紅蓮の蝶

1 名前:コルク 投稿日:2006/03/24(金) 00:33

アンリアルホラー路線で行きたいと思います。
sageで更新させて頂きます。

初めての試みの為、至らない面も
あると思いますが、よろしくお願いします。
2 名前:〜プロローグ 投稿日:2006/03/24(金) 00:34

 
 
 ねぇ、約束覚えてる?

 いつもいつも交わしてた、当たり前になってた約束
 
 
3 名前:**** 投稿日:2006/03/24(金) 00:35


        〜紅蓮の蝶〜
     
4 名前:*第一部 「矛盾」 投稿日:2006/03/24(金) 00:38

 都内から離れて、そこは今では数少ないほどになってしまった山の奥地。
 自然に囲まれ、山村が転々と残っている中、二人は居た。
 
 「絵里!見てみて!」

 さっきから川に泳ぐ魚を探しては中腰でキャッキャと騒ぎ立てる少女は、隣で石の上に座る少女の
 袖を引っ張りながら指を差す。
 そんな彼女をのんびりと見ながら、少女はアヒル口を緩ませて初々しく思う。
 
 幼い二人には初めての冒険。
 一度も山村から離れた事が無かったのもあり、空気や周りの光景にはどれもこれも圧倒され、
 彼女は虜になっていた。
 
 母親は、いつもここで遊んでいたと話していた。
 その為今日二人は念願が叶い、その場所にへと来ていた。
5 名前:*第一部 「矛盾」 投稿日:2006/03/24(金) 00:38

 妹、さゆみは、その性格の質からか、姉の絵里を誘った。
 絵里は身体が少し弱かったものの、妹の為ならばとその誘いに乗ったのだ。
 
 「さゆ、あんまり騒ぐと落ちるよ」
 「大丈夫、分かってるよ」
 
 そうは言うものの、初めての地で好奇心旺盛なさゆみは落ち着いていられ無い。
 「上流に行こう」と言って、さゆみは走り出した。
 
 「あっ、さゆ!」
 
 絵里もその後を追い、川を伝いながら上流にへと上っていく。
 時間はそろそろ正午を過ぎる頃だろうか。
 快晴な空に輝く太陽が川の水を光らせる。

 「待って…さゆ!」
 「絵里、早く早く!」

 さゆみは途切れ途切れに追ってくる絵里を見ながら、早々と走るさゆみ。
 呼ばれた少女は肩越しに振り返ったが、立ち止まる素振りは見せない。
6 名前:*第一部 「矛盾」 投稿日:2006/03/24(金) 00:39

 バクバクと鳴り始める心臓。
 息が荒くなりながらも、絵里は必死にさゆみに追いつこうと走った。
 いつも一緒に居た妹。
 
 立ち止まって欲しい。
 振り返って欲しい。
 手を掴んで欲しい。
 力強く引いて欲しい。
 あの頃のように。
 幼い頃のように。

 目の前で揺れるその手を、絵里は自分の手で掴もうとした。
7 名前:*第一部 「矛盾」 投稿日:2006/03/24(金) 00:39


 ――――――その時だった。
8 名前:*第一部 「矛盾」 投稿日:2006/03/24(金) 00:41

 後ろから聞えた小さな悲鳴。
 その直後、水の弾ける音が聞えた。
 さゆみはハッと振り返り、一瞬頭が真っ白になった。

 「絵里!」

 さゆみは戻ると、川に落ちてしまった絵里にへと駆け寄る。 
 絵里は全身をずぶ濡れにし、息を荒々しくし、咳き込んでいた。

 口からは夥しい量の赤い液体。

 さゆみは動転し、絵里を抱え込むと必死に呼んだ。

 「絵里っ、絵里ぃ!」
 「さ…ゆ…っ」

 苦しそうに呼吸しながら、絵里は手を伸ばす。
 さゆみはその手を掴んで、自分の頬に当てた。

 両手は赤く染まり、流れる川にもその色が侵食していた。
9 名前:*第一部 「矛盾」 投稿日:2006/03/24(金) 00:44


 「…置いて…かない…で…」
 
 
 そう言って絵里の表情は歪む。
 さゆみは泣きながら、絵里を見続けた。
 ずっと一緒に居た姉。
 注意はしていた筈なのに、さゆみは罪悪感に襲われた。

 「ごめん…ごめんね」
 
意識が消えた絵里の身体をしっかりと掴んで、
 手の平に付いた赤い水を見ては泣いた。
 
 
 さゆみは帰ってこない二人を探す為に出ていた
 大人たちによって発見されるまで、ずっと謝る事しか出来なかった。
 
10 名前:コルク 投稿日:2006/03/24(金) 00:45
本日はここまでにします。

また明日にも更新できればと思います。
それでは皆様、今後ともよろしくお願いします。
11 名前:*第一部 「矛盾」 投稿日:2006/03/24(金) 13:23


+++++*+++++
12 名前:*第一部 「矛盾」 投稿日:2006/03/24(金) 13:23
 
さゆみ視点

 
都内でのある学生寮。
 年季の入った建物なものの、ここの管理人の話だとあと100年は保らしい。
 (本当かどうかは分からない)
 今ではかなり珍しい二階建ての木造建築。

 「じゃあ、行って来まぁす」
 「はいは〜い」
 
 わたしの返事を聞いて、ヒラヒラと手を泳がせる先輩。
 視線はテレビから離れないものの、いつもの事だからそのまま家を出る。
 カンカンカンと鉄の階段を降り、下に置いてある自転車に跨っていざ出発。

 もうすぐ春休みの為、道路の所々から桜の花びらが舞っていた。
 ガシャガシャと錆付くチェーンを鳴らしながら、漕いでいくと、
 コンビニの前に見慣れた自転車が止まっていた。

 それを確認した途端、自動ドアからこれまた見覚えのある顔が出てきた。
 
13 名前:*第一部 「矛盾」 投稿日:2006/03/24(金) 13:24

「おはようございまぁす」
 「あっ、シゲさんおはよぉ」

 軽く挨拶をすると、自転車の籠に白い袋を入れて、片手を振ってくれた。
 急停車し、ニカリと笑顔を浮かべる先輩と少し雑談。

 「何買ったんですか?」
 「今テレビでやってるでしょ?あのゲームに出てる回復ドリンク」
 「えぇ!?本当に買っちゃったんですか?」
 「当たり前でしょぉ、帰りにまこっちゃんに飲ませるの」
 「うわぁ、相変わらず腹黒い…」
 
 
 アレを飲まされた時、一瞬樹海が見えましたよ。

 
フッフッフと朝から妙にテンションの高い先輩、新垣里沙さんの企みを
 目の当たりにしつつ、本題にへと入る。
14 名前:*第一部 「矛盾」 投稿日:2006/03/24(金) 13:25

 「そういえば今日早いよねぇ」
 「…絵里のお見舞いです、昨日行けなかったから…」
 「…亀、最近どうなの?」
 「もう傷口は大丈夫なんで、リハビリ中なんです」
 「そっか、早く退院出来るといいね」
 「…はい」

 それじゃあ、手の平を上げて、新垣さんは自転車に跨った。
 多分これから学校に行って屋上で恒例のお喋りをするのだろう。
 屋上は交流の場としても最適な場所だから。

 
 わたしは新垣さんが通っていった道とは違う所に向けて走り出す。
 家と学校の奥に位置する場所だから、ちょっと疲れてしまうのは難点だけど。
15 名前:*第一部 「矛盾」 投稿日:2006/03/24(金) 13:26

 「うわぁ…」

 都内でもすぐ横に離れればそこは数少ない田舎町。
 橋を渡る際、山の方に咲いた桜の花が雨の様に降り散っている。
 雨とは違い、甘い匂いがして、この場所はわたしは大好きだった。

 昔、あの山のふもとで絵里と一緒に遊びに行った事があった。
 もう大分前だけど、鬼ごっこをするといつも絵里に捕まってばっかりだった。
 学校でもかけっこは一番で、そんな絵里に凄く憧れてた。

 ガチャン。
 地面の段差にぶつかり、反動で少しだけ浮いた自転車を上手く立て直して、橋を渡りきる。
 風が暖かくて、清々しくさえも思えてしまう。
16 名前:*第一部 「矛盾」 投稿日:2006/03/24(金) 13:27


 ――――わたしが絵里を離さなかったら…

 
 どこまでも付いて来る"過去"に、背筋が凍る。
 まるで闇の中に飲み込まれるような感覚にいつも襲われるのだ。
 罪悪感は絶対にわたしからは離れない。

 一生傷として残る、絵里と同じ様に。
  

 キッとブレーキを押し、目的地へとたどり着いた。
 専用車庫へと置いて、その建物を見上げた。
 赤十字が赤く燃え、まるでそれは"あの日"の空に似ていた。
17 名前:*第一部 「矛盾」 投稿日:2006/03/24(金) 13:27


 ――――――――*
18 名前:*第一部 「矛盾」 投稿日:2006/03/24(金) 13:28

 コンコン…
 
 
 無機質に鳴る硬い鉄の音が廊下に響く。 
 今日は平日だし、朝も早いからお見舞い客も居ないらしい。
 廊下で遊びまわる子供一人居ない。


 なんだか…妙に寂しさを感じた。


 ガチャリとノブを開けると、フワッと暖かい風がわたしの頬を撫でた。
 白い陽射しの中、ピンクと甘い匂いが部屋を包んでいる。
 中庭にある桜の木が、まるで誘うように枝を揺らす。
19 名前:*第一部 「矛盾」 投稿日:2006/03/24(金) 13:30

 「…絵里」
  
 わたしが口を緩ませ、ベットに佇んだ全身純白の彼女にへと近づく。
 染め上げられた薄茶髪を靡かせて、彼女はこっちに顔を向ける。
 アヒル口をふにゃっと曲げると、いつもの様に笑いかける。
 
 「…おはよぉ、さゆ」
 「…おはよ」
 
 どこまでも愛しく思えるその表情を、わたしは笑顔で受け止めた。
 わたしの姉である彼女、亀井絵里は、"あの日"もこんな屈託の無い笑顔を浮かべていた。

 「今日リハビリは何時?」
 「多分9時に1回、お昼過ぎにもやるって」
 「そうなんだ」

 純白のパジャマに包まれた絵里は、漆黒の制服を纏うわたしよりも凄く綺麗。
 本当に…凄く羨ましい絵里。
20 名前:*第一部 「矛盾」 投稿日:2006/03/24(金) 13:30

 「…お花、取り替えよっか」
 「うん」

 棚に置かれた花瓶を掴んで、わたしは部屋の隅に設置された洗面所に行った。
 数週間前に持ってきた花は茶色に萎れ、すでに花びらを散らしていた。
 
 鞄の中に入れて新聞に包んでいた花を入れ、水を新しくする。
 枯れてしまった花を隣のゴミ箱にへと放ると、絵里の元に戻った。

 「ねぇ、さゆ」
 「何?」
 「昨日はどうして来てくれなかったの?」

 
 ピクリ…
21 名前:*第一部 「矛盾」 投稿日:2006/03/24(金) 13:35

 コトリと、花瓶を元の棚に戻すと、絵里が唐突に言った。 
 わたしの中で、ギチリと何かが千切れる音が聞えた気がする。

 「…昨日はちょっと、用事があって」
 「そうなんだ、どんな?」
 「どんなって…」
 
 絵里は表情を崩さずに、わたしを見上げながら聞く。
 足を三角にして、身体に丸めた体勢になった。
 
 「さゆ、表情に出る所とか全然変わんないね」
 「…」
 「泣き虫で、わがままで、落ち着きが無くて、お母さん達にいっつも世話焼かせてて」
 
 キリキリと、段々千切れていくのが聞える。
 
 「かけっこも転んだらすぐ泣いて、私が居ないとダメだよね、さゆは」
 「…昔の話でしょ」
 「へへっ、そうだね」

 どこまでも無垢な笑顔で、絵里は何の罪も無い純粋な心を持っていた。
 わたしが離してしまった"あの日"までもずっと…。
22 名前:*第一部 「矛盾」 投稿日:2006/03/24(金) 13:37

 「ガキさんとか、元気だった?」
 「ぇっ…」
 「今日、会ったんでしょ?」

 わたしは一つだけ、絵里に恐怖を感じる事がある。
 それはほんの小さな事、でもどこまでも深くて、根付けばかなり厄介な事。
 
 「う、うん、元気だよ」
 「愛ちゃんとは上手くやってるんだ」
 
 絵里には不思議な力がある。
 それはわたしの身近な事ならなんでも分かる透視能力の様なもの。
 血筋だからと言っていたけど、わたしにはそんな能力は無い。
 
 「…ねぇさゆ」
 「…なに?」

 だからかもしれない。
 絵里はどこに居ても優秀で、わたしはそんな絵里に凄く憧れた。
 でも…それをわたしが壊してしまったんだ。

 ―――わたしが…


23 名前:*第一部 「矛盾」 投稿日:2006/03/24(金) 13:38

 
 「…なんでも無い」
 「…そ」

 絵里とはいつも約束してた。
 
 "一緒に居ようね"って…。

 
 でもそれが…凄くわたしには重過ぎたの。
24 名前:コルク 投稿日:2006/03/24(金) 13:40
ここで更新終了します。

やはりちょっとぎこちない感じですが、
なんとか話をつなげて行きます。
25 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/24(金) 14:26
うお。
何か気になる続き方ですね。期待してます。
26 名前:コルク 投稿日:2006/03/25(土) 19:02
更新始めます。
なんだかホラー系を書くと
テンションも↓↓になるものですね(笑

>名無飼育さん様
有難うございます。
ご期待に添えれるかどうか分かりませんが、
これからもお願いします。
27 名前:第一部「矛盾」 投稿日:2006/03/25(土) 19:04

 +++++*+++++

 
 わたしが通う朝比奈女子学園。
 ちょっとお高い感じの名前だけど、中身は普通の女子高と違いは無い。
 家から20分のこの学校は、とにかく色々な生徒がたくさん。
 
 外国から来た帰国子女だったり、本当のお嬢様だったり。
 わたしの家みたいな…ちょっと普通の人とは違う家系出身だったり。
 でも皆良い人ばかりで、この学校に来てよかったと心から思った。

 「あっ、シゲさんおはよぉ」
 「道重さん、おはよぉ」
 「おはよぉ」

 教室に入ると毎日飛び交う挨拶の言葉。
 席は窓側の前から2番目で、この季節になると暖かい陽射しが差し込んでくれる。
 鞄を席のフックに掛けると、教室のドア越しから今朝の声が聞えた。
28 名前:第一部「矛盾」 投稿日:2006/03/25(土) 19:04

 「さゆぅ、ちょっとええかな?」
 「あっ、はぁい」
 
 わたしの寮の部屋と同室の先輩、高橋愛さんが手をヒラヒラと手招きしている。
 席を外そうとした時、後ろから同級の子が背中をポンッと叩いた。

 「高橋さんって、田舎の有名な所の娘さんなんでしょ?」
 「スゴイよねぇ、道重さん、そんな人と同室だし」
 「そんな全然…大した事無いよ」

 苦笑いで言葉を返して、わたしは教室を出た。
 有名というだけで人の目は変わる。
 普通の人とは違うというだけで、その人の見る目が違っていく。

 なんか…嫌だな…。 
29 名前:第一部「矛盾」 投稿日:2006/03/25(土) 19:05


 ――――――――*
30 名前:第一部「矛盾」 投稿日:2006/03/25(土) 19:06

 屋上には本当は鍵が掛っていたものの、昔それを壊しては進入していた生徒が居て、
 先生達が考えた結果、随時開放という事になったらしい。
 だけど転落防止の為に柵には透明なビニールが張られるようになったらしいけど。
 別にわたしには関係ない。

 「なぁさゆ、絵里いつ退院するん?」
 
 
 鏡を取り出していたわたしの前に、高橋さんが顔を寄りだして聞いた。
 屋上に居るのはわたしと高橋さんと小川さんと、新垣さんが何か揉めてる? 
 それを紺野さんが止めてて、気付けばその回りに居た生徒がワラワラ…なんだか凄い事になってる。
31 名前:第一部「矛盾」 投稿日:2006/03/25(土) 19:07

 「多分…あと1週間もすれば普通の生活に戻れるそうですけど」
 「なら、あーしの家に行ぅへん?」
 「へっ?」

 高橋さんが言うには、1週間後、地元に帰省しなければいけなくなったらしく、
 良かったら一緒にどうかと言うお誘いだった。
 もちろん真ん中で大分収まったらしい3人の先輩も一緒。

 「で、でもなんでいきなり…」
 「実はな…さゆの実家の方がお願いしてきてん」

 ザワリ…
 
 わたしの実家?
 
 「実…家?」
 「あっ、えと絵里の家から、なんでも話があるらしくて…」
32 名前:第一部「矛盾」 投稿日:2006/03/25(土) 19:07


  あぁ…絵里の家。
33 名前:第一部「矛盾」 投稿日:2006/03/25(土) 19:08

 
 実家から報せを受けた事なんて一度も無かった。
 最後に会ったのはもう高校を上がる時だったから。
 あの後すぐに絵里が…。


 
 「っで、どうする?ダメならあーし言っておくけど…」
 「…大丈夫です、行きましょう」
34 名前:第一部「矛盾」 投稿日:2006/03/25(土) 19:08

 わたしを察してか、高橋さんは断ろうとしてくれたけど…わたしはそれを拒んだ。
 実家、絵里の家からの報せはあまり良いものじゃないとは思った。
 でも、なんだか妙に帰りたくなった。

 絵里の家だからこそ、帰りたいと思ったのかもしれない。
 
 「じゃぁ…後藤さんに言うておくやよ」
 「はい」

 さっきまでの揉め事はどこへやら、小川さんと新垣さんが仲良く近寄ってきて、
 
 「シゲさんも来るんでしょ?」 
 「愛ちゃんの実家楽しみぃ」
 「何も無いて、海とか山とか…あっ、でもソバ作ってくれるて言うてた」
 「ソバかぁ…」
 
 なんやかんやで紺野さんも食べ物に釣られてか、思い浮かべるように空を
 見上げてはにんまりと嬉しそうに笑顔を浮かべている。
 わたしの友人ツールは高橋さん達が居てこそ成り立っている。
35 名前:第一部「矛盾」 投稿日:2006/03/25(土) 19:09

 この4人は中学からの友人らしいけど、家の事情でか、凄く友好関係が良い。
 小川さんなんて「人間全て兄弟」っていう感じに脳が出来ている様な人。
 紺野さんは高橋さんとちょっと似たような家系らしいし。
 新垣さんはどこか研究者めいてる面がある。

 「じゃ、1週間後に」
 
 こうしてわたしは、高橋さんの言葉で何年ぶりかの帰省をする事となった。
 絵里の退院次第だったけど、先生に聞くとそこまで時間は掛らないとの事だったから大丈夫なはず。

 
 絵里も…久しぶりの実家だから嬉しいと思うし。
36 名前:コルク 投稿日:2006/03/25(土) 19:11
更新終了します。

もう少し登場人物を
明確にしてから本題に入ろうかな…と(笑
37 名前:第一部「矛盾」 投稿日:2006/03/26(日) 16:44


 +++++*+++++
38 名前:第一部「矛盾」 投稿日:2006/03/26(日) 16:47

 キーンコーンカーンコーン…――――

 「あっ、もうそろそろ行こっか」
 「あの先生は怒らせるとうるさいからねぇ」
 「まぁ面白いけどな」
 「じゃあシゲさん、またねぇ」

 小川さんが大きく手を振りながらドアにへと吸い込まれた後。
 わたしは振り返していた手を止め、鏡を閉まったあと小さく深呼吸をした。
 
 澄み切った青い空。
 わたしには勿体無いほどの学園生活と友人。
 でも、何かが物足りないと思うのは何故?

 
 「…絵里」

 絵里はいつも隣に居た。
 小さい頃からずっと、姉妹だから当然だと思っていたけど…。
 唐突に…まるで空気の様に突然消えてしまった。
39 名前:第一部「矛盾」 投稿日:2006/03/26(日) 16:48

 眩しいくらいの笑顔と、優しい暖かさを秘めた手。

 それだけで充分過ぎるくらい、姉の絵里とわたしは居た。
 でも、わたしには…重すぎた。
 太陽の様な姉を…わたしは落としてしまったんだ。

 「…なんであんな事しちゃったんだろう」

 今でも良く分からない。
 ただ覚えているのは、絵里が初めて見せた笑顔以外の表情。
 それを見た瞬間。

 
 ――――わたしは…絵里に…。



40 名前:第一部「矛盾」 投稿日:2006/03/26(日) 16:48




 チリーン…――

41 名前:第一部「矛盾」 投稿日:2006/03/26(日) 16:49


 
 突然聞えた、か細い小さな鈴の音。
 ハッとして、辺りを見渡してもそこには影も形も見当たらない。
 ただ、さっきの鈴の音は昔聞いた事のあるようで、懐かしい感じがした。

42 名前:第一部「矛盾」 投稿日:2006/03/26(日) 16:49


 チリーン…――
43 名前:第一部「矛盾」 投稿日:2006/03/26(日) 16:50


 また聞える。
 まるでどこまでも木霊する様に…いつまでも耳にへと残るその音。
 響いて…また止んで…また響いて。

44 名前:第一部「矛盾」 投稿日:2006/03/26(日) 16:50


 
 チリーン…――

45 名前:第一部「矛盾」 投稿日:2006/03/26(日) 16:51


 でもどこかそれは、綺麗なほどに切なくて…悲しいほどに美しくて…。
 いつか見た事のある、水晶の様な透明感がある。
 見えないほどやるせない事は無い。

46 名前:第一部「矛盾」 投稿日:2006/03/26(日) 16:51



 …音はその後数回鳴って消えた。
 まるでわたしを呼んでいるかの様で、不思議な感覚。
47 名前:第一部「矛盾」 投稿日:2006/03/26(日) 16:52


 キーンコーンカーンコーン…――――

 
 
 「あっ…ヤバっ」

 本鈴が鳴ってしまい、わたしは駆け足でドアの方へと吸い込まれた。
 鈴の残り音を耳元で響かせながら…。
48 名前:第一部「矛盾」 投稿日:2006/03/26(日) 16:52


 ――――――――*
49 名前:第一部「矛盾」 投稿日:2006/03/26(日) 16:58

 絵里視点

 
 瞼を開けると、そこはなんの変哲も無い真っ白の部屋。
 いつも見慣れてしまった空間の天井に目を泳がせ、私は思う。
 
 
 「いつまでも一緒に」

 
 そう約束を交わした私達は、今ではもう別々の道を歩き出している。
 さゆは昔から色々な事に挑戦したいという気持ちが強かったから、これは自然の理なのだろう。
 でも、それを"私"が崩してしまおうとしている。
50 名前:第一部「矛盾」 投稿日:2006/03/26(日) 16:59


 「…お父さん」

 
 私は、突然居なくなってしまった父親を呼んでみる。
 居ない事には変わりないけど、それでも妙に言ってみたくなった。
 
 何も言わずに消えてしまった父親。
 最後に覚えているのは、あの大きな背中と、見えてしまった私と同じ"紅い蝶"。

 「私は…間違ってたのかな」

 誰に聞くでもなく、私の口からは自分がした事の疑念が漏れた。
 正しいと思ったから行動したのに…まさかこんな事になるなんて…。
51 名前:第一部「矛盾」 投稿日:2006/03/26(日) 16:59

 ギシリと、ベットから腰を浮かし、足で自分の身体を立たせた。
 "失敗"した事で"欠陥"を作ってしまった自分。
 そんな私が…"まだ生きている"

 
 「…なんで、こんな事になっちゃったのかな」

 本当はもっと早くに気付くべきだった。
 あの"刻印"は、命を共にしているのだと。
 もし私がこんな事じゃ済まなかったら…。

 
 さゆに…また何かあったら…。


52 名前:第一部「矛盾」 投稿日:2006/03/26(日) 17:00


 コンコン…―――――
53 名前:第一部「矛盾」 投稿日:2006/03/26(日) 17:00

 ハッとして、私は無機質に開いたドアからひょっこりと顔を出す人を見つめる。
 もうこの人とも、随分お世話になってしまった。

 「あっ、今どこか行こうとしてた?」

 純白のナース姿で入ってきた看護師、安倍なつみさんはカルテや器具を持ちながら言った。
 どうやら私が立っていた事でそう思ったらしい。

 「いえぇ…ちょっと歩き回ってただけです」
 「そうだべか、余った時間でリハビリなんて関心関心」

 ウンウンと嬉しそうに頷きながら、テーブルにへと器具を置いて、私をゆっくりと座らせた。
 多分これが終ったらリハビリだろう。
54 名前:第一部「矛盾」 投稿日:2006/03/26(日) 17:01

 「じゃ、腕の袖めくってねぇ」

 脈を計る為に私の腕には器具が付けられる。
 圧迫感を覚えながら、シュッシュと空気を入れる音に耳を傾ける。
 静寂した部屋の中で、たった一つの音。

 「…今日、さゆが来てくれました」
 「あっ、そうなんだべか、どうだったべさ?」
 「昨日の事…聞きました」
 「ふむ」
 「さゆ、私には何でも分かる事知ってたのにな…」

 シュコシュコ…シュー…
 シュコシュコ…シュー…

 安倍さんが時計を確認して、カルテにボールペンを走らせると
 器具を腕から外した。
 ベリベリと音が鳴って、雑音が耳に響く。
55 名前:第一部「矛盾」 投稿日:2006/03/26(日) 17:02

 「さゆみちゃんも、もう大人だから亀ちゃんにはあんまり心配掛けたくないんだべよ」
 「でも…さゆはまだ子供です」
 「子供はいつかは大人になる、亀ちゃんだって、さゆみちゃんのお姉ちゃんっしょ?」
 「でも…」
 「さゆみちゃんはさゆみちゃんとして、この先生きていかなくちゃいけないんだべよ」

 
 安倍さんは知らないだけなんだ。
 私と、さゆの命の事を。
 

 私達は…二人で一人なんだって事を…。
56 名前:第一部「矛盾」 投稿日:2006/03/26(日) 17:02

 「はい、体温計」

 手渡された体温計を脇に挟もうとした時、服の隙間から見えた紅い傷。
 事故を起こした時のもので、それは脇腹からへその上までを一直線に駆け抜けている。
 もう痛みは無い。
 だけど…この傷の所為でさゆみはどんな思いだっただろう。

 
 やっぱり私は…。

 「あっ、そういえば亀ちゃん」

 器具を一通り片付けて、カルテにまたボールペンを走らせる。
 その後安倍さんが思い出すように天井へと視線を向けた。
 
57 名前:第一部「矛盾」 投稿日:2006/03/26(日) 17:03

 「"あの子"、屋上でまた退屈そうにしてたから、検査が終ったらまた遊んであげてくれないかな?」
 「え?あぁ…良いですよ」
 「いつもごめんね」

 ピピピッと体温計が鳴り出し、それを差し出すと「もう大丈夫だべね」と言って、
 これで準備は整った。
 
 「じゃ、リハビリ頑張ってね」
 「はい、有難うございます」

 器具を抱えて、手をヒラヒラと振って帰っていった。
 反対に置かれた車椅子に乗っていざ出発。
 大分歩ける様にもなったから別にそのまま行っても良いんだけど、もう少しだけこうしていたかった。
 
58 名前:第一部「矛盾」 投稿日:2006/03/26(日) 17:04
 

 残り1週間、多分私はこの街には居られなくなる。

 
 学校には一度も登校出来なかったけど…あの山中以外の場所で過ごせて良かったと思ってる。 
 血生臭いあの場所から、さゆを一時的にでも出してあげれて本当に良かった。
 これで良いんだ…これで…。
59 名前:第一部「矛盾」 投稿日:2006/03/26(日) 17:05



 …これで、私が死ねばもっと良かったのに…。


 

 シャーとドアを開けて、私は真っ白な世界から抜け出した。
 私の心の中の様な世界…浮き世の様な世界…。
60 名前:コルク 投稿日:2006/03/26(日) 17:11
更新はこれで終了します。

結構暗めになるのですが、
お付き合いくだされば幸いです。
61 名前:第一部「矛盾」 投稿日:2006/03/27(月) 14:22


+++++*+++++
62 名前:第一部「矛盾」 投稿日:2006/03/27(月) 14:23


 愛視点

 
 何があっても迷いを抱くな。

 そう言われて育てられたあーしは、最近妙にザワザワしていた。
 その原因は…うん、前々から分かってた。
 分かってたけど…分かってた筈なのに…それを必死に隠そうとしてる。
 
 あーしにとってこの感情は必要の無いものだから。

 【そっかぁ、亀ちゃんもう退院できるんだ】
 「はい、さゆにも了承は貰いました」
 【そっかそっか】

 電話越しに聞える声の主は、相変わらずのんびりとした声で受け答えをし、
 その重要さが分かっているのか分かってないのか…。
 まぁそれを理解していたとしても、あーし達には何も出来ないのだけど…。
63 名前:第一部「矛盾」 投稿日:2006/03/27(月) 14:23

 【これで…こっちも安泰するかもねぇ】
 「最近…どうですか?」
 【まぁ、結構静かだよ、亀ちゃん達が帰ってきたらそうも言ってられないかもだけど】

 ザワザワと身体が震える。
 無意識に受話器を掴む手に力が入る。
 本当に…これで良いのだろうか。

 「あの…後藤さん」
 【んっ?】
 「その…」

 自分に何も出来ない事は分かってる。
 あの村の為にも…被害を最小限に抑える為にも。
 でも…やっぱり…。
64 名前:第一部「矛盾」 投稿日:2006/03/27(月) 14:24

 【…ねぇ、高橋】
 「はっ、はい?」
 【まっつー達の事…覚えてるよね?】

 ゾクリ…
 
 背筋に一気に悪寒を感じる。
 足がすくんで、後藤さんに抱えられるような体勢のまま、その光景を見てた。
 凍える様な風と共に、轟音が響く太鼓が叩かれる。
 無数の火の玉が辺りを囲い、真ん中では…真ん中では二人が…。

 
 "ごめん…ごめんよぉ…"


 まるで…血に飢えた獣が人を襲う姿で…。
 でもその獣からは…唾液などではない、大粒の涙を流してた。

65 名前:第一部「矛盾」 投稿日:2006/03/27(月) 14:25

 【もうあんな事を繰り返したくない…でも、まっつー達の事を無駄にしたくない】
 「…」
 【あたし達は…その運命を受け入れなくちゃ】

 後藤さんの言っている事は理屈を超えている。
 だけど、この世界にはその理屈を超えたものは幾らでも存在している。

 だから私達は…もう人じゃないんだ。
 あんな場所に生まれてしまって…ホント、皮肉すぎる。

 【…高橋?】
 「あっ…はい…」
 【それで、来るのは3人だよね】
 
 3人…私は…何の関係も無い麻琴達まで関わらそうとしてる。
 しかも…"人柱"として。
66 名前:第一部「矛盾」 投稿日:2006/03/27(月) 14:27

 【じゃ、1週間後】
 「はい…」
 【おやすみ】
 「…はい」

 ガチャリと、電話の受話器を力なく置いて、あーしは壁に身体を預けた。
 部屋の中はシンッと静まり返っていて、なんだか妙に孤独感を感じた。
 
 
 迷いはいらない。
 一つの迷いが生じれば、それは命と同等な代償を払う。
 
 迷うな、今やるべき事をしろ。
 そうすれば救われるのだ。
 
 迷うな迷うな迷うな迷うな迷うな迷うな…。

 
 もう…迷えないんだ。

 
 赤い陽射しが家に差し込まれる。
 まるで赤い炎、赤い血の様に…。
67 名前:第一部「矛盾」 投稿日:2006/03/27(月) 14:28
 

 ――――――――*
68 名前:第一部「矛盾」 投稿日:2006/03/27(月) 14:29

 さゆみ視点


 3日後、日曜だったから絵里のリハビリを見学する事が出来た。
 あと4日で退院だから、療法士の人と一緒に器具を使って懸命に歩こうとしている。
 額から汗を滲み出しながら、上手く動かない足を必死に動かして…。

 なんでも療法士の人はまだ見習いで、最近入ってきたらしい新米療法士。
 安倍さんに聞いた所によると、名前は吉澤ひとみさん。
 なんでも地元で有名なフットサルの選手だとか。
69 名前:第一部「矛盾」 投稿日:2006/03/27(月) 14:29

 「良いじゃん亀井さん、その調子その調子」
 「くっ…えへへ…」

 安倍さんの話ではリハビリは凄く辛くて、途中で投げ出す人も居るらしい。
 だから…絵里も…そう思って此処に来た。

 だけど、今わたしの目の前に居るのは、変わらず笑顔のままを表す彼女。
 それは先の希望への輝きか、はた天然か、それはわたしにも分からない。
 ただわたしが分かるのは、絵里のあの笑顔が本物という事と、
 足を動かす度に自身の足が悲鳴を上げている事。

 小さい頃から、わたしと絵里は痛みを共感していた。
 その原因はわたし自身にも分からないけど、
 とにかく絵里の痛みがわたしにも通じるという事で…あまり良いとは言えないもの。
 
70 名前:第一部「矛盾」 投稿日:2006/03/27(月) 14:30

 2年前、絵里は住んでいた家の山奥で突然倒れた。
 
 お腹から血を流して、辛そうに表情を歪まして。
 初めて絵里が…流した涙は、どこまでもどこまでも透き通ってて。
 わたしは見とれた。

 好きで好きで大好きで。
 わたしのお姉ちゃん、肌が綺麗で可愛くて、今はもう染めてしまった髪もサラサラとしてて。

 家ではまるで人形のようで…お母さん達にも凄く褒められて、自慢できる憧れの女の子。
 わたしは…本当にそう思ってたんだ。
 
 そう思っていたのに…。

 「わたしは…結局1人ぼっちだった」

 誰も見てくれない。
 誰も褒めてくれない。
 結局は絵里だけを皆は見てた。

 わたしは…そのついでだった。
71 名前:第一部「矛盾」 投稿日:2006/03/27(月) 14:31



 だから…もう1人でも良いって思った。
 あの日、わたしは苦しんでる絵里の痛みを知った。

 でも全然痛くなくて、逆に心地よく思った。
 何も欠陥の無い、純白で純粋無垢な絵里を…わたしは…。

 
 


 凄く…憎んでた。

72 名前:第一部「矛盾」 投稿日:2006/03/27(月) 14:32

 痛みを感じる毎にそれが段々大きくなって。
 どんどんどんどん絵里を憎んだ。
 でも…わたしは絵里が好きだった。

 一緒に居ようねって約束を破らずに、いつも一緒に居てくれた。

 でももう…わたしは嫌だよ。
 
 絵里に縛られる生活。
 絵里が隣に居る日常。
 絵里が笑顔で居るこの時。

 愛しくて愛しくて。
 憎くて憎くて。
 そんな矛盾した感情に押し潰されながら過ごしていく毎日。

 だからわたしは…お母さん達に話すの。
 小さい頃から一緒に居なさいと言われ続けていたけど、もうそれも最後。
 わたしはわたしで、絵里は絵里。 

 わたしは…絵里と一緒にはもう…。
73 名前:第一部「矛盾」 投稿日:2006/03/27(月) 14:32

 「あっ…」

 途端、視界が闇に飲み込まれた様に真っ暗で、わたしは一瞬の動揺を何とか抑える。
 犯人は誰か分かっていたし、なんと言ってもここは病院だ。

 「…もう終ったの?」
 「…うん」

 ソッと、目に被さっていた手の平を掴んで、後ろを振り向いた。
 眩しいくらいの笑顔と、わたしの手に包まれた優しい暖かさを秘めた手。
 愛しくて、憎くて堪らない絵里の一部。

 それでもわたしは、それをゆっくりと下におろす。
 
 「頑張ってるね」
 「見てたの?」
 「結構前から」
74 名前:第一部「矛盾」 投稿日:2006/03/27(月) 14:33

 正確に言えば絵里がリハビリを始める前から。
 っと、後ろのリハビリ室のドアから出てきたのは、さっきまで絵里を手伝っていた…、

 「あれ?どちら様?」
 「さゆみです、私の妹です」

 新米療法士は納得したように頷いて、ニカリと笑顔を浮かべた。
 まさに太陽の様な笑顔で、絵里とはちょっと違う輝きを秘めた…。

 「吉澤、吉澤ひとみです、よろしくね」
 「道重、さゆみです」

 吉澤さんは、ん?っと首を傾げて、ちょっと考えると、ちょっと遠慮気味に言った。
 笑顔は絶やさずに。

 「あれ?苗字…」
 「ちょっと…家の事情で」

 絵里がさっと説明すると、吉澤さんはあっけ無く理解できたのか、「へぇー」と唸る。  
 あまり深く詮索しないでくれているらしい。
 多分…吉澤さんの近くでもそう言った人が居るのかもしれない。
75 名前:第一部「矛盾」 投稿日:2006/03/27(月) 14:34

 「じゃぁ…なんて呼べば良いのかな」
 「なんでも良いですよ、シゲさんとかさゆとか」
 「じゃぁ…シゲさんで」

 なんだかわたし達よりも年上なのに、吉澤さんは小川さんみたいな…。
 まるで友達感覚にお話が出来る人。
 
 名前を教えあった後、吉澤さんはまだ笑顔で手を振りながら去っていった。
 わたしも同じく手を振って、見えなくなると絵里にの方へと振り向いた。

 「じゃぁ病室に…」
 
 いつもの様に絵里の手を引いて、わたしが前線しながら病室に帰る筈だった。
 それが当たり前だと、それが絵里が望んでいた事だと。

 そう思っていた…何の疑いも無く。

 「…ごめん」
76 名前:第一部「矛盾」 投稿日:2006/03/27(月) 14:35

 でも…その手には何も掴めなくて…。
 優しさも暖かさも何も無い、ただの空気だけを掴んでて。

 「ちょっと…寄る所があるから」

 宙に浮かぶ手は、まるで枯れた花ビラの様に潤いが無く。
 風に飛ばされそうな…本当に、なにも詰まっていない様な状態で。

 
 わたしは…そのまま彼女の後姿を見続けていた。


 愛しくて愛しくて。
 憎くて憎くて…。
 矛盾を作る中、わたしの中には何も入ってなくて。

 
 そしてここにもう一つ、矛盾が生まれた。
77 名前:コルク 投稿日:2006/03/27(月) 14:36
更新はこれまでにします。

最近テレビでの番組がないので、
ちょっと特徴が掴めませんが、
何とか書いて行こうと思います。
78 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/27(月) 22:46
惹き込まれています
まったり作者様のペースでがんばってください
続きもたのしみにしています
79 名前:konkon 投稿日:2006/03/28(火) 00:37
マイペースでいいと思いますよ〜
先のことが気になって仕方ないです
これから何が起こるのか・・・
80 名前:コルク 投稿日:2006/03/28(火) 19:18
>名無飼育さん様
有難うございます。
そう言って頂けると励みになります。
これからもよろしくお願いします。

>konkon様
有難うございます。
先には色々な困難が待ち構えている
という事でしょうかね(笑
これからもよろしくお願いします。

それでは更新始めます。
ラジオを久しぶりに聞いたので、
結構調子が良いです(笑
81 名前:コルク 投稿日:2006/03/28(火) 19:19

 愛視点
 
 
 一昨日から、さゆの様子がおかしい。
 昔は落ち着きが無くて、絵里とは正反対な性格の所為か、結構世話を焼かされた。

 でも2年前のあの日から、さゆは変わってしまった。
 お父さんが何人かで狩りの為に山の中に入ってなかったら、
 今頃、絵里もリハビリをしていただけじゃ済まなかったかもしれない。

 両足の複雑骨折、脇腹の6センチもある切り傷に、その他モロモロ。
 まるで内部から破損した様で、担当医の先生は動揺を隠せなかったらしい。

 そんな姿を目の当たりにして平然とする子供も異常だけど、
 その時のさゆの表情…あーしはそっちの方が不気味だった。
 
 まるで虫を見ている様な無機質で、輝きも一切見えない瞳。
 そういえばさゆから、あーしは涙を一度も見たことが無い。
 頑固だから人には見せないのかと思っていたけど…どこか違和感を覚えていた。
82 名前:コルク 投稿日:2006/03/28(火) 19:19

 「んっ…高橋さん」
 「あれ?さゆどうしたん?」
 「そっち、行って良いですか?」

 布団の中で思考を巡らしていたあーしに、さゆは苦笑いでそう言った。
 珍しい、さゆがこんな事言うなんて…。

 「…えぇよ」
 「…ごめんなさい」

 一つ謝って、さゆは枕を抱きながらこちらにへと潜り込んで来た。
 あーしが貸してくれた寮は、管理人の飯田さんによると都内ではかなりの格安アパートチック。
 なんと言ってもそのボロさと言えば、雨が降る度に天井が漏れるし。
 窓の戸がガタついて、風が中に入ってくるし、なんと言っても
 水道や電気が時々止まると言うのがもう…。

 「高橋さん」
83 名前:コルク 投稿日:2006/03/28(火) 19:20


 モゾリと身体を動かして、さゆはあーしの身体に引っ付いてきた。
 両腕を腰に回して、まるで木にしがみ付いてる感じ。

 「どーしたん、さゆ」
 「高橋さんは…手を繋いだ事はありますか?」

 なんとも唐突な質問。
 何を言うのかと思い強張っていた身体があっけなく緩んだ。
 
 「まぁ、麻琴とかガキさんとか…何度かあるやよ」
 「あったかいですか?」
 「そうやねぇ…麻琴はなんだか、柔らかくてあったかくて…とても安心出来るかな」

 麻琴があーしに向かって初めてしてくれたのが、握手。
 まるで犬の様な満面の笑顔で、まさにお手をねだっている様なそんな感じに見えて。
84 名前:第一部「矛盾」 投稿日:2006/03/28(火) 19:21

 "ぷ…ふはぁはははは!!"
 "ふぇっ?あ、あの高橋さん?"

 あの困惑した表情がまた堪らなくて、あーしは紺ちゃんやガキさんが目を点とさせている
 のを他所に、ずっと笑い転げていた。
 今思えば…かなり恥ずかしい事やったなぁ。
 屋上で4人や無かったら絶対学校中の笑い者になってたし。

 それで数分くらい大笑いして、喉をヒクヒク鳴らしながら握手を交わした。
 麻琴はキョトンとしながらもニカッとした笑顔を見せた。

 "高橋さんって面白い人だねぇ"

 アハハハハと、麻琴と一緒に笑ってた。 

 その時に感じた暖かさは、今でも忘れられない。
 あんなに優しい人の手を触ったのは、いつ振りだっただろう。
85 名前:第一部「矛盾」 投稿日:2006/03/28(火) 19:21

 
 「安心…それが…普通の人が思う事ですよね」
 「やけど、個人差はあると思うし、あーしが勝手にそう思っとるだけやよ」
 「でも…そう人に思わせる事なんて…一つの魔法だと思いません?」

 「なんだか…羨ましいです」

 さゆはあーしの胸に頭を擦り付けて、しがみ付く腕の力が一瞬強まった。
 あぁ…そっか。

 「でも、さゆだってスゴイあったかいやよ?」
 
 自分には何の力も備わってない。
 ただ亀のついでとしか周りは見てくれない。
 村ではホント、そんな影で吐かれる暴言を、さゆは見ぬ振りしていた。
 
 それは…その姿を見れば誰でも分かるほどに…。
86 名前:第一部「矛盾」 投稿日:2006/03/28(火) 19:22

 「わたしは…」
 「ほら、あーしの手と比べてみ?」

 布団の中であーしは手探りでさゆの手を見つけると、それを手で包んだ。
 あーしよりもちょっと大きめなさゆの手。
 ちょっとなんだか…麻琴に似てると思った。

 「さゆには、さゆの力が絶対に備わってる、人は平等に作られたんやから」
 「わたしの…力?」
 「今は分からんやろうけど、いつか必ず、自分の力を知る時が来るから」

 "力と言うのは身体を持つ前から存在するもの。
 所謂"魂"という塊の中で息づき、肉体を波長の合う構造へと組み替える。
 もし引き出したいと思うのなら、自分自身という器を知り、それを受け入れなくてはいけない。
 
 迷いを抱くな、それはオマエ自身の"魂"と同等の力なのだから…。"

 自分の使命と共に教えられた能力の存在。
 それを完全に受け入れた訳じゃないけど…きっとその力が必要になる時が来る。
 近い将来、必ず…。

87 名前:第一部「矛盾」 投稿日:2006/03/28(火) 19:23

 「…本当にあるんですか?」
 「ん?」
 「わたしは…小さい頃から絵里と比べられてきました」
 「うん」
 「絵里は…私にとってはお姉ちゃんで…いつまでも一緒に居ようねって…そう約束し続けてました」
 「…知っとるよ、ほんの些細な事でだって、さゆは絵里を大切にしてたやん」
 「…違うんです」

 さゆの声が小さくなっていく。
 密着してて、身体の振動がすぐ分かった。
 ズズッと、鼻を啜る音さえも聞えて…。

 「わたし…絵里を恨んでます」
 「…」
 「でも…凄く大好きで、でも…凄く許せなくて…」
 「…さゆ」
 「わたしはわたしで、絵里は絵里、でもいつも一緒に居て、いつも絵里が優秀だった。
 同じ人間なのに…平等な筈なのに…」

 痛みを共有し、"命"を共にした姉妹。
 でも、あーしに出来ることなんて高が知れてる。
 だからあーしは…。

88 名前:第一部「矛盾」 投稿日:2006/03/28(火) 19:23

 「つまり…さゆはどうしたいの?」
 「わた…し?」

 埋めていた顔を出して、真っ赤になった目を上目遣いにあーしの目と合わせた。
 まだ流れる透明の水を指で掬って、一口舐める。 

 「亀に何もかも奪われて、さゆは結果的にどうしたいの?」

 あーしの使命は…亀とさゆをあの村へと帰らせるまでの護衛。
 学校も、この二人が帰ってくれば宗家の人間が退学届けを出すだろう。

 それに…さゆの意思で来てくれなければいけないのだ。
 
 
 迷うな、そして決めろ。
 "道重さゆみ"としての意思で、何をしたいかを。


89 名前:第一部「矛盾」 投稿日:2006/03/28(火) 19:24





 

 「わたしは…絵里を…殺したい」






90 名前:第一部「矛盾」 投稿日:2006/03/28(火) 19:24


  …これで、あーしの使命が一つ減った。
 
 

 「なら、明日は早く起きる為に寝るやよ」
 
 あーしはさゆの額に唇を落とし、今度はさゆにしがみ付く。
 さゆは遠慮気味に腕を伸ばし、あーしを包んだ。
 
 暖かくも冷たく、その温度があーしには丁度良いものだった。
 ずっと手にしたかった温もり…。
 でもどこか…麻琴とは違う温もり…。

 闇の中で一体となるあーし達は、まるで闇に縛られている屍の様だった。
91 名前:第一部「矛盾」 投稿日:2006/03/28(火) 19:25




 〜第一部「矛盾」 完
92 名前:コルク 投稿日:2006/03/28(火) 19:28
これで第一部終了です。

初め自分の名前で書き込んでいた事を
お詫び申し上げます。

第二部からはあの方がちょこちょこ出てきます。
最近大分大人っぽさが際立ってきたので、
一体どうやって書いていこうか悩みます(笑
93 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/29(水) 00:18
第一部お疲れ様です。読むたびに惹きこまれています。
>>83-85の回想してる辺りが凄く好きです。
第二部も楽しみにしています。まったりがんばってくださいね。
94 名前:コルク 投稿日:2006/03/31(金) 04:50
申し訳ありません。
ミスで高橋さん視点の前にもう一方入れるのを
忘れていました(滝汗
その方を入れてから第二部にへと入ります。

>名無飼育さん様
有難うございます。
回想をどう入れていくのかがちょっと難しくて、
そう言って頂けると嬉しい事この上ないです。
今後もよろしくお願いします。
95 名前:第一部「矛盾」 投稿日:2006/03/31(金) 04:52


――――――――*

96 名前:第一部「矛盾」 投稿日:2006/03/31(金) 04:53

 絵里視点

 あと24時間、この時間が過ぎてしまえば私はあの家へと帰る。
 
 純白の天井は今では闇に飲まれてしまって、ドアから差し込む非常灯の光だけが
 空間の唯一の視界を広げるものだった。
 そんな中で、私は考える。

 私は透視能力を持っている。
 万物を見れる神眼や予知の能力は無いけど、人の心を読み取る力がある。
 この病院に居ると、たくさんの感情が渦巻いていた。

 最近は特定の人の心が読める様になったし、対して身体に負担を掛ける事は無くなった。
 でも…やはり人の心は幾つかの感情で作られている為、
 それを全部解くというのは並みの人間では難しい。
97 名前:第一部「矛盾」 投稿日:2006/03/31(金) 04:54

 それと同時に、私は霊能力も持っている。
 "ありえない存在"の気配や姿も、その気になれば全てが分かってしまう。
 つまり透視と霊力をかねそろえた私は、その存在の上に居る存在…と言った所だろう。

 でも決して取り憑かれたりはしない。
 それは私もその存在と同様…もう"人間"という種から掛け離れているから。
 確かに弱い所を憑かれれば、私でもちょっとマズイかもしれないけど。

 「でももう…私は」

 あの日、私はもう覚悟を決めたのだ。
 私という存在を消滅させれば、それでよかったのだ…。
 
 そしてさゆと一つになれば…私は幸せだった。
 だからもう…いい。
 神様が私の消滅を止めようというなら…私は…。

98 名前:第一部「矛盾」 投稿日:2006/03/31(金) 04:54


 "あの子達は神の子供なのだ"
99 名前:第一部「矛盾」 投稿日:2006/03/31(金) 04:54

 ドクン…

 
 
 "村を救う為にも"
 "この世界の為にも"
 "そして、人の為にも…"

 透視能力で聞いたり見たものは、全てが自分の記憶、記録として残る。
 それは発動時でしか再生されないけど、殆どの事は絶対記憶として保存されてしまう。
 制御できなかったら、今みたいに無意識のうちに使ってしまう事もある。

 両眼の上に腕を乗せて、視界を自分から遮断する。 
 この使い方を教えてくれた人は…多分まだあの村に居ると思う。
 全てを知ってしまい、発狂寸前にまでなった私を助けてくれた。


