A PENTAGON and A QUADRANGLE 2
- 1 名前:clover 投稿日:2006/06/17(土) 20:49
- 前スレの容量がオーバーしてしまいました・・・。
A PENTAGON and A QUADRANGLE
ttp://m-seek.net/cgi-bin/test/read.cgi/mirage/1148052894/
の続きになります。
恋の神様
ttp://m-seek.net/cgi-bin/test/read.cgi/mirage/1145166583/
悲しい偶然
ttp://m-seek.net/cgi-bin/test/read.cgi/mirage/1141142667/
- 2 名前:P&Q 投稿日:2006/06/17(土) 20:50
- 後藤は一体、どうなっているのだと石川を見る。
「ねぇ。ミキティとよっちゃん何かあった?」
「聞いてないけど、こないだからよっちゃんはあんな感じ。」
「田中さんとよしこは?」
「も、同じ。」
後藤は田中に視線を向けた。
「ねぇ、なんで、そんなによしこに突っかかるわけ?」
「自分の本当の気持ち言わないで逃げてばかりやけん。」
石川は自分のせいでもあると顔を歪めて吉澤に視線を向けた。
「なに、本当の気持ちって?」
吉澤は田中を見た。
田中と目が会うとそれ以上言うなと睨むように視線を向ける。
「吉澤さんから直接聞いたらよか。」
視線を集める吉澤だが口を開こうとはせず、その視線に耐えた。
「のん、多分わかった。」
田中と亀井は変なことを言わないかと心配して辻に視線を向ける。
「おっ、何ですか辻先輩。」
道重の言葉に田中と亀井はなんで、そんなにお気楽なんだと苦笑した。
「吉澤さんは美貴ちゃんが好きなんだよ。美貴ちゃんもそう。」
「おぉぉ、凄い、なんで分かるんですか?」
吉澤と石川、そして後藤は驚いたように辻を見ていた。
亀井と田中は道重が辻に話したのだろうかと不思議そうに二人に目をやる。
「そんなの簡単だよ。試合みたら分かるもん。」
「試合?よしことミキティの?」
後藤が辻から聞き出そうと質問をする。
「そう、試合。」
辻は1人だけ分かったのが嬉しいのか得意げに話し出す。
- 3 名前:P&Q 投稿日:2006/06/17(土) 20:51
- 「最初はね、本気でやってたの。でも最後はちょっと違ったの。吉澤さんもそう言ってた。」
「なんで、それで分かるんですか?」
道重の質問にさらに辻は得意げな顔をする。
「だって、嫌いだったらちゃんと試合するもん。試合に私情なんて挟まない。竹刀だから死なないけど、本当の刀なら死んじゃうんだよ。美貴ちゃんは吉澤さんになら殺されてもいいって思ったしそう望んだ美貴ちゃんを殺せるくらい吉澤さんも好きだってことじゃん。」
亀井は吉澤の表情を伺った。
泣き出しそうな顔で俯いている。
石川もそれほどまでに愛し合ってる二人を結ばせなかった後悔で泣き出しそうな顔で吉澤を見ていた。
後藤は驚いた顔で辻を見ていた。随分長い間一緒にいたのに吉澤と藤本の気持ちに全く気がつかなかった。部屋を見回すと皆知っていたようで、後藤はそれにも驚いた。
亀井の表情をみて、吉澤とのことを聞くたびに切なげな顔をしていた理由が分かった。
「吉澤さん、二人がそうしてたら、傷つく人いっぱいおるっちゃ・・・。ちゃんと自分たちで始末せんと・・・。絵里だって可哀相っちゃ。それに、藤本先生だって。」
田中の言葉に吉澤は冷めた視線を向けた。
「うちは・・・美貴の望むことしかしてないよ。美貴が幼馴染でいようって言ったんだ。でも今になって、幼馴染として手を差し伸べることすら拒否されたけどね・・・。」
吉澤はそう言うと立ち上がり皆の視線を集めながらゆっくりとリビングから出て行こうとする。
「どうして、そう逃げると?」
背中に当てられた田中の言葉。
吉澤は振り返ると田中を見て微笑んだ。
「逃げ道しかしらないからさ・・・逃げ道じゃない道なんてうちにないんだよ。」
そう言うと吉澤は再び背を向けて玄関に向かった。
吉澤の残した声と笑顔はリビングに居た皆が言葉をなくしていた。
ただ、玄関が閉まる音とバイクの走り去る音に耳を傾ける。
- 4 名前:P&Q 投稿日:2006/06/17(土) 20:51
- 「逃げてばかりいるからそうなるんっちゃろうが・・・。」
そう呟いたのは田中だった。
後藤は怒りを表した顔を田中に向けた。
「よしこだけが悪いんじゃないから、そういう言い方しないでくれる。」
田中はそうではないという顔で後藤を見る。
「よしこは・・・」
後藤はこれまでの吉澤の姿を思い浮かべながら田中を見た。
「自分の気持ちより相手の気持ちを大切にする子なんだよ。」
田中は同じ表情で後藤をじっと見続けた。
「田中さんはさ、自分の意見はっきり言うけど、それで相手が傷ついたり追い詰められたりすることもあるって知ってる?よしこは先にそっちを考えるんだよ。相手が望む言葉を言うの。それに頼ってたのは後藤たち。よしこの道を作らせなかった。いつも誰かの道にいさせてた。逃げ道しか歩かせなかったのは後藤たち。」
「それなのに、よっちゃんがSOSだした時、私たちは助けてあげなかった。だから・・・。」
後藤と石川は亀井に視線を向ける。
田中は自分が吉澤を追い詰めていることに気がついて動揺していた。
「れいな・・・。」
道重が田中に声をかけ手を繋いだ。
「吉澤さん、大丈夫ですかね?」
亀井は視線を向ける二人に尋ねた。
- 5 名前:P&Q 投稿日:2006/06/17(土) 20:51
-
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- 6 名前:P&Q 投稿日:2006/06/17(土) 20:52
- 家に戻った藤本は直ぐに北海道に行こうと仕度をしていた。
早く、片付けてしまいたい問題だった。
そして、早く、吉澤と向かい合わないといけないと思った。
荷物を持って家を出ようとしたとき、インターフォンがなる。
誰だろうと不思議に思いながらドアを開けると血の気の引いた後藤、石川が居た。
その後ろに亀井、田中、道重、辻。
後ろにいる4人も真っ青な顔色で立っていた。
「なに・・・?」
「よっちゃん、事故ったって。今、家に電話あった。」
石川がそう言って藤本の手を掴んだ。
「病院、行こう。」
抜け殻のように何も反応しない藤本に声をかける石川。
「後藤、車だしてくる。」
藤本の様子を見た後藤がそう言って駆け出していった。
石川は藤本の肩を抱きながら後藤の家に向かう。
その様子を見ている4人はどうしたらいいのか分からずにただ、呆然としていた。
田中にいたっては自分の言葉が吉澤をそうしてしまったのだと責任を感じていた。
「皆も乗って。」
後藤の車に藤本を乗せた石川は立ち尽くす4人に声をかけた。
道重が慌てて田中と亀井の手を引いて車に乗せた。
「大勢過ぎると迷惑かもしれないから。さゆみはLOSEで待ってる。」
道重はドアを閉めながら亀井にそう伝えた。
走り出す車を見送りながら震えている膝に手をついた。
「重さん大丈夫?」
「はい。」
辻が心配そうに顔を覗き込む。
「なんか・・・もう一回最初から全部できればいいね。」
辻はそう呟いた。
- 7 名前:clover 投稿日:2006/06/17(土) 21:03
- 本日の更新以上になります。
A PENTAGON and A QUADRANGLE (前スレ)
ttp://m-seek.net/cgi-bin/test/read.cgi/mirage/1148052894/487-504
A PENTAGON and A QUADRANGLE 2
>>2-6
容量・・・足りるかなって思ってたのにな・・・。
すみません。読みにくくなってしまいましてm(。_。)m
また来週末あたり更新できたらしたいと思います。
前スレのレス返しさせていただきます。
>482 :名無しさん 様
レス有り難うございます。
>いつも楽しみに読ませてもらってます。
有り難うございます。
>あと差し出がましいですが看護士ではなく看護師です。一応看護師の卵として気になってしまい…ごめんなさい。教えてくれて有り難うございます。変換気をつけます。
最後まで宜しくお願いします。
>483 :亀かめカメ 様
レス有り難うございます。
>簡単に見えて複雑、複雑すぎる関係・・・・・・・
そうなんですよ・・・少しずつ落ち着くかなって
>がんばれ作者さん
ありがとうございます。
最後までよろしくです。
>484 :名無飼育さん 様
レス有り難うございます。
>みきたん、よっちゃん頑張れ
ですね。
最後までお付き合いください。
>485 :ももんが 様
レス有り難うございます。
>素直になるって難しいですよね。
そうですよねぇ。結構怖いですし。
最後まで宜しくお願いします。
>486 :名無飼育さん 様
レス有り難うございます。
>よっちゃんとミキティの弱さが皆を巻き込んでる。
そう、ですね。
最後までよろしくです。
- 8 名前:ももんが 投稿日:2006/06/17(土) 21:05
- 怒涛の展開ですね。
よっちゃんの事故をきっかけに何か変化が訪れるといいなと思ってます。
今回もかわいい辻ちゃんとさゆですねえ。
- 9 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/06/17(土) 21:48
- ネタバレですよ…
- 10 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/06/17(土) 21:53
- 次回も楽しみに待ってます
- 11 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/06/17(土) 21:53
- もういっちょ
- 12 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/06/18(日) 01:08
-
やばいやばい
えっ!どうなるの?
今読んだばっかなのにもう続き読みたいよ
- 13 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/06/18(日) 02:39
- 吉澤さんにはどうせなら最後まで逃げてほしい
ここまできたら逃げ切ってほしい
- 14 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/06/18(日) 03:28
- 始めまして
密かに読ませていただいてましたがっ
よっちゃん!!!大丈夫なのか!!???
続き楽しみに待ってます!!
- 15 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/06/24(土) 14:18
- なんか、辻さんが大人に見える。
- 16 名前:P&Q 投稿日:2006/06/25(日) 02:42
- 管につながれている吉澤が手術室から出てきた。
医師の説明によると信号無視をしてきた車と衝突したらしい。
ヘルメットを被っていたが頭を強く打ち、目覚めたとしても傷害が残るかもしれないと伝えられた。
個室に入れられる吉澤の姿を藤本はただ、目で追っていた。
「吉澤さん・・・。」
亀井は吉澤の体に巻かれた包帯、擦り剥けた傷を見て顔を歪めた。
そんな亀井を田中が気遣うように手を握る。
その一方で、自分のせいでこうなったのかもしれないと、後藤に言われた言葉が頭をよぎる。自分の言葉は吉澤を追い詰めたそれがこの結果なのだろうか。
石川は担当の看護師に呼ばれ藤本の様子を気にしながら後藤に視線を送りその場を離れ病室に入っていく。
後藤は全く反応しない藤本を心配していた。
閉じられた病室の中でまだ、なにか処置が行われているのだろう。
医師の状況説明からだと命は助かったと思ってよいのだろうと後藤はどこかで安心していた。
「ミキティ大丈夫?」
後藤の呼びかけにも反応しない藤本。
亀井も田中も心配そうに藤本に視線を向けた。
- 17 名前:P&Q 投稿日:2006/06/25(日) 02:43
- 医師らと一緒に出てきた石川。
医師たちは藤本たちに頭を下げると去っていった。
「入って大丈夫だよ・・・。」
石川は難しい顔をしながらそう呟いた。
その顔に後藤は再び不安な気持ちになりながら、藤本の背を押して病室に入った。
亀井と田中も続いて入っていく。
全身に巻かれた包帯。
腕の一部と顔の一部だけが見えている。
後藤は自分自身、どんな意味の涙なのか分からない涙が零れだした。
亀井はどうしてこんなことになってしまったのだと現実の厳しさにポロポロと涙を零す。
田中は変わり果ててしまった吉澤を前に胸が痛んだ。
あの時、責めなければ吉澤は出かけていかなかっただろう、そしたら・・・
両手を握り締め後悔した。
「先生の説明だと・・・よっちゃん歩けなくなるみたい。」
静かに吉澤を見つめながら話し出した石川。
藤本以外は石川に視線を向けた。
藤本はどこを見ているのか焦点が定まらずに石川の言葉がただ耳に流れ込んでくる。
「もしかしたら両手も・・・頚椎の損傷が激しかったみたい、神経に傷ついてたらそうなるだろうって。目覚めてみないと分からないって。あと・・・脳にも損傷があったから、もしかしたら言葉が話せないとか目が見えないとか耳が聞こえないとかそういう障害が出るかもしれないって、それも、よっちゃんが目覚めないと分からない。」
石川は涙を零さないように必死に耐えながらそう話した。
信じられないといった顔で吉澤に視線を向ける後藤、亀井、田中。
藤本だけが、無表情に吉澤に視線を向けていた。
「麻酔、切れたら目覚めるだろうって。でも、今夜はもう遅いし。1人だけ付いてあとは帰ったほうがいい。私、付くから。」
「美貴、付くよ。梨華ちゃんもごっちんも明日仕事あるでしょ。美貴ないから。」
藤本は無表情に言う。
皆、心配そうにそんな藤本を見ていた。
「わかった、美貴ちゃん、大丈夫?」
「大丈夫だよ。」
「じゃぁ、なんかあったら直ぐにナースコールしてね。」
藤本は頷くと吉澤のベッドの横に椅子を置いて座った。
「じゃ・・・私、明日は朝一で来るから。」
石川の言葉に頷く藤本。
藤本の背中を心配そうに見ながらそれぞれが病室を出た。
- 18 名前:P&Q 投稿日:2006/06/25(日) 02:43
- 「ミキティ、大丈夫・・・かな?」
後藤が扉を閉めながらそう呟く。
「でも、美貴ちゃんが残ったほうがいいのかも・・・。」
石川はもう、あの二人を引き裂いてはいけない気がした。
「吉澤さん、目覚めたとき藤本先生が居たほうがいいと思います。」
吉澤の思考のほぼ全てが藤本のことだからそれがいいに決まっていると亀井は呟く。
「いこっ。」
石川はそういうと皆を連れて歩き出した。
病院を出ると亀井は直ぐに道重に電話をかけた。
命は助かったが障害が残る可能性があると話すと道重はそれを中澤に伝えている様子だった。
「LOSEで道重さんたち拾ってから家まで送るね。」
後藤が運転しながらそういうと亀井が「ありがとうございます。」と答える。
田中は吉澤を追い込んでしまったと自分自身を責め続けていた。
- 19 名前:P&Q 投稿日:2006/06/25(日) 02:44
-
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- 20 名前:P&Q 投稿日:2006/06/25(日) 02:44
- 「よっちゃん。早く起きて・・・。」
藤本は包帯に包まれた吉澤の頭に触れながらそう呟いた。
目を覚ましたら一番最初に好きだと伝えよう。
もう、誰にも渡さない。
自分のものだけにしたい。
幼馴染と好きな人、両方を担わせる欲張りな考えは辞めよう。
どんな形の四角形になってもいい。
吉澤とは恋人という線で繋がれていたい。
もう、遅いかもしれない。
でも、最後の悪足掻きしてもいいな。
ドアが開く音がして藤本が振り返る。
吉澤の両親が飛び込んできた。
藤本は娘の姿を見て愕然とする両親を悲しそうに見ていた。
「美貴ちゃん・・・梨華ちゃんから連絡もらってひとみ・・・足も手も・・・。」
涙を零しながら呟く吉澤の母親。
藤本は悲しげに微笑んだ。
「どうして・・・。ひとみが・・・」
父親がそう呟いて病室を出て行った。
妻子の前では泣けないのだろう。
藤本は吉澤に視線を戻した。
「美貴が・・・ずっとよっちゃんと居るから、大丈夫ですよ。美貴がよっちゃんの足と手になる。ずっと一緒にいたんだもん。これからもそうする。」
母親は有り難うと呟いてその場に泣き崩れた。
朝まで3人で吉澤を見守っていたが吉澤が目覚めることは無かった。
石川が出勤してきて担当の医師と看護師と一緒に吉澤の両親に状況を説明する。
目覚めないのは心理的なものかもしれないと説明があった。
眠らずに吉澤の側に居ようとする藤本を石川は病室から連れ出した。
「美貴ちゃん、ちょっと家帰って休みなよ。よっちゃんいつ起きるか分からないから、長丁場になるかもしれないし。」
藤本は微笑んで首を横に振った。
「美貴、大丈夫。よっちゃんが目覚めたら一番最初に伝えたいことがあるんだ。」
石川は伝えたいことが何なのかを察し微笑んだ。
「分かった。でも、少しでいいから横になって、よっちゃんの病室にベッド用意するから。」
石川はそういうと微笑んで病室に入っていった。
「ありがと・・・梨華ちゃん。」
- 21 名前:P&Q 投稿日:2006/06/25(日) 02:45
- 石川が吉澤のベッドの横に簡易ベッドを用意した。
吉澤の母親にも様態が変化したら直ぐに連絡するからと家に帰って休むように促した。
「ひとみは美貴ちゃんたちが居たほうが嬉しいかしらね。」
よろしくね。と石川と藤本に微笑むと病室を出て行った。
「よっちゃん、皆待ってるから、早く目覚ましてね・・・何も怖くないからね。」
石川は点滴を確認しながら吉澤に呼びかける。
「今度は私たちが助けるから、よっちゃんのこと。よっちゃんの気持ち。ちゃんと・・・ちゃんと、聞くし、応援するから・・・もう、我慢させたりしないから。」
ポロポロと吉澤の腕の包帯を石川の涙が濡らす。
藤本は石川の言葉を聴きながら吉澤の顔を見つめていた。
「また、後で来るね、美貴ちゃんも休んでね。」
石川は藤本にそう告げると病室を出て行く。
藤本はベッドに横になると手を伸ばして吉澤の手に手を重ねて目を閉じた。
- 22 名前:P&Q 投稿日:2006/06/25(日) 02:45
-
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- 23 名前:P&Q 投稿日:2006/06/25(日) 02:45
- LOSEのドアには臨時休業の札がかけられていた。
店内には中澤、保田、田中、亀井がしんみりとした空気の中に居た。
「目が覚めないんだってね。吉澤・・・。」
保田がため息交じりに呟く。
「そう、みたいやな。」
煙を吐きながら目を閉じて言う中澤。
「藤本先生が夕べから付き添ってます。」
そういう亀井に保田が視線を向ける。
「恋人はここに居ていいの?」
「絵里は・・・吉澤さんはきっと藤本先生が側に居てもらったほうがいいと思う。」
「いいの?」
「はい。」
亀井は頷いて微笑んだ。
保田は「そっか。」と微笑んで見せる。
「もし・・・目覚めんかったらどぉしよぉ。」
田中が顔を伏せながら呟く。
亀井はその背中に手を添えながら「覚めるよ。」と呟く。
目が覚めたら、吉澤の待っていた藤本が出迎えてくれるのだ。
目覚めてもらわなければ困る。亀井はただ、目覚めることを願い信じた。
- 24 名前:P&Q 投稿日:2006/06/25(日) 02:46
- 仕事場に私情を持ち込めない後藤は本番までの間に気持ちの整理をつけた。
吉澤のことは石川と藤本に任せよう、吉澤はきっとこの映画を成功させることを願ってくれているはずだ。それに今、自分に出来ることはそれしかない。
これから撮影始まるよ。後悔されたら4人で映画館でこの映画を見に行こう。
後藤はそう吉澤の携帯にメールを送った。
- 25 名前:P&Q 投稿日:2006/06/25(日) 02:46
-
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- 26 名前:P&Q 投稿日:2006/06/25(日) 02:46
- 吉澤が事故にあって三日が過ぎた。
亀井と田中は目を覚ましたという連絡が未だに来ないことを気にして二人で病院に向かった。
「藤本、先生・・・。」
吉澤の病室に入るとベッドで眠る吉澤をじっと見つめている藤本が目に入った亀井は藤本のやつれた様子に思わず呟いた。
その横で田中は同じようにその光景を目にした途端、思わず目を背けた。
「あ、よっちゃん。田中と亀井が来たよ。」
藤本がそう吉澤に呼びかける。
一瞬、目を覚ましたのかと思った亀井と田中は吉澤に視線を向けるが吉澤は反応しなかった。
「こっち来て座ったら。」
藤本に言われ、二人はベッドの横にある椅子に腰掛けた。
「今日さ、朝ね、よっちゃんの親、仕事残ってるからって一端帰ったんだ。丁度良かった、美貴ちょっと着替えとりに家に帰るからさ、よっちゃんに付いててもら得るから1時間くらいで戻るから。」
藤本は言いながら荷物をまとめ始めた。
「よっちゃん、目覚ましたら、直ぐにナースコールしてね。」
そう言って病室を出て行く藤本を亀井と田中は呆然と見つめていた。
「ずっと、つきそっとぉとね。」
田中は吉澤が眠るベッドの隣にある簡易ベッドに目をやりながら呟いた。
亀井も同じようにベッドに目を向ける。
どんな気持ちでこの部屋にいるのだろうか。
亀井は自分ならば1人でここで吉澤に付き添うことは出来ない気がした。
「やっぱり、れなのせいっちゃね・・・吉澤さんが目覚めんの・・・。」
「そうじゃないよ。」
「でも、手術は成功したって、目覚めんのは精神的な問題やろうって言ってたじゃん。」
「そうだけど・・・れいなのせいじゃないって。」
亀井はそう言って吉澤の手を握る。
「吉澤さん、早く起きて。藤本先生が待ってる。もう怖いことなんてないから。きっと吉澤さんが望む世界が待ってるから・・・。」
- 27 名前:P&Q 投稿日:2006/06/25(日) 02:46
-
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- 28 名前:P&Q 投稿日:2006/06/25(日) 02:47
- 「吉澤さん、まだ目が覚めないらしいです。」
部活を終えた道重と辻は駅前のファミレスに来ていた。
「もう、3日だよね?」
「はい。精神的な原因みたいですよ。」
「そうなんだ、美貴ちゃん大変だね。」
パフェの生クリームを口の端につけながら食べる辻。
道重は手を伸ばしてそれを取ってやる。
「ありがと。」
「いえいえ。」
「重さんだったら、どうする?」
「え?」
「もし、好きな人が目覚めなかったら。」
道重は辻のことを真っ直ぐ見ながら辻が吉澤と同じ状態になったことを想像しようとして直ぐにやめた。
「無理、です・・・。想像できないもん。」
「そう?のんは出来るよ。」
微笑む辻に道重は眉をひそめた。
「出来るって、辻先輩はどうするんですか?」
「のんは、重さんの心が目覚めることをやがってるなら、そのままにしてあげる。無理に起こそうとかしない、重さんのペースに合わせてあげる。ずっと待っててあげる。」
そう言って微笑む辻。
道重は笑顔で頷いた。
「さゆみもそうしますね。」
「でも、そうなる前に、のんは重さんを助けるよ。」
辻は微笑むとイチゴを頬張った。
- 29 名前:P&Q 投稿日:2006/06/25(日) 02:47
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- 30 名前:P&Q 投稿日:2006/06/25(日) 02:47
- 藤本は家に帰るとシャワーを浴びて着替えを用意した。
あとどのくらいしたら吉澤が目を覚ますのだろう、不安な気持ちを抱えながらバックに着替えを詰めていく。
家を出ようとして、留守番電話のランプが点滅していることに気が付き再生した。
『もしもし?お母さんだけど・・・ごめんね、連絡しないで。お父さんと離婚したから。美貴はお母さんが引き取ることになってるけど、美貴も大学あるだろうし、就職もそっちでしょ。だから、好きにしていいから。こっち・・・あ、お母さんの実家に来てもいいし。とにかく、落ち着いたから電話ちょうだい。』
「勝手だね・・・」
いくら電話してもつながらなかったくせに。
落ち着いたから電話くれとはどういうことだ。
藤本は留守電を消去すると母親に電話をかけた。
「もしもし?美貴、だけど。」
『あぁ。良かった、今もう一度かけようと思ってて。』
「そう。で?」
好きにしろって言ったのに、まだ、何かあるのだろうか。
藤本は時間を気にしながら苛立った声を出した。
- 31 名前:P&Q 投稿日:2006/06/25(日) 02:48
- 『北海道、こない?』
「今、いける状況じゃないんだ。」
『そう。夏休みでしょ?』
「そうだけど、よっちゃんが・・・入院してるから。」
『あら、ひとみちゃんどうかしたの?』
「事故。」
『そう、じゃぁ付いててあげないとね。』
「うん。ずっと付いてようと思う。」
『いいところだよ。長閑で。』
「そっか、ねぇなんで、急にいなくなったの?」
『あの人に言われたの、最初から愛してなかったって。知ってたのよ、ずっと前からそんなこと、それでもお母さんは愛してた。』
静かな声で話し出した母親の声に藤本は目を閉じて耳を傾けた。
大学生だった父親が夏休みを利用して母親の地元に旅行に来たときに出逢った。
母親は父親に一目惚れをして、父親にアピールした。
妊娠しやすい日だと分かっていて父親と体を重ね、自分の命が宿った。
それが分かったのは父親が東京に戻ってからで、母親はそれを伝えに東京に行った。
父親には恋人がいてそれでも、大学を卒業と同時に妊娠している母親と籍を入れた。
だが、恋人とはそれからもずっと続いていたのだ。
「お父さん、その人と暮らしてるんだ。」
『そう、美貴の妹と弟もいるわ。』
「そっか・・・。」
『ごめんね。』
「別にいいよ。もしね・・・美貴のこと産んでくれてなかったら、美貴はよっちゃんに出逢えなかったわけだし。産んでくれてありがと。」
電話越しに泣く母親の様子が分かった藤本は少しだけ微笑んだ。
「よっちゃんが良くなったら、行けたら行くよ。そろそろ、切るね。よっちゃんところ行くから。」
『うん、体に気をつけるのよ。』
「お母さんだよそれ。お酒、やめなよね。じゃぁ。」
電話を置くと藤本は笑顔で家を出た。
気になっていた母親が元気でやっていることがわかってほっとしていた。
これで、吉澤とずっといられる。
吉澤だけのために生きられる。
- 32 名前:P&Q 投稿日:2006/06/25(日) 02:48
-
「あれ、なに、しんみりしてるの?」
藤本はそういいながら簡易ベッドに荷物を置いて腰掛けた。
「ごめんなさい。」
突然、謝る田中に藤本は不思議そうに目を向けた。
「何が?」
「れなのせいっちゃ。吉澤さん目が覚めんの。」
「なんで?」
「れなが、追い詰めたから、逃げるなって・・・。」
藤本は微笑むと首を横に振った。
「違うよ。田中じゃない。追い詰めたのは美貴。」
藤本は愛しそうに吉澤を見つめる。
田中と亀井はその藤本の横顔を見てとても綺麗だと思った。
「美貴がよっちゃんを追い詰めた。素直にならなくて欲張って。結局、よっちゃんを犠牲にしちゃった。」
藤本は田中を見ると優しく微笑んだ。
「田中さ・・・。田中はさ、正しすぎて強いんだよ。でも、弱さも必要だと思う。弱さを知るとさ人の気持ち、分かるから。弱いからさ、一人じゃ生きられないんだよ人間って。誰かと支えあって生きるんだよ人間は。だから、今の田中が本当の田中じゃない?自分のこと責めてちょっと弱い感じ。そっちの田中のが柔らかくていいよ。」
藤本が微笑むと田中は難しそうな顔をした。
そんな田中を亀井は微笑んでみていた。
藤本は亀井を真っ直ぐ捕らえて見つめた。
- 33 名前:P&Q 投稿日:2006/06/25(日) 02:48
- 「亀井さ、よっちゃんと別れてくれないかな。美貴に返して。美貴、誰にも負けないくらい、よっちゃんが好きなの。吉澤ひとみがいないと生きていけないくらい、愛してるんだ。」
亀井は微笑むと頷いて、零れそうになった涙を手で拭った。
「良かったね、吉澤さん。一番好きな人がそう言ってくれてるんだから、早く起きないとダメじゃん。」
涙を拭いながら言う亀井を藤本は微笑みながら見つめていた。
「そうだよ、よっちゃん。美貴がずっといるから、早く目覚まして。」
吉澤の手を握る藤本。
その吉澤の手が微かに反応した。
「よっちゃん?」
吉澤に顔を寄せて名前を呼んでみる藤本。
亀井と田中も吉澤の様子を見ていた。
吉澤の瞼が微かに動くのを確認した藤本は直ぐにナースコールを押す。
「どうしました?」と聞こえてくる石川の声。
「梨華ちゃん、よっちゃんが動いた。」
「直ぐ行く。」と石川の声が聞こえると藤本は何度も吉澤に呼びかけた。
「美貴ちゃんっ。」
直ぐに入ってきた石川は田中と亀井の間を抜けて吉澤の様子を確認する。
目を開こうとしているのだろうか、瞼が微かに動いている。
「よっちゃん。お願い、目、開けて。」
藤本がそう言って吉澤の頬に手を当てると吉澤の目が薄っすらとあき、黒目を左右に動かした。
- 34 名前:P&Q 投稿日:2006/06/25(日) 02:49
- 「よっちゃん。分かる?」
口を開こうとする吉澤に石川は水差しで水を少しだけ与えた。
「美貴?」
吉澤の掠れた声が藤本の名前を口にすると藤本はポロポオと涙を零した。
吉澤はそんな藤本を不思議そうに見つめそれから石川と亀井、田中に視線を移す。
「梨華、ちゃん、なんで、そんな格好、してるの?」
吉澤の言葉に藤本と石川は顔を見合わせた。
「なんでって、よっちゃん?」
藤本の言葉に吉澤は笑みを浮かべながら藤本を見る。
「看護師に、なりたいからって、コスプレ?」
何を言っているのだろうと再び、藤本は石川に視線を向ける。
「吉澤さん?」
石川の隣にいた亀井が吉澤を呼ぶとゆっくりと視線を亀井に向ける吉澤。
その吉澤の目を見た瞬間、亀井は悲しそうに微笑んだ。
「絵里、のこと、分かりませんか?」
亀井の言葉に石川と藤本、田中は驚いて吉澤を見た。
「絵里、ちゃん?会ったこと、あったっけ?」
亀井は悲しそうに微笑む。
吉澤は知り合いだったっけという顔で藤本と石川の顔を交互に見た。
- 35 名前:P&Q 投稿日:2006/06/25(日) 02:49
- 「よっちゃん、今・・・何歳だっけ。」
石川がそう尋ねると吉澤は不思議そうに石川を見た。
「いくつって、15歳じゃん、うちら、受験生だよ・・・。」
石川は微笑むとナースコールを押した。
『どうしました?』
「石川です、吉澤さんが目を覚ましました。先生呼んでください。」
『はい。』
吉澤は石川を不思議そうに見つめる。
「梨華ちゃん、何してるの?」
石川は真っ直ぐと吉澤を見つめた。
「よっちゃん、事故にあったの覚えてる?ここ、病院なの分かる?」
吉澤は驚いた顔をして部屋に視線を向ける。
「うち・・・どうしたの?」
吉澤は怯えた顔で藤本を見た。
- 36 名前:clover 投稿日:2006/06/25(日) 02:57
- 本日の更新以上になります。
>>16-35 A PENTAGON and A QUADRANGLE 2
また、週末に更新予定です。
>>8 :ももんが 様
レス有り難うございます。
>怒涛の展開ですね。
そろそろ、終盤ってところです。
>今回もかわいい辻ちゃんとさゆですねえ。
ちょこちょこ登場してますねw
最後まで宜しくお願いします。
>>10 :名無飼育さん 様
レス有り難うございます。
>次回も楽しみに待ってます
有り難うございます。
最後まで宜しくお願いします。
>>12 :名無飼育さん 様
レス有り難うございます。
>やばいやばい
>えっ!どうなるの?
どうなるんでしょうw
>今読んだばっかなのにもう続き読みたいよ
ありがとうございます。
最後までお付き合いよろしくです。
>>13 :名無飼育さん 様
レス有り難うございます。
>吉澤さんにはどうせなら最後まで逃げてほしい
>ここまできたら逃げ切ってほしい
そうですねw
最後まで宜しくお願いします。
>>14 :名無飼育さん 様
レス有り難うございます。
>始めまして
初めましてどうもです。
>密かに読ませていただいてましたがっ
有り難うございます。
最後までお付き合い宜しくお願いします。
>>15 :名無飼育さん 様
レス有り難うございます。
>なんか、辻さんが大人に見える。
吉澤さんよりはかなり大人な感じですw
- 37 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/06/25(日) 19:20
- 更新お疲れ様です!
えええ凄い展開になってきましたね〜
やっとみきよしの2人がうまく行きそうなのに・・・
続きまってます!。
- 38 名前:ももんが 投稿日:2006/06/25(日) 21:16
- 美貴ちゃんなにか吹っ切れて綺麗な感じになりましたね。
続きが待ちきれません!!
- 39 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/06/25(日) 23:23
- 更新お疲れです。
ってか、えええ!!そうきましたかぁ。
んーこれからどうなるんだろう?
密かにののさゆのやり取りも毎回に楽しみにしています。
- 40 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/06/26(月) 01:44
- 更新キテタ━━━━━!!!!
またまたひと波乱ありそうですね
- 41 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/06/26(月) 02:37
- 吉澤さんこのまま逃げ切れー!
と思うのは私だけでしょうか?
- 42 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/06/26(月) 03:44
- 涙がとまらないよ…
いつになったら二人は幸せになれるんだろ…
- 43 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/06/26(月) 20:42
- 亀ちゃん…なんか切ない…
幸せになってほしいなぁ
- 44 名前:名無し飼育さん 投稿日:2006/06/28(水) 12:26
- 胸が苦しいなぁ・・・でもグイグイ引きこまれっぱなしです。
ここの辻さんがとてもいいですね。一服の清涼剤のようです。
次回更新を正座しながら待っています。
- 45 名前:P&Q 投稿日:2006/07/02(日) 19:47
- 吉澤が目を覚まして1週間が過ぎた。
言葉も話せるし耳も聞こえる。脳からの障害は手足に残った、それと記憶。
5年間の記憶がすっぽりと抜けていることに初めは戸惑った吉澤だった。
石川が看護師として吉澤の世話をすることに違和感を覚えながらそれでも吉澤は中学三年生のままの会話を石川と藤本にしていた。
それよりも今は右手が完全に使えなく左手は指先が上手く動かせない。下半身にいたっては膝から下が全く感覚のない状態に吉澤は混乱していた。
「ねぇ、美貴。」
「ん?」
「うちの両親なんか急に老けない?」
5年前と比べているのだろうと藤本は苦笑した。
こないだ、鏡を見たとき自分の髪が金髪だったことにとても驚いていた。
「5年経ってるからね。」
「美貴は綺麗になった。」
「15歳から21歳と40歳から45歳を比べたらお父さんたち可哀相だよ。」
藤本は微笑みながら吉澤の髪を撫でた。
「よっちゃんだって随分、大人っぽくなったじゃん。」
吉澤は気持ち良さそうに目を細める。
「美貴がこういうのするの珍しいよね。梨華ちゃんとかごっちんはベタベタするの好きだったけど。」
「別に美貴がしたっていいじゃん。」
藤本は微笑みながら手術の際に刈られて短くなった髪に触れる。
「うちが、こんな体になったから?」
「ん?」
吉澤は悲しそうな目で藤本を捉える。
「美貴がこうして毎日、ここにいてくれるのって。」
「美貴じゃ嫌?梨華ちゃんかごっちんのがいい?」
吉澤はゆっくりと首を横に振る。
「美貴がいい。嬉しいよ。」
- 46 名前:P&Q 投稿日:2006/07/02(日) 19:47
- 自分の知ってる藤本はショートカットだった。
けど、今自分の目の前にいる藤本は肩よりも長い。
それに、黒髪だった。
でも、栗色になっている。
ストレートだった髪もパーマがかかってる。
化粧も少し濃くなってる。
でも、自分を見つめる目は優しくて何も変わっていない藤本美貴だった。
「もう直ぐ、全国大会じゃないっけ?」
「剣道?」
「うん。」
「中学最後の全国大会はよっちゃんが個人戦で2位だった。美貴は3位。団体は2位。」
吉澤はなんだか未来に来たみたいだと笑みを零す。
「高校ではうち頑張ってた?」
「うん。全国行ったよ。」
「美貴も?」
「うん、梨華ちゃんもマネージャーとして3人で行ったよ。」
吉澤は嬉しそうに微笑む。
藤本はその笑みにつられて微笑んだ。
「ごっちんは?相変わらず帰宅部だったの?」
「ごっちんはお仕事頑張ってた。」
吉澤は大きな目を更に大きくした。
そういえば、全く、お見舞いに来てくれていない。
仕事が忙しいのだろうかと首をかしげた。
「ごっちん、一緒の高校受けるって言ってたじゃん。」
「うん、同じ高校行ったよ。」
藤本は微笑むとテレビ雑誌を広げ後藤の映画が特集されているページを吉澤に見せた。
- 47 名前:P&Q 投稿日:2006/07/02(日) 19:48
- 「これ、ごっちん?」
驚いた顔をする吉澤に藤本は微笑み頷いた。
「演技派女優って、話題映画主演って・・・すご・・・。」
「高校入学して直ぐにスカウトされて人気アイドルから女優になったんだよ。」
吉澤は関心しながら自分の記憶にあるあどけなく、いつも寝ている後藤の顔と雑誌に載っている後藤を比べてみた。
石川は看護師、後藤は女優。
「美貴は?今なにしてるの?」
「美貴は大学生。今は夏休み。」
「4年生ってこと?」
「うん。」
「うちは?何してた?」
藤本は雑誌を閉じるとテーブルに置いて吉澤の手を握る。
こうして、握っても吉澤には自分の体温は伝わらないのだ、この右手は握られていることさえ認識されていない。藤本はそれでも吉澤の右手を握りしめた。
「よっちゃんは美貴と同じ大学に行った。学部は違うけどね。」
「そっか。うちも大学生になるんだ。未来のうちって感じがする。」
吉澤は嬉しそうに笑ってみせる。
そんな笑顔を見て藤本は懐かしく思った。
中学生の頃の吉澤は自分で何も決められない子だったが、未来に希望を持っていた。
その頃の吉澤が今、目の前にいる。
「そっか、でも、もう剣道は出来ないよね。」
吉澤は少しだけ動く左手を見て苦笑した。
「最後の試合ってどんなだったのかな?美貴知ってる?」
藤本は優しく微笑んで頷いた。
- 48 名前:P&Q 投稿日:2006/07/02(日) 19:48
- 「よっちゃんの最後の試合の相手は美貴だよ。」
「どっちが勝った?」
「よっちゃんだよ。」
「そっか。うち、最後に美貴に勝ったんだ。それ、見たいな。」
「ビデオ撮ってたから、亀井に言っておくよ。」
吉澤はこないだ初めて会った亀井の顔を思い出した。
どうして、あんなに悲しそうな目で自分を見たんだろうか。
自分とどういう関係なのだろうか。
藤本も石川も質問すれば答えてくれるが、あの日、目覚めた日の亀井と田中の行動を思い出すとなんだか聞いては行けない気がした。
覚えていないと分かったとき二人は黙って病室から出て行きそれっきりだ。
「絵里ちゃんと田中さんて、高校生?」
「うん。美貴が教育実習行ったとき、二人のクラスの見たんだ。」
「教育実習って、高校の教師になりたいの?」
「うん。一応ね。」
藤本はそう言って笑うと吉澤にペットボトルのお茶を見せた。
「飲む?」
「うん。」
藤本はペットボトルにストローを刺して吉澤の口にそれを咥えさせた。
「ありがと。」
吉澤の唇を藤本はタオルで拭ってやった。
「美貴、うちに付きっ切りじゃ大変でしょ。母さんも来てくれてるし。」
吉澤が目覚めなかった3日間、たたの3日間だが藤本が泊り込んで付き添っていたことを吉澤は知らない。
藤本は自分の体を気遣う吉澤に笑みを浮かべ頷いた。
「でも、毎日来るよ。面会時間の時はずっといる。いい?」
「うん。」
吉澤は「ありがとう。」と微笑んだ。
- 49 名前:P&Q 投稿日:2006/07/02(日) 19:48
-
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- 50 名前:P&Q 投稿日:2006/07/02(日) 19:49
- 吉澤が目覚めたと連絡が留守電に入っていた。
直ぐに駆けつけたかったが、仕事のスケジュールが詰まっていてどうしても時間が取れずにいた後藤。もう1週間過ぎようとしていた。
「1時間だけ時間作れそうよ。」
事情を知っていたマネージャーが午後の撮影がひと段落したところでそう言ってきた。
「ホント?」
「ここから車で20分くらいだから、10分くらいしか会ってる時間ないかもしれないけど。」
「うん、いい。連れてって。」
マネージャーは微笑むと数人に声をかけ後藤を連れて病院に向かった。
帽子を深く被った後藤はひと目を気にしながら病棟に向かう。
石川から知らされていた病室をノックすると藤本の声で返事が返ってくる。
藤本がいることにどこか安心しながら後藤はドアを開けた。
手術室から出てきたときよりは包帯の量が減っている吉澤を見て後藤は笑みを零した。
「よしこ・・・。良かった。」
帽子を取りながらそう呟く後藤を吉澤は困惑した様子で見ていた。
芸能人になるとこれほど美しくなるのだろうか。
吉澤は別人のような後藤を見て少しだけ緊張した。
「よしこ?」
「うん、ごっちん?凄い綺麗になったんだね。」
5年間の記憶がないと聞いていたが吉澤の反応に後藤は悲し目を藤本に向けた。
「ごっちん、仕事順調?」
「スケジュール遅れてて、ここにも10分くらいしかいられないんだ。」
「そっか。大変だね。」
後藤は藤本もずっと付き添っていて大変だろうと首を横に振った。
- 51 名前:P&Q 投稿日:2006/07/02(日) 19:49
- 「ごっちんからメールきてた。映画一緒に行こうって。」
「うん。送った。」
「まさか、ごっちんが主演する映画だって思わなかったよ。」
後藤は苦笑しながら「そっか。」と呟く。
「うち、頑張って早く退院できるようにするね。上映に間に合うようにするから。4人で行こうね。」
「うん。後藤も頑張って演じるよ。」
微笑む後藤を吉澤はやっぱり大人になっていると改めて思った。
「なに?」
じっと自分を見ている吉澤に後藤は微笑んで首を傾げる。
「なんか、ごっちん別人みたい。凄い大人ぽい。」
後藤は寂しそうに微笑む。
そんな後藤を見て吉澤も寂しそうな顔をする。
「よっちゃん。5年経ってるから仕方ないって。」
藤本の言葉に吉澤は頷いた。
「そろそろ、行くねマネージャー待たしてるから。」
「うん、下まで送るよ。」
藤本は「行ってくるね。」と吉澤に言うと後藤と二人で病室を出た。
- 52 名前:P&Q 投稿日:2006/07/02(日) 19:50
- 「本当に記憶ないんだ。」
エレベータに乗ると後藤は帽子を被りながら呟く。
「うん。未来に来たみたいだって言ってた。」
「そっか、そうだよね。」
「うん。」
「障害は?」
「足は感覚ないみたい。右手も。左手はリハビリすればもう少し動くかもって。」
後藤は溢れ出しそうになる涙に上を向いて目を閉じた。
「美貴が・・・よっちゃんの側にずっといるよ。行きたいところは連れて行ってあげる。美貴がよっちゃんの足になる。」
静かに言う藤本の横顔を後藤は潤んだ瞳で見つめる。
「よっちゃんに気持ち伝えたの?」
藤本は首を横に振った。
「15歳のよっちゃんの美貴への気持ち分からないし。今は混乱するだけじゃん。」
「そっか。」
それ以上、何も言葉を交わさずに藤本は後藤が乗る車を見送った。
- 53 名前:P&Q 投稿日:2006/07/02(日) 19:50
-
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- 54 名前:P&Q 投稿日:2006/07/02(日) 19:50
- 「はい、パフェとアイスココアとオレンジジュースです。」
部活帰りにLOSEにやってきた道重と辻。
昼過ぎから来ていた亀井は二人と合流してテーブル席に移動した。
「ヤンキーれいなその制服、似合うね。」
出されたパフェをまず一口含んでから言う辻に田中は苦笑を浮かべカウンターに戻る。
「今日、保田先生に会ったから吉澤さんのこと話したよ。」
道重が言うと亀井は頷きながらアイスティをストローでかき回した。
「どんな感じだろうね、記憶がないって。」
「のんが授業の内容とか忘れるのと同じかな?」
道重はそれは違うだろうと微笑みながら辻の口の端につくクリームを拭った。
「絵里のこと見ても全然、知らない人って感じだよ。そこらへんにいる人と同じって感じ。」
亀井は苦笑いをしながら道重を見た。
「それって、なんか寂しいね。絵里からしたらだけど・・・」
「うん、吉澤さんからしたら、いいのかも絵里と出会う前に戻ったんだから。」
辻はイチゴを頬張りながら口を開いた。
「1人だけ戻ってもダメだよね、最初からにはならないもん。」
「そうですよね。」
田中は3人の会話を耳にしながらあの4人の幼馴染が5年前に戻っても同じことの繰り返しになるように思えた。
- 55 名前:P&Q 投稿日:2006/07/02(日) 19:51
- 「よっちゃん、もうここに制服着て立つことないんやな。」
中澤の言葉にそこにいた4人が寂しそうにカウンターを眺めた。
「記憶無くしたからって、5年前に戻れるわけじゃないってことですよね。」
亀井が呟いた。
「記憶、戻ったらどうなるんだろう。」
「どっちがいいのかな?」
道重と田中がそれぞれ口にするが誰もその答えを口にするものはいなかった。
- 56 名前:P&Q 投稿日:2006/07/02(日) 19:51
-
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- 57 名前:P&Q 投稿日:2006/07/02(日) 19:52
- 夕食の時間、藤本が吉澤の口まで食事を運んで食べさせる。
「つぎ、この煮物食べる?」
「うん。」
藤本は食べやすい大きさに煮物の芋を切り吉澤の口に入れて食べさせる。
それほど、量のない食事だが、食べ終えるまでに1時間はかかってしまう。
それが終わると介護用の歯ブラシで吉澤の歯を磨いてやる藤本。
吉澤は早く左手だけでも使えるようになれれ藤本の負担も減るのにと思った。
「美貴、ナースコール押してくれる。」
「トイレ?」
「うん。」
藤本はナースコールを押すと吉澤がトイレに行きたいことを伝え、車椅子を用意した。
やってきた石川が起用に吉澤を車椅子に移す。
「凄いね、梨華ちゃん力ないのに、うちのこと持ち上げちゃうんだもんな。」
「コツがあるんだよ。」
感心する吉澤に笑みを向け、藤本に「行ってきます。」と言ってトイレに向かう石川。
「梨華ちゃん。」
「ん?」
「うち、トイレとかいつごろ1人で行けるようになるかな。」
「んー。リハビリで左手やってるんだっけ。」
「うん。」
「片手使えるようになったら移動とかのリハビリも始まるだろうからそしたら行けるかな。」
「そっか。」
「うん。」
車椅子用のトイレに入ると石川は吉澤の下着を降ろしトイレに座らせてトイレを出る。
「梨華ちゃん、終わった。」
再びトイレに入ってきた石川に始末をしてもらい車椅子に乗せてもらう。
吉澤はなんだか石川が同級生ではなく子供の頃から知っていた近所のお姉さんのような感覚を持っていた。
「お帰り。」
石川に連れられて帰ってきた吉澤に声をかける藤本。
石川は吉澤をベッドに寝かせると「また来るね。」と言って出て行った。
- 58 名前:P&Q 投稿日:2006/07/02(日) 19:52
- 「凄いよねぇ。梨華ちゃん。なんか凄い大人。お姉さんって感じ。」
「そっか。」
ついこないだまで石川を慰め支えていたのは吉澤なのにと藤本は思いながら吉澤にタオルケットを掛ける。
「不思議だなぁ。梨華ちゃんとごっちんてなんかいつもうちに甘えてきてたのに。今はなんか凄い遠いっていうか大人で。」
「美貴は?」
「ん?」
「美貴はどう?」
「美貴はあんまり変わらないよ。外見はちょっと大人だけど、変わんない。」
「そっか。いいのかなそれ。」
「どうだろ。」
苦笑する藤本に吉澤「いいんじゃない。」と微笑んだ。
- 59 名前:P&Q 投稿日:2006/07/02(日) 19:53
-
*****************************
- 60 名前:P&Q 投稿日:2006/07/02(日) 19:53
- 「えっと・・・どちら様?」
藤本が帰った後、面会時間を少し過ぎた頃に病室に見舞いに来た人物を見た吉澤は申し訳なさそうに呟いた。
「吉澤・・・。そっか、まぁ生きてたから良しとするか・・・。」
そういいながら吉澤のベッドの横に座るその人物。
吉澤は怯えた目で見ていた。
「あんたの高校時代の担任よ。」
そう言われても自分はまだ高校には行っていない。
吉澤は「すみません。」と言ってナースコールを押した。
「どうしました。」という声が石川だったことに吉澤は安堵の表情を見せた。
「うちの高校の担任さんが来たんだけど・・・。」
吉澤は保田を横目にチラチラと見ながらそう伝える。
「今、行きます。」という石川の声に吉澤は大きく息を吐いた。
「記憶を無くしてもそうやって頼るところは変わらないのね。」
苦笑する人物に吉澤は不審な視線を向ける。
「失礼しまーす。」と入ってきた石川は笑みを浮かべで見舞い客に歩み寄る。
「恩師のことまで忘れてるのね。」
「そういう風に言わないでください。保田先生。」
石川は困った顔をしながら不機嫌そうな吉澤の顔を見た。
- 61 名前:P&Q 投稿日:2006/07/02(日) 19:54
- 「記憶喪失だってしか聞いてないんだけど。それだけで済んでよかったじゃない。」
微笑む保田に石川は悲しそうな目で首を横に振った。
「うち、両足ダメだし、右手も使えない。左手はまだ何も持てない・・・。」
無表情に言う吉澤を見た保田は悲しそうに見つめ「そう。」と呟いた。
記憶を失っている人間に何を言っても話が繋がることはないだろうと保田は何も言わずにいた。
逃げる足を無くした吉澤は最後の手段として記憶を無くしたのだろうと思ってしまう自分。教え子をそう思ってしまう自分は人間としてどうなのだろうかと考えてしまう。
逃げることしか教えてあげられなかった自分の責任なのだろう。
「また、来るわ。」
保田はそういうと吉澤の頭を撫で病室を出て行った。
「私たちがお世話になった保田先生だよ。」
「知らない・・・高校の記憶なんてないか・・・。」
申し訳なさそうに言う吉澤の頭を石川が撫でる。
「先生、送ってくるね。」
石川はそういうと病室を出る。
扉の横に立っている保田を見つけ石川は苦笑した。
「15歳までしか記憶がないんです。今のよっちゃん中学3年生なんです。」
「石川たちは吉澤の記憶にいるけど、忘れられた人間は悲しいわね。得に亀井なんて。」
俯く石川の肩を保田はポンポンと叩くと歩き出した。
「仕事頑張んなさいよ。」
石川に背を向けたまま保田はそう言ってエレベータに乗り込んでいった。
「私たちだって・・・共有した時間、忘れられちゃったんですよ・・・。数ヶ月じゃなくて5年間も・・・。」
石川はそう呟くとナースステーションに戻っていった。
- 62 名前:P&Q 投稿日:2006/07/02(日) 19:54
-
*****************************
- 63 名前:P&Q 投稿日:2006/07/02(日) 19:56
- 自分と吉澤の試合のビデオを吉澤に見せてあげて欲しい。
そう藤本から夕べ夜中にメールが入っていた。
今朝、亀井は道重に頼みビデオをダビングしてもらった。
それから、亀井、田中、道重、辻の4人で昼を食べて吉澤のお見舞いに行くことにした。
病院に向かう途中、道重と辻が合宿中の話や部活の話をする横で、亀井と田中は難しい顔をしていた。
「このビデオ見て思い出したりとかしたら凄いよね。」
吉澤の病室に向かうエレベータの中、道重がテープを手で弄びながら呟く。
「思い出して欲しくて見せるのかな?」
亀井は藤本が何を思ってビデオを見せようとしているのか分からなかった。
記憶のない試合を見て自分の試合だと分かるのだろうか。
他人の試合を見ている感覚になるのではないだろうか。
いや、思い出すきっかけにはるのだろうか。
そもそも、吉澤にとって、忘れたままの方が良いのか悪いのかどちらが正しいのかさえ分からない。
- 64 名前:P&Q 投稿日:2006/07/02(日) 19:57
- 病室のドアをノックして入るとベッドの上で横になる吉澤に笑みを向けて話をしている藤本がいた。
亀井たちに気がつきドアに視線を向ける藤本に道重がビデオテープを翳してみせる。
「ありがと、梨華ちゃんにデッキ借りてくる。座って待って。」
藤本は亀井たちにそう告げると入れ違いに病室を出て行った。
不思議そうに辻と道重に視線を向ける吉澤。
「絵里の、私の幼馴染のさゆと先輩の辻先輩です。」
亀井がそういうと吉澤は「そうっか。」と笑みを向ける。
幼い表情と口調の吉澤に道重は本当に15歳に戻ってしまったのだと改めて驚いた。
「今日は・・・どうしたの?」
お見舞いなのだろうかと思ったが藤本の行動に何か約束していたのだろうと思った吉澤は疑問を口にする。
「吉澤さんと美貴ちゃんの試合のビデオ持ってきただんよ。」
辻が吉澤に笑顔で話しかける。
「でも、吉澤さん忘れちゃってるから、見てもわかんないかも。」
言葉を突ける辻に田中は苦笑しながら「いいの?」と亀井に視線を向けるが亀井も苦笑を漏らすだけだった。
「うちの最後の試合ってやつ?」
「多分、そう、のんも良くわからないけど。」
「そっか、うち勝ったんだてね、美貴が言ってた。」
「勝ったって言うか、美貴ちゃんが試合放棄したんだよ。」
「そう・・・なの?」
吉澤は辻の言葉に眉間に皺を寄せた。
- 65 名前:P&Q 投稿日:2006/07/02(日) 19:57
- 「本当に忘れてるんだね。」
「美貴はどうして放棄したの?」
「それはのんには分からないよ、美貴ちゃんと吉澤さんにしか分からないと思うよ。でも、美貴ちゃんは吉澤さんに斬られていいって思ったんだよ。きっと。」
吉澤の右手が本当に動かないのかと辻は吉澤の指を弄りながらそう話した。
「痛い?」
辻は吉澤の右手の甲を抓って見ながら尋ねるが吉澤は、何がいたいのだろうという顔で辻を見る。
「本当に動かないんだ。」
辻はそう言って吉澤の右手をあげて吉澤の視界に右手を入れる。
「あぁ・・・。うん。だから剣道できないんだ。」
「残念だな、のん吉澤さんと試合したかったのに。」
辻は残念そうな顔をすると吉澤の右手をベッドに戻して道重の隣に戻る。
「れなも・・・吉澤さんと試合したかったです。憧れだったから・・・。」
田中の言葉に吉澤は不思議そうに田中を見つめた。
「なんで、二人ともうちと試合したがるの?っていうか二人とも剣道やってるんだ。」
4人は吉澤が本当に記憶を無くしているということを実感した。
「吉澤さん、高校生の時に凄い活躍してたとよ。れなと絵里は剣道部辞めたけど、さゆと辻先輩は剣道部っちゃ、吉澤さんの後輩っちゃよ。ホントに忘れとぉね。れなは吉澤さんとバイトも一緒やったと。LOSEで一緒に仕事しとったと。絵里とだって・・・間違いやったけど付き合っ・・・。」
「れいなっ。」
田中が興奮気味に言うと慌てて亀井が止めに入った。
- 66 名前:P&Q 投稿日:2006/07/02(日) 19:58
- 途中からドアを隔てて病室の中の会話を聞いていた藤本と石川がデッキを持って入ってくる。
「デッキ持ってきたよ。」
石川が静まり返った空気の中、明るい笑顔を見せながらテレビとデッキを繋いだ。
「私も見てないから一緒に見せてもらおうかな。」
石川がそう言いながら道重の手からテープを受け取りデッキに入れると再生ボタンを押した。
テレビ画面に映し出された吉澤と藤本の立会い。
それぞれがその映像に視線を向けた。
自分の試合なのに全く思い出せない。
そこに、写っているのは自分なのに自分じゃない。
吉澤は他人と藤本の試合を見ている気がした。
5分弱の立会いは直ぐに終わってしまい。石川が停止ボタンを押した。
「これ・・・今のうち?うち、上段なんて・・・」
やっていない。と吉澤は思い、藤本に視線を向ける。
「よっちゃん、高校から上段にしたんだよ。」
「してないよ・・・。」
してない。と繰り返し呟く吉澤は皆、悲しそうに見つめていた。
「美貴、どうして三本目、攻めも守りもしてないの?」
試合を見た吉澤の疑問。
辻は自分と藤本にしか分からないといったが、自分の試合とは思えない立会いの内容を分かるはずもなかった。
「よっちゃん、試合見ても思い出せなかったんじゃ、いいじゃん、内容なんて。」
藤本はそういうと、買ってきておいた缶ジュースを亀井たちに手渡した。
- 67 名前:P&Q 投稿日:2006/07/02(日) 19:58
- 辻の言葉と田中の言葉。
抜け落ちた記憶の時間でうちは何をしていたのだろう。
自分の知らない人が自分を知っているということに吉澤は段々と怖さを覚え始めた。
「ねぇ・・・さっき田中さん、うちと同じバイトって言ってたじゃん、大学行ったのに、部活やってたのに、うち・・・バイトしてたの?」
吉澤は天井を見つめながら疑問を口にし始めた。
石川はデッキを片しながら横目に吉澤をみる。
藤本たちは呟く吉澤の横顔を気まずそうに見ていた。
「うち、亀井さんと付き合ってたの?」
「なんで、大学生のうちが最後の試合を辻さんが審判してるの?」
吉澤は目を閉じた。
どうして自分は5年間の記憶を無くしたのだろ。
どうして、亀井は自分を切ない目で見つめるのだろう。
どうして、田中は自分を気まずそうに見るのだろう。
どうして、道重は自分を哀れむ目で見るのだろう。
どうして、石川と藤本は5年間の大まかなことしか言わないのだろう。
辻の視線からは何も感じられなかった。
ここ居る皆が知っている自分と自分が知っている自分は同じ人なのだろうか。
「うちは・・・何したの?」
目を閉じたまま呟く吉澤に藤本が歩み寄る。
そっと、手を伸ばして吉澤の頬に触れる藤本。
ゆっくりと目を開けた吉澤は子供のような顔をしていた。
「うち・・・。」
「よっちゃん、よっちゃんは腰、痛めて大学やめたの。それからLOSEでバイト始めた。よっちゃんと亀井のことは亀井から聞いたほうがいいと思う。美貴たち外すから。」
藤本は優しく微笑み吉澤の頬を撫でてから病室を出て行く。
田中も道重と辻に視線を向けると病室を出て行った。
「何かあったら直ぐナースコール押してね。」
石川は亀井にそう告げてから病室のドアを閉めた。
- 68 名前:P&Q 投稿日:2006/07/02(日) 19:59
- 二人きりになった亀井はどうしてよいのか分からずに取りあえず吉澤のベッドの横に座った。
「亀井さんとうち・・・付き合ってたんだ。ごめん、覚えてない。」
亀井は微笑みながら首を横に振った。
「うち・・・好きだったんだ・・・亀井さんのこと。」
「1番ではないですけどね。」
亀井は優し声で呟く。
吉澤はさらに混乱しそうになった。
その表情をみて亀井が静かに付き合い始めて事故にあうまでを語った。
じっと亀井の顔を見つめて耳を傾けていた吉澤。
「なんか、他人の話を聞いてる感じがする。」
「仕方ない、ですよ。」
「うち、どうしたらいいんだろう。」
呟く吉澤を見つめながら、吉澤自身が自分で決めるべきだろうと思った。
「絵里、吉澤さんとお別れしますね。」
吉澤の視線がゆっくりと自分に向けられると亀井は微笑んだ。
「楽しかったです。恋人ごっこ。ひと夏の思い出にします。っていっても絵里だけの思い出になっちゃうんですけどね。」
亀井は苦笑しながら頭をかいた。
「えぇっと、うん。なんて言ったらいいのか、あれなんですけど。吉澤さんのことこれからは先輩っていうかLOSEで知り合った友達っていうか。それくらいの距離でいてもいいですよね。」
いいですよね。と言われても思い出せない亀井との関係。
話を聞いただけで実感なんてわかない吉澤は困った顔をした。
- 69 名前:P&Q 投稿日:2006/07/02(日) 19:59
- 「絵里の役目はこれで終わりなんです。」
亀井は真っ直ぐ吉澤を見つめて言った。
「きっと、記憶が戻っても戻らなくても、吉澤さんは絶対、藤本先生を好きになりますよ。」
亀井はそう微笑むと「また、来ますね。」と言って立ち上がった。
「亀井さん。」
病室を出て行こうとする亀井の背中に呼びかける吉澤。
「はい?」
首を傾げ、振り返る亀井に吉澤は笑みを浮かべた。
「亀井さんって優しい子だね。」
「どうして?」
「なんか、今、話しててそう感じた。」
亀井は微笑むと病室を出て行った。
談話室に向かうと田中が心配そうに亀井を見つめた。
「全部話した。思い出してはもらえなかったけど。」
微笑む亀井。
「あと、ちゃんと吉澤さんにお別れ言いましたから、藤本先生宜しくお願いしますね。」
亀井はソファに座っている藤本にそう告げる。
「ありがと。」
微笑む藤本は凄く優しい顔をしていた。
「れな、さゆたちは?」
「辻先輩、おなかすいたって帰った。」
「そっか、絵里たちも帰ろうっか。」
「うん。」
亀井は「また来ます。」と藤本に告げて田中と二人で帰っていった。
吉澤は亀井の話を聞いてどう感じたのだろう、今、何を考えているのだろう。
藤本は不安な足取りで吉澤の病室に戻った。
- 70 名前:ももんが 投稿日:2006/07/02(日) 20:07
- 亀ちゃんの発言が切ないなあ。
辻ちゃんとさゆの関係がかわいらしくてかなり気に入ってます♪
みきよしのこれから楽しみにしてます!
- 71 名前:clover 投稿日:2006/07/02(日) 20:09
- 本日の更新以上になります。
>>45-69 A PENTAGON and A QUADRANGLE 2
来週・・・更新できたらいいな・・・
出来ないかも知れませんけど、気長に待ってくださると嬉しいです。
>>37 :名無飼育さん 様
レスありがとうございます。
>やっとみきよしの2人がうまく行きそうなのに・・・
そうですねぇ。終盤にきてますのでw
>続きまってます!。
有り難うございます。最後までお付き合いください。
>>38 :ももんが 様
レスありがとうございます。
>美貴ちゃんなにか吹っ切れて綺麗な感じになりましたね。
そうですね。亀井さんもそんな感じでしょうか。
>続きが待ちきれません!!
有り難うございます。
最後までよろしくです。
>>39 :名無飼育さん 様
レスありがとうございます。
>ってか、えええ!!そうきましたかぁ。
そういきましたw
>密かにののさゆのやり取りも毎回に楽しみにしています。
今回、すくないかもw
最後まで宜しくです。
>>40 :名無飼育さん 様
レスありがとうございます。
>またまたひと波乱ありそうですね
波乱になるか落ち着くかw
最後までよろしくです。
>>41 :名無飼育さん 様
レスありがとうございます。
>吉澤さんこのまま逃げ切れー!
あははwある意味そうですねw
さいごまでよろしくです。
>>42 :名無飼育さん 様
レスありがとうございます。
>涙がとまらないよ…
あっ・・・テッシュで拭いてくださいねw
>いつになったら二人は幸せになれるんだろ…
んー。どうなんだろうw
最後まで宜しくお願いします。
>>43 :名無飼育さん 様
レスありがとうございます。
>亀ちゃん…なんか切ない…
そうっすねぇ。
>幸せになってほしいなぁ
どうだろう。
最後までお付き合いください。
>>44 :名無し飼育さん 様
レスありがとうございます。
>胸が苦しいなぁ・・・でもグイグイ引きこまれっぱなしです。
有り難うございます。
>ここの辻さんがとてもいいですね。一服の清涼剤のようです。
そうですか、ありがとうございます。
最後まで宜しくお願いします。
- 72 名前:clover 投稿日:2006/07/02(日) 20:12
- >70 :ももんが 様
レス有り難うございます。
前回のレスかいてたら、書き込みがw
いつも早速のレスありがたいです。
>亀ちゃんの発言が切ないなあ。
そうですねぇ。
>辻ちゃんとさゆの関係がかわいらしくてかなり気に入ってます♪
今ここだけが普通というかw
>みきよしのこれから楽しみにしてます!
これからみきよしに入っていきますw長かったw
- 73 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/07/02(日) 22:37
- 大好きな人がそばに居てくれるのによっちゃん辛いですね。
でも、記憶の中にない亀ちゃんもかわいそう。
すべてを思い出して、幸せになってほしい…です。
毎週ティッシュ片手に読んでますが、
作者さんのペースで頑張ってください。
- 74 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/07/02(日) 23:26
- うわぁああぁぁぁぁ!!
メチャクチャ鳥肌立ってるーーー!!
作者さん吉澤さん逃げ切りっすかー!!
毎回読んで感動してます!よっちゃんセツナス・・・!
- 75 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/07/07(金) 20:23
- 更新お疲れさまですううう
ここからよっちゃんがどーでてくるのか
楽しみです続き待ってます!
- 76 名前:亀かめカメ 投稿日:2006/07/10(月) 20:48
-
えりりんに栄光あれ!!!!!
