誰も知らない!

1 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/13(月) 01:40
短いの書きます!
感想もらえたら嬉しいです!
2 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/13(月) 01:41
『サングラス王子』
3 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/13(月) 01:42
「これがサングラス王子の銅像です」

と、久住小春は得意げに言った。
確かにそれはなかなかの出来栄えだった。
頭と身体の大きさのバランスも違和感ないし、背丈や胸囲の厚さも本物そっくりに作ってある。
そして何より驚きなのはその顔だ。
ただ似ているだけでなく、猛々しいがどこか冷めた表情のそれは、王子の魂までをも作りあげてしまったかのように思える。

「銅像って、これは紙粘土でしょ?」
「そうですけど、みんなが銅像って呼ぶんです。だから銅像です」
4 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/13(月) 01:43
土台から頭まで全て紙粘土なのに、何故か眼鏡だけは本物が使われていた。
ミキが理由を聞くと、小春はクスッと笑ってから「そこが“ミソ”なんです」と言った。




銅像をぐるりと一周してから、今度は学校の中に案内された。
校内にはもうほとんど人影がなく、誰もいない教室を夕焼けが赤く染めていた。

「変わってないね。ボロボロ」
「そうですか?最近床を張り替えたらしいんですけど」

言われてみれば確かに床が綺麗になっているような気がした。
しかし学校の深刻な老朽化は、床を張り替えたくらいでごまかせるものではなかった。
5 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/13(月) 01:43
「生徒の数が減ってるらしいんですよ。ほら。きっと藤本さんがい
た頃は教室いっぱいに机があったんだろうけど。今はこれだけです。
私は別にいいんですけど。でもなんか。ヤバイみたい」

小春はそう言いながら教室内の窓の鍵を閉めてまわった。
三十人は楽に入れる広い教室の真ん中に、九つの机が申し訳なさそうに固まって並んでいた。
ミキはふと昔自分の担任だった先生の顔を思い出した。

「福田先生はまだいるの?」
「誰ですか?」
「福田先生」
「知らないです。いないと思います」

ミキは「そっか」とだけ言って窓の外を見た。
6 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/13(月) 01:45
「私達がサングラス王子を作ったらね、校長先生がわんわん泣いて
ましたよ。懐かしいな〜って。グラウンドに置いたのは校長先生の
アイデアなんです。若い頃の王子が学校中の子どもを連れて運動場
を走り回るのが目に浮かぶんだって。ね。わかんないな。そういう
のってどう思います?」
「そりゃあね。学校のシンボルなんだから。わかんなくもないよ」

ミキがそう答えると、小春は「ふーん」と気のない返事をしてからバッグを背負った。
戸締まりが終わったようだった。

「出ましょう。怒られちゃいます」
「うん」
7 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/13(月) 01:46





校門を出ると時刻は6時を過ぎていた。
途中で教員らしきおばさんに出会ったが、ミキの知っている顔ではなかった。

「じゃあね小春ちゃん。銅像、見せてくれてありがとう」
「今度はいつ来るんですか?」
「もうここには来ないよ。今度は小春ちゃんが東京に来なよ。案内
するから」
「はい!絶対行きます!」

そう約束してから、ミキは小春と別れた。
人通りの少ない田舎道を無邪気に走り去って行く小春の後姿が、何故だかとても不憫に思えた。
小春の姿が完全に見えなくなってから、ミキはバスの時刻を調べた。
8 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/13(月) 01:46
次のバスまで一時間近くあった。
これなら歩いた方が速い。
ミキは駅まで歩くことにした。




と、その時学校のチャイムが鳴った。
時刻は6時12分という妙な時間だった。
一体何を知らせるチャイムだったんだろう?
振り返って校内を見ると、運動場の真ん中にサングラス王子の銅像があった。
王子は夕焼けに照らされて長い影を作っていた。
ミキは銅像がひとりでに動きだし、運動場を走り回る姿を想像した。
想像の中の王子はとても凛々しかった。

それからミキは駅に向かって歩き出した。




『サングラス王子』

おわり
9 名前:ピアス 投稿日:2006/03/14(火) 21:59
わけがわからなくて、それでもって面白いです。
どんな作品が続くのか、楽しみにしています。
10 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/15(水) 20:49
面白いです
伊坂幸太郎が思い浮かんだ
11 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/20(月) 01:37
次の作品待ってます。
12 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/29(水) 03:21
>>9
読んでくれてありがとうございます!
感想を貰えてすごく嬉しいです!

