吉瑞
- 1 名前:ロテ 投稿日:2006/04/12(水) 00:00
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よっすぃ21歳の誕生日おめでとう。
見切りもいいとこですが吉絡みカプものをたぶん3つほど。
内容と誕生日は全く関係ないですがよかったらお付き合いください。
1.真夏の軌跡
2.娘。たちの落日
3.タイトル未定
- 2 名前:ロテ 投稿日:2006/04/12(水) 00:01
- とりあえず書いてる人のブログ
ttp://endhyper.jugem.jp/
- 3 名前:真夏の軌跡 投稿日:2006/04/12(水) 00:02
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封印した気持ちやとっくに忘れたはずの出来事やなかったことにした傷口をあの夏は。
あの、油断したら飲み込まれるんじゃないかってびくびくしていたあの夏にあたしがいて、ごっちんがいて、なんかが変わってなんかが変わらなかった。
仕方がないとわかっていても諦められなかった。
無駄だとわかっていてもせずにはいられなかった。
大切だとわかっていても手放してしまった。
とっくに置いてきたキモチやキオクやあたし自身。
そんなものたちを、いつか本当に忘れ去って、でも忘れられなくて。
忘れないのも忘れるのもどっちも同じくらいの辛さならあたしは忘れたくない。
ウザイほど暑かったあの夏がそう思わせたのか。
柄にもなくあたしは、あの夏のあたしはそんなことを思っていた。
そんなことを思わせる夏の中に、あたしたちはいた。
- 4 名前:真夏の軌跡 投稿日:2006/04/12(水) 00:03
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大学生になったらいっぱい遊んでいっぱいバイトして毎日楽しいんだろうなーなんて思ってたあたしが甘いのか?だってテレビで見たりあと先輩とかからよく聞いたりするキャンパスライフってすごく楽しそうじゃん。毎日飲んで騒いでしてさ。大学生がこの世の中で一番楽しい人種だって聞いたことあるぞ。それなのに。
「イデッ」
叩かれた頭に手をやりながら目の前の乱暴女を睨んだ。
夏は暑くてウゼーなぁ。手についた汗がやっぱりウゼー。
「なにボーッとしてんのさ。人がせっかく教えてやってんだから真面目に勉強しなよね」
「だからって叩くことないだろーが。まったくいつもいつも…」
「あん?なんか言った?」
「言ってないっす。なんにも言ってないっす」
グーになった拳に目を奪われつつ頭をぶんぶん振って否定した。こんなことでごとーすぺしゃるを食らうなんてごめんだ。昔からとはいえ何度殴られても慣れるなんてことはない。絶対、毎回、鼻血が噴出するんだから。
- 5 名前:真夏の軌跡 投稿日:2006/04/12(水) 00:03
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「よしこさー。ちゃんと勉強しないと単位取れないよ?」
「だって…」
「単位取れなきゃ落第だよ?留年だよ?」
「だって話が違う…」
「またその話?やぐっつぁんだって1年のときは必死こいて勉強したんだよ。だから今あんなに遊びまくってるんじゃん」
「そりゃそうだけど…」
「せっかくごとーがノート見せてあげて勉強まで教えてあげてるんだから、ちょっとは感謝してほしいよ」
「だって暑いし…」
「夏なんだからあたりまえでしょー」
そうだよな。うん、そのとおりだよ。ごっちんは正しい。
「ふがー!!」
「お、やる気になった?」
「その前に出すもの出してくる」
「って便所かよ!」
かわいい顔してお下品だこと。
とりあえず出すもの出してスッキリ爽快で勉学に励みますか。
- 6 名前:真夏の軌跡 投稿日:2006/04/12(水) 00:04
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「ただいま」
「はやっ」
「遅いよりはいいでしょ」
「ま、まあね」
気を取り直して自分のノートをパラパラとめくってみた。見事に真っ白だ。このまま返品できるんじゃねーの?小遣いに困ったらしようかな。でもどこで買ったか忘れちゃったから無理か。ごっちんのノートはなにやら書いてありますねー。蛍光ペンなんか使っちゃってキレイじゃないの。マメじゃないの。中学生かよ。うん?なに、そこ大事なとこなの?試験に出るの?それとも勢い余って引いちゃったとか?
「こことここ確実に出るから覚えて」
「ほうほう」
「ここはね、たぶん出ると思う。勘だけど」
「ごっちんの勘はよく当たるからね」
「それからこっちのやつは…」
「………」
「ちょっと、聞いてんの?」
「うん?」
テキパキと動きまわるキレイな指に見とれてたなんて言えっこない。ノートやテキストの上をまるで踊るようにしなやかなステップを踏んでましたね、お嬢さん。なんてバカなこと言ったら確実に血を見るな。
- 7 名前:真夏の軌跡 投稿日:2006/04/12(水) 00:05
-
「人が説明してるときにボーっとしないでよ」
「うん、あ、ええっと……そ、そうだ。ごっちんさ、なんでそんなに試験に出そうなとことかわかるの?確実とかさ、なんでそんなこと言えんの?」
あ、コイツよくぞ聞いてくれましたみたいな顔しやがった。なんか悔しい。
「へへー。あたしの人脈を甘く見るなってことですよ」
「なんだそれ」
「このびぼーを武器にとある経路でブツを仕入れてきたってわけ」
「なんだよブツって。経路って」
「試験の過去問もらったの。毎年ほぼ同じなんだって。すごくない?大学ってそんなんでいいのって感じだよね。うちの学生がバカなのも当然だよ」
「そんなの誰にもらったんだよ」
「気になる〜?」
- 8 名前:真夏の軌跡 投稿日:2006/04/12(水) 00:06
-
なんだよ。べつに気にならないけど気になるじゃん。あたしも「ブツ」の恩恵に与るわけだし、人の恩義に報いなきゃ死んだじーちゃんに天国で怒られるし生きてるばーちゃんも入れ歯飛ばして怒鳴りそうだしそういうことしてもらったら厚く御礼を申し上げなきゃいけないでしょ……と、とにかくじーちゃんばーちゃんはどうでもよくて、つまりは要するに気になるんだよ。
あ、気になるのか。
「お礼しなきゃいけないでしょ」
「まさかお礼参りじゃないでしょうね」
「いつの時代だよ」
右も左もわからない新入生にわざわざ過去問をくれるなんて随分とおやさしい方なんですね、なんて思うかコラ。どうせ鼻の下のばしたバカな男にでももらったんだろ。あのダンスサークルだかなんだかのイケメン風のチャラい男に。ったく、一人で勝手に踊ってろっつーの。
「タダってわけじゃないでしょ?」
「えー?なにがー?」
下なんて向いて勉強してるふりすんなよな。ホントはあたしが言いたいこと気づいてるくせに。
- 9 名前:真夏の軌跡 投稿日:2006/04/12(水) 00:06
-
「見返りは?」
「………」
「びぼーを安売りすんなよ」
「…そんなんじゃないもん」
「ぜってーよからぬこと考えてるよ。あのダンスのイケメンは」
「だからそんなんじゃ……」
「これ手に入れるのに何回デートしたの?メシだけで済むわけ?それとももう」
ごとーすぺしゃるがあたしの言葉を遮った。わーお。
- 10 名前:真夏の軌跡 投稿日:2006/04/12(水) 00:06
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- 11 名前:真夏の軌跡 投稿日:2006/04/12(水) 00:07
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「ひとみー」
「………」
「ちょっとひとみー。聞こえないのー?」
「………」
聞こえてますよ。向こう三軒両隣まで聞こえてますよ、そんなデカイ声。
「ごはんよー」
「………」
「ごはん食べないのー?」
「………」
食べませんよ。つーか食べれません。
「こらっお姉さまが呼んでるんだから返事くらいしなさい…ってなにその顔?!」
「………」
なにを今さら。見慣れた素敵なお顔でしょーが。
「もしかしてごとーすぺしゃる?」
「………」
もしかしなくともごとーすぺしゃるでございますよ。
- 12 名前:真夏の軌跡 投稿日:2006/04/12(水) 00:07
-
「そんなにやばい顔してる?」
「オトコマエが台無し。鏡見てないの?」
「怖くて見れな…うぎゃっ」
お、おそろしいものを見てしまった。今のは誰?ていうか何?とても自分の顔とは思えない。
カガミよカガミよカガミさん、ここに映ってるのはだーれ?
「おまえだよ」
「カオリンひどいっ!」
「ひどいのはあんたの顔だから」
なんだよなんだよー。ちょっとは心配するとか優しく手当てするとかうちの妹になにをするーガガガって隣に怒鳴り込むとかエトセトラエトセトラしろよなー。
「どうせあんたがバカなことしたんでしょ。真希ちゃんかわいそー」
「どっからどう見てもこんな状態のあたしのがカワイソウに決まってるから」
「じゃあ、なんでそんな顔になったのか言ってみなさいよ」
むぐぐぐっ。痛いとこついてくる。さすが我が姉。
- 13 名前:真夏の軌跡 投稿日:2006/04/12(水) 00:08
-
「あんたは昔からバカやって真希ちゃんに迷惑かけて、まったくもう。あの子くらいよ?口も頭も悪くていいとこなんて顔くらいのあんたを見捨てないで世話してくれてるの。あんた真希ちゃん以外に仲のイイ友達いないでしょ」
「い、いるよ。いるもん」
「どこに」
「どっかに」
「………」
ネゴトハネテカライエ
目は口ほどになんちゃらってやつかよ。でっかい目を見開くなよなー。こわー。
「本当にひとみは…」
「はいはい」
「はいはいじゃないわよ。真希ちゃんに謝りなさいよ?」
「なーんでだよ。こんな顔にされた上に謝るって」
「だってひとみが悪いんでしょ?」
今度はぐぅの音もなんちゃらかよ。悔しいけどやっぱあたしが悪いのか?冷や汗たらたら。暑いのとはまた、わけが違う。しかも汗のダブルはかなりキモイ。夏ってやつはちょっとの間も休まないから困ったもんだ。
- 14 名前:真夏の軌跡 投稿日:2006/04/12(水) 00:08
-
「ほらほら、さっさと行きなさい」
「イッテェ。かわいいお尻を蹴り上げないでくれますか?カオリおねーさま」
「ちゃっちゃと隣行って謝ってきなさい」
「うん、今度ね」
「い・ま・い・け」
「イタタタ。髪をひっぱるなって」
「イタタタ。おまえが先にはなせ!」
「二人とも楽しそうねー」
もみあいながら階段を下りてくる美人姉妹に、あらあらなんて目を細めながら嬉しそうに視線を注ぐおかーさま。ええ、カオリとひとみはこんなにでっかく成長しましたよ。それもこーんなに美人に育っちゃって。おかーさまの遺伝子をしかと受け継ぎましたよ。
「あ、おかーさん見てよこのひとみの顔」
「いやんっ見ないで!ひとみ恥ずかしいっ」
「あらあら真希ちゃんかわいそうに」
「おかーさんまでマキマキ言うのかよっ」
「ほらね」
それ見たことかと言わんばかりに腕組みしてそんなに嬉しいのか我が姉よ。おかーさんも「真希ちゃんまた腕が上がったわねー」なんてあたしの顔でごっちんの成長ぶりを確かめるなよな。
- 15 名前:真夏の軌跡 投稿日:2006/04/12(水) 00:09
-
「真希ちゃんに謝ったの?ひとみ」
「ん、まだ…」
「だからさっさと行けって」
「カオリ黙れ」
「おねーさまにそんな口をきくなんてひどいっ」
「うっせ」
「二人とも仲良しねー」
「「どこがだよっ」」
むうぅ。ユニゾンかよ。それならそうと最初に言ってくれよ。このアルトな美声を響かせたのに。
「ひとみ」
あ、やば。この顔はやばい。
「は、はい!」
「真希ちゃんに何したの」
「………」
「悪いと思ってるの?」
「ん、まあ…」
グーだ。グーになってる。右拳がぷるぷるしてる。あ、カオリ逃げんなコラ。
- 16 名前:真夏の軌跡 投稿日:2006/04/12(水) 00:10
-
「なに?」
「い、いえっ。悪いと思ってるでござりまする」
「それなら何をするべきかわかってるわよね」
「謝ってきます」
「よろしい」
おかーさん、突然スイッチ入る癖なんとかしてもらえますか?いい加減。カオリもありえないくらい怯えてるよ。ていうかカオリのその顔が一番怖いよ。
「真希ちゃん、いつもひとみが迷惑かけてごめんなさいね…」
隣に向かってペコリって頭下げてもおかーさん、ごっちんはエスパーじゃないんだからわからねえって。それともなにか、我が姉といい我が母といい実は直接謝りたくないのか?
「あのときも迷惑かけたよねぇ」
「あのとき?」
「ほら、ひとみが家を飛び出したとき。高校の頃」
ぼそっと言ったカオリのその言葉はその場の空気を凍らすのに十分なほど冷めた温度をしていた。
夏なのに、なんだか涼しいよ。ふひー。
- 17 名前:ロテ 投稿日:2006/04/12(水) 00:10
- とりあえずここまで。
あらためてもう一度、よっすぃ21歳の誕生日オメ!!!!!!
- 18 名前:名無し飼育さん 投稿日:2006/04/12(水) 02:12
- 新作おめでとうございます。そしてよっちゃん誕生日おめでとう。
いいですねぇ〜このCPのこの感じ。好きです。
- 19 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/04/12(水) 03:22
- よち誕おめ 新作おめ
このCPはもちろん好きですが、むしろ姉妹にノックアウトされましたw
三作品、楽しみにしてます
- 20 名前:Y 投稿日:2006/04/12(水) 09:43
- 吉誕、オメ。スレ立て、オメアリ。
気になる所で切ってくれてムキ!でも連載だからウレシ。
これからも楽しみにしてますので、ヨロ。
- 21 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/04/13(木) 00:54
- よちい、おめ!
真夏は青春であります。
期待しております。
- 22 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/04/13(木) 09:37
- 期待大!
続き楽しみにしてます^^
- 23 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/04/14(金) 02:58
- ロテさんの新作だぁ!
楽しみにしてます^^
見つけて一人PCの前で「ロテさん!!」と叫んだの内緒です(w
- 24 名前:真夏の軌跡 投稿日:2006/04/19(水) 01:00
-
「てことでスマン」
「………」
「ひどいこと言った。スマン」
「………」
「また一緒に試験勉強しよう」
「………」
「ごっちん聞いてんのかよ〜」
「ていうかさぁ」
「あん?」
「あたし、いまなにしてるように見える?」
「ん〜なんだろう。ブラの具合を確かめてるとか?」
「…また殴られたいの?」
「お、お着替えの真っ最中ですよね」
「わかってるなら…」
「は、はい。外で待ってます」
すごすごと回れ右してちぇっなんて舌打ちしてみる。あれ?あたしちょっと残念がってる?うん、残念だ。それにしてもごっちん、いい具合に発育しましたね。いや〜立派立派。
- 25 名前:真夏の軌跡 投稿日:2006/04/19(水) 01:00
-
「ねえ、よっすぃ」
「うん?」
「あたしの体ってさぁ…その、なんていうか、あの」
「見事なプロポーションですよ」
「そんなん知ってるよーだ。もうっ恥ずかしいから早く出てって」
ごっちん顔赤らめてなにが言いたかったんだ?今さら恥ずかしがるような仲かよ、うちら。ちっこいときは風呂だって一緒に入ってたのに。おっきくなっても入りたいところだけどごとーすぺしゃるが怖いからなぁ。でもためしに聞いてみるか。
「あのさー、ごっちん」
「キャァー!!」
あ、ぴんく。
ゴッチンノピンクナチクビニメガクギヅケ。
「ああ、そんな隠さなくても…」
「ちょ、ちょ、ちょっと待って。なになになになに」
コワレカケのごっちんがなんだかかわいい。両手で胸を隠してるからごとーすぺしゃるも出せないってわけか。これはこれは好都合なことで。
- 26 名前:真夏の軌跡 投稿日:2006/04/19(水) 01:01
-
「あのさ、今度一緒に風呂入らない?今度っつーか今日っつーかいますぐ入ろうよほら早く脱いでってもう脱いでるか。ちょうどいいじゃん入ろう入ろう」
「ぶわぁっ、ぶわぁっかじゃないの?この変態!」
「いやいや変態とかそういうんじゃなくてやだなぁもう。ただ一緒に入りたいだけなのに」
「だーっ!ちょ、ちょっと来ないで変態」
「いやだから変態とか語尾につけるほうがあれだし。まあとにかく風呂入ろーぜ」
ちょうど裸なんだし。今入らないでいつ入る。外ではウッゼー太陽がギラギラしてるよ。ひとっ風呂浴びてお互い気持ちよくなりましょーよ。
「気持ちよく……って、ごっちん?!な、なんで?」
「………」
きゅっと唇をかんでぐっと涙をこらえるその顔には昔から弱い。
- 27 名前:真夏の軌跡 投稿日:2006/04/19(水) 01:02
-
「ご、ごめん。ごめんって。変態でごめん。ごっちん泣くなー」
「泣いてねぇよ…ぐすん」
「いや泣いてるし」
「泣くわけねぇよ…ぐすん」
「泣いてるじゃん」
こんなときでも上半身裸のごっちんがいろっぺーとか思っちゃってるあたしはマジで変態というかロクデナシだな。でも仕方ないよね?だって裸だぜっ(上半身)泣き顔だぜっ。
「うぐぐ。なんか妙なキモチがフツフツと…」
「へっ?」
「なんでもないっ。外にいるから服着ろって」
「うん…」
「あ、ブラはその赤いやつにしてね」
「はぁ?!」
「それからもう一回ちょっとだけ見せてよ、ごっちんのチク」
本日二度目のごとーすぺしゃるとごっちんのかわいいぴんくと天国のじーちゃんの顔がかわりばんこに見えていた。ブラック…アウ……と?