 でも、さゆの心もハッキリと知らせるこの眼を私は恨んだ。
 それと同時に、私の痛みもさゆに伝わってしまう。
 
100 名前:第一部「矛盾」 投稿日:2006/03/31(金) 04:55

 「なんて力を持っちゃったんだろ」

 さゆには辛い思いをさせてあげたくない。
 逆に、私は知ってほしいとさえ思っている。
 
 矛盾。
 さゆもこうして…辛い思いをしていたのだろうか。
 自分の矛盾に耐え続けているんだろうか。

 一昨日のあの日から、さゆは来なくなってしまった。
 仕方が無いとは思う。
 そう私がしたんだし、今更もう無理だ。

 だってあの家に帰れば…さゆにもっと辛いことをさせてしまう。
 私がこの街に来たのも、それを防ぐ為にしたその場限りのもの。
 
 本当は家に帰りたくない。 
 本当はあの日に全て終らせていたのに…。
101 名前:第一部「矛盾」 投稿日:2006/03/31(金) 04:55



 闇の中では、私の声に反応してくれるものは居ない。
 ただ自身の混沌と恐怖が渦巻いているだけ。
 
 矛盾の塊の中で、私は闇の中へと吸い込まれていった。
102 名前:*第二部「困惑」 投稿日:2006/03/31(金) 04:56


 *第二部「困惑」

103 名前:*第二部「困惑」 投稿日:2006/03/31(金) 04:57

 あさ美視点

 
 ガタガタとまだ舗装されてない道を車で走って約30分。
 その前は飛行機で数時間で、隣に座るまこっちゃんやガキさんは
 お疲れの表情を浮かべていた。

 私というと、北海道の田舎がこんな感じだったから、あんまりダメージは無いみたい。
 もう殆ど覚えてないけど…。

 「三人共大丈夫?」
 「なんとか…」
 「まさかここまで…うっ!」
 「あぁ!まこっちゃん袋袋!」

 ワゴン車の一番後ろに私達三人と、その前にはシゲさんと愛ちゃん、
 そして助手席に亀ちゃんが居て、運転席には迎えに来てくれたおじさん。
 おじさんは妙に無愛想で、私達を乗せる時も挨拶さえ交わしてくれなかった。

 愛ちゃんが言うには、子供が苦手らしいけど…。
104 名前:*第二部「困惑」 投稿日:2006/03/31(金) 04:57

 「もうちょっとで着くし、麻琴ファイト〜」
 「お、お〜…」

 愛ちゃんも慣れているのか、青ざめるまこっちゃんを応援している。
 それにしても、愛ちゃんこんな所に住んでたんだ。

 「ここって随分山奥だよねぇ」
 「まぁ結構市内からは離れてるからな」
 「小学校とかどうしてたの?」
 「あーし、小学校は通ってへんやよ」 
 「「「え!?」」」
 
 初めての事実。
 そういえば朝比奈女子学園はエスカレーター方式で、中学から愛ちゃんは編入してきた。
 でも私もそれは同じで、中学から入ってくる人は珍しかったし、
 まこっちゃん達とは何かの縁なのか、気付いた時には愛ちゃんはまこっちゃんと一緒に居た。
 
105 名前:*第二部「困惑」 投稿日:2006/03/31(金) 04:58

 「まぁあーしの所は学業とかあんまり重視してへんしな」
 「いいなぁ、そんな所に生まれたかったよ」
 「そうだね」

 愛ちゃんはまこっちゃんとガキさんに苦笑いで返しながらも、
 どこか…そう、悲しそうだった。
 
 
 
 愛ちゃんは一昨日、高校を卒業した。
 本当は去年の筈だったけど、愛ちゃんは一年留年したのだ。
 朝比奈学園で2人目の特例。
 ガキさんも部活の研究でか、私達と同じ学級になってるし、私達の学校はちょっとおかしい。

 まぁ…私も似た様なものだけど…。
106 名前:*第二部「困惑」 投稿日:2006/03/31(金) 04:59


 「あさ美ちゃん、おーい、またかぼちゃの夢でも見てんの?」
 「ふぇっ!?あ、な、なに?」

 タオルで口を押さえながらまこっちゃんが手をヒラヒラさせていた。
 またどこか飛んでいたらしい。

 「あさ美ちゃんはどこか抜けてるからねぇ」 
 「最近は大人っぽくなったって関心してたのに」
 「うぅ…ごめんなさい」

 アハハハハと、真っ青のまこっちゃんとガキさんは笑って、
 愛ちゃんも堪えながらも肩を震わせて笑っている。
 この人たちは本当に…。

 
 「高橋さん」
107 名前:*第二部「困惑」 投稿日:2006/03/31(金) 04:59

 クイクイと、隣に座っていたシゲさんが袖を引っ張り、目の前を指でさした。
 その時、何か祠の様なものが見えて、私は窓からそれを見た。

 
 ザワリ…

 
 一瞬、私の背中に悪寒が走って、景色がグニャリと曲がった様に感じた。
 吐き気に襲われるも、耳元で小さく、何かが弾く音が聞えた。
 高く、キーンと小さな反響が、まるでその祠から聞える様に…。

108 名前:*第二部「困惑」 投稿日:2006/03/31(金) 04:59


 チリーン…――――――

109 名前:*第二部「困惑」 投稿日:2006/03/31(金) 05:00

 それは…どこにでもありそうな鈴の音。
 でも次には悪寒も収まってて、気のせいだと思って考えなかった。
 その祠に続く道から、その音が聞えていた事にも気付かずに…。

 「あっ、もしかしてあれ?」
 
 ガキさんがそう言って、私とまこっちゃんもその先を見る。
 大きな大木を通り過ぎると、そこには今では少なくなった古い屋敷。
 武家屋敷というか…神社の様な建物がどっしりと建てられていて、
 その前には一人の女性が立っていた。

 ガタガタと車は揺れ、私達はそこに見える山村、「月詠村」にへと足を踏み入れた。
110 名前:コルク 投稿日:2006/03/31(金) 05:02
ここで一端終了します。
ようやく100レスに行く事が出来ました。
しかし、まだまだ先は長いようですね(汗

気長に読んで頂ければ幸いです。
なんとかドロドロした感じに仕上げていきますので(笑
111 名前:第二部「困惑」 投稿日:2006/04/01(土) 03:09


――――――――*

112 名前:第二部「困惑」 投稿日:2006/04/01(土) 03:10

絵里視点

 

ついに来てしまった。
 
 私の部屋は何も変わらずに何も無くて、小さな机とタンスが左右に置かれていた。
 一間十畳もあるこの屋敷は、全く何の変化も見せないでいた。
 あるといえば、窓の外に見える大きな桜の木に、ピンク色の花びら舞っている事ぐらいだろうか。

 大分冬景色が無くなって、春の心地よさが肌に感じる頃なのに。
 まるで此処は、春夏秋冬を無視しているようだった。
 風物詩はあるものの、それを祝う人は全くといって良いほど居ない。

 「絵里」

 襖が開いて、薄ピンクの着物を纏ったさゆが顔を出した。
 桜の模様が入っていて、帯にも小さな花びらが幾つか縫われていた。
 新品だから凄く綺麗で、さゆには良く似合っている。
113 名前:第二部「困惑」 投稿日:2006/04/01(土) 03:10

 「髪、結んでほしいの」
 「…いいよ」

 黒ゴムを二つ差し出して、それを受け取った。
 ちょこんとさゆは前に座って、私は黒髪にソッと手を流してみる。
 一本一本がまるで琴の糸の様に繊細で、フワッといい匂いがした。
 キラキラと輝いてて、まるで和風人形の様な長髪。

 机の上に置いておいた手櫛で髪を研いで、片方の先端を両手で掴み編み始める。
 最近はさゆが一人でやる様にもして筈だけど…。

 「さゆ、着物似合ってるね」
 「絵里の方こそ…凄く似合ってる」

 私もさゆと似て、ピンクの着物を纏っている。
 これも新品で、正直着るのも勿体無いほど高いと思う。
 あんまり慣れてなくて変な感じだけど、さゆにそう言われると嬉しくなる。
 
114 名前:第二部「困惑」 投稿日:2006/04/01(土) 03:11

 「私なんて…髪がこれだし、あんまり格好つかないよ」
 「…誰も気にしないよ」

 さゆの表情は見えないから分からないし、近くに居る時は力は使わない様にしている。
 だから気付かなかった、さゆの心の底が…。

 「ねぇ…さゆ」
 「ん?」
 「…ごめん」

 片方が出来て、私は一端止めた。
 頭を下げて、4日前の事を謝った。
 今更だけど、さゆには私との繋がりを消してほしかった。
 
 だから、あんな行動を取ったんだ。
 でも…。

 「久住小春ちゃんって言って、安倍さんに頼まれて子が居て…」
 「…」
 「その子、小さい頃からずっと病院生活を送ってて」
 「…」
 「屋上で話しするだけでもその子、凄く喜んでくれてて…だから」
 「…」
 「…さゆ?」

 ゆっくりと頭を上げて、さゆの後頭部を見つめた。
 反応が無い。
 車に乗っている時から、さゆはどこかおかしかった。

115 名前:第二部「困惑」 投稿日:2006/04/01(土) 03:12



「さ…「なんだ、そんな事?」


116 名前:第二部「困惑」 投稿日:2006/04/01(土) 03:12


 一瞬、さゆの声が遠く聞えた。
 それでも、次には何も変わって無くて、私は息が詰まるようだった。

 振り返ったさゆの笑顔が、私には何か違うような気がしたから。
 それでも、私は能力を何とか押し留めて、さゆの笑顔を見つめる。

 「絵里はなんでも深く考え過ぎるよねぇ」
 「ご、ごめんね」
 「ううん、良いの、絵里の事は誰よりも知ってるから」

 さゆはニッコリと笑顔を深めて、また前に視線を戻した。
 深く考える…確かにそうかもしれない。
 ここまで来れば…もう何も考えなくて良いのかもしれない。

 片方も結ぼうとして、編んでからゴムで髪を束ねようとした。
 
 「あっ…」
117 名前:第二部「困惑」 投稿日:2006/04/01(土) 03:13

 その瞬間…頑丈な筈のゴムがブツリと切れた。
 ハラッと畳の上に落ち、それがまるで黒蝶に見えた。
 闇に堕ちてしまった…蝶に…。

 「絵里?」
 「あっ、ごめん…ゴムが切れちゃった」
 「…本当だ、ちょっと古かったのかもしれない。もういいよ、そのままでいるから」
 
 片方のゴムをさゆは取ると、立ち上がって襖から出て行こうとする。
 その時、ピタリと足を止めて、言った。

 「ねぇ…絵里、私がもし…」
 「…ぇ」

 最後の方が聞えなくて、聞き返そうとしたら早足で出て行ってしまった。
 千切れてしまった片割れだけを残して…。
118 名前:コルク 投稿日:2006/04/01(土) 03:15
更新はここまでにします。
ちょっと短いですね(滝汗

また明日更新できればしたいと思います。
最近少し忙しくなってきたので、申し訳ないです。
119 名前:第二部「困惑」 投稿日:2006/04/01(土) 21:25


 +++++*+++++

120 名前:第二部「困惑」 投稿日:2006/04/01(土) 21:26

 さゆみ視点

 
 "お姉ちゃん!待ってよ!"
 "さゆ、ほら、こっちこっち"

 手を伸ばせば、いつだって目の前には優しくて暖かい手があった。
 いつだって、一緒に居た人が居た。

 でも…。

 "…ごめん"

 目の前には何も居なくて、何も無くて…一人という現実だけが辺りを包み込んでた。
 それでも、それを受け入れてわたしは別々の道を歩もうとしてた。
 それで良いと…思ってたはずなのに…。

 "お姉ちゃん?お姉ちゃん!"

 一人だと本当に実感した時のあの孤独感が、これほど辛いものだったなんて…。
 絵里はわたしと居ると凄く愛しく思える。
 でもそれでもいつも目上から見下ろされているようで、恨む気持ちが膨らむ。
121 名前:第二部「困惑」 投稿日:2006/04/01(土) 21:27

 わたしにはもう居場所が無い。
 絶対的な居場所を自分自身で失ってしまったから。
 
 
 "さゆ…自由って何なのかな?"

 昔絵里から質問されて、わたしは突然でどう答えればいいのか分からなかった。
 
 "どうしたの?急に"
 "自由って、凄く良い言葉だと思うんだよね、でも…"

 絵里は言葉を考えながら、一瞬止めて言った。
 いつも遊んでいたあの森の中で、鳥たちが、風が、水が、まるで神秘的な
 空間を作っていた。

 
 "人は自由になって、何がしたかったのかな?"
 
 
122 名前:第二部「困惑」 投稿日:2006/04/01(土) 21:27

 その時の絵里の眼には、耳には…何が映っていたのか、何が聞えていたのか分からない。
 だけど、その時の眼は水が反射していたのか、透き通る様な…見透かすような水色の瞳を輝かせていた。
 その眼に、わたしは見とれていた。
 
 姉がこの世で最も美しいモノに思えて、凄く憧れた。


 …そんな気持ちが無くなってしまったのは、いつのことだろう…。

 突発的な事は無かった筈、何かきっかけがあったのかもあまり覚えが無い。
 でも…わたしは何かがあって絵里を憎んでいた。
 
 力がある事、才能がある事、尊敬されていた事、わたしはそのついでだった事…。

 
 なんだろう…今考えると、いまいちピンと来ない。
 わたしは…一体…。


123 名前:第二部「困惑」 投稿日:2006/04/01(土) 21:28

 「…ゆ…さゆ…さゆ!?」
 「はっ、はいぃ!?」

 耳の近くで大声を出されたから、ビクリと肩が弾んだのを感じた。 
 隣を見ると、新垣さんが首を傾げて心配そうに言った。

 「大丈夫?もしかして寝てた?」
 「い、いえ、大丈夫です」
 「それならいいけど…」

 周りを目だけ見渡すと、そこは大広間で、この家ではよく集会などで使われる場所。
 そしてわたしの他に右に一直線で新垣さん、小川さん、高橋さん、紺野さん。
 4人共もわたし達と同じく、多色多彩な着物を纏っている。
 そして左に絵里、後藤さんと、どうやら歓迎会の真っ最中の様だった。

 後藤さんはさっきお酒を勧めながら自己紹介をしてて、
 高橋さんに怒られて渋々こちらに移動してきた。
 後藤真希さんの能天気さはこの村でも右に出る人は居ないからなぁ…。
124 名前:第二部「困惑」 投稿日:2006/04/01(土) 21:28

 「んぁ〜そこのお二人さん、飲んでるかぁ」
 「うわっ、後藤さん、お酒臭い…」

 後藤さんも一応朝比奈女子学園を卒業していて、一応学は持っている。
 だから高橋さん達にとっては先輩で、多分校内では会ってるんじゃないだろうか。
 さっきもなんだか懐かしい感じで絡んで行ったし。

 「亀井達も久しぶりだねぇ〜、お腹は大丈夫?」
 「あっ、はい…もう痛くないですし」 
 「そっかそっかぁ〜それを聞いておばちゃんも安心だよぉ〜」

 完全に出来上がっているのか、見た目よりは後藤さんはお酒に弱いのかな。
 ケラケラと頬を赤らめながら笑って、もしかして笑い上戸?
 
 「そういえば…奥方様には会ったの?」
 「こっちに着いた時にお会いしたじゃないですか、後藤さん覚えてないんですか?」
 「んぁ?そうだっけぇ〜?」
 
125 名前:第二部「困惑」 投稿日:2006/04/01(土) 21:29

 これはもうダメかな…。

 お猪口をクイッと呷ると、真ん中でドンチャン騒ぎになっていた集団へと入り込んでいってしまった。
 ケラケラと笑いながら…。

 「後藤さんってあんな人だったんだねぇ」

 隣で新垣さんが言って、それに小川さんが答える。
 
 「学校ではこう…ちょっとクールな人だと思ってたけど」
 「そういえばあの…確か恋人が居るっていう噂もあったよね」
 「まぁ…後藤さんの事はあんまり聞かんといて、あーしも良く分からんし」
 「「「へっ?」」」

 また数時間前のハモリが聞えた。
 わたしもちょっと被りそうになったけど、なんとかズラす事に成功。
 高橋さんは左右から注目されていて、目を大きく開いてはきょとんとなっている。
126 名前:第二部「困惑」 投稿日:2006/04/01(土) 21:30

 「だって、後藤さんと愛ちゃんって姉妹なんでしょ?」
 「それに連絡も取り合ってたって」
 「後藤さんとは血は繋がってへんよ、義理やよ」
 「えっ?そうなの?確かにちょっと愛ちゃんの方が大人かも…」
 「でも妙に似てない?あのケラケラ笑ってるところとか」 
 「麻琴、それはどういうことや?」

 まさにケラケラと口から言葉が出てくる様な小川さんの笑顔に、ギラリと目を光らせて言い寄る高橋さん。 
 しまったという感じで口を手で塞ぐもすでに遅し、ポキポキと指を鳴らし、
 目は完全にロックオン。

 「麻琴ぉ〜!!」
 「ご、ごめんなさ〜い!」

 まるで夫婦喧嘩の如く、中心の集団の中へと入りこんでしまった。
 なんだか高橋さんと小川さんって…。
127 名前:第二部「困惑」 投稿日:2006/04/01(土) 21:30

 「あの二人って、結構良さげなんだよねぇ」

 隣で新垣さんがお茶を含みながらふと漏らした。
 まるで見守っている様なそんなイメージを浮かべらせる柔らかい表情で。

 「あの二人ってさ、初めて会った時から良い感じだったんだよねぇ」
 「小川さんって中学時代から変わってないんですよね」
 「うん、なんかもう何でもドンとコ〜イ!!みたいだったし、結構近寄りやすい人柄なんだよねぇ」
 「良い人望に恵まれたって事ですかね」
 「あ〜でも紺ちゃんと食べ物の話しになるとちょっと困るけどね」

 チラリと、カボチャの煮つけで幸せそうな表情を浮かべる隣の隣に居る本人を見る。
 確かにちょっと分かるような気がします…。

 「んぁ?カボチャ好き?」
 「んぐっ!?」
128 名前:第二部「困惑」 投稿日:2006/04/01(土) 21:31

 後藤さんがいつの間にか目の前でちょこんと体育座りで居たから、
 紺野さんはなんとも良いリアクションを取っている。
 カボチャは手に死守しながら。

 「ん…んぐ…っ」
 「あっ、ほらほらお茶、そこまで驚かなくても良いのにぃ」

 さっきので喉に詰まったのか、胸の上を叩きながら、
 差し出されたお茶で気管の中を綺麗にお掃除。
 なんとか流れていったのか、紺野さんは顔を真っ赤にさせて俯いてしまった。

 「それ、あたしが作ったんだぁ〜どうだった?」

 まだ酔いが醒めていないのか、ヒックと喉を鳴らして頬をさっきよりも赤らめている。
 身体を動かした所為で一気に回ったのかもしれない。
 
 「は、はい、凄く美味しかったです」
 「ホント?もしよかったら明日教えてあげよっか」
 「は、はい…」
129 名前:第二部「困惑」 投稿日:2006/04/01(土) 21:31
 
 後藤さんに見事落ちちゃった紺野さん。
 新垣さんによれば、受身の紺野さんが断れる確率は10%以下らしい。

 「じゃあ明日迎えに来るね」

 そう言って後藤さんは紺野さんの頭をクシャクシャと撫でて、外へと出て行った。

 後藤さんって、ここまで友好関係良いほうだったかな。
 お酒の力も借りてるからかもしれないけど、自分で誘うなんて事してたかな…。

 「紺ちゃん落とされちゃったねぇ」
 「えっ?何々?」
 「あさ美ちゃん、顔赤いやよ?」

 ちょっと服が伸びて髪がグチャグチャの小川さんと、どこから持ってきたのかお酒の一升瓶
 を片手で持つ高橋さんが戻ってきて、新垣さんに事情を聞いている。
 紺野さんはソレを阻止しようとしてたけど、やっぱり行動が遅く。

 ニタリと笑う三人に言い寄られてアタフタと焦る焦る、でもなんだか…妙に羨ましかった。
 
130 名前:第二部「困惑」 投稿日:2006/04/01(土) 21:32

 あんな風に分かり合える友人が居て…
 どんな時でも傍に居てくれて…
 
 
 チラリと、左に居る姉の姿を見やる。
 っと、フニャフニャに笑みを浮かべて一升瓶を片手にケラケラと笑う人が一人。

 「うへへへぇ〜」
 「ちょっ…絵里!?」

 ハッとして隣の人の事を思い出し、絵里の席にあるコップを見た。
 それには紛れも無くお茶が入っていて、原因はすぐに分かった。

 「飲むならちゃんと飲んで帰ってくださいよぉ…」

 ケラケラと笑う絵里を余所にわたしは頭を抱えた。
131 名前:コルク 投稿日:2006/04/01(土) 21:37
ここまでで更新終了します。

また調子も回復したので、また明日も頑張ります。

132 名前:第二部「困惑」 投稿日:2006/04/03(月) 01:32


――――――――*

133 名前:第二部「困惑」 投稿日:2006/04/03(月) 01:33

 愛視点


 "愛、今日からお前のお姉さんだ"
 "お…ねぇさん?"
 "これからずっと、一緒にやっていくんだぞ"

 
 "…後藤真希"
 "ぇ…"
 "あたし、あんたのお姉さんになってあげる"


 そう言われて早数年…後藤さんはあーしの義姉妹として成立してて、今日数年ぶりに再会を果たした。
 でも…どこか違うように見えたのは…時間が過ぎてしまった所為だろうか。
 茶色の長髪は変わっていなかったけど、前よりもギラギラとした眼じゃなくて、
 なんだか少し柔らかくなった様な感じを覚えた。

 「高橋さん、ごめんなさい」
 「ええよ、悪いんは後藤さんやから」
134 名前:第二部「困惑」 投稿日:2006/04/03(月) 01:33

 背中に人一人分を抱えて、あーしは廊下を歩いていた。
 自分よりも大きい人を担ぐのは初めてだったけど、後ろからさゆが支えてくれていた為、
 なんとか保てている状態。

 「それにしても後藤さん…全然変わって無かったですね」
 「まぁ、あんまり流されやすい人でもないし、自分のペースで行くからなぁ」

 ギシギシと板を軋ませながら、二階へと足を運ぶ。
 窓が開いている為、夜桜が月に照らされてなんだか幻想的だった。

 「…綺麗やねぇ」
 「そうですね…」

 「月詠村」と呼ばれる様になったのは、ここから見える月にはある力が宿っていると言われている。
 それはどんなものなのかハッキリとは分からないけど、
 この家にもその効力があるのか、絵里が透視能力を持ったというのがその証拠、
 と村人は信じている。
135 名前:第二部「困惑」 投稿日:2006/04/03(月) 01:34

 「…高橋さん知ってますか?」
 「ん?」

 窓から月光で桜吹雪がまるで雪の様に舞う風景を見ながら、 
 あーしはさゆに返答を送った。



 「…桜の下には、死体が埋まってるんですよね」

 
 ピタリ…

 足が無意識に止まった。
 ほんの数秒前には、その神秘的な光景に目を輝かせていた自分が、嘘の様に思えた。
 一気に背負う絵里の事を忘れてしまうほどに。

 「死体の血液で花びらがピンク色になってるんだって」
 「さ、さゆ…?」
 「もし、絵里をそこに埋めちゃえば…凄く綺麗な桜が咲くと思いません?」

 見えないけど、多分さゆは笑ってる。
 声からしても作り笑いでも泣き笑いでもない。
 
 明らかに、ソレを楽しんでる…。
136 名前:第二部「困惑」 投稿日:2006/04/03(月) 01:35

 「で、でもさゆ、アレは田んぼの豊作を祝っての桜やし、
 死体で咲かせてたらお米が変になるんや無いかなぁ」
 「あっ、そうですね、血が混じってたら嫌ですもんね」


 …あーしは、とんでもない事をしてしまったんかもしれん。
 今になってそう感じるも、ここまで来れば仕方が無い。
  
 それに、この日が決まった時からずっと後悔の嵐だった。
 迷いを抱くな。
 とにかく自分の役目を果たさないと…。

 襖を開けて、ぐっすりと眠ってしまった亀を下ろすと、
 羽織っていた着物を一枚脱がして、さゆが先に敷いておいた布団へと入れる。
 窓を開けて、花びらと一緒に涼しい風が入ってくる。

 「…ん…むにゃ…」
 「…寝てれば、普通の女の子なのになぁ」
 「…絵里は、寝ていた方が幸せなんじゃないでしょうかね」

 眠り姫、小さい頃の亀は、まさにそんな感じだった。
 さゆとは違い、亀は身体が弱く、遊ぶ事も出来なくて、
 ただ空を見上げているような印象が強い。
137 名前:第二部「困惑」 投稿日:2006/04/03(月) 01:36

 それで時々…どこかをジッと見つめながら、ウンウンと頷いている事もあって。

 "なにしとん?"
 "…マリのれんしゅうを見てあげてるの"
 "マリ?"

 稽古の途中だったから、あーしはランニングの途中で亀の家に立寄っただけ。
 様子を見に来たって言うのもあったけど、ちょっと道を変えてみたかったし。

 "ダレがやっとるん?"
 "あそこだよ、居るでしょ?"

 そう言って指をさして、あーしに教える亀だったけど、
 なんと言うか、そこにはただ木が立ってて、人の影も形も無い。

 "…おらんよ?"
 "よくみてよ…って、あれ?"

 ようやく気が付いたのか、その場所を見返して、あっけらかんとした声を出した。
 不思議そうに首を傾げて、隣から通り過ぎた小さな少女に笑顔を向けた。
138 名前:第二部「困惑」 投稿日:2006/04/03(月) 01:37

 "えり!キレイなおハナをみつけたの"
 "さゆ、あんまりとおいところにいっちゃダメだっていわれてたじゃない"
 "だって、えりにみせてあげたかったんだもん…"

 少し泣きじゃくるさゆを亀は焦っては宥めている。
 当時はさゆも今よりは幼くて、怒られては泣いているという印象が強かった。
 でも今は…。

 「…高橋さん?」
 
 ボウッとしてたのか、あーしはハッとして、隣に居るさゆへと視線を向ける。
 こんな事一度も無かったのに…。

 
 「な、何?」
 「わたし…言いましたよね?絵里を殺したいって」
139 名前:第二部「困惑」 投稿日:2006/04/03(月) 01:37

 ドキッとして、亀の方へと反射的に目が行くも、
 頬を赤らめて熟睡中なのを確認し、息を小さく吐いた。
 さゆが本人が目の前なのにその話を持ちかけてきたのも驚いたけど、
 その気丈な振る舞いが、息を呑むほど綺麗で、あーしは一瞬目を大きく見開いた。

 「あれに嘘はありません、それに、今この場で殺しても良いとおもってます」
 「なっ!?」
 「…冗談ですよ、高橋さんにも迷惑掛っちゃいますから」

 クスクスと、さゆはおかしげに笑う。
 本当に愉快そうに、口に手を添えて、クスクスと、何の非も無く笑う。

 「…高橋さん、わたし、今凄く楽しいんです」
 「たの…しい?」
 「この村に帰ってきて、わたし、なんだか今のわたしじゃないみたいなんです」
 「さ…ゆ…?」

 さゆの目はどこまでも闇で、光が無くて、凄く…吸い込まれそうなほど綺麗で。
 顔が近くなる。
 白い肌に月光が当たって、薄ピンクの着物は輝く宝石の様に美しい。
140 名前:第二部「困惑」 投稿日:2006/04/03(月) 01:38

 ギュッと、あーしは瞼を閉じた。
 こんな経験は薄いあーしには、無意識にしたのかもしれない。
 多分顔も真っ赤で、この一時だけ、さゆには敵わないとさえ思ってしまう。

 「…」
 「…ぷ」

 突然、目の前から小さく噴出し音が聞えた。
 ちらりと片目だけを開けて、ソレに視線を向ける。


 …その一瞬の隙に、あーしの口に柔らかいものが触れた。
 本当に触れるだけの…。

 「…絵里にはこれで、内緒にしておいてください」
 
 そう言って、さゆは早々と部屋から出て行った。
 あーしは固まってて、バクバクと鳴り止まない心臓に耳を傾けていた。

 サラサラと吹き荒れる桜吹雪が、まるであーしを連れ去ってしまった様に…。
141 名前:- 投稿日:2006/04/03(月) 01:39




142 名前:- 投稿日:2006/04/03(月) 01:39




143 名前:コルク 投稿日:2006/04/03(月) 01:41
更新をここまでにします。
まぁ結構道重さんが凄いことになってます(笑

まだまだ続きますが、お付き合いください。
また明日更新したいと思います。
144 名前:第二部「困惑」 投稿日:2006/04/03(月) 15:25


――――――――*

145 名前:第二部「困惑」 投稿日:2006/04/03(月) 15:26

 真希視点

 
 タタタと、着物をなびかせて走る彼女を見た後、あたしは月を眺めた。
 屋根の上からの景色は今現在あたしだけしか知らない。
 
 持ち出した一升瓶の中身をお猪口に入れ、チミチミと飲んでいくのがあたしの我流。
 昔は三人でこの場所に足を運んでいたけど…その二人は居ない。

 「ちょっと…こういう時は一人じゃ困るよねぇ…」

 笑い合える友人。
 あの4人を見た瞬間、その時の記憶がふと思い出してしまった。
 
 二人は本当のバカップルで、まぁ一人の方が異常に付きまとってるって感じだった。
 で、もう片方は顔は嫌そうにしてるんだけど、満更な感じじゃないって事は分かってた。
 本当に…珍しいくらいの熱々を見せられててさ、ちょっと寂しかったりもしたんだよ。
146 名前:第二部「困惑」 投稿日:2006/04/03(月) 15:26

 でも…学校に行ってあの人に出会ってからは、そんな姿もあんまり羨ましくは思わなくなった。
 だからかもしれない…あたしが覚悟を決められたのは…。

 
 「あのぉ〜」
 「んぁ?」

 真下にある部屋から、多分あたしに対しての言葉であろう声が聞えた。
 覗いてみると、そこには数時間前に話していたぷっくらホッペの女の子。
 えーと確か名前は…。

 「紺野…さん?」
 「あの、もしかして…後藤さん?」

 あら、何だ、この家で宿泊する事になったんだ。
 まぁ確かに村の外から来た人はここしか泊まれない様にしてるし、
 当然といえば当然か。
147 名前:第二部「困惑」 投稿日:2006/04/03(月) 15:27

 「どうしたの?あっ、もしかして起こしちゃった?」
 「い、いえ、月が綺麗だったもので見てたら声が聞えたもので」
 「んぁ、何だ、紺野さんもかぁ」

 紺野さんにちょっと一目置いているのは、
 ただあのカボチャを幸せそうに食べていたからじゃなくて。
 何か…違う気配が身体から浮き出ていたから…。

 紺野さんの家も高橋から少しだけ聞いてたけど、
 深くは分からないから、ちょっと興味を持った。
 ただ…それだけ。

 「あの…後藤さんどうやって…」
 「んぁ?ちょっとしたコツがあんの、紺野さんも来る?」
 「えっ、えぇ!?」

 ナイスリアクション。
 なんだか一人よりはマシかもしれないね。
148 名前:第二部「困惑」 投稿日:2006/04/03(月) 15:27

 「大丈夫だって、危なくなったら助けてあげるから」
 「あ、危なくなったらって…」
 「まぁ勇気もってさ、この柵を上りなよ」

 紺野さんは恐る恐るといった感じで、木で作られた柵の隅の方に足を乗せて、上に立つ。
 おっ、結構バランスあるんじゃないの?

 「それでこの小さな窪みに片足を乗っけて」
 「えと…こうですか?」

 ふむ、結構足鍛えられてるし、おっとりしてるけど結構武道派かも。

 「よっ、あとは手出して、引っ張るから」
 「は、はい」

 そういえば、こっちに人をあげるなんて事始めてかも。
 三人だけの居場所。
 でもあとの二人は…あたしを置いて行ってしまった。

 空気だけが辺りを包んでて、初めて一人が寂しいものなんだと実感した。
 そんな中、あたしはその空間へと人を招こうとしている。
149 名前:第二部「困惑」 投稿日:2006/04/03(月) 15:28

 「ん…」
 「頑張って、もうちょっとだから」

 繋がった手からはいつ振りかの人の温かさ。
 いつも竹刀とか、そういった無機質なものしか触ってこなかったから、 
 なんだか凄く気持ちが良い。

 しかも予想以上に軽くて、なんだか人を持ち上げていないような感覚。
 この子…一体。

 「ふはっ…や、やっと上れた」
 「お疲れぇ、飲む?」
 「け、結構です」

 繋がれていた手を離して、紺野さんはあたしの隣に並ぶように座った。
 石鹸の匂いがして、今入った後なのだと知る。

 「あの…後藤さん」
 「はいはい?」
 「愛ちゃんとは義姉妹って本当ですか?」
150 名前:第二部「困惑」 投稿日:2006/04/03(月) 15:28

 おっ、何か突然で直球な質問。
 意外にもハッキリしてるんだ。

 「まぁ、そうなるねぇ」
 「そう…ですか」
 「何?紺野さんってそういうの気になる方?」
 「い、いえ、ただ…あんまりその…」
 
 ちょっと遠慮気味に口を濁しながら、紺野さんは俯いてしまう。
 うむ、なんだか面白い子。 

 「なんだか…姉妹って感じがしないなって思いまして…」
 「ん〜まぁ特には」 
 「どうして…なんですか?」
 「やっぱり気になるほうなんだ」

 あっ、また俯いた。
 まぁ姉妹なんて形だけだし…別に今のままでも良いと思うんだけど。
 高橋だってそう了承してるし。
151 名前:第二部「困惑」 投稿日:2006/04/03(月) 15:29

 「あっ、あの…」
 「ん?」

 少しの沈黙の後、あたしがお猪口の中身を呷っていると、
 紺野さんが勢い良く顔を見上げた。
 ってか近いし。

 「あの、あの、愛ちゃんともっとお話してあげてください」
 「んぁ?」
 「愛ちゃん…なんだか悩んでるみたいで、私達じゃ役不足かもしれないんです。
  だから、後藤さんももっとお話を聞いてあげてください」

 正直言って、結構ズキリとなった。
 平然を装いながら結構余裕が無いかもしんない。

 「…」
「愛ちゃん、時々悲しそうって言うか、辛そうな顔をするんです、
 まこっちゃん、あっ、小川麻琴ちゃんが話しかけるとすぐにパッと笑顔になるですけど…」

 …やっぱり、辛いんだろうな。
 人柱が自分の所に居て、しかもそれが自分の友達。
 でも…。
152 名前:第二部「困惑」 投稿日:2006/04/03(月) 15:29

 「だから、あ、あの」

 それでも、必要になってしまうかもしれないんだ。
 霊力の高い姉妹は…もうこの村にはあの二人しか居ないんだから…。

 …まっつーと約束したんだから。

 一升瓶をお猪口に溢れるくらい注いで、それを一気に呷る。
 プハァーなんてオヤジ臭いけど、この時ばかりは勘弁してよね。

 「…紺野さん」
 「は、はい」
 「…分かってるよ」
 「ふぇ?」
 「全部分かってる、高橋が辛い理由も、紺野さんがお願いする事も」
 
 でも…あたしには…。

 「あたしには、そんな力は無いんだ」
 「そ、そんな事無いです、私、中学の時から後藤さんを…」
  
 ハッと気付いて、紺野さんは口を両手で塞いだ。
 顔を赤く染めて、また俯いて…。
 あはっ、まるで今のあたしみたいだ。
153 名前:第二部「困惑」 投稿日:2006/04/03(月) 15:29

 「…紺野さんは…どうして高橋と友達になってくれたの?」
 「…私は、最初にまこっちゃんと友達になりました、それで、まこっちゃんと同じ小学校だった
 里沙ちゃんと会って…」

 まこっちゃんは、いつも屋上で一人で居た愛ちゃんとよく何かを話していました。
 その時だけは愛ちゃんは笑顔で、なんだか…凄く和んでいたんです。
 それで、愛ちゃんが突然笑い出して…ビックリして…。
 でも…私達も笑って、皆で笑って…なんだか幸せだなぁって。

 「それで、愛ちゃんとも自然に話すようになって…へ、変でしょうか」
 「幸せ…か…」

 あたしも、あの二人が居ればどんな事でも出来ると思ってた。
 一心同体ってこんな感じなのかなぁ、とか。
 でも…本当にそうだったらあの二人の事…もっと分かってあげられたかな。
154 名前:第二部「困惑」 投稿日:2006/04/03(月) 15:30

 「高橋は…幸せそうだった?」
 「は、はい」
 「…そっか」

 あの儀の日から、高橋は心を閉ざす様になって…ずっと倒れるまで鍛錬を続けてた。
 それしか、高橋の心を安定させる事が出来なくて…方法も無かった。
 
 「…よかった」
 
 高橋を下の町に出して正解だったのか…
 それとも悪かったのか…。

 「あの、後藤さん?」
 「んぁ?」
 「そろそろ…寝ませんか?」

 そういって紺野さんが手をかざし、手首に付いている時計を見せた。 
 針が指す数字はとっくに深夜で、ちょっと肌寒くなって来ているらしい。
155 名前:第二部「困惑」 投稿日:2006/04/03(月) 15:30

 「紺野さん寒くない?」
 「あっ、はい…私なら全然」

 あたしは上に厚めで纏ってるけど、紺野さんは水色のパジャマだけ。
 とても大丈夫そうには見えないけど…震え一つ起こしていないのは事実。

 「んぁー、じゃあこれでお開きにしよっか」
 「はい」
 
 紺野さんは少し不器用そうに下へと降りると、あたしの方を向いた。
 
 「おやすみなさい」
 「おやすみ…紺野さん」
 「はい?」
 「また…お話しない?」
 「ふぇ!?」
 
 紺野さんは一気に頬を赤らめて、まるで小動物の様に見えた。
 やっぱり面白い子だ。
156 名前:第二部「困惑」 投稿日:2006/04/03(月) 15:31

 「あたし、夜になったらいつもここに居るから、話しかけてね」 
 「は、はい…」
 「それと、紺野さんじゃあなんだか硬いし、紺野で良いかな?」
 「え、あっ、はい…」

 これで何度目かの俯きで、紺野からあたしは立ち去った。
 その後、上を見た時の紺野の慌てようは凄かったね。

 本当は人柱との会話は極限控えろって言われていたけど…
 どうしてか、紺野とはもっともっと話がしたかった。
 一人になって初めて知った、人との暖かい空間。

 
 ダメな事は分かってる。
 でも、それでもあたしはこの灯火を消す事はしたくないと思った。
 
157 名前:- 投稿日:2006/04/03(月) 15:31


〜第二部「困惑」 完

158 名前:コルク 投稿日:2006/04/03(月) 15:33
第二部は早くも終了です(滝汗

第三部と入りますが、ここからいよいよ
本題へと入ってきます。
また深夜辺りにも更新したいと思います。
159 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/04/03(月) 21:03
更新&二部完結お疲れ様です
いよいよ本題に入るのですね…続きも楽しみにしています
160 名前:- 投稿日:2006/04/04(火) 02:02


 *第三部「痛覚」

161 名前:*第三部「痛覚」 投稿日:2006/04/04(火) 02:03


 麻琴視点

 
 "ねぇまこっちゃん"
 "何?"
 "まこっちゃんってさ、密かに愛ちゃん狙ってるんでしょ?"
 "ブッ…"
 "だってまこっちゃん、愛ちゃんと話してる時と私達とは全然違うし"
 "そ、そんな事無いって"
 "屋上でいたいけな女性が居て、男ならだれもがビビビッと感じちゃうシュツエーションよ?"
 "あたし男じゃないんですけどぉ…"
 "あっ、なら私が狙っちゃおうかなぁ"
"えっ!?ちょっ、里沙ちゃん?"
 "私も愛ちゃんの事良いなぁって思ってたし、この機会を逃したら勿体無くなくない?"
 "なんか言葉変じゃなくなくない?ってホントはそんな事思ってないんでしょ?"
 "あーじゃあ今から落として来るから、それで文句言わないでよね"
 "ちょっ、ちょっとダメダメ!!"
 
 
 …ほんの数週間前、屋上で皆の前でした会話。
 それが夢にまで出てくるなんてぇ…。
162 名前:*第三部「痛覚」 投稿日:2006/04/04(火) 02:03

 「うわっ、まこっちゃん、癖毛が立ってる」
 「おはよぉ」
 「アハハハハ!!ホントやよぉ!」
 「おは…」
 「うわぁ、本当にニワトリみたいになってる」
 「…」
 
 あたしの清々しい挨拶を無視して皆の第一声がこれ。
 
 シャコシャコと歯磨きをしながら歩き回る里沙ちゃん。
 髪を研ぎながら爆笑するのは愛ちゃん。
 どこから貰ってきたのか、お饅頭を口に含んでいる紺ちゃん。
 っていうかよく朝から食べれるね。

 「そういえばなんで愛ちゃんここに居るの?」
 「うわっ、麻琴が記憶喪失に?」
 「愛ちゃんの家ここだって昨日言ってたじゃん」
 「しかもここ洗面所だよ、大きいよねぇ」

 …あぁそっか、昨日愛ちゃんの家に遊びに来てたんだっけ。
 ボリボリと髪を掻きながら、あたしは洗面所に顔を浸そうとした。
 …洗面所が無い。
163 名前:*第三部「痛覚」 投稿日:2006/04/04(火) 02:04

 「あっ、麻琴、水はあっちやよ」
 
 へっ?あっち?
 
 「愛ちゃんの所って井戸なんだって」
 「へぇ、また古風だねぇ」
 
 えーーーーーーーー!!!
 心の中であたしは精一杯叫びながら、井戸の水をくみ上げて顔に浸した。
 
 いつの時代に井戸から水を汲んで顔に水分を潤している所があんの?
 しかもこの井戸下の方全然見えないし。
 落ちたらどうなるんだろう…痛そうだなぁ。

 そんな事を連呼しながら、あたしは声に出して言いたい衝動を抑える。
 あたし、ちょっとは成長したよね?ね?ね?ね?

 「麻琴ぉ、今からご飯やし、はよ来てなぁ」
 「あっ、うん、あさ美ちゃん、タオルちょうだい」
 「いいよ」
 「…まこっちゃん、欲張りだねぇ」

 顔の水分を取り終えると、里沙ちゃんが隣を横切った時にポツリと言った。
 ニヤリと笑うその横顔…新垣さん、君が悪女に見えるよ。

 里沙ちゃんはよくあたしに実験として色々飲ませたり、食べさせたりして、
 あたし何かしました??
164 名前:*第三部「痛覚」 投稿日:2006/04/04(火) 02:04

 「研究よ研究♪」
 
 
 としか言ってくれないし…あたしは実験ハムスターですか??
 いつか里沙ちゃんに仕返しをしようと考えるけど…全く思い浮かばないんだよねぇ。

 「麻琴?どうしたん?」
 「うぇっ?あっ、ううん、なんでもないよ。あっ、あさ美ちゃん、ありがとう」
 
 プッと笑う里沙ちゃん。
 小学の時はこんなんじゃなかったのになぁ…。
 環境で人は変わるってやつですか?

 そんな事を考えながら、漂う良い匂いに釣られて、あたしとあさ美ちゃんは
 二人を置いて走っていた。
165 名前:*第三部「痛覚」 投稿日:2006/04/04(火) 02:05


 ――――――――*

166 名前:*第三部「痛覚」 投稿日:2006/04/04(火) 02:05

 絵里視点

 
 "助けてくれ!!"

 誰かが叫んでいる

 "何事だ!!"

 けたたましい数の足音
 桜が風に流れてハラハラと零れ落ちる。
 
 "子供が…子供が…!!"

 私の家の庭で…誰かが叫んでる
 小さな何かを抱いて…

 "殺せぇ!!"

 えっ…まっ…

 "助けてくれ!!"
 "殺せぇ!!"

 や…めて…
167 名前:*第三部「痛覚」 投稿日:2006/04/04(火) 02:06

 "殺せぇ!!"

 お願い…

 スラリと、長い銀の刃が、宙を浮いて…
 その小さな何かに向けられていて…

 "殺せぇ!!"

 叫ぶ、叫ぶ、空間に、ただその声だけが…叫ぶ

 いや…やめて…お願い…

 銀が…刃が…桜の…花びらが…


 
 ……さゆ!!!

168 名前:*第三部「痛覚」 投稿日:2006/04/04(火) 02:06

 「やめてぇ!!!」

 ガバリと、私は飛び起きるようにして現実に帰ってきた。
 息が苦しい、肺に酸素を送ろうとして一瞬咽るも、それでも呼吸は止めない。
 ドクドクと…まるであの日の様な感覚が蘇る。
 
 ゾクリと…背筋に悪寒が襲った。
 死と生の狭間で私が見たもの…笑顔。

 さゆの…歪んだ表情。
 どこまでも純粋に、これほど辛い思いをしていた私に向けていた…笑顔。
 
 さゆに…私の痛みは伝わってはいなかったのだろうか。
 今思うと…あれは…。

 「絵里?」

 襖からさゆの声が聞こえ、心配そうにさゆは私に近寄って来た。
 乱れた私の髪を治そうとしたのか、フッと手を差し伸べる。

 でも私には…それを受け入れる余裕が一切無かった。
 
169 名前:*第三部「痛覚」 投稿日:2006/04/04(火) 02:07

 「やっ…」

 無意識だった。
 私は…初めてさゆを拒んだ。

 手を勢い良く払って、自分を両手で包んで、さゆを私は拒んだ…。
 さゆは、一瞬目を見開いたものの、一直線に口を引いて。

 「やっぱり…もう私はいらないのね」

 そう耳の隣で囁いた。
 ゾワゾワと、悪寒がまた蘇る。
 
 『ずっと…信じてたのに…』

 …一瞬、さゆの声じゃない声が聞えた。
 私は見上げてさゆを見るも、紛れも無くさゆだった。
 でも…私が知っているさゆでも無く、私は不意にこう言った。

 「あなたは…誰?」
 
 さゆは言った。
 純粋な笑顔で、光を灯らせない漆黒の瞳で。

 『…ワタシは』
170 名前:*第三部「痛覚」 投稿日:2006/04/04(火) 02:07

 頬にさゆが手を添えても、私は何も出来なかった。
 何も灯すことをしない、闇の様な眼に見とれていた。
 なにも考えることをしない、何も思わなくても良い世界…。

 『ワタシは…沙弓』
 「さ…ゆ」
 『ずっと一緒だって、約束したのに…』

 
 『…お姉ちゃんの所為なの』


 フッと、さゆの瞼が閉じて、身体が倒れた。
 私はハッとして、倒れかけていたさゆの身体を抱きとめた。
 
 「さゆ…さゆ!!」

 さゆは人形の様に重たくて…私は頬を撫でながらずっと呼びかけた。
 さゆからの痛みが殆ど無い。
 まるで…壁がある様な違和感。
171 名前:*第三部「痛覚」 投稿日:2006/04/04(火) 02:08

 「さゆぅ…起きてよ…ねぇ」
 「…ん…んん…」

 さゆは目を開けた。
 瞳の色も普通になってて、私が知っているさゆだった。
 
 ポロポロと水が、私の目から零れた。
 これは自分のモノか良く分からない。
 でも多分…私のだと思う。

 「よかった…さゆぅ…」
 「絵里…」

 ギュッと、私はさゆを抱いて小さく泣いた。
 暖かい、凄く暖かい温もりが、私に伝わってきた。

 っと…。
172 名前:*第三部「痛覚」 投稿日:2006/04/04(火) 02:08

 「お〜い、もう朝や…」

 襖が開いて、私とさゆはそっちに目を向けた。
 桜の良い匂いと、暖かい風が部屋に入ってきた。
 そこには、ちゃんと着替えて珍しく髪を結んだ女性が立っていた。

 「たっ…」

 名前を言おうとした途端、私の懐から強い衝動が銜えられた。
 後ろに押され、腕の力で身体を支えるような体勢になって、それから…。



 「…さ…ゆ」
 「…行きましょう、高橋さん」

 
173 名前:*第三部「痛覚」 投稿日:2006/04/04(火) 02:08

 襖は開いたまま…私は、一人だけ残された。
 自分の胸に居たものは無く、両腕にはただ空気だけが掴まれていた。
 空虚で…孤独で…ただそれだけが私を包んでた。

 「さ…ゆぅ…」

 自分の中に入れまいと両腕で自分を抑えても、何の効果も無い。
 ただそれをしていくうちに空しさだけが残る。
 温かみも、優しさももうこの中には無い。

 私は…間違ってたのだろうか。

 あの日から、あの"赤い蝶"を結んだ時から、
 私達は何かとんでもない事をしたのかもしれない。
 痛みを共有した時から…私には…ただ孤独しか無かった。

 ねぇ、私は…。
174 名前:*第三部「痛覚」 投稿日:2006/04/04(火) 02:09

 「私は…どうすればいいの?」

 居ない、何も、何処にも、場所が無い。
 助けて、怖い、怖い、怖い、怖い…。

 助けて…助けて…。

 何も無い、ただ、闇がある。
 闇の中で、光を差し伸べてもあるわけない。
 それでも…私は…光が見えた。

 さゆ、私の妹が…いつも目の前に…。

 「うっぅぅ…っぐ…」

 止めどう無く流れてくる。
 水、透き通った水が、頬にシタシタと雨の様に。
 そう…まるで…あの時の…。

 「うぁぁぁぁぁぁぁっ…」

 寂しい。
 苦しい。
 辛い。
 ねぇ、私は…いつまで…。
175 名前:*第三部「痛覚」 投稿日:2006/04/04(火) 02:10


 早く…。
 早く…。
 もう良いから…早く私を…。



 
 
 私を…殺して…。





176 名前:コルク 投稿日:2006/04/04(火) 02:14


川*’ー’)<隠すやよー

177 名前:コルク 投稿日:2006/04/04(火) 02:14


从*・ 。.・)<隠すの
178 名前:コルク 投稿日:2006/04/04(火) 02:16
ここまでにします。
さぁて、これからどうして行きましょうか(爆撃
明日も頑張っていきます。

なんだかまだまだ終わりが見えないです(滝汗
179 名前:*第三部「痛覚」 投稿日:2006/04/05(水) 21:53


+++++*+++++

180 名前:*第三部「痛覚」 投稿日:2006/04/05(水) 21:53

 あさ美視点

 
 今、私は何をしているのだろう。
 
 「あっ、違う違う」
 「えっ、でもこれにはこれを入れるって」
 「それは3番目に入れるの、ほら、貸して」

 そう言って器具を取られ、私よりも器用に作っていく後藤さん。
 あぁ、本当に私は何をしているのだろうか…。 

 ここは後藤さんの家。
 と言っても、本当は愛ちゃんの実家なんだけど、
 どうしてかお父さんやお母さんが居ない。

 「んぁ?んー多分亀ちゃんの家かなぁ」

 そう言って後藤さんは言いますけど、なんだか私にはそれが妙に気になった。
 「月詠村」という村も地図には載ってないですし、
 それよりもなによりも、私達が来ているこの着物からして現代では無い。
181 名前:*第三部「痛覚」 投稿日:2006/04/05(水) 21:54

 私は今日はシゲさんが黄色の着物で、入れ替えの様に薄ピンクの着物を纏っている。
 後藤さんはなんというか…甚平?

