にひきのうさぎ

1 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/02/24(金) 22:29
統合後、水板一番乗り。
リアル、高橋、亀井、その他。

よろしくお願いします。
2 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/02/24(金) 22:30
友情とか愛情っていうのはカタチがないもので、
だからといって信じるか信じないは別で、愛、というものにあたしは特別な関心をよせている。
あたしの名前が愛だから、だからなのかもしれないし、単にそういう年頃なんだと理解しているつもりだ。

二匹のうさぎがいたとする。
その二匹は色が違うかもしれないし、種類、性別も同じかはわからない。
ましてや、その二匹が仲良くなるか、敵対するかもまるで予想がつくものではない。
そんな感じ。あたしと誰かはいつも二匹のうさぎのようなものなのだ。
3 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/02/24(金) 22:30
 
4 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/02/24(金) 22:30
モーニング娘。が十人になってそろそろ一年が経つ。
過去最高ではないか、と思うぐらいメンバーの入れ替えがない。
いつもの慣れたメンツ。わるくない。

あたしは春ツアーのミーティングのために事務所にきていた。
もちろん、他のメンバーも同じ場所に集合だ。

くるくる回転する椅子に背をもたせかけ、部屋で唯一、音を発しているテレビのほうを見る。
ちょうどお昼のワイドショーの時間で、画面には先輩と俳優さんとが並んで、
笑顔を顔にはりつけて今夜のドラマの見所を語っている。

「後藤さん、もう復帰したんだね」
「そうですね」

ただひとり、この部屋の空気を共有している絵里が応える。
長くメンバーをしていればお互いの性質は心得ていて、絵里はあまり騒がない。
つまり、あたしは一緒に騒ぐ、というメンバーとはカテゴライズされていない。
特に感想もなく、テレビを眺めながらそんなことを思い、画面の左上にでている時刻表示を確かめる。
集合時間一時間前。
あたしも絵里も、時間を間違えたもの同士で、暇をもてあましていた。
5 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/02/24(金) 22:31
後藤さんの復帰の話から、先に話は続かない。
ここでわざとらしく、「後藤さんの病気ってなんだったっけ?」とか、どちらかが言葉を発すれば、
それを糸口に会話できるだろう。
コミュニケーション能力がないわけではないのだ。
それでもふたりの間には沈黙が流れ、時折、控えめな笑い声がテレビから聞こえる。

さて。
鞄から文庫本を取り出すかどうか、迷い、鞄にかけた手をだらりと垂らす。
絵里はじっとテレビ画面に見入っていて、あたしを気にかけた様子はない。
中途半端に伸びた後ろ毛が妙に色っぽい。
思わず手を伸ばしそうになる。手を上げかけた。

「愛ちゃん」

まるであたしの動きを読んだかのようなタイミングで絵里が声をだす。
なに、短く応えて、あたしは上げかけた右手のやり場を考えた。
6 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/02/24(金) 22:34
短いですがここまでです。愛絵里中心にちらほらと。
7 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/03(金) 17:51

楽しみにしてます
8 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/04(土) 00:15
>>7
レスありがとうございます。頑張ります。
とりあえず金曜なんで更新します。キリがいいトコまでいったらageで……
9 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/04(土) 00:15
絵里もあたしと同じように、回転する椅子に腰掛けていて、くるっとこっちに向き直る。
会議室には長机がふたつ、くっつけて置いてある。あたしたちは対面するようにして、座っていた。
あたしもテレビに向けていた視線を身体ごと絵里に向ける。目が合うと絵里はへらっと笑った。

「みんな遅いですね」
「あたしたちが早すぎるんだよ」

そうですけど、と絵里は小声で言って口を尖らせた。アヒル口、いいなあかわいくて。
そんなあたしの考えはもちろん絵里は知らなくて、この前さゆと遊びに行ったという話をしはじめた。
もうすぐ春ツアーが始まるのだ。そうだ、あたしもガキさんと今度遊びに行こうかな、
そんなことを思っていると絵里が意外なことを言った。