- 28 名前:真夏の軌跡 投稿日:2006/04/19(水) 01:02
-
- 29 名前:真夏の軌跡 投稿日:2006/04/19(水) 01:03
-
「ぴんく!」
「ぴんく?」
あれ?ん〜?ココハドコワタシハダレ。
ココはごっちんの部屋。ベッドの上に寝ているワタシは吉澤ひとみ。うしっ正常!
「ぴんくってなに?よしこ頭大丈夫?」
「頭はイタイ。ぴんくはごっちんの…」
じっと視線をぴんくに向けるとおや?その邪魔なびらびらした布はなに?もしや世に言うTシャツというやつじゃないですか。なんでそんなもの着ちゃってかわいいぴんくをお隠しになっているのですか。
「ど変態」
「だって、ぴんくが、さっきまで、ぴんくが」
「ぴんくぴんく言うな」
「じゃあチク」
「わわわわあわわあ」
コワレカケのごっちん再び。
うるさいから無視して起き上がったらぽとっと頭の上からなんか落ちてきた。うん?タオル?
- 30 名前:真夏の軌跡 投稿日:2006/04/19(水) 01:03
-
「これって…」
「ああ、だってよしこグデーンて大の字になって倒れちゃったから一応」
「それはそれはありがとうございますって言うと思うかコノヤロウ」
「ごとーすぺしゃるじゃなかっただけありがたいと思うべき。言うべき」
え!さっきのごとーすぺしゃるじゃなかったの?!
「うん。ごとー…ごとー…み、みれにあむ」
「絶対いま考えただろ」
「ごとーみれにあむ。うん、ごとーみれにあむ」
「復唱して納得するなよ」
あいたたた。ごとーすぺしゃるじゃないとはいえ、ごとーみれにあむもなかなかの威力だな。新技に喜ぶのはうちのおかーさまくらいだっつの。しかしみれにあむって懐かしい響きだな。
「よしこ、大丈夫?」
「なわけないじゃ…」
ふんわりとなんかがあたしを包み込む。
やわらかくてキモチイイ。
あったくていいニオイがする。まるであの。
「うわわわ」
「あ、逃げた」
あ、逃げちゃった。
- 31 名前:真夏の軌跡 投稿日:2006/04/19(水) 01:04
-
「なんだよ急にごっちんこんなことしてびっくりさせんなよまったく」
「なに動揺してんのー?照れちゃって。かーわいいー」
「動揺?ナニソレ?」
「ほらほらごとーの胸に飛び込んでおいで」
くっそぅ。服着たらやけに強気じゃねえか。なんだよなんだよ。ぴんく見せろよ触らせろよ。ん?飛び込んでいいの?
「じゃあお言葉に甘えて」
「どんと来い!ごほっごほっ」
自分の胸叩いてムセんなよ。あたしの飛び込む胸なんだから手荒にしないでね。
「おいで?」
夏だっていうのに。こんなにあったかいここがキモチイイわけないのに。ごとーみれにあむの名残りが痛々しいおでこから汗とか出ちゃってなにひっついてんだか。また着替えたほうがいいよ、ごっちん。
- 32 名前:真夏の軌跡 投稿日:2006/04/19(水) 01:05
-
「やべぇ…」
油断したら涙がでた。
センチメンタルなよしこはなにを思う?このあったかい胸の中で。
「やわらけぇ…」
「ちょっと、ぐりぐりしないでよ」
だって涙がでちったんだもん。拭かせてよ。それにキモチいいし。
「うん。でももちっと…おねがい…」
「………」
アイツとは全然ちがうけど。
アイツとはくらべられないけど。
ごっちんがぎゅーっとするあたしはあの頃のあたしとどう違う?
気持ちよくて、また涙がでた。
- 33 名前:ロテ 投稿日:2006/04/19(水) 01:07
-
短いですがキリがいいので更新終了。レス返しー。
>>18 名無し飼育さん
ありがとうございます。ご期待に添えられたらいいのですが実はちと不安だったり。
>>19 名無飼育さん
ああ、姉妹にヤラレてしまいましたか。おねーさまの出番はあまり期待しないでくださいw
>>20 Yさん
いつもありがとうございます。こちらこそまたまたよろしくです。
>>21 名無飼育さん
夏なのに青い春とはこれいかに。んでも全面的に同意です。
>>22 名無飼育さん
ありがとうございます。これからも楽しんでいただければ嬉しいです。
>>23 名無飼育さん
ありがとうございます。なんなら窓を開けて力の限り叫んでくださってもいいですよw
- 34 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/04/19(水) 21:36
- 待ってました!
おバカお二人さん可愛いですね。
- 35 名前:真夏の軌跡 投稿日:2006/04/20(木) 00:07
-
ぐでっと横になりながらアイスキャンディーをペロペロなめなめ。なんかイヤラシイな。まあ夏ってやつはある意味イヤラシイ季節だ。なんでもかんでも夏のせいにしとけ。今だけだぞ、こんな夏は。なんて矢口先輩から言われた言葉をそっくりそのままアイスキャンディーに向かって吐いてみる。こんな夏ってどんな夏だよ。アイスキャンディーぐでっと食べる夏か?
「よしこいるー?」
「いなーい」
「いるじゃん。ほらどいて」
ごろんとひっくり返されてあれよあれよと壁際に追い立てられる。
「ごろごろ〜ごろごろ〜」
「ひゃー。今日もあっちぃねぇ」
「ごろごろ〜ごろごろ〜」
「せっかく試験クリアして夏休みに突入したってのになにそのぐーたら加減」
「ごろごろ〜ごと〜ごと〜」
「夏だよ?夏休みだよ?太陽だよ?まっぶしー!ヤッホーってなんないの?」
「ごと〜ごと〜ごと〜ごと〜」
ごっちんの着てるキャミソールからのぞく鎖骨のがヤッホーだよ。なんだよその挑発的な格好は。ホットパンツは。太ももは。へそは。アイスキャンディーよりなんかしたくなるぞ。
- 36 名前:真夏の軌跡 投稿日:2006/04/20(木) 00:08
-
「ごとーさんはなにがしたいのですか〜」
キャミソールの裾をぺろっとめくって中をチラッと見たらパンチパンチチョップパンチのコンビネーション。うーんなんとも刺激的。もう一回見たい。コンビネーションじゃなくて中をね。
「よしこはしたいことないの〜?」
「とりあえず中を見たい」
「中?なんの?」
だからここだってば。お、ブラ赤じゃん。やっりー!今日のラッキカラーは赤だな。で、きっとケガに注意とか突然のパンチに気をつけてとかそんなとこだろ。イッテー!…ほらな。
「よしこ赤好きだっけ?」
「ううん。黒のが好き」
「黒はないなぁ…」
「へ?なんの話だよ」
「え?だから…その…ぶ、ぶ、ぶ、ぶ」
「普通に好きな色が黒なんだけど」
「そ!そんなの、知ってるよ!!普通に好きな色を聞いたんだもんっ」
「だって黒はないなぁとか、ぶ、ぶ、ぶ、ぶ、とか明らかに違うだろ」
「違わない違わない違わない」
「まあブラも黒が好きだけど」
「好きなんじゃん!!!」
でも赤も好き。見るのもつけるのもね。だからもう一回見たいわけで。
- 37 名前:真夏の軌跡 投稿日:2006/04/20(木) 00:09
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「ちょ、ちょっと」
「うーん。もうちょっとで届く」
ぐでっと寝転がったまま遠ざかるキャミソールに目いっぱい腕を伸ばす。届けぇぇぇ。この想いを指先に託す。ん、キャミソールの動きが止まった。これはもしかしたら届きそうだ。吉澤ひとみ、登頂まであともう一歩です。諦めずにここまで来た甲斐がありました。
「届いたらなにする気なの?」
ぴんと伸ばした指と手の延長線上、かわいいぴんくがあるだろうそのちょっと上でそんなことを言う口があるその顔はやばい。やばくて、思い出す。あのときみたいな顔。あたしの心をざわつかせる。これも夏のせいだと言うのですか、矢口先輩。どうやら夏はなにかと厄介だ。
「さてね」
アイスキャンディーが溶けて手を汚したからまたペロペロとなめなめした。夏だね〜。タンクトップが背中にペタっと張りついて汗だくになりながら伸ばす手と汚れた手。どっちもあたしの手。どっちも行き場のない困った手。
「意気地なし」
夏のせいにしなくったって、そのとおりなのかもしれないね。
- 38 名前:真夏の軌跡 投稿日:2006/04/20(木) 00:09
-
「あら真希ちゃんいらっしゃい」
「よしこママこんにちわ」
「どう?最近すぺしゃるは」
「えへへ。快調快調」
腕ぐるんぐるん振り回してにっこり笑うごっちんにあらそうなのなんておかーさまもにっこり笑い返しておまえら。すぺしゃるの調子の良さを喜ぶなよ。たいがい、ほとんど、絶対、あたしなんだから。犠牲者は。
「あのねー、ごとーみれにあむってのもできたの」
「あらすごい」
「えへへ。今度見せるね」
「楽しみだわ〜」
楽しみにすんなよおばさん。他に楽しみあるだろう。昼ドラとか昼ドラとかみのさんとか。下からのぞく二人の顔が笑ってるからあたしはそれもこれも全て夏のせいにしたくなる。
- 39 名前:真夏の軌跡 投稿日:2006/04/20(木) 00:10
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「おかーさま、御用はなんですか」
「そうそう。ひとみに暑中見舞い届いてるわよ」
「ショチョウミマイ?」
「ごっちんって時々マジで天然だよね…」
「あらやだ真希ちゃんってば。でもそれも面白いわね。『お赤飯食べました』って報告するの。おほほほほ。失礼」
突っ込むのもめんどいってかアイスキャンディーの小さな塊が今にも落ちそうであたしはそれどころじゃない。悪いけど二人でショチョウでもなんでも報告してて。ペロペロ。
「なーんだ暑中見舞いか。いまどき珍しく丁寧だね〜。どれどれ」
「でも差出人の名前書いてないのよね〜。ひとみ、心当たりある?」
「ちょっと待って。アイスキャンディーがご臨終です。えーと11時ちょうど。チーン」
「ご愁傷様です」
一礼して去ってゆく母の背中はでっかくてたのもしい。ヒラリと舞い落ちたハガキがアイスキャンディーの残骸の上に狙ったかのように重なる。ごっちんの素足に映えた黒いペディキュアに見とれてると、ハガキは落ちてきた軌道と同じ道を辿ってまた舞い上がった。
「んーと…なになに」
- 40 名前:真夏の軌跡 投稿日:2006/04/20(木) 00:10
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暑中お見舞い申し上げます。
毎日暑い日が続いていますがいかがお過ごしでしょうか。
そちらのうだるような夏の暑さを、今は懐かしく思います。
田舎のさわやかな夏の中、あの日のアイスキャンディーを食べつつ。
- 41 名前:真夏の軌跡 投稿日:2006/04/20(木) 00:11
-
「ごっちん!」
「内容があるようなないようなハガキだねぇ」
「ごっちん、それ誰から?」
あたしは動けない。床に張りついたまま手を伸ばしてグーン。立ったままのごっちんのおなかがキャミソールからのぞいて一瞬目を奪われる。身に覚えのあるハガキに視線を戻してもやっぱり気になるおなかとその先。まったく、チラリズムってやつは。
「誰って、だから書いてないんだって……ん?アイスキャンディー?!」
呟くごっちんの声に揺れるキャミソールがチラリチラリ。
「よしこ!これって…」
ごっちんの動きが止まって。おなかとその先も止まる。チラリズムの終焉。あたしの動きも止まったまま。伸ばした手が傾いて、崩れ落ちる。なにもかもが夏のせい。夏のせいにしていた。始まったばかりの、あたしたちの夏のせい。
3年前から止まったままだったあの短い夏がいま、動き出していた。
- 42 名前:ロテ 投稿日:2006/04/20(木) 00:14
- 更新終了。
切る箇所をちょっとミスしたので連日の更新となりました(ノ∀`)
- 43 名前:ロテ 投稿日:2006/04/20(木) 00:15
- >>34 名無飼育さん
バカで可愛い二人をちょっとの間、見ていてやってください。
- 44 名前:Y 投稿日:2006/04/20(木) 10:17
- えーーー!気になる所でまたーーー!
連日の更新お疲れ様です。
次回をかなり楽しみに待ってますので、(お早めにw)お願いします。
- 45 名前:S 投稿日:2006/04/20(木) 10:47
- うおおおおお!!
気になるところで切りますなあ・・w
えっちぃ吉最高!
で、続きはいつきますか・・・?(ワクワク
- 46 名前:T 投稿日:2006/04/21(金) 00:28
- 連日更新お疲れ様です。
ぬぁーーーー、イイところで・・・。
続きを・・・続きをください。
ごとーみれにあむ・・・受けてみたいw
- 47 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/04/28(金) 11:18
- ぴんく!ぴんく!!ぴ〜ん〜く〜〜〜!!!!!
(*´ Д `*)<ごまピンクはピンピンぴんくだぽ
- 48 名前:J 投稿日:2006/05/03(水) 22:53
- ( ̄口 ̄)
…(*´Д`)
ヒトニイエナイケドイイマスマッテマスw
- 49 名前:真夏の軌跡 投稿日:2006/05/04(木) 01:34
-
◇ ◇ ◇
「よーしーこー」
「うぅん」
「よーしーこー」
「………」
「おーきーろー」
「っさい…」
「えー?なぁにー?」
「うるさいっつーの!!」
金髪頭をペシペシ叩く手をよしこが鬱陶しそうに払いのける。まだまだ。ちゃんと起きるまでやめてなんかあげないんだから。ふとんの中にもぐりこんで唸り続ける往生際の悪い幼馴染。あたしの日課はコイツを起こすところから始まる。
「ほら、もう起きないと遅刻するから」
「いいじゃん」
「ダーメ」
小学校の頃からずっと繰り返されてきた会話。学年が上がるごとによしこの寝起きは悪くなり、あたしはその分早起きになった。せっかく早起きしてるんだからとお弁当を作るようになって、料理の腕もあがった。その代償に授業中これでもかと寝てるけど。
- 50 名前:真夏の軌跡 投稿日:2006/05/04(木) 01:35
-
「いいかげんにしないと…こうだー!!」
「うわっ、ごっちんちょっとマジやめ…お、起きた。起きたから」
起こすときの最終手段はちょっと荒っぽい。ふとんをガバっとめくって、よしこのシャツもペロっとめくって、見慣れた白いお腹や腰に総攻撃。
「ほらほら起きたか〜」
「ひゃっ、はぁっ、起きたって。起きたからやめろって」
いたって単純なくすぐり攻撃の前によしこはあっさり陥落した。いつもは冷めた表情の彼女が破顔して高い声を出している。こんな顔、学校のコたちが見たらどう思うだろう。クールというにはかっこよすぎるけれど無表情、無関心で人あたりの悪いよしこがこんな顔して笑うなんてことを知ってるのはあたしだけ。ひねくれものの素直じゃないよしこの笑顔を見れるのはあたしだけ。
- 51 名前:真夏の軌跡 投稿日:2006/05/04(木) 01:35
-
「ごっちん、はぁはぁ。いいげんにするのは、はぁはぁ、オマエだー!」
「ふへっ?!」
わき腹をくすぐっていた手首を掴まれたと思った瞬間、世界が反転した。ふとんの柔らかい感触。視線の先の白い胸もと。体に巻きついてる両腕に、抱きしめられたというよりは閉じ込められたような感覚。少し息苦しくて、少し気持ちいい。子供の頃から変わらないよしこの匂いに包まれる。
「はぁはぁ。まいったか」
息を弾ませるよしこの鎖骨にグリグリと顔をおしつけて1秒、2秒、3秒。心の中でカウントしてぎゅっとつぶってた目をゆっくりと開く。いつもと何も変わらない朝の風景。これが日常。
「やっと起きたかー」
ほんの数センチの距離にある顔と顔。なんでもないように発する声。
ポーカーフェイスは、ひょっとしたらあたしのほうが上手い。
「毎朝毎朝ご苦労様です」
「おまえが言うなっ!」
ニカっと笑うよしこの顔を見てあたしはいつものようにチョップをした。
- 52 名前:真夏の軌跡 投稿日:2006/05/04(木) 01:37
-
「ごっちーん、今日は絶好のプール日和ですよ」
「だね。太陽すごいもんね」
「ギラギラしてるよ。肉の脂身よりギラギラしてるよ。オエェ」
「変なものに例えないでよ。爽やかな朝なのに」
「どこが爽やかなんだよ。あたしすでに汗でベッタベタ」
「後ろに乗ってラクしてるやつが言うかなフツー」
ブーブー文句を言うよしこを自転車の後ろに乗せて学校に向かう。夏休みまであと少しの夏真っ盛りに2ケツしてるあたしたち。朝とはいえ気温はたぶん余裕で30℃近い。そりゃ汗もかくって。自転車こいでるあたしのほうが汗でベッタベタだよ。
- 53 名前:真夏の軌跡 投稿日:2006/05/04(木) 01:38
-
「いやこう見えてラクじゃないんですよ」
「どこがよ」
「だってほら、この無防備な腰とか触ってくださいと言わんばかりのがら空きの胸とか」
「ひゃあっ。ちょ、あぶな。どこ触ってんのよ!」
「あんまり触らないように我慢するのも大変よー」
「ばっかじゃないの。もうホント信じられないばか」
「ごっちん!前、前やばいって!!」
「え?………………きゃあぁーっ!」
太陽も熱いけどアスファルトもかなり熱いんだね。自転車で自転車置き場につっこむなんて、止め方としては少々乱暴だったかも。視界には横倒しになった大量の自転車と中身が飛び出た通学かばん。よりにもよってシャーペンとか消しゴムまで散らばってる。あー、拾うのめんどいなぁ。
そういえばよしこは?
