白の缶詰
- 1 名前:しゃら 投稿日:2006/09/10(日) 18:07
- はじめまして、しゃらと申します。
おそらく亀足更新になりますが、放置せずに頑張っていこうと思います。
至らない点たくさんあると思うので、何かあったら遠慮せずご指摘下さいm(_ _)m
登場人物は詳しくは決まってませんが、
個人的に85年組・6期あたりが好きなのでその辺が出てくる気がします。
それではよろしくお願いします。
まず吉澤・藤本・石川あたり、松浦さん視点で。
- 2 名前:同居人 投稿日:2006/09/10(日) 18:09
- 大学から帰ってきた私は、自分のマンションの前まで来て立ち止まった。
嫌な予感。
私は家に入るのをやめ、すぐ近くのコンビニに向かった。
従姉妹のひーちゃんに電話をかける。
かなり長い間コール音が鳴ってから、やっと声が聞こえた。
「もっしー。どうしたの亜弥ちゃん」
「ひーちゃん今どこ?」
「亜弥ちゃんち」
まったく、家主の私がいないのに勝手に上がり込まないでよ。
‥‥まぁそれはいつものことだ。
「あのさぁ、あと5分で帰るけど」
「え!」
「何?私が家に帰ったら何かまずい?」
「いやいやいやいやそそそそんなことありませんって」
動揺しすぎだから。
ひーちゃんの後ろで、電話誰から〜?という甲高い女の声がかすかに聞こえる。
- 3 名前:同居人 投稿日:2006/09/10(日) 18:10
- やっぱり。
また人の家に女連れ込んでるし。私はため息をついて言った。
「今ローソンにいるんだけど、何か買ってきてほしい物ある?」
「あ!えーとね、な、な、何かあったっけなぁ。待って、今思い出すから」
「無いならもう帰るよ。じゃあね」
私はひーちゃんの返事を聞かずに電話を切った。
無駄な時間稼ぎに協力するほどの情けを私は持ち合わせていない。
コンビニを出て家に向かった。
鉢合わせするのも嫌なのでちょっと隠れて見張っていると、
私の知っている女の人がマンションから慌てて飛び出してくるのが見えた。
今日は石川さんか。私はもう1度ため息をついた。
- 4 名前:同居人 投稿日:2006/09/10(日) 18:10
-
◆
- 5 名前:同居人 投稿日:2006/09/10(日) 18:11
- 「亜弥ちゃんお帰りー」
部屋に入ると、ひーちゃんが満面の笑みで私を迎える。
「石川さん帰ったんだね」
ひーちゃんはギクッとして目をそらしたけど、すぐ諦めたように言った。
「‥‥なんだ、見てたのか。
亜弥ちゃんにバレたらまた怒られると思って、必死で追い出したのに」
「真っ最中に出くわすのも嫌だからわざわざ電話したの!死ね!」
私はイライラしながら吐き捨てるように言った。
「怖いよ亜弥ちゃん」
「はぁ!?だいたい私の家をラブホ代わりに使わないでくれる?
おかしいでしょ、常識的に考えて。
ていうかなんでここに住んでるの?なんで勝手に合鍵とか作ってんの?
