春の膝が、亀井の胴に深く突き刺さっていた。
& & & & & & & & & & & & & & & & & & &
・久住小春・ オープンユアアイズ
相手や物を睨むことで、動きを止める。
人間の場合、脳感覚をも静止させるので、
時を止めたような効果がある。
発動条件は、瞳の奥の赤い光を相手に見せること。
& & & & & & & & & & & & & & & & & & &
- 153 名前: 投稿日:2006/02/19(日) 02:08
-
- 154 名前:7-7.亀井絵里に嘘をつくな 投稿日:2006/02/19(日) 02:09
-
亀井は完全にダウンし、フロアにのびた。
さゆみとれいなは小春に駆け寄った。
「やるね小春ちゃん!」
さゆみの褒め言葉に、小春はニコニコしている。
ニコニコ顔の小春の頭に、コツン! と何か落ちてきた。
「いた!」
小春は頭を押さえた。
小春の頭でバウンドしたものは、床にコンコロリーンと転がった。
亀井と同じ格好で小人が倒れていて、横には満月のおもちゃ。
小春はなんとなく、小人をつまみあげた。
さゆみとれいなも覗き込む。
ははーん、とれいなが言った。
「これだな。こういうのだったか」
ぐったりした小人は指でつつかれてもまったく起きる様子がない。
亀井本人と連動しているようだ。
れいなは小春に言う。
「しっかし小春の能力、相手を止めるのな。
ちょっとそんな能力かなーとは思ってたんだけど」
「え、なんでですか」
学校でバーストしてたとき、といいかけてれいなは止めた。
小春はあのときのことを覚えてないんだった。
「えーと、勘」
- 155 名前:7-7.亀井絵里に嘘をつくな 投稿日:2006/02/19(日) 02:09
- さゆみも言う。
「あれ、小春ちゃんの能力って、ワープかなにかじゃないの?」
「なにいっとーと?」
れいなから厳しい突込みが返ってきた。
「亀井さんに寄っていった小春ちゃんがふっと消えて、
気が付いたら亀井さん吹っ飛んでたもん。
最後の膝蹴りも、突然消えて、亀井さんが倒れてたんだけど」
「さゆも能力にハマってたのかな?」
小春が答える。
「吉澤さんが言ってたんですけど、
能力は、わたしの目の中の赤い光みたいです」
「ほーう」
さゆみが、ふと気付く。
「そういえば、なんか赤い光見たような。
なんでだろ、どっから見たんだろ……」
さゆみは自分が見た赤い光の方向を探して、体を動かす。
キラッ、と白く何かが光った。
フロアの壁にはめ込んであった、金属製の保護壁の反射だった。
「そっか、多分あれだ。
あれに小春ちゃんの赤い光が反射してあたしの目まで届いたのか」
- 156 名前:7-7.亀井絵里に嘘をつくな 投稿日:2006/02/19(日) 02:11
- れいなは小春の肩をぽんぽん叩いた。
「いやーやるっちゃね小春。吉澤さんが信頼するのも分かるわ」
「ありあとございまぁあす!」
「ゆえてないしw でも能力はすごいけど、
格闘技術的にはこれからだし攻撃も軽いし、調子にのんなよコラー」
「れいなさんニラまないでください。ヤンキーこわいよお」
「うっせ!」
れいなは冗談めかして小春のケツを蹴った。
さゆみはちょっと亀井のことが心配になって、様子を見にいく。
亀井は床にうずくまったまま横を向いていた。
「亀井さん?だいじょうぶ?」
さゆみが優しく尋ねる。
弱っていた亀井はそれにほだされたか、甘えて泣きついた。
「やられちゃった……私の能力最強だったのにやられちゃったよおおお!」
うええええん! とさゆみに飛びついて泣く亀井に、
さゆみはよしよしとしてやった。
高橋が喋ってたには、さゆみより年上だったはずだが、
なんだかさっきの悪っぷりとは違って可愛いとこもあんじゃん、とさゆみは思った。
「亀井さんの能力、たしかに強いけど、過信はよくないみたいだね」
「うん、そうだね、そうみたいだね。。。わかったよさゆ」
おいおい許可なくさゆ呼ばわりかよ、とさゆみは思わなかった。
亀井の喋り口調となんだかショボンとした顔がとても可愛かったからだ。
「またがんばろうね。ここで悔しいと強くなれるよ」
「さゆ……、よく見ると超カワイイね。女神様みたい」
「調子よすぎだってw」
もちろん、さゆみはまんざらでもなかった。
この戦いを機に、さゆみと亀井は仲良くなり、絵里、さゆと呼び合う仲となったのだった。
- 157 名前: 投稿日:2006/02/19(日) 02:11
-
- 158 名前: 投稿日:2006/02/19(日) 02:13
- 次回、
『地下100Mの引き篭もり』
- 159 名前:ふぐつら 投稿日:2006/02/19(日) 03:00
- いろいろ書いてたら長くなってしまいました……
>>117 konkonさん
いやーヤバ嬉しいっす。
いろいろ伏線ぽいの書き置いて、話がゴチャゴチャシテマス……
能力は、なんかぽいな、ってのを付けてみました。
愛ちゃんキャワということで、出番増やす方向にしてみますw
>>118 名無飼育さん
ありがとうっす。
新垣とか高橋とか戦闘向きじゃない能力の、
ちょっといいとこも書いてみたいですw
戦闘もノリよく書いていきたいです。
>>119 名無飼育さん
世界観面白いですか、よかったー。
世界観は漫画とか娘小説とかいろいろなところからパクってますw
あーこれ、あれっぽいな、と思ったら、多分あたってますw
>>120 初心者さん
ありがとうございます。
やっぱ予想通りでしたかw 高橋の能力はなんか、ぽいですよね。
高橋新垣はわりかし仲良し、になってますが、
リアルの愛ガキはどうなんですかね。その辺詳しくなくて……
さゆはちょっと冷静というか、不思議なキャラになっちゃってますが、
楽しんでもらえてよかったです。
>>121 名無飼育さん
ありがとうございますー。
会話のテンポを大切にしたいので、そこ誉められると嬉しいですw
出来るだけリアルの個性を生かしてイキイキさせていきたいです。
- 160 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/02/19(日) 10:26
- 更新乙です。
ノリノリでぐいぐい引き込まれます。
どんどん新しい登場人物、能力が出てきて楽しいですね。
- 161 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/02/19(日) 23:16
- 面白いす
最近は更新がいつも待ち遠しいす
- 162 名前:名無しです 投稿日:2006/02/20(月) 23:30
- 更新お疲れ様です。
ほんと面白いです^^毎回毎回楽しみ^^
こはるの戦闘系能力、最強だけど、こはる以上の能力とか出てくるのか期待です
キャラもきゃわぃくてグッド^^d
意外と?活躍してないけど役立ちそうな梨華ちゃんにも期待…?
- 163 名前:初心者 投稿日:2006/02/21(火) 02:34
- 更新お疲れさまです
小春も絵里もなかなか強いですね
でもツボだったのはカラオケで意気投合するさゆとよっすぃ
それとさゆれなの明太子と小悪魔さゆがとっても好きです、照れるれいなも可愛い
次回更新楽しみに待ってます
- 164 名前:A-1.Jumpin' Pink Flash! 投稿日:2006/02/26(日) 01:29
-
<*内容が一部事前発表と異なっております。ご了承ください。>
- 165 名前:A-1.Jumpin' Pink Flash! 投稿日:2006/02/26(日) 01:32
-
とある日曜日。
さゆみは、JCL社に顔を出す。
吉澤が珍しくパソコンの前に座ってて、その横に小春もいた。
「こんにちは〜」
「おー重さん」
「石川さんいます?」
「あー梨華ちゃん出かけてるよ。戻るまであたしが留守番。
多分もうすぐ帰ってくるよ」
「じゃ待ちます」
さゆみはソファに座って、石川に返すはずだった本を膝の上に置く。
なんとなくもう一度開いて、目を通していると、
耳をつんざくような警告音がパソコンから鳴り響いてきた。
「うわ!」
吉澤が驚いて離れ、小春がのぞきこむ。
さゆみもパソコンに駆け寄った。
画面には、黄色いwarningの文字が点滅している。
さゆみがマウスをすっと動かすと、警告内容が画面に出た。
ここJCLビルの全体図がグリーンのラインで描かれていて、
屋上になにやら赤い点滅がある。
「吉澤さん、これって」
「能力ポイントだ」
「屋上で発生したってことですか」
「多分」
「行って見てきます」
吉澤が、あたしも!と嬉しそうに椅子から立つ。
- 166 名前:A-1.Jumpin' Pink Flash! 投稿日:2006/02/26(日) 01:34
- 「吉澤さん、留守番……」
「う、そっか」
あからさまに残念そう。
とにかく面白そうだから、近づいてみたかったのだろう。
「小春ちゃんと二人で見てきます」
「はい!」
小春が元気よく返事した。
「気をつけなよ」
吉澤はいちおう先輩らしいことを言ったが、
声からは自分も行きたくて仕方ないのがバレバレだった。
さゆみと小春は、エレベーターに乗り、一気に最上階へ。
最上階フロアへ着いて、二人が飛び出す。
屋上への階段が右手にある。さゆみと小春はそこを駆け上がる。
屋上へ出る扉が見えた。
普段使っているビルのフロアはきちんと清掃されているが、
屋上への扉はすすけていて汚かった。
さゆみは少し抵抗がありながらも、両手でノブを回す。
屋上は思ったより広かった。
「初めて来たなあ」
「私もです」
さゆみと小春はなんやかんや言いながら、屋上を見回す。
屋上の端、金網のそば、明らかにアヤシイ木箱が一つ。
しかもそこから何か感じる。
- 167 名前:A-1.Jumpin' Pink Flash! 投稿日:2006/02/26(日) 01:35
- あまりのあからさまぷりに、ちょっと呆れるさゆみ。
「絶対あれだよね……」
「あれしか、ないですよね」
さゆみと小春は木箱にソロソロ近寄った。
近くで見る木箱、いかにも怪しい。
だいたい屋上にぽつんと木箱とか、ここが敵陣だったら、絶対トラップだ。
だが木箱の中から感じる雰囲気は、嫌な感じがしなかった。
「小春ちゃん、あけてみて」
さゆみは断られるの覚悟で言ってみたが、
はい! と小春が躊躇なくあけようとするので、とめた。
「待って、やっぱ一緒に開けよ」
「はい」
二人で、木箱のふたに手を掛ける。
「せーの」
すぽん! と取れた木箱の中には、なんとピンク色の花火玉。
しかも導火線には火花がついている!
「うわ!」
さゆみと小春はとっさに離れて、伏せる。
ひゅるるるるる〜
ピンク色の花火玉は木箱を飛び出し、ビルの屋上からさらに上空へ。
その軌跡をつい眺めてしまうさゆみと小春。
真昼の月とならんだ花火玉。
- 168 名前:A-1.Jumpin' Pink Flash! 投稿日:2006/02/26(日) 01:36
- ぱーん!
ピンク色の強い光を放って、消えた。
都内で突如光ったピンク色の花火。さぞ近くの人は驚いたことだろう。
さゆみと小春も、たいそう驚いた。
目にまだピンク色の光が焼きついている。
お互い顔をあわせる余裕もなくぽかんと空を眺めていると、
バタン!
屋上入り口の戸が開いて、吉澤が来た。
「梨華ちゃん帰ってきたし来たぞ! どこだポイントは?」
吉澤を振り返る、さゆみと小春。
「もうなくなっちゃいましたふええええええええん!」
いきなり泣き出した小春。
それを見て吉澤は唖然とする。
「どした、小春……? なんで泣いてんの?」
「ポイントは発光ふええええええええん!」
説明しようとしたさゆみも泣き出す。
二人そろって泣き出した後輩をどうすることもできず、
吉澤はおろおろする。
「ちょっと、重さんまで、なにがあった?」
「なんか吉澤さん見たら安心しちゃったんです。
とってもとってもとってもと〜〜っても安心しちゃったんです!」
「そうなんです。吉澤さんがいてくれるだけで、
もうほんとにほんとにほんとに泣けちゃうんですふえええええん!」
- 169 名前:A-1.Jumpin' Pink Flash! 投稿日:2006/02/26(日) 01:38
- こいつはやべえ、と吉澤は思った。
なにかわからんが、いったん退いて梨華ちゃんに相談したほうがいい。
「と、とりあえずそこにいろ。梨華ちゃん呼んでくるから」
「いかないでください!!」
さゆみと小春は同時に叫んだ。
さゆみがまた泣き出す。
「ふええええん!そばにいてほしいんです吉澤さんに。
離れちゃやなのやなのやなのやなの――」
さゆみの言葉にかぶせるように小春も、
「小春的にもすっごくすっごくすっごく一緒にいたいんです。
大好きです〜〜〜〜!! ふえええええん!」
& & & & & & & & & & & & & & & & & &
ジャンピン・ピンク・フラッシュ
ピンク色の発光体。
光を浴びてから、最初に見た人への恋愛感情を数千倍に増幅する。
恋愛対象でない人を見ても効果はない。
& & & & & & & & & & & & & & & & & &
可愛い後輩二人に慕われるのは嬉しいが、取り合ってられない。
吉澤は黄色い悲鳴、いやピンク色の悲鳴を背中に浴びながら、屋上を去った。
- 170 名前: 投稿日:2006/02/26(日) 01:38
-
- 171 名前:A-2.Jumpin' Pink Flash! 投稿日:2006/02/26(日) 01:40
-
JCLのフロアに戻ってきた吉澤は、
受付に座っている石川に助けを求める。
「梨華ちゃん!!」
「どうしたの」
吉澤のせっぱ詰まりぷりとは対照的に、
石川は午後のダージリンティなんか入れて、のんびりしてる。
上品なカップを口に運びながら、
焦っていながらどこかコミカルな吉澤を眺める。
吉澤はあたふた。
「さっきなってさポイントったんだけどそこに重さと小春が
いってなんかおかしくって変だよ泣いちゃし行くないうし!」
「へえ」
早口すぎてよく分からなかった石川だったが、
とりあえず相槌だけはしておいた。
エレベーターがチーンと鳴る。
吉澤が恐怖の表情。
「梨華ちゃんかくまって!」
承諾も待たずに、石川の脚の横、受付のカウンターの下へ隠れる。
着いたエレベーターからダッシュで下りてきたのは、
頬を赤らめた二人の美少女、さゆみと小春だった。
石川の姿を確認すると、一目散に駆けてくる。
- 172 名前:A-2.Jumpin' Pink Flash! 投稿日:2006/02/26(日) 01:43
- さゆみが息を弾ませながら聞いた。
「石川さん!吉澤さん知りませんか?!」
「えっと、原宿行く、って出てったけど」
「ありぁとございぁした!」
小春がゆえてない礼を言い、二人は再びダッシュでエレベーターに乗り込んで、
疾風のごとく去っていった。
静かになるJCLフロア。
吉澤がそーっとカウンターから出てくる。
「……行った?」
「なにあれ。なんか鬼ごっこみたいだったけどw」
「笑えねーの!
多分屋上のポイントにやられたんだ。
別にダメージあるとかじゃなさそうだけど。
なんか二人ともおかしくなっちまった」
「……屋上……まさか、あれ開けちゃったかなあ」
アチャーみたいな顔した石川。吉澤は不安になる。
「ちょっとなんだよ!まずいの?!」
「東京湾で拾ってきた木箱でね……。
なんか船の積荷の漂流物らしいんだけど。
能力反応があったからとりあえずもらってきて、
置く場所困ったから誰もこなそうな屋上にやっといたの……」
「なにそれ!けっこう重大じゃねーか!」
「でも不穏な感じしなかったんだもん……。
ときどき感知システムに引っかかるからそのつど手で警告消してたんだけど、
ここんとこ反応なくて、用事済ませてから解析すりゃいいやって思ってたの……」
「ばか!」
「で、でもさ命に関わるとか怪我とかじゃなくてよかったじゃん!ね!」
「よくねえよ……。さっきの二人のマジな目みただろ?」
「……」
「あれ、下手したら捕って喰われかねないって」
「うわー」
「梨華ちゃんさっさと解析しろ! どうすりゃ元戻んだ!?」
「すぐやります」
- 173 名前:A-2.Jumpin' Pink Flash! 投稿日:2006/02/26(日) 01:45
- 二人があたふたしてるところ、JCLフロアにエレベーターがやってきた。
さっと身を隠す吉澤。
降りてきたのは高橋だった。
「こんにちはー」
「うお、高橋か!」
「なんですかw
吉澤さん、はいこれ、PRIDEのチケット。
友達がいい席取ってくれましたよ」
「ありがとそれは嬉しい、嬉しいけど」
「どしたんですか?
あ、さゆと小春ちゃんとさっき下ですれ違いましたよ。
なんか急いでましたけど」
「……それだよ、それ」
吉澤は事情を説明する。
高橋は一通り聞くと、ちょっと笑った。
「面白いことになってますねw」
「笑いごとじゃないよマジで……」
「とりあえず、里沙ちゃん呼んどいた方がよくないですか?」
「そうじゃん!
梨華ちゃん、ガキさん今どこいってんだっけ!?」
石川が小さい声で答える。
「……沖縄……」
「ぐあああああああ!
梨華ちゃん、ぜってー解析してよ。頼むよ!」
「急いでやってみる……」
石川は、屋上に残された木箱を解析するため、
席を立ってエレベーターへ消えていった。
- 174 名前:A-2.Jumpin' Pink Flash! 投稿日:2006/02/26(日) 01:46
- 高橋が呟く。
「石川さんも時々抜けてますね〜」
「まああれが梨華ちゃんのいいとこでもあるが……今回はなあ」
「あたしも解析手伝ってきます」
「そっか、高橋の能力があれば」
「いやあんま期待せんといてください。
突然発生した能力ポイントについての資料なんてなさそうですし」
「そっかあ……」
「いちおう能力の背景ぐらいは調べれると思いますんで、いってきます」
「たのむね!」
吉澤はそわそわしながらいろいろ考えていた。
(このまま会社にいたほうがいいか。
いったん家かえろっかな、いやいや二人に待ち伏せされてるかもしれない
うーむ……)
吉澤は、切っていたケイタイの電源をオンしてみる。
新着メールを問い合わせた。
「うあ!」
さゆみと小春から、合わせて40件のメール。
開くまもなく、道重さゆみから着信が来た。
こいつは、出れない。
吉澤は鳴り響くケイタイを頑として取らなかった。
やがて電話が鳴り止む。
- 175 名前:A-2.Jumpin' Pink Flash! 投稿日:2006/02/26(日) 01:48
- と、今度は新着メール。
小春からだ。
未読メールは何十件もあるが、とりあえず最新のを開く。
『
なぜか原宿にきちゃ
いました(> <) 道重
さんも一緒です。屋
上のポイント、どう
なりました?