 「紺野?聞いてる?」
 「はっ、はい」

 でも変じゃないよ、逆に着こなしてて、カッコいい〜…。
 それでどうしてこんな状況になったかと言うと…。

 
 ――――――――

 ―――――― 
 
 ―――


182 名前:*第三部「痛覚」 投稿日:2006/04/05(水) 21:55

 「頂きます!!」

 私達4人は、朝食を頂いてて、昨日の夕食とは違ってシンプルだったけど、
 味は凄く美味しかった。
 途中愛ちゃんとは分かれたんだけど…確か亀ちゃんとシゲさんを起こしに行くとか。

 「あっ、愛ちゃん!」
 「あれ?亀は?」
 
 ガキさんの一言で愛ちゃんの表情が固まる。
 それを察知したのか、隣のシゲさんが代弁する様に…。

 「…絵里、ちょっと疲れてるんだそうです」
 「あ〜そうだよねぇ、病み上がりなのにあんな長時間の道のりを来たんだもん」
 「まこっちゃんはもうダウンだったけどねぇ」
 「じゃぁ亀ちゃんの分、食べて良いの?」

 私が言うと、愛ちゃんがすまなさそうに「食べたってぇ」と言ったので、
 私はすかさずカボチャの煮物に齧り付いた。
 っと…。

183 名前:*第三部「痛覚」 投稿日:2006/04/05(水) 21:55

 「あっ、また食べてくれてる」
 「むぐっ!?」

 あぁ、なんだかまたデジャビュが…。
 っと、今度はお茶を自力で見つけ出し、気管へと流し込む。

 「「「「おはようございます」」」」
 「おはよぉ、昨日はぐっすり眠れた?」
 「はい♪なんだか凄く寝やすかったです」
 「よく言うよ、まこっちゃんの寝言の所為で私ちょっと寝不足なんだからぁ」
 「やっぱり、麻琴は寝相が悪そうやもんなぁ」
 「やっぱりってなに!?やっぱりって」

 席に座って愛ちゃん達は団欒しているけど、私はなぜか心臓がドキドキし放題。
 さっきビックリしたからかもしれないけど…。

 「紺野〜?」
 「は、はい?」
 「挨拶してくれなかったけど…嫌だった?」

 あっ、いけないいけない、私だけまだ挨拶してなかった。
 うぅ…顔を見合わせるのがこんなにも大変だなんて…。
184 名前:*第三部「痛覚」 投稿日:2006/04/05(水) 21:56

 「お、おはようございます…」
 「…おはよぉ」

 上目遣いでチラリと後藤さんの顔を見ると…あぁぁ、やっぱり困った顔してる〜。
 でもこんな顔でちゃんと挨拶なんて…。

 「ねぇ…紺野?そのままで良いから聞いて?」
 「…は、はい」
 「今日、カボチャの煮物の作り方教えてあげるから、台所に来てよ」

 それだけ言って、後藤さんは自分の場所へと戻りました。
 チラリとよこの 視線が気になって見ると、そこには3人のさまざまな眼差し…。

 「…ねぇ里沙ちゃん、今のはちょっと反則だよねぇ」
 「多分さっきの上目遣いだけでも完璧だったら後藤さんの中では120%上昇」
 「あさ美ちゃん、いつの間にそんな技を…」

 なんだかもう…いいよ。
 この3人にはどう写ってるのか分からないけど…多分私のプラスにはならないだろうし。
 はぁ…っと、私はため息を吐いた。
185 名前:*第三部「痛覚」 投稿日:2006/04/05(水) 21:56

 と、その3人からじゃない、ちょっと鋭い感じの視線が私の方に伝わってきた。
 その方向に目を向けると、ムグムグと箸と口を動かしているものの、
 目だけはこちらにしっかりとロックオン。

 …シゲさん?

 その視線の持ち主は、私に何を言っていたのか、今ではそれも分からない。
 ただ言える事は、多分この視線もプラスにはならないと言う事…。

 そんなこんなで朝食も終わり、愛ちゃんとシゲさんは何処かへ行ってしまって、
 まこっちゃんとガキさんも台所で洗い物のお手伝いをしてくれてたけど、
 さっき終って、どこかへ行ってしまった。

 ――――――――

 ―――――― 
 
 ―――

 それで今に至る、という訳です。
 って、私誰に言ってるんだろ…。

 「あっ、紺野、沸騰してる」
 「へっ?あっ!」
186 名前:*第三部「痛覚」 投稿日:2006/04/05(水) 21:59

 目の前ではこれでもかと言うくらい水蒸気と煮たぎる物体が…。
 慌てて火を消そうとして、腕が鍋にぶつかった。

 「!!!」
 「こん…!!」

 ガシャーン!!!っと、本当にそんな音が聞えてきそうな位、 
 地面には沸騰した液体が散乱し、その被害は私には直接無かった。
 でも…。

 
 「っつぅ……」
 「ご、後藤さん!!」

 私を庇って、後藤さんの両腕が沸騰の犠牲になった。
 驚きと焦りで何がなんだか分からなくなって、オロオロしてた結果、
 後藤さんが自力で水の中に両腕を突っ込んだ。

 「紺野…蛇口捻って」
 「は、はい!!」
 
 結局、後藤さんに言われて水を大量に出して、両腕に掛ったものを全て洗い流す。
 その時の後藤さんの表情は…全く見てない。
 
 私の所為で…私の所為で後藤さんの腕は…。

 「大丈夫、あとで薬塗るから…」
 「あっ、あの…私がします!!」

 コンロの火を止めて、火の元を全部確認した後、散乱した液体を処分して台所を出た。
 混乱してた私がここまで出来たのは…全部後藤さんが言ってくれたおかげ。
187 名前:*第三部「痛覚」 投稿日:2006/04/05(水) 21:59

 「ご、ごめんなさい…ごめんなさ…」
 「…紺野は悪くないよ…大丈夫」 
 「でも…でも…」
 「それよりも…紺野は大丈夫?怪我は?」
 「わ、私は全然大丈夫ですから…ご、後藤さんのを早く!」

 後藤さんの部屋に辿り着くと、タンスの中にある救急箱を取り出し、
 私はオロオロしながらもなんとか処置は出来た。
 中身が万全だったし、殆ど後藤さんにその道具を渡して行っただけだったけど…。

 「んぁ、出来た…」
 「ごめんなさい!!」  

 両腕に巻かれた包帯が凄く痛々しい…。
 ジワリと目が滲んで、私は分からない様に謝った。
 そんな事をしてももう喉が鳴ってて、鼻水も出てきた。
 
 「本当に…私がっ…私の…」
 「紺野、落ち着いて」
 「私…グスッ…本当に…」

 あぁぁっ…もう言葉が出ないよぉ。
 もう人を困らせたくなんてないのに…。
 
 やっぱり私は…もう…。
188 名前:*第三部「痛覚」 投稿日:2006/04/05(水) 22:00

 「紺野、ちょっと見せてみな」
 「グスッ…ぇ…」

 グイッと、腕を掴まれて、着物の袖を捲り上げた。
 そこには、後藤さんよりはまだマシな方だけど火傷の後。

 「さっき…鍋こぼした時腕当ててたでしょ?」
 「あっ…」
 「ハァ…紺野って本当にのんびりしてるよねぇ」

 呆れるように後藤さんはため息を吐いた。
 救急箱からシップを取り出して、それを腕に貼るだけ。

 「んっ…」
 「我慢我慢」
 
 意外と傷に触ってズキズキと痛む。
 また目がジワリと滲むも、それを一瞬で終わり。

 「…高橋もさ、昔火傷した事があって」
 「えっ…」
 「ちょっとした山火事、ボヤ程度だったけど、猟に行ってたおじさんが
 誤って…ね、その時に高橋も一緒に居たの」

 結構小さい頃だったし、覚えてるか分かんないけどね。
 そう言って、後藤さんは苦笑いを浮かべた。
189 名前:*第三部「痛覚」 投稿日:2006/04/05(水) 22:01

 「それで、紺野と丁度同じ所を火傷しててさ、酸欠状態だったけど意識はあったし、
 手当てはあたしが引き受けたの」
 「そう…なんですか」
 「それで…言ってやったんだ」

 "…後藤真希"
 "ぇ…"
 "あたし、あんたのお姉さんになってあげる"

 「あたし、まともに自己紹介もしてなかったからねぇ」

 アハハハと、昨日のおちゃらけた笑い声じゃなくて、本当に自分に呆れているような。
 
 「後藤さんも…結構不器用なんですね」
 「なんて言うか…あんまり人とは触れ合ったことなんてなかったからね」

 そういえば…後藤さんって一体どんな生活を過ごしていたんだろう。
 愛ちゃんと後藤さんは…どうして義姉妹という関係になったんだろうか。
 聞いてみたけど…部外者の私がそこまで聞く必要はないと思う。
190 名前:*第三部「痛覚」 投稿日:2006/04/05(水) 22:02

 でも…もっともっと後藤さんの事が…知りたい。
 初めて見た時からそう思ってた。
 いつも屋上に居たけど…ちょっと近寄りがたくて、他の皆からも凄く人気があったし。

 でも…どこか、後藤さんは危ない人の様な気がした。
 狂ってるとかじゃなくて、脆くて、すぐ崩れてしまいそうな危機感を持っているような…。
 それに…それに後藤さんは…私と…。

 「紺野〜?」
 「ふぇっ?あっ、ひゃい?」
 「…ぷっ、紺野、本当に面白いよねぇ」

 後藤さんは急に笑い出して、私はアタフタと焦るばかり。
 うぅ…なんだか最近焦ってばっかりな気がする。

 「まぁ…ほら、涙拭いて、鼻も咬みな」
 「ふぐっ…すみません…」

 ティッシュを鼻に近づかされ、私は自分の今の顔が凄いことに気付いた。
 あぁぁぁぁぁ…。
 また顔が赤くなるのを感じ、後藤さんははにかむ様な笑顔で見ていた。
191 名前:*第三部「痛覚」 投稿日:2006/04/05(水) 22:05


――――――――*

192 名前:*第三部「痛覚」 投稿日:2006/04/05(水) 22:06

 麻琴視点

 
 里沙ちゃんとの出会いは、あたしがまだ小学に入ってちょっとしたある日。
 あたしは都内にはその数日前に来たばかりで、なんだか右も左もよく分からなかった。
 
 でもそんな時、三つ編みをした、ちょっと大人しそうな感じで、
 あたしはその子の名札で名前を知った。
 なんというか…一つ下だったけど…あたしはほっとけない性格ならしくて。

 "ねぇ、リサちゃんっていうの?"
 "!?"
 "マコトって言うの、よろしくね"
 "ま…こ?"

 最初は本当に大人しくて、中々話もしなかったんだけど…
 今思えばあれがきっかけだったかなぁ。

 "リサちゃん、ほら、チョウだよ!"

 小学4年と3年の合同遠足で、あたし達は少し離れた隣県の川岸に遊びに行った。
 その時、里沙ちゃんを喜ばそうと思って蝶を捕まえて、それを見せたんだ。
 そしたら…。
193 名前:*第三部「痛覚」 投稿日:2006/04/05(水) 22:06

 "…これはアゲハチョウ"
 "リサちゃん分かるの?じゃあこっちは?"
 "それはモンシロチョウ"
 "あっちは?"
 "…ウスバアゲハ"
 "それは?"
 "ギフチョウ"
 "すごい!!リサちゃんなんでもしってるんだね!"

 それからは、里沙ちゃんは物知り博士みたいになって…。
 教室では分からない事があれば「里沙ちゃんにおまかせ!」的な存在になってた。
194 名前:*第三部「痛覚」 投稿日:2006/04/05(水) 22:07

 "里沙ちゃん、これ教えて!"
 "あっ、里沙ちゃん、実は…"
 "里沙ちゃーん"

 
 もうとりあえずどこに居ても里沙ちゃんは頼られてて、
 段々里沙ちゃんも引っ張りダコになった為か、前よりも明るくなって…。
 まぁそうやって皆と仲良くなるのは良い事だよ、うん。

 
 でも…里沙ちゃん、物知りになるのにも耐え切れず…。

 "出来た!さぁ、まこっちゃん出番だぞぉ〜"
 "えぇ〜またあたしぃ?"
195 名前:*第三部「痛覚」 投稿日:2006/04/05(水) 22:08

 朝比奈女子学園に編入したらしたで…こっそりと理科室で実験をしてはあたしに
 試そうとする様になって…なんだかもうどんどんエスカレートしてきた。
 設備も整ってたし、ガキさんは研究の成果で特例としてあたし達と同じ学年になった。
 
 だけどその物体というのが…固体ならまだしも液体だからなぁ…。
 この時のは本当にもうレインボーで、一体なにを組み合わせればこんな
 モノになるのか…。

 "ほら、まこっちゃん、グイーっと行っちゃって♪"
 "う、うん…"
 
 里沙ちゃんはもうGO!みたいなテンションであたしの飲む時を待ってる。
 ゴポゴポと妙に沸騰しながらレインボーの色の液体の匂いがする。
 うぅ…本当に下水道の様な匂いがするんだね。

 "えぇい、もうやけだ!…オリャ!!"

 ゴクゴクゴク…ゴクン…
196 名前:*第三部「痛覚」 投稿日:2006/04/05(水) 22:08

 ……………
 ………
 …
197 名前:*第三部「痛覚」 投稿日:2006/04/05(水) 22:09

 ん?なんだろ、なんか妙に頭の中がスッキリしたような…。

 "ね、ねぇ里沙ちゃん?これ一体何だったの?"
 "えーと…確か脳を活性化させる為で、一口飲めばたちまち視力改善!"
 "し、視力?という事はこの有り得ないほど遠い所まで見れるのって…"

 
 あの後1ヶ月は視力が元に戻んなくて夜もまともに眠れなかったしなぁ。 
 あーあ、なんだか変な事思い出しちゃったな。

 「まこっちゃん?なにしてんの?」
 「ふぇ?あっ、ううん何でも無いよ」

 まぁこんな事を思い出すのも理由がある。
 今あたし達は、愛ちゃんの家から少しはなれた山の中へと入ってる。
 提案者はもちろん…。
198 名前:*第三部「痛覚」 投稿日:2006/04/05(水) 22:10

 「あっ、ねぇまこっちゃん、こういった葉っぱも食べれるって知ってた?」

 そう言って生のまま葉っぱに齧り付いてる野心家、新垣里沙ちゃん。
 はぁ…お母さんはこんな子に育てた覚えは無いのに…。
 っとまぁこんな事も言いたくなる訳で。

 「ねぇ里沙ちゃん、迷子にならないかなぁ?」
 「ん?らいひょうぶらいひょうぶ♪」

 葉っぱを口の中でモゴモゴさせながら、どんどん里沙ちゃんは奥へと進む。
 そういえばここから愛ちゃん達の家を見てみると、
 亀ちゃんの家とはあんまり離れてないし、どっちかといえばお隣さんって感じ。
 
 それにしても、木造なのにこんな神社みたいな家って現代にはもう無いよ?
 里沙ちゃんの言う重要文化財ってやつ?
 愛ちゃんって本当に凄い所の娘さんなんだなぁ…。
199 名前:*第三部「痛覚」 投稿日:2006/04/05(水) 22:11

 "ねぇ知ってる?A組の高橋さん"
 "あっ、あの武家屋敷のお嬢様って話でしょ?もう噂だってぇ"
 "あまり会話しないのも手厳しく教育されたかららしいし"
 "なんだか高貴って感じだよねぇ…でも、ちょーっと近寄りづらいかな"
 "分かる分かる、こういつも気迫を出してるっていうかぁ"

 
 …愛ちゃんは結構色々言われてて、あたしはそうじゃないって思った。
 なんでかは分からないけど…多分愛ちゃんにもなにか事情があるんじゃないかって。
 だって、初め見た愛ちゃんは、凄く悲しそうだったから…。

 放っておけなくて…あたしは…意を決して話しかけた。
 
 "あ、あの…高橋さんだよね?"
 "…そうですけど"
 "あたし小川、小川麻琴って言うの、ほら、C組の"
 "…?"

 あっ、知らない、これは知らない表情だ。
 眉を顰めて考える愛ちゃん…いやぁ、あそこまで真剣に考えてくれる人初めて見たよ。
 
200 名前:*第三部「痛覚」 投稿日:2006/04/05(水) 22:12

 "じゃ、じゃあ高橋さん、あたしとお友達になりませんか?"
 "えっ…"
 
 直球ストレート勝負!!
 もうこうなれば引くよりも押せだ!
 結果的には最初の方でアウトなんだけど、これだけであたしが引くとは大間違い!
 ここまで来て愛ちゃんに変な奴印象を植え付けたまま引き下がれる訳無いじゃん。

 "お願いします!"

 カモーン!
 ハンドプリーズ!
 手を差し出して、あたしは待つ、ひたすら待つ。
 …っと。

 
 "ぷ…ふはぁはははは!!"
 "ふぇっ?あ、あの高橋さん?"

 何といきなり大笑いを頂いちゃいましたよ。
 お腹を抑えながら笑って笑って、さっきまでの空気が晴れたみたいだった。
 でも、数分くらい笑い転げた後は、ヒクヒク言って、手を差し伸べてくれた。
 
201 名前:*第三部「痛覚」 投稿日:2006/04/05(水) 22:13

 "高橋さんって面白い人だねぇ"

 いやぁ、なんだかスッキリした。
 その笑顔といったら、まるでご褒美みたいに思えちゃって、
 安心して、あたしも一緒に笑ってしまった。

 
 その後、いつの間にかあさ美ちゃんと里沙ちゃんが来てて、
 その二人もなぜか笑ってて、多分チャイムが鳴るギリギリまでそうしてたかなぁ。
 ホント、あの4人だったら、なんでも共有できると思った。

 「まこっちゃん?おーい」
 「えっ?あっ、里沙ちゃん待ってよ」

 そんな回想をしていると、いつの間にか里沙ちゃんは山を登ってて、
 あたしもそれについて行こうとした。
 っていうか、里沙ちゃん本当にどこまでも追求心が耐えないよねぇ。

 「ん?あれ?あれなんだろ…」
202 名前:*第三部「痛覚」 投稿日:2006/04/05(水) 22:13

 そう言って、里沙ちゃんは山を登りきった所で何かを見つけた。
 あたしもゼェゼェ言いながらその先を見て、どうしてか…身体が固まった。

 「ね、ねぇ…里沙ちゃん?なんだかあそこ…」
 「…行くよ、まこっちん」
 
 は、はぃぃぃぃぃぃぃ!?
 なんだかアダ名も微妙に変わってませんか?
 って、今何と!?

 「ちょっ、ちょっと里沙ちゃん!」
 「何?」
 「マズイって、こんな所を誰かに見られてもしたら…」

 そう言って制止させるも、里沙ちゃんがポケットから何かを取り出した。
 一瞬…ゾッとした。

 「…また実験されたい♪?」
 「す、すみません…」

 今度はもう水色なのか紫なのか、とにかくもう正常なものじゃない。
 フラスコの中でボコボコと…あぁぁ、悪夢が…。
203 名前:*第三部「痛覚」 投稿日:2006/04/05(水) 22:14

 「それでと…はい、これ付けてね」
 「何これ?」
 「私が発明したお守り、肌身離さず持っててねぇ♪」

 あっ、これを離しても実験体って訳だ。
 了解了解。
 …ハァ…

 「じゃ、出発〜♪」
 「お、お〜」

 トボトボと、茂みの中を掻き分ける様にあたし達は歩いた。
 大半は強制であまり乗り気じゃなかったんだけど…。
 
 
 グニャリ…

 
 一瞬、空間が歪んだ気がした。
 あたしはビックリして、辺りを見渡してみるけど特に何も無くて…。
 頭に???を出しながら、先先進んでいく里沙ちゃんの後を追った。
 
 なんだか…一気に空気が変わった気がしたから…。
 凄く…怖くなったんだ。
204 名前:コルク 投稿日:2006/04/05(水) 22:15


 ノ|cl ・e・)ノΔ  ∬∬;´▽`)<隠すよぉ

205 名前:コルク 投稿日:2006/04/05(水) 22:17
終了します。
ようやく200にへと入りました。
微妙に新垣さんのテンションが違うのは(ry
明日も頑張ります。
206 名前:*第三部「痛覚」 投稿日:2006/04/07(金) 15:26


+++++*+++++

207 名前:*第三部「痛覚」 投稿日:2006/04/07(金) 15:27

さゆみ視点


 "えり、ほら、これみて!"
 "うわぁ…キレー"

 ピンクの花びらが咲く時期だけは、絵里は元気だった。
 かけっこも得意だったし、お手玉も鞠も、わたしよりも凄く上手で、
 いつもそれを真似しようと必死だった。
 でも…いくら真似したって、絵里の様に上手くはなれない。

 "ね、さゆ、かくれんぼしよっか"

 かくれんぼもそう…わたしが隠れても、絶対に絵里に見つかってしまう。
 それは多分…あの能力があったから。
 わたしの心を覗いては、絵里はわたしを見ていたんだ。

 それが…凄く嫌だった。

 
 誰かに見られてしまう心なんていらない。
 心は自分だけのもので…わたしは…わたしだけの心が欲しい。
 だから…。
208 名前:*第三部「痛覚」 投稿日:2006/04/07(金) 15:27

 「…さゆ?」

 わたしの…わたしだけの心を手に入れる。

 「…高橋さん、わたし…」
 
 桜の花びらが…わたしに何かを訴えかけるように風を起こす。
 でも…わたしにはその意味が分からなかった。

 「わたし…高橋さんがずっと好きだったんです」
 「!?」

 これで…わたしは絵里から解放される。
 自分の心を取り戻す事が出来る。
 そう…思ってた。

 「…」
 「…」

 沈黙が続く。
 わたしは高橋さんの頬を撫でて、その時を待った。
 この時…わたしはどんな眼で見ていたのだろう。

 
209 名前:*第三部「痛覚」 投稿日:2006/04/07(金) 15:28


 
 「…ごめん」

 
 
 
 …一瞬、空間の全ての音が聞えなくなった。
 高橋さんの表情が…真っ白な霧に包まれてしまう様な。

 「それには…あーしは答えられへん」
 「どう…して?」
 「…」

 分からない。
 分からないよ、高橋さん。
 わたしは…わたしはただ…自分の心を取り戻したかった。
 それだけなのに…。

 「ねぇ…どうして?」
210 名前:*第三部「痛覚」 投稿日:2006/04/07(金) 15:29

 嫌、わたしは…もう高橋さんしか居場所が無い。
 絶対的な居場所を突き放してまで、わたしは…。

 「…ごめん、さゆ」

 嫌、絶対に…嫌!!
 身体の中が熱い、憤怒の所為かは分からないけど…それを全部吐き出したい。
 頭が痛い、痛い痛い痛い。

 手を払われる。
 それが心臓に突き刺さる様な…まるで後ろから切っ先を差し込まれたような。
 手がジンッと、それほど痛くは無いのに…凄く傷ついた様に感じた。
 
 痛い…痛い…辛い…辛い…。

 苦痛が、わたしの周りを包み込んでいた。 
 闇の中、わたしは闇に縛られている。
 でも…もう動きたくなかった。
 
 わたしなんて…居なければよかったんだ!!
211 名前:*第三部「痛覚」 投稿日:2006/04/07(金) 15:30

 高橋さんの後姿が遠のく。
 手を差し伸べて、その背中に抱き付いて制止させて…。
 居場所を…心を…もう絶対に離さないようにしたい。

 でも…身体が動かない。
 震えて、まるで石になった両足がガラガラと崩れていくような…。
 結局、わたしには苦痛しか残らない。

 痛い…痛い…。
 絵里の痛みが、わたしの中に入り込んできた時みたいだ。
 もう嫌…なんで…。

 「うっうぅぅぅぅぅぅ…」

 桜が、わたしの涙を加勢するように舞い落ちてくる。
 もう全てが許せない。
 何もかもが…わたしに痛みを起こすものは全部…。

 
 
 『…なら、ワタシと一緒に…』


212 名前:*第三部「痛覚」 投稿日:2006/04/07(金) 15:31
 

 チリーン…――――――――

213 名前:*第三部「痛覚」 投稿日:2006/04/07(金) 15:31


 桜の木の下で、小さく何かが聞えた。
 顔を上げると、そこには小さな女の子…。

 手を伸ばしてくる。
 ニコリと、その子は笑った。

214 名前:*第三部「痛覚」 投稿日:2006/04/07(金) 15:31


 チリーン…――――――――

215 名前:*第三部「痛覚」 投稿日:2006/04/07(金) 15:32

 その音色は、あの時屋上で聞いたものと同じで、
 わたしは釣られるようにその音色に惹かれていった。
 どうしてか…わたしにはそれが凄く安心できて…。

 「あなたは…だれ?」

 そういうと…女の子はわたしに近づいて、小さく言った。
 何処かで聞いたような気がする声だったけど…
 わたしにはそんな事どうでもよかった。

 『…来て』

 言って、わたしの手を掴むと走り出した。
 どこかに行くなんて分からない。
 それでも、わたしはもうこの世界じゃなければどこかに行っても
 良いと思っていた。

 
 …気が付けば、わたしの周りには何も無く、
 ただ闇だけが広がってた。 
216 名前:*第三部「痛覚」 投稿日:2006/04/07(金) 15:33


 ――――――――*

217 名前:*第三部「痛覚」 投稿日:2006/04/07(金) 15:33
 
 絵里視点

 
 ズキズキと、全身に雷で打ったような鈍い痛みを感じた。
 その痛みで身体を起こし、私は今自分が眠っていたことに気付く。

 その瞬間、さっきまでの事がジワリと浮き出るように思い返される。
 目がちょっと痛く感じ、棚の上にある鏡を覗くと、真っ赤になった自分の
 顔が見えた。

 「…」

 さゆのあんな姿、初めて見た。
 私の所為だって事はもう随分昔から分かっていたし、
 さゆは優しすぎるから…何も言わないだけだった。
 
 でも、さっきの痛みは何だったんだろう。
 私はさゆの心の中を見た。
 さゆの異変を感じたから…。

 でも…何も見えなかった。 
 闇。
 ただその言葉だけが、さゆの心の中で一杯だった。
218 名前:*第三部「痛覚」 投稿日:2006/04/07(金) 15:34

 「…さゆ」

 前は声だけでも聞く事は出来た。
 でも…日に日にその能力が濃くなっていく気がして…あまり聞かない様にしてたけど…。

 それすらも、何も聞えない。
 全部闇の中に吸い込まれた様な…果てしない静寂。
 なにか…あったんだ。

 「さゆ!!」

 ガバリと起きて、私は隣のさゆの部屋に入った。
 全くの無。
 人の影も形も無く、温もりも無い。
 
 「…亀ちゃん?」

 私の声で駆けつけたのか、高橋さんが廊下に居た。
 さっきの事もあったけど、今はそんな事を言っている暇は無い。

 「さゆは…さゆはどこですか?」

 一瞬、高橋さんの表情が歪んだ。
 能力が開いていたから、その答えがすぐ分かった。
 さゆが…高橋さんに…。
219 名前:*第三部「痛覚」 投稿日:2006/04/07(金) 15:34

 「…亀ちゃん、あーし…」
 「…高橋さんは悪くないんです」

 さゆの気持ち…分からない訳無い。
 私も…どれほど人に自分の気持ちを分かってもらいたかったか…。
 
 お母さんに言っても、私は他の人とは違う事しか教えてくれない。
 それが凄く…悲しかった。

 「…さゆはどこですか?」
 「えっ、亀、分からんの?」
 「…聞えないんです、さゆの声が」

 透視能力に限らず、私とさゆは痛みも気持ちも全て分かる。
 命が繋がっていれば、心も繋がっているということだから…。

 …………………
 ……………
 ………
 …
220 名前:*第三部「痛覚」 投稿日:2006/04/07(金) 15:35

 「そんな…さゆ!!」

 さゆが居たと言う場所から、さゆの気が全く感じなかった。
 多少は残る筈の気が途中で感じなくなるという事は、
 ここで空間を遮断されたという事。

 「どうしよう…私の…私の所為」
 「…とにかく、後藤さんに知らせてくるやよ!」

 そう言って、高橋さんは走り出した。
  
 高橋さんは辛い選択をした。
 さゆの心になるか、それとも別の心になるか。
 でも高橋さんの心は…すでに決まってた。
 
 私の力は…どこまでも人を悲しませるものなんだ…。

 膝が崩れて、私は小さく泣いた。
 人の気持ちを知っていたにも関わらず、私は何も出来なかった。
 それがやるせなくて…自分を憎んだ。

 怒りが、憎しみが、自分の中で渦巻いて…。
 能力を封じ込もうとするけど…全く操作が聞かない。
 
 
 …声がした。

221 名前:*第三部「痛覚」 投稿日:2006/04/07(金) 15:36

 小さく、呻き声の様な…小さな声。
 遠い所なのか、まるで…助けを求めていて…泣いてる?

 私は顔を上げて、周りを見渡し、その声を探した。
 その声だけに集中して、私は神経を研ぎ澄ます。

 "………"

 微かに、地面から聞えた。
 私はその方向に向かって一歩一歩、その声を逃さないように慎重に。
 
 「泣いてる、誰かが…泣いてる」

 私には、ただその声だけが空間だった。
 視界は闇の中で、微かな希望を持ちながら、私はその声に近づいていった。
222 名前:*第三部「痛覚」 投稿日:2006/04/07(金) 15:36


 ――――――――*

223 名前:*第三部「痛覚」 投稿日:2006/04/07(金) 15:37

 愛視点

 
 "わたし…高橋さんがずっと好きだったんです"

 一瞬、耳を疑った。
 でも…それを確信していた自分も居た。
 昨日からの数々の言動で、さゆはあーしに何かを求める事は分かっていた。
 
 それで正しいと思ったから。
 それで私の二つ目の使命がこなせると思ったから…。
 
 でも…この痛みはなんなん?
 
 凄く痛い…まるで包丁か何かで抉られる様な…引き裂かれるような痛み。
 あーしは…あーしはどうすればええの?

 廊下を走り、あーしは後藤さんの部屋へと入った。
 ガラッと、襖を開けて叫ぼうと思った。

 「ごっ…!!」

 でも…その目の前の光景を見て、またズキリと引き裂かれた様な痛みが襲う。
 目を見開いて、その先の姿を見る。
224 名前:*第三部「痛覚」 投稿日:2006/04/07(金) 15:38
 
 「あっ…」
 「!!!!」

 あさ美ちゃんと、後藤さん…。
 あぁっ、なんだか…ガキさんの声が妙にリアルに聞えた気がした。
 
 「…高橋、どしたの?」
 「…さゆが…消えました」

 空間の中で、ピキッと何かが固まったような音が聞えた。
 でもまぁ…うん、大丈夫。
 ガキさんが言ってた時から…覚悟しとったし。
 
 「…分かった、ちょっと待ってて」
 「…はい」

 でも…今の状態であんなの見せられると…凄く辛い。
 ギュウッと、胸が締め付けられた。
 自分がやらかした事に…罪悪感を感じずにはいられなかった。

 
 もし…さゆの気持ちが分かっていたら…こんな事には…。

225 名前:*第三部「痛覚」 投稿日:2006/04/07(金) 15:39

 そんな事を考えても、その時に戻れる筈も無く…。
 あーしの中で、あの笑顔が浮かんだ。
 
 「…麻琴ぉ」

 手にはもう無いけど…想像上で暖かさを感じた気がした。
 あーしが初めて感じた人の温かさ。
 優しさは、これ以上無いほどに伝わってきた、あの大きな手。


  "迷いを抱くな…"

 
 この言葉に、初めて憎悪を抱いた瞬間だった。

 
 
 …スッと、襖が開くと、後藤さんがしっかりした着物で出てきた。
 あさ美ちゃんも…。
226 名前:*第三部「痛覚」 投稿日:2006/04/07(金) 15:40

 「じゃ、行こうか、紺野は自分の部屋に居てね」
 「は、はい」

 さっきよりもキビキビとした声で、後藤さんは廊下を歩き始める。
 それに続こうとした時、あさ美ちゃんがクイッと袖を引っ張った。

 「…愛ちゃん」

 頬を真っ赤にして、俯いているあさ美ちゃん…。
 さっきのは余程想定外だったらしく、やはり刺激が強かったらしい。

 「…皆には黙っといてあげるやよ、"あさ美"」

 バッと、あーしの裾が緩んだ隙に取り外した。
 これも予想外だったらしい…でも、これで勘弁してあげる。
 
227 名前:*第三部「痛覚」 投稿日:2006/04/07(金) 15:41
 
 後藤さんも、亜弥ちゃん達の事で相当参ってるんだろうな。
 
 でも、後藤さんだけズルイですよ。
 あーしにはあんな事言っといて…ズルイ。

 後姿を見て、あーしはそう毒づいた。
 いつも憧れていた背中に、初めて言った言葉。

 ズルイ…。
 
 後藤さん…。
 あなたも…この地獄を見せてあげましょうか?

 口角が、グニャリと歪んだ。
 さゆの気持ち…あーしも分かるやよ。

 憎しみは憎しみしか生まれない。
 なら…それを止める事なんて出来ない。
 だから…だからあーしは…。

 桜の花びらが…あーしの手に張り付く。
 指でつまんで、その色を見る。
 
228 名前:*第三部「痛覚」 投稿日:2006/04/07(金) 15:41

 「…後藤さん」
 「…ん?」
 「…ダメですよ」

 ピクリと、後藤さんは反応したけど、ただそれだけ。
 

 「…分かってる」

 後藤さんは、今どんな気持ちなんだろう。
 でも、別にあーしにはどうでも良い。
 さゆを裏切ったあーしに、人の気持ちを知っても何もならないから。
229 名前:*第三部「痛覚」 投稿日:2006/04/07(金) 15:42


 〜第三部「痛覚」 完

230 名前:コルク 投稿日:2006/04/07(金) 15:44
第三部これにて終了します(・∀・)ノ
学校も始まってしまい、あまり更新が出来なくなりますが…
なんとか最後まで頑張っていこうと思います。

最後までお付き合いくだされば幸いです(笑
231 名前:たま 投稿日:2006/04/08(土) 07:12
うわっオモシロイ…
次回の更新楽しみに待ってます☆
232 名前:コルク 投稿日:2006/04/09(日) 04:45


 ++++++*++++++

233 名前:*第四部「罰」 投稿日:2006/04/09(日) 04:45

 絵里視点

 
 なんでここに来たのかは分からない。
 
 ここは…私のお父さんの部屋だった場所。
 今でも昔そのままで、この家の部屋は全部同じに作られてるから
 ここには何も…何も無い筈なのに…。

 "…っ"

 また声がする。
 さっきよりも聞えやすくなっていて、また私は耳を澄ませた。
 どうしてか、背中がザワザワして落ち着かない。
 
 とても…とても嫌な感じ。
 でも…どうしてか、その嫌感じがする場所に、私の足は進んでいた。

 「…ここ?」

 1階にあるこの部屋は、一番隅っこに位置していて、お父さんしか
 入る事は禁じられていた場所。
 そして、その部屋の隅にある畳の下から…聞えた。
 
 ゴクリと、私は意を決してその畳を起こす。
 ザリザリと、畳は全て固定されている筈なのに、ここだけは
 しっかりと取れるように細工されていた。
 
 そして、すぐ見えたのは小さなドア。

 でも鎖と南京錠で二重固定されていて、
 ガチャガチャとドアを開けようとしても無理。
 ここに…なにかがあるのは分かってるのにな…。
234 名前:*第四部「罰」 投稿日:2006/04/09(日) 04:46

 "……"

 一瞬、耳元で何かが弾いた音が聞えた。
 周りを見渡してみるも、特に何もなったけど…タンスの所で目が止まった。
 …そういえばお父さんが居なくなる前。

 "絵里、これを見てみな"
 "…なに?"
 "おじさんが絵里とさゆみの為に作ってくれたものだ、
 俺が大切に保管しているから、必要な時がくれば使え"

 そういって、小さな袋の中に何かを閉まって、それをタンスに戻していた。
 必要になったら…もしかしたら…。

 私はタンスの中を念入りに調べ上げ、十数年も前に封印されていた"ある物"
 を探し出した。
 少しホコリっぽくなっている袋の中には……二つの鉄の鍵。

 「…これが」

 お父さんが私達にだけ残した…。
 輪っかの様なものに珍しい形の鍵が一つと、多分あのドアの鍵が一つ。
 お父さんが私とさゆにと残したのだから…二つなのかな。
235 名前:*第四部「罰」 投稿日:2006/04/09(日) 04:47

 そう考えながらも、ちゃんと入るかどうかは分からなかったし、
 一つ目の鍵を差し込む。
 なんだろう…まるで…氷の上に居るようなこの悪寒は…。

 カチャリ…カキン…

 鉄と鉄のぶつかりあう音と一緒に、鍵は開いた。
 鎖を解いて…隅の方にある窪みの中に指を入れて、一気に引き抜いた。

 ギギギギギ…

 妙に耳に来る音と一緒に、何十年も溜まっていたドアのホコリが飛び交う。
 ゲホゲホと咽返ってしまうけど、ようやくドアは開いた。

 「…地下だ」

 そこには、何段あるのか分からない階段が、闇の中へと続いていた。
 しかも、さっきとは違って身体に付き纏う悪寒も強くなったらしい。
 …狭いところは大丈夫だけど…暗いなぁ。

 
236 名前:*第四部「罰」 投稿日:2006/04/09(日) 04:48

 ………………
 …………
 ……
 …
237 名前:*第四部「罰」 投稿日:2006/04/09(日) 04:48

 台所から持ってきた懐中電灯を首から下げて、私は意を決して
 中へと入り込んだ。
 誰かがこのお父さんの部屋に入ってくることはまず無い。

 お母さんがこの部屋の出入り口を立ち入り禁止にしてるから。
 それに…ここには血の繋がりを持たない人は入れない「結界」というのを
 施していて、お母さんのお父さん、つまり私のおじいちゃんが
 それを作ったっていう話を聞いた事がある。

 シタ、シタ、シタと、私は持ってきた靴を履いて懐中電灯だけを
 灯しながらどんどん降りていく。
 一体何のがあるのか、分からないし、どこまで続いているのかも分からない。
 
 この悪寒だって、上に上着を着てきたにもかかわらず
 全然効果を示すことは無い。
 といっても降りてから15分は経っているし、今更帰るという事も出来ない。
 それに、どんどんと聞こえがよくなってきてる。
 ソレと同時に、さまざまな感情が自分に流れ込んで来る様な気分を覚える。 

  
 …っと、ようやく通路の様な場所が見えて、私はそこに降り立った。
 そこは結構広くて、私は懐中電灯の明かりを前に向けた。
 
238 名前:*第四部「罰」 投稿日:2006/04/09(日) 04:48

 「…ヒッ」
 
 私は小さな声を上げて、その目の前の"何か"に目が離せなくなった。
 怖いというよりも…驚きが強かっただろうか…。
 目の前には、何十本もの鉄の柵が張り巡らされていて、まさに一つの牢屋。

 そこに、小さい"何か"宙吊りにされていて…否、多分壁に引っ付いてるような感じ。
 その形が…まるで人間だった。
 目を閉じて、地面に座って、色んなものを身体にくっ付けていた。

 懐中電灯で周りを見ていると…それは何十にも身体に巻きつく鉄の鎖。
 しかも両手両足には厳重に何か黒いもので固められていて、まるで拘束しているような姿。
 
 …よく見ると、その人間は私よりも小さい。
 多分、高橋さんよりも…。
239 名前:*第四部「罰」 投稿日:2006/04/09(日) 04:49

 "…っ…"

 声がした…それも今目の前に居る人間の形をした"何か"から。
 でも、こんな地下の中でこんな牢屋の中に人が居るなんて事…有り得る訳が無い。 
 さっきの鎖も、もう随分昔から開けた痕跡が無かった。
 見た限りでは、この牢にはドアさえも無い。

 なら…この子は誰?

 "…ス"

 ゾワリと、身体が警告音を発している様な気がした。 
 足が動かない、それどころか指の一本もまともに動かすことが出来なかった。
 ガタガタと、さっきまでは何も感じなかったものが一気に呼び起こされた。

 "ッ…ス"

 ギチリと、壁が軋む音が聞えた。
 ザワザワと圧迫感と何かが入れ混じった空気が、まるで亀裂が入った様に
 外へと流れ出す。
 それは、恐怖であり、怒りであり、畏れであり、悲しみであり。

 
 まるで…憎悪の塊だった。
240 名前:*第四部「罰」 投稿日:2006/04/09(日) 04:49

 『アアアアアアアアアアアア…』

 さっきの声が…まるで獣なのか人間なのか分からない雄叫びを上げている。
 ギチリギチリと、壁が、鎖が、悲鳴を上げている。

 声が出ない。
 ただその顔が上に上がり。
 尖った犬の様な牙をむき出し。
 憎悪の塊を体中から吐き出しているのをただ見ているだけ。

 
 
 眼が…両眼が細く開かれる。
 それは…紛れも無く…人外。


 『…殺してやる!!!!!』


 それは、紅蓮の炎の様に、憎悪の塊を眼に宿した鬼だった。
241 名前:*第四部「罰」 投稿日:2006/04/09(日) 04:50


 ――――――――*


242 名前:*第四部「罰」 投稿日:2006/04/09(日) 04:50

 真希視点

 
 ピクリ…

 高橋が最後に見たと言う一本桜の隣で探している内に、
 背中を突き刺すような悪寒を覚えた。
 視線を泳がせ、向いた先には亀ちゃんの家。
 いわばこの「月詠村」の中心。

 「…後藤さん」

 高橋が不安な声をあげる。
 高橋はそれほど霊力を持たないけど、殺気に反応したらしい。

 「…まともじゃないね」
 「行きましょう」

 高橋はバッと駆け出す。
 制止する理由も無いから、あたしもそれに続いた。
 何か…何か嫌な予感がした。

 「奥方様!!」

 家に辿り着くと、亀ちゃんのお母さんの部屋へと直行した。
 高橋達が都内へと出て行った後、原因不明の難病で倒れた。
 今は側近の保田圭ちゃんがお世話をしてる。
243 名前:*第四部「罰」 投稿日:2006/04/09(日) 04:51

 「高橋、声が大きいよ」
 「圭ちゃん…この霊気」
 「後藤…」

 小さい頃、あたしは圭ちゃんが母親代わりだった。
 身寄りの無いあたしが高橋家に養子になるまで、
 稽古も付けてもらったし、多少の"術"も教えてくれた。

 だから、この霊気には一番初めに気付いてる筈。

 「…普通の霊魂の比じゃないね」
 「何十年も何かに封じ込まれていた霊気と瘴気が入れ混じってる感じね」
 「これ…まさか"アレ"が?」
 「まさか…」

 この嫌な空気、あの時のものと似ている。
 でも…なにか…。

 「後藤さん!!」

 襖から、高橋の声が聞えた。
 高橋もこれには気付いている筈だ。
 廊下を出ると、隅にある部屋が開いていた。

 「高橋?」
 「こ、これ…」
244 名前:*第四部「罰」 投稿日:2006/04/09(日) 04:51

 部屋の中は、まるでベルトコンベアーで抉り取られた様な
 大きな"穴"が開いていた。
 それに大量な瘴気と霊力が染み付いていて、
 見ているだけでも滅入ってしまう。

 確かここは…。

 「…高橋、皆を呼んできて」
 「は、はい」

 部屋を飛び出し、高橋は慌てて自分の家へと駆けて行った。
 額からの汗が止め所無く流れる。
 邪気が薄紫の煙で眼に見えて、少し気分が悪くなってきてる。

 「…動き出したか」

 もしこれが"アレ"の所為なら…もう亀ちゃん達だけでは
 収まらないかもしれない。
 それなら…紺野も…。

 目の前にある闇への大穴を見ながら、あたしはただ立っていた。
 あの日から数年。
 あたしを苦しめる種は、また桜の様に花を咲かせてしまった。
245 名前:*第四部「罰」 投稿日:2006/04/09(日) 04:52




246 名前:コルク 投稿日:2006/04/09(日) 04:53
ここまでにします。
中々進めず申し訳ありません(汗
明日も更新できればと思います。

そういえば、明日は神奈川でコンサートがありますね。
247 名前:コルク 投稿日:2006/04/09(日) 05:00
レス返しを忘れてました(滝汗

〉〉たま様
面白いですか、恐縮です。今後もお付きいください。
248 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/04/11(火) 14:18
初めて読んだけどおもろいね
後の展開も期待して待ってます
249 名前:*第四部「罰」 投稿日:2006/04/13(木) 14:38
 

 +++*+++

250 名前:*第四部「罰」 投稿日:2006/04/13(木) 14:38

 あさ美視点

 
 ボーっと…本当にボーっとして、窓から見える桜を眺めてた。
 ここの桜は本当に綺麗で、昨日見た夜桜も見とれてしまうほど美しかった。
 
 …月を見ていたら、屋根の上から声が聞えて、もし
 あの人だったら、なんて事を思いながら声を掛けてみた。
 本当に、それだけで終ってくれたらよかったのに…。

 「あのぉ〜」
 「んぁ?」

 それが現実になるなんて…。
 
 「紺野…さん?」
 「あの、もしかして…後藤さん?」

 確かめると、後藤さんがこっちに顔を出してきて、
 きょとんとした表情を浮かべて、やっちゃった的な顔をする。
 
 「どうしたの?あっ、もしかして起こしちゃった?」
 「い、いえ、月が綺麗だったもので見てたら声が聞えたもので」
 「んぁ、何だ、紺野さんもかぁ」

 そう、この人と同じ事を考えていたと思うだけで私の胸は飛び跳ねた。
 嬉しかった、凄く嬉しくて、もっともっと近づきたくて…。

251 名前:*第四部「罰」 投稿日:2006/04/13(木) 14:40

 私が…初めて憧れた人だったから。
 中学時代からずっと見続けていた人だったから。
 

 でも、私の所為で両腕を火傷した時、私はもうダメだって思った。
 そんな人を傷つけて、言い分けないって、そう思ったのに…。

 "ねぇ紺野、寂しいって思ったことある?"
 "…ぇ?"
 "紺野って確か北海道なんでしょ?高橋から聞いた"
 
 その後、後藤さんが突然聞いてきて、私は言って良いものかと
 少し悩んでから…ちょっとだけ省いて事情を話した。

 "…私の家、ちょっと普通じゃないんです。
 おじいちゃんが外国に知り合いが居て、その方の息子がお父さんだったんです。
 日本人ですけど、何か事情があって外国に渡ってて…でも凄く優しくて"
 "うん"
 "お母さんは北海道にずっと住んでて、その…私はそこで生まれました"

 最後はちょっと省いて…呼吸を整えた。
 本当の事を話すと…この空気が一気に崩れると思ったから。
 後藤さんの家の事も分かってたし、ほんの少し話してみようとも思った。
 でも…やっぱり言えない。

 私が居るだけで、皆を困らせる奴だって、知られたくないから…。

252 名前:*第四部「罰」 投稿日:2006/04/13(木) 14:41

 "…あたし、お父さんとか、お母さんとか、そういうの良く分からないんだ"
 "…ぇ"
 "母親代わりなら居るよ、ここに養子になるまで随分お世話になったから。
 でも…やっぱりなんか…良く分からなくて"

 その時の後藤さんは…見た事無いほどの悲しそうな目をしていた。
 いつもケラケラと笑っている表情とは打って変わって、
 胸を締め付けられるような痛みが襲う。
 
 "…お父さんとかお母さんとか…好き?"
 "…大好きでしたよ、本当に…"

 お父さんとお母さん、この二人だけが最後まで私を人間として
 見てくれていた唯一の人間だった。
 あの事件が無ければ…。

 "でも…もう居ないです"
 "居ないって…"
 "…死んだんです、交通事故で"

 ここまで言ってしまうと…もう後には引けない。
 でももしこの事を話したとしても、"アレ"に結びつかない様に
 話を向かわせればいい。
253 名前:*第四部「罰」 投稿日:2006/04/13(木) 14:42

 "…そうなんだ"
 "おじいちゃんはすでに亡くなってて、私は色々な方に引き取られていきました。
 でも何処に居ても邪魔者扱いで…昔一度だけ会った親戚のお姉さんに預けられました"

 …そういえば、元気にしてるのだろうか。
 確かどこかの病院で働いてるらしいけど、詳しい事は聞いてない。

 "その人が居るから寂しくないとか?"
 "…いえ、やっぱり、まこっちゃん達が居たから…"
 
 あの人にはもう迷惑は掛けられないし。
 それに自分から進んでいかないと。

 "…紺野は、やっぱり恵まれてるよ"
 "そうですかね…"
 "あたしは…両親とか居ないし、友達も死んだから…"
 "え…"

 死んだ…?
 
 "羨ましいな"
 "…"
254 名前:*第四部「罰」 投稿日:2006/04/13(木) 14:42

 ギュウッと、また痛くなった。
 やっぱり、後藤さんと私は似ている。
 性格とか…人格とかそんなんじゃなくて…境遇が、共感できる。
 私と同じ人。

 だから、助けたかった。
 いつも困らせてばかりだった私が…。
 今度は、憧れの人を支えてあげたかった。

 だから…。

 "…紺野"
 "後藤さん、私じゃ…ダメですか?"

 私の所為で火傷を負った。
 私と同じ傷を持った…私の大切な人。

 "こん…"
 "私は…あなたと共に…"
255 名前:*第四部「罰」 投稿日:2006/04/13(木) 14:43



 そう…誘ったのは私。
 後藤さんの為なら…私は何でもしてあげようと思った。
 後藤さんは何も悪くない。

 これが私の…罪だと思ったから…。
 こんな身体に生まれてきた…私の罰。

 "…!?"

 後藤さんがピクリと止まった。
 着物がはだけて、胸元が出てたから…見えてしまったんだろう。
 
 赤紫に変色した…"アレ"の証。

 やっぱり…後藤さんも気持ち悪いって思ったかな。
 そう思うと、自然と涙が流れた。
 小さい頃からそうだった。

 朝比奈女子学園に編入するまで、私はいつまでも自分のカラの中だった。
 "アレ"を知られるのが凄く怖かった。
 アレは呪いだから…人に不幸を呼び寄せるものだから。
256 名前:*第四部「罰」 投稿日:2006/04/13(木) 14:44

 "んっ…ぁ…"

 そんな事を考えている内に、その傷を舐められた。
 かさぶたにもならなくて、身体の中では一番敏感になってしまったその場所を。 
 
 "ご…と…さ…"
 "…"
 
 シュルシュルと着物の帯が外されて、後藤さんにされるがままになってた。
 でも、全く苦にもなってないし、辛くなんて無かった。
 後藤さんに侵食されていると思うと…そんな事よりも凄く幸せに感じた。
 
 でも…まだ胸がギュウッとしていたのは…。

 
 
 "ごっ…!!"

