続・がきさんみきさんのenjoy!学生生活

1 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/07/08(土) 20:39
同板の続き
2 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/07/08(土) 20:40
「なんか賑やかになったねぇ」

「ですね。朝から凄い疲れますよ」

「はは、がきさんも大変だねぇ。しかしよっちゃんと亜弥ちゃんは妙に仲良しだよね。なんでたろ」

「えっ?知らないんですか?」

「何が?」

「え?あ、あー、えーと、んー、そう、そうそう、あの二人家が近いんですよ」

「ほぉ、そうなんだ」

藤本はふんふんと頷く。
知らなかったんだ。松浦さんが吉澤さんの従姉妹だってこと。知らないで好きになってたんだ。凄いな。
藤本はよっちゃん馬鹿だよねだとか亜弥ちゃん可愛いよねだとか言いながら笑う。
藤本が楽しそうに話すので新垣も楽しくなって笑った。
二人は話をしながらゆっくり歩く。
そして校門をくぐった。
3 名前:―放課後の図書館とおっぱい薬の秘密― 投稿日:2006/07/08(土) 20:41
放課後。
昨夜決めた通り新垣は図書館にきていた。
生徒の姿は疎らで今日もとても静かだ。
昨日後藤に教えてもらった掲示板で場所を確認すると静かに歩いた。

アレ、おかしいな。
場所はちゃんと確認したはずなのに。
ここはどこ?
そしてなぜ、私の目の前には

「あれ、がきさんじゃん」

なぜ吉澤さんがいる。

二度目の入館を果たした図書館でまたしても迷ってしまった新垣。
昨日は横文字のタイトルばかりがずらりと並んだ本棚の奥で後藤に出会った。
今日も今日で目に入ってくるのは横文字ばかり。
なぜ吉澤さんがこんなところに。

「がきさん本なんか読むんだ?」

あ、もっさんと同じ事言いやがったよこの人。
てゆーか二人とも私を馬鹿にしすぎだ!言っておきますけど貴方達だって相当馬鹿なんだ。
吉澤さんだって英語読めるのかよ。
4 名前:―放課後の図書館とおっぱい薬の秘密― 投稿日:2006/07/08(土) 20:41
「本ぐらい読みます。吉澤さんは何してるんですか?」

「お前見て分からないの?」

吉澤はどこか馬鹿にしたように言うと手にしていた本を見せた。
・・・うん、分からないよ。
だって私英語読めないもん。
つーか、ホント分からない。
何?吉澤さんは英語が分かるの?

「・・・何してるんですか?」

「おーぅ、がきさん見て分からなかったのかい?吉澤さんは本を読んでいるのだよ」

「英語の本を?」

「・・・う〜ん、正確に言うと見てるんだな。ホラ、これだ」

吉澤は持っていた本を開いて見せた。
そこには外国の奇抜なイラストや写真やらが喧しく踊っていた。
活字は全くと言っていいぐらいに無かった。
ほら、吉澤さんが英語なんて読める訳が無いんだ。

「そんなの見てどーするんですか?」

「こらっ、そんなのって言わないの。どーするもこーするも、吉澤さんは今お勉強中だからどっか行ってなさい」
5 名前:―放課後の図書館とおっぱい薬の秘密― 投稿日:2006/07/08(土) 20:42
吉澤は眉を顰めるとしっしと追い払う仕草をする。
お勉強。そうか、この人は進学した時のために勉強していると言っていた。
それなら邪魔しちゃいけないな。
新垣はおとなしく引き下がろうとして思い出した。
自分は迷っていたんだ。

「吉澤さん吉澤さん」

「なんだよ、どっか行きなさいと言っただろう。悪いけど今は構ってあげらんないの」

「いえ、どっか行きたいのはやまやまなんですがそれがその・・・」

「なんだ、そんなに私の事が好きか?」

「いえ、それはないです」

なんでこの人はこうもアホなんだ。
迷ってるなんて口が裂けても言えないや。自力で何とかしよう。
新垣はくるりと背を向けて歩き出した。
すると少しも進まないうちに背後から声がした。

「おー、ごっちん」
6 名前:―放課後の図書館とおっぱい薬の秘密― 投稿日:2006/07/08(土) 20:42
ごっちん?
新垣の耳が敏感に反応して、振り向いた。

「何してんのよしこ」

吉澤の後ろに見覚えのある栗色の頭。
後藤がいた。
今来た道を引き返す。
吉澤が怪訝な表情を浮かべて見てくる。気にしない。
やがて後藤が顔を上げて目が合った。
ふにゃりと笑う。

「がきさん」

「どーも、ごとーさん」

新垣は軽く頭を下げた。
後藤と新垣の間に挟まれて吉澤は訳が分からないと言った風に肩を竦めてみせた。



7 名前:―放課後の図書館とおっぱい薬の秘密― 投稿日:2006/07/08(土) 20:43
「んあ、やっぱりがきさんは来てくれると思ったよ。想定内だね」

「はぁ、そうなんですか」

新垣と後藤は吉澤と別れホールの隅の方の席に腰を下ろしていた。
吉澤と別れて歩いている時に後藤は小さな声で「また迷ってたでしょ?」と聞いてきた。
嘘を吐いてもしょうがないので正直に答えると後藤はやっぱりと言って笑った。
なんとなくがきさんが迷ってる気がしたからふらふら歩いてたらよしこ(後藤は吉澤の事をこう呼んでいるらしかった)
を見つけてがきさんを見つけたんだ。後藤は自慢気に言った。
そして二人はホールへ出て隅の方の席に着いた。

「なんで私がくると思ったんですか?」

「ん?色々聞いたでしょう、みきちーから」

「え?まぁ、聞きましたねぇ」

「ごとーに会いたくなったでしょう?」

「ん〜、そうですね、会って、話してみたくなりました」

「ほら、ごとーの予想通り。想定内だね」

後藤はニンマリと笑った。
そして身を乗り出して聞いてくる。
8 名前:―放課後の図書館とおっぱい薬の秘密― 投稿日:2006/07/08(土) 20:44
「何、聞きたい?」

聞きたい事は沢山ある。
新垣は色々と迷ったが率直な疑問をぶつけてみた。

「おっぱい薬ってなんですか?」

「ほぅ、ストレートないい質問だねぇ」

後藤は乗り出していた身を引くと椅子に深く座り直し手を組んだ。
そして勿体ぶった口調で口を開く。

「おっぱい薬とは・・・」

「とは?」

「・・・おっぱい薬だ」

「だからそのおっぱい薬って何なんですか!?」

「コラコラ、図書館では静にしなさい」

「あ、すみません」

「ん、気をつけるよーに」

「はい。じゃなくて、何なんですかおっぱい薬って」

「だからぁ、おっぱいの薬だって」

「それが訳分んないんですよ」

「なんでだよぅ、みきちー見てたら分るでしょ?」

「つまり、おっぱいを大きくする薬って事ですか?」
9 名前:―放課後の図書館とおっぱい薬の秘密― 投稿日:2006/07/08(土) 20:44
後藤は満足そうに笑って大きく頷いた。
困ったように眉根を寄せていた新垣はその皺を更に深くする。

「それ、本当に効果あるんですか?」

だってもっさんは大分前からおっぱい薬って口にしてるけどちっとも変わって無い。
大きくなる様子は更々無い。
本当に効果あるの?本物なんですか?

「なんだ、がきさんも欲しいの?」

「いや、いりませんけど・・・本当に効果あるのかな?って。だって」

「ああ、みきちーならもう無理だよ」

「・・・は?」

「残念ながらみきちーのおっぱいはあれ以上大きくならないんだ」

ちょっと待て、何を言っているんだこの先輩は。
もっさんは無理?おっぱいはこれ以上大きくならない?
じゃあもっさんは一生貧乳のままだって言うのか!?
そんなのあんまりじゃないか。

「で、でもその薬はおっぱい大きくさせるんですよね?」

「え?そーだよ、見てみ?ごとーのおっぱい」
10 名前:―放課後の図書館とおっぱい薬の秘密― 投稿日:2006/07/08(土) 20:45
あ、デカ。おっぱいデケー!
後藤はわざわざ立ち上がって胸を見せつけてくる。
今気付いたけど凄い巨乳じゃん、ごとーさん。吉澤さんが好きそうなおっぱいだ。
てか待って、薬で?薬で大きくしたの?

「えっと、それは薬で?」

「ん〜・・・ほんのちょこっとだけね」

後藤は片目をつぶってみせた。
ほんのちょこっとってどれくらいだろう。
後藤の胸はとても立派だ。

「効果があるのは分かりました。でもなんでもっさんのおっぱいは無理なんですか?」

「何でって言われてもなぁ。医学的に無理だね。どうしても大きくしたいならシリコン入れなきゃ」

もっさん!医学的に無理だって!
どう足掻いても無理だって!未来のお医者さんに断言されちゃったよ!
後藤はニコニコ笑いながら残酷な言葉を吐く。
新垣は悲しくなった。
もっさん、ごめんなさい。
私が軽々しく二十歳までは成長するなんて言ったばっかりに。
無理なんですって。もう成長しないんですって。
薬飲んでもダメなんですって。
薬飲んでもダメ?
11 名前:―放課後の図書館とおっぱい薬の秘密― 投稿日:2006/07/08(土) 20:46
「あ、え?薬飲んでも意味ないんですよね?じゃあなんでもっさんに薬作ってあげてるんですか?」

「え?実験。ごとーの趣味だよ」

うわぁ、なんていい笑顔でサラッと毒を吐く人だ。
実験って。趣味って。もっさんは一応人間なんですよ?
吉澤さんに恋してて、おっぱい大きくなりたくて一生懸命なのに。
そんなもっさんの気持ちを!

「まぁ趣味と言うかぁ、でもごとーなりに応援してんのよ?みきちーの事」

「え?」

「だってよしこはおっぱい星人でしょ?そんなよしこのおっぱいレーダーにみきちーが引っ掛かる訳ないじゃん」

うん、確かにそうだけどさっきからズバズバ言い過ぎだと思います!

「みきちーはおっぱい大きくなりたいのに、もう成長しないから諦めななんて言うのは可哀相でしょう?
だからごとーはおっぱい薬を作ってあげるの。大きくなってるように思い込ませるの」
12 名前:―放課後の図書館とおっぱい薬の秘密― 投稿日:2006/07/08(土) 20:46
優しいんだか優しくないんだか。
それでも後藤の顔は真剣だったので、優しさのベクトルが違う方に向かって行ってるだけなんだ。と新垣は思うことにした。
もっさんのお友達だもん、頭が良いからまともだなんて思っちゃいけない。
ごとーさんも変な人だ。

「今また新しいの作ってるんだ〜。あ、がきさんも欲しい?」

欲しい!
って言いたいけど、もっさん一人残しておっぱい大きくなっちゃうのはなぁ。
なんだかいけないような気がする。

「あ、私は結構です。もっさんにあげてください」

「んぁ、がきさんは優しーね」

貴方もね。
ちょっと違う気もするけどね。

「他に聞きたい事はない?」

後藤はニコニコ笑っている。
新垣は顔を上げて、小さいけれどはっきりとした声で聞いた。

「また、会いにきていいですか?」

「おぅ、うぇるかむうぇるかむ!」

後藤はグッと親指を立てた。
「それじゃあまた」と挨拶をして新垣は図書館を後にした。
13 名前:―放課後の図書館とおっぱい薬の秘密― 投稿日:2006/07/08(土) 20:46
夜。

「今日もまた後藤さんに会いましたよ」

「また会ったの?何、がきさんごっちんのストーカーしてんの?」

「ストーカーなんてしません!」

新垣の部屋。藤本は今晩も相変わらず運動に励む。
医学的に成長は無理。
今日の放課後、数時間前に言われた言葉だ。新垣は心が重くなる。
何も知らない藤本は目をキラキラさせて近い未来の巨乳を目指して一心不乱にエクササイズに励んでいる。
新垣は少し泣きそうになった。

「ごっちんと何か話した?」

体を動かしながら藤本が聞いてくる。
なるべくそちらを見ないように努力した。

「話しましたよ」

「何を?」

「えーと・・・」
14 名前:―放課後の図書館とおっぱい薬の秘密― 投稿日:2006/07/08(土) 20:47
もっさんのおっぱいは一生貧乳のままだとか、
おっぱい薬、本当は効果あるんだけどもっさんには効かないとか、
もっさんはごとーさんの実験、趣味に使われてるだけだとか、
ごとーさんの巨乳はちょこっとだけ薬が入ってるとか、

「また新しい薬作ってるんですって」

「マジか!そうか、そうだよなぁ、なんかここ最近効きが悪いような気がしてたんだよ、今の薬」

うん、それは今の薬っていうか今までの薬全部ね。
効きが悪いというより全く効果はないからね。
大きくなってる!っていうのは全部もっさんの思い込みだからね。
可哀相だね。でも知ったら知ったでもっと可哀相だから、今のままでいいよね。
私本当の事言わないからね。優しい嘘つきになるよ。

「なんか今作ってるヤツは今まで以上に効果あるみたいですよ?」

「おほ〜、さすがごっちん!一ヶ月後には巨乳だわ!」

果てしなく長い一ヶ月になりそうですね。
目をキラキラさせて嬉しそうにはしゃぐ藤本を見て、新垣の目にはうっすらと光るものがあった。
15 名前:―放課後の図書館とおっぱい薬の秘密― 投稿日:2006/07/08(土) 20:48
「がきさん、おっぱい大きくなった?」

「うんうん、いい感じ!その調子です!」

「んはは、ごっちんのおかげだ」

いや、それはどうだろう。
藤本は自分の胸を優しく撫でると「おやすみがきさん」と、窓から出ていった。
藤本の姿が消え、新垣はベッドに寝転んだ。コツン。
伸ばした腕の先に何かが当たった。拾い上げて見てみる。
あ、おっぱい薬。
新垣の手の中には昨日藤本が見せてくれた茶色の小瓶、おっぱい薬があった。
藤本が落としていったのだろう。
部屋はすぐ隣りだ。窓ガラスをノックすれば彼女はすぐにでも顔を出す。
16 名前:―放課後の図書館とおっぱい薬の秘密― 投稿日:2006/07/08(土) 20:48
だが新垣の体は窓へは向かなかった。
机の引き出しを開けてその奥にそっとしまう。
もっさんには効果が無い。だけど私だったらどうだろう。
せっかくごとーさんが作ってくれたんだもの、有効活用しなきゃね。
一年後、おっぱいが成長してなかったらお世話になろう。それまで大事に取っておこう。
できるなら使わない方向で行きたいけど。
引き出しを閉じて再びベッドに寝転んだ。
そこまで大きくならなくてもいいけどせめてもっさん以上くらいにはなりますように。
本当にいるかどうかは分らないおっぱい神にお祈りをして新垣は目を閉じた。
隣りの部屋から藤本の規則正しい掛け声が微かに聞こえていた。
17 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/07/08(土) 20:48


―放課後の図書館とおっぱい薬―


18 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/07/08(土) 20:51
以上。

次回から最終話の予定
前スレでレスくれた人ありがとうございました。
引き続き読んでいただけたら嬉しいです。
19 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/07/10(月) 20:51
がんばれ!!
もっさんおっぱい
20 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/07/19(水) 22:31
がんばれもっさん!負けるなもっぱい!
21 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/07/22(土) 02:06


―がきさんみきさんのenjoy!学生生活―




22 名前:―がきさんみきさんのenjoy!学生生活― 投稿日:2006/07/22(土) 02:07
季節はもう初冬。二学期の期末テストが終わりもうすぐ冬休み。
テスト前になると図書館で勉強をするんだ。
という親友である加護亜依ぼんにつられる形で図書館へ行ったはいいものの、
結局勉強など一切せずに迎えてしまったテスト本番。結果は散々だった。
だが新垣はそれ程落ち込んではいなかった。
テストは散々だったが新しい出会いがあったのだ。三年生のごとーさん。図書館で出会った。
図書館へ行ったはいいが勉強などせずに、新しく知り合った後藤とずっと話に花を咲かせていたのだ。
この後藤という人がとんでもなく頭の良い人で、なんでも大学の医学部に進学する事が既に決まっているらしい。
一度新垣が後藤に期末テストのために勉強をしなくてもいいのか?と聞いた事がある。
すると後藤はテストの五分前に教科書パラパラ見たら大抵出来るからと笑ったのだ。
23 名前:―がきさんみきさんのenjoy!学生生活― 投稿日:2006/07/22(土) 02:08
新垣には信じられなかったが、後藤の頭の良さは本物らしかった。
それほどまでに頭の良い後藤は藤本の親友でもあった。
藤本の友達である後藤は彼女のために『おっぱい薬』を作ってあげている。
頭は良いのだがその賢さを使う場所が少し間違っているんじゃないかと新垣は思うのだが、
後藤本人はたいして気にしていないようなので新垣もそこには触れない。

そんな頭は良いけど少しどこかおかしい後藤と仲良くなれたので新垣はテストの結果が散々でもあまり気にしていなかった。
今日までは。
いつものように授業を終え、図書館へよって後藤と少し喋る。
するといつの間にか吉澤がやってきて、何故か吉澤と一緒に帰ることになって学校を後にする。
吉澤とは途中で別れ、一人自宅へと帰路を歩く。
家へ辿り着き「ただいまー」とドアを開けたすぐだった。
母親が鬼の様な形相で立っていた。

「た、ただいま?」

「おかえり」
24 名前:―がきさんみきさんのenjoy!学生生活― 投稿日:2006/07/22(土) 02:09
母親は返事を返してくれたが明らかに怒っている。
なぜだ、何かしたかな?
寄り道も買い食いもしてないし、帰ってくるのちょっと遅かったかもだけど図書館よってただけだし何もしてないよ?