- 77 名前:rero 投稿日:2006/07/14(金) 15:33
- 待ってます
- 78 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/07/14(金) 20:47
- >>77
sageたほうがいいよ
- 79 名前:P&Q 投稿日:2006/07/16(日) 05:44
- 藤本が病室に戻ると難しい顔で天井を見つめている吉澤がいた。
「どうした?」
藤本が声をかけると吉澤は「んー。」と天井を見つめたまま呻る。
亀井は何を話したのだろう。藤本は考えながら吉澤の横に歩み寄った。
「うちってさ。」
藤本がベッドサイドにある椅子に座ると天井を見つめたまま吉澤が呟く。
藤本はその横顔を見つめながら「ん?」と返した。
「うちって、とんでもないこと忘れてるんだね。」
とんでもないこととは自分を好きだった気持ちだろうか。
それとも亀井と付き合っていた事実だろうか。
藤本は何も答えず吉澤の顔を眺めていた。
「亀井さんが話してくれたことって本当なんだよね。他人ごとみたいだけど。」
亀井は全部話したと言っていた。
きっと自分たちのことも含めて話したのだろう。
藤本は少しだけ顔を歪めた。
「うちは美貴が好きで亀井さんと付き合ってて今、亀井さんにお別れしますって言われて。でも、そんなことがあったのに今、ここにいるうちはただ、亀井さんにいきなりお別れしますって言われただけの常態で・・・。」
吉澤は深呼吸をしながら目を閉じる。
「うち、何してんだろう。」
藤本は目を閉じたままの吉澤の頭を撫でた。
「無理に思い出さなくていいよ・・・きっと、よっちゃんにとって忘れたいことなのかもしれないよ。」
藤本の言葉に吉澤は目を開き顔を少し動かして藤本を視界に取られる。
「うちが美貴を好きって気持ち?それとも亀井さんと付き合ってたこと?」
「どっちかな?」
藤本は苦笑しながら頭を撫で続ける。
「美貴は今、うちを好きなの?」
真っ直ぐ見つめられ尋ねられた藤本は言葉につまり吉澤から目を逸らした。
気持ちを素直に伝えなかったから、こんなことになったのだ。
同じことを繰り返してはいけない。
藤本は吉澤の頭においていた手を頬にずらし真っ直ぐ見つめた。
- 80 名前:P&Q 投稿日:2006/07/16(日) 05:44
- 「好き。違うな・・・愛してる。」
静かな病室に藤本の落ち着いた声が響いた。
吉澤は微笑むと僅かに動く左手を動かし自分の頬にある藤本の手に重ねた。
「亀井さんがうちは記憶が戻っても戻らなくても美貴を好きになるって言ってた。」
「そう。」
藤本は吉澤の手の温もりを感じながら微笑む。
「うちはいつ、美貴を好きになった?」
「えっ?」
「美貴にいつ気持ちを伝えた?」
「高校卒業する前かな。」
「そっか・・・あと3年。3年の間に好きになったんだ。」
藤本は苦笑した。
中学3年の吉澤は自分を好きではなかったのだと。
そして、今こうして伝えた気持ちに対して吉澤は何も答えてはくれないと。
「どうして、美貴はうちなの?」
「好きになった理由?」
「うん。」
今の吉澤に自分の気持ちを全て伝える価値があるのだろうか。
藤本は吉澤の左手を握りながら考えた。
愛する気持ちは何も変わらない。
ただ、その相手が自分への気持ちを忘れているだけだ。
でも、通じ合っていない。
そんな吉澤に何を言っても仕方ないのかもしれない。
「美貴だけ言うのは公平じゃないよ。」
「えっ?」
「美貴だけ気持ち伝えるのは公平じゃない。よっちゃんがさ、思い出すかまた美貴を好きになってくれたとき言う。」
藤本はそういうと微笑んだ。
吉澤は困った顔を見せる。
「美貴、辛くない?」
「そんなことないよ、よっちゃんの側に居れるだけで凄い幸せなんだ。ついこないだまでそれも出来なかったから・・・。好きな人の側にいて好きだって言えた。それだけで今は十分幸せなの。」
そういう藤本の顔は吉澤にいは本当に幸せそうに見えた。
- 81 名前:P&Q 投稿日:2006/07/16(日) 05:44
-
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- 82 名前:P&Q 投稿日:2006/07/16(日) 05:45
- 近所のファミレスで食事をしていた道重と辻。
辻の食べっぷりを道重は微笑みながら見ていた。
「重さん食べないの?」
道重の皿に残ったいや、まだ手の付けられていないポテトを見ながら呟く辻。
「どうぞ。」
道重は微笑んでそのポテトを辻の皿に移してやる。
「ありがと。」
辻は嬉しそうに礼を言うとそれを口に運んだ。
道重はそんな辻の顔を見ながら17才には見えないなと微笑んだ。
「先輩って誕生日いつですか?」
「6月17日だよ。」
「あ・・・過ぎちゃった・・・。」
おめでとうって言いたかったなと道重はがっかりした顔をする。
「重さんは?」
「7月13日。」
「重さんも過ぎちゃったんだ。じゃ、来年はお互いの誕生日一緒にお祝いしようね。」
「約束ですよ。」
「うん。」
「何笑ってるとぉ?」
微笑む二人の間に田中の声が割って入った。
田中は辻の隣に座り、亀井も道重の隣に座る。
「絵里、どうたった?吉澤さん。」
道重は横にいるすっきりした顔の亀井を見てなんとなく安心しながら尋ねた。
「うん。」
微笑む亀井の顔を道重と田中は大人っぽく綺麗だなと思いながら見つめた。
「そっか。良かった・・・でいいんだよね?」
「うん。良いんだよ。絵里、凄い良い思い出になると思う、でも・・・。」
亀井は微笑みながら遠くを見た。
ベッドの上にいる吉澤を思い出しながら、亀井は口を開いた。
「吉澤さんと・・・違う形で出会いたかった。」
「なんで?」
辻が不思議そうに亀井を見つめる。
亀井は少しだけ微笑んで見せた。
- 83 名前:P&Q 投稿日:2006/07/16(日) 05:45
- 「吉澤さんにちゃんと愛されてみたいからです。」
辻は「そっか。」と微笑むと道重に視線を移して再び微笑む。
田中は亀井の顔を見ながら亀井が自分よりも随分大人に感じていた。
「でも、吉澤さんの何が魅力なのかさゆみにはわからない。どうしてモテルんだろう。」
道重はストローを加えながら呟く。
「れなも分からんっちゃ。」
田中が同意すると亀井が苦笑した。
「のんはなんとなく分かるよ。吉澤さんってなんだか丸くて柔らかくて温かくてほっとする感じがするもん。居心地が良いんじゃないかな。」
道重は辻にとって自分はそういう存在だろうかと心配そうな視線を辻に送った。
「重さんはのんにとって居心地いいよ。」
辻のその言葉に道重は頬を染めた。
「さゆ、よかね。」
田中が嬉しそうにする。
「吉澤さん、なんだかちょっと可哀相だよね。藤本先生のこと忘れちゃうし、体も・・・。」
道重の言葉に田中だけが俯いた。
「そんなことないよ。全然。そんなことない。」
亀井がそう言うと辻も頷いた。
道重は不思議そうに二人を見つめた。
「美貴ちゃんがいるもん可哀相じゃないよ。」
「でも・・・だとしても今度は藤本先生が可哀相ですよ。」
「そうじゃないよ重さん。美貴ちゃんも可哀相じゃない、だって吉澤さんがいるんだもん。」
微笑む辻に亀井も頷きながら「そうだよ。」と呟いた。
- 84 名前:P&Q 投稿日:2006/07/16(日) 05:46
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- 85 名前:P&Q 投稿日:2006/07/16(日) 05:46
- 面会時間になる随分前から藤本は病院の屋上に来ていた。
吉澤の病室行こうとして石川に会い、吉澤は検査で不在だと知り屋上に来た。
夏の暑い陽射しに眩しそうに目を細めながら青空を見上げた。
吉澤のことばかり考えているこの数日、幸せに感じている。
きっと、自分をみた周りの人は自分を不幸だというかも知れない。
それでもいい。誰がどう思おうが関係ない。
やっと気付いたのだ。
吉澤という存在が自分にとってどれほどのものか。
「藤本先生。」
自分を先生と呼ぶ声に振り向くと田中が立っていた。
「どした?お見舞いきてくれたの?」
頷きながら田中は藤本の隣に座った。
「昨日、辻先輩が藤本先生と吉澤さんは可哀相でもなんでもないって言ったと・・・」
藤本は突然話し出す田中の横顔を見て苦笑した。
「その顔だと、田中は可哀相だと思ってるわけだ。」
気まずそうに頷く田中。
「でも、辻先輩の言葉の意味を一晩考えて違うんじゃないかなって。」
「田中がどう思ってもいいよ。美貴は幸せだから。よっちゃんの側に居れて、よっちゃんを愛せることが美貴にとって凄い幸せなんだ。」
微笑む藤本は言葉通り幸せそうでとても美しかった。
田中は微笑み返した。
- 86 名前:P&Q 投稿日:2006/07/16(日) 05:46
- 「田中さ。」
「はい?」
「よっちゃんは、まだどうなのか分からない。」
「え?」
「美貴と同じ気持ちじゃないから。美貴はゆっくり待つって決めたんだ。よっちゃんが美貴と同じ気持ちになるまでさ。」
田中は微笑んだ。
「時間はかからないですよ。きっと。」
「根拠は?」
「だって、吉澤さんには藤本先生しかいないもん。」
藤本は微笑むと田中のオデコを指で突いた。
- 87 名前:P&Q 投稿日:2006/07/16(日) 05:47
-
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- 88 名前:P&Q 投稿日:2006/07/16(日) 05:47
- 「あ、美貴来てくれてたんだ。ごめんね。検査行ってた。」
石川に連れられて病室に戻って来た吉澤は藤本の姿を見つけると嬉しそうに笑みを零す。
石川はそんな吉澤の様子を見て藤本を好きだという本能がそうさせているのではないだろうかと思った。
「お疲れさん。」
ベッドに乗せてもらった吉澤の頭を撫でる藤本。
「よっちゃん、なんか甘えん坊さんになってない?っていうか私のことおばさん扱いしてるでしょ。」
石川が藤本にお茶を飲ませてもらっている吉澤を見ると腕組をして言う。
「だって、梨華ちゃん働いてるけどうち中学生だし。」
「中学生じゃないから。よっちゃんも同い年だから。」
藤本が言うと吉澤は困った顔をする。
「甘えるのは美貴ちゃんだけにしなさいよ。」
石川は吉澤の頬を突いて笑うと病室を出て行った。
「あぁいうのがおばさんぽいよね。」
吉澤は同意を求めるように藤本を見上げる。
「だね。」
微笑む藤本を吉澤は嬉しそうに見つめる。
「ん?」
「美貴ってそういう風に笑うっけって思った。」
「なにそれ。」
「大人っぽく笑うなって。」
「だって大人だもん。」
「そっか。」
「そうだよ。ねぇ。天気いいから散歩しない?」
「うん。」
- 89 名前:P&Q 投稿日:2006/07/16(日) 05:47
-
*****************************
- 90 名前:P&Q 投稿日:2006/07/16(日) 05:47
- 藤本が吉澤が戻ってくるかもと言って去ったあとも屋上から中庭の様子を見ていた。
天気の良い中庭には他の入院患者も沢山いる。
その中に藤本が吉澤の乗る車椅子を押しながら病院の中庭を歩いていた。
笑い合う二人を見た田中は二人の様子を羨ましく思えた。
「あれ、田中さん?」
石川の声に田中は振り向くと御辞儀をする。
「よっちゃんと美貴ちゃん散歩行ったみたいだよ。」
田中は頷くと中庭を指差し二人がいることを示した。
石川はフェンス越しに二人を見つけると微笑んだ。
「やっぱりよっちゃんには美貴ちゃんで美貴ちゃんにはよっちゃんなんだよね。」
「まだ、好いとぉとですか?」
「好きだよ。二人とも。」
微笑みながら二人を見つめる石川を見た田中は安心しながら再び二人に視線を戻す。
「ノアの箱舟ってしってる?」
「ノア?」
「地球が滅びて、一艘の船があるの。そこには自分とあとは動物、どれか1つ選べるの。」
「心理テスト?」
石川は二人を目で追いながら話を続けた。
「そう、ウマ、クジャク、ヒツジ、トラ。田中さんならどれにする?」
「んー。羊・・・かな。」
「どうして?」
「温かそうだし。なんとなく。」
「羊を選んだ人は愛情を大切にする人なんだよ。」
「石川さんは何選びました?」
「トラ。プライドが高くて自惚れしやすい人。」
石川は苦笑してから田中と目を合わせた。
「よっちゃんと美貴ちゃんは何だと思う?」
- 91 名前:P&Q 投稿日:2006/07/16(日) 05:48
- 「羊・・・ですか?」
石川はゆっくりと首を横に振る。
「あっ、れいなここに居たっ。」
亀井が息を切らして田中の元へやってくる。
「あ、どうも。」
亀井は石川に頭を下げると石川は微笑む。
「亀井さん、世界が滅びて船が一艘あるの。その船に自分とウマ、クジャク、ヒツジ、トラの中から1つ選んで乗せて良いとしたらどれ選ぶ?」
亀井は突然の心理テストに「えっ?」と戸惑いながらも必死に考えた。
「世界が滅んでってことは自分しか生きてないわけですよね。それとその選ぶ動物だけ。」
「そう。」
「じゃぁ、選ばないって言うのはなしですか?」
「なん、それじゃ心理テストにならないと。」
田中がそれはないだろうと言うが石川は首を横に振った。
「選ばないでどうするの?」
「船から降ります。滅んだ世界で一人で生きるのは絵里には出来ないと思う。」
「その答え、亀井さんで3人目。」
不思議そうにする亀井の横で田中は残りの二人は吉澤と藤本なのだろうと再び中庭に目を向ける。
「あ、吉澤さんたち散歩してるんだ。」
石川と田中の視線の先にいる二人を見つけ亀井はその二人の様子に頬を緩めた。
こちらに気がついた吉澤が藤本に何か言うと藤本が吉澤の左手を持ってあげ手を振る。
石川がそれに答えるように手を振ると続いて亀井と田中も同じように手を振った。
「よっちゃん15歳だから子供見たいだね。なんだか、昔のよっちゃん見てる見たいで懐かしいんだ。」
「れなには吉澤さんのイメージって静かなイメージだからなんかあんなふうに笑ったりしてるのイメージと違うっちゃ。」
石川はここ数年の吉澤は今の吉澤と確かに少し違うのかもしれない。側にずっと居てその流れの中の変化に気がつかずに過ごしてきたのだろうと思った。
「今のよっちゃんが本当なのかも。」
「過去の吉澤さんを見れてなんか得した気分。」
亀井の言葉に石川は微笑んだ。
「亀井さんてちょっとどこかよっちゃんに似てるのかも。」
「えっ?そうですか?」
「わかんないけどそんな気がしただけ、仕事もどらなきゃ。」
石川は「じゃぁね。」と手をあげると屋上を後にする。
- 92 名前:P&Q 投稿日:2006/07/16(日) 05:48
- 「藤本先生、幸せって言いとぉと。」
「聞いたの?」
「うん。」
「そっか。」
「待つって、吉澤さんがそう思うまで。」
「そう。」
「うん。」
仲良く笑い合う吉澤と藤本の様子を二人はしばらく眺めていた。
- 93 名前:P&Q 投稿日:2006/07/16(日) 05:49
-
*****************************
- 94 名前:P&Q 投稿日:2006/07/16(日) 05:50
- 病室に戻ると中澤と亀井、田中が二人を待っていた。
「あ、中澤さんだ。」
嬉しそうに笑う吉澤だが、中澤はベッドに移してもらっている吉澤の姿を見て零れそうになる涙を堪えた。
「中澤さんもなんか老けた。」
無邪気にいう吉澤の口を藤本が押さえる。
「よっちゃん5年戻ってるから。」
慌てて藤本がそう言って笑ってみせると中澤は「分かってるよ。」と微笑んだ。
「うち、中澤さんの店でバイトしてたんでしょ?」
「そう、よく働いてくれてた。」
「そうっか。」
吉澤はイメージをしてみるがどうしても思い浮かべることは出来なかった。
「ほんま、なんも覚えてないんやな。」
「ごめんね。」
吉澤はそう言う。
その言葉を言う以外他に何もできないのだから。
しばらく、中澤が思い出話をすると夕方から店を開けるからと田中を連れて帰っていった。
下まで送ると藤本も一緒に病室を出て行った。
亀井と二人きりになった吉澤は何を話してよいのか分からずに天井を見上げていた。
- 95 名前:P&Q 投稿日:2006/07/16(日) 05:50
- 「体、どこか痛いとかあるんですか?」
「んー。痛いのかどうかも分からない。」
「そうですか。」
「ねーこないださ、うちは美貴を好きになるって言ってたじゃん。」
「はい。」
「好きなんだ。多分。必要としてるって気がするんだ。美貴に愛してるって言われた。凄い嬉しくてほっとした自分がいるんだけど・・・どうしてそう思うのかなって思うんだ。」
亀井は微笑むと藤本が座っていた椅子に座り吉澤の顔を覗き込んだ。
「世界が滅んで、船が一艘あります。吉澤さんはその船に乗っていてあと1人だけ乗せることが出来ます。藤本先生、石川さん、後藤さん、絵里の誰を乗せますか?」
「え・・・?」
「誰を乗せますか?」
吉澤は困った顔をして亀井を見つめる。
「4人は乗れないの?」
「無理です。」
「3人は乗れるよ。普通よりみんな細いから軽いもん。」
「ルール変えすぎですよ。」
「いいじゃん。3人乗せよう。うちが降りて梨華ちゃんとごっちんと亀井さん乗ってよ。」
「じゃぁ藤本先生は乗せないんだ。」
「うん。美貴はきっとうちの側にいるって言うから、うちが乗らなければ乗らないよ。」
自身ありげに言う吉澤。
亀井は微笑むと立ち上がった。
- 96 名前:P&Q 投稿日:2006/07/16(日) 05:50
- 「それって、吉澤さんも藤本先生が側にいないと嫌だってことですよね。それって、好きってことですよ。いいじゃないですか、どうしてとかそういうの。ただ、側にいたいって気持ちだけで理由とかいらないですよ。」
「そうなのかな?」
「藤本先生に話してあげてください。藤本先生、待ってますよ。」
「分かってる・・・でもさ、うち・・・体、こんなだし、美貴になにもしてあげられないんだ。してもらうばかりで。」
「絵里に言うんじゃなくて、藤本先生に直接言って下さい。そしたらきっと教えてくれますよ。藤本先生に吉澤さんがしてあげられること。」
「あるかな。」
亀井は微笑むと「また、来ますね。」と病室を出た。
病室を出ると壁に寄りかかっている藤本がいた。
亀井は「帰ります。」と声をかける。
「ありがとね。」
藤本が言うと亀井は微笑んだ。
「待ってるばかりじゃダメってこともありませんか?」
「あるかもね。」
「じゃぁ・・・。」
「うん。分かってる。」
藤本が微笑むと亀井は「失礼します。」と帰っていった。
- 97 名前:P&Q 投稿日:2006/07/16(日) 05:51
- 「亀井、帰ったんだね。今、会った。」
言いながら病室に入ると吉澤は「うん。」と声を出す。
「なに、難しい顔して。」
「んー。うちさ、15歳じゃん。でも21歳じゃん。美貴は21歳じゃん。どうしてもうちのが考え方とか子供になるじゃん。そしたら、やっぱり美貴にとってうちって子供っぽいだろうし美貴が好きなうちと今のうちは同じなのかとか思うわけじゃん。」
藤本は微笑みながら耳を傾ける。
「で、そう思うとなんなの?」
「なんで、5年の記憶をなくしたのかなって考えるんだ。亀井さんか聞いてうちって凄い嫌な奴だなって思った。だから忘れたのかもしれない。やり直したいって思ったのかもしれない。でもね、5年前に戻ったうちは5年前のうちじゃないじゃん。だから、どうしたらいいのか分からなくて・・・。」
藤本は自動のベッドをリモコンを使って起こした。
吉澤の体が起き上がるとその体を抱きしめた。
「いいよ。5年とか昔のこととか、そういうのいいよ。一緒に居られればそれでいい。よっちゃんの足にも手にもなってあげる。美貴はね、本当は独占欲が誰よりも強いんだ。でもずるいからそれを見せなかった。本当は梨華ちゃんにもごっちんにもよっちゃんに触れて欲しくなかった。美貴が一番近くにいたかった。本当なら今、よっちゃんをどこかだらも知らないところに連れて行って二人で暮らしたいくらいよっちゃんを独占したい。」
耳元で話す藤本の言葉を聴きながら吉澤は目を閉じた。胸の奥の方で喜んでいる自分を感じていた。
「いいよ。行っても。美貴がそうしたいなら。うちそうする。」
藤本は驚いて吉澤の顔を見た。
微笑む吉澤を見た藤本はゆっくりと唇と重ねた。
- 98 名前:P&Q 投稿日:2006/07/16(日) 05:51
-
*****************************
- 99 名前:P&Q 投稿日:2006/07/16(日) 05:52
- 電動車椅子を左手で操作しながら坂道を登っていく吉澤。
1時間かけてやっと着いたのは養護学校。
吉澤は窓ガラス越しに見える授業をする藤本の姿を見つけると車椅子を止めた。
10分ほどするとチャイムが鳴りしばらくすると藤本が校舎から出てくる。
「よっちゃん、お待たせ。」
「うん。もう直ぐ皆来るよ。」
「急がないとだね。」
藤本は吉澤の車椅子を押すと駐車場に向かう。
車椅子ごと車に乗せると藤本は車を走らせた。
「2年ぶりだね、梨華ちゃんとごっちんに会うの。」
「ごっちんはテレビで見るから分かるけど梨華ちゃんどうなってるかな。」
「やっぱりピンクじゃない。美貴は何年たってもあのセンス理解できないよ。」
「美貴だけじゃないと思う。」
笑いながら駅までのドライブを楽しむ二人がいた。
「あれ、じゃない?」
藤本が指差す先には帽子を被った後藤、全身ピンクの石川、それから田中、亀井に手を繋いでいる道重と辻の姿があった。
藤本が車を止めリモコンを操作して先に吉澤を車から降ろした。
「よっちゃん、元気そうだね。」
「よしこ。会いたかったよぉ。」
車椅子に駆け寄る石川と後藤を藤本は嬉しそうな吉澤を見て微笑んだ。
「久しぶりだね。」
藤本は亀井たちに声をかけ、大人っぽくなった辻を見つけ微笑んだ。
「辻どーした。大人っぽくなっちゃって。」
「20歳だもん。」
そういう辻の仕草はやはり子供っぽく隣で微笑む道重とお似合いに見えた。
「辻だけじゃなくて亀井たちも随分、大人っぽくなったね。」
「大学生ですから。」
微笑む亀井は可愛らしく恋をしているのだろうと藤本は感じた。
- 100 名前:P&Q 投稿日:2006/07/16(日) 05:52
- 吉澤と藤本が暮らす家に向かう。
家に着くと石川と後藤が藤本と一緒に夕食の支度を始めた。
道重と辻は近くを散歩してくると出かけていき亀井と田中は吉澤に連れられてベランダに来ていた。
「美貴が全部バリアフリーにしてくれてここがうちのお気に入りの場所なんだ。」
広めに作られたベランダは車椅子の吉澤が出れるようになっていた。
「記憶は戻らんとですか?」
「うん。」
「じゃ、吉澤さんは17才?」
「24才だけど17才。」
微笑む吉澤を見て亀井と田中も笑みを零した。
「東京より涼しいですね。」
「田舎だからね。美貴が学校に行くとうちはここで過ごすんだ。」
「ここからの景色好きなんですか?」
「うん、ほら、あそこに見える肌色の校舎があるでしょ。あれが美貴が働いてる養護学校。」
随分離れた場所にあるが確かに学校らしき建物が見えた。
「2時くらいにここを出て3時くらいに丁度着くんだ。それで美貴と買い物をして帰ってくるんだよ。」
「ラブラブですね。」
幸せそうに話す吉澤を見て亀井も田中もこれでよかったのだと思った。
「ラブラブだよ。」
「吉澤さんが藤本先生にしてあげられることってなんでした?」
2年前、吉澤が亀井にした質問の答えを聞くこと。
亀井にとってここに来る一つの理由でもあった。
「24時間、美貴のことを考えてること。」
吉澤はそう言って微笑んだ。
- 101 名前:P&Q 投稿日:2006/07/16(日) 05:53
-
*****************************
- 102 名前:P&Q 投稿日:2006/07/16(日) 05:53
- 就職が決まったと藤本から報告を受けたのと同時に吉澤を連れて地方に行くといわれた石川と後藤は驚いたが止めることはしなかった。
半年で左の指が自由に動かせるようになった吉澤は自動車椅子を使えば移動に不自由は無くなっていた。
吉澤が使えるように低めに作られたキッチン。石川は藤本が介護疲れ指定ないだろうかと心配していたが、藤本の様子からそれを感じることはなかった。
3人でキッチンに立つことを3人がそれぞれ懐かしく感じながら後藤を中心に食事を作る。
「こないだ、ごっちんの新作映画見に行ったんだよ。」
「ほんと、どうだった?」
「うん。よっちゃん泣いてた。感動して。」
「そっか。」
「ごっちんは忙しそうだね。」
「相変わらずで、ありがたいことだけどね。」
「梨華ちゃんは?どう?仕事。」
「うん、今、小児病棟で頑張ってるよ。」
「そっか。」
「美貴ちゃんは?」
藤本は微笑んで見せた。
「こんなに愛されていいのかなって言うくらい愛されて、幸せだよ。」
ベランダから戻って来た吉澤たちは藤本のその言葉を耳にして微笑んだ。
四角形でも五角形でもないただの点と点を結んだ直線になった吉澤と藤本。
いや、直線でもないのかもしれない、同じ場所にいる二人の距離はゼロでただの点なのかもしれない。もう誰かが加わってその形を崩すこともない。石川と後藤が加わってとしても四角形ではなく三角形で亀井が加わったとしてもそれは四角形。
吉澤と藤本の位置がずれることはないのだ。
こうなるために吉澤は自らの力で動く機能をなくしたのかもしれない。
間違った行動を二度と取らないために神様がそうしたのかもしれない。
田中はそんな藤本と吉澤を見てそう思った。
- 103 名前:P&Q 投稿日:2006/07/16(日) 05:53
-
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- 104 名前:P&Q 投稿日:2006/07/16(日) 05:54
- 夕食中、藤本は自分が食べるより先に吉澤の口に食事を運ぶ。
その行動をあまりにも自然にしている石川も後藤もこれがあるべき姿だったのだろうと感じていた。
夕食を食べ終え、後片付けを買って出た亀井たち。
藤本はコーヒーを入れながらはしゃぎながら片す亀井たちに目を細める。
コーヒーを飲み終えた吉澤はいつものように車椅子を移動させベランダに出て行った。
その後を藤本がいつものように着いていく。
石川たちは黙って二人の背中を見つめていた。
「よっちゃん幸せ?」
「うん。美貴は?」
「幸せだよ。」
「じゃ、うちも幸せ。美貴が幸せならうちも幸せだから。」
「そっか。」
「うん。」
吉澤は左手を少しだけ動かして藤本の手を握った。
その後ろで微笑む6人の姿があった。
- 105 名前:P&Q 投稿日:2006/07/16(日) 06:05
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- 106 名前:P&Q 投稿日:2006/07/16(日) 06:05
-
- 107 名前:P&Q 投稿日:2006/07/16(日) 06:06
- END
- 108 名前:clover 投稿日:2006/07/16(日) 06:06
- 本日の更新でP&Qのお話は終わりになります。
>>79-104 A PENTAGON and A QUADRANGLE 2
何か、最後、あまり深く書かずに結論に向かってしまって・・・
期待はずれかと思われますが・・・。
ごめんなさい。
次、吉澤×亀井を書きたいなとか思ってます。
最後までお付き合い有り難うございました。
>>73 :名無飼育さん 様
レス有り難うございます。
>すべてを思い出して、幸せになってほしい…です。
どうでしたでしょう。
>毎週ティッシュ片手に読んでますが、
>作者さんのペースで頑張ってください。
有り難うございます。
最後までお付き合いありがとうございました。
>>74 :名無飼育さん 様
レス有り難うございます。
>作者さん吉澤さん逃げ切りっすかー!!
ある意味・・・。
>毎回読んで感動してます!よっちゃんセツナス・・・!
有り難うございます。
最後までお付き合い有り難うございました。
>>75 :名無飼育さん 様
レス有り難うございます。
>楽しみです続き待ってます! 様
最後までお付き合い有り難うございました。
>>76 :亀かめカメ 様
レス有り難うございます。
最後までお付き合い有り難うございました。
- 109 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/07/16(日) 11:32
- 更新&完結お疲れ様です!!!!!!!!(ノ△T)
お互いの気持ちがいくべき場所に向いて本当に良かったです。今まで読んだ中で一番良かったくらいです。お疲れ様でした!!
- 110 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/07/16(日) 11:32
- 更新&完結お疲れ様です!!!!!!!!(ノ△T)
お互いの気持ちがいくべき場所に向いて本当に良かったです。今まで読んだ中で一番良かったくらいです。お疲れ様でした!!
- 111 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/07/16(日) 11:34
- 色々あったけど、穏やかな気持ちでラストを迎えた感じです。
お疲れ様でした、新作も楽しみにしています。
- 112 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/07/16(日) 19:49
- うわー!作者さーん!!素敵なドラマありがとうございました。
吉澤さんの逃げ切り・・・いやいやいや愛ですね、愛。
結局、自ら捕まっちゃったから。
亀井ちゃんが結構、重要な役割な気がしました。
辻ちゃんと重さんの話も少し読んでみたかったです。
完結お疲れ様でした!新作楽しみにしてます。
- 113 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/07/16(日) 19:53
- 完結おつかれさまです。ラストもよかったし
かなりの長編で読み応えがあっておもしろかったです
cloverさんの作品ほんと好きです!
- 114 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/07/16(日) 21:26
- 完結お疲れ様です。
素晴らしい作品に出会えました。次回も楽しみにしています。
- 115 名前:rero 投稿日:2006/07/16(日) 22:35
- 初めて涙を流した作品でした
- 116 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/07/17(月) 00:14
- 完結お疲れ様です。
記憶の戻らないよっちゃんだけど、
2人が幸せって思えるようになってよかった。
亀ちゃんがすごく大人で存在感ありますね。
新作楽しみに待ってます。
また、みきよしも待ってます。
- 117 名前:タケ 投稿日:2006/07/17(月) 00:33
- すばらしかったです
こんなにもすばらしい物語に出会えてよかったです
おつかれさまでした
- 118 名前:名無し飼育さん 投稿日:2006/07/17(月) 15:31
- 完結お疲れ様でした。
こんなにまで毎回続きが気になって仕方ない作品に出会えたこと、うれしく思います。
素敵なみきよしでした。新作も楽しみにしています。
- 119 名前:ももんが 投稿日:2006/07/17(月) 22:07
- 完結お疲れ様です。
辻ちゃんとさゆの可愛さに癒され、みきよしに感動しました!
亀ちゃんが最後ぐっと大人っぽくなりましたね。
次回の作品も楽しみにしてます♪
- 120 名前:名無し飼育さん 投稿日:2006/07/24(月) 03:16
- この作品のミキティがすごくすごく好きでした。
お疲れ様です。
- 121 名前:clover 投稿日:2006/07/24(月) 20:22
- レス返しからさせていただきます。
>>120 :名無飼育さん 様
レス有り難うございます。
>更新&完結お疲れ様です!!!!!!!!(ノ△T)
ありがとうございます。
>お互いの気持ちがいくべき場所に向いて本当に良かったです。今まで読んだ中で一番良かったくらいです。お疲れ様でした!!
そう言っていただけてほっとしてます。
>>121 :名無飼育さん 様
レス有り難うございます。
>色々あったけど、穏やかな気持ちでラストを迎えた感じです。
有り難うございます。
>お疲れ様でした、新作も楽しみにしています。
宜しくお願いします。
>>122 :名無飼育さん 様
レス有り難うございます。
>うわー!作者さーん!!素敵なドラマありがとうございました。
こちらこそいつも有り難うございました。
>吉澤さんの逃げ切り・・・いやいやいや愛ですね、愛。
>結局、自ら捕まっちゃったから。
そうですねぇ。
愛する人が居ながら裏切って亀井さんへ逃げた吉澤さんへの罰・・・
みたいな感じにしたかったんです。
>亀井ちゃんが結構、重要な役割な気がしました。
そうですね。亀井さんが吉澤さんの逃げ場だったので、
それを受け入れた亀井さんにも忘れられるとういう罰を・・・
>辻ちゃんと重さんの話も少し読んでみたかったです。
機会があれば書きたいかなとw
>完結お疲れ様でした!新作楽しみにしてます。
宜しくお願いします。
>>123 :名無飼育さん 様
レス有り難うございます。
>完結おつかれさまです。ラストもよかったし
>かなりの長編で読み応えがあっておもしろかったです
有り難うございます。
>cloverさんの作品ほんと好きです!
これからも宜しくお願いします。
>>124 :名無飼育さん 様
レス有り難うございます。
>素晴らしい作品に出会えました。次回も楽しみにしています。
次回もがんばります。宜しくお願いします。
>>125 :rero 様
レス有り難うございます。
>初めて涙を流した作品でした
ありがとうございます。
>>126 :名無飼育さん 様
レス有り難うございます。
>記憶の戻らないよっちゃんだけど、
>2人が幸せって思えるようになってよかった。
>亀ちゃんがすごく大人で存在感ありますね。
えぇ、そうですね。吉澤さんと亀井さんに罰を与えた神様がいて
耐えていた藤本さんには吉澤さんの愛を与えた
みたいな・・・感じですw
>新作楽しみに待ってます。
>また、みきよしも待ってます。
有り難うございます。次回作は吉澤×亀井と言っておきながら
藤本さんも普通に出てきますw普通の吉澤さんと絡みますw
>>127 :タケ 様
レス有り難うございます。
>すばらしかったです
>こんなにもすばらしい物語に出会えてよかったです
そう言っていただけてありがたい限りです。
>おつかれさまでした
また、宜しくお願いします。
>>128 :名無し飼育さん 様
レス有り難うございます。
>こんなにまで毎回続きが気になって仕方ない作品に出会えたこと、うれしく思います。
有り難うございます。本当は最後まで毎日更新してみたかったw
>素敵なみきよしでした。新作も楽しみにしています。
宜しくお願いします。
>>129 :ももんが 様
レス有り難うございます。
毎回、毎回本当にありがとうございました。感謝感謝です。
>辻ちゃんとさゆの可愛さに癒され、みきよしに感動しました!
有り難うございます。辻さんと道重さんかいててちょっと楽しかったですw
>亀ちゃんが最後ぐっと大人っぽくなりましたね。
そうですね。過ちに気がつき愛を知った亀井さんって感じですかねw
>次回の作品も楽しみにしてます♪
また、始めますので宜しくお願いします。
>>120 :名無し飼育さん 様
レス有り難うございます。
>この作品のミキティがすごくすごく好きでした。
有り難うございます。またよろしくお願いします。
- 122 名前:clover 投稿日:2006/07/24(月) 20:25
- 次の話は吉澤さんは男という設定なので、お嫌いな方は避けてください。
吉澤さん、亀井さん、藤本さん、新垣さんで進みます。
まずはさわりだけの更新ということで始めたいと思います。
- 123 名前:Comparison 投稿日:2006/07/24(月) 20:26
- 腐りきった世界で見つけた美しい花
美しい花は沢山の光と水と健康な土を必要とする
そんな花を僕が見つけてしまった
そう、見つけてしまったんだ
美しい花
だから摘んでしまった。思わず・・・摘んでしまった
僕が摘まなかったら穏やかにそこに咲き続けていただろう
腐りきった世界に居た僕が摘んでしまった美しい花
腐りきった世界を知ってしまっても
どうか、枯れないで
どうか、僕の側で咲き続けて
どうか、僕のために
どうか、僕と出会ったことを後悔なんてしないで
- 124 名前:Comparison 投稿日:2006/07/24(月) 20:27
-
- 125 名前:Comparison_盲目の少女 投稿日:2006/07/24(月) 20:28
- 信号が赤に変わりアクセルからブレーキに踏みかえる。
朝の東京は通学、通勤の人たちでどこも人が溢れかえっている。
そんなに必死に勉強したって、そんなに必死に働いたってトップに登り詰める人は一掴みの僅かの人間。その僅かな人間たちになろうと仲間をライバル視して蹴落としていく。それでも、必死に勉強して良い大学に入って大企業に勤めたって幸せになれるという保証はない。それなのに、僕等はそうする。
幼稚園の頃から良い小学校に入るために塾に通い、小学校に入っても落ち零れにならないように塾に通う、勉強だけじゃない、健康のためにスイミングスクール、ピアノくらいはたしなみ程度に弾けたほうが良いだろうとピアノ教室、親たちは子供のためと言って色々な習い事をさせる。それに答えようと僕等はそうする。
そんな世界だから仕方がない。人は誰かと同じでないと不安になる。
隣の家の子が塾に行けばうちも行く。あの子が私立の学校に行けばうちも私立。
いつだって誰かと比べて育てられてきた。
人より劣ると「良い子」ではなくなり、秀でると「良い子」になる。
親は「良い子」を望む。だから僕等は「良い子」で居ようとする。
その世界を知った僕は友達を作ることを辞めた。
結局はライバルで敵だから仲良くする意味がない。
友達と遊ぶより勉強をすることの方が親は喜ぶと知っていたから。
だから僕のテリトリーに他人が入ることを嫌った。
勉強以外の誘惑を持ってくるだけだから。
- 126 名前:Comparison_盲目の少女 投稿日:2006/07/24(月) 20:28
- 信号が青に変わると僕は再びアクセルを踏み車を走らせた。
大学の駐車場に車を止め、講義を受けて再び車でマンションまで帰る。その途中、コンビニに寄って惣菜やらを買っていく。
机の前に座りパソコンを開きレポートを書くか勉強をするか読書をする。
お腹がすいたら買ってきた惣菜をつまみ、夜になるとランニングに出かけ、風呂に入ってベッドで休む。それが僕の基本的な生活スタイル。
この生活をしていれば「良い子」でなくなることはない。
僕等の世界には優等生か普通か劣等性しかない。僕は優等生で居なければいけなかった。
いずれトップに行かなくてはいけない人間だから。
この世界に入ったときから母親に言われてきた言葉だから。
「ひとみはトップに立つ人間なのよ。」
だから僕は常に優等正でいることにした。母親が喜ぶから、褒めてくれるから。
そしていつからか僕は優等生でない人間を蔑むようになっていた。
- 127 名前:Comparison_盲目の少女 投稿日:2006/07/24(月) 20:29
- 夕方、ランニングに行こうとジャージに着替えていると家の電話が鳴った。
電話の相手は誰だか分かっている。3コールなる前に僕は電話を手に取った。
受話器越しに聞こえてくる母親の声。
思わず僕は無表情になってしまう。
大学はどうだ、成績はどうだと必ず尋ねてくる。
その度に僕はトップにいる、だから安心してという言葉を母親に与える。
そうすれば母親は喜び褒めてくれる。
それから電話をかけてきた本題に入る。
それもいつも同じことだ。
「明日の夕飯は家で食べなさい。」
僕は「手料理、楽しみにしてる。」という言葉を母親に与える。
これも母親を喜ばすための言葉。
- 128 名前:Comparison_盲目の少女 投稿日:2006/07/24(月) 20:29
- 受話器を置くと僕はランニングに向かった。
いくつかあるコースを気分によって選びながら走る。
公園を抜けるとこないだまで工事をしていた場所に花屋が出来ていた。
高校生くらいの女の子が二人、店先に出ている花を中にしまっていた。
腕時計に目をやると午後7時。
明日、実家に帰る前に母親に花を買っていこうと思いながら僕は店の横を走り抜けた。
- 129 名前:Comparison_盲目の少女 投稿日:2006/07/24(月) 20:29
- ********************************
- 130 名前:Comparison_盲目の少女 投稿日:2006/07/24(月) 20:30
- 駐車場に車を止めると藤本美貴がやってきた。
僕がこの時間にここに車を止め講義が始まるまでの時間、ゆっくりすることを知っている彼女は窓越しに「乗っていい?」と尋ね僕が頷くと直ぐに助手席のシートに乗り込んでくる。
「おはよ。」
僕が挨拶をすると彼女は笑顔で「おはよう。」と返す。
とても綺麗な女性でそれだけでなく知性的で上品でもある彼女は連れて歩くのに申し分ない。
僕と対等にいる唯一の女性。
- 131 名前:Comparison_盲目の少女 投稿日:2006/07/24(月) 20:31
- 「よっちゃん、今日いい?」
「実家に帰るから11時くらいでよければ。」
「ん。じゃそれくらいに行く。」
美貴はそれだけ言うと車から降りて去っていく。
だから疲れない。僕のゆっくりする時間を彼女のせいで削られてしまうことはないから。
僕のサイクルを彼女が狂わすことはない。
- 132 名前:Comparison_盲目の少女 投稿日:2006/07/24(月) 20:31
- 講義を終えて僕はマンションに帰る。
実家に行く前にランニングに出る。
いつもと反対から走り始め花屋に立ち寄った。
「いらっしゃいませ。」
女子高生の声はとても可愛らしい声で僕を出迎える。
「適当に三千円くらいで作ってください。」
僕はその店員の顔を見ず外に並べられた花を見ながらそう告げた。
「適当にって言われても困りますよ。何方かへの贈り物ですか?」
適当にで良いといっているのだから適当にその辺にある花を束にすればよいだろう。
僕は出来の悪い店員だと思いながら店員の顔を見た。
店員は困ったように微笑んで僕のいるほうを見ている。
見ているけど僕に視点が合っているわけではなかった
- 133 名前:Comparison_盲目の少女 投稿日:2006/07/24(月) 20:32
- 目が見えていない。
「適当でいいから。」
もう一度、僕がそういうと彼女は口をアヒルのように尖らせた。
「お花にも色々あるんです。もらった人に喜んでもらいたいから適当にとか言われても困るんです。」
見えない人間に観賞用の花の何が分かるんだ。
僕はそう思いながら店員の顔を黙って見つめていた。
「あの・・・」
しばらく黙っていたから店員が不安そうな声を出す。
目が見えないからだろう僕の存在があるのかどうか不安なのだろう。
「何方かへのプレゼント用でいいですか?」
「うん。適当に。」
店員はため息をつくと店内にある花に顔を寄せ、目を閉じた。
僕はその行動になんの意味があるのか分からずしばらくその行動を見ていた。
- 134 名前:Comparison_盲目の少女 投稿日:2006/07/24(月) 20:33
- 何度もその行動を繰り返しながら店員は花を手にとっていく。
その行動の意味は直ぐに分かった。
目の見えない店員は花の匂いで花を判別してるのだ。
「恋人への贈り物ではないですよね。」
店員はそう言いながら手に取った花を包んでいく。
どうして恋人ではないと勝手に判断するのか僕には理解できなかった。
「はい、三千円になります。」
見えていないはずなのに僕に向かって出来あがった花束を差し出す。
僕は花束を受け取り店員の手に三千円を乗せた。
店員は札を手で触ると頭を下げる。
「有り難うございます。」
僕は店員のその言葉の途中で背を向けて歩き出した。
「あのっ。」
呼び止められて振り向くと店員が僕に笑顔を向けていた。
「喜んでもらえますよ。きっと。」
手を振る店員に僕は何も言わず再び背を向けて歩き出した。
初めて接するタイプの人間で僕は少しだけ戸惑っていた。
客に対してあんなに無防備な笑みを見せる理由は何だろう。
そこに何の得もないではないか。
何の利益も生み出さないこの関係にどうして彼女は笑みを向けるのだろうか。
まして、彼女は僕の顔すら分からない。
次に、もしどこかですれ違ったとしても彼女に僕が分かることはないのに。
- 135 名前:Comparison_盲目の少女 投稿日:2006/07/24(月) 20:33
- ********************************
- 136 名前:Comparison_盲目の少女 投稿日:2006/07/24(月) 20:33
- 花束を抱え実家に帰ると案の定、母親は大喜びでご機嫌になった。
父親が留守にする夜、母親は必ず僕を食事に呼ぶ。
二人きりの食事。
僕は自分が持っているボキャブラリーの中から母親が喜ぶ言葉をチョイスして与える。
僕はそのために今、ここに居るわけだから。
食事を終え、泊まっていけばいいという母親に、明日も大学だからと断る。
学校があるといえばそれを妨げることを母親はしない。
車を飛ばしマンションに向かう途中、僕はいつも自分と母親に嫌悪するんだ。
こんなくだらないやり取りがいつまで続くのだろうと。
駅前の交差点で信号に捕まり慌ててブレーキを踏んだ。
この時間の駅前は酔ったサラリーマンが多くて危ない。
ふら付いた足取りの二人組みのサラリーマンが車の前を横切っていく。
駅に向かうその二人を目で追いながら僕は彼らを蔑んでさっきまでの母親とのやり取りはああいう風にならないためだから仕方がないと思うことで気分を紛らわせた。
- 137 名前:Comparison_盲目の少女 投稿日:2006/07/24(月) 20:34
- 彼らの行く先に白杖で道をたたきながら歩く少女の姿があった。
そのまま歩いたらぶつかる。
信号が青に変わり僕はアクセルをゆっくりと踏みながら少女と酔っ払いを目で追った。
ぶつかりそうになると少女は足を止めた。
それでも覚束ない足取りの二人が少女の肩に触れる。
転ばなくてよかったと思う自分がいることに苦笑しながら僕は交差点を曲がった。
バックミラーに映った少女は道路に膝をつき手を這わせている。
少女の様子に視線を向けても足を止める者は居ない。
僕は車を端に寄せ、しばらく少女の様子を見ていた。
何か探しているようで僕の足は自然と少女へと向かう。
普段の僕ならあり得ない行動だった。
関係ない人間に関ることに何のメリットもないのだから。
- 138 名前:Comparison_盲目の少女 投稿日:2006/07/24(月) 20:35
- 道に這いつく少女の後ろに落ちているパスケース。
僕は手を伸ばしそれを拾った。
カメイエリと書かれた定期券。
区間はこの駅から2駅。
僕は少女の手を掴み黙ってそれを手に乗せた。
「あ、有り難うございます。」
頭を下げ立ち上がるカメイエリは「よかった。」と漏らしながら膝を手で払った。
「お花、喜んでもらえました?」
- 139 名前:Comparison_盲目の少女 投稿日:2006/07/24(月) 20:36
- 僕の方を見て言う少女。
「どうして、僕って分かった?」
僕は今、一度も声を出していない。少女にとって僕と判断する材料はなかったはずだ。
「あは、手が・・・そうだったから。」
「手?」
「さっき、お金渡してくれた手と同じでしたから。」
「なるほど。」
僕が感心していると少女は微笑みながら頭をポリポリと掻く。
どうしてそんな風に笑っていられるのか僕には理解できなかった。
「腹立たないの?」
「えっ?」
不思議そうに視線を上げる少女。
僕の身長が高いことを感じ取っているのだろう。
- 140 名前:Comparison_盲目の少女 投稿日:2006/07/24(月) 20:36
- 「酔っ払いにぶつかられてそのまま行かれてさ。」
「避けられなかったの絵里ですから。」
だって、君は見えないじゃないか。それでも足を止めて注意していた。
明らかに悪いのはあの酔っ払いたちだ。
「定期券、見つからなかったらどうする気だったわけ?」
「見つかるまで探しますよ。時間かかるけど。」
悪意のある人ならこれを拾ってそのまま持っていってしまうかもしれないだろ。
「それに、あなたみたいに優しい人がいるもん。」
僕より劣っているから。
君は障害者だから。
きっとそんな理由で僕は今、こうして君に言葉をかけている。
黒い円らな少女の瞳が街灯の光を受けて僕の姿を映している。
その映像は少女にまでは届いていない。
「じゃ、僕行くから。」
歩き出した僕の背中に「有り難うございました。」と言葉を投げかける少女。
僕は振り返らずに車に戻った。
- 141 名前:Comparison_盲目の少女 投稿日:2006/07/24(月) 20:37
- 美しすぎる黒い宝石。
そこに映る僕の姿がとても醜いものに見えた。
少女に対して感じた初めての劣等感。
それが何に対してなのか分からず僕は車を走らせる。
モヤモヤしたままの気持ちを引き連れてマンションに入るとエントランスのソファに座っている美貴を見つけた。
「お帰り。」
微笑む美貴の顔を見て、今夜来ると言っていたことを思い出した。
自分と同じ位置にいる美貴を見てどこかで安心している自分がいた。
- 142 名前:Comparison_盲目の少女 投稿日:2006/07/24(月) 20:39
- ********************************
- 143 名前:Comparison_盲目の少女 投稿日:2006/07/24(月) 20:39
- 部屋に入ると直ぐに僕は風呂のお湯を張りに行く。
「何か飲む?」
ソファに座って待っている美貴にそう尋ねると「いらない。」という答えが返ってくる。
それはいつものことで、それでも僕は一応そう尋ねる。
自分ひとりが飲むのは申し訳なく思うから。
だが、美貴からしてみれば自分のことで僕に手間をとらせる行為はしない。
それは僕がそうだから。
美貴は僕にとって恋人ではない。それは美貴にとってもそうだ。
僕等は対等にいて同じトップを目指すライバル。
一つ違うのは僕が男で美貴が女だということ。
「風呂、先どうぞ。」
ホットコーヒーを飲みながらそう言うと美貴は「じゃぁ。お先。」と言って風呂場に向かった。
シャワーの音を聞きながら僕はカメイエリのことを考えていた。
自分のこと以外で思考を使うのは久しぶりいや、初めてかもしれない。
それも違うかもしれない、僕はカメイエリに自分がどう思われたかを気にしているのだ。
あの黒い瞳に映った自分がそのままカメイエリに映し出されていないだろうかと不安な気持ちになっているのだ。
「良い子」だと思われていなかったらという不安。
「どうかした?」
濡れた髪をタオルで拭いながら僕が用意しておいたバスローブに身を包んだ美貴。
「いや、どうもしない。」
僕は寝室のドアを開けて美貴に入るように促す。
美貴は不思議そうに僕を見た。
- 144 名前:Comparison_盲目の少女 投稿日:2006/07/24(月) 20:40
- その理由は僕がシャワーを浴びに行かないからだろう。
いつもなら、僕はシャワーを浴びてそれからこのドアを開ける。
いつもと違う行動を不思議に思っているのだろう。
それでも美貴は何も言わず寝室に足を踏み入れ羽織っているバスローブをスルスルと床に落とした。
真っ白い背中と形の良い尻が曝け出す。
美貴はそのまま僕のベッドの中へ入っていく。
僕は美貴を覆い隠す布団に手をかけ一気に捲り上げた。
いつもならそんなことをしない僕。
美貴はいつもと違う僕に気がついているのだろう。
さほど驚いた様子も見せず、生まれたままの姿を僕に曝け出していた。
「電気消さないの?」
「たまにはいいんじゃない?嫌なら消すけど。」
「いいよ。このままで。」
微笑む美貴に僕は覆いかぶさる。
形の良い胸。
僕はその間に顔を埋める。
美貴の両手が僕の腰からゆっくりと背中を伝って頭を抱き寄せた。
男の僕にはない柔らかい膨らみ。
その感触を楽しみながら僕は固く主張した蕾を口に含む。
- 145 名前:Comparison_盲目の少女 投稿日:2006/07/24(月) 20:41
- 「あぁっ。」
美貴の鼻にかかった声、僕を求める声を聞くと僕は安心する。
対等にいる美貴でもこうしている時は僕の方が優勢にいる気がして。
いつもより激しい僕の行動に美貴はいつも以上に妖艶に乱れた。
それでもその後はいつもと変わらない。
どんなに遅くなっても僕と同じベッドで彼女が朝を向かえることはない。
彼女が僕の生活のサイクルを変えたりすることはないから。
僕にとって生活するうえで彼女は邪魔ではない。だから僕らはこの関係を続けているのだろう。
僕にとって藤本美貴は欲望というものを吐き出させてくれるメリットがある。
きっと彼女にとっても何かメリットがるのだろう。
先に僕を誘惑してきたのは彼女だから。それに、僕から彼女を誘うことはない。
その点でも僕は彼女より優勢にいる。
欲しがったのは彼女だと言える逃げ道を僕は持っているから。
彼女が帰っていった後、忘れかけていたカメイエリのことをまた思い出していた。
初めて見たのかもしれない、あんなに美しい瞳を。
- 146 名前:Comparison_盲目の少女 投稿日:2006/07/24(月) 20:41
- ********************************
- 147 名前:Comparison_盲目の少女 投稿日:2006/07/24(月) 20:41
- 白杖を左右に動かしながらいつもの道をいつもの歩幅で歩く。
あと5分くらいでアパートに着くはずだ。
絵里はいつも笑って歩いている。
親友の新垣里沙にいつも言われる。
アパートの大家さんで叔母になる保田さんには「キモイ」とまで言われる。
生まれたときから目の見えない私にとって笑った顔というのがどういうものなのか分からない。その前に自分の顔すらどういうものなのか知らない。
分かっているのは私の顔はガキさんの顔より大きくて保田さんよりは小さい。
今、私は笑っているだろう。
誰かに言われなくても分かる。頬の筋肉が緩んでいるから。
玄関の鍵を開けるのももう慣れた。
部屋に入って右側の壁にあるスイッチは部屋の電気のスイッチ。
点けても点けなくても同じだから別につけなくても良いんだけど、保田さんに点けろといわれた。電気が点いてれば私が帰っているって分かるから。
さりげなく心配してくれる保田さん。
- 148 名前:Comparison_盲目の少女 投稿日:2006/07/24(月) 20:42
- 「亀、お帰り。」
ドアの開く音と同時に聞こえるガキさんの声。
隣の部屋だから帰ってくれば直ぐに分かる。
ガキさんは神奈川の出身でどうしても着たい制服があって東京の高校に進学を決めた。
家からは遠くて通えないからと保田さんのこのアパートに下宿することになったと初めて会ったときに教えてくれた、同い年のガキさん。
バイトも同じ花屋でしている。今日はガキさんはバイトは休み私はバイトじゃなくて仕事だから毎日。
「ただいま。ガキさん夕飯食べた?」
ガキさんの気配が私の横にくる。
「まだまだ、良いもの持ってきたのよ。一緒に食べようと思って。」
「焼き芋でしょ。」
ガキさんが入ってきたときから良い匂いがしていた。
「いしやーき芋。ってあのおっさんの声ってずるいよね。買っちゃうもん。」
ガキさんはそう言いながら私の手に焼き芋を乗せてくれる。
「ありがと。」
二人で「あちっ。」って言いながら焼き芋を頬張った。
「あ、お茶入れるね。咽る。」
- 149 名前:Comparison_盲目の少女 投稿日:2006/07/24(月) 20:42
- 私はやかんにお水を入れてコンロにかける。
フツフツってお水が沸騰していく音を聞いているのが好き。
もう直ぐ沸騰するよってお水が私に教えてくれる。
食器棚からカップを二つとってお茶を入れた。
最初、ガキさんは私がやるよと言ってくれたけど私が出来るということを知ると手を出さなくなった。最小限の助けをさりげなく私にくれる。この2年でガキさんの助けを借りることは少なくなってきたと思う。
「あぁー。やっぱり日本人は日本茶だよねぇ。」
「あはは、ガキさん親父っぽい。」
「はぁ?ピチピチの17才ですから。」
「そういえば、家庭教師の話どうなった?」
「やっぱりしてもらえって、浪人はさせてくれないみたい。」
「そっか。大変だね。バイトは?」
「続けるよ。」
「よかった。」
「っていうか、亀さぁ。」
「なに?」
ガキさんの気配が直ぐ近くで感じられて思わず体をそらした。
「いつも以上に顔が笑ってるんだけど。いいことあった?」
「あった。」
「何?何よ。」
「一目惚れした。」
「一目惚れってあんた。」
「見えなくても、そう言うしかないもん。」
「えぇ、何、変な人じゃないでしょうね。」
ガキさんの気配が横に落ち着いて逸らしていた体を元の位置に戻した。
- 150 名前:Comparison_盲目の少女 投稿日:2006/07/24(月) 20:43
- 「変な人じゃないよ。優しい人。」
「優しいって危なくない?」
「そんなことないよ。さっき絵里が定期落としちゃったら拾ってくれて。」
「それだけ?」
「夕方その人、お店に花買いに来たんだ。」
「待って、待って。」
「ん?」
「ん?じゃないよ。着けられてたとかじゃないの?そのタイミングの良さ。」
「偶然だよ。」
「どうして?」
「だって、プレゼント用の花買いに来たんだもん。その相手に会ってた帰りにたまたまじゃないかな。」
「へぇー。で?それで?」
「何が?」
「その人のこと。ほかには?」
「それだけ。」
「はぁ?」
「だから一目惚れだもん。」
「頭、痛くなってきた。」
「どうして?大丈夫。」
「あんたね。危ないってば。」
「そんなことないよ。絵里、初めてだったの。」
「ん?何が。」
「誰かの手に触れて、この人の力になりたいって思ったの。」
「へぇ?」
「側に居てって言われてる気がしたの。」
「手を握られて、側に居てくれって・・・怪しいよ。」
「握られてないよ。代金もらうときと定期渡してくれたとき。」
「あんた・・・。」
「もう、これが恋ってやつなんだよねきっと。」
「ちょっとぉ。気をつけてよぉ。」
「大丈夫だよ。優しい人だから。」
「何を根拠に。」
「手の感じ。」
「そっか・・・まぁ力になれることあったら言いなね。」
「うん。」
「あぁもう、そんなに嬉しそうに笑うなぁ。」
ガキさんが私の両頬を掌で捏ねる。
- 151 名前:Comparison_盲目の少女 投稿日:2006/07/24(月) 20:44
- 名前も知らない人。
ごめんガキさん。心配かけたくないんだ。
あの人のね手に触れたとき心が震えたのは本当。
あの人の怯えた心が私にまで伝わってきた気がしたの。
定期券を渡されたときもそうだった、何に怯えてるのか分からないけど。
私が必要とされた気がしたんだ。
それが凄く嬉しかったの。
あの人の力になりたいって思ったんだ。
「ねーガキさん。」
「なぁによぉ。」
「絵里、誰か好きになってさ、恋してもいいんだよね?」
何か言ってよ。ガキさん。
どんな顔で私を見てるの?
やっぱりダメ?
「ったいっ。」
突然、額を弾かれた痛みに襲われ、私は掌で額を覆った。
ギュッてガキさんに抱きしめられて耳元で聞こえてきた優しい声。
「良いに決まってんじゃん。」
「ありがと。」
あの人、またお花買いにくるといいな。
- 152 名前:clover 投稿日:2006/07/24(月) 20:46
- 本日の更新以上です。
>>123-151 Comparison 盲目の少女
さわりだけとか言いながら、一章くらい更新してしまったw
では、こんな感じの話を始めていきますので
宜しくお願いします。
- 153 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/07/24(月) 21:21
- こういう設定できましたか 今作も楽しみです
とりあえずカメガキ友情いい感じ
- 154 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/07/24(月) 22:03
- 更新お疲れ様です
第1章からすでに泣きそうです グッときました
あと、ガキさんがすごくガキさんぽいです(・∀・)
clover さんはいつもリアルのメンバーと作品中のメンバーをリンクさせるのが
上手いなぁって思います
亀ヲタの私はどの作品でも絵里っぽい絵里にニヤニヤさせていただいています(キモ
次回更新も楽しみにしています♪
- 155 名前:ももんが 投稿日:2006/07/24(月) 22:21
- 更新お疲れさまです!
やはりcloverさんのかめよしツボです!!
そしてガキさんいい味だしてくれそうな予感(笑)
これからの展開楽しみです♪
- 156 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/07/25(火) 00:39
- ひゃー!亀ちゃーん!!
作者様の作品大好きです!!
この間の吉澤さんと亀ちゃんへの罰・ミキティへの愛・・・。
楽しみにしてます♪
- 157 名前:Comparison_腐った世界の楽しみ方 投稿日:2006/07/27(木) 22:11
- 僕が藤本美貴とそういう関係になったのは大学のゼミの飲み会で席が隣になったからだ。
そういう関係というのは体の関係。
普段ならそういう飲み会の席には出ないのに学籍番号で勝手に幹事にされてしまった。幹事が出ないわけにも行かずインターネットで大学の近くの飲み屋を予約した。
酒を飲むようになったのは大学に入って1人暮らしをするようになってからだ。
強いのか、弱いのかそれすら分からない。ただ、コップに酒が注がれればそれを口運んでいた。ゼミの仲間と会話を楽しむということは僕にはない。そこにいる仲間は皆ライバルだから。早く、この時間が終わればいいなという考えだけしかなかった。
やっとお開きになり、会計をしようと立ち上がった僕の足は覚束なくなっていた。
それを支えてくれたのが隣に座っていた藤本美貴。美貴は僕の手から伝票と金を取り会計を済ませてきてくれた。2次会に行こうと騒ぎながら店を出て行く姿を僕はボンヤリと眺めていた。会計を済ませて戻って来た美貴は「2次会行かないでしょ。」というと僕に肩を貸してくれて大きい通りまで連れて行った。タクシーを拾うと僕を乗せ美貴も乗り込む。
- 158 名前:Comparison_腐った世界の楽しみ方 投稿日:2006/07/27(木) 22:11
- 「吉澤君、家どこ?」
僕は運転手に住所を告げ少しだけ窓を開けた。
他人とこんなに近い距離にいる違和感と僕に近づいてくる藤本美貴という女への違和感。
僕はどうも世間一般的にルックスは良い方らしく、歩いていると女に声をかけられることがよくある。だけど僕はそんな女たちを蔑んでみていた。僕に釣り合う女ではないと。
タクシーが僕のマンションに着くと美貴は当たり前のように一緒に降りて僕の部屋に入ってきた。そこでやっと僕は美貴へ持っていた違和感が何なのかに気がついた。
他人の美貴が僕のテリトリーに入ってこようとしていることに僕は嫌悪を感じていなかった。酒に酔っているせいなのかどうか僕には分からなかった。
- 159 名前:Comparison_腐った世界の楽しみ方 投稿日:2006/07/27(木) 22:11
- 僕をソファに座らせ水を持ってきた美貴の胸元がチラチラと僕の視界に入ってくる。
夏の露出の多い装い。街にも大学の中にも下着の様な格好で歩いている女は沢山いた。
その姿に僕は惹かれることもなく今まで生活してきた。それもどこかでその女たちを見下していたからなのかもしれない。
品のある綺麗な顔立ちに、学力も僕とそれほど変わらない美貴。
美貴を見下す要素はどこにもなかった。
だから「大丈夫?」と上目使いをする美貴の姿は男の僕を魅了するには容易いことだった。
僕の中にある男という意識を始めて引き出したのが藤本美貴。
- 160 名前:Comparison_腐った世界の楽しみ方 投稿日:2006/07/27(木) 22:12
- 勉強ばかりしていた僕が女を知っているはずもなく僕はただ夢中で藤本美貴を抱いた。
それ以来、この関係がもう2年も続いている。
誰かと比べられて生きてきた僕等が見つけた楽しみ。
体を重ね合わせている間。比較されることなんてない。一息つける休息なのかもしれない。
美貴と僕が同じ高校だったと知ったのは初めて体を重ねた日から数週間後だった。
「高校生のときの吉澤君って話しかけづらかったけど今はそうでもない。」
美貴の言葉に僕は凄く驚いた。
美貴とは大学から同じになったと思っていたから。
隣のクラスだったらしい美貴。
一度だけ声をかけたことがあったらしい。
それを僕は覚えていなかった。
- 161 名前:Comparison_腐った世界の楽しみ方 投稿日:2006/07/27(木) 22:12
- 講義が午後からの日、美貴は決まって僕のマンションにやってくる。
来る前に必ず何時ごろ行くとメールをしてから。
僕はそれまでに僕のやるべきことをやって、美貴が来るのを待つ。
インターホンが鳴り僕はロック解除をしてやるとしばらくして美貴が部屋にやってくる。
「ヤバイ、凄い寒いよ。今日。」
美貴はそういいながらコートを脱いで両手を擦る。
「風呂、沸いてるよ。」
「よっちゃんは?」
「済ませてある。」
美貴は「そっか。」と言って風呂場に向かった。
夕べここに居たのに、わざわざ今朝また来るなら泊まっていけばよい。
それでも美貴がそうしないのはそれが僕たちの中にある暗黙のルールだから。
- 162 名前:Comparison_腐った世界の楽しみ方 投稿日:2006/07/27(木) 22:13
- 僕たちは恋人ではない。
お互いの共有する時間が体を重ねる間だけ。僕等はライバルだから。トップになるために蹴落とさなければならない相手だから。
バスローブ姿で戻って来た美貴の瞳を僕は覗き込んだ。
「ん?なに?」
僕も美貴もカメイエリの様な美しい瞳ではなかった。
僕等が持っていないものを持っているカメイエリ。
「なんでもない。」
「そう。」と微笑む美貴に僕は寝室のドアを開けて中に入れた。
- 163 名前:Comparison_腐った世界の楽しみ方 投稿日:2006/07/27(木) 22:13
- ********************************
- 164 名前:Comparison_腐った世界の楽しみ方 投稿日:2006/07/27(木) 22:14
- 「かーめっ。仕事しろぉ。」
「はーい。」
ついつい、公園を走る人の足音を気にしてしまう。
あの人がもしかしたら通るかも知れないと期待して。
「背格好どれくらい?」
「多分、身長は180位かな。絵里のこの辺から声してたから。」
私は自分の頭の上の方に手を翳して見せた。
「高いね。」
「うん。」
「背の高い人、いたら言うよ。」
「ありがと。」
「あぁもう、そんなに嬉しそうな顔しないの。」
「えへへ。」
だって、あの人に会いたいんだもん。
私に出来ることがあるなら・・・何でもいいからしてあげたい。
- 165 名前:Comparison_腐った世界の楽しみ方 投稿日:2006/07/27(木) 22:14
- 「あぁ・・・。」
ガキさんの残念そうな声が聞こえてくる。
「どしたの?」
「亀、私は配達頼まれてしまったよ。」
「あ、うん。いっぱいあるの?絵里も一緒に行こうか?」
「ううん。一つだから大丈夫。」
「うん。」
配達に行ってる間にあの人が来ても私に教えてあげられないとガキさんががっかりしているのだと直ぐに分かった。
「絵里、足音で分かるよ。」
「そう?」
「うん。」
「名前聞きなよね。」
「うん。」
「変な人じゃないかも聞くんだよ。」
「本人に?」
「それは違うか。」
「違うよ。」
「まぁ、うん。よし。さっさと配達行ってきちゃうね。」
「気をつけてね。」
- 166 名前:Comparison_腐った世界の楽しみ方 投稿日:2006/07/27(木) 22:15
- ガキさんが軽い足取りで去っていく足音。
耳を済ませて公園の音を聞き取る。
子供の名前を呼ぶ母親の声、笑う子供の声。
おじいさんの声。駆ける子供の足音。
小鳥の鳴き声。葉っぱが揺れる音。
風が通る音。
あっ、子供が転んだよ。お母さんって泣いてる。
早く、行ってあげて。
泣き声が止んだ。
よかったね。
- 167 名前:Comparison_腐った世界の楽しみ方 投稿日:2006/07/27(木) 22:15
- あの人の足音はどこにもなかった。
「絵里。今日はずっと外にいるけどどうしたの?」
保田さんが店の中から出てきた。
「風が絵里とお話したいって。」
「なに、わけのわからないこと言ってるのよ。」
「私、お花生けに行ってくるから。」
「はーい。」
私は保田さんと一緒に保田さんの車に今日、使う花を積む。
保田さんは生け花の先生の資格とかフラワーアレンジメントとか色々やっていて人気がある。ホテルのオブジェとかレストランとか色々任されてる。
- 168 名前:Comparison_腐った世界の楽しみ方 投稿日:2006/07/27(木) 22:16
- 車が走り去ると絵里は1人店の中に入り花の匂いに包まれた。
小さい頃から目の見えない絵里に保田さんは色々な花を持ってきて何の花だとかその花の言い伝えや花言葉など教えてくれた。
保田さんが持ってきてくれる花はいい匂いがして、どんな形をしているのだろう。どんな色をしているのだろうと想像するだけで楽しかった。
- 169 名前:Comparison_腐った世界の楽しみ方 投稿日:2006/07/27(木) 22:16
- ********************************
- 170 名前:Comparison_腐った世界の楽しみ方 投稿日:2006/07/27(木) 22:16
- 美貴がまだベッドの上で息を切らしてる。
その横で僕は大学に行く仕度をする。
彼女も体をだるそうにしながら風呂場に向かっていった。
美貴を助手席に乗せて大学に向かって車を走らせる。
「よっちゃん?」
「ん?」
助手席に目を向けると不思議そうに僕を見つめる彼女。
「青だよ。」
「あぁ・・・。」
僕は慌ててアクセルを踏む。
いつもならこんなことは絶対にない。運転することに集中してるから。
他のことを考えたりなんてしないから。
- 171 名前:Comparison_腐った世界の楽しみ方 投稿日:2006/07/27(木) 22:17
- また、いつもと違う行動。
だから彼女は顔だけ僕に向け、不思議そうに見つめる。
「実家でなにかあった?」
「いや、いつも通り。」
僕は彼女に一度だけ家のことを話したことがある。
それは彼女が先に自分の置かれている状況を話したから。
跡継ぎが女じゃだめだといわれたくないと言った美貴。
僕も似たようなことがあると話した。
「夕べからちょっと変だよ。」
「そう?」
「うん。いつもと行動が違う。」
「いつも以上に美貴が乱れたからじゃない。」
「それは。」
僕が乱れさしたんだ。いつもと違う行動で。
口をつぐんだ彼女を横目に僕はそれ以上、何も言わなかった。
だから、彼女もそれ以上、触れてこない。
暗黙のルール。
- 172 名前:Comparison_腐った世界の楽しみ方 投稿日:2006/07/27(木) 22:17
- 講義を途中で抜け出した。
カメイエリのことばかりが気になって集中できない。
家に帰ってジャージに着替えると僕はランニングに出かけた。
ランニングというのは名目だけで公園に向かう。
制服姿の子と楽しそうに微笑んでいるカメイエリを見つけ足を止めた。
ここからでも分かる。
カメイエリの美しい黒い瞳。
僕にないその瞳。
何も映らないその瞳。
- 173 名前:Comparison_腐った世界の楽しみ方 投稿日:2006/07/27(木) 22:17
- 制服の少女が大きめの鉢植えを抱えて駆けてくる。
僕は木に身を潜めた。隠れる必要なんてないのに。
きっと僕はどこかでカメイエリに興味を持っている自分を認めたくないのだろう。
制服を着た少女が僕の横を通り過ぎながら不審そうに眉間に皺を寄せていった。
どこか、自然に彼女を見れる場所はないだろうか。
ベンチからなら何の問題もないだろう。
開いているベンチに腰を下ろし僕はカメイエリを観察する。
カメイエリという少女は1人で微笑んだり眉間に皺を寄せたり悲痛な顔をしたりと色々な表情をして、見ていて飽きない。
- 174 名前:Comparison_腐った世界の楽しみ方 投稿日:2006/07/27(木) 22:18
- あの黒い瞳に何が映っているのだろう。
そして僕はどう思われているのだろう。
店長らしき人物がカメイエリの頭を撫でて車で去っていく。
店の中に入っていった彼女を見て僕もマンションへ戻った。
冷蔵庫からミネラルウォータを取り出し一気に飲む。
頭の中が彼女の黒い瞳で一杯になって、他に何も考えられない。
こんなことは初めてだった。
僕の生活のリズムを崩すカメイエリ。
僕の思考をストップさせるカメイエリ。
一体、彼女はなんなのだろう。
- 175 名前:Clover 投稿日:2006/07/27(木) 22:24
- 本日の更新以上です。
>>157-174 Comparison 腐った世界の楽しみ方
>>153 :名無飼育さん 様
レス有り難うございます。
>こういう設定できましたか 今作も楽しみです
はい、こんな設定です。がんばります。
>とりあえずカメガキ友情いい感じ
有り難うございますw
最後までお付き合いよろしくです。
>>154 :名無飼育さん 様
レス有り難うございます。
>第1章からすでに泣きそうです グッときました
おぉ、なんか嬉しいですw
>あと、ガキさんがすごくガキさんぽいです(・∀・)
自分、絶叫CM見すぎなのかもしれませんw
>clover さんはいつもリアルのメンバーと作品中のメンバーをリンクさせるのが
>上手いなぁって思います
有り難うございます。うれしいです。
>亀ヲタの私はどの作品でも絵里っぽい絵里にニヤニヤさせていただいています(キモ
自分も書きながらニヤニヤ(キモw
さいごまで宜しくです。
>>155 :ももんが 様
レス有り難うございます。
>やはりcloverさんのかめよしツボです!!
