豆柴と飼い猫

1 名前: 投稿日:2006/04/03(月) 20:42

森板「カップリングなりきり100の質問(いしごまリアル編) 」
の中の「教師と生徒のすすめ」の続きです。

2 名前:教師と生徒のすすめ 投稿日:2006/04/03(月) 20:43

結局、体育の授業には遅刻してしまった。
まあそれ自体は別に何とも思わなかったけど。
その後、何故か梨華ちゃんにばれて、
一週間ほど口を利いてもらえなかったのは、また別の話。

3 名前:教師と生徒のすすめ 投稿日:2006/04/03(月) 20:43

>>>教師と生徒のすすめ

4 名前: 投稿日:2006/04/03(月) 20:53

少しだけですみません…。
前スレで容量を考えずに投稿してしまい、
この最後の部分だけが入れられなくなってしまいました。
丁度いいので新スレを立てた次第です。
ここでも、また、いしごまを書いていこうかなと思ってます。

では、お目汚し失礼しました。
5 名前:名無し飼育さん 投稿日:2006/04/03(月) 21:54
新作ですね!『教師と生徒のすすめ』良いです!好きです☆
いしごま独特の柔らかい雰囲気がなんとも言えずあったかくて
早く続きが読みたくなってしまいます♪
6 名前: 投稿日:2006/04/14(金) 00:30

リアルいしごまです。
前スレの>>22に掠ってます。後藤さん視点です。
7 名前:キッチン 投稿日:2006/04/14(金) 00:30

まな板の上の野菜をことこと切る。
鍋の中のスープが煮たつのを待って、それを投入。
少しかき混ぜて、弱火にしたら、蓋をしめる。
今度は、卵を溶くためにボールに手を伸ばした。

今日は梨華ちゃんちで晩御飯。
いつ来てもこの家の冷蔵庫には何にも入ってないから、
仕事帰りの買い物は、もう殆ど梨華ちゃんちに来る時の約束事みたいになってる。

後ろから聞こえてくるのは、テレビの音と、時々梨華ちゃんの笑い声。
キッチンに向かって、卵を割りながら、
何だか夫婦みたいだな、なんて、背中が痒くなるような事を考えた。
…梨華ちゃんのがうつったのかも。
8 名前:キッチン 投稿日:2006/04/14(金) 00:32

でも夫婦なら、私が奥さんで、梨華ちゃんが旦那?
うーん。外見的には逆な気がする。梨華ちゃんって外見だけは女の子っぽいし。
中身は全然まったく違うけど。
ずぼらで、めんどくさがりで、ピンクの部屋はいつも散らかってるし。
メールとかも返事が超遅かったり。
…別にいいけど。もう慣れたし。

そんなことをつらつら考えながら、卵を混ぜて、
ふと、梨華ちゃんの声が聞こえなくなっているのに気が付いた。
テレビの音は変わらず流れてるのに、梨華ちゃんの声だけが聞こえない。
不思議になって彼女(が、いると思われる)の方を振り向こうとした時。
背中に暖かい体温を感じた。
そこから腕が伸びてきて、お腹の辺りを優しく拘束される。

抱きしめられてる、と理解するのに時間はかからなかった。

振り向きかけたその位置で、驚いて、硬直する体。
梨華ちゃんの髪が頬を掠めて。ふわりと甘い香りが広がって。
心臓がびくりと震える。
9 名前:キッチン 投稿日:2006/04/14(金) 00:32

「り、梨華ちゃん…?」

抱きしめたり、抱きしめられたりしたことはあるし、
それ以上のコトだってしてるんだから、
今更、恥ずかしがるようなことじゃないって、
頭では分かってるんだけど、声が上擦ってしまった。

だって、背中に感じる体温に、
柔らかく回されたその腕に、
どうしようもなく心が乱されて。

「…どうしたの?」

恐る恐る、でも、動揺を悟られないように、
できるだけ平静を装って尋ねた。
顔を前に戻して、卵溶きも再開する。

お腹に回った梨華ちゃんの腕の力が少しだけ強くなった気がした。
10 名前:キッチン 投稿日:2006/04/14(金) 00:32

「…真希ちゃん」

自分のうなじに彼女の頬の感触。

私の名前を呼ぶその声が、
甘えるような響きをもってる気がして。

少しだけ手が震えた。

「まーきちゃん」

甘い声が鼓膜に響いて脳を刺激する。

普段、梨華ちゃんはこんな声で私のことを呼ばない。
年上のプライドと、恥ずかしがりの部分と、意地っ張りのせいで、
こんな風に甘えたりすることは、自分のそれと比べると圧倒的に少なかった。

だから。

だから、こういう時の対応の仕方が、私には、分からない。
11 名前:キッチン 投稿日:2006/04/14(金) 00:33

「ど、どうしたの?」

何か言わなくちゃ、と軽いパニックの中、声が完全に上擦った。
だけど、梨華ちゃんはその問いに答えなかった。
少しの沈黙の後、右の首筋に柔らかい感触がして。
それが彼女の唇だと気付いて、体を強張らせると、
それはするりと耳まで這い上がってきた。

そのまま、耳たぶに口付けられて、ぞくりと全身に振るえが走った。

「…構ってよぅ」

内緒話をするみたいに囁かれたそれは、
完全に甘い響きをもって私の鼓膜を振るわせた。

「な、え、何…?」
「構って。さっきから一人で寂しい」

そう言って、頬を擦り付けられる。

本当にどうしたんだろう。
こんなこと、いつも恥ずかしがって絶対言わないのに。


…どうしよう。可愛いんだけど。


「真希ちゃん全然こっち向いてくれないんだもん」
「いや、ほら、ごとー、料理中だし」

今度は大分落ち着いた声を出すことができた。
大丈夫上擦ってない。
12 名前:キッチン 投稿日:2006/04/14(金) 00:33

すると、梨華ちゃんの腕の力が、今度は私にも分かるくらい強くなった。

「寂しいんだもん」
「もうすぐ出来るからさ。ね?とりあえず、腕離して?」
「やだ。真希ちゃん冷たい、寂しぃ」

更に腕の力強まった。
ぎゅうぎゅうと背中に梨華ちゃんの体が押し付けられて、
心臓の音が彼女に聞かれないか気が気じゃない。

落ち着くために、ふう、と浅く息を吐くと、
それをどう解釈したのか、うなじに感じてた彼女の頭(?)が、ばっと離れた。

「今、呆れたでしょ」
「は?ええ?呆れてないよー」
「嘘」
「いやいや、嘘じゃないし」

そう言っても、梨華ちゃんはまた、嘘、と呟く。
13 名前:キッチン 投稿日:2006/04/14(金) 00:34

「呆れたんでしょ。こんな我侭言って。…年上なのに」
「だから。呆れてないって。全然」
「だって、今溜め息吐いた」
「溜め息じゃないし」
「嘘だよ。絶対呆れたもん」

呆れてなんてないんだけど、それどころか、可愛いとか思っちゃってるんだけど。

背中でまだぶつぶつ呟いてる梨華ちゃん。
何だか、どんどんネガモードに突入してない?

梨華ちゃんは“こんな我侭”なんて言うけど、実は結構嬉しかったりする。
だって、“こんな我侭”は、私から見れば我侭にみえないことが殆どで、
それを言う時は、彼女の普段見れないような子供っぽい一面が見れたりするし。
第一、こんなので呆れるなら、普段から隙あらば彼女にくっつこうとしている私は、
一体どれだけ彼女に呆れられなきゃいけないのか分からない。
14 名前:キッチン 投稿日:2006/04/14(金) 00:36

「りーかちゃん?」

顎を上げて、頭をぐっと後ろへ反らす。
すぐに梨華ちゃんのそれにこつんと当たった。

「さっきのは溜め息じゃないし、呆れてもないよ」
「…」

黙り込む彼女に、頭を左右に振ってぐりぐり押し付けるけど、
やっぱり反応は返ってこなかった。

「梨華ちゃん?」

もう一度呼びかけると、急に彼女の腕の力が緩まった。
ゆっくりと、だけど確実に、背中から温かい彼女の気配が遠ざかっていく。

――梨華ちゃんが離れる。

一瞬、頭にその言葉が浮かんで消えて、
考えるより先に体が反応した。

次の瞬間には、私は体を捻って、梨華ちゃんの唇を自分のそれで塞いでた。

目を閉じる直前、彼女が小さく息を呑んだけど、止められなくて。
15 名前:キッチン 投稿日:2006/04/14(金) 00:36

「…っ!」

今ここで、彼女を離しちゃいけない気がしたから。

だから、自分の格好にも、手元にも、そんなことには構っていられなかった。

かしゃん、と何かがぶつかる音。
続いて、裸足の足にぬるりと纏わりついてきた“何か”。

唇を離して、足元に視線を遣る。
床に広がる、黄色。

「あ」
「え」

声を上げたのは二人同時だった。

「あぁぁっ!!」
「卵…」
「雑巾っ、梨華ちゃん雑巾!」
「え、う、うん」

雑巾を取りにキッチンを出て行く梨華ちゃんを横目に、
ティッシュで、床に広がる卵を拭き取る。
16 名前:キッチン 投稿日:2006/04/14(金) 00:37

梨華ちゃんに完全に気をとられて、
持っていたボールのことなんて、すっかり頭から抜け落ちてた。
ああ、卵がもったいない。

ティッシュでごしごしと床を拭っていると、
戻ってきた梨華ちゃんが、すとんと目の前に屈み込んだ。
持ってきた雑巾を床の上に置いて、手を動かし始める。
無言で作業を進めていると、何の前触れも無く彼女が口を開いた。

「ごめんね…」

最初、何に対しての謝罪なのか分からなかった。

ボールを落として卵を床にぶちまけたのは私で、
謝らなければならないのは、私の方だったから。
17 名前:キッチン 投稿日:2006/04/14(金) 00:37

床を拭う手を止めて、梨華ちゃんを見ると、
彼女は床に視線を落としたまま、休むことなく手を動かしている。

「何で梨華ちゃんが謝るの?」
「だって…」

梨華ちゃんの顔を覗き込むように首を傾けるけど、
彼女が今どんな表情をしているのかは分からなかった。

「てかさ、ごとーが謝るところじゃない、そこって」
「そんなことない。だって私があんな我侭言ったのが悪いから」
「…我侭、ねぇ」
「ごめんね、あんなことして。年上なのに…」

梨華ちゃんはそこで言葉を切ると、顔を上げた。
視線が絡む。
彼女の目は、不安そうに揺れていて。
18 名前:キッチン 投稿日:2006/04/14(金) 00:38

「嫌になった…?」
「はあ?」

予想していなかった言葉に、思わず、眉を顰めてしまった。

どうしてそうなるのか、全く分からない。

彼女の我侭が、私を喜ばせることはあっても、
嫌になるなんて、あるわけないのに。

「そんなわけないじゃん」
「…」
「嫌になるとか、ないから」

否定するけど、梨華ちゃんは今にも泣き出しそうに顔を歪めて、手で顔を覆った。
そのまま立てた膝に顔を埋めてしまって。

「梨華ちゃん?」

彼女の反応に少しだけ不安になった。
だって、その反応は、何だか、あまり良い感じのものではない気がしたから。
19 名前:キッチン 投稿日:2006/04/14(金) 00:39

「…好きなの」

小さく吐き出された言葉は、今の雰囲気からは想像できないものだった。
驚いて、咄嗟に反応できないでいると、梨華ちゃんはそのまま続ける。

「真希ちゃんが好きなの。嫌われたくないし、幻滅されたくない」

痛みを堪えるような声。
華奢な肩が震えてた。

「だから、真希ちゃんの前ではちゃんとしようと思ったんだけどなぁ…」
「別にいいのに。そんなことじゃ嫌いになんないよ。
…てか、むしろ嬉しいんだけど」
「え…?」
「そうやって甘えられるの。梨華ちゃん、あんまりしないから」
20 名前:キッチン 投稿日:2006/04/14(金) 00:39

年上だからって言って、梨華ちゃんは私の前でお姉さんでいることが多い。

実際、学年はいっこ違うけど、私にとっては、そんなこと全然関係なかった。
だけど、梨華ちゃんはそういうのをものすごーく気にする人。
たった八ヶ月の違いだけで、変な責任を背負ったり。無理して年上らしく振舞ったり。
そういうのは、彼女の性格からくるものだって、十分、分かってるんだけど。
別に良かったのに。
お姉さんな梨華ちゃんも好きだけど、そうじゃない梨華ちゃんも、もちろん大好きだから。

でも。でもね。

私が甘える分だけ、彼女にも甘えられたい。

とか、思っちゃったりもしたりして。

「もっと言ってよ、我侭。梨華ちゃんの我侭なら大歓迎なんだけど」

もっと頼ってほしかった。
私が頼りないのがいけないのかもしれないけど。

梨華ちゃんの前髪を梳いて、横の髪を耳にかけた。
21 名前:キッチン 投稿日:2006/04/14(金) 00:40

「見せてよ。ちゃんとしてないところ」

そして、できることなら、あなたの全てを。

私はもっと、梨華ちゃんを知りたい。


だって。


「ごとーも梨華ちゃんが好きだから」


髪を梳いていた手で、彼女の頭を撫でた。
彼女の両手が顔からゆっくり離される。
22 名前:キッチン 投稿日:2006/04/14(金) 00:42

「…真希ちゃんの馬鹿」
「え?」
「なんでそんなこと言うの?」
「え、え?」

梨華ちゃんの手が私の腰に触れた。

「止まんなくなっちゃうよ?」
「な、にが…?」

さっきまでの切羽詰った感じが無くなった彼女の声。
ちらりと上目遣いで見上げられて、心臓がどきりと鳴った。

「もっと一緒にいたい。もっと、くっつきたい」

腰にあった手が背中まで回ってきて、首筋に顔を埋められた。

「もっと、触れたい」

耳元での思わぬ告白と、彼女の体温にどくりどくりと心臓が鳴って、
全身の神経が彼女に触れられてる部分に集中する。
23 名前:キッチン 投稿日:2006/04/14(金) 00:42

「本当の私はもっとだらしなくて、嫉妬深かいんだよ。
 今もね。ずっとこうしてたいとか、思ってたりして」

梨華ちゃんの背中に腕を回す。

「本当は、ぜんぜん、ちゃんとしてない」

ちょっとだけ笑みを含んだ声にどきどきする。
それを隠すように、ぎゅっと抱きしめる力を強くするけど、
梨華ちゃんにはばれてるかもしれない。

「ねえ。甘えても、いい?」

なんで梨華ちゃんは、こんなに私を煽るのが上手いんだろう。
なんでこんなに、彼女の声は甘く聞こえるんだろう。

そして、なんで私は。

「うん」

自分でもびっくりするくらい、甘ったるい声を出してるんだろう。
24 名前:キッチン 投稿日:2006/04/14(金) 00:43

だけど、抱きしめ返されるその腕の甘さに、こんなにもどきどきしてる自分がいる。

どうしようもなく囚われてるなぁ、なんて思うけれど、
梨華ちゃんにならそれもいいかな、とも思っちゃうんだよね。

我侭が嫌じゃないのも、
その腕に囚われてもいいと思うのも、
全部、梨華ちゃんだから。

彼女の髪に鼻先を埋めて、抱きしめる腕に力を入れる。
鼻腔をくすぐる梨華ちゃんの香りにくらくらした。
よっぽど、このまま押し倒してやろうかと思ったけど。

でも今はとりあえず、晩御飯にしようか。


ねえ?
梨華ちゃん。


25 名前:キッチン 投稿日:2006/04/14(金) 00:43

>>>キッチン


26 名前: 投稿日:2006/04/14(金) 00:44

後藤さんが最後まで怒らなかった…。
毎回とっちらかった文章ですみません。
お目汚し失礼しました。




…超有名いしごま作品が完結されて、すごく寂しい。
27 名前: 投稿日:2006/04/14(金) 00:44

>>5
レスありがとうございます。
好きと言っていただき嬉しい限りです。
…褒めて頂いたばかりなのに、
今回のはリアルいしごまなのですが、い、いかがでしょうか?
教師と生徒の方は目下制作中ですので、
期待せずにお待ちいただければ幸いです。
28 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/04/14(金) 02:27
リアルいしごま、良かったです。
2人とも可愛すぎてもう…。

教師と生徒の方も、こちらのリアルな方も、
どちらも楽しみにしています。
29 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/04/15(土) 09:42
いしごま最高すぎてもうやばいっす
次回も期待してますよ〜
30 名前:いしごまNo.5 投稿日:2006/04/15(土) 21:48
だ、大丈夫ですよ?リアル編も美味しく頂きました♪w

>期待せずにお待ちいただければ幸いです。
あぁ〜、それは無理ですねぇ。もうすでに良い匂いがしてきてますので。(笑)
リアル編も教師と生徒の方もテンション高めで期待して待ってます!!w
31 名前: 投稿日:2006/04/23(日) 21:15
リアルで、石川さん視点です。
32 名前:桜の花びら 投稿日:2006/04/23(日) 21:16

「お花見に行こう」

そう言い出したのは私で、実行したのはごっちんだった。


33 名前:桜の花びら 投稿日:2006/04/23(日) 21:17


この間のコンサートのMCで、お花見がしたい、なんて言ったのは、
季節が春で、お花見の時期で、数時間前に見たニュース番組で桜前線の話しをしてたからで。

つまり、ただの話の流れだった。

たまたま隣にいたごっちんを誘うのも当然のことで。
彼女もそれを分かってるから笑ってさらりとあしらってた。
…そりゃ、彼女と二人でお花見できたら嬉しいけれど、
今の二人の状況では無理だってこともちゃんと理解してた。

34 名前:桜の花びら 投稿日:2006/04/23(日) 21:17

コンサートを終えてホテルの自分の部屋に戻ってきた頃には、空はもう真っ暗。
いつもならすぐに眠っちゃうのに今日は何故か妙に目が冴えて。
意味も無く携帯をぱかぱか開いたり、ベッドの上をごろごろする。

ののはメールに夢中で構ってくれないし、三好ちゃんと岡田ちゃんは、
さっき二人でホテルでの予定を楽しそうに話し合ってたから、邪魔しちゃ悪い。
ごっちんは…、まだ声をかけてないけど、いつもホテルに着いたら疲れてすぐ寝ちゃうって言ってたから。
起こすのも可哀想だし。

それに、今会うのは止めたほうがいい。

ごっちんはどうだか知らないけど。
私は、今会ったら、止まらなくなりそうだから。
35 名前:桜の花びら 投稿日:2006/04/23(日) 21:17

最近ずっと彼女と一緒に仕事をしていて、
こんな事は彼女がモーニングにいた時以来で。
あの頃は。
私が彼女に片思してたあの頃は、まだ良かった。
自分の中の想いは絶対に叶わないものだと諦めてたから、
隣にいても、それほど辛くはなかった。
――ただただ、苦しいだけで。

だけど、今は違う。
彼女との関係はあの頃とは変わっていて。
恋人と呼べる間柄になった。

ずっと隣にいる。手を伸ばせば届く距離に。
そして今、私と彼女の間に“友達”という枷は、ない。
触れられる距離にいるのに触れられない。
それは頭で考えてるよりも、ずっと辛かった。
36 名前:桜の花びら 投稿日:2006/04/23(日) 21:18

だから、今は二人で会うなんて無理だ。
歯止めが利く自信なんて少しもないから。
明日だって明後日だって仕事があるのだ。
二人そろって寝不足の上に足腰使いものになりません、なんて洒落じゃ済まない。

ぱかりと携帯を閉じた時、突然、部屋の呼び鈴が鳴った。
手に持っていた携帯の時刻表示をちらりと確認。
それを見とめて、無意識に眉間に皺が寄った。
ディスプレイに映る数字は、常識的に考えて人が尋ねてくるような時間ではないことを私に告げていた。

(ののがメールに飽きて、遊びに来たのかな)

ぼんやりと妹みたいな同期のことを思い出して、ベッドから降りる。
扉の前まで来た時、今度はとんとん、と扉をノックする音が聞こえてきた。

「りーかちゃん。ごとーだよー」

間を置かずに聞こえてきた声。
それは、想像していた人のものじゃなくて。
今頃はきっと夢の中だと思っていた人のそれだった。
37 名前:桜の花びら 投稿日:2006/04/23(日) 21:19

チェーンと鍵を外して、勢いよく扉を開く。

「こんばんはー」

そこに立っていたのは、キャップを被って、
にこやかな笑顔を浮かべるごっちんだった。

「…ごっちん」

何故彼女がここに立っているのか。
しかもこんな時間に。
寝てるんじゃなかったっけ?

驚いて動けないでいる私にお構いなく、
ごっちんが後ろに回してた手を私の目の前に掲げる。
その勢いで彼女の手の中にあった桃色が、ぱらりと揺れた。

「…桜?」

彼女の手の中にあったのは桃色の桜の枝。
ごっちんはにっと笑うと、大きく頷いた。
38 名前:桜の花びら 投稿日:2006/04/23(日) 21:19

「お花見しよう」

その笑顔が小さな男の子みたいで。すっごく可愛くて。
ちょっとだけ胸が高鳴ったのは内緒だ。

なんで急にお花見なのか、
どこからその桜の枝を持ってきたのか。
聞きたいことはたくさんあった。


だけど。


その提案を受け入れるわけにはいかなかった。

桜の枝を持ってきたいうことは、これでお花見をするつもりなのだろう。外には出ずに。
それはいい。深夜の外出は危ない。
そうなると、誰かの部屋でやるといことだ。
そして、こんな時間だから私達以外の誰かを誘っても断られるのは目に見えてる。

つまり、主催・後藤真希、参加者・石川梨華、ということなわけで。

と、いうことは。
会場は当然、私の部屋か、ごっちんの部屋。
そして彼女は今、桜片手に私の部屋の前にいる。
39 名前:桜の花びら 投稿日:2006/04/23(日) 21:20

――主催・後藤真希、参加者・石川梨華、会場・梨華ちゃんの部屋。

頭の中に、そう書かれた紙を持ったごっちんが、はい決定、なんて能天気に笑ってる姿が浮かんだ。

(個室。二人きり。誰も見てない)

瞬間、そんな言葉が駆け抜けた。
知らず溜め息が漏れる。
こんな時間に部屋の中に二人きりなんて、一番危険だ。
彼女をこの部屋に入れるわけにはいかない。

「お花見もいいけど、今日はもう遅いから明日にしない?」

そう提案すると、ごっちんは不満そうに口を尖らせた。

「今日でいーじゃん」
「いや、でも遅いし…」
「じゃあ、ちょっとだけ。ちょっと一緒にお花見したら帰るから」

下から上目遣いで私を見上げるごっちん。
彼女がよくするお願いのポーズ。
いつもなら押されちゃうけど、今日は聞き入れるわけにはいかなかった。

それに、ごっちんの“ちょっと”は信用できない。
40 名前:桜の花びら 投稿日:2006/04/23(日) 21:20

「…明日もお仕事あるでしょ?」
「そーだけどー」
「早く寝なきゃ起きられないよ?ごっちん、ただでさえ朝弱いのに」
「…」

ごっちんの綺麗な形の眉が歪んでいく。
その表情は不機嫌な時のそれじゃなくて、どっちかというと、悲しそうなそれに見えて。
思わず、抱きしめたくなった。

手をぎゅっと握り締めて、彼女へ伸びていきそうになるのを必死で堪える。
それ以上見ていられなくて視線を逸らした。

…まずい。
早くごっちんを帰さないと。

私の理性の箍は、自分で思っていた以上に、緩い。
41 名前:桜の花びら 投稿日:2006/04/23(日) 21:21

「ね?明日さ、皆でやろう。ののとか誘ってさ」
「…ごとーと二人じゃイヤなんだ」

慌てて視線を戻す。

ごっちんが嫌なんじゃないのだ。
ただ、私の気持ちが問題なだけであって。

目が合って、押し寄せる、後悔。

寂しそうな、拗ねてるみたいなその顔に、
――ああ、まずい。

「じゃあ、お花見しよーよ」
「…でも…」
「ごとーと二人でもいいんでしょ?」
「…」
42 名前:桜の花びら 投稿日:2006/04/23(日) 21:21

抵抗する気力がどんどん削がれていくのを感じる。
それどころか、入れてもいいかな、とか思い始めてる自分がいた。

いいじゃんいいじゃん。ちょっとぐらい。
近づかなければ大丈夫だよ。

私の中のどうしようもなくごっちんを欲してる部分が囁きかける。

――それに。

頭の中でもう一人の私がにやりと笑った。

――会いたかったんでしょ?

「……」

はあ、と息を吐き、扉を大きく開く。
彼女の姿を見たときからこうなることは決まっていたのかもしれない。

(…甘いなぁ)

いそいそと部屋へ入るごっちんの姿を見ながら、
自分の彼女に対しての甘さ加減を再認識。
嬉しそうな彼女に、それもいいかな、なんて考えちゃってる自分は相当重症だ。
43 名前:桜の花びら 投稿日:2006/04/23(日) 21:21

扉を閉めて、ごっちんと向き直る。
彼女は勝手にベッドに腰掛けて、ベッドサイドに設けられたテーブルに、
桜を持っていた方とは反対の手に持っていたコンビニ袋を置いていた。

「なぁにそれ?」

コンビニ袋を指して尋ねると、ごっちんは、んへへ、と笑って、
袋の中へ手を突っ込んだ。

「やっぱ花見には、お酒でしょ?」

そう言って袋から出した彼女の手の中にあったのは、缶チューハイ。
いつ買ってきたのか知らないけど、用意が良い彼女に半分感心して、半分呆れた。

「本当は日本酒が良かったんだけどね。梨華ちゃんあんま強くないから」
「私は普通だよ。ごっちんが強いの」
「ごとーが強いなら、よしことか圭ちゃんとかはどーなるの?」

あーゆーのはザルって言うのよ、と言いながらベッドへ近づく。
彼女から2メートルほど離れた所に立ち止まり、改めて彼女を見つめる。
キャップから覗く髪は少しだけ湿っていて、彼女がお風呂上りだということを私に教えた。
44 名前:桜の花びら 投稿日:2006/04/23(日) 21:22

それにしても。
何故キャップを被っているのか。

普段、出かける時とかは、一般の人に見つかると面倒だから、
よくキャップを被るけれど、ホテルの中まで被る必要はないのに。

彼女の出で立ちの理由を考えてみたけど、
やっぱり分からなくてすぐに中断する。
取り出した缶チューハイを机に置いた彼女がこちらを振り向いた。

「梨華ちゃん、コップ貸して」
「コップ…?何するの?」

尋ねると、ごっちんは桜の枝を左右に振った。

「桜を入れる」

はいはい、と答えて、彼女の願いを叶えるために洗面所へ入る。
ホテルロゴマークが付いたコップを手に取り、水を貯め、
半分ほど入ったのを見計らって、蛇口の取っ手を元に戻す。
45 名前:桜の花びら 投稿日:2006/04/23(日) 21:22

ふと、何気なく顔を上げると、鏡の中の自分と目が合った。

いつもの自分の顔。
そう。いつも通り。何も変わっていない。
変わっていないのに。

(うっわー…)

どことなく嬉しそうに見えるのは、気のせいだろうか?

ごっちんに会う機会は、以前と比べたら格段に増えた。
というか、最近は毎日顔を合わせている。
ただし、仕事という枠組みの中で。

それは嬉しさと同時に辛さを伴って私を縛った。

それに比べてプライベートでの彼女との時間はどんどん減っていって。
だから、二人きりで会うというのは本当に久しぶりの事で。
46 名前:桜の花びら 投稿日:2006/04/23(日) 21:23

ごっちんの待つ部屋へ戻り、コップを渡した。
その中へ桜の枝を入れる彼女を横目に、
また彼女から2メートルほどの距離をとった所に立つ。

「その桜さ、どこから持ってきたの?」

嬉しそうに桜を見る彼女の姿に、無意識に疑問が口をついた。

「さっきね、コンビニに行ったときに…」
「さっき!?」

飄々と言う彼女に、思わず聞き返してしまった。

“さっき”って、一体、彼女は今何時だと思ってるのか。
こんな時間に出歩くなんて何を考えてるんだ。
47 名前:桜の花びら 投稿日:2006/04/23(日) 21:23

「危ないでしょっ」
「やー意外と大丈夫なもんだよ」

何が“意外と”なのか。
何が“大丈夫”なのか。

その時になって、やっとキャップの理由を理解する。
彼女は外出してたのだ。

私の反応を特に気にする様子もなくごっちんは言葉を続けた。

「でね?コンビニ行く途中で、桜を見つけてね」

そう言って彼女はキャップを外す。
それを桜の隣へ置くと、癖の付いた髪を直すように、
ぐしゃぐしゃと頭を手でかき混ぜた。
48 名前:桜の花びら 投稿日:2006/04/23(日) 21:24

「梨華ちゃん、花見したいとか言ってたじゃん」
「言ったけど…」
「だから、そこに連れてこうと思ったんだけど、
 こんな時間じゃ危ないしさ」
「…」

ちゃんと一般的な時間の感覚があったらしいごっちんは、
この時間帯の外出が危ないという認識もあったらしい。

じゃあなんであなたは“こんな時間”にコンビニへ行ったのか。と、
小一時間ほど問い詰めたかった。

「でー、どうしようかなって考えてたら木の下にこれが落ちてたの」

ごっちんはそう言って、コップの中の桜の枝を指差した。

「これで花見できるじゃんって思ってさ。持ってきた」
49 名前:桜の花びら 投稿日:2006/04/23(日) 21:24

悪戯が成功した子供みたいな笑顔を浮かべて、
彼女は私の顔を覗き込むみたいに、首を傾けた。

「ちょっと小さいけど、花見気分は味わえるでしょ?」

褒めて褒めて、って言うみたいににこにこするごっちん。
きっと尻尾があったらそれはもう勢いよく振られていることだろう。

子供っぽい仕草を見せる彼女に、心臓がきゅんってなったけど、
顔に出さないようにぐっと堪える。

「そうだね。ありがとう」

笑顔を顔に貼り付けてお礼の言葉を口にすると、
彼女の表情に少しだけ影がかかった気がした。
50 名前:桜の花びら 投稿日:2006/04/23(日) 21:25

「…なーんか、嬉しくなさそー」
「そんなことないよぉ」
「だって何か笑顔がへん」
「な、失礼なこと言わないでよ、もう」

仮にも笑顔を商売にしている人間に対して何ていうことを言うのだ。
ごっちんは不服そうに唇を尖らすと、上半身を後ろに倒し、体を支えるように後ろに手を突いた。

「…じゃあ、なんでそんな離れたとこに立ってんの?」

その声は、少しだけ寂しそうに私の耳へ届いた。

そんな風に不満気に見つめられても、
私はこの2メートルの距離を詰めることはできない。

近づくのは危険だ。それは自分が一番よく分かっている。
ここ数日で膨らみきってしまった彼女に対しての気持ちは、いつ爆発するかわからない。
それなら、できるだけ刺激しないようにそっと隠しておくのが一番良い。
だから、これ以上の接近は避けなければならなかった。

今一番の刺激は、目の前にいる彼女なのだから。
51 名前:桜の花びら 投稿日:2006/04/23(日) 21:25

「…別に深い理由なんてないけど」

彼女の視線に耐えられなくなって、目を逸らす。
それは殆ど無意識の行動だった。

「なんで目ぇ逸らすわけ?」

彼女の周りの空気が変わった。
その声に含まれていたのは明らかな怒気。

体が竦む。

「ねえ。梨華ちゃん」

怒気を孕んだ低い彼女の声に益々視線を戻せなくなって、俯いてしまった。
すると、彼女が立ち上がる気配。

彼女が一歩私に近づく。

一歩後ずさる。
52 名前:桜の花びら 投稿日:2006/04/23(日) 21:25

「……」
「……」

また一歩、彼女が近づいた。

すかさず一歩後ずさる。距離を詰めてはいけない。
また一歩後ろへ下がると、とん、と壁に当たってしまった。
どうしよう。逃げ場が無い。

俯く私の視界に、ごっちんの靴のつま先が映った。

「…なんで逃げるの?」
「逃げてないよ…」

顔の両脇にごっちんが手をついた。
必然的に彼女との距離が縮まる。

ふわり、と彼女の香りが私の鼻腔をくすぐった。
どきどきする。
こんな至近距離にごっちんがいるなんて、久しぶりすぎて心臓が壊れそうだ。
53 名前:桜の花びら 投稿日:2006/04/23(日) 21:26

「じゃあ、とりあえず顔上げてよ」

耳元に囁かれる声。
頭の片隅で、理性が駄目だと叫ぶ。
だけど、それと同時に彼女には逆らえないと、
ひどく冷静に諦めている自分がいた。

促すように、優しく顎の下を撫でられた。
びくりと反応する体。

そんな風にするのはずるい。
そんなことされて、逆らえるわけがないのに。

ゆっくりと顔を上げるしか、私には道は無かった。
54 名前:桜の花びら 投稿日:2006/04/23(日) 21:27

視界に映るごっちんは少しだけ表情を緩めたように見えた。
だけどすぐにそれは硬くなる。

「…最近さ、なんなの?」
「え…?」

質問の意味が分からなかった。
答えられずに黙っていると、彼女はぎゅっと眉根を寄せて、
何かに耐えるよに口を真一文字に結ぶ。

「なんか、避けてるじゃん」
「避けてる…?」

思わぬ言葉に聞き返すと、
ごっちんの瞳が、揺れた。

「目合ってもすぐ逸らすし、全然喋ってくれないし」

目を逸らすのは、彼女を見ていると、
どうしても抱きしめたい衝動にかられてしまうからで。
喋らないのは、二人きりにならないようにしているからで。

避けてるわけじゃなかったんだけど。
55 名前:桜の花びら 投稿日:2006/04/23(日) 21:28

「マジでさぁ。なんなわけ?」
「あのっ…」
「今だって部屋入れるの嫌みたいだったし」
「ちが…、違うのっ」

ごっちんは唇の端を吊り上げて、私を上から見下ろす。
その顔は笑みの形を作っていたけど、目は少しも笑ってなくて。

彼女がその笑顔の下に怒りを隠してることを、私は知っている。

「何が違うの?」

表情を変えないごっちんが静かに聞き返す。
背中に冷たい汗が流れた。

「答えてよ」

動けずにいると、彼女の顔が徐々に険しくなっていって。
怒りのせいだとすぐに分かった。
彼女の顔を見ていられなくなって、また頭を下げる。
56 名前:桜の花びら 投稿日:2006/04/23(日) 21:28

「…答えられないんだ」

私の反応を彼女は鼻で笑い、小さく呟いた。
その声に含まれるのは、嘲り。

「…っんだよっ。マジで…!」

ごっちんはそう吐き捨てると、なんの前触れもなく私の頬を掴んだ。
無理やり顔を上げさせられる。
目の前の彼女の顔は何の感情も表してはいなかった。
その中で、瞳だけがぎらぎら光っていて。

突然のことに驚いて動けずにいると、ごっちんの顔が徐々に近づいてきた。

逃げる時間も、場所も、私には無かった。
57 名前:桜の花びら 投稿日:2006/04/23(日) 21:28

「…!」

彼女の唇が、私のそれに押し付けられて。

瞬間、背筋を何かが駆け抜けた。

キスされていることを頭が認識する前に、強引に彼女の舌が侵入する。
歯列を割られ、口内を犯されて。
その行為は酷く乱暴だった。

なのに。

私の体は悦びで震えていた。
久しぶりの感触に、脳みその隅々まで侵食されていく。
徐々にぼんやりとしてくる頭。

その中で、最後の理性が私を叱りつけた。

――流されるな!