「里沙、お母さんは悲しいわ」

「は、何が?」

「アンタが馬鹿だって事はとうの昔から知っているの。もう分かりきっている事なのになんで隠そうとするの」

母親は悲しそうに言うと後ろに回していた手を出した。
・・・あ。
母の手には×印だらけの答案用紙が握られていた。
別に隠そうとしてた訳じゃないんだけどなぁ。
てか貴方実の娘にむかって馬鹿って。ちょっと酷いよ。
確かに馬鹿だけどお母さんには言われたくないよ。

「頭悪いのは知ってたけどまさかここまで酷いとはねぇ。誰に似たのかしら」

アンタだよ!若しくは父さんだ!
だって私貴方達の子供でしょ?それともどこかから拾ってきた子なの?
母親は悲しそうに言う。彼女の疲れてしまった様な顔を見て新垣は申し訳なく思ってしまった。でもどうしようもないよ。
25 名前:―がきさんみきさんのenjoy!学生生活― 投稿日:2006/07/22(土) 02:10
「アンタ今からこんな点数低くてちゃんと進路なんかは考えているの?」

母親は言う。
新垣は俯いてしまった。進路。なんか嫌な響きだ。
全く考えてないよ、だってまだ一年生だもん。

「一年生だからまだいいやなんて思ってると後で痛い目見るわよ」

母親は悪戯っぽく笑った。
新垣は笑い返したものの心をズバリと読まれて少し気まずかった。
母は気付かない様で、雰囲気をガラリと変えると優しく言った。

「さ、いつまでもそんな所に立っていないで中に入りなさい。すぐご飯にしましょう」

母に促され新垣は家の中へ入った。
その日の夕食は何故かいつもより心に染みた。
そして入浴を済ませ自分の部屋で寛ぐ。暫くすると鳴る窓ガラス。

「やぁがきさん、こんばんは」
26 名前:―がきさんみきさんのenjoy!学生生活― 投稿日:2006/07/22(土) 02:10
藤本がやってきた。
外はもう大分寒い。朝方や夜なんかは吐く息が白く見える。
それでも藤本は毎日のように窓から現れる。
新垣の部屋にきて何をするかと言えば大して意味のないバストアップエクササイズ。
なんで自分の部屋でしないんだろう。
新垣はいつも思うが別に迷惑ではないのでそのままにしている。
今夜も藤本は一人黙々と体を動かし続ける。新垣はそれをぼんやりと見ていた。

「がきさんどうした?今日はいつにも増して変だよ」

藤本の声で我に帰る。
一区切り付いたのか藤本はベッドの上で胡座をかいている。

「やぁ、別に何もないですよ・・・てか何ですかいつにも増してって。いつも私普通ですよ?」

「いーや、がきさんは普通じゃないよ。それに何もない事はないでしょう」

藤本は髪を掻き上げると妖艶な笑みを浮かべて言った。

「美貴さんに何でも話してみなさい?」
27 名前:―がきさんみきさんのenjoy!学生生活― 投稿日:2006/07/22(土) 02:11
凄くセクシーだけど胡座掻いてるから五十点マイナス。
新垣は観念したように溜め息を吐くと藤本の前に紙切れを広げた。
母から奪い返した答案用紙だ。
藤本の顔が一瞬笑い出しそうになったのは見なかった事にしておく。

「・・・お母さんにこんな点数で進路どうするのかって」

「は、ははぁ、確かにこりゃ大変だね」

藤本は笑いを堪えるかの様に明後日の方向を見ながら取り繕った言葉を吐く。
恥ずかしくなって答案用紙を回収し引き出しの奥の奥に突っ込む。
なんだよ、馬鹿にしやがって。

「で、でもさぁ、がきさんまだ一年生なんだし」

「そーゆー風に思ってると後で痛い目見るってお母さんが言いました」

「あ、あらそう」

会話が途切れて気まずくなった。
何だよ、進路進路って。馬鹿じゃないのか。
でもなぁ。
つい最近仲良くなった後藤は既に医学部へ進学が決まっているらしいし、
新垣の中でトップオブザバカの位置に君臨している吉澤だってもうすぐ芸術大学の推薦試験があるらしい。
大事な事なんだよなぁ。
28 名前:―がきさんみきさんのenjoy!学生生活― 投稿日:2006/07/22(土) 02:12
一年生だからいいやなんて言うけど三年生になるのなんてあっという間だもんなぁ。
三年生。
後藤と吉澤。後藤と吉澤?
・・・もっさん。
そうだ、そうだよ、目の前で寝転がってお腹掻いてるこの人も三年生だよ!
もっさんはどうなの!?もっさんの進路は?

「ああああのもっさん!!」

「何、いきなり五月蠅い」

「進路は!?」

「・・・面舵いっぱい?」

トップオブザバカは吉澤さんだけど次点はこの人だ。
ってそうじゃない。

「もっさんの進路は決まってるんですか!?」

「あー、そっちか」

藤本は面倒臭そうに呟くと体を起こした。
そしてベッドから降りてくる。
新垣の目の前で立つとニィッと笑った。

「ナーイショ」

口をポカンと開けて固まる新垣を残して藤本は自分の部屋へ帰って行ってしまった。
藤本の部屋の窓が閉まる音で新垣はようやく動き出す。
・・・内緒?
何が内緒?
進路が?進路が決まっているのかいないのかが内緒?
どっちだろう。
29 名前:―がきさんみきさんのenjoy!学生生活― 投稿日:2006/07/22(土) 02:12
決まっているのならもっさんの進路はどんなだろう。決まっていないのならもっさんはどんな進路を選ぶのだろう。
新垣は突然怖くなった。
三年生。進路。卒業。・・・別れ?
いやだいやだいやだいやだいやだいやだ!!
そんなのって嫌だ!
だって、今までずっと一緒だったんだ、これからだってずっと一緒だよね?
家は隣りだし離れ離れになんかならないよね?
どこか遠くに行っちゃうなんてないよね?
そうだ、吉澤さんも後藤さんもだ、遠くになんか行かないでしょう?
散々馬鹿だとかアホだとか言ってたけど私貴方達の事好きなんだよ、離れていったりなんかしないよね?
ずっと一緒にいたいよ!
突然悲しみが襲ってきて新垣にはどうしようもなかった。
嫌だ。卒業なんかしないで。
また来年もその次も一緒に学校行こうよ。
どんな馬鹿やったっていいから。一緒に遊んでよ。
大人にならないでよ。ピチピチの高校生でいてよ。
私を置いて行かないでよ。
悲しくなって新垣は泣いた。
静かにしゃくり上げて泣いた。
机の上の写真立ての中で藤本と吉澤と新垣の三人が笑っていた。
30 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/07/22(土) 02:14
>>19-20
もっさんのおっぱいはもう諦めるしかありません
レスどうもです

季節外れな話で申し訳
31 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/07/22(土) 19:29
更新乙ぱいです
乳の関西トリオはもう出ないのかな?
32 名前:―がきさんみきさんのenjoy!学生生活― 投稿日:2006/07/29(土) 00:17
「がきさんおは・・・どーしたのその目」

「あ゛ぁ゛、ぼっざん、おぁ゛どーございばず」

「それにその声。風邪引いた?」

「や゛、元気でず!!」

「いやいや明らかに元気じゃないでしょう」

藤本は困った様に笑う。
だが新垣は本当に元気だった。
目が真っ赤で腫れているのは昨晩泣いていたからで声が枯れているのもそのせいだ。
体調は至って良好だ。
「今日は休みなよ」という藤本の声を無視して新垣は先に立って歩く。
やがて諦めたのか藤本も歩き出す。数歩も行かない内に追いついて手にしていた鞄で新垣を殴る。

「美貴より先に歩くな!」

新垣を後ろに従え満足したのか藤本は笑みを浮かべる。
新垣も笑っていた。
昨日の夜、気付いたのだ。
隣りに藤本が越してきてから十年くらい。
初等部の頃から朝は二人一緒に登校していた。
33 名前:―がきさんみきさんのenjoy!学生生活― 投稿日:2006/07/29(土) 00:18
ところが、藤本が高等部の三年生になった今、朝一緒に通学できるのはもう数える程しかない。
その事実に新垣は昨日やっと気付いたのだ。だから決心した。
後数える程しかないこの貴重な通学時を大切にしようと。
心に刻んでおこうと。
だから新垣は藤本に殴られたのが嬉しかった。嬉しかったけれど、少し寂しくもあった。
だけど顔には出さなかった。笑っていた。

「ぼんじゅぅうう〜る!!さばびよ〜ん!?じゅってぇーむ!!」

「ひょぉっちゅわぁん!!」

「吉澤さん!!」

「やぁやぁボンジュールマドモアゼル達。今日も素敵な師走だね!」

いや意味が分からない。
突然大声を出して現れた吉澤に藤本は目をキラキラさせて飛び跳ねる。
いつもの光景だ。新垣はしっかりと目に焼き付けた。覚えておくんだ。

「ホワーイどうしたがきさん、真っ赤なおめめで見つめちゃって!ついに吉澤さんに惚れちゃったかい?」

「んふ、多分一生無いです」

新垣はニッコリ笑って斬り捨てた。
吉澤は大袈裟に肩を落としてみせた。藤本がその背中をバシバシ叩く。
34 名前:―がきさんみきさんのenjoy!学生生活― 投稿日:2006/07/29(土) 00:19

「大丈夫だよよっちゃん、美貴が惚れてるから」

「・・・」

「沈黙すな!!」

叩かれていた背中に蹴りが入る。吉澤は白目を剥いて倒れた。
あぁ御愁傷様。

「さ、がきさん行こう」

地べたにはいつくばる吉澤を残して藤本は先へ歩き出した。
白目を剥いて倒れている吉澤が心配だったが新垣は藤本の後を追った。
よくよく考えてみれば心配する事などないのだ。吉澤はおっぱい星人だった。
近くを巨乳が通ればすぐにでも復活するはずだ。いつ通るかは分かんないけどその内一人くらいは通るさ。
そうだ、心配なんてしなくていいんだよ。

「おいおい酷いじゃないか二人とも!ひーちゃんは悲しいぞ」

もうかよ!!
数歩も行かない内に吉澤の声が聞こえて新垣は振り向いた。
白い頬にアスファルトの跡をつけた吉澤とその後ろ。

「あれ、ごとーさん?」

「やほーがきさん」

吉澤を復活させた巨乳は後藤だった。
白いマフラーに顔を埋めニコニコ笑いながら手を振っている。
後藤の声に反応したのか藤本もやってきた。
35 名前:―がきさんみきさんのenjoy!学生生活― 投稿日:2006/07/29(土) 00:20

「あらごっちん、今日は早いね。いつもギリギリなのに」

「んぁ、今日はみきちーに渡したいものがあってね」

後藤と藤本が話している間に吉澤に聞くと、後藤はどうも朝が弱いらしくいつも授業ギリギリに登校しているらしかった。
彼女がこんな時間に登校しているのはとても珍しい事らしい。

「はい、コレ」

後藤は鞄をがさごそと漁ると何やら取り出して見せた。
あ、おっぱい薬。
後藤の手の中で茶色い小瓶がキラキラと太陽の光を反射させていた。
藤本はそれ以上に目をキラキラさせて感嘆の声を上げている。
新垣と吉澤は二人して目を見合わせると小さな声で囁いた。

「ミキティも馬鹿だよな」

「いい加減気付いてもよさそうなんですけどね」

「ごっちんも優しいんだか酷いんだか」

「まぁ二人とも楽しそうだからいいんじゃないですか?」

新垣の言葉通り、二人はとても楽しそうだった。
楽しそうだったけれど、だからこそそれを見て新垣は少し切なくなった。
後もう少しもしたらこんな楽しい風景も見れなくなるんだ。
36 名前:―がきさんみきさんのenjoy!学生生活― 投稿日:2006/07/29(土) 00:21
藤本も後藤も吉澤も皆三年生。
三人ともいなくなってしまう。その事を思って新垣は少し悲しかった。
やがて藤本と後藤が歩きだし、それに続いて吉澤と新垣も後を追う。
藤本は後藤と喋っている。きっとおっぱい薬についてトークしているんだろう。
新垣は隣りを歩く吉澤に話しかけた。

「吉澤さん」

「おぅ、なんだい?」

「ごとーさんはもう大学決まってるんですよね?」

「みたいだねぇ。さすがごっちんだよ。胸もよけりゃあ頭も良い。最高だね!」

「吉澤さんももうすぐ入試ですよね?」

「あぁガッデム!確かにそうだがその話は極力避けてもらいたいな」

「落ちたら恥ずかしいからですか?」

「ピュアな質問をストレートにするもんじゃないよ。・・・まぁ確かにがきさんの言う通りなんだけどな」

「あ、すみません。で、聞きたい事があるんですけど」

「どうしたがきさん、今日は朝からアクティブだな!いいぞ、何でも聞いてこい!」
37 名前:―がきさんみきさんのenjoy!学生生活― 投稿日:2006/07/29(土) 00:22
「もっさんはどうするんですか?」

「は?何を?」

「だからもっさんの進路ですよ」

「えーとそれは・・・」

先程までニヤニヤと笑っていた吉澤は不自然な笑みを顔に貼り付けて言葉を濁す。
何?何なの?何か知っているの?
新垣の背中を嫌な汗が伝った。
吉澤は奇妙な笑顔を貼り付けたまま言った。