>>10
それは誰だかわかりませんが、ありがとうございます!

>>11
新しいの書きました!
もしよかったら読んでください!
13 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/29(水) 03:22
『バナナ』
14 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/29(水) 03:22
泡間通りをさゆみが走ると、いつも小春が後を付いて来る。
その顔があまりにも平然としているので、さゆみは頭に来てスピードを上げる。
それでも小春はさゆみの後ろを離れない。
むしろ二人の距離は縮まって行くのだ。

「あんまり走りたくないんだけど!さゆみは!得意じゃないんだけど!」
「え!?聞こえないです!」
「走りたくないの!」
「いつも走ってるじゃないですか!」
「でも得意じゃないの!」
15 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/29(水) 03:24
泡間通りと八岸街道がぶつかる交差点で、さゆみは左に曲がる。
右に曲がると家から遠ざかるし、真っ直ぐ行くとしばらく左右に入れる道がない。
かと言って引き返すのはいかにも怠惰な人間のようでさゆみの趣味に合わない。
自分の限界と潜在能力を考えると、結局そこを左に曲がるのがベストなのだ。
もちろん小春も左折する。

「道重さん!歩きましょうよ!」
「もうちょっと!」
「道重さん!」
「ちょっとうるさいんだけど!余裕ないから!さゆみ!まじで!」
16 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/29(水) 03:25
しばらく街道を走ると左手に白夫屋という有名なラーメン屋が見えてくる。
いつ見ても長い列ができていて、並んでいる客はみんな退屈そうな顔をしていた。

「ここおいしいの!」
「そうなんですか!」
「さゆみが聞いてんの!おいしいのって!」
「知らない!行きましょうよ!」
「超並んでる!」
「並びましょうよ!」
「無理!」
17 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/29(水) 03:26
白夫屋を通り過ぎて一つ目の角を左に曲がると、今度は一方通行の細い道に入る。
余程調子の良い日でない限りは、さゆみはそこからしばらくは歩くことにしている。
だいたいコースの3分の2を消化したところだ。

「どうせだったら全部走ればいいのに」
「お姉さんはお嬢様だからそんなにいっぱいは走れないの。ってゆうか付いて来なくていいよ」
「お嬢様だったんですか?知らなかったです」
「どっちかというと」
「でもそのジャージはかわいいと思います」
「ね」
18 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/29(水) 03:26
人通りの少ない狭い道をくねくねと複雑に曲がりながらゴールを目指す。
直線らしい直線がまるでないので、さゆみにとっては歩くイイワケになるのだ。
走るのに適したコースとは言えない。

「だったら別の道を通ればいいじゃないですか」
「え、ホントうるさいんだけど。これくらいで歩くのがちょうどいいの」
「喉かわいた」
「お姉さんがおごってあげる。お嬢様だから」

自販機でジュースを買い、飲みながらのんびりと歩く。
比較的背の高い家に挟まれているので、道は日陰になりがちだ。
19 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/29(水) 03:27
汗が乾き、ジュースがちょうど空になる頃、小道はまた大通りにぶつかる。
行き交うたくさんの自動車達の騒音に、さゆみは何か急かされているような気分になる。
空き缶をコンビニのごみ箱に捨て、また走り出す。
通りに出ればあとはゴールに向かって真っ直ぐ進むだけだ。