「今度、愛ちゃんも一緒に遊びません?」
「ん? ああ、うん、いいよ」

突然の誘いに動じなかったわけではなくて、まあよくあることだからあたしは反射的に返事をしていた。
絵里は、絶対ですよ、と念押しをしてまた別の話を始めた。
10 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/04(土) 00:16
一時間後、遅刻者もなく無事にミーティングは始まった。
美貴ちゃんは昨日夜更かしをしたらしく、眠そうな、不機嫌な顔をして座っていた。
ガキさんは真剣な表情をしていて、久住はメモをとっていて、えーと、その他多数。
あたしもメモを取りながらときどきホワイトボードを見るために顔をあげた。
顔をあげると正面の絵里が目に入ることが多かった。隣のさゆと比べると肌の色は黒いけど、
それでも十分に白いと思う。うん、かわいいなあ、改めて思った。

座ってメモを取るばっかりのミーティングが終わると、コンサートのリハーサルだった。
ダンススタジオに移動するときは、いつも自然にいくつかのグループに分かれる。それはやっぱり女の子集団。

「ガキさん、ガキさん」

同期のガキさんの背中をつついて声をかける。うおっ、とでも言いそうな表情でガキさんは振り向いた。

「今日ね、一時間早く着いちゃったんだけど」
「あーそうだね、そんなこと言ってたね」
「絵里かわいくね?」
「亀? 普通にかわいいんじゃない?」

きょとんとした顔でガキさん。
だああ違う。そういうんじゃなくて、あたしは説明しようと試みる。
11 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/04/10(月) 01:41
待っています
12 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/04/12(水) 20:47
「なーんか今までとは種類が違うっていうか、ええとなんつうかさあ、いつもと違うかわいさっていうか」
「そうかな? 髪が伸びたからじゃない?」
「そうかなあ」
廊下のど真ん中で立ち止まってうむむ、と唸る。
説明しようと思うと意外に難しいものだ。
そもそもあたしの感性とガキさんの感性とは違うものであって、あたしにとっては重大なことでも
ガキさんにとっては些細なことだったりするのかもしれないのだ。
真剣に悩んでいると、あははとガキさんが笑った。
あたしがむっとして頬をふくらませると、ガキさんがその頬をつついた。

立ち止まっていても仕方がないので、足を動かして、エレベーターに乗り込んだ。
さゆ、えり、れいなのロッキーズもちょうど一緒にエレベーターの箱にのりこんで、
きゃはきゃはと小春が美貴ちゃんにまとわりついて、それも同じエレベーター。
あたしはいつまでこの風景が続くのかなあと思いながら、一番ボタン側に立ったので目的地の階数のボタンを
ぽちっと押した。すうっとエレベーターが動き出す。とたんになぜかエレベーター内は静かになって、
本当に6期すら黙ってしまって静かになったのだ、密室は動きがない。
13 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/04/12(水) 20:47
「そういえばさー、この話聞いた?」
と、さゆが言った。あたしは扉の上にある階数表示に向けていた視線をさゆに向けた。
「なになに何の話?」
れいながのってくる。みんなの視線がさゆに集中した。
「なんか、キックベース? やるんですって」
一応先輩のあたしたちに気を配ったのか、敬語になったさゆが言う。
れいなが、えーマジで? と驚いた声を出した。その話なら噂で聞いたことがあった。
「ガッタスメン以外でやるって話でしょ?」
「なんだあ知ってたんですか」
あたしが言うとさゆはがっかり、といった様子で、ニュースだと思ったのに、と言った。
14 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/04/12(水) 20:48
「へーそんな話あったんだ。美貴、聞いてなかったな」
美貴ちゃんが言う。美貴ちゃんはガッタスでも主力メンバーで活躍している。素直にすごいなあと思う反面、
正直そこまでやらなくても、ともあたしは思っていた。ガッタスは一生懸命がすぎる。

「まあ、相手は小学生って話でしたけど」
「そうなんだ。よかったあ」
引き続きさゆがニュースを発表しつつ、れいながそれに応える。
それならやるにしてもお遊び程度かもねー、とみんなで言ったあたりで、チン、とエレベーターが目的階に到着した。
ぞろぞろとみんなが出る間、あたしは、「開」のボタンを押していて、最後にエレベーターからでた。