』
一斉に来た何十件かのうち、小春のメールを一つ見てみる。
うざったくなるほどのハートと絵文字の応酬。
さゆみのも見たが、引くほどのラブコールが並べられている。
これらに比べて、小春の最新メールは、明らかに空気が違っている。
また新着メール。今度はさゆみ。
『
いつの間にか原宿に
飛んでしまいました
……今からJCLに
帰ります
』
なんだか分からないが落ち着いている。
吉澤はさゆみに電話してみた。
すぐに出た。
「もしもし、吉澤さん?おかしいです。今原宿です。
屋上からどうも記憶があいまいで……」
「そうかそうなんだー、とりあえず戻っといで」
「はい」
電話を切る。
さゆみの声は落ち着いていた。いつもどおりだ。
ポイント効果はタイムアウトになったのか。
吉澤は石川と高橋の様子を見るため、とりあえず屋上に行った。
- 176 名前: 投稿日:2006/02/26(日) 01:48
-
- 177 名前:A-3.Jumpin' Pink Flash! 投稿日:2006/02/26(日) 01:50
-
吉澤が屋上に着くと、誰の人影もなかった。
確か端っこのほうにあった筈の木箱もない。
石川が持ってったのか。
(そっか、別にここで解析してるわけじゃねーんだな)
吉澤はなんとなくテンションが緩んで、
屋上においてあった青いボロベンチにどっかり腰掛ける。
新宿の景色が一望できるが、とりたてて面白いものはない。
いつもJCLのフロアから見る景色と、ほとんど変わりないのだ。
吉澤の実家は、かなりの田舎だ。
都会にいると、地元の空気、景色、ゆったりとした時間の流れが恋しくなる。
生まれ育った家は確かにのんびり生活できるが、
それは緩慢と共にある。
吉澤は刺激がほしかった。だから東京に来た。
いまのところ、おそらく田舎では味わえなかった貴重な体験を重ねている。
どちらが良かったのか、二つの道をどちらも知ることができないのでわからないが、
田舎道より、都会のこの道のほうがいいに決まってる、と吉澤は考えている。
なにより今、生活が楽しい。楽しいことが吉澤の人生バロメーター。
人でごった返す、道路も建物の配置もぐちゃぐちゃなこの街を、吉澤はなんだか好んでいた。
- 178 名前:A-3.Jumpin' Pink Flash! 投稿日:2006/02/26(日) 01:51
- とかなんとか物思いしていると、
屋上の入り口が開いた。
吉澤が首を反らして見ると、さゆみと小春が立っている。
二人とも現状が良く分かってないようで、不思議そうだ。
「おーおかえりw」
吉澤は少し苦笑いしつつも迎えた。
「よくわかんないです。気がついたら原宿で……」
さゆみが普段の様子で、少し前の記憶をさかのぼろうとしている。
その横で小春も、あっちを見たりこっちを見たりして、木の箱を探している。
「箱、ないですねー」
「ああ、箱、たぶん梨華ちゃんが持ってったよ。
解析するとかっつってさ、もういらないけど」
さゆみと小春が顔を見合わせる。小春の口角が少し上がったように見えた。
「吉澤さん」
「ん?」
小春が瞳の奥に赤い光を宿し、吉澤の意識は途切れた。
- 179 名前:A-3.Jumpin' Pink Flash! 投稿日:2006/02/26(日) 01:53
-
---------------------------------------------------------
吉澤が目を覚ましたのはJCLの診療室。(参照:4 長靴を脱いだ猫)
吉澤は白いベッドの上、黒革の手枷と足枷で固定されている。
「どうなってんだ……」
「お目覚めですか」
頭の上のほうからさゆみの声がした。
吉澤がムリヤリそっちに顔を向けると、さゆみの横に小春もいる。
「小春ちゃんの能力が10分近くも持つとは思いませんでした。
恋愛場のクソ力、とでも言うんでしょうかね」
「恋するプリティこはるは絶好調です!」
小春が決めポーズをした。
吉澤は気付く。
(こいつらまだ能力かかったまんまじゃねーか!)
「お前ら……」
- 180 名前:A-3.Jumpin' Pink Flash! 投稿日:2006/02/26(日) 01:54
- さゆみがクスっと笑った。
「吉澤さん、何か不満げですねー。
私と小春ちゃんが避けられてるのは分かってましたから。
全然好きでもないフリしちゃったんですよ!!
恋愛ってがっついてると嫌われるじゃないですか。ね小春ちゃん!」
「そーです駆け引きです!」
「私と小春ちゃんの目的はおんなじですからね」
吉澤が寝かされたまま聞く。
「なんだよ目的って」
「そーんなの言わせるんですかあ!もーう!じゃ言っちゃおっかなあ〜」
さゆみはブリブリしながら言ったが、
一般的に可愛いはずの振る舞いも今の吉澤には戦慄を覚えさせるだけだった。
「……さっさと言え」
「それは、吉澤さんの、すべてです」
- 181 名前:A-3.Jumpin' Pink Flash! 投稿日:2006/02/26(日) 01:55
- 「……はあ?」
「すべてです」
小春も後に繰り返す。
「なんだよ全てって!」
そう言ったあと、吉澤は気付いてしまった。
さゆみと小春の息遣いが荒いことに。
「吉澤さん、大丈夫ですよ」
さゆみは上気した顔で穏やかにそう言った。
「おいおい……」
「痛くしないですから」
「なにが??!!」
さゆみが無邪気な野獣のような目つきで、吉澤の胸元ボタンに手を掛ける。
「いっただっきまーす!」
「うひぇああああああああああああああ!!!」
吉澤が恐怖に悶えたそのとき。
バリーン!
診療室の扉のガラスが割れ手榴弾のようなものが飛び込んできた。
驚いた三人の動きが固まる。
転がって止まった弾は、爆音と共に紺色の閃光を放った。
さゆみと小春の瞳を紺色の閃光が洗い流す。
二人は吉澤に突っ伏して気を失った。
- 182 名前:A-3.Jumpin' Pink Flash! 投稿日:2006/02/26(日) 01:57
- ガラスの砕けた扉を脚で蹴り開いて、人が入ってくる。
石川と高橋だった。
「成功かな?」
「みたいですね」
「梨華ちゃん!高橋!」
吉澤は動かない手足をモガモガさせながら叫ぶ。
石川が枷をはずしてあげた。
高橋は、気絶したさゆみと小春を、空いているベッドに寝かせている。
吉澤は放心状態。
「喰われるところだった……」
「危なかったねw」
石川が軽く慰める。
「手足縛られてたんだぞ! 重さんマジだった」
「よかった間に合って。
木箱から解析して解毒剤みたいなの作ったの」
- 183 名前:A-3.Jumpin' Pink Flash! 投稿日:2006/02/26(日) 01:58
- 高橋が布団を小春に掛けてあげながら答える。
「けっこう簡単でした。
もともと何かの実験で使われていた物質に能力が宿ったみたいです。
『個体への思い入れにおける状態変化』という論文ほか、
資料がいくつか見つかったので困らなかったです」
吉澤は不満げだ。
「つーかさあ、力ずくで助けてくれよ。作ってる暇あったらさあ」
「それムリだった」
石川が速攻否定。
「なんで?!」
高橋が代わりに答える。
「暴走状態だと、恋愛対象への能力が数倍から数十倍になる、とあったんですよ。
恋愛を妨げるものに対しても同じですから、下手すりゃ死にます」
「人の恋路を邪魔するやつは、ってことだねw」
「そうですねw」
「笑えねーんだよ!」
- 184 名前: 投稿日:2006/02/26(日) 01:58
-
- 185 名前:A-4.Jumpin' Pink Flash! 投稿日:2006/02/26(日) 01:59
-
-------------------------------------------------------------
後日。
JCL受付にて。高橋と石川。
「石川さん、メンテナンス終わりました」
「ご苦労様」
「そういえばですね」
「ん?」
「こないだの恋愛騒動ですけど」
「ああw」
「さゆと小春ちゃん、ほとんど記憶はないらしいですけど、
うっすら覚えてて照れくさいとか」
「へー、そうなんだ。
よっすぃはね、実家帰るっていってた。一週間ほど」
「ありゃ、そうなんですか」
「心落ち着かせてくる、ってw」
「ははw あー、あたしも実家帰りたいなあ」
「別にいいよー。最近ヒマだし。
高橋って実家どこだっけ」
「福井です」
「あ、そうだったね」
「実家帰るとやっぱし訛っちゃうんですよねー」
「いや今訛ってるから、今w」
- 186 名前: 投稿日:2006/02/26(日) 02:00
-
- 187 名前: 投稿日:2006/02/26(日) 02:01
- 次週は作者取材の為休載致します。
- 188 名前: 投稿日:2006/02/26(日) 02:02
-
- 189 名前:ふぐつら 投稿日:2006/02/26(日) 02:30
- >>160 名無飼育さん
更新しました〜。
ノってやっていきたいですw
振り返ってみるといろいろ能力でましたねえ。
作者的に欲しいのは新垣の能力ですかねw日常生活で使えそうだし。
これからまたいろいろ出ますのでよろしく〜。
>>161 名無飼育さん
嬉しいす
なんだか高橋口調でw
更新待ってもらえるのホント嬉しいです。
今後も楽しみにしてもらえる内容にしていきたいです。
>>162 名無しですさん
更新しますた。
面白いといってもらえて励みになります^^
小春の能力はいわゆる『反則ミラクル系』ですよねw
最強こはる、今後どうなるのか……。
キャラカワイイですか、よかったです^^
石川に期待ということなので出番増やしてみますw
>>163 初心者さん
更新しましたー。
小春と絵里は戦闘向きの能力者なので、バトル得意ですねー。
ツボがカラオケではしゃぐさゆとよっすぃw
作者的にもああいう日常ぽいとこ書くの好きだったりします。
そして明太子れなさゆw
さゆ絡みがツボのようで気が合いそうでなによりですw
- 190 名前:初心者 投稿日:2006/02/26(日) 03:08
- 更新お疲れ様です
とってもライブなピンクネタそしてさゆこコンビ最強でした
よっすぃ梨華ちゃん愛ちゃんもそれぞれめっちゃ面白かったです
取材頑張ってください
更新楽しみに待ってます
- 191 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/06(月) 17:26
- もうそれぞれのキャラが最高です
これからも期待してます
- 192 名前:B-1.ソニック・ザ・スクールガール 投稿日:2006/03/12(日) 03:22
-
<*内容が一部事前発表と異なっております。ご了承ください。>
- 193 名前:B-1.ソニック・ザ・スクールガール 投稿日:2006/03/12(日) 03:24
-
雨上がりの朝、水曜日。
さゆみとれいなは、小春を連れて、一緒に高校にやってきた。
小春の転校手続を取るのだ。
触れてはなかったが、さゆみとれいなが通う高校は、中等部もある。
ちなみに中等部は高校と同じ敷地内にあり、もっというと実は校舎も一緒だ。
中等部と高等部の関わり合いは多く、学校行事などはほとんどを一緒に行う。
転校の理由は、有事の際に小春も一緒の学校のほうがめんどくないから。
同様の理由で先日、絵里と新垣もこの高校に転入してきている。
さゆみとれいなに連れられて校門をくぐった小春が、不安そうにきょろきょろしている。
「大きくて綺麗なとこですねー」
「金はかかっとーねー。私立だし」
れいながなんてことなく言う。
「学費高いのかな……」
不安そうな小春を、れいながバシバシ叩く。
「心配せんでいいって。どうせJCLがもつし」
「そうなんですか」
「自分で払っとったらこんなとこ通えん」
「よかったー」
さゆみは二人の話をなんとなく聞いていた。
ちなみにさゆみは特待生なので、もともと学費は一切払ってない。
ふと、思い出す。
「そういえば」
「なに、さゆ」
「絵里もここに転入したよ。確かガキさんも」
「ほー。まとめよるね、なかなか」
「人が固まってたほうが、融通はきくよね」
「まー学校なんてどこでもいいっちゃ。タダやし」
- 194 名前:B-1.ソニック・ザ・スクールガール 投稿日:2006/03/12(日) 03:24
- さゆみとれいなは、小春を職員室まで送り届けると、自分の教室に行った。
小春を送るのもあって早めに来たからか、教室にはまだ誰もいなかった。
さゆみは鞄を置いて、窓際に立ち、校庭を眺める。
れいなは自分の席に突っ伏して、ケイタイをピコピコいじっていた。
れいながケイタイの画面を見たまま言う。
「さゆー」
「ん?」
「高校卒業したら、どうすんの」
「んー、大学かなあ。まだよくわかんない」
「いいじゃん大学。さゆ頭いいんだし」
「でも、なに勉強したいとか、決まってないの」
「そんなみんなわからんと大学行くっちゃろ」
「れいなは?」
「どうなるんかな。
JCLは金いいし、そのまんまおりそう」
「そっかあ」
「まだわからんね」
なんだかんだ話してるうちにクラスメイト達がやってきた。
いつもどおりの教室がはじまる。
- 195 名前:B-1.ソニック・ザ・スクールガール 投稿日:2006/03/12(日) 03:25
- -----------------------------------------------------
先生方の授業がテンポよく済んでいき、4時間目までが終わった。
「さゆ、昼飯くっとこ」
「うん」
「どこで食うかな」
「学食にしない?」
「いいけど、珍しいねさゆ」
この高校には、実は学食もあったのだ。
さゆみはお弁当、れいなはパン買って食うからほとんど使ってなかったが、
実は中高生が一緒になってご飯が食べれるような学食が存在する。
「小春ちゃんとご飯食べようかなって」
「あーそっか。優しいとこあんね、さゆ」
「あはは。あとね、絵里と約束してたんだ」
二人が学食へいくと、なかなかの盛況ぷりだった。
あまりの人の数に、酔ってしまいそうになるさゆみ。
れいなが、人ごみを掻き分けながら、窓際のナイスな席をゲットして陣取った。
荷物を椅子において席を確保しながられいなが言う。
「絵里よんで、ここで食お」
「うん」
さゆみは絵里に電話する。
「あーもしもし、うん、今学食。
窓際の真ん中へんにいるよ。れいなも一緒。
あ、こっちこっち!」
さゆみは絵里の姿を見つけて、大きく手を振る。絵里も気付いた。
絵里の隣には新垣の姿。二人がやってきた。
- 196 名前:B-1.ソニック・ザ・スクールガール 投稿日:2006/03/12(日) 03:26
- 新垣の元気がいい。
「おーっす! 今日はそこまで人多くないね」
「これでっすか……?」
れいなが人ごみを睨みつけるようにして言った。
「こないだ来た時もっと多かったって!
でもどうなの。いっつもどんなもんか知らないから」
新垣はさゆみとれいなに答えを求めるが、
二人とも知らなかった。学食派じゃないから。
れいなが答える。
「うちらも学食使わないんで、わかんないです」
絵里がほにゃりと喋る。
「まーご飯食べよっかー。あ、あれ小春ちゃんじゃない?」
絵里の指す方向、人の壁の向こうに、
数人の友達と楽しそうにご飯を食べる小春の姿があった。
「もう打ち解けてんじゃんw」
新垣が言った。
これは心配するでもなかったな、とさゆみは思った。
さゆみは学食のテーブルでお弁当を開き、れいなはケイタイ片手にパンにぱくつき、
絵里はてんぷらうどん、新垣はカレーを食べた。
英語の授業はどーとか、3年何組に美人のナニナニ先輩がいるとか、
校長の長話はなんとかしてほしいとか、流行の歌とかそういう話をして、
たのしい昼食の時間は過ぎていった。
- 197 名前: 投稿日:2006/03/12(日) 03:27
-
- 198 名前:B-2.ソニック・ザ・スクールガール 投稿日:2006/03/12(日) 03:30
-
腹がふくれたら、昼休み。
さゆみとれいなは、まだ学校に慣れていない新垣と絵里、小春も連れて、校内散策。
廊下をてくてく歩きながら、さゆみが思い出した。
「あ、理事長のとこ行かなきゃならないんだった」
れいながイタズラっぽく言う。
「じゃみんなでいこw 理事長室入ったことないし」
みんな賛成した。
理事長室は、普通の部屋と入り口からして違った。
中でコンサートでも行われてんのかって感じの、革張りの扉。
それを開けると、教室2つ分をまるまるスペースとった部屋に、
高級そうな黒いソファーがいくつもある。
壁に掛かる歴代の理事長写真の横に、なにか分からない賞状がいくつか。
校長は部屋の真ん中、どでかい椅子に座っていた。
「おー道重さん、待ってたよ。友達も一緒か」
こんにちはー、とみんな適当に挨拶する。
「用事なんでしたっけ」
「ああ、これこれ」
理事長は重そうな引き出しを開けると、中から水色のプラスチック筆箱みたいなのを取り出した。
絵里が不思議そうに言う。
「あれ、これって、参天堂のTS……じゃないですか?」
「そう。そうなんだよ」
- 199 名前:B-2.ソニック・ザ・スクールガール 投稿日:2006/03/12(日) 03:30
- 参天堂の携帯ゲーム機 SantendoTS は、いまや爆発的なヒットで生産が追いついてない状態だった。
ヒットが転売を助長させ、さらに品薄の状態を産む。
Wonnyが出した携帯ゲーム機との勝負だと囁かれていたが、
不具合を無視して発売をはじめたWonnyと違い、
発売を遅らせてもきちんとした商品を出してきたのがSantendoだった。
真摯な姿勢が垣間見れたような気がして、
参天堂は株を上げたなと、まあ実際比喩じゃなく株価も上がったな、と、
さゆみは考えていたのだが、まさか学校で、しかも理事長の机から出てくるとは思ってもみなかった。
理事長は話しはじめる。
「これを授業で使えないかと考えているんだ。
いくつか教育ソフトを買ってあるから、ちょっとやってみて感想をくれないか」
「はあ、わかりました」
「じゃこれも」
理事長はそう言って、英語国語数学などのソフトらしき数本を、裸のまままとめてさゆみに渡す。
教育ソフト自体にほとんど興味も無かったさゆみだったが、
嫌いということではないので、せっかくだしやってみることにした。
- 200 名前:B-2.ソニック・ザ・スクールガール 投稿日:2006/03/12(日) 03:31
- ------------------------------------------------------------------------------------
5人は理事長室を出て、中庭の噴水前に移動する。
陽射しはそれほど強くない。暑くもない。まぶしくもなくちょうどいい天気だ。
うっすら照る太陽の横、校舎の時計は12時半。
さゆみは数本もらったソフトのうちから一つ選び、TSに差し込んで、電源を入れた。
四人がその画面を覗き込む。
『速読バリバリ英語』
というタイトルが現れた。
さゆみは適当に、問題を解く。
センター試験レベルの問題だったが、さゆみには別になんてこともなかった。
テトリスで一列づつ消していくように淡々と、問題を解いていく。
絵里が驚いた。
「さゆ、一年なのに分かるの?!」
「うん、このぐらいなら」
「すげーな」
新垣も驚く。
小春とれいなは、さゆみがやってないソフトを手にとって、眺めていた。
国語、数学、右脳、などの文字の記されたカートリッジの中、
真っ黒で何も書いてないカートリッジを、二人は見つけた。
黒カートリッジを不思議そうに見る二人。
- 201 名前:B-2.ソニック・ザ・スクールガール 投稿日:2006/03/12(日) 03:32
- れいなが言う。
「さゆー、次これやってよ」
「ん、わかった」
センターレベルの英語に飽きていたさゆみも素直に従い、
カートリッジを交換する。
電源を入れるが、なかなか画面が出てこない。
「あれ、ソフト壊れてるのかな」
とさゆみがボソッと言った矢先、
画面に現れたのは、MalcoKart の文字と、見慣れたキャラクター。
「マルコカートじゃんw」
と嬉しそうに絵里が言い、ちょっとやらせて、とさゆみから本体を借りる。
絵里は慣れた感じで、メニューを選択していくが、ふと止まる。
「名前入力……、こんなのあったかな、まいっか」
独りごと言って、エリ、と打ち込んだその時、
TS本体が太陽のようにまぶしく発光した。
全員が目を覆う。
- 202 名前:B-2.ソニック・ザ・スクールガール 投稿日:2006/03/12(日) 03:33
-
5人は倒れこんでいる。
さゆみが起き上がり、チカチカする目をそっと開ける。
まず見えたのは、キノコで出来た家。
見上げれば、真っ青な空にうかぶメルヘンな雲。
足元から続く草原。
遠くに見えるのはエメラルドグリーンの海。
都会の学校から一転、原色まぶしい大自然。
新垣が目を見開いて、はああああ??うっそ!はあ?? と言った。
小春が、青すぎる空を見上げながら叫んだ。
「ななななんですかここは!」
「なんじゃこりゃ」
と、れいなが足元に生える草をムリヤリ引っこ抜く。
手の中のそれは、溶けるように掻き消えた。
さゆみは、5人が立つ丘のむこう、何かが動いているのを見つけた。
車だ。カワイイ車がレースをしている。
- 203 名前:B-2.ソニック・ザ・スクールガール 投稿日:2006/03/12(日) 03:34
- さゆみはあらゆる可能性を考えたが、
一つの説を採るとすべて説明がうまくいってしまった。
「これ……まさか」
「マルコカート」
隣の絵里がボソッと呟いた。
「やっぱり、そうだよね。
カラフルな自然、匂いのなさ、清潔さ。
とりこまれた、としか」
突如ゲームの世界に入り込んでしまった、5人の制服少女。
とりあえずテクテクと、レースが行われているところまで歩く。
足どりは軽やかだった。まるで月面をふわふわ歩くよう。
さゆみは現状をなんとか把握しようと必死で頭を働かせるが、
その隣、絵里はなんだかウキウキしていた。
絵里は、マルコカートのヘビープレイヤーだった。
家族で対戦するのは常日ごろだし、友達とのお泊まり会でもだいたいやっていた。
どういうわけか知らないが、そのゲームの中に入り込めたのだ。
- 204 名前:B-2.ソニック・ザ・スクールガール 投稿日:2006/03/12(日) 03:35
- 新垣は興奮と不安が半分ずつといった様子。
絶叫マシンに乗ってカタカタと上がっていくときのような表情をしていた。
れいなは、現状に逆らうでもなく、
バーチャルな景色を眺めながら、みんなのあとをついていく。
小春はただただぽかーんとしていた。
絵里は真っ先にカート場に辿り着き、
白樺の木で作られたような看板を見る。
可愛い丸フォント文字。
『 1いになるまで がんばってね! 』
「こんなの絶対なかった」
絵里が看板を見ながらつぶやいた。
さゆみもその横で看板を見ながら、なにやらとても嫌な予感に支配された。
「まさか」
「どしたのさゆ」
絵里が不思議そうに聞いた。
「これって、一位になるまでずーっと、ここにいなきゃいけない、ことじゃ」
「……まじで?」
- 205 名前: 投稿日:2006/03/12(日) 03:35
-
- 206 名前:B-3.ソニック・ザ・スクールガール 投稿日:2006/03/12(日) 03:36
-
コースのすぐ横、いわゆるピットのところ。
ピカピカのマシンが5台、出番を待っている。
さゆみの説明で、他の4人は現状を理解した。
「うわー、レースゲー苦手なんだよなあ……」
新垣が困ったように言った。
れいなが聞く。
「小春、マルコカートやったことある?」
「はい、結構得意です」
「れなんちにもあるっちゃ、家族ん中では敵なし」
さゆみはといえば、ゲーム自体ほとんどしたことがない。
絵里は、一人やる気だった。
カートに腰掛けると、ハンドルを握る。
ハンドルを握ってはいるが、頭の中ではゲームのコントローラー操作だった。
頭で思い描いたゲームの操作が、自分の運転となって反映するしくみ。
つまり、操作感はゲームと変わらない。
マシンはみんな一緒。
さゆみたち5人以外に、キャラクターが3人いた。
マルコ、恐竜、ゴリラ。
- 207 名前:B-3.ソニック・ザ・スクールガール 投稿日:2006/03/12(日) 03:37
-
ぴろぴろっぴ、ぽぴぽぱっ、ぴ〜〜♪
まったく重厚ではないファンファーレが鳴り響いた。
場面はスタート直前。
スタートラインから順に、マルコ、恐竜、ゴリラ。
の後ろ、絵里、れいな、小春、新垣、さゆみの順に位置についている。
シグナルが、赤、赤、緑!
