IY Maniac

1 名前:Rink 投稿日:2006/04/07(金) 21:01
いしよしです。

スレタイトルは作品とは関係ありませんので
ご了承ください

前スレ
ttp://m-seek.net/cgi-bin/test/read.cgi/mirage/1135433520/

作者サイト『いしよしManiac』
ttp://maniac.himegimi.jp/
2 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/07(金) 21:03



3 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/07(金) 21:04




  チーンッ ウィィィン









「はぁ・・・」

また月曜日が始まっちゃった
しかもここに働き始めて何回目の春だろう



私を乗せたエレベーターはぐんぐん天に向かって上がっていく
ガラス張りのエレベーターから下を見ると
ビルの下にある広場が見えた
桜はほとんど満開で後は散るだけ。

私の春なんてまだまだ遠い・・・




4 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/07(金) 21:05




「おはよう梨華ちゃん。何ため息ついてんの?」



スーツを着た男の人の間をぬってそばに寄ってきた
ちょっと目つきがキツイ彼女


「えぇ?」
「ちょっと・・・そんな顔しないでよね。疲れすぎだって」
「そう言ってもさぁ・・・また始まるじゃない」
「あー・・・お局様による新入社員いじめ?」
「ちょっと・・・美貴ちゃん、失礼じゃない?」


藤本美貴。
唯一同じ年で、私より2年遅く入ってきたけれど
今じゃ先輩も後輩も無い関係。
よき友達であって、よきライバル。

「だーってさぁ?梨華ちゃんがいっつも嫌がらせの如くシゴくから」
「そういう美貴ちゃんだってそうじゃない」
「美貴は普通にしてるだけだって」
「その普通が怖いんだって」
「あ゛!?」
「あ、いや、なんでもない・・・」

それが怖いんだってば!
美貴ちゃんの軽ヤンな目つきでどれだけ新入社員が辞めていってるか・・・
本人は認めないけどね

5 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/07(金) 21:05


自己紹介しますね
私、石川梨華。年は1月で23になったばかり
そしてここは私の働く企業が入っているビル


  チーンッ


「おはようございます」
「おはよう」
「おはようございます、石川さん」
「おはよう」


私が働く『Nu formula』ヌーフォーミュラという会社は
女性向のコスメなどを自社開発・販売しているところで
その幅はとても広く、化粧品は勿論だけど、シャンプーやソープ、アロマグッズも扱っている
もともとお花やハーブを扱っていた会社らしく
そこがこれからの時流に合わせるために新しく立ち上げた部門。

「おはよー」
「「「おはようございます!」」」

わたしはそこのマーケティング部で働いている
美貴ちゃんが私をお局と言ったのは
この部で1番長い経歴だから。

6 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/07(金) 21:06

「おー、石川ぁ〜?」
「あ、おはようございます。中澤さん」

この人は私の上司でもあり、社長の娘の中澤裕子。
次期社長になるであろう中澤さんが部長を勤めていて
この部は通称『YOU子班』と呼ばれている


「今日、新入社員来てるから」
「あ、はい・・・」
「どうした、エライ暗い顔してるな」
「あ、いえ・・・」
「まぁー、めいいっぱいシゴいたってや〜!」
「もう、胃が痛いですよぉ」
「アンタの役目やで〜!やないと部長の座はまだまだ譲れんわ」

そう、私は中澤さんの姪っ子でもあるんです・・・

7 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/07(金) 21:06

高校を卒業と共にこの会社に入社した私は
今年で入社5年目になる
姪っ子だから、仕事を人一倍覚えたっていうのもあるんだけど
何故か私より年上の人は数人しかいなくって
15人近く居る女の子はみんな私より歴が浅い。

必然的にお局の役を買ってしまうわけ。
やりたくないのになぁ・・・

でもそんな事言ってられない。
だってこの部は、言わば会社の中枢部だからね
Nu formulaで1番の売上は
私が居る部の『YOU』というラインから出ている香水で
高校生から30代前半の女性に人気がある。
そしてその宣伝広告の仕方がまた少し変わっているから。

女性に人気のブランドだから
入社してくる人もそれにあやかりたいんだろうけど・・・

8 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/07(金) 21:07

 キーンコーン、カーンコーン


「はい、朝礼はじめまーす」
「「「はーい」」」


今年入ってきた新入社員は4人。
会社全体では創立以来、最高の採用をしたらしいけれど
マーケティング部自体にはそんな人は必要としない
だって長年の経験が必要な部所だから

中澤さんが前に立って号令をかけた
部長のデスクの前には真新しいスーツで身を固めた
女の子が2人と男の人2人が緊張の面持ちで直立不動になってる

あーぁ、わたしもあんなだったなぁ・・・

「今年も新しく仲間が入ります。じゃぁ自己紹介しよかー」

端の男性から自己紹介を始めた

今年は女の子2人かぁ・・・
去年はたしか4人くらい居たけど
結局残ったのって

「ねぇ梨華ちゃん、あの子カッコよくない?」
「しーーっ!朝礼中なんだから!」

私に声をかけてきたのは
去年、別の会社から引き抜かれてきた柴田あゆみちゃん
柴ちゃんはもともとライバル会社の営業部に居たんだけど
やり方に納得いかなかったのと、この会社の方針が
前から憧れていたかららしい。
もともと現場の第一線で働いていた彼女だから
ここの厳しさも軽々と乗り越えられたんだと思う

9 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/07(金) 21:09

「今年も梨華ちゃんのお局が見れるのか〜」
「柴ちゃんまで・・・」

みんなどーして私にそういう役を押し付けるかなぁ

自己紹介が続いて、みんなまばらな拍手をおくる

「じゃぁ次、女の子いってみよー」
「は、はい。え、えっと、高橋愛です・・・」

緊張しながらも新入社員の自己紹介が続けられる
ふぁあああ・・・
今日は春の陽射しがつよくて、眠くて仕方ない
昨日も遅くまで仕事してたしなぁ

「んじゃ、最後」

「はい!・・・すぅぅ」


最後の子が大きく息を吸い込んだ
私はさっきからあくびが止まらなくって

「ふぁあああ」

「吉澤ひとみでぇっす!!!」

 ガチッ!

「ったぁぁ」

思わずあくびをしていた口を閉めてしまい
舌を噛んでしまった
なんなの?うっるさいなぁ!体育会系!?

10 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/07(金) 21:09

「W大学卒業」

え!?

ザワザワと辺りがざわめき立つ

W大って・・・
なんでそんな高学歴持ってこの会社に入社したの?

「よろしくお願いします!」

彼女は身体を90度にビシッと曲げて、ふかぶかとお辞儀をする
私もつられて小さくお辞儀をしてしまった

「W大だってぇー。元気いいねぇ、あの子」
「はぁ・・・」

11 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/07(金) 21:10


「よーっしゃ、じゃぁ今から振り分けするから名前呼ばれたら手上げてやー」
「出た・・・」

この振り分けと言うのが
いわゆる世話役みたいなもので・・・
1年間、先輩の傍についてみっちりシゴかれる。
大抵憧れだけで入った女の子は辞めていっちゃうんだよねぇ

「高橋は藤本な!」
「あ、はーい」
「それから石川」

来たよ・・・もうそろそろ教育係卒業したいんだけどなぁ

「石川は吉澤」
「はい・・・」

小さく手を上げて合図を送る

「じゃぁ、朝礼終了!今日も一日張り切っていきましょー」
「「「「「はーい」」」」」


みんなそれぞれデスクに座って、仕事を始める
男の子は基本的に外回り
女の子は企画なんだけど
わたしのやり方は両方だから体力のない子は脱落していく

あの新人の子は大丈夫そうかなぁ・・・
でも期待しちゃいけない
どうせすぐに辞めちゃうんだし

わたしはイスを引いて自分のデスクに座ると
引き出しからメガネを取り出してパソコンを起ち上げた

「あ、あの、高橋愛です、よろしくお願いします」
「はいはーい」

パーテーションで区切られたデスクの前では
美貴ちゃんと高橋さんが挨拶をしてる
それはとっても和やか。
でもあの笑顔の下に隠された軽ヤンを知るのは
しばらくしてからなんだろうな

12 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/07(金) 21:11

「あ、あの!」

メガネがずり落ちる
ちょっと、でっかい声出さないでよね・・・
見上げると鼻息をちょっと荒げた新人さんが立っていた
手をぎゅっと握り締めて、プルプル震えてる



かわいい・・・







なんて思うと思った?
もうそんなの見飽きたの、私

「あ、えっと、吉澤さんだっけ。石川梨華よ、よろしくね」

立ち上がって無表情で手を差し出す
私は美貴ちゃんみたいにフレンドリーに接したりしない

「よ、よろしくお願いします!」

吉澤さんは手をぎゅっと握ってブンブン握手した
痛っ、痛いってば!

「ちょ、ちょっと、離してくれないかな?」
「あ、ご、ごめんなさい!」

吉澤さんはバッと離して、顔の横に両手を上げた
誰も手を上げろなんて言ってないってば
13 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/07(金) 21:11

「あはははは!吉澤さんって面白いねー!」

向かいで美貴ちゃんが笑ってる
横にいた高橋さんも釣られて笑ってるし

「あ、あはは〜!」

満面の笑みをこぼす吉澤さん
さっきまでの緊張はどこへやら、だらしないアホ顔になった

はぁ・・・先が思いやられる

「どうかされましたかぁ?」
「別に・・・」

吉澤さんは私の顔を覗き込んでくる
高学歴者ってどっか一本切れてるのかしら
頭いいのか悪いのかわかんない

私はまだだらしなく口をぽかーんと開けた吉澤さんを
睨みつけるように見上げた
別に敵意なんてないけど、これがクセなの

「な、なんでしょう・・・」

口を閉じて、ちょっとピヨッた吉澤さん
私も裏で軽ヤンって言われてるのかなぁ
腰に手を当ててる姿は、傍から見ればかなり態度はデカいはず

「あのさぁ」
「は、はい」
「悪いけど、見下ろされるの嫌いなの」
「あ、え・・・」

こんな事言っちゃうからお局なんだよね
分かってるけど、身長差あるから仕方ないけど
見下ろされるの大っ嫌いなの!
14 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/07(金) 21:12

「す、すいません」

 サッ!

「・・・何してんの?」
「み、見上げてみました・・・」

吉澤さんは首をすくめて中腰になって、私を見上げてる

コイツ、バカ!?

「あっはははは!!ウケるぅ!!!」

美貴ちゃんは手を叩きながら大笑い

「え、えへへ?」

「はぁ・・・バカ過ぎ・・・」



もういいや・・・
シゴくだけシゴいて、とっとと辞めてもらおう・・・

15 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/07(金) 21:12
─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─
16 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/07(金) 21:13


「じゃぁ、高橋ちゃん、社内見学行こっか?」
「あ、はい!」

二人は和気藹々としながら、フロアを出て行った

私の隣では、何をしていいのか分からない吉澤さんが
手持ち無沙汰で二人を見送る

「あ、あのぉ・・・」
「・・・なに?」

ちょっと、今話し掛けないでほしいんだけど。
次の企画書をまとめてる私は
パソコンの画面に向き合ったまま答えた

「自分も、見学とか・・・」
「行きたいなら二人についてって」

  カチャカチャ、カチャカチャカチャ

「あ・・・はぁ・・・」

「見学なんてしたって、意味ないし」
「ど、どうして・・・」

  カチャカチャカチャッ  パンッ!

強めにエンターキーを押すと、ビクッと吉澤さんは震えた
首だけクルッと向けると、また私は冷めた目で見つめる
17 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/07(金) 21:13


「アナタがずっとここに居ると思えないから」


呆然として、落胆した吉澤さんの顔。
これじゃただの嫌味。分かってる。
でもね、コレくらいでめげてちゃ
おっきい仕事なんて取りにいけないんだよ

「・・・分かりました」

声のトーンが下がった
ついでに志気も下がったみたい

「そう」

メガネをクイッと上げて、また画面に向かう

  カチャカチャッ カチャカチャッ

「・・・自分は何をすればいいですか」
「そうね・・・大学で主に何を勉強してたの?」
「マーケティング戦略です」
「そう・・・じゃぁ、大体の事は分かるんだ」
「ええ・・・一応は」
「じゃぁ、今からこの会社が路面店舗展開してる店の売上と
 あと企業やデパートに入ってる店の売上を
 そっちのPCに流すから、見てくれる?」
「あ、はい」

吉澤さんはデスクのPCを起ち上げた
18 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/07(金) 21:15

「それが流通量と売上。赤の数字がバックマージン」
「はぁ・・・」

画面を食い入るように見つめる吉澤さん
口は相変わらずポカーンと開きっぱなし
ちょっと・・・オシャレでセレブな会社がモットーなんだから
そのだらしない口閉めなよね

「分かる?」
「・・・そう、ですねぇ・・・」

分かってないでしょ・・・
適当に頷くくらいなら聞いてよね

「はぁ・・・」

これでため息何回目だろう・・・
初日からそんな専門的なこと言ったって
誰も把握出来ないのは分かってるけど
頭いいんだったら、どうにかなるんじゃないの?

ねぇ、だから口閉じなってば!
私は注意するために息を吸い込んだ

「あの」
「ここ」
「さぁ!?・・・え?」
19 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/07(金) 21:15

「ここ。この企業、流通量はありますが、どうしてこんな数字なんですか」
「え?」
「ここです。ええっと・・・Futureさん?」
「・・・さ、さぁ・・・」
「ここは、もう少し上げてもいいんじゃないでしょうか」

今まで気づかなかった
そんな小さな企業のことなんて見向きもしなかったし・・・

「確かFutureって、ショーなどを手がけるプロモーターでしたよね」
「そうだね」
「だったら、今後この企業に一役買ってくれるかもしれませんよ」
「そ、そう・・・」
「もっとこちらからプッシュしてもいいのでは?」

吉澤さんは首をクルッと私のほうに向けて
鋭い視線を送ってきた

さっき口をだらしなく開けて目じりを下げていた人とは思えないほど
中澤さんが時々する目にそっくり・・・

知識だけ持った頭でっかちの意見なんかじゃなくって
それを生かす知恵をしっかり持ってる
20 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/07(金) 21:15

「・・・吉澤さん」
「はい?」

こんなこと自分が聞くなんて思ってなかったけど
口が勝手に動いてた

「吉澤さんって、どうしてこの会社に入ったの?」

彼女は釣りあがっていた目じりを少し下げた
唇をむーっと突き出して、視線を流して何かを考えてる
もしかして動機無し?





「憧れです!!」


(0^〜^)ニコッ!

「あはぁ〜〜♪」
「・・・・・」


結局その口なのか・・・
はぁ・・・

21 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/07(金) 21:16
─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─
22 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/07(金) 21:17


  キーンコーン カーンコーン


「はあぁぁぁ・・・」

長い一日が終わった。疲れた・・・

「梨華ちゃん、そんな声出さないでよね」
「ごめんってば・・・」
「今日新人歓迎会だけど、行くでしょ?」
「えええ?今日なの?聞いてないし・・・」
「顔出したほうがいいなじゃない?梨華ちゃんいっつも帰るからさ」
「そうだけど・・・」

今日はホントに疲れたんだってば
なんせ

「飲み会ですか!?」
「そうだよ〜!吉澤さんお酒強いの?」
「ガンガン飲みます!」

隣で嬉しそうに目を輝かせてるコイツのせいなんだけどね

23 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/07(金) 21:17

結局吉澤さんはあの後資料整理なんかの雑務をしてただけで
鋭い目をしたのはあの一瞬だけだった

気のせいだったのかなぁ
ホラまた今も犬みたいにキャンキャン言って飛び跳ねてる


「YOU子班、飲み会行くぞーーー!」

中澤さんが立ち上がって大きな声で呼びかける

「「「おーーー!!」」」

YOU子班は女性が多いけれどノリは本当に体育会系で
時々ついていけなかったりするんだ

「ほら、石川!行くぞ!!」

1番張り切ってるのは班長の中澤さんなのね
久しぶりに若い人と飲めるからってそんなはしゃがなくても

「はいはい・・・」

私はメガネをケースに入れて引き出しに戻すと
鞄を持って立ち上がった

24 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/07(金) 21:17

「石川さんは飲める口ですか??」

エレベーターホールで数を増していくランプをみつめていると
後ろから声をかけられた
犬、うるさいよ!!
クルッと振り返って睨みつける

「なに」
「あ・・・」

 サッ!!

「・・・何」
「見上げました」
「・・・・・」
「あはぁ〜♪」

口を閉じなってば!!
私は白くて柔らかそうなほっぺたを思いっきりつねった

「いだだだ!いふぁいふぇふ!!」
「口閉じなさい!」
「ふ、ふぃまふぇん」

25 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/07(金) 21:18

  チーンッ

YOU子班の人間がエレベーターに乗り込む
一番奥に入ってガラスに凭れた

「なんや、石川。すっかりオカンやなぁ」
「オカンって・・・」

こんなでっかい子ども産んだ覚えなんてないんですけど!
だらしなく口は開けるわ、ニヤケ顔で笑うわ・・・

「吉澤も石川と仕事うまいことやっていけそうやしなぁ?」
「えへへ〜〜」

中澤さんは私の隣にいた吉澤さんの頭を撫でる
そんな事するから犬になるんだってば

「よーしよし、いい子やなぁ」
「へへへ〜〜」
「吉澤は酒強いんかー?」
「まあまぁですねぇ〜」

中澤さんの目がキラリと光る
あーあ、可愛そうに・・・中澤さんの餌食決定だね

「ほーほー、そーかー」

中澤さんはほぉそうかそうかなんて言いながら
撫でていた手を止めて
ガシッと吉澤さんの肩を組んだ

「うっ!・・・な、なんでしょう」
「今日はとことん付き合ってもらおうかぁ?」
「あ、あは、あはは・・・」

ニヤケ顔が凍りついた
まぁ、せいぜい絡み酒されてください

26 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/07(金) 21:18


「ではー。乾杯の音頭とります〜」
「「「「「「はーい」」」」」」

中澤さんは並々とビールの注がれたグラスを持って立ち上がる
みんなもそれに合わせるように立ち上がった

「えー、新入社員の皆さんは、これから頑張ってー。
 既存のみんなも頑張ってくださーい」

「「「「「「「はーい」」」」」」」

「めんどくっさい事は抜き!それではー、かんぱーーーい!!」
「「「「「「「かんぱーい!」」」」」」」

みんながグラスに口をつけてビールを飲み干すと
拍手が起こった

「さぁ、飲んで飲みまくるでー!!」
「誰も裕ちゃんにはついていけないってばぁ!」
「おー!?言うたなぁ!?」
「あははは!」

会社全体がそうなんだけど、YOU子班は特に
仕事が終わると友人同士になる
上司も部下もアフターファイブは関係無し
アメリカンな会社というかフレンドリーというか。
27 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/07(金) 21:19

『仕事決めるときは決める、酒飲んで暴れるときは暴れる。それでいいやん』

以前に中澤さんがそう言ってた。
会社に入れば、“裕ちゃん”の名残なんて微塵も感じさせないほど
中澤さんは仕事をこなす
だからみんなついて行くんだと思う。
私はそれを見習いたいんだけど
どうしても小姑みたいになっちゃうんだよなぁ

「どーしたの、梨華ちゃん。顔暗いよ?」
「そう?」
「あ、黒いの間違いか」
「ちょっと、失礼だよ!?」
「だーって、美白しても“白くならないぃ!”って自分で言ってたじゃん」
「言わないでよね、傷ついたんだから・・・」

目の前の鉢に盛られたサラダをトングで掴んで
美貴ちゃんの取り皿の上に乗せる

「ちょ、ちょっと!野菜なんて要らないから肉!!」
「肉食獣、たまには野菜食べなさい!」
「いいの!肉ぅ!にーーくーーー!」

お箸を握り締めてテーブルをドンドンッと叩いて抗議してる。
そんな事したって肉なんて後になんなきゃ出てこないんだから
28 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/07(金) 21:19


「よーしざわー!こっち来て一緒に飲め〜!」
「あ、はい〜。ただいま〜♪」

向かいに座っていた吉澤さんは
上座の中澤さんの隣に移動した
ご愁傷様です。

「あのね、梨華ちゃん」
「ん?なに?」

水菜サラダをシャキシャキ食べていると
美貴ちゃんが声をかけてきた
その視線は吉澤さんの方を向いてる

「吉澤さんってね、かなりいいところの子らしいよ」
「へー」

かんけーない。私は続けてサラダを食べる
ここのサラダ、ドレッシングおいしいなぁ

「会社やってんだって」

 シャキシャキ、シャクシャク

「あっそ」
「しかも彼女が次期社長になるはずだったんだって」

 シャキシャキ、ゴクンッ

「それ、誰情報?」
「裕ちゃん」
「あっそう」

「本当ならアメリカに留学するはずだったんだって」
「あ、アメリカ!?」

美貴ちゃんの方を見つめると
やっと来た肉に飛びついてる。
そんながつがつしなくたって、誰も取ったりしないから

29 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/07(金) 21:20

「んふぇ、あめりふぁいっふぇ」
「ちょっと、食べながら喋らないで」
「んっぐ、ぐっ・・・ふぁ・・・グビッ」

アメリカ・・・経済の勉強するためにアメリカに行くって
相当の金持ちじゃないと出来ないよね
美貴ちゃんにつられて私もビールを口に含んだ

「MBA取るはずだったんだって」
「グッ、ブフッ!!!」
「きったない!」

口から思わず漏れたビールを手で押さえたけど
間に合わずにテーブルに撒き散らしてしまった

「まーったく、ほんとおっさんなんだから」
「美貴ちゃんに言われたくないよぉ!」
「あーはいはい」

おしぼりでテーブルを拭いてる彼女は
確かに見た目はキツいけれど、とても気の利く可愛い女の子
お世話するのが上手だから、美貴ちゃんが教育した子は
みんな育ちが早い。
もし彼女が飴ならば、私は鞭なんだと思う
30 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/07(金) 21:20

「ところで、MBAって・・・」
「親の会社継ぐからでしょ?」
「吉澤さんの家ってなにしてるの・・・」
「YTカンパニー」
「・・・わ・・いTカンパニー!??」

日本有数のIT企業でその名前を知らない人は多分居ない
最近じゃ株も上がってきたらしく、どんどん大きくなってる
社会のことはあまり知らない私でもそれくらいなら分かる
そんな大企業の社長令嬢がなんで・・・
そりゃうちの会社はまだまだこれからだけど
でもYTカンパニーから比べたら
とっても小さい会社なんだよ?

「な、なんで・・・」
「さあ〜。頭のいい人間の考えるこたぁー、美貴にはわかんないし」
「いや、私にもわかんないって」

開いた口が塞がらない
上座の方を見ると、中澤さんに絡まれながらも
お酌をしながら自分も飲んでる吉澤さんが見えた

W大卒で、アメリカにMBA取得するために留学するはずが
うちの会社に就職・・・
それってかなり選択間違ってない?
エリートコースから外れたってことでしょ・・・

何がしたいのか分からない

まぁ、関係ないけど・・・
横目で彼女を見ながらグラスに入っていたビールを飲み干した

31 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/07(金) 21:20
─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─
32 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/07(金) 21:21


「じゃー、もう一軒いくぞーー!みんな着いてこぉぉい!」

すっかり酔っ払った中澤さんと飲まされた男性陣。
私も程よく酔ってる
でも朝まで飲む元気は無い。明日だって仕事あるんだし

「中澤さん、しっかり立ってくださいよぉ〜〜」

困り顔の吉澤さんが脇を抱えて
暴れだしそうな中澤さんを抑えてる

「あ、私はこの辺で失礼します」
「ああああ!??いーーしーーかわーーー!帰るんかぁ!?ぐふっ」
「え、ええ・・・明日も仕事ありますし」
「みんなあるわい!!」
「仕事残ってますし」
「なーんやねん、付き合い悪いのぉ!」

そんなあなただから
付き合いきれないんだってば・・・

「美貴も帰ります〜!」
「はぁぁ!?藤本ぉ〜〜!」
「家でペットが待ってるんで♪」
「ペットぉ!?」

「じゃ、失礼します〜〜!」
「私も失礼しますー」

私と美貴ちゃんは駅の方に向かって歩き出した
後ろでは覚えとけよー!なんて叫んでる中澤さんがいたけど
無視無視

33 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/07(金) 21:22


「はぁ・・・長いよね、あそこから」
「そうだね」
「大抵あれで新人って死ぬよね」
「死ぬね」
「いいの?梨華ちゃんの犬置いてきて」
「犬ってなによ」
「吉澤さんだよ」
「あんなデカい犬も子どもも要らないってば!」
「なーんか可愛いじゃん?何考えてるのかわっかんないけどぉ」
「だから要らないんだって」
「そお?躾れば忠犬になるんじゃない?懐いてるしさ」
「懐いてるぅ??」

今日一日あった事を少し振り返った
確かに、自分についてくればいいからって言ったら
トイレにまでついてこようとした子だったけど・・・
34 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/07(金) 21:22

「それって懐いてるっていうの?」
「まー、いい人材手にしたんだからさ、生かすも殺すも梨華ちゃん次第って事だよ」
「いい人材ねぇ」
「あんまり殺さないで欲しいって思うけど」
「別に殺そうと思ってるわけじゃないってば」
「知ってるよ、それくらい。アイラブ仕事なんだもんねー」

別にそんなつもりは無いけど・・・
だけど、やっぱり責任感は他の人よりは強いと思う
だから生半可な気持ちで入社してきた人間に対しては
とことん厳しくしてしまう

「でーもさぁ、そのキャラって自分の首絞めてるんだよ?」
「知ってる・・・」
「憎まれ役を買って出るのはいいけど、あんまりしすぎない方がいいんじゃない?」

確かに憎まれ役なんてしたくない
私だってみんなと和気藹々としたいよ
でも、いつのまにかそう言うポジションになってたんだよ・・・
“昔は可愛らしかったのに”
ってのが私に対する周りの評価
今は可愛げなんて微塵も無くって、嫌味のように仕事に難癖をつけてる

「・・・分かってるけど・・・」
「でも、梨華ちゃんは仕事取ってこれるし、間違った事は言ってないから
 美貴は好きなんだけどねー」
「美貴ちゃん・・・」

ちょっと涙が出そうになった

「そんな潤んだ目で見てもなぐさめたりしないよ〜!
 美貴の胸はペットだけの物だもーん」
「あー、はいはい」

35 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/07(金) 21:23

  ♪♪♪〜

美貴ちゃんは鞄の中から携帯を取り出して
画面を確認した

「ん?・・・あ!」

 Pi

「もしもしぃ〜?はあい?うん・・・今新宿。うん・・・分かってるってばぁ」

美貴ちゃんはペットと話し出すといつも頭のネジが緩んで
花が咲いたように甘くなる


私にも確かこんな時期あった
普段はならない着信音が鳴ると、顔をほころばせていたあの日。
彼氏1番で、金曜日になるのを心待ちにしていた
年上で、とっても大人な・・・

結局は人のものだったけど

はぁ・・・

所詮、人のものは人のもの。
どう足掻いたって結局は家庭に帰る事がわかってた
はなっから負け戦だったこと。
一時の遊びだって事にも気づいてたし
私に気づかれないように、彼は香りを残したがらないのも知ってた

別れを告げられても縋ったり泣いたりしなかった


追いつきたくて大人なフリをして
背伸びして自分には似合わない格好したり
ふるまいしたりしたけれど

それがいつの間にかこんなキャラ付けされちゃってさ


バカみたい・・・


これじゃまるで、まだ私があの人の事好きみたいじゃん


そりゃそうだよね
あの人以来、誰とも付き合ったりしてないんだもん

今ではもう思い出せない声
でも、柔らかに笑う顔は脳裏に焼き付いて離れない


さっさと消えて欲しい・・・

36 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/07(金) 21:24


 Pi

「ケーキでも買って帰らないとご機嫌なおらないかなぁ」
「拗ねてるの?」
「美貴たん遅いよぉ!だって。ぐふふぅ〜!拗ねてても可愛いんだよなぁ」

美貴ちゃんキショイよ・・・
動きまでおかしいから

「いいね、毎日がご陽気で」

私は呆れた顔で美貴ちゃんを見た
だけど彼女は緩んだ顔を元に戻すでもなく

「梨華ちゃんもペット飼えばいいのに」
「いりません!!」
「いつまでも一人身じゃ寂しくない?」
「寂しくありません!」
「まーたまた、強がっちゃってぇ」
「べ、別に強がってなんて」
「ため息、6回ついてたよ?」
「数えてたの!?」
「うん」

はぁ・・・

「ほらまた。7回目」
「はぁ・・・」
「もう・・・幸せ逃げまくりじゃん」

美貴ちゃんが睨みをきかせてくる
だ、だからそれ私も怖いんだってば。まだ慣れないんだって

「それは・・・分かってるんだけど・・・」
「梨華ちゃんはそのキャラ壊さないとだめだね」
「そ、そんな」
「お局なんてやらなくてもいいんだよ?」
「分かってるってば」

「・・・まぁ、それでいいならいいんだけど」
「・・・・・・」

私は思わず足を止めて、俯いてしまった
今度は美貴ちゃんが呆れた顔をした

37 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/07(金) 21:24


「さーて、わたしJRだから」
「あ、うん」
「また明日ね!」
「うん、また明日」




地下鉄入り口の少し汚い階段を下りていく

東京の街のにおいや風の冷たさに慣れてきた
だけどそれはいつまでも“つもり”で

仕事を終えて帰る電車の窓に映る自分は
いつまでたっても浮かない表情をしてる



一人になれば俯く事がクセで
小姑みたいに嫌味を言う事がクセで
だけどそんな自分が嫌で
一人が本当は寂しいことも気づいてる

クリスマスやバレンタインなんて関係ないって
いつから言い出したんだろう

一人で良い
一人で生きられる強さ持ってる

嫌われたって構わない
陰口を叩かれたって何てこと無い

言い聞かせてる

38 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/07(金) 21:24

理不尽だって思いながら
相手先に頭を下げる事にも慣れた
自分が回りに吐くように言いつける言葉以上に
罵声も批難も浴びてきた

それでも誰よりも大きな仕事を掴んできた
揺るがない自信をつけた
誰よりも自分はやってる。掴んでる。動いてる
可愛げが無い女だと言われても
仕事に男も女も関係ないから。

まるで

自分の存在を“仕事”でしか表せない

そんな風に・・・


・・・こんな不器用な自分なんて本当は要らないのに
仕事が出来る女って、もっとカッコいいはずなのになぁ・・・

39 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/07(金) 21:25




40 名前:Rink 投稿日:2006/04/07(金) 21:25
更新終了です
41 名前:Rink 投稿日:2006/04/07(金) 21:27
本日の更新は>>2-39です

お久しぶりでございます
復帰第一弾、オフィスいしよしでございます
年齢は23あたりと思っていただけるとこれ幸いです。
以前のように連日更新とはいきませんが
マッタリ更新していきたいと思いますので、よろしくお願いします
42 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/04/07(金) 21:54
キタ!!
お待ちしてました。
これからどう展開していくのか…楽しみです!
43 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/04/07(金) 22:34
新スレおめでとうございます
わくわくしますね
楽しみにしています
44 名前:774改 投稿日:2006/04/07(金) 23:10
作者様おかえりなさい
この日を楽しみにしてましたがんばってください
45 名前:Suke 投稿日:2006/04/08(土) 00:21
前スレから密かに見てました。
新スレおめでとうございますっ!!!!
楽しみにしてます
46 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/04/08(土) 00:40
ツンデレきた!
47 名前:愛虎 投稿日:2006/04/08(土) 13:01
新レスオメデトウございます。
腰を屈め首をすくめ見上げるよすぃ〜、メチャクチャ可愛いでしょうね。
これからの展開楽しみです。
48 名前:オレンヂ 投稿日:2006/04/08(土) 16:37
おかえりなさーい&新スレおめでとうございます!
すでにこれからの展開が楽しみすぎてやばいです。
49 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/08(土) 23:26







50 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/08(土) 23:27


「おはよう」
「おはようございます」

今日もまた一日が始まる

昨日はそのまま寝てしまいたかったけれど
コスメ業界でトップを争う企業の人間が
化粧も落とさずに寝ちゃったらそれだけでイメージダウンになる

わたしはいつものようにゆっくりお風呂に入って
お肌のケアを念入りにして、眠りについた
そのおかげで、昨日のお酒も疲れも残ってない

爽やかな一日が始まればいいな
そんな事を思ってフロアに入った






けれど・・・


51 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/08(土) 23:27

「おはよう御座います!!!」

うるさいんだってばぁ・・・

「はぁ・・・」

今日1回目のため息発生
アンタのせいで目の下のクマ濃くなったら
ホント絞め殺すからね

「おはよう・・・お願い、ちょっと声落として」
「どうしてですかぁ?」
「そのアホ顔も禁止」
「なんでですかぁ!?」

口をむにゅ〜っと歪ませて中腰で答えてくる
情けなく目じりを下げて、目を潤ませて
見えないはずの尻尾が見える

「なんでって。ここの会社の理念知ってるよね?」
「はい!華のように美しく!ですよね!?」

  パタパタッ♪

ちぎれんばかりに尻尾を振って、舌を出して
散歩を心待ちにしてる犬だ・・・

はぁ・・・

ガクッと首を擡げた
もう何も言いたくない、何も話したくない
コイツに何を言っても無駄だってことが
2日目にして分かってしまった

「分かったわ・・・もういい」
「今日も一日よろしくおねがいしまーーす!!」

52 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/08(土) 23:27
─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─
53 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/08(土) 23:28


美貴ちゃんは相変わらず飴と軽ヤンを使い分けながら
上手に教育をしてる
だけど私は一辺倒の鞭ばっかりで

「ほら、またミスしてる!」
「す、すいません・・・」
「何回言ったら分かるかなぁ?」
「すいません」
「謝る暇があったらさっさと訂正しなさいよ!」

キンキン声を出して怒鳴り散らしてるわけで・・・

吉澤さんはシュンと見えないはずの犬耳を
ペチャッと下げて、パソコンに向かった





入社してから半月経とうとしてるけれど
なんだかんだ言いながらでも、吉澤さんは私についてきてる
時々犬みたいに、時々鋭い光線のような眼力を持って。

意外と伸びる人材なのかもしれないな

フフッ


結構楽しんでる自分が居る事にも気づきだした
彼女が仕事を吸収して成長していく様を見るのが
喜びになってるみたい


54 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/08(土) 23:29


「それより吉澤さん」
「なんでしょぉ?」

私は手を止めて首だけ向ける
アホ顔もちょっとは無くなってきてる

「いつまでリクルートスーツでいるの?」
「え!?」
「その伸びきった髪も。ダサすぎだって」
「ダサ・・・」
「高橋だってもう私服で来てんだから」
「あ、いや・・・私の服はどうもこの会社には合わないんで」
「・・・だったら買いに行けばいいでしょ!!休みの日何してんのよ!」
「あ、寝てます?」
「ます?って聞かれても知らないわよ!寝てないで外に出なさいよ!」
「だってぇ・・・」

吉澤さんはイスをクルッと回転させて
手を膝の上に置き申し訳なさそうな顔をした

「なによ」
「・・・石川さんの嫌味からストレス溜まっちゃって」

な、何ですってぇ!???

「この、犬ぅーーー!!」

  ギュゥウウウウッ

「いだだだ!いだい!!」
「もう一回言えるもんなら言ってみなさい!」
「痛いっす!!降参、降参!!」

彼女の右横っ腹を思いっきり抓ってやったら
身体を撓らせて顔を歪ませた


55 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/08(土) 23:29

「ストレスですってぇ!?」
「す、すいませぇぇん!」
「まったく!」
「ふみゅぅぅうう」

吉澤さんは横っ腹を摩りながら半泣きになってた
私にいっちょ前に口答えするようになっただなんて

「とにかく、明日休みなんだから買い物行ってきなさい!」
「何買えばいいか分からないですよぉ」
「マネキン一式買えばいいのよ!」
「そんなぁ・・・」
「ファッション雑誌読んで勉強しなさい!」
「うぅううう」
「それも仕事!情けない声出さない!」
「ふぁあい・・・」

犬は相当痛かったのか横っ腹を撫でながら
唇を突き出してまたパソコンに向かった

もう
オシャレにも気を使ってよね!


56 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/08(土) 23:30


「梨華ちゃんとよっちゃんって仲良いよねぇ」

パーテーション越しに美貴ちゃんが笑顔で話し掛けてくれた
美貴ちゃんはもうすっかり馴染んでよっちゃんなんて呼んでる
仲良いってなに・・・

「なんか、姉妹みたいじゃない?」
「ちょっと、美貴ちゃん・・・」
「石川さんがお姉さんですか!?」

隣の犬まで参加してくる
私はあんたみたいな妹要らないってば

「うんうん。しごいてるっぽく見えるけど、梨華ちゃんも嬉しそうだし?」
「あのねぇ、美貴ちゃん・・・」
「よっちゃん、梨華ちゃんの嫌味を受けてるようで流してるしねー?」
「あはは〜〜♪」
「流してないで真に受けてよね」
「いやぁ、真に受けてたら胃に穴が開きますよぉ」

チッ・・・
こいつ、また抓られたいわけ?

「ほらぁ、やっぱり。梨華ちゃん教育方針変えたほうがよくない?」
「いいんです!」
「そんなんじゃよっちゃんの身もたないよ?」

「あ、でもいいんです」

「「え?」」

私と美貴ちゃんは吉澤さんの方を見た
彼女はニコニコしながら続きを話す


「石川さんって、超ドSだってことが、最近分かったんですよぉ」


またこの犬はぁ!

  ムギュゥゥゥゥッ

「あっだぁぁぁ!いだだ!!」

 ガンッ、ドンッ

「いだだ!ひ、肘打った!」
「もう黙って仕事しなさい!」

イスから軽く飛び上がりながら痛がってる
確かにコレじゃSMだけど、私はSなんかじゃありませんから!


57 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/08(土) 23:31


「あーあー、怖い怖い」

デスクから顔を上げると美貴ちゃんと同期の子が
通りすがりに私を見下してきた
さっきのちょっと和んだ雰囲気が一転する
嫌な空気が流れた

鼻で笑ってる・・・
その笑い方やめてくれないかな、すっごい癪に触る

「暴力ふるっちゃって、そんなんだからみんな辞めていくのよ」

今にも高笑いしそうな人を見下した顔
気に入らない

美貴ちゃんも自分の後ろでそんな事を言われてるから
仕事の手を止めて、パーテーション越しに私を見つめてきた

「吉澤さんがかわいそう」

私はメガネをクイッと上げて、パソコンに向き合う
女が多い会社じゃこんないがみ合いも起こって当然だったりする
でも1番酷いのは私とこの子。というよりこの2人だけ。
他はみんな仲がいいし、切磋琢磨しあっていい刺激を飛ばしあってる

けれどこの人は私が中澤さんの姪だからってことと
次々と契約をしてくる私に妬んでるから


  相手社長と寝てんじゃないの?

なんて噂が昔たった時があった
その時も、この女が裏で流していたらしい
そんな事どうでもいい

寝て仕事が取れるんなら、アンタだって取ってこれるでしょうが!!
なんで50超えた油ギッシュなオヤジと寝なきゃいけないのよ!!


58 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/08(土) 23:32


「仕事出来るだけが取り得ですもんねー」
「ちょ、ちょっと」

美貴ちゃんが振り返って抑えようとしてる

「なんで?事実じゃん。美貴だってそう思ってるでしょ?」
「はぁ?あたしはそんな事思ってないよ」
「ここに居る全員そう思ってるに決まってるじゃん」
「ちょっと一緒にしないでって言ってんでしょ!?」
「男連中だって、女のアンタなんかにって思ってるわよ」


あったま来たっ


 バンッ ガタンッ!!

私はデスクに強く手をついて立ち上がる

「な、なによ」

ちょっと怖気づいたけれど
見下した視線は変わってない

「人の事妬む暇あるならさっさと仕事とってきなよ」
「な、なんですって!」
「アタシは人の3倍やっただけよ」
「な、なによ!」
「文句あるならそれ以上してから言ってきな」

私は鞄を掴んで席を立った

「い、石川さん、どこ行くんですかぁ!」

後ろで吉澤犬が叫んだけど、もうイライラしちゃって
今なら誰にでも当り散らしそう
一人になりたい

エレベーターに乗り込んで『R』を押した

59 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/08(土) 23:33
─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─
60 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/08(土) 23:34




  カチッ  シュゥゥ


「はぁぁぁ・・・」

メガネを外して眉間をキュッと摘む




このビルの屋上は普段入れないようになってる
ヘリポートになってるからなんだけど
中澤さんがカードキーをくれた

 アンタも息抜きしたいときあるやろ

喫煙者は居るけれど、中澤さんにしか知られていない。
でも私の知らないどこかの企業の人も
ここに来て煙草を吸っているみたい。
くしゃくしゃになった吸殻が落ちてる

「もう・・・」

拾い上げて携帯灰皿に押し込んだ


身長の倍はあるフェンスの隙間から見える街は
今日もスモッグがかかっている


煙草なんて吸う人は不良だって思ってた
だけどこれもあの人の影響

同じ匂いならいいだろうって
同じ煙草を買った
吸い方も知らなくて、火をつけてるだけだったけど

いつの間にか吸い方も覚えて
ほんとに時々、こうやって煙草を吸う

彼の吸ってたのは私にはキツかったらしく
今はとても軽いものになった
細くて長い煙草がチリチリと燃えていく


61 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/08(土) 23:35


足元にあったブロックに腰をおろす


 “仕事出来るだけが取り得”


腹立つけど、当たってる
それしか取り得が無い

頬杖をついて、目の前のビルの上に立てられた看板広告に目を向ける

YOU子班の別チームが手がけた『YOU』の去年出た香水


うちの会社は、テレビコマーシャルはせず、街の看板広告だけで
コマーシャリングをする
目に付くように、インパクトがいつもあると定評で
そのおかげで顧客もたくさん獲得した

「私もあそこに飾られてたんだよなぁ・・・」


62 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/08(土) 23:38






入社して2年目の春

年に一度発表されるYOUラインの香水。
モデルは基本的に芸能人を使わない
その時の社内投票だったり、中澤さんの独壇場だったり。
そういう中澤さんもモデルを一度だけした事があった。
とても綺麗でセクシーな写真が街のありとあらゆるところに置かれる

なんだか身内が街のあちこちにいるととっても恥ずかしくなってたけど
今度は私がまさかモデルに選ばれるなんて・・・


当時居た、新作の香水のマーケティング担当の責任者
飯田さんが私を指名してくれた
彼女もYOUのモデル体験者

「石川、とりあえず体絞ってね」
「ええ!?」
「アンタ痩せてるけど、決していい体じゃないのよ」
「そ、そんなぁ・・・」

そこから約2週間、飯田さんが行っていたプログラムどおり
私は食事を変え、エステをして、ジムに行って身体を絞った



63 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/08(土) 23:38

YOUは花の香りを重視した女の人好みの香り
今回の香調は『フローラル・フローラル』
甘いバラの香りがベースの香水だった

開発部門から上がってきた新作を眺めて
名前とキャッチコピーなんかを考えていく会議にも出席する
まだまだ赤ちゃんみたいだった当時の私

大抵香水の名前は、モデルの一部やイメージから取られる
中澤さんの時は『Gold』だった
大人っぽいセクシーな香りで、夜街を歩けばみんなこの香りが漂っていた


「今回は、花が今までよりも多いらしいんだよね」
「開発部ってYOU子班にでさえフォーミュラ上げてくれないんだね」
「仕方ないでしょ、どこから漏れるか分からないんだから」

この会社の社名にもなっているフォーミュラとは
香水の処方箋のことで、企業秘密になっている
どんな成分がどの量で入っているか
それはごくごく僅かな人にしか知らされていないらしい
ただ花の名前は書かれていたけれど


「ん〜。石川って名前に華ってついてるよね」
「あ、はい。梨華です」

飯田さんはしばらく考え込んで

「ん〜、『華』ってどう?」

ええ!?

「そ、そのまんまですね」
「日本の花もたくさん入ってるし、いいじゃない?」

 日本語の香水ってあまり無いんだよね
 だけど日本イメージして世界展開しても面白いよね
 香港にマーケットオープンさせたんだし

色んな意見が交わされる
私はただただ見送るだけしか出来なくって

「カオリの直感を信じて!」
「また宇宙パワー?」
「うん!大丈夫!」

「「「分かりました」」」

飯田さんは時折宇宙からパワーを貰うらしい
とっても綺麗で、飯田さんがモデルになってもいいんじゃないかって思うんだけど
やっぱり芸術肌の人は、どこかおかしいらしい・・・

「じゃ、撮影の日取りを決めようか」
「はーい」

64 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/08(土) 23:39
 *   *   *   *   *
65 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/08(土) 23:40


撮影当日
その日私はブラさえもつける事を許されず
かなり嫌な一日を送っていた
身体にラインが残るかららしい

YOUの香水の写真はいつもヌードに近い
中澤さんの時も、飯田さんのときもそうだった

今回の写真は長襦袢。
和をと赤・白のイメージらしい
ボトルも透明で赤いハートの形をしている


「とりあえず長襦袢着てもらうけど、上半身は裸だからねー」

着替えを済ませ、ヘアメイク、メイキャップをしてもらい
私はスタジオに入ると、緊張がピークに達した

「石川、緊張しすぎだってば」
「で、でもぉ」
「だいじょーぶ!綺麗に撮ってもらえるから」

飯田さんは私の頬に手を添えて見つめてくれる
その指はひんやりとしてくすぐったかった

「石川、綺麗だよ?」
「ふぇ?」
「そんな情けない顔しないのー。世界一綺麗だよ?」

飯田さんは今まで私が誰にも言ってもらった事の無いような
恥ずかしい言葉をくれる

「セクシーで、とーっても可愛い」
「恥ずかしいです」
「大丈夫・・・『華』を買った世の中の女の子たちが
 こうやって自分の彼氏に言われてるところを想像して?」
「はい・・・」

飯田さんは髪に指を滑らせて首筋を撫でる
ゾクリと身体を震わせて、感じた事の無い快感が伝わった
耳元で何度も囁いてくれる

それは緊張をほぐすためと
そして私が本当に世界一綺麗だと自分でも思えるくらい
何度も何度もかけてくれる、言葉の魔法

「綺麗だよ・・・とっても・・・」
「うん・・・」

飯田さんはすっと離れて、とびきりの笑顔をくれた
それを見てわたしも自然と笑顔がこぼれる

「うん、可愛いよ。石川自信持っていいよ」
「・・・はい」
「いっといで」

カメラの前にはたくさんの赤い花が床を埋め尽くすように散らされていた

「中心に立ってくれるかなー?」
「はい」

66 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/08(土) 23:41


「んじゃ、撮影始めようかー」

その声で、私は上半身にかかっていたバスローブを脱いで
近くにいたスタッフさんに渡した

「腕で胸隠してみて」

たくさんの人がスタジオに居る
飯田さんや、中澤さんももちろん
営業部や開発部のえらい人たちも
社を上げてる商品だからみんなの目は真剣で
視線が私に刺さる

言われたとおり腕を身体に巻きつける
髪が首筋を流れて前に落ちた


 パシャッ パシャッ

ストロボのまぶしい光が
何度も光る

上を向いて、今度は横向いて、視線流して、俯いて
花を抱えてみようか、背中を向いてみようか

指示どおりの動きをする

ねぇ、上手く撮れてるの?

不安が込み上げてきたけれど
ストロボの光が私を酔わせる

 “世界一、綺麗だよ・・・”

飯田さんの言葉を思い出した

入社して一年経った数ヶ月前
付き合っていた彼氏と別れたこと
彼もそんな事言ってくれた

上辺だけって分かってたけれど、それでも心を躍らせていた

バカみたい・・・

こんな時に思い出すなんて
仕事中なのに・・・

67 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/08(土) 23:42

─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─


「石川、なんか辛そうな顔になった?」
「ん〜、熱いと思うけど」
「休憩入れたほうがいいか?」
「どうだろう・・・」


「ちょっと下に目線流してー」

 バシャッ

「・・・あれ汗?」
「・・・泣いてるな」
「止める?」
「いや、続けよ。面白いかもしれん」


─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─



いつか消えればいい

あなたはこの写真を見て、私を思い出せばいい

私の中からは消すけれど
いつまでもあなたは私を覚えておけばいい





私は 生まれ変わる





「はい、オッケー!」

その声で一気に疲労が襲ってきた

「石川ぁ、お疲れー」
「良かったよ!」
「ありがとうございます」

スタッフさんにバスローブをかけてもらいながら
私は花びらの絨毯からそっと出た

「出来上がりって見れる?」
「そうですねー」

中澤さんとアシスタントさんが話す中
私はパイプイスに座って水分補給をした

「疲れた?」

飯田さんが笑顔で迎えてくれる
私はホッとして、安堵の息が漏れた

「はい・・・でも楽しかったです」
「良かったよ、石川。最高に綺麗だった」
「ありがとうございます」




68 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/08(土) 23:42


出来上がった写真をいくつか見せてもらった
自分が自分じゃないように見える

「別人ですよね・・・」
「そう?石川のよさが出てるってことじゃん」
「そう、でしょうか・・・」
「うん。アンタはセクシーだよ?最近になって更にね」

飯田さんと写真を見ながらそんな話をしてた
この中から、どれかが選ばれて
街中に立てられるのか・・・

「石川、泣いてたのって、なんで?」
「え??泣いてました?」
「うん、後半」
「さ、さぁ・・・」
「泣いてるんだけど、幸せそうだったんだよねぇ」
「そうですか・・・」
「ほら、これ」

飯田さんは写真を指差す
そこに映っていた私は、フッと笑いながら一筋の涙を流していた

「は、恥ずかしい・・・」
「あっはは!いいじゃん。これ採用したいなぁ」
「だ、だめですよ!もっと、もっとポジティブなイメージの写真じゃないと!」
「そう?これけっこうポジティブじゃん。
 キャッチコピーにもピッタリだとカオリは思うしなぁ」




69 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/08(土) 23:43




「結局、あの泣いてる写真だったんだよねぇ・・・」

ふわふわと煙が上がっていくのを
眺めながら、昔の事を思い出してた


 ― アナタ、咲きほこる  『華』 YOU ―


YOUの名前のとおり
香水のキャッチコピーの頭はいつも
「アナタ・・・」から始まる
今回は華がイメージだったからそう付けられた

街中に立てられた看板を見て
パパもママも喜んでくれたけれど
「嫁入り前なのに・・・」
とパパはちょっと呆れて淋しそうだった

街のポスターは腰から上の写真だったけれど
雑誌なんかには肩から上のアップで
涙を流しながら微笑むポスターは話題を呼んだらしい

YOUの香水シリーズのなかで今のところ1番人気で
今でもその人気は衰えてないらしい

70 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/08(土) 23:44

煙草を消して灰皿に入れると
横に置いた鞄から香水のボトルを取り出す
ちょっと傷の入ったハート

「もう無いなぁ。買わなきゃ」

シュッと手首に振りかけて首筋に馴染ませる
甘くて、それでいてフルーツの爽やかな香りがほのかに漂う


「生まれ変われたのかなぁ・・・」


花曇りの空を見上げて
小さくため息を漏らした

目を閉じて、昔を振り返る

彼の顔もくすんで見えなくなってきてる
確実に時間は流れてる

この仕事をしているから、香水は常につけていたけど
彼と会う日だけはしなかった

嫌がることはしなかった
連休があっても、彼と出かける事なんて無かった

“また、電話するよ”

何度言われたんだろう・・・
金曜日だけの、週に一度だけ恋人になる

あーあ、もうやだやだ
忘れたいのに思い出しちゃう



71 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/08(土) 23:44








 ピタッ

「ひゃぁぁ!!」
「わぁぁぁ!」

頬に冷たい感触が伝わって
私は思わず大きな声をあげて目を開けると
同じように驚いて、ザザ―ッと後退る

「吉澤さん・・・」
「え、えへ?」

彼女はジュースの缶を頬の横に上げて
エヘッと笑い、足をクロスさせてお姫様挨拶をした

マヌケ面の次はおどけ顔ですか・・・

「失礼してもいいですかぁ?」
「・・・どうぞ」

よっこいしょとブロックを跨いで座り込む
足をガッと開いて座る姿はなんとも男前だった

「ちょっと、足閉じなよ・・・」
「クセなんで。どっちがいいですかぁ?」

ミルクティと、ミルクティ・・・
一緒じゃん


「アイスとホットですけど?」
「・・・ホット」
「はい、どぉぞー」

 カキンッ プシュッ

「んっぐぅ〜〜、美味いっすねー!」

吉澤さんは缶を持ったままぐーっと伸びをした
その顔は本当に幸せそう

72 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/08(土) 23:46

「どうやってここに入ってきたの?」

鍵は私か中澤さんしか持ってないのに

「中澤さんに借りました」
「な、なんで!」
「だってぇ、ボスがどっか行っちゃ私仕事出来ないんですよぉ?」
「ボスって」
「石川さんです。エヘヘッ」
「はぁ・・・ごめん」
「あ、いえ、いいですから!そんなそんな」

吉澤さんは手をパタパタと振る
謝ったのはこっちなのに、謝られる始末
やっぱり怖がられてるのかな

目を閉じて、空気を胸いっぱい吸い込みながら微笑む彼女の横顔は
とても綺麗で、清楚という言葉が似合うと思った


「ねぇ」
「はい?」
「どうして、この会社選んだの?」

吉澤さんは微笑んだまま私を見つめた

「ん〜〜」
「だって・・・経歴聞いたけどさ」
「ん〜〜〜」
「別に、ここじゃなくても・・・」
「ん〜〜〜〜」
「ねぇ・・・」
「はあい?」
「真剣に聞いてないでしょ」
「・・・あはぁ〜〜!」

 ギュゥウウウウウ!

「いっだぁぁぁぁ!!」
「いつだってそんな顔するんだからぁ!」
「いだいでずぅ!!」

脇腹を思いっきり抓るとまた半泣きの顔になった
あはは!これ面白いかも。

「んもう・・・いじわるするんだから」
「別にイジワルなんてしてないでしょ?」
「そうですけどぉ・・・」
「マジメに答えないからです!」
「ふみゅぅぅ・・・」

唇をむーっと突き出す
これがこの子のクセなのかな

「ねぇ、答えてよ」
「何ヲデスカ〜?」
「さっきの話し聞いてた?」

私は眉をひそめてズイッと顔を近づけた
また抓られたいわけ?!

73 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/08(土) 23:47

「あ!」

吉澤さんは何を思ったのか
近づいた私の首筋に顔を埋めてきた

「ちょ、ちょっと!なによ!」
「くんくんっ、くんくんっ」

こら!犬っ!!
くすぐったいから、ちょっとやめてよ!

「ちょっと、離れなさいってば!」
「これ、『華』ですよね?」
「う、うん・・・なによ」
「この香り好きなんです!」

そう言って、また首筋をフンフンと嗅いでくる
その姿は犬そのもの


こんな近くに人の顔があるなんて久しぶりで。
ちょっと、離れてよ!
間違っても犬にドキドキしたくないんだから!
しかもあなた曲がりなりにも女の子でしょ!
グイッと頭を持って押し戻した

「なんで離すんですかぁ」
「自分でつければいいでしょ!ほら!はい!」
「嫌なんですぅ」
「なんでよ!」
「香水はつけるより、つけてる人のを嗅ぐほうが好きなんです」
「嗅ぐって・・・」



74 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/08(土) 23:53



少しぬるいミルクティで喉を潤す
雲がゆっくりと流れる。遠くでヘリコプターの音が聞こえた





「憧れですよ」

ポツリと吉澤さんが呟いた
その声は穏やかで、心にすっと入ってくる

「あのモデルに?」

目の前の看板を指差すと
吉澤さんはプルプルと首を横に振った
違うの・・・?

「もっと前の、看板でした」
「そ、そう・・・」


一年に一度出てるから、誰が誰だかなんて覚えていないけれど
彼女はその中の誰かに憧れたんだろう

「それだからって、エリートコース蹴らなくても・・・」
「・・・心配してくれるんですか?」
「そう言うんじゃないけど・・・」

吉澤さんは少し俯いてフッと笑った
なによ、何がおかしいのよ



「親は、ここ数ヶ月口きいてもらえません」
「・・・え?」

彼女はちょっと淋しそうに笑いながら話を続けた

「・・・よっぽど、跡を継がせたかったんだと思います」
「そりゃ・・・」
「自分も、途中までは、そう思ってました」
「いつ、気持ちが変わったの?」

私をじっと見つめてくる
その目は、淋しそうに、それでいて強い意志を持っていた

彼女自身、相当の決心をしたんだと思う
迷っただろうし悩んだだろう
エリートから外れ、全てを投げても
ここに来たい相当の理由があるんだと思う

「・・・内緒です♪」

(0^〜^)ニコッ♪

またにへらっと笑ってミルクティを飲んだ
ちょっと、真剣な話が出来ないわけ!?

はぁ・・・



75 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/08(土) 23:55





  カチッ シュゥゥゥ

鞄の中から煙草を取り出して火をつけた

「あ!煙草なんて吸ってる〜!」
「なによ、二十歳越えてるんだからいいでしょ?」
「いいですよ?」

ニコニコしながら私を見つめ返す
なんて無邪気なんだろう

エリートってもっと鼻について偉そうで
人を見下すような考えしかしないんだと思ってたけど
こう言う人もいるんだ
おどけたりアホ顔はこの子の取り得なのかも

彼女はじっと私の手にある煙草を見てる
なによ、そんなにいけないわけ?

