Breakout
- 1 名前:鉞南瓜 投稿日:2006/02/21(火) 14:44
- 需要とか空気とか読まずに投下させていただきます。
小川さん主役で。
- 2 名前:1 再会 投稿日:2006/02/21(火) 14:45
- おとめ隊のメンバーを乗せたC−130輸送機が飛行場に降り立つと、
さくら隊の矢口と吉澤が出迎えに出ていた。
「やぐちさん!よっちゃーん!」
辻が真っ先に飛び出し、二人の元へ走って飛びついた。
小川は辻の装備もまとめて降ろす準備をし、機内に忘れ物がないか最後の点検をした。
「また、あのコは…」飯田はそれに気づいて苦笑した。
「仕方ないですよ、さくらのメンバーと会うのは久しぶりですもん」
小川は気にした様子もなく、荷物を担いで降りて行った。
いつもなら辻と一緒に飛び出して行きそうなものなのに、少し元気がないのかな、
飯田はふと思ったが、すぐに機内の点検に意識を戻した。
小川が台車に荷物を積み込んでいると、飛び出して行った辻や田中を石川が叱って
連れ戻していた。
「麻琴、ここはあのコ達にさせるから行って来なよ」
「あ。でもこの荷物はあたしの担当のですし」小川は箱に触れて言った。
「いーから、挨拶してきな」
石川に背中を押されて、小川は矢口たちの方へ足を向けた。
- 3 名前:1 再会 投稿日:2006/02/21(火) 14:46
- 「おー、まこっちゃん。元気だった?」
「はぁい。お疲れ様ですー」
矢口と挨拶を交わしていると、吉澤が背後に回ってヘッドロックをかけてきた。
「麻琴ぉー。あたしに会えなくて寂しくて泣いたりしてなかったかあー?」
「イタイ、イタイ、何するんですかぁ、よしざぁさーん。泣きませんよぉ」
「お。麻琴のクセに生意気な」
2人がじゃれあってるのを横目に飯田が矢口に声を掛けた。
「皆元気?」
「元気だよ。傷病者も今のところナシ。そっちは?」
「こっちも皆元気」
「そっか。なっちは圭ちゃんのところで待ってるから」
「そう」
飯田と石川はメンバーに荷物を運ぶよう指示して、矢口と吉澤に着いて行った。
小川たちは飛行場の隅の一角を与えられたので、そこへ荷物を運んだ。
「思ったよりも、寒い」辻が鼻をすすった。
ここは前にいた作戦基地よりも前線に近い。肌寒いのでジャンパーを着て作業をした。
- 4 名前:1 再会 投稿日:2006/02/21(火) 14:46
- 割り当てられた区画の端の木の下に寝袋を敷いて、小川はやっと落ち着いた。
他のメンバーは早速さくら隊のメンバーに会いに行ったらしい。
大雑把なようで妙に几帳面なところのある小川は1人で荷物を整理し、
とりあえず納得がいったところで、うーんと伸びをした。
視線を上に向けると星空が見えた。
そのまま眺めていると遠くで雷が鳴っているような音が聞こえた。
だんだんその音は大きくなっていき、やがて空一面に轟きわたった。
爆撃機の編隊が次々と頭上を通過していく。敵地へ向かっているのだろう。
口をぽかんと開けてそれを見上げていた小川は、背後の影に気がつかなかった。
突然、背中に衝撃と重みを感じた。「ぐぇ」変な声が出た。
前のめりになったのを何とか踏みとどまって首をめぐらせると、
ぱっちりした目と目が合った。
- 5 名前:1 再会 投稿日:2006/02/21(火) 14:47
- 「愛ちゃん!」
「まごどぉ〜、久しぶりー!」
背中に飛びつかれたまま、がくがくと揺すぶられて小川はよろよろした。
「愛ちゃん、麻琴苦しそうだよ」
「愛ちゃん、その辺にしときなって」
高橋はぎゅうっと力を入れて小川に抱きついた後、渋々といった感じで背中から降りた。
「麻琴!」
「おーこんこん!元気だった〜?」
小川はふらつきながらも抱きついてきた紺野を受け止めた。
紺野が離れると今度は新垣が来た。
「まこちぃ!」
「ガキさーん」
新垣が離れると、また高橋が来た。
「あはは。愛ちゃん、そーとーまこちぃに会いたかったんだねえ」
高橋は新垣の冷やかしも気にせず、小川の首筋にぐりぐりと頭をこすり付けた。
小川が高橋の頭を撫でてやると、とりあえずは満足したのかやっと離れた。
- 6 名前:1 再会 投稿日:2006/02/21(火) 14:48
- 装備から道具を出して紅茶を沸かし、4人は座って互いの近況を話した。
とは言え作戦に関する話はしない。
小川は藤本がずっと10キロもある石を背負って移動していた話をした。
誰かが荷物に入れたことに途中で気がつき、当然怒ったが誰も名乗り出ない。
藤本はこんなことをするのは辻だろうと、仕返しをした。
辻のハミガキ粉を日焼け止めとすり替えておいた。辻は知らずに使って酷い目にあった。
「でもそれ、犯人のんちゃんじゃなかったんだよね」
「え、誰?」
「れいなとさゆ」
「え〜!?いい度胸してるねー!」
ひとしきり笑った後、少し間が空いた。
「……麻琴」高橋が口を開いた。
「何?」
「行くん?」
小川はちらと高橋を見て、頷いた。「うん」
「え?マジで?」紺野と新垣は顔を見合わせた。
小川は少し困ったように頬をかいて頷いた。
「いつ?」高橋は小川をじっと見ている。
「早ければ、明日にでもじゃないかな…」
高橋はうつむいた。
「何だよー。大丈夫だって」小川は高橋の肩をぽんぽんと叩いた。
「麻琴、愛ちゃん、ずっと麻琴のこと心配してたんだよ。麻琴が寂しがってないかとか、
変なモノ食べてお腹壊してないかとか、」
紺野の言葉に小川は苦笑して高橋を見る。
「んだよ。あたしコドモじゃないんだからさー…」
「麻琴が1人だけおとめ隊に行くからやろ」
「あたしのせいかよ」
4人は5期選抜訓練に合格して入隊した同期だ。厳しい選抜訓練と特殊訓練を受けて
2千人近くの中から4人だけが残った。
それからずっと一緒だった。中隊が分割して作戦にあたるようになったのは夏からで、
入隊後互いに何ヶ月も会わないようなことは初めてだった。
分割は軍の方針で本人の希望とは関係ない。中隊はメンバー間の絆が強いが、
中でも同期の絆は特別なものがあった。
小川は孤児だったので、同期の3人を家族かそれ以上に思っていた。
- 7 名前:1 再会 投稿日:2006/02/21(火) 14:48
- 「そんなこと言ったらさ、あたしなんかそっちの3倍心配してるんだよー」
ヘタレモードに入った小川の頭を紺野がよしよしと撫でた。
高橋は面白くなさそうに2人から目をそらした。
B−52の編隊の爆音が遠くで響いている。
「今回はかなり大規模な戦いみたいや」
「その方がやりがいあるじゃん」
高橋は小川をにらんだ。小川はへらへら笑っている。
「しょーがないじゃん。任務なんだから」
「そんなんわかっとるわ」
高橋は膝を抱えて、そこに顔を伏せた。小川は立ち上がって高橋の背後に回り
そこへ腰を下ろした。高橋の背中にくっつくようにして座ると、
小柄な高橋は閉じ込められるような格好になった。
「……何しとる」
「ん?寒いからあったまってます」
「……アホ」
小川はかまわず高橋の腹に両腕を回して背中に密着した。
「あったけぇ」
「…………」
ふう、と高橋はため息をついた。しかし表情はさっきより和らいでいた。
「あー、麻琴、何イチャイチャしてんだよ」
「セクハラや、セクハラ」
辻がさくら隊の加護と手をつないで走って来た。
「セクハラって…。そっちだってくっついてんじゃん」
「ウチらはいーんだよ。それより、あっちでオバちゃんが肉食べさせてくれるって
言うから行こー」
「肉?」
「オバちゃん?」
紺野と新垣がそれぞれ違うことで反応する。
オバちゃんというのはたぶん士官の誰かのことだろう。
そんな呼び方が出来るのは辻と加護くらいだ。
「早くしないとミキティと田中ちゃんに全部食べられるよ」
加護の言葉に全員立ち上がった。
- 8 名前:1 再会 投稿日:2006/02/21(火) 14:52
-
- 9 名前:1 再会 投稿日:2006/02/21(火) 14:53
-
- 10 名前:名無し花子。。。 投稿日:2006/02/21(火) 22:11
- ∬∬´▽`)さんメインの小説なんて、いつ振りだろ?
この続き楽しみに待ってますね。
- 11 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/02/22(水) 00:08
- 小川さんもいいけど、ストーリーも興味あり♪
- 12 名前:2 情況説明 投稿日:2006/02/22(水) 13:37
-
夜明け前にサイレンが鳴り響いた。飛行場のあちこちで兵士が駆け回っていたが
おとめ隊は情況がさっぱりわからないので寝袋に入ったままでいた。
暑い所と思われていたので野外で寝る準備しかされていなかった。
しかし実際は寒かった。それでも仕方ないので野外で寝袋で寝た。
「何だろう?」
小川の隣で寝ていた石川が身体を起こした。
「さあ?」
「何かあったんなら誰か来るんじゃない」藤本が言った。
外は寒く、寝袋の中は暖かかったので誰も動こうとはしなかった。
- 13 名前:2 情況説明 投稿日:2006/02/22(水) 13:37
-
「スカッド警報!防空壕に入れ!」
誰かが叫んだ。
「スカッド!?」
全員一斉に起き上がろうとした。
しかしその後すぐ警報は解除された。
誰も口には出さなかったが、ここは戦場に近い場所なのだ、と実感した。
- 14 名前:2 情況説明 投稿日:2006/02/22(水) 13:38
-
その朝、飯田と石川は『今晩、作戦を決行する』と告げられた。
- 15 名前:2 情況説明 投稿日:2006/02/22(水) 13:38
-
「昨日の焼肉すごかったねー」
「肉なんて久しぶりに食べたよ。野菜も」
小川は高橋たちと昨日の焼肉について話していた。
連隊長は気前よく、あるだけの肉を野菜と一緒に鉄板で焼いて供してくれた。
全員喜んで食べたが、長い間レーションばかり食べていたので、何人かはトイレに
駆け込む羽目になった。
「麻琴、ブリーフィング始めるってさ」
辻が来て、小川の袖を引っ張った。
「あ、うん。じゃね」
辻と歩いて行く小川の背中を高橋は難しい顔で見送った。
- 16 名前:2 情況説明 投稿日:2006/02/22(水) 13:39
-
中隊長の中澤と作戦士官の保田とおとめ隊のメンバーが集まり、
飯田から正式の命令が伝えられた。
飯田はまずこれから行く敵地と、その周囲の説明から始めた。
目標地点の地形、位置関係や日没の時刻、月齢、天候等について。
「…軍の気象班によると乾燥した涼しい気候とのこと。任務の間は温和な気候と予想されている」
「じゃあ寝袋はいらないね」石川が言った。
「どっちにしても持って行く余裕ないし」
藤本が言った通り、持って行く荷物が多く寝袋を入れる余裕はなかった。
飯田は情況説明に入ったが、情報が不足していた。
通常ならここで説明されるべき友軍の位置と援助の方法さえわかっていなかった。
何よりまともな地図さえ入手できていない。
ここに来る前に与えられた地図は航空地図で等高線は描かれておらず、
標高は色分けされているだけだった。
- 17 名前:2 情況説明 投稿日:2006/02/22(水) 13:40
-
「学校の教科書の地図じゃないんだから」
それを受け取った時に藤本が文句を言った。
「しかもウチらの行くとこ、この辺、ずっと同じ色だし」
藤本の言う通り、付近の色は均一になっていた。他のメンバーも渋い顔をする。
「え、どーゆーことですか?」田中が小川に小声で聞いた。
小川より一期下の田中と道重は、選抜訓練に通ったばかりで今回初めて本格的な作戦に参加する。
「つまりウチらの行く所は平らで周囲に障害物がない。隠れるのが難しいってことだよ」
「あー…」
「面倒なことになりそう」藤本がうんざりした顔で言い、全員同意した。
それから地図に関しては文句を言い続け、ようやく脱出用地図が与えられたが、
かなり古いもののようだった。
誰もが今回の作戦は厳しいものになることを感じていた。
- 18 名前:2 情況説明 投稿日:2006/02/22(水) 13:41
-
飯田は淡々と説明を続けている。飯田はさくら隊指揮官(リーダー)の安倍と並んで
MM隊設立時から在籍している最古参のメンバーだ。
MM隊指揮官であり、現在はおとめ隊指揮官である。
情況説明をひと通り終えた飯田は、任務の明細について二度述べた。
「ひとつ、北部方面の地上通信線を破壊する。ふたつ、スカッドを見つけて破壊する」
それから実行の説明に入った。
「チヌークでMSR(主要補給路)の20キロ南に降下し、LUP(潜伏地点)まで
一晩ないし二晩歩く。車輌は見つかる危険性が高いため使用しない」
車輌を使用しないことは全員で決めた。同様の任務を受けたメロン隊は持って行くらしい。
最後まで迷ったが、車輌を隠す場所がないため歩くことに決定した。
「LUPからパトロールを出して地上通信線の場所を突き止める。同様にMSRの付近に
観測所を設置してスカッドの動きを見張る。14日間で引き上げる予定だが、状況により
補給をして延長することもあり得る」
- 19 名前:2 情況説明 投稿日:2006/02/22(水) 13:42
-
飯田は各段階ごとに区切って説明した。
調整の指示が終わると、メンバーは立ち上がって飯田を取り囲んで円陣を組み手を重ねた。
「おとめ〜ファ〜イト!」
それから、全員の時計を合わせた。
- 20 名前:2 情況説明 投稿日:2006/02/22(水) 13:42
-
引き続き、侵入と脱出のための航空ブリーフィングが行われた。
これはチヌークのパイロットが行う。
「皆さーん、どぉーもー」
現れたパイロットを見て藤本は驚いた。「亜弥ちゃん!?」
「みきたん、お久しぶりー。皆さん、よろしくお願いしますー」
- 21 名前:2 情況説明 投稿日:2006/02/22(水) 13:43
-
「みきたん、って…」
道重と田中は顔を見合わせた。藤本は中隊に入ったのは6期でだが、軍歴は長く経験も豊富だ。
年齢的にも飯田の次に上なので先任のメンバーに対しても臆することがなく、言いたいことを
ズバズバ言い、既に存在感があった。
松浦とは以前何度か作戦を一緒に行い、成功させたらしい。
「まつーらが皆さんをばっちり運びますから心配要らないですよ。華麗なテクニックお見せします」
「いや、亜弥ちゃん、フツーでイイから」
「もー、みきたん久しぶりなのに冷たいー」
松浦が藤本にじゃれついているのを見て、中澤も保田も苦笑していたが何も言わなかった。
仕事はきちんとするとわかっている。松浦は気が済んだのか、別人のように顔をひきしめて
説明を始めた。
おとめ隊が降下する地点の10キロ以内の基地が攻撃されることになっている。
この攻撃を隠れ蓑にして下をくぐって飛ぶとのことだった。
「何か質問は?」松浦はメンバーを見回した。
飯田はかぶりを振った。「ウチらは運んでもらえさえすれば、どんな方法でも構わない」
- 22 名前:2 情況説明 投稿日:2006/02/22(水) 13:43
-
この説明会は11時頃終了した。これで全員が自分の仕事を知ったことになる。
- 23 名前:鉞南瓜 投稿日:2006/02/22(水) 13:49
- 本日の更新終了です。
>>10 名無し花子。。。 様
レスありがとうございます。
∬∬´▽`)さんメインなのは単なる作者の趣味ですw
お楽しみいただければ幸いです。
>>11 名無し飼育さん 様
レスありがとうございます。
不慣れですが、何とか頑張りまっす。
- 24 名前:3 準備 投稿日:2006/02/25(土) 09:09
-
食堂は鉄骨を組んだ上に防水布を掛けただけの場所で、テーブルも椅子も殆どなく
皆地面に座って食事していた。
「ちょっと!あやちゃん、昨日会った時は全然そんなこと言ってなかったじゃん!」
「へへー、ビックリ…「したよ!」
「たん、ツッコミ早っ!」
藤本と松浦がまたじゃれあっている横を飯田が通りかかると、松浦は声を掛けて来た。
「飯田さん、空爆の調整によっては飛べなくなるかもしれません」
飯田は頷いた。
「どっちにしても、準備はしておくから」
傍らの石川に言い、石川は頷いた。
- 25 名前:3 準備 投稿日:2006/02/25(土) 09:09
-
辻と小川はソーセージと卵を皿に山盛りにしてひたすら口に運んでいた。
しばらく生鮮食品は食べられない。
「おいおい、腹壊すなよ〜」
呆れた声が頭上から降ってきて、辻と小川は顔を上げた。
「よっひゃん」
「よひざぁはん」
「あー。いい、いい。そのまま食ってな」
慌てて口中のものを飲み下そうとしている2人に苦笑して、吉澤は小川の向かい側に腰を下ろした。
しばらく2人の食べっぷりを眺めていたが、頃合いを見て切り出した。
「のの、あいぼんが用があるって言ってたぞ。時間があったら行ってやんな」
辻は頷いて口いっぱいのものを飲み込むと、立て膝になってコップの中のものを飲み干した。
「今行って来る」
辻はコップを置くと立ち上がって食堂から出て行った。
- 26 名前:3 準備 投稿日:2006/02/25(土) 09:10
-
小川は自分の分を食べ終え、辻の分も併せて食器を片付けた。
「世話掛けるなあ」
「はい?」
「のののヤツ相変わらずやりっぱなしなのか」
「いや、そんなことないですよ。ついでにやっただけです」
「そーゆーのを嫌がんないでやるのがお前のいい所だよな」
「はぁ?」
思いがけず褒められたので小川はきょとんとした。この先輩は普段けなすことが愛情表現だったので
珍しいことだった。
「準備できたか?」
「あとは積むだけですね」
「昨日、飯田さんと石川、グレネードが足りないっつって走り回ってたぞ」
「物資がずっと足りないんですよ。弾薬集めるのも苦労したし、クレイモア(地雷)もなくて、
吉澤さんに教わったアイスクリームの容器で作ったヤツで」
「そうか…」
「何とかやりくりしましたけど、何か雰囲気違うんですよね、今回」
「…………」
吉澤は複雑な気分で聞いていた。
さくら隊の自分から見ても、おとめ隊は割を食っている印象があった。
前回の作戦で、さくら隊は期待通りの戦果を上げたが、おとめ隊は情報が二転三転して
思うような戦果を上げられなかった。
それはただの巡り合わせだったのだが、口さがない連中の間では、
さくら隊は精鋭の集まりで、おとめ隊はその残り等と囁かれていると聞いた。
当然、そういったことは飯田たちの耳に入っているはずだ。
吉澤自身は隊が分割していることに納得しかねる部分があったが、今は仕方ないと思うしかない。
そういう事情は、あまり後輩たちには聞かせたくなかった。
- 27 名前:3 準備 投稿日:2006/02/25(土) 09:10
-
「無茶すんなよ」
「はあ」
「周りのヤツとか、上のヤツの言うことなんか関係ねーからな。無理はするなよ。
絶対戻って来い」
「はぁい」
気の抜けた返事に吉澤は肩透かしを食った。
この後輩は時々デリケートな面を見せることがあったが、今回は落ち着いているようだ。
そう踏んだ吉澤は自分の気になっていることを打ち明ける気になった。
- 28 名前:3 準備 投稿日:2006/02/25(土) 09:11
-
「辻もそうだけど…石川のこと頼むな」
「頼むって…2人とも先輩ですよ。石川さんにはこっちが面倒見てもらってますし。
すごい気がつくし、マメですよ」
「だから心配なんだよ」
「はぁ?」
「あれは1人で抱え込むから。上は指揮官の飯田さんしかいないし、自分がやんなきゃとか
思ってんだろ。1人で空回って、1人で落ち込んだりするんだよ」
「あー。でも美貴ちゃんがいるじゃないですか。飯田さんの次に年長…」
「あれは何か張り合ってるからダメだ。真逆だし、お互い言うこと聞かねーだろ。
ののもしっかりしてきたけど、石川には甘えちまうだろうしな」
「はぁ……」
小川はかゆくもないのに首の後ろをかいた。
「お前はぼーっとしてるようで周りをよく見てるし、気配りもある。石川だって
頼りにしてると思う」
「…そーですかねぇ」
「もっと自身持て。頼むぞ。石川が暴走しないよう見ててくれ」
いつになく饒舌な吉澤に、小川は少し驚いた。
- 29 名前:3 準備 投稿日:2006/02/25(土) 09:11
-
「あれはネガティブになると止まんねえから…」
「心配なんですね、石川さんのこと」
「――!み、皆のことも心配だけどっ」
「トクベツ心配なんですよね?」
小川は意味ありげに笑った。
吉澤は一瞬詰まったが、「そうだよっ」と開き直ったように言った。
耳のふちが赤くなっている。
「わかりましたぁ。大事な石川さんは小川がお守りいたします」
「……頼むな」
冗談めかした小川の言葉にいつもならへらず口を叩く所だが、今日の吉澤は神妙に頭を下げた。
「…その代わり、高橋のことは心配いらねーから」
「はい。……って、ええ!?」
慌てる小川を見て吉澤はニヤッと笑った。さっきまでと違い、いたずらっぽい目つきになっている。
「お互い切ねーなあ。なあ?」
吉澤は小川の頭に手を置いて揺さぶった。
「うああ」
小川は目を白黒させた。少しくらくらしながら聞いてみる。
「あの……何で」
「見てりゃ誰でもわかる」
「はあ……」
- 30 名前:3 準備 投稿日:2006/02/25(土) 09:12
-
何となく納得のいかない小川は頭を振っていたが、あることを思い出してポケットを探った。
「あ、そうだ。吉澤さん、これ預かってもらえますか」
小川は厚みのある封筒を差し出した。
「ん?」
「署名・捺印して仕上げてあります。もし、戻って来れなかったら…」
吉澤は黙って封筒と小川を見ていたが、やがて受け取った。
「わかった。預かっておく」
「よろしくお願いします。中に手紙が…宛名が書いて」
吉澤はポケットに封筒をきちんと仕舞い込むと、小川の言葉を最後まで聞かずに
小川の首を抱え込んだ。
「うひゃあ!?」
「もし、とか言うんじゃねー。絶対戻って来い」
空いてる手で小川の頭をくしゃくしゃかき回す。
「うああ。わかりまったぁ」
- 31 名前:3 準備 投稿日:2006/02/25(土) 09:12
-
遺言書を書くことは珍しいことではない。大きな作戦の前にはそうする者が多い。
しかし孤児で身寄りのない小川がこれまでそうしたことはなかった。
吉澤は抱え込んでいる小川の顔に自分の顔を近づけ
「高橋を泣かせるようなことはするなよ」
と囁いて、ようやく解放した。
小川はふらふらになりながらも言い返した。
「よしざぁさんが泣かないように、いしかーさんのことはお守りしますから」
「言うねえ」
吉澤は笑った。
「これから最終点検とかあるんだろ。早めに会っておけよ」
吉澤は小川の頭を撫でると食堂から出て行った。
- 32 名前:3 準備 投稿日:2006/02/25(土) 09:13
-
小川も外へ出ると、紺野が立っていた。
「マコ」
「おー。あさ美ちゃん」
小川がにこにこしているので、紺野は意外そうな顔をした。
「どしたぁ?何か暗いよ」
「今日、出発なんでしょ?」
「そだよ。言って来MAX」
小川は腕をクロスしておどけたが、紺野は笑わずに小川を見ている。
「あさ美ちゃん?」
「マコ、変なもの食べちゃダメだよ。生水もなるべく飲まないようにね」
小川は苦笑した。
「わかってるよ、もー」
「気をつけてね」
「うん。いいコにして待ってるんだぞぉー」
変な抑揚をつけて言うと、紺野は今度は笑ってくれた。
小川も笑って紺野の頭を撫でた。
「そーそー。あさ美ちゃんは笑ってる方がいいよ」
紺野は大きな目を見開き、それから顔をくしゃりと歪めて小川に抱きついた。
「ぬあっ!?」
思いがけない力強さに小川はよろけた。
紺野は小川の肩口に顔をつけてじっとしていたが、やがて顔を上げた。
小川の頬に一瞬、温かく柔らかいものが触れ、そして去った。
そのままぽかんと口を開けて固まっていた小川が自分を取り戻した時には、紺野の姿はなかった。
- 33 名前:3 準備 投稿日:2006/02/25(土) 09:13
-
「まこっちゃん。口開いてるから」
「うあっ!?」
小川がびっくりして振り返ると、加護と新垣がニヤニヤ笑いながら立っていた。
「まこっちゃんもスミに置けませんなあ」
「うぇ?」
んふふ、と加護は意味ありげに笑った。
小川はワケがわからず新垣を見たが、新垣は困ったような顔で笑っているだけだった。
「まぁえーわ。これ、ウチらからの餞別な」
小さいチャック式のビニール袋にキャンディがいろいろ入っていた。
「わぁ、ありがとー」
「あんまかさばるモンあげてもアカンやろって愛ちゃんが」
「そう言えば愛ちゃんは?」
加護と新垣は顔を見合わせた。
「あー…さっきまで一緒にいたんだけど…」
- 34 名前:3 準備 投稿日:2006/02/25(土) 09:13
-
「まこっちゃーん」
格納庫の方から田中が呼んでいた。
「荷物点検しますー」
「おー。今行くー!」
田中に手を振っておいて、加護と新垣を見た。
「んじゃ、あたし行くね。餞別ありがと」
「まこっちゃん、頑張ってな」
「気をつけてね。まこちぃ」
「おう、頑張るぜぃ」
小川は手を振って2人と別れた。
- 35 名前:鉞南瓜 投稿日:2006/02/25(土) 09:14
-
更新終了。
- 36 名前:4 出発 投稿日:2006/02/27(月) 23:00
-
おとめ隊は荷物の最終点検をして、全て台車に積み込んだ。
1800時に車に乗り、チヌークまで向かった。
車内はあまりいい雰囲気とは言えなかった。
小川の隣に座っていた藤本が不機嫌そうに囁いてきた。
「さっき荷物積んでる時にさあ、他の部隊のヤツが『こんなに荷物を持って行くなんて
馬鹿げてる。この作戦はおかしい』とか言ってんの。何か変な目でこっちのこと見てさ。
ウチら片道切符つかまされたことになってるらしいよ」
小川が答えに困っていると藤本は続けた。
「冗談じゃないっつーの。軍の作戦がマトモだったことなんてないじゃん」
小川は思わず笑った。
「そうですよねえ」
「ホント、今更だよ」
周囲の妙な視線はそういうことか、小川は理解した。
- 37 名前:4 出発 投稿日:2006/02/27(月) 23:00
-
チヌークの所に到着し、今度はチヌークに荷物を運び込んだ。
さくら隊や他の隊のメンバーの姿も見え、かわるがわる来ては冷やかしとも励ましとも
つかない言葉を掛けて行った。
荷物を積み終え、ぼんやり立っていた小川は突然背中に軽い衝撃と重みを感じた。
「ぐぇ」変な声が出た。
- 38 名前:4 出発 投稿日:2006/02/27(月) 23:01
-
「愛ちゃん、苦しいって」
高橋はしばらく黙って小川の背中にしがみついていたが、やがて降りた。
小川が振り返ると、思ったよりも近くに高橋の顔があって、のけぞった。「うぉ」
高橋は黙って小川の手をつかむと、有無を言わせず車の陰に引っ張って行った。
- 39 名前:4 出発 投稿日:2006/02/27(月) 23:01
-
「ここでえーか」
高橋は周りを見回して誰からも見えていないことを確認すると、小川に向き直った。
「いよいよ、やな」
「うん」
小川は落ち着いていた。
周囲からは笑い声も聞こえて、案外のんびりした雰囲気が漂っている。
高橋は大きく息を吸って吐き、言った。
「麻琴」
「ん」
「約束して」
「ほぁ?」
小川はいつものように口をぽかんと開けて高橋を見た。
何でいつもと変わらんのやろ、と高橋は呟いた。気を取り直して、言った。
「絶対、帰ってくるって、約束して」
高橋は小川の両腕をつかんだ。小川は動けなくなった。
「約束して、麻琴」
大きな瞳が小川を覗き込む。つかまれた腕に力がこもる。必死な高橋に小川は驚いた。
そして気づいた。車中の藤本の言葉。
――片道切符。
- 40 名前:4 出発 投稿日:2006/02/27(月) 23:02
-
「帰ってくるよ。何言ってんだよぉ。当たり前じゃん」
高橋のつかむ力は緩まない。
「絶対、帰って来る」
今度は力を込めて、高橋の目を見つめながら言った。
「ホンマやな?」
「うん」
「絶対やで」
「うん」
「絶対、絶対…」
「信じてよー」
ちょっと泣きの入った言葉にようやく高橋の表情が緩んだ。
「愛ちゃんこそ気をつけてよー。ここだってスカッド飛んで来るみたいだし」
こんな時まで自分を気遣う小川に高橋はうつむいた。
「何だよー。泣くなよー」
- 41 名前:4 出発 投稿日:2006/02/27(月) 23:03
-
頭を撫でてやりたいが、小川の両腕はがっちりつかまれたままだ。
その力が緩んだ、と思ったら首に腕が回され、引き寄せられた。
「!?」
高橋の顔が視界いっぱいになった。
――自分がどういう状態なのか一瞬わからなかった。
高橋の顔が離れて初めて小川は何をされたのかわかった。
- 42 名前:4 出発 投稿日:2006/02/27(月) 23:03
-
「まことぉー」
ぼーっとしていた小川は辻の声で我に返った。
- 43 名前:4 出発 投稿日:2006/02/27(月) 23:04
-
「…呼んどるで」
「…あー。うん」
小川はぼーっとしたまま歩きかけたが、何かに気づいたように足を止めた。
首から服に手を突っ込んで何かごそごそしていたかと思うと、高橋の方へ向き直った。
そして高橋の手に何か握らせた。
「えっ?」
「それ、愛ちゃんが持っててよ」
高橋は手の平の上のものを見た。それはいつも小川がお守り代わりに持っているコインだった。
「でもこれは…」
「身元のわかるもの持ってちゃマズイからさ。これから最終点検だし」
高橋は知っていた。小川がいつもそのコインを認識票にマスキングテープで留めて
身につけていることを。
「でも…」
「持っててよ。帰るまで」
「…わかった。戻ったら返す」
「うん」
小川はにっこり笑って高橋をぎゅっと抱きしめた。
そしてぱっと離れると「行って来ます!」と言って身を返して駆け出した。
高橋はコインを握り締めて、その後姿を見ていた。
コインはまだ小川のぬくもりで温かかった。それが逃げないように、高橋はぎゅっと握り締めた。
- 44 名前:4 出発 投稿日:2006/02/27(月) 23:04
-
「何してたんだよー、麻琴」
辻に聞かれて、小川は「ちょっと…」と言葉を濁した。
石川と藤本が何故か意味ありげに笑っている。
その視線を避けるように顔をずらすと中澤と保田の姿が目に入った。
「ほぁー。お2人とも来てるんですね」
士官がここまで来るのは異例のことだった。
「まぁMM隊の元メンバーだし」石川が言うと藤本も同意した。
「現場好きだよね」
- 45 名前:4 出発 投稿日:2006/02/27(月) 23:05
-
「しっかり仕事して、ちゃんと帰ってくるんやで」
中澤がメンバーに掛けた言葉はこれだけだった。この期に及んで他に言うべきことはない。
おとめ隊のメンバーは砂漠用のまだら模様に塗り直されたチヌークの尾部でポーズを決めて
記念写真を撮った。
それからチヌークに乗り込んだ。
- 46 名前:4 出発 投稿日:2006/02/27(月) 23:05
-
座席は上がっていたので床に座り込む。全員乗り込むと、チヌークは離陸した。
ローターの回転が起こす風がすさまじい砂嵐を巻き起こし、その砂煙がおさまると
さくら隊や他の隊のメンバーが手を振っているのが見えた。
それはすぐに見えなくなった。
後部の騒音はすさまじく、エンジンの轟音にローターのバラッバラッという鈍い音が加わって
普通の会話は出来ない。
ヘッドセットが機内通話装置に接続されてキャビンの壁にいくつか掛かっており、
パイロットたちの声が聞こえるようになっている。
飯田はヘッドセットを掛けて松浦と話をしていた。
国境近くで給油し、満タンにしてから国境を越える手はずになっていた。
出発した時はまだ明るく、日没に国境の20キロ手前に達した。
戦闘機が2機、爆音とともに降下してチヌークを調べ、また上昇していった。
- 47 名前:4 出発 投稿日:2006/02/27(月) 23:06
-
チヌークは国境近くでエンジンを掛けたまま着陸した。
おとめ隊は機内から出られない。
ここで行くか行かないかの判断があることになっている。
飯田は緊張して合図を待っていた。
他のメンバーは黙ってそれぞれ物思いにふけっているようだった。
小川はこれからしなければならないことについて考えていた。
着いてみなければわからないことも多いが、それでもそれまでの手順を確認する。
機内は蒸し暑く、空気も澱んでいる。だんだん気が滅入りそうになってきた。
機上輸送係は降りて行ったまま、なかなか戻って来なかった。
飯田の他に石川と藤本がヘッドセットを掛けていた。
藤本はじっと飯田と松浦の会話に聞き入っている。小川にはその気持ちがわかる気がした。
自分も親しい誰かの声が聞きたかった。じっとしていると息苦しさが増していくようだ。
- 48 名前:4 出発 投稿日:2006/02/27(月) 23:07
-
機上輸送係が戻って来て、ヘッドセットを掛けろと手振りで示した。
飯田たちはヘッドセットを掛け直した。小川も壁からひとつ外して掛けてみた。
じっとしているよりマシだ。松浦の声が聞こえた。
『行くことになりました』
松浦の声にはかすかな興奮と緊張が混じっていた。
- 49 名前:鉞南瓜 投稿日:2006/02/27(月) 23:09
- 更新終了。
まこあい…。
- 50 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/02/28(火) 01:07
- 更新乙です。
いよいよ・・・ですね。
楽しみにしてます♪
- 51 名前:名無し花子。。。 投稿日:2006/03/01(水) 23:06
- 更新乙カレーです。
川*’ー’)∬∬´▽`)川o・-・)でつか・・・。
しかもこれからいよいよ始まるわけですね。
ワクテカしながら待っておりまする。
- 52 名前:5 潜入 投稿日:2006/03/02(木) 08:53
-
チヌークは点検と給油で更に30分ほど地上にとどまってから離陸した。
数分で高度を落とし始めた。
『今、国境を越えています』
松浦が何気ない調子で言った。
飯田はそれをメンバーに伝え、全員、装備用のストラップを身につけ始めた。
- 53 名前:5 潜入 投稿日:2006/03/02(木) 08:54
-
松浦は他の搭乗員の指示を聞きながら、有視界飛行を行っている。
松浦たちのやり取りは自信に満ちているようだった。
何もかも充分に予行練習をしてあるような、シミュレイターで訓練をしているかのように
冷静だった。
レーダーで捕捉されるのを防ぐため、地上わずか10〜20メートルを飛んでいるのだが
見事に障害物を避けていた。
- 54 名前:5 潜入 投稿日:2006/03/02(木) 08:55
-
小川たちは他にすることがないので、じっと座ってチョコレートバーを食べていた。
辻に至っては搭乗員の装備をあさってサンドイッチを手に入れて食べていた。
突然、前部の機上輸送係が機関銃に取りついたので、田中はぎょっとして小銃をつかんで
立ち上がろうとした。道重もつられて小銃をつかんだ。
チヌークに搭乗した時に不意の戦闘に備えて小銃に弾を込め、安全装置をオンにしてある。
小川はのぞき窓から地上を眺め、指で示した。
道路に接近していたので攻撃された時に反撃できるよう準備しただけだった。
田中はバツが悪そうに腰を下ろした。
どっちにしてもこのスリップストリームの中では銃を突き出しても殆ど役に立たないだろう。
石川は田中の肩をぽんぽんと叩いた。
田中は苦笑している。少し緊張が解けたようだった。
道路には車輌部隊のライトが多数見えた。道路の場所はわかっていたので目視したことによって
位置を確認することが出来た。飯田が降下までの時間を計算しようとした時、警報が鳴り響いた。
- 55 名前:5 潜入 投稿日:2006/03/02(木) 08:55
-
チヌークが右に左に激しく揺れた。機上輸送係が慌しく走り回り、あちこちのスイッチを押した。
チャフが撃ち出された。チャフはアルミ箔や金属をコーティングしたプラスティック片だ。
レーダーの電波と同じ波長の金属箔を空中に散布することで、レーダーに拠る探知を妨害する。
小川はヘッドセットを放り投げ、着陸の衝撃に備えてしゃがんで背中を丸めた。
松浦はチヌークを縦横無尽に飛ばし、アクロバティックな動きを見せた。
激しい回避運動に、エンジンが苦しげな音を立てた。
小川たちは必死で足を踏ん張った。
- 56 名前:5 潜入 投稿日:2006/03/02(木) 08:56
-
息詰る時間が過ぎ、ようやくチヌークの機体が水平になり、まっすぐ飛び始めた。
どうやら危機を脱したらしい。
飯田がヘッドセットを拾い上げて再び掛けた。「さっきのは何?」
『たぶんローランドだと思いますが…わかりません』
松浦の困惑した声が聞こえた。その後独り言のように呟いた。
『まいったなあ。ここに地対空ミサイルがあるなんて聞いてないよ』
「ここ、また通るんでしょ?」
思わず藤本が口を出した。
『戻る時、通るよ。あはは。ヤバいね〜』松浦の口調にあまり深刻さは感じられない。
小川が見る限り、藤本の方がよほど深刻な表情をしていた。
「あやちゃん…」
『心配しないで大丈夫だって。さっき見たでしょ〜。華麗なテクニック!』
全員ぶん回されてフラフラだったが、ミサイルが命中するところだったのだから文句は言えない。
『そっちこそ、気をつけて。こっちの情報でわかってないことがまだたくさんあるかも』
松浦の言うとおり情報の精度は不確かなようだった。
『おとめ隊の皆さん、成功を祈っています』
「ありがとう」
飯田が静かに答えた。藤本は黙って操縦席のある方を見ていた。
- 57 名前:5 潜入 投稿日:2006/03/02(木) 08:57
-
30分後、松浦が着陸まであと2分と告げてきた。飯田はメンバーに向けて指を2本立てて見せた。
機上輸送係が装備を固定しているストラップを外し始めた。
チヌークが地面に近づき、斜路が下がり始めた。
冷気と砂埃が音を立てながら入ってくる。飯田は外を覗き見た。着陸時は攻撃に対してもろくなる。
斜路が更に下がり、石川・辻・道重・田中が武器を構えてテールゲートに移動した。
まだチヌークが地上から数メートルという時点で飛び降りた。
これで4人が再び飛び乗ってくるようなことがあれば敵と接触したことになる。
松浦が最後の数メートルを一気に降下してチヌークを着陸させた。
小川は装備を投げ下ろして藤本と飛び降りた。
飯田は忘れている物がないか最後の確認をして飛び降りた。
チヌークのブレードの特徴的なブルッブルッという音とエンジンのピューピューいう鋭い音が
辺りに響いている。
ミニミ(軽機関銃)を持ったメンバーがベルト式弾倉を装着したガチッという音が小川の耳に届いた。
チヌークは斜路を閉めながら急上昇し、数秒後に闇の中へと去っていった。
2,3時間耳を聾するばかりの騒音を浴びていたおとめ隊は、静寂の中に放り出された。
小川は吐く息が白いことに気づいた。空気は静止し、夜空は晴れ渡っている。
- 58 名前:5 潜入 投稿日:2006/03/02(木) 08:57
-
時刻は2100時。
これで、おとめ隊だけになった。
- 59 名前:5 潜入 投稿日:2006/03/02(木) 08:59
-
降りた場所は干上がった川底で、その周囲は平坦で真っ暗だった。思ったより寒いと小川は思った。
先に降りた4人が川底から上がって援護する間、後の3人が荷物を交代で運んだ。
それから飯田は防御を敷かせたまま、10分待った。
- 60 名前:5 潜入 投稿日:2006/03/02(木) 08:59
-
チヌークのエンジン音が彼方へ消え去ると、東のそれほど遠くない辺りから犬の鳴き声が聞こえた。
飯田が動こうとしないので、不審に思った藤本が小川のそばまで来た。
闇に目を慣らすにしては長すぎる。
かなり騒音を撒き散らして来たから、この場にとどまっているのは危険だった。
「…飯田さん、交信してんの?」
藤本に囁かれて小川は飯田の方へ近づいた。
声を掛けようとして、飯田が見ているものに気づいた。
- 61 名前:5 潜入 投稿日:2006/03/02(木) 09:00
-
北東の約20キロ離れた所で空爆が行われていた。
爆発の閃光が1500メートルほど東の方角にある農場の影を浮かび上がらせた。
小川は反射的に藤本の方を振り返った。藤本も固まっている。
たった今、そこにあるはずのないものがあった。
- 62 名前:5 潜入 投稿日:2006/03/02(木) 09:00
-
給水塔と建物。犬の鳴き声はそこから聞こえていた。
そこに軍隊が駐屯していれば面倒なことになる。
飯田がようやく立ち上がろうとした時、西の方で凄まじい轟音が聞こえ、まばゆい光が空に出現した。
- 63 名前:5 潜入 投稿日:2006/03/02(木) 09:05
- 更新終了。
>>50 名無し飼育さん さま
レスありがとうございます。
励みになります。
>>51 名無し花子。。。 さま
レスありがとうございます。
さくらのメンバーはしばらく出てきません…。
これからおとめ隊の苦難が始まるわけであります。
- 64 名前:6 潜伏 投稿日:2006/03/07(火) 22:37
-
「な、なにあれ」藤本が驚きつつも抑えた声で言った。
最初、小川はヘリかと思った。
サーチライトを点けて、おとめ隊の方へ向って来るように見えたからだ。
もう見つかったのだろうか。チヌークが追尾されていたのか。
考える間にも光はどんどん近づいて来るように見える。
じっと凝視していた小川は、近づいて来るのではなく上昇しているのだと気づいた。
サーチライトではない。
「スカッドじゃないですか?」
「あ。そうか…」
小川が囁くと、息を詰めていた飯田と藤本は安堵の息をもらした。
- 65 名前:6 潜伏 投稿日:2006/03/07(火) 22:38
-
巨大な火の玉がまっすぐ上昇し、闇に消えた。
「ここって、ひょっとして…」藤本が呟くと飯田は頷いた。
「どうやらウチらはスカッド横丁の真ん中にいるみたいだね」
飯田は川底から上に上り、そこで掩護しているメンバーを集めるよう石川に耳打ちした。
メンバーが集合すると飯田は現在位置を教え、これからどっちに向うのかを念のため繰り返し、
今後のRV(合流地点)について確認した。
何か起こり、隊がバラバラになるようなことがあっても、これで24時間はRVを全員が知っている。
「これから予定の装備隠匿場所までパトロールを行う」
飯田が告げた。
メンバーは交替で護衛しながら荷物を運搬した。
1キロ毎に小休止し、護衛の者は散開し、運搬している者は落としている物がないか確認する。
それを繰り返しながら出来るだけ早く移動し、夜明けまでにはMSRに到着したかった。
装備と身を隠す場所を捜す時間が充分とれなければならない。
その前に明るくなってしまったら、LUPを捜すことになっていた。
- 66 名前:6 潜伏 投稿日:2006/03/07(火) 22:39
-
「どう思う?」
藤本が囁いてきた。小川は意味を図りかねて首を傾げた。
「ずっと、こんな感じなワケ?」
言われて小川は改めて周囲を見回した。ずっと平坦な地形が続いている。遮蔽物はまったくない。
地図とコンパスしか持たない人間が砂漠を移動し、しかも地図には岩山しか描かれていない。
GPSも使うが、あくまで補助で全面的には頼れない。故障や電池切れの恐れがある。
「…ずっとこうなんですかね」
「やっぱ面倒だわ、ここ」藤本は顔をしかめた。
飯田は30分毎にERV(緊急合流地点)を決めた。
敵と接触した場合には、そこに移動し速やかに撤退する。
- 67 名前:6 潜伏 投稿日:2006/03/07(火) 22:39
-
夜が明ける前に、何とかMSR付近の目的地に到着することが出来た。
装備を隠し、飯田・藤本・田中がパトロールに出ることになった。
他のメンバーは装備を守るために残る。
飯田は石川に指示を出した。
「石川、1時間で戻って来る。1時間で戻って来れなかった場合は石油パイプライン近くの
パトロールRVで落ち合う。いいね?」
石川が頷くのを確認して、飯田は藤本と田中を連れて出発した。
飯田たちは30分程で引き返して来た。
「この涸れ谷をまっすぐ進むと、あまり大きくない袋小路になってるの。
装備を隠すのに丁度いい場所と思う」
そこへ装備を運び込むことにした。
- 68 名前:6 潜伏 投稿日:2006/03/07(火) 22:40
-
涸れ谷の深さは5メートルはあり、自然の隠れ家になっていた。
砂漠は想像に反して岩だらけで岩砂だったので、監視哨は建てられそうにない。
ここを隠れ家にすることにして、音がしないよう水の容器を下に置き、遮熱シート、擬装用ネット、
空の砂嚢を上に置いた。
水のポリ容器の上に何人か座り、オーバーハングになっている下に2人座り、残りの者は
いろいろな岩の上に落ち着いた。
「涸れ谷が突き当たりになっているから、MSRからはここが見えないね」
石川が周りを見回して言った。
「こっちからも見えないです」田中が西側を見て言った。
「問題は背後か…」
飯田は南側を見た。その方向は露出していて危険だった。
- 69 名前:6 潜伏 投稿日:2006/03/07(火) 22:40
-
ともあれ、ようやく人心地つくことが出来たので、飯田はメンバーに休息を取らせることにした。
「2名の歩哨以外は睡眠をとる。歩哨は2時間毎に交替」
石川と小川が最初に歩哨につくことになった。
2人以外のメンバーは円状に並んで頭を外側に向けて眠ることにした。
これなら敵と戦闘になってもうつ伏せになるだけで反撃できる。
小川は歩哨につき、耳をすませ、目を光らせて様子を伺った。
何かが近づいて来た時に、みんなに知らせて準備させるのが歩哨の役割だ。
- 70 名前:6 潜伏 投稿日:2006/03/07(火) 22:41
-
ジェット機が上空を通過して行った。高射砲が撃ち始め、約10キロ先にある首都の方が
明るくなるのが見えた。
おとめ隊の周囲は何事もなく、静かに時間が過ぎていた。
神経を四方に張り巡らせながら、小川は出発前のことを思い出していた。
高橋の必死な瞳。不吉な噂。おそらく高橋も噂を耳にしたのだろう。
小川は噂については顔をしかめたものの、特に何も思わなかった。
外野がとやかく言うのはいつものことだし、作戦には毎回何か足りない。
そこへ行って見て、それから何とかするしかない。
事前にやれるだけの準備はした。後はやり遂げるだけだ。
とにかく今やれることをきっちりやるだけだ。
小川はそう考え、高橋のことを頭から締め出した。
考えれば会いたくなるし、余計なことを思ってしまう。
高橋との約束を果たすためにも、今は目の前の任務に集中することにした。
- 71 名前:鉞南瓜 投稿日:2006/03/07(火) 22:42
- 更新終了。
- 72 名前:7 不穏 投稿日:2006/03/08(水) 22:33
-
夜が明ける前に藤本と田中はLUPを出て、ここへ来るまでの足跡の痕跡がないか確認した。
飯田も上に出て周囲を確認した。
周囲はずっと平坦で後方1500メートルほどの位置に給水塔があった。
ブリーフィングではそれはあるはずのないものだったので、その存在は飯田を不安にさせていた。
北のMSRと思われる所を車輌が通る音が聞こえている。
向こうからこっちは見えないので、当面は心配ないだろう。
飯田は下に降りて田中を高い位置に歩哨として置き、ブリーフィングを始めた。
上から見渡せるため、歩哨は1人で充分だろうと飯田は判断した。
田中はメンバーがブリーフィングをしている間、背を向けて四方を見張った。
- 73 名前:7 不穏 投稿日:2006/03/08(水) 22:34
-
「情況報告を入れた方がいいね。さゆ、準備して」
「はい」
日毎に居場所とわかったことについて情況報告を入れることになっている。
飯田は報告書を書き、道重は無線機の準備をした。
飯田は通信文を暗号化し入力して送信した。受領通知を待つ。
応答がない。
「?」
道重は何度も試みたが、応答はなかった。
やり方は間違っていないはずだ。道重は困惑して飯田を見た。
飯田は頷いた。
「大丈夫。こういう時のための手順は事前に決めてあるでしょ。明日の晩、着陸した所に戻って
ヘリとランデブーして無線機を交換するから」
「はい。でもおかしいですね。何回も点検したのに…。大気の状態が悪い日なんでしょうか」
道重はその後もじっと座って根気よくいくつもの周波数を試し、いろいろなアンテナで実験してみたが
どれも同じだった。
- 74 名前:7 不穏 投稿日:2006/03/08(水) 22:34
-
「壊れてんじゃん?殴ったら直ったりして」
藤本が言うと、辻が拳に息を吐きかけて振りかぶろうとした。
「え…辻さん?」
「ちょっ…!のの、やめなさい」
道重と石川が慌てて制した。
「もー、美貴ちゃん、変なこと言わないでよ」
「梨華ちゃん、声大きいよ。ただでさえ目立つ声してんだから、気をつけてよ」
石川は眉間に皺を寄せて、黙った。
メンバーはそれぞれ1時間ずつ歩哨をつとめ、他の者は睡眠や食事をとった。
暗くなると、偵察パトロールの準備をした。
- 75 名前:7 不穏 投稿日:2006/03/08(水) 22:35
-
「石川、辻、小川の3人で行きます。2100時出発、制限時間は0500時まで。
目的はMSRの位置を確認して、地上通信線のありかをつきとめること」
石川が言い、辻と小川は頷いた。
3人は涸れ谷の上へ上った。
1キロ先にMSRがあるはずだった。
周囲は暗闇に包まれて、目印となるものも殆ど見当たらない。
北に向かって進んだが、そのうち地図を読むのが難しくなってきた。目印のない砂漠の真ん中なのだ。
大きな岩山を見つけ、それを目印にして円を描くようにして歩いた。
先頭を歩いていた石川が足を止めた。何故そうしたのか小川は気づいた。後ろの辻も気づいたはずだ。
石川は後ろの2人を制して、ゆっくりと近づいて行った。
- 76 名前:7 不穏 投稿日:2006/03/08(水) 22:36
-
2門のS60高射砲がそこにあった。
そばには4つのテントと数台の車がある。規模からすると一個小隊分だ。
歩哨はいないようだった。
石川は小川と目を見交わして、再びゆっくりと近づいた。小川と辻も続く。
足を止め、耳をすませた。
どうやら全員テントで寝ているようだった。
犬の吠える声が聞こえてきた。
石川は2人を促し、更に北へ移動した。
しばらく何も出会わずに済み、石川は確信した。
「…さっき越えたのがMSRで間違いないわ」
MSRは舗装された道路ではなく、砂漠の中をわだちが平行して連なっていて、
1キロ近い幅があった。
MSRを見つけたのはいいが、厄介なことも判明した。
この辺には人口が集中している。北と南に農場があり、道路の先にも集落がある。
しかもおとめ隊のLUPの北西にS60の陣地がある。
高射砲があるからには守るべきものがあるはずだ。MSRを防御しているだけならいいが、
機甲部隊の一部なら大変なことになる。
- 77 名前:7 不穏 投稿日:2006/03/08(水) 22:36
-
3人は引き返し、LUPの北の農場の建物を迂回して様子を伺った。
そこには給水塔とポンプの小屋らしい建物があるだけで、ひと気はなく機械設備だけのようだった。
到着した時から気になっていた場所なので、これにはほっとした。
LUPに戻ろうとした時、北東の5キロほど離れた所からスカッドが発射されるのが見えた。
石川、辻、小川は顔を見合わせた。自分たちはとんでもない所にいる。
LUPに戻ると、道重が歩哨に立っていた。石川が先に行き、道重が上がってくるのを待った。
道重は石川の姿を見ると、にこっと笑った。それから石川は辻と小川を連れて戻った。
歩哨以外は眠っているのでブリーフィングは朝になる。
小川は時計を見た。パトロールには5時間かかっていた。
- 78 名前:7 不穏 投稿日:2006/03/08(水) 22:37
-
夜が明けた。
「麻琴」
ブリーフィングの前に小川は石川に呼ばれた。
「何ですか?」
「あたし、ちょっと上に上って昨日の場所を確認するから掩護して」
「ちょ…、石川さん、危険ですよ。もう明るいんですから」
「わかってる。でも地上通信線の場所を示すものが見えるかもしれないじゃない」
昨日のパトロールでは結局それらしいものは見つけられなかった。
「お願い、麻琴。一回だけだから」
小川は眉根を寄せた。こういう無茶のことを吉澤は心配しているのだろう。
ならば止めるべきだ。しかし断れば一人でやると言いかねない。
「…わかりましたよ。でもすぐ降りてくださいね」
「わかってる」
石川はすぐに岩を登り始めた。へりから覗いて、降りてきた石川の顔はこわばっていた。
「ど、どーしたんですか?」
「昨夜とは別のS60がある。人も増えている」
「ええっ!?」
「しーっ」
石川は声をひそめて説明した。
「北東のMSRの向こうに昨日とは別のS60の陣地が見えた。側に2台のワゴンとテントが
幾つか。たぶん夜の間に到着したんだと思う。兵隊たちもいる。ここから300メートルも
離れてない。…信じられる?昨夜すぐ側を通って来たんだよ」
- 79 名前:7 不穏 投稿日:2006/03/08(水) 22:38
-
石川と小川はすぐに飯田のところに行き、全員を集めて説明した。
藤本が上って、急いで見回して確認し、すぐに降りて来た。
「本当だ。梨華ちゃんの幻覚じゃないわ」
「何よ、それ」
飯田は石川のふくれ面には取り合わず、地図を広げた。
「石川、位置を説明して」
石川は新たに発見したS60高射砲陣地も含めて、発見したものの位置を説明した。
明らかにこの場所にとどまっているのは危険だ。
何とか基地と連絡を取って、移動するか帰還させてもらう必要がある。
しかし無線機は依然として機能していないようだった。
全員で思いつく限りいろいろ試したが駄目だった。
- 80 名前:7 不穏 投稿日:2006/03/08(水) 22:38
-
小川はいろいろアンテナを試した後、諦めて飯田の近くに座った。
「ダメですね」
「今頃、通信が途絶した場合の緊急対処計画が発動されているはず」
小川は頷き、上を向いて言った。
「あれ、気になりますね」
MSRを行き来する車輌の走行音が間断なく聞こえている。
飯田は頷き、少し考えてから言った。
「おそらく、あのS60がMSRを防備しているのは間違いないわ。こっちの方へ
パトロールが来ることはないと思うから、今の所は大丈夫と思うけど…」
しかし、それは突然来た。
- 81 名前:鉞南瓜 投稿日:2006/03/08(水) 22:39
- 更新終了。
- 82 名前:8 動揺 投稿日:2006/03/14(火) 22:55
-
最初に子供の叫ぶ声が聞こえた。次に山羊のひずめと鈴の音。
山羊を呼んでる声が、LUPにまっすぐ近づいてくるのがわかった。
全員が身についた動作でベルトキットを装着し、銃を手にした。
上の方で鈴が鳴った。
山羊の群れがへりに現れた。
全員、じっと動かなかった。
小川は目だけ忙しく動かしていた。やがて小川の視界に少年の頭が入った。
そのうち胸の辺りまで見えた。
へりから1メートルと離れていない。
(下を見るな)
小川は願った。
(そのまま移動して。頼むから)
- 83 名前:8 動揺 投稿日:2006/03/14(火) 22:56
-
少年は首を巡らし、辺りの様子を見た。
山羊を呼ぶ声が止まった。少年は不意に下を見た。
驚愕の表情が浮かんだ。
次の瞬間、少年はぱっと駆け出した。
田中がとっさに動き、岩をよじ登った。
小川は田中の後を追った。
S60陣地から見える所までは追えない。
田中が銃を構えたのを、追いついて止めた。
「ダメだ!」
銃を撃つのは音がするからまずいし、少年を殺すことには抵抗があった。
- 84 名前:8 動揺 投稿日:2006/03/14(火) 22:56
-
少年は叫びながら行ってしまった。
次の行動に移るしかない。
引き返して下へ戻ろうとすると、田中ががっくりと肩を落としていた。
「仕方ないよ、追いつくのは無理だった」
「違うんです。…たぶん、れいなが動いたから見つかったんです。
気になって、ちょっと頭を上げてしまって…」
小川は田中の肩を叩いた。
「もう過ぎたことは仕方ないよ。それより、これから忙しくなるよ!」
「は、はい!」
2人は急いで下へ降りた。
おとめ隊が今いる場所は姿を隠すのには適しているが、防御には向いていない。
周囲を囲まれているため、逃げ場がない。
砲弾を一発打ち込まれれば、それで終わりだ。
- 85 名前:8 動揺 投稿日:2006/03/14(火) 22:57
-
飯田が何かを命令する必要はなかった。今ので敵に存在を知られたと見て間違いないだろう。
全員がチョコレートを頬張り、水をがぶがぶ飲んだ。
次はいつ食事が出来るかわからない。
各自自分の装備を確認した。
「麻琴、のの、ミニミの用意をして!出来たら私と替わって」
石川は2人に言うと歩哨に立った。
小川と辻はミニミ機関銃の用意をして、石川と交替した。
石川は隠してあった装備の整理をした。水の容器を出し、全員の水筒に水を入れるのを手伝った。
この荷物は戦闘になったら持って行けない。
全員、水筒の水を飲んで、もう一度入れた。
それから石川は藤本と一緒に小川、辻と歩哨を交替した。
道重は無線機を使い始めた。ありとあらゆるアンテナを試し、隠れていた時には出来なかった
やり方を組み合わせて交信を試みた。
「さゆ、水!」
田中は道重のベルトキットを開けて水筒を出し、水を飲ませてやった。
それから道重の水筒にも水を入れ、食糧と一緒にベルトキットに入れてやった。
- 86 名前:8 動揺 投稿日:2006/03/14(火) 22:58
-
いつでも移動出来る準備が整った。
「日没まで、一時間半ある。…ここに撃ち込まれたら…一巻の終わりね」
飯田は呟いた。ここから出て戦うか、逃げるしかない。
その時、ガラガラという大型エンジンの轟音が聞こえた。キシキシきしむ音もする。
「装軌車…?」
辻が小川を見て言った。
涸れ谷に近づいているようだ。入り口を阻まれたからには、もう逃げ道はない。
ここで戦うしかない。
メンバーは対戦車ロケット発射器の筒を伸ばして散開し、適当な所に身を隠した。
石川は音のした方にミニミを向けて、コッキング・レバーを引き、照準器を覗き込んでいた。
音がだんだん近づいて来た。
それが視界に入った石川の高い声がした。
「ブルドーザー!?」
「!?」
- 87 名前:8 動揺 投稿日:2006/03/14(火) 22:58
- 「待って!こっちに気づいているかわからない…」
黄色のブルドーザーがブレードを高く上げて走っていた。
おとめ隊のいる場所から150メートルほどにまで近づいて、停まった。
運転手は軍服を着ていなかった。
全員、腹這いになったり片膝をついたりして射撃姿勢をとりながら、じっとしていた。
やがてブルドーザーは後戻りしながら離れて行き、向きを変えた。
エンジンの音が遠ざかって行き、やがて静まった。
全員、息を大きく吐き出した。
「何だよ、もー」
辻が地面にへたりこんだ。
「やばい、もーダメかと思った…」
田中が呟いた。道重と目を合わせ、ぎこちなく固まった笑顔を交わした。
- 88 名前:8 動揺 投稿日:2006/03/14(火) 22:59
-
出発する頃合いと判断した飯田は全員を呼び寄せた。
「ここから移動する。S60陣地を避けて西へ向かう。そこから南へ進んでヘリとのRVを目指す。
ヘリとのランデブーは明朝0400時」
全員ベルトキットを着け、バックパックを背負った。後は残して行くしかない。
全員不安はあったが、落ち着いていた。
「まぁとにかく、目的の場所はわかったわけだし」
藤本が言うと石川も同意した。
「そうだよ。無線機はどうしてか調子悪いけど、明日の0400時まで頑張れば、またやれるよ」
飯田も頷いた。
「そうだね。じゃ、行くよ、皆」
飯田を先頭にして一列になって歩き始めた。
戦闘になった時に被害を減らすために、各自20メートルほどの戦術的間隔を空けて歩いていた。
涸れ谷が次第に平坦になっていた。地形を利用して西に向かい、左に折れて南を目指した。
東側はMSRまで高い地面が続いていたので、その向こう側の高射砲陣地からは死角になっていた。
――その方角から、装軌車の音が聞こえて来た。
- 89 名前:鉞南瓜 投稿日:2006/03/14(火) 23:00
-
更新終了。
- 90 名前:9 接敵 投稿日:2006/03/16(木) 09:07
-
飯田は足を止めた。今度は本物だ。
「密集せよ!」
これ以上前進は出来ない。後戻りも無理だ。メンバーは飯田に追いつき、足を止めた。
全員装備を下ろして武器をチェックした。おそらく、あと数十秒で戦闘になる。
小川たちは浅い窪みにいた。
目をこらして音のする方を見たが、既に辺りは暗くなり始めていて何も見えない。
音で憶測しているだけで、敵がどこから来るのかはわからない。
装甲車のキャタピラのきしみと、高回転のエンジンの音が聞こえるだけだ。
「もう!来るなら早く来ーい!」
小川の近くにいた辻が焦れて叫んだ。
- 91 名前:9 接敵 投稿日:2006/03/16(木) 09:07
-
小川は急に連帯感が沸き上がって来るのを感じた。この窮地を、一緒に切り抜けるんだ。
M72A2軽対戦車ロケット発射器の内側の筒を引き出し、照準器が立ったのを確認した。
M16/M203の弾倉をチェックし、底を軽く叩いて、きちんと銃尾にはまっているか確認した。
グレネードが装填されているのも確認した。
きちんとなっていることはわかっていたが、確認したことでいくらか安心できた。
小川は中腰になって、相手を見極めようとした。
「まだかよー。早く来いよ!」
辻が相変わらず叫んでいる。
「そっちは見えた?!」
「まだ!」
「見えないよぉ!」
「……遅い!!」
それぞれが叫んでいた。
全員神経を集中し、車輌の位置を確認しようとした。
ボシューーッ!
何かが発射する音がして、小川はとっさに伏せた。
「今の何!?」
答えはなく、小川から離れた所にいる飯田か田中の辺りから、ロケットがまた発射した。
ボシューーッ!
- 92 名前:9 接敵 投稿日:2006/03/16(木) 09:08
-
敵がおとめ隊の存在に気づいていなかったとしても、今ので気づいたはずだった。
しかし飯田たちが何の理由もなくロケットを発射するとは思えない。
小川が目一杯首を伸ばすと、小川から死角になっていた左手の方の窪地を
APCが走っているのが見えた。
飯田と田中は驀進するAPCの正面にいる。
2輌目のAPCが銃弾をばらまいた。
小川のいる方に近いAPCがめちゃくちゃに発砲してきた。
照準はまったく定まってなかったが、突進されればひとたまりもない。
小川の10メートル先を一掃射が走った。
そろそろ動かなければならなかった。
発砲された時は全力で走り、狙いにくい的になれと軍では教わった。
そして伏せ、這って射撃位置につく。敵を見つけ、照準器をその距離に合わせて撃て、と。
しかし実際には無理な注文だ、と小川は思った。
誰だって恐怖心が先に立つ。平気な人間など聞いたことがない。
小川はぴったりと地面に伏せていた。
連射がまた放たれ、徐々に小川のいる所まで近づいて来た。
いい加減反応しなければならない。
小川は息を吸い、頭を窪みから突き出した。
- 93 名前:9 接敵 投稿日:2006/03/16(木) 09:08
-
トラックが一台、100メートルほど離れた所で停まり、歩兵が後部から飛び出して来た。
相手は適当に見当をつけた方向に発砲し始めた。
おとめ隊も軽機関銃で応戦した。
APCが突進して来たら一巻の終わりだが、動かない。
こちらにしてみれば不思議なことだったが、都合がいい。
小川は対戦車ロケット発射器を肩に当てて引き金を引いた。
ボシューッ!
その一発は見事にトラックに命中した。
トラックは爆発して凄まじい揺れが小川の所まで伝わって来た。
2台のAPCは連絡を取り合っていないらしく、それぞれ勝手に動いている。
攻めるなら今だった。
飯田が石川の方を向いて叫んだ。
「さっさと片付けよう!石川、用意はいい!?」
「はい!行くよ!のの、麻琴!」
「おう!」
「はい!」
何をすべきかメンバー全員が心得ていた。
小川は覚悟を決めた。
突っ込むしかない。
常軌を逸しているとわかっていた。身体もやりたくないと感じている。
しかし切り抜けるにはそうするしかなかった。
小川は目をぎゅっとつむり、開いた。大きく息を吸い込んだ。
石川がカウントをとる。
「ワン」
四つん這いになり、
「ツー」
顔を上げた。
「「「行っくぜーーーーーっっっ!!!」」」
石川、辻、小川は立ち上がると、前方に駆け出した。
- 94 名前:9 接敵 投稿日:2006/03/16(木) 09:08
-
他のメンバーは熾烈な掩護射撃を始めた。
走っている間は小川たちは撃てない。速度が落ちる。
小川はひたすら前へ向かって走り、そして伏せた。
他のメンバーが移動できるよう撃ち始めた。
息が切れ、肩が激しく上下する。
汗が目に入るが、そこをぬぐって射撃姿勢をとろうとすると、肩に構えた小銃が揺れ動く。
手を使いたくないが、ぬぐわないとターゲットが見えない。
前進するメンバーを掩護したいので、必死で撃つ。
小川は再び立ち上がり15メートルほど走った。
教科書にある適切な距離よりもはるかに長かった。
走る距離が長いということは、それだけ狙い撃たれる時間が長くなるということだ。
危険な行為とわかっていたが、走っている相手を狙い撃つのは難しいはずだと思った。
石川、辻、小川がひたすら前へ走り、残りのメンバーは掩護射撃を行う。
石川たちが撃ち始めると前進。
撃っては走るということを繰り返した。
- 95 名前:9 接敵 投稿日:2006/03/16(木) 09:09
-
ヒューッ。
緑の曳光弾が飛び始めた。音をたてて頭上を越えて行く。
走っていた小川は曳光弾が自分の方へ飛んで来るのが見えた。
何かが燃えるシューッという音が近くで聞こえた。
「うわあああ!」
今のはかなりきわどいところだった。
しかし遮蔽物はない。走り続けるしかない。
辻との間を曳光弾が飛び、普通の弾も2人の間を通過して行った。
走り続け、伏せ、目標を見つけて撃つ、これを繰り返すしかなかった。
喉がぜいぜい言って、息が切れそうだった。
酸素がまったく入って来ていない気がする。
敵はおとめ隊が向かって来るとは思っていなかったらしく、慌て始めた。
おとめ隊にしてみれば好んでやっているわけではない。
やらざるを得ない状況に追い込まれただけのことだ。
おとめ隊は敵まで50メートル以内というところまで迫った。
その頃にはおとめ隊は2、3人に分かれて小規模な撃ち合いを続けていた。
小川は辻と組んで走り、撃っては移動した。
田中と道重も前進していた。互いを奮い立たせるために何か叫んでいる。
石川が援護射撃をしていた。
- 96 名前:9 接敵 投稿日:2006/03/16(木) 09:09
-
小川に近い方のAPCが発砲しながら退却を始めた。
おとめ隊の発砲数が減り始めた。弾薬を節約する必要がある。
対戦車ロケットを撃ち込んだトラックの近くまで来た。
トラックは激しく燃えさかっていた。
飯田と藤本がAPCを攻撃している方へ掩護射撃をした。
藤本がAPCにロケットを命中させ、集中して攻撃していた。
APCの動きは止まったが、銃塔の機関銃はまだ生きている。
飯田と藤本は銃手の光学照準気を破壊しようと集中攻撃を加えていた。
気がつくと敵を圧倒していた。敵側は逃げられる者は退却している。
トラックは依然として激しく燃え上がり、左手の遠くの方では燃え尽きたAPCが燻っていた。
これ以上の前進は意味がない。
小川たちは装備を取りに戻ろうと振り返った。
その時、後方に銃弾が突き刺さった。
まだ無事なもう1輌のAPCが800メートルほど離れた所から撃っていた。
「早く行こう!」
辻の言う通り長居は無用だ。
狙いは正確ではなかったが、早く離れるに越したことはない。
APCは再び前進する様子を見せ、歩兵がその後に続いて発砲していた。
- 97 名前:鉞南瓜 投稿日:2006/03/16(木) 09:10
-
更新終了。
- 98 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/16(木) 14:36
- 小川さん大好きなんで凄い嬉しいです!
ストーリーも興味深くて楽しみです
頑張ってください。
- 99 名前:10 逃走 投稿日:2006/03/21(火) 15:05
-
小川はバックパックをひっつかんで背負った。
驚いたことに、おとめ隊は全員無事だった。何人か失ってもおかしくない状況だった。
負傷者も見る限りいない。だがまだ安心は出来ない。
おとめ隊は出来る限り早く移動していた。敵を引き離すことが最優先だった。
「何かいる!」藤本が叫んだ。
2台の車輌が東の方角に現れた。坂の上でおとめ隊を発見したらしく、
歩兵が後部から次々と降りて発砲し始めた。
「40名はいる!」
「逃げるよ!」
ものすごい量の銃弾がおとめ隊に向かって放たれた。
しかし暗くなりかかっていたので、弾は頭上を越えていった。
おとめ隊は必死に反撃し、西へ後退した。
- 100 名前:10 逃走 投稿日:2006/03/21(火) 15:06
-
小川と辻はなだらかな斜面の上を上った。
ドーーン!