そういってもらえると嬉しいですw
>そしてガキさんいい味だしてくれそうな予感(笑)
ガキさん頑張らせますw
最後まで宜しくです。
>>156 :名無飼育さん 様
レス有り難うございます。
>作者様の作品大好きです!!
有り難うございます。
>楽しみにしてます♪
最後まで宜しくお願いします。
- 176 名前:ももんが 投稿日:2006/07/28(金) 08:45
- 更新お疲れ様です。
よっちゃんがだいぶ亀ちゃんのこと気になってるみたいですね。
二人の今後楽しみにしてます!
- 177 名前:ももんが 投稿日:2006/07/28(金) 09:59
- すいません、sageるの忘れてました(^^;)
申し訳ないです。
- 178 名前:名無し飼育さん 投稿日:2006/07/28(金) 13:27
- 新作始まっていたんですね。更新お疲れ様です。
今回もヤバイスゴイ!いきなりぐぐっと引き込まれました。
作者さんの描く亀ちゃん最高です。
今回はガキさん登場でまた楽しみが増えました。
- 179 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/07/28(金) 20:57
- ミキティ&亀ちゃんにまだまだ謎な部分が多いですね
続きがとても待ち遠しいです
- 180 名前:Comparison_天使の囁き 投稿日:2006/07/30(日) 02:16
- また、いつものように母親に食事に呼ばれた。
教授との会話が長引いてしまい。ランニングに出かける時間がなくなってしまった。
花を買いに行く時間も、もちろんない。
僕は大学の駐車場にイライラしながら向かった。
車に乗り込むとため息交じりに携帯を取り出す。
『はい、保田フラワーショップでございます。』
電話から聞こえたカメイエリの声。
「3000円の花束を適当に配達してもらえますか?」
『はい。適当な花束はないですけど。』
笑い混じりの声で了承するカメイエリ。
ルームミラーに写った自分の顔が微笑んでいることに驚いた。
『お名前と住所、お願いします。』
「吉澤ひとみ。東京都●●区○○1−2−808」
『はい。有り難うございます。』
「今から30分後、5時半に届くようにお願いします。」
『はい。』
カメイエリが届けるにしてもあの店からうちのマンションまで歩いて10分かからない。
十分だろう。心なし、浮かれ気分の自分がいる。
カメイエリと接触できることに喜んでいるのだろうか。
- 181 名前:Comparison_天使の囁き 投稿日:2006/07/30(日) 02:16
- ********************************
- 182 名前:Comparison_天使の囁き 投稿日:2006/07/30(日) 02:16
- 「ガキさんどうしよう。」
「はぁ?なによ。」
電話を切って私はガキさんを手探りで探す。
直ぐにガキさんが私の手を掴んでくれた。
「あの人。」
「はぁ?わかんないから。それだけじゃ。誰が何をしてどうした。まで言って。」
「そうだよね。わかんないよね。」
「はい。言ってみ。」
「あの人から花束の配達の注文が来た。」
ちょっと、ガキさんいつもみたいに早く何か言ってよ。
「ねぇガキさん?」
「うん、怪しいよ。それ、絶対、怪しいって。」
「なんでよ。」
「だって、家に来いってことだよ。」
「配達だよ。」
「でも危ない。私も行くから。」
「1人でも行けるよ?住所直ぐそこだったし。」
「うぇぇぇ。直ぐそこなの?」
「うん。直ぐそこ。」
「怪しい。絶対、どっかその辺から見てたりとかしない?」
「ないと思うよ。」
「そう?」
「それより5時半までに届けないといけないんだ。」
「早く言いなさいよ。で、何持ってくの?」
「3000円の適当な花束。」
「てきとー?絶対、怪しい。」
「怪しくないって。」
「だって、花束なのに適当ってなによ。」
「きっと、家族の人へだと思うんだ。」
ガキさんと二人で束ねる花を選びながら、受け取る人が喜んでくれそうな花束を作る。
「なんで家族って分かるのよ。それにしても適当って。」
「だって、恋人に適当なもの贈る?」
「それは、いやだ。」
「でしょ。これくらいかな?」
「うん。」
「よし、行こう。」
保田さんに行ってきます。と伝えて二人で店を出た。
どんなマンションだろう。
「この住所、ホント直ぐそこじゃない。」
「だから、言ったじゃん。」
「このマンションってあの、角にある高級そうなマンションじゃん。」
「へぇ。凄いね。」
- 183 名前:Comparison_天使の囁き 投稿日:2006/07/30(日) 02:17
- ********************************
- 184 名前:Comparison_天使の囁き 投稿日:2006/07/30(日) 02:17
- 5時20分にマンションに着いた僕は部屋には戻らずにマンションの前に車を止めた。
このまま実家に向かわなければ母親に言われた時間には間に合わない。
約束の5時半に花屋が花束を持ってきてくれることを願う。
25分。マンションの角から現れた花屋の少女二人。
僕が車から降りると制服を着たカメイエリではないほうが僕を見て足をとめた。
「ガキさん?どうしたの?」
「いや、なんでもない。行こう。」
歩き出す二人に僕は声をかけた。
「それ、頼んだの僕なんだけど。」
「あっ。はい。」
僕の声を聞いたカメイエリが直ぐに返事をして笑みを浮かべ僕の声の方に顔を向け花束を差し出す。
隣のガキさんと呼ばれた子は僕を上からしたまでまるで品定めするように観察している。
そんな視線に慣れている僕は自信を持って少女の視線を真っ直ぐと捕らえ僕も同じように少女を品定めした。
上品な顔立ちと立ち振る舞いはきっとそれなりの家のお嬢さんだろう。学力があるかどうか見ただけでは分からない。
「これ、お金。」
僕はカメイエリの手から花束をとりガキさんと言う子に4千円を渡す。配達料金がいくらか分からない。
「有り難うございます。あっ千円、多いです。」
ガキさんと言う子は直ぐに千円を僕に返す。
だから、僕は試してみた。
- 185 名前:Comparison_天使の囁き 投稿日:2006/07/30(日) 02:18
-
「いいよ。飲み物でも買って。」
たかが千円。
「困ります。絵里たちあなたからお金もらう理由がないですから。」
そう言ったのはカメイエリだ。
ガキさんと言う子もその通りだという顔で僕を見て千円札をつき返した。
思わず零れてしまう笑み。
はしたなくない。好きだな僕はそういうの。
「そうだね。」
僕は千円を受け取ると車に乗り込みアクセルを踏んだ。
カメイエリとガキさんは僕にないものを持っている。
何がか分からない。
特にカメイエリはガキさんよりもそれを持っている。
- 186 名前:Comparison_天使の囁き 投稿日:2006/07/30(日) 02:18
- ********************************
- 187 名前:Comparison_天使の囁き 投稿日:2006/07/30(日) 02:18
- 「何あれ、感じわるぅ。」
車が走り去った後のガキさんのひと言。
確かに・・・私もそう思うけど、わざと言ったっぽい言葉。
「絵里たちのこと試したっぽいね。」
「千円もらうかどうかって?」
「うん。」
「あぁ。なんかそういう感じの顔してた。」
「そういう感じって?」
「見下してるみたいな。恵んでやるよ。みたいな。失礼な人。」
「ガキさん、言い過ぎ。」
「あぁごめんごめん。でもさぁ。あの人がそうなの?吉澤ひとみ?」
「うん。そう。」
「だって、こないだはどうも、とかそういうの何もなかったじゃない今。」
「なかったね。」
店までまた歩きながらガキさんは隣でブツブツ。吉澤さんの文句を言う。
- 188 名前:Comparison_天使の囁き 投稿日:2006/07/30(日) 02:19
- 「絵里もね、最初はそう思ったよ。」
「はぁ?今度は何よ。」
「お店で言葉だけ交わしたときはそう思ったの。でも、手にね触れたとき違ったの。」
「はぁー。ねぇもしかしてさ。亀が着けられてるっていうより亀が着けてる感じ?」
「え?」
「だから、向こうはさ。吉澤さんは別に亀のことどうこうって思ってない感じだったよね?」
「そうかも。」
「なんだよぉ。先に言えよぉ。」
「だって、ガキさんが勝手にさぁ。」
「はぁ~。私かよ。」
「だよ。」
「えぇぇ。」
「わぁ、苦ぢぃからっ。」
ガキさんがいきなり私の首に手をかけて歩き出す。
- 189 名前:Comparison_天使の囁き 投稿日:2006/07/30(日) 02:19
- 「なぁに、あんたたち楽しそうにしてるわね。」
「保田さーん。ガキさんが苛めます。」
「じゃれてるようにしか見えないわよ。」
「そうそう。苛めてなんかないですから。」
「それより、二人とも、今夜夕飯おごるわ。」
「やったぁー。」
ガキさんが私から離れて保田さんの声の方へ駆けていく。
保田さんがご馳走してくれるというのはお友達の飯田さんが営んでいる高級レストラン。
フランス料理だ。月に1度、保田さんは律儀に私たちを連れて食べに行く。
私はガキさんの後ろに行くと裾を引っ張った。
- 190 名前:Comparison_天使の囁き 投稿日:2006/07/30(日) 02:19
- 「ん?」
ガキさんの手を捕まえてそのまま電話がある場所まで連れて行くと保田さんに聞こえないように耳打ちした。
「電話番号・・・しりたいの。」
吉澤さんがかけてきた電話。
ナンバーディスプレイのこの電話なら番号が通知されているかもしれない。
「知ってどうするのさ。かけるの?」
「かけないけど・・・なんとなく。」
何かのときのため・・・。
私ひとりじゃ知れないから。
「仕方ないな。」
ガキさんはそういうとプツプツと音を立て始める。
私のために紙にペンで跡をつけて点字で番号を打ってくれているのだろう。
「はい。これで分かる?」
「ありがとう。」
渡された紙を指でなぞる。
「携帯?」
「うん。」
「分かる。ありがとう。」
私はその紙をパスケースに入れた。
- 191 名前:Comparison_天使の囁き 投稿日:2006/07/30(日) 02:19
- ********************************
- 192 名前:Comparison_天使の囁き 投稿日:2006/07/30(日) 02:20
- 約束の時間に実家に着くと出迎えてくれたのは母親ではなくお手伝いさんだった。
父親がいるのだろうか。
居間で待っていると告げられ僕は重たい足取りで居間に向かう。
「ひとみ、お父様にご挨拶して。」
居間に足を踏み入れた途端に駆け寄ってきた母親。
僕は母親が望むように父親に頭を下げた。
「ご無沙汰しております。お父様。」
頷くだけの父親と満足そうに僕の隣で微笑んでいる母親。
母親は僕の手を引いてソファに座る。
「今日はレストランに行くの、手料理じゃなくてごめんなさいね。」
残念そうに言う母親に僕は笑顔を向ける。
「また、近いうちに手料理を食べに来ますよ。」
「そうね。そうすればいいわね。」
喜ぶ母親。
父親が居て、レストランに行く。
親族の集まりでなければいいなと思う。
- 193 名前:Comparison_天使の囁き 投稿日:2006/07/30(日) 02:20
- 「失礼します。こちら、ひとみさんからのプレゼントです。」
玄関で渡した花束を花瓶に入れ替えて持ってきたお手伝いさん。
母親は感嘆の声を上げてそれを受け取るとテーブルに飾り干渉する。
「ご機嫌とりも大変だな。ひとみ。」
ボソっと小声で冷たい視線で言う父親に僕は笑顔を返す。
「ご機嫌とりなんて、とんでもない。お母様に似合うお花を見つけただけですよ。」
鼻で笑う父親。
僕はそれを見て見ぬ不利をする。
「そろそろ行くぞ。」
父親が言うと母親は僕の腕に腕を絡ませる。
玄関まで行き、僕は母親に告げる。
「僕は自分の車で向かいます。帰りが遅くなると思うのでそのまま帰りますから。」
「あら、そうなの?」
「お母様はお父様の車にお乗りください。」
そういいながら僕は父親の車へ足を向け運転手が父親を後部座席に乗せている反対のドアを開けて父親の冷たい視線を笑顔で受けながら母親を乗らせた。
「では、レストランで。」
僕はそう言ってドアを閉め、運転手にレストランの名前と場所を確認した。
いつものレストラン。いつもの親族の集まりだ。
僕は憂鬱な気持ちになりながら自分の車に乗り込んだ。
- 194 名前:Comparison_天使の囁き 投稿日:2006/07/30(日) 02:20
- ********************************
- 195 名前:Comparison_天使の囁き 投稿日:2006/07/30(日) 02:21
- レストランに着くとオーナーの飯田圭織が僕等を出迎える。
「皆様、お揃いになってます。」といつもの個室に案内され父親と母親に続き僕の中に入ると父親の兄弟たち家族が2組、おそらく愛人だろう家族が1組、席に座っていた。
僕と同い年くらいの愛人と父親の子、大谷マサオと言ったかな。カラフルな髪。僕の中ではありえない、それ自体を否定するわけではない、似合っているから良いのだ。でもその様はトップに立つ父親の会社を継ぐ人間の様ではない。案の定、僕の隣にいる母親はマサオの容姿に驚き、怪訝な視線を送っている。マサオの隣にいる女性は誰だろう。落ち着いた清楚で品のある感じの女性。こういった場にも慣れているのだろう、物怖じしない態度。美貴といい勝負かもしれない。
「よっちゃん。久しぶりだね。」
マサオが前菜を口に入れたまま話してくる。
僕は苦笑気味に頷いて返す。
「マサオ、口に入れたまま話さないで。」
隣にいる女性がそう言ってマサオを肘で突く。
「行儀悪くてすみません。あ、初めましてですよね。柴田あゆみと申します。宜しくお願いします。」
「こちらこそ、吉澤ひとみです。」
微笑む柴田あゆみは整った顔立ちで美しかった。
大きな目。僕はそれをじっと見てしまう。カメイエリと比べるために。
「あの?何か?」
「いや、お綺麗だなって見とれてしまいました。」
「よかったね、あゆみん。でも、僕の恋人だからダメだよ。」
僕は笑って柴田あゆみと目を合わし笑った。
やがて食事が始まり僕らは父親たちの話しを耳にしながら黙って食材を口に運んだ。
- 196 名前:Comparison_天使の囁き 投稿日:2006/07/30(日) 02:21
- 僕とマサオ。父親の跡を継ぐのはもちろん僕のはずだ。
誰が、どうみても、僕の方がふさわしい。
そのために僕は頑張ってきたのだから。
会話にチョコチョコ出てくる後継者という言葉が気になって仕方がない僕は食事が進まない。
「よっちゃんいらないの?いらないなら頂戴。」
向かいにいるマサオがフォークを伸ばしてくる。
マナーのない人間だ。僕はきっと今、軽蔑した目で見ているだろう。
「マサオ、そういうのはダメなんだってば。」
柴田さんが隣で苦笑しながら頭を下げる。
僕は柴田さんに微笑んで見せた。
「だって、これ、美味いのに勿体無いよ。」
「家に帰ったら特性パスタ作ってあげるから。」
「おっ、そっちのがいい。」
二人の会話を僕は冷めた目で見ていた。
お前ら何歳だ。
まるで幼稚園児と保育士じゃないか。
食事が済み、デザートタイムに入る前のブレイクタイム。
数人がトイレに席を立つ中、僕も一緒に席を立った。
すれ違いに僕に声をかけていく親戚たちに僕は笑みを浮かべ挨拶を交わす。
斜め後ろから柴田さんの視線が向けられているのが気になったが僕はいつも通り「良い子」だと言われる言葉を返した。
- 197 名前:Comparison_天使の囁き 投稿日:2006/07/30(日) 02:21
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- 198 名前:Comparison_天使の囁き 投稿日:2006/07/30(日) 02:22
- 保田さんの車で連れてきてもらったレストラン。
もう何回も来ているから大体、店の作りも分かるようになってる。
ガキさんの肘に捕まって店に入るといつもなら飯田さんが来てくれるのに今日に限って違う人に席に案内された。
ウエイターの人が私の手を「失礼します。」と言って掴むとお水の場所、ナイフ、フォークの位置、お皿の場所を教えてくれる。
「ありがとうございます。」
1人のときはこれをしてもらわないと食べ物に手を入れてしまったりして危ない。
「今日、圭織は?」
「申し訳ございません、只今、接客中でございますのでしばらくお待ちください。」
「そう。」
ウエイターの足音が遠ざかっていく。
カチャって音がしてタバコの匂いがしてくる。
保田さんがタバコを吸いだしたのだろう。
「新垣、早く免許とってよ。そしたら私、美味しいお酒が飲めるのに。」
「えぇぇ。まだ取れる歳じゃないですから。それに、飲まないほうがいいですって。」
「どういう意味よ。」
「だって、ねぇ。亀。」
「だって、ねぇ。ガキさん。」
「全く、あんたたちだって後、何年かしたらお酒飲むんだから。分かるわよ。」
「分かっても、保田さん見たく乱れないようしますから。ねぇ。亀。」
「ねぇガキさん。」
「悪い見本がここに居ますから。」
「新垣、言うようになったわね。」
「いやいや、なってないです。」
しばらくすると飯田さんのヒールの足音が聞こえてきた。
- 199 名前:Comparison_天使の囁き 投稿日:2006/07/30(日) 02:22
- 「飯田さん、来るよ。」
「ホントだ。」
私の後ろの方から段々と近づいてくる飯田さんの足音。
いつも、ゆっくりでそのペースは崩れない。
「お待たせ、ごめんね。」
後ろから声が聞こえて私の頭を撫でる飯田さん。
私は首を横に振ってみせる。
「今日、混んでたのね。駐車場に黒塗りの車が何台もあったから。」
「そうでもないんだけどね、ご贔屓にしてくれてる吉澤グループの方たちがいらしてて。」
「へぇ。それは粗相がないようにしないと大変だね。」
「大丈夫よ。教育してあるから。今日はお勧めのコースでいいかしら?」
「うん。お願い。」
「アルコールは?」
「私が運転手。」
「あら、可哀相ね。」
「そうなのよ。早く新垣に免許とってもらわないと。」
「そうね。ガキさん、そうしてあげてね。」
「あぁ、まぁ、そうですね。」
ガキさんの困った声が聞こえて私は笑った。
- 200 名前:Comparison_天使の囁き 投稿日:2006/07/30(日) 02:23
- 「絵里ちゃん、なんだか大人っぽくなったじゃない。髪型かな?」
「ガキさんがやってくれました。」
元々、長かった私の髪。
ガキさんが美容室に行こうと連れて行ってくれた。
前はもっと短かったけど今は肩くらいまで伸びてきてる。
今日はガキさんがレストランに行くからと髪を結ってくれて、お化粧もしてくれた。
「似合ってるよ。」
「洗うのが楽になりました。」
「乾かすのも楽でしょ。」
「はい。」
「じゃ、ちょっと待っててね。」
飯田さんの足音が遠のいていくと直ぐにウエイターが料理を運んでくる。
料理の説明をすると私には食べやすいようにウエイターが切ってくれる。それを私にフォークを使って教えてくれると去っていく。
良い匂いに微笑み、保田さんとお客さんとエピソードにガキさんと私は声を出して大笑いし、ガキさんの学校の様子を聞きながらまた大笑いする。楽しい食事。
「おいしかったぁ。ご馳走様です。保田さん。」
「ご馳走様です。保田さん。」
私に続いてガキさんも言う。
「いえいえ。」
「そうですよねぇ。1人じゃ来れないですもんね。こういうお店は。」
「新垣、一言多いわよ。」
「あははっ。」
「保田さん早く相手見つかるといいですね。」
「絵里も新垣のがうつってきたか。」
ため息交じりに保田さんの椅子が音を鳴らす。
席を立ったのだろう。
私も杖を手にして立ち上がる。
- 201 名前:Comparison_天使の囁き 投稿日:2006/07/30(日) 02:23
- 「私、会計してくるから。先に出てて。」
「あ、私、トイレ行ってきていいですか?」
「いいわよ。絵里も行ってきなさい。」
「はーい。」
ガキさんの肘に捕まってトイレに向かう。
個室から出るとガキさんの気配が直ぐにあって手を引かれる。
「亀、リップ直してあげるからこっち向いて。」
手を洗っていると横から聞こえてくるガキさんの声。
私は素直に横を向く。
すっとガキさんの手が私の顎に触れて唇にリップが塗られる。
「んっ。オーケー。」
「あはは。ありがと。」
ガキさんがポンポンと私の肩を叩く。
「亀はアレだね、明るい色だとちょっとケバくなるわ。」
「ん?」
「派手になる。」
ガキさんの声の向きが変わった。
きっと自分のお化粧を直しながら話してるのだろう。
「派手かぁ。」
「分かる?」
「びみょー。」
「びみょーかよぉ。まぁ似合わなくはないけど落ち着いた色の方が亀っぽいわけよ。」
「ほぉー。」
「あっ。すみません。どうぞ。」
ガキさんが個室から出てきた人に謝って私の方に体を寄せた。
- 202 名前:Comparison_天使の囁き 投稿日:2006/07/30(日) 02:24
- 「大丈夫?」
「うん、平気だよ。よし。行こうか。」
「うん。」
ガキさんが私の手を肘に乗せてくれる。
「行くよ。」
「うん。」
「あれ、これ忘れ物違う?」
声のするほう方を向く。
けど、何も見えないから分からない。
「あ、亀、ハンカチ忘れてない?」
「あっ。忘れた。」
「もう、しっかりしてよぉ。小学生じゃないんだから。」
「ごめん、ごめん。」
「すみません。有り難うございます。」
ガキさんが私の手にハンカチを渡してくれる。
「有り難うございました。」
その人の方に向かって頭を下げる。
「どういたしまして。お先に失礼。」
私の横を通り過ぎるその人。
香水の香りが大人っぽくて上品な感じがした。
またガキさんの肘に捕まりトイレを出ようとして歩き出した。
「ん?」
急に私が止まるからガキさんが横で声を出す。
ドアの向こうから聞こえてくる声。
あの人の声。
「しー。」
指を立ててそういうとガキさんは「ん?ん?」といいながら落ち着いた。
きっと外の声がガキさんにも聞こえてきたのだろう。
「吉澤さんの声?」
ガキさんの質問に私は頷いた。
- 203 名前:Comparison_天使の囁き 投稿日:2006/07/30(日) 02:24
- ********************************
- 204 名前:Comparison_天使の囁き 投稿日:2006/07/30(日) 02:24
- トイレから出ると柴田さんが丁度出てきた。
「大変だね。跡取りになるために、疲れない?」
柴田さんが足を止めて話し出すから僕も足を止める。
「マサオみたいなのと一緒に居て疲れない?」
「楽しいよ。」
「そう。」
「吉澤君は?疲れないの?」
「僕の何が?」
「マサオも昔は吉澤君みたいに頑張ってたんだよ。子供の頃ね。」
「子供の頃は認知されてなかったから僕は知らない。」
「そうだね。」
「上流の人間になろうって、頑張ってたんだ。」
「へぇ。それが、あれ?」
柴田さんが笑みを零す。
その笑みはカメイエリの笑みと似ている。
その黒い大きな瞳もあの子達のそれと似ている。
でも、カメイエリには敵わない。それでも僕や美貴にはない。
でも、柴田さんはきっと僕等と同じ世界にいるはずだ。
立ち振る舞いからそれはなんとなく感じられる。
話していても頭の良さが分かる。
- 205 名前:Comparison_天使の囁き 投稿日:2006/07/30(日) 02:25
- 「どうかしました?」
「どうして、マサオなんかと付き合ってるんですか?」
「えっ?」
「だって、そうでしょ、柴田さん、綺麗だし、頭も良いでしょ。上流の人間でしょ。それがどうしてマサオ?」
「吉澤君と一緒にいるよりは幸せになれると思う。」
微笑む柴田さん。
いや、微笑んでいるのではない、僕を哀れんでいる。
それが、僕を苛立たせる。
僕は思わす柴田さんの肩を掴んで壁に押しやった。
「やっ。」
顔を背ける彼女を僕は片手で顔を押さえつけた。
「僕の方がマサオをより遥かに上だよ。」
そう言って微笑み顔を近づけ唇を奪おうとしたら思い切り頬をたたかれた。
- 206 名前:Comparison_天使の囁き 投稿日:2006/07/30(日) 02:26
- 「いっっ。」
「何するのよ。」
「それはこっちのセリフ。」
「可哀相だから教えておいてあげる。あなたがいくら上流階級の人間になろうとしてもそれを吉澤君のお父様は認めないわ。」
「えっ?」
「ああいう人たちはね、血統も大切にするのよ。うちの親もそうだけど。吉澤君のお父様もそう。吉澤君より血統ではマサオのが上なの。吉澤君が跡を継ぐことはきっとないよ。」
何も言えない僕はそのまま座り込んだ。
血統なんて今まで考えてもみなかった。
だって、僕を欲しいといったのはあの人たちじゃないか。
僕が死んだ息子に似ているといって息子の代わりにしたのはあの人たちだ。
「僕は・・・息子だ。」
柴田さんがかがんで僕と目線を合わせた。
「ごめん。吉澤君見てると兄たちを見てるみたいで・・・。頑張ってる姿が一番上の兄に被るんだ。うちの親ね、子供がなかなか出来なくて、養子もらったの。その後直ぐに男の子が産まれた。その5年後に私が産まれたんだけどね。一番上の兄は自分の居場所見失って空に飛んじゃった。だから、吉澤君もそんなに頑張らないで。」
柴田さんはそれだけ言うと僕の頭をポンポンと叩いて立ち去っていった。
- 207 名前:Comparison_天使の囁き 投稿日:2006/07/30(日) 02:26
- ********************************
- 208 名前:Comparison_天使の囁き 投稿日:2006/07/30(日) 02:27
- パシーンと叩く音が聞こえた。
「ちょっと、亀。どうする?行く?」
「えぇ?」
「気になるじゃんっ。っていうかいつまでもここにいるほうが変だし。」
「えっえっ。待って。」
「あ・・・。」
二人の会話が聞こえてきて、それは私たちが聞いてはいけないような内容で。
どうしたらいいのか分からずしばらくじっとしていた。
「あの人、行ったみたい。」
「じゃぁ出てみる?ってか保田さん待ってるよね。」
「だね。」
「行くよ。」
「うん。」
足を一歩踏み出すと直ぐにガキさんの「あっ。」という低い声が聞こえた。
- 209 名前:Comparison_天使の囁き 投稿日:2006/07/30(日) 02:27
- 「何?どうしたの?」
「いや、あぁうん。あ、どうも・・・えぇっと先ほどはお買い上げ有り難うございました。」
「ガキさん?」
「うん。行くよ。」
「えっ?」
「あ、違うか。えぇっとね。今、亀の前に吉澤さんが座ってる。」
「座ってる?」
正面に向かって頭を下げる。
「こんにちは。」
何も返事をし手くれない吉澤さん。
「よし、亀。行こう。失礼します。」
ガキさんが歩き出すから私も歩き出す。
どうしてガキさんがそんなに焦っているのか分からない。
- 210 名前:Comparison_天使の囁き 投稿日:2006/07/30(日) 02:28
- 「ガキさん、吉澤さんどうして座ってたの?」
「わかんないよ。泣いてた。」
「えっ?」
「なに?っていうか、ほら、保田さん苛立ってるから。」
「泣いてたの?」
「うん。泣いてた。」
「ガキさん、先帰ってって保田さんに言って。」
「えっ?亀?」
「吉澤さんのこと気になるから。」
「あんた1人でこっからどうするの。」
「大丈夫。」
「大丈夫じゃないでしょ。」
「電車乗れるし。駅までタクシー使う。お願い。」
「かぁめぇー。」
「ガキさん頼む。」
「頼まれたくないよぉ。」
「保田さんに上手く言ってね。」
「こぉらぁー。」
かーめー。って声がするけど足音はない。
迷惑そうな声をしているけどガキさんはきっと仕方ないなって顔して絵里を見てるんだろうな。ごめんね。ありがとうガキさん。
来た道を戻りながら耳を済ませる。
吉澤さんの息使いを聞き逃さないように。
「吉澤さん?」
鼻をすする音が聞こえてきて私は声を出したけどなんの返事もない。
- 211 名前:Comparison_天使の囁き 投稿日:2006/07/30(日) 02:28
- ********************************
- 212 名前:Comparison_天使の囁き 投稿日:2006/07/30(日) 02:28
- いきなり女性用トイレからあの二人が出てきたことに驚いたがそれ以上に泣いている顔を見られたくて顔を背けた。
カメイエリには僕が泣いていることなんて分からないのにガキさんって子に見られるよりもカメイエリに見られたくないと思ってしまった。
あのガキさんって子は空気が読めるというか場を分かってるのだろう直ぐに立ち去ってくれたことに感謝した。
頭の中が混乱しきっていてどうしていいのか分からない。
僕は何のためにトップで居ようとしてきたのだろう。
根本的なものを潰されてしまった。
涙が止まらないのも初めてだ。
泣いたのも何十年ぶりだろう。
このままあの席に戻らずに帰ったら父親や母親の顔が立たないだろうか。
いや、もうそんなこと考えないでいいのかもしれない僕は結局は他人なのだ。
あの、席にいること自体が間違っているのだろう。
コツコツと音が聞こえそちらをみるとカメイエリが1人でこっちに向かって来ていた。
どうして?
「吉澤さん?」
どうして戻って来た?
ガキさんって子はどうした?
何してるんだ?
近くまで来るとカメイエリは床に膝を着いて手探りで僕を探そうとしている。
「吉澤さん、居ますよね?」
カメイエリの手が僕の肩に触れた。
「居た・・・。よかった。」
何も言わない僕にカメイエリは手を這わせて僕の手の平を触る。
それから、カメイエリは僕から手を離し肩からかけていたバックの中からハンカチを取り出すと僕に差し出した。
「どうぞ。」
「いいよ。汚れる。」
- 213 名前:Comparison_天使の囁き 投稿日:2006/07/30(日) 02:29
- カメイエリは困ったほうに微笑むと左手を伸ばして僕の肩に触れると首を伝って僕の顔に手を這わした。頬に触れるとそこにハンカチを当てていく。
僕はその手を掴んで顔から話した。
「いいって。」
「大丈夫ですよ恥ずかしがらなくても。絵里、見えないから。」
微笑むカメイエリ。
恥ずかしい?
僕は泣いていることを恥ずかしがっているのだろうか。
見られたくないと思った、けど彼女は見えていない。そう思うと今は彼女の顔を見れている。
「帰るんじゃないの?」
「先に帰ってもらいました。」
「どうして。」
「吉澤さんが泣いてたってガキさんが言ってたから。」
「言ってたから?」
ガキさんって子は帰ったのだろう。どうしてカメイエリが戻ってくるんだ。
「ハンカチ・・・貸そうと思って。」
「は?」
「こないだ、パスケース拾ってもらったし。」
パスケースを拾った貸しがこれか。
いいことはしておくものだ。
僕は涙を拭くと立ち上がった。
「吉澤さん?」
座っているカメイエリの手を掴み立ち上がらせる。
「ちょっと、僕に付き合ってくれるかな?」
「えっ?あ、はい。」
「話を合わせてくれればいいから。」
「はい。」
どうやって彼女を先導していいのか分からず彼女の手を取って歩こうとするとこまばれた。
「ここ捕まっていいですか?」
「あ、うん。」
僕の肘辺りに手を当てている彼女。
僕が歩き出すと彼女も僕の同じ歩幅で歩いてくる。
だから少し小さめの歩幅で僕は皆が居る部屋に向かった。
- 214 名前:Comparison_天使の囁き 投稿日:2006/07/30(日) 02:29
- ********************************
- 215 名前:Comparison_天使の囁き 投稿日:2006/07/30(日) 02:30
- 「遅くなりました。」
部屋に入ると僕の横にいるカメイエリに皆の視線が集まる。
見えていない彼女だが、人が居る気配は分かっているようだ。
不安そうな顔をしている。
「僕の両親と親戚がいるんだ。」
「えっ?あ、はい。」
「ひとみ。その子は?」
母親が僕を見る。
僕は笑顔を母親に向けた。
「僕の恋人です。丁度、この店に来ていて。送って帰りますのでこれで失礼します。」
驚いている母親。
そうだろう、僕は勉強しかしていないと思っているから。
柴田さんに視線を向けると少しだけ微笑んで心配そうに僕の隣にいる彼女に視線を向けた。
「それじゃ、申し訳ありませんが、お先に失礼させていただきます。」
「待ちなさい。ひとみ。許しませんよ。そんな子。」
母親が立ち上がりカメイエリの前に立つ。
- 216 名前:Comparison_天使の囁き 投稿日:2006/07/30(日) 02:30
- 「見えないのよね。」
「えっ?はい。」
「どうしたの?ひとみ。」
「何がですか?」
「ひとみには釣り合わない子じゃない。分かるでしょ。」
「彼女は僕には勿体無い子です。」
「どこがよ。」
「失礼ですよ。お母様。失礼します。」
彼女の方に触れ「行こう。」と告げた。
ゆっくりと歩き出す彼女の後に僕も部屋でる。
「ここでいいかな?」
彼女の手を僕の肘に持っていくと「はい。」と微笑む彼女。
母親に失礼なことを言われたのに全く気にしていない様子だった。
車の場所まで連れて行き助手席に乗せた。
「悪かったね、見世物みたいにしちゃって。」
「そういう感じだったんですか?」
「そういう感じだったでしょ。」
「そうなんですか?でも、普通、彼女役とかに絵里みたいな障害者を連れて行かないから絵里的には嬉しかったですよ。初めてだもん彼女役とかさせてもらったの。」
微笑むカメイエリ。
この子は何でも良い方に考えるのだろう。
「家まで送る。」
「はい。」
- 217 名前:Comparison_天使の囁き 投稿日:2006/07/30(日) 02:31
- ********************************
- 218 名前:Comparison_天使の囁き 投稿日:2006/07/30(日) 02:31
- 「よかったんですか?ご家族でお食事なのに帰ってきちゃって。」
「トイレできいてたんじゃないの?」
「ん?」
「僕には血統がないって。聞こえてなかった?」
「聞こえてました。」
「そういうことだよ。」
「えっと・・・。」
「僕は養子。あそこにいる人たちと血縁関係はないんだ。」
彼女がそれ以上何も言わなかったから僕も何も言わずに車を走らせた。
「もう直ぐ、君が使ってる駅だけど。」
「あ・・・じゃぁ駅で降ろしてもらえれば歩いて帰ります。」
「家まで送るよ。雨降ってきたし。」
「道の案内・・・出来ないから。」
そうだ、見えないということはそういうことか。
「じゃぁ一回、僕の家に戻る。それで迎えに来てもらうことは可能?」
「はい。」
僕はそのまま自分のマンションまで車を走らせる。
- 219 名前:Comparison_天使の囁き 投稿日:2006/07/30(日) 02:31
- 「あの・・・。」
「ん?」
「ご両親と一緒に住んでないんですか?」
「あぁ、大学がこっちだからね。」
「なるほど、ガキさんと同じだ。」
「あの子も?」
「絵里と同じところに下宿してるんです。」
「君も。」
「はい。高校行かないで叔母の花屋で働かせてもらってます。」
「へぇ。」
マンションの駐車場に車を止める。
「ついたんですか?」
「うん。」
彼女はシートベルトを外すと手探りで車を降りた。
僕は鍵を閉めると彼女の手を自分の肘に触れさせてエントランスに向かう。
「よっちゃん?」
「あ、美貴。」
エントランスに居た美貴を僕は不思議そうに見た。
今夜来るなんて聞いていない。
「メールしたんだけど。」
「あぁ、そう。見てない。悪いけど、今夜は無理。」
「お客さんですか?」
横にいるカメイエリがそう尋ねる。
「同級生。大丈夫だよ。」
「絵里、ここでいいですよ。」
ここで迎えの電話をして待つことに何の問題もないだろう。
でも、僕が・・・
美貴と体を重ねることよりもカメイエリの瞳を見ていたいと思っている。
柴田さんに言われた言葉が僕を無気力にさせているから。
きっと僕は明日、初めて大学をサボるだろう。
大学に行くことに意味をなくしてしまったから。
それに、血統のない僕は美貴と対等で居られない。
- 220 名前:Comparison_天使の囁き 投稿日:2006/07/30(日) 02:32
- 「美貴、悪いけど帰って。」
「あ・・・うん。分かった。」
美貴はカメイエリを観察していた。
その目が僕がよくする目。
「行くよ。」
美貴の横を通り僕はカメイエリを連れてエレベーターホールに向かった。
「いいんですか?美貴さんって方、帰して。」
「どうして?」
「彼女じゃないんですか?」
「彼女なんて居ないよ。エレベータ乗るよ。」
「あ、はい。」
「どうして高校へ行かなかったの?」
「ずっと、盲学校に行っていたんです。普通学校には行けなくて。」
「普通学校に行きたかった?」
「そりゃ、行きたいって思いました。でも、絵里は見えないから。」
「なるほど。降りるよ。」
マンションの階について僕は彼女を部屋に通す。
ソファーに座らせて暖房を入れた。
- 221 名前:Comparison_天使の囁き 投稿日:2006/07/30(日) 02:33
- 「普通の学校には通えないから高校に行かなかったの?」
なんとなく、彼女はコーヒーが飲めない気がして
ホットココアを作りながら尋ねる。
「違います。一人で生活してみたいって思ったんです。絵里の隣にはいつも補助の人かお母さんがいるの。でも、絵里は出来ることは1人でやってみたかったしできるようになりたいって思った。それは勉強したって身につかないから。叔母さんの力を借りて仕事と部屋を用意してもらったの。」
「へぇ。結構、考えて生きてるんだ。」
「皆そうですよ。」
「そうかな?こないだ君にぶつかった酔っ払いとかは人生終わってるように見えた。」
「そうですか?家族のために一生懸命働いてるんじゃないですか?」
ミルクたっぷりのホットココアを持って彼女の隣に座る。
「ココア。ここ、置けばいい?熱いから。」
「はい。有り難うございます。」
マグカップを両手で掴んで「温かい。」と頬を緩ませる彼女。
僕はその顔を見てなんだか僕までその温かさに嬉しくなる。
「君にはそう見えるんだ。」
「えっ?」
「一生懸命働いてるって。」
「はい。」
「僕は?」
「えっ?」
「君の目に僕はどう見えてる?」
気になっていたこと。
- 222 名前:Comparison_天使の囁き 投稿日:2006/07/30(日) 02:34
- 最初は怖いと思ったけど、今は・・・
いや、柴田さんに血統のことを言われたから
僕に跡を継ぐ資格がないと知らされたから
何の価値もなくなった僕を彼女に言って欲しいんだ
メリットを常に考えて、人を見下して、蔑むくせに自分には何もない価値のない人間だと。
「吉澤さんは・・・」
彼女の手が僕の腕に触れるとそれを辿って掌を握る。
「何かに怯えてる。誰かにそれを助けてもらいたいって思ってる。」
帰ってきた答えは僕が予想していた答えと違っていた。
「僕が怯えてる?助けてもらいたいと思ってる?」
頷く彼女。
僕が怯えてる・・・そんなのは幼い頃からずっとそうだ。
「落ち零れになったら、テストの成績がよくなかったら、受験に失敗したら、ずっと怯えてきたよ。皆そうだろう?皆そういうプレッシャーの中で戦ってトップを目指す。そういう世界なんだから。」
- 223 名前:Comparison_天使の囁き 投稿日:2006/07/30(日) 02:34
- 不意に彼女が向きを変え僕を胸に抱き寄せた。
一瞬、驚いた僕だったが、彼女のカメイエリの腕の中は温かくて居心地が良くて
初めての感覚だった。
そう言えば、誰かに抱きしめられたことなんてなかった。
目を閉じると彼女の手がゆっくりと僕の背中を上下に行ったり来たりする。
「その世界は・・・抜け出せないんですか?」
彼女の声が胸から響いて耳に伝わってくる。
抜け出せなかったのだろうか?
トップに立つためだ、跡を継ぐためだ。
抜け出せなかった。
「僕は、孤児だったんだ。施設の前に捨てられていた孤児。」
背中を擦る手が止まったが僕はそのまま続けた。
- 224 名前:Comparison_天使の囁き 投稿日:2006/07/30(日) 02:35
- 「さっき君は言ったね。家族のために頑張って働いているって。そんな親だけじゃない。本当はどうか分からない、皆がいい親になるわけじゃないからね。子は親を選べない。僕はね、施設で10歳まで育ったんだ。吉澤の両親は色んな施設を回っていた、亡くなった自分の息子に似た子を探してね。それが僕だった。吉澤の母親は僕が中学生になるまで死んだ息子の名前で呼んでいた。僕はね、その名前で呼ばれても笑顔を向けて返事をしていたんだ。吉澤の父親はそれをみて化け物を見るような顔をしていたよ。でも、母親は僕を必要としていた。必要とされたのが初めてだったんだ。嬉しかったんだ。母親がトップになるんだよ。父親の跡を継ぐんだよ。だから良い子で居て、お勉強頑張ってってずっと言われ続けて、だから・・・頑張って来たんだ。でも・・・。」
僕が言葉を止め彼女の胸から顔を上げ彼女の顔を見た。
こんなつまらない話を彼女はどんな顔をして何を思って聞いているだろう。
「でも?」
彼女は微笑んで僕に手を伸ばした。
胸を首を伝い僕の頬に当てられる彼女の手。
「でも、どうしたんですか?」
「僕は、跡継ぎにはなれない。」
「どうして?」
「血が繋がってないから。吉澤の父親には愛人の子がいるんだ。そいつが跡継ぎになるんだろうね。」
「じゃぁ、もう、いいじゃないですか、頑張らなくて。自分のやりたいことやれば。」
「何もなくなったんだ。僕の唯一のもの・・・吉澤の跡取りだっていう。僕の箱にあったたった一つの真実だったのに・・・信じられるものだったのに・・・。空っぽになったんだ。やりたいことなんてわからない。そんなの考えたこともなかったから。」
彼女の手が僕の首を引き寄せ再び彼女の胸の中に僕は納まった。
- 225 名前:Comparison_天使の囁き 投稿日:2006/07/30(日) 02:35
- 「その空っぽの箱に絵里が入ってもいいですか?」
「ん?」
「吉澤さんの唯一のものに・・・絵里がなりたい。」
天使の囁き。
僕にはそんな風に聞こえた。
「ダメ・・・ですか?」
「どうして?」
「どうして、僕の箱に入りたいの?」
「吉澤さんに初めて会った時、お金を渡されたときに手が触れたの。そのとき、初めて、必要とされてる気がしたの、吉澤さんの側にいたいって思ったの。」
「僕が君を必要としてる?」
「絵里・・・ってわけじゃないかもしれないけど。」
「そんなことない。」
僕は再び顔を上げ、彼女の頬に手を添えた。
「君は僕には勿体無いくらいの美しい花だよ。」
ゆっくりと彼女に唇を近づける。
彼女は不思議そうな顔をするだけで目を閉じることはしない。
僕はそのまま彼女の薄い唇に唇を重ねた。
「今のがキス?」
微笑みながら尋ねる彼女。
- 226 名前:Comparison_天使の囁き 投稿日:2006/07/30(日) 02:36
- 「そう。今のがキス。」
「もう一回して。」
無防備な可愛さは僕の思考をおかしくする。
再び重ねるだけのキスを唇に落とし、そのまま鼻、頬、瞼へと唇を移した。
最後にオデコ。
「えへへ。」
「これ以上してると、夜が明けるまでしていたくなりそうだ。」
恥ずかしそうに笑う彼女の髪を撫でた。
「髪撫でられるの好きです。」
「そうなんだ。」
「君が望むならいつまでだってこうしててあげるよ。」
しばらく、僕が髪を撫でていると眠たそうに瞬きする彼女。
「お迎えの電話しないとね。」
「あっ。」
慌てて横に置いてあるカバンに手を伸ばし携帯を探る彼女。
なれた手つきでボタンを操作擦る姿は本当は見えているのではないかと疑ってしまう。
- 227 名前:Comparison_天使の囁き 投稿日:2006/07/30(日) 02:37
- ********************************
- 228 名前:Comparison_天使の囁き 投稿日:2006/07/30(日) 02:38
- 吉澤さんに髪を撫でてもらっているといつもより気持ちよくて安心して眠くなってきてしまう。
ガキさんに連絡するのをすっかり忘れていた。
慌てて携帯でガキさんの番号を押す。
ガキさんはメモリの2番目に入ってる。
見えなくたって、もう慣れた。
「もしも・・・。」
『か〜め〜。何時だと思ってるのよ。』
「ごめんね。」
『あんたねぇ。こっちは、もしかしたらとか、電話しちゃまずい状況なのかもとか色々1人で悩んでたんだからね。』
「ごめん。保田さんは?」
『私を誰だと思ってるのよ。心配させる前にお酒に溺れさせたわよ。』
「ありがとぉ。」
『保田さんの相手も大変だったんだからぁ。で、どこにいるの?』
「吉澤さんのマンション。」
『はぁ〜。何してるの。何もされてない?今、いないの?』
「いるよ。絵里の頭撫でてくれてる。」
『切って良い?』
「ダメ。」
『まったく。帰ってきたら状況の報告、こっまかくしなさいよ。』
「うん。でね。保田さん寝てるんだよね?」
『あんた、まさかぁ。泊まるとか言わないよね。』
「ダメかな?」
『決まってるでしょうが。って言いたいけど。側に居たいんでしょ。』
「うん。」
『朝、早く帰ってきなよ。保田さんが起きる前に。』
「あ、まって。まだ、吉澤さんに良いか聞いてないや。」
『あんた、順番が逆でしょうがー。』
「どうしたの?」
「今日、泊まっていけそうなの。もう少し、吉澤さんと居てもいい?」
「もちろん。」
- 229 名前:Comparison_天使の囁き 投稿日:2006/07/30(日) 02:39
- 「良いって。」
『はいはい。聞こえたから。ちょっと吉澤さんと代わって。』
「えぇ?」
『代わりなさい。』
「吉澤さん。」
「ん?」
「ガキさんが、吉澤さんと話したいって。」
「僕と?」
私が頷いて携帯を差し出すと、髪を撫でていた手がなくなって携帯も無くなった。
「もしもし、吉澤です。」
『新垣里沙と言います。花屋でバイトしてる。』
「はい。分かりますよ。」
ガキさんの礼儀正しい声が私の耳には届く。
『絵里がそちらにお世話になるみたいで。』
「はい。」
『絵里は見えないけど、自分で色々出来ますから。出来ないことは出来ないってちゃんと言える子ですから。迷惑かけないと思いますけど。一応、見えていないってことは頭において置いてください。』
「はい。」
『それと・・・絵里、凄くいい子で、温かい子で、天然で、ちょっと変わってたりとかするけど、凄いいい子なんです。』
「はい。」
吉澤さんの手が私の頬を撫でてそのまま髪を撫で始める。
ガキさんが私のことを一生懸命、伝えようとしてくれてるのが聞こえてくるけど褒めすぎで恥ずかしい。
- 230 名前:Comparison_天使の囁き 投稿日:2006/07/30(日) 02:39
- 『1人の普通の女の子ですから。』
「僕にとって彼女は普通じゃないですよ。勿体無いくらい可愛い女の子。そうだな、初めて見つけた美しい花かな。天使にも見える。」
『はぁ・・・そうですか。・・・絵里と代わってもらって良いですか?』
私は直ぐに手を伸ばした。
「聞こえてたの?」
「うん。」
「そっか。はい。」
渡された携帯を耳に当てる。
「もしもし。絵里です。」
『亀の目の前で可愛い子とか美しい花とか天使とか言っちゃう人なんだ。』
「うん。」
『水が欲しいくらい、私の口の中が甘ったらしいんだけど。』
「早く、お水のんで。」
『ちがうからぁ。もう、いいよ。朝、早く帰ってくるんだよ。』
「うん。じゃぁね。ガキさん、色々ありがとうね。」
『いいってことよ。』
「あはは、バイバイ。」
『亀。』
「ん?」
『よかったね。いい人そうで。』
「うん。」
『おやすみ。』
「おやすみ。」
携帯を切ると吉澤さんの手がまた私の頬を撫でた。
- 231 名前:Comparison_天使の囁き 投稿日:2006/07/30(日) 02:40
- 「もう一度、キスしていい?」
「朝までして。」
唇から吉澤さんの温度が伝わってくる。
とっても温かい温もり。
「キスするとき、目は閉じるんだよ。」
「吉澤さんも閉じてるの?」
「うん。」
「唇がどこにあるか分かるんだ。」
「キスする寸前に閉じるから。」
「絵里からしてもいい?」
「うん。」
吉澤さんの顔に手を当てて口の位置、鼻の位置、目の位置を探る。
「吉澤さん、目、大きいでしょ。」
「よく言われる。分かるの?」
「うん。絵里より顔が小さい。」
「そんなことないよ。」
「小さいよ。」
「そう?」
「うん。」
吉澤さんの顔に手を当てまま唇を寄せたら鼻が当たってしまってキスが出来なかった。
「あれ。」
「顔をね、少しだけ傾けるんだ。」
「こう?」
「うん。」
もう一度、ゆっくりと近づけたら、今度はちゃんと吉澤さんと唇を重ねられた。
- 232 名前:Comparison_天使の囁き 投稿日:2006/07/30(日) 02:40
- 「出来た。」
「出来たね。」
「うん。」
「明日も花屋?」
「うん。保田さんが起きる前に帰らないと。」
「何時くらい?」
「7時かな。」
「送ってく。」
「道案内できないもん。」
「カーナビがあるから、住所が分かれば大丈夫。」
「えっ?」
だったら、さっき。
「もう少し、君と話がしたかったから。さっきは分からないって言ったんだ。」
「もぉ。でも吉澤さん明日の予定は?」
「大学は午後からだから大丈夫。」
「ホント?」
「本当だよ。」
「きゃぁっ。」
オデコにチュってされて突然、抱っこされたから驚いた。
「ここだと冷えるから、ベッドに入ろう。」
「えっ?」
「朝までキスしてていいんでしょ?」
「うん。」
- 233 名前:Comparison_天使の囁き 投稿日:2006/07/30(日) 02:41
- ********************************
- 234 名前:Comparison_天使の囁き 投稿日:2006/07/30(日) 02:41
- ベッドに彼女を降ろして僕も隣に入る。
キングサイズのベッドは僕等二人が入っても十分に広い。
彼女が手を使ってどこまでベッドがあるか確認している。
「凄い広い。」
「うん。君が寝返りしても落ちないよ。」
「あはは。」
「寝返りさせないけどね。」
「どうして?」
「僕がこうしてるから。」
彼女を引き寄せて僕の腕の中に収める。
誰かに腕枕なんてしたのは初めてだ。
「あったかぁい。」
僕の腕の中で嬉しそうに微笑む彼女をとても愛しく思った。
だから、そっと彼女の額に口付ける。
「ホントに朝までするの?」
「起きていられたらね。」
「絵里、起きてるよ。」
「明日も花屋の仕事があるんだろ?」
「うん。」
「少しは寝ないと。」
「んー。」
アヒルの口のようにする彼女の唇にキスを落とす。
- 235 名前:Comparison_天使の囁き 投稿日:2006/07/30(日) 02:41
- 「んふふ。」
「なに?その笑いは。」
「昨日まで名前も知らなかった人とこんなことしてるんだって思うと不思議。」
「そうだね。」
「吉澤さんのこと何も知らないのに。」
「うん。」
彼女が意識をなくすまで僕は彼女の話に耳を傾け相槌を打った。
彼女の口から出てくる言葉、彼女の思考は
僕にとってとても新鮮で、僕の知らない世界だと思った。
- 236 名前:Comparison_天使の囁き 投稿日:2006/07/30(日) 03:02
- 本日の更新以上です。
>>180-235 Comparison 天使の囁き
176 :ももんが 様
レス有り難うございます。
>よっちゃんがだいぶ亀ちゃんのこと気になってるみたいですね。
>二人の今後楽しみにしてます!
有り難うございます。
気に入っても貰わないとけない。
>>178 :名無し飼育さん 様
レス有り難うございます。
>新作始まっていたんですね。更新お疲れ様です。
>あずが主張今回もヤバイスゴイ!いきなりぐぐっと引き込まれました。
いやいや、有り難うございます。
>作者さんの描く亀ちゃん最高です。
有り難うございます。
>今回はガキさん登場でまた楽しみが増えました。
これからもチョクチョク出ます。亀井絵里
179 :名無飼育さん 様
レス、有り難うございます。
とにかく、耐えてみますw
- 237 名前:clover 投稿日:2006/07/30(日) 03:03
- 名前変え忘れた・・・_| ̄|○
- 238 名前:clover 投稿日:2006/07/30(日) 03:21
- 申し訳ないです。レス読み返してみたら意味の分からないこと書いてる・・・
何・・・やってんだ・・・自分・・・
ホント、すみませんm(。_。)m
- 239 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/07/30(日) 19:05
- これからどのような展開があるのかは解りませんが
この絵里と過ごした夜は吉澤さんにとって安らかなものであってほしいです
- 240 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/07/30(日) 20:12
- 亀ちゃんがカワイイ
今までの作品の中で1番好きな亀ちゃんです
- 241 名前:ももんが 投稿日:2006/07/30(日) 21:30
- 大量更新お疲れ様です。
惹かれあうかめよしがいい雰囲気出してます。
ガキさんいい友達ですね。
- 242 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/07/31(月) 00:51
- んんんんなんかジワジワきますw
いいですね亀ちゃん
すごく前向きでまっすぐで
更新お疲れ様です
- 243 名前:けん 投稿日:2006/08/06(日) 01:20
- 続きが気になってしょーがないです。
なんとも言えない二人の雰囲気が好きだなぁ
- 244 名前:Comparison_嫉妬とプライド 投稿日:2006/08/06(日) 20:38
- 高校一年、前期試験の結果。
学年2位。
美貴は目を疑った。
1位以外とったことなかった。
その美貴の特等席を取ったのは吉澤ひとみ。
男に負けたことが悔しかった。
だから凄い気になって、隣のクラスに覗きに行った。
彼の持つ空気、孤独感。
興味を持った。
自分より、上に居てもいい男かもしれない。
そう、思った。
「吉澤君、大学どこにいくの?」
2年の冬、廊下ですれ違った彼に声をかけた。
彼は「まだ、わからない。」とぶっきらぼうに答えて去っていった。
- 245 名前:Comparison_嫉妬とプライド 投稿日:2006/08/06(日) 20:39
- 彼がどこの大学に進学するかを担任からの情報で知ることになった美貴はもちろん同じ大学を受験した。
そして、同じゼミを取った。
彼は人と係わりを持たないようにしていた。
どうしたら、彼と接触できるだろう。そう考えていた美貴に機会がやってきたのはゼミの飲み会。出席しないわけには行かない状況の彼の隣に陣取り、美貴は彼を酔わした。
そして、美貴の思惑通りに酔ってくれた彼と体を合わせた。
そうすることで、彼と何か結びつきが持てるのではないか、そこから彼を知れるのではないかと思っていた。
でも、知れたことは彼が女を知らなかったことと何があっても彼の生活のリズムは崩さない、崩すものは排除される。
そう、彼は排除する。何の迷いもなく。
排除されたくない。
そう思ってしまった美貴はテストだけではなく、人生においても彼に負けたのだろう。
ならば、彼に排除されない人間になろう。彼の望む、同等の立場。
それは、彼と同じ人間になるとういうこと。
それは、彼と同じように孤独な人間になるということ。
だから、友達との関係を切った。
彼以外の人間との係わりを持たなくなって2年。
おそらく、彼の一番近くにいる人間は美貴だろう。
- 246 名前:Comparison_嫉妬とプライド 投稿日:2006/08/06(日) 20:40
- ********************************
- 247 名前:Comparison_嫉妬とプライド 投稿日:2006/08/06(日) 20:42
- 彼がいつもと違う行動を取った夜。
美貴は乱れた。
いや、乱れさせられた。
彼が、興奮しているのが良くわかった。それが美貴に対してじゃないことも。
それが魅力的に思えてしまった美貴。
そのとき、美貴は彼と同等の場所にいるのではないのだと気がついた。
例えば、美貴がいつもと違う行動を取ったとしても彼はそれを受け入れたりはしないだろう。
でも、美貴は受け入れた。
それは、美貴が同等ではないということでもある。
案の定、美貴が今夜行くというメールを彼に送り承諾のメールがないまま彼のマンションで待っていたら受け入れられなかった。
そのときに分かった彼がいつもと違う行動を取るようになった理由。
美貴よりも優先される女。
盲目の少女。
ありえない。
そう、思った。
帰された次の日。
午後から講義のその日。
いつも通りに彼のマンションに向かった。
講義が午後からの日は連絡なしで行くのは暗黙の了解。
それなのに、美貴は目の前にある光景に目を疑った。
彼のマンションに着くそのとき、彼の車が美貴の横を通り過ぎていった。
夕べの盲目の少女を助手席に乗せた彼の車。
その日、美貴は大学を休んだ。
もちろん、彼から心配の連絡なんてものはない。
美貴と彼は恋人ではないから仕方ない。
それに、そんなことは美貴自身も望んでいない。
- 248 名前:Comparison_嫉妬とプライド 投稿日:2006/08/06(日) 20:43
- 母親に時間があるときに帰ってくるようにといわれていたことを思い出し、丁度良いと実家に向かった。
「なんです?これ。」
「お見合い写真よ。」
目の前に積み上げられた何冊もの見合い写真と母親の笑顔。
「お婿さん候補。どの方もご立派よ。一流の大学出て、一流企業のエースたちよ。うちの跡を継ぐのに申し分のない方たちよ。」
思わず零れてしまうため息。
美貴が通ってる大学のOBばかり。美貴だって行ける大学。
美貴だって、きっと入れる企業。
美貴と同等。
仕事だって美貴だって出来る。もしかしたら美貴の方が出来るかも知れない。
「美貴では不満ですか?」
「まだ、言ってるの?」
「美貴だって、男性には負けないです。」
「男性と戦ってどうするの。あなたは良い奥さんになればいいの。最前線で働く必要なんてないのよ。」
「そう・・・。」
「それとね、新垣さんの娘さん覚えてる?」
頭の良い子。勉強ではなく人間的に。
体の細い、前髪のない子。
美貴よりも5つくらい下の子だったはず。
- 249 名前:Comparison_嫉妬とプライド 投稿日:2006/08/06(日) 20:43
- 「なんとなく。」
「東京の高校に行ってるのよ。」
「そう。」
「アパートなんかに住んでるんですって。」
「家出?」
「違うんですって。なんだか行きたい大学があるからって自分で全部しらべて住む場所も決めてきたから、何も言えなかったんですって。」
「それは、凄いね。」
「小さい子から少し変わってる子だったものね。それで、心配だから家庭教師という名目で美貴に様子を見て欲しいって。」
「はい。勉強は教えなくて良いの?」
「一応、花嫁学校に入れればいいのよ。ほどほどに教えてあげなさい。」
「分かりました。」
「あと、この中から気に入った方、決めておきなさい。」
袋に入れて渡される見合い写真。
この中から気に入ったのを決めろ。
この袋に入ってる人間ならどれでも同じ。
美貴にはそう聞こえる。
「用事はそれだけですか?」
「うん、これ、新垣さんの娘さんのアパートの住所。出来れば今日にでも行って。結構、前から頼まれていたことだから。」
「はい。」
住所のメモを受け取り実家を出た。
車を運転しながら、考えてしまうのは盲目の少女のこと。
一体、二人はどんな関係なのだろう。
少なくとも、最近知り合った関係には違いない。
- 250 名前:Comparison_嫉妬とプライド 投稿日:2006/08/06(日) 20:44
- ********************************
- 251 名前:Comparison_嫉妬とプライド 投稿日:2006/08/06(日) 20:45
- マンションの近所まで車を走らせ、いつも寄るスーパーに入った。
手ぶらで新垣さんのところに行くわけにもいかない。
1人暮らしをしている彼女。夕飯ごろになってしまうだろう時間帯。
夕飯になる軽食がいいだろう。
ケーキを眺めながら、幼い頃の記憶。
確か、あの子はケーキを口にせずにお煎餅を食べていた。
止めていた足を進め店内を歩く。
結局、レジに持っていったものは数種類のお菓子。
カーナビにメモの住所を登録してナビゲーション通りに運転をする。
目的地のアパートは新垣家の娘が住んでいるとは思えないアパートだった。
「新垣里沙」と書かれた扉をノックする。
「はぁーい。亀?開いてるよ。」
ありえない。本当に新垣家の娘だろうか。
「あの、藤本ですけど。」
扉を開けずにそういうと。バタバタと駆けてくる音がする。
「あっ、申し訳ございません。ご無沙汰してます。」
扉が開き、早くに言って頭を下げる新垣里沙。
顔を上げた彼女は随分と大人っぽくなって、綺麗になっていた。
- 252 名前:Comparison_嫉妬とプライド 投稿日:2006/08/06(日) 20:46
- 「お久しぶり。おば様から家庭教師の件で伺ったの。」
「はい。すみません。ご面倒お掛けして、あっ、どうぞ、上がってください。狭いですけど。」
入るように促す彼女に従って中にはいる。
綺麗にされている部屋。彼女の性格なのだろう、生理整頓されていますとういうシンプルな部屋。
美貴は嫌いではない。高い置物をセンスなく置きまくっている親たちをみているから。
「あの、こちらどうぞ。お座りください。今、温かいもの入れますから。」
置かれているクッションを手に取りそこに美貴は座った。
彼女はポットの中を確認してからコーヒーを入れてくれた。
「どうぞ・・・インスタントでお口にあうか。」
申し訳なさそうに出す彼女に美貴は笑みを見せた。
「美貴も1人暮らししてるから。普通にのむよインスタント。」
「よかった。」
そう、微笑む彼女。
「どうして1人暮らししようなんて思ったの?」
「えっ?」
「いや、だって。高校からって早いでしょ。1人暮らししてみたければ大学でも出来るじゃない。」
「あぁ〜。まぁそうなんですけどね。」
「どうして?」
「行ってみたい高校があったって言うのと世間をしりたいというか、なんとういうか。上手く言えないんですけどね。」
そう言ってコーヒーを飲む彼女。
だけど、あまり彼女の言葉に理解を示すことは美貴には出来なかった。
「世間をしるって、態々この暮らし?」
狭い部屋に視線を向けて見せる。
きっと彼女の家の部屋より狭い部屋にキッチンとバス、トイレがあるだろう。
「でも、あの家にいるより楽しいですよ。自由で。」
そう笑う彼女。
美貴に理解されてもされなくてもいいという感じ。
- 253 名前:Comparison_嫉妬とプライド 投稿日:2006/08/06(日) 20:46
- 「家庭教師っていうのは名目だって。」
「はい・・・えっ?うそっ。」
「ホント。おば様も心配してるみたいよ。美貴に家庭教師という名目で様子を見て欲しいってことみたい。」
「あぁ、そうなんですか。」
微笑む彼女。その微笑の意味が美貴には分からなかった。
「どうして笑うの?」
「あっ、すみません。なんかお母さんらしくないなって。心配なら自分で見に来たり、無理やりにでも連れて帰る感じの人なのに。」
「あなたが、全部1人で決めてきたからみたいよ。」
「そうですか。」
「うん。ってことで、家庭教師はしないでいいかな?」
「はい。」
「行きたい大学とかあるなら自分でするだろうしね。」
「大学か・・・。」
「ん?」
「勉強、苦手なんです私。」
「じゃぁ、花嫁学校卒業して親が決めた家にお嫁に行くんだね。」
「それも嫌かな。」
「まぁ、美貴には関係ないからその辺は。」
「あはは、藤本さんって典型的ですよね。でも女性なのに珍しいけど。」
「なにが?」
「家柄を気にするっていうか。まぁ・・・。」
「いけない?」
「いけなくないですよ。私は着いていけないってだけですから。」
「がーきさーん。入るよぉ。」
苦笑しているといきなり扉が開き入ってくる少女。
一瞬、美貴は思考が止まった。
- 254 名前:Comparison_嫉妬とプライド 投稿日:2006/08/06(日) 20:50
- 「あ、亀。ごめん。今、お客さん来てるんだ。」
「うん。じゃぁ後で来るね。」
「私、もう帰るよ。」
そう、声を出すと、美貴の方に顔を向ける盲目の少女。
「あれ・・・夕べ吉澤さんのマンションでお会いしましたよね。」
「えっ、なに知り合い?じゃぁ。亀、あがりなよ。」
彼女は盲目の少女の手を取り中へと招き入れる。
それだけすると盲目の少女は見えているかのように部屋の中に入り、クッションの横に座る。
「はい。亀、お茶。」
「ありがとぉ。」
手に湯のみを渡されて美味しいと啜る少女。
「隣の部屋に住んでる亀井絵里です。」
そう言って美貴に頭を下げる。
「藤本美貴です。」
「家庭教師の話してたじゃん。その先生になるはずだったの藤本さん。」
「あぁ。はずだった?」
「勉強好きじゃないし、まぁお母さん的に私の様子しるための名目だったみたい。」
「なるほど。心配なんだお母さん。」
「過保護だからさ。」
二人の会話を美貴が聞いている意味もない。
でも、気になってしまう。亀井絵里。
よっちゃんとどんな関係なのか。
- 255 名前:Comparison_嫉妬とプライド 投稿日:2006/08/06(日) 20:51
- 「それより、亀、さっき藤本さんと吉澤さんのマンションでって話は?」
「うん、ロビーでお会いしたの。」
「そう、ちょっと近くまで行ったから寄ったんだ。」
「吉澤さんとお知り合いなんですか。」
「高校から一緒なの。」
「へぇー。」
「二人は?どうして知ってるの?」
「バイト先の花屋に買いにいらして。」
「バイト?バイトしてるの?」
「あ、お母さんには内緒なんで・・・。お願いします。」
「うん。花か・・・お母さんへのかな。」
「あっ、やっぱりそうなんですか。」
新垣さんが手を打って美貴を見る。
その行動は17才には見えない。
「ん?」
「適当な花束って頼むんですよ。亀が家族へのだって勝手に言ってたから。」
「勝手にって・・・そうじゃないかなって思ってただけだもん。」
「亀井さんも花屋でバイトしてるの?」
「絵里は仕事です。高校は行ってないんで。」
「そう・・・。」
「亀、勉強はできないけど、花の匂いで何の花か分かるし、花言葉とかも色々知ってるし凄いんですよ。」
美貴はきっと亀井さんを蔑んだ目で見たのだろう。
新垣さんは美貴を怒ったように見ていた。
だからと言って美貴は申し訳ないとは思わない。
美貴は別に間違えてはいないと思うから。
人にはそれぞれ価値観がある。
美貴がこの子たちの価値観に合わせる必要はない。
「勉強はできないって、ひどぉいガキさん。」
「本当じゃない。」
「まぁまぁそうだけど。」
「でしょぉが。」
「まぁ、いいもん。絵里は今とっても幸せだからゆるしてあげる。」
「こぉらぁー。」
「んふふ。」
幸せそうに微笑む亀井さん。
その笑みの理由はよっちゃんなのだろうか。
- 256 名前:Comparison_嫉妬とプライド 投稿日:2006/08/06(日) 20:51
- 「キモーイ。ってか亀、昨日はどうだったのよ。」
「えぇっとねぇ。」
「あっ、昨日、吉澤さんのマンションに泊まってきたんですよ。亀。」
二人で会話を進める中、ところどころで美貴に説明を入れてくれる新垣さん。
「そうなんだ。」
「吉澤さんと色々お話できたし。凄い幸せだったよ。吉澤さんやっぱり優しい人だったし。」
「あぁ。そうだよね。私に僕には勿体無い子だの、美しい花だの言っちゃう人だもんね。」
よっちゃんが?
そんなことを言うわけない。
目が見えない子だから?
リップサービス?