「吸ってもいいですか?」
「これ?」
「はい」
「吸った事ないの?」
「はい!」
「吸えないと思うよ?」
「ものは試しです!」
「そんな・・・いいけどさ」

挟んだ煙草を差し出すと、ぎこちなく指で摘む

「じゃ、じゃぁ、頂きます」
「どうぞ?」

深呼吸をして、ヨシッと小さく気合を入れてる
ぜーったい咽るってば

 スゥゥゥ

胸いっぱいに煙を吸い込む

「ウ゛ッ!!ゲホゲホゲホゲホッ!!!ウェ!!」

あーあ、お決まりだよ
フフッ・・・私も最初はそうだったなぁ

「ほらほら、だから言ったじゃん」
「ゲホッ、ゴホッ!うぇぇ」

彼女の背中を撫でながら、指に挟まっていた煙草を受け取る

「犬は大人しくジャーキーでもしゃぶってなさいって」
「い、犬ってなんですかぁ」

ゴホゴホ咽ながら、涙目の彼女が見つめてきた
もう二度と吸わないなんて言ってるし

「犬は犬よ」
「ウチのことですかぁ?」
「他に誰が居るって言うのよ」
「ふみゅぅぅ」

その顔が犬だって言ってるの
吉澤さんは胸を押さえていた手を下ろすと
また柔らかく笑った



76 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/08(土) 23:55

「石川さん、笑うと可愛いんですねぇ」
「え?」
「いっつもも目がつりあがってるから怖いイメージあったんですけどー」

ほらこんな風にーなんていいながら
指で目じりをグッと上に上げた
それ私って言いたいわけ?また抓られたいの?
煙草の煙を吸い込む

「怒っちゃいや〜ん」

この犬は・・・

 フゥゥゥゥ〜〜

「ゲホゲホッ!な、何するんですかぁ!」

抓るのも面倒だから、煙を顔に向けて吐き出してやった
フンだ!何気に嫌味言ってるのはどっちよ

「躾よ、し・つ・け!」
「しつけってそんなぁ・・・」


そういえば自分が教育をした子とこうやって話す機会なんて無かったな
いつも怖がられて、泣かれて・・・

もう仕方ない事だって割り切ってた

そんなキャラを嫌がる自分と
それでもしなくちゃいけないと責任感を感じる自分

入り乱れだなぁ

77 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/08(土) 23:55


「怖く、ないの?」
「何がですか?」
「・・・私のこと」


ん?と眉を上げて返す彼女
まるでなに言ってるの?って顔して

「石川さんのこと、怖い人だなんて思ったことありませんよ?」
「・・・・・」
「厳しい人だなとは思います。でも、さっき言ってたじゃないですか」
「何、を?」
「アタシは人の3倍しただけって」
「あ、うん・・・」
「だからです」

だから・・・なんなんだろう
その続きが聞きたかった

“分かってるよ、梨華ちゃんのこと”って言われても
それでも納得出来てなかった
僻みっぽくて、うんと頷けない素直じゃない自分


「だか、ら・・・?」
「カッコいいっす」

目を細めて口角が上がる吉澤さん
「厳しいのは分かるけど、でもね?」なんて言ってるんじゃない
周りと同じように、でもね?は続かない気がした


「・・・そ、そう」
「そういうとこ、尊敬してるんです」

自分の事を真っ直ぐ見つめて、直球で言葉をくれる彼女
その視線が照れくさくなって目をそらせた

今まで頑なに開こうとしなかった、もう錆びついてた扉が
ゆっくりだけど、開く予感がした


78 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/08(土) 23:56


「あは〜!石川さん、照れてる〜!」

人が浸りたいときに、コイツはいつだってチャカすんだから!!
少し俯いた顔をバッと上げた

「アンタねぇ!」
「えへへ!ウチもちょっと恥ずかしいです」

照れますねなんて言いながら首をさすってる吉澤さん
白い頬が少し赤く染まった

「フフッ」
「・・・フッ・・・さぁ、戻りましょ?」
「うん、そうだね」

立ち上がってグッと背中を伸ばした
吉澤さんはお尻をパンパンとはたく

「休憩取りすぎましたね」
「戻ったら休憩分取り戻さないと」
「スパルタ石川大発揮されるぅ〜」
「ビシビシいくよ!」
「それは大変だ!」


会社の人とこうやって笑いあったのって久しぶり。
固まっていた私のキャラを少し突き崩してくれた彼女




「ありがと」
「ふえ?」

エレベーターを待ってる間に
ポツリと呟いた

「・・・ミルクティ」
「あ、いえいえ」

まだ素直に言えない私はいるけれど
心の中で、感謝した

なんか、入社した頃の自分を取り戻せそうだと思ったから




79 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/08(土) 23:59




─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─




長かった一週間の疲れを癒すために
今日はゆっくりしよう。

いつもより少しだけ遅く起きて
天気がいいから掃除して、洗濯をする

洗濯機が止まるまで、雑誌を広げる
自分の所の商品が取り上げられている記事
他にどんなものが今人気なのかとかもチェックする
おかげでいつの間にか部屋は雑誌だらけになってしまった

 ♪♪♪

洗濯機が止まったみたい

パンッと広げて、暖かい陽射しが透けるようにシャツを照らした
春の空気を胸いっぱいに吸い込む

「はあ・・・いい天気。お出かけしようっかな」

一人暮らしをしだすと、独り言が多くなるって言われたけど
事実、そうかもしれないな

美貴ちゃんみたいに、ペットでも飼おうかなぁ・・・

でも美貴ちゃんは人間のペットだから
実際は同棲ってことなんだけど



「それはいや・・・」

食費かかって仕方ないじゃん
しかもペットって言葉で1番最初に思い浮かんだ顔が


 “石川さぁ〜ん!これどうしたらいいんですかぁ〜〜?”


  (0^〜^)ニコッ







・・・・・



ブンブンッと首を振ってかき消したマヌケ声
尻尾をパタパタ振りながら近寄ってくる、自分よりもおっきな犬
やだやだ、休みの日まで出てこないでよね



80 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/09(日) 00:00

洗濯機の中がカラになって
心地よい風が部屋を通っていくと

 グルグルグルッ

「う・・・おなかすいた」


学生時代の友人はみんな、仕事に追われてる
私は一人だけ早く、ベテランというポジションに立ってるから
周りとは生活のリズムが合わないらしくって
休日だというのに、電話をかけても断られるのは常で。

「ふぅ・・・出かけよう」

一人で過ごす休日だって、すっかり慣れてしまった
でもいいんだ。意外と楽しかったりするから


81 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/09(日) 00:01




─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─


街に出て、当てもなくぶらぶらとする
目を引いたお店には意味無く入って
ちょっと偵察がてら、中を回る

そういえば、香水切れそうなんだった
1番近い店舗は確か・・・

表参道にある店舗
いつもお客さんは途絶える事が無く、やっぱり女の人が多い
カップルもチラホラ見える



「ん〜、やっぱり華かなぁ・・・」

店の壁には、今までの写真が壁画として描かれている
中澤さんの写真もある

「こう見ると、ホント日本人じゃないみたい・・・」


店内をぐるりと見渡していると
一人の店員さんが声をかけてくれた

「今日はどのようなものをお探しですか?」
「あ。え?」
「フレグランスですか?」

振り返ると、黒いパンツスーツでスラッと背の高い女性が
微笑んでくれた
その店員さんも、『華』を付けているようで

「やっぱり『華』が人気あるんですか?」
「え?あ、そうですね」
「そっか・・・」

自分が携わったものだという事もあるけれど
その時のマーケティングチームの動きを1番近くで見ていたから
なんだか嬉しくなった

82 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/09(日) 00:01


「あ、もしかして・・・」
「え?」

私は他の香水のテスターを手にしていると
その女性が思い出したように声をあげた

「石川さんですか?」
「え!?」
「あ、やっぱり」

顔を上げると、彼女は嬉しそうに顔をほころばせた

「わたし、あの看板を見て、店員になったんですよ」
「ああ、そうなんですか」
「なんだか、自分もああなれるかもって思っちゃって」

私より大人っぽい彼女が、少しだけ少女の顔に戻った
憧れられるのも、悪いもんじゃないのかもしれない

「そうなんだ」
「はい!うれしいなぁ」
「お仕事、楽しいですか?」
「ええ、もちろん!」
「それは良かった」
「石川さんは、本社の方なんですよね?」
「そうですよ」
「大変でしょうけど、頑張ってくださいね」
「フフッ・・・ありがとう」

なんか、こう言うのも、悪くないね

「やっぱり、『華』にしよっ」
「ありがとうございます」

私はレジに行って社員証を見せる
どの店舗も社員証だけ見せれば社割で買えるからめんどくさくなくていい
会社で頼んでも良かったんだけど、日数がかかるから。

「今、春のキャンペーンなんですよ」

そう言って、香水の包みと小さな缶を紙袋に入れてくれた

「ハーブティです。良かったら飲んでください」
「ありがとう」

そんな事してたんだ。
店舗企画班も色々考えてるなぁ


「ありがとうございました」


83 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/09(日) 00:02




すっかり遅くなったお昼を取るために
ランチタイム終了間際のカフェに入った

休日にしては珍しく、お客さんがまばらで
ゆっくりと時間が流れているように思えた
わたしはガラス張りになった1番窓側の席に座る

パスタランチを食べ終わって
紅茶が運ばれるまで鞄の中にあった本を読む
文庫本サイズの星の王子様
入社した時に会社からプレゼントされる本の1冊で
ずっとそれを読みつづけている

『本当に大切なものは、目には見えないんだよ』

小学生の時、読書感想文を書くために読んだ
その時は全く意味が分からなかった言葉も
今じゃ分かる気がする

「・・・本当に大切なものかぁ」

私の本当に大切なものってなんなんだろう

84 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/09(日) 00:02


「おまたせしました」

湯気の上がった紅茶をしなやかな手つきで置いて店員さんは去っていった
少し熱いカップを両手で持ってふぅっと冷ます

少し途絶えてた回想を取り戻す

ん〜・・・
仕事?それはそうだけど
恋愛?しばらくしてないし、今はしたいって思わないな
家族?・・・最近実家に帰ってない

私の大切なものってなんなんだろ



 ズズッ


あっつ
舌をちょっとヤケドしてしまった

相変わらず人の流れを横目で見た




 ズズッ

「・・・え!?」

 ガチャンッ!

「あつぃ!!」

慌ててカップを置くと、少しソーサーに零れた

「お客様、大丈夫ですか?」
「あ、す、すいません。大丈夫です」

店員さんに謝って、私は窓に張り付くように外を見た
あれ、吉澤さん??
思わず二度見しちゃったよ
両手いっぱいに袋を下げて、店の反対側の歩道をテクテク歩いてる
確かにあの格好じゃ浮くね
ジーパンにパーカー。
シンプルだけど、男の子っぽ格好

髪を切れと言ったのに、まだ切ってないみたい
マネキン一式洋服を買ったんだろうか、その数は半端じゃなかった

「そうそ・・・オシャレしなさい」

フフッと笑ってまた紅茶に口をつけた

月曜日どうなってるか、ちょっと楽しみだな






85 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/09(日) 00:04



─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─



「おはよー」
「おはようございます」

相変わらずの月曜日。
桜は既に散って萌える緑の葉をつけている

吉澤さんに触発されたせいか、私も新しいシャツを買った
パステルピンクのシャツと細身の白いパンツ
ジャケットを着るとちょっと暑いから、着ずに持ってきた

「おはよー、美貴ちゃん」
「おはよう、梨華ちゃん」

「今日はワンちゃんまだ来てないんだね」
「え?」

いつも私よりも早くに来て
爽やかを通り越したバカ顔で挨拶してくる犬。
そのデスクはキレイに整頓されていて
主が来るのを待ってる


  カッ、カッ、カッ、カッ


「遅刻かぁ?」
「さぁ・・・遅刻したらただじゃおかないんだから」
「まーたそんな厳しくするー!」
「いいの!5月病とか言ってられないんだから!」
「たしかに新作発表あるしねぇ」
「今年も頑張るんだから!」
「はいはい、ついていきますよ〜」

何人かでチームを組んで新作のマーケティングを考えるんだけど
その案を採用されたチームはお給料ももちろんだけど
1番やりがいを感じられる
一から作り出して、全て自分たちに任せられるから
責任感と、緊張感を持てる私がもっとも好きな時期
だけど今回は、新人二人を抱えた石川グループは
大役は勤められないだろうな・・・

私と美貴ちゃんと高橋ちゃんとあの犬・・・

「もうすぐ朝礼始まっちゃうねぇ」
「遅刻か・・・」


86 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/09(日) 00:05

 カッカッ、カッカッ、カカッ!


「お、おはよう御座います!!」

やーっと来たよ
まったく就業何分前だと思って・・・












え!??

フロアがみんな吉澤さんに注目してる
かく言う私も開いた口が塞がらない

「はぁ、セーフですか?」
「あ、ああ・・・」

磨けば光る
長くて鬱陶しく伸びていた髪が短くなり
色も真っ黒だったのが明るくなって緩いウェーブがかかっていた

細い色の落ちたデニムと白のラインが入ったヒール
足の長さが更に強調されてる

黒いジャケットと白いシャツに
緩めに縛られたストライプのナロータイ
女性らしさを持ってるけれど、ボーイッシュというか
マニッシュなファッション

87 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/09(日) 00:06


「は、はぁ・・・」
「こりゃまた、変わったねぇ〜〜」
「マネキン一式です!」

そう言いながら被っていたパールが巻かれたハットを取った
長身の彼女にしか出来ない格好なんだろう

「どうでしょうか?」

左手でハットを持ちジャケットを少し開いて
私にアピールしてきた
吉澤さんはちょっと頬を赤くして嬉しそうにしてる

「ん〜・・・今日は外回りが無いからいいけれど」
「その時はまたスーツに着替えますから」
「なら、いいんじゃない?」

私は釘付けになっていた目をそらせた
努力を認めて上げられないだなんて

褒めてあげる事に照れくささを感じて
どうも素直になれない

「頑張ったと思いませんか?昨日一日で色んなところ回ったんでくたくたです」
「まぁまぁじゃない?」
「梨華ちゃん、もっと褒めてあげればいいのに。ねぇ?よっちゃん」
「えへへ〜〜」

頭を撫でられて喜んでるその顔はやっぱり変わらないみたい
幾ら外見が変わったからって、それは変わらないんだね

「はぁ・・・ま、頑張ったんじゃない?」
「そうでしょ!?そうでしょ??よかったぁ」

グルっとデスクの方に回り込むと
キャンキャンとまとわりついてきた

「はいはい、頑張った頑張った」
「やったぁ!初めて石川さんに褒められましたよぉ」
「よかったねぇ〜」
「ちょっと美貴ちゃん、それ以上図に乗らせちゃだめ!」
「どうして?いいじゃん。ね〜?」
「ね〜〜!」

いっそのこと美貴ちゃんが教育してあげればいいのに
はぁ・・・

88 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/09(日) 00:06





89 名前:Rink 投稿日:2006/04/09(日) 00:07
更新終了です
90 名前:Rink 投稿日:2006/04/09(日) 00:08
レスポンス

>名無飼育さん様
お待たせしてしまい申し訳ありません
これからの展開、楽しみにしてくださいませ

>名無飼育さん様
ありがとうございます
よろしくお願いします

>774改様
ただいま帰ってきました
ありがとうございます。マッタリよろしくお願いします

>Suke様
ありがとうございます
よろしくお願いします

>名無飼育さん様
ツンデレいつまで続きますことやら…
作者は心苦しいですw

>愛虎様
ありがとうございます
ちょっとキャラズレしてるような気もしますが
これからの(0^〜^)彼女に乞うご期待です

>オレンヂ様
ただいまです。ありがとうございます
続きに期待してくださいませ

91 名前:774改 投稿日:2006/04/09(日) 00:09
リアルタイムで見れましたwwキタ(゚∀゚)コレ
犬吉澤 (゚∀゚)イイネ!!
92 名前:Rink 投稿日:2006/04/09(日) 00:11
今回の更新は>>49-88です

最近の吉澤さんは男前SEXYという言葉がとても似合う気がします
後半部分の変身姿を書いていた頃は
吉澤さんがまだ男前のみだったので
果たして伝わるのだろうかと悩んでいましたが
最近の彼女の姿を見ると、「あ、大丈夫だ」と
ほっと一安心ですw

それにしても石川さんが…
早く素直になってほしいと願う作者です
93 名前:7紙 投稿日:2006/04/09(日) 00:15
リアルタイムで読みました。
面白いですね。 石川さんがいいですね。
あまりなかった感じだし・・・。
94 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/04/09(日) 00:44
キャリアウーマン石川!マニッシュ吉澤!
実写で見たいっ!さわりたいぃぃ!!!11!!
95 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/04/09(日) 17:31
めっちゃ絵になる二人ですねぇ
96 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/04/09(日) 19:50
帰って来られてたんですね!待ってましたよ!!お帰りなさい☆
今回はまた面白い設定のお話ですね。この先の展開が楽しみ♪
続きを楽しみに待っています♪♪♪
97 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/10(月) 01:16





98 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/10(月) 01:16


「開発部から新作上がってきたでー!」

夕方の休憩が終わって、しばらくすると
中澤さんがフロアに入ってきた途端大きな声を上げた
みんなが立ち上がって、中澤さんのデスクに集まる

私も資料を手にして新作の内容やボトルを真剣に見つめる

「あ、あの、何の事ですか?」
「新しいYOUの香水。はい、これ」

資料を手渡すとまじまじと見つめていた
そんな近目で見なくたって

「今までとは雰囲気が違うんですね」
「なんかな、男でも使えるらしいわ」
「「「へ〜〜」」」

女性をターゲットにしていた方針から少し変えたんだろうか
でも香調は相変わらずフローラルだから
メインはやっぱり女性なんだろうな


99 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/10(月) 01:17


「フローラルフレッシュ・・・ふむ〜」
「大体イメージつく?」
「ん、ん〜〜」
「YOUのtrueって分かる?」
「あ、はい」
「あれと同じ感じの香調よ」
「ああ、なるほど。柑橘系ですか」

少し見上げると、横目で私を確認しながらまた資料に目を通した

 サッ!

「何やってんの」
「見下ろしちゃいけないと思って」
「もう、いいから・・・」
「えへへ〜」

中腰になっていた体勢から元に戻る
ヒールを履いている彼女の目線はいつもより高くなってた


私はチラッと隣を見る

この子、こうやって見たら結構可愛い顔してるんだ・・・
それにカッコいい部分もあるんだね

もしかしたら吉澤さんこそが
『キャリアウーマン』ってやつなのかもしれないな
やってる事はアホ丸出しだけど

はぁ・・・なんだか劣等感感じてため息出ちゃった


100 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/10(月) 01:17

「今回は創立20周年記念やから、名前もコンセプトも
 ある程度会議で決めた。そこに書いてるとおりや。
 みんなにはおもろいアピール方法を考えてもらうわ」
「テーマってなんですか?」
「さっきも言ったけどユニセックスがメイン。名前は『AI』」

「アイ?」
「愛?」

首を傾げてキョトンとしている吉澤さんと私は
輪から少し離れて中澤さんの話を聞いていた

「一人称のIとLOVEの愛と、あと目のEyeからきてる」
「「「「「ほ〜〜」」」」」



「そこでや」

中澤さんが回りのざわつきを抑えるように
大きな声を出した
ピリピリと緊張感が漂う。みんな真剣だから。

「イメージキャラをな、今回はアタシから指名しようと思って」

女の子たちはみんな自分にこないかと
ちょっとソワソワしだした
やっぱり選ばれたいんだろうな
だからこの会社に入ったんだろうし。

中澤さんは立ち上がってぐるりと取り囲んでいる女の子をじっと見渡す
まぁ、私は一度経験してるし、関係ないわけで
パラッと落ちてきた前髪を撫でた。







「吉澤!」
「ふぇ!!?」「ええ!?」

中澤さんはビシッと指差す

「お前、決定!」
「「・・・はぁぁ!?」」

私と吉澤さんは大きな声を出してしまった
隣じゃまたぽかーんと口を開けてる

 ガチンッ!

「ったぁ!」
「口閉じなさいってば!」

手で顎をガッと閉めると、舌を挟んだのか痛がって
涙目になった

「ま、もともとアンタにするつもりやったんやけどな」

吉澤さんの名前から商品名が決定したらしい
新しい商品は大抵モデルの一部から取られるから。

「瞳・・・ですか」
「ま、期待させて悪かったねんけど、他のメンバーもまぁ頑張ってや」

ちょっと落胆していた女の子たちをさり気にフォローする
みんなはその一言でやる気を取り戻せてる

「吉澤に決定したからって、石川チームがするとは限らんわけやし。
 みんな石川を抜くんやでー」

「「「「「「「「はーい」」」」」」」」


101 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/10(月) 01:18


「さて、吉澤?」
「は、はい??」

みんなが吉澤さんの方を一斉に見た。

顎を押さえていた吉澤さんは
みんなの視線の鋭さを感じたのかオドオドして
私の後ろに隠れるように一歩下がった
ちょ、ちょっと、あたしに隠れられるわけないでしょ


「サイズ測定班、いけーーー!!」

「え!?えええ!?」


ザザッと何人かの女の子たちが吉澤さんに詰め寄った

「な、なんですか!」
「大人しくしてくださいね」

 ガシッ!

女の子2人から両脇を固められる
両サイドをビクビクしながら状況を飲み込めてない吉澤さん

「ちょ、ちょっと!なんなんですかぁ!」
「黙って測られてください」

 シャッ!

メジャーを吉澤さんの目の前で伸ばすその子の姿は
殺気だっているようにも思えた

「吉澤、測られてらっしゃ〜い!」

中澤さんは嬉しそうに手を振って見送った
私はその様子を他人事のようにじっと見つめてる

「な、なんなんですかぁ!!!!」
「この期に及んでうるさいですよ!」
「ちょ、ちょっとぉ!?説明してください!」
「私たちの夢背負ってるんですから!」
「い、石川さぁぁぁん!」
「しっかり働いてもらいます!」

「殺されるーーーー!!」


吉澤さんはズルズルと引きずられるように
フロアの外にあるミーティングルームに連れて行かれた
映画のゴーストでラストあたりにああいうシーンあったよなぁ
なんて思いながら、吉澤さんの叫びを聞いていた

 バタンッ

ミーティングルームからはワーキャー叫び声が聞こえたけれど
みんなクスクス笑いながらデスクに戻る



「よっちゃんが今回のモデルなんだねー」
「そうだね」
「どうしたの?梨華ちゃん。浮かない表情して」
「そう?そんなことないよ?」
「犬が手を離れるのが寂しい?」

美貴ちゃんはニシシと笑いながら肩を叩く
そんなんじゃないってば・・・

3年前の私もあんな風だったなぁって
ちょっと思い出しただけ

自分が教育してる子がモデルをするようになるだなんて
なんだか、年感じたんだよねぇ
一気に老けた気がした

「はぁ・・・」


102 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/10(月) 01:20

─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─





「ぐすんっ、ぐすんっ・・・」
「いつまでも嘘っこ泣きしてるんじゃないのぉ!」

ミーティングルームから出てきた吉澤さんは
さっきからこの調子
泣いてるわけじゃないのに、鼻をずっとすすってる

「だって、だってぇ」
「ごちゃごちゃ言わないの!名誉あることなんだから」
「そうかもしれませんけどぉ・・・」

全身のありとあらゆるサイズを測られる
という事はもちろん服は脱ぐわけ
女の子の前だからそりゃまだ恥ずかしくないけど
でも何も説明されてなかった吉澤さんには

「泣きながらシャワー浴びなきゃ・・・」

シャツの胸の部分を掴んでクスンクスン言ってる

「泣きながらって・・・別に襲われたわけじゃないんだから」
「だぁって、みんな殺気だってるんですよ!?」

ずずいっと顔を近づけてくる
急になによ!近いってばぁ!

「このくらいの距離で、さっさと脱いでください!って詰め寄るんですよ?」
「し、仕方ないでしょ?っていうか近いから!」
「すいません・・・」

耳をまたぺたんと垂れて、吉澤犬はしょぼんとした
そんなに肌を晒すのが抵抗あったのかしら
もう大人なんだからさぁ、それくらい経験あるでしょ

「なんですかぁ、何か言いたそうですねぇ?」

情けなく眉毛を垂れて、唇を歪ませる吉澤さん
幾らオシャレしても、この子はダメみたい
今度は大人の女性を目指して・・・

「別に?」
「ホントにですかー?」
「何にもないよ。泣きそうな声出さないで」
「泣きそうですよぉ」
「ゴチャゴチャ言わない!処女じゃあるまいし」
「しょ、処女って!石川さん声おっきいです!」

アンタの方がデカイってば・・・
男の子たちみんな振り返ったじゃん!


103 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/10(月) 01:21

「はぁ・・・」
「これから忙しくなるよ」
「はい・・・もちょっと絞れと言われました」
「へぇ、吉澤さんも絞んないといけないんだ」
「横っ腹がちょっと、肉あるんで」

確かにいつもつまんでたおなかは、ぷにゅっとはしてたけど

「ボーイッシュっていうか、メンズ風味出すらしいんで」
「ああ、見たよ。男っぽいコンセプトだったね」

後から渡された資料に大体のことが書かれていた
ボトル自体は透明なんだけれど、上部が黒くなっている
今までに無いタイプのボトル
スクエアで、とてもシンプルかつシャープに作られていた

吉澤さんのイメージにピッタリかもしれない

「服とかも決まったの?」
「みたいです・・・今日の服とあんまり変わらないんです」
「あ、そうなの?」
「でも・・・でも・・・」

「でも、なによ」

吉澤さんはまた私にずずいと顔を近づけた
だーから!近いんだってばぁ!

「中、裸なんですよぉ!?」
「・・・それで?」
「そ、それでってぇ・・・」
「アタシなんて半裸よ、半裸」
「知ってますよぉ!」
「あら、それは光栄」
「黒スーツの中、裸なんですよぉ!?」
「だから何」
「脱ぐんですよぉ!?」
「アンタねぇ・・・ここのポスター知ってるでしょ」
「知ってますけどぉ!」
「んじゃ分かりきってたことでしょ」
「でもぉ!まさか自分が選ばれるなんて思っても見なかったし」
「それ言ったら、他の子に睨まれるよ」
「あうぅぅぅ・・・」

吉澤さんは諦めたのか机に突っ伏すように顎を乗せた
ぶーぶー言ってないで、ちょっとは嬉しそうにしなってばぁ

「もう、いいです・・・」
「あら、諦め早いね」
「だって、名誉あることなんでしょぉ?」

顎を付けたまま私を見上げてくる
いつもより小さくなってる彼女が
なんだか、ちょっとだけ可愛く見えた

「そうだよ?」
「だから・・・頑張ります・・・」
「・・・うん・・・フフッ」

私は思わず吉澤さんの頭を撫でた

初めて触れる柔らかい髪
くすぐったそうに目を細めて笑った






 ドキンッ




・・・な、なに?

この高鳴り


104 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/10(月) 01:22


「えへへ〜、撫でられちゃった♪」


そ、そんな無邪気な顔見せないでよ


急に締め付けられた胸が苦しくて
髪を撫でていた手をバッと離した

「ああ・・・もう終わりですかぁ?」
「な、何言ってんのよ」
「ぶー。けちんぼー」

ふくれっつらをする彼女は姿勢を正した
またちょっと視線が高くなる

「でも、石川さんに撫でられたから、髪もう洗いません!」
「洗いなさいよ!」
「だーってぇー、二度と撫でてくれない気がするし」
「汚いから洗いなさい」
「じゃぁ、じゃぁまた撫でてくれます??」
「・・・なんで」
「え?えへへ??」

 ギュゥゥゥゥッ!!

「っだだ!いだいいい!」
「もういいから、仕事の続きする!」
「はぁい・・・痛いなぁ、もう・・・」





105 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/10(月) 01:22

─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─




 キーンコーン カーンコーン

「おつかれさまでーす」
「おつかれー」

「吉澤ぁ〜!?」

フロアの奥のほうから中澤さんがこっちを見ながら
大きな声で呼んだ

「なんですか?」
「今日、付き合え」

右手でグラスを持つフリをしてクイッと上げてる

「あ、いや、でも、このプログラムが・・・」
「ええがな!今日で最後やと思え!」
「あ、あああ、はぁ・・・」

吉澤さんは新人歓迎会で相当懲りたのか
悲壮感漂う顔をして、私を見つめてきた
なによ、私まで巻き添え!?

「石川も付き合え!ってか石川チーム付き合え!」
「えええええ!?」

目の前でデスクを片付けている美貴ちゃんが大きな声をあげる

「なんや?藤本。ウチの酒が飲めんっちゅーんか」
「あ、いや、そーじゃないんですけど」
「高橋もこい!」
「あ、あは、はは」
「チッ・・・なんやノリ悪いのぉ・・・しゃーない、今日は裕ちゃんが奢ったろ」
「「「「えええええ!?」」」」

周りの子達がざわつきだす
そりゃそうだよ。中澤さんが奢るだなんて珍しいんだから

あたしも行きたい、俺もお供しますなんて
急に声が上がった

「ええい、うっさい!今日は石川チームと飲むって決めた!他は帰った帰った!」
「なんでアタシたちなんですか・・・」
「まぁええから。ほらもう予約してるんやから行くぞ!」
「そう言うことは早いんだから・・・」


106 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/10(月) 01:24



中澤さんが予約していた店は
ちょっとオシャレなダイニングバー。
黒でまとめられた店内は落ち着いた雰囲気で
中澤さんには似合わない感じがした
だっていつも焼き鳥屋とか居酒屋に行くって行ってたし。

「んじゃ、これからの石川チームとNu formulaの健闘を祈って」

「「「「「かんぱーーい」」」」」


「っかぁぁ!仕事後の一杯は美味いなぁ!」
「裕ちゃん、おっさんくさいから」
「なんやねん、石川。もっとぐっといかんかい!」
「はいはい・・・」

適当に頼めと言われたので
メニューからいくつか注文する
相変わらず肉を食べさせろと言ってる美貴ちゃん
野菜も頼みなさいってば・・・


運ばれてきた料理を食べながら
お酒がドンドン進んでいく。
今日は珍しく、私のペースもはやいみたい

107 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/10(月) 01:26


「ところでな」

中澤さんがグラスを置いて、ちょっと真剣な目をした
みんな察知して手を止める

「ああ、ええよ。食べながらで」

何の話だろう
仕事が終わってからもそんな目をしたのは久しぶり・・・
いつだっただろう・・・


「今回の新作な、ぶっちゃけ石川グループで行きたいと思ってるんや」
「「「「ええ?!」」」」

私はテーブルに手をついて前に乗り出す
高橋ちゃんは目がいつもの1.5倍以上開いて
美貴ちゃんと吉澤さんに至ってはビールを噴出す始末

「あっははは!やっぱりアンタらおもろいわ。息もピッタリやな」
「そ、そんな!無茶ですよ!」
「おお?石川、なんでや」
「だ、だって」
「新人2人抱えてるからって言いたいんか?」
「・・・そ、そうじゃ・・・」

無いとは言い切れない
私はまた深くイスに腰掛けた
108 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/10(月) 01:26

「今回な、20周年の特別な商品や。それはみんなも知ってるやろ」
「え、ええ」
「はい・・・」




「長年の勘を持った石川。潔い判断力の藤本」

中澤さんはそれぞれの顔を見ながら一言ずつ言葉をくれる

「顧客層に近い年齢で、感性豊かな高橋。それと・・・」

その目が吉澤さんに止まった

「これからYOU子班、いや?Nu formulaにとって必要不可欠になるやろう、吉澤」
「な、なんでですか!!」

「アンタ、もっと自分の力発揮したらどうや」
「「「え・・・?」」」

みんなが吉澤さんの方を見つめる
彼女は気まずそうに少し俯いた

「自分の力抑えてるやろ?」
「そんな・・・ことは・・・」

眉毛をクッと上げて、隠し切れてないよ?
そう言いたそうに中澤さんは言葉を続ける

「アンタの洞察力と先見力は上層部も期待してる」
「でも・・・」
「学力だけで採ったと思いなや」
「そんなことは思ってないですけど・・・」

1ヶ月近く一緒に仕事をして
私はその事を1番傍で感じていた
誰も気づかない、ホント針の穴のようなところに気がつく
そのおかげで売上も取引もぐんと上がった

「もちろん、石川も、藤本も、高橋も・・・石川チームは良いまとまりしてる」
「そうでしょうか・・・」
「ああ。石川が誰よりも早く動き出して仕事を取ってくる
 藤本はGoサインを誰よりも早く出せる」
「・・・そんな・・・」
「高橋は、今までに無いアイディアを出してくれてる」
「ああ、いえいえ・・・」

109 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/10(月) 01:27



 航路を見据える、吉澤がいて
 風を読める、高橋がいて
 帆を上げれる、藤本がいて
 舵を取る、石川がいる

 先見力、発案力、行動力、決断力
 全て兼ね備えてる。

 確かにまだまだ二人は至らんところあるよ
 でも、藤本と石川がちゃんとフォローアップしてる
 石川は厳しく、藤本は柔らかく
 飴と鞭も器用に使い分けられてる

 誰が欠けてもあかん
 みんなで一つやねん 

 良いチームやとは思わんか?



110 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/10(月) 01:28

「ウチは今までにない、ドキドキを感じてるんや」

ビールをグビッと仰いだ中澤さんは
嬉しそうに口を緩ませた

「高橋も吉澤も、人一倍吸収が早い。不器用ながらにも必死になって誰よりも伸びてる」

煙草を取り出して、火をつける
目を細めて、煙越しに見る中澤さんは
本当に嬉しそう

「石川のしごきに耐えれてる吉澤も大したもんやし」
「いえいえ・・・」
「藤本の軽ヤン見ても動じへん高橋も大物やと思うで?」
「そ、そんな・・・」
「裕ちゃん、軽ヤンってなに」
「それそれ、その目。あははは!」

中澤さんの笑い声で、場が和んだ
私はグラスに口を付ける

「他のチームも、良い動きはしてるよ?それは認める。
 YOU子班は会社のどこの部所よりも切磋琢磨しあってる。
 他のチームにも企画は提出してもらう。
 でもな、今回はアンタらの・・・本領を発揮してもらいたいんや」

中澤さんは頭を下げた

「ちょ、ちょっと裕ちゃん!」
「頼む」
「「「「・・・・・」」」」

中澤さんの意気込み、思いが伝わる
情熱をここまで見せた事が無かった人だったから

ビリビリと体が痺れて動かなかった



111 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/10(月) 01:29






「・・・やりましょう」

「「「ええ??」」」

吉澤さんが沈黙を破った
中澤さんは顔を上げる

「私、チャレンジしてみたいです」
「吉澤・・・」
「それに、そうやって言ってもらえてうれしいし・・・楽しいんです。毎日」
「そうかぁ」

中澤さんは安心したように顔を緩ませて
煙草を灰皿に押し付けた

「そうだね・・・なんか、燃えてきた。お兄さん、肉ぅ!!」
「ちょ、ちょっと美貴ちゃん!」
「わたしも、やってみたいです」
「高橋は相変わらず訛りが抜けんなぁ」
「えへへへ〜」

「石川は、どうや?」


みんながじっと私を見つめる
チームリーダーとしての答えを求められていた

目を閉じると瞼の裏に色んなものが過ぎった



あの時決心した気持ち



 “生まれ変わる・・・”



ゆっくり目を開ける







「分かりました」
「・・・よっしゃ。・・・はぁ・・・」
「フフッ・・・良かった」
「なによぉ」
「だって梨華ちゃんがNOって言ったら美貴お箸で刺してやろうと思ってたし」
「「「怖いから・・・」」」
「んじゃぁ、改めて乾杯するか」
「はーい」
「石川さん、ビールお注ぎしまぁっす」
「もう、普通に注いでよね〜」


「新作の・・・ん〜・・・最高売上を願って」

「「「「「かんぱーーい!!」」」」」



112 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/10(月) 01:30

─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─





久しぶりにワクワクしてくる
中澤さんは色々語ってくれた
みんなの事をいつも見てくれてたんだって分かるくらい
細かいところにまで

私はなんだか嬉しくなって、かなりお酒を飲んだ

誰かに必要とされていること
誰かがちゃんと見ていてくれること
批難や中傷もあるけれど
そんなこと全てが吹き飛ぶくらい
この瞬間が楽しいって思える

だからこの仕事が好きなんだ



「んじゃぁ、明日からまたよろしくな〜」
「はああい!」
「おお、石川、大丈夫かいな」
「らいりょーぶで〜っす!」

「ちょっと、石川さん、しっかり立ってくださいってばぁ!」
「なによぉ!犬ぅ!ちゃんと支えなさいよねぇ〜〜!」

「よっちゃん、梨華ちゃん送ってってくれないかな?」
「えええ!?」
「高橋ちゃんも私も反対方向だしさ」
「あ、はぁ・・・」
「タクシー使っていいから。領収書貰っといて!」

美貴ちゃんがタクシーをつかまえて、運転手さんに行き先を告げてくれた
私は意識が朦朧としていて、誰の腕に捕まってるのかさえも分からない

 バタンッ

「んじゃぁ、また明日ね〜〜!」
「お疲れさまです!」



「ん、んん〜・・・」
「石川さん?しっかりしてください?」

凭れていた肩からかすかに、良い香りが漂ってきた
これって確か、うちの香水・・・


そこで私の意識は途絶えた



113 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/10(月) 01:30




114 名前:Rink 投稿日:2006/04/10(月) 01:30
短いですが更新終了です
115 名前:Rink 投稿日:2006/04/10(月) 01:31
レスポンス

>774改様
リアルタイムでありがとうございます
(0^〜^)<わんわん♪

>7紙様
リアルタイムでありがとうございます
今までない感じを出したくて今回こんな設定になりました
(*^▽^)<ありがとう♪

>名無飼育さん様
作者も同意。
(0^〜^)<触りたいって・・・

>無飼育さん様
これからもっとそうなると思いますw

>名無飼育さん様
帰ってまいりました、ただいまです
今までにない設定にチャレンジしようと思い
今回こうなりました。
楽しみにしていてくださいませ
116 名前:Rink 投稿日:2006/04/10(月) 01:33
今回の更新は>>97-113です

作者、謎の咳風邪のせいと、来週から仕事多忙のため
更新が遅れると思います
マッタリお待ちくださいませ

やっとツンツンが無くなってきたようにも思いますが
彼女はどうなることやら
作者自身も行く末が分かりませんw

(0^〜^)<わんわん♪♪
(;^▽^)<お願い、懐かないで・・・

117 名前:オレンヂ 投稿日:2006/04/10(月) 01:55
更新お疲れさまです。
いやぁおもしろすぎてやばいっすね。
モニターに向かってツッコミながら読んじゃいました(笑)
次の更新をマターリお待ちしております。
お体お大事に〜!
118 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/04/10(月) 03:37
Rinkさんの新作を見つけて、遅い時間だから少しだけ・・・と思って読み始めたのですが
ぐいぐい引き込まれ、一気に全部読んじゃいました(;^▽^)
すごくワクワクしてます!
更新お疲れさまでした。
119 名前:774改 投稿日:2006/04/10(月) 15:46
やはりRinkさんの作品いいですねぇ・・・
また〜り待ってますww
更新お疲れ様でした
お体に気をつけてくださいね
120 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/04/10(月) 21:00
うわーすごいワクワクしてきました!
121 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/04/10(月) 23:42
更新乙です
毎回ドキドキしてます

ちょっと関係ないかもですが、スレのurlの数字、1444ですねニヤニヤ
122 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/04/11(火) 00:38
ここの上司・中澤さんステキ!いつか、中澤さんがモデルをやった時のエピソードが
読めると嬉しいです。色白でオトナな彼女のこと、きっとセクシーだったんでしょうね。
123 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/04/11(火) 03:51
すげー、なんか月9とかのドラマ見てるような気分。
カップリング以前に話として面白いし、
梨華ちゃんの心の微妙な変化が気になって仕方がありません!!w
124 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/04/11(火) 15:14
始めまして
更新ご苦労様ですっ。
いいですねこの感じ、続き楽しみにしています!!
125 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/12(水) 15:19






126 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/12(水) 15:19



─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─





「いったぁ・・・」

陽射しで目が覚める
どうやって家に帰ってきたのか思い出せない
あ〜、頭がガンガンする

ベッドから出ると昨日着ていた服が部屋にかけられていた

酔っ払ってても、そこはちゃんとしたんだね
えらいえらい、自分

キッチンに向かうとテーブルの上にメモが一枚あった


「お疲れ様です
 鍵は玄関に落ちてると思います
 
               吉澤  」

えええ!?
吉澤さんが送ってくれたの!?
全く覚えてない・・・
ってことは服を脱がせたのも彼女ってことだよね
は、恥ずかしい!!
私は改めて自分の格好を確認した

部屋着を着てるってことは全部脱がせたの!?
ああああ・・・頭痛い

「今日謝らなくっちゃ・・・」

時計を見るといつも家を出る一時間前だった
熱めのシャワーを浴びて用意しよう


127 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/12(水) 15:19


─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─





「おはようございまーす」
「おはよう」

頭がガンガンする・・・
薬を飲んだけれど、まだ効いてこない

「おはようございます、石川さん」
「あ、お、おはよう」

昨日とは違う、また落ち着いたファッション。
そしていつもと変わらない挨拶
だけど、今日はどこかキリッとした表情で
アホ顔じゃなかった

「き、昨日はありがとう」
「あ、いえいえ。勝手に上がらせてもらいました」
「あ、ううん・・・」

「梨華ちゃんおはよう。無事帰れたの?」
「な、んとかね・・・吉澤さんが送ってくれたし」
「もー、あんまり飲みすぎないでよねぇ〜」

フフッと吉澤さんは笑う
だけどまた真剣な顔でパソコンに向かった

「今日は意気込んでるんだね」
「ええ。昨日帰ってからちょっと閃いたんで」

パソコンに向かうその横顔は
ふざけた犬の顔が微塵も感じられない
とても鋭くて、凛々しい顔だった

「家のパソコンですればいいのに」
「ああ・・・今ちょっと壊れてまして」
「そう・・・」

イスを引いて、いつものように仕事の準備を始める

さぁ、今日から新しい気持ちで仕事を始めよう


128 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/12(水) 15:20

─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─




今回の企画書提出期限は一週間
そこからチームごとにプレゼンテーションが
上層部の前で行われ決められる

私たちのチームは4人とも案をまず出し合って
そこからみんなで選ぶという方法でいくことにした

だからみんな仲間である前にライバルになる

「あああー、美貴いいの思い浮かばないよぉ・・・パスしていい?」
「だめだめ!大丈夫だからしっかり考えよう?」
「ん〜〜・・・だめだ、煮詰まった。ちょっと休憩してくる」
「私も行ってもいいですか?」
「そうだね、高橋ちゃん。休憩しよっか」
「はい〜」

二人がフロアから出て行く
相当に詰まっているのか、かなり疲労困憊な背中だった

「吉澤さん?」

隣を見ると眉間をつまんで
苦しそうに顔をゆがめていた

「ふぅ・・・」
「よし、ざわさん?」
「・・・あ、はい。すいません」
「吉澤さんも休憩してきていいよ?」
「あ、いえ・・・大丈夫です」

髪をかき上げて、背中をグッと伸ばすと
また彼女はキーボードをカタカタと打ち出した

「ねぇ・・・」
「・・・はい?」
「・・・ううん」

  ギィッ

「なんですか?」

吉澤さんは手を止めてイスを回転させると
私に向き合った
その目はまだ鋭く凛々しい

そんな目、今まで見たこと無かったから
こっちが戸惑っちゃうじゃない

「ううん、なんでもないよ・・・」
「・・・フフッ・・・」
「な、なによぉ」
「いつもの石川さんっぽくないなとおもって」

鋭い目が少し弱まった
口元が緩んで、優しい笑顔をくれる

何故かその顔を見て、安心してしまった


「な、なによ。いつものって」
「スパルタ石川さん」
「な、なんですってぇ!?」
「あははは!それそれ!」

  ギュゥゥゥウウウ!

「いだだだっ!いだいってばぁ!」
「もういい!」
「何ですかぁ・・・痛いなぁ・・・」
「いつもの私がいいんでしょ!?」
「だからって抓らなくてもぉ」
「フンだ!」

彼女がいつものように笑う
私もつられて笑みをこぼす

なんか、それが嬉しかった

129 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/12(水) 15:20

─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─





 −ミーティングルーム−

「さて、今日はみんなが考えた案をまとめる日だけど・・・」

提出期限まで後4日に迫ったこの日
石川チームで会議をするために部屋を借りた

みんながライバルになるこの期間だけは
物事がごく内輪だけで進められる

「んじゃまず美貴から出すね」

4人で考えてきた案をホワイトボードに書き込む
今まで色々な企画がされてきているから
みんな結構苦戦したみたい

「んじゃ次、高橋」
「はい!」

高橋はやっぱり新しい風を入れてくれる
面白い発想がたくさん出てきた

「次、吉澤さん」
「はい」

彼女は顧客や取引先を上手く使った案を出してくれる
しかも分析力も優れているので
細かい数字なども出してくれた

「んじゃ最後私ね」

在り来たりじゃつまらないからと
ぶっとんだ事を上げてみたた

「梨華ちゃん、さすがにそれは・・・会社つぶれるくらいの経費いるよ?」
「・・・やっぱり・・・」

どんな内容かはお教えできません
今更恥ずかしくって・・・

「ふぅぅぅぅ・・・まとまらないねぇ」
「そうだねぇ・・・」
「どうしましょう・・・」

みんなが頭を抱え込んだ
袋小路に立たされた状態
全て良い案なんだけれど、決定付けるものが無い




130 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/12(水) 15:21






「・・・あ、待てよ・・・」

ホワイトボードを見つめていた吉澤さんは
何かを思いついたのか声をあげた

「な〜に?良い案思いついた?」

私は頭を上げて情けない声を出した
中澤さんに言ったものの、もうダメかもしれない
そんな予感がしたから・・・


「この4人の案を全て一つに出来るかも知れません・・・」
「「「え?!」」」

「まず、会社方針のマスメディアを使わなくてもいい方法。
 これはメディア側から声がかかれば良いわけで」
「うん・・・」
「それをするに当たって
 藤本さんの『たくさんのモデルに使ってもらう』。極限に経費を抑える事を考えれば
 これは一般から募集してもいいし、店舗に居る従業員にも
 ウチの会社の人たちは綺麗な人が居ます」
「そ、それがなにか・・・」
「次に高橋さんの『ショーをする』。募集した人たちを舞台に上げればいいでしょう
 それなりのレッスンなどはしてもらわないといけませんが・・・」
「どういうこと?話が見えないよ」

「まぁ、最後まで聞いてください。石川さんの『飛行機にペイント』・・・これは・・・ちょっと」
「やっぱり・・・」

ばらさなくてもいいじゃない!
だって、だって昔アーティストがやってたでしょ!?
今じゃバブルもはじけてそんな大掛かりな事をする人は居ないけどさぁ・・・

「だけど、『会場を貸しきる』というのは可能ですね」

「「「レセプションパーティ・・・」」」

「そう・・・」

吉澤さんが紡ぎだした言葉の点と点が線で繋がる

「今までそう言った企画は、YOUシリーズでありましたか?」

私は慌てて過去の資料を見直した
確かどれもそう言った大々的なものは行ってないはず!

「大きな会場でなくても、クラブなんかでもいいんじゃない?」
「ベルファーレ?」
「今はもうないですよ」
「あ、そっか」
「どう?梨華ちゃん。ある?」
「ない・・・」

「そして、最後・・・」

「「「なに?」」」

みんなが吉澤さんに注目する
彼女は口の端をクイッと上げて得意げに笑った
それは人を見下した、笑いなんかじゃなくって
勝算を確定づけた笑み。

なんだろう・・・ドキドキする
スリリングで、早く続きが聞きたくて仕方ない




「この企画を成功に導かせる事が出来る有力な顧客が、ウチの会社には居ること」


「「え!?」」


「それって、まさか・・・」


「そう。Futureです」


彼女が初日、もっと擁護していいんじゃないかと言ってきた会社
あの後私と吉澤さんは会社に行って
社長と話す機会をつくり、新たな契約も結んで
こちらとの会社のつながりも深まった

131 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/12(水) 15:22

「すっごい・・・」
「全部が繋がりますね?」
「そうだよ!Futureなら機材にしろモデルも多少だろうけどコネあるじゃん!」
「確かFutureが手がけるショーって大成功収めてますよね」
「それまじ!?愛ちゃん!!」
「はい、雑誌に載ってました」
「それ!行こう!Goだよ。Go!!」
「そうですね、高橋も賛成です」

「さぁ・・・石川さん。リーダーの意見を聞かせてください」
「・・・・・」

まるでリーダーは吉澤さんの如く
決断を迫ってくる
彼女はやっぱり凄いんだと、その目を見て私は震えが走った

思いつかなかった顧客に対するアプローチ
細かい数字の把握と、大きくイメージできる力。

人は同じ重さの脳を持ってるといわれるけれど
多分彼女と私じゃ皺の数が違いすぎるんだと思う

「・・・石川さん。今までの経験だけで判断せず
 その経験を生かして、新しいものを生み出しませんか」

彼女の目力に負けて瞼を閉じる


古いものだけに囚われていた
今までの経験だけに縋っていた
だから私は仕事を取ってくることは出来ても
新作の企画はいつも通らなかった
誰の力も借りず、一人で作り上げようとしていた

だけどそれじゃ何にも上手く行かない事だって分かってた


  “分かってる  分かってた”


そんな言葉がいつのまにか口癖になっていた
それって結局後悔してるだけ

分かってる・・・


だから 変えたい


「・・・オッケイ。進めよう」

「よっしゃぁ!!」
「やったぁ!」
「フフッ」


チームワークってこう言うものだって
分かった気がした

誰か一人かけてもダメ
みんなで一つなんだ


吉澤さんは立ち上がって右手をすっと前に出した

「お、いいねぇ、気合い入れ?」

美貴ちゃんはその上に重ねるように手を置く

「昔の部活思い出します!」
「何部だったの?」
「吹奏楽です」
「「なんで!?」」
「あ、いや・・・体育会系吹奏楽だったんで・・・」

エヘヘと笑いながら高橋も手を重ねた

「リーダー」
「うん」

天に手を置いた
みんなの手の熱さが伝わってくるようで

「じゃぁ、これで、他より群を抜こう」
「「「はい!!」」」
「声はなににしよっか」

「・・・ハッピー!・・・フフッ」

「「「・・・・・・」」」

そんな失笑しないでよ!
美貴ちゃんなんて軽ヤンの目で自分で笑ってるよって呟いてるし

「石川さんって案外寒いんですね」
「ちょっと!寒いってどういうことよ!」
「あー、よっちゃん、いつもの事だからきにしないで」
「あそうなんですか」
「私も覚えときます」
「ちょ、ちょっと高橋まで!」
「なんか昔こんな事しなかったの?梨華ちゃん」

あ、そういえば・・・
飯田さんの時に・・・

「がんばっていきまっしょい」
「「「え??」」」

「しょいで手を下げんの」
「それいいね!」
「おっけー」
「はい」

「じゃぁ・・・この案が成功する事を願って」

みんなの目を見つめる
それはとっても強い女戦士の目をしていた

「チーム石川アマゾネス!」
「なによそれ!」
「女戦士のこと!!」
「あーもう、なんでもいいよ」
「あはははは!」

「頑張っていきまっ」

「「「「しょーーーーい!!!」」」」



132 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/12(水) 15:22


─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─




次の日からプレゼンテーションの期日まで残り4日。
土日を入れると実質あと2日しかない。
私と美貴ちゃんはFutureに向かって
企画を提案した。
もうほぼGoサインを出せるところまでこぎつけるために。

何が何でもこの案を通したい
その思いが伝わったのか、社長さんは快諾してくれた

「まぁ、もしダメになったら3人で食事でも行きましょう」
「ありがとうございます」

Futureの社長さんは若いけれど、パワーやオーラを兼ね備えた
とてもカッコいい人女性だった
見積もりを出してもらったり、当日手配をしてくださる部長さんに挨拶したり
話はトントン拍子に進んでいった

会社では吉澤さんと高橋が企画書を作成してる



「はぁ〜〜。何とか間に合いそう?」
「後は企画書だけだね・・・」
「そうだね・・・」
「まだまだこれからだね」
「うん、始まったばかりだね」

5月の爽やかな風が入る電車の中で
規則的な揺れのせいか
うとうとと、浅い眠りに誘われてうたた寝をした




133 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/12(水) 15:23


−+−+−+−+−+−+−+−+−







「梨華・・・」


名前を呼ぶのは家族とあの人しか居ない
だけど声にノイズがかかって聞き取れない


「もう、終わりにしよう」


確か今くらいの時期だったはず



どうして?も何も聞かずに
アナタの背中を見送った



頬の一発でも殴ってやればよかった
そう思ってたけれど


靴を履いて立ち上がる彼は
私を抱きしめようとした
その顔は霞みがかって見えない


彼の腕が
私を包もうと伸ばされる


スーツが嫌いになった理由は
アナタはいつもスーツだったから
見下ろされることが嫌いになったのも
理不尽な取引先の男たちがスーツだから


私は男性不審に一時陥った

今だって、心の底から信用する事なんてない



「やめて!!」

「・・・梨華・・・」


これは夢なんだ 


だってあの時の私は
抵抗する事も無く、抱きしめられて、キスされたから



「アンタなんて、要らない」


「・・・梨華・・・」



霞みが濃くなって

彼はかき消されていった





やっと消えた、彼の姿

完全に消す事が出来た






134 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/12(水) 15:23












「・・・か・・・」


だれよ・・・


「・・・ぃぃかーー!」



だれ?五月蝿いなぁ・・・




声がだんだんと近づいてきた

手をぶんぶん振って、猛ダッシュしてくるのは
頭の上に真っ白で、ふわふわした毛の耳がはえた









・・・吉澤さん!?


135 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/12(水) 15:23


「梨華ぁぁぁ♪♪」

舌を出してハッハッと息を切らして笑ってる
そのお尻からはこれまたまっしろな尻尾が
パタパタとちぎれんばかりに振られている

「な、なによ!梨華って!!」
「ねぇねぇねぇねぇ梨華!梨華っ!散歩行こう!?散歩♪♪」

「はぁ!?」

吉澤さんはどこからか持ってきたのかロープを咥えて
私に笑顔を向ける
目をキラキラ輝かせて、本当に嬉しそうに近づいてくる
も、もう!鬱陶しい!!

「ちょ、ちょっと!」
「散歩!お散歩ぉぉ!!」

口からパッとロープを落とすと
私の肩に手を置いて、顔を近づけた

「ちょ、ちょっと何すんのよ!」
「ベロベロベロッ」
「きゃぁぁぁ!舐めないでよぉ!」
「ペロペロッ。梨華、いい匂い!美味しいぃぃぃ♪」
「ちょっと、どこ舐めてんのよぉ!!」

私の頬や鼻、唇を
ベロベロと舐めていく
くすぐったくって、だけどまるでふわふわの毛で
撫でられているようで

・・・気持ちよかった


「ちょ、ちょっとぉ〜〜。もう、やだぁ!」
「ねぇねぇ、梨華!梨華はウチが好き!?」
「はぁ!?」
「ねぇねぇ!好き!?ワン!!」
「ワン!?鳴き声!?」
「梨華!ねぇ梨華ぁぁぁ♪」
「もう、うるさいなぁ!」

肩に置かれていた手も
真っ白い毛で覆われて、顔中を撫でられる

「ちょ、ちょっと、くすぐったいってばぁ」
「ねぇ、梨華♪♪ワンワンッ!」
「やあだぁ!・・・もう、くすぐったいってばぁ!」


「ワンッ!梨華♪ワンワンッ!」






「梨華・・・」







「・・・かちゃん」

「くすぐった・・・」






136 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/12(水) 15:24


「梨華ちゃん!!」
「ふぇ!?」

バッと起き上がると見慣れた駅だった

「ほら、降りるよ!?」
「あ、ああ・・・美貴ちゃん・・・」

私は鞄と資料の入った封筒を掴んで
慌てて立ち上がった


  プシューーー   ガタンガタンッ  ガタンガタンッ


「ねぇ、どんな夢見てたの?」
「え!?」
「なんか、エロい寝言言ってたよ?」
「はぁ!?」
「くすぐったいだの、舐めるなだの・・・」

寝言聞かれてたんだ・・・

「美貴のこれで撫でたからかなとか思ったけどさ」

美貴ちゃんは首から外していた
ファーのマフラーをひらひらとさせた

「それ、白だね・・・」
「そうだけど?なんで?」

白い毛色の犬・・・
はぁ・・・散歩行こうって・・・
犬犬言うからホントに犬になってたじゃん

もう、なんでかさっきからドキドキしてるんだけど・・・
美貴ちゃんがファーで撫でるからあんな夢みちゃったんじゃない!!