一気に頭が動き出す。
精一杯の力で彼女の肩を押し返した。
58 名前:桜の花びら 投稿日:2006/04/23(日) 21:30

「…っ」

よろりと体を揺らし、驚くほどあっさりとごっちんは私から離れた。
さっきのキスで足元がふらついて、壁に背を預け乱れた息を整える。
彼女を窺い見ると、視線を落とし何をするでもなく突っ立てて。
特に息が乱れている様子の無い彼女に少しだけ悔しくなった。

ふいに私の視線が彼女の口の端に滲む血を捕らえた。
ごっちんの顔が離れる直前、彼女の唇が私の歯を掠ったのだ。

「ごっちん、血が…」

それまでの事を忘れて彼女へ手を伸ばすと無言で振り払われた。
彼女の視線が怠慢な動きで私に合わされる。

「触んな」

その瞳は、怒りとか寂しさとかが組み合ったわさったような複雑な色をしていた。

「同情されんのとか、一番最悪」

(同情…?)

いったい私がいつ同情したというのか。

ごっちんは唇の血を拭って、私から顔ごと視線を逸らした。
59 名前:桜の花びら 投稿日:2006/04/23(日) 21:30

「嫌になったんなら、そう言えばいいじゃん」
「…な、に言って」
「中途半端に優しくしないで」

ぐるぐると頭の中で彼女の言葉が回る。

嫌になった?
優しくしないで?

意味が分からない。

「ごっちん、何言ってるの?」

問いかけると彼女は顔を上げた。

私と目が合うと、少しだけ口の端を上げる。
それは、無理やり顔に笑みを貼り付けたような表情で。
60 名前:桜の花びら 投稿日:2006/04/23(日) 21:31

「ごとーのこと嫌いになったんなら、そう言えばいいじゃん」
「は…?ちょ、え、何それ…?」

寝耳に水の話に完全に虚を突かれて上手い言葉が出てこない。
とんでもない誤解をされている気がするのは、私の勘違いじゃないよね?

「とぼけないでよ。梨華ちゃんの態度見てれば、いくらごとーでも分かるよ」
「ちょ、ちょっと、だから…!」
「もういいよ。分かってるから」
「よくないっ!」

叫んで、彼女の手首を掴む。
そのまま放っておくと、ごっちんがどこかへ行ってしまいそうで。
自分でもよく分からない不安が襲った。
それくらい、さっきとは比べ物にならないほど、
今目の前にいる彼女は不安定に見えたのだ。
61 名前:桜の花びら 投稿日:2006/04/23(日) 21:31

「ごっちん勘違いしてる」
「…」
「嫌いになんてなってないから…!」

横を向いて目を合わせない彼女の姿に焦りが募る。

――私の声はちゃんと彼女に届いているのだろうか。

「ごっちん!」

こっちを向かせたくて、必死に彼女に呼びかける。
さっきとは立場が逆転してると、頭の片隅で思った。

彼女の唇が静かに動いて、ぐっと下唇を噛んだ。

「じゃあ、なんで…?」

ごっちんが顔を上げる。
それは、焦れったいぐらい遅く感じられた。
ゆっくりと視線が絡み合う。
62 名前:桜の花びら 投稿日:2006/04/23(日) 21:32

「…なんで…。意味、わかんない…」

彼女は今にも泣き出しそうに顔をくしゃりと崩してた。
迷子になった子供みたいにその目は寂しそうに光って。

「一緒にいる時間増えたのに、梨華ちゃん全然ごとーのこと見てくれないじゃん」
「…ごっちん」

彼女の頭がずるすると下がって、私の肩にすとんと落ちた。

「ごとー何かした…?」

顔を伏せているせいで篭って聞こえるごっちんの声は頼りなく響いて。

「梨華ちゃんに嫌われるようなこと、した…?」

肩に乗ったごっちんの頭は小さく震えてた。
63 名前:桜の花びら 投稿日:2006/04/23(日) 21:32

いつもの、自信に満ちた彼女はどこにもいなかった。
怯えたように震える彼女に胸をつかれて、その頭を腕の中へ抱きこむ。

「そんなことしてないよ」
「だって梨華ちゃん、ごとーのことずっと避けてるもん…」
「それは…」
「ごとーは、仕事一緒になってすごく嬉しかったけど、
 梨華ちゃんはそうじゃないのかもとか、色々考えて」
「…ごっちん」
「知らない間に梨華ちゃんを怒らせるようなことしたのかもとか、
 思ったんだけど、分からなくて」

(分かるはずない)

だって、ごっちんは。
私を怒らせるようなことを、何一つしてないから。

「でも、怖くて聞けなかった。もし、梨華ちゃんに嫌われてたら…。
 それで、別れ話切り出されるかもとか思ったら、怖くて言えなかった」

そんなことあるわけないのに。
別れ話なんて、ごっちんに切り出されることはあるかもしれないけど、
私からなんて、あるわけないのに。
64 名前:桜の花びら 投稿日:2006/04/23(日) 21:33

「ごめんね…」

震えながら感情を吐露する彼女の姿に、胸が痛くなって。
私の自分本位な行動が、こんな声を出させるほど彼女を追い詰めてたのかと思うと、自己嫌悪で情けなくなった。
湧き上がってくる罪悪感。

彼女にこんな思いをさせたかったわけじゃない。
けれど、それは言い訳にしかならなかった。

「嫌いになんてなってないよ。…私が、悪いの」

私は怖かった。

無意識にごっちんを目で追ってしまう自分が。
彼女の側にいると仕事中なのに平常でいられなくなるかもしれない自分が。

怖かった。
65 名前:桜の花びら 投稿日:2006/04/23(日) 21:33

「私はプロなのに。石川梨華っていう商品なのに」

仕事なのだ。
これでお金を貰っている以上、私には責任がある。義務がある。

そう何度も言い聞かせたけど。
けれど。

「ごっちんといるとどうしてもただの石川梨華になっちゃう」

大事だった。仕事も。ごっちんも。
私にとっては、どちらも無くしてはならないものだ。

顔を右に向けるとごっちんの頭が目に入った。
綺麗な髪の中に指を差し入れて、するりと梳く。
震える彼女の姿に、胸から何かが押し寄せてきて、
心臓が締め付けられる。

涙が出そうだ。悲しいわけじゃない。
切ないのとも違う。

ごっちんが、愛しかった。

今、私はただの石川梨華なのだ。
66 名前:桜の花びら 投稿日:2006/04/23(日) 21:34

「だから二人きりにならないようにしてたの。
 ごめんね。ごっちんの気持ちも考えないで。ごめんね」

彼女を抱きしめる腕に力を入れる。

私はいつでも、自分勝手だ。
二十歳を過ぎて一年も経つっていうのに、全く成長していない。

もう一度、ごめん、と呟くと、ごっちんの手が私の腰に触れた。

「嫌いじゃないの…?」

不安そうな声。
安心させるように、彼女の頭を撫でた。

「嫌いじゃないよ」

私がごっちんを嫌う理由なんかどこにも無いのに。

「好き」

好きで好きで、しょうがないのに。

「だから二人になれなかった。仕事は仕事だもん」

ごっちんの腕が、腰にぐるりと周るのを感じた。
優しい拘束。この感触も久しぶりだ。
67 名前:桜の花びら 投稿日:2006/04/23(日) 21:35

「ごっちん知ってた?
 好きな人を目の前にすると仕事が手につかないって本当にあるんだよ」

それが、思いが通じ合った後のほうが、
より症状が重いというのは、今回初めて知ったけど。

理屈じゃなかった。
頭では分かっていても、心があなたを求めてた。

突然、腕の中のごっちんが身じろいだと思ったら、顔を上げた。
ごっちんは優しく微笑んで。
その瞳に思考のすべてを絡めとられて、動けない。

「好き。ごっちん、本当に大好きなの」

言葉がするりと滑り出る。

ああ。好きだ。私はこの人が好きだ。

馬鹿みたいにその言葉が頭を埋め尽くして。
今、私の全ては彼女だけに向けられていた。
68 名前:桜の花びら 投稿日:2006/04/23(日) 21:35

「…うん。ごとーもだよ」

安心したように、にっこりと笑うごっちんは最高に綺麗。
少しの間私を見つめた彼女は、すっと目を伏せた。

「良かった…。マジでさ、どうしようかと思ったよ」

そう言って、眉尻を下げるごっちん。

「すんごい焦った。絶対嫌われたと思ったもん」
「嫌うわけないでしょ」
「分かんないじゃん。だって超避けられてたし」
「…ごめんね」

もう一度小さく謝罪の言葉を述べると、ごっちんはふにゃりと笑った。
69 名前:桜の花びら 投稿日:2006/04/23(日) 21:35

「うん。もうちゃんと分かったから」

いいよ、と言う彼女の唇の端が赤く滲んでいて。
さっきのキスを思い出す。

強引で乱暴なそれ。だけど、嫌じゃなかった。
ごっちんの全部で求められてる気がしたから。

思い返すうちに頬の熱が上がり、赤くなっていくのが自分でも分かった。
恥ずかしくなって、誤魔化すように彼女の唇にそっと触れた。

「なに?」
「…痛い?」
「え?なにが…――」

不思議そうな彼女の言葉を最後まで聞かずに、血の滲むそこに唇を寄せる。
舌先でぺろり舐めて、痛くならないように気をつけながら、ちゅっと口付けて離れた。
70 名前:桜の花びら 投稿日:2006/04/23(日) 21:36

目を見開いて微動だにしない彼女。

「鉄の味がする」

照れくさくて、へへっと笑う。

固まっていたごっちんがの表情が少しずつ崩れていく。
眉間に皺が寄って、何かに耐えるように目を閉じた。

「ごっちん?」

呼びかけると、彼女が静かに瞼を上げた。
黒目がちな瞳が切なげに揺れて、ゆっくりと彼女の顔が近づく。
こつんと額がぶつかって、彼女に見つめられた。
その顔は怖いくらい真剣で。
71 名前:桜の花びら 投稿日:2006/04/23(日) 21:37

「…ばか」
「?ご――」

言葉は途中でごっちんの唇に奪われた。

柔らかい感触。温かい。
自然と瞼が下りて、彼女の感触に全ての神経が集中する。

さっきとは違う優しいキスに頭がくらくらしてきた。
強請るように、彼女の髪に指を差し入れて引き寄せる。

キスに夢中になっていると、服の中にごっちんの手がするりと忍び込んできた。

「…!」

それは背中を優しく撫でながら這い上がってきて。

(待って、ちょっと待って!)

明日の仕事の事が頭を駆け抜けた。
焦ってごっちんの肩を押すけど、腕に力が入らない。
どうにか彼女の腕から逃れようと身じろぎをした瞬間。
ぐらりと、足元が揺れた。

――足に力が入らない。

体は重力に逆らうことなくずるずると床へ落ちていく。
唇をそのままにごっちんも一緒に屈む。
72 名前:桜の花びら 投稿日:2006/04/23(日) 21:37

床に座り込んだと同時に、背中を這っていた彼女の手がホックを外した。

(うそ…っ、ここで…?)

ごっちんのすぐ後ろにはベッドがあるのに何でこんな所で、
なんて、見当違いなことが一瞬頭を掠めたけど、すぐに打ち消す。
そんなことを考えてる場合じゃない。
明日も仕事があるのだ。
早く止めさせなければ。

彼女が顔を離した瞬間。

「待って!」

叫ぶと、ごっちんが動きを止めた。
眉を顰めて私を見る。
息を整えながら彼女との距離をとるために腕をつっぱたけど、やっぱり力が入らない。
73 名前:桜の花びら 投稿日:2006/04/23(日) 21:38

「…今更」
「え?」

ぼそりと呟かれた声に彼女を見やる。
すぐに真剣な瞳とぶつかった。

「今更、ダメとか聞けないから」

低く、静かに吐き出されたその声。
彼女の瞳の強さに、一瞬息が詰まる。

「梨華ちゃん…」

頬を優しく撫でられた。
瞬間、その手に抱かれるのを想像して、体の芯がじんと疼くのを感じた。
心臓が早鐘を打って、その目にどんどんと引き込まれていく。
74 名前:桜の花びら 投稿日:2006/04/23(日) 21:38

突然、泣きたい衝動に駆られた。

逃げられない。
いや、逃げたくない。

私は、抗うことのできない自分の気持ちを目の前に突きつけられた。

叫んでた。
私の全てが、彼女を感じたいと、叫んでた。

(あーあ…)

そっと彼女の頬に触れる。

やっぱり私は、ごっちんの前では、
ただの石川梨華になってしまうのだ。
75 名前:桜の花びら 投稿日:2006/04/23(日) 21:38

「……ベッドがいい」

私の言葉を聞いたごっちんはふにゃりと笑う。
それは私の好きな笑顔で。

手を引かれ、立ち上がらされて優しくベッドに横たえられた。
顔の両脇に手を突いて、彼女が私に覆いかぶさる。

さっきまで笑顔だった、私を見下ろす彼女の顔が徐々に歪んでいって。
ごめん、と小さく呟いた。

「今日は優しくできないかも」

低く掠れた声に、心臓が押しつぶされそうに鳴った。
76 名前:桜の花びら 投稿日:2006/04/23(日) 21:39

優しくなんてしてほしくなかった。
ごっちんでいっぱいにしてほしかった。
私でいっぱいになってほしかった。

明日の仕事の事が頭を過ぎったけど、すぐに何も考えられなくなった。

彼女の唇に、全てを奪われて。

意識が遠のく瞬間、ベッドサイドの桜が目に入る。
花びらがぱらりと散って、空けられなかった缶チューハイのプルタブの上に落ちていった。

77 名前:桜の花びら 投稿日:2006/04/23(日) 21:40



次の日、同じ部屋から出ていく所をののに目撃されて、
それをののから聞いたらしいよっちゃんから、からかいメールが入ったのは、また別の話。




78 名前:桜の花びら 投稿日:2006/04/23(日) 21:41

>>>桜の花びら


79 名前: 投稿日:2006/04/23(日) 21:41

ご本人らが妄想のネタを提供してくれたので、乗っかってみました。
こういうものは鮮度が命。
強引な所は目を瞑っていただけるとありがたいです。

では、お目汚し失礼しました。




…お酒とか真希にゃんとか、最近はネタに事欠かなくて大変嬉しいです(笑)
80 名前: 投稿日:2006/04/23(日) 21:42

>>28さん
可愛いですか(笑)
ありがとうございます。
教師と生徒もリアルも気合入れて書いていきますので、どうぞよろしくです。

>>29さん
いしごまは最高ですよね。
最近は週末が楽しみでなりません(笑)
ご期待に添えるよう頑張りますので、よろしくお願いします。

>>30さん
お粗末さまでした。
いい匂いしますか?(笑)
ご期待に添えるような物に仕上がるか分かりませんが、
精一杯書かせていただきます。
81 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/04/23(日) 23:30
待ってました〜!
いや〜まじでいいっす!
最近いしごますごい状況ですね
これからもどんどん更新よろしくです!
楽しみにしてます!!
82 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/04/25(火) 11:34
旬な話題で、ありがとうございます。
いろんな意味でドキドキしながら、
読ませていただきました。

いしごまが素敵すぎて、ヤバイですね。
83 名前:いしごまNo.5 投稿日:2006/04/25(火) 13:23
今回もごちそーさまでしたっ!w
ネタは熱い内に打て!って事で
ちょっとした苦味もありつつ
それがまた話の旨味を引き立てていて
とっても良いお手前でした♪
次の更新も楽しみに待ってます☆
84 名前:名無し 投稿日:2006/05/16(火) 00:42
作者さんの書くいしごま大好きです!!
頑張って下さい!!応援してます!
85 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/05/17(水) 00:26
落とします
86 名前: 投稿日:2006/05/20(土) 17:11

>>81さん
レスありがとうございます。
リアルいしごまは本当にすごいことになってますね。
週末が楽しみでなりません(笑)

>>82さん
いいネタがどんどんリアルなお二人から提供されるので
私もドキドキしてます(笑)
いしごま万歳!

>>83さん
お粗末さまでした。
お、美味しかったですか?
苦すぎませんでしたか?(笑)

>>84さん
応援ありがとうございます。
それなのに更新が遅くて申し訳ない(汗)
頑張ります!
87 名前: 投稿日:2006/05/20(土) 17:13

前スレの『教師と生徒のすすめ』の続きです。
なので、先にそっちを読んだほうが分かりやすいかもです。
アンリアル、後藤視点。ご注意を。
88 名前:教師と生徒のすすめA―前編 投稿日:2006/05/20(土) 17:14

ぽかぽか気持ちのいい陽気の中、私は机の上にだらしなく上半身を投げ出した。
その姿勢まま眠気に耐えられなくなって目を閉じる。

先週の席替えで、一番後ろの窓際という最高に素晴らしい席をゲットした。
教卓から遠くて、日当たりが良いここは、昼寝するのに最適で、
只でさえ授業態度が良くない私はのそれは更に悪くなった。

だってしょうがないじゃん。眠いんだもん。
別に悪気があるわけではない。気付いたら眠ってしまっているのだ。
文句があるならこの春の日差しと、私なんかにこんな席を引き当てさせた神様に言ってほしい。

「ごっちんさぁ。少しは真面目に授業受ければ?」

だから、前の席に座るよしこに心底呆れたような声音で、
そんなことを呟かれるのは心外以外の何者でもない。

ムカツクので何の反応も示さないでいると、
彼女が、はあ、とわざとらしく溜め息を吐いた。
89 名前:教師と生徒のすすめA―前編 投稿日:2006/05/20(土) 17:14

「そーすれば、なかざーさんに指導室で延々と説教されずにすむんだよ」
「…」

なかざーさんこと中澤裕子さんは、この学校の社会科教諭兼生徒指導部部長だ。
私の在籍するクラスを担任という形で受け持ったことはなかったが、昨年の社会の授業でお世話になった。
関西弁できつい印象のある人だけど、生徒想いで意外と涙もろく、
冗談で裕ちゃん、と呼んでも豪快に笑い飛ばすような明朗闊達な人だ。
怖がってる生徒は多いみたいだけど、私は、お姉ちゃんみたいに気軽に話ができる裕ちゃんが好きだった。

その裕ちゃんに、昼休み呼び出された。
曰く、最近のあんたの授業態度は目に余る、らしい。

「そーすれば、ごっちんのだーい好きな梨華ちゃんとのお昼も潰されなかったんだよ」
「…うっさい」

気にしていたことを指摘されて、思わず顔を上げた。
視界に飛び込んできたのは苦笑した親友の姿。
90 名前:教師と生徒のすすめA―前編 投稿日:2006/05/20(土) 17:15

昼休み、裕ちゃんに捕まって引きずられるように指導室に入った後、
憮然とした表情で私の前に座る彼女の神経を逆撫でしないように、
できるだけ大人しく話を聞いていた。
早く梨華ちゃんとお昼したかったから。
膝の上に紙袋を載せて、それはもう素直に裕ちゃんの話を聞いていたのだ。

しかし、その努力(?)もむなしく、時間は無常に過ぎ去っていって。
やっと開放されたのが、次の授業が始まる十分前。

「まあこれからは、授業中寝ないことだね」

よしこに、ぽんぽんと子供を宥めるように頭を撫でられた。
その手が、拗ねるんじゃないの、と言ってるようで、
ばつが悪くなって、ぷい、と顔を逸らす。

窓から、校庭に植えられている桜の木が見える。
見ごろはとおに過ぎていて、その枝には疎らに花が咲いているだけで、何だか物悲しい。
風が吹いて、ぱらりと、花びらが散った。
91 名前:教師と生徒のすすめA―前編 投稿日:2006/05/20(土) 17:15

(今日はまだ一回も梨華ちゃんに会ってない)

国語が無かったから、その機会は昼休みだけだったのに。
楽しみに、してたのに。
何だか無性に寂しくなって、彼女に会いたい気持ちが一段と強まった。

ああ。会いたいなぁ。

「ところでさ、その弁当どうすんの?」

よしこが顎で鞄を指した。
鞄の中には緑の紙袋。
その中で、お弁当がじっとその出番を待っている。

「…食べる」
「は?一人で食べんの?」
「晩御飯で出すの」

ああ、とよしこは納得したように頷いた。
92 名前:教師と生徒のすすめA―前編 投稿日:2006/05/20(土) 17:16

「だよねぇ。いくらごっちんが大食いだからって、
 それを一人で食べるなんて無理だよね」
「まーね」

家族で食べれば、これくらいすぐになくなる。

――でも。

「でも…」
「でも?」

――梨華ちゃんのために作ったのに。

言葉は音にならず、胸の中に消えた。
よしこはもうそれ以上聞き返さなかった。

ぱらりと、また一つ花びらが散った。

93 名前:教師と生徒のすすめA―前編 投稿日:2006/05/20(土) 17:16

94 名前:教師と生徒のすすめA―前編 投稿日:2006/05/20(土) 17:16

帰宅時間になって、鞄にぎゅうぎゅうジャージを押し込んでいると、
後ろからよしこに声を掛けられた。

「ごっちーん。一緒にかえろー」

振り返ると、肩に鞄を掛けて帰る準備万端で立っているよしこの姿。

「あれ、部活は?」

中学からバレーボール部に所属していたよしこは、高校でもバレー部で入部していた。
心底バレーが好きらしく、ホームルームが終わると、誰よりも先に教室を出て行く。
早く部活を始めるためたいらしい。
生き生きとバレーがどれだけ素晴らしいものか話す彼女は本当に楽しそうで。
ほんのちょっとかっこよかった。ほんのちょっと。ミジンコくらい。
95 名前:教師と生徒のすすめA―前編 投稿日:2006/05/20(土) 17:17

「今日は体育館に清掃業者が入るんだって。
 だから部活は、無し」
「ああ、そう」
「もうねーよしざーの雄姿を見れなくてファンの子たちが泣いてるね」
「…ああ、そう」
「可哀想だから、業者なんて、うちら休んでる時に入れればいーのにさ」
「…」

鞄のファスナーを閉めて、学校も分かってないよね、なんて、暢気に独り言を呟く怪しい人の横をすり抜けた。
そのまま振り返らずに扉へ向かう。

「ちょ、待って待って。もう」

扉を出ようとしたところで、その人が慌てたように駆け寄ってくる。
声を掛けられたけど無視。
96 名前:教師と生徒のすすめA―前編 投稿日:2006/05/20(土) 17:17

「ひどいなぁ。置いてくことないじゃん」
「…へらへらしながら独り言を呟くような人に知り合いはいないんで」
「なーに言ってんの。ごっちんと私との仲じゃーん」
「仲?それは中一からずっと同じクラスだったことを指してるなら、
 あれは只の腐れ縁」
「ぶぶー。席が必ず上下左右で隣同士だった仲ですー」
「…」

なんでこいつはこんなに能天気なんだろう。
せっかく顔だけは整ってるんだから、黙ってればいいのに。
無駄に口が回るやつ。
どうせ口じゃ勝てないんだから、いっそのこと、家に着くまでまでシカトしてやろうか。

つらつらとそんなことを考えながら(横でよしこが喋っててうるさい)
歩いていると、耳に馴染んだ“声”が聞こえてきた。

――ごめんねー、そういうの分からなくて…

それは、会いたくて会いたくて仕方なかった人のそれで。
でも、もう今日は会えないだろうと諦めていた人のそれで。

(梨華ちゃん…!)

心臓が大きく鳴った。
97 名前:教師と生徒のすすめA―前編 投稿日:2006/05/20(土) 17:17

声の出所を探して、ぐるりと廊下を見渡す。
どうやら廊下の突き当たりから聞こえてくるみたいだ。

思うが早いか、一気に駆け出す。
後ろでよしこの声が聞こえたけど、そんなのは無視だ。
このチャンスを逃したら今日は本当に会えないかもしれない。

廊下の突き当たりで止まって、声のする方に顔を向ける。

「…!」



一瞬、息が止まって、すっと、頭が冴えていった。



「ちょっと、今度は何よー?」

後ろからよしこのんびりした声がする。
だけど、彼女の疑問には答えなかった。
――答え、られなかった。

目の前の光景に全ての動きを奪われて。
98 名前:教師と生徒のすすめA―前編 投稿日:2006/05/20(土) 17:18

廊下の突き当たり、左右に分かれる左の道。
その奥に、梨華ちゃんはいた。

――でも。

「あれ?」

――一人じゃなかった。

「なにあれ」

よしこの声が少しだけ硬質なものになった。気がする。

そこには、梨華ちゃんと、もう一人、見知らぬ女生徒。

梨華ちゃんと生徒が並んで歩いていたというなら、
それは普通の、よくある光景。
だって彼女は先生なのだから。

でも、目の前のその光景は、普通ではなかった。

女生徒の両手が梨華ちゃんの体に、ゆるりと回されて。
甘えるように梨華ちゃんに抱きついていた。

遠くて梨華ちゃんたちの声はよく聞き取れないけど、
女生徒の顔は嬉しそうに綻んでいて。
梨華ちゃんも、にこにこしていて。
…嫌がっているようには、見えなかった。
99 名前:教師と生徒のすすめA―前編 投稿日:2006/05/20(土) 17:18

――触るな。

こめかみの辺りが氷を押し付けられてるみたいに冷たくなっていく。

梨華ちゃんに触るな。
なんで梨華ちゃん嫌がらないんだよ。なんで。

頭が冴えてくる、それと入れ替わるように、
お腹の奥の方から、何か得たいの知れない物がせり上がってきた。
黒くて熱くて苦しい、暗いモノが。

暫くして、その生徒は梨華ちゃんから体を離すと、二人で連れ立って歩いていった。
梨華ちゃんはこっちに気付かない。

私は、そこから動けなかった。
100 名前:教師と生徒のすすめA―前編 投稿日:2006/05/20(土) 17:19

「あれ、藤本先輩だよ」

二人の姿が見えなくなってすぐ、後ろから聞こえる、のんびりした声。

「ふじもと…?」

二人が去った廊下から目を逸らさずに、
よしこの言葉を繰り返した。

「うちの部の藤本美貴先輩。三年だからあと半年で引退だけど」

フジモトミキ、と頭の中で呟く。
聞いたことのない名前だった。よしこからも。
もちろん、梨華ちゃんからも。

ぎゅっと手を握ると、どくどくと血が流れる音が聞こえた。

「そーいや、梨華ちゃんのとこクラスだよ。藤本先輩」
「へえ」
「…あー、ほら。だからさ、相談とかしてたんじゃない?進路のこととか」

抱きついてかよ。
そんな話聞いたことがない。
あんなに甘えたみたいに、腕を絡めて、
にこにこしながら?相談?
101 名前:教師と生徒のすすめA―前編 投稿日:2006/05/20(土) 17:20

頭の片側ががんがんした。
よしこがまだ何か話してたけど、声は聞こえなかった。

ふざけんな。何勝手に触ってんだよ。
何で、抱きついたりしてんだよ。
それをしてもいいのは私だけなのに。
あの笑顔を独り占めできるのは私だけなのに。

なんで。

なんで、梨華ちゃん、許してんの。
なんで、触らせてんの。なんで、嫌がらないの。
気付いて。私はここにいるのに。

そんな風に笑わないで。

私は一日会えないだけで、すごく悲しかった。
梨華ちゃんとお弁当を食べられないだけで、すごくへこんだ。
でも、梨華ちゃんはそうじゃなかった?

お願い。そんな風に笑わないで。

私以外の誰かの腕の中で、そんなに嬉しそうに、笑わないで――。
102 名前:教師と生徒のすすめA―前編 投稿日:2006/05/20(土) 17:20

「ごごご、ごっちんっ!?」
「え?」

突然の大音量によしこを見やると、彼女はおろおろと鞄を探っている。
そこからタオルを取り出すと、私の鼻先へ差し出した。
意味が分からずそれを見つめていると、
彼女はそれをどう解釈したのか、困ったように眉尻を下げた。

「だいじょーぶ。使ってないから、これ」
「…なんで?」

タオルの使用状況が知りたかったわけではなくて。
これを使ってどうすればいいのか、分からなかったんだけど。

よしこがますます眉尻を下げる。
それからちょっとだけ逡巡して、言い辛そうに口を開いた。

「…ごっちん、泣いてる…」

そこで初めて、自分の頬が濡れていることを知った。
103 名前:教師と生徒のすすめA―前編 投稿日:2006/05/20(土) 17:21



それから、近くにあったトイレで顔を洗い、
心配して家まで送ると言って聞かないよしこを、
無理やり車両の外へ押し出して、電車に揺られて自宅へ戻った。

お弁当をお母さんに渡して、晩御飯はいらないからと告げると、
お母さんは目を丸くした。
でも、家族でにぎやかに食事って気分にはとてもなれなくて。
そのまま自室へ。
ベッドの上に寝転がり、携帯と睨めっこ。
ディスプレイには、梨華ちゃんの名前。

(かけるべきか、かけざるべきか)

ぱかりと携帯を開いては、またぱかりと閉じる。
そんなことを始めて、もう三十分。
104 名前:教師と生徒のすすめA―前編 投稿日:2006/05/20(土) 17:21

でも、かけたとして何を話そう。
というか、そもそも今、梨華ちゃんと話して平静でいられるだろうか。

――フジモトミキと何してたの?

学校での光景を思い出して、また胃の辺りがじくじくと痛み出した。

苛々する。
例え梨華ちゃんに悪気がなかったとしても。
ただの女同士のスキンシップだったとしても。
自分でも心狭すぎだと思うけど、
彼女が誰かに触られると思うだけで、嫌だった。

てか、私ってこんなに独占欲強かったんだ。
今までこんな経験なかったから、その事実に軽くショックだ。

だって、今まで付き合った時も相手の交友関係に対してこんな風に目くじら立てたりしなかったし。
むしろ、束縛されるのとか嫌いなほうだったのに。
なのに彼女に対しては、どうしてこうなっちゃうんだろう。

苛々してるのに、怒ってるのに、
今、私は、すごく梨華ちゃんの声が聞きたい。
105 名前:教師と生徒のすすめA―前編 投稿日:2006/05/20(土) 17:22


――やっぱ止めた。

電話を諦めた、その時。
部屋中に響く電子音。

発しているのは、もちろん手の中にある携帯電話で。
それはさっきまでずっと思ってた人の指定されたメロディで。
驚いて携帯を取り落としそうになった。

かけるのを諦めたばかりなのに。
少しだけ困惑して、ぱかりと携帯を開く。
ディスプレイには、点滅している“石川梨華”という文字。

通話ボタンへ指を置く。
そこに少し力を加えれば彼女へ繋がるのだ。
さっきまで聞きたくてしょうがなかった梨華ちゃんの声が聞けるのだ。
106 名前:教師と生徒のすすめA―前編 投稿日:2006/05/20(土) 17:22

でも。

(いいの?今出ても?)

胸の中で自分に問いかける。

今、彼女と話せるだろうか。
彼女の声を聞いても、いつも通りの自分でいられるだろうか。

――分からなかった。

普通でいられる、と自信を持って言い切れなければ、
この電話には出ない方がいいに決まってる。
放っておけばいい。すぐに留守電に繋がるから。

そう頭では理解してるのに、私は、そこから指を動かせないでいた。

全部聞きたかった。
学校でのことを全部。あの人は何なのか。
何であんなことをしてたのか。

それで。
何でもないって言ってほしい。
梨華ちゃんの口から。梨華ちゃんの声で。
何でもないからって言ってほしかった。
107 名前:教師と生徒のすすめA―前編 投稿日:2006/05/20(土) 17:23

ふ、と息を吐き出したその時。

「ちょっと真希!ケータイうるさい!!」

どんどん、と扉を殴りつける音とともに聞こえてきた姉の怒鳴り声。

いきなりのことに驚いて、びくりと体が跳ねた。
その拍子に、通話ボタンの上の指に力が入る。

「!!」

それまでうるさかった電子音が止み、ディスプレイの彼女の名前が消えた。
変わりに、電話が繋がったことを知らせる文字が映る。

繋がっちゃった。繋がってしまった。

一瞬、このまま切るという考えが頭を過ぎったけど、さすがにそれは偲ばれて。

携帯を見つめたまま固まる。
出なければいけない。
分かってはいるけれど、体はなかなか動いてくれない。
108 名前:教師と生徒のすすめA―前編 投稿日:2006/05/20(土) 17:23

『もしもし…?』

携帯から漏れる、かすかな声。
それは間違いなく彼女のそれで。

私は観念して目を閉じた。

(いつも通り。いつも通り)

ゆっくり言い聞かせて、携帯を耳に押し当てる。

『もしもし?真希ちゃん?』

たった一日会わなかっただけで、どうしてこんなにも懐かしく感じるのだろうか。

電話越しだと、いつもと違って聞こえる彼女の声。
普段あんなに高いのに、今はちょっとだけ低い。
その声に胸が騒いだ。
109 名前:教師と生徒のすすめA―前編 投稿日:2006/05/20(土) 17:24

「…なに?」
『あ、良かった。全然声しないからどうしたのかと思った』

意識しすぎて、少しだけ声が上擦ったけれど、
梨華ちゃんは特に気にした様子もなく、むしろ嬉しそうに言葉を続けた。

『何かしてたの?出るまで結構長かったけど』

いつも通りの彼女の声音。
それが逆に、私の黒い感情を刺激する。
さっきまでのそれがゆっくりと、けれど、着実に私を支配していくのを感じた。

『…?真希ちゃん?』


――ねえ。


フジモトミキのことも、そんな風に名前で呼んだの?


私の大好きな、その甘い声で。


『まーきちゃん?聞こえてる?』

彼女の声が鼓膜を震わせる度に、頭の中に学校での光景が鮮明に映し出される。
110 名前:教師と生徒のすすめA―前編 投稿日:2006/05/20(土) 17:24


抱きしめて、抱きしめられて、
何をしてたの?