「一杯、言ってもらったよぉ。」
「他にも?」
「うん。」
「何よ。」
「それは、ガキさんにも教えられなぁい。」
「はいはい。」
嬉しそうにしながらも心配そうに亀井さんを見つめる新垣さん。
「藤本さん。」
「はい?」
「吉澤さんって大学でも優しい人ですか?」
「へっ?」
新垣さんの質問を美貴はどう答えてよいのか一瞬、戸惑った。
「絵里も聞きたい。吉澤さんのこともっと一杯知りたいもん。」
微笑む亀井さんを見て
美貴は
嫉妬した。
- 257 名前:Comparison_嫉妬とプライド 投稿日:2006/08/06(日) 20:53
- 美貴の知らないよっちゃんを亀井さんは知ってる
それが、許せない
明らかによっちゃんと対等でない亀井さんが
美貴よりもよっちゃんの近くにいること
「本当のよっちゃんを二人は知らないんだよ。」
「えっ?」
新垣さんが不思議そうに美貴を見てくる。
美貴は思わせぶりな顔をして笑って見せた。
「でも、美貴がそれを二人に話すのはどうなんだろう。よっちゃんが二人に見せてる顔っていうのがあるんだろうし。話せないことだってあると思うから。」
美貴の方がよっちゃんのことを知っている、近くにるんだ
そう、感じ取れるような言い方をわざとした。
「藤本さんが知ってる吉澤さんと絵里が知ってる吉澤さんは違う?」
「本当の彼を亀井さんはまだ知らないのかもしれないね。」
ふと笑みを零す亀井さん。
その笑顔は美貴を苛立たせる。
「絵里が知ってる吉澤さんはきっと本当の吉澤さんです。」
「そう、亀井さんがそう思うならそれでいいんじゃない?」
無表情に冷たい声になってしまう。
向かいで新垣さんがチラチラと美貴を見ていた。
「そろそろ、失礼するね。あ、これ食べて。」
すっかり渡すのを忘れていたお菓子を新垣さんに手渡し美貴はその場をさった。
- 258 名前:Comparison_嫉妬とプライド 投稿日:2006/08/06(日) 20:53
- 車に乗り込みため息が零れる。
「なんなの・・・。」
亀井絵里。
美貴を苛立たせ嫉妬心を煽る。
気にしない、相手にしなければいいのにそれができない。
カバンから携帯を取り出しよっちゃんにメールする。
近くにいるから行っても良いかと。
エンジンをかけてメールの返信を待つ。
3分後にOKのメール。
美貴は直ぐによっちゃんのマンションに向かった。
- 259 名前:Comparison_嫉妬とプライド 投稿日:2006/08/06(日) 20:53
- ********************************
- 260 名前:Comparison_嫉妬とプライド 投稿日:2006/08/06(日) 20:53
- いつもなら、ランニングに行ってシャワーを浴びた後、ジャージ姿のはずのよっちゃんが今、美貴の目の前で黒のパンツにシャツを羽織って美貴を出迎えた。
「ランニングは?」
「辞めた。」
どうして?と聞いたらいけない。
よっちゃんは嫌がるから深く尋ねることを。
「外、寒かった?」
「えっ?あ、うん。」
初めてきかれた、日常の会話。
「じゃ、コーヒー温かいの入れるから待ってて。」
いつもなら、自分が飲むから美貴にもついでに飲むか聞くだけのはず。
それが、美貴のためにコーヒーを入れようとしてる。
「美貴は・・・いらないよ。」
美貴のせいで彼に時間を取らせることはしてはいけない。
彼が嫌がるから他人のために時間を使うことを。
「いいよ。僕も飲みたいし。」
そう言ったよっちゃんの顔はとても優しくて
別人かと思った。
「はい。」
出されたコーヒー。
向かいに座りそのコーヒーを一口のんでフーっと息を吐き出す。
- 261 名前:Comparison_嫉妬とプライド 投稿日:2006/08/06(日) 20:54
- 「美貴に話があったんだ。」
「ん?」
「もう、こういう関係やめよう。」
そんなことを言われるなんて思ってもいなかった。
黙って、よっちゃんの顔を見つめる。
「美貴がよっちゃんの邪魔をした?」
「いや、してないよ。」
「夕べ、返信ないのに来たから?」
「そうじゃない。」
「じゃぁ、どうして?」
「もう、美貴と対等でいることはないから。今までの関係は保てない。」
「よっちゃんにとって美貴と関係を持つことにメリットがなくなったってこと?」
「そうだね。」
「美貴にとってはまだあるのに勝手に辞めるわけ?」
よっちゃんは笑みを零した。
いつものよっちゃんの顔。
引き攣った笑顔。
「勝手に始めたのは美貴だよ。二人にメリットがあったから続いた関係だろ?どちらかがなくなったらそれは終わりだ。どちらかが犠牲になるなんてばかげてる。」
「そう・・・だね。」
泣いて、続けたいと言える美貴ではない。
「それに、きっと美貴もメリットがなくなるはずだ。」
「そうなの?」
「僕があの大学を辞めて、吉澤家の跡取りじゃなくなって単なる吉澤ひとみになる僕を美貴は相手にしないだろう。」
「辞める?跡取りじゃない?」
また、コーヒーを飲んで優しい笑顔を見せる、美貴の知らない吉澤ひとみ。
- 262 名前:Comparison_嫉妬とプライド 投稿日:2006/08/06(日) 20:55
- 「もしもっていう話。大学は辞めないだろうけど、もうトップでいることに必死になったりはしないだろう。母親に作られた吉澤ひとみはもう存在しなくなる。そしたら美貴、君はきっと僕なんか相手にしない。」
「家を捨てる気?」
「あぁ。」
「そんなこと出来ると思う?」
「僕は元々養子だ。」
そうだ、よっちゃんは血筋的には吉澤家とは無関係なんだ。
ならば出来るかもしれない。
いや、それでも母親がゆるさないだろう。溺愛している母親だ。
「跡取りになれないから家を捨てるわけか。」
「そのための人生だったからね。」
「じゃぁこれからは?」
「見つけたよ。美しい花を。」
「亀井絵里。」
美貴の言葉によっちゃんが驚いた。
「さっきまで会ってたの亀井さんと。」
「なんで?」
「私の知り合いの子の様子を見に行ったら隣に住んでいたのが夕べよっちゃんが連れてた盲目の子だったの。」
「新垣さんが美貴の知り合いってことか。」
「新垣財閥のお嬢様だよ。変わり者であんな暮らししてるけど。」
「なるほど。品があるわけだ。」
「亀井さんが美しい花なんだ。」
「そうだね。」
「許されると思う?」
「なにが?」
「家を捨てるって言っても吉澤グループの養子が亀井さんと関係を持つなんて。」
よっちゃんは微笑みながらコーヒーカップの中の黒い液体を見ていた。
- 263 名前:Comparison_嫉妬とプライド 投稿日:2006/08/06(日) 20:56
- 「許されない・・・だろうね。でも、それは僕自身の問題で美貴には関係ない話だ。今話してるのは美貴との関係を止める理由だろ。」
「そうだね。」
「亀井絵里を・・・彼女を見つけたからもう美貴は僕には必要ない。それが理由。」
はっきりと言われてしまったら美貴はもう何も言えない。
恋人でもない美貴が泣いて別れたくないなどと痴態をさらすわけにもいかない、もし恋人だったとしても美貴にそんな真似は出来ない。
プライドがそんなことを許さないから。
「そう、じゃぁ美貴は他に相手を見つける。いくらでもいるものよっちゃんクラスの男なんて。」
本心ではない言葉をよっちゃんにぶつける。
よっちゃん以外に興味を持った男なんて居ない。
よっちゃんはコーヒーをゴクっと飲んで微笑んだ。
「そうだね、僕のレベルは腐るほど居る。」
美貴は出されたコーヒーに手をつけずによっちゃんのマンションを後にした。
- 264 名前:Comparison_嫉妬とプライド 投稿日:2006/08/06(日) 20:56
- 抜けられるはずがない。
美貴は産まれたときから
よっちゃんは契約したときから
この世界に縛られてしまっている。
抜けることなど親たちが許さない
皆、そうして生きてきたんだから
よっちゃんだけが抜けれるなんてことはない。
よっちゃんと話しているときからずっとなっていた携帯を取り出す。
母親から何度も着信がある。
車に乗ってから母親に電話をかけた。
「もしもし、美貴ですけど。」
『美貴ちゃん、直ぐ帰ってこれる?』
「どうかしました?」
『お父様が美貴ちゃんに話があるんですって、それと今日、渡したお見合い写真のことは全部忘れて。』
「どうしたんですか?」
『帰ってきたらお父様から話があるわ。』
「そう、じゃぁ、今から帰ります。」
『美貴ちゃん、お夕飯は?』
「まだ、です。」
『用意しておくわね。』
一体、どうしたのだろう。
美貴は車を走らせた。
- 265 名前:clover 投稿日:2006/08/06(日) 21:08
- 本日の更新以上です。
>>244-264 Comparison 嫉妬とプライド
昨日の夜中に更新しようと思ったけど
前回の失敗があるのでこの時間にしました(^。^;;
>>239 :名無飼育さん 様
レス有り難うございます。
>これからどのような展開があるのかは解りませんが
>この絵里と過ごした夜は吉澤さんにとって安らかなものであってほしいです
そうですねぇ。
ひと波乱ないとお話しにならないのでw
最後までお付き合いください。
>>240 :名無飼育さん 様
レス有り難うございます。
>亀ちゃんがカワイイ
>今までの作品の中で1番好きな亀ちゃんです
有り難うございます。
亀ちゃん・・・ライブDVDとか見てても自分の目には凄い可愛く映るんですw
なので、そんなイメージで書いてますw
>>241 :ももんが 様
レス有り難うございます。
>大量更新お疲れ様です。
深夜に更新していたらレスまで気力が持たなかった(言い訳ですw
>惹かれあうかめよしがいい雰囲気出してます。
>ガキさんいい友達ですね。
そうですね、お互いの気持ちが分かり合ってる感じのは初めて書く感じかもw
ガキさんはこれからも活躍してもらいます
最後までまた、宜しくです。
>>242 :名無飼育さん 様
レス有り難うございます。
>いいですね亀ちゃん
>すごく前向きでまっすぐで
有り難うございます。
亀井さんは綺麗な心を持ってる感じで行きたいと思ってます。
最後まで宜しくです。
>>243 :けん 様
レス有り難うございます。
>続きが気になってしょーがないです。
有り難うございます。
更新できるときにしていくので最後まで宜しくです。
>なんとも言えない二人の雰囲気が好きだなぁ
もうしばらく、二人をお楽しみいただけるかなw
- 266 名前:ももんが 投稿日:2006/08/06(日) 22:14
- 更新お疲れ様です。
美貴ちゃんの今後の出方に注目ですね。
この亀ちゃんの清浄さに心洗われる気がします。
- 267 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/07(月) 02:11
- 更新乙です!
ガキさんが素敵・・・。
どこまでもさりげなく亀ちゃんのフォロー。
美貴ちゃんセツナス。
- 268 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/07(月) 21:21
- 甘えられないエリートミキティの気持ちも何となく解るんですけどね
気になるラストの切り方で続きが待ち遠しいです
- 269 名前:Comparison_愛するものとの時間 投稿日:2006/08/13(日) 11:26
- 美貴が残していったコーヒーカップをシンクに流す。
初めて美貴が僕を蔑んだ目でみた。
いつだって、僕のが優勢だったのに。
でも、そんな風に見られても嫌悪を感じなかったのはきっと彼女の亀井絵里の影響だろう。
僕には彼女がいる。
それが今の僕。
僕が持っている唯一のもの。
テーブルの上で携帯がブルブルと震えている。
手を拭いてから携帯を開いた。
見たことのない番号がディスプレイに表示されている。
「もしもし?何方?」
『絵里です。こんばんわ。』
「こんばんは。」
ついつい笑みが零れる。
彼女の可愛らしい声が僕の耳をくすぐるから。
- 270 名前:Comparison_愛するものとの時間 投稿日:2006/08/13(日) 11:27
- 『吉澤さん、今朝はどうも有り難うございました。』
「いえいえ、保田さんは?大丈夫だった?」
『はい。ばっちりです。』
「そうか、良かった。仕事は?」
『ばっちり、頑張りましたよ。吉澤さんは?』
「僕?僕は今日は一日家でゆっくりしてたよ。」
『大学は?』
「サボりました。」
『いけないんだぁ。』
「出席日数は十分足りてるよ。」
『でも、ダメですよ。行かないと。』
「そうだね。明日は行くよ。心配しないで。」
『約束ですよ。』
「うん。わかった。」
『今は何してました?』
「洗い物。食器を洗ってた。」
『夕飯・・・食べちゃいました?』
「いや、コーヒーカップを洗ってた。」
『ガキさんとオムライス作ることになったんですけど。』
「おっ、凄いね。」
『よかったら、食べに来ませんか?』
「ケチャップ大目のゴハンがいいな。」
『あはは、わかりました。』
「今から家を出たほうがいいかな?それとも少ししてからがいい?」
『直ぐがいいです。』
「じゃぁ、15分位でつくかな。」
『待ってますね。』
「わかった。」
携帯を切って僕は直ぐに家を出た。
車を走らせ向かったのはジュエリーショップ。
初めて、彼女の手料理を食べさせてもらうお礼を買いに。
夕べ、彼女の耳にピアスホールがあることを知った。
新垣さんが開けてくれたというホール。
ピンクのリボンのピアスがあった。
彼女に似合いそうなピアスを購入して店を出た。
車に戻る途中、露天で売っているアクセサリーに目が行った。
二人に似合いそうなストラップ。
彼女と新垣さんへおそろいのストラップを購入して僕は彼女のアパートへ急いで向かった。
- 271 名前:Comparison_愛するものとの時間 投稿日:2006/08/13(日) 11:27
- ********************************
- 272 名前:Comparison_愛するものとの時間 投稿日:2006/08/13(日) 11:28
- 小さめのアパートというよりもハイツ。
朝は階段の下で別れた。その階段を僕は上って亀井と書かれたドアのインターホンを押す。
「はーい。」
彼女の声に思わず頬が緩む。
開かれたドアの向こうにエプロン姿の彼女。その後ろで新垣さんが頭を下げていた。
「ご招待、有り難う。」
「どうぞ。もう直ぐできますから。」
「うん。」
彼女の後について中にはいる。
見えていない彼女はクッションを指差した。
「そこに座っててください。」
「ありがとう。」
彼女は微笑みながらキッチンへと戻っていた
「夕べは亀がお世話になりました。」
入れ替わりに新垣さんがそう言ってお茶を出してくれる。
「ありがとう。」
「朝もきちんと送って下さって。」
「あぁ、可愛い花を1人で帰すわけにはいかないから。」
キッチンからは彼女が料理する音が聞こえてくる。
新垣さんが困ったように笑う。
- 273 名前:Comparison_愛するものとの時間 投稿日:2006/08/13(日) 11:28
- 「僕は何か変なこと言った?」
「いやいや、変じゃないです、ですけど・・・。」
「ですけど?」
「そういう甘い言葉をこう、ストレートによく平気な顔して言えるなって思って。」
「普通は言わないのかな?」
「まぁ・・・二人きりのときとか本人だけに言いませんかね。」
「そうか、じゃぁこれからはそうするよ。」
「いや、別に良いんですよ?言っても。」
「でも、普通は言わないんだろう?僕は今までそういう経験がないから分からないんだ。」
「えっ?そういう経験って?」
「付き合ったことがないんだ。」
「どうして?モテルでしょ?」
「声をかけられることはあったよ。でも、僕に釣り合う子ではなかった。」
新垣さんは難しい顔をしながら腕を組んだ。
「亀は釣り合ったってことですか?」
「いや、僕が釣り合ってないかな。」
「ん〜。それって簡単に言うとどういうことですか?」
「僕は彼女にとても惹かれてる。」
新垣さんははにかんだように笑った。
「亀、手伝ってきますね。」
「うん。」
「お茶飲んでてください。」
「うん。」
二人並んで何やら楽しそうに料理をする後姿。
誰かが料理している姿を初めて見た。
- 274 名前:Comparison_愛するものとの時間 投稿日:2006/08/13(日) 11:29
- 新垣さんが取り皿やサラダを運んでくる。
「亀、出来た?」
「うーん。ガキさんあと宜しく。」
「あいよー。」
彼女からガキさんにフライパンが渡され卵の焼ける音が聞こえてくる。
「おー。いい音。」
「半熟がいいよねぇ。」
「だねぇー。」
「よし。いっちょあがり。はい。これ吉澤さんの分。」
「あいよぉ。」
彼女がオムライスにケチャップをかけて持ってくる。
「はい。お待たせしました。」
「ありがと。美味しそうだね。」
「絵里とガキさんの合作ですよ。」
「うん。上手に出来てるよ。」
「よかった。あとは味ですね。」
「自信は?」
「ケチャップは大目にしましたよ?」
「味見は?」
「してないです。」
笑う彼女の頬を撫でた。
「はいはい。イチャイチャしなーい。はい、これ亀の分ね。」
新垣さんが彼女の手を取りお皿を触らせる。
「うん。ありがと。」
「はい、じゃぁ食べますか。」
「うん。」
手を合わせて「頂きます。」と言う二人に続いて僕もそう呟く。
- 275 名前:Comparison_愛するものとの時間 投稿日:2006/08/13(日) 11:30
- 「吉澤さん食べました?」
「いや、まだ。今、口に入れるよ。」
「うん。」
彼女は僕の方を見ながら心配そうな顔をする。
ゆっくりとオムライスを口に入れ味わう。
僕の好みのケチャップ味。
「美味しいよ。とても。」
「はー。よかった。」
「よかったね。亀、ほら、あんたも食べな。」
「うん。」
新垣さんにスプーンを渡されて皿を確認すると器用にオムライスをスプーンに乗せて口に運ぶ。
「吉澤さん、亀が超能力者みたいに見えたりしてません?」
「そうだね。」
「絵里、そんな力ないよぉ。」
彼女が首を振りながら言うと新垣さんは優しい顔で笑った。
「あるわけないでしょ、分かってるから。」
「なんだよぉ。」
新垣さんは僕に視線を向けるとニコっと笑った。
「訓練だそうですよ。私たちは見て距離とかそういうの無意識に感じ取ってるけど、亀は空気とか音とか他の感覚で感じ取ってるんですって。」
「そうなんだ。凄いね。」
新垣さんは急に真面目な顔をして弄んでいたスプーンを置いた。
- 276 名前:Comparison_愛するものとの時間 投稿日:2006/08/13(日) 11:31
- 「亀を・・・吉澤さんは傷つけたりしないと思うんですけど。」
「ん?」
「どうしたのガキさん。」
「うん、そんなことしたりしないと思うけど、私は親友なんです。亀が傷つくところとかみたくない。だから、覚悟みたいなの知りたいんです。」
僕はガキさんに微笑んでからスプーンに乗せていたオムライスを口に入れてからスプーンを置いた。
それから、お茶を一口飲んでガキさんを真っ直ぐと見つめた。
「覚悟って言うのは、彼女が障害者だって言うことを自覚しているのかってことだよね?」
頷く新垣さんの横で彼女は気まずい顔をする。
僕は手を伸ばして彼女の頬に触れた。
一瞬、ビクっとした彼女だか直ぐに頬を緩ませた。
「彼女が障害者だから・・・目が見えないから僕は惹かれたのかもしれない。僕とは違う世界にいるから。僕が知らないことを一杯知ってるし見てるから。障害者だということは自覚してるよ。だから、新垣さんが心配してることはないと思う。」
彼女が障害者だからという理由で彼女を傷つけることなんて絶対にしない。
新垣さんは安心した顔で頷くとスプーンを手に取りオムライスを口に運ぶ。
僕の手に彼女の手が重なり微笑んだ。
「良いお友達だね。」
「うん。」
新垣さんが冷めた目で僕と彼女を見る。
「あのぉ。いつまでそうやってるんですか?」
「食べます・・・。」
彼女が僕の手を離し僕は伸ばしていた手を引っ込め、オムライスを食べた。
- 277 名前:Comparison_愛するものとの時間 投稿日:2006/08/13(日) 11:31
- ********************************
- 278 名前:Comparison_愛するものとの時間 投稿日:2006/08/13(日) 11:33
- 食事が終わると彼女と新垣さんはお皿を洗うために再び二人でキッチンに立つ。
僕はその後ろ姿を見ながらポケットからプレゼントを取り出しテーブルに置いた。
「食後のコーヒータイム。」
彼女がそう言いながらゆっくりと零さないようにカップを運んでくる。
「ありがとう。」
僕の前にカップを置いた彼女は今度は僕の隣に腰を降ろす。
僕の手は自然の彼女の髪に手が伸びてゆっくりと撫で始める。
「あのぉ、私が居るの分かってやってます?」
カップを二つ持ってきた新垣さんは苦笑しながらカップをテーブルに置いた。
「はい、亀のコーヒー。ここね。」
「ありがとぉ。」
新垣さんは彼女の手を取ってカップに触れさせる。
僕はいつかは自然とこういう動作が出来るようになるのだろうか。
そんなことを思いながら僕は彼女の髪を撫でる。
「吉澤さん。」
「はい?」
「いつまでも、亀の頭撫でてないでコーヒーどうぞ。」
「はい。」
名残惜しいという僕の手。
その手をカップに持っていった。
「そう。これ、二人にプレゼント。」
用意しておいたストラップを新垣さんに差出、もう一つを彼女の手に乗せる。
- 279 名前:Comparison_愛するものとの時間 投稿日:2006/08/13(日) 11:33
- 「私まで?」
「二人に似合うと思ってね。」
「有り難うございます。」
頭を下げる新垣さん。
「どうぞ、開けて。」
僕の隣で彼女は一生懸命、プレゼントを手で触っている。
「開けようか?」
「うん。」
袋から取り出して彼女の手にストラップを乗せる。
「ありがとう。」
嬉しそうにストラップを指先で触る彼女。
「矢?」
「うん。クロスアローだよ。」
「「クロスアロー?」」
新垣さんと彼女の声が被って二人は少しだけはにかんだ。
「クロスは交差。アローは矢。」
「そのままですね・・・。」
新垣さんはストラップを見て笑った。
- 280 名前:Comparison_愛するものとの時間 投稿日:2006/08/13(日) 11:34
- 「インディアンジュエリーだよ。」
「へー。」
「クロスアローは友情のシンボルなんだ。」
「友情。絵里とガキさんの友情だ。」
彼女は嬉しそうに笑った。
母親へのプレゼントとは全く違う。
喜んでもらえていることがとても嬉しく感じた。
「それと、これは君にだけ。」
もう一つ買ってきたプレゼントを彼女の手に乗せる。
「ピアス?」
「うん。」
「えっ?それ、ティファニーじゃない?」
新垣さんが彼女の手にあるピアスを覗き込んだ。
「高いんでしょ、ティファニーって。」
「そりゃ、まー。」
「お花の形してる。」
「うん、フラワードロップだよ、これ。」
「ガキさん、つけて。」
「吉澤さんにつけてもらいな。」
「うん。お願いします。」
彼女は僕にピアスを渡すと髪を耳にかけた。
こんなことをしたことがない僕はぎこちない手つきで彼女のピアスを外し、プレゼントのピアスに付け替える。
- 281 名前:Comparison_愛するものとの時間 投稿日:2006/08/13(日) 11:36
- 「さて、私はそろそろ部屋に戻るので、吉澤さんプレゼント有り難うございました。ごゆっくり。」
「ガキさん、バイバイ。」
「バイバイ。」
手を振る彼女に新垣さんは嬉しそうに笑いながら帰っていった。
「こっち向いて。」
もう片方の耳にピアスをつけるために僕は彼女に向きをかけるように言う。
でも、彼女は首だけを僕に向けた。
「もう少し、こっち。」
彼女は困った顔をした。
「こっちは右ですか?左ですか?」
見えない彼女にとって「こっち」「あっち」「そっち」などと言う言葉はないのだと初めて気がついた。
「もう少し、左。右の耳にもピアスつけたいんだ。」
「はい。」
彼女は直ぐに左に体を向けて右耳を僕の前にだす。
僕はそっと髪を耳にかけてピアスを取り替えた。
「どう、ですか?」
「凄いにあってる。ブルーの花なんだ。」
「よかった。凄い、嬉しい。」
僕の胸にオデコをつける彼女。
「ストラップだけでも絵里は十分、ううん。オムライス食べに来てくれただけで十分なのに。」
「初めて、家に呼んでくれたのと、手料理を食べさせてくれた記念にだよ。」
「ありがと。」
彼女を体ごと抱き寄せて髪を撫でる。
気持ち良さそうに目を閉じる彼女の顔を上から覗きながら僕は今、とても穏やかな気持ちになっていた。
- 282 名前:Comparison_愛するものとの時間 投稿日:2006/08/13(日) 11:36
- 「明日、仕事何時に終わるの?」
「6時です。どうして?」
「僕とデートしてくれませんか?」
「喜んで。」
「よかった。行きたいところある?」
「水族館。」
「よし、じゃぁ。そうしよう。6時にお店に行くね。」
「はい。」
嬉しそうに頷く彼女の唇を指で撫でた。
キスをしたいという僕の意志表示。
彼女は目を閉じて僕の唇を待っている。
無防備な可愛らしさ
美貴からは感じることがなかった感情
これが、愛するということなのだろうか
彼女には笑っていて欲しい
彼女を守ってあげたい
彼女に側に居て欲しい
そっと重ねた唇
彼女の唇の温度が僕の心までを暖めた
- 283 名前:Comparison_愛するものとの時間 投稿日:2006/08/13(日) 11:36
- ********************************
- 284 名前:Comparison_愛するものとの時間 投稿日:2006/08/13(日) 11:38
- その日も大学には行かなかった。
部屋の掃除をして、インターネットで近くの水族館を調べていた。
彼女に会えることを楽しみにしながら。
僕の知らないところで僕の状況が変わってきているなんて考えることもないほど僕は浮かれていた。
インターホンがなりモニターを確認すると柴田さんとマサオが映っていた。
不思議に思いながらロックを解除して二人を部屋に入れる。
「そう、あからさまに迷惑ですって顔しなくても。」
柴田さんはそう言いながら入ってくる。
その後ろでマサオがオドオドとついてくる。
ソファに二人と向かい合って座った。
「お茶くらいだしてよ、迷惑なお客でもさ。」
「そうだね。」
僕は苦笑しながらキッチンに立った。
コーヒーを入れながら二人がここに来た理由を考える。
跡取り問題のことしか思い浮かばない。
それしか二人との接点は僕にはないから。
他には・・・
何度もあった母親からの着信。
僕は一度も受話器を上げることはしなかった。
「はい、コーヒー。」
二人の前に差し出すと柴田さんはマサオのカップに砂糖とミルクを入れてやっていた。
「熱いから、気をつけてね。」
「うん。」
二人の様子を見ていてもこないだのようにバカにする気にはならなかった。
寧ろ、羨ましいと思う。
彼女は僕がコーヒーをブラックで飲むことをまだ知らない。
少しずつ色々なことを知ればいい。
そして、いつかお互いの全てを知れればいい。
- 285 名前:Comparison_愛するものとの時間 投稿日:2006/08/13(日) 11:39
- 「で?今日はお二人揃ってどうしたの?」
「んー。こないだ、私が余計なこと言ったかなって。あと昨日も今日も大学来てないからさ。藤本さんも来てないし、何かあったのかなって思って。」
柴田さんの言葉にいくつかの疑問が浮かんだ。
「どうして、僕が大学休んでいることを知ってる?美貴のことまで。」
柴田さんは呆れた顔をして僕を見た。
「私、吉澤君の先輩。」
「先輩?」
「そう、同じ大学。大学院の方だけど。何度かすれ違ってるから、よく、駐車場で二人を見かけるし。」
全然、気がつかなかった。
「まぁ、吉澤君は藤本さんとしか口聞いてない感じだったから気がつかなくても当たり前だよね。」
そう言ってコーヒーを飲む柴田さん。
僕はなんだか今までの行き方が無駄に思えた。
こうして、マサオと付き合いながらも上流の生活をしている柴田さんがとても凄い人間に見える。
「藤本さんと別れたの?それで大学来れないとか、子供みたいなことならいいんだけど。」
「そんなくだらないことで行かないなんてこと僕がすると?」
「思わないけど、言ってみただけ。」
「そうだよね。」
「うん。別れたのは正解か。」
「いや、僕等は付き合ってない。」
「じゃぁ、車でキスする二人を見たのは私の幻覚ってことになるわね。」
車でキスをしたこともあったな。
僕は懐かしむように思い出す。
「その顔だと、幻覚じゃないみたい。」
「事実だね。」
「で?付き合ってはいないと。」
「うん。」
柴田さんが難しい顔をして足を組みなおす。
- 286 名前:Comparison_愛するものとの時間 投稿日:2006/08/13(日) 11:42
- 「セックスフレンドはよくないよ。」
「マサオうるさい。」
初めて口を開いたマサオの頭を柴田さんはバシッと叩いた。
「確かに良くはないよ。吉澤君。」
「そうだね。そう思うからもう辞めたよ。」
「そう、よかった。で、私がこないだ言ったことが原因だよね。」
「間違いではないけどそれだけじゃない。」
僕はぬるくなったコーヒーを一口飲んだ。
柴田さんは難しい顔をしている。
「跡取りにはなれないって私言ったよね。」
「聞いたよ。」
「それは・・・間違いじゃないと思う。吉澤君が亀井さんを紹介して帰った後、騒ぐおば様に、おじ様が言ったの、マサオを跡取りにって。」
「そう。柴田さんから言われてたことに感謝だね。それほどショックじゃないから。」
「良かったのかな。」
「良かったよ。あのおかげで僕はとても素敵な人を手に入れたから。」
「亀井さん?」
「あぁ。」
柴田さんは更に難しい顔をする。
美貴と同じことを言うだろう。
それは許されないと。
「マサオは跡取りになることを断ったの。」
僕はマサオを見た。
微笑みながら柴田さんの横顔を見ている彼。
彼にとっての美しい花は柴田さんなのだろう。
- 287 名前:Comparison_愛するものとの時間 投稿日:2006/08/13(日) 11:44
- 「跡取りよりマサオは柴田さんを選んだわけだ。」
「そう。とはっきりは言えないの。」
「なぜ?お似合いだと思うよ。」
「私も一応、柴田の一人娘なわけ。マサオがね吉澤の跡取りなればって思ったこともあるわ。でも、そしたら私の好きなマサオじゃなくなる。私、我侭に育てられたの。一人娘だからね。」
「でも、色々と規制はあったでしょ?」
「それが、当たり前だと教えられたからそこら辺は私なりに理解してるわ。吉澤君だってそうでしょ?」
「それしかなかったからね僕には。」
柴田さんは微笑むとマサオに一度、視線を向けた。
「私はマサオと結婚は出来ない。するつもりもないわ。私たちにとっての結婚と世間の言う結婚は違うもの。家同士の繋がりを作るのが私たちにとっての結婚。そこに愛などいらない。私の役目はいいところにお嫁に行くこと。だからそうするわ。」
「マサオはそれを受け入れてるの?」
「もちろん。マサオはそれでも私を愛してくれるわ。」
僕がマサオに視線を送ると彼は微笑んで僕を見ていた。
「あゆみんは欲張りで我侭なんだ。親を困らせたくない、僕の愛も欲しい。だから、あゆみんは縁談が来たらそれを受け入れるんだ。なら僕はそれを受け入れる。そんなあゆみんを好きになったから。あゆみんが誰かの奥さんになっても僕はずっとあゆみんの側にいるよ。旦那さんには気付かれないようにね。」
彼の意見を聞いても直ぐには全てを理解することは難しい。
言葉で言うことは簡単なことで、その状況になってその関係を保てるかどうかは誰も分からない。もし、彼が保てなかったら、彼が側にいると信じてお嫁に行った彼女は独り取り残されてしまう。
二人にはそうならないという信頼関係があるのだろう。
- 288 名前:Comparison_愛するものとの時間 投稿日:2006/08/13(日) 11:47
- 「だから、マサオは跡取りにはならない。」
「じゃぁ・・・吉澤家の跡取りは?」
「吉澤君・・・でもない。」
「じゃぁ、誰がなる?」
「おじ様の弟の息子さん。」
「甥っ子を養子にするわけ?」
「そうだね。」
「血統があるからか・・・僕は母親のおもちゃになるために養子になったってことか。じゃぁもう、十分、遊ばせてあげただろう。」
「そうだね、よくやったわね。でもさ・・・吉澤を名乗ってる。」
それ以外に僕は何を名乗る?
施設にいた頃は園長の姓を名乗っていた。
もう、施設には戻れない。
「世間は知ってる。吉澤君は吉澤家の人間だと。そんな吉澤君を血筋がないからって跡取りにしないなんて世間体的は良くないわ。」
「だから?」
「吉澤君を婿に出すって。」
僕は跡取りでなくなっても、吉澤家に縛られるわけか。
思わず笑みが零れてしまう。
吉澤家の養子になれたことをラッキーだと思っていた頃もあった。
だが、今はアンラッキーだと思う。
「藤本さん・・・。一人娘でしょ。」
柴田さんは心配そうな顔をしていた。
「そうだね。一人娘だね。」
婿養子を欲しがる親と自分が跡を取りたいと願う娘。
「あのレストランに連れてきた盲目の子は・・・あの場で会った嘘の彼女役の子だよね?」
「どうして?」
「あんなに純粋そうな子・・・巻き込んだら可哀相だから。」
「彼女は本当に僕の彼女だよ。たった一つの僕の宝物。」
「早いうちに・・・それとなく別れたほうがいいと思う。」
「それを柴田さんが言う?マサオがいるのに嫁ぎ先が別だと言う人が?」
「私とマサオはお互いの立場をよく分かってそうしてる。吉澤君たちはそうできる?あの子はそれを理解できる?ただ、傷つけるだけなら可哀相よ。」
- 289 名前:Comparison_愛するものとの時間 投稿日:2006/08/13(日) 11:48
- 僕は彼女を傷つけたりしない。
そう約束した。
それだけは何があっても守りたい。
「僕は・・・婿養子になんてならないよ。」
柴田さんはため息をついて呆れた顔をした。
「吉澤君の意見なんて・・・通らないわよ。通るなら・・・私だってマサオのお嫁さんになるもの。」
どこか悲しげな柴田さんの表情。
好き好んでマサオ以外のところにお嫁に行くわけではないのだ。
僕の意見が通らないのも仕方のないことで終わってしまうのか。
「もう、話は進んでるみたい、柴田の家にも話が入ってきているくらいだもの。」
「昨日、美貴は何も言っていなかったけど。」
「私たちには事後報告だよ。相談なんてないし、意見を聞かれることもない。今までそんなことあった?」
「ない。」
「そういうことだよ。」
柴田さんの言葉に頷くマサオ。
「嫌な世界だよね。でも、この暮らしはその世界に居るからだよね。」
マサオを僕の部屋を見回した。
「僕なんか6畳の部屋だよ。バイト代だとそれがギリギリ。」
彼女の部屋の広さもそれくらいだった。
でも、居心地の良い空間だった。
だだっ広い部屋に離れて座って取る食事より、手を伸ばせば触れられる距離での食事。
温かいと感じられる、そんな空間。
「羨ましいな。その部屋。」
意外だという顔をするマサオ。
「羨ましいよ。マサオの自由が。」
本当にそう思う。
きっと柴田さんもそう思っているのだろう。
でも、自由の利かない柴田さんにくっ付いてきているマサオがいる。
「亀井さんだっけ。」
「うん。」
「早く、切っておいたほうがいいと思う。吉澤君、こないだよりも優しい顔になってるのは亀井さんの影響でしょ・・・あの時の吉澤君なら藤本に婿養子に行くことに抵抗なかっただろうけど・・・今は違うもの。二人が傷つく前に別れたほうがいいよ。」
「彼女を傷つけたりしない。約束したし。もう少し、彼女との時間が欲しい。」
「時間が経つともっと辛くなるよ。」
「分かってる。」
- 290 名前:Comparison_愛するものとの時間 投稿日:2006/08/13(日) 11:48
- ********************************
- 291 名前:Comparison_愛するものとの時間 投稿日:2006/08/13(日) 11:50
- 公園の手前に車を止めて僕は花屋に向かった。
耳に髪をかけた髪型。
夕べのプレゼントが彼女の耳で光っている。
いつかは・・・別れなければいけなくなる。
それは遠い先のことではなく近い未来だろう。
「吉澤さん?」
まだ、店まで数メートルあるところで彼女は僕の方を剥いて名前を呼ぶ。
「うん。もう直ぐ時間だよ。」
言いながら彼女の元へ歩み寄る。
僕の手は彼女の頬に触れ耳をなぞる。
くすぐったそうに体を捩り微笑む彼女は本当に可愛らしい。
手放さなければならないことに寂しさよりも悔しさを感じた。
「それが、朝からソワソワしていた理由かしら?」
店から出てきたのは保田さんだろう。
僕は頭を下げる。
彼女は恥ずかしそうに俯いた。
「吉澤といいます。」
「保田です。これからデートですか?」
「水族館へ。」
保田さんは「そう。」と優しく微笑み彼女の前に立つ。
「絵里、お化粧直してあげるからおいで。」
「うん。」
「支度させて直ぐに行かせますから。」
頭を下げる保田さんに僕も頭を下げた。
きっと朝、新垣さんにお化粧をしてもらったのだろう。
自分では出来ないから、誰かに理由を話してしてもらうのだ。
僕と出かけるためにそういったことをする彼女を愛しく思う。
戻って来た彼女を保田さんは僕に「よろしくお願いします。」と言った。
その言葉に僕はただ頭を下げる。
- 292 名前:Comparison_愛するものとの時間 投稿日:2006/08/13(日) 11:51
- 「行こうか。」
「はい。」
彼女の手を僕の肘に触れさせ公園をゆっくり歩いた。
- 293 名前:Comparison_愛するものとの時間 投稿日:2006/08/13(日) 11:51
- ********************************
- 294 名前:Comparison_愛するものとの時間 投稿日:2006/08/13(日) 11:52
- 「水族館、凄い久々。」
都内の水族館に連れてくると彼女は嬉しそうに言った。
見えない彼女はどうやって魚たちを楽しむのだろう。
「お魚居ますか?」
水槽の前で足を止める。
「うん。いるよ。」
「どんなお魚?」
見えない彼女に僕が見ているものを言葉にして伝えた。
どこまで伝わっているのだろう。
でも、確実に僕と同じものを見ている。
そんな気がする。
彼女はきっとイメージしているのだろう。
水槽に向かって微笑んでいる。
水族館を一通り回って売店で記念メダルのキーホルダーを2つ買った。
今日の日付と僕等のイニシャルを刻印してカバンにつける。
お揃いだと喜ぶ彼女を連れて上階にある展望台に向かった。
- 295 名前:Comparison_愛するものとの時間 投稿日:2006/08/13(日) 11:54
- 「夜景が綺麗だよ。」
「何が見えます?」
「レインボーブリッジに東京タワーが見える。」
見える方角に彼女を向けて言う。
「今度、行きましょうね、東京タワー。」
「そうだね、行こう。」
「約束ですよ。」
「うん。」
嬉しそうに微笑む彼女を後ろから抱きしめた。
「人、いますよ?」
「暗いし、皆そうしてる。」
彼女の耳元で囁くように言葉を交わす。
「あはは。カップルだらけですか?」
「うん。きっとその中でも僕等が一番のカップルだよ。」
「んふふ。」
「こっちにはね、東京ドームとディズニーランドが見える。」
「ここから遠い?」
「んー。そうでもないかな。」
「じゃ、大きく見える?」
「ドームはね。さすがにディズニーランドは遠いかな。」
「そっか。」
「あとはね。反対側に行こうか。」
彼女の手を引いて反対側に移動する。
僕は彼女の手を引いて胸の中に閉じ込めた。
- 296 名前:Comparison_愛するものとの時間 投稿日:2006/08/13(日) 11:54
- 「新宿副都心のビルの明かりが見えてる。」
「新宿かぁ。」
「うん、その先に多分、ランドマークタワーかな。」
「ガキさんがよく話してる、地元だって。」
「そっか。横浜なんだ。」
「うん。絵里は下町だよ。」
「江戸っ子だ。」
「うん。」
予約しておいたレストラン。
展望台から見えた夜景を見ながら食事をする。
出てきた料理を僕が切ってから彼女の前に置く。
「ここに、お皿。ステーキは切ったよ。」
「はい。有り難うございます。」
「大丈夫?」
「はい、分かります。」
「よかった。」
「ん。美味しい。」
「ホントだね。」
器用に食べている彼女を見ながら僕も料理を口に運んだ。
- 297 名前:Comparison_愛するものとの時間 投稿日:2006/08/13(日) 11:54
- ********************************
- 298 名前:Comparison_愛するものとの時間 投稿日:2006/08/13(日) 11:55
- 食事を終えて、吉澤さんに家まで送ってもらう途中、違和感が私を襲う。
「どこに向かってますか?」
「ん?君の家だよ。」
「ホントに?」
「どうして?」
「来る時より時間かかってるから。道、混んでなさそうだし。」
見えていなくても、なんとなく分かる。来たときの感覚が残っているから。
信号が変わったのか、ゆっくりと車が減速して止まった。
「遠回りして君の家に向かってるんだ。」
「そっか。絵里もそのが嬉しい、もっと一緒に居たいもん。」
もっと一緒にいたいのは本当。
今日、会ったときから違和感を感じていたから。
吉澤さんが私の頬を撫でる。
その手から吉澤さんの温もりが伝わってくる。
私はその手を胸の前で両手で包み込んだ。
伝わってくる、怯え。
昨日はなかったその感覚。
「このまま、誰も僕等を知らないところに連れ去りたいよ。」
呟くように聞こえてきた吉澤さんの言葉。
どんな顔をしてるのか分かればもっと吉澤さんの今の気持ちがわかるのかな。
でも、絵里にはそれを知ることは出来ない。
吉澤さんの掌をゆっくり撫でる。
心配しないで、私はずっとあなたの箱の中にいるから。
「連れ去っていいよ。」
保田さんが送り出してくれるときに言ってくれた言葉。
後悔しない恋愛しなさい。見えないからって怖がることなんてない。絵里が好きになった人だから私は安心してるの。絵里らしく、愛してあげなさい。
- 299 名前:Comparison_愛するものとの時間 投稿日:2006/08/13(日) 11:56
- 「でも・・・。」
動き出した車。
吉澤さんの手が絵里の手の中からいなくなる。
「でも?」
「逃げるのは・・・良くないよ?」
何かが怖いから、だから私を連れてどこかに逃げるのは良くない。
そこに幸せはない気がする。
「絵里はずっと吉澤さんの側にいるから、連れ去る必要なんてないよ?」
「そうだね。」
そっと頭を撫でられる。
少し、車のスピードが上がった気がした。
「君は真っ直ぐだね。でも、君の目が見えないことが仕方ないように、真っ直ぐ生きようとしても出来ないことが仕方ない人間もいるんだ。」
「それは吉澤さん?」
「そう、僕。」
「絵里の目が見えないのは仕方ないことだけど・・・見えますよ。絵里、吉澤さんのこと見える。今日だって、一緒に見たもん魚だって夜景だって。」
「そうだね、ごめん。そういうつもりで言ったんじゃないんだ。」
「うん、分かってるの。絵里が見えないの仕方ないっていうのも分かるでも見えるんだよ、だから真っ直ぐ生きようと思えば・・・生きれるんだと思う。」
減速しだした車。
吉澤さんは何も言わず、車を止めた。
カチャというシートベルトを外す音。
「ついたんですか?」
「うん。」
私もシートベルトを外す。
「上がっていってください。」
「うん、ありがとう。でも、今夜はやめておくよ。また、朝までってなったら大変だ。」
ドアが開く音がしてしばらくすると私の横のドアも開く。
「降りて。」
吉澤さんの声。
私の手をとる吉澤さんの手。
やっぱり、怯えてる吉澤さんの手。
- 300 名前:Comparison_愛するものとの時間 投稿日:2006/08/13(日) 11:58
- 「どうしたの?」
降りようとしない私の頭を吉澤さんが撫でる。
私は首を横に振った。
「困った子だね。」
吉澤さんの手が私の頭から頬に下りてきて軽く抓られた。
吉澤さんが怯えたままなのに側に居られないのは嫌だ。
「もう少しドライブしようか。」
「うん。」
「保田さんに言ってからにしなくて平気?」
「大丈夫です。」
「じゃ、閉めるよ。」
「はい。」
ポンポンと頭を撫でられたあとドアが閉まった。
隣に入ってきた吉澤さんがまた私の頭を撫でる。
空っぽになった箱の中には私しかないはずなのに、真っ直ぐに生きられないのはなぜ?
吉澤さんの手から伝わる怯えの原因はきっとまた箱の中に入ってきた何かのはずなのに私にはそれが何なのか分からない。
「どこに行こうか。」
「ん〜。」
吉澤さんは私の髪や耳、頬を撫でながら考えているようだ。
くすぐったくて、でも凄く気持ち良よくて思わず目を細めてしまう。
- 301 名前:Comparison_愛するものとの時間 投稿日:2006/08/13(日) 11:58
- 「吉澤さんとならどこでもいいや。」
「そういわれてもずっとここに居るわけ?」
「絵里の家に来る?」
「朝になっちゃうよ。」
「いいじゃん。」
「明日は大学に行かないと。」
「じゃぁ、吉澤さんのおうち?」
「朝まで帰したくなくなっちゃう。」
「あはは、いいじゃん。」
「いいの?」
「絵里、今、吉澤さんと居たいの、離れたくないの。」
そっと唇を撫でられた後に吉澤さんの唇が重なった。
「君は僕の気持ちを読めるの?」
「ん?」
「僕も君と離れたくないって思ってた。」
私が微笑むと吉澤さんはもう一度唇を重ね、車が動き出した。
- 302 名前:Comparison_愛するものとの時間 投稿日:2006/08/13(日) 11:58
- ********************************
- 303 名前:Comparison_愛するものとの時間 投稿日:2006/08/13(日) 12:01
- 「はい、ホットココア。」
ソファーに座ってる彼女にカップを渡す。
離れたくないと言ってくれた彼女に僕は感謝した。
僕が言いたい言葉だったから。
でも、僕には言えない。
昨日なら言えたのに、僕の箱には彼女しか居なかったから。
でも、今日は・・・婿養子という僕の役目が入ってきてしまった。
僕の知らないところで既に決まっていたこと。
柴田さんが知らせてくれなくてもいずれ分かったこと。
早く知ることが出来たことに感謝しよう。
彼女との時間を1分、1秒を楽しもう。
「あまーい。」
微笑む彼女の頬を撫でる。
彼女に触れていたいと思うから何度も彼女の頬に手を伸ばす。
きっと、見えていない彼女に僕の居場所を知らせようと無意識に手を伸ばしているのだろう。彼女に触れることで僕も安心しているんだ。
「吉澤さん、甘いの好きなの?」
「いや、ココアは君だけ、僕はブラックコーヒーだよ。」
「そっか、絵里のために態々、ココア作ってくれたの?」
「君はコーヒーが飲めないんじゃないかなって思ってね。」
「当たり。苦いんだもん。」
「それが美味しいんだけどね。」
何気ない会話が楽しいのはきっと彼女だから。
美貴とこんな会話をすることは出来ないだろう。
カップをテーブルに戻した彼女の手が僕の体を這って両頬を捉える。
「どうしたの?」
「今、吉澤さんはどんな顔をして絵里を見てるのかなって思って。」
「どんな顔?」
「笑ってる。」
「うん。」
君を見てると頬が緩んでしまうんだ。
- 304 名前:Comparison_愛するものとの時間 投稿日:2006/08/13(日) 12:02
- 「君が可愛くて仕方ないからね。」
「んふふ。ありがとぉ。」
「ずっと、見つめていたいくらい・・・君が愛しいよ。」
「じゃぁ、ずっと見つめてて。絵里はずっと側にいるから。」
思わず涙が零れた。
ずっと側に居ると言ってくれる彼女の言葉。
でも、それは叶わない。
そうしたくてもきっと無理だ。
美貴や柴田さんが言う通りだから。
結局は家を捨てることは出来ない。
それでも、一時でも彼女に出会い、触れられたことが嬉しかった。
「どうして、泣くの?」
「君に出会えたことが嬉しくて。」
彼女が僕の体を引き寄せる。
お互いの肩に顎を乗せお互いの背中に腕を回した。
「絵里も嬉しい。吉澤さんに会えて、吉澤さんが絵里を必要としてくれて。」
「うん。」
「絵里、もしもね1秒だけでも目が見えるように神様がしてくれたとしたら吉澤さんの顔を見たいな。」
「自分の顔じゃなくて?」
「うん、絵里のことは吉澤さんが見てくれるからいいの。だから絵里は吉澤さんを見たい。」
彼女の体を力いっぱい抱きしめた。
きっと彼女だけだろう。
僕のことを真っ先に考えてくれるのは。
「ねぇ吉澤さん。」
「ん?」
「どうして・・・また怯えてるの?」
僕はゆっくりと体を離して彼女を見つめた。
涙を零す彼女の瞳はとても綺麗で少しの間、僕はその瞳に見とれていた。
彼女の頬を伝って顎に流れる涙を指でそっと拭う。
- 305 名前:Comparison_愛するものとの時間 投稿日:2006/08/13(日) 12:03
- 「今日ね、ずっと考えてたの。」
「何を?」
「吉澤さんがまた怯えてる理由はなんだろうって。」
「うん。」
「でも、分からなくて。だって、絵里だけのはずなのに、もう絵里しかないはずなのに吉澤さんを怯えさせるものないはずなのに・・・。」
彼女には僕の心の中にある全てが伝わってしまうんだ。
「君しか、いないからだよ。」
「え?」
彼女の涙を拭いながら彼女の髪を撫でた。
「君しかいないから、君が居なくなったらって怯えているんだ。」
そんなこときっと君はしない。
僕が君を必要とする限り君は僕の箱の中に居続けてくれる。
「絵里は居るのに。今だってほら。」
僕の手を取って自分の頬に寄せる彼女。
本当に愛しい存在。
僕には彼女がいる。
だから、婿養子にはなれない。
そう、伝えてみたらどうなるだろう。
伝えたところで何も変わらないのかもしれない。
「絵里のこと信じて、居なくなったりしないから。」
でも、微笑む彼女を見ていると
手を尽くそうと思えてくる。
たとえ、それが無駄なことでも。
- 306 名前:Comparison_愛するものとの時間 投稿日:2006/08/13(日) 12:03
- 「そうだね、君はずっと側に居てくれる。」
彼女の体を包み込んだ。
どこへも逃がさないように。
手放さないように。
僕も彼女と一緒に自由になろう。
出来るだけ、真っ直ぐに生きてみよう。
彼女と一緒になら出来るかもしれない。
いや、きっと出来る。
「温かいね。」
腕の中から聞こえてくる声に「そうだね。」と応える。
君が温かいから僕も温かくなれる。
僕の冷めていた心が彼女によって溶かされていくきがした。
- 307 名前:Comparison_愛するものとの時間 投稿日:2006/08/13(日) 12:03
- ********************************
- 308 名前:Comparison_愛するものとの時間 投稿日:2006/08/13(日) 12:05
- 吉澤の家に来るのは初めてだった。
急に母親に帰ってくるように言われ美貴を待っていた父は簡単に言った。
「吉澤の息子と結婚しろ。」
驚く美貴に母親がはしゃぐように言葉を続けた。
だいぶ前から吉澤の父親と話は進めていたらしい。
母親に伝わっていなかったためにお見合い写真を美貴に渡してしまった。
もっと早く言ってくれればいいのに、と言う母親。
「お前も吉澤君のことは良く知っているんだろ?」
美貴たちのことを知っているような聞き方をしてくる父。
「高校からの友達だから。」
「家に行ってるみたいじゃないか。」
「調べてあるんだ。」
「婿に貰う相手だからな。」
「そう・・・。」
この人たちのやり方。
ねぇ、美貴の言ったとおりじゃない?
よっちゃん、逃げられないよ。
でも、相手が美貴で良かったじゃん。
全く知らない相手だと疲れるでしょ。よっちゃんの性格じゃ。
「明日、家に伺うことになってるから。支度をしておきなさい。」
「はい。」
母親には少し強く言えても父親には言えない。
この人には何も勝てないから。
- 309 名前:Comparison_愛するものとの時間 投稿日:2006/08/13(日) 12:05
- もちろん、よっちゃんもいるものだと思っていたが、美貴の前にいるのは吉澤の両親だけだった。
いくら電話をしても連絡が取れなかったらしい。
一応、留守電にはいれたのだが、と申し訳なさそうに言う吉澤の母親。
この人がよっちゃんを孤独に追いやった人。
そして、その隣にいる冷たそうな人がよっちゃんの努力を水の泡にした人。
親たちはお互いが親戚になれることを喜んでいる。
その横で美貴は人形のように笑顔で「はい。」とだけ応える。
そう応えると分かっているのに話を振るバカな人間たち。
それにあわせている美貴もバカな人間なのだろう。
「ひとみもこんなに綺麗な美貴さんなら喜ぶわ。」
そういう、吉澤の母に美貴は「とんでもない。」と首を横に振った。
本当にそうだ、とんでもない。
美貴よりもあの盲目の子をよっちゃんは選んだ。
いや、見つけたと言っていた。
美貴も最初から天秤にも乗せられなかった。
ただ、同じ世界にいた同等に近い存在だった美貴。
その世界でセックスというゲームをしていただけ。
今頃、よっちゃんはきっと亀井絵里と一緒にいるのだろう。
この世界から1人抜けた気でいるのだ。
よっちゃんが下手に動くからこの話も早まったのだろう。
本当なら大学を卒業してからでもいい話だ。
結婚式は盛大にしましょうね。
母親たちのはしゃぐ声を聞きながら美貴はよっちゃんがどう出るか想像した。
この世界から抜け出すといったよっちゃん。
でも、抜け出せそうにはない。
しかも、吉澤の跡取りになると頑張っていた結果が美貴の婿。
プライドの高いよっちゃん。
常に優勢でいることを望んだよっちゃん。
どうするのだろう。
- 310 名前:clover 投稿日:2006/08/13(日) 12:53
- 本日の更新以上です。
>>269-309 Comparison 愛するものとの時間
ストックは中盤あたりまであるのですが、
その後、どうしようかと考えてなくてw
更新に追いついてストックなくなったらどうしようとか焦ってます。
>>266 :ももんが 様
レス有り難うございます。
>美貴ちゃんの今後の出方に注目ですね。
ですねぇ。どうしようか悩んでますw
>この亀ちゃんの清浄さに心洗われる気がします。
どうもです。
最後まで宜しくお願いします。
>>267 :名無飼育さん 様
レス有り難うございます。
>ガキさんが素敵・・・。
有り難うございます。
>美貴ちゃんセツナス。
ですね・・・。ん〜藤本さんどうしようか考えてます。
最後まで宜しくお願いします。
>>268 :名無飼育さん 様
レス有り難うございます。
>甘えられないエリートミキティの気持ちも何となく解るんですけどね
ん〜。
これからどうしようか・・・
考え中です。
最後まで宜しくお願いします。
- 311 名前:けん 投稿日:2006/08/13(日) 15:10
- お疲れ様です。
うーん、一人一人の気持ちが切ないなぁ・・・
絵里のあったかさに涙でした。
続きが待ち遠しいです。
- 312 名前:ももんが 投稿日:2006/08/13(日) 21:23
- 更新お疲れ様です。
毎回いろんな気持ちの絡み合う文章を書かれるcloverさんは凄いです。
よっちゃんに頑張ってほしいなと思います。
更新はマイペースに無理せず頑張ってください。
- 313 名前:Comparison 再び仮面を被るとき 投稿日:2006/08/19(土) 20:44
- 見たい、映画があるという彼女。
今日は仕事が早く終わるという彼女と大学が終わった後に待ち合わせた。
映画館の暗闇で、見えていない彼女は聞こえてくる役者たちの台詞から情景を想像しているのだろう、微笑んだり、目を潤ませたり映画より僕は彼女の顔ばかり見ていた。
僕の知らない間に進んでいた話を昨日の夜、美貴からのメールで知った。
“大学を卒業したらよっちゃんは美貴のお婿さんになるんだって”
先日、吉澤の家で僕抜きで顔を合わせたらしい。
母親からの電話はきっとそのことだったのだろう。
知らん顔をしてきてたのに当事者の僕がいなくても事は進んでしまう。
卒業まであと3ヶ月。
少なくとも3ヶ月は彼女と過ごせるだろうか。
身勝手な僕の考えを彼女は許してくれるだろうか。
スクリーンを見つめる彼女の横顔を見ながら思わず彼女の手を握った。
「ん?」
首をかしげ僕に顔を向ける彼女。
「いい映画だね。」
頷いてから人差し指を唇の前に立てる彼女に「ごめん。」と囁いてスクリーンに視線を向けた。
- 314 名前:Comparison 再び仮面を被るとき 投稿日:2006/08/19(土) 20:45
- 彼女はずっとこうして自然に僕の側にいるだろう。
そんな気がした。
ならば僕のすることはひとつ。
あの家との関係を絶つこと。
映画を見終わってから彼女を車に乗せてマンションに帰った。
今夜は彼女を帰すつもりはない。
家に帰らなくて大丈夫かと聞かずに僕のマンションに連れてきたことはなかった。
彼女も気がついているのだろう。
車に乗ったときから少し緊張していた。
ソファーに座りながらもソワソワしている彼女は可愛らしくて僕は目を細める。
「はい、今日は紅茶にしてみた。」
温かいカップを彼女の手に渡して、隣に座る。
「ありがとぉ。良い匂い。ローズティ?」
「うん。」
「んー。美味しい。」
「よかった。」
テーブルにカップを置いた彼女の方を抱き寄せ頬に唇を寄せた。
「んふふ。くすぐったい。」
身を捩る彼女をしっかりと抱きしめて彼女の胸に顔を埋めた。
「どうしたの?」
僕の背中を優しく撫でながら尋ねてくる彼女の声はどこまでも優しく聞こえる。
- 315 名前:Comparison_再び仮面を被るとき 投稿日:2006/08/19(土) 20:46
- 「どうもしない・・・ごめん、嘘。」
「んふふ。変なの。」
「変だね。うん。」
「で?」
「君のことが好き過ぎておかしくなりそうなんだ。」
「おかしく?」
僕は顔を上げて彼女の頬に手を当てた。
「君を抱きたい。」
彼女は微笑んで僕の手を伝って頬に手を添えた。
「絵里って呼んでくれます?」
「絵里・・・。」
彼女はそっと顔を寄せて2度目の彼女からのキスを僕にくれた。
抱いていいという肯定のキス。
「キャッ。」
僕は彼女を抱き上げて寝室に連れて行く。
「なに?」
「ベッドに行こう。」
「ビックリした。」
「ごめんね。」
「うん。」
彼女の体が強張っているのは突然抱き上げたからだろうか、それともこれからの行為に対してだろうか。
きっと後者だろう。
- 316 名前:Comparison_再び仮面を被るとき 投稿日:2006/08/19(土) 20:46
- そっとベッドに彼女を降ろし抱き寄せて彼女の髪に口づけた。
「愛してる。」
そう囁くと彼女は嬉しそうに微笑んだ。
「絵里も・・・愛してる。」
重なる唇。
彼女の強張った唇に何度も何度も口付けをした。
怖がらないで、僕に身をゆだねてと何度も何度も。
それでも震えている彼女。
僕は唇を離して彼女の顔を見つめた。
目を硬く閉じている彼女。
頬を撫でるとゆっくりと瞼を開く。
閉じていても開いても何も見えないその瞳は黒くて美しい。
彼女の心の準備を待とう。
僕等はまだその時ではない気がした。
自然とそういう行為をする日が来るだろう。
婿養子の話が出て僕はどこか焦っていたのかも知れない。
「吉澤さん?」
僕は彼女の体をゆっくりと横にして包み込むように彼女の体を抱いた。
「今夜はこうして寝てもいい?」
「うん・・・ごめんなさい。絵里のせいだよね。」
「そうじゃない。僕が焦ったんだ。」
「言ってくれて嬉しかった。」
「抱きたいって?それとも君を名前で呼んだこと?」
「意地悪だぁ。」
僕の胸を叩く彼女は恥ずかしそうに言った。
- 317 名前:Comparison_再び仮面を被るとき 投稿日:2006/08/19(土) 20:47
- 「抱きたいって言ってくれたこと。」
「うん。」
「絵里だってね、そういう知識とかはあるんですよ。」
「うん。」
「雑誌とか人から聞いたりとか、中学校で保健体育の授業でもやったし。」
彼女は「ふー。」 とため息をついた。
「でも、行為自体を想像することが出来ないから・・・凄く怖い。」
「そうか・・・。」
「吉澤さんに任せればいいってわかってるの・・・でも、何をしてるとか想像も出来ないのが初めてで・・・。」
「うん。もう、わかったから。」
彼女の頬を伝う綺麗な涙。
醜いものを見ていない綺麗な涙。
僕は唇を寄せてその涙を拭う。
「怖いって思うのは仕方ないの・・・初めて触るものはいつだって怖い、初めてすることはいつも怖いの・・・だから絵里、大丈夫だよ?」
彼女の髪を撫でた。
必死に、大丈夫だと訴える彼女。
- 318 名前:Comparison_再び仮面を被るとき 投稿日:2006/08/19(土) 20:47
- 「十分だ、君を・・・絵里をこうして抱きしめて朝まで眠れるだけで十分過ぎるくらい幸せを貰ってる。」
「でも・・・。」
「良いんだ。絵里がそう考えていることが知れてよかった、知らないまま抱いていたら僕は君に優しくなれないで傷つけていたかもしれない。だから、今夜はこうして寝よう。」
彼女の前髪を救い上げ額に口付けると彼女は微笑み頷く。
「おやすみ、絵里。」
「おやすみなさい。」
目を閉じた彼女の寝顔を見つめた。
彼女を抱きたいと思う気持ちと美貴を抱いていた気持ちが明に違う。
彼女の全てを愛したい。
彼女と一つになりたい。
でも僕は彼女に対していつだって優しくありたい。
彼女が僕にとってそうであるように。
だから、今夜は彼女の寝顔を見つめていよう。
それだけで、僕は優しい気持ちになれる。
- 319 名前:Comparison_再び仮面を被るとき 投稿日:2006/08/19(土) 20:47
- ********************************
- 320 名前:Comparison_再び仮面を被るとき 投稿日:2006/08/19(土) 20:48
- 久々の大学。
僕は今までのように変わらず、始業までの数十分を車の中で過ごす。
今朝、彼女を家まで送り届け別れ際に見せた彼女の笑みが今でも僕の脳裏にある。
コンコンと窓をノックされ閉じていた目を開けると美貴がいた。
乗って良いかという合図に僕は頷かずに車から降りた。
「もう、乗せてもくれないんだ。」
「もう、関係ないからね。」
美貴は笑みを零した。
「もしかして、メールも見てないとか?」
「見たよ。」
「それで、関係ないって?」
腕を組んで僕よりも高い所から言う態度の美貴を僕は哀れんだ目で見た。
早く、そのくだらない世界から抜け出せればいいねと。
「僕は美貴と結婚なんてしない。言ったろ?絵里を見つけたんだ。」
「よっちゃんの言うことなんて親たちは相手にしないよ。もう、話は進んでる。卒業式のあと正式に発表するって。6月に式を挙げるんだって。」
「へー。」
「よっちゃんが、下手に動いたから話早まったんだよ。」
「僕が?」
「亀井さんのこと紹介したんだってね。よっちゃんのお母さん怒ってた。見合わないって。まぁ、仕方ないよ。そうだもん。」
呆れた顔をする美貴。
「だったら、美貴に僕も見合わないんじゃない?」
「どうして?」
「僕の本当の両親は誰だかすら分からない。もしかしたら犯罪者かもしれない。そんな僕と結婚するんだ。」
「誰だか分からないんだからいいじゃない。犯罪者かどうか分からないもの。」
言い合いになるだけだ。
僕は作った笑みを見せた。
「堂々巡りになるだけだ。」
「そうだね。用件だけいい?」
「どうぞ。」
「明日、よっちゃんのマンションに藤本と吉澤の親と美貴で行くって。知らせておいたほうがいいかなって思って、亀井さんいたらまずいでしょ?」
余裕の笑みを見せる美貴に僕は鼻で笑って頷いた。
「それと、もう一つ。親たち、美貴たちの関係知ってる。」
美貴が話したのだろうか?