 襖が突然開いて、私と後藤さんはその方へと顔を向かせた。
 …一瞬、空間の全ての音が静止した様だった。
 薄く額から汗を滲みさせ、目をこれでもかと見開いて立っていた友人。
257 名前:*第四部「罰」 投稿日:2006/04/13(木) 14:44

 "んぁっ…"
 "!!!!"

 その一瞬が過ぎた後、私はバッと着物で身体を隠し、
 目を合わせない様に顔を隠した。
 流れる涙を強引に手の甲で拭って。

 後藤さんと愛ちゃんが何かを話していたけど、
 私は悠々とその会話を聞くことは出来なかった。

 
 友人に見られた。   
 しかも義姉妹の関係で、妹としての位置に居る友人に。
 
 
 心臓がドクドクとなり続ける。
 止めようとしても激しくなるばかりで、私にはどうする事も出来なかった。
 そんな時、スクッと後藤さんが立ち上がった。

 "…分かった、ちょっと待ってて"
 "…はい"

 愛ちゃんが襖を閉めると、後藤さんはタンスに近寄って、何かを探していた。
 その時の沈黙があまりにも重たくて…それでも声が出なかった。
 自分がしてしまった事に…初めて気付いたから。
258 名前:*第四部「罰」 投稿日:2006/04/13(木) 14:45

 "紺野…ごめん"

 後藤さんがポツリと、言った言葉。
 それ以外はもう何も言わなくて、私は背中を見上げていた。

 何で…謝るんですか?

 それだけが口の中で待機していたけど…結局、出す事は無かった。
 ピシリと、後藤さんは着物を着替え終えると私の着物を今度は手伝ってくれた。

 慣れていて、淡々と着せてくれる後藤さん。
 凄く…やっぱり遠い人に見えた。

 襖を開けて、待機していた愛ちゃんに一言言うと、

 "紺野は自分の部屋に居てね"
 "は、はい"

 さっきは何も無かったかの様に、後藤さんは歩き始めた。
 切り替えが早いと言うのは良い事だと私は思うけど…凄く…悲しくなった。

 その後を続こうとした愛ちゃんを、私は引き止めた。
 どうしてそうしたのか、私自身良く分からない。
 でも…。
259 名前:*第四部「罰」 投稿日:2006/04/13(木) 14:46



 "…皆には黙っといてあげるやよ、"あさ美""

 そう言われて、一瞬ビクッとなった。
 声色が、後藤さんそっくりだったから。
 愛ちゃんは手を外すと、後藤さんの背中に走っていった。

 
 深く歪んだ口元は、何を思ってのことだったのか…。

260 名前:*第四部「罰」 投稿日:2006/04/13(木) 14:46


 ――――――――*

261 名前:*第四部「罰」 投稿日:2006/04/13(木) 14:47

 ×××視点

 
 都内にある児童福祉施設。
 つまり孤児が生活している家。
 言えばウチが幼少時代に過ごした場所。


 カタカタカタ…
 ゴポゴポゴポ…
 
 キーボートの音と液体が沸騰する空間の中に、彼女は居た。
 大量な訳の分からない器具で部屋が初めの頃よりもかなり狭くなってる様な
 気がするのは多分気のせいじゃない。

 陽射しがカーテンによって遮断されていて、まるでどこかの引きこもりを
 思わせるようなその部屋の雰囲気。
 まぁ…どうせ前に無理やり掃除させられた時より全くしてないんだろうなぁ。

 「いきなり電話よこしてどうしたんですか?」
 「ん?あっ、来てくれたんだ」

 よく言うよ、いつも時間通りに来なかったら実験台にするくせに。
 衣服で埋もれたソファーにドカリと座り、ウチは一つ言ってやった。
262 名前:*第四部「罰」 投稿日:2006/04/13(木) 14:47

 「で?今度はなんですか?ウチも色々と忙しいんですけど」
 「あら?随分と偉そうねぇ、あなたの彼女を治してるのは」
 「スミマセンスミマセン、ワタクシガワルイデス」
 「うん、ならいいのよ」

 クッ、そうだった。
 この闇医者め。
 患者を人質にするんだもんな。

 「あなたにちょっと言ってほしい所があるのよ」
 「はっ?」
 「病院には私から言っておくから、そうねぇ…ヤグチに行くようにお願いしてあげる」
 「げっ!?」

 矢口さんに!?
 カリを作ると本当に容赦ないからなぁ…。
 絶対ワザとだな…チクショー。

 「まぁ…なっちが居るんだし、仲良くやるわよ」
 「あっ、そういえばなっちってこの前もお偉いさんに叱られてた」
 
263 名前:*第四部「罰」 投稿日:2006/04/13(木) 14:48

 多分あちらも辞めさせたいんだろうけど…この人の紹介
 だから対処できないんだろうなぁ。
 まぁ引き取ってる親戚の子が居るみたいだし、今辞めるのも…。
 
 カタカタカタとPCのディスプレイから一向に目を離す事はしないものの
 コピー機から出てきた紙を器用に取ってウチに差し出した。
 どうやら地図らしいけど、赤く丸い印が書いてある所って…。

 「ここ、別名"神隠し村"とも言われている場所でね、"地図から消えた村"
 の隣村なのよ、そこで行方不明者が多発してるって」
 「警察とかに任せないの?」
 「あのね、これは"こっち"の人間が関係してるのよ」
 「…なるほどねぇ、んでもしかしてウチだけ?」

 っと、カサカサと音が鳴り、上の方から銀の糸が伸び降りてくる。
 目の前にその先端部分が見えて、それと見事に目を合わす。

 「うぉっ!?」
 「これを仕掛けておいたのよ」

 シャカシャカと、8本の足を動かして奇妙な模様を描いた虫。
 名前と言うとこの人が付けた愛称。
 しかも一番のお気に入りの蜘蛛で…えーと…。

 「ウィリアム、触っただけでも麻痺させる猛毒を持つ毒グモよ」
264 名前:*第四部「罰」 投稿日:2006/04/13(木) 14:50

 触ろうとした瞬間、そんな注意を言われて間一髪。
 危ねぇ危ねぇ…。
 しかもなんつぅネーミング。

 「それに、その蜘蛛は私の一番のお気に入りだから…潰したりしたら
 どうなるか分かってるでしょ?」
 「イ、イゴキヲツケマス…」

 試験とか引越しなんかで大変だったから、この人の
 使い方忘れちゃったYO〜。
 前よりもかなり性悪になってません?

 「ウィリアム・モリス、イギリスのエセックス州ウォルサムストーで1834年03月24日に生まれて
 イギリスのデザイナー・工芸家・詩人。アーツ・アンド・クラフツ運動の提唱者。
 モリス・マーシャル・フォークナー商会を設立し
 手工芸による家具やタペストリーなどの室内装飾品を制作した。
 中世の手工芸の美しさを理想としたアーツ・アンド・クラフツ運動を展開をさせ
 運動は欧米各国に波及し、アール・ヌーヴォーなど20世紀のデザインに多大な影響を与えた。
 1884年には社会主義者同盟の設立に参加。イギリスにおける社会主義運動に尽力する」

 出た!この人の頭の中を一度拝んでみたいよ。
 人名から絵の題名から芸術関連のものさまざま…。
 いつもPCのディスプレイしか見てないのに。
265 名前:*第四部「罰」 投稿日:2006/04/13(木) 14:51

 「当時の政治目標は"全国独立、主権在民主義、社会解放、民主プロセス"
 立て直す為には戦って動く、あなたも戦って守り抜くもの、あるでしょ?」

 初めてPCから離れて、ウチへと視線を向けた彼女。
 なんか、辻が怒られてた時の事を思い出したな…。 
 あの時もこの人…こんな表情をしてた。

 「…分かりましたよ、矢口さんには「あまり事件を起こさない様に」
 って言っておいてくださいね」
 「あっ、そうそう」

 ヒュッと、その人は中に何かを放り投げた。
 それを上手く取って、手の中にあるソレを見る。

 「もしもの為の魔石、あの子の力を封じ込めてあるから大事に使いなさいよ」
 「別に自分のがありますから良いですけど…」
 「バカね、もしもの為って言ったでしょ?
 あそこにはちょっと…興味深いものがあるの」

 あっ、すっごくイヤーな笑みを浮かべてる。
 この人が興味を持ったものなんてホント普通じゃないからねぇ。
266 名前:*第四部「罰」 投稿日:2006/04/13(木) 14:51

 「それに、私の従姉妹もそこに行ってるから、頼むね」
 「はぁっ!?まさかまた蜘蛛使ったんじゃ…」
 「だからあなたにその加勢をしに行ってって頼んでるんじゃない」

 よく言うよ…本当に人使いが荒いよなぁ。
 まぁ…あいつの事と、ここでウチらを育ててくれた恩もあるし。
 
 "アイツら"を殺す事に疑問を感じても無い。
 いつかは殺さなくちゃいけないんだ。
 まぁ…"殺す"というより、"消滅"させるの方が言葉上良いのかもしれない。
 
 「んじゃ、旅費は全てそっちで持ってくれるんだよね?」
 「あれ?あなたこの前給料入ったんじゃないの?」
 
 「…飯田さん、ウチはまだ入りたての療法士です」

 次の言葉が出るまでに、ウチは即座にドアを閉めた。
267 名前:コルク 投稿日:2006/04/13(木) 14:53
更新は以上です。

最後の視点は追々分かるので(笑
この方は少しここでは脇役ですが、一体どんな風に変貌
するのでしょう(爆
268 名前:*第四部「罰」 投稿日:2006/04/15(土) 01:30


+++*+++

269 名前:*第四部「罰」 投稿日:2006/04/15(土) 01:31
 
 絵里視点

 
 守りたかった、さゆを私は…守りたかったんだ。
 自分が何になっても構わない。
 例えこの身体が無くなったとしても…私はさゆと一緒にいられるだけで…。
 
 それが…私の願いだった。

 "赤い蝶"を結んだ時に約束した、私だけの願い。
 さゆの身体を抱いて…弱々しい身体を必死に掴んで。

 涙が止まる事無く流れてて、手をギュッと握り締めた。
 この儀式が成功するのはほぼ100%。
 でもさゆは…昇天寸前にしていた事だから…確率は五分五分。

 生きるか死ぬか。
 もしもさゆが死んだ場合…私も死ぬ筈だった。
 当時は死ぬ事なんて恐れなかった。

 人の気持ちを背負って私は生きるなんて事…したくなかったから。
 
270 名前:*第四部「罰」 投稿日:2006/04/15(土) 01:31

 心を読むことが出来る力。
 私はそれを透視能力と呼んでるけど…実際どうなのかは分からない。
 それでもさゆの心は…もう死んでいた。

 
 でも…結果としてさゆは生きた。
 
 
 それから私は身体を弱くしたけど…さゆは凄く元気になった。
 ずっと一緒に…そう約束しながら…。

 ――――――――

 ――――――

 ――――
271 名前:*第四部「罰」 投稿日:2006/04/15(土) 01:32

 「うっ…」

 全身に鋭い痛みが走った。
 酸素が取り入れにくい。
 地面は硬く、ヒヤリと冷たさが肌に伝わる。

 ググッと身体を起こそうとすると、腹筋に力が入らず
 また地面へと戻ってしまう。

 私…どうしちゃったんだろう…。

 記憶が混乱しているのか、さっきまでの事がよく思い出せない。
 とにかく、ここがどこなのかだけを確認しようとし、首を左右に曲げてみる。

 「…真っ暗」

 明かり一つ見えない。
 まるで、奈落の底に落ちてしまったかの様な寒さがある。
 
 今までこんな所に一人で居た事があっただろうか。
 ゾクリと…身体を突き刺すような圧力が襲った。
272 名前:*第四部「罰」 投稿日:2006/04/15(土) 01:32

 『…っ…っ』

 目の前に…何か居る。
 闇の中で、私はそう思った。
 思っただけで…結局の所何も出来ないのだけど。

 それでも何かやらないと…このままじゃ一生この中かもしれない。
 さゆ…。

 「…誰?」
 『…っ…ス』

 ブツブツと何か言っているのは分かる。
 それに、この嫌な空気も…。
 まるで、その空気に身体を圧迫されてるみたい。
 
 「…泣いてるの?」

 私は一時的に能力を使って、目の前が人間なのかを確認した。
 その時に、私はそう思った。
 泣いてる…凄く悲しんでる。

 ピキリ…。

 どこからかそんな音が聞えた様な気がした。
 何かを引き摺る音と、何か金具が同時にぶつかる音。
 
273 名前:*第四部「罰」 投稿日:2006/04/15(土) 01:33

 「待って…」

 目の前の人を手探りで触れようとした時、二つの何かが見えた。
 紅く…燃えた丸いものが…。

 『ウアァァァァァァァァ!!!!!』

 その瞬間、目の前が大きく光り出した。
 光…というよりも、まさに紅蓮の炎が…全体を映し出した。
 そして…その炎に居る者の姿も…。

 「こ…ども?」

 それは、両手首に黒い塊が付けられ、両足にも同じようなものがあった。
 それは、全身を傷だらけにして、闇の様に黒い着物を纏っていた。
 それは、鎖を浮遊させ、まさに凶器を操る鬼の様だった。

 そして…紅蓮の両眼からは大粒の涙を流していた。

 分かる…全身に、その気持ちが伝わった。
 手が、神経が、血管が、骨が、そして脳が…それを触れと訴えかける。
 ふと、自分の目からも涙が流れた。

 ポタポタポタ…目の前に居るこの子の想いが伝わってくるたびに…流れ続けた。
 
274 名前:*第四部「罰」 投稿日:2006/04/15(土) 01:33

 どこまでも深く…深く…。
 闇の中に入っていく様な…そんな感覚。
 
 憎悪の塊が…私を侵食する。
 身体が軋む。
 壊れるかと思うぐらいに…激痛が走った。

 でも…これを受け止められるのは…私だけだと思った。

 この17年間、私は色んな人の心を読んだ。
 それは楽しさや、嬉しさもあったけど…悲しさや、痛みや、辛さや、怒りや。

 怖さや恐れ…憎悪もあった。
 全て伝わってしまう身体だから…私は我慢し続けた。
 でも…やっぱり人間なんだと思ってしまう。

 全てを受け入れてしまうとすると、身体にも異常が発生するし。
 精神もやられる。
 病院に2年も居たのは、リハビリと、その為だった。
 
275 名前:*第四部「罰」 投稿日:2006/04/15(土) 01:34

 この能力を教えてくれた人は…私に言った。

 "人の心は複雑で、他の人には見られたくない人も居る。
 だから、あなたの能力を少しだけ負担させない様にならしてあげるわ。
 その能力を恨まないで、それは自分と同じ位苦しんでいる人の心を癒すものだから…"

 恨んでいた能力を、今度は私が誰かの心を癒す為に使う。
 さゆにもそうしてあげる事が出来ればよかったのに…。

 『アァァァァァァァァァァァ!!!!!』
 「ぐっ…うぅ…」

 待ってて…今…楽にしてあげる。

 炎から出る風圧によって近づけれなかったけど…ついに辿り着いた。
 肩を掴んで、一気に自分の方へと引き寄せる。

 「熱っ…!!」

 本物!?
 身体がこのまま溶かされるのかと思うほど…その子の身体は熱かった。
 これが…この子の怒り。
276 名前:*第四部「罰」 投稿日:2006/04/15(土) 01:34

 「もう…良いの」

 ピクリと…表情が一瞬歪んだ。
 ボロボロと零れる涙が…私の頬に付いた。
 凄く冷たい、怒りと後悔が…この子から溢れ出してるんだ。
 
 「あなたの憎悪を…私が持ってあげるから…」

 これが、私の罰だと思った。
 さゆを救う事が出来なかった…私の罰。
 "紅い蝶"という呪いを掛けてまで、私はさゆを救おうとしたのに…。

 「ごめん…ごめんね…」

 私は…守ってあげられなかった。
 視界はすでに滲み、もう目を開けていられなくなった。
 苦しい、辛い…どこまでも追ってくる真っ暗な闇。
 
 でも、それに対抗する術を持たなかった私。
 それに引き込まれる様に、私はまた気を失った。

 
 私の身体を、鬼は優しく腕で包みながら…炎を徐々に消していった。
277 名前:*第四部「罰」 投稿日:2006/04/15(土) 01:35


 ――――――――*

278 名前:*第四部「罰」 投稿日:2006/04/15(土) 01:35

 真希視点

 
 数十分前、止んだと思っていた霊気が尋常じゃない量で"穴"から溢れ出た。 
 数人が身体の異常を訴え、圭ちゃんが大急ぎで見回っている。
 
 そして、震度5度程の地震が起こり、家が何件か崩壊してしまったという報せを聞いた。

 「これは…もう使うしかないな」

 あたしの義父がそう言った。
 亀ちゃんの奥様方の部屋で今何人か集まり…状況の対策を考えてるところ。

 「ですが…たった一人だけで足りるでしょうか?」
 「そのたった一人の命でも、居ないよりはマシであろう?」

 疑問を投げ掛けた村人に義父は睨みつけながら言った。
 ビクリと怯えたように身体を小さくして、村人はもう話すことをしなかった。
 さすがここの総管理を勤めているだけあって、相変わらず手厳しい。

 「愛、何故他の2人の消息が絶っている?そして亀井の娘達も、朝は居たのであろう?」
 「…すみません」
 「謝ってすむ問題ではないのだぞ!!?」

 バンッと、テーブルを両手で思いっきり叩き、あたしの隣に座る高橋に
 怒鳴りつけ始めた。
279 名前:*第四部「罰」 投稿日:2006/04/15(土) 01:37

 「何故お前をあんな人間の巣の中に下ろしたのか分かるか?
 真希の様に、村以外の人間をこちらに招き入れるためだ。
 それをお前は、自分で塵にしたのだ!!」
 「…」

 ギュッと、高橋の拳が強く握り締められる。
 あたしは…ソッと自分の手を添えようとした。

 「迷いを抱くな…今から一週間後、残っている人柱で闇討ち祭を行う。
 真希、愛、お前たちがしろ」

 ザワリと、一瞬部屋の中がざわめいた。
 あたしもと高橋は同時に、義父の方に視線を向けた。

 「今全責任を抱えているのは俺だ、そしてそれを遂行するのは…俺たち一族だけだ」
 「そんな…」



 「…あーし、やります」

280 名前:*第四部「罰」 投稿日:2006/04/15(土) 01:38

 ピタリと、周りから雑音が消えた。
 隣の高橋の口から…あたしは目が離せなくなった。

 「…では一週間後、それまであの娘を閉じ込めておけ」

 義父は言うと、殆どの村人達を引き連れて出て行った。
 多分…自分の家へと行ったのだろう。

 「高橋…」
 「…良いんです、どうせ、自分でするって決めてたし」

 「それにこれは…あーしの罰なんですよ」

 罰…高橋はそう言った。
 口角を歪めて、天井を見上げながら…高橋は泣いた。

 「きっと…さゆ達を傷つけた…あーしへの罰」

 目から溢れんばかりの涙を浮かべて、笑って、泣いた…。
 どうせなら…高橋だけは…これをしてほしくなかった。
 あたしと…同じにはなってほしくなかった。

 どうやら神様は…罰を付けるのが凄く楽しいらしい。
 そして、凄く純粋なのだろう。

 
 こんな事をしていても、自分には一つも罰を与えていないのだから…。


281 名前:*第四部「罰」 投稿日:2006/04/15(土) 01:38

 あたしは…脱力したように、視線を下に落とした。

 どこかで…あたしを呼ぶ声がした。
 それはとても胸に鋭く突き刺さり、耳を塞ぎたい衝動に襲われる。
 あの時も…こんなだったけ…。

 高橋がボロボロになりながらも目の前の光景を見てて
 それをあたしが横でずっと支えてて。
 目の前で怒りを露わにする彼女を見つめながら…。

 
 "なんで…なんでだよ!ごっちん!"

 
 そんな声が、あたしの身体を貫いていった。
 あたしは…頭の中で何を思っていたのだろう。
 その言葉を、私はどうやって返していただろう…。

 もう一人の彼女が、あたしに向かってこようとしている彼女を止めていた。
 何かを叫んで、目に涙を浮かべて、必死の止めようとしている。
 
 どうして…?あたしが…あたしが二人をそんな風に…。
282 名前:*第四部「罰」 投稿日:2006/04/15(土) 01:39

 止められた彼女は身体を地面に崩して、止めていた彼女はあたしに向かって…。


 
 …笑った。

 
 
 どうしてあんな表情をしたのか、今でも全く分からない。
 そしてそれが…あたしの足枷となっている。
 今でも…これからも…。

 「これが…罰」

 自分一人だけが幸せに生きていけるなんて思わない。
 でも…相手が幸せになるのなら、あたしはどうなっても良いと思ってた。
 それがこの結果…。
283 名前:*第四部「罰」 投稿日:2006/04/15(土) 01:40

 「…麻琴ぉ…」

 ふと、高橋が呟いた名前に、聞き覚えがあった。
 小川麻琴…新垣里沙という子と行方不明になっている…ちょっとヘタレな子。
 妙に…あいつと似てた。
 
 血が繋がっていなくても…やっぱりどこかで繋がりが生まれるものなんだな。
 それなら尚更…この状況を作っちゃいけなかった。

 「…探そう」

 あたしは言って、高橋の反応を見る。
 ゆっくりと顔を上げて、潤んだ目から雫がこぼれた。

 「もう夕刻過ぎてるし、ここの村の部外者が歩いてて良い訳無い」
 「…でも」
 「それに多分、父さんも村の人たちを使って捜索隊を結成すると思う
 それまでに、あの子達を逃がす」
 「!?」
284 名前:*第四部「罰」 投稿日:2006/04/15(土) 01:40

 あたしは、あんたに何もお姉さんらしい事してこなかった。
 でも…紺野と話をして、ようやく分かった。
 大切な人を想うのは、決して悪い事じゃない。
 でも…救えるのに救えないなんて、それはまっつーとの約束を
 破る事と一緒だと思う。

 
 …ミキティ。

 「紺野の事はあたしに任せて、あんたは見つからない様にあの子達
 を探して」
 「…でも…」
 「あの子の事を傷つけた罰をこれだと思えば良い、あの子達を見つけた後
 亀ちゃん達も逃がす」
 「そんな事をしたら…!?」

 あたしがバカだったんだ。
 まっつー達は、あたし達がこんな事をし続ける為に死んだんじゃない。
 あたしに気付いてほしかったんだ。

 
 大切な人を殺す様を…どんな想いでするのか。

 
 「まだあと一週間はある、絶対に間に合わせる」
285 名前:*第四部「罰」 投稿日:2006/04/15(土) 01:41

 

 高橋を腕で包んで、あたしは言った。
 罰を背負うのなら、とことん背負ってやろうじゃないの。
 こんな村が消滅したとしても…。

 


 自分が闇の"溝"に放り込まれたとしても…。


 
286 名前:*第四部「罰」 投稿日:2006/04/15(土) 01:41


 〜第四部「罰」

287 名前:コルク 投稿日:2006/04/15(土) 01:47


 ( ´ Д `)ノシ<んぁ〜、隠すよ

288 名前:コルク 投稿日:2006/04/15(土) 01:48

 
 川*’ー’)<隠すやよ〜

289 名前:コルク 投稿日:2006/04/15(土) 01:51
パソコンの不調子でageてしまいました(滝汗
これで第四部は終了です。
暗めに書こうとすると本当にテンションも↓↓に
なるものなんだと初めて知りました(死
290 名前:*第五部「居場所」 投稿日:2006/04/20(木) 00:07


++++++*++++++

291 名前:*第五部「居場所」 投稿日:2006/04/20(木) 00:08

絵里視点

 
ザッザッザ…
 ジャリジャリ…

 耳に付く何かの音で、私は目が覚めた。
 身体に力が入らない事はすぐに気付いて、誰かに担がれていると言う事も分かった。
 
 でも、不思議と不安や恐怖は持たなかった。
 その背中は、小さいながらも私には大きくて、優しい感じがしたから。

 昔、こんな風に誰かが私を抱えてくれた事があった。
 もう少し背中は大きかったけど、それでも凄く優しくて
 ずっとそのままで居たいとさえ思った。

 "…もう一人で来ないでね"

 私が目が覚めた事に気付いたのか、その人は言った。
 森林の中を歩いて、草の匂いがした。
 ソレと同時に…鉄の様な匂いも…。

 "みきたんの事…ごっちんに言っておいて"

 それが、その人の最後の言葉。
 私はいつの間にか自分の部屋に居て…。

 "えり!"
 "…さゆ?"
292 名前:*第五部「居場所」 投稿日:2006/04/20(木) 00:08

 私の隣には、さゆが居た。
 布団の中で眠っていた私を見下ろして、さゆは凄く悲しそうに泣いていた。
 泣かないで…ずっと笑顔で…。

 私はその前の数日間を忘れていて、厳重に監視される様になった。
 村から出る事も…近くの森に遊びに行くことも。

 それでも、私はさゆと計画し、あの日、私は川の近くに居た。
 そして…身体の限界を超えてしまった。
 今でも…足を動かすだけで激痛を覚えたりするし、身体が
 言う事を聞かない時だってある。

 ザッザッザ…
 ジャリジャリ…
 
 それにしても、この人は一体誰なのだろう。
 そして…一体何処に向かっているのだろう。
 
 この鉄がぶつかり合う音は…。
 
 「…気が付いたと?」
293 名前:*第五部「居場所」 投稿日:2006/04/20(木) 00:09

 ピタリと、私を抱える人は言った。
 ずり落ちない様にしっかりと両腕を固定し、顔を振り向かせた。

 「…もう少しで着くけん」

 頭から右目に掛けて白い布が巻かれ、首にもそれはあった。
 目は真っ黒で、まるで本当に見えているのかどうかも怪しい漆黒。
 それでも…やっぱりどこか優しさがある瞳。

 服は所々ボロボロで、黒く滲んでいる場所もあった。 
 ズキリと…私の何かが傷んだ。

 「ぁっ…」

 声が出ない。
 何かが詰まってる様な…どこかで土を飲んだ気分。
 口の中がザリザリして気持ちが悪い。

 「…こっちから声がする」

 そう言って、急に走る速さが変わった。
 ザザザと、まるで風を切る様な音と一緒に、身体が上下に揺れる。
 ジャリジャリと言う音も、それに続く様に鳴り響いていた。
294 名前:*第五部「居場所」 投稿日:2006/04/20(木) 00:09

 …………………
 ……………
 ………
 …

 次に目が覚めると、そこは何処かの小屋だった。
 正確なところまでは分からないけど、俵で作られたマットに
 私は寝かされていて、板と板の間から、光が漏れ出していた。
 
 あれは多分月光…夜なんだ。

 身体はまだ動かない。
 腕を上に掲げて、私は指で1と作った。
 どうやら頭が上手く機能していないらしい。
 今誰かに何かされても、全く抵抗できないだろう。

 ガタッ…

 目を向けると、そこに誰かが立っていた。
 暗くて人影の様にしか見えなかったけど。
 さっきそんな事を考えていたから一瞬ビクリと身体が反応した。

 「…飲める?」
295 名前:*第五部「居場所」 投稿日:2006/04/20(木) 00:10

 人影はそう言って、私に何かを飲ませた。
 冷たくて、口の中にあったザリザリ感が無くなっていく。
 水だと分かって、私は飲もうと気管に入れようとしたけど、

 「…っ、ゴホッ!…」

 含んでいた水が多すぎて、私は全部吐き出してしまった。
 病み上がりな所為か、身体の機能が上手く動いてくれないらしい。
 しかも、それとは違って、疲労の様な状態で麻痺を起こしてる様な…。

 「口…開けて」

 膝に私の頭を乗せたのか、後頭部に何か感じた。
 言われたとおりに口を少し開けて、そのままで待つ。

 「ンッ…!?」

 一瞬、何が起こったのか分からなかった。
 口に何かが入ってきたと思ったら、舌が何かで絡められて少しずつ水が流れてきた。
 でも、さっきよりも全然飲みやすくて、何度かそうして飲み続けた。
 初めて味わったから…凄いドクドクと心臓が急速に鳴り動いていた。
296 名前:*第五部「居場所」 投稿日:2006/04/20(木) 00:10

 
 「…ぁりがとぅ…」

 ようやく声が出せるようになって、私はその人影にお礼を言った。
 膝に頭を乗せてもらっている内に、ウトウトと睡魔が襲う。

 ギュッと、私はそれが手の平だと思ったものを掴んだ。
 暖かい…。

 
 「あなたは…だれ?」
 

 チリーン…―――――――

 月光で、人影の片耳に輝く何かが鳴った。
 左の表面だけが当たって、その人影の表情を映し出す。

 …この子か。
 両手首には、あの黒い何かが付けられていた。
 鉄の枷の様なモノ。
 漆黒の着物を纏い、それはこの空間に溶け込んでいた。

 「…れいな」

 漆黒の両目が、濁りも無く私を見据えている。
 顔や手を白い布で巻きつかせながら、少女れいなは言った。
 
297 名前:*第五部「居場所」 投稿日:2006/04/20(木) 00:11


 ――――――――*

298 名前:*第五部「居場所」 投稿日:2006/04/20(木) 00:11

 ×××視点

 
 翌日、ウチは出発前にとあるマンションへと立寄っていた。
 一応ここが今ウチが住んでいる…と言うか、居候させて貰ってる所。

 別に衣服には問題は無いけど、預かってもらってる物を取りに来た
 …って奴?
 "アレ"を消滅させるには独特な武器が必要になるし。

 「…ただいまぁ…ってうわ!?」

 まぁ、それを取りに行くのは至難の技で…。
 何せ一週間以上帰ってきてなかったから。

 「待ち侘びてたぞぉ〜よっすぃ〜」
 「いや…あの…矢口さん、ウチそんな事をしている暇は」
 「ほほぉ、なら手早く済ましてあげる、感謝しろよ」
 「ぎ、ギャー!!」
 
 ………………
 ……………
 ………
 …
299 名前:*第五部「居場所」 投稿日:2006/04/20(木) 00:11

 武術や体術はチンピラが100人以上居ても大丈夫までには
 仕込まれてたけど…それを伝授した師匠に勝てる筈も無く…。

 とりあえず鎖骨と肋骨を1本ずつ、軽くイッてるな。

 「んで、またカオリに頼まれたんだって?」
 「イッ、そ、そうなんですよ」
 「全く、カオリってホント人使いが荒いよなぁ」

 ギリギリと、腕の関節をキメながらウチの背中に座って話を
 するこの異常なチビ女。
 一応ウチの師匠なんだけど…名前は矢口真里。

 「あっ、それであたしがあんたの仕事をやるって言われても…
 あたしやり方とか知らないし、適当にやるからね」
 「ち、ちょっとは出来るでしょ?あの人と一緒に世界回ってたんだし」
 「あのなぁ、あたしは助手みたいなものだし、第一分野が違うじゃんか」  
 
 絞め技を解くと、矢口さんは大きくため息を吐いて
 呆れ表情で棚の上から何かを掴んだ。
 それをウチに投げて寄越す。
300 名前:*第五部「居場所」 投稿日:2006/04/20(木) 00:12

 「言っておくけど、あたしらだって好き好んで回ってたんじゃない
 "そうしないといけなかった"からこの仕事を引き受けてた訳、OK?」
 「それにしてはかなり楽しそうにえげつない事を…グェッ!」

 頭を思いっきり地面に叩き付けられた。
 しかもコンクリートなのに凹んでいるところを見ると…頭蓋骨もちょっとヤバめ?
 
 「あんたも…石川の事はカオリに任せておけば良いのに
 アレはよっすぃ〜の所為じゃないんだしさ」
 「…それでも、ウチが結果を招いた事には変わりないですし
 自分の尻は自分で拭くものですよ」
 「あんたのそういう所がムカつく」

 グリグリと、頭を地面に擦り付けられて鼻が折れるかと思った。
 それでも少し鼻血が出てしまって、矢口さんがティッシュの箱を放り投げる。
 
 「で、戻ってきた理由は、アレだな?」
 
 鼻の中に不恰好になるけどティッシュを詰めていると
 矢口さんが言って、違う部屋へと入っていった。
 少し間が出来たから、一週間ぶりの空間を見回る。
301 名前:*第五部「居場所」 投稿日:2006/04/20(木) 00:12

 ウチが高校を卒業し、本格的にこっちの仕事をする様になって3年。
 矢口さんに半殺しになりながら鍛錬するようになって
 この部屋で過ごす様になって
 何か…初めて家族って感じの生活を過ごした気がする。

 あの施設はちょっと普通じゃなかったし
 自分で何かをして行かないと生きる事も出来なかったから…。
 それなりに楽しい事もあったけど、それは表の自分であって。
 裏の自分は…どんどん闇に取り込まれていった。

 "ひとみちゃん!!"

 大きく叫んだあいつの声。
 目の前がスローモーションの様に動いていて、
 次には瞬き一つの間で全てが正常に戻っていた。

 ただ…地面に流れる鮮血だけがさっきと違う事に
 視界が真っ暗になった事以外は…。 
 
 全てが信じられずに居た、ウチを救ったのはあいつの存在。
 自分と一心同体の様に一緒に居たあいつは、まさにウチの表だった。
 
 自分を守って何が悪い?
302 名前:*第五部「居場所」 投稿日:2006/04/20(木) 00:13

 自分の為に生き、自分の為に死んで、何が悪い。
 そうするしかなかったウチに、この世界は何を望む。
 "アイツら"を生み出す様なこの世界の為に、ウチは戦ってるんじゃない。

 ウチは、自分自身の存在を守る為に戦ってるんだ。
 …矢口さんの教えに反する事だけど、ウチはいつもそうしてきた。
 これまでも…これからも…。

 「よっすぃ〜」

 バンッと、鉄で作られた箱を片手でウチは掴み、目の前で投げる構えを
 する矢口さんはチッと舌打ちをした。
 本当にこの人は…。

 「もう少し弟子に優しくしてくださいよぉ〜」
 「バカに優しくするバカは居ないよ」
 「まぁ愛情の裏って事で受け取っておきますYO〜♪」

 昇段突きを喰らわれそうになったけど、ヒラリとそれを交わして
 箱の中に入っている"アレ"を取り出した。
 スラリと、約数年振りに手に持ったそれは、あまりにも手にしっくり来ていて。
 
303 名前:*第五部「居場所」 投稿日:2006/04/20(木) 00:13

 カシャリと音が鳴り、中身を覗いてまた閉じた。
 ゾクリと、背中にその感触を慣れさせながら、ウチは言った。

 「…また持つ破目になるなんて、ビックリですよ」
 「別にあたしが行ってもよかったんだけど…カオリがよっすぃ〜
 に任せたんだから、しっかりやりなよ」

 バンッと、矢口さんは背中を思いっきり叩いた。
 思わず咽返りそうになったけど、一瞬ドキッとなった。

 「…あんたが"ソレ"を持たない時は…あんたがこの世から消える時
 そう最初に言ったでしょ?」
 「…冗談ですよ、ここでウチが普通の日常を送れるだなんて
 一度も思った事…無いですから」

 そう言って、ウチはソレを掲げて見る。
 人差し指を引き金に乗せて、真っ黒な鉄の重さが身に染み渡るようだった。
 矢口さんの表情は、まるであの人が居なくなった時にそっくりで…。

 どうしてか、凄くこっちまで悲しくなる。
304 名前:*第五部「居場所」 投稿日:2006/04/20(木) 00:14

 「で、もう出発?」
 「はい、しかもかなり山奥らしいです」
 「熊に襲われちまえ」
 「お肉にして持って帰ってきますから♪」

 十八番の飛び膝蹴りが炸裂し、脇腹を少し負傷したものの
 ウチはなんとか部屋から飛び出した。

 
 「…よっすぃ〜!」
 
 ドアの方から、矢口さんの声が聞えて
 少し振り返ってみた。

 「…あんたの居場所は、ここなんだからな」

 頭を掻きながら、照れくさそうに視線を外して
 なんだか…矢口さんが凄く可愛らしい〜♪

 「まさに愛ですねぇ〜♪」
 「なっ!?っ…さっさと行けぇ!」
 
 ボコンと、隣の壁が思いっきり凹んだ。
 ちょっ、あの人魔石使ってるよ!!
 大人気ないねぇ〜。
305 名前:*第五部「居場所」 投稿日:2006/04/20(木) 00:15


 専用のホルスターに愛用の魔銃「アルダフェズル」を持って
 "アイツ"らを消滅させる為に、ウチは走り出した。
 
 居場所…か、矢口さんめ、照れくさい事を…。
 
 並ぶ桜を、ウチは見上げて、熱くなった頬を冷まさせる様に
 全速力で走った。
 
 いつの日か、あの居場所で普通の生活が出来る事を祈って…。





306 名前:コルク 投稿日:2006/04/20(木) 00:16
以上で更新終了します。
それではもう寝不足で倒れそうなのでこれで(滝汗
307 名前:*第五部「居場所」 投稿日:2006/04/23(日) 05:27


 ++++++*++++++

308 名前:*第五部「居場所」 投稿日:2006/04/23(日) 05:27

 麻琴視点

 
 …変な夢を見た。
 周りは真っ暗で、あたしはただ一人で。

 
 片手に、大きな何かを持っていた。
 銀の刃が鈍く光っていて、まるで…まるで…。

 ハッとして、目の前に誰かが居る事に気が付く。
 ボゥッと微かに見えるだけで、ハッキリとは分からない。
 そして、その人も同じものを持っていた。

 対立するあたし達は、その手に収まるものを前に構えて
 今にも走り出そうという体勢を取っていた。
 
 張り詰める空気。
 緊迫した空間。
 鬼気が全体を覆い尽くす様な…あたし達だけしか入る事の出来ない場所。
309 名前:*第五部「居場所」 投稿日:2006/04/23(日) 05:28

 
 …あたしは走った。
 
 
 その人を貫こうと、銀の刃を前に構えて。
 目の前の人も、あたしと同じく走り出す。
 風が、一気に爆発した。

 
 …一瞬、桜の花びらが散った。

 顔に暖かいものが付着する。
 肌に布の感触が伝わる。
 銀の刃は、その人を貫いていた。

 顔はまだ見えない。
 鬼のお面を被っているらしく、それがピキピキと崩れていく。
 
 パリパリパリパリ…。

 顎、口、鼻、頬、そして…目。
310 名前:*第五部「居場所」 投稿日:2006/04/23(日) 05:28

 見覚えがあった。
 
 口からは一筋の赤い線が流れ、鼻は独特な形をし、頬は少し青白い。
 目からは…ポタポタポタとその人からは見たことも無かった涙が流れていた。

 …どうして…。

 その人は…フッと笑って、闇の中に消えていった。
 まるで…安心した様に…。 






311 名前:*第五部「居場所」 投稿日:2006/04/23(日) 05:29

 目を開けると、そこはあの愛ちゃんの家では無く
 少し湿り気を覚える小さな穴。

 「あっ、まこっちん、おはよぉ」


 そう言って、どこから出してきたのか、鍋を焚き火で沸騰させて
 中の薬草の味を確かめる里沙ちゃん。
 これが、俗にいう野宿ってやつかぁ。

 「…じゃなくて、なんであたし達こんな事してるの?」
 「何でって、こんな夜に帰るとしても、道が分からないでしょ?」

 そう言われて、穴の中から外を覗いてみると…うん、確かに。

 「いや、でもね、状況的におかしくない?」
 「何が?」
 「あたしいつの間に寝てたんだろ」
 「疲労が溜まってたんじゃない?」

 確かに妙に身体が重たいけど…これ本当に疲れの所為?
 なんだか得体の知れない何かに押し付けられてるって言うか…。
312 名前:*第五部「居場所」 投稿日:2006/04/23(日) 05:29

 「今何時?」
 「6時35分」
 「…6時?」

 もう一度外を見る。
 真っ黒で、視界は殆ど遮断状態だから全く周りが見えない。

 「…やけに暗すぎない?」
 「そうだね」
 「さっき夜って言ったじゃん」
 「言ったっけ?」

 「出来た」、そう言って里沙ちゃんはグツグツ煮込んだ薬草汁を
 また何処から取り出したのか、カップの中に注いでいく。
 里沙ちゃんってこんなにマイペースだったっけ?

 「まこっちんも食べる?」
 「おいしいの?」
 「もちっ♪私が作ったんだからね」

 ググゥッとお腹の虫が鳴って、あたしはカップを受け取った。
 もしかしてまだ寝ぼけているのだろうか。
 ズズズッと飲み込むと…うん、意外に美味しい。
313 名前:*第五部「居場所」 投稿日:2006/04/23(日) 05:30

 「どうよ?」
 「うん、里沙ちゃんも中々やれば出来るんだねぇ」
 「伊達に薬の調合研究してないよ♪」

 そういえばあたしそのい実験台ばかりされてたっけ…。
 ジトーっと里沙ちゃんを見ていると、気付いたのか、ニカリと笑った。

 「大丈夫大丈夫、自分も食べるものには入れないよぉ」
 
 あっ、そういう問題なのね?
 探究心に火が付くと周りが見えなくなるってやつだね。
 …出来れば実験台にはもう少し目を向けてよねぇ。

 「それで…これからどうするの?」
 「そうだねぇ…」

 ガサガサガサと、ポケットの中から折りたたまれた紙を
 取り出すと、それを焚き火に近づける。
 
 「…地図?」
 「この周辺一体の、ここが愛ちゃんの所の家で
 多分ここを通ってここら辺かな」

 指をススーと流して、多分あたし達が歩いたと思われる
 ルートを導き出す。
314 名前:*第五部「居場所」 投稿日:2006/04/23(日) 05:30

 「こんなのどこから持ってきたの?」
 「ちょっとね」
 「もしかして…」

 あたしが想像したことを言おうとすると
 里沙ちゃんは少しムスッとしてあたしを見た。

 「失礼な、ちょっと借りただけだよ」
 
 あぁ…ごめん、愛ちゃん。
 研究の鏡になった里沙ちゃんはもう止められないんだよぉ〜。
 
 あたしは心配していると思われる愛ちゃんを浮かべて謝った。
 
 「それで、今からここに行こうと思う」

 ピッと、里沙ちゃんが指を差した所を見てみる。
 あたし達がいる所と、愛ちゃん達の家とは逆の場所。

 「帰らないの?」
 「『実はね、ここに知り合いの人が居るんだ
 その人に会わないといけない』」

 突然、里沙ちゃんの声が大人びた様に感じた。
 ここに行くにあたって、なにかあるのだろうか。
 こんな里沙ちゃん、初めて見た。
315 名前:*第五部「居場所」 投稿日:2006/04/23(日) 05:31

 「『…協力してくれる?』」

 里沙ちゃんは、スッと手を前に出してニコッと笑った。
 いつもの嫌な笑みじゃなくて、なんだかホッとする様な…。

 「『そうじゃないと…あたし達は…普通の生活には
 戻れないと思う』」
 「えっ…それどういう…」

 
 ガサリ…

 一瞬、外の方で何かが聞えた。
 あたしと里沙ちゃんは、ハッと振り向き、息を呑む。
 何か、凄く嫌な予感がする。

 「『…"ココ"に入った瞬間から
 もうあっちには戻れないかもしれないって事』」
 
 そう言って、里沙ちゃんは何かを取り出し、それを構えた。
 炎で赤く染まった、一振りの短刀。
 そこからは、青白くモヤの様なのが取り巻いている。
316 名前:*第五部「居場所」 投稿日:2006/04/23(日) 05:31

 「『どうする?』」  
 
 ガサガサガサガサガサ…

 まるで草を引き裂いている様な…
 ザリザリという音と一緒に近づいてくる。
 
 ドクドクドクと、心臓がはちきれそうな程に鳴り続ける。
 汗が止め所無く流れてきて、背中はもう悪寒をずっと感じ続けてる。
 このまま逃げてしまいたいけど、里沙ちゃんの両目が
 それをさせてくれない。

 どうする?

 「もし…しなかったら?」

 ガサリと、音は止んだ。
 静まり返る空間が、逆に恐怖を倍増させる。
 あたしは、里沙ちゃんの言葉を待った。
317 名前:*第五部「居場所」 投稿日:2006/04/23(日) 05:32

 

 「『死ぬ』」


 
 バッと、草むらから何かが走り出した。
 体中から刃物をくっ付けて、苦痛を浮かべるゾンビの様な人間。
 液体をそこら中から流して穴へと突っ込んでくる。

 …それを見たと同時に、花が咲いた。

 まるで桜の花びらの様に…それは疾風が走りこんで行った様に
 大きく揺さぶり、そして散らせた。
 
 『!!!!』

 細切れにされた桜は、訳の分からない叫び声をあげてその場に落ちた。
 人の形をした一本桜、それを見下ろして、平然と立つ里沙ちゃん。
 あたしは…言葉を失っていた。
318 名前:*第五部「居場所」 投稿日:2006/04/23(日) 05:33

 「まこっちん」

 数秒の間から、里沙ちゃんがあたしを呼んだ。
 声は里沙ちゃんのもので、目の前に居る女の子も
 明らかに里沙ちゃんだった。

 「…協力してくれる?」

 ファァッと、桜は砂煙の様になって、闇へと消えていった。
 まるで…元の居場所に帰って行ったかのように。

 「…帰れるかな?」
 「帰るために、協力してくれる?」

 里沙ちゃんはニコリと笑って、また手を差し伸べた。
 腰が抜けて、見下ろされた状態になっていたけど
 あたしは、その手を掴み、立ち上がった。

 「…私達の居場所はここじゃない、だから…帰るために」

 焚き火の火を使って、あたし達は歩き出した。
 家に帰るために、帰るべき場所に戻る為に…。
 
319 名前:*第五部「居場所」 投稿日:2006/04/23(日) 05:33


 ――――――――*

320 名前:*第五部「居場所」 投稿日:2006/04/23(日) 05:34

 あさ美視点

 
 4本の鉄の棒で、陽射しが差し込む場所は固定されていた。
 この空間に、唯一光が差し込む所で、夜になると世界は闇。

 昨日の夜、私はここに無理やり入れられた。
 5、6人が部屋に入ってきて、それはどれもこれもここの村の人。
 中には…後藤さんのお父様まで居た。

 一昨日までは、凄く優しそうに微笑んでいた人たち。
 一気に、奈落の底へ落とされた気分だった。

 ジャリ…

 壁に鉄製の枷を鎖で両腕を固定されて、足には木造の枷が付けられた。
 口には声を上げさせない様に轡まで付けられて、完全な拘束。
 地面の冷たさが、自分は一人なんだと痛いほどに感じさせる。

 ホント…私は、何処に居ても普通の扱いはされないんだ。

 
 不幸を呼ぶ化け物…。
 私は、生まれてからずっと言われてた。
321 名前:*第五部「居場所」 投稿日:2006/04/23(日) 05:34

 カシャン…

 鉄格子で遮断された空間の中で、隅の方にあるドアが開いた。
 力が出なくて、私はずっと俯いたまま。

 
 「…紺野」

 
 ハッと、私は耳を疑った。
 
 昨日ずっと呼び続けてた人。
 ずっと頭から離れることの無かった人。
 ずっと…ずっとこの声が忘れられなかった人。

 「…紺野」

 もう一度呼ばれて、私は顔を上げた。
 乱れた髪を優しく撫でられ、ジワリと、目が滲んだ。
322 名前:*第五部「居場所」 投稿日:2006/04/23(日) 05:35

 「ンッ…」

 轡の所為で上手く言葉が言えなかったけど
 それでも私は、名前を呼ぼうと躍起になってた。
 
 どうして昨日来てくれなかったんですか?
 私…私ずっと待ってたんです。
 ずっと叫んでたんです。
 ずっと…お会いしたかったんです…。

 心の中で叫んで、私はポロポロと涙を流した。
 撫でられる手の感触が、凄く心地良かったからかもしれない。
 安心できたからかもしれない。

 「…ごめんね、紺野」

 そう言って、後藤さんまでも目に涙を浮かべていた。
 泣かないでください…どうか…。

 私はフルフルと首を横に振って
 ジャリジャリと両手に繋がる鎖を揺さぶった。
 取れない事は分かってるけど…それでも私は…。

 「…おい、何をしているんだ?」
323 名前:*第五部「居場所」 投稿日:2006/04/23(日) 05:35

 バッと、後藤さんは後ろを振り向いた。
 私はビクリとして、同じく後ろに視線を向ける。

 「…なんで紺野がこんな格好なの?」
 「固定しようとしたら暴れてな、仕方なくそのままにしたんだ」
 「…最低」
 「最低なものか、闇討ち祭では大切な人柱だからな
 確保するにはそれなりに強引さがなければな」
 「…この村も落ちぶれたよね」
 「あぁっ?」

 紛れも無く、後藤さんの声色ははるかに冷たい。
 背筋が凍りついた様に私の身体は動かなかった。
 4人の肩の良い男の人に対して、平然と立っている後藤さん。

 「…口封じの為にこの村の人以外を使ってここを維持してる
 そんな所で、まともな奴なんているわけないじゃん」
 「貴様…高橋家の落ちぶれのクセに」
 「…」
 「知っているぞ、お前、捨て子なんだってな」
 「後藤真希…ご大層な名前をお付けになったものだ」
324 名前:*第五部「居場所」 投稿日:2006/04/23(日) 05:36

 
 …捨て子?

 
 後藤さんは、捨て子だった?
 私の頭の中は真っ白になって、グルグルと視界が歪んだ。
 だけどこれでハッキリした。
 
 どうして私が…後藤真希という女性に惹かれていったのか。

 「喧嘩売ってんの?」
 「こんな女一人、高橋さんが見ていたから甘くしていれば」
 「ふーん、結局はお義父さんが怖かったんだ
 結局ここには、腰抜けばかりだったって事だね」
 「貴様!」

 カッと、大柄な男の人が後藤さんの胸倉を掴んだ。
 相当切れやすいのか、顔に皴を作る。

 
 「…あたしに触るな」

325 名前:*第五部「居場所」 投稿日:2006/04/23(日) 05:36

 ヒュッと、風を切る音が聞えた。
 その瞬間、その皺くちゃな顔が消えて、上に向かって目は泳いでいた。
 後藤さんの足が、顎に当たったんだ。
 身体は後ろに倒れ、ズシンと地面が揺れる。

 鼻から赤い液体を流して、大柄な男性はピクピクと痙攣を起こす。
 
 「…喧嘩もした事が無いような男が、デカイ顔をするな」
 「くっ…」

 後藤さんの言葉と行動で、残りの3人はさっきまでの余裕を消していた。
 私にも分かる、後藤さんの気迫が。

 「高橋の血は流れて無くても、強い奴なんて幾らでも居る。
 あんた達の目は、視界が小さすぎるんだよ」
 「貴様ぁ!!」

 一人の叫び声と同時に、一斉に襲い掛かる。
 私は目を見開いて、後藤さんを呼んだ。 
 すると…。

 
 「…覚えときな、あたしは、強いんだ」


326 名前:*第五部「居場所」 投稿日:2006/04/23(日) 05:37

 そう言って、後藤さんの姿は消えた。
 次に見たのは、3つの大きな塊が地面に平伏しているのと
 後藤さんが平然とその中心で立っていた。

 手からは、3人分の赤い液体がポタリと雫を溢している。
 その姿から私は、目が離せなかった。
 
 後藤さんは私の方に近づくと、ちょこんと座って手をプラプラさせた。
 そしてニカリと突然笑って言った。

 
 「大丈夫、あたしが、逃がしてあげるから」

 
 …初めて、後藤さんの笑顔を見た瞬間だった。
 どうしてさっきまで緊迫していた場所で喧嘩をしていた筈なのに…。
 後藤さん…どうして?