一斉にスタート。
マルコがロケットスタートで抜け出し、そのあとに恐竜。
スタートでもたついたゴリラを経験者絵里が抜き去り、3位のポジション。
ゴリラとれいなは並走、そのすぐ後ろに小春。
すこし遅れて新垣、とずっと後ろにさゆみだった。
新垣も下手とはいえ、そこそこ走れる。
だがさゆみはまったくの初心者。まだブレーキとアクセルを頭で間違えるレベル。
まともに走れるはずもなかった。
そんなもたつくさゆみを、一周回ってきたマルコがなんなく抜きさる。
さらに恐竜が、さゆみを抜いていく。
これは焦っても仕方がない。さゆみは練習に徹することにしてリタイアした。
<現在位置
マルコ 恐竜 絵里 ゴリラ れいな小春 新垣>
- 208 名前:B-3.ソニック・ザ・スクールガール 投稿日:2006/03/12(日) 03:38
- 絵里はなんとか恐竜を抜けないか、ラインを探す。
ルートがあるようで、ない。ないようで、ある。
走っていて、なんとなく思った。
(マンオンザムーンを恐竜に憑かせられれば)
そうすれば恐竜の走る軌道が読めるはずだ。
まあでもここはゲームの世界、そんなことがで――
絵里がふっと自嘲気味に笑って前を見ると、
恐竜の頭にマンオンザムーンがとりついていた!
絵里は驚きながらも、読み取った恐竜の軌道をうまく交わすようにして、
インから抜き去る。
絵里、この時点で二位。
能力が使えるならこんな良いことはない。
このコースは絵里が一度もプレイしたことのないコースだったが、
マンオンザムーンが目の前でナビゲーションしてくれれば、
何度も走ったようなコースとして走行することができる。
- 209 名前:B-3.ソニック・ザ・スクールガール 投稿日:2006/03/12(日) 03:39
- 絵里がもともと得意だったこのゲーム。
どんどんとマルコとの差をつめる。カート一台分。
コーナーでマルコに並ぼうとしたその時、
後ろから恐竜が、赤いこうらを飛ばしてきて、絵里のマシンの後部にヒット。
吹っ飛ばされて転がった。
絵里、一気に4位に転落。
それから差をつめるも、マルコに遠く及ばなかった。
最終順位
1位 マルコ 1:46:136
2位 恐竜 1:51:522
3位 ゴリラ 1:54:538
4位 絵里 1:55:980
5位 れいな 2:02:712
6位 小春 2:03:335
7位 新垣 2:12:907
--------------------------------------------------------
ゲームでいうところのメニュー選択場面。
5人はコースの横であぐらをかいて、円形になって座りながら、対策を立てる。
絵里が言う。
「あのさ、みんな能力使える?」
- 210 名前:B-3.ソニック・ザ・スクールガール 投稿日:2006/03/12(日) 03:40
- さゆみがはっとした。
「そっか、試してない」
さゆみは掌に冷気を溜める。うまくは溜まらないが、使えないわけではない。
れいなも、猫に変身してみた。できる。
小春も新垣もそこら辺のもので試しているが、勝手は違うが、できそうだ。
絵里が言葉を続けた。
「みんな、レース中に能力試してみようよ」
「よーし」
一番このゲームの経験者である絵里をいつのまにかリーダーとして、
結束あるチームができようとしていた。
----------------------------------------------------------
第二戦。海沿い浜辺のコース。
スタート順はさっきと変わらず、マルコ恐竜ゴリラ絵里れいな小春新垣さゆみ。
今度はさゆみも走りきるつもりだ。
コース横で練習して、人並みの感覚は掴んだ。
スタート位置につく。
シグナルが、赤、、赤、、緑!
- 211 名前:B-3.ソニック・ザ・スクールガール 投稿日:2006/03/12(日) 03:40
- マルコは相変わらずロケットスタートを決め、絵里も今度はロケットスタートを決めた。
が、
後方から小春が、その二人を頭上からすっ飛んで追い越してトップに立った。
ゲームバランス無視の超超超超ロケットスタートを決めたのだ。
これには小春以外の4人も驚いたが、誰より小春が一番驚いていた。
小春は戯れに、自分の車のアクセルをマックスに押し込みながら、
能力で車をムリヤリ静止させていたのだ。
スタートと同時に能力を外して、エネルギーを開放した結果だった。
すっ飛んでいった小春は、コースの半分ほどまでのショートカットを決め、単独トップ。
<現在位置
小春 マルコ絵里恐竜れいなゴリラ さゆみ新垣>
小春も、絵里ほどヤりこんでないとはいえ、経験者だ。
スタートの利を生かして、トップを走る。
が、それでもマルコはじりじりと詰めてくる。
浜辺、波打ち際のぎりぎりのところを攻めたコーナリング。
すぐ後ろにつける絵里がアイテムのこうらで転倒させようとするも、マルコはうまく交わす。
クラッシュはさせれず、マルコをスピードに乗らせない程度の効果しかない。
- 212 名前:B-3.ソニック・ザ・スクールガール 投稿日:2006/03/12(日) 03:41
- マルコはいつしか小春の後ろに迫っていた。
小春も焦る。マシンでブロックしようとするが、そのブロックをも交わすマルコ。
マルコが小春を抜き去ろうとした、入り江のコーナー。
海の上を走ってきたさゆみが、マルコに体当たり! マルコとさゆみ、砂地にクラッシュ。
さゆみは能力で海面を凍らせて、ありえないショートカットを実現させていたのだ。
コース脇で転がっているマルコとさゆみを、絵里、恐竜、ゴリラ、れいなと抜いていく。
マルコも体勢を立て直して走り出すが、現在6位。
< 小春 絵里恐竜ゴリラれいなマルコさゆみ 新垣>
小春、残すところあと一周。
このまま順調に走れば小春が1位でゴールだ。
現在2位の絵里はすでに、自分の後ろのドライバーをブロックしながら走る戦法に切り替えていた。
(ここで足止めしておけば、小春が勝つ)
絵里のサポートも効いて、小春トップでゴールイン!
1位 小春 1:35:054
2位 絵里 1:42:992
3位 れいな 1:44:152
4位 マルコ 1:48:620
5位 ゴリラ 1:48:853
6位 さゆみ 1:52:009
7位 新垣 1:53:999
8位 恐竜 1:55:342
- 213 名前:B-3.ソニック・ザ・スクールガール 投稿日:2006/03/12(日) 03:42
- ------------------------------------------------------------------
小春の勝利!
が、喜びを分かち合うのもつかの間、
結果が表示されているコース上に突如、
[ next.... the final race! ]
の文字が現れた。
再び自動的に、スタート直前の場面に風景が切り替わる。
突然はじまる第三戦。
第一戦と同じコース。
スターティンググリッドにつく。
前から順に、
怪獣、姫、小人、小春、絵里、れいな、さゆみ、新垣。
気持ちの整理もつかぬまま、
赤、、、赤、、、緑!
- 214 名前:B-3.ソニック・ザ・スクールガール 投稿日:2006/03/12(日) 03:43
- 慣れた小春は超×4ロケットスタートを決めるが、
その横、まったく同じ軌道ですっ飛ぶ怪獣の姿。小春はこれに面食らう。
しかも空中でガシガシ押された小春は、コースアウト。
ショートカットでほぼ半周ぶん一気に稼いだ怪獣が単独トップ。
小春は単独ビリ。
< 怪獣 姫 絵里小人れいな さゆみ新垣 小春 >
トップを走る怪獣の走りは、完全にゲームバランスを無視していた。
あっという間にさゆみ、新垣、小春を周回遅れにすると、
れいなと小人をまとめてふっ飛ばし、絵里にはアイテムを使いクラッシュさせ、
周回遅れで2位の姫と並走しながら、ゴールしたのだった。
1位 怪獣 0:58:876
2位 姫 1:40:433
3位 絵里 1:59:540
4位 れいな 2:01:676
5位 小人 2:06:008
6位 さゆみ 2:06:992
7位 小春 2:06:999
8位 新垣 2:09:811
- 215 名前:B-3.ソニック・ザ・スクールガール 投稿日:2006/03/12(日) 03:45
- ------------------------------------------------------------------
絵里が頭を悩ます。
「あの怪獣、ありえない……設定おかしい」
さゆみが考えている。
自分が走りで貢献できない分、作戦で役に立とうとしている。
「こっちも能力全開でいこ。
まず、小春のミラクルロケットスタートだけど、これは絵里に」
「はい」
「走りながらガキさん見てましたけど、敵の持ってるアイテムを、
すれ違ったとき盗めるみたいですね」
「そう、そうなんだよw やってみたら出来た」
「ガキさんは、怪獣のアイテムをできるだけ奪う」
「おっけー」
「れいなは、絵里の後ろにつける形で、絵里をサポート。
絵里になにかあったられいなが1位取っちゃって」
「よしゃ」
「私は、海辺ならショートカット狙い。
そうでなければ、路面を凍らせて、敵の邪魔を」
第四戦。
第一戦第三戦と同じコース。
赤、、赤、、緑!
一斉にスタート!
- 216 名前:B-3.ソニック・ザ・スクールガール 投稿日:2006/03/12(日) 03:45
- 絵里と怪獣が、ゲームバランス無視のスタートで半周稼ぐ。
怪獣が押して来るのを読んでいた絵里はうまくかわした。
怪獣が1位、ほぼ並んで絵里が2位。
< 怪獣絵里 れいな姫 小人小春 新垣 さゆみ >
怪獣のスピードはそれでも設定間違いのような速さ。
どんどん絵里を離していく。
絵里もこのコース三回目、今まででベストの走りをしていたが、
怪獣はそれより数段速かった。なにせ基本スピードが違う。
あっという間にさゆみに追いつこうとする怪獣。
さゆみは今回、速く走ろうとはしていなかった。
適度にスピードを保ちながら、怪獣を氷でスリップさせるタイミングを狙う。
怪獣は絵里と3秒差をすでにつけていたが、これはさゆみにとって好都合だった。
2台が競っていた場合、怪獣だけをスリップさせるのが難しいからだ。
さゆみの横をすり抜けようとする怪獣、の足元にさゆみはさっと氷を張った。
突然の氷にタイヤを取られスリップする怪獣。回転しながら目の前の柵に大激突。
氷を解除したところを、絵里が駆け抜けていった。
絵里とさゆみ、アイコンタクト。
- 217 名前:B-3.ソニック・ザ・スクールガール 投稿日:2006/03/12(日) 03:47
- 怪獣はまたコースに復帰し、走り出した。
驚異的な加速で、再びさゆみに迫る怪獣。
さゆみは怪獣の前に氷を張ったが――
怪獣は車体ごとジャンプして氷をかわした!
そもそもこのゲームにジャンプは機能としてついていない。最強怪獣。
さゆみは予想外の動きにあっけにとられて、抜かれてしまった。
次にすぐ新垣の後ろに迫る怪獣。
怪獣に抜かれざま、新垣は怪獣のアイテムを盗む。
姿を消せるアイテムだった。あまり意味がない。道端に捨てた。
怪獣の姿がすぐ目の前に。
新垣は自分のアイテムである赤こうらを、怪獣に向けて放った。
しかし怪獣は自らスピンして、赤いこうらを跳ね返してきた!
当然これもゲームとして存在しない技。
新垣は虚を突かれて赤こうらを食らい、クラッシュ。
- 218 名前:B-3.ソニック・ザ・スクールガール 投稿日:2006/03/12(日) 03:48
- 小人と小春を抜きにかかる怪獣。
小人はあっさり抜き、小春も抜き去る。
が、小春の前に立った瞬間。小春が能力で怪獣のマシンの挙動を止める。
減速。そしてまた加速。減速、また加速。
小春が後ろからマシンを綱で引っ張るようにして足止め。
すると怪獣は、後ろに向けてバナナを投げつけてきた。
これも特殊技。
小春、滑ってクラッシュ。
トップは絵里。かなり離れてれいな。
残すところ一周。
れいなの後ろにぐんぐんと、怪獣が迫ってきていた。
れいなは能力技をできれば使いたくなかった。
とんでもなく疲労するのが目に見えていたからだ。
でも今が使いどころ。それは重々承知。
後ろに迫る怪獣の姿を確認すると、れいなは猫に変身した。
そして猫手で、ハンドルを超神速のスピードで左右に回転させる。
それに連動して車体が左右にゆらぎ、れいなの車の残像がコースを塞ぐように連なった。
れいな必殺のニャンニャンニャンディフェンス!
- 219 名前:B-3.ソニック・ザ・スクールガール 投稿日:2006/03/12(日) 03:49
- これには怪獣も驚いたのだろうか、さすがに減速。
しかしこのままでは負けると思ったのか、怪獣はなんと残像に突っ込んだ。
れいなと怪獣、共にクラッシュ。
クラッシュして転がるれいな、の横、怪獣は、空中で体制を整え、
倒れることなくコースに復帰! 加速して走り出した。
ぐんぐん詰める怪獣。基本のスピードが違う。
絵里がラストのコーナーを回ってストレート。
怪獣もラストコーナーを回って5連の赤こうらを打ってきた(もちろん通常はなし)
絵里はそれをなんとかかわしてゴール!
1位 絵里 1:14:235
2位 怪獣 1:15:002
3位 姫 1:41:823
4位 れいな 1:55:333
5位 小春 1:57:352
6位 小人 2:02:783
7位 新垣 2:27:000
8位 さゆみ 2:32:744
絵里が1位を取るやいなや、5人の少女の姿は、ゲームの世界から消えた。
- 220 名前: 投稿日:2006/03/12(日) 03:50
-
- 221 名前:B-4.ソニック・ザ・スクールガール 投稿日:2006/03/12(日) 03:51
-
高校の噴水前。
絵里はTSを持ったまま座っていて、
それを取り巻くように4人。ゲーム画面を眺めている。
「ふーう、帰ってきた!」
絵里はTSの電源をすぐ落として、ふたを閉じる。
首をまわす新垣、背を伸ばす小春、ぐったりして近くのベンチにねそべったれいな。
さゆみは絵里からTSを返してもらうと、真っ黒いカートリッジを抜き取って、眺める。
「いったいなんだったんだろうこれ」
新垣が言う。
「とりあえずJCLに持ってって、石川さんに解析してもらお」
「そうですね」
「しかし今回怖かったなあー。
だいぶクラッシュしたけど、体はなんともないね」
「体感はしてましたけど、きっと夢を見てるのと同じような感じだったんでしょうね」
絵里がふああ〜とあくびして、校舎の壁にある時計を見た。
12時30分ちょうど。
時間が全然経っていない。昼休みはまだたっぷり。
「なんか頭が疲れた感じするなあ〜」
- 222 名前:B-4.ソニック・ザ・スクールガール 投稿日:2006/03/12(日) 03:56
- 小春はベンチに寝ているれいなに駆け寄った。
「れいなさん、大丈夫ですか?」
「んー、きっつい、マジきっつい」
「なんかほしいものあります?」
「ない。とりあえずゲームはしたくないっちゃ」
「はははw」
れいなは体を起こして、うめくように言う。
「さゆー、保健室で寝るし5時間目休む。先生に言っとって」
「わかったー」
「なんか一日中ゲームしとったような気分」
れいなはボソッとそういうと、保健室へ向かっていった。
小春は5時間目に苦手な英語があるとかで、あっ予習しなきゃ! といって、
急いで教室へ戻っていった。
出来たばかりの友達と予習するのも楽しみのうち。
新垣がまた首を回すと、さゆみから黒カートリッジを受け取った。
「JCL持ってくわ」
「今からですか?」
「うん。結構危険なモノだし。授業出てもどーせ寝そうだしw」
絵里が新垣の横であくびした。
「ふあ〜私もJCLいこっかなあ」
「いこいこ。JCLのリラクゼーションルーム、これけっこういいんだー」
「わ〜使ったことない」
「今日確か石川さんいないからさ、こっそりタダで使えそう」
「いこいこ!」
「じゃーね、さゆ」
「またねー」
- 223 名前:B-4.ソニック・ザ・スクールガール 投稿日:2006/03/12(日) 03:56
-
さっさか去っていった二人を見送り、さゆみは噴水前のベンチに腰掛ける。
陽射しが優しい。後ろから聞こえる水の音。
風は、そよそよと頬に当たり、髪をわずか揺らす。
なんとなく体を横にする。
このままでは寝てしまいそうだ。
(れいなが五時間目休むこと、先生に伝えなきゃな……)
(五時間目、なんだった、っけ……)
从*- 。.-)zzz・・・
- 224 名前: 投稿日:2006/03/12(日) 03:57
-
- 225 名前: 投稿日:2006/03/12(日) 03:58
- 次週は作者帰省の為休載致します。
- 226 名前: 投稿日:2006/03/12(日) 03:59
-
- 227 名前:ふぐつら 投稿日:2006/03/12(日) 04:12
- >>190 初心者さん
ありがとうございます。
レインボーピンクが衝撃的すぎてついw
戦闘だと会話が少なくなってしまうんで、
こんな感じに日々の掛け合いをはさんでいけたらいいな。
また次の更新も読んでやってください。
>>191 名無飼育さん
キャラはリアルと飼育のいいとこどりでw
生き生きした感じにしたいです。
また楽しんでもらえるといいな。
- 228 名前:初心者 投稿日:2006/03/26(日) 01:59
- 更新お疲れ様です
この世界に来てしまいましたか
ゲームもってるのもあって凄く楽しかったです
でもさゆはれいなの伝言を・・・・でも寝ちゃうさゆも可愛い
次回更新楽しみに待ってます
- 229 名前:8-1.地下100Mの引き篭もり(前編) 投稿日:2006/03/26(日) 03:59
-
とある晴れた日。
さゆみと絵里が駅近くのラーメン屋でずるずる食っていると、
さゆみのケイタイが鳴った。
ぴろぽんぽんポロリ〜ン♪
「ぅも、もひもひ?」
食いながら出た。
『あーもしもし、れなっちゃけど。招集かかった』
「ほーい」
『絵里もおると?』
「うん一緒」
『ほんじゃ二人で事務所いって。うちらも行くし』
れいながうちら、と言ったのは、決して嘘ではない。
れいなは小春と一緒にゲーセンで遊んでいたのだ。ひとりじゃないのだ。
最近なにやら仲良しなのだ。ヤンキーと優等生と言う妙な取り合わせだが、
どちらも気の強いところがあるので、そこが合うのかもしれない。
勘定して、ラーメン屋を出る。
絵里がふくらんだ胃のあたりを、ぽん! と叩いた。
「くったあ〜」
「けっこう美味しかったね」
「調子乗って大盛りしちゃったけど、普通でよかったかなあ」
「スープにもうちょいコクがあれば完璧だったのにな」
さゆみは手帳になにやら書き込んでいる。
- 230 名前:8-1.地下100Mの引き篭もり(前編) 投稿日:2006/03/26(日) 04:03
- 絵里がのぞきこんだ。
「なに書いてんの?」
「さっきの店の評価」
「マメだねえ」
「ここらへんで一番美味しいラーメン屋さんが知りたいの」
さゆみはカワイイ顔で真面目にそういった。
「別に私もラーメン嫌いじゃないからいっけどさ」
といって、絵里は腹をさする。
さゆみのラーメン道中に、一週間ぐらい前から付き合っているのだ。
都合が合うときは新垣も来るのだが、このところ忙しいらしく、
絵里ほどには参加できていない。
さゆみと絵里はてくてく歩いて、JCLビルに着いた。
事務所に行くと、受付には高橋、その横に石川がいる。
「あーさゆ、なんかヒサブリな感じ」
「こないだ会ったじゃないですか。エコ何とかの仕事で」
「でも長いこと見なかった気がする。あんときありがとね」
「楽しかったし、ぜんぜんいいです」
さゆみが暇して事務所に遊びに来ていたとき、
石川が事務所に帰ってきて、一人誰か手の空いてる人きて、と言うので、
さゆみは一緒に行ったのだった。
変な扮装をして少しの間立っているだけの、コンパニオンみたいな仕事で、
それでなかなかいい金をもらえたので、さゆみもおいしかった。
「そっちの子は?」
と石川が絵里を見て、聞いた。
「あれ、初めてですか」
「うん」
亀井が答える。
「亀井絵里です。よろしくお願いします」
「石川です。よろしくね」
- 231 名前:8-1.地下100Mの引き篭もり(前編) 投稿日:2006/03/26(日) 04:05
- 続いて、れいなと小春が事務所に来た。
「あー石川さんこんちはーっす」
「こんちわーっす」
れいなの真似をするように、小春も挨拶した。
にっこりして石川が答える。
「こんちわ」
「あれ、ガキさんまだきてないですね」
そういって、れいなが事務所を見回す。
「マメは現場に直行してもらう。出先から近くてね」
「どこっすか現場って」
「じゃ話そっかな」
石川はめがねをかけると、女教師よろしく伸びる支持棒をくるくる回した。
ホワイトボードをカラカラ引っ張ってきて、タン!とのばした棒を当てる。
「今日いってもらう場所は二つあって、
一つは営業。JCLのお得意さまだから、よろしくね。
指名きてる。れいなとマメ」
「うへー」
れいなが嫌そうな声を出した。
お得意様というと、お金を持っている人たちなわけで、だいたいおっさんの集団だからだ。
石川がたしなめる。
「れいな、現地でその顔はやめてね。にゃ、とかやっといてよ。
マメはいつもどおり手品でよろしく。
小春も営業いってもらうね。マメのサポート」
さゆみは、なるほどな、と思った。
小春の能力があれば、手品に幅が出る。
- 232 名前:8-1.地下100Mの引き篭もり(前編) 投稿日:2006/03/26(日) 04:07
- 「もう一つはね、なんて言ったらいいかなあ……、
花菱グループってわかる?」
「旧財閥系のグループですよね」
さゆみがすぐ答えた。
「せいか〜い。
その花菱の跡取りが、引き篭もっちゃったらしくてね。
引きずり出すのが仕事」
さゆみが再び手を上げた。
「質問いいですか」
「どうぞ」
「引きずり出すのに、手段は選びません?」
石川は片目をつぶって親指を立てた。
「いい質問だね〜さゆ☆ 仕事に対する姿勢がうかがえてグーだよ。
ある程度荒っぽいことをしてもいい、とは承ってるけど、
できたら交渉でなんとかしてほしい。後々面倒にならないためにもね」
「大丈夫かなあ……」
亀井が不安そうにいった。
「まあ何年も引き篭もりってわけじゃなくて、
篭ったの最近らしいし。
とりあえず、高橋も連れて3人で行ってきて」
石川にそう言及された高橋本人は、パソコンの前でカタカタやっている。
すでに話は聞いているようだ。
石川は支持ペンをくるくる回した。
「実力行使が必要なようなら、よっすぃーも行かせるから事務所に連絡してね。
でもできるだけ話し合いで。
高橋の頭脳と、さゆの色気と、絵里の可愛さに期待する」
色仕掛けを話し合いというかどうかは置いておいて、
それもありなら、うさちゃんピースも小首傾げも辞さない、とさゆみは一人思った。
石川は、さあ、と景気づける。
「じゃそろそろ出発!