その笑顔をあいつに向けて、
その声で何を囁いたの?


ねえ。梨華ちゃん。


『真希ちゃ』
「…っごめん。今から出かけるから、切るね」
『え?ちょっ――』

彼女の言葉を最後まで聞かずに一方的に通話を断った。

これ以上梨華ちゃんの声を聞いていたら、
何か取り返しのつかないことを言ってしまいそうだったから。
111 名前:教師と生徒のすすめA―前編 投稿日:2006/05/20(土) 17:24

携帯を枕の横に放って、掛け布団を頭まで被った。
音の無くなった部屋の中。
静かなのに、頭の中では心臓の鼓動が大きく響いていた。
固く目を閉じると、真っ暗になった視界に、
学校での光景と梨華ちゃんの笑顔が交互に浮かんできて。

気持ち悪い感情と胃がじくじく痛むのを堪えるように、ベッドの中で膝を抱えた。

あんな対応をした私に、梨華ちゃんは何を思っただろう。
きっと変だと思ったはずだ。

もしかしたら、怒ったかもしれない。
もしかしたら、傷つけたかもしれない。

ただの嫉妬だけで、感情のコントロールができなくなった自分に自己嫌悪で吐き気がした。
梨華ちゃんの前でかっこよくできない自分が嫌だ。
梨華ちゃんを困らせる自分が嫌だ。
梨華ちゃんと同じ所に立てない自分が嫌だ。

なにより、梨華ちゃんを信じきれない自分が、一番嫌だった。
112 名前:教師と生徒のすすめA―前編 投稿日:2006/05/20(土) 17:25

113 名前:教師と生徒のすすめA―前編 投稿日:2006/05/20(土) 17:25

(国語準備室)

目の前に掲げられたプレートの文字を頭の中で反芻した。

梨華ちゃんからの電話を途中で一方的に断った次の日の昼休み。
私はいつも通り弁当箱を抱えて、梨華ちゃんの待つ国語準備室の前にいた。

昨日はあの後、いろんな事が頭を過ぎってなかなか寝付けなかった。
やっと寝れたのは、“今日”になってからで。
幸い、隈はできなかったけど、寝不足で午前中の授業は殆ど寝てしまった(数学の先生に超怒られた)

一晩中、昨日の学校での事を考えていたけど、やっぱり納得する答えは出てこなくて。
未だに気持ちの整理はついていない。

扉の取っ手に手をかける。
目を閉じて、はあ、と深呼吸を一つ。
頭の中が幾らか落ち着いたのを確かめて。

今日は昨日の電話の二の舞にならないようにしよう。

自分にそう言い聞かせて、目を開けた。

扉を横に引くと、がらがらと耳障りな音をたてて開いた。
114 名前:教師と生徒のすすめA―前編 投稿日:2006/05/20(土) 17:26

「梨華ちゃん…?」

いつもの梨華ちゃんの声が聞こえない。
不思議になって、彼女の名を呼びながら開いた扉から中を覗き込む。

すぐに彼女の声が聞こえない理由が判明した。
部屋の中に梨華ちゃんがいない。

代わりに。

「…」
「…」


フジモトミキが、そこにいた。


混乱する頭。
梨華ちゃんがいない。
フジモトミキがいる。
なんで?

彼女は部屋の中央に置かれた古いソファに座っていて。
私を見とめると、目を細めて徐に口を開いた。

「…誰?あんた」

その言葉から手に取るように警戒心が伝わってきて。
その目は射抜くように私を睨みつけて。
昨日梨華ちゃんと一緒にいた彼女の表情とはまるで違う。
115 名前:教師と生徒のすすめA―前編 投稿日:2006/05/20(土) 17:26

彼女の問いに答える余裕は今の私には無かった。
扉の前での深呼吸も、彼女を見た瞬間に全て意味がなくなっていて。

なんでコイツがいるんだ。
この時間に。この場所に。
梨華ちゃんは?
なんでいないの?

そんな疑問に全て飲み込まれた。

「ちょっとー?聞いてる?」

その声に思考に囚われていた意識が戻る。
視線を上げると、訝しげに眉根を寄せたフジモトミキと目が合った。

彼女の顔を見ると昨日の光景が胸を過ぎって、
また、黒い感情が頭を擡げてきた。
116 名前:教師と生徒のすすめA―前編 投稿日:2006/05/20(土) 17:27

「…何してんの…?」

口をついて出たのはそんな言葉で。
ソファに座っていたフジモトミキは、
意味が分からないという風に更に眉根を寄せて「はあ?」と言った。

「ホントの何なの?」

強い視線がずっと私を射抜いていたけど、
生憎、そんなことで怯むような繊細な心は持ち合わせてはいない。

それよりも、黒い感情の方が私を強く動かして。
フジモトミキの腕が昨日梨華ちゃんを抱きしめていたかと思うと、
怒りが沸々と湧き上がってきて、フジモトミキを睨み返す。
ぎゅっと手を握り締めると、手に持っていた弁当の紙袋ががさりと音をたてた。

「…あんたが何でここにいるの?」

怒りを抑えてそう言うと、彼女は明らかに不機嫌そうに視線をきつくした。
117 名前:教師と生徒のすすめA―前編 投稿日:2006/05/20(土) 17:27

「…“あんた”?」

フジモトミキは私の言葉を繰り返すと、ふっと笑い首を傾けた。
そして私の胸辺りに目をやり、指差す。

その先にある物は分かっている。リボンだ。
うちの学校では学年ごとにリボンの色が違う。
一年生は赤、二年生は緑、三年生は青。

「あんたさ、2年でしょ?ミキ、上下関係とかあんま気にしないんだけど、
 初対面のセンパイに向かってそれはないんじゃない?」

私の胸の緑色のリボンが私の動きに合わせて小さく揺れた。
何年生かは一目瞭然だった。

「それと、ここにいる理由を何であんたに言わなきゃいけないわけ?」

その声は酷く面倒くさ気で。
フジモトミキの方が低い位置にいるのに、まるで私が見下されているようだった。
118 名前:教師と生徒のすすめA―前編 投稿日:2006/05/20(土) 17:27

彼女は足を組んで、ソファに深く座り直す。
その挙動一つ、すべて目に付いて、苛々した。

「…梨華ちゃんは?」

はっと小さく息を吐く。
こいつに梨華ちゃんのことを聞くのはものすごく癪だったけど、
他に誰もいないから仕方が無い。

私の言葉を聞いた途端、フジモトミキは器用に片眉を上げた。

「梨華ちゃんに会いに来たの?」

質問に質問で返されたことよりも、
少し驚いたようなその声音よりも、
“梨華ちゃん”と呼んだそのことの方が耳についた。
119 名前:教師と生徒のすすめA―前編 投稿日:2006/05/20(土) 17:28

じりじりと胃が焼けるように熱くなる。

手に力を入れると、また、がさりと紙袋が揺れた。
フジモトミキがそれを見て、目を見開く。

「…ああ。あんた、もしかして後藤真希?」

突然名前を呼ばれた。
教えた覚えも無いのに、何で彼女は私の名前を知っているのか。

紙袋から視線を上げたフジモトミキは、なんだ、と言って口元を綻ばせた。

「そうならそうだって最初から言ってよ。“真希ちゃん”」

下の名前で呼ばれて、思わず眉根に皺が寄った。
彼女に言い返そうとした、その時。


「あれ、真希ちゃん?」


フジモトミキと同じように、
だけど、フジモトミキとは全く違う声音で私の名前を呼ぶ声が、部屋の中に響いた。
聞き間違える事のない、大好きな彼女のそれ。
120 名前:教師と生徒のすすめA―前編 投稿日:2006/05/20(土) 17:28

反射的に振り向くと、そこには、梨華ちゃんが立っていた。

彼女は私の視線を受け止めると、ゆっくり微笑んだ。

「今日は早いんだね。今、職員室に行ってて。中澤さんに呼び出されちゃってさ」

電話越しじゃない梨華ちゃんの声。
その笑顔。

一日ぶりの彼女は何も変わってなくて。
たった一日で何かが変わるわけないって分かってるのに。
ただただ、そんな事が嬉しくて、胸が熱くなる。

梨華ちゃんは私の後ろを見て、目を見開いた。


「美貴ちゃん!」


私の背後にいる人間の名前を呼ぶ彼女に、心臓が大きく跳ねた。
梨華ちゃんは私の横をすり抜けて“美貴ちゃん”の元へ。

どくりどくり、と心臓の音が頭の中に木霊する。
121 名前:教師と生徒のすすめA―前編 投稿日:2006/05/20(土) 17:29

ミキちゃん?
“美貴ちゃん”?

梨華ちゃんは今、フジモトミキの事を名前で呼ばなかったか?

頭の中に、数ヶ月前の彼女の姿がフラッシュバックする。
特別扱いはしたくないと、彼女は私を名前で呼ぶことを渋っていた。
説得しても結局最後まで首を縦に振らなかったのに。

今、梨華ちゃんはフジモトミキの事を名前で呼んだ。

なんで。なんで。
梨華ちゃん。

視線の先では梨華ちゃんとフジモトミキが何事かを話してる。
会話の内容は頭に入ってこない。
けれど、楽しそうなその様子に、何故か全て分かった気がした。
また胃がじりじりと痛んだ。
122 名前:教師と生徒のすすめA―前編 投稿日:2006/05/20(土) 17:29

信じていた世界が音をたてて崩れていく。

ふっと全身の力が抜けて、持っていた紙袋が手から滑り落ちる。
がしゃり、と音をたててそれは地面に着地した。

その音に二人がこっちを振り向いた。
梨華ちゃんが近づいてきて、紙袋を拾って私を見ると、
にこりと笑う。

大好きなその笑顔。今は私の心を傷つけるだけだった。

「ま、…後藤さん。この子ね、うちのクラスの…」

急に自分が恥ずかしくなった。

馬鹿みたいだ。本当に。
心配して、怒って。こんな風に彼女に振り回される自分が。
馬鹿みたいだった。
123 名前:教師と生徒のすすめA―前編 投稿日:2006/05/20(土) 17:30

だって、彼女は。
梨華ちゃんは。


フジモトミキの方が、いいんでしょ?


にこにこしながらフジモトミキを見やる彼女。
フジモトミキが彼女の視線を受けて軽く手を振る。

もう、見ていられなかった。

「…いい」
「え?」

梨華ちゃんが不思議そうにこっちを見た。
視線が絡んだけど、気まずくなってすぐに逸らす。

「もう、いいよ」

もういい。
全部分かった。

だからもう。そんな風に私を見ないで。
124 名前:教師と生徒のすすめA―前編 投稿日:2006/05/20(土) 17:30

「後藤さん?」

彼女は気にしてるみたいだけど、その高い声が好きだ。
寝起きの低い声も、もちろん大好き。

「…後藤さん…?」

さらさらする髪も好き。
頭を撫でてあげると、気持ちよさそうに目を細める仕草も好き。

「真希ちゃん…?」


なにより、その笑顔が、大好き。


だけど、梨華ちゃんはそうじゃないんだ。
違うんだ。もう、違う。
125 名前:教師と生徒のすすめA―前編 投稿日:2006/05/20(土) 17:31

梨華ちゃんが私の腕にそっと触れた。
彼女のぬくもりに泣きそうになった。

その手をゆっくり振り払う。

視線を彼女へ向けて、その目を覗き込むと、
梨華ちゃんは訝しげに首を傾けた。


「昨日、廊下で何してたの?」


言葉は、意外なほどすんなりと音になった。

「あ」

先に声を上げたのは、梨華ちゃんの後ろで、
成り行きを見守るようにこっちを窺っていたフジモトミキだった。

間もなく、梨華ちゃんが目を大きく見開いた。
126 名前:教師と生徒のすすめA―前編 投稿日:2006/05/20(土) 17:31

「…見てたの…?」

その瞳と声音は、明らかにばつが悪そうなそれだった。

悲しいのとも違う。
寂しいのとも違う。
悔しいのとも違う。

ただ、泣き出したい衝動に駆られて。

涙が出そうになるのを奥歯をぐっと噛んで堪えた。

「あの、あれは、ただ…」
「ごめん」
「え…?」

彼女の言葉の途中で、謝罪を意味する言葉を呟く。
梨華ちゃんの瞳が戸惑ったように揺れたのが見えた。
127 名前:教師と生徒のすすめA―前編 投稿日:2006/05/20(土) 17:32

「ごめん…。いいの。もう。いいんだ」

そう言って、走った。

彼女がまた、大きく目を見開いたのが視界の隅を掠めたけど、
構っていられなかった。
このままここにいたら、自分の中の大事な何かが全部壊れてしまいそうで。

走った。

廊下を走り、突き当たった階段を一気に駆け上る。

心臓がどくりどくりと音をたてて鳴った。

階段を上りきって、屋上へ繋がる扉へ手を掛ける。
勢いをつけてノブを回したけど、扉は金属音を一度発しただけで、
開くことはなかった。

生徒の安全の為に校内の全ての屋上への出入りは禁じられていて、
屋上への扉には鍵がかけられている。
その鍵が壊れでもしなかぎり扉は開くことはない。

扉に凭れながら、ずるずるとその場にへたり込んだ。
全力で走ったせいで、息が上がっていた。
落ち着けるように、浅く早く呼吸を繰り返す。
128 名前:教師と生徒のすすめA―前編 投稿日:2006/05/20(土) 17:32

――梨華ちゃんはフジモトミキが好きなんだ。

馬鹿じゃん、私。
それなのに、昨日の夜あんなに電話掛ける掛けないかで悩んでさ。
梨華ちゃんのことずっと考えて。

――馬鹿だ。

膝を立ててそこへ顔を埋めた。
手で耳を塞ぐと、血の流れる規則正しい音が聞こえる。

だから気付かなかった。

その気配に。
その足音に。

彼女がそこに来ていることに、気付かなかった。
129 名前:教師と生徒のすすめA―前編 投稿日:2006/05/20(土) 17:33


「真希ちゃん」


何の前触れもなく響いた声。
それが梨華ちゃんのものだとすぐに気付いた。

「真希ちゃん…」

耳を塞ぐ手に力を入れて、首を振った。

気遣わしげなその声音。
大好きなそれ、だけど、今は聞きたくない。

だって、その声であいつの名前を呼んだ。
だって、その声で、フジモトミキに言ったんでしょ。
私の大好きなその声で。
130 名前:教師と生徒のすすめA―前編 投稿日:2006/05/20(土) 17:34

舞い上がってたんだ。
梨華ちゃんに受け入れられて、好きだと言われて。
年の差とか、自分達の立場とか、そんなの全部大丈夫だって。
二人ならきっと大丈夫だって思ってた。

心変わりとか、浮気とか、そんなの無いって信じてた。
永遠にずっと変わらないって。
ずっと梨華ちゃんの側にいられるって、思ってた。
だって、好きだった。本当に本当に大好きだから。

でも、違うんだ。

人は変わっていく。
その関係も変わっていく。
それはきっと本人でさえも気付かないくらい、小さな変化で。
でも着実に、確実に、変わっていくんだ。

永遠にこの場所にいるなんてできないから。

梨華ちゃんが変わったなら、私達の関係も変わらなければいけない。

私も、変わらなくちゃいけない。
131 名前:教師と生徒のすすめA―前編 投稿日:2006/05/20(土) 17:35

空気がふわりと動いて、梨華ちゃんの気配が、
さっきよりも私に近くなったのを感じた。
背中んのすぐ後ろが壁で、これ以上彼女から遠ざかることができなくて、
自分を守るように身を縮めた。

「…真希ちゃん」

労わるように名前を呼ばれた。
その直後、耳を覆っていた手に温かい感触。

びくりと体が震える。

梨華ちゃんの気配が、すとんと私の前に落ちた。

「あのね、昨日のは別に変な意味があるわけじゃなくてね?」

その声音から、顔を見なくても、困ったように眉尻を下げてる彼女の姿が目に浮かんだ。
132 名前:教師と生徒のすすめA―前編 投稿日:2006/05/20(土) 17:35

「真希ちゃんに対して、やましい事なんてしてないから」

言い訳なんて、聞きたくなかった。
今更、そんなことを言ってもしょうがないのに。
梨華ちゃんの気持ちが変わっている。
それが、変わらない真実。

本当の事を言ってほしかった。
ただ、それだけ。


「美貴ちゃんは、ただの生徒だから」


その一言で、私の中の何かが切れた。

驚くほどあっさりと。
驚くほど素早く。
黒い感情が全身を支配していくのを感じた。
133 名前:教師と生徒のすすめA―前編 投稿日:2006/05/20(土) 17:36

「…なんで?」
「え?」

耳を覆っていた手を外し、ゆっくりと顔を上げた。

「なんで言わないの?」

フジモトミキが特別だって。
後藤真希よりも、ずっと。

梨華ちゃんは困惑したように眉根を寄せてこっちを見てた。

それが、何故だか急におかしくなって。
馬鹿馬鹿しくなって。

「“ミキちゃん”は、ただの生徒じゃないでしょ?」

彼女が大きく目を見開いた。
それを見とめて、自嘲気味に笑む。
134 名前:教師と生徒のすすめA―前編 投稿日:2006/05/20(土) 17:36

「何言ってるの…?」

私は、梨華ちゃんにとって事実を伝えられるだけの信頼に値する人間じゃないのだ。

私だけが好きだった。
私だけが想ってた。

「同情ならいらない」

そんなものはいらない。
欲しいのは、いつだって、梨華ちゃんの本当の気持ち。

「嘘、つかないで」

欲しいのは、梨華ちゃんの本当の言葉。

「…っ!嘘じゃないよ!」

梨華ちゃんは声を荒げて私の腕を掴んだ。
怒ったようなその表情。

だけど、その言葉を信じることはできなかった。
135 名前:教師と生徒のすすめA―前編 投稿日:2006/05/20(土) 17:36

「お願い、本当のこと言って」
「真希ちゃん…!」

彼女の手の力が強くなる。
涙が出そうなのをぐっと堪えた。

「もうこれ以上、ごとーを惨めにさせないで…」

彼女に掴まれた腕がじんじんと痛んだ。
目の前の梨華ちゃんの顔が歪んでいく。

それは、悲しいから?
苦しいから?
怒ってるから?

それとも、気まずくなったから?

ねえ、梨華ちゃん。
136 名前:教師と生徒のすすめA―前編 投稿日:2006/05/20(土) 17:37

「違うの、真希ちゃ」
「違わないよ…!」

大好きだよ。
本当に大好き。梨華ちゃん。

「嫌い…」


でも、私だけが好きでも仕方が無いんだ。


「…真希ちゃん…?」

梨華ちゃんの瞳が大きく揺れた。

いつから。
いつから梨華ちゃんは、私に本当の事を言わなくなったの?

「嫌いだよ」

いつから私は、梨華ちゃんの本当の気持ちが分からなくなったの?

彼女の潤んだ瞳は、出会った頃と少しも変わらず綺麗だった。
137 名前:教師と生徒のすすめA―前編 投稿日:2006/05/20(土) 17:37

「大嫌い」

腕は相変わらず痛い。
彼女に握り締められたおかげで、きっと制服は皺になってる。



「梨華ちゃんなんか大嫌いだ」



言った直後、梨華ちゃんの腕がするりと落ちた。
立ち上がり、彼女の顔を見ずに、駆け出す。

どくりどくりと心臓が跳ねた。
涙は出てこない。
ただ、激しい後悔と、何かが抜け落ちたような喪失感が私を包んだだけで。


梨華ちゃんは、もう、追ってこなかった。

138 名前:教師と生徒のすすめA―前編 投稿日:2006/05/20(土) 17:38

>>>教師と生徒のすすめA―前編

とりあえずここまで。
長いので一度切ります。
139 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/05/21(日) 01:03
胸が苦しい…
140 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/05/21(日) 10:34
ごっちんの気持ちがすごく伝わってきて心が痛いです…
141 名前:教師と生徒のすすめA―後編 投稿日:2006/05/21(日) 12:13


次の日から昼休みに国語準備室に行くのを止めた。
最初は、朝、大量の弁当を作らない私をお母さんが不思議そうに見てたけど、
何日か続くうちに慣れたみたいで、すぐにそれもなくなった。

梨華ちゃんとの関係が終わる、それはすごく辛いことだと思っていた。
けれど。
お昼の時間が無くなれば、元々接点があまりない私達が会うことは無いに等しくて。
彼女の顔を見ない分、どうしようもないくらい辛い、というようなことは無かった。
それが良いことなのか、悪いことなのか、私には分からなかったけど。


142 名前:教師と生徒のすすめA―後編 投稿日:2006/05/21(日) 12:13

一人分の弁当。
教室で過ごす昼休み。
彼女指定のメロディが鳴らない携帯電話。

普通じゃなかった事が、徐々に普通になっていく。
変わっていく日常に寂しくないと言ったら嘘だけど。
それでもやっぱり、それに慣れていく自分がいた。

変わってしまった梨華ちゃん。
変わってしまった彼女との関係。

変わっていく、自分。

ふとしたきっかけで思い出す彼女の残像が少なからず私を苦しめるけど。
上手くいってた。
少なくとも、私が想像してたよりは、ずっと良かった。


143 名前:教師と生徒のすすめA―後編 投稿日:2006/05/21(日) 12:13


梨華ちゃんと会わなくなって二週間が過ぎた頃、それは起きた。

「ごっちんさぁ、最近暗いよね」

次の移動教室の準備をしていた時。
何の前触れも無く発せられた言葉に声がした方へ顔を向けた。
呆れ顔のよしこと目が合う。
彼女は私の視線を受け止めると眉根を寄せて「違うな」と呟いた。

「暗いっつーか、元気が無い?」
「はあ?」

そんな事を問いかけられても困るんですけど。
私は至極普通に生活しているだけなのだから。

思わず出た柄のあまり良くない声によしこは気にする様子もなく、
白い指を顎に添えて思案顔で唸っていたかと思うと、
何かを思いついたようにぱっと顔を輝かせた。

「生気が無い!!」

いきなり大きく腕を振り、両手で私を指差し、大声で叫んだ彼女を、
教室にいた数人のクラスメイトが振り返った。
…恥ずかしい。
叫んだのはよしこだけど、その彼女の指差した先には私がいるのだ。

144 名前:教師と生徒のすすめA―後編 投稿日:2006/05/21(日) 12:14

「うっさいよ。てか、指差さないで」

羞恥心なんてこれっぽちも出さないように、
いつものポーカーフェイスでさらりと返して、
教科書とノートを、とんとん、と揃える。

「ごっちん前も結構ふわふわしてたけどさ、こう…、空気みたいに?」
「……それ、褒められてんの?ごとー」

とりあえず、あまりいい気分はしないんだけど。
困惑して目をやると、彼女は唇を尖らせた。

「貶してはないよぅ。空気みたいなんだけど存在感があるっていうか。
 そんな感じだったんだよね、前は。だけど今は違う」

よしこはそこで一度言葉を切ると、ふと真剣な目をした。

「今は、死にそう」

私を見据えたまま彼女は、そう言った。
強い視線に驚いたけど、それ以上に、
全てを見透かしてるようなその静かな瞳に、背筋が凍る。

145 名前:教師と生徒のすすめA―後編 投稿日:2006/05/21(日) 12:14

「…意味分かんない」

そうは言ったものの、彼女の言わんとする事は分かってる。
けれど私はそれを上手く言葉にできるほど、まだ気持ちの整理ができていない。
表情が強張っていくのが自分でも分かった。

よしこは暫く私を見つめてから、諦めたようにふっと表情を崩した。

「まあ、いいけどね」

彼女はがしがしと頭をかいて(おっさんみたいだった)
科学室へ行こう、と私を促した。
彼女の後に続いて教室を出る。
科学室への廊下を歩いていると、特別教室棟への渡り廊下の前に来た。

不意に、国語準備室の古いソファに座る梨華ちゃんの映像が頭を掠めて。
心臓をぎゅうと押しつぶす。

国語準備室へ行くとき必ずこの渡り廊下を通った。
あの日からできるだけ避けてきたのだけど、
科学室へ行くにはここを通るしかない。

146 名前:教師と生徒のすすめA―後編 投稿日:2006/05/21(日) 12:15

渡り廊下の真ん中辺りへ差し掛かった時、
よしこが口を開いた。

「そいやさー、最近梨華ちゃんに会った?」
「……会ってない」

最近昼休みを教室で過ごしていることを知ってるくせに。

わざとそんなことを言う彼女は、私の当然の答えに、だよねぇ、と、
興味なさそうに呟いた。

「何か最近梨華ちゃんおかしいんだって」
「おかしい?」
「遅刻が多くなったんだってさ」

遅刻?
あの時間にうるさい梨華ちゃんが?

あまりにも結びつかない二つの言葉に眉を潜めてよしこを見やると、
こっちを向いてた彼女と目が合う。
どこか思いつめたようなその表情。
目を、逸らせない。

147 名前:教師と生徒のすすめA―後編 投稿日:2006/05/21(日) 12:15

「…ごっちんさ、梨華ちゃんと」

彼女はそこで言葉を切ると、何かに気付いたように視線を前へ向けた。
特に何の意識もせずに、彼女の視線を追う。

体が固まった。
一瞬息が詰まる。
人間、驚きすぎると声が出なくなるものなんだな、と頭の片隅で思った。



視線の先、そこには、梨華ちゃんがいた。



動悸が激しくなる。
何の準備もなく彼女に会ってしまったことに対する後悔と、
それ以上に大きい彼女に会えた嬉しさが混ざって頭の中が、混乱した。

どうしよう。どうしよう。
梨華ちゃんが、いる。
そこにいる。

「梨華ちゃん…」

よしこの声がまるで遠くの方で話してるように聞こえた。
148 名前:教師と生徒のすすめA―後編 投稿日:2006/05/21(日) 12:15

「真希ちゃん…」

梨華ちゃんは私を見てた。
どこか辛そうな表情で。

涙が出そうだ。
そんな声で、そんな表情で、名前を呼ばないで。
梨華ちゃんにはフジモトミキがいるじゃん。
今更、私をそんな目で見ないで。
終わったのに、全部終わったのに。

私はその視線一つに、全てを投げ出しちゃいそうになるから。

手を握り込む。
下唇をぐっとかみ締めた。
流されそうな自分を叱咤する。

彼女から視線を逸らす。
それだけのこと一つでも、私には苦痛を伴う動作で。
ぎしぎし音をたてる心を無視した。

149 名前:教師と生徒のすすめA―後編 投稿日:2006/05/21(日) 12:16

「…よしこ、授業始まる」

そう言って隣の彼女の腕をとる。
一瞬、よしこは驚いたように目を見開いて、すぐに眉根を寄せた。

「でも、ごっち…」
「ほら、行こう」

よしこの言葉を遮るように声を上げて、腕を引きながら梨華ちゃんの方へ近づいていく。
彼女との距離が縮まるにつれて、鼓動が早まり、知らず体が緊張した。

「真希ちゃん…!」

彼女の横を通り過ぎる瞬間、さっきよりもはっきりと耳に届いた声。
振り返りそうになるのを堪えた。

彼女の横を通り抜け、そのまま止まらずに歩き続ける。
渡り廊下を渡り終えても、ずっと。


150 名前:教師と生徒のすすめA―後編 投稿日:2006/05/21(日) 12:16


科学室が見えてきた所で、それまで黙って手を引かれていたよしこが、ごっちん、と私を呼び止めた。
歩みを止めて振り返ると、そこには不機嫌そうな彼女の顔。

「今まで黙ってたけどさ、何、今の?」

今まで黙っていた、その言葉に嘘はない。
実際、よしこはあの日からお昼に国語準備室へ行かない私に何も聞かなかった。
多分、全て承知した上で何も尋ねなかったのだろう。
それは彼女なりの優しさと、彼女の人との距離の取り方からくるものだ。

だけど、さっきの梨華ちゃんに対する私の対応はどうにも納得できなかったらしい。

「何があったのかは聞かないけど」

よしこは掴まれてた腕をはらった。

「今のは無いんじゃない?」

そのまま腕を組んで溜め息を吐く。
彼女の言ってることも分かる。

だけど。

そんなことを言われても、あれ以外に対応のしようがなかった。

151 名前:教師と生徒のすすめA―後編 投稿日:2006/05/21(日) 12:16

「なーんとなく?原因は分かるような気がすんだけどさぁ」

よしこは少しだけばつの悪そうな声でそう言って頬をかく。

「…ちゃんとさ、話した?梨華ちゃんと」
「…」
「ごっちん?」

話はした。
その結果ああなってしまったのだ。
仕方ないじゃないか。

私はまだ好きだけど、
多分この先もずっと好きだけど。

梨華ちゃんにはアイツが。
梨華ちゃんの隣にはアイツがいるから。

あの日のことが蘇ってきて、かっと頭に血が上った。

「よしこには関係無い…っ!」

感情を隠し切れなくて叫んだようになってしまった声。
普通の人なら怯む。
けど、そんなことで気圧されてくれるほど、
よしことは初々しい付き合いはしていない。

152 名前:教師と生徒のすすめA―後編 投稿日:2006/05/21(日) 12:17

「まあ、それは百も承知なんだけど。
 辛そうなんだもん。二人とも」

私の叫びなんて全く気にもしないで、
よしこは、まるで梨華ちゃんみたいに眉尻を下げた。

辛い?
梨華ちゃんが辛いわけないじゃないか。

彼女が、次の言葉を紡ぐために口を開けた直後。
授業を知らせるチャイムが鳴り響いた。
条件反射のように目の前の科学室へ飛び込む。

そこで会話は打ち切られたけど、
チャイムでかき消された最後のよしこの言葉は、
隣にいた私にはちゃんと届いていた。

――見てらんないんだよ。

そう言った彼女は、やっぱり優しいと思った。


153 名前:教師と生徒のすすめA―後編 投稿日:2006/05/21(日) 12:17


154 名前:教師と生徒のすすめA―後編 投稿日:2006/05/21(日) 12:17


それ以来、よしこは梨華ちゃんの事について触れてこなかった。
彼女なりに何か思うところがあるのか、その理由は分からないけど。
正直、私はほっとしてた。
あれ以上梨華ちゃんの事をつっこまれても答えられなかっただろうから。
時々感じる視線の意味は無視した。

それから、梨華ちゃんと会うこともなかった。
私が徹底的に避けてるって事もあるけど、
むこうの方からもきっと避けられているんだろう。
でなければ、狭い校内で何週間も会わずに済むなんてことはない。

本当に時々、梨華ちゃんを見かけて、ずくり、と胸が嫌な音をたてて痛んだ。
未だに諦めきれていない未練がましい自分。
それでも確実に時間は流れていて。
こんな想いもいつかは消えると思ってた。
時間はかかっても、きっと。


155 名前:教師と生徒のすすめA―後編 投稿日:2006/05/21(日) 12:18


156 名前:教師と生徒のすすめA―後編 投稿日:2006/05/21(日) 12:18

それから丁度一週間後。
教室で帰り支度をしていたら、よしこに呼び止められた。
職員室に呼び出されたからついてきてほしい、そう言った彼女の後に、
特に何も考えずについていった。

「よしこ何かしたの?」
「してないって。ごっちんじゃないんだからさぁ」

失礼な言葉に返すのも面倒臭くなって、黙って歩いた。
廊下に二人分の足音が響く。
生徒がいなくなった校舎は、驚くほど静まり返ったいた。
時折、遠くの方で運動部の掛け声が聞こえてくる。

そういえば、よしこは今日部活ないんだろうか。
バレー馬鹿のこいつがサボるなんて有り得ないし。

ぼんやりとそんな事を考えていると、いつの間にか階段の前まで来ていた。
この階段を下りた先に職員室がある。
下りようと足を踏み出した、その時。

突然、よしこが私の腕を掴んだ。
腕をそのままに、彼女は階段を上り始めた。

157 名前:教師と生徒のすすめA―後編 投稿日:2006/05/21(日) 12:19

「え、ちょ、よしこ?」

驚いて声を上げるけど、彼女は黙ったまま上り続ける。
職員室とは真逆の方向へ。
手を引いても、踏み留まろうとしても、彼女の力に叶わない。
よしこはその歩みを止めない。

彼女の行動の意味が分からないまま、とうとう階段を上りきった。
目の前にはよしこの背中。

「ちょっと何?職員室下なん――」

だけど。と言おうとした時、彼女が「ごっちん」と、遮った。
強い口調に一瞬怯む。

「こういうのは、あんま柄じゃないんだけど」

ゆっくり振り向いたよしこの表情が真剣な時のそれで、
思わず顎を引いた。

158 名前:教師と生徒のすすめA―後編 投稿日:2006/05/21(日) 12:19

「やっぱ見てられない」

いま一つ彼女の言動を理解できなくて首を傾けると、よしこの右側に扉が見えた。
古びて錆付いたそれには見覚えがある。
ここは数週間前、梨華ちゃんと別れた、屋上へ続く階段の踊り場だ。
どういうことなのか問い質そうと口を開きかけたとき、
私の目がよしこの後ろの“それ”を捉えた。

すっと背筋が凍る。

“それ”は、私と目が合うと、にこりと笑った。

「久しぶり」


よしこの後ろにいた“それ”、フジモトミキは、そう言って笑みを深めた。



頭に血が上る。
勢いよくよしこへ視線を投げると、彼女はばつが悪そうに私を見返してきた。

頭の中で、よしこの言動とこの場所とフジモトミキがぐるぐる回る。
目的は分からないけど、私は二人に嵌められたらしい。

何故こんな事をするのか。
よしこを睨みつける。
彼女に、裏切られた。

159 名前:教師と生徒のすすめA―後編 投稿日:2006/05/21(日) 12:20

「ごめん、ごっちん。でも、やっぱりこんなの嫌だから」

彼女は気まずそうにしながらも、はっきりとそう言った。

「…あー。よっちゃんにはミキが無理やり頼んだんだよ。
 アンタをここに連れてくるように」

よしこの後ろからフジモトミキがそう言ったけど、
そんなことで私の怒りは収まらない。

「ほら、ミキが誘ってもアンタ来てくれなさそうだし」

当たり前だ。
何が悲しくて元カノの想い人に会わなくちゃいけないんだ。

はあ、と息を吐く。それは溜め息というよりも、
自分を落ち着けるための深呼吸に近かい。
こんな所で怒鳴っても叫んでも今更仕方が無い。
それよりも、ここから早く去る方が先決だ。

階段を下りようとしたけど、よしこの手がそれを許さなかった。
160 名前:教師と生徒のすすめA―後編 投稿日:2006/05/21(日) 12:20

「…何のつもり?」

その手のせいでここからの脱出を仕方なく諦めて、
一連の事の発案者であるらしいフジモトミキに向き直った。
なるべく目を見ないようにしながら。
全ての感情を押し殺す。

「話があんのよ。“真希ちゃん”」

笑みを含んだその呼び方に、かっと頭に血が上った。
気持ち悪さと、吐きそうな程の怒りが全身を包む。

その呼び方を許したのは梨華ちゃんだけだ。
お前なんかに呼ばれたくない。

「その呼び方、止めて。すげぇ腹立つ」

怒りを隠さずにストレートに言葉にすると、
フジモトミキは国語準備室で見せたように器用に片眉を上げ、
何がおかしいのか、その口元に笑みを湛えたまま、ごめん、と謝った。

161 名前:教師と生徒のすすめA―後編 投稿日:2006/05/21(日) 12:20

「とりあえずさ、その戦闘体制を解いてくんない?」
「…話って何?さっさと帰りたいんだけど」

彼女の言葉を全て無視してそう言った。
怒るかと思ったけど、フジモトミキはそんな素振りは一つも見せずに、
ぽりぽりと首をかく。
それから、少しだけ考え込むように宙を見つめてからゆっくりと口を開いた。

「じゃあ、単刀直入に言うけど。ミキと梨華ちゃんは何でもないから」

数週間前に丁度ここで聞かされた事をまた言われた。
ここまできて、まだそんな事を言うのか。

フジモトミキは面白そうにまた笑う。
馬鹿にされているようで苛々した。

162 名前:教師と生徒のすすめA―後編 投稿日:2006/05/21(日) 12:21

「その目は信じてないねぇ」
「先輩」
「はいはい」

よしこの咎めるような声に、フジモトミキは、ふと真剣な表情をした。
そのギャップに少しだけ驚く。

「本当に何でもないんだよ」

苦笑して一度目を伏せて、上げる。
彼女の視線が私を捉えた。

「あれはただの…うん。コミュニケーションみたいな。特に意味は無いの。
 ミキ、結構誰に対してもああいうことしてるから。
 ほんと、梨華ちゃんが特別とか、そういうんじゃなくて」

よっちゃんに対しても、クラスメイトに対しても、あんな感じでさ。そう続けて、
フジモトミキは自嘲気味に笑った。
静かな言葉にこれ以上怒りは沸いてこない。

163 名前:教師と生徒のすすめA―後編 投稿日:2006/05/21(日) 12:21

「だから」

彼女の視線が鋭さを帯びた。

「そろそろ梨華ちゃんを許してあげてよ」

その言葉は、不思議と嫌な感じはしなかった。
むしろ誠実にさえ聞こえて。

どくりどくりと心臓が鳴る。

フジモトミキは本当の事を言ってる?
二人はなんでもなかった?