頂上に達した時に腹に響く砲声がした。
「うわぁ!?」
「ヤッバいよ、麻琴っ!」
57ミリ砲弾がうなりをあげて2人のそばを通過した。
雷鳴のような音を響かせて落下し、四方に破片が飛び散った。
S60高射砲の照準線に入ったらしい。
「うっわぁ!」
「逃げるよ、のんちゃん!」
小川と辻は同時に向きを変えて後戻りを始めた。
バシッ!
小川は突然後ろから衝撃を受けて倒れた。
2、3メートル横を走っていた辻は、強烈なパンチが当たるような音を聞いた。
小川が倒れたのを見て慌てて駆け寄った。
「麻琴!?」
小川は苦しそうにもがいていた。
辻は以前に似たような光景を見たことがあった。その時もがいていた兵士はその後動かなくなった。
「ウソだろっ!?」
- 101 名前:10 逃走 投稿日:2006/03/21(火) 15:07
-
近づくと小川は仰向けになってじたばたしていた。
バックパックのストラップを外そうと躍起になっている。
「まごとっ!?」
小川は重い荷物から逃れようともがいていた。
ようやく肩を抜くことが出来て自由になり、よろよろと立ち上がった。
「まことっ!大丈夫なの!?」
「あー。だいじょぶ、だいじょぶ」
小川は自分の身体を点検したが、何ともないようだった。
「ここに当たったみたい」
バックパックに弾が命中しており、その辺りがくすぶっていた。
「もうバガッ!驚かせんなよっ!」
辻は涙と鼻水をすすり上げた。相当驚いたらしい。
「あー、ごめん、ごめん。さ、行くよ」
小川は辻の頭を撫でて促した。
その間にも砲弾がブーンと音を立てて飛び過ぎて行く。
10メートル先に落ちたものもあった。
辻は袖で顔をぐいと拭くと頷いた。
- 102 名前:10 逃走 投稿日:2006/03/21(火) 15:07
-
APCが追って来ている。
歩兵を満載した2台のランドクルーザーがそれに加わり、攻撃を始めた。
小川は立ち止まり、M203のグレネードを発射した。
前方でグレネードが破裂するとランドクルーザーは急停止し、
歩兵がばらばらと降りて来て撃ち始めた。
小川と辻は応戦し、走った。
石川と道重が敵に攻撃されていた。
2人は黄燐手榴弾を投げ、濃い白煙に包まれていた。
敵はそこへ向けて一斉に射撃した。
石川と道重がグレネードを発射させて応戦すると、攻撃が弱まった。
その隙に2人は走った。
暗くなっていたので、敵はおとめ隊を見失いだした。
メンバーはかなり散開していたので、真っ暗になるとバラバラになってしまう恐れがあった。
飯田が叫んだ。
「集合!集合!集合!」
飯田と田中は地面に窪みを見つけて、そこで他のメンバーが来るのを待った。
小川と辻はそこへ飛び込み、4人で四方を見張る全方位防御を行った。
飯田は自分のそばを駆け抜けて攻撃態勢をとる者を数えた。
5、6分経って最後の道重が来て全員揃った。
装軌車のヘッドライトが300メートルほど離れた前方を縦横に照らしていた。
時々遠くから銃の発射音と叫び声が聞こえる。
岩を撃ったり、同士討ちをしているようで、敵はかなり混乱しているようだった。
この混乱はおとめ隊にとってはありがたかった。
- 103 名前:10 逃走 投稿日:2006/03/21(火) 15:08
-
おとめ隊は狭い場所に固まり、身支度を整えた。
飯田は全員が承知しているだろうことを切り出した。
「これからはヘリとのRVに向かうか、国境を目指すしかない。――無線機は?」
道重は首を振った。
「持って来られるような状態じゃありませんでした。弾が当たったので壊れていたと思います」
飯田は頷いた。
「仕方ないね。TACBE(戦術ビーコン発信機)でAWACS(空中警戒管制システム)
と連絡をとる」
小川は息を切らし、喉が渇いていたので水筒の水を飲み、キャンディをポケットから出して
口に放り込んだ。一瞬、それをくれたさくら隊のことを思い出した。
辻はレーションのアルミパックを破ってコンビーフハッシュか何かを手づかみで食べ、
チョコレートプディングを啜りこんでいた。
「あんたねえ…」
石川が辻を肘でつついた。
「だって、お腹すいたもん。バックパック置いてきちゃったし。お菓子とか入ってたのにさあ。
アイツら拾って食べるかなあ。お腹壊せばいいのに」
「ふへへ」
小川が変な笑い声を出した。それにまず藤本が吹き出し、やがて全員が爆笑した。
そんなにおかしかったわけではないが、激しい戦闘を乗り切って、全員が無事だったという
安堵感がメンバーにあった。
「何だよ、麻琴ー、その笑い方」
「えー、何、なんでえ?」
「力抜けるから」
辻や藤本にツッコまれながらも小川は嬉しそうに笑っていた。
飯田は全員の無事を喜んだ。よく乗り切ったと素直に思った。
弾薬は4分の1を消費していた。全員の分を集めて弾倉に詰め替えた。
「寒い…」田中が呟いた。
暗くなったので寒くなり始めていた。
全員、バックパックは捨てて来てしまった。食糧、水、暖かい衣料を殆ど失った。
- 104 名前:10 逃走 投稿日:2006/03/21(火) 15:09
-
飯田はTACBEを出して通信を試みた。
他にTACBEを持っている石川、藤本も呼び掛けを行ったが、結果はいずれも応答なしだった。
どの発信機も数秒以内にAWACSのパイロットが呼び掛けに答えてくれるはずだった。
しかしまったく応答がない。
「…後は、ジェット機が上空を通過する時に緊急周波数で接触するしかない」
飯田は言ったが、その可能性は非常に低かった。
おとめ隊が敵に発見された時に道重が送った通信が届いていて、救援のための航空機を
飛ばしてくれていない限り、ジェット機が上空を通過する可能性は低い。
「これから、どこへ向かう?」
辻が気持ちを切り替えるように言った。
飯田はコンパスとGPSで現在位置を確認した。
「300キロ歩いて南の国境を目指すか、川を渡って北の国境を目指すか。それとも120キロ西の
国境を目指すか…」
飯田は選択肢を挙げた。
「この地域に歩兵部隊と装甲部隊がいることはもう間違いない。我々は発見されて敵が捜している。
敵はたぶん、我々が南に向かうと考えると思う」
飯田は考えながら話した。
「ヘリとのRVまで行けたとしても追跡される可能性が高い」
「チヌークが到着する頃にはもう囲まれてるってワケだ」藤本が言った。
「てことは?」辻が聞いた。今度はチョコバーを食べている。
「西へ向かう」飯田は答えた。
メンバーは水を飲んだり何か食べたりして移動の準備を整えながら耳を傾けた。
「始めは敵の目を欺くために南に向かう。それから現在位置を迂回するように西へ向きを買えて
徐々に北へ方向を変えて行く」
飯田はちょっと息をついて水を飲んだ。
「夜明け前にMSRの向こう側に出る。たぶん、そこが敵の捜索区域の心理的な境界線になると思う。
うまくいけばそっちへ我々が向かっていると思わないかもしれない。そこを越えれば国境に向かえる」
全員頷いた。
出発する頃合いだった。
- 105 名前:10 逃走 投稿日:2006/03/21(火) 15:09
-
おとめ隊は再び一列縦隊になって歩き始めた。
500メートル離れた所を敵の車輌が轟音を立てて往復している。
「――――!!」
ヘッドライトが光り、全員伏せた。まだ数百メートルも歩いていない。
ランドクルーザーがおとめ隊の方へ向かって真っすぐ走って来た。
――もうバレたのか?
また交戦になるのかと全員緊張したが、300メートル左手で別の車輌のヘッドライトが光り、
ランドクルーザーは向きを変えて、その方向へ走り去った。
全員、安堵の息をついた。
再び足早に進み続けた。
気がつくとヘッドライトはかなり離れた所で動いていた。
当面の危機は脱した、とメンバーは思った。
地面に凹凸が出て来て身を隠すことが出来るようになった。
飯田はもう一度TACBEを試してみることにした。
4台全部を試してみたが、結果はやはり駄目だった。
「全部故障するなんてありえるの?」藤本が顔をしかめて言った。
「どーなってんの?」
飯田は肩をすくめた。
「とにかくつながらないものは仕方ない。ここから出るために西へ針路を変える。
その後北に転じて夜明け前にMSRを越える」
コンパスで方位を確認して、おとめ隊は西へ歩き始めた。
- 106 名前:鉞南瓜 投稿日:2006/03/21(火) 15:12
-
更新終了。
>>98 名無飼育さん さま
レスありがとうございます。
小川さんお好きですかー(・∀・)人(・∀・)ナカーマ
こういう話って正直どーなんだろうとか思いつつ投下しておりますが。
どーなんでしょう。
がんがります。
- 107 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/23(木) 08:29
- >>98ですけども、全然イイと思いますよ!!
ほぼ無知に近い私ですが、読んでて楽しいですから♪
毎回ドキドキしながら読んでますw
次回も頑張ってください♪
- 108 名前:11 荒天 投稿日:2006/03/26(日) 08:42
-
飯田は1時間ごとに15分の小休止をとった。ひたすら進み続けても消耗するだけだ。
メンバーは足を止めて横になり休息をとって水を飲み、身繕いをして歩きやすくしてから出発した。
10キロほど歩いた所で5分の小休止をとり、GPSで位置を確認した。
辻がGPSのスイッチを入れて上方にかかげる。
GPSが衛星を見つけて自動的に追跡するまでそうしている。
2,3分後、「衛星をみつけた」と辻が叫んで飯田が近寄った。
地図を見ておとめ隊の位置を確認する。
ライトの点く小さいスクリーンから辻は座標を読み取り、地図を見た。
「ちょうどここにいる」
誤差は3メートルくらいだ。そうして位置を確認しながら行軍を続けた。
先頭の藤本の次に歩いていた小川は、隊列の間隔が広がっていることに気づいた。
始めの頃に比べて速度がだいぶ落ちている。
数分後、後ろから速度を緩めて停止するよう連絡があった。
- 109 名前:11 荒天 投稿日:2006/03/26(日) 08:43
-
「梨華ちゃんが倒れた!」
辻の声が聞こえた。
小川が走って戻ると、石川は辻と道重に抱えられて歩いていた。
そのまま地面に横たえられる。
「石川、どうした?」
隊の中で経験豊富で衛生担当でもある飯田はすぐ石川を診た。
石川はぐったりして、ほとんど意識を失っているようだった。
呼び掛けても「うーん」と唸るだけだ。
「石川はどうしたの?」
辻に聞いた。
「知らない。突然倒れた」
「岩か何かに頭を打った?」
「そんなことはないと思う…」
「暑くてへばったんじゃないかな。すごい汗かいてるよ」
藤本が言った。
「そんなに暑くないじゃない」
飯田は石川のベルトキットから白い電解質溶液の粉末の小袋を取り出して、
4つの水筒に中身を流し込んだ。
「石川、飲んで」
石川はそれをごくごく飲んだ。たちまち2つが空になった。
これで元気になるはずだったが、あまり効果はみられない。
まだふらふらしていて、意識が十分戻っていなかった。
- 110 名前:11 荒天 投稿日:2006/03/26(日) 08:44
-
「いい、石川」
飯田が言った。
「私たちは歩き続けなくちゃならない、わかってるよね?」
石川は頷いた。
「…わかってます。少し、時間をください。すぐちゃんとしますから」
「どうしたの?一体」
「下着のせいです」
見ると石川は防寒下着を身につけていた。あの激しい戦闘で相当汗をかいたはずだ。
それで脱水症状を起こしたのだろう。
「どうする?コレ脱がせる?」
辻が聞いた。
「いや、この寒さじゃ脱がせたらもっとひどいことになる」
石川は立ち上がって歩き回り始めた。
石川の状態がよくなるまで、更に10分待った。
「…寒い」
辻が呟いた。
動きを止めているのでメンバーは寒さがこたえ始めていた。
小川は辻の手を両手で包んでさすってやった。辻は嬉しそうに笑って小川の手を握り返した。
「麻琴は雪国の出身だから寒いの平気でしょ」
「えー?そんなことないよ」
「カンケーない、カンケーない。美貴、麻琴より北の方の出身だけど寒いの苦手だもん」
藤本が口を挟んだ。
「ねえ。飯田さん」
同郷の飯田に同意を求めると、飯田は少し笑って「そうだね」と答えた。
「軍の気象班ウソやん。どげんなっとーと。どこが温和な気候や」
田中がぶつぶつ言い始めた。
他のメンバーも同調して文句を言い始めた。
気を紛らせるためで本気で不貞腐れているわけではないとわかっていたので、飯田は言わせておいた。
全員震えがひどくなっていた。飯田は出発することにした。
- 111 名前:11 荒天 投稿日:2006/03/26(日) 08:44
-
「麻琴、先頭。石川、その後ろ。次、道重、その次は私、田中、辻、藤本の順」
先頭は斥候も兼ねるためコンパスで方位を読み取り、暗視装置で前方を監視する。
小川は自分の背中を石川につかませ、言った。
「いいですか、石川さん。しっかり着いて来てくださいね。大丈夫だから」
石川はふらふらしつつも、頷いた。
再び歩き始めた。
飯田は一時間ごとではなく30分ごとに休止することにした。その度に石川に水分を与えた。
石川はかなりひどい状態で、小川は励まし続けながら歩いた。
「いしかーさん!止まっちゃダメだ!足動かして」
「いしかーさん!置いて行くよ!歩いて、歩いて!」
天気は険悪になり始めていた。寒さのため体力が消耗し、速く歩くことが出来ない。
激しい風が吹きつけ、全員風を避けて顔を斜めに向けて歩かなければならなかった。
位置確認のために全員立ち止まると、「石川さん、休んで。少し横になって」と小川は促した。
石川は何も言わず、素直に横になった。
そして出発することになると小川が起こす。
「出発するよ、石川さん。起きて」
そうすると石川はまた素直に起き上がって小川の後ろについた。
- 112 名前:11 荒天 投稿日:2006/03/26(日) 08:45
-
空は曇ってきて、冷たい北西の風で雲が流れていた。
月が顔を出すと、砂漠を鮮やかに照らし出した。
そうすると何か黒っぽい物体が遠くの方に浮かび上がるのが見えた。
大抵は小丘か岩だったが、建物か車輌かもしれなかった。
確認する必要がある時には、先頭の小川は立ち止まって伏せ、何か動いているものがないか
しばらく観察した。
そういう時には他のメンバーも弧を描くようにして反射的に腹這いになった。
行く手の大半は砂漠がむき出しになっていて、目印もない。
それでも一定方向に進み続け、MSRまで辿り着いた。
十数車線が並行して走っている、土を固めた道路だった。幅は2,300メートルほど。
さえぎるものがない広い道路は、明らかに頻繁に使用されているようだ。
「出来るだけ急いでここを渡るよ」
飯田が言った。
こんな広々とした場所で敵に見つかったら、全員死ぬことになる。
小川は暗視装置をのぞき続けながら速いペースで歩いた。
続けて暗視装置をのぞいていると光を見つめているようなもので、目が痛くなった。
それでも光や人工物を慎重に調べ、高射砲の位置に注意を集中させた。
ようやく反対側の高い地面に辿り着いた時にはほっとした。
「次の目標はもっと北にある舗装道路」
飯田はメンバーに告げた。
- 113 名前:11 荒天 投稿日:2006/03/26(日) 08:45
-
人の住む地域を2度を通ったが何事もなく迂回することが出来た。
8時間も向かい風の中を歩き続けて、全員足が痛み、疲れ果てていた。
石川は精神力だけで歩き続けていた。
ベルトキットを着け、武器を持って歩いているだけでもかなり凄いことだった。
そろそろ隠れる場所を捜さなくてはならない。
地面が固すぎて隠れる穴を掘るのは不可能だ。
「あの辺に、小高くなっている場所があります」
小川は1キロ西に砂丘を見つけた。
「行ってみよう」
飯田が頷いた。
そこへ行ってみると、5メートルから10メートル位の高さの小高い丘になっていた。
「もっと高い所を捜して。人の視界の範囲より上に位置したいから」
飯田はそう説明した。
「目立つ所に隠れなきゃならないなんてね」
藤本が言った。本来ならばやってはいけないことだ。
「仕方ないでしょ、この辺しか隠れそうな所はないし」
飯田は抑えた声で言った。
平坦な地形の中にはこの丘ひとつしかなかった。
その頂上に石塚があり、周囲には30センチほどの高さの低い石垣があった。
「これ、お墓みたい…」
道重が言った。
「何でもいいよ。風を避けられれば」
田中が疲れた顔で返した。
- 114 名前:11 荒天 投稿日:2006/03/26(日) 08:46
-
おとめ隊は石垣をいくらか高くして、その陰で横になった。
ひどい寒さで、風が唸りをあげて吹き込んでくる。歩かずに済むのがせめてもの救いだった。
脚がずきずき痛み、寒さを避けて動けば、身体の別の場所が風にさらされる。
メンバーは丸まって身体を寄せ、互いの体温を分かち合おうとした。
黒い雲が空を走り、石垣の隙間で風が唸りをあげた。風が肌に突き刺さるように吹きつける。
冷蔵庫に横たわっているようなものだ。徐々に体力が失われていく。
飯田は震えながら周囲を見渡した。南側に高圧線の鉄塔が東西に連なっている。
それを使って地図で位置を確認した。あの高圧線に沿って進めば国境にぶつかるはずだ。
「飯田さん」
「何、麻琴」
「車輌の音がします」
飯田と小川はそっと周囲を見渡した。一キロほど南で2輌のAPCが走っていた。
「あれだけ離れていれば今の所は大丈夫でしょ」
「そうですね」
小川はまた横になった。
車輌は一日行き来していた。
民間のトラック、給水車、ランドクルーザー、装軌車、装給車が鉄塔に沿って移動していた。
装軌車と装給車はおとめ隊がいる所から200メートルの所を通過してメンバーをうろたえさせた。
- 115 名前:11 荒天 投稿日:2006/03/26(日) 08:46
-
休むことが出来るのはありがたかったが、体温を保つために身体は動くことを欲していた。
しかし日中は移動出来ない。じっと横たわった互いの身体を温め合うしかなかった。
気温はかなり低くなっており、強い風と併せてメンバーの体感温度は生存が危ぶまれるほどに
下がっていた。
それでも小川は少しまどろんだらしい。目が覚めたのは顔に何か刺すものを感じたからだ。
目を開けると信じられないことが起こっていた。
雪が降り積もって、メンバーは白くなっていた。
砂漠で雪に遭うとは。信じられない思いでお互いを見た。
「まこと、のぉ、もぉだめらぁ」
寒さのせいで辻はいつも以上に舌足らずになっている。
「ガンバレ、のんちゃん!楽しいことを考えるんだ!」
「えー?なんらよ、楽しいことって」
小川は少し考えて、言った。
「んー。あったかい鍋」
「うあー!食べ物の話すんらよ!」
「焼肉食べ放題」
「「やめろ」」
違う所から声が飛んで来た。藤本と田中だ。
「肉の話はやめれ」
「思い出したらかえってつらかぁ」
「じゃー、誰か楽しい話してよ。美貴ちゃん」
小川は口をとがらせて言った。
「えー?……。レバ刺し、カルビ、ロース、ユッケ、石焼ビビンパ…」
「「結局肉かよ!」」
辻と小川がツッコんだ。
「美貴から肉をとったら何が残るの?」
「知らないよぉ」
丸まって身体をくっつけガタガタ震えながら、くだらない話をすることで気をまぎらわせていたが
1100時頃には限界になりつつあった。
- 116 名前:11 荒天 投稿日:2006/03/26(日) 08:47
-
「石川、大丈夫?」
飯田は石川に声を掛けた。
「はい。だいぶ良くなりました」
石川の声の調子はほとんど戻っていた。
「石川。お湯を沸かそうと思うんだけど」
飯田の言葉に、石川は少し考えて頷いた。
「それがいいと思います」
SOP(標準作戦手順)には反するが、発見されるよりもこのまま凍死する可能性の方が
大きくなっていた。こうなっては戦術どころではない。生き延びることが最優先だ。
飯田は小さな穴を掘って固形燃料に点火した。マグカップに水を入れて火にかざす。
石川は手を振って蒸気を散らした。それにミルクティーの粉末、砂糖を加えて皆に回した。
飯田は引き続きココアを作った。
ココアがメンバーに行き渡る頃には震えながら喋れるくらいには回復した。
熱い飲み物くらいでは体温は充分に上がらないが、小突いて励ましあうよりは効果があった。
飯田は風雪にさらされている外側の者と内側の者の位置を入れ替え、他のメンバーの体温を
もらえるようにした。
それで1600時までは何とか過ごした。
- 117 名前:鉞南瓜 投稿日:2006/03/26(日) 08:52
-
更新終了。
>>107 名無飼育さん さま
レスありがとうございます。
実は自分も軍事的なことは詳しくないです(何 ウヘヘ
その辺ぬるく読んでいただけばと。
- 118 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/27(月) 08:30
- ぉぉー、なんかすっげぇ楽しいっす。
だいじょぶ、自分も軍事的なことサパーリ分からない平和な人ですからw
てかこれ読むたび乙女が好きになります。
- 119 名前:12 移動 投稿日:2006/03/30(木) 21:56
-
「…まだ動かないんですか?」
道重が言った。口が回っていない。
「どうした?」
飯田が聞いた。
「力がなくなってきました…」
「さゆ、薄着なんです」
田中が言った。
「皆で温めてあげて」
飯田が言い、メンバーは道重を囲んで体温を移そうとした。
日没まではまだ1時間半あった。おとめ隊は決断を迫られた。
発見される危険を冒して明るい中を移動するか、このまま待つか。
この先何が待ち受けているか、まったく予想がつかない。
といってこのままじっとしていても状況は悪くなる一方だった。
「さゆの状態、かなり悪いです」
田中が言った。
「…出発しよう」
飯田は決断した。
「敵の目を欺くためにまず東へ向かい、半円を描いて西に転じる」
おとめ隊が出発して1キロも歩かないうちに、背後でさかんに叫ぶ声がした。
小川が振り返って見るとライトが見えた。さっきまでいた場所を車輌が動き回っていた。
「欺瞞を実行しておいてよかった」
飯田は呟いた。
そろそろ暗くなり始めていた。
- 120 名前:12 移動 投稿日:2006/03/30(木) 21:56
-
当初の予定では舗装道路を横切った後で北西を目指し、それから最短距離を国境へ
向かうことになっていた。
小川は気になっていたことを聞いた。
「マズくないですか?昼間の交通量からすると見つかりますよ」
飯田は頷いた。風も避けなければならない。
「予定を変更して川の方を目指して北へ向かう。今の場所より低地だから風を避ける場所があるかも。
水もなくなってきたし、西へ進むのは後で考えよう」
おとめ隊は北へ向かって歩き出した。
時々車のライトが見え、舗装道路の存在を示した。
まだ風による体温低下の問題も残っていた。全員ひどい状態だった。
雪は雨に変わり、また雪になった。雪がやんでも風が激しくなり、また雨になる。
道路を3キロほど進んだところで、飯田は「引き返す」と言った。
このままでは風による冷却効果で全員死んでしまう。
メンバーはよろめき、がたがた震え、意識がもうろうとなっていた。
そのうち段階が進んでしまうと昏睡に陥る。その前に行動する必要があった。
- 121 名前:12 移動 投稿日:2006/03/30(木) 21:57
-
舗装道路を越えて引き返し、道路とほぼ平行に走っている涸れた河床まで2キロ撤退した。
そこが風を避けられる唯一の場所だった。
メンバーはその溝に下りて身を寄せ合った。
飯田と田中が道重に覆いかぶさって体温を分け与えた。
藤本が石川に覆いかぶさり、辻と小川も同じようにしてからお湯を沸かした。
夜間に火をおこすとはとんでもないことだったが、やむを得ない。
辻と小川はココアを2杯作ってメンバーに回した。
温かい食物も作り、道重に少し食べさせた。道重はかなり呂律が回らなくなっていた。
皆で身を寄せ合って温まろうとしながら、そこに2時間いた。
状況はほとんど変わらなかった。
- 122 名前:12 移動 投稿日:2006/03/30(木) 21:57
-
「…そろそろ動かなくちゃ」
石川が言った。
飯田は頷いた。まだ凍えている状態だったので誰も動きたくなかったが、動かなければならないことも
全員承知していた。
「とにかく敵に捕まるわけにはいかない」
飯田は言った。
「事前に聞いていたよりもずっと多くの敵がこの地域には存在している。発見された場合、
敵の部隊がこの地域にいるから即座に行動を起こすはず」
「昨夜LUPを調べた敵は、この付近に私たちがいることを既に察知してるかもしれない」
石川が言った。すっかり元の調子を取り戻していた。
「この河床は北西に延びているから、これを利用して行こう」
飯田は河床を指して言った。
「風を避けられるし、遮蔽物に使える」
「でも、このまま行って軍事施設に近づいたら、監視されてる可能性があるよね?」
藤本が言った。
「とにかく行ける所まで行こう」
石川が言い、全員頷いた。
- 123 名前:12 移動 投稿日:2006/03/30(木) 21:58
-
再び小川が先頭に立ち、前方からやって来る車輌が多いので斥候を兼ねて進んだ。
河床を進みながら、飯田がコンパスでナビゲーションを確認した。
その間、他のメンバーは四方に目を配る。
平坦だった地形が時々起伏が続くようになってきた。起伏があれば身を隠すのに都合がいい。
小川は飯田の指示を仰ぎ、その方へ迂回して進むことにした。
田中は小川が石川にしたように、道重に背中をつかませて励ましながら歩いた。
2キロほど進んだところで小高い丘に来た。
稜線のくぼんだ部分を越えることにして進み始めたが、小川は足を止めた。
膝をつき、すぐに伏せる。周囲はかなり開けた場所だった。
飯田が小川の横まで這って近づいて来た。小川は指を差した。
50メートルほど離れた尾根に頭がひとつ見える。
そのまま見守っていると、その人物はあちこち動き回っていた。
他に誰かがいる様子はない。
飯田は東を指差して、そこを迂回することをメンバーに伝えた。
丘を迂回すると、今度は停まっている車輌の明かりが見えた。野営している車陣らしい。
また後退して南へ進み、西へ向かった。
その後も何度も敵の部隊やテントに出くわした。
- 124 名前:12 移動 投稿日:2006/03/30(木) 21:58
-
夜明け前に道重が弱り始めた。
「さゆ、しっかり!」
田中が小声で叱咤したが、反応が薄い。
「小休止する」
飯田が言い、おとめ隊は河床に下りて歩き、浅い窪地を見つけて身を隠すことにした。
深さ90センチにも満たない窪みだった。
夜が明けると、空は晴れ渡っていた。
風の冷たさは変わらないので寒いことには変わりない。
飯田は小型の双眼鏡を使って北の道路を見た。数分ごとに車が通り、往来の途切れることがない。
装甲車とトラックで構成された軍の特殊車輌も頻繁に通った。
南に目を向けると、高圧線の鉄塔が見えた。おとめ隊は舗装道路と高圧線に挟まれたところにいる。
- 125 名前:12 移動 投稿日:2006/03/30(木) 21:59
-
メンバーは夜通し歩いたので交替で足の手当てをした。冷たい食事も少しとった。
見通しのいい場所なので火を使うことは出来ない。
休息しながら今後のことを話し合った。
現在位置、これから行こうとしている地域、途中で目にするはずの目標を周知徹底するために
飯田は地図を広げ、全員でじっくり見た。飯田が説明した。
「今進んでいる方向に向かって右手、つまり北に大規模な部隊集結地域がある」
「距離は?」
辻が聞いた。
「ここから3時間くらい。今のところ固定された障害物はそれくらい。今夜は戦闘になると思う。
みんな武器を点検して」
それぞれ泥と砂にまみれていた武器の手入れをした。
拭き取り布を銃身に入れて掃除し、可動部分にオイルを補給し、装填した弾倉をチェックして
弾の間に砂が入っていないか確かめた。
音を立てないように武器を慎重に分解し、組み立てた。
全ての装備が使用できる状態であることを確かめた。
「国境が近づけば住む人間の数が増えるはずだから、隠れるのは今以上に難しくなると思う」
飯田はしめくくりにそう言った。
- 126 名前:12 移動 投稿日:2006/03/30(木) 22:00
-
「石川さん、調子どうですか?」
小川が聞くと石川は微笑した。
「大丈夫。ありがと。麻琴が励ましてくれて、すごく心強かったよ」
「そーですか。よかった」
小川はでへへと笑った。
「さゆ、どぉ?」
小川が今度は道重に問い掛けると、道重は黙って頷いた。
「どりゃ」
小川は田中と場所を替わって、道重にくっついた。
「…あったかいです」
「そりゃ、麻琴の方がれいなより厚みがあるもんねえ。何か普段から体温高いし」
「美貴ちゃん、それホメてるように聞こえないから」
「ホメてないし」
「あー。そーゆーこと言うんなら、ミキティはもう温めてあげましぇん」
「嘘ぉ。まこっちゃーん」
「麻琴はのん専用だよぉ」
「モテモテですね、まこっちゃん」
「それさぁ、あたしがただあったかくって便利なだけでしょー?」
「うふふ」
「……否定してよ、れいな」
この休息でメンバーはかなり体力を回復させていた。
じゃれあっている小川たちを見ていた飯田は呟いた。
「あんな風にふざけているのはいい徴候だね」
「そうですね」
石川は目を細めた。
「何とか今日中に国境を越えたい」
「そうですね。でも…国境がどんな状態になってるのか…」
「まったくわからない。行って確かめるしかない」
- 127 名前:12 移動 投稿日:2006/03/30(木) 22:00
-
1530時にそれが聞こえた。
リンリン。メェー。
鈴の音と山羊の声がした。
(またか!)
小川は辺りに視線を走らせたが、何も見えなかった。
メンバーは地面にぴったりと伏せた。
ぶつぶつ言う声と鈴の音が聞こえ、それがだんだん近づいて来た。
- 128 名前:鉞南瓜 投稿日:2006/03/30(木) 22:07
-
更新終了。
>>118 名無飼育さん さま
レスありがとうございます。
正直、今更おとめ組ってどうなの、という気もありましたが
某所の某スレ見て、まだいけるぜ!と思いました デッヘッヘ
- 129 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/31(金) 08:31
- 更新お疲れ様です!!
いやいや、おとめ最高じゃないですかぁ!
すごい楽しいですよ。ドキドキしっぱなしですw
次回もがんがってください!
- 130 名前:13 奪取 投稿日:2006/04/05(水) 00:09
-
首に鈴をつけた山羊が現れた。どうやらボス山羊らしく、10頭位の山羊の群れがついて来ている。
辻が石を投げて追い払おうとしたが、逃げるどころか近づいて来た。
やがて、年を取った山羊飼いが姿を現した。
70才は超えているであろう山羊飼いはおとめ隊を見たが、特に驚いた様子は見せなかった。
辺境の土地の地面の窪みに7人の兵士がうずくまっているというのに、珍しくもないといった様子で
そばにしゃがみこみ、何か話し出した。
メンバーは顔を見合わせた。
- 131 名前:13 奪取 投稿日:2006/04/05(水) 00:10
-
「何て言ってるの?」
辻が飯田を見た。飯田は首を振った。
山羊飼いは親しげな素振りで東の方を指した。砂の上に家と車の絵を描いた。
「車か」
飯田は呟いた。
「これ奪って逃げられないかな」
辻が言い、石川は首をかしげた。
「全員乗るのは無理じゃない?」
「ランドクルーザーかトラックなら乗れるじゃん」
辻は飯田と石川を見比べながら言った。飯田と石川は顔を見合わせた。
「美貴が行って見てくるよ」
藤本が口を挟んだ。
「あ、あたしも行きます」
小川が言うと、「れいなも行きます」と田中も名乗りをあげた。
「のんも行く!」辻も言い出した。
飯田は少し考えて「待って。…私と藤本と麻琴で行こう。他の者はここで待っていて」と言った。
辻と田中は不満げな顔をしたが、石川に肩をぽんぽんと叩かれると不満を口にはしなかった。
- 132 名前:13 奪取 投稿日:2006/04/05(水) 00:10
-
「これは置いて行く」
飯田はベルトキットを外して置いた。藤本と小川も同じようにした。
「日没の1830時までに戻らなかったら、北へ向かって」
石川は頷いた。
「気をつけて」
3人は頷くと山羊飼いに着いて行った。
小屋は山羊飼いの言った通りの場所にあった。
「…よっしゃ」
藤本が呟いて、小さく拳を握った。
車はランドクルーザーだった。これなら全員乗れそうだ。
山羊飼いは山羊のいた方へ戻って行った。
そのまま3人は20分ほど小屋を観察した。何かが動く気配はない。
「問題はキーだね。車についていれば問題ない。なかったら小屋に押し入らなきゃならない」
飯田が言った。
「とにかく、行ってみよう」
藤本が先に近づいた。
- 133 名前:13 奪取 投稿日:2006/04/05(水) 00:11
-
車に近づこうとした時、小屋から1人の兵士が出て来た。
「――――!」
藤本は慌てたが、それは相手も同様だったらしく、車へ行って銃を出そうとした。
「くっ!接敵!接敵!」
藤本は発砲し、兵士は倒れた。
小屋まで20メートルの距離があった。そのドアが開いて数人の兵隊が飛び出して来た。
藤本は掃射して3人まで倒した。
次の瞬間凍りついた。弾が出ない。
「!! 給弾不良!給弾不良!」
藤本は膝をついて、狙いにくい小さな的になろうとしながら叫んだ。
「美貴ちゃん!」
後ろから来た小川が残りを片付けた。
周囲を警戒しながら藤本に近づき、小川は手を差し出した。
「大丈夫?」
「マジであせった…」
藤本は息を整えると、小川の手につかまって立ち上がった。
飯田は2人に掩護させながら小屋を探索したが、他には誰もいなかった。
「長居は無用、行くよ」
車の鍵は車内で見つかった。
荷台の荷物などは小屋へ放り込み、飯田が運転してメンバーの所へ戻った。
- 134 名前:13 奪取 投稿日:2006/04/05(水) 00:11
-
そろそろ日没だった。
そのまま飯田が運転し、田中が助手席でコンパスを使って方角を確認した。
西へ向かってひたすら走り続けた。
ガソリンは半分以上入っており、車内はヒーターで暖かく、濡れていた服がたちまち乾いた。
「これで行けるだけ遠くまで行って、車を捨てて徒歩で国境を越える」
飯田が言った。
「検問にひっかかったらどうするんですか?」
田中が聞いた。
「出来るだけ早くブレーキを踏んで、車を捨てて逃げるしかないね」
飯田はハンドルを握りながら肩をすくめた。
「映画みたいに強行突破なんて無理だから」
しばらく走ると部隊集結地域に入った。
石川と小川は膝の上に地図を広げて現在位置をつかもうとした。
「ダメだこりゃ。真っ白ですよ、石川さん」
地図には記入されている事項がほとんどなかった。
川に沿って部隊集結地域が伸びており、地名はほとんどない。
とにかく、西へ走ることを心がけた。
- 135 名前:13 奪取 投稿日:2006/04/05(水) 00:12
-
「…どこまで行けるかな」
石川は呟いた。辻はこんな時だというのに小川の肩にもたれて眠っている。
「ねえ麻琴、あたしたち、脱出できるのかな」
石川は小川にだけ聞こえる声で言った。
「なーんですか」
小川がたしなめるように見ると、石川は眉を下げて呟いた。
「だって、この先どうなってるのかわからないんだよ」
それは全員が抱えている不安だった。
しかし石川がそれを表に出せば、田中や道重たちは更に不安になるだろう。
小川はわざと突き放すように言った。
「帰りたくないなら石川さんだけ置いて行きますよ」
「麻琴ぉ」
いつもなら小川がヘタレな言動をして、石川が励ますところだが今は違った。
「できるかなじゃなくて、やるんです」
石川はまじまじと小川を見た。珍しく小川が強気だ。
「いしかぁさん」
「はい」
石川は思わずかしこまった。
「待っている人がいるんだから」
「……」
「あきらめちゃダメです」
ね、と小川は石川の顔をのぞき込んだ。
「…顔近いよ」
んへへ、と小川はいつものように妙な笑い声を出して、石川から顔を遠ざけた。
「…待っている人がいる、か」
石川は呟いた。
「そーだね、怒られちゃう…」
石川は大きく息を吸い込み、ゆっくり吐き出した。
- 136 名前:13 奪取 投稿日:2006/04/05(水) 00:12
-
おとめ隊は拳銃や軽機関銃は持っておらず、M16かミニミしかないので
発見された時にすぐ構えることが出来ない。
そういった心配はあったが、小川は自分でも不思議なくらい落ち着いていた。
いちかばちかの時が迫っていた。
今夜たどり着くか、それとも最後を迎えるか、ふたつにひとつだ。
「何か、渋滞してる」
田中がぼそりと言った。車内に緊張が走った。
辻が目を覚ました。
街灯がない道路がずっと続いていたが、おとめ隊にとっては都合がよかった。
前にトラック隊が20台ほど連なっている。後ろからも車が来て身動きが取れなくなった。
姿を見られるとまずいので車から降りて様子を見ることが出来ない。じっとしているしかなかった。
- 137 名前:13 奪取 投稿日:2006/04/05(水) 00:13
-
「…マズイ」
飯田が呟いた。
小銃を吊った兵隊が1人、車列に沿って運転席のある左側を近づいて来ている。
「右からも2人来ます」
田中が囁いた。
2人はのんびりした足取りで小銃を肩に掛けたままタバコをすい、のんびり談笑しながら歩いている。
見つからずにやり過ごすのは不可能だ。
メンバーはゆっくり銃に手を伸ばした。車を出なければならない。発砲の準備をした。
「南へ進み、それから西」
飯田が言った。つまり道路の左側に飛び出すということだ。
「数発撃って、敵の頭を下げさせる。その間に走る」
飯田の策はそれだけだった。かなり危険を伴う賭けになるだろう。危険な瞬間が近づいていた。
- 138 名前:13 奪取 投稿日:2006/04/05(水) 00:13
-
田中はM16/M203を横向きに構え、飯田の膝の上に置いた。
「あいつが首を突っ込んだ瞬間に撃って」
飯田が静かな声で言い、田中は緊張した顔で頷いた。
「あとはこっちでやる」
辻が言った。さっきまでとは違い、真剣さがみなぎっている。
左側の兵隊が前の車の所まで来ていた。
身を乗り出して運転手に話しかけ、笑っている。
やがて別れの挨拶をして近づいて来た。
飯田は前かがみになってダッシュボード類のスイッチをいじった。
兵隊が窓を叩いた。
飯田は頭を後ろに引くと同時に足を突っ張って身体を座席に押しつけた。
兵隊が窓に顔を押しつけた瞬間、田中はM16の銃口を上げた。
- 139 名前:鉞南瓜 投稿日:2006/04/05(水) 00:18
-
更新終了。
>>129 名無飼育さん さま
レスありがとうございます。
おとめ、いいっすよねえ。
ののまこ、美貴まこが何か最近ツボだったり。
- 140 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/04/05(水) 08:28
- 更新お疲れ様です!!
うわ、なんか凄いイイとこで終わってる!!w
早くも続きが気になりますが、マイペースで更新頑張ってください♪
まこ絡みなら何でも好きですよぉw
- 141 名前:14 離散 投稿日:2006/04/11(火) 21:20
-
一発で充分だった。
ガラスの割れる音がした瞬間、車のドアが一斉に開き、兵隊が倒れるより早く
メンバーは車を出て駆け出していた。
残る2人の兵隊は物陰に隠れようとしたが、辻のミニミになぎ倒された。
一般市民はすかさず車の床に伏せている。
おとめ隊は車列と直角に走ったが、検問所の目視線内に入った所でヘッドライトの光を浴びた。
敵は射撃を開始し、おとめ隊も応戦した。
敵はたぶん何が起こったかわかっていない。
相手が混乱しているうちに道路を渡りたかった。
石川と小川は必死で走り、道路を渡り切ると検問所に向けて掩護射撃を始めた。
その間に他のメンバーは移動した。
敵との交戦は30秒ほどで終わった。
- 142 名前:14 離散 投稿日:2006/04/11(火) 21:21
-
数分間、南に向けて必死に走ってから、飯田が立ち止まって叫んだ。
「集合!集合!集合!」
そばを通って行くメンバーに手を触れて人数を確認した。
辻、田中、藤本、道重、石川、小川…よし、全員いるね、行くよ!」
後方の混乱をよそに、おとめ隊は西に向けてひたすら走った。
「夜明けまで9時間ある。ゆっくり時間をかけて国境を越えるようにすればいい」
飯田は言った。
しばらく行くと人の住む場所に差し掛かり、柵を越えなければならなくなった。
道路に車のヘッドライトが見え、後方の検問所の周辺ではまだ騒がしかった。
怒声と散発的な小火器の銃声が響いていた。装軌車も道路をうろうろしていた。
だが、おとめ隊は道路と平行して進まざるを得なかった。
左手は部隊集結地域で、右手は道路なので真っ直ぐ進むしかない。
そのうちに敵の車輌がライトを消して道路を走り始めた。
おとめ隊の不意をつこうとしているらしい。
「満月で、おまけに砂漠用の迷彩。それであらゆる犬と人間がウチらを捜してる」
藤本が自嘲気味に言った。月の光のせいで浮かび上がって見えるはずだ。
- 143 名前:14 離散 投稿日:2006/04/11(火) 21:21
-
3台の車がおとめ隊のいる方に向かって走って来た。
車は突っ込んで来ると、兵隊たちが飛び出してきて撃ち始めた。
おとめ隊は走って逃げるしかなかった。
弾薬が残り少ないので、これからのことを考えるとこうするしかなかった。
隠れる場所はない。敵は撃ち続け、おとめ隊は走り続けた。
走る小川の耳元を弾丸がかすめて飛んで行った。
必死で走り続けた。心臓が破裂するのではないかと思うまで走った。
すぐに疲れ果ててスピードが落ちてきた。
水がなくなっていたので、全員疲労が激しくなっていた。
丘の頂上に差し掛かった。国境を挟んで二ヵ所の部隊集結地域の明かりが下の方に見えた。
2つの無線アンテナが立っていて、こっち側の方が高い。
もう一ヵ所は国境を越えた所にある。もう国境が近いとわかった。
「国境が近いよ!」
辻が叫んだ。
「まだ気が早いって!」
石川がいさめるように叫び返した。
- 144 名前:14 離散 投稿日:2006/04/11(火) 21:22
-
丘の頂上を越えて下り始めた途端に、下に配置された兵隊たちに見つかった。
そこは高射砲陣地らしく、小火器だけでなく高射砲も撃ち始めた。
避けるためには部隊集結地域を通らねばならない。
前方以外のあらゆる場所から発砲されていた。身体を低くして進み続けた。
重火器の曳光弾が垂直に飛び、水平に飛んだ。
敵は動くもの全てに向けて撃っているようだった。
高射砲の砲声で耳がおかしくなり、メンバーは互いの声が聞こえづらくなったので
大声を張り上げて互いに指示や警告を発した。
道路に上がり、飯田は素早く周囲を見渡してまっすぐ越えた。
そこで小休止し、大きく深呼吸して体勢を整えた。
これから家や塀が雑然と並ぶ集落を通り抜けねばならない。
「3,400メートルってとこね」
飯田はメンバーに銃を構えさせ、安全装置を外して引き金に指をかけて進むよう指示した。
出来るだけ暗がりを利用し、走らず歩く。
夜間に物音を立てずに歩くには、確実に高く足を上げ、ゆっくりと地面に降ろすようにする。
降ろす時には必ずつま先から降ろし、徐々に足裏全体を地面につけていく。
これを繰り返すにはかなりの自制心が必要だが、全員訓練で身についている動作だ。
- 145 名前:14 離散 投稿日:2006/04/11(火) 21:22
-
身を隠すために農場の一角に入った所で足を止めた。
「水を補給する」
石川と田中が水筒に水を入れるために川の淵へ下りた。
辻はGPSで現在位置を確認した。
「国境まで10キロ」
道路の反対側の混乱は既に治まっていた。装軌車が走り回り、発砲している。
高射砲も変わらず撃ち続けていて、離れた所から小火器の連射が聞こえた。
「あと10キロか」
藤本が呟いた。
「満月じゃなければなあ」
「明日になれば本格的な追撃が開始される。今晩中に国境を越えなくちゃ」
飯田が言った。
メンバーは木にもたれて座り、石川と田中が水筒に水を入れるまで待った。
おとめ隊は水路を越えながら、川と平行に進んだ。
地面の土は凍っていたが、風はやんでいた。
少しの物音が何百メートルも先に伝わる。
犬の吠える声が聞こえた。
建物がある時には誰かが先に行って調べ、それから迂回した。
鉄条網に行き当たった。
先頭の石川が音がしないか確認してから、銃で有刺鉄線を下に引っ張って隙間を作り、
全員がまたぎ越えるまでそのまま押さえた。
- 146 名前:14 離散 投稿日:2006/04/11(火) 21:23
-
小川が先頭に立った時、見ると前方に道路があった。
ということは左手を捜せば国境の町に向かう道路があるはずだ。
捜して見ると建物の明かりが明滅し、装軌車が走り回っていた。
かなり離れているので心配はないだろう。
まだ後方ではまばらに銃声が聞こえていた。
小川は生垣に沿って進み、左手の自然に出来た溝に入った。
その溝は急傾斜の涸れ谷へと通じていた。
崖は左右とも傾斜がきつく、底の方は平坦で水がちょろちょろ流れている。
どこまで続いているのかわからないが、そこを迂回するのは無理だった。
小川は涸れ谷のへりまで行くと、土手のふちまで這って行き、下を覗いた。
後ろには辻がいる。
降り始めると涸れ谷の向こう側の地平線がはっきり見えてきた。
まず目に入ったのは、一人の歩哨のシルエットだった。
周囲を見て小川は固まった。
テント、建物、車輌、無数のアンテナ…。
目の焦点がはっきりしてくるにつれて、テントから出て来る兵隊たちの姿に気づいた。
小川のいる方を向いている。小川はぴたりと動きを止めた。
ここは大規模な陣地のようだ。
- 147 名前:14 離散 投稿日:2006/04/11(火) 21:24
-
15分ほどして、ようやく辻のいる所まで引き返した。
辻がそばに来なかったところを見ると、同じように気づいたに違いない。
辻も微動だにせず伏せていた。
非常に危険だった。隠れるすべがない。
「のんちゃん、見た?」
「見た。ヤバいよ。戻って皆に知らせないと」
2人はメンバーの所へ這って戻り、集合させた。
2人が見たものを話すと、飯田は「生け垣まで引き返して、別の経路を探す」と言った。
小川は30メートル戻り、溝の中にしゃがんだ。
突然、叫び声が上がり、撃ち合いが始まった。
撃ち合いは小川の後方から始まり、先頭にいた小川には何が起こったのかわからなかった。
周囲は大混乱になった。
辻がミニミを構えて伏せ、生け垣に沿って敵が発砲してきたと思われる所に向けて掃射した。
小川も203グレネードランチャーを発射した。
「のんちゃん、逃げるよ!」
「おう!梨華ちゃん、行くよ!」
辻は後ろの石川に声を掛けた。
- 148 名前:14 離散 投稿日:2006/04/11(火) 21:24
-
土手が遮蔽物になるので、岸まで戻りたい。
小川は辻と石川と一緒に走った。後の4人は4人でまとまってるはずだ。
涸れ谷の向こうの敵はあらゆる方向に向けて撃っていた。
自分の周囲のことだけで精一杯だったので、全員一緒に逃げるのは無理だった。
小川、辻、石川は崖の藪に隠れて状況を把握しようとした。
涸れ谷の向こうから追跡してくる物音が聞こえる。
大声で懐中電灯を照らしながら近づいているようだった。
小川たちがいる側では敵の射撃音が断続的に聞こえていた。
小川は考えを巡らせた。川を渡るか、突破するか。いったいどこへ行けばいいだろう。
「川はダメだね」
同じように考えていたらしい石川が言った。
辻が言った。
「ここを突破するしかないよ」
それで3人は決断した。弾薬の残りを調べた。
「今出ないとダメだ」
辻の言葉に小川と石川も頷いた。
- 149 名前:14 離散 投稿日:2006/04/11(火) 21:25
-
小川はポケットからキャンデーを出して口の中に放り込んだ。
高橋たちがくれたキャンデーもこれが最後だ。
「今食べておいた方がいいよ。最後になるかもしれない」
辻は物欲しそうに小川を見た。
「ないの?」
「もうない」
小川はニヤッと笑ってキャンディを口から出すと、それをかじって2つに割った。
その半分を辻にやる。
「ありがと。麻琴」
辻は嬉しそうにそれを口に入れた。
「よかったね、のの」
石川は目を細めた。
「いしかーさんもいります?」
「いいよ、食べな、麻琴」
更に割ろうとする小川を止めた。それから顔を引き締めて言った
「…行くよ」
- 150 名前:鉞南瓜 投稿日:2006/04/11(火) 21:28
-
更新終了。
風邪ひいて鼻水がとまらない…。
>>140 名無飼育さん さま
レスありがとうございます。
マイペースにやっております。
大量更新とかしてる方を見るとスゴイと思います。
マターリ行きますよほ(話は殺伐としてきましたが…)。
- 151 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/04/12(水) 14:17
- 更新お疲れ様です!!
キタキタキタキターーーーw
すっげーハラハラしましたよぉw
次回も気になりますが、作者様のペースについていきますから
マターリ頑張ってください。
マコは優しい子ですねぇ。
- 152 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/04/16(日) 01:35
- ハラハラしたぁ〜
次回もまってます
- 153 名前:15 万事休す 投稿日:2006/04/17(月) 23:37
-
3人は耕地を川と平行に走った。
敵の陣地に向かって右手側に進み緩い勾配を越えると、その先は用水路まで下りになっていた。
そこを降り、用水路に入って生け垣まで這った。
25メートルと離れていない所で敵兵が駆けずり回っている。
3人はひたすら這い続けた。
両手を伸ばし、肘に体重をかけ、つま先を泥に食い込ませて身体を押し進める。
つらい動作だった。自分の息づかいがひどくうるさく聞こえる。
地面はものすごく冷たく、手で泥をつかむようにして這い進んだ。
小さな水たまりが凍っていて、そこを通ると氷が割れた。
小川にはその音が百メートル四方に響いているように思えた。
早くここを抜けて林に入りたい。
3人は生け垣にたどり着いた。
ここを越える予定だったが、右手で物音がした。
石川が見ると生け垣の向こうに敵がいた。
その先から叫び声がして、ライトが光っているのが見える。
石川は左へ移動すると2人に合図し、生け垣に沿って移動した。
南北に伸びる生け垣に達した。
そこを通ろうとした時、誰何の声がした。
- 154 名前:15 万事休す 投稿日:2006/04/17(月) 23:38
-
その瞬間、石川は発砲した。
石川が掃射する間に辻と小川は生け垣を抜け出し、石川が通る間2人は撃ち続けた。
そのまま3人は走り、止まって短く連射し、また走った。
「どっち行く?」
「見通しのいい場所は危険」
「こっち!」
3人は柵の下の浅い溝に入り、そこを進んだ。
しばらく進むと道路が見えた。3人は止まり、道路を観察した。
トラック、ランドクルーザー、装甲兵員輸送車。兵隊も見える。
「夜明けまであと2時間…」
石川は焦りを感じた。迂回している時間はない。強引にここを通るしかない。
「あの2台の間」
石川は辻と小川に示した。
停車している車列の中で一番車間が離れていて、15メートルほど空いている。
道路を一気に走った。
渡り切って反対側の土手に伏せた時、空が光った。
やがて爆発音がして地面が揺れた。
「何!?」
「空襲です!」
石川たちが顔を上げると、施設が空襲を受けていた。
閃光が走り、数秒後に太くて低い爆発音がした。
遠くの方で対空砲火が吹き上げているのが見えた。
この混乱に乗じて3人は一気に走った。
- 155 名前:15 万事休す 投稿日:2006/04/17(月) 23:39
-
何とか抜け出した3人は通信アンテナの塔を目指して歩いた。
3人とも肉体的に悲惨な状態だった。
全身が痛み、あちこち擦り傷だらけで、ブーツの先ははがれかかっていた。
道路の下の暗渠に潜り込んで小休止をとった。
水を飲み、ひと息ついた。
車に乗ったパトロールが通過して行った。
「もう国境なんじゃない?」
辻が言った。
石川と小川は曖昧に顔を見合わせた。
再び歩き出し、鉄条網に行き当たった。
遠くに街の明るい灯かりが見える。
「ほら。たぶん、ここが国境だよ」
辻が2人を見て言った。
「敵が作った偽の国境かも…」
石川は鉄条網を見上げて言った。ここまで来て失敗したくない。
「かもしれないけど、行ってみよう」
辻が言い、石川と小川は頷いた。
針金を切るペンチがないため、上を越えるしかない。
ずっと見て行くと鉄条網を支える3本の杭を見つけた。
「ここを越えよう」
まず石川が四苦八苦しながら乗り越えた。
次に辻が上り始めた。
- 156 名前:15 万事休す 投稿日:2006/04/17(月) 23:39
-
小川は車が近づいて来ているのに気づいた。
トラックのライトがまっすぐこっちに向かっている。
「のんちゃん、早く行け!」
小川はM203グレネードランチャーの照準をライトの間に合わせた。
20メートルまで近づいた時、発射した。
ちょうどボンネットに命中した。
「まことっ!?」
「いいから早く行って!ここから離れて!」
小川は立ち上がって敵を目がけて走り出した。
「まことぉ!」
辻は戻ろうとして石川に引きずり下ろされた。
「りがちゃん!まごどがっ」
「もう無理だって!あたしたちは逃げなきゃ!」
「まごどぉ!」
- 157 名前:15 万事休す 投稿日:2006/04/17(月) 23:40
-
小川は2発しか持っていなかった手榴弾を投げ込み、弾薬が尽きるまで撃ちまくった。
と言ってもそれは5秒ほどで尽き、小川は銃を捨てて走った。
石川と辻が無事に逃げていることを祈った。
敵は小川の反撃で混乱したらしく、すぐには追って来なかった。
明るくなり始めていたので移動するのが危険な状態だった。
小川は排水溝の狭い空間に入り込み、横になった。
日が暮れるまで何とかやり過ごすしかない。
トラックの音が遠くに聞こえ、あちこちで叫んだり大声を上げているのが聞こえた。
絶対に捕まりたくなかった。物音がする度に小川はびくっとした。
数台の車輌が轟音を立てて通過して、鼓膜の破れそうな音が響いた。
その音が停まった。
まずい、と小川は思った。
- 158 名前:15 万事休す 投稿日:2006/04/17(月) 23:40
-
7.62ミリの大口径弾が、小川の目と鼻の先に雨あられと降って来た。
小川は身体を丸めて、頭の中で悲鳴を上げた。
兵隊たちが何か叫びながら、排水溝の至る所を撃っていた。
泥が跳ね、振動が身体に響いた。
小川は更に身体を縮めて、当たらないことを祈った。
乾いた銃声、銃弾の突き刺さる音、兵隊たちの叫び声が止むことなく続いた。
やがて発砲が止み、小銃の銃口が降りて来た。
兵隊が覗き込み、小川を見て驚いて飛びすさった。
大声で何か叫び出した。溝に降りて来る3人分のブーツが見えた。何か怒鳴っている。
出て来い、と手振りで示した。小川は動かなかった。
兵隊は小川の両手を見て何も持っていないことを確かめると、足をつかんで溝から引きずり出した。
- 159 名前:15 万事休す 投稿日:2006/04/17(月) 23:41
-
兵隊は小川を何度か蹴り、立つよう手振りで促した。
小川は両手を上げて真っすぐ立ち上がった。
もう明るくなっていた。
青い空が見えた。ものすごくきれいだと思った。
高台の無線塔も見えた。国境はすぐそこだった。
興奮しきった兵隊たちが叫びながら空に向けて銃を連射した。
小川は最期の時が来た、と思った。
――――愛ちゃん、ごめん
- 160 名前:鉞南瓜 投稿日:2006/04/17(月) 23:46
-
更新終了。
>>151 名無飼育さん さま
レスありがとうございます。
励みになります。
こんな展開になっちゃってますが…。
>>152 名無飼育さん さま
レスありがとうございます。
ハラハラしていただいて嬉しいです。
次回は視点が変わる予定であります。
- 161 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/04/18(火) 08:26
- 更新お疲れ様です!!
え…マコどうなっちゃうの…orz
ワクテカしながら待ってますので
次回も頑張ってください!
マコたぁぁぁぁん
- 162 名前:16 内憂 投稿日:2006/04/25(火) 22:50
-
「うあー。ヒマー」
新垣が大きく伸びをした。
さくら隊は待機を命じられたままだった。
基地の周辺を走ったり、ラジオでニュースを聴くくらいしかやることがない。
とりあえずテントが建てられ、外で寝るような状況ではなくなっていた。
「まこちぃたち、うまくやってるかなあ?」
新垣が振り返ると、高橋は憂いを帯びた表情で遠くを見ていた。
おとめ隊が出発してからはずっとこの調子だった。
新垣は首を振って、お茶でも淹れようと道具を準備した。
お湯が沸いた頃に加護が戻って来た。
「あ、あいぼん、お茶飲む?」
「んー、うん」
加護は腕を組んで難しい顔をしていた。
「何かあったの?」
新垣が何となく聞くと、高橋、紺野、亀井も一斉に加護を見た。
- 163 名前:16 内憂 投稿日:2006/04/25(火) 22:51
-
「えっ?いや…、さっき、おばちゃんとこのぞいたら、安倍さんたちが難しい顔で話してたから
何かあったんかなあって」
「うぇ?ひょっとして、うちらも出撃?」
「うーん。関係あるかわからんけど、ヤな話聞いた。整備班から聞いたんやけど」
「え、何?」
「おとめ隊と同じ日にメロン隊も出たやろ。あっちは車輌持って行ったらしいけど。
それが、メロン隊は真っすぐ戻って来たって」
「ええ?」
「ほんで今、上とモメてるらしい。でもメロン隊は降下地点に敵がいてどうにもならんかったって。
モメてる所へ、カントリー隊も撤退して来た」
「ええ!?」
「ちょっ…ホンマ!?」
高橋は加護に詰め寄った。顔色を失っている。加護は頷いた。
「おとめ隊からの報告は?」
紺野が聞くと、加護は首を横に振った。
「…わからん。とにかく、上の人たちはかなりピリピリしてる」
「あ。吉澤さん」
亀井が少し緊張した声で言った。
年長組の中でも吉澤は時々年少組のところへ来ていたから珍しいことではなかったが、
加護の話を聞いたばかりだったので全員緊張した。
- 164 名前:16 内憂 投稿日:2006/04/25(火) 22:51
-
「…何かあったのか?」
吉澤は妙な雰囲気を察して言った。吉澤の表情はいつも通りで感情が読めない。
「よっちゃんこそ、朝から安倍さんたちと何話してたん?」
加護が言うと、吉澤はわずかに片方の眉を上げた。
「…ん。とりあえず、集合かかったから」
「え」
全員顔を見合わせた。
「悪い話?」
加護が聞いた。
「…まだわかんねえ。とにかく、全員集合」
吉澤はそう言うと背を向けて元の方向へ歩き出した。
「ちょっ、よっちゃん!」
加護は慌てたように吉澤を追いかけた。
「え?うぇ、ちょっ、何?」
新垣も慌てて立ち上がって後を追う。
「愛ちゃん…」
紺野が振り返ると高橋は何かを握り締めていた。ぎゅっと目をつぶり、ゆっくり開けた。
「行こ」
高橋は紺野と座り込んでいる亀井を促した。
- 165 名前:16 内憂 投稿日:2006/04/25(火) 22:52
-
「皆いる?」
安倍がさくら隊のメンバーを見回して言った。隣には矢口がいる。
安倍はすぐに本題に入った。
「…えっと。今起こっていることについて説明するね。おとめ隊のことなんだけど」
おとめ隊、と聞いただけで高橋の心臓が跳ね上がった。
「現在、おとめ隊の居場所が不明になっています」
「――――!」
さくら隊の年少メンバーから声にならない驚きが広がった。
- 166 名前:16 内憂 投稿日:2006/04/25(火) 22:52
-
「出発した翌日に最初の情況報告があったけど、受信状態が悪くて何がなんだかわからなかった。
その次の日現地時間1600時に受信したけれど、これも意味不明。その後TACBEの弱い信号が
受信された。これを最後に通信が途絶している」
安倍は淡々と話した。
「現時点でわかっているのはこれだけ。明日、通信途絶と信号の混乱の際の手順である
救難ミッションを行う予定」
「ウチらがやるの?」
加護が聞いた。
「いや。これは空軍主導で行う」
矢口が答えた。
「何で?」
加護が聞くと矢口は苦い顔をした。
「上の意向だよ。数少ない貴重なヘリコプターの一台を今の段階でムダに飛ばすわけにはいかない」
「そんな!」
「ヒドイよ」
年少メンバーから不満の声が上がった。
「これは決定事項です。さくら隊は引き続き待機」
安倍は反論を寄せつけない雰囲気できっぱり言った。
- 167 名前:16 内憂 投稿日:2006/04/25(火) 22:53
-
解散になり、安倍と矢口は退出した。また保田たちと何か話し合うのだろう。
残ったメンバーは納得がいかず、その場の年長者である吉澤に噛みついた。
「…仕方ないだろう。何かが起こってるみたいだけど、何だかわからないんだ」
「救助隊を出すべきやないですか!何でウチらが行かんのですか!」
高橋が食ってかかった。
「だから。状況がもう少しはっきりするまでは動くべきじゃねえっていう判断だろ」
吉澤は苦い顔で言った。苛々してるのは自分も同じだ。だが努めてそれを抑えていた。
「とにかく、今は落ち着け。…そして、信じろ」
「信じる?」
「戻って来るって約束したんだろーが」
吉澤は高橋の頭をぽんぽんと叩いた。
加護が何か吉澤に言ったが、高橋はもう聞いていなかった。
その晩、寝袋に入ってからも高橋は眠れず、小川のことを考えていた。
いろいろなことを思い浮かべて、初めて会った時のことを思い出した。
- 168 名前:16 内憂 投稿日:2006/04/25(火) 22:53
-
小川と最初に顔を合わせたのは、選抜訓練の雪山の中だった。
5期の入隊志願者は2千名以上を数えたため、高橋は当初、まるで自信がなかった。
しかし標準適正試験の段階でかなりの人数が脱落した。
こんな甘い考えで特殊部隊を志願するとは高橋には信じられなかった。
初歩訓練の選抜段階に進む頃には自信を持ってやれるようになっていた。
それは進路選択(ルートセレクション)と呼ばれ、自分の背丈ほどもあるバックパックを背負い、
山に登ることが3週間続く。
山はそれほど高くはないが、冬は風が強く霧が出て、凍りつくようなみぞれが降る厳しい環境だった。
来る日も来る日も、重いバックパックを背負い、地図とコンパスを使って行軍する。
距離はその日によって違った。制限時間も教官にしかわからない。
山を降りるまで、その日何人が脱落したのかはわからなかった。
- 169 名前:16 内憂 投稿日:2006/04/25(火) 22:54
-
先に着いた者から順に車輌に乗り込んだが、高橋はいつも1台目の車輌に乗り込んでいた。
2台目だとかなり厳しくなり、3台目では大半がそこで失格となった。
高橋が車輌に乗り込むと、いつも先客がいた。
かなり速いペースで行軍をこなし、今日こそは一番乗りだと思っても、必ず先を越されていた。
いつも寝袋にくるまって寝そべり、のん気にミカンか何かを食べていた。
高橋の目には凄く余裕があるように見えた。
それが小川だった。
他の者とのやりとりから自分より年下と知って、負けたくない気持ちが更に大きくなった。
しかし一度も一番乗りは果たせず、3週目を迎えた。
その日は天候が最悪で、全員腰まで雪につかりながら歩いていた。
いつもは単独で行動するが、この日ばかりは数名で固まって歩いていた。
高橋は先頭を歩いていた。
道がなくなっており雪をこぎながら歩くため、ひどく消耗した。
誰かの後ろを歩いた方が得策とわかっていたが、それで目標の位置を間違えるのはイヤだったし、
今日こそ一番乗りを果たしたいという気持ちで意地になっていた。
- 170 名前:16 内憂 投稿日:2006/04/25(火) 22:54
-
しかし段々そんなことはどうでもいいと思えるほど疲労し、思考がぼんやりし始めた。
その時、足が滑って体が傾いた。
「―――!」
重いバックパックのせいで踏ん張りが利かない。
滑った側は急斜面になっていた。落ちる、と思った時、後ろに引っ張られた。
高橋は斜面と反対側に倒れこんだ。
「ぐえ」
自分のではない、変な声が聞こえた。
雪の中に埋まり冷たさを感じながら、上を向いて息を整えた。
それから自分の下に誰かいることに気づいて、慌てて起き上がった。
高橋が転がり落ちるのを防いでくれたらしい当人は、雪に埋もれてじたばたしていた。
「大丈夫?」
高橋は声を掛け、手を差し出した。相手は素直につかまり、起き上がった。
「ぷあっ」
雪を吐き出し、身体を揺すってついた雪をふるい落とすのを、高橋は何となく見ていた。
「…あ」
助けてくれたのは小川とわかった。
「ありがと。助かった」
言おうとしていた言葉を先に言われて、高橋は面食らった。
「あ。こっちこそ、ありがとう」
慌てて言うと、小川は頷き「あたしが先に行くよ」と言って先に立った。
高橋が反論する隙もなく、小川はぐいぐいと吹きだまりを進み、雪上車の役割を果たしたので
後の者はかなり得をした。
- 171 名前:鉞南瓜 投稿日:2006/04/25(火) 23:01
-
更新終了。
しばらく回想が続きます。
>>161 名無飼育さん さま
レスありがとうございます。
こんな展開ですいません(´ヘ`;)
ミステナイデー
- 172 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/04/26(水) 08:30
- 更新お疲れ様でぇす!
イイヨイイヨーすごく楽しいっすよ毎回!
見捨てる訳ないじゃないデスカーw
次も頑張って下さい。楽しみにしてまぁす!