高橋が出ると誰もいなくなっちゃうから、私は留守番しとくね。
つーことで、よろしく〜」
テンションの高い石川に押されるように、みんなは事務所を出た。
- 233 名前: 投稿日:2006/03/26(日) 04:08
-
- 234 名前:8-2.地下100Mの引き篭もり 投稿日:2006/03/26(日) 04:11
-
さゆみ、絵里、高橋は、花菱の邸宅の門の前に着く。
「おっきいねー」
絵里が思わず口をついた。
年季の入った黒い大門は、どっしりと佇んでいる。
さゆみが花菱邸の門を仰ぎ見ながら聞く。
「高橋さん」
「ん?」
「相当な門ですね、これ」
「でかいね」
絵里が門の柱をぺちぺち触っている。
ただ大きいだけではなく、歴史を感じさせる。
3人はやたらデカイ邸宅の門をくぐった。
目の前には建物がなく、手入れの行き届いた庭園が遠くまで広がっている。
さゆみが隣の高橋に話しかける。
「高橋さん」
「ん?」
「今思ったんですけど、すんなり門通っちゃいましたね」
「うん」
「もっとこう、チェックとかあるのかと思いました」
「ここが花菱の邸宅だってことは、一般には知られてない。
ちょっとした観光スポットにはなっとるけどね」
「そうだったんですか」
「門に表札とかなかったでしょ」
「ああそういえば」
しばらく歩いていると、邸内に旅行者らしき人の姿がちらほら見えだした。
ほんとだ、とさゆみは思った。
- 235 名前:8-2.地下100Mの引き篭もり 投稿日:2006/03/26(日) 04:12
- 高橋は手元のメモ、というか緑表紙の本を見ながら、2人を先導する。
もともとそれほど有名な観光スポットでもなく、人の少ない邸内でも、
さらに人の少ない、隅っこのなんてことない庵に着いた。
3人は入って、長椅子に腰掛ける。
高橋は、座ったまま椅子の下に手を伸ばすと、なにやらボタンを押す動作をした。
そして姿勢を正すと、
「JCLの高橋です。スタッフを連れて参りました」
と大きい声でもなく言った。
古めかしい庵の天井から、お待ちしておりました、と低い声が響き、
庵の内部がそのまますーっと降下しはじめた。
エレベーターになっていたのだ。
これにはさゆみと絵里、ちょっと驚いた。
庵型エレベーターはいったん下ったあと、
しばらく地面と平行に進んで、また上昇した。
エレベーターというよりは、地下シャトルだ。
- 236 名前:8-2.地下100Mの引き篭もり 投稿日:2006/03/26(日) 04:13
- 大きな振動がして、どこかに到着した。
扉が開くと、そこには黒いスーツを来た体のデカイSPが二人、仁王立ち。
その後ろには、かなり広い造りの平屋がある。
まるで、国賓を迎えるゲストハウスのようだ。
あそこが引き篭もりの暮らす場所なのだろうか。
高橋は先に降りると、ブリーフケースから封筒を出して、SPに渡す。
SPは封筒の中身を取り出し、開いて確認すると、どうぞ、と低い声で言った。
家のほうへ歩いてくデカイ二人に従って、高橋たちも行く。
家の周りには、森しかなかった。
高橋たちが降り立った場所と、一本続く道と、平屋。
その周りを鬱蒼とした森が取り囲む。
高橋は、こういうところなら静かに本が読めるだろうな、なんて思っていた。
さゆみは、どこなんだここはという疑問と、
これだけの敷地を構えるにははどれほどの金が、という考えに支配されていた。
絵里は、これだけ周りに緑があったら目が悪くならなそうだなー、と思っていた。
- 237 名前:8-2.地下100Mの引き篭もり 投稿日:2006/03/26(日) 04:15
- SPが平屋の玄関の鍵を開けた。
SPは中に入ろうとせず、高橋たち3人を中へと促す。
3人はかなり広めの玄関で靴を脱いだ。
脇には熊が鮭を加えた木彫りの置物がある。
日本画や、日本人形なども飾ってあった。
SPの一人が玄関の外から言う。
「私たちの入室は許可されておりませんので、ここで失礼します」
「分かりました。ご苦労様です」
「では」
とSPが二人並んで頭を下げた。
そして帰りがけに、一人が言う。
「ご武運を」
平屋の内部は大雑把なつくりになっていた。
真ん中に30畳ほどの客間。東側には台所風呂トイレなどの設備。
南側には大きな庭。庭の横を伸びる廊下の先、はなれに8畳ほどの部屋がある。
綺麗な庭を横に見ながら、3人は廊下をひたひた歩く。
絵里がきょろきょろしながら歩いているので、少し遅れている。
高橋とさゆみが部屋の前に着いた。
この平屋全体に掃除のゆきとどいた清潔感が漂っているためか、
引き篭もりの部屋の前だが、嫌な雰囲気は感じない。
「ここですね」
さゆみが高橋に言った。
「うん。とりあえず私が話しかけてみるね」
- 238 名前:8-2.地下100Mの引き篭もり 投稿日:2006/03/26(日) 04:16
- 高橋がノックする。
「こんにちは〜」
……
返事がない。
「少しお話させていただけませんか」
……
返事がない。
物音もしない。身を潜めているのだろうか。
戸の向こうの気配をうかがうさゆみの耳に、なにやら音が聞こえた。
ガガッ、と鳴った後、
『ここから出るつもりはありません。帰ってください』
となんと機械音声で返ってきた。
これにはちょっと高橋もムッとするが、抑えて、言葉を続ける。
「部屋の中入ってもいいですか?」
……
返事がない。
高橋が部屋のノブに手をかけて引っ張ると、
なんとそのまま部屋の戸が動いてしまった。
「あれ?」
「鍵かかってないじゃん」
絵里がおもわず言った。
- 239 名前:8-2.地下100Mの引き篭もり 投稿日:2006/03/26(日) 04:18
- 高橋がそのまま戸を開く。
8畳ほどの部屋は、がらんどうだった。
部屋の隅にスピーカーがあるだけ。音声はここから流れたのだろうか。
殺風景な部屋の床、一箇所に地下収納の扉のようなものがついている。
高橋がそれに両手をかけて、軽く引っ張る。鍵がかかっている。
「ここを開けてもらえませんか。顔を見て話がしたいんです」
高橋が床に向かって言うと、ガガッと、スピーカーが鳴った。
『ここから出るつもりはありません。帰ってください』
先ほどとまったく同じ口調で喋られた、音声が流れた。
らちが明かない。
高橋は軽くため息をついた。
「これじゃどうしようもないな……、よし、さゆ」
「はい」
「開けちゃって」
「壊せってことですか?」
「うん」
「実力行使なら、吉澤さんに来てもらってからでも」
「まだ話もできてないからねえ。とりあえず顔をつきあわせたい。
部屋の中まで壊さないように加減して、やって」
高橋もなかなか頑固だ。
呼びかけに機械音声で答えられたのが、ちょっとカチンときてるのだろう。
このままでは確かに何も進まない。
(吉澤さんを連れてきても、扉を壊そうとするだろう。だったら同じことか。)
- 240 名前:8-2.地下100Mの引き篭もり 投稿日:2006/03/26(日) 04:20
- 「わかりました。離れて、防御しといてください」
「ん」
高橋は、大きく息を吸った。
「今から入り口をこじ開けます。扉から離れていてください!」
と下に向かって叫んだ。強行突破の決意は固い。
高橋と絵里はできるだけ離れて、フロウをまとった。
さゆみが小さめの冷気弾をぶち込む。
ズガン!と音がして、扉には穴が開いた。
高橋が穴の開いた扉に手をかけて引っ張ると、ギギギと音を立てて開いた。
3人は覗き込んだ。小さな入り口の中は薄暗い。
よく見ると階段があった。
階段の先はよくわからない。電気もないようだ。
「なんだこりゃ。ダンジョンか」
と高橋が思わず呟く。
「高橋さん」
とさゆみが促す。
「うん。様子見るわ」
高橋はフロウを地下入り口に浴びせて、目を閉じる。
緑表紙の本を開いた。
「うわ、ページ多い」
さゆみと絵里も、高橋の横からのぞく。
目次をなにげなく見た絵里が、うええええ? と変な声を上げた。
「どしたの絵里」
さゆみが聞いた。
「ここ、ほら……B30って……」
「ほんとや!」
高橋が声を上げた。
B1、B2と続く数字が、たしかにB30までふってある。
絵里が不安そうに言う。
「これって地下30階て意味ですよね」
「うん。そうや。なんじゃこれ」
「これ、3人じゃキツくないですか?」
さゆみが聞いた。
「そうやね。いったん事務所帰ろう」
3人は引き返すことになった。
- 241 名前:8-2.地下100Mの引き篭もり 投稿日:2006/03/26(日) 04:21
- --------------------------------------------------------
JCL事務所にて。
高橋が緑本を開いて見せながら、石川に説明をする。
「ということで、地下が30階まであったんですよ」
「ふーむ、そりゃ予想外」
石川も困り顔だ。
「……大人数で行ったほうがいいか」
「ですね」
「明日、営業組も一緒にして全員でいってみよう。
じゃ今日はこれで解散!」
思ったより早く解散となった3人。
絵里がさゆみに聞いた。
「さゆ、どうするーこれから」
「郊外に美味しいって評判のラーメン屋台があるから、いこ?」
「え〜、さっきも食ったよ」
「今度のはちょっと違うの。エビラーメンなの」
「らーめんじゃん……」
絵里がイマイチ乗り気じゃなかったので、さゆみは高橋も誘うことにした。
「あ、高橋さんも行きません?ラーメン。かなり美味しいらしいです」
「食べたいな。行く」
高橋が一番好きなことは、部屋での読書だが、
実は、付き合いは良いタイプだ。
読書家ほど、実践の少なさが弱点になることを知っている。
友人とは、出不精な自分に実践を提供してくれる貴重な存在である、と高橋は考えている。
3人中2人が行く気になってしまって、なんとなく絵里も否定しにくくなったが、
まいっかー美味しいらしいしお腹は空いてるし、と思うことにしたのであった。
- 242 名前: 投稿日:2006/03/26(日) 04:21
-
- 243 名前:8-3.地下100Mの引き篭もり 投稿日:2006/03/26(日) 04:25
-
次の日。
事務所に全員が集まった。
石川を中心に、吉澤、高橋、新垣、さゆみ絵里、れいな小春、がかたまって座る。
さゆみがれいなにヒソヒソ聞く。
「れいな、どうだった営業」
「ちょろいちょろい。笑顔で、にゃ☆ とか言えば、
おっさん喜んでたし」
「へえー」
新垣が口をはさむ。
「手品も小春との連携でうまくいったしね〜」
「驚いてましたねぇー」
小春も思い出しながら言った。
れいながさゆに尋ねる。
「引き篭もりのほう、すんなりいかんかったと?」
「思ったより、ずっと地下に引き篭もってた」
「うわ、キモそう」
れいなは吐き捨てた。
吉澤はひさしぶりにみんなで集まったのが嬉しいのかはしゃぎぎみで、
小春にちょっかいを出したりしている。
絵里はその横で、ちょっと眠そうな顔をしていた。
石川のお話が始まる。
「はいみんな聞いてー。
昨日は営業組お疲れ様。評判は今までで最高☆ またよろしく。
さて今日は、花菱のほうに行ってもらいます。
もう聞いてるかもしれないけど、
予想より手ごわそうなので全員でいくね。
では地下室の詳細について高橋から」
- 244 名前:8-3.地下100Mの引き篭もり 投稿日:2006/03/26(日) 04:30
- 高橋が本を開く。
「地下30階まである建物で、下にだけでなく横にも広くなってます。
建造されたのは2年前。新しいです。
照明はおびただしい数が付いていて、外より明るいぐらいだと思われます。
各階に侵入者を排除するためと思しき機器類が多数。
しかし各階のスペースは広く取ってあり、客室も多数。
これは、この建物が公共の用途に使われる予定だったことを示唆していますが、
それはおいといて。
最下層の地下30階には大きな広間があって、ここは特に広い居住空間になっているので、
まず間違いなくここに引き篭もっているでしょう。
地下30階へつながるルートが5本あり、うち4本はおそらくダミー」
石川が補足する。
「この五本のルートをいっぺんに攻めます。
ほんとは二人一組で全ルート行きたいところだけど、
いまうちには、あたし入れても8人しかいないからね。
1、1、2、2、2、で行くね」
「まず、第1ルートをよっすぃ。
2ルート、あたし。
3ルート、絵里とさゆ。
4ルート、れいなと小春。
5ルート、高橋とマメ。
細かい指示は地下入り口でまた。
よし、じゃみんな行くよ!」
- 245 名前:8-3.地下100Mの引き篭もり 投稿日:2006/03/26(日) 04:33
- ---------------------------------------------------------------------
8人はJCLのマイクロバスに乗り込んでboomboom飛ばして、
バスの中は遠足気分でちょいとはしゃぎながらも、目的地に着いた。
花菱邸宅、平屋内、地下へ続く8畳間にて。
地下へ続く扉を、8人が円陣になって見据える。
「入り口せめーなあ。高橋、これホント中広いの?」
吉澤がいった。
「間違いなく広大です。
さらに、資料より広くなっている可能性もあります」
「マジで。まー飛びこまにゃ始まらんか」
吉澤はそう言って、手首の柔軟をし、首もコキコキ鳴らす。
石川が聞く。
「よっすぃ、調子はどう?」
「60%てとこ」
「本番でギアあげてくタイプだからねえ」
「中の様子によるな。ちょぃびびる〜」
吉澤はそう言ったが、顔が喜んでいるのは明白だったし、
部屋にいる誰もが、あこの人暴れられて楽しくて仕方ないんだな、と見抜いていた。
「じゃお先!」
「よっすぃ、ルート1だからね」
「どっちだっけ?」
吉澤はポケットに突っ込んであった、資料のコピーを引っ張り出す。
すでにぐちゃぐちゃだ。
「もう! 私のと変えたげる」
石川は無理やり取り替えて、
吉澤に持たせたまま赤ペンでルート1に線を引いた。
「このルートね」
「おっけーおっけー」
- 246 名前:8-3.地下100Mの引き篭もり 投稿日:2006/03/26(日) 04:34
- カル〜く返事した吉澤を、石川は不安そうに見ている。
この二人はなかなかいいコンビだな、とさゆみは思っていた。
年も近いし、JCLでの付き合いも長いのかもしれない。
「なんか怪しいし、途中まで一緒に行く」
「梨華ちゃん、信用してねえ〜」
「高橋、あとの指示よろしくね」
「はい」
石川は高橋にお願いして、吉澤と二人、地下へ消えていった。
高橋は緑本を開く。
「数字順でいいよね。
次、絵里とさゆ。ルート3ね。
確認のため、行き方言ってみて」
「入ってすぐの広間、正面の扉を開いて直進」
さゆみがすぐに答えた。
「オッケー。GO」
さゆみと絵里が、地下回廊に侵入した。
- 247 名前: 投稿日:2006/03/26(日) 04:34
-
- 248 名前:8-4.地下100Mの引き篭もり 投稿日:2006/03/26(日) 04:36
-
さゆみと絵里が、地下への階段を下り始めてすぐ、センサーライトが点いた。
やたらとハイテクだ。
二人で降り立った、地下一階のエントランスはかなり広い。美術館の展示スペースのよう。
遠くに見える、古めかしい西洋風の扉から、ルート3へ続いているはずだ。
もっとも、ルート3というのはあくまで、便宜上石川が勝手に番号を振っただけであり、
実際には、見取り図を見るに一番まっすぐ最下層へ向かってるような道順だった。
扉の前に着いた。
絵里が言う。
「ねえさゆ、この道って第一候補じゃない?」
「一番下までたどり着けそう、ってこと?」
「うん」
「そだね。図見た感じ、正門とおってまっすぐ行く、って感じだし。
すんなりいけばいいけど」
「大丈夫だってー」
絵里がヘラヘラして言うと、大きな扉を遠慮なく開いた。
広間と同じく、西洋風の装飾が施されたホテルのような廊下。
絵里はすたすた入り、さゆみはその後ろ、いちおう警戒しながら進む。
バターン!!