いや、そんなことするはずがない、美貴自体に傷がつく。
「1年くらい前から話があったみたいで調べられてたみたい美貴たち。」
「そういうこと。」
「そういうこと。あの人たちのやりそうなことでしょ。」
「だな。」
僕等は微笑みあった。
美貴が僕に情報を流すということは、美貴にとってもこの話を白紙にしたいのか。
それとも、僕の悪足掻きを見て楽しんでいるのか。
まぁ、どちらでもいい。
「用件はそれだけ。」
「うん。ありがと。」
「じゃ、美貴これから親戚に婚約の報告に行くから。」
苦笑する美貴に僕も同じような笑みを返す。
去っていく美貴の姿を見ながらもう、親たちはそんなことまで始めているのかとため息をついた。
- 321 名前:Comparison_再び仮面を被るとき 投稿日:2006/08/19(土) 20:48
- ********************************
- 322 名前:Comparison_再び仮面を被るとき 投稿日:2006/08/19(土) 20:48
- 久しぶりと言っても数日だが、よっちゃんの表情が変わっていた。
亀井絵里の影響で。
美貴の親は彼女の存在を知らない。
きっと知れてしまえばこの縁談は白紙に戻るだろう。
いや、別れさせることで済むかもしれない。
親たちはよっちゃんを気に入っている。
違うな、よっちゃんのこれまでの経歴を気に入っているのだ。
車に乗り込み大学の門を出たところで制服姿の新垣さんを見つけた。
美貴を見つけて駆け寄って頭を下げる新垣さん。
美貴に用事なのだろう。
窓を開けて声をかけた。
「どうしたの?学校は?」
「サボりました。ちょっとお時間いいですか?」
「んー。これから実家行くんだ。」
「少しだけでもダメですか?」
お願いしますと頭を下げる新垣さん。
「実家に向かう車の中ってあり?1時間以上は話せると思うけど。」
「はい。」
「乗って。」
「お邪魔します。」と助手席に乗り込んでシートベルトを締める新垣さん。
それを確認して美貴はアクセルを踏んだ。
「ついでに、新垣さんも実家に寄れば?帰ってないんでしょ。」
「夕べ、母とは少し電話で話しました。」
「そう。で?なにか話しあるの?」
「はい。その夕べの母との電話で藤本さんが婚約したらしいと聞きました。」
「あぁ、うん。」
「本当ですか?」
「嘘、ではないかな。」
運転しながらチラと横にいる新垣の顔を伺うと眉間に皺を寄せて美貴を見ていた。
- 323 名前:Comparison_再び仮面を被るとき 投稿日:2006/08/19(土) 20:49
- 「なに?怖い顔して。普通、おめでとうございますとか言わない?」
「言えません。」
「そう。いいけどね。」
別に新垣さんに祝福してもらってもしてもらわなくても構わない。
「お相手が吉澤さんだって分かってて、承諾されたんですか?」
「決まってるじゃん。相手知らないで婚約なんて普通しないでしょ?」
「亀と・・・亀井絵里と吉澤さんのこと知ってて・・・。ありえないですよね。」
完全に体を美貴の方に向けている新垣さん。
信号が黄色になるのを確認して美貴はゆっくりとブレーキを踏んだ。
「新垣さんだって分かってるでしょ。付き合ってる人がいるいないは関係ないんだよ。家同士の結婚なんだから。」
新垣さんの表情が曇る。
「亀には関係ないことです・・・それに、二人は愛し合ってる。周りから見てても分かるじゃないですか。」
「言ったよね、二人に見せてるよっちゃんの顔が本当だとは限らないって。」
「それは、私には分からないけど、でも・・・」
後ろの車にクラクションを鳴らされて美貴は新垣さんから視線を逸らしアクセルを踏んだ。
- 324 名前:Comparison_再び仮面を被るとき 投稿日:2006/08/19(土) 20:49
- 「友達思いだね、新垣さん。」
「亀は凄くいい子なんです、純粋だし。怖いくらい真っ直ぐなんです。だから、亀が知ったら・・・人一倍傷つく・・・そんなの見たくない。友達思いとかじゃないですよ。そのときの亀をどうしてあげることもできないから・・・」
「自分のため?」
「そう、かも知れません。」
「ふーん。でも、美貴には関係ないし、そういう家の人間に近寄った亀井さん自身の問題だよね。」
「それは違いませんか?」
「そう?だって、生活レベルが違うって分かってたでしょ。」
「そうですけど。好きになるってそういうの関係ないじゃないですか。」
「新垣さんのご両親は恋愛結婚?」
「違います。」
「でしょ、新垣さんだってきっと恋愛結婚は出来ない。あぁ。同じ世界の人間となら出来るか。」
美貴が鼻で笑いながらそういうと新垣さんはあからさまに嫌な顔をした。
美貴がそんな顔される筋合いがどこにあるのだろう。
美貴は後方を確認して車を寄せて止めた。
「悪いけど、降りてもらえる。」
「えっ?」
驚いた顔をする新垣さんに美貴は作った笑みを見せた。
「美貴の婚約のこと、新垣さんには関係ないじゃない。気分が悪い。」
新垣さんは黙って頭を下げて車を降りた。
車から離れる新垣さんを確認して美貴は思い切りアクセルを踏んだ。
気分を損ねるものは排除する。
よっちゃんと同じことしてる自分に少しだけ笑えた。
今の美貴はきっと前のよっちゃんと同等だろう。
同等ならば美貴は孤独なのだ。
よっちゃんがそうであったように。
ひとりだけ、孤独から抜け出すなんてよっちゃんズルイよ。
- 325 名前:Comparison_再び仮面を被るとき 投稿日:2006/08/19(土) 20:49
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- 326 名前:Comparison_再び仮面を被るとき 投稿日:2006/08/19(土) 20:50
- 「がきさーん。はいるよぉ。」
声を響かせながら入ってくる亀に「あいよぉ。」と応えた。
クッションを抱えて座っていた私は亀が隣に来る様子を眺める。
母から藤本さが婚約したらしいと聞き、初めは祝福の気持ちだった。
でも、相手が吉澤さんだと聞いた瞬間、私の中で怒りが芽生えた。
今日、制服を着て学校へ向かっていたつもりが藤本さんの通う大学の前に立っていた。
登校してくる学生の中から藤本さんを探そうと目を凝らしていたが見つけることは出来なかった。
そろそろ帰ろうかと思った時、門から出てくる高級車。
運転席にはサングラスをかけた藤本さんがいた。
車の中で話しをしてくれた藤本さんは孤独感を漂わせていた。
そうじゃなく、自ら孤独になろうとしているのかもしれない。
親たちが決めた結婚を藤本さんは迷いなく受け入れた。
吉澤さんには亀がいると知りながら、自分は愛されないと知りながら。
きっと、自分もそうなるのだろう。
今はまだ、子供だから勝手な行動を許されているのだろう。
きっと、その時が来たら私も藤本さんと同じように首を縦に振ることしか出来ないのかもしれない。
そう思うと隣に座った亀は自由で少し羨ましく思う。
「ガキさん今日は早いんだね。」
「うん。まぁね。」
「はい、これお裾分け。」
自動販売機で買ってきたのだろう缶のコーラーをテーブルに置く亀。
ソワソワしているのが見て分かる。
- 327 名前:Comparison_再び仮面を被るとき 投稿日:2006/08/19(土) 20:51
- 「なんか頼みごと?」
「ん〜。そうでもなくもなくない。」
体をクネクネとさせながら照れたように笑う亀は気のせいか頬がピンク色だ。
「キモイから。」
「キモイとか言わないでよぉ。」
プシュッと缶を開けた亀はコーラーをゴクゴクと飲んだ。
私も同じようにキツメの炭酸を喉に通す。
「で?何よ。」
「ん〜。あのさ。」
急に声を潜める亀。
「な〜にもぉ。言ってみ?」
「ガキさんってそのぉ・・・経験者?」
「はぁ?なんの?」
「だからぁ〜。分かるでしょ。」
恥ずかしそうに膝を抱える亀の様子を見ても一体何の経験者なのか分からない。
言葉にするのが恥ずかしいこと・・・なのだろう。
「分かんないから。」
「分かってよ。」
「はぁ〜、無理だから。」
「もぉ〜。」
「も〜じゃないから、何なのよぉ。」
「だから、セックス?」
早口にその言葉を口にした亀。
- 328 名前:Comparison_再び仮面を被るとき 投稿日:2006/08/19(土) 20:51
- 「はぁ〜?経験者なわけないじゃない。彼氏だっていなのに。」
「だよね・・・する前に色々聞きたかったんだぁ。ガキさんにしか聞けないし。こんなこと。」
今、さらっと言ったよこの子。
する前にって・・・
「おーい。亀?」
「ん?」
「する前にって言ったよね。今。」
「うん。」
「吉澤さんとだよね。」
「いや〜ん。当たり前じゃん。」
二人は付き合ってる。
そういう行為も自然なこと。
分かる。それは分かってる。
でも、その先はない。
亀はそれを知らない。
吉澤さんはどう考えているのだろう。
「吉澤さんが・・・したいって?」
「ん〜。絵里もいいって思ったんだ。夕べ。」
「夕べ?」
「うん。泊まったの。」
「へー。」
「でも、絵里が怖がったから吉澤さん何もしなかった。大丈夫って言ったんだけど。それでも、一晩中抱きしめてるだけで何も・・・。」
亀は申し訳なさそうに顔を上げて笑った。
- 329 名前:Comparison_再び仮面を被るとき 投稿日:2006/08/19(土) 20:52
- 「見えないから怖いんだよね。未知の世界ってやつ?困ったもんだ。」
「亀さぁ。それ亀だけじゃないと思うよ。」
「ん?」
「皆、最初はそうじゃない?だって初体験って言うくらいじゃん。初めてだもん。」
「そうっか。」
「うん。亀は皆より少し怖いかもしれないけどさ。」
「ん〜。そうだよね。そうなんだけど。どういう行為っていうのかイメージできなくて。」
「それはさぁ〜。」
中学生のころ、友達とふざけてそういうDVDを見たことはある。
今だって高校の友人たちのほとんどが経験済みで話はよく耳にする。
それを言葉にして亀に教えてあげるのは抵抗がある。
でもそれは、耳にする話しや目にした映像のこと。
「あのさ、ちょっと違うかも知れないけど。」
「ん?」
「ん〜。高校の子とかもさ、してる子いるし、それ普通みたいになってるっていうかスポーツ感覚って言うか行為を楽しむって感じ?別に悪いとは言わないけどね。私はセックスって・・・愛し合うことだって思うんだ。言葉で足りない、伝わらない部分を伝える行為。だから、凄く好きな人とすること。手を繋いだり、好きだよって伝えたりするのと同じ感じだと思う。上手く言えないけどさ。」
私は頷きながら聞いてくれた亀の肩をポンポンと叩いた。
「まぁ〜だからなんだ。そんなに構えなくても、自然とさ出来ると思うよ。経験者じゃないから断言は出来ないけど。」
亀はニッコリと笑った。
「じゃぁ、絵里が経験者になったらガキさんに教えてあげるね。」
亀はそう言って笑うと私の手を取って抱きついてきた。
そして私の耳元で「ありがと。」と囁く亀。
なんだか、私は照れてしまう。
「そんなのいら〜ん。」
亀の頭をポンと叩いた。
- 330 名前:Comparison_再び仮面を被るとき 投稿日:2006/08/19(土) 20:52
- こんな風に亀が吉澤さんとのことを相談してきてる間にも藤本さんとの婚約の話しは広まって行ってるのだろう。
私は知っている。
大人たちの世界は損得だけで動いていることを。
心など・・・気持ちなんか関係ないということを。
吉澤さんは亀を傷つけないと約束してくれた。
亀の好きな人を愛する人を私は信じてよいのだろうか。
一緒になって応援してよいのだろうか。
もしものときのために言っておいた方がいいのかもしれない。
その方がショックを軽減できるかもしれない。
でも・・・
目の前で吉澤さんに映画に連れて行ってもらったと嬉しそうにはにかみながら話す亀を見ていると応援したくなってしまう。
どうしたらよいのだろう。
保田さん・・・保田さんは応援すると言っていた。
あの子はきっと一度しか恋をしないだろうから。と言った。
その意味は一度、傷ついてしまったらきっともう恋はしない。
私はそう勝手に解釈した。
亀は・・・そういう子だ。
本当の意味は保田さんに聞かないと分からないけれど。
じゃぁ・・・私は注意したほうがいいのだろうか・・・。
- 331 名前:Comparison_再び仮面を被るとき 投稿日:2006/08/19(土) 20:53
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- 332 名前:Comparison_再び仮面を被るとき 投稿日:2006/08/19(土) 20:53
- 朝から揃いも揃って正装で現れた5人。
僕はジーンズにセーターというラフな格好で藤本の家族と向かい合った。
「美貴ちゃん、背が高くてカッコいいじゃないの良かったわね。」
美貴は母親の言葉に笑みを浮かべ頷く。
僕の知らない美貴。
両親の前での美貴の姿なのだろう。
「二人は同級生だし、自己紹介はいいな。卒業したら婚約発表、6月には式を挙げる予定をしているんだ。いいな、ひとみ。」
隣に座る父親の言葉に僕はため息を大げさについた。
藤本の両親が訝しげに僕を見る。
「僕は美貴さんと婚約はしません。僕には好きな人が、愛する人がいます。それなのに美貴さんと婚約なんて美貴さんにも失礼ですし。」
美貴は苦笑して僕を見ていた。
「うちの娘は愛人の一人や二人で妬くような娘じゃない。そんなことは気にしないよな美貴。」
父親の言葉に美貴は笑顔で頷いた。
「うちの両親もよっちゃんのこと気に入ってるし、美貴は問題ないよ。」
僕に向かって微笑む美貴に僕は肩眉を上げて微笑んだ。
「心配は無用ですよ。婚約発表までには身の回りの整理もさせておきますから。」
父はそう言って笑った。
「男ですからね、女遊びはつきものだ。」
男親同士で声を上げて笑う姿を女親たちは黙ってみている。
「今日は会えてよかった。美貴をよろしくな。」と言って帰って言った藤本家。
残った両親に僕はコーヒーを入れて向かいに座った。
- 333 名前:Comparison_再び仮面を被るとき 投稿日:2006/08/19(土) 20:53
- 「全く・・・あの目の見えない娘とは直ぐに別れなさい。」
母親の言葉に僕は視線を合わさずにコーヒーを飲んだ。
「僕は吉澤の跡取りじゃない、誰を好きになろうと付き合おうと関係はないはずだ。」
「そうはいかない。吉澤家の息子だからな養子とは言え。」
父親が眉間に皺を寄せて僕を見ている。
僕はその視線を受け止めて微笑んだ。
「また僕を養子に出すなら、どこの養子になろうと構わないでしょ。僕が邪魔なだけなら全く関係ないところに行きますよ。僕は死んだ、とでも言えばいいでしょ。」
父親はコーヒーを飲むとふーっと長い息を吐く。
「花が好きみたいだな、叔母の店で働いている。」
彼女のことも調べたのだろう。僕は頷いた。
「あんな小さな店、商売できないようにするのは簡単なことだ。」
脅し・・・いや、この人なら本当にやるだろう。
花の仕入れをさせないことくらい容易だ。
「保田さんには関係ないことです。」
「あの娘の保護者代わりだろ、関係なくない。吉澤の人間だと分かった時点で釘を刺すことくらいできたろうに、それをしなかった。自業自得だ。」
「それは違う、僕から近づいたんだ。彼女たちには手を出さないでください。これは僕とあなたたちとの問題だ。」
「お前に選択権などない。」
- 334 名前:Comparison_再び仮面を被るとき 投稿日:2006/08/19(土) 20:55
- 父はそういうとタバコに火をつける。
僕はその煙を目で追いながらふと笑った。
僕にはいつだって決定権はなかったじゃないかと。
なのに、僕は今、何をしているんだろう。
この人たちの言う通りに生きていけばいいだけなのに。
ダイニングテーブルの上に置かれた彼女の腕時計。
こないだ来たときに忘れていったもの。
ボタンを押すと音声で時刻を教えてくれる。
今、これがなくて不便を感じていないだろうか。
花屋の店先で愛しそうに花の香りを楽しむ彼女を思い浮かべそんなことを思う。
「いいか、3月までに別れておきなさい。」
何も返事をしない僕にため息をつきながら父が立ち上がる。
母が「分かったわね。」と呟いて立ち上がり父の後に付いて部屋を後にした。
きちんと消えていないタバコの先から白い煙が立ち上り僕の視界の中でゆらゆらと揺れている。
残っていたコーヒーを灰皿に入れるとジュッと音がして嫌な匂いがした。
3月までにという言葉に僕は少しだけほっとしていた。
まだ、12月だ。
彼女の誕生日を祝ってあげられる。
クリスマスだって、正月だって一緒に過ごせる。
それから、また少しずつ彼女と僕が出会う前の生活に戻ろう。
彼女は花や優しい友達に囲まれた世界に。
僕は・・・また孤独な世界に。
あの店にたまに彼女を見に行こう。
美しく咲く花、亀井絵里を。
僕だけの花。
そのために、摘まずにそこで咲かせておこう。
- 335 名前:Comparison_再び仮面を被るとき 投稿日:2006/08/19(土) 20:55
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- 336 名前:Comparison_再び仮面を被るとき 投稿日:2006/08/19(土) 20:56
- 「はいできたよぉ。亀。」
ガキさんの声にゆっくりと目を開けた。
今日は誕生日。18歳の吉澤さんと過ごす誕生日。
お昼前に迎えに来てくれるという吉澤さん。
その前にガキさんにメイクをして欲しいとお願いした。
「どう?」
「うん。私の腕のおかげで可愛くなってるよ。」
「ガキさんの腕だけなの?」
「うそうそ。亀は元々かわいいって。吉澤さんにも言われてるんでしょ。」
「うん。いっつもいっぱい言ってくれる。」
「あぁはいはい。ほら、髪もやってあげるから。」
「うん。」
ガキさんに背を向けると私の髪をガキさんが色々触りだす。
吉澤さんとは違う、ガキさんの手の温もりを感じながら目を閉じる。
「亀さぁ目を閉じたまま笑わないでくれる。キモイから。」
「いいじゃんかぁ。髪触られてると気持ちいいんだもん。」
「キモイって。」
「キモくなぁい。」
「保田さんもキモイって言うから。」
「吉澤さんは言わないもん。」
「まったく〜。あぁ言えばこう言う。」
ガキさんがポンと私の頭を叩く。
しばらく「よっ。」とか「んー。」とか言いながらガキさんが私の髪と格闘。
- 337 名前:Comparison_再び仮面を被るとき 投稿日:2006/08/19(土) 20:56
- 「よし。これでいいかな。」
両肩をポンと叩かれてどうなっているのかとそっと髪に触れてみる。
「アップ?」
「マフラーするでしょ。このがいいと思って。」
「ありがとぉ。」
「おう、いいってことよ。」
ガキさんの気配が離れてガサガサと聞こえてくる。
「はい、誕生日プレゼント。」
絵里の手に紙の袋が渡された。
「ありがと、開けていい?」
「どうぞ。」
手で探りながら袋を開き中に手を入れた。
厚手の本。
「わぁ・・・。」
表示をなぞると「ハーブ、アロマの図鑑」と打たれている。
「亀が読みたいって言ってたからさ。」
「ガキさんが作ってくれたの?」
「まぁね。」
点字にして私にも読めるようにしてくれたその本。
かなりの時間を要しただろう。
「ありがと。」
そんな一言じゃ足りないけどその言葉しか見つからない。
「こら〜。折角、メイクしたのに泣くなぁ。なんで泣くのさ。」
「だってぇ。嬉しいから。」
「だぁ〜目を擦るなぁ。崩れるってばぁ。」
ガキさんがティッシュで涙を拭いてくれる。
「吉澤さん来ちゃうよぉ。全く。」
ガキさんはそう言いながらメイクを直してくれてる。
- 338 名前:Comparison_再び仮面を被るとき 投稿日:2006/08/19(土) 20:57
- 「ねぇーガキさん。」
「なぁによぉー。」
「絵里、吉澤さんに出会えたのも幸せだけど、ガキさんとお隣になれて友達になれたこと凄い感謝してる。」
ガキさんの手が私の顔から離れていく。
「ガキさん?」
「んー。」
「なんか言ってよ。」
「んー。」
「んーじゃなくてさ。絵里、今結構良い事言ったじゃん。」
「んー。」
んー。しか返してくれないガキさんに向かって手を伸ばした。
腕を掴んで顔にそっと手を当てるとガキさんの頬は濡れてた。
「ガキさん?」
「あぁー。もー。亀が変なこと言うからぁ。」
「変なことなんか言ってないもん。ホントだよ。感謝してるんだよ。」
「わかったって。分かった。」
ガキさんは恥ずかしがりなんだ。
手を繋いだりとかそういうの苦手。
でも、私には許してくれる。見えないから。触れるしかないから。
ガキさんの両手をしっかりと握った。
「ホントだよ。」
「うん。わかった・・・。」
ガキさんの涙?
私の手にポタポタと落ちる水滴。
まだ、泣いてるの?
- 339 名前:Comparison_再び仮面を被るとき 投稿日:2006/08/19(土) 20:57
- 「かめー。」
「ん〜?」
「吉澤さんはさ・・・吉澤グループの人間なんだよ。」
「うん。知ってるよ。」
ガキさんの手が私の手をギュっと掴む。
「庶民じゃないの・・・。亀とは違うんだ・・・。」
ガキさんだってお嬢様だって聞いたよ?
私とは違うってこと?
「違うって・・・何が?」
「吉澤さんは自分で探した相手と一生添い遂げたり出来ない・・・」
「どういう意味?」
「亀と結婚は出来ないんだよ。」
結婚とか、考えてなかった。
だって、私たちまだ知り合ったばかりだし・・・
「結婚ってガキさん、絵里、今日18歳になったばかりだよ?」
「うん、そうだね。そうだけど。でも、そうなんだって。」
「ねぇーどうしたの?」
「だから、吉澤さんと結婚するとか期待とかしないで。」
「絵里は・・・障害者だから結婚とか考えちゃダメってこと?」
ガキさんがそんなこと言うはずない。
でも、私の口は聞いてた。
「障害とか関係ないんだよ・・・ただ・・・」
「なに?ガキさん。ちゃんと言ってよ。」
「決められた相手と結婚するの・・・吉澤さんも藤本さんも・・・私だってそう。」
何それ。
- 340 名前:Comparison_再び仮面を被るとき 投稿日:2006/08/19(土) 20:57
- 「そういう・・・決まりじゃないけど、私らの親もおじいちゃんたちもそうしてきた。」
「変だよね・・・。」ガキさんはそう呟いて私の手を離した。
「だからさ、明日はイブだし。今夜ね吉澤さんと一緒に過ごすだろうけどさ、後からそうだったって知るより、先に知ってたほうが良いと思って・・・。」
ガキさんの小さい声。
言い難いこと・・・でも私のために言ってくれたのだろう。
私の知らないことを教えるために。
「ガキさん・・・ありがとぉ。やっぱりガキさんに会えたこと感謝だね。」
「かめぇ・・・。」
珍しくガキさんが私に抱きついてきた。
「今なら・・・簡単じゃないかもしれないけど・・・後になるより傷つかないと思う。」
「ガキさん?」
「誕生日に言うことじゃないけど・・・別れたほうがいい・・・亀のために。」
「ガキさん。絵里、吉澤さんが必要としてくれてる間は側に居たいの。もしも、絵里のこと邪魔とか必要なくなったって分かったら直ぐ離れるよ・・・絵里ね吉澤さんのこと大好きで愛してるの。吉澤さんがまた絵里を必要としてくれるまで待機するんだ。だから、傷ついたりしないから・・・心配しないで。」
「亀・・・あんたはバカだよ。ホント馬鹿。」
ガキさんが私の背中をバシバシと叩いた。
馬鹿だけど、でもそれくらい好きなんだよ。愛してるの。
- 341 名前:Comparison_再び仮面を被るとき 投稿日:2006/08/19(土) 20:57
- ********************************
- 342 名前:Comparison_再び仮面を被るとき 投稿日:2006/08/19(土) 20:58
- 彼女を車に乗せて向かった先は花畑。
誕生日へのプレゼントを色々考えた。
何を贈れば彼女は喜ぶだろうかと考えた末、花がいいだろうと。
「着いたよ。」
車から降りると彼女は空気を吸い込み吐き出す。
「寒菊だ・・・。」
「正解。今、絵里の目の前、一面にオレンジ色の寒菊が咲いてるんだ。」
「絵里の誕生花のひとつだ・・・。」
微笑む彼女を見て喜んでくれているのだろうと安心する。
車の中であまり言葉を口にせず難しい顔をしていた彼女。
彼女の手を取り咲き誇る花に近寄る。
「色々考えたんだ。プレゼントは何がいいか。」
「いいのに。一緒にいられるだけで絵里は嬉しいから。」
僕の肩に頬を寄せる彼女の肩を僕は抱き寄せた。
「カトレアとか他にも色々、誕生花があるんだね。」
「うん。調べ方によるから。」
「花言葉を調べてみたんだ。」
「寒菊の?」
「うん。繊細、純真、けなげ、忍ぶ恋・・・絵里だなって思った。」
「おだててもなにも出ませんよぉ。」
「ははは。でも、本当にそう思ったんだ。」
「吉澤さんの誕生花は杏ですよね。」
「杏の花なんて見たことないな。」
「桜の花によく似ているみたいですよ。可愛らしい花。花言葉だって乙女のはにかみっていうくらい。絵里のイメージでは小さくて可愛い花なんです。」
「そっか、僕には似てないな。」
「そんなことないですよ。吉澤さん可愛らしいもん。」
「可愛らしいって・・・。」
手を伸ばして僕の頭を撫でる彼女。
少し恥ずかしいけど、こうして頭を撫でてもらうことを嬉しく感じた。
- 343 名前:Comparison_再び仮面を被るとき 投稿日:2006/08/19(土) 20:58
- 「寒くない?」
「大丈夫です。」
「ホント?」
「ホント。寒菊って寒い冬に咲くから寒菊って言うんですよ。絵里も寒さに強いの。」
「そうなんだ。」
しばらく、寒菊を見たあと彼女を連れて街を巡った。
田舎のその街は都会とは違って静かで町興しのために色々なものがあった。
僕はそれを言葉にして彼女に伝え彼女は一つ一つに興味を示してくれた。
ちょっとした小旅行。
ホテルにチェックインして彼女に部屋の作りを教えてあげる。
窓を開けると海の匂いに彼女が反応した。
露天風呂付の部屋にしたのは彼女が一人でも入れるように。
転ばないように初めに何がどこにあるかを彼女に説明してあげれば付き添いが居なくても入れるだろうから。
交互に露天風呂に入り用意されていた浴衣に身を包んだ。
ヘンテコな結びになっている帯を直してあげると彼女は「出来たと思ったんだけどな。」と笑った。
「食事は部屋にしてもらってるんだ。」
「楽しみ。」
「まだ、時間あるから庭にでも行ってみようか。」
微笑み頷く彼女と外に出た。
雪がちらつく中庭は見事な日本庭園。
彼女はそこに咲く花の説明を僕にしてくれた。
花の一つ一つの意味や由来。
彼女は花が本当に好きなのだろう。
そんな彼女からあの店を奪うことなど僕には出来ない。
小さな花に触れながら微笑む彼女の横顔を見て僕は決心した。
- 344 名前:Comparison_再び仮面を被るとき 投稿日:2006/08/19(土) 20:58
- ********************************
- 345 名前:Comparison_再び仮面を被るとき 投稿日:2006/08/19(土) 20:58
- 部屋で夕食を済まし、用意された布団に並んで入った。
「吉澤さん。」
「ん?どうした?」
「そっち、行っても・・・いいですか?」
「うん。」
布団を撒くって待つと彼女は体をずらして僕の隣にやってきた。
「温かい。」
「そうだね、くっ付いてたほうが温かいね。」
僕は彼女の肩を抱いて体を密着させる。
ほのかな石鹸の香りを楽しみながら彼女が僕の掌を捜しているのに気がついて僕は片手で彼女の手に手を絡ませた。
「初めてね・・・」
「ん?」
僕の言葉に彼女は体を捩り僕の声の方へ顔を向けた。
「店で初めて絵里に会ったとき。」
「うん。」
「僕は絵里のこの目に見られるのがとても怖かったんだ。」
「見えてないって分からなかった?」
「分かったさ。それでも怖かった。」
「どうして?」
「あまりにも美しすぎて。」
「絵里の目は皆と違うの?」
「誰よりも綺麗な瞳をしてるんだ。だから・・・腐りきった世界にいる自分をその瞳に映すのが怖かった。僕が劣勢に映るんじゃないかって。」
彼女はさらに体を捩り僕と向かい会う。
そして、手を伸ばして僕の頬を撫でた。
- 346 名前:Comparison_再び仮面を被るとき 投稿日:2006/08/19(土) 20:59
- 「今は?今もそう思ってるの?」
「思ってない、寧ろ映してもらいたい。僕だけを・・・」
彼女は微笑むと僕の唇を指で撫でてから自分のそれを重ねた。
「心配しないで、絵里は吉澤さんだけしか見てないもん。」
「あぁ・・・」
そう、君は真っ直ぐな子だから・・・
その言葉に嘘はないだろう。
ずっと、ずっと僕だけを見つめ愛してくれるだろう
僕は・・・過ちを犯してしまったのかも知れない
そっと咲かせておけばよかった花を
僕は自分のためだけに摘んでしまった
僕だけの観賞用に・・・
僕が離れたらその花は枯れてしまうのだろうか
僕のために裂き続けて欲しい
勝手な言い分だけれど
咲き続けて欲しい・・・
「絵里・・・。」
「ん?」
「僕はね、絵里に出会うまで僕の持っている天秤を使っていたんだ。」
「天秤?」
「そう、僕にとってその人がその行動が得になるか測るためのね。」
「得になるか・・・。」
「そう。損になる人間とは接触しない、損になる行動はしない・・・損になる対象は僕にとって・・・劣勢なんだ。」
「ん〜。」
首をかしげる彼女。
理解、出来ていないのだろう。
「僕にとって劣勢な人間は・・・僕が優勢になる。僕の方が立場が上になる。だから僕はその人間たちを・・・見下して、蔑んで・・・そうやって生きてきたんだ。」
「じゃぁ、もうそんなことしないね。」
「どうして?」
「だって、吉澤さんの箱には絵里しかいないんだもん、その天秤ももうないでしょ。」
微笑む彼女はまだ知らない・・・
「そうだね・・・絵里だけだもんな。」
彼女の髪を撫でながら僕は嘘をつく。
でもきっと彼女はその嘘を見破れないだろう・・・
怯えてはいないから。
もう、怖くなんかない。
あの世界で生きていくことがじゃなく
彼女と離れることが
もう、怖くない。
そっと、唇を重ねた。
僕の心に彼女が映るから。
もう、怖くない。
彼女を映すためにも彼女には咲き続けて欲しいんだ。
「もっと・・・愛して。絵里の全部、吉澤さんのものにして・・・。」
彼女は僕の肩に額をくっつけて恥ずかしそうに呟いた。
- 347 名前:Comparison_再び仮面を被るとき 投稿日:2006/08/19(土) 20:59
- ********************************
- 348 名前:Comparison_再び仮面を被るとき 投稿日:2006/08/19(土) 21:00
- ガキさんから言われた言葉が脳裏を過ぎる。
それでも、まるで懺悔をするかのようにこれまでの自分を語る吉澤さんを私はもっと愛してることを伝えたいし、吉澤さんの愛をもっと欲しかった。
体を重ねるだけが愛することではないと思う。
それでも、もっと触れたいし触れられたいと思うから。
吉澤さんの唇が顔や首に何度も触れる。
どうしたらいいのか分からないけど、吉澤さんの唇の温度が心地よくて私は目を閉じて吉澤さんの背中に手を回した。
「絵里・・・大丈夫?」
「うん。ちょっとくすぐったいけど。」
そう言って私は微笑んだ。
怖くない、寧ろ吉澤さんの体温に安心感を感じている。
「帯、解くよ・・・。」
頷くと吉澤さんが私の帯を解く。
シュルっと音が聞こえる。
浴衣を肌蹴させれば私の体が吉澤さんの目に映ると思うと少しだけ緊張した。
吉澤さんに肩を押され仰向けになった私。
吉澤さんが起き上がる気配がした。
「吉澤さん?」
「ここにいるよ。」
吉澤さんは私の手を掴むと真っ直ぐ伸ばし吉澤さんの顔に触れさせてくれた。
私の上に跨っている状態なのだろう。
- 349 名前:Comparison_再び仮面を被るとき 投稿日:2006/08/19(土) 21:00
- 「うん。いた。」
「浴衣、脱ぐから待ってて。」
シュルシュル、パサって聞こえてくる。
私は胸元を押さえて体を起こした。
手を伸ばして吉澤さんの体に触れる。
「硬い・・・。」
男の人の体に生で触れるのはもちろん初めて。
筋肉質な吉澤さんの胸板、腹筋。
「くすぐったい。」
私が吉澤さんがしてくれたように首や胸に唇を寄せると髪を撫でながら呟く吉澤さん。
「んふふ。くすっぐったいでしょ。」
「うん。」
吉澤さんの手が私の顎を支えキスをされる。
頬を伝って吉澤さんの唇が耳を挟む。
「僕のために、絵里はずっと咲き続けて・・・。」
吉澤さんが囁く。
その言葉の意味を考える前に私の浴衣が肌蹴、ひんやりとした外気が肌を刺した。
肩、腕・・・
浴衣が通り抜けて、代わりに冷たい空気が肌に触れていく。
吉澤さんの目に私の裸が晒されてる・・・
恥ずかしさと緊張
「寒い?」
吉澤さんの声と同時に温かい肌に包まれた。
「人の体って温かいんだね。」
吉澤さんの手が私の背中を撫でた。
素肌を撫でるその手は温かくてとても安心できた。
私も真似して吉澤さんの背中を撫でてみる。
「温かい・・・。」
吉澤さんがそう言うと体を離す。
体を見られることを意識して思わず胸の前で腕を交差した。
- 350 名前:Comparison_再び仮面を被るとき 投稿日:2006/08/19(土) 21:01
- 「どうしたの?」
「絵里の体、見せて・・・。」
吉澤さの手がゆっくりと私の手を掴み開いていく。
しばらく、無言の吉澤さん。
表情を伺えない私はその間、不安と恥ずかしさで一杯になった。
「吉澤さん・・・。」
「綺麗だよ。とても。」
その言葉に嬉しさと恥ずかしさを覚えた。
「やぁ・・・。」
吉澤さんの掌が私の胸を包み込み、思わず声をあげた。
「大丈夫だよ、絵里。僕に任せて。」
「うん・・・。」
ゆっくりと押し倒され吉澤の手は私の胸を・・・
初めての感覚に私は声を漏らした。
- 351 名前:Comparison_再び仮面を被るとき 投稿日:2006/08/19(土) 21:01
- 吉澤さんの手から優しさと愛がダイレクトに伝わってくる
まるで壊れ物を扱うような吉澤さんの手・・・
体中に吉澤さんの唇が触れる。
開いた口の中に吉澤さんの熱い舌
生き物のように動くその舌は私の舌を絡めとる
吉澤さんが熱いのか私が熱いのか
体の中まで熱くなってくる
吉澤さんの手が私の両足を割って入ってくる
思わず足に力を入れた
「絵里?」
「体が熱いの・・・。」
「僕も熱いよ・・・大丈夫だから。」
吉澤さんがキスをしてくれると私の足から力が抜けた。
熱い熱い、吉澤さんが私の中に入ってくる。
漏れる絵里の声と吉澤さんの息遣い。
体を抱き上げられ吉澤さんに包み込まれながら
私と吉澤さんは一つになる
- 352 名前:Comparison_再び仮面を被るとき 投稿日:2006/08/19(土) 21:01
- 「絵里・・・」
耳元で何度も私の名を呼ぶ吉澤さん。
言葉以上の愛が全身から伝わってくる。
私をこれ以上、愛してくれる人はきっといないだろう。
私をこれ以上、必要としてくれる人はきっといないだろう。
吉澤さんの熱いものが私の体の中に放たれた
力いっぱい抱きしめられ私は吉澤さんの腕の中で意識を失った。
- 353 名前:Comparison_再び仮面を被るとき 投稿日:2006/08/19(土) 21:02
- ********************************
- 354 名前:Comparison_再び仮面を被るとき 投稿日:2006/08/19(土) 21:02
- 気を失った彼女をしばらくの間、抱きしめていた。
僕に身を委ね、僕を全身で感じてくれていた彼女に僕の愛は伝わっただろうか。
これほど・・・相手を思いやりながら体を重ねたのは初めてだった。
彼女はとても温かく、僕を包み込んだ。
快楽・・・という行為しか知らなかった僕に
彼女は愛の行為を教えてくれたのかもしれない。
伝えきれない彼女への思いを一つ一つの行動に託し
僕はその全てを彼女の全てを目に、耳に焼き付けた。
そして・・・
僕は彼女の中に僕を残した。
- 355 名前:Comparison_再び仮面を被るとき 投稿日:2006/08/19(土) 21:02
- 目を覚ました彼女は恥ずかしそうにはにかむ。
可愛くて、愛しくて・・・安心する。
「愛してるよ。」
言葉ではそれしか言えない。
もっともっと彼女への色々な気持ちがあるのに。
そっと彼女の髪を撫でた。
「いっぱい、いっぱい。吉澤さんの愛が流れ込んできたよ。」
僕の肩に額をくっつけて呟く彼女。
「絵里の愛も吉澤さんに届いた?」
「あぁ・・・。十分過ぎるくらい。」
鼻の奥の方がツンと痛んだ。
必死に涙を堪えた。
彼女を抱きしめたまま、布団の横にある、カバンに手を伸ばし中を探る。
用意しておいた彼女へのクリスマスプレゼント。
「ん?」
「じっとしってて。」
彼女の首の後ろでチェーンを止める。
胸元に落ちたトップに彼女は手を伸ばしなんなのかを探っていた。
「クリスマスプレゼント。」
彼女は必死に胸元に輝くそれを探り何なのかを考えている。
- 356 名前:Comparison_再び仮面を被るとき 投稿日:2006/08/19(土) 21:02
- 「エターナルサークルだよ。三日月が円になってる。」
「エターナルサークル?」
「永遠の愛・・・僕は永遠に、君だけを愛すんだ。」
「ありがと・・・これ、ずっと付けてるね。」
「うん。」
「絵里もあるの・・・。カバン、どっち?」
僕は彼女に浴衣を羽織らせ、カバンを取って手渡した。
カバンの中を探りながら微笑む彼女を見ていると僕までもが笑顔になってしまう。
出てきたのは布で出来た花。
そして、微かに良い香りがする。
「匂い袋。手作りなの。」
手を伸ばし僕の手にそれを乗せる。
可愛らしい花の形をしたそれから漂う香りは彼女の匂いに似ていた。
「これ、なんの匂い?絵里からもする匂いだ。」
「ヒヤシンスだよ。絵里はオイル使ってるの。」
「そっか、これを持ってるといつも側に絵里がいるみたいだね。ありがとう。」
嬉しそうに微笑む彼女の額にキスをした。
- 357 名前:Comparison_再び仮面を被るとき 投稿日:2006/08/19(土) 21:03
- ********************************
- 358 名前:Comparison_再び仮面を被るとき 投稿日:2006/08/19(土) 21:03
- 翌朝、目覚めた僕の腕の中で眠る彼女。
彼女が目を覚ますまで僕はじっと彼女を見ていた。
ゆっくりと目を開いた彼女は僕が起きているのかまだ、寝ているのか分からないのだろう。じっとしている。
そっと僕の体に手を這わす彼女が可愛くて僕はしばらく彼女の行動を見ていた。
彼女の手は僕の胸から首を伝い唇で止まる。
そして彼女の顔が近づいてキスをした。
「おはよ。」
唇を離した彼女に僕がそう言うと驚き、恥ずかしそうにする。
「おはよう。起きてたの?」
「いや、絵里のキスで起きた。」
「おとぎばなし?」
「それもいいね。」
おとぎばなしの中で生きていたら僕等はきっと離れることもなく幸せに暮らすのだろう。
今日は一日、彼女と過ごすことは出来ない。
夕方までには帰り、父親の会社の食事会に出席しなければならない。
彼女と過ごす・・・最後。
3月まではとのんびりと考えていた僕はあまかった・・・。
婚約が3月であってそれまでに準備がある。
3月までに別れれば済むかもしれない。
でも、3ヶ月の間、彼女を騙しながら過ごすのは僕には無理だ。
彼女はきっと悟ってしまう。
- 359 名前:Comparison_再び仮面を被るとき 投稿日:2006/08/19(土) 21:04
- 帰りの車のなかで僕はいつも以上に話しをした。
彼女への愛を伝えるために。
彼女を永遠に愛すると伝えるために。
彼女の家の前で車を止め、別れのキスを。
次、会う約束はしなかった。
彼女が白杖を使いながら階段を上がり、部屋に入るのを見届けると僕の頬に涙が伝った。
車を出そうと顔を上げるとフロントガラス越しに両手に荷物を抱えて駆けてくる新垣さんが見えた。
車の窓をコンコンと叩く新垣さん。
僕は涙を拭いて窓を開けた。
「クリスマスプレゼント?」
抱えている荷物を指差すと新垣さんはその質問には答えず怖い顔をして僕を見た。
「乗せてください。」
僕の返事を待たずに乗り込んでくる。
「ご婚約なされるみたいですね。」
- 360 名前:Comparison_再び仮面を被るとき 投稿日:2006/08/19(土) 21:04
- 彼女の家にももう伝わっているのか。
僕はため息をついた。
「亀、どうするんですか?言ったんですか?」
「いや、言ってない。言わない・・・違うな言えないんだ。」
「傷つけないって約束したじゃないですか。」
新垣さんは目に涙を溜めて僕に訴える。
「約束したじゃないですか。」
「僕が愛してるのは絵里だけだよ。」
「じゃぁ・・・逆らえなかったってことですか。」
「新垣さんなら分かるでしょ。」
「分かりたくないけど・・・。」
ポタポタとスカートを濡らす新垣さんの涙。
- 361 名前:Comparison_再び仮面を被るとき 投稿日:2006/08/19(土) 21:06
- 「亀が・・・亀はどうしたらいいんですか。関係ないのに。」
「もう、会わない。3月の婚約までに準備があるんだ。」
「勝手すぎる。それ亀、知らないんですよね。」
「交通事故で死んだことにでもしておいてよ。」
苦笑しながら僕が言うと新垣さんの掌が僕の頬を叩いた。
「最悪。」
「身分が違いすぎる。僕は元々養子なんだ。逆らえない。」
「だからって・・・。」
「裏切られて、捨てられたというより、死んだと伝えられたほうがマシじゃないかな。」
僕は微笑んで見せた。
新垣さんは涙を拭くともう一度、僕の頬を叩く。
「吉澤さん・・・泣いてる。」
「2度も叩かれると痛くてね・・・。」
新垣さんは悲しそうな顔をした。
- 362 名前:Comparison_再び仮面を被るとき 投稿日:2006/08/19(土) 21:06
- 「亀、以上に吉澤さんの方が辛そう・・・吉澤さんの方が亀を必要としてるから、ですよね。それなのに・・・吉澤さんは藤本さんと?」
「絵里に・・・ずっと花の側で生活させてあげたいんだ。そして僕のために絵里自身にも咲き続けてて欲しい。やっと見つけた僕の大切な花だから。」
「脅されたんですか?」
僕は微笑み涙を拭いた。
「絵里が待ってるよ。今夜、新垣さんとプレゼント交換するんだって。」
新垣さんは一度俯いてため息をついた。
「交通事故・・・気をつけて下さいね。」
そう言い残して車を降りた。
きっと、僕は交通事故で死んだと彼女に伝えてくれるだろう。
そして、僕は・・・
仮面を被るんだ・・・
腐った世界で生きるための仮面を
- 363 名前:Comparison_再び仮面を被るとき 投稿日:2006/08/19(土) 21:07
- ********************************
- 364 名前:Comparison_再び仮面を被るとき 投稿日:2006/08/19(土) 21:07
- 早めに、帰ってきてよかった。
吉澤さんに会えたから。
初めて吉澤さんを見たときと同じ顔をしていた。
亀は・・・
一泊旅行を楽しんできたのだろう。
そして、私がこの階段を上って扉を開けるときっと
ガキさんきいてぇーと笑みを見せてやってくるだろう。
何も知らない亀・・・
「事故・・・交通事故。」
吉澤さんの亀への気持ちは本物なんだろう。
あの、吉澤さんの涙は・・・
男性のああいう涙は見ていて辛いものがある。
涙を流しながら、まるで亀をもうなんとも思っていない口ぶり。
言葉と表情が矛盾していた。
吉澤さんの立場も分かってしまう私は・・・
吉澤さんの言う通りにするしか出来ない・・・
ゆっくりと階段をあがる。
その足取りはやっぱり重い。
- 365 名前:Comparison_再び仮面を被るとき 投稿日:2006/08/19(土) 21:07
- 「ガキさんっ。どこ行ってたの?」
扉を開ける前に隣の部屋から出てきた亀。
思わず、苦笑してしまった。
「どこって、買い物。」
両手に持っていた袋をカサカサと鳴らして亀に知らせる。
「もぉ〜。待ちくたびれたんだから。聞いて欲しいこといっぱいあるの。」
微笑み、私の手を取る亀を見て私は思わず顔を歪めて足を止めてしまった。
「ガキさん?」
「ん、ちょっと疲れてるからさ。荷物置いてからそっち行くよ。」
話された手を亀の肩に置いて「ごめんね。」と呟いて部屋に入る。
少しだけ、亀の幸せな話を聞くために時間が欲しかった。
- 366 名前:Comparison_再び仮面を被るとき 投稿日:2006/08/19(土) 21:08
- 「はぁ・・・」
思わず出てしまうため息。
亀へのクリスマスプレゼントを持って私は隣の部屋に向かった。
「ガキさん、なんかあった?」
お茶を出しながら心配する亀の肩をポンポンと叩く。
「世の中、クリスマスよ。街はカップルばっか。その中を一人で歩いてきた私の気持ち分かる?」
「分からない、絵里には吉澤さんいるから。」
亀の笑みに私は複雑な気持ちになってしまう。
今はまだ・・・
亀には何も言わない。私の一世一代の芝居の始まりだ。
「あんたねぇ。はぁ〜。」
亀の胸元に光るティファニー。
吉澤さんからの誕生日プレゼントだろう。
「そのネックレス。」
「永遠の愛って意味なんだって。クリスマスプレゼント。」
「永遠の愛ね・・・。」
吉澤さん・・・
あなたはズルイです。
亀を縛り付けて姿を消すなんて・・・。
- 367 名前:Comparison_再び仮面を被るとき 投稿日:2006/08/19(土) 21:08
- 「そっ。永遠。絵里はずっと吉澤さんのものなんだよぉ。」
「それがクリスマスプレゼントで、誕生日は?」
「お花畑に連れてってもらった。絵里の誕生日の花を見せてくれた。」
思い出しているのだろう。
空気を吸い込む亀を見ながら吉澤さんを死んだことにすることが亀にとっていいことなのかも知れないと本当に思ってしまう。
亀は・・・思い出を愛して生きていけるかもしれないから。
「で?夜は?・・・したの?」
「うん。」
恥ずかしそうに頷く亀。
吉澤さん、あなたはどれほど亀を愛しているのですか?
その愛は・・・親たちには勝てなかったんですか?
「ガキさん。」
「ん〜?」
「絵里さぁ。幸せ過ぎて怖いくらいなんだ。」
その幸せは本物?
もう、会えないのに・・・。
いや、亀には・・・
その瞳には常に吉澤さんが映し出されているのかもしれない。
- 368 名前:Comparison_再び仮面を被るとき 投稿日:2006/08/19(土) 21:09
- 「怖がることなんてないじゃない。好き、何でしょ?愛されてるんでしょ。」
「うん。」
「じゃぁ。怖がらなくていいんじゃないの?」
「昨日したじゃん。」
「うん?」
「将来、絵里は吉澤さんとは結婚は出来ないって・・・。」
「あぁ・・・うん。」
「それでも、きっと絵里はずっと吉澤さんを思って生きていくわけだ。」
「亀・・・そういう言い方はさぁ。」
そう、実際それはもう直ぐ始まってしまう現実。
決して、亀は捨てられたわけではない・・・
勘違いをしないで欲しい・・・
「吉澤さんが絵里を愛してくれたの事実だから。それで十分だって夕べ思ったの。」
「・・・吉澤さんはずっと亀を好きだよ。愛してくれるよ。亀だけを・・・。」
亀は微笑んで頷いた。
吉澤さん・・・良いんですよね?
これで・・・
亀も吉澤さんもこれで幸せなんですよね?
- 369 名前:clover 投稿日:2006/08/19(土) 21:19
- 本日の更新以上です。
>>313-368 Comparison 再び仮面を被るとき
なんとなくイメージが出来て結構、書きすすみました。
読んで下さっている方にはちょっと量が多くて申し訳ない
のですが・・・お時間あったら読んでください。
>>311 :けん 様
レス有り難うございます。
>続きが待ち遠しいです。
有り難うございます。
今回ちっと長いのですが、読んでくださいw
最後まで、お付き合い宜しくお願いします。
>>312 :ももんが 様
レス有り難うございます。
>毎回いろんな気持ちの絡み合う文章を書かれるcloverさんは凄いです。
イヤイヤイヤイヤ・・・もっとちゃんと書けたらいいのですが・・・
>更新はマイペースに無理せず頑張ってください。
有り難うございます。
また、次も長くなってきててw
頑張ります。
- 370 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/19(土) 21:22
- 更新お疲れさまです
・・・切ない、切な過ぎるーーーーーーっ!!!(泣
亀吉好きです・・・。
そしてガキさんも好きになりそうだーーーっ!!!
- 371 名前:naanasshi 投稿日:2006/08/19(土) 22:21
- 。・゚・(ノД`)・゚・。
涙が止まりません
本当に皆に幸せになってほしいような…難しいですね
そしてここで描かれているガキさんがとっても好きです
次回が楽しみです作者さんも暑い日が続きますがお体に気をつけてください
- 372 名前:ももんが 投稿日:2006/08/20(日) 14:31
- 更新お疲れ様です。
亀ちゃんの健気さに涙が出ます。
好きだけじゃどうにもならないってもどかしい!
次回も楽しみにしています。
- 373 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/20(日) 22:50
- 絵里がくれた何かは吉澤さんの胸の中で輝くことはないのでしょうか
- 374 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/21(月) 01:41
- 作者さんの作品はカプなど関係なく、素直に1つの作品として受け入れる事ができますね。
文1つ1つに引き込む世界観を持っていらっしゃるというか。
のんびり更新お待ちしています。
- 375 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/22(火) 01:45
- えりりんの純粋で真っ直ぐな気持ちに泣きました
よっすぃとえりりんには幸せになってほしいです
- 376 名前:Comparison_告白と新しい命 投稿日:2006/08/26(土) 21:56
- 腐った世界に戻った僕は隣に座る美貴に笑みを見せ親の言葉に素直に頷く。
こんな僕をきっと彼女は軽蔑するだろう。
だから、こんな僕を瞳に映さないでくれ。
僕は死んだ。君の記憶の中で僕を生かして、愛して・・・
「よっちゃん、随分素直じゃない。」
運転する僕の隣で僕よりも優勢の立場で話す美貴。
食事会が終わり、親たちが僕に美貴を送っていくように促すと僕は素直に頷いた。
「絵里と別れたと言ったらあの人たちは満足そうに笑っていたよ。」
「よっちゃんの完敗ってことだね。」
「そう、思いたければ思えば良いさ。」
美貴は「ふっ。」と笑う。
「親たちの前だけで良い子になる気?」
「どういう意味?」
「今は美貴のが優勢なんだよ。対等じゃない。」
僕は横目で美貴を見る。
美貴は真っ直ぐと前を見て無表情だ。
そう、僕が美貴に対してしてきた態度・・・。
立場が逆転しているのだ。
「よっちゃん・・・あがって行きなよ。」
有無を言わせない美貴の言葉。
美貴が住むマンションの駐車場に車を止め僕は美貴に着いて初めて美貴のマンションに入った。
- 377 名前:Comparison_告白と新しい命 投稿日:2006/08/26(土) 21:57
- 生活感のない部屋。
僕の部屋と似ていた。
「コーヒーでも飲む?」
ソファに座った僕に美貴はカウンターキッチンから尋ねる。
僕は思わず笑みを零した。
本当に今までと立場が逆転している。
婿養子になる僕は美貴の機嫌を損ねるわけにはいかないのだ。
なんとなく気がついていた、美貴が僕の機嫌を損ねないように、僕の邪魔にならないように注意していたこと。
「いらない。」
美貴がいつも応えていたように僕は応えた。
美貴は苦笑しながら「そう。」とだけ応える。
それでも、僕の隣に戻って来た美貴の手にはカップが2つ。
「美貴はよっちゃんじゃないから。」
そう言って微笑むとテーブルにカップを置く。
美貴は僕じゃない。
その言葉にどんな意味があるのだろう。
美貴を見る僕の頬に美貴は微笑みながらそっと手を添えた。
彼女と違う体温。
美貴に触れられているのに思い浮かぶのは彼女の微笑む姿。
「あの子を抱いた?」
美貴の質問に僕は何も応えない。
僕と彼女の過ごした時間は僕たちだけのものだから。
大切に箱に仕舞って置きたい。
- 378 名前:Comparison_告白と新しい命 投稿日:2006/08/26(土) 21:57
- 「言いたくない、か・・・。まぁいいわ。」
美貴は微笑むと僕に顔を寄せ僕の唇をそっと奪いまた微笑む。
「美貴はよっちゃんじゃないって言ったけど。よっちゃんなのかも。」
美貴の言葉の意味が全く理解できない。
僕ではないと言い僕だと言う。
美貴の指が僕の唇をなぞり僕と目を合わせ微笑む。
「言いたいことが分からないんだけど。」
「分からないの?」
「あぁ。」
美貴は僕の肩に顎を乗せる。
「美貴はよっちゃんがあの子に惹かれたように、よっちゃんに惹かれた。でも、よっちゃんが美貴にしたように美貴はよっちゃんを捨てたりしないから安心して。」
美貴はそう囁くと僕の耳に舌を這わせる。
美貴が僕に?
そのことがあるから僕が美貴を捨てたことになるのか・・・
「よっちゃんも美貴を・・・そしたら、恋愛結婚できたのに・・・。」
美貴はそう言って悲しそうに微笑んだ。
「僕がすすんで婿養子になると?」
「さぁ?それより、よっちゃんにして欲しいことがあるんだ。」
僕に抱きついていた美貴は体を離し、冷めたコーヒーを一口含む。
- 379 名前:Comparison_告白と新しい命 投稿日:2006/08/26(土) 21:59
- 「あのマンション、引っ越して。」
「言われなくてするつもりだ。」
「そう、なら良いけど。あの子が入った部屋に居て欲しくないの。」
美貴の彼女への嫉妬心なのだろうか。
嫉妬という言葉は美貴には似合わない。
常に嫉妬される側にいる人間だと思っていた。
それに、美貴が彼女を相手にするとも思えなかった。
「それと、二度とあの子に会いに行かないで。よっちゃんのその大きい瞳であの子を捕らえないで。」
返事をすることが出来なかった。
せめて、遠くから見るくらい・・・
「よっちゃん?」
「分かった・・・。」
満足そうに微笑む美貴。
どうして、そこまで僕や彼女にこだわるんだ。
「不思議?美貴がどうしてよっちゃんを縛るか。」
「そうだね、僕が知ってる美貴は他人に興味を示さないから。」
美貴はまた微笑んで僕の唇を奪う。
僕はただ、彼女の唇を受け入れる。
「他人に興味を示さないのはよっちゃん。でもあの子には興味を示した。」
確かにそうだ。
彼女に惹かれ、愛すること愛されることを望んだ。
「あの子が他の人を愛したらよっちゃん嫌でしょ?嫉妬するでしょ。」
どうかな。
いや、そんな事が起こらないだろう。
彼女が僕以外なんて・・・
ありえない。
「美貴だって同じなんだよ。」
美貴は立ち上がり僕の足に跨ると僕の頬に両手を添える。
鋭い目が僕を捕らえて・・・僕はまるで・・・
捕らえられた獲物の気分だ。
- 380 名前:Comparison_告白と新しい命 投稿日:2006/08/26(土) 22:00
- 「美貴はよっちゃんに惹かれたんだよ。だから近づいた。だから、よっちゃんと同じになろうって努力したの・・・それなのに、よっちゃんは・・・あんな子に・・・。」
美貴の指が僕の首を伝い、胸に降りてくるとシャツのボタンを一つ一つ外していく。
僕は抵抗しなかった。
美貴にされるがまま、黙って美貴を見ていた。
初めて見る・・・美貴の泣き顔を・・・
誰に拭われることもないその涙は美貴の頬を伝い、やがて重力にしたがって顎からポタポタと僕のジーンズを濡らしていく。
肌蹴たシャツの間から覗く僕の肌を美貴はスッと指でなぞった。
胸の真ん中より少しだけ左。
そこで指を止める美貴。
聞かなくても、見なくてもなぜ、美貴がどうしてそこで指を止めたのか分かる。
そこには・・・彼女が咲かせた花があるから。
彼女のその位置にも僕が残した花がある。
夕べ、僕が花を咲かせたというと自分もすると言って同じ位置に咲かしてくれた。
「美貴もつけたこと無いのに・・・。」
美貴は僕のその花に唇を寄せて僕の肉を吸う。
「っつ・・・。」
痛みに思わず声を漏らし目を閉じた。
彼女が花は・・・一晩も咲かずに散ってしまう。
それでもいい・・・いつかは消えてしまう花だから。
彼女自身が咲いていてくれれば。
「痛かった?」
美貴は僕のそこを指で擦りながら尋ねる。
ゆっくりと目を開けるとまだ、泣いている美貴の顔が間近にあった。
「ねぇ、美貴ね。愛してるの・・・誰よりもよっちゃんを。あの子よりもね。」
驚いた。
それを表情に出す前に美貴の顔が僕に寄り唇を奪う。
美貴に唇を舌を貪られながら、美貴の気持ち、思いを考えた。
初めてかもしれない、美貴の見えない心の奥にある気持ちを考えるのは。
「っんぅ・・・。」
美貴の気持ちは本当だろうか
お互いの家の事情を考えてしまう。
気持ちよりも利益。
その利益のために、プライドだって捨てるかもしれない。
- 381 名前:Comparison_告白と新しい命 投稿日:2006/08/26(土) 22:01
- 「よっちゃん・・・」
されるがまま、何もしない僕を美貴は妖艶な表情で見てくる。
涙を溜めたその瞳・・・美貴の瞳は数週間前の瞳と違う
僕と同じ目をしていたあの目じゃなかった。
「しようよ・・・。」
涙を自分の手で拭い、僕から降りて床に膝を付くと僕のベルトに手をかける。
僕の物に顔を埋め、口に含みだす美貴。
僕は真っ白な天井を見上げてから目を閉じた。
彼女を思う気持ちとは裏腹に僕の体は美貴に反応してしまう。
それでも、僕の体はちゃんと彼女の温もりを覚えてる。
彼女とは違う美貴の温度。
「あぁっ・・・。」
「んっ。」
ゴクっと美貴が喉を鳴らす。
顔を上げた美貴は僕を見て微笑んだ。
僕の前に立ち上がりゆっくりと服を抜いでいく
僕は裸になっていく美貴を呆然と見ていた。
- 382 名前:Comparison_告白と新しい命 投稿日:2006/08/26(土) 22:01
- 今まで僕らがしてきた行為。
いや、違うんだ。僕が思っていた関係とは違っていた。
美貴の気持ちを無視した行為だったんだ。
彼女に出会ってなければ・・・
僕は一生、美貴の気持ちを無視してきただろう。
違うな、無視じゃない。
気がつきもしなかっただろう。
色恋なんて知らずに生きていただろうから。
人を愛することを知ってしまった。
切ない思いを・・・
苦しい思いを・・・
喜びも・・・
満たされる思いも・・・
彼女が全部、教えてくれた
「本当に、僕を愛してるのか?」
産まれたままの姿になった美貴を僕は見上げた。
困った顔で微笑む美貴。
いつもと違う、美貴の穏やかな表情。
「愛してるよ・・・。」
美貴は微笑みながら僕の手を取り引き寄せ
ソファから立ち上がった僕のジーンズと下着を脱がす。
「よっちゃん・・・」
僕の名前を呼びながら首に腕を絡ませてキスをする。
自然と僕はソファに腰を落とし美貴がその上に乗ってくる。
「美貴がこんなに愛してるの・・・伝わらなかった?」
愛なんて・・・知らなかったんだ。
彼女にあってその意味を・・・その思いを知った。
彼女を愛したから。
だから・・・美貴・・・
美貴から伝わったりしてなかったんだよ、この数年。
僕は・・・僕等は無駄に行為を重ね、僕はそれをゲーム感覚で楽しんでいたんだ。
それが、美貴を傷つける行為だと知らずに
いや、知っていたとしても、あの時の僕はなんとも思わなかっただろう。
「僕は・・・美貴を傷つけていた?」
- 383 名前:Comparison_告白と新しい命 投稿日:2006/08/26(土) 22:02
- 美貴は僕の肩に手を置いて首を横に振った。
「美貴は・・・よっちゃんが居ればそれで良いの。愛してくれなくても・・・なのに、よっちゃん、あの子のところに行っちゃうんだもん。」
美貴は僕に体を密着させ、首に腕を回す。
「よっちゃんが孤独なら美貴もそうなろうって思った。愛とかいらないって。だから、あの関係ね、美貴は結構好きだったんだ。よっちゃんの一番近くにいるのは美貴だから。」
美貴の舌が僕の耳を掻き回し美貴が僕の手を掴み自分の乳房に誘導した。
彼女は僕を孤独から救ってくれた。
美貴は僕と一緒に孤独になろうとした。
その違い。
僕は・・・違う世界に行きたかったんだ。
どこかで、寂しいと感じていたんだ。
だから、人を蔑み、僕はこいつらとは同等じゃないと言い聞かせてたのかもしれない。
美貴を孤独にした僕は償うべきなのだろう。
彼女を裏切る行為・・・
いや、違う。
違うと思いたい。
僕の心は・・・彼女を思ってる。
彼女は・・・きっと僕が償うことを許してくれるだろう。
僕の勝手な思いだけれど・・・
僕の償い。
それは美貴とこの世界で二人で孤独になりゲームをすること。
- 384 名前:Comparison_告白と新しい命 投稿日:2006/08/26(土) 22:03
- 僕の手が美貴の乳房を揉み上げ硬くなったそれを指で弄ぶと
美貴は僕の顔を覗き込み微笑んだ。
「もっと。して。」
美貴の言葉に僕は美貴の乳房を口に含んだ。
美貴が僕の肩からシャツを脱がすと
胸ポケットに入っていた彼女からのプレゼント
ヒヤシンスの香りが漂った。
彼女は今頃、新垣さんとプレゼント交換をしたりて
笑っているだろう・・・
それとも、もう眠っているかな
メリークリスマス絵里・・・
- 385 名前:Comparison_告白と新しい命 投稿日:2006/08/26(土) 22:03
- ********************************
- 386 名前:Comparison_告白と新しい命 投稿日:2006/08/26(土) 22:03
- ダンボール箱が数個。
僕の部屋はあまり荷物が無かったらしい。
「よっちゃん。」
「ん?」
引越しの手伝いに来ていた美貴に呼ばれた僕は振り返り美貴を見る。
美貴は微笑みながらアルバムを指差していた。
「ん?なにそれ。」
「高校の卒アル。」
「あぁ・・・開いたこと無かった。」
美貴は苦笑すると、写真を指差した。
「よっちゃん。若いね。」
3−A。
僕が居たクラス。
僕はつまらなそうにそこに居た。
「美貴は?」
「んー。美貴も若いか。」
一頁まくり指差す。
ストレートヘアーの黒髪。
僕の知らない美貴がそこにいた。
「へぇ。美貴、染めてなかったんだ。」
「よっちゃん、うちの高校、茶髪禁止だよ。」
「そうだったんだ。」
そんな校則知らなかった。
「ってか、ホントに美貴のこと覚えてないんだね。」
「クラスメイトだって誰一人、名前なんて言えないよ。」
美貴は苦笑してアルバムを閉じるとダンボールに入れた。
「美貴が言えるのよっちゃんだけかな。」
その頃からなのだろうか
美貴が僕を愛し始めていたのは
引越し業者が数個のダンボールを運び出しトラックに積み込む。
住所を渡し、僕は美貴の運転で引越し先である美貴のマンションに向った。
- 387 名前:Comparison_告白と新しい命 投稿日:2006/08/26(土) 22:04
- ********************************
- 388 名前:Comparison_告白と新しい命 投稿日:2006/08/26(土) 22:04
- 亀の様子がおかしい。
高校から花屋に来ると亀がぼけっとパイプ椅子に座っていた。
私が来たことにも気がつかずに。
昨日の今日で吉澤さんが姿を消したことを悟ったのだろうか。
しばらく様子を見ていた私に亀が気が付き声を上げ驚いている。
「あのさ・・・私、かなぁり前からここに座ってたんだけど。」
「うそぉ。全然気がつかなかった。」
「なぁに?考え事?」
いつもの会話の様に
私は何も知らないんだ
「ん〜。まぁ〜。」
ドライフラワーにするのだろう。
元気のなくなってしまった花を弄びながら返事をする亀。
「なによぉ~。気持ち悪いから言いなよ。」
「気持ち悪くないもん。」
「悪いから。なによ。ほら、言ってみ。」
「ん〜。」
花たちをテーブルに置いて頬杖を付く亀。
「毎晩、電話あったの。」
「吉澤さん?」
「うん。夕べなかったんだ。」
「疲れて寝ちゃったんじゃないの?ずっと運転してたんでしょ。」
「絵里からしてみたの。」
「で?」
「お客様の都合により停止してるって。」
「携帯?」
「うん。」
「家は?」
「繋がらないの。」
もしも・・・もしも亀の目が見えていたら私は嘘をつけなかっただろう。
今、私は・・・泣きそうだ。
吉澤さん・・・早すぎませんか?
- 389 名前:Comparison_告白と新しい命 投稿日:2006/08/26(土) 22:04
- 「ガキさん。」
「ん?」
「嫌な予感する・・・。」
目を細める亀。
私は自分の目尻に流れた涙を慌てて拭った。
「ちょっと、嫌な予感ってぇ。不吉なこと言うもんじゃないよぉ。」
亀の肩なんかを叩いてみても亀の表情は曇ったままだ。
「暗くならないでよぉ。亀らしくないっていつもヘラヘラしてるのが亀じゃん。」
「だって。」
「急にほら、なんかさぁ、ねっ。うん。そうだよ。」
「ガキさん、何言ってるか分からないよ。テンパリ過ぎ。」
自分でも何言ってんのかわかんないさ。
「あのねぇ。あんたが不吉なこと言うからでしょうが。」
「ん〜。バイト終わったらマンション行ってみようかな。心配だし。」
「あ、私も一緒に行く。」
「一人で行けるよ。帰れるし。」
「でも、ほら、何かあったらさ。」
「何かあると思うの?」
テンパル私に亀は作った笑顔を向けた。
「おーい。亀がそういう風に言うから心配してるんでしょうが。」
「あはは、分かってるよ。お願いします。一緒に来てください。」
頭を下げる亀。
家の電話も通じないということは・・・
吉澤さんはもうあのマンションには居ないのだろう。
バイトが終わるまで
私は亀が吉澤さんの部屋を訪れたときのシミュレーションを何度もした。
私がしなければならない対応。
もしも、吉澤さんの行動を何も知らずに一緒に付いて行っていたら私は何をするか。
下手に知っているからと行動してしまったら亀に気が付かれてしまうから。
- 390 名前:Comparison_告白と新しい命 投稿日:2006/08/26(土) 22:04
- ********************************
- 391 名前:Comparison_告白と新しい命 投稿日:2006/08/26(土) 22:05
- 電話が繋がらないことに夕べから胸騒ぎが止まらない。
圏外じゃなくて故意に止めていることが気になって仕方ない。
「亀、急ぐと転ぶよ。」
「あ・・・うん。」
吉澤さんのマンションへ向かう足が急ぎ足になって杖を使わなくなっていた。
さっきから何度も木の根にバランスを崩してる。
ガキさんに手を取られいつもの歩調で歩く。
「やっぱり、ガキさん一緒に来てくれてよかった。」
「ん?」
「なんか、絵里、凄い焦ってるから。」
「落ち着きなって。もう直ぐだから。」
「うん・・・。」
マンションに着きインターホンを鳴らすが反応がない。
ガキさんが「あれ?」と言いながら何度も押す。
「管理人さんに聞いてみようか。」
ガキさんのことばに頷くとガキさんは私を連れて少し歩いた。
「すみません。ここに住んでる。吉澤ひとみさん家の電話も繋がらなくて来てみたんですけど・・・。居ないみたいなんですが・・・。」
ガキさんが管理人さんに説明しているのだろう。
私はソワソワしながらガキさんの手を握っていた。
「そういわれても、電話が繋がらないことまでは管理してないからね。」
「あぁ・・・そうですよね。808号室の吉澤さんなんですけど、何かあったとか知りませんか?」
「808・・・朝から荷物運び出してた。綺麗な女の人が引っ越すから次の更新しないって言いに来たから。勿体無いよな、こないだ更新したばかりであと5か月分も家賃払うなんて。」
- 392 名前:Comparison_告白と新しい命 投稿日:2006/08/26(土) 22:05
- 綺麗な女の人って誰だろう・・・
吉澤さんのお母さんかな。
実家に帰ったのかな。
「あぁ、そうですね。勿体無いですよね。有り難うございました。亀、行こう。」
「うん。」
何も言わないガキさんに捕まって歩く。
「ガキさん?」
「なに?」
「家と反対じゃない?」
マンションを出て曲がる方向が逆。そっちはまた公園だよ。
「うん。そこの公園で温かいの飲もう。」
「あ・・・うん。」
自販機の缶が落ちる音が2回響いた。
「ここ、ベンチ。」
ガキさんに誘導されてベンチに座るとガキさんが私の手に温かい缶を握らせてくれた。
「温かいね。ありがと。」
「温かいねじゃないでしょーが。なに、落ち着いてるのよ。」
「んー。事故とかじゃないみたいだから・・・なんとなく、実家に戻るとか急になったのかなって。」
「にしても、亀に連絡くらい入れれるでしょ。まったく、吉澤さんなんなのよ。」
ガキさんの携帯のストラップの音がカチャカチャって鳴ってる。
- 393 名前:Comparison_告白と新しい命 投稿日:2006/08/26(土) 22:05
- 「電話?」
「うん、うちに掛けてみる。吉澤グループでなんかあったなら、うちの親にも何かしら情報あるかもしれないし。」
「そうなの?」
「まぁ、吉澤グループになんかあったら経済界的にも色々あるだろうから。」
「へぇー。」
私の知らないことをガキさんは知ってる。
吉澤さんと同じ自由になれない世界を知ってる。
あ・・・藤本さん、藤本さんもその世界を知ってる。
綺麗な人って藤本さん?
「もしもし、里沙ですけど。お母様いますか?」
お母様って呼ぶんだ、普段はお母さんって話してるのに・・・
「里沙です。はい、はい。大丈夫です。あの、お聞きしたいことがあって。」
あんたはぁ〜。とかおーい。とか言ってるガキさんが隣で凄い敬語使ってる。
面白くてちょっと笑える。
「えっ。ホントですか?」
どうしたんだろう。
ガキさんの声が大きくなった。
「昨日の夜・・・ですか。・・・はい。・・・はい。有り難うございます。いえ、美貴さんのお友達で、何度かお会いしたので。」
吉澤さんに何かあったの?
思わず、ガキさんの足に手を置くとガキさんが私の手を握った。
凄く強く。
- 394 名前:Comparison_告白と新しい命 投稿日:2006/08/26(土) 22:06
- ********************************
- 395 名前:Comparison_告白と新しい命 投稿日:2006/08/26(土) 22:06
- 「はい。失礼します。」
不安げな亀の手を握りながら
誰とも繋がっていない携帯を閉じた。
シミュレーション通りの一人芝居。
「ガキさん?どうかしたの?」
この先は・・・亀の反応しだいでアドリブをしないといけない。
以外にも引っ越したことを冷静に受け止めていた亀だけど・・・
「吉澤さん、事故・・・」
「え・・・。」
亀の表情が暗くてよく見えない。
「夕べ車を運転してて事故起こしたって・・・。」
「怪我・・・したの?」
亀の声が凄い震えてた。
「大きい・・・事故だったみたい。」
「ガキさん・・・。」
腕を捕まれた亀の手は物凄い震えてた。
吉澤さん・・・いいんですか?
死んだことにしちゃって・・・亀、大丈夫なんですか?
二人の間のことを私はちゃんと分かっているのかな
亀は・・・大丈夫かな・・・
急に不安になってしまう。
「病院どこ?絵里直ぐ行きたい。」
「うん・・・亀、落ち着いて・・・」
「落ち着いてるよ。」
「そう・・・吉澤さん・・・亡くなったって。」
私は目を閉じた。
亀の手が私の腕をスルスルと力なく降りていった。
- 396 名前:Comparison_告白と新しい命 投稿日:2006/08/26(土) 22:06
- ********************************
- 397 名前:Comparison_告白と新しい命 投稿日:2006/08/26(土) 22:06
- 死んだ?
ガキさん・・・何言ってるの?