「吉澤さんは何も知らないから直接ミキティに聞いたらどうかな?」

嘘だ。
この人は絶対に何か知っている。
吉澤と付き合っていく内に新垣には一つ気付いた事があった。
吉澤は嘘つきだ。そしてその嘘を吐くのがとても下手だ。
前までは分からなかったのだが、吉澤は嘘を吐く時必ずと言っていいほど口元を掻くのだ。
新垣はその事に気付いた。
そして今も吉澤の白く長い綺麗な指は口元にそっと添えられている。
吉澤さんは嘘を言っている。もっさんの進路を知っている。
ミキティに聞けなんて言われても内緒って言われちゃったもん。
38 名前:―がきさんみきさんのenjoy!学生生活― 投稿日:2006/07/29(土) 00:23
そこで疑問がまた生まれた。
何故教えてくれない。
確かに他人の口からは言えない事かも知れないがそれとなくぐらい教えてくれたって良いじゃないか。
何でよ。どうせいつかは知ってしまう事なんだし。
新垣は頬を膨らませたが吉澤は知らないふりをしてさっさと歩いて行ってしまった。
釈然としない思いを抱えながらも新垣は吉澤の後を追う。

「がきさん遅いよ、美貴が凍っちゃうだろ。寒死するぞさむし」

追いついた場所には藤本と後藤が二人並んで立ち、訳の分からない事を吠えている。
先に歩いて行ったのはもっさん達じゃないか。
思いが顔に表れたのか藤本はポケットに突っ込んでいた両手を出すと新垣の顔を挟む様にして叩いた。
只でさえ空気が冷たくてピリピリ痛いのになんて酷い事をするんだ。
新垣の目にうっすらと涙が浮かんだが藤本は一仕事終えて満足したのか大股で歩き出した。
吉澤がその後を追い、自然と後藤が隣りに来る。
後藤はほわほわ笑いながら眠そうな声で「目覚めの良い朝だねぇ」と言った。
後藤が楽しそうに言うので新垣は何とも言えない気持ちになってとりあえず笑っておいた。
39 名前:―がきさんみきさんのenjoy!学生生活― 投稿日:2006/07/29(土) 00:25
やがて先に歩いていた二人と合流し四人で校門をくぐる。
昇降口まで一緒に行って、そこから先は別々だ。
藤本と吉澤と後藤、三人と別れて新垣は一年生の教室が入る四階まで一気に駆け上がる。
乱れた息と服を直すと自分の教室へ入った。

「お、がきさん」

「おハローあいぼん」

片手を上げて挨拶を返したその先には親友の加護亜依ぼんがいた。
寒くなって厚着をしてくるようになったせいかいつも以上にボリューム感がある。
丸々とした加護はその体型よろしくコロコロ笑う。

「あはは、がきさんほっぺまっかっか!お猿さんみたいや」

加護に指摘され新垣は鞄の中から鏡を取り出し顔を写す。
わぁ酷い。
加護の言う通り、頬が赤く染まっている。きっと藤本に叩かれたからだ。
新垣は鏡をしまうとがっくり肩を落とした。
そんな新垣に加護が歩み寄って来て取り繕う様に言った。

「大丈夫、ほっぺ赤いがきさんも可愛いで?」

可愛いって言ってくれるのは嬉しいけどなぁ。頬が赤くなってしまった原因を考えるとこれは問題だよ。
40 名前:―がきさんみきさんのenjoy!学生生活― 投稿日:2006/07/29(土) 00:25
新垣は溜め息を一つ吐くと自分の席に腰を下ろした。
加護は怪訝そうな顔をしながらその前の席に座る。
新垣は昨日の夜から思っていた事を加護に聞いた。

「あいぼん」

「ん、何?」

「あいぼんさぁ、進路って、もう考えたりしてる?」

新垣の質問に加護はびっくりしたような顔をする。
けれど次の瞬間には嬉しそうな顔をして、背筋をピンと伸ばして言った。

「加護さんはなぁ、昔からなりたいものがあんねん」

「なりたいもの?」

「せや。生まれた時からずっとやで」

「ほぅ。で、何になりたいの?」

「・・・漫才師や」

加護は満面の笑みを浮かべて言った。
41 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/07/29(土) 00:31
>>31
乳ちゃうよ!華の!!!
色白ほんわかぽっちゃり系の加護亜依ぼんきましたよ。レスどうも
42 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/02(水) 20:51
更新乙ぱいぱい
がきさんナーバスになってますなあ
あいぼんその夢ってまさか乳の・・・いや華関で目指してるのか?
ヴィジュアル的にもすごそうw
43 名前:―がきさんみきさんのenjoy!学生生活― 投稿日:2006/08/06(日) 01:53
「・・・漫才師?」

「そう、漫才師」

「あいぼんお笑い芸人になりたいの?」

「シャラーップ!!馬鹿、ど阿呆!漫才師と芸人と一緒くたにしたらアカン!
なんでウチがあんな低俗なもんにならなアカンねん!ウチがなりたいんは漫才師や、漫・才・師!」

「は、はぁ」

顔を真っ赤にして怒鳴る加護を前に新垣は萎縮してしまった。
加護はもう何も目に入らないようで、漫才師と芸人の違いをくどくどと力説し始める。
新垣は時々相槌を打ちながら話を聞き流していた。
だって漫才師と芸人の違いって。
そんなもの聞かされても激しくどうでもいい。
一緒じゃないのかよ。一緒だったらダメなの?
チラリと加護を見てみるがどうやら一緒ではいけないらしく、手振り身振りまで加えて説明している。
新垣はそんな加護をぼんやりと見た。
あいぼんには夢がある。それがそのままあいぼんの進路になっているんだ。
そうか、夢か。
夢。私の夢はなんだろう。
44 名前:―がきさんみきさんのenjoy!学生生活― 投稿日:2006/08/06(日) 01:54
「・・・って事で漫才師と芸人には大きな違いがあるんや。分かったか?がきさん」

「あ?あぁ、そうだったの。で、あいぼんは漫才師になりたいんだね!」

「そーゆー事や」

加護は満足したのか、鼻から大きく息を出すと椅子に座った。
そして目をキラキラさせて聞いてくる。

「で、がきさんは何なん?」

「え?わ、私?」

「せや。がきさんは将来何になりたいん?」

加護はニコニコ笑いながら聞いてくる。
新垣は笑みを浮かべてそのまま固まってしまった。
将来。将来なりたいもの。
私は何になりたいの?

「え、えーと・・・まだ分からないや」

「なんやぁ、なんかなりたいものないん?お花屋さんとか水滴見つめる人とかさぁ」

うん、多分水滴見つめる人にはなりたくないよ。
なりたいものかぁ。なんなんだろう。
分からないよ。
45 名前:―がきさんみきさんのenjoy!学生生活― 投稿日:2006/08/06(日) 01:55
「別に焦らなくてもいいけどさ、早いとこ目標みたいなん持ってた方がいいと思うな」

「え?」

「だってさ、後からアレなりたい!思っても、簡単にはなれへんやろ?」

「はぁ、確かに」

「なりたいもんが見つからんくて適当なとこ就職してそのうち誰かと結婚して家ん中引っ込むなんてつまらんやん。
それでいい言う人もおるけどさ」

「あ、あぁ・・・」

「ウチはそんなん嫌や。やで卒業したら大阪行くんや」

「はぁ・・・って大阪!?」

「うん、大阪」

「何で!?」

「がきさんアホかいな、漫才言うたら大阪やろ。師匠見つけて弟子入りさせてもらうんや」

「あいぼんは大阪に行っちゃうの?」

「そんな顔せんでよ、今すぐの話じゃないんやで。まだまだ先の話よ?」

加護は笑う。
その笑顔がどこか大人びていて、いつものふわふわした加護とは少し違っていて変な感じがした。
新垣には言葉が無かった。
頭を何か重たいもので殴られたような衝撃があった。
46 名前:―がきさんみきさんのenjoy!学生生活― 投稿日:2006/08/06(日) 01:56
加護には夢がある。
夢のために自分の進む道も大雑把ながら決めている。
抜け駆けされたような気がしてショックだった。
てっきり「進路?ウチらまだ一年生やでぇ?」などと笑ってくれるものだと思っていたのに。
新垣には言葉が無かった。

「ま、漫才師になるっちゅーのがウチの夢やな。あ、進路とは少し違うか」

加護は笑って自分の席へ戻っていった。
初めは加護と自分だけしかいなかった教室だが今はもうその殆どの席が埋まっている。
新垣はクラスにいる全員を見渡した。
加護には夢がある。
今、この席についているクラスメイト達にも夢はあるのだろうか。
何かなりたいものはあるのだろうか。将来のビジョンを既に見ているのだろうか。
新垣は少し怖くなって下を向いた。何故か自分だけが取り残されているような気がしたのだ。
焦る事はないと加護は言った。
けれど自分には将来なりたいものも夢のようなものも全く無いのだ。何も見えない。
焦りたくもなる。どうしたらいいのだろう。

「新垣!」

「は、はい!」
47 名前:―がきさんみきさんのenjoy!学生生活― 投稿日:2006/08/06(日) 01:57
教師の声で我に返る。どうやら出席を取っていたらしい。いつの間に。
教師は怪訝な視線をチラリと送ってくるとまた出席簿に目を落とし出欠確認の作業に戻った。
先生。
そうか、先生だ。先生に相談するのはどうだろう。
先生、私夢が無いんです。
・・・だめだ、こんな事言えないよ、大して仲が良いわけでもない。
どうしたらいいだろう。
再び遠い世界へ旅立っていってしまった新垣を教師が一度だけ見た。



「どないしたんがきさん、ぼーっとして」

「うん?ちょっと考え事をね・・・」

「あは、がきさんでも考え事とかあるんだ」

「む、失礼だな」

加護はケタケタと笑う。
授業が始まるまでの短い休み時間。加護は新垣の隣りにいた。
するとそこへ教室を出て行ったはずの教師がやってきた。

「新垣」

「は、はい?」

「お前今日どうしたんだ、元気ないぞ?顔も赤いし風邪か?」

「や、元気です!ちょっと考え事というか悩み事と言うか・・・」
48 名前:―がきさんみきさんのenjoy!学生生活― 投稿日:2006/08/06(日) 01:58
「なんだ、なら私に話したらいいじゃないか」

「・・・先生に?」

「そうだよ、お前知らないのか?私はハロモニ学園高等部の心の相談員だ」

新垣のクラスの担任教師―保田圭―は猫のような目をつり上げて笑った。
新垣と加護は互いに顔を見合わせて、同時に保田に視線を向ける。
心の相談員?なんだそりゃ、聞いた事もない。
加護も訳が分からないと言った顔をしている。

「今は時間がないから無理だけど放課後ならいつでもいいからな」

保田はそう言い残すと教室を出て行った。
その後姿をぼーっと見つめる。

「・・・心の相談員・・・」

新垣の頭の中で保田がニィッと笑った。

その後、授業を全て終え、放課後。
いつもなら新垣は図書館に向かているところだった。だが今日は違う。
新垣は今職員室の前にいた。
目の前では扉ががっつり閉められている。
その扉に腕を伸ばしては引っ込め、伸ばしては引っ込めを先程から延々と繰り返していた。
49 名前:―がきさんみきさんのenjoy!学生生活― 投稿日:2006/08/06(日) 01:58
どうも勇気がなかった。
別に悪い事をして呼び出されたわけでは無いし、普通に開けて入ればいいのだがどうも出来なかった。
もういいや、また今度にしよう。
新垣は決めて、扉に背を向けた。その直後、背後で扉の開く音。
新垣は振り向いた。そして扉を開けた張本人と目が合う。

「・・・新垣?」

「あ・・・あは、ど〜も〜・・・」

ぎこちなく笑う新垣を目の前にして保田はキュッと笑った。

場所は移って職員室の奥の奥。保田はここを私の部屋と言った。
入る前にチラリと見た扉のプレートには手書きの文字で『ケメコ'sルーム〜care of your mind〜』と書かれてあった。
新垣はイスに座り保田が淹れてくれた紅茶を片手にして、職員室の前で突っ立っていた理由を話していた。

「ハハ、入りにくいか。それもそうだな」

保田は自分のためにコーヒーを淹れながら笑う。

「そうゆう時は外から大きな声でケメコ!って呼ぶと良い」

「・・・ケメコ?」

「そう、ケメコ。そうすればその2、3秒後には私が飛び出してくる」
50 名前:―がきさんみきさんのenjoy!学生生活― 投稿日:2006/08/06(日) 01:59
保田は振り向いてニカッと笑った。
新垣は想像してみた。叫べば飛び出してくる。この顔が。
・・・怖い。
新垣は曖昧に笑った。
保田はコーヒーを淹れたカップを手にして新垣の前に腰を下ろす。
そして一旦息を吐き、顔を上げる。
とても優しい顔だった。
そして口を開く。

「何でもいいよ、話してごらん」

保田はカップをテーブルに置いて手を組むと椅子に深く座り直した。
話してごらんと言われても。何から話せばいいのだろう。
新垣は俯いてしまった。
保田が口を開く。

「どんな相談でもいいんだぞ?お母さんの作る味噌汁が不味くて困ってるとか胸が大きくならないとか」

保田は楽しそうに言う。
お母さんの作る味噌汁は美味しい。おっぱいだって困ってない。
自分のよく知る人で困っている人はいるけれど。

「・・・胸が小さくて困ってるなんて悩み聞かされたんですか?」

新垣が顔を上げると保田は猫みたく笑った。
51 名前:―がきさんみきさんのenjoy!学生生活― 投稿日:2006/08/06(日) 02:00
「あったあった。おっぱいが成長しないんです!って。そう言えば新垣は藤本と家が隣りだったな、三年の」

新垣は驚いた。保田の口から藤本の名前が出て来たのだ。
それで何となく察しがついた。
保田は面白そうに笑っている。

「もしかしてその相談をしたのはもっさん、藤本さんなんですか?」

「・・・大当たりだ」

なんてこった。
もっさん面白すぎるよ。おっぱいが小さい事をそんなに悩んでいただなんて。
新垣は笑ってしまった。

「それで先生はなんてアドバイスしたんですか?」

「ん、私か?そうだな、なんて言ったっけ。誰かに揉んでもらえとでも言っといたような気がする」
52 名前:―がきさんみきさんのenjoy!学生生活― 投稿日:2006/08/06(日) 02:00
・・・まじかよ。
全然親身じゃないよ、適当過ぎるじゃん。
そんな人が心の相談員?新垣は不安を覚えた。
保田はそんな新垣に気付いたのか慌てて口を開く。

「まぁ、それは藤本だったからだよ、普段はもっとちゃんとしてるんだからね」

あらあら、可哀相なもっさん。
軽く咳をして保田はその場を取り繕った。
そして優しく笑って再び尋ねた。

「新垣は何を悩んでる?」
53 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/06(日) 02:02
>>42
レスどうもです
加護亜衣ぼんさんの夢については今回更新分を読んでいただければありがたいです
54 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/09(水) 01:41
ほんとにかわいそうなもっさんw
55 名前:―がきさんみきさんのenjoy!学生生活― 投稿日:2006/08/23(水) 00:06
保田に優しく尋ねられ、新垣は怖々と口を開いた。

「悩んでいると言うか・・・あ、一つ聞きたい事があるんですけど」

「ん?何が聞きたい?」

「その、進路って・・・進路というか将来何になりたいのかとか、そうゆうのってもう持ってた方がいいんですか?」

「・・・進路相談か」

保田はカップを手に取ると一口啜った。
そしてゆっくり口を開く。

「そうだね、目標が無いよりはあった方がいいに決まってる」

「あぁ、やっぱり・・・」

「でもだからってすぐに見つけた方がいいなんて言わないよ?だって無理でしょう」

「はぁ・・・」

「無理やり目標持って、それだけしか見なくなると自分が本当にやりたい、なりたいものを見落としちゃう」

「・・・」

「ん〜、新垣は何が好き?」

「え?」

「あー、何が好きと言うかそうだな、何をしているときが楽しい?」
56 名前:―がきさんみきさんのenjoy!学生生活― 投稿日:2006/08/23(水) 00:06
肩を落とす新垣に保田は軽く笑ってみせた。
何をしている時。
遊んでいる時は楽しい。
もっさんや吉澤さんと話している時だって楽しい。
でもこうゆう事じゃないよな。