後ろの大きな音に、体をこわばらせた絵里とさゆみ。
扉が勝手に閉まってしまったのだ。
「へええ?」
絵里がへんてこな声を出して、閉まった扉を見る。
「絵里あぶない!」
さゆみが叫んで、絵里にのしかかる。
押し倒された絵里の頭を矢がかすめて、扉に刺さった。
- 249 名前:8-4.地下100Mの引き篭もり 投稿日:2006/03/26(日) 04:37
- 絵里とさゆみは恐怖に囚われながら、廊下の先を見る。
何人かのメイドが、いやメイドロボットが、弓矢を構えて立っていた。
『ハイジョシマス』
ユニゾンでそう言うと、ロボットは弓を引き絞る。
さゆみは跳ね起き、能力を発動して掌で空間をなぞり氷の壁を張った。
廊下をまっすぐ飛んできた矢が、氷の壁に次々刺さる。
余裕が出来たさゆみはため息をついた。
「いきなりくるなあ……」
「殺す気満々じゃん」
「矢はそんな速くないけど、狭い廊下だとちょっとやだね」
「さゆこのまま壁ごと進める?」
「うん大丈夫」
「じゃここ余裕だねー」
さゆみは氷の壁を盾のように構えたまま、ゆっくり歩みを進める。
畳二枚分ほどの大きさの壁は、飛んでくる矢を完全に防ぎながら、
じりじりとメイドロボットたちに迫る。
しかしロボットは退かない。
退避行動はプログラムされてないのかも、とさゆみは思った。
氷の壁隔てて3mのところまで来ても、まだロボットたちは矢を打ち続ける。
単純なプログラムしかされてないのだろうか。
さゆみと絵里のほうに、まっすぐ頭をめがけて、矢を打ち続ける。
- 250 名前:8-4.地下100Mの引き篭もり 投稿日:2006/03/26(日) 04:40
- 絵里が、どうしよ、と呟く。
絵里の能力では、ロボットを倒せるほどの力が出せない。
対人戦なら力をためて急所を打つこともできるが、機械の場合、破壊しないといけない。
絵里はマンオンザムーンを出して、肩に乗せてみたが、どうしょもない。
さゆみが言う。
「絵里、隙みてどれかロボットの後ろ取って。
この人たち単純だから、同士討ちしそう」
「うん」
絵里は矢の切れ目を見て、横から飛び出す。
絵里はJCLにおいてスピードのないほうだが、弓矢兵に遅れをとるほどではない。
一番近いロボットの背後に回って、両腕を取った。
ロボットたちはそのまま全員、絵里を狙う。
一番近い人間を狙え、となっているのかもしれない。
さゆみは氷の壁を解除して溶き、
ロボットの一人一人の頭を、
出っ放しになったモグラたたきのモグラをポコポコ叩くように、
リズムよく壊していった。
絵里が捕まえていたロボットも、頭を破壊されて止まる。
「さゆ、な〜いす」
「なんかゲームみたいにノリノリで撃っちゃったけど、かわいそうかなあ……」
「うーん……でも大丈夫だって、ロボットだしすぐ直るよ」
絵里はなんとかさゆみの罪悪感を減らした。
「そっかな、そだね」
- 251 名前:8-4.地下100Mの引き篭もり 投稿日:2006/03/26(日) 04:42
- 絵里は先へ歩き出した。
さゆみも、ロボットの倒れ重なる光景が気になりながら、
廊下をてこてこ歩いていく。
絵里は、廊下の突き当たり、エレベーターの横に、給湯室を見つけた。
薄暗い給湯室になんとなく入って、電気をつける。
流しの横に、冷蔵庫があった。
「喉かわいちゃった、ジュースないかなあ〜」
絵里が無邪気に冷蔵庫に近寄っていく。
さゆみの脳に、トラップ、ジュースあったとして毒入り、などの考えがよぎるが、
ここは給湯室として普通に使われているところだろう、
何かの施設になるはずだったみたいだし、と考えなおし、絵里の行動を見守る。
「あ、あるある。オレンジジュース」
冷蔵庫を開いた絵里が、嬉しそうに取り出した。
「はい、さゆ」
絵里が差し出したちっちゃい缶ジュースを受け取る。
缶の底を見る。賞味期限は切れていない。
絵里はもう、缶を開けて飲んでいた。
「絵里、全然気にしてないね」
ごくごく飲み終えて、ぷはー!と美味しそうな声を上げる絵里。
「ん、なにが」
「いちおう心配じゃない?」
「大丈夫じゃない?缶だし。
それにここ、もともと誰か招くとこだったんでしょ。
これも来客用だって〜」
絵里の言うことは間違っていない。
実際にどこでも見かける市販の缶ジュースだし、危険はほぼない。
ちょっと考えすぎかな、とさゆみは自分で思って、
ジュースの缶を開けて、ぐっと飲み干した。
- 252 名前: 投稿日:2006/03/26(日) 04:43
-
- 253 名前:8-5.地下100Mの引き篭もり 投稿日:2006/03/26(日) 04:45
-
地下回廊、ルート4に侵入したれいなと小春。
ルート4はわりと階段が多かった。
二人は、階段下りたり、なぜか上ったりまた下りたりを繰り返す。
後ろを付いてきてる小春が聞く。
「れいなさん」
「ん?」
「石川さんって、あんまり戦い向いてなさそうですけど、
大丈夫かなあ……」
「ああ、石川さん、能力は回復っちゃけど、
戦いにも使えるから心配せんで」
「そうなんですか?」
「そうらしい」
「へえー」
「むしろ戦いのほうが犠牲が出んからいい、とか言ってた」
「ぎせい?」
「ようわからんね」
階段が途切れ、だだっ広い所に出た。
今までの西洋ホテルのような内装から、一転、
子供の遊び場のような、カラフルな床や壁。
こんなとこ図にあっただろうか。
れいなは部屋を見回す。
小さな自動車の乗り物や、一輪車、フラフープ、
積み木、でかいスポンジブロックなどが無造作においてある。
壁際には上り縄が並んでいた。
小春は足元の大きなおもちゃ箱に、いろいろな遊具が詰まっているのを見つける。
- 254 名前:8-5.地下100Mの引き篭もり 投稿日:2006/03/26(日) 04:47
- 邪気のない風景に二人が面食らっていると、正面の扉が音を立てながら開いた。
赤黄青、色とりどりのカラーボールが吐き出されて転がってくる。
子供の遊ぶボールプールのような風景だ。
ボールが全て出ると、正面の壁はまた音を立てて閉まる。
「小春、フロウまとっとけよ」
「はい」
れいなが猫になって警戒していると、カラーボールたちはひとりでにバウンドし始めた。
二人の目の前で、カラフルな波が起こっているようだ。
ちらつく三原色は目にうるさい。
ボールたちは自らのバウンドでぶつかり合い、部屋を跳ね回りだす。
散らばった三色のボールが、広い部屋中の壁や床、天井でバウンドする。
特にれいなと小春を集中して攻撃してくる様子はないが、
時々無造作に飛んでくるボールを交わすのは、特に小春にとって至難の業だった。
猫れいなが、時々飛んでくるボールを、交わしたり叩き割ったりしている間にも、
小春はボールを交わしきれなくて、顔や腹にくらっている。
小春は自分の能力でボールを静止させもしてみるが、
小春が見ている間しか能力は効かず、しかもボールは無数にある。
一つのボールを止めている間に、死角から飛んできたボールをボディに食らった。
「ぐ」
小春が呻く。
フロウで防御してるといっても、普通に殴られるぐらいの威力がある。
壁でバウンドするボールの音は決してカワイイものでなく、重みのある響き。
お遊戯室になるところをそのまま武器にしたか、とれいなは思った。
れいな一人ならボールを交わしきって先に進むこともできるが、今は小春がいる。
れいなは小春の前に立った。
「れいなさん。私はいいからボール壊してください」
「いや、小春くらっとるし」
れいなは二人に迫るボールを次々叩き割りながら答えた。
- 255 名前:8-5.地下100Mの引き篭もり 投稿日:2006/03/26(日) 04:50
- 小春は、れいなに庇われながら考える。
ボールは無数に飛び交っている。
れいなはさっきからもう100以上のボールを割ったはずだが、
なぜか数が減っていない。
ふと、小春は足元を見た。床になにやら文字が彫ってある。
『 イロノコダワリ セカイヲヒラク 』
小春の前、れいなが息を切らしている。
「おかしい、、、全然、ボールが減らん」
「れいなさん。何か一色だけ壊してください」
「え、なんで?」
「なんか床にそんなこと書いてあったんです」
「わかった。じゃ、赤」
れいなは、赤いボールに絞って叩き割っていくが、
3色のうち1色だけを選んで壊し続けるというのは難しい。
れいなは、色の選別に加え、自分と小春の防御もしている。
猫の手も借りたい状況だが、猫はむしろ自分だった。
完璧によけきっていたれいなも、黄色や青のボールを避けきれず食らいだす。
小春は、その後ろでもどかしかった。
(自分がいなければ、ううん自分がもっと強かったら)
小春の能力は直接攻撃するタイプのものではない。
亀井との戦闘で勝ったとき、正直、自分が最強かと思ったが、甘かった。
最強のはずが、足手まといだ。
- 256 名前:8-5.地下100Mの引き篭もり 投稿日:2006/03/26(日) 04:52
- 小春は、なにか武器になるようなものはないか、足元のおもちゃ箱を探る。
お手玉、トランプ、ぬいぐるみ、水鉄砲――
小春はおもわず水鉄砲を手に取った。
(これでボールを撃ち壊せたら)
小春の握る、真剣に見つめるカラの水鉄砲の中にフロウを溜めていく。
ためしに天井に向けて撃ってみた。
バンッ!
重い音がして、天井に穴が開く。
(いける)
小春はれいなの肩越しに水鉄砲を構えると、フロウの弾を赤ボールに撃ち込む。
パーン! と割れて砕け散った。
コツを掴んだ小春は、速射で次々と赤いボールに撃ち込む。
ワイパーで拭ったように、端から割れて消えていく。
れいなは一瞬振り返り、驚きの表情を見せる。
「小春、なんだその力……」
「今できるようになりました」
「マジで?!」
「よかったです。お荷物になんなくて」
小春は次々と赤いボールを撃ち込んで壊していく。
おかげでれいなは防御に集中できた。
赤いボールを次々減らすのと同時に、
壊してないはずの黄色と青のボールの数も減ってきている。
小春の速射はますます冴え、次々と部屋のボールが消えていく。
- 257 名前:8-5.地下100Mの引き篭もり 投稿日:2006/03/26(日) 04:54
- れいながふと気がつくと、部屋の中のボールは、たった六個。
赤、黄、青が、2個ずつになっていた。
れいなが目の前に飛んできた青ボールを跳ね返し、
次に飛んできた赤ボールを小春が撃つ。
パーン!
赤いボールが壊れて消えるのと同時に、
部屋を跳ねていた黄色と青のボールも、一つずつかき消えた。
れいなが呟く。
「不思議ー」
「れいなさん、最後一個」
「おっけ」
れいなは広々としてきた部屋をまっすぐ、赤いボールへ駆け、
猫手を振るって、砕く。
部屋を跳ね回るボールは、一つもなくなった。
- 258 名前:8-5.地下100Mの引き篭もり 投稿日:2006/03/26(日) 04:55
-
跳ねる音が急に消えたせいで、二人の耳に不思議な残響感が残っている。
ボールが出てきた正面の扉がスーッと開いた。
れいなが一息つく。
「やった、通れる」
「……れいな、さん」
小春の声がか細い。
心配したれいなが振り返る。
ふらついた小春を、小さいれいなが支えた。
「バカ無茶するから。大丈夫?」
「……もう、ムリです」
「おい、小春!?
しっかりしろ!」
「……ねむ、い」
「は?」
小春は、れいなのひざを枕にして、すとんと寝てしまった。
& & & & & & & & & & & & & & & & & & &
・久住小春・ ラビットファイア
水鉄砲で射撃。中身はフロウの弾。
発射エネルギーを静止させストックすることで、驚異的な速射を可能とする。
普通のハンドガン以上の破壊力を持つが、
この能力使用後、極度の眠気に襲われる。
& & & & & & & & & & & & & & & & & & &
- 259 名前: 投稿日:2006/03/26(日) 04:56
-
- 260 名前:8-6.地下100Mの引き篭もり 投稿日:2006/03/26(日) 04:59
-
ルート5に侵入した高橋と新垣は、のんびりと進んでいた。
敵の気配もなく、一本道の廊下をひたひた歩くだけ。
新垣があくびをした。
「ふあ〜、なにも起こんないね」
「穏やかだね」
高橋を先頭にして、つまんなそうな顔した新垣が続く。
廊下の角、高値がつきそうな壷が鎮座している。
新垣はなんとなく、指でつんと押してみた。
そしてマイリトルシーフでかっぱらおうと――
「……里沙ちゃん」
高橋が非難する視線が、びしびし刺さる。
「じょ、冗談だって!」
「まあでも、なにか戦いに使えそうなものなら、
安いのなら持ってっていいかも」
「戦いおこんなそうじゃん」
「念のため」
「じゃ、よさそうなのあったら持ってく」
高橋が、いちおう軽めに周囲を警戒しながら歩いていく。
廊下のところどころに窓がある。
窓の外には田園風景が広がっている。地下なのに。
廊下を歩く人間の位置を把握して、それに対応して風景を映し出せるようだ。
たいしたもんだな、こんなとこにも金かけて、と高橋は思った。
右へ曲がったり左へ曲がったりするが、以前一本道の廊下。
二人がテクテク進んでいると、一つの大きな扉が目の前に現れる。
さすがに二人、警戒した。
新垣が手を組んで、背を伸ばす。
「そろそろなんか来るかな」
「そうだね。じゃ、いこっか」
「おしゃ!」
- 261 名前:8-6.地下100Mの引き篭もり 投稿日:2006/03/26(日) 05:01
- 高橋が、重そうな扉をギギギーと開けた。
中世ヨーロッパのダンスホールのようなだだっ広い部屋にでた。
いままでずっと廊下を歩いていたせいもあってか、
そうとう広い空間に感じる。
新垣が左足を前へ出すと、カチッ、となにか踏んだ。
違和感に思わず目をやる。
視界の左端、何かが飛んでくる!
新垣は言葉を発することなく、隣の高橋をなだれ倒す。
伏せた二人の頭上を数本の槍が飛び抜けていって、反対側の壁に刺さった。
新垣はぞっとする。
これまでの平和な道程から一転、生命を脅かすトラップ。
ちょっと、ちびりそうになった。
「……愛ちゃん……」
「うん、この部屋危険だね」
高橋も伏せた姿勢のまま床を見渡す。
あでやかな幾何学模様の描かれた床に、それに紛れ込むようにして、
ボタンらしきものが散らばっている。
避けて通れないほどの量ではない。
新垣がボタンとボタンの隙間をそっと歩こうとするのを、高橋が止めた。
「待って!」
「え?」
「動かないほうがいい」
「ボタン避けていけば」
「ボタンじゃないトラップが隠してあるかもしれない」
「……」
- 262 名前:8-6.地下100Mの引き篭もり 投稿日:2006/03/26(日) 05:03
- 新垣は言葉を返せなかった。
そのとおり、高橋の言うとおりだ。
ボタンは第1次のトラップで、その裏にまだトラップがあるかもしれない。
しかし、それを気にしていては先に進めない。
「でもさあ」
「大丈夫。うちのペアは最強だから」
最強? と新垣は思った。
新垣は戦闘系の能力者ではない。
高橋だって、まったくもって非戦闘系だ。
二人とも、れいなのようなスピードもないし。
どうやってここを突破するというんだ。
高橋が緑本を取り出す。
そうか、と新垣は思った。
「トラップの位置もそれでわかる?」
「わかる」
「資料見れば、仕掛けなんて怖くないね!」
「んー、この部屋は、分かったところでトラップ避けれない」
「なぬ?!」
高橋は緑本を新垣にも見せる。
開かれているページには、この部屋らしき平面図が描かれていて、
天井、壁、床に、無数の罠が仕掛けられている。
床のボタンから、圧力センサ温度センサ赤外線まで、
ありとあらゆるトラップがこの部屋に凝縮されていて、図がごっちゃごちゃだ。
- 263 名前:8-6.地下100Mの引き篭もり 投稿日:2006/03/26(日) 05:05
- 「なんだこの重装備……」
「で、ここで有効なのが里沙ちゃんの能力」
「はあ?」
新垣にはよく分からない。
このトラップを避けていく道など、存在しないのに。
高橋は、緑本をいったん閉じて胸元に持ってくると、また開いた。
そこには、高橋の大好きな作家の小説。
「里沙ちゃんは、本読んでるあたしを引っ張りながら進んで。
邪魔なものは能力でどけて」
「なるほど!」
新垣は高橋の前に立つ。
高橋は早速、大好きな小説を読みふけりはじめた。
新垣は、高橋のフロウの中。
高橋を先導しながら、新垣は、一歩ずつ進む。
天井から岩石が落ちてきた! が高橋のフロウで無効。
壁から銃弾の雨あられ! が高橋のフロウで無効。
床から噴き上げる数千度の熱風! が高橋のフロウで無効。
目の前に落ちて邪魔する岩石、瓦礫類を新垣が掴んでは捨て、掴んでは捨て。
このようにして、畳み掛けるように襲い来る罠を、
かわいそうなぐらい無視しながら、
高橋と新垣はあっさりと、この地下最難度の部屋を抜けてしまったのだった。
- 264 名前: 投稿日:2006/03/26(日) 05:06
-
- 265 名前: 投稿日:2006/03/26(日) 05:07
- 次回、
『地下100Mの引き篭もり(後編)』
- 266 名前: 投稿日:2006/03/26(日) 05:08
-
- 267 名前: 投稿日:2006/03/26(日) 05:09
- 次週と次々週作者荒行の為休載致します。
- 268 名前: 投稿日:2006/03/26(日) 05:10
-
- 269 名前:ふぐつら 投稿日:2006/03/26(日) 05:19
- >>228 初心者さん
ありがとうっす。
ゲーム持ってるんですねウラヤマシイ。
友達んちで借りてやってみたら面白くて、欲しくなりました。
さゆもれいなも、ゲームやりすぎで眠くなっちゃいましたがw
また頑張りますー。
- 270 名前:名無し飼育さん 投稿日:2006/03/26(日) 08:38
- うはー、よく出来てますね。
能力が上手に生かされててめちゃめちゃ面白いです。
ところで登場人物はこれ以上増えないんでしょうか。
ワクテカで待ってる人がいるんですけどw
- 271 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/26(日) 15:20
- 今回も面白かった
読んでてワクワクします
続きが楽しみです
- 272 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/26(日) 15:59
- 面白い。次回も期待してます
- 273 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/04/08(土) 21:04
- 面白いっす。
そして「取材」「帰省」「荒行」…荒行!?(w
言葉回しにすっかりやられてしまいました。
- 274 名前:9-1.地下100Mの引き篭もり(後編) 投稿日:2006/04/16(日) 07:01
-
ルート3を往く、絵里さゆ。
序盤の弓兵をのぞけば大した障害もなく、
割とのんびりと地下回廊を進んでいた二人だった。
緊張感をなくした絵里があくびをする。
「ふぁーあ。なんにも出てこないね」
「そだね」
いちおう緊張感を保ったまま答えたが、
さゆみも気持ちが緩んできていた。
行く手を阻まれたのは最初だけ。
あとは一本道をひたすら下るだけだった。
階段、廊下、また階段。
途中の広間に休憩所まであるという至れり尽くせり。
休憩所のドリンクコーナーでメロンソーダをグラスに注いだ絵里は、
ソファのサイドテーブルにコトンと置くと、そのまま横になった。
さゆみもドリンクコーナーでウーロン茶を注いで持ってくると、
絵里が横になった隣に腰掛ける。
休憩所には多くの西洋絵画が飾られていた。
さゆみは絵をぼんやり眺めながら、ウーロン茶を渇いた喉に通す。
- 275 名前:9-1.地下100Mの引き篭もり(後編) 投稿日:2006/04/16(日) 07:01
- 絵里が起き上がるのもめんどくさそうに、
メロンソーダに刺さっているストローを口で引っ張って、飲んだ。
「ぷはー! ここでずっと寝てたいな」
「気持ちわかる」
さゆみが苦笑いした。
「もうそろそろ着きそうじゃない?
見取図だとさあ、ほら、今いる休憩所、ここでしょ」
絵里が寝そべったままさゆみに図を見せる。
B29。
さゆみは警戒して進むことに注意していて、
図は絵里が持っていたから気がつかなかったが、
いつのまにか地下29階まで来ていたようだ。
「ほんとだ、もうちょっとだね」
「おーし、じゃ水分も補給したし、いっちゃおっか」
「うん」
絵里とさゆみはドリンクコーナーにグラスを片付けると、
休憩所の出口の扉を開いた。
豪華な下り階段。
今までのとは違い、ご丁寧に赤絨毯まで敷いてある。
足音の消される階段をソワリソワリと、
二人は降りていく。
途中、絵里が大きく息を吐いた。
緊張感が、隣のさゆみにも伝わってくる。
- 276 名前:9-1.地下100Mの引き篭もり(後編) 投稿日:2006/04/16(日) 07:03
- 二人が長い階段を降りたそこに、今までで一番の大広間。
広いが、物は何もない。
遠く向こうに、大きな扉があるだけだ。
絵里は思わず駆け出した。
さゆみも後をついていく。
見上げるようなその扉の前まで来た絵里は、
手を掛けることなく、ただ、立ちすくんだ。
「絵里?」
不思議に思ったさゆみも駆け寄る。
近寄ると、分かった。
そのとても大きな扉は、壁に描かれた絵だったのだ。
絵里がプチっとキレた。
「なんだよこれ!