- 173 名前:鉞南瓜 投稿日:2006/04/28(金) 21:54
-
ちょ、もう(´Д⊂ モウダメポ orz
マジで寝込みそう。
- 174 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/04/30(日) 10:39
- 作者さんがんがって…としか言えない(つд∩)エグエグ
- 175 名前:17 継続訓練 投稿日:2006/04/30(日) 23:30
-
厳しい耐久行軍を終え、高橋は選抜訓練に合格した。引き続き、継続訓練が開始された。
まだ入隊を許可されたわけではない。この時点で志願者は24名まで減っていた。
高橋は兵器訓練の最初から注意を受けた。小銃の持ち方が違うと言われた。
高橋はそう習ったし今までそれで問題はなかったのだが、教官に従った。
逆らっても仕方ない。ここではそういうやり方なのだ。
しかし度重なる注意に自信が失われていった。
それは他の者も同じことだったが、高橋にはそう思えなかった。
小川は何でもそつなくこなしているように見えた。
小川はきっと受かるだろう。負けたくない、と高橋は思った。
ジャングルでの訓練が始まった。高橋はパトロール隊の指揮官に選ばれた。
メンバーは自分を入れて4名。その中に小川がいた。
- 176 名前:17 継続訓練 投稿日:2006/04/30(日) 23:31
-
「とりあえず、自己紹介しよか。あたしは高橋愛。軍士官学校の予科生。
一応指揮官に指名されとるで、よろしく」
高橋が言うと、全員ぽかんとした顔になった。高橋が話すと大抵こうなる。
緊張するとひどく早口になるのと、訛りのせいだ。
高橋が顔を赤くして言い直そうか迷っていると、小川が口を開いた。
「あたしは小川麻琴。ジュニア陸軍の伍長だった。よろしく」
言い終えると横の者を見た。
「あ。……紺野あさ美、です。……よろしくお願いします」
紺野は小さな声でゆっくり話した。
高橋はこんなおっとりとした感じの子がここまで残っていることに驚いた。
「新垣里沙です。軍幼年学校1年。よろしくー」
高橋が最年長で、紺野と小川が1才下で新垣が更に1才下とわかった。
「えっと、紺野さんは軍歴は?」
紺野はかぶりを振った。
「ないん?」
紺野と新垣は戦闘訓練を受けるのは初めてとのことだった。
「小川さんは経験豊富そうやね」
「ん?ウチらがやらされたのは宿舎の警衛と街のパトロールくらいだよ。
ジュニアの階級なんてほとんど意味ないし」
小川はそう言ったが、高橋の目には自信がありそうに見えた。
- 177 名前:17 継続訓練 投稿日:2006/04/30(日) 23:31
-
ヒューイでジャングルに運ばれた。
降り立った場所から川を一本越えた所に草ぶきの小屋があり、そこが監理部エリアだった。
丸太のベンチの上に屋根をつけた所が校舎と呼ばれていた。
周囲の原始林には背の高い木に葉が繁り、太陽の光をさえぎっている。
湿度は90%近くありそうだ。
高橋たちは既に息を切らし、汗をかいていた。
校舎に入ってバックパックを下ろすとDS(教官)の夏が紅茶を淹れてくれ、話をした。
DSは常に担当のパトロール隊と一緒にいるが、泊まるのは監理部とのことだった。
出かける時には同行する。それからいくつかの行動規範を述べた。
「山刀を持たずに出かけないこと。ベルトキットは常に携帯すること。ベルトキットを外しておく時も
山刀は身につけておく。山刀で食糧を得、罠を作り、身を守る。一人でジャングルに入らないこと。
必ずペアを組む。キャンプから5メートル離れただけで方向がわからなくなる。たとえ川に水を汲みに
行くだけだとしても2人で行くこと」
- 178 名前:17 継続訓練 投稿日:2006/04/30(日) 23:31
-
それから夏はAフレームの建て方を高橋たちに教えた。
それが終わると夏はパトロールエリアに高橋たちを連れて行き、
「支度しておくように。後でまた来る」と言いおいて戻って行った。
「支度って?」
新垣が落ち着きなく周囲を見回して言った。
「Aフレームを建てろってことでしょ」
高橋は言って、山刀を振るい始めた。
木を切って組み立て、ハンモックを吊ってポンチョを掛けた。
ポンチョの下には蚊よけのネットを掛けた。
全員悪戦苦闘しながらも何とか作り終え、腰を下ろした。
小川が固形燃料で湯を沸かし、紅茶を淹れた。
ほんの少し、くつろいだ気分になった。
高橋は3人を見回して言った。
「これから私たちに必要なことは、互いに協力し合うこと、ケンカをしないことだと思う」
新垣は黙って高橋を見ているだけで反応がなく、小川は目が合うと頷いてくれたが、
紺野はゆっくり紅茶を飲むことに専念していた。
高橋はそっとため息をついた。
- 179 名前:17 継続訓練 投稿日:2006/04/30(日) 23:32
-
翌日から訓練が始まった。爆破の技術を学び、実射訓練をした。
実射訓練は川沿いの地域に射撃場があり、パトロールしながらターゲットを捜した。
夏が不意にワイヤーを引き、ターゲットを出現させる。
最初のうちは1人ずつ進んだ。
高橋は射撃には自信があったが、自分が動き回りながら撃つことには慣れていなかった。
緊張とプレッシャーで体が動かず、ターゲットを見落とした。
何度か繰り返した後、2人1組でやることになった。
高橋は最初に新垣と組み、先に斥候に立った。新垣が後ろを固めて進んで行く。
ターゲットを見つけるのは難しかった。飛び出して来る場合もあれば、動かない場合もある。
高橋はターゲットを見つけ、即座に発砲した。
「接敵!接敵!」
新垣と動き回って撃ち続けた。15秒ほどで全て終了した。
「止め!」
夏が怒鳴った。
2人は汗をかき、息を弾ませていた。
夏は報告聴取を行い、高橋たちを静止ターゲットの所へ連れて戻った。
「ターゲットに気づいた時、すぐ近くまで来ていた。5メートル戻って振り返ってもう一度見てみろ。
今度は見えるだろう。もっと手前で気づかなければダメだ。体の高さを変えながら目を配れ。
何度も練習するしかない。では、ターゲットを見てみよう」
「…あ」
ターゲットにはかすり傷ひとつついていなかった。
「当たらなければ、いくら撃っても意味はない」
- 180 名前:17 継続訓練 投稿日:2006/04/30(日) 23:32
-
射撃訓練は、高橋たちが思っていた以上にハードだった。
プレッシャーが非常に厳しく、選抜訓練と同じくらい肉体的にも厳しかった。
身体が緊張し、頭を精一杯使って実弾を撃つからだ。
しかもこれはテストなのだ。
何度か相手を変えて行い、小川と組むことになった。
小川が斥候として先に進んだ。小川はものすごくゆっくり進み、止まって周囲を観察してから
また動き出した。高く盛り上がっていて、向こう側が死角になっている所を越えるため、
小川は高橋に停止を命じ、銃を構えて木立に身を隠しながらそこを越えた。
異常がないことを確認してから、手振りで高橋を呼んだ。
すごく落ち着いてる、と高橋は思った。
闇雲に撃っても弾を消費するだけだ。素早くターゲットの情報を読み取る必要があるとわかった。
高橋は小川のやり方を意識するようになった。
4人で接敵の演習を行うことになった。紺野と新垣は不安そうな顔をしている。
2人はまだまだ動きがぎこちなかった。
「銃床を肩に当てて、サイトを立てておきなよ」
小川が2人にアドバイスした。
「練習するしかないやろ」
高橋は言った。
自分で思った以上に素っ気ない口調になっていた。
小川が2人に何かと気を遣っているのが何となく面白くなかった。
高橋は暇さえあればどんどん勉強した。絶対に誰にも負けたくなかった。特に小川には。
高橋の目には小川は何でもそつなくこなしているように見えた。
- 181 名前:17 継続訓練 投稿日:2006/04/30(日) 23:33
-
クロスカントリーのナビゲーションが始まった。
高い所をまっすぐ進むのではなく、登っては下ることの繰り返しだ。
だんだん互いにストレスがたまり、当り散らすことが多くなっていた。
ナビゲーションでは自分がどこにいるのか絶えず確認しなければならないが、
密生したジャングルの中はどこを向いても高い場所も低い場所も見えない。
「この道、違うんじゃないかな…」
紺野が相変わらず小さい声で遠慮がちに言った。
全員、足を止めた。
「そだね。ここを下ったら川があるはずなのに、見えない」
小川が地図を見ながら言った。
「えぇ?また戻るの?」
新垣は汗をぬぐい、高橋を見た。
「…ちょっと待って」
高橋も汗をぬぐい、地図に目をこらした。
これ以上下るのは無駄だ。最初の所まで戻って、もう一度やり直さなくてはならなくなる。
- 182 名前:17 継続訓練 投稿日:2006/04/30(日) 23:33
-
4人は腰を下ろして位置を確認する、というよりも当たりをつけ始めた。
「この辺、かな」
「この川がどこにあるかだね」
「ほしたら、まこっちゃんと里沙ちゃん、斥候に出て」
高橋が指示を出した。
「あいよぉ」
「はーい…」
小川と新垣は前進し、しばらくして戻って来た。
「こっちを下りた所に左から右に流れている川がある」
小川の報告に高橋は頷いた。
「よし、進もう」
こういったことが1時間に2度も3度も重なり、次第に全員いらつき始めた。
「さっきから、同じ所を上ったり下りたりしてる気がするんだけど?」
新垣が言うと、高橋は地図をのぞきこんで
「ちょっと、黙っとって!」と声を荒げた。
高橋が地図を読む番で、高橋が最も高い場所と判断した所から下りかけた時に、
右手にもっと高い場所が見えた。
4人はまた停止した。
小川と新垣がまた斥候に出ることになった。
「この支脈のふもとに右から左に流れている川があるはず。なかったら…」
とんでもない間違いを犯したことになる。
2人は出発して、しばらく戻って来なかった。
キャンプに戻ってから、「ずいぶん長くかかったな?」と高橋が言うと、
小川は「川で頭冷やしてた」としれっと言った。新垣はにやっと笑った。
腹が立ったが、自分が間違えたのだから仕方がなかった。
- 183 名前:17 継続訓練 投稿日:2006/04/30(日) 23:34
-
(0´〜`)いつもずっと一緒やったから気付かへんかった
なんで遠くに行ってもうたん?
(間奏)♪ ♪ ♪
(鉞南瓜)<♪途切れ途切れ 会話になんかならへん
お前が歌うんかい!!
川# ’Д’) 三◯)鉞南瓜)・;'ブアー
川 ’−’) …立ち直ったん?
いえ…_l⌒l○ マコタン…
話的にはほとんど出来てるんだけど、正直つらくて打てない…
今回更新分は発表知る前に出来てた
でも放棄は
( ^▽^)<しないよ
( ´D`)<たぶん
- 184 名前:17 継続訓練 投稿日:2006/04/30(日) 23:37
-
>>172 名無飼育さん さま
>>174 名無飼育さん さま
レスありがとうございます
何とかがんがります…
- 185 名前:鉞南瓜 投稿日:2006/04/30(日) 23:39
- あ…名前欄が…orz
- 186 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/05/01(月) 12:36
- 更新お疲れ様です
ぁぁ…自分もショックがでかすぎますorz
でも、作者様には頑張ってもらいたいです。
- 187 名前:18 継続訓練(2) 投稿日:2006/05/04(木) 09:12
-
高橋たちは肉体と精神の両面で限界までテストされた。
射撃場で訓練したり、2,3日間の演習パトロールを行うのは肉体的に苦しかった。
それに加えて筆記試験もやり、想定(シナリオ)に合わせて計画を立てて準備もしなければならない。
たえずプレッシャーをかけられ、常に時間が足りなかった。
ここでの唯一の楽しみは、一日の終わりに皆で湯を沸かして食事を作ることくらいだった。
だんだん互いに打ち解けた感じになり、下の名前で呼び合うようになった。
「えぇ?あさ美ちゃんって医官志望なの?」
新垣はぽかんとした顔で紺野を見た。
「うん…」
「じゃあ、何で特殊部隊に入ろうと思ったの?」
「自分を試してみようと思って…。でもここまで残るなんて思わなかった」
「はあ…」
新垣は少し困惑している。新垣は中隊に入ることしか頭になく、ずっとそれが夢だった。
- 188 名前:18 継続訓練(2) 投稿日:2006/05/04(木) 09:12
-
「じゃ、じゃあ、愛ちゃんは?」
「あーし?最初受けようと思っとった所は身長制限があったから…」
「はあー」
「お母さんがあんたは人を指揮するとか向いとらんでって…」
「あーそー。まこっちゃんは?」
新垣は高橋がまだ早口で話しているのに小川に振った。
「あたし?あー。歩兵部隊よりはいいかなと思って。今いるとこは古参兵のイジメとかもあるし、
いろいろつまんないことが多いから」
「まこっちゃんは士官学校目指さんかったの?」
高橋は気になっていたことを聞いた。
小川は筆記試験も紺野の次に出来ていたし、技量もあったので不思議に思っていた。
「あぁ、あたし孤児だから。軍に入れば全部タダだからさ」
「あー…そーなんだ」
新垣はうなだれた。
「ゴメン、何か夢壊した?」
「そーじゃないよ、まこっちゃん…」
「でもあのベレーはカッコいいと思ってるよ?憧れだよ」
「そーだよね?あれカッコいいよねっ」
新垣はにわかに元気づいて小川と中隊について話し始めた。
高橋にはよくわからなかった。
- 189 名前:18 継続訓練(2) 投稿日:2006/05/04(木) 09:13
- 5日間の演習があり、部隊RVに向けて移動していた時だった。
戦術的パトロールを行い、非常にゆっくり進んでいた。
高橋は情況報告を送信できる場所へ行った。
長い一日で疲れていた上に、激しい雨が降っていた。
高橋はモールス符号で送信するため、腰を下ろしてメッセージを暗号化していた。
最初に自分の手が震えているのに気づいた。
そのうちに頭がくらくらして焦点が合わなくなってきた。
深く息を吸って落ち着こうとしたが、ますます悪化して震えが止まらなくなった。
高橋は振り返って言った。
「まこっちゃん」
「ん?何」
「あーし、もうあかんわ」
「ほあ?」
小川はけげんな顔をし、すぐに高橋のそばに来た。
「愛ちゃん?」
様子がおかしいとすぐに悟った。
高橋に水を飲ませようとして水筒を取り上げ、それがあまり減っている様子がないのに気づいた。
高橋はあまり水分をとっていない。脱水症状を起こしたとわかった。
- 190 名前:18 継続訓練(2) 投稿日:2006/05/04(木) 09:14
-
暑いジャングルでは大量に汗をかいても蒸発しない。
従って体温が上がり、それによってまた余計に汗をかく。
すると循環しない体液が不足してくる。
高橋はパトロール隊の指揮官として任務を果たし、決定を下さねばならないプレッシャーに
さらされてジャングルを歩き回っていた。
水分を補給するところまで頭が回らなかった。
小川は高橋を元へ戻すことに専念した。
ドライフーズとキャンディを食べさせ、湯を沸かして大量の甘い紅茶を飲ませた。
高橋は30分ほどで回復した。
「…もう大丈夫」
「ちゃんと水分取らなきゃダメだよー」
「うん。ゴメン」
高橋は素直に謝った。
幸いDS(教官)には知られなかった。高橋にはいい教訓になった。
小川は一日中、高橋を気づかっていた。
「もう大丈夫やって」
苦笑して言うと、小川は眉を下げて困ったように笑った。
(何や飼い主に置いて行かれた犬みたいやな)
小川は真剣な時は大人っぽく見えたが、笑うと子供っぽいと思った。
- 191 名前:18 継続訓練(2) 投稿日:2006/05/04(木) 09:14
-
「…これで2回目やな」
高橋は照れくさそうに言った。
「? なーにがぁー?」
「助けられたの」
小川は口をぽかんと開けて高橋を見た。
「覚えてない?」
小川は腕をぼりぼりかきながら頷いた。
「選抜訓練の山の中。すごい吹雪だった時に足滑らせて落ちそうになったとこを
引っ張ってもらった」
「…ほぉ」
「覚えてない?」
「いや、まあ、そういうのはお互い様じゃん?」
小川はさわやかに笑った。
「…?あれ、どしたの愛ちゃん。顔赤いよ?また具合悪くなった?」
「な、何でもない!」
ジャングルから戻ると合格を告げられた。
高橋のパトロール隊4人が5期として入隊を許された。
それからずっと苦楽を共にして来た。
- 192 名前:18 継続訓練(2) 投稿日:2006/05/04(木) 09:14
-
眠れない夜が明けた。
救難ミッションが行われたが何の成果もなかった。
TACBEの弱い信号を頼りに南寄りを捜索したが、何も発見されなかった。
それから二度行われたが、そのうち一度は天候不良で中止、二度目はパイロットが体調不良で
国境を越えられなかった。
何の情報も得られないまま2日が過ぎた。
基地の周辺はぐんと冷え込んでいたので、ますますおとめ隊の状態が気がかりになっていた。
さくら隊のメンバーは救難ミッションに参加したいと要望していたが、上層部ともめていた。
- 193 名前:鉞南瓜 投稿日:2006/05/04(木) 09:19
-
更新終了。
次回はまた視点変わります。
>>186 名無飼育さん さま
何かもうよくわかんなくなってきました。
とにかく先へ進みます。
- 194 名前:鉞南瓜 投稿日:2006/05/04(木) 12:12
- >>186名無飼育さん さま
レスありがとうございます が抜けてました。
何かエラそうになってると思ったら…。
- 195 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/05/04(木) 14:07
- 更新お疲れ様です!
いやいや、こちらこそありがとうございますですよw
こんなときでも更新してくれるのは嬉しい限りですから。
この回想シーンいいですね。なんか5期らしくていいです。
次回も頑張ってください。ずっとついていきますので!
- 196 名前:19 連行 投稿日:2006/05/06(土) 09:16
-
ガタガタ揺れる振動で意識を取り戻した。後頭部が激しく痛み、目が回る。
身体の感覚が戻って来ると、両手を縛られていることを思い出した。
ランドクルーザーに放り込まれたはずだ。
兵隊たちは空に向かって銃を乱射した後小川に近づき、蹴飛ばし、踏みつけた。
小川は身体を丸めて耐えるしかなかった。
その後、服の上から触って確かめるだけという雑な身体検査をされた後、
ひざまずかされ両手を縛り上げられた。
それから立つよう示されたが、まったく脚に力が入らなかった。
兵隊たちは小川のわきの下に手を入れて引きずった。
ランドクルーザーの後部の床に放り込まれた、と思ったら何か硬い物で頭を殴られた。
激痛が走り、小川は気絶した。
しばらくすると車はどこかに止まった。
兵隊たちは小川を仰向けの状態で足を持って引きずった。
後ろ手に縛られた両手が地面に擦られるので、小川は必死で背中を反らした。
- 197 名前:19 連行 投稿日:2006/05/06(土) 09:16
-
高さ3メートル位の塀の大きなゲートを通って中に入るとゲートが閉まった。
広い庭といくつかの建物が見えた。
小川は兵隊たちに引きずって立たされ、腕をつかまれ引っ張られた。
数名の見張りに囲まれてしばらくそこに立っていた。
前方は百メートルほど離れた建物まで舗装道路が伸びている。
右手には兵舎らしい建物があり、小さな木立があった。
その芝生に足首と手首を縛られた兵隊がいた。
首にかかる力をやわらげようとして脚を持ち上げている。
ひどく殴られた様子だった。衣服はぼろぼろで迷彩かどうかもわからない。
こっちも似たようなものだと小川が思った時、その兵隊が顔を上げて一瞬目が合った。
藤本だった。
藤本は目が合うと目だけで微笑んで見せた。
小川も目に力を込めて返す。
お互いに「大丈夫」という意味を込めて見つめ合った。
ひどい状態なのが気になるが、藤本に会えたのはすごく嬉しかった。
少なくともここで1人きりではないらしい。
小川の沈んでいた心がいくらか上向きになった。まだ頑張れる。
- 198 名前:19 連行 投稿日:2006/05/06(土) 09:17
-
2人の士官が部下を数人連れて建物から出て来た。
1人が小川の顔を起こし、殴った。
小川は目をつぶって耐え、次に備えて身体を固くした。
しかしそれだけで終わり、兵隊たちがもう一度身体検査をした。
先程と同じく服を脱がせることすらしない。
しかし認識票をむしり取られ、ブーツは脱がされて調べられ、ポケットの中のものを奪っていった。
それから小川は目隠しをされ、どこかの部屋に連れて行かれた。
その中では数人の人間が話をしていた。
小川は柔らかい椅子に座らされた。
これから何が始まるのか。小川は顔を伏せて身体を緊張させた。
拷問か、それとも――。
誰かが近づいて来た。
- 199 名前:19 連行 投稿日:2006/05/06(土) 09:17
-
「よし、名前を言え」
「小川」
「年齢は?生年月日を言え」
小川は答えた。
「所属部隊を言え」
「…………」
「どうした。所属部隊だ」
「…すいません。答えられません」
思い切り殴られた。
何度か殴られ、引きずり回される間に目隠しが外れた。何も見えなかった。
再び椅子に抱え上げられた。
小川は呼吸を激しくし、喘いだ。
「いいか、オガワ。我々は知る必要がある。話せば家に帰してやる。どんな部隊に所属していた?」
「…答えられません」
また殴られ、蹴られた。
「コマンドーか?」
「ただの兵隊です」
「何故国境付近にいた」
「わかりません。ただ連れて来られたんです」
「所属部隊を言え」
「それは言えません」
今度は答えた途端に後ろで待機していたらしい誰かに固いもので頭を殴られた。
小川の目の前で色鮮やかな眩しい光が爆発し、そして真っ暗になった。
- 200 名前:19 連行 投稿日:2006/05/06(土) 09:18
-
気がついた時も目の前は暗かった。
手錠を掛けられ、目隠しをされた状態でうつ伏せに転がっていた。
頬にあたる感触で芝生の上にいるとわかった。
頭がすごく痛かった。意識もまだ、ぼうっとしている。
数台の車のエンジンがかかり、ふかす音がした。
大声で命令する声が聞こえ、意味はわからなかったが小川はびくっとすくみあがった。
車のドアの開閉する音がして騒がしくなった。
誰かが小川の戒めを解いたが、目隠しと手錠はそのままだった。
両側からつかまれ、引きずられた。
どこへ連れて行かれるのか。不安になった。
銃殺されるのか。これが最後になるのだろうか。
小川は必死で周囲の音を聞こうとした。
そのまま車に押し込められ、まっすぐ座らされた。
手錠をはめられた両手首が痛いので前かがみになると元へ戻された。
バタンッ。
ドアが音高く閉まり、小川はびくっとした。
また殴られるのかと思っておびえた。
- 201 名前:19 連行 投稿日:2006/05/06(土) 09:18
-
左側でごそごそ音がして誰かが乗り込んできた。
ゴン。
「痛っ」
頭をぶつけたらしく、ぶつぶつ言う声が聞こえた。
小川はたちまち気持ちが明るくなった。
藤本の声だったからだ。
小川は少し動いたので後ろから小突かれた。
「動くな」
「わかりました」
返事をしたことで藤本に自分の存在を知らせることが出来た。
「お前ら、しゃべるな。しゃべると、バンバン」
運転手が言った。小川は頷いた。
車はゲートを出て左折した。
ということは東に向かっている。小川にわかったのはそこまでだった。
車はものすごいスピードで走り、すぐにどこを走っているのかわからなくなった。
一時間半ほど走り続け、小川たちは車から引きずり降ろされた。
- 202 名前:19 連行 投稿日:2006/05/06(土) 09:19
-
どこかの部屋に入り、小川は床に座らされた。
顔を伏せ、腕を後ろに回された。
目隠しが取られた。藤本の姿は見えなかった。
「顔を上げろ」
士官らしき人物が言った。2人の兵隊を従えていた。
「お前の名前は?」
「小川」
「何をしに来た」
「…わかりません」
「わかりませんとはどういうことだ」
「ただ、連れて来られて置き去りにされたんです」
「命令を受けただろう。何をしに来た」
「わかりません。ただ行けと言われただけです」
殴られた。
「本当です。私は下っ端なので何も知りません」
鼻血を流しながら小川は言った。
士官は信じていないようだが、後ろにいた士官と何か話し合っていた。
「持ってきた爆弾は何に使うつもりだった?」
バックパックに入れていた爆弾のことだろう。
だがそれがおとめ隊のものとはわからないはずだ。
「何のことかわかりません」
また殴られた。
- 203 名前:19 連行 投稿日:2006/05/06(土) 09:19
-
今回はかなり激しかったので再び気絶したらしく、気づいた時には床に転がっていた。
床に血だまりが出来ているのが見えた。
小川は再び抱え上げられ、床に座らされた。
「隠してもためにならんぞ。話せ。お前の所属は何だ」
小川が黙っていると蹴りつけ、踏みつけた。
どこからか棒を持って来てそれで殴り始めた。
「お前は馬鹿だな。お前の仲間は話したぞ。お前の口から聞きたいだけだ」
嘘だ、と小川は思った。藤本は自分よりタフだから話すはずがない。
小川はうめき、泣いていたが、歯をくいしばって耐えた。
そしてまた気を失った。
- 204 名前:鉞南瓜 投稿日:2006/05/06(土) 09:22
-
更新終了。
しばらく辛い描写が続きますがご容赦。
>>195名無飼育さん さま
レスありがとうございます。
毎度どうも。
5期フォーエバー
- 205 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/05/06(土) 18:45
- 更新お疲れ様です。
マコがんがれー・・・哀ちゃんが待ってるぞ
- 206 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/05/06(土) 23:19
- 更新お疲れ様です!
うわ、なんか痛々しい話になってますね…
でもまこっちゃんのことだから信じてます!w
5期愛マンセー♪
- 207 名前:ナナシ 投稿日:2006/05/08(月) 22:25
- ずっとロムしてましたが……。
まこっっつ!!たて立つんだまこっー!!
- 208 名前:20 訊問 投稿日:2006/05/08(月) 23:43
-
******************************
小川は報告聴取が行われている部屋の入り口の前で悄然と立っていた。
保田が中に入るように促し、背中を押そうとして、気づいた。
「小川、アンタもやられたの?」
保田の言葉に高橋は小川の方を見てぎょっとした。
「麻琴っ、血ぃ出とるっ」
高橋の大声にも小川はぼんやりと自分の左肩を見やっただけだった。
左肩から出血して、背中から腰まで血が流れていた。
「小川、こっち」
石川に連れられて、小川はふらふらと隣の部屋に入った。
高橋も着いて行った。
メンバーは気づいていたが何も言わず、報告聴取を続けた。
石川が小川の上着を脱がせると、肩からの出血がベルトの所でたまっていた。
石川は素早く血を拭き取った。
「あー。これはすぐ治るよ」
傷を見て、石川は妙に明るい声で言った。
「ホンマですか?」
高橋は眉をひそめた顔で石川を見た。
「うん。かすっただけみたい。ヤケドしたみたいになってる」
銃創は浅い溝を彫ったようになっていた。
石川は消毒液をたっぷりつけ、大きい絆創膏を貼りつけた。
「でも運がよかったね。あと3センチ低かったら肩がメチャクチャになってたとこだよ」
石川が言うと、小川ではなく高橋の方が顔をひどくしかめた。
石川は少し可笑しく思い、2人に気づかれない程度の笑みをもらした。
「…あさ美ちゃんは」
黙っていた小川が突然口を開いた。
「大丈夫でしょうか」
「大丈夫だよ。ちょっと出血は多かったけど、すぐヘリで医療センターに搬送したから」
小川の不安そうな眼差しに石川は笑顔で答えた。
「で、何があったの?」
石川は脱脂綿や消毒液を片づけながら聞いた。
「…制服を着た男に停止を命じられました。迷ったけど、あさ美ちゃんが自分が対応するからって
停止しました。相手は書類と車のキーを渡せと言って、あさ美ちゃんを柵の方に行かせようとした。
そこに変な連中がいるのに気づいて『接敵!』と叫んだ瞬間にあさ美ちゃんが撃たれました。
あたしは銃を抜いて応戦しました」
「全部で4人?」
「5人です。3人まで倒して、逃げた1人を追ってる時に、もう1人からマシンガンで連射されて
動けなくなった所に石川さんたちが来てくれたんです」
「もお。無茶しちゃ駄目だよ」
石川は小川の頭をぽんぽんと叩いた。
「まぁ新人2人だけにしちゃった、あたしたちも悪いけど…」
「…あの、…」
「うん。小川が必死になって追いかけた理由は何となくわかってる」
石川の言葉に小川はうつむいた。
「だけどね、だからって自分を犠牲にしちゃ駄目。ちょっとケガするだけで、
こんなに心配かけるんだからね」
小川は意味がわかりかねるようで顔を上げ、自分をじっと見ている高橋に気づいて気まずい顔をした。
- 209 名前:20 訊問 投稿日:2006/05/08(月) 23:44
-
「…何や、あさ美ちゃんは心配ないって連絡あったやろ」
部屋に戻っても何も喋らない小川に高橋は声をかけた。
もう休めと言われたので2人だけ先に戻っていた。
「何落ち込んどるん。…さっきの、無茶したわけって何?」
ベッドに腰掛けた小川の前に立って、高橋は聞いた。
小川はぼんやりした顔で高橋を見た。
「追っかけた理由、あるんやろ?」
「…ああ」
質問の意味を理解した小川は、少し考えてから答えた。
「書類を取り戻しただけだよ」
「書類?偽装の?あんなん何ぼでも新しいの作ってもらえるやろ。まさか、ケース?
ケース取られたん?」
小川は床を見つめたまま返事をしなかった。
「黙っとるんは認めたのと同じやで。あさ美ちゃんがドジったんやな」
「だから、取り戻したじゃん。もう、いいじゃん」
「麻琴は何で、いつもそうやって…」
小川は高橋が続きを言うのを待っていたが、言わないので顔を上げた。
「あたしが、何?」
「あさ美ちゃんのことになるとムキになりすぎる」
「愛ちゃんは、あさ美ちゃんのことになると厳しすぎない?」
不機嫌そうな高橋を見て、続ける。
「心配じゃないの?」
「心配やざ!あーしかって。ほやけど麻琴のことも心配なんやって!」
高橋は顔を真っ赤にして言った。
「そっかぁ。ごめんね。心配かけて」
「え」
屈託なく笑う小川に、思い切って言ったつもりだった高橋は拍子抜けた。
「でもホント、あたしのケガは大したことないから。ホラ、動くし」
小川は腕を上げて見せ、上げすぎてイテテ…とうめいた。
「…もぉえーわ!早よ寝え!」
「へへ」
小川は大人しくベッドにもぐり込んだ。
高橋は部屋の電気を消して、しばらくベッドの脇にたたずんでいたが、
やがてベッドにもぐり込んだ。
「…愛ちゃん?」
小川はベッドの端に寄った。
「甘えんぼさん」
小川の声は笑いを含んでいた。
「うっさい」
小川は声を上げて笑った。
*******************************
- 210 名前:20 訊問 投稿日:2006/05/08(月) 23:45
-
小川は首筋に熱さを感じて意識を取り戻した。士官が小川の首筋で煙草の火をもみ消していた。
「このまま続ければお前は死ぬ。お前は馬鹿だ。何故話さん?」
「…話します」
小川は口から血を吐きながら言った。
「本当か?」
「…水を、ください」
「質問に答えるのが先だ。所属を言え」
「…私は、パイロット救難チームの一員です」
室内にざわめきが広がった。
「何?それは何だ」
「撃墜されたパイロットを回収するために派遣されました」
口が腫れているため喋りづらかった。
士官たちがテーブルについた。通訳している士官に続けるよう促した。
「もっと詳しく話せ」
小川は咳き込んだ。
「…その前に、水をいただけませんか。出来たら、何か食べ物も」
駄目元で言ってみた。
「いいだろう」
士官は鷹揚に言った。ようやく口を割らせることが出来たと思ったのだろう。
衛兵が水の入ったグラスとシチューとパンを持って来た。
小川は衛兵にシチューを食べさせてもらい、パンはほとんどかまずに飲み込んだ。
久しぶりの熱い食べ物だったが味わっている暇はなかった。
食べ終えて、水も飲んでしまうと訊問が再開された。
- 211 名前:20 訊問 投稿日:2006/05/08(月) 23:45
-
「もう一度訊く。お前たちは何のためにここに来た?」
「我々は捜索救難チームのメンバーです。ヘリで連れて来られ、降りるよう命令されて
そのまま置き去りにされました」
「もっと詳しく話せ。捜索救難とは何をする?」
「墜落したヘリを回収します。我々は陸軍のいろいろな部隊から集められます。
衛生兵の経験がある者がひとつにまとめられます。私は衛生兵です。兵隊じゃない」
この偽装は作戦を練っている時におとめ隊で考えたものだった。
捕虜になった時にどんな悲惨な目にあうかは皆知っていたので、軍の通例には反するが
偽装を考えておいた。
どこまで通じるかはわからないし、細かい所までは決める時間がなかった。
これは時間稼ぎでしかない。一度話してしまったからには押し通すしかなかった。
「装備について聞きたい。爆薬を持って何をしていた?」
「何のことかわかりません」
「何をしろと命じられていた?」
「さっきも言った通り、降りろと言われて置き去りにされただけです」
「そんなはずはないだろう。何か命令を受けているはずだ」
「ニード・トゥー・ノウという原則で我々は動いています。私は軍では下の方なので
何も教えられていないんです」
身体検査の時に認識票をむしり取って行ったから階級はわかっているはずだ。
小川の階級は敵軍では誰でもなれる階級だったので、小川の言うことを信じたようだった。
士官同士で長い間話し合っていた。やがて士官が言った。
「いいだろう。もう行け」
- 212 名前:20 訊問 投稿日:2006/05/08(月) 23:45
-
小川は再び目隠しをされて連れ出された。
兵隊たちに引きずられ、監房へ放り込まれた。
兵隊たちは小川を床に押し倒して手錠を一度外してから左の手首にだけ掛けた。
そのまま左手は何かにつながれた。
兵隊たちは監房を出ると扉に鍵を掛けた。
やがて足音が遠ざかって行った。
小川は暗くてよくわからない中で、左手が何につながれたのか確かめようとした。
誰かの腕に触った。
「…美貴ちゃん?」
「麻琴!?」
藤本の声が返って来た。
しばらくの間、信じられない思いで抱き合った。
そうしているうちに足音が戻って来た。
「!」
小川と藤本は動きを止めた。
- 213 名前:20 訊問 投稿日:2006/05/08(月) 23:46
-
ガンッガンッ。衛兵がドアを蹴って入って来ようとしている。
2人は顔を見合わせた。
「やられたよ」
藤本が力なく呟き、2人とも不安と失望の色を浮かべた。
緊張して身構える2人の前に衛兵は水差しと毛布を置いた。
それだけで出て行き、足音は遠ざかって行った。
「ふぁー…」
「あせった…」
水差しには2リットルほど水が入っていた。
「すぐ取りに来るかもしれないから飲んじゃおう」
藤本が言い、2人は交互に急いで水を飲んだ。
ゆっくり飲んだ方がいいのはわかっていたが、この状況ではそんなことを言ってられない。
飲み終えると2人で毛布を敷き、背中と肩に掛かるようにした。
暗闇の中、2人でくっついて座り声をひそめて話をした。
「あの時、何があったの?」
「敵に発見された。麻琴たちは先に行ってたから知らせることが出来なかったんだ。
美貴は飯田さんとさゆと逃げた。川を渡るしかなくて、何とか渡ったんだけど
飯田さんとはそこではぐれた。さゆは川を渡るのが限界で死ぬんじゃないかと思った。
途中で小屋を見つけて、さゆをそこへ寝かせて夜になるのを待ったけど、見つかった。
美貴だけ小屋を出て応戦したけど…弾が切れた」
「さゆは…?」
「捕まった後、担架に乗せられてるのを見た。でも、動いてなかった…」
2人は黙り込んだ。
- 214 名前:20 訊問 投稿日:2006/05/08(月) 23:47
-
ややあって、藤本が口を開いた。
「そっちは?」
小川は石川と辻と逃げ、国境まで辿り着いたが自分だけ捕まったことを話した。
「梨華ちゃんとののは脱出できたの?」
「あそこが本物の国境だったなら…」
「そっか…。2人だけでも、何とか…」
「れいなは?」
「わからない。一緒じゃなかった。川を越える前に誰かが撃ちまくってたんだけど、
あれがれいなだったのかな」
「…………」
それから偽装の話をした。藤本も同じように話していた。押し通すしかないと意見が一致した。
「それにしてもひどくやられたもんだよ。見てよこれ」
藤本は服をめくって傷を見せた。
「いやー、あたしだって負けてないよぉ、ほら」
小川も足の傷を見せた。
互いにひどい状態で、子供のように傷を較べ合った。
――ガチャン。廊下でかんぬきを外す音がして、2人は音に神経を集中させた。
足音が響き、近づいて来た。ドアを開けようとブーツで蹴っている音がした。
また離れ離れになるのかと思い、小川と藤本は顔を見合わせた。
手を握り合い、別れの覚悟をした。
2人の衛兵が入って来た。1人が湯気の上がっている小さなボウルを差し出した。
スープだった。飲み終わると、衛兵はボウルと水差しを持って出て行った。
小川と藤本は結局ひと晩一緒に過ごした。
ドアを叩く音がする度に別々にされると思い、抱き合って別れの挨拶をしたが
結局朝になってから手錠と目隠しをされて連れ出された。
- 215 名前:20 訊問 投稿日:2006/05/08(月) 23:47
-
車に乗せられ、別の建物へ連れて行かれた。そこでまた訊問を受けた。
小川は捜索救難チームの一員だと言い張った。
今度の訊問係は容赦がなかった。
話さなければ親指を切り落とす、生涯ものを握れない生活を送ることになる、と脅された。
頭を固定され、先端を真っ赤に熱した火かき棒を突きつけられ、目を潰すと脅された。
実行はされなかったが、脚に押し当てられた。
小川は見当識を失い、時間の感覚がなくなった。昼夜の区別が出来なくなった。
何日か経ったことは間違いない。
時々空襲があり、監房が揺れた。ここを爆撃してくれれば逃げられるのに、と小川は思った。
いっそ吹き飛ばしてくれれば楽になるのに、とさえ思い始めていた。
生命力がかなり弱っていた。
衛兵が水差しを持って来て、水を飲んでいる時に、衛兵の脚の間から通路が見えた。
誰かが両側から衛兵に抱えられて引きずられている。
田中だった。
衛兵が振り返り、小川が何を見ているのか気づいた。
「見るな!」
衛兵は水差しと小川を蹴飛ばした。
何度か小川を蹴りつけ、水差しを取り上げて衛兵は出て行った。
- 216 名前:鉞南瓜 投稿日:2006/05/08(月) 23:55
-
更新終了。
>>205名無飼育さん さま
レスありがとうございます。
夢というか記憶というか…で愛ちゃん登場です。
>>206名無飼育さん さま
レスありがとうございます。
自分で書いてるくせに辛いです…。
なので、さくさく更新させたい。
>>207ナナシ さま
レスありがとうございます。
まこはがんがりますよー。
- 217 名前:21 変化 投稿日:2006/05/10(水) 23:21
-
その日も目隠しをされて連れ出されたが、いつもと道順が違っていた。
そのまま車に乗せられた。一緒に何人か乗り込んで来た。
「お前ら、しゃべるな」
衛兵が言ったので小川が「わかりました」と答えると
「わかったよ」と藤本の声がした。
小川はほっとした。とにかく藤本と同じ場所にいる。
車は30分ほど走り、遮断機が上がってゲートの開く音がした。
少し進んで車は止まった。
小川は車から降ろされ、頭から毛布をかぶせられた。
話し声やかんぬきを開け閉めする音、鎖や鍵のじゃらじゃら鳴る音が聞こえた。
監房に入れられると床に座らされ、手錠と目隠しははずされた。
ドアを閉めて衛兵は出て行った。
15分ほど経った後にドアが開いて、小川は腕をとられて3つ先の監房へ連れて行かれた。
2分後にドアが開き、藤本が入れられた。
「美貴ちゃん!」
「麻琴!」
2人は抱き合った。
しばらくして田中が衛兵に両脇を抱えられて、よろよろと入って来た。
手には食事のトレーを持っていた。
衛兵が鍵を掛けて立ち去る間、3人は信じられない思いで顔を見合わせていた。
やがて一斉に口を開いた。
「「れいな!」」
「まこっちゃん!藤本さん!」
3人は互いに抱き合って無事を確認した。
- 218 名前:21 変化 投稿日:2006/05/10(水) 23:22
-
「どうなったんだ?れいな」
「はぐれたんです。溝に隠れたけど見つかって。見てください、これ」
田中は袖をまくって見せた。弾が肘の肘頭をかすめていた。
「うわ。ヤバかったね…」
小川と藤本は顔をしかめた。7.62ミリ弾は一発で腕を吹っ飛ばすこともある。
確かに田中は運がよかった。
田中は捕まった後、同じように訊問と暴行を受けたらしい。
やはり偽装を話し、言い張った。
小川と藤本も自分たちの話をした。
「何で待遇が変わったんですかね?」
田中が疑問を口にした。
「一緒にした方が話すと思ってるのか…んーわかんないな」
小川は首をひねった。
「考えてもわかんないよ、とりあえず食事しよ」
藤本が言い、3人は黙って食事をした。
- 219 名前:21 変化 投稿日:2006/05/10(水) 23:23
-
足音と鍵の音が廊下から聞こえたので3人は立ち上がった。
ドアが開き、少佐が1人入って来た。刑務所長と名乗った。
「これまでの場所で起きたことは、私には責任はない。私が責任を持っているのは今後のことだけだ。
お前たちに食事を与え、世話をする。態度をよくしていれば扱いはよくなるが、問題を起こせば
罰せられる」
刑務所長はソフトな口調で話していたが、後ろの衛兵の目つきを見る限り、
今までとそう変わりはないように3人には思えた。
刑務所長が出て行き、3人はこれからのことを話し合った。
「とりあえず、反抗はしない方がいい。反応しない、目立つ行動はとらない」
藤本が言った。
「危険な状態なのには変わりはないから」
小川は頷いた。
「体調とか整えて脱出の準備をしよう。あたし、まだ脱出用地図とコンパス持ってるから」
「美貴も持ってる。ここが首都なのはわかってるから、ここさえ脱出できれば何とかなる」
田中も頷いた。
衛兵が入って来たので話をやめた。
衛兵は必ず3人以上で拳銃を所持して出入りした。
衛兵は3人のブーツを取り上げ、紐のない白い靴を置いていった。
小川は「水が欲しい」と頼んでみた。
水差しとコップが与えられた。3人は少し飲み、水差しを床に置いたが持って行かれなかった。
衛兵たちは廊下の突き当たりのドアを出て行った。
そこを閉めると監房内の話し声は聞こえないようだった。
試しに小川が医者を呼ぶ振りをして大声を出してみたが、反応がなかったため裏付けられた。
- 220 名前:21 変化 投稿日:2006/05/10(水) 23:23
-
「衛兵がいる時は話をしない方が無難だね」
藤本が言った。
「そうだね。…もう寝ようか。休める時に休まないと」
小川が言うと藤本と田中も同意した。
ようやく落ち着き、3人は眠りについた。
監房の中は光がひとつもない漆黒の闇だった。
小川はいくらか落ち着いた気分で床に横たわった。
目をつぶり、中隊のメンバーのことを思った。
石川と辻は脱出できたのだろうか。飯田と道重はどうなったのか。
さくら隊のメンバーの顔も次々に浮かんだ。
――愛ちゃん、あたしはまだ生きてるよ。
小川は眠りに落ちた。
- 221 名前:21 変化 投稿日:2006/05/10(水) 23:24
-
夜が明けると監房の棟の鉄格子が開けられた。
鎖がじゃらじゃら当たる音と鍵が差し込まれる音がした。
小川たちのいる監房の向かいの塀のトタン板のゲートが開き、
人の声がして歩き回っているのがわかった。
廊下の先でバケツのぶつかる音がした。
誰かを呼び掛ける声と、それに答えるうめくような返事があった。
衛兵が何か怒鳴っている。
そのドアを閉めると、衛兵たちは小川たちの監房に来た。
ドアが開き、小川たちは立ち上がった。
何が起ころうとしているのか、まったく見当がつかない。
3人の衛兵のうち1人がバケツを持ち、残りの2人は拳銃を構えて掩護していた。
「名前は」
バケツを持った衛兵が横柄に聞いた。
「藤本、小川、田中」
藤本が答えた。
バケツの衛兵は小川たちに小さなプラスティックの食器を渡し、バケツから粥を少しよそった。
マグカップも渡し、古いティーポットから冷めた紅茶を注いだ。
終わると衛兵たちは出て行った。
「…ずいぶん、優しいじゃん」
藤本が呟いた。
3人は座って粥を食べた。
「これからどーなるんでしょう」
冷めた紅茶を飲みながら、田中が小川と藤本の顔を見た。
「何だかわからないけど、とりあえず待遇は変わったみたいだね」
小川が言うと、藤本も頷いた。
「いつまで続くかわかんないけど」
それからドアの方を見た。
「何か来たよ」
- 222 名前:21 変化 投稿日:2006/05/10(水) 23:24
-
士官が先程の3人の衛兵を従えて現れた。
「お前たちは今、刑務所にいる。おかしな真似はするな。お前たちが一緒にいられるのは
昨日お前たちが会った士官がそう決めたからだ。何か問題を起こせば直ちに射殺する。
覚えておけ」
小川たちはとりあえず頷いた。他にどうしようもない。
士官と衛兵は出て行った。
その晩、激しい銃撃の音が響いた。
「何!?」
小川たちは顔を見合わせた。
「この近くみたい」
田中が言った。
「何が起きてるんだろ。あそこから見れないかな」
藤本が房の天井近くにある明かり取りの窓を指して言った。
3人の中では田中が一番軽いので、小川が肩車をしてそこまで押し上げた。
田中は必死に顔を持ち上げてのぞき込んだ。
「この近く、街の道路の方です。洩光弾が飛んでます。かなり大規模な銃撃戦みたいです」
田中を下ろすと、小川と藤本は顔を見合わせた。
「革命かクーデターでも起きてるのかな」
小川が言うと、藤本は頷いた。
「反乱が起きてるのかも。ウチらが待遇変わったのも関係ありそう」
「最近空襲が多いし、友軍の攻撃がうまくいってるんだね」
「停戦が近いのかもしれないな」
- 223 名前:21 変化 投稿日:2006/05/10(水) 23:25
-
数日後の朝、衛兵が入って来たので小川たちはいつものように起立して迎えた。
いつもと違い、衛兵は若い士官と一緒だった。
士官は小川を指して「お前、来い」と言った。
小川は白い包帯のようなもので目隠しをされ、手を前にして手錠を掛けられた。
そして頭から毛布をかぶせられた。
その状態で急かして歩かされたので、何かに頭をぶつけた。
「ぐえ」
変な声が出た。
街灯か何かにぶつかったらしい。
若い士官は小川が慌てているのを面白がって見ていたが、小川は鼻血が出てそれどころではなかった。
建物に入り、階段を上って部屋に入った。
壁に面してあぐらをかいて座らされた。
ドアの閉まる音がした。
小川は最悪の事態を予期した。
やがて毛布と目隠しがはぎ取られた。
「立て」
小川は立ち上がった。
「こっちを向け」
小川は振り返った。
そこはオフィスのようだった。
照明がまぶしく、小川は目を細めた。
- 224 名前:鉞南瓜 投稿日:2006/05/10(水) 23:25
-
更新終了。
- 225 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/05/11(木) 08:32
- 更新お疲れ様です!
なんかスゲー更新されてるー(ノ∀`)
マコ頑張って!みんなも頑張って!!
作者様も頑張ってください!楽しみにしてます。
- 226 名前:ナナシ 投稿日:2006/05/11(木) 19:07
- うぉーっ ドキミキが止まりません!
∬´▽`)作者様がんばってくらさーい
- 227 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/05/14(日) 01:38
- マコどうなるんだ・・・
続きが気になります!
作者様大変かもしれませんが
是非頑張って下さい!
- 228 名前:22 不撓 投稿日:2006/05/14(日) 10:25
-
壁際に椅子が置かれ、ビデオカメラと長い棒の先に取り付けたマイクが用意されていた。
しばらく衛兵が顔を殴らなかったのはこのためか、と小川は思った。
衛兵たちは日常的に意味なく小川たちを殴ったり小突いたりしていた。
正面に刑務所長がいた。小川が鼻血を出しているのを見て、若い士官をものすごい勢いで叱りつけた。
小川は隣の部屋の洗面所の前に連れて行かれた。
水道の蛇口の下に頭を突っ込まれて乱暴に洗われ、クシで無理矢理、体裁を整えさせられた。
髪はもつれ、泥や血で固まっていたので、大してきれいにはならなかった。
それが済むとまた元の部屋に戻され、座って待たされた。
兵隊が3人分の紅茶を運んできて小川にも渡した。
「これから、お前にいくつか質問をする」
刑務所長が言った。
「カメラに向かって正直に答えろ。場合によってはホームに帰れるかもしれない」
「わかりました」
小川は頷いた。
カメラが回り始めた。質問にいくらも答えないうちに再び鼻血が落ち始めた。
所長はカメラを止めさせた。
「もういい。戻っていいぞ」
苛立たしげに所長は手を振って言った。
小川は再び目隠しをされて連れ戻され、別の監房に1人だけ入れられた。
この先1人にされるのかと少し不安になった。
しばらくして元の房に戻された。
- 229 名前:22 不撓 投稿日:2006/05/14(日) 10:25
-
「麻琴!無事だったんだ!」
房にいた藤本が小川を見ると驚いて叫んだ。
「ほあ?」
小川はきょとんとした。
「麻琴の次に美貴が呼ばれたんだけど、衛兵が持って来た目隠しに血がべったりついてるじゃん。
それ見てカーッと頭に血が上っちゃって。絶対麻琴が処刑されたか拷問にかけられたんだと思った。
次は美貴の番だ、って」
「ビデオで撮影されたでしょ」
「それが終わったら殺されると思ったよ」
「目隠ししてるのに急がされたから、どっかにぶつかって、鼻血がさあ…」
「はあ!?鼻血?何だよ、それ!ありえないって。こっちはマジで生きた心地しなかったよっ」
藤本はばしばしと小川の背中を叩いた。
「こっちだって痛かったんだよお」
「あー…もう…」
藤本は小川を叩くのをやめて、床に座り込んだ。
「あのビデオどうするのかなあ。マスコミに流すのかな」
「あー…。たぶんそうじゃない。そうすればウチらが生きてることが皆にわかるね。
あんま見られたくない姿だけどさ」
- 230 名前:22 不撓 投稿日:2006/05/14(日) 10:26
-
待遇が変わったのは、やはり戦況の変化と関係があるようだった。
外から歓声と小火器の銃声が聞こえたことがあり、それ以降衛兵の態度が変化してきた。
毎日殴ったり、タバコの火を押しつけたりしていたのが少なくなってきた。
雑談の折に衛兵はぽつりと漏らした。
「戦争はもうすぐ終わる」
和平条約に調印したらしいとの噂もあった。
しかしその後も空襲は毎晩のように続いていた。
ある晩の空襲の最中、爆弾が刑務所の近くに落ちた。
敵の中に犠牲者が出たらしく、悲鳴と叫び声が伝わって来た。
辺りのガラスが割れた。
表のゲートの方で叫び声が上がり、ゲートの破られる音がした。
小川たちは顔を見合わせた。
「ヤバくないですか?」
田中が言った。顔が青ざめている。
これから何が起こるのか想像がついた。
間もなく衛兵たちがなだれ込んできた。
小川たちの隣とその隣の房の人間が痛めつけられているのがわかった。
やがて小川たちの房にも来た。
2人の若い兵隊が怒鳴りながら入って来た。
弾帯を身につけ、銃を掛けて警棒を握っている。
小川、藤本、田中は立ち上がった。
- 231 名前:22 不撓 投稿日:2006/05/14(日) 10:27
-
あの警棒で頭を殴られれば、それで終わりだ。
腕でよけようとすれば骨が折れるだろう。
やられるままでいるつもりはなかった。
小川たちが本気で戦おうとしているのが目つきに表れていたのだろう。
兵隊たちは立ち止まり、にらんだ。
小川たちもにらみ返す。
すると驚いたことに兵隊たちは鉄格子の方へじりじりと後退した。
戸口に立って銃の撃鉄を起こす振りをしたが、もはやハッタリであることは明白だった。
兵隊たちはやがて後ずさり、鉄格子をがしゃんと閉めた。
3人は顔を見合わせ、ニヤリと笑った。
「負けねぇ」
「ぜってぇ負けねぇ」
隣近所の房からうめき声が聞こえなければ大笑いしていた。
- 232 名前:22 不撓 投稿日:2006/05/14(日) 10:27
-
刑務所長が頻繁に出入りするようになった。
所長は自分たちがいかに近代的で素晴らしい生活をしているかを小川たちに力説した。
小川たちは黙って聞いていた。
しばらくして所長はぼそりと言った。
「君たちはここでまともな扱いを受けている」
どうやらこの戦争は間もなく終わるらしい、と小川は思った。
衛兵たちが時々暴力を振るっていることは黙っていた。言っても仕方がない。
小川たちの望みはただひとつ、帰ることだけだった。
その翌日の晩、ゲートが開き、うめき声が聞こえてきた。
小川は身を起こした。
夜にゲートが開くと身の危険を感じて嫌だった。
どうやら新しく捕虜が運び込まれて、監房に入れられているようだ。
小川たちは近くの監房の捕虜たちとは既に何度か接触していた。
衛兵たちは夜になって勤務を終えると廊下の先の鉄格子を閉めて中庭に出て行く。
表のゲートが閉まれば、ここの声が聞こえないのは既に確認済みだった。
隣の房は輸送機のパイロットで、迷って国境を越えてしまい撃墜されたらしい。
その隣は海兵隊の航空機搭乗員とのことだった。
小川たちはさっそく新しい捕虜に接触した。
海兵隊の航空操縦士で少佐と名乗った。
「地上戦の最後の日に撃墜された。ついてない」
「地上戦の最後の日?」
小川たちは顔を見合わせた。それは朗報だった。
地上戦が始まり、もう終結している。
敵は窮地に追い込まれている。
「敵は地上部隊に叩きのめされている。数週間どころか数日で戦争は終結するよ」
少佐は言った。
- 233 名前:22 不撓 投稿日:2006/05/14(日) 10:28
-
「もう少しの我慢か…」
藤本が呟いた。
「うん。もう少しだね」
小川は頷いた。
「れいな、もう少しの我慢だよ」
田中に声を掛けたが、田中は黙って頷いただけだった。
「どしたの、れいな」
「あの、れいな、ずっと謝らんといけんと思っとったと」
「はぁ?何?」
藤本はけげんそうな顔で小川を見た。小川も首をひねる。
「まこっちゃんは知ってます」
藤本の眉が上がり、小川はぶんぶんと首を横に振った。
「なっ何のことー?」
「あの、最初に敵に見つかったのはれいなのせいなんです」
「最初?」
「羊飼いの子供が来た時、れいな、頭上げてしまったんです」
ああ、と小川は思い出した。そう言えばそんなことを言っていた。
ずっと気にしていたとは思わなかった。
「でもそれは…」
「どっちにしたって、いずれは見つかってたよ」
小川が言いかけるより早く藤本が言った。
「敵が密集してたんだから。逆にウチら、よく切り抜けたって。ねえ麻琴」
「そーだよ。あの状況でよくやったよ。ウチらは」
うつむいている田中に向かって言う。
「それより、皆バラバラになった時、れいなが撃ちまくって敵をひきつけてくれたじゃん。
あのお陰で美貴たちは川を渡れたんだから」
藤本は田中の頭をぽんぽんと叩いた。
「美貴は感謝してるよ」
「誰もれいなのせいだなんて思ってないよ」
小川も言った。
田中はしばらく黙っていたが、やがて頷いた。
小川と藤本も顔を見合わせて頷いた。
- 234 名前:22 不撓 投稿日:2006/05/14(日) 10:28
-
「しっかし、れいなもカワイイとこあるねー」
「な、何ですか」
「美貴ならずっと黙ってるもん。言わなきゃ誰も気づかないし」
「えー…」
「実際、麻琴なんかキレイに忘れてたじゃん」
「えへへ」
「ホメてないから」
「わかってるよぉ」
3人は笑った。
- 235 名前:鉞南瓜 投稿日:2006/05/14(日) 10:35
-
更新終了。
>>225 名無飼育さん さま
レスありがとうございます
更新できる時に更新しておきます
落ち込んだら出来なくなるのでw
>>226 ナナシ さま
レスありがとうございます
ドキミキしちゃってください
がんがりまっする
>>227 名無飼育さん さま
レスありがとうございます
なかなか終わりそうもないので自分でビックリですw
がんがりますよー
- 236 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/05/16(火) 08:20
- 更新お疲れ様です!
なんかこの雰囲気にかなり飲み込まれちゃってますw
次回も頑張ってください。
- 237 名前:23 邂逅 投稿日:2006/05/16(火) 09:13
-
早朝にゲートが開き、やがて監房の棟の入り口の鉄格子が開いた。
鍵の鳴る音と大声でのやり取りや怒鳴り声が聞こえた。
「何でしょう」
田中が言ったが、小川も藤本も外の様子に気を取られて返事をしなかった。
『お前は家に帰る』と言う声が聞こえ、3人は顔を見合わせた。
「いい知らせみたいだよ」
藤本がにんまりした。
やがて3人の房の鉄格子が開き、クリップボードを手にした衛兵が入り口に立った。
「藤本、田中。お前たちは家に帰る。ここで待て」
小川は血の気がひくのがわかった。目の前が一瞬暗くなる。
最も恐れていたことが起こった。人質を残すつもりだ。
「麻琴…」
「まこっちゃん…」
藤本と田中が心配そうに小川を見ていた。
小川は笑ってみせようとしたが、ひきつった顔にしかならなかった。
「皆に、よろしくね」
やっとそれだけ言った。
「何言ってんの。麻琴もすぐ帰れるって」
藤本は小川を抱き締め、耳元で囁いた。
「愛ちゃんにはちゃんと話しておくから。心配ないよ」
小川は頷いた。田中とも抱き合う。
「すぐ、帰れますって。遅かったら迎えに来るっちゃ」
小川は頷き、田中の肩をぽんぽんと軽く叩いた。
2人は出て行った。
- 238 名前:23 邂逅 投稿日:2006/05/16(火) 09:13
-
午後になって刑務所長が部下たちを引き連れて来た。
「お前ももうすぐ帰れるだろう」
刑務所長は小川に言った。
「ここに来る前にあったことは私の責任ではない」
以前にも言ったことを繰り返した。
小川はただ頷いた。
所長は去り際にオレンジを2個くれた。
夕方近くには中庭に連れ出して、5分ほどの日光浴まで許可した。
急に親切になったのは、何かが進行中なのだろう。
それが何かは小川には興味がなかった。ただひたすら帰りたいだけだ。
翌日は何もなく、2日後の早朝、再びゲートが開いた。
小川は急いで起き上がった。
小川の房の鉄格子が開き、衛兵が入って来た。
「小川か?お前は家に帰る」
小川たち捕虜は手錠を掛けられ、1人ずつ監房から連れ出された。
中庭に出てゲートをいくつか通り、バスに乗せられた。
バスに乗ると目隠しをされた。
バスは40分ほど走って停まった。
衛兵が捕虜たちの名前を読み上げ、呼ばれたので小川は目隠しをしたまま前に出た。
建物の中に連れて行かれた。
手錠を掛けられ、目隠しのまま一列に並ばされた。
兵隊たちの歩き回る音が聞こえた。
- 239 名前:23 邂逅 投稿日:2006/05/16(火) 09:14
-
小川たちはそこに長い間立たされていた。
だんだん身体に力が入らなくなってきた。
こらえきれず前かがみになると、鼻がレンガの壁に触れた。
不意に早口の命令が聞こえて、はっとして身を起こした。
――ガシャン。
弾薬を薬室に送り込む金属音が聞こえた。
――やっぱり、そうなるのか。
小川は胸のうちで呟いた。
解放されるのではない。銃殺されるのだ。
小川は息を大きく吸って、吐き、待ち構えた。
1分、2分。何も起こらない。
5分ほど、全員息を詰め、完全に沈黙を守って、そこに立っていた。
小川はどんどん気分が悪くなり、身体に力が入らなくなって、とうとう膝をついた。
「トイレ!」
小川が大声で言うと、誰かが立たせてくれて、急いで連れて行った。
済むと再び列に戻された。
- 240 名前:23 邂逅 投稿日:2006/05/16(火) 09:14
-
やがて捕虜たちは狭い監房に1人ずつ入れられた。
手錠は外された。
小川は体調が悪く、ほとんど一晩中、監房とトイレを往復していた。
夜明け前に食事が出た。食事が終わると監房のドアが開き、別の部屋に連れて行かれた。
小さい石鹸のカケラを渡され、シャワーを浴びるように言われた。
シャワー室はカーテンで仕切っているだけのものだった。
時間が10分しか与えられなかったので、こびりついた血と泥を落とすのが精一杯だった。
着ていた服は持ち去られ、黄色い囚人服が与えられた。
小川は戦闘服に縫いつけられた脱出用地図とコンパスに、そっと別れを告げた。
「名前は?」
「小川」
「お前は家に帰る。もうすぐだ」
再び目隠しをされた。列を作って並ばされ、バスに乗せられた。
30分立つと、目隠しを外してもよいと言われた。
バスはやがてホテルの前で停まった。
- 241 名前:23 邂逅 投稿日:2006/05/16(火) 09:15
-
ホテルの前には兵隊と撮影クルーがひしめき、赤十字をつけた車がたくさん停まっていた。
小川たちはレセプションルームに連れて行かれ、出国の書類作成のため分けられた。
小川は職員に尋ねた。
「私たちの前に解放された捕虜はいましたか?」
「いました。もう出国しています」
小川は軍の名前を挙げて、その兵隊の名前がわからないか尋ねた。
職員は調べてくれ、藤本と田中の名前を見つけた。
他に小川の知っている名前はなかった。
「私たちで最後ですか?」
「そうです」
小川は礼を言って離れた。
残ったのは自分たちだけだったのか。他のメンバーはどうなったのだろう。
飯田や道重は?石川と辻はあのまま脱出できたのだろうか。
ずっと気がかりだったことが、次々と湧き上がってきた。
「オガワマコトはいる?」
責任者らしき女性が来て、言った。
「はい」
「下に会いたいという人間が来ている。着いて来て」
自分に会いたい人間?誰なのかまったく心当たりがなかった。
ともかく小川は責任者の女性の後に着いて行った。
- 242 名前:23 邂逅 投稿日:2006/05/16(火) 09:16
-
階段を下りながら、少し気になっていたことを聞いてみた。
「いつ出発するんですか?」
「天候しだいね。飛行機を呼び戻せないでいるの。ここは通信設備がきちんとしていないから
間接的にしか情報が入らない。敵はまだあなたたちを狙っているわ。何人かを人質にして交渉に
利用しようとしている。階段を下りる時には私や他の職員と一緒に下りてね」
小川は頷いた。まだ安心するのは早いようだ。
ロビーへ下りて行くと、2人の凶暴そうな男が受付に座っていた。
「秘密警察よ」
責任者が小川の耳元で囁いた。
スーツ姿の別の2人が入って来ようとするのを、表の兵隊が阻止しているのが見えた。
何やら権力争いが起こっているらしい。
小川たちはロビーを通り過ぎた。
「入ったら、部屋から出る時は1人では出ないでね。私たちの1人が一緒に行くから」
責任者が念を押した。
- 243 名前:23 邂逅 投稿日:2006/05/16(火) 09:16
-
部屋に入ると、担架に寝かされている負傷者が何名かいた。
列に沿って見て行くと、見知った顔があった。
「まこっちゃん!」
道重だった。
「――――!!」
小川は言葉が出て来なかったので、道重をぎゅっと抱き締めた。
「誰かいないかと思って、皆の名前を教えたんです」
道重は嬉しそうに小川を抱き締め返した。
「よかった…生きてたんだ…」
「はい!」
道重は小川たちと同じように痩せこけて、暴力を振るわれた跡があり、脚を負傷していた。
「流れ弾に当たったんです」
弾は抜けており、敵はただ包帯を巻くだけしか治療をしなかった。
病院に入れられた後、小川たちと同じように刑務所に連れて行かれたらしかった。
互いの話をしていると、紅茶と食事が出た。
食事は温かかった。
職員が1人来て、「予定が遅れます」と告げた。
「どうしてですか?」
「捕虜交換に飛んだ飛行機が、悪天候で明朝まで戻って来られないそうです」
職員たちは緊張していた。
トラブルを警戒して大変な一夜になると予期しているようだった。
小川は万が一に備えて道重の担架の横に付き添うことにした。
一晩中起きていようと思っていたが、いつの間にか眠り込んでいた。
職員たちは夜通し起きていたようだった。
- 244 名前:23 邂逅 投稿日:2006/05/16(火) 09:17
-
小川は早く目が覚めた。
職員が来て、にこにこして言った。
「出発の時間です」
車は縦列を組んで出発した。
車中で小川と道重は責任者の女性と話をした。
「今回の捕虜交換は最も成功した部類に入るわ。敵の軍部から圧力があったと思う。
敵軍は兵隊の数が足りないらしいの。国内も不安定だし、クーデターが起きてもおかしくない。
早く脱出した方がいい」
それは小川も道重も同感だった。
空港のターミナルは静かだった。
2時間待たされて、ようやく搭乗許可が出た。
歩ける者はボーイングのタラップを上り、担架に乗せられた者は後部の貨物口から運びあげられた。
小川は道重に付き添った。
客室乗務員たちは小川たちをVIPのようにもてなした。
飛行機が地面から離れると、全員から歓声が上がった。
小川は道重と顔を見合わせ、ようやく笑った。
今度こそ帰る。間違いなく。
- 245 名前:鉞南瓜 投稿日:2006/05/16(火) 09:19
-
更新終了。
>>236 名無飼育さん さま
レスありがとうございます
ようやく先が見えてきました
- 246 名前:ナナシ 投稿日:2006/05/16(火) 10:39
- うぉぉぉっっ!超イイカンジですね。
まだまだドキミキがとまりません!!
- 247 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/05/17(水) 00:08
- 更新お疲れ様です!
うっはぁ!!なんだか私までドキドキがとまらないですw
次回も興奮しながら待ってますんで頑張ってください。
- 248 名前:24 帰還 投稿日:2006/05/19(金) 22:23
-
ボーイングが着陸すると、小川と道重はすぐにC−130まで連れて行かれ、乗り込んだ。
20分ほど飛んで再び乗り換えた。
司令基地ではなく、空軍の基地へ向かうとのことだった。
そこへ到着した時には日が暮れていた。
着陸すると後部のドアが開き、ぼんやりしていた小川の視界を何かがふさぐと同時に衝撃が来た。
「まごどぉ!」
「ぐぇ」
変な声が出た。
小川は椅子に押し付けられてもがいた。
「おいおい、高橋、麻琴が死ぬぞ。弱ってんだから。少し落ち着け」
吉澤の声がした。
急に視界が明るくなった。
涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった高橋の顔が見えた。
「…愛ちゃん」
「まごどぉ」
小川が何とか身体を半分起こすと、高橋に抱き締められた。
さっきよりはましだったが、もう離さんといわんばかりの強い力だったのでこれはこれで苦しかった。
「夢やないよね?ほんまに麻琴やよね?」
「…痛いから、たぶん現実…」
高橋はぱっと小川から離れた。
「えっ、どこっ、どこ痛いの、麻琴っ」
「だから落ち着けって、高橋ぃ。麻琴、歩けるのか?」
「あ、ハイ」
小川はよろよろと立ち上がった。
高橋と吉澤の方へ向き直る。言葉が出て来ない。
「「お帰り、麻琴」」
2人は笑顔で言った。それで小川もようやく言った。
「…ただいま」
そして、2人と抱き合った。
- 249 名前:24 帰還 投稿日:2006/05/19(金) 22:23
-
吉澤が隊員の引き取りを取り仕切っていて、それぞれ小川には高橋、
道重には亀井が引受人として手配されていた。
小川たちはバスに乗せられて、軍の病院へ運ばれた。
秘密の保全のため、病棟は隔離されていた。
「麻琴っ!」
「うおー!まこちぃー!」
紺野と新垣が飛びついて来た。
それぞれ藤本と田中の引受人となっていた。
「よかった…」
「まこちぃ、お帰り、まこちー」
紺野はぼろぼろ涙を流して泣きじゃくり、新垣はテンションが上がりまくりで。
小川は少し困った顔で2人に抱きつかれていた。
「はいはい、病気・ケガ人だから、その辺でな」
吉澤が制した。
藤本と田中が姿を見せた。
「遅かったじゃん」
藤本がにやっと笑って近づいて来て、小川と抱き合った。
「まこっちゃん!よかったー…」
田中も抱きついて来た。
「さゆもいるよぉ」
小川は2人に言った。
道重が亀井に付き添われて担架で運び込まれた。
「さゆっ!」
「さゆー!生きてたんだー!」
「藤本さん!れいな!」
おとめ隊の4人は抱き合って再会を喜んだ。
さくら隊のメンバーはそれを少し離れた所で見ていた。
「飯田さんも、ののも梨華ちゃんも無事だよ。先に脱出してたらしい」
藤本が言った。
「ホントに!?よかったー…」
小川はへなへなと床に座り込んだ。
「麻琴?」
「はは…もぉ力入んないや…」
小川はそのまま意識を手放した。
- 250 名前:24 帰還 投稿日:2006/05/19(金) 22:24
-
目が覚めるとベッドに寝かされていて、高橋がじっと見ていた。
「…愛ちゃん」
「気分、どう?」
「ん。大丈夫。あたし、どんぐらい寝てた?」
小川は身体を起こした。
「ちょっとや。1時間くらい」
「そか」
小川は首の後ろをかいた。
「お風呂入れるで、入る?」
「あ、うん」
高橋の後を着いて行った。
「…えっと」
「何」
「あの」
「何や、早よしねま」
「…愛ちゃん、ずっといるの?」
高橋はじろっと小川を見た。
「何や。1人じゃ無理やろ。洗ったるから早よし」
「えー…」
「もお!」
高橋は小川の囚人服を脱がせ始めた。
「うぇ?ちょ、ちょっと…」
「うっさい、じっとしとれ」
お湯がたちまち真っ黒になった。
高橋は頭と身体を洗ってくれた。小川は痩せこけて、傷だらけだった。
「…ビックリした?」
「別に。美貴ちゃんやれいな見とったから、想像はついた」
そう言いながらも、高橋の表情は硬かった。
洗ってもらうと、新しく浴槽に入れたお湯につかった。
あちこちの傷がひどく痛んだが、それ以上に気分がよかった。
- 251 名前:24 帰還 投稿日:2006/05/19(金) 22:24
-
風呂から出ると検査着のようなものを着せられた。
「何か病人みたい…」
「病人やろ」
高橋は少し呆れたように言った。
小川の両腕は腫れ上がっていて、何かに触れるだけで激痛が走った。
足の傷もひどかった。
簡単に傷の手当てをしてもらい、本格的な検査は明日からということで病室に戻った。
高橋は小川の髪を乾かし、歯まで磨いた。
小川は一応自分でやると申し出たのだが、大きな目でにらまれて黙って口を開けるしかなかった。
終わるとベッドに連れて行かれた。
「聞きたいこと、言いたいこと、いっぱいあるけど…明日ね」
高橋は小川の頭をなでて言った。
「…うん」
小川はこっくり頷いた。眠くて仕方がない。
倒れこむようにしてベッドに寝た。実に2ヵ月ぶりのベッドだった。
小川はたちまち眠りに落ちた。
- 252 名前:24 帰還 投稿日:2006/05/19(金) 22:25
-
金属のぶつかる音が聞こえる。
ああ、また衛兵が来たんだ、と思った。
また殴られる。
小川は動かない身体を引きずり、ベッドからほとんど転げ落ちるように下りて
床の上に立った。
病室に入って来た高橋は小川を見て驚いた。
「麻琴?どしたん?」
「マコ?」
高橋の後ろから紺野が顔を出した。
小川の様子を見ると紺野は近づいて、抱きしめた。
「あっ」
高橋は紺野のいきなりの行動に思わず声を上げた。
何だか面白くない思いで2人に近づくと、小川が震えているのに気づいた。
紺野は小川の背中を撫で
「大丈夫だよ、ここはもう安全だから。もう大丈夫だから」
と繰り返し囁いた。
「…あさ美ちゃん?」
小川が小さい声で言った。
「そうだよ。ほら、愛ちゃんもいるよ」
「…愛ちゃん」
小川は確認するように呟いた。
「麻琴…」
「はい。ゆっくり息吸って……吐いて。吸って、吐いて」
小川は言われたとおりにした。
紺野は小川の背中を優しくとんとんと叩くと、離れた。
- 253 名前:24 帰還 投稿日:2006/05/19(金) 22:25
-
「美貴ちゃんも、こんな感じになったんだよね。金属のぶつかる音とか、鍵の音が駄目みたい」
高橋は複雑な表情で紺野を見て、それから心配そうに小川を見た。
「あ。美貴ちゃんに食事持って行かなくちゃ。じゃ、後でね。愛ちゃん、麻琴」
紺野は小川の頭を撫でると、出て行った。
「麻琴、大丈夫?」
「…はは。何か勘違いしちゃった。まだ、あっちにいるような気がして…。
衛兵が来たのかと思って…」
高橋は黙って小川の頭を抱え込むようにして抱き寄せた。
小川は一瞬身を硬くしたが、やがて力を抜いた。
- 254 名前:鉞南瓜 投稿日:2006/05/19(金) 22:27
-
更新終了。
思ったより量が少なかった…。
>>246
- 255 名前:鉞南瓜 投稿日:2006/05/19(金) 22:31
-
スイヤセン、途中で送っちゃった…
落ち着け、自分
>>246 ナナシ さま
レスありがとうございます
まだちょっと続きますんで、ヨロシクです
>>247 名無飼育さん さま
レスありがとうございます
グダグダですが、がんがります
- 256 名前:ナナシ 投稿日:2006/05/19(金) 23:00
- ま゛ごどぉ〜(つд`)
この一言なり
- 257 名前:名無し花子。。。 投稿日:2006/05/19(金) 23:10
- 緊迫した状況下に居ても、みんなを和ます∬´◇`)さん。
そして、おとめ組の雰囲気が私的には凄くリアルで好きです。
あまり戦争ものは好きではなかったのですが、鉞南瓜さんの世界に引き込れます。
何か激しく名作のヨカナーンだわ…。これからも楽しみにしていますので、頑張って下さい!