137 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/12(水) 15:24


駅からカツカツと歩いてる途中
私は夢の事を思い出していた



だってさぁ
そりゃ確かに吉澤さんの事は犬って言ったよ?
ホントに犬みたいなんだもん

でもホントはそうじゃないの!
彼女が良く気のつく子なんだってば
私が立ち上がればコーヒー入れましょうかって言ってくれるし
肩凝ったなぁって言えば、もみましょうか?って言ってくれるし
相変わらずアホ顔して横っ腹はつまんでるけど

そんなのを回りに見られてたら
吉澤さんは石川の下僕だって言われてる

吉澤さんは「好きでやってるからいいんです♪」って笑顔で返してるけど
好きでやってるって、抓られるのは好きじゃないでしょ
そう言ったら
「でも、あれが一日1回ないと、最近はなんか気合い入らなくって」
とか言ってるしさぁ・・・
吉澤さんってMなわけ?そう聞いたら
「石川さんだからです♪」なんて言ってくる

・・・あの子、多分
ううん、絶対おかしい
何が楽しくて抓られなきゃいけないんだろうとか
そう言うの思いつかないのかな・・・
わっかんない・・・


「梨華ちゃん、さっきからなにブツブツ言ってんの?」
「あ、ううん、なんでもない・・・」

138 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/12(水) 15:25


会社に戻ると高橋と忠犬はパソコンに向かって
必死になっていた

「ただいまー」
「あ、おかえりなさーい」

「ただいま」
「おかえりなさぁい!お疲れさまでした!!」

デスクに向かうと吉澤さんは手を止めて
笑顔一杯で迎えてくれた

ああ・・・犬がいる・・・


「コーヒー飲まれます??」
「う、ううん、要らない」
「そうですか」
「う、うん・・・」

「それよりどうでした?」
「うん、コレが見積もり」
「あ、ありがとうございます」

犬の顔からまた人間の凛々しい表情に戻った
その変わり身の早さってなんなの?

私に分かるように説明して
ねぇ、お願い。吉澤犬・・・






  キーンコーン カーンコーン


「お疲れさまー」
「お疲れ様でしたー」

デスクの上の資料を整理して、グッと伸びをした

「じゃぁ、帰りまーす」
「はーい、お疲れー」
「私も帰ります〜」
「うん、お疲れさまー」

みんなそれぞれフロアを後にする
私はメガネを外して引き出しを閉めて立ち上がろうとした

「・・・吉澤さん?」
「はい?」

彼女がまだカタカタとキーボードに向かって
何かを打ち込んでいる
顔を画面に向けたまま返事をした

「帰らないの?」
「これ、仕上げます」
「明日で間に合うんじゃないの?」
「石川さんに仕上げなさいよ〜って言われたし」

メガネをくいっと上げるフリをして目を吊り上げた
なにそれ、私の真似とかいいたいの?
でも、吉澤さんなら仕事も速いし明日でもいいんじゃ・・・

「フフッ」

顔を上げて私を見上げてきた
その顔は、いつも以上にやさしい顔

モデルプログラムを実行しているせいか
顔が心なしか締まってきた
以前よりもシャープな顎、お肌の調子もいいみたい

新作香水の名前の由来にもなっている彼女の瞳は
とても大きくて、黒曜石のような輝きをしていた


 ドキンッ

また胸が高鳴った

「そ、そう・・・」
「はい」
「あんまり、遅くならないようにね」
「はい。お疲れ様でした」
「お、お疲れ・・・」

鞄を掴んで、足早にフロアを出る
振り返るともうほとんどの人が帰っていた

彼女、一人で残るつもりなんだ・・・





139 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/12(水) 15:26


私はエレベーターに乗り込む
外は少し日が落ちて、街灯がつきだした

ガラスに映る私の顔は
自分で気づけるほど、優しくなってた

「フフッ」

こうやって思い出し笑いすることなんて無かったな
犬が消してくれたかぁ〜




今日はちょっとゆっくりして帰ろう

仕事が終われば真っ直ぐ家に帰ってた毎日だったけど
たまには反対方向に向かって寄り道してもいいよね
会社と家の往復だけじゃつまらないもの。

だーってまだ20代前半だよぉ!?

どうしようかな
映画でも見ようかな。
でも今おもしろい映画やってないしなぁ

てくてくと歩いていると本屋が目に入った
いつのまにできたんだろう
かなりオシャレな本屋さんでカフェと一緒になっている
中を少しうかがうと、洋書もたくさんおいてあった

入ってみよっか




落ち着いた雰囲気のカフェと一緒になっているそこは
あちらこちらにソファやイスが置かれていた
自由に読んでいいらしい
カフェに持ち込んでもいいみたい

へぇ、こんな店もあるんだぁ


お目当ての無い私は、陳列棚を撫でながら通路をゆっくり歩く
でもやっぱり仕事柄なのか、気になるのはファッションやコスメのコーナー

たまには違うところもみなくっちゃねぇ


経済誌がおかれた棚で足がピタッと止まった

「これ・・・」

YTカンパニーのことが大きく取り上げられた雑誌
そっと棚から抜き取ってページを捲る

資本金にしても、従業員数にしても、世界ネットワークにしても・・・
うちの会社とは比べ物にはならない
なのにどうして彼女はそれを継ごうとしなかったんだろう

憧れって仕事に対する憧れじゃないのは分かってた


 「もっと前の看板です」


そう言ってたから・・・

吉澤さんも、普通の女の子ってことなのか

私は雑誌を元の位置に丁寧に戻して
また店の中を探索した



店の奥に進んでいくと
海外の写真集が並んでいるコーナー

背表紙だけを見て一冊とると
真っ青な空の写真だった


パラパラと中を捲る
フランスで撮影されたのか、エッフェル塔やモンサンミッシェルの写真
シャンゼリゼ通りで、相合傘のカップルがキスをしてる写真もあった


一度は行ってみたいみたいオシャレな街だなぁ
カフェに入って、エスプレッソとか飲んじゃったり!

でも、現実は・・・
本から顔を上げて少しため息が漏れた
そんな甘くないよね


ページを捲って続きを見る



左手首にあった腕時計が目に入ったから
時間を確認すると、仕事が終わってから1時間しか経っていなかった


こんなにゆっくり流れるもんなんだ・・・



140 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/12(水) 15:27


朝弱いせいか中々起きれずにいて
熱めのシャワーを浴びる
パンを一口だけかじってバタバタしながら家を出る
満員電車に揺られて、痴漢を我慢して
会社に着いたら、少し疲れていて
エレベーターに乗ったら、気合を入れなおす

フロアに入った瞬間、1番経験者の“石川梨華”になって
嫌味のようにキツイ言葉で指示を出す

女の子には煙たがられ、男の子には怖れられて
自分の陰口が聞こえてきたら、小さくため息を吐きだす

給湯室のグチ大会はドラマだけの話しだと思っていたし
その輪に自分も入るもんだと思っていた

それが言われる立場になっちゃってさ・・・

いつも定時には仕事を片付けて
チャイムとともに大きなため息が出る

真っ直ぐ家に向かって
マンションのベランダから見える夜の明るさに
学生時代が1番楽しかったなんて耽って・・・

それの繰り返し繰り返し・・・



よりどころが欲しくて、求めた広い胸

わがままばっかり思ってた
だけど口にすることも出来なくて、押し殺して

今なら分かる
彼の方が甘えたかったんだろう
だけどいつも遠慮気味な私に甘えられるわけもなく

もとよりそんな関係じゃなかった
ひと時だけを共有する、誰にも言えない関係

だけどそこに私は、愛を求めてた


いつか終わらせなきゃいけないって分かってた

だからもう、終わりが近いと気づいた時
私から連絡する事なんて無かったし
向こうからの電話も取らなくなった

彼も本気になりそうだったから終わらせたんだろうな
その方がいい

奥さんがいるんだから・・・帰らなきゃね






指が止まったそのページには
モノクロームの写真
全てカラーだった写真集に、たった一枚だけのモノクローム

少年?少女?

口を真一文字にギュッと閉じ
鋭い眼光で私を見つめてくる

全てを見抜かれたようなその瞳は
強くて、だけど物悲しそうに揺れていた

笑っているようにも見えて、怒っているようにも見えて
しばらくその写真と見詰め合った


・・・吉澤さんに似てる



何かを諦めたように、小さく笑う表情
犬のような無邪気さ
そして、彼女しか持ち得ない
神秘的で、鋭いまなざし


  パタンッ


本を閉じて、表紙を手でなぞった



なんで彼女の事考えるんだろう
どうして彼女の表情が浮かぶんだろう

 「石川さん!」


声だって思い出せるのは、いつも隣でいるから

約1ヶ月か・・・
教育をした新入社員の中では、1番最長だなぁ

フフッ・・・

何から来る笑みかは分からなかったけれど
私は本を抱えてレジに向かった






141 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/12(水) 15:28

─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─




結構高かったなぁ・・・
でも久しぶりにいい買い物が出来た気がする
満足感からか、足取りもちょっと軽くなった

いつもとは反対方向だったから
もう一度会社がある方に向かう



夜の風が心地よくって、ぐっと胸を張って大きく吸い込んだ

ん〜〜、気持ちいい

ふと見上げたビルはまばらに光がついていた

吉澤さんはまだいるんだろうか
電気が奥のほうで光っていた


差し入れとか持って、顔出すべきかなぁ
コンビニでも寄ろう









ビルに向かう少し手間の大きな交差点で信号待ちをしていると
行き交う車の音が消えた







嘘、でしょ・・・





142 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/12(水) 15:28




昔のことが甦る
せっかく消えたと思ったのに





信号が青に変わって

前から歩いてきたのは

終わりを予感していながらも、胸を焦がしていたあの人






彼も気づいたのか歩みが遅くなった




143 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/12(水) 15:28



「・・・久しぶり」
「・・・こんばんは」

そうだ・・・こんな声だった・・・

「まだあそこで働いてるの?」
「ええ・・・」
「そう・・・」

柔らかに笑う顔は変わっていない
少し皺が増えた気がした

彼のつま先に視線を落とすと、あの時は違う靴
もう3年も以上の前の話だもんね

「今、一人?」
「はい・・・」
「もし良かったら、食事でもどう?」
「え!?」

私は俯いていた顔を上げた
だってそんな・・・

「あはは。食事って言ってもこの辺じゃおじさんくさいものしかないけど」
「そう、ですね・・・」
「どう?」
「・・・ご一緒します」


どうして誘いを断らなかったんだろう
まだ好きなのか、そうじゃない
けれどなんだか、今なら言える事を
言えそうで聞けそうなきがしたから・・・

点滅し始めた信号を戻った



144 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/12(水) 15:29



「最近調子どう?」
「ええ、まあまあです」

ここ美味いよ?と彼が連れてきてくれたのは
会社から近い、路地裏の小さな焼き鳥屋さん

フフッ・・・
もっとオシャレな人だと思ってたんだけど
案外普通のオジサンなんだ

「何かおかしい?」
「あ、いえ・・・」
「オジサンクサイとか思ったんだろう?」
「いえ、違いますよ」
「フッ、どうだか」

彼は笑みをこぼすとビールをグイッと仰いだ
手酌をする瓶を取ろうと手を伸ばしたら


「いいよ、しなくても」
「でも」
「出世しないからとか言いたい?」
「そうじゃなくって・・・」

彼は昔、うちの企業と取引をしていた係長さんで
先輩に連れられていった外回りの時に知り合った

確か別れる間際に部長に昇格したとか言ってたっけ・・・

「今日はたまたま、この近くにいたからね」
「そうなんですか」

「こうやって飲みに来ることなんて無かったね」
「そうですね・・・」

チリチリと目の前で焼かれる焼き鳥の串を見つめる
煙が店を充満させてる

「いつも・・・辛そうな目をさせてた」
「え?」

お皿から焼き上がった串を持って
彼は思い出してる
当時の私と、当時の彼のこと

「君には、辛い思いをさせたから・・・」
「・・・・・」

「俺は甘えてたんだ・・・」
「そんな・・・私が」
「いや、君はまだ若かった」
「・・・・・」
「俺が子どもだったんだよ」

彼は申し訳なさそうな目を私に向けた
今まで見たことの無い、切なげな表情

大人でとても紳士で
全てを許容してくれていた彼
意地っ張りで、ホントの自分を出せず
縛られている事が嫌だった仕事上の“石川梨華”のキャラを
柔らかく包んでくれていた

そんな気がしていた


分かってた
そうじゃない事



145 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/12(水) 15:29

「・・・すまなかった」
「そんな!」

謝らなきゃいけないのはこっちなのに

「分かってたんです、私も・・・」

私をじっと見つめて、言葉を待つ
あの時と変わらない



「君の癖」
「え?」
「ずっと敬語だった」
「そうですか?」
「ほら」
「ああ・・・」
「それに・・・分かってますって言うんだ・・・」
「そうだったんですか」
「ああ・・・言われるたびに、ちょっとだけ傷ついてた」

ハハッと笑う
その横顔は、もう過去のものとして話してた

「本当は何も分かりたくないんじゃない?って思ってたんだよ」
「・・・・・」
「俺はその続きを、聞くことが出来なかった」


「聞けるような奴でもなかったしね」


続きを聞けば
彼が全てを捨てて、全てを背負う事になるのを
気づいていたからなんだろう

やっぱり彼の方が大人なんだ


「俺はズルい・・・ズルかった」
「・・・フフッ・・・今は違うんですか?」
「多少ね」
「私も、ズルかったですね」
「今は?って聞いたほうがいい?」
「フフッ・・・さぁ・・・今もかもしれない」
「そっか」

「今、楽しいんじゃない?」
「え??」

彼は鶏を頬張りながら聞いてくる

「前よりうんといい顔してる」
「そう、ですか」
「うん・・・ゴクッ・・・ぁあ。いい恋でもしてるの?」
「・・・恋、は、してないですね」
「そっか・・・仕事が楽しいのか」

仕事・・・楽しいですね
でもそれも、最近になってそう思う


146 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/12(水) 15:30

店を出ると、オフィス街だからか
人気がなく、閑散としていた

「ごちそう様でした」
「これくらい安いもんだよ」
「ありがとう」
「いえいえ」

初めて交わす、彼との笑顔
胸に風が少しだけ吹き抜けた

「じゃぁ・・・」
「はい」

続きを言わないのはズルい証拠
そう言っていたけれど

彼の目からはちゃんと伝わった


 もう会わないから 「またね」は無いね
 だけど、どこかで会ったら、そうやって笑って


「・・・はい」
「うん・・・」

彼は背を向けて歩いていった
シャンと伸ばされた背中に、私も背を向けた

彼は一度も私を名前で呼ぶことは無かった。私も同じ。

次は初対面。

もう会うことは無いけれど
街ですれ違ったとしたら、笑いかけれるようになりますね

だけど多分、予感だけれど
その必要は無いって・・・

次は他人同士。




147 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/12(水) 15:31


ビルの前を通る
すっかり暗くなった自動ドア越しのロビーを遠めで見つめた
こんな時間までここにいたのは久しぶりだなぁ

ふと顔を上げると
ワンフロアだけ、ぼんやりと明かりが着いていた

私はビルの向かいの景色を確認してまた目を戻す
あれって、うちの会社のフロアだよね


ってことは、吉澤さん??


時計を確認すると9時を回っていた
まだ仕事してるの!?
私はビルの裏口を目指して少し小走りした


警備員さんに社員証を見せて、中に入る
こんな時間まで仕事して・・・

エレベーターに乗り込んで、階のボタンを押した


  チーンッ

エレベーターホールを抜けて、フロアに向かう
あたりは真っ暗で非常口の照明がぼんやりと廊下を照らしていた

そっとフロアに入ると吉澤さんのデスクから光が。
まだ仕事してる・・・
カタカタとキーボードの音がしてたから。


もう・・・



一旦フロアを出て、喫煙スペースの自販機で
ミルクティを買って戻る

足音を立てないようにそっと近づく


吉澤さんはイスにもたれて眉間をつまむように
天を仰いでいた

よっぽど疲れてるのか、間際まで来た私に気づいてない


148 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/12(水) 15:32






  ピタッ

「うひゃあ!!!」

 ガタンッ!

「フフッ、お疲れ」
「い、石川さぁん・・・ビックリするじゃないですかぁ」

彼女はよっぽど驚いたのか
イスから跳ね上がって私を見つめた
ホント犬みたいなんだから


「どっちがいい?」
「え?・・・一緒ですね」
「アイスと、アイス」
「・・・ハハッ!一緒じゃないですか」
「はい、どうぞ」
「頂きます」

彼女はペコッと頭を下げると
また上を向いてミルクティの缶を目に当てた

「あ゛〜〜〜」

デスクにはコンビニの袋と
食べかけのサンドイッチとカップラーメンが置かれていた

「それ、夕飯?」
「あ、はい」
「そんなの食べて・・・」
「し、しーましぇん」
「フフッ・・・黙っててあげるよ」
「ありがとうございます」

一段落ついたのかちょっと乾いたサンドイッチの残りを
モソモソと食べ始めた
私はデスクのイスを引いて腰掛ける

「フンッ!」

サンドイッチを口に運ぶ手が止まって
鼻を1回鳴らした
な、なに?またなんか匂うの??
吉澤さんは辺りから私のほうに顔を向ける

「フンフンッ。フンフンッ」
「犬・・・なに嗅ぎ分けたの」
「石川さん、焼肉屋さん行きました?」
「え!?」

私は自分の腕を鼻につけた
確かに凄い匂いだな、これ

「なんか、焼かれたにおいがします」
「焼き鳥屋さんだったけどね」
「え〜〜、いいなぁ〜」

サンドイッチのパンを口から少しだして
羨ましそうに見つめてくる
口の中のものを早く飲み込みなさい!もう

「自分はサンドイッチなのに、焼き鳥とか食べちゃって〜」
「仕方ないでしょ、プログラムしてるんだから」
「そうですけどぉ・・・」
「それに付き合いだったんだから」

「お付き合い?」
「そ、そうだけど」

「・・・接待?」
「違うよ!」

「なーんだぁ・・・じゃぁ彼氏とかぁ」
「それも、違う・・・」

彼氏だった人とだけど・・・
何故か後ろめたい気分になって俯いてしまった
手に挟んで転がしている冷たい缶を見つめる

「・・・石川さん、彼氏、いないんですか?」
「・・・いない、よ?」
「そっか・・・いそうな気がしたんですけど」
「どうして?」


モニターの光が彼女と私を照らす
活気で溢れていたフロア―はしんと静まり返っていた


「ん〜、だって、よりどころいるんじゃないかなって」
「よりどころ」
「はい。言いたくない事言って、辛いポジションじゃないっすか?石川さんって」
「んっ・・・ん〜・・・」
「だから、石川さんの恋人って心の広い人だろうなーって勝手に思ってたんです」


彼の顔が過ぎった
下唇を少し噛み締めて彼女から視線をそらせた

全部自分の思い込みと、考え違いだった過去と今
勝手に決め付けてるキャラクター

抜け出したいけれど、悪循環に苛まれて
もうどうでもいい どうにもならないじゃんって投げ出していた


「前に、ね」
「うん?」

「石川さん、どうしてこの会社来たの?って聞いてくれたじゃないですか」
「うん」

「ウチ・・・ね・・・」

彼女は少し遠い目をして
思い出すように話してくれた



149 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/12(水) 15:32



親に言われた事をすることが
いい子の条件だと思ってたんです
勉強をして、いい点を取る事が親を喜ばせることだって。
でも、心のどこかで本当にそれでいいのかなって思ってた

時々街に出ると、同年代くらいの子達が
楽しそうに、おしゃべりしたり
カラオケ行ってたり、プリクラ撮ったり

くだらないって見下しながら、本当は羨ましがってた

参考書だけが友達じゃんって
自分の鞄を見つめて思ってた

大学2年の春だったかなぁ。
銀座にあった、YOUの香水の看板を見て

なんか全部変わったんです

自分の中の思いとか、自分の今までの考えとか
親の犬になって、心がない自分に気づいたんです




「はい。そこから自分で調べまくったんですよ。ここの企業のこと」
「うん・・・」
「自分の・・・したいことをしたいって言えるようになりたくて」

視線を戻して、また私を見据える
その目は、写真集のあの少年とも少女とも見えた子にそっくりだった
心の中まで見抜かれるように、真っ直ぐで

「まー、親は憤慨ですけどね〜。火山爆発どーんみたいな」

アハハと笑いながら頭の後ろで手を組んだ

彼女は、一人で決めたんだろう

「勇気、あるね・・・」
「ん〜〜、同じ決断をまたしろって言われたら、もうしばらくはいいですねぇ〜」
「そっか・・・」
「家族は、大事ですけど・・・自分の事をもっとしっかり考えたかったんです」
「・・・・・」
「自分にとってはエリートコースを進むことが・・・安定することが、全てじゃない」


  一回きりなんだから、冒険しないと



「昔小さい頃に探検ごっことかしませんでした?」
「え!?」
「裏山行って」
「裏山があるような場所じゃなかったから・・・」
「秘密基地作って、何するわけじゃないけど作戦練って
 ・・・いつまでも子どもの気持ち持ってたいなぁって」

「ほら、大切なものは目に見えないものだって書いてたし」
「・・・星の王子様?」
「はい!」

推測だけど、確信があった
今までの彼女はこんなに無邪気に笑ったりしなかったんだろう
何かに押さえつけられた感情を出したり
嬉々とすることにさえバカらしいって

「その看板の人って、影響力あったんだね・・・」
「そうですね」

顔がくしゃっとなるくらい笑う
キラキラしていて、羨ましかった

「ハハッ・・・一目惚れです」
「そっか・・・」
「はい!」


その看板が、少しでも自分が関わっていたらうれしいな
ちょっとだけそう思った
だって、こんなにも素敵な笑顔をしてくれてるんだもん


「そろそろ帰ろっか」
「あ、もうこんな時間!」
「ジム行ってるの?」
「はい!もうばっちり、マッスルですよ〜?」
「筋肉つけすぎるのってどうかと思うけど・・・」
「いやぁ〜いいんですよ。今までプヨプヨだったんで」
「へぇ〜。じゃぁもう脇腹は抓めないんだ」
「ん〜、そう思うと寂しいですねぇ」

彼女がデータを保存してパソコンの電源を落とした
ぐっと伸びをして立ち上がる
私も鞄を掴んで、立ち上がった


「今度その焼き鳥屋さん連れていってくださいね」
「いいよ?その代わり吉澤さん持ちね」
「えええ〜??何でですかぁ〜!」
「なによ、アタシに奢らせるつもり?」
「あ、いや、そうじゃないっすけど」
「つくね一本くらいならいいよ?」
「ぶーー!けちんぼー」

「「ハハハハッ!!」」




150 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/12(水) 15:33





151 名前:Rink 投稿日:2006/04/12(水) 15:33
更新終了です
152 名前:Rink 投稿日:2006/04/12(水) 15:33
レスポンス

>オレンヂ様
ツッコミありがとうございます
これからもどんどん突っ込んでくださいw

>名無飼育さん様
夜更かししないようにしてくださいね
これからもよろしくおねがいします

>774改様
お褒めいただき、ありがとうございます
体調もよくなってきましたが
これからもマッタリペースで行きたいと思います

>名無飼育さん様
ありがとうございます

>名無飼育さん
脈拍あげ過ぎに注意してくださいねw
ありがとうございます
1444、作者も「お!!」と思っていました
何かの縁ですかね、やっぱりw

>名無飼育さん様
中澤さんのエピソードは
時間のあるときにサイドストーリーでちょっとだそうかと思ってます
楽しみにしていてくださいませ

>名無飼育さん様
月9だなんて、そんなそんな
でもそう言っていただけると、とてもうれしいですw
今までにない感じを出そうと悪戦苦闘中ですが
よろしくお願いします

>名無飼育さん様
ありがとうございます。これからもよろしくお願いします


153 名前:Rink 投稿日:2006/04/12(水) 15:42
今回の更新は>>124-150です

吉澤さんの本領を発揮してもらおうとがんばってみたものの
ちょっとショボイ気がして・・・
とりあえず彼女は切れ者ということを書きたかったようです汗
伝わりましたでしょうか

独りよがりにならないよう
日々勉強、日々精進いたします
154 名前:Rink 投稿日:2006/04/12(水) 15:44
言い忘れ汗

吉澤さん、誕生日おめでとうございます
吉澤さん聖誕祭での短編は・・・
えっと・・・

(0`〜´)<ないのかYO!

すいません・・・
155 名前:7紙 投稿日:2006/04/12(水) 23:48
大丈夫ですよ。切れ者伝わりました。
石川さんきずかないんですな・・・。これからの展開に期待してます

今日のハロ-を見逃して落胆してたのにここを見て
ゆっくり寝れます。
更新お疲れさまでした。
156 名前: 投稿日:2006/04/13(木) 00:12
今回も楽しませていただきました!
やっぱりRinkさんの作品良いっすわ…

あと、誤爆失礼しました。

これからの展開も楽しみにしてます^^
157 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/04/13(木) 22:55
最初はいしよしの役逆じゃない?なんて思ったんですが
やっぱり石川さんは石川さんで、吉澤さんは吉澤さんでした。
面白い設定です。
期待。
158 名前:愛虎 投稿日:2006/04/13(木) 23:46
切れ者な感じ十分伝わりましたよ。
これからの展開が楽しみです。
159 名前:オレンヂ& ◆LMRaV4nJQQ 投稿日:2006/04/14(金) 09:34
なーんだ犬は狼にならなかったのかwと思っちゃいました(笑
最近のテレビドラマよりおもしろくてドキドキします〜。
切れ者な感じはすごく伝わってきました。
これからどうなっていくのか非常に楽しみです。
160 名前:名無 投稿日:2006/04/15(土) 16:27
一気に読ませていただきました☆
復帰を待ってましたよ^^
Rinkさんの作品はやっぱり読みやすいです!
そして、設定が毎回楽しみでありますw
今回もまたいい感じですねぇ〜今後も楽しみにしてます。
吉澤犬キャワww
161 名前:おと 投稿日:2006/04/15(土) 22:41
おもしろいくてかなり楽しんでます
犬のような人ってかなりかわいがりたくなりますよね!
次回も楽しみにしてます!
162 名前:カナリア 投稿日:2006/04/17(月) 15:15
ちょっとずつ、ちょっとずつ二人の距離が
縮まっていく感じがいいですね☆
この物語の時間の経過の仕方がすごく好きです。
ご主人様とペットな関係が、どう変容していくのか
今後も楽しみに読ませて頂きたいと思います♪
163 名前:nanasi 投稿日:2006/04/19(水) 23:11
いつも読ませて頂いてました!
今回も良い作品で・・・
今後二人がどうなっていくのかとても気になります!!
甘い展開を期待・・・w
164 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/20(木) 23:56







165 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/20(木) 23:58


プレゼンテーションの会議が行われる日
朝から一日、フロア内はピリピリしていた

会議室にそれぞれチームのリーダーと提案者が入り
上層部の前で発表する

みんな落胆した表情で会議室から出てきていた

「今回結構厳しいのかな・・・」
「もしかしてうちらもきわどい?」
「美貴ちゃん、そんなこと言わないで」

「梨華ちゃん、珍しく緊張してるんじゃない?」

パーテーション越しに美貴ちゃんが視線をくれる

「ちょっと、ね・・・」

視界の端っこで、チラリと私のほうを見た吉澤さんが見えた
彼女と高橋が新人だからとかそう言うのはもう無い

だけど、プレッシャーがいつになくかかってる


 カサッ トントンッ

資料を重ねまとめる吉澤さんは
今まで見せた事の無い落ち着きようだった

「それに比べてよっちゃんは落ち着いてるよねぇ」
「そうですか?」

声のトーンさえ違う
こう言う場に慣れてるのかな

「うん、貫禄ありまくりって感じ」
「フフッ・・・」

上がった口の端もすぐに元に戻った
彼女も緊張してるんだ・・・


166 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/20(木) 23:59


「さいごー!石川チーム!」


奥から中澤さんの声が聞こえた

「じゃぁ、行きますか」
「はい」

「「頑張って!!」」

二人に励まされた私たちは会議室に向かった






吉澤さんはしゃんと背筋を伸ばして
真っ直ぐ前を見詰めてる
その横顔はとても凛々しくて、惚れ惚れするほどだった

  トントンッ

「どうぞ」

「「失礼します」」


照明の落とされた会議室
長方形にセットされた机と
前にはプロジェクターから放たれる白い光

普段ここに入るときは、お昼を食べる時くらい

その空気とは全く違う
ビリビリと痛いほどに伝わる上層部の人たちのオーラ



「じゃぁ、始めて」
「はい」

吉澤さんが資料を配る
つながれたノートパソコンにデータを読み込ませ
パワーポイントを起動させた


「今回、石川チームでは・・・」



吉澤さんが作った資料はとても使いやすく
それでいて細かく出来ている
それは私も感心するほど裏の裏まで緻密に計算されていた

上層部の人たちも食い入るように見つめていた



167 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/21(金) 00:00





「以上です」

「・・・・・・」

その声で、奥に一列に座っていたお偉いがたから
ため息とも思える息が聞こえた


「質問のある方はどうぞ」
「はい」

営業部の部長さんが手を上げる

投げかけられる質問に即座に答えていく

吉澤さんが先手を打って、質問に対する答えも用意してくれていたから
打ち合わせどおりに物事が進められる
面白いようにみんな黙っていく




「・・・吉澤?」
「はい」
「アンタの意見聞かせて欲しいんやけど」

今まで黙っていた吉澤さんが初めて声を出した

中澤さんとの距離は10m以上も離れているというのに
ここまで伝わってくる、本当に鋭い視線

「今まで、このような大掛かりなレセプションは当社では開催されていません
 マスメディアが当社を注目している事
 そして、顧客からの指示は確実に得ている事
 それは数字から見ても、明らかです」

静かにそれでいて身体の底から響いてくるような彼女の声
彼女の一挙一動に、目を奪われていた

「有力なプロモーターがいると言う点においても
 この企画は、20周年記念にはもってこいではないでしょうか」
「なるほどな・・・」

中澤さんはフッと息を吐いた

少し資料に目を通し、手を止めたと同時に
今まで1番鋭い視線を送ってきた


「起こりうるリスクは?」


「リスク・・・?」
「そうや・・・上ばかり見てないでリスクも考えないとアカンのやで?」


168 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/21(金) 00:00





「リスク・・・しいて言うなら」


ごくりと息を飲んだ
そんなこと、深く考えていなかったから
彼女の頭の中から、起こりうるリスクがはじき出されたのか

フッと笑みをこぼした

「寝ない日が続くくらいじゃないですか?」

シーンと静まりかえる室内
ね、寝ない日って、そんな!バカ!!

「もっと言うなら、中澤さんの皺が増えるくらい」

ば、ばかぁ・・・もう!!!
教育が行き届いてないって思われるじゃない!
私は謝ろうと息を大きく吸い込んだ

「・・・あっはははははは!!」
「はは、面白いですね、中澤班のホープは」

中澤さんの笑い声で空気が和んだ

「吉澤ぁ〜。皺が増えるは余計ちゃうか?」
「フフッ」

なんか・・・大丈夫っぽい・・・?
もう・・・心臓が止まるかと思ったよ
こんなまじめな席で笑いなんて取らなくてもいいんだから!


169 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/21(金) 00:02



「じゃぁ、最後に質問」

「なんでしょうか」
「な、なんですか」

また空気が一転する

「成功させることは、できるか?」


いつもプレゼンテーションの最後にこれを聞かれる
私はいつもなら「出来る」と即答するけれど

いつも案が通らずに落ち込んでいた


上層部の人たちはもうこの案でGoサインを出そうとしてる
私たちの言葉を聞いて決めようとしている


いつもなら即座に答えられるのに


明るい兆しなんてまだ何も見えていない
手探りで暗闇を歩く事と同じ

出来るか?と聞かれて
私の頭の中は葛藤を始めた

さっきから手が震えている
おかしい。いつもの私じゃない


吉澤さんはプレゼンテーション台の前に立っていた私の傍に寄ってきた
彼女も答えを私に求めている

「石川さん・・・」
「んっ・・・」


「なんや、どうした〜?石川ぁ!」

決断を迫られているのは分かった
時計の針の音が、耳障りなほどに聞こえてきたから

「石川さん・・・」
「わか・・・ってる・・・」

目を閉じて少し俯くと、緊張からか息が浅くなっていた

台に隠れた私の右手を彼女がそっと繋ぐ

「・・・代弁しましょうか?」


私は小さく頷いた
ごめん、肝心なときに怖気づいちゃって・・・



170 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/21(金) 00:02





「どうや?出来るか?」



「・・・部長様方には不躾な発言だとは思いますが、自分の言葉で・・・」

吉澤さんの手が強く握られる
それはとても力強かった


「いえ、石川チームの言葉で言わせて頂きます」


「なんや、言うてみ?」



私は顔を上げて、少し高い彼女の顔を見つめた

すぅっと息を吸い込む吉澤さんの口がゆっくりと開かれる





「『出来る』『出来ない』では判断はしません。

 『する』か『しない』か、私たちは全てそれで判断します

 もしこの案が通るのであれば、石川チーム筆頭に

 YOU子班全力で取り組み

 必ず成功する。」




吉澤さんは強い語気で言い放った。

この部屋の中で、誰よりもオーラとパワーを放ってる
彼女から見えない光が見えた気がしたから




「それだけです」




私はハッとして息を止めた

いつも私が彼女に言っている言葉

「出来る出来ないって言う前に、すればいいでしょ」

 一つ一つに責任を持て
 しなくてもいい。それがアナタの決めたことなら

『出来る』その言葉に違和感をずっと感じていた
ずっと言いたかった言葉
だけどいつもチームのメンバーに
どこかで不信感を感じていた・・・
というより、自分の独り善がりだったから

「します」と言ったところで、誰もついて来ないんじゃないか

そう思っていたから・・・
言いたくて言えなかった言葉

1番言いたかった言葉
そして、1番彼女に言っていた言葉

それを、吉澤さんは代弁してくれた



伝わってたんだ・・・





171 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/21(金) 00:03





「・・・フフッ」

中澤さんの笑う声が聞こえる

「やっと言いよったわ。長かった」
「僕も、石川チームで言ってくれなきゃどうしようと思ってましたよ」
「私もですよ」
「さすが石川チームですね、中澤さん」
「そやろ〜?」

間延びした声と安堵の声が響く
私の手を握っていた彼女の手がそっと離れた

「よっしゃ、じゃぁこっちでまた訂正も入れらなあかんから
 資料預かるわ」

「え・・・?」

「決定ってことや!なに腑抜けとんねん、石川!」
「ああ・・・」

中澤さんの笑い声がまた響いた
充満していた緊張感が無くなり、室内が柔らかくなった

「他のチームでもええ案挙がってたんやけどな
 みんな『出来る』としか言わんかったんや」
 
不確かな可能性だけを言ったところで
結局はそれが揺らいでしまう

そんな生半可な気持ちじゃ、大きなものは作り上げられない
一つになんてなれっこない
中澤さんがいつも言っている言葉

 「プロってそういうもんやろ」

だから自分はプロ意識を誰よりも持ちたかった
持っているって言いたいから
誰よりも動いた

やっと、本当に教えたかったことが伝わったんだ
って、この場で実感したの。

隣でやんわり微笑んでる吉澤さんの顔を見てたら
嬉しくて・・・だけど、込み上げてくるものをぐっと堪えた


「「ありがとうございます!」」


私たちはふかぶかとお辞儀をした

「お疲れ。退室してええよ」

「ありがとうございます」
「失礼します」

ノートパソコンからCDを取って、資料を持って外に出た





172 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/21(金) 00:03



  バタンッ


「「はぁ〜〜〜」」

扉を閉めた瞬間、大きなため息が二人同時に出た
フロアに向かって廊下を歩く

「・・・はぁ、もう、びっくりしたんだからね」
「何がです?」

スイッチが切り替わったのか、鋭い目はもう無くて
柔らかくて暖かい目だった

「寝不足になるとか・・・皺が増えるとかさぁ?」
「いやぁ〜、空気重くってね〜」
「確かに重かったけどさぁ・・・」
「まぁ、いいじゃないですか」
「そうだね」

フロアに入ると美貴ちゃんと高橋が心配そうな顔で
席から立ち上がった

「お疲れさまです!」
「どうだった!?」

私と吉澤さんは顔を見合わせて
目の前に居る二人を凝視した

「も、もしかして・・・」
「だ、め・・・?」

ゆっくりと上げられる二人の右手

「「フッ」」

親指をグッと突き上げて、ニヤリと笑った



「え!?」
「ま、マジで!?」
「決定だよ」

「「やったあああああ!!」」

 ガバッ!!

美貴ちゃんが勢い良く私に抱きついてくる
高橋も腕にしがみ付いてきた

「ちょ、ちょっと美貴ちゃん!!」
「いやぁあ!良かったよぉ!」
「ホント、良かったです!」
「ちょ、ちょっと二人とも!」
「決まんなかったら乗り込んでやろうって思ってたんだから!」

こ、怖いから美貴ちゃんってばぁ
二人を引き離して落ち着かせる

「これからだからね」
「うん」
「はい!」

隣でにこやかに微笑んでいた吉澤さんを見ると
しっかりと頷いてくれた

「さぁ、これから忙しくなるよ〜!」
「おっしゃぁ!」

「美貴ちゃん、お願いだからもうちょっとおしとやかに」
「景気付けに肉食いに行くぞーーー!」

「「「「あはははははは!!」」」」




173 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/21(金) 00:05

─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─



30分ほど経って中澤さんたちが会議室から出てきた
みんなに私たちのチームの企画が通った事が発表され
詳しい話は後日するということだけが伝えられた

「じゃぁ、解散!」

みんなが元のデスクに戻っていく
おめでとうと声をかけてくれる人
妬ましそうにチラチラと見て行く人
みんなそれぞれの反応を示してくれた

妬まれたって、何も怖くない
だって石川チームって最高で最強って分かるんだもん







「ほぅ・・・」

張り詰めていた緊張がほどけて、どっと疲れが出た
コーヒーの入ったプラスチックのカップをテーブルに置いて
ブラインドの隙間から外を眺めた

「おう、石川ぁ〜」
「あ、中澤さん、お疲れ様です」
「おつかれー」

あ〜疲れた疲れたなんて言いながら肩をトントンと叩いてる
中澤さんは慣れた手つきで
シガレットケースから煙草を出して火をつけた

「ふぅ〜〜〜・・・」
「フフッ、かなりお疲れですね」
「そりゃそうや。朝から終わりまでずーっとあのおっさん連中と会議室入ってんやで?」
「あはは!そう言わないでくださいよ」
「まぁ、ソレも仕事やけどなー」

中澤さんはシガレットケースを爪弾いて
煙草を勧めてくれた

「あ、いいです。ここでは」
「なんやねん、まだ黙ってんのかいな」
「そう言うんじゃないんですけどね」

「まー、アンタのところはいつもおもろい案出してくれるわ、ホンマ」
「え?」
「でも、いつも聞く最後の言葉でな・・・泣く泣く落としてたんや」
「・・・そうなんですか」

やっぱり・・・
中澤さんはやっぱり同じことを思ってたんだ

「でも、今回は言ってくれそうな気してたし」
「え・・・?」
「しかもアンタの口からじゃなくって吉澤からやったからなぁー」
「そうです、ね」
「いやぁ、裕ちゃんもうれしいわ」

中澤さんは手で涙を拭くまねをした
確かに彼女の口からそれが出るなんて思ってなかったから
私自身が一番驚いてるんだけど

「よかったやないか、ちゃんと飼いならした甲斐あったな」
「飼いならすだなんて」
「忠犬ヨシ公ってとこか。ご主人様のいうことは絶対やなー」
「ご、ご主人様って!」
「あははは!アンタには別の意味の方が似合いそうやけどな」

・・・・・

それってさ


そういうことなわけ?



「もう!中澤さん!」
「あー、うっさいうっさい!はよ戻りや〜」
「言われなくてももう行きます!」

ケタケタ笑う中澤さんを置いて
私はフロアに戻る

174 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/21(金) 00:05


みんながそれぞれの持ち場で今度のレセプションについて
私たちの持ってきた企画を進めている
デスクにふと目をやると

「あれ・・・吉澤さんは?」
「え?ああ。さっき降りてったよ?」
「え!?」
「休憩してきますーってさ」
「休憩?」
「下のパークじゃない?吉澤さん、いつもあそこでご飯とか食べてるし」
「あ、そう・・・」
「行ってきてあげたら?」

美貴ちゃんは顔を上げて私のほうを向き直った

「なんでよ」
「なんでって、ねぎらいの言葉くらいかけて上げなよねー?
 彼女頑張ったんだからさぁ」

「そう、だけどぉ」
「彼女居なかったら今回企画通らなかったかもしれないんだよ?」
「分かってるけど・・・」
「分かってるんなら行ってくる!褒めるのも先輩の役割!」

美貴ちゃんは顎でエレベーターの方を指して
行けと睨んできた
はぁ。これじゃどっちが先輩だか分からないよ



175 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/21(金) 00:06




さわやかな風が吹き抜けるビル下にあるパーク
石畳のオブジェのようなベンチが
等間隔に並んでいる

お昼休みも過ぎているせいで、ビル内の人たちではなくて
どこかの大学生たちがちらほら座っておしゃべりをしていた

「吉澤さん・・・どこだろう」





パーク内に植えられている木々の葉が風に乗って揺れる
ざぁっと怖いくらいに枝を揺らした風の向こう側に
彼女が遠くを見つめるように座っているのが見えた



  コツ、コツ、コツッ





「吉ざ・・・」




一瞬声をかけるのをためらった

遠くを見つめていた目が伏せられて
サラサラの髪が風に乱されている

近づけない・・・神秘的なオーラが出ていたから

私は息を飲み込む




なんだろう。この見えない力は・・・





176 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/21(金) 00:07





「・・・んっ?」

彼女は私に気付いて顔をこちらに向けた

「あ、え・・・」

言葉が思い浮かばなくておどおどしていると
彼女の顔がゆっくり和らいでいった

「石川さん・・・」
「あ、え・・・っと」
「ん?」

吉澤さんはやんわりと笑って首をかしげた

「石川さん、さぼりですか?」
「ち、違うよ・・・」
「まぁま、どうぞ?」
「ありがと・・・」

彼女は自分の隣を少し空けて、ベンチを譲ってくれる
ちょこんと座ってひざの上に手を置く



相変わらず、すがすがしい風が
怖いくらいに葉っぱを揺らす音がする



177 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/21(金) 00:07





「いつも・・・」


「ん?」




「いつも、石川さんが言ってくれてる言葉を・・・」
「うん・・・」



「ちょっと、借りました」







「ただ・・・」


「ただ?」






「んー・・・」




178 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/21(金) 00:08

私は彼女のほうにゆっくり顔を向けると
思い出すように柔らかに笑う彼女


「・・・ん?」


「やっぱ、ウチじゃ気迫足んないなぁって」
「え?」

「あのセリフは石川さんの専売特許です」


クスっと笑う吉澤さんの顎のラインがとてもきれいで
思わず私は目を奪われた


彼女の話す言葉
静かに柔らかく笑う顔
そしてあの時会議室で握り締めてくれた
手の暖かさと、力強さ

今まであれほどに、心強かったことなんてなかった



「・・・ありがとう」
「え?」

ん?と顔を向けられて、なぜか恥ずかしくなった私は
視線をつま先に落とした


「助けられた」
「いえいえ」



5月のさわやかな風と彼女の右側が
清々しくて

私は、たぶんだけど


なんだか・・・



179 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/21(金) 00:08







180 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/21(金) 00:15

─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─




石川チームで上がった案が着々と進められていく中
私たちにはまだ一つ大きな仕事が残されている

それは



「あああああああああああああああ」
「もう、なんて声出してるのよ!」

「だって、だってぇ」
「大の大人が泣きそうな声出すんじゃないの!」


そう。今日は新作のスチール撮影の日。
朝から、とあるスタジオに来ていた

パーティの進行は美貴ちゃんと高橋が仕切ってくれてる
私は吉澤さんと朝早くにここに来て準備を始めているんだけど
当の本人はさっきからこの調子で・・・

「も、もう、もう、心臓が、出そうです・・・」
「大丈夫だから・・・」

スタジオではたくさんの人が準備に追われている
私たちはそれを見つめながら声がかかるのを待っている

そういや、私もこんなだったよなぁ
飯田さんにずっと大丈夫、大丈夫って言われてた

そりゃ緊張するよ
だってモデルさんや女優さんじゃないんだもの。
いわば撮られなれてない素人なんだから

会社方針のマスメディアを使わないというのは
社長の概念

『メディアの人間が綺麗なのは当たり前。
 だけど自分たちが触れ合うのは、自分たちと同じ、いわば一般の人
 その人たちにもっと綺麗になってもらいたい
 この会社のポスターを見て、自分もああなれるって思ってもらいたいの』

女性は宝石だと。
磨けば光るダイヤの原石
そして女性は華だと。
咲く季節を待つつぼみを持っている

だから素人を起用するんだと以前社長と話をする機会があったとき
彼女はそう言っていた


181 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/21(金) 00:15

「はぁぁぁあああ」
「もう・・・」

確かに吉澤さんだって、ここ1ヶ月で光輝きだした
うっとうしい前髪に隠されていた大きな瞳
パッとしないリクルートスーツで見えなかった
日本人離れしたスタイル

みんな何かのきっかけを欲しがってるだけなんだ


隣でオッサンみたいな声だして嘆いてるけれど



「石川さぁん?」
「ん?なに?」
「石川さんもこんなだったんですか?」

衣装に着替えて、メイクも済んだ彼女は
ベンチコートに包まりながら、パイプ椅子の上にちょこんと座ってる
この日のために、髪も金髪にブリーチした。
彼女は初体験だったらしく、ずっと自分じゃないとギャーギャー騒いでたけど
今はいつも以上に犬っぽくて小さくなってる姿に私は
ちょっとかわいいななんて思っちゃった

「そうだね・・・」
「緊張、しますよね・・・」
「うん・・・」

はぁと大きなため息を吐いてうな垂れる彼女の顔は
かぶっているハットのせいで見えないけれど
この上なく情けない顔をしてるんだと思うの
だって丸くなった背中から、そんな気配が漂ったから

あのときのあのオーラを出してた人とは別人みたい

「フフッ」
「なんですかぁ」

ゆっくり立ち上がった私の顔を
すがるように見上げる彼女


「緊張しすぎだって」
「でも・・・」
「大丈夫。綺麗に撮ってもらえるから」



182 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/21(金) 00:17




「準備おねがいしまーーーす!」

セットのほうからスタッフさんの声がかかる

「あ、はーーい!」

吉澤さんはふぅっと大きな息を吐いて
よしっ!と言って立ち上がった

目線は元通り、上にある
だけど視線は私に降りてきた
その奥は、不安と緊張で揺れている

ベンチコートを脱いだその中は
黒のストライプスーツのジャケット
細身のスーツが、彼女の引き締まったラインを強調している
モデルプログラムも予定通りにことが運び
企画部の予想以上に、彼女は素敵な身体になった

「はっず・・・」
「フフッ」

ジャケットの中は何一つ着けていない
陽に当たることのない胸は
ただでさえ白い肌に、さらに透明感があって
透けそうなほど、うらやましい色だった

「じゃぁ・・・行ってきます」
「うん」


私は抱えていたファイルをテーブルに置いて
彼女の前に立った





「え?」



首に腕を巻きつける

飯田さんがしてくれた、緊張を解くおまじない

ぐっと力をこめて、顔を引き寄せる





その背中に手を置いて私は飯田さんに言われたことを
彼女に言ってあげた



「・・・ひとみ」


  ドキンッ


「え??」


「綺麗」
「・・・・・」

「セクシーで・・・綺麗」
「・・・は、恥ずかしいっす」


  ドクッ  ドクンッ  ドクンッ


「大丈夫・・・『AI』を買ったお客さんが
 こうやって自分の彼氏に言われてるところ、想像してよ」
「はい・・・」



彼女の耳元で小さくつぶやく
緊張をほぐすはずなのに、なんで私がどきどきするんだろう
それはたぶん、彼女がつけている『華』のせいなんだろう

抱きしめてるんじゃなくって、抱きついてるようにしか見えないけれど
小さい身体で、彼女よりも小さな腕と手で
彼女をめいいっぱい抱きしめる



  ドクンッ ドクンッ  ドクンッ ドクンッ



「綺麗・・・とっても・・・」
「ん・・・」


ふっと息を吐き出す彼女からそっと離れて 腕を解いた
励ますほうが見上げるのは、かっこ悪いけど



「セクシーで、かっこいい。緊張しなくていい」
「・・・はい」
「いってらっしゃい」
「はい!」


彼女の緊張もほぐれたのか、さっきより柔らかい目をしていた


「んじゃ、撮影始めようかー」



183 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/21(金) 00:18


用意されたセットの中に入っていく彼女

真っ黒の背景に壁に向けられたスポットライト
ある映画のオープニングのように、彼女はその中心に立って
カメラに視線を送る



  バシャッ!  キュイーーーン



ストロボが大きく光り、チャージの音が響く
緊張をほぐすために、彼女が持ってきたCDがスタジオ内にこだまする

私は彼女が座っていた隣のパイプ椅子に腰を下ろして
その様子をじっと見つめていた

カメラ慣れをするために、少し前からためし撮りはしていたけれど
それでも今日はやっぱり緊張しているみたい
朝から口数は少なかったから



  バシャッ!  キュイーーーン




カメラマンさんの声が響く中
私はテーブルに置いた今までのポスターと企画書が入ったファイルを手に取った

飯田さんや中澤さんのポスターが入っている
パラパラとページをめくって眺める



    “ 憧れですよ ”



歴代のモデルの人たちは、やっぱりとても綺麗で
素人とは思えないほどの写りをしている



   “ もっと前の、看板でした ”



だから街の女の人からの支持を得ることが出来てる




  パシャッ!  キュイーーーン





   “ 大学2年の春だったかなぁ。
          ・・・YOUの香水の看板を見て ”
  




  バシャッ!  キュイーーーン





『華』のページで指が止まった
大学、2年・・・






  バシャッ!  キュイーーーン






   “ 全部変わったんです ”






丁度、3年前の、春・・・?





  パシャッ!  キュイーーーン





え・・・?それ、って・・・さ・・・




184 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/21(金) 00:18





  バシャッ!  キュイーーーン




セットの方に顔を戻すと、カメラから視線を外した彼女と目が合った
彼女から私が見えているのかはわからないけれど

ゆっくりと瞬きをする彼女は
フッと見透かすように笑った

やっと、気づいたの?

そう言うように




  パシャッ!  キュイーーーン




私は思わず息を飲む
彼女がじっと見つめてくるのは気のせいじゃないみたい


口の端を少しだけ上げて・・・

大きな、大きな瞳が







   “ 一目惚れです ”







 ドクンッ!






私を捕まえる





185 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/21(金) 00:20


─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─




いつも打ち合わせに使っているミーティングルーム
今日はみんな外に出ていて、私以外誰も居ない。
私は事務的な仕事をするために会社に残った
ほかの子達は、Futureが用意した会場に向かって
あれやこれやと準備をしている

テーブルに散乱している資料
あの撮影も、無事に終了になり
出来上がった写真から数枚候補を挙げて厳選された3枚に決定した

その中には、視線を外して、フッと笑う吉澤さんが居た


「なんか、日本人じゃないみたい・・・」

仮刷りのポスターを見つめながら私はため息を出す
うらやましいほどの白い肌、長い手足
そして何より、大きな瞳



あの撮影日以来、意識してるわけじゃないけれど
彼女との接し方が少し変わった

ギューって抓ることも無くなった
じゃれられることもなく
叱ることだってほとんど無い
そんなことをしてる暇が無いって言うのが本音だけど

ここ数日、私を含めYOU子班のみんな走り回っていて
ゆっくり話す暇なんてない
私にとってはそのほうが好都合だったりするのかもしれない

撮影の日に気づいた、吉澤さんの人生のキーマンが
自分だっただなんてさ
うれしいようで・・・なんか、複雑で・・・

なんだろう、この物悲しい感覚・・・


186 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/21(金) 00:20



「はぁ・・・」

だめだめ!こんなところで止まってちゃ!
まだパーティだって始まってないんだもの

 ギィッ 

椅子に座って頬を机につける
視線の先の薄っぺらい彼女
それでも鋭くて、切ない目線を送ってくる
私はそっと目を閉じて、無邪気な彼女の笑顔を思い出した


しんと静まり返ったミーティングルームなのに
目を閉じれば、聞こえてくる彼女の声


 石川さぁん!  石川さんっ!


犬だったのが、今じゃすっかり大人の女になってさ
カッコいい事言えるのを隠しててさ
ホントはものすごく大人だってのを・・・


  一目惚れです・・・


 キュゥゥッ 

な、なに・・・
胸が締め付けられるように痛い

こんな感覚、昔あったような気がしたけど
それがどんな名前だったのか、思い出せない

後輩を思いやる気持ちで、こんなことあったっけ・・・


 カチャッ  キィッ 


そっか・・・
いつもみんな1ヶ月もたたないうちに辞めちゃうし
それに、私が教育する子とそこまで深く話したことなんてないから

だからこんなにずっと考えるのかな

そうだよね
だって、初めてだもん
今回の企画が通ったことだって


 コツッ コツッ コツッ


指でそっと、ポスターを撫でた
彼女の足元から、身体のライン・・・
それに、帽子に隠れた顔


187 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/21(金) 00:21





すると、私の右肩にそっと誰かが触れた

 ビクッ!!

「ヒィッ!!」
「うわぁ!!」

バッと手を戻して振り向くと
両手を顔の前まで上げた、吉澤さんが
いつも以上に大きくなった目を見開いていた

「ご、ごめんなさい!!石川さん寝てるのかと思って」
「あ、い、ううん、こっちこそ!」

少し乱れた髪を整えながら俯く
驚いたせいで胸のドキドキが耳まで聞こえてくる

「お疲れですか?」
「え。ああ・・・まぁ・・・」

吉澤さんは隣の椅子を引いて、そっと座った
気を使う彼女も少し疲れ気味なのか、目元が心なしか元気がない

「まぁ、もうちょっとだから」
「はい・・・」





  カチッ カチッ カチッ


時計の音が響き渡る
私と彼女の間に会話はない

気まずくて、だけど何を話せばいいのか・・・

とりあえずの言葉を引き出すために
息を吸い込んだ

「あの」

 ガタンッ

「行きますね」
「え・・・?」

立ち上がった彼女を見つめると
吉澤さんは、目を伏せて椅子を元に戻した

「なんか・・・すいません」
「え?」
「お疲れのところ、邪魔・・・しちゃって」
「そ、んな」

じゃぁと小さく呟いて
私に背を向け、扉のほうに向かう

「よしざ」
「失礼しました」


  バタンッ



188 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/21(金) 00:22




机にふさぎこんでいた
誰だか分からない背中を見て

私だと分かる彼女


黙り込んでいた雰囲気を
疲労だと察知して

何も言わずに出て行く彼女



  ポタッ




ねぇ・・・


ううん・・・そんなことあるはずないよ

だって、吉澤さんは


でも・・・


  ポタッ ポタッ



今までにこんな気持ちになったのは

置いていかれることに
初めて苦しいって思った

締め付けられる思いに
初めて喘いだ


  ポタッ ポタポタッ




だけど
“彼女”だもの


だめ、メイクが落ちる

だけど左手で隠した顔は、歪みを増して
指の隙間からは熱いものが、絡むように滑り落ちる



私、まだ

泣けるんだ



この気持ちの名前が分かったから

私、泣いてるんだ



今までと似てるけど、違う

唯一の・・・思いだから


“彼女”だから


思いを、消して

何もなかったように

いつもの“石川梨華”で

毎朝 毎日 毎年 これからずっと




「ううぅぅぅ・・・」




あなたが憧れる“石川梨華”は
こんなにも、情けない

あなたに焦がれる私は
小さくて臆病で


あなたのようには、なれないよ






189 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/21(金) 00:28





190 名前:Rink 投稿日:2006/04/21(金) 00:28
更新終了です
191 名前:Rink 投稿日:2006/04/21(金) 00:29
レスポンス

>7紙様
ありがとうございます。
石川さん、鈍感なんです。というか、ばk
( `▽´)<こらっ!