ここまで来たってのに、絵ってなに絵って?!
だいたいこれ見てよさゆ」
絵里がそう言って示した壁には、
『 誠に残念で御座いました 』
とだけ書いてあった。
- 277 名前:9-1.地下100Mの引き篭もり(後編) 投稿日:2006/04/16(日) 07:03
- 「丁寧なのが余計むかつくっつーの!」
と絵里が叫び、扉の絵を蹴った。
ちょっと痛かったみたいで、蹴った足をさすっている。
コンクリでしっかり打たれたその壁は、
蹴ったり殴ったりでどうにかなるようなモノじゃないことが、
ひしひしと感じられた。
さゆみは横でショボンとなっている絵里をなぐさめる。
「別の道さがそっか」
「なんかもう怒った。マジ怒った。カチンときた」
「え?」
突然、絵里のフロウが練り出された。
さゆみがひるんで下がる。
壁の前ひとり立つ絵里はさらに、
フロウを部屋一杯まで広がりそうなぐらいに展開した。
(すごい)
絵里はもともとフロウの多いタイプ、だとさゆみは知っていたが、
それでも今の絵里のフロウ量はとんでもない。
- 278 名前:9-1.地下100Mの引き篭もり(後編) 投稿日:2006/04/16(日) 07:04
- 絵里はマンオンザムーンの月だけを右手に発現させると、
眼前に掲げて、そこにフロウを凝縮させる。
ただの模型が、煌々と輝く満月。
明るい夜の月じゃない。強烈なスポットライト。
絵里はその目も眩む満月を、剣玉の玉でも振り回すように、
頭上で回転させ始めた。
光の玉が絵里の周りを高速回転する。
軌道を目で追っていたさゆみは、光の残像に酔いそうに。
「まっすぐいってやらああああああ!!!」
& & & & & & & & & & & & & & & & & & &
・亀井絵里・ ブンブンサテライト
発光する月の球体を、フロウの糸で操ってブン回す。
工事現場の重機のような破壊力を持つ。
& & & & & & & & & & & & & & & & & & &
- 279 名前:9-1.地下100Mの引き篭もり(後編) 投稿日:2006/04/16(日) 07:05
- 絵里は工事現場の削岩機械となって、
壁をものすごい勢いで削っていく。
さゆみはといえば、無数に飛んでくる砕片を防ぐので精一杯だった。
フロウを展開して、さらに能力で氷の壁を随所に張る。
しばらく破砕音が鳴り響き、
ふと、音が消えた。
土煙る壁のほうにさゆみが目をやると、
壁には大きなトンネル入り口。
さゆみは粉塵の中、手を口で押さえたまま、瓦礫に気をつけ歩く。
トンネルの奥、薄煙の向こうに、光が見える。
この地下最深部で地上の光ということはありえない。
部屋に出たのだ。
見取り図をみるに、地下30階に部屋は一つ。
絵里は目的の部屋にムリヤリたどり着いたらしい。
さゆみは暗闇の中、前方の灯りを頼りに瓦礫をよけよけ。
足元と埃に気をつけながら、ようやく灯りの元へたどり着いた。
- 280 名前: 投稿日:2006/04/16(日) 07:05
-
- 281 名前:9-2.地下100Mの引き篭もり 投稿日:2006/04/16(日) 07:07
-
さゆみが部屋のカーペットを、踏む。
「さゆも到着〜」
と言ってさゆみの肩にぽんと手を置いたのは、新垣だった。
「ガキさん」
「みんな、さゆ来たよー」
そこは、広くて立派な応接室だった。
部屋の隅、高橋がやたら古そうな辞典を、床に座り込んで見ていて、
その横に石川が座っていた。
絵里はひとりがけのソファーでだれーっとしていた。
れいなと小春と吉澤は人生ゲームをしていて、
1つ空いてたコントローラーのところに新垣が戻っていった。
石川がさゆみに寄る。
「おつかれ、さゆ」
「みんな着いたんですね」
「そう。全員通じてたんだよ。
あ、っていっても、絵里とさゆのルートだけ閉じてたみたいだけどねw」
そう言って絵里を見た。さゆみも目をやる。
「絵里」
「疲れちゃったみたいだよw
あれだけのパワー出せば仕方ないけど」
- 282 名前:9-2.地下100Mの引き篭もり 投稿日:2006/04/16(日) 07:08
- ふとさゆみは、石川の服が汚れているのに気がついた。
さゆみの視線に気付いた石川。
「ああ、これ、来る途中でね。
ちょっと厄介な障害があって。
でも大丈夫。やっつけたし☆」
にこやかにそう答えたが、石川の能力は回復なのだ。
さゆみはそれを不思議に思った。
みた感じ華奢だし、パワフルに格闘するとは思えない。
さゆみはひとり思案していたが、答えも出ないのでやめた。
「あーもう! なんでここでマイナス2千万だよ!」
と、突然吉澤がコントローラーを床に叩きつけた。
「もうやってらんねーし」
とぼやいて吉澤は、床に大の字になった。
さゆみと目が合う。
「あー重さん着いたか。ごくろう」
「はい」
ふと目をやった吉澤のジーンズは、地下に新入する前より明らかに破れていた。
寝そべったままの吉澤がさゆみを見上げる。
「重さん、わりと綺麗なかっこしてんね」
「大したことないルートでした」
「最後は絵里がムリヤリ道作ったって感じだけどなw」
「吉澤さんのほう、どうでした?」
「まあまあ。
久しぶりにヒーロー気分味わえたかも」
相当暴れたのかな、とさゆみは思った。
- 283 名前:9-2.地下100Mの引き篭もり 投稿日:2006/04/16(日) 07:09
- 吉澤が勢いよく立ち上がる。
「よし、じゃ全員そろったし行くぞ!」
「ええー、これ終わってからにしません?」
れいながコントローラーを持ったまま、不満そうに呟いた。
人生ゲームのダントツトップだったからだ。
「もう終わり終わり!」
「はーい」
先輩のいうことなので、れいなも従う。
さゆみは、改めて部屋の中をきょろきょろ見回した。
入り口らしきものが見当たらない。
絵里がぶち抜いた壁の大穴と、その向かいにある勝手口のようなドアだけ。
「どこから行くんですか?」
さゆみの問いかけに、吉澤が、答える代わりに言う。
「高橋、開けて」
「はい」
高橋は床に広げていた辞典を持って大きな本棚のところへ行くと、それを収めた。
そして別の棚から、百科事典を引き抜く。
引き抜いた空洞の奥、高橋は思い切り手を入れた。
何かボタンが押された音がして、重そうな本棚がスライドしはじめる。
徐々に姿を現してきたのは、大きな鉄扉だった。
中に戦車でも納まっているのかと疑うほどの重量感。
ただでさえ広いこの待合室の壁の一面を、ほぼ占領している。
- 284 名前:9-2.地下100Mの引き篭もり 投稿日:2006/04/16(日) 07:09
- さゆみが圧倒されていると、石川が近づいてきた。
「最後の扉がこれみたいなんだよね〜」
「とても開けれそうにないですね」
「うん、多分絵里の能力でも」
吉澤が、突如フロウを貯めはじめた。
「だからあたしの能力でさあ――」
「よっすぃ!!」
石川が今までにない迫力で叫んだ。
ビクッとなった吉澤がフロウを解く。
「わ、わかってるってー。怪我するだけっていいたいんだろ」
「そのとおり」
「でもやってみたいじゃんか」
「ムリだって、これは。よっすぃの全盛期の力でも多分」
「そうはっきり言われるとムカツク」
「自分ではどう思うの?」
「いや、そうだよ、わかってるって。さすがにムリ」
「でしょう」
「はいはい」
- 285 名前:9-2.地下100Mの引き篭もり 投稿日:2006/04/16(日) 07:11
- 吉澤を制した石川が、さゆみに話を続ける。
「でね、力で開けるのはムリとして。ここ見てほしいんだ」
石川は扉の真ん中を示す。そこには小さく、
『
SEND
+MORE
MONEY
YEN OR DYE
』
と刻まれていた。
石川が、それとこれ、と言った。
さゆみが石川の顎で指すほうへいくと、
壁に、液晶画面がある。
そのすぐ下、パソコンのキーボードのような機械が、壁に取り付けられていた。
「パスワードですか」
「そうだと思う」
「ふーむ」
「どう?」
「ちょっと時間下さい」
「うん。
これみんな考えてたんだけど、全然わかんないんだよ。
もうさゆ頼み」
- 286 名前:9-2.地下100Mの引き篭もり 投稿日:2006/04/16(日) 07:12
- さゆみは扉の文字をにらみつける。
「もっと、金を、くれ。
円か、死か」
「直訳するとそんな感じだよね」
吉澤が後ろからちゃかす。
「花菱の金持ちのくせして、まだ金ほしいってのかよなあw」
石川が続ける。
「ちなみに、YENとかDYEってのは打ってみたんだけどね、反応なし」
そりゃそうだろうな、とさゆみは思ったが、言わなかった。
「センド、プラスモア、マネー」
さゆみの呟きに、石川が反応する。
「そう、そのプラスもよくわかんない。もっともっと、って強調?」
「ああーわかりました」
「マジで!」
「多分ですけど。
なんか書くものあります?」
「うん、テーブルんとこ」
さゆみは部屋の中央、テーブルの前に座ると、
なにやらカリカリと文字を書き出す。
ペンを止め考え、また書いて。
みんなが見守る中、5分ほど経った。
さゆみは一息つくと、メモを持って立ち上がり、キーボードのところへいく。
メモを左手に持ち、右手の人差し指でカタカタとキーを押して、
エンターキーを叩いた。
ピンポーン。
アメリカ横断ウルトラクイズの早押しのような音が部屋に響く。
重厚な鉄扉が、左右に割れた。
- 287 名前: 投稿日:2006/04/16(日) 07:12
-
- 288 名前:9-3.地下100Mの引き篭もり 投稿日:2006/04/16(日) 07:14
-
石川、吉澤を先頭に、全員が鉄扉をくぐったそこは、さらに広い部屋だった。
そのだだっ広い空間は、淡いグリーンの壁紙に、白い天井。灰色の床。
皆がその広さと、何もなさに圧倒されていると、
遠くから、水色のサッカーボールが跳ねてきた。
水色のボールは、石川と吉澤の前で泊まると、くるりと回転する。
よく見るとそれは、へんてこな生き物だった。
小さな手みたいのをぱたつかせて、空中にふわふわ浮かぶ。
ボールというより風船だ。
『おまえら、よく入ってこれたな!』
水色風船は、子供みたいな声で、えらそうに叫んだ。
吉澤が聞く。
「なんだお前」
『おれ? ここのリーダー、だよー』
風船はまた偉そうに、空中をふわふわしながら答えた。
石川がクスッと笑う。まんまるの調子に毒気を抜かれたようだ。
「ねえ、人間はいないの?」
『いるけど、だいたい出てこねー。
あんなやつ俺たちの召使い』
- 289 名前:9-3.地下100Mの引き篭もり 投稿日:2006/04/16(日) 07:15
- 「たち?」
吉澤がそう言った矢先、部屋の奥、遠くのほうから、
いくつもの水色風船が、跳ねたり飛んだりして近づいてくる。
『なんだよ人間じゃん! すげーひさしぶりー』
『女ばっかじゃん、つまんねー』
『右から二番目、けっこうタイプ』
『マジかよお前、趣味わりー。やっぱ一番左だって』
『おいみんな、出てきやがったぞ!』
ひとりが、いや、丸いの一つがそう叫ぶと、
水色がみんな、今来たほうへとすっ飛んでいった。
遠くのほうで、戸らしきところから現れた人間が、
水色玉に飛んだり跳ねたり攻撃されている。
「なんなんだこいつらはw」
吉澤が笑った。
「とりあえずいってみよw」
石川も笑いながら、みんなに指示を出す。
みんなが近づいていくと、状況がだんだん見えてきた。
水色風船に攻撃されているのは、風船みたいな顔をした女の子だった。
「いた、いたい!」
『ばか、でてきてんじゃねーよ! できたのかよメシ』
「まだ……」
『チャーハンに何時間かかってんだよ! のろま!』
「ごめん、頑張る……」
『みんな腹へってんだっつーの!』
- 290 名前:9-3.地下100Mの引き篭もり 投稿日:2006/04/16(日) 07:16
- 吉澤が、呆れたように女の子に聞く。
「……あのさあ、お取り込み中なんなんだけど」
「あ、よくここまでこれましたね。いた!
私にかまわないで下さい。いた、いたい!
この子達を外に出したら大変なことに、ごめん!ごめんなさい!」
「あーもう、
ちょっと水色のお前ら、どけ!!」
吉澤が一括する。
水色一匹が吉澤の眼前に漂う。
『はあ? なんだよねーちゃん。やるってのかよw
おもしれーな。こう見えても俺さまの体当たりは――』
スパーン!!
心地よい音が鳴って水色の玉が撃ち飛ばされ、
遥か彼方の壁にぶち当たった。
吉澤が拳を振り終わった姿勢のまま、低く呟く。
「うっせーよ」
攻撃をしていた水色たちの動きが、ぴたっ、と止まった。
『うわ女じゃね――』
スパーン!
ぼそっと呟いた、哀れな水色玉。
さっきのとは逆方向の壁にぶち当たった。
残りの水色たち、びびりまくり。
- 291 名前:9-3.地下100Mの引き篭もり 投稿日:2006/04/16(日) 07:17
- 「よし、静かになったな。
とりあえず名前から聞こっか」
「紺野、あさ美です」
水色にぶつかられて髪とか服とかごちゃごちゃになった女の子が答えた。
石川が聞く。
「花菱の時期当主、だよね?」
「はい」
「なんでこんなとこ篭ってるの」
「この子達を、外に出しちゃいけないんです」
「この水色の?」
「はい。
気がついたら、私のベッドの中にいて、言うこと聞かなくて。
なんか数増えてきて。いろいろ物壊したりするんです。
悪さするのは私のせいだっていうし。
なんだかどこいっても、ついてきて」
「あー、なるほど」
石川は、これ見える? といって、自分の全身にフロウを展開させた。
「光!?」
紺野は叫んだ。見えている。
石川はフロウを納めた。
「やっぱり見えてるね」
石川の後ろにいたさゆみが言う。
「能力者ですか」
「うん。
プログラムなしで、しかもバーストしないで発現したんだ。
ものすごく珍しいケース」
- 292 名前:9-3.地下100Mの引き篭もり 投稿日:2006/04/16(日) 07:17
- 吉澤が聞く。
「紺野さん、ここから出たくね?」
「出たいです。けど、この子達が……」
「強いとこ見せないと、ずっとなめられっぱなしだ。
犬とかと一緒だって。ガツンとやってやれ」
水色が、茶化すように飛び回った。
『ムリムリw
こいつ俺らの召使いだもんw 逆らえるわけ――』
紺野が、キッと口を引き結んで、水色玉に向き直る。
雰囲気が違う。
『な、なんだよ。
またぶつかっちゃうぞ! ぼっこぼこだぞ!』
「いうこと、きけー!」
スパーン!
紺野の打ち下ろし手刀が炸裂し、水色が床にぺちゃんこになった。
& & & & & & & & & & & & & & & & &
・紺野あさ美・ ウインドトーカーズ
まんまるい風のしもべたち。ふわふわ浮いてる。
本人がはらぺこの場合、連動して元気がなくなる。
能力射程は、本人とその友人周辺。
& & & & & & & & & & & & & & & & &
- 293 名前: 投稿日:2006/04/16(日) 07:18
-
- 294 名前:9-4.地下100Mの引き篭もり 投稿日:2006/04/16(日) 07:20
-
花菱邸の地下からぞろぞろと、行きよりも帰りに一人増やして、出てくるみんな。
またバスに乗り込んで、JCLの事務所に戻ってきた。
一仕事終えたみんなは、石川と新入り紺野を残して、ぞろぞろと帰宅しだす。
さゆみは、まだ調子よくない絵里を気遣う。
「絵里だいじょうぶ?」
「……うん、なんとか……」
まったく元気そうじゃあない。
「家まで送ってこっか」
「ありがと、でも大丈夫。一人で帰れるから……」
絵里は頭を押さえ、足取り若干ふらつきながら帰っていった。
さゆみは心配そうに絵里の背中を見つめる。
吉澤がさゆみの肩をぽんと叩いた。
「ありゃちょっとはりきりすぎたな。
2、3日静かにしてたほうがよさそうだ」
「そうですね」
吉澤とさゆみも事務所を後にした。
皆の最後に、れいなが小春と突っつきあいながら、事務所を出ようとしたとき、
「れいな、ちょっと残って」
石川に呼び止められた。
「はあ」
「じゃこはる、先いきますね」
と小春は、さっさか帰っていった。
- 295 名前:9-4.地下100Mの引き篭もり 投稿日:2006/04/16(日) 07:21
- 石川がひょいひょいと手招きする。
「紺野さんに、JCLの案内お願い」
「あ、はーい」
れいなは、別に案内するのも嫌ではなかった。
なんとなく紺野のことは親しみやすく感じていたからだ。
ほえーっとした雰囲気とまるっこいかお。
つついてフワフワ揺れる風船のようだ、とれいなは思っていた。
れいなは紺野にあらためて挨拶。
「田中れいなです」
「紺野あさ美です」
深々と礼。
返ってきた声は小さい。腹から声が出てないみたいだ。
「れいなって呼んでください」
「はい」
「じゃ行きますか」
れいなは紺野を先導してJCLのフロアをてくてく歩く。
JCLはスポーツジムとしての機能を備えているので、
見た目はジムそのものだ。
れいなはガイドよろしく、右に左に手を掲げながら、
「プールは、好きなとき使っていいですよ」
「マシンも最新のがそろってます」
とかいろいろ説明する。
- 296 名前:9-4.地下100Mの引き篭もり 投稿日:2006/04/16(日) 07:22
- 驚いたような顔をしている紺野は、
聞いてんだか聞いてないんだか、ぽえーっとしてる。
「紺野さん、聞いてます?」
「き、きいてるきいてる!!」
「わ、声でか」
れいなは、紺野の声が急にでかかったので驚いた。
紺野はまたかしこまる。
「ごめんなさい、ちゃんと話聞いてるのか、って、
言われること多いから……」
「なんか紺野さんかわいいっすねw」
「ええ?!」
紺野の顔が若干赤らむ。
「紺野さんて年いくつですか?」
「じゅ、18」
「へーでもなんか年上って感じせーん」
れいなはすっかり、紺野ののんびりした雰囲気になじんでいた。
「田中さ、れいな、さん、しっかりしてる感じだね」
「れいなでいいって、れいな」
「れいな」
「そうそう。
いやーしっかりしてないってー。けっこう抜けとーし。
あなんか、敬語じゃないけど大丈夫かな」
「うんぜんぜん」
「じゃいっかw なんか紺野さん和むしw
紺ちゃん、て呼んでいい?
「ぽ、ぽんちゃん?!」
「あははははは!
ぽんちゃんじゃないって、紺ちゃん紺ちゃんw
あーでもポンちゃんのがいいや。ポンちゃんにしよっと」
「ポン、ちゃん」
聞きなれてない響きを、確かめる紺野。
「なんかほら、顔のぽん! って感じとかw」
「……それいわないで」
やべーからかうとおもしれー、とれいなは思っていた。
なんだかんだで、新入りの紺野と真っ先に仲良くなったれいなでした。
- 297 名前: 投稿日:2006/04/16(日) 07:24
-
- 298 名前: 投稿日:2006/04/16(日) 07:25
- 次回、
『猫と風船の祭囃子』
- 299 名前: 投稿日:2006/04/16(日) 07:25
-
- 300 名前: 投稿日:2006/04/16(日) 07:30
- 次週と次次週は作者四国八十八ヶ所巡礼の為休載致します。
- 301 名前: 投稿日:2006/04/16(日) 07:30
-
- 302 名前:ふぐつら 投稿日:2006/04/16(日) 07:45
- >>270 名無し飼育さん
いやーありがとうございます。
能力発揮するところがやっぱ見せ場なので楽しんでもらえてよかったです。
登場人物、待ってる人も出していきたいと思いますw
>>271 名無飼育さん
ありがとうございます。
どんどんワクワクさせたいっす。
また続きお楽しみに><
>>272 名無飼育さん
ありがとう。また期待にこたえたいです。
>>273 名無飼育さん
ありがとうっす。
そこ突っ込んでいただけてすげー嬉しいですw
漫画の作者休載理由に、絶対取材とか嘘だろ、って言いたくてw
これからもちょこちょこ小ネタ挟んでいってみます。
休載しないのが一番ですけどね><
- 303 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/04/18(火) 03:07
- 今回も面白かったです
次回予告はタイトルだけでもうすごい楽しみw
ところで、DYEって綴りあってますか?