- 258 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/05/22(月) 10:58
- 更新お疲れ様です。
イイ!!すっげー好きな感じですよコレ♪
みんなに愛されるマコたんに萌えながら次回をワクテカしながら待とうとおもいますw
なので次回も楽しみにしてます、頑張ってください。
- 259 名前:25 体温 投稿日:2006/05/23(火) 14:39
-
午前中はレントゲン撮影や、いろいろな検査をした。
午後になって、吉澤が顔を見せた。
「どーだ?調子は」
「はぁ。まあまあです」
吉澤は椅子に腰掛けると、そばにいた高橋に言った。
「んっと、高橋さぁ、悪いけど何か飲み物持って来てくんない?水とか茶ぁとか」
「あ、ハイ」
高橋が出て行くと、吉澤は黙って小川を見ていたが、やがて呟くように言った。
「…よく、帰って来たな」
「約束したじゃないですか」
「そうだな。ちゃんと約束守ったな。…石川を守るって約束も。ありがとな。石川から聞いたよ」
「石川さんや、のんちゃん、飯田さんは…?」
「うん。飯田さんはまだ療養中だけど、石川とののはもう退院してる。元気だよ。
――つーか、元気になったよ。お前が戻ってくるってわかってから。えれー落ち込んでさ、2人とも。
飯田さんも、責任感じて調子崩してるみてー」
「…………」
小川は複雑な顔になった。
「…麻琴が戻って来たら、謝んなきゃなんねーと思ってたんだ、あたし」
「えぇ?何でですか?」
「石川を頼むとか、余計なこと言っちまったから。悪かったな」
吉澤は頭を下げた。
「ええ?何で謝るんですかあ?別に悪いこと言ってないじゃないですかー」
「いや、何か後味悪くてなあ…。余計なこと言わなきゃ、麻琴は逃げれたんじゃないかって。
お前には、いざとなったら自分のことだけ考えて逃げろって言うべきだったなー…」
吉澤はうつむいたまま、腕を組んでぶつぶつ言っている。
「や、だって、好きで残ったわけじゃないですよ。たまたまあたしが最後だっただけで。
間が悪かったって言うか。それに、あたしは犠牲になるつもりはなかったですよ」
「ん?」
吉澤は顔を上げた。
「だって、約束しましたから。絶対、帰るって」
「…そーかぁ」
吉澤は何となくほっとしたような顔になった。
- 260 名前:25 体温 投稿日:2006/05/23(火) 14:39
-
高橋がカップとティーポットと水差しを持って戻って来た。
「あんがと。あー、これから麻琴の報告聴取するんだけど…」
「あたし、おったらあかんですか?」
高橋は吉澤をじっと見た。
吉澤は小川を見た。
小川はちょっと困った顔で高橋を見た。
高橋は小川を見つめ返した。
「いいか?麻琴」
「あたしは構わないですけど…」
「あーそー…。んじゃ、いいよ。詳しい報告聴取は戻ってからだしな。
上が聞きたがってんのは機密の保全が保たれてるかだけだ。
ウチらが聞きたいのは…石川たちと別れた後、どうなったのかってことだ」
小川は淡々と自分の取った行動、起こったことを話した。
吉澤は頷きながら聞いていた。
高橋はじっと身じろぎせずに小川を見つめていた。
見つかって、銃を乱射した敵兵が近づいて来たくだりでは、ひどく顔をしかめた。
小川はいったん話を区切って、ぎこちなく紅茶のカップに手を伸ばした。
小川の両手は包帯でぐるぐる巻かれている上に、腕を持ち上げられない状態だったので
高橋が慌てて支えた。
冷めかかった紅茶で喉を潤し、続きを話した。
訊問と暴力を受けたこと、これ以上やられたら死ぬと思い、偽装の話をしたこと、
数日にわたって訊問と暴行が繰り返され、刑務所に移されたこと。
- 261 名前:25 体温 投稿日:2006/05/23(火) 14:39
-
「…それで、藤本たちと一緒になったんだな」
「はい」
吉澤は大きく息を吐き出して紅茶を飲もうとしたが、カップは既に空になっていた。
高橋に新しく淹れてもらい、それをゆっくりと飲んだ。
「今日はこの辺にしておこう」
小川は高橋に顔を拭かれて、初めて自分が涙を流していることに気づいた。
「あれ、何で…」
安堵からか、怒りからか、自分でもわからなかった。
泣いていると気づいてしまうと、後から後から涙が出て止まらなくなった。
高橋に抱き締められると小さい子供のように泣きじゃくった。高橋も泣いていた。
- 262 名前:25 体温 投稿日:2006/05/23(火) 14:40
-
翌日、小川は肝炎にかかっていることがわかった。
肩の脱臼と背筋の断裂も判明した。
軍の精神科医が視察に来て、心的外傷の診察を受けさせられた。
精神科医はやたら張り切って診察しようとしたが、特に成果もなく数分で診察を終えることになった。
小川は何となくうんざりした気分で診察室を出た。
藤本に会った。
「カウンセリング?」
藤本は意味ありげにニヤッと笑った。
「どうだった?」
小川は苦笑して首をかしげた。何となく、医者には話したくないという気分があった。
「けっこーヒマじゃん、ここ。することないからビデオ借りて来てもらったんだよ、よっちゃんに。
そしたら、あの医者が『何を見せるのか見せろ』って言ってさ。見せたらその中にホラー映画とか
あったもんだから怒ってんの。ウチらはトラウマを負ってるんだから、そんなの見せるなって」
「はぁ」
「そしたら、よっちゃん、『こいつら元々イカレてるんだから大丈夫です』だって」
「あはは」
- 263 名前:25 体温 投稿日:2006/05/23(火) 14:41
-
しばらく藤本と話をした。
石川たちの話になり、藤本が電話のかけられる所まで連れて行ってくれた。
地下の階段を下りて行くと、電話を勝手に使わないように通信担当が2人見張っている部屋があった。
小川は電話を使わせてもらい、本部にかけて石川につないでもらった。
石川は電話に出ると、泣いていて話にならなかった。
辻に代わっても同様で、小川はとにかく自分が無事であることを伝え、また電話すると言って切った。
保安の問題があり、向こうから掛けてくるのは難しいようだった。
とにかく、2人の声を聞いて安心した。
「飯田さんは…まだ入院してるとか」
「うん。だいぶまいってるみたい。最初に脱出したらしいんだけど、迎えに来た軍の士官が
命令に違反したんじゃないかって疑ったらしい」
「え…。そんな…」
「だいぶ事情がわかったし、停戦になったからウチらには歓迎ムードだけど、梨華ちゃんたちは
けっこうキツかったんじゃないかな」
「…………」
小川はしばらく黙って藤本の話を聞いていたが、ふと思いついて聞いた。
「そう言えば、何で無線は通じなかったの?」
「教えられた周波数が間違ってた。誰が悪いとかじゃなくて。ごちゃごちゃしてて混乱したみたい。
今回は、ホントついてなかった。あの辺で30年振りの悪天候だったんだってさ」
2人とも苦笑するしかなかった。何しろ全員凍死するところだったのだから。
「よく全員戻って来れたよ…」
藤本はしみじみした口調で呟いた。小川も同感だった。
- 264 名前:25 体温 投稿日:2006/05/23(火) 14:41
-
藤本と別れた小川は、病室に戻る気がせず、うろうろ歩き回った。
階段を行ける所まで上ると、屋上にたどり着いた。鍵は開いていた。
観音開きのドアを開けて屋上に出ると、風はあったが晴れていて、太陽が眩しかった。
陽の当たる場所を選んで、クーリングタワーの土台のコンクリートのふちに腰掛けた。
陽に当たっているとだんだん眠くなってきて、小川はうつらうつらし始めた。
どのくらいそうしていたのか。影が差したので顔を上げると、高橋が立っていた。
「…愛ちゃん」
「勝手に1人でいなくなったら心配する」
高橋は硬い声と表情で言った。
「ごめん。ちょっと陽に当たりたくてさあ…」
小川は首をすくめて言った。
高橋は陽が当たるように、横に少しずれた。
小川は陽の光に目を細めた。
高橋がじっと自分を見ているのに気づいて、顔を向けた。
「もうすぐ外出許可が出るから、そしたら街に行けるで」
「うん」
高橋は柔らかい調子に戻って、小川の頭を撫でた。
小川はしばらく目を細めてされるままになっていたが、ふと高橋の腰に手を回して、
自分の方へ引き寄せた。
ちょうど、高橋のみぞおち辺りに小川が顔をうずめるような格好になった。
- 265 名前:25 体温 投稿日:2006/05/23(火) 14:42
-
「…麻琴?」
高橋はされるままになりながらも声を掛けた。
小川は高橋の腰に腕をまわしたまま、じっとしていた。
高橋の体温と鼓動が伝わってきた。
じっと、それに耳を傾ける。
「…愛ちゃん」
「ん?」
「あたし……帰って来たよ」
「……うん」
「生きてるよ」
「うん」
「生きてるよ…あたしも愛ちゃんも」
「……うん。…ありがとな。帰って来てくれて」
「約束、したじゃん」
「ほやな」
そのまま、しばらく互いの体温を感じていた。
「のぉ、麻琴」
「ん?」
「戻ったら…一緒に暮らそ」
「え?」
高橋のまっすぐな視線に小川は一瞬たじろいだ。
「あかん?」
「あかんて言うか…。あたしの身体気づかってるなら、だいじょぶだよ」
「それだけやないざ」
「ん?」
「なるべく一緒にいたいんやって!」
アホ、鈍感、と高橋は呟いた。
小川は高橋を抱き締めた。
「麻琴?」
高橋は少し慌てた声を出した。
小川は高橋の肩に顎を乗せて、囁いた。
「ありがと、愛ちゃん。大好きだよ」
「……ん」
- 266 名前:25 体温 投稿日:2006/05/23(火) 14:42
-
日が陰って涼しい風が吹いて来たので、中へ戻ることにした。
立ち上がった小川の袖を高橋がひいた。
「ん?」
「麻琴…」
高橋はじっと小川を見た。うるんだ目が何か言いたげだ。
何をしたいのか小川は気づいたが、同時に慌てた。
「ん?んぇ?あ。あのさ、ダメだよ。あたし肝炎なんだから」
小川がぶんぶん首を振ると、高橋は口をとがらせた。
「アホ」
「いや、アホ言われましても」
小川は包帯でぐるぐる巻きにされた手をぎこちなく持ち上げて、高橋の頭を撫でた。
「…治ったらね」
「アホ。腕、よぉ上げられんのに無理せんの」
そう言いながらも、高橋は嬉しそうに笑った。
- 267 名前:鉞南瓜 投稿日:2006/05/23(火) 14:48
-
更新終了。
次回完結です。
>>256 ナナシ さま
富士登山の「えがったなぁ〜まごどぉ」を
思い出しました
書いた時は思いつかなんだ…
>>257 名無し花子。。。 さま
かっけー小川さん小説があってもいいじゃん!
と思って始めました
意外とヘタレになってしまいましたが、それがマコのいいところ
>>258 名無飼育さん さま
マコと愉快な仲間たちが大好きです
それが出てれば満足です
- 268 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/05/23(火) 15:14
- 更新お疲れ様です!!
なんだか今までにないくらいの理想のまこあいを見た気がしますw
次回完結ですか!!!最後まで張り切ってついていきますよぉ♪
- 269 名前:26 Tomorrow never knows 投稿日:2006/05/26(金) 21:46
-
「お。2人っきりで何してたのー?」
病室の前の廊下で紺野、亀井と話していた新垣が、小川と高橋を目ざとく見つけて
ニヤニヤして言った。
「まこちぃ、どこ行ってたの?愛ちゃんが、麻琴がいない、麻琴がいないって大騒ぎしてたんだから」
小川が高橋を見ると、高橋は少し気まずそうに横を向いた。
「あー。ゴメンね」
「麻琴も美貴ちゃんも目を離すと、すぐどこか行っちゃうんだから。
病人なんだから少し大人しくしててよ」
紺野が少し困ったように言った。
そう言えばさっき会った時、藤本は1人だった。
「ずっと閉じ込められてたんだから、少しくらいいーじゃん」
小川が言い返すと、紺野たちは困ったように顔を見合わせた。
「だーかーらー、1人で出歩いたら心配するんだってぇ」
新垣が言った。
「まこちぃ、脚もケガしてるんでしょ?」
「あぁ、まあ。ケガって言うかヤケドって言うか」
「ヤケド?」
「最初はケガしてたんだけど、そこに焼いた火箸?火かき棒っての?あれを押しつけられた」
言ってしまってから後悔した。
全員が気まずそうに視線を泳がせている。
小川はその横を通り抜けて行こうとした。
「あ。まこっちゃん」
亀井が慌てたように小川を引き留めた。
「何?」
「あの…」
亀井は言いよどんでうつむいた。不機嫌そうな小川にたじろいでいる。
「田中っちが元気ないんだよね」
新垣が代わりに言った。
「肝炎で調子悪いんでしょ?」
顔色のすぐれない田中の様子を思い出して小川は言った。
「それもそーなんだろうけど。亀と全然会話しないんだって。
あたしが話しかけても返事しかしないし」
「ふーん…」
小川はそのまま歩き出した。
「麻琴?」
高橋が少し慌てたように声をかけた。
「ちょっと、顔見てくる」
- 270 名前:26 Tomorrow never knows 投稿日:2006/05/26(金) 21:46
-
田中の所に行くと道重がいた。道重は車椅子に乗っていた。
「調子どうー?」
「あ。まこっちゃん」
道重が嬉しそうな声を出すと、寝ていた田中はだるそうに身体を起こした。
「あ、具合悪いなら寝てなよ」
「れいなはスネてるだけなんです」
「ワケわからんこと言わんでよか」
田中は不機嫌そうに道重を見た。
小川は近くの椅子を引き寄せて座った。
「なーんか、みんな心配してるよ?」
田中はうつむいた。
「……いろいろ、聞きたがってるのはわかるんです。でも話したくない」
「ん?」
「いろいろ、ありすぎたから」
「……そーだね」
「中途半端にわかったフリされるのもイヤやし、同情されるのも何か腹立つし…」
「うん」
田中はたまっていた不満をぶちまけるかのように話し出した。
小川は特に意見は言わず、「うん」「うん」と頷きながら話を聞いていた。
道重はそんな2人を黙って見ていた。
「あの、解放されて飛行機乗ったじゃないですか」
「うん」
「あの時、ちらっとテレビに映ったらしいんです」
「れいなが?」
田中は頷いた。
「ほんのちょっとだけで、絵里しか気づかなかったみたいですけど」
「ふーん…」
小川はちらっと道重と目を合わせた。
「マズイんですよね?]
特殊部隊という性格上、メディアに顔がさらされたのは保安上まずいことだった。
- 271 名前:26 Tomorrow never knows 投稿日:2006/05/26(金) 21:47
-
「亀ちゃんしか気づかない程度なら大丈夫じゃないの。そー言えば、向こうでビデオ撮られたじゃん。
あれはどーなったのかなあ」
「あ。まこっちゃんが鼻血出した時の」
「鼻血?」
道重が不思議そうに田中と小川を見た。
「刑務所でビデオ撮られたっちゃ。訊問されて」
「えー、さゆみは撮られなかったよ」
「撮られん方がよかやろ」
「鼻血って何?」
小川は自分が最初に連れて行かれて、急がされたので顔をぶつけて鼻血を出したことを説明した。
「えー。痛そう」
「で、ビデオ撮ってる時にもまた出てきて中断したんだ」
「えー」
「で、もーいいって追い出されて。その時目隠しに血がついて、美貴ちゃんが勘違いして
あたしが殺されたか拷問にあったと思ったんだって」
「あー…」
「戻ったら怒られちゃったよ」
「それはビックリしますよー」
道重は田中と顔を見合わせて頷いた。
「いや、あたしはそれどころじゃなかったって。鼻は痛いし、鼻血は止まんないし。
それなのに美貴ちゃんには背中叩かれるし」
「あはは」
小川の言い方と身振りがおかしくて、田中と道重は笑った。
「お。何か楽しそーじゃん」
言いながら藤本が入って来た。
「何の話?」
「まこっちゃんがビデオ撮影された時、鼻血出したじゃないですか」
田中が言った。
「あーアレか。あの時、美貴マジであせったよ。麻琴殺されたと思った」
「もーひどいよー。勝手に殺すなよぉ」
そう言いつつも小川の顔は笑っていた。
「まさか鼻血だしてるとは思わねーよ」
藤本も笑って返す。
「あれで鼻が1,2ミリ低くなったよーな」
「いや元からそんなもんだから」
「そんなもん言うな」
小川と藤本のやり取りに、田中と道重は更に笑った。
- 272 名前:26 Tomorrow never knows 投稿日:2006/05/26(金) 21:48
-
「…何や、楽しそうやったな」
「ほぁ?」
小川はぎこちない手つきでスプーンを突っ込んでいたアイスクリームから高橋の方へ意識を向けた。
「さっき、れいなの所で」
「あー…」
「やっぱ、おとめ隊のことはおとめ隊にしかわからんのかの」
小川は答えず、アイスの方へ意識を戻した。
固いアイスはなかなかスプーンが入らない。このアイスは吉澤が街で買って来てくれた。
「貸し」
見かねた高橋が小川の手からスプーンを取り上げた。
こそげ取ったアイスを小川の口元まで運ぶ。
「ん」
小川は素直に口を開けた。
冷たさと甘さが口の中に広がる。
しばらく互いに食べることと食べさせることに夢中になった。
「だいぶ食欲戻って来たな」
「んー。何か水っぽい甘いものでスイッチ入ったみたい」
「もっと食べる?」
「うん」
高橋は力を入れてアイスにスプーンを突き入れた。
「あのさ。しばらく会ってなかった人に久しぶりに会うと、何か恥ずかしい時あるじゃん」
「うん?」
「そんな感じ」
さっきの話か。高橋は思い至り続きを待ったが、小川はそれで黙ってしまった。
「照れとるん?」
「んー…。まあ、そんなような」
「絵里、落ちこんどった」
「んー。でも、しばらくそっとしておいてあげてよ」
高橋は黙ってアイスを小川に食べさせた。
- 273 名前:26 Tomorrow never knows 投稿日:2006/05/26(金) 21:48
-
「うーす」
吉澤が姿を見せた。
「うまいか?麻琴」
「あ、ハイ」
「いーなぁ、お前ら。イチャイチャしやがって、くそぅ」
吉澤は小川の髪の毛をぐしゃぐしゃかき回した。
「ちょっ、吉澤さん、やめてください」
高橋ににらまれて、吉澤は驚いて手を離した。
それから言いにくそうに切り出した。
「…えーと、高橋、ちょっとお使いに行ってくれないかな」
「あたしですか?」
「うん。紺野と。紺野に説明してあるから、詳しいことは紺野に聞いて」
高橋はちらと小川を見て、それから何か言いたげに吉澤を見たが、仕方なさそうに腰を上げた。
高橋が出て行くと、吉澤はため息をついた。
「なーんか、さくらの方がナーバスになってるよなあ…」
吉澤はがしがしと頭をかいた。
「高橋は独占欲丸出しだし、他のヤツはどう接していいかわかんねーみたいだし」
「独占欲?」
「他のヤツがお前に近づくと、何か警戒してるぞ」
「そーですか?」
吉澤は軽く雑談しながら、この間の話の続きを聞いた。
小川は機密の保持については強調しておいた。
命令違反をしたとは思われたくなかった。
- 274 名前:26 Tomorrow never knows 投稿日:2006/05/26(金) 21:48
-
2,3日検査をして、街に買い物に行ったりして過ごした後、ようやくそこから出発した。
乗り換えの基地では保田が出迎えてくれた。
藤本の姉や、田中、道重の父母も待っていて、涙の再会があった。
小川はメンバーの家族とひと通り挨拶をした後は、離れて邪魔にならないようにしていた。
ぼーっと立っていると、包帯を巻いた右手を握られた。
顔を向けると紺野だった。
左手も握られた。
新垣だ。
高橋は後ろから抱きついて来た。
誰も何も言わなかったが、気持ちは痛いほど伝わった。
それからヘリに乗って基地に向かった。
発着場で中澤が待っていた。
「お帰り。オフィスに行こか」
オフィスに行くと飲み物を振る舞われた。
「よっさん。悪いけどアンタ明日の朝6時半出頭な。仕事や」
「っげ!」
吉澤は露骨にがっかりした。2,3日は石川と過ごせると思っていたらしい。
「アンタらは慌てんでエエで。2,3日ゆっくりしてや」
中澤はにこにこして言った。
中澤の言った通り、2日間の休暇が与えられた。
1日目は石川と辻が泊まりに来て、2日目は高橋、紺野、新垣が泊まりに来た。
新垣が車を借りて来て、海までドライブに出掛けた。
- 275 名前:26 Tomorrow never knows 投稿日:2006/05/26(金) 21:49
-
「愛ちゃん、何やってるのー?」
「泳げねんだよ、あたしー」
高橋は海の方に近づこうとしなかった。
「まだ寒いんだから泳ぐわけないじゃん」
そう言っても、今度は寒いの何のと言って車のそばから離れなかった。
仕方なく3人で波打ち際で遊んだ。
「麻琴、愛ちゃんと暮らすんだって?」
紺野が聞いてきた。
「あ、うん。まだ何も決まってないけど」
「そっか。…仲良くね」
「うん…?」
紺野はにこっと微笑んだ。
「えい」
「わぁ!?」
小川は紺野に押されて海に足を突っ込んだ。
「冷たっ!あさ美ちゃーん、何するんだよぅ」
「何となく」
「何だよ、それー」
小川が捕まえようとすると、紺野は素早く逃げた。
「どーん!」
紺野は新垣の体当たりを食らって海に突っ込んだ。
「きゃっ!?」
「まこちぃのカタキだー」
「マメー!」
「いーぞ、ガキさん!」
- 276 名前:26 Tomorrow never knows 投稿日:2006/05/26(金) 21:49
-
びしょ濡れになって戻って来た3人を、高橋は呆れた顔で出迎えた。
「なーにやっとるん。風邪ひくがし。もー」
高橋は3人にタオルを渡し、小川を拭いてやった。
「そろそろ帰ろか」
「あ、待って、夕日が沈むの見て行こうよ」
4人で砂浜に立って、太陽が水平線に沈んで行くのを眺めた。
高橋は小川の手を、小川は新垣の手を、新垣は紺野の手をつないで立っていた。
何も言わなくてよかった。
この瞬間を共有できる幸せを感じていた。
この先何があるかわからないが、生きている限り何だって出来る。
日が沈み、空に星が瞬き始めるまで、4人はずっと手をつないで立っていた。
- 277 名前:鉞南瓜 投稿日:2006/05/26(金) 21:58
-
「Breakout」完結です。
小川さんがハロプロからも卒業らしいんで
もう落ちるだけ落ちてますが…
もう何にも期待しねえよヽ(`Д´)ノウワァン
マコが元気ならそれでいいよ
>>268 名無飼育さん さま
レスありがとうございます
理想のまこあい!最高の褒め言葉…もったいのうございます
読んでいただきありがとうございました
えー、実は続編があったりなかったりするんですが…
卒業ショックで途中までしか出来てなく
違う話も途中までで…
こんな状態ですが、そのうちまた何か書きます
ひとまず
読んでくれた皆様、レスくれた皆様、ありがとうございました
- 278 名前:ナナシ 投稿日:2006/05/27(土) 06:42
- ごきぃーずぅ(つд`)
100年たって地球が変わってもごきぃーずは変わらないわ愛の園♪
川*'ー')∬´▽`)ノd|・e・)川o・-・)
- 279 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/05/27(土) 08:16
- 作者さんのマコへの愛が詰まってて、精神的に悲しい表現の時でも最後まで読むことできました。
落ちてるという事ですが、是非、また作者さんのマコへの愛というか、続編が見たいです。
- 280 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/05/27(土) 16:13
- 更新お疲れ様です!!
そして完結おめでとうございます!!
なんだか…ハワイでの4人の写真を思い出しました。。。
一生忘れられない小説をありがとうございました。
5期の絆は離れてもきっと永遠。。。。
続編を書かれる際は必ず読ませていただきますねw
- 281 名前:散 投稿日:2006/05/28(日) 17:29
- 更新お疲れ様です&完結おめでとう御座います!
鉞南瓜さんが書かれる小説、登場人物たちがとてもリアルで感情移入してしまうほどです。
辛い5月でしたが、それでも小説を書かれている鉞南瓜さんに完敗(乾杯)です。本当、素晴らしい。
一読者としてラストの場面は5期ヲタにとって涙物です。
リb*^ー^)<続編楽しみにしてたりしてw(してます!
では。
- 282 名前:鉞南瓜 投稿日:2006/06/16(金) 23:36
- 間が空いてしまいましたが、レス返しをば。
>>278 ナナシ さま
レスありがとうございます
5期はガチ!5期は永遠!
>>279 名無飼育さん さま
レスありがとうございます
マコへの愛を感じ取っていただけて嬉しいです。
ほのぼのした話が書ければいいんですけどねー。
ついマコ、ピンチ!になってしまいました。
>>280 名無飼育さん さま
レスありがとうございます
ラストシーンは、まんまハワイの4人です。
あの写真があまりにも印象的で象徴的なので、使ってしまいました。
まさしく絆って感じですよね。
続編は、まぁぼちぼち…。
>>281 散 さま
レスありがとうございます
毎度楽しませてもらってます!
て言うか、散さんがいなければ、自分は小説書いてなかったです。
一応、自分なりのこだわりを出してみましたんで
リアルと言ってもらえると嬉しいです。デッヘッヘ
続編じゃなくて、思いつきのアホ短編を…。
- 283 名前:振り返れば… 投稿日:2006/06/16(金) 23:37
-
「振り返れば○○がいる」
- 284 名前:振り返れば… 投稿日:2006/06/16(金) 23:38
-
あたしが愛ちゃんちに着いた時には、まだ愛ちゃんは寝ていた。
「おじゃましま〜す」
勝手知ったる愛ちゃんち。あたしは愛ちゃんのお母さんに招き入れられて、
愛ちゃんの部屋に向かった。
「こぉ〜ら〜起きろー!」
ドアを開けて入り込む。
愛ちゃんはベッドの上で睡眠中…たぶん。
たぶんて言うのは、何か白地に黒いブチ柄の物体にさえぎられて、よく見えなかったから。
何だろ…?抱き枕かな。愛ちゃんはそれに抱きついて、片足を巻きつけていた。
「あーいーちゃーん!こらー!おっきろー!」
- 285 名前:振り返れば… 投稿日:2006/06/16(金) 23:38
-
もぞ。と動いた。抱き枕の方が。くりん、と動いたそれには顔があった。
目と目が合う。頭に黄色い角が2本生やしたそれは、あたしを見てニッコリ笑った。
「うええええええええええええええええ!!!!?????」
「う〜ん…」
ぼさぼさ頭の愛ちゃんが顔を上げた。
「何やあ。ガキさん、うっさいなあ…」
「や、愛ちゃん!約束の時間過ぎてるからっ。て言うか、それっ、それ何っ!?生き物!?」
「あ〜?」
愛ちゃんはまだ抱き締めていたそれに目をやると嬉しそうに笑った。
「おはよ」
ぎゅ、と更に力を入れて抱き締める。それから愛ちゃんはあたしを見て言った。
「これは、牛に決まってるやろ」
- 286 名前:振り返れば… 投稿日:2006/06/16(金) 23:39
-
うし?
「はい?」
「ほやから牛やって。見たらわかるやろ」
何でそんなフツーな態度?牛って、牛でしょ?牧場とかにいるやつ。
何で家にいるの。おかしーじゃん。
「あ。牛の着ぐるみ着てるんだ。どこの子?」
「何言うとるん。ほんまの牛やって」
はあ?
愛ちゃんが時々、というかしょっちゅう変なこと言うのには慣れたけど、今回ばかりはねえ。
あたしはベッドに近づいて、布団をはいだ。
牛はあたし達とあんまり変わらない大きさだ。て言うか人間だよね。
牛はあたしの顔を不思議そうに見上げた。
「どーもー。新垣里沙でっす。愛ちゃんの知り合い?」
「うし」
- 287 名前:振り返れば… 投稿日:2006/06/16(金) 23:39
-
うし?うしって言ったよね?今。おかしーじゃん!牛はうしって鳴かないでしょー?
うしは「モー」じゃん。うし、って。うしって何だよ!
うっしっし、大橋巨泉です、ってか?…最近、ガキさんは昭和の匂いがするとか言われるんだよね。
もームチャクチャでござりまするがな。
そんなあたしの混乱をよそに、牛はあたしを見てまたニッコリ笑った。
何ていうか、悪気のない笑顔。赤ちゃんみたいな。
思わずこっちもニッコリ…ってなごんでる場合じゃなーい!
「もーさぁ、そー言う冗談、流行んないからさー。もーいーよ」
「冗談て何?」
「うし?」
「いや、もうフツーに喋っていいから」
「うし」
「だーからー!」
「ガキさん、牛なんやから喋れるわけないざ」
だから、牛はうしって鳴かないっての!
- 288 名前:振り返れば… 投稿日:2006/06/16(金) 23:40
-
「この子…うし…はどうしたの?」
「ああ、2日前に家に帰って来たらいた」
何でそんな冷静に受け止めているのかわからない…。
「いた、って、不法侵入じゃん、それ」
「ガキさん、よー難しい言葉知ってるねえ」
「いや、おかしいから。何で部屋に牛が突然現れるわけ?」
「お母さんは飼ってもええって言ったで」
愛ちゃんのお母さんも変わってる…。て言うか、通り越してるよね。
何でみんなフツーに受け止めてるの?
「マコトっていうんや」
「マコト?」
「首輪に書いてあった」
首輪?鼻輪じゃなくて?
「え。首輪してたんなら飼われてるんじゃないの?」
「知らん。もーウチの子や」
愛ちゃんは満足そうな笑顔で、牛?マコト?を撫でた。
「うし〜」
「もう、好きにすれば?」
- 289 名前:振り返れば… 投稿日:2006/06/16(金) 23:40
-
最初から好きにしてるんだから、あたしの言葉は意味がなかった。
愛ちゃんは満足そうに牛を撫で、牛は嬉しそうに笑った。
2人(1人と1頭?)は幸せそうで、何だかあたしは不覚にも羨ましいと思ってしまったのだった。
- 290 名前:振り返れば… 投稿日:2006/06/16(金) 23:41
-
「振り返れば牛がいる」
- 291 名前:鉞南瓜 投稿日:2006/06/16(金) 23:41
-
ほんっとスイマセン。
牛マコが書きたかっただけです…。
- 292 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/06/17(土) 15:35
- ああ…… し あ わ せ
- 293 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/06/17(土) 18:44
- 牛マコ最高w
- 294 名前:鉞南瓜 投稿日:2006/06/17(土) 23:20
-
>>292 名無飼育さん さま
>>293 名無飼育さん さま
レスありがとうございます
写真集の牛マコを見るたび、自分が疲れて帰って来た時に
こんな生き物が部屋にいたら癒されるのにな〜と
マジで思いますw
ちょーしにのってもう一本。
- 295 名前:牛のいる生活 投稿日:2006/06/17(土) 23:21
-
「牛のいる生活」
- 296 名前:牛のいる生活 投稿日:2006/06/17(土) 23:22
-
あたし達が愛ちゃんちに着いた時には、愛ちゃんはコンビニに行ってるとかでいなかった。
「おじゃましま〜す」
勝手知ったる愛ちゃんち。あたし達は愛ちゃんのお母さんに招き入れられて、
愛ちゃんの部屋に向かった。
「ねぇマメ、ホントなの?」
「こぉんこぉん〜?まーだ疑ってるの〜?ホントだって」
「ぬいぐるみだったんじゃないの〜?」
「動いてたからっ。『うし』って喋ったしっ」
「中身ロボットとか」
「うぁ…。ま、まー、その辺は見てもらえばわかるよ…」
そう言いつつも、あたしは案外こんこんの言うことが当たってるのかもしれないと思った。
その発想はなかったわ。
カチャ。
愛ちゃんの部屋のドアを開くと、お座りしていた『牛』がこっちを見た。
ぱあっとその顔が笑顔になると、こっちの方にごろごろ転がりながら近寄って来た。
「ぎゅう〜」
- 297 名前:牛のいる生活 投稿日:2006/06/17(土) 23:22
-
ぎゅう?ぎゅうって言ったよね?今。おかしーじゃん!この間と違うじゃん!
ぎゅう、って。ぎゅうって何だよ!うしは「モー」だろ!
びっくりしたなあ、モー。…最近、ガキさんの昭和力はすごい!って言われるんだよね。
なんでそーなるのっ!
そんなあたしの混乱をよそに、あたし達を見上げて、ニッコリ笑う牛…マコト。
何が嬉しいんだか、顔中で笑っている。
思わずこっちも笑顔に…ってちが〜う。
「どーなの?こんこん」
振り返るとこんこんが見えない。と思ったらこんこんはしゃがんで牛と対面していた。
「ぎゅう?」
不思議そうに首をかしげる牛。
「かっ」
「か?」
「カワイイ〜」
こんこんは乙女ちっくな声を出すと牛を抱き締めた。
「ぎゅ〜」
じたばたする牛。
「こっ、こんこん、落ち着いてっ」
あたしは慌てて引き離した。
- 298 名前:牛のいる生活 投稿日:2006/06/17(土) 23:23
-
「で。どーなの?」
「何が?」
「や。ロボット?」
「何言ってるの?マメ」
「はぁ?」
「あれは牛だよ」
こんこんこそ、なぁに言ってるんですかぁ〜〜!!
「何食べるのかなあ?」
こんこんは座ると、カバンの中からいろいろ取り出し始めた。
「干し芋、食べる?」
「や、そーれはどーですかね〜?…って食べてるよ!」
牛は嬉しそうに干し芋をはむはむ食べている。
う〜ん。物を食べるってことは、ロボットではないのか…。
て言うか何だろう、このこんこんのうっとりした表情は。
干し芋を食べているからってだけじゃないよね。
- 299 名前:牛のいる生活 投稿日:2006/06/17(土) 23:23
-
「あ〜!何やってるんやー!」
愛ちゃんが部屋に飛び込んでくるなり、大声を出した。
「勝手に餌付けしんで!マコトもっ、知らん人から物貰ったらあかん!」
「ぎゅう…」
牛は叱られてしょんぼりした顔になった。肩まで落としてがっくりしている。
「あ…」
「「カワイイ〜」」
愛ちゃんとこんこんが両側から抱きついた。
…べっ別にうらやましくなんかないもんね。
ちょっときゅんとしたなんてことないんだからっ。ありえないから!
誰かに言い訳をしているあたしをよそに、愛ちゃんとこんこんは牛を挟んでにらみ合っていた。
- 300 名前:鉞南瓜 投稿日:2006/06/17(土) 23:24
-
勢いだけで書きました…
後は考えてないので、これにてドロン。
- 301 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/06/19(月) 00:35
- なんちゅうとこで切るんですか!
それはともかくガキさんがいじらしいです
- 302 名前:ナナシ 投稿日:2006/06/19(月) 10:23
- うしっ〜vvvぎゅう〜vvv我が家にも一頭(人)欲しいです
- 303 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/06/19(月) 11:58
- ほんと牛マコ最高w
- 304 名前:鉞南瓜 投稿日:2006/06/22(木) 22:39
-
>>301 名無飼育さん さま
あはは…。そう言われれば、ひでーとこでぶった切っちゃってますね。
素直になりきれないガキさんを書きたかったもので…。
>>302 ナナシ さま
鳴き声はテキトーです。もう何でもカワイイと思いますw
>>303 名無飼育さん さま
思いがけず好評なようで、ちょっとビックリですw
んでは、今回もまた思いつき(だけで)書きます。
- 305 名前:鉞南瓜 投稿日:2006/06/22(木) 22:40
-
「某ラジオを踏まえてのまこあい的妄想」
- 306 名前:思いつきのみ 投稿日:2006/06/22(木) 22:42
-
「あーあー。あーし男に生まれてくればよかったのになー」
「んー?ジョニー・デップになりたいってヤツ?」
「それだけやなくて」
「ん?」
「あーしら女の子同士や」
「うん」
「結婚できん」
「んー…。でもそれならあたしが男でもいーじゃん」
「それはあかん」
「何でえ?」
「麻琴は男やったら、さゆがえーんやろ」
「!!」
「それに麻琴が男やったら今以上にタラシに決まっとる」
「んなっ……」
「この間も吉澤さんと映画館で手握ってたんやろ?」
「…いーじゃん……手くらい…」
「あーあー。男やったらなー」
「…そしたらあたしら出会ってないじゃん」
「ん?」
「…あたしは、今の愛ちゃんが好きだよ…」
「……………………」
「それに海外じゃ同姓でも結婚できる国あるらしーよ」
「ふーん……」
「うん……」
「……………………」
「……………………」
「麻琴」
「はい?」
「語学の勉強、頑張ってな」
「……………………ぁい」
- 307 名前:鉞南瓜 投稿日:2006/06/22(木) 22:44
-
…こんだけ。
甘甘なまこあいが読みたいな〜(他力本願)。
- 308 名前:鉞南瓜 投稿日:2006/06/22(木) 23:25
- 訂正
同姓→同性
いろんな意味で恥ずかしい…。
- 309 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/06/23(金) 12:34
- まこあい!!
じゅうぶん甘甘ですよ!w
なるほど、あのラジオはそうゆう意味だったのかwww
- 310 名前:ナナシ 投稿日:2006/06/23(金) 17:35
- ∬*´▽`)あっまーいっ
新曲アンケートで川*'ー')が字幕無し映画見たいとか泳げるようになりたいとか…
- 311 名前:鉞南瓜 投稿日:2006/06/29(木) 23:58
- まずはレス御礼。
>>309 名無飼育さん さま
甘いですか。あざーっす。
ラジオを通して本音を探り合ってるんじゃないかと妄想。
>>310 ナナシ さま
高橋さんはスラングばっか覚えてるみたいなんで…
小川さんがきちんと教えてあげるとイイと思います(泳ぎも)
あんまり置いておいても何なんで、
この辺でBreakoutの続編を始めたいと思います。
見切り発車ですが。
- 312 名前:Wonderwall 投稿日:2006/06/29(木) 23:59
-
「Wonderwall」
- 313 名前:1酩酊 投稿日:2006/06/30(金) 00:00
-
「…ちゃん、まこっちゃん」
「……ん、何?」
顔を上げると、松浦は苦笑いを浮かべて小川を見ていた。
「今の話、聞いてたー?」
「んー…ごめん、何?」
松浦は苦笑を浮かべたまま、高橋とちらと視線を交わした。
「麻琴、もう食べんの?」
半分以上手つかずになっている小川の前の皿を見て、高橋は言った。
「んー…」
小川は皿を前に押しやって、グラスの水をぐいと飲んだ。
- 314 名前:1酩酊 投稿日:2006/06/30(金) 00:00
-
「まこっちゃん、最近みきたんと会う?」
「ん…?」
小川は首をかしげた。
松浦は高橋と小川のように、あの作戦後、藤本と暮らしている。
自分より一緒にいるはずなのにと思ったところで、プライベートでという意味ではないと気づいた。
「あの報告聴取会以降はほとんど会ってないよ。お互い、リハビリしてたし…」
おとめ隊は今回の作戦の経緯と結果、得た教訓を多くの軍関係者の前で発表させられた。
松浦も聞きに来ていた。
ついでに言うとさくら隊とおとめ隊の活動は凍結になり、本隊に戻った。
停戦になっても、特殊部隊としての仕事は対テロ・対ゲリラ作戦等、まだまだある。
捕虜になっていた4人は、まだ本格的には任務に復帰せず、リハビリに励んでいた。
「みきたん、変わったと思わない?」
そう言われても、小川は松浦と違って私的な付き合いはほとんどない。
よくわからないので小川は黙っていた。
- 315 名前:1酩酊 投稿日:2006/06/30(金) 00:01
-
「まこっちゃん、身体の調子はどう?」
いきなり話が変わって、小川は面食らった。
「だいぶ、いいです」
小川は手を握ったり開いたりしながら答えた。
「よく眠れる?」
小川は松浦の顔を見て、それから高橋の顔を見た。
高橋は小川と目が合うと、気まずげに目を伏せた。
「…まあ、それなりに。――美貴ちゃんがどうかしたの?」
自分の話はしたくなかったので、たぶん本題なのであろうことを聞いた。
松浦は高橋と顔を見合わせ、それから切り出した。
- 316 名前:1酩酊 投稿日:2006/06/30(金) 00:01
-
小川は入り口で紫煙に目を細めながら店内を見渡して、目的の人物を見つけた。
カウンターの一番奥で1人グラスを傾けていた。
近づいて、声を掛けた。
「美貴ちゃん」
藤本はグラスを掴んだまま振り返った。
不機嫌そうだった顔に笑みが浮かんだ。
「おー!麻琴!」
藤本は立ち上がって小川を抱き締めた。背中を叩かれた。
「まぁ座んなよ。珍しいじゃん、こんなとこ来るなんて」
小川は素直に座った。
藤本はカウンターの中に声を掛けた。
「ボトル追加ね」
「え、あ、飲みに来たわけじゃないんだけど」
「固いこと言うなよー。ちょっとくらい付き合えって」
封を切ったウィスキーのボトルが藤本の前に置かれ、氷と水も追加された。
「…ひょっとして、亜弥ちゃんに何か言われた?」
「ふぇっ?」
「何言われた?」
「や、あの、…」
藤本は手早く水割りを作って、小川の前に置いた。
- 317 名前:1酩酊 投稿日:2006/06/30(金) 00:02
-
小川は目の前に置かれたグラスを見て、それから藤本を見た。
「まぁ飲め」
「や、でも…」
「美貴の酒が飲めねーってか」
「あーあ…」
藤本は既にかなり飲んでるようだ。逆らっても無駄だと小川は悟った。
諦めてグラスを取り上げた。
「乾杯っ」
藤本はニッコリ笑顔になって、グラスを小川のグラスに打ちつけた。
小川はひと口飲んで顔をしかめた。
「これ、めちゃくちゃ濃くない?」
「何言ってんの。かなり薄くしたよ」
小川はグラスに水を足した。
「で。何か言われたんでしょ、亜弥ちゃんに。だから来たんでしょ」
「んー。美貴ちゃんに会いたかっただけだよぉ」
「よく言うよ」
藤本は苦笑してグラスを傾けた。
- 318 名前:1酩酊 投稿日:2006/06/30(金) 00:02
-
小川がつまみのピーナッツをぽりぽりかじっていると、藤本がぼそっと呟いた。
「……何かさ、まっすぐ家に帰るのがヤなんだよね」
小川は水割りを飲み、また水を足した。
「心配されてるのはわかってるんだけど、何か、誰かといたい気分じゃないんだよね」
「…ああ」
「わかる?」
小川は頷いた。
「あたしも、そーゆー時あるよ」
「新婚の麻琴でもそーなんじゃん」
新婚って…と小川は呟いて、またピーナッツをつまんだ。
「何か、同居はまだ早かったかなあ、なんて」
「ふーん?」
藤本は興味深そうに小川を見て、それから小川のグラスに酒を注ぎ足した。
「うああっ!?何してんのっ?」
せっかく薄めたのに…と悲しげに呟く小川に構わず、藤本は言った。
「吐いちゃえ」
「ええ?」
「この際だ。いろんなこと吐き出しちゃえ」
藤本はニヤッと笑った。
「まぁいいから飲め」
小川は仕方なしにグラスに口をつけた。何だかんだ言って、人に逆らえない性格なのだ。
「グッと行け!グッと」
藤本に煽られて、小川はヤケ気味にグラスを空けた。
「…ぷぅ〜」
「イケんじゃん。イイヨイイヨー」
藤本は嬉々として更に酒を注いだ。
- 319 名前:1酩酊 投稿日:2006/06/30(金) 00:03
-
「要するにさぁ、嫌いになったとかじゃないんだけど、一緒にいるのが辛いんだよねー」
「あー…何かわかるよ、それ」
「ね。麻琴ならわかってくれると思ったよ」
すっかり出来上がっている藤本は、ココロの友よーと言って小川に抱きついた。
すっかり酔っ払った小川も抱き返す。
「ねー、麻琴ー」
「はいー?」
「愛ちゃんと寝てる?」
「ぬぁっ!?な、なー?」
小川は赤い顔を更に赤くして、手をパタパタ振って妙な動きをした。
「バッカ、変な意味じゃないよ。一緒に眠ってるかってこと」
藤本は小川の頭を軽くはたいた。
「あ、ああー…。別の部屋で、寝てる…」
「何で?」
小川はちょっと考えてから答えた。
「夢、見て、その、よくうなされてるみたいで…あたしが。叫んでる時もあったりして」
藤本は小川のグラスにドボドボと酒を注いでいる。自分も水を飲むように流し込んでいた。
「愛ちゃんがすごい心配するから、別に寝てもらってる。愛ちゃんが眠れなくなっちゃうし。
でも、時々見に来てるみたい…」
「わかるよ」
藤本は真面目な顔で言った。
「あたしも似たようなもんだもん。でも亜弥ちゃんに気ぃ使われるのがイヤで。
亜弥ちゃんだけじゃない、他のメンバーと話するのもウザい。何かイラつくんだよね」
藤本は自分のグラスに酒をドボドボ注いだ。
「そんでさー、家に帰るのが遅いと浮気してんじゃないかとかってさ。
もー全然スキンシップしてないからね。そーゆー気になんなくて」
「あー。わかるよー。愛ちゃんが悪いんじゃなくて、こっちが悪いんだけど…でも…」
「ま、飲め」
小川は勧められるまま、ぐいぐいグラスを飲み干し、やがて周囲が暗転した。
- 320 名前:1酩酊 投稿日:2006/06/30(金) 00:04
-
自分の携帯が鳴っていると気づくまで時間が掛かった。
どうやら眠り込んでしまったらしく、カウンターに突っ伏していた。
横を見ると、藤本は壁にもたれかかっていた。
小川はようやくポケットから携帯を引っ張り出した。
「…ふぁい」
『麻琴っ!?』
「ピーマコ小川でぇごす」
『何言っとん!何しとるんや、こんな時間まで!まさかアンタ飲んどるん!?』
頭ががんがんするので、まことは電話を耳から遠ざけた。
『美貴ちゃんは?おるん!?』
聞こえたのか、藤本は手を伸ばして小川の携帯を取った。
「もしもーし、愛ちゃん?」
藤本はだるそうに額を押さえながら話した。
「―――あんまり、大きな声出さないでくれるかなぁ、早くて何言ってるかわかんないし。
―――亜弥ちゃん?いるの?あー。じゃあ、そっちで預かってて。―――はあ?
ああ、ウチらはもうちょっといるから」
藤本は返事を待たずに通話を切った。勝手に電源も切る。
小川はグラスに水を注いで飲み干した。
- 321 名前:1酩酊 投稿日:2006/06/30(金) 00:04
-
20分後。
小川はいきなり後ろから頭を叩かれた。
「いてえ!?」
振り返ると、吉澤が不機嫌そうな顔で立っていた。
「何やってんだ、お前ら」
「…叩くことないじゃん」
藤本がよしよしと小川の頭を撫でた。
「おい…、お前らこれ、2人で空けたんか?」
テーブルの上の空き瓶を振って、吉澤は呆れたように言った。
「何しに来たの、よっちゃん。愛ちゃんに頼まれたの?」
「お前らなあ。あんま高橋と松浦を困らせんじゃねえよ。おら、とっとと帰るぞ」
「関係ないじゃん」
藤本は不貞腐れたように言って、立ち上がった。が、足元がフラついている。
「麻琴。おめーなあ。何やってんだ。一緒になって飲んでどーすんだ」
「…吉澤さんにはわかんないよ」
「あ?」
思いがけず小川に冷たく返されて吉澤は戸惑った。
大体この2人に逆らわれたことは今までほとんどない。
吉澤が呆然としてる間に、藤本は勘定を済ませて小川の腕を取った。
「麻琴、行こ」
「行くって…どこ行くんだよ」
吉澤が慌てて聞くのにも耳を貸さず、2人は店を出ようとしている。
「ちょっ、待てって!」
「家には帰んない」
「わかった。ウチに来い」
「ヤだよ。夫婦の邪魔したくないし」
「いーから、来いって」
吉澤は藤本を引っ張った。藤本に掴まれてるので小川も着いて来る。
何か意味不明のことをわめいている2人を車に押し込めて、吉澤は自分の家に向かった。
- 322 名前:鉞南瓜 投稿日:2006/06/30(金) 00:04
-
更新終了。
- 323 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/06/30(金) 17:43
- 続編キテター
そして言い表せない感情が切ない
作者さま更新ありがとう
- 324 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/07/04(火) 20:45
- 更新お疲れ様でぇーす!!
うはw凄い楽しみですww
もうこの麻琴が大好きでたまりません
- 325 名前:2屈託 投稿日:2006/07/06(木) 22:50
-
目を覚ますと毛布が身体に掛けられていた。身体を起こそうとすると頭に痛みが走った。
痛みをしばらくこらえ、頭をあまり動かさないようにして、ゆっくり立ち上がった。
隣に藤本が寝ていた。
起こさないよう、そっとドアを開けて部屋を出た。
「おはよ、麻琴。よく眠れた?」
今の小川に石川の高い声はちょっとつらかった。
「……おはようございます」
うめくように挨拶すると、石川は苦笑して、グラスに水を入れて持って来てくれた。
「……すいません」
水を一気に飲み干す。乾いた細胞に水がしみわたっていく気がした。
「もっと飲む?」
頷くと、ペットボトルごと水を持って来てくれた。
小川は立て続けに2杯飲み、少し落ち着いた。
- 326 名前:2屈託 投稿日:2006/07/06(木) 22:51
-
「あの、吉澤さん、は…?」
「もう出掛けた。何か食べる?」
「ぃえ。いいです…」
胃の辺りがむかついて、何か食べる気にはなれなかった。
石川はふっと笑って言った。
「昨日はずいぶん飲んだみたいね?」
「…あの、ここには―――?」
「よっちゃんが引きずって来たんだけど、麻琴は玄関で寝ちゃうし、
美貴ちゃんは『酒持ってこーい』って騒ぐし、大変だったよー」
「すいません。ほんっとすいません」
「いいよ。それよりシャワー浴びたら?ほら」
石川にタオルを渡され、小川は素直に従った。
冷たいシャワーと熱いシャワーを交互に浴びると、だいぶましになった。
タオルで頭をがしがし拭きながら戻ると、石川がグレープフルーツジュースを渡してくれた。
「あ。ありがとうございます」
落ち着いたところで、石川は穏やか口調で訊いた。
「昨日はどうしたの?」
小川が黙っていると、石川は半ば決め付けるように言った。
「美貴ちゃんに誘われたんでしょ」
「最初は、飲むつもりは全然なかったんですけど、何か、つい……」
「2人でずいぶん飲んだみたいじゃん」
「はあ…」
「ストレスたまってたんだ?」
「そーですかねえ…」
「高橋と、うまくいってないの?」
何でここですぐに高橋の名前が出てくるのか。何気ない口調だったが疑問に思い、気づいた。
「…愛ちゃん、何か言ってましたか?」
「んー……」
石川は言いよどんでいたが、やがて言った。
「麻琴が元気ない、って」
たぶん高橋は小川のことを石川たちに相談してるのだろう。
自分の最近の行動が周囲に不安を与えているらしいのは何となくわかっていた。
しかし、それと昨日の酔態をすぐに結びつけられるのは何だか面白くなかった。
小川は黙ってグレープフルーツジュースを飲んだ。
- 327 名前:2屈託 投稿日:2006/07/06(木) 22:51
-
「何か悩みとかあるんだったら……」
「何もないです」
石川の言葉を遮るように小川は早口で答えた。
小川が不機嫌になっているらしいのを見て取った石川はそれ以上続けなかった。
「……おかしくなってるんですよ」
小川は唐突に言った。
「え。何が?」
「ここ」
小川は頭を指差した。
「つまんないことで腹が立ったり、イライラしたり。愛ちゃんは悪くないです。
あたしが悪いんです」
「それって…あの影響?」
「…さあ」
「カウンセリングは?受けてる?」
「トラウマのせいだろうって」
「それだけ?」
小川は肩をすくめた。
最初のうちこそ精神分析医にテストを受けさせられたりしていたが、最近はずっと行っていない。
「何も話してくれないって高橋が嘆いてたよ」
「何を話せばいいんですか」
「何でも。隠し事とかナシだよ。パートナーでしょ?」
「そうだから、話せないこともあります」
「じゃ、私に話しなよ」
「―――だから、無理なんだって」
「美貴ちゃん」
- 328 名前:2屈託 投稿日:2006/07/06(木) 22:52
-
藤本がぼさぼさの頭で戸口に立っていた。
近づいて来ると、小川の手からグラスを取り上げ、半分ほど残っていたジュースを一気に飲み干した。
「ああ〜…」
小川が悲しそうな声を上げた。
石川は新しいグラスを出して、ジュースを注いで藤本に渡し、小川のグラスにも注いでやった。
「何で無理なの?」
「話したってわかんないよ」
「そんなのわかんないじゃない」
藤本はしかめ面でジュースをごくごく飲み干した。テーブルにグラスを置く。
「わかったフリされるのは、わかってもらえない以上にキツイんだよ。
ヘンな同情されるくらいなら、話さない方がマシ」
「それって、私たちには絶対わからないってこと?」
藤本は頷いた。
小川は気まずそうに手に持ったグラスに視線を落としている。
「麻琴もそう思うの?」
小川はややあってから、頷いた。石川はそっとため息をついた。
「シャワー借りるわ」
藤本は浴室に入って行った。
- 329 名前:2屈託 投稿日:2006/07/06(木) 22:52
-
「麻琴は何であのお店に行ったの?あややに頼まれたの?」
「頼まれたって言うか。あたしなら美貴ちゃんの気持ちわかるんじゃないかって」
「そっか…」
「…ごめんなさい」
「えっ?」
「心配かけてごめんなさい」
「麻琴が謝ることないよ」
石川はうなだれている小川の頭をそっと撫でた。
- 330 名前:2屈託 投稿日:2006/07/06(木) 22:53
-
藤本の足が止まった。
「美貴ちゃん?」
「あー…。麻琴さ、お腹すかない?ほら、何も食べてないしさ」
「え、いや――」
藤本と小川の家は割合と近い。
藤本の家の近くまで来ていたのだが、そこで藤本の足が止まってしまった。
「じゃさ、ウチで何か食べてったら?」
石川にも何か食べるかと勧められたが、2人は丁寧に断って辞去したのだった。
「あれだったら、どっか食べに行ってもいいし」
「…さすがにもう帰らないとマズイんじゃない?たぶん石川さんが連絡してるよ」
「うー…」
藤本は顔をしかめて、家の方をにらみつけた。
普段さばさばしすぎていると評される藤本の煮え切らない姿は珍しかったが、
帰るのが憂鬱なのは小川も同じだった。
「たんっ!」
「うあっ!?」
- 331 名前:2屈託 投稿日:2006/07/06(木) 22:53
-
小川の家の方から松浦と高橋が歩いて来ていた。
2人とも友好的な顔つきではない。
藤本は反射的に身体の向きを変えて逃げようとした。
「っ!?」
小川はとっさに藤本の服のすそをつかんだ。
「ちょっ、麻琴!?」
「諦めなよ…」
小川が力なく言うと、藤本も力を抜いて諦めの表情になった。
松浦が駆け寄って来て、藤本をつかまえた。
「何で昨日帰って来なかったのーー!!しかも今逃げよーとしたぁ!」
いきなり文句を浴びせかけている横で、高橋が小川の方に近づいて来た。
「麻琴」
何か言われると思って、反射的に小川は首をすくめた。
高橋は小川の服の袖を遠慮がちにつかんで、小さな声で言った。
「帰ろ」
「あ…、うん…」
小川は大人しく高橋に引かれて家に帰った。
- 332 名前:鉞南瓜 投稿日:2006/07/06(木) 22:59
-
更新終了。
レス御礼。
>>323 名無飼育さん さま
こちらこそレスありがとうございます。
あんま明るい話じゃないんで、なかなか進みません…。
>>324 名無飼育さん さま
レスありがとうございます。
そう言っていただけて嬉しいですデッヘッヘ
- 333 名前:ナナシ 投稿日:2006/07/07(金) 15:01
- 続編キテタ━━(・∀・)━━
シリアス展開…大変そうですががんがってくだはれ
- 334 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/07/11(火) 22:21
- 続編キターww
最後のところがやけにツボでした、はいw
- 335 名前:鉞南瓜 投稿日:2006/07/13(木) 23:11
- まずはレス御礼。
>>333 ナナシ さま
毎度ありがとうございます。
シリアスに自分が耐え切れないという(苦笑)。
がんがります…。
>>334 名無飼育さん さま
ありがとうございます。
どの辺がツボだったのか、ちょっこす気になります。
続きじゃなくて、また突発的アホ短編です。
- 336 名前:ロマンティック〜 投稿日:2006/07/13(木) 23:13
-
「ロマンティック 牛モード」
- 337 名前:ロマンティック〜 投稿日:2006/07/13(木) 23:14
- あたし達が愛ちゃんちに着いた時、珍しく愛ちゃんが出迎えてくれた。
「おじゃましま〜す」
勝手知ったる愛ちゃんち。上がりこむあたし達を愛ちゃんはけげんな顔で見ていた。
「何か最近毎日来るなあ?」
「うん」
「て言うか、美貴ちゃんは何で?」
「何でって何だよー」
「今までウチに来たことないじゃんか」
「細かいことは気にすんな」
そう、今日はもっさんが着いて来てしまったのだ。
- 338 名前:ロマンティック〜 投稿日:2006/07/13(木) 23:14
- それと言うのも、今日もものすごい勢いで帰った愛ちゃん。
原因はわかってる。家で待ってるアレのせい。
そして何だかんだで、毎日訪問してるあたし達。
「うぉ、こんこん、あたし達も早く帰ろう!」
「うん。今日は何がいいかな〜。やっぱ芋系がいいよね〜」
「あんまり食べさせたら、また愛ちゃん怒るよ」
「だってすっごい食べ物の好みが似てるんだもん」
「まこっちんが怒られるんだからさー、ほどほどにしておきなよ」
「怒られてしょげてるマコトがまたカワイイんだよね〜」
うっとりした顔のこんこん。
半ば呆れ顔で先に行こうとしたあたしを呼び止める声。
「ねー、がきんちょ」
「はい?」
「マコトって誰?」
「え。牛ですけど。愛ちゃんちの」
その後はよく聞き取れなかったんだけど何か巻き舌で、ざけんなよオルァとかモルスァとか言ってたような。
ちょっと首の辺りを締められて息苦しい感覚もあったような。
気づいたら、もっさんと一緒に愛ちゃんちに行くってことになっていた。
- 339 名前:ロマンティック〜 投稿日:2006/07/13(木) 23:15
- で、愛ちゃんち。
今日は愛ちゃんのお母さんはいないらしく、リビングに通された。
愛ちゃんはお茶を淹れてくれるとかで奥に引っ込んだ。
こんこんはトイレに行った。
「ガキ」
「ぁい?」
「牛は?」
「あ、愛ちゃんの部屋だよ、きっと」
「どこ?」
「あ、奥の部屋…って、ミキティ、勝手に行ったら…」
すごい眼でにらまれて、あたしは黙ってもっさんを見送った。
- 340 名前:ロマンティック〜 投稿日:2006/07/13(木) 23:15
- 入れ違いに、こんこんが戻って来た。
「あれ?美貴ちゃんは?」
「たぶん、愛ちゃんの部屋…」
「えっ?1人で行かせたの?」
「だって…」
「まずくない?」
「何が?」
「美貴ちゃんの好物知ってる?」
「えー?焼き…肉?」
…………!?
うそぉ!?嘘、ウソだよ。まさか、いくら何でも。いくらお肉好き好き♪でも。
そりゃ、まこっちんは牛だけども。
食べちゃいたいくらいカワイイかもしんない…いやいやそんなことはないけども。
そう思いながらも、身体は勝手に立ち上がっていた。
どうか、まこっちんが食べられていませんようにっ。
- 341 名前:ロマンティック〜 投稿日:2006/07/13(木) 23:16
-
「もっさん!」
バーーン!
ドアを勢いよく開けた、あたしの目に飛び込んで来たのは…。
親鳥がヒナに餌をやるように、せんべいを自分の手から牛に食べさせているもっさんだった。
しかも目を細めて何かうっとりしてるし。空いてる方の手で頭撫でたりなんかして。
よしよし、とか呟いてご満悦なもっさん。
牛は何の警戒心もなく、嬉しそうにせんべいを食べている。
「…って、コラー、何やってんですかー!」
「おせんべいも食べるんだ…。メモメモ」
「あー!また勝手にー!お前らもう帰れー。今日はせっかくマコトと2人っきりなのにー」
- 342 名前:鉞南瓜 投稿日:2006/07/13(木) 23:18
- 突然終わる。
自分のツボにだけ忠実。
- 343 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/07/15(土) 14:05
- 更新お疲れ様です
もうダメ。連れて帰りたいw
- 344 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/07/18(火) 12:40
- ライブカメラ設置して24時間マコ牛さんと愛ちゃんを観察してたいw
- 345 名前:ナナシ 投稿日:2006/07/18(火) 18:52
- 美貴様もマコ牛の虜にっ。そんなオイラも虜wwww
- 346 名前:3反省 投稿日:2006/07/27(木) 09:01
-
翌日、小川はトレーニングに励んだ。
じっとしていると気が滅入っていくばかりだ。
トラックを走りプールで泳いだ。射撃場へ行ってひたすら撃ちまくった。
シャワーを浴びた後お茶を飲んでいると肩を叩かれた。
「よ」
「……美貴ちゃん」
小川は少し気まずそうな顔をしたが藤本は気にした風もなく笑っている。
「トレーニング?」
「うん」
「今日はもう予定ないんでしょ?」
「うん」
「んじゃ、行こーぜ」
言うなり藤本は小川の肩に手を回した。
「え。どこへ?」
「決まってんじゃん、コレ」
藤本は飲む仕草をしてみせた。
「ええ?マズくない?怒られるよ」
「んなのカンケーないから。んだよ、そんなに愛ちゃんがこえーのかよー。怒られたんだ?」
「…や。別に何も言われなかったけど…」
「へえ?」
藤本はけげんな顔をした。その額には絆創膏が貼り付けられている。
「それ……」
小川が指差そうとすると藤本は遮った。
「――何も言うな」
- 347 名前:3反省 投稿日:2006/07/27(木) 09:01
-
結局、藤本には逆らえず泥酔して家に帰った。
ほとんど毎日のように藤本に誘われて飲むうち、小川は何故藤本がそうするのかわかった気がした。
酔っ払うと昏倒するように眠りにつける。ベッドの中で余計なことを考えなくて済む。
もともと藤本はそう飲める方ではなく、小川はそれまで飲んだこともなかった。
それが昏倒するまで飲むのだから、翌日は悲惨なことになっていた。
- 348 名前:3反省 投稿日:2006/07/27(木) 09:02
-
「もう。2人ともいい加減にしなよ」
紺野に叱られて小川と藤本はうなだれた。
2人とも顔にガーゼや絆創膏をべたべた貼られ、手には包帯を巻かれているところだった。
小川はズキズキする頭を押さえ、昨夜何があったか思い出そうとした。
いつものようにバーで飲んでいた。
確か誰かが声を掛けてきて、最初は藤本も適当にあしらっていたのだが、
しつこいのでぶち切れて殴りかかった。
それをを止めようとしたのだが、相手の仲間も加わって…。
その後どうなったのか記憶が途切れている。
気づいたら基地の仮眠室に放り込まれていた。
そして今は談話室で紺野に説教を受けながら手当てされている。
紺野が怒ることは滅多にないので2人とも神妙な顔で聞いていた。
- 349 名前:3反省 投稿日:2006/07/27(木) 09:02
-
「お。いい面構えになったなー」
吉澤がふらっと入って来て、紺野に叱られている2人を面白そうに眺めた。
「…何しに来たのさ、よっちゃん」
「おぅ。素敵なお知らせだ。お前ら2人、ケメ子から呼び出しかかった。本日1900時出頭せよ」
「ええ!?」
「うぇ!?」
2人とも頭や傷が痛いのを忘れて、吉澤の顔を勢いよく振り返った。
「マジで!?」
「マジマジ」
「……追放処分、とか?」
藤本が小川を見て言った。小川の顔が白くなった。
「…まさか」
呟いたのは紺野で、むしろ紺野の方が当人たちよりも顔色が青ざめている。
「いや、そんなこたぁねーだろ。あっても、お説教くらいだろ?」
吉澤は藤本たちの反応に驚いて、少し慌てて言った。
藤本と小川は顔を見合わせてため息を吐いた。
- 350 名前:3反省 投稿日:2006/07/27(木) 09:03
-
「藤本、小川、出頭しました」
「ご苦労様。じゃ、行こうか」
保田の所へ行くなりそう言われて2人は面食らった。
「え、行くってどこへですか」
藤本が慌てて訊くと、保田はニヤッと笑みを返した。
藤本も小川も何だか背中がぞくっとした。
「いいから。行くよ」
何の説明もされないまま、背中を押されて部屋を出た。
そのまま車に乗せられる。
「あれ…?ガキさん?」
新垣が運転していた。
「悪いわね、新垣」
「いいえー」
「え、ちょっと、どこ行くんですか」
「黙って着いてきなさい」
車は20分ほど走って、停まった。
「はい、降りて」
言われるまま降りると、すぐ建物の中に引っ張り込まれた。
車はそのまま走り去った。
- 351 名前:3反省 投稿日:2006/07/27(木) 09:03
-
「ここって…」
藤本と小川が顔を見合わせると、奥から声がした。
「おー。皆ご苦労さん」
その声に2人は固まった。
「こっちや、こっち。突っ立っとらんと、早よしぃ」
中澤が一番奥から手招きしていた。
保田に背中を押されるようにして2人は近づいた。
「まぁ座り。かしこまらんでええで。公用やないからな」
「どっ、どーゆーことですか?」
小川は目を白黒させて聞いた。
「たまにはカワイイ後輩と飲もうかなと思ってな。あんたらイケる口なんやろ?