>匡様
ありがとうございます。お褒め頂き光栄でございます
これからもよろしくお願いします

>名無飼育さん様
今回、キャラ設定を綿密に計算したんですが
犬吉澤が暴走しまして汗
(0^〜^)<わんわん♪
これから大暴走しないように、作者ともどもがんばります

>愛虎様
ありがとうございます
よろしくお願いします

>オレンヂ& ◆LMRaV4nJQQ様
犬が変身するのはまだまだまだまだ先だと思いますw
ありがとうございます。テレビドラマよりだなんて・・・
がんばります

>名無様
ありがとうございます
設定は意外にサクサク出てくるんですが
それを文章化するのに一苦労でして汗
この後もまだ2本ほど文章になってないものがw
(0^〜^)<わんわん♪

>おと様
作者は犬より猫派なので
作中の石川さんがいいのですがw

>カナリア様
いつまでたっても主人とペットの関係を続けて欲しいのですが
いつか飼い主を食うんじゃないかと
作者は心配で心配で
( T▽T)<食べられちゃう

>nanasi様
ありがとうございます。
甘い展開には・・・さぁ、どうでしょうか
雲行きが怪しげで、幸先が不安ですw

192 名前:Rink 投稿日:2006/04/21(金) 00:31
今回の更新は>>164-189です

吉澤さん視点で書く小説が多いためか
石川さんの気持ちを書くのが、こんなにも苦戦するとは・・・

大人ないしよし目指してがんばります!
193 名前:7紙 投稿日:2006/04/21(金) 00:34
今回もリアルタイムで読ませていただきました。
更新お疲れさまです。
石川さん きずきましたね。
ばk じぁないですよ チームの要ですからね。

今後の2人が楽しみです

194 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/04/21(金) 00:42
切ない
すごい感情移入してる
泣きそうだ
195 名前:774改 投稿日:2006/04/21(金) 01:24
やばいっすね・・・
続きが楽しみです
196 名前:オレンヂ 投稿日:2006/04/21(金) 02:50
い、息が苦しい・・・
切ないですねぇ

それにしても想像しただけで>184のシーンが
ドラマティックでかっこよすぎてやばいです
ぜひドラマ化してほしい!w
197 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/04/21(金) 08:53
鳥肌がたちました…
期待して待ってます。
198 名前:nanasi 投稿日:2006/04/22(土) 00:02
更新お疲れ様です!!
梨華ちゃ〜ん(ToT)
そんなことないよ、あなたは素晴らしい女性だよぉ。。。
はぁ、、、切なくて苦しくて・・・
199 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/22(土) 00:25









200 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/22(土) 00:26


正式発表を前に、街中には吉澤さんの写された大きな看板が掲げられた
もちろん会社の窓から見える場所にもある


「はっずぅーー!!」
「こらよっちゃん!」
「すいません・・・」

結局写真は、カメラから視線をはずして
ニヤリと笑うあの写真に決定した

「ねぇ、よっちゃん?」
「はい、なんでしょう」

美貴ちゃんと吉澤さんの会話を少し離れた場所で聞いている


201 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/22(土) 00:26

「あの時なに考えてたの?」
「え!?」
「含み笑いしちゃってさ?エローイ!」
「エロイってなんですかぁ!」
「だって、あの目は確実に獲物を狙う目だね」
「獲物って・・・」
「どーせ、彼氏かなんかのこと考えてたでしょ!」
「考えてませんってば!」


  ドキンッ


「うそつけー!?ほら、吐けっ!吐けぇ!」
「ぐぇぇぇ!か、かれ、彼氏なんて、居ませんからぁ!」
「ほんと?」
「ほんとですって!!」
「へー、よっちゃん、彼氏の一人や二人は居そうなのに」
「二人って・・・。居ませんよ」


  ホッ・・・


「そうなんだぁ、もったいないねぇ」
「そんなことないですって。ウチは・・・」
「ん?」
「・・・いや、なんでもないです」
「なになになになに!?」


  なんなんだろう・・・


「いや・・・その・・・」
「なにぃ〜!?そこまで言ったんだから、言いなよ」
「美貴ちゃんさん、怖いっす・・・」
「なに?」
「・・・ウチは・・・仕事が恋人ですから!」

「・・・・・はぁぁぁ」
「な、なんですかぁ!」
「そこまで梨華ちゃんの真似しなくていいんだよ?」
「ま、まねじゃないですって!!」
「ねぇ、梨華ちゃん??」

202 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/22(土) 00:26

美貴ちゃんが私に話を振ってくる
ちょっと・・・それアタシが仕事が恋人って言ってるってこと?!

「なによぉ」
「聞いてたんでしょ?仕事が恋人だもんねー」
「失礼ね!」
「あははははははっ!!」

美貴ちゃんは図星じゃんなんて言いながら大笑いしてる
その向こう側では、私と目の合った吉澤さんが
やんわりと笑った


  ドキンッ  ドクンッ ドクンッ ドクンッ・・・



203 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/22(土) 00:27



あの日以来、私は妙に意識をしてしまって
いつもの先輩の顔にはなかなかなれずに居た

お願いだからそんな無邪気な顔見せないでよ
勘違いしちゃう

あなたは私にただ憧れて、この会社に入ってきた
私はそれを・・・勘違いする

あの日からあなたの優しさが目に付くようになってきた
さりげない、ほんとさりげない優しさで
今までももしかするとしてくれてたのかもしれない

ただ、意識しすぎてるだけなのかなって
最初は思ってた

けれどそれは思い違いなんかじゃなく・・・
ドアは必ず開けてくれる
私が席に着くまで立っている
実はコーヒーが好きで、でも私に合わせて紅茶を飲んでるってことも最近気づいた

くるくる回るように変わる表情だって
見飽きることなんてない

犬のように可愛らしい顔
時々、奥まで見抜く鋭い顔
思わず呆れるマヌケ顔も



やだ・・・なんでこんな観察しちゃってるのよ


204 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/22(土) 00:27


しっかりしなよ
あの子は憧れ
違うんだよ、私の思いとは。

私と同じ思いになるだなんて到底無理
それに、そんなこと望んでないもの

同じ思いになるだなんて

これっぽっちも・・・望んでない・・・


胸の高鳴りは
気のせいなんだよ・・・意識しすぎだ







205 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/22(土) 00:28


 カッカッ カッカッカカッ

「石川さん、荷物貸してください!」
「いいよ、持てるから!!」
「でも!」
「いい、ってば!前見て走って!!」
「もーーー!」


 グイッ ギュッ!


え!?

「走りますよ!」
「ちょ、ちょっ!!」

吉澤さんは私の右手を掴んで、走るスピードを上げた

そう言えば以前
「こう見えてもバレー部でしたから!」って
意気揚々と言ってたことを思い出した
体力には自信があるんだろうけど、そんな走っちゃこけちゃうよぉ!


だけど、スピードを増したのは最初だけで
彼女は無理に一人でグイグイ行くわけじゃなく
私より少し早い速度で走っている


掴まれた右手が熱くて
彼女の一回り大きい左手が力強くて

心臓の音が大きくなったのは、走ってるからじゃない気がした

206 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/22(土) 00:29


 カンカンカンカンッ

「い、石川さん!急いで!」
「わか、ってるよ!ヒールが」
「これ逃すと遅刻ですからぁ!」

会社から会場になっているクラブに向かうJRの駅
とても広い駅構内を私と吉澤さんは大荷物で走る



  プシューーー  ガタンッ  ガタンッ


「はぁ、はぁ、はぁ・・・」
「はぁぁ・・・間に合った」
「んっ、もぅ、急に、はし、らないで、よねぇ?」
「だって石川さん、遅いんですもん」
「な、なんですってぇ?」

「無理にしゃべらないほうがいいですよ?」

そう言いながら、あれだけ走っても息一つ乱れていない吉澤さんは
少し乱れた髪を整えて、いつものやわらかい笑顔を向ける


これじゃどっちが先輩か分からない

私は大人しくつり革を掴もうと上を見上げた
けれどこの時間にしては珍しく、車内が混んでいて
どこにも掴まるスペースがない

207 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/22(土) 00:29


 ガタタンッ

「わっ!」
「おっと」

電車が大きく揺れて、私の体がよろめく
吉澤さんはとっさに私の腕を掴んで支えてくれた


「大丈夫ですか?」


声を潜めて耳打ちをしてくる

もう、だから・・・

なぜか恥ずかしくなって俯いたまま2、3度首を縦に振った
やめてよ、もう
学生時代じゃないんだからぁ


「掴まってて、いい、ですよ」


彼女のさり気に差し出された左腕

どうして、そんなに優しいのよ・・・

あなたは女の子で。だけど男の人よりも優しくて大きくて

私を包む
嫌だ嫌だと子供みたいに意地を張る私を
優しく、だけど逃げられないように
私を絡めとっていく




梨華、しっかりしなよ、勘違いだってば




「はい・・・」

左手と体の隙間をさっきよりも空けて
彼女は掴まれと差し出す




・・・・・この瞬間だけ、いっか・・・


差し出された腕に、そっと掴まった

体温なんて伝わるはずないけれど
あなたに触れたそこだけ、とっても熱くなった







208 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/22(土) 00:29


レセプションパーティーの準備は着々と進んでいる
日が近づくにつれて、今回の出来事がとても大事なんだって
改めて気づかされる

「こらーー!石川ぁ!しゃんとせんかぁ!」
「はい!すいません!!」

中澤さんはいつも以上に檄を飛ばしてくる
だけどそれは嬉しい証拠なんだと思う
いつもの私なら落ち込んでしまうけれど
そんな暇もないくらい、ホントに目が回るくらい動きまくってる

いつか中澤さんが
「ホンマに吉澤の言うとおり、皺増えるわ」って
苦笑いしながら嘆いてた言葉を思い出して
クスリと笑ってしまった

会場は都内の大きめのクラブを手配した
当日はマスコミもたくさん訪れてくれる
そして、店のスタッフから厳選された十数人がモデルになって
ファッションショーさながらに新作発表が行われるから
ウォーキングや舞台構成を、みんな店が終わってから徹夜でこなしていく
疲れた顔一つしないで

「こんな晴れ舞台に立てるだなんて光栄ですから!」
「疲れなんて感じませんよ!」

って生き生きした顔で言ってくれるのが本当に嬉しかった


209 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/22(土) 00:30

石川チームのみんなも、なりふり構わず
文字通り我武者羅に動きまくった
寝てる暇もない
寝てたって夢に出てくるくらい
会社に泊まりこむ日だってあった


ある日の朝、吉澤さんが真っ青な顔をして

「カラスと黒猫と、靴紐が切れて茶碗が割れる夢を見たんです・・・」

って、ボソッと呟いたから









210 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/22(土) 00:30




 ガランガランッ  パンパンッ!



私たちは縁起でもないからと、近くの神社に成功祈願をしに行った

「よっちゃん、厄除けにお守りでも買えば?」
「厄除けってなんですかぁ!」
「だって、不吉じゃん」
「そうですけどぉ」
「みんなでお守り買う?」
「いいですね!!」

神社のお守り売り場をのぞく

「何がいいんだろう・・・あ、これは?」
「梨華ちゃん、それ、恋愛のお守り・・・」
「違うね・・・」
「ありましたよ!」
「どこどこー?」
「これじゃないですか?」
「・・・高橋、交通安全だよ」
「あ、あはは」
「合格祈願しかないなぁ」
「別に受験するわけじゃないんだから」
「んー・・・商売繁盛じゃない?」
「んじゃ、これか」

みんな好きな色を選んで、私がまとめて清算をする
やっぱりリーダーが出さないとね!

211 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/22(土) 00:30


吉澤さんは何色がいいんだろうと顔を上げると
彼女はお守り売り場の端のほうで
なにやら巫女さんから受け取っていた

「よっちゃぁ〜ん?」
「な、なんですか!!」

彼女は後ろ手に何かを隠してさっとポケットにしまいこんだ

「何買ったの??」
「な、なんでもないですよ!」
「出しなよ」
「嫌ですよ!」
「あっやしーー!」
「怪しくないですって!これですよ!これ!!」


彼女は動揺しながら指をさしたその先にあったお守り


「「「・・・安産・・・」」」


「よっちゃん・・・」
「ち、ちがっ!」
「おめでとう。寿退社だね」
「ちょ、ちょっと藤本さん!」
「お願いだから、パーティまでは居てね」
「石川さんも!!」
「吉澤さん、何ヶ月目ですか?!」
「違いますってばぁぁ!!」

「「「あははははははは!!」」」




212 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/22(土) 00:31


笑い声で、神社の鳩たちがいっせいに飛び立った
その空はどんよりと重い

だけど心はうんと軽かった



けれど


梅雨の気配をそろそろ感じそうな雲間の太陽が
そっと姿を隠したのは

この後起きることを、予感していたんだろうか・・・








213 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/22(土) 00:31












214 名前:Rink 投稿日:2006/04/22(土) 00:32
短いですが、更新終了です
215 名前:Rink 投稿日:2006/04/22(土) 00:33
レスポンス

>7紙様
( ^▽^)<ありがとっ
今後の二人の右往左往楽しみにしてくださいませ

>名無飼育さん様
泣いてくださいw
( ^▽^)ノ◇<ティッシュどぞー

>774改様
ありがとうございます
期待通りに行くかどうか分かりませんが
よろしくお願いします

>オレンヂ様
動悸息切れに
(0^〜^)ノ凸<求心どぞー

作者もドラマ化して欲しいと願いますw
もちろん1444でしてほしいw

>名無飼育さん様
ありがとうございます
( T▽T)<鳥は・・・

>nanasi様
( T▽T)<ありがとっ
もっと苦しんでもらいたいと思うSな作者でごめんなさいw
216 名前:Rink 投稿日:2006/04/22(土) 00:35
今回の更新は>>199-213です

雲行きが、怪しいですか?w

やっと話が中盤に差し掛かってきました
意外に今回の話は短いような気がします
吉澤さん視点を書こうかどうしようか迷ってます
多分・・・書くような気がするようなしないような

(0`〜´)<どっちだYO!


また来週の頭あたりまで更新出来ないので
マッタリお待ちくださいませ

217 名前:Rink 投稿日:2006/04/22(土) 00:42
すいません 訂正です

>>206-207




 カンカンカンカンッ

「い、石川さん!急いで!」
「わか、ってるよ!ヒールが」
「これ逃すと遅刻ですからぁ!」

会社から会場になっているクラブに向かうJRの駅
とても広い駅構内を私と吉澤さんは大荷物で走る

 カッカッ カッカッカカッ

「石川さん、荷物貸してください!」
「いいよ、持てるから!!」
「でも!」
「いい、ってば!前見て走って!!」
「もーーー!」


 グイッ ギュッ!


え!?

「走りますよ!」
「ちょ、ちょっ!!」

吉澤さんは私の右手を掴んで、走るスピードを上げた

そう言えば以前
「こう見えてもバレー部でしたから!」って
意気揚々と言ってたことを思い出した
体力には自信があるんだろうけど、そんな走っちゃこけちゃうよぉ!


だけど、スピードを増したのは最初だけで
彼女は無理に一人でグイグイ行くわけじゃなく
私より少し早い速度で走っている


掴まれた右手が熱くて
彼女の一回り大きい左手が力強くて

心臓の音が大きくなったのは、走ってるからじゃない気がした



  プシューーー  ガタンッ  ガタンッ


「はぁ、はぁ、はぁ・・・」
「はぁぁ・・・間に合った」
「んっ、もぅ、急に、はし、らないで、よねぇ?」
「だって石川さん、遅いんですもん」
「な、なんですってぇ?」

「無理にしゃべらないほうがいいですよ?」

そう言いながら、あれだけ走っても息一つ乱れていない吉澤さんは
少し乱れた髪を整えて、いつものやわらかい笑顔を向ける


これじゃどっちが先輩か分からない

私は大人しくつり革を掴もうと上を見上げた
けれどこの時間にしては珍しく、車内が混んでいて
どこにも掴まるスペースがない




です。
なんか文章入り乱れてしまって
申し訳ありません汗
218 名前:774改 投稿日:2006/04/22(土) 00:45
更新お疲れ様です
ここからどうなっていくんでしょうか
やっぱ流れからすると切ない系ですかね・・・
という予想なんかしながらまったり待ってますよ
219 名前:7紙 投稿日:2006/04/22(土) 00:57
更新お疲れ様です。
これからの展開きになりますね。
2人のこれからが楽しみです。
220 名前:& ◆xTwoYEuCC. 投稿日:2006/04/22(土) 01:53
更新お疲れ様です。
これからどうなっていくのか楽しみです。
ありがたく求心をいただいて次までお待ちしております。
221 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/04/22(土) 11:36
なになになに?!
なにが起こるんですか?!
222 名前:nanasi 投稿日:2006/04/22(土) 23:01
更新お疲れ様です。
続き気になるぅぅぅぅぅ!!
待ちます、いつまでも・・・
あなたの作品が好きだから!!w
223 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/04/22(土) 23:08
これイイ!!今後の2人が楽しみ♪
224 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/04/23(日) 02:42
うわぁ、これまた続きが気になる終わり方ですね。
Rinkさんの書くお話に、いつも気持ちが揺さぶられちゃいます。
続きも楽しみに待ってます。
225 名前:カナリヤ 投稿日:2006/04/23(日) 17:38
二人の事もプロジェクトの事も気になりますね!
今、放送されてるどのドラマよりも続きが楽しみです♪w
よっちゃん視点、是非お願いします!!
226 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/23(日) 19:05









227 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/23(日) 19:06

 ─   ─   ─   ─   ─   ─   ─ 
 ─   ─   ─   ─   ─   ─   ─ 



4月○日

今日は新人が入ってきた。
だからといって、特別自分の心境に変化はない
どうせすぐにやめるんだろう

美貴ちゃんにも、柴ちゃんにも
お局さんよろしくなんて言われちゃったけれど

自分はそんなポジション要らないのになぁ・・・


自分が教育をする子
吉澤ひとみというW大卒のエリート街道まっしぐらだった女の子
自分よりも大きくて、上にある視線が気に入らなくて
ついつい嫌味を言ってしまったけれど
でもサッと姿勢を低くして
「見上げてみました」なんて言う

その後決まって、だらしなく
(0^〜^)<あははぁ〜
って笑ってるの・・・

吉澤さんは家がYTカンパニーで
大企業の社長令嬢。
大学卒業後、MBAを取るためにアメリカに渡るはずだったのに
なぜかその道を蹴った


わかんない子・・・

どうでもいいけど



 ─   ─   ─   ─   ─   ─   ─ 



4月×日


昨日は久しぶりにレンタルビデオショップに行った
お目当てのCDがないから、DVDコーナーに立ち寄って
当てもなくフラフラしていると

昔見た、恋愛ものの映画があった

どういう内容だったか、なんとなくだけど覚えてたけれど
また見たくなって思わず借りてしまった

自分の体が無くなっても
ただ純粋に、その人を思って
目の前に現れて、何とか気づいてもらおうとして・・・


そんな恋愛なんて、この世にないって
頭から決め付けちゃってる自分

そのわりには、映画を見て
そんな恋愛に憧れている自分がいる



仕事のキャラ、石川梨華は、実は乙女だったりするんだよぉ


228 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/23(日) 19:06
 ─   ─   ─   ─   ─   ─   ─ 



4月○日

また吉澤って子がミスをした
どーしてそうミスばっかりするかな

美貴ちゃんには犬みたいにしつければいいんだよと言われる

こんなかわいくないペットなんて要らないよ!

アタシはペットが欲しいんじゃないの
癒してくれて、包んでくれる人が欲しいの!

なんて・・・誰に言ったって分かってもらえない


頭を撫でて、抱きしめてくれる人がそばに居ればなぁ・・・


はぁぁ・・・



 ─   ─   ─   ─   ─   ─   ─ 



4月×日

休みの日はいつもじっとしてるけれど
今日は外に出かけることにした

この間、僻みを言われてイライラしてたってのもあったし
買い物でもしようかなと思って。


そしたら、ランチで入ったカフェから
吉澤さんが大きな袋をいくつも抱えて歩いていく姿が見えた

昨日そろそろおしゃれしなさいって言ったからだと思う

意外に素直なんだな

明日どうなってるか楽しみ



 ─   ─   ─   ─   ─   ─   ─ 



4月○日

吉澤さんが大変身して出社してきた!!
この人実はスタイルよくって、綺麗な顔立ちしてるんじゃないの??
それを野暮ったい格好と髪で隠してたのか
それとも本人も気づかなかったのか

磨けば光るって、うちの社長が言うとおりだなぁ


  ☆  ☆  ☆


新作の発表があった
今回のモデルは吉澤さん。

今日のあの姿を見れば、納得するよ

後から中澤さんに話を聞いたら

「アンタ、アタシの千里眼舐めたらアカンで?」

と顔をズズイと寄せて睨まれた
中澤さん、怖いですから・・・


そういえば、アタシも3年前はモデルだったんだよなぁ


企画を取り上げてもらえるように頑張るけど
今回は無理そうだな
だって新人2人も抱えてるんだもの・・・



 ─   ─   ─   ─   ─   ─   ─ 



4月×日

昨日は中澤さんのおごりで飲みに行った

熱い思いを託されて、張り切るしかない!!

それにしても、昨日は犬・・・吉澤さんが送ってくれたみたい
気づいたら自分の部屋で、服だって掛けられていて
あんなに酔っ払っていたのに、アタシって素敵♪
なんて思ったけど
吉澤さんが全部してくれたみたい


はぁぁぁぁ 情けないよぉ!


229 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/23(日) 19:07
 ─   ─   ─   ─   ─   ─   ─ 



5月○日

吉澤さんは凄い人なんだと思う

誰も気づかない細やかなところにまで目がつく
そのおかげで、Nuの売り上げが右肩上がりになってるのが
徐々に分かってきた

「裕ちゃんの人選にミスはないんや!!」

って中澤さんはふんぞり返って大威張りしてたけど・・・

だけど本人は、おごる事なく
いつものようにアホ顔・・・だらしない顔・・・

かわいげな顔で私に笑いかけてきてる


無邪気だなぁ

思わず頭を撫でてあげたいけど
そんなことしたらまた
「頭洗いません!」なんていいそうだから
いつも途中で手を戻してしまう

彼女もいい年なんだし、頭撫でられるなんて
いやだよね



 ─   ─   ─   ─   ─   ─   ─ 


5月×日


昔の日記を読み返した

今日、彼に会ったから

彼に会ったとき、感じてた切ない思いは
もうとっくに忘れた


彼に頭を下げられた
彼は何も悪くないのに

そういう出会いじゃないと
出会わなかったし
そういう別れは、初めっから予感してた


だって、奥さんいるんだもの・・・



帰り、吉澤さんが残業してるのに気づいて
会社に戻った

吉澤さんからこの会社に来たわけを少し聞いた

いつかのYOUシリーズの看板に一目ぼれしたんだとか。


自分が少しでも携わってたいなって
ちょっと期待してしまった。

そんな子と仕事ができるなんて
ちょっとは嬉しがってもいいのかな


230 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/23(日) 19:08
 ─   ─   ─   ─   ─   ─   ─ 


5月○日

今日は、プレゼンの日




吉澤さんに・・・・・



感謝



 ─   ─   ─   ─   ─   ─   ─ 


5月×日



気づいてしまった


彼女の、一目ぼれした


看板の、主・・・






 ─   ─   ─   ─   ─   ─   ─ 



5月○日


なんだろう

最近、彼女を見ていると

胸が、軋むように痛くなる


大きく高鳴る時が、時々ある



 ─   ─   ─   ─   ─   ─   ─ 



5月×日

目が、見れない

恥ずかしいからなのか、気まずいからなのか


分からないけれど



その後必ず寂しくなる



あの人よりは小さな背中だけど

だけど私にはとても広い背中で



置いていかれるって
こんなに寂しいんだったっけ

こんなに苦しいんだったっけ・・・



 ─   ─   ─   ─   ─   ─   ─ 



5月○日

彼女に手を握られて、駅を走った
振り払うこともできなくて

ただ身を任せた

彼女の腕に掴まって、電車に揺られた


これくらい、いいの、かな・・・



231 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/23(日) 19:09
 ─   ─   ─   ─   ─   ─   ─ 



5月×日

吉澤さんは恋人居ないらしい

だけどこの間神社に行ったとき
一人だけこっそり買っていたお守りが

恋愛成就のお守りだってこと知ってる


彼氏、居るんだ、ね・・・


美貴ちゃんにそれを見つかって冷やかされてた

吉澤さんは顔を真っ赤にして
「い、いいじゃないですか!」って焦ってた

その後私の方を見て、やんわり笑った



悔しかった


でも、彼女が向けてくれる笑顔が
私の心を溶かす

私だけに向けられているって

勘違い、しても・・・いいのかな・・・



 ─   ─   ─   ─   ─   ─   ─ 






もう、重症みたい



でも、告げられないって、分かってるの



消すしかないって、思ってるの






あなたの隣には



私じゃない誰かが



似合うもの・・・



私なんか・・・意気地なしの私なんて・・・ね・・・


232 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/23(日) 19:09
 ─   ─   ─   ─   ─   ─   ─ 



5月○日


いい、機会かもしれない

私のこと、突き放す

ううん・・・私が、思いを断ち切る・・・




だって、私




でも、だけど


・・・もう・・・

ぐちゃぐちゃだよ


頭ん中
何にも考えられない




まさか・・・そんな・・・






だけど・・・



ごめんなさい








 ─   ─   ─   ─   ─   ─   ─ 



























 ─   ─   ─   ─   ─   ─   ─ 



















 ─   ─   ─   ─   ─   ─   ─ 





会いたいよ



今どこにいるのよ・・・





お願い・・・




また私の名前、呼んでよ・・・



苦しいよ




会いたいよぉ・・・








 ─   ─   ─   ─   ─   ─   ─ 
 ─   ─   ─   ─   ─   ─   ─ 


233 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/23(日) 19:10






パタンッ





ポタッ  ポタッ   ポタポタッ







「うう、ううう・・・・・よし、ざ・・・会い、たい、よぉ・・・」










234 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/23(日) 19:10










235 名前:Rink 投稿日:2006/04/23(日) 19:11
更新終了です
236 名前:Rink 投稿日:2006/04/23(日) 19:11
レスポンス

>774改様
予告っぽい感じで、してみました
さー、どうなるんでしょうかw

>7紙様
作者も楽しみ♪
(;^▽^)<な、なんで・・・?
後半どうなるか、まだ決まってないんです汗

>& ◆xTwoYEuCC.様
オレンヂ様でいいんですよね?汗
求心じゃなくて救心だったようです。申し訳ないです汗
(0^〜^)<いっぱい飲んで!

>名無飼育さん様
何が起こるんでしょうか。作者も読めませんw

>nanasi様
( ^▽^)<ありがとっ♪

>名無飼育さん
( ^▽^)0^〜^)<ありがと!

>名無飼育さん様
今回も、うっとうしい感じで終わってみましたw
じらしのRinkと呼んで♪
( `▽´)<自分で言うなよ!

>カナリヤ様
そんなそんな、ドラマよりだなんて照

>二人の事もプロジェクトの事も気になりますね!

両方、下手をすると・・・
( T▽T)0T〜T)<わーーー!わわわわ!!

吉澤さん視点はこの話が完成して、落ち着いたら
あげようと思います。
よろしくお願いします


237 名前:Rink 投稿日:2006/04/23(日) 19:13
今回の更新は>>226-234です
短い更新ですが、皆様にいろいろ妄想していただきたく
こうなりました
いかがでしょうかw
238 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/04/23(日) 21:48
なんなのさ〜
妄想しまくりっすよ・・・
239 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/04/23(日) 21:54
わーわーわーわーわ!!w
すっごい続きが見たいです!
なんか、すげぇぇ!!ww
最高です!じらさないでほしいYO!!ww
240 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/04/23(日) 22:51
な ん て 小 説 だ 

続きが読みたくて仕方ない
吉澤さん視点も楽しみだ
でも終わって欲しくない
そんな葛藤
石川、頑張れ!
241 名前:7紙 投稿日:2006/04/23(日) 23:54
更新お疲れさまです。
石川さん 視点の日記。いいなぁ
きづいてたんですね。お守り。

妄想しまくりです。
242 名前:774改 投稿日:2006/04/24(月) 00:23
くぅ・・・
やばいまた前作品のように
一人でニヤニヤしたりうわぁぁぁとか叫びたい衝動が・・・
妄想?ソンナのするに決まってるじゃないですかぁ
更新お疲れ様です 続き楽しみにしてますよ
グフッ・・・
243 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/04/24(月) 00:41
じらしのRinkさま(呼ばせていただきましたw)
更新お疲れさまです。
あーーーもうもうもう、この先が気になっちゃうじゃないですか!!
244 名前:オレンヂ 投稿日:2006/04/24(月) 01:44
更新お疲れさまです。
あぁーーーーー続きが気になってしょうがないですよー!
妄想が膨らみすぎてしまわないように気をつけます(笑

あ、& ◆xTwoYEuCC.はオレンヂです。
なんかトリップ?になっちゃうことがあるようで・・・
すみませんです。救心いただいてお待ちしております。
245 名前:カナリヤ 投稿日:2006/04/24(月) 20:43
>吉澤さん視点
ありがとうございます、よっちゃん視点でも楽しみにしています
‥‥が、今回の梨華ちゃんの日記と彼女の涙が暴走気味に妄想を
広げてしまって大変ですよ!!w
気持ち先走らず、素直にこの物語りを追わせて頂きます。
246 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/25(火) 00:41









247 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/25(火) 00:42







石川さん・・・















梨華・・・・・










248 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/25(火) 00:42



あなたは私の頬にそっと触れる

少し冷たい指先が
くすぐったくて、目を細めた


「フフッ・・・」


指がゆっくり離れた

名残を惜しむように



「じゃぁ、ね・・・」



ねぇ・・・どこ、行くの・・・?


あなたはゆっくりと振り返り
私に背を向けて、歩き出した



「ねぇ、待ってよ・・・」





   カツーンッ  カツーンッ  カツーンッ 




真っ白な部屋の真ん中に置かれた
真っ白なベッドの上に

私は降りることも出来ず


背を向けて歩き出すあなたを呼び止めるしか出来なくて


「ねぇ、ねぇってばぁ!!」



   カツーンッ  カツーンッ  カツーンッ 




その先にあった、ドアを開け



「ね・・・ねぇ・・・やだ・・・」




  ガチャッ       バタンッ!!






「やだ、置いて、かない、で・・・・・」







あなたは出て行ってしまった






「いやぁぁぁああああ!!!」













249 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/25(火) 00:43







ガバッ!!


「ハァッ!!!」



夢・・・?




「はぁ・・・はぁ・・・んっ、はぁ・・・」




汗、びっしょり・・・

ひどい夢・・・



最近、この夢ばかり見る


私は起き上がり、膝を抱えて小さく蹲った
なんでそんな風にしか出てこないのよ・・・

どうして、あんな風に、去ってくのよぉ・・・







この間彼女の、お守りの正体が分かってしまった・・・


会社の帰り、エレベーターホールで
かばんをひっくり返してしまって
中身を拾うときに
偶然、見てしまった


恋愛成就のお守り・・・


あの時、こっそり買ってたのは
これだったんだ・・・





それ以来・・・ううん、もっと前から

こんな悪夢を見る


悪夢・・・?




もう、分からない


仕事にだけ、集中したいのに
私の中が、そうさせてくれない

どうして、どうして・・・



だめだめ・・・
今は仕事のことだけを考えたい

今は、パーティの成功だけを見つめたい




私は心に鍵を掛ける

出てこないで

お願い。しばらくは、出てこないで




どうせなら、ずっと出てこない居て欲しい・・・








朝の白やんだ空に、鳥の鳴き声を聞いた




250 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/25(火) 00:43

─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ 





今日はあの夢からずっと眠れずに
少し早く、家を出た

私がいつも会社につく頃には
すでに吉澤さんが来ていて、顔を合わせてしまう

それなら彼女より早く来たいと

いつもより30分も早くに会社に着いた


どうして避けるんだろう

どうして






答えはもしかすると、分かってるのかもしれない
気づいてるのかもしれない

なのに私は、仕事を優先させるべく

エレベーターに乗り込むと、いつもの“石川梨華”になる

惑わされないように
揺らがないように

限界だって分かってるのに


あなたに会えば
胸をときめかせ、胸を軋ませているのに



有り得ないよ

有り得ない



だって、彼女は・・・彼女だもの




無理に決まってるじゃん



「はぁ・・・・・」



選択肢なんて私にはなくて

唯一の答えがあるならば




“消去”







251 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/25(火) 00:44




「おはようございまーす!」


自分を奮い立たせるように、いつもの2倍以上の声で挨拶をした
そうじゃないと、自分が自分で居られない気がしたから

空元気と言われたって
今はこうするしかないんだもの・・・

レセプションパーティはあと1週間後。








フロアに入ると、何かいつもと違う雰囲気

「おはよう・・・」
「石川!!」

人の合間から中澤さんの顔が見えた
それは険しくて、深刻な表情をしていた

「お、はようございます」
「ちょっと来ぃ」
「あ、はぁ・・・」

デスクにかばんを置いて、中澤さんのデスクに寄る

「ここはあれやから、会議室行こか」
「あ、はい・・・」


中澤さんの後を追って、会議室に入る

252 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/25(火) 00:45



 バタンッ


「はぁ・・・」
「どう、したんですか?」

手で目を隠すように伏せる中澤さんは
大きなため息をついて椅子に座った

「・・・デカイ穴が開きそうや」
「・・・え・・・?」

中澤さんのその言葉の意味を理解できない
理解しようとしない、したくない自分が
続きの言葉を出せない

不安が一気に私の中を支配していく
嫌な心臓の音が響いてくる

「ケアレスミスが、デカイ穴を開けることになるかもしれんってことや」



中澤さんがゆっくりと話し始める

企画書にミスがあり
そのせいで、Futureとこちら側の意見の食い違いが出た
正確な書類を今朝美貴ちゃんに確かめたところ
一枚書類が足りなかったそうで

「その、書類を持って行ったのって」
「・・・吉澤や」




吉澤さんが・・・





冷静さを取り戻そうと目を伏せる


253 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/25(火) 00:45





吉澤さんが・・・





違う


彼女のミスじゃない






部下の責任は、上司の責任

私が、食い止める




254 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/25(火) 00:46


「行ってきます」
「どこに」
「Futureです」
「無駄や、やめとけ」
「穴はあけられません!!」
「何回も電話してるけど、取り入ってもらわれへん
「電話だけなんて!私行ってきます!!」
「門前払いに決まってるやろ!どれだけ大事か分かって」
「やってもないことを、頭からあきらめるなんて出来ません!」
「石川!」
「・・・頭を下げることくらい、慣れてますから」
「それだけじゃ、済まんで」
「・・・土下座だって、なんだってします。
 わたしは・・・ううん、みんな開けたくないって思ってる」
「・・・・・」

「するだけです」


  バタンッ


私は会議室を飛び出し、フロアのデスクに置かれたカバンをつかんで
上がってきたエレベーターをまた降りる




私たちの会社は大損失をした
それは金額なんかじゃなく
信頼という、失ってしまえば再構築が難しいもの

一度失った信頼を取り戻すには
ひたすら謝罪をし続け、最善を尽くして、頑なに進むしかない

それが今までに学んだこと

汚い言葉を投げつけられたことだってあった
女なんて家で飯を作っておけばいいと。
頭からコーヒーをかけられたことだってあった
お前じゃ話にならないって。

それでも私は泣かなかった
自分の中にある揺るがないものを持ち続けていたから
頭を下げることなんてなんてことない
睨まれてもなんてことない

自分の中にある信念を捻じ曲げることのほうが
辛くて悲しいことだから


私の中の信念

一人でも多くの女性が磨かれ輝けるように

そのためなら何だってする




255 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/25(火) 00:47


ここに訪れるのは何度目なんだろう
社長は不在で、今回の企画に直接携わってくれている部長さんは
会うつもりなどないと電話の時点で断られた

そんなことでめげたりしない

私は会社の前でじっと待つことにした
出てくるところを待って、人前だって頭を下げて
たった1分でも、30秒でもこちらの話を聞いてもらいたい
ただそれだけの思いが私を奮い立たせる


さほど大きくない会社の前にじっと立っていれば
道行く人の目に止まるわけで
だけど、そんなのは関係ない

部長さんに会わせてください

たった一言謝罪の言葉を言わさせてください


そう思い続けて、何時間たっただろう・・・

左腕の時計の短針はここに着てから180度反対の数字を指そうとしていた





「入りなさい」

「・・・え!?」

振り返ると、会社の中に入っていく部長さんの背中があった

「ありがとうございます!!」



256 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/25(火) 00:47

─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ 






  ガチャンッ

通された、小さな会議室

「申し訳ありませんでした!!!」

私は頭を下げて、言葉を待つ

「・・・はぁ・・・」

「誠に申し訳ありません!!」
「君ねぇ、申し訳ないで済むと思ってんの?」

「私の管理不行き届きのせいで、御社にご迷惑をおかけしたこと
 大変申し訳なく思っております」
「・・・で?」

聞きなれた、鬱陶しいと言いたげなため息
だけど今回はいやいや頭を下げるわけじゃない
穴を開けるわけには行かない

「今回の事、誠心誠意お詫びさせていただきます!!
 なので、何卒、何卒」

私はヒールを脱ぎ、部長さんの座るソファの斜め前で
おでこを床につけて謝った

「10日後のレセプションパーティを続行させてください!!
 お願いします!!」

「だめだ」

「お願いします!」
「だめだ」

「お願いします!!!」
「なかった事にしてくれ」
「お願いします!!」
「だめだって言ってるだろう」
「お願いします!」

「君もしつこいな」

「お願いします!!!」


「・・・・・」



257 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/25(火) 00:48



先輩にプライドが高いと言われた私は
頭を下げることなど出来ないといい続けていた
理不尽な相手企業のお偉い方は
ソファにふんぞり返って偉そうなことばかり言ってるからと。
だけど先輩はそんな私に

“頭を下げるくらいなんてことないよ。ただ、自分の思いさえ大切にすればいい”



誰も見てない


「お願いします!!」


あのポスターに憧れてうちの会社に就職した女の子たちは
私が薄汚れた床に頭をつけてることなど
知る由もない


「お願いします!!」



だけど
それでも私は、先輩の言葉に胸を打たれて
今こうして頭を下げている

会社のためなんかじゃない

この世の中の、たった一人の女性が
綺麗になってくれるのなら

顔も見たことのない、たった一人の女性が
原石からダイヤモンドになれるのなら



私が輝けたように



  石川さん!!

     梨華ちゃん!



  石川さぁん!


彼女たちの落ち込んだ顔、見たくない

私が一番近くで見てきた
彼女たちのがんばり。
無駄にしたくない
吉澤さんは悪くない
私がチェックを怠ったから
ただそれだけ



「お願いします!!!」




258 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/25(火) 00:49







「・・・はぁ・・・分かったよ」
「・・・え・・・?」

「分かったから、顔を上げなさい」


ゆっくり顔を上げると、部長さんがそっと立ち上がった

「じゃ、じゃぁ!」
「考えてやらないこともない・・・」
「続行で、よろしいん」

「ただ」


「・・・え?」






私に近づくその顔は

いやらしく、ゆがんだ






「・・・君の・・・」





太くてガサガサした指が私の顎を撫でる


 ゾワッ


悪寒が背筋を走りぬける
気持ち悪い・・・





「その声を・・・二人きりの時に聞かせてくれるなら」






そう、言うこと・・・




目を伏せて、悪寒に耐える


259 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/25(火) 00:50


「3日後、夜の11時に、部屋を取っておくから」




  相手社長と寝てんじゃないの?


社長相手に寝るほうがよっぽどマシよ・・・
中間管理職相手したって・・・




  石川さぁん!!




そっと目を開けて、ギッと睨みつけた


「分かりました」
「・・・フッ。帰りたまえ。君の会社には私から連絡しといてやる」
「ありがとうございます」
「もっと喜べばどうだ?」



汚い男









だけど自分は

もっと汚い女


260 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/25(火) 00:50

─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ 








「ふぅ・・・」

おでこを撫でながらフロアから外に出る
自動ドアがゆっくり開くその向こう側に



「吉澤さん・・・」


着ていたスーツがドロドロに汚れて
今にも泣き出しそうな彼女が小刻みに震えながら立っていた

「・・・いし」
「ここじゃあれだから」

私は彼女の腕にそっと手をかけて
寄り添うように歩き出した




261 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/25(火) 00:51








「すいませんでした!!!」

近くの小さな公園に着いた途端
彼女はベンチに腰を下ろさず、私に頭を下げてきた
周りに居た小さな子供を連れたお母さんたちがこちらをちらちら見ている

「いいよ。大丈夫だから」
「ホントに、ホントに・・・私、行ってきます」
「どこに?」
「Futureです・・・」
「いいよ、もう。収まったんだから」
「でも・・・でも!」
「いいんだってば!ほら、座んなよ」


吉澤さんは、下唇をぎゅっと噛み締めて
悔しさを押し殺すように握りこぶしを作っていた

自分のミスが許せないんだろう
自分のふがいなさを感じてるんだろう

でもね

「大丈夫。もう丸く収まったし。向こうも怒ってないから」
「・・・・・」
「あとはさ、これからだから、さ」
「・・・でも」
「悔しいのは、分かるよ。私も昔はあったもの」

うん、吉澤さんの気持ち、すごく分かる
だからそんな泣きそうな顔しなくてもいいよ

「私たちがしなくちゃいけないことは・・・パーティを成功させること」

その前に、あのオヤジに抱かれる訳だけど
はぁ・・・なんてことない
大損失がそれくらいで免れるんなら


「それだけでしょ」
「そう、です・・・」



空の色が暗くなってきたのは
雲行きがかなり怪しくなってきたせいで

まるでこの先の出来事を予感させるような色だった


262 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/25(火) 00:51


がっくりと頭を垂れて、ひざの上に置かれた手は
膝に跡がつくほど爪を立てられている

もう、大丈夫だから・・・


「なか、ざわさん、に」
「・・・ん?」
「中澤さんに・・・」
「叱られた・・・?」

コクリと首を縦に振る

「石川に、謝れ。みんなに、謝れって・・・」
「そん、な」
「そんで、絶対、何が何でも、穴埋めしろって」
「・・・大丈夫だよ。吉澤さんは悪くない」
「だけど、だけど!!」
「・・・だけど、何?」


「中澤さんに、言われた訳じゃないけど・・・」
「・・・なに?」

「どうやっても、どうしても、穴が開くって・・・」


そう、それほど今回のミスはとても大きな事


「なのに・・・どう、して・・・」



彼女は、それを聞いてどうしようと言うんだろう

自分が代わりに埋められるのならば
自分が買って出ようと言いたいんだろうか
せめて自分に償いをさせてほしいと言いたいんだろうか



もういいよ。
自分を責めなくていいよ



彼女とゆっくり話せたのが、こんなことでだとは思わなかったけれど
彼女の頭を撫でるのが、慰めでだとは思わなかったけれど

いつも以上に小さくなった背中に手を置いて
がっくり垂れる頭を撫でる



「ふっ・・・」


こんな非常事態なのに
どうしてあなたに触れるだけで


胸が、早くなるんだろう・・・



263 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/25(火) 00:52







「な、んです、か?」

「え?」



吉澤さんは、しばらくして落ち着いたのか
くぐもった声で私に尋ねてきた


「どうやって・・・」



「・・・言いたくない」
「どうして!」



言って・・・
あなたにこの仕事を嫌ってほしくないから

こんな世界を、見せたくないから





「お願いです!」



「償わせてください!!」




「いいよ」
「お願いです!!」



とうとう彼女の目からは、大粒の涙がこぼれた


はぁ・・・

言わなきゃ、だめなの・・・?




あの部長が言い寄ってきたとき


一瞬あなたの顔が過ぎったの
あなたの私を呼ぶ声が聞こえたの


ねぇ、もう、重症なんだよ?私・・・


あなたにだけは言いたくないのに
涙を止めるには、どうしても言うしか、ないんだね




ちょうど、いいのかもしれない

私が、勘違いしてるんだって
自分に知らしめる、いい機会なのかも、しれないね・・・





264 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/25(火) 00:53










「・・・一晩、相手するだけだよ」











「・・・え・・・?」




「3日後・・・」





「そ、ん・・・・・」






「それで、続行してくれるって言うんだからなんてことないよ」









265 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/25(火) 00:53


私は早口でまくし立てて、ハハッと笑い飛ばしたけど
彼女の顔を見れるはずがない
薄汚いと思われる、軽蔑されるかもしれないけれど
その恐怖をかき消すように、言葉を続けた


「なーんてことないよ!!大丈夫だってば」
「・・・・・・・・」

「オッサンの相手は慣れてるからー。ハハッ!」

ベンチから立ち上がってグーーッと伸びをする
この重苦しい空気からどうにか逃れたくて
早く泣き止んでほしくて
でも自分がしていることは
まったくの逆効果だということも、自分で自分の首を絞めていると言うことも

分かってた

だけど、それでも、いいと思った



 ギリリッ


どこかがきしむ音がする



「なーんてことない!大丈夫だってば」
「・・・・・ん・・・・・の・・・・・」


 ミシミシッ


「穴開けられないものねー」


 ギュゥゥゥゥッ



痛みに少しだけ顔を歪めた
それを隠すように、彼女に背を向けて気づかれないようにする

もう、泣かないで
お願いだから・・・

あなたを傷つけて、心を切り離そうとする私に

憧れたり、しないでよ・・・





266 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/25(火) 00:54





「・・・んな・・・・・です・・・」



「え?」


やっと、彼女が出した音は
聞き取れないほどの小さな声だった



「な、に・・・?」


私は振り返って、彼女の真正面に立つ




小刻みに震える彼女は
私を汚いと罵るだろうか



怖かった

抱かれることなんてなんてことはない

穴を開けることはもちろん、怖かったけれど
どうにか出来る、どうにかするしかないって
ただその思いだけで何とかなりそうな気がした

でも

彼女の次に出される言葉のほうが
怖いだなんて


痛みを感じる心や
恐れを感じる気持ちは

当の昔に置いてきたはずなのに



267 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/25(火) 00:55



「・・・そんなの・・・いや、ですよ・・・」


「嫌・・・って・・・」


「ぐっ・・・ぐぐぐっ・・・」


「よし、ざわさ・・・」




地の底から這い出てくるような声は
怒りからなのか・・・

彼女の肩に手を置こうと、腕を伸ばしたら

彼女がバッと顔を上げた




「そんなの、嫌です!」


ハッと息をのんだ


涙を零して、拳はガタガタと震えて
下唇からは薄っすら血が滲んでる


268 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/25(火) 00:56



「嫌って・・・」

「どう、して・・・どうして!」
「相手が言う、続行の、条件、だも、の」


私は途切れ途切れに言葉を吐く
そのたび彼女は激情に駆られる
火に油を注ぐ私の行為で、彼女の目はさらに鋭くなり
私の中でまた何かが締め付けられる


 ググググググッ


「条件でも・・・でも、でも!」
「いいじゃない。吉澤さんが抱かれるんじゃないんだから」

「私のほうがまだマシですよ!」
「何、言ってん」

「・・・やなんです!!やなんですよ!」
「何をそんなに嫌がってんのよ!!」

不安と怒りと、軽蔑と嫌悪と
ぐちゃぐちゃに入り交ざった二人の言い合いは
終わることを知らない、ただの子供のケンカ


「何がやなのよ!!」
「全部ですよ!」
「だから、何がよ!自分が書類を見落としたこと!?」
「それもです!でも違います!」
「それはアタシがチェックし忘れたせいなんだから!!」
「違う、違う!」

お互いヒステリックに叫びあう
周りのことなんて目に入らない

「じゃあ何なのよ!!」
「嫌なんです!」
「だから何が嫌だって言ってんのよ!言いなさいよ!」
「嫌なんです!」
「言いなさいってば!アタシだってアンタに言ったんだから!!」

私は、せっかく腹をくくったと言うのに
それを少しでも揺り動かそうとする彼女が憎くて



それだけ?
本当にそれだけなの?梨華
違うでしょ

本当は、嫌なんでしょ

気持ちが伝わらないことが嫌で
心が通じ合えないことに腹を立ててるんでしょ
目の前の・・・その人に・・・



269 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/25(火) 00:56


「石川さんが、石川さんが」
「アタシがどうしたっていうのよ!」
「嫌なんです!」
「アタシがオッサンと寝たらすべて済むって言ってんの!!」

本当はそんなこと、嫌だって言いたいんでしょ?

止めてもらいたいんでしょ・・・?


「それが嫌なんです!」
「仕方ないでしょ!条件なんだから!」


なのに、私の口からは、逆の言葉が出る
仕方ないなんて言いたくない。
相手の条件なんて飲みたくない。
仕事のために、体を開くなんてしたくない。

だけど

だけど、失敗なんて言葉はないから

するしか・・・ない・・・



270 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/25(火) 00:57



「嫌なんだよ!!!」



吉澤さんは、今までにない大きな声で
顔を真っ赤にして泣き叫びながら私を制止した
私は驚いて、息を呑んだ

大きな瞳からはまた、ボロボロと涙が零れ落ちた


「うっぐっ・・・ぐぐ・・・嫌、なん・・・です・・・」
「・・・・・」


「いし、かわさ・・・んが・・・」
「・・・アタシが、なに・・・」


どうして、そんなに、私にこだわるのよ・・・
憧れの存在は、いつも憧れでいて欲しいから・・・?



「石川さんが、誰か、に・・・抱か、れるの、とか・・・」
「だか、らぁ・・・」


アタシは、あなたが思うほど
綺麗じゃないんだよ・・・

大きくない、強くもない

あなたのことを、心に抱きながら
あなたのことを、過ぎらせながら

抱かれるだろう、汚い女なんだよ・・・





「納得、いかない・・・」
「・・・ねぇ、おねがい・・・」

「嫌・・・なん、です・・・」
「・・・はぁ・・・」







271 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/25(火) 00:57














「いし、っわ・・・んの、・・・き・・・ら」








「なに・・・」







もう、何がなんだか分からない
ぐちゃぐちゃになった感情が








 



「石川さんの、こと・・・好き、だから・・・」










「先輩、と、して・・・も、だけ、ど・・・」









「ひと、りの・・・人、として・・・」











「好き・・・だか、ら・・・・・」








すっと引いていく






272 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/25(火) 00:58


ぐぐぐっと嗚咽に耐えながら、彼女は泣いた


私は上げかけた手を止めた
前みたいに頭を撫でることもなく
ただ、空をつかんで・・・



仕事とプライベートを混ぜてしまった
プロとして有るまじき行為に
彼女は苦しんでいたんだろう

彼女の誇り高さは知っているから


けれど、それだけじゃない

彼女に2度目の勇気を出させてしまった


冷静に自分達を見つめる、もう一人の石川梨華が言う





『あなたがそうさせたんでしょ?』





彼女をここまでボロボロにしたのは





他でもない

私のせいだ







見せ掛けだけの強さで

彼女に接していた



中身は脆くて小さい



私のせい






ごめんなさい・・・





273 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/25(火) 00:58










274 名前:Rink 投稿日:2006/04/25(火) 00:59
更新終了です
275 名前:Rink 投稿日:2006/04/25(火) 01:00
レスポンス

>名無飼育さん様
こんな感じになりましたw

>名無飼育さん様
じらしは得意分野なんです
お褒め頂き、ありがとうございます

>名無飼育さん様
お褒め頂き、ありがとうございます
本当はもっとじらしたかったのですが
如何せん置いておくということを知らない作者でして汗
よろしくお願いします
( T▽T)<梨華、頑張るっ!

>7紙様
気づいてたみたいですねぇ
というか(0^〜^)この人がどんくさすぎるんです・・・

>774改様
叫んでください、ニヤついてくださいw
(;^▽^)<倒れないで!

>名無飼育さん様
じらすわ気まぐれだわで
ほんと申し訳ないです汗
これからも気まぐれ作者にお付き合いくださいませ

>オレンヂ
こんな風になりました
救心1本で足りましたでしょうか?
( ^▽^)ノ凸<追加ドゾー!

>カナリヤ様
まだ石川さん視点の終末のめどが立ってないので
いつくらいと言うのは言いかねるのですが
必ず書きたいと思いますのでよろしくお願いします
276 名前:Rink 投稿日:2006/04/25(火) 01:02
本日の更新は>>246-273です

作者、今回の更新で胃が痛くなってきました・・・

石川さんの心情がまとまらないまま上げてしまい
要所要所分かりにくくなっている部分があると思います
申し訳ありません
日々勉強、日々精進いたします

さぁ、次回はどうなることやら・・・
石川さんに体張ってもらいますw
277 名前:774改 投稿日:2006/04/25(火) 01:03
リアルキタ━━━━━━ (゚∀゚) ━━━━━━!!!!
もうだめです続きが気になりすぎて・・・
コノ後はどうなるんでしょうか
このまま流れに乗って進んでしまうんでしょうか
それとも・・・ 
予想がつきませんorz
次回更新も楽しみにしながら待ってます
278 名前:オレンヂ 投稿日:2006/04/25(火) 01:29
更新キテタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!!
いやいや、石川さんの心情もちゃんと伝わってきましたよ!
伝わってきすぎて切なくて胸が苦しいです
もう続きがどうなるのか気になって気になって気になって気になって
口から言葉にならない変な音しかでてきませんw
次回まで救心いただきながらお待ちしております
279 名前:マル 投稿日:2006/04/25(火) 08:32
通勤中に読んでしまってしまいましたw
電車の中であかん、これはあかんで!と泣きそうになりました
作者さんの作品が楽しみで仕事やれてます、いつもお疲れ様です。
280 名前:7紙 投稿日:2006/04/25(火) 10:30
更新お疲れ様です。

あ〜もうダメです。この後が気になる。
私にも求心が欲しいです。
281 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/04/25(火) 11:41
やだ!吉くんお願いだから石川さんを止めて(泣
282 名前:カナリヤ 投稿日:2006/04/25(火) 17:55
うぐぅ〜っ…、なんとかならんもんですか。・゚・(ノД`)・゚・
何とかして欲しい人がこっちとあっちに2人いるんですけどどうなるものか。
こっ、ここはひとつ私めが梨華ちゃんの代わりにっ!!w

相変わらず気持ちは先走り、これじゃあ作者様の思うがままですね。ww
283 名前:愛虎 投稿日:2006/04/25(火) 22:06
くぅ〜胸が痛いです。
石川さんそんなに自分を責めないで!!
めっちゃ続きが・・次回待ってます。
284 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/04/25(火) 23:27
あうあうあうあう・・・
読んでて胃が痛くなっちゃいました、マジで
でも続きが気になって仕方ないのです
285 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/27(木) 21:02









286 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/27(木) 21:02




5月○日


いい、機会かもしれない

私のこと、突き放す

ううん・・・私が、思いを断ち切る・・・




だって、私




でも、だけど


・・・もう・・・

ぐちゃぐちゃだよ


頭ん中
何にも考えられない




まさか・・・そんな・・・






だけど・・・



ごめんなさい





287 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/27(木) 21:03




 ─   ─   ─   ─   ─   ─   ─ 



5月×日


レセプションパーティまで1週間を切った


仕事のことだけを考えたい





仕事のことだけを考える
パーティの成功だけを考える

それだけを考える 考える 考える 考える
考える 考える 考える 考える 考える
考える 考える 考える 考える 考える
考える 考える 考える 考える 考える
考える 考える 考える 考える 考える
考える 考える 考える 考える 考える
考える 考える 考える 考える 考える
考える 考える 考える 考え







考えれるわけ ない








嫌だって・・・言いたい

でも私には私だけのヒーローなんて居ない

これも・・・仕事・・・?
そんなこと・・・ない・・・
でも、誰にも、言えない・・・



助けてよ・・・





 ─   ─   ─   ─   ─   ─   ─ 


288 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/27(木) 21:03



─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ 




  キーンコーン、カーンコーン・・・


「お疲れー」
「お疲れさま!また明日ね!!」


  ザワザワッ  ザワザワッ





 トントンッ

「ふぅ・・・なんとか、大丈夫そうやな・・・」




「あの」

「ああ、どないしたん」

「・・・中澤さんに、折り入って話があります」
「ああ、どうしたん」




─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─


289 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/27(木) 21:04


 ─   ─   ─   ─   ─   ─   ─ 



5月○日


彼女と口をきいていない
というより、目さえも合わせてない

私のことを汚い女だと思ったんだろう・・・


仕事のためなら平気で脱ぐ女だと思ったんだろう

業務的なこと、返事・・・
会話じゃない、ただの単語でしか
彼女の声を聞いていない


自分が選んだ道だけど

こうなるってこと、予想してなかったわけじゃないけど



あの部長どうこうよりも





ううん・・・今は仕事のことだけを考える

たった2時間くらいの話


それでパーティを続行出来るんだ



私はただの勘違いをしていただけ
早とちりをしていただけ
思い違いをしていただけ
いつもの空回りをしていただけ


後輩が今までよりも長い期間そばにいたから
自分に憧れて入社してきた人がそばにいたから
ちょっと浮かれちゃっただけ

らしくない

いつもの“石川梨華”らしくない





私は 私だ





 ─   ─   ─   ─   ─   ─   ─ 


290 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/27(木) 21:04


─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ 





一時はどうなることかとYOU子班全員が騒然としたけれど
パーティの準備は、順調に事が運ばれて
あと1週間を切った







「はぁ・・・」


律儀にメールまでよこして場所指定してくるだなんて
用意周到というか、待ってましたと言わんばかりだなぁ

ホテルの自動ドアの前に立って上階を見上げる

今日はやけに蒸し暑い
じっとりと汗が滲む




「フッ・・・」



自嘲しながら首を横に振る




「石川さんのことが、好きなんです・・・かぁ・・・」


驚きだけで、それ以外何も感じられなかった
あのあとひたすら沈黙が続いて
降り出した雨に助けられた
駅まで走って・・・彼女と会社に戻った

あれ以来、言葉を交わしていない
視線も合わせていない

そりゃそうだ・・・


こんなアタシなんて
好きにならないほうがいいよ、吉澤さん

あなたの感情は
あのポスターに憧れた
ただそれだけ


私が少し心が締め付けられたのは
あなたの瞳に惑わされた
ただそれだけ



私が気づいた気持ちの名前は
多分私の思い過ごし。
あなたとずっと一緒に居るから
・・・よく言えば、家族愛、みたいなそんなもので
ただ似た言葉が見当たらなくて
私が勘違いしてたんだ


そんなことない、なんてことない


フッ・・・


だって、私はあなたを思いながら
平気でこの場所に来ているんだもの・・・



“恋” なんかじゃぁ・・・なかったんだよ・・・




291 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/27(木) 21:05









時計の針は、指定された時間5分前




はぁ・・・行きますか・・・






私はエントランスに続く石畳を歩き始めた






  ♪♪♪♪


バックの中で携帯が鳴った
誰よ、こんな時に!