「こないだの夜、一緒に海みたんだよ・・・。」
「亀?」
「美味しい料理も食べた。お饅頭買ってもらって歩きながら食べたの。」
「亀・・・。」
「昨日・・・またね。って・・・送ってくれたの。」
「うん・・・。」
ガキさんの温かさ私を包み込んだ。
背中を擦られて自分の呼吸が乱れていることに気がついた。
「ガキさんっ。」
「ん?」
「会いたい・・・吉澤さんに・・・。」
「それは・・・。」
「お願いっ。ガキさんなら連絡とれるでしょ?吉澤さんの家と。」
ガキさんしか・・・
「お願い・・・絵里、吉澤さんの実家知らないの・・・お願いだから。」
ガキさんに必死に訴えた・・・
ガキさんのコートが私の涙で濡れてる。
「会うまで信じないもん。」
「無理だよ・・・。ごめん。力になれない。」
「ガキさん。お願い。絵里、約束したの。ずっと側にいるって。だから、会わせて。」
「出来るなら、私だって連れて行ってあげたいんだって・・・。」
ごめん。ごめんね。と何度も言うガキさんの肩に顔を埋めて私はしばらくの間声を出して泣いた。
- 398 名前:Comparison_告白と新しい命 投稿日:2006/08/26(土) 22:07
- 突然すぎる。
会えないなんて・・・
東京タワー一緒に行こうって約束したのに。
杏の花・・・見せてあげたかったのに。
『僕のために、絵里はずっと咲き続けて・・・』
吉澤さんが言ってくれた言葉が不意に過ぎる。
胸元にあるクリスマスプレゼントに触れてみた。
永遠の愛・・・
吉澤さん・・・
「ガキさん・・・。」
「ん?大丈夫?」
「うん・・・今、月ある?」
「月?」
「うん。お月様。」
「あっ・・・うん。ある、三日月。」
「そっか・・・。」
「どうした?亀。大丈夫なの?」
「うん。ごめんね、困らせちゃって。」
「私はいいんだけど。亀?」
ガキさんが私の涙を拭ってくれる。
- 399 名前:Comparison_告白と新しい命 投稿日:2006/08/26(土) 22:07
- 「ガキさん・・・。」
「んー?」
「吉澤さんはもしかしたら、予言者かも。」
「はっ?」
ガキさんのマヌケな声に私は笑みを零す。
「ちょっとなに、笑ってるのよ。吉澤さん・・・。」
「うん。吉澤さん。自分が事故に合うって分かってたのかも。」
「どうして?」
「咲き続けてって・・・」
「ん?」
「絵里は咲き続けてって僕のためにって。」
「うん。」
「吉澤さん・・・絵里のことまだ必要としてくれてる。咲き続けてって、僕を愛してって意味だと思う。」
絵里の目に僕だけを映してって・・・
死んじゃっても・・・絵里の目には吉澤さんは映る。
吉澤さんだけが・・・見えてる。
「死んじゃっても・・・愛し続けてって・・・。」
「亀・・・。」
「どうしようガキさん。」
「なによ?」
「絵里、一生、吉澤さんに必要とされちゃったよ。」
「それで・・・いいの?」
「ん?」
「亀、あんた。ずっと吉澤さんのこと思って生きてくの?」
「絵里には吉澤さんしか居ないの・・・。」
「もう・・・会えないんだよ。」
「居るよ。いつだって絵里の目には吉澤さんがいる。」
ガキさんが思い切り鼻を啜った。
- 400 名前:Comparison_告白と新しい命 投稿日:2006/08/26(土) 22:07
- 「吉澤さん、馬鹿だね。こんなに思ってくれてる亀がいるのに。」
「馬鹿とか言わないでよ。」
「だって、そうじゃない。」
「ねぇ・・・。」
「ん?」
「お通夜とか・・・お葬式も絵里はいけない?」
「・・・多分。ごめん。」
「ガキさんが悪いんじゃないよ・・・。ガキさんさ・・・」
「ん?」
「月はどっち?」
私が空を見上げるとガキさんがそっと私の頬に触れて月の方に顔を向けてくれた。
「吉澤さーん。愛してますよぉ。」
叫んでみた。
私の目に映る吉澤さんは照れくさそうに微笑んでくれた。
「絵里、ずっと咲き続けますからね。ちゃんと咲き続けてみせますからぁ。」
「そうだぁ。見てろよぉ吉澤さん。亀が咲き続けるところぉ。」
ガキさんも一緒に叫んでくれた。
見ててね、吉澤さん。
- 401 名前:Comparison_告白と新しい命 投稿日:2006/08/26(土) 22:07
- ********************************
- 402 名前:Comparison_告白と新しい命 投稿日:2006/08/26(土) 22:08
- 美貴のマンションの開いている部屋に僕の荷物は運び込まれた。
それほどない荷物を必要なものだけ片付ける。
少ない荷物を整理するのにそれほど時間はかからなかった。
「よっちゃん。お昼どうする?」
服をクローゼットに入れながら「何でもいい。」と応える僕に美貴は「そういうと思った。」と微笑んだ。
「どっか、食べ行こう。」
「いや・・・」
僕は顔を歪めた。
美貴と二人で食事をする余裕は僕にはない。
今までの関係を保つのが精一杯だ。
「ごめん。ちょっと美貴、一人で浮かれてるね。」
僕は首を横に振りクローゼットを閉める。
「僕はいつもの生活をここでさせてもらうよ。美貴に迷惑はかけないから。」
美貴は苦笑すると扉に向かった。
「別に美貴は迷惑とか思わないけど、よっちゃんが邪魔されたくないんだよね。」
美貴の言葉通りだ。
今度は藤本家の跡取りとして・・・
僕は腐った世界で今までのように生きる。
美貴とゲームをしながら。
違うのは二人で暮らすことだけだ。
「じゃ、美貴は外で済ませて、美容室行ってくるから。」
「うん。」
「5時には家出れるようにしておいてね。」
「分かってる。」
僕が頷くのを確認して出て行く美貴。
今夜は藤本家の食事会。
毎晩毎晩・・・くだらない。
きっと、夕べ会った顔も多いのだろう。
失礼のないように、貰った名刺の内容と顔を頭に叩き込まなければ・・・。
- 403 名前:Comparison_告白と新しい命 投稿日:2006/08/26(土) 22:09
- 喉の渇きを覚えて部屋を出た。
冷蔵庫を開けてみると美貴の食生活が垣間見れた。
入っていたのはミネラルウォーターとアルコールだけ・・・
今頃、一人でランチをとっているのだろう
友達と楽しく会話を楽しみながらなんて・・・
しないだろう。
何のためにもならないから
あの頃の僕ならそうだから・・・きっと美貴も・・・。
僕がそうしてしまったんだ。
僕は携帯を取り出して美貴にかける。
『よっちゃん?どうかしたの?』
「今、どこ?」
『近所のイタリアンの店だけど。』
「通りに出る左側の?」
『うん。』
「行ってもいいかな?」
『いいけど。どうしたの?』
「いや、外で食べたい気分だから。」
『そう。』
「じゃ。今から行くから。」
携帯を切り財布を持って部屋を出る。
大きい通りに向かって歩き左側にあるレストランに入る。
美貴は一番奥の席に一人背を向けて座っていた。
「いい?」
美貴の横に立ち向かいの席を指差すと美貴は困ったように笑って頷く。
「同じものを。」
オーダーを取りに来た人間にそう伝える。
「こういうことするのってさ。」
「こういうことって?」
美貴の言葉に僕は首を傾げてみせる。
「一緒に食事とか。」
「あぁ。」
「さっきや嫌だって言ったのに。今度はこうして美貴の前に座ってるのってさ。やっぱり・・・あの子の影響なわけ?」
- 404 名前:Comparison_告白と新しい命 投稿日:2006/08/26(土) 22:09
- 冷蔵庫を見て僕は・・・
美貴に対して罪の意識で一杯になったんだ。
僕と同じ生活をしている美貴・・・
でも、僕はもう孤独じゃない。彼女がいるから。
美貴にはそれが僕だったのだろう。
僕は・・・美貴を巻き込み、置き去りにしたんだ。
他人とは関らないって言っていた僕は知らないうちに美貴を巻き込んでた。
彼女もまた・・・そうだ。
僕が摘んでしまった。いや・・・彼女は・・・
置き去りにしたんじゃない・・・
僕は死に・・・彼女は僕を思って生きていくはずだ。
「なに、難しそうな顔して。よっちゃんて理由がないのに行動する人じゃないでしょ。」
美貴の言葉に思わず、笑みを零してしまう。
「確かに。喉が渇いたから冷蔵庫を開けたんだ。」
「今?」
「うん。水と酒だけだった。」
「家で食事しないから。」
「うん。僕もそうだ。僕の部屋の冷蔵庫と同じだったんだ。」
「だって、美貴と同じような生活でしょ。」
「そう・・・彼女に・・・絵里に会う前の僕を見てるみたいだよ。」
苦笑する美貴は運ばれてきたパスタを口に運んだ。
「どう?おいしい?」
美貴は肩眉を上げて僕を見る。
美貴と食事をしてこんなことを聞くのは初めてだ。
その言葉になんの意味もない。
美味しいか美味しくないか、僕も食べてみれば分かることだ。
他人の意見ではなく僕自身が確認すればいいこと。
「食べてみればいいじゃない。」
「だな。」
- 405 名前:Comparison_告白と新しい命 投稿日:2006/08/26(土) 22:10
- 僕が美味しいと思っても美貴はどうなのか。
そんなこと、考えなくてもいい世界だ。
他人なんてどうでもいい。
自分のために関係を築くだけの世界だ。
「やっぱり、あの子の影響でよっちゃん変わったんだね。」
「そうだね。」
「でも、大丈夫だよ。直ぐ戻れる。」
微笑む美貴に僕は頷いた。
直ぐに戻れる。
そう、だって彼女と過ごしたのは僅かな時だから。
「それとも、美貴があの子みたいに振舞ったほうがいい?よっちゃんが望むならそうするよ?」
「振舞う?」
「そう、笑って、甘えて、男が好きな可愛い女?それがよければそうする。」
ただ、笑うから、甘えるから可愛いと思うんじゃない。
そんな女・・・今までいくらでもいた。
彼女はそうじゃない。
いつだって、僕を思って僕を孤独から救ってくれた。
「美貴は・・・僕とどうしたいんだ?」
「男に負けるのは嫌なの、だから美貴が跡取りになりたかった。でも、よっちゃんならいい。父親に認められるより、美貴はよっちゃんに・・・認めてもらいたい。」
認めるということがどういうことなのか
「よっちゃんに、美貴に側にいてって思って欲しい。」
「そう・・・。」
僕が側に居て欲しいのはただ一人
その人は・・・いつだって僕の側にいる
僕はポケットに手を入れて匂い袋を握った。
- 406 名前:Comparison_告白と新しい命 投稿日:2006/08/26(土) 22:10
- 「僕は美貴と結婚したいって思ってるよ。」
「へぇ。」
「ホントに。そう、思ってる。」
彼女が花に囲まれて生活できるように
美貴への償いのために
「美貴・・・。」
「ん?」
「僕と結婚してください。」
美貴は微笑むと頷いた。
「お嫁さんにしてくださいって言葉は言えないからなぁ。」
「じゃぁ、僕をお婿さんにして下さいか。」
「うん。お婿さんに来てください。」
微笑む美貴に僕も笑みを零した。
これでいい・・・。
- 407 名前:Comparison_告白と新しい命 投稿日:2006/08/26(土) 22:10
- ********************************
- 408 名前:Comparison_告白と新しい命 投稿日:2006/08/26(土) 22:11
- 慌しい日々が続いた。
吉澤と藤本の親族、関係者への挨拶。
年が明けてもその忙しさは続いた。
式の日取り、誰を呼ぶか、席順。
引き出物選び・・・美貴の衣装合わせ。
彼女に偶然会うことなんてなかった。
これからもないのだろう。
僕があの店に行かない限り。
卒業式を無事に終えた僕は藤本の会社に入社した。
そして、婚約発表を済ませた僕等は新居探しを始めた4月初旬。
設計図を見て美貴が要望を伝えている。横で僕は向かいに座る女性の視線に耐えていた。
庭に植える花や木を担当してくれる女性。
保田さんがそこに居た。
保田さんは僕に何も言わず、美貴の要望をメモに取り、提案をしていた。
- 409 名前:Comparison_告白と新しい命 投稿日:2006/08/26(土) 22:11
- 「ヒヤシンス?」
帰り際、僕の前を歩く保田さんが呟き振り向いた。
僕はポケットから匂い袋を取り出してみせる。
「匂いが弱まってきてるんですけど、いい方法あります?」
「ポプリを入れ替えれば・・・。」
「今度の打ち合わせのときに持ってきてもらえば?」
保田さんの横にいる美貴がそう提案した。
「えぇ、お持ちしますよ。」
美貴は僕が匂い袋を持っているこに何も興味を示したりしなかった。
強烈なコロンを漂わせるよりいいんじゃないと笑ったくらいだ。
「宜しくお願いします。」
「いいえ、今、うちのお店には杏の匂いが凄いんですよ。それもお持ちしますわ。」
保田さんの言葉に僕は涙が出そうになる。
僕の誕生花。
彼女が言っていた可愛らしい花。
玄関で建築評者に頭を下げている美貴の後ろで保田さんは「よかった。あの子の思いが報われる。」と呟く僕は頭を深く下げた。
良い、家が出来そうだと喜ぶ美貴。
6月には出来上がり、僕らが生活する家。
彼女が愛する花たちがその庭にも咲き誇るのだろう。
僕はその花々を見る度に彼女を思い、彼女と同じようにその花たちを愛するだろう。
- 410 名前:Comparison_告白と新しい命 投稿日:2006/08/26(土) 22:11
- ********************************
- 411 名前:Comparison_告白と新しい命 投稿日:2006/08/26(土) 22:12
- 保田さんが出先から帰ってくると私の耳にコソコソと言葉を残した。
今、吉澤さんに会った、騙したの?
驚いて保田さんを見ると保田さんは店先に椅子を出して座っている亀を目を細めてみていた。私も保田さんと同じように亀を見つめる。
吉澤さんが亡くなったことになってから3ヶ月。
亀は気丈に振舞っていた。
大学に進学した私は実家からの方が近いのだが亀を残してなんていけなかった。
私も吉澤さんに手を貸した一人だから。
亀が幸せになるまで見守りたい。
初めて出来た友達だから側に居たい。
亀は・・・私と普通に接してくれるたった一人の親友。
新垣の娘と聞いただけで同級生たちは距離を置く。目に見えない距離を。
慣れっ子だった。そう扱われることが。
でも、凄く嫌だった。
だから、高校は離れたところに行きたかった。
亀と出逢えてよかった。
「騙しました。」
「そう・・・絵里にとってよかったのかも。ありがとね。新垣。」
- 412 名前:Comparison_告白と新しい命 投稿日:2006/08/26(土) 22:12
- 私は俯いて首を横に振った。
亀は・・・良く空を見上げるようになった。
空にいるらしい、吉澤さんと話をしている。
「ごめんね、そんな役を一人でやらしちゃって。」
騙してる・・・
嘘をついてる・・・
大切な親友に・・・
ずっと苦しいかった。
誰かに言いたかった。
吉澤さんは生きてるって・・・
思わず零れてきた涙を指で拭って顔を上げた。
「保田さんじゃ、酔って話しちゃうでしょ。私でよかったんです。」
「あんた、しっかりし過ぎてて可愛くないわよ。」
「別に、保田さんに可愛いとか思われなくてもいいですから。」
「まったく。」
保田さんが私の頭を撫でた。
よかった・・・
嘘をついたことを騙したことを肯定してくれる人がいて・・・
「あの子、幸せそうよね・・・」
「はい。」
そう、亀は凄く幸せに見える。
愛されているからなのか・・・
愛する人がいるからなのか・・・
亀は幸せそうに見える。
- 413 名前:Comparison_告白と新しい命 投稿日:2006/08/26(土) 22:12
- 「あの人もそう見えたわ。」
少し声を小さくする保田さん。
あの人とは・・・吉澤さんだろう。
藤本さんと幸せに暮らしているのだろう・・・
幸せではいて欲しくない・・・そう思ってしまう私の心は醜いかもしれない
でも、亀と離れたことを寂しく思っていて欲しい
亀だって幸せだろうが寂しくないはずがないのだから。
「絵里の匂い袋。大切に持ってたわ。」
「えっ?」
「匂いが消えてきたからどうすれば良いかって。」
保田さんは微笑みながら亀が作ったポプリを見ている。
吉澤さん・・・
絵里と同じ様に生きてるの?
「これ、今度持っていくって言っておいた。」
亀の大好きなヒヤシンス。
亀が居るとほのかに香ってくるその匂い。
「詰め替え用、絵里に作らせないとね。」
「一杯、作らせたほうがいいかも。」
私がそう言うと保田さんは微笑んで亀を呼んだ。
- 414 名前:Comparison_告白と新しい命 投稿日:2006/08/26(土) 22:13
- ********************************
- 415 名前:Comparison_告白と新しい命 投稿日:2006/08/26(土) 22:13
- 吉澤さんが亡くなってもう直ぐ5ヶ月。
吉澤さんにしか報告していない秘密がある。
ガキさんに早く言いたいけど、まだその時じゃなかった。
相談じゃなくて報告だから・・・まだ言えなかった。
きっと吉澤さんも私の思いを応援してくれると思う。
いや、もしかしたら吉澤さんがそう望んだ結果だから。
吉澤さんの誕生花。
杏の花を見に一人散歩がてら出かけた帰り、病院に寄った。
最近、体調がよくなかったのと・・・生理が来ていなかったから。
不順ではなかったから、来ないことにもしかしたら・・・
そんな風に思った、だから隣町の産婦人科を訪ねた。
家族と相手の人と相談しなさい。
未成年だし、それにあなたは・・・
医師の言葉に私は頷き帰ってきた。
吉澤さんが私に残してくれた大切なもの・・・
失いたくなかった。
中絶は22週まで・・・。
家族は反対するだろう。
私自身が誰かに助けを求めることが多いのに・・・子供をひとりで育てるなんて・・・
でも、それでも・・・吉澤さんの子だから
「亀?どうしたの?」
- 416 名前:Comparison_告白と新しい命 投稿日:2006/08/26(土) 22:14
- 大学生になったガキさんは週に1度しかバイトに来なくなった。
実家から通った方が近いのに、ここに残ってくれたのは私のためだろう。
それでもガキさんは親と居るより楽だからと言っていた。
そんなごまかしにもの凄く感謝した。
ひとりじゃ産めないから・・・。
「ごめんね。予定あった?」
帰ったら部屋に来てとメールをしておいた。
やってきたガキさんに冷たい麦茶を出す。
5月だというのにもう、暑くなってきた。
「あぁ、美味しい。」
ため息交じりに呟くガキさんの向かいに座ってみた。
「ん?なんでそっち?」
「なんとなく。」
いつもは隣に座る。
決して広い部屋ではないけれど、見えない私にとって隣に居てくれたほうが何かと都合がいいから。
「なに?いつもと違うとなんか違和感あるんだけど。」
「まぁまぁ。気にしないで。」
「するから。しかも正座までして。」
「いやいや、改まってする話し?」
「なんで疑問系なのよ。もぉ〜。なに?」
ガキさんの動く気配。
きっとガキさんも正座をしたのだろう。
- 417 名前:Comparison_告白と新しい命 投稿日:2006/08/26(土) 22:15
- 「えぇっとですね。」
「うん。」
「絵里、妊娠してます。」
「はぁ〜?」
ガキさんの裏返った高い声が耳に響いた。
「もう22週過ぎたから産むしかないの。お願い、協力して。」
頭を下げた。
ガキさんの反応は何もない。
「吉澤さん・・・の子・・・だよね。」
しばらくの沈黙の後のガキさんの声に頷いてから顔を上げた。
「いつ、分かったの?」
「先月の初め。」
「どうして・・・言ってくれなかったのよ。」
「中絶できるときに話したらさ・・・反対されるかなって。」
「すると思う?」
「えっ?」
「だって、亀の愛してる人の子でしょ。亀を愛している人の子でしょ。するわけないじゃん・・・。」
「ガキさん・・・ありがと。」
「まって、まだ、ありがととか言わないで。」
「どうして?」
「簡単じゃないから、反対はしないけど。簡単なことじゃないからさ。」
ガキさんの声が小さかった。
- 418 名前:Comparison_告白と新しい命 投稿日:2006/08/26(土) 22:15
- 「子供がさ・・・赤ちゃんがお昼ねしてて、もしもうつ伏せになったときとか・・・亀・・・分からないんだよ。おもちゃをさ、口に入れようとしてるの亀は止めてあげられないんだよ。産むのはいいけど、その後だよ。育てられるかどうかって問題がさ・・・亀も一杯考えたと思うけど・・・」
一杯、考えた。
見えない自分が話せない子供とコミュニケーションとれるのかって・・・
一緒に育ててくれる吉澤さんはいない
私ひとりの力では無理だとわかっている
だから・・・手を貸して欲しい
「ガキさん、協力してくれないかな・・・。」
「したいよ。するよ。決まってるじゃない。でも、私も大学あるし、一日中付き添うって無理だよ・・・出来るならしてあげたい。でも、現実的に無理だよ・・・。」
「保田さんにもお願いしてみるから・・・時間のあるときだけでもいいから。」
「んー。保田さんも協力してくれると思うよ。でもね・・・あぁ・・・うん。分かった。出来る限り協力する。まず、保田さんに話して、それからだね。」
「ガキさん、ありがと・・・。」
私は一人じゃ生きられないから。
頼るところは頼りたい。
私に出来ることはしたい。
そう思って生きてきた。
頼ることの方が多いけれど・・・
でも、吉澤さんが必要としてくれた・・・
だから、産みたいどうしても産みたい。
- 419 名前:Comparison_告白と新しい命 投稿日:2006/08/26(土) 22:15
- ********************************
- 420 名前:clover 投稿日:2006/08/26(土) 22:29
- 本日の更新以上です。
>>376-419 Comparison 告白と新しい命
ホントはもっと長かったんですがw
あまりに長くなったので分割しました。
読んでもらうのには長すぎだろって感じだったので
明日また更新しようか、数日後に更新しようかw
迷ってますw
>>370 :名無飼育さん 様
レス有り難うございます。
>・・・切ない、切な過ぎるーーーーーーっ!!!(泣
自分、シビアな話が好きなもので・・・いつもこうなっちゃて申し訳ないですw
>亀吉好きです・・・。
>そしてガキさんも好きになりそうだーーーっ!!!
ガキさんも好きになってあげてくださいw
最後まで宜しくです。
>>371 :naanasshi 様
レス有り難うございます。
。・゚・(ノД`)・゚・。
>涙が止まりません
ありがとうございます。脱水症状にお気をつけてw
ハンカチを使ってくださいw
>本当に皆に幸せになってほしいような…難しいですね
ん〜。どうっすかね。お楽しみにしてください。
>そしてここで描かれているガキさんがとっても好きです
自分もガキさん最近好きなんですw
>次回が楽しみです作者さんも暑い日が続きますがお体に気をつけてください
有り難うございます頑張ります。
最後まで宜しくです。
>>372 :ももんが 様
レス有り難うございます。
>好きだけじゃどうにもならないってもどかしい!
そうっすねぇ。
こんな上級階級の世界が本当かどうか分からないですけど(^。^;;
勝手に話作ってますがw
最後までお付き合い宜しくです。
>>373 :名無飼育さん 様
レス有り難うございます。
>絵里がくれた何かは吉澤さんの胸の中で輝くことはないのでしょうか
どうでしょうか
最後までお付き合い宜しくです。
>>374 :名無飼育さん 様
レス有り難うございます。
>作者さんの作品はカプなど関係なく、素直に1つの作品として受け入れる事ができますね。
>文1つ1つに引き込む世界観を持っていらっしゃるというか。
有り難うございます。
いやいや、自分なんて妄想の自己満足でやってるんでw
そんなお言葉勿体無いっす。
>のんびり更新お待ちしています。
最後までお付き合い宜しくです。
>>375 :名無飼育さん 様
レス有り難うございます。
>えりりんの純粋で真っ直ぐな気持ちに泣きました
ありがとうございます。
>よっすぃとえりりんには幸せになってほしいです
そうですね。
最後まで宜しくです。
- 421 名前:しちさん 投稿日:2006/08/27(日) 11:22
- >>420
今日!今日!更新今日!!
心の底から待ってます。
- 422 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/27(日) 13:40
- >>420
今日の更新お待ちしています。
絵里ちゃんの一途な思い・・
再び、叶う日を願います。
- 423 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/27(日) 21:36
- 今日の更新を願ってここで待機w
- 424 名前:ももんが 投稿日:2006/08/27(日) 21:41
- 更新お疲れ様です。
ガキさんは本当にいい友達ですね。
亀ちゃんの頑張っている姿に心打たれます。
- 425 名前:370 投稿日:2006/08/27(日) 23:01
- 今日の更新をお待ちしてます
ガキさん・・・・大好きですっ!!!
- 426 名前:Comparison_祝福のブーケ 投稿日:2006/08/27(日) 23:09
- 5月下旬、式も間近に迫った頃、僕等は引越しの準備をしていた。
二人で生活した数ヶ月、それでもこの部屋にモノは増えることはなかった。
自分の荷物を詰め終わった僕は美貴の荷物をつめる手伝い。
教材がほとんどだ。
僕よりも勉強をしていたことが容易に分かる。
そこまで、男に負けたくないと思う理由はきっと幼い頃に聞かされた親たちの言葉のせいだろう。美貴と僕はどこまでも似た育てられ方をしてきたのかもしれない。
「あ・・・」
懐かしく思い手に取った高校時代の教科書。
パラパラと捲った隙間から落ちた写真には僕が映っていた。
当時の僕が。
美貴がこういうこと
女の子みたいなことをしていたことに僕は少しほっとした。
今の美貴じゃない美貴がいたことに安心した。
- 427 名前:Comparison_祝福のブーケ 投稿日:2006/08/27(日) 23:10
- そっと写真を戻し、何もなかったように僕は荷物を梱包した。
美貴に、見つけたと言う必要もない。
見つけたところで、だから何なのだという話だ。
僕等の暮らしは結局は前の関係とあまり変わらない。
違うのは一緒に暮らすことだけだ。
美貴も僕は変に言葉をかけると僕らしくないと感じるらしい。
だから、そう必要最低限の言葉を交わし。
食事を一緒にするくらいの生活だ。
- 428 名前:Comparison_祝福のブーケ 投稿日:2006/08/27(日) 23:10
- 新居に移って数週間。
初めて、仕事が休みの土曜日、僕は家の周りをまわってみようと朝から外に出ていた。
美貴は今日はエステに行くといっていたし、夕方に戻れば問題ないだろう。
新居は住宅街の一角だ。
歩いていくには遠いが車で行けば近いところに大型のスーパーやデパートもある。暮らすには便利なところだ。
公園を見つけ僕は足を踏み入れた。
こういう場所は彼女をいつもより感じることが出来る。
もう直ぐ夏だ。木々の葉が青々と茂りだしている。
保田さんが持ってきてくれたポプリと僕は交通事故で死んだことになってる、あの子は元気よ。というメッセージ。
ポケットから匂い袋を取り出し鼻の前に掲げた。
上手くやってくれた新垣さんに感謝しながら、彼女が元気だという言葉に安心する。
美貴と約束したから、彼女の様子を見に行くことは出来ない。
でも今、僕の隣には彼女がいて、公園に咲く花々の香りを楽しんでいる気がする。
こんな場所で匂い袋を嗅いで笑っている僕は傍から見たら変だろう。
ポケットにそれを閉まった。
藤本の招待客リストに新垣さんの名前もあった。
式に来るだろう。その時にお礼を言おう。
新垣さんは僕の理解者であり彼女の親友で仕事上の親しくしている新垣家のお嬢さんだ。
こないだ、新垣氏に会ったときに新垣さんが大学生になったことを話していた。
実家から通ったほうが近いのに帰ってこないと嘆いていた。
お母さんみたく大根は畑で出来ることも知らない世間知らずになりたくない。と言ったそうで、母親も何も言えず新垣さんの希望通りそのまま一人暮らしをさせているらしい。
新垣さんらしいと思うと同時に彼女が出来た親への反抗を僕は出来なかったことに尊敬すら覚えた。
- 429 名前:Comparison_祝福のブーケ 投稿日:2006/08/27(日) 23:11
- 公園を出てまた少し歩いた。
総合病院が見えたところで僕は足を止め思わず、ポケットにある袋を握った。
隣町だ・・・彼女がいるはずない。
でも、白杖を使って歩いているその人は見間違えるはずもない。
「絵里・・・。」
彼女は太陽の眩しさに目を細めることもせずに空を見上げて微笑むと歩き出した。
僕は少し距離をとって後を付ける。
何か、病気なのだろうかと心配が募る一方、彼女を偶然見かけることが出来たことに嬉しさが込み上げた。
彼女が幸せそうに見えるのは僕を愛してくれているからだろう。
勝手な想像でそんなことを考えていると彼女の向かいからサッカーボールを持っては強いてくる子供の群れ。
彼女は足を止めて道の端に寄る。
カランっという音と「すみません。」と言って足を止めることなく僕の横を走り抜けていく子供立ち。
しつけのされていない子達だ・・・
彼女は手から離れてしまった杖を地面に貼って探している。
僕は足音を立てないようにゆっくりと彼女に歩み寄る。
ぶつかりそうになったとき彼女の避け方が不自然だったことを気にしながらそっと彼女の横で足を止めて杖を拾い探る手に触れさせた。
僕の手が彼女に接触しないように注意を払いながら。
「あっ、ありがとうございます。」
僕とは全然違う方を向いて言う彼女。
気が疲れていないことに安心しながら僕は彼女を間近で見つめた。
僕は死んだことになっている。
ならば、触れても僕だとは思わないだろうか。
彼女の頬に触れたい。彼女の瞳に自分を映したい衝動に駆られてしまう。
- 430 名前:Comparison_祝福のブーケ 投稿日:2006/08/27(日) 23:11
- 「あの・・・そこに居ますよね。目が見えないので・・・」
ゆっくりと左右に顔を動かした彼女は僕の方を向くと顔を止め体ごと僕に向けた。
分かったのだろう、人がここにいることを
彼女はニコリと微笑むと頭を下げた。
「ありがとうございます。」
上がった顔に・・・彼女の目に僕が映る。
絵里。そう呼びかけたい。
愛してる。そう伝えたい。
「ヒヤシンス・・・。私も同じオイル使ってるんです。いい香りですよね。季節はずれですけどね。」
微笑む彼女の頬に僕の手は思わず触れていた。
ビクっと体を強張らせる彼女だが直ぐに力が抜けていく。
僕だと気がついただろうか・・・
死んだことになってる僕だと思うだろうか・・・
耳に光るピアスは僕がプレゼントしたもの、胸に光るネックレスもまたそうだ。
彼女は僕を・・・
そっと手を離し僕はゆっくりと足を後ろに下げた。
少しずつ距離をとりながら僕は泣いていた。
彼女は一度頭を下げると再び、杖を使って歩き出した。
僕は足を止めて彼女の後姿を見えなくなるまで見つめていた。
- 431 名前:Comparison_祝福のブーケ 投稿日:2006/08/27(日) 23:12
- 僕はそのまま家に戻り庭にでた。
保田さんが彼女に花を選ばせたと言っていた。
彼女のイメージした庭。
僕はこの家で一番この場所が好きだ。
数ヶ月ぶりに聞いた彼女の声。
数ヶ月ぶりに見た彼女の笑み。
数ヶ月ぶりに感じた彼女の体温。
再認識する彼女への愛。
再認識する彼女からの愛。
側に居られないけれど僕等の気持ちは同じ。
「よっちゃんなにしてるの?」
不意に背後から声をかけてきた美貴に僕は振り返り微笑んだ。
「その子は?」
美貴の腕の中には仔犬がいたから。
「帰りにペットショップ寄ったらさ。この子と目があっちゃって。」
「買ってきたんだ。」
「うん。」
サンダルを履いて僕の元に来る美貴。
腕の中の仔犬は大人しく僕を見ている。
「セント・バーナード?」
仔犬の頭を撫でながらそう尋ねると美貴は嬉しそうに仔犬を顔に寄せて頬ずりをした。
美貴が動物好きだと言うことを初めて知った。
こういう、顔を見せるということも。
「アンって名前にしようって思ってさ。」
「へぇ。」
「ね、アン君。」
「オスなんだ。」
「うん。」
仔犬にキスをしながら微笑む美貴。
- 432 名前:Comparison_祝福のブーケ 投稿日:2006/08/27(日) 23:12
- 「で?よっちゃんは何してたの?」
「ん?マイナスイオンを補給。保田さんのお掛けで緑が多い庭だから。」
「そうだね。アン君も遊べるし、よかった。」
「部屋で飼うの?」
「ん〜。そうしたいけど。いい?」
「構わないよ。色々、買わないとね。」
「うん。」
アン君を庭に放つとアン君は覚束ない足取りで庭を移動する。
初めての場所に興味深々なのか色んなところで足を止め匂いを嗅いでいる。
テーブルに肘を着いて美貴はアン君を目で追いながら嬉しそうだった。
「もう直ぐ式だね。」
「ん?」
「よっちゃんもっと反抗するかと思った。」
「そう・・・。」
出来ることならしたかった。
でも、僕は反抗するための、あの親たちに勝つためのカードなんて何も持っていない。
出来たことなんて・・・あの花屋を守るくらいだ。
そんな僕に・・・人を蔑み見下す資格なんてないのに・・・
世間知らずの裸の王様・・・
そんな言葉がピッタリだ。
「なに、笑ってんの?」
「いや、僕はつくづく馬鹿だなって思ってさ・・・」
- 433 名前:Comparison_祝福のブーケ 投稿日:2006/08/27(日) 23:12
- ********************************
- 434 名前:Comparison_祝福のブーケ 投稿日:2006/08/27(日) 23:13
- よっちゃんの口から自分を貶す言葉がでるなんて思ってもみなかった。
人一倍、プライドが高いよっちゃんなのに・・・
一緒に暮らすようになって今までと違うことはよっちゃんが美貴に気を使うこと。
今までは美貴が使っていたのにそうでなくなった。
ベッドの中でもそう。
今までのよっちゃんは一方的だったのに・・・美貴を気遣う。
「なんで反抗しなかったの?」
「したって無駄だって言ってたのは美貴だろ?」
「そうだけどさ。」
「実際、そうだって思っただけだよ。」
「そう・・・。」
庭に目をやり微笑むよっちゃん。
よっちゃんは・・・よく笑うようになった。
ふと・・・思い出した様に笑う。
あの子を思い出して・・・
あの子を思って・・・
それでもいい・・・。
それを・・・よっちゃんが笑っているのをみられるのは
あの子ではなく美貴だから
ずっと見たかったのかもしれない
いつも無表情のよっちゃんの笑顔を
笑顔の理由なんて何でもいい
ただ、よっちゃんの笑顔を独り占めしたかったんだ。
「明日、実家行ってくる。」
「そう。」
「で、泊まるね。」
「式は?」
「実家から行く。そういうもんだってさ。」
「そっか。」
アン君が尻尾を振って寄ってきたので抱き上げた。
ペロペロと顔を舐めるアン君。
何となく、あいつに似てて懐かしくて連れて帰ってきた。
- 435 名前:Comparison_祝福のブーケ 投稿日:2006/08/27(日) 23:14
- 「明後日、迎えの車が来るから。」
「ん?」
「明後日からね、運転手が来るんだ。だから、よっちゃんその車使って。」
「運転手?」
「まぁ、普段は家の中で何でもやってくれる手伝いって感じかな。大学生だから一日中とは以下ないけどね。昔から藤本で雇ってる人が居てさ、その子供。男だから家政婦とは違うかもしれないけど。そんな感じでさ。」
「へぇ。」
良く遊んだ。弟みたいな奴。
雇われの子の癖に美貴の後についてきて、何やっても美貴に勝てない奴で。
でもいつからかな・・・
家の外では他人の振りしてだして、そのうち美貴をお嬢様って呼ぶようになって。
こないだ久々に会ったあいつは少し頼もしい感じになっていたけど
「お久しぶりです。」って笑った顔はあの頃のままだった。
「とろい奴だから、よっちゃんイライラするからも。」
「なんだよそれ。」
「でも、いい奴だから。」
「美貴がいいなら、いいさ。」
微笑むよっちゃんに美貴も頷いた。
婚姻届はもう済んでる。
もう、よっちゃんは藤本家の人間。
明後日は式だ・・・。
親たちのための・・・披露宴。
吉澤家と藤本家が親戚になったと言うことを見せ付けるための。
美貴とよっちゃんはピエロ。
それでも良い。
そういう世界だから。
そういう世界に生きてるんだから。
ねぇ、よっちゃん。
美貴はさ、愛してるなんて言葉いらないんだ・・・
たださ・・・そこに居てよ。
美貴の側に。
ずっとさ・・・あの子のこと思っててもいいから
美貴にだけその笑顔を見せてよ。
それだけで美貴はこの世界で生きていけるから。
- 436 名前:Comparison_祝福のブーケ 投稿日:2006/08/27(日) 23:14
- ********************************
- 437 名前:Comparison_祝福のブーケ 投稿日:2006/08/27(日) 23:14
- スーツに身を包むと8時ピッタリにインターホンが鳴る。
僕が玄関を出ると黒い車の前に白い手袋をして頭を下げている青年。
それほど、僕と歳は変わらないだろうその青年は顔を上げると笑みを見せた。
「小川麻琴です。お迎えにあがりました。」
「うん。美貴から聞いてる。よろしくね。」
小川君がドアを開けてくれて僕は後部座席に乗り込んだ。
「小川君、いくつ?」
「今年20歳になります。」
「そう。」
ルームミラー越しに小川君が僕を見て微笑む。
「なに?」
チラチラと僕をミラーで見てる彼は「あ・・・。」と声を漏らしまた微笑む。
「興味あったもので。お嬢様がどんな方と結婚なさるのか。」
「美貴を昔から知ってるの?」
「はい。使用人の両親は藤本家に住み込みだったので僕も藤本家で育ちました。」
「へぇ。美貴はどんな子だった?」
彼は運転しながら懐かしそうに微笑む。
「強がりでした。それに、何でも素直に言う真っ直ぐな子でした。」
何でも素直に言う・・・
僕は思わず笑みを零した。
彼は良いように解釈をする人間なのだろう。
ならば、僕もそう解釈されていたかもしれない。
僕等は相手の気持ちを考えずに言いたいことを言っているだけだ。
- 438 名前:Comparison_祝福のブーケ 投稿日:2006/08/27(日) 23:15
- 「あの・・・。」
チラッとミラーで僕を確認する小川君に「なに?」と促すと彼は僕から視線を外した。
「無理やりとかではないんですよね?」
「どういう意味?」
「政略結婚とか・・・。」
「少なくとも美貴は乗り気だったよ。」
「吉澤さんは・・・乗り気ではないんですか?」
「いや、僕に選択権はないからね・・・それにもう戸籍上は藤本だし。」
「幸せにしてあげてくださいね。」
僕は苦笑した。
僕は美貴が望む生活をしている。
それが美貴が望む幸せなら、もうこれ以上僕には何も出来ない。
「お嬢様は、少し気が強いけど、小学生の頃だったかな。七夕の短冊に可愛いお嫁さんになりたい。って書いていたのを何故かよく覚えていて。きっと素敵な花嫁でしょうけど。」
美貴が、そんな可愛らしいことを書く子供だったことに少し驚いた。
普通の少女は大人になるに連れて自分の立場を知ったのだろう。
僕と同じようにそれに従うしかなかったのだろう。
「着きました。」
小川君はそう言うと車から降りてドアを開けてくれた。
「ありがと。」
頭を下げた小川君はまた車に乗り込み車を走らせる。
ホテルの人間に案内され僕はタキシードに着替えてた。
- 439 名前:Comparison_祝福のブーケ 投稿日:2006/08/27(日) 23:15
- 藤本家の両親に挨拶をして花嫁が待つ控え室のドアをノックする。
「どうぞ。」という声に扉を開けるが美貴の姿はなかった。
「花嫁さんは御支度中です。」
係りの人に言われ僕は椅子に座った。
30分ほどしてやってきた美貴は誰が見ても綺麗というだろう。
「どう?」
微笑む美貴に僕も笑みを返した。
「綺麗だよ。」
「よかった。」
「よっちゃんもカッコイイよ。」
「どうも。」
満足そうに微笑む美貴は付き添えの人たちに促されて椅子に腰掛ける。
「お二人とも美男美女でお似合いだですよ。」
付き添えの言葉に美貴は満足そうに笑った。
美貴の親族が花嫁姿を見ようと部屋に入ってきたので僕はその場を去った。
声が掛かるまで僕は隣の控え室に身を寄せた。
- 440 名前:Comparison_祝福のブーケ 投稿日:2006/08/27(日) 23:17
- お茶を持ってきてくれた係りの方に頭を下げて僕はそこに飾られている花の一つに触れてみた。色んなところで彼女を感じれる。
コンコン。
ノックの音に僕は添えていた手を離しドアを開く。
「新垣さん。」
頭を一度下げて「おめでとうございます。」と言う彼女。
その表情は眉を下げたなんとも言えないものだった。
「どうぞ。」
部屋に通して椅子を引く。
新垣さんが座ると僕は向かいに座る。
「絵里のこと、ありがとう。保田さんから少し聞いて。君が上手く話してくれたようだね。」
「当たり前です。亀・・・吉澤さんと連絡取れないって不安がって心配がって・・・。」
声を荒立てる新垣さんに僕は肩眉を上げた。
「君のおかげで、絵里と揉めずに別れられた。それと吉澤・・・じゃないよ。藤本だ。」
新垣さんは睨むように僕を見る。
「好きなのに、愛してるのに。どうしてそう言う言い方。」
「結婚するんだ。美貴と。絵里とはもう関係ないさ。」
新垣さんはため息をつくと小さな透明な袋をテーブルの上に差し出した。
「保田さんが・・・もう直ぐ取り替える時期だろうって・・・。」
ヒヤシンスのポプリ・・・。
僕は思わず苦笑してしまう。
「絵里は元気?」
「吉澤さんを思いすぎて、こないだは吉澤さんに会ったって、頬に触れられたって・・・でも・・・幸せそうですよ。」
「そう・・・。」
僕だと分かったのか・・・
死んだはずの僕だと・・・。
「死んだのに・・・自分の側にいるんだって言ってました。」
「そうっか。」
「これ、どうぞ。」
「ありがと。」
僕はポケットから出した匂い袋のポプリを詰め替える。
- 441 名前:Comparison_祝福のブーケ 投稿日:2006/08/27(日) 23:17
- 「一つ・・・いいですか?」
「ん?」
「お式の前に言うことじゃないかもしれないけど・・・。」
「何?」
「亀・・・もう直ぐ、母親になります。」
- 442 名前:Comparison_祝福のブーケ 投稿日:2006/08/27(日) 23:17
- ********************************
- 443 名前:Comparison_祝福のブーケ 投稿日:2006/08/27(日) 23:17
- 吉澤さんは一瞬、驚いたような顔を見せたけど、直ぐに「そうか。」と微笑んだ。
自分の子だと分かっているのだろう。
「どうして?」
「ん?」
「どうして、そんなこと・・・避妊しなかったんですか。」
吉澤さんは微笑んだ。
「彼女に・・・僕を残したかった。」
頭に値が上っていくというのはこのことだろう・・・
米神が熱くなって思わず指で押さえた。
「男の自己満足ですよね・・・女一人で子供を産んで育てることがどれだけ大変か考えました?それに亀は・・・。」
「絵里は・・・出来るよ。」
「そんなに簡単に言わないでください。健常者が大変なのに、見えないんですよ。赤ちゃんが危険なことしても分かってあげられないんですよ。」
吉澤さんは表情を変えず私を見ていた。
「絵里は大丈夫。ちゃんと育てるよ。大丈夫。絵里と僕の子だから。」
そんなこと分かってる。
愛し合う二人の子だって・・・
だから亀は何があったってどんなに辛くたって・・・
寝ずに赤ちゃんに触れているかもしれない・・・
見えないから、ずっと24時間、手を離さずに・・・
それくらいするだろう・・・亀なら・・・
だから、心配なんだ・・・
一人で全部背負い込むから
協力してくれと言っても、出来ることは自分でしてしまうから・・・
- 444 名前:Comparison_祝福のブーケ 投稿日:2006/08/27(日) 23:18
- 「心配じゃないんですか?」
「心配さ・・・心配だよ。でも絵里を信じてるから・・・」
「亀は・・・ちゃんと育てて行きますよ。自分を犠牲にしたって子供を育てますよ。」
「どういう意味?」
「あなたの子だから。愛してる人の子だから。残してくれた命だから。でも・・・私、見ていられない・・・言っちゃいそうだよ。生きてるんだって。」
「君まで巻き込んで・・・申し訳ない。」
「私だけじゃない。保田さんだって凄い心配してます。亀の両親だって。」
「そうか・・・。」
「亀の親が帰って来いって言っても、吉澤さんとの思い出がある町で産みたいって・・・。」
「少し・・・考える時間くれないかな。僕が出来ること何かあるか考えさせて。」
「吉澤さんが出来ることは決まってるじゃないですか・・・亀の側に戻ることだって。」
「簡単じゃないんだ・・・。」
吉澤さんは俯いてしまった。
吉澤さんだって出来るならそうしたいのはわかっていたつもりなのに・・・
責めたくて来たんじゃないのに・・・
亀が母親になることを知らせに来ただけなのに・・・
「ごめんなさい・・・言い過ぎました。」
「いや・・・その通りだから・・・。でもね・・・。」
「分かってます・・・吉澤さんの立場・・・分かってますから。」
吉澤さんは何も言わず頭を下げた。
「辞めて下さい・・・。責めるつもりで来たんじゃないですから・・・。」
「何か・・・書くものあるかな。」
私はバックから手帳を出し何も書いてないページを開いて渡した。
「これ、僕の携帯・・・」
吉澤さんはメモを私に渡すと立ち上がった。
「新垣さん・・・。」
「はい?」
ドアノブに手をかけた吉澤さんは振り向かずに言った。
「僕は・・・いつか絵里と温かい家庭をつくりたい・・・笑顔の耐えない家庭を・・・。」
「吉澤さん・・・。」
吉澤さんは振り向くと微笑んだ。
「そんな夢を持ってたりするんだ。こんな僕でもね・・・。」
そう、言い残して出て行った吉澤さん。
「そんな夢・・・結婚式に言わないでよ・・・。」
亀・・・あんたある意味、誰よりも幸せかもよ・・・
こんなに愛されて・・・
頑張って、子供産んであげないとね・・・
亀の愛する人のために・・・
- 445 名前:Comparison_祝福のブーケ 投稿日:2006/08/27(日) 23:18
- ********************************
- 446 名前:Comparison_祝福のブーケ 投稿日:2006/08/27(日) 23:19
- 「こんな結末ですか・・・。」
部屋を出ると柴田さんとマサオがドアの横にいた。
柴田さんの言葉に僕は笑みを零す。
呆れた顔の柴田さん。僕もあなたの立場なら同じような顔をするだろう。
「子供・・・ごめん。聞こえた。」
「そう・・・。」
「いいの?」
僕が微笑んで見せると柴田さんは眉間に皺を寄せた。
「まさか・・・。」
そう・・・妊娠して欲しかった・・・
一緒にいられないと分かっていても・・・
僕はマサオを見た。
愛人の子であるマサオを・・・
「認知するの?」
「絵里は僕を死んだと思ってる。」
パシーンという音と共に僕の頬に痛みが走る。
「ちょっと、あゆみんっ。」
「酷いっ。吉澤君、酷いよっ。」
僕に掴みかかろうとする柴田さんをマサオが抑えた。
「いつも冷静な柴田さんなのに・・・マサオと結婚する気はないって言った人なのに。どうした?」
言葉で言うのと実際は違うんだ。
柴田さんには僕の気持ち分かるだろう?
そう、酷いって涙が出るくらい・・・僕だって
- 447 名前:Comparison_祝福のブーケ 投稿日:2006/08/27(日) 23:19
- 「あの子一人で・・・どうやって。」
ポロポロと涙を流す柴田さんをマサオは悲しそうに見つめていた。
マサオだって・・・分かっているんだ。
言葉で言うほど・・・気持ちは簡単じゃないってことを・・・
「絵里は・・・大丈夫・・・・強い子だから・・・」
「勝手よっ・・・。」
「柴田さんだって・・・マサオ以外と結婚するんだろ。」
「それでも・・・。」
「彼女は大丈夫・・・僕はそう、信じてる。」
柴田さんはそれ以上何も言わなかった。
「結婚・・・おめでと。」
柴田さんを抱えたマサオの言葉に「ありがと。」と返し花嫁の待つ部屋へ戻る。
「あっ、よっちゃん戻って来た。」
僕を見て嬉しそうにする美貴。
今日は・・・いつもの美貴と違う。
幸せな花嫁。
美貴、これが君の望むもの?
- 448 名前:Comparison_祝福のブーケ 投稿日:2006/08/27(日) 23:19
- チャペルに案内され、僕はバージンロード終点でリハーサル通り美貴を待つ。
扉が開きオルガンパイプが鳴り響くと一斉に拍手が起きる。
ゆっくりと少し俯き加減の美貴が父親と共にバージンロードを歩いてくる。
綺麗な花嫁。
本当に言葉通り、美貴は美しい。
父親から僕の手に美貴が移り僕等は神を欺いて・・・永遠の愛を誓い、祝福の中、誓いのキスを交わした。そう、
無事に式を済ませ、皆は披露宴の場へ移動する。その間に僕等はお色直し。
美貴に合わせた衣装に着替えた僕の腕にピンク色のドレスに着替えた美貴の腕が絡む。
大きな扉が開き、僕等は客に笑顔を向け頭を下げ席までゆっくりと足を進めた。
新垣さんは僕から目を逸らし柴田さんは僕を哀れんで見ていた。
3回目のお色直しの後・・・
祝いの電報の紹介がされることは前もって打ち合わせていた。
司会の人が持つその電報に僕は目を閉じた。
- 449 名前:Comparison_祝福のブーケ 投稿日:2006/08/27(日) 23:20
- ********************************
- 450 名前:Comparison_祝福のブーケ 投稿日:2006/08/27(日) 23:20
- 藤本さんはとても綺麗な花嫁だと誰もが思うだろう。
綺麗、おめでとう。
そんな言葉があちらこちらから聞こえてくる。
そんな大人たちに言ってやりたい・・・
吉澤さんが愛しているのは亀だと・・・
司会者が祝福の電報を読み上げ始め、私は目を疑った・・・
亀・・・?
ラナンキュラス、ブルースター、すずらん・・・
祝福の花言葉を持つ花たちを縁結びの意味をもつ蔓で巻いた小さなブーケ・・・
「こちらは可愛らしい花のブーケが添えられています。ご紹介させていただきます。」
“吉澤さん、藤本さんご結婚おめでとうございます。いつまでもお幸せに温かい家庭を作って下さい。”
「亀井、絵里様より頂きました。」
亀・・・知ってたの?
知ってて・・・私の嘘に騙されてたの?
- 451 名前:Comparison_祝福のブーケ 投稿日:2006/08/27(日) 23:21
- 溢れ出してしまった涙を親に見られないように拭い、吉澤さんを見た。
目を閉じて、微笑んでいる吉澤さん。
吉澤さんの言う通りだ・・・
亀は・・・強い・・・それは、吉澤さんを愛しているから?
吉澤さんの愛を信じているから?
いつか、保田さんの言った言葉の意味・・・
私は間違えて解釈していたかもしれない・・・
亀が一度しか人を愛さないのは・・・
一度、傷ついたらもう二度と恋をしないんじゃない・・・
吉澤さんしか愛さないんだ・・・
「里沙、どこに行くの?」
立ち上がった私に母が呼び止めた。
「ちょっと・・・失礼します。」
私はそう言って、邪魔にならないように早足で披露宴の会場から離れた。
扉か出た私の視界に知った顔が映る。
「小川先輩?」
「里沙お嬢さん。」
「その呼び方は辞めてください。急いでるので失礼します。」
走り出そうとした私の手を取る小川先輩。
「急いでるってどうしたの?」
「家に帰るんです。離して。」
「送るよ。走るよりは速いでしょ。こっち。」
小川先輩に手を引かれ走り出す。
藤本さんの家に仕えてた小川先輩の親。
子供の頃、何度か一緒に遊んだことがあった。
そして今は大学の先輩。
小川先輩は私を里沙お嬢さんと呼ぶ。
辞めてくれという私に癖だから仕方ないと笑う小川先輩。
住所をカーナビにセットして走り出す車。
藤本家の車だろう。
- 452 名前:Comparison_祝福のブーケ 投稿日:2006/08/27(日) 23:21
- 「いいんですか?勝手に使って。」
「式はまだまだ続くから、大丈夫だよ。」
小川先輩はフニャっと笑った。
なんだか、その笑顔に救われた気になる。
「それに、美貴お嬢さんはあぁ見えて優しいからちょっと位のことじゃ怒らないよ。」
「優しいなら・・・奪ったりしない・・・。」
「えっ?」
思わず出てしまった言葉に「なんでもない。」と首を横に振った。
「ここでいい?」
「ありがと。」
ハイツの前に車が止まり礼を言う。
「里沙お嬢さんここで暮らしてるの?」
降りようとした私に驚いた顔の小川先輩。
「そうだよ。」
「そっか。今度、遊びに来ようかな。」
「男性はあげませんから。」
悪戯っぽく笑う小川先輩に私も同じように笑ってドアを閉めた。
- 453 名前:Comparison_祝福のブーケ 投稿日:2006/08/27(日) 23:22
- 階段を駆け上がる。ドレスの裾が足に絡まって昇り難い。
「亀、入るよ。」
ドアを開けた私の目に誕生日にプレゼントした本を指でなぞる亀がいた。
「ガキさん、どうしたの?大きな声だして。珍しい。」
あんた、まだ騙されるつもり?
「あがるよ。」
「うん。あれ、今日、実家じゃなかったの?」
「そう、結婚式に出てた。」
「そう。」
「藤本家に招待されて。」
「へぇ、藤本さんが結婚するの?」
本を閉じながら・・・なんでもないって顔。
「亀のせいで・・・。」
涙が零れてくる・・・
亀の強さに・・・もっと頼ってよ・・・親友じゃんか
「ん?絵里なんかした?」
「したよ、亀のせいで豪華な料理食べ損ねた。」
「あはは、何それ。」
亀の隣に座り亀の手を私のドレスに触れさせる。
「こんなドレス着て、茶番の結婚式に出てたんだからね。私。」
「なに、茶番って、いい結婚式だったんでしょ?」
亀の手をギュッて力いっぱい握った。
「どうして、笑ってるの?」
「だって、結婚式って幸せなことじゃない?」
「亀・・・ブーケ、よく出来てたよ。色の合わせ方も可愛く出来てた・・・。」
困ったように笑う亀。
- 454 名前:Comparison_祝福のブーケ 投稿日:2006/08/27(日) 23:23
- 「いつから知ってたの?」
その笑みが苦笑に変わり首を横に振る。
「いつから?」
「参ったな・・・ガキさんが結婚式に出席してるなんて思わなかったよ。」
「いつから?」
「絵里の目が見えないからってガキさんあまあまだよ。」
「なによ。」
亀はノートパソコンを開きマイクを使って操作していく。
そうか・・・
「事故の記事なんてないもの・・・クリスマスに交通事故で死亡事故なんてなかったよ。」
「結婚のことは?」
「それも、経済のニュース記事にあった。経済界に影響あるだろうって。」
「そう・・・。」
吉澤さん、騙したつもりが私たちが騙されてましたよ・・・
「それに・・・こないだ隣町で会ったもん。吉澤さんに・・・。」
その話をしたときの吉澤さんは笑っていた。
本当なのだろう・・・
「吉澤さん、かっこ良くちゃんとやってた?」
「うん・・・。」
でも、きっと亀と並んでるときの方がカッコイイよ・・・
もう、並ぶことのない・・・亀には言えない・・・
- 455 名前:Comparison_祝福のブーケ 投稿日:2006/08/27(日) 23:23
- 「そっか、じゃぁ良かった。」
「吉澤さんに・・・亀が妊娠したこと伝えたよ。」
亀は眉間に皺を寄せ唇をキュっと閉じた。
「嬉しそうだった。」
亀は少しだけ笑みを見せる。
どうして、もっと笑わないんだろう。
どうして・・・
「亀は嬉しくないの?吉澤さん、喜んでたこと。」
「心配させたくないかな・・・」
困ったように笑う亀。
私・・・余計なこと言ったのかな・・・
「吉澤さんには吉澤さんの生活、頑張って欲しい・・・自分で腐った世界だって言ってた世界で生きていくのに・・・絵里のことで心配なんかさせたくないんだ。」
「亀・・・。」
「でも、喜んでくれてることは素直に嬉しいんだよ。」
私の手を掴み笑う亀は私を気遣ってだろう・・・
「ごめんね亀。」
「なにが?」
「なんとなくさ・・・。」
亀のお腹に触れてみた。
ポコッと膨らんだお腹。
私に隠している間、つわりが酷かったらしい。
そんなことも気付かせずに亀は1ヶ月以上も一人で抱え込んでいたのだ。
最近は背中が痛くなったりしているようだ。
予定日まあと4ヶ月・・・
元気に生まれてきて欲しい。
そして、その子に言ってあげるんだ。
あなたのお母さんとお父さんは誰よりも愛し合ってるんだと・・・
- 456 名前:Comparison_祝福のブーケ 投稿日:2006/08/27(日) 23:23
- 「ガキさん。」
「ん?」
「お願いがあるの。」
「なに?」
亀は私の手を取ると亀の胸に持っていく。
「っちょっと。何させのさ。」
思わず、手を引っ込めてしまう。
「大きくなっちゃって。」
苦笑する亀に私は眉間に皺を寄せた。
「嫌味?」
「ん?」
あぁ・・・亀は見えないから・・・
私の胸が亀の胸に比べて相当、小さいことを知らない・・・
「何でもない・・・で?大きくなったのは妊娠してるからでしょうが。」
「うん。ブラがさ・・・。」
「あぁ合わなくなったのね。」
「うん。」
「買って来てあげるって言ってもカップ分からないよね。」
「ん〜。普段、Dなんだけど今はどのくらいだろう?」
Dかよ・・・。
私、妊娠したらそれくらいになるかな・・・
「ガキさんのしてみたりしたら分かる?」
「はぁ?なんで?」
「ガキさんもD?」
私のがD以上なら・・・それで合わせられるってことか・・・
あいにく私はそんなにない・・・
「明日、一緒に買いに行こうっか。」
「へっ?」
「あのね・・・。」
言葉で言うより早いだろう。
私は亀の手を掴み胸に当てた。
「ガキさん・・・。」
「そういうこと・・・。」
苦笑する亀・・・
私は思い切りため息をついた。
- 457 名前:Comparison_祝福のブーケ 投稿日:2006/08/27(日) 23:24
- ********************************
- 458 名前:Comparison_祝福のブーケ 投稿日:2006/08/27(日) 23:24
- 式を終え、僕等は客を見送り着替えて家へ向かう。
小川君がずっと笑顔で運転をしている様子を後部座席から眺めていた。
「これ、よっちゃんにあげる。」
隣にいた美貴が袋からガサガサと取り出したのは
彼女が作ったブーケだった。
「可愛いですね。でもブーケなら美貴お嬢様が・・・。」
ミラー越しに言い出す小川君に美貴が視線を送ると小川君は言葉を止めた。
「麻琴。」
「はい。」
「前見て、黙って運転してろ。」
「はぁい。」
美貴はまた僕を見てブーケを差し出す。
美貴のその行動にどんな意図があるのだろう。
彼女に会うなと言った美貴が彼女の作ったブーケを差し出している。
そっとブーケを手に取ると直ぐに伝わってくる彼女の温もり。
美貴は僕を見て方眉を起用にあげた。
「いいの?」
「それくらいはね。」
「美貴が妥協するとは思わなかった。」
「だって、美貴が貰ってもね・・・明らかによっちゃんのために作ったものだしさ。」
美貴は腕を組み、足を組みかえ前を向いた。
「よっちゃんがあの子に結婚すること言ってたからっていうのもあるんだけどね。」
僕は美貴の横顔を見つめた。
「言ってないの?」
「あぁ。」
僕の視線に合わせて美貴が難しい顔をした。
- 459 名前:Comparison_祝福のブーケ 投稿日:2006/08/27(日) 23:25
- 「何て言って別れたの?」
僕は微笑んで手にあるブーケを見つめた。
「何も・・・ただ、姿を消した。その後は新垣さんが僕は交通事故で死んだってことにしてくれたんだ。」
「じゃぁ、それは何?」
「さぁ・・・新垣さん途中で出て行ったから彼女も知らなかったんだろうな。」
美貴は微笑んで僕を見た。
「騙したつもりが騙されてたわけだ。」
「そうだね。」
「大したもんだわ。」
僕は美貴の言葉に笑みを零す。
「あのぉ。」
小川君がミラー越しに僕と美貴をチラチラと見ていた。
「なに?」
「さっきから何方のお話を?別れたとかって・・・。」
「麻琴さ。」
「はい。」
「お前、立場を分かれよ。」
美貴がそういうと小川君は申し訳なさそうに頷いた。
彼女が作ったブーケ。
帰ったら花言葉の意味を調べよう。
きっと何か意味がある花たちだろうから。
「黙っていなくなるなんてよっちゃんらしくないね。」
- 460 名前:Comparison_祝福のブーケ 投稿日:2006/08/27(日) 23:25
- ブーケを見ていた僕は美貴に視線を戻した。
「そうかな?」
「邪魔なら邪魔って正直に言う人じゃん。」
僕は笑みを零した。
実際、そうだ。その通り。
「邪魔じゃないから邪魔だなんていわないさ。」
「そうだね。」
美貴は呟くように言うと僕から視線を逸らす。
寂しそうな顔をして・・・
小川君がその様子を見て僕に視線が向けられた。
僕はただその視線が逸らされるまでミラーを見ていた。
- 461 名前:Comparison_祝福のブーケ 投稿日:2006/08/27(日) 23:25
- ********************************
- 462 名前:clover 投稿日:2006/08/27(日) 23:35
- 本日の更新以上です。
>>426-461 Comparison 祝福のブーケ
今日、更新しました
レス下さった方有り難うございます。
小川さん、卒業おめでとう。
ということで、出演してもらいましたw
>>421 :しちさん 様
レス有り難うございます。
>今日!今日!更新今日!!
>心の底から待ってます。
ありがとうございますw
今日、更新しました。読んでいただけたら幸いですw
最後まで宜しくです。
>>422 :名無飼育さん 様
レス有り難うございます。
>今日の更新お待ちしています。
有り難うございます。読んでいただけたら幸いですw
>絵里ちゃんの一途な思い・・
>再び、叶う日を願います。
ん〜。最後までどうなるかw
最後までお付き合い宜しくです。
>>423 :名無飼育さん 様
レス有り難うございます。
>今日の更新を願ってここで待機w
ありがとうございます。
待たせちゃいましたかね。今日中に読んでいただけたら幸いです。
最後まで宜しくです。
>>424 :ももんが 様
レス有り難うございます。
>ガキさんは本当にいい友達ですね。
そうなんです。ガキさんに頑張ってもらってますw
>亀ちゃんの頑張っている姿に心打たれます。
有り難うございます。
最後まで宜しくお付き合い願いします。
>>425 :370 様
レス有り難うございます。
>今日の更新をお待ちしてます
今日中に読んでいただけたら幸いw
>ガキさん・・・・大好きですっ!!!
自分もですw
- 463 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/28(月) 00:04
- こちらのガキさんをお嫁にもらいたい・・・。
- 464 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/28(月) 00:05
- なんか色んな意味で切ないよお…。・゜・(ノД`)・゜・。
次回も楽しみに待ってます
- 465 名前:しちさん 投稿日:2006/08/28(月) 01:07
- 待ってたかいがありました。
更新してくれてありがとうです。
せつな過ぎて死にそうですが、次回の更新も楽しみにしてます。
頑張ってください。
- 466 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/28(月) 01:25
- 絵里の強さに惚れ直しました
それにしてもガキさんの胸・・・貧乳好きもここにいますからガキさん落ち込まないで〜
- 467 名前:ももんが 投稿日:2006/08/28(月) 13:15
- 早速の更新おつかれさまです。
ガキさんの胸の話には思わず笑ってしまいました(笑)
藤本さんの哀愁なんかもかなり伝わってきました。
今回は亀ちゃんの強さを凄いと思った回でした。
- 468 名前:naanasshi 投稿日:2006/08/28(月) 15:41
- 更新お疲れ様です
ある意味とてもピュアな愛ですね。純粋すぎる想いが腐った世界に打ち勝つことを願っております
最後に一言 ガキさああああああああああああらいすき!