「・・・よく分からないです」

保田は「そっか」と呟いて立ち上がった。
そして狭い部屋をゆっくり歩き回る。

やがて窓のそばで立ち止まって、新垣に振り向いた。

「よし、じゃあまずはチャレンジしてみよう」

「チャレンジ?」

「そう。チャレンジ、挑戦。いろんなものに手を出してみようか」

「いろんなもの?」

「そうだ。例えば絵を描いてみたり料理を作ってみたり水滴を見つめてみたり小さい子達と遊んでみたり色々だ」

・・・水滴?
57 名前:―がきさんみきさんのenjoy!学生生活― 投稿日:2006/08/23(水) 00:07
「色々やっていく内に分かるよ、自分がどんな事が好きだとかどんなものが向いてるとかね」

「はぁ、そうですかねぇ」

「なーに弱気になってんだお前は。私が言うんだから間違いない」

保田は豪快に笑った。
新垣の心の中から漠然とした不安が消え去って行くのが自分でも分かった。
目標はないけれど目標を見つけるための目標が出来た。光を見出だした気がしていた。

「先生!」

「お、どうしたいきなり」

「あの、ありがとうございました!」

「・・・お礼を言うのはまだ早いよ」

保田はそう言ったがその顔は嬉しそうに綻んでいた。
今日一日のもやもやが吹っ飛んで、新垣はさっぱりした。
最後にまた一礼して新垣は『ケメコ'sルーム〜care of your mind〜』を後にした。
58 名前:―がきさんみきさんのenjoy!学生生活― 投稿日:2006/08/23(水) 00:07
新垣は一人で帰路を辿っていた。そして思い出していた。
担任教師の保田。心の相談員。
思えば保田と話すなんて初めてだったかも知れない。
少しきつめの顔と凛とした口調は少なからず近寄りがたい、怖いといった印象を新垣に植え付けていた。
ところがどうだ、話してみれば怖いなんて事は全くなく、むしろ少しの親しみさえ湧いた程だ。
やっぱ、人は見掛けじゃないよなぁ。もっさん然り保田先生然り。
話してみれば楽しいよ。新垣は自然と口元が緩んでいた。
家に辿り着き母と顔を合わせた瞬間に「気持ち悪い」と言われたが全く気にしなかった。

夜。いつものように藤本がやってくる。
普段は藤本ばかりが話すのだが今日は違っていた。
藤本が部屋にやってくるなり新垣は口を開いた。

「もっさん、保田先生って知ってますか?」

「保田?あぁ、ケメちゃん?」

「ケメ・・・そうです」

「知ってるけど何かあった?」

「いや、別に何もないですけど」

「なんだいつまらんな」
59 名前:―がきさんみきさんのenjoy!学生生活― 投稿日:2006/08/23(水) 00:07
藤本は枕を投げてくるが新垣はそれを軽く躱す。
藤本の眉根に皺が寄った。
そして再び何かを投げてくる。タオルだ。
新垣はそれを顔面で受け止めた。汗の匂いが少しだけした。
綺麗にたたんで満足げな藤本に返す。タオルを受け取りながら彼女は口を開く。

「がきさんトコの担任ってケメちゃんじゃなかった?」

「そうですけど・・・それよりなんですか?ケメって」

「おいおいがきさん、自分トコの担任だろ?名前ぐらい知っててあげようよ」

「いや知ってますよ、保田圭先生でしょう?」

「おおちゃんと分かってるじゃん。そうだよ、だからケメコだよ」

いや意味が分からない。
藤本はベッドの上をごろごろ寝転がりながら楽しそうに笑う。

「そうだがきさん、ケメちゃんの部屋入った事ある?」

「あぁ、今日行きましたよ。それが何か?」

「ドアのとこにプレートあったっしょ?」

あぁ、確かにあった。
ちぐはぐな手書きの文字で書いてあったのが確かにあったけどそれがどうした?

「あれね、美貴達で書いたの」
60 名前:―がきさんみきさんのenjoy!学生生活― 投稿日:2006/08/23(水) 00:08
藤本は顔を上げて懐かしむ様に笑った。
美貴達。達?
新垣は首を傾げるが藤本は気付く事無く一人で喋り始める。
藤本が高等部に上がって、担任についたのが保田だった。
そのクラスには吉澤と後藤もいた。
三人はクラスの中でも外でもいろんな意味で問題児でちょくちょく保田に呼ばれていたらしい。
その頃の保田が在中していた部屋はきちんと『カウンセリングルーム』といったプレートが掲げてあった。
それが堅苦しくてつまらなくて三人で書き替えたそうだ。
それを見た当初保田は「ケメコって何なのよ!」と目をギラつかせて怒鳴ったのだが、
その内に気に入ったのだろうか、プレート部を綺麗に拭いたりたまに眺めてニヤついたりしていたらしい。

「あの部屋のドア、プレートの所だけ凄い綺麗だったでしょ?」

「あぁ、確かに」

元は白かったであろう扉は所々黒ずんでいたが、プレートだけは新品同様に真っ白だった。
保田が毎日のように手入れしていたせいなのだろうか。
磨き終えたプレートを眺めてニヤつく保田を想像して新垣は少しの吐き気を覚えた。
61 名前:―がきさんみきさんのenjoy!学生生活― 投稿日:2006/08/23(水) 00:09
「で、がきさんはなんでケメコルームなんか行ったの?」

寝転んでいたはずの藤本はいつのまにかベッドの上で胡座を掻いていた。

「あー、ちょっと悩み事があって・・・」

「あは、がきさんでも悩んだりするの?」

「む、失礼ですね、私だって悩みぐらいありますよ」

「冗談だって。で、何よ、がきさんの悩みって」

「まぁ・・・色々あるんですよ」

「お前生意気だな、美貴が聞いてるんだぞ?」

「うぅ。あー、えー、そのー、今後についてです。進路相談みたいな」

「・・・昨日の事気にしてたんだ?」

新垣は静かに頷いた。
藤本はつまらなさそうな顔で新垣を見つめるとやがて寝転んだ。
足をバタバタさせて音を出す。その間から声が聞こえてくる。

「つまんない。これマジでつまんない。がきさんバカじゃないの。信じらんない」
62 名前:―がきさんみきさんのenjoy!学生生活― 投稿日:2006/08/23(水) 00:09
藤本は確かにそう言っている。不満そうな声で。
新垣には分からなかった。
なぜそんな事を言われるのか。なぜ彼女は不満そうなのか。
新垣には分からなかった。
やがて藤本はベッドの上で暴れるのをやめると起き上がって再び胡座を掻いた。

「がきさん」

「は、はい?」

「がきさんは美貴の事を好きと言いました」

「はぁ、言いましたねぇ」

「美貴の進路を教えて上げようか?」

「え?」

「知りたいのか知りたくないのかどっちだ」

藤本はいつになく真面目な声で言う。
その顔は苦虫を噛み潰したような、どこか苦しそうな顔だった。
新垣は困ってしまった。
63 名前:―がきさんみきさんのenjoy!学生生活― 投稿日:2006/08/23(水) 00:10
知りたいのか知りたくないのかと聞かれればそれは知りたい。
だけど知ってしまったらどうなるだろう。
もし遠くへ行ってしまう様な道だったら。あまり知りたくない。
だって寂しいじゃないか。離れ離れになってしまうその日までどうやって過ごせと。
だけどそれならばもしかして事前に知っていた方がいいかもしれない。
突然別れてしまうより、心の準備をしておいて、それから離れて行く方がいいのかも知れない。
だけどそれもどうだろう。
新垣は困ってしまった。
考えて考えて、黙り込んでしまった。
藤本はそんな新垣に痺れを切らしたのか、何かを諦めたように息を吐くと自ら口を開いた。


「美貴ね、北海道行くんだ」


低くて少し小さいけれど凛とした藤本の言葉。
その言葉は静かな新垣の部屋にぽんと放り出された。



64 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/23(水) 00:11
>>54
どうにかしてあげてください

レスどうもでした
65 名前:―がきさんみきさんのenjoy!学生生活― 投稿日:2006/08/28(月) 19:10
頭の中が真っ白だった。いや、真っ白もなかった。
頭の中の一斉洗浄を行った後かのように何もなかった。
やがてその空っぽな何も無い空間に『北海道』と言うフレーズがトンと降りてくる。
そこで初めて新垣の思考回路にスイッチが入る。
北海道。ほっかいどう。
日本の北辺りにあるでっかい菱型。寒い所。食べ物が美味しい所。
藤本家が新垣家の隣りに越してくるまで住んでいた所。
『美貴ね、北海道行くんだ』


「・・・北海道・・・」

「・・・は、でっかいどー?」

新垣の小さな呟きに藤本はクスクス笑ってギャグを返した。
藤本は笑っていたが新垣にはなぜ藤本が笑っているのかが分からなかった。
普通に面白くもないし、なぜこのような時に笑っていられるのかと少しイライラした。
しかしその苛つきも一瞬で、もう次の瞬間には新たな感情が新垣を支配していた。
パニックだ。
なぜ。何で。どうしてどうして。
66 名前:―がきさんみきさんのenjoy!学生生活― 投稿日:2006/08/28(月) 19:11
新垣の思いは声にはならなかった。だがそれは藤本に聞こえていたらしい。
咄々と、けれどどこか楽しそうに藤本は喋った。
その言葉はふわふわと軽くて、藤本の今の表情のように楽しく弾んでいた。

「美貴のじーじがね、あ、じーじってのはおじいちゃんね、じいちゃん。
で、そのじーじは物凄くでっかい牧場を持ってるんだ。OK牧場じゃないちゃんとした牧場だよ?ほんとデカいんだ」

藤本はまるで新しい玩具を手に入れた子供のように目をキラキラさせて腕を広げた。
そしてバフっとベッドに倒れると満悦そうに鼻から息を出して目を閉じた。

「広い草原に牛やら馬やらを放牧してんだ。じーじは酪農家なんだよ。そう、羊もいるよ」

目を閉じたその瞼にはきっと懐かしい景色が映っているのだろう。藤本は笑っていた。
だが新垣には何も見えない。だから、笑えない。
藤本の口から紡ぎ出される言葉がズシンズシンと音を立てて頭の中に落ちてくる。
重たくて、痛い。
67 名前:―がきさんみきさんのenjoy!学生生活― 投稿日:2006/08/28(月) 19:12
「じーじは凄く元気だったんだけどちょっと前に体壊しちゃってさ」

「ずっと一人でやってきたんだけどそれが難しくなっちゃって、お父さんが手伝う事になった」

「がきさんは動物好き?」

「美貴は好きだよ。だから美貴も手伝う事にした」

「美貴達は、北海道に行くよ。正確に言えば、北海道に帰る。かな」

藤本の言葉はぼんやりと聞こえて、でも確かな重さを持っていてそれは新垣の頭の中で響いた。
あっちへこっちへぶつかってドスンドスンと重なっていく。
頭が痛い。
新垣は夢でも見ているんじゃないかと思った。そうだ、これは夢だ。
だっておかしいじゃないか。
じーじが牧場?そんな話一度だって聞いた事はない。
それに藤本に進路を尋ねた時彼女は内緒と言った。それがこんなベラベラと自ら喋る訳ないじゃないか。
彼女はずっと近くにいてくれるような気がしていた。それがなんだ、北海道?そんな所へ行く訳がないじゃないか。
おかしい、おかしすぎるよ。
これは夢だよ。夢だ。
あぁ、でも。
68 名前:―がきさんみきさんのenjoy!学生生活― 投稿日:2006/08/28(月) 19:13
夢だと思う自分がいるという事はこれは現実。
彼女が話す言葉は本物だし彼女がここを離れて遠い北の地へ行ってしまう事も現実だ。
確かに、何年か前の夏休みには藤本家一家揃ってその北の地へ帰省していた事もあった。
あぁ、神様。こんなのってないよ。
自分が親しくしている中で新たな道を歩み出すのは三人。
よりにもよってその中で一番親しい人の道が一番最悪のパターンだなんて。
こんなのってないよ。

「・・・だからがきさんは今は進路なんて考えるより美貴といっぱい遊べ。もうあんま時間ないんだぞ?バカ」

藤本の言葉が頭の中でぐわんぐわんと歪ながら響く。
何がバカだ、バカはもっさんだ。バカ、大バカだ。
時間が無い?そんなの知るかバカ。それは貴方の勝手じゃないか。
何で私は貴方の都合に振り回されなきゃいけないんだ。
バカはもっさんだ。

「と、まぁ、そうゆう事でよろしく頼むよお豆」
69 名前:―がきさんみきさんのenjoy!学生生活― 投稿日:2006/08/28(月) 19:14
藤本はベッドから降りてくると新垣の肩をポンと叩いた。
白い歯を見せて楽しげに笑う。
叩かれた肩が熱い。笑顔が眩しくて、目に染みる。痛いよ。
―笑え、笑え。
新垣里沙は笑う。
ああ、胃が痛い。

「それじゃあおやすみ、がきさん」

藤本は言いたいだけ言うとこちらが口を開く隙も与えずに部屋を出ていってしまった。
彼女が二つの部屋の窓を通り、自分の部屋のカーテンを閉めて、姿が見えなくなっても新垣は笑っていた。
笑顔をその顔に張り付けて、藤本が跨いでいった窓をずっと見ていた。
そしてやおら立ち上がると窓に鍵を掛け、カーテンを閉めて電気を消してベッドの中に潜り込んだ。
布団の中で丸く小さくなり膝を抱えて親指の爪をガチガチと噛む。
70 名前:―がきさんみきさんのenjoy!学生生活― 投稿日:2006/08/28(月) 19:14
ガチガチ、ガチガチ。
―ああ、明日の1限目は何だったっけ。数学?嫌だな。
ガチガチ
―そう言えばもっさん、おっぱい大きくなった?って聞いてこなかった。
ガチガチ
―明日の朝の吉澤さんはどんな挨拶だろう。後藤さんはいるのかな?
ガチガチ
―松浦さんはいるのだろうか。あぁ、何だか胃が痛い。
ガチガチ
―もっさんは北海道に行ってしまう。

―もっさんはここからいなくなる。

―もっさんと離れ離れ。


私はそれが嫌だ。


71 名前:―がきさんみきさんのenjoy!学生生活― 投稿日:2006/08/28(月) 19:15


いつの間にか新垣は眠ってしまっていた。
翌朝目が覚めた時、その体は昨晩ベッドに入った時の格好と少しも違っていなくて、体を伸ばすとその節々が痛んだ。
最近は一段と冷え込みがキツい。パジャマの上にジャージを羽織ると階下へ降りて食卓につく。
顔をあわせた母親は怪訝な視線を新垣に浴びせ、「泣いていたの?」と聞いてきた。
泣いていた?私が?何故。
母の言葉で洗面所へ向かい、鏡を見る。
そこに写っていたのはとても悲惨な事になっている自分の顔だった。
それで初めて新垣は昨晩自分が泣いていたという事に気が付いた。
昨晩私は泣いた。泣いていたのだ。
何故。
鏡に写る自分を見つめながらボーッと立っていると母親の声が聞こえてきた。