「・・・中澤さん?」


 Pi

「・・・もしもし?」


『石川』
「あ、はい。お疲れ様です」


『家、帰れ』


「・・・は?」


『そんなとこおらんと、さっさと家帰れ』



な、なんで知ってんの!?
家なんて帰れるわけないでしょ!!

「そんな、無理で」
『上に行ったって、部長はおらんで』
「・・・はい!?」
『ええから。なんとかなったから』
「・・・ど、どういうことですか!?」


292 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/27(木) 21:06


中澤さんが訳をすべて話してくれた




吉澤さんはあの日、会社内の資料をくまなくチェックした
自分には落ち度はなかったこと
出かける前に美貴ちゃんに書類の枚数確認最終チェックをしていたこと
だけど万が一のことを考えて
自分たちが行動したありとあらゆる場所を
一からみんなで探し出したこと
吉澤さんに至っては、ゴミの収集場まで行ったんだとか
だからあんなに服が汚れてたんだ

だけどどこにも書類が見当たらなかったと

さすがの中澤さんも疑問と不信感を募らせたので
後日Futureの社長のもとへ訪れ
謝罪と、真相を突き止めるために
Futureにも依頼をしたそうで


そしたら


『企画部長が一枚抜き取って、隠し持ってたそうや』

あの企画部長は私が訪れた初日から、機会があれば事を起こしてやろうと
初めから計画していたことらしく

吉澤さんが書類を持ってきたことをいいことに
重要書類を隠し持っていたそうだ
彼女の上司が私だと知ってて
はなっから私と関係を持とうと隙を狙ってたんだとか・・・


『今回の企画は降りてもらった。クビにしたって言ってはったけど』

Futureの社長さんは中澤さんを始め、上層部たちに謝りにきたそうだ
自分の監督不行き届きでと・・・
どうかこれからも取引を続けてほしいと。

293 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/27(木) 21:06

『そういうことやから、上行っても誰もおらん。さっさ帰れ』
「・・・けど・・・」

『自分の体、大事にせんか!このボケ!!』
「ぼ、ボケって・・・」

『アタシはアンタにそんなことまで教えた覚え無い!』
「・・・・・」

『体張って仕事取れとは言うたけど、体売れなんて言うてない!』
「中澤さん・・・」

『はよ家帰れ!』



「・・・すいません」


『・・・どアホが・・・』


「グスッ・・・すい、ま、せ・・・グスッ・・・」

言葉はキツイのに、まるで中澤さんに頭を撫でられているようで
人が行きかうエントランス前だというのに
安心して涙を零してしまった

『・・・怒鳴ったりして、悪かったな・・・』
「す、いま・・・グスッ・・・」

『もう、ええよ・・・よう頑張ったな・・・』
「んっぐっ、ぐぅ・・・」
『ん・・・ええ子・・・石川、よう頑張った』
「ううううう、なか、ざ・・・さん・・・」
『今日はゆっくり寝ぇや』
「うぐ、ぐぐ、ぁい」
『明日、元気に出勤するんやで?』
「ぐぐ、ぐすっ、ぁい」
『うん。ええ子。じゃあな』
「お、つ・・・れさま、です」
『はいよ』


 Pi



「グスッ・・・グスッ・・・」

安心から涙がこぼれた



「はぁぁぁぁ・・・」


安堵からのため息が口から漏れた








一人ですべてを解決しようとする癖はまだ治らない
でも、今回はたくさんの人に助けられた

誰も見てないところで私ばかり動いていると勘違いしていた

だけど、私の見えないところでみんな動いてくれてた



今から、これから・・・



「さぁ、大変だぁ!」



むしむしする天気でも、なぜか心の中は爽快だった




294 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/27(木) 21:07


 ─   ─   ─   ─   ─   ─   ─ 


5月△日


なぜか中澤さんが知ってた
今回のこと
怒られた

でも、やさしく包んでくれた



ありがとうございました






5月○日


明日はついに、パーティの日
緊張で眠れない
美貴ちゃんにさっきメールしたら
「もう眠いから寝る!」ってそれだけ入ってきた
相変わらずおどおどしないんだなぁ


吉澤さんは・・・


あの日以来、やっぱり会話がない

だけど・・・


パーティが終わったら
きちんと言おうと思う

ないがしろにしてた、彼女の気持ちに
きちんと答えたい

でも、まだ

明日は始まってない


今はそのことだけを考えたい
彼女もそう思ってるはず

今は





 ─   ─   ─   ─   ─   ─   ─ 


295 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/27(木) 21:07






296 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/27(木) 21:08


パーティ当日

自分たちの予想をはるかに上回るマスコミを動員し
各界の著名人たちも参加してくれ、パーティは大反響を呼んだ
もちろん一般の人や、ウチの会社のお得意様であるお客様も
たくさん呼んで、クラブ会場に入りきれず
警察が出動してしまうというほど人があふれかえり
一時は中止になりそうなほどになった






「5分前です!!」




「じゃぁ・・・成功を祈って・・・」
「「「「「「「「「「はい!!」」」」」」」」」」

「今回の企画部長、石川からなんか一言」


バックルームで、みんな手をつなぎ
大きな輪になる

ここに居るすべての人は、今日のために走り回って
汗を流し、時々涙をのんだ人たち


・・・最高・・・


「・・・ハッピーに、しましょう」

「「「「「「「「「「はい!!」」」」」」」」」」

「怪我だけ無いように!」
「「「「「「「「「「はい!!」」」」」」」」」」
「楽しんで!」
「「「「「「「「「「はい!!」」」」」」」」」」


「頑張っていきまっ」

「「「「「「「「「「しょーーーーい!!!」」」」」」」」」」


「よろしくお願いしまーーす!」
「おねがいしまーす!」
「お願いします!」

「行ってこい!!」
「っしゃぁぁ!!」
「よろしくお願いします!!」


297 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/27(木) 21:08






「スタンバイ!!」

「スタンバーイ!」



会場全体のライトが落とされる





『 Ladys & Gentleman  It's show Time 』





会場に大きなベース音と、色とりどりのライトが照らされ
大きな舞台中央の大きなスクリーンに
今までのフレグランスの映像が映し出される

飯田さんや、中澤さん・・・私のもの・・・
そして、今回の新作

吉澤さんの写真が大きく映され






  『  It's   AI  』







スタートした



298 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/27(木) 21:09




『Nu formula YOUシリーズ 新作フレグランスの・・・』






「早く次準備して!」
「3番OKです!」
「次誰!?」
「あーー!待って!」


私は舞台の袖からことの成り行きをじっと見守る
どうか最後までミスがないように
ただそれだけを祈りながら


同じように舞台袖からは
YOU子班のスタッフたちがじっと見守り続ける

その中に吉澤さんの姿もあった


舞台を見守る間、彼女のほうを何度か見たけれど

口を真一文字に閉じ、じっと見つめるその瞳は
やっぱりいつものように鋭くて・・・

彼女も同じように成功を祈っているんだろう・・・


299 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/27(木) 21:09


─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ 










『本日は、長い時間、まことにありがとうございました・・・』










「おーーつかれぇーーーーーーー!!!」
「おつかれーーー!」
「終わったぁぁぁぁ!!」
「いぇーーーーーーーい!!!」
「フォーーーー!!」

「皆さん、お疲れ様でしたぁぁぁ!!」

中澤さんの声で拍手が起こる
みんな泣きながら、花束をもらって、中澤さんの話に耳を傾ける

「色々ハプニングもありましたが、今日は大成功だったと思います!!」
「「「「「おおおお!!!」」」」」
「これも!皆さんの・・・力があってこそ、出来たことです・・・
 ホントに・・・ありがとう!!」

パチパチパチパチパチッ!!


「石川!なんか、おま、しゃべ・・・」

涙で声になってない中澤さんは
私に続きを話せと、手で合図した
中澤さんは見た目とは違い、情に厚く涙もろい人だから

「今日は・・・皆さんの助けで・・・成功したと思ってます
 ホントに、誰一人欠けても、今日は無かったと・・・思ってます
 本当にどうもありがとうございました!!」

パチパチパチパチパチッ!!

「おーーーっしゃぁ!さっさと片付けて、飲み行くぞーーー!!」
「「「「「「「「「「おおーーーーーー!!!」」」」」」」」」」


300 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/27(木) 21:10


みんな最高の笑顔で、大きな拍手でパーティを終えた

長いようで短かったこの1ヶ月弱
本当にたくさんいろんなことがあった
とても濃くてパワフルで、タフだった


やり終えた充実感と、襲ってくる眠さをひっさげて
みんなで打ち上げの会場に向かうことにした



本当にみんな最高だよ・・・
最高の、仲間だよ

ありがとう、美貴ちゃん
ありがとう、高橋
そして
本当にありがとう、吉澤さん


最高の、仲間だよ!

これからもよろしく



301 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/27(木) 21:10









302 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/27(木) 21:11



─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ 



「あーーー、おはよぅ・・・」
「おはよう・・・はぁ・・・」

いつものように週があけ、いつものように月曜日が始まる
レセプションパーティは金曜の夜に行われたから
土日と飲み通しいつも以上に頭が痛い
そして今までの疲れがどっと出たせいか

それは降り出した梅雨の雨のせいもあるのかもしれないけれど・・・

「だぁぁぁ・・・」
「美貴ちゃん・・・おじさんくさいから」

「だってさぁ、気抜けちゃって」
「まぁ、そうだけど」

「これからまた一年、外回り新契約ばっかでしょー?」
「そうだけど・・・」


  チーンッ


「地道な活動が、会社には貢献するんだから」
「はいはい、付き合わせていただきますよー」
「よろしくね」
「あ、でも今年は美貴じゃなくてよっちゃんだからいっか!」
「ちょ、ちょっと」

「おはようございます」
「おはよー」
「おはようございます!石川さん、藤本さん!」
「おはよー、高橋」
「おはよー」

デスクに回り込んで机の上にカバンを置く

ふと隣を見ると
いつも整頓されていたデスクの上が
ガランと空いていた


303 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/27(木) 21:12



「・・・え?」


まるでそこは、もともと誰も居なかったように
跡形も無く消し去って


「ちょっと、どういう・・・」


「石川ぁ」

奥から中澤さんが呼んだ

「はい」
「朝礼終わったらちょっと来い」
「・・・はい」



304 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/27(木) 21:12



─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ 






「・・・吉澤が、辞職した」







「・・・え・・・?」







頭を鈍器で殴られたような衝撃が走った






「正式には、今日付けやけど」




305 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/27(木) 21:13



  カチッ シュボッ

ビルの3階にある共有喫茶スペース
就業時間だから、誰一人いなくて、自動販売機のモーター音だけが響く

外はパタパタと激しく雨打つ音が聞こえてきた


「辞表出したんは、パーティの・・・3日前かな・・・
 パーティまでは居るけどって・・・」
「そんな・・・私、何も」

「パーティ終わるまで、石川には言わんでくれって、言われてな・・・」
「どう、して!」

「パーティ前に言って、アンタのこと動揺させたくなかったんやろ・・・」
「そ、んなぁ・・・」

「理由は・・・」
「なん、なんですか・・・?」


長い沈黙が続く
雨を打つ音がさらに激しさを増してきた




306 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/27(木) 21:14


中澤さんは、3本目のタバコに火をつけると
ようやく、話し出した


「・・・アンタが一番、分かってんちゃうか?」
「え・・・?」

「あの日の前の日・・・」
「あの、日・・・」

「吉澤が、言うてきてな・・・アンタが相手の部長と寝るってこと・・・」
「そ、れ・・・」

  ポタッ  ポタポタッ

「あいつ・・・自分を首にしていいから、自分が、責任、全部負うから
 相手の企業さんに聞いてほしい・・・
 でも、自分の力だけじゃ何にも出来んから・・・協力してくれって・・・」

「そんっ、な・・・」

  ポタポタッ パタッ

「交換条件の・・・つもりやったんやろう・・・」
「せっ、と、・・・くして」

「無理や・・・パーティの日、打ち上げに姿現さんかったやろ」
「・・・そう、い、えば、仕事、のこ、てるから・・・て・・・」

「携帯もつながらん・・・解約したみたい」

「家、には」
「・・・さぁ・・・」

307 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/27(木) 21:15





  バシャバシャバシャッ ザーーーーー ザーーーーッ



「・・・石川」
「・・・・・ぁぃ・・・グスッ」

「なんでアンタが泣くねん」
「わか、りま・・・」

「はぁ・・・」



そのため息の後、中澤さんが何を言ったのか覚えていない

頭が真っ白になって
ずっと泣き続けてては仕事にならないだろうから

早退しろと言われた





 ウチの企業としては、失いたくない人材やねん



どうして、そんな・・・


どうして・・・



どうしてよ・・・








夢が  現実に  なってしまった








308 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/27(木) 21:15









309 名前:Rink 投稿日:2006/04/27(木) 21:18
更新終了です
310 名前:Rink 投稿日:2006/04/27(木) 21:18
>774改様
リアルありがとうございます。
まさかあの時間に見てくださってる方が居るとは
作者冥利に尽きます。
えー、結局こうなりました

>オレンヂ様
どんな音が出たのか、作者はそっちのほうが
気になって気になって気になってw
作者の小説を読まれる方は
変な音を口から発する事が多いようでw
周りに気をつけてくださいませ

>マル様
作者は何電車に乗ってるのかが気になりましたw
通勤中にまで読んでいただいてありがとうございます
切ない系の作品で、マル様に活力を渡せず
ほんと申し訳ないですが、もうしばらくお付き合いください

>7紙様
(0^〜^)ノ凸<救心どぞー!

>名無飼育さん様
(0^〜^)<どっすーん!
(;^▽^)< 意味分かんないよ・・・

>カナリヤ様
なんともならんかったですw
こっちとあっちとはもしや
从#~∀~从もしくは川VvV从でしょうか?
(;^▽^)<か、代わりはいいよ汗
思う壺ありがとうございますw

>愛虎様
( T▽T)< ネガティブなんです
実はMな石川さんですね

>名無飼育さん様
(0^〜^)ノ◇<胃薬どぞー
作者の作品で病人が増えてしまいますね・・・
もうしばらく胃薬服薬していてくださいw
311 名前:Rink 投稿日:2006/04/27(木) 21:19

今回の更新は>>285-308です

作者の癖として、改行がとても多くなるのですが
心理やら間やらを表したくてどうしても多くなります。
読みづらくなってしまいすいません

えー・・・非難轟々でしょうか汗
( T▽T)<うぁぁぁん!

ここではネタバレ防止でおねがいします。
ご意見、ご感想はサイトからお願いしまw
312 名前:Rink 投稿日:2006/04/27(木) 21:19
おねがいしま「す」が抜けたし・・・

すいません・・・汗
313 名前:7紙 投稿日:2006/04/27(木) 22:56
更新お疲れさまです。

求心ありがとございます。
今回辛いですね。読んでいてかなり・・・泣けてきますね。

だめだ〜。石川さん何とかしてください。
涙が止まらないですね。
314 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/04/27(木) 23:27
えぇぇ?!しょんな…
315 名前:マル 投稿日:2006/04/28(金) 00:15
大江戸線ですw
退屈な通勤時間に華を添えてくださる作者さんには感謝してます
切ないような状況ですがそれはそれとしてハマリます
季節の変わり目ですがお体を悪くされないよう頑張ってください
316 名前:オレンヂ& ◆LMRaV4nJQQ 投稿日:2006/04/28(金) 00:35
あー、あー・・・あぎちゃびよい!

周りに人がいるとまずいので人がいないところで読んでますが
もう口から音ですらなく魂が出かかっております
どーなるですかー?!と思わず今日の更新分4回読み直しちゃいました
317 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/04/28(金) 03:53
更新お疲れさまです。
胃薬いただきました。
が・・・今日もまたギューってなってます〜!!うぅぅ(痛)
318 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/04/28(金) 21:11
お疲れ様です。
なんかすごい切ない・・・
お互いが思い合ってるのに↑わたしも胃薬いただきます(痛)
319 名前:カナリヤ 投稿日:2006/04/29(土) 00:30
更新お疲れ様です!
こっちは从#~∀~#从 で、あっちは社●という事で。w

お互いなんで一人で背負おうとするのだろうか。
まだ間に合うはず、まだ手後れじゃ無い!!

それにしても辛い事が多過ぎる…。
320 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/29(土) 00:43










321 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/29(土) 00:44


─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ 





ねぇ、美貴ちゃん。美貴ちゃんのペットは恋人?


いいから、答えてよ


そっか・・・


ううん・・・


そうじゃ、ないけど・・・


どうなんだろう・・・


そう?


恋、か・・・


さぁ・・・どうだろ・・・


そんなにため息ついてる?


ごめん


・・・・・


そう、じゃ・・・



そう、かもね


うん・・・それは認める



322 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/29(土) 00:45



ねぇ、美貴ちゃん


恋って、なに・・・?


わかんない・・・


好き・・・


その人?


・・・・・・夢に、出てくる


いつも、その人のことばっかり、考えてる


そうだね・・・仕事が、手につかない・・・


告白、は・・・されたの・・・したんじゃないの


うん・・・


返事は・・・出来なかった・・・


うん・・・しなかった、のかも、しれない


どうしたらいいか、わかんなくって・・・


好きになっちゃ、いけないって・・・


それは、分かってるんだけど・・・でも・・・


うん・・・戸惑ってた・・・


今?


今は・・・・・


323 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/29(土) 00:45




グスッ  グスッ


ンッ  グスッ グスッ


会いたい・・・会いたいよぉ・・・


ううう、どこ、に、いるか、わか、んな グスッ


さがせ、な、グスッ


ごめっ・・・グスッ


グスッ・・・なに、よぉ


しつれい、ねぇ。私、だって、グスッ、乙女だよぉ!


フフッ グスッ


うん・・・そう、だね・・・グスッ


うん・・・ありがとう・・・そう、する・・・


うん・・・はい・・・うん


また月曜日ね・・・うん・・・おやすみ・・・




  プツッ  ツーツーツー




324 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/29(土) 00:46

─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ 



あなたに似た人を街で見るたびに振り返る
あなたのつけていた『華』が香るたび足を止める

だけど、あなたが居るわけもなく

この街のどこかに居て欲しいと
ただそれを願うだけで

私は、あなたを探すことが出来ず
足取りも掴めず




職場は、突然居なくなったあなたのことで
しばらくは話題を呼んでいたけれど

中澤さんは公表していないらしい

戻ってきて欲しいからと、そういっていたけれど
とりあえず今年度は辞表は預かると言っていた


325 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/29(土) 00:46



私は休みの日になれば、いつも街に出て
あなたの行きそうな場所に行ってみる

いつも意気込んで家を出るけれど
二人で行った場所なんてないから
途中でその足も止まってしまう

そしたらあなたを思い出すばかりで
いつも泣いてしまう

街中で見る、二次元のあなたは
いつも変わらず、不敵な笑みを向けている

白い肌を見せて、帽子の奥から見える大きな瞳を輝かせて


3年前のあなたも、こんな気分だったのかな

あなたが私に憧れたように
今度は私があなたに、焦がれている


もう、認める

あなたのことが、好きなんだって・・・

好きすぎて・・・



またあなたを思って涙をする


326 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/29(土) 00:47


梅雨の雨は流して持っていってくれなくて
夏の熱い太陽でも乾くヒマもなく
秋の気配の風に吹き去られる訳でもなく

あなたを思ってばかりいる


どうして、あのときの私はもっと勇気がなかったんだろう
あなたはすべてを投げて、飛び込んだというのに

あなたに出来て、私に出来ないことなどないと思いたい
けれど

やっぱりあなたは、あなたで・・・



3度も勇気を出させてしまった私は・・・

臆病で・・・

あなたに見せていた“石川梨華”は
そういうキャラだったんだと思い知る

強くて、立派で、タフで・・・

すべて仕事だけの私


家に帰れば
ベッドの上で、ひざを抱えて小さくなりながら
毎晩涙を流す



あなたを思いながら


せめて、夢で会えたらと



願いながら











327 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/29(土) 00:47


 ─   ─   ─   ─   ─   ─   ─ 


6月○日



仕事が 手につかない

俯いてばかりいる


また 暗い顔になる



鋭さはない



だけど


心も ない



 ─   ─   ─   ─   ─   ─   ─ 


7月○日


また焼けた


自分の腕を見て、あの人の白い肌を思い出す



会いたい・・・



 ─   ─   ─   ─   ─   ─   ─ 


8月○日


夏休みなんて、どこにも出かけることなんてない


実家に帰るのも、面倒だから電話で済ませた


せめて あなたが居るかもしれないこの街に
少しでも居た方が
見つかるかもしれないっていう


わずかな望みが
あるから



 ─   ─   ─   ─   ─   ─   ─ 


8月×日


夏のせいか、痩せた

少し痩せすぎだと言われた



食べる気力がない

何をするにも、気力がない



328 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/29(土) 00:48

 ─   ─   ─   ─   ─   ─   ─ 


9月○日

中澤さんが、香港のマーケットの話を会議でしてくれた
もしかすると私が抜擢されるかもしれないとのこと。


でも、行きたくない


もう、何も、したくない


見たくない



あの人だけを見たいのに



見つからない






 ─   ─   ─   ─   ─   ─   ─ 





会いたいよ



今どこにいるのよ・・・





お願い・・・




また私の名前、呼んでよ・・・



苦しいよ




会いたいよぉ・・・








 ─   ─   ─   ─   ─   ─   ─ 
 ─   ─   ─   ─   ─   ─   ─ 






パタンッ





ポタッ  ポタッ   ポタポタッ







「うう、ううう・・・・・よし、ざ・・・会い、たい、よぉ・・・」






329 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/04/29(土) 00:48











330 名前:Rink 投稿日:2006/04/29(土) 00:48
更新終了です
331 名前:Rink 投稿日:2006/04/29(土) 00:49
レスポンス

>7紙様
( T▽T)<アタシも何とかしたいよぉ!
というわけでしばらく痛いままでお願いしますw
(0^〜^)ノ□<ティッシュどぞー

>名無飼育さん様
そんな風になりました

>マル様
関東の方だったんですね
関西圏の方かとてっきり思っていました。
気を使っていただいて本当にありがとうございます

>オレンヂ様
>>あー、あー・・・あぎちゃびよい!
それがうわさの音ですね
作者、その言葉の意味を必死で解読しようとしてました汗
(;^▽^)<魂戻して!

>名無飼育さん様
(0^〜^)ノ◇<パンシロンどぞー

>名無飼育さん様
では、もう一つ
( ^▽^)ノ◇<パンシロンどぞー

>カナリヤ様
社長でしたか。それは気づきませんでした

>>お互いなんで一人で背負おうとするのだろうか。
責任感が強い二人なんですね・・・実は。
思いあってるがゆえに、身を引いてしまうというか・・・

>>それにしても辛い事が多過ぎる…。
作者も今心を痛めております
332 名前:Rink 投稿日:2006/04/29(土) 00:50
今回の更新は>>320-329です

短いですが、時間の経過をこう表してみました
決して手抜きなんかじゃないですから汗

そして次の更新まで、間をおくことにします
決してストックが無くなったわけじゃないですから汗



333 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/04/29(土) 01:18
大丈夫、誰もそんなこと思ってませんから(汗

次回も期待してまーす^^
334 名前:& ◆nUAf8iFlPs 投稿日:2006/04/29(土) 01:25
更新お疲れさまです。
って、なんとか戻した魂がまたでかかっております
これからどうなっていくのか楽しみにお待ちしております

>あぎちゃびよい
ガレッジセールがテレビでしゃべってた沖縄の方言だと思うんですが
音にインパクトがありすぎてどんな意味だったかは全然覚えていません(笑
335 名前:愛虎 投稿日:2006/04/29(土) 01:30
更新お疲れ様です。
吉澤さんはいったい何所で何をしているのやら。
次回楽しみに待ってます。
336 名前:7紙 投稿日:2006/04/29(土) 02:21
更新お疲れ様です。

ティッシュありがとございます。
でも足りないかもしれない・・・。

あ〜どこにいるんだろ。吉澤さん。
337 名前:カナリヤ 投稿日:2006/04/29(土) 19:05
喪失感に苛まれる梨華ちゃんが痛々しい…。
とても見ていられないんでしょうね中澤さんも美貴ちゃんも。

次回更新までマターリと待ってます。

( `.∀´)y-~~
338 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/04/30(日) 01:39
痛い。胃が痛い。

…何も手に付かなくなっちゃうぐらい
私も誰かを愛してみたい。
339 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/04/30(日) 23:35
早く梨華ちゃんの前に現れてよ〜
久々ヒットの作品なんで、作者様がんばってください。
340 名前:名無し飼育 投稿日:2006/04/30(日) 23:54
んぁー、先生。
胃が、胸がかなりきりきり痛みます。
ついでに言うと涙まででてきそうです。・゚・(ノД`)・゚・。 うえええん
341 名前:名無し飼育さん 投稿日:2006/05/01(月) 00:13
いつも読んでました。作者さんの作品大好きです。
今後の展開が気になって気になって・・・ヤバイです。
そして、胃が痛い・・・・。
342 名前:マル 投稿日:2006/05/01(月) 12:47
同じ働く女として石川さんの気持ちに共感できる部分があったりします
読んでいると自分のことのようにすごく切なくなりました
更新がんばってください
343 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/05/03(水) 02:56
実際のドラマのような映像が浮かんできます。
私としては中澤さんのようなデキる上司が欲しいっす。
344 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/05/09(火) 03:11







345 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/05/09(火) 03:11



9月下旬



「はぁ・・・・・」



時がたつのは早い。
夏恒例、外回りのおかげで私は更に肌が黒くなり
美白をしようにも、効果が現れる前にまた更に焼けてしまうという
悪循環に苛まれている


「はぁ・・・」


会社は代わり映えしないメンバーで
高橋は美貴ちゃんに連れられて外回りの仕事も覚えた

私は、こうやって会議室でお弁当を食べているんだけど




346 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/05/09(火) 03:12


20周年を記念した『AI』は
あのパーティの効果もあり、売り上げと新契約は最高に達した
吉澤さんのあのポスターも話題になり
彼女は誰なんだ、男なのか女なのか
胸があるから女だろうとか
顔立ちからだと男だろうとか

話題が話題を呼んだ


だけど、その話題が出るたびに
私の心はギシギシと音を立てていた

街の看板も、仕事中は出来るだけ見ないようにしていた
だって、泣いてしまいそうになるから

会議室の窓から見える看板を隠すように
ブラインドを閉じた

347 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/05/09(火) 03:12


新人が辞めることなんて知れてるじゃない
毎年お局イジメに耐えかねて辞めていく子より
ちょっと時期がずれただけじゃない


「はぁ・・・」


ポッカリとどこかに空いた穴は
埋めることが出来ないらしい


なんでこんなに・・・

348 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/05/09(火) 03:12



「午後さぼろっかな・・・」



思いに気づいて
思いを消そうとしたけれど
思いを伝えられて
答えを返せないまま・・・





「外回りいってきまーす」
「いってらっしゃーい」


ごめんなさい、今日はサボります


349 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/05/09(火) 03:13






350 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/05/09(火) 03:14




「はぁ・・・」


自分の担当している外回り界隈のビジネスビルが立ち並ぶ一角
空を見上げれば、もう雲が高く上っていた
あれから、4ヶ月かぁ・・・

思い出すのは彼女のことばかり
会えなくなって、記憶なんて薄れそうなのに
どんどん色濃くなっていく

無邪気に笑う顔
真剣に鋭いまなざしを向けてきたり
抓られて痛がって

頭を撫でて、喜ばれて

泣きながら悔しがられて
泣きながら・・・好きだと告げられた・・・



私は自分の気持ちに蓋をして
仕事を優先させた

気持ちを返すことは、二の次三の次と
後回しにして、ないがしろにした・・・

彼女の、勇気を・・・


「はぁ・・・」

さいってーだよ・・・私・・・


351 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/05/09(火) 03:14



どうしてもっと早く、答えてあげられなかったんだろう
余裕がないだなんて、自分にうそついてさ

ホントは怖かっただけだった・・・


自分も、ホントは・・・

憧れなんかじゃなくて
羨む気持ちなんかじゃなくて



この胸の痛みが
恋だと、言えなかった・・・

避けていたのは、私のほうだった

それが彼女を更に傷つけて
追い詰めて



「・・・だめだなぁ・・・」


352 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/05/09(火) 03:15



ビルの合間にある、小さな公園
古ぼけた木のベンチに腰を下ろす

涼しげな風がシャツを揺らした
もう夏も終わり。
寒い季節がくるんだね・・・
彼女に会って、もうすぐ半年
だけど、彼女に会わなくなって4ヶ月


どこで何してるんだろう・・・

違う仕事してるのかな

元気で居るのかな・・・


「グスッ・・・グスッ・・・最近、泣いて、グスッ ばっか・・・」

仕事中だって涙が出る時がある
美貴ちゃんには恋をしてるからだと言われた

その通りみたいだよぉ・・・


彼女を思い出して、泣いて・・・


前に、会議室で置き去りにされた時の
あの背中が
何度と夢に出てきただろう

笑顔で私のほほを撫でて
寂しげに笑いながら、背を向けて去っていく





ねぇ・・・

ねぇ・・・



会いたいよ





今どこで、何をしてるのか


お願いだよ


名前を呼んで・・・



353 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/05/09(火) 03:16





「どうしたの?」


私の頭上から声が降ってきた
バッと顔を上げると

黒い帽子に黒いTシャツ、短めのサロンを巻いたかわいらしい女の子が立っていた

「あ、グスッ、いえ、グスッ」
「どこか、悪い?」

長い髪一つくくりにしてキャップの中に入れた
どこかの、店員さん・・・?

「グスッ、すいま、せん」

「あー、わかった」

彼女は何が分かったのだろう
ははーんなんて言いながら人差し指をぴんと立てた


354 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/05/09(火) 03:16



「恋してるんでしょ!」



  ズキンッ


ずばり言い当てられて、何も言い返せなかった

そうなんだね・・・初対面のあなたが見ても
私は恋をしてると、バレちゃうんだ

「うう、ううううぇぇぇぇ」
「ああ、あ、ご、ごめん!」
「うぇぇえぇぇぇぇ」
「ごめんってば!泣きやんでよー!」

「ううぅ、グスッ、グスッ、うううっ、ううぐっ」

355 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/05/09(火) 03:17




「参ったな・・・ちょっと待ってて」


彼女はテケテケと走って
少し離れたところに停めてあったワゴン車に向かった


「グスッ、グスッ・・・うっ、ヒッ、ヒックッ」


・・・ランチ屋台・・・




しばらくして、彼女は両手に何かを持って戻ってきたころ
私はしゃくりあげていた息を抑えることが何とかできた

「はい!お詫び。泣かせちゃってごめん」

「あ、もう、大丈夫です、から」
「いいからいいから!飲んでよ」
「でも」
「はい!」
「じゃあお金」
「いらない、いらない。これ試作品だからさ」

グイッと差し出されたカップの中には
おいしそうなオレンジ色のスープだった

「かぼちゃと栗のポタージュ」
「じゃぁ・・・遠慮なく」
「うん。どうぞ」

彼女は私にそれを手渡すと、隣にちょこんと座り込んだ

「アタシも飲もうっと」
「んっ・・・おいし」
「ほんとだ、おいしいな」
「おいしいです」
「あいつも腕上げたなぁ」

「あいつ?」
「うん。一緒に働いてるもう一人の店員」

「二人でしてるんですか?」
「最初はアタシ一人だったんだけど、どうしてもって言われて」
「そう、なんだ・・・」


356 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/05/09(火) 03:17






「うん・・・それより、なんで泣いてたの?」
「・・・・・」

「恋・・・してるんでしょ」
「・・・はい・・・」

「その相手は?」
「職場の、後輩・・・でした・・・」

「でした?」
「急に、辞めて」

「理由は?」
「わから、ない・・・」


357 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/05/09(火) 03:17


口の中にほんのり広がるかぼちゃの甘みが徐々に消え始める
私は両手でカップを握って、またパタパタと涙を落としだした

「急に辞めただなんて・・・そいつもまた勝手だね」
「・・・でも、違うんです・・・私が原因なんです」

「どうして」
「私が、気持ちをきちんと伝えて、くれ、てるの、に」

「答えなかったから・・・?」
「う、ううぐっ」

「・・・・・それは、いけないね」
「うう、うぐっ・・・仕事、忙しっ・・・言って、言わな、かった・・・」

「逃げじゃん」
「ううううぐううう」

「・・・会えないの?」
「む、り・・・」

「どうして」
「携帯、も、解約、グスッ、家も越して」


「八方ふさがりってやつか・・・」


358 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/05/09(火) 03:18

車の行きかう音が遠くで聞こえる
ランチタイムも終わったこの公園には人気はまばらで
私たち以外、目立つ人は居ない



「待ってみたら・・・?」
「・・・・・」

「アタシの友達でさ・・・結構待ったヤツ知ってるよ」
「え・・・」

「じっと待つ・・・自分のすべきことをしてる間に、なんとかなるもんだよ」
「う、ううっ・・・グスッ」

「その待ったヤツはさ、待って飛び出したはいいけど
 ノコノコ出戻りで尻尾巻いて逃げてきて、今一緒に働いてるけど」

あははーと空に向かって笑った彼女
それでもたぶん、その人に呆れながらもずっとそばに居ようって思ったんだと思う
じゃなければ、そんな素敵な笑顔は見せられないだろうから

「あなたも一人じゃないでしょ?」
「はい・・・」
「うん。アタシとも今日出会ったんだし・・・出会いは毎日転がってるもんだよ」
「うん・・・」

「ああ、その焦がれてる人をあきらめろとかそういうんじゃないよ?」
「え!?」
「いやーほらー」
「・・・フフッ、ハハッ!」
「あははっ!」

照れながら頭をかく彼女

「うわっ!客来てるじゃん。じゃあね!それ飲んでね!」
「あ、ありがとう!!」



今日初めて会った彼女と
これを作ってくれたワゴンの中のもう一人に感謝した



ほんのり甘くて、秋の予感をさせる優しい味

作ったのは女性だろうか
とても繊細な味で、心が温かくなった


ありがとう・・・



359 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/05/09(火) 03:18





360 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/05/09(火) 03:20


カップの中をすべて飲み終わるころには涙も止まっていた
スカートに作っていた染みも、いつの間にか乾いてた

ワゴンのあの彼女にお礼言いに行こう・・・



ゆっくり立ち上がってワゴンのほうに向かう
閉める準備をしているのか、外に出していた看板を中に閉まっている

 コツコツコツッ


「すいませーん」
「はいはーい」

ワゴン車からひょっこり顔を出したさっきの彼女

「あ、元気になった?」
「はい!おかげさまで、ありがとうございました」
「いいのいいの!女の子がさ
 おいしいもの食べて、幸せそうな顔を見るのがアタシの夢だから」

この人も、同じ思いなんだ・・・

「またいつでも食べに来てよ」
「あ、はい」
「大体毎日ここでしてるからさ」

「外回りの日があれば、来ますね」
「あと、サボりとね」

「フフフッ」
「あははっ!」

「じゃぁ、いきますね」
「うん!また来てねーー!」


私は笑顔で手を振る彼女にぺこりと頭を下げ
もと来た道を戻った

361 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/05/09(火) 03:20

少しだけ、足取りも軽くなった気がする
同じ思いを持った、違う畑の女の子

今日だって、出会いがあったじゃない

忘れるわけじゃない
だけど待ち続けると言って、立ち止まっててもいけない

あなたを胸に、歩き出さなきゃ



  ♪♪♪♪

ワゴンを背に歩き出すと、かばんの中で携帯が鳴った
表示を見ると会社からだ


  Pi


「はい」
『あー。梨華ちゃん?』
「美貴ちゃん、どうしたの?」
『今どこ?』
「えっと、この間回った会社のビルの近く」
『今さ、そのときの資料持ってる?』
「どうしたの?」
『なんか、データの中の数字とこっちのコピーとの数字合わなくってさぁ』
「ちょっと待ってね」

私は肩と耳で携帯をはさんでしゃがみこみ
かばんの中から資料を探し出した

『打ち間違いだったらいいんだけどさぁ』
「んーと、何枚目?」
『えっとね・・・5枚目のね・・・』

私は美貴ちゃんと取引先の見積書を訂正していく

こうやって、彼女の残した大きな功績は
どんどんと形になって現れる
彼女の頭からはじき出されたレセプションパーティの影響は
本当に会社に貢献している

当の本人はいないけれど・・・


『おっけー、分かった!さんきゅね!』
「ううん、私ももうすぐ戻るよ」
『ハーイ』

  Pi

「・・・ふぅ・・・」

362 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/05/09(火) 03:24


秋を知らせる風が後ろからふんわりと髪を揺らした

どこからか、『華』が香ってくる


ほら、ここにも自分達の香水を愛してくれる人がいるんだもの
どこの誰かなんて分からないけれど・・・

さっき会った彼女だって同じ



私には夢がある
一人の女性が、一人でも多く輝けるために
がんばるんだ


私は書類を片付け、立ち上がった


363 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/05/09(火) 03:25

「・・・よしっ!!」



かばんを持ち、大きく伸びをして一歩踏み出す
いつもより快活な足取りで

風がまた『華』を連れて来た
私のシャツを広げて、髪を揺らす
片手で髪を押さえながら空を見上げた



・・・うん・・・



うん!



夢を叶えるとき
多分また
彼女に会える気がするの

夢を叶えるために
動き出せば
彼女の笑顔が見れる


そんな気が






364 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/05/09(火) 03:25










「まいちーーーーん!!」











私の足がピタッと止まる









「よっすぃー、おつかれー」






この声は、さっきの屋台の彼女・・・?






「看板って3枚だけで良かった?」






この声・・・





ゆっくりと振り返る





365 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/05/09(火) 03:26


私の右手のほうから、両腕に小さな黒板調の看板を抱えて
ちょっと辛そうに歩いてくる



すっかり白さを失っていた焼けた肌




帽子からはみ出た前髪




あの女性ががそばに近づいて、看板を受け取る






「おつかれ!あとはアタシするよ」

「サンキュ!あっつ・・・」




帽子を脱いで腕で汗を拭う

そして、彼女は私の方を向いた


366 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/05/09(火) 03:26




「よ、しざ・・・」



だけどその視線は、私を通り越し
どこか遠くを見つめている
あのパーティのときに見た、口を真一文字に閉じて・・・

彼女の視線を追うととあるビルの頂上にたどり着いた






 ― アナタ、咲きほこる  『華』 YOU ―






20周年記念に、うちの会社は
過去のポスターも街中にまた貼り出した

彼女の視線の先には
私が涙を流してそっと笑う、あの写真があった

また顔を戻すと



「フッ・・・」


あなたは、そっと笑った

変わらない、柔らかな笑顔


367 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/05/09(火) 03:27


あのスープが優しい味をしてたのは
あなたが作ったからなんだね・・・

私はこみ上げてくるものを抑えきれずに
また零した


  ポタッ ポタッ



「よし、ざ・・・」




すべてがゆっくりに見えるのは



私が全部をこの目に、焼き付けたいから
頭が、あなたを一コマも逃さないように

滲んでぼやけているけれど
あなたを見逃さないように




「よし・・・吉澤さん・・・」




彼女はゆっくりと地上に目を戻す


私だけじゃなく
あなたの視界に、私がやっと映りこんだ



368 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/05/09(火) 03:27


「・・・・・」


すぅぅっと何かを吸い込むようにうっすらと唇が開く



 ビュゥゥゥウウウッ


彼女の後ろから吹き込んだ、急な風が
私の目を細めさせた



 バサッ!  コンッ コロコロッ



「あっ!」



 コロコロッ  コロッ 


被っていた黒のキャップが
風と戯れるように、地面を転がり

私の足元で止まった


ゆっくりとしゃがみこんでつばを摘むと
そっと拾い上げた

369 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/05/09(火) 03:27







   カツッ  カツッ  カツッ  カツッ






彼女がうっすらと口を開く





   カツッ  カツッ  カツッ  カツッ





私は

吸い込まれるように、彼女に近寄る





   カツッ  カツッ  カツンッ







  ビュゥウウウウウウ   ザワザワザワッ







370 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/05/09(火) 03:28





足が、止まった
あなたと、間をあけて

それ以上、近づけない


見詰め合ったまま

動けない




371 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/05/09(火) 03:29



「よっすぃー?」

いつのまにかワゴンから出てきた彼女は
吉澤さんの後ろから声を掛けた

何か異変に気づいて、私と、肩越しに吉澤さんを交互に見つめる

彼女は私を見て、あぁっ、と息を漏らした

「今日、あたし買い付け行くから、よっすぃー歩きね」
「え!?なん、で」

彼女は慌てて振り向く
まいちんと呼ばれる彼女は、私の方をじっと見つめて
ゆっくり目を閉じふぅと息を吐く
何か諦めに似た、そんな顔つきで。

またゆっくりと目を開くと、吉澤さんににじり寄った




「分かってんでしょ?」



「・・・・・」




吉澤さんは、どこか気まずそうに俯く
そんな彼女の肩越しから、私に声を掛けた

「ねぇ、お姉さん」

「ふ、ふぁい?」

突然話しかけられて、返事をした自分の声で
泣いてる事に、初めて気がついた


彼女は、少し首を傾けて
にこりと笑った


 パンッ!

彼女は手をぱちんと叩く。
吉澤さんは体を震わせて、俯いてた顔を上げた


「さーーって、帰ろうっと!」


頭に両手を乗せて、くるっと振り返りワゴンに乗り込む
空気を切り替えてくれたんだ・・・


372 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/05/09(火) 03:31


「ジャケットと鞄!」

彼女は吉澤さんにジャケットとリュックを放り投げ
ワゴン車の運転席に乗り込んだ


  バンッ ブロロロロッ


「明日休んでもいいからねーーー!」


運転席から手を振って、車は行ってしまった










二人の間は、以前のように近くはない

これがお互いの心の距離だと言うのように






「あ・・・の・・・」

「・・・座ろ、う、か・・・」


私はいつの間にか、たった数文字しか声に出せないほど
涙を流していた



373 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/05/09(火) 03:31






374 名前:Rink 投稿日:2006/05/09(火) 03:32
更新終了です
375 名前:Rink 投稿日:2006/05/09(火) 03:32
レスポンス


名無飼育さん様
>大丈夫、誰もそんなこと思ってませんから(汗
かぶせツッコミありがとうございますw

>オレンヂ様
魂戻してくださいw

「あぎちゃびよい」は「びっくりした!」
って意味らしいですw

>愛虎様
(0;^〜^)<えへ、えへへ
(;^▽^)<笑って済ますなぁ!

>7紙様
( ^▽^)<ティッシュ箱買いでお願いします

>カナリヤ様
( T▽T)<えへ、えへへ(自嘲

>名無飼育さん様
でも、そんな恋はとても辛いですよね
石川さんがそうだったように

>名無飼育さん様
(0^〜^)<呼ばれて飛び出てじゃじゃじry
ヒットだなんて、そんなそんな照
ありがとうございます

>名無し飼育様
( ^▽^)<お薬出しますねー
ついでにティッシュもどうぞ

>名無し飼育さん様
ありがとうございます
こんな感じになりましたが、胃痛は治まりましたでしょうか

>マル様
今回のテーマの中にもある『働く女性』に
共感を持っていただき本当にうれしく思います
両立って中々難しいですよね。
石川さんにはその葛藤の真っ只中に立っていただきたく
こんな感じになりました
現実は・・・まぁ、どうでしょうかw

>名無飼育さん様
ありがとうございます。情景を描くのがとても苦手なんですが
そういっていただけると本当にうれしいです
私も、中澤さんのような上司にめぐり合いたいですw
実際のドラマのような映像が浮かんできます。
私としては中澤さんのようなデキる上司が欲しいっす。
376 名前:Rink 投稿日:2006/05/09(火) 03:33
今回の更新は>>344-373 です

皆様、胃痛などを煩わせてしまい、申し訳ありませんw
( ^▽^)<お薬出しまぁっす!先生、お願いします!
(0^〜^)<私が、ブラックチャックだ

またしばらく間空けますです。
377 名前:7紙 投稿日:2006/05/09(火) 06:58
更新お疲れ様です。
今回のティッシュは別の意味でいりますね。

こんな身近にいたなんて。あえて、良かったです。


胃痛ですか?
胃痛は、睡眠がいいみたいですよ。ゆっくり休んで早く治してくださいね
378 名前:& ◆nUAf8iFlPs 投稿日:2006/05/09(火) 11:32
更新お疲れ様です。
おぉぉー!おぉぉぉー!!!と叫びながら魂が戻ってきましたw
でも相変わらず続きが気になってしょうがありません!
次の更新まで読み返しながら楽しみにお待ちしております。

「あぎちゃびよい」は沖縄の方言でしたっけ・・・?
ガレッジセールがテレビで言ってたのが記憶に残っていたような気がします。
379 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/05/09(火) 19:04
胃薬いただきます。
というか今回の更新が胃薬がわりになりました!

これからうまくいってくれるといいんですが…

次回も楽しみにしてます!
380 名前:マル 投稿日:2006/05/09(火) 19:27
更新お疲れ様です。
仕事との両立はやはり難しいですね。
私は仕事や自分のやりたいことばかりに傾いてきてしまっててw
なので、石川さんがこれからどうなるのかが楽しみです
381 名前:名無し飼育さん 投稿日:2006/05/10(水) 00:37
更新お疲れ様です。
胃痛はおさまりました!
今回の更新を読んで朦朧としていた意識がもどりました(汗
382 名前:カナリヤ 投稿日:2006/05/12(金) 21:38
優しい味、新しい出会いで少し前向きになれた梨華ちゃん。
そんなところでもどこか繋がっている二人の想いが重なりあう事を願いつつ、
次回更新を楽しみに待ってます。
383 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/05/25(木) 00:30
待ってます
384 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/05/28(日) 01:50






385 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/05/28(日) 01:51





ピッ  ガタタンッ ゴロンッ





すっかり誰も居なくなった、オフィスパークのベンチで
私は隣を空け、浅く腰を掛ける

彼女のバッグとジャケットが隣に置かれているけれど
当の本人は居なくって・・・
私の視線は行き場に困り、彼女の抜け殻だけをじっと見つめていた


  タンッ タンッ タンッ


自分のつま先に視線を落とす
少し汚れたヒール

昔先輩が、靴だけはいいものを履けって教えてくれた

気分が暗くなったとき、足元を見たら
素敵な靴が目に入れば、いいところに連れて行ってくれそうでしょ?
って・・・

なのに、私の靴は


  タンッ タンッ タンッ


時間が止まっていたのは、自分の中だけ
周りは確実に動いてたんだ

もしかすると、自分の中も動いていたけど
気づかない振りをしていたのかもしれない
だって・・・

386 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/05/28(日) 01:51


  タンッ タンッ



「・・・これ・・・」


顔を上げると、吉澤さんが立ってた
ミルクティーの缶を差し出してくれる
もう一つの手には、ブラックのコーヒー


ほら・・・ね・・・



吉澤さんが荷物をよけて隣に座る
そこにも生まれてる、隙間、隔たり・・・


  カキンッ プシュッ


ざわざわと音を立てて、葉が揺れる
風が吹くたびに、髪が流れていく



長い 長い沈黙




387 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/05/28(日) 01:55



「・・・・・もう、限界で・・・」


違うよ


「・・・普通に、出来なくて・・・」


違う、そうじゃない・・・


「いつか・・・おかしくなりそうだったから」


そんなことを、聞きたいんじゃない


「だから・・・自分勝手だって、分かってるけど・・・」








「逃げました」




388 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/05/28(日) 01:55


ざわざわと音を立てるのは、風に揺れた木々じゃない

私の胸の中が
あなたの言葉に、掻き乱される




「あなたの・・・」




私の・・・





「ことが」






事、が




389 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/05/28(日) 01:55



聞きたくない

聞きたくない


告げる前に ずるいよ

ずるいよ


傷つかないようにするだなんて
ずるいよ



でも、それは
自分が蒔いた種だから

傷つくことは、必然だから

あなたを傷つけていた
罰だから



まだ私は、この期に及んで私は
あなたを憎んでる
悔しがってる 羨んでる

私が
自分勝手な私が
あなただけを悪者にしようと



本当にずるいのは 私なのに
本当に悪いのは 私

390 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/05/28(日) 01:56

あなたが次に出す言葉を予測して
防御線を張ってる自分が
心底嫌になった

好きで、好きすぎて
動き出せなくなるくらい、好きで
何よりも欲してたあなたの言葉を

今度は拒絶をするだなんて



 『 答えをすぐにくれないあなたに、嫌気がさしたから・・・ 』



そう言われるんだろう、って・・・

私のことなんて呆れて
そんなやつのそばで、仕事なんてしたくない
そう言われることが、怖くて、怖くて


391 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/05/28(日) 01:56





前から迫りくる、あなたの鋭い瞳から逃げたけれど
後ろは断崖絶壁で
逃げ場を失った私は

あなたに刃向かいながら


自ら、命を絶つ



392 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/05/28(日) 01:57



  『 逃げるだなんて 卑怯者 』



その言葉を



  『 尻尾巻いて、仕事投げ出して 何考えてるのよ 』


  『 弱虫 』




    ドッチガ卑怯者ナノヨ


    私ノホウガ 弱虫ナンジャナイ




393 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/05/28(日) 01:57










394 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/05/28(日) 01:58



  すぅぅっ 





「・・・逃げ」

「大きく、なりすぎて」






「・・・え?」



息を吸い込んで、すべてを終わらせるための
私の言葉を遮るように、あなたは続けた



395 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/05/28(日) 01:58






「・・・好き、だから・・・」





一度も見つめられなかった
あなたの顔を見ると


静かに、涙をこぼしていた


396 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/05/28(日) 01:59


私に向けられていたのは
私を切り裂く、鋭いナイフなんかじゃなくて





「今でも・・・ずっと・・・好き、だから・・・」




私を、世界で一番
やさしく包んでくれる
そんな予感さえする、純粋な心だった


397 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/05/28(日) 01:59






「逃げ出して・・・・・・ごめんなさい・・・・・」






398 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/05/28(日) 01:59




あなたは今でも

たとえどんなに遠くに居ても

私が見える位置にずっと居てくれた

きっと毎日のように
“あれ”を見上げてくれていたんだろう


399 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/05/28(日) 02:00



この世界のどこかに神様が居るなら

私を許してくれるでしょうか

悔い改めれば
神は許しをくれるというけれど


私を、許してくれるでしょうか



私が言う、都合のいい神様
その使いの天使は、多分目の前に居る・・・



400 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/05/28(日) 02:00




お願い・・・
何でもするから


もう責めたりしない
間違えたりしない

何でもするから


だから




401 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/05/28(日) 02:00






402 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/05/28(日) 02:01





「・・・・・っぐっ・・・ぐすっ・・・・・えって、き・・・」
「・・・・・グズッ・・・え・・・?」

「か、って、グスッ、な、さいよぉ・・・」
「・・・え?」


私は涙で声にならない声を
必死で振り絞った



403 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/05/28(日) 02:01


「帰って、き、なさいよぉ!!!」



  カンッ!カランッ! ゴトンッ  コポコポコポッ


彼女が缶を落としたのは驚いたからじゃない

私が、あなたの胸に飛び込んだから

私を抱きしめるために
あなたの腕は
私を抱きしめるために空けてくれてたから

私は飛び込めた


会わない時間があったとしても
いつでも、こうやって抱きしめたいって
彼女がずっと思っててくれたから


だから、私は飛び込めた



404 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/05/28(日) 02:02


「どうし、て、居なくなるのよぉ!!」
「・・・・・」

「どう、して、とつ、ぜ、行っちゃ、う、のよぉ!!」





「どうして、どうしてよぉ!!!」






今までの感情が一気にあふれ出す
言いたくても言えなかった言葉
言いたくない事まで
堰を切ったように溢れ出す

流れる涙なんて関係ない
しゃべれなくなってる事なんてどうでもいい

あなたにしがみついて
みっともなくなってる事も


405 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/05/28(日) 02:03


「どう、して・・・っぐぅ」

「石川、さん・・・」

ずっと求めていた、あなたが私を呼ぶ声


「石川さん・・・」

あなたがきつく抱きしめてくれてる


「戻っ、て、来てよぉ・・・」
「石川、さん・・・」


   ギュウッ


もう、何も隠さない
本物を見つけたから

言うことがかっこ悪いんじゃないもの

本当に大切なものを、失くさないためなら
なりふりなんて構わずに
つなぎとめることが

素直に、なることが




「どこにも、行かないで・・・」

あなたの胸に、私の涙が吸い込まれていく
今まで憎んでいたことも
恨んでいた気持ちも
全部、浄化されていく

あなたを逃さないように、ぎゅっと抱きしめる

406 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/05/28(日) 02:03


「ずっと居て・・・」
「・・・いし、か・・・」

「離れ、たく、ないよぉ」

あなたも、痛いくらいに抱きしめてくれる

「傍に、居て・・・」

すうっと息を吸い込む音がする





「吉澤、さんのこと、好きだから」



呼吸が止まる



「・・・吉澤さん、無しじゃ、生きてけない」







「戻って、来てよぉぉ!!!」



407 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/05/28(日) 02:04



私はひたすら泣き続けた

あなたを失って
ずっと探し続けて
やっと見つけた


もう二度と、手放さないように
必死にしがみつきながら

ずっと泣いた


408 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/05/28(日) 02:04









409 名前:Rink 投稿日:2006/05/28(日) 02:07
更新終了です
410 名前:Rink 投稿日:2006/05/28(日) 02:08
レスポンス

>7紙様
別の意味ですかw
中々一筋縄ではいかないです・・・か?
続きをお楽しみに

>オレンヂ様
ありがとうございます
またまた続きを気にしてくださいませ

「あぎちゃびよい」はオレンヂ様の言うように
沖縄の方言らしいです
確かに記憶に残る言葉ですね

>名無飼育さん様
>>これからうまくいってくれるといいんですが…
さぁー!?wどうでしょうか

>マル様
石川さんには・・・w
今後どうなることやらです

>名無し飼育さん様
意識ウェルカムです
よかったです。

>カナリヤ様
ありがとうございます
しかし一筋縄には・・・?w

>名無飼育さん様
お待たせしました。ありがとうございます
411 名前:Rink 投稿日:2006/05/28(日) 02:09
今回の更新は>>384-408です

長らくお待たせいたしました
これからはコンスタントに更新できるように
頑張らせていただきます。
よろしくお願いします

さて、果たして二人の行く末は・・・

( T▽T)<うぇぇぇぇん!
(0;^〜^)<あ、うう・・・
412 名前:7紙 投稿日:2006/05/28(日) 03:11
更新お疲れ様です。
石川さん 心の中の本音言えましたね。

なんかほっとしましたね。 あ〜でもこれからどうなるんだろう
吉澤さんの行動が気になります。



413 名前:774改 投稿日:2006/05/28(日) 10:20
作者様 泣きそうです・・・
そしてヤッパリ面白いです。
何より続きが気になりすぎます
更新お疲れ様でした次回も楽しみにしてます
414 名前:カナリヤ 投稿日:2006/05/28(日) 13:00
更新待ってました♪
やっとこさ胸のつっかえが取れたと思ったのに
なんですかその気になるコメントは!!w

‥‥あ、思い出しちゃった。( ̄▽ ̄;)

思い当たった事がそうなら梨華ちゃんどうすんだろう?
よっちゃんもこの後、どうするのかも含めて次の展開も
楽しみにしています!
415 名前:愛虎 投稿日:2006/05/28(日) 16:43
更新お疲れ様です。
石川さんはやっと自分の気持ちを曝け出す事が出来て良かったです
あとは、吉澤さん次第ですね。
次回、楽しみにしてます。
416 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/05/28(日) 20:13
作者殿、おつかれさまです!!
待ち続けたかいがありました。
次回も楽しみにしております☆
417 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/05/28(日) 23:17









418 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/05/28(日) 23:18




  カンッ  コロンッ


足元に転がるコーヒーの缶と
ちょっと凹んだミルクティーの缶が風に揺れてぶつかる

どれぐらいこうしてるのか

身体が少し寒さを感じて
日が暮れたことに、やっと気づいた


419 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/05/28(日) 23:18


「石川さん・・・」


「・・・な、に・・・?」






「ありがとう、ございます」




なんで、こんなときに・・・?
不安がよぎった

420 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/05/28(日) 23:18



「でも・・・」






「・・・だめ、ですよ・・・」




今、なんて



「出来ない・・・」



どう、して・・・



「元には」




「戻れません・・・」


421 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/05/28(日) 23:19


  グイッ ガバッ!