- 469 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/28(月) 19:47
- だー物語の中に入ってすべて上手くいくようまとめたい!w
えりりんが健気過ぎてどうしたものか。・゚・(ノД`)・゚・。
- 470 名前:Comparison_僕等を取り巻く強さと優しさ(1) 投稿日:2006/09/03(日) 16:09
- 梅雨の季節が過ぎ、蒸し暑い夏が訪れると家の庭には緑が生い茂りだした。
美貴は僕に気を使っているのだろう。
普段、家にいるのに僕が家にいる土日にエステやら美容室やらに行く。
仕事で美貴の父親と一緒にいるから、僕が一人になる時間を作ってくれているのが明らかだ。その気遣いが・・・僕の胸の中でモヤモヤとしたものとなりどんどん溜まっていく。
美貴がなぜ気を使うのか、僕には分からないから。
「アン君、散歩でもいくか?」
部屋をウロウロと美貴を探すアン君にそう声をかけてみるが見向きもされない。
「何のために居るのかね・・・僕は・・・。」
美貴の匂いを探すアン君の背中に呟いてみたところで応えは返ってこない。
彼女の作ったブーケがドライフラワーになってサイドテーブルに飾られている。
どれも、祝福の花言葉を持った花たち・・・
彼女は僕の選んだ生き方を祝福してくれているのだろう
間違えているとしても・・・僕が選んだから彼女は認めるのだろう
「絵里・・・。」
ポケットから取り出した匂い袋は微かな香りだけが残っている
もう、変えはない・・・。
「それ、何ですか?」
突然、庭から窓を開けて汗だくの小川君が居間に入ってく来た。
「来てたんだ。」
「はい、美貴お嬢様に庭の虫の駆除をしてと朝、連絡あったので。」
汗をタオルで拭う小川君の足元にアン君がじゃれ付いている。
僕は嫌われたな・・・
- 471 名前:Comparison_僕等を取り巻く強さと優しさ(1) 投稿日:2006/09/03(日) 16:10
- 「匂い袋ですか、今時珍しいですね。」
僕の手から匂い袋を取ろうとする小川君の手を僕は自然と避けた。
「あ、すみません。大切なもの・・・ですか?」
「うん、ごめん・・・。もう、匂いも消えかけてるんだけどね。」
小川君は僕の手にあるそれを大きな目で捉えると微笑んだ。
「入れ替えられるじゃないですか。ポプリ。」
「うん。そうなんだけどね。」
「僕の知り合い、っていうか里沙お嬢さんなんですけど花屋でバイトしてるって言ってたから聞いてみましょうか?大学で会いますし。」
「里沙お嬢さん?」
誰をさしているのかわからない・・・
僕の知っている人なのだろう。
「新垣家のお嬢様です、ご存知ありませんか?」
「あぁ知ってる。」
僕は笑った。
ガキさんと彼女が呼ぶから・・・
下の名前を覚えていなかった。
「ガキさん・・・だろ?」
「その呼び方はお一人だけしか使っていませんよ。どうして旦那様が?」
へぇ・・・彼女しか使わない言葉・・・だったんだ。
「皆はなんて呼んでるんだ?」
「新垣のお嬢さんとか新垣さんとか・・・」
小川君は少し顔を曇らせた。
「みんな、そんなに親しくは接してないみたいだから。」
「へぇ。どうして?」
「それは・・・新垣家といったらやっぱり・・・。」
「そうだね。」
かなりの財閥だもんね。
- 472 名前:Comparison_僕等を取り巻く強さと優しさ(1) 投稿日:2006/09/03(日) 16:11
- 「あの大学は大企業のご子息がいらしてるので、なんとなく一歩引いてしまうのでしょうね。自分も藤本の支援がなければ通えないですよ。藤本の旦那様が勉強だといってくださって、ご好意に甘えさせていただいてますけど。」
「そっか。」
新垣さんにとっても彼女は特別な存在なんだろう。
彼女はそんなこと気にしないから。
僕等を特別だなんて思わない・・・余計なところは見てないから・・・
「で、どうしてご存知なんてすか?ガキさんって愛称。」
「どこかで、そう呼ばれてるのを聞いたことがあったからかな。」
へぇ。と小川君は頷くとパンと手をたたき笑みを見せた。
「どうした?」
「その花屋行きませんか?今から。ポプリありますよ。そのガキさんって呼んでる子。亀井さんって言うんですが、その子が趣味でやってるって聞いたことありますから。」
いいことを思いついたとばかりに満面の笑みを向ける小川君。
「小川君が行って買ってきてくれないかな。アン君の散歩がてら。」
「えっ?行かないんですか?美貴お嬢様は夕方まで帰ってきませんし・・・」
言葉を続ける小川君に僕は財布を取りだして万札を渡す。
「ついでに、部屋に飾る花も買ってきてくれ。」
- 473 名前:Comparison_僕等を取り巻く強さと優しさ(1) 投稿日:2006/09/03(日) 16:11
- ********************************
- 474 名前:Comparison_僕等を取り巻く強さと優しさ(1) 投稿日:2006/09/03(日) 16:12
- 一万円札を差し出され、直ぐには受け取れなかった。
美貴お嬢様と吉澤さんの結婚式以来、何度かキャンパスで言葉を交わすようになった僕と里沙お嬢さん。バイト先である花屋にも何度か庭の手入れのための肥料を手配しに出向かせてもらった。
一人、キャンパスのカフェでランチを取っていた里沙お嬢さん。
僕はいつもコンビニ弁当だから会うことはなかったのだが、講義が早く終わり、カフェを通り抜けようとして里沙お嬢さんが目に留まり声をかけた。
「こないだのお礼に奢る。」 そう言って頂き、里沙お嬢さんとランチを取ったときに亀井さんのお腹の子のことを聞いた。
「愛し合ってるのに、一緒にはいられないだけ。でも亀は強い子だし、お腹の子のお父さんを愛しているから大丈夫。」そう微笑んで言ったんだ。
「吉澤さんにそう伝えて、心配してくれてたからさ。」
吉澤さんがその愛する人、なのかと思ったが直ぐにその考えは取り払った。
だって、美貴お嬢さんが認めた人だから、愛している人だから。
今朝の美貴お嬢さんの言葉。
朝からエステに行くと言うお嬢様に「旦那様がお休みの日に家をあけなくても。」と余計なことを口にしてしまった僕に言ったんだ。
「だからだよ。婿養子になってくれただけでいいの。美貴は居ないほうが気が休まるだろうし。」
そうの言葉の意味はよく分からない。
でも、お嬢様は旦那様の前だと気を使っている。
いつも、腕を組んで深々満々でいるお嬢様が不安そうに見えたりするのはそのせいだろう。
好きになったの方が負け。そんな言葉があったななんて思った。
惚れたのはお嬢様なのだろう。
それに、今の旦那様の言葉・・・ガキさんと言う愛称を知っていた。
亀井さんの愛する人、とは・・・そうなのだろうか。
一万円札を受け取り、ふと目に入ってきたドライフラワーになったブーケ。
式の帰り、車の中での二人のやり取りが蘇った・・・
亀井さんのお腹の子の父親は・・・
- 475 名前:Comparison_僕等を取り巻く強さと優しさ(1) 投稿日:2006/09/03(日) 16:13
- 「亀井さんに・・・お伝えすることはありますか?」
自然と口にしていた・・・。
旦那様が眉間に皺を寄せて僕を見る。
「すみません、何でもありません。行ってきます。」
頭を下げて出て行こうとすると呼び止められて足を止めた。
「小川君。」
「はい。」
「アン君、忘れてる。」
ソファの上で丸くなるアン君を指差す旦那様。
「あぁ、はい。行ってきます。」
歩こうとしないアン君。
仔犬だった頃は抱きかかえていけだけど、そうするには大きくなりすぎているアン君を引きずって家を出た。
- 476 名前:Comparison_僕等を取り巻く強さと優しさ(1) 投稿日:2006/09/03(日) 16:14
- 美貴お嬢様と旦那様の関係を気にしながら歩いて40分ほどで公園に着き、その奥にある花屋を目指す。
「里沙おじょーさーん。」
店先に居た里沙お嬢様に向かって大声で叫び手を上げてみせる。
里沙お嬢様は「うるさぁい。その呼び方やめろぉ。」と大声で返した。
里沙お嬢様は他の家のお嬢様と違って僕と同じ目線で居ようとする。決して上から物を言わない珍しいお嬢様だ。家を出て、バイトまでして。
でも、それは幸せなことかも知れない。
お嬢様は・・・いや旦那様も含めて、裕福で幸せそうに見えるけど、自由ではないから。
「今日、亀井さんは?」
店の中を見回したが亀井さんの姿はなかった。
「健診。保田さん、店長と行ってる。もう直ぐ帰ってくるけど、亀に用事?」
「いや、」
「じゃ、今日はなぁによぉ。」
「お使いを頼まれまして、旦那様のポプリと・・・あ、何の匂いだろう・・・聞くの忘れた・・・。」
「抜けてるねぇ〜。それと何?」
「面目ない・・・あと、部屋に飾る花を。」
「はいよ。」
里沙お嬢さんは直ぐにポプリを僕の手に乗せる。
「どうしてこれだって?」
困ったように微笑み「うちにはこれしかないから。売りものじゃないしね。」と言った。
「これ、亀井さんが作っているんですよね?」
「うん。」
花を選びながら返事をする里沙お嬢様。
- 477 名前:Comparison_僕等を取り巻く強さと優しさ(1) 投稿日:2006/09/03(日) 16:14
- 「亀井さんのお腹の子は・・・旦那様?」
「おーい。先輩みたいな仕事してる人がそういうこと簡単に口にしないの。口が堅いのが売りでしょ?」
「まぁ・・・。でも・・・そうなんですか?」
「だとしても、どうにもならないでしょーが。」
里沙お嬢様は何も表情に出さずに花々を束ねた。
「皆さん、ご存知のこと、ですか・・・。」
「よくある話だよ。」
確かに、お嬢様たちにはよくある話、その一つに過ぎない・・・。
「でも・・・二人とも今でも愛し合ってるよ。吉澤さん・・・泣いたの・・・。」
里沙お嬢さんは苦笑していた。
「私には男の人ってあんまり泣いたりしないイメージだったのに、私の前でないたの。それくらい・・・亀を・・・。」
「旦那様は・・・美貴お嬢様の夫です。美貴お嬢様を愛しているはずです。」
違うとしても、そうであって欲しくてそう言葉にしていた。
里沙お嬢様は微笑んでいた。
「子供のころから先輩は藤本さんの味方だったもんね。はい。どうぞ。」
花を渡され僕は困った顔を見せた。
「亀の前ではそういうこと言わないでくださいね・・・亀は一人で大きなお腹抱えて必死で生きてるの・・・吉澤さんを思って・・・。」
- 478 名前:Comparison_僕等を取り巻く強さと優しさ(1) 投稿日:2006/09/03(日) 16:15
- アン君を連れての帰り道。
僕の頭の中はフル回転だ。もともとあまり良くは出来ていない僕の脳みそが出した結論は
美貴お嬢様に聞いた方が確かだ。
- 479 名前:Comparison_僕等を取り巻く強さと優しさ(1) 投稿日:2006/09/03(日) 16:15
- ********************************
- 480 名前:Comparison_僕等を取り巻く強さと優しさ(1) 投稿日:2006/09/03(日) 16:16
- 小川君より先に美貴がご帰宅。
「気持ちよかったぁ。」とソファにすわりキョロキョロと辺りを見回す。
「アン君は?」
「小川君が散歩に。」
「そっか。よっちゃん、今日は何してたの?」
「ん。ここでゆっくり。」
「外でも行けばいいのに。」
「暑いだろ。家がいいさ。」
「出不精だなぁ。」
苦笑する僕に「冷たいものいれようか?」と尋ねる美貴。
「うん。」
そういえば、朝から何も食べてなかった。
対面式のキッチンから美貴がグラスに氷を入れる音がカランカランと聞こえる。
「戻りましたぁ。あぁこら、足拭いてからだって。」
玄関から小川君の大きな声が聞こえる。
「わぁー。アン君待って、零れるって。麻琴。捕まえて。」
2つのグラスを持った美貴の足元に飛びつくアン君を小川君が引き剥がした。
「寂しかったの?待っててね。はい、よっちゃん。」
「ありがと。」
僕にグラスを渡し、もう一つをテーブルに置くと小川君からアン君を受け取り胸に抱いてソファに座る。
アン君は隣にいる僕に見向きもせずに美貴の顔に長い舌を伸ばしていた。
「あっそうだ。」
美貴を微笑んで見ていた小川君は玄関に戻ると花束を持って戻ってくる。
- 481 名前:Comparison_僕等を取り巻く強さと優しさ(1) 投稿日:2006/09/03(日) 16:17
- 「麻琴、なにそれ。」
「散歩のついでに。」
小川君はそういうと花瓶を持ってきて花を生ける。
「里沙お嬢さんが選んでくれました。」
「そう。」
美貴は興味なさそうにアン君の鼻に自分の鼻をくっつけて遊んでいる。
小川君は僕を見ると僅かに頭を下げる。
ポプリを買いに行ったついでだといわなかったことに対してなのか。
ポプリを買ってきたことに対してなのか。
「よっちゃん、夕飯どうする?」
「なんでもいいよ。」
「麻琴は?」
「僕は適当に済ませますからお気を使わずに。」
「いいから、決まんないから麻琴が決めろ。」
「えぇ・・・と、じゃぁ。焼肉・・・。」
「おっ、良いね。肉。そうしよう。いい?」
僕を見る美貴に微笑みを返した。
美貴の好物が肉だと僕は結婚してから知った。
僕にとって美貴は体を重ねているだけの本当にそれだけの関係だったのだ。
「麻琴、いつもの焼肉屋に連絡入れといて。」
「はい。」
小川君が電話をかけに良くと美貴は嬉しそうに「着替えてくる。」と二階に上がっていった。
「旦那様、これ。」
美貴が居ないのを確認した小川君がポケットから小さな包みを取り出し僕に渡す。
「ありがと。」
「里沙お嬢様しか居ませんでした。」
「そう・・・。」
僕は新しいポプリに取り替えた匂い袋を鼻に近寄せた。
彼女の匂いに心が満たされる。
- 482 名前:Comparison_僕等を取り巻く強さと優しさ(1) 投稿日:2006/09/03(日) 16:18
- 「旦那様が愛してるのは・・・美貴お嬢様ですよね。」
不安そうな顔を見せる小川君に僕は微笑んだ。
「車、回してくれるかな。」
そう言って小川君に背を向けた。
新垣さんから何か聞いたのだろうか・・・
小川君の足音を聞きながら笑みが零れた。
新垣さんは僕等に不利になるようなことをしたりしない。
きっと、小川君が色々想像したのだろう。
「よっちゃん。いこっ。」
「うん。」
美貴の後に続いて家を出る。
小川君はさっきの質問にYesと応えて欲しかったのだろうか
僕は嬉しそうな美貴の横顔を見た。
「ん?」
「なんでもない。」
「へんなのぉ。」
美貴は「焼肉、焼肉。」と言いながら車に乗り込んだ。
ミラー越しに小川君が見ていた。
僕はその視線を気にするでもなく、窓の外に目をやった。
- 483 名前:Comparison_僕等を取り巻く強さと優しさ(1) 投稿日:2006/09/03(日) 16:18
- 夕食を済ませ店を出ようとしたときに美貴は一人では歩けないほど酔っていた。
小川君が美貴を負ぶおうとすると美貴はそれを拒み僕の手に捕まった。
「よっちゃん。おんぶして。」
美貴のこんな姿を見るのは初めてで、僕は戸惑いながらも美貴を背負った。
「美貴の旦那さんだからおんぶしてくれたの?」
背中の美貴がそんなことを呟く。
「美貴が、おんぶっていうから。」
「そうっか。」
小川君が車のドアを開けて待っている姿を見ながら僕は車に美貴を乗せた。
車の中でも美貴は酔っているせいか僕の肩に凭れかかりいつしか寝息が聞こえていた。
「美貴お嬢様、どうしたんですかね。珍しいですよね。」
「そうなのかな?」
「どういう意味ですか?」
「いや、意味とかないけど。僕といる美貴は本当の美貴じゃないことが多いから。」
分からない・・・
「それは、僕も思います。」
小川君の言葉に苦笑しなが美貴の寝顔を見つめた。
「僕が連れてくよ。」
家の前に車が止まり、小川君が眠ってしまった美貴を連れて行こうとしたので僕が止めた。
「僕の役割だから。」
僕は美貴にとって夫だから。
「役割って・・・。」
役割という言葉が気に入らないなら償いと言い換えても良いだろう。
美貴を抱きかかえ小川君が開けてくれた玄関から中に入る。
「役割か・・・。」
眠ってると思っていた美貴が僕の腕の中で呟いた。
「起きてたの。」
目を閉じたまま微笑む美貴を僕は降ろすこともできずリビングに立ち尽くす。
「寝室まで連れてって。」
- 484 名前:Comparison_僕等を取り巻く強さと優しさ(1) 投稿日:2006/09/03(日) 16:19
- その言葉に僕の足は二階にある寝室に向かった。
寝たふりをする美貴の真意は何だろう。
ベッドに美貴を降ろすと美貴は「ありがと。」と呟き横になった。
「しよっか。」
「小川君がまだいるよ。」
「いいよ。二人で寝室から出てこなければ察して帰るでしょ。」
「悪趣味だな、居るのが分かってるのに。」
体を起こした美貴に手を引かれベッドに腰を降ろす。
美貴は僕の鼻に唇を落としてから唇を重ねた。
「好き・・・。」
結婚してから初めて言われる言葉。
あの夜・・・美貴のマンションに初めて行った夜に気持ちを伝えられた以来だ。
「どしたの?」
「へん?夫に好きって言うの、しかもまだ新婚の域じゃない?」
普通の夫婦なら・・・
僕は苦笑した。
僕等は普通じゃないから。
変に決まっている。
「変、だよね。ごめんごめん。」
美貴はそういうと再び横になりタオルケットをお腹にかけた。
「おやすみ。」
そう言う美貴に僕も「おやすみ。」と返し部屋を出た。
- 485 名前:Comparison_僕等を取り巻く強さと優しさ(1) 投稿日:2006/09/03(日) 16:20
-
「美貴お嬢様はおやすみに?」
リビングでアン君に食事をさせている小川君に頷き、ソファに座った。
「美貴お嬢様に聞いてもいいですか?」
「なにを?」
突然の質問に小川君を見るとアン君を見ていて僕を見ては居なかった。
「お二人と亀井さんの関係です。」
小川君はアン君を一撫でしてから僕を見る。
「小川君が気にすることじゃないだろ?」
使用人だ。
そこまで、関与する必要があるのだろうか。
「気に、なるんです。」
僕がか、美貴がか・・・それとも彼女・・・
誰が気になるのだろう。
ただ、僕にとって小川君が知ろうが知らなかろうがどうでもいいことに変わりはない。
「好きにしたら。僕もそろそろやすむよ。」
そう言って立ち上がりバスルームへ向かった。
美貴が小川君に話すかどうか、それは美貴が判断することで僕には関係ない。
美貴の様子がおかしかったことの理由は何だろう
その理由を考えようとしたが辞めた。
考えたところで答えを見つけることは出来ない。
僕は美貴を・・・本当の美貴を知らないから・・・
美貴が望んだこと、結婚して一緒に暮らす・・・
夫婦という状況を作ることが美貴にとって僕に望むこと
僕と美貴の関係はそれだけなんだ
それを受け入れたのは僕にとって彼女を守るためでもあり美貴への償い
- 486 名前:Comparison_僕等を取り巻く強さと優しさ(1) 投稿日:2006/09/03(日) 16:21
- ********************************
- 487 名前:Comparison_僕等を取り巻く強さと優しさ(1) 投稿日:2006/09/03(日) 16:21
- 平日の昼間、よっちゃんの居ない空間で美貴はひとり時間を潰す。
あぁ一人じゃないか・・・
家のことをしてくれている麻琴がいる。
足元をペロペロ舐めるアン君もいる。
「おもーい。」
大きくなってきたアン君。
仔犬のころに甘やかしたせいか、体が大きくなっても膝の上に乗っかってくる。
「まことー。」
「はぁい。」
返事が聞こえて窓がガラガラと開く。
「涼しいぃ。」
汗を拭いながら麻琴は笑顔を見せた。
「そんなに汗かいて、日中にしないで夕方からすれば良いのに。」
「いいんです。夏休みで暇ですから。」
「お茶しよ。」
「はい。」
麻琴は家にあがると手を洗って冷たい飲み物とアン君の水を用意してくれた。
「僕も頂きます。」
そう言って美貴の向かいに座ると麦茶を飲む。
- 488 名前:Comparison_僕等を取り巻く強さと優しさ(1) 投稿日:2006/09/03(日) 16:21
- 「ねぇ。麻琴は彼女とかいないの?夏休みなのに出かけないの?」
「いないですから。彼女なんて。」
「じゃ、友達と出かけたりとかさ。」
「美貴お嬢様だってお出かけになってないじゃないですか。」
「まぁなっ。だって、よっちゃん仕事なのに美貴だけ行かれる?」
麻琴はゴクッゴクッと喉を鳴らして麦茶を飲み干す。
そのさらけ出した首はよっちゃんと同じくらい色が白い。
「昔から麻琴は色白だよね。」
「日焼けしないんですよ。ほら、赤くなっちゃって。ってそうじゃなくて。」
赤くなった腕を見せた麻琴は手を引っ込めてテーブルをたたいた。
「何?」
「美貴お嬢様、旦那様に気を使いすぎなんですよ。」
「なに?急に。」
「だって、美貴お嬢様っぽくないっていうか。」
「美貴は美貴なんだけど。」
麻琴は微笑んだ。
「今は僕の前だから・・・そのままのお嬢様ですよ。」
「今は、とかないから。」
麻琴の言葉の指す意味は凄い分かる。
先週もなぜよっちゃんが家に居る日に外に行くのかだの言ってきた。
「はぁ・・・。」
麻琴のため息に美貴は眉を潜める。
- 489 名前:Comparison_僕等を取り巻く強さと優しさ(1) 投稿日:2006/09/03(日) 16:23
- 「なによ。そのため息は。」
「僕にこう・・・なんだろう。強気っていうかそういうのあればなって。」
「は?」
「聞きたいこととか気になってることとか聞けるのにって。」
「聞けばいいじゃない。そうやってウジウジしないの。男でしょうが。全く。」
はっきり、聞いてくれれば応える必要があるものは応える。
聞かないから、何も言わないだけだ。
「で?」
足を組みなおしながら言うと麻琴は「えぇっとぉ。」といいながらソファから降りて正座する。
なんだか、美貴が麻琴を見下ろして・・・嫌な絵だ。
「旦那様は・・・他にお付き合いしてる人がいて結婚したんですか?」
「なに?調べたの?」
「いや・・・結婚式の帰りにしていた話しを思い出して・・・。」
「麻琴さぁ。」
「はい?」
「頭悪い癖にそういうのなんで覚えてるのさ。思い出すなよぉ。」
「だってぇ・・・」と頭をかく麻琴の隣にアン君が並んだ。
犬が2匹。
麻琴は昔から犬見たいだったなぁ。そういえば。
あぁ。麻琴に似てるからアン君をもって帰ってきたんだっけ。
似てるに決まってるか。
少し笑みが零れた。
「そうだよ。親たちが持ち出した話なのは知ってるでしょ。」
頷く麻琴に美貴は苦笑して続けた。
- 490 名前:Comparison_僕等を取り巻く強さと優しさ(1) 投稿日:2006/09/03(日) 16:24
- 「美貴はよっちゃんが好きだったから。その話に乗っかった。よっちゃんにはあの子が居るって知ってて、引き離した。よっちゃんに似合うのはあの子よりも美貴だし。」
「あの子とは、亀井さんですよね。」
「そう。」
麻琴の顔が歪んだ。
「何よ・・・。その顔。」
「いや、なんでもないです。」
「気分、悪い・・・。そういう顔されるの。」
「すみません。」
頭を下げる麻琴を見ながら美貴は立ち上がった。
「部屋で横になってるから。」
そう、言い残して美貴は部屋に入った。
麻琴は新垣さんと同じ大学だ・・・
何か聞いているのだろうか。
あの非難めいた顔が・・・新垣さんの顔をだぶった・・・。
この生活をするのに、この生活のルールに従って何が悪い。
美貴はただ、ルールの中でよっちゃんを手に入れただけだ。
未だにリビングにあるあの子の作ったブーケ。
よっちゃんはまだ・・・
それでも美貴の夫だ。
誰がなんと言おうと・・・美貴はよっちゃんの妻。
- 491 名前:Comparison_僕等を取り巻く強さと優しさ(1) 投稿日:2006/09/03(日) 16:25
- コンコン。とドアがノックされた。
ドアが開く気配はない。麻琴だろう。
「なに?」
「あのぉ・・・。お嬢様。」
「だから、なに?」
ドアを隔てた向こうにきっと困った顔した麻琴を思い浮かべる。
「僕は、お嬢様にお使いする人間なんですけど・・・もし、違ったら・・・。」
違ったら?違うことなんてない。
麻琴が生まれた時から知ってる。ずっと使用人の子・・・
いや、小学生・・・高学年くらいになるまでは・・・
「一緒に仲良く遊ばせてもらっていた頃のままなら・・・僕はきっと言ったと思うんです。」
麻琴の言葉に耳を傾けながら麻琴が小学生になった私の後を追いかけてきた懐かしい光景を思い出した。本当に良く、くっ付いてくる子だった。
「人の気持ちを無視しちゃいけないですよ・・・それじゃ幸せになんてなれない。」
枕を思い切りドアに投げつけた。
そんなこと、分かってる。でもそういう世界にいるんだ。
もともと、幸せなんてなんなのかすら分からない。
だから・・・美貴たちは誰かに認めてもらいたいって思うんだ。
だから、美貴はよっちゃんに・・・
妻と認めて欲しい・・・
愛して欲しいんじゃない。
美貴のよっちゃんへを愛する気持ちなんか無視されて構わない。
愛なんて・・・この世界には必要ないものって美貴は知ってる。
ただ、よっちゃんが側に居ればいい。
「僕は幸せになって欲しいって思ってますから・・・」
- 492 名前:Comparison_僕等を取り巻く強さと優しさ(1) 投稿日:2006/09/03(日) 16:26
- 「僕は幸せになって欲しいって思ってますから・・・」
麻琴の足音が聞こえた。
下に降りていったのだろう。
「幸せってなんだよ。」
美貴はよっちゃんと結婚できて、それで・・・
あれ・・・その後って・・・
はは・・・そう、もうそれぞれなんだよ。結婚したらそれで落ち着くんだ。
よっちゃんは仕事。
美貴はいい妻。
それぞれが、それをしっかりすることで美貴たちは評価される。
その結果が、この生活を続けることになるんだ。
幸せとか・・・愛とか・・・
そんなんじゃないんだよ・・・。
- 493 名前:Comparison_僕等を取り巻く強さと優しさ(1) 投稿日:2006/09/03(日) 16:35
- 更新以上です。
>>470-492 Comparison 僕等を取り巻く強さと優しさ(1)
レス返しは後ほどさせてもらいます。
- 494 名前:clover 投稿日:2006/09/03(日) 16:37
- 名前変え忘れました・・・。
僕等を取り巻く強さと優しさ(2)のほうでレス返しさせてもらいます。
- 495 名前:ももんが 投稿日:2006/09/03(日) 20:37
- 更新お疲れさまです。
まこっちゃん気を使えるいい子ですね。
藤本さんの気持ちが痛いです…。
- 496 名前:Comparison_僕等を取り巻く強さと優しさ(2) 投稿日:2006/09/03(日) 23:54
-
暑さが増して夏真っ盛りになった。
私のお腹は見事にぽっこりと膨らんできている。
こないだの健診ではとても順調だとお医者さんが言っていた。
親の説得をしてくれた保田さん。健診にも着いていってくれてエコーでみた私のお腹の命を細かく話してくれる。
最近、食欲が落ちたことを心配していたら、赤ちゃんが育って胃を圧迫してるんだって教えてくれた。
「あっちぃ。亀、体調はどう?」
ガキさんの声とドアが開く音。
夏休みになったガキさんは毎日、寝るとき以外は私の側にいてくれる。
とても心強いし、感謝してる。
「いいよぉ。」
「ちょっと外出ただけで暑いよぉ。お前は寝てるのかな?」
ガキさんが私のお腹を擦りながら赤ちゃんに話しかける。
「もう、昼と夜は分かるんだってよ。」
「へぇ。凄いね。」
「うん。もう、音も聞こえてるし。」
「そっか、そっか。じゃぁ私の声覚えさせておこー。」
「うん。絵里の声も覚えてねぇ。」
お腹を二人で撫でながら赤ちゃんに話しかけた。
「そろそろ。行こうっか。」
「うん。」
花屋は休まずに行ってる。
ガキさんはかなり心配性で店までの行き来が危ないからタクシーを使えとか言ってた。
出産するのにかなりの資金を要するのにそんな無駄遣いはできない。それに、歩くことは母体にも赤ちゃんにも良い事だと話すと一緒についてきてくれるようになった。
- 497 名前:Comparison_僕等を取り巻く強さと優しさ(2) 投稿日:2006/09/03(日) 23:55
-
重いものは持つな。
店の中は狭いから転んだら危ない。
ガキさんも保田さんも心配し過ぎなくらい心配して私は結局、店先にある花の世話をするくらになってしまう。
「小川先輩っ。」
ガキさんの声が後ろから聞こえた。
ガキさんの大学の先輩。何度かお店に来てくれていて私のお腹が大きくなっていく様子を自分のことのように喜んでくれる。とても優しい人。
「里沙お嬢様、ご機嫌いかがですか?」
「だから・・・。」
その呼び方は辞めてというのだろう。
耳を澄ませていても、ガキさんの声が続かなかった。
「癖ですから。」
小川さんの声が聞こえた。
「亀井さん、またお腹大きくなって。」
小川さんが近寄ってくるのが分かったので立ち上がった。
「母親の顔って感じですね。」
「えへへ。そうですか?」
「はい。いい顔、してますよ。」
「有り難うございます。」
「お腹、触ってもいいですか?」
「えっ?」
「あっ、ダメならいいんです。」
きっと、太陽みたいな人。
そんな感じがする小川さん。
でも、嘘は凄い下手な人。
ガキさんも嘘をつくのは凄い下手なんだから。
下手な人が二人そろって・・・
でも、二人の嘘が・・・優しさからだって分かってるから・・・
- 498 名前:Comparison_僕等を取り巻く強さと優しさ(2) 投稿日:2006/09/03(日) 23:56
- 「小川さん・・・。」
「はい?」
「お腹触ってください。」
「いいんですか?」
「はい。どうぞ。」
小川さんの声とは違う場所からの足音。
ほら、私は見えなくたって分かるんだよ。
お腹にそっと触れられた手は・・・
優しくて、私への愛を一杯もった手。
「もう、光も分かってるんだって。お腹にいるのに、私が知らない光を知ってるんだって。凄いですよね。」
- 499 名前:Comparison_僕等を取り巻く強さと優しさ(2) 投稿日:2006/09/03(日) 23:56
- ********************************
- 500 名前:Comparison_僕等を取り巻く強さと優しさ(2) 投稿日:2006/09/03(日) 23:57
- 小川先輩の後ろに真っ直ぐと亀を捕らえてる吉澤さんの姿を見つけて言葉をなくした。
どうして来たのか・・・
小川先輩はウインクなんかして亀に話しかけ始めた。
お腹に触ってくれという亀の言葉に小川先輩は吉澤さんに触るように促した。
吉澤さんは足音を立てないように亀の前に膝を着くとゆっくりと手を添えた。
愛しそうな吉澤さんの大きな瞳。
目を閉じて微笑む亀。
ゆっくりと小川先輩が少し離れたところにいた私の隣にやってくる。
「無理やり・・・連れてきたんです。」
「はぁ?」
どうして。
亀は・・・。思って生きていくって頑張ってるのに。
「女性は強いですよね。母親になるだけのことはある。」
何の話しだろうと小川先輩を見るとふたりの様子を眺めて微笑んでいた。
「男は弱いんですよ。旦那様は得に・・・美貴お嬢様との生活のために心をなくそうってしてる。そんなことしたら・・・美貴お嬢様が可哀相だ。」
吉澤さん・・・どんな生活してるんですか。
幸せ、じゃないんですか?
亀を思って生きてるんじゃないんですか?
- 501 名前:Comparison_僕等を取り巻く強さと優しさ(2) 投稿日:2006/09/03(日) 23:57
- ********************************
- 502 名前:Comparison_僕等を取り巻く強さと優しさ(2) 投稿日:2006/09/03(日) 23:58
- 「それに、もう顔の形も出来てるんだって。目も鼻も口も。1500グラムで母子共に順調なの・・・」
彼女のお腹を撫でながら上から聞こえてくる彼女の声に耳を傾ける。
彼女は微笑みながらお腹の子の説明をしてくれる。
きっと、僕と絵里の子だから・・・可愛い子が生まれるよ。
そう言いたくてもいえない。
今、お腹に触れているのは小川君だから。
いや、でも・・・彼女は・・・
分かっているはずだ。
触れているのが僕だと。
「あと2ヶ月もするとお腹を蹴ったりするんだって。」
そっか・・・もう直ぐ生まれてくるんだね。
僕は、無意識に彼女のお腹に耳を当ててみた。
「もう・・・外の音も聞こえてるの。だから・・・声、聞かせてあげて。吉澤さん。」
- 503 名前:Comparison_僕等を取り巻く強さと優しさ(2) 投稿日:2006/09/03(日) 23:58
- 思わず、僕は笑みを零した。
やっぱり分かっていたんだね。
「亀。小川先輩だよ。」
「そうそう、僕だよ。」
そんな声が聞こえてくる。
新垣さん、君は知ってるだろう。
彼女が触れただけで誰だか分かるってことを。
騙したりなんて出来ないよ。
「そっか・・・絵里どうしたんだろう。間違えちゃったよ。」
そんな言葉を言う彼女は微笑みながらお腹に添えていた両手で僕の頭を抱え込んだ。
「赤ちゃんも聞きたいかなって・・・お父さんの声。」
僕の髪を撫でながら呟く彼女。
「元気に・・・産まれてきて。そして、お父さんに・・・笑顔を見せて。愛してるから。」
お腹に額をつけて小さな声で囁いた。
「吉澤さん・・・。」
新垣さんの声が聞こえた。
「母子共に順調だから・・・心配しないで。元気な赤ちゃん産むから。」
微笑み、僕の頬を撫でる彼女。
僕はなんて弱いのだろう・・・。
- 504 名前:Comparison_僕等を取り巻く強さと優しさ(2) 投稿日:2006/09/04(月) 00:00
- 「美貴お嬢様を避けるのはなぜですか。」そう小川君に言われてはじめて気がついた。
そういうつもりはなかったんだ。ただ・・・美貴が僕に気を使うから・・・
僕は美貴といつも以上に距離をとった。
仕事が遅くなったときはソファで寝ていた。
そんな日々を送っていたら・・・会えない彼女への思いばかりが膨らむ一方で。
会えない苛立ちが募る悪循環だった。
「絵里に会いたいけど会えない・・・約束は破れない、美貴が会うなと言ったから。」
美貴を悪者のように・・・小川君にそう言ったんだ。
小川君は困った顔をして「行きましょう。旦那様から行くんじゃない、僕が連れて行った。それなら、約束とは違いますから。今日はお嬢様、活花ですし。」という言葉に僕は何も答えずに黙ってここまで着いてきた。
「ありがと。」
僕は体を起こしそう彼女の耳元で呟いた。
そして、触れるだけのキスをした。
そっと撫でた彼女の頬。
自分勝手な行動だとわかっていても僕の気持ちは抑えきれなかった。
愛しさが込み上げ、僕は・・・
彼女を抱きしめた。膨らんだお腹を気にしながら彼女の髪を撫でる。
「絵里・・・」
- 505 名前:Comparison_僕等を取り巻く強さと優しさ(2) 投稿日:2006/09/04(月) 00:01
- ********************************
- 506 名前:Comparison_僕等を取り巻く強さと優しさ(2) 投稿日:2006/09/04(月) 00:01
- 愛しそうに亀を胸に抱きしめて亀の名を呼ぶ吉澤さん。
はっきり分かる・・・
亀よりも吉澤さんの方が亀を必要としてる・・・それに強くなかったんだって
「限界、なのかも・・・。」
藤本さんとの結婚生活が・・・
亀の居ない生活が・・・
「先輩。」
「ん?」
「亀が・・・可哀相じゃないですか・・・。」
「えっ?」
「連れてこないでよ・・・。」
「だって・・・。」
二人に目を向けたまま小川先輩を見ることはしなかった。
小川先輩は・・・吉澤さんを思ってしたこと。
でも、私は吉澤さんより・・・亀のことを思う。
その違いなだけだから。
小川先輩が悪いんじゃない、けど・・・
「亀の負担になるじゃん・・・精神的に・・・今はお腹の子のことだけ考えさせてあげてよ・・・そうじゃなくても・・・亀はいつだって吉澤さんを思って心配して気にかけてるのに・・・あんな吉澤さんと会ったら・・・もっと心配しちゃうじゃん。」
「美貴、お嬢様のこと・・・考えると・・・すみません。」
吉澤さんじゃなくて・・・藤本さん?
「どういうこと?」
思わず小川先輩を見上げた。
切ない顔をする小川先輩。そんな顔はこの人には似合わない気がした。
いつも、笑みを絶やさない人だから。
- 507 名前:Comparison_僕等を取り巻く強さと優しさ(2) 投稿日:2006/09/04(月) 00:02
- 「すれ違いの生活してるんです。美貴お嬢様は態々そうしてる・・・旦那様に気を使って・・・。旦那様は・・・そんな美貴お嬢様に苛立って、最近は顔を合わそうともしない。」
普通じゃ・・・ないかもしれないけど・・・
あの人たちの世界はそんなものだ・・・
「普通・・・じゃない。そんな夫婦・・・。そういう結婚したんだから。」
「そんな言い方・・・。」
「私だって、したくないよ・・・いずれ私もそういう生活するんだろうし・・・出来ればしたくないけど。」
苦笑しながら言うと小川先輩はさらに切ない顔をする。
「お願い・・・亀にこれ以上の負担かけないで。」
「わかりました・・・。」
小川先輩は軽く頭を下げると二人の元へ歩き出した。
- 508 名前:Comparison_僕等を取り巻く強さと優しさ(2) 投稿日:2006/09/04(月) 00:02
- ********************************
- 509 名前:Comparison_僕等を取り巻く強さと優しさ(2) 投稿日:2006/09/04(月) 00:02
- 「旦那様・・・お時間です。」
小川君の言葉に抱きしめていた彼女を解放した。
「頑張れっ。」
彼女は苦しそうな顔でそう呟く。
そっと彼女の頬を撫でて「ごめんね。ありがとう。」と呟き彼女から離れた。
眉間に皺を寄せ、睨むというより困った顔をしている新垣さんの前で足を止めて頭を下げた。
ここに、こうして来ることで何も言わず姿を消したことに意味をなくす。
その結果・・・僕は無駄に彼女に心配をかけ、新垣さんに負担を負わせたんだ。
僕の弱さのせいで・・・。
「申し訳ない。」
そう呟くと「頑張ってください。」と新垣さんが呟き彼女の元へ歩いていった。
二人に頑張れと言わせてしまう僕は・・・本当に弱い人間だ。
「行きましょう。」
小川君の声に促され僕は何度も振り返りながら車に戻った。
「里沙お嬢様に言われました。連れてこないでと。」
「だろうね・・・あの子は絵里を大切にしてくれてるから。」
「分かってて・・・来たんですか?」
「そう・・・はぁー。僕は最低だね。」
「そんなこと・・・。」
「美貴のせいにして、絵里に逃げて・・・逃げたら幸せにはなれないって教えてもらったのに。」
「何方に?」
「ん?」
「逃げたら幸せになれないって。」
「絵里、だよ。」
小川君は少し微笑んだ。
「亀井さんらしい・・・。」
- 510 名前:Comparison_僕等を取り巻く強さと優しさ(2) 投稿日:2006/09/04(月) 00:03
- 小川君のその目は彼女に似ているんだ。
人を見下したりしない・・・純粋な目。
「小川君は誰かを恨んだことある?」
「そりゃ、ありますよ。」
「あるんだ・・・。」
彼女はないだろう・・・目が見えないことすら彼女は微笑んで受け入れただろう。
そんな彼女だからあんなに綺麗な瞳をしているんだろう。
「ありますよ20年生きてれば・・・。」
「今もその人を?」
小川君は微笑みながら首を横に振った。
「一時ですよ、恨み続けても幸せになれないでしょ。笑顔で生きているほうが幸せですからね。っていうか、僕は鈍感なんですよ。」
「鈍感?」
「傷つくことを言われても気がつかない鈍感。笑って済ませちゃう。」
「いいね。その性格。」
「良くないですよ。」
「なんでも笑って受け入れちゃうから、自分の意思がないんです。だから誰かを好きになったこともありません。」
「そっか。」
小川君はそういう環境で育ったのだろう。
言いなりになる環境・・・。
「でも、小川君の目は綺麗だよ。」
「目?目ですか?」
小川君はミラーを覗き込んで自分の目を確認した。
「汚れてないよ。人を傷つけたりしてないんだろうね。」
「なんですかそれ。」
「なんとなくね、僕はそう感じるんだ。傷つけてばかりの僕の目は汚れてる。」
「誰を・・・傷つけたんですか?」
「一番は・・・美貴、かな。絵里は傷つけたというより・・・苦しめているのかもしれない。摘んでしまった花は・・・それでも咲こうって頑張ってる・・・。」
彼女の温度がまだ残る指を見ながら僕の目からポタ、ポタと涙が落ちた。
- 511 名前:Comparison_僕等を取り巻く強さと優しさ(2) 投稿日:2006/09/04(月) 00:03
- 彼女の側にいたい・・・
彼女を一人にしたくない・・・
いや、僕が一人になりたくないんだ。
新垣さんの言うとおり、僕が彼女に会いに来ることは彼女にとって負担だろう・・・
僕が弱っていることを・・・辛いと思っていることを彼女は感じ取ってしまうから。
僕に出会ったことを後悔していないだろうか・・・
僕に出会ったから彼女は苦しみ、未婚の母になろうとしている。
僕に出会わなかったら・・・
後悔しないで・・・
いや・・・しないだろう。
彼女はしない。前向きな子だから。
それに、僕を愛してくれてるから。
「美貴お嬢様に・・・優しくしてあげてください。」
小川君の声に涙を拭いて顔を上げた。
「旦那様に嫌われないようにと必死になってる・・・そう、見えるんです。」
実際、そうだろう。
そう、美貴はいつだって・・・そうだった・・・。
「変わってしまったのは僕・・・」
「えっ?」
そう、僕が変わったから。
美貴の気遣いに気がつくようになったから・・・
美貴は何も変わってない・・・
「絵里と出会う前の僕なら・・・上手くいってたんだろうね。」
「どうして、ですか?」
「僕が人の気持ちを分からない人間だったから・・・かな。」
丁度、車が家の前に止まる。
「今日はありがとう。絵里に会わせてくれて。」
そう、言ってから車を降りた。
- 512 名前:Comparison_僕等を取り巻く強さと優しさ(2) 投稿日:2006/09/04(月) 00:03
- ********************************
- 513 名前:Comparison_僕等を取り巻く強さと優しさ(2) 投稿日:2006/09/04(月) 00:04
- 夕方、小川君が夕食の支度をしていると美貴が花を抱えて帰ってきた。
待ちわびていたアン君は玄関までノソノソと尻尾を大きく振って出迎える。
「あぁ、ダメだよ。」
アン君の頭を撫でるために屈んだ美貴。
腕の中にある花に興味を示したアン君が口を開いて花を食べようとすると美貴は慌ててからだを起こした。
「お帰り、凄い、花だね。」
僕の言葉に怪訝そうな顔をする美貴。
その反応は正しいだろう、だってこの数日・・・僕は美貴と言葉を交わしていなかったから。朝は美貴が起きる前に家を出て、美貴が寝てるだろう頃を見計らって帰宅してこのソファで寝ていたから・・・。
「よっちゃんさ・・・。」
「ん?」
無表情の僕に美貴も無表情になる。
「約束、破ったでしょ。」
どうして分かるのだろう。
でも・・・認める気はない。
「なんの話?」
「あの子に、会ったかって聞いてるの。」
「会ってないよ。」
「今日、何してた?」
「ずっと家にいたよ。」
美貴は彼女のことに対してだけは強気になる。
まるで・・・僕は悪いことをしているように・・・
悪いこと、なのかも知れない
でも、僕の思っている人は彼女だと承知の上での結婚だ
「嘘だ・・・。」
「何を根拠に?」
「見ればわかるよ。」
美貴は苦笑すると僕にゆっくりと歩み寄る。
「ばかばかしい・・・。」
彼女と会う前の僕なら、美貴とどんな言葉を交わすか考えながら言葉を探した。
- 514 名前:Comparison_僕等を取り巻く強さと優しさ(2) 投稿日:2006/09/04(月) 00:04
- 「会わないでって言ったよね・・・約束したじゃん。」
「約束を破った覚えはないよ。小川君に聞いてみればいい。僕は今日、ずっとここに居た。」
美貴は小川君を一度見てからまた視線を戻した。
そして、持っていた花を振り上げ僕の頬を叩く。
葉の先が頬を掠め痛みが走った。
「美貴お嬢様。」と言う小川君の声
綺麗に咲いていた花が・・・衝撃に耐え切れず僕の足元に花びらが舞った。
「何、するんだよ。」
僕はため息混じりに美貴を見上げる。
顔を歪めて僕を見ている美貴をまっすぐと捕らえた。
あの頃の僕なら・・・
「暴力を振るうなんて、野蛮だな。能力のない言葉で勝てない人間がすることだよ。」
美貴は「ごめん。」と呟き持っていた花をテーブルに置いた。
アン君が驚いて小川君の元に身を寄せている。
僕は床に座りこみ俯いている美貴を見下ろした。
「美貴?」
「よっちゃんが・・・嘘つくから。」
「ついてない。」
美貴は何も言わず僕を見上げる。
僕は何も応えずその視線を受け止めた。
認めるわけにはいかな・・・
まだ、この世界に居るために
美貴とこの生活を続けるために
あの頃の僕にならないと・・・
「旦那様はずっと家に居ましたよ。」
小川君がそう言ってテーブルに置かれた花を手に取った。
「あぁ・・・可哀相に折れてる。」
そう言いながら洗面所へと消えていった。
- 515 名前:Comparison_僕等を取り巻く強さと優しさ(2) 投稿日:2006/09/04(月) 00:05
- 「ホントに・・・会ってない?」
「あぁ。」
「会っててそう、言うんだよ。よっちゃんは。」
「どうして?」
「あの子のために・・・。」
全部、分かっていてこの生活をする意味は何なのだろう。
「あの、ブーケ・・・よっちゃんにあげないで捨てればよかった。」
棚の上にある彼女が作ったブーケを見て苦笑した美貴は僕の頬に手を添えた。
「痛かった?」
「そりゃ。」
「ごめん。」
「いいさ。」
「あの子を思っているのはいい・・・でも会うのは嫌なの。」
理解に苦しむ。
僕なら・・・会えなくても思っていて欲しいと思うから。
「あの子は見えないから・・・会えば存在を伝えるために触れ合う・・・それが許せない。」
「美貴は・・・僕の肉体が欲しいの?いずれ、老いて行くこの肉体が?」
「そうだよ・・・それしか・・・もう、手に入らないから。」
美貴は悲しそうに微笑むと僕の頬に唇を落としてからペロペロと舐めた。
さっき、葉で切れていたのだろう。
僕の首に腕を巻きつけ肩に顎を乗せた美貴。
- 516 名前:Comparison_僕等を取り巻く強さと優しさ(2) 投稿日:2006/09/04(月) 00:06
- 「よっちゃんの存在は今、美貴の夫としてあるの。美貴だけのものなんだ。」
「愛人の一人や二人って言ってなかったっけ?」
「よっちゃんはそんな馬鹿な女を相手になんかしない。でも・・・あの子は別。」
美貴の彼女へ対する嫉妬心なのだろうか。
それとももっと別のところで何か思っているのだろうか。
その理由を聞くことは・・・あの頃の僕ならしないだろう。
相手の気持ちなんて知る必要はないと思っていたから。
僕は美貴の手を掴み離した。
「夫の前に、藤本の跡継ぎとしての役割が先だよ・・・だから、美貴とこんなくだらないことで口論することが無意味だ。」
「そうだね。」
微笑んだ美貴は僕から離れ、向かいのソファで美貴を見ているアン君を頭を撫でた。
「美貴にとっての・・・」
「ん?」
美貴はアン君の頭を撫でながら、僕を見て首を傾けた。
「幸せってなに?」
美貴は苦笑してからため息をついた。
「幸せ、なんてこの世界に必要ないんじゃない?」
「そう・・・。」
「でも・・・もしあるとしたら、よっちゃんが認めてくれること、かな。美貴を妻だと。」
はにかむように微笑む美貴。
彼女に出会う前なら・・・本当にうまくいっていただろう。
- 517 名前:Comparison_僕等を取り巻く強さと優しさ(2) 投稿日:2006/09/04(月) 00:06
- 「夕飯にしますか?」
小川君が花瓶に埋けた花を持って戻ってくる。
「そうだね。出来てるの?」
「はい。」
「じゃ、美貴も手伝う。」
アン君の頭をポンポンと撫でて美貴と小川君はキッチンに入っていった。
その後姿を眺めながら、僕は美貴とこれからどう生活していくべきかを考えた。
美貴が望むものは愛でもなければ幸せでもない。
妻、と認めるということはどういうことなのだろうか。
結婚したから・・・世間体的には美貴は僕の妻。
それ以上、何があるというのだろう。
前の関係に戻るなら僕と美貴は同等・・・
同等なら・・・僕もまだ美貴に夫と認められていないのだろうか
ダイニングテーブルに食事を並べながら楽しそうに言葉を交わす美貴と小川君。
普通・・・そう。美貴は本当は普通の子なんだ。
人を愛して、愛されて・・・家庭を築く。
たとえそれが、決められた結婚だとしても
その決められた相手を愛し、愛されたはずだ・・・そしてゆっくりと夫婦になっていったのかもしれない。
僕でないほかの誰かならきっと。
僕は・・・美貴を愛することは出来ない。
なら、僕等は・・・美貴の望む夫婦には・・・
認める時などこないのではないだろうか・・・
- 518 名前:Comparison_僕等を取り巻く強さと優しさ(2) 投稿日:2006/09/04(月) 00:06
- ********************************
- 519 名前:Comparison_僕等を取り巻く強さと優しさ(2) 投稿日:2006/09/04(月) 00:07
- よっちゃんの頬に傷をつけ傷んでしまった花たちが麻琴の手によって元気を取り戻して咲いている。
麻琴はあの日、ドア越しによっちゃんの話をして以来なにも聞いてこないし言ってこない。
「ねぇ。麻琴。」
「はい?」
床の掃除をしていた麻琴は手を休め美貴の前にやってきた。
「よっちゃん・・・昨日、ホントに家にいた?」
「いました。」
目を合わせない麻琴。
嘘が下手。
馬鹿正直だから。
やっぱり会いに行ったのだろう。
そんなことは分かっていた、よっちゃんが認めないだけで事実はそうだと。
「車、だして。」
「はいっ。えっ?どこかお出かけですか?」
立ち上がった美貴は玄関に向かうその後ろを麻琴が慌てて着いてきた。
「保田さんの花屋。」
麻琴の足音が止まったのが分かったが美貴は玄関で靴を履き替え振り返った。
「早くして。」
足を止めて悲しそうな目で美貴を見ているまことにキツメに言うと麻琴は諦めたように靴を履き替え車を出してきた。
「行って、どうするんですか?」車のドアを開けながら呟く麻琴を無視して後部座席に乗り込んだ。
どうするなんて分からない。
ただ、よっちゃんと会ったあの子がどうして居るのか知りたい。
「亀井さんは・・・何も悪くないですよ・・・あの子は一人で、吉澤さんを思ってどんなに寂しくて辛くても耐えて頑張ってる・・・」
「そんなの聞きたくない。」
どうして、あの子を労わるようなことを言うんだ。
麻琴はいつだって美貴の見方だったのに。
あの子は麻琴までも・・・変えてしまうの?
- 520 名前:Comparison_僕等を取り巻く強さと優しさ(2) 投稿日:2006/09/04(月) 00:08
- 「美貴お嬢様のために・・・言わせてください。」
ミラー越しに麻琴をみると麻琴は真っ直ぐ前を向いて運転していた。
「何よ。」
「愛するだけでなく、思いやる心も・・・誰かの幸せを願う心を持ってください・・・じゃないと美貴お嬢様も幸せにはなれないです。」
思わずため息・・・そして、苦笑をしてしまう。
誰が美貴の幸せを願う?
願われないのに美貴は誰の幸せを願ったらいい?
よっちゃんだって、美貴と同じだ。
美貴たちの結婚を辞めさせようと誰かが何かしてくれた?
皆、傍観者だったじゃない。
誰が傷つこうが・・・苦しもうが関係ない
それはその人がそういう道を通ったから。
美貴たちが結婚するのはそういう道に居たから。
他人がどうこうすることじゃないんだ。
「言いたいのはそれだけ?」
「はい。」
「あの子に会う人は皆、あの子の味方になっちゃうんだね。どんな手使うの?」
「誰も亀井さんの味方とかじゃないですよ。」
「そう?別にいいけど。」
よっちゃんの住んでいた、何度も体を重ねたマンションが見えてきた。
麻琴は知っているのだろうか美貴とよっちゃんの結婚する前のことを・・・。
「亀井さんが頑張ってるの見て、応援しようって思う。それだけなんです。」
「そう・・・。」
美貴もよっちゃんも頑張ってきた。
人の上に立つために・・・認められるために。
頑張ったよ・・・
誰も応援なんかしてくれなかった
誰も認めてくれなかった
それでいい・・・住む、世界が違うのだから。
- 521 名前:Comparison_僕等を取り巻く強さと優しさ(2) 投稿日:2006/09/04(月) 00:08
- 「着きました。」
車が止まり麻琴がドアを開ける。
花屋に行くのは初めてだ。
保田さんには週に一度、会っている。
華道を教えてくれるのが保田さんだから。
今、流行の華道家として取り上げられてる保田さんの講義は人気だ。
母親に進められて通っている。
たまに、よっちゃんの兄になるマサオさんの恋人、柴田さんとも顔を会わす。
公園の中を歩いていると見えてきた可愛らしい花屋。
店先にいる新垣さんと・・・その横にいるお腹の大きなあの子・・・。
よっちゃんの子?
思わず後ろから付いてきている麻琴を振り返って見た。
「妊娠してるの?」
「はい・・・確かもう8ヶ月・・・」
新垣さんと麻琴は同じ大学だ・・・
庭の手入れのためにこの店に買い物にも来ているのだろう
知っていたのは驚くことじゃない。
よっちゃんは・・・妊娠をしって会いに来たのだろうか?
足を進め大きな木までやってくると新垣さんがこちらに気がつき頭を下げた。
美貴は新垣さんから視線をずらしあの子を見つめた。
大きなお腹を微笑みながら何か話しかけながら撫でているその姿は・・・
母親になる喜びに満ち溢れ・・・幸せそうに見えた。
- 522 名前:Comparison_僕等を取り巻く強さと優しさ(2) 投稿日:2006/09/04(月) 00:09
- 「ねぇ・・・麻琴。」
「はい?」
「どうして・・・あの子は幸せそうに見えるんだろう。」
美貴の目から零れてきたのは・・・涙?
どうして、美貴は泣いているのだろう・・・
「よっちゃんは・・・美貴と結婚したのに・・・」
あの子には美貴が欲しかったよっちゃんの笑顔だって見えないのに
「よっちゃんに・・・捨てられたのに・・・どうして?ねぇ麻琴どうしてかな?」
麻琴を見ると困った顔をしてハンカチで美貴の涙を拭ってくれた。
「自分で拭く・・・。」
人にそんなことしてもらうのは・・・慣れてない。
身の回りのことは何でもしてもらっているのに・・・
させるのと・・・してもらうのは違う・・・
仕事と好意の差
好意には慣れてない・・・
「亀井さんは・・・愛されているから、信じているから・・・そう、見えるのかも知れないですね・・・。」
麻琴は亀井さんを見て微笑みそう言った。
「じゃ、美貴はきっと人から不幸に見られてるのかな・・・愛されてないし、信じてもないから・・・。」
「そんなこと・・・愛、は色々なものがありますよ。少なくとも一人は美貴お嬢様を愛して慕っていますから・・・僕が願ってます。美貴お嬢様の幸せを。」
麻琴はそう言って笑みを見せると「帰りましょう。」と言った。
その言葉に頷き来た道を戻る。
「ねぇ麻琴。」
「はい?」
「美貴はさ・・・。」
「はい。」
「やっぱり、よっちゃんをあの子に返そうとは思わない。」
麻琴は何も言わず難しい顔をして美貴の隣を歩いてる。
- 523 名前:Comparison_僕等を取り巻く強さと優しさ(2) 投稿日:2006/09/04(月) 00:09
- 分ってるんだよね。麻琴も・・・
美貴たちが・・・離婚することは大変なこと。
もう、よっちゃんは藤本の人間として色んな人と繋がってる。
そこには・・・膨大な金銭が発生してるんだ。
「離婚は・・・出来ない。」
美貴にも・・・傷がつく・・・
この世界に居るためにはそんな傷はつけられない・・・
「分ってます・・・。」
優しく微笑み麻琴に美貴は少し足を早めて先を歩いた。
いつかは麻琴の優しさや好意に慣れる日が来るだろうか・・・
「アン君連れてくればよかったね。いい天気だし。」
「そうですね。」
麻琴の声を聞きながら美貴はそらを見上げた。
もう直ぐ、夏も終わる・・・。
8ヶ月と言っていた・・・秋には産まれるのだろう。
よっちゃんは・・・認知したいと言うのだろうか・・・
そのとき・・・美貴はどうしたら良いのだろう・・・
それに・・・美貴だってよっちゃんの子供が欲しい。
親たちから跡継ぎを期待されている
それでもよっちゃんは・・・子供を作ろうとはしない
その真意は何だろう・・・
- 524 名前:clover 投稿日:2006/09/04(月) 00:25
- 本日の更新以上です。
>>470-492 Comparison 僕等を取り巻く強さと優しさ(1)
>>496-523 Comparison 僕等を取り巻く強さと優しさ(2)
そろそろ、展開が欲しい感じで考えてるんですが、
一日中考えて妄想してるわけにもいかずw
進んでないwどうしよっかなぁ〜
また、今回も長めで更新するために2つに別けました。
1・2ってあるけど特に意味はないのですo(〃^▽^〃)o
>>463 :名無飼育さん 様
レス有り難うございます。
>こちらのガキさんをお嫁にもらいたい・・・。
もらってあげてくださいw
今のところ予定ないのでw
最後までお付き合いよろしくです。
>>464 :名無飼育さん 様
レス有り難うございます。
>なんか色んな意味で切ないよお…。・゜・(ノД`)・゜・。
もうしばらくそんな感じな(>_<")
>次回も楽しみに待ってます
有り難うございます。最後までよろしくです。
>>465 :しちさん 様
レス有り難うございます。
>待ってたかいがありました。
>更新してくれてありがとうです。
いえいえ、こちらこそ読んでくださってレスまでいただけて嬉しいです。
有り難うございます。
>せつな過ぎて死にそうですが、次回の更新も楽しみにしてます。
>頑張ってください。
有り難うございます。最後まで宜しくです。
>>466 :名無飼育さん 様
レス有り難うございます。
>絵里の強さに惚れ直しました
o(〃^▽^〃)o有り難うございます。
>それにしてもガキさんの胸・・・貧乳好きもここにいますからガキさん落ち込まないで〜
えぇ、自分も貧乳好きですw
最後まで宜しくです。
>>467 :ももんが 様
レス有り難うございます。
>早速の更新おつかれさまです。
>ガキさんの胸の話には思わず笑ってしまいました(笑)
有り難うございます。
>藤本さんの哀愁なんかもかなり伝わってきました。
>今回は亀ちゃんの強さを凄いと思った回でした。
もうしばらく藤本さんそんな感じかな〜
最後まで宜しくです。
>>468 :naanasshi 様
レス有り難うございます。
>更新お疲れ様です
>ある意味とてもピュアな愛ですね。純粋すぎる想いが腐った世界に打ち勝つことを願っております
有り難うございます。
そうっすねぇ。こんな恋愛あったらいいなぁ。なんて思ったりします。
>最後に一言 ガキさああああああああああああらいすき!
自分もしたいwガキさんの方がリアルでピュアっぽいからw
最後まで宜しくお願いします。
>>469 :名無飼育さん 様
レス有り難うございます。
>だー物語の中に入ってすべて上手くいくようまとめたい!w
お願いしたいwどうやって次に進めようか悩み中なのでw
最後まで宜しくお願いします。
>>495 :ももんが 様
早速のレス有り難うございます。
>まこっちゃん気を使えるいい子ですね。
娘。ドキュみて絡ませたくなって登場してもらってますw
最後まで宜しくお願いします。
- 525 名前:ももんが 投稿日:2006/09/04(月) 19:26
- 亀ちゃんの周りの人はみんな優しいですね。
女の子って精神的に強いなーって思います。
藤本さんの今後も楽しみです。
- 526 名前:naanasshi 投稿日:2006/09/04(月) 20:23
- おー大量更新お疲れ様です
女性の強さが一番発揮されるときは母親になる時なのかもしれないですね
おなかの子がいたからこそ亀ちゃんは離れ離れになっても強く優しくいられるのかななんて考えてみたり…
作者さんのペースで頑張ってくださいね〜いつまでも待ってますからw
- 527 名前:名無し 投稿日:2006/09/14(木) 19:54
- 続き待ってます
- 528 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/09/15(金) 01:23
- 更新したのかとオモタ...。
頼むからレスで上げないで。
- 529 名前:Comparison_信じる少女と不器用な女 投稿日:2006/09/16(土) 01:23
- 「うぉっ。」
定期健診についてきてくれたガキさんは私のお腹のエコーを見て、先生の説明の度に声を上げている。
「あっ、ほら、動いてる。」
お腹の中で赤ちゃんがお腹を蹴ったり叩いたりすると私の中がボコっとなったりする。
ここに、生きてる。ここにいるよ。もう直ぐ、出て行くからね。
そう、主張するかのように。
「すごぉい。」
ガキさんが一通り感動し終わると先生は順調ですと言ってくれた。
それから、呼吸法のレッスンを受けた。
ガキさんも妊婦さんたちに混じって参加。
終わった頃には一番ヘロヘロになっていた。
「やっぱ、母は強いわぁ。私だめだ・・・疲れたよ。」
「出産のときはもっと大変なんだもん。頑張らないと。」
運転免許を取得したガキさんの運転はちょっと怖い。
運転してるときは話しかけないでっ。っていつも言う。
「階段気をつけてね。」
「うん。」
- 530 名前:Comparison_信じる少女と不器用な女 投稿日:2006/09/16(土) 01:24
- ガキさんは夜も私の部屋に泊まるようになっていた。
「いつ、陣痛始まるかわかんないし。」と一人納得して布団を持ってやってきたガキさんに凄い感謝。
夜は凄い不安になる。
皆、寝てるし、周りに人が居ないから。
ゆっくり眠れない。
最近は昼間、ウトウトすることが多かったからだからガキさんが察してくれたのだ。
「ガキさん、小川さんと会ってる?」
「ん?」
「最近は会ってないよ。ってか亀と毎日一緒じゃない。」
「そっか。そうだね。」
「気になる?」
「ん・・・あれからどうしたかなって。」
「大丈夫、頑張ってるって。亀に会ったんだから、きっと頑張ってる。」
「そうだよね。」
「そうだよ。」
ガキさんが私のお腹を撫でる。
「この子のためにもカッコイイところ見せないとね。吉澤さん。」
「きっと、この子は吉澤さんに似て頭がいいから一回だけでパパの声覚えたよ。」
「うそっ。ホント?母親ってそういうのも分かるの?」
「分かるわけないじゃん。」
「おーい。今、一瞬信じたから。」
「そうならいいなって・・・。」
覚えてるよね。
パパの声。
ママが愛してるパパの声だもん。
分かるよね。
パパもあなたを愛してくれる。
分かるよね。
パパの手の温もり。
優しい、愛に溢れたパパの手。
- 531 名前:Comparison_信じる少女と不器用な女 投稿日:2006/09/16(土) 01:24
- 「よし、夕飯にするか。」
「うん。」
「あっ、亀は食べすぎ注意ね。」
「はいはい。分ってます。」
今日、先生が言ってたから、今の時期、お母さんが食べ過ぎると赤ちゃんの細胞が大きくなって将来、肥満児になるって。
「なに、その顔は。」
「絵里と吉澤さんの子だから太っても可愛いもん。」
「はいはい。そうですねぇ。吉澤さんは男前だからね。」
「絵里は?」
「私が男なら嫁に貰いたいくらいいい女だよ。」
「えっ?」
「外見じゃなくて中身ねっ。」
ガキさんはポンと私のオデコを叩くと離れていった。
「前は顔も可愛いって言ってくれたじゃぁん。」
「調子にのるから言わな〜い。」
台所から聞こえてくるガキさんの声に私は微笑みながらお腹を撫でた。
「ガキ叔母さん酷いね。」
「こぉらぁ。叔母さんって、あんたね。」
「この子からしたらガキさんは叔母さんじゃん。」
「同い年だから。」
「絵里はお母さんだもん。」
「絶対、叔母さんって呼ばせないからぁ。」
「あはは。」
「あはは、じゃないから。」
- 532 名前:Comparison_信じる少女と不器用な女 投稿日:2006/09/16(土) 01:24
- 中身がいい女って言ってくれたけど。
それはガキさん。
ガキさんの言葉や励まし、存在に何度も助けられた。
吉澤さんに会いたいって思うとき、ガキさんは必ず側に来て言ってくれた。
「吉澤さんは亀を思ってる。亀が思ってるように。」
だから、信じられて
だから、愛されてるって思えた。
実際、こないだ会って分った吉澤さんの私への愛。
信じていて良かった・・・。
私一人じゃどうしようもなかったかもしれない。
私を支えてくれる多くの人。
みんなの愛と吉澤さんの愛。
それが私に勇気と強さをくれるんだ。
- 533 名前:Comparison_信じる少女と不器用な女 投稿日:2006/09/16(土) 01:25
- ********************************
- 534 名前:Comparison_信じる少女と不器用な女 投稿日:2006/09/16(土) 01:25
- 「あの子に会いに行っていいから。」
美貴がそう言ったのは愛のない行為が終わり、僕がシャワーを浴びに行こうとベッドから降りたときだった。
振り返るとベッドに横になる美貴は僕に背を向けていた。
「うん。」とだけ返しそれっきり、その話には触れていない。
美貴が僕の頬を傷つけてから2週間。
僕はあの頃の僕になりきって生活していた。
あの家に居るときだけでいい。
美貴が居るときだけでいい。
なりきることで上手く生活していけるなら。
彼女を思うことはいつだって出来た。
彼女の強さを知ったから、だから僕はなりきることが出来たんだ。
「美貴お嬢様が・・・そうですか。」
彼女の家に向かう車の中で美貴が彼女に会うことを許したと話すと小川君が嬉しそうに言った。
「何かあったのかな?」
「こないだ、お店を覗きに・・・亀井さんを御覧になったんです。」
「そう・・・。じゃ、絵里の妊娠も知ってるんだ。」
「はい。」
だから・・・なのか、僕が避妊しようとするのを止めたのは・・・
「ここでお待ちしますので。」
「ありがと。」
車を降りて階段を上る足が軽い。
もう直ぐ、そこに彼女がいる。
そう思うと自然と笑みが零れた。
- 535 名前:Comparison_信じる少女と不器用な女 投稿日:2006/09/16(土) 01:26
- コンコン。とドアをノックすると「はーい。」と聞こえてくる新垣さんの声。
彼女の声じゃないことに不安が過ぎった。
何かあったのだろうか・・・
「はい。どな・・・。」
ドアを開け顔を出した新垣さんは僕を見て驚いた顔をする。
「どうして?」
「会いに・・・。これからはいつだって会いにこれるんだ。」
眉間に皺を寄せるガキさんの後ろから「だれ?」っという彼女の声。
新垣さんは彼女の質問に応えず僕を見たままそして、声を潜めて言った。
「また、急に死んだことにとか・・・」
「ないよ。絶対に。」
新垣さんの言葉を聴き終える前に僕はそう言って頷くと新垣さんは大きく息を吐き出した。
「亀、あんたのいっちばーん会いたい人が来たよ。」
「吉澤さん?」
「そうだよ。」
僕に背を向けて彼女に向かって大きな声で言う新垣さん。
部屋の奥で壁に寄りかかって大きなお腹を撫でていた彼女は一瞬、ほんの一瞬だけ笑みを見せたが直ぐに難しい顔をする。
「どうしたの亀。吉澤さん来たよ。」
「来ちゃ、ダメだよ・・・。」
「亀?」
新垣さんは足早に彼女のもとへ向かった。
僕は・・・来ちゃダメだよ。と言う彼女の様子をその場で立ち尽くして見ていた。
「どうしたの。大丈夫だよ。もう急に居なくなったりしないって。」
「そうじゃなくて・・・。」
新垣さんが僕を見て困った顔をする。
「絵里?」
僕の呼びかけに彼女は首を横に振った。
- 536 名前:Comparison_信じる少女と不器用な女 投稿日:2006/09/16(土) 01:26
- 「ダメ、藤本さんと・・・結婚したんだから。ここに逃げてきちゃダメだよ。」
「美貴が絵里に会って良いって言ってくれたんだ。だから、逃げてきたんじゃないよ。」
「でも、結婚してる・・・既婚者だから。ここに来るのはいいことじゃない。」
新垣さんは僕から視線を彼女に戻した。
切ない顔で・・・彼女を見つめた。
「亀・・・もしかして。親に吉澤さんの子だって言わなかったのって・・・吉澤さんが既婚者だから?」
言ってない?
僕の子だと・・・どうして?