「明日からコース変えましょうよ!」
「明日は走んないもん!」
「もうこの道つまんない!」
「付いて来なきゃいいでしょ!」
「やだ!やーだー!」
「なにそれ!かわいい!」
20 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/29(水) 03:28
しばらく走り、ゴールまであと少しというところに、建設中のビルがある。
大きなビルだ。
7〜8階はあるように見える。
ただ一ヶ月ほど前から工事はまるで進んでいないようだった。
いつ見ても鉄の骨組が剥き出しになったまま放置されていた。
入口らしきところにあるホワイトボードには、少し前までは完成予定日が書かれていたのだが、今はもう消されている。
さゆみはビルの前で立ち止まった。
21 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/29(水) 03:29
「また休憩ですか?」
「ここさあ。ずっとこんなだよね」
「そうですね。なんか怖い」

人影がまるでない建設中のビルは、確かにどこか不気味だった。
まるで巨大な生き物の骸骨が、意思を持って立っているかのように見えた。

「もしかしたらさ、これで完成なんじゃないの?」

さゆみがそう言うと、小春は大声で笑った。
22 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/29(水) 03:31
「なんか工事中に良くないことがあったんだって。お母さんが言っ
てました」
「なんのビルなの?」
「なんだっけ。なんか、バナナの工場?」
「工場?これのどこが工場になるの?」
「あれ。違ったっけ。よくわかんないです。とにかくなんかバナナ
の会社です。会社が入るって言ってました」

さゆみはたとえ完成してもあまり自分とは関係のない建物だとわかり、少しがっかりした。
それからまた走り出した。
23 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/29(水) 03:32
辺りに建物の姿が見えなくなり、前方に緑が広がってくればゴールは間もなくだ。
さゆみは体力を使い切るようにラストスパートをかける。

「小春ちゃん公園まで勝負ね!」
「負けたことないし!」
「今日は勝つし!ジュースおごったし!」
「関係ないし!」
24 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/29(水) 03:35





要山公園は広い。
サッカーコート三つ分くらいある。
家からも近いので、さゆみは走り終えると必ずこの公園のベンチで休んでから帰る。

「疲れた」
「疲れたね」

ベンチは公園の中央の広場にある。
滑り台やコートなどの設備は全くない。
その代わり周りは緑が豊富で、まるで森の中にいるような気分になれる。

「道重さん友達いないんだ」
「いるし」
「暇なんですね」
「これからデートだもんね」
「私もデートだもんね」
「こないだ貸した漫画読んだあ?」
「まだです」
「読まないんだったら返して」
「読むもん」
25 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/29(水) 03:37
「CDもね」
「CDは借りてないです」
「そうだっけ」

さゆみ達以外には、ウォーキングをしている老夫婦が1組と、サッカーをしている小学校低学年くらいの子ども達が5人いるだけだった。
5人のうち一人は女の子だった。
さゆみは「あの子上手いね」と言ったが、小春は何か別のことを考えていたらしく、何の返事もなかった。
さゆみもそれ以上は何も言わなかった。
しばらくの間ぼんやりと彼らの様子を眺めていた。

眺めているうちに、さゆみには子ども達の声が実際の距離よりも遠くに聞こえ、彼らの存在が別世界のもののように見えてきた。
26 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/29(水) 03:38
まるで音量を小さくしたテレビ画面を自分の部屋で見ているようだった。
そしてその世界では、時間は雲のようにゆっくりと流れていた。

気がつくとさゆみは小春にふとももを叩かれていた。
さゆみはわけが分からなくなり、彼女の顔をじっと見つめた。
小春も訝しそうにさゆみの顔を見つめた。

「道重さん?」
「うん」
「どうしたんですか?変ですよ」
「変かな」
「変ですよ」

小春は笑った。
子ども達の方を見ると、不思議な感覚はもう消えていた。
さゆみは「んー・・」と大きく背伸びをしてから立ち上がった。

「よし。帰ろ」
27 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/29(水) 03:40
公園を出ると小春とは帰る方向が逆だ。
いつも出口で別れる。