 「真希」
327 名前:*第五部「居場所」 投稿日:2006/04/23(日) 05:37

 また振り向いて、今度は後藤さんのお父様だった。
 さっきの3人の男の人たちが起き上がって、気絶した大柄な人を
 起こしては、さっさと出て行ってしまった。

 「…出なさい」

 そう言われて、一度私の方を振り向いたけど、私は笑顔を作った。
 
 
 大丈夫です。
 一人でも、あなたが居ると思えれば、全く寂しくありません。
 さっきの言葉…約束ですよ。

 
 そう心の中で言って、私は後藤さんが頷くまでずっと笑った。
 後藤さんが立ち上がって、ドアから出るまで、ずっとずっと。

 ガシャリと、ドアに鍵が付けられて、後藤さんの背中が
 見えなくなるまで、私は…。
328 名前:*第五部「居場所」 投稿日:2006/04/23(日) 05:38

 「……っ」

 
 目が滲んで、さっきまで張り詰めた空間から開放された所為か
 また泣いてしまった。
 それとも…後藤さんが居なくなったから?

 さっきまでの事が嘘の様に、また静寂な世界へと戻った。
 でも、私は、さっきの言葉で少し、ほんの少し光を見つけた。
 後藤さんが、私の居場所なんだ。

 グスグスと、私はただ泣いた。
 また後藤さんが会いに来てくれた時に、また笑える様に。
 
 桜の花びらが、ヒラリと中に入ってきた。
 あの夜桜の時の様に…また後藤さんとお話が出来る日を想いながら…。
329 名前:コルク 投稿日:2006/04/23(日) 05:39


 川0・-・)<隠します

330 名前:コルク 投稿日:2006/04/23(日) 05:40


 ∬∬´▽`)<隠しま〜す♪

331 名前:コルク 投稿日:2006/04/23(日) 05:43

 ようやくここまでやりました(滝汗
 それでもまだまだ続いてしまうのでのんびりとした
 朝になってしまいしたがソロソロ寝ます(酔w

 それではまたいつか。。。w
332 名前:第五部「居場所」 投稿日:2006/04/23(日) 23:22


++++++*++++++

333 名前:第五部「居場所」 投稿日:2006/04/23(日) 23:23

 愛視点

 
 柱にある時計を見ると、もうすでに12時を回ってる。
 残り6日…時間が無い。

 ガサガサガサ…

 お父さんが決めた"闇討ち祭"は今から6日後。
 それまでに、ガキさんと麻琴を探さないといけない。
 あさ美ちゃ…あさ美は後藤さんに任せてある。

 「…麻琴ぉ」

 多分、麻琴とガキさんは一緒に居る。
 小学生からの付き合いだったし、中学も高校も一緒だった。
 
 ガキさんは一つ下だけど、学校の特例であーし達と
 一緒のクラスで、いつも麻琴と一緒だった。
 それがなんだか…嫌だった。

 ガキさんは嫌いじゃない。
 でも…、麻琴と一緒に居るガキさんは…嫌い。

 麻琴は嫌だとか言えないヘタレだから
 きっとガキさんと一緒に居ても仕方が無いのかもしれない。
 それでもやっぱり…嫌。
334 名前:第五部「居場所」 投稿日:2006/04/23(日) 23:23

 「…わがまま」

 分かってる。
 でも…どうしてか…。

 居場所を取られた様な…凄く寂しい気持ちになるんやもん。

 さゆにあんな事を言っておいて、あーしだけこんな気持ちに
 なるのは変だと思う。
 弄んだあーしが、居場所を失くすのは当たり前。
 それでも…やっぱり…寂しい。

 あの手の温もりは、いつだって忘れたりなんかしなかった。
 ずっとずっと、そうしてたいとさえ思ってた。
 でも…それをあーしは自分で拒んでた。

 後藤さんの様には…なりたくなかったから。
 
 亜弥ちゃん達を見ていた時、後藤さんがあーしの身体を
 支えてくれてて、突然、雨が降ってきた。
 頬に付いた、一粒の雨。

 見上げると、またポタリと落ちてきた。
 ポタリポタリ、次々に…雨は降ってくる。
335 名前:第五部「居場所」 投稿日:2006/04/23(日) 23:24

 初めて、あれが涙なんだと知った。
 凄く、凄く悲しい事なんだと知った。

 だから、あーしは麻琴だけは…麻琴だけは呼びたくなかった。
 麻琴の様に、人を最も信じてる人だけは…。
 暖かい心を持った人だけは…。

 本当は、そこら辺の誰でもよかった。
 麻琴達じゃなく、他の誰でもよかった。

 
 でもどうしてか…あーしはあの3人を選んだ。
 ずっと、ずっと一緒に居たくて…あの3人を…麻琴を…。

 
 「…麻琴ぉ」

 あーしの中は、ポッカリと穴が出来てた。
 それを埋めていたものが、今散り散りになっているから。
 
 寂しい…苦しい…誰か…。
 今ようやく分かった。
 さゆの気持ち…心が…。
336 名前:第五部「居場所」 投稿日:2006/04/23(日) 23:24

 無くして初めて分かる…この理不尽…矛盾…痛み…。
 居場所が無いというのは、これほど辛いものだったんだ。

 あーしは、夢の中に長く居すぎたのかもしれない。
 夢の中の居場所で、あーしは優越感を覚えていたのかもしれない。

 なんて自己中心的。
 なんて自己暗示的な思考。
 なんて…。

 不意に、涙が滲み出てきた。
 
 これほどあーしは弱い奴だったなんて。
 後藤さんに憧れ、あーしはあーしなりに精一杯頑張って来た。
 それなのに…。

 麻琴は…どう思うんやろ?

 こんなあーしに、何て声を掛けてくれるんやろ。
 優しい言葉を言ってくれるんかな。
 それとも…涙ぐみながら説教するかな。

 
 そういえば…昔、あーし飛び降りようとした事があった気がする。
 自分がする事の重要さが、あーしには凄く重たかったから。
337 名前:第五部「居場所」 投稿日:2006/04/23(日) 23:25

 自分が消えてしまえば、そんな事考えんで済むかなぁて。
 何度か自殺未遂に終ったけど…その時は自然と、足が前に出た。
 風が、あーしを呼んでるような気がしたのかもしれない。

 フッと、身体が凄く軽くなって、そのまま飛べるのかもとか。
 でも、それは一瞬の事で、重力に負けて、あーしの視線は下へと傾く。

 …その時だった。

 
 "愛ちゃん!!"

 がっしりと腰を掴まれて、あーしの身体は一端停止。
 そのまま引き戻されて、地面に放り出された。
 ゼェゼェと、荒い息を吐き出す声が聞えてあーしは視線を上に向けた。

 "…帰ろ?"

 そう言って、手を差し伸べた。
 何も聞かずに、麻琴はあーしを受け止めてくれた。
 嬉しくて嬉しくて、それと同時に悲しくて…。

 麻琴の手を掴んだら、考えていたものが全部消えていく様な感じがした。
 それが、麻琴の魔法の様な力。
338 名前:第五部「居場所」 投稿日:2006/04/23(日) 23:25

 「あーしも、麻琴の様な人やったら…」

 誰に言う訳でもなく、あーしは草の中で寝転がった。
 青い空が、あーしの上を悠々と泳いでいて、いつか見た宝石に似ていた。
 それを持っていたのは…麻琴。

 "これね、あたしのお母さんのお母さんのずーっと前のお母さんから
 受け継がれてるんだって"
 "…ふーん、そうなんや"
 "しかもね、しかもね、〔魔力〕が宿ってるんだって、ほらゲームなんかに
 ある奴、あれがこの色を出してるんだとか"
 "…魔力なぁ〜"
 "愛ちゃん反応薄〜い、ホントなんだってばぁ〜"

 本当に信じてなかった訳じゃない。
 後藤さんも、〔霊力〕や〔氣〕を使いこなせるし、そう言った〔術〕だって知ってる。
 ガキさんも外国のそう言った本を見て目を輝かせながら研究を
 している姿を何度も見てきた。

 ただ…麻琴にお母さんっていうのが居た事が…羨ましいな。
 そんな事を…ほんの少し思っただけ。
 あーし達4人は、殆どそんな話をした事が無い。
339 名前:第五部「居場所」 投稿日:2006/04/23(日) 23:26

 人には言えない事情もたくさんあると言うけれど
 特にあーしは、身内でも禁忌だった。
 物心ついた時から武術を習って、迷いを抱くなと教わり、亀とさゆを守れと言われ…。


 …そうや、あーしは、さゆ達を"守れ"って言われたやんか。

 そして、あの子らはあーしの妹的な、大切な子。
 大切な人は…守らな。
 
 "迷いを抱くな"

 アホや、あーしのアホ。
 こんな根本的な所から間違ってたなんて…。
 最低最悪のアホ。

 そして…居場所あ自分で守らなあかん。

 守る。あーしは、居場所の為にもう迷わない。
 それがたとえ、自分の命と引き換えでも…。
340 名前:第五部「居場所」 投稿日:2006/04/23(日) 23:26


 ――――――――*

341 名前:第五部「居場所」 投稿日:2006/04/23(日) 23:26

 絵里視点
 
 そこは、私が一度も見たことの無い所だった。
 
 小屋から出た後、空には満月が鈍い光を放ち続け
 辺りはまるで生暖かい空気に包まれていた。
 
 永遠の闇。
 まさにその言葉が完璧なほど合っていて、背中がゾクリと悪寒を感じた。
 だけどそれを少し、自分が一人じゃないと思わせてくれるものがあった。
 
 「…あの」

 目の前に居る、シンッと静まり返った空間の中にちょこんと座った女の子。
 もうかれこれ30分はその体勢で居るだろうか。
 私が声を掛けると、少しは反応してくれるけど…。
 
 「…何?」
 「どこに…行くの?」

 なんか…凄くサバサバしてて…高橋さんよりも話さないかもしれない。
 何度目かの同じ質問を受けて、女の子は言った。
342 名前:第五部「居場所」 投稿日:2006/04/23(日) 23:27

 「…分からん」

 何度目かの同じ回答をし、女の子はまた黙ってしまった。
 片方の目を白い布で巻き、手にも同じようなもので巻かれている。
 少女は「れいな」と自分で名乗った。

 でも…それだけ。

 自分がどうしてここに来たのか質問すると、

 「誰かに呼ばれた気がしたから」

 …という事は、私達以外にもここに誰かが居るという事になるんだけど…。
 さっきからずっとこうして待っているというのに、影も形も見つからない。
 記憶喪失というのに掛っている所為か、れいなはそれだけを実行に
 移しているのかもしれない。
 
 でも…何か嫌な空気が漂ってる。
 時間が今何時なのか、それすら曖昧で、今この空間には、私達二人。
 
343 名前:第五部「居場所」 投稿日:2006/04/23(日) 23:27
 
 「…」
 「…」

 私自身、ペラペラと何かを話す事はしなかったし、れいなも
 ただジッと一点を見続けて、無表情のまま。
 まるで人形の様。

 「あの…」
 「…何?」
 「どうして私も連れてきたの?」

 一瞬、れいなの表情が歪んだ。
 すると途端に手を顎に当てて、考えるように唸った。

 「…よぅ分からん、勝手に身体が動いた」
 「もしかして…心配してくれた…とか?」
 「うぅん、違う」

 そう言って、また一点を見続ける。表情は微動だにせず。
 なんかこの子…本当に人形の様だ。
 病院の中で、小さい女の子が持っていたスイッチを押すと声を出す人形。
 中に内臓されているデータを読んでいるだけの…。

 でも…別に私が心配だからとか、そう言った感情でない事は分かった。
 なんかちょっと寂しい気もするけど…ならどうして私を?
344 名前:第五部「居場所」 投稿日:2006/04/23(日) 23:28


 「あの…「しっ」

 私の言葉を無理やり止めて、れいなは中腰の体勢で立ち上がる。
 一点をジッと、闇の中を見続けたまま。
 何かが来たのだろうか。

 っと…。





345 名前:第五部「居場所」 投稿日:2006/04/23(日) 23:28


 チリーン…――――――――

346 名前:第五部「居場所」 投稿日:2006/04/23(日) 23:28

 れいなが、片耳に付けられたピアスの様な輪を鳴らし
 草むらへと入り込んでいった。
 ソレと同時に、反対方向からも同じ音が反響する。
347 名前:第五部「居場所」 投稿日:2006/04/23(日) 23:29


 チリーン…――――――――

348 名前:第五部「居場所」 投稿日:2006/04/23(日) 23:29

 「…何?」

 どんどん近づいてくる霊気。
 ソレと同時に、重々しい風と空間。
 これは…れいなのとは少し違う感情の塊。

 
 …孤独?

 
 "ッ…グス…どこに…行っちゃったの?"

 っと、れいなのものでも無く、自分のモノではない。
 別の、第三者のものの声が聞えた。

 "皆…どこ?"

 フワリと、何かが草むらの中から浮かんで、一瞬光を放った。 
 水色に輝く…悲しみの塊。
 それは、少女へと変わった。

 "お姉ちゃん…"

 まだ小学生並みの容姿で、赤い着物を着た少女。
 ただ…薄く透明に見える事意外は…人間だった。
349 名前:第五部「居場所」 投稿日:2006/04/23(日) 23:29

 "皆は…どこ?"

 涙を流しながら、女の子は私に言った。
 というよりも前に、いつからこんな至近距離に?
 女の子は、私と30センチほどしか離れていない場所で立っていた。

 "どこに…行っちゃったの?"

 グスグスと、両腕の袖で少女は目からの涙を拭いながら
 ずっと言い続けている。
 この子は…もしかして…。

 「…お名前は?」

 私は言うと、「愛理」と女の子は言った。
 孤独の冷たい気持ちが、私の中に入ってくる。
 凄く寂しい…凍るような霊気。

 "お姉ちゃん…なんで皆居ないの?"
 「皆…?」
 "かくれんぼしてて、皆を探してるんだけど…"

 そう言って、愛理という女の子はしゃがんで泣いてしまった。
 この子、見た中で一番人間に近い感じ。
 でも…凄く冷たい。
350 名前:第五部「居場所」 投稿日:2006/04/23(日) 23:30

 ヒヤリと、腕に触れてみると凄く冷たく感じた。
 この子はこの世の者じゃない。
 でも…放っておけない。

 「…私も、探してあげる」

 さゆが小さい頃、私は一緒にかくれんぼをしていた。
 絶対に見つからない所に隠れようとして、意地になって私は森の中に入ってしまった。
 
 その時のさゆの泣き声が、今でも忘れられない。
 私の事を心配していたのか、探しても見つからない私に腹を立てていたのか。
 それはもう今では分からないけど…理由はどうあれ、放っては置けない。

 どうしてか…年下の女の子を見るとさゆと照らし合わせてしまう。
 姉という立場は…なんだか色々あるみたい。

 "っ…ホント?"
 「…うん」
351 名前:第五部「居場所」 投稿日:2006/04/23(日) 23:30

 立ち上がらせて、愛理ちゃんの手を掴んだ。
 さっきより、少しだけ人の肌に近づいたようだった。
 心を開いている証拠なのかもしれない。

 「…れいな」

 れいなは私の方をジッと見たまま、何か険しい表情で見ていた。
 呼ぶと、ぶっきらぼうに「何?」と聞く。

 「この子を助けたいの…だから、協力してほしい」
 「…協力?」

 れいなの視線が下がり、愛理ちゃんは私の後ろに隠れた。
 鋭い視線、あまり良いようには思ってない様だ。

 「お願い」
 「…」

 れいなは腕を組んで、無愛想にしながら歩き始める。
 
 「ちょっ…待ってよ」
352 名前:第五部「居場所」 投稿日:2006/04/23(日) 23:31

 私はれいなの背中を見つめて
 愛理ちゃんの手を離さない様に付いて行った。
 感触は無いけど、私にしてみれば見えるなら別に構わなかった。
 
 れいなの事は全く分からない。
 ついさっき会って、ついさっき話を少ししただけだし。
 それに、あの無愛想な顔なんなの?
 
 まるで…私と愛理ちゃんが一緒に居るのが嫌みたいに…。
353 名前:第五部「居場所」 投稿日:2006/04/23(日) 23:31

 「れいな」
 「…名前は?」

 歩いたまま、れいなは振り返らずにそう言った。
 私の事なのか…愛理ちゃんの事なのか…でもとっさに。

 「…絵里、私は絵里だよ」
 「絵里、変な奴、"虚"を助けるなんて」
 「え…」

 れいなはそれだけ言って、また歩き出した。
 ウツロって…?
 ヒヤリと、手の平が冷たい感触を包んでいる。
 愛理ちゃんは少し心配する様に眉を曲げて、私は出来る限り笑顔を作った。

 草を掻き分け、いつまでも続く夜の闇で歩き始めた。

 ………………
 …………
 ……
 …
354 名前:コルク 投稿日:2006/04/23(日) 23:33
ここで一端止めます。
学校も始まってしまい、あまり更新は出来ませんが
なんとか完結を目指します。

それにしても最近暑くなりましたね。
355 名前:第五部「居場所」 投稿日:2006/04/29(土) 11:51

 小さい頃から私は、"人とは違う存在"という意識があった。
 どうしてこの身体に生まれてきたのは、深くは知らない。
 それでも…それを恨まずにはいられなかった。

 両目にはその人の想いが見える。
 両耳からはその人の声が聞える。
 両手にはその人の冷たい感触が伝わる。

 しかもそれを知るのは…私だけ。
 見てはいけない想いを知っているのも…私だけ。

 「…ここは」

 私と愛理ちゃん、そしてれいなの3人は
 山を降りてすぐに森林から抜け出せた。
 それでも…周りの空気は相変わらず重々しい。

 「…聞える」

 れいなはまたそう言って、山の下へと歩き始める。
 なんというか…れいなって人の話を聞かないよね。

 「ねぇ、さっきから何が聞えるの?」
 「…声」
356 名前:第五部「居場所」 投稿日:2006/04/29(土) 11:52

 いや、声は分かるんだけど…なんだか失礼だなぁ。
 っと、愛理ちゃんが手を引っ張り、私に言った。

 "ここ、私の村"
 「愛理ちゃん達の…村」

 確かに幾つか家もあるし、奥の方が光っている。
 でも…全く人の気配が無い。
 それに、ここに村があるなんて初めて知った。

 「…居る」

 れいなが呟いた。
 何件か家が立ち並び、その真ん中にある道の方をジッと見ていた。
 その表情が…段々厳しくなる。

 「居るって…誰が?」

 れいなは何も反応しない。
 それでも…ビリビリと空気が張り詰めている事だけは分かった。
 何が…起こるの?

 「…!!来る!」
357 名前:第五部「居場所」 投稿日:2006/04/29(土) 11:52

 ガリガリガリガリガリ…!!!!!

 
 何か這い蹲るような音が聞える。
 尖ったもので地面を引き裂いているような…。

 ガタガタと、愛理ちゃんの手が震え上がる。
 私も、分からない恐怖で一杯になった。
 身体が動かない、指一本も動かない。

 来る、何が?何が来るの?
 
 汗が止まらない、瞼が閉じれない、ヒヤリと感触がある事だけが分かる。
 それでも…耳に聞えるガリガリガリという音がずっと残ったまま。

 ………

 音が…止まっ………。

 


358 名前:第五部「居場所」 投稿日:2006/04/29(土) 11:53



 "………サワラナイデ"

359 名前:第五部「居場所」 投稿日:2006/04/29(土) 11:53

 ヌルリと、後ろから肌の感触を感じた。
 心臓が、一瞬止まった様に感じた。
 でも、もう頭の中は真っ白で、声が、身体が麻痺した様に動かない。

 手がソッと…私の首に…。
 ヒヤリと、手にある感触と似た、凄く冷たい。
 キュッと…息が…。

 
 ガッ…!

 目の前から、漆黒の闇が疾風の如く私の方へと吹いて来た。
 それと同時に首にあった圧迫感が消えて、その場に崩れ落ちる。
 
 「っ…ごほ…ごほっ…」
 "お姉ちゃん!!"

 愛理ちゃんが私を気遣い、泣きそうな声で私を呼ぶ。
 大丈夫…大丈夫だから…。
 心の中で言って、私は笑顔を作った。

 愛理ちゃんは少し安心したのか、背後へと振り返る。
 すると、今度は目を見開いて、口から何か言おうとしている。
 振り返って…吐き気が襲った。
360 名前:第五部「居場所」 投稿日:2006/04/29(土) 11:54

 "ウッ…アッ…ァァ…"
 「…」

 れいなが見下ろしている先には…所々刻まれた着物を纏い。
 顔から…赤い液体を流す女の子。
 口に手を当てて、吐き気の衝動を抑えながら、血が引くのを感じた。

 能力を使っていなくても、女の子の気持ちが身体へと沁み込んでくる。
 気持ち悪い…!!
 ガタガタと悪寒がする、腰が抜けたのか身体にも力が入らない。

 『…虚』

 れいなが呟いた瞬間、女の子は地面を貼って手を突き出した。
 パキパキパキと、まるで鋭い刃の様に変形し、顔がまるで般若。
 
 苦しそうに叫ぶ女の子。
 半透明の身体から、赤いモヤが眼に見えた。
 れいなのあの紅い炎の様な…。

 
 怒り…そして…孤独。

 "アァァァァァァァァ!!!"
361 名前:第五部「居場所」 投稿日:2006/04/29(土) 11:54

 矛先はれいな。

 でもそれを飛んで交わし、れいなは思いっきり顔を蹴り飛ばした。
 口から…頭から流しているものと同じものが吐かれた。
 でも…どうしてかその光景に疑問をもつ自分が居る。
 
 叫んで、女の子は地面を蹴って体勢を整えると
 今度はもう片方の手も変形させて、両方かられいなを狙う。
 でもそれも風を切るだけで…しゃがんだ体勢で両足を自分の足でなぎ倒す。

 その所為で女の子の体勢は崩れ、地面へと倒れると
 れいながとっさに女の子の片手を取り、乗っかる様にしてそれを首に押し当てた。
 ゴキリと…骨が折れる音が静寂の世界で大きく響いた。
 
 女の子は叫ぶ事も、暴れる事もしなかった。
 ただ、れいなの両眼と自分の両眼を交差させるだけ。
362 名前:第五部「居場所」 投稿日:2006/04/29(土) 11:54

 …その時、私はゾクリと背中に電流が走った。

 れいなと女の子の眼が…あの紅い炎と同じ色で
 まるで…双子の鬼が対峙している様だった。
 れいなは持っていた女の子の腕を完璧に千切り、上へと掲げた。
 
 それを…女の子へと振りかざして…。


 やめて…

 私は、その言葉を口から出すのに必死だった。
 やめて…ダメ…。
 動かそうとするのに…何かで圧迫された様に声が出ない。
 
 れいなの表情は無機質で、乗っかるその姿は…まるで獣。
 牙で獲物にとどめをさす…獣。

 あの銀の刃が、小さな身体へと食い込もうとしている。
 あの日の様に…命が銀の刃に食われかけている。
 ダメ…絶対に…ダメ。
363 名前:第五部「居場所」 投稿日:2006/04/29(土) 11:55

 「ダメェェェェェェェェ!!!!」

 私は叫んでいた。
 頭の中で、あの日の事が思い返される。
 能力が暴走されているかのように、封じ込んでいたあの日が…。
 
 張り裂けそうになる身体、悲鳴を上げ、それでも私は立ち上がる。
 そして…れいなを掴んだ。
 
 「絵里…」
 「ダメ…おねがい…もう…」

 ポロポロと流れ、止まらない涙が溢れ出した。
 あの光景だけは…もう思い出したくも無かったのに…。 

 ギュッと、れいなは私の腕を掴んで
 女の子の片手を持っていた腕を下ろした。
 一瞬、空間が静寂する。
 
 でも…。

 "…雅…ちゃん?"
364 名前:第五部「居場所」 投稿日:2006/04/29(土) 11:55

 愛理ちゃんの声が合図となったのか、れいなが静寂を保っていた内に
 女の子はスルリと脱出した。

 "ウァァァァァァァァァ…!!!!!!!"
 
 片腕を無くした女の子は、またれいなに目掛けて残りの手を伸ばすも
 それは…一瞬で燃えた。
 れいなを包む、あの紅い炎が、塵にしたのだ。

 『…虚、絵里に感謝しろ』

 れいなは気を失ってしまった私を抱えて炎を消すと歩き出す。
 ソレと同時に、女の子の姿は空間と同化した様に消えてしまい
 固まっていた愛理ちゃんは、一瞬戸惑っていたもののれいなの背中を付いて行った。

 

 

 
 "…愛理"

 木の影から、片腕を元に戻しながら、女の子は口の角を歪ませていた。
365 名前: 投稿日:2006/04/29(土) 11:56


 〜第五部「居場所」 完

366 名前:- 投稿日:2006/04/29(土) 11:56


 从 ´ ヮ`)<隠すっちゃ
367 名前:- 投稿日:2006/04/29(土) 11:57


 ノノ*^ー^)<隠すよ〜
368 名前:コルク 投稿日:2006/04/29(土) 11:59
途中PCの誤作動でageてしまいました(滝汗
昨日の衝撃的な報道で少し寝不足なもので…。

明日、大阪へと旅立ちます。
369 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/04/30(日) 09:28
更新おつかれさまです
勢いのある雰囲気でこれから亀&田中さんたちがどうなっていくのか気になります
370 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/05/08(月) 00:08
なかなか深い内容の話ですね
伏線も多々あるので長編として読み応えありますわ
楽しみにしてます
371 名前:コルク 投稿日:2006/05/17(水) 00:38
>>名無し飼育さん様
ありがとうございます。
そうですね、このお二人は少し重要な役柄なので
お楽しみにしていてください(笑

>>名無し飼育さん様
ありがとうございます。
少しずつ明らかにしていきますので
よろしくお願いします。

受験生という身分なので最近忙しくなってきました(汗
ですがなんとかお話は続かせて行きますのでよろしくお願いします。
それでは始めます。
372 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/05/17(水) 00:38


 ++++++*++++++

373 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/05/17(水) 00:39

 真希視点

 
 "貴様…高橋家の落ちぶれのクセに"
 "…"
 "知っているぞ、お前、捨て子なんだってな"
 "後藤真希…ご大層な名前をお付けになったものだ"

 いらない存在だったなんて…そんな事ずっと前から知ってる。
 私は"紅蓮の儀"の為のただの道具だって事も…。
 人として扱われていない事だって…。

 でも…。

 "いらない人間なんて…居ないよ"

 まっつー達だけは…友達だけは分かってくれた。
 あいつも…同じ境遇を持っていて、誰よりもあたしの話を聞いてくれた。
 だから…だからあたしは…。

 部屋の隅で、あたしは自分の身体を丸めて座っていた。
 なんだか…身体が思う様に動かないのだ。

 多分、紺野に会ってから。

 まっつー達の時はあんな事はしなかった。
 ミキティ…あたしは、どうしたら…。
374 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/05/17(水) 00:39

 
 "…人殺し"

 
 ピキリと、頭の中で声がした。
 ゾクゾク背中が震え、両手で自分を包む。
 人…殺…し。

 "ずっと…信じてたのに"

 ガラガラガラと何かが崩壊し始める。
 ダメだ、今そんな事したら…。
 理性が本能に焼かれている様だった。

 あたしは…あたしはただ…。

 "どうして…ごっちん…"

 死人の様な眼をして、白銀の髪がもうあの頃の面影をなくしていた。
 ミキティ…あたしは、ずっと一緒に…。
 スッと、襖が開くのが分かった。

 顔を上げると、そこには圭ちゃんが立っていた。
 
 「後藤…」
 「…」
375 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/05/17(水) 00:40

 圭ちゃんは母親代わり。
 でも…それは形だけのもので、高橋の関係も、形だけ。
 全部作り物の、虚像の世界。

 でも…あの頃も虚像だったのかな。
 高校から編入した朝比奈女子学園。
 そこで…あたしはあの4人と出会い、寮生活を送っていた。

 楽しかった、あたしの目には、この村にいる頃よりも
 大きく世界が広がっていて…凄く幸せだった。
 それが、たった3年の月日の期間限定の幸福だったとしても…。

 「後藤、藤本達の事は悲しいとは思う」

 圭ちゃんの声が、あたしにズッシリと重みを掛ける。
 浅くも、傷にすれば深い過去の記憶。
 両腕の力が強まる。

 「紗耶香が居れば…あんたがあんな思いはしなかった」

 紗耶香…数年前にこの「月詠村」から突然消えた女性。
 今生きているのか死んでいるのかも分からない。
 圭ちゃんの幼馴染。

 
 そして…あたしに"紅蓮の儀"の秘密を知らせた人。
376 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/05/17(水) 00:41

 「でも、それでも誰かが傷つかなくちゃいけない
 この世界は、私達が命運を握っているようなものだから」
 「…その為に…人を殺してもいいの?」
 「守るべき人が居るからこそ、世界を守るのよ」

 …守るべき…人。

 「6日後、紺野って言ったっけ、闇討ちにするから」
 「守るべき人を救うために、自分の守るべき人を捧げろって?」

 そんなの…矛盾しすぎてる。
 そんなの…悲しすぎる。
 
 「後藤…」
 「まっつーもミキティも、あたしの大切な友達だった
 大切な人で、守るべき人だった」

 
 "美貴さ、亜弥ちゃんをずっと守るの"
 "んあ〜どうしたのさいきなりぃ、妬けちゃうね"
 "そんなんじゃなくて…亜弥ちゃん、爆弾抱えてるんだ"
377 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/05/17(水) 00:42

 まっつーは、小さい頃交通事故に遭って3年半も生死を彷徨った。
 意識を取り戻しても、あと何年生きれるか分からない身体だった。
 ミキティは、まっつーの幼馴染だった。
 
 そして…その事故を起こしたのは…ミキティの両親だった。

 
 "自分の所為、だからさ…亜弥ちゃんには長生きして欲しい
 それで、美貴が支えになりたい"
 "…あたしも、応援するよ"
 
 ミキティとはよくこの村に来ていた。
 まっつーが幾度と無く入院している期間だけ。
 あの夜桜を見ながら、お酒を飲み明かした事もあった。

 
 
 …そんな二人を、数ヵ月の後にあたしはここに連れてきた。
 数日後、"紅蓮の儀"の為に二人は死んだ。

 
378 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/05/17(水) 00:43

 「いらない…こんな想いをしてまで…あたしは、こんな村いらない」
 「…後藤、この際だから、あんたに言っておきたい事があるわ」

 チャリンと…圭ちゃんの手から落ちたのは、銀のチェーンクロス。
 それは、ミキティとまっつーがペアで付けていた大切な物。
 なんで圭ちゃんが…。


 
 「藤本美貴は…生きてる」

 ガバッと、あたしは驚きを隠せずに圭ちゃんの顔へと視線を上げた。

 生きてる…?

 「どういう…こと?」
 「…」

 生きてる?
 何が?
 目の前に光るチェーンクロス…それは確かにあの二人の遺体と一緒に"溝"へと落とした。
 そう…思ってた。
379 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/05/17(水) 00:43

 あの"溝"に近寄るだけでも、精神や命に関わるから。

 「あの子は…地下で眠ってるわ」
 「地下…まさか!」

 亀井の父親、ここの長の部屋に出来たあの大穴。
 地震によっての崩壊と共にあの部屋に入れた。

 つまり…。

 「もしかして…ミキティは"虚"になったってこと…?」
 「可能性は無い訳じゃない、でも、あの子は大切な人を亡くし
 自我が失われているかもしれない」
 「なんで…!」

 「"虚"は死なない…あの子は、"溝"に入る前に"虚"になったから」

 分かってる。
 普通の"霊"は溝に入る事によって"虚"になる事を防ぐ。
 言えば浄化されるのだ。
 でも…"虚"は言えばあの"溝"自身が原因だから…。
 
380 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/05/17(水) 00:44


 「会ってみる?」

 

 圭ちゃんの言葉が、あたしの何かを戸惑わせた。
 もし"虚"になっていたとすれば…あたしはなんて言えば良いのだろう。
 …いや、その前に大人しくあたしと話をしてくれるのか。

 裏切ったあたしを…見殺しにしたあたしを…。

 「あんたなら…"虚"になったあの子を助けれるかもしれない」

 そう言われ、あたしの中で何かが決まった。
 許されるだなんて思わない。
 でも…もし何か出来るのであれば、それをしてあげたい。

 
 あたしは、微かな希望を胸に、圭ちゃんの手を掴んだ。
 

381 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/05/17(水) 00:44


 ――――――――*

382 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/05/17(水) 00:45

 ジャリジャリジャリ…

 圭ちゃんの後姿を追って、あたしは考えていた。
 ミキティ達と会ったのは、本当に偶然が重なった変な日だった。

 
 ――――――

 ――――

 ――
383 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/05/17(水) 00:45

 あたしがあの学校に入って、いつもの様に教室で寝てた時、あいつがやってきた。
 しかもいつもその後ろにはあの子を引き連れて。

 「やっほぉごっちん、まぁた寝てるね〜♪」
 「んぁ〜?良いじゃん、今は休み時間なんだし」
 「まぁ自由時間だから、別に良いんだけど」

 ニヤリと、上げた視界にはあいつの嫌な笑顔が入ってきた。
 また何か企てている表情なのは手に取るように分かっていたから
 とりあえずそれに答える事にした。

 「っで、今度はなにするの?」
 「おっ、察しがいいねぇ、ごっちんさ、屋上行ってみない?」

 突然の誘いに、あたしは「はぁ?」っと面倒くさそうにいった。
 屋上と言ったら、生徒は立ち入り禁止っていう場所だし、そこに行く目的が分からない。
 後ろではあの子が少しオドオドしてて、多分無理やり参加されたんだなぁと思ってた。
384 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/05/17(水) 00:46

 「屋上ってさ、なんか結構秘密基地みたいじゃん、だから行ってみたんだよねぇ♪」
 「…子供」
 「純粋な子供の心は忘れちゃいけないYO〜♪ほら、起きて起きて」

 無理やり起こされたあたしは、ウトウトしていた目を擦って教室から出た。
 いつもならここまでしないけどなぁと、あたしは少し疑問だった。
 あの子も、なぜか今日はいつもよりも大人しいし。

 この学校に編入してからもうすぐ半年が経つ。
 目の前にいるこいつは、あたしが入る前からこの学校に居て、最初に声を掛けてきたのもこいつ。
 どうしてか、あたしはソレを拒む事をしなかった。
 この時は…誰でも良いと思ってたからかもしれない。

 「それにしてもさ、ごっちんって夜ちゃんと寝てる?」
 「ん〜まぁ」
 「顔も元々白い方だと思うけど、血色が青々しいYO〜ちゃんと食べろよ〜」
 「分かってるよ」

 言葉を流すようにあたしはそう言った。
 眠たいのは確かに理由がある。
 でもそれを素直に言おうと思わなかった。
385 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/05/17(水) 00:46


 この日常が、それによって壊されたくなかったから。

386 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/05/17(水) 00:47

 秋になると、実家では紅葉の季節だなぁとか考えていた。
 ふと、視線を感じ、その場所へと見てみる。
 角のところで、多分新入生らしき4人が居る。

 その中に、あの子と似た様にオドオドと大人しそうな子が居た。
 教科書を持って、3人へと走っている。
 
 1人の子が「あさ美ちゃん早く〜」という声が聞えた。
 その子は「ごめん…」と息を荒くして謝っていた。
 なんだかトロそうな子だなぁと、この時はまだそれしか思わなかった。

 まさか今となっては、これが初めての出会いだったんだなぁ。

 「ごっちん、階段はこっちだYO〜」

 そういって手招きをしているあいつと、少し周りを気にしているあの子。
 なんだか変な組み合わせ。
 そんな事を考えながら、あたしは階段の段を上った。
387 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/05/17(水) 00:47


 屋上の踊り場の所で、あいつが何かをし始めた。
 鍵が掛っているから、それを外す為に色々持ってきたらしい。
 カチャカチャと鉄と鉄のぶつかり合う音が聞え、苦戦しながらも何とか開けた。

 「ウチって天才じゃん?」 

 って言うか、明らかに南京錠が真新しいんですけど。
 ずっと前から付いてたのに錆び一つ付いてないのっておかしくない?
 どうやらまだこいつには何か企みが残ってるらしい。

 「さぁさ、入って入って」

 そう言ってドアを一気に開けた時、突然破裂音が鳴り響いた。
 いつも耳にしている破裂音では無かったのを見分けると、視界には大量の紙ふぶき。

 
 「「誕生日おめでと〜ぅ!!」」

 
 クラッカーを連続3つ両手に持つ二人の影が、あたしの視界へと入ってきた。
388 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/05/17(水) 00:48

 「みきたん!あんまり目の前にやらないほうがいいよ!」
 「タイミングが合わないんだって、結構難しいんだよ亜弥ちゃん」
 「私はちゃんと出来てるけど?」
 「それは亜弥ちゃんが頭が良いからだってぇ〜♪」
 「もう♪みきたんったらぁ♪」

 
 ……なんていうか、あいつの次にバカが付くカップル。
 多分こっちは楽しそうという気持ちからだろう。

 「…でもなんで…」
 「ごっちん言ってたじゃん、昨日が誕生日だって、
 一日遅れちゃったけど、お祝いしないと後味悪いしさ」
 「これ、わたしとみきたんで作ったんだよ、使ってね♪」

 バカップルの一人が差し出したのは…手作り枕。
 あたしがいつも寝不足なのを知ってて、糸目が少しおかしいけど凄く柔らかい。
 キャラ入りで、女の子らしいデザインだと思った。
 なんか…凄く嬉しかった。
389 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/05/17(水) 00:48

 「梨華ちゃんもほら、せっかくお誕生日パーティを開いたんだから」

 そう言って、あいつの後ろに居たあの子が前に押し出されて、あたしの目の前に。
 あたしよりも年上なくせに、妙にオドオドとして見せるのは天然なのだろうか。

 「お、お誕生日おめでとう」
  
 差し出したのは…超ドピンクで花柄のハンカチ。
 しかも2枚。

 「あの…そっちの二人は?」
 「あぁ、このバカップル?」

 「ちょっとちょっと、よっちゃんには言われたくないね」
 「今回のテスト、相当ヤバかったみたいだし、にゃはは♪仲間仲間〜♪」
 「だぁれが仲間だっ、あややよりあたしは3点多かったってぇの!」

 なかなか話が進まない。
 しかもよっすぃ〜、3点って…今回のテスト1年の復習じゃん。
390 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/05/17(水) 00:49

 あややとみきたんというこのバカップルは、どうやらよっすぃ〜の友達らしい。
 
 本当の名前は左のよっすぃ〜と言い合っているのが藤本美貴。
 右の方でにゃはははは♪と気楽そうに笑っているのが松浦亜弥。
 昔から幼馴染で、小学校も中学校もずっと一緒の腐れ縁だとか。

 「んで、せっかくだからごっちんとも仲良しさんになってもらおうかなぁと」
 「ごっちんって呼んでもいい?」

 あいつが話す内に松浦さんがグィッと横から入ってきた。
 なんだか元気な人で、好奇心旺盛なのか目がキラキラしてる。

 「んぁ〜、なんでも良いよ」
 「じゃあ、私もなんでも良いよ、よろしくね、ごっちん♪」
 「あたしもなんでもいいよ、みきたん以外」
 「キャッ♪みきたんったら♪」

 ……なんか、思いっきりバカップルを見せられてて、慣れるのに大変だなこれ。
 っと、そんな事も思っていたけど、数日も経たない内にアッサリと取り込む事が出来た。
 なんというか、あいつが横に居て援護してくれたからかもしれない。
391 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/05/17(水) 00:49

 
 こうしてあたしは、普通の人間としての学生生活を送っていた。
 ……「闇討ち祭」の報せがくるまでは。
 
 ――――――

 ――――

 ――

392 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/05/17(水) 00:50

 「こっちよ」

 あたしが気が付いた頃には、大きな蔵の前に立っていた。
 一度も中に入った事の無かった、2階だけの木造建築。
 ギギィという耳に付く音を鳴らして、木造のドアは横へと開いた。

 ここに…。

 カチッと、圭ちゃんの手に握られた懐中電灯から光が放たれ
 中の周りが少し見える様になった。
 
 少しホコリっぽいのと、蜘蛛の巣や物々しいところ以外はなんの変哲も無い場所。
 咽そうになる気管を力を入れて止め、中へと足を踏み入れた。
 ギシギシと足元の板が軋む。

 「数十年も前に"溝"を見つけた私達の祖父たちは、"虚"という存在を見つけた」

 ピクリと、あたしは圭ちゃんの後ろを辿っていた足を止めた。
 小さい頃から昔話としても良く聞かされた、"溝"の存在。

 「"溝"は人間の歪んだ心に反応し、その人間に取り込まれると"虚"を造る
 心には闇が宿り、全てを無に帰す」
393 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/05/17(水) 00:55

 圭ちゃんが振り向き、目と目が交わる。
 真っ黒で、闇の様な圭ちゃんの両眼。
 
 
 まるで、無。

 「溝に近づいた者は"虚"になるけど、どうして祭を行った者以外はならないと思う?」
 「それは……何か対策があるんじゃ…?」
 「確かにそれを手伝う者の中にも"溝"を見て発狂死する事もあったけど
 殆どの人間にはなんの影響も無い、さらに言えば、あたし達もあんた達も、祭を直接的に見ていた筈
 なのに何の異常もきたしていないのよ」
 「……ということは…」
394 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/05/17(水) 00:59

 「症状が出るのか遅いのか、または他の何かが原因なのか、それで私達は、ある考えが出た」

 
 ガシャンと、鍵の掛っていたドアが開き、下へと続く階段を降りる。
 なんだか、湿気のような生暖かい空気が辺りを包んでいる。

 「別の存在、"虚"という力に何かが共鳴するとするなら、それは人体や精神にある…"力"」
 「……亀井家の能力」
 「氣を操る事が出来るあんたと私が、何の影響を持たないと言う事は
 一族にしか無いという"能力"か、血統…つまり遺伝の中にある"力"ね」
 「それが"溝"に反応し、"虚"が出来た?」
395 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/05/17(水) 01:00

 でも…それじゃああたし達がやってきた事って……。

 「藤本美貴も、なにかの"力"を持っていたから"虚"になった…そうなると上手く繋がる。
 私達が、どうしてまだ"生きているのか"」
 「それじゃあ、あたし達がやってきていた事は…」

 この方法しか"溝"を止められなかった。
 人間を犠牲にし、"溝"を抑える事しか救いは無かった。
 でも…実際は…あたし達がしてきた事が、逆に状況を悪化させていたって事?

 「"虚"を造っていたのは、あたしたちだったって事?
 世界を滅ぼしてもおかしくない事を、あたしたちが………!!!」
 「でも、これしか方法が無かった、たとえこの村全体に霊体の阻害結界が組まれていても
 命の保障は無い」
 「圭ちゃんは…いつから知ってたの?」
 「"虚"が消える方法はただ一つ、"溝"へと落とす事
 私も、さっき聞かされたばかりよ」

 "虚"という存在が"力"そのものの集合体なら、あたし達人間が何か出来るという問題じゃない。
 人類に勝る"虚"、それをあたし達が、作為的に作らされていた。
 これを考え出したのは……。
 
396 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/05/17(水) 01:00

 「…ここよ」

 
 目の前には、大きな牢の様なものが立てられていた。
 ゴクリと生唾を飲み、ソッと中を見てみる。
 真っ暗でよく見えなかったが、ボヤリと、白いものが見えた。

 「…ミキティ」

 確証も、確信もない、ただ直感的に、そう呼んでた。
 圭ちゃんがドアを開けて、あたしを中に入れた。
 ゾクリとする悪寒が、全身を駆け抜けていく。

 冬の雪の中に居るような…冷たい空間。

 「ミキティ……?」

 あの日と同じ、白い着物を纏った…まるで雪女の様だった。
 最善の注意を払い、あたしはソッと頬に触れてみる。

 冷たい……。

 数年ぶりに見た親友の姿。
 傷がそのまま残っていた為、凄く痛々しい。
 本当に……"虚"になっているのだろうか。

 ミキティは、壁に両腕を鎖で固定されていて、五体満足に動かせない様にされていた。
 でも、あの日から全く変わってない。
397 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/05/17(水) 01:01

 
 
 
 ガシャン!!


398 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/05/17(水) 01:01

 ハッとして、あたしはドアの方へと視線を向け、絶句した。
 
 ガチャガチャと鍵を閉める圭ちゃんの姿。

 「圭ちゃん!?」
 
 その後ろには…いつも無愛想な表情しか思い出せない義父。
 まさか…ハメられた?