美貴ちゃんはやるからには本気でやらないと、という姿勢みたいでさっきのあたしたちの話は不満だった
みたいだった。それを見て、あたしがぽんぽんと肩を叩くと、美貴ちゃんは振り向いて笑った。

「まー頑張って。美貴たちも頑張るから」
「おうよ」

グーを作ってぶつけあった。姿勢が違うにせよ、やるものはやるものなので、一応あたしも頑張るつもりだった。

「美貴はガッタスのこと仕事だとは思ってないけど、最初は仕事だと思ってやってみたらいいよ」
「うん、参考にする」
15 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/04/12(水) 20:48
ダンススタジオに入った。みんな真剣な表情に戻って、レッスンが開始される。
春ツアーが始まるまで、もう少しのこと。
16 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/04/12(水) 20:49
 
17 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/04/12(水) 20:49
春ツアーが始まってしばらくしてのこと。
キックベースが正式に発表されてあたしはキャプテンに選ばれた。
そうですか、と簡単に受け止めて、それを伝えたマネージャーさんも、まあ頑張ってね、くらいで、
そんなに仕事量があったりするわけではなさそうだった。
選ばれた理由なんかもモーニング娘。のなかで最年長だから、とかそんなものだろうからあたしはそこまで
深刻に受け止めていなかった。
なぜだか深刻に受け止めたのは、絵里。

「愛ちゃん、愛ちゃん」

番組をスタジオで撮っていたときのこと。あたしは絵里に手招きされて、ひょいと近寄った。
「なーに?」
「キャプテン、頑張ってくださいね」
「あー、うん、頑張るよ」
「絵里、できるだけ迷惑かけないようにしますから」

本当に真剣な表情で絵里は言った。
ぷっ、とあたしは噴出して、「あーおかしい」と内心で思いつつ、笑った。

「なんで笑うんですかあ」
不服だ、とでも言いたげな表情で絵里が言う。なぜだかその表情が心底愛しく思えた。

「心配しなくても、ちゃんとやるって」
「愛ちゃんが頼りないから言ってるんですよ」
絵里もそう言って笑った。
18 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/04/12(水) 20:49
絵里を見ていると本当に面白い。
こんなことを言っては本人に失礼かもしれないが、あたしは時々こっそりと、「絵里観察」をする。
「えりって面白いね」と本人に言っても信じてもらえないことが、最近の不満事だ。
19 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/04/12(水) 20:50
>>11
ひいい、お待たせしてすみません。しかも量も少なくって。
頑張りますので、どうぞ見捨てずによろしくお願いします。
20 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/04/13(木) 21:56
見捨てるだなんてとんでもない
描かれ方が丁寧でとても好きです
慌てず騒がず次回まで待っております
21 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/05/28(日) 05:02
>>20
どうもありがとうございます。私には過ぎた褒め言葉をありがとう。
見捨てないで下さるということは完結させないといけませんね……
またまた遅くなりましたが、更新です。待たせちゃってすみません。

※おしらせ
当初、リアルの予定で話をすすめていくつもりでしたが、このスレ内では、小川さん、紺野さんは卒業しません。
よってこれ以降はアンリアルです。ア ン リ ア ル ですので、そのへんをどうかよろしゅう。
22 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/05/28(日) 05:03
「あ〜さくら満開〜ねえさくら満開〜むねぇの」「気持ちよく歌っているところ申し訳ないですが」

あ? と口を大びらきにしたまま、隣に座るガキさんのほうを見ると、
眉間にしわを寄せてちょいちょいと向こう側を指していた。
と、ぐらりとバスが揺れる。ああ、なんだ着いたのか。あたしは口を閉じて降りる支度をする。
バスが不安定に、誰かが降りるたびに揺れる。すこし楽しくて、もうすこし乗っていたかったけど、
ガキさんに引っ張られるようにして外に出た。

「桜が満開だねえ」
「でしょ」
移動のバスは窓ガラスがスモークで外がよく見えなかったけど、こうして降りてみると
はっきりと景色が見える。桜がちょうど見ごろ、をちょっと過ぎたくらいだった。天気は快晴。
はっきり見えないながらも思わず歌いだしたくなるくらい、桜がきれいだった。風が吹くと
はらはらと散り、それはちょっとだけ胸を切なくさせた。
23 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/05/28(日) 05:03
「愛ちゃーん!」
「ういっ!?」