言ってくれれば、寧ろ責任でも取ってくれと乗り込んできてくれたら・・・
認知をする手だってある。
「離婚してこないともう、会いに来ちゃいけないって・・・そういうこと?」
「罪悪感を感じて会うのは嫌・・・この子のためにも・・・」
大きなお腹を撫でる彼女は・・・とても美しく・・・
僕の我侭で・・・彼女と僕等の子にこれ以上、辛い思いはさせちゃいけないのかも知れない。
「思って、思われるだけで幸せ・・・絵里、この子に自信を持って言ってあげられるよ・・・あなたと私を愛してる人が居るよって。側にいれないけど、心は世界で一番近くにいるから、寂しくないよって・・・だから・・・。」
もう、来ないで・・・
そう、続くであろう言葉を聴きたくなくて僕は口を開いた。
「愛してる・・・。絵里も・・・生まれてくる子供も・・・罪悪感なんて感じさせたりしない・・・。いつ、なんて約束できないけど・・・今度、ここに来るときは・・・会いに来るんじゃなくて、絵里と子供を迎えにくるから・・・だから、信じて待ってて。」
黒い瞳からポロポロと流れる涙を今の僕は拭ってあげることは出来ない。
「じゃ・・・またね。絵里。」
- 537 名前:Comparison_信じる少女と不器用な女 投稿日:2006/09/16(土) 01:26
- 彼女の返事を聞く前に僕は抑えていたドアから手を離し階段を下りた。
バタバタと聞こえてくる足音に振り返ると新垣さんが慌てて階段を下りてきている。
僕は階段を降りきったところで足を止め振り返ると新垣さんは2段上で足を止めた。
「これ、亀が・・・。」
差し出されたのはポプリの替え。
「ありがとう。ごめんね。新垣さんには迷惑ばかりかけちゃって・・・。」
ポプリを受け取って頭を下げる。
「迷惑、だけじゃないですから。心配も不安もですからね。」
頭を上げると苦笑している新垣さんが居た。
「申し訳ない。」
「でも、ちょっと亀が羨ましい、そんなに人を愛することが、信じることが出来る亀が・・・。私、来月19歳になるのに、恋もしたことないんです。吉澤さんの行動は軽率だって思っちゃう・・・私は・・・きっとどこかで諦めてる。結婚相手は決められた人だって。だからかな、我侭言って一人暮らしは出来るのに・・・結婚ってなると、我侭の度合いが違うって思っちゃって・・・。だから、応援したいのかな・・・二人を・・・私には出来ないことだから。」
新垣さんは可愛らしく微笑んだ。
「っていうか、男の人に告白とかナンパもされたことない私なんですけどね。」
あの世界にいて・・・周りからお嬢様という目で見られて・・・
それでも、そんな風に笑っていられる新垣さんは・・・強くて素敵な子だと思う。
- 538 名前:Comparison_信じる少女と不器用な女 投稿日:2006/09/16(土) 01:27
- 「新垣さんはとても魅力的な女性だよ。」
「ありがとございます。」
「絵里のこと・・・よろしくね。」
「生まれたら、吉澤さんの携帯か小川先輩に連絡いれますね。」
「うん。」
新垣さんは車の横に立ってこちらを見ている小川君に手を振った。
「先輩なのにああいう態度。癖だからとか言ってるけどわざとお嬢さんとか呼んでる気がするんだよなぁ最近。」
頭を下げた小川君を見て新垣さんは「もぉ。」っと笑った。
「あのさ・・・。」
「はい?」
「花の仕入れとか・・・できなくなるとやっぱり店はやっていけない?」
「まぁ、そりゃ・・・。」
「そっか。」
「どうして?」
「いや、絵里には大好きな花に囲まれて生活して欲しいからさ・・・。」
「それって、脅されたとか?」
苦笑する僕に新垣さんは「大人たちの言いそうなこと・・・。」と呟いた。
「大丈夫、そんなことさせないから。」
必ず、迎えにまた、ここに来るんだ・・・
逃げるんじゃな、僕が・・・
生きるために、生きていくために必要なものを
優先するんだ・・・
- 539 名前:Comparison_信じる少女と不器用な女 投稿日:2006/09/16(土) 01:27
- ********************************
- 540 名前:Comparison_信じる少女と不器用な女 投稿日:2006/09/16(土) 01:27
- ガキさんにポプリを渡してきてと頼んで
吉澤さんとガキさんの会話を耳を澄まして聞いていた。
抱きしめて欲しかった・・・・
抱きしめたかった・・・
でも・・・この子を愛人の子なんて呼ばせたくない・・・
浮気して出来た子なんて呼ばせたくない・・・
本当に愛し合った結果・・・命が宿ったんだもん。
だから、今は我慢・・・
人目を忍んで会いに来て欲しいとは思わない
みんなの前で堂々と・・・私たちの子ですって言えるその日まで
ガキさんと保田さん以外には言わないんだ
吉澤さんの子供だってこと
「渡してきたよ。」
戻って来たガキさんに私は気になった会話のことを聞いた。
「絵里に花に囲まれて生活させたいって何?」
「ん?」
「今、話してたでしょ。仕入れがとかお店がとか。」
ガキさんは私の隣にくると並んで座った。
「ちゃんと聞いたわけじゃないから予想だけど。きっと藤本さんと結婚しないなら・・・お店の花の仕入れとかさせない、お店をやっていけなくするって言われたんだと思う。」
えっ・・・
私のせいで・・・吉澤さん・・・
「自分のせいとか思ってる?」
「だって。」
「亀のせいじゃない。そんなことを言われたかどうかなんて関係ないんだよ。」
- 541 名前:Comparison_信じる少女と不器用な女 投稿日:2006/09/16(土) 01:28
- ガキさんの声はため息混じり・・・
幸せ逃げるって言うのにな・・・
「その話、聞こえてならその私の話も聞こえてたでしょ?」
「うん。」
諦めてるって・・・
私は・・・ちゃんとは知らない・・・
ガキさんや吉澤さん、藤本さんが言う世界を
でも、きっとその世界は間違えてる気がする・・・
「私がこうやって一人暮らししてるだけで、親族から反感買ってるんだから。」
「どうして?」
「うちの親は私が6畳の部屋で暮らしてるってこと隠してる。」
コップに何かが注がれる音。
テーブルに置いてあった麦茶を注いでるのだろう
ゴクってガキさんがそれを飲む音が聞こえた。
「みっともないって・・・この部屋がさ・・・」
「ひどぉい・・・。」
「私の実家の部屋20畳以上あるの。シャワーもトイレもついてる・・・」
「凄いね。」
「小さい頃、みんなの部屋もそういうものだって思ってた・・・でも違った。」
「そりゃそうだよ。」
「今なら、分かるよ。でもその頃はさ、子供だったし。」
「うん。」
「ここより広くて綺麗で何でも揃ってる部屋なんだけど・・・」
「けど?」
「寂しかった・・・かな。一人でいたから、友達いなかったし。それにあの家にいたら私きっと・・・こんな風に考えたり笑ったりとか出来なかったと思う。」
「じゃぁ、良かったね、一人暮らしできて。」
「ん。でもね。大学卒業するまで・・・その後はあの家に戻るんだ。」
「え?」
「あと3年・・・」
「絵里の側からいなくなっちゃうの?」
- 542 名前:Comparison_信じる少女と不器用な女 投稿日:2006/09/16(土) 01:28
- ガキさんが私の頭に手を置いた。
ガキさんはずっと側にいるって勝手に思ってた・・・
でも、そうだよね・・・ガキさんだっていつか結婚して家庭もって
ずっと側には・・・
「結婚はね・・・やっぱり自由には出来ない。吉澤さんや藤本さんがそうだったの分かるんだ。相手のね・・・家柄とか・・・どこの大学出てるとか・・・結局、私だって世間を知るために一人暮らしするとか言って出てきたけど、大学は親が望んだ大学に入ったし・・・なんも変わってないのかもしれないな・・・。」
そんなことないと思うよ。
ちょっとだけ、ちょっとだけ勇気とかだすと結構、変わったりするんだよ。
勇気出したら一人暮らし始められたじゃない。
勇気出したら私のために家に戻らないでここに居てくれたじゃない。
でもね・・・親のためとかそういうので自分を犠牲にするのもアリだと思う。
そんなガキさんも私は大好きだから。
「ずっと友達でいようね。ガキさん」
「ん。」
「それとガキさん。」
「なによ。」
「絵里はずっとガキさんのこと大好きだから。」
どんなガキさんでも・・・
初めて出来た親友だから
ガキさんがちょっと厳しいこともでも凄く優しいことも照れ屋なことも
大好きだよ。
- 543 名前:Comparison_信じる少女と不器用な女 投稿日:2006/09/16(土) 01:29
- 「私だって亀のこと大好きだよ・・・って照れるからもぉ〜。」
ガキさんはポンと私の頭を叩いて・・・
気配が遠くなった。
「ガキさん?」
「んー?」
「何してるの?」
「んー。風鈴をさ。」
「風鈴?」
「もうー夏も終わりだけどね。安かったから前に買ったんだ。」
リーンリーンって聞こえてくる風鈴の音
「いい音だね。」
「ん。」
「もう、夏おわるけどね。」
「でも、いい音だよ。」
「ん。」
もう直ぐ秋になる
でもまだ暑い夏の風がリーンリーンって
部屋に鳴り響いた
- 544 名前:Comparison_信じる少女と不器用な女 投稿日:2006/09/16(土) 01:29
- 「亀さ・・・。」
「ん〜?」
窓側から聞こえてくるガキさんの声に顔をそっちに向けた。
「ホントに待ってるつもり?」
「ん?」
「吉澤さんのことさ。」
「ん。迎えに来てくれるって言ってたもん。」
「無理、しないでね。」
「ん。大丈夫、ガキさんもこの子もいるもん。」
頑張ってね。じゃなくて無理しないでね。だったのはガキさんの優しさ。
大丈夫だよガキさん。
私は信じてるから
絶対に迎えに来てくれるって
それが明日か1年後か5年後かもしかしたらお婆ちゃんになった頃かもしれないけど
迎えに来てくれるって。
吉澤さんを信じてる。
- 545 名前:Comparison_信じる少女と不器用な女 投稿日:2006/09/16(土) 01:29
- ********************************
- 546 名前:Comparison_信じる少女と不器用な女 投稿日:2006/09/16(土) 01:29
- そのままにしてあった風鈴を窓のサッシにつるしてみた。
夏はもう、終わりだけど。いい音だからいいよね。
吉澤さんと藤本さんそして・・・目の前で微笑んでる亀を見ていると・・・
なんだか、とても苦しくなる。
いつか、自分も藤本さんと同じことをするのだろうから・・・
そう思うと、亀を苦しめてるのは・・・自分のような気がしてしまう。
罪悪感を持ってまで会いたくないというのは嘘のような気がする。
好きなら・・・どんな状況でも会いたいんじゃないかな。
「かめー。」
「ん?」
「なんで、来ちゃダメって言ったのよ。もう直ぐ生まれるのに。来てもらったほうだいいじゃない。」
「ずるいよね。こないだは声聞かせてあげてとか言ったのに・・・」
「そんなことはないけど。」
「絵里だって、側に居て欲しいし会いに来て欲しいって思うよ。」
「だったら・・・。」
「んー。でもね、藤本さんだって好きなんだと思うんだ。」
「吉澤さんを?」
「うん。」
「だとしても、吉澤さんが好きなのは愛してるのは亀だよ。」
「ん。分かってる。信じてる。でもね、結婚したのは藤本さんとで絵里じゃない。吉澤さんを独り占めしたいって思うけど・・・。」
「けど?」
「けど、絵里は愛されて、必要とされてるだけで十分なの。」
お腹を撫でて、微笑む亀。
一人の男をそんなに愛することを出来る亀が・・・
一人の男を信じて待っている亀が・・・
私なら・・・奪ってしまおうって
じっとしてないで行動にでようって
そう思うんだろうな・・・
- 547 名前:Comparison_信じる少女と不器用な女 投稿日:2006/09/16(土) 01:30
- 「自分の・・・。」
「ん?」
「自分のさ、亀の気持ちは抑えられるの?」
「一杯だよ。ここに、一杯溜まってってる。」
胸に手を当てて微笑む亀。
「それは、爆発しない?」
「するよ。吉澤さんが迎えに来てくれたときに。そのとき全部吐き出して吉澤さんに受け止めてもらうんだ。」
「いいと思わない?」って微笑む亀を見ながらいつの間にか私の頬には涙が伝っていた。
何に対しての涙なのか・・・分からない。
人を愛するということは亀のようなこと、なのだろうか。
愛したことのない私にはまだ分からない。
「ねぇ。亀。」
「ん?」
「私は・・・亀みたいに誰かを愛してみたいって思うけどさ。」
「うん。」
「思うだけで、したくないな。」
亀は眉間に皺を寄せて窓際に居る私に顔を向けた。
「どうして?」
「きっと、私は亀にはなれないから・・・。」
辛すぎて、耐えれないと思う。私には。
- 548 名前:Comparison_信じる少女と不器用な女 投稿日:2006/09/16(土) 01:31
- 「ガキさんは絵里じゃないもん。絵里にはなれないよ?」
「うん。そうだね、私は亀じゃない・・・だから、亀のように人を愛したり出来ないのかな。」
「ガキさんはガキさんの愛し方があるんだよ。絵里は愛して、信じて待つしか出来ないだけだよ。」
私の愛し方ってどんなのだろう?
「ガキさんは気がついてないかもしれないけどさぁ。」
「ん?なにを?」
「ガキさん、愛してると思うよ。その人を。」
「えぇぇっ。だれ?私が?」
「うん。」
「近くにいる人だよ。その人もガキさんを必要としてるって絵里、思う。」
「はぁ?誰よぉ。」
「自分で気がつくよ。そのうち。」
「そのうちってあんたねぇ・・・。」
へぇ。私が恋?
へぇ。この私が?
いやいや、ない。ない。ないよぉ。
「ガキさん。」
「あっ?ん?なにどした?」
「ガキさん、きっとね。ガキさんは絵里よりも純粋だと思う。」
「いやいや、亀には負けるよ。」
「そんなことないよ。ガキさんはとっても純粋。」
どこ、が?
大人の立場も藤本さんの立場も吉澤さんの立場も分かってしまって・・・
何も出来ないで、亀がこうして待っているのを側で傍観するしか出来てない
そんな私のどこが純粋というの?
「人の気持ちを分かるって凄い純粋な人だから、だよ。ガキさん。」
亀、は不思議な子。
亀が言うと、本当にそうなのかもって思ってしまう。
人の気持ちを分かる・・・果たして分かっているのだろうかなんて思ってしまうけど。
亀がそう言うならそれでいい。親友がそう言ってくれてるから。
それでいい。
今はその親友のために・・・ここに居られればそれでいい。
- 549 名前:Comparison_信じる少女と不器用な女 投稿日:2006/09/16(土) 01:31
- ********************************
- 550 名前:Comparison_信じる少女と不器用な女 投稿日:2006/09/16(土) 01:32
- よっちゃんにあの子に会いに言っていいといった日
その日は帰ってこないだろう
そんなことを思いながらアン君を飼っておいてよかったと思った。
一人だったらちょっとしんどいから。
孤独でもいい・・・よっちゃんも孤独なら
でも、よっちゃんにはあの子がいるから
だから、一人で孤独になるのは嫌
1時間くらいで・・・よっちゃんが帰ってきた。
無表情・・・
その顔はそう・・・体を重ねていた頃のよっちゃんの顔。
感情とかない。
自分の有利になるものだけを相手にするよっちゃんの顔。
何があったのだろう・・・
後ろから顔を出した麻琴はよっちゃんと全く違う笑顔。
いつもとかわならい笑顔。
「夕食、まだですよね。」
麻琴が美貴を見てそういうと直ぐにキッチンに入っていった。
「麻琴っ。」
「はい?」
顔を覗かせた麻琴に「お腹空いてない。」と告げると麻琴は頷いて出てきた。
「じゃぁ・・・僕はそろそろ帰りますね。」
- 551 名前:Comparison_信じる少女と不器用な女 投稿日:2006/09/16(土) 01:33
- 美貴とよっちゃんの顔を伺いながら言う麻琴に美貴が頷くと帰っていく麻琴。
その後を美貴の膝の上に頭を乗せていたアン君がノソノソと追いかけていった。
見送りにいったのだろう。近頃、アン君はやたりにお利口な行動をする。
動きは遅くなったけれど。
「座ったら?」
立ったままのよっちゃんは美貴の隣に腰を降ろした。
「泊まって来てもよかったのに。」
「ん〜。来るなって言われたから。」
表情を変えないよっちゃん。
あの子はもう・・・よっちゃんをいらないってこと?
「妊娠してるの知ってたんだってね。」
「そうだよ。」
「だから、会いに行って良いって?」
「まぁ・・・」
親の顔を知らないのは自分の生まれてきたルーツを知らないことで、それは自分の生きる意味すら分からないことなんだ。そう前によっちゃんが言ってたから・・・
よっちゃんは自分を捨てた親を良く思っていないから・・・
同じことをさせるのはちょっと嫌だった。
「ありがと。」
よっちゃんは無表情のまま言った。
- 552 名前:Comparison_信じる少女と不器用な女 投稿日:2006/09/16(土) 01:33
- 「もう、会いに行かないの?」
「うん。」
「いいの?」
「おかしいこと言うね。彼女に会うの嫌がってたのに。」
「会ったって、よっちゃんは美貴の夫だから。いいかなって。」
「そう、僕は美貴の夫。だから会いに行かない。」
それはそれでいい。
よっちゃんがそう決めたのなら美貴が何か言うことではないから。
もう・・・美貴にとって、あの子に会っても会わなくてもどうでもいいことだから。
でも、会わなくなったことできっと・・・
よっちゃんは笑顔を見せなくなるのだろう。
あの頃もめったに笑わなかったから。
「跡取り・・・。」
「ん?」
「親がさ、跡取りの予定はまだかって聞いてきたから。」
「そう。」
「よっちゃんは・・・欲しくない、よね。」
よっちゃんは少しだけ考えて口を開いた。
「この世界に生まれてくる子供の方が可哀相だよ。」
「それって美貴が可哀相ってこと?この世界に入ったよっちゃんもってこと?」
「お金以外、何もない世界だからね。」
だったら・・・美貴と何かを作ることは出来ないのかな
「よっちゃんはお金以外に何が欲しい?」
「欲しいものなんてないよ。手に入れてるから。」
「何?」
「愛。」
あの子からの愛?
あの子への愛?
- 553 名前:Comparison_信じる少女と不器用な女 投稿日:2006/09/16(土) 01:34
- 「そう・・・。美貴は愛なんていらない。」
よっちゃんは少しだけ、顔を歪めて美貴を見る。
「ねぇ、美貴。」
「ん?」
「美貴は僕との生活に満足してる?」
「うん。」
「そう・・・僕は美貴に償うつもりでここに居るんだ。夫として婿養子として。」
「償う?」
「美貴を孤独にさせたことに対してね。」
そんなこと・・・美貴は望んでない。
「妻として認めて欲しいって言ってたよね。認めてるよ。僕も世間も、美貴は僕の妻だって・・・」
よっちゃんの顔がさらに歪んで大きな瞳には薄っすら涙が溜まっていた。
「それでも・・・僕が愛してるのは絵里で、側にいたいのも絵里なんだ・・・美貴への償いが終わったら絵里を迎えに行きたい。」
泣くよっちゃんを初めて見た。
白くて綺麗な頬を通る涙にそっと手を伸ばして触れてみる。
美貴が・・・
よっちゃんを泣かしてる
美貴が見たいのは笑顔なのに
「償いなんてして欲しいなんて言ってない。」
美貴が好んで自分からよっちゃんと同じ孤独になったんだから
一人になりたくなかったの
孤独であるのがよっちゃんもそうなら美貴はそれでいい
そう、思ってた。
- 554 名前:Comparison_信じる少女と不器用な女 投稿日:2006/09/16(土) 01:35
- 結婚相手がよっちゃんじゃなくても別に良かった
美貴が跡を継げばいいことがから
もともと、そのための孤独だったんだから
たまたま、よっちゃんとの縁談があって
たまたま、よっちゃんがあの子に見せている笑顔に嫉妬して
ひとりでこの世界から抜け出そうとしているよっちゃんを縛り付けたいって思った
「美貴と・・・別れたい?」
「許されるなら。」
「美貴はよっちゃんが好きよ。愛してる。」
また、涙がよっちゃんの頬を通っていった。
「あの子を忘れて、美貴とよっちゃんが望むものを作ることは無理なの?」
悲しい顔をするよっちゃんの頬を美貴は何度も撫でた。
「そう・・・。」
よっちゃんを泣かしてしまうほど・・・苦しめているなら
美貴はよっちゃんと別れてもいい。
でも、簡単じゃないんだ・・・
「美貴は愛より・・・約束が欲しいな・・・ずっと美貴のためだけに側にいるっていう約束。」
愛なんて分からないから・・・
美貴を独りにしないっていう約束が欲しい。
「そんな約束・・・よっちゃんには出来ないよね。」
約束してくれるのがよっちゃんなら良かった。
美貴のことを分かってるよっちゃん
美貴と同じよっちゃん
困った顔をしてるよっちゃんに微笑んで見せた。
- 555 名前:Comparison_信じる少女と不器用な女 投稿日:2006/09/16(土) 01:36
- 「心配しないで、よっちゃんに約束してなんて言わないから。」
「ごめん。」
「謝らないで。よっちゃんが悪いんじゃないし。」
悲しそうに美貴を見るよっちゃん。
結婚はどうにもならなかったかもしれないけど・・・
今と何か違う生活があったかもしれない
美貴が・・・嫉妬なんてしなかったら
美貴が・・・よっちゃんを独り占めしたいなんて思わなかったら
よっちゃんを・・・こんな風に苦しめたりしなかたはずだもん
「もう、何もかも遅いんだよ。よっちゃん。美貴たちは結婚しちゃってる。それをなかったことになんて出来ない。よっちゃんの都合だけでそんなことするなんて無理って分かってるでしょ。」
「分かってるよ。」
苦笑するよっちゃんに美貴も同じように苦笑した。
麻琴の見送りをして向かいのソファの上に居たアン君がノソノソと美貴の足元に移動してきて頭を膝に乗せた。目だけで美貴を見上げる。
「アン君はいいね・・・戸籍とか相続とかなくて。」
隣で「そうだね。」と呟くよっちゃん。
「でも、美貴たちも変わらないよね・・・お金で買われてるようなもんだもん。」
「だね。」
「よっちゃんさ。」
「ん?」
アン君の頭を撫でながらよっちゃんを見た。
よっちゃんは・・・ホント抜け殻みたいで、それはあの頃のよっちゃんで・・・
このままなら上手く生活していけるかも、そんなことを頭の端っこでまだ思ってしまう美貴はよっちゃんを本当に好きなんだ、だから、こんな生活でも続けたいと思ってしまう。
- 556 名前:Comparison_信じる少女と不器用な女 投稿日:2006/09/16(土) 01:36
- 「仮面夫婦、疲れるなら部屋、借りても良いよ。」
「そんな必要はないよ。」
「そう。」
「終わらせたいだけなんだ。」
「どうやって。」
「これに・・・サインをください。」
よっちゃんが胸ポケットから出したのは離婚届の用紙。
本当に美貴と別れる気?
そんなことしたら、どうなるか分かってる?
きっとよっちゃんを雇ってくれる会社だってないよ。
藤本よりも吉澤がそうすると思う。
「美貴がサインしたら終わりだとかって・・・」
「思ってないよ。事後報告・・・僕たちもう大人だよ。親の承諾なくても出来るだろう。離婚くらい。」
「美貴が了承すれば、の話だよ。」
そんな目で・・・見ないで。
冷たい目で見ないで。
- 557 名前:Comparison_信じる少女と不器用な女 投稿日:2006/09/16(土) 01:37
- 「僕は絵里が必要なんだ、最初から間違ってた。美貴に償おうなんて、絵里から花を取り上げちゃダメだなんて・・・離れてたって愛があれば大丈夫なんて・・・。全部、間違ってたんだ。僕らの持ってる天秤はくるってる・・・正確に量ったりなんて元々出来てなかったんだよ。」
よっちゃんは美貴の前に正座した。
「美貴に・・・教えてあげる。愛がどんなものか・・・。」
よっちゃんはそういうと床に手を付いてオデコも・・・
美貴の前で土下座してる。
「なに、してるの。」
藤本の跡取りが、吉澤の息子が・・・
美貴に土下座?
ありえないでしょ・・・
「お願いです。別れてください。」
- 558 名前:clover 投稿日:2006/09/16(土) 01:49
- 本日の更新以上です。
>>529-557 Comparison 信じる少女と不器用な女(前篇)
先週は更新できず・・・悔しいぞ(-"-;)
今回の「信じる少女と不器用な女」はもう少しあるんです。
でも、眠すぎて・・・今回は前篇としておこうかなって思います。
明日・・・更新しようかと思っておりますので
良かったら読んでください。
>>525 :ももんが 様
いつも、レス有り難うございます。
>女の子って精神的に強いなーって思います。
強いですよね、女の子も大人の女性も
特に恋愛に関してつえぇってよく感じます。
男の子のが神経細いのかなw
>藤本さんの今後も楽しみです。
そうですね。少しずつ動かそうって思ってます。
これからも宜しくです。
>>526 :naanasshi 様
いつも、レス有り難うございます。
>おー大量更新お疲れ様です
読むの大変になってしまって申し訳ないです。
>女性の強さが一番発揮されるときは母親になる時なのかもしれないですね
そうですよね。女から親に確実になりますからねぇ。
>作者さんのペースで頑張ってくださいね〜いつまでも待ってますからw
有り難うございます。今週結構、書く時間があったのでよかったです。
最後まで宜しくです。
>>527 :名無し様
>続き待ってます
どうもです。
>>528 :名無飼育さん 様
>更新したのかとオモタ...。
更新しましたのであげますねw
- 559 名前:名無し作家 投稿日:2006/09/16(土) 02:23
- 更新お疲れ様です!
私も書く人なのですが、cloverさんの作品が大好きでずっと拝見させて頂いてます。
毎回、どうなるのだろう…とドキドキしながら読ませてもらってます。
今回は誰を応援するとかではなく、全ての人を応援したいような気持ちでいっぱいです。
最後まで素晴らしい作品を書き続けてくださいね!
どこまでもついていきます!w
- 560 名前:通りすがり 投稿日:2006/09/16(土) 04:22
- 更新乙です。
なんか…寂しいですね。私は美貴ちゃんにも幸せになってほしいんですが、無理なんでしょうか。
亀ちゃんやよっちゃんは想って想えるからいいけど、美貴ちゃんは想うだけですもんね。
続き楽しみです。頑張ってください。
- 561 名前:ももんが 投稿日:2006/09/16(土) 21:00
- 更新お疲れ様です。
よっちゃんがついに行動を起こしましたね。
今回藤本さんにかなり感情移入して読んでしまいました。
亀ちゃんとガキさんのコンビがかなりのお気に入りです♪
続きかなり気になってます!
- 562 名前:Comparison 信じる少女と不器用な女 投稿日:2006/09/16(土) 23:40
- 美貴の声が上から聞こえてくる
「やめなよ。」「みっともないよ。」って。
「みっともなくてもいい・・・誰にどう思われたって構わない。」
床に額を付けたままそう答えた。
本当に、そう思ってるから。
「よっちゃんが見下してきた、蔑んできた人間じゃない・・・」
「うん。でもいい。そんなのどうでもいい。絵里といられるなら、そんな人間でもいい、寧ろなりたいくらいだ。この世界から抜けれるなら・・・。僕はもう絵里とお腹の子以外・・・もう何も要らないんだ。意味すら、ないんだ。」
僕は頭を上げて眉間に皺を寄せている美貴を見た。
「意味すらないんだ。僕にとって美貴も・・・。」
ポロポロと零れだす美貴の涙。
「その、涙にも僕は何も感じない。」
「そう・・・それでも、美貴は・・・別れてあげない。」
「そっか・・・分かった。」
僕は立ち上がると寝室に向かおうと階段を上った。
- 563 名前:Comparison 投稿日:2006/09/16(土) 23:41
- 「よっちゃん。」
美貴の声にゆっくりと振り向くと美貴は涙を拭きながら僕を見ていた。
「よっちゃんにとって意味がなくても美貴にとってはあるんだよ。」
「そうだね、でも、言ったろ。僕等の天秤は壊れてるんだって。」
それだけ言って僕は寝室に入った。
美貴に出来る最後の僕の償い。
愛なんていらないという美貴に愛がどんなものなのか見せてあげること。
僕が彼女をどれだけ愛しているのか、それを教えてあげること。
彼女以外、僕には意味がないことだと天秤に乗せる意味すらないんだってことを僕は美貴に見せていこうと思った。
- 564 名前:Comparison 投稿日:2006/09/16(土) 23:41
- ********************************
- 565 名前:Comparison_信じる少女と不器用な女 投稿日:2006/09/16(土) 23:42
- 夏休みが終わり、大学が始まりもう半月もたった。
夏の暑さも大分納まり気持ち良い風が吹いている。
秋晴れ、そういうのだろう。
こんな日のベンチでのランチはコンビニの食べ飽きたおにぎりでも格段と美味しく感じられる。
「あ、やっぱりここに居た。小川先輩。ちょっといい?」
里沙お嬢さんが僕の前にやってきた。
慌てておにぎりを口に詰め込みお茶で流し込んでから「はいっ。」と応えると里沙お嬢さんは苦笑した。
「そんなに焦って食べなくてもいいのにぃ。もう大丈夫?」
少し咽てる僕の背中を擦ってくれる。
「大丈夫です。御用は何でしょう。」
「だからぁ。そういう言葉遣いも辞めてってばぁ。」
「くせ、ですから。」
「もぉ。」と困った顔をするお嬢さんは幼い頃から可愛らしかったが今ではホントに美しい女性になった。
そんな笑顔を見せられると僕の心が苦しくなってしまうことなんてお嬢さんは知る由もないないだろう。
「あのね、ちょっと話を聞いてもらいたいっていうか、相談なんだけど・・・」
行き交う人を目で追うお嬢さん。
きっと、人にはあまり聞かれたくない話、なのだろう。
「車、でお話しましょうか。」
「うん。いい?」
「もちろん。」
- 566 名前:Comparison_信じる少女と不器用な女 投稿日:2006/09/16(土) 23:43
- 車に移動するとお嬢さんは「はぁ〜。」とため息を着いた。
「どうなさいました?」
「亀、もう直ぐ産まれるんだ。」
「そうですね。もう直ぐ10月ですから。」
「ねぇ。やっぱり敬語やめてもらっていい?相談し辛い。」
眉毛を下げて僕を見るお嬢さん。
僕は困った顔をすると「お願いだからぁ。」と言う。
そんな可愛らしい言葉に僕の心はまた苦しくなった。
同じ身分なら・・・こんなに優しい、気の利く子と・・・
そう思ってしまう。思うくらいは許されるだろうか。
「分かりました。ここでだけ、敬語は控えますね。」
「うん。よし、じゃぁ。ちょっと聞いてね。」
「うん。」
うん。と返事をした僕にお嬢さんはニコリと微笑み口を開いた。
「吉澤さん、あれからどう?」
「美貴お嬢様には無関心、でも・・・それは意図があってそうしてるように見える気もしなくもないような。」
「なにそれ。」
「亀井さんの話をよくします。亀井さんならこう言うだろうなとか・・・」
「え?」
「美貴お嬢様の言葉に対して、亀井さんならこう言うって・・・」
「なにやってんのよ。吉澤さん。」
「離婚しようとしてるんだと思う。美貴お嬢様がそうするように仕向けてる感じなのかな・・・分からないけど美貴お嬢様もそれに対抗してるというか、変な関係には変わりないかな。」
「はぁ・・・理解に苦しむわ。」
「僕はほっとしてる。二人に何があったのかは分からないけど。美貴お嬢様が気を使うこともなくなったし、旦那様が気を使うこともなくなって。」
「そっか。まぁよっかった?のかな。吉澤さん頑張ってるんだ。」
微笑むお嬢さんは穏やかでその横顔に少し見とれてしまった。
- 567 名前:Comparison_信じる少女と不器用な女 投稿日:2006/09/16(土) 23:43
- 「相談は旦那様と亀井さんのこと?」
「違う、私のこと。亀にね、相談したいんだけど・・・あっだから小川先輩ってことでもないからね。」
慌てて、フォローするお嬢さんに微笑んで見せると安心した顔をするお嬢様。
「あのね、そろそろお見合いしなさいって親から連絡あって。」
「もうすぐ、19歳だもんね。卒業後は結婚。」
「うん。普通・・・なんだけどね。亀には今は心配かけたくないから言えなくて。」
「出産間近だもんね。」
「うん。だから、誰かに聞いてもらいたくて。」
その、誰かが僕であることが何より嬉しかった。
「やっぱり、好きな方とか?」
「居ない。出来ないよ。いづれお見合いするって分かってたし、吉澤さんたち見てるし。」
どこのお嬢様も・・・恋をせずにお嫁に行くのだろうか。
結ばばれることの無い恋になってしまうから・・・
以前、諦めたように悲しそうにとも取れる笑顔で美貴お嬢様たちの結婚生活を普通だといった里沙お嬢さんの顔を思い出した。
- 568 名前:Comparison_信じる少女と不器用な女 投稿日:2006/09/16(土) 23:44
- 「分かってた、つもり。なんだよね。いつかはそういう結婚して家庭作って子供にもそういう生活させてって・・・親たちがそうしてきたように。でも、いざお見合いとか目の前に突きつけられるとね・・・亀みたいに愛する人、私には居ないのかな。亀みたいに私を愛してくれる人、居ないのかな。そう思っちゃって。」
目を閉じて話すお嬢様。
無礼講・・・そんな言葉が許されるならば・・・
僕が秘密を明かすことを許されるならば・・・
「僕が里沙お嬢さんを愛してます。」
そう・・・言えたのに。
「32歳とか35歳とか・・・」
「えっ?」
「お見合いする相手の歳。大学卒業するとき私が22歳だから結婚するとき相手は37歳とか40歳・・・はぁ・・・。でもさ。うちの両親も一回り歳離れてるし当たり前と思うしかないんだよね。」
「あぁ・・・。」
「ジェネレーションギャップだよ。絶対、会話とか合わないもん・・・。」
何も応えない僕・・・応えないではなく、言ってあげる言葉が見つからない。
「って、こんなこと言われても困るよね。」
苦笑するお嬢さんに僕は慌てて首を横に振った。
- 569 名前:Comparison_信じる少女と不器用な女 投稿日:2006/09/16(土) 23:44
- 「いつも、思うだ・・・。」
「ん?」
「僕が、使用人でなければって。」
「そんなの・・・関係ないじゃない。」
「あるよ・・・こうして、里沙お嬢さんと話してることだって本当は・・・。」
「それは私がそうしてって・・・。」
「うん。でも、あってはいけないこと、だから。でも、僕が使用人の子だったから出会えた。違っていたら会うことも言葉も交わすこともきっとなかったから。」
「なかったから?良かった?」
「うん。良かった。里沙お嬢さんとこうしていられる。」
「そうっか。でも、亀は出逢えたよ。吉澤さんと。そんなの・・・出逢えたかどうかなんて立場とか関係ないよ。出逢う人は出逢うんだよ。」
「そう、だね。」
出逢えたとしても、結局は同じ・・・
いや、違うか。
僕はこの世界を知らずに里沙お嬢さんに惹かれ思いを告げていたかもしれない。
「はぁ、羨ましい・・・」
「亀井さん?」
「うん。吉澤さんと会えなくても・・・それでも愛し合ってること自体が羨ましい。」
「結婚前に恋愛したい?」
「出会いがあればね。でも、辛いだけだから・・・それでも、好きになった人と・・・先輩にこんな話するのあれ、だけど・・・私、男の人知らないの。」
- 570 名前:Comparison_信じる少女と不器用な女 投稿日:2006/09/16(土) 23:44
- 恥じらいながら苦笑するお嬢さん。
僕は表情を変えずお嬢さんを見つめた。
「好きな人とって思ったりしてたんだけどね・・・。だから、亀が羨ましいのかも。」
「それは・・・」
「男の人にする話しじゃないよね。」
「いや・・・。でも、良かった。」
「ん?なにが?」
「里沙お嬢さんは普通の女の子、女性で。」
「はは、そこまで割り切れないよ・・・でも割り切らないといけないんだけどね。」
寂しそうに「お見合いかぁ。」と呟くお嬢さんに僕は何も声をかけてあげられなかった。
「あ、そろそろ、次の講義だ。話聞いてくれてありがと。ちょっとすっきりした。」
微笑むお嬢さんに「とんでもない。」と笑みを返す。
「また、聞いて。それと亀の子供も見に来て。亀、きっと喜ぶから。」
「はい。伺わせていただきます。」
「ん。じゃぁまた。」
僕は直ぐに車から降りてお嬢様のドアを開けた。
「いいのに。これも癖?」
「はい。」
「こういうの迷惑?」
「え?」
「普通に話してとか、こういう話聞かされるの・・・。」
「そんなこと、ないですよ。」
不安そうに見るお嬢さんに笑みを浮かべて首を横に振ると「よかった。」と笑みを零した。
「またね。」
「はい。」
小走りに駆け出していくお嬢様。
見守るくらいは許されるだろう・・・
たとえ、秘密を持っていても・・・
そんなことを思いながら後姿を見送った。
- 571 名前:Comparison_信じる少女と不器用な女 投稿日:2006/09/16(土) 23:45
- ********************************
- 572 名前:Comparison_信じる少女と不器用な女 投稿日:2006/09/16(土) 23:45
- 寝苦しい夜も終わり、秋になった頃。
お腹を蹴ったりと私のお腹の命は元気一杯で順調に育ってくれていた。
もう、何日、何週間で産まれてくる私と吉澤さんの子。
10月になり、いつでも入院できるように支度をして、その時を待つ日が続いていた夜。
「ガキさん・・・痛いっ。」
突然、痛み出したお腹。
私は少し離れた場所に眠っているガキさんの腕を思い切り掴んだ。
「えっ?亀、なに?陣痛?産まれる?」
焦りまくるガキさんに私は痛みを堪えて笑って見せた。
「ガキさん、落ち着いて、車・・・病院連れてって。バックに支度したの入ってるから。」
「あっうん。落ち着け、私。」
「うん。そうそう、落ち着いて。」
「亀、立てる?」
手を貸してくれたガキさん。
お腹を抱えるように立ち上がったが痛みが酷い。
「ちょっと・・・歩くの無理っ。この陣痛治まったら外っ。いくっ。ぃったぁぃ。」
ガキさんが私の背中を擦りながら携帯で保田さんに連絡をしてくれてる。
- 573 名前:Comparison_信じる少女と不器用な女 投稿日:2006/09/16(土) 23:45
- 「保田さん。亀、陣痛始まりました。直ぐ来てください。あと、えぇっと病院、病院。」
「んっいったぁぁ。はっはっ。」
「頑張れ亀。」
「うんっ・・・んっ。」
「あ、亀井ですけど、陣痛始まったのでこれからそちらに向かいます。はいっ。はいっ。破水はしてないです。はい。お願いします。」
「ガキさぁ・・・いったぃぃぃ。」
ガキさんの腕を思い切り掴んで痛みに耐えた。
「うん。頑張って、えっと、なんだっけ、リラックスして息吐いて亀。」
「んっ。フー・・・。」
「1・2・3・4・5・6はい。体の力抜いて。」
「うん。フー・・・。」
練習していた呼吸法・・・
忘れてた。ガキさんありがと。
手足の力を抜いて壁に寄りかかってゆっくり息を吐き出すと、少しは楽になってきた。
「大丈夫っ?」
保田さんの足音と声。
「今、病院に連絡したので、この陣痛治まったら行きましょう。最初の陣痛だから30分くらいしたらまた始まるからその間に。」
「うん。っていうか新垣、凄い落ち着いてるわね。」
「いや、焦ってますよ私だって。」
二人の会話を聞きながら私はゆっくりと呼吸を繰り返した。
- 574 名前:Comparison_信じる少女と不器用な女 投稿日:2006/09/16(土) 23:46
- 陣痛が落ち着いて二人に支えられながら車に乗り込む。
保田さんが運転してくれて、ガキさんがずっと私の背中を擦ってくれてた。
陣痛が来るたびにガキさんは私の手をギュッて握って体を擦りながら「頑張れ。」って行ってくれる。保田さんも「頑張りなさい。」って手を握ってくれた。
何時間経ったんだろう・・・私は汗だくになりながら病院の白い天井を見ていた。
「吉澤さん・・・もう直ぐ、生まれるよ。」
10分おきに陣痛がなったころそう呟いた。
「亀・・・。」
ガキさんに笑みを見せて、私は分娩室に入った。
お願い、無事に・・・亀も子供も生まれてきて・・・
- 575 名前:Comparison_信じる少女と不器用な女 投稿日:2006/09/16(土) 23:51
- ********************************
- 576 名前:Comparison_信じる少女と不器用な女 投稿日:2006/09/16(土) 23:51
-
亀の陣痛が始まったのが夜中でもう辺りは明るくなっていた。6時間が経とうとしたころ亀の陣痛の感覚が10分おきになり、分娩室に入っていった。
吉澤さんの名前を呟きながら。
「ちょっと、電話、してきます。」
長椅子に座ってソワソワしている保田さんに声をかけると「吉澤さんに?」と聞かれた。
「小川先輩に・・・。」
「そう。」
「行ってきな。」という保田さんに頭を下げて公衆電話を探した。
時計を見たら6時前だったが起きているだろう。
「もしもし。先輩?新垣です。」
『どうしました?こんな時間に。』
「亀、夜中の1時くらいに陣痛始まって、今は分娩室に・・・。」
『旦那様に直ぐにお知らせします。それと、僕、行ってもいいですか?』
「うん。来て・・・。」
『直ぐに。』
- 577 名前:Comparison_信じる少女と不器用な女 投稿日:2006/09/16(土) 23:52
- どうして、来てとか言っちゃったんだろう・・・
亀の苦しみ方を見ていたら不安になっちゃって、でも亀の前でそんな顔できなくて
先輩の声聞いたら・・・安心したから。来て欲しいって思った・・・。
「何してるんだ、私。先輩は亀の子のお父さんじゃないのに。」
保田さんの隣に座って分娩室から聞こえてくる亀の声に私は両手を握り締めてじっとしていた。「頑張れ。」と心の中で呟きながら。
「母親になるって大変だね。」
亀の叫ぶ声を聞きながら保田さんの言葉に頷いた。
「里沙、お嬢さんっ。」
息を切らせて駆けてきた小川先輩。
「まだ?」
「まだ、まだ。」
小川先輩は私の隣に座ると聞こえてくる亀の声に「頑張ってください。」と呟いた。
分娩室に入って4時間が過ぎようとしたころ、亀の叫ぶ声が大きくなり始めた。
思わず・・・隣の小川先輩の手を握っていた。
先輩は何も言わず、握り返してくれる。
吉澤さんと呼ぶ亀の声。
その度に、胸が痛くなった。
それから、2時間後・・・
- 578 名前:Comparison_信じる少女と不器用な女 投稿日:2006/09/16(土) 23:52
-
赤ちゃんの鳴き声が聞こえてきた。
「産まれた・・・。」
呟いた私の言葉に続いて「良かった・・・。」と保田さんが呟いた。
「産まれたよ。亀、頑張った。」
小川先輩に抱きついて、私は声を出して泣いた。
「良かったですね。」
「うん。頑張ったよ。亀。よかった。」
小川先輩は私の涙を拭くと笑顔「ホントによかった。」と呟いた。
私は涙を拭いてもらいながら、笑顔で頷いた。
吉澤さん。亀、頑張ったよ。
早く、迎えに着てあげて。
- 579 名前:Comparison_信じる少女と不器用な女 投稿日:2006/09/16(土) 23:52
- ********************************
- 580 名前:Comparison_信じる少女と不器用な女 投稿日:2006/09/16(土) 23:52
- 「女の子ですよ。」
そう言われて見えない私は手を伸ばした。
産まれてきたばかりの赤ちゃんは凄く温かくて凄く小さな手でプニョプニョしてる。
「元気な子よ。」
「よかった・・・吉澤さん・・・。産まれたよ。女の子。」
「お父さんの名前?吉澤さんって。」
先生の声が聞こえてくる。
何も応えずに微笑んだ。
「そう、愛されて産まれてきて、きっとこの子は幸せになるわね。」
「はい。」
それから、胎盤などの処置をしてもらった。
赤ちゃんはその間に綺麗にしてもらって身体測定をされているのだろう。
「お友達、入ってもらっていい?」
「お願いします。」
どうぞ。という先生の声に足音。
あれ、3人?足音3人だ。誰だろう。
あれ、1人止まった。入って来ないな・・・
- 581 名前:Comparison_信じる少女と不器用な女 投稿日:2006/09/16(土) 23:53
- 「かめぇ。頑張ったね。大丈夫?」
「ん。大丈夫。ガキさんありがと。」
「絵里、お疲れ様でした。」
「いえいえ。保田さんありがとうございました。」
「っていうか、吉澤さんにそっくりだよ目。可愛い女の子になるよ絶対。」
「ガキさん、絵里には似てないの?」
「ん〜。なんとなく、口元?どうですかね、保田さん。」
「目は吉澤さん、だね。これは。絵里にはぁ・・・」
「いいもん、絵里の子だもん。」
「拗ねないの。少しするとさ似てくるって。」
「それより、もう1人、誰かいるよね?」
「うん、小川先輩。」
「そっか。」
吉澤さんかな・・・なんて思っちゃった。
来ないでって言ったんだから来るはずないのに。
小川先輩が伝えてくれてるんだろう・・・
喜んでるよね、吉澤さん。
「母子共に健康って伝えてきます。」
小川先輩の声が遠くから聞こえてきた。
「お願いします。」ってガキさんが言ってる。
母子共に健康・・・
そう、良かった。本当に良かった。
ガキさん、保田さん、小川さん有り難う・・・
吉澤さん・・・命を有り難う・・・
「亀ぇ。泣くな。よしよし、頑張った。」
「うん。頑張った。絵里、頑張ったよぉ。ガキさぁん。」
「よしよし。」
お母さんになるって凄い大変。
でも、これからはもっと大変だろうな。
見えない分・・・
シングルマザーな分・・・
頑張らないともっともっと。
- 582 名前:Comparison_信じる少女と不器用な女 投稿日:2006/09/16(土) 23:53
- ********************************
- 583 名前:Comparison_信じる少女と不器用な女 投稿日:2006/09/16(土) 23:53
- 『2800グラムの元気な女の子が生まれました。』
「良かった、絵里は大丈夫?」
『はい。母子共に健康です。』
「ありがとう。って伝えてくれるかな。希望を有り難うって。」
朝方、彼女の陣痛が始まったから病院に行きます。と携帯に連絡が入り僕は仕事が手につかず、ずっと彼女のことを思っていた。
そして今、無事に産まれたと、母子共に健康だと連絡が入った。
駆けつけて、抱きしめたい・・・
でも、まだ僕にそんな資格はないんだ。
「11時間か・・・。」
仕事に行かなくなっていた僕は書斎の時計に目をやった。
夜中の1時ごろに陣痛が始まったといっていた。
「絵里、頑張ったな・・・。」
きっと可愛い女の子だろう・・・
彼女が見られない分・・・僕が見たかった。
僕が見て、彼女に教えてあげたかった。
- 584 名前:Comparison_信じる少女と不器用な女 投稿日:2006/09/16(土) 23:54
- 「もう少し・・・待ってて絵里。」
もう、美貴の父親も僕を呆れた様子で見ている。
僕にとって仕事も意味無いことなんだ。跡取りになるための仕事なんて。
喉の渇きを覚えキッチンに向かう。
リビングでアン君と遊んでいる美貴の横を通り冷蔵庫を開けた。
小川君が買っておいてくれる水をグラスに入れてゴクゴクと飲んだ。
「働かざるもの食うべからず。」
美貴の声がリビングから聞こえてくる。
「不思議だね、何もしなくてもお腹は空くし喉も渇く。」
「食べなかったら餓死するからね。」
「絵里なら、きっと生きてる証拠だって言うかな。」
そう、彼女なら。
だから、一生懸命生きよう、一緒に生きよう。
そう言うだろう。
苦笑してアン君に「だってさ。」と呟く美貴。
「何か、作ろうか。小川君来てないから朝も食べてないんだろう?」
「そう、あいつ、何してるんだか。」
「じゃ、作るよ。」
- 585 名前:Comparison_信じる少女と不器用な女 投稿日:2006/09/16(土) 23:55
- ********************************
- 586 名前:Comparison_信じる少女と不器用な女 投稿日:2006/09/16(土) 23:56
- 1週間空けた部屋に戻って来た。
赤ちゃんを抱いて。
「あぁ、可愛いな。」
私の腕の中にいる赤ちゃんにそう言うガキさん。
「笑ってる?」
「うん。笑ってるよ。亀の顔見て笑ってる。」
ごめんね。
あなたの笑顔を見てあげられない。
でもね、きっと可愛らしい笑顔だよね。
私の胸の中には見えてるから。
「希美ちゃーん。ガキさんですよぉ。」
「ガキ叔母ちゃんですよぉ。」
「叔母ちゃんはいらないから。」
「叔母ちゃん、だもんねぇ。のんちゃん。」
生まれてきた子は希美と名付けた。
小川さんから聞いた、伝言。
「希望をありがとう。」
希望、吉澤さんにとってこの子が希望なのだ。
「のんちゃんこっち向いてぇ。」
ガキさんの声。きっとデジカムだろう。
吉澤さんに見せてあげるためにって撮ってくれてる。
- 587 名前:Comparison_信じる少女と不器用な女 投稿日:2006/09/16(土) 23:57
- 「あっ、どうしたの?」
突然、泣き始めたのんちゃん。
私は抱きなおしながら、焦ってしまう。
どんな顔で泣いてるのか分からないから。
「お腹、空いたかな。」
ガキさんの言葉に私は腕についてる腕時計のボタンを押すと
音声が時刻を知らせてくれる。
「11時か。ミルクの時間だね。」
「だね。」
私は授乳の準備をしてのんちゃんにミルクをあげる。
「いやぁ。この子絶対、大きくなるよ。」
「うん。凄い吸い付いてるもんね。」
「食いしん坊になるな。絶対。」
「元気に育ってくれればいいもん。」
「ん。そうだね。」
よかったね、のんちゃんお父さんいないけど、お母さん二人いるみたいでしょ。
でもね、お父さんはいないんじゃないんだよ。
きっと、のんちゃんに会いたがってる。
ママの我侭でここにはまだ来れないの。
ごめんね。
でも、いつか会えるから、その時は笑顔を見せてあげてね。
ママの大好きな人だから。
- 588 名前:Comparison_信じる少女と不器用な女 投稿日:2006/09/16(土) 23:57
- 「ガキさん、大学はどう?」
ミルクを飲み終え、満腹ののんちゃんを寝かせてから私はガキさんに話を振った。
このところ、私の出産で慌しくて、全くと言って良いほどガキさんの話を聞いていなかったから。
「ん。なんも。あぁたまに小川先輩とお昼するかな。」
「そう、やっぱりね。」
「なに?やっぱりって。」
「さぁ〜。」
ガキさんは気がついてないのかも知れない。
小川先輩への思いを。
「いい人、だよね。小川先輩。」
「うん。いい人。あの笑顔見てると和むんだよねぇ。」
「そうなんだ。」
「ん。フニャって感じ。なんか、ゆったりって感じで落ち着くんだわ。」
「そっか、そっか。ついにガキさんも。」
「ん?ついにって?」
「ん?いやいや。」
「なによぉ。」
「いやいや?」
「なに、笑ってるのよぉ。」ってガキさんが私の腕をたたく。
「ガキさん好き、何だよ。」
「はっ?えっ?」
「小川さんを好きなんだよ。ん〜。必要としてるんだって。」
- 589 名前:Comparison_信じる少女と不器用な女 投稿日:2006/09/16(土) 23:57
- ********************************
- 590 名前:Comparison_信じる少女と不器用な女 投稿日:2006/09/16(土) 23:58
-
亀が微笑みながらなにやらとてつもないことを言ってる。
あぁ、全く、子供産んだからってちょっと私のこと子供扱いとかしてない?
大丈夫?
私だってね、自分のことよく知ってるんだから。
自分の気持ちくらいねぇ〜
わか・・・ってる?
あれ?
好きなのか?
「がきさーん。おーい。」
「あっ、ん?なに?」
「黙らないでよ。」
「あぁごめん、考えてた。」
「自分の気持ち?」
「気持ちっていうか、なんていうか。」
「なによぉ。」
「ん〜。あ・・・。」
私、自分のことわかってるつもりで分かってない?
「小川さんはガキさんにとってなに?お友達?」
「ん〜。子供のころ、遊んでもらった・・・」
お友達じゃない・・・嫌だな。
沢山いるお友達の1人なのは・・・
ちょっとは特別でいたい・・・
いたい?
あれ?
- 591 名前:Comparison_信じる少女と不器用な女 投稿日:2006/09/16(土) 23:58
- 「ねぇ。亀、私、好き?なの?小川先輩のこと。」
「絵里に聞かれてもwからないよ。ガキさんじゃないんだから。」
「うん。知ってる。」
「おーい。自分で聞いたんじゃんか。」
「うん。まぁ、うん。オーケー分かった。この話はここでやめておこう。」
なんか・・・怖いから。
気がつかない方がいいのかも・・・
そんな考えが過ぎった。
「そう、それより、明日は私、夕方まで大学だから。保田さんと居てね。」
「うん。ごめんね。迷惑かけちゃって。」
「いいの、好きでやってるんだから。気にしないでよ。」
「うん。ありがと。」
見えない亀はまだ、言葉を持たないのんちゃんの全てを把握することは出来ない。
亀が出来ないことは支えてあげる。
そのために、みんな亀の側にいるんだよ。
亀の幸せを、のんちゃんの幸せを願って
それは、亀の何かが皆をそうさせてるんだと思う。
- 592 名前:clover 投稿日:2006/09/17(日) 00:09
- 本日の更新以上です。
>>562-591 Comparison 信じる少女と不器用な女(後篇)
少しずつ話が進みだした感じでしょうか。
自分の中ではもうそろそろ終盤って思ってます。
もうしばらくお付き合いください。
>>559 :名無し作家 様
レス有り難うございます。
>私も書く人なのですが、cloverさんの作品が大好きでずっと拝見させて頂いてます。
>毎回、どうなるのだろう…とドキドキしながら読ませてもらってます。
有り難うございます。こうして、レスまでもらえて光栄です。
>最後まで素晴らしい作品を書き続けてくださいね!
>どこまでもついていきます!w
ご期待に応えられるように頑張ります。
いやぁホント頑張ります。
宜しくです。
>>560 :通りすがり様
レスありがとうございます。
>なんか…寂しいですね。私は美貴ちゃんにも幸せになってほしいんですが、無理なんでしょうか。
ん〜。どうでしょう・・・(^。^;;
>亀ちゃんやよっちゃんは想って想えるからいいけど、美貴ちゃんは想うだけですもんね。
「想う」にも色々あると思うので・・・今、藤本さんには小川さんがいるかなって・・・
>続き楽しみです。頑張ってください。
有り難うございます。
最後まで宜しくお付き合いください。
>>561 :ももんが 様
レス有り難うございます。
>よっちゃんがついに行動を起こしましたね。
ん〜。そう・・・ですね。(曖昧にしておこうw)
>亀ちゃんとガキさんのコンビがかなりのお気に入りです♪
>続きかなり気になってます!
有り難うございますwガキさんのキャラを何とか上手く行かしたいんですが
文才ない自分にいはかなり厳しく・・・
最後まで宜しくです。
- 593 名前:clover 投稿日:2006/09/17(日) 00:21
- 訂正
>>574
最後の
お願い、無事に・・・亀も子供も生まれてきて・・・
は削除し忘れました・・・忘れてください。
すみません。
- 594 名前:clover 投稿日:2006/09/17(日) 00:27
- 訂正2
>>583
誤:朝方、彼女の陣痛が始まったから病院に行きます。と携帯に連絡が入り僕は仕事が手につかず、ずっと彼女のことを思っていた。
正:朝方、彼女の陣痛が始まったから病院に行きます。と携帯に連絡が入り僕は何も手につかず、ずっと彼女のことを思っていた。
申し訳ありません・・・
- 595 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/09/17(日) 02:00
- 今日見つけて一気に読みました。
何度も泣きました。
早く寝ようと思ってたのにこの時間orz(笑)
でも、こんな作品に出会えて嬉しいです。
次回も期待しています。
- 596 名前:ももんが 投稿日:2006/09/17(日) 10:54
- 亀ちゃんの周りは何だか温かい雰囲気ですね。
ガキさんの恋?も気になるところです。
どうなるんだろうというドキドキでいっぱいです!
- 597 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/09/18(月) 11:28
- ミキティがかわいそうだなぁ
- 598 名前:Comparison_本当の僕等 投稿日:2006/09/24(日) 18:42
- 2月も間近に迫ったころ、久しぶりに吉澤の家から電話が入った。
週末親族で集まるから顔を出して欲しいという吉澤の母の言葉に、美貴は言葉を濁しながら自分はいけるがよっちゃんが・・・どうか分からないと伝えた。
無理やりにでも連れてきて欲しいという言葉に一応は返事をしたが当日にならないと連れて行けるかなんて分からない。
よっちゃんは・・・もうここに居ることにも意味を持たないと言い出し美貴ときちんと言葉を交わすこともしようとしなくなってる。
まことの言葉にもきちんとした返事は返していないようだった。
ただ、この家にいる。
他にいくところがないから・・・違うな。
行きたいところがあるのに、そこには行けないから。
よっちゃんは・・・壊れてしまったのだろうか。
「ねぇ。麻琴。」
「はい?」
モップで床を拭いてる麻琴は美貴には視線を向けずに返事だけをする。
「よっちゃんどうしたら治るかな。」
「亀井さんの元に行けば治ると思いますよ。」
「麻琴、ムカつくね。」
麻琴は美貴に視線を向けると困ったように微笑んでまたモップがけに専念する。
「美貴までおかしくなりそう・・・。」
「温かい飲み物用意しますね。」
アン君はすっかり大きくなってソファの上で大人しく目だけ動かして麻琴を追ったり美貴をみたり。
「アン君、持ち帰って正解だったな。1人でよっちゃんみてたら今ごろ美貴も狂ってたよ。」
「そうさせたのは美貴お嬢様本人じゃないですか。どうぞ。」
ティーカップを出しながら言う麻琴を睨んでみるが麻琴は知らん顔で向かいのアン君の隣に座った。
「あの子の子どもは順調に育ってるの?」
「えぇ。のんちゃん、可愛いですよ。よく笑う子で。」
麻琴は庭で花と話してるよっちゃんを寂しそうにみた。
美貴が・・・悪いって分かってるんだ。
でも、折角手に入れたよっちゃんを簡単には手放せない。
外であの子とあうことは許せても、離婚までは出来ない。
「旦那様も召し上がりますか?」
部屋に入ってきたよっちゃんに麻琴が言うとよっちゃんはニコッと笑って首を横に振ると二階に上がっていった。
- 599 名前:Comparison_本当の僕等 投稿日:2006/09/24(日) 18:43
- 「ちょっと・・・キツイ・・・。」
「新しいのに変えますね。」と冷めてしまったカップを下げようとした麻琴の手を掴んで隣に座らせた。
「どう、なさいました?」
「麻琴、好きな子いないんだったよね。」
悪戯心で麻琴の唇を奪おうとゆっくりと顔近づける。
クリクリした目を見開いて美貴をみている麻琴。
面白い。本当に奪う気なんてない。
ちょっと刺激が欲しいだけ、気分転換に・・・
「お姉ちゃん・・・」
悲しそうな麻琴の目と声・・・
思わず体が固まった。
「お姉ちゃん?何言ってるのよ。バーカ。冗談だよ。」
体を離してそう言うと麻琴はまだ悲しそうに美貴をみていた。
「お姉さん・・・なんですよ。僕、腹違いの。」
そう言ってカップを持ってキッチンに行ってしまった麻琴。
- 600 名前:Comparison_本当の僕等 投稿日:2006/09/24(日) 18:44
- 腹違い・・・
ホントに?
だから、幼いころから一緒に遊ぶことが許されてたの?
だから、大学まで行かせてるの?
「麻琴っ。」
「はい・・・。」
「ホント?」
何も言わずに湯気の立つカップを美貴の前に置き、またアン君の隣に座る麻琴。
「いつから、知ってたの。」
「高校にあがるときに・・・僕の父は知りません。母と藤本の旦那様が話しているのを偶然聞いてしまったんです。」
「そう・・・。まって、ならうちには男の子がいないから麻琴を認知すればよかったことじゃない。」
「奥様が嫌がられたと聞きました。」
なるほど・・・母が麻琴の母親を毛嫌いしている理由はそれか・・・
「ホントに弟なんだ・・・。」
「血縁だけです。僕は小川の子、ですから。」
言い切る麻琴。
でも、どこか辛そうに見えるのは気のせいだろうか・・・。
「それで、高校生になってから美貴と距離置いたんだ。」
「僕だって気持ちが、心がありますから。旦那様と同じように。」
「なんか美貴にはないみたいに聞こえるんだけど。」
「美貴お嬢様だってありますよ。だから、辛そうにも悲しそうにも見えます。」
「辛いよ。悲しいよ。よっちゃんに話しかけたって、笑顔は返ってくるけど目の前にいる美貴をみてないんだから、もう、1ヶ月以上、言葉を交わしてないんだから。」
毎日のように顔を出す麻琴だって知っていることを美貴は言った。
麻琴にしか言えないから・・・
- 601 名前:Comparison_本当の僕等 投稿日:2006/09/24(日) 18:45
- 「よっちゃん異常だよ・・・」
弟だと告白された麻琴に・・・美貴は溜まっていたものを吐き出した。
「元々、心はなかったけど、今は意識までない・・・どうして、こんなになっちゃったんだろう。」
麻琴は悲しそうに美貴をみていた。
「それが、旦那様の亀井さんへの愛なんですよ。折角出合って愛し合ってお互いを必要としてる二人を引き離したりしたらいけない・・・諦めることも、必要です。決してそれは恥ずかしいことじゃない。」
「よっちゃんが、あの子が諦めればいい。」
子供みたいなこと言ってる・・・
でも、そうすれば、静かに終わるのに。
「生花は・・・いつか枯れるんです。」
庭を見ながら当たり前のことを言う麻琴。
「咲きたいと思いながら諦めて枯れていく。造花は違う・・・薄汚れてもずっと咲き続ける、誰に見向きもされなくても枯れずに咲き続ける・・・諦めた生花はまた蕾をつけて美しい花を咲かせます。あの二人は一緒にいることを諦めました。それでもまた咲こうとしてる・・・お嬢様はまだ、蕾すら持ってない。1人では花は咲かせることなんて出来ませんよ。」
麻琴の言葉は美貴を造花だと・・・
美貴とよっちゃんは造花だと・・・
そういっているのだろう。
- 602 名前:Comparison_本当の僕等 投稿日:2006/09/24(日) 18:45
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- 603 名前:Comparison_本当の僕等 投稿日:2006/09/24(日) 18:45
- 「造花でもいいよ・・・美貴は。」
美貴お嬢様は寂しそうにそう呟いた。
半分は血の繋がった姉。
幸せになってもらいたいと願う。
旦那様を繋ぎとめることが幸せだとは思えない。
日に日に家の中で美貴お嬢様は孤独になっていく。
僕が認知されていれば・・・
お嬢様はお姉さんは・・・もう少しは自由が与えられていたかもしれない。
幼いころから気が強かったから、きっともう引っ込みがつかなくなっているのではないか・・・そんな風に思ったけど、違うかもしれない。
まだ、何か二人にはあっるのかもしれない。
- 604 名前:Comparison_本当の僕等 投稿日:2006/09/24(日) 18:46
- 夕食の支度をしてから僕は藤本の家をあとに亀井さんの家に向かった。
里沙お嬢さんが月に何度か渡してくれるのんちゃんの成長期ビデオ。
僕はそれをこっそり旦那様に渡している。
旦那様のことを話したら、自分たちにできるのはこれくらいだと里沙お嬢さんが提案してきた。旦那様は純粋でとても弱い・・・いや弱いのではない。
自分の存在の意味を常に必要としているんだ。
それが、無いと生きていけないと思ってしまうほど。
自分の存在の意味を必要としているのだろう。
- 605 名前:Comparison_本当の僕等 投稿日:2006/09/24(日) 18:46
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- 606 名前:Comparison_本当の僕等 投稿日:2006/09/24(日) 18:46
- 吉澤さんがまともに言葉を交わさなくなったと小川先輩から耳にした。
亀に小川先輩が好きなんじゃないかと言われて意識しないはずがない。それでも、先輩の前で何食わぬ顔をしている。ひとつ言えば、吉澤さんの話を聞くという名目で一緒に食事をすることが多くなった、と言っても私がコンビニの袋をぶら下げて小川先輩の元へ向かうのだ。
「のんちゃん、おねむかなぁ。」
夕飯の仕度をしながら後ろから聞こえてくる亀の声に目を向けた。
「くずってるの?」
「んー。ちょっと。」
「もう直ぐ、小川先輩くるけど可愛そうだから寝かしたら?」
「うん。そうだね。」
亀は慣れたようにのんちゃんをベビーベッドに寝かせるとお腹をポンポンと撫でだした。
休めていた手を再び動かして3人分の夕飯が出来上がったのと同時に小川先輩の声が聞こえてきた。
「こんばんわぁ。小川です。」
「はーい。」
亀の部屋、だけど私が答えて出迎える。
ドアを開けると満面の笑みの小川先輩がいた。
「丁度、夕飯できたところ、どうぞ。って亀の家だけど。」
「おじゃまします。これ、頼まれていた、オムツともろもろです。」
「ありがとう。」
オムツとかのんちゃんの離乳食とかって結構重くて1人で買いに行くのは大変でいつもこうして小川先輩が買って持ってきてくれるからとても助かる。
「こんばんは。亀井さん。」
「いらっしゃーい。のんちゃん寝ちゃったの今。」
小川先輩は「そっか。」と小声で呟くとベッドを覗いて笑みを零す。
「かわいいなぁ。」
そういいながらすやすや眠るのんちゃんの頬をツンと突いた。
「どっちに似てます?」
「ん〜。目は吉澤さん。でも口元は亀井さんですかね。」
「えへへ、ちゃんと二人の子って分かるな。それなら。」
嬉しそうに笑う亀を小川先輩も「そうですね。」と笑みを浮かべて応えると私の元へやってきた。
「お手伝いさせてください。」
「良いです。お客さんは座ってて、それに、ここではお嬢さんじゃないから。」
小川先輩は「はい。」と笑って亀の向かいに腰を降ろした。
- 607 名前:Comparison_本当の僕等 投稿日:2006/09/24(日) 18:47
- やっぱり、好きなのかな・・・
好き、なんだろうな。
先輩の笑った顔とか見てると安心とかしちゃうんだもんな。
料理をテーブルにならべながら小川先輩の横顔を盗み見てしまう。
美味しいといって食べてくれるとなんだかくすぐったくて恥ずかしい。
のんちゃんはいい子で夜泣きはめったにしない。
よく寝て、よく食べて、亀を困らせたりしないいい子。
いろんな人に抱かれてるから普段もあまり泣いたりしない。
亀を見てニコニコしているのんちゃん。
性格は亀に似ているのかも。
「あぁー。わぁ。」
のんちゃんが目を覚ましたらしく声を出すと亀は直ぐにベッドに寄り抱き上げる。
- 608 名前:Comparison_本当の僕等 投稿日:2006/09/24(日) 18:47
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- 609 名前:Comparison_本当の僕等 投稿日:2006/09/24(日) 18:47
- 小川さんが週に何度かうちに来るようになった。
昼間来るときもあるし今日のように夕方来るときもある。
ガキさんはやっぱり好き、なのだと思う。
だって、声で分かる。いつも以上に機嫌がいいから。
「のんちゃんどうしたの?」
小川さんの声にのんちゃんが「あぁ、あぅ。」って声を出す。
喜んでるのかな。小川さんに懐いてるし。
「抱いて良いですか?」
「うん。」
「のんちゃんおいでぇ。」
私の腕からのんちゃんの重みが消えていく。
「のんちゃん、笑ってる。小川先輩の顔変だもんねぇ。笑っちゃうよね。」
「ちょっと、里沙お嬢さん、変って何ですか。」
「変なもんは変だもんねぇ。のんちゃん。」
「いいですよ。変でも。のんちゃん笑ってくれるなら。喜んで変な顔しますから。」
「あぁ。のんちゃん。このおじちゃんいじけてるんだよ。」
「おじちゃんって。」
「おじちゃんだもんねぇ。のんちゃん。」
そんなやり取りが聞こえてくる。
いいコンビ。お似合いだと思う反面、ちょっと羨ましい。
私も、吉澤さんと赤ちゃんののんちゃんを囲んであんなふうに言葉を交わしたかったな。
小川さんは買い物をして来てくれたりのんちゃんの面倒を見に来てくれたり・・・
そう言ってきてくれているけど私は知ってるんだ。
ガキさんが撮ってるのんちゃんの成長期のDVDを小川さんに渡してること。
きっとそれは吉澤さんに渡ってるんだと思う。
二人の優しさだけど・・・
藤本さんはいい気はしないんじゃないかな・・・
どうしてるかな・・・吉澤さん
頑張ってるかな・・・
迎えにきてくれるかどうかなんて不安はない。
嘘、なんてつく人じゃないから。
小川さんは吉澤さんのことをここではあまり話さない。
ガキさんには話してるのかも知れないけど
ガキさんも私には話さない
自分で決めたこと、吉澤さんが既婚者である限り会わないって・・・
のんちゃんの育児に追われている今、それでもやっぱり吉澤さんのことは常に気になってしまう。
気がつくとまだ、言葉の分からないのんちゃんにパパの話をしている自分に気がついて1人笑ってしまうことが良くある。
- 610 名前:Comparison_本当の僕等 投稿日:2006/09/24(日) 18:48
- 「あれ、しー。したかな?」
小川さんの言葉に私は直ぐに新しいオムツの用意をした。
「のんちゃんおいでぇ。」
手を出すとのんちゃんの重みが戻ってくる。
タオルケットを手で確認してからのんちゃんを寝かせてオムツを取り替えた。
「さすが、慣れてますね。お母さんは凄いや。」
「出来ることはしたいから。してあげられないことも多いし・・・。」
のんちゃんが大きくなって・・・
例えば、あれが欲しいと指差されても・・・
例えば、運動会で走ってる姿をみてと言われても・・・
例えば、髪を結って欲しいと言われても・・・
例えば、ママの似顔絵を書いたよてと言われても・・・
例えば、どっちの服が似合うかと尋ねられても・・・
私は応えてあげられない
のんちゃんが成長していく中で・・・
些細なことでも不便を感じさせてしまうんだろう
ごめんね、出来の悪いママで・・・
オムツを替えたのんちゃんを抱き上げて抱きしめた。
「亀、どうした?」
「ん?」
「涙・・・。」
ガキさんの手の温もりが頬から感じる。
あれ私、泣いちゃってた・・・
- 611 名前:Comparison_本当の僕等 投稿日:2006/09/24(日) 18:48
- 「不安・・・になるんだ。のんちゃんがさ。絵里の目が見えてないって理解したときのこと考えたり、絵里が見えないからのんちゃんに負担かけたりするんじゃないかって。」
腕の中ののんちゃんの手が私の頬に触れる。
その小さな小さな手をぎゅっと握って願ってしまう。
どうか、幸せになって欲しいと
「亀、あんたねぇ。」
ため息混じりのガキさんの声。
「なに?」
「吉澤さんに触れただけで気持ち分かるんだからのんちゃんのことだって分かるでしょ。」
「うん。」
今、のんちゃんが凄い穏やかな感じがしてるよ。
「のんちゃんは亀に抱かれてる時が一番、よく笑って幸せそうだよ。ね、小川先輩。」
「はい。僕がいくら変な顔したって敵いませんよ。」
二人はホントにお似合いでホントに優しい。
私が笑うとのんちゃんが「きゃぁ。」って笑い声を漏らした。
- 612 名前:Comparison_本当の僕等 投稿日:2006/09/24(日) 18:48
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- 613 名前:clover 投稿日:2006/09/24(日) 18:50
- スレがいっぱいになってきたので途中だけど次のスレッドに移ります
その前に先に訂正
>>598
誤: 2月も間近に迫ったころ、久しぶりに吉澤の家から電話が入った。
正: 12月も間近に迫ったころ、久しぶりに吉澤の家から電話が入った。
です。
- 614 名前:clover 投稿日:2006/09/24(日) 18:55
- 同じ板に新スレ立てましたので、宜しくお願いします。
Comparison
ttp://m-seek.net/cgi-bin/test/read.cgi/mirage/1159091691/
- 615 名前:clover 投稿日:2006/09/24(日) 20:00
-
>>595 :名無飼育さん 様
レスありがとうございます。
>今日見つけて一気に読みました。
>何度も泣きました。
どうもです。嬉しいです。
>でも、こんな作品に出会えて嬉しいです。
>次回も期待しています。
そんな風に言ってもらえて嬉しいけど恥ずかしいですw
次レスもよろしくです。
>>596 :ももんが 様
レスありがとうございます。
>亀ちゃんの周りは何だか温かい雰囲気ですね。
そうですねぇ。
次レスでも宜しくお願いします。
>>597 :名無飼育さん 様
レス有り難うございます。
>ミキティがかわいそうだなぁ
もうしわけないっすw
- 616 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/18(水) 00:13
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