いろいろ聞こえてるでー」
「ぃやっ、そんなことはっ…」
藤本が慌てて言うのを中澤と保田は笑って聞き流した。
「何でもええ。今日は付き合ってもらうで」
中澤はビールを水でも飲むみたいに次々喉に流し込んでいる。
保田はビールから焼酎に切り替えてクイクイ飲んでいる。
藤本と小川は小さくなって、ビールをなめるように飲んでいた。
- 352 名前:3反省 投稿日:2006/07/27(木) 09:03
-
「何や、飲んでへんな」
「…元はあんまり飲めないんで」
藤本は苦笑して言った。
「そうか。うまくない酒なら無理に飲むんやないで。気持ちよく酔えんやろ」
「はぁ」
「あんたら、よぅ眠れるか?」
中澤はグラスを置いて、藤本と小川を交互に見た。
2人とも黙って中澤を見つめ返した。
「あたしな、暗い中で眠れんのよ」
中澤から自分の話を聞くのは初めてだった。
「真っ暗でドアが閉まってるとあかんねん。夜中に目ぇ覚めてドアが閉まってると、もぉあかん」
「…………」
「最初のメンバーで任務に出た時に、乗っていたヘリが撃墜された。3日間閉じ込められた。
ほんで…仲間が死んだ」
小川と藤本は思わず目を合わせた。中隊の創立メンバー。最初の戦死者。
今ではほとんど語られることはない。
中澤は新しいグラスのビールを飲み干した。
「今でも夢に見るわ。せやけどしゃーない。職業上の危険ってやつや。
誰かがやらんならんことをやるのがウチらの仕事や。な?」
保田、藤本、小川は頷いた。
「酒で憂さを晴らすのもええやろ。たまには」
中澤はニヤリと唇の端を吊り上げて笑った。
「ウチらが朝まで付き合ったるわ」
「え?」
「はぁ!?」
「覚悟しぃ」
中澤と保田はニヤリと笑った。
- 353 名前:3反省 投稿日:2006/07/27(木) 09:04
-
「麻琴?」
「…何でこんこんがいるの?」
「あれ、知らなかったっけ?私今、週一回医療センター勤務だよ」
知らなかった。知っていたら別の日を選んで来ていた。
あまり知っている人にここで会いたくはなかった。
紺野は医官になるための勉強を始めたらしい。
「今日は何?定期健診じゃないよね」
「んー…。こんこん、受付やってるの?」
「違うけど。今日は受付の人がちょっと遅れて来るって」
「…あっそ。ドクター、いる?」
「今日はアヤカ中尉だよ。若いけど腕は確か」
「ふーん。じゃ、お願いします」
「呼ぶまで待ってて」
紺野はラックから小川のファイルフォルダを取り出して小川に渡し、ソファに座って待つよう促した。
- 354 名前:3反省 投稿日:2006/07/27(木) 09:04
-
「ねえ、麻琴」
「ん?」
「二日酔いの治療じゃないよね?」
小川はソファの上でずっこけた。
「もうお酒は飲まないよ!」
ムキになって言いつのった。
「こりたんだ?」
「こりたよ」
中澤と保田との一夜の後、確かにお酒はこりごりだと思った。
おそらく藤本も同様らしく、あれから誘いはない。
あの夜のことは正直言ってあまり思い出したくない。
しかしそのお陰というか、ようやく現実と向き合う気になって小川は医療センターに来た。
本来なら何らかの処分を受けてもおかしくなかったはずだが、表立った処分はなかった。
10分ほどして名前が呼ばれ、小川は右側の個室に入った。
- 355 名前:鉞南瓜 投稿日:2006/07/27(木) 09:12
- 更新終了。
レス御礼。
>>343 名無飼育さん さま
一家に一ウシw
>>344 名無飼育さん さま
ほとんど食べてるか(食べさせてるか)寝てるかでしょう
>>345 ナナシ さま
リアル美貴様はパンダ認識だったみたいですねー
- 356 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/07/27(木) 20:17
- 更新お疲れ様です。
確かにそのメンバーでは飲みたくないなw
続き楽しみにしてまーす
- 357 名前:えみっく 投稿日:2006/07/29(土) 14:45
- 更新乙です
牛でもパンダでもいいのれす
白黒だしwwwww
美貴様もマコもあんまり亜弥愛心配させちゃだめよ
- 358 名前:4残効 投稿日:2006/08/06(日) 08:56
-
「Hi!」
「は、はぁい?」
いきなり快活に挨拶されて小川は面食らった。
そう言えばハワイ出身の美人医官がいるとか聞いたことがあった。
彼女がそうかと思いつつフォルダを手渡した。
「座って。――マコト・オガワ。何て呼んだらいい?」
「え?ああ。皆はマコトとか、まこっちゃんて呼びます」
「オーケー、まこっちゃん。私のことはアヤカって呼んで。今日はどうしたの?」
アヤカはフォルダからファイルを取り出し、目を通しながら聞いた。
「…肩の脱臼、背筋断裂…傷が痛む?」
「いえ。ケガの方は何ともないです」
「ちょっと肩を上げてみて。回して。――今度は逆。はい、こっち。――下ろして。
今度は握って開いてみて。――そうそう。今度は下に向けて。…オーケー。順調ね。
他に何か問題が?」
アヤカは小川の手首を握り、脈をとった。
- 359 名前:4残効 投稿日:2006/08/06(日) 08:57
-
「どこが悪いの?」
「頭痛がするんです。ひどく。それから…夜うなされて目が覚めます」
「夢を見る?」
「はい」
「いつから?」
「最近です」
「何か薬は飲んでいる?」
「アスピリンとアセトアミノフェンを少し」
「Hmm…」
アヤカは小川を診察台に上がらせて聴診器を出し心音を聴いた。
それから腕に巻くタイプの機械で血圧を測定し、瞳孔と耳の中をペンライトで照らして覗いた。
そうした診察の合間にアヤカはさりげなく訊ねた。
「この負傷はどうして?」
「敵の捕虜になって捕まった時に」
「拷問を受けた?」
「何を拷問というのかわかりませんが…殴ったり蹴ったりはされました」
小川は仰向けになって天井を見ながら答えた。
「具体的にはどんな風に?」
「……聞きたいですか?」
「聞きたいわ。話してくれるなら」
「…最初は素手で殴ったり蹴ったりしていました。そのうち棒で殴られるようになった。
煙草の火を首筋に当てられたりとか。このままだと死ぬと思ったので偽装の話をした。
そうしたら、別の所に連れて行かれた。そこの訊問係はひどかった」
横目でアヤカを見た。うなずいたので小川は続けた。
- 360 名前:4残効 投稿日:2006/08/06(日) 08:58
-
「本当のことを話さなければ親指を切り落とすと言われました。
一生物が握れなくなるぞって。ごついナイフを当てられてすごく怖かった。
その次は熱して先端が真っ赤になった火かき棒を突きつけられました。
『これが見えるか?』
そいつはニヤニヤ笑って言いました。
『本当のことを話さなければ、これを目に突っ込む。お前は目が見えなくなる』
がっちり頭を固定されていて動けない。目の前に赤い先端が近づけられる。
『どっちがいい?どっちが利き目だ?右か。左か。どっちでもいい。左がいいか?』
あたしは黙っていました。
『所属部隊を言え。一瞬で終わるぞ』
火かき棒が近づいて来る。2センチ、1センチ。
『やめろ!』
『所属部隊を言え。一生物が見えなくなるぞ』
更に近づけられて、それに目の焦点が合わせられなくなった。目の前が赤くて、熱い。
何かが焦げたような臭いがする。あたしはもがき、叫んだ。熱い、放せ!嫌だ!!嫌だ!!」
ドンドン!
ドアをノックする音が聞こえて小川は我に返った。
紺野が不安そうにドアの隙間から顔をのぞかせていた。
「あの……大きな声が聞こえたので…」
「大丈夫よ」
アヤカはニッコリ笑って言った。
「今、彼女の中の悪魔を追い出しているところ」
「…………」
紺野はぺこっと頭を下げると、ドアを閉めた。
小川は汗をかき、呼吸が少し苦しくなっていることに気づいた。
「それで?」
アヤカが促した。
「気絶しました」
- 361 名前:4残効 投稿日:2006/08/06(日) 08:58
-
「…脈が68から180まで上がった。目は無事だったようね。それから?」
「何日間かそんなことを続けられました。目は潰されなかったけど、足に押しつけられました。
一緒に捕まったメンバーも偽装の話を押し通したので、そのうち刑務所に移されました。
それからは殴ったり蹴ったりされたくらいです」
「…頭痛はいつから?」
「2週間くらい前からです。それに、さっきお話したような場面の夢を何度も見ます」
「無理ないわね」
アヤカは立ち上がって再びファイルを眺めた。
「遅延性ショックが起きてるんだと思うわ。そういう体験によってストレスが生じている。
それが心身に障害を引き起こす…今は頭痛ね。外傷後ストレス障害…PTSDと呼ばれているわ。
精神科医に診断を受けた?」
小川はかぶりを振った。
「家族には?こういう経験をしたことは話した?」
「家族はいません。孤児なので」
「そう」
アヤカはファイルに目を落とした。
「それは…ごめんなさい」
「いえ。いいんです。…同居している人はいます」
「その人には?」
「同じ隊だから、だいたいのことは知っています」
「自分の口からは?」
「あまり話していません」
「どうして?」
「話したくないです。…それが問題なんです、アヤカさん。
どういうわけか、最近は一緒にいるのもツライんです」
「ツライ?」
「何だかイライラする時があって、一緒にいたくない」
「うーん。遅延性ショックのせいね。ストレスが今になって出てるんだわ。
少し距離を置くのもひとつの方法ね」
「別居した方がいいってことですか?」
「大げさにしないで、あくまでも休養という意味でね」
「…………」
- 362 名前:4残効 投稿日:2006/08/06(日) 08:59
-
「2,3週間試してみたらいいと思う。落ち着くまでの間ね。
その間に飲むお薬を出しておくわ。一日2錠よ」
アヤカは処方箋を書いて小川に渡した。
「大丈夫よ。しばらくしたら治るわ」
「はい。ありがとうございました」
小川は立ち上がった。
「こっちこそ、いろいろ興味深い話を聞かせてもらったわ」
アヤカが手を差し出してきて、握手をした。
診察室を出ると紺野が心配そうな顔で小川を見た。
「大丈夫?麻琴」
「うん」
「これが代金。カード?」
「うん」
小川はカードを出した。紺野は端末を操作し、カードを返した。
「やっぱり、まだ…?」
心配そうな紺野に小川は力ない笑顔を見せて手を振った。
「じゃ、お仕事頑張ってね」
「あ、うん…」
- 363 名前:4残効 投稿日:2006/08/06(日) 08:59
-
食堂に行くと新垣がいた。
「あ。まこちぃ、ちょうどいいや。話あるんだけど」
「ん?何」
小川は飲み物を持って新垣の後に着いて座った。
「まこちぃ、ご飯食べた?」
「ん?いや……」
新垣はじーっと小川を見た。
「話って何?」
その視線を避けるように、小川は促した。
「あー。まこちぃさあ、愛ちゃんと話してる?」
「はぁ?」
「もーさぁ、最近すごいのよ、愛ちゃんのグチが」
「あぁ……」
高橋は以前から新垣には気兼ねなく、と言うか一方的に自分の言いたいことを言っているようだった。
新垣は時々マジギレしながらも、おおむね付き合ってやっているらしい。
おそらく、いや確実にグチの原因は自分のはずなので、小川は申し訳なく思う反面、
何となく面白くなかった。
高橋は一緒に住むようになってから、小川に対してはほとんど文句らしい文句を言ってこない。
「もぉテッテケテッテケ何言ってるのかわっかんないんだけどさー、こー毎日…」
「あぁ…ゴメン」
「え?や、まこちぃが全部悪いってワケでもないんだけどさー。あんま心配かけちゃダメだよ」
「うん」
「ガキさーん、ブリーフィング始まるでー」
高橋の声がして、小川はびくりと肩をすくめた。
食堂の入り口近くに高橋と亀井が立っていて、こっちを見ていた。
「おぉ、そーだった」
新垣はせかせかと立ち上がり、ふと小川の方を向いて小川の頭を撫でた。
「元気出してよ、まこちぃ」
「ん…。任務?頑張ってね」
「うん。じゃね」
新垣が立ち去った後、小川はアヤカが処方してくれた薬をそっと飲み込んだ。
- 364 名前:鉞南瓜 投稿日:2006/08/06(日) 09:04
- 更新終了。
レス御礼。
>>356 名無飼育さん さま
見てるだけなら割と楽しそうですが朝までだと辛そう…
ヤススと軟骨食いたいw
>>357 えみっく さま
牛でもパンダでも犬でもいいっす
何かごろごろ転がっているイメージが…
美貴マコにやんちゃさせてスイマセン
- 365 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/07(月) 23:58
- 更新お疲れ様でぇす!!
>軟骨食いたい
軟膏食いたいと読み間違えて一瞬焦ったw
ストレスってこわいなー。新垣さん頑張ってw
- 366 名前:鉞南瓜 投稿日:2006/08/16(水) 23:29
- まずはレス御礼
>>365 名無飼育さん さま
軟膏…軟骨…似てるかも…
ストレスはこえーのれす
ガキさんは苦労症w
- 367 名前:5深意 投稿日:2006/08/16(水) 23:30
-
「医療センターに行ったんやって?」
今日アヤカに言われたことを考えていると不意に高橋に言われた。
小川は思わず高橋の顔を見た。
高橋の表情には特に何の感情も見られない。
「行ったよ」
小川は素直に肯定した。
おそらく高橋は紺野から聞いたのであろうから否定は無意味だ。
と言って特に隠す気があったわけではないが。
「どっか悪いん?」
「アタマ」
高橋の顔がみるみる不機嫌になった。
「ふざけんで」
「へ?や、あの、ふざけてないけど。そりゃアタマ悪いかもしれないけど、そうじゃなくて。
最近頭痛がひどいから…」
小川がしどろもどろになって説明すると、高橋の表情から剣呑な様子が消えた。
- 368 名前:5深意 投稿日:2006/08/16(水) 23:31
-
「……で?」
「で?」
「お医者さんは何て?」
「ああ。遅延性ショックが起きてるんじゃないかって」
「ん…?」
「捕虜になった時のストレスが今になって出てるんじゃないかって」
「……。で?」
「で?」
「治るん?」
「薬はもらったけど…」
「うん」
小川は首の後ろをかいて、それから思い切って口を開いた。
「その…、あたし最近おかしーじゃん?」
「……」
高橋は否定も肯定もしなかった。ただ小川をじっと見ている。
「…だから、その、このままだと、愛ちゃんに迷惑掛けてばっかりだから…」
「そんなことない」
「少し離れて…え?」
「迷惑なんてことない。あーしこそ麻琴がつらそうなのに何もしてやれん」
「愛ちゃん…」
高橋の言葉は小川にとって意外なものだった。
「…あんな、麻琴。あーし、ずっと考えとった」
「何?」
「軍、辞めてもええんやない?」
「えっ…ええ!?あ愛ちゃん、何言って…」
「軍だけが全てやないやろ。2人でどっか静かな所で暮らしても――」
- 369 名前:5深意 投稿日:2006/08/16(水) 23:31
-
小川は口をぽかんと開けて高橋を見た。
どんなにつらい状況になっても、軍を辞めることなど考えたこともなかった。
「や…辞めて何するの?」
「何でもいいよ」
「何でもいいって…」
「あーし、麻琴と一緒なら何でも出来る気がする」
「………」
高橋はまっすぐな目で小川を見ている。
小川は呆然としていた。
入隊するまでどれだけ大変だったか、入隊してからの苦しい訓練の日々、
辞めたらどれだけのものを失うことになるのだろう。
高橋は狙撃手(スナイパー)として頭角を現わしつつあった。
将来有望とみなされている。それを全て捨てると言うのか。
- 370 名前:5深意 投稿日:2006/08/16(水) 23:32
-
―――― 沈黙を切り裂いたのは電話の音だった。
「…ハイ、高橋です。――わかりました」
高橋は電話を切ると、大きく息を吸って、吐き出した。
「…行かな」
「うん」
高橋が何かの任務についていることは察していた。
それがどういう内容なのかは同僚でも聞けない。
聞いても答えられないのはわかっている。
小川は高橋の後について玄関まで一緒に行った。
少し考えて、外まで一緒に出た。
「…ガキさんが迎えに来る」
「うん」
高橋は何か言いたげに小川を見た。
小川は黙って高橋の隣に立って、手を握った。
高橋は安心したように道路の方へ目を向けた。
やがて走って来る車のライトが見えた。
「気をつけてね」
「うん」
新垣の運転するランドクルーザーが玄関の前に止まり、高橋は乗り込んだ。
小川は2人に手を振った。
新垣は少し驚いたように小川を見て、それから微笑んで片手を少し上げた。
ランドクルーザーがすごい勢いで見えなくなるのを見送って、小川は家に戻った。
- 371 名前:5深意 投稿日:2006/08/16(水) 23:32
-
目を醒ました時、まだ暗かった。
寝返りを打つと、隣に高橋がいた。
いつの間に帰って来たのか、部屋に入って来た音も聞こえなかったし、まったく気づかなかった。
ブラインドを通して入ってくる街灯の暗い光で、高橋の身体の輪郭が見えた。
小川の方を向いて身体を丸め、両手を併せて枕にしている。
眉間にしわが寄っていて、何やら呟いている。
こんな弱々しい高橋を見るのはどれくらいぶりだろうと思った。
小川はじっと横になって、高橋を見つめていた。
そっと手を伸ばして触れようとすると、高橋は小さく叫んで寝返りを打った。
高橋の髪からはシャンプーの香りがした。
また何か呟き、小川に身体をすり寄せて来た。
小川は高橋の髪をそっと撫で、高橋の寝息をじっと聞いていた。
- 372 名前:5深意 投稿日:2006/08/16(水) 23:33
-
次に目が醒めた時に目覚まし時計を見ると、0645時だった。
小川はゆっくりと立ち上がり、高橋を起こさないよう気をつけてキッチンへ行った。
お湯を沸かし、コーヒーを淹れる準備をした。
小川が歩き回っているのを聞きつけたのか、高橋が眠そうな顔で部屋から出て来た。
「おはよ」
「…おはよ」
高橋は小川と視線を合わせないようにしてソファに座った。腕を膝に挟んで、視線を下に向けている。
寝室を別にしているのに、小川のところで寝たのが気まずいのだろう。
「…ごめん。作戦はすぐ中止になって帰って来れたんや。でも何か、怖くて不安で…。
そばにいたかったんやよ…」
高橋は顔を上げた。
「いいんだよ。別に謝ることじゃないよ」
小川は高橋に近づき、ぎゅっと抱き締めた。
今までだって不安な時はあっただろうに、自分に気を遣って1人で寝ていたのかと思うと
何ともいえない気持ちになった。
「心配要らないから」
高橋に言いながら、小川は自分自身にもそう言い聞かせていた。
- 373 名前:鉞南瓜 投稿日:2006/08/16(水) 23:36
- 更新終了。
思ったより長くなりそう。8月には終わらないな…。
さくっと終わらせる予定だったのですが。
- 374 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/18(金) 16:47
- 愛さんガンバレ。
麻琴もがんばれ。
- 375 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/21(月) 12:54
- 初めて書き込みます。面白いです!
楽しみにしています。
- 376 名前:6展開 投稿日:2006/08/23(水) 18:11
-
朝のトレーニングを終えて基地の中を歩いていると、保田に声を掛けられた。
「おー小川、元気?」
「は、ハイ」
小川は背筋を伸ばした。
「何緊張してるの?ちょっと寄って行きなさいよ」
保田の執務室に引っ張り込まれた。
「どう?調子は」
「はぁ。まあまあです」
「この間は少しやり過ぎたかなって裕ちゃんと言ってたんだよね」
「あ、イエ。勉強になりました」
「勉強ねえ…」
保田は苦笑した。
「あんた見てると昔の自分を思い出すんだよねー」
「はあ…」
「あんまりカタく考えちゃダメよ」
「はい」
ふとデスクの上にある未決書類入れの写真が目に入った。
モノクロの手配写真を引き伸ばしたものだった。
それを見ると小川のうなじの毛が逆立った。
- 377 名前:6展開 投稿日:2006/08/23(水) 18:12
-
「どうした?」
保田は小川の様子が変わったことに気づき、何を見ているのか悟ると慌てたように
写真を押さえた。
「これは重要な秘匿事項よ」
「その写真の人物、見たことがあります」
「何?まさか!…いや、でも――」
保田はぶつぶつと何か呟くと、その写真を取り上げてデスクの上に置いた。
「いい?あたしは見せていないし、小川も見ていない」
小川は頷き、写真に目を落とした。
「――あいつだ」
「誰?」
「名前は知りません。捕虜になった時に、あたし達を拷問した」
「………」
保田は妙な表情を浮かべて小川を見た。
- 378 名前:6展開 投稿日:2006/08/23(水) 18:12
-
「小川、間違いない?」
「間違いないです。こいつが熱した火かき棒をあたしに突きつけて目を潰すと
脅したんです」
「…イイ趣味してるわね」
「他には指を切り落とすと言ってナイフを指に当てたり、電気ショックのやり方に
ついて延々と説明してくれました。濡れたスポンジを使うと感電する電圧が高くなるし
火傷が残らないんだそうです。実行される前に刑務所に移されましたが」
「…それは幸運だったわね」
「この写真は?」
「それは機密よ。でもいい?この人物の識別はとても重要なことよ。
こいつを知ってると言うのは間違いないわね?」
「絶対です。疑うなら藤本さんに聞いたらどうですか?彼女も知ってるはずです」
「ああ、そうか!」
保田の顔がぱっと明るくなった。
- 379 名前:6展開 投稿日:2006/08/23(水) 18:13
-
「今どこにいるかな」
保田はせかせかとあちこちに電話を掛け、藤本にここに来るように伝えた。
5分後、藤本が不審気な顔で執務室に入って来た。
「何ですか?」
小川がいるのを見て更に困惑した顔になった。
「ちょっと、保田さん。お酒ならもう…」
「あー違う違う。――こいつに見覚えがある?」
保田は伏せてあった手配写真を裏返した。
「こいつ…!あたし達を拷問したヤツだ!」
保田が小川を見たので、小川は頷いて見せた。
「わかった。これで決まり。――それじゃあんた達、このことは忘れて」
「えええ!?」
「ちょっと待って、何なの!?こいつは何の関係があるの?」
「何も関係ない。忘れて。このことは他所では言わないこと。あんた達はこの写真を見ていないし
あたしは何も話していない。いいわね?」
小川も藤本も保田の命令通り誰にも話さなかったが、忘れることは当然出来なかった。
何かの作戦が進行中らしいことはわかったが、誰もが口を閉ざしているので
何なのか見当もつかなかった。
- 380 名前:6展開 投稿日:2006/08/23(水) 18:13
-
翌朝、基地へ行きインタレストルームに入ると、書記官に中澤の所へ大至急出頭するよう言われた。
小川が言われたとおり出頭すると、中澤はデスクに向かっていた。
「そこに座り」
言われた通りデスクを挟んで向かい側に座った。
中澤は書類フォルダーを開き、写真を出して小川の方へ向けた。
「こいつを知ってるそうやな」
小川は頷いた。
「よし。仕事をやる。こいつを始末する」
中澤はじろりと小川を見た。
「クチ」
小川は慌ててぽかんと開けていた口を閉じ、背筋を伸ばした。
「やるな?」
小川はこくこく頷いた。
「よし。これは非合法作戦や。どういう意味かわかるな?誰も聞いていない。
誰にも話してはいけない。一番親しい者にも。この部屋の外では存在しない。
我々が関与した痕跡はひとつも残してはいけない」
中澤はかんで含めるように言った。
こういう言葉は何度も聞かされているが、わざわざ逆らうこともないので素直に同意した。
「わかりました」
「詳しいことは1600時にブリーフィングを行う」
- 381 名前:6展開 投稿日:2006/08/23(水) 18:13
-
夕方、中澤の執務室に行くと、4名集まっていた。
吉澤の隣に石川、その後ろに紺野と田中が座っていた。
小川が田中の隣に座ると、藤本が入って来た。
藤本が石川の隣に座ると、中澤と保田が入って来た。
中澤が話を始めた。
「この作戦は、わかってると思うけど非合法作戦や。チームの外にはひとことも漏らしたらあかん。
ごく遠まわしに言っただけでも即刻追放処分とする。ええな?」
いつもなら誰かが茶々を入れそうなところだが、全員神妙に頷いた。
「よし。この作戦の目的は、この人物を始末することや」
中澤は壁のボードに留めてある手配写真を指差した。
中澤は標的(ターゲット)の経歴についてざっと話した。
「標的は停戦後、周辺諸国を煽動し、科学・生物兵器を使用する総攻撃を行おうとして
自軍に逮捕された。裁判になるかと思われたが仮釈放になり、国外へ逃亡した。
そしてテロ組織の熱烈な擁護者になった。報復攻撃も諦めていない。現在非常な脅威になっている」
中澤はメンバーの顔を見回した。それから保田を見て頷いた。
- 382 名前:6展開 投稿日:2006/08/23(水) 18:14
-
「昨日、この中の2人が標的を個人的に知っているという利点を持っていることがわかった」
保田が言うと、メンバーは小川と藤本の方を見つめた。
藤本はちらりと周囲を見て、口を開いた。
「捕虜になった時にこいつから拷問を受けた。遠くから見てもはっきりわかる」
小川も頷いた。
「れいなは知らないのか?」
吉澤が聞くと田中はかぶりを振った。
「…会ってないです」
「会わなくてよかったって。こいつの訊問は最悪だった」
藤本が不機嫌そうに吐き捨てた。
- 383 名前:6展開 投稿日:2006/08/23(水) 18:14
-
攻撃目標と時間調整(タイミング)、装備についての説明があった。
チヌークで越境侵入し、標的のいる軍事基地の50キロ手前で降りる。
そこからは車輌で接近する。
「何度も言うが、この作戦は完全にクリーンで行う。私服で出所を完全にわからなくした武器を
使用する。装備は全て点検するように。――死者が出た場合は、死体を持ち帰ることが不可欠だ。
それが出来ない場合は棒地雷で死体を消滅させること」
全員顔をしかめた。
保田は構わず続けた。
「時間調整(タイミング)。これはごく短期間の任務になる。国際共同大規模演習にまぎれて
行うため、6日の間に侵入し離脱する。いいわね。何か質問は?」
「武器は?」
吉澤が聞いた。
「明朝、出所のたどれないAK-47が届く。武器課から受け取って。
受け取ったら、ここに保管すること」
保田は部屋の一隅のロッカーを指差した。
「他には?――ないわね。最後になったけど、今回の作戦の指揮官(リーダー)は吉澤よ。
それじゃ吉澤、後はよろしくね」
中澤と保田は退出した。
吉澤は前に立ってメンバーを眺めた。
「てことで。吉澤が指揮官(リーダー)です。指揮権上の次級者は石川」
吉澤が言うと、石川は神妙に頷いた。
「訓練は明日からになる。全員、予防接種を済ませておくこと。それから、役割分担。
あたしと麻琴は爆発物担当。石川と田中は通信。出所をつきとめられない通信機を持って行く。
使い方については情報部から報告が届く」
石川と田中は頷いた。
「よし。紺野は医療担当、藤本は車輌担当だ。整備上必要なことを教わってくれ。
何か質問は?――それじゃ、がんばっていきまっしょーい」
- 384 名前:鉞南瓜 投稿日:2006/08/23(水) 18:18
- 更新終了。
レス御礼。
>>374 名無飼育さん さま
何とか2人を幸せにしたいんですが…
迷走中。
>>375 名無飼育さん さま
ありがとうございます。
励みになります。
- 385 名前:7支度 投稿日:2006/08/30(水) 18:19
-
2日後、情報部によって潜入する基地に関するブリーフィングが行われた。
警備の厳重な二重のゲートを車で通り抜け、情報部のビルの地階に着くと、
情報部の人間が出迎えに来ていた。
ロックされたドアを暗証番号を打ち込んで何枚も開け、建物の中枢に入って行った。
慣れない異様な雰囲気にメンバーは無口になっていた。
ブリーフィングの前に改めて守秘の必要性を注意された。
そしてブリーフィングが始まった。
ラップトップに衛星データがダウンロードしてあり、
一部を画像処理してCGの三次元映像に変えたものをスクリーンに映写した。
まず軍事基地の全体を見せられた。
担当者がポインターを使って説明を始めた。
- 386 名前:7支度 投稿日:2006/08/30(水) 18:19
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軍事基地は長辺が約2キロメートルのほぼ長方形に近い形で、幹線道路が北から通じている。
周辺防御柵は高さ3メートル。警報装置はなく電流も流れていない、感知装置もないとのことだった。
基地の主な部分の説明があり、担当者は周辺防御柵の直角の角のすぐ内側にあるL字型を示した。
「執務室と宿舎を兼ねているらしい。1階と2階が使われている。地下もあるようだ。
コンクリート・ブロックで外壁は二重、窓のサッシは金属だ。標的は平日はここに寝泊りしている」
「建物と柵の間の距離は?」
吉澤が聞いた。
「100メートルか、それより広いくらいだろう」
担当者は建物の画像を拡大し、詳しく説明した。
標的は午前1時から3時まで特定の場所にいると説明があった。
「この窓だけが明るい。標的はここにいると我々は見ている」
「何で標的とわかるんですか?」
「…内部情報だ。定期的に連絡が来る。頻繁に停電が起こるので苦労している」
- 387 名前:7支度 投稿日:2006/08/30(水) 18:20
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地形の説明に移った。
ヘリで北東から南西へ延びるMSRの上を飛び、地上に降りてから狭い道路を一本と
広い涸れ谷を一ヵ所通る。
南に向かう間、砂漠は平坦だが基地に近づくと細長い砂丘に行き当たる。
砂丘全体は幅3キロメートルで東西に延びている。
その北端から基地の周辺防御柵までは400メートル程度しかない。
砂丘の高さは45メートル程度で監視所には最適だと担当者は説明した。
訓練を受けていない小川たちの目では、写真を見せられても詳しいことはわからない。
砂漠の写真をじっと見つめていると前回の任務のことを思い出し、小川の胸に不安が兆してきた。
あの時、ブリーフィングでは砂漠と説明されたが、いざ潜入してみると岩だらけで岩砂だったので
監視所を建てられなかった。
同じように思ったらしい藤本が質問した。
「あの、前におとめ隊が行った作戦では、皆が地形を読み間違えてひどい目に遭ったんですけど」
口調は藤本にしては丁寧だったが、目つきに不審が現れていた。
- 388 名前:7支度 投稿日:2006/08/30(水) 18:20
-
「ああ。その話は知っている。気の毒だった。しかし画像のせいじゃない。
情報担当者が解析の仕方をわかっていなかったのが問題だった。
ここが砂漠というのは100%確実だよ」
担当者は自信ありげに答えた。
納得しかけたが、続いて夜明けと日没の気温が説明されると、またしても警戒心が沸いてきた。
これも間違った情報を与えられた。
雪や強風に遭うこと、夜は氷点下になることといった注意を与えられなかったため、
おとめ隊は低体温症で死にかけた。
それを再び藤本が指摘した。
「あの時は冬で、あの場所は海抜300メートルだった。今は初夏だし、君たちが行く場所は
海抜と同じくらいか、低いくらいだ。日中の気温は36度、夜間の最低気温は18度くらいだよ」
更に基地へと通じる道路の車の動きについて分析が続けられたが、
メンバーにはさして関心のない事柄だった。
とにかく南または南東から行き、柵の1キロ以内に潜伏地点を見つけ、砂丘に監視所を設ける。
他に不安材料があるとすれば、基地にいると思われる敵兵の多さだった。
担当者の話では、夜間に200〜300名いると推定されていた。
見つかるとかなり厄介なことになる。速やかに潜入して離脱しなくてはならない。
- 389 名前:7支度 投稿日:2006/08/30(水) 18:21
-
基地に戻ると、砂地に監視所を作る訓練を行い、武器の準備と訓練をした。
小川は吉澤と武器課に行って、新品のAK47突撃銃と
サイレンサー付の9ミリ口径ブローニングハイパワーを人数分、
SVD(ドラグノフ狙撃銃)を1挺受け取った。
AK47はまだ出荷時そのままのグリースがついた状態だったので、
小川はまず銃を分解してクリーニングした。
それから吉澤と誰もいない射撃場に持って行って、慣れるために撃った。
零点規正をやり、それぞれの銃のクセをつかんだ。
吉澤は全体的な計画を小川に話した。
「2、3名の襲撃隊が建物に侵入して標的と交戦する。
残りは周辺防御柵付近にいて、追って来た者がいれば倒す。
そうなるとこのドラグノフが貴重になってくる。
離れた所の歩哨を倒せば牽制に役立つ」
それから爆発物をチェックした。
「吉澤さん、これ18キロ位ありますよ」
小川は棒地雷を示して言った。
「こいつはパスだな。ただでさえ装備が多いのに持って行く余裕ねーよ。
プラスティック爆弾でいいだろ。注文しといてくれ」
「はい」
「後はクレイモア地雷だな。西側製のはダメだぞ」
「はい」
後は糧食の準備だった。
調理はしない、火は使わない、最短でも3日は冷たい食事をすることになる。
レーションをパッケージから出して、ジップロック付のビニール袋に移し直した。
食事に関しては諦めるしかない。
食べることが何より好きな小川にはつらいことだったが、遊びに行くわけではない。
- 390 名前:7支度 投稿日:2006/08/30(水) 18:21
-
チームを運ぶ搭乗員がやって来てブリーフィングを行い、必要な装備について話し合った。
C−130輸送機の搭乗員はニード・トゥー・ノウの原則により、
どこからどこまで送り届けるということだけしか知らない。
チヌークの搭乗員はもう少し詳しい情報を必要とする。
出所不詳の秘密作戦に従事していることを知っているし、行われる地域も大体わかっている。
しかし標的に関しては、やはり知らされないし詮索もしない。
チヌークのパイロットは松浦だった。
松浦にとって大事なのは潜入する晩の月の状態で、四分の一くらいの月と聞いてほっとしていた。
全員で距離、時間の調整、重量などを検討し、緊急の場合の手順を定めた。
元おとめ隊のメンバーはかなり緊張していた。
前回の作戦と雰囲気が似ているのも気に入らない。
吉澤と紺野はそれを知ってか知らずか、マイペースをくずさなかった。
それでだんだん他のメンバーも落ち着いて来た。
- 391 名前:7支度 投稿日:2006/08/30(水) 18:22
-
日中はやることがたくさんあったが、夜は何もない。
高橋は夜出ていることが多くなっていたので、あまり顔を合わせていなかった。
小川は言われたとおり、自分達のやっていることを誰にも話さないでいたが、
出発する前日に高橋にだけ告げた。
「明日から6日か7日間、海外に行くから」
「海外?何しに…」
言いかけて、高橋は口をつぐんだ。
小川はちょっと困ったような顔で笑った。
「だいじょーぶだよ、すぐ帰ってくるから」
「…麻琴の大丈夫はあてにならん」
「うわ、ひでぇ」
「ほやって、大丈夫なん?体調は」
「あー。大丈夫、みたい」
不審げな顔の高橋に、小川は笑いかけた。
「大丈夫、すぐ帰って来るよ」
- 392 名前:鉞南瓜 投稿日:2006/08/30(水) 18:29
- 更新終了。
えー。マコヲタとして思うことはいろいろあるのですが…。
そういうのは、チラシの裏に書いておくことにして。
これからいろいろ実感するんだろうけども。
マコ書きはやめへんでー、ということで。
小川さんには、一度きりの人生、お腹いっぱい学んで欲しいと思います。
青空はいつだってその胸の中にある。
- 393 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/09/06(水) 00:06
- 更新おつです。
何かこう胸が詰まって上手く言えませんが
まこが帰って来る日までお互い頑張りましょう(何をや?w
- 394 名前:8突入 投稿日:2006/09/06(水) 22:58
-
基地からC−130輸送機で1830時に出発した。
機内は装備が山積みになっており、小川たちは機体のフレームにハンモックを吊り、よじ登った。
後部の騒音はすさまじいので会話をする者はほとんどいない。
メンバーのほとんどは7時間のフライトを眠って過ごした。
吉澤と石川は操縦室を何度か出入りしていた。
到着した基地では簡易ベッドが2台ずつあるだけという質素な宿泊施設で1日過ごし、
当分食べられない温かい食事をたっぷり摂った。
何もしない1日を過ごし、2000時に再び飛び立った。
またハンモックによじ登って薄暗い照明の中で横になり、
イヤープロテクターを着けてそれぞれ思いにふけった。
小川は高橋のことを考えた。今どうしているだろうか。
自分と同じように作戦へのプレッシャーにさらされているだろうか。
それとも家で過ごしているだろうか。
会えないのがひどく寂しかった。
ついこの間まで離れることばかり考えていたのが嘘のように会いたくてたまらない。
作戦が終わったら2人でどこかへ出かけようと思った。
少しゆっくり休んで、ちゃんと話をしよう。絶対にそうする。
- 395 名前:8突入 投稿日:2006/09/06(水) 22:59
-
C−130が降下を開始した時には、完全に真っ暗になっていた。
チヌークへの乗り換えは迅速に済んだ。
誰かに見られたとは思えない。
それでも最初の数分間は欺瞞のために真南へ向けて飛ばし、
完全に視程外に出たと思った所で東寄りに針路を変えた。
吉澤はヘッドセットを壁のソケットに接続して、話を始めた。
チヌークのパイロットは松浦のはずだ。
既に国境は越えているとわかった。
小川は後部に行って武器・弾薬の準備をし、装備の残りを車へ積み直した。
弾薬をフルに装填した弾倉をAK47に差し込み、更に弾倉4本をベルトキットのパウチに入れた。
後はまた落ち着かない待機に戻った。
2時間近く飛び、松浦が冗談めかした口調で告げた。
『まもなく次の駅でございます。お客様は降りる準備をなさってください』
すぐに普段の声に戻って続けた。
『着陸したら60秒待って、無事に降りたか確認します。
それまで何も言わなければ接敵はなかったと見て上昇します』
「了解」
吉澤が答えた。
『それでは幸運を祈っています。2日後に会いましょう』
「ありがと」
- 396 名前:8突入 投稿日:2006/09/06(水) 22:59
-
搭乗員が指を2本立てて『あと2分』と知らせてきて、ランドローバーのエンジンをかけた。
1分後、チヌークが減速してホヴァリングを開始し、テイルゲートが降りた。
搭乗員が親指を立てるのを見て、ランドローバーは傾斜板を下り始めた。
敵が待ち受けていることも考えられるので、緊迫の瞬間だった。
1分後、吉澤からの呼びかけがなかったので松浦はエンジンを全開にし、
チヌークは上昇して離れて行った。
ローターの重く響く音はやがて消えて行き、小川たちは砂漠の沈黙の中に残された。
小川は吉澤の運転する車に田中と乗り込み、石川たちの車が先行して走った。
3時間半走って、LUP(潜伏地点)まで5,6キロメートルというところまでたどり着いた。
石川から無線が入った。
『よっちゃん、道路がある』
「道路?そんなはずないぞ」
『でもあるんだよ。出来立てみたい』
「スタンバイ。すぐに行く」
石川の言った通り、砂をかき寄せて土手にした黒っぽい道路があった。
ブルドーザーで地ならししたばかりのようだ。
「衛星写真にはなかったぞ。この数日の間に作ったんだな」
吉澤が顔をしかめて言った。
コンパスを確認して、石川が言った。
「衛星写真に基地から演習場へ向かう道があったじゃない?それの延長じゃないかな」
「そうみたいだな」
吉澤は腕組みをして考えた。
理論上はこの道路があれば戦闘になった場合、
敵軍は吉澤たちの後背を車で移動して退路を断つことが出来る。
「気にいらねーが…まぁ仕方ない」
道路を両方向調べて、砂地が岩場に変わり土手がまだ出来ていない場所があったので
跡が残らないよう、そこを通過した。
- 397 名前:8突入 投稿日:2006/09/06(水) 22:59
-
石川から無線が入った。
『よっちゃん、前方に明かり!』
吉澤たちの車は石川たちの車に追いついた。
空に明るい真っ赤なライトが1つ、その下にいくつもライトがかすかに光っているのが見えた。
「あれだ。赤いのは通信塔の障害灯だろう」
吉澤が言った。
「距離はどのくらい?」
小川が聞いた。
「わかりにくいな。1キロくらいか。これ以上基地に接近するわけにはいかない。
この辺りでLUPを捜す。あの光の列は周辺防御柵で、その向こうにはまだ別の施設がある」
高さ3メートルほどの岩壁に沿って車輌を並べてカムフラージュネットをかけると、
これ以上ないくらいいい感じに隠すことが出来た。
メンバーは監視所用の装備を出し、徒歩で前進した。
- 398 名前:8突入 投稿日:2006/09/06(水) 23:00
-
「最終点検だ」
全員を集めて吉澤が声をひそめて言った。
「小川と藤本に監視所に一日いてもらう。標的の識別が必要だ。
2人の見たもの次第で今夜作戦を実行することになるかもしれない。
問題があった場合は、明日以降の晩になるかもしれない。
いずれにしても、あたしたちは今夜暗くなってから前進する」
吉澤は腕時計のライトボタンを押して確認した。
「現在、0400時だ。可能なら今夜作戦を実行する。
問題ないなら、小川と藤本はあたしたち3人を前方に呼んでくれ」
吉澤は自分と石川、紺野を指差した。
「田中は留守番だ。いいな?」
「…わかりました」
田中はちょっと複雑な顔をしたが頷いた。
「石川、無線機の準備が出来たら、出来るだけ早く本部に状況報告を送って。
目標地域に〔目〕が出来た。全てOKだと伝えて。
それから全員、水は大事にしてくれ。日が昇ればめっちゃ暑くなるし、
いつまでいることになるかわかんないからな。いいな?」
メンバーはうめくような声で返事をした。
「よし、小川と藤本は出発して。あたしと紺野が監視所へ装備を運ぶのを手伝う。
それからここへ戻る」
- 399 名前:8突入 投稿日:2006/09/06(水) 23:00
-
小川はAK47とバックパックを背負い、その他の荷物を提げて他の3人と移動を開始した。
砂丘の基地に面した側に、茨の藪が2個所ほどある窪みを見つけた。
別の藪から切り取ってきた枝でその藪を補強し、小さな囲いを作った。
同時に窪みを掘って深くして、砂を詰めた袋で茨の内側に壁を作った。
基地を観察できるように前方に長方形のすき間を残し、カムフラージュネットを上に広げた。
上に切り取った茨を載せて、隠れ場所がだいたい出来上がった。
背後は砂丘に護られている。ただしそっちから近づいて来るものがあっても見えない。
LUPからは見えるので吉澤たちが小川たちの背後を見張ってくれるはずだった。
東の空が明るくなり始めていた。
陽が昇るとあっという間に明るくなることは経験上わかっている。
「もう戻った方がいいよ」
藤本が吉澤と紺野に言った。
「わかった。幸運を祈る」
「美貴ちゃん、麻琴、気をつけて」
「そっちもね。じゃ、今夜」
吉澤と紺野は足跡を消しながら戻って行った。
数分後、石川から小川たちの丘の背後を見張っているとの無線連絡があった。
- 400 名前:8突入 投稿日:2006/09/06(水) 23:01
-
小川と藤本は食事をとった。
小川はミートソース・スパゲティを粉末ジュースで流し込んだ。
さして食欲が湧くわけではないので、パスタの方が食べやすい。
藤本はビーフラビオリを食べていた。
2人は交替で見張ることにしていた。
2時間当直、2時間休憩というサイクルだ。
ほとんど眠っていなかったが、疲れはなかった。
周辺防御柵は聞いていた通りだった。
高さ3メートルの金網、その上が外側に傾斜して鉄条網が載っている。
投光照明が頂点にある細い柱が100メートルごとにあるが、いくつか電球が切れていて
利用できそうな暗い個所があった。
数百メートルおきに作りつけられた監視塔があるが、兵は配置されていない。
防御柵にも見張りはいなかった。
赤外線灯、マイクロ波のアンテナ、監視カメラのたぐいも双眼鏡でじっくり調べたが見えなかった。
施設全体がかなり古く、ハイテク装置はなさそうだ。
建物の左手に通用口があった。
基地の他の場所からはほとんど蔭になっており、向かいの柵の電球が切れている。
「業者用の出入り口だな」
藤本が言った。
「エントリー・ポイントにぴったりじゃない?」
「そうだね」
辺りが明るくなるにつれて周辺防御柵の照明が消えたが、通信塔の赤いライトは点いたままだった。
0630時頃に太陽が昇り、2人のいる右手側から基地を照らした。
ブリーフィングの時に書いたメモや見取り図を頼りに基地の主要な施設を見分けることが出来た。
最初に来たのはパンと牛乳を配達する車で、基地の反対側の警衛所の前に停まり
長い間待たされた後、食堂らしい数個所の建物を回った。
0700時過ぎには乗用車やランドクルーザーが
北の道路から柵の表の広い駐車場に次々入って行った。
しばらくして半ズボンに運動靴を履いた連中が、長い列を作って柵の内側のトラックを走り始めた。
「体育訓練かな」
「それにしちゃだらしねーなー」
0810時頃には全員が建物に入り、基地は静かになった。
- 401 名前:8突入 投稿日:2006/09/06(水) 23:01
-
0830時頃になると、2人とも一晩中活動していた疲れが出始めた。
陽の光が既にひどく熱く、見るべき動きもほとんどない。
「美貴、寝るわ。何かあったら起こして」
藤本は右手の壁際に転がって眠り始めた。
小川は汗をだらだら流しながら、水を制限しなくちゃと考えていた。
0920時頃、練兵場の広場に向けて兵隊たちがぞろぞろ出て来た。
宿舎の正面玄関から武装した兵士4名が出て来て玄関の左右に整列した。
やがて白いシャツとズボンという礼装の肥満した巨漢が現れた。
小川は慌てて藤本を揺さぶった。
「美貴ちゃん!あれ見て!」
すぐに藤本がそばに来て双眼鏡で食い入るように見た。
「アイツだ!」
藤本は興奮したような声を上げた。
「くっそー。今ここにドラグノフがあればアイツをヤれるのに…」
標的が警衛と言葉を交わし、左右に薄笑いを向けているのを2人はじっと見ていた。
やがて標的は広場に向けて歩いて行った。
閲兵が始まり、地面に座っている兵隊たちがオーバーアクションの男に
すごい勢いで怒鳴られているのが見えた。
それが終わると砂漠も基地も再び静まり返った。
今度は小川が休む番だった。
眠ろうとしたが気温がじりじりと上がり続けている。
「気温36度だなんて嘘つきだ。40度以上あるよ」
小川はぼやいた。
それでもいつの間にか眠り込んでいて、藤本に肘をゆすられた時には2時間が過ぎていた。
- 402 名前:8突入 投稿日:2006/09/06(水) 23:01
-
1330時頃、帰宅の支度をした兵隊たちが警衛所の前に列をなしていた。
「週末だから早く帰るんだ」
藤本が言った。
「標的は?」
「出て行ったよ。あの白いジープがそう。情報部によれば明日は特別な会合だそうだから戻って来る」
午後はひどく緩慢に時間が流れて行った。
風はあるものの熱気があり、2人は汗をかいては水を飲んだが、蒸発する水分の方が多かった。
1800時過ぎに再び標的が現れた。
陽が低くなり、ようやく熱気が弱まり始めていた。
白いランドクルーザーが専用道路をメインゲートに向けて走って来るのが見えた。
他の車と違い警衛は止めずに遮断機を上げ、通過する時には敬礼をした。
「VIPと一緒だ。明日来るんじゃなかったのかよ。まったく情報部は…」
藤本が毒づいた。
ランドクルーザーは宿舎の正面玄関の前に停まった。
標的が客とともに降りてきて、2人とも中に入った。
ランドクルーザーは走り去った。
「今夜決行したほうがいい。アイツは明日の晩までに出て行くかもしれない」
藤本が言い、小川も同意した。
「そうだね」
小川は送信ボタンを押して呼び掛けた。
吉澤とやり取りし、今夜作戦を行うと決まった。
- 403 名前:8突入 投稿日:2006/09/06(水) 23:02
-
吉澤が本部に許可を得ている間、小川と藤本は返答を待った。
「…麻琴」
「何?」
「アイツは美貴がやる」
「…………」
「悪夢を終わらせる」
きっぱりした口調だった。
標的が2人にひどい仕打ちをしたのは確かだが、それは相手を殺す正当な理由にはならない。
誰であれ、命を奪うのは決して楽しいことではない。
標的はテロ組織に大規模な資金援助をして武器を供給している。
放置すれば多大な犠牲が出る。
そう思うことで小川は任務に集中しようとして来た。これは個人的な問題ではない。
だが藤本の気持ちもよくわかった。
2人とも何度も悪夢にうなされた。報復というよりも区切りのようなものだろうと思った。
小川は否定しないことで肯定の意を示した。
吉澤から通信が来た。
『連絡が取れた。2名が〔鳥〕を目撃、間違いなく〔巣〕にいると本部に伝えた。
間違いなく見届けたのか、突入できる自信はあるかと聞いている』
「大丈夫、問題ないです。大半がいなくなる0000時に突入するつもりです」
『よし。0000時に突入。計画通り行った場合、第6ERVに0200時にヘリを寄越してもらう』
吉澤が本部に確認をとったと伝えて来た。
『あたしたちは2200時にそっちへ行くから詳しく説明してくれ』
「わかりました」
- 404 名前:8突入 投稿日:2006/09/06(水) 23:02
-
吉澤、石川、紺野と合流すると、小川と藤本は砂丘の前に連れて行き、目標を教えた。
藤本が説明した。
「ウチらは左の角を回った所にある通用口から入る。あそこの暗い所で金網を切る」
「よし。石川は2人と一緒に行って、中に入ったらドアの所で掩護しろ。
紺野は柵の所で金網を破った個所の確保だ。AK47とドラグノフも持って行け。
撤退の邪魔になる脅威がいたらドラグノフで狙撃しろ。
あたしは正面の柵に沿って右に動く。あの監視塔のそばのゲートのギリギリまで近づいて
牽制のための爆薬を起爆する準備をする。ヤバくなったら時限信管をセットして引き揚げる。
爆発したら、衛星アンテナをロケットで吹っ飛ばす。いいか?」
「標的を見つけられなかったら?」
石川が聞いた。
「見つける。ヤツがこの中にいることはわかっている」
藤本が低い声で答えた。
「何か手違いがあった時は臨機応変にやるしかない。
もしヤツが建物を出たら、ウチらの誰かがヤツを殺る」
吉澤は落ち着いた声で言った。
- 405 名前:8突入 投稿日:2006/09/06(水) 23:03
-
0000時。
4人が掩護して、小川は柵の一番暗い所まで70メートルほど這って行き、
金網をボルトカッターで切り始めた。
L字型に縦横それぞれ60センチほど切ってボルトカッターをベルトキットにしまい、
金網をめくって、AK47を中に入れてから潜り込んだ。
藤本と石川が続き、3人で宿舎の裏手の暗がりへ走った。
そこで正面を向いて片膝を突き、待った。
壁にくっついていると、エアコンの音が相当うるさかった。
他の小さい物音は聞こえない。
石川がマグライトとロックピック(錠前破り)の道具の入った袋を出して、小川に渡した。
「…あたしがやろうか?」
石川が心配そうな顔で囁いた。
小川は苦笑して首を振った。
ロックピックには苦い思い出がある。新隊員の時に緊張してかなり手間取ったことがあった。
危うく作戦に支障をきたす所で、その後ちょっとしたトラウマになった。
今回、吉澤が小川にやるよう命じていた。
- 406 名前:8突入 投稿日:2006/09/06(水) 23:03
-
石川と藤本が10メートル離れた所で警戒している間に、小川は取り掛かった。
錠前を調べると、普通のピンタンブラー錠とわかった。
小川はピックを逆さまに奥まで入れてゆっくり上げ、引いた。
きちんとピンが機能していることを確かめ、何度か繰り返して感触でピンの数を確かめた。
テンションレンチを引っ掛け、適切な力でテンションをかける。
この場合はそんなに力はいらない。
テンションを掛けたまま、ピックを挿入してボトムピンと一緒にトップピンをやさしく押し上げる。
何度か繰り返して順番にピンを押し上げていくと、やがて全てのシアラインが揃った。
後はゆっくりテンションレンチを回せば、シリンダーが回って開錠される。
「開いた」
暑さと緊張で3人とも汗だくになっていた。
小川は道具を石川に戻し、AK47を背負った。
「じゃ、後で」
小川と藤本は素早く中に入り、ドアをそっと閉めた。
- 407 名前:鉞南瓜 投稿日:2006/09/06(水) 23:09
- 更新終了。
>>393 名無飼育さん さま
何かいまだに実感ないんですよ。マコ卒業。
普段からしょっちゅう見られるわけでもないし(苦笑)。
紺まこファンがいなくなっちゃうのは寂しいなあ…。
頑張ってくれる方がいるのは心強いですYO
- 408 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/09/07(木) 13:04
- >>405でちょっと笑っちゃいました
でも緊張する…ドキドキしながら見守ってます
私もまだまだこんまこファンですよー
- 409 名前:9暗夜の礫 投稿日:2006/09/14(木) 23:13
-
中は蛍光灯が一本点いた暗い廊下だった。
エアコンの冷気で寒すぎるくらいで、汗が冷えた。
2メートルほど左手で廊下は行き止まりになっており、閉まっているドアがあった。
右手には角がある。標的はこの上にいるらしい。
藤本が角をのぞいた。
そこも廊下でもっと長く、両側にドアが並びほとんど真っ暗だった。
小川と藤本は忍び足で歩いた。
音を立てずに15歩進むと狭いロビーのような所に出た。
玄関は右手、階段は左手にある。
小川は藤本の腕に手をかけて、指差した。
廊下の先、左手の少し開いているドアの隙間から光が漏れている。
何の部屋かはわからないが人の動く気配がないので、藤本は首を振って無視する意向を伝えてきた。
- 410 名前:9暗夜の礫 投稿日:2006/09/14(木) 23:13
-
藤本がまず階段を昇った。
ブローニングの薬室には弾薬を送り込んである。
小川は下から掩護した。
階段の上には1階と同じように延びている廊下があった。
藤本は階段を昇り切る一段前に立ち、角から用心深く廊下をのぞいた。
藤本が振り向かずに手を振り、小川は藤本の肩のすぐ後ろについた。
右手の突き当たりのドアの下から光が漏れている。
標的はあそこにいる。
一歩踏み出す前に明かりが消えた。
(――――!?)
一瞬後ビーン、カチッという音とともに点いたが、また消えて一度点き、やがて完全に消えた。
エアコンも切れて、完全な沈黙が辺りを覆った。
停電だ。
一瞬見つかったとせいかと思い2人は固まったが、ありえない。偶然だろう。
小川は左の腿の細いポケットに入っているマグライトを手探りした。
標的が飛び出して来るかもしれない。
- 411 名前:9暗夜の礫 投稿日:2006/09/14(木) 23:14
-
しばらくは何も起こらなかった。
一瞬パニックを起こしそうになった。
標的は本当にここにいるのか?いないのではないだろうか。
そう思い始めた時、部屋の中で動く気配があり、ドアが開くのに備えて緊張した。
また待った。
数秒後、停電が復旧した。
蛍光灯がカチッという音とともに点灯し、エアコンがうなり始めた。
小川は階段まで戻ると、身を屈めて送信ボタンを押した。
「吉澤さん、電力はどうなってるんですか?」
『わからん。何秒か全部停電した。基地中が真っ暗になった。今は元に戻っている』
「誰も動いていないですね?」
『誰もいない』
小川は藤本の所に戻り、押して促した。
しかし2歩と進まないうちにまた停電になった。
2人は真っ暗な廊下でじっと待った。
小川は右手にブローニングを持ち、マグライトを左手に持っていた。
そっと進んだ。
1歩、2歩、3歩…。
標的の部屋のドアの2メートルほど手前まで進んだ。
部屋の中から誰かが何かにぶつかる音がした。
ノブが回りヒンジのきしむ音がして、ドアが開いた。
- 412 名前:9暗夜の礫 投稿日:2006/09/14(木) 23:14
-
小川はマグライトを点けた。
光の中に、標的がいた。
何度も夢に出て来た顔がそこにあった。
驚いたような顔をして口を開きかけたが、何か言う前に9ミリ口径弾が額の真ん中に命中した。
標的は反動で仰向けに引っくり返り、床にどさりと倒れた。
藤本はすかさず傍へ行って2発目を撃ち込んだ。
後は確実に仕留めたとわかる証拠の写真を撮影して脱出するだけだ。
撮影を終えてカメラをパウチにしまったところで、下の階を走る音が聞こえた。
「――――!――――!」
何か叫んでいる。
「明かりを点けろと言っている」
藤本が囁いた。
「窓から出よう。高さは3、4メートルだ」
標的のいた部屋の中に入り、小川は鍵を手探りしてドアをロックした。
「――ちっ、ヤバイ!」
藤本が低い声で毒づいた。
「どしたの?」
「窓が開かない。固定されてる」
窓枠は頑丈な金属製だと日中に観察した時にわかっている。
2人で押し下げようとしたが、まったく動かなかった。
小川はブローニングを抜いてグリップでガラスを殴りつけた。
ガラスはへこんだだけで割れなかった。
「金網で補強されてる」
ドアの外では大騒ぎになっていた。
閉じ込められた。
- 413 名前:9暗夜の礫 投稿日:2006/09/14(木) 23:15
-
藤本は無線で連絡した。
「全員に告げる。〔鳥〕は死んだ。繰り返す、〔鳥〕は死んだ。しかし発見された。
牽制が必要だ。建物の右端にRPGを撃ち込んで。そっちから向かって右の2階」
吉澤が返答した。
『了解。RPGを撃ち込んで、牽制用の爆薬を起爆する。紺野、聞いてるか?』
『はい』
『ロケットが破裂したら警衛所の辺りを撃て。基地で明かりの点いている場所はあるか?』
『明かりは消えています。どこも停電しています』
『わかった。どこか点いたら教えて。ミキティ?』
「わかった。あたしたちは〔鳥の巣〕にいる。今は動けない。でも問題はない。
出られるようになったら、明かりの点いていた例の窓から出る」
小川はすぐに使えるようにベルトキットに入れてあった、小さな爆薬を2個取り出した。
それを窓に取り付けるのには数秒しかかからなかった。
2人とも壁際で床に伏せ、顔を窓から遠ざけて親指を耳に突っ込んだ。
一秒がものすごく長く感じた。
何の前触れもなく、すさまじい轟音が鳴り響いて、衝撃が建物全体を揺さぶった。
その直後、小川が取り付けた小さな爆薬が爆発した。
2人は素早く立ち上がった。窓は開いていた。
小川はその辺に散らばっていた書類で割れたガラスを払うと、脚から先に出た。
AK47の銃身が枠の上側にひっかかったので、上半身を激しく動かして外した。
ぶら下がって、それから飛び降りた。
膝を柔らかくして着地した。激しい着地だったが、何ともなかった。
藤本がそばに飛び降りた時、ゲートの辺りの暗闇を巨大な炎が走り、直後に爆発音が聞こえてきた。
「吉澤さん、ナイス」
小川は呟いた。
- 414 名前:9暗夜の礫 投稿日:2006/09/14(木) 23:15
-
無線で石川に呼びかけた。
「石川さん、あたしたちは正面にいて、角を回ってそっちへ行きます。そこにいますか?」
『了解。準備して待ってる』
建物の角へ駆けて行くと、石川が正面にいるのがわかった。
3人で金網の穴へ走った。
あちこちを銃弾が飛び交っていた。
短い連射は吉澤と紺野だが、柵の内側からも砂漠に向けて曳光弾が飛んでいた。
金網の穴をくぐると、柵からじゅうぶん離れるために走り、窪みに飛び込んだ。
外は暑く、小川たちは息を切らして汗だくになっていたが、興奮してハイになっていた。
疲れも空腹も感じなかった。
吉澤と合流した。吉澤は田中を呼び出した。
「鳥が死んだのを本部に伝えたか?」
『はい。メッセージを伝えて受領通知をもらいました。ヘリはこっちに向かっています』
「よし。じゃ行こう」
- 415 名前:9暗夜の礫 投稿日:2006/09/14(木) 23:16
-
第1ERVである監視所に行くと紺野の姿がなかった。
先に戻ってるはずだった。
「紺野?」
吉澤が無線で呼びかけた。
「第1ERVに早く戻って来い」
応答がない。吉澤はもう一度呼び、メンバーは不安をつのらせて待った。
ようやく返答があった。
『…紺野です。…撃たれました』
「何だって!?」
「こんこん!?」
思わず小川は叫んだ。
「どこにいる?」
『金網の所です』
「がんばれ、今行く」
- 416 名前:9暗夜の礫 投稿日:2006/09/14(木) 23:16
-
メンバーは紺野のいる方向へ走り出した。
連射される自動火器の銃弾が頭上を越え、赤い曳光弾が弧を描いて飛ぶのを見ると、
狙いはそう高く逸れていない。
金網の近くに人影が見えた。
「こんこん!」
「紺野!」
紺野は右側を下にして、左脚を曲げ、右脚をまっすぐ伸ばして、窪んだ所に横たわっていた。
全員がポンチョ式の担架を装備に入れている。
石川が自分の担架を出して広げている間に、小川は紺野のベルト・キットを外して自分が背負った。
今は傷を見るよりも、ここから離れるのが先だ。
担架に載せるために動かすと、紺野はうめき声をあげた。とにかく意識はある。
吉澤と小川が担架の両端を持ち、石川と藤本が掩護する中、出来るだけ早足で進んだ。
監視所に着いて仰向けにすると、紺野はまだ意識があり、荒い息をしていた。
石川がナイフでズボンを上に向かって切り裂いた。
AKの一発が右の太腿の筋肉を貫通し、引き裂いたようになっていた。出血がひどい。
小川は紺野のベルト・キットから包帯セットを出し、包装を破った。
常に本人の包帯を使うことになっている。自分のは後で必要になるかもしれない。
厚い包帯を傷口2個所に詰め込むようにして巻いた。
マグライトで顔を照らしてみると、紺野は血の気を失い白い顔をしていた。
「こんこん、しっかりしろお!」
小川は紺野の首にかけたモルヒネの注射器を探った。
探り当てると、紐をちぎりキャップを外して、無事な方の太腿に注射した。
- 417 名前:9暗夜の礫 投稿日:2006/09/14(木) 23:16
-
突然、明るい光が基地から延びてきた。
サーチライトの光芒が、砂漠をメンバーの右手からずっと照らしていっている。
「ヤバイ!」
藤本が怒鳴った。
「伏せろ!」
メンバーは地面にぴたりと伏せたが間に合わなかった。
光がメンバーの上を通り過ぎてから止まり、再び戻って来た。
見つかった。
次の瞬間、光に沿って銃弾が飛んで来た。
小川は伏せたまま、紺野のベルト・キットから保護用のポリ袋に入っている点滴を出した。
手が震え、セットするのに手間取った。
頭の周りで鋭い音や小さな破裂音がしていたが、気にしている暇はない。
紺野の袖をまくって、腕に針を刺した。
吉澤は左手に何メートルか転がって射撃の姿勢をとり、AK47でサーチライトを激しく狙い撃った。
1回、2回、3回と短い連射を放ち、狙いを修正していった。
4回目の連射でサーチライトは消えたが、散弾は変わらず頭上をかすめ飛んでいる。
「伏せろ!狙いがわからなくなるのを待て!」
吉澤は叫んだ。
数秒後に銃撃が止んだ。
「よし、行くぞ」
吉澤が言った。
戦術的な面がどうとか言っていられなかった。
紺野をあまり手荒にならないように運びつつ、出来るだけ早くここから遠ざかるだけだ。
- 418 名前:9暗夜の礫 投稿日:2006/09/14(木) 23:17
-
ようやくLUPまでたどり着いた。
ランドクルーザーの後部に紺野を平らに寝かせた。
新しい点滴に取り替える。
小川は紺野に顔を近づけた。
「こんこん」
「…ん」
「聞こえる?」
「うん」
「走るよ。悪いけど点滴の袋は自分で持って」
「うん」
「用意は出来たか?第6ERVに向かうぞ」
吉澤が言った。
「紺野はどうだ?」
「何とか安定したみたいです」
「よし。行くぞ」
吉澤の車が先導して走った。
第6ERVまで最大速力で走り続けた。
引き上げ地点は広い涸れ谷の南岸で、突入の時よりもはるかに距離が少ない。
- 419 名前:9暗夜の礫 投稿日:2006/09/14(木) 23:17
-
「石川、停止して。こっちによれ」
20分ほど走って、停止した。
石川が無線機をいじっている間、小川は紺野の様子を見た。
また新しい点滴の袋に取り替えた。
石川が本部に連絡する間、小川はずっと紺野のそばにいて小声で励まし続けた。
「通じた」
石川が言って、吉澤が交替した。
引き揚げ地点までの到着予定時間と負傷者が出たことを伝えた。
5分後、引き揚げ地点で全方位防御の姿勢をとって、迎えを待った。
「来た」
藤本が呟いた。
「ライト!」
石川がファイアフライを点灯した。
遠くからバタバタという爆音が聞こえ、一分と経たないうちにチヌークの重い連打が空に轟いた。
ローターが砂やらなにやらをもうもうとまきあげた。
ほどなくして土煙の中から人影が現れた。その人影が赤い光をメンバーに向けて振った。
「行くぞ」
吉澤が叫んで、車をゆっくり進ませた。
傾斜板が下ろされ、輸送員が躍起になって発光スティックを振っていた。
1分とたたないうちに2台の車輌は無事に乗り込み、ヘリは飛び立った。
機上輸送係がタイヤをチェーンで固定する間、左右に揺すぶられた。
「頑張って、こんこん。後もう少し。一時間だよ」
C−130で医官が待っている手はずになっている。
小川が言うと、紺野はモルヒネで朦朧となっていたが、何とか弱々しい笑みを浮かべた。
- 420 名前:鉞南瓜 投稿日:2006/09/14(木) 23:22
- 更新終了。
愛さん、おたおめ。ハタチですか。何かビックリ。
レス御礼。
>>408 名無飼育さん さま
鍵開けは小川さんの鬼門w
でも泣くほど苦戦させなかったのは作者がヘタレだからorz
こんまこはガチ
- 421 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/09/18(月) 04:24
- こんこんが・・・!
まこ、こんこんを救ってやってくれ
臨場感が凄すぎてマジ泣いた
作者さん、頑張ってくれ
- 422 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/09(月) 21:46
- 初レスさせてもらいます。もしかしてどこぞの名のある作者さんでしょうか?