突然後ろからどんっと押されて思いがけず変な声が漏れる。ひとりで赤面しつつ、振り向くと、
絵里がえへへぇと笑って立っていた。その更に後ろでは桜が散っている。

「びっくりしたあ」
「大成功ですっ!」

あたしが背中をさすりつつぼやくと、久住が嬉しそうにきゃっきゃと跳ねた。
そんなこんなで遊んでいるともうだいぶ先のほうからリーダーが、「置いてくぞー!」と叫んだ。
「待ってくださーい!」とあたしは叫び返して、絵里と久住の尻を叩く。

「こらこら年長者」
「すんません、桜にみとれとって」
「それじゃー仕方ないなー」

そういうと吉澤さんはくしゃくしゃとあたしの頭をなでた。
あたしはまるでおなかをくすぐられている犬みたいな表情でそれをうけた。
24 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/05/28(日) 05:04
北九州のコンサートは、まあ当然といえば当然なんだろうけど、れいながメインっぽかった。
あたしも舞台で歌いながら、「あぁ、福井に帰りたいなあ」と思いもした。
その時の心情を絵里に話すと、「ふるさとがある人っていいですよねぇ。絵里東京生まれだもん」とちょっと拗ねた。

こんなやり取りが行われるに至った理由としては、ちょっと込み入った事情があった。

コンサートの夜公演まで終わり、あたしたちはホテルに戻った。
飛行機で東京まで帰る予定だったんだけど、その飛行機までの時間が妙に長く余っていた。
仮眠をとるメンバーもいれば、雑談する人もあり、一人で部屋に帰る人もあり。
あたしはガキさんと並んで廊下を歩きながら、ひらめいた

「そうだ、夜桜を見に行こう」
25 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/06/13(火) 19:24
「は? 夜桜?」

ガキさんはきょとんとした顔で、あたしの言った言葉を反復した。

「そうだよ、桜がきれいだったじゃん。でもゆっくり見る暇もなくて、あーなんか悔しい」

地団駄踏んで悔しがるあたしを横目で見ながら、ガキさんは冷めた声で言った。

「無理。時間ないでしょ。外出厳禁」
「そんなこと言わないでえ」

すがりつくまねをしてみせると、それでもガキさんは渋い表情のままで、口説き落とすのは難しそうだった。
諦めたふりをして、「じゃあ部屋にもどるね」とあたしは言った。
そうすれば、とガキさんが言ったのでその場でバイバイ。
あてがわれたホテルの一室に入る。誰もいない部屋はしん、としていた。
携帯電話をポケットから取り出す。アドレス帳をぐるぐると見てみて、悩む。
あたしは闘志に燃えていた。どうやってでも桜を見てやる、と。
目をつぶって携帯電話のボタン、上下に動かすボタンだ、それを動かす。
えい、っと指をはなす。目を開いて確かめる。

亀井絵里。そこで表示はストップしていた。
26 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/06/13(火) 19:24
躊躇せず、あたしは番号を選択し、電話をかける。4回目のコールで繋がる。

「絵里、夜桜を見に行こう」
「は?」

たぶん、ホテルの部屋にいると思ったけど、特に物音もないしひとりで部屋にいるのだろう。
素っ頓狂な声をあげて、数秒、黙る。

「いいですけど?」
「やった!」

あたしは本当に飛び跳ねるほど、心が弾むのを感じた。
27 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/06/13(火) 19:24
28 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/06/13(火) 19:25
4月の風は少し冷たく肌を滑った。
夕暮れは通り過ぎ、空は紺色になっていた。東京の空より、すこしだけ暗い。

「愛ちゃん、桜が咲いてる場所知ってるんですか?」
「……あ」

そういえば。
あたしはホテル近辺の地理に詳しいわけでもなく、ただ単に桜が見たい、の一心で出てきたのだった。

「いや、確かバスをおりたところにあった」

記憶を巻き戻す。そうだ、バスから桜が見えたんだっけ。はたしてどこら辺だっただろうか。
29 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/06/15(木) 14:21
ホテルの非常口からふたりでこっそりと出る。
日常からの逃げ口はなかなか見つからないけど、ホテルから抜け出すのは思いのほか簡単だった。
イケナイことをしている背徳感、ふたりで顔を見合わせて表情だけで笑う。