「里沙、遅刻しちゃうわ。学校、どうするの?」

学校。学校。
ああ、あいぼん。
なぜか急に親友のほわほわした笑顔が無性に見たくなって、豊満とは言えない胸を掴んだ。
あぁ、あいぼん。
72 名前:―がきさんみきさんのenjoy!学生生活― 投稿日:2006/08/28(月) 19:15
「どうするの?」

再び声が聞こえてくる。
新垣はかぶりを振った。
洗面台に両手を付き、力無く頭を垂れる。
胸に妙なむかつきを覚えて口を開いてみるが吐ける物は何もなく、仕方なく水を飲んで吐き気を押さえ込んだ。

「・・・今日は、休む」

洗面台の小さな排水口の穴を見つめながら言った。
一瞬、全ての時が止まったような沈黙が降りてきて、そしてそれは母親の「そう」という小さな呟きによって破られた。
新垣は顔を上げて再び鏡を見た。
瞼をこれでもかと言わんばかりに腫らして、どこか疲れたようにも見える自分自身の姿。
鏡に腕を伸ばして写っている自分をなぞってみる。
73 名前:―がきさんみきさんのenjoy!学生生活― 投稿日:2006/08/28(月) 19:16

『おお、ラストサムライだカッコいい』

ボサボサに跳ねた前髪をなぞる。

『痛かったでしょう、これはお仕置』

顎をなぞる。

『いい加減にしろ馬鹿がき!』

おでこをなぞる。

『美貴のチュウじゃ不満か?』

唇をなぞる。

『おっぱい、大きくなった?』

胸、心臓の辺りをなぞる。

不意に視界がぼやけてきて新垣は腕を下ろした。
鏡に映る自分はその両目から涙を流していた。
鼻の奥がドクドクと脈打ち、熱くなってくる。頭がガンガン鳴って、痛い。
服の袖で乱暴に涙を拭うと階段を駆け上がって自分の部屋の扉を開く。
開け放したままの扉をそのままに、ベッドにダイブすると顔を枕に押しつけた。
74 名前:―がきさんみきさんのenjoy!学生生活― 投稿日:2006/08/28(月) 19:17

冬という季節は不思議なもので、何故か静かだ。それが朝なら尚更だ。
新垣の部屋はとても静かで、彼女自身音を出していなかったので、
その声は枕に顔を押しつけて耳を澄ましているいる新垣によく聞こえてきた。

『ごめんなさいね、どうも体調が優れないみたいで』

お母さんの声だ。何を言っているんだ、私の体調なら万全だよ。目が腫れているけどね。

『そうですか・・・分かりました。お大事にって、言っておいてください』

これは・・・これはもっさんの声だ。
その声の響きにはどこか落胆の色が見られる。
新垣の頭の中にはその光景がぼんやりと浮かんできた。
母はエプロンの上にフリースを羽織ってごめんなさいと申し訳なさそうに頭を下げる。
藤本はまるで気にしていないと言った風に顔の前で手をヒラヒラと振って快活に笑ってみせる。
笑って―そう、彼女なら笑っているはずだ。
新垣は起き上がって、家の前の道に面している窓のカーテンを少しだけ開いた。
75 名前:―がきさんみきさんのenjoy!学生生活― 投稿日:2006/08/28(月) 19:17
母の頭が見える。
母親は道路の中程まで出て、何かを見ている。見送っている。誰を?もっさんを。
新垣はカーテンを思い切り開けて母の視線が向けられている方を見た。
そこには、先程新垣の頭の中に浮かんできた快活に笑う藤本はいなかった。
そこにいたのは寒空の下、背を丸め体を小さくして一人トボトボと通学路を歩く寂しそうな後ろ姿だった。
新垣はカーテンを閉めた。開けたままになっていた扉も閉めた。
再びベッドに倒れ込み、枕に顔を押しつけた。
藤本の寂しそうな後ろ姿が脳裏に焼き付いて離れなかった。




76 名前:―がきさんみきさんのenjoy!学生生活― 投稿日:2006/09/01(金) 12:43



一時は部屋に籠り布団の中に入っていたが別に体調が悪いわけでは無いので、
数時間も経つと新垣はベッドを抜け出して階下へ降りた。
静かなリビングで、その姿にはおよそ似つかわしくない優雅な仕草でコーヒーを啜る母親の姿があった。

「あら」

母は小さな声を上げるとカップをテーブルに戻した。
一連の動作をぼんやりと見ていた新垣だが突然腹が鳴って我に返る。
母親は口の前に手を持ってくるとクスクス笑った。
少し恥ずかしくて俯いてしまった新垣だが、
やがて諦めたように顔を上げると悪戯を見つかってしまった子供のような、罰の悪そうな笑みを浮かべた。

「何か食べる物、ない?」

77 名前:―がきさんみきさんのenjoy!学生生活― 投稿日:2006/09/01(金) 12:44
「珍しいわぁ、アンタが病気でもないのに学校休むなんて。学校には風邪ひいたって連絡入れといたけど」

母親はコーヒーを止め、今は湯飲みに並々と注いだ緑茶を美味しそうに啜っている。
その向かいで新垣はシリアルとベーコンエッグ、レタスとシーチキンのサラダというなんとも洋風なメニューに口をつけていた。

「そうかな?」

フォークでサラダをつつきながら新垣は首を傾げる。
母親は笑ってうんうんと頷いた。
テーブルの上に戻した湯飲を両手で軽く包むとふぅと息を吐き、二、三度軽く頭を振った。
微妙に変わった空気を察知して新垣はシリアルを掬っていたスプーンを置いた。
母親は新垣のその一連の動作が終わるのを待っていたかのように、
テーブルにスプーンを置く小さなカチリという音を確認すると口を開いた。

「いつ言おうかって、ずっと悩んでたんだけど」

母はそこでコホンと小さな咳払いをすると、姿勢を正した。
母の真剣な姿勢に新垣もつい身構えてしまう。一体何を言い出すつもりなんだこの人は。
78 名前:―がきさんみきさんのenjoy!学生生活― 投稿日:2006/09/01(金) 12:44

「あんた、綺麗になったわ」

「・・・はぁ?」

「いやーほんとほんと。我が子ながら見とれちゃうわ。種が良かったのね!」

「・・・はぁあ?」

「どうしたの?最近。帰りも遅いし・・・もしかしてコレ?春が来た?」

母親は楽しそうにくっくっと肩を揺らしてコレ?と親指を立ててみせる。
新垣は無視して食事を続けることにした。
母親の言っている事は全くもって意味がプーだったし、それに何よりお腹が空いていたから。
再びガツガツと食し始める新垣を、母はどこか呆れたような笑みを浮かべて見つめながらお茶を啜った。
そして新垣は完食する。
それを待っていたかのようにして母は再び口を開いた。

「ねぇ、一つ話す事があるんだけど」

「何?」


「お隣りの藤本さん、北海道に帰るらしいわ」
79 名前:―がきさんみきさんのenjoy!学生生活― 投稿日:2006/09/01(金) 12:45
母親はそれを平然と言ってのけた。
新垣は「何?」と目を上げた格好のまま固まってしまった。
母親は気付かずにベラベラと喋る。
―藤本さんち、三月には引っ越すらしいわ。
―お祖父さんの体があまりよくないそうよ。
―今の仕事は辞めてお祖父さんの後を継ぐんだって。
―美貴ちゃんも一緒に行くそうよ。
あぁ、だから何?
何故それを私に話すの。
私に話したところでそれは何か意味があるの?
私に話して何か意見を求めているの?
そんな事無いよね、きっと貴方はただ話したいだけ。
ホームドラマの中に出てくるただの噂好きのおばさん達と何等変わりはない。
ああ、止めて止めて。聞きたくない。その口を閉じてよ。
80 名前:―がきさんみきさんのenjoy!学生生活― 投稿日:2006/09/01(金) 12:46

「―突然よねぇ。アンタ知ってた?」

「だから聞きたくないってば!!」

バン!とテーブルを乱暴に叩いて新垣は立ち上がった。
テーブルの上の食器はガチャンと耳障りな音を立て、立ち上がった弾みでイスは倒れた。
母は目を丸くして口をポカンと開けたまま固まっている。
だからその口を閉じてってば。

「その話、聞きたくない」

新垣はポツリと言うと倒れたイスを元に戻した。
そして空になった食器をシンクへ置くと「ごちそうさま」と力無く言い残し自室へ引き上げた。
新垣が階段を上るその足音を聞きながらリビングでは母親がまだ口を開けていた。

荒々しく自室の扉を閉め新垣は再びベッドに倒れた。
気分が悪かった。
頭の中がごちゃごちゃしていて、それはとてつもなく痛かったのだけれど、
考えて整理する事は到底無理な感じだったので放っておいて目を閉じた。
そしていつのまにか新垣は眠っていた。

81 名前:―がきさんみきさんのenjoy!学生生活― 投稿日:2006/09/01(金) 12:46

目を覚ました時部屋の中は明るくて、時計で時間を確認するともう昼過ぎだった。
机の上には携帯が置いてあり、ふとそれが目に付いた。
ベッドから抜け出して、携帯を手に取る。新着を告げるランプが点滅していた。
メールだ。
吉澤さん、松浦さん、あいぼん、後藤さん、もっさん。
未読メールを順繰りに開いて読む新垣の顔はどこか嬉しそう。
だがその嬉しそうな顔も最後、藤本からのメールを開いた瞬間に消え失せた。

『がきさん大丈夫?体元気?
がきさんと一緒に学校行くの後ちょっとしかないんだから風邪なんかひくなよ!
よっちゃん明日入試だって(*^艸^)』

はぁ。
はぁ、はぁ。
知らずに溜め息が出た。
なんだよ。
なんだよこのメール。
少しイライラして、それよりちょっと多い悲しさみたいなものが同時に沸き上がってきて携帯を閉じた。
携帯を机の上に戻して目を閉じる。
『がきさんと一緒に学校行くの後ちょっとしかない』
後ちょっと。
一緒に学校行く。
後ちょっとしかないんだから。
82 名前:―がきさんみきさんのenjoy!学生生活― 投稿日:2006/09/01(金) 12:47
あぁ、嫌だな。夢だったらいいのに。嘘だったら良いのに。
でも夢なんかじゃないし嘘なんかでもない。
私は今起きているし、母さんからも、もっさん本人からも自分のこの耳で北海道に行くという事を聞いている。
本当なんだ。嘘なんかじゃない。
あぁ、嫌だな。寂しいよ。悲しいよ。
だけどもっさんは楽しそうだった。嬉しそうだった。
自分とは正反対。何でよ。何で、何で。
ボサボサの頭をかきむしる。
楽しそうだったのはもっさんが決めた道だから。
嬉しそうだったのはそれをもっさんが楽しみにしているから。
私はそれが嬉しくないし楽しくない。ずっと一緒にいたい。
離れてしまうなんて嫌だよ。
ハハ、なんだ。私は相当もっさんの事が好きみたいだ。
笑えちゃうな。いや、泣けちゃうよ。
新垣は笑いながら泣いた。
その涙はとても綺麗で悲しくて、新垣の頬をコロコロ滑って手の甲にポタリポタリと幾つもの小さな水溜まりを作った。
83 名前:―がきさんみきさんのenjoy!学生生活― 投稿日:2006/09/01(金) 12:48

コン、コン、コン。
ノックする音が聞こえる。
窓?もっさん?
違う、今は昼。昼?夕方だ。携帯で時間を確認する。部屋の中は大分暗い。
音はまだ聞こえる。窓じゃない、ドアだ。お母さん?
ぼんやりする頭を左右に振って立ち上がる。
鳴り続けるドアを開くとそこには予想通り母の姿。

「・・・何?」

「なぁーにぃ、酷い声ねぇ。本当に風邪ひいちゃった?」

「ううん、そんな事ない。それより何か用?」

「え?あ、あぁ、そうだ、下に美貴ちゃん来てるんだけど」

母はまたしてもさらっと言ってのけた。そして新垣も再び固まってしまう。
全く、この人はつくづく私を固まらせる天才だ。

「・・・あぁ、そう」

何とかして絞り出した声は掠れていて、どこかのお爺ちゃんの様だった。
母親は苦笑して新垣の肩を小突く。

「変な子ねぇ。髪の毛だけ直した方がいいわ、見てらんない」
84 名前:―がきさんみきさんのenjoy!学生生活― 投稿日:2006/09/01(金) 12:48

母親はそれだけ言うとスタスタと階段を下りて行ってしまった。
あぁ、待って。
新垣が伸ばした腕は空しく宙を掴み、力無く降ろされた。
待ってよ、馬鹿。行かないでよ。
もっさんに会わなきゃいけないじゃないか。
会いたくなんかないよ。
ううん、嘘だ。会いたい。会って話してってしたいよ。
でもだけど、今は嫌だよ。
だってきっともっさんはまたあの話をする。
そんな話聞きたくないもの。してほしくないんだもの。
あぁ、嫌だよ嫌だ。
どうしたらいいんだ。

「やぁがきさん、こんにちわ」

耳に入ってきた声で顔を上げた視線の先。
ヒラヒラと手を振って嬉しそうに笑う藤本の姿があった。
85 名前:―がきさんみきさんのenjoy!学生生活― 投稿日:2006/09/01(金) 12:49

「もっ・・・もっさん・・・」

「ハーイ、モッサンデース」

藤本はおどけてみせる。
新垣は水面の鯉の様にただ口をパクパクとさせ、その口からは言葉が出てこない。
そんな新垣を見て藤本は少し困った様に笑うとふぅと息を吐いた。

「部屋、お邪魔するよ?」

そう言うと新垣の了承を得ぬままズカズカと部屋に入ってくる。
新垣はドアの横で固まったまま、藤本の肩がぶつかっても黙ったまま突っ立っていた。
ほんのりいい香りがして、それは藤本の髪の毛だった。
振り返ると藤本は制服姿のままベッドの上に大の字になって寝そべっている。
あぁ、パンツ見えそう。
ぼんやり思いながら新垣は部屋の扉を閉めた。




86 名前:名無し飼育さん 投稿日:2006/09/02(土) 00:10
ドキドキしますね
どうなるのでしょうか 楽しみです
87 名前:―がきさんみきさんのenjoy!学生生活― 投稿日:2006/09/07(木) 18:39
部屋の中に二人きり。
いつもなら自然とどちらかの口が開き会話が弾むのだが、今、この空間には沈黙しかない。
藤本はベッドに寝たきりだし、新垣は新垣で自分の部屋なのに何故か居心地が悪くて大して乱れてもいない服をいじる。
どうしよう、どうしよう。
何かしよう。何したらいい?
呼吸しよう。
そうだ、まずは落ち着こう。
息を大きく吸って、吐いて、深呼吸。
スー、ハー。スー、ハー。

「がきさん何してんの?」

いつの間にか藤本はベッドの上で胡座をかいていて、怪訝な視線を向けていた。

「ぅえ?あー、深呼吸です」

「・・・変ながきさん」

藤本はつまらなさそうに言うとベッドをバシバシ叩いて新垣を呼んだ。

「がきさん突っ立ってないでココ座んなよ」
88 名前:―がきさんみきさんのenjoy!学生生活― 投稿日:2006/09/07(木) 18:40
いやいや、それ私のベッド。
ここ私の部屋。
まるで自分の部屋であるかの様に振る舞う藤本に言いたい事は沢山あったが、
取りあえずはおとなしく言う事を聞いて彼女の隣りに腰掛ける。
藤本は新垣のボサボサ頭を見て笑った。
そして跳ねた髪の毛を掌で弄びながら言う。