「どうしてよ!!」

私は彼女から身体を引き離した
だけど腕を掴んだまま。

離しちゃ、いけないって
またどっかいっちゃうって

そう思ったから

422 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/05/28(日) 23:19

「今の私には、なにも、ありませんから・・・」
「何もって・・・」

「戻る、場所や・・・帰る場所は・・・ありませんから」
「どう、いうこと」

「・・・そういう、事です・・・」


彼女は私の腕をゆっくりと下ろす


「いまさら、ノコノコ、帰れません・・・」


私の腕から、離れていく

あれほどしがみついていた腕を
いとも簡単に、ほどいていく



「ごめんなさい・・・」


423 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/05/28(日) 23:19



吉澤さんはゆっくりと立ち上がって
私の前に立つ






「・・・ありがとう、ございました」



424 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/05/28(日) 23:19



その動作は何一つ無駄なく
空気の合間を縫うように

あなたの右腕がそっと上がる




「・・・ありがとう・・・」



柔らかに、そして寂しそうに笑って
私の頬を撫でた


425 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/05/28(日) 23:20



夢で見た 情景



この後あなたは そっと笑ったまま
背を向けて歩いていくんだ

目の前のドアから
私だけを置いて

去っていく


426 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/05/28(日) 23:20



  カンッ  コンコロコロコロッ・・・



彼女のつま先が、空になったコーヒー缶を引っかいていく
それでも足を止めることなく

歩いていく


427 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/05/28(日) 23:20



  タンッ  タンッ  タンッ




「・・・まっ・・・」



どうして、またそうやって・・・





  タンッ  タンッ  タンッ






彼女の背中が徐々に小さくなって


428 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/05/28(日) 23:21



  ギリリッ


心が軋む
奥歯をかみ締めて
震える足を押さえて、立ち上がろうとするけれど
追いかけたい気持ちはあるのに

臆病者の私は・・・


429 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/05/28(日) 23:21


  タンッ  タンッ 






何とか立ち上がった私を止めるように
彼女は振り向いた


「よしざ・・・」





彼女はしゃんと姿勢を正して、私を向き合う


430 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/05/28(日) 23:21










431 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/05/28(日) 23:22




   吉澤ひとみです!よろしくお願いします!



   憧れです!!



   あはぁ〜♪



   えへへ〜、撫でられちゃった♪





   一目惚れです







   『出来る』『出来ない』では判断はしません。

   『する』か『しない』か、私たちは全てそれで判断します








   いつも、石川さんが言ってくれてる言葉を・・・ちょっと、借りました




432 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/05/28(日) 23:22




「・・・ひとみ」






  ビュウウゥゥゥゥ





433 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/05/28(日) 23:22




   嫌なんだよ!!!







   石川さんの、こと・・・好き、だから・・・










   ・・・普通に、出来なくて・・・



   いつか・・・おかしくなりそうだったから



   だから・・・自分勝手だって、分かってるけど・・・






   ・・・好き、だから・・・





   今でも・・・ずっと・・・好き、だから・・・





434 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/05/28(日) 23:23



彼女はまっすぐ私を見て



頭を下げた



435 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/05/28(日) 23:23





あなたは 去る




もう 会えない

二度と、奇跡は起こらない





もう 二度と声は聞けない





私の心は


二度と溶け出すことはない




436 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/05/28(日) 23:24


どうして

どうして思い出すのよ

どうして過去のこと、思い出すのよ
こんな時に思い出すのよ




もう 会えないって

何処かで分かってるから・・・?




437 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/05/28(日) 23:24





   ほら、大切なものは目に見えないものだって書いてたし







438 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/05/28(日) 23:26


彼女は下げていた頭を元に戻し
じっと私を見つめた



  嫌



行こうとしたあなたが
一瞬 私の後ろにある

あの看板に目線をやったのを
私は見逃さなかった



  うそつき


  
439 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/05/28(日) 23:26








440 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/05/28(日) 23:26


ホントは、行きたくないくせに

意地張ってるだけって

戻りたいって、思ってるくせに


手放したくなんかない



うそつき


アタシも アナタも



441 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/05/28(日) 23:26











442 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/05/28(日) 23:27



  ギュウウッ  カツッ カツッ カッ カッ カッ





私はベンチに置いていたかばんを握り締め
動き出した足を速めた


あなたが言ってくれた言葉
『大切なものは目に見えない』

私の中で大切なもの

前に彼に言われた言葉を思い出した
うんといい顔してるのは恋をしてる証拠なのか?って
今ならYESって言える
443 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/05/28(日) 23:27


   カッ カッ カッ カッ カッ カッ


それはあなたが居るから

今なら何も怖くない

絶対 逃したくない


444 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/05/28(日) 23:27



  カツッ カツッ カツッ カツッ カカッ!



だから  だから



445 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/05/28(日) 23:27


  ギュウッ!!



「待ちなさいよ!!」
「!?」

446 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/05/28(日) 23:28







447 名前:Rink 投稿日:2006/05/28(日) 23:30
更新終了です

そして前回の更新でまた抜けが・・・
本当に申し訳ありません

>>366-367の間に下記が入ります


─  ─  ─  ─  ─  ─  ─  ─  ─  ─



「・・・すいません」





苦しみにも似た声が、彼女から紡ぎだされた




「どう、して・・・」

「・・・辛かったんです」



私が投げた疑問は、違う意味に捉えられる
そんなことを聞きたいんじゃない
あなたを責めてるんじゃないの

でもそれは伝わらず、あなたは淡々と言葉を続けた




─  ─  ─  ─  ─  ─  ─  ─  ─  ─


448 名前:Rink 投稿日:2006/05/28(日) 23:34
レスポンス

>7紙様
言えましたねぇ
やっと言わせることが出来ました
しかし吉澤さんは・・・まぁ、もう・・・
作者もどうなるか気になります

>774改様
( ^▽^)ノ◇<ハンケチどぞー
ありがとうございます。何枚でも配給してくれるそうですw

>カナリヤ様
>>‥‥あ、思い出しちゃった。( ̄▽ ̄;)
何を思い出されたのか、作者はそっちが気になりますw
波乱万丈で行こうかどうしようか迷い中です

>愛虎様
さらけ出したと思ったら、もう一方はって感じですねw
まだまだ出さない気配ですが気長に待ってやってください

>名無飼育さん様
ありがとうございます。
よろしくお願いします
449 名前:Rink 投稿日:2006/05/28(日) 23:36
今回の更新は>>417-446です

今日は更新しないでおこうと思ったんですが
どうしてもここまでのほうが
次回更新のことを考えるとキリがよく
また微妙な位置でストップで申し訳ないです汗

( ^▽^)この人に暴走して欲しいと願う作者であります

450 名前:オレンヂ 投稿日:2006/05/28(日) 23:45
出遅れた!しくった、すっかりしくった・・・
更新お疲れさまです
ワクワクドキドキしながらお待ちしておりました
そしてまたまた続きが楽しみでなりませ〜ん
どうせなら( ^▽^)この方、地の果てくらいまで暴走してくれませんかねw
451 名前:カナリヤ 投稿日:2006/05/29(月) 00:16
わ〜い、連日更新だ♪

>何を思い出されたのか、作者はそっちが気になりますw
ひょっとしたら中澤さんが会議でしてくれたというあの話が
絡んでくるのかな…って思っただけなんです。w 

もうこうなったら( ^▽^)の暴走に期待しています!!(笑)
452 名前:名無し飼育さん 投稿日:2006/05/29(月) 18:44
連日更新お疲れ様です。出遅れましたorz
( ^▽^)←この人の暴走に期待してますね!
ドキドキしながら次回更新も正座をしてお待ちしております。
453 名前:愛虎 投稿日:2006/05/30(火) 22:17
更新お疲れ様です。

石川さん、がんばって!!
454 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/06/01(木) 23:07
わぁぉ!!更新されてる!!
続き気になりますね☆
455 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/06/02(金) 01:44
はぁ、上げんなよ…。
456 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/06/11(日) 09:54
続きお待ちしております!!

CDでーたの「Hello!ヨッスィー」の第68回を見て…
>>182あたりを思い出しちゃいました(笑)
457 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/06/16(金) 00:35








458 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/06/16(金) 00:37




二度と離したりしない

一人になりたくない

だから



だから





  ギュウッ!!



「待ちなさいよ!!」
「!?」


やっと追いついた私は
後ろから彼女の左手を捕まえて握り締めた

ギッと睨みつける私を驚いた顔で見つめる
まさか呼ばれるだなんて思ってなかったのか
あの大きな瞳から零れる涙を拭くことさえ出来ず

彼女は私を見つめてる


459 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/06/16(金) 00:37


「一人になんか、させない・・・」




「石川さん・・・」




「一人になりたくない!!」

460 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/06/16(金) 00:38

私は彼女の手をグイッと引っ張って
スタスタと歩き出した
自分でも混乱してるのに、身体は正直に
目指す場所に向かって歩いてる



  カツッカツッカツッカツッ タタッ タンッタッ


「ちょ、ちょっと、どこ、行くんですか」
「うるさい!」

嫌がる彼女の手を握って、スタスタと歩く
まるで人が居ればなぎ倒しそうな勢いで

  カツッ!カツッ!カツッ!カツッ! タンッ タンッ タンッ

「離して、下さい!」
「嫌よ!!」
「石川さん!!ちょ、ど、どこ行くんですか!」


  カツッカツッ カカッ!  バッ!


振り返った私の顔を見て、彼女は一瞬たじろいだ
そりゃそうだよ
だって今までこんな顔誰にも見せた事ないもの
泣きながら、怒って、悲しんで、悔しくて

461 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/06/16(金) 00:38


私は彼女の手を強く握り締めたまま地面に鞄を置き
しゃがみ込んだ

「どこ・・・どこ行ったのぉ・・・」
「な・・・何してるんですか」

頭の上から彼女が不安な声で聞いたけれど
こんな時に構ってられない

「何か・・・探し物ですか?落し物でも、しました・・・?」

こんな時でも、冷静で
人の心配をする彼女の事にまた悔しくなって
目当ての物が中々見つからない事で更にイライラが募る

「両手で、探せば」
「五月蝿い!!」

「ご、ごめんなさい・・・」


「手、離したら、どっか行っちゃうじゃん・・・んもう!!」



「・・・・・」


大人しくなった彼女


握られるまま、されるがままだった手は
優しく握り返されていた事に
私はこのとき気づいてなかった

462 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/06/16(金) 00:40

「あった!・・・えっと・・・」


立ち上がった私を不思議そうに見つめる

中々見当たらなかった携帯を探し出してリダイヤルボタンを操作する



携帯を耳に当て、相手が出るまで
しばらくの沈黙が続く

463 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/06/16(金) 00:43




  ザァァァァァァ   ザワザワザワ





「・・・あ、の・・・石川さ」





  ギュゥ



「あ、もしもし、お疲れ様です」


  ビクッ


「はい、すいません・・・中澤さん、まだ会社に居ますか?」
「なか、ざ・・・」


  ギュウゥゥゥ


「い、ちょ、ちょっと!離して」
「ええ、はい、そうです。・・・はい、今から連れて行きます」
「石川さん!離してっ」
「ちょ、こら!な、中澤さん、ちょっとすいません。」
「離して下さい!!」
「犬!!じっとして!!」
「うっ!!」

「・・・まったく・・・あ、すいません・・・何で笑ってるんですか・・・」



「・・・え?はい・・・はい、分かりました・・・失礼します」


464 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/06/16(金) 00:45



  Pi  パタンッ



吉澤さんの手を繋いだまま、鞄の中に携帯を投げ込むと
ギュッと握り締めて、彼女の瞳を見つめた




「・・・いつまでも逃げてないで、帰って来い」


ぐっと何かを飲み込む音が聞こえた
吉澤さんは、自分でも分かってたんだろう



「・・・って、中澤さんが言ってた」


自分が逃げてるってこと

465 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/06/16(金) 00:46



「ねぇ・・・」





「・・・・・・」






「ねぇってば」




「・・・ぃ・・・」










「・・・帰ろ?」





  ギュッ




「・・・はい・・・」








466 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/06/16(金) 00:46
─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─
467 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/06/16(金) 00:47

日が落ちて、あたりが暗くなって
吹き抜ける風が冷たい

普通なら電車で帰るのを
ゆっくり歩きながら帰った

勿論手は繋いだまま


ぽつりぽつりと、彼女は数ヶ月間の事を話してくれた
468 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/06/16(金) 00:48

父親から勘当されたこと
跡を継がず、自分の道を進んだと思ったら、その会社を辞めたから


「勝手にしろ・・・他人だからって・・・」


だけど、お母さんは吉澤さんを応援してくれてるらしく
連絡もこまめにやり取りしてるみたい


「母には、頭が上がらないです・・・」


ランチ屋台の彼女とは、同級生でずっと吉澤さんの行動を
応援し、時に叱咤し合える人で


「彼女にも、頭が上がりません」


ずっと相談をしていたらしい
会社を辞めようと相談した時に
一緒に店をしようと持ちかけられたのだとか


「・・・でも、客商売は向きません」
「どうして?」
「営業スマイルが、出来ないですから・・・」


企業先の人相手でも、ニコニコ出来なかったんだから
確かにお客さん相手なんかじゃ、無理だろうね・・・
469 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/06/16(金) 00:49

「だから、料理メインでやってました・・・」
「料理できるの?」
「そうですね・・・かなり上達はしましたよ」
「うん、美味しかった」
「え?」

「スープ」
「あ、ああ・・・」


「また、作って」


  ギュッ


「・・・はい」



何かを確かめるように
そして、離したくないって気持ちで
自然と手を握る力が強くなる


指を絡めて、隙間を作らないようにして
今までの分を埋めるように


こんなに傍に居るのに
それでもまだ不安だなんて


470 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/06/16(金) 00:49






471 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/06/16(金) 00:50

「・・・はぁ・・・」
「何足止めてるのよ・・・行くよ?」
「どうしても、ですか・・・?」
「どうしてもよ!急にどっか行ったんだから」
「だけど、辞表は」
「うーるーさーい!犬!ほら、行くよ?」
「犬、犬ってぇ・・・」


社員通用口の前でグッタリとうな垂れる吉澤さんを
グイッと引っ張って中に入った

真っ暗になったエレベーターホールは
不気味なほどに静まり返ってる
472 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/06/16(金) 00:50

「なんだか、懐かしいですね・・・」
「そりゃ、そうだよ・・・」

地上がどんどん離れる外を見ながら
ポツリと呟く

ガラスに映った顔は、いつ見ても見惚れてしまうほど
まるで彫刻のようにキレイ
473 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/06/16(金) 00:50


  チーンッ  ウィィィン



「「・・・・・」」


「・・・行こ?」
「・・・・・どう、しても、ですか?」
「どうしても」
「はぁ・・・」


  ギュッ


「隣に居るから」



叱れるなら、一緒



  ギュッ


「・・・はい」


474 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/06/16(金) 00:51



   コツッ コツッ コツッ  タンッ タンッ タンッ



真っ暗になったフロアの一番奥だけ明かりが灯っている
中澤さんの席

まるで判決を下される被告人のような面持ちで
吉澤さんは前を見ず、私の手に引かれるまま
そこに近づいていく

475 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/06/16(金) 00:51


   コツッ コツッ タンッ タンッ タッ




「・・・ただいま、帰りました」
「・・・・・」

「よぉ、遅かったな」

「すいません」
「・・・ぃません・・」



中澤さんは私の顔など見ず、じっと鋭い目つきで吉澤さんを見つづける
その鋭さに気づいているのか、彼女も目を見ようとしない


476 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/06/16(金) 00:52


「・・・吉澤、顔上げぇ」



彼女の方を見ると
一瞬私の顔を怯える目をしながら見つめた


  ギュッ


大丈夫だよ




中澤さんと対峙する
何も話さない。
時計の音がはっきりと聞こえてくる
ぎゅっと繋いだ指先が細かに震えているのが分かった

477 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/06/16(金) 00:52


「・・・中澤さ」
「吉澤」


沈黙に耐えかねて、私は中澤さんに声をかけると
ソレを止めるかのように、口を開いた

まるで、お前は入ってくるなと言われているような
そんな鋭さを持って。


「・・・はい・・・」

478 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/06/16(金) 00:53


  ギィッ   パタンッ


中澤さんはデスクの引出しから
彼女が書いたであろう辞表と、数枚の紙を出した


「香港はどうや?」

「「・・・へっ!?」」

「香港支社のみんなは元気そうか?」


中澤さんの言葉の意図がつかめない
どうして、香港の話なんて
479 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/06/16(金) 00:53

「アンタが行ってから、もう4ヶ月経ってるなぁ」
「え・・・?」
「そろそろ仕事も詰めに入る頃やろ」

「・・・ぁ・・・」


吉澤さんは小さく息を漏らした
何に気づいたの・・・?


「この会社は、アジア進出を考えてるって話は石川も知ってるよな?」
「え、ええ・・・」
「その魁として、香港に支社を出して今マーケットを広げていこうとしてる」
「はい・・・」
「5月のレセプションから吉澤に香港に行ってもらって日本との連携を
 より円滑に、そして飛躍的に伸ばそうとしてた」
「・・・・・」


「その役を、吉澤に決めてた。」


「え・・・」


「各部の部長、全員一致でな」


思わず息を飲んだ
この会社の部長が、大役を入社一年目の吉澤さんに任せようとしていただなんて
彼女は、それほど実力を持っているってこと・・・



「やのに、何してんねん、こんなとこで」
「え・・・・・」
「日本に息抜きに帰ってきたんか?」


中澤さんの言葉の意図がまだつかめない
何を言おうとしてるの・・・?

480 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/06/16(金) 00:54


   スッ


中澤さんはデスクの上の辞表を手にとった


「アンタは」


語気が強くなる
ビリッと空気を裂くような痛いくらいの言葉


「この会社に!」


  ビリッ! ビリビリッ!!



細切れになっていく封筒
眉間に皺を寄せて、憎いもののように
中澤さんは破っていく


「必要やねん!!」



  ビリッ ビリッ   パラパラッ  



「分かるか!!?」


横目で、吉澤さんが顔を拭うのが見えた
私もいつの間にか前が滲んで、見えなくなっている



「帰ってこい!!」


481 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/06/16(金) 00:54



ねぇ、吉澤さん・・・


帰る場所が無いだなんて
そんなの思い込みだよ

いくら家族に縁を切られたからって

ココに居るじゃない

もう一つの、あなたの家族が
いるじゃない・・・


一人じゃないよ・・・



482 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/06/16(金) 00:56





483 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/06/16(金) 00:58


「2週間」
「「・・・え・・・?」」
「グスッ・・・はぁ・・・2週間」
「に、週間?」
「アンタが半年で仕上げてくるはずの仕事を」
「・・・・・」


「出来るか?」


小さくなった紙切れの下に置いてあった
数枚の書類

香港での彼女のすべき仕事
484 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/06/16(金) 00:58

「で、も・・・」
「出来るか?」
「・・・戻っても」

「聞かれてる事だけに答ぇ。出来るんか?」


吉澤さんは戸惑ってる。迷ってる。

辞めると決めた場所に戻って
そして大役を務めろと言われた事に。


「アンタを辞めさせたなんて思ってない。認めてない」
「でも」
「出来るんか?」

485 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/06/16(金) 00:58

「・・・ひとみ・・・」


  ギュッ


大丈夫だよ・・・
戻ってくるんじゃなくて
あなたは、ココに居るべきなんだよ


ねぇ 大丈夫だよ・・・?


486 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/06/16(金) 00:59

「・・・・・ます」


「・・・ん?」



中澤さんの言葉が柔らかくなった
涙を止めて、上司ではなく一人の女性として彼女を見つめる





「・・・し、ます・・・させて、くだ、さい」



487 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/06/16(金) 00:59
─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─
488 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/06/16(金) 01:00


夜はすっかり冷え込んできている
見慣れたこのビルの景色
今までモノクロームだったのに
彼女が隣に居るだけではっきりと色づくだなんて


 コツッ  コツッ  タンッ タンッ


「おかえり」
「・・・ただいま、です・・・」

私は足を止め彼女を見つめた
吉澤さんは赤い目のまま、少し照れながらそう言ってくれた

「なんか、照れますね」
「フフッ」


吉澤さんの籍は中澤さんが食い止めていたらしい
だけど、他の部からはかなりクレームが来ていたようで
そりゃそうだよ・・・大事なポジションの人間が急に居なくなるんだもん

「頭くらいナンボでも下げる。アンタが帰ってくるんやったらな」

そう言ってくれたのが嬉しかった
それほど中澤さんは吉澤さんを起用したかったんだと思う

489 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/06/16(金) 01:00


  カツッ カツッ カツッ タンッ タンッ タンッ


「また、しばらく、離れますね・・・」
「・・・うん・・・でも、戻ってくるんだもん・・・我慢するよ」


  カツッ カツッ カツッ  タンッ タンッ タッ


「そう、ですか」

「・・・なに?」


彼女の足取りが、私を引き止めるように止まった
思わず振り返ると、少し俯いた寂しそうな顔

490 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/06/16(金) 01:01


「・・・なによ」



「・・・会社、に、だけ・・・」



「ん?」



私は一歩彼女の方に近づいて顔を覗き込む




「会社に、だけ・・・・・ひつ、よう・・・ですか?」





ぎゅっと下唇を噛んで、じっと見つめる



懐かしい・・・

この瞳に
私は奪われたんだ・・・


491 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/06/16(金) 01:01


  グイッ!


「うわぁっ!」
「犬!おいで!!」
「ちょ、ちょっと、どこ、行くんですか!!」
「家よ!!」
「は、はぁ!?どうして、家って、そんな」
「いちいちうるさい!!」

私は彼女の手を強く引いて、また歩き出した
この犬には、躾は、身をもって分からせるしかない

492 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/06/16(金) 01:02


  カツッカツッカツッ! タンッタタッタッ


「うるさいって、そ、ちょ、ちょっと!!」
「いちいち、ウダウダ言って!アタシはそんな教育したつもりないよ!」
「いや、だって、そう言われても」
「なによ!」
「なんにも、ないですけど」
「無いならいいじゃない!」
「や、ちょっと、でも、その、順序ってものが!」
「順序!?今更何言ってんのよ!」
「だ、って、その、心の準備が!!」
「4ヶ月もほったらかしにしておいて、今更なによ!!」
「ほったらかしって、ちょ、ちょっと!!」

493 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/06/16(金) 01:02

  カツッカツッカツッ! タンッタタッ ピタッ


私はクルッと振り向いて、焦る彼女の脇腹を思いっきり抓った

  ギューーーーッ!

「イダダダダダッ!!!」
「悔しかったんだからぁ!!」
「痛い!!痛いですってばぁ!」
「あたし一人置いて、どこ行ってたのよぉ!!」
「どこって・・・」
「もう一人にしないでよ!!」
「・・・・・」
「もう、どこにも行かないで!!」
「・・・いしか・・・」


「アタシには、ひとみが必要なの!!!」

494 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/06/16(金) 01:03



  グイッ!!



首に腕を巻きつけて引き寄せる
それでも足りないから、少し背の高い彼女に背伸びをする





初めてのキスは、勢いをつけすぎて
歯が当たった


495 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/06/16(金) 01:04











496 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/06/16(金) 01:04


「・・・ほんとに、いいんですか・・・?」
「だから・・・」
「で、も・・・」
「ココまできて、怖気づかないでよ・・・」
「ご、めんなさい・・・」
「ねぇ・・・恥ずかしいんだよ・・・?」

「は、はい・・・ウチも、恥ずかしいで、す・・・」

「でも、二人とも・・・」

「はい・・・」

「んっ・・・」

497 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/06/16(金) 01:05


「・・・はぁ・・・夢みたい・・・」

「夢、じゃぁ・・・んんっ!・・・ない、よぉ・・・」



「ホント・・・?」

「うん、ほら・・・」

「・・・はぁ・・・」

「こんなに、近くに、いる、から」

「はい・・・」

498 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/06/16(金) 01:07


「んんっ!!んぁっ!」
「かわいっ・・・」

「うる、さい、なぁ」
「フッ・・・」

「んやぁ!!」

「石川さん・・・」

「んもぅ・・・」


「んぁあ!脇、は!石川、さん!!くふっ」
「二人のときくらい、名前で、呼んでよぉ」

「なま、え・・・?」
「うん・・・」

「なま、えって・・・んんっ!!」
「梨華・・・って・・・」

「んぁ!んふぅっ!!」

「じゃないと、やめないよ?」
「ん、わ、分かった、から!!」

「フフッ・・・脇、もともと弱いんだね・・・」
「・・・うるさいです」

「フフッ、あ!んやぁ!・・・んっ、くぅぅ!」








「・・・・・梨華・・・・・」


「ひとみ・・・・・んはぁっ!!」






2回目のキスは、柔らかくて
3回目のキスは、暖かかった

4回目のキスは・・・もう覚えていない

数え切れないくらい、キスを貰った

耳元で名前を呼ばれて
真っ白に果てるまで

ずっと、ずっと

499 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/06/16(金) 01:09







「・・・とんだ犬だ・・・・・」



「梨華・・・」

「も、もう、またぁ〜?」

「いいから・・・」



「んっ!!」


犬だと思ったら、狼だなんて

恥ずかしくて誰にも言えないよぉ



500 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/06/16(金) 01:09









501 名前:Rink 投稿日:2006/06/16(金) 01:09
更新終了です
502 名前:Rink 投稿日:2006/06/16(金) 01:10
レスポンス

>オレンヂ様
あんまり暴走させられなかった気がしますorz
(;^▽^)<しないよ!

>カナリヤ様
中澤さんが会議で話してくれたあの話が
作者なのにどこの場面か見当たらず・・・最悪な作者だ汗
えっと・・・多分、いずれ・・・っていうか、どこなんでしょうか
また気になります汗
(;^▽^)<しないよ!

>名無し飼育さん様
(;^▽^)<だから、しないよ!
(0^〜^)<すればいいのに・・・

>愛虎様
(;T▽T)<り、梨華、がんばる!
(0^〜^)<とーちゃんもがむばる!

>名無飼育さん様
ありがとうございます
あ、出来れば上げないでください・・・作者がドキッとしますから汗

>名無飼育さん様
( ^▽^)<ありがとっ
(0^〜^)<でも、大丈夫

>名無飼育さん様
作者も、あれを見たときはキタ━━━(0^〜^0)━━━!!と思いました
しかし、もう少しワイルドさが抜ければカッコ綺麗なお姉さんになれるのに・・・
惜しいですw
503 名前:Rink 投稿日:2006/06/16(金) 01:12
今回の更新は>>457-500です
( ^▽^)この人の暴走が、いつのまにか
(0^〜^)この人が・・・汗
ま、まぁ・・・そう言うことになりました。

更新がしばらく空いてしまい申し訳ありませんでした
ポヤポヤ行きますので、何卒気まぐれにお付き合いくださいませw
504 名前:774 投稿日:2006/06/16(金) 01:12
リアルキタ(゚∀゚)コレ
それにしても中澤さんカッコイイ!!
続きで悩んでらっしゃるようですがマターリ待ってるんで
ゆっくり書いてくださいね
更新乙です
505 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/06/16(金) 01:13
ぐはっ!!!!!

作者さんありがとう
506 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/06/16(金) 01:17
中澤さんみたいな上司と
石川さんみたいな先輩が欲しい
くださいな
507 名前:愛虎 投稿日:2006/06/16(金) 01:23
更新お疲れ様です。
初めてリアルタイムで読むことが出来ました。
感想は・・・ネタばれになるといけないので、ハッピー!!!
次回も楽しみにしてます。

Rink様 誕生日おめでとうございます。
508 名前:カナリヤ 投稿日:2006/06/16(金) 03:04
ふぐぅぅぅっ… 

只今きちゃない顔で涙しております…。
グズグズ… チ〜ン!(鼻かむ音)
おぉ、そうだ

>中澤さんが会議で話してくれたあの話
今回の話の中でも出てきましたが>>328の件です。w
この事でまた梨華ちゃんとよっちゃんが…って
変に勘繰ってしまったのですゴメンナサイ。;

ふぅ、とにかく今回の更新も堪能させて頂きました。
そしてRinkさん、お誕生日オメ!
509 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/06/16(金) 22:36
あひゃー(´∀`*)イイ!!

2週間ってそーとー厳しいっすけどね…(汗
510 名前:名無し飼育さん 投稿日:2006/06/17(土) 00:12
ニヤニヤが止まりません!
締まりのないだらしない顔になるくらいです。
作者様ありがとうございます。
511 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/06/25(日) 00:44







512 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/06/25(日) 00:45

--------------------------------------------------

差出人 : Hitomi Yoshizawa
送信日時 : 200X年9月XX日 23:14:44
宛先 : Rika Ishikawa
件名 : 業務報告

--------------------------------------------------

お疲れ様です。

本社から上がってきたデータを元に
今香港のコスメ界の中心で、何が主流になっているかを
20代の女性対象にアンケートを行い
双方のデータを反映させて
まとめた結果を送ります

 ・
 ・
 ・

このような結果が出ました。
集客方法は、日本と同じやり方で行くべきか
もしくは、メディアを使うべきか、それとも独自のやり方で行くべきか
こちらの部長と話し合いを煮詰めていく現状で
今はまだ足踏み段階です
明日3回目の会議が行われ
その場で結論が出ない場合は
石川さん、中澤さんをはじめ、本社の部長様方のご意見を頂戴したいと思います
お手数ですが、その旨お伝え願いますでしょうか

よろしくお願いします





私信

早く日本に帰れるように、仕事を片付けるので
もうしばらく待っててください




--------------------------------------------------
513 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/06/25(日) 00:46



「・・・相変わらず、仕事が早いなぁ・・・」



  カチャカチャカチャ


514 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/06/25(日) 00:46

--------------------------------------------------

差出人 : Rika Ishikawa
送信日時 : 200X年9月XX日 09:14:44
宛先 : Hitomi Yoshizawa
件名 : 業務連絡

--------------------------------------------------

お疲れ様。

吉澤さんからのメールを中澤さんに転送し
意見を貰いましたので、その内容をまとめて返信します

 ・
 ・
 ・

大まかな内容はこんな感じです。
吉澤さんの進め方には基本的にこちら側も賛同の様子。
あなたの力に、みんな期待していますので
その調子でプロジェクトに取り組んでください。

また、会議の結果どうなったかを報告お願いします。

よろしくお願いします




私信

そちらのプロジェクトチームは先鋭を集めたと聞きましたが
チームワークは取れているでしょうか?
仕事の勘は取り戻せているでしょうか?
慣れない土地で、大きな仕事を任され
決められた時間で大変だとは思いますが
頑張ってください






私信の私信

早く会いたい・・・

あ!
中澤さんに転送したメールは、私信の部分は消しておいたからね



--------------------------------------------------
515 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/06/25(日) 00:47


「・・・フッ・・・」


  カチャカチャカチャッ


516 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/06/25(日) 00:48






517 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/06/25(日) 00:49

ひとみが香港に行ってから半月あまり。
相変わらず私の隣のデスクの上はがらんとしているけれど
毎日彼女から来るメールのおかげで
安心出来てる

半年で仕上げる仕事を、2週間で纏め上げるのは
さすがのひとみでも苦労しているようで
帰国が伸ばし伸ばしになっているけれど
それでも今までの分を取り戻すために、仕事は人の3倍以上は動いていると
支社の人から聞いた。
メールが来る時間も、夜中だったり、朝だったり関係ない
寝てる時間はほとんどないそうで
身体の事を気遣ったけれど、あるメールで
楽しくて仕方ないと書かれていた。
518 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/06/25(日) 00:50

メールの内容は業務の事ばかりだけれど
一日何通も来る。
その最後の私信で

「会いたい」

って書かれてるたった5文字で、心がほぐれていく


メールを見てたら、美貴ちゃんから

「梨華ちゃん・・・ニヤけてるから」

ってガン飛ばされるんだけどね


私のメールボックスの中には
ひとみ専用のフォルダまで作ってしまった

あーあ、もうホント自分でも呆れるくらい重症だよ
519 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/06/25(日) 00:53




「石川ぁ!!!」

ある日の午後、フロアの奥から
急に私を呼びつける声が響き渡った


「はい?」
「ちょっと来い!!」

辺りがざわめき立つ
私は何の事だかサッパリ分からず
首をかしげながら席を立った

「なんかやったの?」
「思い当たる節はないんだけど・・・」
「梨華ちゃんじゃないくって、犬だよ、犬」
「え・・・ええ?そんな報告上がってないんだけど・・・」

私は頭の上にハテナをいっぱい広げながら
叫んだ主、中澤さんのもとへ向かった

520 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/06/25(日) 00:53


「お呼びでしょうか」
「お前なぁ!!これどういう事やねん!」
「・・・え?」
「この報告メールよ!!」
「え、あ・・・へ?」
「へ?やないやろ!こんな報告初耳や!!」

中澤さん、完璧キレてる・・・
このキレ方は、マジヤバイ・・・
ちょ、ちょっとあの子何したのよ!!


「ど、どれですか!?」
「これや!!」

中澤さんのデスクにあるモニターを覗き込む
そこには、彼女から送られてきた
最終段階の報告書メールがあった

だけど、この報告の前段階では
中澤さんも快諾していたはず・・・

なのになんでそんな・・・

521 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/06/25(日) 00:55

「やっぱりアイツだけじゃあかん!!お前行って来い!!」
「・・・・・へぇ!?」
「聞こえんかったか?行って来い!」
「あ、い、やぁ、そんな急に」
「アイツの直属の上司は誰やねん」
「わ、たしですが・・・」
「ほんならケツ拭いも」
「私・・・ですが・・・でも、中澤さん」
「うるさい!つべこべ言わんと、行って来い!!明日や明日!!」
「あ、明日ぁ!?」
「あ゛!?なんか文句あるんか?」
「あ、いや・・・何にも、ありま、せん・・・」

あんな目で睨まれたら、ハイとしか言えないじゃん・・・





っていうか、ひとみ何したのよ!!

522 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/06/25(日) 00:55



─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─


523 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/06/25(日) 00:56



「・・・・・急過ぎ・・・」




という訳で

何故か次の日、香港に居る私・・・


524 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/06/25(日) 00:57

どう考えてもおかしい
だって、昨日帰りの時点で
香港行きの航空チケットが用意されていて
しかも往復だし、丁寧に封筒に入れられてたし・・・


怪しい
怪しすぎる!!
525 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/06/25(日) 00:58

朝イチで成田から香港に来たはいいけれど
そしてひとみが泊まっているホテルに着いたはいいけど

アタシこっちに来て、何をしろって言うの
今回の事はひとみに全て任せてあるから
アタシがとやかく言ったところで
もう大筋は決まって、しかも決定で
Goサインも中澤さん自身が出してたっていうのに、何を今更・・・
526 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/06/25(日) 00:58



チケットの入っていた封筒の中に、また小さな封筒が1通。


 「向こうに着いたら、吉澤と一緒に中身見ろ!!一人で見たら承知せんぞ!」


とまで脅されたこの封筒。

正直、開けたくないんですけど・・・

527 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/06/25(日) 00:59

とりあえず、彼女の泊まっている部屋の前でウロウロしてたら
アタシの方が怪しい人だから、入れてもらおうっと




久しぶりに、会う・・・


やだ、指震えてるじゃん


まったく・・・

528 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/06/25(日) 00:59



 ピンポーン



・・・・・




 ピンポーン




・・・・・・・




イラッ


 ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポーーーーーーーン



「はいはいはいはい!!出る!出ます!!」

529 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/06/25(日) 01:00

奥から懐かしい声が聞こえてきた


  ガチャッ バンッ!!


「誰!?」


チェーンキーの僅かな隙間から見える
寝起きだったのか髪はボサボサ、目は腫れぼったい



「・・・・・アタシ」



懐かしい・・・あ、ああ・・・

あまり見栄えは宜しくない
ぽかーんと口が開いたままの犬の姿があった

530 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/06/25(日) 01:00



「・・・・・・・」


「・・・なんか文句ある?」


531 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/06/25(日) 01:01

  バタンッ!!


ちょ、ちょっとなんでまた閉めるのよ!
開けなさいよ!!
私はドアノブを持って閉まったドアを開けようとする

「ちょっと!!」


  ガチャガチャッ バンッ!!

閉まったと思いきや、急にドアが開いた

「きゃぁ!!」
「梨華!!!」
「のうぁ」
「梨華ぁぁぁ!!」
「ぐへぇっ」

私は飛び出してきた犬に抱きつかれ
声にならない声が口から出る

お、お願い、揺さぶらないで
寝てない上に、飛行機に乗って酔ったの
ね、ねぇ、おね、お願い・・・

532 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/06/25(日) 01:01

「梨華ぁぁぁぁ!!!」
「わ、わ、わか、わかっ」
「会いたかったよぉ!!!」
「わか、わかっ、ぐふっ」
「どーしたの!?ねぇ、なんで居るの!?何でもいいや!会いたかったぁぁ!」

お願い、朝からそんなテンション上げないで
アタシはココに居るから
ねぇ、ねぇってば・・・

両肩を持ってグラグラ揺すられることに
だんだん腹が立ってきた

アタシは朝から何にも食べてない上に、寝てないわけ!
なんで香港に飛ばされたか、理由も教えられてないわけ!
っていうか、アンタのせいでアタシは異国の地に来てるの!
美貴ちゃんと高橋なんて今日から三連休なわけ!!
アタシは休日返上でココに来てるの!
アンタの尻拭いするために来てるの!!分かってんの!?
っていうか理由を教えなさいって、ば、ばっ、ぐっ、うぇ、吐きそう
533 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/06/25(日) 01:02

「ちょ、ちょっと、まっ!」
「梨華!梨華ぁぁぁ!」
「こ、この」
「どーしたのぉ!?」
「い、い」
「なんで香港に来たの!?ねぇねぇねぇねぇ!!」




「犬ぅぅぅぅ!!!!!!!!!」


  ギュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!


「ぎゃひぃぃぃぃぃぃん!!!」




534 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/06/25(日) 01:04


─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─


535 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/06/25(日) 01:04

「・・・あのぉ」
「ハウス!!」
「あぅ!!・・・・・・ねぇ」

  ギュゥゥゥッ!!

「イダダダダダダダ!!!」
「黙りなさい!!」
「ううぅぅ」


さっきからこの調子。
何か言葉を発するごとに、私は横っ腹を思いっきり抓ってる
そのたびに奇声を発してる。

もう、ほんと、いつから飼い主になったのよ・・・
寝癖のまんまだし、目の腫れは引いたけど
どーしてそう手入れをサボるかなぁ?

536 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/06/25(日) 01:05

「ところで」
「はひぃ?」
「何したのよ」

「・・・は?」

「は?じゃないでしょ!!」
「へ?」
「へ?でもないの!何ヘマしたのよ!!」
「ヘマ?」
「そうよ!!アンタがヘマしたからアタシはココまで飛ばされたわけ!」
「飛ばされた」
「そうよ!!休日返上よ!?美貴ちゃんなんて恋人とラブラブするって言ってるし
 高橋は実家に帰って美味しいもの食べるとか言ってるし!!
 なのになんでアタシはアンタの尻拭いしなくちゃいけないのよ!」
「ちょ、ちょっと」
「休日返上させたんだから、アンタには貸しが2つも出来たのよ!
 さあ早く見せなさいよ!!」
「ちょっと待って」
「昨日いきなり言われて荷物だって急にまとめて
 パスポートの期限切れて無くてよかったわよ!
 5年前のだから変な顔だけど・・・そんなのどうでもいいよ!
 ほら!早く仕事片付けてアタシは寝たいのよ!」

私は怒りをひとみに撒き散らせるかのように
部屋の中を行ったり来たり。
まるで動物園の檻の中の熊みたい
537 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/06/25(日) 01:05

「お言葉ですが石川さん」


急にひとみの声のトーンが変わった
そのおかげで、私も少し落ち着いたらしく、ピタッと動きが止まる

「な、なによ・・・」

「ミスなんて何一つありませんよ?」

「・・・・・え?」

「報告書、ご覧になりますか?」


彼女が入社したその日に見せた、鋭い目・・・
思わず黙ってしまうほどの強さに
私は今まで撒き散らしていた怒りも一気に収まった

538 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/06/25(日) 01:05




「・・・・・確かに」
「・・・でしょ?」

「うん・・・じゃぁ、なんで私をこっちによこしたの?」
「・・・さぁ・・・」


ベッドの脇にあるテーブルに置かれたノートパソコンで
彼女の書いた報告書に目を通す
香港支社の部長各位から、そしてさらに中澤さんからのOKも貰ってる

なのに・・・なんで?
539 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/06/25(日) 01:06

「・・・・・」
「・・・ん〜・・・どういうことでしょうか」
「さ、さぁ・・・」

二人の間にハテナが更に生まれる

中澤さんのあのキレっぷりは本気だった
だけどプロジェクトはもう終わりって事。
ひとみの仕事はほぼ完璧にこなされた
半年かけてする仕事を、たった2週間足らずで仕上げ
支社からも、そして本社からも
さすがとの声まであがっている
それほどひとみは頑張った。
このプロジェクトに関して、後はスタートを待つばかり

なのに、どうして・・・?
540 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/06/25(日) 01:06



「・・・あ、そういえば」
「どうしました?」

私はベッドの上に放り投げたバッグから、封筒を取り出した
帰りの航空チケットが入っていて
そしてその中にもう一つ


 『向こう着いたら、二人でよぅ読み!』

そう中澤さんに言われた




  ビリビリッ

「なんですか?」
「わかんない・・・」
「手紙?」
「そう、みたい・・・」


  ガサガサッ

541 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/06/25(日) 01:08


   ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─

 石川、吉澤へ

 おつかれさーん
 香港プロジェクトも軌道に乗って
 後は数字で結果が出るのを待つだけやな
 まだ気は抜かれへんけど、あの報告書見てる分じゃ上手いこと行く!
 裕ちゃんの直感は外れた事ないから安心しぃ!
 とりあえずはご苦労さん!

 吉澤の仕事の早さにはホンマ驚くばかりやわ。
 石川も吉澤のフォローに走り回ってくれたし。

 それでや。
 裕ちゃん・・・というか、社長からちょっとしたプレゼント。
 『AI』売上貢献と、香港プロジェクトに関して
 石川チームの4人に休暇を与えます!
 藤本は恋人とイチャコラしたいって言うてたから
 焼肉食い放題ペアチケット&3日間の休暇。
 高橋は久しぶりに実家に帰る言うてたから
 福井までの往復チケットと温泉宿泊チケット。
 
 んで、裕ちゃん考えたんや

 石川と吉澤はやっぱ飼い主と犬やから?
 二人で1つのほうがエエやろうと思ってな。
 石川には香港旅行プレゼント!
 吉澤にはその石川をプレゼントや!
 どうや!大盤振る舞いやろ!?

 ってなわけで土産よろしく。

 
 たまには仕事忘れて、のんびり遊んでおいで。



             イケてる上司、中澤

 
 P.S. 社長が美味い言うてたレストランの予約入れてるから
    そこ食いに行き〜!
    


   ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─


542 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/06/25(日) 01:08



ぽっかーん・・・


「・・・・・これってさ・・・」
「・・・・・これって・・・?」
「仕組まれたってこと?」
「そう、みたいですね」




「あんの、三十路ぃぃぃ!!!!!!」






─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─



「ぶぇっくしゅ!!!!!」



─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─

543 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/06/25(日) 01:09

中澤さんから、タイミングよくひとみのメールボックスにメールが届いた

みんなの手前、私を叱り飛ばして派遣でもさせない限り
香港には行かす事は出来ないだろうとのこと。
だから昨日、あんな剣幕で怒ってたんだ・・・
それにしても、ちょっと仕組みすぎじゃない?

視察もかねて私をこっちによこしたという事らしいけど
ホントは香港土産にだけ期待してるんじゃ・・・
544 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/06/25(日) 01:11


「はぁ・・・」
「どうしました?」
「ちょっと、脱力感がね」

  ドサッ

ベッドの端に腰を下ろして、大きなため息をついた
頭の上からひとみのクスクスと笑う声が聞こえる

「なによぉ」
「だって・・・フフッ。石川さん、おかしいですよ」
「なにがよぉ」
「怒ってたと思ったら、急に疲れきった顔して」
「だって・・・」

私の前に立って、白い手が頬を撫でる
ひんやりした指先がくすぐったくて目を細めてしまった

「だって・・・なんですか?」
「・・・仕事、だと思って来たから・・・気が抜けちゃって」
「フフッ」
545 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/06/25(日) 01:11

私の頬を撫でていた手が止まった
顔を上げると真剣なまなざしで見つめてくる

「ん?」


あ・・・
久しぶり・・・

546 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/06/25(日) 01:12

「んんっ・・・」
「会いたかった・・・」
「アタシも・・・」


  ドサッ

「ちょ、こらぁ」
「なに」
「なにって・・・まだ昼間だよ?」
「関係ない」
「んんっ!・・・ちょ、ま、こら」

「梨華・・・」

「ひと・・・み・・・」

547 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/06/25(日) 01:12





548 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/06/25(日) 01:13

ひとみは何度も私を求める

だめだと言っても、どれほど悶えても
彼女はやめようとしてくれなくて

だけど・・・
心のどこかで、もっとシて欲しいと思ってる自分が居る
もっと、求めて欲しいと思ってる


「梨華・・・」
「んっくぅ、んゃぁ!」


うっすらと目を開くと、優しく微笑む顔があった
その瞳は、私の中を見抜いているの・・・?
549 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/06/25(日) 01:13


身体の熱をどうにか出したくて
内から攻めるように上がってくる何かにもう耐え切れなくて
彼女にギュッとしがみつく


今までの分を埋めるように
それを繰り返し、繰り返し・・・


そのたび私の口からは吐息が漏れて、目からは涙が零れる


「泣かないで・・・」


首を横に振るしか出来ない
そうじゃない
辛いからじゃない、怖いからじゃないの

あなたの優しさが、指から息から胸から伝わって広がるから
嬉しくて、涙が出るんだ

550 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/06/25(日) 01:14


「ひ、とみ・・・んんっ!!」
「梨華・・・いいよ・・・もっと」
「いっ、っくぅぅ」
「んっ・・・しがみついて」

「んんぁぁああっ!!」



わたしをどこにも置いていかないで

わたしを一人にしないで

お願い 離れないで


二人がいい




551 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/06/25(日) 01:14

「・・・んっ・・・ねぇ・・・」
「なに?」

かすれ声で彼女に問い掛ける
私の頭を優しく撫でる、少し上にある目線

「どうした?」
「・・・んん」

小さく首を振ると、ぎゅっと腰を引き寄せて抱きしめてくれる

ひどく、安心する


「ひとみ・・・?」

「なに?」



「一緒にいて・・・」
「・・・・・」
「もう、どこにも行かないで・・・」


  ギュッ


「行かないよ」


552 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/06/25(日) 01:15


私は、気づかれないようにそっと泣いた

あなたの全てが優しくて、だけどそれでもまだ不安で

喘ぐほど近づくはずなのに
重なれば、深くなる彼女の愛を
いつまでも求めつづけてる
いつまでも喉が渇きつづけてる


潤してよ
埋め尽くしてよ

すっぽり包み込めるその長い腕で
柔らかくて酔うほどの甘いキスで




ねぇ ひとみ・・・ ひとみ・・・





553 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/06/25(日) 01:15


─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─



554 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/06/25(日) 01:16

今が何時なんだろう
外はすっかり暗くて
こっちに来て、まだ一度も外に出ていない

ベッドで、窓際で、バスルームで・・・


  場所なんて構わない いつもくっついてたいんだ


そんな事耳元で言われちゃったら、さぁ?

555 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/06/25(日) 01:16

確か、雷が鳴っても離れないんだっけ・・・

「・・・まるで犬っころ・・・」
「んっ・・・ん・・・い、ぬ?」

いつの間にか私の腕の中で眠っていた彼女の柔らかい髪を撫でる
無防備な顔を見てたら
ちょっと、母性っていうのが出てきたみたいで

556 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/06/25(日) 01:16

「そう・・・犬」
「・・・ワン・・・」
「犬ぅ〜〜」
「ワン」
「いーーぬぅーーー」
「ワンッ!フンフンッ、フンフンッ」
「きゃぁ!やあだ!くすぐったい!!」
「ワンワンッ!」

「ちょ、ちょっと!だめだってばぁ」
「ワンッ!」
「や、やだ!どこ舐めてんのよぉ!犬ぅぅ!」
「ニヒヒッ!」
「あ、ちょ、だ、めだって」
「ん〜〜?」

「きゃぁ!くすぐったい!あはははは!いやぁ!」
「うりゃぁ!」
「ちょ、ちょっと、やあ!あははは!あははは!」
「あっは!」
「くす、くすぐっ、あははは!やだ!やぁだーー!」
「あははははは!」






「「はぁぁぁぁぁ・・・」」




557 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/06/25(日) 01:17


「・・・おなかすいた」
「・・・え?」
「おなかすいた!!」
「おなか?」
「そう!朝から何にも食べてないのにひとみがシたいっていうから!」
「ちょ、ちょっと」
「なによ。さっきからグーグー鳴ってるの気づいてたんでしょ!?恥ずかしいのに・・・」
「し、知らないってば!」
「うそつき!さっき笑ってたじゃん!」
「あれは別に」
「なによぉ」

「んじゃぁ、もう少ししたら朝粥でも食べに行く?」
「あさ・・・朝粥ぅ!?」
「うん」
「ちょ、今何時!?」
「んとねぇ・・・」

ひとみは首だけをベッドサイドのランプの方に向ける
朝粥って朝に食べるから朝粥なんだよね!?
ってことは

「もうすぐで5時半」

ほぼ一日中・・・はぁ・・・
アタシも大概


「ワンワン・・・」


犬っころだわ


558 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/06/25(日) 01:17





559 名前:Rink 投稿日:2006/06/25(日) 01:20
更新終了です
560 名前:Rink 投稿日:2006/06/25(日) 01:20
レスポンス

>774様
確かに中澤さんはカッコいいですよねぇ
自分書いていてもでも惚れ惚れしますw
从#~∀~从<照れるやん
なんとか続き、そしてエンディングを迎えられそうな
大筋が出来上がりましたが
またポヤポヤいきたいとおもいますので、よろしくお願いします

>名無飼育さん様
ぬほっ!!!!!(謎
何に関する叫びか分かりませんがw
ありがとうございます

>名無飼育さん様
私も同意見でございます。
从#~∀~从<当社の採用基準は1は顔。2は気合い。3は裕ちゃんの酒に付き合えるかや!
(;^▽^)<そんな最初からお酒飲めるかなんて分かりませんよ・・・
从#~∀~从<じゃかましい!!付き合わんかい!

ということらしいですw

>愛虎様
( ^▽^)<ハッピー♪
ありがとうございます。
そして、お祝いのお言葉いただき、本当にありがとうございます
从#~∀~从<四捨五入で三十路。仲間入りやな
中澤さん、うるさいですよ

>カナリヤ様
(0^〜^)っ◇<ティッシュどぞー
カナリア様の予想を裏切ったようですが
何はともあれそう言う感じになりました
犬は犬のようですよw
そして、お祝いのお言葉いただき本当にありがとうございます!

>名無飼育さん様6
(;T▽T)<2週間以上なの・・・
(0;T〜T)<泣くなよぉ
二人とも辛いようですw

>名無し飼育さん様
周りには人はいませんか?大丈夫でしょうか
こちらこそニヤついていただいてありがとうございますw
561 名前:Rink 投稿日:2006/06/25(日) 01:21
今回の更新は>>511-558です
ネタ入れたいがために、アレが・・・
無理矢理でごめんなさい汗
( ^▽^)<犬!
(0^〜^)<わんわん

物語りも終盤に差し掛かってまいりました
多分あと2、3回の更新でフロリエンタル終了となりそうです
次は吉澤さん視点をちょっと書いて
その後美貴様視点でちょっと書こうか
それとも新作に行こうか迷い中でございます
562 名前:774 投稿日:2006/06/25(日) 01:21
またまたリアルキタ(゚∀゚)コレ
ヤッパこの作品というか作者さんの作品面白いですなぁ
続きもヤッパリ気になるわけでw
更新お疲れ様でした
563 名前:オレンヂ 投稿日:2006/06/25(日) 01:36
更新お疲れ様です
パソコンの前でひとりケタケタ笑いながら読ませていただきました
続きも吉澤さん視点もミキティ視点も新作も楽しみにしております(欲張り
564 名前:愛虎 投稿日:2006/06/25(日) 02:42
更新お疲れ様です。

二人のやりとりがとっても楽しかったです。
中澤さんのような上司がいたら最高ですね。
吉澤さん視点楽しみにしています。
565 名前:カナリヤ 投稿日:2006/06/25(日) 22:47
更新お疲れ様です!
イケテル上司の粋な計らいGJ♪ d(^∀゜)
犬もマテなかったようで…。w
いよいよ終盤に差しかかったという事で
残りの更新を楽しみにしています!

p.s.新作も楽しみにしてますよ♪
566 名前:名無し飼育さん 投稿日:2006/06/26(月) 00:21
更新お疲れ様です。
人のいないところで今日もニタニタしてました。( ̄ー ̄ニヤニヤ
吉澤さんのような(動物の)犬は飼ってみたいと作者さんの作品をみて思いました。
更新も新作も楽しみにしてます。
567 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/06/26(月) 22:09
ぜひ美貴様とあの人を・・・!!
568 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/06/28(水) 00:14








569 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/06/28(水) 00:15




「ねぇ、よっすぃー。ほんとにそれでいいわけ?」

「なにが」


とあるオフィスビルの合間にある、小さな広場
ランチタイムが終わって、周りにはパラパラと人が居る

何台か出ているワゴン車の
とりわけカラフルな1台の窓から
彼女は身を乗り出してウチに話し掛けた

「だーかーら。毎回言ってんじゃん」

ソレはこっちのセリフだ

「こっちも言ってるじゃん」

この後続く言葉だってもう何度も聞いている
青春は一回しかないんだよ?って

「青春は一回しかないんだよ?」

ほらね
ウチは少しウンザリ気味な顔で彼女の方を向いた

「毎回同じ事言われなくたって分かってます。ウチは青春してるってば」


570 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/06/28(水) 00:16

簡易のベンチに座り、彼女の出してくれたコーヒーに口を付ける
ここに来るのは週に2度ほど。
受講が早く終われば基本、図書室にいるんだけど
たまにはこうやって同級生・・・腐れ縁のまいちんがやる
ランチ屋台に顔を出す


彼女は自分の一番の理解者
だけど一番の非理解者だったりもする

571 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/06/28(水) 00:17

「よっすぃーねぇ?鞄何キロあるよ」
「なに、いきなり」
「そんなデカイ鞄持ってさぁ?」
「参考書だけど?何か?」
「普通大学生ってもっとアッパラパーとしてるじゃん!」
「あのねぇ・・・」
「コンパ行ったり、飲み行ったり、サークル活動したり?」
「だから」
「ウチにはそんな暇無いっていうんでしょ?」
「そうだけど?」
「バカ!!時間は作るもんだよ!」
「バカはどっちだよ・・・そんな時間あるんだったら勉強するってば」


彼女も毎度の事なのか、もうそれ以上言ってこない
別に議論なんてするつもりないけれど
価値観を押し付けるのはどうかと思う

それは、自分にも言えることなのかもしれないけれど。

572 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/06/28(水) 00:18







彼女は大学には行かず、自分のしたい事をすると
バイトに明け暮れワゴン屋台を始めた
勿論それだけじゃ資金は足りるわけも無く
同い年で抱えなくてもいい借金だってしてるだろう
そんなの聞かなくたって分かる

だけどそれでも楽しそうにいつも笑顔で居られることが
ウチには分からなかった

同じ幼稚舎からある進学校に行き
そのままエスカレーター式に一流と言われる企業に勤めるものだと思っていた

だけど2年程前、唐突に


「あたし、お店する!!」


猛反対したよ。
止める事がウチの使命だと思ったから

だけど彼女は違ったみたい


「ねぇ、本当の友達なら応援してくれんじゃないの?」




573 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/06/28(水) 00:18


それから彼女との距離は何となく遠のいた

本当の友達なら応援するだって?
何を馬鹿げた事を言ってるんだ・・・って
彼女に対する苛立ちが募ってた

何のためにココに居るんだ
何のために今までがあったんだ

そんな仕事、“出来ない”奴がやればいい仕事なんだ
まいちんは違うだろう


って・・・


574 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/06/28(水) 00:19


ウチは時間さえあればノートを広げ参考書を読み
暇さえあれば新聞を見て、寝る間を惜しんで勉強しつづけた


「ひとみに会社を任せられるから、父さんは安心だ」
「ありがとう」

あまり会えない父が月に一度食卓につくその場で
いつも言われていた

だけど母はそんな会話を淋しそうに見ている

「ひとみ、身体には気をつけて」

無理はしないで。たまには遊びに行きなさい

母さんもまいちんと同じだ
ウチを理解してくれない

近所に住む同い年の子たちの世界の人間だ
時間さえあれば携帯をいじり、夜は遊びに出かける

会話の大半はバイトだ遊びだ恋愛だ・・・

くだらない

ただ寂しいだけだろ
一人になりたくないだけだろ

くだらない人間はくだらない人間とつるむもんだ


575 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/06/28(水) 00:20


好きにすればいい
ウチは父さんが喜んでくれる人間になる
首席で大学を卒業してアメリカに渡り
MBA資格をとって帰ってくる

今の会社を何倍何十倍にも大きくして
世界に名を馳せる

その一人者になる

そのために生まれてきたんだ



ウチは違う
その辺のヤツとは違う

負け犬なんかに構ってられない


ウチは勝者なんだ





576 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/06/28(水) 00:20



「勉強勉強って・・・確かにあたしも昔はそうだったけどさぁ」
「なんだよ」

鞄から分厚い本とノートをテーブルの上に出した

大学の講義は退屈なもので、だけど単位を取るために行ってるようなもんで
ウチは雑学なんかより、もっと自分の将来に役立つ事を学びたかった
だからこうやって、借りてきた経済書を広げる


577 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/06/28(水) 00:20


高校を卒業する間際
彼女はウチに話し掛けてきた
お互いしこりを残したまま離れるのは嫌だと
何となく空気で出していたから


「あたし、自分の選んだ道でやってくからさ」


  よっすぃーも、自分の選んだ道で頑張ってよ



ウチの選んだ道で・・・
ウチの、選んだ・・・




彼女はやっぱり自分の中で大きな存在らしい

まいちんの投げ込んだ石はとても大きくて
波紋がゆっくりと広がっていく


けど、入り込んできた何かを取り除くように首をブンッと振る

これがウチの選んだ道


578 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/06/28(水) 00:21





「もっとさぁ?自由でもいいんじゃないの?」
「なに、自由って」

まいちんが2杯目のコーヒーを出してくれた
タダで出すんだからありがたく飲め!と置いてくれる

「だーから、こう、アッパラパーっと」

ほらと指差した方には
いかにも“出来ない”大学生らしい数人が
下品な笑いを響かせながら横断歩道を渡っていた


 轢かれて死ねばいい


そんな言葉が一瞬でも過ぎる

579 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/06/28(水) 00:22

「よっすぃー。今、死ねって思ったでしょ」
「・・・思ってないよ」
「うそつけ。顔がこーんなになってた」

そう言って眉間に指を当ててギューっと引き上げる
その顔はなんとも醜い鬼の形相だった

「バカ言うなよ」
「あたしは事実を見たまま表現しただけですよー」



まいちんの言うアッパラパーってのは
あんな下品な笑い方をして
短いスカートを履いて、だらしないジーンズを着て
我が物顔で街を歩くだけの人間なのか

時間を無駄にしか使えない人間になれってことか

フンッ


ウチは本に目を通す


580 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/06/28(水) 00:22


「ねぇ、生きる存在価値なんてさぁ、その人がどれだけ楽しいって思えるかだと思うわけ」
「だから何」
「自分基準だと思うけど」
「・・・けど、なんだよ」

「今のよっすぃーは、人から見ても楽しそうじゃないって思える」

「はぁ?何それ。言ってることと矛盾してるじゃん」
「他人が見ても『アタシは楽しくない』って言ってるのが伝わるってこと」

「ウチは楽しい楽しくないで判断しないの」

「んじゃ何のためにこんなぶっ厚い本持ってうろついてんのさ」
「何のためって、そんなもん決まってんじゃん」
「なに、筋トレ?」
「・・・・・」
「死ねよコイツって顔しないでよ」
「んじゃ思われるようなこと言うなよ」


「ねぇ、よっすぃー。本当に大切なものは目に見えないんだよ?」



581 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/06/28(水) 00:23


勉強が楽しいだなんて思ったこと一度も無い

ただ『する』それだけ

それ以上の物が必要?
自分には目標がある。
それ以外何も要らない
父の会社を継いで大きくする

それが夢。

誇れるじゃん。

582 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/06/28(水) 00:23



  もっと偉くなれ。ひとみはこの会社を背負って立つ人間だ。
  もっと学べ。もっと上に上がれ
  もっと偉くなれ。偉くなれ。偉く・・・ 


エリートで何が悪い
自分が生まれた境遇を呪うのは、ただの妬みでしょ
自分がエリートになれないからって
ウチを僻んでそんな目で見るんだろ

悔しかったらココまでくればいい

来れないくせして
来る気も無いくせに

「だからエリートは」って言葉でウチを貶そうとするけど
「だからバカは」って言葉で返す

ウチはお前らよりも努力してる


583 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/06/28(水) 00:24
─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─
584 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/06/28(水) 00:24


「思わず、キスしたくなった」
「へ?・・・なにそれ」
「梨華に初めて会った時思った事」
「ああ・・・挨拶したとき?」
「そう・・・」


ウチは今、夢を見てるんじゃないか

いつだってそう思う

梨華が隣にいて・・・
自分が憧れて、焦がれていた人が
優しく微笑むんだから

585 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/06/28(水) 00:25

自分の人生を変えた人
ある意味、狂わせた人

それは人生なんかじゃなくって

ウチの事を狂わせる
ホラこんなにも、あなたを欲しがっている


586 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/06/28(水) 00:26
─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─
587 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/06/28(水) 00:27


大学も2年に入り、ますますアメリカと言う文字が
具現化してきた

誰かと遊ぶ事なんてしなかった
携帯を開いたところで、誰かから連絡が来るわけも無く
何故持っているのか、その意味さえも問いたくなる

588 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/06/28(水) 00:29


相変わらずまいちんからは

「自分の道を行けよ、よっすぃー!本当に大切なものは目に見えないんだよ!」

って言われる。
彼女の目には、ウチが親が敷いたレールの上を走る
野暮ったいトロッコに見えて仕方ないんだろう

自分の事をトロッコだなんて思った事は一度も無い
せめてTGVって言って欲しい

589 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/06/28(水) 00:29

ウチのどこに欠点がある?
ウチの何に不満なわけ


 「全部だよ!全部!」


まいちんがそう言ってきた事を思い出した

最近毒されすぎだ
やっぱり、彼女との距離も置いた方がいい

ウチが弱気になるだなんて。
考えを変えそうになるだなんて・・・





590 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/06/28(水) 00:30


 親が敷いたレールの上を走ってる
 勉強ばかりして、青春は一度きりだよ


 自分が選んだ道を行けよ

 本当に大切なものは、目に見えないんだよ




自分が選んだ・・・道・・・


これは本当に、自分が選んだ道、なんだろうか・・・




591 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/06/28(水) 00:30


大きな交差点で信号が青になるのを待ってる自分
鞄を持つ手を変えて右の手のひらを見てみた

指の付け根には、鞄ダコが出来てる
右手の中指にはペンダコだって出来てる
だけど爪には色が無くて

ふと後ろにあった店のガラスに映る自分を見た




・・・トロッコ、か・・・



592 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/06/28(水) 00:31


  吉澤さんって暗いよね

  でも、ずっと勉強してるんでしょ?偉いじゃん

  参考書がダチなんだよ

  親が社長だから

  えー!?なに、社長令嬢なわけ!?