この雰囲気に引きずり込まれてしまいました。シリアスな本編と同様に牛
シリーズもお気に入りでぇごす。
最後に作者さん マコ・5期がんがれ
- 423 名前:10驚悸 投稿日:2006/10/11(水) 22:56
-
チヌークが到着すると紺野は優先的にトライスターに乗せられ、一時間後手術を受けることが出来た。
残りのメンバーはC−130で帰る予定になっていたが、何故か足止めを食った。
「何?早く帰ろうよ」
藤本がうんざりした顔で言った。
「よくわからんねーけど、待機がかかった。シャワー浴びてメシでも食お」
吉澤が言った。
さしあたって他にすることもなさそうなので、メンバーは熱いシャワーを浴びて温かい食事をとった。
中澤が姿を見せた。
「ようやったな!ご苦労さん!」
中澤は一人一人と握手を交わした。が、どこか上の空だった。
「皆、ちょっと来て」
- 424 名前:10驚悸 投稿日:2006/10/11(水) 22:56
-
執務室らしき場所に連れて来られて、メンバーは落ち着かない視線を交わし合った。
「何かあったんですか?中澤さん。作戦に問題でも?」
吉澤が聞いた。
「いや。そっちやない。ああ、けど、あんた達、姿は見られなかったんやろな」
「はっきりとは見られてません。紺野がやられたのは偶然弾にあたったんだと思います。
サーチライトで照らされたのはその後だったから」
「そんならええ。詳しくは報告聴取で聞くわ。紺野は災難やったけど、手術も成功したみたいやし。
そっちは今のところ心配ない。それより――」
ドアをノックして、保田が入って来た。後ろから新垣と道重も入って来た。
「ガキさん?」
「さゆ!?」
吉澤たちはぽかんとした顔になった。
どういうことなのか全くわからない。
中澤が話を始めた。
「矢口が指揮をとって、高橋、新垣、亀井、道重の5人はある物を運んでいた。
その車輌が奪われた。――高橋と、亀井ごと」
「――!?」
小川と田中が思わず立ち上がった。
新垣と道重はうなだれている。
「麻琴…」
石川に服の裾を引っ張られて、小川と田中は再び椅子に座りこんだ。
- 425 名前:10驚悸 投稿日:2006/10/11(水) 22:57
-
「相手は?」
藤本が聞いた。
「テロ組織や。先週、高橋たちは警察に協力してテロ組織の大物のアジトを急襲した。
その報復と考えられる。問題は、車に高性能の小型核爆弾を乗せていたことや。
おそらくヤツらにはそれが何かはわかっていない、はずや。今の所は。
何を奪ったかわかったら大変なことになる。世界を動かす力を手に入れたと気づく」
小川だけでなく全員が同じことを考えていたはずだ。高橋と亀井は痛めつけられるだろう。
つらい目に遭うのは間違いない。話すのを拒否すれば殺される可能性がある。
「早く2人を見つけないと!」
吉澤が言った。
「わかってる。それでここへ来たんや」
中澤は保田の方を振り向き、うなずいて見せた。
- 426 名前:10驚悸 投稿日:2006/10/11(水) 22:57
-
保田が話し始めた。
「幸いと言うか、システムを衛星が追跡している。追跡チームは既に動いている。
爆弾は飛行機に積み込まれて移動している。今はここにいると思われる」
保田は地図の一点を示した。
「ここから近い。今からここが前方出撃準備基地となった」
「ウチらで奪回するんですね?」
吉澤が言った。
中澤は頷いた。
「吉澤、あんたが指揮をとって」
吉澤は少し困惑した顔になった。
「……矢口さんは?」
吉澤が言うなり、保田は顔をこわばらせた。
中澤はちょっと顔をしかめて言った。
「矢口は…本件から外された。重大な規律違反があった。――今はこっちが最優先や」
次々と予想外の事情を知らされて小川はパニックになりそうだったが、何とか抑えた。
おそらく今一番混乱しているのは自分ではない。
吉澤は大きく息を吸って、吐き出した。首をこきこきと回し、目をぎゅっとつぶって開いた。
メンバーが自分を凝視しているのに気づくと、両手をぱんと打ち鳴らして、言った。
「よし、やるぞ」
- 427 名前:10驚悸 投稿日:2006/10/11(水) 22:57
-
保田が慌しく情報収集に走った。
「場所がわかったわ。テロ組織の山荘にいる。衛星写真が送られてくる」
標的の位置は丘陵地帯にあり、川が一本東西に流れている。山荘はその川の1キロ北とわかった。
衛星写真で山荘の位置関係と防御を知ることが出来た。
森に覆われた山の斜面に立つ山荘は、一辺が約400メートルのほぼ正方形に近い形の
周辺防御柵に囲まれている。山荘を見下ろす北西の角寄りに丸いヘリ・パッドがあった。
敷地の下の方にあるいくつかの建物から山荘に一本道が通じている。
更に広範囲を写した写真を見ると、約2キロ北西に長方形の開けた野原があった。
「ここが降下地点にぴったりだ。開けた場所で、しかも標的から離れている。
ここに降りて徒歩で接近する」
吉澤が言った。
更に細かい時間と計画を詰めた。
小川たちは前の作戦で使った装備を全て返し、新たな装備を受け取った。
M16/M203にSIGザウエルP226。バックパックいっぱいの荷物。
小川たちは吉澤に休むよう言われた。
到底眠れないと思ったが、それでも2時間ほど仮眠をとった。
- 428 名前:10驚悸 投稿日:2006/10/11(水) 22:58
-
目が覚めると、かなりすっきりしていた。
仮眠をとっていた部屋を出ると、新垣と道重、田中が固まって何か話していた。
どうやら新垣が2人を励ましていたようで、道重と田中の肩を叩いていた。
やがて道重と田中は立ち去った。
「ガキさん、寝たの?」
「あ、まこちぃ…」
新垣は疲れたような顔を小川に向けた。
「まこちぃは寝れた?」
「うん。少し」
「そっか…。……ごめんね、まこちぃ」
「ん?」
「愛ちゃん…守れなかった。亀も」
「ガキさんのせいじゃないよ。大丈夫だよ、2人は」
「うん…でも…どうしよお…」
新垣がくしゃりと顔をゆがめ、小川にしがみついてきた。
小川は大丈夫、大丈夫と繰り返して新垣の頭を撫で続けた。
新垣は小川の肩に顔を押しつけて震えていた。
しばらくして新垣は顔を上げた。
「…ごめん」
「んーん」
小川はハンカチを差し出した。
「あ、や、持ってる」
新垣は慌てて後ろを向いてごそごそとやり出した。
小川は別の方を向いて、新垣の支度が整うのを待った。
赤い顔で新垣が振り向いた。小川はゆったりと言った。
「んじゃ、ブリーフィングルームに行きますか」
「…ん」
- 429 名前:10驚悸 投稿日:2006/10/11(水) 22:58
-
「なーんか、悔しいなあ」
「ん?」
「昔はさー、まこっちんの方が泣き虫だったじゃん?」
「んえー?そうだっけ?」
「そうだよ。よっく泣いてたじゃん、愛ちゃんと2人して」
「確かに、愛ちゃんはすぐ泣くけどさー。今のあたしは違うよお」
「何か余裕あるじゃん、まこちぃ」
「ガキさんが我慢しすぎなんだって。無理しなくていいからね」
「……うん。ありがと…」
新垣はようやく少し笑顔を見せた。
「作戦、うまく行ったんだ?」
「んー。こんこんがケガしちゃったけど。それ以外は」
「ああ…そっか…。でも何かまこちぃ、元気になったみたい。何か吹っ切れた?」
「そんな単純でもないけど。作戦に集中しなきゃって思ったら、ね」
「そうかあ。じゃ、もうひと頑張りしなくちゃね」
「うん。頑張ろう。絶対、愛ちゃんと亀を奪回しよう」
「うん!」
- 430 名前:10驚悸 投稿日:2006/10/11(水) 22:58
-
最終ブリーフィングを終え、対象が動いていないことを確認した。
サンドウィッチと紅茶の食事を終えると、出発の準備は整った。
C−130に乗っている時間は意外と短かった。
離陸直後に松浦がフル・スロットルで急上昇させ、ものすごい振動があった。
やがて水平飛行に移った。
藤本が操縦室へ入ったが、他のメンバーは特に気に留めなかった。
小川はM16を取り上げ、第一弾を薬室に送り込んでセフティをかけた。
M16にはパラ・コードが結び付けてあり、それを銃口を下に向けて本体が背中の脇に沿うように
左肩に掛けた。その上にパラシュートの装具を着けた。
スナイパースーツの下に手を突っ込んで、右の太腿のホルスターに収めたP226をつかみ、
それも薬室に第一弾を装填した。
装備が整い、機上輸送係の点検を受けると、後は待つだけだった。
全員うつむきがちにブーツの先をじっと見詰めて黙っていた。
ヘルメットをかぶり、ゴーグルとマスクを着けているので皆の表情はわからない。
とにかく高橋と亀井を救出することが第一だ。他のことは今は考えない。
小川は目の前の手順に集中することにした。
- 431 名前:10驚悸 投稿日:2006/10/11(水) 22:59
-
機体から供給されている酸素を自分のボンベの酸素に切り換えてスタンバイするよう指示があった。
パラシュート・パックの下にバックパックを吊り下げているので、全員よちよち歩きになって進んだ。
テイルゲートの左右の赤い警告灯が点いた。
機上輸送係が指を2本立てた。
テイルゲートが開き、凍てつく風が吹き込んで来た。
機体にしがみつき、風に逆らいながら小川はゴーグルをかけた。
赤ランプが青ランプに変わった。
「行け!行け!」
メンバーは間隔を空けずに飛び降り、落下して行った。
小川も暗闇に向かって頭から突っ込んだ。
ジェットストリームに捉えられて運ばれていくのがわかる。
ヘルメットを轟々と風の音が流れすぎて行く。
小川は手足を広げ、背中を丸めて安定した姿勢を確保した。
腕の光度計の針を見た。
10000…9000…8000…。
5000メートルで開傘索を引っ張った。両手を頭の上にのばす。
身体が縦になって、激しく上に引っ張られた。
傘体がちゃんと開いていることを確認すると、小川は鬱陶しいマスクの片側を外した。
マスクのせいで湿っていた口の周りが冷たくなった。
2000メートル弱になって、パラ・コードで首からぶら下げていた暗視ゴーグルをかけた。
闇に目を凝らすと、右斜め前方にファイアフライの明滅が見えた。
- 432 名前:10驚悸 投稿日:2006/10/11(水) 22:59
-
黒い木立がたちまち目の前に迫った。真ん中に向けて滑空する。
小川は左右のライザーを引いて失速させた。
地面に足がつくと3、4歩進み、素早く振り返って吊索を引き、パラシュートをしぼませた。
ハーネスを外すと固定してあった武器を外して用意し、外側を向いて防御姿勢をとった。
後ろから人影が現れた。
「まこと〜元気か?」
辻だった。
辻と加護が先に潜入し、情報を収集していた。
「おー。のんつぁんこそ元気?」
「あぁ〜、ん?」
左手の離れた所で犬が吠えていた。
辻は送信ボタンを二度押して、相手が応答するのを待った。
応答はない。
もう一度押した。犬は相変わらず吠えている。
吉澤が辻の方へ近づいて来た。
「早く、隠れて!犬がいる!」
辻が低く鋭い声で言った。
吠える声が止まった。
- 433 名前:鉞南瓜 投稿日:2006/10/11(水) 23:10
- 更新終了。
おそらく次回完結(おそらくって…)。
レス御礼。
>>421 名無飼育さん さま
こんこんは頑張りました。
マコも頑張りました。
作者もそれなりに…。
>>422 名無飼育さん さま
初レスありがとうございます。
作者はこれが初スレ、初投稿の初心者です。
名前はこれしかありません。
小川さん主人公の小説が少ないので書いてみたかっただけです。
がんがります〜。
- 434 名前:11突入 投稿日:2006/10/17(火) 16:16
-
メンバーはすぐに松林の暗がりまでパラシュートをひきずっていた。
吉澤が素早く頭数を数えた。
「よし。こっちは問題ない。辻、さっきの騒ぎは何?」
「よくわかんない。あっちの方に使っていない壊れた小屋があって、あそこが集合場所。
そこにあいぼんがいるんだけど、接敵があったみたい」
辻は再び送信ボタンを二度押した。やはり応答はない。
他のメンバーはパラシュートをたたたみ、武器の準備をした。
何度目かに応答があった。
「あいぼん?」
『…ああ』
「どこ?」
『同じ場所』
「どうしたの?」
『男と犬が追ってきた』
「どうした?」
『やっつけた』
「両方?」
『うん』
「よし。じゃあこれから皆を連れてそっちへ向かうから」
『了解』
- 435 名前:11突入 投稿日:2006/10/17(火) 16:16
-
全員パラシュートをまとめてバックパックを背負った。
パラシュート、スナイパースーツ、酸素吸入装置を大きなゴミ袋に入れ、隠すか埋める場所を探した。
野原の隅に井戸があるのを見つけ、蓋の板を持ち上げてそれらを中に落として隠した。
これで問題はひとつ片付いた。
メンバーは銃床を肩に当て、トリガー・ガードに人差し指を、セフティに親指をかけて進んで行った。
加護は太い松の木の幹にくっついて立っていたので、始めはよく見えなかった。
辻と吉澤が近づいて行ったので、そこにいるとわかった。
「大丈夫?」
「うん」
「よし、急いで侵入して離脱しよう」
木立を抜けて進んで行くと、50分後に前方の密生した木の隙間に周辺防御柵が見えた。
木立の際まで進んで足を止めた。
「ここを越えれば、標的まで一分とかからない」
辻が言った。
「柵に警報装置はない。鉄条網が取りつけられてない部分がある。そこから入れる」
「よし。目的地に着いたことを基地に知らせる。すぐにチヌークを発進させるはずだ」
吉澤が言った。
石川が衛星通信装置を準備して、吉澤が位置を報告した。
衛星通信装置を吉澤のバックパックにしまうと、メンバーは金網をよじのぼった。
柵を越えて、林に身を隠し、車座になった。
- 436 名前:11突入 投稿日:2006/10/17(火) 16:17
-
「人質は見たか?」
吉澤が聞き、辻が答えた。
「地下室にいる。一度連れ出されて、また戻って来た」
「どんな様子だった?」
辻は少し顔をしかめて言いにくそうに言った。
「…殴られたみたいだった」
「例の小型核爆弾は?」
「山荘の東の倉庫にある」
「南の兵舎には何人いる?」
「言われてたみたいな大部隊じゃない。20人くらいじゃないかな」
「監視装置は?」
「家の四隅に監視カメラ。私道は赤外線監視装置で見張っている。周囲のパトロールは行ってない」
「よし。3隊に分ける。A隊が兵舎とを結ぶ道路を遮断。B隊、C隊が山荘攻撃。
目標は人質救出と爆弾の回収。人質以外の人間は山荘から生かして外に出すな」
吉澤が言うと、返事の代わりに唸り声が返ってきた。
「A隊は石川、新垣、道重。機関銃2挺と66(ロケット弾発射機)を持って行け。
後の6人で急襲をやる。警報装置を作動させないために、正面には一切近づかない。
B隊の吉澤、辻、小川が地下を担当。側面から接近し、地下室のドアに爆発物を仕掛ける。
C隊の加護、藤本、田中は裏手の3階の窓から接近し、同じようにやる」
吉澤は情報部が入手してきた山荘の間取り図を広げて、作戦の段階を順を追って説明した。
再び一列縦隊になって、目標地域を反時計回りに進んで行った。
山荘の裏側が見える所まで降りて行った。
ほとんどの窓が明るかったが、カーテンやブラインドが閉まっていた。
山荘の50メートルほど上に加護たちが残り、木立の中にしゃがんだ。
辻がA隊を配置するのに適した場所に連れて行った。その間、吉澤は脇へ回り小川と待機した。
辻は急いで戻って来た。
- 437 名前:11突入 投稿日:2006/10/17(火) 16:17
-
『A隊、配置につきました』
石川から報告があった。
吉澤が答えた。
「よし。急襲を3分後に開始する。標的に1分前に移動しろ」
小川は組み立ててある爆破装置をベルト・キットから出した。
導爆線をゆっくりとほどく。
「2分」
吉澤が言った。
突然石川から無線が入った。
『スタンバイ。車輌が道路を上って来る。どうする?攻撃する?』
「攻撃しろ」
吉澤が即答した。
「排除しろ。他の隊は標的へ移動!」
小川たちは木立から飛び出して、地下室のドア目がけて走った。
小川はドアの真ん中に導爆線を貼り付けた。
3人は壁に張りついて、少し離れた。
- 438 名前:11突入 投稿日:2006/10/17(火) 16:18
-
「30秒」
吉澤が言った。
カウントダウンを始める前に、山荘の正面で警報が鳴り始めた。
最初は低い唸るような音だったのが、すぐに甲高い音に変わった。
それと同時に閃光が暗闇を切り裂き、66ロケット弾が爆発する重い音が轟いた。
ダダダダという機関銃の連打音も響いた。A隊が車輌を攻撃している。
「行け!行け!行け!」
吉澤が叫び、小川は発火具を握り締めた。
バーン!
ドアが2つに裂け、吉澤がその裂け目から飛び込み、小川も続いた。
中は煙と埃が充満していた。
マグライトで照らしても、室内に何があるのかよく見えない。
それも当然で、そこには何もなかった。
むき出しのコンクリートの壁とセメントの床。それだけだ。
奥にもう一つドアがあり、鋼鉄製で鍵が掛かっていた。
小川は次の爆薬を準備した。
再び脇によける。
狭い空間で衝撃に身体が揺れ、鋼鉄のドアが開いた。
同じように埃が立ち込めている。
かすんだ中に棚が奥にあるのが見えた。
その下の床に、何か黒いかたまりが見える。
吉澤がマグライトで照らすと、その一部が動いた。
「愛ちゃん!」
「高橋!」
吉澤と小川は同時に叫んだ。
「じっとしてろ!大丈夫か?」
- 439 名前:11突入 投稿日:2006/10/17(火) 16:18
-
次の瞬間には小川はそばにしゃがみこんでいた。
高橋と亀井は頭と頭をくっつけるようにして横になっていた。
後ろに回した両手に手錠をはめられ、後ろの棚の鉄パイプにつながれていた。
高橋は目を閉じ、顔は血の気がなかった。かなりひどく殴られた跡があった。
小川が頬に触れてみると、冷え切っていた。高橋のまぶたがぴくりと動いた。
小川はベルト・キットからボルト・カッターを出した。
「鎖を切るから、照らして!」
叫ぶ必要はなかった。マグライトの光がすぐ側にあったのだから。
「よし」
吉澤が小川の興奮をなだめるように静かに答えて、光を当てた。
鎖を何箇所か切り、手錠をつなぐ鎖を切った。
高橋は両手が解放されると、腕を前に回して胎児のように丸まった。
亀井も同じような状態で、身体がひどく冷え切っていた。
「地下室で人質を発見した。林の中へ連れて行く」
吉澤が残りの隊に向かって送信した。
『了解。美貴たちは上の階を掃討する』
藤本が応答した。
小川が高橋を、吉澤が亀井を背負って地下室を出た。
2人とも反応があまりない。
「低体温症だな。ここはひどく寒い」
吉澤が言った。
小川たちは昨日まで40度の暑さにもだえていたが、ここはうって変わってひどい寒さだ。
- 440 名前:11突入 投稿日:2006/10/17(火) 16:18
-
「爆弾を回収しないと」
吉澤が唸った。ちょっとしたジレンマに陥った。
高橋と亀井の状態はよくない。チヌークが来るまで、様子を見ていた方がいいかもしれない。
「…あたしが行きます。のんちゃんと吉澤さんはここに」
小川は言った。
吉澤は決断した。迷っている暇はない。
「よし、行け」
本当は自分が行きたかったが、基地と連絡をとる必要があった。
高橋たちの様子が人一倍気になってるはずだったが、小川は迷わず駆け出した。
倉庫にたどり着き、錠前をM16で吹っ飛ばして、扉を引き開けた。
倉庫の奥に、黒い鋼鉄の容器が2つあった。これがそうだ。いじられた形跡はない。
運び出せばいいのだが、ひとつ60キロ以上あると聞いている。一瞬どうしようか迷った。
何人か飛び込んできた。
ひとり、ふたり、3人。
加護、藤本、田中だった。
「山荘から火が出た。ここから離れた方がいい」
「わかった。これを運ぼう」
4人で爆弾を運び出し、山荘から離れた。
山荘の1階の窓の奥に燃えさかっている炎が見えた。
山荘から充分離れると、小川は息を切らし、片膝をついて送信ボタンを押した。
「吉澤さん、爆弾を確保しました。山荘の東側にいます。加護さんたちと合流しました」
『よし。チヌークがまもなく来る。ヘリパッドに来い』
「了解」
- 441 名前:11突入 投稿日:2006/10/17(火) 16:19
-
吉澤は緊急RV(合流地点)にヘリパッドを指定していた。
そこへ到達すると爆弾は加護たちに任せて、小川は藤本と吉澤たちの下へ戻った。
高橋と亀井は毛布と寝袋にくるまれ、ナイロンの担架にくくりつけられていた。
今度はその2人を運ぶ。
足場の悪い斜面を運ぶのはひと苦労だった。
小川は汗だくになっていた。
ようやく旋回するチヌークの音が聞こえた。
加護がファイアフライを点けて、チヌークを誘導していた。
大きなローターのバタバタという重い音が空に轟いた。
ローターの起こす風で砂埃が舞い上がる。
その中を突っ切って、降ろされた傾斜版を駆け上った。
数十秒のうちに全員が乗り込み、人数と荷物を確認され、機体が持ち上がった。
チヌークが機首を下げ、前進して右旋回するのがわかった。
小川は高橋と亀井の間にひざまづき、高橋に向かって声を掛けた。
チヌークの後部はすさまじい爆音がするので、大声を張り上げなくてはならなかった。
「愛ちゃん!もう大丈夫だよ!」
「麻琴?どこ行っとったんや。遅いわ、アホ!」
小川は思わず笑い出した。高橋の意識はしっかりしていた。
- 442 名前:エピローグ 〜二人で歩く道〜 投稿日:2006/10/17(火) 16:20
-
- 443 名前:エピローグ 〜二人で歩く道〜 投稿日:2006/10/17(火) 16:20
-
一面に菜の花が咲いている。
「うあーー。気持ちいーねえ」
小川はうーんと伸びをした。
空気が澄み渡っている。空は快晴だ。
「やっほーー!」
高橋が叫んだ。
子供みたいな行動に、小川は笑ってしまう。
こんなにのんびりした気持ちになったのは久しぶりだった。
司令基地に戻ってからは忙しかった。
2つの報告聴取と紺野の見舞い。
高橋と亀井はすぐに退院した。2人のケガはたいしたことはなかった。
ボルト・カッターで指を切ると脅されたが、実行はされなかった。
とはいえ突入が遅れていたらどうなっていたかはわからない。
紺野は大腿骨が砕ける重症だったが、いい病院で優秀な外科医に治療を受けることが出来たので
予後は良好だった。
- 444 名前:エピローグ 〜二人で歩く道〜 投稿日:2006/10/17(火) 16:21
-
「こんな青空がずっと続くといいのにな」
高橋が呟いた。
「愛ちゃん」
小川は高橋に近づいて、笑って言った。
「青空はいつだってここにあるんだよ?」
自分の胸を軽く叩いて見せた。
「そーかぁ」
「そうそう」
2人は顔を見合わせて笑った。
これからも戦いは続いていく。
だけど一人じゃない。
小川が手を差し出して、高橋はその手を握った。
2人は手をつないで、どこまでもまっすぐに続く道を歩いて行った。
- 445 名前:Wonderwall 投稿日:2006/10/17(火) 16:23
-
- 446 名前:鉞南瓜 投稿日:2006/10/17(火) 16:24
-
以上でこの話は終わりです。
- 447 名前:鉞南瓜 投稿日:2006/10/17(火) 16:27
-
最後までお読みいただきありがとうございました。
ではまた次作で。
- 448 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/19(木) 17:47
- いい話をありがとう。
へたれだけどかっこよくて頑張りやさんのまこっちゃんが大好きでした。
- 449 名前:鉞南瓜 投稿日:2006/10/29(日) 00:14
- 小川さん、おたおめ。
まずはレス御礼
>>448 名無飼育さん さま
こちらこそありがとうございます。
ありがたい言葉に、少し泣きました。
感謝感激です。
- 450 名前:鉞南瓜 投稿日:2006/10/29(日) 00:17
- 新しい話を始めたいと思いますが、その前に警告。
<注意!>
性別が一部違っちゃってます
さほどエロくない(と思う)けど設定が18禁
- 451 名前:Deliverer 投稿日:2006/10/29(日) 00:18
-
父さんに借金が山ほどあることが判明した。
実家のラーメン屋はけっこう繁盛していたから父さんが作った借金じゃない。
人の好い父さんは借金の連帯保証人になっていて、当人は夜逃げしてしまったらしい。
父さんは心配ないって笑っていたけど、俺は大学辞めて働こうと思った。
父さんは困った顔で「大学は続けろ。母さんを頼れ」って言った。
俺は断ったんだけど、俺が小さい頃に出て行った母さんに会うことになった。
久しぶりに会った母さんは、面倒なことを嫌うらしくすぐ本題に入った。
「あんたはどーしたいん?」
「…とりあえず働いて、父さんの負担を減らしたい」
「大学行くぶんくらい出したるよ。お父さんに頼まれてる」
俺はかぶりを振った。
「とりあえず、当面の生活費くらい稼ぎたい」
母さんは俺の顔をじっと見ていたが、やがて言った。
「手っ取り早く稼げる仕事紹介したるわ。人が足らんてゆーてたから。ツライかもしれんけどな」
- 452 名前:Deliverer 投稿日:2006/10/29(日) 00:19
-
だからって何でこういう仕事なんだろう。
デリヘルのドライバーだって。
要するにホテルとか自宅に女の子をデリバリーするのが俺の仕事らしい。
女の子呼んで何するの?って思ったよい子のみなさんはこの辺で読むのをやめた方がいいと思う。
マジで。
母さんて今何してる人なんだろ。
「人生勉強や」
とか言われた。わけわかんないし…。
- 453 名前:Deliverer 投稿日:2006/10/29(日) 00:19
-
「おー。中澤さんからの紹介ってにーちゃんか。小川麻琴くん」
「あ、はい」
「俺は吉澤。一応店任されてるから」
吉澤さんは俺が持って行った履歴書にはほとんど目もくれず、俺を別の部屋に連れて行った。
そこには十数人の女の子たちがいた。
吉澤さんが俺を紹介してくれて俺は頭を下げたが、みんな携帯片手で会釈とかはナシ。
軽くへこみつつ、部屋を出る。
「商品だし、手ぇ出さないでね」
「は、はい」
「一日一万で、ガソリン代は半額支給。車は持ち込み」
「ええ!?俺、車持ってないっす…」
「ああ。中澤さんから預かってるわ」
「え?」
「面倒見いいよなー。中澤さん」
「はあ…」
吉澤さんは「中澤さん」が俺の母親って知らないんだろう。黙っておいた方がいいのかな。
とりあえず、契約は成立。とにかく頑張って働かなくちゃ…。
- 454 名前:Deliverer 投稿日:2006/10/29(日) 00:19
-
翌日、初出勤。
初めての仕事は、ホテル待ち合わせ。チャーミーさんご指名。W料金。常連らしい。
車中、話すことなんてないし…。何か気まずい。
待っている間、コンビニで飲み物を買った。
「お疲れ様です」
戻って来たチャーミーさんに飲み物を見せた。
「お茶と紅茶、どっちがいいっすか?」
「え?」
チャーミーさんは怪訝そうな顔をして俺を見て、それから表情を和らげた。
「くれるの?」
「はい」
「じゃ、紅茶」
「はい、どぞ」
「えっと…名前何だっけ?」
「小川麻琴です」
「ん…ありがと、小川くん」
「いえ〜」
こんなに喜ばれるなんてちょっと意外だった。
- 455 名前:Deliverer 投稿日:2006/10/29(日) 00:20
-
次のオーダーはフリー。シングルタイム(60分)。
場所は1人暮らしのアパート。
胸が大きくて細い子、コスプレはセーラー服で!という要望。
ゼータク言うんじゃねーよ!と思ったが、ウチの店はレベル高い子多いみたい。
ゴマキさんを乗せて出発。
ゴマキさんは車中ずっと寝ていて、着いてから起こすとパッと仕事モードになった。
戻って来たら、また眠りモードになった。
次もフリー、シングル。場所はラブホ。
要望は…おしっこ出来る子…って。えええ〜!?
ミキティさんが乗車して来た。要望を伝えると、顔色一つ変えずに言った。
「コンビニでお茶買って来て」
「あ。お茶、ありますよ」
「…冷えてるのがいい」
そですか。俺は逆らわずに近くのコンビニでお茶を買って渡した。
ミキティさんはそれを一気飲みすると出て行った。
…戻って来たミキティさんは、何となくスッキリしたような顔をしていた。
…う〜ん。
こんな感じで俺のお仕事は始まった。
- 456 名前:Deliverer 投稿日:2006/10/29(日) 00:20
-
毎日仕事をこなすうちにいろいろわかって来た。
店は基本的に本番はご法度。
内情はわからないけれど一応は店も大人の付き合いとしか説明しない。
本番あり、とは言えない御時勢。
でも中にはピルを飲んでる子もいるようだ。
金曜日や土曜日はオーダーが結構多い。
ドライバーは俺と、俺と同い年ののんつぁんの2人。
俺たちが出ちゃっている時は吉澤さんが出る時もある。
勤務時間はバラバラ。
俺は17時から夜中の3時までだけど、女の子は一本終われば帰る子もいる。
吉澤さんの主義なのか、わりと放任で働きやすいらしい。
「まこっちゃん、お仕事慣れた?」
チャーミーさんとはよく話すようになった。
「やー、何とか、やれば出来るもんですねえ」
「よっちゃんが、よくやってるってホメてたよ」
「よっちゃん…?」
「ん?店長だよ」
店長?よしざわ、のよっちゃんか。親しいんだなあ…。
- 457 名前:Deliverer 投稿日:2006/10/29(日) 00:21
-
次はラブリーさんご指名。ラブホ。
要望はブレザーの女子高生でバイブ責め…だって。
俺より年下にしか見えないけど、一つ年上らしい彼女。
小さくて何かかわいらしい人だって思ってた。
それがバイブ責め…。何か頭いっぱいに彼女の苦悶の表情が広がった。
うあ…やっべ。妄想やめやめ!
戻って来た彼女に渡されたコスは、べたべたで使い物にならなくなっていた…。すっげ。
「お、お疲れ〜」
紅茶のペットボトルを手渡す。
「あ、いつもありがと」
いえいえ。
車中では他愛のない話をする。
お茶とか渡しているうちに、何となく世間話をするようになった。
最初、俺のことをドライバーさんなんて呼んでいたけど、年下とわかってから
マコトって呼び捨てにされるようになった。
「マコト、飴食べる?」
「あ。ありがとござます」
何でかカミカミな俺。
「何で敬語なん?」
「へ?や、何となく…」
「あんまり気つかわんでええよ。マコトかって大変やろ?」
「別に大変じゃないですよ」
「もー。敬語禁止!」
「あ。うん…」
- 458 名前:Deliverer 投稿日:2006/10/29(日) 00:23
-
店の契約駐車場で待機してたら、吉澤さんが来た。
「おう、お疲れ〜」
「お疲れ様です」
「マコト、面接頼むわ」
「はあ!?無理ですよ。無理無理」
「簡単だって。写メとって、俺の携帯に送ってくれりゃいいから」
「え〜?何で俺なんですか?」
「俺いま手離せねーし、お前けっこう女の子に気配りしてるらしーじゃん」
「ええ〜?」
「頼むわ」
吉澤さんの頼みなら仕方ない。待ち合わせの喫茶店まで行った。
「小川さんですか?」
「ぁい」
入って来たのは大人しそうなカワイイ子だった。
履歴書見ながら、給与システムを説明する。
すぐに働きたいとのことで、写メ撮って吉澤さんに送る。
2分後、メールで「OK」が来た。
「はい。採用です」
簡単だね。
「あの〜」
「はい?」
「講習とかあるんですか?」
「ないですよ。安心してください」
笑って言うと、彼女はやっと安心したような笑顔を見せた。
てか、ヨソはそんなのあるんだ。よく知らないこの業界…。
- 459 名前:Deliverer 投稿日:2006/10/29(日) 00:24
-
今日から初出勤の俺が面接した彼女。
エリ…ザベス?何じゃこの名前…。まあいいや。
今日の5本目。フリーで場所はアパート。それはいいけど…。
要望が、「本番させろ!」。
一番困る客。禁止だって言ってもしようとする。中には中出しするヤツまでいて。
こういうのは吉澤さんにお任せする。どうなるかは…知らないし知りたくない。
月が替わった。ガソリン代が値上げして非常に厳しい…。
と思っていたら、吉澤さんが時給アップしてくれて、おまけにガソリン代も全額支給になった。
ひと安心。これでもうちょっと頑張ろうって気になった。
ダブルでオーダーが来た。両方とも近いラブホ。
チャーミーさんとミキティさんを乗せて出発。
この2人、仲が悪いのか全然話をしない。
ミキティさんは携帯いじりまくりで、チャーミーさんはやたら俺に話しかけてくる。
それをミキティさんはうるせーって顔で時々俺を見る。…はあ。
先にミキティさんを降ろし、次にチャーミーさん。
コンビニに駐車して、寝て待つ。
- 460 名前:Deliverer 投稿日:2006/10/29(日) 00:25
-
ミキティさんがすぐ戻って来た。キャンセル食らったらしい。ご機嫌斜め。
「アイス食べたい!お茶も!」
「はいはい」
パシらされる俺。なめられるなよと吉澤さんには言われてるけど、まぁこれぐらい大したことはない。
次に乗せた、れいにゃもご機嫌斜めだった。れいにゃは俺より年下。
何か年上の同僚たちにいろいろ言われるらしい。
本番してるんじゃないかとか、馬鹿みたい、とか…。
真偽はともかく、俺はうんうんと話を聞いてやり、待っている間にコンビニでプリンを買った。
イラつく時は甘いもんが一番。ついでに自分用にカボチャプリンも買う。
「ただいま〜」
「はい。お疲れさん」
プリンを渡すと、れいにゃはぱっと顔を輝かせた。
「え。これ、れいなにくれると?」
何か素に戻っちゃってるけど。うなずくと嬉しそうに笑った。
「ありがと。まこっちゃん」
屈託のない笑顔に、何となく複雑な気分になる。
何でこんな仕事してるんだろう。いろいろ彼女たちにも事情があるんだろうけど…。
深入りはしないでおこう。情が移るといけないから。
- 461 名前:鉞南瓜 投稿日:2006/10/29(日) 00:26
- 更新終了。
- 462 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/30(月) 02:19
- 面白かったです。
この2人が親子っていうのを読むのは自分は初めてかも。
小川母(あの方)のノリがイイ!!
- 463 名前:Deliverer 投稿日:2006/10/31(火) 23:53
-
ウチのお店では月に何度かパーティ日みたいなのがある。
ラストの子が終わるのを待って、みんなで焼肉を食べに行く。
こういう待遇が辞めない子が多い理由のひとつらしい。
みんな吉澤さんの前ではカワイイ声で笑顔だ。
まぁオーナーだし、カッケーし、迫力もあるので微妙に緊張感がある。
俺はと言えば。みんながガンガン飲んでも、運転手なので飲めない。別にいいんだけど。
もう1人のドライバーののんつぁんと挨拶を交わす。
ほとんど初対面だったんだけど、何か親しみを感じる。
お互い飲めないのでウーロン茶で乾杯。ちょっと愚痴をこぼしつつ、励ましあう。
- 464 名前:Deliverer 投稿日:2006/10/31(火) 23:54
-
今日は忙しかった。
ラブリーさん指名。場所はラブホ。要望は、秘書スーツにパンスト&ローター…。
マニアーック!タイトなミニスカート姿…うはあ。
どんなプレイするのかな…。…………。うああ…やっべ。妄想やめやめ。
戻って来たラブリーさんはお疲れ気味で、車中では寝ていた。……ぁう。
この後9本、オーダーをこなし、俺もみんなもへとへとになった。
店には待機室ってのがあって、テレビ、ソファ、ベッド、冷蔵庫、何でもある。
俺はタバコくさいその部屋にお邪魔して、シャワーを借りていた。
勝手に誰かのシャンプーを使う。
何か騒がしい。ケンカしてるっぽい。この声は…チャーミーさんとミキティさんか。
どっちも気が強いみたい。
シャワー室から出ると、2人は取っ組み合いのケンカをしていた。あらら。
止めようとしている人あり、違う言い合いをしている人ありで収拾つかなくなってきた。
とりあえず、2人の間に割って入った。
- 465 名前:Deliverer 投稿日:2006/10/31(火) 23:54
-
「んだよ、てめぇ!どけよ!」
「まこっちゃんは関係ないでしょ!」
「早く止めて!マコト」
「まこっちゃん、早くやめさせて!」
ああ〜うるっさい。間に入ると、遠慮なく背中を殴られたり、顔をひっかかれた。
とにかく2人を引き離して、別々の部屋に連れて行った。
その間、けっこうな攻撃を受けた。顔がヒリヒリする。
とりあえず吉澤さんが来るまでは電話は受け付けないことにする。
あ〜あ、こりゃ大損失だ…。
1時間後、吉澤さん帰着。
「何やってんだ、てめーら!」
一喝。チャーミーさんもミキティさんも大人しくなった。
なっちさんとラブリーさんが事情を説明。
「ミキティ。今日は帰れ」
ミキティさんは逆らわずに黙って出て行った。
- 466 名前:Deliverer 投稿日:2006/10/31(火) 23:55
-
3時に終わると電車がない。のんつぁんと俺とで送ることになる。
寝たい子は待機部屋で寝て、近い子はタクシーで帰ることもある。
今日は待機しないでそのまま帰るラブリーさんを送りに向かっていた。
彼女はかなり人気があるんだけど、出勤日が少ないのでいつも争奪戦になっている。
常連さんが先に予約してお金を入れているので、フリーではまず無理。
女の子たちのプライベートなことは知らない方がいい、とこの一ヶ月でわかった。
情が移ってしまうから。俺はただのドライバーなんだから。
吉澤さんにもそう言われている。
- 467 名前:Deliverer 投稿日:2006/10/31(火) 23:55
-
だけど今日は…。ラブリーさんが泣いていた。
珍しいことじゃない。よく女の子たちは泣いている。
何があったのかは俺にはわからない。聞いちゃいけないんだ。
「まごどぉ…、あーし、もう辞めようかな…」
ラブリーさんが涙声で言った。だけど俺が何かを言うことなんて出来ない。
「それは…ラブリーさんが決めることですよ…」
「そだね」
ラブリーさんは涙を拭いて微笑んだ。はぁ…かーいい…。
「マコト、また敬語やあ!」
「あ」
- 468 名前:Deliverer 投稿日:2006/10/31(火) 23:55
-
「ね、マコトってデリ使うん?」
「つ、使わないよ」
「じゃー彼女と?」
「いない…」
「え〜?風俗?」
「い、行かないよ…」
「じゃ右手?あっひゃ〜。さみし〜ね?」
「右手って…。まあ…。でも今は稼がなきゃなんないから…」
「ふ〜ん?」
家の近くまで着いた。
ストーカーとかヤバイから、家の玄関まで送るのが仕事、と吉澤さんに言われている。
「部屋まで送って?」
「ええ〜?」
「最近、変質者が出るんよ、このマンション」
「マジっすか」
- 469 名前:Deliverer 投稿日:2006/10/31(火) 23:56
-
言われた通り部屋の前まで送って、帰ろうとすると…。
驚いたことにキスをされた。
「…えっ?」
「へへ。あーしでよければ抜いたげよか?」
「えっ?や、ヤバイでしょ、吉澤さんに殺される」
「内緒に決まってるじゃん」
「や、でも…」
「だいたい、吉澤さんかって女の子に手つけてるがし」
「え?」
「知らんかった?チャーミーさんとか」
「ああ…」
やっぱそーなんだ。
何か変な空気感じたんだよな、あの2人。
- 470 名前:Deliverer 投稿日:2006/10/31(火) 23:56
-
「長くいる子はほとんどお手つきやよ。ゴマキさんとかなっちさんとか。
結局それで修羅場っぽくなったから、オーナーから禁止令出されたらしいけど」
自分が原因かよ。
「昨日のチャーミーさんとミキティの喧嘩、あれも吉澤さん絡みがし」
「えっ?そーなんだ…」
俺は思わず頬に手をやった。ひっかかれた傷が、後からけっこう痛かった。
「災難やったな」
ラブリーさんはくすくす笑って、俺の頬の傷に貼った絆創膏の上をそっと撫でた。
それだけのことなのに、何故か背中がぞくっとした。
ラブリーさんはじっと俺を見上げている。その目が何か潤んでるみたいになって来て。
首に手を回されて、もっかいキスされた。
- 471 名前:Deliverer 投稿日:2006/10/31(火) 23:57
-
「…あの、何で俺なんか…」
「何か、今までの人と違ったから」
「んぇ?」
「お茶くれたり、チョコくれたり。いろいろ気遣ってくれるやろ」
「ああ…そんなの、別に…」
「こーゆーことやってると、時々自分がモノみたいに思えてくるんや。
でもマコトの顔見ると、何かホッとする」
「…………」
ラブリーさんはふふっと笑うと、
「今度タイミングがあったら、しよ」
オヤスミ、と言って部屋に入って行った。
タイミング?
俺は「オヤスミ…」と呟くことしか出来なかった。
- 472 名前:鉞南瓜 投稿日:2006/11/01(水) 00:00
- 更新終了。
レス御礼。
>>462 名無飼育さん さま
面白かったと言っていただけてうれすぃです。
設定が設定だけに、ちょっとビビってる作者です。
母設定は、そういえばちょっと珍しいですかねー。
この組み合わせ、好きなんですよ。
- 473 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/11/02(木) 12:41
- 更新お疲れ様です!!
うお、久しぶりに覗いてみたらBreakoutが終わってる!
そして新作きてる!!
次回も楽しみにしてます。この設定大好きですハイw
- 474 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/11/03(金) 18:21
- はじめまして。本日発見して一気読み。手に汗握って画面スクロールしてました。
Breakoutは心拍数上がりまくりで心臓痛かったー。
5期メン、まこっちゃんが非常にリアルに感じました。血が通っているというか、
5期メンの絆を垣間見たというか。作者さんの深い思い入れが伝わってきました。
新作も面白いです!ディープな業界だと思いますが、軽快に描かれていますね。
作者さんのフィールドの広さを感じます。
ありきたりな感想ですいません。今後も楽しみにしてます!
- 475 名前:Deliverer 投稿日:2006/11/04(土) 23:59
-
今日はラブリーさんは休み。何かホッとしてる俺がいる。
どんな顔してあったらいいかわかんなくなってたから。
いや、別にフツーにしてりゃいいんだよな、うん。
本日1本目のオーダー。
指名はフリー。
リクエストが…パイパン、またはパイパン気味の子だって。
ん?れいにゃ?れいにゃって、そーなの?
「れいなはボーボーたい!」
あっそ…説得力ないけど。
「ボーボーやけど、そ…剃ってるっちゃ!」
いや別に何でもいいんだけど。
ラブリーさんご指名でオーダー来たけど、休みなんで、さゆみんチョイス。
要望がラブリーちゃんよりカワイイ子、ってひでー。おキニが休みなら我慢すりゃいいのに。
「も〜ひどいよ〜。ラブリー、ラブリーってイく時言うんだよぉ。ひどくない?まこっちゃん。
お姉ちゃんに絶対チクッちゃお」
さゆみんはラブリーさんをお姉ちゃんって慕ってるらしい。
お〜チクッちゃえチクッちゃえ。自業自得だな。
- 476 名前:Deliverer 投稿日:2006/11/04(土) 23:59
-
何となく、あれからラブリーさんとは話していない。
今日でカオリンさんラスト。
最後のオーダーでお届け。戻って来たときにお疲れ様です、とお茶を渡したら抱きつかれた。
ありがとうって言う声が涙声で、俺のTシャツが湿っていくのがわかった。
嬢の中でも年長者で落ち着いた人だって思ってたけど、いろいろあったんだろうな…。
んでもって、有志でお別れ会。
「何かあったら相談しに来いよ〜」
って言った吉澤さんのシャツも涙、鼻水まみれに…。
初期からいるみたいだし、カオリンさんもお手つきなんだろか。
とか思ってたら、あいぼんさんに絡まれた。
「まこっちゃ〜ん、飲んでる〜?」
「飲んでないっす…てか飲んじゃダメなんで」
「何〜?ノリ悪いなあ。ほなチューしよ」
「どういう理屈ですか。ちょっ、どこ触ってんですか〜」
酒癖悪いよ、この人。
何かキスは迫ってくるわ、いろんなところ触られるわ。勘弁してください…。
- 477 名前:Deliverer 投稿日:2006/11/05(日) 00:00
-
俺はドライバーなので酒は飲めず、みんなを車に乗せて出発。
吉澤さんを降ろし(何でかチャーミーさんも降りてった)、カオリンさん、なっちさんを降ろし、
あいぼんさんを降ろすと、もう5時近くだった。ラブリーさんとは今日はほとんど話をしていない。
車中でも黙ったままだった。
マンションの前に着いても、無言のまま。
「…マコト」
「ん?」
「…何か、冷たくない?」
「ほぇ?そんなことないよ」
「…汚い女だって、ホントは思ってるんやろ?誰とでもヤる女やって」
「そ、そんなことないよ。どしたの?急に」
「じゃあ、今からマコトとホテル行く!」
「んぇ!?ちょ、急に言われても…」
「ほら、嫌がっとる!しょせんそんな男やったんや」
「え?ちょっと…」
「あーし、もう辞める!もう会わんで済むやろ!こんな汚れた女と!」
ラブリーさんはドアを豪快に叩きつけるように閉めて、走り去った。
何なんだよぉ…。俺は呆然とラブリーさんの背中を見送った。
- 478 名前:Deliverer 投稿日:2006/11/05(日) 00:00
-
次の日、ラブリーさんは休んだ。しかも臨時。
吉澤さんが電話しても出ない。
俺がかけたら…ワンコールで出た。
「どうしたのー?」
『もういい!辞めるってよしざーさんに言っておいて!』
「自分で言わなきゃダメだよ」
『もういい!』
…切られた。気になるけど仕事しなくちゃ…。
3時過ぎ、仕事が終わってラブリーさんに電話したけど出なかった。
切った途端に吉澤さんから電話が来た。
「ちょっと来い」で夜の街へ。
- 479 名前:Deliverer 投稿日:2006/11/05(日) 00:00
-
何かコワイお兄さんたちがいっぱい…。
吉澤さんはやたら分厚い財布を取り出して、5万くれた。
「悪いけど、こいつら送ってやってくれや。これ車代な」だって。
こんなに要らないです、と言ったら笑って小突かれた。
距離とか関係なく、エライ人から降りていくもんらしく、あっち行ったりこっち行ったり。
遠回りとか関係ない。
「おぅ、兄ちゃんあんがとな。これ車代だ」
最後の人に言われて、少しあせる。
「あ、もう店長からいただいてますんで」
「みんなの気持ちだ。受け取れや」
「は、ありがとござます」
またかんだ…。
とりあえず受け取った。10万もあった…。
吉澤さんに電話を入れて報告して終了…と思ったら、戻って来いと言われた。
戻ると、吉澤さんと母さんがいた。
「中澤さんも送ってやってくれや。そんで帰っていいぞ」
「あ、はい。お疲れ様です」
- 480 名前:Deliverer 投稿日:2006/11/05(日) 00:01
-
母さんは行き先を告げて、それきり黙っていた。
俺も特に何も言わない。
しばらくして、母さんが言った。
「…元気そうやな」
「はい」
「…ようやってるみたいやな。よっさんが誉めてた。気に入られたみたいやな」
「そっすか」
それから母さんは黙ってタバコを吸い始めた。
「…ここでええわ」
「はい」
「…オヤスミ」
「おやすみなさい」
母さんは何か言いたげに俺の顔を見ていたけど、そのままマンションに入って行った。
- 481 名前:Deliverer 投稿日:2006/11/05(日) 00:01
-
次の日、吉澤さんに、もらった15万のうち14万返そうと持って行ったら笑われた。
「もらっとけ、もらっとけ」
「や、でも…」
「そんかわり、これからいろいろやってもらうからさ」
「はあ…」
「頼むな。幹部候補生」
何ですか、それ。
「それより、マコト」
「はい?」
「ラブリーどうした?」
「ふぇ?来てないですか?」
「来てねーぞ」
「電話してみます」
「おー。後頼むな」
うぇ!?頼まれても…。
- 482 名前:Deliverer 投稿日:2006/11/05(日) 00:02
-
考えてるうちに一本目のオーダー。
指名、ミキティさんとあややさん。要望、3P。ほおお。
場所はマンション。この2人は仲いいみたい。
チャーミーさんじゃなくてよかった…。
「しょぼくない?金持ってるとか言いながらマケてくれだって。ふざけんな」
「プレイもしょぼけりゃ、財布もしょぼいね〜」
何かコワイっす…この2人。
今日はなかなか忙しかった。全然ラブリーさんに電話するヒマがなかった。
4時過ぎ、ラブリーさんの方からかかってきた。
「今日、どーしたの?」
『…会える?』
「ん…。吉澤さん怒ってるよ?」
『……。この間はごめんな?』
「いや、いいけど。……迎えに行こうか?」
『ん…。やっぱ、いい。やめとく』
「明日は出て来るの?このまま、辞めちゃうの?」
『…………』
『マコト…』
「ん?どした?」
『…ひっく、うぇっうう…』
泣き出した。
俺に何が出来るんだろう。ものすごい無力感を感じた。
- 483 名前:鉞南瓜 投稿日:2006/11/05(日) 00:15
- 更新終了。
レス御礼。
>>473 名無飼育さん さま
前作はさっくり終わらせる予定が、意外とかかってしまいました。
今回も何も考えてないので、どうなることやら…。
この設定…アリですか?w
>>474 名無飼育さん さま
はじめまして。一気読み、ありがとうございます。
自分はまこっちゃん絡みDDなのですが、
やはり5期メンは特別ですね。
感想は何でも嬉しいです。励みになります(しみじみ)。
- 484 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/11/05(日) 22:53
- 更新お疲れ様です!!
前作はキレイな終わり方で素敵でしたよ♪
最後の方はどうなるかハラハラしてしまいましたよw
この設定アリでしょ!!wどう考えてもアリですww
次回もワクテカして待ってますね♪w
- 485 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/11/06(月) 22:05
- 更新お疲れさまです。やっぱりこの設定好きですね。楽屋見てるみたいで。
いや見たことないですが。
誤解を恐れずに言わせてもらえば、この商売の裏にある混沌や葛藤・苦悩が、
少なからずリアルと重なってみえてしまって思わず唸ってしまいました。
優しいマコトにかなり救われてます。ガンバレよ、マコト。
次回の更新もとても楽しみにしていますが、作者さんにとって無理のないペースでお願いします。
- 486 名前:Deliverer 投稿日:2006/11/07(火) 23:37
-
全然休んでないことに気づいた。でも今日も仕事。
「おぁよ〜」
ラブリーさんは今日は来た。
吉澤さんに叱られる前に駆け寄って「スイマセン」って頭を下げていた。意外と要領いい…。
今日は昨日とうって変わってヒマ。
「今日1時で上がっていいぞ」
吉澤さんからのお達しで、みんなを送って行く。
「カラオケ行かへん?」
あいぼんさんが提案すると、ラブリーさんがノった。
「いいね!行こう」
他の子は約束があるとかで、降りて行った。
あいぼんさんが携帯をいじり出したと思ったら。
「…あ。ごめん。彼氏からメール来た。また今度にして」
何じゃそら。結局お流れ。
あいぼんさん降ろして、最後になったラブリーさん。
- 487 名前:Deliverer 投稿日:2006/11/07(火) 23:38
-
「カラオケ行く?」
「ん〜…。あ、ほや。そこ左」
「えっ?」
「次、右、右!左じゃね〜っつの」
「急に言うなぁ!危ないだろー」
「そこ左。もうちょっと行って、また左ね」
「はいはい」
「着いたぁ!」
「……ここって」
ラブホじゃん。
「…あかん?」
あかんて言うか。
「嫌なら帰れば?」
そう言いながら袖を引っ張ってくるラブリーさん。
- 488 名前:Deliverer 投稿日:2006/11/07(火) 23:38
-
部屋に入ると、いきなりお湯ため。さすがに慣れてるね…。
「入ろう!入ろう!」
何でロリ声なんすか?かーいいけど…。
ああキンチョーする。
覚悟を決めて、服を脱いで湯船に入った。
後から入ってくる、彼女。
形のいい小振りの胸に、腰のくびれたラインが何ともエロい…。
「…あんま見んでよ」
顔真っ赤。
「何で?すっげぇきれいだよ」
ますます真っ赤になった。
ジェットバスのスイッチを入れると、照明が暗くなり。泡がぼこぼこ出て来た。
それが合図だったみたいに、お互いに寄り添って、そっとキスをした。
何か微妙なキス。そっと舌を入れてみる。何か控えめな反応。
- 489 名前:Deliverer 投稿日:2006/11/07(火) 23:39
-
離れると、彼女は囁いた。
「名前、呼んでくれる?」
「ん?ラブリーさん?」
「ちゃうわ!本名」
名前…知らない。
「あい」
「あい?」
「高橋愛やよ」
「ん。愛さん」
「『さん』はいらん!」
いてっ。何で殴るかな。
「愛、ちゃん」
「『ちゃん』もいらん」
殴りかかろうとする手首をつかんで、引き寄せた。
「愛ちゃん」
口づける。さっきより深いキス。
どちらからともなく舌を絡ませあった。
息苦しくなって少し離れると、愛ちゃんの唇が追っかけてきた。
むさぼりあうみたいに激しいキス。
めちゃめちゃ興奮して、頭がガンガンしてきた。
- 490 名前:Deliverer 投稿日:2006/11/07(火) 23:40
-
愛ちゃんは熱くていい匂いがして、腕の中でがくがくと動いている。
舌で触れるとすごくキレイで滑らかだった。それで心地のいい声を出した。
ああ、もうヤバい。自分が危険な状態になってるのがわかる。
「いいよ、来て…」
「え。ここじゃ、マズイでしょ」
アレがない。
「いいよ。だいじょぶ」
や。しかし。何かのぼせても来たし。
残り少ない理性を総動員させてストップ。
不満そうな愛ちゃんを抱え上げて、ベッドまで運んだ。
それからリミッターが外れた。
- 491 名前:Deliverer 投稿日:2006/11/07(火) 23:41
-
ベッドで腕枕していると、愛ちゃんは俺に寄り添ってきた。
俺は少しうとうとしていたけど目が覚めた。
声を出さずに、愛ちゃんは泣いてるみたいだった。
俺は愛ちゃんの頭をゆっくり撫でた。
何を言っても、うまく言えそうにない。
30分以上そうしていると、愛ちゃんはがばっと起き上がった。
「あ〜すっきりした!」
どう見たって強がってるのはわかった。
抱き寄せてキスをした。
ゆっくり身体を横たえさせて、すみからすみまでキスをした。
ゆっくりゆっくり、傷つけないよう優しくしていった。
しっかり抱き締めて、繋がって、彼女のことだけ考えた。
彼女の名前を何回も呼んで、彼女に名前を何回も呼ばれた。
それから帰り時間まで、テレビ見たり、とりとめのない話をした。
たぶん、彼女にはそういう時間が必要だったんだと思う。
子供みたいにはしゃいでる彼女を見てるとそう思えた。
最初は帰ろうという話だったんだけど、結局2人で寝た。
- 492 名前:Deliverer 投稿日:2006/11/07(火) 23:41
-
朝、キスされて目が覚めた。
2人でもう一回お風呂に入って、そこを出た。
「朝メシ食ってく?」
「ん…いい。家まで送って?」
「うん」
「今日は休み」
「うん」
「マコトは?」
「俺は仕事。てか、全然休みないんだけど…」
「ふふ。頑張ってね」
キスして、彼女は車を降りて歩いていった。
何だか後姿が儚くて、もう会えないんじゃないかという気がした。
- 493 名前:鉞南瓜 投稿日:2006/11/07(火) 23:42
- 更新終了。
- 494 名前:鉞南瓜 投稿日:2006/11/07(火) 23:51
- レス御礼
>>484 名無飼育さん さま
前作は、ラストのイメージだけは決まってました。
ただそこへ行くまでが何か…。
今書いてる方がさくさく進んでおりましたw
>>485 名無飼育さん さま
あまり深くは考えないで書いてる作者でぇごす。
まこちぃ優しく書けてるでしょーか。
今回はちょい悪にしようかと思ったけど、どうしても無理w
ストックがあるんで、更新はさくさく出来そうです。
- 495 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/11/08(水) 00:01
- 更新お疲れ様です!!
ダメだ。。。まこあいにはまってもう抜け出せないw
作者さんGJ!!この二人かわいすぎw
- 496 名前:Deliverer 投稿日:2006/11/10(金) 23:17
-
今日も仕事をこなす。
フリーなのでさゆみんをチョイス。場所はラブホ。
浴衣とうちわでエロいことしたい、だって。うちわで何するんだろ。
戻って来たさゆみん。
「まこっちゃん、怒られたあ」
「何で?」
「これ」
さゆみんの足元はビーサンだった。うん。情緒がないね。
次はラブリー指名だったけど、休みなのでえりりんチョイス。
エリザベスって名前は言いにくいので変えたらしい。
ヴィクトリアにしようとして怒られたって言ってた。そりゃそうだろう…。
場所はマンション。
要望は真っ赤なビキニ。うん、エロイね。
「まこっちゃん、携帯で撮影させてあげたらチップもらった。アイス食べよ?」
「おー。いいね〜」
たまにはこんなこともある。ありがたくガリガリくんいただく。
しかしその写真、どーすんだろ。
- 497 名前:Deliverer 投稿日:2006/11/10(金) 23:17
-
3日たっても愛ちゃんは仕事に出て来なかった。
「うぉい、マコト。何とかしやがれ」
吉澤さんに喝を入れられる。
慌てて電話する。
「あ。愛ちゃん?」
『ああ、マコト』
「どしたの?吉澤さん、怒ってるよ」
『ああ、わかった。あーしから連絡する』
すぐ連絡したのか、吉澤さんから電話が来た。
『おー、マコトー、ラブリー辞めるってよ。どーするよ』
「え。辞めるんですか?」
やっぱそうか…。
『明日荷物取りに来るって言ってたから、送別会やっか』
「そーですね」
『残念だな〜。なーマコト』
「へえ?」
『おめぇ恋してたんじゃねーの?』
ば、バレてる?
「や、そんな…」
『まぁいいや。パーッと送ってやろーぜ。お前仕切れ』
「あ、ハイ。じゃ、いつもの焼肉屋でいいっすか?」
『おう。頼むな』
今度は愛ちゃんに電話。
『マコト?』
「辞めるんだ…?」
『うん。実家帰る…』
「そっか」
『…電話、してもいい?』
何か自信なさげな声だったけど、俺の方は一気にテンションが上がった。
「うん!してして!俺もしていい?」
『もちろん!…ね、今日、会えん?』
「うん。仕事終わったら電話する」
- 498 名前:Deliverer 投稿日:2006/11/10(金) 23:18
-
うっし、仕事仕事。
最近えりりんの指名が増えた。今日の場所はアパート。
セーラームーンのコスプレで。
「いつものお客さんだよ〜。すぐイッてくれるから超ラク」
あっそ。
「終わった〜。まこっちゃん、ガリガリくん食べよ」
「おう」
2人でガリガリくん食べながら戻る。
区域外からのオーダー。本来ならお断りだけど、太っ腹な相手だったので仕方なく受ける。
フリーで、なっちさん、ゴマキさん、チャーミーさん、あややさん。
うっへ。4人?5Pってんですか?ハーレム?
4時間貸切って。女の子壊れちゃいますて。
みんなお疲れで帰って来た。きっちり6回やったらしい。内訳は知らないけど…。
世の中すごい人がいます。
- 499 名前:Deliverer 投稿日:2006/11/10(金) 23:18
-
午前4時、やっと終わった。
愛ちゃんに電話。家の前で待ってるとのこと。
「マコト!」
「おー。どこ行く?」
「ん。何か食べよか」
「うん」
ファミレスに行く。
「マコト、早食いは太るで」
俺の食べっぷりを見ていた愛ちゃんに注意された。
「んぅ」
わかってるけど、なかなか直んないんだよね。
俺は早々と食べ終えて、愛ちゃんの話を聞いていた。
とりとめのない話の合間に、聞いた。
「実家帰って、何やるの?」
「まだ決めてない。でもここはもう嫌や。寂しすぎる」
「そっか…」
それ以上詮索はしなかった。
いろいろあったんだろうけど、それを知るにはもう時間がない。
- 500 名前:Deliverer 投稿日:2006/11/10(金) 23:19
-
ファミレスを出て、車に乗る。
「どーする?」
「……。この間のとこ、行こ」
「この間のとこ?」
察しの悪い俺は腕を叩かれた。
「ラブホやって!」
「えっ?」
「最後やろ!」
やっぱ最後なのか。
いろんな思いが胸の中でとっ散らかって、わけがわかんない。
言われるままに、前と同じ所に入った。
- 501 名前:Deliverer 投稿日:2006/11/10(金) 23:19
-
愛ちゃんはうつむいたまま黙っている。
「どした?やっぱ、やめる?」
「マコト!」
「はいぃ?」
愛ちゃんは思いっきり飛びついてきた。
倒れそうになりながら、受け止める。
「あーしのこと、忘れんで」
耳元で囁かれる。
「忘れないよ」
「ホントに?」
「うん」
愛ちゃんをそっと床に下ろし、頬をつたう涙をそっと人差し指でぬぐった。
「泣くなよぉ…」
「ほやって…」
「また会えるでしょ?」
「……会ってくれる?」
「会うよ。俺、愛ちゃんが好きだ」
言っちゃった。でも、もう止めらんない。
「あーしも、好き」
そっとキスをした。
- 502 名前:Deliverer 投稿日:2006/11/10(金) 23:20
-
「お風呂はいろ!」
急に元気になった愛ちゃん。
それにしても今日の服装は、何というか、短いスカート。えっちぃ…。
自覚あるのかないのか、挑発的。
ちょっと理性が飛んで、愛ちゃんの手首をつかんでベッドに押し倒す。
「ひゃっ?」
イマイチ色気のない声が聞こえたけど気にしない。
シャツをまくりあげて、胸をさわりつつ、キス。
ブラをずらし、もみながら吸いついた。
「ちょ…マコト、ダメやって。お風呂入ろって」
無視して先端に吸いついた。
「ん!」
甘い声に脳がしびれる。
ガスッ。
頭もしびれた…。
「グーはナシ…」
「お風呂が先!」
はい…。
- 503 名前:Deliverer 投稿日:2006/11/10(金) 23:20
-
目が覚めるとお昼の12時だった。
こんな時間に目が覚めたのって初めてかも。
俺は遅く寝ても早く目が覚める。あんまり寝なくても平気みたい。
ぼーっとしていると、愛ちゃんがう〜んと言いながら起きた。
帰り支度をする。
また会えるとは言ったけど、期待しないようにしている自分がいた。
愛ちゃんのことは本当に好きだ。
だからこそ、困らせたくなかった。
帰るのは彼女が決めたことだから、ここで未練がましいことを言っちゃいけないと思った。
車で、彼女の家まで行った。
「寄ってく?もう何もないけど」
確かに何もなかった。あるのはバッグ一個だけ。家具もない。
「これだけ?」
「うん。全部実家送ってもた。要らんもんは捨てた」
「……」
- 504 名前:Deliverer 投稿日:2006/11/10(金) 23:21
-
愛ちゃんはこのまま帰るつもりらしいと気づいた。
「店に寄るよね?」
「ううん。このまま帰る」
「みんなに会わないの?」
「うん。吉澤さんには電話入れておく。ごめんな」
「駅まで送るよ」
「…ん。ありがと」
- 505 名前:Deliverer 投稿日:2006/11/10(金) 23:21
-
何を言っていいのかわからないまま、すぐ駅に着いてしまった。
電車の時間までまだ少しあった。
「仕事の時間やろ?行かな」
「ん…」
「ちゃんとせな」
何でこんな時だけ年上ぶってんだよ…。
愛ちゃんはへの字口になってる俺の頭を撫でた。
「連絡するから」
「うん…」
「また会えるやろ?彼氏なんやから」
「え。彼氏なの?」
「違うん?あんなに人の身体もてあそんどいて」
ふがっ。何て人聞きの悪い…。でもそれでやっと笑うことが出来た。
「じゃ、またね」
「うん」
愛ちゃんは背中を向けて歩き始めた。
小さな背中に何か声をかけたかった。でも彼女はすぐに雑踏に見えなくなった。
- 506 名前:鉞南瓜 投稿日:2006/11/10(金) 23:28
- 更新終了。
レス御礼
>>495 名無飼育さん さま
レス早っw
作者自身はまこあい不足ですw
- 507 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/11/11(土) 11:45
- 更新お疲れ様です!
うわぁぁぁぁ切なぁぁぁぁぁぁ!!!!
マコトはイイ奴だし愛ちゃんはカワイイし。。。
自分もまこあい不足ですw
- 508 名前:Deliverer 投稿日:2006/11/16(木) 10:40
-
事務所に行くと吉澤さんに呼ばれた。
「おう、マコト。ラブリー、もう電車ん中だってよ。送別会はキャンセルだな」
「あ、ハイ」
「残念だな〜?なかなかのプリ尻だったんだけどなあ。胸がもう少し…」
何言ってんですか、この人。
俺が黙っていると、吉澤さんは俺の顔を見て、ニヤリと笑った。
「安心しろ。俺はラブリーには手ぇ出してねーから」
「や、俺は別に…」
「いーから、いーから」
ぽんぽんと肩を叩かれた。
むう。何かガキ扱いだ。しかし、この人には逆らえない。
- 509 名前:Deliverer 投稿日:2006/11/16(木) 10:41
-
仕事仕事。
あややさん指名。セーラー服と、オプションでヨーヨー。ヨーヨー?
「はい、終わり〜」
って、汚れたセーラー服、座席に置かないでくださいよぉ。
次はフリーで、要望からミキティさんチョイス。
だって、要望が…貧乳…。
「ムカツク。胸ばっかいじりやがって。ヒリヒリする」
「……」
「ちょっと」
「はい?」
「…アンタさあ、あたしのこと嫌いなの?」
「はいぃ?何でですか?」
「…別に」
な、何なんでしょ?
ミキティさんはこの後ずっとうつむいていた。
3本目の電話…? 愛ちゃんだ。
『マコト〜?』
「愛ちゃんっ」
『実家着いた』
「そっか」
『いろいろありがと』
「いーよ」
『また…会えるよね?』
「もちろん!」
『…浮気したらあかんで』
「しっ、しないよ」
『他のコとしちゃ嫌やよ』
「うぃっす。了解です」
『また電話するね』
「うん」
『仕事頑張ってな』
「うん」
『じゃね』
- 510 名前:Deliverer 投稿日:2006/11/16(木) 10:41
-
切った途端に今度こそ3本目。チャーミーさんご指名。ああ忙しい。
「ラブリー、辞めちゃったんだって?」
「あ、ハイ」
「ふ〜ん。まこっちゃんてラブリーのこと好きだったでしょ?」
「なっ何でですくぁ〜!?」
チャーミーさんは慌ててる俺を見て笑った。
「だって、いつも送る時、ラブリー最後だったでしょ?」
鋭い。
「寂しーでしょ?チャーミーが慰めてあげようか?」
「や。結構です」
「な何よ。即答って。失礼ね〜プンプン」
プンプン、って…。イタイわ。
でも、チャーミーさんなりの気遣いと言うのはわかった。
「…大丈夫ですから、俺は」
「そっか」
チャーミーさんは目を細めて笑った。
- 511 名前:Deliverer 投稿日:2006/11/16(木) 10:42
-
何だかんだ毎日起こる。
寂しいけど、忙しいのでけっこう気が紛れている。
今日はトラブル発生。
ゴマキさん指名だったけど休みのためフリー。
れいにゃに行ってもらう。
『もしもし。まこっちゃん?』
「うん。お疲れさま〜」
『……』
「どした?」
『ちょっと来て欲しいんやけど…』
「! どしたぁ!?今行くから!」
すっ飛ばしてマンションへ。
ひょっとして無理矢理本番か?そいつぁ許さんぞ。
玄関のチャイムを連打連打連打。
50回くらい鳴らした所で、やっとドアが開いた。
ん?女の人?
「あのー」
「あっ!まこっちゃん!帰れるっちゃ」
れいなが出て来た。
「うん…?」
「すいません、説明してもらえます?」
「はい?」
何となくわかった。旦那がデリ呼んで、奥さんが帰って来ちゃったんだ。
- 512 名前:Deliverer 投稿日:2006/11/16(木) 10:42
-
「自分は女の子迎えに来ただけですが…」
「迎えに?ちょっと、何なのよ、この子!」
エキサイト!
「では失礼します」
「ちょっと、待ちなさいよ!」
「何か問題でも?」
「ウチの旦那に変な勧誘とかしたんでしょ!?」
「当店は電話でご予約いただくシステムで、勧誘等は一切いたしておりません。
お客様からのお電話で初めてお伺いするシステムでございます。
お電話いただいたため女性を派遣いたしました」
おぉ!俺かまずに言えた!
しかし奥様(だよね?)は興奮しまくって、警察呼ぶとか言ってる。
「呼んでいただいても構いませんが、このまま時間的に長引くことになりますと、
延長料金をいただくことになりますが」
「だから!浮気したんでしょ!?」
それは旦那に言って欲しい。
もう話が終わらないので、無理矢理ドアを閉めて帰ることにした。
ドアを強引に閉める時に、奥さんの後ろに呆然と立ち尽くす旦那らしき人が見えた。
ものすごい、負のオーラが。ああ怖いなあ…。
- 513 名前:Deliverer 投稿日:2006/11/16(木) 10:42
-
「まこっちゃ〜ん…」
車の所に戻ると、れいにゃが泣きそうな顔で俺にしがみついてきた。
「だいじょぶ、だいじょぶ。帰ろ」
ぽんぽんと頭を撫でてやる。
「いきなり玄関開いて奥さん怒鳴って来て、正座させられたっちゃ」
あ〜大変だったな。落ち着くまで頭を撫でた。
吉澤さんに報告。
『そーか。ご苦労さん。おぅマコト、今日飲むべ』
何かあっさりしたもんです。
- 514 名前:Deliverer 投稿日:2006/11/16(木) 10:43
-
終わって事務所に戻ると、ほとんどの子はのんつぁんの送りで帰っていた。
「おっし、マコト。飲むぞ」
吉澤さんと、チャーミーさんと、みーよさんとおかやんさん。
みーよさんとおかやんさんは俺が面接して入ったばかりの新人さん。
みーよさんは他店で働いてたとかで、何か慣れた感じで。
帰り際に「講習期待してたんですよ、ホントは〜」とか囁かれて焦った。
誰かがコンビニでお酒を買って来て、宴会スタート。
吉澤さんとチャーミーさんに、愛ちゃんのことを何か言われるかと思ったけど、
新人2人がいるせいか、その話は出なかった。
- 515 名前:Deliverer 投稿日:2006/11/16(木) 10:43
-
何だかんだで買って来たお酒が残り少なくなってきた頃。
おかやんさんは誰かから電話が来て、タクシーで帰りますと言って帰ってしまった。
吉澤さんもタクシーを呼んで、チャーミーさんとどっか行こうとしている。
「おう、マコト。いい時間になったらちゃんと送って行けな」
「ぁい」
俺、けっこう酔ってる?
「じゃあ俺帰るな。お疲れ〜」
「お疲れさまです〜」
…何か微妙な雰囲気。
「もう少し飲んでくださいよ〜」
「や。あの、みーよさん送って行かなきゃなんないんで、これ以上は無理っす」
「いいよぉ。私、運転してあげるから」
「いえいえ。シャワー浴びて、酔いを醒まして来まっす」
逃げるようにシャワー室へ。
何か知らないけどヤバいと思った。
『浮気はあかんで』
愛ちゃんの言葉が脳裏をよぎる。
あーダメだ。みーよさんには悪いけど、タクシーで帰ってもらおう。
- 516 名前:Deliverer 投稿日:2006/11/16(木) 10:44
-
「みーよさん、俺飲みすぎたみたいです。すいませんけど、タクシーで帰ってもらえますか?」
「小川さんはどーするの?」
「あ、俺はそのすみっこの方ででも寝ますんで。あの、気にしないで帰って下さい」
「私なら大丈夫だよ。一緒にいてあげる」
な何でそんな展開なんですかぁー。
「いや、いいですよ。帰って下さい」
マジで。
「じゃあ、私もシャワー浴びてくるね」
工エエェェ(;´◇`;)ェェエエ工工
どーする?どーする俺!?
「逃げる」→どこへ!?
「隠れる」→どこに!?
「攻撃」→何をだよ!
わたわたしているうちに彼女はシャワー室から出て来てしまった。
「寝ましょうか?」
「は…」
- 517 名前:Deliverer 投稿日:2006/11/16(木) 10:44
-
「ねえ。話し聞いてもらってもいい?」
「あ、ハイ。どぞ」
「チャーミーさんって、そんなにテクあるの?」
みーよさんは、その仕草をしてみせながら言った。
「しっ、知らないですよ、そんなの!」
吉澤さんに聞いてくれ。
「だってよく言われてるし」
「講習とかないし、俺はわかんないです」
「私だって負けてないと思うんだけどな〜」
そういうのって勝ち負けっすか?
更にビールやら焼酎やら飲みまくるみーよさん。
「試してみる?」
「ふぁっ?」
「私のが上手いか上手くないか試してみない?」
「うええ!?や、ヤバいっす」
「経験ないわけじゃないんでしょ?」
「そうですけど…ヤバいっす」
「大丈夫。全部任せて」
- 518 名前:Deliverer 投稿日:2006/11/16(木) 10:44
-
四つん這いになってこっちににじり寄ってくる彼女。
「内緒だよ?」
目の前で囁かれて、頭がクラクラする。動けない。
ジーンズのベルトに手がかかった。
ごめん!愛ちゃん。
「あっ?」
あ?
俺の顔を見上げたみーよさんが驚いた声を上げた。
「あ、大変」
「え?」
何か鼻の下につぅっと熱いものが流れたのを感じて、鼻の下を触ると、真っ赤だった。
「うあ!?」
「ティッシュ、ティッシュ!」
- 519 名前:Deliverer 投稿日:2006/11/16(木) 10:45
-
「大丈夫?」
「ぁい…すいません…」
鼻にティッシュを詰められて、何故か膝枕されている俺。
みーよさんは親切にも冷たいタオルまであててくれた。
「興奮しすぎちゃった?」
「…そーですかねぇ…」
ふふっと彼女は笑った。
「あの、もう大丈夫です。どうもありがとうございました」
膝から起き上がると、彼女は何故か残念そうな顔をした。
「じゃあ、私、今日はタクシーで帰りますね」
「あ、はい。お疲れ様でした」
やれやれ、ビックリした…。
俺に何かしたって得になることなんてないのにねえ。
- 520 名前:Deliverer 投稿日:2006/11/16(木) 10:45
-
♪♪♪ ♪♪
「うを!?」
携帯の着信音で飛び上がった。
「…あ」
愛ちゃんからだ…。
「もっ、もひもひ?」
『マコト?』
「ぁい」
『寝とった?』
「んや…」
ずいぶん夜更かしさんなんですね…愛ちゃん。
『…何かあったん?』
「や、何もないよ?」
『…マコト』
「ん?」
『他の子としとらんやろな?』
「! し、し、してませんよお」
『…何でどもってるん』
「してないって!」
…危なかったけど。たった今。
『まぁえーわ。後でさゆに聞いてみる』
「は?さゆって…さゆみん?」
『うん』
そっか。仲いいんだっけ、この2人。
「い、いーよぉ。俺何もしてねーもん」
『ホンマやな?おイタしたらあかんよ?』
「はいっ」
『ん。じゃまた電話するね。おやすみ〜』
…ふう。
いろんな意味でヤバかった…。
何か疲れ果てて、そのままソファで眠り込む。
- 521 名前:Deliverer 投稿日:2006/11/16(木) 10:46
-
「おーい。起きろ〜」
朝。見たことない人に起こされる。誰?
「店始まっちゃうから起きてよ」
う〜眠い…。家に帰らないと。
「えっと…誰?」
「え?新垣里沙って言うんだけど。店番」
ああ。昼間の店番の人か。
「あっ。はじめまして。俺は夜のドライバーの小川麻琴です。よろしくお願いします」
「あ、ハイ。こちらこそよろしくお願いします。へえ〜、夜の人もいるんだ」
新垣さん…ガキさんて呼ばれているらしい…はコーヒー淹れてくれた。いい人みたい。
- 522 名前:鉞南瓜 投稿日:2006/11/16(木) 10:53
- 更新終了。
从,,^ ロ ^)´◇`;∬
イメージだけ借りますた
>>507 名無飼育さん さま
離れていても、超能力愛さんですw
まこっちん奮闘中です。
- 523 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/11/16(木) 23:43
- 更新お疲れ様です!!