もし意図的にそうしてるのならごめんなさい
- 304 名前:ふぐつら 投稿日:2006/04/18(火) 06:14
- レスを見まして。
「えー、ダイだろ、ダイ。
死の動詞形だよな、deadが名詞だから〜。
goo英和辞典で調べてみっか。
d,y,e,っと。エンターキーほいっ」
英和辞典 [ dye ]の前方一致での検索結果
dye━━ n. 染料; 染色, 色合い (tint)
Σ(゚д゚`)・・・!?
Σ(゚Д゚;≡;゚д゚)
どう見ても染料です。本当にありがとうございました。
- 305 名前: 投稿日:2006/04/18(火) 06:16
-
CAST
道重さゆみ …… 道重さゆみ
久住小春 …… 久住小春
田中れいな …… 田中れいな
亀井絵里 …… 亀井絵里
新垣里沙 …… 新垣里沙
高橋愛 …… 高橋愛
紺野あさ美 …… 紺野あさ美
吉澤ひとみ …… 吉澤ひとみ
石川梨華 …… 石川梨華
後藤真希 …… 後藤真希(友情出演)
矢口真里 …… 矢口真里(哀悼出演)
第3話『白雪姫』
ロボット …… 宗一郎技研工業製 ASUMO
第4話『長袖を脱いだ猫』
道重さゆみ母 …… 市毛良枝
さゆみを送った運転手 …… 左とん平
第5話『Catcher in the School』
ヘリパイロット …… 松重豊
道重のクラス担任 …… 岡田義徳
おまけ話B『ソニック・ザ・スクールガール』
理事長先生 …… 前田吟
第8話『地下100Mの引き篭もり』
花菱のSP1 …… 嶋田久作
花菱のSP2 …… チェ・ホンマン
テーマ曲
『Two Months Off』 Underworld
衣装協力
INED NICE CLAUP Samantha Thavasa A.P.C.TAKEO KIKUCHI
道具協力
吉田カバン アランシルベスタイン
/ Zero Divide / 〜完〜
ってなわけにいかねー!!!
>>330 名無飼育さん
楽しんでもらえてよかったです。
また楽しい話を書きたいです。
それで……、
ご指摘マジでありがとうございます!
意図も意味もない純然たる間違いでした!
いやー恥ずかしさで消え入りたくて頭抱えて部屋ゴロゴロしました……。
中学の五科目の中で社会が一番苦手と公言してたんですが、
今度からこれに英語も加えようと思います……・゚・(つД`)・゚・
シーフでもやっちゃったけど、今回は話の幹に関わるところだからなあ……。
お詫びと感謝の意も込めまして、早めに更新したいと考えておりますので、
今後ともご指摘のほう気兼ねなくよろしくお願いしますm(__)m
他の皆様も気兼ねなくどしどし指摘しちゃってくださいね!
日本語おかしくね? とか 話繋がってなくね? とか 道重かわいくね? とか
なんでも構いませんので。
ふぐつら
- 306 名前:一読者 投稿日:2006/04/19(水) 02:28
- エンドロール?に一瞬びっくりしてしまいました。
四国八十八ヶ所巡礼頑張ってくださいw
- 307 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/04/28(金) 04:24
- 道重かわいくね?
- 308 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/05/01(月) 22:46
- 从*・ 。.・)<当然なの
- 309 名前:ふぐつら 投稿日:2006/05/07(日) 06:36
- >>306 一読者さん
驚かせてしまいすいません。
巡礼は四国いかずに宇部にいけばよかったですw
>>307 名無飼育さん
>>308 名無飼育さん
.,∧、
.r-‐i'''''''''''i''''‐-、
o| o! .o i o !o
.|\__|`‐´`‐/|__/|
|_, ─''''''''''''─ ,、 / _
, '´ `‐、
/ // ヽ
| ! ! ● ● .| キングサユカワイス
.| ! j * * .|
| O |
'i . _ ノ'
`''─ _____ _ ─''´
紺野脱退につきもうしばらくオヤスミ致します。
勢いでブログはじめました。
ttp://blog.goo.ne.jp/blow7fish/
- 310 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/06/01(木) 03:17
- 復活されるまで落とさせて頂きますね。
- 311 名前:ふぐつら 投稿日:2006/08/11(金) 23:21
- <生存報告にかえて 登場人物紹介>
道重さゆみ……能力名:スノーホワイト
雪を発生させられる。結晶を並べて大鏡としても使える。
冷気の弾も撃てる。夏はクーラー代わりにひんやりどうぞ。
田中れいな……能力名:キャットウォーカー
猫手と猫足と猫耳としっぽ。スピードUP。
新垣里沙……能力名:マイリトルシーフ
触れた物を片手に握りこむ。フロウの展開範囲の大きさの物まで。
手を開くと一瞬で元の大きさに戻る。
高橋愛……能力名:リーダホリックガール
本を誰にも邪魔されずに読める。
高橋が読書に没頭している間、
読書を妨げる全ての攻撃は無効化される。
白紙の文庫本は、世に存在する本、紙媒体の複製となる。
フロウを本に纏わせれば本をコピーし、
物に纏わせればその物に関する書籍を呼び出す。
亀井絵里……能力名:マンオンザムーン
月の球体模型に座る小人。相手の頭の上に取り憑く。
相手の発言の真偽を見抜いて、両手で○とか×とかやる。
発言がないときは、相手の数秒先の動きの振りをまねしてやってくれる。
能力名:ブンブンサテライト
月の球体を、フロウの糸で操ってブン回す。
重機のような破壊力を持つ。
久住小春……能力名:オープンユアアイズ
相手や物を睨むことで、動きを止める。
人間の場合、脳感覚をも静止させるので、
時間を止められたような効果がある。
能力名:ラビットファイア
ピンク色の水鉄砲で射撃。中身はフロウの弾。
発射エネルギーを静止させ、ストックさせておくことで、
驚異的な速射を可能とする。
普通のハンドガン以上の破壊力を持つが、
この能力使用後、極度の眠気に襲われる。
紺野あさ美……能力名:ウィンドトーカーズ
複数の風の精。水色のゴムまりみたい。紺野の周りにふわふわ浮いてる。
紺野の腹具合によって、トーカーズのやる気が変わる。
能力射程は、本人とその友人周辺。
- 312 名前:ふぐつら 投稿日:2006/08/11(金) 23:28
- 〜読んで下さっている方へ〜
更新滞っててすいません。
チョコチョコ書いておる次第です。
もうしばらくお待ちいただけるとありがたいです。
- 313 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/17(木) 21:48
- 待ってますよ
- 314 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/18(金) 15:50
- 同じく待ってます
作者さんのペースで良いので。
- 315 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/09/19(火) 20:53
- 私待つわ
- 316 名前:10-1.猫と風船の祭囃子 投稿日:2006/09/20(水) 02:21
-
JCLにて。
受付に座っているのは紺野だ。
高橋はお休みの為、紺野が代わりに受け持っている。
紺野がJCLにやってきてから三日しか経っていなかったが、
石川から習った仕事を完璧に覚えてしまっていた。
紺野は出来る子なのだ。
その紺野のすぐ横、カウンターの上にはれいなが座っている。
ガッコの制服、スカートからまっすぐにのぞかせた脚をプラプラさせている。
学校帰りにJCLに寄ったからだ。
「ねーポンちゃん、れいなちょい不思議やったっちゃけど」
「ん?」
「ポンちゃんがおった部屋、入り口に英語かいとったやろ」
「うん」
「あれ間違ってね?」
「え?!」
「さゆも石川さんもさあ、DYEを『死』って訳しとったけど、
死って、D,I,E,じゃね?」
「D,Y,E,じゃなくて?」
「うん。れいなの友達、よくガード下にDIEって吹き付けよったし」
「……。
うわーどうだっけー、私あんまり英語得意じゃないんだ……」
あたふたする紺野を、れいなはカワイイと思った。
- 317 名前:10-1.猫と風船の祭囃子 投稿日:2006/09/20(水) 02:21
- 「なんか調べるもんない?」
「あ、辞書あった」
紺野は受付の下、棚に並べられてる本の中から、英和辞典を見つけた。
つまみ出して、開く。
れいなも上からのぞく。
ぱらりぱらり、辞書をめくっていた紺野がページに目を止め、
突然顔を真っ赤にした。
「うぎゃあああああああああ!!」
と奇声を発し、頭を抱えて事務所のソファに倒れこみゴロゴロする。
「ポンちゃんどうした?w」
「間違ってる、完璧に間違ってた!
あれお金か死かって意味で彫ってたのに、つもりだったのに!
死か染めるかになってたあああ!」
「あっはっははははは!」
カウンターの上に寝っころがったれいなは、天井を向いたままひとしきり笑うと、
スタン、とフロアに飛び降りた。
「ねーポンちゃん、いつ仕事おわんの?」
「んー、もうちょっと」
紺野はなにやら帳簿のようなものを書いていた。
「済んだら、祭いかん?」
「……まつり?」
「この近くで今日祭りあるっちゃけど、
友達が店だしよって、食いに来いよーって」
「いいよー」
「うしゃ! じゃチャチャっと」
「ん」
- 318 名前:10-1.猫と風船の祭囃子 投稿日:2006/09/20(水) 02:22
- 紺野は黙々と作業を続け、仕事を片付けた。
デスクを整頓しはじめた紺野が、ふと気付く。
「あ、でも、石川さんが戻ってくるまでは、
ここ離れられないよ……私しかいないし……」
れいなは、ふーむ、と言うと、
ケイタイを学校指定の黒カバンから取り出す。
ピポっと押した。石川に電話する。
「もしもし、れいなっすけど。はい。
あのですね、サノミヤ神社のほうでミョーな反応あったんすよ。
はい。あの裏新宿らへんの。
んでいまJCLきてんですけど、ポンちゃんと二人で向かいますね。
はい。やっぱ一人不安なんで。
はい。はい。あ、大丈夫っす。オオゴトになりそうならまた連絡します。
うぃーっす、んじゃそゆことで。」
れいなはニッと笑って、ケイタイを切る。
「じゃ、いこっか」
紺野が驚いた顔をした。
「れいな、頭いいね〜」
「わるいって! 勉強できんし。
あー、ずるっこい、ては言われるけどw」
陽気に笑うれいなに、紺野は感心しました。
- 319 名前: 投稿日:2006/09/20(水) 02:24
-
- 320 名前:10-2.猫と風船の祭囃子 投稿日:2006/09/20(水) 02:25
-
水色の浴衣に身を包み髪をまとめた紺野が、神社の鳥居にもたれかかって待っている。
れいなとの待ち合わせは7時のはずだが、もう時間は過ぎているのだろうか。
紺野は不安げに時計を探すが、神社という場所に、すぐ見れる時計はなかなかない。
紺野は自分の時計を忘れてしまったのだった。
そして紺野は、携帯電話なるものも所持していない。
同じように祭りに来ている人に時間を聞くことも、紺野には難しかった。
けっこう人見知りっ子だからだ。
紺野は、れいながどこにいるか調べることにした。
GPS機能、などではない。もちろん能力で。
自分のふくふくしたほっぺたをつん、とつつくと、ぽん! と水色風船が、紺野の頭上にあらわれた。
が、そのまま紺野の頭にすとんと着陸。どうやら寝ているらしい。
紺野は少々困りながら、あたまの上の風船をつんつん突付いた。
『……んえ? あれ、あさ美?』
「ちょっとお願いがあるんだけど」
水色風船はちっさい手、というかヒレ? で目をゴシゴシこする(届いてないけど)。
『いまなんじ?』
「それ私も知りたい……」
『いまかられいなと祭じゃねーの?』
「そうなんだけど、れいな、なかなかこなくて。
探してきてもらえない?」
『いいけどー、あのさあ……』
「なに?」
『あとでりんごあめ買って』
「うん、いいよ」
『いえーい! じゃいってくる』
「途中で道草しないでよ」
水色風船は、紺野の心配に返事もせず、夜の星空へ飛んでいった。
紺野はそれを不安げに見送ると、また祭で行きかう人の流れに目をやる。
- 321 名前:10-2.猫と風船の祭囃子 投稿日:2006/09/20(水) 02:27
- ふいに、近くに人の気配を感じた。
ぱっとそっちを向くと、
動物園の檻の中でぐったりしているゴリラに汚い茶髪が生えたような男が、
「誰と電話してたの?」
とニヤニヤしながら話しかけてきた。
紺野が身を固めたまま無言でいると、
「ケイタイ持ってないじゃん。喋ってたのに。もしかして独り言?w」
と下卑た笑い声をたてた。
紺野はまたも返事せず、その場から動けない。手が汗ばんでくる。
「高校生?」
「えと……」
「どっか行かない?」
「その……」
「大丈夫だってそんな緊張しないでよ。怪しいもんじゃないしw」
「あの……」
「とりあえずなんかおごるから。俺この辺りじゃけっこう――」
ドグッ!!
男がなにかに吹っ飛ばされて、倒れた。
紺野の横、黄色い浴衣姿のれいなが、男を睨みつけていた。
「てめーなにしとーと?」
低い声でそういったれいなが、桜色の巾着袋を振り回す。
男は、状況を信じられないでいた。
体格のいい自分が、ちっちゃい女の子に吹っ飛ばされたのだ。
というよりは巾着袋に。
ボーリングの玉でも入ってんじゃないかと思うほどの衝撃をくらっていた。
「何だ、その袋……」
男は恐怖を隠しきれない様子だ。
れいなが巾着を振り回しながらじりっと寄せると、男は逃げていった。
- 322 名前:10-2.猫と風船の祭囃子 投稿日:2006/09/20(水) 02:28
- 紺野が、れいな、と弱々しく言った。
れいなが心配そうに、紺野の顔を覗き見る。
「ぽんちゃん、大丈夫やった?」
「う、うん……」
「あのブサイク、まじむかつく。
あの顔で声かけてくんじゃねーよ、ったく……。
ホントに大丈夫やった? 胸とか触られてない?」
紺野はちょっと笑った。
「うん、だいじょうぶ」
「よかったー。
ぽんちゃんのトーカーズがきてさあ、
ぽんちゃんが待ってる、っつうから、けっこう急いだー」
「そう、探しにいってもらって」
「ポンちゃんけっこう早くきたっちゃね。まだ7時20分」
れいなは帯に挿してた自分のケイタイを見ながら、そういった。
「え! 待ち合わせって何時だっけ……」
「7時半」
「あれ、7時じゃなかったっけ……」
「7時やったっけ? あれ、れいな、7時半やとおもいよった」
「7時半だったかな……」
「ぽんちゃんもケイタイ持とうよ。連絡とりやすいし」
「そうだね。持とうかなあ」
れいなと紺野は鳥居をくぐって、境内に入る。
道の両側に夜店が出ているが、十店ほど。
地元民が楽しむ為の、小さな神社のお祭だった。
夜店なんかも十店ほどしか出ていなくて、
来てる人もこの神社の周辺に住む人たちばかりのようだ。
- 323 名前:10-2.猫と風船の祭囃子 投稿日:2006/09/20(水) 02:29
- れいなの地元には、観光客でごった返すような大きい祭があるのだが、
その何日か後に、家の近くの神社で行われる小さい祭のほうもれいなは楽しみにしていた。
大きい祭は大きい祭で活気があって好きなのだが、
小さい祭の静かな風情も、れいなは好きなのだ。
近くの家から出てきたちっちゃい子供が、祭の灯火に薄ぼんやりと照らされた小路を駆けていく。
れいなはそれを見送りながらほほえましい気持ちになった。
「れいな、こういうちっちゃい祭りも好き」
微笑みながらそう呟いたれいなを、紺野が見る。
「私は、お祭ってあんまりきたことなかったけど、
なんか、いいね」
「お祭、好きやないと?」
「ううん、そういうわけじゃないんだけど、
あんまり来る機会なかったから」
「ふーん。
じゃ、ま、これからこようよ」
「うん、そうだね」
紺野の目にふと、れいなの巾着袋が映る。
「れいな、さっきのあれ、どうやったの?」
「ああ、さっきゴリラふっ飛ばしたやつ?
あれ絵里の能力の応用。
巾着にフロウ溜めたっちゃ。
殴ってもよかったけど、触りたくないし」
「あはは」
- 324 名前:10-2.猫と風船の祭囃子 投稿日:2006/09/20(水) 02:31
- れいなが焼きそばの店を見つけて、あーあそこあそこ、と言った。
店に近づいていくれいなの横を、紺野もついていく。
頭に水色のタオルを巻き、赤黒く日焼けした長身の男が、
大量の焼きそばを作っていた。れいなに気づく。
「おーきたな」
「おーす」
「お前また、背縮んだ?」
「むかつく! 伸びたって」
「まーまー、あんま変わってねえから。
あーさっき、カナ来てたぞ」
「へー、カナっち、ちゃんと高校行っとー?」
「真面目に通ってるってよ。
同じクラスに好きな男がいんだと」
「へえーそっかーw」
男は焼きそばを手早くパックに詰め、輪ゴムをかけて割り箸を留める。
一パックをれいなに差し出しながら、
「400円っす」
と笑った。
「買うっていってねーし」
「まー一個買ってけよ、うまいから」
「わかったわかった。
ちょっとまって、トイレいってくる」
「相変わらず、ちけーなw」
「ぽんちゃん、もらっとって!