アスファルトで擦った頬に手をやりながら後ろを振り返った。
- 54 名前:真夏の軌跡 投稿日:2006/05/04(木) 01:39
-
「大丈夫ですか?」
なんとも形容しがたい高い声が響いた。逆光で顔はよく見えない。あたしと同じように額に手をやっているよしこの口がぽかーんと開いているのは見えた。
「あの、大丈夫ですか?」
再び高い声がした。心配そうな声。おずおずと差し出された手は細くて、夏らしく日焼けしていた。白いスカートがふわりと広がり片方の手がそれを軽く押さえる。
「あ、ありがと」
伸ばされた手を取らずによしこは立ち上がった。そして制服のスカートを無造作に手で払っている。心持ち目線を下げて、ゴホゴホという咳払いはとてもわざとらしい。目許を薄っすらと赤くして、唇が尖ったその顔にあたしは驚いた。
よしこ、まさか照れてるの?
- 55 名前:真夏の軌跡 投稿日:2006/05/04(木) 01:39
-
「血が…」
「えっ?」
「膝から血が出てますよ。これよかったら」
高そうなバッグから出てきたうさぎマークの絆創膏。そのアンバランスさに噴きそうになったけど、とても笑える雰囲気ではない。咳払いをして笑いをごまかした。でも何も言わずにうさぎマークの絆創膏を受け取っているよしこの間抜けな顔には、やっぱり噴いた。
「じゃあ…」
よしことあたしの2人に対して律儀に頭を下げてその人は去って行った。照りつける太陽をものともせず、スカートをなびかせながらきびきびと歩いて。
よしこの手に残った2枚の絆創膏はよしこの膝とあたしの頬に貼られた。可愛らしい絆創膏をなんの文句も言わずに貼っていたよしこにはかなり驚いた。
その日はずっと、うさぎマークの絆創膏がくすぐったい感じがしていた。よしこの照れた表情と誰だか知らない彼女の細い腕が頭から離れなかった。放課後、プールに入ったら絆創膏はあっさりと剥がれてしまった。けど、彼女の背中をじっと見つめていたよしこの後姿は、あたしの脳裏にずっと焼きついたままだった。
- 56 名前:真夏の軌跡 投稿日:2006/05/04(木) 01:40
-
試験とか勉強とか、そんなもの高校一年のあたしたちには必要ない。あたしは毎日のようにプールにプカプカと浮いて、よしこもたまに付き合って浮いていた。そうこうしていたらいつのまにか夏休みになって、しかもなんだかわからないうちに補習が決まっていた。
「ありえねぇ」
「………」
「これってマジ?ありえなくない?」
「はぁ〜あ〜」
「お、盛大なため息。あたしもやろうっと。はぁ〜あ〜」
「せっかくの夏休みにあたしたちなにやってんの?」
「ため息ついてる。女子高生とは思えないよまったく!」
夏休みに入ったというのに夏休み前と変わらないのは誰のせい?
なんであたしはよしこを起こしていつもみたいに2ケツしてるの?
- 57 名前:真夏の軌跡 投稿日:2006/05/04(木) 01:40
-
「しいて言うなら夏のせい!」
「…はぁ。自業自得か」
「夏がイケナイんだー!!」
「うるさいよ〜」
補習に向かうあたしの足取りが快調なわけなく、しかも後ろでよしこが暴れるからフラフラフラフラ。自転車が左右に怪しく蛇行して、自然とあの日のことを思い出した。
「ごっちんストップ!」
「うひゃぁ」
耳もとで叫ばれた声と後ろが急に軽くなった浮遊感に驚いて思わず叫んだ。
なんなのよもう〜と呆れながら振り返るとそこにあの日の光景があった。
「よしこ…?」
ノースリーブから伸びる細い腕と日焼けした肌。対照的に白い肌をほんの少し赤く染めて、嬉しそうに笑う顔。あたしだけが知っているはずだったあの顔をして、よしこは手を振っていた。そして「絆創膏ありがとう」という声がした。
- 58 名前:真夏の軌跡 投稿日:2006/05/04(木) 01:41
-
「また転びそうになってたね」
この声は一度聞いたら忘れない。高くてクセがあるけど嫌いじゃないかも。少し遠慮気味に笑う顔も嫌いじゃないな。よく見たらすごい美人じゃん。
「この人ね、運転が乱暴なんですよ。あたしまた死にかけちゃいました」
「おい」
「絆創膏で済むくらいの怪我にしといてよね、ごっちん」
「おーい!」
「こんな暑いところにいるのもあれだからマックでも行きませんか?」
「あのね、忘れてるかもしれないけどあたしたちこれから補習」
「補習?ナニソレ?」
「現実逃避だ………」
「じゃあモスでもいいよ」
「そういう問題じゃないっつーの!」
あたしたちのやりとりをしばらく面白そうに眺めていた彼女は、ついに堪えきれないといった感じで噴出した。噴出したといっても、口許に手をやって上品そうに笑う彼女はどこぞのお嬢様を思わせた。着てるものとか持ってるバッグとか高級っぽいから実際にお金持ちかもしれない。
- 59 名前:真夏の軌跡 投稿日:2006/05/04(木) 01:42
-
「ふふっ…あ、ごめんなさい。面白くてつい」
「面白いってー。やったねごっちん」
「やったねよしこ。ってなにがよ」
「あはははっ。ホント、ごめんなさい」
細い体を折って笑い出したその人の表情はすごく無邪気で可愛らしかった。口調や佇まいは大人っぽいのにその表情だけが子供みたいで、とにかく面白かったらしくかなり長い時間笑っていた。あまりに長すぎてよしこもあたしも実はちょっとだけ引いていた。
「すみません。私、こんなに笑っちゃって…」
「いえ、あの、楽しそうでなによりです」
「笑い上戸なんです…」
「はぁ。そのようですねぇ」
なんだろうこの会話。真夏の太陽の下、道端ですることじゃない。すみませんとかどんどん笑っていいですよとか言い合ってても始まらない。彼女と一緒に笑っているよしこを押しやっていろいろと聞いてみた。
- 60 名前:真夏の軌跡 投稿日:2006/05/04(木) 01:43
-
「このへんの人ですか?」
「引っ越してきたばかりなんです」
「やっぱり。どうりで見ない顔だと思った」
「おまえの街かよ」
「高校生ですか?」
「はい。保田学園なんですけどご存知ですか?」
「わ!すごい偶然。あたしたちそこの1年なんですよー。えっと何年生ですか…?」
「身辺調査かよ」
「2年生です。同じ学校なんて、本当にすごい偶然。嬉しいなぁ。うふふ」
「あたしも。こんな綺麗な先輩ができるなんて嬉しいです」
「ナンパかよ」
「もうっ!よしこってばさっきから何ひとりでボソボソ言ってんのよ!なんでふて腐れてんのか知らないけど変な茶々入れないでよね。フツーに会話に入ってきたらいいじゃん」
「だって、あたしが聞こうと思ってたことごっちんが全部聞いちゃうんだもん」
「子供かおまえは」
「うふふ……あっはっはははー!す、すみません。なんか、また…あはっははは」
また笑い上戸のスイッチが入ったらしい。それを見てよしこもなぜか笑い出した。さっきまで頬膨らませてごっちんのバカとか小声でボソっと言ってたくせに。ちゃんと聴こえてたんだからね。
- 61 名前:真夏の軌跡 投稿日:2006/05/04(木) 01:44
-
「あーはっはははは」
「わっはっはははは」
楽しそうに笑う二人を見てたらあたしもなんだかおかしくなってきた。笑いって伝染するんだよね、そういえば。高い声で、でも上品に笑う彼女と豪快にアホみたいに笑うよしことともに、あたしも笑い出した。太陽に向かって。夏になんて負けないぞ、とばかりに。
「いっぱい笑いましたねー」
「楽しかったですねー」
「本当にすみません…笑い上戸で……」
困ったようにまた笑う彼女。
困ったときはおかしいくらい眉が下がる人なんだなーと思った。
「あちー。ちょっとマジでシャレにならないからどっか入らない?」
「あの…でも、補講とか言ってませんでした?」
「うぐっ!そ、それを言われると返す言葉がありやせん……」
「ふふふ。補講にはちゃんと行ったほうがいいですよ」
「はい…そうっすね」
やけに素直なよしこ。年上の知り合ったばかりの、しかも同じ高校の人の前じゃ普段の憎まれ口も鳴りを潜めるか。それに相手が美人ときたらなおさらかも。
- 62 名前:真夏の軌跡 投稿日:2006/05/04(木) 01:45
-
「補講、頑張ってくださいね」
「今度よかったら遊んでください」
「遊ぶ?ふふ。喜んで」
「やった!じゃあアイスキャンディー奢りますね。ごっちん、ほら行くぞ!」
「痛い痛い。引っ張らないでよ〜」
「置いてくぞ!」
「ていうかさぁ…あたしたち、自己紹介しとかない?」
「「あ…」」
真っ白な入道雲があたしたちの頭上に覆いかぶさった。
夏の太陽は変わらずギラギラと燃え、その役目を果たしている。
じっとしているだけで汗が噴出し、頭がクラクラした。
でもあたしたちはそんな暑い中でもバカみたいに笑って、どうでもいいお喋りをしていた。喋りすぎて結局補講に遅刻したけれど、教師に怒られても課題を増やされても、あたしたちは…あたしとよしこは、このふいに訪れた夏の盛りの出会いに胸を躍らせていた。
ワクワクするような夏の予感に、子供の頃のように目を輝かせていた。
- 63 名前:真夏の軌跡 投稿日:2006/05/04(木) 01:45
-
- 64 名前:ロテ 投稿日:2006/05/04(木) 01:46
- 更新終了
- 65 名前:ロテ 投稿日:2006/05/04(木) 01:46
-
レス返しー。
>>44 Yさん
気になるところですみませんw
しかも遅め更新で重ねてすみませんw
>>45 Sさん
えっちぃですねー夏はえっちぃのですw
続きをどーぞ。
>>46 Tさん
みれにあむはよしこ限定に発動するようですw
えーと、Tさんって自分の知ってるTさんですかね?
もし知りたいだったら気になるのでご連絡ください。
>>47 名無飼育さん
狽イまピンク!!
なんかちょっと一瞬ですがいい夢見ました。蟻。
>>48 Jさん
こんなところまで蟻です。またよろ。
- 66 名前:Y 投稿日:2006/05/06(土) 01:18
- 更新おつです。
もしかしてあの人?もしかしなくてもあの人?
続きはまったりとワクワクしてお待ちしてます。
- 67 名前:S 投稿日:2006/05/06(土) 22:06
- えっ?もしかしてもしかしなくてもあの人ですかっっ??
うあ〜!裏切られた〜!(ドキドキドキドキ…
いや、ますます楽しみです。正座して待ってます!!
- 68 名前:46のTです 投稿日:2006/05/07(日) 00:17
- 更新お疲れ様です。
ごとーみれにあむを受けられるよしこが羨ましいw
あの人も出てきて、続きが…ワクワクしています!!