  将来安泰だ

  でもさ、男出来なくね?

  どっかのボンボンと結婚するんだろ、どーせ

  っていうか出来んのかよ


  あはははははは!!!





・・・僻んでいるのは、自分かもしれない
  


歪んでいるのは、自分の方だ


593 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/06/28(水) 00:32



「はぁ・・・」

なかなか変わらない信号に大きなため息が出た
立ち止まれば、こうやって回りの言葉を思い出すから

聞こえないフリをして
聞こえてても気丈なフリをして

自分から声をかけることもせず
自分をつき壊す事もせず・・・

出来ずに



周りに抱いてた感情は
自分に向ける言葉だったのかもしれない


自分を数字でしか表せない

紙切れに記された赤いペンの数字でしか
自己表現出来ない人間

それがウチなのかも、しれない



594 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/06/28(水) 00:32


交差点の信号が青に変わり
わっと人が歩き出す


その波に乗って、自分の足も動き出した

その波に乗らされ、自分の足も動かされてる

もう少し行けば、駅で
そこから電車に乗って予備校に着く

もう少し行けば、駅で
そこから電車に乗せられ予備校に着かされる




・・・・・させられてるなんて
思いたくない

だけど
本当は、そうなのかも、しれない・・・

595 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/06/28(水) 00:34


バサバサッと自分の真上を鳥の群れが飛んでいった
顔を上げると、もう遠くまで円を描きながら上がっていってる



おい、ひとみ
お前は楽しいか?



何が待ってる?



誰が居る・・・?





考えなさ過ぎも考え物だけど
考えすぎはもっとたちが悪い
その後の事なんて、想像してないんだから


596 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/06/28(水) 00:37



鳥を目で追いながら
ふと入り込んできた一枚の大きな看板に
ウチは思わず息を飲み込んだ






    アハハハッ! マジでー!?





 ファンッ!パッパーーー





    ブロロロロ─────




597 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/06/28(水) 00:39




   時が 止まる


   息を吸い込む事も
   瞬きさえも忘れて



  ウチは  その人に  魅せられて


  釘付けになって


  


「・・・・・ぁぁ・・・」





  本当に大切なものは、目に見えないんだよ


598 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/06/28(水) 00:40




  まいちん・・・


  ウチ


  見つけた 





599 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/06/28(水) 00:40


信号が点滅しているのにも気づかず
後ろから来た人に声をかけられて
やっと渡りきった時には、もう車がそこまで来てた




ウチはこの日、人生で初めて『サボり』ってやつをやった

600 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/06/28(水) 00:41





601 名前:Rink 投稿日:2006/06/28(水) 00:41
更新終了です
602 名前:Rink 投稿日:2006/06/28(水) 00:42
レスポンス


>774様
リアルありがとございますw
いやいや、そんなに褒めていただけるだなんて照れますよ

ありがとうございます

>オレンヂ様
欲張りだなんてそんなそんな
作者は嬉しい限りで御座います。ありがとうございます

>愛虎様
二人は掛け合い漫才になるようでして
( ^▽^)<犬ぅ〜!
(0^〜^)<わんわん!

作者も中澤さんのような上司が本当に本当に欲しいです泣

>カナリヤ様
从#~∀~从<ありがと♪
中澤さん、というかこの企業に勤めたいと思う作者ですw
新作も頑張りますので、よろしくお願いします

>名無し飼育さん様
人の居ないところでよかったですw
吉澤さんのような犬ですか・・・犬の吉澤さんはだめですかね?
(0^〜^)<構って構って、わんわん

>名無飼育さん様
上手く書けるかどうか心配ですが
がんばります!
603 名前:Rink 投稿日:2006/06/28(水) 00:43
今回の更新は>>568-600です

あと2、3回といいつつ、吉澤さん視点を書き出したので
微妙にまだ続きそうですw
お付き合いよろしくお願いします

やっぱり吉澤さん視点は書きやすいです感涙
ちょっと鼻持ちならない吉澤さんですが
さぁどうやって犬に変わるでしょうかw
604 名前:774 投稿日:2006/06/28(水) 01:17
更新お疲れ様です
犬っぽいのもいいですがこういうのもいいですよねぇ・・・
605 名前:オレンヂ 投稿日:2006/06/28(水) 01:26
更新お疲れ様です
吉澤さん視点もごっつ楽しみにしております
人も笑いも大事なのはふり幅ですから!w
606 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/06/28(水) 01:31
吉澤さんがここまでお堅い人間だったとわ!w
続き楽しみにしてます♪
607 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/06/28(水) 01:34
何かと出合って人生とか価値観が変わっちゃう瞬間ってありますよね
私にとって石川さんと吉澤さんに出会った瞬間がそうでした
あと、Rinkさんとの出会いもそうだなw
さてと、Rinkさんの作品読み返してきますねー(ぉぃ)
608 名前:カナリヤ 投稿日:2006/06/28(水) 01:41
更新お疲れ様です♪
なんか犬状態のよっちゃんから想像出来ない。(笑)
よっぽど梨華ちゃんの看板が衝撃的だったのかな?w
ここからどう変わっていくのか楽しみです。
609 名前:名無し飼育さん 投稿日:2006/06/29(木) 01:27
更新お疲れさまです。
え?本当に犬の吉澤さん?って思ってしまいました。
吉澤さんが犬にどう変化していくかとても楽しみです。
犬に変化したとき犬の吉澤さんを飼いたいです(笑)
610 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/02(日) 19:21










611 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/02(日) 19:22


「めずらしいね、こんな時間に」
「・・・あ、うん・・・」

「今日、予備校は?」
「・・・あ、うん・・・」

「どうした、熱?」
「・・・あ、うん・・・」


「ぁん?・・・よっすぃーーーー!?」
「・・・あ、うん・・・」

612 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/02(日) 19:22

「だめだ・・・よし・・・・・キャプテン、吉澤ひとみ!!!」
「は、はい!!」

  ガタンッ ガタガタッ!!

「プッ・・・やっと正気になったよ」
「・・・ちょっと・・・部活思い出すからやめてよ」
「だってよっすぃー、いつまでたっても、あ、うん。あ、うん。そればっかだし」
「あ、ごめん・・・」

613 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/02(日) 19:23

「どーしたよ、なにがあった?」
「あ・・・いや、なんでも・・・」
「なんかぼーっとしちゃってさ」

「いや・・・なんでも、ないんだけど」
「そんなふうには見えないよ?」

「・・・わかんない、自分でも」
「は?何それ」
「・・・わかんない」



「恋でもしたか!」

「恋・・・・・・・・・・・・」









 ザザーーーッ   ザワザワッ








  アハハハハッ!! やだーー!









 カツカツカツッ・・・








  バルルルルルッ   ブロロロロロロッ






「って、何」

「ああ・・・」

まいちんは、おせぇよっていいながら
頭を抱え込んでイスに座りなおした
614 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/02(日) 19:27

「そうだった・・・恋も知らないんだったね。20にもなって処女はキツイねぇー」
「ねぇ、だから恋ってどんなの!?」
「処女に対するツッコミは無いんか・・・恋ってどんなのって」
「ねぇ!ねぇってば!!」
「ち、近いから!!」
「・・・ごめん」

まったく、犬かよ。なんていいながらまいちんはウチを抑えて
体制を整えた
じゃあ今からレクチャーしますなんて
今度は得意げな顔してる。
615 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/02(日) 19:28


「恋ってのはね・・・その人を見て、胸がキューってなったり」


 カチャカチャッ カチカチカチッ パラパラッ


「キュー」

「ドキドキしたり」
「ドキドキ」

「その人を見るだけで、ワクワクしたり」
「ワクワク」

  カリカリカリッ

「時々、ズキンッと痛くなったり」
「ズキンッ」

「でも、ポワワーンと幸せな気分になったり・・・って」
「ポワワーン」


「ねぇ、何書いてんの?」
「『恋とは』」

「いちいちノートにとることじゃないっての!」
「だって分かんなくなるじゃん!」
「アンタは根がマジメだけど、マジメすぎんの!」
「恋とはどんなものか、このノートにまとめるの!」
「まとめなくていいから!」
「忘れるじゃんよ!」
「頭でっかち!!経験しなってば!!」
「あ、あた!・・・・・経験・・・」
「そう・・・よっすぃーは経験少ないんだよ?何にしてもさぁ」
「少ない・・・」
616 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/02(日) 19:29

「プリクラ撮った事ある?」
「ない」

「カラオケは?」
「ハンディー?お花見の時に1回だけ」
「・・・死ね・・・」
「んだよ!」
「カラオケボックス!!」
「無いよ」

「誰かと手繋いで公園デートとか」
「ない」

「ラブホ行ったりとかさ!?」
「ラブ・・・Hotelですか」

「なんでフォトェールって、発音いいの」
「不純異性交遊!!」

「・・・よっすぃー、何信仰してるんだっけ」
「特に、何も・・・」
「今更20の女がセックス未経験とか結構レアだから!」
「結構って・・・」
「アタシも微妙だから濁すけど・・・」
「・・・お互いなんじゃん・・・」

617 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/02(日) 19:29

「自転車2人乗りとかさぁ?」
「警察に止められます。国家の治安を乱すような行為はどんな些細な事でも」
「あーあー、うるさいうるさい!!」
「うるさいとはなんですか!」
「なんですかとはなんですか!そう言うのが細かいっていうの!」
「ダメですか!?」
「ダメじゃないけど、よっすぃーは息苦しいんだよ、見てて」
「・・・息苦しい」

「そう・・・硬いの。見てるほうが息詰まるよ」
「・・・・・・・」

「ねぇ、よっすぃー?」
「・・・なに」
「今からでも遅くないよ?」
「なにが・・・」

「見えないものに、気づいたんでしょ?」

「・・・・・・」


「よっすぃーにも、ちゃんと心はあるってことだよ」
「・・・心・・・」
「そう・・・自分の事、数字でしか評価できないって思い込みすぎだったんだよ」
「・・・・・」
「自分のやりたい事やっていいんだよ?」


618 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/02(日) 19:30



「怖い?」
「・・・・・わかんない」
「うそつけ」

「・・・怖い、かも」


 いいよ、それで

そう言いながら、彼女はウチの頭を撫でた



小さい頃によく頭を撫でられた

テストでいい点を取れば頭を良く撫でてくれた父


ホントはただ
頭を撫でて欲しかっただけ

本当はただ
ウチの事を見て欲しかっただけ

いい点なんて、取りたかったわけじゃないんだ・・・



619 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/02(日) 19:31
─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─
620 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/02(日) 19:32


「そう思ったら、うちの企業の広告は効果大なんだね」

クスッと笑う梨華の息が
胸にかかってくすぐったくなった

「そうだね」




あの時と変わりない
とても綺麗で手入れされている長い髪が
ウチの腕に絡み付いてくる

あなたは頭を撫でると、目を細めて喜ぶ




ずっと撫でてると、今度は撫で返してくれる


「ひとみも、いい子」


初めてされた時は、不覚にも泣いてしまった


621 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/02(日) 19:32
─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─
622 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/02(日) 19:33


ウチはあの日以来、ずっと交差点に来ては
あの看板を見ている

女性が花を抱えながら涙を流して
そっと笑ってる
悲しいのか、嬉しいのか、報われた思いからなのか

見てるだけで、胸が痛んでくる


「これがまいちんの言ってたズキンッなのか・・・」




それより、なんの広告なんだろう

「・・・アナタ、咲きほこる、華、YOU・・・」

化粧品なのか・・・まいちんに聞けば何かわかるかもしれない


623 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/02(日) 19:34

ウチが彼女と出会った場所以外にも
彼女は街角にたくさん居て
その後ろに見える、今まで感じなかった空の青さに感動したりもした

「・・・はぁ・・・綺麗だ・・・」

携帯の画像フォルダには、ありとあらゆる街角で撮った彼女がたくさん。
受講中ソレを眺めてはため息をついてる




「・・・はぁ・・・Hey lady...what's you are name....」

名前も知らない看板の彼女
ウチはいつの間にか『華さん』と勝手にネーミングしてた


ウチは彼女の何も知らない
日本人なのか、ソレさえも分からない

だけどもしアナタが同じ言葉を交わさなくたって
ウチはアナタの母国語を覚えよう

そのためにウチは、頭が良いのだと思い込むようにまでなった




624 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/02(日) 19:35



「・・・はぁ・・・」
「ちょっと、何。この間からため息ばっかりさぁ」
「はぁ・・・」
「っていうか、ほんと最近珍しい時間に来るよね」
「・・・はぁ・・・」

「・・・おい、テメェ聞いてんのか?」
「あ、まいちん・・・コンニチハ。ハロー、ボンジュゥ、ニーハオ、ナマスティ」
「ちょ、ちょっと・・・」
「ナマスティが一番最有力なんだけどなぁ・・・」
「何言ってんの!?」
「ネパール」
「は、は!?はぁ!?」
「世界のコンニチハを覚えてるの・・・」
「あ、あの、あのさぁ?」
「華さん・・・」

「あ、あのぉ・・・エクスキューズミィ?」
「Yeah?」
「Why?何のために?」
「華さんのために・・・」
「は・・・ハナサン!?」
「そう・・・」



ウチは気持ちを打ち明けた
自分のため息の理由。華さんの詳細を事細かく



625 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/02(日) 19:36



「ねぇ・・・その華さんってさぁ」
「なに?」
「よっすぃーの説明で何となく想像はついたけど、どこに居るのさ」
「・・・え?」
「だから!どこに居るのって」

  バンッ!ガタンッ!!

「会いたい!?」
「は、はぁ!?」

ウチはイスを蹴倒して立ち上がる
前に座っていたまいちんにぐいっと顔を近づけた

「会いたい!?」
「あ。ああ!?なに、紹介してくれんの?」
「まいちん、会いたい!?」
「ちょ、ちょっと!近いってば!!」
「ご、ごめん・・・」

倒れたイスを起こして、座りなおす
ウチは何をこんなにも興奮してるんだ・・・


626 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/02(日) 19:37

「・・・はぁ・・・うれしそうだね」
「・・・そう?」
「うん。よっすぃーのそんな嬉しそうに目を輝かしてるの久しぶりに見るもの」
「そ、うかなぁ・・・」
「うん。幼稚園の頃の探検ごっこの時みたい」
「・・・あぁ・・・裏山の」
「そうそ。楽しかった。よっすぃーが隊長でさぁ?」


すっかり忘れてた記憶が、まいちんのたった一言で呼び起こされる
埃のかぶった引出しの奥の奥に仕舞いこんだ
幼い頃の記憶


「会わせてよ」
「・・・え?」
「ハナさんに」
「・・・え!?」
「紹介してくれんでしょ?」

「・・・うん!!」


627 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/02(日) 19:37
─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─
628 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/02(日) 19:38

梨華から後日聞いた

まいちんからウチの昔の話を聞いたそうだ

犬なのは、小さい頃からだから安心してと。


梨華はウチの時々出す鋭い目つきに驚くみたいで
それがどうしてなの?と尋ねたらしい

そしたらまいちんはこう言ったらしい


どれも、よっすぃーだよ
犬顔も、ビジネス顔も、だらしない顔も

どっちか言うと、犬の方が素だよ って・・・。



失礼だね、ほんと



629 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/02(日) 19:38
─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─
630 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/02(日) 19:40


「ねぇ、よっすぃー?」
「ん?」
「ところでハナさんとはどこで待ち合わせなのさ」
「もちょっと待ってよ」
「いいけどさ・・・今日は休みだし」

ウチはまいちんを連れていつもの場所に向かう


「・・・あ、居た居た!!」
「ど、どこよ」

「ほら!!あそこ!」





















「・・・・・は・・・はぁ!??????」


「・・・ああ、華さん・・・今日も綺麗ですね・・・」
「よ、よほっすぃー??」


まいちんは隣で頭を抱えたしゃがみこんだけど
ウチは華さんに今日も釘付け

ああ、愛しいあの人、お昼ご飯何食べたんだろう・・・




631 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/02(日) 19:40
─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─
632 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/02(日) 19:41


「よっすぃー・・・」
「何でしょう・・・」

「あのね・・・」
「何か・・・」

「いいや・・・」
「何。言いなよ」


さっきからこの会話が何回繰り返されただろう

交差点で蹲ったまいちんは急にウチの腕を引っ張って
近くのカフェに入ったはいいけれど
まいちんはずっとため息
ウチはそれを聞いてさらにため息

どうしたんだろう。彼女のため息の原因はなんなんだろう

633 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/02(日) 19:43


「あの、ね?」
「うん」
「言いたくないけどさ」
「うん・・・」
「この際、はっきり言うよ?」
「何でしょう・・・」



「・・・華さんって、二次元じゃん・・・」















「・・・顔が?」

 バシッ!!

「いったぁ!!なんで叩くんですかぁ!」
「バカか!!」
「バカとは何ですかぁ!?」
「顔だけじゃなくって全体!全部!!」

「・・・そりゃぁ、確かに薄っぺらそうな顔はしてますけどぉ・・・」

 バシッ!!ドコッ!!

「痛いってば!!蹴るなよ!」
「お前はほんとに、バカか!!」
「だからなんで!」
「あのねぇ・・・着眼点おかしいから」
「どの辺りが」
「看板でしょ!?ねぇ、三次元、リアルじゃないわけよ!?」
「分かってるよ!!」
「華さんって、アンタ香水の名前じゃん!!」
「・・・香水なの?」
「・・・・・それも知らなかったんだ・・・」
「う、うん・・・」

「よっすぃーってほんと・・・」
「・・・なに」
「数字と新聞見てるとき以外は、ホントピュアだよね・・・」

634 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/02(日) 19:43


「ぴゅあ?」
「そーそ。子どもみたいにキラキラしてんの」

まいちんはアイスティーの氷をストローでクルクル混ぜながら
頬杖をついてちょっと呆れ顔
それでもなんだか、学生時代の彼女の顔だった

多分自分もそうだと思う

キラキラかぁ・・・多分こんな自分は久しぶりなんだろうな

「なんか、昔のよっすぃーみたいでうれしい」

ほうらね
彼女は嬉しそうに目を細めてくれた


635 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/02(日) 19:44



カフェの窓からはあの看板が少しだけ見えてる
まいちんは首をそちらに向け、ふーんと頷いた


「なにさ」

 チューーーーッ

「べーつに」

 カラカラッ

「なんだよ」

 チューーッ

「何でもないよ」

 チューーッ

「・・・言えよ」

 チューーーーッ ズズズズッ

「なんでもないってば」

 チューーーーーーッ  ズズズッ

「言えってば」

 チュ―ッ チュゴッ ズズズズッ

「何でも無いって言ってんでしょ」

 ガリッガリガリッ

「なんか言いたそうな顔してんじゃん」

 カランカランッ

「何でもないってば」

 ガリガリッ

「なんふぁ、ふぁおふぃあふぇふぇるっ!」
「氷噛むなよ・・・ニヤけてないってば」
「・・・・・」
「見つめすぎだってば!!・・・別に、嬉しいだけよ」
「・・・なんで」

なんでって・・・ていいながらまいちんはウチの顔をじっと見てくる

636 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/02(日) 19:44


「良かったね」


「なにが」

「いい事だよ?」

「だから何が」




「人を好きになるってこと」




ウチは、まいちんの頼んだアイスティーのグラスだ






「だって、なんか毎日楽しいでしょ?」


氷が徐々に溶け出して


「ちょっと刺激的だったり、ため息も多いけど・・・」


グラスに露がついて


「まいの好きなよっすぃーに戻った感じがする」


一筋の雫が流れる


637 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/02(日) 19:45


「泣くなよ」
「泣いて、ない」

「拭け」
「ズズッ・・・・・ズビーーーーッ」





「汚い・・・」
「・・・ごめん・・・」






この時やっと、自分が彼女に向けていた考えに
間違いがあるって事に気づいた



大切なものは目に見えない

自分の道を行けよ


自分で選んだ道を、行けよ




彼女はウチが何かの型にぎゅうぎゅうに詰められているのだと
気づいてたんだろう

膨張して、凍結する前に
彼女はそこから抜け出した


ウチは固まりきって、全てをガッチガチに凍らせていた


だけど・・・たった一人の出会いと
ずっと投げてくれてた一人の言葉で

ゆっくりと流れるように溶け始めた



638 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/02(日) 19:46


裏も表もないウチで

彼女に心から謝った



そして、もう一言




「ありがと」



639 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/02(日) 19:46







640 名前:Rink 投稿日:2006/07/02(日) 19:47
更新終了です
641 名前:Rink 投稿日:2006/07/02(日) 19:47
レスポンス

>774様
一人ツンデレでございます。
そして、もう少し来ると( ^▽^)この人のツンツンが・・・w


>オレンヂ様
ふりーーー>(^▽^ ))))     
                ((((0^〜^)<はばーー

何がしたいんだ、この二人は汗

>名無飼育さん様
実はもっとカタくしようと思ってたんですが
ちょっと行き過ぎるのもどうかと思い、この辺りで止めました

>名無飼育さん様
あら、うれしいぢゃないですかw
作者もいしよしと出会って世界観はかなり変わりましたねぇ
おかげでこんな小説書くようにもなってし

そんな出会いを私の作品で少しでも感じていただければ光栄です

>カナリヤ様
昔はかなり荒んでいたようですねw
(0^〜^)<衝撃的だったんすよー
だけど基本はアフォですから

>名無し飼育さん様
180度違う吉澤さんが
だんだんと変わっていくのはやはり
石川さんこの方のおかげでしょうかねぇ?

( ^▽^)<あげないよ!
642 名前:774 投稿日:2006/07/02(日) 19:50
なんかまたリアル更新に出会えたww
今回も面白かったですよー
ヒャッホー━━━━━━ (゚∀゚) ━━━━━━!!!!(半壊www
643 名前:Rink 投稿日:2006/07/02(日) 19:51
今回の更新は>>610-639でございます
冒頭部分、PCの調子が悪いのか
age、sageが激しくなってしまいすいませんでした


さて
なんとなく犬っ気出てきましたでしょうか?
それより吉澤犬が意外に人気だとは作者うれしみでございますw

(;T▽T)<あたしが主役なはずなのに・・・
(0^〜^)<二人が主役だろぉ?

(#´▽`)´〜`0)らぶらぶ♪


まだまだ石川さんは二次元のままですw
次回テーマ『ストーカー!?吉澤さん』で行きますww
644 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/07/02(日) 20:28
うぇい!きたーー!
いや〜。壊rじゃなくて!犬っぽくなってきましたぁー!
やー!wニヤニヤですYO!!
645 名前:オレンヂ 投稿日:2006/07/02(日) 22:05
更新お疲れさまです!
いいなぁ、うちにもほしいなぁ、吉澤犬。一家に一匹、吉澤犬
そしてまいちんみたいな友達がほすぃです

ていうか、いただいたレス返しの二人を見て
パソコンの前でリアルに噴出しましたw
646 名前:名無し飼育さん 投稿日:2006/07/03(月) 16:53
更新お疲れ様です。
吉澤さんと里田さんの関係って素敵ですね。
吉澤さんがだんだん吉澤犬になってきましたw
石川さんにお願いして吉澤犬を一日だけでも飼いたいです。
647 名前:カナリヤ 投稿日:2006/07/03(月) 18:33
ナマスティ〜♪更新お疲れ様です!w
看板見てそんな事想定していたなんて
梨華ちゃんにバレたら…。(コワーw
よっすぃーがイイカンジで壊れてきましたネ!(笑)
ここからはもう、それこそ雪崩のごとく?w
STK吉澤期待して(いいのか?w)います!!www
648 名前:愛虎 投稿日:2006/07/05(水) 23:18
更新お疲れ様です。
里田さんの友情で吉澤さんは人として第一歩をやっと踏み出しましたね
まぁ、それが犬になったとしてもw
これからドンドン犬になっていく吉澤さんを楽しみにしてます。
649 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/10(月) 02:23




650 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/10(月) 02:24

ウチは華さんに出会ってから、自分が変わりだした
予備校は相変わらず行ってる
だけど、駅前にある彼女を毎日見る


「華さん・・・今日も綺麗ですね・・・」


予備校に行ったって、勉強どころの騒ぎじゃない

本当は良くないことだと分かってる
けど、華さんの威力は絶大で


「はぁ・・・・」

ほらまたため息が出た





自分の持ち物にだって、変化が見られ始める


「ほんとよっすぃーは相変わらずクソ重たい鞄持ってんの?」
「なにさ・・・華さんが」
「は?華さんと何の関係が」


  ガチャッ


「うっ!!」


思わずまいちんが手で口を覆う
なんだよ、その見ちゃいけないものを見たような目
651 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/10(月) 02:25

「これなに!?」
「雑誌」
「なんで!?どうしたの!?よっすぃーがファッション誌って!熱でもあんの!?」
「失礼だね。う、ウチだって雑誌くらい持つよ!」
「・・・待て・・・よっすぃーのことだ、なんかあるんだろ」

まいちんは雑誌を取り出してパラパラとめくりだした

「・・・・・」
「ま、まいちん!!なんもないって!」


  バサッ パラパラパラパラッ

  ドサッ、バサバサッ  パラパラッ

  ドンッ!パラパラッ


ページをめくる手が止まった
すべて雑誌をめくり終えると、まいちんはずっと下げていた顔を
ゆっくりとあげた


こ、こわい・・・



「・・・・・アンタねぇ・・・」
「な、なに・・・」

652 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/10(月) 02:25

「おんなじ写真なのに、どうして何冊も雑誌を買うかなぁあ!?」

「だ、だって!!!」
「どれもこれ華さん華さん華さん華さん華さん華さん!!」
「だ、だって」
「だってもくそもない!!何冊買ったの!!」
「・・・7冊・・・?」
「それだけか!」
「あと、いえ、にも・・・」
「何冊!!」
「・・・6冊、ほど・・・」
「バカか!!」
「だって、華さん・・・」
「華さんに近づきたいなら雑誌買わんと、香水買わんかい!」


「・・・あ、なるほど・・・」


ウチはまいちんを驚かせて、そんでもっていつも落胆させるらしい
ほらまたがっくりとうなだれた
653 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/10(月) 02:26

「おんなじショットの違う雑誌を買ったところでよ・・・」
「あ、いや、なんか、衝動買いを、してしまい・・・」
「はぁ・・・ほんと思い立ったらまっすぐなところは変わってないんだから・・・」
「あ、ああ・・・すいません」

目の前に広げられた、数々の女性雑誌、週刊誌、新聞の一面広告・・・
確かにここ数日で、財布の中身が一気に寂しくなった

パラパラと雑誌をめくると、看板と同じ綺麗な華さんが居た
もうどの雑誌のどのページに彼女がいるか覚えてしまった
654 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/10(月) 02:26

「ねぇ・・・華さんのこと好きなの?」
「う、うん・・・」
「照れてないでさ・・・真剣によ」
「しん、けんに?」

「そう・・・」

じっと見つめてくる彼女の目の奥から
ウチはデレデレしていた口元を引き締めた

「・・・どうすんの?」
「なに、が?」
「最近、予備校行ってないんでしょ?」
「な!」
「聞かなくても分かるよ・・・こんな時間から居るんだもん。
 いつもなら学校からまっすぐ予備校行ってたじゃん」
「・・・・・・・」


「・・・・・どうするかは、よっすぃーが自分で決めればいい」


「・・・・・・・」



「けど、両方とも、中途半端だけは、ダメだよ」
「・・・分かってる・・・」




それならいいよ、と彼女はワゴンの中に戻っていった



655 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/10(月) 02:27


アイドルの追っかけをしてる人の気持ちが今なら分かる
馬鹿にして軽蔑視していたウチを彼らは許してくれるだろうか


学校に行っても、今までなら耳を貸さなかった周りの人の声も
自然と入ってくるようになった

呼び止められる声にも、立ち止まるようにもなった



ウチは、どこに向かおうとしてるんだ・・・



656 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/10(月) 02:27


どこに・・・行けばいいんだろう・・・



灯台の明かりを目指して進んでいた深夜の航路は

深い闇に飲まれて、動けなくなってしまった







What I'm goin'....


















  香水買いにいけよ!!







「・・・こ・・・うすい!!!」

  ガンッ! バタンッ!!

「ちょ、ちょっとよっすぃー、なに!?イス壊さないで」
「まいちん!!」
「なに!!」
「香水!!」
「はぁ!?」
「香水!買いたいの!ついてきて!!」
「ちょ、あ、はぁ〜!?」
「ついてきてよ!!」
「今から!!?」
「うん!」
「まいは店あるの!」
「あ、そっか・・・」
657 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/10(月) 02:28

ウチは多分、まいちんの言うように
いつかこのイスを壊すんじゃないかと思う

倒れたイスをそっと起こして座りなおした

「・・・そんなショボンとしないでよ・・・」
「・・・だって・・・」
「分かったよ・・・もう店閉めるから、行けばいいんでしょ?」
「・・・ほんと!?」
「目キラキラさせないの!」
「わーーい!!」

犬が・・・ってボソッと呟きながらまいちんはため息をついて
店の片づけを始めた
ウチはもう香水を買いにいけることで舞い上がって
手を上げながらクルクル周り始めた


「犬!!手伝え!!」
「は〜〜〜い!!」





658 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/10(月) 02:29
─  ─  ─  ─  ─  ─  ─  ─  ─  ─
659 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/10(月) 02:31



「いらっしゃいませ」


渋谷にある、華さんの香水があるお店に
まいちんと一緒にやってきた

というより、まいちんに連れてこられたというほうが正しい

香水を買いたいと思っていても
肝心の店の場所がどこにあるのか全く知らなかったから

660 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/10(月) 02:31


店の壁には、女性の写真が壁画のように描かれ
所々にある壁に埋め込まれたモニターで、プロモーションビデオが流れている

「あ!!!」
「な、なに?」
「華さん・・・」

ウチはモニターから流れてきた、華さんの映像にくびったけ

「あのさぁ、よっすぃー、貢献しないとさぁ・・・」
「そ、そうだけど、もうちょっと待って」

店に居る人たちはみんなお目当てのものを見てるんだろうけど
ウチは華さんにかぶりつき・・・

ああ、動く華さん・・・

瞬きした!首横に向けた!手上げた!
笑ってる・・・ああ、見つめられてる・・・



幸せ・・・






661 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/10(月) 02:31







「何かお探しですか?」

だれ!ウチの幸せな時間を邪魔する人は!!

「ふんっ!!?」

勢いよくその声の方に顔を向けると
黒く細いスーツの女性が笑顔でウチを見てた

仕事が出来そうな雰囲気、かもし出してる

そっか、ウチは、頭がいいのが“出来る”と思っていたけど
違うんだね・・・


「はぁ・・・」
「どうされました?」
「あ、いえ・・・自分に落胆しただけなんで・・・」
「え?」
「あ、いえいえ、なんでも・・・」

「華、ですか?」
「え!?」

ガックリうな垂れてた頭を起こす言葉

  『華』

そうです!華さんです!

「は、は、はい!」
「こちらへどうぞ」




662 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/10(月) 02:32


店の奥へ案内されると
そこは一面、深紅に包まれて居て、不思議な空間だった

「今回のYOUシリーズの『華』はとても人気なんです」


まるで、どこか別の世界へと連れてこられたようなそんな気分
天井も、床も、壁も・・・

薔薇の色そのものだった




「香りの基調が薔薇なので」

どこからか香ってくる、甘い香り
だけど媚びるような甘さじゃなくって、とても爽やかな気分にもなる


「・・・いい、香り・・・」
「ありがとうございます」

「それに・・・素敵な演出ですね」
「『華』は彼女の効果もあってか、男性が女性へと贈られることも多いので」

こちら側からも何か贈りたいと・・・
そう言って、彼女は壁にプロジェクターからぼんやりと映し出された
一人の女性を見ていった


華さん・・・


663 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/10(月) 02:33

だんだんと、頭が冴えてくる

いや、冷静になってくる


見えないものが見え出した
そんな感覚で、浮かれていた心を落ち着かせるように
ウチは静かに問い掛けた


「あの・・・こんなことを伺うのはどうかと思うのですが」
「はい?なんでしょう」

「この、女性は・・・誰、なんですか・・・?」


店員さんは、それを聞くとやんわりと微笑んでくれた


「よく、お客様にも尋ねられるのですが・・・」

少しだけ顔が淋しそうになった
そりゃそうか・・・言えないよね

「あ、いえ、いいんです・・・言えませんよね」
「申し訳ありません」

本当に申し訳なさそうな顔で頭を下げられた
大した事を聞いたわけじゃないのに、親身に聞いてくれる

教育が行き届いている証拠だな

664 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/10(月) 02:33

「ですが、あまりにも問い合わせが多いらしいので」
「へぇ」
「少しだけなら」
「え?」
「本社の社員さんらしいです」
「え・・・?」
「ココまでは皆様にお答えすることで・・・」

そういうと、彼女はウチに近づき
コッソリ耳打ちをしてくれた

「企画部の方だそうです」
「え・・・?」
「『華』というのも、彼女の名前から取られたそうですよ?」

ウチは驚いて、彼女の方を向いた
少し視線の低い店員さんは、人差し指を唇に当てて


「内緒です」


ウィンクしてそう言った


665 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/10(月) 02:33

多分、ここに居ると
魔法にかかるのだと思う

華さんだって、この店員さんだって
心を掴んで離さない何かを持ってるんだと思う


やっぱり、『華さん』でいいんじゃん・・・


ウチは壁に映し出された彼女の柔らかな泣き顔を見ながら
そう、ぼんやり思った






666 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/10(月) 02:34




「よっすぃー??」
「あ、ごめんごめん」

深紅のフロアから戻ると、どこに行ってたんだよと
まいちんが少し不安げな顔をして待ってた

「ほら、買わないの?」
「あ、うん」
「これ、いい香り」

まいちんはテスターを手にとって手首に振りかける
ハートのボトルが女の子の興味を誘うのか
周りには女性同士や、カップルがたくさん居る

「ほら」

まいちんは手首をウチの鼻に近づけた
甘くて、ほのかに薔薇の香りがする

「うん、いい香りだね」
「でも、つけれないなぁ・・・」
「ああ、店やってるしね」
「うん・・・でもほしいなー」

「・・・プレゼントするよ」
「え!?」

まいちんは相当驚いた様子で、ウチを見てくる
そんな目玉飛び出すほど見ないでよ

「どうしたの!?熱でもあんの!?」
「あのねぇ・・・おでこ押さえなくても熱なんてないから」
「だって珍しいじゃん」
「いつも付き合ってもらってるし・・・プレゼントするよ」
「やったぁ!」


財布の中身がどんどん寒くなるけど
いつもまいにんには色々話付き合ってもらってるし
ここに来れるきっかけをくれた人だから。

667 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/10(月) 02:34
─  ─  ─  ─  ─  ─  ─  ─  ─  ─
668 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/10(月) 02:35




  ブロロロロロロロロッ   バタンッ



「今日はありがと」
「こっちこそ、プレゼントありがとね」

派手なワゴンが閑静な住宅街に止まった
まいちんが家の近くまで送ってあげるよと言ってくれたので
好意に素直に甘えることにした

まいちんは窓から香水の入った袋を見えるように上げて
嬉しそうにしてくれた

その彼女から香ってくる『華』の香り

669 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/10(月) 02:35

「今日は大収穫なんじゃない?」
「うん、そうだね」
「でもあの店に入り浸っちゃだめだよ」
「え?!」
「買いもしないのに華さん目当てで行こうとしてたでしょ」

え?違うか?と窓から顔を出してグッと近づく
いつもは近いとか言いながら脅す時はそうやって・・・

「ち、違います!」
「バレてんだよ」
「・・・しませんよぉ・・・」

  ガシッ!!

「よっすぃ〜〜?」
「うっ!な、なんでしょう」

まいちんはウチの首に腕を巻きつけ、グイッと引き寄せた

「そんなにずっと見たいなら、ずっと見られる場所に行・け・よ♪」


「・・・は?」
「アンタが何勉強してるんか考えなぁ〜」




   ブロロロロロロッ




「じゃぁね〜〜!」





彼女は窓から手を出して坂道を下っていった

車が切り裂いた空気が風になってウチの髪を揺らす
ふわっと鼻をくすぐるのは彼女が付けてた香水




「じゃぁねー・・・」





670 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/10(月) 02:36



 
  キィッ バタン



そんなに見たいなら

もっと見られる場所に行けよ

ウチが何を勉強してるか・・・



「ただいま」
「おかえり、遅かったわね」
「うん・・・」
「お風呂沸いてるわよ」
「明日の朝でいいや」


  タン、タン、タン、タン


どういう事


  ギィッ   パタンッ


そう言う事でいいわけ?


  ドサッ


「はぁ・・・」



なんでそんなウチの中を見抜くんだろう
長年の付き合い?
それともウチがそんなに顔に出してる?


671 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/10(月) 02:36






 よっすぃーも、自分の選んだ道で頑張ってよ

   もっとさぁ?自由でもいいんじゃないの?


  自分の道を行けよ  自分が選んだ道を行けよ


 よっすぃー!!







何をすればいい・・・

ウチがする事は








そうなると
この家にはもちろんいる事なんて出来ないから・・・




バイトか




とりあえず求人誌買ってこよう
予備校はもう行かない
母さんにいいに行こう
一人暮らしが出来るほどのお金を溜めて




・・・父さんには・・・

いや・・・二人を説得させなきゃ




説得出来なかったら・・・




いや・・・なんとしてでも説得させる



672 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/10(月) 02:37





そうか

これがまいちんの言う  “自分の決めた道”なんだ








華さん

あなたの傍に行きたいんです

あなたをもっと知りたいんです

あなたをもっと感じたい

あなたをホントの名前で呼びたい



だからウチに力を貸してください



  カチャッ



おやすみなさい


そして、また明日




673 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/10(月) 02:38
─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─
674 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/10(月) 02:38


「ねぇ、ひとみ?」

「ん?なに?」


「ひとみぃ〜」

「なぁに、どうしたの?」


「んーーー」






「梨華」


「えへへ」

675 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/10(月) 02:38

あなたの名前を呼べるのは

あの時“決めた”から


背中を押してくれたまいちんに感謝
遠いところででも笑顔で居てくれてた梨華に感謝



「梨華」
「ひとみ」

「ありがと」
「ん?なんで?」

「梨華が居てくれたから」


「アタシも・・・ひとみが居てくれてよかった」


676 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/10(月) 02:39
─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─
677 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/10(月) 02:39






678 名前:Rink 投稿日:2006/07/10(月) 02:40
更新終了です
679 名前:Rink 投稿日:2006/07/10(月) 02:40
レスポンス

>774様
(;^▽^)<先生、お一人壊れましたぁ
(0;^〜^)<ん、ん〜〜・・・注射しとくか

>名無飼育さん様
まだまだ、本格的犬さは出てませんが
これからどうなる事やらw

>オレンヂ様
(;^▽^)<エンゲル計数が高くなるのであまりお勧めできません
(=⌒_ゝ⌒=)<あら、ありがとー
まいちんのAAってこれで合ってんのかしら汗

ふり幅をでかくと言う事で二人がああいう動きをしてくれたようですが
あまり無意味な動きかと
( `▽´)0`〜´)<こらRink!
すいません・・・


>名無し飼育さん様
吉澤さんを突き動かしたのは里田さんの言葉だったようですねぇ
なかなかあの関係は作れませんです
ホントはごとーさんにしようかと思ったんですが
Rinkの作品には吉澤×後藤の友情関係があまりに多く
なのにリアルは最近少なく・・・ということもあり
里田さんにお願いしましたw

▽0^〜^▽<出張しましょうかー?
( `▽´)<こら!!

>カナリヤ様
( `▽´)<アタシの事ネパールの人だと思ってたわけ!?
(0;^〜^)<ご、ごめんなさい・・・
酷い話しだw
ストーカーまがい行為は次回ということで。申し訳ないです

>愛虎様
▽0^〜^▽<ワンワン♪
(;^▽^)<やめて・・・
犬はもともとなので、石川さんに会って炸裂したようですw
680 名前:Rink 投稿日:2006/07/10(月) 02:41

今回の更新は>>649-677です

少なくて申し訳ありません
そいでもってストーカー吉澤は次回です
申し訳ありません・・・・・

更新が進まないというわけではないんです
ココで一区切りしたほうが次回の話があまりにも濃いもんだから汗

なんか話が中だるみ状態な気がしますが
やっと次回は爆弾が落とせそう


今まで勉強ばかりでいけ好かない感じの吉澤さんが
どう変わるかを書きたいんです。
吉澤さんがあんな風だったのは
ただひたすらに、父親に振り向いて欲しかった
そして愛を受けたかったのでしょうかねぇ

いけ好かん吉澤にしても犬吉澤にしても
ひた向きで素直な人だという事らしいです

(0^〜^)<思い立ったら真っ直ぐなんです
(;^▽^)<たまにそれが・・・犬・・・
▽0^〜^0▽<わんわん!!
(;T▽T)<やめてぇ!!



次回『男吉澤、決断の巻』


(0`〜´)<男かYO!

681 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/07/10(月) 02:55
期待してるYO!
682 名前:774 投稿日:2006/07/10(月) 12:58
_| ̄|○ <前回は壊れてスイマセン
そして更新キテタ━━━━━━ (゚∀゚) ━━━━━━!!!!
「そいでもってストーカー吉澤は次回です」
ヤバス 次回がたのしみですwwww
683 名前:オレンヂ 投稿日:2006/07/10(月) 19:53
更新お疲れ様でーす!
ピュアな吉澤さんがかわいいですねぇ
そしてストーカー吉楽しみにしておりますw

あー確かに里田さんはエンゲル係数高そうですねぇ・・・(笑
684 名前:名無し飼育さん 投稿日:2006/07/12(水) 00:13
更新お疲れ様です。
吉澤犬を飼いならしてた里田さんがすごいです(笑)
吉澤さんがストーカー!?
ヤバイくらい次回が楽しみですw
685 名前:カナリヤ 投稿日:2006/07/12(水) 20:20
更新お疲れ様です!
いやいや、すでにSTKなよっすぃーの初期症状が出ている様な気が…。w
迷わず行けよ!行けば分るさ!!(猪木)
中だるみなんてとんでもない。十分楽しませて頂いておりますよ。
それにやっぱ振りが無いとパンチが効いてきませんから♪

(;^▽^)ば、爆弾ってなんだろ…?
686 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/16(日) 03:05







687 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/16(日) 03:06


「今日はありがとうございました」
「はい、どうも」




これで、5件目っと・・・


ウチは華さんの店に行った次の日から
さっそくアルバイト情報誌を買ってバイトの面接を入れまくった


店を選ぶ基準はもちろんお金。
あと2年で貯まるところまで貯めてやる


688 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/16(日) 03:06


空いた時間は図書館に行く
勉強するためじゃなく、華さん情報を少しでも集めるため。
あのYOUってシリーズを出している会社のサイトから
会社概要を見て、どんな資格が要るのか、面接はどんな方法なのか
ありとあらゆる情報を収集していく
ウチの大学の学部ではあいにく就職先にはなっていないみたいだし
そうなると飛び込みってことなのか・・・?

社長の言葉が書かれてあるページを開く

へぇ・・・女性社長なんだ


  『あなたが輝ける場所、輝けるものを・・・』


「はぁ・・・」

親のレールに乗っていたって言うのは本当だなぁ
就職なんて頭になくって
会社を継げばそれでいいんだから・・・
気楽なのはウチのほうだったみたい。


なんとしてでも華さんの近くに行きたい
でも、行けるかどうか分からない


みんなこんな不安抱えてたんだな・・・



689 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/16(日) 03:07
─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─
690 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/16(日) 03:08


「そーーだよ。気づくの遅いってば」
「ごめんなさい・・・」
「まーったく。まぁ気づいたんならそれでいいんだけどね」


蒸し暑い夏もそろそろ終わる頃
ウチは相変わらずまいちんのワゴンの前に居座ってる

参考書からファッション誌、そして今はバイト情報誌と賃貸情報誌
ファッション雑誌は自分を磨くためじゃないのかとまいちんには呆れられたけど
それは華さんが載ってるからで・・・

691 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/16(日) 03:08



「んで?バイトは決まったの?」
「んーー。今のところ連絡はないね」
「まぁ、たかだか5件くらいであっさり決まると思うなぁー?」
「思ってないってば」


「お母さんには言ったの?」
「・・・・・」


「まだなんだ」
「なかなか、言い出しにくくって」

「お母さんは、応援してくれんじゃないの?」
「・・・わかんない」

「いっつもよっすぃーのこと見てくれてたじゃん」
「そう、なんだけど」

「大丈夫だよ」
「・・・だといいけど」


「踏ん切りつかない?」
「ん、んん〜〜」
「この期に及んで」
「そういう、わけじゃないけど」
「じゃあなに」

「なんか・・・怖くって」
「・・・・・なにが?」



「・・・初めて、だから・・・真っ暗で、こわい・・・」





692 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/16(日) 03:09





「よっすぃーの目の前には、明かりはないのかい?」


まいちんがワゴンから出てきて、ぐっと伸びをした
その視線の先は、高くなった雲


「明かり?」

「そう・・・たとえ小さくても、風に吹かれても、消えない明かり」

「・・・・・」



「華さんじゃないの?」



「・・・・・・・」


「まだ頭だけで行動してるんだね」
「・・・どういうこと?」

「体で感じるの」
「・・・??」

「わかんない?」
「・・・うん・・・」


693 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/16(日) 03:10



まいちんは視線をウチに向けると、少しはぁっとため息をついて
息を大きく吸い込んだ




「ひとみ副隊長!!」









あぁ・・・・・





昔のことがよみがえってくる



まだ何も知らなくて、汗や泥にまみれて、家に帰ることを惜しんでたあの時


新しい道を作ることに一所懸命で
何も無いところから自分達で作ってたあの時




694 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/16(日) 03:10


「・・・・・思い出した?」
「・・・うん・・・」

「あの時の気持ち、まいはいつも持っておこうって思ったの」




 よっすぃーが悪いわけじゃない
 誰かが悪いわけでもない

 ああなってしまったのは必然で
 その時のことを責めたって仕方ない


 そのまま進むのが良いのか
 新しく道を拓くことが最良なのか

 自分の中ではかりにかけたとき

 まいは後者だったの


 怖かったよ、もちろん
 説得させたつもりの両親と
 負け犬だとまいの事を冷たい目で見る周り

 まいには応援してくれる人は誰一人としていなかった

 悲しい事に、よっすぃーも・・・



 だけど、目の前にあった

 馬鹿にされるかもしれない だけど一番誇れるたった一つの夢だけは
 揺れなかった

 それに向かう自分が
 一番・・・


695 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/16(日) 03:11


「かっこいいっていうか・・・」


まいちんは照れ笑いしながら


「そんなかんじ?」
 

そっと頭を撫でてくれた


696 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/16(日) 03:11


そういえば探検をしてるとき
まいちんが隊長で、うちが副隊長で・・・
ウチはよく転んで泣いてると
こうやって頭を撫でてくれたっけ・・・

「もっと泣いていいよ」

変わらずやさしく声を掛けてくれる

「泣いてない」
「泣いてるじゃん」
「泣いてない!」
「そーゆーとこ、変わらないよねぇ」
「うるさい!!」

まいちんの手を払いのけると、あははと笑いながら彼女は後ずさった
昔の光景がダブって見える




697 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/16(日) 03:12





「ねぇ・・・」
「ん?なに?」

「昔のウチってさぁ」
「うん」
「どんなだったっけ・・・」
「・・・・・思い出したい?」

「うん」
「・・・まい的には、思い出して欲しくないんだけど・・・」

「どうして!」
「だって・・・」

疲れるんだもん、とかいいながら
まいちんは少し俯いて周りのテーブルをキレイに拭いていく

698 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/16(日) 03:13

「ちょ、なんで!ねぇ、どうして!」
「いや、だから、ちょっと」
「なに!ねぇ、なにってばぁ!!」
「ちょっと!よっすぃー、ガタガタ揺らさないで!」
「おーーーしーーーえーーーろーーー!!」
「こら!ちょ、ホントじゃましない、で、で、ってば!」
「教えるまでゆらすーーーー」

「んもーーーーーー!!!」

まいちんとウチがテーブルを挟んで対峙する
右に行けば左、左に行こうとすれば右
彼女をここから逃さないようにいったりきたり
それはホントに滑稽な姿だと思う

業を煮やしたのか、まいちんは動きを止めて一言ウチにこういった



「ひー犬、ハウス!!!」





あぁぁぁ・・・



そうだ・・・


そういや、そうとも呼ばれてた、ウチ・・・


699 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/16(日) 03:13

「思い出した!?」
「あ、うん・・・」
「もういい!?」
「・・・うん・・・」
「まったく・・・」


プリプリしながらまいちんは仕事の続きに入った

ウチはその場でしばらく、ぽかーんと口をあけたまま
その言葉を言い聞かせるように繰り返してた



「ひー犬・・・・・ひー犬・・・」






700 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/16(日) 03:14
─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─
701 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/16(日) 03:14


ウチは家に帰ると、昔のアルバムやらなんやら
クローゼットの奥に仕舞いこんだものを全て引っ張り出してきた

高校の卒業文集、中学校の卒業アルバム・・・

すっかり忘れていた埃が被ってるお絵かきちょうも

母さんがココに全部入れてくれてたんだ・・・



一枚一枚、思い出しながらページをめくる



小学校の時の卒業文集に手を伸ばして自分の作文を探す




702 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/16(日) 03:14

 ─  ─  ─  ─  ─  ─  ─  ─  ─  ─



  わたしの夢    6年2組  吉澤ひとみ



 わたしは将来、人の役立つ仕事につきたい

 世界には食べるものがなくて苦しんでいる人
 薬がなくて、助けを求めている人がいる

 わたしはそんな人を、ひとりでも多くの人を助けたい

 
 誰かのために、役立つ人になりたい

 
  ・
  ・
  ・



 世界のどこかで、わたしの手を求めてる人が居るかもしれないから
 その人のために、がんばって勉強しようと思う


 どこかの誰かの、笑顔がまた一つ増えるように



 ─  ─  ─  ─  ─  ─  ─  ─  ─  ─

703 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/16(日) 03:15



  ポタッ  ポタポタッ

  

あ、あは、あはは・・・
昔の事思い出して、泣いちゃったよ

すっかり忘れてた。

誰かのために生きたいだって・・・


いつのまにウチは
『自分のためだけ』に生きようとしてたんだ・・・



704 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/16(日) 03:16


 トントンッ

「ひとみ?」

ウチは慌てて涙を袖で拭いた

「は、はい」
「どうしたの?帰ってきたと思ったら部屋に閉じこもって・・・ってどうしたの?」
「あ、ああ・・・」

母さんはウチの部屋の散らかり様を見て唖然としてる

「ちょ、ちょっと大掃除を・・・」
「そ、そう?」
「・・・・・」


705 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/16(日) 03:16




母さん、老けたなぁ・・・


そりゃそうか
ウチ、もう20だもんな・・・




ねぇ、母さん
ウチの事を応援してくれる?

今更ウチは母さんの応援してくれてた道を進もうとしてるけど
変わらず笑顔で居てくれるかな

ウチ、勝手わがままだけど
自分の道を行きたい



706 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/16(日) 03:17


「ねぇ、母さん・・・」
「ん?どうしたの?」

母さんは部屋に入って、アルバムを少し横にずらして絨毯の上に座った

母さんはいつだって笑顔だ
だけどウチが勉強一筋だった時は、悲しそうな笑顔だった
ウチが100点取るよりも、裏山で取って来たどんぐりの方が
喜んでくれてた


「あの、ね・・・」
「ん?なあに?」


ウチは正座して、膝の上に手を置く
グッと握り締める拳



怖い



怖い



だけど


707 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/16(日) 03:18





「ウチ、もう、予備校行かない」

「・・・え?」


怖い
母さんの顔が見れない





「自分の、やりたいこと、が、見つかったんだ」



「だから・・・今までの予備校の授業料も、バイトして、返す、から・・・」



「ウチの、好きな事をさせてください」






708 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/16(日) 03:18








709 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/16(日) 03:19


「ひとみ?」
「・・・ッ、ンッ、ッグッ、んに?」









「お母さん、うれしい」




・・・え・・・?