ちょwwみーよったらwwww
愛さんカワイイ…と思ったらガキさんキターwwww
マコ、誘惑に負けないでねw
- 524 名前:Deliverer 投稿日:2006/11/20(月) 23:28
-
休みと給料はいつもらえるんだろう?
それにしても毎日いろいろ起きる。
3本目の運転中、ミキティさんに言われる。
「…あのさぁ」
「はい?」
「何?あたしのこと嫌いなの?」
「えっ?だから、嫌いとかないですよ」
「嫌いなんだろ?」
「嫌いとか好きとかないですって」
…ズッ…グスッ…
ミキティさんは鼻悪いらしーね…って何で泣いてるんですかぁ!?
「何であたしにだけ冷たいんだよ!」
「ななな何でですかー!別にそんなことないですよ!」
「ぜってーミキにだけ冷たい!嫌ってる!」
「そんなことないですって!」
「着きましたよ!ここの302号室ですから」
「ちょっ、まだ話し終わってないから!」
「後で聞きます。いってらっしゃい!」
無理矢理送り出す。
しかし。何なんだろう?しばらく考えてみたけど、よくわからなかった。
とりあえずコンビニでアイス買ってみた。
- 525 名前:Deliverer 投稿日:2006/11/20(月) 23:29
-
「お疲れさまです」
アイス渡すも、ミキティさん無言。
「…あのさぁ」
「はい」
「あたし嫌われてるよね?」
「へ?そんなことないと思いますよ」
「……。あんた嫌いでしょ?あたしのこと」
「そんなことないです」
「だって他の子とは話するけど、ミキとはしないじゃん」
「ミキティさんはあんまお話しするの好きじゃないのかと思ってました。
俺ウザいと思われてるかな〜って」
「……ラブリーとかと態度違うよね?あのコには優しかったじゃん」
「ラブリーさんは、もう辞めたじゃないですか…。較べられても」
しかし…皆に言われるなあ。バレバレだったのかなあ。
…ズズッ…グスッ…
だから何で泣くんですかぁ!?
ミキティさんは降りる時もまだ鼻をすすっていて。目も赤かった。
それを見た、さゆみんが俺の方へ近寄って来た。
「まこっちゃん泣かしたのぉ?」
頼むから気にしないで、さゆみん。
特にアナタには知られたくないです。
「何かセクハラしたの?」
しませんって!
- 526 名前:Deliverer 投稿日:2006/11/20(月) 23:29
-
今日の一本目はチャーミーさん。
昨日のミキティさんの件について、チャーミーさんが教えてくれた。
出勤した時に皆でいろいろ言ってたのを少し聞かれたらしい。
それで落ち込んでいたと。
何か「まこっちゃんもミキティにはひいてる態度だよね」とか言ってたとか。
何で俺が出てくるんですか〜。
はぁ女の子はいろいろ面倒くさいね。
おっと電話。
あ、愛ちゃんだ♪
『マコト!コロス!』
うわぁ!何だよ、いきなり!
『ミキティと何かあったやろ!』
さゆみんだな。早いな、情報。
「何もないよ!誤解だって!」
『この間もおかしかったし。ちゃんと説明せえ!』
一応説明する。
『ふ〜ん…』
「俺悪くないよね?」
『とりあえず、近づいたらあかんよ』
「?うん」
『優しいのも良し悪しやよ』
「?よくわかんないけど」
『マコトは女心がわかっとらん』
まあそうだろうけど。ますますわけがわかんなくなった。
仕事しよ。
- 527 名前:Deliverer 投稿日:2006/11/20(月) 23:30
-
あややさん指名。ラブホ。
「つまんない」とか言いながら戻って来た。
「ちょっと、アナタさあ。何たんのこと泣かしてんの?」
「ほぁ?」
『たん』って何?
「みき『たん』だよ!ミキティ!」
わかりませんて。
「泣かせるようなことはしてないです」
「嘘。じゃあ何で昨日泣いてたの?」
「何か皆でいろいろ言ってたみたいで…」
「ああ…そういうこと」
思い当たる節があるのか、にらんでいた目から厳しさが消えた。
「あの子さあ、思ってることズバズバ言っちゃうから、誤解されやすいんだよね」
「そうですか」
「ホントはイイ子だよ」
それはわかったけど、愛ちゃんには近づくなって言われてるし、まあ普通にしてよ。
- 528 名前:Deliverer 投稿日:2006/11/20(月) 23:30
-
今日は焼肉の日。
普段いろいろ鬱憤がたまっているであろう彼女たち。
宴会の時は普通の女の子としてはしゃいでいるように見える。
…てか、はしゃぎ過ぎじゃないですか?
「まこっちゃん、お箸とって〜」
「はいはい」
「マコト、お酒頼んで〜」
「はいはい」
「マコト、ちょっと聞いてよ!」
「はいはい」
「まこっちゃん、こっち来て〜」
「はいはい」
「まこっちゃん、キスして〜」
はいはい…って、えええ!?
「おお!マコト行け!キス行け!」
吉澤さん御機嫌状態。酔っ払いめ。
「おら、みーよ待ってるぞ。行け!」
ちょっ、みーよさん…。
「や、まずいでしょ、吉澤さん」
「いやいやいや。まずくねー。女の子に恥かかせちゃダメだぞ、マコト」
ええ〜?確かにあんまり拒否るのも何か白けるかなあ…。でもなあ。
ぐあ!いきなり頭抱え込まれた。口紅がべったり。
あ。さゆみんがこっち見てる。酒の席のシャレだから!愛ちゃんにチクんないで〜。
ほら、のんつぁんだって、チャーミーさんとしてるじゃん!
- 529 名前:Deliverer 投稿日:2006/11/20(月) 23:31
-
あービックリした。テーブルを見回すと、空気が違う場所が。
「おぅ、ミキティ!飲んでるか〜?」
吉澤さんが声をかけるも、ただ頷くだけのミキティさん。
「飲まねーと損だぞ。ほれレバ刺しもあるぞ!」
どういう励まし方なんだか。
何となく気になって、側にいってみる。
「ミキティさん、何か頼みますか?」
「…いい」
「飲みましょーよ。俺はウーロンだけど」
「うん」
「食ってます?この辺焼けてますよ」
「うん」
お。電話。
ここはうるさいので、静かな所へ移動。
- 530 名前:Deliverer 投稿日:2006/11/20(月) 23:31
-
「はいはい〜」
『ブッコロス!』
うへぁ!
「愛ちゃん!?どしたの?」
『何やあ!マコト!キスしたってどういうこと!』
もうチクリ入ったんすか。早過ぎ!
「や、あの。ムリヤリ、吉澤さんが、どーしてもって、そんで、酒の席だし、」
しどろもどろ。
『もー!ほんま浮気はあかんって!』
「浮気じゃないから!ムリヤリだから!軽くだから、軽く!」
『ほんで、次はミキティの隣やって?』
「何もないって!」
『近寄るなってゆーたやろ!』
「はいはい」
『もー!あーし、そっち行くわ!』
「え?いつ?」
『来月行く!待っとれ!』
「おう!待ってる待ってる!」
『それまでおイタしたらあかんよ!』
「は〜い」
- 531 名前:Deliverer 投稿日:2006/11/20(月) 23:31
-
戻ると、どうやらお開きのようだった。
みんなを送る準備。
「まこっちゃん、浮気はダメだよ〜」
さゆみんに言われる。
「さゆみ〜ん…」
「さゆが監視してるんだから、気をつけてね♪」
悪魔の微笑み。
…てか、何で俺の車にミキティさんが?逆方向では?
皆もけげんそうな顔をしてる。
「ミキティさん、方向逆じゃ?」
「ああ、友達の家行くから、そこで降ろして」
そっすか。
で。何故かミキティさんが最後の1人に。
「友達の家ってどこですか?」
「…今メール来て、今日ダメだって言われたから、自分ちに戻りたいんだけど」
…さっきから、携帯出してないですよね?まあいいや。逆方向だけど。
- 532 名前:Deliverer 投稿日:2006/11/20(月) 23:32
-
沈黙に耐えかねていろいろ話しかけるも、ミキティさんは気のない返事ばっかりで。
やっぱウザいのかな。わけわからん。
ようやく近くまで到着。
「はい。お疲れ様でした」
何か動こうとしないから、降りてドアを開けてあげた。
うお!?何でかミキティさんは俺の胸に顔を埋めて来た。
「…グスッ」
何で泣いてるんですかぁ〜〜!
パニクったものの、頭を少し撫でると泣き止んでくれた。
「落ち着きました?」
「…ん」
落ち着いてないのは俺の方だったりして…。
「あんがと…」
「いえいえ。お疲れ様でした!」
「ん…。おやすみ」
おやすミキティ!って言ったらにらまれた。…すいません。もう言いません。
- 533 名前:鉞南瓜 投稿日:2006/11/20(月) 23:35
- 更新終了。
レス御礼
>>523 名無飼育さん さま
みーよさんはエ○カさんのイメージをいただきますた。
ファンの方ごめんなさい。
それ言ったら他の人の扱いもいかがなものか(汗
まこちぃは勢いに負けるタイプw
- 534 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/11/22(水) 12:42
- 更新お疲れ様です!!
美貴ちゃんがカワイイ…wまこちぃが勢いにやられてるww
何気に愛さんが鬼嫁状態www
みんなイイヨイイヨー
- 535 名前:Deliverer 投稿日:2006/12/03(日) 09:08
-
どうも朝から調子悪い。全然休んでないしなあ…。
ミキティさんを送り届けた後に、戻って寝ようか等と考えていると、ミキティさんがすぐ戻って来た。
て言うか、走って何かから逃げてるみたいな…?
慌てて車に乗り込んで来た。
「出して!」
「えっ?どうしたんですか?」
「いいから!」
気づいたら、目つきの悪い男が車の近くに来ていた。
「客?」
ミキティさんは首を横に振った。
「美貴、降りて来い!」
男はミキティさんが座っている側のドアを蹴った。
ミキティさんは頭を抱えて膝に顔を伏せた。
「……」
俺は車から降りた。ドアをロックする。
「すいません、蹴らないでもらえますか?借りてる車なんで」
「…俺はこの女に用事があるんだよ」
「彼女の方にはないみたいですけど?」
男は俺の方に近づいて来た。
車に何かされると嫌なので、駐車場の隅に移動する。
- 536 名前:Deliverer 投稿日:2006/12/03(日) 09:09
-
喧嘩は嫌いだ。痛いし、怖い。
でもやるしかないみたいだ。
左からパンチが飛んで来た。
避けると、それはフェイントだったらしく、待っていたように右から食らった。
いてぇ。もう一発食らった。ものすごく痛ぇ。
倒れ込みたかったけど、ここで倒れたら踏んづけられるか、蹴られるだけだろう。
もう一発飛んで来たのを、左へ踏み出してかわし、相手のスネを思い切り蹴っ飛ばした。
相手が膝を突くのを目の端に見て、逃げ出した。
この技は吉澤さんが飲むたびに語る、武勇伝 武勇伝 武勇デンデンデデンデンで
何回も聞かされたものだ。
要するにスネを蹴るだけなんだけど、スネっていうのは鍛えられないんだそうだ。
吉澤さんはそれで動けなくなった所をタコ殴りにするって言ってたけど、俺の場合は逃げるだけだ。
確かにこの技は効いたようで、相手が動けないでいるうちに急いで車に飛び乗って発進させた。
ミキティさんが何か言ってたけど、全然耳に入らない。
どこをどう走ったか記憶に無いけど、気がついたら店の駐車場までたどり着いていた。
エンジンを切って降りると、俺はブロック塀に手をついて激しく吐いた。
鼻血がたらたら流れ出した。
- 537 名前:Deliverer 投稿日:2006/12/03(日) 09:10
-
次の日。何か動けない。熱があるみたいでスゲーだるい。
昨日殴られたのと関係あるようなないような。殴られる前からだるかったし。
アゴと頬が痛いけど、それ以外に全身が痛い。
何にしても、動けそうもないので仕事はお休み。
考えたら全然休んでないし。
引きずり込まれるように眠りについた。
どれくらい寝たのかな?気づいたら部屋の中は真っ暗で。
買って置いたミネラルウォーターを一気飲みして、また眠りについた。
♪♪♪ ♪♪ ♪♪♪ ♪♪
電話だよ〜誰か出ろよー…って俺しかいねーよ。
「…ふぁい」
『マコト?元気?』
愛ちゃんか。
「…元気じゃない」
『どしたん?』
「…熱出して寝てる」
『だいじょぶ?』
「…あんまだいじょぶじゃない…」
『えっ。……』
「あ、や、寝てれば治るよ。今まで休んでなかったし…」
『ん……。なあ、マコトの住所、教えてくれん?』
「んぇ?何すんの?」
『ん。元気になるもん送っちゃる』
何かよくわかんないけど、とりあえず住所を教えた。
『ほな、お大事に』
「ん。ありがと」
- 538 名前:Deliverer 投稿日:2006/12/03(日) 09:10
-
再び寝る。
次に目が覚めると、もう日が高かった。
でも熱は下がりそうもない。その辺にあったものを適当に食べて、また寝る。
電話だ。
「…うぁい」
『おぅ、マコト、生きてるか?』
「あ、吉澤さん、スイマセン、今日もダメみたいです」
『ああ、いーよ。無理すんな。誰かメシ作らせに行かせるか?みーよとかミキティとか』
「いえっ!いーです、大丈夫です」
何でその2人なんですかぁ。
『そーか?何か2人とも心配してるみてーだから。
ああ、ミキティの件だけど、片づいたからな。
車の修理代とお前の治療費キッチリ取ったから。
あと、ミキティに近づかねーって念書な』
何か怖ぇー。車なんてほとんど傷ついてなかったし、治療費だって…。
「あの人何だったんですか?」
『元彼だと。まぁ何でもいいけど商売のジャマされちゃかなわねーからな。
キッチリやっとかねーと。そんじゃ、しっかり休めな』
「はい」
- 539 名前:Deliverer 投稿日:2006/12/03(日) 09:10
-
結局それから2日寝っぱなし。
病院行ったら、ぶっとい注射を打たれた。
それでどうにか回復の兆し。
とろとろベッドでまどろんでいたら、チャイムの音。
『宅配便です』
「うぁい」
何だこれ?
段ボール箱が4つも。
「え。何ですか、これ」
「高橋愛様からのお届けものです」
「ほぁ?」
「ハンコかサインお願いします」
「あぁ、はいはい」
「ありがとうございます〜」
「あ、ご苦労様です」
残された段ボール箱の山。とりあえず部屋に運び込む。
何だこりゃ…。箱に何か書いてある。
『まことへ 開けるな!』
はぁ!?いきなり荷物送りつけておいて、開けるなって何?
まあいいや。後で聞いてみよ。
また寝ようとしたら、吉澤さんから電話。
『おぅ。明日は出れそうか?』
「あ、もう大丈夫です。ご迷惑おかけしました」
『いいよ。でな、ちっと頼みがあんだけど』
「何ですか?」
『明日、俺の車でちょっと送って欲しい所があるんだ』
「あ。いっすよ、何時に行けばいいですか?」
『3時半ごろ店に来てくれ。悪いな』
「了解です」
- 540 名前:Deliverer 投稿日:2006/12/03(日) 09:11
-
次の日、どうにか回復。
天気がよかったので、部屋の掃除して洗濯して、ついでに風呂も磨く。
きれいになったので嬉しくなって昼間から風呂に入った。
すげーさっぱりした。
ピンポーン♪
はいはい。
ガチャ。
「まことぉ!来たあ!」
うひゃあ!?突然飛びつかれた。
「愛ちゃん!?」
「マコトー!」
うおお、そんなに押して来たら倒れますって。
「1人で来れたー!」
「あ、そ、そか。よかった」
何かイマイチよくわかんないけど、とにかく上がってもらう。
「あ、そだ。愛ちゃん、この荷物何?」
「あ。着いとった?開けてえんやろな?」
「開けてないけど…」
「よし」
「や。だから、何?」
「あーしの荷物」
「荷物?」
- 541 名前:Deliverer 投稿日:2006/12/03(日) 09:11
-
愛ちゃんは部屋のあちこちを見て、感心したように言った。
「キレイにしてるなあ?」
「さっき掃除したから」
「あ、熱は?」
「ん。もう大丈夫」
愛ちゃんはまじまじと俺の顔を見て、唇の端辺りを指した。
「色変わってる。どしたん?」
「ん。たいしたことないよ」
じーっと俺の顔を凝視する愛ちゃん。
「な、何?」
「隠し事すんなー!」
また飛びついて来た。
今度は座っていた状態だったから、押し倒される格好に。
ちょ、そんなに体重かけたら腰痛いから。
顔が近い。目を覗きこんでくる、愛ちゃん。
「隠すことなんて、ないよ。ちょっと殴られたんだ」
「誰に?」
「知らない人」
「……」
「もう、いい?」
「ん?」
- 542 名前:Deliverer 投稿日:2006/12/03(日) 09:12
-
俺は愛ちゃんの頭に手を添えて、引き寄せた。
愛ちゃんは大人しく、体重を預けてきた。
「…会いたかった」
「俺も…」
ゆっくりキスをして、だんだん激しくなっていった。
愛ちゃんは俺の顔をなめるみたいなキスをした。
「…いい?」
ぶんぶんうなずきかけて、違和感を感じた。え?ちょっと待って。
何か大事なことを忘れてる気がする。
今何時だ?2時半?
「あっ!やっべ。吉澤さんに用事頼まれてるんだった!時間ない!」
「えっ?だいじょぶ?間に合う?」
「大丈夫!ごめん、愛ちゃん。待ってて」
「うん」
着替えてるところをじーっと見ている愛ちゃん。
急いでいるので構ってられないけど、恥ずかしいんですけど。
「じゃ、行って来る!」
「ん。気をつけてな」
- 543 名前:鉞南瓜 投稿日:2006/12/03(日) 09:15
- 更新終了。
レス御礼。
>>534 名無飼育さん さま
振り回されるまこっちんです。
鬼嫁www 確かにそうかも。
- 544 名前:名無し読者 投稿日:2006/12/04(月) 11:43
- ヤバィチャイコーですww前作と打って変わって…暴走列車iさんやエロ魔神eさん…次回もマッタリと舞ってます
- 545 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/12/04(月) 20:09
- 更新乙です
愛ちゃんキター
美貴様との絡みも危ない感じでいいっすなw
- 546 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/12/04(月) 20:45
- 更新お疲れ様です!!
もう…萌えまくりですよダンナw
マコトはいい奴だなー。愛さん幸せ者w
次回もワクテカしてまーす。
- 547 名前:Deliverer 投稿日:2006/12/10(日) 23:34
-
事務所に行くと、吉澤さんはまだ来てなかった。
で、代わりにと言うか、制服姿の女の子が座っていた。
「あ、まこっちゃん。吉澤さん、もう少し待っててくれって。
小春ちゃんの相手してやってくれって」
ガキさんに言われた。
「え?ちょっ、ガキさん?」
「ごめん、ちょっと今忙しくって」
ガキさんはせかせかと出て行ってしまった。
小春って、このコ?
お店の子じゃないだろうし、誰なんだろう?
「こんにちは…」
「こんにちはー」
ニコニコして返される。
んー。間がもたねえ。
「えっと…。チョコ食べる?」
「あ、ありがとうございますー」
2人でもしゃもしゃチョコを食べる。
- 548 名前:Deliverer 投稿日:2006/12/10(日) 23:34
-
「あの、お願いがあるんですけど〜」
彼女はニコニコしたまま言った。
「はい?何でしょう?」
「宿題、教えてもらっていいですか?」
宿題?ちょっと見せてもらうと、中学校の教科書だった。
何とかなりそう。
「いいよ」
「わあ!ありがとうございます!新垣さんは忙しいみたいで…」
ガキさんは…逃げたような気がするんだけど…。
小春ちゃんは何だか礼儀正しくって、一問教えるごとに
「ありがとうございます」とお礼を言った。
「あ、いえ」
釣られてこっちも思わず頭をさげてしまう。
- 549 名前:Deliverer 投稿日:2006/12/10(日) 23:35
-
妙なやりとりが続いて、何とか終わった。
「チョコ食べる?」
「はい!」
また2人でもしゃもしゃチョコを食べていると、ようやく吉澤さんが現れた。
「悪い、悪い。待ったか?」
「お兄ちゃん、遅いー」
お、お兄ちゃん!?
「い、妹さんなんですか?」
「おうよ。小春ってんだ。カワイイだろ?手ぇ出すなよ?」
出しませんて。
- 550 名前:Deliverer 投稿日:2006/12/10(日) 23:35
-
吉澤さんの車って…。
「これですか?」
「ああ。頼むな。よし小春、乗れー」
「はーい」
これって、ベンツだよな?AMG?
左ハンドルじゃん。これってすっげぇ高い車なんじゃ?
「ええ!?大丈夫ですか?俺運転しても」
「ノープロブレム!出してくれ」
「は、はい」
すっげぇな。キーはどこだ?アクセルこれでいいのかな?
うおおお。すげえ、この車。
高速に乗って、アクセル踏むとすっげえ加速。うひょ〜。
- 551 名前:Deliverer 投稿日:2006/12/10(日) 23:36
-
「わ〜。すっごい速いねー、この車」
「おー。すっげえだろー。おいマコト、オープンにしろ」
「え、オープン?」
「そこにボタンあんだろ、押してみ」
うおおお。すっげえ。オープンカーになっちゃった。
「うお〜カッケー」
「あはははは。すっご〜いカッケー」
「そーだろ。カッケーだろ!おらおら、飛ばせ〜」
どけどけ〜って感じで飛ばしまくった。
もう速過ぎ。目的地にすぐ着いちゃった。
「あんがとよ。んじゃ帰りは誰かに送ってもらうから」
「わかりましたぁ。何かあったら電話ください」
「おう」
吉澤さんは小春ちゃんと降りて行った。
小春ちゃんが手を振ってくれたので、俺も振り返す。
しっかしすっげえなあ。
こんな車、俺は一生かかっても買えないだろうなあ…。
何となくへこみながら戻った。
- 552 名前:Deliverer 投稿日:2006/12/10(日) 23:36
-
5本目。ミキティさん指名。ラブホ。
「……はあ」
戻って来るなり、ため息。
「……あのさ」
「はい」
「……辞めたかと思った」
「え?俺ですか?辞めてないですよ。ちょっと熱出して休ましてもらってただけです」
「知ってる。もういいの?」
「ええ、大丈夫です。すいません、ご迷惑かけて」
「迷惑とか…こっちこそ…この間は、巻き込んじゃって」
彼女にしてはずいぶんと歯切れが悪い。
「いえ。いっす。片づいたんですよね?」
「うん…よっちゃんが全部やってくれた」
「ミキティさんに害がなかったんなら、よかったじゃないですか」
あら。黙っちゃった。何かまずいこと言ったかな、俺。
早く帰りたいなー。愛ちゃん待ってるかなあ。
終わったのは当然真夜中というか、もう朝で。
愛ちゃんは俺のベッドで寝ていた。
うぁ!何その格好。ほとんど下着じゃないっすか。
うう〜。しかし起こすのはかわいそうだな…下で寝よ。
ソファくらい欲しいね…。
と思いつつ、すぐに眠りについた。
- 553 名前:Deliverer 投稿日:2006/12/10(日) 23:37
-
「何で下で寝てるん?」
目が覚めるなり、愛ちゃんに問いつめられる俺。
愛ちゃんがベッドで寝てたからじゃん。
「マコトのベッドやろ?遠慮することないがし」
「遠慮ってか、寝てるのに起こしたらかわいそうじゃん」
んでも、やっぱ床で寝るとちょっと身体痛いかもな〜。
うーんと伸びをして、立ち上がった。ちょっとストレッチ。
「あーし、邪魔かな?」
「へ?何で?」
じーっと愛ちゃんを見つめると、何か顔を赤くしてそっぽを向いた。何だ?
「しばらく、ここにいてもいい?」
「もちろん!」
やっと愛ちゃんは笑ってくれた。うん。笑顔が一番だね。
- 554 名前:Deliverer 投稿日:2006/12/10(日) 23:37
-
おっと、電話。
『おーマコト。悪いんだけど、迎えに来てくれねーか?』
「あ、いっすよ。昨日の所ですか?」
『おう。マジで悪いな〜。給料、上乗せしておくからな』
「あ!そだ。吉澤さん、給料どうなってるんですか?」
『あれ?中澤さん通すことになってんだよ。連絡行ってねーか?』
「へ?」
『お前、中澤さんに金でも借りてんのか?』
「ふぇ?」
『まぁいーわ。それよか、頼むな』
「あ、はい」
「出かけるん?」
「うん…」
全然愛ちゃんと話すヒマないし。
くっそ、そのうち休みもらおう。絶対。
- 555 名前:鉞南瓜 投稿日:2006/12/10(日) 23:45
- 更新終了。
レス御礼。
>>544 名無し読者 さま
止まらない列車のような愛さんです。それに乗っちゃったまこちぃw
>>545 名無飼育さん さま
ツンデレと言えば美貴様と思ってるのですが、ツンデレは難すぃ。
>>546 名無飼育さん さま
萌えますかー。なかなかイチャつけない2人です。
- 556 名前:鉞南瓜 投稿日:2006/12/10(日) 23:53
-
>>552
一行目、
「さて、仕事。」
が抜けてました。
- 557 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/12/11(月) 12:42
- 更新お疲れ様です!
小春がカワイイw
ミキティもカワイイww
なんか読むたび顔がニヤつく自分が気持ち悪いです^^
次回も待ってます。頑張ってください。
- 558 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/12/14(木) 15:16
- 更新おつです
うおー早く愛ちゃんとイチャイチャさせてあげて、と思いつつ
美貴様も気になるw
そして逃げたガキさんもw
- 559 名前:Deliverer 投稿日:2006/12/15(金) 22:34
-
昨日送って行った近くの駐車場で待っていると、吉澤さんと小春ちゃんが現れた。
「あ。チョコのお兄ちゃん」
俺を見て、小春ちゃんがニコニコして言った。
チョコって…勉強も教えたじゃん…。
ちょっとへこんだけど、またチョコをあげてしまう俺。
それから気を取り直して出発。
小春ちゃんを自宅まで送り届け、俺たちは店へ向かった。
「今日から、あいぼん復帰な」
「ふぇ?この間辞めたんじゃ…」
「ああ〜。ダメだったみてーな」
あいぼんさんは、先週辞めたはずだった。理由は「彼氏が出来た」とか。
嬢が辞める理由はこれが一番多いみたい。でも戻って来たってことは…。
「なかなか難しーよなあ…。過去を清算して、つきあうってのは」
「……」
「お前どーなの?」
「へっ?」
「カノジョがこーゆーことしてても平気?」
- 560 名前:Deliverer 投稿日:2006/12/15(金) 22:34
-
いつものようにからかってるのかと思ったら、吉澤さんは真面目な顔をしていた。
愛ちゃんとのことを知ってて聞いてるのだろうか。
正直、葛藤がないわけじゃなかった。
自分が注文聞いて送り届けてたんだから、客といろいろしていたのは知ってるわけだし。
ひょっとしたら、本番だってしていたのかもしれない。
それを考えると胸が締めつけられる。すごく苦しい気持ちになる。
だから考えないようにしていた。
「…平気ではない、かも…」
「そうか。つきあえねえ?」
「それは…」
「フツーの子だって、過去に何人の男と付き合ってたかわかりゃしねーじゃん。
んなことほじくり返してたらキリねーべ?」
「それは…そうです」
「だろ?大事なのはこれからだよ」
「そうですけど、気にはなります…」
「ま、そりゃ仕方ねえよな」
「はい」
- 561 名前:Deliverer 投稿日:2006/12/15(金) 22:35
-
店到着。
「まだ就業まで時間あるだろ?この車貸してやっから、走っていいぞ」
「え!?いいんですか?」
「おう。いつでも好きに乗っていいぞ」
吉澤さん、太っ腹。
お言葉に甘えちゃおう。
「愛ちゃん、ドライブ行こう!」
「えー?どしたん、この車。マコト買ったん?」
買えるわけないじゃん!1700万くらいするんだって、この車。
いいから、乗った乗った〜。
あんまり時間がないから環状線をグルグル走ってみた。
愛ちゃんはそれでも喜んでくれてるみたいだった。
さっき吉澤さんが言ってたことが頭をよぎる。
いろんな葛藤は確かにあるんだけど、この笑顔を見てるとどうでもいい気がしてくる。
一時間くらい走って、ちょっとお茶して家に戻った。
「んじゃ、仕事行くね」
「ん。いってらっしゃい。気をつけてな」
「うぃっす」
- 562 名前:Deliverer 投稿日:2006/12/15(金) 22:35
-
本日1本目は…みーよさん。
「あ。小川さん、元気〜?」
「あ、はい」
「この間の続きはいつしましょうか?」
「ええ!?」
別にいいっす、そーいうの。意味深な笑顔、こえーっす。
次は…さゆみんか。
メイドのコスプレで。
「まこっちゃん、愛ちゃん元気〜?」
あ、相変わらず連絡取り合ってるんだ。
「浮気しちゃダメだよ〜」
だからしてねーっつーの!
「ねー、お休みの時、愛ちゃんと遊んでもいい?」
「ああ、俺あんまり相手してあげれてないから喜ぶよ」
「やったぁ」
あはは。何かベタな喜び方がカワイイからプリンあげちゃおう。
- 563 名前:Deliverer 投稿日:2006/12/15(金) 22:35
-
ラストは…ミキティさん。
「あのさぁ」
「はい」
「あんたラブリーとつきあってんの?」
「はぁ?」
「ふ〜ん。そーなんだ」
何で勝手に納得してるんだろう。てかどっからそれを?
「まだデリやってんの?」
「……」
「あのコ人気あったもんね〜。本番とかよくやるよね」
「なっ…」
危ねえ!前、前!急ブレーキ!
つんのめる、俺とミキティさん。
「ちょっ!何?ちゃんと運転してよ」
「…すいません」
「しないで一番人気とか無理じゃん」
「……」
「怒ってんの?」
「…別に…」
ミキティさんを降ろして、仕事終了。
何かすっげえ疲れた…。
- 564 名前:Deliverer 投稿日:2006/12/15(金) 22:36
-
帰ると愛ちゃんはもう寝てた。
昨日より端に寄って寝てる。
うん。今日はベッドで寝よう。
んしょ、んしょ、もうちょっと寄ってね。
「ん〜。マコトおがえり〜」
「うん。おやすみ〜」
「ちゅーしよ〜」
いやもう寝るから。てか、ほとんど眠ってる状態じゃん、愛ちゃん。
おやすみー。
目が覚めると、愛ちゃんはいなかった。
メモとおにぎりが置いてあった。
『おはよー。バイトに行って来るね。帰りは8時頃です。 あい』
ふーん。バイトかあ。いつの間に。
愛ちゃんは本気でここに住む気なのかな。
おにぎりうめー。何だかちょっと切なくなった。
俺も頑張ろう。
- 565 名前:Deliverer 投稿日:2006/12/15(金) 22:37
-
今日の1本目は指名でえりりん。
場所は高級住宅地だった。すっげー豪邸。
要望がメイドだって…。豪邸でメイド。コントみたい。
それはいいけど、車で待つ所がない。
「君、ここで何してるの?」
やっべぇ。お巡りさんキタ━━━━´◇`;━━━━!!!!
「あ、あの〜、ちょっと人待ちです」
「困るんだよねえ。車動かしてくれるかな?」
「あ、はい。今」
「ん?ちょっと待って。この袋何?」
ああ〜、それはマズイっす。
「開けていい?」
ダメって言ってもムダなんでしょ?
こーゆーの持ってたら捕まったりとかするのかな。
「何これ?」
「…大人のおもちゃです……」
「すごいな〜。何に使うの?これ」
コスプレやらバイブやら何やら、全部チェックされた。
いちいち説明するのがまた恥ずかしい。
「あんまり人前では見せないようにね」
いや、開けたのお巡りさんですから!
何とかこれだけで済んだ。
はあ〜。やっぱいろいろとヤバい仕事だよなあ…。
「まこっちゃん、終わったー。すっごいお家だったよ〜」
「ああ、そう…」
- 566 名前:Deliverer 投稿日:2006/12/15(金) 22:37
-
6本目。ミキティさんかあ…。
「あんたさぁ、ラブリーと暮らしてんの?」
うぇ!?何でそれを。早耳過ぎ。
「ふ〜ん…」
いや、俺は別に何も返事してないよね?
「よっちゃん、知ってんの?」
知ったら、俺クビかなあ…。
「返事しろよ」
「あ〜…着きました」
ミキティさんは軽く舌打ちして降りて行った。
あ〜疲れる…。
7本目はさゆみんだった。
「愛ちゃん元気〜?」
「…さゆみんさぁ、ミキティさんに言ったの?愛ちゃんのこと」
「え〜?言ってないよ。あ、でもどこかで聞いてたのかも」
「ええ〜?」
「ばれたかも」
きゃは☆って、あのねえ。
- 567 名前:Deliverer 投稿日:2006/12/15(金) 22:37
-
ラストはチャーミーさん。
「マコト、何か元気ないね〜?」
「そっすか?」
「何か悩んでるの?おねーさんが聞いてア・ゲ・ル」
さむっ。
「あの〜」
「うん」
「やっぱ本番とかするんですか?」
「( ^▽^)<しないよ」
ん?
「よっちゃん、そーゆーの厳しいしさ。ウチの子たちはほとんどしてないと思うよ」
「はあ」
「気になる?彼女のこと」
「え?」
「ラブリー戻って来たんでしょ?」
うぇ!?チャーミーさんも知ってんの?
「てゆーか、いろいろ相談受けてたし。マコトのこととか」
「俺のこと?」
「最初っから気になってたみたいだよ、マコトのこと」
「え。じゃあ、つきあってんのも知ってたんですか?」
ふふふ、とチャーミーさんは意味ありげに笑った。
- 568 名前:Deliverer 投稿日:2006/12/15(金) 22:38
-
「やっぱり、気になる?前のこと」
「ん〜…考えてもしょうがないですよね…」
「もし本番してたら、嫌いになる?」
「それで嫌いになったりとかはないです」
「じゃあ何が気になってるの?」
「ん〜…。俺なんかでいいのかなあって、思うんですよね」
「ええ?」
「いやあ…あんなカワイイ子が何で俺なんかと、って」
「何だよ!ノロケじゃん、それって」
「え〜?」
「何か心配して損した」
「ええ〜?」
「自信持ちなさいよ!…あ、でもそのままの方がいいのか」
「何ですか、それ」
「アンタねえ、けっこう狙ってる子いるんだよ?」
「ふぇ?誰ですか?」
「気づいてないならいいから。浮気とかダメ、絶対」
「や、しませんけども」
「うん。マコトはそのままでいなさい」
命令ですか。まあ、変われって言われても、そんな急に変われないけど。
さて、帰ろう。
帰っても愛ちゃん寝てるし。
ん?メモがある。
- 569 名前:Deliverer 投稿日:2006/12/15(金) 22:38
-
『まことへ
ミキティと何かあったの?ひょっとして2人はつきあってたりする?
まことがミキティの元彼を殴ったと聞きました。
私はジャマなのでしょうか。そうなら、正直に言ってほしいです。
この家を出た方がいいのかな?悩んでます。
何も言わずに家に置いてくれてありがとう。大好き。 あい』
な、何だーー!?
誰から聞いたんだよ、こんな話。
何か微妙に、いや、全然違うじゃん。殴られたのは俺だし。
ていうか、何でこうなんの?
あぁ〜〜〜。眠くて頭が働かない。
えーっと、とにかく返事書こう。
『愛ちゃんへ
好きなのは愛ちゃんだけです。ここにいてください。 まこと』
もう寝る…。
- 570 名前:鉞南瓜 投稿日:2006/12/15(金) 22:45
- 更新終了。
レス御礼。
>>557 名無飼育さん さま
リアルまこの小春いじりがもうちっと見たかったです。
みきちーは作者もよくわかんない感じに…。
>>558 名無飼育さん さま
美貴様はツンデレのデレがない状態の気がしてきた…。
ガキさんは逃げたと見せかけて影で2人を見守ってましたw
- 571 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/12/16(土) 00:01
- 更新お疲れ様です!
愛ちゃんってばなんてイイ子…(ノ∀`)
マコトも幸せ者だなw
てかミキティが気になりますねぇ〜ww
次回も待ってます。
- 572 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/12/17(日) 15:02
-
あ〜気になるう!!
愛ちゃんかわいいw
微妙にいしよし(?)でウれしぃです。
更新待ってます♪
- 573 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/12/20(水) 00:35
- 更新おつです
色んな誘惑にも負けず愛ちゃんひとすじで麻琴は偉いな、
と思ってたら狙われてるの気付いてなかったのかw
イイヨイイヨー
作者さん頑張ってください
- 574 名前:Deliverer 投稿日:2006/12/21(木) 23:34
-
何か揺れてる。地震か?いや違う。
揺れてるのは自分だ。
愛ちゃん、起こすならもっと優しく起こしてよ…。
「マコト、おはよ〜」
「うん…おぁよぉ…」
「バイト行って来るね」
「ん…いってらっしゃい…」
って、ちょい待った!
「愛ちゃん!」
「ん?」
「ここにいてくれるよね?」
俺、必死。
「うん」
ニッコリ笑ってうなずいた愛ちゃん。
かーいい…。えへへ。
ひとり、デレデレする俺。キモイかも…。
- 575 名前:Deliverer 投稿日:2006/12/21(木) 23:34
-
出勤すると、吉澤さんに呼ばれた。
何だろう?
ひょっとして、ついにバレたかな。
「話があるから、ちょっとこっち来い」
「はいっ」
「あんなぁ…」
「はい」
「もう一店、新規で店出す予定があるんだけど、マコト店長やんない?」
「はあ!?」
予想外です。
硬直してる俺に向かって、吉澤さんはニヤッと笑ってみせた。
「お前、ラブリーと暮らしてんだろ?」
「ぇ、あ、う」
もーダメだ…。殺される。
- 576 名前:Deliverer 投稿日:2006/12/21(木) 23:34
-
ガクブルしてる俺を見て、吉澤さんは笑って言った。
「気にすんな。知ってたから」
「え」
「ラブリー…愛ちゃんから電話来て、マコトを怒らないでくださいって言われたぞ」
「えええ!?」
「お前、いい女つかまえたな〜」
「ぅ、あ、あ〜、あの、すいませんでした、ホントに」
「いいって。それよか頼むよ、二号店」
「ええ〜?無理ですよ、そんなの」
「大丈夫だって。店番してりゃいいんだから。俺に任せとけって」
「でも…」
「大丈夫、大丈夫。まぁすぐに返事しなくってもいいから、よく考えてくれ」
はあ。何で俺が?こんな短期間に店長って、ありえなくない?
とりあえず仕事しようと思ったら、ドライバーが増えていた。
俺の仕事が無いよ。
吉澤さん、マジで俺を二号店に行かせる気なのか。
- 577 名前:Deliverer 投稿日:2006/12/21(木) 23:35
-
仕方ないので、おこぼれのような仕事をちょこちょここなす。
でも途中で思いっきりヒマになった。んじゃ帰りますかね。
ん?電話?
っげ、この相手は…。
「はい」
『ちょっと!いつまで待ってりゃいいわけ!?』
「え?」
『いつ迎えに来るんだよ!遅い!』
「え、ちょ、ミキティさん?誰っすか、担当?」
『新しく入ったヤツだよ!使えねー』
「じゃあそっちに連絡してくださいよ。俺、もう上がりましたよ?」
『ふざけんなよ!○○駅の西口!早くしろよ!』
切られた。あ〜…。
仕方ないなあ、もう。
言われた場所に向かう。
「おせーんだよ!バカ!」
いきなりそれですか。
「早く帰りたいから、家まで送れ」
あ〜…。何か反論しても無駄みたいだから、いいや、もう。
- 578 名前:Deliverer 投稿日:2006/12/21(木) 23:36
-
「ちょっと」
「……」
「何?シカト?」
「…何ですか?」
「あんた、辞めんの?」
「えっ?…あ〜、辞めるかもしれないですね」
「あっそ」
「どーせ、新しい店に行くんでしょ?」
「…まだわかんないっす」
何?もう周りじゃそういう話になってんの?
おっ、もうすぐ到着だ。
「お疲れさまでしたー」
前と同じようにドアを開けて、ミキティさんを降ろした。
- 579 名前:Deliverer 投稿日:2006/12/21(木) 23:36
-
「…家、寄ってくよな?」
ええ!?何で決めつけ口調?
「いえっ、いいです!いいです!」
「何で」
「いえ、もう眠いんで帰ります」
「いつもより時間早いじゃん。……寝ていけば?」
えええ!?どーゆーこと?
「いえっ、帰ります。お疲れさまでした〜」
「ちょっ、待てよ」
「何ですか?」
何となく警戒して距離をとってしまう。
「…あたし達ってさぁ、全然合わないよね?」
「ほぁ?どーなんですかね〜。ミキティさんのことよくわかんないんで…」
「つきあってみたら、わかるかもしれないじゃん」
何この展開?
- 580 名前:Deliverer 投稿日:2006/12/21(木) 23:37
-
「そーですかねー…」
「お前、適当に返事してるだろ!」
「や、だって、つきあうとか、ないですよね?」
「わかんねーじゃん、そんなの!」
や、ちょ、何で泣くんですか〜!
「仕方ないじゃん!美貴は変われないもん!」
えっ?何の話?俺はどーすればいいの!?
愛ちゃんに女心がわかってないって言われたけど、こんなのわかるわけないじゃん。
「え、あの、ミキティさんはそのままでいいんだと思いますよ?」
「うっさい!半端に優しくすんな!」
あ〜もーわけわかんね。帰ろう。車に乗り込んでエンジンをかけた。
「ゆっくり休んでください。俺帰りますね」
「待てよ!ふざけんな!こんな気持ちにさせといて!」
えええ!?どゆこと!?
「え、だって、俺にはわかんないです」
「わかったよ!もういいよ!帰れよ!」
「気をつけて帰ってくださいねー。お休みなさい」
「うっさい!」
何だったんだろう。とにかく帰って寝よう…。
- 581 名前:Deliverer 投稿日:2006/12/21(木) 23:37
-
あれ?愛ちゃん起きてる?
「お帰り〜」
「うん、ただいま。どしたの?」
「明日バイト休み」
「うん?」
「だからマコト待ってよかなって」
ニコッ、って可愛すぎるよ!
「サンドイッチあるよ。食べる?」
「うん」
ハムサンドうめー。
「ミキティのことなんやけど」
「んぐ」
むせた。愛ちゃんがあわててお茶を差し出してくれる。
ゴクゴク飲み干して、一息つく。…はあ、ビックリした。
愛ちゃんはじっと俺を見ている。
「昨日の、手紙のこと?」
「…何かあったんやろ?」
「何かっつーか…殴られたのは俺で、相手が誰かは知らなかったんだよ」
最初から説明した。
愛ちゃんは黙って聞いていた。
「つーか、誰に聞いたの?この話」
「…ミキティ」
「はああ!?」
どーゆーつもりなんだろう。さっきの態度といい、わけわかんない…。
- 582 名前:Deliverer 投稿日:2006/12/21(木) 23:38
-
愛ちゃんは黙って俺を見ている。
「え。ひょっとして、何か疑ってる?」
愛ちゃんは首を横に振った。
「…………」
「…………」
何だろう、この沈黙は。
俺は愛ちゃんの正面に座って、愛ちゃんの頬にそっと手をあてた。
ぴくっとする愛ちゃん。
「愛ちゃん」
「…ん」
「好きだよ」
ぎゅって抱きしめた。
自分の気持ちがうまく説明できない。どうやったら伝わるんだろう。
考えてるうちに、愛ちゃんが抱きしめ返してくれた。
- 583 名前:Deliverer 投稿日:2006/12/21(木) 23:38
-
「…ごめん、マコト」
「ん?」
「あーし、すぐ、ヤキモチ焼く」
「うん」
愛ちゃんの言葉が途切れ途切れなのは、泣いてるから。
俺のシャツが愛ちゃんの涙と吐息で湿っていくのがわかった。
「ごめんね…」
「いーよ。そんだけ俺のこと考えてくれてるってことじゃん」
愛ちゃんは少し驚いたように俺の顔を見上げた。
俺を見上げる潤んだ目。腕の中の愛ちゃんの柔らかい体と、シャンプーの匂いと、温かい吐息。
吸い寄せられるように顔を近づけてキスをした。
それはすぐに深いものになっていき、だんだんと余裕がなくなっていった。
聞こえるのは愛ちゃんの吐息と俺の名前を呼ぶ声。
そのうち愛ちゃんのこと以外何も考えられなくなった。
- 584 名前:鉞南瓜 投稿日:2006/12/21(木) 23:48
- 更新終了。
12月22日は冬至。
カボチャドゾー
__t_
∬*´▽`)⊃ (( ) )
レス御礼。
>>571 名無飼育さん さま
愛ちゃんは鬼嫁からイイ子になりましたw
みきちーはこれから暴走します。
>>572 名無飼育さん さま
微妙にいしよし。微妙なのがポイントですw
喜んでいただけてれば嬉すぃです。
>>573 名無飼育さん さま
まこちーは基本アフォなのでw
からかわれてるくらいにしか思ってなかったり。
レスありがとうございます。励みになります。
- 585 名前:名無し読者 投稿日:2006/12/22(金) 14:31
- モー最高すぎます
北海道の真ん中等辺の狂犬さんが動きだしましたね
哀さん早くマコを飼い犬にしなさいとゆいたいです
- 586 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/12/22(金) 19:17
- 485です。久々に覗きに来られたのですっごく嬉しいです。
その節は勘繰り過ぎまして申し訳でした。
それにしてもきっちり更新されてますね。鉞南瓜様、素敵です。
今後も楽しみにしてますよ。
それにしても癒しマコ、モテるなぁ。
- 587 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/12/23(土) 13:32
- 更新お疲れ様です!!
なんかもうこの二人は結婚しちゃいなよって正直思いますw
麻琴モテモテっすなwてか麻琴はモテますよ絶対www
次回も待ってますねー^^
- 588 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/12/30(土) 06:54
- 更新おつです
はあ…愛ちゃん可愛いなぁ。可愛すぎる
麻琴は愛ちゃん離しちゃダメだぞ
と言いつつ変われないもん!と叫ぶ美貴様も気になるおいらw
- 589 名前:Deliverer 投稿日:2007/01/01(月) 22:28
-
「マコト、マコト!」
ぐらぐら揺すられて目が覚めた。
だーからー、もうちょっと優しく起こしてよ、愛ちゃん。
つーか、ほとんど寝てないんだけど…。
「…ぉあよ…」
「オーナー来たんやって!起きてよ」
オーナー?
「ほら、ちゃんと服着て!」
ああ、はいはい。
ボーっとした頭で従う。ああ眠い。
- 590 名前:Deliverer 投稿日:2007/01/01(月) 22:28
-
あくびをしていると、部屋に誰か入って来た。
「おはようさん。ジャマするで」
ん?
愛ちゃんの方を見ると、困ったような顔で俺を見た。
「あの、あーし、帰るね」
はあ!?
寝ぼけていた頭が少し動いて、とっさに愛ちゃんの手をつかんだ。
「帰るってどこに?母さん、愛ちゃんに何か言ったの?」
「何もゆーてへんよ」
「母さん!?」
3人それぞれ顔を見合わせて固まった。
- 591 名前:Deliverer 投稿日:2007/01/01(月) 22:29
-
最初に動いたのは母さんだった。
「…まあ、座り。マコトは顔洗ぃ」
母さんは愛ちゃんを座らせ、俺に言った。
「ふぁい」
顔洗って歯を磨いて戻ると、2人は黙って座っていた。
「えと、何か飲む?」
「んー。とりあえず、ここに座り」
言われたとおりに座った。
母さんはじっと俺を見た。
「この子とつきあってるんか?」
ひょっとして、マズイ展開?
さっき、愛ちゃんがオーナーとか言ってたけど…。
でも隠しても仕方ないし。うなずいた。
- 592 名前:Deliverer 投稿日:2007/01/01(月) 22:29
-
「やるやん!こんなカワイイ子!」
母さんはニヤッと笑うと、俺の背中を叩いた。
「ぐぇ」
「ヘタレや思ってたらやるもんやなあ!面食いなのはゴローさんと一緒やなー」
「父さんのどこが面食い…」
「べっぴんと結婚してたやんか!」
いてっ。
頭叩かれた。
べっぴんって自分のことかよ。
ちなみに父さんは本当は六郎って言うんだけど、みんなゴローさんって呼んでる。母さんまで…。
「…それはさておき」
母さんの顔つきが変わった。思わず座りなおした。
- 593 名前:Deliverer 投稿日:2007/01/01(月) 22:30
-
「あんた、どーするんや。これから」
「ふぇ?」
「この仕事、続ける気なん?」
「あ!給料!母さん、給料は!?」
「わかってる。ちゃんと渡すから。それよか…」
はあ、と母さんはため息をついた。
「あんた、よっさんから話あったやろ?」
「ん?あ、店長の話?」
「そや。よっさん、ノリノリであんた推薦して来たで」
「……」
「何やろなー。てっきり、すぐ辞めると思ってたのに」
「ふぇ?」
「続くと思ってなかったわ。予想外やった」
「ええ?それって…」
「ホンマに大学辞めるんか?あんた」
愛ちゃんを見ると、展開について来れずにビックリ顔で俺たちを見ている。
ごめんね、後で説明するから。
- 594 名前:Deliverer 投稿日:2007/01/01(月) 22:30
-
「本気でこの仕事やる気あるんか?」
「……あの」
「何や」
「母さん、店のオーナーなの?」
「そや。これが本業ってわけやなくて、いろいろやってるんやけどな。
あんた素直に大学行くって言いそうもなかったからこの仕事さしてみたんや。
すぐイヤんなって辞めると思ったんやけどなー。ゴローさんに怒られるわ。
もうええやろ?それとも店長やる気なんか?」
「いや、まだわかんないけど…。俺がやりたいって言ったら?」
「好きにせぇと言いたいとこやけど…そうもいかんやろ。
この業界はペーパーカンパニーみたいなもんなんや。
実態があってないようなもんや。ウチらもこれが本業やないしな」
「でも借金…」
「それはあんたが考えんでええ」
「そーゆーわけにはいかないよ…。父さん、電話しても出ないし、大丈夫なのかな」
「あんたは心配せんでもええ。大学行きぃ」
「……。学校はまだ夏休みだし…まだ仕事はするよ。
そのうち父さんとは話する」
「そーか」
母さんは何かぶつぶつ言っていたけど、そのうちあきらめたのか、ため息をついた。
「…じゃあ、まあ、今までの給料渡すわ。ごくろーさん」
「あ!ありがとうございます!」
「ん。…そらそーと、マコト」
「ぁい?」
「この子どうするんや」
「え?」
- 595 名前:Deliverer 投稿日:2007/01/01(月) 22:30
-
「あ、あたし、あの、ジャマに…」
「あんたには聞いてへん。一緒に住むんか?」
「俺はそうしたいけど…」
「ほんならここは狭すぎるやろ。だいたい一人暮らし用やん」
ここは母さんに紹介してもらって入った、格安お得物件なんだけど…。
「あんたなあ、もうちょっと考えて行動せんとあかんで。
周りに流されすぎや」
「はい…」
言われても仕方ないと思う。
首をすくめてうなだれてると母さんが言った。
「しゃーないなあ。どっかええとこ探しといたるわ。
あー、裕ちゃんもヤキ回ったわ。息子には甘々や。
まぁ、えーか。ずっと放っといた罪滅ぼしやんな?」
本人に言わないでよ。返事のしようがないよ。
- 596 名前:Deliverer 投稿日:2007/01/01(月) 22:31
-
「さて。ほんなら…、マコト、ちょっと冷たいもん買ぉて来て」
「ほぁ?ウーロン茶ならあるけど」
「そんなん要らん。ビール買ぉて来い」
「昼間からビール!?」
「えーから」
万札握らされて放り出された。
ああ太陽がまぶしい。考えたら、あまり陽に当たってないわけで。
ずっと夜活動する生活だから、ただでさえ白い俺の肌は夏なのに真っ白だ。
海とか行きたいな〜。愛ちゃんと。
コンビニで適当にビールとか買って戻ると、母さんが玄関に出て来た。
「おっ、ごくろーさん。ほな帰るわ」
「え、帰るの?」
「うん。また来るわ」
「あ、うん」
「邪魔したな」
母さんは俺の手からコンビニの袋を取ると、そのまま玄関から出て行ってしまった。
何なの?
- 597 名前:Deliverer 投稿日:2007/01/01(月) 22:32
-
「あ、お帰りー。おかーさん、帰ったん?」
「うん…。何だったんだろ?ビール買いに行かされて」
「あーしと話したかったみたい」
「え?何話してたの?」
「ん…、マコトを頼むって」
「ええ?」
「ヘタレやけど優しー子やから、って」
「…………」
何か複雑。
俺は母さんが今何やってるかも知らないし、何で父さんと別れたのかも知らない。
突然出て行って、別に恨んだりはしてないけど、俺のことを気にかけてるとも思ってなかった。
今いろいろ甘えてるのも、いいことだとは思っていない。
「マコト?」
ベッドに腰掛け、黙りこくって眉の上辺りをがりがりかき始めた俺に、愛ちゃんが声をかけてきた。
「ん?」
いきなり抱き締められた。
愛ちゃんは立っている状態だから、頭を抱え込まれるような感じになった。
- 598 名前:Deliverer 投稿日:2007/01/01(月) 22:32
-
「愛ちゃん?」
やーらかくて気持ちいいけど、ちょっと苦しいっす。
「…甘えていいんやよ」
「ふぇ?」
「あーしに、もっと甘えて欲しい」
愛ちゃんは身体を離すと、俺の顔を見下ろした。
「ね?」
「ああ、うん…」
何かよくわかんないけどうなずいた。
「今まであーしの方が年上なのに、マコトに泣きついてたからさぁ」
「別にいーじゃん、そんなの」
「よくない。マコトはもっと甘えるがし」
命令ですか。
- 599 名前:Deliverer 投稿日:2007/01/01(月) 22:33
-
「それに、何やあ、店長って。聞いてないやよ」
「だって突然昨日言われたんだもん…。何か2号店やる予定って」
「ふ〜ん。よしざーさん、マコトのことひって気に入ってるんやな」
「そうかなあ…」
「ほやで。よしざーさんは気に入らない相手には冷たいがし」
「ふーん…」
「やるん?店長」
「うーん…」
「それとも仕事辞めて大学行くん?」
「うーん…。愛ちゃんはどっちがいいと思う?」
我ながら無責任だと思いつつ聞いてみる。んなこと聞かれたって困るよね。
「あーしは…マコトと一緒にいれれば何でもいいよ」
「お?」
「さっき、嬉しかった。一緒に住みたいって言ってくれて」
「あー、うん」
照れる。
愛ちゃんはまたくっついて来た。
うー。その感触、ヤバいっす…。
俺が押し倒したのか、愛ちゃんが引っ張ったのか。
結局仕事行く時間まで、ベッドの上にいた。
- 600 名前:Deliverer 投稿日:2007/01/01(月) 22:33
-
「おう、マコト。何かエロい顔してんな。カノジョとエロいことしてたんか?」
仕事に行くなり、いきなりの吉澤さんの攻撃。
ちょ、皆聞いてるんですけど。
てか、顔に出てるんですか?思わず顔をこすった。
「うははは。おもしれーな、お前。マジでヤッて来たの?」
「や、あの…」
「うはは。まーちょっとこっち来いや」
事務所の奥に引っ張り込まれる。
「考えてくれたか?」
「えっと…」
「はは、昨日の今日だもんな、まだ無理か。
あんなあ、あんま難しく考えなくていいぞ。
2号店たって、この店を2分割するようなもんだよ。
ここを夜だけにして、昼間そっちで場所変えてやろーぜって話だから。
まるまる新店舗ってワケじゃねーんだよ。
昼間で夜だってせいぜい12時だから、今よっかいいだろ?」
確かに早く帰れるのはありがたいけど。今だと愛ちゃんとすれ違いだし。
「愛ちゃんと話合って来いよ。返事は来週でいいから」
「あ、はい…」
- 601 名前:Deliverer 投稿日:2007/01/01(月) 22:34
-
前より暇になってしまったけど、ちょこちょこ仕事をこなす。
戻ると、ミキティさんとばったり顔をあわせてしまった。
「おい」
「ふぁい!?」
声が裏返ってしまった。
「時間作れよ」
「は、はぁ?」
ど、どういうこと?
「あんたさぁ、避けてるでしょ、美貴のこと」
「えぇ?いや…」
避けてるというほどではないけど、わけわかんないし…。
あ、電話!はいはい!
あー!のんつぁん出なくていいって!俺出るって!
あ、取られた。
「ちょっと。無視すんなよ」
「や、だって、わけわかんないんですけど」
「何だよ、それ」
「たん、やめなよ〜。無理だって。この人鈍いから」
あややさんが口を挟んできた。
鈍いとか言われても何がなんだか。
- 602 名前:Deliverer 投稿日:2007/01/01(月) 22:34
-
とりあえず逃げ出して、車で休憩。…寝よ。あんまり寝てないし。
♪♪♪ ♪♪ ♪♪♪ ♪♪
うー。またですか。
「…はい」
『ちょっと!どこにいんだよ!』
「外ですけど」
『ふざけんな。逃げるなよ!』
「や、何の話だかわかんないんですけども」
『話聞けよ!』
「はい」
聞いてますよ。
『ラブリーと付き合ってんの、よっちゃんに言うからね!』
「吉澤さん、知ってますけど…」
『ああ!?』
『…ちょっと!何言ったの?』
あ、声変わった。あややさん?
「何って…」
何か向こうでもめてるような声がしたかと思うと、切れた。
何なんだろう。
もう帰ろうかな…。
- 603 名前:鉞南瓜 投稿日:2007/01/01(月) 22:53
- 更新終了。
今年もまったりと小川さん中心小説を書けたらと思っております。
お付き合いいただければ幸いでぇごす。
>>585 名無読者 さま
みきちーは直球しか投げられないのでw
つい受けてしまう、まこっちんです。
>>586 名無飼育さん さま
いえいえ、受け止め方は読者様の自由なので、全然オッケーです。
きっちり更新は…ストックが底をついたので、まったりになるかと…テヘ
>>587 名無飼育さん さま
何にも気にしないのがモテる理由でしょうか。
愛さんがまた鬼嫁にならないことを祈ってますw
>>588 名無飼育さん さま
みきちーは作者も気になってますw
まこっちんが男前なのは愛ちゃんの前だけ…か?
- 604 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/04(木) 04:28
- お年玉キテタ━━━━(゚∀゚)━━━━ッ!!!!
更新おつです
元中澤ヲタのおいらをクラクラさせてくれてありがとうw
そしてやっぱり愛ちゃんカワユス
あと…美貴様がいじらしくてヤバいっす…
- 605 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/04(木) 20:31
- 更新お疲れ様です!
そして明けましておめでとうございます!
なんだなんだー、そういうことだったのかw
ママンいいよママンw
てか美貴たんキャワイ杉w
- 606 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/08(月) 23:39
- 遅いですが明けましておめでとうございます。
作者さんのお陰で大変幸せな年越しです。
…なんかHPWでマコに笑わされて悔しがってたママを思い出したw
すっごくイイです从#~∀~#从
- 607 名前:Deliverer 投稿日:2007/01/11(木) 23:00
-
何かあれからミキティさん(とあややさん)ににらまれてるような気がする。
俺が悪いの?
まぁいいや、仕事仕事。
1本目、みーよさんかぁ…。
場所はマンション。リクエストは水着で水遊びしたい、だって。
「水着着て、触ったらすぐ終わっちゃった」
あーそーですか…。
「ねぇ、小川さん」
「はい?」
「したげようか?」
なっ…何を、とか聞いたらヤバそう。絶対ヤバい。
「いえっ、結構です!」
「もー逃げてばっかり」
逃げますよ、そりゃー。
- 608 名前:Deliverer 投稿日:2007/01/11(木) 23:01
-
あ。あいぼんさん、久し振り〜。
「まこっちゃん、ミキティと何かあったの?」
「や、何もないですけど…」
俺的には。
「そーなん?じゃあ何?あの態度」
俺が聞きたい…。
「ラブリーちゃんとつきあってるんやろ?」
ああもうバレバレなのね…。いいんだよな?吉澤さん公認だし。
「二股?」
「ちっがいますよ!ミキティさんとは何もないです!」
「あーそぉ。…つまんないの」
「勘弁してくださいよ〜」
- 609 名前:Deliverer 投稿日:2007/01/11(木) 23:01
-
そろそろ終わりかな?という頃に吉澤さんが酔っ払って戻って来た。
「おー、マコトー!飲み行くぞ、飲み!」
何かフラフラなんですけど。
「ちょ、吉澤さん、飲みすぎじゃないですか?」
「マコトよお、おま、ちゃんと愛ちゃん可愛がってるかー!?」
吉澤さん、声でけーよ!皆聞いてるから!
「おーい!今いるヤツ全員飲みに行くぞー!」
吉澤さんは声を張り上げて、それからのんつぁんを呼んだ。
「のの、お前のワゴンに全員乗せろ!」
「へいよ」
- 610 名前:Deliverer 投稿日:2007/01/11(木) 23:01
-
今のうちに帰りたそうにしている子には帰るよう促した。
行きたい子はニコニコ顔で待っている。
「マコト〜、俺の車運転してくれー」
ええー?あのすっげぇ車っすか。ちょっと踏むとすぐ100キロ超えの。
「どこ行くんですか?」
「俺の店」
「ふぇ?」
「いつもの焼肉屋だよ!」
あれ吉澤さんの店なの?マジで?
「のの、いつもの焼肉屋集合な!頼んだぞ!おし、マコト行くぞ」
「はい」
- 611 名前:Deliverer 投稿日:2007/01/11(木) 23:02
-
個室で大騒ぎ。
俺はいつものように酒を飲まずにもっぱら食うことに専念。
トイレに行って、戻ろうとすると…
「キミ、吉澤の連れか?」
知らない人に声を掛けられた。
「あ、はい」
何か派手な印象を与えるその人は、俺の顔をまじまじと見た。
「ひょっとして、麻琴くんか?」
「へ?」
「小川麻琴くんやろ?」
「はぁ、そーですけど…」
「やっぱそーかー!俺、キミの伯父さんや」
「ふぇ?」
「裕子の兄貴やねん」
「は…」
「はじめまして、やな。俺は知ってるけど」
「あ、は、はじめまして…」
とりあえず頭を下げた。
母さんの方の親戚にはほとんど会ったことがない。
- 612 名前:Deliverer 投稿日:2007/01/11(木) 23:02
-
「あ、つんくさん、お久し振りっす」
吉澤さんがふらふらしながら歩いて来て、伯父さん?に挨拶した。
「おう。どうや、2号店の方は」
「あ〜、準備はしてるんですけどねえ。あ、コイツ、店長にどうかと思ってんですよ」
「ほお?」
伯父さんは俺の方を見た。ニヤッと笑った気がした。
吉澤さんはトイレに行く途中だったらしく、少し話をすると行ってしまった。
「そーかー。店長なあ」
「え。まだ決まってないです」
伯父さんはふふん、と笑うと俺たちがいた個室の隣の個室を指して言った。
「ちょっと話せーへん?」
「え。でも…」
「すぐ終わるから」
- 613 名前:Deliverer 投稿日:2007/01/11(木) 23:03
-
「何か飲む?」
「いえ…」
「そうか?遠慮せんでええよ」
「あの、話って…」
「ああ。お父さん、大変なんやろ?」
「………」
「借金。ちょっとややこしい相手から借りてもうたみたいやね。
利息がえげつないことになってる」
「それ、何とかしたってもええんやけど」
「ほぁ?」
「仕事手伝ってくれたら、悪いようにはせんで」
「俺ですか?」
「うん」
「どういう…?」
「難しいことないよ。仕事してくれたらええねん。借金はこっちで清算する。
無利子にしとくから、給料から少しずつ返済してくれたらええ」
「仕事って…?」
「今話来てるやろ。2号店の店長。あとちょこちょこっと」
「え…。俺に出来るんですか?」
「何やかんやゆーても生き馬の目を抜く業界やからね。身内の方が安心なんや。
吉澤の右腕として働いてもらいたいねん。裕子は怒るか知らんけど。
裕子にとっても悪い話やないと思うねんけどなあ」
「え?どーゆーことですか?」
- 614 名前:Deliverer 投稿日:2007/01/11(木) 23:03
-
「うぉーい、マコトー、どこ行ったあー?」
部屋の外で、のんつぁんが俺を探している声がした。
「呼んでんで。今日はここまでやな。行ってええよ。
仕事の話、考えとってな。また話しよ」
「あ、はい…。失礼します…」
何か混乱した頭のまま、部屋から出た。
「あれ?部屋間違ってんじゃねーよ、マコト」
「いや、間違ったわけじゃ…」
「よっちゃんツブれちゃったんだよ、どーする?
女の子たち、もう帰すけど」
のんつぁんはもう車に女の子たちを乗せて帰り支度をしていた。
- 615 名前:Deliverer 投稿日:2007/01/11(木) 23:03
-
「吉澤さん、起きてくださいよ!」
「うぅい〜」
「帰りますよ!」
「おぉ〜、マコトかぁ。俺今日ココ泊まるから」
「ええ?泊まるって…」
「あー、大丈夫、大丈夫。任せて」
お店の人らしい女の人が近づいて来て、ニッコリ笑って上を指差した。
「ん?」
「上連れて行くから。いつものことだから」
「あ、そですか。じゃあ、お願いします」
「はいはい。任せて、まこっちゃん」
「ふぇ?」
いきなり名前を呼ばれてビックリした。
「ふふ。いつもよっすぃーから聞いてるよ。
あたし里田まい。よろしくね」
「あ、はい。よろしくお願いします…」
よっすぃーって吉澤さんのことか?何かまたぁゃιぃ雰囲気が…。
まあいいや。帰ろう。
- 616 名前:Deliverer 投稿日:2007/01/11(木) 23:04
-
「マコト、一人乗せらんねえ。誰か乗っけてって」
あれ?何で人数合わないの?来た時ピッタリだったじゃん。
あ。いつの間にか、ミキティさんとあややさんがワゴン車の一番後ろでふんぞり返ってる。
「誰乗りますか?」
「え〜、まこっちゃんと2人〜?」
「何かヤバそう〜」
何でそうなるんですかぁ。俺紳士だよ。
「誰もいないなら帰りますよ〜」
「みきたん乗りなよ。いぇ〜い」
なっ…。いぇ〜いじゃないって!勘弁してくださいよぉ。
ミキティさんもわざわざ降りてこなくてもいいですから!
「や、だってミキティさん、方向逆ですよね?」
「しょーがないじゃん。まこっちゃんお願いね〜」
何であややさんが仕切ってんの?
あ〜…まあ仕方ないか…んじゃ行きますか。
- 617 名前:Deliverer 投稿日:2007/01/11(木) 23:04
-
無言のまま30分経過…。
先に言葉を発したのはミキティさんだった。
「……ちっ。やっとだよ」
舌打ちとか怖いんですけど。
「時間作れって言ったろ」
「はぁ。何ですか?」
「ラブリーとつきあってること、よっちゃん知ってるって言ったよな?」
「はぃ」
「何で知ってるんだよ!」
「俺に言われても…。とにかく、吉澤さんは知ってて、俺は謝って、許可もらいました」
「ざけんなよ!」
「そう言われても…」
何かピリピリした雰囲気。
- 618 名前:Deliverer 投稿日:2007/01/11(木) 23:04
-
「もうモメるの止めましょうよ」
「モメてねーよ!」
「何でミキティさんが怒ってるのかわかんないんですよ」
「別に…」
「何で俺なんかにこだわるんですか?俺アホだからわかんないんですよ」
ミキティさんは小さい声で言った。
「……美貴じゃダメなの?」
「ふぇ?ダメって何ですか?」
「あー!もういいよ!うぜーんだよ!」
あああ。また怒っちゃった。
何が悪いのかなー。
- 619 名前:Deliverer 投稿日:2007/01/11(木) 23:05
-
あー気まずい。話題変えよう。何か話題。
「ミキティさんは食べ物、何が好きですか?」
「……はぁ?」
「俺はですね、かぼちゃが好きです」
「…………」
「ミキティさんは何が好きですか?」
「……焼肉」
「あ、そーなんですか。じゃ、今日はいっぱい食えました?」
「……う、うん」
「焼肉は何が好きですか?」
「……レバ刺し」
「おお!何か通っぽいですね〜」
「…………」
つ、続かねえ…。何か他に話題ないかな?
「映画とか観ます?」
「…………」
「マンガとか」
「…………」
「甘いもんとか食べますか?」
「……まぁ」
「粒あんとこしあん、どっちが好きですか?」
「……こしあん…」
- 620 名前:Deliverer 投稿日:2007/01/11(木) 23:06
-
や、やっと着いた〜!
「はい!到着です!」
もうお約束のように、ドアを開けてあげる。
「…あのさ」
「はい?」
「気、遣ってくれて、ありがと…」
「あ、いえ…」
つ、疲れた…。
何かいろいろ考えなきゃいけないことがあるんだけど、今は無理。
早く帰って眠りたい…。
- 621 名前:鉞南瓜 投稿日:2007/01/11(木) 23:15
- 更新終了。
>>604 名無飼育さん さま
元とは言え中澤ヲタさん的におっけーなようでよかったですw
ミキティけっこう人気だな…。
>>605 名無飼育さん さま
もうお正月気分はどこかに…。
息子に甘いママンですw
>>606 名無飼育さん さま
ハロモニでのゆゆマコはちゃいこーだと思います。
コントでなかざーさんを泣かせたマコw
- 622 名前:名無し読者 投稿日:2007/01/11(木) 23:30
- やっぱり最高だ亜作者殿
美貴様ぁぁあ///
マコの周りは小悪魔が沢山ね|ロ ^)←好きですこの人が
- 623 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/12(金) 00:35
- マコト母の「兄貴」が架空人物だと思い込んで読み進めた自分、
その6行後にまさか吹き出すことになろうとは・・・。
人物設定が絶妙〜。ますます展開が楽しみになってきました!