えっと、たぶんロテさんの知ってるTさんではないと思われます。
紛らわしいHNですいません。
これからは、「もう一人のT」と言う事でよろしくお願いしますm(__)m
- 69 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/05/08(月) 21:44
- ごちん強敵出現か・・・
ってまだCP解ってないんですけどね
がんばってください
- 70 名前:真夏の軌跡 投稿日:2006/05/12(金) 01:11
-
梨華ちゃんは思ったとおりお金持ちのお嬢様だった。商店街にほど近い、あたしたちが住む住宅街を見下ろすように建っていた高台の大きなお屋敷が、夏のはじめに「石川」という姓の人に買い取られたということは大人たちの噂話で耳にしていた。けれどそれが梨華ちゃんの家だったなんて。しかも「石川」さんはどこぞの会社の偉い人らしいとよしこママが言っていた。
「デカイよねぇ、梨華ちゃんの家」
「ああ、そうだな」
「すごいよねぇ、会社の社長さんだって。梨華ちゃんパパ」
「その、なんでもかんでもパパママつけるのやめろよ。よしこママだの、ケイちゃんパパだの」
「なーんで?わかりやすいじゃん」
「わかりやすいけどさぁ」
そんな会話をしていると呆れ顔のよしこの後ろからよしこママが顔を出した。
- 71 名前:真夏の軌跡 投稿日:2006/05/12(金) 01:12
-
「お・ま・た・せ!よしこママの特製カキ氷ですよー!!」
「やったー!いちごミルクだ」
「カキ氷作るやつグルグル回しただけだろうが。なーにが特製だっつの」
「ひとみはいらないみたいだから真希ちゃん、2つ食べてね」
「わーい。いっただっきまーす」
「わーい。おかーさまのカキ氷ひとみ大好き!ウフ」
「「キモ」」
シャカシャカとスプーンで氷を崩しながら一口、二口と頬張る。夏の味が一気に口に広がって体温が1℃か2℃くらい下がったような気がした。まさに涼。これぞ夏。
「梨華ちゃん何時に来るって?」
カキ氷をまるでスイカのように、スプーンを使わずにかぶりついていたよしこに聞いた。
がおーなんて口を開けて、おまえは怪獣か。
- 72 名前:真夏の軌跡 投稿日:2006/05/12(金) 01:13
-
「もうすぐ来るんじゃない?バイオリンのレッスンが終わったらって言ってたから」
「バイオリン!ねぇ、バイオリンってあのバイオリン?」
「バイオリンはバイオリンだよ。ビオフェルミンじゃないからな」
「よしこそれ全然かぶってないよ」
「フィーリングフィーリング」
そしてまたあんぐりと大きな口でカキ氷と格闘しだしたよしこ。もっと、こう、素直に食べれないものですかね。
ん〜冷たい感触が気持ちいい。頭にキーンとくるね、キーンと。
「ちゃんと食べなよ〜行儀悪いなぁ」
「だっておもしれーじゃん」
「梨華ちゃんには見せられないね」
そう言うとよしこは急にスプーンを持って手のひらを返したようにお行儀良く食べだした。といっても至って普通の、あたしと同じ食べ方なんだけど。姿勢まで正しちゃって、そこまでカキ氷に敬意を払わなくても…と思わなくもない。
- 73 名前:真夏の軌跡 投稿日:2006/05/12(金) 01:14
-
梨華ちゃんのこととなるとよしこはいつものよしこじゃないみたいだった。梨華ちゃんの前だとよしこはやたらとかっこつけるし、いつもの口の悪さだってほとんど出ない。あたしにはバカな顔をしたり容赦なく突っ込んだりするくせに。でもそれは出会って間もないからなんだとあたしは思っていた。よしこが梨華ちゃんに対して階段の段差を気遣ったり車道側を歩いたり、視線を合わせないように伏目がちになるのは。
出会って間もないせいなんだと、思っていたかった。
「むぅ〜。さっきみたいにしなよ」
「さっきって?」
「がおーぐわぁーってカキ氷相手にケンカ売るみたいな食べ方」
「ごっちんがやめろっつったんだろー」
「……いいの。あたしの前ではしててよ、そういうこと」
「そういうことって?」
「ばかでいいってこと」
「なんだよソレ」
ばかなよしこが……いいんだもん。
- 74 名前:真夏の軌跡 投稿日:2006/05/12(金) 01:14
-
口の中で呟いた言葉はいちごミルクとともに消えて、シャリシャリとカキ氷を崩す音だけがやけに大きく聴こえていた。
「ひとみ〜。梨華ちゃん来たわよ〜」
「あーい!!いま行くー!」
階下からよしこママの声がしたと思ったらものすごい速さでよしこは立ち上がった。慌ててティッシュで口をふき、スプーンを手に持ったままダッシュで階段をおりていった。
落ちろ、ばか。
残されたあたしはカキ氷を食べながらまた呟いた。
- 75 名前:真夏の軌跡 投稿日:2006/05/12(金) 01:15
-
「ごっちん、こんにちは」
「梨華ちゃんいらっしゃーい」
白いワンピース姿の梨華ちゃんと挨拶を交わす。同じく白いバッグをちょこんとベッドの脇に置いた梨華ちゃんは「暑かったなぁ」なんて言いながらあたしの隣に座った。
梨華ちゃんとは2度目に出会って同じ学校だと判明して以来、急速に仲良くなった。補講が終わる頃に3人でお茶をしたり、夏休みの後に転入してくる梨華ちゃんのために学校のことをあれこれと教えたりした。花火だって一緒にやったしプールに行く約束もしている。まだまだ長い夏休みを一緒に過ごす予定が目白押しだ。学年はひとつ上だけど、あたしもよしこも梨華ちゃんとはすっかりタメ口をきくようになった。
- 76 名前:真夏の軌跡 投稿日:2006/05/12(金) 01:16
-
「あー!カキ氷だ。いいなぁ」
「梨華ちゃんも食べるっしょ?いまうちのママンが持ってくるから」
「やったー!よっすぃありがと」
梨華ちゃんも初対面のときよりもだいぶ砕けた話し方になっていた。もともとは人見知りをするタチらしく、最初は意識して余所行きの喋り方をしていたらしい。あたしが梨華ちゃんに抱いていた上品で大人なイメージは、こうして3人で遊ぶようになってから日々壊れていっている。
「えー、イメージって。悪くなったの?私のイメージ」
「や、そういうわけじゃなくて…梨華ちゃんってもっとお嬢様お嬢様してると思ったんだよねぇ」
「あたしも思ってた。意外に庶民的だよね、梨華ちゃん」
「そうだよ〜。うちなんてただの成り上がりだからお嬢様なんて、そんな、滅相もない」
「成り上がり…たしかにそんな感じする。あのセンスには絶句したもん」
- 77 名前:真夏の軌跡 投稿日:2006/05/12(金) 01:18
-
夏だから外で遊ぶことがほとんどだったけど、たまに誰かの家でまったりと過ごすときもあった。夜なんてほとんど3人のうちの誰かの家にいた。よしこの家やあたしの家、そして越してきたばかりの梨華ちゃんの家にほぼ日替わりで訪問しては、小さい頃の話をしたり夜中までトランプをしたりした。ときに梨華ちゃんに言われてしぶしぶ、夏休みの宿題なんかにも手をつけたけどあたしとよしこの性格上マジメになんて出来るわけがなく、しばしば梨華ちゃんを呆れさせた。
- 78 名前:真夏の軌跡 投稿日:2006/05/12(金) 01:19
-
「もうっ、よっすぃってばひどいんだから」
「だってさぁ〜。あの、とりあえず高いものを片っ端から買って置きましたっていうのはね」
「ごちゃごちゃしてるよね」
「ほら、ごっちんも言ってるし」
「うぅ…ひどい…よっすぃだって女の人の裸みたいな変なTシャツ着てるくせに」
「変じゃねーよ!これはイイの!これがオシャレなの!」
「髪の毛なんて生え際だけ黒くてあとはまばらに変な色のくせに」
「あはははは。たしかによしこも梨華ちゃんの家と同じくらい変かも」
「ごっちんなんて寝顔が変だろー」
「そうそう。私も実は思ってたのよねぇ…この前、うちにお泊りしたときに」
なぜか矛先がこっちにきた。よしこと梨華ちゃんは性格が間逆のせいか何かにつけて意見が合わず、今みたいに言い合いみたいになることが多いのに変なところで息が合ったりもするから不思議だった。お互いのターゲットがあたしになったらしく、よしこは「ごっちんのマネ〜」とか言いながら鼻の下をこれでもかと伸ばした変顔をして(あたしはそんな顔なんか絶対してない)、それを見た梨華ちゃんが手を叩いて喜んでいる。
- 79 名前:真夏の軌跡 投稿日:2006/05/12(金) 01:19
-
「あっははは。もう、よっすぃってば〜おかしいから、その顔」
笑い上戸の梨華ちゃんが涙を流しながら笑っている。よしこはとっくに元の顔、というか普通の顔になっているのに。どうやら梨華ちゃんの笑いの導火線に火がついたようだ。一回つくと止められないんだよね、これ。
「すげー笑ってるなぁ、梨華ちゃん」
よしこはそんな梨華ちゃんをどこか嬉しそうに眺める。まるで遠くを見るように目を細めて、どこか違う高みから梨華ちゃんのことを見つめているようだった。梨華ちゃんと出会ってからよしこはこういう風に穏やかに笑うことが多くなった。
それは今までに見たことがないほど、綺麗な笑顔。
- 80 名前:真夏の軌跡 投稿日:2006/05/12(金) 01:20
-
「あら〜なんだか楽しそうね」
「お。やっときたか。おっせーよ」
「あらあら。汚いお口を閉じなさいね。夕飯が食べたいなら」
「ぐっ……」
「はい。どうぞ。梨華ちゃんには抹茶の白玉入りにしてみました」
「うわー。よしこママ、サービスいいねぇ」
「あ、ありがとうございます。白玉大好きなんです、私」
「ふふ。この前ね、このバカ娘が言ってたのよ〜。梨華ちゃんが白玉好きだからカキ氷に入れてくれって」
「ぬわー!!そんなことどーでもいいからさっさと行け!地の果てまで行け!」
「夕飯」
「ぐっ……ってバカ!夕飯なんてもうテキトーに食べるからいいよ!あっち行け!」
「そういうことばっかり言ってるとひとみの夕飯だけ夏中そうめんにしちゃうんだから」
真っ赤になって叫ぶよしこの額を指で弾きよしこママは去っていった。
「あんのババア…」
「よしこママ…本気でやりかねないよね……そうめん」
「そうめんか……」
ガクっとうな垂れたよしこ。自業自得だけどやっぱりちょっと可哀相。
- 81 名前:真夏の軌跡 投稿日:2006/05/12(金) 01:20
-
「よっすぃ…ごめんね」
「な、なんだよ突然」
「だって、白玉のせいでそうめんになっちゃうんでしょ?」
白玉のせいでそうめん……なんだそりゃ。ちょっと面白いぞ。
「だー!梨華ちゃんが謝ることじゃないっつの」
「だって…」
「いいのいいの。あたしそうめん好きだし。毎回いろんなバリエーション考えて食べるから」
「そうなの?」
「そうそう。だから気にしないで笑ってりゃいーんだよ。ほら、もっと食えって」
「うん。ありがと、よっすぃ」
よしこに向かってお礼を言う梨華ちゃん。その顔はすごく嬉しそうですごく可愛かった。「いいよべつに」なんてぶっきらぼうに言うよしこの顔もやっぱり嬉しそう。照れて赤くなってるその顔はあたしの見たこともない顔だった。今までに見たことのない笑顔が向けられている梨華ちゃんにあたしは、梨華ちゃんのことが好きなはずなのに、少しだけ、理由のわからない苛立ちを感じ始めていた。そしてそんな自分に嫌悪感を抱いていた。
- 82 名前:真夏の軌跡 投稿日:2006/05/12(金) 01:21
-
「よし!食ったら外であそぼーぜ」
「えぇ〜暑いじゃん。家でウダウダしてよーよ」
「ばっか。あの青空を見ろよ。太陽がうちらを呼んでるぜぃ」
「よっすぃ楽しそう」
「へへへ。アイスキャンディーも食べよう〜」
そう言いながらよしこは立ち上がると窓から身を乗り出して、あちぃなぁ〜チクショーなんて言葉とは裏腹に楽しそうな声を太陽に向けた。
「カキ氷食べたばっかなのに好きだね〜よしこ」
「違うのごっちん。私が好きなの、アイスキャンディー」
「あ、そうなの?」
「うん。よっすぃに買ってもらってね、初めて食べたんだけど」
「え?!今まで食べたことなかったの?」
びっくりして聞くと梨華ちゃんは恥ずかしそうに頷いた。
- 83 名前:真夏の軌跡 投稿日:2006/05/12(金) 01:22
-
「すっごく美味しくて感動しちゃった」
「ふぇ〜。食べたことなかったんだ。そりゃびっくりだ」
「ふふ。よっすぃにも同じこと言われちゃった」
漫画みたいにペロっと舌を出して梨華ちゃんはカキ氷を頬張った。
よしこはあたしたちの会話を聞いてるのか聞いてないのか、窓辺に立ってヘタクソな鼻歌を歌ってる。夏風に揺れて乱れる前髪をそのままに、機嫌よく歌っていた。
よしこの前だとまるで年下のように幼く笑う梨華ちゃん。
梨華ちゃんを慈しむような目線で見守るよしこ。
2人が恋に落ちるのに時間なんてかからなかった。
ひょっとしたらあの夏の日、あの自転車置き場で出会ったときから2人は恋に落ちていたのかもしれない。
2人の恋はあの燃え盛るような暑い夏のようだった。
でも、燃え盛る夏はいずれ燃え尽きる運命だった。
2人の運命を傍観することしかできなかった。
同じ夏の中にいてもあたしは見てることしかできなかった。
2人を、よしこを、そして自分自身を見つめるだけの、夏だった。
- 84 名前:真夏の軌跡 投稿日:2006/05/12(金) 01:22
-
- 85 名前:ロテ 投稿日:2006/05/12(金) 01:23
- 更新終了
- 86 名前:ロテ 投稿日:2006/05/12(金) 01:23
- レス返しー。
>>66 Yさん
いつもありがとうございます。もしかしなくてもあの人でした。
あまり期待はしないでくださいw
>>67 Sさん
もしかしてもしかしなくてもあの人でした、ええ。
や、ホントにあまり期待しないほうがよいですよw
>>68 46のTですさん
あの人、丸分かりですよねw
みれにあむをそんなに…(苦笑
Tさん違いでしたか、勘違いしてこちらこそすみません。
アルファベット一文字に惑わされていろいろ推測してしまいました。
ホント、すみません。
>>69 名無飼育さん
そういやCPを明言するのを忘れてました(ノ∀`)アチャー
べつに隠してたわけじゃないんですがせっかくなので言わないでおきます。
まあバレバレだとは思いますがw
がんばります。
- 87 名前:S 投稿日:2006/05/12(金) 09:47
- ○○よし萌えなところで続きを読むのをやめ・・・・・
れるわけないじゃないですか〜〜!!!w
ますます続きが気になってます!
まったりと次回をお待ちしております。
- 88 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/05/12(金) 10:39
- 夏の空気感とか会話の感じとかすごい好きです。
次回も楽しみにしています。
- 89 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/05/12(金) 21:58
- すっげぇ気になる終わり方ぁ…。w
それにしても○○ちゃんがめちゃ可愛らしい!
三人の『真夏の軌跡』をしかと見届けたいと思います。
- 90 名前:Y 投稿日:2006/05/13(土) 00:26
- 更新お疲れ様です。
CPを期待してワクワクしてた訳じゃないので大丈夫ですよ。w
あの人が出る事が嬉しかっただけなので。
真夏〜って事は夏まで続くんでしょうか?w
- 91 名前:46のT 投稿日:2006/05/14(日) 09:05
- 更新お疲れ様です。
あの人とあの人とあの人。
この夏がどうなっていくのか、アイスキャンディー片手に
正座しながら、見届けたいと思います(w
あ、最近みれにあむが見てない気が(w
- 92 名前:真夏の軌跡 投稿日:2006/05/20(土) 22:26
- ◇ ◇ ◇
ガタンゴトンガタンゴトン。ケツに響くぜローカル線は。
「あっちぃなぁもう。冷房きいてんのかよこれホントに」
「うぃーあつー」
「ったく、ごっちんのせいだからな」
「あつーあつー」
網にかかった魚みたいに白い腹を見せてグデーンとしてるそこのキミに問う。
「なんの因果であたしたちこんな電車に揺られてどんぶらこですか」
「よしこ〜起こして」
「ほらよ」
まいったね。いや、ホントにこれまいったね。
何やってんの?あたしたち。何しようとしてるの?夏の太陽に問いかけるも答えは無い。
当たり前ですけどね。うんうん、知ってたよ。太陽は何もわかっちゃいない。あたしたちを焦がすことに一生懸命なだけ。
- 93 名前:真夏の軌跡 投稿日:2006/05/20(土) 22:26
-
「わぁーすごいね、よしこ」
「うんうんすごいすごい」
「ちゃんと見てってば!ほら、外」
外なんて空と太陽しか見えないっつーの。ヤッホー。
「そんなグラサン外して。もうー」
「わっ!バカ返せ」
「いぇーい。あたしのが似合うー」
「さすが鼻がデカイと様になるよな」
「へらず口」
仕方なくちゃんと外を見た。眩しい太陽は置いといて、どこまでも続く田園風景ってやつを。
……ほぅ〜たしかにこれはすごいですね。
どっかから切り取った絵みたいでけっこう綺麗だった。
「緑がさ、なんかうわって迫って来るよね」
「来る」
「空気が全然違うし」
「違う」
「景色ずっと同じだけどあんま飽きないね」
「飽きない」
「よしこ聞いてるの?」
「聞いてる」
空は青い。戯れにひねり出した絵の具の青みたいな色してる。太陽はオレンジだ。アイツが好きだったアイスキャンディーと同じ色。なんだか急に叫びたくなった。うぉーなんて叫んでる自分を想像してみる……かっこわりぃー。でもうずうずする。なんだろう、この気持ち。
- 94 名前:真夏の軌跡 投稿日:2006/05/20(土) 22:27
-
「ねぇ、ごっちん」
「んー?」
窓から手を出して風と遊んでるところ悪いんだけどさ、聞いてね。
「叫んでいい?」
「はぁ?!」
「すぐ済むから」
「まあ、他に乗客いないからいいんじゃない?」
「だよな。ヨシ、叫ぼう」
「なんて叫ぶの?」
「何がいいかな?」
「聞かないでよ」
うーむ。ここはやっぱりあれしかないだろう。
皆々様の期待にお答えしてゴホンゴホン。
夏のバカヤローなんて言わないよ。
「ごっちんの乳首はカワイイピンク色ーーーーーーーーーー!!!」
「ばっ!!しねぇぇーーーーーーー!!」
「ぐへえぇっ」
すぺしゃるだかみれにあむだか、はたまた新技かもしれないけど強烈なパンチングにマットに沈むあたし。ワンツースリーでゴングが鳴り響く。BOX席の片側を独り占めするこの贅沢さ。うーん、幸か不幸か。
「バカよしこ」
バカですね。はい。
- 95 名前:真夏の軌跡 投稿日:2006/05/20(土) 22:28
-
ガタンゴトンガタンゴトン。単調なリズムを刻む電車に音楽的センスは皆無だ。
「緊張、してきた」
ガタンゴトンガトンゴトン、に合わせて刻んでいたあたしの心臓の鼓動も実はさっきから緊張してます警報を激しく打ち鳴らしている。わかったから、そんな暴れるなよマイハート。とっくに壊れたガラスのハートが今さらどうなってもべつにいいけどね。でも疲れるんだよ。長いかどうかわからない旅は始まったばかりなのにこんなところで体力消耗させないでくれよ。
「ドキドキするね」
「………」
「いきなり行って迷惑じゃないかなぁ」
「………」
「また眉毛がこーんなに下がった顔、されちゃうかな」
初めてキスしたとき、そういえばそんな顔してたな。困ったような情けないような泣きそうな顔。あたしのが数倍そんな顔してたかもしれないけどでもそんなの知るか。2人で困ってりゃ世話ねーな、まったく。でも、アイツのああいう顔は嫌いじゃなかった。ヤッホー!なんてテンションにはならなかったけどバーカってほっぺをつつくと嬉しそうに笑っていたっけ。
- 96 名前:真夏の軌跡 投稿日:2006/05/20(土) 22:29
-
あ、あたし何こんなこと思い出してんだ。ば、ばかじゃねぇの。
「ねぇ、よしこー。大丈夫かなぁ?」
「っせーな。大体ごっちんが言い出したんだろう?あたしイヤだっつったのに」
「だって夏休みアニメ特選が見たいからとかそんなバカな言い訳するよしこに頭きたんだもん」
「おまっ!タッチをバカにすんなよな!!」
「毎年見てんじゃーん」
「名作はいつまでたっても色あせないんだよ!」
「思い出は色あせたの?」
「やめろよ」
やめてください。勘弁してください。
とか丁寧に言ってもやめないんだろうな、コイツは。
「本当にイヤなら来ないでしょ」
「ごっちんのバカ力で駅まで引っ張られて電車に放り込まれたんですけど…」
「そういう細かいところは蒸し返さなくていいの」
「細かいもなにもそれが全てだし」
「あたしはよしこのかわりにしたいことしてあげてるの」
「……勝手なこと言ってくれちゃって」
- 97 名前:真夏の軌跡 投稿日:2006/05/20(土) 22:29
-
田んぼ田んぼ田んぼ林田んぼ田んぼ川川田んぼ田んぼ。あたしがこの景色を見たがったとでも言うのですか、ごっちんは。そりゃ日本の、田舎の、自然溢れる景色はヒジョーに目の保養になりますがね。癒し効果抜群ですがね。ありがとうとか言うと思うかコラ。
「ハガキ見て取り乱したくせに」
「してません」
「うはっ即答〜。嘘くさーいってか認めたよね、今」
「認めてない。認めてなんかない」
「よしこ」
「………」
「こっち向いて、よしこ」
いやいや。日本人ならこの景色見ずにどこ見るのよ。ほのぼのするよ〜?風が気持ちいいよ〜?ぶらりのんびり一人旅って雰囲気だよね。2人だけどさ。ローカル線のスピードときたらあくびが出るほど遅いけどそれが旅愁ってものなんですよ。たぶんね。
「会うのが怖い?」
怖い?あたしが?