 「"虚"はこの村にとっても神だ、それに従う人間を与えて何が悪い?」
 「あんたも…人間でしょ?」
 「……"虚"を制御するには、"力"が必要だ。
 力を求めるには何かを犠牲にしないといけない」
 「それが…人間を"溝"に落とす儀式」

 「"虚"はただ"溝"に近づけさせたりするだけでは駄目だ。
 歪んだ心に"虚"は宿る、たとえば…なにか絶望的なきっかけを起こさせるとかな」
 「じゃぁ、あの儀式で行っていた事は…そのきっかけ」

 「真希、俺達は普通の人間じゃない、なによりも高い存在であり
 何よりも強い"力"を持っている、人間など、俺達にとってはただの食物と同じだ」
 「…"虚"を使ってどうする気?」

 義父はクックックと笑う。
 不気味なほどに、その口角は深く歪んでいた。

 「"虚"自体はまだ卵だ、その卵からまた、新たな命が芽吹く」
 「卵……命って何のこと?」
 「……真希、それはお前が知る事は無い。
 裏切りを働く者は、もうこの村には必要ない」
399 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/05/17(水) 01:02

 ギシリ……


 振り向くと、壁の石がボコリと崩れた。
 それと同時に、繋がれていた筈の鎖が一気に千切られていく。

 バキッッ…ガリッッ…ミシッッ………

 「確か、西洋ではこんな罪があるそうだな。
 傲慢、嫉妬、暴食、色欲、怠惰、貪欲、憤怒。
 しかし、これにもう一つ8つ目があるとすれば…一体何なのか」

 パラパラと石垣から小石が降り続ける。
 砂が充満し、周りは砂埃で一杯になった。
 あたしは目を塞ぎながら、凄まじい音が耳から離れない。

 っと、少しだけ、目の前の視界が見える様になると、それはあった。
 ダラリと両腕を垂らし、茶色の長髪は顔を隠して全く見えない。
 チャリチャリと鎖と鎖が当たって、空間に反響する。
400 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/05/17(水) 01:03

 「ミキ……ティ」

 ゾワゾワと、背中に悪寒が付き纏っている。
 霊圧が半端じゃない、手の指も瞬時に反応するかどうかも微妙なところだった。
 でも、五体満足に動かせないと、一瞬であたしは……。

 「…だが、俺達も"溝"はなんとかしたいと思っていたさ
 あの村が…闇に呑まれなければな」

 義父の声が聞えた途端、あたしは強い衝撃を腹部に感じた。
 その瞬間、背中に激痛を感じ、息が詰まったように酸素を送り込めなかった。

 「がっ…ごほ……」
 
 ビシャリと、口から液体が吐き出された。
 指で拭うと、それは指を赤い色で侵食していく。

 それを見ている隙に、もう一発右から衝撃が襲う。
 とっさに両腕で受け止めたものの、耐え切れずにギシギシと筋肉が軋んだ。
 その所為で、上半身が右に吹っ飛ばされる。
401 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/05/17(水) 01:03


 何がどうなっているのかなんて、全く頭の中に入ってこない。
 ただ分かるのは…目の前には紅い両眼が、あたしを見ていた。

 
 『ァァァァァァアアアアアアアア!!!!!!!!!!』

 
 両腕がすでに人のモノではなく、硬い石の刃に変わり。
 遠吠えを放った"虚"は、「藤本美貴」という存在を消していた。

 目に映るのは、殺人衝動という本能のままに動く人形。

 あたしの中で、何かが壊れていった。

 
402 名前:- 投稿日:2006/05/17(水) 01:04

 
 从VvV)<隠すよ

403 名前:- 投稿日:2006/05/17(水) 01:05


( ´ Д `)<んあ〜隠すよ

404 名前:コルク 投稿日:2006/05/17(水) 01:05
少し短いですが、今日はここまでです(汗
多分近いうちにまた更新しますので。

ではまた。
405 名前:コルク 投稿日:2006/05/17(水) 15:20
追加です(汗

>>378の一番最後に
「そういえば…あたし自身がそれを行った訳じゃない。」

が入ります、これを入れないと文章の並びがおかしくなります。
申し訳ないです。
406 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/05/24(水) 11:31


 ++++++*++++++

407 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/05/24(水) 11:33

 ***視点

 
 手に取った一枚の写真には、懐かしい青春が詰まっていた。
 笑顔を向けて、一番仲の良かった先生に頼んで撮って貰った写真。

 5人は本当に幸せそうな笑顔を浮かべていて
 未来がこんなにも変わるだなんて思わなかっただろうな。
 でも…先が見えないから未来な訳で…それはこの世の理と言っても良い。


 人はいつかは変わるもの。

 
 それは絶対に防ぐ事の出来ない、悲しい定め。
 
 ガタンガタンと、ウチの座席がユラユラと揺れる。
 肘に顎を乗せて、外の景色と同化させながらその写真を眺めていた。

 今ウチは、空港に向けて電車に揺られている最中。
 もちろん、さっき人気急上昇という有名駅弁を食べて腹を膨らませて。

 
 「一人旅ですか?」
408 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/05/24(水) 11:34

 同じ座席だった若い女性に言われて、ウチは苦笑いを浮かべた。
 
 「そちらもですか?」
 「えぇ、まぁ、そんなトコロですよ」

 推定すると10代か20代前半。
 茶髪のロングに少し短めのスカート。
 ウチと対して変わらない人っぽくて、遠慮がちに聞いてみた。

 「あのぉ、学生?」
 「今年で大学3年目ですよ、朝比奈女子学園ってご存知ですか?」

 
 ピクリ…

 ビールの缶に手を伸ばそうとした途端、女性はニコリと笑顔を向けた。
 一時止まっていた腕を動かし、口まで缶を運ぶ。
 ゴキュゴキュと飲み干し、まだニコニコとしている女性にウチは言った。

 「もしかして"同業者"って事になりますかね?」
 「もしかしなくともその通りだと思いますよ」

 ははぁ…なるほど。
 ウチが頷くと、女性はまたニコリとした。
409 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/05/24(水) 11:34


 ガタンガタン…――――――――

410 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/05/24(水) 11:34

 写真を財布にしまうと、ウチはグターっとした体勢になってみる。
 普通の中年オヤジと変わらない。
 ウチのスタイルが良かったのか、女性はクスクス笑い始めた。

 「噂どおり、吉澤さんって面白いね」

 名前を言われて少し驚いたけど、"同業者"なら把握はしている筈だから
 ウチは何も無いような表情を保った。

 「それはどうも」
 「学校でも結構噂が耐えなかったからね。
 入学間近になると校門の前で女の子がキャーキャー言ってたし」
 「若かったって言ってほしいですね」
 「ホント、梨華ちゃんが言ってた通りの人だよ、君」

 
 ピクリ……
411 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/05/24(水) 11:35

 「まぁ同業者というより…私達はあなたたちの様に純粋な破壊者ではないの」
 「…どういう意味ですかね?」
 「完全消滅なんて、あなた達に他人の命を奪う権利なんてないでしょ?」
 「アレはもう二度と人間になれはしない、ウチらよりも純粋で残酷な破壊者だよ」
 「そう勝手に決め込んでちゃ、あとで痛い目に遭っても知らないよ」

 ニコニコと、喧嘩を売っているようなそんな感じ。
 作り笑いというか、サービス業でのスマイルみたいで
 全く感情の篭っていない笑顔。

 破壊者…か。
 
 ポリポリとウチは買っておいたピスタチオを食べながら、2缶目のビールを飲み干していた。
 ガタンガタンと揺れる電車の窓からは、眩しいくらいの青空がこっちを見下ろしていて
 とっさに地面へと視線をそらした。

 学生時代、あんなに大好きだった青空が、今では鬱陶しく思えていた。
412 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/05/24(水) 11:35

 ――――――――

 ――――――

 ――――
413 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/05/24(水) 11:36

 目的地に着いたと思うと、さっきの女は逆方向へと歩いていった。
 
 「じゃあね、またどこかで」
 「丁重にお断りしとく、君とはあまり気が合わないっぽいし」
 「でも、私達はまた会うよ、予言だけど、近い将来、ね」

 またニコリと笑って、女は歩き出す。
 
 ガラガラと、小さな車輪の付いたトランクを引っ張り
 何度かこちらに笑顔を向けたけど、ウチは見ぬ振りをした。
 
 ポケットに手を突っ込もうとした途端、何かが指に当たった。
 探って手に取ると、それは一枚のカード。

414 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/05/24(水) 11:36


 〔鬼の一族には魔が宿る 柴田あゆみ〕

 たったその一言だけ。

415 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/05/24(水) 11:37

 「…鬼…か」

 東洋の昔話などに出現した、"人であり、人ならざる者"。
 学生時代、アイツがいつも図書館で読んでいた本にもあった。

 一説では、嫉妬心から鬼と化した女性の話があると言うけれど……。
 
 憎悪の感情で人が鬼となるなんて…
 まるで、ウチらが敵対している存在と同じだな…。

 この隣に書いてあるのは、さっきの女の名前だろうか。
 っていうかいつのまに……。

 「柴田…あゆみ……どこかで…」

 疑念が浮かぶも、壁に設置された時計を見て
 飛行機の出発時刻まであと20分を切っていた為、ウチは思考を強制遮断した。
 
 
416 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/05/24(水) 11:37


 ――――――――*

417 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/05/24(水) 11:37

 絵里視点
 
 
 純白の世界…。

 まるで雪が降り積もった空間の中で、私は一人居た。
 そういえば小さい頃、降り積もる銀色の世界で、誰かが居た。

 女の子。

 こっちをジッと見るけど、全く動く気配も見せず。
 薄着で、寒そうだったから私は、思い切って話し掛ける。

 「…こっちに来る?」

 でも、その子は結局こっちには来なかった。
 ジッと、私を見ては、何度か口を開く。
 何とか理解しようとするけど、遠くて聞えない。

 っと、女の子の姿が消えて、私はあたりを見渡したけど…。
 それからはその女の子を見る事は無かった。
 赤い着物を見た、私と同じ位の女の子。

 何を言いたかったのか、今ではもう思い出せない。

418 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/05/24(水) 11:38

 ザクザクと…私は歩いていくと、何処かの家に着いた。
 大きな家。

 少し私の家と似ていたけれど、そんな筈が無いと思いながらも
 中の様子を確かめる。
 すると…。

 「…こっちに来る?」

 私が居た。
 あの日と同じ、雪が降り積もったあの庭で、あの子が居る。
 近づこうとして、私は足を動かす。

 っが、手に何かが絡まり、私はそれ以上行けなくなった。
 振り返ると、それが人の手だと分かった。
 まるで私を行かせないという様に、私を止める。
419 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/05/24(水) 11:38

 両腕だけ。
 そこには、身体の姿は無く、白い両腕だけが宙に浮いて私の腕を掴んでいた。
 声が出ない、私は叫びたい衝動に駆られながらも、声が出ないという事態に困惑した。
 
 そんな中、ボソボソと聞えた、誰かの声。
 前に視線を向けると、女の子の口から呟く声が聞える。
 その口の動きに集中して、私は自分を抑える。

 両腕の存在を感じながらも、私は女の子だけを見据える。
 
 ………


420 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/05/24(水) 11:38


 「…お…に…?」

 
 たったの二文字だけしか聞き取れず、女の子は消えてしまった。
 鬼…一体何を知らせたかったのか…。
 同時に、セカイがグニャリと歪み始め、私は腕に引き込まれた。

 抵抗するにも身体が動く事をしなかった為
 純白のセカイは漆黒に、その瞬間、ハッと私は目が覚めた。
421 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/05/24(水) 11:39

 "お姉ちゃん"

 隣から、愛理ちゃんの微かな声が聞えた。
 ボォッと上を見上げると、そこは木の板で作られた天井。
 
 どうやらここは、建物の中らしい。
 起き上がろうとして、一瞬目眩に襲われるもすぐに平衡感覚を保つ。
 手には畳の感触と、何かきな臭い匂いがした。

 「…れいなは?」

 愛理ちゃんは指を差すと、なぜか私と距離を置いて
 ガチガチと手首に繋がる鎖を解いていた。
 どうやら鎖が鬱陶しいらしい。

 「あっ……」

 着物の帯部分を探り、私はもう一つの鍵を出した。
 形が独特で、特別製なのかもしれない。
 近寄ると、れいなは私に気付いたらしく、作業を一端止めた。
422 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/05/24(水) 11:39

 「…起きたと?」
 「うん……あの…」

 れいなの手首をソッと掴み、鍵穴を探した。
 両手に巻かれた包帯は錆びと泥にまみれて、ボロボロだった。
 探し当てると、鍵を差し込んで、捻る。

 カキン……

 「…開いたぁ」

 まさか本当に開くとは思わなかったから、かなり素っ頓狂な声が出てしまった。
 恥ずかしくて顔を俯かせていると、れいなが手首を擦りながら言った。

 「…ごめん」

 そう言って、なんだか妙な空気になってしまう。
 どうしてれいなが謝るんだろう…。
 
 "お姉ちゃん、取れたの?"

 っと、愛理ちゃんが中に入ってくれたおかげで
 私は俯かせていた顔を上げる事が出来た。
423 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/05/24(水) 11:40

 「うん」
 "よかったぁ"

 愛理ちゃんは嬉しそうに胸を撫で下ろし、安心したようだった。
 人間の私達にこんなにも打ち解けてくれるなんて
 なんか……凄く嬉しい。

 私が見てきた人たちは、ただこの世の未練を連ねていて
 何も出来ないまま、成仏も出来ないままでいた。
 でも愛理ちゃんは、そんな未練も欠片も無いように見えるけど…。

 私は、それが気掛かりでならなかった。

 
 「…さっきの虚…」

424 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/05/24(水) 11:40

 ピクリと、愛理ちゃんから表情が消えた。
 れいなの言葉で、私の身体も強張る。
 
 さっきの出来事は夢なんかじゃない。
 でも…現実にありえる事でもない。
 あれは…一体……。

 "雅ちゃん、私の…友達"
 「愛理ちゃんの……」

 れいなの表情も厳しくなる。
 れいなは、雅という子に危うく殺されそうになった。
 そして……私も。

 ソッと、首に手を添えると、愛理ちゃんが心配そうな表情を浮かべた。
 ヒヤリとした…死人の手の感触が蘇る。
 目を閉じて、なんとか振り払おうとするけど
 背筋がゾクリとまだ悪寒を張り付かせていた。

 それにしても…あの子は、愛理ちゃんだけ何もしなかった。
425 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/05/24(水) 11:40

 「雅ちゃんって、どんな子なの?」
 "……雅ちゃんは私のおとなりの家の子、でも足に怪我をして……"
 「足を……」
 "小さい頃、転んで川に落ちたの、鬼ごっこをしてて
 それからはずっとお家の中に居るようになったの"
 「そう……なんだ」

 愛理ちゃんが話をする雅ちゃんという女の子と
 さっきの女の子は、同じ雅ちゃんなのだろうか。

 
426 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/05/24(水) 11:41

 その後も愛理ちゃんは、雅ちゃんの事を良く話してくれた。
 二人は親がおらず、物心付いた頃にはすでに親戚の人に引き取られていたらしい。

 今私達が居るこの家は、愛理ちゃんの親戚の家だそうで
 れいながここまで運んでくれたようだ。
 
 いつしか雅ちゃんと出会い、話をしたり、一緒に遊ぶようにもなると
 
 まるでお姉ちゃんが出来たみたいで凄く嬉しかったと言う。
 
 血は繋がっていなくても、愛理ちゃんと雅ちゃんはいつも一緒に居て
 
 それは……いつまでも続くと思っていた。

  
 ……あの、"闇"が来なければ。
427 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/05/24(水) 11:41

 「…闇?」
 "…"

 突然、愛理ちゃんの顔から表情が消えた。
 口を噤み、閉じていた目を遠慮気味に開くと、両腕で自分を包んだ。
 小さくカタカタと震えているのが分かる。

 「……愛理…ちゃん」
 "分からない…急に周りがまっくらになって
 森の中に隠れてたから、道が分からなくなって……っ…"

 私は愛理ちゃんを包んで、頭を撫でた。
 触れているのに触れていない。
 それがなんだか…寂しく感じてしまう。

 この場所……何か嫌な感じがする。
428 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/05/24(水) 11:42

 「れい…」

 な…と続けようとした途端、私は周りの不可思議さに疑問を持つ。
 その瞬間、一気に孤独を感じた。

 「れい……な?」

 そこに居た筈のれいなが居ない。
 
 ソレと同時に、外から凄まじい何かを感じた。
 圧力のような…息が出来なくなるほどの圧迫感。

 まさか…。

 「愛理ちゃん、ここで待ってて」

 そう言い、私は重たい体を動かし、外へ出た。
 ポツポツと火が棒の先に灯り、周りが少し見える。
 まるで、お祭りを始めようとしているような……。
429 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/05/24(水) 11:42


 バギン!!!!

430 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/05/24(水) 11:42

 突然、隣の家から何かが壊れる音と、砂煙が立ち込めた。
 着物の袖で顔を塞ぐも、爆風によって吹き飛ばされた。

 「きゃっ!」

 ドサリと地面に叩き付けられて、砂埃を気管に入れてしまった所為か
 息が出来ず、咽ていたが、ソレと同時に背中に激痛が走った。

 
 "ガァァァァァァァァ!!!"

 またあの獣の様な叫びが聞える。
 煙が納まって、私は恐る恐る振り返った。

 
 ……今度は紅い眼が6つに形態がどれもこれもバラバラ。

 それでも、放っているものは全てが一致していて
 それはどこまでも冷たさを秘めていた。
431 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/05/24(水) 11:42

 「グッ……」

 砂煙を出していた場所からガラガラと石が崩れ、黒い布を纏った人影が出てきた。
 それは紛れも無く……。

 「れい…な……!?」
 『アアアアァァァァァァァ!!!!!』

 れいなは叫ぶと、6つの内2つの紅い眼へと飛び込んでいった。
 その脚力は普通の人間の比ではなく、膝を折ると、それを顎に打ち付けた。

 ゴキッ!!!

 ベキベキと何かが砕ける音と、ベシャリと液体がれいなへと降り掛かる。
 バタバタと黒い液体がれいなの着物に染み付き、同化する。
 そして大きな人型の物体がまだ襲い掛かろうとこん棒の様に変形した腕を振りかざす。
432 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/05/24(水) 11:43

 っが、それをれいなは腕で防ぎ、ミシリと軋む音が聞えたものの、それは一瞬。
 身体から燃え上がった炎によって、こん棒は黒く塵と化し。
 人型もまた、空間の闇と同化したように消えてしまった。
 消滅という言葉が一致しそうなほどに、身体は殆ど無いに等しいものだった。

 そして、最後の一体となった時、ギチリギチリと口の様な所が開いた。
 人の様であって人じゃない。
 さっきの雅ちゃんという少女とはまた形態が違うけど
 それでもさっきまでの"何か"は消えていた。

 "…タ………ッケ………ッ"

 何か言っている様にも聞えたけど、その前にはれいなが口に拳を突っ込み
 ブチブチと何かを引きちぎった。
 それは、液体が垂れ流れ、ブランブランと揺らめいている。
 人の味覚を司る舌だった。
433 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/05/24(水) 11:44

 ブシューっと口の中から噴水の様に流れ出る液体が納まり
 苦しそうに悲痛の表情を浮かべる人型を、れいなは足で踏み潰し
 そして言った。

 
 『……今楽にしてやると』

 
 見ていられなかった。
 思わず手で視界を遮断させて、息を詰まらせた。

 
 グシャリと耳の奥で響いた後、私は顔を隠していた手を取り
 恐る恐るれいなを見た。
 悪寒が止まらず、身体がガチガチと震え続けてた。
434 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/05/24(水) 11:44


 ……闇と同化した鬼が居た。

435 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/05/24(水) 11:45

 息が詰まるほど、その姿はまさに鬼そのもので
 指一つ動かせば、絶対に食べられてしまうと感じるほどの迫力。
 チラリと、鬼は私を見た。

 あの、紅蓮の眼を輝かせ、口から牙を剥き出す。
 ボロボロだった片目を包んでいた白い布が解かれ、右目にも紅い眼が光る。
 両手にはこれでもかというぐらい赤い液体がベットリと付着し
 10本の指からは5センチほどの長さがある爪が生えていた。

 これが……れいな?

 『うっ……』

 フラリと、れいなの身体が傾いたと思うと、そのまま地面に倒れた。
 私は慌てて駆け寄ろうとするけど、腰を強打した所為か、上手く動かない。
436 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/05/24(水) 11:45

 奥の方から、人影が見えた。
 
 ザリッザリッザリッ……

 這い付くように私は四つん這いでれいなに近寄り、グッタリとした身体を抱えた。
 液体が着物に付着するけど、そんな事を言っている暇は無い。
 
 ザリッ…ザリッ…ザリッ…

 ギュッと、抱える腕に力が入る。
 目を覚ます気配が無いれいなは、右の頬に火傷の跡があった。
 私はそれに一瞬目が行ったけど、地面に響く足音で内心は恐怖で一杯だった。
 
 息が荒くなる。
 力が暴走しそうになるけど、それを何とか抑えるのに精一杯で
 人なのかどうなのかが確認できない。

 ただでさえこの村は"霊気"が多く感じられる場所。
 しかもまだ他にもなにかある様で、精神が犯されそうになる。
437 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/05/24(水) 11:46


 ザリッ…ザリッ………………

438 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/05/24(水) 11:46

 ……音が止まった。

 
 息が詰まる思いで、目の前に居ると思われる人影に目が釘付けになる。

 
 "…あれ?もしかして、亀ちゃん?"

 突然自分の名前を言われてビクッと飛び上がりそうになった。
 でも、その声に聞き覚えがあって、灯る火の前に立ったその人を見上げた。

 
 「…ま、松浦…さん?」
 
 白い着物を纏い、その人はニコリと笑顔を浮かべた。
 私の能力を制御出来る様にしてくれた張本人。

 漆黒の闇の中で、私は純白の光を見つけた思いだった。
439 名前:- 投稿日:2006/05/24(水) 11:49


 从‘ 。‘)<隠すよ♪
440 名前:- 投稿日:2006/05/24(水) 11:49


 ノノ*^ー^)<隠しまぁす♪

441 名前:コルク 投稿日:2006/05/24(水) 11:51
更新終了です(汗

また夜にも更新する予定ですが
まだまだ先は長いようです。
少し登場人物もだいたいの方は出てきたので
頑張っていきます。
442 名前:- 投稿日:2006/05/27(土) 04:23


 ++++++*++++++

443 名前:コルク 投稿日:2006/05/27(土) 04:23

 絵里視点
    
 
 私が初めて能力を暴走させた日は、真っ白な雪が降っていた。

 見上げると、どこまでもどこまでも虚無の世界が広がっていた。
 誰も居ないセカイに、飛んでいけるような気がした。

 何も見えないセカイ。
 何も聞えないセカイ。
 何も触れないセカイ。

 真っ白な空には何も聞えない。
 見上げる空には何も見えない。
 手を差し伸べても何も触れれない。

 凄く悲しいセカイ。
 それでも、私にとっては、救いのセカイ。

 目を閉じると、闇があった。
 もう体に力が入らなくて……私は身を任せた。

 そこがどこかなんてもう私の中ではどうでもよかった。
 だけど……。
444 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/05/27(土) 04:26



 "死んじゃダメだよ"


 そんな声が聞えて、私は浮遊感を覚えた。
 瞼に力が入らず、なにも抵抗できずに闇の底へと落ちていった。


 これが……最初の出会い。
 
 
 ――――――――
 
 ――――――
 
 ―――― 
445 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/05/27(土) 04:26

 
 "…うん、これで大丈夫"

 そう松浦さんは言った。

 私の膝には愛理ちゃんが寝息を立てて眠っている。
 そして目の前には、畳の上で同じように眠るれいなが居る。
 
 ここはさっき居た場所から数十メートル離れた小屋の中。
 ロウソクに灯された火だけが、この空間の唯一の光だった。

 「ありがとうございました」
 "いやいや、そんな大したことしてないよ、単なる応急処置だから"

 応急処置というのは、目の前で眠っているれいなの事。
 少し汚れてはいるけど、腕や身体の数箇所に白い布が巻かれた。

 右目と両腕、それから肩から腹筋に掛けて。
 黒い着物には、何か液体のようなものが黒ずんで滲んでいた。

 "それにしても…亀ちゃんの着物も相当ヤバイね"

 私の着物は元は薄ピンクだったのに対し、今では砂埃や何やらで
 もうズタズタのボロボロだった。
 松浦さんは、白い浴衣の様な薄い着物だった。
446 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/05/27(土) 04:27

 「大丈夫です…私より、れいなの方が……」
 "この子は、ちゃんと自力で治すと思うよ"
 「松浦さん……れいなを知ってるんですか?」


 松浦さんはうーん、と少し唸って首を傾げる。
 私はそれをジッと待つ。

 "まぁ……私も同じようなもの…だからかな"
 「同じ……もの?」

 一瞬、松浦さんが薄く透明色の様に見えた。
 私はハッと息を呑んで、口元に手を置いた。

 "やっぱり、亀ちゃんも分かっちゃうんだね"
 「どうして……だって!!」
 "私達は…普通の幽霊じゃないってことだよ"

 普通の……その言葉が、私には全く理解できなかった。
 とっさに、松浦さんの手を掴んでみた。
 ギュッと、力一杯に。
447 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/05/27(土) 04:27

 「……っなんでですか?」
 
 なぜか、目から水が降り始めた。
 頬を滑り、松浦さんの手の上には落ちず、その下の私の手に流れ落ちた。
 触れているのに…触れていないという感触。

 "…私は、"虚"っていう存在なの"

 虚……れいながし切りに呟いていた何かの名前。
 雅ちゃんという女の子に対しても……。

 "人であって人じゃない、それを人は"幽霊"と呼ぶけれど
 いつかは成仏し、"転生"という理で生まれ変わるけれど、私達はそれは叶わない"
 「どう……して……?」
 ""虚"は神様に嫌われた存在だから、"転生"も、ましてや成仏も出来ない
 未練が有る無しが問題じゃなく、ずっとこの世界に彷徨う不完全な"無""
 「それが……虚」

 死ぬことも、生きることも出来ない人間。
 未練を解いても成仏できない。
 そんな……。
448 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/05/27(土) 04:28

 「そんな…そんなこと有り得るんですか?」
 「人は誰しも…生まれ変わることを望む訳じゃない
 たとえば…大切な人をこの世に残してる場合とか」
 
 大切な人を……。

 「そういえば、みきたんにはちゃんと言っておいてくれた?」
 「みき…たん?」
 「あちゃあ、もしかして覚えてない?そっかぁ〜」

 松浦さんが手で頭を押さえ、私は少しパニック状態になる。
 私、何か伝えないといけない事があったんだろうか。
 それを少し考えてみるも、全く覚えが無い。

 「私が担いで家まで送ったんだけど、そっかぁ。
 ……まぁ、その反応をみると、みきたんを知らないって顔だし、仕方ないか」

 ……こんな状況なのに笑顔を浮かべている松浦さん。
 "虚"というのがますます分からなくなってきた。
449 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/05/27(土) 04:28

 「あの…松浦さん」 
 「ん?」
 「…詳しく、教えてくれませんか?
 この村の事や、"虚"の事、そして……松浦さんの事」
 「……それを聞いて、後悔しない?」

 後悔……すると思うし、しないと思う。
 もうずっと前から、そればかりだった。

 「……はい」
 「じゃあ……私が知ってる限りの事を話すね。
 うーん、何から話そうっかな」

 ロウソクの灯りだけが、空間の唯一の光。
 ゾワゾワと悪寒は絶えず止まらない。

 
 そして私は、ある残酷な昔話へと耳を傾けた。

 
450 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/05/27(土) 04:28


 ――――――――*

451 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/05/27(土) 04:29

 

 数十年前、この村には二人の姉妹が居ました。

 姉は心臓に難病を患い、妹はいつも一緒に居てあげていました。

 っと、そこに、ある女の子がやってきました。

 二人とはすぐに仲良くなりました。

 そして心臓を患っていた女の子は、その子に恋をしたのです。

 ですが、それは叶わぬ恋だと女の子は知っていました。

 なぜなら、妹が居る姉妹というのは"紅い蝶"で結ばれていて
 決して離れ離れにはなれませんでした。

 しかし、一つだけ、女の子はこの呪縛から解き放たれる方法を知っていました。
452 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/05/27(土) 04:29


 それは……妹を殺す儀式でした。

453 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/05/27(土) 04:29

 死んだ者は"紅い蝶"に、生きた者にはこの村に残り
 余命を過ごすというもの。
 
 そして姉は妹を殺しました。

 けれど、その女の子は姿を消し
 姉は男性と婚礼を交わし、命と引き換えに子供を授かりました。

 それに腹を立てた妹の魂が怨霊となり、村に闇を作りました。
 人の生まれ変わりを邪魔するものです。

 そしてその呪いは今もなお、村に息づいていると言います。

 
 ――――――――

 ―――――

 ―――
454 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/05/27(土) 04:30

 

 「妹を……殺す?」
  "正確に言えば、どちらかが死ぬまで殺し合うって感じかな"
 「なんでそんな事を……」
 "この地には"溝"って呼ばれる場所があるの。
 アリ地獄って言えば分かるかな、その中に入った人は魂と一緒に消滅しない
 身体になる、ソレが"虚"っていう私たちが生まれたきっかけ"
 「じゃあ松浦さんも……殺された……」

 分からない。
 ずっと昔から私達はこの山に住んでいたけど
 そんな"溝"という存在は知らない。
 それにこの村だって、今初めて足を踏み入れた場所。
 
 「その"溝"って……なんなんですか?」
 "…正確には分からないけど、昔からあるらしいよ。
 詳しくは聞いてないんだよね、ごっちんから聞いただけだから"

 サラッと、聞き覚えのある名前を言いのけた松浦さん。
 ごっちん……って、後藤さん?
455 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/05/27(土) 04:30

 「後藤さんの事……なんで松浦さんが…」
 "あれ?愛ちゃんから聞いてない?私達これでも同級生なんだけど♪"
 「うそ……」
 "うそ言ってどうするの、愛ちゃんと私は同級
 みきたんとごっちんも同級"

 そういえば、高橋さんは1度留年したとかで……。
 でもどうみても高校生にしか見えない。

 "虚"になった人は成長も止まってしまうのだろうか…。
 あの日のまま、松浦さんの時計は止まってしまっている。
 前に進むことも叶わない。

 なんだか……嫌だな。
456 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/05/27(土) 04:31

 "……っで、私は殺された訳だけど、別に後悔してないよ"
 「その…みきたんって人にですか……」
 "生まれ変わっても、松浦亜弥としてみきたんに会えないから
 それならこうして幽霊になって一緒に居た方が良いかなって"
 「……」
 "でも結局……みきたんには生きてた頃よりもずっと遠い人に
 なっちゃったけどね"

 寂しそうな笑顔。
 松浦さんが殺されても良いと思える人。
 まるで……私とさゆみたいだな。

 「あっ…」
 「ん?どうしたの?」

 そうだ、私、さゆを探さないといけない。

 「松浦さん、私、さゆを探さないといけません」
 「さゆ?」
 「私の……私の妹なんです」
457 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/05/27(土) 04:34

 血の繋がりは無いけど、"紅い蝶"で姉妹以上の関係になった私達。

 それを姉妹と言い包めるなら、姉妹なんだろう。

 ……紅い蝶。
 さっきの話を聞くと、"紅い蝶"にはまだ他にも何かあるらしい。
 死んだ者は"紅い蝶"に、なんだろう…この胸騒ぎ。

 でもそれを確かめる為にも、さゆを探さないといけない。
 松浦さんは少し難しい表情をした後、一度頷いた。
 
 そして……。

 "分かった、このまつーらも一緒に付いていってあげましょう♪"
 「本当ですか!?」
 "この身体になってから暇だしね
 亀ちゃんには生きて帰ってごっちんにみきたんの事を言ってほしいし"
 「言ってほしい事…ですか、あの、正式な名前は……」

 松浦さんは「あぁ〜」と前伸びた声を出して
 いかにもワザとらしく手をポンッと叩いた。
458 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/05/27(土) 04:38

 "藤本美貴って言うんだよ、みきだからたんを付けてみきたん。
 可愛らしいでしょ♪"
 「は、はぁ……」
 "他にもミキティとか言われてたんだけど、これは私限定なんだよ。
 みきたんも可愛らしい所があってね、キャッ♪これ以上は内緒♪"


 聞いても無いのに……。
 このお気楽さが…なんだか後藤さんと同じものに見えた。
 あながち一緒に居たというのも頷けてしまう。
 
 そういえば……今頃皆どうしているだろうか……。

 ユラユラと揺り動くロウソクの灯火。
 それを見つめながら、私は迷惑を掛けているだろう友人達の
 顔を思い浮かべていた。
459 名前:- 投稿日:2006/05/27(土) 04:38


 从VvV)<隠すよ

460 名前:- 投稿日:2006/05/27(土) 04:39


 从*・ 。.・)<隠すの〜♪

461 名前:コルク 投稿日:2006/05/27(土) 04:40
またageました(滝汗
最近パソコンの調子がおかしいので申し訳ないです。
更新はグタグタですが、なんとか続けて行きます。
462 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/05/28(日) 18:58
更新乙です
楽しく読んでるんで頑張ってね
463 名前:コルク 投稿日:2006/05/30(火) 21:59
>>462 名無飼育さん様
有難うございます。
少し暗めながらちゃんと進めて行こうと思います。
これからもよろしくお願いします。


それでは始めます。
464 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/05/30(火) 22:00


 ++++++*++++++

465 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/05/30(火) 22:00

 真希視点

 
 何も頭の中に入ってこない。
 まさに空虚。

 痛いのか辛いのか悲しいのか。
 もう感触さえも分からない。
 
 ただ感じるのは、目の前に居る人の形からかけ離れた…。
 人の温もりも微塵もない。
 
 それでも、"闇"に包まれた孤独と、恐怖が交差している。
 虚ろに開く瞼の中から、いつしかの親友の姿が浮かんだ。

 歪む。
 曲がる。
 グニャリと闇の中に溶け込む笑顔。

 
 …あたしは、なんの為に生きてたんだっけ??

466 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/05/30(火) 22:01

 バカン!!という音と、背中に衝撃が走ると同時に、ハッと意識が戻った。
 五感がもう使い物にならない状態で、あたしは地面に倒れていた。

 「うっ……っ……」

 頭から液体が流れ出ている。
 着物はボロボロで、擦り傷も何箇所も作っていた。
 口角から垂れている鉄の味の液体を拭って、中に溜まる血溜りも吐き出した。
 そしてもう一度目の前にあるものを確かめる。

 『ガァァァァァァァァァァァ!!!!!!!』

 獣の様に雄叫びを上げる化け物。
 化け物……?

 そんな言葉で言い包められる容姿ではなかったものの
 ソレでもあたしには、それだけで充分だった。

 体中には獣の様な毛深さ。
 額には一角獣の様な角を生やし、口からは犬歯よりも発達している牙。
 そして……真っ赤に燃える地獄の様な両眼。
467 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/05/30(火) 22:01

 まさに化け物としては申し分ない。
 でも……凄く悲しい感情が渦巻いていた。
 
 
 この姿を見てから約数十分。
 この空間の中で、あたしは"生"と"死"の間に立たされていた。
 でも、一向に"死"という感情が芽生える事は無かった。
 怪我はあるものの、全て急所は外されているし
 おまけにどうした事か、あたしが立ち向かおうとした時だけこの目の前に居る
 化け物は動く。

 なんだっけ……あたし、大事な事を忘れちゃったかもしれない。

 ムクリと身体を起こすと、化け物は唸りながらあたしが動く瞬間を待っている。
 痛みも辛さも、全てが消えてしまったかのような錯覚に襲われる。
 頭の中にはもう何も聞えない。
468 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/05/30(火) 22:02

 凄く不思議な気分。

 
 さっきまでとは何かが違って、あたしの身体は凄く軽くなった。
 背中腰の帯に結んでおいた木の棒を取り出し、あたしは両手でそれを持った。
 シックリと来るこの感触……いつから持つ事をやめていたんだろう。

 スラリと、右にスライドさせると、それは現れた。
 
 鍛え上げられた銀の刃。
 刃こぼれ一つなく、磨きかかった側面には、あたしの顔が薄っすらと覗かせる。
 カバーになっていた木を放り投げ、あたしは片手で構えた。

 グィッと口角から流れる血液を親指で拭い、それを刃に塗ったくる。
 まるで獲物を喰らう牙の様に、銀の刃は鋭さを増した様に感じた。
 
 スッと、目の前の異物に視線を向ける。
469 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/05/30(火) 22:02

 
 恐れも無い。
 怒りも無い。
 悲しみも無い。
 楽しさも無い。

 
 ただあるのは……衝動。
 
 ドクドクドクドクドク。
 血脈が止め所無く動く。
 目が鋭くなるのを感じた。
 
 化け物が雄叫びを上げている事を認識するも
 そんな声は全く耳に入ってこなかった。

 昔感じた身体の熱さ。
 心臓の鼓動。
 目の前の化け物に対する衝動。

 それがなんだか……凄く心地がいい。

 無意識に、口角が歪んだ。

470 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/05/30(火) 22:03

 トンッと、足の角で地面を踏む。
 それをした途端急激に風を受けるのを感じるも、思いっきり足を上げた。

 ガツッ!!!

 固い何かをぶつけ、そんな音が聞えた。
 その後すかさず地面に爪先だけを着地させ前のめりになる。
 手に持っていたソレをクルリと構えを変えて、上から高く振り下ろした。

 ブシュッ……。

 多分人間だったら肩に刺さったであろうそこから、液体が流れ出た。
 それがあたしにも掛り、生暖かい感触で身体が震えた。
 気持ちいい…。

 もっともっともっともっともっと……。

 何も感じない。
 何も思わない。
 
 ただそこにある化け物が……あたしを動かす。

 地面に立とうとした瞬間、足に激痛が走った。
 さっき蹴り上げた時に折れたのかもしれない。
 
 でも……もうそんなものは関係なかった。
471 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/05/30(火) 22:03

 グシュッ……ブシュッ……ブチブチブチ……

 斬って裂いて引きちぎって、抉って切り刻んで……。
 それを何度も何度も何度も何度も……。
 
 アハハ……アハハハハハ……。

 どうしてか笑いが込み上げてくる。
 どうしてなのか、あたし自身全く訳が分からなかったけど……。
 凄く…凄く…嬉しくて堪らない。

 一通りやり切って、あたしはソッと、その化け物に手を差し込んだ。

 グチグチ…グチュリ…。

 液体がダラダラと流れ出て、あたしは飛び散る液体が顔に付いても止めなかった。
 化け物が痙攣している。
 痛みか苦しみか辛さか……そんな事あたしが知ったことじゃない。

 手が、思考が勝手に動いているようだった。
 本当のあたしはずっと奥の中に入れられていて、それをただジッと見ているだけ。
 あたしの身体を操る"何か"が、全てを支配しようとしている。
472 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/05/30(火) 22:03

 ……途端、あたしの五感が目覚めた。

 
 「…素晴らしい」

 そんな言葉が聞えて、あたしは無視しながらも耳を傾ける。 
 この空間に人が居る……、それだけは分かった。

 「まさか…真希、あの村の生き残りか」

 生き残り…。

 「純粋な破壊と殺戮……あの村が今もあったなら
 この世界は救われた筈…だが今、その血が今、目の前にある」

 何かブツブツと聞えるけど……あたしは無視通していた。
 
 「この村の主導権を俺が握ったあの日から……全て上手く行っていた。
 もっとも血が濃いとされた一族も滅ぼし、亀井家も今では没落貴族の様なものだ」

 か…めい……。
473 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/05/30(火) 22:04

 「あの村に"闇"が落ちなければ、こんな回りくどい事もしなくてよかったのだ。
 真希、お前にその娘たちをここに仕向ける事をな」

 真希……あたしの…名前……。

 
 娘。
 あたしが連れてきた……娘? 

 ピタリと、あたしの身体は停止した。
 さっきまでの感情も全て。

 娘。
 連れてきた。
 真希。
 亀井。
 
 
 ………あたしは……。
474 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/05/30(火) 22:05

 そういえば、あたしはなんでこんな所にいるのだろう。
 思い出そうとしても、なぜか壁があるように記憶を辿っていけない。
 なにか奇怪めいた仕掛けが回りに張り巡らされているのは分かる。
 でも………。

 
 『ゴ……ッ……ゴッ…チ…』  

 ふと、目の前にある異物が何かを発している。
 その声がさっきと違って、女の人の様な高音。
 
 ……ミキティ?

 あたしの中で、何かが弾いた。
 固まる手から、液体でベットリな刃が滑り落ちる。
 ザクッと、地面を抉り突き刺さる。

 
 感じる。

475 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/05/30(火) 22:06

 さっきまでは何も思えなかったのに、一気に覚醒したように全て感じられた。
 その瞬間、あたしの身体は痙攣し始めた。

 「あっ……あぁ……っ」

 ベットリと生暖かいものが身体にまとわりついている。
 気持ち悪い。
 取り払おうとしても、それは全く無意味な動作で。
 
 「い……ぁ…ぁぁぁぁ…っあ…そ…そん…」   

 そんな…どうして…何が……。
 言葉が頭の中を駆け巡る。
 さっきまでのあたしの行動は…異常。
 それを全て知って、脳が正常に働かない。
476 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/05/30(火) 22:06

 「いっ……いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

 
 あたしの叫びは闇に飲まれ、消えた。
 ただ、頭の中に刻み込まれた映像がリアルに映し出され続けてて
 あたしは目を開けることも叶わなかった。

 ズリズリと壁に背中を這わせて、あたしはしゃがみ込んだ。
 両手で頭を掻き毟り、映像を消そうとする。
 
 
 でも消えない。
 

 流れる鮮血。
 懸命に呼吸をする友人からは、ただ闇だけが侵食していた。
 
477 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/05/30(火) 22:07


 ――――――――*

478 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/05/30(火) 22:07

 愛視点

 
 ふと、何か聞えたと思い後ろを振り返るも、当然の様に何も無い。
 日没に近い時間になって、あーしは自分の家へと帰ってきた。

 夜になると昔から飢える野生動物が出てきたり
 森に入ると迷ってしまう人も居た。
 
 そういえば、昔こんな話を聞いた事があった。

 
479 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/05/30(火) 22:08

 「昔、2人の女の子が森の中で迷ってしまった。
 
 夜も遅く、頼りの月さえも森林によって見えず、エンエンと泣いていた。

 すると、どこからともなく紅い蝶がフワリフワリと飛んできた。

 紅い蝶は羽を片方ずつ女の子に渡し、一緒に空へと舞い上がった。

 離れないように手を結び、無事森から出る事が出来た。

 こうして、姉妹に宿る紅い蝶は"一心同体"という意味がありそれは現代まで生き続けた」 
480 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/05/30(火) 22:08

 祖父から聞いた昔話。
 紅い蝶は姉妹が離れる事をせず、全てを共有という意味でこの村の兄弟、姉妹に刻み込まれてる。
 もちろん亀達にも…。

 でも、あーしと後藤さんにはそれはない。
 義姉妹だからというのもあるからだろうけど
 全てを共有するのなら血の繋がりはあまり関係ない。

 一度、ほんの一度だけ、お父さんに聞いた事がある。
 どうしてあーし達は無いのって…。

 「……お前たちは特別だからだ」

 特別。
 あぁ、そうなんやって……あーしはそれだけだった。
 特別っていう言葉を常識的にしか知らなかったあーしには
 その言葉の重大さに全く気付いてなかった。
481 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/05/30(火) 22:09


 特別という事は、つまり他の人とは全く別の扱いをされるという事。
 
 あーしは、もしかしたら人としては扱われていなかったのかもしれない。
 そう思うのは、あの過剰なまでの父親の"力"という執着心。
 夜な夜な、父親はどこかに出かけている事は知っていた。

 後を付けるなんて事はしなかったけど…それでもなんだか…嫌な予感がした。
 この村に帰ってきてから、昔とは何かが妙に違う。
 
 まるで…あーしを部外者の様に見る村人の眼。
 一度村から出て行った者には、あんな冷たい眼で見るのだろうか。
 
 なら後藤さんは……。

 自分の部屋に戻り、つい昨日、一昨日までは全く感じなかった孤独感。
 着物を一枚脱いで、窓側の壁へと身体を預けた。
482 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/05/30(火) 22:09

 静寂な空間。
 
 あーしには、後藤さんみたいな力も無ければ武術の才能も欠けてる。
 そして……感情にも流されやすくて…強いとは到底言えない。

 迷いを抱くなと言われても…あーしはどこかで疑念を感じ、そして辛かった。
 
 もしかしたら、後藤さんもこんな気持ちに苛まれていたのかも。
 あーしより期間が少なかった後藤さん。
 その中で、「友人」という関係になれた嬉しさは、あーしにも凄く分かる。

 麻琴がもし声を掛けてくれなかったら、あーしはずっと孤独だった。
 何も結びつかなかった他人を連れてきて、当然な考えで「闇討ち祭」に参加させられていたと思う。
 こうして気付かせてくれたんは…麻琴のおかげやと思うし…感謝しとる。
483 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/05/30(火) 22:10


 でも……それでもあーし達にとっては…。

 膝に頭を埋めて、あーしは目を瞑った。


 
 



 一番思い出になっているのは、高2の夏。
 あの年は、なーんか知らんけど、皆妙にハイテンションで。
 夜遊びしたり、未成年だからしたらあかん事を遠慮なくやってのけた。
 とりあえず最低限のことは守って。
484 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/05/30(火) 22:11

 麻琴やあさ美があーしと里沙に固く注意しとったけど
 最後には結局里沙に飲まされて、ベロンベロンになってた。
 
 夏休み最後の日。
 夜なのに近くの公園でどんちゃん騒ぎで、あーしら4人は居た。

 それで誰だったか、「花火をしよう!」なんてことを言い出して。
 コンビニで買い込んで、ライターで火ぃ付けて、電光石火の様な花を咲かせてた。
 皆真っ赤な顔しながら笑ってて、凄く楽しくて。
 その一時が、いつまでもいつまでも続くとええなってさえ思った。

 でも……いつの間にか花は枯れてて、里沙は用事が出来て帰って行ってしまった。
 あさ美は麻琴の膝に頭を乗せて、アルコールが回ったのか、気絶するように眠ってしまった。

 涼しい風が吹いて、なびく髪を押さえていたら、麻琴が言った。
485 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/05/30(火) 22:12

 「……あたしさ、愛ちゃんの事好きだよ」
 「……へっ?」

 いきなり何を言うのかと思って
 ボケーとしとった頭が一瞬覚醒したけどまた戻ってしまう。
 
 「…あーしも」

 麻琴の顔も赤くて、まるでリンゴのようやなぁと見ていたら、フィッと背けられた。
 不思議で、少し顔を近づけてみる。
 耳まで真っ赤になってる麻琴……なんやホンマにリンゴみたい。

 「どーしたん?」
 「……なんでも無い」
486 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/05/30(火) 22:14

 何でも無いんやったら顔見せてくれたってええのに……。
 あーしは両手で麻琴の頭を掴んで、自分の方に向かせた。
 「ウェッ!?」というなんかよく分からない呻き声をあげる麻琴。

 なんて熟成されたリンゴだろう……。
 なんて魅了される果実なんだろう……。
 なんて……。
 
 ボヤけるあーしの視界には、真っ赤なリンゴが目の前にあるとしか思えなかった。
 さっきまで動き回っていた分、早く回ってしまったらしい。
 そして…。


 「…食べたい」
 「えっ、ちょ……愛……!!!!!」
487 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/05/30(火) 22:17

 麻琴の声が一気に聞えんようになったと同時に、あーしの真ん前に麻琴の顔。
 ボケーとする思考の中で、薄っすらと唇に柔らかい感触。
 口の中に、なんか同じ甘い味が絡まり、広がった。

 飲んだのはアルコールでも、種類は酎ハイ。
 そういえば、麻琴とあーしの同じのやったなぁ。
 そんな事をのんきに考えて、
 あーしは柔らかい感触を覚えながら、闇に落ちていった。


 ――――――――
 ――――――
 ――――

 
 その翌日、あーしは普通に寮の一室で寝てた。
 さゆに聞いたところ、麻琴が眠ってしまったあーしを運んでくれたらしい。
 
 「それにしても小川さん…凄く真っ赤な顔してましたよ、まるでリンゴみたいに」

 ボォッとしながら、あーしは昨日の事を思い出そうとしたけど
 ズキズキとする頭痛でそれどころじゃなかった。
 人生で初の二日酔い。
488 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/05/30(火) 22:27

 「そぉいえばさゆ、昨日カメどぉやった?」
 「……元気でしたよ、ようやく流動食から普通のご飯になるそうです」
 「…ほーか」

 この夏休み、さゆは絵里に付きっ切りだった。
 当然あーしも付いていたけど、里沙の無理やりな誘いを断れなかったから
 この一週間は里沙の部屋に居た。

 里沙の部屋はあーしの部屋から3番目。
 多分もうとっくに出てしまってるだろう。
 
 麻琴の家はここから近くないって言ってたけど、一度も行った事は無い。
 もちろんあさ美の家にも。
 里沙に聞くと、麻琴の家には小学時代から行っていないらしい。

 「まぁなんていうか…いろいろあったからね」

 それだけで、里沙は口を噤んだ。
 多分追求しても濁らせるだけだろうと思って、それ以上は聞いてない。
 麻琴に直接聞こうと思ったけど、なんか詮索してはいけないような気がして
 聞くことをやめた。

 あーしも、あんまり自分の家の事を言うのは極限控えていたし…。
489 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/05/30(火) 23:02

 起きた時、さゆはもうすでに制服に着替えてて
 「お先に行きますね」と言われてあーしは布団の中で手をヒラヒラさせるだけだった。
 ポリポリとまだ覚醒しない目を水で濡らし、せっせと制服を着る。
 ご飯はさゆが自分の分も作ってくれたらしく、テーブルに置かれてた。

 お味噌汁に焼き魚、納豆にご飯に海苔、それに芋の煮っころがし。
 いつの間に作れるようになったのか、以前のよりもかなり美味しくなっていた。

 焼き魚の焼き加減も、ご飯の炊き方も。
 お味噌汁なんてなぜかしょっぱかったのに全然いける。
 
 「病院で誰かに習ったんかな…」

 そんなことを考えながら全て食べ終えて、制服に着替えたらいざ出発。
490 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/05/30(火) 23:03

 二日酔いで登校なんていうのはかなりヤバかったけど
 途中里沙に会って、親戚の人が作った二日酔いに効く薬を貰った。
 なんでも仕事上の関係で薬の調合も受け持っているらしい。

 味はちょっと苦いけど、結構効果てき面、頭痛が少しして引いてきていた。

 学校の玄関先で、麻琴らしき人物に会った。
 麻琴も少し頭がおかしいのか、手で押さえて眉をひそめている。

 「麻琴、おはよー」
 「まこっちゃんおっはー」

 おっはーって……。
 麻琴は気付いたのか、後ろを振り向くとなぜかあーしを見て真っ赤になった。
 なんやろ……。
491 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/05/30(火) 23:03

 「お、おはよぉ」
 
 なんとか笑顔を作ろうとしてるけど、なんかどもってるし。
 おまけにますます真っ赤になっとる。

 「まこっちゃん、顔真っ赤だけど大丈夫?」
 「熱でもあるんか?」

 そう言ってあーしは麻琴の額を触ろうとした。
 っと。

 「わひゃっ!?」

 いきなりガシッと手首を掴まれて静止。
 あーしは訳が分からず、首を傾げて麻琴の表情を見つける。
 麻琴はますます顔が赤く、目を背けた。
 なんなんや……。
492 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/05/30(火) 23:03

 「…ははぁーん♪」

 顎に手を添えていた里沙が、ニヤリと笑みを浮かべて言った。
 どうやら分かったらしいけど……なんか怖い。
 
 「まこっちゃんも罪だねぇ、そっかそっかぁ〜〜」
 「なんやの里沙……罪って」
 「見て分かんない?」
 「んなの分からんてぇ」

 ハァッと、明らかに呆れ顔。
 おまけに「鈍感だねぇ」やってさ。
 分かる訳無いやん。

 「まこっちゃん、これは大変だよ」
 「うぅ…やっぱり……」

 ポンポンと肩を叩き、慰めているような面白がっているような。
 何が大変なんか、さっぱりや。
493 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/05/30(火) 23:04

 「……昨日なんかあった?」  

 ビクリと、麻琴がこれでもかと言わんばかりに大きい反応を示した。
 昨日……昨日てなにやってたっけ?

 「もしかして、何にも覚えてないの?」
 「だって、麻琴もそうなんちゃうの?」
 「…里沙ちゃんの日常の薬漬けで慣れちゃってるよ」

 あぁ〜、そっか。
 あっ、という事はあーしも朝貰ったので実験体にされた?

 「あっ、おはよぉ」
 「あさ美ちゃん、こんに〜♪」
 「こんにって……」
 「あれ?あさ美ちゃん何?その本」

 見ると、あさ美はハッとして、背中の後ろに隠してしまった。
 妙に顔が赤くなってるし……なんやろ。
494 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/05/30(火) 23:04

 「ちょ…ちょっと借りてた本だから
 もう貸し出しの期限も切れてるし、返してくるね」

 「先に行っててよ」、そう言ってあさ美はそそくさと廊下を走っていった。
 先生に大声で注意されて、一気に加速。

 
 「春だねぇ〜」
 「今思いっきり夏やん」
 「いや、秋っていうのはもう一つの春なのよ、知らない?」

 だから知らんて。
 2階で麻琴と里沙と分かれて、あーしは3階の教室へと入っていった。
 ガラリと……入った瞬間スゴイ衝撃を受けた。

 「愛ちゃんおっは〜♪」
 「亜弥ちゃん、あんまり朝は抱きつくのやめてって言うてるやん」

 ブーっと、頬を膨らませながら松浦亜弥ちゃんが挨拶代わりに飛びついてくるのは日課。
 学校なんだから少しは勘弁して欲しいよ。
495 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/05/30(火) 23:06

 「ねぇ聞いてよ、みきたんがさぁ」
 「それよりも席に行かしたってよ、話は屋上で聞くし」

 「にゃはは〜」とお気楽そうに笑う亜弥ちゃん
 一つ上のみきたんこと藤本美貴の話しかしない。
 いわゆるノロケ話。
 教室に来たらそればっかりだし、教室でそれを聞くのもなんか気が引ける。
 だから屋上に言って、そのノロケを休み時間ギリギリまで聞くのが朝の習慣。

 と言っても、あーしには何の特にもなってへんのやけど。
 
 「来年の春ね、みきたんがごっちんの故郷に行かせてくれるって。
 愛ちゃんも来る?」
 「ん〜、あーしはええわ、別に話す事ないし」
 「そういえばごっちんと愛ちゃんって義理の姉妹なのに
 あまりお話しないよね、ごっちんの事…嫌い?」
496 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/05/30(火) 23:07

 何かその日の亜弥ちゃんは妙にあーしの事を気に掛けてる。
 後藤さんが嫌い……そんな訳じゃない。
 ただ……あの村には連れていく人を見つけるまで、帰りたくは無かった。

 いわゆる現実避逃。
 自分の使命を忘れて、亜弥ちゃんみたいにお気楽な生活が出来たら…。
 ガキさんやあさ美、そして麻琴達と、何も考えずに人生を送れたら…。
 
 「お〜い、愛ちゃん?」
 
 なんか…あーしって不幸なんかな?それとも幸せ?
 不幸と幸福の間に挟まれたあーし、ホンマにこっけいやなぁ。
 幸せ不幸せ、どっちつかづで中途半端。

 ウトウトと、あーしの瞼が徐々に下がる。
 夏だというのに、昨日4人で遊んでたからかな。
 ボォッとしている視界の中に亜弥ちゃんの顔がだんだんとぼやけていく。
 
497 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/05/30(火) 23:07

 
 なぁ麻琴。
 あーしは……あーしは一体何がしたかったんやろ?
 ただ一緒に居たくて…それでも一緒には居られなくて…。
 
 
 
 だってあーし、人を殺しとるんやで?