「おばさんがさ」

「はい?」

「おばさんが、がきさん風邪ひいちゃったんだって言ってたんだけど」

「はぁ」

「・・・嘘だよね」

新垣は髪の毛をいじられているまま俯いた。
チラリと横目で瞬間的に盗み見た藤本の顔にはどこか悲しそうな笑みが浮かんでいた。
だから新垣は一層深く顎を引いた。

「学校、行きたくなかった?」

藤本の声は何時になく優しい。
髪の毛を弄んでいたはずの掌も今はそっと新垣の頭を撫でている。
何故か泣きそうになって新垣はきつく目を瞑った。
こんなの。こんなの、もっさんじゃないよ。
一体どうしてしまったって言うんだ!
89 名前:―がきさんみきさんのenjoy!学生生活― 投稿日:2006/09/07(木) 18:41
「皆、心配してたよ。よっちゃんとか亜弥ちゃんとか」

藤本の手はまだ新垣の頭の上だ。
その手を退けてよ。
新垣は思うが声にならない思いは藤本には届かない。

「ごっちんもね、心配してた。一緒に帰ってきたんだけど、ごとーが診てあげようかぁ?だって。
お医者さん行くより安上がりだよーって言ってた」

藤本はクツクツ笑って言う。
それがとても耳障りだった。
何の前触れも無しに藤本の手を払い、立ち上がる。
藤本は目を見開いたまま固まって、その手は宙に浮いたままだ。
やがて所在無げに握ったり開いたりを繰り返して膝の上に落ち着かせた。
藤本は笑っていた。やはりどこか悲しそうに。
だけどそれだけだった。
悲しそうに微笑んで、ただ黙って新垣を見ているだけ。
新垣はそれがとても嫌だった。胸が苦しくて、大声で叫びたかった。
貴方は本当にもっさん?ミキティ?美貴ちゃん?藤本美貴さん?
90 名前:―がきさんみきさんのenjoy!学生生活― 投稿日:2006/09/07(木) 18:42
何で何もしないで笑っているの。それも悲しそうな笑顔で。
いつものもっさんなら違うよ、お前生意気だな!って殴ってくるよ?
急に立ち上がるな!って枕投げてくるよ?
ううん、その前に、もっさんはそんな顔で笑ったりなんかしない。
そんな優しさなんか簡単に見せたりしない。
頭だって優しく撫でたりなんかしない。
貴方は本当にもっさん?
新垣は頭の中でごちゃごちゃと考えるが、目の前にいるのは紛れも無く本物の藤本美貴嬢。
いつになく優しいが、少し鼻に掛かった可愛らしい声は藤本の物だし、何処と無く寂しげだが少しつり上がった綺麗な瞳も彼女の物だ。
それに何より全く無い胸が彼女自身が『貧乳のミキティ』である事を示している。
目の前にいるのは偽者なんかじゃない、本物の藤本美貴。
何だか悲しくて、それに加えて頭も痛くなってきた。

「・・・もっさん」

「ん、何?」

「何しにきたんですか?」

「・・・ん〜、何だろうねぇ」
91 名前:―がきさんみきさんのenjoy!学生生活― 投稿日:2006/09/07(木) 18:42
藤本はポリポリと頬を掻いた。
新垣はその答えを聞いて無性に腹が立って口を開きかけた。
体調が優れないので寝かせて下さい。と言うつもりだった。
だが新垣の口から言葉は出ずに、藤本がそのまま続けて口を開いた。
その口から出てきた言葉は新垣が最も聞きたくない言葉だった。

「がきさんと、お話がしたいと思って」

藤本はそう言って笑った。
新垣はそれを聞いて泣きたくなった。
ほら。やっぱり。
だから嫌だったんだ。今は会いたくないって言ったじゃないか。神様は意地悪だ。
92 名前:―がきさんみきさんのenjoy!学生生活― 投稿日:2006/09/07(木) 18:43

「・・・私は」

「ん?何?」

「私は、お話したくないです」

「・・・あら」

藤本は歌う様に呟くと立ち上がった。
そして何やら悪戯気な笑みを浮かべる。次の瞬間新垣の世界がひっくり返った。
頭の中が真っ白になって、何もなくなった。

93 名前:―がきさんみきさんのenjoy!学生生活― 投稿日:2006/09/07(木) 18:44

目を開くと新垣は天井を見ていた。
背中に硬さと冷たさを感じる。そして藤本の顔が現れる。
その顔は無表情で藤本は自分を覗き込んでいる。
投げられたのだ。床に。彼女によって。
体を起こすと強かに打ったのだろう、背中がズキズキ痛かった。

「おはよ」

藤本は淡々と言った。
どうやら長い事意識を失っていたらしく、藤本は制服を着替えているし外は真っ暗だ。

「あ、おはよーございます」

新垣は怖々と言った。
藤本はそんな新垣を見て露骨に顔をしかめた。
枕に腕が伸びるのを目敏く見つけ、頭を庇う。
予想通り枕が飛んで来た。


「がきさんお前今凄いムカつく!」

94 名前:―がきさんみきさんのenjoy!学生生活― 投稿日:2006/09/07(木) 18:44

藤本は吠えた。
新垣はその声に驚いて飛んできた枕を正面にくらってしまった。
ボトリと落ちた真っ白な枕の向こうに立っている藤本。
その顔は奇妙に歪んでいる。
悔しそうな悲しそうな怒っている様な泣きそうな。泣きそう。
藤本が、泣きそうだ。

新垣は呼吸をする事も瞬きする事も全部忘れて藤本を見た。
きつく睨み付けている瞳に透明な液体がゆるゆると沸いて、
そしてそれは地球の重力に逆らう事無く、溢れるとほろりほろりと頬を滑って床に落ちた。
床に落ちた2、3の小さな水溜まり。
奇妙に顔を歪ませて瞳を潤ませる藤本。
その二つを交互に見やる。
藤本の瞳を真っ直ぐ見つめながら新垣は大きく息を吸った。


藤本が、泣いている。


「なんなんだよ。訳分かんないよ。美貴が何かしたかよ」

藤本は口を開くがその声にいつもの強さはない。声が震えている。
新垣は大きく息を吐く。
95 名前:―がきさんみきさんのenjoy!学生生活― 投稿日:2006/09/07(木) 18:45

「なんでそんな拒否んの。美貴の事、嫌いになった?」

藤本はもう、それはとても悲しそうに尋ねた。
声を出したいけれど声が出ない。
新垣は必死でふるふると左右に頭を振る。
藤本にはそれが見えているのかいないのか。

「・・・美貴が何したって言うんだよ」

小さく呟くと乱暴に腕で瞳を拭う。
新垣は黙ったままそれを見ていた。
藤本は、泣いている。

「もっさん」

藤本は俯いている。

「もっさん」

「・・・うるさい。聞こえてる。何よ」

藤本は俯いたまま両の手で顔を覆いその間から声を漏らす。
その声はどこか突き放したように冷たい。新垣は少し寂しかった。

「もっさんの事、嫌いなんかじゃないです」

「じゃあなんで拒否んの?」

「・・・私は・・・私は、もっさんの事が好きです。だから、だから・・・遠くに行って欲しくない」
96 名前:―がきさんみきさんのenjoy!学生生活― 投稿日:2006/09/07(木) 18:46
喋りながら自分が泣いているのが分かった。うへぇ、カッコわるい。
泣くなよバカヤロウ、止まれ止まれ。お前なんて大嫌いだ。
それでも涙は止まらないし、止まるどころかどんどん溢れてくるし、だから新垣は俯いてしまった。

「・・・がきさん?」

藤本の声が聞こえる。
けれど自分の泣き顔を見せたくなかった新垣は俯いたまま。
俯いたままで小さく深呼吸する。

「がきさん?」

再び声が聞こえるがこれも無視。
だからこんな顔見せらんないんだってぶぁハベッ!!!

「無視すんな!」

目を開くと右手にクッションを掴み嬉しそうに笑う藤本がいた。
あれ?殴られた?私殴られた。なんで?
てかもっさん、笑ってる。キモいぐらいに笑ってる。どうして?さっきまで泣いてたのに。

「んふー!!がきさん可愛いなぁお前!」
97 名前:―がきさんみきさんのenjoy!学生生活― 投稿日:2006/09/07(木) 18:47
藤本ははしゃぐ様に言うと顔をくしゃくしゃにして笑う。
腕が伸びてくる。また殴られるかと身構えるがそんな新垣を無視して藤本の腕は新垣の頭をワシャワシャと掻き回す。
なんだ、何がどうなってる!?
頭がおかしくなってしまったの?

「も、もっさん!」

「なんだいがきさん!」

「あの、やめてください!」

「んはー!!やだっ!!」

藤本は言うとそのまま新垣を掴みベッドの上に投げた。
投げられた勢いで弾んだ新垣の体の上に藤本が飛び込んでくる。

「ぐぇ」

ヘンテコな声を出して新垣は潰れた。
ベッドのスプリングがギシギシ言う音と藤本の楽しそうな笑い声がなんだかとても嬉しかった。





98 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/09/07(木) 18:47
>>86
レスどうもです
99 名前:―がきさんみきさんのenjoy!学生生活― 投稿日:2006/09/13(水) 23:29
ベッドの上で全身を揉みくちゃにされて15分。
疲れたのだろうか、藤本はようやく新垣の上から退いた。
藤本は疲れている様に見えたが新垣はそれ以上に疲れていた。
もう声も出ない。ベッドの上で俯せになりただ呼吸を繰り返すだけ。
その姿は見るも無惨だ。
今にも死んでしまいそうな新垣だがそれとは正反対に、
つい先程まではとても悲しそうだった藤本が今はとても楽しそうだ。水を得た魚の様に。
藤本は軽く息を上げながら楽しそうに笑う。

「んふー、がきさんったら全く素直じゃないんだから!」

そう言ってベッドに倒れている新垣のキュートなお尻をべしべしと叩く。
いやんばかんそこはやめて。
新垣は疲れきった頭でぼんやり思うが藤本は叩く事を止めない。
その内調子づいて新垣の二つの山をまるで太鼓か何かの様にリズムをつけて叩き出した。
ああ腫れちゃうよ。ニホンザルもびっくり仰天のレッドヒップ見参しちゃうよ。
想像するとおかしくて新垣は力無く笑った。
あはは、あへへ。
100 名前:―がきさんみきさんのenjoy!学生生活― 投稿日:2006/09/13(水) 23:30
「がきさんキモい」

突っ込ミキティは今日も健在。
海賊王もびっくりな勢いで腕を伸ばすと新垣のぼさぼさ頭をはたいた。
そしてしんみりと笑って叩いた頭を優しく撫でる。

「がきさんは美貴の事が好きなのね」

「や、別にそういう訳じゃ」

「馬鹿!お前空気読め!ここは頷くトコだろうが!」

バシッ!
再び叩く。
叩かれた頭はベッドに沈み、布団に埋もれたまま新垣はおもいっきり息を吸う。
鼻の奥がツーンとして頭が熱くなった。何だか泣いてしまいそうだ。目をギュッと瞑る。
藤本の手は新垣の頭を撫でる。
新垣はそれを嬉しく思った。

「ねぇがきさん」

「何ですか?」

「がきさんはもう子供じゃないでしょう?だから分かって欲しいな」

「・・・何をですか?」

「・・・分かってるくせに」
101 名前:―がきさんみきさんのenjoy!学生生活― 投稿日:2006/09/13(水) 23:30
つまらなさそうに呟いて藤本の手は頭から離れていった。
新垣はそれを寂しく思った。

「・・・じーじの体調が悪いからなんて言ってるけどね、美貴はもうずっと前から決めてたんだ」

「美貴は、北海道に行くよ」

再びの、離別宣言。
ゆっくりとした藤本の言葉に、新垣は大きく静かな息を吐いた。
そしてそこら中が痛む体を起こす。
藤本はベッドの端に腰掛けて優しく笑っていた。

「もっさん」

「ん、何?」

「私は・・・私は、自分勝手ですか?」

「・・・大分ね」

藤本は微笑む。
顔を見れなくて新垣は視線を落とした。

「でもね、美貴は今嬉しいよ」

「え?」

「嬉しいと言うかぁ・・・まぁいいや、何でもない」
102 名前:―がきさんみきさんのenjoy!学生生活― 投稿日:2006/09/13(水) 23:31
藤本は言葉を飲み込んで曖昧に笑った。
新垣は起き上がって膝を抱える。藤本と目が合って、深呼吸した。

「・・・分かってますよ。や、分かりました」

ベッドの上で体育座りする新垣を藤本は優しく抱き締めた。
藤本の腕の中で新垣は目を閉じた。
「ありがとう」そう新垣の耳元で小さく呟いて藤本は離れた。
そしてう〜んと伸びをしてベッドにバフリと倒れる。その顔に浮かぶのは満足そうな笑み。

「明日は一緒に行けるよね」

「当たり前じゃないですか」

「明日はよっちゃんいないけどね」

「寂しいですか?」

「いーや、清々するね」

「・・・受かるといいですね」

「・・・そうだね」
103 名前:―がきさんみきさんのenjoy!学生生活― 投稿日:2006/09/13(水) 23:32
藤本はどこか遠い所を見てつまらなさそうに言った。
そこでようやく新垣は気がついた。
離れ離れになってしまうのはなにも自分だけではないのだと。
藤本は北海道へ行く。
そうすると必然的に吉澤とも後藤とも松浦ともそして自分とも離れてしまうのだ。
自分は藤本とは離れてしまう。
だけど皆がいる。
ところが藤本は皆と離れなければいけないのだ。大好きな吉澤とも。
本当に寂しいのは自分なんかじゃなく、彼女だった。
自分が悲しんでいる場合なんかでは無い。
新垣は気がついた。
104 名前:―がきさんみきさんのenjoy!学生生活― 投稿日:2006/09/13(水) 23:32
「もっさん!」

「おぉ、なんだいがきさん」

「明日、一緒に学校行きましょうね!」

「はぁ?いつも一緒だろうが」

「いいからいいから。行きましょうね!」

「・・・変ながきさん」

藤本は困ったように、でも嬉しそうに笑った。だから新垣も笑い返した。
「ニヤニヤするな!」と殴られた。
それはとても痛かったけれど、新垣はその痛みを嬉しく思った。
それから藤本はいつものように、大きくなる事をとうの昔にやめてしまった小さな胸を張って「大きくなった?」
と、愚問を投げ掛け、新垣がお決まりのセリフを返すと満足気に笑って自分の部屋へと帰って行った。


105 名前:―がきさんみきさんのenjoy!学生生活― 投稿日:2006/09/13(水) 23:33


翌日、新垣は目覚ましが鳴るより早くに起き出して、藤本を待った。

「あ、もっさん。おハローございます!」

「おぉ、早いねがきさん。おハロー」

眠そうに大きな欠伸を一つして、首をコキコキと鳴らす。
新垣は先に立って歩き出した。その途端背中に軽い衝撃。
振り向くと藤本が腕組みをして睨んでいた。

「美貴より先に歩くんじゃない!」

ぶつけられた鞄を返して藤本の少し後ろを歩く。
二人の吐く息は白く、ポッポッと、まるで蒸気機関車か何かの様だ。
やがて、いつも吉澤がお馬鹿な挨拶をしながら現れる地点に差し掛かる。
静かだ。今日は何もない。何だか寂しいな。
藤本も同じ事を思ったのだろうか、少し立ち止まり、振り返った。
その顔には物足りないと言った様な感情が浮き出ている。