ホテルからバスを降りたところまでは一本道だった。横には街路樹というのだろうか、木が植えてある。
ひゅう、とまた風が吹いて前髪を揺らした。まぎれもなく夜の風だった。匂いが違うから、
あたしにはすぐにわかる。夜の風が好きだった。

こそこそと一本道を行く。右隣に絵里。絵里の左隣はあたし。

「結構、風が冷たいですね」
「そうだね」

ホテルから出て、初めて言葉をかわす。やっぱり抜け出すにあたっては気を張っていて、余裕がなかった。
ようやく人目につきにくいところにでて、安心して話ができる。
30 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/06/15(木) 14:21
「確か、こっち」

あたしが先導するかたちでこそこそと砂利の一本道を行く。
足を進めていながら、後ろの絵里が気になって右手を伸ばす。

「手、繋ごう」
「はい」

あたしは右手で絵里の左手をつかんだ。確かな人の温度を感じてどこか安堵する。
しだいに小走りになって、ざりっざりっ、と足が砂利を踏みしめている音が耳にはいった。

「あ」

あたしの隣にいる絵里が声をあげた。桜だ。

「うわあ……」
「すごい……」

ふたりともそれだけ言って言葉を失った。
宵闇に浮かぶ桜の花びらたちは幻想的にあたしたちを照らした。
31 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/06/15(木) 14:21
ポカンと桜の木を眺めていた。また、夜の風が髪を揺らす。
しばらくそうしていると、ちゃらら〜と、場違いな音楽が流れ始めて、絵里があたしの手を離し、
上着のポケットをさぐった。

「メール?」
「はい。探してる、って」

夜桜はたったの数分だったにせよ、堪能できた。
隣の絵里の顔を見る。「帰りましょうか?」とでも言いたげな顔で、ちょこんと首を傾げた。

何も言わずにあたしはまた絵里の手をとって、もときた道をたどってホテルに向かった。
32 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/06/15(木) 16:25
 
33 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/06/15(木) 16:25
「……叱られましたね」
「……申し訳ない」

あたしはしゅんとうなだれて、とぼとぼと安っぽい絨毯敷きの廊下を歩いた。
相変わらず隣には絵里がいる。こそっと横顔を見上げてみたら、まあ案の定、絵里も落ち込んだ顔つきだった。

「まー夜桜見れたからいっかあ」

絵里が言う。あたしから誘ったのにごめんなあ。さっきから何回も言ってるから、もう言わないけど。
ちかちかと頭上の蛍光灯が明滅する。大丈夫か、このホテル。
そう思ったとき、ギッと1メートルくらい前のドアが開いた。
誰か出てくる、とわかりはしたものの、この階はメンバーとスタッフオンリーなので見つかるとか
見つからないとかそういう心配はいらない。

開いたドアから顔を出したのは美貴ちゃんだった。
34 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/06/15(木) 16:25
「なにしてんの、ふたりで」
「いやあ、ちょっと散歩に」

頭の後ろに手をあてて、あはは、となるべく軽く言ったつもりが、美貴ちゃんは眉をひそめ、
「どうせ勝手に抜け出したんでしょ」と言った。

「藤本さん、ご明察」

これは絵里の台詞。美貴ちゃんはするりとドアから抜け出すように廊下に出てきて、
オートロックのドアは閉まった。美貴ちゃん、キー持ってるのかな、と思って手元を見てみると
しっかり銀色のキーを握っていて、あたしは安心する。

「悪い子だなあ、ふたりとも」

さっきとは打って変わって明るく美貴ちゃんは言った。
いつもより表情がころころと変わっている。どうかしたのだろうか。
そう思ってよくよく見てみると、たぶん、酔っ払っているんだろうということがわかった。
冷静にこういうことを考えてる間に、美貴ちゃんは、「部屋おいでよ」と、銀色のキーを使って
部屋のドアを開け、あたしたちを招きいれた。
35 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/06/16(金) 15:04
部屋には気心のしれたスタッフさんたちが円になって、缶ビールやチューハイをあおっていた。
ツアースタッフは現地調達なこともあれば、マネージャーさんみたくずっと一緒に行動する人もいた。
いま部屋にいるのはみんな東京からの遠征組。つまりずっと旅をともにした仲間だ。