- 624 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/12(金) 12:43
- 更新お疲れ様です!
いいっすねwミキティいいっすww
すぐキレちゃうとことかリアルだし^^
次回も頑張ってください^^
- 625 名前:Deliverer 投稿日:2007/01/21(日) 23:10
-
いろいろ気になるから、実家に行ってみようと思った。
吉澤さんの車で行くのはアレなんで、ひとまず戻しに行く。
「お、麻琴、どうした?」
ふらふらと吉澤さんが現れた。
片手にはミネラルウォーターのペットボトル。
顔色はいつもより白い。昨日は結構飲んだみたいだもんなあ。
「あ。車を戻しに…」
「別に出勤の時でいいのに」
「や、ちょっとこれから出かけるんで、この車じゃちょっと…」
「別にいいじゃねーかよ。乗ってていいぞ」
「いやあ、実家行くんで、この車だと親父ビックリしますよ〜」
「そうか?…てかオメー、焼肉屋に置いてくなよ、俺のこと」
「えあ?だって里田さんがいつものことだから任せて、って…」
「あー…?まいちんが?あーそーか。んじゃいいや。まー気をつけて行けや」
「あ、はい」
この車だって借りもんだから俺のじゃないんだけどなー。
車欲しいけど…今は無理だよなあ。
- 626 名前:Deliverer 投稿日:2007/01/21(日) 23:11
-
「あれ?」
今日定休日じゃないよなあ?
ラーメン屋、開けてない。
店の前に車を停めて、裏へ回ろうとしたら声をかけられた。
「おい」
「はい?」
猫目の何か迫力のある人が近づいて来た。
「どこ行く?」
「? あの、ここ自分ちで…」
「あ?ああ、そうか」
納得したのか離れて行った。
何だろ?
「ただいまー…」
「マコト?」
あれ?何で母さんがいるの?
「おー。お帰りー」
何で父さんはフツーにしてるの?
「ちょうどええとこに来たなあ」
って、伯父さんでしたっけ。何でいるの?
- 627 名前:Deliverer 投稿日:2007/01/21(日) 23:11
-
「お店は…?」
俺が言うと父さんは困ったような顔をした。
「ガラの悪いお兄さんが毎日来るもんで、開店休業や」
伯父さんが答えた。
ええ?それってひょっとして借金の取り立て?
「ええ?大丈夫なの?」
「アンタは心配せんでええって言ったやろ」
母さんが怒ったように言った。
「だって…。だいたい、母さんたちは何でいるの」
言うと母さんは目をそらした。
「いやいや。家族の一大事やん。心配するのは当たり前やろ?
ほんでやな。例の話、考えてくれたかな?」
「ちょっと!何でアンタら知り合いなん?着いて来るからおかしいと思ったんや」
かみつくように言う母さんを無視して、伯父さんは言った。
「お父さん、店たたむ言うてるで」
「えっ!?マジで?父さん」
- 628 名前:Deliverer 投稿日:2007/01/21(日) 23:12
-
父さんは何か立ち上がってうろうろしてる。
「ちょっ、父さん、何してんの?」
「いや、お茶でも淹れようかと思って…」
「それはいいから。店どーなんの?」
父さんは困ったように自分の頭をぐるぐる撫でた。
「そやから、俺に任してくれたら悪いようにせんて」
「アンタ関係ないやろ!」
「つれないなあ。兄ちゃんやんか」
「父さん」
「ん」
「俺、働くから」
「…………」
「店は続けてよ」
父さんは困ったように俺を見た。
俺は伯父さんに頭を下げた。
「…よろしくお願いします」
「おう」
「ちょっ!待ちい!何を勝手に決めてるん!」
「別に悪い話やないって。俺が借金清算する。ゴローさんはお店続ける。
マコトくんはウチらの仕事手伝う。俺に借金返す。…何も問題ないやろ」
「何でアンタがそんなん決めるんや。それやったらあたしが代わりに借金返すわ」
「お前が決めるいわれもないやろ」
「まだ子供やんか、この子」
「大丈夫やって。ピコーンって来たんやから」
「何がピコーンや!」
- 629 名前:Deliverer 投稿日:2007/01/21(日) 23:12
-
「…これは、俺の問題だから…」
父さんがぼそぼそと言った。
「お前に迷惑は…」
「俺はこの店残して欲しいんだよ。いずれはここで働きたい。
だから今はとにかく借金を清算しようよ」
「………」
父さんはものすごくつらそうな顔をした。
「そんな顔しないでよ。俺が自分で選んでそうするんだから」
父さんは困ってる。母さんは怒ってる。
でももう決めちゃったし。
いろいろ言われたけど、俺はもう腹をくくっていた。
母さんはため息をついた。
「…あんたちっさい頃から普段は聞き分けいいのに、
変なとこで言うこと聞かん子やったもんなあ…」
母さんが言うとおり、俺には周りの大人たちがやめなさいって言っても
やってみないと気が済まないところがあった。
自分でも失敗するんだろうなぁと思っても、止められない。
それで登るなと言われていた高い木に登って、案の定落っこちて怒られたりしていた。
- 630 名前:Deliverer 投稿日:2007/01/21(日) 23:13
-
仕事に行っても、相変わらず暇になってしまった。
吉澤さんに呼ばれた。
「おー、マコト。決めたか?」
「あ、はい…」
うあ、何かドキドキする。
「えっと、よろしくお願いします」
「おぅ、そうか!手続きや何かは俺がやっておくから。
後は従業員とか、店番とか、自分で選んでいいぞ」
「えぇ?それは無理じゃないですかねぇ〜」
「いやいや、大事大事。心配いらねーって。俺がいるから。大丈夫」
ありがたい言葉に何か泣きそう…。
「まぁ手続きとかは前からしてあるから、すぐにでもオープン出来んだけどさ。
少しずつ用意してくか?」
「お願いします…」
「オーケー、オーケー。とりあえずはドライバー兼務でな」
「はい…」
本当に俺に出来るのかな〜。
- 631 名前:Deliverer 投稿日:2007/01/21(日) 23:13
-
ただいま〜っと。あれ?愛ちゃん起きてる?
「おかえり〜」
「どしたの?こんな時間まで」
「ん〜…何か眠れん」
「身体が火照って眠れないとかぁ?」
「エロおやじ」
「……俺シャワー浴びるね」
自爆して落ち込む。
何かおかしーよね、俺。
とっとと寝よ。
シャワーから出ると、愛ちゃんはまだ起きていた。
「寝よ」
「うん」
おやすみ〜。
「おやすみのちゅーは?」
ああ、はいはい。
軽くキス。
「おやすみ〜」
- 632 名前:Deliverer 投稿日:2007/01/21(日) 23:13
-
…眠れない。
さっきのキスで興奮したか?いやそうじゃない。
第一全然えっちぃ気分になんかならない。
今日の出来事が頭の中をぐるぐる回っている。
ホントに店長なんて務まるのかな。
失敗したらどーする?借金が増えるだけかもしれない。
ドスッ。
ぐぇ。ちょっ、愛ちゃん、足乗っけないでよ。
暑いんだからくっついて来ない!
あ、でも愛ちゃんの匂いがする。
苦しいけど、何か…。
そのまま眠りへと吸い込まれていった。
- 633 名前:鉞南瓜 投稿日:2007/01/21(日) 23:26
- 更新終了。
>>622 名無し読者 さま
まこちぃは振り回されてナンボ。
選びたい放題だね!
まこあいとは誰も言ってな…川# ’Д’) 三◯)鉞南瓜)・;'ブアー
>>623 名無飼育さん さま
「兄貴」には特に思い入れはなくてw
ただの思いつきでぇごす。
ピコーンて来ましたw
>>624 名無飼育さん さま
リアルミキティとマコの関係性が何か謎っぽくて割と好きです。
キレてもあんまり気にしないマコ。
- 634 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/22(月) 02:56
- 更新おつです
2回分まとめて読んでお得な気分w
何ていうか作者さんにツボを押さえられまくってる感じです
「……こしあん…」な美貴様といじらしい愛ちゃん
そして実家を巡る急展開、どうなる2号店!
更新楽しみにしてます
- 635 名前:鉞南瓜 投稿日:2007/01/22(月) 09:27
- スミマセン、コピペミスりました。見直せよ、自分…。
>>629の次に以下の文章が入ります。
もう仕事の時間があるから戻んなきゃなんない。
「じゃ、俺、帰るね」
「………マコト」
「ん?」
「…すまん」
「父さんが謝ることないよ」
かえって父さんを傷つけてしまったような気がした。
あ〜。どーなんのかな?俺。
でももう決めた。後はやるしかないと思う。
- 636 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/22(月) 12:44
- 更新お疲れ様です!!
おー麻琴腹くくったかぁーw
さすが漢だ!!w
次回も待ってまーす^^
- 637 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/24(水) 00:44
- 更新お疲れさまです。
昔、母さんが子どもだったマコトをなぜ置いて出て行ったのかが気になってるのですが。
いつか、そこらへんの事情が明らかになるのを楽しみにしてます。
- 638 名前:Deliverer 投稿日:2007/01/28(日) 09:03
-
目が覚めると、愛ちゃんが出かける仕度をしていた。
「おはよ」
「おぁよ…」
ああ、そうだ、愛ちゃんに言っておかないと。
「愛ちゃん、まだ時間ある?」
「うん。何?」
「俺、あの話受けた」
「ん?何、てんちょの話?」
「うん」
「そっか。大変やろうけど、頑張ってな」
「うん」
「昼間の営業なんやろ?今より早く帰ってこれるかな?」
「ん〜。頑張るよぉ」
「仕事も大事やろうけど、時間出来たらもうちょっと一緒にいてほしーなぁ」
「うぃっす。努力します」
「うん」
愛ちゃんはニッコリ笑ってバイトに行った。
- 639 名前:Deliverer 投稿日:2007/01/28(日) 09:04
-
相変わらずドライバー業の方は暇で。
吉澤さんと新しい店の話をする。
今求人を出しているサイトと雑誌とかに昼間のも出してもらうことにする。
「店番はあれだ。ガキさん、そっちにやる」
「え、いいんですか?」
「おぅ。しっかり者だから頼りになんぞ」
「あ、ありがとうございます」
「家賃とか光熱費もオーナーのビルだから心配ないから」
「あ、はい」
「あと、面接は任せたぞ」
「はい」
吉澤さんとじっくり打ち合わせ。
「こんな真剣な2人見たことないよぉ」となっちさんに言われる。
他の女の子たちもうなずいている。
それに対して冗談を返したりする余裕はまったくなく、スルーして打ち合わせを続けた。
- 640 名前:Deliverer 投稿日:2007/01/28(日) 09:04
-
「…まぁこんなとこか。腹減ってないか?うっし。メシでも食いに行くかあ」
吉澤さんが立ち上がって伸びをした。
「あ、でも急にデリ入ったら人がいなくなるから、俺残ってます」
「いいって。何とかなるよ。ほれ行くぞ」
「え、そうですか?」
吉澤さんが言うんじゃ仕方ない。
連れて行かれたのはお洒落なバー。俺一人じゃ絶対無理な所。
「いらっしゃいませ」
黒服の美人なおねーさんがいる。
吉澤さんはひとこと。
「いつもの」
かっけー。
えー…俺は…。
「ジンジャーエールください」
てか、メシじゃなかったんですか?
- 641 名前:Deliverer 投稿日:2007/01/28(日) 09:05
-
吉澤さんに付き合って、ジンジャーエールで腹ががぼがぼになりかけた頃。
「お。圭ちゃん!」
吉澤さんの声に振り返ると、見覚えのある人が立っていた。
「おぉ、吉澤。…と、小川だっけ?」
昨日、お店の前に立っていた人だった。
「あれ?マコトのこと知ってんの?」
「いや、知ってるって言うか、姐さんからね」
「ああ、そっすか」
何でか俺の隣に座って来た。
「アタシは保田圭。中澤裕子の部下」
「あ、どうも…」
頭を下げる。
吉澤さんと保田さんは俺を挟んで会話した。
仕事の話なんだろうけど、よくわからない。
すきっ腹に水分ばっかり取ったので、トイレに立つ。
戻ると保田さんしかいなかった。
「あれ?吉澤さんは?」
「あっち」
示された方を見ると黒服のおねーさんと何か話していた。
「ちょっと、話しない?」
「え?あ、はい」
- 642 名前:Deliverer 投稿日:2007/01/28(日) 09:05
-
「裕ちゃん、あんたのこと心配してるわよ」
「はあ…」
裕ちゃんって、母さんのこと?
この人、外見は迫力あるのに、何でかオカマっぽい話し方だ。
「あんた、何で裕ちゃんが家出たか知らないんでしょ?」
「知りません。…保田さんは知ってるんですか?」
「アタシの口から言うのも何だし、あんまり言いたくないんだけど…。
はっきり言って、こういう仕事に巻き込みたくなかったからよ」
「え?」
「フロント企業って知ってる?」
「え?いえ…」
「早い話がヤクザよ。アタシ達がやってんのはそれ。表向きは金融や不動産を扱ってる」
「はぁ…母さんはヤクザなんですか?」
「実家がね。それが嫌で裕ちゃんは家を出た。でも先代が亡くなったのをきっかけに連れ戻された。
結婚して、子供もいたのに」
「………」
「あんまり詳しく話すつもりはないけど、拒否すればラーメン屋を潰すと言われて、
泣く泣く縁を切ったのよ。あの人からラーメンを取ったら何も残らないから、って」
確かに父さんはラーメンを作る以外は何も出来ない、と俺から見ても思う。
だから、俺だって借金を何とかしたいわけで。
「それで近寄らないようにしてたくせに、何でこの仕事あんたに紹介したのかしらねえ」
「すぐ嫌になると思ったみたいです…」
「ふーん…。先手を打ったつもりだったのかしらねえ」
「え、どういうことですか?」
「下手に入り込ませないようにしたかったんじゃないの。知らないけど。
結果は逆だったけど」
父さんのしょんぼりした顔や、母さんの怒った顔を思い出すと、だんだん落ち込んで来た。
- 643 名前:Deliverer 投稿日:2007/01/28(日) 09:06
-
「…あの、俺の判断って間違ってますか?」
「そんなの誰にもわかんないわよ。こうなっちゃった以上は、頑張って早いとこ借金清算すんのね」
「はい…」
「あんた騙されやすそうだから言っておくけど、何かあったらアタシに相談しなさいよ!
自分で判断するんじゃないわよ!」
「あ、はい。ありがとうございます」
口調はちょっとあれだけど、保田さんは親切な人みたいだ。
名刺をムリヤリ渡されたところで、吉澤さんが戻って来た。
「あんま若い子いじめないでよ〜、圭ちゃん」
「もーやめるわよ。アタシだってアヤカと話に来たんだから」
保田さんは立ち上がって、黒服の女の子の方へ行った。
「オバちゃんの相手、大変だったろ?」
オバちゃんって…。
「でも面倒見いい人だから。俺もこの仕事始めた時から世話になってるから、頭あがんねー」
「そーなんですか」
「そろそろ戻るか」
「そっすね」
てか結局腹は満たされてない…。
- 644 名前:Deliverer 投稿日:2007/01/28(日) 09:06
-
「あの〜吉澤さん」
車の中で聞いてみた。
「ん?何」
「俺で大丈夫なんですかね?」
「あ?どした?ケメちゃんに何か言われたのか?」
誰っすか、ケメちゃんて。
「保田さん、何か言ったんか?」
「あ、いえ、そーじゃなくて。何か…」
「あのな、お前が中澤さんの息子だからとか関係ないからな」
「えっ……」
キキー!軽くホイルスピン。
でもあんまり怖くない。やっぱすごいな、この車。
…じゃなくて。
「知ってたんすか?」
「中澤さんは言わねえけどな。俺も、だからどうってこともねえし」
「はぁ」
「俺がお前選んだのは、一緒にやりたいと思ったからで他に意味はねえよ」
「あ、ありがとうございます」
「あんまくだらねーこと気にすんな」
何か考えることが多すぎて、逆に頭が空っぽになってしまった。
まあ俺の頭じゃあまり考えない方がうまくいくような気がする。
- 645 名前:Deliverer 投稿日:2007/01/28(日) 09:07
-
次の日から面接、面接でくたびれた。
けっこう反響あるもんだね〜。
しかし俺の女の子に対する基準って吉澤さんから見るとかなり低いらしい。
途中で店っていうか事務所を見に行く。
今の店から車で10分くらい?
そう広くはない。
小さいキッチン、トイレ、シャワー室付き。
受付カウンターがドア開けてすぐにあって、待機室があって、倉庫みたいな部屋がひとつ。
オートエアコン完備。いーんじゃない?
とりあえず掃除。
それから面接はこっちですることにした。
この間にもけっこう面接希望の電話が来る。
あぁ〜つっかれた…。
テーブルに突っ伏してうとうとしていると、電話。
『あ、マコト?』
「ああ、のんつぁん」
『今人いねーんだ。1件手伝ってくれない?』
「あ、わかった。今行く!」
- 646 名前:Deliverer 投稿日:2007/01/28(日) 09:07
-
ひさびさの仕事。
しかし身体持つかなあ…。
「ここね!」
「はいよ」
渡されたメモを見る。
指名:フリー、場所:ラブホ。要望:とにかくエロいことしたい。
で?誰行くんですか?
……ミキティさんかぁ。
まぁいっか。行きましょう。
特に会話もなく。
「あ、ここです。ここの202号室です」
「ん。ありがと」
あ、何か素直。な、何かあったのかな。
戻って来た、ミキティさん。
「ふぅ〜疲れた。あぁ眠い…」
やっぱ何か変。だって聞いたことないカワイイ喋り方だし。
「お疲れ様でしたー」
「あの、」
「はい?」
「……何でもない」
何なんだろう?元気ないのかな?
- 647 名前:Deliverer 投稿日:2007/01/28(日) 09:08
-
「あの、さ」
「はい」
「新しい店って求人募集してるの?」
「はい。今んとこしてますよ」
「今の店から誰か連れて行くの?」
「そーれはどーですかねー。今の店の昼の人が少ないので新しく店を作って、
完全に分割してしまおうって話らしいんで…」
「そ。…あたし行ってもいいのかな?」
えええ!何で?
「え…と。吉澤さんの考え方次第ですかねー」
「ふーん。…後さ」
「はい」
「ラブリーに謝っておいて」
「ふぇ?何ですか?それ」
「あのコ何か言ってなかった?美貴のこと」
ん〜〜?
ああ、あれか。俺が元彼を殴ったとか言ってたとか。
忘れてた。
「何かよくわかんないです…」
「…あっそ。じゃあ何でもいいから、謝ってたって言っておいて」
「えーと…そーゆーのは、自分で言った方がいいんじゃないですか?」
「美貴そーゆーのわかんないから」
「ふぇ?」
「その…人の気持ちっていうか、世間のルールみたいなのとか」
俺だってよくわかんないけど。
- 648 名前:Deliverer 投稿日:2007/01/28(日) 09:08
-
「あと…」
まだ何かあるんですか〜?
「映画とかマンガとか、よく観る、よ…」
何の話かと思ったら、この間の質問の返事ですね。
「あ、そっすかー。俺も観るの好きですけど最近は観る時間ないですよ〜。
何かオススメあったら教えてくださいねー」
「…うん」
えーと。到着です。
なかなか降りないミキティさん。次の人がいるんですけども。
「あのさ」
「はい?」
「仲良くできるよね?」
「あ、はい。そうですね…」
何なんだろう?相変わらずよくわかんない…。
- 649 名前:鉞南瓜 投稿日:2007/01/28(日) 09:16
- 更新終了。
レス御礼。
>>634 名無飼育さん さま
ツボっていただけてうれすぃです。
こんな長い話の予定じゃなかったんですが。
ちなみに自分もこしあん派です(聞いてない)。
>>636 名無飼育さん さま
決めると早いまこちぃです。
しかしまだ悩んでます。
>>637 名無飼育さん さま
こんな感じになっておりますが、どうでしょうか。
脳内設定を文にするのはむずかすぃ…。
- 650 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/29(月) 20:46
- 更新お疲れ様です!
ミキティが素直になってくれて嬉しいかぎりですw
マコの体力が心配ですがw
次回も待ってます^^
- 651 名前:Deliverer 投稿日:2007/02/01(木) 22:53
-
疲れたなあ…。ちょっと休憩。
あ、電話。
「はいはい」
『まごどぉ!』
「愛ちゃん?どした?」
『まごどのアホ!浮気もん!』
ななな何ですか〜!いきなり!
「えっ、ちょっ、何?どしたの?愛ちゃん」
『どーもこーもあるかぁ!ミキティから電話あったがし!』
「はぁ?」
『仲良くしようってマコトが言ったって。何であーしに言ってくるん!?』
「な、何それ?どーゆーこと?」
『知らん!浮気もん!ヘタレ!陰でミキティとつきあってるんやろ!もうえーわ!』
「ちょっ、待っ、愛ちゃん!落ち着いて!」
『うっさい!マコトのアホ!』
…プー、プー。
切られた。
何言ったんだろう?ミキティさん。何かわかんないけどすっげーヤバそう。
ええい!ソッコーで愛ちゃんに電話をかける。
- 652 名前:Deliverer 投稿日:2007/02/01(木) 22:54
-
「もしもし!」
『何や!』
「ちょっと聞いてよ!俺の話」
『いやや!もう帰る!』
「いいから、聞けって!」
思わず大声を出してしまった。
「ミキティさんとはホントに何にもないんだって!
ただ何かいつもピリピリしてるから、いろいろ話しかけたりはしたよ。
それでさっき愛ちゃんに謝っておいてって言うから、
自分で言った方がいいって言っただけだよ!
だから電話したんだと思うけど、何だか俺にはわかんないんだよ!」
『………』
「ホントに何もないんだって!」
何かもう、いろんなことがあって疲れてるのもあって、泣きそうになって来た。
「もう、わけわかんねーよ…」
- 653 名前:Deliverer 投稿日:2007/02/01(木) 22:54
-
『…ほやって、ミキティがマコトは自分に気があるみたいなこと言うんやもん。
何が好きか聞いてきたとか。いつもすごい気を遣ってくれるとか』
「そんなの…」
『マコトは無駄に優しすぎる』
「んなこと言われたって…」
『あーしなんて全然かまってもらってないのに』
「あ〜…」
『仕事やってわかってても、他の子と仲良くしてるんは腹立つ』
「わかった!休みとる!どっか行こう。バイトいつ休み?」
『え?明日…』
「よし、明日、俺も休む!行きたい所決めといて!」
『え、ちょ、大丈夫なん?』
「もうすぐ帰るから。待ってて」
『…うん。待ってる…』
「じゃね」
『うん。気をつけてな』
- 654 名前:Deliverer 投稿日:2007/02/01(木) 22:55
-
この後もう1件こなして、ようやく終了。
やれやれ、やっと帰れる…と思ったら吉澤さんから電話。
『マコト?』
「あ、はい。お疲れ様です」
『面接どーよ?』
「えと、結構来てます。あの、明日休みいただいてもいいですか?
そんで明後日また面接して決めようと思います」
『ああ、いいよ。今週中には決まるな?』
「あ、はい」
『よし。んじゃよろしくな』
「はい」
ただいま〜っと。
あ、メモが。
『まことへ
ごめんね。大好き』
知ってるよ、何てね。
てか、もう何も考えられない。疲れすぎ。寝よう。
- 655 名前:Deliverer 投稿日:2007/02/01(木) 22:55
-
♪♪♪ ♪♪ ♪♪♪ ♪♪
んがぁ!うるせー!何ナニ?…ああ、愛ちゃんのケータイかぁ。
着信じゃなくて、アラームね。
愛ちゃんいない。シャワーかな。
うるっせーから切っちゃおう。オフ。
……何で俺の寝てる顔が待ち受けになってるんだろう。
いつの間に撮った?うあー恥ずかしい。
「あ、おはよ。マコト」
「ぁあ、おはよぉ。どこ行くか決めた?」
「ゆーえんち!」
「遊園地?」
「うん」
「海は?」
「あーし泳げないもん。日焼けしたら嫌やし」
そっか。んじゃ行きましょうかね。
- 656 名前:Deliverer 投稿日:2007/02/01(木) 22:56
-
愛ちゃんはジェットコースターとか大好きみたいで。
俺も嫌いじゃないし、むしろ得意な方だけど。
それは体調がよければの話。
ぐるぐる回ったり、たっかい所から急降下したり。
愛ちゃんは
「あはははははは♪」
ご機嫌だけど。
俺無理。もー無理。2回も3回もとか無理。
「うっあ〜、気持ちワリ…」
足元フラフラ。
「だいじょぶ?」
「ああ、うん…」
「じゃ、あれ乗ろ」
ああ観覧車ね。これならオッケー。
「何かさあ、みんな愛ちゃん見てるよね?」
「え〜?」
「…スカート短かすぎじゃね?」
「エロおやじ」
またかよ!
てか愛ちゃんが脚出してんのがあれなわけで。
「マコトにしか見せんよ」
いやみんな振り返って見てますから!
- 657 名前:Deliverer 投稿日:2007/02/01(木) 22:56
-
「あとお化け屋敷ね」
「はいはい」
軽い気持ちで行ってみたら…。
こっええええええ〜。
密着感を楽しむどころじゃないっす。怖すぎ。
愛ちゃん泣いてるし。自分で入ろうって言ったんじゃん。
「あ〜、面白かった」
立ち直り早い。
「晩ご飯早めに食べよか」
「うん」
「何食いたい?」
「オムライス!」
オムライス好きだね〜。俺も好きだけど。
「マコト、ついてるついてる」
「ふぇ?あ」
シャツにソースが。
「早く拭いて!落ちなくなるで。もぉ〜、子供みたい」
こーゆー時はおねーさんぽいねえ。
てか俺がガキ?
- 658 名前:Deliverer 投稿日:2007/02/01(木) 22:56
-
何だかんだあったけど、満腹。
「んじゃ帰りますか」
「えぇ〜、もうちょっと」
「ん?」
「夜景がキレイなんやって」
「ああ、そっか。どっか座ろうか」
ひととおり夜景を堪能すると、愛ちゃんは満足したらしい。
んじゃ帰りましょっかね。
車に乗り込む。
「マコト、そこ右」
「ええ?」
「右曲がって!お箸持つ方」
どっちが右かくらいわかりますって。
「こっち?」
「うん。んで左」
到着?
「…ラブホかい」
「えへへ」
えへへって…まあいっか。
- 659 名前:Deliverer 投稿日:2007/02/01(木) 22:57
-
「お風呂はいろ」
「うん」
こーゆーとこは広くていいねえ。
家のユニットバスじゃ狭いし、夏は暑すぎてのぼせちゃうもんなあ。
「あ?したことあるん?」
「え!?や、たぶんそーじゃないかな〜…なんて」
「ふ〜ん。あーし、出るね」
「あ、愛ちゃん?」
「のぼせた」
何かびっみょーに不機嫌になったような。
うーん。ぐだぐだ入ってるうちに、のぼせそうになった。出よ。
愛ちゃんはソファに腰掛けてミネラルウォーターを飲んでいた。
俺を見ると、そのペットボトルを差し出した。
「飲む?」
「ん」
- 660 名前:Deliverer 投稿日:2007/02/01(木) 22:57
-
俺が水を飲んでいるのをじーっと見ている愛ちゃん。
「何?」
「別に」
「何すねてんだよぅ」
はあ、と愛ちゃんはため息ついた。
「ウザいよね、あーし」
「ん?」
「ヤキモチ…」
「んー…」
また何か気にしてんのかぁ。
「お仕置きだな」
「へ?」
- 661 名前:Deliverer 投稿日:2007/02/01(木) 22:58
-
どりゃ!って愛ちゃんをベッドに押し倒した。
「え?ちょ、マコっ」
「お仕置きしま〜す」
バスローブをするりと脱がす。
強引に脚を開かせる。
「ちょっ!マコト!?」
何にも聞こえません。
一方的に愛ちゃんを攻めまくった。
愛ちゃんが頂点を迎えるまで、攻撃を緩めなかった。
やがて愛ちゃんの身体がピーンと弓なりに反り、がくがくと脚を震わせながら戻って来た。
ぐったりしている愛ちゃんにキス。
「もぉ…」
「気持ちよかった?」
「あーしだけなったって意味ないやろ!」
うわぁ!
愛ちゃんが飛び掛ってきた。
「今度はこっちの攻撃!」
愛ちゃんの攻撃に俺はあっけなく降参した。
- 662 名前:Deliverer 投稿日:2007/02/01(木) 22:58
-
ちょっと休憩。
愛ちゃんを膝の上に乗っけて、抱き合っていちゃいちゃする。
何か愛ちゃんをこんな近くで見るのは久しぶりだ。
ほとんど寝顔ばっかりだし。
ぱっちりした目に吸い込まれそうな気がする。
心の奥まで覗かれてるみたいな。
「どしたん?マコト」
「んや。きれーだなーって」
「ええ?ありがと…」
こんなセリフ、言われ慣れてるかと思ったら、愛ちゃんはフツーに照れてる。
「また元気になってきたよ?」
「ん…」
そのまま愛ちゃんがまたがって来た。
愛ちゃんの中に入って行く。
「マコト…」
「ん?」
「ぎゅってして」
「うん」
前かがみで抱き締めると愛ちゃんは小さく吐息をこぼして、
そのままゆっくり動きだした。
しばらく動くままに任せて、それから自分が動いた。
愛ちゃんの吐息とえっちぃ音に、そんなに長くは持たないと思った。
上っているのか下りているのかわからないような感覚の中、やがて砕けるような快感がやって来た。
- 663 名前:Deliverer 投稿日:2007/02/01(木) 22:59
-
「今日は楽しかった〜」
浴室で俺を泡まみれにして愛ちゃんが言った。
「ん。またどっか行こう」
「うん」
「マコト?」
「ん?」
「だいすき!」
うわあ。わかったから落ち着いて。滑って危ないから。
それから家に戻った。
ベッドに寝転がると、そのまま眠りに吸い込まれていった。
- 664 名前:鉞南瓜 投稿日:2007/02/01(木) 23:02
- 更新終了。
この話、このスレ内で終わるかなあ…。
レス御礼。
>>650 名無飼育さん さま
ミキティは素直になったけど、もう1人の姫がスネてますw
マコは突っ走るのみです。
- 665 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/01(木) 23:58
- 更新お疲れさまです
イイヨイイヨー
鉞南瓜さんの書く美貴帝は好きだな
- 666 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/02(金) 20:09
- 更新お疲れ様です!
もう一人の姫キターw
ほんとこのまこあい大好きでたまらないっす^^
次回も待ってまーす^^
- 667 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/05(月) 16:18
- うわー!今日夜勤だから寝ないとやばいのに!
さっき発見して一気に読みました。
まこあいと美貴ちゃんの絡みが気になる…。
- 668 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/08(木) 06:12
- 更新おつです!
>この話、このスレ内で終わるかなあ…。
そんなこと、気にしないでください
むしろ、ぜひ次スレへ。そうすれば、まこあいがまだまだ読めるw
ヤススとアヤカが何か謎めいてカッケーっす。
そしてデレ美貴様がヤバいぐらい可愛い…。
と思ってたら、焼き餅愛ちゃんが記録的な可愛さでさらにヤバいw
いつも直球で、たまに大暴投な愛ちゃんがたまらなく可愛いです。
これからも楽しみにしてます。
- 669 名前:Deliverer 投稿日:2007/02/08(木) 23:25
-
愛ちゃんより先に目が覚めた。
あー、今日はまた面接だぁ。早く行かなきゃ。
「愛ちゃん、仕事行ってくるね」
「ん〜。頑張っての〜」
「うん。あのさ…」
「ん?どした?」
「あんね、俺、借金返さなきゃなんないんだ」
「うん」
「そんでね、店長の話受けたけど、うまく行くかわかんないんだ」
「………」
「だからね…」
「だいじょーぶやよ」
愛ちゃんは俺の目の前に立って、俺の頬を両手で挟んだ。
「だいじょーぶ。マコトは出来る子やよ」
「愛ちゃん…」
愛ちゃんは伸び上がって、俺の鼻の頭にキスをした。
「早く帰っておいで。ほしたら続きしたる」
「うん。行って来ます!」
- 670 名前:Deliverer 投稿日:2007/02/08(木) 23:25
-
事務所に行くと吉澤さんがいた。
俺を見ると冗談ぽく言った。
「おう、店長。おはようさん」
「…オハヨウゴザイマス」
「どした?元気ねーなあ」
「これから面接っす…」
「おー。なぁ、何か準備整っちゃったし、明日オープンすっか」
「えええ!?」
「明日も明後日もたいして変わんねーって。だらだらしたって仕方ねーし、決まり!」
ちょっ、早っ!
コンコン。ドアのノックの音。何だ?
「あ、面接の時間だ」
「おし、マコト、後で祝杯あげよーな」
「あ、はい。よろしくお願いします」
「あ、そー言えばな、…あー、後でいいか」
吉澤さんは俺の顔を見てニヤッと笑った。
な、何ですか、その笑い。怖いんですけど…。
- 671 名前:Deliverer 投稿日:2007/02/08(木) 23:26
-
ああ〜っと。とにかく、面接開始。
ええっと。
何か網タイツのすごいおねーさん。
源氏名「ボス」って。
「いーんすか?これで」
「じゃあセクシー」
「せくしー?」
「セクシー担当だから」
「はぁ…。あの、年齢は…」
「ハタチ」
「………」
「う・そ」
そりゃわかりますって。まぁいーか。確かにせくしーではあるし。
リーダー格っぽいし、こういう人も必要だろうなあ。
それから、眼鏡っ子の「メルヘン」さんとか「みゅん」さんとか採用決定。
いっぺんに雇っても後で無理が生じてくるだろうし、まぁ10人前後くらいから始めることにする。
店番はガキさんがいて、あと大谷さんって人が店長代理みたいな。
てかこの人が店長やった方がいーんじゃないだろうかって感じなんだけど…。
- 672 名前:Deliverer 投稿日:2007/02/08(木) 23:26
-
そろそろ終わりかな。
コンコン。
「はい、どーぞ」
えええええ!?
あややさんとミキティさん?
な、何でいるんですか〜?
「よっちゃんに言ったんだよね。昼に移っていい?って」
「はぁ」
「もちろん合格だよね?」
こわいっす、あややさん、その微笑み。
「え〜っと、とりあえず、1人ずつお願いします…」
「え〜?面接する必要ないじゃん?」
あややさんは文句たれたけど、ミキティさんは素直に外に出た。
「どーよ?大人しくなっちゃって」
どーよ?と言われても…。
「あのですね、もういっぱいなんですけど」
「あたしは別にいーよ。みきたん雇ってあげなよ」
「そう言われても…」
「お店的にも安泰じゃん?」
うーん…。
「煮え切らないねえ。ホントどっこがいーんだか、みきたんも…」
「ねえ」
「アンタが言うな!」
あややさんはさっさと立ち上がると出て行った。何だかなあ…。
あ、こんな時に電話。
- 673 名前:Deliverer 投稿日:2007/02/08(木) 23:27
-
『お、マコト?』
「あ、はい」
『ミキティ行ったろ』
「あ、今面接するとこです」
『さっき言おうかな〜って思ったんだけど』
何か笑ってるし。
『で、どーすんの?』
「…何で来たんでしょうかねえ?」
『お前なあ。女心ってもんだろーよ』
「はあ?どーしたらいーんでしょう?」
『それはお前が決めろよ。女心にほだされるか、経営者としてクールに判断するか』
「…はあ」
『んじゃ後でな〜』
何か面白がってないっすか?アドバイスくらいくださいよぉ。
泣きごと言ってる場合じゃない。自分で決めなくちゃ…。
- 674 名前:Deliverer 投稿日:2007/02/08(木) 23:27
-
「ミキティさん、どーぞ」
「はい」
「お昼ってことで、生活変わっちゃうけどいいんですか?」
「かまわない」
「う〜んと、言いづらいんですけど、もういっぱいなんですよ…」
「はい。あやちゃんから聞きました」
な、何か丁寧な口調。この間から妙にしおらしいミキティさん。
「それでですね、あの、正直この店うまく行くかわからないし、潰れるかもしれないわけです。
今の吉澤さんのところにいる方が安定してますし、お友達もいるから安心だと思うんです」
「あのさ。ラブリーのこと、どのくらい好きなの?」
「ふぇっ?」
「ラブリーのこと、どのくらい好きなの?」
「や、それ関係ないですよね?」
「いいの。それが知りたいの」
ええ〜?どう言うこと?
- 675 名前:Deliverer 投稿日:2007/02/08(木) 23:28
-
「どれくらいって言われても…」
「じゃあ美貴のことは?」
な、何なんですか?この質問。てか俺が面接されてんの?
「…え、あの…」
「美貴のこと好き?」
「あ〜。あの、恋愛感情とかは、ないです…」
「じゃあ友達としては好き?」
「あ〜、そうですね、はい」
そう答えると、ミキティさんはニッコリ笑った。
「じゃあ、美貴は帰るね。ラブリーには負けないから。変わるから!」
「はぁ…?」
「じゃあ頑張ってね」
「あ、はい。ども」
何かよくわかんないけど、ミキティさんは帰った。
とりあえず面接終了。
吉澤さんに電話しよう。
「あ、吉澤さんですか?」
『おー。終わったか?』
「はい」
『じゃあ今日は飲むか!いつもの店行こう。一回こっち来い』
「はい。すぐ行きます」
- 676 名前:Deliverer 投稿日:2007/02/08(木) 23:28
-
焼肉うめー。
タクシー使ったから、久々のお酒。
「あれどうした?ミキティ」
「えっと、断りました。一応」
「そーか。ミキティがさ、マコトに会って確かめたいことがあるとか言って来てさ。
気持ちが抑えられねえ、とかキレてるからさ、じゃあ行って来いって言ったんだ。
そういう子入れると後で大変だぜぇ。特別扱いだの何の他の子に言われて」
先に言って下さいよ…そういうことは。
「お前には愛ちゃんいるしなあ」
「はあ…」
「そうだ、呼べよ、愛ちゃん。俺も会いたいし」
「え?いいですか?」
「おー。タクシーで来させろ。俺は梨華ちゃん呼ぶから」
「は?梨華ちゃんって誰っすか?」
「あ?チャーミーだ、チャーミー」
「あぁ…」
「お?お前、気づいてた?俺らの関係」
「はあ、まあ…」
いや、よくわかんないですけどね。
つーか、さっきの話、実体験なわけですか?
チャーミーさんだけ特別扱い…。
- 677 名前:Deliverer 投稿日:2007/02/08(木) 23:29
-
「あ、マコト飲んでる」
「愛ちゃん!」
「おー来たか」
「あ、吉澤さん、ご無沙汰してます」
「おー。元気だった?まさかこんなヘタレとつきあってるとか言わねーよなぁ?」
「もー吉澤さん」
「ははは。いやしかし、よかったなー」
「はい」
「ふぇ?何がですか?」
思わず口を挟んだけど、2人は笑ってるだけだった。
チャーミーさんも登場。
「ハッピー!ラブリー、元気だったぁ〜?」
「あ、はい…」
いつも以上に高い声のチャーミーさん。
ハッピーって…。
「オメー、ラブリーはもうやめろよ」
「あ、そっか。愛ちゃん、だね」
「まぁいいや。飲め飲め、食え食え」
吉澤さん超ご機嫌。
- 678 名前:Deliverer 投稿日:2007/02/08(木) 23:29
-
「よっちゃん、ちょっと飲みすぎじゃない?」
「う〜、そうかも」
「んじゃもー、お開きにしましょうか」
腹いっぱい食ったし飲んだし。
「あぁ〜、梨華ちゃ〜ん」
「ん、何?」
「俺を頼む…」
「はいはい。タクシー呼ぶね」
チャーミーさんはむしろ嬉しそうに吉澤さんの世話をしている。
うーん。何か奥さんみたい。よくわかんないけど。
「マコト〜、明日9時には店にいろよ」
「はい。大丈夫です!」
「手配終わってんな?」
「はい!」
「よしよし。それでこそ俺の弟子だぁ」
頭をくしゃくしゃ撫でられた。
弟子だったんですか、俺?ちょっと嬉しいけど。
何でチャーミーさんうるうるしてんの?愛ちゃんも。
「どしたの?愛ちゃん」
「ん…。あーしらも帰ろ。明日早いやろ?」
「そだね」
吉澤さんたちがタクシーに乗って帰るのを見送り、
俺たちは何となく手をつないで歩いて帰った。
- 679 名前:鉞南瓜 投稿日:2007/02/08(木) 23:43
- 更新終了。
レス御礼。
>>665 名無飼育さん さま
自分も美貴帝がかなり好きになってきましたw
幸せになって欲しいです。
川V0V从<ひとごとかよ!
>>666 名無飼育さん さま
やっぱ基本はまこあいなわけですw
ゆーえんちだと俄然強めな愛さん。
>>667 名無飼育さん さま
夜勤のお仕事とは大変そうですね。
一気読みお疲れ様です。
ありがたいことです。
>>668 名無飼育さん さま
何か中途半端なところで次スレになりそうです。
軽快な感じで終わろうと思ったら、話がふくらみすぎてしまいました。
更に引っ張るとドロドロした話になりそうな…。
- 680 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/11(日) 01:41
- 更新おつです
遊園地デートいい!やっぱ、まこあい最高です。
と思ってたら美貴様の負けない宣言がw
ヤバい、美貴様もやっぱ可愛い。
これからどう転がっていくのか楽しみですw
それと、ドロドロはむしろ歓迎ですよ…とか言ってw
更新頑張ってください
- 681 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/13(火) 12:37
- 更新お疲れ様です!
店舗が気になりますww
次回も頑張ってください^^
- 682 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/14(水) 22:11
- 更新お疲れさまです
膨らんじゃっていいんじゃないですか?いや、いいですよ
何て無理のない程度でOKでしたらお願いします
やっぱ美貴帝in鉞南瓜さん、好きですね
ま、幸せはひとごとですけどw
えーっと>>680さん、「宣言」ちょっとネタバレっぽいんじゃないかなと
まぁ適度にぼかしつつ楽しませていただきましょ〜
- 683 名前:Deliverer 投稿日:2007/02/18(日) 09:21
-
不安でいっぱいだったけど、何とか店の売り上げは順調に推移していた。
どうにかやっていけそうな感じだ。
女の子の方はけっこう入れ替わりが激しい状態。
店番のガキさんは、ものすごい電話応対がうまい。客あしらいのプロって感じ。
あと大谷さんの他に、時々矢口さんっていう人が顔を出す。
トラブル要員というか、一度本番行為があった時に一緒に行ってくれた。
今までは吉澤さんが処理してくれていたんだけど、その時は忙しくて行けなかった。
代わりに来てくれた矢口さんは、ちっちゃいけど迫力のある人だった。
「おし!小川!オイラがいるから心配すんなよ」
「あ、はい。よろしくお願いします」
「おーい。店長なんだから、もっとどっしり構えてろよ」
「はぁ…」
だって雇われだもん。
- 684 名前:Deliverer 投稿日:2007/02/18(日) 09:21
-
女の子から通報があったラブホに向かった。
自分たちと入れ替わるように女の子には病院に向かわせる。
本番の診断書を取らせるためだ。
後のリスクは少ない方がいい、と矢口さんが事前に説明してくれた。
話し合いは穏やかな感じで。
声を荒げたり、金を請求すれば恐喝罪になってしまう。
監禁罪にならないよう、ドアも開けておく。
「それじゃ、これに住所と氏名を書いて下さい」
客は素直に書いてくれるけど、それが本物だと信じるほどこっちも甘くない。
大抵の客は嘘を書く。
「それじゃ、身分証見せて下さい」
これからが本題。
見せてくれた免許証には、当然さっきとは違う住所、氏名。
「どーゆーことですかねえ?何で違うんですか?どういう謝罪をしてくれるんですかねえ」
矢口さんの口調は穏やかだったけど、視線がかなり厳しい。こえー。
結局この客は10万円払った。
- 685 名前:Deliverer 投稿日:2007/02/18(日) 09:22
-
「まぁ、こんなもんだろ。欲かくとリスクも大きいからな」
「はい。あの…矢口さんの取り分は?」
「ああ。即日示談の場合はオイラは取らないよ」
ということなので、このお金は全額女の子に渡す。
とにかく彼女たちが気分よく働いてくれるのが一番だから。
「示談の様子は必ずカメラに撮っておけよ。後でヤクザとか出てきてガタガタした時に
証拠になるかんな」
「あ、はい」
「まぁ何かモメたらオイラに言えよ。話つけてやるから」
「はい。ありがとうございます」
トラブルは結構ある。
そこにある財布から金額取っておいて、と言っておきながら、
後で金がなくなってるとか言ってくる客とか。
だから、お客様の物には絶対手をつけないよう徹底させている。
本番も禁止してるけど、女の子との個人交渉まではこっちは感知できないし。
店長とは言っても、ほとんど女の子のグチを聞いてやるのが仕事みたいなもんで。
女の子って何であんなに話が長いんだろ。
でも不満をためると仕事にも影響するし、人間関係もギスギスしちゃうんで、そこはきちんと聞く。
- 686 名前:Deliverer 投稿日:2007/02/18(日) 09:22
-
昼頃、喫茶店で女の子の面接を終えてぼーっとしていたら、携帯着信。
「はいはい」
『マコト?何やってるの?』
「ふぇ?」
この声は…。
『もう学校始まってるんだよ?レポート出さなきゃなんない課題だってあるんだよ?』
「あぁ〜、こんこん?」
『何やってるの?バイト忙しいの?』
こんな早口で喋るこんこんって久しぶりかも。ていうか声を聞くの自体久しぶりの気がする。
そう言えば大学のことなんてすっかり頭から抜けていた。
「あ、あんね、こんこん。俺、学校辞めるから」
やっぱ俺アホかも。いきなり言っちゃった。でも何て言ったらいいかよくわかんないし。
- 687 名前:Deliverer 投稿日:2007/02/18(日) 09:22
-
『………えっ?』
「えっと、だからね、俺、辞めるから、大学。ごめんね、言うの遅れて」
『えっ?どういうこと?何?何で?』
「ちょっ、落ち着いてよ」
『何で?何で?』
「家の事情で…」
『何で?そんな急に。何で言ってくれなかったの?』
「や、こっちも急でさあ。いろいろ忙しかったし」
こんこんだっていろいろあるわけでしょ?その言葉は飲み込んだ。
俺は今彼氏じゃないわけだし。こんこんにはこんこんの生活があるわけで。
それにしてもこっちが驚くくらい、こんこんは動揺していた。
「何かあった?」
『えっ?それは私が聞いてるんだよ』
「いや、何かあったから電話してきたんでしょ?」
『………』
「長い付き合いじゃないっすか」
『……うん』
- 688 名前:Deliverer 投稿日:2007/02/18(日) 09:23
-
大学の近くのコーヒーショップで会うことになった。…仕事中だけど。
まぁ昼飯食ってないから、ちょうどいいかも。
こんこんは飲み物だけテーブルに置いて待っていた。
俺がアイスティーとサンドイッチを手にして近づくと、ホッとしたような顔をした。
「…久しぶり」
「だね」
「とりあえず、これ食っていい?」
「あ、うん。どうぞ」
こんこんはちょっと羨ましそうに俺のサンドイッチを見た。
こんこんは舌をかみそうな名前のドリンクをちゅうちゅう飲んでる。
何かまたトッピングに凝ってるんだろう。
サンドイッチはあっという間に俺の胃袋へ消えた。
「ホントに大学辞めちゃうの?」
「あー、うん」
「もう退学届け出したの?」
「や、後期の授業料は払っちゃったから、とりあえず籍はあるけど…」
「何で辞めなきゃならないの?」
「だから、家の事情だって。要するに、これ」
人差し指と親指で丸を作って示すと、こんこんは困ったような顔をした。
- 689 名前:Deliverer 投稿日:2007/02/18(日) 09:24
-
「これからどうするの?」
「ん?働いてるよ」
「え?何やってるの?」
「あー…、何だろ、フーゾク関係?」
こんこんは目を丸くして俺を見た。
「何それ?」
「んとね、母さんの紹介でね」
「えっ?お母さんに会ったの?」
あ〜、最初から説明しなきゃなんないね。
ひと通り簡単に説明して、俺はアイスティーをズズーッと飲んだ。
「…はあ。私の知らない間に、いろいろあったんだねー…」
「そーだね。てかさ、こんこんは?」
「えっ?」
「何かあった?先輩とはうまくいってんの?」
「んー…あんまり会ってないんだ。就活で忙しいみたい…」
こんこんは視線を落として、ストローをぐりぐりいじり出した。
ふむ。それで寂しくなっちゃったのかな?
- 690 名前:Deliverer 投稿日:2007/02/18(日) 09:24
-
「マコは?」
「んー?」
「彼女できた?」
「うん」
こんこんはパッと顔を上げた。
「えっ?彼女いるの?」
「いるよー」
「えっ、どんな子?」
どんな子?うーん…
「かわいい子だよ」
「…へえ」
- 691 名前:Deliverer 投稿日:2007/02/18(日) 09:25
-
しばし沈黙。
こんこんはストローで氷をざくざく崩していたけど、やがて意を決したように顔を上げた。
「決めた!」
「あん?」
「スコーン食べる!」
こんこんは勢いよく立ち上がった。
ああ何か食べようか迷ってたんだね…。
おっと、電話。
『てんちょお〜、面接終わりました〜?』
ガキさんか。
「終わったよ。何?」
『矢口さんが来てます。こないだの件で』
「ああ、はいはい。今戻ります」
『お願いしま〜す』
スコーンを手に戻って来たこんこんに謝った。
「ごめ、今仕事中なんだ。戻んなきゃなんなくなった」
「そっか…。忙しいんだ。頑張ってね」
「ん。何かあったら電話して」
「いいの?」
「いいよ?何で?」
「ん…迷惑かな、って」
「別にいーよ。んじゃまたね」
- 692 名前:鉞南瓜 投稿日:2007/02/18(日) 09:33
- 更新終了。
レス御礼。
>>680 名無飼育さん さま
いろいろ転がりまくりです。
振り回されるまこちぃ。
ドロドロ歓迎キタ━━(゚∀゚)━━ がんがります…
>>681 名無飼育さん さま
周囲にフォローされつつがんばってます、まこちぃ。
>>682 名無飼育さん さま
みきちーはこんなに頑張る予定じゃなかったりw
更に人増やしたりして。
ぐだぐだにならないようがんがります。
- 693 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/18(日) 20:55
- 更新お疲れさまです
以前にもチラリと申し上げましたが、きちんと定期更新されてますね
改めてホントにすごいなぁ…楽しみをありがとうございます
そして…おぉ〜これは膨らみを期待してもいいのでしょうか?
個人的にはウッヒョーウッヒャーですけどw でも、どうか無理無きよう。
次回更新も心待ちにしてます。
- 694 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/19(月) 12:45
- 更新お疲れ様です!
うおwついにこの人が登場しましたね^^
毎回楽しみにしてますんで頑張ってください^^
- 695 名前:鉞南瓜 投稿日:2007/02/26(月) 11:24
- 今回痛い話になっております…ご注意ください。
- 696 名前:Deliverer 投稿日:2007/02/26(月) 11:25
-
こんこんとは何回かランチを一緒にとった。
仕事の合間にだから、そんなに時間は取れないけど。
こんこんは食べるのが異常に遅いから、いつも途中で置いていく形になった。
それでもこんこんは不満は特にないようだった。
今日もこんこんオススメの店でオムカレーを食った。
こんこんはここのオムライスに凝っているらしい。
「え、これが彼女?」
「うん」
携帯のカメラで撮った愛ちゃんを見せた。
「かわいいって言うより、キレイな人じゃん」
「そう?」
でへへ、と笑った俺を少し呆れた目で見るこんこん。
「かわいいのは、性格っていうか、行動がね」
「あ、そういうこと」
何で羨ましそうに俺を見るわけ?
オムカレーならもう食っちゃったから分けてあげられないよ?
「ラブラブ?」
「えっ?ああ、そーだね」
そっか、とこんこんはほんわかした笑顔で笑った。
- 697 名前:Deliverer 投稿日:2007/02/26(月) 11:25
-
愛ちゃんはさゆみんが風邪をひいたとかで看病しに行っていた。
久しぶりに1人の夜。
特にすることがない。
この部屋もいい加減2人じゃ狭いから、引越しを考えてはいるものの、なかなか決まらない。
探しに行く暇もなかなかないし。
愛ちゃんの荷物の大半はダンボールに入ったままだ。
一回何が入ってるのか覗こうとして殴られた。
まぁ洋服とか化粧品とかなんだけど。
下着を見られるのが嫌らしい。
そのわりに風呂上りとかに下着姿で無防備に歩いてたりするんだけど…。
よくわかんないね、女の子って。
今だって洗濯した下着を俺がたたんでるわけだし…。最初は嫌がってたけど。
- 698 名前:Deliverer 投稿日:2007/02/26(月) 11:25
-
さて、たたみ終わった下着、どーしよう?
タンス代わりのこのダンボールに入れときゃいいのか?
んっと、これが下着の箱か?これは化粧品とか入ってるな。
んーと、これか。
何かエロいヤツからキティちゃんのまでえらい幅広い。
このスケスケのヤツなんていつ履くんだよ…。
てかこんなの見てたら殺されるな。しまっとこ。
この一番下の箱は何が入ってんだ?
コートとか冬物か。何かカワイイキャラクターのメモ帳とか手帳とか筆記用具。
ん?この袋は何だ?
- 699 名前:Deliverer 投稿日:2007/02/26(月) 11:26
-
メモ用紙とDVDが出て来た。
何だ、これ?嫌な予感がした。
メモが目に入った。
『これを流されたら困るだろう?これは僕の番号だ。呼ばれたらすぐ来い』
携帯の番号らしい数字が並んでいた。
どういうことだ?
頭がカーッとなった。イヤな汗が体中に噴き出してきた。
見ない方がいいと警告を発してる自分がいたが、俺はプレーヤーにDVDを入れた。
思ったとおり、それは見るべきじゃなかった。
- 700 名前:Deliverer 投稿日:2007/02/26(月) 11:26
-
ビジネスホテルらしい一室が写っていた。
画質は暗くてあまり良くなかった。
男側から入り口に向けて焦点が合わせてあった。
編集したらしく、次の場面で愛ちゃんが部屋に入って来た。
『よく来たね。会えて嬉しいよ』
『こんな所に呼び出さないで下さい。これで写真返してくれますよね?』
よく聞こえなかったが何度かやり取りがあり、愛ちゃんはしぶしぶという感じで椅子に座った。
脅されていることはわかった。
男が覆いかぶさって、キスしてるみたいだった。
男が離れると、愛ちゃんが泣いているのがわかった。泣き声が聞こえた。
頭の芯が熱くなった。これ以上は見ない方がいいとわかっていた。
でも俺は動けなかった。
- 701 名前:Deliverer 投稿日:2007/02/26(月) 11:27
-
愛ちゃんはやがてうなだれてバスルームに入って行った。
男は慌てた様子で電話をかけ始め、ドアの方へ行った。
戻って来た男は、もう1人の男を連れて来ていた。
もう1人の男はクローゼットの中に隠れた。
男はカメラをベッドに向けて調整し、服を脱いだ。
愛ちゃんがバスルームから出て来た。服は着ている。
『やっぱりイヤです!こんなこと…』
男が何か言ってるけど聞こえない。
『本当にそれで許してもらえますね?』
愛ちゃんは男の前に立った。男は愛ちゃんの腕をつかみ、自分の前にひざまずかせた。
俺はとっさにプレーヤーの停止ボタンを押した。
…つもりだったけど、早送りになった。
その後何が行われたか、イヤというほどわかった。
停止ボタンを何度も何度も押して、電源も落とした。
- 702 名前:Deliverer 投稿日:2007/02/26(月) 11:27
-
メモとDVDを袋に戻し、元通り箱の奥に押し込んだ。
手が震えていた。落ち着け、落ち着け。
手帳が目に入った。
俺はほとんど何も考えずにそれを開いた。
それは愛ちゃんの日記みたいなもので、いろいろつづられていた。
それでいろいろなことがわかった。
愛ちゃんは芸能界を目指してレッスンしていたらしい。
しかし入った事務所ってのが借金まみれで、生徒に金融で借りさせるような悪徳事務所。
結局倒産し、愛ちゃんは借金を返すためにデリで働いていたらしい。
俺に会った頃はほとんど返済は終わっていたようだ。
俺の事もいろいろ書いてあった。
最初から好印象を持ってくれていたようで、俺に会うのが楽しみみたいなことが書いてあった。
泣きそうになった。
- 703 名前:Deliverer 投稿日:2007/02/26(月) 11:28
-
だんだん俺についての記述が増えていく。
愛ちゃんは本当に、何でここまでっていうくらい俺のことを好きでいてくれている。
それがよくわかった。
途中から俺は泣いていた。
愛ちゃんに何があったんだろう。
それは日記の最後の方でわかった。
ある日、事務所の社長に酒に誘われた。
そこで記憶がなくなるくらいまで飲ませられ、気づいたらベッドで半裸になっていて、
上に社長が乗っていた。そしてフラッシュが光った。
社長は愛ちゃんが誘ったんだと言い訳した。
それをネタにずいぶんと脅されたらしい。
借金を負う羽目になったのは、そのせいもあった。
それからすぐに事務所がつぶれ、愛ちゃんは借金を返すのに忙しくしていて、
そのことは忘れかかっていた。
それが今頃になって連絡してきて、写真とメモが送られて来た。
もう一度だけ会って欲しい、そうすれば写真のデータは全部渡す、という内容だった。
そして行った結果が…あのDVDになるわけだ。もう1人の男は元スタッフらしい。
これが3日前。
日記には後悔ばかりがつづられていた。
DVDは帰りに渡されたらしい。見てないけど脅されていると書いてあった。
後は俺に対する謝罪の言葉。
死んで詫びるとまで書いてある。
何で俺は気づいてやれなかったんだろう。
- 704 名前:Deliverer 投稿日:2007/02/26(月) 11:29
-
深呼吸して煮えくり返った頭を落ち着かせると、メモの携帯の番号を控えた。
冷蔵庫まで行って震える手でミネラルウォーターを出すと、それを一気に飲んだ。
落ち着け!落ち着け!落ち着け!
わけもわからず外に出た。
じっとしていると頭がおかしくなりそうだった。
走った。特にどこかへ行きたいわけじゃなかった。
じっとしていられなかっただけだ。
走って走って、息が切れるまで走って、脚がガクガクになった。
- 705 名前:Deliverer 投稿日:2007/02/26(月) 11:29
-
どこをどう走ったか覚えていないけど、気づいたら橋の上にいた。
車がけっこう行き交っている。
プップー!!
激しくクラクションを鳴らされた。
振り返ると、ベンツが停まっていた。
「なーにやってんだー?オメー」
吉澤さんだった。
「乗れよ、おい」
俺はふらふらと歩き出した。
「おいおいおい」
吉澤さんが車から慌てた様子で出てきて、俺の腕をつかんだ。
「どした?愛ちゃんと喧嘩でもしたか?」
すごい力で引っ張られてムリヤリ車に乗せられた。
「こんな夜中に走ってるアホがいると思ったら、知ってるアホだったんで驚いたぞ」
「………」
吉澤さんは肩をすくめて車を発進させた。
- 706 名前:鉞南瓜 投稿日:2007/02/26(月) 11:37
- 更新終了…。
レス御礼。
>>693 名無飼育さん さま
定期更新はレスをくれる皆さまのおかげでぇごす。
||| ´_`||<ありがたいことです
しかし意外な方向へ話が行ってしまいますた…。
>>694 名無飼育さん さま
「この人」はやっぱ出してあげたかったので…。
しかしどーなるんだか自分にもかわりません。
- 707 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/26(月) 12:39
- 更新お疲れ様です!
うわ。。。急展開ですかね。。。
ゾクゾクしながら待ってます!
- 708 名前:名無し読者 投稿日:2007/02/26(月) 20:29
- いっきにシリアスちっくに…
マコがんがれ!愛ちゃんの為に
作者さん最高だす
- 709 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/26(月) 23:00
- 更新お疲れさまです
こめかみの拍動が聞こえてくるほどの情景が浮かびました
冷え切った鉛を飲み込んだような思いですね…
次回更新も心待ちにしてます
- 710 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/27(火) 11:30
- 愛ちゃんも心配だしマコも心配だよー…
吉澤さん…
- 711 名前:Deliverer 投稿日:2007/03/04(日) 22:42
-
「お前、とりあえずシャワー浴びろよ。汗びっしょりじゃねーか」
マンションに着くと、吉澤さんは有無を言わさずバスルームへ俺を追い立てた。
冷たいシャワーをしばらく浴びて、出た。
「これ着ろ」
吉澤さんが着替えのジャージを出してくれた。
言われたとおりにする。
「これ飲め」
渡された缶ビールを一気に空けた。
それでかえって頭がはっきりして、何をしたらいいか決めることが出来た。
「で?どうした?」
「…吉澤さん、明日時間ありますか?」
「明日って…もう今日か?夕方までなら時間あんぞ」
「俺が暴走したら止めて欲しいんです」
「あ?」
「何かトラブルか?」
ただうなずいた。
吉澤さんはじーっと俺を見ていたけど、それ以上は聞かなかった。
「寝ろ」
吉澤さんはタオルケットを放って寄越すと、奥の部屋に引っ込んだ。
- 712 名前:Deliverer 投稿日:2007/03/04(日) 22:43
-
一睡も出来ずに朝を迎えた。
店に電話して、ガキさんに休む旨を伝えた。
それから、ズボンのポケットからくしゃくしゃになったメモを引っ張り出し、その番号へかけた。
数コールで相手が出た。
『もしもし…?』
手が震えた。落ち着け、落ち着け。
「小川と申します」
『どちらの小川さんですか?』
「どう説明したらいいですかね。高橋愛のことでお話があります」
『………』
「これでわかりませんか?」
『どういうつもりだ?』
相手の声の調子が変わった。
- 713 名前:Deliverer 投稿日:2007/03/04(日) 22:43
-
「会ってお話したいんですよ」
お仕事モードだ。相手は本番野郎と一緒だ。
あくまで穏やかに。冷静に。
そう自分に言い聞かせていたんだけど。
『話すことなんかない。どういうつもりか知らんが…』
「ふざけるな!あのDVD持って出るとこ出るか?」
俺は思わず怒鳴っていた。
落ち着け。そっと深呼吸した。
『…わかった。どこで会う?』
「写真やデータはどこにある?」
『車のトランクに全てある』
「じゃあその車に乗って来てください。もう一人の方と一緒に」
俺は喫茶店の名前と場所を告げた。
「そこで11時に」
『わかった…』
電話を切ると、びっくりするくらい手が震えていた。
- 714 名前:Deliverer 投稿日:2007/03/04(日) 22:44
-
「半殺しで止めとくか?」
いつの間にか吉澤さんが背後に立っていた。
「その手前か?」
「すいません…。詳しいことは、後で…」
吉澤さんはうなずいた。
今の会話でだいたいの事情は察したらしい。
吉澤さんが服を貸してくれて、ぴしっとしたスーツ姿になった。
吉澤さんの車で喫茶店の近くまで行った。
喫茶店の見える駐車場に車を止め、まだ時間があったので車の中で待っていた。
車の中で、吉澤さんに簡単に事情を説明した。
吉澤さんは腕を組んで黙って聞いていた。
やがてある一点に目を向けた。
「あいつらか?」
中年男2人。
ビデオに写っていた男2人だ。間違いない。
2人は周囲を落ち着きなく見回し、1人が携帯で何か話していた。
こいつが社長だろう。
「応援でも呼んでんのか?」
2人は店に入っていった。
「…行って来ます」
「おー。ちゃんとフォローしてやっから心配すんな」
吉澤さんに頭を下げて車を降りた。
- 715 名前:Deliverer 投稿日:2007/03/04(日) 22:45
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「お待たせしました」
奥の席に座っていた2人の所まで行って会釈した。
2人は俺を見て、顔を見合わせた。
たぶん若造だから何とかなると思ったんだと思う。
向かい側に座って、ウェイトレスが注文を取りに来たので、カフェオレを頼んだ。
「じゃあ、例のものを渡していただけますか?」
社長が角封筒を差し出した。
中を見るとメモリーカードとカセット2本。マスターとコピーとのこと。
「これだけじゃないですよね?」
社長とスタッフだか何だかは顔を見合わせた。
「パソコンとかにもデータあるでしょう?」
「消しました」
スタッフが言った。
「それを信じろと?」
ウェイトレスが注文の品を運んできたので中断。
社長はコーヒーをずずっと汚い音を立ててすすった。
- 716 名前:Deliverer 投稿日:2007/03/04(日) 22:45
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「君は何なんだ?愛の彼氏か?」
愛とか気安く呼ぶな。こめかみがひくついた。
「この辺で止めておいた方がいいんじゃないか?こっちももう彼女には関わらない。約束しよう」
「何か勘違いしてませんか?」
「何?」
「アンタら計画的にワナにはめたんだ。レイプして人を苦しめておいて、何言ってんだ」
出来るだけ冷静に、声を抑えて言った。
自分で思った以上に迫力があったらしく、2人の顔色が変わった。
社長はきょろきょろと落ち着きなく店内を見回し始めた。
「表のチンピラならお引取りいただいたよ」
吉澤さんが後ろの席から立ち上がって、言った。
「……!?」
社長とスタッフが面白いくらいにびびった顔になった。
- 717 名前:Deliverer 投稿日:2007/03/04(日) 22:46
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吉澤さんはニコニコして俺の隣に座った。
「レイプ犯がムショ入ったら大変らしいな。その年で10年は長いなあ」
「ど、どうすれば…?」
「何?」
「どうすれば許してくれる?」
吉澤さんの目がすぅっと細くなった。
「去勢しろや」
「はあ!?」
2人は顔を見合わせた。
「タイでもモロッコでもいい。取って来いや」
「そ、そんな無茶な…」
「それぐらいのことをしたんだよ。アンタらは」
沈黙。2人ともうつむいて固まってしまった。
「…らちがあかねえな」
吉澤さんは舌打ちして俺を見た。
俺はうなずいた。
- 718 名前:Deliverer 投稿日:2007/03/04(日) 22:46
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吉澤さんが紙とペンを出した。
「そんじゃ、アンタらの出来る誠意を見せてもらいますかね」
社長とスタッフは汗をかきながら、それぞれ書いた。
口外しないことと、データの完全消去、二度と愛ちゃんに関わらないこと。
それから慰謝料。
俺は正直そんなのいらないと思ったけど、痛みを与えるには取った方がいいみたいだ。
その場で誓約書を作成し、ハンコを押させた。それだけだと強制力がないので借用書も書かせた。
「さて、そんじゃ公証人役場に行きますか」
吉澤さんが言った。
公正証書にしておくと、強制執行が出来るとかいろいろ利点があるらしい。
「も、もう勘弁してくれ。金はちゃんと払う」
「どーする?」
俺はうなずいた。愛ちゃんに関わらなければそれでいい。
払わなくて逃げたら、その時のことだ。
「逃げたら、タイに行ってもらうかな」
吉澤さんの言葉に2人の顔が白くなった。
- 719 名前:Deliverer 投稿日:2007/03/04(日) 22:47
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それから社長の事務所に移動。
呆れたことに、コイツらはまた会社を立ち上げて何やらやっているらしい。
コイツらのせいで、愛ちゃんは…。
徹底的にやってやることに決めた。
事務所はビルの一室にあった。
スタッフをドアの外に立たせ、吉澤さんは内側のドアの前に立った。
パソコンのデータを消去させる。
「これで全部か?スタッフのは?見せたんだろう?」
「アイツの個人のノートパソコンに入ってると思います…。持って来させます」
「言わなきゃそのまま?」
俺は社長を殴った。
暴力では何も解決しないのはわかっていた。だけどおさまりがつかなかった。
時間にしたら2,3分だったけど、思いっきり殴った。
これで逆に訴えられてもかまわないと思った。
強く殴りすぎて拳が擦りむけ、じんじんした。
吉澤さんがスタッフを呼んだ。
「…嘘は困るなあ。アンタも持ってるんでしょ?データ」
スタッフは震えながらうなずいた。
「いっ、今すぐ、持ってきます!」
「頼むね。社長さんは何か転んじゃったみたいでねえ。年のせいかね」
吉澤さんが笑顔で言った。
- 720 名前:Deliverer 投稿日:2007/03/04(日) 22:48
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30分ほどでスタッフは戻って来た。
俺はノートパソコンを受け取ると、それで社長のパソコンをぶっ叩いた。
物理的にデータを破壊してやることにした。
粉々になるまで思いっきりやった。
「…手が滑っちゃいました」
俺は肩で息をしながら言った。
「ああ〜事故じゃしょうがねーなぁ」
わざとらしく吉澤さんが応じる。
社長もスタッフも抵抗する素振りは見せなかった。
青ざめて立ちつくしている。
「それじゃおいとましますか」
もう用はないのでそこを出た。
「メシでも行くか」
「俺おごりますよ。お世話になっちゃったし」
「ば〜か、いいよ」
吉澤さんはそれ以上このことを話題にしなかった。
- 721 名前:鉞南瓜 投稿日:2007/03/04(日) 22:57
- 更新終了。
パソコンを新しくしたのでまだ慣れません。
レス御礼。
>>707 名無飼育さん さま
きゅ、急展開でぇす…。
自分でビックリです。
>>708 名無し読者 さま
し、シリアス展開でぇす。
書いてる本人がひいてたり…。
>>709 名無飼育さん さま
何かかっこいい感想ありがとうございます。
少しは解消されましたでしょうか。
>>710 名無飼育さん さま
みんな強い子です。
よしざーさんは頼れるにいさん。
- 722 名前:名無し読者 投稿日:2007/03/04(日) 23:15
- ヤバス!まこがまこがぁぁぁ!
テラカッコヨス!! 最高だぁぁい
- 723 名前:鉞南瓜 投稿日:2007/03/05(月) 22:49
- レス御礼。
>>722 名無し読者 さま
あざーっす。マコはやればできる子。
次スレ立てさせていただきました。
同夢板「Deliverer」
ttp://m-seek.net/cgi-bin/test/read.cgi/dream/1173102196/
よろしくお願いします。
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