頭の中で、あの日のこの場所で見た梨華ちゃんの必死な顔が蘇ってくる。
ずっと考えないようにしていたあの時間が、驚くほど鮮明に。

164 名前:教師と生徒のすすめA―後編 投稿日:2006/05/21(日) 12:21


(嘘じゃ、なかった?)

だって。
あの日見た光景は嘘じゃなくて。
あの日見た笑顔も嘘じゃなくて。

でも。
フジモトミキは違うと言った。
信じてもいいの?

ねえ。


―――梨華ちゃんの言葉を信じても、いいの?


165 名前:教師と生徒のすすめA―後編 投稿日:2006/05/21(日) 12:22

「つーかさ。早く仲直りしてもらわなきゃミキが困るんだよねぇ」

それまでの流れを全く無視してフジモトミキは、はあ、と溜め息を吐いた。

「ミキさ、超ヤキモチ妬きの恋人がいんの」

突然の告白にその真意を図りかねて黙っていると、
彼女がふっと苦笑する。

「だから、変な噂たてられるとめっちゃ困んのよ」

ふざけているようで、その目はいやに真剣だった。

「それに、そろそろ許してあげないと、梨華ちゃんがちょっとヤバイから」

彼女の名前に、条件反射のように顔を上げた。
――梨華ちゃんが何だって?

166 名前:教師と生徒のすすめA―後編 投稿日:2006/05/21(日) 12:22

「梨華ちゃん、どうかしたの?」

私の言葉を聞いたフジモトミキは目を細めてよしこを見やる。
よしこもフジモトミキを見ていた。
二人は何かを確かめるように頷き合うと、

全く同時に私の腕をがしっと掴む。

左にはよしこ、右にはフジモトミキ。

そのまま強引に階段を下ろされる。
止まろうにも二人分の力にかなうはずもなく、
なすがまま。引きずられるように廊下を進んだ。

徐々に二人がどこへ向かっているのか分かってきた。
だけど、その場所へ私はまだ行く決心ができていなくて。
そこへ近づくにつれて、顔の筋肉が引き攣っていく。

いやだ。まだ、行けない。

167 名前:教師と生徒のすすめA―後編 投稿日:2006/05/21(日) 12:23

「…ヤダ、待って…!!」

私の叫びを全く意に介さず、二人はどんどん突き進む。

私の目に『国語準備室』と書かれたプレートが飛び込んできた。
ここ数週間徹底的に避け続けてきたそこへ、二人は向かっていた。
私を、連れて。

「女にはね、決断しなきゃいけない時が人生に一度必ずあるの。
 ごっちんのそれは、今だよ」
「いやいやいや。そんな大事なタイミング自分で決めるから」
「ミキは決断とかよく分かんないけど、可愛い後輩のために人肌脱ぐ」
「脱がなくていいよ。もうめっちゃ着ててくださいよ。てか、可愛い後輩とかすげぇ白々しい」

目の前に扉が迫る。
勝手な事を言い散らかす二人に言い返して最後の抵抗を試みるけど、
そんなのはやっぱり無駄で。
右にいたフジモトミキが躊躇うことなく扉を開けた。
左にいるよしこが私を中へ押し込む。
まるで打ち合わせでもしてきたかのようなその動作。

…手際が良すぎるんですけど。

振り向いた時には、もう扉は閉まっていた。

168 名前:教師と生徒のすすめA―後編 投稿日:2006/05/21(日) 12:24





「…真希ちゃん?」





高い声。
その呼び方は彼女にだけ許してた。

鼓動が早まる。
複雑な感情が心を押し上げた。
懐かしくて涙が出そうだ。

少し前まで忘れようと心に決めていたのに、声を聞いただけで全てがひっくり返る。

ゆっくりゆっくり、慎重に、振り返った。


―――ああ。


ああ。ダメだ。


「梨華ちゃん…」


古いソファの前に、梨華ちゃんは立っていた。
彼女は私の声に反応したみたいに苦し気に顔をくしゃりと歪めた。

169 名前:教師と生徒のすすめA―後編 投稿日:2006/05/21(日) 12:24


「…梨華ちゃん」


名前を口にしただけで、溢れ出そうな想いが涙腺を壊しそう。

たった数週間会わなかっただけだ。
それなのになんでこんなに懐かしい気分になるんだろう。

会いたかった。
抱きしめたかった。
好きだって言いたかった。

梨華ちゃん。

あの日あの踊り場で言った事は本当だったの?
私は信じてもいいの?

そっと近づくと、彼女はびくりと震えた。
怯えるように小さくなる。
170 名前:教師と生徒のすすめA―後編 投稿日:2006/05/21(日) 12:24

「ご、めんなさ…っ」

小さく呟かれた、謝罪の言葉。

「ごめんなさい…っ」

二度目ははっきりと耳へ届いた。
彼女は私から逃げるみたいに、二、三歩後ずさり、
自分で自分を抱きしめるように腕を体に回す。

「わ、私、本当に美貴ちゃん、と、何でもないの。
 あの時はあんな風、だったけど、本当に」

梨華ちゃんの声は、酷く震えてた。

「信じてもらえないかもしれないけど」
「梨華ちゃん…」
「私が好きなのは真希ちゃんだけだから…!」

必死にそう言う彼女の姿に、何故か全て信じられるような気がして。
この間より随分と落ち着いて彼女の言葉を聞いていた。

胸が、熱い。

171 名前:教師と生徒のすすめA―後編 投稿日:2006/05/21(日) 12:25

「ごめんなさい、今更、遅いかもしれないけど…、ごめんなさ…っ」

今にも崩れ落ちそうになりながら彼女は謝り続ける。

「真希ちゃんは、もう私なんか嫌いかもしれないけど、私は…!」

続く言葉を、抱きしめることで遮った。

梨華ちゃんが息を呑む。
少しの抵抗、腕に力を込めた。

意固地になって自分。
梨華ちゃんは最初からこんなにも私に訴えてくれていたのに。

何で信じなかったんだろう。

彼女の髪に鼻先を埋めると、甘い香りにくらくらした。

172 名前:教師と生徒のすすめA―後編 投稿日:2006/05/21(日) 12:26

「謝らないで」

確かに原因は梨華ちゃんだったかもしれない。
けれど。
彼女の言葉を聞かなかった私が悪いのだから。

謝るべきなのは、私だ。

「ごめんね。梨華ちゃん」

私が信じていれば良かったんだ。
何があったって。
何を見たって。
梨華ちゃんがどういう人間なのか嫌というほど分かっていたのに。
彼女の言葉をちゃんと聞いていれば良かったんだ。
そうすれば、こんな思いせずに済んだ。

梨華ちゃんがこんなに震えずに済んだのに。

私は本当の馬鹿だ。

「な、んで、真希ちゃんが謝るのぉ…」

彼女の声は震えを通り越して、もう涙声に近かった。

173 名前:教師と生徒のすすめA―後編 投稿日:2006/05/21(日) 12:26

「私が、悪いのに」
「違うよ」

腰に回していた腕の力を更に強めた。
離れないように。

「フジモトミキから全部聞いた」

彼女の動きが止まったかと思うと、次の瞬間、
今まで一番強い抵抗にあった。
離れようとする梨華ちゃんを無理やり胸に引き戻す。

「や、真希ちゃ…っ」
「誤解してた」

ぎゅうと苦しいくらい抱きしめる。
離さないように。

174 名前:教師と生徒のすすめA―後編 投稿日:2006/05/21(日) 12:26

「ごめんね。ちゃんと話し聞かなくて。
 あんなこと言って」

信じられなくて。
嫌いだなんて言って。ごめん。

「本当にごめん」
「真希ちゃん…っ」

抵抗する梨華ちゃんを抑えるなんて苦じゃない。
私より少しだけ低い彼女。
華奢な肩に額を預ける。

「…何でそんなこと言うの…?」

背中にそろりと腕の感触がして、
緩く拘束された。

「…期待しちゃうよ?」

震えてる声。
背中に感じる腕も同じように震えてた。

175 名前:教師と生徒のすすめA―後編 投稿日:2006/05/21(日) 12:27

「真希ちゃんに嫌われてないって、期待しちゃうよ…?」

細い声は不安気にゆらゆら揺れる。

「それでも、いいの?」

「いいよ」

期待して?
嫌いなわけないじゃないか。
ずっと想ってた。
会えなくても、何度も諦めようとしても。

ずっと。
梨華ちゃんだけを想ってた。

「好きだよ」

あなたが。

「好き」

あなただけが。

「大好き」

誰よりも。
ずっと。

「真希ちゃ…っ」

そこから先、言葉は続かなかった。
泣き出した彼女自身の嗚咽で、喋れる状態じゃなくなってしまったから。

176 名前:教師と生徒のすすめA―後編 投稿日:2006/05/21(日) 12:27

しがみ付いて泣きじゃくる梨華ちゃんを緩く抱きしめ直して、
あやすように背中を撫でる。
こんな風にゆっくり抱きしめるのは何日ぶりだろう。
数えようとしてすぐに止めた。
そんなことよりも、今は目の前の彼女を感じることの方が先決だったから。

「真希ちゃん…っ」

嗚咽に混じって時々私の名前を呼ぶ彼女が、愛しくてしょうがない。

「私も、真希ちゃ、ん、が大好きだよぅ…!」

その言葉だけで、ここ数日のことが全部どうでもよくなった。

梨華ちゃん以外にそう呼ばれても嬉しくない。
梨華ちゃん以外に好きだと言われても何も感じない。

梨華ちゃんだけなんだ。
あなただけが、私の心をこんなにも大きく動かすんだよ。

幾らか落ち着いてきた彼女の背中をぽんぽんと叩く。

177 名前:教師と生徒のすすめA―後編 投稿日:2006/05/21(日) 12:28

「いしかーせんせーは泣き虫だねぇ」
「…うるさい」

梨華ちゃんだけだよ?
声を聞いただけでこんなにも心が温かくなるのは。

「いいもん。真希ちゃんの前だけだから」
「…」

何でそんな嬉しいことを言ってくれるかな。
赤くなった頬を見られないように抱き直した。
その時になって、違和感に気付く。
抱きしめる感触が少しだけ違う。

「梨華ちゃん、ちょっと痩せた?」
「あ…うん。ちょっとだけ」
「ダイエットでも始めたの?」

そんなの少しも必要ないような体型をしているのに。
その疑問に梨華ちゃんは小さく、違うの、と返した。

178 名前:教師と生徒のすすめA―後編 投稿日:2006/05/21(日) 12:28

「…お昼真希ちゃんを待ってて、あんまり食べてなかったから」
「な、ばっ…!!」

痩せちゃうまで、そんなことをさせてしまった自分の行動に自己嫌悪。
だけど、もう一方で嬉しいと感じている自分も確かにいて。

「…ばか」

ねえ。
この気持ちをどうやって伝えればいい?

「好き…」
「うん。私も」

怒ってるけど嬉しくて、馬鹿みたいにあなたが好きなんだ。

179 名前:教師と生徒のすすめA―後編 投稿日:2006/05/21(日) 12:28

「ごめんね?」
「うん。もういいよ。…ごとーもごめん」
「もう、あんなことしないから」
「…うん」

もう見たくないよあんなところ。
でも、もし次こんな事があっても、今度は絶対信じるから。
梨華ちゃんを信じるから。

時間は流れる。決して止まることはない。

人も変わる。
関係も変わる。

ずっと一つの所に留まるなんてことはできないんだ。

180 名前:教師と生徒のすすめA―後編 投稿日:2006/05/21(日) 12:29

寂しいけど、それでもいいよ。
変わっていこう。
二人で。

この関係を変えていこう。
少しずつ。焦らずに。ゆっくりと。

変化は、成長だから。

私の気持ちも変化した。
もっとずっと、あなたが好きになった。
私たちの関係も変化した。
もっとずっと、あなたを信じられる。

―――梨華ちゃんの全部を、愛してるから。


181 名前:教師と生徒のすすめA―後編 投稿日:2006/05/21(日) 12:29


それから、ミキティ(彼女にそう呼べと言われた)とは何だかんだ上手く付き合ってる。
ミキティと友達になってから、多少は彼女スキンシップに慣れたけど、
梨華ちゃんにくっ付くのは未だにあまり快いものではない。
今度度が過ぎるようなことをしたら彼女の言うところの、
“超ヤキモチ妬きの恋人”に言いつけてやろうと心に決めた。


182 名前:教師と生徒のすすめA―後編 投稿日:2006/05/21(日) 12:29

>>>教師と生徒のすすめA


183 名前: 投稿日:2006/05/21(日) 12:31

期間の長い痴話喧嘩でした。
てか、うちの後藤さんは本当にあほの子です。
実際こんな恋人がいたらめっちゃうざそうだ(笑)

では、お目汚し失礼しました。

184 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/05/21(日) 18:07
作者さんのいしごまの途中せつなくて
最後は从 ^▽^) <ハッピーな展開が好きです。
185 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/05/21(日) 20:32
いつもいつもまぁ、、最高っすよっ!
これからも期待してます
186 名前:名なし 投稿日:2006/05/29(月) 23:59
作者さんのいしごまマジで好きです!!
これからも頑張って下さい。。
187 名前: 投稿日:2006/06/05(月) 20:13
リアルいしごま。
石川さん視点です。
188 名前:めがね 投稿日:2006/06/05(月) 20:14

「…なにそれ?」

美勇伝の楽屋にやってきたごっちんの第一声に、
収録を終えて桃ゼリーを食べて寛いでいた私は、その手を止めた。

最初、彼女の言葉の意味を理解できなかった。
というか。
主語を端折られたそんな状態で、理解しろと言う方が間違ってると思うんだけど。

たった今その言葉を発した彼女の顔をまじまじと見つめる。
彼女の顔は、どこか照れてるみたいな、拗ねてるみたいな感じで。
ちょっとだけ頬が赤い。


189 名前:めがね 投稿日:2006/06/05(月) 20:15

(“なにそれ?”って、…何が?)

なにってことは、何かごっちんに疑問に思われるような物でもあったのだろうか。
ぐるりと周りを見回してみたけど、特に目につくような物は無い。
楽屋の中には私の鞄と三好ちゃんと岡田ちゃんの荷物があるだけ。
その持ち主達も今は出払ってここにはいないし。
あとは今手に持ってるこの桃ゼリーくらいだけど。こんなの見れば分かる。

それとも。
何かごっちんと約束してたっけ?

最近の自分の言動を振り返ってみたけれどそんな覚えは無くて。
そもそも二ヶ月に二、三度会えるかどうかの、
彼女との約束を忘れるなんて有り得ないんだけど。


190 名前:めがね 投稿日:2006/06/05(月) 20:16

「ええっと。聞いてもいい?」

一通り考えてみたけれどやっぱり分からなくて、
とりあえず、お伺いを立ててみる。
彼女が表情を変えることなく無言で頷くのを確認して、
椅子に座っていた私は扉の前に佇むごっちんを、
下から覗き込むように見上げ、恐る恐る尋ねた。

「…何が“なにそれ”なの?」

ごっちんは眉根を寄せて私から目を逸らした。

なんか、頬がさっきより赤くない?
熱いのかな。
でも、結構楽屋の中涼しいと思うんだけど。


191 名前:めがね 投稿日:2006/06/05(月) 20:17

クーラーの温度を下げようか尋ねようとしたとき。
彼女が口を開いた。

「それだよ」

言葉とともに指差したごっちん。
その指の先には私しかいない。
自分の体を見回したけど、何も変な所は無くて。
顔を上げて見返すと、彼女が焦れたようにこっちへ近づいてきた。

目の前で立ち止まった彼女。
右手がすっと伸びてきた。

「こーれ」

その手が顔に触れた。

「え?」

いや。
正確には、顔に“かけられた”物に。
そこでやっと気付いた。

自分が今、眼鏡をかけていることに。

疑問が解けて、ああ、と呟くと、ごっちんが肩を竦めてみせた。
まるで、やっと分かったのって言ってるみたいに。


192 名前:めがね 投稿日:2006/06/05(月) 20:17

「どうしたの?これ」

彼女は眼鏡から手を離して、私の隣にあった椅子に腰掛けた。

「梨華ちゃん目悪かったっけ?」
「全然。むしろ良いくらい」
「じゃあ何でそんなのかけてんの?」
「さっきのね。撮影で使ったの」

今日の収録で眼鏡姿でコメントするところがあった。

自分では特に何とも思わないで眼鏡をかけたのだけど、
これが意外と三好ちゃんと岡田ちゃんに評判が良くて。
それを見ていたスタッフさんが譲ってくれた。
楽屋に戻っても、眼鏡姿を二人が褒めてくれるから、
調子に乗ってかけっぱなしでいたのだ。

眼鏡をかけた経緯を説明すると、ごっちんは、ふーん、と言って、
頬杖を突く。
その顔は、何だか少し不満そう。


193 名前:めがね 投稿日:2006/06/05(月) 20:18

「似合ってない?三好ちゃんたちは可愛いって言ってくれたんだけど」

その表情に不安になって上目遣いに見つめると、ごっちんが顎を引いた。

「…似合ってるよ。なんか優等生な感じ?」
「なんで疑問系なのよぅ。眼鏡嫌い?」
「嫌いじゃないけど…」
「ごっちん?」

彼女の言葉にむっとして詰め寄ると、彼女がどんどん後ろに体を倒して、
私と距離を取ろうとするから、更にぐいっと顔を近づけた。
すると、ごっちんが焦ったように、待って、と声を上げた。

「かお、顔近いから。ちょっと離れて」

私の肩に手を置いて腕を突っ張る。
…ちょっと傷つくんですけど。

「なによー。そんな嫌がんなくてもいいじゃん」

望み通り体を元の位置に戻しながら文句を言うと、
ごっちんが唇を尖らせた。


194 名前:めがね 投稿日:2006/06/05(月) 20:18

「嫌がってるんじゃないよ」
「じゃあなんで離れってって言うの?」

そう問うと、彼女は困ったように眉尻を下げて視線を逸らした。
その頬はまだ赤い。
羨ましいくらい白い肌にそれはよく映えて。
綺麗だな、なんて改めて思ってしまった。
机の上に置かれた彼女の手首の内側は更に白くて。
血管が透けて見えるくらいだ。

さゆなんかも大概白くてお人形さんみたいだけど、
ごっちんのは、それとはまた違った白さ。
さゆは可愛いけど、ごっちんは、セクシーな感じ。
これでお風呂上がりは桜色の頬がすごく可愛いのだから、
神様は不公平だ。
私じゃこうはいかないもん。

ぼんやりそんなことを考えてたら、ごっちんが私を見つめているのに気が付いた。


195 名前:めがね 投稿日:2006/06/05(月) 20:19

「なぁに?」

首を傾げると、彼女が、あのね、と口を開く。
眉根を寄せてちょっとだけ恥ずかしそうに。

「梨華ちゃん、可愛いんだもん」

一瞬何を言われたのか理解できなかった。
じわりじわりとその意味が分かってきて。
頬が熱くなる。
だって、今そんな雰囲気じゃなかったじゃない。
突然そんなこと言われたら照れるに決まってる。

「な、なにそれ…?」
「だから梨華ちゃんが可愛いからだって」
「な、だ、だからって…」

何度言われても嬉しくて、だけど、恥ずかしい。
初めて言われたわけでもないのに。
写真集の撮影なんかで、それこそ何百回と言われたことなのに。

ごっちんの口から発せられると、それは、全く違う響きを持つ。


196 名前:めがね 投稿日:2006/06/05(月) 20:20

彼女の手がすっと顔に近づいてきて、思わずびくりと震えてしまった。
それを見とめたごっちんの手が止まり、
一瞬きょとんとしたかと思うと、口の端を少しだけ上げた。

それは、見逃しそうなほど僅かな変化。
だけど、私にははっきりと分かる変化。

だって。

その笑い方を私は知ってる。

「どうしたの?」

彼女の頬から赤みが消えて、その目が真っ直ぐ私を射抜く。
その声はどこか楽しそうに響いた。

ああ。

――嫌な予感。


197 名前:めがね 投稿日:2006/06/05(月) 20:20

「…梨華ちゃんさぁ」

ごっちんの手が眼鏡のフレームに触れた。

「な、なに?」

彼女の顔が段々近づいてきて。
気付いたら私は、彼女との距離を取るように顎を引いてた。
これでは、さっきと逆だ。
そう気付いて顎を引くのを堪えると、彼女が目を細めて笑みを深めた。

「はまりすぎだよ。これ」

そう言って、フレームを撫でる。
肌に触れそうで触れない彼女の指先が、
視界の端を行ったり来たりして、
何故だか鼓動が早まった。

「すっごい綺麗。なんかさ、おねーさんな感じ」
「お、ねーさん?」

聞き返したら、ごっちんが頷いた。
するりと彼女の指がフレームを辿りつるの部分へ滑る。
ほんの僅かにその指が肌に触れて、びくりと反応してしまった。
彼女がまた笑みを深めた。


198 名前:めがね 投稿日:2006/06/05(月) 20:21

「…むらむらするねぇ」
「なっ…!」

のんびりした口調でとんでもない事を言われて、
抗議しようとしたら、更に顔を寄せてきたごっちんが、
鼻先が触れそうな所で止まった。
どくりどくりと大きな音をたてて鳴る心臓。

言葉を続けようとするのだけど、思い通りに口は動いてくれなくて。
顔が熱い。きっと耳まで真っ赤になってる。

「ねぇ。知ってる?」

いつのまにか首の後ろに回っていた彼女の手が、
項を撫でた。
体が強張る。

「眼鏡かけたままだと、キス、しにくいんだよ」

彼女の声に合わせて長い睫が揺れて。
その奥の瞳が私を楽しげに見つめてた。


199 名前:めがね 投稿日:2006/06/05(月) 20:21

「…試してみる?」

内緒話をするように囁かれたその言葉。
問いかけてるようで、それは優しい命令だった。
だって、私に断ることなんてできないのを、彼女は知ってる。

「ここ、楽屋…だから」

それでも、最後の理性と責任感が私の口を動かした。
けれど。

「だいじょーぶ。鍵掛けたし」
「でも…」
「梨華ちゃん」

――ああ。

言葉の響きと、その寂しそうな表情を見とめて、自分の負けを悟る。
心の中で、この楽屋を一緒に使っている後輩二人に謝った。


200 名前:めがね 投稿日:2006/06/05(月) 20:22

瞼を下ろした直後、唇に彼女のそれが触れた。
最初は優しく撫でるだけだったそれが段々と激しくなる。
彼女の頬と眼鏡が当たって、フレームが顔に擦れて少しだけ痛い。
眉を顰めると、突然、耳を撫でられて、唇が少し開いた。
その隙間に彼女の舌がするりと侵入する。
中をくまなく撫でられて、やっと開放された時には二人とも息が上がってた。

目が合うと、ごっちんが、ふふっと笑う。

「ね、しにくいでしょ?」

無邪気で自慢気な声音と濡れた赤い唇のギャップが、私の羞恥心を煽る。
恥ずかしくて彼女の肩に顔を伏せると、首に置かれてた手が、
背中を通って腰に巻きついた。

「…もう、ばかぁ」

私の言葉に彼女が笑った気配。
肩が小刻みに揺れてる。


201 名前:めがね 投稿日:2006/06/05(月) 20:22

「だってさぁ、ホント綺麗だったんだもん。それなのに可愛いし」
「えー」
「上目遣いとか。マジでヤバイから」

何がどうヤバイのかさっぱり分からなくて黙っていると、
耳に彼女の唇の感触。
思わず固まる体。

「あんなの、他の人の前でやっちゃダメだよ」

低い声。
鼓膜を刺激するその声音に、ぞくりと背筋が粟立った。

「普通でも相当なのに、眼鏡とかあると、
 余計になんか、いけない気分になるっていうかさ」
「いけない…」
「絶対止めてよ?」
「う、うん」

彼女の説明はいま一つ分からなかったけど、
その言葉には有無を言わせない響きがあって。
素直に頷いた。


202 名前:めがね 投稿日:2006/06/05(月) 20:23

彼女の手がゆっくりと背中を撫でる。
気持ち良くて、されるがままになっていると、
ごっちんが、ねぇねぇ、と声を上げた。
顔を上げて、なあに、と聞き返すと、彼女の黒目がちな瞳が楽しげに揺れた。

「もう一回していい?」
「なっ…っ」

何言ってるの、と抗議しようとした瞬間にはもう、
彼女の唇に口を塞がれてた。
なんとか止めようと彼女の肩を押す。
けれど、彼女は止めてくれない。
唇が離れた時に顔を背けても、
彼女の「まだ」って声に逆らえなくて。


203 名前:めがね 投稿日:2006/06/05(月) 20:23

段々と腕に力が入らなくなってきた。
最後には、頭がぼんやりとしてきて、
ごっちんのことしか考えられなくなる。


何回目かに息を吐いたその時。


がちゃり、と金属音。


ごっちんの後ろの扉から聞こえたその音を私の耳は聞き逃さなかった。


――――…あれ…ぃしかー…さ……?

続いて聞こえた微かな声に、一気に頭が覚醒する。
力を込めて、思いきりごっちんの体を突き飛ばした。
突き飛ばされた彼女が何事か言っているけど、そんなことは構っていられない。


204 名前:めがね 投稿日:2006/06/05(月) 20:24

――だって。今の声は。

手の甲で唇を拭って、扉に近づいた。
ごっちんが掛けた鍵を解除。
ドアノブを回し、扉を開けた。

――間違いなく、この楽屋にいるはずの後輩二人のものだったから。

「あ、石川さん」
「どうしたんですか?鍵かかってましたけど」

開いた扉の前には、予想通り、三好ちゃんと岡田ちゃん姿。
不思議そうにこちらを窺う二人に、
ものすごい罪悪感を感じながら笑みを浮かべた。

笑顔が引き攣ってしまうのはしょうがない。
だって、ほんの数秒前まで部屋の中であんなことをしていたなんて。

なんだか後ろめたいのと、恥ずかしいのが頭の中でぐっちゃになってる。


205 名前:めがね 投稿日:2006/06/05(月) 20:24

「あ、あのね。あの…えっと、あ、ちょっと着替えててっ」

さっきとは違う意味でどきどきしながら、なんとか鍵の理由を説明した。
詰まってしまった自分の声を二人が不審に思わないか不安だったけど、
当の本人達はそんなお粗末な言い訳に納得してくれたらしく、そうなんですか、とにっこりしてた。

ほっと胸を撫で下ろして二人を通すために扉を大きく開く。

「あー、後藤さん。おはようございます」

先に入ってきた岡田ちゃんは、椅子に座っているごっちんに気付いて挨拶。
それに続くように三好ちゃんも頭を下げた。

「おはよー」

扉を閉めながら背中でごっちんの声を聞いた。
至って普通の返答。
おかしいところはどこにも無いはずのそれ。
だけど、私には分かってしまう。

その声に含まれた、ごっちんの不機嫌さに。

きっと、得意のポーカーフェイスで言ったに違いない。
ふにゃっと笑みを浮かべて。
その下に不機嫌さを隠しながら。


206 名前:めがね 投稿日:2006/06/05(月) 20:25

…さっき突き飛ばしたこと怒ってるのかな。
恐る恐る振り返ると、顔に軽く笑みをのせて三好ちゃんたちと談笑している彼女の姿。

(うわぁ…)

予想通り、笑顔の下に私だけに分かる不機嫌なオーラを湛えたごっちん。
顔が引き攣るのを自覚した。
これは、かなりご機嫌ナナメだ。

あまり近づきたくないけど(だって恐いもん)そういうわけにはいかず、
彼女達の方へ踏み出す。

「後藤さん、今日ここでお仕事だったんですか?」
「うん。ちょっとね」

岡田ちゃんの問いに、にこにこ答えるごっちんの姿を横目に、
さっきと同じ椅子に腰掛ける。
同時に、私の手首が目の前の彼女にがしっと捕まえられた。


207 名前:めがね 投稿日:2006/06/05(月) 20:25

ごっちんの瞳が私を捉えて、笑みの形に弧を描く。


「梨華ちゃんに会いにきたの」


その声音と手が、逃げるなよ、と言っていた。

三好ちゃんの、そうなんですか、と言う声を聞きながら、
私は引き攣った笑みを浮かべて、どうやって彼女の機嫌を直そうか必死に頭を回転させた。
このまま放っておいたら何かとんでもない事をやりだしそうだ。

「あ、後藤さん。どうですか?この石川さん」
「眼鏡めっちゃ似合ってると思いませんか?」

二人が無邪気にそう言った。
ごっちんが、そうだね、と答えたけど、私は会話に参加できない。
ぴりぴり感じる彼女の威圧感に笑みを返すだけで精一杯。


208 名前:めがね 投稿日:2006/06/05(月) 20:26

「知的な感じしません?」
「するねぇ」
「家庭教師になってほしい感じですよね」

三好ちゃんの言葉にごっちんの眉がぴくりと跳ねた。

「こんな綺麗な先生いたら、男の子とか勉強どころじゃなさそうですけど」
「…だね」

なんだか、彼女の機嫌がどんどん低下してるみたいなんだけど。
背中を冷や汗が伝った。

「でも下から見上げてくるのとかはすっごい可愛いんですよぉ」

岡田ちゃんの言葉に、ごっちんの笑顔が固まり、
その目がすっと細まった。
それと同時に、私の体も強張る。


209 名前:めがね 投稿日:2006/06/05(月) 20:27

「へええ。可愛いんだ」

腕を痛いくらいに強く掴まれて眉根を寄せると、
ごっちんがにっこり笑った。

…目が。
目が笑ってないんですけど。

「ごっち…」
「ごとーも見てみたいねぇ。そんな可愛い梨華ちゃん」
「あの、え」
「かなーりヤバイんだろうねぇ」

―――上目遣いとか。マジでヤバイから。
―――他の人の前でやっちゃダメだよ。

二人が楽屋に戻ってくる前の彼女との会話が頭の中を駆け抜けた。


210 名前:めがね 投稿日:2006/06/05(月) 20:28

違うの。
違うって言うか、意識して上目遣いをしてるわけじゃなくて。
言いたいことは本当に山ほどあったけど、
こんなところで言うわけにもいかず、ぐっと押し黙る。

誤解を解きたいのにできない。
段々自分が情けなく思えて目が潤んできた。
それでも彼女から視線は外さないでいると、
ごっちんがまた目を細めて、隣に佇む三好ちゃんと岡田ちゃんの方を向いた。
つられて私もそちらへ向く。

「ね、ね。今日の撮影どんなんだったの?二人の台本見せてよ」
「いいですよ」

ごっちんのお願いを快諾した二人は部屋の隅に置かれた自分達の荷物の元へ向かう。
彼女達がくるりと後ろを向いた瞬間。

すっと眼鏡を外された。

驚いてごっちんへ視線を戻すと、目の前に彼女のどアップ。
その手には、さっきまで私の顔にあった眼鏡。


211 名前:めがね 投稿日:2006/06/05(月) 20:29

「え…」

その意味を考える時間も、
戸惑う暇も、
私には無かった。

自分の唇に感じる温かい感触。

――キスされている。

「…っ!」

息を呑み、次の瞬間には有り得ないくらいのパニックに陥った。
多分それは自分の人生の中で一、二を争うくらいの混乱で。

その時、二メートルも離れていない距離に後輩二人が背中を向けているのが視界の隅を掠めた。
一気に頭が冴えて、ごっちんの肩を押す。
だけど、彼女は一向に止めてくれる気配が無い。


212 名前:めがね 投稿日:2006/06/05(月) 20:29

「あれぇ?この辺りに置いたんだけど…」

遠くで聞こえる岡田ちゃんの声。
ちゅっと音をたてて唇にごっちんがキスする。

「どこいったんだろう」

下唇を舐められて、甘噛みされた。
濡れたような音が鼓膜を刺激して、二人に聞かれていないか気が気じゃない。

なのに。

気が気じゃないのに。
徐々に体に力が入らなくなってる。

甘い唇に。
柔らかなキスに。

(…やばい)

体が、痺れる。


213 名前:めがね 投稿日:2006/06/05(月) 20:29

「あ、ありましたー」

のんびりした三好ちゃんの声が聞こえた直後、
ごっちんがやっと顔を離した。
ほっと胸を撫で下ろす。
あのまま続けていたら、私の方がどうにかなってた。

睨みつけると勝ち誇ったように唇の端を上げる彼女。
悔しいけど、綺麗だった。

「はいどうぞ」
「ありがとー」

岡田ちゃんが差し出した台本をごっちんが機嫌良く受け取った。
台本なんか興味ないくせに。
探してくれた手前ぱらぱらと見るふりをする彼女。
二人からは見えないかもしれないけど、
目が文字を追っていないのがここからだと良く分かる。
ついでに、だらしなく緩んだ頬も。


214 名前:めがね 投稿日:2006/06/05(月) 20:30

岡田ちゃんの後ろにいた三好ちゃんが、あれ、と声を上げた。

「眼鏡外しちゃったんですか?」

それは私への問いだと分かったけど、気まずくて、視線を上げられない。
頬に熱が集まって、鏡で確認しなくても赤くなっていることは想像できた。

眼鏡は外したんじゃない。外されたの。
だけど、彼女にそんなことを言えるわけもなく。
さっきのキスを思い出して、羞恥心から俯くしかできなかった。

「石川さん?何か顔赤いですよ?」
「ほんまやー。部屋暑いですかぁ?」

――ああ。
穴があったら入りたいっていうのは、まさにこういうときに使う言葉だ。
二人の心配そうな声音に益々頬が熱くなる。


215 名前:めがね 投稿日:2006/06/05(月) 20:30

どうしよう。どうやって説明しよう。
ぐるぐると頭の中で考えていると、ぽんっと肩に手を置かれた。
その手は、こんな状況を作った張本人のそれで。
そっと顔を上げると、苦笑したごっちんの顔。

「梨華ちゃん何か熱っぽいみたいだからさ、ごとー送ってくね」

誰のせいだ。誰の。
けろりとそれっぽい事を言ってのけて、ごっちんが手を引いて私を立たせる。
私の荷物を持つと、私の意見も聞かずに扉へ向かって歩き出した。
彼女に素直に従うのは癪だったけど、ここで突っ立ているわけにもいかない。
荷物だって彼女が持っていってしまったし。
仕方なく彼女の後に続いた。

後ろから、ごっちんの口から出任せを信じきった後輩の気遣わしげな声が聞こえる。
罪悪感と気まずさで心がずしりと重くなり、
胸の中でひたすら二人に謝った。

ごめんね。不甲斐ないリーダーで。
ごめんね。破廉恥なリーダーで。

でも、さっきのキスも、本当に嫌ならもっと抵抗すればいい。
それをしなかったのは、どこかで嬉しかったからで。


216 名前:めがね 投稿日:2006/06/05(月) 20:31

前を歩くご機嫌なごっちん。
温かい手に引かれて、あんなことされて怒ってるはずなのに。
ほら、ちょっと喜んでる自分がいる。

不意に、彼女がこっちを振り向いた。
視線が絡み、ゆっくりと微笑む彼女に、不覚にも心が跳ねた。


――ごめんね。
リーダーはやっぱりこの人に逆らえないみたい。






心の中で可愛い後輩の笑顔が浮かんで消えた。



217 名前:めがね 投稿日:2006/06/05(月) 20:31

>>>めがね


218 名前: 投稿日:2006/06/05(月) 20:33

かなり前に美勇伝が某音楽番組に出演した時の、
石川さんの眼鏡画像を最近発見しまして、
それが個人的にものすごくつぼだったので勢い余って書いてしまいました。

お目汚し失礼しました。
219 名前: 投稿日:2006/06/05(月) 20:33

>>184さん
いつも、書き始めの構想と出来上がりとに、
差があり過ぎるのですが、そう言って頂けて安心しました(笑)

>>185さん
レスありがとうございます。
ご期待に沿えるようなものか分かりませんが、
楽しんで頂けたら幸いです。

>>186さん
こんなものを好きと言って頂き、ありがとうございます。
頑張ります!
220 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/06/06(火) 00:39
ごっちんの梨華ちゃんに対する態度がエロカッコイイ。w
221 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/06/06(火) 02:30
ごちそうさまでした。
お腹いっぱいです。

太さんのいしごま最高!
222 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/06/06(火) 23:23
いしごまいいです!!
もうまじ最高です!!!!
これからも期待してます、頑張ってください!!
223 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/06/07(水) 21:40
破廉恥w
224 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/06/19(月) 00:55
ホントここのいしごま好きです!!
更新楽しみに待ってます!
作者さん頑張って下さい!
225 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/06/19(月) 19:36
作者さんのいしごま大好きです!