「美貴ちゃん悪い」
「へへ、いーんだよ」

美貴ちゃんは悪戯っぽく笑った。その顔がかわいいのでついつい許してしまいそうになるが、
いままさに目の前であっていることは本当はいけないことなのだ。
頭が固いとか言われるかもしれないけど、ちょっと度を越している。

「ほんとに、怒られるよ」
「愛ちゃんみたいにばれないよ」

憎らしい。隣の絵里に同意を求めて振り返ると、絵里も微妙な表情をして立っていた。
不良の悪事を見つけた一般生徒みたいに困った顔をしている。

「見なかったことにするから」

あたしはそれだけ言って強引に絵里の腕をつかんでドアノブを捻った。
36 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/06/16(金) 15:04
「……藤本さん、怒られないかなあ」
「大丈夫なんじゃない?」

つっけんどんに言い返す。もしかして絵里は美貴ちゃん側の人間だろうか。
絵里の腕をつかんだままずかずかと廊下を歩いていると、「ちょっと、愛ちゃん痛い」と小声で絵里は言った。
「あ、ごめん」

慌ててあたしは絵里の腕を離した。
なんとも言えないモヤモヤのせいで思わず手に力が入っていたみたいだった。

「なんか、まいったねえ」
「そうですね」

絵里の方を向いて苦い笑いを漏らすと、絵里も同じように苦笑した。
天井の蛍光灯はあかあかと廊下を照らしている。廊下はずっと先までのびていた。

「絵里の部屋ってどこ?」
「ここです」

そう言って絵里はすぐ隣のドアを指差した。
37 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/06/16(金) 15:05
「ちょっと寄っていきません?」
「ああ、うん、そうだね」

絵里はドアのほうを向いて上着のポケットからキーをとりだし、鍵穴に差しこみ、ドアを開けた。

「どうぞどうぞ」
「どうもどうも」

部屋の入り口近くにあるスイッチで部屋の照明をつける。
誰もいない、無機質なホテルの一室が浮かび上がった。他の部屋と違っているところと言えば、
衣類なんかがほっぽり出してあって、部屋が猛烈に汚い、ということだけだろう。

「ちょっとは片付ければ?」
「あはは」

絵里は軽い笑いをもらして、とりあえずベッドの上にあった衣類を開けっ放しのトランクに投げ込んだ。
荒っぽい片付け方に、あたしは、へえ、と思った。もうすこし丁寧にやる手もあるだろうに。
38 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/06/16(金) 15:05
「とりあえず座ってください」
「はいよー」

ベッドのあいたスペースに腰をおろす。絵里はパタパタと小さな冷蔵庫に向かって、しゃがんでから、
「なにか飲みますよね?」と訊いた。

「うん、なんでもいーよ」

あたしが返事をすると絵里は冷蔵庫からなにかを取り出し、コップをふたつ手に持ってベッド側に戻ってきた。

「なんか、愛ちゃん怒ってる?」
「そんなことないよ」

いかん、もしかしてむっつりしていたのだろうか。顔の筋肉を動かし笑顔を作る。
それを見て絵里も微苦笑をうかべ、コップをひとつあたしに手渡した。
絵里の手に持ったペットボトルからオレンジジュースらしきものが注がれる。
あたしの分を注ぎ終ってから、絵里は自分の分もジュースを注いだ。

「えーと、乾杯?」
「なんにですか」
「いや、なんとなく」
39 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/06/23(金) 14:42
結局、乾杯はせずにあたしは両手でコップを持ってジュースを飲んだ。冷たい液体が体内を流れる。
人ひとり分の距離をあけて絵里が隣に座る。
ジュースは飲み終えてしまった。どこかしら、心が空虚に感じる。