「じゃあね。漫画読んでよ」
「はい。ばいばい」

小春の後ろ姿を見送ってから、さゆみも家路に着く。
公園から家まではほんの300メートルほどだ。
決して走らず、ゆっくりと歩きながら帰る。

途中で小春がコースを変えようと言っていたのを思い出した。
さゆみはコンビニで地図を買って帰ろうかと思ったが、面倒臭くなったのでやめた。




『バナナ』

おわり
28 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/04/03(月) 08:37
小春がとってもかわいいですね
次もまた読みたいです
29 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/04/11(火) 17:57
読み易い、かつやわらかい雰囲気のある文章でとても好きです
次の更新もたのしみにしてます
30 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/09(水) 23:33
このまま倉庫行きはもったいない!
続編をぜひ!
31 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/21(月) 10:52
>>28
>>29
遅くなったけど感想ありがとうございます!
ものすごく嬉しいです!

>>30
ありがとうございます!
新しいの書いたんでもしよかったら読んでみてください!
32 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/21(月) 10:55
『草原の二人』
33 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/21(月) 10:57
私は別にさゆのことを妹のようだとは思っていないのだけれど、まあ確かに仲は
いい。
それに年齢的なことを考えればちょうど姉妹のようではあるし、周りからそう見
られても不思議ではないのだ。
だけどそれにしては、私はさゆのことをあまりにも知らなすぎる。
さゆとはれいなを通して知り合ったのだが、初めて会った喫茶店でも、さゆは自
己紹介よりも先にまず自分の写真を見せてきた。
結局その日に私が得たさゆについての情報は、名前と年齢、それに彼女の持ち歩
くバッグの中には常に溢れるくらいに自分の写真が入っている、ということだけ
だったのだ。
そしてその後も今に至るまで、私はさゆについてあまり多くを知らない。
34 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/21(月) 11:00
次にさゆと会ったのは、駅前のデパートの中でだった。
さゆはエスカレーターの前に突っ立って、店内の地図をじっと見ていた。
声をかけると、さゆは訝しそうに私を見た。

「誰でしたっけ?」
「まじで?高橋だよ。高橋愛。ほら、前にれいなと」
「ああ!れいなの!ごめんなさい。わかんなかった」
「一人?何してるの?」
「絵を探してるんです」
「絵?絵って?絵?」
「そうです。でもないんです」
「なんの絵?」
「なんでもいいんです。かわいいやつを部屋に飾りたいんです」
「なんでもいいんだったらあるでしょ」
「でもかわいいのはないんです」

それから私はさゆに付き合い、アニメのポスターや額縁に入った立派な絵画など
を見て回ったが、私とさゆとでは趣味があまりにも違ったのでほとんど力にはな
れなかった。
35 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/21(月) 11:01
結局私達は何も買わずにデパートを出た。
それから安いレストランに入り、二人でご飯を食べた。
そこで色々なことを話した。
私はそれまでさゆのことを無口でおとなしい子だと思っていたが、とんでもなか
った。
さゆは喋り出すとこっちが止めるまで話し続けた。
幸い私はどちらかと言うと聞き役なので、さゆみたいな子は苦手ではなかった。
それにさゆの話は面白かったし、聞いていて飽きなかった。
さゆは旅行が好きで、それまでに行った色々な地方の話を聞かせてくれた。
中でも北海道が好きで、いつか住めたらいいなと言っていた。

「北海道はなんにもないんです。全部草ですよ。草しかないんです」
「場所によるでしょ」
「わかんない。でもさゆみが行ったところはずーっと緑だったんです。北海道は
草ですよ。素敵です。今度一緒に行きましょうよ」
「いいよ」
36 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/21(月) 11:06
その日から私達はよく会うようになった。
外でご飯を食べたり、私の家に呼んだりした。
私の大好きな宝塚を一緒に見に行ったこともあった。
しかしさゆは途中で寝てしまったので、それ以来宝塚には二度と誘わないことに
した。
私達は二人で会っては旅行の計画を立てたりした。
さゆは私の家に来るとたいていは泊まって行った。
手ぶらで来るので、着替えなどは全て私の家にあるもので間に合わされた。
下着まで私のものを使っていたが、別に嫌な気はしなかった。
眠くなり、電気を消して二人でベッドに横になると、さゆは必ず「笑うマネキン
」の話をした。
「笑うマネキン」とは、さゆがよく見る夢の登場人物だった。