なりきり100の質問の83番と86ー87番のエピソード話が読みたいです
いつか書いて頂けるのを楽しみに待っています
226 名前: 投稿日:2006/06/21(水) 00:01

後藤さん視点。
リアルいしごま。

227 名前:ブレーキ 投稿日:2006/06/21(水) 00:02

狭い空間。
壁にはカラフルなペイント。
正面には大きなパネルとカメラのレンズ。
その脇や上からは眩しいくらいのライトが私達を照らしてる。

仕事帰り、たまたま通りがかったゲーセンにプリクラ発見。
一緒にいた梨華ちゃんと久しぶりにプリクラを撮ることになった。

最近プリクラなんて全くと言っていいほど撮ってない。
まあ、年も年だし。忙しくてそんなことしてる暇もなかったし。
だけど、昔はよく撮ってた。
地元の友達、よしこやまっつー、ハローの子たち。
もちろん梨華ちゃんとも。

「そういえばさ、二人で撮るのって久しぶりじゃない?」
「そうだねぇ。お互いもう若くないから」

そんなことないよって、梨華ちゃんが笑う。


228 名前:ブレーキ 投稿日:2006/06/21(水) 00:02

プリクラって私は結構好き。
馬鹿なポーズやってさ。
そりゃもう、テレビに絶対映せないでしょって顔とかして。
みんなで撮ると超楽しいから。

だけどね?
梨華ちゃんと二人きりで撮るのはもっと好きだった。

――だって。

ちらりと横に目をやると、至近距離に梨華ちゃんの横顔。

――くっつき放題じゃん?

思わず緩む頬を引き締めた。

「最近さ、梨華ちゃんプリクラとかって撮る?」
「えー、最近ー?」

私の問いに彼女はパネルに現れる選択肢をどんどん絞りながら、うーん、と唸った。
…操作する手際が妙にいいんだけど。


229 名前:ブレーキ 投稿日:2006/06/21(水) 00:03

「ののがね、好きじゃない?プリクラ」
「あーそうだね」
「だから二人でよく撮りにくるよ」
「へー」
「この前も一緒に撮ったんだけど――」

そう言って、ほら、と手帳を見せられた。

「……」

そこには数枚のプリクラが貼り付けてあった。
辻ちゃんと梨華ちゃんが、ピースしたり、変顔したり。
姉妹みたいな二人の笑顔。
その中の一枚に私の目は釘付けになった。

梨華ちゃんの頬に辻ちゃんの唇がちゅってなってるんだけど。

操作してる途中で時々梨華ちゃんが、
「これでいいよね」って同意を求めてくるのに適当に頷いて、
私はその一枚からなかなか視線を外せない。

いらいら、いらいら。
込み上げてくる苛立ちの正体は、嫉妬。


230 名前:ブレーキ 投稿日:2006/06/21(水) 00:04

「ほらほら、撮るよ撮るよ」

くいくいって袖を引っ張られて、カメラの方に視線を向けた。
もやもやした気持ちのまま無理やり笑顔を作る。
けれど。
ほっぺとかぴたってくっ付けて、嬉しいはずなのに素直に笑えない。

原因は分かってる。

梨華ちゃんの頬にキスする辻ちゃん、これも相当腹立つけど、
辻ちゃんにキスされて嬉しそうに破顔してる梨華ちゃんにも腹が立つ。

これがね。この辻ちゃんの場所がね?
ミキティとかよしことか男なら、
ちょっと何やってるのって言えるんだけど(その前に大喧嘩になりそうだけど)
でも、辻ちゃんだとそんなことできないじゃん。

だって私は知ってるもん。

梨華ちゃんが辻ちゃんを大好きなのを。
辻ちゃんが梨華ちゃんを大好きなのも。
二人がホントの姉妹みたいに仲良しで、
スキンシップが激しくて四六時中べたべたしてるのも、知ってる。

だから怒れない。
このプリクラは二人の親愛の気持ち。


231 名前:ブレーキ 投稿日:2006/06/21(水) 00:04

でもさ。
でもね。

嫌なものは嫌だし、ムカツクものはムカツクんだよ。おねーさん。

こんなことで嫉妬してるなんて、絶対口には出さないけど。

「どうしたの?ごっちん怒ってる?」

様子のおかしい私に気付いたのか、
いつの間にか梨華ちゃんがこっちを見てた。

上目遣いで、眉尻下げて。
その目はちょっとだけ潤んでる。


――ああ。もう。


どきどき高まる鼓動に心の中で一人ごちた。

どうしてそんな風に私を見るかな。
なんでそんなに目うるうるさせてんの。
ホントずるいよ。ヒキョーだよ。
まったく、梨華ちゃんは。

許したくなっちゃうじゃん。
何でもないよって言いたくなるじゃん。


232 名前:ブレーキ 投稿日:2006/06/21(水) 00:05

どきどきと苛々が混ざった複雑な心で、ちらりと例のプリクラを見た。
やっぱりそこには笑顔でキスされてる梨華ちゃんの姿。

(……いいよ)

辻ちゃんと梨華ちゃんはさ、そりゃ仲良いけど。
私と梨華ちゃんは仲が良いだけじゃないもんね。
梨華ちゃんは私の彼女なんだから。
辻ちゃんに対する妙な対抗心がむくむくと湧き上がってきた。

横目でパネルの片隅にある、あと何枚って表示を確認。
シャッターチャンスは残り少ない。

心配そうな梨華ちゃんの顎に手を置く。
何が起こったのか分からないらしい彼女の顔を前に向けて、
機械がシャッターを切るタイミングに合わせて、その頬にちゅっと唇で触れた。

唇を離したのと、彼女がこっちを振り向くのは殆ど同時だった。
キスされた方の頬を手で押さえて目を丸くした彼女の顔は、
これでもかってくらい真っ赤で。


233 名前:ブレーキ 投稿日:2006/06/21(水) 00:05

「顔、真っ赤」

知らず緩む自分の口元を直そうとは思わなかった。
だって、辻ちゃんには梨華ちゃんにこんな顔させられないでしょ?
笑顔にはできてもこんな風に照れさせたりできないでしょ?
無駄な優越感が私を包んだ。

「ごっちん…!何を――」

顎に添えてた手を頬に滑らせて、抗議しようとする唇を自分のそれで塞ぐ。
固まる彼女の体。
目を閉じてキスを続ける。

その間も当然シャッターは自動的に切られてるわけで。
やっと唇を離したのは、全てを撮り終えて少したってからだった。

真っ赤になって私を睨みつける梨華ちゃん。
てか、超可愛いんですけど。
続きをしたい気持ちをぐっと堪えて、彼女の手を引き、
プリクラ本体の脇にあるカーテンで仕切られた部屋に入る。


234 名前:ブレーキ 投稿日:2006/06/21(水) 00:05

二つのらくがき用のペンとパネルの前に来て、
ショックから抜け出したらしい梨華ちゃんが口を開いた。

「何するの!びっくりするでしょっ」
「えー?」
「ごっちんっ!!」

真っ赤になって怒る梨華ちゃん。
だけど、そんな姿も私の頬を緩ませるだけで。
だって。だってさ。可愛いんだもん。

手元のパネルに目をやると、そこには今さっき撮ったプリクラが並んでる。
最初の方は普通に笑顔でポーズをとる私達の姿。
だけど、最後の二枚は――。

それを見とめて、頬が更に緩んでくを自覚した。

最後の二枚は、私が梨華ちゃんの頬にキスしてる姿と、唇にキスしてる姿。
不意打ちのキスで梨華ちゃんの顔がびっくりしてるのがちょっと残念だけど、これで十分。


235 名前:ブレーキ 投稿日:2006/06/21(水) 00:06

「ごっちん!もうっ聞いてるの!?」

まだ怒ってる梨華ちゃんにパネルを指差す。
指の示した先を追って彼女の視線が動き、
それを見とめると、びくりと全ての動きを止めた。
みるみるうちに元々赤かった顔が更に赤くなっく。

「や、やだ。消してよっ」

本当に恥ずかしそうにそんなこと言うもんだから、
にやにやが止まらない。

「だーめ」
「何でっ…恥ずかしいでしょ…!」
「そんなことないよ。キスプリなんて誰でも撮ってんじゃん」

それに、辻ちゃんには許したんでしょ?
思ったけど、さすがにそれは口にしなかった。

「そうじゃなくて、こうやって客観的に見ると…」

梨華ちゃんはそこで一度言葉を切って、
ちらりとパネルに映る例の写真を見て情けなく眉尻を下げた。


236 名前:ブレーキ 投稿日:2006/06/21(水) 00:07

「なんかヤなんだもん」

そう言った彼女はもうこれ以上無いってくらい真っ赤で。
目なんかうるうるさせちゃってさ。

――ヤバイかも。超ヤバイ。
このままさっきの続きしたいんだけど。

「辻ちゃんとは撮ったじゃん」
「ののとごっちんは違うでしょ?
 ののは妹みたいだけど、ごっちんは違うもん」

梨華ちゃんは俯いてしまって、私の服の袖をそっと持った。

「…ごっちんは、恋人だから」

ねえ。梨華ちゃん。
それわざと言ってる?
その仕草も、その目も、その声も。
梨華ちゃんの全部が私を翻弄する。

その一言だけで、私はすべてどうでもよくなっちゃうんだ。


237 名前:ブレーキ 投稿日:2006/06/21(水) 00:07

抱きしめたい衝動をなんとか堪えて、俯いてる梨華ちゃんの頬を撫でた。
顔を上げた彼女。
だけど、ごめんね。
可愛いお願いも聞いてあげられない。

だって、悔しかったんだよ。
辻ちゃんに嬉しそうにちゅーされちゃってさ。
こんなことに一々嫉妬して情けないなって思うけど。

「じゃあ、これだけ。もう撮ろうなんて言わないから」

この仕事をしてる以上、胸張って私達付き合ってます、なんて言えないから。
もちろん、家ではいちゃいちゃしてるけどさ。
時には形にも残したいなんて乙女ちっくなことも考えちゃうんだ。

だから。

「お願い」

首を傾けて、できる限り可愛く見えるようにお願いすると、
彼女は少しだけ逡巡して、はあ、と息を吐いた。


238 名前:ブレーキ 投稿日:2006/06/21(水) 00:08

「…しょうがないなぁ」

困ったように笑いながらそう言った梨華ちゃんに心の中でガッツポーズ。

そのあと、二人でわいわいプリクラに落書きした。
もちろん、キスプリには“大好き”って書いて。
梨華ちゃんは最後までぶつぶつ文句言ってたけど、それは彼女なりの照れ隠しだ。



その帰り道、次の日の仕事がお互い別にある私達は、
自分の家に帰るために、駅までの少しの距離を歩くことにした。

ほら、少しでも一緒にいたいじゃん?
そんなこと口が裂けても言わないけど(恥ずかしいから)
駅までの道のり、テンションが上がった私は、
珍しく自分から梨華ちゃんの手を握ったりなんかして。

繋いだ手をそのままにゲーセンで切り分けたプリクラをしげしげと眺めてたら、
手をぐいっと引かれた。
そっちに目をやると、八の字眉の梨華ちゃん。


239 名前:ブレーキ 投稿日:2006/06/21(水) 00:08

「そんなにじっくり見ないでよぅ…」
「なんでー?良く撮れてるじゃん」
「恥ずかしいよ。自分のキスしてる顔とか見たくないでしょ」

その言葉に、少しだけ納得。
自分のキス顔なんて初めて見た。
本気でキスしてる方は自分で言うのも何だけど、妙にやらしくて。

(…舌入れなくてよかった)

これは、誰にも見せられない。

すると、同じ事を考えたらしい梨華ちゃんが言葉を続けた。

「誰にも見せられないじゃない…こんなの」

頬を染めた梨華ちゃん。
それは夜目にもよく分かるほどで。

――ヤバイね。

今夜何度目になるか分からない言葉を心の中で呟いた。


240 名前:ブレーキ 投稿日:2006/06/21(水) 00:09

今すぐぎゅってしたい。
頭撫でてさ、皺が寄った眉間にちゅうしてさ。
このままうちに連れて帰りたいよ。

繋いだ手に少しだけ力を入れると、彼女に握り返された。
そんな些細なことで私は胸がいっぱい。

時々さ。時々なんだけど、梨華ちゃんといると、
明日の仕事とかどうでもよくなることがある。
もっと一緒にいたい。ずっとこのまま。離したくないって。
自分でもまずいなって思うんだけど、止まらない。

正直、自分でもこの気持ちのコントロールには困ってて。
だけどどうしようもなくて、その度に私は梨華ちゃんに気付かれないように、
ぐっと心にブレーキを掛けるんだ。

ねえ、梨華ちゃん。
どうしよう。どうすればいい?
初めてなんだ。こんなこと。

私、キミのことが好きすぎて、困ってる。


241 名前:ブレーキ 投稿日:2006/06/21(水) 00:09

「ケータイにでも貼れば?」

そんな気持ちを悟られないように、ふざけた感じで声を出す。
これはブレーキ。
梨華ちゃんを困らせないように。
彼女に幻滅されないように。
力いっぱい踏みつける。

「無理っ」
「えー?ほら、この裏っかわにさ、ペタって」
「そんなことしたら恥ずかしくてケータイ人前で出せなくなるでしょ」

真っ赤になって言い返してくる梨華ちゃんはやっぱり可愛い。

「あは。そりゃそーだ」

同意はしたけど、私はもうこのプリクラをケータイに貼るって決めてた。
もちろん、ケータイの表に貼りはしないけど。
そんなことさすがに恥ずかしいし、すぐに梨華ちゃんに見つかって怒られそうだし。

貼るのは、電池パックのカバーの裏。
超ベタだけど、こんなところ誰にも見られないから。
世のカップルの定番に私も則ることにした。


242 名前:ブレーキ 投稿日:2006/06/21(水) 00:10

駅に近づくにつれ、どちらからともなく足の進みが遅くなる。
それが、梨華ちゃんも私と同じように、
もっと一緒にいたいと思ってくれてるようで、
ただただ、嬉しかった。

繋いだ手をぎゅうっと握り直す。
離さないように離れないように。
絡めた指先、一本一本に思いを込めて。

あと数分で離れなくちゃいけないこのぬくもりを、
次いつ会えるか分からないこのぬくもりを、
心に、刻むように。



243 名前:ブレーキ 投稿日:2006/06/21(水) 00:10

>>>ブレーキ


244 名前: 投稿日:2006/06/21(水) 00:11

…ええっと、作者自身プリクラとは大分ご無沙汰なので、
おかしいところが多々あるかと思いますが、目を瞑って頂けると嬉かったり…。

では、お目汚し失礼しました。
245 名前: 投稿日:2006/06/21(水) 00:12

>>220さん
エロカッコイイですか?(笑)
リアル後藤さんのエロカッコよさは半端ないですから、
少しでも出せればいいなと思っていたので、そう言って頂けて嬉しいです。

>>221さん
お粗末さまでした。
前回も糖分大目(と自分で思っている)でしたが、
今回も糖分大目(と自分勝手に思ってる)ですので、
胸焼けしないよう、ご注意くださいm(_ _)m

>>222さん
レスありがとうございます。
いしごま万歳!最近は本当にハロパでテンション上がりまくりです。
…そのわりに更新遅いですが(汗)
頑張ります。


246 名前: 投稿日:2006/06/21(水) 00:12

>>223さん
美勇伝リーダーにはもっと破廉恥になっていただきたいと、
常日頃思っております(笑)
しかし、この中で一番破廉恥なのは後藤さんですね。

>>224さん
レスありがとうございます。
更新遅いですが、見放さないで頂けると嬉しい…(図々しい)
頑張ります!

>>225さん
レスありがとうございます。
トイレのが見たいですか(笑)
妄想でき次第、文字にしていきますが、いつになるか…。
期待せずお持ち頂けると嬉しいです。


247 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/06/21(水) 00:23
新作キテタ!見に来て良かった〜!!
太さんの書かれるいしごまって雰囲気が本人達そのままってカンジですごく好きです!
これからも楽しませて下さいね
248 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/06/21(水) 02:58
この子らはもう……かわいいなぁ
249 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/06/21(水) 03:10
225です
新作もいいですね〜!
トイレと強(ryのエピソード話を是非!
マターリと期待しつつ、お待ちしております
250 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/06/21(水) 13:41
ごっちん大変!
ハロプロパーティで、ごっちんと同じステージの上で
梨華ちゃんとののが口チュウしてたよ〜
251 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/06/21(水) 14:04
太さんのごっちん本当にいいなぁ〜大好き!

ハロパりかののキス
いつもなら相手がののでも口チュウは嫌がるんだけど
しちゃって…というか、されてましたね〜梨華ちゃんw
太さーん!これは梨華ちゃん言い訳が大変そうですね(汗)
252 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/06/21(水) 22:55
新作超楽しく読ませてもらいました。
やっぱいいですね〜これからも期待して待ってます!
太さんのいしごま最高ですよ!
今週でハロパ終了悲しいですね・・・早かった3ヶ月・・・
この3ヶ月のMCでいしごまはたくさん約束してましたけど
どれか1つでも実際に実行してほしいですね!!
 
海に行って梨華ちゃん埋めるとか
2人で買い物行ってファッションショーするとか
ごっちんにまた料理教わるとか・・・
ゴールの映画は梨華ちゃんが裏切ったみたいなんでねw
253 名前: 投稿日:2006/06/28(水) 19:33

姐さん、辻ちゃん、松浦さんおめでとうごさいます。
今回はハロパりかののちゅう事件。
いしごまで石川視点です。
254 名前:いいわけ 投稿日:2006/06/28(水) 19:34

コンサートを無事に終えて、ホテルへ戻るバスの中。
私とごっちんは後部座席に隣同士で座ってた。
前にはのの。斜め前には三好ちゃんと岡田ちゃんの姿が見える。
その前にはマネージャーさんやスタッフさんの姿。

がやがや騒がしいバスの中、私は窓際に座るごっちんを見つめた。
彼女はさっきからずっと窓の外をじっと見つめて、一度もこっちを見てくれない。
寂しくて何度も話しかけたけど、返ってくるのは短い相槌ばかりで、私は途方に暮れた。

不機嫌丸出しのごっちん。
でも、その原因を私は嫌というほど分かってる。


「りーかちゃんっ」


下足らずに私の名を呼ぶ声。
ごっちんの体がぴくりと少しだけ強張ったように見えた。
彼女の事を気にしながら、その声の方に顔を向けると、にこにこしたののが、
前の席の背凭れから顔と手だけをちょこんと出してこっちを見てた。
255 名前:いいわけ 投稿日:2006/06/28(水) 19:34

そう。
原因は分かってる。

「はーい。ポッキーのお裾分けー」

赤いポッキーの箱を私の方へ差し出して、にっこりとののが笑みを深めた。

――原因は、ののだ。

コンサートの最中にののにキスされた。

頬にちゅって感じのやつなら何度もしたことあるし、
それなら別に問題はなかった(多分)
だけど今回はその場所が悪かった。

今回は、その…口だったわけで。
マウストゥマウスだったわけで。

しかも、間の悪いことに、それはステージ上で行われて。
更に間の悪いことにそのステージにはごっちんも一緒に立っていた。

原因はそれだ。
自惚れでも、自意識過剰なわけでもなく、
間違いなく、ごっちんの不機嫌の原因はそれだった。
256 名前:いいわけ 投稿日:2006/06/28(水) 19:35

「ありがとう」

私がお礼を言って箱から一本抜き取ると、
今度はごっちんに向かってそれを差し出した、のの。
差し出されたごっちんは、ちらりとその箱を見て静かに一本抜き取った。

「…ありがと」

その言葉を聞いて、ののはふわりと笑った。
八重歯が唇の間から覗いて、幼いその表情。
…本当にこの子今年で19なの?
「いいよぅ」って言いながら、ののは前の席に引っ込んだ。

ポッキーを先を少し齧る。
隣のごっちんをちらりと見ると、以外にも彼女と目があった。
驚いたけど、それ以上にやっとこっちを見てくれたことが嬉しくて、
私は彼女の方へ少しだけ身をのり出した。
257 名前:いいわけ 投稿日:2006/06/28(水) 19:35

「ぽ、ポッキー食べるのなんてひさしぶりだね?」
「そう」
「さ、最近コンビニで見かけないから」
「…だね」
「ののさ、ポッキー好きだよね。いっつも持ってるじゃない」
「…ん」
「もう19なのに。子供っぽいよね、そういうとこ」
「……」

必死で話しかても、やっぱり返ってくるのは気の無い相槌ばかりで。
私の心は途端にしょげてく。
悲しくて寂しくて。
あんなことして、ごっちんが怒るのも分かるけど。
でも、だって、避ける暇なんてなかったんだもん。

「…ごっちん、怒ってる…?」
「別に」

彼女は一瞬私の目をじっと見たかと思うと、眉根を寄せてそっぽを向いた。
258 名前:いいわけ 投稿日:2006/06/28(水) 19:36

「…怒ってるじゃん」
「怒ってないし」
「嘘。怒ってる」

ごっちんが、はあって溜め息を吐いて頭をかいた。

…今、絶対しつこいって思ったでしょ。
面倒くさいって思ったでしょ。
でも。
ごっちんこっち見てくれないんだもん。
何も言ってくれないんだもん。

彼女の服の裾をそっと引っ張った。

「…怒らないでよ」

ごっちんは掴まれた裾をちらりと見て、すぐに視線を窓へ戻した。
259 名前:いいわけ 投稿日:2006/06/28(水) 19:37

「今日のはね。違うんだよぅ…」
「……」
「私がしたいと思ってしたわけじゃなくて…」
「……」

周りに聞こえないように小さく小さく言い訳するけど、
ごっちんは黙ったまま外を見てる。
こっちを見てくれない彼女にどんどん気持ちは下がってく。

不可抗力だったんだもん。
しょうがなかったんだもん。
怒らないでよ。

…こっち、見てよ。

「…ごっちん…」

声が震えてしまった。
こっちを見てくれないごっちんの姿が悲しくて寂しくて。
こんなに近くにいるのに、ものすごく遠くにいるみたいで。
260 名前:いいわけ 投稿日:2006/06/28(水) 19:37

「不可抗力だったんだもん。わざとじゃないんだよぅ…。
 ……ごめんね…」

そう言ったら、ごっちんがこっちを向いた。

「何で謝んの?」

眉根を寄せて怒ったような表情なのに、
その目は寂しそうな泣き出しそうな色をしてた。

「…全部、認めたみたいじゃんか」
「え…?」
「梨華ちゃんが辻ちゃんとキスしたかったみたいじゃん」
「な、ちがっ…!」

大声を出しそうになって、慌てて口を噤んだ。
ここはバスの中。周りには人がたくさんいる。
261 名前:いいわけ 投稿日:2006/06/28(水) 19:38

「…違うよ…!」

確かに、ののは大好きだけど。
大事な同期で。大切な戦友で。
妹みたいな存在だけど。
だけど。だからこそ。
そんな風には思えない。

だって、だって。

――ごっちんだけだもん。
そんな風にされたいと思うのも。したいと思うのも。
ごっちん、だけなんだよ?

「…違うもん…」

声がさっきよりも酷く震えて、彼女の服を掴む手に知らず力が篭る。
誤解されたくなかった。
ごっちんにだけは、そんな風に思われたくなかったから。
262 名前:いいわけ 投稿日:2006/06/28(水) 19:38

彼女は、そんな私をじっと見てた。
眉根の皺をそのままに、一瞬、その目が切なそうに揺れたように見えたのは私の気のせい?

「――じゃあ、証明してよ」

ぽつりと呟いた彼女の目を見つめ返す。



「キスして。今すぐ。ここで」



続いたその言葉に私は目を見開いた。
263 名前:いいわけ 投稿日:2006/06/28(水) 19:39

「な、に言って…?」
「できないの?」
「できる、できないじゃなくて、ここバスの中だよ…!」
「知ってる」
「じゃあ分かるでしょ、皆いるんだよ!」
「だから言ってんじゃん」
「なっ…!」

ごっちんは唇の端を少しだけ上げた。

「…できないんだ?」

二度目のその言葉に私はもうどうすればいいのか分からなかった。

何でそんな意地悪を言うの。
ごっちんだって分かってるはずなのに。
こんな所でキスなんてできないって、十分知ってるのに。

服の裾を握ったまま、少しだけ俯く。
キスしたら許してくれるの?
証明できるの?
でも、でもさ。そんなこと――。
264 名前:いいわけ 投稿日:2006/06/28(水) 19:39

混乱する私の耳に、ごっちんの溜め息が聞こえた。
それが、彼女に幻滅されたみたいで。
見放されたみたいで。
涙が出そうになって目を閉じる。
でも、次に彼女の口から出た言葉は意外なものだった。

「――ごめん」

それは謝罪に間違いなくて。
何故謝られているのか分からない。
顔を上げてごっちんを見ると、気まずそうな彼女の目とかち合った。

「ごめん。今の忘れて。馬鹿なこと言った」
「ごっちん…?」
「分かってるよ。わざとじゃないのも、不可抗力だってのも。
 全部分かってるんだよ。…だけど――」

ごっちんはそこで言葉を切ると、右手で目元を覆った。
265 名前:いいわけ 投稿日:2006/06/28(水) 19:40

「だけど、嫌なの。辻ちゃんと梨華ちゃん仲良いの知ってるけど。
 納得できなくて…」

彼女はそう言って下唇を噛んだ。

「…ごめん。ガキみたいな嫉妬した。今の八つ当たり」

手に隠されていないごっちんの唇が紡ぐ言葉。
その声は悔しそうで、苦しそうで。

だけど、私は――。

ねえ。
その言葉が嬉しいって言ったら、ごっちんは怒る?
どきどき高鳴る鼓動を、ごっちんはふざけるなって言う?

彼女は手で顔を覆ったまま上半身を屈めた。
266 名前:いいわけ 投稿日:2006/06/28(水) 19:40

「ごめん…」

くぐもったその声は少しだけ震えてた。
その姿は叱られた子供みたいで。

可愛いな、なんて思ってしまった。

胸に溢れてくるこの気持ち。
こんなに苦しくて幸せな感情があるなんて知らなかった。
ごっちんに出会って、愛しいってことの本当の意味を知ったんだ。

ごっちんは時々。本当に本当に時々だけど。
今みたいに弱い部分を見せてくれる。
それは、信じられてる証みたいで。

ねえ。知ってる?

そんな姿を見る度に、私は、あなたのことをもっとずっと好きになるの。
ぎゅって抱きしめて、頭を撫でてあげたくなるの。
267 名前:いいわけ 投稿日:2006/06/28(水) 19:41

そっと手を握ると、彼女はゆっくり顔を上げた。
彼女の視線を受け止めて、にこりと微笑んで、ぐるりと周りを見回す。
前の席のののも、斜め前の三好ちゃんと岡田ちゃんも、
スタッフさんも誰もこっちを見てないことを確認。
視線を戻すと、不思議そうに首を傾げるごっちん。

その唇に、キスをした。

「…っ!」

彼女が息を呑んだのが分かった。
その唇を自分のそれでそっと撫でて。
すぐに離れる。

ゆっくり瞼を押し上げると、目の前には顔を真っ赤にしたごっちんの姿。
自分でしろって言ったくせに。耳まで赤いよ。
そんな彼女に心がくすぐったくなって。

ふふって笑うと、ごっちんは眉根を寄せて口をへの字にした。
268 名前:いいわけ 投稿日:2006/06/28(水) 19:41

「…梨華ちゃんって、時々ダイタンだよね…」
「そうかな?」
「そうだよ」

だって、可愛いって思っちゃったんだもん。
ののに嫉妬してるごっちん。
めちゃくちゃ可愛かったんだもん。

「証明できた?」
「…もう嫌ってほど」
「ふふ。もっとしてほしいって思ってるくせにー」
「いやいや。思ってないから」

憎まれ口を叩くごっちん。
だけど、それとは裏腹に、未だに繋がったままの手。
甘いよごっちん。
その手が全部教えてくれるの。

絡めた指に力を入れて彼女の手を握り直し、ごっちんと私の足の間に隠した。

269 名前:いいわけ 投稿日:2006/06/28(水) 19:41




ねえ。分かってる?