「なにも感じなくなってしまえば幸せなんですけどねえ」

絵里が言う。
あたしはゆるゆると首を運動させるように振って、「それもどうだかね」と言った。

「思ったことありませんか?」
「いや、あるけど」
「どういう時ですか?」
「んー、つらいとき、とか」

がくんと首を後ろに倒して天井を仰ぎ見る。絵里がどこを見ているのかは知らない。
ブーン、と低く冷蔵庫がうなる音が聞こえた。天井の蛍光灯もわずかに音をたてている。
40 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/06/23(金) 14:42
「やっぱ、美貴ちゃんとこ」
「行かないでください」

ベッドについていた左手をとられる。首をまっすぐになおして横をみる。
絵里はうつむいていた。よくわからなかったけど、繋がれた左手を握り返した。

「どーして行ってほしくないの?」
「心配だから」

絵里が顔をあげて、あたしの目を見て言う。
今度はあたしがうつむいて、足をパタパタと上下させた。

「まあ、見なかったことにしたから」
「そうですよね」

左手を離される。妙に熱をもってしまった左手を、ベッドにおしつけて冷やそうとあたしは努力した。
41 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/07/05(水) 19:23
何で長編板に立てたんだろう
42 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/31(木) 16:22
>>41
orz
43 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/31(木) 16:23
左手の熱はベッドに吸収されたようだ。
空になったコップを両手のひらで持て余す。

「絵里はぁ、モーニング娘。楽しい?」
「楽しいですよ?」
「ふぅん」
「そんだけですか?」
「うん」

あたしは立ち上がり、コップを低い冷蔵庫の上に置いた。
そこらの壁に背をもたせかけ、ベッドに座る絵里を見る。
44 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/31(木) 16:23
「愛ちゃんは楽しくないの?」
「や、楽しいよ。ミュージカルとか普通の生活してたらできないし」
「宝塚ですしね」
「そ」

ミュージカル。
そしてその主役にあたしが決まった時は、夢ではないかと疑った。
三月から練習は始まっており、こうやって春ツアーをまわっている合間にも練習があった。
演技の勉強は楽しい。それも憧れていた宝塚協力。本当に、楽しくないわけがない。

「でもなんかねえ、寂しいよ」
「……なんでですか?」
「さあ」

壁から背を離し、再びベッドに腰を落ち着けた。
45 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/31(木) 16:23
仰向けに倒れる。天井は白かった。
ぼすん、と左側で音がして、絵里も仰向けに倒れたらしいことがわかる。
ごろんと身体を転がして絵里のほうを向く。横目でちらりと絵里もこっちを見た。

「……なんか、眠い」
「いいですよ、寝て」

時刻はどうなのだろう。たぶん、けっこう遅いとは思う。

「飛行機何時だっけ……」
「最終だし、かなり遅いはず」

瞼が落ちてきた。なんだか、身体があたたかくなったようにも感じる。
46 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/31(木) 16:24
「時間になったら起こしますよ」
「……じゃあ……寝ちゃおう……かなぁ」

おやすみなさい、と絵里が言って、それからあたしは眠りに落ちた。
47 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/31(木) 16:24

48 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/31(木) 16:24
時間ギリギリまであたしは眠って、起こされてすぐに空港へ向かい東京へ帰った。
翌日の月曜日はなんの練習も収録もなく、いわゆるオフの日だった。
連日のコンサートやミュージカルの練習で疲れていたあたしは昼まで惰眠を貪ることとなった。
目を覚ました原因は、携帯電話の着信。
枕の横に置いた携帯電話がふるえながら大きな音を発し、電話がかかってきたことに気づいて
あたしはすぐに通話ボタンをおし、耳に電話をあてた。

「ふぁい?」
「あ、寝てました?」

確認しないで出てしまったが、電話の相手は絵里だった。

「んー、寝てたね」
「ごめんなさい」
「いや、いいよ。ところで今何時?」
「正午です」
「げ」
49 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/31(木) 16:24
さすがにそれは起きよう、とあたしは思い、身体を起こした。