「・・・なんか、変な感じがしますね」

「・・・そーだね。居たら居たで五月蠅いけど、実際こんな静かだなんて」

「寂しいですか?」

「・・・がきさん、お前誰に口訊いてるんだ」
106 名前:―がきさんみきさんのenjoy!学生生活― 投稿日:2006/09/13(水) 23:33
呆れた様に呟いて、ポケットに手を突っ込んだまま体当たり。新垣はよろめいた。
藤本はフンと鼻を鳴らしてまた歩き出す。
本当は寂しいんだね、もっさん。
新垣には分かったが口にするのは止めた。体当たりされた痛みだけ抱いて藤本の後を追った。
暫く二人で黙々と歩く。やがて藤本が口を開いた。

「なんで今日誰もいないの」

「え?私がいるじゃないですか」

「馬鹿、がきさんがいるのは当たり前なの!亜弥ちゃんは?ごっちんは?加護ちゃんは?」

藤本に言われて新垣は気付く。
そう言えばそうだ。
いつもなら通学途中にひょこひょこと現れてだんだんと人数が増えていくのに。
どうした事か今日は今だに二人きりだ。
何故だろう。

「う〜ん、どうしたんですかねぇ、風邪でも引いたんじゃないですか?」

「なんだいつまらんな」

「そんな事言わずに、ホラ、私がいるじゃないですか」

「・・・・・・」
107 名前:―がきさんみきさんのenjoy!学生生活― 投稿日:2006/09/13(水) 23:34
何か言ってよ!
藤本は酷く蔑んだ視線を新垣に送るとスタスタと歩き出した。
視線で殺された新垣はアスファルトに膝をつく。あぁ、冷たい。
寒いし藤本はもっと冷たいしで泣きそうだった。
なんだよ、もっさんの馬鹿。
私は別につまらなくなんてないよ。
二人きりだっていいんだ。いや、むしろ大歓迎だ。
だってもう、貴方と一緒に学校行くのなんて殆ど無いんだから。
それなのに酷いよ。意地悪ばかりするからおっぱい小さいんだ。

「もうがきさん!風邪引くでしょうが。そんなトコに座んないの!」

頭をはたかれて顔を上げる。
ようやく昇ってきた太陽を背にして藤本が立っていた。
「ほら」と伸ばされた手を借りて立ち上がる。
藤本は勢いよく手を引いて、新垣は藤本の小さな胸に顔を埋めた。

「冗談だよ、美貴はがきさんがいるだけでいんだから」

冷たい制服の下の彼女の温もりを感じて、泣きそうになった。
藤本は新垣の背中を優しく撫でる。

「行こう、遅刻しちゃう」
108 名前:―がきさんみきさんのenjoy!学生生活― 投稿日:2006/09/13(水) 23:34
藤本の匂いを肺いっぱいに吸い込んで新垣は離れた。
空気は冷たくてピシピシ痛いのに、太陽の光は暖かいし藤本が優しい。
少しばかり感傷的な気分になって、空を仰いだ。
淡く青い、白い空に息を吐いた。白く染まってすぐに消える。

「さ、行こ」

藤本に促されて空から目を離した。
優しく笑う藤本。
泣きそうだけれど泣かないよ。だって彼女は笑ってる。
涙なんかいらないよ。笑ってやるさ。

「・・・行きましょう」

自然に笑って、一歩踏み出した。
どこか空の高い所で鳥が鳴いて藤本が大きく腕を振り上げた。

「だからお前は美貴より先に歩くんじゃないよ!」
109 名前:―がきさんみきさんのenjoy!学生生活― 投稿日:2006/09/13(水) 23:35












そして二学期が終わり、新垣が藤本と一緒に登校する事は二度と無くなった。
110 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/09/13(水) 23:35
次回最終回
111 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/09/17(日) 09:00
次回最終回ですか。
寂しいような楽しみのような感じです。
112 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/09/21(木) 07:36
>>111
レスありがとうございます
113 名前:―がきさんみきさんのenjoy!学生生活― 投稿日:2006/09/21(木) 07:37

寒い冬が終わり、春。三月。
新垣は一人で道を歩く。隣りには誰もいない。
先日、卒業式が行われた。新垣と仲の良かった三人が卒業していった。
藤本、吉澤、後藤。
後藤は医大へ進学。吉澤も芸大へ。藤本は北海道へ行く。

新垣は一人で道を歩く。彼女達がいない通学路にももう慣れた。それでもやはり少し寂しい。

「がーきーさーん!おっハロー!」

「あ、松浦さん」

「あ・や・や!」

なんの前触れも無く突然電柱の影から現れた松浦は猿の様な顔を膨らます。新垣はそれを見て笑った。
いつも吉澤と合流していた地点。吉澤はもういないが松浦がいる。
新垣と松浦は二人並んで歩き出す。

「・・・吉澤さん、元気にしてますか?」

「ん、ひーちゃん?元気だよ、ウザいくらい」

松浦は綺麗なソプラノで笑ってみせる。その笑顔にちょっと嫉妬した。
あぁ、会いたいな。吉澤さんに。
114 名前:―がきさんみきさんのenjoy!学生生活― 投稿日:2006/09/21(木) 07:37

「藤本さんは?元気?」

今度は松浦が聞いてくる。
新垣は一瞬だけ息を止めて、それから笑顔と共に言葉を吐き出した。

「うん、元気ですよ」

松浦はそっか、良かったと笑うと鼻歌を歌い出した。
良かった、上手く笑えていたようだ。
松浦の後を追う。
短いスカートから伸びる真っ白な足が眩しい。そういや吉澤さんも真っ白だった。

「なぁにぃ、がきさんったらイヤらしい」

松浦におでこをはたかれて我に返る。
松浦は体をくねらせてスカートを押さえてみせる。

「そんなガン見しなくてもパンツの色くらい教えてあげるよ!」

爽やかな声で笑う松浦は吉澤の従姉妹。どこか頭がおかしい。
新垣は呆れたように息を吐くと松浦を置いて先に歩き出した。
今日は終業式。


115 名前:―がきさんみきさんのenjoy!学生生活― 投稿日:2006/09/21(木) 07:38


親友である加護とは途中で別れ、新垣は一人で道を歩く。隣りには誰もいない。
いつも回りにいた年上の彼女達は三年生じゃなくなってそれぞれの道へ。自分も今、一年生を終えた。
道端に転がっていた小さな石ころを蹴飛ばしながら家路を辿る。
正午前の今、太陽の光は柔らかく吹く風は心地良い。
どこかで犬が鳴いている。なんだか心が弾んで鼻歌を歌った。
そう言えばよく吉澤さんも歌ってた。何言ってるか全然分かんなかったけど楽しかったなぁ。
目の前を白い猫がのんびりと横切って行く。
あぁ、後藤さん。今何してるだろう。ふにゃふにゃした笑顔をまた見たいな。
電信柱を通り過ぎる。
もっさんに突き飛ばされてよくぶつかってたっけなぁ。
自分よく生きてるよ。頑丈なmy額に感謝感激雨霰だ。
おでこをそっとさする。
鳥が歌って顔を上げた。あぁ、眩しい。
白っぽい空に目を細めて笑う。長く、大きな息を吐いた。
終業式、終わっちゃったよ。
三日後に、藤本は北の大地へ旅立つ。
116 名前:―がきさんみきさんのenjoy!学生生活― 投稿日:2006/09/21(木) 07:38


「おかえりがきさん」

家のドアを開けて自分を出迎えたのは母親ではなく藤本だった。
隣りの藤本家の前には大きなトラック。2、3人の大の大人達がテキパキと動いている。

「おい豆がき、美貴がおかえり言ってるのに無視か」

「ぅえっ!?あ、あぁ、ただいま?」

「っぷ、へんながきさん」

藤本は楽しそうに笑うと顔を引っ込めた。それに続いて新垣も自宅へ入る。
117 名前:―がきさんみきさんのenjoy!学生生活― 投稿日:2006/09/21(木) 07:39
「あら、おかえり」

リビングでは母親が優雅にお茶を飲んでいた。
きっと藤本も一緒だったのだろう、その向かいには空になったカップが置いてある。

「ん、ただいま」

いつものようにソファの上へ鞄を投げると「ぎゃ」と声が聞こえてきた。
首をかしげる新垣の顔面に投げた鞄が舞い戻ってくる。
「ぎゃ」と声を上げて新垣は倒れた。
いつの間にいたのだろうか、ソファから藤本が額を擦りながら起き上がってきて、倒れている新垣のおでこを弾いた。

「美貴に声あげさせるなんて、成長したなお前」

「あ、ありがとうございます」

見上げる藤本の笑顔は涙でぼやけて見えた。

その後昼食を共にし、新垣の部屋で二人はまったりとくつろぐ。
藤本はベッドの上で胡座を掻いて窓から『元』自分の部屋を見ている。

118 名前:―がきさんみきさんのenjoy!学生生活― 投稿日:2006/09/21(木) 07:40
「もう終わりだな」

「へ?」

「夜中にこの窓ガラスが鳴る事はもう無い」

「あ?はぁ、そうですねぇ」

「寂しい?」

「・・・分かってるくせに」

新垣が拗ねたように呟くと藤本はカラカラと声を上げて笑った。

藤本は今、旅立つその日まで、という条件で新垣家で共に生活をしている。
新垣としてはそれは嬉しい事であったし、しかしそれと同時に寂しい事でもあった。
一緒に生活ができるのは良い。朝から晩までずっと近くに藤本がいる。
けれどその分、ずっと近くにいる分、別れが辛くなる。
新垣は複雑な思いをずっと抱えていた。しかしそれももうこれまでだ。
彼女は三日後に旅立つ。

「もっさん」

「なんだ?」

「・・・電車、何時でしたっけ?」

「一時。つーか何回も言ってるでしょ、いい加減覚えとけ馬鹿がき」
119 名前:―がきさんみきさんのenjoy!学生生活― 投稿日:2006/09/21(木) 07:40
枕が飛んできて顔面でキャッチした。笑い声が上がって、新垣は倒れた。
覚えているよ、そんな事くらい。忘れる訳が無いじゃないか。
だってもう後三日なんだ。72時間だ。そしたらいなくなってしまうんだもの。
何かお話をしていたいんだ。でもだけどこんな時に何を話したら良い?
私は頭が悪いからそんな事解らないよ。どうしたらいいのよ。

「がきさんさぁ」

「はい?」

「・・・もっと普通にしてようよ。なんか最近のこの雰囲気が嫌だ」

「ふんいき?」

「なんてゆーかお別れモードになってるでしょ。それが美貴は嫌」

「はぁ」

「いつも通りでいいの!なんだよ、一人で勝手にしんみりしやがって。マジつまらん」
120 名前:―がきさんみきさんのenjoy!学生生活― 投稿日:2006/09/21(木) 07:40

藤本はベッドをバシバシ叩きながら言う。それは怒っているようにも嘆いているようにも見える。
新垣はどうすればいいのか解らず曖昧に笑ってみせた。すると藤本が跳ねた。
ベッドの上から勢いよく飛び出し、新垣を巻き添えにして床の上へドタンバタンと激しく落ちた。

「おぉ、痛い」

肘を擦りながら藤本は顔をしかめる。その傍らで新垣は白目を剥いて悶絶していた。
けらけらと笑い声が上がって起こされた。
涙目で見上げるそこには腰に手を当てて仁王立ちする藤本美貴嬢。ふははははと不敵に笑う。

「どうだ、まいったか」

「は、はぁ、恐れ入りました」

床に平伏す新垣の頭上で藤本は高らかに笑ってみせた。


121 名前:―がきさんみきさんのenjoy!学生生活― 投稿日:2006/09/21(木) 07:41


楽しい時間というのはあっという間に過ぎていく物である。
藤本と過ごす最後の三日間はあっと言う間もなく過ぎ、旅立ちの日。
藤本と新垣は駅に来ていた。
沢山の人がごった返す駅のホームで二人の回りだけはどこか異質な空気が流れている。
藤本の荷物は少なかった。大抵の物は先に送ってしまったそうだ。
肩から鞄を下げ腕を組むその姿はとても旅立っていく人の格好には見えない。
けれど彼女は行く。
この町を離れ遥か遠い北の大地へ。
新垣の母が運転する車で駅までやって来た二人。
車内では軽口が飛び交っていたものの、今現在、お互いの口数は少ない。というか無言。
二人共黙ったままただ立っている。
通り過ぎる人達がたまに視線を寄越すが藤本の視線に気圧され足早に去って行く。
二人は黙ったまま立っている。

「おーい!ミッキティー!!」

がやがやと騒がしい駅に聞き覚えのある声。
二人同時に声の方へ振り返る。

「ひーちゃんだよぅ!!」

体は大人、中身は子供、頭はエロフィスな変態がちぎれんばかりに腕を振っていた。
122 名前:―がきさんみきさんのenjoy!学生生活― 投稿日:2006/09/21(木) 07:41
「・・・もうすぐ時間ですね」

「ん、そうだね」

見なかった事にして口を開くと、藤本も同じ事を考えていたのか変態から視線を逸らして頷く。

「ちょっと、ちょっとちょぐふっ」

「ぱくるな!」

振り向きざまに突き出された藤本直伝の正拳はみぞおちを強襲。
変態は新垣の足下に崩れ落ちた。

「・・・もうそろそろですね」

「あぁ、そうみたいだ」

藤本は一瞬だけ崩れ落ちた吉澤に視線を落とすと線路の先に目を向けた。
足下でむぅぅんと声が上がり吉澤がむっくりと立ち上がる。
123 名前:―がきさんみきさんのenjoy!学生生活― 投稿日:2006/09/21(木) 07:42

「美貴ちゃん」

真面目な顔で真面目な声。新垣はその場から離れた。
離れてしまうと二人の姿は人込みに紛れて見えなくなってしまう。
若干背の高い吉澤の落ち着いたダークブラウンの頭が時折見え隠れするだけだ。
二人、何話してるんだろう。
新垣はぼんやりと電光掲示板を見上げながら思う。掲示板の三段目に藤本が乗車する車両が表示されている。
もうすぐだ。
見上げていた視線を下ろし、藤本の姿を探す。
視界の隅にチラッと移って新垣は視線を逸らした。
二人は抱き合っていた。
いつもなら大声を上げて乗り込んで行くところだが、今日は例外だ。最初で最後の。
今、この時だけは特別だよ。
一つ深呼吸をして、顔を上げる。二人の体は離れていた。駆け寄る。

「がきさん」

「なんですか?」

「今までありがとう。楽しかったよ」

「そんな・・・私こそ」

「泣くなよぉ!」

124 名前:―がきさんみきさんのenjoy!学生生活― 投稿日:2006/09/21(木) 07:42
藤本に軽く殴られる。頬に手をやると暖かい液体。
あぁ、泣かないって決めていたのに。
手の甲で拭って顔を上げる。思いっきり笑って見せた。
パコッ!
間抜けな音が鳴っておでこを押さえる。痛い。

「美貴からのラストプレゼント」

藤本はくしゃっと笑った。

「ずるいずるいずるい!がきさんだけずるい!ひーちゃんにもプレゼント!ギブミープレゼント!」

こいつアホや。
新垣は目に涙を浮べて隣りではしゃぐ吉澤を見た。
藤本は吉澤の要求を承諾したのかうんうんと頷いて少し後ろに下がる。
あ、これヤバいの来ちゃうよ。
彼女の行動を熟知している新垣はすぐに察知した。ここではないどこかへ!新垣は避難する。
馬鹿な吉澤は何も知らず大きく腕を広げてニコニコと笑っている。
あぁ、ご愁傷様。
新垣が十字を切ったと同時に鈍い音が響いて吉澤の姿が視界から消えた。そして現れる藤本。