「サングラスをかけたマネキンがね、真っ白なマネキン。笑いながらさゆみを追
い掛けてくるんです。超速いの。さゆみはどうして私を追いかけるの?!って聞
くんですけど、マネキンは何も言わないんです。ずっと笑ってる。しばらく走り
回って、さゆみは実家の家になんとか逃げ込むんです。それで鍵をかけて、お母
さんとお父さんのとこに助けて!って行くんです。でもリビングにはサングラス
をかけたマネキンが二人いるだけで、一人は新聞を読んでて、一人は洗濯物にア
イロンをかけてるんです。二人はさゆみを見て声を出さないで笑って・・・それ
でさゆみはキャー!って悲鳴を上げて・・・。いつもそこで夢が終わるんです」
37 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/21(月) 11:07
さゆみは本当に怯えながらその話をした。
私には滑稽な夢にしか思えなかったが、そんなことを言うとさゆが怒るのは目に
見えていたので、私は一緒になって怖がってあげた。
そんな時私はいつもさゆを抱いて頭を撫でてあげた。
そのうちさゆは落ち着き、寝息を立て始めた。
先に寝るのは決まってさゆだった。
私もさゆの寝顔を見ながら眠りに付いた。

そんな風に、私達は週に四、五回は会って遊んでいた。
38 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/21(月) 11:12
七月の中頃、その日はさゆの誕生日だった。
私は待ち合わせ時間より早めに家を出て、デパートでプレゼントを買った。
北海道の風景写真のポスターだ。
ほとんど起伏のない草原に、牛が三頭、遠くに小さく映っている写真だ。
真っ青な空と一面の緑の色合いがとても綺麗だった。
私は丸めてリボンを付けてもらい、待ち合わせ場所の喫茶店に行った。
しかし時間になってもさゆは来なかった。
5分、10分の遅刻は毎度のことなので気にしないのだが、その日は30分、1
時間経っても来なかった。
何度も電話したが繋がらなかった。
心配になって家に行こうかと思ったが、よく考えてみたら私はさゆの家を知らな
かった。
私は2時間喫茶店で待ったが、結局さゆは現れなかった。
39 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/21(月) 11:19
私はひどく動揺して、れいなに電話をした。
私はしどろもどろに事情を説明したが、れいなの返事はあっさりしたものだった。

「大丈夫ですよ。よくあることです。変わった子なんですよ。これまでにも何回
かあったし。急にフッといなくなっちゃうんです。心配ないですよ。また忘れた
頃にフラっと戻ってきますって」

私はさゆの住所を聞いたが、れいなも知らないそうだった。

さゆはどこかへ行ってしまったのだった。
そして行き先は誰も知らなかった。
私は諦めて家に帰った。



結局その日以来、私はさゆに会っていない。
40 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/21(月) 11:21
プレゼントに買ったポスターは、今は私の部屋に飾ってある。

昨日夢を見た。
無限に広がるような草原を、私はさゆといた。
それは写真の風景だった。
私達は手を繋ぎ、どこへ向かうともなく歩いていた。
さゆが「本当に草しかないでしょ?」と言った。
私は「本当だね」と言って笑った。
さゆも笑った。

私は二人を見ながら、まるで他人事のように「本当の姉妹みたいだな」と思った。




『草原の二人』 おわり
41 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/24(木) 22:08
更新キタ!
この雰囲気がたまらなく好きだ
42 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/07(土) 22:34
次を待ってます

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