ごっちんだけだよ。
こんな風にしてほしいと思うのも。したいと思うのも。

愛しいって思えるのも。

世界でただ一人、アナタだけ。







270 名前:いいわけ 投稿日:2006/06/28(水) 19:42



271 名前:いいわけ 投稿日:2006/06/28(水) 19:42




--------*



突然、カシャリ、と電子音がして。
ごっちんと二人、殆ど同時に音の方に顔を上げると、
そこには、19歳になったばかりの八重歯が可愛い同期の姿。

「うへへぇ」

そんな怪しい笑い声を出した彼女の手にはケータイが握られてて。

「…のの」
「…辻ちゃん」

そのケータイのカメラのレンズは私達を捉えていた。
ののの瞳がくるりと動いた。
272 名前:いいわけ 投稿日:2006/06/28(水) 19:43


「撮ぉったどぉー!!!!」


「ちょっ…!のの!!」
「撮ったって何言って…!」

ケータイを奪おうと手を伸ばした。
けれど、一瞬早くののは自分の席へ身を沈めて。

慌てて立ち上がって前の席を覗き込むと、
そこには、ぴこぴこケータイを操作するのののつむじ。


「よっ、ちゃんへ。今日も、梨華ちゃんと、ごっちんは、ラブラブです(≧D≦)っと…」


「よっちゃん!!?」
「ちょっとまってつじちゃんよしこってなに!?!」

273 名前:いいわけ 投稿日:2006/06/28(水) 19:43

ののはこっちをちらりと見て、にやりと笑った。
見せつけるようにケータイを掲げて、親指は送信ボタンの上に置かれてる。
手を伸ばしたときにはもう全てが遅かった。


「そーしん」


つじのぞみ19歳。
悪戯したいお年頃。

数分後、鳴り出した自分のケータイを私達は無視した。
多分絶対、そのディスプレイには某アイドルグループの男前で能天気なリーダーの名前が踊ってる。

274 名前:いいわけ 投稿日:2006/06/28(水) 19:44

>>>いいわけ


275 名前: 投稿日:2006/06/28(水) 19:44

りかののキスの時の細かい状況が分からなかったので、
すげえ適当に書いてますが見逃してください。
りかののキス写真見たのですが、何やってんですかこの子たちは(笑)
…超見たかった。

では、お目汚し失礼しました。
276 名前: 投稿日:2006/06/28(水) 19:45

>>247さん
レスありがとうございます。
雰囲気とか…すごく照れるんですが…(笑)
これからもいしごまで突っ走るので、どうぞよろしくです。

>>248さん
可愛いですかね?(照)
ちょっとアホっぽいかな、と思ってたので、
そう言って頂けると嬉しいです。

>>249さん
レスありがとうございます。
エロ書くには、気合いと勇気と開き直りが必要なので(笑)
もう暫くお待ちくださいませ。

>>250さん
( ´ Д `)<……。
 (?^▽^)<…ごっちん?
( ´ Д `)<お仕置きだね。
Σ(;^▽^)

>>251さん
言い訳させてみました(笑)
ハロパはネタの宝庫です。

>>252さん
週末の楽しみが無くなって寂しい限りです。
ハロパは美味しいネタがごろごろしてましたね。
良質な萌えがいっぱいでした(笑)
277 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/06/28(水) 20:01
待ってました!絶対書いてっくれると思ってましたよ!!
ちなみにキスのときはごっちんはステージ上にはいなくて
急いで着替え中モニターで見たと思いますよ?
今回も楽しませてもらいました!!
また期待して待ってます!
278 名前: 投稿日:2006/06/28(水) 21:02
>>277
あ、いなかったんですか…(汗)
279 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/06/28(水) 21:38
読みたかった話キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!
実際にこんなやり取りがあったかもw
ごっちんが可愛くてツボでした
280 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/06/28(水) 21:41
>これからもいしごまで突っ走るので

太さんの書かれるいしごまファンとしてめっちゃ嬉しい言葉です
これからも楽しみに待ってます!
281 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/06/29(木) 00:15
もう八重歯はないのれす
282 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/06/29(木) 03:57
新作楽しませて頂きました
作者さんのいしごまは本当に雰囲気そのままという感じですごく好きです
今後の作品も期待してます!がんばって下さい
283 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/06/29(木) 15:08
辻ちゃんの八重歯があってもなくても
ごっちんがステージにいてもいなくても
太さんのいしごま本当に好きです
今後も期待して待ってます
284 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/06/29(木) 21:10
新作きてるとワクワクします!
太さんのいしごま最高!!今回も楽しませて頂きました。
285 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/06/29(木) 21:54
やきもち焼いちゃうごっちんは可愛いし
大胆な梨華ちゃんも可愛い
いつもありがとう
286 名前: 投稿日:2006/07/08(土) 21:04

前スレの235〜236の話から少したった後の二人の話です。

287 名前:初めての×××。 投稿日:2006/07/08(土) 21:05



――なにこれ…。

叫び出したいのを必死で堪えて、私は目の前の光景から目を離せなかった。




288 名前:初めての×××。 投稿日:2006/07/08(土) 21:05

始まりは数分前。
気持ち良く寝てた私は、カーテンの間から入ってくる朝の日の光に起こされた。
ゆっくり目を開けて、ベッドの中でうーんて背伸びを一つ。
ふと、伸ばした自分の腕が目に入った。

いつも通りのその腕。
だけど、一つだけいつもと違う所があった。

(あれ…?)

私、服着てない…?

いつも着てるはずのジャージもTシャツの袖も視界に入ってこなかった。

そういえば、なんだか、肌寒い気がする。
それに、シーツの感じもいつもと違うような…。
伸ばした左腕に右手を這わせる。
手の先から肩、首元まで撫でて。

やっぱり。
私は確信した。


――服着てない。


何で服着てないんだろ、私。
寝ぼけて服脱ぐような癖はないんだけど。
289 名前:初めての×××。 投稿日:2006/07/08(土) 21:06

暫く考えてみたけど、起きぬけの頭では答えは出なくて。
上半身を起こした。

すると、体の上に掛かってた布団が重力に従って、すとんと落ちた。

(…え?)

自分の体を見下ろして、一時停止。
すうっと血の気が引くような感覚に襲われて。
一気に今落ちた掛け布団を引き上げた。

何も着ていなかった。
そう、“何も”。

ジャージもTシャツも、

下着も――。

(なななななな、なんで…!?)

シーツで胸元を隠して、自分を抱きしめるように体を縮める。
290 名前:初めての×××。 投稿日:2006/07/08(土) 21:06

何で服着てないわけ、私。
そりゃ、寒いよ。
肌に感じるシーツの感触も違うはずだよ。
つーかブラも着けてないとか、何したんだ私っ!

――って。
ちょっと待って。

はた、とあることが頭を過ぎる。

上なにも着てないってことは、もしかして…。
も、もしかして。

体に引き寄せたシーツの端をそっと上げて、中を覗き込む。

「――!」

視界に飛び込んできた光景に、思わず頭を抱えたくなった。

シーツの中には何も着けてない自分の下半身。

(パンツぐらい穿こうよ…。私)

本当なんなの?
何でこんなまっぱで寝てるわけ、私。
やぐっつぁんじゃあるまいし、裸で寝る趣味ないんだけど。
291 名前:初めての×××。 投稿日:2006/07/08(土) 21:07

ずり落ちそうになるシーツを更に引き寄せる。

(あれ…?)

シーツを固く握り締めながら、視界に入ってくる部屋に違和感を覚えた。
カーテンも壁も扉も、何だか自分の部屋の物とは違う。

どこ、ここ?

ええっと?
ええっと。

…ええっと。

すうっと背中に汗が流れた。


「お、思い出せない…」


292 名前:初めての×××。 投稿日:2006/07/08(土) 21:07

いや、ちょっと待て自分。
落ち着け。
落ち着くんだ、私。

昨日、昨日は確か。
仕事があって。終わったあと、梨華ちゃんと待ち合わせを――。

頭に浮かんだ名前に、心の中でそうだ、と頷く。
昨日は梨華ちゃんと会う日だった。

二ヶ月くらい前に、所謂、コイビトな関係になった彼女と、
昨日は久しぶりに会う予定で。
次の日(今日)がオフだから、お泊り許可が下りててさ。
朝から馬鹿みたいに浮かれてた。

梨華ちゃんの彼女になって二ヶ月。
死ぬほど幸せで、嬉しくて。
だけど、会える時間は限られてた。
メールや電話はちょこちょこしてたけど、会えなきゃ寂しいし、悲しい。
せっかくそういう関係になれたのに、全然それっぽいことはできなくて。
293 名前:初めての×××。 投稿日:2006/07/08(土) 21:08

だから。
テンション上がるのも仕方ないじゃん。
気合だって入るじゃん。

告白されて二ヶ月。
会う時間が殆ど無かった私たちは、多分世の恋人な人たちよりもその関係は遅れてる。
初めてのキスがついこの間。
ということは、もちろんその先はまだなわけで…。
ね。気合も入るってもんでしょ。

で、それで待ち合わせして、二人でご飯に行った。
そうだよ。ご飯食べたんだよ。
なんか思い出してきた。

お店を出て、ぶらぶらしながら、梨華ちゃんちに向かったんだ。
その途中でコンビニに寄って。
景気づけにって、こっそりお酒買って。
梨華ちゃんちに着いて、テレビ見ながらのんびり過ごした。
まあ、私は内心どきどきだったんだけど。
294 名前:初めての×××。 投稿日:2006/07/08(土) 21:09

それで、お風呂入ったんだよ。
梨華ちゃんが先入ってって言うから、先もらって。
そのあと梨華ちゃんも入って。
待ってる間にお酒を飲んだ。

そう。お酒飲んだんだ。
うん。そうだったそうだった。

…で?
そのあと、どうしたんだっけ?

……。
……。

思い出せない…。

酒飲んで、飲んで…飲んで…。
どうしたんだっけ…?
295 名前:初めての×××。 投稿日:2006/07/08(土) 21:09

頭を左右に振ってみても、そこからの記憶は全く思い出せない。
閉じてた目を開けてぐるりと辺りを見回した。
ちょっとピンクが強い部屋。
間違いなくここは梨華ちゃんち。
ということは、梨華ちゃんちに来たとこまではやっぱりあってるんだよ。私の記憶。


(…もしかして、酒飲んで記憶飛ばした…?)


浮かんだ嫌な想像を即刻否定した。

いやでも!
私結構酒強いし。
昨日はそんなに飲んでない…と思うし…。

まとまらない(というか思い出せない)記憶と格闘していると、
突然、シーツが動いた。
そのシーツの先を目で追うと、私の隣に盛り上がった掛け布団。
それがもぞもぞ動いてた。
296 名前:初めての×××。 投稿日:2006/07/08(土) 21:10

「………」

足元からゆくっりそれに視線を這わせる。
一番上、掛け布団から黒髪が顔を出してた。
そっと、布団をずらすと、そこには、この部屋の持ち主の顔。

「梨華ちゃん…」

梨華ちゃんは私に背を向けて、静かに寝息を立てていた。
幼い寝顔の中で、薄く開いた唇が妙にヤラシイ。

朝、彼女と同じベッドにいることは珍しくない。
お泊りの日は大抵同じベッドで寝てるから。
ただ、今回は私がまっぱってことだけがいつもと違うけど。

(そうか、昨日も一緒に寝たんだ)

じゃあ、私が服を脱いだのは、梨華ちゃんが寝てからか?
だってさすがに酔っ払ってたとしても、彼女の前でいきなり裸になるわけないし。
それに、そんなことしたら梨華ちゃんに止められてるだろうし。
297 名前:初めての×××。 投稿日:2006/07/08(土) 21:10

とりあえず、昨晩のことを聞くために、
梨華ちゃんを起こそうと掛け布団を捲った。
そこには――。



小麦色の肩。首、腕。
――背中。



「………」



そこには、私と同じく、裸の梨華ちゃんがいた。



視界いっぱいに広がる光景に頭が真っ白になって、
脳みその処理速度が追いつかない。
体が硬直するってのを私は初めて体験した。
298 名前:初めての×××。 投稿日:2006/07/08(土) 21:11

だけど、布に水が染み入るように徐々に状況を理解して。
私は捲ろうとしかけた掛け布団を慌てて手放した。



――なにこれ…。



(なななな、なにこれ)
(なんなのこれ!?)

叫び出したいのを必死で堪えて、私は目の前の光景から目を離せない。

は、裸だったよね?
今裸だったよね?梨華ちゃん。

掛け布団に阻まれて、今は華奢な肩しか見えないけど、
そこには何も身につけられていなくて。

どくりどくりと心臓の音。
尋常じゃない早さで動き出す。
299 名前:初めての×××。 投稿日:2006/07/08(土) 21:11

(梨華ちゃん、裸だった)
(私も裸だった)

その二人が一つのベッドに眠ってて。

そこから考えられることは一つしかなくて。
すうっと背筋が冷えるような感覚が私を襲った。



ねえ。
ねえ。ちょっと私。

もしかして、…やっちゃった?



隣の梨華ちゃんの肩が少しだけ動いた。
300 名前:初めての×××。 投稿日:2006/07/08(土) 21:12

どうしよう。どうしようっ!
いや。いや、でも待って。
落ち着け私。

ふうと深呼吸を一つして、今しがた見た梨華ちゃんの(裸の)背中の映像を追い払うように頭を振る。

裸の二人(コイビト関係)が一つのベッドに寝てたからって、
そういうコトがあったとは限らないじゃん。
うん。そうだよ。
ほら、他にもさ、色々と理由は考えられるでしょ。
ほ、ほら、色々…いろいろ…。

――ダメだ。

他の理由なんて一つも思い浮かんでこなかった。

くそう。何があったんだ。
私たちの間に何があったの?

思い出せない。
それが一番まずかった。
301 名前:初めての×××。 投稿日:2006/07/08(土) 21:12

何があった?
何があったの?

確かめる術が私には無い。

もし、もしもだよ。
まかり間違って、その、やってしまってたとしたら。

はあ、と息を吐いて両手で顔を覆う。

―――最悪だ。

最低だ。
ありえない。マジでありえない。
初エッチが酒の勢いとか、ホントありえないから。

しかも、それを覚えてないとか。
ありえないとか最低とか通り越して、罵る言葉も思いつかないんだけど。
302 名前:初めての×××。 投稿日:2006/07/08(土) 21:13

だってさ、色々こっちにも段取りがあるんだよ。
最初はさ、ムードとか大事だよなとか、
そういう雰囲気にどうやってもっていこうとか、考えてたのに。
こう見えても乙女なとこあるので(自分で言うのもなんだけど)やっぱ最初は思い出に残るようなさ。
幸せなものにしたいなぁとか。

なのに。なのにぃ…。

手の間からちらりと隣の彼女を見る。
そこには変わらず素肌むき出しの華奢な肩が、
彼女の呼吸に合わせて上下してた。

ああ。
くそう。
何で覚えてないんだ。
最初の梨華ちゃんはその瞬間にしか見れないのに。
昨日の自分が羨ましい…。
梨華ちゃん、私初めて自分にジェラシーを感じてるよ。
…酒なんて飲むんじゃなかった。
303 名前:初めての×××。 投稿日:2006/07/08(土) 21:14



(っていうかさぁ)



そんなことよりもなによりも。
ムードとか私の気持ちとか、そんなことよりも。


(梨華ちゃんに何て言えばいいんだよぅ…)


深く深く溜め息を吐いた。

だってさ、初エッチは酒飲んで覚えてませんでしたーごめんね。てへ。なんて死んでも言えない。
相手にしてみれば、ふざけんなよ、じゃん?
しかもごとーたちはまだらぶらぶであつあつなわけですよ(これからもそうだけど)
そんな時期にそんなこと…。

言えない。
絶対言えない。
304 名前:初めての×××。 投稿日:2006/07/08(土) 21:14

自己嫌悪と嫉妬と後悔で頭の中はぐちゃぐちゃ。
その時、それまで静かだった梨華ちゃんが大きく動いた。

(起きた…?)

びくりと体を竦めて、彼女を見守る。
梨華ちゃんは掛け布団を少しだけずらして、ゆっくりこっちを振り向いた。
まだまだ、完全に覚醒し切れていないのか、
その目はとろんとしてて今にも閉じてしまいそう。
私の姿を見とめると寝ぼけ眼でふわりと笑んだ。

どくりどくりと心臓が跳ねた。
さっきと同じように、
さっきとは違う意味を持って。

「おはよぉ…」

舌足らずにそう言った梨華ちゃんに、
私の鼓動は更に早まると同時に後悔でいっぱいになった。

羨ましい。昨日の私。
こんな梨華ちゃんを。
こんな梨華ちゃんと…!
最後の一線を越えちゃったのか。
羨ましすぎる。
305 名前:初めての×××。 投稿日:2006/07/08(土) 21:15

「お、おはよ」

なんとか返すと、梨華ちゃんは目を擦りながら、うん、と吐息混じりに呟いて。

どきどき、どきどき。
跳ねる鼓動を気付かれないように、ぎゅっと胸元のシーツを握りしめた。

「今、何時?」
「い、いま?」
「うん」

慌てて時計を探して、手元にあったケータイをぱかりと開いた。
ディスプレイに映し出された、4時56分という文字。

「まだ、5時前だよ」

教えると、梨華ちゃんは閉じていた瞼を上げて、眉間に皺を寄せた。
306 名前:初めての×××。 投稿日:2006/07/08(土) 21:15

「…はやい」
「え?」
「はやいよぅ…何でごっちん起きてるの?」

不満そうに呟いて、梨華ちゃんは横になったまま髪をかきあげた。
そのせいで、彼女の体の上から布団が落ちそうになって。
シーツの間から伸びる褐色の腕。
華奢な肩が丸見えで。
胸元が無防備に肌蹴てて。

(うあ、やらし…)

って、そうじゃないだろ私!

慌てて視線そ逸らした。

足元のシーツの皺を見つめて、自分を罵っていると、
つんつん、とシーツを引かれる感覚。
視線を戻すと、不満そうな梨華ちゃんの顔。

「寝よーよ」

寝起き特有のちょっと低くて甘ったるい声。
私の心を惹きつけてやまないその声。
だけど、私は頷けない。
307 名前:初めての×××。 投稿日:2006/07/08(土) 21:16

こんな格好で寝るどころじゃないし。
それに――。
そんな格好見てたら変な気起こしそうなんですよ、おねーさん。

なかなか反応を返さない私を不思議に思ったのか、
梨華ちゃんは少しだけ首を傾げた。

「ごっちん?寝よう?」
「…う、うぅーん…」
「ほーらぁ、昨日寝るの遅かったんだしさぁ」

その一言が引っかかって。

「………遅かったの?」

尋ねた。




「うん。だって、ごっちん全然離してくれないんだもん」




目を閉じて眉根を寄せて気だるげに呟かれた一言で、
何とか崖っぷちに踏みとどまっていた私の心は、あっさりと蹴り落とされた。
308 名前:初めての×××。 投稿日:2006/07/08(土) 21:16


(……)
(………)



「………………………はなして、くれない…?」

「うん」

――ああ。
心の中で頭を抱えて蹲る。

どーやら、そういうことらしい。
私と梨華ちゃんは、そういうことになってしまっていたらしい。

どうしよう。
それならば尚更。
尚更、覚えていないのはヤバイ。

梨華ちゃんは普段その外見からは想像できないぐらい、
ずぼらで大雑把でいい加減なトコロのある人だけど。
そういうのは気にしそうだし。
絶対怒られる。
309 名前:初めての×××。 投稿日:2006/07/08(土) 21:16

いや。
怒られるくらいならまだいい。
まだいいんだけど。
もし、それで済まなかったら?

(…………)

ど、どうしよう。

「ごっちん?」

梨華ちゃんと視線が絡んで、気まずくてすぐに逸らしてしまった。

ごめん梨華ちゃん。
私、最低だ。

「ごっちん。ほら寝よ?」
「……」
「ごーっちん?」
「……」
310 名前:初めての×××。 投稿日:2006/07/08(土) 21:17

答えられずにいると、梨華ちゃんの動く気配がして。

「真希ちゃん」

今までとは違う響き。
優しく滑らかに響く自分の名前が私の鼓膜を振るわせた。
ゆっくり視線を合わせると、梨華ちゃんが微笑んで、



「おいで」



布団の中から両腕を広げた。
311 名前:初めての×××。 投稿日:2006/07/08(土) 21:17

ぐわりと全身の熱が上がる。
頬が熱い。
体が熱い。
全部、熱い。

だけど、同時に背筋を這う罪悪感。
梨華ちゃんが微笑みを深める度に、
どうしようもないくらいの後悔が心に圧し掛かって。

――梨華ちゃん…!

私は耐えられなかった。



「ごめん!」




目を閉じて、思い切り頭を下げる。
梨華ちゃんの無邪気な微笑みに、
どうしても、何もなかったような顔はできなくて。
312 名前:初めての×××。 投稿日:2006/07/08(土) 21:18

ごめん。ごめん梨華ちゃん。
私、覚えてない。
すっごい大事なことなのに。
大切なことなのに。
思い出せないんだ。

「えぇーっと…?」

そっと頭を上げて梨華ちゃんを窺うと、
彼女は何に対して謝られてるのか分からないみたいで首を傾げてた。

そりゃそうだ。
普通、初めての朝に、昨晩の記憶が無くて謝られる、なんて思わない。

「真希ちゃん、何かしたの?」

したんです、おねーさん。
かなり最低なことをしでかしたんです。

深呼吸を一つ。
全てを言う決心を固める。
梨華ちゃんの目を見て、私は口を開いた。
313 名前:初めての×××。 投稿日:2006/07/08(土) 21:19

「お、覚えてないの」
「…?…何を?」
「昨日の…」
「昨日の?」

「昨日の夜のこと」

そこまで言って恐くなって目を閉じた。
どんな言葉を投げられようと、もうあとは謝り倒すしかない。

「えっと?……そうなの?」
「うん」
「そっか、相当酔ってたもんね、真希ちゃん」
「……」
「ええっと?それで謝ってるの?」
「…うん」
「…………何で?」

そこまで言ってもまだよく分かってないみたいな梨華ちゃん。
ばっと顔を上げると、驚いたような表情の彼女は少しだけ顎を引いた。


「だから!エッチのこと何にも覚えてないの!」




















「へ?」



314 名前:初めての×××。 投稿日:2006/07/08(土) 21:19

気の抜けたような声を出した梨華ちゃんは、
最初、意味が分からないと言う風に眉根を寄せ、
何事かを考えるように目を泳がせた。

どきどきとはらはらがごっちゃになったような気持ちで彼女を見る。

梨華ちゃんは何かに気付いたように、目を見開いて、
悲しそうに私を見つめた。

「…嘘でしょ?」

その言葉に頭を振る。
本当なんです。

「ショックだなぁ…」

ぐさりと胸に突き刺さるその一言。
うん。分かってる。全部、私が悪いんだけど。
315 名前:初めての×××。 投稿日:2006/07/08(土) 21:20

「…ごめん」
「真希ちゃん昨日あんなにさぁ、すごかったのに」
「……ごめん」
「やめてって言っても全然離してくれなくて」
「………」
「すっごい好きだよとか言ってくれたのに」
「…………」
「嬉しかったのに…」

梨華ちゃんはそこで言葉を切って、私を上目遣いに見つめた。
その目はうるうるしてて、眉尻は悲しそうに下がってる。

「覚えてないの…?」

最後の一言に私はもう何も言えなかった。
ごめん。ごめん。
覚えてないの。
ホントごめん。
頭の中で馬鹿みたいに繰り返す。
316 名前:初めての×××。 投稿日:2006/07/08(土) 21:20

ああ。涙出そう。

視線を落としてシーツを見つめた。
泣いてる姿なんて見せられない。
だって、梨華ちゃんの方がきっとショックだ。






「なーんちゃって」






突然、聞こえたさっきとは打って変わった明るい声。
何が何だか分からなくて梨華ちゃんへ視線を戻した。
戻した先には楽しそうに笑う彼女の顔。
317 名前:初めての×××。 投稿日:2006/07/08(土) 21:20

「うそだよ」
「…え?」

にこにこ、にこにこ。
彼女の口から出た言葉に耳を疑った。


「うーそ。昨日そんなことなかったの」


きのう、そんなことは、なかった。
頭の中で復唱。
彼女は今、何も無かったって言ったよね?
何も無かったってことは―――。


「ええっ!!?」


声を上げた私を、梨華ちゃんは寝転がったまま、あははって声を出して笑った。
何も無かったてことは、エッチも無かったてことで。
私たちの間には何も起きてないってこと。
318 名前:初めての×××。 投稿日:2006/07/08(土) 21:21

でも。
すぐに疑問が浮かんだ。

「でも、うちら、まっぱだよ?!」
「あー。これは、真希ちゃんが無理やり…」
「むりやり?!!」

むりやりって無理やりってことで…。
え?何どういうこと?

かなり衝撃的な言葉を、然も当たり前のように吐いた彼女。
問い返すと、彼女は慌てて顔の前で手を振った。

「や、あの、無理やりって言うか、真希ちゃん酔ってたから」

梨華ちゃんは振ってた手を今度は口元に持っていって、
「本当に覚えてないの?」と、もう一度確かめてきた。
できることなら、全部覚えてますって言いたいところだけど、
生憎ほんの一欠片も覚えていない。
頷くと、彼女は少しだけ何かを考えるように宙を見つめて、
私に視線を戻した。



そして彼女は、昨晩の出来事を話し始めた。


319 名前:初めての×××。 投稿日:2006/07/08(土) 21:23

梨華ちゃんは「私がお風呂から出てリビングに戻ったらね?」と口火を切った。

「ごっちん、ソファに座っててさ。
 ほら、うちの部屋ってドアからソファの後ろ側しか見えないじゃない?
 だからドアからちょうどごっちんの頭が見えてたの。
 それでね?ごっちんって名前呼んだんだけど、こっち向いてくれなくて、
 寝ちゃったのかなーって思ってさ、もう一回呼んだら…」
「呼んだら…?」

何となくその先はあまり聞きたくないなぁと思いながら先を促す。

「くるってこっち向いたんだよ?
 あ、起きてたんだーって、ソファに近づいていったら、何かね?
 ごっちんの様子がいつもと違うの」
「……」
「私のことじーっと見てさ。顔真っ赤にしてて」

お酒臭かった、と続けた梨華ちゃん。
どうやらその時点で相当酔っ払っていたらしい。
全く覚えていないが。
320 名前:初めての×××。 投稿日:2006/07/08(土) 21:24

「でね?」
「…うん」
「梨華ちゃぁんって、何か甘えるみたいに私のこと呼んで」

梨華ちゃんは自分の言葉に、ののよりすごい感じだった、と補足してうんうんって一人で頷いた。

「隣に座ったらさ、その、抱きついてきてね?」
「………」

思わず、誰が?って聞き返しそうになって慌てて押し留まる。
そんなの一人しかいない。

「ごっちん…ええっと、ずっと離してくれなくて…」

言ってて恥ずかしくなったのか、梨華ちゃんの声が段々小さくなる。
だけど、多分一番恥ずかしいのは私だ。

甘えるみたいに名前を呼んで。
抱きついて離れないで?
なんだそれ?
つーかそれ本当に私?
321 名前:初めての×××。 投稿日:2006/07/08(土) 21:24

私、普段絶っ対そんなことしないんだけど。
というか、甘えるとか、恥ずかしくてできないというか。
いやあの、本音を言えば、したいんだけど。

「酔ってるみたいだったから、とりあえずベッドに連れていったの」

梨華ちゃんは気まずそうに視線を泳がせて。

「そ、そしたらね、急にごっちん、暑いって言い出して…」

恥ずかしそうに目を伏せた。

「突然脱ぎだして…」

(!!)

馬鹿!阿呆!!酔っ払い!!
何してんの、何やってんの、私!
自分で脱いでんじゃんっ。
酔っ払って自分から脱いでんじゃん!!
ああ。
昨日に戻ってその時の自分の頭を殴り飛ばしてやりたい…。
322 名前:初めての×××。 投稿日:2006/07/08(土) 21:24

あれ、でも待てよ。
自己嫌悪の中、ふとあることに気がついた。

「でも、それじゃあ、何で梨華ちゃんも裸になってるの?」

彼女の説明では、私が裸になった経緯はよく(知りたくないところまで)分かったけど。
梨華ちゃんまでどうして何も着ていないのか。

そう言ったら、梨華ちゃんは伏せてた視線をそっと上げて私を見上げた。
その頬が赤く染まってて。

「本当に、覚えてないの…?」

(………)
(………)

何、その意味深な言葉。
それと何でそんなに赤くなってるの?
何でそんな上目遣いに私を見るの?
323 名前:初めての×××。 投稿日:2006/07/08(土) 21:25

頭を左右に振ると、梨華ちゃんはまた目を伏せて、すぐに上げた。
その瞳は少しだけ潤んで、艶っぽくて。
こんな時なのに、私の心はどきりと鳴った。


「ごっちんが、梨華ちゃんも脱いでって…」


………。
………。

………ねえ。
本当にどうしてくれよう昨日の私。
自分が脱ぐだけじゃ飽きたらず。
梨華ちゃんにまでそんなことを強要したのか。

最低だ。最悪だ。
酔っ払いだろうが、やっていい事と悪い事がある。
もう絶対、梨華ちゃんの前で酒飲むの止めよう。
何で酒強いはずの私が記憶飛ばすまで酔ったのか分からないけど、
そういうときに梨華ちゃんに会うと、どうやら私は非常にまずい精神状態になるらしい。
324 名前:初めての×××。 投稿日:2006/07/08(土) 21:26

「ごめん…」

もう一度、頭を下げる。
何度下げても昨日のことは消えないし、
記憶も戻ってくるわけじゃないけど、
梨華ちゃんに申し訳なくて。

ちらりと彼女を窺うと、体が冷えてきたのか、
少しだけシーツを引き上げて、ふふ、て苦笑してた。

「いいよぅ」
「でも…」

そう言われてもやっぱり納得できなくて、
更に謝ろうとすると、梨華ちゃんは目を細めて微笑んだ。
その笑みがすごく綺麗で。
梨華ちゃんが、どこかの知らない年上のお姉さんに見えた。
325 名前:初めての×××。 投稿日:2006/07/08(土) 21:26

「いいんだよ。うん。なんかさ、嬉しかったし」
「え…?」
「真希ちゃんに甘えられるのとか、あんまり無いから」

梨華ちゃんは言葉を切って、私の目を見つめ返す。
瞬間、優しい瞳に、囚われた。


「嬉しかったんだよ。だからね?いいの」


目頭が熱くなって、涙が押し寄せてきて。
梨華ちゃんは年上なんだ、なんて当たり前のことを改めて思ってしまった。
普段はあんな風なのに、梨華ちゃんは私なんかよりもずっと大人だった。

泣きそうなのを隠そうと俯こうとした直前、ぽろりと一粒涙が零れて。
慌てて拭ったときになはもう遅い。

後から後から、涙が溢れた。
326 名前:初めての×××。 投稿日:2006/07/08(土) 21:26

「ま、真希ちゃん?」
「ご、め…っ」
「真希ちゃん…」

涙腺が壊れたみたいに、溢れ出る涙は止まる気配を見せない。
そのせいで梨華ちゃんの顔が歪んで見えた。

すると、するりと頬に温かい梨華ちゃんの手の感触。
それは目元を優しく撫でて。

「ほら、泣かないで?」

優しく囁かれた梨華ちゃんの声に返事を返せなかった。
頬に置かれてた手が、肩に下りて。

「おいで、真希ちゃん」

その言葉と供に梨華ちゃんの腕の中に抱き寄せられて。
泣いて力の抜けた私の体は素直にそこへ納まった。

温かい梨華ちゃんの腕の中、涙は止まらなかった。
327 名前:初めての×××。 投稿日:2006/07/08(土) 21:27

何でこんなにも涙が出てくるんだろう。
梨華ちゃんと酔った勢いでそういうことが起きてなくてほっとしたから?
大人な彼女と、子供な自分の差を見せつけられたから?

たぶん、両方だ。

とんとん、と背中を梨華ちゃんの手があやすように打った。

「ごめ…、ごめ、ん、なさ…っ」
「うん。いいよぅ」
「ごめん、ね…、梨華ちゃ…」
「うん」

きっと梨華ちゃんは、酔っ払ってあんなトコロを見せたことを謝ってると思ってる。
でも、それでいい。
今この状態では説明なんてできないし。
本音を言って彼女を困らせたくなかった。
328 名前:初めての×××。 投稿日:2006/07/08(土) 21:28

嗚咽交じりに謝る私を梨華ちゃんは、静かに頷いて背中を撫でて。
やっぱり梨華ちゃんは大人だ、と思った。

暫くすると、大分私の涙腺も落ち着いてきた。
はあ、って息を吐き出すと、背中にあった彼女の手がするりと髪を撫でて。
視線を合わせると、優しく微笑んだ彼女の姿。

「落ち着いた?」
「…うん」

梨華ちゃんは笑みを深めて、私の髪をゆっくり梳く。

「このまま二度寝もいいかもね」

そんな提案をして、贅沢な時間の使い方じゃない、なんて冗談めかして言った。
こんな状態の私に気を遣ってくれているのが伝わってきて。
彼女の気遣いに素直に頷く。
329 名前:初めての×××。 投稿日:2006/07/08(土) 21:28

だけど、そうすると、気になることが一つ。

「で、でもさ、とりあえず、服、着ない?」

泣いていたときは、それにいっぱいいっぱいで気にならなかったけど、
二人とも未だに裸。
さすがにちょっと恥ずかしい。
それに、変な気起こしそうなんだけど(私が)

視線の先の梨華ちゃんは、不満そうに唇を尖らせた。

「着替えるの面倒くさいじゃない」
「え、すぐそこにあるよジャージ」

床に散らばった服たち。
着るのはそこまで面倒ではないと思うんだけど。
330 名前:初めての×××。 投稿日:2006/07/08(土) 21:29

梨華ちゃんは眉尻を下げて、

「このままは嫌?」

そんな風に言うんだもん。

嫌だなんて言えない。
言えるわけないじゃん。
だって、嫌なんて一つも思ってないんだから。

左右に頭を振ると、彼女は嬉しそうに笑って。
私を引き寄せた。
331 名前:初めての×××。 投稿日:2006/07/08(土) 21:29

ちょうど梨華ちゃんの胸の辺りに私の耳が触れて、
目を閉じると、そこから、とくとく、と彼女の鼓動が聞こえてくる。
それが少しだけ早いように感じるのは、たぶん私の気のせいじゃない。

「おやすみなさい」

もう半分くらい夢の中にいるような梨華ちゃんの声。
少し掠れたそれは、彼女の胸を振動させて私の耳に入ってきた。
じきに聞こえてきた規則正しい寝息。
眠っちゃった梨華ちゃん。
恐る恐るその背中に手を伸ばす。


初めて触れた彼女の肌は、少しだけ、熱かった。




332 名前:初めての×××。 投稿日:2006/07/08(土) 21:30


>>>初めての×××。



333 名前: 投稿日:2006/07/08(土) 21:30

何だこれ。お、おかしいな。
初めてのえっち編にするつもりだったのに…。
付き合って2ヶ月の設定なので、まだまだ後藤さん猫被ってます。
触ったり素直に甘えたりできないオトシゴロです。

では、お目汚し失礼しました。
334 名前: 投稿日:2006/07/08(土) 21:35

>>277さん
書いちゃいました(笑)
いやいやしかし。あんな報告を受けては書かずにはいられませんよ。
りかののちゅうだろうが無理やりいしごま妄想できる私の脳みそ万歳。

>>279さん
レスありがとうございます。
我慢できずに書いちゃいました(笑)
リアルでこんなことしてたら、是非それをカメラに納めていただきたい。

>>280さん
あわわ…(汗)フ、ファンだなんて(照)
あ、ありがとうございます。
嬉しいです。

>>281さん
どうも私の脳内では辻ちゃんはかしましで時間が止まっているようで…。
辻ちゃんと八重歯はワンセットとして扱ってました。
考え無しの作者でごめんよ辻ちゃん。
335 名前: 投稿日:2006/07/08(土) 21:35

>>282さん
雰囲気…あ、ありがとうございます。
ハロパは終わっちゃいましたが、
今後も頑張りますよー!