498 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/05/30(火) 23:08

 ガタンッ……。

 ゴンッ!!!

 
 ビクッとして、あたしは思考を瞬時に覚醒させた。
 周りは自分の部屋…どうやらあれは夢だったらしい。
 うたた寝するなんて久しぶりやなぁ。

 「あたた……」  
 
 しかも後ろの壁に思いっきり頭をぶつけた。
 なんか…最近鈍っているかもしれん。

 学校でも剣道には引退するまでやってたけど
 麻琴達がしつこくお誘いを掛けるからその時はあまり運動をしていない。
 ……こんな時でも、武道場で身体を動かしておいた方が良いのかもしれない。
 いや、こんな時だからこそ、もしもの時があるからやらないと。
499 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/05/30(火) 23:08

 トントン……

 
 立ち上がろうとした時、襖を叩く音が聞えて
 あーしは首を傾げた。

 はて、どちら様だろうか。

 襖を開けると、そこには影一つ見当たらない。
 また首を傾げて、左右を見たあと、あーしは部屋に戻ろうとした。
 
 
 「ンッ……ッ!?」

 
 片腕を掴まれて、口の上に布を被せられた。
 振り切ろうとしても、その力には手も足も出ない。
 思考が持って行かれそうになる。
500 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/05/30(火) 23:09

 ボヤリと視界が歪んできた。
 抵抗しようとすればするほど体力が持っていかれてしまう。
 口の布を剥がそうとして、後ろの何者かの手に触れる。

 ガリリ…と、爪で相手の手の甲を引っかいた。
 その時後ろで息を呑む微かな息遣いが聞えた。
 振り返ろうとした時、そこであーしは気を失った。

 ズルズルと身体の自由が利かなくなり、畳にうつ伏せになる。

 
 「…運んで」

 あーしが見たセカイは、真っ赤に燃えた炎の様で
 それと同時に血の様にも見えた。
501 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/05/30(火) 23:09


 从‘ 。‘)<隠すよ〜♪

502 名前:- 投稿日:2006/05/30(火) 23:10


 川*’ー’)<隠すやよ〜

503 名前:コルク 投稿日:2006/05/30(火) 23:11
更新は終了です。

もう少しあのお二人の出番を多くしたいですが
話の流れであまりです(滝汗
もう少し出して行きたいですね。

もしかしたら次回出てくるかもしれませんが(殴
504 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/06/06(火) 20:51


 ++++++*++++++

505 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/06/06(火) 20:51

 麻琴視点

 
 目の前に見えるのは、赤く光った蝶々だった。
 バチバチバチと、何百何千と小さな蝶々があたしに飛んできた。
 
 それを掴み、手の平を開けると、墨の様に黒いものへと変わっていく。
 まるで闇に呑まれた様に……。

 「おかーさーん、おとーさーん……」

 小さい身体を引き摺って、あたしは微かにしか出ない声を絞りだす。
 熱い…身体が、目が、喉が、心臓が、全てが熱い。
 
 ズリズリと動かない足から液体がアスファルトを汚す。
 麻痺をしたように動かない足元を見て、あたしは視線が止まった。
 
 無意識に…その違和感に気付いたのかはあたし自身よく分からない。
 ただ、石の様に重たく、そして膝の下が全く反応しない。 
 左にはないのに右にはある…違和感。

 バチバチバチ…

 そこには、たくさんの赤い液体があった。
 まるで、赤い蝶が食いつぶしてしまったかのように。
 
 屍骸となった蝶が、そこに幾万と落ちてしまったかのように…。


506 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/06/06(火) 20:52

 「…ここは?」

 あたしは、その場所の不穏な空気が身体に取り巻いているのが分かった。
 しかも明らかに暗いし。

 「あさ美ちゃんがさ、愛ちゃんの家に来る時に探してたんだよ」
 「探してたって…なにを?」

 姿勢を低くして、ガキさんは普通の半分くらいの歩幅であるいていく。
 あたしもそれに付いて行ってるけど…腰が痛くなりそう。

 「"月詠村"ってさ、そもそも存在しないんだよ」
 「存在…しない?」
 「あさ美ちゃんは、愛ちゃんに内緒で地図で調べてた。
  あさ美ちゃんのところってさ、愛ちゃんのところとは古い知り合いらしいのよ」
 「うそぉ…」 

 初耳。
 確かに自分の事情はあんまり話さなかったけどさ、いくらなんでもマンガ染みてるよね。
 …ってかなんでそれを里沙ちゃんが?
507 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/06/06(火) 20:53

 「それでね、私もそれに協力してて調べたの、それで凄い事が分かった訳」
 「凄い事?」
 「月詠村っていうのは、そもそも1つの村になってたけど、ある日を境に分裂。
 2つの村になったけど1つの村は謎の壊滅を遂げた、150人以上の人が行方不明になったらしいよ」
 「150人…」
 「そしてその村の名前は今の"月詠村"に吸収されて、周りからは"神隠し村"っていう異名を持った」

 怪談な話にしか聞えないけど、里沙ちゃんは声色を変えずにそれを言いのけた。
 どうしてか…それを冗談だと思えなかった。
 周りにはロウソクの様な灯火があったけど、それが一層周りを不気味にしてた。
 ゾクゾクと悪寒も止まらない。

 「じゃ、じゃあ"月詠村"って一体なんなのさ?」
 「1つの隠れ里っていうのかな、現代の風流や下の人間を忌み嫌う、そんな人達が住む場所」
 「人を嫌うって…同じ人間なのに?」

 ピタリと…里沙ちゃんの足取りがプツリと切れた。
 危うくぶつかりそうになってワタワタと腕を振りながら、なんとかギリギリセーフ。
 里沙ちゃんは無言のまま数秒固まってたけど…振り向いた時にはまた変わってた。
508 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/06/06(火) 20:53

 「『同じ人間…ね、まぁそっちの方が気が楽でいいかな』」
 
 またあの声。
 その瞬間、あの異様な光景が頭に蘇ってきた。
 今里沙ちゃんの手には、あの赤く染められた刃が掴まれている。
 その刃で…人間の様なゾンビの様な奇怪なモノを…。

 「あの…さ、里沙ちゃん」

 震える口で、あたしはあの光景の事を聞こうと思った。
 でも、それからが続かない。
 視線が地面に釘で打たれているように動かない。
 
 ドクドクと鳴り止まない心臓の鼓動。
 止めどころなく流れる皮膚から滲む汗。
 そしてゾクリと悪寒を覚える身体のシンッと軋む感覚。
 
 まるで…あの日の様だった。

 「あっ、そうだ、まこっちん」
509 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/06/06(火) 20:54

 フッと、里沙ちゃんの声が元に戻り、あっけらかんとした声音が聞えた。
 ハッとして、額に滲む汗を拭うと、あたしは視線を前に戻す。
 釘がその声で抜かれた様だった。

 「これ、もしもの時のね」

 差し出されて、一瞬躊躇した。
 ゴクリと、あたしの身体がピンッと固まる。
 里沙ちゃんは受け取ろうとしないあたしの手を掴み、無理やりそれを手の平に置いた。
 ズッシリと、その重みが分かる。

 「刃には魂が宿る、使い手が未熟ならその未熟なままの切っ先で切る必要のない人間も切ってしまう。
 それは自分であり、守るべき人であり、だから、自分でちゃんと切れる相手を見定めないといけない」
 「相手を…見定める」
 「魂が宿るモノは、自分自身だと思えって事」

 なんだかよく分からないけど、多分里沙ちゃんは、その時が来る事を分かっているのかもしれない。
 里沙ちゃんの目はまさに鋭い真剣の様な輝きを持っていたから。

 「じゃあ、行こうか」
510 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/06/06(火) 20:55

 里沙ちゃんの足がゆっくりと前進する。
 あたしは、手の平に納まるリアルな重さを感じながらグッと力を入れた。
 
 何か自分の中で決まった事がある。

 
 
 里沙ちゃんが知っているであろうこの先の末路。
 あたしは、それを自分で生きる目で確かめる事を。

 そうしないと…あたしはこの現実を受け止める事が出来なかったから。

511 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/06/06(火) 20:56


 ――――――――*

512 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/06/06(火) 21:06

 ボゥッと、目の前に大きな屋敷が見えてきた。
 門の隣に真新しいロウソクの灯火が2つ。

 「ここが、この村で一番偉い人の家だったっぽいね」
 「…入るの?」
 「当然」

 ガクーっと、あたしの身体は見事にうな垂れた。
 あぁ…確かにこの先の末路は見たいよ。
 でもさ、別にこんなホラーな場所に入ることないじゃん。

 「よっと…」

 ギギギギギギギギギギ…

 いかにも不気味さ漂う音が聞えて、あたしは緊張の糸が一向に切れない。
 しかも2人なんだから、誰かが居たらかなり心細い。
513 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/06/06(火) 21:07

 「ほら、まこっちんも手伝ってよ」
 「えぇ?あたしも?」
 「当然、こういうことがあるからまこっちんに来てもらったのにさ」
 
 そういう事ですか。
 つくづくあたしって…。
 
 ってそんな事を考えてる場合じゃないよね。
 
 (仕方が無く)あたしも手伝い、相当古くなった門が完全に開いた。
 その瞬間、ゾクリと悪寒が一層強まった。

 「さぁて、まこっちゃん、準備OK?」
 
 いえいえ新垣さん、全っ然OKなんかじゃないです。
 むしろNOと言いたいんですけど!!
514 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/06/06(火) 21:07

 「!!まこっちゃん、後ろ!」

 
 里沙ちゃんが叫んだと同時に、後ろのほうから縦に風が吹き上げた。
 あたしはとっさに前へと飛んで、地面に倒れこむ。

 
 "ガァァァァァァァァァ!!!!!!"

 
 里沙ちゃんの声とは比較できないほどに、背後から大きな叫び声が聞えた。
 バッと振り向くと、それはあの森の中で見たものと同じ…。

 「まこっちん!!」

 
 ガキィィィィィィィィィィ!!!!!!

 堅い物同士がぶつかり合う音。
 刃と刃をクロスさせ、あのゾンビの様な人型と里沙ちゃんが対峙している。
 あたしは、一気に力が抜けるのを感じた。
515 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/06/06(火) 21:08

 「まこっちゃん!!手伝って!!」

 里沙ちゃんは力任せに刃を押し出すと、人型はよろけながらも地面に突っ伏した。
 その姿は、まるで獲物を狙う獣。

 
 
 手伝う。
 
 グッと、手に掴む重さを実感する。
 里沙ちゃんのさっきの「手伝う」とは訳が違う。
 
 これは……命が掛ってる。

 さっきあたしが居た場所の地面には、ごっそりと土が抉られていた。
 多分とっさに前に飛ばなかったら…。

 ガチガチと、持つ方の手が震え上がる。
 怖い、凄く怖い。
 恐怖心があたしを蝕んでいく、闇の中に取り込まれていくような…。
516 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/06/06(火) 21:09

 ドカァ!!

 「きゃっ!!!」

 ハッとして、前方で戦っていた里沙ちゃんの身体が宙を舞う。
 ドサリと、固い地面に叩き付けられた。

 「里沙ちゃん!!」

 あたしは駆け寄って、里沙ちゃんの上半身を掲げ上げる。
 土で顔は汚れ、肩を押さえ、表情が歪んだ。
 口角からは赤い液体が流れ、咳をするごとに服が赤色に染まる。

 
 ゾクリ…
 
 手に持っていた赤い刃は、あの時の青いモヤはなかったけど、充分に切れ味はあると思う。
 
 それでも…里沙ちゃんがこうして倒されている。
 さっきのとはケタが違うという証拠。

 "ゴァァァァァァァァ!!!!"
517 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/06/06(火) 21:10

 ピキメキピシピシピシ…

 
 そんな音が聞え、目の前の人型の腕と思われる場所は、まさに大きな出刃包丁の様になった。
 をれをゆっくりと掲げ上げ、あたしたちに狙いを定めている。
 あたしはソレを見上げたまま固まっていたけど、一瞬呻き声で意識が戻った。

 「ま、まこっちゃ…グッ…」
 「!里沙ちゃ…」

 もしさっきあたしが加勢していれば。
 もしあの時恐怖を感じなかったら。
 もしあたしがあの時手を震わせないで居たら…。

 
 あたしは……あたしは…

518 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/06/06(火) 21:11

 人型は振り上げた出刃包丁を振り下げようとしている。
 里沙ちゃんはキュッと目を閉じたけど、あたしはそうはしなかった。
 ただ、あたしの中の何かが弾けた。

 
 止まる事をしない心臓の音。
 止まる事をしない血液の循環。
 止まる事をしない…全てに向けての憎悪。

 それを全て吐き出したいと思う……衝動。

519 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/06/06(火) 21:11


 あの日、赤い蝶が飛んでいた。
 パチパチパチと、赤い蝶が飛んで、闇の世界に堕ちた。
 目の前には、あの人型。
 
 …今目の前に居る、あの人型と同じ…化け物。

 あたしの全てを闇に持っていった元凶。


520 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/06/06(火) 21:12



 …両足を持っていった… 



521 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/06/06(火) 21:13


 
 「アァァァァァァァ!!!!!!!」

 
 蝶が飛んでいた気がした。
 
 パチパチパチ…
 
 その業火の如く燃える様な蝶は、いつしか闇に呑まれる。
 スラリと、まるで無限の空の様に蒼く輝いた刃は宙を舞った。

 無限のセカイに飛び立った蝶は、もう元の場所に帰る事は無い。

522 名前:- 投稿日:2006/06/06(火) 21:14


 ノ|cl ・e・)<隠すよぉ

523 名前:- 投稿日:2006/06/06(火) 21:15


 ∬∬´▽`)ノシ<隠すよ〜

524 名前:コルク 投稿日:2006/06/06(火) 21:20
更新終了です。

なんとか更新出来ました(汗
また深夜に更新するかもしれません。
っが、あまり期待しないでください(死

ホラーになってるのか心配ですが(滝汗
525 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/06/07(水) 16:03


 ++++++*++++++

526 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/06/07(水) 16:03

 絵里視点

 
 ピリリ…と、背中に電気が走った痛みを覚えた。
 振り返ってもただボロボロに腐ってしまった木の壁があるだけ。
 外に何か居るのだろうか…。

 "どうしたの?"

 ムクリと、松浦さんが眠たそうな瞼を薄く開けて言った。
 灯火は絶えずロウの上で燃え、数十分前とはあまり変わらない光景を映し出す。
 ただ違うのは、愛理ちゃんを自分の着物で包み、膝ではなく木の板に寝かした事ぐらい。

 幽霊だから気温とか関係ないかもしれない。
 でも、"普通の幽霊じゃない"と松浦さんに言われて、その考えに気が引けてしまった。
 だから少しでも人間の女の子と接するような気持ちで愛理ちゃんに近づこうと思った。
 
 そうじゃないと…さゆの様に居なくなってしまいそうで……。
527 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/06/07(水) 16:04

 「なんでもないです」
 "ならいいけど…亀ちゃんと眠った方がいいよ、この村はね、ずっと夜しかならないから"
 「そうなんですか?」
 "正確には闇に包まれてるって感じかな、だから時も止まったまま。
 日も射さないし、食べ物も保存食を探すしかない"
 「…食べれるんですか?」
 "……にゃはは♪"

 そうだ、こんな緊急事態が起こってる時にお気楽だけど、食べ物とかどうしよう。
 私はれいなに運ばれてこっちに来たし…もってる所持品と言えば…。

 ゴソゴソと着物の中身を漁って、何か無いか模索する。
 記憶を辿ると確かなにか入れてた筈。
 でもそれが食べ物なのかは…分からない。
528 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/06/07(水) 16:05

 「あっ…」

 着物の中に入っていたのは…チョコレートと干し梅。
 そういえばこれ…さゆにあげようと思ってたものだ。
 
 小さい頃からずっと甘いものといえばチョコで…。

 "さゆ!あんまりたべるとふとっちゃうよ"
 "じゃあ…えりもたべる?"
 "えっ…いいの?"
 "…うん"

 小さな板チョコを二人で半分ずつにして…もっと小さいのはさゆにあげてた。
 チョコを食べるさゆは…本当に嬉しそうで、凄く可愛らしくて…。
 グッと、私は板チョコを見つめた。
529 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/06/07(水) 16:05

 もうあの頃には戻れない。
 戻りたいと思っても、もう後戻りは出来ないところに来てる。
 私の目的がここで果たされる。
 
 だから…もうあの頃には帰れない。

 
 ガサガサと、一列目までのアルミホイルを千切り、それを口の中に放り込んだ。
 甘い味が、口の中全体に広がっていく。
 乾いていた所為か、いつもよりも甘く感じる。

 
 ポタリ…

 指の隙間を通り過ぎ、木の板に円形の染みが出来た。
 また一つ、また一つと、円形が増えていく。
530 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/06/07(水) 16:06

 "亀ちゃん…"

 
 松浦さんの腕が、私の身体を包んでくれた。
 触れていないのに触れている感覚…それでも、松浦さんの優しさは充分伝わっていた。
 今までも感じてきた孤独感が一気に弾いたようだった。

 「―――――――っ……」 

 声にも出来ず、私は押し殺すように流した。
 いつもいつも、どんな時だって一人の時が多かった。
 でも、今回はだれかが傍に居る。

 こんな…こんなにも安心して流せた事があっただろうか。
 小さな小屋の中で、私は小さく願う。

 
 帰りたい…。

 
 初めて、「死にたい」とは違う願いを思った。
531 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/06/07(水) 16:06

 "私が起こしてあげるから"

 ポンポンと、背中を優しく撫でられた。
 まるで赤ん坊をあやす様に、松浦さんはとてもホッとした。
 そういえば昔、本当に小さい頃に、お母さんにこうしてしてもらった気がする。

 今はもう出来ない身体になってしまったけど…。
 でもいつでもお母さんの表情は優しくて…。
 そんなお母さんが…どうしてあんな事になったんだろう…。

 ひとしきり泣いて、疲れたのかウトウトとしてきた。
 まだ松浦さんはポンポンと背中を叩いて、揺り篭の様に身体を小さく揺らしている。
 少し…小さい頃に戻ったような気分になる。

 
 そのまま私は、静かに瞼を下ろした。
 闇の中に思考を放り、久しぶりに安息の眠りへと入っていった。
532 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/06/07(水) 16:07


 ―――――――*

533 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/06/07(水) 16:07

 あさ美視点

 
 突然だった。
 牢のドアが開いて、ドサリと地面に倒れこんだ人。

 それは…。

 「うっ…」

 一つ唸り声を呟いて、愛ちゃんは目を覚ました。
 ボゥッと薄く瞼を開いただけだったけど、それでも意識ははっきりとしてる。
 ゆっくりと起き上がろうとしたけど途中力尽いてまた地面に戻ってしまった。
 
 そんな中、私は内心焦っていた。

 愛ちゃんとはあの一件であまり会いたくなかった。
 話をする事は出来ないけど、それでもこの狭い空間で2人なんて…。

 「あ、あさ美…ちゃん?」

 後ろ手に鉄枷の様なものを付けられて、愛ちゃんは私の名前を呼ぶ。
 私はどうやって答えればいいのか分からずに、ただ愛ちゃんを見てた。
534 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/06/07(水) 16:08

 「あーし…どうして…」

 混乱しているらしく、愛ちゃんは記憶を辿るように視線を地面に定めたまま。
 ここがどこなのかも分かっていないのかもしれない。
 でも…私も轡の所為で教える事が出来ない。

 私がここに連れてこられて、2日目の朝を迎えた。
  
 あの日から、後藤さんがもう一度来てくれる事は無かった。
 あの笑顔が…いつまでもいつまでも忘れられない。
 後藤さん…あれが…最後じゃないですよね?

 ……。

 数分間、私と愛ちゃんは、ただずっと無言のままだった。
 チラリと愛ちゃんを見ても、髪の所為で表情が見えず。
 私は私で、この数日何も口にしていない。
535 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/06/07(水) 16:08

 だからもう…今腕に付けられている鎖で体勢が保てれるような状態。
 グッタリと、身体の力が殆ど抜け切っているのが分かる。
 
 ヒヤリとするこの空間では熱中症になる心配は無いけど。
 それでも、今誰かに襲われてしまえば絶対に抵抗できない。

 あの村の人たちが…またいつ仕返しに来るのかと思うと…。
 

 「あさ美ちゃん…ごめん…」
 
 唐突に、愛ちゃんが謝った。
 私はビックリして、目を大きく見開く。
536 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/06/07(水) 16:08

 「麻琴にも、里沙にも言わなあかんけど…ほんまに…ほんまにごめん」

 こんな弱々しい愛ちゃん見た事が無い。
 学校でも先輩で、頭が良くて、美人で…どうして留年したのか不思議に思うくらい。
 どうして…私なんかと友達になったのか不思議に思っているのに。
 完璧……まさにその言葉が似合う女性。

 
 そんな人が…あんな事をした私に謝ってる。
 疑念ばかりが浮かんで、私の頭も混乱していく。
 
 どうして愛ちゃんが謝る必要があるのか…全く分からないでいた。 
 っと、愛ちゃんがボソリと、小さく呟く。
 でもその言葉は…この狭い空間の中で大きく響いた。

 

 「あーし…あさ美ちゃんらを殺さなあかん」


537 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/06/07(水) 16:09

 
 ……。

 
 頭の中が真っ白になる。
 まるで視力が狂ってしまったかのように…全てが純白に見える。
 
 ポタリと…その純白のセカイに染みが出来た。
 ポタリポタリと…円形の染みは大きく弾み、そして純白のセカイを染め上げていく。

 それはまるで…闇に通じる穴の様だった。

 私の中で何かが弾きそうになる…。
 でも、それを外したら私は私じゃなくなるかもしれない。
 極限の中で、私はそれを必死に押さえ込んだ。

 ザワザワと身体に流れる血脈が上昇する感覚があっても、絶えずに。
538 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/06/07(水) 16:09

 「…あーし、凄く楽しかった、あさ美ちゃんが居て、ガキさんが居て、麻琴が居て…」

 愛ちゃんは、ゆっくり身体を起こし、壁に預けた。
 ジャラリと鎖の音が聞えて、私は視線を送る。

 「このまま…このまま…この生活が送る事が出来たら…どんなに幸せかって…。
 こんなに…こんなに人の温かさって優しいんやなって…」
 「春夏秋冬、いろいろやったし、全てがええ思い出やった。
 こんなにも…楽しくて、面白くて…そんな生活が出来るなんて…思ってへんかったから」

 ポタリと、純白のセカイに染みが出来る。
 私は自由の効かない手にグッと力を入れた。
 ギチギチと鉄と鉄が擦る音が聞える。
539 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/06/07(水) 16:10

 「でも…亀たちを助けてあげんとあかんのやよ。
 昔からそうやった、亀たちの存在が無かったら、あーしらの存在も無い」

 愛ちゃんとシゲさんと亀ちゃん。
 この3人の関係は、私には分からないし、多分まこっちゃん達も知らない。
 でも…でも…。


 「でもな…あーしは、麻琴達が居ない世界に居たくない」

 愛ちゃんは、一瞬空気を小さく吸った。
 そして…ゆっくりと、私の目を見て言った。
540 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/06/07(水) 16:10




 

 「…麻琴達を殺して、あーしも死ぬ」


541 名前:*第六部「友人」 投稿日:2006/06/07(水) 16:11

 
 無限に今の繋がりを断ち切りたくない。
 なら、その無限の中に放り込めば良い話じゃないか。
 そんな…自己中心的な考えを、愛ちゃんは真剣に言った。

 純白のセカイに、また一つ染みが出来た。
 闇の中に出来た…一つの染み。

 それは黒ずみ、いつしか赤くなっていた。


 
 
 〜第六部「友人」 完
542 名前:- 投稿日:2006/06/07(水) 16:11

 
 川0・-・)<隠します

543 名前:- 投稿日:2006/06/07(水) 16:12


 川*’ー’)<隠すやよ〜

544 名前:コルク 投稿日:2006/06/07(水) 16:13
第六部終了です(汗

少し量が減っていますが申し訳(殴
どこまで続くかは作者にも分かりません(撃
なんとか最後まで行こうと思います。
545 名前:*第七部「かくれんぼ」 投稿日:2006/06/12(月) 00:10


++++++*++++++

546 名前:*第七部「かくれんぼ」 投稿日:2006/06/12(月) 00:11

 ひとみ視点

 
 ウチは…一体何世紀前の現代にワープしてきたんだ?
 唖然と、ウチは周りの景色を見て言葉が見つからなかった。
 
 多分、他の人から見ればポカーンとバカに口を開けている奴にしか見えないだろうけどさ。
 正直言って、マジで驚いた。

 「すっげー…田舎」

 最近は殆ど都内だったから、こんなギャップを見せられると本当に言葉が無い訳。
 昔確か飯田さんに誘われて行った街もそうだったけど。
 ここかそれ以上に田舎、何にも無い。

 薄茶の田んぼや畑が覆い、その中に何十年も前から経営されている雰囲気の店が一軒。
 左には坂の様なところがあるけど、山に通じているようだった。
 右に行けばずっと田んぼ道…。
547 名前:*第七部「かくれんぼ」 投稿日:2006/06/12(月) 00:11

 数分前に見たバス停の時刻表には、一時間に1本あるものの、往復はたったの2回。
 この2回を逃せばこの駅の中で野宿という田舎らしい方法が待ち受けている。
 って言うか、今更そんな事をしてる奴なんかいるのか?

 「…とりあえず、ここ一辺の地図かなんかないのかな」
 
 
 駅のまん前にあるお店を見て、ウチは上を見上げた。
 看板には「ぼんぼんや」という少し色が剥げてしまった店の名前。
 その名前からはこの店が一体何の店かは全く検討が付かない。

 中を覗き込むと、窓にススやホコリが一杯で見るにも見えない状態。
 人差し指でキュッキュと拭うと、そこにはなんだか家具っぽいものが散乱。
 多分すでに潰れているのかもしれない。
548 名前:*第七部「かくれんぼ」 投稿日:2006/06/12(月) 00:12

 フゥッと息を吐いて、ウチはポリポリと頭を掻いた。
 周辺を見ても建物と言えばこの店だけ。
 もう少し先へ行けば集落か何かがあるだろうけど…。

 「だいたい…本当にこの駅で合ってたのか?」

 ガサガサと、飯田さんから貰ったグシャグシャのコピー用紙を広げる。
 ポケットの中に突っ込んでて、飛行機の中で座ってたらペシャンコになったんだよ。
 ん?そこ、今ウチの事をバカにした?

 「第一、この数日まともにご飯食べてないんだけど…」
 
 ずっとアイツの看病してたし…その間もこき使われて、仕事もして…。
 それでようやく休めるって思ったらこの飯田さんの依頼。
 機内食もあんまり受け付けないし、食べれたと言ったらお茶とベーグル…。
 乗機する時なんてあの女の所為で…。
549 名前:*第七部「かくれんぼ」 投稿日:2006/06/12(月) 00:13

 「…あんた誰?」

 後ろから声が聞えて、ウチは振り向いた。
 …居ない。
 また前を見て考えてたら、今度は頭を叩かれた。

 「痛っ!」
 「ここやここ!」

 また振り向いて、今度は少しだけ視点を下げる。
 ちょこんと、そこには左右にボンボンを付けた女の子が。
 手には籠を持っていて、中には色とりどりの草や花が入っていた。

 「えっと、ここの子?」
 「もしかして…お客さん!?」

 急に大声を出して、女の子の表情が一気にパッと明るくなった。
 ウチはそれに対応が出来なくて、とっさに頷いていた。

 「なんや、そうならそうと早ぅ言ってくれなぁ」
 「あっ、おい!」
550 名前:*第七部「かくれんぼ」 投稿日:2006/06/12(月) 00:13

 ガシッと手を掴まれ、ウチは目の前の家に引き込まれた。
 中はウチが思っていたよりもかなり広くて…。

 ふと…昔住処にしていた空き家を思い出した。

 「うわぁ、お客さんなんて久しぶりや!」

 女の子は靴を脱ぐと、そそくさと中の方へ入っていった。
 その靴はドロで汚れてて、所々が傷んでいる。

 周りを見渡すと、蜘蛛の巣やホコリが目に見えていた。
 まさに本当の古びた家で、家具が殆ど無い。
 都会では考えられない環境だった。

 ドタドタと、女の子は畳の上を走り回り、そして帰ってきた。
 
 「ゴメンな、ちょっと汚いけどどっか座って」

 ポンポンと畳を叩くと、ブワッと茶色のホコリが宙に舞った。
 びっくりして、ウチはハッと口を塞いだ。
 女の子は笑って、2,3度咽ていた。
551 名前:*第七部「かくれんぼ」 投稿日:2006/06/12(月) 00:13


 ―――――――*

552 名前:*第七部「かくれんぼ」 投稿日:2006/06/12(月) 00:14

 「えぇっと、加護…さん?」
 「んな固い言い方はやめて、あいぼんでええから」

 ここに上がりこんで数十分、ウチはようやくこの目の前の女の子と
 対等に話せる様になることを成功させた。
 
 彼女の名前は加護亜依。
 
 年齢は今年の2月で18になったらしい。
 それにしては…かなり幼く思える。
 
 この店は主に観光客の案内や情報を提供する場所だったらしい。
 でも今では科学の発展や人口の減少で殆ど人気が無くなったという。
 その所為で店は倒産。
 
 ここの主は借金が溜りに溜まって蒸発し、引き取られていた加護さん…。
 もといあいぼんは見捨てられ、現在は一人でここに居ると言う。 
 本人が言うには…。
553 名前:*第七部「かくれんぼ」 投稿日:2006/06/12(月) 00:15

 「ここに来る人かてちょっとはおるし、その人らが迷子になったらあかんしな。
 元々店番はうちが担当やったから、前みたいにもっと人を増やしたんねん」

 なんだか…凄く良い子なんだなって思った。
 人の為にたった一人でここに居る。
 そんな事…ウチには出来ないよ。

 「んで、よっさん」
 
 いつのまにか呼び名は「あいぼん」と「よっさん」になり
 なんかちょっと年の離れた友達感覚になっていた。
 っていうかよっさんって…。

 「ここには何の用なん?」

 グツグツと、目の前で煮たぎる湯の中にさっき取ってきたと思われる草を入れ
 それを長箸でバラバラとしっかり茹でる様にしていく。
 ガスが原料のコンロだけど…所々錆びていて、火もオレンジ色の発光を放っている。
 かなり…ヤバそう……。
554 名前:*第七部「かくれんぼ」 投稿日:2006/06/12(月) 00:15

 「ここのさ、地図って持ってない?」

 ウチはウチで、持ってきた保存用のお米を研いでいた。
 なんでも昼ごはんの為に薬草や食料を取っていたらしく
 あいぼんはウチもそれにお誘いを掛けてくれた。

 最初は「何もしなくていい」と言われたけど
 やっぱりなにかしなければと思ってこの仕事を受け持った。 

 あいぼんの話では、この数年、数十キロも離れた集落の方から週に1度だけ
 お米を貰ったり、器具を貰ったりしているらしい。
 住んでいる人たちはこっちで住む事を薦めているらしいけど。

 「うちは情報屋を一生していくて決めたんや」

 の一点張りで、集落の人たちも最近では諦めているらしい。
555 名前:*第七部「かくれんぼ」 投稿日:2006/06/12(月) 00:16

 お米の量は2人なら多分2日、1人なら多分4日はいける。
 ウチとあいぼんは…どこか同じ境遇を巡っていて…なんかほっとけない。
 そこまでウチも鬼では無いという事だ。
 
 「それならあるで、情報屋にとって地図は命の前に必要なモンや」  
 「前って…よかったら見せてもらえる?」
 「ええで、ちょっと待ってな」

 そう言って、持っていたビンから茶色のモノを長箸で取り出し
 それを湯の中に入れてかき混ぜ、少し味を確かめる。

 「まっ、こんなもんやな」

 そう言って、あいぼんはまたどこかに駆けて行った。
 ちょっとホコリが浮かんでいるのは…目を瞑ろう。

 ガシガシと、米をだいたい研いだ後、ウチはそれを鍋の中の湯に入れた。
 長箸を拝借し、鍋の中を少しかき混ぜる。
 でも、なんかちょっと火の加減が薄いらしい。
 
556 名前:*第七部「かくれんぼ」 投稿日:2006/06/12(月) 00:16

 「…まさかこんなところでコレを使うなんてねぇ〜」

 そう言って、カバンの中から取り出したのはボヤリと赤く光る石。
 石はユラユラと赤い発光を全体に広げ、手の平にも侵食する。
 パッと、発光が一層強まる。

 オレンジ色だった炎に近づけて、ウチは小さく唱えた。

 【ignition】

 ボウッっと、小火程度の紅い日が灯り、正常な炎に戻った。
 紅い発光は薄く納まり、ウチはそれをギュッと拳の中に包み込んだ。


557 名前:*第七部「かくれんぼ」 投稿日:2006/06/12(月) 00:17
 
 「あっ…」
 「…」
 
 さっきまでドタドタとしていた足跡が無くて油断した。
 大きな包みを腕の中に持っ立っている彼女。
 無言のまま、ウチを見下ろしていた。

 …何か言おうとしたけど、何も言葉が出てこなくて、石をソッとポケットに仕舞う。
 っと、彼女の足取りが動き始めた。
 そして…。




 
 「なんなん!?今のぉ♪」
 「おわっ!?」

 パッと、あいぼんは地図を放り投げてウチの腕にしがみ付いた。
 もちろん、目当てはあの石。
558 名前:*第七部「かくれんぼ」 投稿日:2006/06/12(月) 00:18

 「よっさん手品師!?うわっ、うち初めて見た!」
 「えっ、ちょっ」

 どうやら…田舎者というのが功を奏したというのだろうか。
 あいぼんはキャッキャと嬉しそうに石を眺め、ウチは下敷きになる身体を起こした。
 生まれて初めて見た感覚。
 それをウチは、いつもあいつと一緒に感じてきた。

 「なぁ、もっかい見して!」

 そう言われ、ウチは素直にアンコールに答えた。
 そういえば修行中もあいつ…時々こんな表情を浮かばせていた事があったな。
 初めて出来、初めて見た感覚…それは、どんな事よりも喜びは計り知れなかった。

 闇から光に…ウチらは、それを誰よりも純粋に喜びへと変えていた。

 そんな輝きを信じていたあの頃。
 今では…もう背いてしまった純白の光。
559 名前:*第七部「かくれんぼ」 投稿日:2006/06/12(月) 00:19


 ++++++*++++++

560 名前:*第七部「かくれんぼ」 投稿日:2006/06/12(月) 00:19

 絵里視点

 
 私が目を開けた時、すでに3人とも起きていた。
 愛理ちゃんと松浦さんはブツブツと何か相談事をしているし
 れいなはれいなで包帯の巻き方が気に入らないのか、自分で巻き直してる。

 "あっ、おはよぉ、亀ちゃん"
 「おはようございます」

 なんとものんきな挨拶を交わした私達。
 れいなは私の方を横目で見て、フィッとすぐに逸らした。

 "さて、これから外に行くけど…"

 松浦さんは少し心配そうに私を見る。
 確かに私は生身の人間で、刃物で斬られたらひとたまりも無い。
 でも…ここも安全な場所とは言えない。

 「…行きます。さゆを…さゆを探さないと」

 そして…元の居た場所に帰る。
561 名前:*第七部「かくれんぼ」 投稿日:2006/06/12(月) 00:20

 「…」

 ギシリと、れいなは立ち上がると、私の方を一点に見つめてきた。
 右目は布で隠れてて分からないけど、左目は闇の様に真っ黒で鋭い眼差し。
 一瞬、息を呑んでその視線を受けていた。

 「…れなが守ると」
 「…は?」

 ボソリと呟く様に言われたので、全く分からない。
 私は確認するように耳を近づけて、れいなに聞いた。

 「…れなは、あんたを守るっていうたけん。
 つべこべ言わずに早く行くと」

 きょとんと、れいな以外の目は明らかに点になっていただろう。
 なんか…最初の頃よりも違うような。
562 名前:*第七部「かくれんぼ」 投稿日:2006/06/12(月) 00:20

 "もしかしてさっき生死を彷徨ったから?"
 「えっ、そんなに悪いものだったんですか?」
 "あっ、いやあの、なんていうか…"

 松浦さんが慌てて何かを言おうとしていた時、れいなはそそくさと外に出ようとしていた。
 身体に纏ったボロボロの黒衣を引き摺って、ドアを開けようとする。
 その瞬間、生暖かい風が中へと入ってきた。

 「あっと、ねぇ」

 松浦さんがれいなを呼んだ。
 出ようとした態勢のままれいなは振り向いて、少し渋い表情をしている。
 っと、袖に何か違和感を感じる。

 "お姉ちゃん…"
 「どうしたの?」

 愛理ちゃんは、何か言いたそうにモジモジしながら、私の袖を掴んでいた。
 掴まれているのに掴まれていない。
 微妙なこの感触はやっぱりいつになっても慣れない。
563 名前:*第七部「かくれんぼ」 投稿日:2006/06/12(月) 00:21

 "あの…"
 "あっ、亀ちゃん、実はさ、少しお願いを聞いてあげてくれないかな?"

 松浦さんがれいなの隣から、私に言った。
 お願い?

 "…探して欲しいの、友達"
 「愛理ちゃんの…友達」

 そういえば、この子はかくれんぼをしていて闇に呑まれた。
 という事は、この一帯周辺がそうだとしたら、まだ他にも居るのかもしれない。
 雅ちゃんという子の様にも…。

 「…分かった、探そう」
 "よし、良いよね?"

 れいなも言われたようで、多分さっき相談していたのはこれだったんだろう。
 私が承諾したと分かったら、渋々頷いてくれたらしい。
 こうして、私の最初の目的がハッキリした。

 さゆの事も、これを気に何か分かると思ったのも要因に入ってる。
564 名前:*第七部「かくれんぼ」 投稿日:2006/06/12(月) 00:24

 それにしても…。

 
 "あのね、私は松浦亜弥っていう名前があるの、はい、もう一回"
 「まつ…マツウラ…」
 "うーん、何か違うんだよねぇ、もう一回"
 「まつ…まつ…っ」
 "あっ!こら、上の人にはちゃんと敬語!"

 なんか…こんなメンバーで大丈夫なんだろうか。
 私はこの先の見えない道がさらに見えなくなっていくようで、ダラリと身体を落とした。
565 名前:*第七部「かくれんぼ」 投稿日:2006/06/12(月) 00:24


 ―――――――*

566 名前:*第七部「かくれんぼ」 投稿日:2006/06/12(月) 00:24

 ***視点

 
 おんなのこがいた。
 わらってる。

 うしろにいるふたりのかげをみてわらってる。
 
 ぴんくいろのはながふいてきて、すごくきれいだった。

 ふたりはそのはながすきだといっていた。
 いつかもっともっとみれるところにいこうとやくそくした。

 やくそく…した。

 いっしょにいつまでも…。

 
 いつまでも守ると…そう約束した筈なのに…。
567 名前:*第七部「かくれんぼ」 投稿日:2006/06/12(月) 00:25

 「ここ…」

 絵里は呟いた。
 れいなや亜弥、愛理はその立派に立てられた門を見上げる。
 闇の中を彷徨い、何度かあの変な化け物に遭遇しながらも、れいなが全て薙ぎ倒した。
 
 れいなの中では、この空間は何か苛立つ空気を放っていて嫌だった。
 だがどうしてか、「守ってやる」と口から出てしまい、この絵里という女と一緒に居る。
 そんなこと、全く思った事が無かったのに…。

 "ここ……ダメ"

 愛理という虚は、絵里を入れまいと袖を引っ張っている。
 れいなはこの建物から発せられた異様な空気が気になった。

 さきほどから殴り倒している虚とは違う。
 あんな甘い力なんかではない。
 もっともっと…途轍もなく大きなドスの効いた殺気。

 立っているだけで分かる…なんだか…凄く懐かしい家。
568 名前:*第七部「かくれんぼ」 投稿日:2006/06/12(月) 00:25

 「…ここは後で行きましょうか」
 "そうだねぇ…私はどっちでも良いけど…"
 
 そんな話が聞えてきたが、れいなは足を一歩踏み出した。
 裸足ということもあり、もう砂や泥で汚れている。

 「えっ、ちょっと、れーな!?」
 
 絵里の制止も聞かずに、れいなはその家の中へと入っていく。
 黒衣がユラリと揺れ、闇と同化する様に溶け込んでいった。

 門を抜けると、ふと、れいなは左に曲がった。
 真っ直ぐ道を見て、足取りも止まる事は無い。
 何か心辺りがあるわけでもないのに、れいなは歩き続ける。

 すると、大きな蔵の様な場所が見えてきた。
 
 れいなの足取りが一層早くなる。
 バシバシと泥が撥ねようが知った事ではない。
 身に纏う黒衣も…元々は純白の白衣だったのだから。
569 名前:*第七部「かくれんぼ」 投稿日:2006/06/12(月) 00:26

 バカンッ!!!

 
 豪快な音を立てて、蔵のドアは粉々に砕け散った。
 れいなが大きく振りかぶった飛び蹴りの所為だと思われる。
 ガチャンという高音が聞え、地面には鎖と南京錠が落ちていた。

 多分そのまま開けていてもれいなには関係の無い事だったが。

 「…!」

 ゾワリと、れいなに風圧の様な殺気が流れ込んできた。
 正確に言えば高等な霊気。
 それは、赤砂の様にも似ているが、物質は全く違う。
570 名前:*第七部「かくれんぼ」 投稿日:2006/06/12(月) 00:27

 
 殺意と怒り、殺戮を欲し、紅蓮地獄の門番の形を作り出していた。

571 名前:*第七部「かくれんぼ」 投稿日:2006/06/12(月) 00:27

 れいなはスッと、それを跳ね除けるように足を踏み入れた。
 灯火が外にも施されている筈なのに、この蔵には一切の光は無い。

 ただ、この場所に人間という生物を寄せ付けない空気が渦巻いていた。
 入れば最後、闇の中に呑まれる。

 「れーな?」

 絵里はれいなの背後に近づこうとし、蔵に入り込もうとした。
 が、身体がビクリと痙攣する。

 「…入ったらいかんと」

 そう言って、れいなは奥へと進んでいく。
 絵里はその後姿を見つめたまま、その場を動く事が出来なかった。

 なぜなら、絵里にはこの蔵に包まれた空気に触れてしまったからだ。
 人の感情を読み取る事が出来る能力を持つ少女。

 そんな彼女が、能力を発動していなくても分かるほどの幾千幾万の感情。
 
 混沌という言葉が相応しい場所が、今目の前にある。
572 名前:*第七部「かくれんぼ」 投稿日:2006/06/12(月) 00:28

 れいなはザリザリと、道を突進んでいた。
 絵里に言った一言を最後に、もう口を開く事はしない。

 ただ、今はあの夢に出てきた人物を思い返す。
 あの女に似ている…黒髪の少女を。

 長い夢を見ていた。
 数年、数十年と時間を過去から未来へ。
 
 一つずつ、鮮明に頭の中に蘇ってきた。
 その中にいつも居た…少女。
 
 ------------"はじめまして"
 
 たったその言葉一つだけで、光の様なものが見えた。

 ------------"守るんだ"

 そう言われ、いつも一緒に居た。
 少女はあの花が大好きで…毎日見るのが日課だった。

 あの花をもっと見たいと願っていた。
 だから…。
573 名前:*第七部「かくれんぼ」 投稿日:2006/06/12(月) 00:28
 
 
 -----------"…どうして"

574 名前:*第七部「かくれんぼ」 投稿日:2006/06/12(月) 00:29

 「!?」

 
 頭の中が、燃えるように熱い痛みを覚えた。
 身体が崩れ落ちそうになるも、れいなは頭を抑え、歩く事をやめない。
 あの夢を思い出すと、なぜか激痛が襲った。

 れいなの目の前になにかが見えてきた。
 それを凝視し、れいなの足取りは止まる。

 洞窟だった。
 蔵の中をただ歩き回っていただけなのだが、そこには、ゴツゴツとした穴があった。
 無造作な並びの石段には苔やカビの様な多色多彩の植物がびっしりと生えている。
 
 上を見上げると、2つの灯火によって何か紋様なものが刻まれている。
 それは一部ではなく、壁一辺に。
 まるで…何かの祭壇のようだった。
575 名前:*第七部「かくれんぼ」 投稿日:2006/06/12(月) 00:29

 "……"

 
 横一閃に風が吹いた。
 れいなはそれを背後から感じ、姿勢を地面にしゃがみ込ませた。
 両手をバネに身体を上に押し上げ、足で迎え撃つ。
 が、それをする前に相手は後ろへと一歩飛び下がっていた。
 れいなはくの字に曲げて地面に足を付けて前を見据える。

 小さく舌打ちをし、眼孔を先ほどよりも鋭くなる。

 あの姿を見たのは2度目だろうか。
576 名前:*第七部「かくれんぼ」 投稿日:2006/06/12(月) 00:30

 
 "…ァ…ッ…ァァァァァァ…"   

 
 ゴキゴキと首を左右に揺さぶり、骨を鳴らす少女。
 両腕を始末した筈なのに、どうやら片腕だけは再生し直したようだ。
 本当に…虚というのは粗末が悪い。

 スッと、れいなの片眼が炎の様に紅く染まる。
 それと同時に、対峙する少女の眼も赤色に染まる。

 霊気と霊気、熱気と冷気がこの2人の間に挟まり、壁を作る。
 れいなはもう1つ、この虚という存在について思い出した。

  
 虚は、生物の血肉が欲しくてたまらないのだ。 

  
 冷気と熱気の壁を壊し、双方の鬼は地面を迅速に駆けて行った。
 黒衣と赤衣は揺れ、そして闇の中に紅蓮の炎を作った。
577 名前:- 投稿日:2006/06/12(月) 00:31
 

 (0^〜^)<隠すYO〜

578 名前:- 投稿日:2006/06/12(月) 00:33


 从 ´ ヮ`)<隠すたい

579 名前:コルク 投稿日:2006/06/12(月) 00:35
更新終了です。

なんだか…ちゃんと文章繋がってませんね(死
予定としてはこのスレで終ろうと思っていたのですが
ついに600を突入…。

見てくれている人はいるのでしょうか(滝汗
580 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/06/12(月) 08:25
スレ立ったころから楽しみに拝見してます
お忙しいでしょうが頑張ってください
581 名前:コルク 投稿日:2006/06/26(月) 01:45
>>580 名無飼育さん様
そんな所からですか。
有難うございます。
励ましの言葉、確かに受け取りました。


それでは始めます。
582 名前:*第七部「かくれんぼ」 投稿日:2006/06/26(月) 01:46


 ++++++*++++++

583 名前:*第七部「かくれんぼ」 投稿日:2006/06/26(月) 01:47

 真希視点

 
 遠のく意識の中で、あたしとは違う誰かの声が聞えた。
 瞼を開けよとして、気付いた。
 見えなくても気配で分かる。

 だってそれは、あたしの"友人"だからだ。
 
 「何してんの、ごっちん」

 屈託の無い声で、闇の中にいる気配は言った。
 あたしは苦笑いを浮かべて、それに答える。

 「あたしさ、もうダメだよ」
 「何が?」

 何がって…。
 どうやら気配は、あたしが一言言う度に聞いてくるらしい。
 面倒臭がりな所は変わっていないというか……ね。

 「あたし、殺しちゃったんだよ」
 「まぁ…殺した奴と普通に話しなんて出来ないよね」

 アッサリと言われて、あたしはどう反応すればいいのか分からず、ただ俯いていた。
 目を瞑ったまま、あたしは呟くように聞いた。
 闇の中で、一体どこに居るのかも曖昧なまま。
584 名前:*第七部「かくれんぼ」 投稿日:2006/06/26(月) 01:48

 「恨んでる…よね…」
 「まぁ…そうだね、裏切られた気分だった」

 でも…気配は少し右にゆっくりと移動し、一瞬間を空けた。
 あたしはそれに付いて行く様に顔を右に向けて、言葉を待つ。

 「亜弥ちゃんは…恨んでなかったと思う」 

 そう言って、気配は闇の中でペタンと座った。
 ハハッと笑い、仕方が無いような声を出した。
 …あぁ…なんか、分かる気がする。

 入退院を続けていたまっつー。
 一度だけ、あたしに本音をぶつけてきた事があった。

 「もしさ、あたしが死んだら…みきたん悲しむかな?」 

 そんな事、あたしが知る訳ないじゃんって、その時は言ってたけど…。
 本当は、まっつーは冗談じゃなかったと思う。
585 名前:*第七部「かくれんぼ」 投稿日:2006/06/26(月) 01:48

 あたし知ってたんだ。
 まっつーの服に、ハンカチで何十にも包まれたナイフがあるのを。
 整理をしてたら見つけて…本人にも言ってない。

 多分、この事を彼女は知っているのかもしれない。
 あたしが居ない時、2人の間ではいろんな決裂が何度もあったと思う。

 被害者と加害者。
 幼馴染。
 姉妹の様に育ってきた…深い関係。

 「なんかね、ごっちんには少しばかり感謝してる面もあるっていうか」 
 「ハハッ、なんで…」
 「あたしさ、いつか亜弥ちゃんを殺して、自分も死のうとか考えてた」

 ピリッと、あたしの中で何かが止まった。
 瞼が開こうとしたけど、ギリギリでそれを止める。
 なぜか…これを開けてしまうと彼女が居なくなりそうで…。

 
 もう少し、話がしたかった。
586 名前:*第七部「かくれんぼ」 投稿日:2006/06/26(月) 01:49



「元々あたしの所為だったし…亜弥ちゃんに冗談で言ったら
 亜弥ちゃん…どうしたと思う?」


 "もしさ、あたしが亜弥ちゃんを殺そうとしたら…どうする?"
 "それは…あの事故の証拠隠滅?"
 "っ…違っ…!!" 