「ハガキ見て取り乱した自分が恥ずかしい?」
恥ずかしい?あたしは恥ずかしい人間ですよ?言動も頭の中身もついでに家族もわりとバカですから。バカを恥じない恥を立派に持ち合わせてますよ?
- 98 名前:真夏の軌跡 投稿日:2006/05/20(土) 22:30
-
「けじめつけよーよ」
「ごっちんに何がわかるんだよ」
「………」
「あ、いや…ごめん」
「よしこがそんな風に謝るの久しぶりに聞いたな」
あたしもこんな風に謝るのは随分と久しぶりな気がするよ。でも実際は1年も経ってないんだな。時間の流れと人の感覚って微妙にアンバランスだ。
あたしたちの仲に入り込んでくる気まずい沈黙は熱帯夜のように鬱陶しい。
「バイオリン」
「え?」
「ごっちん、アイツのバイオリン聴いたことあったっけ?」
「ううん。なかったと思う」
「すげーひどいんだわ、これが。シャレにならないくらい」
「そんなに?なんとなく梨華ちゃんらしいけど」
「本人は悪くないって思ってるからさらにタチが悪いんだこれが」
「やっぱり梨華ちゃんらしいね」
「しずかちゃんの演奏を聴くのび太の気分だったよ、あたし」
「あはははは。大変だ」
「まあね。大変だった。聴くに耐えなかったけどガマンしてた。偉くねー?」
「うん、偉い偉い」
「二回目からは耳栓してたけどね」
「偉くないじゃん!!」
- 99 名前:真夏の軌跡 投稿日:2006/05/20(土) 22:31
-
マジでひどい演奏だったけどさ、それでも聴きたかったんだよあたし。目を閉じてギーコギーコ鳴らしながらうっとりと自分が奏でる音楽(なんて呼ぶのは音楽に失礼か、スマン)に入り込んでるときの顔に見とれてたからなんて今さら言えないけどね。耳栓してまで見たかったんだよ。我ながらナイスアイディアだったな。耳栓バンザイってか。
「実際のところ…会いたい?」
「わかんね」
素直に答えたのにそんな不満そうな顔しないでくれよ。どうすりゃいいのあたし。
「わかんないか」
「わかんないっす」
「バカだね」
「バカだよ」
「あたしもバカかも」
「ごっちんもバカだよ」
「あたしたちバカだね」
「夏のせいにしとけ。全部をね」
いろんなこと背負わされて夏もタイヘンだなぁ。ごめんよ、夏。
- 100 名前:真夏の軌跡 投稿日:2006/05/20(土) 22:31
-
ハンカチをひらひらさせて「暑い暑い」なんて言いながら、ごっちんは地図とにらめっこしてる。まさかとは思うけどさ、そんなベタなことは言わないでくれよ。頼むから。このとおりです。いや、期待なんてしてないよ?マジで。
「よしこなんで頭下げてんの?」
「ん。えーと祈り?」
「どうでもいいけどさ、降りる駅ちがった」
「ああ、そうなの」
「おかーさんも住所調べてくれたのはいいけど最寄り駅とか教えてほしかったなぁ」
「ごっちんママってすげーな。探偵かよ」
「知り合いにツテがあってね。あ、もう電車ないみたい。さすが田舎だよね」
「ああ、田舎はね、仕方ないよね。ってバカおまえバカ!!!あたしの祈りがぁ…」
「えへっ」
「もうちょっとごまかすにしても意味がとおる発言してくれよ。えへっじゃなくて」
可愛いけどね。でも許されることとそうでないことがあるのだよ、世の中には。
「どうしよっか」
「どうしよっかってどうもこうもないよ。泊まるとこ探すしかないべ」
「ですね。お巡りさんに聞いてみよう〜。おーまわーりさーん!」
- 101 名前:真夏の軌跡 投稿日:2006/05/20(土) 22:32
-
田舎の人だからかお巡りさんだからか、はたまた田舎のお巡りさんだからか知らないけどとにかく親切な人だった。あまり栄えてないこの町の、数軒しかないらしい宿のうちの一番安くてなおかつあたしたちみたいな可愛い(強調)女の子でも泊まれる宿を紹介してくれた。暮れなずむ街並みを歩くあたしとごっちんとお巡りさんという図はのちのち物笑いの種にでもなりそうだ。
自転車で送ってくれたお巡りさんに二人でビシッと敬礼して宿の引き戸を開ける。ガラガラガラガラという立て付けの悪さは嫌いじゃない。ニヤリ。強がって笑って見せた。誰にって?もちろん見るからに人の良さそうなおばさんに。
「いらっしゃいませ。お泊りですか?」
「一泊なんですけど部屋空いてますか?」
空いてないわけないですよね?言外に含んだニュアンスにごっちんも納得顔。だってこんなオンボロ…失礼、趣のある建物にどこの誰が好き好んで…失礼、よほどのもの好きでもない限り…失礼、安さだけが取り柄みたいな…失礼、あー面倒だ。もういいや。失礼千万でけっこうだよ。とにかくあのお巡りさんは安いというところに重点を置いて選んでくれたようだ。
- 102 名前:真夏の軌跡 投稿日:2006/05/20(土) 22:32
-
「ええ、ございますよ」
ほらな。空いてないとか言われたら、んなわけねーだろっておばさんのデコにチョップして突っ込むよ。あたしじゃなくてごっちんが。基本バイオレンスなんだからな。ナメんなよ。
「お部屋は別々ですか?それとも…」
「一緒で」
「かしこまりました。ではご案内しますので少々お待ちください」
階段が奏でる音が渋すぎる。テレビに出てくるどっかの田舎のばあちゃんちみたいで、なぜか知らないけどテンションが上がって思わずごっちんにカンチョーした。そしたらやっぱり殴られた。当然か。
「すげー」
「うわぁ」
通された部屋は期待を裏切らない見事なオンボロっぷり。よく言えば質素。普通に言えば古い。悪く言えばお化けが出そう。そんな感じ。ごっちんとしばらく「すげー」と「うわぁ」をうわ言のように繰り返した。だってそれ以外、言葉がなかったんだもん。
- 103 名前:真夏の軌跡 投稿日:2006/05/20(土) 22:32
-
「よしこぉ」
「すげーすげーすげー」
「もういいから」
「もういいか。なに?」
「お腹空かない?なんか食べに行こうよ」
「ああ。てか昼間食ったごっちんの弁当うまかったなぁ。もうないの?」
「えっ…な、ないよ」
「ですよねぇ。あたし、ヘタに変なもの食わされるならアイスでも食ってたほうがいいなー」
だってこのへんにマトモなもの食わせる店があるのかー?田舎だからってんじゃないけどさ、なんとなくこの宿の雰囲気からして店もこんなだったら期待できないって。それに入ったことない店とかってさ、怖いじゃん?ほら、あたしこう見えてお嬢育ちでございますからオーホッホッホホ。
「どこのどいつがオジョウなのさ。バカなこと言ってないで行くよ!ほら!」
「吉澤家ナメんなよ」
「あらやだお嬢様ったらそんな汚い言葉遣い」
「オホホホ。失礼」
「アホらし」
「同感。さっさとメシ食いに行くべ」
「行くんじゃん」
- 104 名前:真夏の軌跡 投稿日:2006/05/20(土) 22:33
-
腹が減ってはなんとやら。食べることは生きることだぜ。食わずになんていられますか。ここはひとつ地元の人にウマイ、もとい、マトモなものが食えるところを教えてもらうのが安全パイってもんでしょう。観光客に人気とかはダメ。そういうとこは大抵マズイって相場が決まってる。まあここらに観光に来るモノズキなんていないだろうけど。いるのはひょんなことから1泊することになった美少女たちくらいなもんだ(どうでもいいけどひょんってなんなんだろう)。とりあえずさっきのおばさんに聞いてみるのが一番てっとり早いな。
普段あなたはどちらでお食事なさってますか?
ファミレス……ありますか?
「田舎って店閉まるの早いんだね」
ファミレスなし。ついでにおばさんの行きつけの店もなし。いや、あるんだけどとっくに閉店。そんなに遅いか?8時って。あたしたち無茶なこと言ってないよなぁ。この田舎時間で夏の夜をどう埋めろと言うんだ。真夏の夜の夢を勝手に見てろとでも?
- 105 名前:真夏の軌跡 投稿日:2006/05/20(土) 22:33
-
「でもおばさん優しいね。台所貸してくれるなんて」
「台所貸してくれたっつーか、米あるからおにぎり勝手に作って食えっつっただけじゃん」
「もうーそんな乱暴な言い方じゃなかったでしょ!」
「逆オブラートだよ」
「意味わかんない。ほい」
「さんきゅ」
ごっちんの愛情がたっぷり詰まってるだろうおにぎりをむしゃむしゃ食べた。塩むすび。ちょっと泣ける。電球の切れかかった狭い台所でおにぎりを握るごっちん。やっぱり泣ける。
「んまい」
「いくつ食べる?」
「ごっちんは?」
「5つくらいかな」
「多いなー。あたし3つでいいや」
「りょーかい」
「塩しかついてないのにマジでウマイね」
「あたしの愛情たっぷりだからねー」
「へへ。そですね」
「いつもみたいに突っ込まないの?愛情に味がするかバカとかなんとか」
「あたし普段どんだけひどい人間なんだよ」
そりゃ口悪いけどさーバカで頭も悪いけどさー。おにぎりの味に感動したりもするわけよ。たまに素直に言ってみたらこれだもんな。米にも塩にもごっちんにも感謝しまくってるっていうのに。
- 106 名前:真夏の軌跡 投稿日:2006/05/20(土) 22:34
-
「よしこが珍しく素直だ」
「たまにはねー。こういうのもなんかいいなって思っちゃった」
「おにぎり、そんなに美味しい?」
「うん」
「そっか」
「ごっちんだから」
「何が?」
「ごっちんが作ってくれたからこんなにウマイんだろうな。ごっちんだよな、やっぱ」
「………」
「よくよく考えたらあたしなんでこんなとこでショボい握り飯食ってんだろうって思うけどさ」
切れかけた電球なんて裸電球だぜ?いつの時代だよ。階段だけじゃなくそこらじゅう、歩いて鳴かない場所はないし窓にヒビ入ってるわ、おばさんの靴下は穴開いてるわ、水道水のくせにやたらウマイわってなんなのここ。なにしてんのあたしたち。なんでここにいるの。なんのために。
- 107 名前:真夏の軌跡 投稿日:2006/05/20(土) 22:34
-
「電車に放り込まれたときから緊張しまくりでさー、心臓とか落ちつきなくていっそのこと握りつぶしたいくらいだったし何度も引き返そうとか思ってもできなくてついにこんなところまで来ちゃって。でもここじゃないんだよな、目的地は」
「そうだね、ここじゃないよ」
「通過点に過ぎないんだよな。アイツに会うのが目的……」
「よしこ泣かないで」
「あぁ?!泣いてなんか……」
おにぎりがしょっぱいよ、ごっちん。塩分過多かなぁ。
「あたしをここまで、目的地じゃないけど連れてこれるのはごっちんくらいだよ。こんなウマイおにぎり握れるのもごっちんしかいないよ。他の誰でもヤダよごっちんとだから来たんだよ。あたしが言ってることわかる?おーけー?」
「グスッ……あんまわかんない」
「わかれよ。てかなに泣いてんだよ」
「泣いてねえよ」
ムショーに、なんだか唐突に、髪を触りたくなった。ごっちん自慢のすべすべの髪を。この季節は暑苦しいだろうにきちんと手入れしてツヤツヤのごっちんの髪。真っ赤な目であたしを見るなよ。胸の辺りがゾワゾワするから。
- 108 名前:真夏の軌跡 投稿日:2006/05/20(土) 22:35
-
「ばーか。ごっちんが泣くことないだろ」
「うっさい!あたしの気持ちも知らないくせに!」
パシーンといい音がしてあたしの手は空を切った。触れられなかったロングヘアーは遠く彼方へ去っていく。小さくなっていく背中を呆然と見つめる視界の隅に、情けないあたしの右手があった。
「カワイソな右手くん…」
よく見たらご飯粒とかついちゃってて、こんな手じゃごっちんに触る資格なんてないよなー。反省反省。猿でもできることを形ばかりにしてみた。誰か見てたら突っ込んでくれ。そんなことしてる場合じゃないだろオマエって、あたしの背中を押してくれよ。
ごっちんに触るのに資格なんていらないんだぞって。
「ぬわー。もう、どうにでもなりやがれ」
とりあえず手を洗ってタオルでふきふきしてからヨーイドンと言ってみた。誰も押してくれないなら自分でスタートするしかない。走ったら家屋全体が揺れてるような気がした。あたしの体重…のせいじゃないよなぁ、絶対。まったく失礼な建物だよ。
- 109 名前:真夏の軌跡 投稿日:2006/05/20(土) 22:36
-
外に出ると真っ暗だった。夜だから当然といえば当然。でも田舎の夜ってのは文字通り真っ暗。街灯とか頼むからもうちょっと増やしてくれよ。夜、突然泣きながら出て行った親友を追いかけるときなんか困るからさ。町長さん、ひとつよろしく。あれ?村長だったっけ。どっちでもいいや。誰でもいい。誰でもいいから教えてほしい。ごっちんの行方を。あたしのするべきことを。
虫はホーホー鳴いてるだけで、風は爽やかに通り過ぎるだけ。星と月が道を照らしてくれているけど、頼りないその光の先にごっちんはいない。いつも隣にいたごっちんがいない。
寂しいとか心細いとかそんな単純なことじゃない。これは非常事態だ。あたしとごっちんはセットなんだから。いつも一緒にいるのが当たり前なんだから。あたしの隣にごっちん、ごっちんの隣にあたしがいないと。
- 110 名前:真夏の軌跡 投稿日:2006/05/20(土) 22:36
-
いないと…?
自問自答する。いないとどうなる?困る。なんで困る?困るもんは困るんだ。なんて馬鹿な答え。誰か模範解答を教えてほしい。ごっちんがいないこのスカスカ感をどうしたら埋められる?こんなちょっと姿が見えなくなったくらいでもう何十年も会ってないかのような喪失感はどうしたらいい?