「テヘ、ちょっとやりすぎちゃった」

125 名前:―がきさんみきさんのenjoy!学生生活― 投稿日:2006/09/21(木) 07:43
いやいやいや可愛く言ってみても何も可愛くない。つーか惨い。
吉澤は阿呆面のままばったり倒れ、右の鼻の穴からは何やら赤い液体。
そこまでやらなくても。

「ん、思い残す事はもう何もない」

藤本は乱れた服を戻し、息を吐く。目を閉じて俯いた。
笛の音が響いて電車が滑り込んで来る。停車。ドアが開き、降りて来る人、人、人。
やがて降車する人の波は終わる。
藤本が顔を上げた。

「よし、行こう」

あぁ、遂にきてしまった。
覚悟は出来ていたつもりなのに、やっぱりつもりだった。覚悟なんて出来ていない。
泣いてしまいそうだよ、ねぇ行かないで。寂しいよ。

「がきさん、笑え。別れに涙は必要ないぜ」

息を吹き返した吉澤。
鼻血が出ていなければ相当格好いい。
ありがとう、涙は引っ込んだ。
笑った。彼女はきっと喜んでくれている。

「最後に、一言。がきさんとよっちゃんへ」

「なんですか?」

「ホワイワイ?」
126 名前:―がきさんみきさんのenjoy!学生生活― 投稿日:2006/09/21(木) 07:43

藤本は一旦目を閉じて深呼吸した。
そして目を開き、最高の笑顔で言った。


「エンジョイ学生生活!!」


最高の笑顔と投げキッスを残して藤本は飛び込むようにして車内へ消えていった。
二人の目の前で締まる扉。発車アナウンス。
鳴り響くベル。ゆっくりと動き出す車体。だんだんと早くなる速度。
動けなかった。声も出なかった。目の前を車両が通り過ぎて行く。
やがて最後尾の車両が通り過ぎ、ぶわぁっと風が舞う。煽られるようにして、二人はペタンと崩れ落ちた。

吉澤の肩が小さく揺れる。
新垣の肩が小さく揺れる。

何かが決壊したように二人は同時に笑い出した。

「最高だぜミキティ、こんな別れ方ってないよ!」

「投げキス凄い不器用だ!」

「ウィンク両目つぶってたし!」

「おっぱいないのにだっちゅーの!!」

二人はゲラゲラと笑い転げた。吉澤が線路に落ちそうになって、ようやく駅から退散した。


127 名前:―がきさんみきさんのenjoy!学生生活― 投稿日:2006/09/21(木) 07:43


高く昇った太陽の下、二人でぶらぶらと家路を辿る。
吉澤は足元に落ちていた空き缶をさっきからガラゴロと蹴っている。

「もっさん、行っちゃいましたね」

「そーだねぇ。しばらく会えないや」

「え、会いに行くんですか!?」

「ん?うん、夏休みにね。さっき約束した」

「は、はぁ」

「がきさんも行くかい?」

「行く行く行く行く!行かせて下さい!」

「わかったから落ち着けって」

吉澤は困ったように笑う。
新垣の中でさっきまで在った寂しさが嘘のように消えていった。
そうだよ、これは永遠の別れなんかじゃないもの。また会えるじゃない。
少し時間は掛かるけど、空の果て、地球の反対側なんかじゃないもの。会えるよ、いつだって。
128 名前:―がきさんみきさんのenjoy!学生生活― 投稿日:2006/09/21(木) 07:44

「会いに行きましょうね、絶対!」

「お?そうだな、夏だ!会いに行くぜミキティ!」

「会いに行きますよもっさん!」

吉澤が叫んだので新垣も負けじと叫んだ。何だか楽しかった。
つられるようにして何処かで犬が吠えて空では鳥が鳴いた。
会いに行くよ、もっさん。また、夏休みに。
松浦さんも、後藤さんも一緒に誘って行こう。きっと楽しいはずだ。
心が弾んでスキップした。後ろで吉澤が叫んでいるが気にしない。会いに行くんだ夏休み。
待っていてね、約束だよ!
新垣は駆け出した。
ウキウキ楽しくて、空まで飛んで行けそうだ。この空の下、何処かに藤本はいる。
胸がきゅっとなってちょっぴり涙が滲んだ。
きっと、絶対。私達はまた会えるよ。
アスファルトを蹴って、新垣は飛び出した。



129 名前:―がきさんみきさんのenjoy!学生生活― 投稿日:2006/09/21(木) 07:44
 
 
―がきさんみきさんのenjoy!学生生活―
 
 
 
130 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/09/21(木) 07:46
以上です。ありがとうございました。



と言いたい所ですが、スレが余っているので載せようか載せまいか悩んだ末載せなかった話を載せて終わりたいと思います。
『臆病者への讃歌』の後に予定していた話です。
載せなかった理由→新垣藤本と前述しておきながらあまりにも吉澤が出過ぎだなと思ったので。
という事で『エロフィス!体育祭』です。どうぞ
131 名前:―エロフィス!体育祭― 投稿日:2006/09/21(木) 07:48

秋晴れの空の下、高らかにファンファーレが鳴り響く。
ハロモニ女子学園高等部体育祭開催。
正に体育日和のこの日、学長やらなんやらのお偉いさん達の話を終えて競技が始まる。
新垣里沙は憂鬱だった。
まず何よりこの体育祭実行委員という役職が泣きたくなるくらい嫌だったし、ギンギラギンにさり気なくなんてもんじゃなく、
あからさまにガンガン照り付ける太陽にそりゃあもう心の底からムカついていたし、それになにより、

「がきさぁ〜ん、吉澤さんは暇すぎて死にそう」

と、先程から同じフレーズをエンドレスリピートなこの人がもう本当に鬱陶しかったのだ。
じゃあそのまま死んで下さい。と、喉元まで出かかった言葉をすんでの所で飲み込んで、振り返るとぎこちなく微笑む。
吉澤は色気ムンムンな医務教員と歓談(猥談?)していた。
・・・別に暇なんかじゃないんじゃん。やっぱり死んじゃえばいい。
と言った風に、まあ新垣の心は爽やかな秋晴れの空とは正反対にどんよりと曇っていたのだった。
132 名前:―エロフィス!体育祭― 投稿日:2006/09/21(木) 07:48
一つ大きな溜め息を吐いて机に肘付いた。その手に顎を乗せて目を細める。
あぁ、暑い。暇。眠い。暑い。背中暑い。マジ暑い。むわむわする。って、

「よよよ吉澤さん!?」

「っがっ、いひはいうほうあ、えおは(いきなり動くなベロが)」

なんだかムショーに暑いと思ったら背中にべったりくっついていた吉澤。
目に涙を浮かべて口を押さえている。ざまぁみろ、いい気味だ。
汗でくっついてしまった服をパタパタと動かし空気を取り込む。それでも入ってくるのはぬるく蒸し暑い空気。
パタパタするのをやめて再び椅子に腰掛ける。
何がしたいのか地面にぺったり俯せに寝転がる吉澤を無視してグラウンドに目を向ける。
トラック内で様々な競技を行う生徒達。あぁ、向こう側に行きたい。
今すぐここを離れたい。誰か私をここではないどこかへ!

「・・・何してるんですか吉澤さん」

「ん?ひんやりする」

「は?」

「あっついだろ?がきさんもやってみなよ、ひんやりするぜ、地面。地面最強愛してる」
133 名前:―エロフィス!体育祭― 投稿日:2006/09/21(木) 07:49
吉澤は伏せたまま地面にキスしている。そんな趣味があったのか。
とりあえずこの馬鹿はもう無視する事にして再びグラウンドに目を向ける。
あぁ、暑い。暇。眠い。暑い。マジ暑い。頭暑い。むぁむぁする。って、

「ぶばぁっっ??」

「うひゃひゃ、がきさんお前面白いな!」

「うーん、がきさんあんま顔ぐりぐりせんでぇ、こそぐったいわぁ」

「っっばぁっ!?岡田唯ちゃんDカップぅ!!?」

呼吸困難に陥りそうになりながらも必死の思いでふわふわした何かから頭を引き抜くと、
馬鹿笑いする吉澤とボーっと突っ立っている岡田。
何だ、何が起きたんだ?
訳が分からずしかめ面する新垣に吉澤がニヤニヤしながら小さな声で尋ねる。

「どうだったがきさん、初めてのパフパフは?」

「ぱふぱふ?」

「そう、パフパフ。初めてだろう?」

「パフぱ・・・変態!!」

思わず突き出した右腕は吉澤の顔面にクリーンヒット。
ほげぇ!と吹っ飛ぶ吉澤を尻目に新垣は一人赤面した。
134 名前:―エロフィス!体育祭― 投稿日:2006/09/21(木) 07:49
パフパフって。関西弁巨乳岡田唯ちゃんのDカップおっぱいでパフパフって。
うはぁ、どうしよう。
苦しかったけれどふわふわしてて良い匂いがした。
そう、例えばそれはきっとシュー生地の中にたっぷりとつまったクリームのようなものだ。
ふわふわとろとろ気持ち良くて甘いんだ。
あぁ、あのまま窒息死しても良かったかもしれない。

「がきさん一人でニヤけてんなよぅ、思い出し笑いか?むっつりエロか?イヤらしい子ね!」

コイツの相手をするくらいなら。
吉澤は口元に手を当ててくひひと笑う。
その後ろでは相変わらず岡田がボーッと突っ立って。
何故に彼女は私にパフパフなんかをしてきたのだろうか。きっと吉澤さんにでも命令されたんだろうな。
新垣は酷く蔑んだ視線を吉澤に送ると再び机に肘付いた。
グラウンドではプログラム通り、順調に競技が進行されている様だ。
楽しそうだな。新垣はまた溜め息を吐いた。
机に肘を付いたまま目を閉じる。背後から聞こえてくる吉澤と岡田のアダルトな会話は聞こえない振り。
135 名前:―エロフィス!体育祭― 投稿日:2006/09/21(木) 07:50
あぁ、暑い。早く帰りたい。家に帰ってアイス食べよう。汗でべとつくシャツを着替えてシャワーも浴びて。
あぁ、マジ暑いし暇だし眠いしだけどその前に、

「吉澤ぁあああっ!!」

「ぅおっとぉ、落ち着け、まだ何もしてないよ!」

「黙れ!岡田さんも!何されるがままになってんの!おかしいでしょ!」

「ぇえ〜、せやかてほんまに背中痒いねんもん」

「だからって何で!」

口から唾を飛ばす新垣の視線の先。
岡田唯ちゃんDカップの豊満な身体にフィットしている体操服を中程まで捲り上げ、
背中に腕を突っ込む吉澤となんだか嬉しそうな表情を浮かべる岡田の姿。
吉澤は残念そうに顔をしかめると名残惜しそうに腕を抜いた。
岡田は岡田で物足りなさそうに体をくねらせる。
なんなんだこの人達。変態だ。エロフィスだ。
新垣は頭を抱えてしまった。
136 名前:―エロフィス!体育祭― 投稿日:2006/09/21(木) 07:50
なんなんだよこいつら。あぁ、もうホント逃げ出したい。
ウンザリする新垣をよそにエロフィスな二人組はキャッキャとはしゃぐ。
新垣は無視することにした。グラウンドで繰り広げられる競技に集中することにした。
すると視界に見慣れた平らな胸の持ち主。藤本だ。
近寄り難いオーラを発し、偉そうに腕を組んで立っている。
どうやら次に行われる100m走に出るらしい。

「吉澤さん吉澤さん」

「なんだいなんだい」

「次もっさん走るみたいですよ?」

「へー、そう」

なんだよ。
せっかく教えて上げたのに吉澤の反応はイマイチ。
大の仲良しさんなのに。応援くらいしてあげたっていいじゃないかバカヤロウ。

「あ、ウチも走らな」

背後で声が上がる。どうやら岡田も出場する様だ。

「よし、じゃあ吉澤さん見ててあげる!」

嬉しそうな声を上げる吉澤。
137 名前:―エロフィス!体育祭― 投稿日:2006/09/21(木) 07:50
「は?何それ」

一瞬前とは打って変わってはしゃぎ声をあげる吉澤に新垣は鋭い視線を浴びせる。
すると吉澤はスススと近寄ってきて、耳元で囁いた。

「だってミキティおっぱいないじゃん」

「はぁ?」

「やっぱさ、ゆさゆさ揺れるおっぱいの方が素敵じゃん?」

あぁ。
全身から力が抜けて、崩れ落ちた。吉澤は小さな子供のように目をキラキラさせて嬉しそうに笑う。
その笑顔は憎たらしい程に純粋。泣きたくなった。
そうだよ、そうだよね。
もっさんはおっぱいが無いもんね。走っても跳ねても全く揺れないもんね。
それに比べてDカップおっぱい。
じっとしていてもどっしりとした存在感。一歩踏み出すだけでゆさゆさ揺れちゃうもんね。ホラ、今でも。
走ったりなんかしたらもうアホみたいに踊り狂っちゃうよ。サンバだね。岡πサンバだ。

「藤本さんに勝てるやろか」

「ミキティは速いぜ?でも勝つか負けるかじゃないよ、とにかく精一杯走るんだ!」
138 名前:―エロフィス!体育祭― 投稿日:2006/09/21(木) 07:51
そうだね。貴方はおっぱい揺れるの見たいだけだもんね。
きっと走るのではもっさんが勝つよ。でもそれはきっと試合に勝って勝負で負けるような感じだね。
おめでとう岡田唯ちゃんDカップ。勝者は貴方だ!
新垣は力無くヘラヘラと笑った。

「なんだよがきさんキモいな、妄想しすぎだぞ変態!」

変態に変態って言われちゃった。もうどうでもいいよ。
さっさとおっぱい見に行ってこいよ変態。
手を繋いでトラックへ向かう吉澤と岡田を力無い笑みで見送った。
あぁ、暑い。空はムカツク程に青い。真っ白な体操服は太陽を反射して眩しい。
きっと素敵に揺れるんだろう。どんなものなんだろうか。
もっさんには悪いけど少しだけ見てみたい。ほんの少しだけね。
頭の中をおっぱいが浸食していく。新垣はグラウンドにがっついた。
スタートを告げるピストルの音が響いて、新垣の視界でサンバが繰り広げられた。


139 名前:―エロフィス!体育祭― 投稿日:2006/09/21(木) 07:51
サンバの直後に鼻血が出てしまったのはきっと暑かったからだ。間違いない。
鼻を押さえて藤本にオメデトウを言いに行った。無い胸を張って藤本はとても満足そうに笑った。
その傍らで試合に負けたDカップのおっぱいが未だにぷるぷると揺れていた。
溢れ出す真っ赤な鮮血を抑えて岡田にはありがとうと言っておいた。
グッジョブ岡π、本当の勝者は貴方だよ!


140 名前:―エロフィス!体育祭― 投稿日:2006/09/21(木) 07:52
 
 
―エロフィス!体育祭―
 
 
 
141 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/09/21(木) 07:53
以上です。
レスくれた方、読んでくださった皆さん、本当にありがとうございました。
142 名前:名無し飼育さん 投稿日:2006/09/21(木) 14:26
お疲れさまでした
楽しみにしていた作品が終わってしまうのは寂しいですが
とても楽しかったです
作者さま素敵な作品をありがとうございます
143 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/09/21(木) 23:48
エロフィスは面白かった。
そして本編は面白くて素敵な話でした。
144 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/09/22(金) 00:15
ちょい泣きしそうになったけどエロフィスに救われた
おつかれ
145 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/09/22(金) 01:19
懐かしい気持ちになれたお話でとても好きでした。
有難うございました。
146 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/09/23(土) 16:53
面白かったです
147 名前:名無し飼育さん 投稿日:2006/10/11(水) 01:16
この作品が終わってしまって寂しいです。
毎回楽しませてもらいました。
ありがとうっ

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