 棚から果実ナイフを取り出して、それをあたしに握らせた。
 そして…切っ先を自分の胸に押し当てたんだ。
 右の胸部……つまり心臓を。

 "たんになら…殺されたっていいよ。
 だって…この世界にたんが居ないなんて考えられない"
 
 そう言って、自分の手をあたしの手に添えて
 今にも自分で突き刺していこうとしている様だった。


587 名前:*第七部「かくれんぼ」 投稿日:2006/06/26(月) 01:49

 

 「あの時の亜弥ちゃんを見てね、もしかしたらあたしと一緒なら
 本当になんでもしそうで…ちょっと…嬉しいような悲しいような。
 だから…もう良いかなって」
 「……」
 
 まっつーは言った。

 「私が居なくなっても、たんの事頼むね」
 
 そう言っていたのは、あたしを心配させないための口実だったのだろうか。
 ……多分、そうなのだろう。  
 そうじゃなければ、あたしにあんな事言う筈がない。

 "溝"に放り込んだと思い込んだあたしが、どうやってミキティを
 守れば良いとか考えていた時には、本人はすぐ近くに居た。
 しかも…虚になって…。

 「亜弥ちゃん…今どこに居るんだろう…」

 そう呟いて、ミキティは掠れた声で言った。
 もう会える事は出来ないのか。
 もう一緒に巡り合える事は出来ないのか。
 もう…。
588 名前:*第七部「かくれんぼ」 投稿日:2006/06/26(月) 01:50

 
 それを犯したのは誰だ?
 
 ミキティ?
 まっつー?

 
 ……。
 ……。

 

 「…ミキティ、あたしの…あたしの身体を使って」

 ハッと、あたしはそんな事を言っていた。
 ミキティは何も言わずに、ただあたしの目の前に居た。

 「あたしが…あたしの所為で2人をこんな目にした。
 だから…2人のためなら何かしたい」
 「ごっちん…」
 「虚は…もう霊体だから…あたしの中に入る事が出来るはずだから…だから」

 フッと、肩に何かが触れる。
 瞼をとしていた所為でそれが何か分からなかったけど…。
 それでも…どうしてか凄く優しかった。
589 名前:*第七部「かくれんぼ」 投稿日:2006/06/26(月) 01:50

 「ばーか…、あたしがごっちんの身体を借りた所で何が出来るの」
 「ミキ…ティ…」
 「それに、ごっちんも愛ちゃんが居るじゃん。あの子どうする気?」
 
 高橋…そういえば、今どうしているのだろうか。

 「あのオッサンはあたしがなんとかするからさ、あっちに戻りなよ」
 「…あっちに戻ったとしても…結果は変わらない」

 高橋はあの3人を…。

 「ここに居たって、何も変わらない。あのクールな後藤真希はどこに行ったのさ」
 「後藤…真希?」
 「あんたの名前でしょ?あたしの知ってる後藤真希は凄い人だった」

 後藤……真希

 あぁそうだ、あたしの名前だ。
 あたしだけの…。
590 名前:*第七部「かくれんぼ」 投稿日:2006/06/26(月) 01:51


 「これ」

 そう言って、ミキティの手から何かが光り出した。
 発光体は暖かく、それでいて純粋さを秘めている。

 「もしさ、あっちで亜弥ちゃんを見つけてたら言っておいてくれる?」

 ミキティからフワリと浮いた発光体は
 あたしに近づくとピタリと止まった。
 それを、ゆっくりと手に乗せる。

 「先に行くねって…」

 
 その瞬間、あたしはゆっくりと瞼を開いた。
 発光体が中に入ってくる。
 後藤真希という存在に溶け込んでいくようだった。

 ―――――――
 ―――――
 ―――
 ―
591 名前:*第七部「かくれんぼ」 投稿日:2006/06/26(月) 01:51

 スゥッと、あたしの思考が戻る。
 ダラリとしていた身体に徐々にではあるけど力が戻ってくる。
 見ると、目の前に倒れていた肉片がググッと起き上がろうとしていた。

 周りを眼球だけで見定め、ここがあの牢の中なのだと思う。
 乱れた髪が片目を閉ざしていたけど、シンッと身体が軋んだ。
 
 あの男が、あたしの目の前でニヤリと笑う。
 それが…憎らしくて堪らない。

 あいつが…。

 ギリッと、あたしは激痛を伴う身体を起こし、持っていた刃で体勢を保った。
 地面に突き刺さる刃は、ガチガチと音を出して震えている。
 これは悲しみなのか怒りからなのか…。
 
 もうあたし自身分からなかった。

 『ガァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!』
592 名前:*第七部「かくれんぼ」 投稿日:2006/06/26(月) 01:52

 目の前に居た肉片が、牢に体当たりをぶちかます。
 っが、その衝撃を受けても、目の前にある板はビクリともしない。
 多分…打撃が効かない結界か何かを施しているのだろう。

 男は一瞬たじろいだが、まだニヤニヤと笑っている。
 血液が頭身に上昇していく。
 怒り、この怒りを、あの男に。

 「あぁあぁぁぁあああぁ!!!!!!」

 刀身をあいつに向けて、あたしは振り下ろした。
 ガキィッ!という音が全体に響くも、そんな事は気にしていられない。
 結界に跳ね返されそうになるも、あたしは柄を絶対に離さない。
 たとえ腕が千切れたって、そんなの構わない。

 あの男を……あの男をあたしは…。
593 名前:*第七部「かくれんぼ」 投稿日:2006/06/26(月) 01:53

 
 「あんたを…殺してやる!!」

 
 自分の血で染まった着物が、見えない衝撃波でバリバリと破けていく。
 それでもあたしはやめない。
 頬、両腕、足、全体に何本もの赤い線が浮き出てきても、あたしは絶対にやめない。
 もう少し…もう少しで…。

 「素晴らしい…素晴らしいぞ!真希!」

 男はハハハハハハハハハと雄叫びの様に笑い声を上げ両腕を左右に開いた。
 何がそんなにおかしい。
 何が…。

 
 「あたしの名前を…呼ぶなぁ!!!!!」

 ビキリと、刀身にヒビが入る。
 こんな所で…。


 
 
 "ごっちん!"

594 名前:*第七部「かくれんぼ」 投稿日:2006/06/26(月) 01:54

 背後から脳に直接訴えかけてくる声が聞えた。
 それは…あの肉片からだった。
 ユラリと起き上がると、あたしに言う。
 
 "…頼んだよ"

 寂しそうな表情だった。
 凄く悲しそうで、凄く辛そうで、凄く…凄く苦しそうで…。

 
 肉片は駆ける、あたしが抑えていた壁に衝突する為に。
 虚は霊気の塊だから…そんなものが結界にぶつかったりしたら…。

 
 あたしは大声を上げた。
 ダメ!ダメだよ!ミキティ!!

 でもミキティは、止めてくれなかった。
 こっちに帰ってくることは、この覚悟も出来ていた。
 ミキティの為に、あたしは帰ってきた。
 
 
 バチンと、何かが潰れたような音が聞えた。
 蚊を潰したのではなく…もっと大きくて…もっと悲しい音が。
595 名前:*第七部「かくれんぼ」 投稿日:2006/06/26(月) 01:55
 

 ミシリと軋んだ。
 その瞬間に、グニャリと世界が歪む。
 
 あの男は、それでもまだ口角を歪ませていた。
 己の体が、下敷きになりすでに血の塊になっても…。
 

 
 その時に見えた、銀色のチェーンクロス。
 あたしの首にしっかりと飾られたあの…。

 
 それは、あたしが1人の魂を受け取った証でもあった。

596 名前:*第七部「かくれんぼ」 投稿日:2006/06/26(月) 01:55


 ―――――――*

597 名前:*第七部「かくれんぼ」 投稿日:2006/06/26(月) 01:56

 ボゥッと、真希はその場に立ち竦んでいた。
 刃がボロボロになった刀身を両腕の中に包み込んで。
 
 周りは、さっきの衝撃で殆ど何もなくなってしまった。
 小屋だった場所が、まるで火事を起こした様に全て無に帰った。
 瞼を開けた時、そこは闇だった。

 ザーザーという音が聞え、ようやく水の感触を覚える。
 虚ろな眼差しで、あたしは空を見上げた。
 空は闇で、あたしの思考はそれしか判別できない。

 ザーザーザー…何度も何度も顔に打ち付ける水の冷たさ。
 それすらも何も感じない。

 だからだろうか…。

 自分の頬に流れるもう一つの水。
 その存在さえもあたしは分からずに、ただ壊れた人形の様に流した。
598 名前:*第七部「かくれんぼ」 投稿日:2006/06/26(月) 01:56

 さっきまで溢れていた力が身体から抜けてしまい
 一歩もその場から動こうという気力さえも生まれない。

 っと、周りからワラワラと人が集まってきた。
 ジャリジャリと、水が着物に付いてもお構い無しに。
 軽く30人は居るだろうか。

 その手には、真希と同系で異形の刃物がギラリと光っている。
 大半の目は虚ろで、ブツブツと何かを呟いている。
 この村人の精神は…すでに前から壊れてしまっているのだろう。

 
 何かがキッカケになった瞬間、思考は途切れ、絶望だけを見るようになる。
 そして精神は崩壊。
 狂気と凶器を持ち合わせた人形になってしまう。

 何十年も前から、この村はそれの繰り返しだった。
 人一人の命がどうなろうと知った事ではない。
 そんな神経を持ち合わせていなければ、こんな村に住む者など居ない。
599 名前:*第七部「かくれんぼ」 投稿日:2006/06/26(月) 01:57

 そして発狂する者を、この村は"忌み人"と呼んで"人柱"と同じ扱いにしてきた。
 言えば…殺してしまうのだ。

 
 そして今この刃物を持った女は、"忌み人"だ。
 
 
 そんな村人の思考を知ってか知らずか、女は一向に動かない。
 ただ上を見上げ、虚ろな目が空を泳いでいる。


 一人の男が、鎌を振り上げ、真希の上へと降り下げた。
 ザクリと、周辺に血しぶきが飛ぶ。
 バシャンと水しぶきを立たせながら、倒れた。

 
 っが、なぜか村人たちの足がピタリと止まった。
 
 殺した筈だ。
 だから止めを刺せ。

 そう思うにも、目の前の光景からはそれとは逆だった。
600 名前:*第七部「かくれんぼ」 投稿日:2006/06/26(月) 01:58

 地面に落とされた鎌を持つのは、男ではなく女。
 黒ずみ、着物はまるで黒衣のようで闇色だった。
 そして…長髪が雨に濡れ、表情が全く分からない。
 
 ユラリと女は立つ。
 バサバサと所々が破れ、ボロ布の様になってしまった着物を風で揺らして。
 村人の中で、ガタガタと震える者が出てきた。

 村人には声に出さずとも、満場一致でその光景を一言で示すだろう。


 黒衣を纏った"鬼"が居る…と。


 茶色の長髪からは、紅蓮の炎の如き真紅の目が浮かぶ。
 それを見た者からは一人もその場所から逃げ出す事は無い、否、出来ない。
 
 まるで紅い蝶の様に空を舞い、雨と共に地へと帰っていった。

601 名前:- 投稿日:2006/06/26(月) 01:59


 ( ´ Д `)<んぁ〜隠すよ

602 名前:- 投稿日:2006/06/26(月) 02:00


 从VvV)<隠す

603 名前:コルク 投稿日:2006/06/26(月) 02:02
つい2週間ぶりの更新となり申し訳。
明日からはテストが始まるということで
高校生という身分は大変です(汗

ですがまた明日出来ればと思います(蹴
604 名前:*第七部「かくれんぼ」 投稿日:2006/07/15(土) 12:01


 ++++++*++++++

605 名前:*第七部「かくれんぼ」 投稿日:2006/07/15(土) 12:02

 麻琴視点
 
 
 「かくれんぼ」
  
 昔、小さい頃に誰もがしていた遊び。
 隠れた人間を、鬼が探す遊び。
 そう…遊び。

 
 「痛っ!ちょ…まこっちゃん!」
 「あっ、ごめん…」

 ここはとある一軒家。
 名前とか住所か全くの不明。
 だって表札も無かったし。

 「それにしても、まこっちゃんがあんな強暴だったなんてねぇ。
 今度からは気を付けないと」
 「別に…あたしも何がなんだかさっぱりで…」

 って、何に気をつけるのさ。
606 名前:*第七部「かくれんぼ」 投稿日:2006/07/15(土) 12:02

 つい数十分ほど前、あたしは窮地に立たされていた。
 その時に里沙ちゃんは左肩を軽く脱臼し、内臓が少し損傷したらしい。
 右足もちょっとヤバイらしく、立つ事も困難。

 それはまぁ…あんな3メートルくらいの所から思いっきり叩き付けられればね。
 骨折じゃなく脱臼っていうところが凄いと思うよ?

 「それにしても里沙ちゃん、よく鎮痛剤とか持ってたよね」
 「用意できる物は最低限でも持ってないと、命が幾つあっても足んないよ」
 「里沙ちゃん…薬の実験と他に何やってんのさ?」
 「秘密〜♪」

 イヒヒという表情で笑うけど、頬に絆創膏と湿布が貼ってあってなんか痛々しい。
 まぁあたしもさ、膝を所々擦ってはいるけど…。
 里沙ちゃんよりは何倍もマシ。

 「あ〜あ、着物がグショグショ」
 「これ高いよね絶対」
607 名前:*第七部「かくれんぼ」 投稿日:2006/07/15(土) 12:03

 借りた着物もおかげでオジャン。
 お金とか取られそう…っていうか弁償者だよねコレ。
 ハァーとため息を付いていると、里沙ちゃんがジッと一点を見つめている。
 分かってるよ…分かってるんだけど…夢だと思わせてほしい。

 

 「…ふーん、なるほどね、つまりまこっちゃんは"吸血鬼"の血筋なんだ」
 「…はっ??」

 唐突に里沙ちゃんがふむふむ頷いてあたしに言った。
 待って、ストップ、思考が数秒だけ止まったから。

 「きゅーけつきってアレだよね、血を吸う鬼って奴」
 「うん、それ、吸血鬼」

 アッサリと否定せずに言いのけちゃったよ…。
 あたしはちょっと頭が痛くなった。
 あっ…本当に頭痛が…。
608 名前:*第七部「かくれんぼ」 投稿日:2006/07/15(土) 12:03

 「だってさ、吸血鬼って外国だよね?あたし純日本人だけど」
 「吸血鬼なんて日本にはたくさん居るよ。
 ただまこっちゃんが知らないだけ、おじいちゃんとかおばあちゃんがそういう人も居る」
 「…マジ?」
 「マジマジ、かなりオオマジだからね」

 里沙ちゃんがあたしの手を掴み、その証拠を確認させようとする。
 見たくないけど…つい目が…。

 「こんな直径6センチもある爪なんて無かったでしょ?」

 そう、あたしはこんなに爪を伸ばす趣味なんてないし
 寧ろ短期間でここまで伸ばせる人が一度見てみたいって感じなんだよ。
 メキョメキョと、脳に届いたあたしの思考どおりに爪が動く。
 電気信号がイカれている訳でもなく、明らかにあたしの腕へと手は繋がっていた。
609 名前:*第七部「かくれんぼ」 投稿日:2006/07/15(土) 12:04

 あたしの片方の手も、実は同じように変形している。
 しかも口角が妙な違和感を覚えてましてね、顎を動かすたびに肌に触れるのよ。
 それに触れると、なんと感触が歯にそっくり。
 でも普通の人は口から飛び出るほどの歯は絶対に生えません。

 結論として…。

 「まぁ良いじゃないまこっちゃん、私吸血鬼なんてはじめて見た」
 「だぁかぁらぁ〜そんな確実的に言わないでよぉ」

 正直困ってる。
 吸血鬼って言えばアレでしょ?
 暗闇の中しか生きられないってやつ。
 それは朝は苦手だったけど、普通にピンピンしてたじゃん。

 「何かのきっかけに出てきてしまったって言う事もあるんだよ。
 それにまこっちゃんの場合はなんだか特異らしいし」

 あたしの心を読んだかのような里沙ちゃんの返答。
 マンガ的な進展だし…なんかもうどうでも良いよ。
610 名前:*第七部「かくれんぼ」 投稿日:2006/07/15(土) 12:04

 「んで、これからどうする?さっきは門前払いを喰らっちゃったし」
 「…もう一回行くの?」
 「うーん、どうしようかなぁ」

 なんだか気楽そうに悩む里沙ちゃん。
 あたしの異常事態はもう二の次みたい。
 ……はぁ。

 「って言うかさ、里沙ちゃんは誰かと会いたいんだよね?
 こんな所にいるの?」
 「まぁ…私が聞いた所によると確かにここに居るらしいけど…」
 
 らしいって…なんかちょっと頼りない発言。
 メキョメキョと動く爪を見て、またため息が漏れた。
 突然吸血鬼…なんて言われたってさ、信じられる訳ないじゃん。

 あっ、もしかしたら里沙ちゃんの薬漬けで?
 それともさっき食べた里沙ちゃんの薬草の汁物?
 ハッ、もしかして内緒で見つけたあのキノコの毒が!?

 「まこっちん…何ブツブツ言ってんの?」
 「えっ!?あっ、うぅん、な、なんでもない」
611 名前:*第七部「かくれんぼ」 投稿日:2006/07/15(土) 12:04

 なんだか色々と考えるけど、決定付けるものが全く無い。
 というか、殆どが怪しすぎることばかりで決められないんですけど…。

 「じゃぁ、なんだか凄く強い味方が本領発揮したらしいし
 ドンパチの続きでもしに行きましょうか」

 ムクリと、里沙ちゃんはあの刀身を手に包むと、小さく息を吐いた。
 ドンパチ…さっきのあのゾンビとまた戦うのか…。
612 名前:*第七部「かくれんぼ」 投稿日:2006/07/15(土) 12:05

 自分の意識が殆ど衝動に呑まれたあの時。
 
 あたしは、あの時の自分は今の自分じゃないと確かに感じた。
 一瞬思い出されたあの日の光景。
 あの中に、あのゾンビの影が薄っすらと浮き出ていたのだ。

 それに気付いた後は…もう全てが終ってた。
 地面は紅く染まり、そこに居た人型のゾンビは影も形も無い。
 ただ…自分に掛る血飛沫が全てを物語っていた。

 暖かく感じたあの鮮血。
 愛しいと思ったのは、あれが初めてだった。
 本能というのだろうか…。

 「あのさぁ…」
 「ん?」
613 名前:*第七部「かくれんぼ」 投稿日:2006/07/15(土) 12:05

 さきほど聞きそびれた質問をぶつけてみようととして
 あたしは一瞬ゴクリと固唾を呑んだ。
 こんな非現実な場所に居て、無関係だなんて言わせないよ。

 「里沙ちゃんって、一体何者なの?
 あのゾンビみたいな化け物って…人間だよね?」
 「…正確に言えば、一部では"虚"って呼ばれてる」

 里沙ちゃんは再び腰を下ろすと、手に持ってい刀身を見つめる。
 刃は剥き出しになっていないものの、あたしが貰ったものと同型だと思う。
 
 「"虚"って言うのは人間であって人間じゃない。
 もっと言えば、"虚"は2種類の方法で生まれてくる」
 「2種類?」
 「人間ってさ、どうやって生まれてくる?」
614 名前:*第七部「かくれんぼ」 投稿日:2006/07/15(土) 12:06

 
 ギョッとして、あたしは口を噤む。
 自分で顔が赤くなるのを感じた。

 「まこっちん、そんなあらかさまに照れないでよ。
 こっちまで恥ずかしいじゃん、質問した方なんだし」
 「め、免疫が付いてないんだから仕方ないじゃん…」

 里沙ちゃんは一度ため息を吐き、仕方が無いという表情を浮かべる。
 あたしよりも年下なのに…。

 「虚っていうのはさ、そもそも霊気の塊なんだよ。
 人魂、邪気、瘴気、いろいろ呼び名はあるけど、とにかく霊的なものなのよ」
 「魂って…あの世とかに行くものじゃないの?」
 「普通は成仏っていう形で消滅するけど、"虚"は殆どが成仏できないの」
 「成仏…出来ない?」
 「虚は"未練"も兼ね備えているからね、この世とあの世の境目に行きてる様な存在。
 霊は"未練"がいつしか暴走すれば悪霊となって人を襲うようになる、これが霊になった後の"虚"」
 
615 名前:*第七部「かくれんぼ」 投稿日:2006/07/15(土) 12:06

 なんか…全然現実じゃない話で頭がこんがらって来た。
 霊なんてそもそも存在しているのかも怪しい不可思議なモノだし
 それは小さい頃は怖がっていた時期もあったさ。

 「でもさ、幽霊なんて本当に実在するか…」
 「…まこっちん、さっき倒した奴を見ておいて何おバカな事言ってんの」
 「うぐぅ……」
 「そしてもう一つ、生きた人が"虚"になってしまう事」

 ピッと人差し指を立てて、里沙ちゃんは得意げにそう言った。
 あんまり自慢にはならないと思うけど…。
 多分ごく一部の人が聞いたら凄く良く出来た怪談話だと思って喜ぶだろうねぇ。
616 名前:*第七部「かくれんぼ」 投稿日:2006/07/15(土) 12:06


 「生きた人間がなるのは、手っ取り早いのはその"虚"に取り憑かれる事。
 虚には本来肉体を持たない存在だからね、さっきのゾンビは多分、生前虚に取り憑かれてしまった。
 ま、これが妥当だね」
 「…でもさ、それなら普通の悪霊とあんまり違わないような気も…」
 「それが全く違うんだよ、確かに虚は肉体を持たなければ何も出来ない。
 でも、その人間に寄生して、凶暴な殺人マシーンにする、さっきの変形もそれが原因」
 
 
 つまり、死んだ虚も生きた虚も時が立てばヤバイ存在になるって訳ね。
 …って言うか本当なのかなそれ。
617 名前:*第七部「かくれんぼ」 投稿日:2006/07/15(土) 12:07

 「しかも、この虚は"霊道"と呼ばれる狭間が無いと出て来れない訳でしょ。
 その"霊道"がある場所がこの近くにある筈」
 「筈って、その"霊道"っていうのはどこにあるのさ?」
 「そんなの知ってたら"虚"なんてとっくに消滅させてるよ。
 この闇ももしかしたら…何か儀式をして失敗したリバウンドだと私は思うんだよね」

 儀式…あたしにはこの村の事は全く分からないけれど
 それでも何か…不穏な空気の中に感情めいたものがあると悟った。
 一夜で150人の人が行方不明になった村。
 虚という存在を生み出している場所。
 そして…。

 「…まぁこれくらいかな」
618 名前:*第七部「かくれんぼ」 投稿日:2006/07/15(土) 12:07

 よいしょっとと、いかにもオッサン臭い声を出して里沙ちゃんは立ち上がる。
 あたしは「あっ」と呟いて、もう一つ聞きたかった事を言う。

 「里沙ちゃんは、なんでそんな事知ってるの?なんでそんな危ない奴と戦ってるの?」
 「ん?私?まぁ…」

 ポリポリと頭を掻く動作をして、苦笑いをした。
 なんか…ここまで人に模索したのは初めてかもしれない。
 でも…結果的には自分の正体(?)も知られたわけだし
 一つ何か情報を知らないことには割に合わない。

 …虚の事は敢えて口に出さず。

 
 「…まこっちゃんと同じだよ」
619 名前:*第七部「かくれんぼ」 投稿日:2006/07/15(土) 12:07

 そう言って、少し寂しそうな表情を浮かべ、小さく笑って見せた。
 あたしと同じ?
 首を傾げて考えていると、里沙ちゃんがおもむろに着物の袖をめくり上げた。

 そこに、一気に手に掴んでいた刃を押し付ける。
 ブシュッと、横に振るわれた刃に鮮血が飛び散る。

 「り、里沙ちゃん!?」

 あたしは目を思いっきり開かせて、ダラダラと流れ出る血液を見ていた。
 赤く…燃える様に赤い血が…地面に溶け込んでは消える。
 見た途端、体が熱くなるのを感じた。
 
 グラリと目眩がする。
 息が荒くなり、気管に酸素が上手く入らない。
 それでも、中から湧き出てきそうな衝動は抑える。
 ゴクリと喉を鳴らし、吹き出る汗を拭って、あたしは目を背けた。
 
 「ちゃんと見てよまこっちん」
620 名前:*第七部「かくれんぼ」 投稿日:2006/07/15(土) 12:08

 里沙ちゃんの声が聞えて、あたしは恐る恐る見上げた。
 心臓の脈動が触れただけでも分かる。
 ギュゥッと締め上げるように胸部付近を絞め、それを抑えようとする。

 ポタポタと上から流れ出ていた血液が…止まった。
 下へと傷口を見せるようにして、里沙ちゃんは腰を下ろした。
 …ぱっくりと一閃していた傷口が、少量の血液を外に出しながらも一瞬にして完治していた。

 「私はね、まこっちん、たいていの傷ならすぐに治っちゃうんだよ。
 もちろん、"虚"なんていう存在じゃないよ、寧ろ人工的」
 「…なに…したの?」

 フッと、里沙ちゃんは頬を緩ます。
 その笑みがなぜか大人びていて、あたしは一瞬息が詰まった。
 聞きたいと思う自分と、聞きたくないと思う自分が葛藤する。
 だがその前に、耳に囁かれたのはまさに現実味を帯びていなかった。
621 名前:*第七部「かくれんぼ」 投稿日:2006/07/15(土) 12:08


 「私さ…魔女なんだよ」

622 名前:*第七部「かくれんぼ」 投稿日:2006/07/15(土) 12:08

 その妙に言葉と同じほどの吐息が耳に掛り、あたしはゾクリと悪寒を覚える。
 魔女…その単語にどう反応すればいいのか分からずに、あたしは目を対峙させる。
 闇の様に黒い瞳。
 その表情は、まるで顔に引っ付かせたように無機質で。

 初めてあたしは…里沙ちゃんに恐怖心を抱いた。

 「また…協力してくれる?」

 手を差し伸べる魔女は、吸血鬼に微笑んだ。
 あたしは、その目に呑まれる。
 闇の様に純粋な、その光の無い両眼に。

 気付くと、あたしの手はその手に包み込まれていた。
623 名前:*第七部「かくれんぼ」 投稿日:2006/07/15(土) 12:09

 「かくれんぼ」

 鬼が人間を追いかける遊び。
 その遊びに、あたしは頷いた。
624 名前:- 投稿日:2006/07/15(土) 12:09


 ノ|cl ・e・)<隠すよ〜

625 名前:- 投稿日:2006/07/15(土) 12:10


 ∬∬´¬`)<隠すよぉ

626 名前:コルク 投稿日:2006/07/15(土) 12:12
更新終了です。
うーん、なんだか事前の設定よりもかなり
ズレが生じているような気が(殴

皆さん見捨てないでください(滝汗
だったらもう少し文章上手くなれって感じですが(シネバイーネー
627 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/07/25(火) 11:50
えらい事になってますね・・・。
ドキドキしながら次回まってます。
628 名前:コルク 投稿日:2006/07/30(日) 04:07
>>名無飼育さん様
えらいことになってます(殴
この先どうなることやら…。


では、始めます。
629 名前:*第七部「かくれんぼ」 投稿日:2006/07/30(日) 04:09


 ++++++*++++++

630 名前:*第七部「かくれんぼ」 投稿日:2006/07/30(日) 04:10

 
 絵里視点

 
 ずぅっと小さい頃に、私は小さな仔犬を見つけた。
 その子はフルフルと身体を震えさせ、私をジッと見上げてた。
 傘の中に、妹と一緒に入っていたあの梅雨。

 「このこ…かわいそう」

 そんな事を呟いた妹は、そのドロに塗れた仔犬に触ろうとする。
 っが、私はそれを防いだ。
 驚く妹を見ずに、私は手を掴むと足を動かす。

 あの仔犬は…触っちゃ行けない。
 ボヤリと、赤いモヤが見えたから。
 そのモヤがある生物は、絶対に触っちゃ行けない。

 触れば…死んでしまう。

 
 さゆには見えなかっただろうそのモヤを、私は見る事も触る事も出来た。
 そして…アレに触れてこの世から消えた命さえも…。
631 名前:*第七部「かくれんぼ」 投稿日:2006/07/30(日) 04:11

 "亀ちゃん"

 
 ハッとして、私は動かなかった身体がいつの間にか自由だった事に気付く。
 首を右に曲げ、愛理ちゃんと松浦さんがこっちに歩いてくるのが見えた。

 "あの子は?"
 「この…中に…」
 
 指を差し、私はれいなが入っていった蔵へと視線を戻す。
 闇に包まれた空間には、光となるものさえもない。
 ただ、奥のほうに何かが見えた。

 赤い発光。
 それは、いつしか見たあの仔犬に纏わり付くモヤと同じ。
 そういえば…れいなにもあんな発光体が渦巻いていたな…。

 "入らないの?"
 「…れいながダメって言ったんです。それに…」
632 名前:*第七部「かくれんぼ」 投稿日:2006/07/30(日) 04:12


 足が一歩も動かない。
 震えることも無ければ神経が行き届いていないという訳でもない。
 ただ、人間の本能が停止させている。
 
 怖い怖いと、怯えている。

 "!お姉ちゃ…"
 
 ふと、愛理ちゃんの震えた声が聞えた。
 振り返ると、そこにはさっきまでれいなが相手をしていた異形が一つ。

 今…れいなは居ない。

 "亀ちゃん!!"
633 名前:*第七部「かくれんぼ」 投稿日:2006/07/30(日) 04:12

 ブォン!と、風が横一直線に流れた。
 風速100はあるかないほどの大きな風、その反動で風が背後に揺れ倒された。
 ドシャリと地面に尻餅を付く。

 松浦さんはとっさに愛理ちゃんを抱え、芝生の中へと入り込んだらしい。
 私は…背後には壁が聳え立ち、尚且つ目の前には軽く3メートルを越す怪人。
 逃げ場が無い。

 棍棒の様な異型をした腕を振りまわし、"アレ"は私を見下ろした。
 ガチガチと歯が震えで鳴り続ける。
 恐怖が私に一層纏わり付いてきた。

 怖い、どこに逃げてもどこに隠れても拭いきれない怖さ。
 まるで、そう、あの「かくれんぼ」の様な、人が鬼に追いかけられる緊迫感。
 でも今は…命が掛っている。
634 名前:*第七部「かくれんぼ」 投稿日:2006/07/30(日) 04:13

 ドクドクと高鳴る胸部にあるコレが無くなれば、私は居なくなる。
 私、亀井絵里という存在は消滅する。
 記憶も、人格も、意識も、全部全部全部…。

 
 「あっ…―――はっ―――――っ…」 
 
 息が出来ない。
 霊圧の所為か、それともこのまま意識を飛ばしたいのか。
 喉に手を添えて、私は空洞を作ろうとするが、そんな動作は無意味だった。
 フッと、私の目の前に居る怪人が動いた。

 「きゃっ!!」

 その瞬間、私の隣からバゴンッと怒号の様な音が響いた。
 地面が揺れ動く。
 ビクリと、私の身体は弾き飛ばされ、壁に叩き付けられた。
 意識が一瞬飛ばされそうになるも、背中の激痛の所為でなんとか保った。
635 名前:*第七部「かくれんぼ」 投稿日:2006/07/30(日) 04:14

 さっき居た場所には、粉砕された壁の成れの果てが散らばっていた。
 パラパラと砂埃が立ち込め、その崩れた瓦礫にはゴツゴツと膨れ上がった片腕がビクンと痙攣する。
 怪人の腕はズシリと宙に上がると、視線をこちらに向けてニィッと口角を歪ませる。

 鬼と人間が混ざった様な異型の怪人。
 ダラダラと口から唾液の様な物を流して、私を見下ろす。
 人間じゃない。
 私の中には、もう考える思考が抜け出てしまいそうだった。

 
 ―――――死

 
 その文字が、ふと頭の中に思い浮かんだ。
 闇が渦巻くこの村にもう一つ鋭く私を貫いたイメージ。
 それが、今私の隣にある。
636 名前:*第七部「かくれんぼ」 投稿日:2006/07/30(日) 04:14

 ふと、私は見上げた空を見て、浮かぶ円形を見つける。
 闇の中に混ざりこむように浮かぶ…紅い月を。
 近くで誰かの声が聞える。
 でもそれに脳が反応しない。

 フォンと、風が縦に吹いた。
 ザグンッという音が聞えて、私はゆっくりと瞼を閉じた。
 





637 名前:*第七部「かくれんぼ」 投稿日:2006/07/30(日) 04:14








638 名前:*第七部「かくれんぼ」 投稿日:2006/07/30(日) 04:15




 「…なにしとると」

 グィッと、腹を何かで締め上げられ、一瞬腹部がきつくなった。
 ダラリと両手両足が宙に浮き、木の枝にぶら下がったような格好。
 その木の根の部分になる身体の張本人は、さっき見たあの紅い月の様な光を放つモノを手に納めていた。
 身体に巻きつく腕は、華奢ながらも力強さを持った白い肌。
 目の前に居た怪人からズブリという音が聞え、斜めに切れ目が入っていく。

 ダン!と地面に着陸した両足は、泥と土で汚れながらも傷一つ無い。
 そしてもう一度言った。

 「なにしとると」

 そこには、右目を白い布で隠し、肩に紅く燃えるような長刀を乗せた鬼が居た。
 輝く紅蓮の眼は、まさに絶対的な存在だという象徴を持ち合わせている様。


 その紅い眼を最後に、残っていた私の意識は途切れた。
639 名前:*第七部「かくれんぼ」 投稿日:2006/07/30(日) 04:16


 ―――――――*

640 名前:*第七部「かくれんぼ」 投稿日:2006/07/30(日) 04:17

 ***視点

 

 最初に刃を振るったのは虚。
 フォンと音が靡く様に風を切り、黒衣を纏う鬼に振り翳す。
 が、それを鬼は瞬時に避け、右に飛ぶと地面に足を沈ませる。
 それを反動に鋭く尖った爪を横腹に突き刺そうとしたが、それを振るった刃で受け止める。
 
 一端間合いを開けると、虚はギチギチと顔を上げて、ニタリと笑みを浮かべた。
 狂気を持ったそのあどけない笑みを、鬼は変わらず鋭い眼で見据える。
 笑みを浮かべたまま、虚は地面を蹴った。
 
 鬼はダラリと両腕を垂れ下げ、至近距離まで虚を誘い込まそうとした。
 だが虚はその途中に、頭よりも数十メートル高く身体を飛び跳ねた。
 ギュルギュルと回転させ、虚の鋭い腕が鬼の脳天に襲い掛かる。
641 名前:*第七部「かくれんぼ」 投稿日:2006/07/30(日) 04:17

 と、鬼は動く事をしない。
 一歩後退すると、鬼の数センチ隣に風が通った。
 ガツンと地面が抉られ、一瞬虚の動きが止まったのを鬼は見逃さなかった。
 膝を虚の腹部に食い込ませ、その衝撃で吹っ飛ばされる。

 "ガフッ!"

 腹部に受けた衝撃で口角から大量の液体が吐かれる。
 それが鬼の黒衣に付着し、黒ずんだ。

 ズシャァァァァァァ…と身体を地面に擦りつけ、虚は這い蹲る。
 片手を損傷した殺人マシーンと、五体満足な紅蓮の鬼とでは結果は見えていた。
 それでも虚ははむかう。
642 名前:*第七部「かくれんぼ」 投稿日:2006/07/30(日) 04:18

 鬼、れいなにはその意図が全く分からなかった。
 精神と脳が共に崩壊してしまった人間。
 そして幽霊になってもなおも生きようとするその信念。
 
 分かろうと思っても分かりはしない。
 人種は一緒でも、人間は単体なのだから。
 全ては自分という存在が維持しなければ、人間という人種はただの人形。
 自分という存在を見失えば、もう救う事も、救われる事も無い。

 もし単体の人間が救えるというのなら…存在を消滅させるしかない。
 それが人外になった者の、救いという「希望」。
 セカイには理がある。
 未練が有無にしても、そんな存在は反則なのだ。

 だが…れいなはまだ知らない。
 その反則を、自分にも及ぼしているなどとは…。
643 名前:*第七部「かくれんぼ」 投稿日:2006/07/30(日) 04:18

 虚、雅はギシリと身体を起こした。
 精神が崩壊し、肉体までも崩壊が進んでいる。
 生前の肉体が弱りきっていたのだから、虚という殺人衝動の塊になればいつかは消滅する。
 それでも少女には、"未練"があった。

 虚の最大の原動力は、生前起こした"未練"。
 これが消えない限り、虚は何度でも蘇る。

 成仏なんてものをしない。
 ただ人間の血肉を欲しがる化け物同然の存在になる。
 
 虚はギチギチとロボットの様に身体をくねらせ、ゴキゴキと骨という骨を鳴らした。
 一瞬骨が外れたのか、右肩がグニャリと崩れる。
644 名前:*第七部「かくれんぼ」 投稿日:2006/07/30(日) 04:19

 れいなはその光景を、ただ無機質に紅く光る眼で見つめていた。
 ただ夢の中で、同じような化け物を倒した記憶があった。
 それは人外で、今目の前に居るモノと同じように異型だった。
 そして…今と同じく"虚"と呼んでいた。

 虚はギギギと腕を振り回し、れいなへと襲い掛かる。
 れいなの中では、退屈さが生まれていた。
 その"虚"に対しての。

 
 鬱陶しい…。

 
 手を引きちぎり、虚の脳天に突き刺した。

 ブシュ…… 
645 名前:*第七部「かくれんぼ」 投稿日:2006/07/30(日) 04:19

 ビクンと痙攣し、虚と一瞬眼が合う。
 ブシュゥゥゥと擬似の液体を吹き出し、れいなの顔に大きく降り注いだ。
 雅はまだれいなに攻撃しようとするが、両腕がすでに無い事をしり
 オロオロと肩を動かすのみ。
 
 この液体も。
 この身体も。
 この眼も。
 全てが鬱陶しい。

 …消えてしまえ。

 焼いた。
 未練というカケラも。
 雅という人間の断片も。
 虚という存在を。
 全てを。
 全部を。
 何もかもを。

 炎で、バチバチと黒衣も焼けそうになる。
 だがそれでも、れいなは燃やした。
 鬱陶しいから。
646 名前:*第七部「かくれんぼ」 投稿日:2006/07/30(日) 04:20

 そう…消滅させた。
 だがその中から、黒いものが出てきた。
 虚という存在から出てきた、一つの長刀。
 
 
 この炎でも焼き尽くせないのなんて、この黒衣だけだった。
 長刀の鞘は全てが闇で、れいなは炎の中でそれを掴んだ。

 闇から生まれた刀。
 銘の無い刀。
 それでも引き抜けば、それは紅く、紅蓮の如く染め上げられた刃。
 "未練"という絶望を乗せた、たった一つしかない刀。

 
 鬼は笑った。
 その刃を。
 その炎を。
 その力を。
 その絶望を。
 そのセカイを。

 鬼は笑い、そして泣いた。
 雫は、鬼の炎によって存在すら気付くことなく消滅した。
647 名前:- 投稿日:2006/07/30(日) 04:20


 ノノ*^ー^)つ<隠すよぉ

648 名前:- 投稿日:2006/07/30(日) 04:21


 从 ´ ヮ`)+<隠すたい

649 名前:コルク 投稿日:2006/07/30(日) 04:23
紺ちゃんが卒業しても、ここではまだまだ出ます。
それがいつになるかは…(袋叩

それでは次回までノシ
650 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/09/09(土) 01:07
面白いです。待ってます。
651 名前:コルク 投稿日:2006/09/21(木) 23:38
>>650 名無飼育さん 様
有難うございます。
そう言ってくださる方が居ると復活しますよw(殴


えー、2ヶ月も経ってしまって申し訳ないです(汗
いろいろと忙しい日も続いているので話を書く時間が(砲撃
で、では、なんだか石よりも物騒なものが振ってきそうなので
始めます。
652 名前:コルク 投稿日:2006/09/21(木) 23:42


 *第八部「神なる獣」

653 名前:*第八部「神なる獣」 投稿日:2006/09/21(木) 23:43


++++++*++++++

654 名前:*第八部「神なる獣」 投稿日:2006/09/21(木) 23:43

 あさ美視点


 
 耳に聞えてくるのは、小さな獣の声。
 弱りきった声には、悲しさや、寂しさだけを乗せていた。
 聞くたびにそれは強くなり、やがて闇の中に消えていった。 

 私の獣が鳴いていた。
 悲しそうに、悔しそうに鳴いた。
 だから私は、力を貸してあげようとした。

 その子は、私の一番のお友達だったから。
 いつも一緒に居てくれた、大事な大事な子だったから。

 なのに…眼を開ければそこは紅く染まっていた。
 全てが紅く。
 全てが燃えて。
 全てが消滅していた。

 そんな場所に、私は立っていた。
 2つの塊を手の中に納めて。
655 名前:*第八部「神なる獣」 投稿日:2006/09/21(木) 23:44

 それは丸く。
 2つの眼球を付けていて。
 ぽっかりと開いた口から舌が垂れ出ていて、凄く間抜けだった。
 頬は暖かく、柔らかい。
 でも…もう動く事は無い。

 首から下の無い人間は、もう何も話さない。
 何も出来ない。
 
 私は、自分の母親と父親の首を持っていた。










 「なん…なん?」

 愛ちゃんの声が聞えた。
 瞼を開く、否、私がやった訳じゃない。
 ただ私の瞼が、私の脳に繋がる電気信号よりも早くその動作を行った。
 私なのに私じゃない。

 それはそう…あの日と同じだった。
656 名前:*第八部「神なる獣」 投稿日:2006/09/21(木) 23:44

 ギシギシと、私に絡みつくようにしていた束縛が取れていく。
 ギチギチメキメキミシミシ…そんな音が耳に大きく聞えている。

 私は私なんだ。
 でも…違うワタシがそこに立っている。

 






 『殺したんだ』
 「…違う」
 『違わない、あなたは殺したんだよ』
 「違う!」

 『あなたは消去した、塗り替えた、自分の記憶を。
 あの惨劇を、自分の所為だと思いたくなかったから』
 「違う…わ、私じゃ……」
 『なら、この手はなに?』
657 名前:*第八部「神なる獣」 投稿日:2006/09/21(木) 23:45


 『殺したんだ』
 「…違う」
 『違わない、あなたは殺したんだよ』
 「違う!」

 『あなたは消去した、塗り替えた、自分の記憶を。
 あの惨劇を、自分の所為だと思いたくなかったから』
 「違う…わ、私じゃ……」
 『なら、この手はなに?』

 ヌメリと、ワタシの手には赤く粘着力のある液体が塗られていた。
 ポタリポタリ、まるで雨の雫のように。
 ワタシは、ニタリと笑ってその液体を啜る。

 ニチャリと、生々しい音が聞えた。
 歪んだ笑みを浮かべるワタシを、私は目を背けた。

 『ワタシになったあなたは、これに合うのは必然。
 所詮は、ワタシの為の器だったって事』

 ――――――私…私は……

 『器は話さない、器は動かない、器は感情を持たない』
 
 ――――――止めて…止めてよ……

 『何も聞きたくないなら、あなたはここに居なさい。
 何も考えず、何も思わず、この闇の中に』

 ――――――この…闇の中に…
658 名前:*第八部「神なる獣」 投稿日:2006/09/21(木) 23:45










659 名前:*第八部「神なる獣」 投稿日:2006/09/21(木) 23:46


 『あぁぁぁぁアァァアアアァァァァァ!!!!!!』
 
 
 ゴキ、骨格が耐え切れずいち早く歪んだ。
 それが開始の号令となった。
 ミシメキ、と骨格が曲がり歪み変形していく。
 合わせるように筋肉が関節が、骨格に基づいて再構築される。
 そして暴発し、細胞が瓦解しそうなほど明確な変身。
 反逆を企てる各々の細胞を、ただひとつの意思で支配し、隷属させた。

 細胞は一粒一粒が意思を持つ。
 なおも変容は続いていく。
 肌は毛皮に覆われ、爪と牙がより鋭く、より凶々しく増長していった。
 口元が天へと向けて伸び上がる。
 さながら人狼を思わせるようなその体型。

 愛はゾクリと悪寒を覚えた。
 今目の前に居るのは、紛れもなく人外。
 
 バケモノだ…。
660 名前:*第八部「神なる獣」 投稿日:2006/09/21(木) 23:46

 身動きの取れない身体を無理やり起こし、一歩、一歩と後退する。
 包み込まれる恐怖。
 受けた事の無いほどの霊圧。
 自分の無力さを思い知らされるように、愛は身体から力が抜けるのを感じた。

 一体、何が起きたというのだろう。

 先ほどまで居たあさ美の姿は無く、今目の前にはバケモノが居る。
 ギラリと、目の前のバケモノの瞳は、一層鋭いものへと変わった。
 


661 名前:*第八部「神なる獣」 投稿日:2006/09/21(木) 23:47

 ―――――――"狗神"

 そこに"紺野あさ美"という存在は居ない。
 この世界に命を置いた瞬間、"狗神"は"紺野あさ美"という糧に入り込んだ。
 
 「取り憑かれると喰い殺される」

 邪神とも見る人々の目は、あさ美には鋭く突き刺さった。
 どうして自分が。

 誰かを責めたりも出来ない。
 変わってくれる人も居ない。
 一人。
 私は一人なんだ。

 孤独感が募り、あさ美の中では絶望がこのセカイだった。
 そんな時、闇から聞えた小さな声。

 ―――――――なんで泣いてるの?

 ワタシだった。
 ワタシはあさ美よりも元気で、無邪気で、純粋で。
 そんなワタシは、あさ美にとって居なくてはいけない存在になっていた。
662 名前:*第八部「神なる獣」 投稿日:2006/09/21(木) 23:47

 容姿は自分であっても、全く違う人間としてあさ美は接してきた。
 もちろんワタシも。
 ワタシには固定の名前が無く、あさ美は何か呼べる名前をあげようと思った。
 でも…ワタシはいらないと言う。

 「なら…私が居なくなった時に…私の名前をあげる」
 ―――――――いいの?
 「いいの…どうせ…私は名前なんてもういらないから」

 お母さんもお父さんも居なくなっちゃったら…。
 "紺野あさ美"という名前を持っていたら…皆私を嫌う。 
 
 なら私は、私の名前を誰かにあげても別に困らない。
 そう…その時は思っていた。


 まこっちゃん達に出会うまでは。


663 名前:*第八部「神なる獣」 投稿日:2006/09/21(木) 23:48


 ―――――――*

664 名前:*第八部「神なる獣」 投稿日:2006/09/21(木) 23:48

 私がワタシと共にあの人の家に引き取られて2年。
 理由は、「あの人の家系は血が薄い」から。

 つまりワタシという存在を宿さない人たちだった。
 
 凄く羨ましかった。
 あの人は幸せそうに笑顔で、頭が良くて、近所の人たちは凄く良くしてくれた。 
 私は…あんな風に笑顔を浮かべた事があったのかな。

 ふと、そんなことを考える事もあった。
 
 ワタシはいつも笑顔だった。
 多分私と居る間は、ずっとニコニコ笑っている。
 なんで笑っているのかは聞いた事が無いから分からないけど
 「なんでかな?」と首を傾げるだけだろうと思っていた。

 話をする時、質問をするといつも首を傾げてその言葉を言うから。
665 名前:*第八部「神なる獣」 投稿日:2006/09/21(木) 23:49

 ある日、私はあの人に聞いた。
 「どうして傍に居させてくれるんですか?」と。

 忌み嫌われていた私。
 "狗神"というワタシを宿す私。
 不幸を呼び寄せる私が傍に居るのに、この人はいつも…幸せそう。
 っと、あの人はフッと笑うと、いつもの優しい声で答えてくれた。

 
 「あさ美ちゃんが居るからだよ」

 …その言葉は、お母さんがよく私に言ってくれたのと同じだった。
 凄く嬉しくて、私は小さく泣いた。
 ワタシ以外に、私の名前を呼んでくれる。

 それだけで私は幸せだったのに…私の中で何かが込み上げてきた。
 
 

 私はここから、猛勉強をして高校に入った。
 殆ど学校にも行かず、家に引きこもっていたから。
 …学校に行くと、地元に居た頃を思い出してしまうから…。

 そして合格して…あの3人に出会った。
 初め声を掛けて来てくれたのは…。

 
 「初めまして、小川麻琴って言います」
666 名前:*第八部「神なる獣」 投稿日:2006/09/21(木) 23:50

 私の後ろの席で、ニカリと笑うその笑顔は…凄くホッとした。
 なんだか、全然恐怖を漂わせない。
 優しくて、暖かい太陽みたいな子、が初めの印象だった。
 
 それから何度か話を交わす内に、ある日特例の進級生が入ってくると言う報せが来た。
 それはまこっちゃんの幼馴染で…。

 「初めましてぇ、新垣里沙と言います」

 なんだかしっかりした子で、いつもまこっちゃんに付いていた。
 まこっちゃんも満更じゃないみたいだし、私はそれを遠くから見ていた。
 
 姉妹って、こういった二人の事を言うのかなぁ…とか。
 私とワタシは…姉妹なのかな…とか。
667 名前:*第八部「神なる獣」 投稿日:2006/09/21(木) 23:50

 一度だけ、ワタシに聞いた事があった。
 その時は…フッと笑みを浮かべただけで、何も言ってはくれなかったけど。
 それでも、そんな関係はあっても無くても同じだと知った。
 私とワタシは同じ、"紺野あさ美"という存在だから…。

 
 そして…3人の中で一番ワタシが唯一興味を持った人間が居た。
 屋上に初めて行った時、まこっちゃんが真っ先に話しかけた人。
 私…うぅん、ワタシと同じ気配のある…。


 「…高橋愛」


 今…私達を殺すといった目の前の彼女。
 自由に動けないで居る今…ワタシが呟いた。

 "…コロセ"
668 名前:*第八部「神なる獣」 投稿日:2006/09/21(木) 23:51

 その声だけが、今では頭の中を木霊している。
 身体の自由が利かない。 
 視点が合わない。
 全ての五感が掻き消されているようだった。

 まるで、人間の本来持っている"本能"のみが起動している。
 獲物へと襲い掛かろうとする、動物特有の"衝動"が。


 柵から覗かせている月は、劫火の如く闇を染めあげていた。

669 名前:- 投稿日:2006/09/21(木) 23:51


川0・-・)<隠します

670 名前:- 投稿日:2006/09/21(木) 23:52


 川*’ー’)<隠すやよ〜

671 名前:コルク 投稿日:2006/09/21(木) 23:54
久しぶりの登場だと言うのに更新短い…(回蹴
休日にあともう少し更新できればと思ってます。

またヒョッコリと顔を出すかもしれませんが
大目に見てほs(銃声
672 名前:名無し飼育さん 投稿日:2007/02/12(月) 03:06
続投期待sage
673 名前:くり 投稿日:2007/02/27(火) 22:36
面白い!作者さま、面白いです!
まだ200くらいしか読んでませんが、これからどんどん読んでいきますので、
作者さまもがんばって更新してくださいね。
絵里のキャラ大好きです!

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