ごっちん出てこーいなんて叫んだら出てきてくれるかな。ごっちんを返してくださいってお月様にお祈りでもしたらひょっこり出てきて「よしこ〜」とかなんとか言いながらパンチしてくれるかな。チョップでもキックでもいいよ。今ならどんな攻撃でも受けるよ。むしろしてほしいよ。マゾじゃないけど、でもあの痛みが懐かしいよごっちん。
「ごっちん……」
息をすーっと吸って、ぷはーっと吐いた。よし。
「夏のバカヤローーーーーーーーーー!!!!」
ご近所迷惑なんてお構いなしだ。今ので目が覚めちゃった人がいたら申し訳ないけど、夜は長いんだからもうちょっと起きてろよ。夏が寂しがってるからさ。
- 111 名前:真夏の軌跡 投稿日:2006/05/20(土) 22:37
-
お星様にもお願いしようと天を仰いだらいつのまにかごっちんが隣にいた。叫んだせいか、月のおかげか、星への願いはまだだったからこれは確実に違うけど、とにかくホッとした。まとめて感謝した。田舎にも夏にも虫にも田んぼにも街灯のない夜にも。ごっちんを戻してくれてありがとう。ごっちん、ありがとう。
並んで星を見上げる2人。沈黙は不思議とウザくなかった。でもここだけ切り取ったら恥ずかしいくらいロマンチックな夜だった。何も言わず肩なんか引き寄せて抱きしめちゃって、背中や髪を撫でたらそれこそ2人の夜だ。想像するだけでムズ痒くなる。恥ずかしくて、照れ臭くてできっこない。冗談じゃなく、本気だったらなおさらだ。
ああ、でもこのシチュエーションってあのときに似てるな。1人で戻ってきたあたしをごっちんが待っていてくれたっけ。駅前で、でも雨がひどい日だったから人影もまばらで、あたしの目に入ってきたのは傘を差してあたしを見てるごっちんだった。あたしすげー情けない顔してたんだろうなぁ、あのとき。冗談のひとつも言えなかった。そしたらごっちんが抱きしめてくれた。
- 112 名前:真夏の軌跡 投稿日:2006/05/20(土) 22:38
-
あの直前の空気と今の雰囲気がなんだかよく似てる気がする。傘を放り出して、お互いズブ濡れになりながら雨の中ずっと抱き合ってた。夏なのに寒くて、でも温かかった。
「ねぇ、よしこ」
ごっちんの声を聴くのがまるで何十年ぶりかのように思えた。
「うん?」
「あたしね」
「うん」
「よしこなんて嫌いだよ」
「ひでー」
あたしのおかしいのかな。嫌いって言われたのになんか嬉しかった。
「あのとき止めればよかったのかな」
「あのときって…」
「止めてればよしこは傷つかずに済んだ?梨華ちゃんも」
「……どっちにしても、同じだよ。ごっちんが止めてもあたしは行った」
「そっか。そうだよね」
「あのさ、なんつーか…ありがと」
「何が?」
「あの日、迎えに来てくれて」
「よしこが珍しく素直だ」
- 113 名前:真夏の軌跡 投稿日:2006/05/20(土) 22:39
-
ごっちんが笑って空気が揺れたような気がした。あたしたちはお互い前を見据えたまま。なぜかすごくドキドキしていた。思春期のガキじゃあるまいし。夏の魔力は怖ろしい。
「は、腹へったなぁ」
「はぁ…せっかくいい雰囲気だったのに」
「あ?ごっちんなんか言った?」
「んーん。なんでもないなんでもない」
「そ?おにぎり食べたい」
「んじゃ戻ってまた作りますか」
「よろしく〜。あたしも5個食うべ〜」
「食うべ〜」
「マネすんなっ」
「イタッ!なにすんのよ!えいっ」
「イダイイダイ。ごっちんイダイってマジでごめんすみませんでした」
「ふぅ。スッキリ」
「デカ鼻」
「なんか言った?」
「ななななんにも言ってないっす」
「もう〜フザケてないで。ほら、行くよ」
「おう」
カワイソな右手くんはいつのまにか温もりに包まれて、カワイソじゃなくなった。
- 114 名前:真夏の軌跡 投稿日:2006/05/20(土) 22:39
-
- 115 名前:ロテ 投稿日:2006/05/20(土) 22:39
- 更新終了
- 116 名前:ロテ 投稿日:2006/05/20(土) 22:40
- レス返しー。
>>87 Sさん
そうですか萌えですかw
マッタリではなくサクサク更新といきたいものですがなかなかどうして(苦笑
>>88 名無飼育さん
ありがとうございます。
季節を少々先取りしていますが今後もよろしくです。
>>89 名無飼育さん
スミマセン気になりましたかw
○○ちゃんの○の中が気になりますね。
高い声の人でしょうか。ろとてじゃないですよね。
>>90 Yさん
CPで裏切ることが多いのでそう言っていただけるとホッとしますw
夏までは続きませんよ。夏が来る前には終わらせますとマジレス。
>>91 46のTさん
アイスキャンディーとなんならそうめんもどうぞw
足は崩してくださいとマジレス。
えー、みれにあむは見えないところで発動してます。
- 117 名前:名無 投稿日:2006/05/21(日) 01:13
- 更新お疲れ様です。
この作品のよしごまの掛け合いがすごい好きです^^
続きを楽しみに待ってます☆
- 118 名前:S 投稿日:2006/05/22(月) 07:42
- はあぅ・・・いいですねえ、二人の夏。
あの人との経緯も気になるんですが、
ごっちんとよしこの関係にもはまってて・・どうしよう・・
(お前が悩んでどうする??ww)
ひっそりとお待ちしています。
- 119 名前:Y 投稿日:2006/05/22(月) 12:22
- 更新お疲れ様です。
次の更新をまだかまだかとジリジリして待ってます!w
- 120 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/06/30(金) 15:43
- 待ち
- 121 名前:名無し飼育さん 投稿日:2006/07/10(月) 18:57
- 待ってます
- 122 名前:真夏の軌跡 投稿日:2006/08/07(月) 21:11
-
夏休みも半分くらいを過ぎ、夏の盛りがピークを折り返した頃。
よしこと梨華ちゃんといてもとてつもない孤独感に襲われるようになった。
いや、むしろこの2人といるときほど孤独だった。
「ごっちんごっちん、花火どこに仕掛ける〜?ウヒヒ」
「ごっちーん。髪しばって〜あっつい」
「おー!ごっちんこれマジウマイって。店やれるよ店。いや、店よりうちのママになって」
「ごっちんに選んでもらったのバレちゃった。センスが雲泥なんだって!よっすぃってば失礼だよね〜」
2人に話しかけられても、それぞれに何を言われても孤独だった。
- 123 名前:真夏の軌跡 投稿日:2006/08/07(月) 21:12
-
よしこを失った孤独。
出来たばかりの友達を、失った孤独。
身勝手な疎外感だってことはもちろんわかっていた。わかっていても辛かった。
勝手気ままに過ぎていく夏の中で、よしこと梨華ちゃんに囲まれながらそれでもあたしは笑っていた。3人で過ごすこの夏。海にプールに
花火にアイスキャンディー。イベント目白押しの夏。雲に汗に蚊取り線香。素敵アイテム満載の夏。でもどれもこれもあたしを孤独から救
い出してはくれなかった。乾いた笑いに押しつぶされそうになりながら大事なことから目を逸らしていた。
- 124 名前:真夏の軌跡 投稿日:2006/08/07(月) 21:14
-
「好き…だよ」
「よっすぃ……」
よしこの部屋のドアの前。聞こえてきた話し声にその場でうな垂れた。聞きたくないことほど聞こえてしまうものだって誰かが言ってた。決定的なシーンを見たわけじゃないからまだマシだと自分を励まして、ため息。見てない分、逆に想像力が働いてしまう。無駄に逞しい想像力。無限の可能性なんていらない。
「このまえ大丈夫だった?」
「………お父さん、やっぱり気づいてた。すごく怒られて……」
「あぁ〜やっぱりか。怒られたってどんくらい?梨華パパ怖そうだよね」
「やだ、よっすぃまで梨華パパってー」
「ごっちんのがうつった」
ドアにもたれて話を聞き続けるあたし。なんて空しい。
体育座りでちょこんと。捨てられた子犬みたい。なんて自己陶酔。
夏が過ぎたら髪でも伸ばそうかなぁ。
- 125 名前:真夏の軌跡 投稿日:2006/08/07(月) 21:16
-
「でも私はよっすぃといたいから」
「………」
「どんなに反対されても…ずっと…」
「うん。わかってる」
枝毛のチェックをしながら聞く話じゃない。そもそも立ち聞きなんて(座ってるけど)趣味が悪すぎる。のろけ話なんて楽しくもなんともないし。でもここから離れられないのはどうしてだろう。ベッタリと接着剤でくっつけられたみたいに、あたしは立ち上がることができない。立ち上がる力が出ない。
「今日なんつって出てきたの?」
「ごっちんのところに行くって…」
「それバレバレじゃね?ごっちんっつったらイコールあたしじゃん」
「でも他に思いつかなくて…あのね、もしかしたら門限が今より早くなるかもしれないの」
「マジで?今よりも早くなったらいつ会うんだよ……」
「が、頑張るよ?私、よっすぃに会いたいから絶対に会いに行く時間作る」
「………」
「よっすぃ…」
「…ん………」
「……………」
- 126 名前:真夏の軌跡 投稿日:2006/08/07(月) 21:16
-
座っていることすらままならなくなって、体を倒して廊下に寝そべった。床に顔をくっつけると冷んやりした感触。ああ、気持ちいいなぁ。ずっとこうしていたかった。ドア一枚隔てた向こうにはよしこと梨華ちゃんがいて、あたしは2人の傍で頬を冷やす。夏だというのにやけに涼しくて、でもこめかみに熱いものが伝う。それは、火傷をしそうなほどとても熱い。
「バレてもいっか……」
「えっ?」
「んーん、なんでもない」
「なあに?よっすぃ」
「アイスキャンディーでも食べに行くか〜」
「あー!ごまかした!何?何?何を言おうとしたの?」
「うっせっつの。ほら、奢るから行くぞ!」
慌てて飛び上がった。なんだ、体動くじゃん。そーっとそーっと階段を途中まで降りてくるっと振り向くと、さっきまで自分が寝てた辺りを見据えて待つ。すぐにドアが開き見慣れた顔が「あ」と言った。
- 127 名前:真夏の軌跡 投稿日:2006/08/07(月) 21:18
- 「ちょうどよかった。ごっちんもアイスキャンディー食いに行かね?」
さも階段を上っている途中でしたという格好で「えー、またぁ」とかなんとか文句めいた言葉を口にして、とりあえず2階まで上がるフリをした。よしこの肩口からは梨華ちゃんが顔を出していて、あたしの姿を見止めると小さく手を振った。あたしはそれに笑顔で答えて、アイスキャンディーアイスキャンディーとわめいている子供みたいな、でもあたしより大きいよしこの前に立った。
「う〜ん。なんか眠いからあたし昼寝するわ。2人で行ってきて」
「寝てばっかだなぁ」
「いいじゃん。眠いんだから」
「寝る子は育つんだよ!」
梨華ちゃんの見当違いなフォローは、あたしもよしこも華麗に無視させていただいた。
- 128 名前:真夏の軌跡 投稿日:2006/08/07(月) 21:18
- 「なんか出かけるのかったるいんだよね」
「うちまで来たくせに」
「よしこんちは隣だから近いじゃん」
「本当に眠かったら自分の部屋で寝てるだろ」
「ちょっと、2人とも無視しないでよぅ」
「ホントはあたしに奢らせる気なんでしょ?」
「ばれたか」
「バレバレ。アイスキャンディーくらい自分で買え!」
それからちょっと迷ったけど思い切って言ってみる。
「カノジョの分も買ってあげなよ?」
トンっとよしこの肩を押しながら、明るく、それこそ明日晴れなんだってーとかどうでもいい話をするときみたいに自然な口調で自分に言い聞かせた。よしこと梨華ちゃんは好き合っていて付き合っているということを。なんの疑いようもない事実なんだと、自分を納得させるために。ああ、けっこう自虐的なのかもしれない。
- 129 名前:真夏の軌跡 投稿日:2006/08/07(月) 21:19
- 「あたしのカノジョ、アホほど食うからお金足りないの」
「ちょっと!よっすぃー?!」
「ぶっははは。あたしノーマネーアルヨ」
よしこはひらひらと手を振りながらこともなげに肯定した。階段を降りていく背中を見ながらあたしは肩から力が抜けた。わかっていた。そんなことは最初からわかっていたのに。わかっていて口にしたのに。それでもあたしはどこかで期待していた。2人の関係はそんなんじゃないよごっちん。梨華ちゃんは友達だよ。とかそんなこと言われるはずがないのだけれど期待していた。期待していた自分に気づいて、随分とチャレンジャーだったなと笑いたくもなった。
- 130 名前:真夏の軌跡 投稿日:2006/08/07(月) 21:20
- 「じゃあ行ってくるぜ〜」
「ほーい」
最後の力を振り絞って階段を降りていく2人を見送る。もうちょっと、あと少し。2人が降り切って廊下を曲がるまで我慢してよあたしの涙。見ていたくないけど、逸らしたらその瞬間零れる気がして2人の背中をずっと見つめていた。せめてこちらを振り向きませんように、どうか涙が零れ落ちませんようにと祈りつつ。よしこの後ろ髪が消え、梨華ちゃんのピンクのスカートが視界から出ていって、あたしは自然と下を向いた。重力に逆らえない涙は素足の甲に着地した。
- 131 名前:真夏の軌跡 投稿日:2006/08/07(月) 21:20
- 「ごっちん、何か買ってきてほしいも……」
梨華ちゃんの声に思わず顔を上げてしまったのは一生の不覚。目と目がばっちり合って、固まった。とっさにうまい言い訳が出てくるほど機転が利くわけでも余力があるわけでもなかったから、指で涙を拭いて口の形だけで「なんにもいらない」と言うのが精一杯だった。声なんて出せなかった。だってどっからどう見てもあたしは泣いてる人で、梨華ちゃんの視力で見えないわけがなく、性格を考えたら心配されないわけはない。
「ごっちん…?」
何も言わずに行ってほしい。
あたしが泣いてたことなんて忘れてほしい。
泣いてた理由なんて聞かないで。
- 132 名前:真夏の軌跡 投稿日:2006/08/07(月) 21:21
- 「……アイスキャンディー、ストロベリーでいいかな?」
にこっと笑って聞いてきた梨華ちゃんに親指を立てて、よしこの部屋に逃げ込んだ。梨華ちゃんが階段を上がってくることはなく、近所にアイスキャンディーを買いに行ったにしては不自然なほど帰ってくるのが遅かった。後でやたらといろんなところに連れ回されて、家に帰してくれなかったとよしこが愚痴をこぼしていたのを聞いて、梨華ちゃんにはひそかに感謝した。
よしこの布団にくるまりながらあれほど泣いたのは後にも先にもあのときだけだった。
涙で濡れた布団はエアコンを切ったらすぐに乾いてくれた。
夏でよかったな、そう思った。
- 133 名前:真夏の軌跡 投稿日:2006/08/07(月) 21:22
-
- 134 名前:真夏の軌跡 投稿日:2006/08/07(月) 21:22
- よしこの、というか梨華ちゃんの様子がおかしいと気づいたのはお盆に入る直前くらいだった。思いつめたような暗い表情と呼吸の合間に漏れる溜息は2人交互に繰り返された。よしこの様子がおかしいのは、梨華ちゃんの様子がおかしいせいだと察しがついた。では梨華ちゃんを苦しめている原因は?
「どうしたの?」と聞いても無理に作った明るい声で「どうもしないよ?」と返されるばかり。そこで立ち塞がる意外と強情な彼女の性格に為すすべはなく…けど、その空元気の答えは意外なところからやってきた。
「石川さんのお父さんとこの会社、危ないらしいわねぇ」
「え?マジ?」
「真希、知らなかったの?」
ごとー家秘伝の特製ダレにたっぷりと漬け込んで揚げたからあげを食べながら、あたしは盛大に首を振った。もちろん横に。
- 135 名前:真夏の軌跡 投稿日:2006/08/07(月) 21:23
- 「なんでも役員だか社長さんだか偉い人が悪いことしたらしくて誰かが捕まったらしいわよ」
「おかーさん、何そのアイマイな情報。誰が言ってたのさ」
「近所の噂好きな奥様方」
「ババアってウワサ好きだよな。他にやることねーのかよ」
テレビを見ていたかと思いきや、あたしとおかーさんの会話を盗み聞いていた弟に驚きつつも深く同意した。ヤダねぇ、年取ると。噂話がそんなに面白いかねぇ。
「そのせいなのか知らないけど石川さんち引っ越すみたいね」
「またまた〜。それもどうせ噂でしょ?」
「これはホント。ほら、田中さんていたでしょ?小学校のクラスが一緒だった」
「おかーさん、話が飛んでるけど」
「飛んでないのよ、これが。田中さんちって不動産屋さんだったじゃない?」
「うん?そうだっけ?」
不動産屋さんだったことは覚えてないけどいつだったか、田中さんがよしこにからかわれて大泣きしたのは覚えてる。よしこがどんなことでからかったのかはこれまた覚えてないけど、田中さんはよしこのことが好きだったんだろうな。あの頃クラスの女子の大半はよしこのことが好きだったから。
- 136 名前:真夏の軌跡 投稿日:2006/08/07(月) 21:24
- 「この前ね、田中さんの奥さんとばったり会って、あら久しぶり〜最近どーお?なんて話したのよ。そうそう、田中さんね、東大目指してるんですって。さすがよね〜。昔から頭良かったものあの子。ダテに小さい頃から眼鏡かけてないわね」
「や、眼鏡カンケーねえだろ」
弟よ、まだ聞いてたのか。
眼鏡で思い出した。そうだ、よしこは田中さんの眼鏡を取ってフザけて遊んでたんだ。田中さんが返してよ〜って言っても面白がって自分でかけたりなんかして。それで泣き出しちゃったんだよな、田中さん。あ、よしこってただのイジメっ子じゃん。そういえば田中さんの泣き顔見て大笑いしてたな、アイツ…。意地悪っていうかちっちゃい頃から性格ひねくれてたし、なんとも思ってない人にはホントに冷たかったな。でもあたしには優しかった。素直じゃないのはちっとも変わらないけど、今は梨華ちゃんと付き合ってもっと優しくなったかな。悔しいけど梨華ちゃんと付き合いだしてからのよしこのほうがあたしは好きかもしれない。ホント、悔しいけど。
「それでね、田中さんに聞いたんだけど石川さんとこの邸宅が売りに出てるんですって」
- 137 名前:真夏の軌跡 投稿日:2006/08/07(月) 21:24
- 夕飯もそこそこに家を飛び出した。隣に行ってピンポンして出てきたよしこママに超特急で挨拶をして階段を駆け上がる。ノックもせずに部屋に入るとよしこはベッドに寝転がってのんきにマンガなんか読んでいて、息せき切って登場したあたしに目もくれず、いらっしゃ〜いなんて新婚さんを迎えるときのような声を出していた。
あれ?あたし何か間違ってる?