ていうか食べとっていいよ!」
れいなはそう叫びながら、早足でトイレへ。
紺野がこたえる間もなく、雑踏にまぎれていく。
「ぽん、ちゃん?」
男が不思議そうに、紺野を見ながら言った。
「え! あ、あだ名なんです」
「へえー変わってんな」
「れいなが勝手につけて……」
「ははは! あいつそうなんだよw」
- 325 名前:10-2.猫と風船の祭囃子 投稿日:2006/09/20(水) 02:33
- 「ぽん、ちゃん?」
男が不思議そうに、紺野を見ながら言った。
「え! あ、あだ名なんです」
「へえー変わってんな」
「れいなが勝手につけて……」
「ははは! あいつそうなんだよw」
男は紺野に焼きそばを差し出す。
「どーぞ。金はれいなからもらうし」
「いやそんな! 払います」
紺野は焦って財布を取り出すと、鉄板の隅に400円を置いた。
「ありがとーっす」
実のところ、紺野はおなかが空いていた。
JCLから帰って、すぐ祭りにいく支度をして出てきたので、
夕食は何も食べてなかったのだ。
早速焼きそばをぱくつく。美味しい。
「れいなのやつさ」
と男は切り出す。
紺野は口の中にある焼きそばをごくっと飲み込んだ。
「ああ見えて、けっこう弱いとこあっから、
なにかあったらよろしくね」
「は、はい」
紺野が人の流れに目をやっていると、
黄色い浴衣が近づいてくる。れいなだ。
「おまたせー」
「おせーよトイレっ子」
「……マジ焼きそば買わん」
「ごめん、悪かった、トイレさま」
「余計むかつくw」
そう言いながられいなは、400円を払った。
男はれいなに焼きそばを渡す。
受け取ってから、れいなは不思議そうな顔をした。
「あれ、ぽんちゃん食べてんのは?」
紺野が答える。
「私が買ったの」
「あーそっかー。じゃれいなもこれ食おっと」
- 326 名前:10-2.猫と風船の祭囃子 投稿日:2006/09/20(水) 02:34
- れいなは早速焼きそばを食べる。
口をもぐもぐ。飲み込んだ。
「うまいじゃん」
「だろ」
男が得意げに答えた。
「焼きそば屋やったら」
「バカ、俺はミュージシャンになりてーの」
「れいながボーカルやってあげよっか?」
「いや俺歌うし」
「じゃデビューしたら、ライブのチケットちょうだいね」
「最前列のやる」
そんな風な、夢とも妄想ともつかないやり取りを交わし、
れいなは男にバイバイした。紺野も男に軽く頭を下げ、れいなの横をついていく。
れいなが言う。
「あいつ、さっきのゴリラよりはかっこいいでしょ」
「う、うん」
「ところでぽんちゃん。彼氏おると?」
「え! いないよ、いないいない」
「そっかー。よかったらあいつ紹介するけどw」
「え、そんな、急に言われても……」
「タイプやないと?」
「そうじゃなくて、付き合う自分がイメージできないっていうか……」
困る紺野を、れいなはまた可愛いと思った。
「はは、まー気が向いたらいつでもいって」
「……れいなは、彼氏とかいるの」
「おらんねー、おらん。
でも好きな人はいるっちゃ」
れいなは遠くに目をやる。紺野は興味がわいた。
「どんな人」
「丸っこい顔でほっぺたがぷくぷくで、あだ名はぽんちゃん」
「ええ!!?」
「なーんてね、冗談冗談w でもれいな、ぽんちゃん好きー」
紺野は思いっきり照れて、顔を真っ赤にしてうつむいた。
- 327 名前: 投稿日:2006/09/20(水) 02:34
-
- 328 名前:10-3.猫と風船の祭囃子 投稿日:2006/09/20(水) 02:37
-
れいなと紺野は食べ物の夜店群を通り抜け、おもちゃ店が並ぶ通りにやってきた。
玩具、金魚すくい、スーパーボール、お面の店などがある。
れいなは涼しげに流れ回るスーパーボールを眺める。
気持ちまで涼やかになっていくような気がする。
紺野はふとお面の店に目をやった。
アニメのキャラクター、戦隊もの、ひょっとこおかめ等が並ぶ中に、
妙に気になる、白塗りのお面があった。
真っ白なところに青い目抜き穴が二つ。
かわいらしいが、なにか無機質な感じもする。
なんとなく手に取る。そのまま頭につけてみた。
「300円」
と店主の無愛想な声が聞こえた。
それにびびった紺野は、は、はい、と言わされてお金を払う。
スーパーボールの流れる世界から戻ってきたれいなは、
紺野のほうを見た。目を見開く。
「ぽんちゃん、それ……」
れいなの口から、言葉が漏れる。
目は紺野のお面を凝視していた。
お面から、怪しげな青いフロウが立ち上っていたからだ。
「ん、どうしたの?」
紺野はれいなの視線に気付いて、お面を外そうとした。
取れない。
「あれ……?」
焦る紺野に、れいなが聞く。
「ぽんちゃん、フロウ見えんと?」
「見えるときと、見えないときがあるけど……」
- 329 名前:10-3.猫と風船の祭囃子 投稿日:2006/09/20(水) 02:39
- れいなは紺野に駆け寄り、お面に手を掛けようとする、が、
見えない壁に阻まれたように、はじかれる。
紺野の頭に乗っかる白いお面がすとんと滑り、紺野の顔を覆った。
紺野の首が、かくん、と垂れる。
「ぽんちゃん!?」
「……邪魔立てするな」
低く呻くように紺野が喋った。
ネオンのように青いフロウが、お面から紺野の全身にかぶさる。
と、青く走る正拳が、れいなの帯に打ち込まれた。
「う、ぉ」
れいなは呻き、よろけて下がる。倒れなかった。
帯の厚みと、咄嗟に身を引いたことが、衝撃を和らげたのだ。
「この身体、反応は良いようだ」
お面の紺野が、首を回している。
低く届く声は、紺野でありながら、言葉のリズムも雰囲気も別人だった。
「借りるぞ」
紺野はそう言うと、人ごみの中へ消える。一瞬で見失った。
唐突な展開に驚いたれいなが動けないでいると、
『な、なんだよあれ……』
れいなの頭の後、そう呟いたのは、先ほどれいなを探していた一匹のトーカーズだった。
「あんたどこいっとったと!」
れいなが平手ではたく。
『いて! ちょっとあっちにかわいい子いたから見てたんだよー。
それよりなんだあれ、あさ美、どうしたんだ?』
「分からん。けど追わんと」
『じゃついてこいよ。あさ美のいるほうならわかるし』
「ほんと!?」
『まかせとけ』
- 330 名前:10-3.猫と風船の祭囃子 投稿日:2006/09/20(水) 02:40
- トーカーズが飛んでいくほうへ、れいなも駆けていく。
黄色い浴衣の裾が、脚に絡まって走りづらい。やきもき。
横に目をやると、夜店の店主がなにやら紐解いている。
れいなは声をかけた。
「すいません、はさみあります?」
「あるけど?」
「ちょっと貸してください」
「ほれ」
れいなははさみを受け取ると、浴衣の黄色い裾を、ひざ上で切り始めた。
トーカーズが驚く。
『れいな、なにしてんの?』
「これ、走りにくいっちゃ」
『もったいねー』
「石川さんに治してもらえば大丈夫ったい」
れいなは裾を膝上で切りそろえ、ミニの浴衣にしてしまうと、
長かった袖もついでに切りとる。
はさみを店主に返して、再び駆け出した。
地面を蹴るように走るれいなを追いながら、トーカーズが言う。
『れいな、いい脚してんじゃん』
「はっはっは。これでも脚には自信あるっちゃ」
『ま、胸はねーけどw』
どかっ!
鉄球のような巾着袋が飛んできてトーカーズに当たった。
- 331 名前: 投稿日:2006/09/20(水) 02:40
-
- 332 名前:10-4.猫と風船の祭囃子 投稿日:2006/09/20(水) 02:47
-
トーカーズに先導され、生脚で風を切って走るれいなの前に、
人の気配のない社が見えてきた。
階段のところにかがむ紺野がいる。何かを探しているようだ。
近づいてくるれいなに気づくと、身を起こして、構える。
「死にたくなければ、去れ」
紺野の声で、そう言った。
れいなはかまわず、駆けて近づく。
紺野の右手が握り締められ、蒼い光をにじませてゆく。
れいなは猫に変身すると、八足跳ばして瞬時に紺野の間合いに入る。
放った猫手が面の右上をかすめ、欠けた面の剥片がパラリと落ちた。
下がって体勢を整えた紺野の面に、笑みが差した、かのように見えた。
「ほう、面白い力を持ってるな」
「あんたなんかに負けん。ぽんちゃんの体を離せ」
「……ん? よくよく見ればこの体も、面白い力を持っているようだ」
紺野はそういって両手を開くと、その体が、脚がふわりと地面から離れた。
「な?!」
驚いたのは田中。目の前で紺野の体がどんどん上昇していく。
紺野は水色の浴衣をはためかせ、社の屋根まで上がった。
「これはいい。上を探せる」
屋根に消えた紺野を追って、れいなも太い杉の木を駆け上がる。
猫れいなは素早いだけでなく身体能力も高い。
屋根に飛び移ると、紺野に詰め寄る。
れいなは先ほどの攻撃で感じていた。
猫に変身した自分のほうが、わずかながら上だ、と。
紺野はさっきの猫手をかわしてはいたが、その時わかったのだ。
囲碁でいえば半目ほどの差だが、まだ自分が勝っている。
面だけに攻撃を加えるのは難しい。
だがいざとなれば、体に攻撃を当ててひるんだところを叩けばいい。
分は、れいなのほうにあった。
- 333 名前:10-4.猫と風船の祭囃子 投稿日:2006/09/20(水) 02:49
-
勝てる。砕いてやる。
れいなはワンフェイント入れて、面を殴りにいく。
猫手が面に当たる瞬間、風が起きた。
れいなの猫手は向かい風で減速され、紺野に弾かれる。
「……なんやと?!」
紺野から距離をとったれいなが、不思議がる。
猫パンチがヒットすると思った瞬間、突風が吹いたのだ。
「速さに自信があるようだが、この風の前では無意味だ」
紺野はそう言い、れいなを無視して探し物をはじめる。
「ふざけんな!」
れいなは屋根を蹴り、今度はまっすぐ紺野に飛びかかる。
紺野の側から突風が吹いて、れいなの体は宙で止まった。
すとん、と屋根に落ちる。
風の壁に阻まれて、近づけない。
角度を変えて迫ってみるが、結果は同じだった。
バランスのとりづらい屋根の上。
体術で勝る猫れいなのほうが有利なはずだが、
近づけないのではどうしようもない。
白いお面を被ったままの紺野は、屋根に手を当て、
何かの鼓動を感じ取っているかのようだ。
防御は風の力に任せ、探し物に没頭している。
れいなはまったく相手にされてない。
悔しさとふがいなさで、口元がゆがむ。
- 334 名前:10-4.猫と風船の祭囃子 投稿日:2006/09/20(水) 02:51
-
(なんとか風の壁を越えんと……こえんといかん)
れいなは身を奮い立たせ、ジャンプした。
屋根のさらに上空から、紺野に飛びかかる。
突風がれいなの体を突き、紺野がいる側とは逆、屋根の端まですっとばされた。
「むがあああああ!」
吼えたれいなは無我夢中で、何度も紺野へ走る。
そのたびに停められていたが、
れいなは自分でも気づいていなかった。
その距離がどんどんと縮まっていることに。
徐々にれいなが詰めてきていることに、先に気付いたのは紺野だった。
探し物の手を止めて、れいなのほうを注視する。
紺野は片手をかざして、さらに強い風をれいなのほうへ撃ちこむ。
れいなはその風を無視した。
凪いでいるかのように迫り、ぴったり紺野の前に付けたのだ。
れいなの猫手が、紺野の体をかすめる。
紺野がれいなに対し、半身に構えた。
「……貴様……なにかしたのか」
「? なにいっとーと?」
れいなは自分の体に突如起きた変化を、把握できないでいる。
& & & & & & & & & & & & & & & & & &
・田中れいな・ クロースコールステップ
瞬時に相手の至近正面に跳ぶ。
移動ではなく、自身の転送である為、足場の有無は問わない。
能力射程は、対象が目で認識できる範囲。
& & & & & & & & & & & & & & & & & &
状況は一変した。れいなは風を無視して紺野にどんどん迫る。
紺野が距離を取り、風で守ろうとしても、
れいなは能力でその距離を一瞬で詰める。
もはやガチガチの一対一だった。
インファイトになってからの決着は早かった。
必然、面を守ろうとする紺野に、
れいなはワンフェイントからのボディ猫ブロー。
「ぐあ」
紺野の体が折れたところに、強烈な右猫ストレート。
パーン!
白い面を、真っ二つに割った。
- 335 名前: 投稿日:2006/09/20(水) 02:51
-
- 336 名前:10-5.猫と風船の祭囃子 投稿日:2006/09/20(水) 02:55
-
真っ二つに割れた面が左右に飛び、紺野は屋根の端で体勢を崩す。
れいなが紺野の腕を掴もうとしたが、浴衣の袖を掠めただけだった。
紺野は、屋根から落下する。
「ぽんちゃん!!」
れいなは紺野を追って駆け下りる。
しかし届かない。紺野は地面にぶつかる。
ぽよ〜ん
やわらかくバウンドした紺野は、とさっ、と地面に倒れこんだ。
地に降り立ったれいなが走り寄る。
紺野の隣、つぶれたトーカーズの姿があった。
「やるっちゃね、エロ風船」
れいなはトーカーズをねぎらう。
トーカーズはつぶれた姿勢のまま、ぐっと親指(ヒレ)を立てた。
れいなは、横たわる紺野の体を起こそうと肩に手を回す。
紺野の浴衣の胸元がはだけているのに気がついた。
たわわな胸のふくらみが、れいなの目に飛び込む。
「うおっ」
(なんじゃこの胸は……)
れいなはちょっと凹んだ。
が、ええいへこんでる場合じゃない、とれいなは自分を奮い立たせ、
紺野の胸元を整える。
- 337 名前:10-5.猫と風船の祭囃子 投稿日:2006/09/20(水) 02:55
- 「ん……」
紺野がエロスな声を漏らして、目を覚ました。
れいなは顔を真っ赤にして飛び退く。
自らの着衣の乱れに気づいた紺野が、
「きゃあああああああ!」
と叫び胸元を隠すと、顔を赤らめうつむいた。
「ち、ちがうっちゃ!
れいながやったんじゃなくて!
ほら屋根から落っこちたときに胸はだけてたから!
なおそうとしただけ! そんだけ!」
れいなはあたふたしながら言い訳する。
「屋根……?」
不思議そうに紺野が聞いて、社を見上げる。
「私、屋根の上にいたの……?」
「覚えとらんと?」
「うん……お面のあたりから全然……」
紺野はぽかんとした顔をしている。
あれだけの死闘を繰り広げておいて記憶がないとは。
れいなはちょっとだけさみしく思った。
そして、ぽかんとしている紺野のことを、またちょっと可愛いと思った。
- 338 名前:10-5.猫と風船の祭囃子 投稿日:2006/09/20(水) 02:59
- お面、とれいなは呟く。
災いの元凶であった、あの面。どこにいっただろうか。
れいなは紺野を残し、社の下を探す。
あった。
れいながかがんで手に取ったのは、お面の左半分。
白塗りが怪しいとはいえ、特に禍々しさも感じない、普通の面だ。
(割れたから……?)
れいなは疑問を持ちつつ、もう半分を探す。
社から遠く離れたところに、キラッと白く光る物体があった。
れいなが近づくと、それは形をはっきりさせていく。
お面の、右半分だ。
れいなが取る前に、木陰から現れた小柄な女性が、それを、拾った。
れいなはその女性に見覚えがある。
「……矢口さん?!」
「おー! れいな?! 久しぶりー。
ってその浴衣? 破れてwミニだねw」
「あー、さっきちょっと戦ってました」
「いいじゃんいいじゃん、セクシーでw」
矢口は、にっと笑った。
相変わらず小柄だが、その顔は、生気に満ちている。
JCLにいるときより元気そうだ、とれいなは思った。
矢口は手に取ったお面に目をやる。
「なかなか面白いねこれ」
「それ、わかるんですか」
「ポイントの名残でしょ。わずかにフロウ感じるし」
「今はなんも感じませんけど」
矢口はごく自然に、れいなの手からもう半分のお面を取ると、
二つを遠く離して、掲げた。
「れいなは感知に関して、ちょっと弱いからね」
「ちぇー」
「でも、能力が伸びたのは分かるよ。強くなったね」
「え、そっすか。わかります?」
「うん。驚いた」
- 339 名前:10-5.猫と風船の祭囃子 投稿日:2006/09/20(水) 03:01
- 矢口は、二つの面を、上下逆に動かして見比べている。
「矢口さん、いま何してるんですか」
「あー言ってなかったね。
JCL辞めたあと、自分で会社作ったんだ」
矢口は胸ポケットから名刺を取り出して、れいなに渡した。
『
CCC代表取締役 矢口真里
』
「シーシーシー?」
「シーキューブ」
「何してる会社なんですか」
「えーっと、前と同じ感じ? IT関連」
JCLと同じというなら何の説明にもなっていない。
ITは建前で、おそらく裏で何かを、とれいなは思ったが聞かなかった。
「でも元気そうでなによりっす」
「うん。仕事忙しいけど、なんとか」
「JCLいたときより、いい顔してます」
「そう? 最近充実してんだよねー」
矢口はそういって肩を回した。
矢口のケイタイがピロピロ鳴る。
「あ、会社からだ。
じゃ行くね。なんかあったらまた連絡して」
そう言って、れいなにお面を両方とも渡した。
「いいんですかお面」
「あーいいよいいよ。
面白そうだけど今うちには必要じゃなさそうだし。
んじゃーねバイバーイ。
……はい矢口。どした? あー見つかった? じゃ次はね……」
忙しそうにケイタイで電話しながら去っていく矢口を、
割れた面を手にしながら見送るれいなだった。
- 340 名前: 投稿日:2006/09/20(水) 03:02
-
- 341 名前:10-6.猫と風船の祭囃子 投稿日:2006/09/20(水) 03:03
-
れいながお面を抱えて、紺野のところに戻ってきた。
「あ、あった?」
紺野が探し物をしている体勢で聞いた。
れいなが探しにいったので、紺野もその間に探していたようだ。
「うん。あったけど」
「どうしたの」
「さっきあっちで、
昔JCLにおった人に偶然会ったっちゃ」
「え!? そうだったんだー」
「びっくりした」
紺野はれいなの生脚にやっと気づいた。
「れいな、脚……」
「ああ、これ? 走るのに邪魔やったから切ったっちゃ。
ぽんちゃんにやられたとかじゃないよ」
「そっか」
紺野はホッと息をついた。
れいなは割れたお面どうしをくっつけないように、両手に離して持つ。
そんなれいなを、紺野が不安げに見つめる。
「多分くっつけんかったら大丈夫ったい」
「普通の、お面に見えるのにね」
「なんかまだフロウの残りがあるらしいっちゃ。
れいなにはわからんけど。
さっき会った元JCLの人がゆっとった」
「へえー」
- 342 名前:10-6.猫と風船の祭囃子 投稿日:2006/09/20(水) 03:05
-
闇に浮かぶ社のそばで話す、二人の浴衣娘のところに、
「れいなさぁぁぁぁーん!?」
と遠くから元気な声が聞こえてきた。
れいなはそっちに振り向く。
「……ん……あれ?……こはる?!」
遠くから元気に駆けて来たのは、JCL最年少の、久住小春だった。
小春はピンク色の浴衣で、黒い髪を横にくくっていて、
オイオイこいつケッコウ美少女じゃねーの? とれいなは悔しく思った。
「どうしたっちゃね小春」
「石川さんが、れいなさんたちがここらへんにいるって言ってたんで」
「うちらに合流しに来たと?」
「違います。石川さんに言われて、矢口さん、って人に会ってこいって」
「え?!」
矢口さん、という単語にれいなが驚いた。
小春は明るく言う。
「なんか、矢口さんっていう、JCLの先輩が来てるから挨拶してこいって、
そんな感じできちゃいましたー。」
「れいなも知ってる人っちゃ。矢口さんに会えた?」
「はい。さっき会いましたよー。明るい人ですね。
挨拶したら、なんか少し質問とかされて、答えて。
あと能力も見せてくれって言うんで、それも」
小春は水ヨーヨーをテンテン手でやりながら、喋った。
- 343 名前:10-6.猫と風船の祭囃子 投稿日:2006/09/20(水) 03:05
- 「あれは?」
れいなはそっと右手をピストルみたいに構える。
「見せなかったです」
「まああれはやめといたほうがいいっちゃ」
「そーですね」
小春はチラッとれいなの脚に目をやった。
その目線を追ったれいなが言う。
「あー浴衣、暑いから切ったっちゃ」
「へえーなんかセクシーで、きまってますねー。
こはるもやろっかな」
「おめー10年早いからやめとけって」
「えー、はーい」
れいなは小春を止めながら考えていた。
(前に着替えのとき見たこいつの脚はなかなかのもんやったっちゃ。
これでれいなよりミニが似合ってたら先輩として顔がたたん)
小春がれいなと紺野の浴衣の袖をひっぱる。
「あっちに射的あったんですよー。
3人で勝負しましょー勝負!」
すでに格闘で一勝負したれいなと紺野は、体に疲れを覚えていたが、
無邪気な後輩に連れられるようにして、夜店灯りに紛れていった。
- 344 名前: 投稿日:2006/09/20(水) 03:07
-
- 345 名前: 投稿日:2006/09/20(水) 03:10
- 次回、
『深理の森』
- 346 名前: 投稿日:2006/09/20(水) 03:17
-
- 347 名前: 投稿日:2006/09/20(水) 03:20
- 作者一般人紺野とヨーロッパ旅行の為しばらく休載致します。
- 348 名前: 投稿日:2006/09/20(水) 03:20
-
- 349 名前:ふぐつら 投稿日:2006/09/20(水) 03:25
- >>313 名無飼育さん
待っていただいてありがとうございます。
チョコチョコですが書いちゃいますよ
>>314 名無飼育さん
お待ちいただけて嬉しいです。
お言葉に甘えつつ、いいペースの更新をしたいです。
>>315 名無飼育さん
ありがとうございます。
いつまでも待〜♪、たせなくてすんでよかったですw
- 350 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/09/20(水) 22:32
- >一般人紺野とヨーロッパ旅行
代わって下さい♪
- 351 名前:一読者 投稿日:2006/09/23(土) 02:51
- おお、更新されましたね。
古い話で恐縮ですが、気が向いた時にでも#306のメール欄のご返事をいただけると幸いです。
- 352 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/22(月) 12:28
-
- 353 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/17(土) 00:22
- ぜ、ぜひ続きを…
- 354 名前:神楽 投稿日:2007/07/09(月) 23:06
- 更新してくださることを待ち望んでおります。
- 355 名前:GAKI 投稿日:2007/10/26(金) 15:46
- 楽しみだなぁ
早く続きが読みたいです!
- 356 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/10/26(金) 19:45
- スイマセン、落とします
待ち続けます
- 357 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/10/26(金) 20:35
- 落ちてないよw
代わりに落とします。
- 358 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/11/04(日) 00:53
- 続きが気になる! 早く読みたいデス。。
是非更新してください!!!
- 359 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/11/04(日) 08:41
-
- 360 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/11/10(土) 18:17
- 次はどんなオ・ハ・ナ・シ・なのかなぁ・・・・
↑↑
キモッ(−。−)w・・・
- 361 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/11/10(土) 21:35
- 次回も期待しております。
- 362 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/11/18(日) 10:28
- 期待大!!
- 363 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/11/19(月) 00:51
-
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