「ああ、目ぇ覚めた」
「あのぅ、これから暇ですか?」

ちょっと遠慮した風な声で電話口の絵里が言った。
今日はといえば、特に予定はなかった。そのことを告げる。

「もしよろしければ、ちょっと付き合ってもらえません?」
「んーいいけど」

話を聞くと、どうやらさゆと遊ぶ予定だったのが、さゆの都合でだめになってしまったらしい。
前に、「遊ぼう」って誘ってたから。というのがあたしに電話をかけた理由らしい。
50 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/09/19(火) 12:06
話を聞くと、絵里は我が家の最寄駅にいるそうだ。

「すぐ行く」

とあたしが言って、「慌てなくていいですよ」という絵里の声を聞いてから通話を切った。
ベッドから降りて、顔を洗い、服を着替え、髪を整えた。メイクは、まあいいや。
財布やらが入ったバッグを手に部屋を飛び出した。「いってきます!」、と叫んだけど
お母さんはこの前から福井に帰っていて、あたしの声は無人の部屋に響いただけだった。
51 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/09/19(火) 12:06

52 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/09/19(火) 12:06
「よかったあ、愛ちゃんいて」
「いやいや、あたしこそ暇だったから好都合ってか」

平日の昼間で、電車に乗っている人はそれほど多くもない。
絵里の提案で、とりあえず山手線に乗って、ぐるりと回ってみることにした。
……そんな提案をするとは、変な子だ、と思う。
以前にラジオで、「高橋が亀井を甘やかしてだめにしている」と言われたがこれも甘やかしなのだろうか?
そういえばついこの前、コンビニで梅のお菓子を見つけて、喜ぶかなあと思って買っていってプレゼント
したりもしたな、と思い出す。基本的に、後輩はかわいい。

「絵里、どっか行きたいところある?」

身体をひねって、背後の窓ガラスごしに外を見ながら絵里に問うた。

「ん〜、行ったところないとことか」

ふむ、あたしは姿勢をなおして正面を向いた。
東京生まれ東京育ちの絵里が行ったことがないところ……というと、どこがあるのだろう。
電車が停車した。人が乗り降りするのをふたりで眺める。
53 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/09/19(火) 12:06
「ふむ」

今度は声にだして考えてみた。意外に観光スポットは知らないのではないだろうか。

「……東京タワーとか」
「え?」

小声でぼそっと言うと、聞き取れなかったのか絵里が聞き返してくる。

「東京タワー、行ったことある?」
「え、あーどうだろ。ないかもしれません」
「あたし行ったことないんだよね」
「じゃあ、行きましょうか」

絵里のほうに顔を向けると、キャスケットをかぶった絵里はちょっとはしゃいだ表情をしていた。
54 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/09/19(火) 12:07
電車は動き出して、なんとタイミングがいいのか東京タワーが見えた。
次の駅がタワーの最寄駅らしい。

「次で降りましょうか」
「うん」

ちょうど向かいに座っている人がひそひそとその隣の人に耳打ちしていた。視線はこちらに向けて。
ありゃ、バレたか。どっちにしても降りる頃合ということだ。

「……なんか変装してくるべきやったな」

小声で言うと、絵里が「まあ、仕方ないですよ」と笑った。
55 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/09/19(火) 12:07

56 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/09/19(火) 12:07

「東京タワーってどっちー?」
「でかいから見えてるやん。ほれ、ここを行けばいいんじゃない?」

下車したはいいが、右往左往。
駅まで引き返して駅員さんに、「すみません、東京タワーはどっちですか?」と訊くと親切に道順を教えてくれた。

「あたしら観光客と思われたかな」
「さあ、どうでしょうね」

並んで歩道を歩きながら、ふと空を見上げた。
グレーの雲がもくもくとしている。天気が良いとタワーから富士山が見えるというが、今日は見えないだろう。
57 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/09/19(火) 12:07

58 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/09/19(火) 12:08
書いてる人が田舎モノなのでこれから先行き不安。
更新まちまちで申し訳ないです。
59 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/09(月) 22:10
作者です。
このスレッドを放棄します。
ごめんなさい二度と放棄しませんので整理の際に倉庫送りしてください。
管理人さんいつもありがとうございます、お手数かけてすみません。
読んでくださった方、ありがとうございました。ごめんなさい。
60 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/12(木) 21:12
非常に残念です

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