「え?あれ?えーっと、よしこ?」
「んー?」
「やっ…あれえ?おかしいな、あの〜」
「おかしいのはむしろオマエ」
「でもっ、でもよしこだって最近おかしかったじゃん。梨華ちゃんも」
「ああ…そのことか」
読んでいたマンガを脇に置いてベッドから起き上がったよしこはようやくあたしを見た。泣き腫らしたような目をして………はなくて、至って普通の、いつもどおりの顔だった。安心したけど少し拍子抜け。
- 138 名前:真夏の軌跡 投稿日:2006/08/07(月) 21:25
- 「梨華ちゃん引っ越すの?」
「ごっちん座れば?」
「う、うん」
話したくないのかなと思ったけどベッドから降りたよしこは床に座ると胡坐をかいて、あたしと正面から向き合う格好になった。やけに真剣な顔をして、目をそらせない雰囲気になる。理由のわからない嫌な予感がして逃げ出したくなったけど金縛りにあったみたいに動けなかった。手も足も顔も。
「マンガってさ」
「は?」
「いや、マンガだよ。これとかあれとか。ごっちんも好きなマンガ」
「マンガはわかるよ。なんで急にマンガなのかわからないんだけど」
「うん、まあちょっと聞いてよ」
「いいけど」
マンガを連呼するよしこを見て体の力が少し抜けた。
- 139 名前:真夏の軌跡 投稿日:2006/08/07(月) 21:25
- 「マンガって最初は面白いけど一回読むと大抵飽きるじゃん?」
「まあね」
「で、しばらくしてからまた読み返すと面白いじゃん?」
「内容忘れてたりするとね」
「だからさ、迷ってたんだよね」
「何を?」
「持ってこうかどうか。荷物になるけどあったら楽しいじゃん?でも読んだら飽きて、またしばらくはいらないんだよなぁって思いながら結局読んじゃったよ。だから持ってかなくていいや、うん。決まったわ。あはは」
「……どっか、行くの?」
あたしの質問には答えず、よしこはさっきまで読んでいたマンガを手に取った。パラパラとページをめくっては噴き出して、満足したのか棚に戻していた。
- 140 名前:真夏の軌跡 投稿日:2006/08/07(月) 21:26
- 「梨華ちゃんと行くの?」
「うん。逃げる」
「はあ?!なんで?」
「アイツ、田舎に引っ越さなきゃならないんだ。お父さん会社辞めたって」
「知ってる。家が売りに出てるっておかーさんに聞いた」
「離れ離れになるんだ」
「仕方ないよ…寂しいけど、でも遊びに行けばいいじゃん。休みの日とかさ、行こうよ」
「ダメなんだ」
よしこは首を振って答えた。
「それじゃダメなんだって、アイツ泣きながら言ってた。それ見てあたしもダメだなって思った」
「ダ、ダメじゃないよ!」
「うん。ダメじゃないかもね」
「それなら…」
「でもダメかもしんない」
「………」
止めなきゃ。よしこがバカなことする前に。
- 141 名前:真夏の軌跡 投稿日:2006/08/07(月) 21:26
-
「ダメじゃないかもしんないし、ダメかもしんない」
「珍しくいっぱい考えてみたら頭イテーの。まいったね、あたしバカで」
「アイツも相当バカだけどね、塾とか行ってるくせに」
「逃避行ってやつ?かっけくね?」
止めなきゃ。よしこが泣く前に。
- 142 名前:真夏の軌跡 投稿日:2006/08/07(月) 21:27
-
「荷物まとめながら修学旅行みたいだなって思った」
「どっかでワクワクしてんだよな。やっぱあたしバカだわ」
「どこ行こうかなぁ〜。涼しいところがいいな。犯罪者は北に逃げるって言うし」
「あ、ごっちん金貸してくれない?いつか返すから」
止めなきゃ。あたしが泣く前に。
止めなきゃ。
止めなきゃ。
よしこを止めなきゃ。
- 143 名前:真夏の軌跡 投稿日:2006/08/07(月) 21:28
-
「…行かないよりはさ、行ってバカを見たいんだよ。たぶん」
あたしはよしこの、そして梨華ちゃんの…親友だから。
「…………土産、忘れんなよ」
「ばあか。旅行じゃねーっつの」
ポケットに入っていた五百円玉を叩きつけた。
あたしには止められない。
よしこが行ってしまうことよりも、むしろそのことのほうが哀しかった。
あたしが何を言ってももうよしこを止めることはできない。
泣いて叫んで縋ってもよしこは行ってしまうんだろう。梨華ちゃんを選んで。
突きつけられた現実があたしからよしこを止めようとする力を奪った。
- 144 名前:真夏の軌跡 投稿日:2006/08/07(月) 21:29
-
あたしの代わりによしこについて行く五百円玉。
よしこの手の中におさまるのを見て羨ましく思った。
膨らんだスポーツバッグやよしこのお気に入りのキャップ、スポーツタイプのゴツイ腕時計に去年の誕生日にプレゼントした財布…よしこの身の回りのものすべてが羨ましかった。肌身離さず持っている携帯のストラップはこの夏3人で買ったお揃いのもの。あたしが人形だったらこのストラップの横にひっそりと紛れ込んで、2人に内緒でついて行くことができるのに。よしこと梨華ちゃんが手を取り合う姿を見ながらたとえ心が傷んだとしても、傍にいられることを選ぶのに。
- 145 名前:真夏の軌跡 投稿日:2006/08/07(月) 21:29
- 「朝になったらあたしいないと思うんで。いろいろとよろしく」
「よろしくじゃないよ、バカ」
「はいはい。あたしもう寝たいんだけど」
「寝ればいいじゃん」
「いや、ごっちんどうすんの」
「…あたしも寝る」
「おう。じゃあほらここ入って。あ、電気消してね」
「………」
「おやすみ、ごっちん」
「おやすみ…よしこ」
朝起きるとベッドの中でひとりぼっちだった。
小さい頃からずっと一緒だったよしこがこの夏、あたしの傍からいなくなった。
- 146 名前:真夏の軌跡 投稿日:2006/08/07(月) 21:30
- 普段は温厚でちょっとやそっとじゃ動じないよしこママも、よしこの簡素な置手紙を見てさすがに青ざめた顔をしていた。カオリンもよしこパパも、うちの家族も皆。当然のようにあたしは質問攻めに合った。けどあたしは何も言わなかった。行き先を知らなかったんだから何も言えるはずがない。こっちが教えてほしいくらいだった。
たった一言『家を出る』とだけ残したよしこと、同じ日同じように家からいなくなった梨華ちゃんの存在が結びつくのに時間はかからなかった。初めて見る梨華ちゃんパパは想像していたよりもずっと普通の人だった。やっぱり色が黒かったけど、痩せていてなんだかとても小さく見えた。よしこママが謝って、梨華ちゃんパパも謝っていたと、仲介役のようなことをしていたおかーさんから聞いた。よしこと梨華ちゃんがどういう関係なのか口にする人はいなかったけど、どうやら薄々は気づいていたらしく頭ごなしに反対なんてするんじゃなかったと、梨華ちゃんパパは小さく漏らしていたらしい。
ひとりになったあたしは何もやることがなかった。
- 147 名前:真夏の軌跡 投稿日:2006/08/07(月) 21:31
- 置いてけぼりを食った(ように見えた)あたしによしこママは同情してくれて、あたしはなんとなく申し訳ない気持ちになり、泣き出すカオリンを慰めては興味津々に聞いてくる弟に蹴りをいれていた。何度かよしこや梨華ちゃんの携帯に電話をしたけど応答はなく、メールをしようとしたけど何を伝えたいのか自分のしたいことがわからず、点滅するカーソルを見つめながらぼうっとしていた。
2人がいなくなって3日も過ぎた頃、さすがにこれ以上は待てないと判断した梨華ちゃんパパが警察に連絡をすると言った。通報するのに3日もかかったのはよしこママが待ってほしいと言ったからだと、あたしはやっぱりおかーさんから聞いた。
必ず帰ってくるとよしこママは強く信じていたらしい。
そのよしこママの思いは翌日、ひとりで帰ってきた愛娘にちゃんと通じていたとわかった。
- 148 名前:真夏の軌跡 投稿日:2006/08/07(月) 21:31
- よしこが帰ってくる前夜、携帯によしこからメールが入った。
『明日かえる』
短い一文だった。
『りょーかい』
同じように短い文を返した。
- 149 名前:真夏の軌跡 投稿日:2006/08/07(月) 21:32
- どこにとか何時にとかは聞かなかった。聞いてもたぶん答えてはくれないだろうと思ったし、よしこ自身もはっきりとは決めてないように思えた。翌日は朝から大雨で、よりによって第何号だかの大型台風が接近していた。風は強く、夏だというのに肌寒かった。
あたしは朝から駅前にいた。まだ薄暗い日の出前の時間から。もっともその日は一日中雨が降っていたから時間の関係なしに太陽は出ず終いだった。駅前にいたのはなんとなくの思いつきだった。電車で帰ってくるのかバスで戻ってくるのかはわからなかったけどここで張っていれば会えるような気がしていた。歩き、とはちょっと考えにくかった。
かなりの時間、駅前に立っていた。雨だったからそのへんに座ることもできず、傘を持つ手を何度も替えて足が痺れたらそのへんを少し歩いた。駅から人が溢れるたびにきょろきょろと頭を動かしてスポーツバッグや見慣れたキャップを探した。でもよしこは見つからなかった。
- 150 名前:真夏の軌跡 投稿日:2006/08/07(月) 21:33
- 午前中が過ぎ、お昼も食べずに待っていた。やがて午後になり、夕方になった。帰宅ラッシュが過ぎて人並みが途切れた頃、よしこはようやく現れた。ぽつんと改札口の向こう側に立っていた。なぜかひとりで。
よしこの姿を見つけてもあたしは動けなかった。足が痛かったせいなのかもしれないし、安心して立ち尽くしてしまったからかもしれない。自動改札に切符を通してゆっくりとこちらに歩いてくるよしこの視界にあたしが入った瞬間、笑ってくれると、そう思っていたあたしは上げかけた手を下ろした。よしこが子供のように泣いていたから。
か細い泣き声は雨足にかき消されていたけど、よしこはたしかに泣いていた。白い肌を真っ赤に染めて、顔をくしゃくしゃと歪めて。まるでこの世の終わりに直面したかのように泣きながらフラついていた。よろよろと近づいてきた今にも倒れそうなその体を抱きしめてあたしも一緒に泣いた。心の中でずっと泣いていた。泣きながら小さな声であたしに対してなのか、それとも梨華ちゃんになのか「ごめん」と呟く声が聴こえていた。
- 151 名前:真夏の軌跡 投稿日:2006/08/07(月) 21:33
- その数時間前、梨華ちゃんはひとりで自宅に帰っていた。最寄の駅ではなく少し離れた駅で降りて自宅に電話をして迎えに来てもらったらしい。2人の間に何があったのかは聞けなかった。大人たちも2人が無事だったことにとりあえず安心して、この微妙でデリケートな問題を無理に尋ねるようなことはしなかった。
よしこが戻ってすぐに梨華ちゃんの家は売れて、予定通り田舎へ引っ越していった。そうして何事もなかったかのように夏休みが終わり、宿題の山に悲鳴をあげながら夏が過ぎていった。
できたばかりの友達を失ったかわりに、あたしには少し大人びた顔になった幼馴染が残った。
すべてひと夏の間に起きた出来事だった。
- 152 名前:真夏の軌跡 投稿日:2006/08/07(月) 21:35
-
- 153 名前:ロテ 投稿日:2006/08/07(月) 21:36
- 更新終了
>>132訂正
○涙で濡れた布団はエアコンを入れたらすぐに乾いてくれた。
×涙で濡れた布団はエアコンを切ったらすぐに乾いてくれた。
- 154 名前:ロテ 投稿日:2006/08/07(月) 21:45
- レス返しを。
>>117 名無さん
よしごまの掛け合いは楽しみながら書いてます。蟻。
間が空いてしまい申し訳ないです。
>>118 Sさん
ひっそり待っていただいた期間が長くて申し訳です。
あの人もごっちんもよしこもいろいろありました。
>>119 Yさん
暑い夏に入りジリジリさせたまま間が空いて申し訳です。
夏が来る前に終わらせるつもりだったのですが(苦笑
>>120-121
待たせてすみません
本当ならもう今の時期には>>1に書いてある落日に入っている予定だったのですが
予定は未定とはよく言ったものです。がんばります。
- 155 名前:S 投稿日:2006/08/08(火) 02:28
- 更新お待ちしておりましたっっ!!
ああ…せつない…
三人ともほんとせつないです…
続きを固唾を飲んで待ってます。
- 156 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/08(火) 05:15
- ごちん・・・
- 157 名前:Y 投稿日:2006/08/08(火) 10:41
- 更新お疲れ様です。
そんな事がね・・・(T_T)
次回の更新が楽しみです。
- 158 名前:Tea 投稿日:2006/08/08(火) 20:40
- 梨華ちゃんとよっすぃーの間に何があったのか気になりますね。
ごっちんもごっちんで辛かったやろなぁ。
続き楽しみにしています。
- 159 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/09(水) 11:23
- 梨華ちゃんは、よくわかってるんだと思う。
よっすぃやごっちんよりも、早く理解しちゃったんだと思う。
- 160 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/09(水) 22:18
- うわー。
超楽しみに続き待ってます。
- 161 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/09(水) 22:24
- 待っていました。144の一行目とか、すごい好きです。
- 162 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/09(水) 23:40
- 梨華ちゃんとよっすぃーの恋の行方気になりますね。
続き楽しみにしてます!
- 163 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/12(木) 20:46
- 楽しみに待ってま〜す!