>>283さん
レスありがとうございます。
いやー、下調べは大事ですね(笑)
こんな適当な作者ですが、どうぞよろしくお願いします。

>>284さん
自分もレスきてるとワクワクです。
励みになりますm(_ _)m
今回のいしごまはいかがでしょうか。

>>285さん
こ、こちらこそレスありがとうございます。
私の書くいしごまは後藤さんのヤキモチ焼く確立が非常に高いと最近気付いたんですが。
たまには、石川さんにもジェラシーを感じさせたいですね(笑)
336 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/07/08(土) 22:22
新作ありがとうございます!
太さんのいしごま
もう最高!!!
337 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/07/08(土) 23:29
二人のやりとりや表情が目に浮かぶように感じられて凄く良かったです。
338 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/07/09(日) 02:23
おー新作だ!
いや〜おもしろいですね、いしごま
ごっちん本当にやっちゃったのかと思って
こっちもドキドキしながら読んでしまいましたよw
やっちゃってたら100の質問と異なっちゃいますもんね
是非次は本当の『初めての×××。 』を期待します!
339 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/07/09(日) 03:12
284です
新作wktkしながら読ませていただきました!
もちろん今回も最高でしたよ!!
340 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/07/09(日) 07:59
あ〜二人ともかわいいですねぇ。
なんだか優しい気持ちになれました。
わたしも二度寝しちゃおうかなw
341 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/07/10(月) 20:00
ごっちんの慌てぶりが面白い!
そしてなんと言っても梨華ちゃん!可愛いですねぇ
最後の一文にドキドキしましたw次回作も楽しみにしています
342 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/07/10(月) 21:55
>たまには、石川さんにもジェラシーを感じさせたいですね(笑)
実際の石川さんはキィーとなりそうだけどw

いやぁいい雰囲気の二人ですね
またお願いしますね〜
343 名前: 投稿日:2006/07/31(月) 21:14

紺ちゃん卒業おめでとう。
素敵な大学生になってね。
勉強がんばれ!

初めての×××。の前日の話。
石川さん視点です。
344 名前:石川的×××。 投稿日:2006/07/31(月) 21:14






――なんなのこれは…。

そう自分に問いかけたけれど、答えは出なかった。








345 名前:石川的×××。 投稿日:2006/07/31(月) 21:15

その日はごっちんとご飯を食べる約束をしてて。
お仕事が終わったその足で、待ち合わせの場所に向かった。

どきどき、弾む心。
駅から待ち合わせの場所に向かう足どりも何だか軽くて。
でも、内心すごく緊張してた。

だって。
大好きで大好きで、やっとコイビトになれたごっちんと久しぶりに会うんだもん。
緊張だってするでしょ。
それに明日は(珍しく)一日オフの彼女は、私の家に泊まっていくって言うし。
もちろん、ごっちんがうちに泊まりにくるのは初めてじゃないけれど。
やっぱりね。
すごーく、すごーく、どきどきしちゃう。
一緒にベッドに横になる時、毎回心臓が爆発しそうなくらい激しく動くのを、
きっとごっちんは知らない。
346 名前:石川的×××。 投稿日:2006/07/31(月) 21:15

待ち合わせの場所には、ごっちんの方が先に来てた。

最近お気に入りだって言ってたキャップを目深に被って、
すっと背筋を伸ばして佇む姿。
やっぱりね。
周りの人とはちょっと違う感じに見えちゃうんだ。
それは私の欲目なのか、それともごっちんの雰囲気がそうさせてるのか分からないけど。
私はすぐに彼女を見つけた。

駆け寄って、遅れたことを詫びると、
ごっちんはキャップのつばをひょいって上げて、
「全然待ってないから」なんて言って、ふにゃって笑った。

中学生みたいだねって笑いながら、お店に入って、ちょっと遅い夕食をとって。
それから、駅までの道をゆっくり歩いた。
外は暗くて誰も見てないからって、手を繋ぎながら。
347 名前:石川的×××。 投稿日:2006/07/31(月) 21:15

忙しいごっちんと、私。
連絡をとる時間さえ最近はなかなか無くて、会うことなんて到底無理。
自然にメールでのやり取りだけの日が増えていく。
声も聞けない日が、増えていく。
唯一、ごっちんの姿を見れるのはテレビ、なんて本当に笑えないような状況が続いてた。

だからね。
ゆっくり歩く時間も、駅のホームで電車を待つ時間も、電車での時間も、
私にとっては、すごく貴重。

どんな短い時間でも、一緒にいたいの。
声が聞きたいの。


大事に、したい。

348 名前:石川的×××。 投稿日:2006/07/31(月) 21:16

降りた駅から私の住んでるマンションまでの道のりのコンビニに入った。
私は雑誌と、最近はまってるお菓子を買う。
コンビニを出たとき、ごっちんの手にはいつの間にかビニール袋。
「何か買ったの?」って聞いたら、ごっちんはにこにこしながら、ジュースって言った。
私も納得して、深くは追求しなかった。
だって、そんなこと掘り下げたって何か出てくるなんて思わないじゃない。



――今思えば。



今思えば、あの時もっと聞くべきだった。
できれば、どんなジュースを買ったのか見せてもらえばよかった。
そして、もっとできれば、それを買うところをちゃんと見ておけばよかった。

そしたら、この状況も、少しは変わってたかもしれない――。




349 名前:石川的×××。 投稿日:2006/07/31(月) 21:16




***






私の部屋に入って、のんびりテレビを見ながら過ごす。
ごっちんはソファの上、私はその足元に座って。
他愛ない会話を交わしながら、流れる時間。
ゆったりしたその時間も、気まぐれに髪に触れてくる彼女の手も、私は好きだった。

毎週見てたバラエティ番組も終わって、ごっちんに先にお風呂に入ってもらう。
出てきたごっちんは、首にタオルをぶら下げて、歩きながら髪の毛を拭いてた。
タオルの間から覗く頬や項が、綺麗な桜色になってて。
彼女のそんな部分には見慣れてるはずなのに。
どきりと跳ねた鼓動。
思わず視線を逸らした。

そのどきどきを気付かれないように、お風呂場へ逃げた。
やっぱり慣れない。
どきどきするの。心臓がね。壊れちゃいそうなんだよ。
350 名前:石川的×××。 投稿日:2006/07/31(月) 21:16

――きっと、ごっちんは知らない。

その桜色の肌に、私が触れたくて堪らなくなるのを。

この欲求をどうすればいいのか、私には分からなかった。
触れたくても、触れられない。
その勇気が私には無かった。
意気地なしって言われても、根性無しって言われても、
私は多分ここを一歩も動けない。

だって、恐い。

もし、嫌だって言われたら。
拒否されたら。

壊したくなかった。
どれだけ他人に大丈夫だって言われても。
こじれるかもしれない要因を自分から作るなんて、私にはできなかった。
351 名前:石川的×××。 投稿日:2006/07/31(月) 21:17

雑念を追い払うように頭からざばざばお湯をかけて、
十分心を落ち着けてから、お風呂を出た。

脱衣所で髪の毛を乾かして、鏡の前で頬をぺちって叩いた。

よし。
いつも通り。
いつもの石川梨華。

心の中で唱えて、ごっちんの待つリビングへ。
リビングへ続く、扉に手を掛けて、ゆっくり開いた。

ソファの後ろ側からごっちんの頭がちょこんと出てて。
私は彼女の名前を呼びながら扉を閉めた。

ぱたん、と扉が閉まっても、ソファのごっちんの頭は微動だにしなくて。
眠っちゃったのかな。
ぼんやりそんなことを思った。
今日は少しお風呂が長かったから。
352 名前:石川的×××。 投稿日:2006/07/31(月) 21:17

「ごっちん?」

もう一度呼ぶと、ぴくりと茶色の頭が揺れて、くるりとソファ越しにごっちんが振り向いた。

ああ。
起きてた。
ちょっと嬉しくて、早足にソファに近づく。
その間、ごっちんはずっと私を見てて。
彼女の真横まで来て、私はやっと異変に気がついた。

目が寝起きみたいにとろんとしてて。
さっき見たときは桜色だった頬が真っ赤になってる。

「ごっちん…?」

一言も喋らない彼女。
なんだか、いつもと雰囲気が違う。
少しだけ顔をよせると、ふわりと漂うこの香り。

これは…―――。

机の上を見ると、蓋が空けられた缶が5本。
そのラベルには“お酒”の文字。

(も、もしかして)

これ全部、私がお風呂に入ってる間にあけた…?
353 名前:石川的×××。 投稿日:2006/07/31(月) 21:17


「梨華ちゃぁん」


一瞬、私は自分の耳を疑った。
今、誰が私の名前を呼んだ?
ののが甘えてる時みたいな声音。
目の前にはごっちんしかいなくて。
その彼女は目が合うと、表情を崩した。

その表情にどきりと心臓が鳴る。
ちっちゃい子供みたいにふにゃりと笑う彼女はすごく可愛かったから。

ごっちんはぱんぱんってソファの自分の隣の空いてる部分を叩いた。

「……」

座れってことなんだろうな。
恐る恐るそこに腰掛けると、突然ごっちんに抱きつかれた。
感じる重みに、温かい体温に、鼓動が早まる。
抱きつかれた状態のままどうすることもできなくて硬直してたら、
ごっちんがもう一度「梨華ちゃん」って私の名前を呼んだ。
354 名前:石川的×××。 投稿日:2006/07/31(月) 21:17

「な、なあに?」

尋ねたら、ごっちんは私の肩口に頬を寄せてぐりぐり擦り付けてきた。
どきどき、どきどき高まる鼓動。

「好きだよぅ」
「…え?」

酔っ払ってるからか、舌足らずに、
妙に甘ったるい声で呟かれたその言葉に、私の心臓は一際大きく鳴った。
だって、普段ごっちんはそんなことあまり言わなくて。
時々、本当に時々、恥ずかしそうに言ってくれるだけだったから。

「んんー好きぃ。梨華ちゃん」
「え、え?」
「すっごい好き。超好きだよ」
「え、あの…」

ぎゅうってしがみ付くみたいに私を抱きしめて、
ごっちんは何度も何度も好きって言葉を口にした。
355 名前:石川的×××。 投稿日:2006/07/31(月) 21:18

どうしよう。
ねえ。どうしよう。

じわりじわりと全身に広がるこの気持ち。
ごっちんが酔っ払ってるって分かってるけど。
やばいよ。すっごく嬉しい。

「きーてんのかぁーいしかわぁー!!」
「わ、わっ。き、聞いてるよぅ」

ごっちんが体を離して大声を上げた。
その姿は正に酔っ払いで。
ホントにもう。
どきどきしてる私が馬鹿みたいだ。

まだ「石川ー!」って叫んでるごっちん。
こんな時間に近所迷惑になるから、とりあえず寝室に連れてくことにした。
彼女の手を取って、寝室に続く扉を抜ける。
酔っ払いはさっさと寝かせた方が良い。
356 名前:石川的×××。 投稿日:2006/07/31(月) 21:18

「ほらごっちん。もう寝よう?」

そう言って、後ろをついてきたごっちんの方を振り返ろうとした時。

「ごとーミサイル発射ー!!」
「え…?わっ?!!」

叫んだごっちんにベッドの上に押し倒された。

「がしゃーん」
「ちょ、ごっち、ぐえ」

く、苦しい。
ごっちんは人の体の上で、ばたばた手足を動かして。
何がそんなに面白いのか、うひゃひゃって笑ってる。

「ご、ごっち…ごっちんっ」
「りーかぁちゃぁーん」
「くる、苦しいってば」

彼女の肩に手をやって引き剥がそうとしても、全然どいてくれなくて。
それどころか、更にぎゅうぎゅう抱きついてきた。
357 名前:石川的×××。 投稿日:2006/07/31(月) 21:18

「いしかわー!ごとーはまだ眠くないですよー!!」
「わか、分かったからっ。分かったからちょっとどいてっ」

ごっちんの体重が掛からないようになんとか自力で体をずらした。
まったくこの酔っ払い。
ふうと一息ついて、上に乗っかってるごっちんの背中をぽんぽんと叩いた。

「りーかちゃん」
「…なに?」

酔っ払い相手に真面目に相手するだけ無駄。
分かってるけど、とりあえず返事をしておく。

「ふふ。いしかわー」
「うん?」

ごっちんが私の首筋に顔を埋めて笑うから、
息が掛かってくすぐったい。
358 名前:石川的×××。 投稿日:2006/07/31(月) 21:19

「いしかわりかさーん」
「なぁに?後藤真希さん」

「大好きだよ?」
「……」

「だーいすきだよぅ」
「……」



「梨華ちゃんは、ごとーのこと好き?」



まったく。
本当にもう。この人は。

酔っ払ってるくせに。
顔真っ赤にしてるくせに。

そんなこと聞くのは、ずるい。
359 名前:石川的×××。 投稿日:2006/07/31(月) 21:19

彼女の背中に置いていただけの手に少しだけ力をこめる。
さっきまで騒がしかったごっちんは大人しくなってて、
まるで、じっと私の答えを待ってるみたいだった。

普段、心の中で思ってることでも、いっぱい言ってることでも、
実際口にするとなるとやっぱりちょっと恥ずかしいんだけど。

言わなきゃだめ?
ちゃんと口にしなきゃ、ダメ?

心の中で自分に問いかけて(もちろん答えなんか出ない)、
はあって息を吐き、決心を固める。

(よし!)

「ごっちん。私も―――」


「暑い」


私の決心は、ごっちんによってかき消された。
360 名前: 投稿日:2006/07/31(月) 21:20
急用が…!!後で再開します…!!
361 名前:石川的×××。 投稿日:2006/08/01(火) 00:27

「え…?あつ…?」
「あーつーい」

そう言ったごっちんは、がばりと私の上から顔を上げた。
彼女の切り替えの早さに呆然としていると、
ごっちんは、私の上からさっさと降りて、ベッドの端にちょこんて腰掛けた。

ていうか。
え。待って。
私今すごい勇気振り絞って言おうとしたのに。
置いてけぼり…。

すごく恥ずかしいんだけど。
…酔っ払いなんてやっぱり相手にするんじゃなかった。
362 名前:石川的×××。 投稿日:2006/08/01(火) 00:27

何とも言えない複雑な気持ちに襲われていると、
私の目がとんでもないものを捉えた。

全ての思考を中断して、慌てて起き上がる。

「ごっちんっ!何してるのっ」
「んあ?」


「何で服脱いでるのよっ!!」


ちょこんとベッドの端に座ってたごっちんは、いつの間にかジャージを脱ぎ捨てて。
中に着てたTシャツをお腹辺りまで捲り上げていた。
慌ててシャツの裾を掴んで引き下げる。
363 名前:石川的×××。 投稿日:2006/08/01(火) 00:28

「なにするのりかちゃん」
「何するのってそれはこっちの台詞だって!
 どうしていきなり脱いでるのよ!」

びっくりするでしょ。
叫んじゃうでしょ。
夜の寝室でいきなり彼女が脱ぎ出したら。
止めにも入るでしょ。
そりゃ、恋人だからさ。そういうこともあるかもしれないけど。
でも、今は明らかにそういう雰囲気じゃなかったじゃない。

ごっちんは私の手を見て、ゆっくり視線を上げて、唇を尖らせた。

「暑いんだもん」

不満ですって言うのがその表情からも声音からも読み取れたけど、
ここで脱がせるわけにはいかなかった。
364 名前:石川的×××。 投稿日:2006/08/01(火) 00:28

「わ、わかった。じゃあクーラーつける。ね。
 クーラーつけるから今日はもう寝よう?」
「やーだー暑いー」
「暑くないよ。すぐ涼しくなるから」
「いーやー」

ごっちんは首を振って、自分のTシャツにまた手を掛けた。
慌ててその腕を掴む。

まずい、まずい。
この子本当に脱ぎかねない。

「ご、ごっちんっ。風邪引いちゃうよ。熱出ちゃうよ」
「脱ぐの」
「ごごご、ごっちん!」
365 名前:石川的×××。 投稿日:2006/08/01(火) 00:29

力をこめてごっちんの腕を抑えるけど、彼女はそれ以上の力でシャツを引き上げる。
昔からごっちんに腕相撲で勝ったことがない私の力なんて、たかが知れていて。
徐々にごっちんのお腹が露にあってくる。

(わあああ)

彼女のお腹なんて確かに見慣れてるけど。
でも、でもね。ごっちん。

(時と場所を考えてよ!)

心の中で叫んだ。
二人きりの寝室で、ベッドの上で。
後藤さん、本当に。お願い待って。
366 名前:石川的×××。 投稿日:2006/08/01(火) 00:29

シャツがお臍をとうに過ぎて、胸の下辺りまで来た時。
ごっちんの動きがぴたりと止まった。
やっと諦めてくれたのか。
ほっとして顔ごと視線を上げると、至近距離にごっちんの顔があって。


なに?って考える暇もなく、唇に柔らかい感触。


(…え?)


瞬間、腕の力が抜けて。

それは今まで数度しか感じたことのない柔らかさで。
一ヶ月前に初めて知った温かさで。

唇の感触がなくなり、
視界にはにやりと笑ったごっちんの顔。
367 名前:石川的×××。 投稿日:2006/08/01(火) 00:29


「……!!!」


キスされた。
キスされた。
キスされた!

頭がそう理解して、ばっと口に手を当てる。
頬と耳が沸騰したみたいに熱くなって。

恥ずかしいやら嬉しいやら、なんだかよく分からないけど怒りも湧いてきて。
ごっちんを睨みつけた。

当のごっちんは、Tシャツを脱いでる最中で…。

「!!!!!」

しまった!
キスされたショックで手を離してた!

脱ぎ捨てられたTシャツがひらひら舞ってぱさりと落ちた。
368 名前:石川的×××。 投稿日:2006/08/01(火) 00:30

ブラしか付けられてないごっちんの上半身。
引き締まった体は綺麗な曲線を描いてて。

今度はジャージのパンツに手を掛けた。
止める暇もなくそれを引き下げて。

白い肌。綺麗な足。

ぞくりと背筋を何かが這った。
お風呂上がりのごっちんを見たときの、アノ感じに私はまた襲われた。

それ以上見ていられなくて、体ごと視線を逸らした。
どくりどくりと心臓が鳴る。
ぎゅうっと胸の辺りを押さえた。

落ち着いて。私。
水着だと思えば大丈夫。



「りーかちゃん」



のんびりと呼ばれた声に、深呼吸を一つして振り向いて。
私は文字通り固まった。
369 名前:石川的×××。 投稿日:2006/08/01(火) 00:31

にこにこしたごっちん。
その姿はいつの間にか水着なんて生易しいものではなくなってた。



そこには、裸のごっちんの姿。



「……!??!?」

驚きすぎると人って声が出なくなるものなんだ。
衝撃的すぎる光景に口だけを無意味にぱくぱく動かして。

すると、ごっちんがずいっとこっちに近づいてきた。

「ごごごご、ごっちんっ?!」

やっと出た声はただ彼女の名を呼んだだけで、
近づく彼女を抑える効果なんてまるで期待できない。
370 名前:石川的×××。 投稿日:2006/08/01(火) 00:31

ずいっとまたごっちんが近づいてきた。
私はベッドの上を座ったまま後ずさる。

「梨華ちゃん」

ごっちんは子供みたいに無邪気に私の名前を呼ぶ。
また後ずさると、どんと壁に当たって。
逃げ場が、なくなる。

「梨華ちゃん」

再度呼ばれた自分の名に、私は仕方なく視線を彼女にやった。
できるだけ、顔から下は見ないようにしながら。
371 名前:石川的×××。 投稿日:2006/08/01(火) 00:32

視線が合ったごっちんは、ふにゃりと笑って。
とんでもない事を言い放った。



「梨華ちゃんも脱ご?」



にこにこ、にこにこ。
子供みたいに無邪気に笑いながら、今彼女は何て言った?
脱ごうって言わなかった?

私は大きく首を左右に振った。

「無理…」
「脱ごー」
「無理だから、ごっちん」
「暑いでしょ」

そう言って、ごっちんは私の着ている服に手を掛けた。

「暑くない、暑くないから!」
「ほら脱ぎましょー」
「ご、ごっちん!?ごっちんちょっと待ってっ!!ごっ…――――」















372 名前:石川的×××。 投稿日:2006/08/01(火) 00:32










***










―――なんなのこれは…。

そう自分に問いかけたけど、答えは出なかった。


あれから、ごっちんに上も下も、…要は全部脱がされて。
ベッドの中に入ってた。

ちらりと後ろを向くと、すやすや安らかな寝息を立ててるごっちんの姿。
彼女は私を後ろから抱きかかえて、そのまま寝てしまった。
何度か抜け出そうと試みたけれど、ごっちんの腕がしっかり腰に回されてて。
今のところ失敗続き。
373 名前:石川的×××。 投稿日:2006/08/01(火) 00:33

本当にもう。
酔っ払い。

はあと溜め息を吐く。

私もただ素直に脱がされたわけじゃない。
抵抗したんだよ。一応。
でも、視界を掠めるごっちんのアラレモナイ姿に、
目がいかないようにしてたら、抵抗しようにも、できなくて。

もう一度溜め息。

それにしても、この状況を私はどうすればいいの?
ねえ。ごっちん。

眠れるわけないじゃん。
あなたはすやすや寝てるけど、素面の私はこんな状況で寝られるはずないでしょ。
徹夜しろってことだろうか。
374 名前:石川的×××。 投稿日:2006/08/01(火) 00:34

ごっちんが後ろから抱き着いてることだけが救いだ。
視覚的な刺激がないだけ、私の理性はなんとか働いてる。

再度、抜け出そうと身を捩ったら、腰に回されたごっちんの腕に力が入った。

(もう…)

まるで、お気に入りの人形を抱きしめる子供みたいにごっちんが抱きついてきて。
私はここから抜け出すのを諦めた。
ゆっくり瞼を閉じると、聞こえてくるごっちんの鼓動。

規則正しいそれに耳を傾けているうちに、いつの間にか、私は眠りに落ちていた。



375 名前:石川的×××。 投稿日:2006/08/01(火) 00:34

>>>石川的×××。


376 名前:石川的×××。 投稿日:2006/08/01(火) 00:35

前スレの「飲んで飲まれて…」と微妙に矛盾するところが…。
あっちは甘えた後藤さんでしたが、今回はただの迷惑な人です。
つーかどっちにしろ絡み酒後藤さん。
毎度毎度こんな役でごめんよ…。

では、お目汚し失礼しました。
377 名前: 投稿日:2006/08/01(火) 00:36

>>336さん
最高とか…。は、恥ずかしい。
お褒めの言葉ありがとうございます。
こ、更新遅くて申し訳です。

>>337さん
レスありがとうございます。
目に浮かびましたか…。
私の脳内は毎日あんな感じです(笑)

>>338さん
実は、あれはエッチ編にするつもりだったんですが、
途中で100質を読み返して止めました(笑)
本当の「初めての×××。」はそのうち。長くなりそうなので。

>>339さん
今回も読んでいただいたみたいで…。
しかもレスまで…!
ありがとうございます。
378 名前: 投稿日:2006/08/01(火) 00:37

>>340さん
どうぞどうぞ(笑)
二度寝は起きた時の爽快感が堪りません。
でも、うちの二人は次起きたとき、
(冷静になって)死ぬほど恥ずかしい思いをしてると思います。

>>341さん
後藤さんを慌てさせないと話が進まないと思い慌ててさせました。
…が、慌てすぎました。
泣き出すくだりは書き始めたときは無かったのに…(汗)

>>342さん
レスありがとうございます。
キィーってなった石川さんも書いてみたい(笑)
でも多分うちの後藤さんを喜ばせるだけだと思います。
379 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/01(火) 00:46
新作待ってましたっ!!
梨華ちゃん大変だったんだねぇ〜
でもそんなふたりの光景を想像してニヤニヤしちゃいました
本当の「初めての×××。」楽しみにしてます
380 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/01(火) 02:07
ごっちん・・・なんて手のかかる子w
梨華ちゃんお疲れさまでした。
次回も楽しみに待ってます。
381 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/01(火) 16:18
楽しませていただきました
世界バレーでちょっと解消したものの
いしごま不足なので太さんのいしごまに癒されます
次回作も期待してます!頑張って下さい
382 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/01(火) 19:31
短時間に勢い込んで飲み過ぎだごっちん!w

なぜか、時代が時代で、梨華ちゃんの着ているものが
着物とかだったら、ごっちんに帯を引っ張られて
「あ〜れ〜」とかなってるんじゃないかと
脳裏に浮かんでしまいました。(爆
383 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/01(火) 23:25
更新楽しみにしてました!
ありがとうございます
もう作者さんのいしごまにはまりすぎちゃいましたよ〜
毎日パソコン開けたらまずここに更新されてないかチェックしちゃいますw
それぐらい大好きです!
これからもよろしくお願いしますね〜
384 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/02(水) 04:11
私も毎日更新されていないか覗いてます
急かしてる訳ではないですよ〜
ただもうホントに楽しみなのです
次回の更新楽しみにしてます!
385 名前: 投稿日:2006/08/10(木) 01:43



容量が少なくなってきたました。
とりあえず、このスレにはこれ以上書き込みません。



今まで書いた物マトメ。


▼カップリングなりきり100の質問スレ

>>2-112 「カップリングなりきり100の質問」

>>117-134 「キミの香りと別れと涙」

>>142-169 「ミキティは見た!」(藤本視点いしごま)

>>177-201 「飲んで飲まれて、また飲んで」

>>208-226 「我慢できない」

>>235-326 「夢の中で」(いしごま告白物語。男出てきます)

>>336-364 「かっこいい彼女」(石川攻め)

>>372-399 「友達と憧れと、君との距離」(付き合う前。友達いしごま)

>>406-482 「本当の気持ち」(「夢の中で」吉澤視点)

>>488-505 「ミルクアイス」

>>512-536 「教師と生徒のすすめ」(アンリアル)
386 名前: 投稿日:2006/08/10(木) 01:43

▼豆柴と飼い猫スレ

>>7-25 「キッチン」

>>32-78 「桜の花びら」

>>88-182 「教師と生徒のすすめA」(アンリアル)

>>188-217 「めがね」

>>227-243 「ブレーキ」

>>254-274 「いいわけ」

>>287-332 「初めての×××。」

>>344-375 「石川的×××。」(「初めての×××。」石川視点)





では、お付き合いくださりありがとうございました。
また近いうちに新スレ立てさせて頂こうかなと考えておりますので、
その時はどうぞよろしくお願いします。


387 名前: 投稿日:2006/08/10(木) 01:52
落とし忘れ
388 名前: 投稿日:2006/08/10(木) 02:17


うぉっと!大事なものを忘れてた(汗)
返レスです。


>>379さん
レスありがとうございます。
ええ。石川さんは大変でした(笑)
翌日、後藤さんを苛めたくなるのも仕方ないですよ。

>>380さん
レスありがとうございます。
手のかかる子…。そのフレーズいいですね(笑)
ぴったりだ。うちの後藤さんにぴったりだ!!

>>381さん
癒されましたか?
私は、皆さんのレスが最高の癒しです。
バレー、キてますね。いしごまが並んでるだけで嬉しい(笑)


389 名前: 投稿日:2006/08/10(木) 02:17

>>382さん
お酒は、強いと自覚がある人ほど無茶な飲み方をするもんです(笑)
着物…。時代物もいいですね。
花魁さんの話とかちょっとやってみたかったり…。

>>383さん
そそそそ、そんなそんな!(焦)
たいしたものは置いてないですよ。
更新遅くて申し訳です。

>>384さん
め、めっちゃ照れるじゃないですか。
そんなに私を喜ばせてどうするんですか(笑)
ありがとうございますm(_ _)m





では、これで本当に最後で…。




390 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/16(水) 08:02
次スレを立てられたら
こちらでお知らせして頂けると有り難いです
391 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/16(水) 22:23
全作読ませて頂きました。
どれもこれも面白かったです♪
引き続き新スレも楽しみにしています!
392 名前: 投稿日:2006/08/17(木) 13:48
倉庫に送ってもらおうと思ってたのですが、
どうやらスレ整理は一ヶ月見送られるようですね。
なので、容量一杯までギリギリに挑戦しようかなと思ってます。
393 名前:約15分間の密室 投稿日:2006/08/17(木) 13:49





まるいまるい観覧車。
ぐるりと一周するまで約15分。
二人きりの閉鎖された空間。

…すっごく、どきどきしない?







394 名前:約15分間の密室 投稿日:2006/08/17(木) 13:49

「ねえほら、あれってごっちんの家じゃない?」

狭い観覧車の窓に張り付いて、はしゃいだ様に外を指差す梨華ちゃん。
その声はいつもより少しだけ高い。

「いやいや違うでしょ。こんなとこから見えないって、ウチ」

ちらりと窓の外を見てすげなく言い返すと、向き合って座った梨華ちゃんは、
むうって唇を突き出して、そんなこと分かってるもんって言った。

そんな仕草も、拗ねた声も、超かーいいんですけど。お姉さん。

仕事終わりに、梨華ちゃんと待ち合わせてご飯した。
お互い明日も仕事だったから、今日はそのまま帰る予定だったんだけど、
不意に視界に飛び込んできたモノに興味を惹かれて。
いや、本当はそのシュチュエーションに惹かれたんだけど。

私たちは真夜中の観覧車に乗ることにした。
395 名前:約15分間の密室 投稿日:2006/08/17(木) 13:50

「ちょっとくらいノってくれてもいいじゃない」
「ノるって、違うもんは違うでしょーが」
「ごっちん、美貴ちゃんみたーい」

思いがけず出てきた彼女の仕事仲間の名前に、ココロがぴくりと反応する。
正直、二人きりのこの空間で他の人の名前とか聞きたくないんだけど。

「…美貴ちゃんと乗ったことあるの?」

不機嫌さが微妙に滲んだ声音。
だけど、景色に夢中の梨華ちゃんは気付かない。

「んーん。乗ってないよ。いつ乗るのよー、そんな暇ないもん」
「……そか」

暇があったら乗るんだ、ってツッコミは心の中にしまって置く。
大人気ないし。こんなことで嫉妬してるなんて知られるのはちょっと恥ずかしい。
396 名前:約15分間の密室 投稿日:2006/08/17(木) 13:50

それに、そんなことより、この時間をもっと楽しむことの方が大事。
だって、多分、観覧車なんて今年はもう乗れないと思うから。
滅多にないこのシュチュエーションを楽しまなきゃ損だ。

「夜景綺麗だね」

うっとりって感じで、夜景を眺める梨華ちゃん。
好きだもんね。梨華ちゃん、こういうの。

窓の外を見る彼女を私は眺めてた。
夜景より、私はそっちの方がよっぽど興味ある。

「そーだね」

こういう時に、夜景よりキミの方が綺麗だよ、とか言うべきなのかな。
でも、そんなこと恥ずかしくて私は一生口にできそうにない。
…よしこあたりならさらっと言いそうだけど。

でも、それはできなくても、観覧車の中でちょっとやってみたいことはあった。

397 名前:約15分間の密室 投稿日:2006/08/17(木) 13:51

「梨華ちゃん、もうすぐてっぺんだよ」
「本当だ」

徐々に観覧車が真上に近づく。

どきどき、どきどき。
てっぺんに近づくにつれ、早まる鼓動。

あと少し。
あとほんのちょっと。

すっと梨華ちゃんの手をとった。

梨華ちゃんがその手を見て、不思議そうに首を傾げた。

「ごっちん?」

多分、私の顔は真っ赤になってる。

だって、これから私がしようとしてることは相当恥ずかしい。
ちょっと、じゃなくて、かなり乙女入ってるし。
398 名前:約15分間の密室 投稿日:2006/08/17(木) 13:51

かたんと揺れて、私たちの乗った観覧車がちょうど真上きた。
梨華ちゃんがそれに気付く前に。


私は、素早く梨華ちゃんの唇を奪った。


ゆっくり顔を離す。
開けた瞳に映る、梨華ちゃんの赤い顔。
多分、私も同じくらい真っ赤だ。

「…びっくりした」

ふふって笑んで、梨華ちゃんはこつんと私の額に自分のそれを合わせた。
399 名前:約15分間の密室 投稿日:2006/08/17(木) 13:51

「どうしたの?急に」
「…んー。やっぱさ、観覧車に乗ったら外せないでしょ、コレは」

おどけて言ったら、梨華ちゃんがまた笑う。

「ごっちん、そういうの苦手なのに」

うん。
すっごい苦手。
どっちかというと、普段こういうの仕掛けてくるのは梨華ちゃんだし。

だけど、今日は。

今日、観覧車を見た瞬間から、こうしようって決めてたんだ。
観覧車に乗って、夜景見てきゃあきゃあ言ってさ。
てっぺんに来たらキスをする。

そういう、何ていうの?
デートのセオリーみたいなことしたかった。
400 名前:約15分間の密室 投稿日:2006/08/17(木) 13:52

だってこうすれば、観覧車見たらいつだって私のこと思い出してもらえるじゃん。

普通の人とは違う日常に。
会うことさえままならない梨華ちゃんと。

少しでも、思い出に残るようなことを送りたかった。

「ちょっとしてみたくなったの」
「そう?」
「たまにはいいでしょー」

照れ隠しに精一杯軽く見えるように言ったら、
梨華ちゃんはまた、ふふって笑った。
401 名前:約15分間の密室 投稿日:2006/08/17(木) 13:52

そっと頬を包まれる。

「たまにじゃなくてさ。もっとして?
 真希ちゃんと、もっとこういうのしたいよ」

温かい梨華ちゃんの手と、熱の篭ったその瞳。
また、心が梨華ちゃんに囚われていくのを感じた。











それから、下に着くまでの数分間、私たちは何度も何度もキスをした。
会えない時間を埋めるように。













402 名前:約15分間の密室 投稿日:2006/08/17(木) 13:53

>>>約15分間の密室


403 名前: 投稿日:2006/08/17(木) 13:56
>>390さん
次スレは立てるとしたら一ヶ月後ですが、
その時はスレタイですぐ見つけてもらえるようにしたいと思ってます。
豆柴2、とか、そんな感じで(笑)
その時はどうぞよろしくですm(_ _)m

>>391さん
読んでいただいたみたいで…。
あ、ありがとうございます!
次スレ立てた時は、よろしくお願いしますm(_ _)m

404 名前: 投稿日:2006/08/17(木) 13:57
バカップル万歳。
やっぱり夜景と観覧車は押さえておかなければ(笑)
多分これ私が書いた中で最短記録です。短すぎですね。

新スレなのですが、森に二個も三個も一人でスレ立てるのはどうかなと思いまして、
100質と豆柴が倉庫逝きになってから立てたいと思います。


では、お目汚し失礼しました。
405 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/18(金) 10:16
ホントにバカップル。
甘いですねっ、かわいいですねっ。

406 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/18(金) 22:24
前のを放置して次々スレを立てるのはダメだと思うけど
そうじゃないんだから板の活性化にも繋がるんじゃないでしょうか。