「ひとみの事ずっと応援してるよ?」












「だから、頑張れ」














「う、うぅぅ、うぁああああああ!!」




710 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/16(日) 03:21


ウチはこの日、声をあげて泣いた


何年ぶりだろう
母さんに抱きしめられたの


何十回、何百回、ごめんなさいって言いながら


わんわん、声をあげて泣いた



711 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/16(日) 03:22


目が腫れるから冷やして寝るのよと言われて
冷たいタオルを持って来てくれた母さんは

ウチが泣き止むまでずっと抱きしめてくれてた

メロドラマみたいにクサイと思ったけど
それでもやっぱりありがたい


712 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/16(日) 03:23


ウチは着々と準備をすすめる
まいちんも忙しい合間を縫って手伝ってくれた


今までの事を全部謝った

「いいよ、そんな改まって」
「でも」
「いーから!!まいはよっすぃーが夢を叶えてくれたらソレが一番うれしいから!」

そう言いながら物件を探してくれる彼女
今までの事を謝りながら、ウチは彼女に何千回もありがとうと言おうと思った


713 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/16(日) 03:23

そして有り難い事にバイトも決まった
しかも華さんの看板が見えるカフェ。

看板が見える場所を重点的に探していた事は、まいちんには内緒
じゃないとほんとに呆れられそうだから


飲食店で働けと言うアドバイスは大学で出来た友達からだった

「ビンボー生活する時に学んだ事が役に立つよ」

そういう彼はウチが想像を絶する極貧を体験してるらしい
あまりの貧しさに、周りがヒくからとその時の事は誰にも明かしてないけど

だからウチはホールではなくキッチンでバイトをする事にした
接客はどうもむかないと思うし。


714 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/16(日) 03:24

バイトに行きだして、友達も徐々に出来てきた
大学でも休憩時間や空いた時間に話す人がだんだん出来てきた

今までどれだけ自分が心を閉ざしていたのかが
彼らの会話から感じ取れる

吉澤はとっつきにくいと思ってた
睨まれてたしなー、なんて言われても
今は笑い飛ばせる

馬鹿にしていた、学校帰りのゲームセンターもカラオケも
楽しいもんだと、思えるようになってる

もう少しで、こんな感覚も味わわずに
ウチは4年間一人で過ごすところだったんだ・・・


何でも聞いてくれて、何でも話せる
これが仲間ってやつなのかな・・・






だけど、ウチには
そんな仲間にも話せないちょっとした新たな習慣が出来た
それは・・・




715 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/16(日) 03:25
─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─
716 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/16(日) 03:26


「隊長、今日も万全です」
「・・・ねぇ、なんでアタシなのよ・・・毎度聞くけどさぁ?」
「デカ長!静かに!ホシにばれます!!」
「あんた誰!!」
「しーー!!静かに!」


ここは華さんの会社前にある小さな公園の


 ガサガサッ


「ちょ、虫居る!!」
「まいちん、静かにってば!」
「まい、虫嫌いなの知ってるでしょ!!」
「知ってるけど、静かにしてってば!!」

717 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/16(日) 03:26

 グチャッ

「「あ・・・」」

「・・・よっすぃー、近寄らないで」
「な、んで・・・」
「汚い!!」
「買ったばっかなのにーーー!!」
「犬のウ○コ踏んだ足こっちに向けないでってばぁ!!」


草むらの中で、若い女が二人
犬のウ○コのなすり合い・・・


何やってんだと思ったでしょ?

題して
『華さんを探せ!!の巻』


思い立ったのは、2週間前。



718 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/16(日) 03:27

* * * * *



「まいちん!!まいちーーーーーーーーーーん!!!」
「なによ!!」

いつもの場所でワゴン屋台を出すまいちんは
ウンザリって顔で窓から顔を出した

「あぁぁっぁぁぁぁああああ!!」
「なに!!」

ウチはばったりとその場にへたれこむ。
走ってきたせいもあるけど、それだけじゃないんだ
この涙のわけは

「なに、なんで泣いてんのよ」
「だぁ、だぁって、だってぇぇぇ」
「なに、落ち着け?どした」

「は、はな、華さんがぁぁぁぁあああ!!」



719 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/16(日) 03:27

昨日は受けている授業が一コマも無かったので
朝からバイトに行ってた

その時は普通にいつも通りに居た華さんが

バイト上がりには


「真っ白になってたのぉぉおおお!!」
「・・・はがされてたってわけ?」

こくこくと首を縦に振る
もうあまりの悲しさに声も出ない


「そうか・・・それは悲しい出来事だねぇ」
「う、うっぐ、そ、そんなぁ・・・」
「しゃーないよ、だってそう言うもんじゃん?広告なんて」
「そう、だけどぉぉ!!」

グズグズと鼻水をすするウチに
まいちんは汚いから拭けとティッシュを投げる
720 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/16(日) 03:29

「もー、さぁ?」
「な、にぃ?」
「そんなに見てたいんなら、会いに行けばいいじゃんよ」




 会いに行けばいいじゃんよ


 会いに行けば



 会いに




「あ、やべ。アタシまた墓穴掘った?」


 キラリンッ☆


「まいちん!!!」

 バンッ、ガタンッ!

「やっぱりぃぃ!!」




* * * * *
721 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/16(日) 03:29



「ってなわけよ」


「ちょっとよっすぃー、誰に喋ってんのよ・・・」
「ああ、ごめんごめん」

そんなわけで、うら若き乙女(まいちんご希望表現)2人がこうやって
まるで探偵か刑事か、張り込みをしてる


んだけど・・・




「ママー!あそこに変な人居るぅー!」
「こら!たかしちゃん!見ちゃダメですよ!」

「「んだと!ゴルァ!!!」」

「わぁぁぁあああん!!!」
「た、たかしちゃん!行くわよ!!」

「がるるるるるっ」
「おととい来やがれゴルァ!!」


722 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/16(日) 03:30

「ったく・・・最近の母親ってのは教育がなってない、教育が」
「まいちん、新橋のお父さんみたいだよ。飲んでんの?」
「飲んでるわけないでしょ・・・」
「ウチがまいちんのキャラ崩壊させてるんだよね・・・ごめん」
「いいよ、べつに」
「オヤジ全開キャラにさせちゃって・・・って、もともとか」
「んだと!?」
「あはははははは!」

髪に葉っぱが絡んでも、なんか楽しい
店が休みの日は必ず付き合ってくれるまいちんは
本当にいいヤツ。
一つの思い出にしてくださいって言ったら首しめられるから言わないでおこっと


723 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/16(日) 03:31

「それにしてもさぁ、ほんとに居るわけ?」
「間違いないです!」
「どーしてさ」
「だって・・・本社の企画部の人だって言ってたもん」
「それは不確かじゃない?」
「そう、だけど・・・石の上にも?」
「3年」
「待つのです」
「ってか、一人でしろよなぁ・・・」
「そう言いながらノリノリだったじゃん」
「チッ・・・」
「まーまー。夜ご飯おごるから」
「いいから、貯めなさい」
「・・・はい・・・」

華さんを待つという名目だけど
ホントはまいちんとこうしてくだらない話をしたいだけかもしれない
今までの何かを取り戻すように。
だから何時間でも苦じゃなかったりするんだ

ただ、ウ○コは・・・




724 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/16(日) 03:32

「ふぁあああああああ・・・・・」
「ごめんねぇ・・・」

本日華さんを待ちつづけて数時間
連日の疲れもあって、まいちんはかなり辛そう

「ねぇ、まいちん・・・」
「んんっ・・・ん・・・」
「寝る?」
「んー・・・」
「ね、ねぇ・・・かえ、る?」
「・・・んー・・・いいの?」
「だって、付き合わせちゃってるし・・・」
「遠慮はしなくていいんだよ?」
「いや、そーじゃなくって・・・明日も早いっしょ?」
「ん、まあね・・・」

「ありがと・・・ウチもう少し待ってみるから」
「・・・おっけ」


725 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/16(日) 03:33

  ガサッ!!


「きゃぁぁぁぁあ!」
「わぁぁぁぁん!」
「たかしちゃん!行くわよ!!」
「ママー!ママーーーー!!」


「んだよ。あのガキ、まだ居たのかよ・・・」
「ありがとね」
「いいよ。んじゃ帰るけど」
「うん」
「もし出てきたら、連絡ちょうだい」
「うん。ありがとねー」


まいちんは腰をトントンと叩きながら
後ろ手に手を振って帰っていった


  ガサッ

「・・・はぁ・・・」



726 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/16(日) 03:33

植え込みにしゃがみ込んで、どれくらい時間が経ったんだろう
日もそろそろ沈む
秋風がシャツを揺らしてく


ビルからは人はたくさん出てくるけれど
華さんらしい人は出てこない

今日も、収穫は無しなのかなぁ・・・



727 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/16(日) 03:33











728 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/16(日) 03:34










729 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/16(日) 03:34










  カサッ  カサッ  カサッ



「んっ、ん・・・」

ウチはいつの間にか蹲ったまま寝ていたようで
誰も居なくなったはずの公園の入り口の方から
人が来る足音で目が覚めた


「こ、腰痛ぇ・・・」

身体をぐーーっと伸ばそうと、顔を上げる



730 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/16(日) 03:34






「あ・・・・・・・・」






口がこれでもかってくらいに開く
植え込みの葉っぱの合間から見えたその姿、顔は






「・・・あ、ああ、あああ・・・ああ・・・」








華さん・・・





731 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/16(日) 03:35
あおあげおあいびえいがせいぐがごがうがぇおいがえ
だおいわおろあさいぱせおぺをいへぼうおえっぼうぃ
そあいびゅろあびゅらぶをあだっぼおううわああわわ
わわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわ
わわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわ
わわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわ
わわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわ
わわわわわわわわわわわわわわわわ!!!!!!!!!!!!!!!


落ち着け!!落ち着けぇぇぇ!!


「あ、ああが、あがが」


華さんはウチのしゃがみ込んでいる植え込みに近づいてくる

「ああああ!!ごふっ!!」

ウチは手を自分の口に当てて声をこらした
馬鹿!こんな姿見つかったらほんとに怪しいやつじゃん!
めいわく防止条例違反で捕まって
就職なんて話どころの騒ぎじゃなくなる!!
落ち着け、落ち着けぇぇ!


今更自分の行為が危険なものだと気づいてしまった・・・


732 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/16(日) 03:36

華さんはウチのしゃがみ込んでいる真後ろにあるベンチに腰をかけた
会社には入らず、何してるんだろう


「ふぅ・・・」

あ・・・華さんが、ため息ついたぁ・・・
ウチは音を立てないように身を反転させる

「はぁ・・・」

また、ついた・・・


「あたし、ダメなのかな・・・」

え・・・?

「ふぅ・・・」

華さん・・・

とりあえず日本人だってことは判明した
だけど何をそんなに落ち込んでるの・・・

だって華の売上はすごいって書いてたよ?
ねぇ、なんでそんな肩を落とすの


733 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/16(日) 03:38

「また、怒られちゃったし・・・」

足で砂を掻いてるのか
ジャリッとこすれる音が何度も聞こえる

怒られた・・・華さん、まだ新米なのかな・・・


「向いて、ないのかな・・・」


そんな・・・
違うよ、華さん・・・


「・・・憧れだなんて・・・お姫様じゃ、ないもん・・・」


そんなこと、そんなこと・・・
ウチのお姫様だよ・・・


734 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/16(日) 03:39

「いしかわぁーーー?」
「え?」

彼女はベンチから立ち上がって公園の入り口の方を見る
首だけを後ろに向けると、スラッとした長身の女性が険しい顔で公園に入ってきた

華さんの上司かな・・・

「どーしたの、中々帰ってこないから」
「すいません・・・」
「なに、なんかあった?」

二人はまたベンチに腰掛ける
ウチは一ミリも動けずにずっとしゃがんだまま

ウチの前で二人の声が聞こえる



「向いてないのかな・・・って・・・」
「どうして?」

「だって・・・どうしても、契約が取れないし・・・」
「うん・・・」
「周りは、変な噂を立ててるし・・・」
「変な噂?」
「・・・コネだの・・・寝てるんだろう、だの・・・」

華さん・・・

735 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/16(日) 03:40

「辛くて・・・グスッ・・・」

泣いて、る・・・

「もう、投げ出したく、なるんです・・・」

どう、して・・・

「誰も、アタシを、信頼なんて、して、ないんじゃ、ないかって・・・」

そん、なぁ・・・


ウチは、ここにいるよ
華さんのこと、ずっと見てるよ
今は遠いけど

あなたの傍に行きたいって思ってるよ・・・



736 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/16(日) 03:41


「ばかだね、イシカワは」
「ふぇ・・・?」
「アンタを一番傍で見てきたよ?」
「・・・・・」
「コネでもなく、寝て仕事取ってんじゃないってのも勿論知ってる」
「・・・グスッ、グズッ」
「いつも言ってるじゃん。イシカワは努力してるって」
「で、でも・・・」
「人の3倍してるじゃん」



努力が周りの反感を買う
ウチはそれを低レベルの人間のわめきだと
今まで見知らぬフリをしていた
自分の進むべき道が決まってるからと・・・。

だけど華さんは・・・
いや、一歩社会に入れば、そんな事子どもの戯言だと
排除させられるんだ

努力をして、報われないだなんて・・・


どうして・・・どうして・・・
華さんは、華さんは・・・



737 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/16(日) 03:41

「ちょっと居直るくらいがいいんだよ」
「・・・ふぇ?・・・」
「出来ないやつの妬みなんだから」

「で、もぉ・・・」

「自分の思いだけをしっかり持ちつづければ
 必ずイシカワの思いについてきてくれる人間は現れるよ」

「イイダさん・・・」

「イシカワの思いって、なに?」
「私の、思い・・・」
「そう・・・信念ってやつかな」
「わたしは・・・全ての女の人が、輝いてほしい・・・」
「・・・うん、そうだね」
「・・・はい」
「ほら、また一つ強くなったよ?」
「そう、でしょうか・・・」

「あはは!なっさけない顔してぇ!」
「いたた!痛いですよぉ!」

「しっかりしろ、イシカワリカ!!」







イシカワ、リカ・・・


華さんの、名前・・・


イシカワ、リカ・・・



738 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/16(日) 03:41


「ふふっ・・・ふふふっ」
「そーそ、それだよ。イシカワは笑ってたほうが可愛いよ?」
「やだぁ、照れますよぉ」
「くねくねしないの・・・ほんと現金なヤツ」
「えへへ」
「元気でた?」
「・・・はい!ありがとうございました」

二人は立ち上がって公園の入り口の方に向かった

時々見える彼女の横顔
その笑っている顔


その後姿はだんだん小さくなりビルの中に吸い込まれていった


739 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/16(日) 03:42



全ての女性が輝けるために

彼女は問題を乗り越えて大きくなっていく




追いつきたい

彼女に届きたい




740 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/16(日) 03:43


ウチは鞄の中から携帯を取り出した


「・・・・・もしもし?まいちん?」
『あー、どした?見つかった?』
「・・・ウチ、腹くくるよ」
『は!?ちょっとまって、なに?順序だてて』
「父さんに言うよ、近いうちに帰ってくるし」
『ちょ、ちょっとまって、ねえ!』
「イシカワさんに追いつきたい。負けたくない。悔しいんだ」
『は!?だれ!イシカワさんって。ねぇ!』
「んじゃ、また電話するから」


 Pi





「うぉぉおおおおおおおおおおおおおお!!!」



  ガサガサガサッ!!!


「きゃぁぁぁ!!」
「うああああああ!!」
「た、たかしちゃん!!」

「まだ居ったんか、このガキャ!!!ゴルァ!!」
「ひ、ひぃぃぃ!!」
「さっさと帰って旦那の飯作らんかい!!ゴルァ!!!」

「は、はいぃぃぃ!!」
「ぎゃぁぁぁぁああ!!」


741 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/16(日) 03:43

ウチは植え込みをかき分けて
華さんの居る会社のビルに背を向けガツガツと歩き出した



なんか悔しかった
なんかむかついた
なんか腹立った

なんか なんか

なんか 負けた気がした


くっそ、くそ!
絶対負けない
絶対ここに就職してやる

華さんの隣に行って、華さんが活きる片腕になってやる
華さんを追い越してやる
華さんの事を悪く言うやつなんてみんな蹴落としてやる
ウチがやる
ウチはやるんだ


絶対行ってやるんだ



「くっそーーーーーー!!!!!待ってろよぉ!!!華ぁぁぁぁ!!」






742 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/16(日) 03:44
─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─
743 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/16(日) 03:45

『 YTカンパニー 新社長就任─── 』


「はぁ・・・」


ウチは会社の帰りに寄った本屋で経済誌を取り
その表紙を見てため息をついた

まるで人事のようで
その活字は、何かのの絵柄のようにしか見えない

自分の会社・・・
自分のところだった会社・・・
外資系の会社を吸収合併して大きくなっていく

私の父は最高の経営者だとは思う
けれど父親としては
“いい父”かどうか、疑問が残る

その雑誌を棚に戻しながら
ウチは左頬を指でなぞった

あの父が居るから、今の自分が居る
あの時の自分もあの父が居たから

ウチの変化を・・・よく思ってくれなかった
当然と言えば当然だけど
それが愛情だと、思って
ウチはウチの進むべき道を行く・・・



744 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/16(日) 03:46



「ひとみーー!おまたせ!」


本屋を出たところで、彼女が会社の方から走ってきた
とても笑顔で、手を振ってる

「早かったね」
「うん、頑張ったもん」

ウチの隣で目を細めて笑う彼女
会社とは違う、一人の女性になる

「梨華は頑張りやさんだからね」
「なによぉ!」

ぶーっと頬を膨らませて拗ねるその顔は
怒ってるようだけど、可愛くて仕方ない

「よしよし」
「へへへっ」

頭を撫でてあげれば、ご機嫌さんだ


ウチはウチの進むべき道を・・・
彼女と一緒に行きたいと思ったから

誤った選択などしていない



745 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/16(日) 03:46

あの頃の自分に会う事ができるのなら
一言声をかけてあげたい

大丈夫だよ 傷つく事なんて無い
安心してその道を行きなよ

君が選ぶ道の先には、こんなにも幸福なウチが居るよって・・・



746 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/16(日) 03:47
─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─
747 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/16(日) 03:47

「ただいま」
「お帰りなさい、あなた」

月に一度、父が帰ってくる日がある
世界を飛び回って、忙しくしている彼が
家族サービスなのか、家で夕食を取る
ソレはまるで一家団欒、理想の家庭のような構図。


だけど今日は、ウチは
心を決めてた

自分の道を行きたいと言おうって



748 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/16(日) 03:48

食事も終わって、ほのぼのした空気が流れる
今のソファに座ってくつろいだムード
だけど母さんは何かを察知したのか洗い物をすると
キッチンに向かった


「ところでひとみ」
「はい」
「勉強の方はどうだ」


父はいつもこの切り出し方だ
今思い返せば、この話しかしない気がした

ウチが、順調ですというと
煙草の煙を吐き出して、そうかと言う

けど、今日は違う


「そのことで、父さんに話があります」

「・・・・・ん?」


眉を上げて、もたれていた身体をゆっくりと起こした
真中に置いてある、ガラスの灰皿に煙草を押し付けて
怪訝そうな顔をした


749 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/16(日) 03:48



「なんだ・・・」


「・・・ウチ・・・・・」











「なんだ」









「予備校、辞めました」










「・・・・・また春から行くんだろう」




地響きのような、低い声

これは父親の声じゃない



一人の経営者の声



750 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/16(日) 03:49


「いえ、もう、行き、ません」

「どうしてだ」

「ウチは・・・・・」





「夢があるなどと、くだらない事を言うんじゃないだろうな」

「・・・・・・・」






「したいことが見つかったとでもいうのか」










「顔を上げろ」











「どうなんだ?」












「ひとみ」









「したいことが見つかりました。ウチには夢があります」









「・・・・・くだらないことを・・・」





751 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/16(日) 03:49

父が怒りに満ちあふれているのが分かる

ウチは、父の顔に泥を塗ってる

今まで父の言う事を信じる事が、全てだと思っていた
そんな娘が、正反対になってる

父は真っ黒なものを見てる

今まで白だったものが、真っ黒に染まって
まるで汚いものを見るかのような目で


ウチを上から見下ろした

752 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/16(日) 03:50



「・・・・・おまえは・・・」



「会社の跡を継ぐことが夢なんだろう」





くぐもった声が居間に響く



ウチは怒りで顔が真っ赤になった父を
ギっと睨み続けた



「おまえは・・・おまえは・・・お前は会社の跡取なんだろう!!!!!」


753 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/16(日) 03:51


「お前は、今までの事を無駄にする気か!!」


「お前は父さんに恥をかかせる気か!!」


「お前はどの面を下げて言ってるんだ!!!」


「お前を汚したのは誰だ!!学校のヤツらか!予備校のヤツらか!!」


「お前にどれだけつぎ込んだのか分かってるのか!!」



父はソファから立ち上がって、ウチの胸座に掴みかかった


  バタンッ!!ドンッ!!

ウチを絨毯の上に突き飛ばした父は
今まで見たことの無い険しい・・・まるで鬼のような形相で
ウチを見下す


「あなた!!」

父の大きな声で、母さんがキッチンから飛んできた

「お前は下がってろ!!」
「あなた、やめてください!!ひとみだって」
「うるさい!!」
754 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/16(日) 03:51


「そこまで言うなら、今後どうなるのかわかって言ってるんだろうな!!」
「分かってます」


「分かってない!!お前は甘い考えだけで堕落した人生を送ろうとしてるだけだ!!」
「違います!」

「勉強するのが嫌になっただけだろう!!!」
「違います!!」

「夢なんてもんは、堕落した人間だけが見るもんなんだ!!お前はだらけてるだけだ!!」
「違う!!!」


「ウチは、ウチの道を行きたいんだ!!!」


ウチは立ち上がって父さんと対峙する
父と娘じゃなく、ウチは一人の人間で見てもらいたいから
睨まれて、たとえ殴られたって・・・

755 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/16(日) 03:52

「父さんはウチの何を見てくれてた!?」
「ああ!?」
「答えてよ!!」
「そんな事今は関係ないだろう!!」
「関係ある!!」
「何をって」
「父さんはウチの点数だけを見てただけだ!!」
「何を馬鹿な事を」

「父さんがしたい事をウチにさせていただけだ!!」



「父さんのためにウチは頑張ってきたけど

 ウチはウチのために頑張った事なんて一つもなかった

 父さんのために勉強して、父さんの言う通りアメリカに渡って

 父さんの言う通り会社を継いで、父さんの言う通り会社を大きくして

 ウチはウチだよ!!ウチはウチの人生をいきたい!!

 ウチは父さんのおもちゃになんてなりたくない!!!」



756 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/16(日) 03:53
 

「この、馬鹿娘がぁぁぁ!!!!!」


  グイッ!!  バシッ!!!


「あなた!!!」

  ダンッ!!ドシンッ!!

「っつぅ!」
「顔を上げろ!!!」

 バシッ!!  バシンッ!!

父さんはウチの胸座を掴んだまま、何度も何度も
左の頬を殴りつけた

「っぐふっ!」
「あなた!!やめて!」
「うるさい!お前は黙ってろ!!」
757 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/16(日) 03:54

 バシンッ!  バチンッ!!

「どの口がそんな事言うんだ!!!」
「ングググッ!!」
「お前をそんなやつに育てた覚えはない!!」
「グフッ!!」

乾いた音が何度も居間に響く
母さんの泣き叫ぶ声、父さんの罵声
ウチは朦朧とする意識を必死で繋ぎとめながら

殴られる合間に、言葉を漏らした


「グフッ・・・つうっ!!・・・じゃぁ・・・とう、つぅ!!さん、は・・・」
「ああ!!?」
「あなた!!もうやめてあげてぇ!!」



758 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/16(日) 03:54






「じゃぁ・・・とう、さんは・・・・ウチを、止められるだけの、何かが、あるん、ですか・・・」








「ウチを、止める、・・・何かは・・・・・・」










「一人の・・・経営者としてでなく・・・・・一人の・・・父として・・・・・あります、か・・・・・」







759 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/16(日) 03:55


ウチの頬を殴っていた手が、高く上げられたまま止まった

ぼやけてかすんで、影しか見えない父に向かって

意識を気力だけで繋げる




「・・・ウチには・・・・・これしか、ないんです・・・・・・・ウチには、そこしか・・・ないんです・・・・・」







「ウチは・・・そこのおかげで・・・・・ウチを・・・見つけられたんです・・・・・・」









「ウチは・・・・・その人のおかげで・・・・・ウチが見つかったんです・・・・・」












「ウチの、道を・・・いかせて、ください・・・・・」







760 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/16(日) 03:56

  ドサッ

胸座を掴んでいた左手が離れたと同時に
ウチの身体は床に落ちた






「・・・・・俺の前に二度と現れるな・・・顔も見たくない・・・」





  バタンッ!!





ビリビリとした空気がブチンッと途切れた
それを合図に、身体の力も抜けていく



「・・・・・ありがと・・・ござい、ます・・・」





「ひとみ、ひとみ!!」



口の中は、鉄の味と、しょっぱさでぐちゃぐちゃになってる
母さんの声が遠のいていく


だけどウチは、今日の事は一生忘れないって思った


進むしかない
自分で決めたんだって

これでやっと進める
自分で決めた道を




761 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/16(日) 03:56







762 名前:Rink 投稿日:2006/07/16(日) 03:57
更新終了です
763 名前:Rink 投稿日:2006/07/16(日) 03:57
レスポンス

>名無飼育さん様
(0^〜^)<ありがとー!
期待に応えられたかどうかが心配で御座います

>774様
いえいえ、どんどん壊れてくださいねw
ストォカァは怪しさ満開でしたねぇ。そして約一名トバッチリがw

>オレンヂ様
(0^〜^)<まいちんが変なところで挨拶するからオレンヂさんややこしくなってんじゃん!
(=`_ゝ´=)<なにそれ、アタシのせい!?
( ^▽^)<エンゲル係数が高いのは吉澤犬の事なんですねぇ・・・
( Rink )<作者の書き方が悪かっただけです・・・すいません
( `▽´)0`〜´) =`_ゝ´=)<お前かYO!!

ストォカァ吉澤さんは、楽しんでいただけましたでしょうか
その姿を傍から見たいと思う作者ですw

>名無し飼育さん様
吉澤犬を飼い慣らすのは全てを分かってるからというか
やはり長年の経験でしょうかねぇ
(=⌒_ゝ⌒=)<意外に簡単だよ?

>カナリヤ様
ストォカァ初期症状出てましたかねぇ
末期はあんな感じでした。それにしても里田さんったら優しい・・・
(0^〜^)<嬉し涙ホロリですよほ!そしてウチはガッツが好き

石川さんに対する爆弾ではなかったんですねぇ、実は。
でもある意味ストォカァ行為が爆弾なのかもw
764 名前:Rink 投稿日:2006/07/16(日) 04:00
今回の更新は>>686-762です

今回は自立というか殻をブチ破ってもらいたく
ああ言うことになりました
いやはや、大変ですねぇ

(0^〜^)<♪あーいのビンタ、連打連打ぁ〜〜!
(;^▽^)<歌詞変わってるじゃん・・・


というか、何でこんな夜中に更新してるんだろうと
今更反省で御座いますよ汗
日曜はコンだってーのに・・・
作者は行きませんけどねw

そろそろ容量がなくなりそうなので、移動しようかとも思ってます
次は長編板に行くかどうか、思案中です


次回はやっといしよし出会い編です
765 名前:774 投稿日:2006/07/16(日) 06:45
更新キタヨォ*・゚゚・*:.。..。.:*・゚(゚∀゚)゚・*:.。. .。.:*・゚゚・*
正直、チョット涙が出ましたよ、イヤマジデホントニ…
次は出会い編ですかぁマスマス楽しみですよ。
766 名前:オレンヂ 投稿日:2006/07/16(日) 19:27
更新お疲れ様です
ストォカァよっちぃ、斜め後ろからこっそり眺めたいですw
そんなストォカァよっちぃをいしかーさんは知ってるのでしょうか(^^;
出会い編も楽しみにしておりますです

里田さんの主食は肉なのでついエンゲル係数高い=里田と思っちまいましたw
明日のハロコンでまたいしよしヲチしてきま〜すwww
767 名前:愛虎 投稿日:2006/07/17(月) 01:40
更新お疲れ様です。
前回の更新分になりますがお店の定員さんがアヤカさんに思えました。

ストーカーよっすぃはえらくガラが悪かったですねw、いつまでもいる親子には笑ってしまいました。
吉父に殴られまくった左頬がどれほど膨れ上がってしまったのでろうと変なところが気になってしまいました。
次回の出会い編楽しみにしてます。
768 名前:カナリヤ 投稿日:2006/07/17(月) 16:47
更新お疲れ様です!

>とりあえず日本人だってことは判明した
オイ…。w

今回はコメディ、お下劣?w、シリアスとバラエティに富んだ展開でしたね。(笑)
とりあえずよっすぃーのストーキングが犯罪まがいの範疇にまで及ばなかったのでホッとしています。w

いよいよ「出会い編」ですか!
次回更新の前に、もう一度始めの方を読んでおきたいと思います♪
769 名前:名無し飼育さん 投稿日:2006/07/17(月) 21:14
更新お疲れ様です。
ストォカァ化した吉澤さんはいろんな意味で危険ですね!
そんな吉澤さんを私はストォカァしたいですw

次はいよいよ出会っちゃうんですね!
楽しみで眠れなくなりそうですw
770 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/28(金) 00:39







771 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/28(金) 00:40


「お父さんとは、それっきり?」
「うん・・・また海外行ったみたいだし」
「そっか・・・それにしても凄い殴られ様だね」


父から勘当を言い渡されて3日後
何とか動くようになったウチはとりあえずまいちんに報告に行った

「その顔で学校行かなくて正解だよ」
「そう?」
「そりゃそうだよ。ほっぺたにそんなん貼ってんだから」
「まぁ、そうだよね・・・」

あの後、ウチは母に抱えられるようにして自分の部屋に戻ったらしい
次の日は何故か口の中が切れて頬が腫れただけじゃなく
全身が筋肉痛になっていて、ピクリとも動けなかった
772 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/28(金) 00:41

「でも、良く頑張ったよ」
「ん・・・ありがと」
「これからが大変だけど、頑張るんだよ」
「おぅ」

まいちんは左頬のガーゼを優しく撫でて、仕事に戻った

ココから見る空はもう何度目だろう
数え切れない程見上げているけれど
こんなに物悲しくなったのは初めてかもしれない

行き先も分かったし、歩くスピードだってつかめてきたけれど
今更、迷いが出る

本当にいいのか
本当に間違ってないのか・・・

773 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/28(金) 00:41





「なに悩んでんのよ」

ボーっとしていたウチに、まいちんが声をかけてくれた

「・・・え?」
「今更悩んでんの?」
「・・・そんな顔してた?」
「してた」
「・・・そう・・・」

「よっすぃーはもう歩き出したんだよ」
「うん・・・」

「後は掴むだけだよ」

774 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/28(金) 00:43

「怖がらずに、掴めばいいんだよ」

ほらっ!とまいちんはワゴンの窓からリンゴをこっちに投げた

 パシッ!!

「ナイスキャッチ!」
「おお!・・・サンキュ」
「神様はねぇ、口だけ開けて、エサを待ってる雛鳥みたいなヤツには幸せなんてくれないの」
「・・・・・」
「努力した人に、ちゃんとくれるから」
「努力・・・」
「そ!よっすぃー、努力してんじゃん」
「そう、かな・・・」
「人一倍勉強して、人一倍探し回って、人一倍殴られて」
「最後は余計だってば」
「あははは!人の3倍努力してんじゃん?幸せになんなー」

 シャクッ  モグモグモグ

「ったぁ・・・」

口の中はまだ切れたままで、リンゴがほのかに鉄の味がした



人の3倍・・・
イシカワさんも人の3倍してる
だけどまだ認められてなくって
ウチも人の3倍努力して
ウチなんてもっともっと、まだまだで・・・



「これから、か・・・シャクシャクッ」

「そーそー・・・って、それ食べたの!?」
「んもっ?たべひゃいへなふぁった?」
「ああああああ!!デザートの仕込みが遅れるぅぅ・・・」
「あははは!いたた」
「罰があたったんだ!もっと痛がれ!」

775 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/28(金) 00:43
─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─
776 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/28(金) 00:44


ウチは4ヵ月後の大学3年の春に家を出た
物件も安くで見つかったから。
父の居ない間に友達に手伝って貰って家の荷物を運び出す姿は
まるで夜逃げみたいだったけど・・・
母さんも、娘を外に出すのは心配だけど、ちゃんと連絡しなさいよなんて言いながら
荷解きを手伝ってくれる

「うん、なんとかこれで家らしくなったな」
「それにしても良くここまで買い揃えてたね」
「バイトのおかげですよ」
「えらいえらい」
777 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/28(金) 00:44

母さんは家のほうの掃除があるからと足早に戻る
あまり物を持たない主義のウチは、部屋も殺風景で
最低限生活をできるだけのものしかない

「でも、さぁ・・・」
「なに」
「この、ポスターは・・・いかなるものかと・・・」

壁に『華』のポスターが貼られてあるのを見て
まいちんは顔を引きつらせた

「いいじゃん!ウチの憧れなんだから」

 パンパンッ!

「無事に就職できますように・・・」
「待て!華さんは死んでないし神様でもないから!」
「そうだけど!いいの!ウチにとっては神様、女神様なの!」
「あーあー、はいはい・・・」

778 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/28(金) 00:45
─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─
779 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/28(金) 00:45



  パンパンッ

「んむむ・・・・・」
「よ、吉澤さん?何やってるんですか?」
「あ、ああ・・・ちょっとクセでね」

思わず外回りの時に、梨華の広告に手を合わせてしまった
もう3年以上もしてるから習慣になってしまったもんだから
高橋に変な目で見られちゃったよ

「さ、行こうか」
「はい!」

彼女の広告を見て手を合わせる
特に何を願うわけでもなく、精神統一というか・・・
なんかあの時の気持ちを思い出すんだ



この仕事をするために受けた面接前にも
そういやしてたっけかなぁ・・・
780 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/28(金) 00:46
─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─
781 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/28(金) 00:47


 パンパンッ!!

「華さん、今日は最終面接です・・・必ずアナタの片腕になりますので
 どうか、どーーーーーか!!採用お願いします!!」


家を出る前に手を合わせるクセ
今日は一段と念入りにお祈りをする。
華さんはウチにとっては女神だから、この際何でも聞いてくれるだろう
だってココまでウチのできる最大限の事はやってきたから
試験だって、一次・二次面接だって精一杯してきた。
だから今日があるわけで。




─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─




「あああああ、緊張する・・・」

だけど今日はいわゆる直属の上司方と面談で
ココが正念場。
だけどさすがのウチも、もう神経をすり減らしすぎてしまって
何を口走るか分からない精神状況

782 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/28(金) 00:47


「次、どうぞー」

 トントンッ  ガラガラガラッ

「失礼します」
「はい、入って」

大きな部屋に5人。
一番左には女性が座ってる
いきなり威圧感漂ってるよ・・・

「どうぞ?座ってください」
「失礼します!本日はよろしくお願いします!」
「リラックスしていいからね」
「ありがとうございます」

リラックスって・・・できるわけないじゃん
1対5って・・・絶対負ける

けどウチは負けない!!
胸のポケットに忍ばせた華さんの写真の切り抜きに
グッと誓った

ウチは、絶対採用されるんだ
783 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/28(金) 00:48


「えーっと、吉澤ひとみさんね。初めまして、私は人事部の・・・」
「初めまして。吉澤ひとみと申します」

 ・
 ・
 ・

「初めまして。中澤です」
「よろしくお願いします」

関西弁・・・
一番最後に挨拶した女性。
ウチをチラッと見るだけで、すぐに顔を書類に戻した
普通なら感じ悪いって思うんだろうけど・・・
なんか違った。他の4人からは感じられなかった、ただならぬ空気


「さて、面談に入ろうか・・・おお、高学歴だね」
「あ、いえ・・・ありがとうございます」
「なんでまたここに?」

784 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/28(金) 00:48


矢継ぎ早に質問を浴びせてくる
そんな質問して、ウチの何が分かるんだかって言うような質問もされる
ちょっとセクハラされてる気分だよ


質問に答えるのに必死で、何にも考えられない。
けど、この部屋に入ったときからずっと感じてる女性の視線が強くて
ウチはそっちが気にかかった。
資料に目を通して、こちらを全然気にかけていないけれど
時々顔を上げて、ウチを鋭い眼差しで見る彼女


多分・・・あの人がボスなんだろう



ねぇ、オッチャンたちの質問はもういいよ
ウチ、あの人と話したいの



「吉澤さんから、なにか質問はあるかな?」

男性陣からの質問攻撃が一旦止まったとき
真中でニコニコしている一人がこう尋ねてきた

やっとだ・・・


785 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/28(金) 00:49


「恐れ入ります・・・それでは・・・」

ウチはその人から視線をずらし、一番左の女性に目をやった






「・・・中澤さん」

「・・・んん?」

今まで取り仕切っていた、長机の真中にいた男性は驚いた表情をした
周りの人も少し動揺しているのか、横の人と話している

ゆっくりと顔を上げる
真っ直ぐ見つめるその視線

5分なのか、10分なのか・・・
無言が続く
多分ほんの数秒なんだろうけど、それくらい長く感じた

ひんやりと背中を伝う汗が彼女の無言の威圧感を物語ってる


けど・・・ウチは・・・ウチは・・・


胸のポケットにある華さんの写真に、少しだけ視線を移した


華さん・・・まいちん・・・


786 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/28(金) 01:02
─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─
787 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/28(金) 01:03



「ねぇ、よっすぃー?」
「ん?なに」
「明日、やっと最後の面接だね」
「うん・・・やっとだよ」

今日はまいちんのワゴン車で、少し遠くの河川敷に来た
沈む夕陽に照らされる、ピンクと黒でペイントされた車がちょっと不似合い

そして川原で青春する、これまた不似合いな二人

だけど、夢に向かう二人

788 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/28(金) 01:03


「もし・・・もしね」
「うん」
「明日がダメでも」
「ちょっと縁起でもない事」
「ダメじゃないよ!ダメで無い事を願ってるよ!でもね?」
「うん」

「負けたっていいんだよ・・・」

「負けていいから・・・・・」
「うん・・・」

「めげないでほしいんだ」


 世の中に失敗なんてない
 成功すれば、今まで失敗や負けだと思ってたことは
 みんな
 経験って呼ばれるものに変わるから



「って・・・まいのお師匠が言ってた」
「・・・グスッ・・・ん・・・グズッ・・・」

「大切なものは目に見えない・・・世の中の・・・大人ってのは・・・
 それを持ってたけど・・・見ないふりをして・・・無理に型にはまろうとするけど」
「グズッ・・・ズズズッ・・・んっ」

「まいも、よっすぃーも・・・ちゃんと進んでるから・・・
 たとえ途中でこけても怪我しても・・・めげずに」


「立ち上がって、また進もうよ」


「んっ・・・ズズズズッ・・・グズッ・・・うん・・・」


「クスンッ・・・あ゛ぁ・・・ズズッ・・・やだねぇ、涙もろくなっちゃって」

「まいち、ん・・・グスッ・・・お婆ちゃんみたい、だよ」
「ズズッ・・・うるさい」
「あははっ・・・クスンッ・・・」

789 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/28(金) 01:04


ウチは胸ポケットに入れてた華さんの写真を取り出した

「もう、ボロボロだね・・・」
「うん・・・」

ウチが家を出ると決めた日から、ずっと肌身はなさず持っている写真
彼女の声は、もう思い出せないほど記憶がかすれてしまったけど
だけど、あの時見た笑顔は鮮明に思い出せる

こんな悲しそうな・・・笑顔じゃなくって・・・

もっと彼女を、笑顔にしたい
仕事も・・・全部・・・

彼女の隣に行きたい

790 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/28(金) 01:04


「ちょっと貸して?」
「ん」

まいちんは写真を受け取ると、ジーパンのポケットに入れていた油性マジックを取り出した

「ちょ!ちょっと何するんだよ!!」
「後ろだよ!後ろ!」
「なんだ・・・鼻毛書かれるのかと思った・・・」
「・・・よっすぃー、書いてほしいの?」
「ペンを向けるな!!」
「あははは!!」

 キュキュキュッ・・・  キュッ・・・キューー

「ほい」
「・・・・・何これ」
「明日胸に忍ばせな!」

写真の裏には、こう書かれてた




  『  めげんな!若人!!  』



791 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/28(金) 01:05


「・・・ありがと」
「なんだよ、嬉しくないの?」
「あ、いや、ありがたいです」
「その割りには顔が嬉しそうじゃないんですけどー?」
「いや・・・相変わらず字きったないなぁと思って」
「うるさいなぁ!」
「あはははは!!」



 ガバッ!!

「おぉ?な、なに!?」

まいちんは急に立ち上がって川に向かって大声を出した

「明日、採用されろよーーーーーーーーーー!!!!!」
「・・・・・」

 ガサッ!!

「ぜーーーーーーーーーったい、採用されるぞーーーーーーーーーーー!!!」

「「・・・プッ・・・」」

「「アハハハハハハハッ!!!」」

「アハハッ!!よっすぃー、青春してやがるー!!」
「んだよ!まいちんだってだろー!?」
「あはははははっ!!」
「あはははっ!!」

でっかい夕陽に照らされて、ウチらは笑い転げた
何年ぶりだろう。こんなにおなかから笑ったのは。

日が沈むまで遊びつづけてた、昔の頃みたいに

そっか・・・こんなに楽しいんだ。
笑い合えるのって、幸せなんだ


792 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/28(金) 01:05






「ママー。なんか変な人居るー」
「た、たかしちゃん!指さしちゃダメよ!」

  ギロッ!!!

「ひ、ひぃぃぃ!」
「わぁぁぁぁぁぁん!!」

  バタバタバタッ!!





「・・・またあの親子かよ・・・」
「出演回数多くね?」
「・・・ちょっとね・・・」

「さーーーって、帰りますか」
「おーー!」
「明日面接何時?」
「昼過ぎ」
「あっそーなんだ。寝坊すんなよー」
「しませんよー」


今があるのは、あの日のウチがいたから・・・
そして

793 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/28(金) 01:06
─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─
794 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/28(金) 01:07



今日があるのは・・・あの日、華さんを見たから
あの広告を手がけたであろう・・・この人が居るから



「何か、質問が?」



中澤さんのほうに視線を戻す
相変わらず鋭くて冷たい目だけど、本当はこの中の誰よりも闘志を持ってる人なんだろう

少しも揺らがない視点にウチは負けないように
お腹の底から声を出した









「私を、採用してください」






795 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/28(金) 01:08

「「「「えええ!?」」」」

「き、君!」

ニコニコ顔だった彼は一気に青ざめた表情で、イスから立ち上がった
回りもざわつきだしてるけれど
ウチと中澤さんの視線は一ミリも揺らがない



「私は、ご存知だと思いますが、YTカンパニーのCEO、吉澤一武の娘です」
「ああ、そうやな」
「W大に入ったのも、その為でした」

ほう、それで?そう言いながら中澤さんは机に肘をついて口元を隠した
まるでどこかの総指揮官のように。
腕につけていたシルバーのブレスがジャラッと揺れ落ちる


周りはウチの会話を止めようとしてるけれど
ウチの耳には一切入ってこない
796 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/28(金) 01:08

「アメリカに渡りMBAを取得後、日本に帰国」
「ああ」
「その5年後、YTカンパニーはIT産業で揺るぎない地位を確立する」
「・・・・・で?」
「・・・はずでした」

「・・・お涙頂戴話か、自慢話?」
「いいえ、違います」

「なんや・・・言いたいことあるんやろ」

ほら・・・この人は全て見抜いてる
ウチがどんな思いでココに居るのかを知ってるんだ

797 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/28(金) 01:09


「・・・言葉選ばんでいいから、言うてみ?」

「私は、ここの・・・いえ、アナタが手がけたYOUの広告を見て、全てをこの場に賭けました」

「動機は確かに憧れからです・・・でも、でも!!今日ココに居る誰よりもこの会社で
 そしてアナタの元で働きたいんです!!」

「今は何もありません。たとえ高学歴だったとしても、今の私には何もありません・・・
 だけど、何もない私でも・・・採用していただきたいんです!!」





「お願いします!!」







「お願いします!!」







ウチは深々と頭を下げた


798 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/28(金) 01:09












799 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/28(金) 01:10







そして、どれくらい時間が過ぎただろう・・・
しんと静まり返った部屋に、一つのため息が聞こえた



「ふー・・・前代未聞やな・・・」


  ギィッ コツ、コツ、コツ・・・

イスを引いて中澤さんが立ち上がった
ウチはこのままココに置き去りにされるんだろうか




  コツッ  コツッ  コツッ・・・








800 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/28(金) 01:10



「・・・顔、あげぇ?」




膝にピッタリとくっつけていたおでこを少し上げると
その隙間から銀のブレスが見えた

「ほら・・・顔上げて」
「・・・・・・・」


ウチはゆっくり顔を上げると、すぐ目の前に中澤さんが片膝をついてしゃがみ込んでいた
ふんわりと甘い香りがあたりに広がる

これは・・・華じゃ、ないけど・・・
でも、いい香り・・・

「ほら、拭き?」
「え・・・?」
「化粧落ちるで?」
「・・・あ、いえ、そんな・・・」
「いいから使い」


さっき机の前で座っていた彼女とは打って変わって
とても優しい、まるで母のような表情で
ウチにハンカチを渡してくれた




「・・・人事部さん?」
「あ、あ?何ですか、中澤企画部長」

中澤さんは、すっと立ち上がって振り返ると
ウチの肩に手を置いてピンと姿勢を正した




「この子、ウチで貰い受けますわ」



801 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/28(金) 01:11

「「「「ええ!?」」」」

「ええでしょ?」
「あ、いや、その、中澤部長!」
「なにか?」
「選考ってものが」
「こんなにアピールされて選考もクソもないでしょうに」
「あ、ああ、いや、でも」

ウチは自分の事なのに、ポカーンと口を開けたまま
中澤さんを見上げた
凛々しい横顔と、透き通るほどの白い肌が綺麗だなぁなんて思いながら

「こんなオモロイ人材、他の部には勿体無い」
「ちょ、ちょっと、勿体無いだなんて!」
「そーですよ!せっかくなんだから経理部に!」
「中澤部長!それはあまりにも」
802 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/28(金) 01:12

「じゃかましい!!!」

 キーーーンッ!!

ああ、ああ・・・み、耳が痛い・・・
中澤さんはぶーぶー文句を言ってた男性陣に一喝。
その場は一気に静まり返った

「おぅ、よっさん」
「よ、よっさん!?」
「アンタのこと、どこの部もほしがってるみたいやわ」
「え・・・ええ?」

「ってことは、採用でいいんやろ?人事部さん?」
「・・・んっ・・・んん・・・」

今まで立ち上がっていた彼らも大人しく席に着いた
ウチは彼らと中澤さんを交互に見るけど
まだ何がなにやらサッパリ分からなくって、口もポカーンと開いたままだった

803 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/28(金) 01:13



「今まで自分にはこんな学歴があるだの、こんな資格を持ってるだの。散々見てきたわ
 でもそう言うやつに限って長続きせん。すぐに辞めていく」




「ウチの会社は花屋の綺麗な花なんか要らんねん。
 踏まれても這い上がる野生の華がほしいねん」




「特にウチの部にはな」





「つーことで、よっさん」
「ふ、ふぁい!?」


「全員一致。採用や」



「・・・・あ、あぁ・・・」

「口、口開いとる!!」
「ああ!!あががっ」
「大丈夫かいな・・・」

「・・・あ、さ、さい、よう・・・?」

「そうや?なんか嫌なことでもあるか?」


ウチの視界が徐々に開ける

採用


採用・・・



「さ、採用!?」

「そうや」

 ギシッ! ガバッ!!

「うぉ!?」


「あ、ありがとうございます!!!」


ウチは身体を直角に曲げて頭を深く下げた


804 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/28(金) 01:14

「ふぅ・・・とんだ大物新人やなぁ」

中澤さんは目じりを下げて、ウチの肩をポンポンッと叩いてくれた

「んじゃ、後はてきとーに面談してください。うちの部はヨッサンと」
「よ、ヨッサンって・・・」
「さっきの・・・んー、あの訛ってる子。高橋やったかな?あの子がいいね」

「いいねって・・・中澤部長・・・」
「なんやねん、係長」
「あ、う・・・」

なんだ・・・偉そうにしてても結局は見掛け倒しなのか・・・
大切なものは目に見えないんだもんね
真中に座ってるからって、みんなあの人に話し掛けてたんだろうな
それが采配の決め手だったってことか・・・

ウチの選択は正しかったんだ

805 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/28(金) 01:15

「ウチの部はヨッサンと高橋。後てきとーに男2人くらい入れたってー」

中澤さんはウチの肩をポンポンと叩き、ドアの方に向かって歩いていく

「ちょ、ちょっと!中澤部長!!」
「どこに行かれるんですか!?まだ終わって」
「あーもうええ、もうええ」

  コツッ、コツッ、コツッ ギィィィッ

「あとはてきとーでええよー」

中澤さんはドアから身体を半分外に出して、顔だけこちらに向けた

「よっさんが入ってきたらYOU子班は今まで以上の力が持てる。それだけで会社がデカくなるんや。
 イシカワも居るし・・・なんか文句あるか?」

「あ、いや・・・それは・・・」
「無いんやろ?んじゃええやん。じゃ!お疲れさーん」

  ギィィッ パタン


806 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/28(金) 01:15

「・・・・・」


嵐が去ったような静けさ。
部屋に居る人たちはウチを含め全員がどうしていいのやらさっぱり分からず
呆然と立ち尽くしていた


「・・・あの・・・」
「は、はい!?」

人事部の人が驚いて声をあげる

「私は、どうすれば・・・採用でよろしいんでしょうか」

「・・・そ、そうだね・・・そう、言う事に、なるね・・・」


「・・・あ、ありがとうございます!!」


807 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/28(金) 01:15
─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─
808 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/28(金) 01:17


正式に書類で通知が届くから今日は帰っていいよと
まだボーっとしながら、人事部の彼は言ってくれた


「やったぁ・・・採用だよ・・・」

何であんな事を急に口走ったんだろう
精神状態がギリギリになると、人は何をしでかすか分からないってやつか
それとも・・・ウチに何かが降りてきたのか

「女神の力かなぁ〜・・・」

胸ポケットから写真を出して、手のひらに乗せる

「華さん・・・ありがとうございます・・・勢いに乗って採用になりました・・・ありがとうございます」


  キョロキョロ・・・


  チュッ♪


「ぬはぁぁぁ♪♪」

809 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/28(金) 01:18











「何を一人で悶えてんねん」




「$&おb#$しょ@ういrgはdsどぉjいわぁぁぁぁぁっ!!!!」

ウチは思わず壁に張り付く
鏡越しに見ると、中澤さんが腕組をしてウチをじっと見つめてた

「ここはトイレ。アタシかって入るの」

はい、どいてーと言いながら、中澤さんは洗面台で手を洗う
そうでした・・・公衆の場でしたね・・・
ウチは慌てて華さんの写真をポケットに仕舞いこんだ

  ジャーーーーーッ  キュッ

「ああ、よっさん、さっきのハンカチ」
「あ、スイマセン!!洗ってお返ししようと思ってたんですが」
「ええよ。気にせんで」

中澤さんにハンカチを返すと、彼女はそれでキレイに水を吸い取って
鏡で化粧や髪をチェックしている姿をウチはじっと見つめていた

810 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/28(金) 01:19

「なんや。なんかついてるか?」
「あ・・・いえ・・・中澤さん、ありがとうございます」
「ん?」
「採用していただいて・・・」

「ああ、別にかまへんよ。続く続かんはしてみな分からんやろうし」

鏡に映るウチを見ながら話していた中澤さんは
くるりと振り返り、洗面台にもたれるように手をつく

「まー、入ってきたときからあいつらは高学歴やから採用したいみたいな事は言うてたけど・・・」
「ああ、そうなんです、か・・・」
「まぁ、アタシはどんなやつか見たろうと思ってな」


「エリート街道まっしぐらなヤツは、鼻持ちならんやつが多いから
 偉そうな事言うてたら一発キャーンいわせたろう思ってたけど・・・」


彼女はふーっと息を吐いて口の端っこを少し上げながら笑った
・・・なんだろう、この圧倒的な力の差は・・・

「ま、アンタやったらやってけるやろ」
「そ、そんな・・・」

「まーまー。詳しい事は働き出してからや!」
「はい・・・」

811 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/28(金) 01:21


ウチと中澤さんは一緒にトイレを出る。
エレベーターホールに向かう道すがら、中澤さんはおかしそうに話を続けた

「それより憧れって誰やねん」
「誰って・・・」
「言えんか?ん〜〜?」

なんだ、急にエロオヤジになったぞ?この人・・・
ニヤニヤしながらウチに擦り寄ってくる

「い、いや、言えないってことは!!」
「そーかそーか、まあええわ。聞いたら可愛がっちゃろーかと思ったけど」
「え!?ど、どういうことですか!?」
「おお、食いつきよったわ」

ヘヘーイなんて言いながら更にテンションを上げる中澤さん
なんだよ、昼なのに酔ってんのか?

「企画部は最初、先輩についてもらいながらだいたい3ヶ月〜半年間仕事するんやけど
 今も企画部にそいつがおったら吉澤につけたろう思ったけど」
「え!?ええ!??」
「まー、ヨッサンがノリ気じゃないんやったら、もうええわー」
「ちょ、ちょっと!中澤さん!!」
「ほら、エレベーター来たで?」
「ちょ、ま、待ってくださいよ!!」
「ほなまた4月なー!よろしくー!」
「中澤さん!!」

中澤さんは後ろ手に手を振りながらまたねーと言ってフロアに戻っていかれた



812 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/28(金) 01:21




  ウィィィィィンッ  チーン


「・・・まじで・・・?」


ウチはため息を一つ吐き出すと、止まったエレベーターの方に身体を向けた



「うゎ!!」
「きゃぁ!!」

  ドンッ!! ドサドサッバサッ!

「あ、ああ!ご、ごめんなさい!」
「こっちこそごめんなさい。怪我はないですか?」
「あ、はい!」

813 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/28(金) 01:22



ぼーっとしていたせいで、エレベーターから降りてきた人に気づかないで
正面衝突をしたあげく、その人が持っていた書類を落とす始末・・・
ああ、採用されたからって気抜きすぎだよ・・・
ウチとその人はしゃがみ込んで、書類をかき集めた

「すいません・・・ぼーっとしちゃって」
「いいですよ、こっちこそ。ありがとうございます」

最後の一枚を手渡して立ち上がると
ふわっと華が香ってきた

あ・・・まいちんがつける華とはまた違う雰囲気・・・
なんだか甘い香りが漂う


「気をつけてね?」



  ドクンッ!!



「あ・・・・・・あ・・・・・」





  やっと  会えた  





814 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/28(金) 01:23




「おーーー、イシカワぁ、帰ってきたんかー」
「あ、中澤さん、ただいまですー」
「どうやった?」

エレベーターホールの入り口に
言ったはずの中澤さんが声を聞いて戻ってきたのか顔を出した

書類を両手で抱え、パタパタと小走りで彼女の元に行く後姿

「もうバッチリでしたよ!」
「そーかそーか。よー頑張ったなぁ」
「えへへっ!気抜いてられませんから!」
「そーそー。その勢いやで」
「それより中澤さん、面接は・・・」

815 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/28(金) 01:24




声がどんどん遠のいていく

ウチは彼女達の後姿を見るために、慌ててエレベーターホールから飛び出した



あの横顔

あの、顔・・・



間違いない・・・


「ははっ!そーなんですかー」
「そうやで。ホンマあいつらかなわん」


中澤さんが横を向いて話していると、視界の端にウチが見えたのか
少しだけ顔をこちらに向けて
ああ、なるほどね
そんな事を言いたそうに、また口の端を上げて、あの笑みをこぼした

 任せとき

中澤さんはそう言ってる気がした


816 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/28(金) 01:24





817 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/28(金) 01:31



華さん・・・


ウチ、ウチ・・・
アナタの元で
アナタのために
手となり、足となり動ける第一歩を踏み出しました


だから・・・

華さんは、もう・・・

怖いものなし、ですよ



818 名前:フロリエンタル 投稿日:2006/07/28(金) 01:32







819 名前:Rink 投稿日:2006/07/28(金) 01:34
今回の更新分はもう少しあるんですが
容量残量が残り僅かなので、移動したいと思います
お付き合い頂ければ幸いです

レスは移動後させていただきます



夢板 スレ名『IY Maniac 2』
ttp://m-seek.net/cgi-bin/test/read.cgi/dream/1154017758/


820 名前:Rink 投稿日:2006/08/04(金) 15:51
ochi

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