- 164 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/11/08(水) 19:36
- 気長に待ちますデス
- 165 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/12/07(木) 13:47
- 気になる…
- 166 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/05(金) 01:27
- 待ってますよ〜
- 167 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/24(土) 20:08
- 久々に読み返したら泣けてしまった。
こーゆー夏特有の匂いを思い出させる物に弱いです。
更新待ってますよー
- 168 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/06/03(日) 20:08
- ろてさんの話が読みたい。
そろそろ読みたい。
- 169 名前:ロテ 投稿日:2007/09/23(日) 00:02
- お久しぶりです。
1年以上も更新が空いてしまったことをまずは謝ります。ごめん。
>>155-168の皆さんまとめてですみませんが待っていてくれてありがとう。
1年前の今日、完結するはずだった話を更新します。
久しぶりの更新の前にいくつか訂正をさせてください。
>>98訂正
○でも実際は、まだ3年しか経っていないんだな。
×でも実際は1年も経ってないんだな。
>>153訂正撤回
ボケてました(ノ∀`)
これからもぼちぼちがんばっていきます。
本当にごめんなさい。そしてありがとう。
それから一番大事なことを。
ごっちん22歳のお誕生日おめでとう。
- 170 名前:ロテ 投稿日:2007/09/23(日) 00:04
- 朝食は昨日のごっちんのおにぎりの残りに加えて宿の人が作ってくれたみそ汁とめざし一匹(それも2人で一匹)、それにきゅうりの漬物というある意味期待を裏切らないラインナップだった。質素という言葉を久しぶりに思い浮かべた。なのにこのうまさはなんだ。美味しんぼあたりでオッサンが泣きながらうまいうまいと食べるメシみたいだ。おおげさに箸を落として驚いてみせたけど誰も拾ってくれなかった。
「なんだこの無駄にうまい漬物は」
「この味噌って自家製なのかなぁ」
- 171 名前:真夏の軌跡 投稿日:2007/09/23(日) 00:04
- なんだか悔しい。ボロいうえにサービスなんて言葉とは無縁な宿のくせしてこんな些細なことで好感度アップとか、終わりよければすべて良し的な雰囲気は嫌いだ。今だけは、なんか気に入らない。田舎だろうと都会だろうと朝っぱらから蝉がやかましいのは変わりない。そこまで夏をアピールしなくてもいいじゃんかよ。おまえらに言われなくったって今日も暑くなりそうなのは丸わかりだっつの。なあ、同士よ。味噌の作り方とか聞くなよ。作るのか?女子高生が味噌。作りたいのか?なんてことを喋りながらうまいきゅうりをポリポリ食べる平和にいろんなことを忘れそうになる。のんきな夏休みはまだまだ現在進行形で続くから。
「あ、めざしおいしい」
「コラてめ、なに食ってんだ」
「なにってめざし。ちゃんとよしこの分も残してあるじゃん」
「じゃなくて」
「共食いとか言ったら殺す」
「山ん中なのにめざしおいしいなぁ」
- 172 名前:真夏の軌跡 投稿日:2007/09/23(日) 00:05
- ところでなんでこんな質素なながらも一品一品が激ウマな朝食(もちろんごっちんおにぎりも含む)を見知らぬ土地で食べてるんだろう。たしかあたしたちは(主にごっちんが)衝動のままに電車に乗って降りた駅が間違っていてド田舎で一泊せざるを得なくてごっちんが泣いてあたしの右手はあったかくてっていう一日を過ごしたはずだ。ちょっと端折ったけどまあダイジェスト版としてはこんなもの。それから今はめざしがうまい。この珍道中の目的は…なんだ。なんだなんだ、なんだっけ。
自分に惚けても仕方ない。
- 173 名前:真夏の軌跡 投稿日:2007/09/23(日) 00:05
- 「お昼に食べる用のおにぎりにぎっとこ」
「昼飯もおにぎりですか」
「おにぎりですよ?」
「突然ですがクイズです」
「にぎりながらでもいい?」
「ダメ。昨日の夜うちらは何を食べたでしょう。わかった人はマウンテンでどうぞ」
「マウンテン!」
「はい、そこのごとー」
「なんで急に偉そうなの。おにぎりでしょ」
「ぴんぽん。では二問目。今うちらは何を食べたでしょう」
「マウンテン!おにぎり!」
「ぴんぽんぴんぽん」
「イェーイ」
「イェーイ」
両手をあげて喜ぶごっちんに付き合って思わずハイタッチ。げ、白飯が手のひらにくっついた。ていうかこいつあたしの言わんとしてることに全く気づいてねぇ…これだから天然はいやなんだよな。ダメだっつったのにまるで無視だし。タッチした手のひらをペロリと舐めたら当然のように塩の味がした。海いきてぇー。
- 174 名前:真夏の軌跡 投稿日:2007/09/23(日) 00:06
- 「で、だ」
「うん?」
「昼飯もおにぎりなんですか」
「おにぎりですよ?」
「わかった。あたしが悪かった」
なけなしの千円札数枚と涙の別れをすませてから、まだウォーミングアップの最中と思われる太陽の下へ出た。玄関先で頭を下げているおばさんを振り返り、おにぎり数個が入ったビニール袋を目の高さまで掲げた。大きな声でお礼を言ったけどおばさんはとくに何も言わず無表情のまま。軽く頭を下げつつあたしたちはちょっと笑った。時間はまだ早い。涼しい風が憎らしいほど気持ちよかった。田んぼ沿いをどちらからともなく駆け出したらいつのまにか本気になっていた。Tシャツの裾がめくれても気にしない。ビーサンでも気にしない。髪をなびかせて本気で走った。どこにとかなんでとかは関係ない。そこには負けられない戦いがある。田んぼの緑の中、まっすぐに伸びた一本道をひたすら激走。勢い余ってビニール袋から飛び出したおにぎりが道端を転がるまで、本気で走っていた。
- 175 名前:真夏の軌跡 投稿日:2007/09/23(日) 00:06
- 意味もなく走り出したくなるのは夏のせいか、田舎の朝のせいか。それとも若さゆえか、これら全てか。夏、田舎、若さにバカも加えたら完璧だ。息を整えながら一日振りにあったお巡りさんに敬礼。爽やかな朝、ゼーゼー息切れをしていても笑顔だけは素敵なあたしたち余所者にお巡りさんも律儀に敬礼してくれる。
なんでいきなり走りだしたのか、考えたけどよくわからなかった。急に走りたくなった。それも2人同時に。理由なんてわかりっこない。ただ、どっちも負けず嫌いだと無駄に疲れるということは理解した。足の速さが同じくらいだとなおさらだ。
- 176 名前:真夏の軌跡 投稿日:2007/09/23(日) 00:07
- 「よしこ速いよ」
「おんなじくらいじゃね」
「そんなことない。よしこ先に行っちゃったもん」
「………」
「置いていかれるかと思った」
「それってなんの話?」
「なんだろ。途中からよくわかんなくなった」
「そっか」
「うん」
「ごっちんはあたしの横にいてくれたじゃん、ずっと」
「それなんの話?」
「さあ。あたしもよくわかんない」
「そっか」
駅が見えた。しょぼい駅だ。券売機と改札と、座ったらコントみたいにコケるんじゃないかってくらい不安定なベンチくらいしかない。あの日、行くアテもなく適当な電車に飛び乗ったあたしたちが行き着いた駅もしょぼかった。なるようになるさとベンチに座ってしばらくどうでもいいことを喋ってた。ああいうときに話すことなんてどうでもいいことくらいしかない。だから思い出すこともどうでもいいことだ。アイツが持ってきた日焼け止めクリームを見てしばらくからかって笑ってた。今さら必要なくね?って。
- 177 名前:真夏の軌跡 投稿日:2007/09/23(日) 00:07
- 「切符買わないと。いくらかなぁ」
ごっちんがポケットの中から紙切れを取り出して駅員さんに近づいていく。ごっちんママが書いてくれたアイツの住所でも書いてあるんだろう。最初からどこの駅で降りるか聞いておけばよかったのに。計画性のなさはあたしとどっこいどっこいだ。てか駅員さんに敬礼するなよ。制服か。制服に条件反射なのか。油断したらあたしもやりそうだからつっこむのはやめとこ。
「どこの駅か分かったよ。ここから1時間くらいだって」
「ふーん」
「意外と近かったね。昨日惜しかったなぁ」
「惜しいとかそういう問題かよ」
券売機の前で財布を取り出すごっちんの背中を見ていたらあたしの右手くんが急に動き出した。
- 178 名前:真夏の軌跡 投稿日:2007/09/23(日) 00:08
- あたしの意思とは無関係に目の前の肩を掴んでいた。
掴んだ拍子に人差し指が髪に触れた。
硬貨が何枚か落ちてやけにいい音がした。
あのときの五百円玉を思い出した。
目の端に映った駅員は不思議そうにあたしたちを見ていた。
振り向いたごっちんに、今度は口が、勝手に動いた。
「帰ろう」
右手くんも口も紛れもないあたし自身。
夏のせいにはできない、あたしの意思。
- 179 名前:真夏の軌跡 投稿日:2007/09/23(日) 00:10
-
- 180 名前:真夏の軌跡 投稿日:2007/09/23(日) 00:10
- ガタンゴトンガタンゴトン。来たときと同じように電車は揺れている。昨日見た風景が今度は逆に流れていた。それでも違いがわからない。ただひたすら緑の中をひた走る。何か言いたそうなくせして何も聞いてこない微妙な表情がむず痒い。また無理やりアイツ行きの電車に押し込まれるかと半ば覚悟してたのに、なんだか拍子抜けした。固い座席のせいでケツの位置が定まらないのもむず痒い。ダラッと伸ばした足からビーサンが脱げた。
「せっかくここまで来たのに。よかったの?」
「よかったのもなにも、ごっちんが無理やり引っ張ってきたんじゃん」
「まだそんなこと言ってんの?あたしは」
「わかったわかった。わかってるって」
みなまで言うな。パーにした手のひらを見せたけどごっちんはそんなものに構わない。パー越しにあたしを見つめてくる。
- 181 名前:真夏の軌跡 投稿日:2007/09/23(日) 00:10
- 「違う。よしこなんもわかってない」
「そりゃあたしはわかってないかもしんないけど、なんもじゃない」
「いーや、全然わかってない」
「わかってることもあるもん」
「なにそれ」
「もういいんだってこと」
「………」
「いいんだよ。あたしはさ、いいんだ」
パーにしていた手のひらをぐっと握り締める。ごっちんの顔がよく見えるようになった。グーときたらお次はチョキだろう。意味のないピースをすぐに下ろして自分の指をしげしげと見つめた。一連の動きに対してごっちんは何も口を挟まない。パーだのグーだの、そんなもの最初から見えてなかったかのように視線はずっとあたしの顔にあった。まるであたしの顔しか見えてないかのよう。
- 182 名前:真夏の軌跡 投稿日:2007/09/23(日) 00:11
- 「よしこがそう言うならあたしの口出すべきことじゃないのかもしれない…」
「口だろうと手だろうとなんでもドンときやがれ」
「でもあたしは…あたしはあの夏を、忘れたくない」
「いきなりなに言ってんだ、ごっちーん!」
「よしこずるい」
「なにが」
「なかったことにするなバカ」
「してねぇよ」
「このまま忘れる気?」
「忘れられるわけないだろ。忘れないよ」
「じゃあなんで」
泣くなよ、ごっちん。あたしまで泣きたくなる。
- 183 名前:真夏の軌跡 投稿日:2007/09/23(日) 00:11
- 「本当にいいの?」
それが行かなくてもよいのかという問いならば答えはイエスだ。
あたしたちはあの夏とともに終わったんだ。でも。
「いいさ。また夏はくる」
- 184 名前:真夏の軌跡 投稿日:2007/09/23(日) 00:12
- あれはどれくらいの時間だったか。太陽がすっかり疲れて一日の役目を終えた頃にようやくベンチから立ち上がって、あたしたちは昨日のあたしたちのように宿を探した。アイツはお嬢様だったから変なところには泊められないなんていう思いと、あたしの無駄に(ホントに無駄だった)高いプライドのせいでコツコツ貯めていたお年玉は二泊三日の宿代であらかた吹っ飛んだ。いざってときのためにお金は貯めておきなさいという偉大な母の言いつけを、実はあたしがこっそり守っていたなんて死んだじーちゃんもびっくりだ。「いざ」がそのときだったのかは疑問だけど、無理せずもっと安い宿を選んでいたらあたしたちの他愛無い逃避行はもう少しだけ続いていたかもしれない。ごっちんからもらった五百円は帰りの切符代の一部に消えた。
- 185 名前:真夏の軌跡 投稿日:2007/09/23(日) 00:14
- そこは海が近かったから昼間は砂遊びをした。地元民しか来ないような小さな砂浜だった。水着を持ってくればよかったねと、誰かが海水浴をしている姿を眺めながらアイツは能天気に言った。その横でトンネルを開通させるのに必死だったやっぱり能天気なあたしは「水着ってビキニ?」と至極当然の質問をした。アイツが頷いて、トンネルは崩れた。あのときは本気で水着を取りに戻ろうかと思った。
「ねぇ、よしこ」
「言っとくけどどうでもいいわけじゃないから」
「うん」
「二度と会わないわけじゃないし」
「また遊びたいね。3人で」
「トンネル作りたいな」
「は?」
「昔よくやったんじゃん。砂遊び」
「ああ、やったね。向こうが見えたと思ったら崩れちゃって、よしこ泣きそうになってたよね」
「いやいやいやいや」
「いやいやいやいや」
「あたしが涙目?ハァー?アタマダイジョブデスカ?」
「ふふん」
「なんだよ」
「強がりよしこ、嫌いじゃないよ」
- 186 名前:真夏の軌跡 投稿日:2007/09/23(日) 00:14
- 夜は星を見た。思い出すのも恥ずかしい。なんだあれ。なんだったんだろ。あれはホントにあたしだったのか?夜、誰もいない砂浜で星を見てる自分…とアイツ。考えるだけで鳥肌が立つ。いくら暑くてもこんな涼はカンベンしてください。あのときの自分に言いたい。ロマンチックだなぁとか頼むから思わないでくれよと。二百歩くらいゆずって万が一思っちゃったとしてもまだいい。まだマシだ。恥ずかしいけど救いの余地はギリギリある。思うだけならまだ。でも、隣でうっとりと星を眺めていた人間に向かって囁くのだけはやめてくれ。声には絶対出さないで。だってその人、実は寝てるんだぜ?一人バカを見るのはあたしだ。あんな恥ずかしいことはない。そこにつっこんでくれるごっちんがいるはずもなく、ただただ砂に埋まりたい気分だった。
- 187 名前:真夏の軌跡 投稿日:2007/09/23(日) 00:15
- アイツと2人で過ごす一日は長かった。とくに何もやることがなかったせいかもしれない。3人が2人に減って、共有する時間が増えれば話すことも尽きる。それでも一緒にいるのは楽しかった。トンネルをいくつも作った。
能天気に構えてはいたけれど、この時間が長くは続かないことは知っていた。出会ってからほとんどの時間をあたしたちは3人でいろんなことをして過ごした。あたしとアイツとそれにごっちんと。大概の夏の遊びはやった。夏には夏のやるべきことがたくさんある。うかうかしてるとあっという間に終わってしまう季節に置いていかれないようにいろんなことをした。よく遊び、よく遊び、よく遊べというあたしのポリシーにぴったりの季節。そう、夏だったから。あたしたちがこうしているのも夏のせいなんだなと、どこか納得しながら濡れた髪を拭き合った。そうしているうちにあたしたちが2人ですべきことはもうないのだと気づいた。まだ夏の途中、入道雲が大きな影を作り、太陽は気まぐれに照っていた。
- 188 名前:真夏の軌跡 投稿日:2007/09/23(日) 00:15
- 「あたしは梨華ちゃんが…好きだった」
「うん。知ってる」
「梨華ちゃんもあたしを好きだった」
「それも知ってる」
「な、だからいいんだよ」
「だからの意味がわかんないよ」
「わかんねーのかよ。まったくごっちんはしょうがないなぁ」
「ご、ごめん」
「楽しかったな、あの夏」
「よしこ?」
「夏サイコー」
「泣いてるの?」
- 189 名前:真夏の軌跡 投稿日:2007/09/23(日) 00:16
- もう一度ピースをしたら今度はごっちんもピースしてきた。一瞬、2人のピースサインが滲んだ。指と指が絡んで…色っぽいことになんてなるもんか。イテ、イテテテ。指折りから指相撲に転じてこれでもかと親指を狙う。指が白くなるほどチカラをこめて、舌を噛みそうなくらい早口でカウントする。体をひねって指を抜く。いつのまにか立っている。これはもはや指だけの問題じゃない。ただの相撲だ。立派な格闘技だ。握り締めている手が熱くなる。切ったばかりの爪に舌打ちして距離を詰めた。座席に無理やり座らせて自分は立ったまま優位を保つ。ふいに向こう脛に痛みが走り腰を落とした。ちょっそれ反則…なんて、文字どおり涙目で訴えたところでジャッジはいない。マイルールとユアルールのぶつかり合いだ。電車は変わらずガタンゴトンガタンゴトン走り続けていた。
- 190 名前:真夏の軌跡 投稿日:2007/09/23(日) 00:16
- 「わかった。いつまでもこうしてても埒が明かない」
「じゃあどうする?」
「一時休戦としよう」
「逃げるのか?」
「まさか。勝負を持ち越すだけさ」
「ふん、命拾いしたな」
「おまえがな」
なんちゃって兵士ごっこを終えてあたしたちはもといた席についた。指に食い込んだ爪の跡をさする。おぉイテェ。ごっちんのやつ加減ってものを知らないんだからな。まったくしょうがない。
- 191 名前:真夏の軌跡 投稿日:2007/09/23(日) 00:17
- 「帰ったらハガキ買いに行こう。暑中見舞いだそうよ。プリクラ貼ってさ」
「おう」
「あ、おにぎり食べる?」
「おう」
「おいしいでしょ?」
「普通」
飛んできたパンチはなんだかやけに久しぶりな気がした。固い座席に寝転んで窓の外を見た。パンチの余韻で視界がぼやけている。でも空の青さと真夏の光線だけははっきりとわかった。顔というか主に鼻がじーんとしていた。やっぱきくなぁ、これ。この感じ。
「夏サイコー」
頭上の呟きを聞きながら、あたしはゆっくりと目を閉じた。
- 192 名前:真夏の軌跡 投稿日:2007/09/23(日) 00:17
-
了
- 193 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/23(日) 00:17
-
- 194 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/23(日) 00:17
-
- 195 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/23(日) 01:47
- こ、更新きた…それだけで泣きそうになりました
ごっちんがとてつもなくいい女ですね。
とにもかくにも更新ありがとう。
- 196 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/23(日) 10:59
- まさか更新されるとは・・・・・・・・・・
夏の甘酸っぱい感じが素敵です!
- 197 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/23(日) 14:00
- ごっちんの誕生日に更新とは粋な
- 198 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/24(月) 04:10
- キャーー!!! ロテさんだーー!!!
嬉しくて涙がでましたありがとう!!!。
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