というか、早く読みたいw
407 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/20(日) 19:35
更新お疲れ様でした!閉ざされた空間が二人の世界を濃密にしているようですね。
ホント、バカップル万歳!そして太さんのいしごま万歳!w

>>406さんの仰られている通り実質的にはスレ完結宣言しているのですから
倉庫送りになるのを待たなくても新スレ立てるのは問題ないと思いますよ?
なので早く太さんの新作読ませて下さい!w
408 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/20(日) 20:48
始めから読み返してようやくスレタイの意味がわかりました
遅いな自分w

森に何スレも立てることを気にしていらしゃるなら夢板か幻板に立てたらどうでしょうか?
作者さんに不都合がなければですが…
409 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/20(日) 23:57
更新ありがとうございます!
楽しませてもらいました

皆さんと同じように早く新作読みたいです
410 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/21(月) 11:27
更新されてたの知らなかった!
良かった〜一応来てみてw
作者さんのいしごまで観覧車一度読みたいなと思ってたんです!
すっごい嬉しいです
これからも勝手に期待してますので、よろしくお願いしますね
411 名前: 投稿日:2006/08/26(土) 06:49

前スレ235-326「夢の中で」の吉澤さん視点です。
サブタイは「もしもよっちゃんが梨華ちゃんに恋してたら」。

吉澤さんの片思いです。
ひたすらに石川さんに片思いしてる吉澤さんの話ですので、
いしごま的萌え要素も、いしよし的萌え要素も欠片も入ってません。
可哀想なよっちゃんしかいません。ご注意を。




前スレ406-482の「本当の気持ち」も「夢の中で」の吉澤さん視点ですが、
あっちの話とはまた別次元の話です。
412 名前:本当の気持ち(その2) 投稿日:2006/08/26(土) 06:49







あなたが好きです。
そりゃもう、渋谷のど真ん中をスッピンで歩けちゃうくらいの勢いで。









413 名前:本当の気持ち(その2) 投稿日:2006/08/26(土) 06:50

「ああ!もうっ!」

突然響いたガラのあまりよろしくない声に楽屋は静まりかえった。
でも、それは一瞬のことで、声の出所を確認すると皆動きを再開する。
声の出所、私の隣に座る美貴に目をやると、苦々しげに携帯を見つめる彼女の姿。

美貴の不機嫌な声には皆慣れっこだ。
眠いから静かにしろだの、好きなお菓子が無いだの。
この前はカラオケの割引券の期限が切れたと怒ってた。
基本的に溜めない性質の彼女に怒鳴られることは多い。

「何?どーしたよ?」

とりあえず聞いてみた。
放っておくのは可哀想だし。隣に座ってるし。
なにより、このままずっとぴりぴりされてちゃ堪らない。
美貴がちらりとこっちを見た。
414 名前:本当の気持ち(その2) 投稿日:2006/08/26(土) 06:50

「亜弥ちゃんがさ、今日遊べなくなったって…」

さっきとは打って変わった寂しそうな声。
楽屋に入ってから携帯を弄ってたのはそのせいか。
まあ、美貴がここまで寂しそうにする原因は松浦以外にないけれど。

「ずっと前から約束してたのにぃ…」
「松浦、仕事?」
「仕事。てか、これが他の友達に誘われたからとかだったら、
 今ミキこんなとこにいないよ」

…確かに。
その連絡を受けた時点で松浦の元へ直談判しに行ってるはずだ。
しかし、仕事場をこんなとこで片付けるのはどうなのよ。
415 名前:本当の気持ち(その2) 投稿日:2006/08/26(土) 06:50

「堂々とゆーな」
「だって、亜弥ちゃんがミキより他のヤツ選んだんだよ!
 相手聞き出して、ケジメつけに行かなきゃじゃんか!」
「いやいや美貴さん。何でキミにケジメつけられなきゃいけないの」
「ミキと亜弥ちゃんはラブラブだから」

ああ、そう。
あまりにもきっぱりと断言されて、心の中で呟く。
これは何言っても無駄だ。

「何その顔ー」
「……」
「いいよいいよ。寂しいよっちゃんさんにミキと亜弥ちゃんの愛の軌跡を聞かせてあげる」
「結構です」
「まず出会いはねぇ。会社だったんだけどぉ」
「日本語理解してくださいよ。ちょっと」
「なによー。気になるくせに」
「パンダの尻尾の色ぐらい気になんねぇよ」

パンダの尻尾は白だよと、呟きながら美貴は頬杖をついた。
いらない情報どうも。
416 名前:本当の気持ち(その2) 投稿日:2006/08/26(土) 06:51

「てか、美貴、今石川みたいだったよ。」

語尾の上がり具合とか、人の話聞いてないとことか、
その行動はついこの間卒業を迎えた同期の彼女を思い起こさせた。

てっきり嫌がるかと思ったら、
美貴はにやりと何とも嫌な笑みを浮かべてこちらを向く。

「梨華ちゃんがいなくなってそーんな寂しいの?」
「なんでそうなんだよ」
「こんなに梨華ちゃんと正反対のミキが梨華ちゃんに見えちゃうなんてさ。
 さーびしぃんだねぇ、ひとみちゃん」
「…美貴さん気持ち悪い」
「えー?前はこう呼ばれてたんでしょ?」

いやまあ、確かに呼ばれてはいましたが。
でもそれは本当に加入して間もない頃のことで。
すぐによっしぃーに変わったし。
この間ふざけてひとみちゃんと呼ばれた時も死ぬほど恥ずかしかった。
正直、美貴に猫撫で声で呼ばれても癇に障る以外の何者でもないんだけど。
417 名前:本当の気持ち(その2) 投稿日:2006/08/26(土) 06:51

「ひとみちゃん。梨華ちゃん。って何か可愛いよね」
「可愛くないし」
「まあ、今言ったら可愛くないだろうけどさ。
 昔は可愛かっただろーねぇ。仲睦まじい感じ?」
「睦まじくないですよ。別に」
「でも、仲良かったんでしょ?実際さ」

美貴は小さい頭を少し傾けた。
その顔にはまだあの笑顔。

仲は良かった。
いきなりモーニングに放り込まれて。すぐに馴染めるものではなくて。
自然と同期の四人で一緒にいることが多かったから。
打ち解けるのも早くて、すぐに友達になった。

――そう。友達に。

胸の後ろの方が、少し疼いた。
418 名前:本当の気持ち(その2) 投稿日:2006/08/26(土) 06:51

「…。悪くは無かったけど」

小さな痛みに素直な言葉はでなくて。
歯切れ悪くそう言うと、美貴が笑みを深くした。
すべてを見透かされてるようで居心地が悪い。






「あのさ。よっちゃんさんて、梨華ちゃんのこと好きだったでしょ」







その目がきらりと確信の色を持って光った。


419 名前:本当の気持ち(その2) 投稿日:2006/08/26(土) 06:52


◆◇◆








石川が、まだ私の事をひとみちゃんと呼んでいた、あの頃。

私と彼女は友達だった。

すぐに泣いて、凹んだらいつまでも立ち直らない彼女を慰めて支えるのが私の役目。
石川だって私の前では遠慮なく素顔を見せて。
彼女がこんな姿を見せるのは私だけという甘い優越感と束縛に、
彼女の存在が私の中で大きなベクトルを占めるようになるのに時間はかからなかった。
420 名前:本当の気持ち(その2) 投稿日:2006/08/26(土) 06:52

でも、友達だった。大切な友達だった。
少なくともその頃の私は、そう、思ってたんだ。



ごっちんが石川の心を攫っていくまでは。



石川とごっちんを仲良くさせたのは私。

緊張で敬語が抜けない石川。
警戒心が意外と強いごっちん。

ごっちんの警戒心からくる無愛想で、ますます石川は怯えて。
最初はね?
ダメだと思ったの本当に。どうしようもないって。
421 名前:本当の気持ち(その2) 投稿日:2006/08/26(土) 06:53

だけど、私が間に立ってみると、意外にかちりと嵌ったみたいで。
仲良くとまではいかなくても、それなりに上手くいった。
ああ良かった、なんて思ってたら、いつの頃からか二人の仲は急激に接近していて。
楽屋に行けば、石川の隣にいつでもごっちんの姿を見つけられるようになっていた。

そんな二人の姿に脱力感と突き刺さるような悔しさ。
それは、ごっちんに対しての友情になのか。
石川対しての友情になのか。

―――多分、知ってた。



422 名前:本当の気持ち(その2) 投稿日:2006/08/26(土) 06:53

そんな二人の姿が見られるようになってしばらくして、
半ば強制的に私は自分の気持ちを確認することになる。




コーヒーを買おうと財布を手に自動販売機へ向かう私の目に、それは映った。
自動販売機の隣のベンチに蹲る後姿。

石川がいた。

ベンチの端で、静かに膝を抱えて。
また、何かへこんでる。
ダンスが上手くいかないとか、中澤さんにダメ出しされたとか。
きっとそんなところだ。
変わらない彼女に微笑ましくなって、コーヒーとココアを買い手渡した。
石川は驚いたように目を瞠ったけど、大人しくそれを受け取って。

石川を慰めるのは私の役目だ。
それは、加入当時から変わらない私と彼女の関係。
隣に座って彼女の言葉を待つ。コーヒーを飲みながらゆっくり。
423 名前:本当の気持ち(その2) 投稿日:2006/08/26(土) 06:53

泣き出した石川の頭をそっと撫でる。
落ち着けるように、優しく、そっと。

「ごっちんが、好き。」

涙声で告げられた言葉に、私は固まった。

知らず早くなる息遣い。
どくどくと脈打つ音がやけに大きく聞こえる。
焦燥とか、苛立ちとか、とにかくあまりよくない感情が固まって、
食道をせり上がってくるような感覚に襲われた。

混乱した頭で、泣き続ける石川の頭を撫でた。
手が、振るえた。
424 名前:本当の気持ち(その2) 投稿日:2006/08/26(土) 06:54

変わらない石川に、変わらない関係。
心地良い彼女の隣に座っていてもいいと、信じてた。

その時になってようやく私は気付いたんだ。
彼女に対するこの感情の意味を。
多分、一番絶望的な状況で。


――石川が好きだ。


私は気付いたんだ。








425 名前:本当の気持ち(その2) 投稿日:2006/08/26(土) 06:54


***










その日からすべてが変わった。
視線は無意識に彼女を追って。
挨拶程度のじゃれ合いも気軽にはできなくなって。
馬鹿みたいに私のすべてが彼女中心に回ってた。

どれも苦しかった。けれど。
一番辛かったのは、この気持ちを伝えられないこと。
私を頼ってごっちんの事を相談してくる石川を振り払うなんてできなかった。


426 名前:本当の気持ち(その2) 投稿日:2006/08/26(土) 06:54



そんな日々が続いたある日。
テレビの収録が終わり楽屋で皆が帰り支度をしていた時のこと。

鞄に自分の荷物を詰め込んでた私の目に、それは飛び込んできた石川の後姿。
その隣には当たり前のようにごっちんがいた。
見慣れた光景なのにぎゅっと胸が苦しくなるのを止められない。

不意にごっちんの方を向いた石川の顔が視界を掠めた。

綺麗な笑顔。
だけど、どこかそれは寂しそうで。
その理由を、私は嫌というほど知っている。
ぎゅうぎゅうと苦しくなる心に耐えられなくなって、楽屋をそっと抜け出した。

自動販売機の前まで来て、はっと息を吐き出した。
心臓の辺りの服を掴んで、自動販売機に身を預けると、
ぶーん、と機械音が背中から伝わってくる。
427 名前:本当の気持ち(その2) 投稿日:2006/08/26(土) 06:55

最近の石川は、よくああいう表情をする。
寂しいくせに苦しいくせに、だけど、ごっちんの前では笑うんだ。

一度、言ったことがある。

笑わなくていい、無理してまでごっちんの前で笑わなくていいじゃないか、って。
そしたら石川は、泣きそうに顔を歪めながらこう言った。

「好きなんだもん」って。
「ごっちんに嫌われたくない」って。

「友達でもいい。ごっちんの側にいたい」って。

顔を歪めながら、それでも笑って、石川はそう言った。
428 名前:本当の気持ち(その2) 投稿日:2006/08/26(土) 06:55

石川は馬鹿だ。
馬鹿で阿呆で、意気地なしで。
告白する気なんかないくせに。


恋する、女の子だった。


はあ、と、もう一度息を吐くと幾らか頭が落ち着いてきた。
財布をお尻のポケットから出してコーヒーを買う。
取り出し口から落ちてきたそれを拾い上げる。
ふと上げた視界にココアが入った。

数ヶ月前に泣いていた石川にココアを奢ってあげたのを思い出して、
ついでにココアも購入。

また無理して笑ってるアイツのために奢ってやろう。

二本の缶を持って、楽屋の扉の前で一度止まった。
両手を上に伸ばして、伸びをする。
気持ちを切り替えるために。

ここからは、石川に恋をしてる吉澤ひとみは終わりだ。
石川梨華の同期で戦友の吉澤ひとみ。
429 名前:本当の気持ち(その2) 投稿日:2006/08/26(土) 06:56

よし、と心の中で呟いく。
気持ちの切り替え終了。

扉を開いて楽屋の中に入ったその時。
石川と話をしていたらしいごっちんがこっちへ振り向いた。

その顔が、さっき見た石川みたいな寂しそうなそれで。
一瞬そこにいるのがごっちんだってことが信じられなかった。

だって、こんなごっちんの顔は初めて見たから。
だって、さっきまでずっとごっちんは笑顔だったから。

石川と楽しそうに嬉しそうに話してたから。

だけど、それは本当に刹那の出来事で。
私の横を通り抜けるごっちんの顔はいつもの彼女だった。
ふにゃりと笑って「お先に」って、楽屋を出て行った。
430 名前:本当の気持ち(その2) 投稿日:2006/08/26(土) 06:56

何だったんだ?今の。

呆然と彼女が出てった扉を見つめた。
暫くそうしたあと、石川へ視線を戻す。
彼女は顔を上に向けて、まるで何かを考えてるみたいに、じっとその場を動かない。

二人の間にどんな会話が交わされたのか、私には分からない。
けれど、少なくとも、喜ばしい内容でないことは確かみたいだ。
石川、大丈夫かな。

気になって、彼女の元へ。
かたん、と石川の前にココアを置いた。

「暗いよおねーさん」

できるだけ明るくそう言いながら、その隣へ腰掛ける。
顔を私の方へ向けた石川が、小さく私の名を呼んだ。
431 名前:本当の気持ち(その2) 投稿日:2006/08/26(土) 06:57

「いしかー元気なかったから、優しいよしざーさんが奢ったげる」

笑顔で、できるだけ声が明るく響くように、少しでも石川の気分が向上するように。
おどけて言うと、彼女は少しだけその顔に笑顔を乗せて「ありがとう」と言った。

両手を暖めるように缶を持つ石川を暫く見つめて、視線を前に戻し、
持っていたコーヒーのプルタブを親指で押し上げた。

「…なんかあった?」

石川を見ないで、まるで独り言みたいに、ぽつりと呟く。
見られているよりこっちの方が話易いと思ったから。

少しの沈黙の後、彼女はゆっくり口を開いた。

「なんかね。駄目だなぁって。
 忘れたいのに。全然ダメでさ?彼氏の事も中途半端で」

笑おうとして失敗した時みたいなその声。
缶を傾けて、一口コーヒーを口に含む。
口内にそれの苦味が広がっていく。
432 名前:本当の気持ち(その2) 投稿日:2006/08/26(土) 06:57

「何やってるんだろうって思って」

彼女がぷしりと缶を開けた。

「ほんとに…」

震えてる声。
その後に言葉は続かなかった。
俯いてしまった彼女の肩が小刻みに震えてる。
泣きそうなのを堪えてるんだとすぐに分かった。

彼女の頭をそっと撫でる。

ごっちんのために泣く石川。
そう思ったら胸が締め付けられそうなくらい痛くなった。

―――泣くぐらい辛いなら、止めればいいのに。

私じゃダメ?

思わず出そうになったその言葉を寸前の所で食い止めて。
433 名前:本当の気持ち(その2) 投稿日:2006/08/26(土) 06:57

私なら、きっと石川を笑顔にできるのに。
私なら、絶対泣かせたりしないのに。

そんな言葉が浮かんでは消えた。

だけどね。分かってる。
理屈じゃないんだ。

石川梨華は好きになった、後藤真希を。
吉澤ひとみじゃなくて、後藤真希を。

そして、吉澤ひとみは石川梨華に恋してる。

ただ、それだけが私達の中にある本当で。
覆ることの無い、たった一つの真実だから。

気付いた瞬間、失恋が決定したこの恋を彼女に伝えるつもりは欠片も無い。
知られてはいけない。
この気持ちは絶対に誰にも知られてはいけない。
だって、この感情は、ただ悪戯に石川の心を混乱させるだけだろうから。
434 名前:本当の気持ち(その2) 投稿日:2006/08/26(土) 06:58


――好きなんだ。


君が、好きなんだ。
私じゃない誰かのために流すその涙さえ、私は。


缶を傾ける彼女を見ながら、私は必死で笑顔を作ることしかできなかった。








435 名前:本当の気持ち(その2) 投稿日:2006/08/26(土) 06:58


***






ごっちんが卒業した。

たくさんの涙とたくさんの声援の中、彼女はモーニング娘。から去った。
ごっちんが抜けても、仕事はいつものようにあって、
その量は、卒業後更に増えたようにさえ思えた。

忙しい毎日。
だけど、ごっちんと仕事が重なるなんてことは滅多に無い。
それに比例するように、石川が私に相談しに来ることは減っていった。
436 名前:本当の気持ち(その2) 投稿日:2006/08/26(土) 06:58



―――正直。

嬉しくなかったって言ったら嘘になる。

石川の口からごっちんの名前を聞かずに済んで、
私は少しだけ救われてた。

ごめんね。石川。
でもやっぱり、私は君が好きで。

この気持ちを伝えようとは思わなかったけど。
片思いしてる相手から恋の相談をされるのは、
苦痛以外のなにものでもなかったから。

ごめんね。石川。
だから、私からもごっちんの名前を出すことはなくなってた。
自分がこれ以上傷つきたくなかったから。
437 名前:本当の気持ち(その2) 投稿日:2006/08/26(土) 06:59

だって、私は知ってた。

石川が。
ごっちんの卒業前と変わらずに仕事をこなしてる石川が、
楽屋の中で、スタジオの中で、ごっちんの姿を探してることを。

メンバーやスタッフさんの口からごっちんの名前が出る度に、
切なそうに瞳を揺らしてることを。

私は、知ってたんだ。





438 名前:本当の気持ち(その2) 投稿日:2006/08/26(土) 06:59


***








局の廊下を歩いてた私たちの前にごっちんが現れたのは、
彼女の卒業から数ヶ月たった後のことだった。

「ごっちん…。」

私たちを見とめたごっちんは、目を見開いてその場で歩みを止めた。
ちらりと隣を窺うと、硬直した石川の姿。
その目はゆらゆら揺れていて。
最近は大分落ち着いていた私の心が、じくじくと痛み出す。

きっと今、石川はごっちんの事で頭がいっぱいだ。
今の私みたいに胸を痛めてる。

ごっちんのことが、好きで、好きで、忘れられなくて。
439 名前:本当の気持ち(その2) 投稿日:2006/08/26(土) 07:00

ぎゅうっと手を握りこむと、爪が掌に食い込み、
その痛みで頭が少し冷静になってくる。

ごっちんに視線を戻して、笑みを作った。

「ごっちんも仕事?」
「うん。新曲のね」
「あーそれ聞いたよ。いい感じじゃーん」
「んへへ。ありがと」

照れたように笑ったごっちんは、歩みを再開した。
彼女近づくにつれて、隣の石川が体を更に強張らせていくのが分かった。

「じゃあ、まだ仕事あるから」

ごっちんが私たちの隣を通り過ぎる瞬間、
石川の体がびくりと震えた。

視線を向けると、硬直した石川と、ごっちんに掴まれた彼女の腕。
440 名前:本当の気持ち(その2) 投稿日:2006/08/26(土) 07:00

「こんどっ」

それに、真剣なごっちんの顔があった。

私の心臓がどくりと鳴って、
背筋に嫌な感じが這い上がる。

「今度、時間合ったら、ごはん行こうね」

それだけ言って、ごっちんは早足に去っていった。

残ったのは、固まったままの石川と、

「なに、あれ…」

私だけだった。






―――気付いたのは、その時。

ごっちんの気持ちに気付いたのは、その時だった。
私はごっちんのあの目に、石川と同じ色を見つけたんだ。







441 名前:本当の気持ち(その2) 投稿日:2006/08/26(土) 07:01



***









どうすればいいのか分からなかった。

お互いに想いあってる二人。
だけど、それを相手に伝えようとしない二人。

その片割れに恋してる私。

ぎゅうぎゅう苦しくなる心は涙が出そうなほど痛かったけど、
応援しなきゃいけない、私の冷静な部分がそう言った。

全て覚悟してたことじゃないか。
こうなるかもしれないことも、覚悟は、できてたじゃないか。
442 名前:本当の気持ち(その2) 投稿日:2006/08/26(土) 07:01

だけど。
だけど。

私の心は叫ぶんだ。
泣いて叫ぶんだ。


嫌だって。できるわけないじゃないかって。


私は石川が好きなのに。
世界中の誰にも負けないくらい、彼女が好きのに。


正直言うとね。
あの頃、石川に言っちゃおうかって考えたこともあったんだ。

ごっちんの気持ちを知ってるのは多分本人を除けば私一人で。
石川の気持ちを知ってるのも、私だけで。

私を信頼しきってる石川。
傷だらけの石川を慰めて、手に入れることなんて、多分それほど難しくないことで。
そこに漬け込むなんて簡単なことで。
443 名前:本当の気持ち(その2) 投稿日:2006/08/26(土) 07:01

だけど、私は結局それをしなかった。

――できなかった。

フェアじゃないとか、そんな綺麗な気持ちから石川に気持ちを伝えなかったんじゃない。

絶好のチャンスをものにできなかったのは、
やっぱり、私を信頼しきってる石川のせいだった。
ごっちんのことを相談したあとに、顔を歪めて無理やり作った笑顔で、ありがとうと言った石川のせいだった。

自分の心の汚さを目の当たりにして、罪悪感に押しつぶされそうで。
自分を守るために、私は言わなかった。

―――ただただ、意気地が無かったんだ。








444 名前:本当の気持ち(その2) 投稿日:2006/08/26(土) 07:02


***











熱を出した。
37度くらいならなんとか仕事に行くのだけど、
腋の下から取り出した体温計のデジタル表示は、39.3という数字を映し出してて。
電話でそれを伝えると問答無用で会社の人に病院へ拉致られ、点滴。
家での安静を命じられた。
まあ、そもそもベッドから抜け出す気力もないから、そんな命令も必要無いけど。

病院から戻ってずっと寝てた私は、昼ごろに喉の渇きを覚えて目を覚ました。
枕元に置いておいたペットボトルを取ろうと手を伸ばすと、
目的のものはすぐに見つかった。
けれど、異様に軽い。
朦朧とする頭に、嫌な予感が過ぎる。
目の前に持ってきたペットボトルの中には何も入っていなかった。
445 名前:本当の気持ち(その2) 投稿日:2006/08/26(土) 07:02

最悪だ。

布団の中から少しだけ頭を動かして冷蔵庫を見やる。
距離にしたら4、5メートルもない。
だけど、今の私にはどんなマラソンのコースよりも遠いく感じる。

がんがんする頭を片手で押さえながら、ベッドから抜け出した。
床に足をつけて立ち上がると、ふらりと足元が揺れて慌てて壁に手を突く。

普段こんな高熱を出すことがないからか、
平熱が他人より低いからか、大分体がまいってるみたいだ。

壁伝いになんとか冷蔵庫の前まで来て、中からペットボトル飲料を取り出した。
冷蔵庫の前に座り込み、一気にそれを煽る。
熱い喉に冷たい感触が伝って、気持ちが良い。

半分ほど飲み干して、ペットボトルを首筋にくっ付ける。
ひんやりするそれが心地よくて目を閉じた。
446 名前:本当の気持ち(その2) 投稿日:2006/08/26(土) 07:02

(仕事に穴を開けちゃった)

ぼんやりとそんなことが頭に浮かんで。
はあと息を吐き出す。

今日はテレビのコメント撮りと、雑誌のインタビューが入ってたはずだ。
私がいないから、コメント撮りは後日に回され、
インタビューは私抜きでやるとマネージャーさんが言っていた。

私を家に送ってくれた会社の人に、体調管理も仕事のうちって恐い顔で説教されたし。

まったく、ついてない。
メンバーにも迷惑をかけちゃった。

みんな、怒ってるかな。
…心配してくれてるかな。

飯田さんは怒ってるかも、リーダーだし。
そういうとこ厳しいから。治ったらお説教は逃れられないかも。
矢口さんと安部さんは、多分そんな飯田さんを宥めて気がする。
しょうがないなってお姉さんの顔して。
他のメンバーも色々思ってるんだろうな。
辻も、あいぼんも。
447 名前:本当の気持ち(その2) 投稿日:2006/08/26(土) 07:03

うっすらと、閉じてた目を開けた。


石川は―――。


どう思ってるんだろう。

心配してくれてんのかな。
そうだと、いいな。

(石川…)

口の中でその名前を呼ぶと、それは、酷く甘い何かを私の中に落とした。

会いたいなぁ。
顔が見たい。
声が聞きたい。

中学生の女の子みたいな自分の思考に、苦笑した。
熱で頭の方も大分ヤラレてるみたいだ。
448 名前:本当の気持ち(その2) 投稿日:2006/08/26(土) 07:03

首に当てたペットボトルが温くなってきて、
そろそろベッドに戻ろうかなって考え始めた時。

突然、インターフォンが鳴った。

ぼんやり扉を見やる。

こんな時間に誰だろう。
お母さんには熱のことを言ってないし。
会社の人?

考えていると、インターフォンがもう一度鳴って。
私はだるい体を無理やり立ち上がらせた。

扉の覗き窓から玄関の前を確認すると、
そこには、予想だにしていない人物が立ってて。
449 名前:本当の気持ち(その2) 投稿日:2006/08/26(土) 07:04


「何で…ここにいるの…?」

呆然と呟いた私に構わず、ごっちんは「今日オフだったから」って言って。

「優しいごとーさんがお見舞いに来てあげた」

冗談めかして、コンビニ袋を顔の近くに掲げて見せた。

「何それ?」
「んん。お見舞いって言ったらメロンに決まってんじゃーん、
 って言いたいトコだけど、やっぱコンビニには売ってないねメロン」

…袋の中身を聞いたわけじゃないかったんだけど。

ごっちんは後頭部をぽりぽり掻いて、声を上げて笑った。

「当たり前じゃん。何考えてんのごっちん」
「っさいなー。だからさぁ、とりあえず、ぷっちんプリンを五つほど買ってきた」
「……」

何で五個なんだろ。その前になんでプリン?

ツッコミたいことはたくさんあったけど、
ごっちんの登場で驚いて忘れてた体のだるさと頭痛がぶり返してきて。
思わず額を押さえると、ごっちんが慌てて私の肩を持つ。
「大丈夫?」って聞くから、とりあえず笑って見せて、
彼女の手が肩から離れるのを見計らって口を開いた。
450 名前:本当の気持ち(その2) 投稿日:2006/08/26(土) 07:05

「連絡してくれればよかったのに」
「したよ。でも全然出ないからさ」

ごっちんはそこまで言って、持ってたコンビニ袋を無理やり私の手に握らせた。
されるがままに彼女の行動を見てた私に、彼女はふにゃりといつもの笑みを浮かべる。

「ま、よしこの無事も確認できたし。今日は帰るよ」

熱でぼんやりする頭に響いたその言葉。
最後の一言が気になった。

帰る…?

って、言った今?

「え、帰んの?」

信じられなくて聞き返すと、ごっちんは当たり前のように頷く。
451 名前:本当の気持ち(その2) 投稿日:2006/08/26(土) 07:05

「顔見に来ただけだし。それに、ごとーいても、よしこ落ち着いて寝られないでしょ」
「でも…」
「でもじゃなーい。ほらほら、病人は寝てなさい」

ごっちんは犬を追い払うみたいにぱたぱた手を振って、くるりと背を向けた。
どうやら本気で顔を見に来ただけらしい。

私は呆然とその後姿を見つめて。
結局、彼女がエレベーターの中に消えるまでその場に立ち尽くしてた。
後に残ったのは、コンビニ袋に入った五個のぷっちんプリンと、アホ面の私。

コンビニ袋とエレベーターホールを交互に見て、私はようやく部屋の中に戻った。
ダイニングのテーブルに袋から出したプリンを並べる、
ごっちんの言ったようにちょうど五つ。

椅子に座って、その中の一つを取り上げて蓋を捲った。
口の中に入れるとほんのり広がる甘さ。
むぐむぐ咀嚼しながら、さっきのごっちんを思い出した。
452 名前:本当の気持ち(その2) 投稿日:2006/08/26(土) 07:06

本当に何しにきたんだ。
プリンを届けるためだけにここに来たの?

今日はオフだって言ってたけど、彼女の家からここまでは結構距離があったはずだ。
せっかくのオフに電車を乗り継いで?私のお見舞いに?

ごっちんは時々何考えてるのかよく分かんないことがあるけど、
今日の行動はいつも以上に分かんない。

お見舞いなんてメールでも電話でも事足りるだろうに。

二口目を口に運ぶと、テーブルの端に投げ出されたケータイが目に入った。

そういえばごっちん、連絡したって言ってた。

ケータイを取ってぱかりと開くと、着信4件、受信15件って文字がぺかぺか光る。
453 名前:本当の気持ち(その2) 投稿日:2006/08/26(土) 07:06

その数字に首を捻って中身を確認すると、着信は全部ごっちんだった。
最初の着信時刻は病院から戻った三十分後。
それから一時間ごとに二回。
最後の着信は、今から十五分前だった。

なるほど、連絡したってこれのことか。

メールの方を確認すると、ずらりと並んだメンバーの名前。
うわモテモテじゃん私、なんて一人で感動してると一番上にはごっちんの名前があった。

ぴこっと開くと、「だいじょーぶ??」ってタイトルで始まった文章。

『熱出たって聞いたけど、休まなきゃダメなくらいヤバイ感じ??
 だいじょーぶ?生きてる?てか電話出ろバカよしこ』

「バカって…」

寝込んでる友人に送るメールじゃないだろこれ。
そう思って、知らず頬が緩んでく。
454 名前:本当の気持ち(その2) 投稿日:2006/08/26(土) 07:06

ごっちんがぷっちんプリン片手にここに来た理由が分かった。

――心配、してくれたんだ。

4件の着信から、その文面から、ごっちんの声が聞こえる。
バカよしこって。大丈夫なのって。

「素直じゃねぇー」

滅多にないはずのオフを潰して、電車でことことやってきて。
何やってんの。あの子は。本当に。

私なんかより心配しなきゃなんないコトいっぱいあるでしょーが。
455 名前:本当の気持ち(その2) 投稿日:2006/08/26(土) 07:07

仕事は大丈夫?新曲は?振り覚えたの?
ライブも、テレビもラジオも。


―――石川のことも。


なのに。
なのにさ。


テーブルに額をくっ付けて頭を伏せた。


「…勝てないなぁ」


石川への気持ちは誰にも負けない自信があるけど。
私は、きっと、彼女に勝てない。
気持ちとは別の次元できっと。
負けるんじゃない。勝てないんだ。
456 名前:本当の気持ち(その2) 投稿日:2006/08/26(土) 07:07

何で優しくなんてするんだ。
同じ人を好きになって、私は、卑怯な手まで使おうとしたのに。

ちくしょう。
ちくしょう。

バカじゃん。
何で、何で。

世界中にこんなに人がいるのに。何で。

私は石川じゃなきゃダメなんだ。

好きなのに。こんなに好きなのに。


(ごっちん…)


私はキミを、どうしたって嫌いになんてなれないんだ。



目頭が熱くなって、零れ落ちたそれを、私は暫くの間拭うことができなかった。








457 名前:本当の気持ち(その2) 投稿日:2006/08/26(土) 07:07


***









翌日から無事仕事復帰して、六日目。

その日は、私が熱を出して先送りされた仕事だった。
私の体調管理がなってないせいで無理なスケジュールをこなさなきゃならなくなった事に、
メンバーに申し訳なくて、せめて私が率先して盛り上げようと思い、いつもより気合が入ってた。

いつもよりはしゃいで、いつもよりテンション高めで。
仕事は至極順調だったんだけど、そんな中で心配事が一つ。


―――石川の行動がおかしい。


そわそわしてるというか、と思ったら、妙に淀んだ空気を背負ってたり。
何度か理由を尋ねたけど、弱々しい笑みで返されるだけだった。

でも、尋ねはしたけど、理由の見当は大体ついてた。
石川のことを一番よく見てるのは私だったから。



458 名前:本当の気持ち(その2) 投稿日:2006/08/26(土) 07:08




コメント撮りを終えて、他のメンバーより早く楽屋に戻った私の目に飛び込んできたのは、鏡の前にぼんやり座る石川の姿。
今までは、どんなに様子がおかしくても、こんな姿、現場では絶対出さなかったのに。

仕事場に持ってくるようになったか。
これは相当重症だ。

プロ意識の塊というか、仕事バカの彼女をこんな風にさせられるのは、たった一人。
あの人しかいない。

彼女に勝てないって認めたけど、だからってすぐに石川を諦めきれるほど私は大人じゃなくて。
ずくりと疼く心を私は服の上からぎゅっと押さえた。
459 名前:本当の気持ち(その2) 投稿日:2006/08/26(土) 07:08

ゆっくり石川に近づくと、彼女がケータイを見つめてるのが鏡に映った。
鏡の中の彼女を見ながら、その肩にぽんっと手を置くと、彼女はゆっくり視線を上げて。

「いしかーさん」
「なぁに?よしざわさん」

鏡越しに視線が絡むと彼女が微笑んだ。

…んだよ。その笑顔。
全然なってないじゃん。

心の中で呟いて、石川の隣に腰掛けた。

「あれ、皆は?」

心底不思議そうな声に顔を上げると、鏡の中の石川が首を傾けてて。
私は彼女に気付かれないように溜め息を吐くと、コメント撮りのことを伝えた。

スタッフさんに説明を受けたとき石川も確かに聞いていたはずなのに。
彼女は何かに気を取られてたんだ。

仕事よりも優先してしまうような、何かに。

ずくりずくり。
疼きは増す。

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