ほんと信じらんない!うざい、まじ迷惑、さっさと出てけ!死ね!」
一気に怒鳴り散らしたら息切れが。
ひーちゃんはシュンと肩を落としてベッドにふらふら倒れこみ、
そのまま中に潜り込んでしまった。
もう。ほんとに疲れる。
- 6 名前:同居人 投稿日:2006/09/10(日) 18:12
-
◆◆◆
- 7 名前:同居人 投稿日:2006/09/10(日) 18:13
- ひーちゃんこと吉澤ひとみは1つ年上の従姉妹。
近所に住んでいて年も近かったので、昔から仲が良かった。
ひーちゃんはヘタレだから喧嘩は弱かったけど、
その類い稀な運動神経のおかげで男子からも一目置かれていた。
そしてなぜか男女問わず人望があったから、
いつもくっついている私は誰かにいじめられることもなく。
ひーちゃんの隣は常に安全なポジションだった。
鉄棒の逆上がりも一輪車も木登りの仕方も、全部ひーちゃんに教えてもらった。
いつも適当で忘れっぽいひーちゃんに「宿題やったの?」とか「忘れ物ない?」と
世話を焼くのは私の役割。
私もひーちゃんも3人兄弟の1番上だったせいか、お互いが姉みたいな存在だった。
- 8 名前:同居人 投稿日:2006/09/10(日) 18:13
- ひーちゃんは中学に入学してすぐ入ったバレー部で、いきなりレギュラーになった。
部活で忙しくなり、私とあまり遊んでくれなくなった。淋しいけど仕方のないことだ。
ついでに、野球部の2年生とつきあい始めた。
ひーちゃんに彼氏ができるなんて!ありえない!とか思ったけど、
街で偶然見かけた2人はスポーツバカ同士気が合うみたいでお似合いだった。
夏休みが終わる頃、マセガキだった小6の私はからかうつもりで尋ねた。
「彼氏とどこまで行ったの?」
ひーちゃんはイヒッと笑って答えた。
「いくとこまでいった」
私はショックで倒れかけた。ひーちゃんがどんどん遠くに行ってしまう。
私の知らないひーちゃんになっていくのが淋しくてたまらなかった。
- 9 名前:同居人 投稿日:2006/09/10(日) 18:14
-
◆
- 10 名前:同居人 投稿日:2006/09/10(日) 18:15
- 次の年、私が中学に入学すると状況は一変した。
入学式の日からたくさんの人が私に話し掛けてくる。
「松浦さんて吉澤ひとみのイトコなんでしょ?」
ほとんどがその話題から始まった。どうやらひーちゃんは結構な有名人らしい。
うちのバレー部は県内でも有数の強豪で、実力は全国クラスだった。
そのバレー部で1年生でレギュラーに選ばれたことだけでもかなり騒がれてたけど、
それに加えてひーちゃんは容姿に恵まれていた。
ちょっとバカだけど美人でスポーツ万能で愛想のいいひーちゃんは、
男にも女にも人気があった。
あくまでも周囲が関心を示しているのはひーちゃんであり、
私はひーちゃんのおまけだ。
小さい頃からずっと隣で歩き続けてきたはずの従姉妹が、
いつの間にか私より遥かに前を走っている。
追い付けるわけもなく、その差は広がっていくばかり。
私は次第にひーちゃんと距離を置くようになった。
- 11 名前:同居人 投稿日:2006/09/10(日) 18:16
- 学校でひーちゃんが私に手を振ってきたりしても気づかないふりをした。
別に嫌いになったわけじゃない。
人気者の吉澤ひとみ、その親戚の松浦さん。それが周囲の認識だった。
ひーちゃんと一緒にいると、自分が勝手に脇役にされたみたいで腹が立った。
今思えばくだらない僻みなんだけど。
ひーちゃんも何かを察したのか、学校では必要以上に私に構わなくなった。
でも、知りたくもないのにひーちゃんの情報はもれなく耳に入ってくる。
バレーで関東の中学校選抜に入ったとか、1週間で男2人女1人に告られたとか。
毎日朝から夜まで部活漬けで遊ぶ暇なんか全然なかったくせに、
ひーちゃんは中学3年間で8人の男とつきあった。
- 12 名前:同居人 投稿日:2006/09/10(日) 18:16
-
◆◆◆
- 13 名前:同居人 投稿日:2006/09/10(日) 18:17
- もう9時か。お風呂でも沸かそうかな。
脱衣所に入ると、洗面台の上にきらりと光る物が見えた。
見覚えのないピアス。たぶん石川さんが忘れていったのだろう。
相当慌ててたもんな、と苦笑して、私はそれをつまみ上げた。
石川梨華さんはひーちゃんの同級生で、私が中学のときのテニス部の先輩。
まさに女の子って感じの性格と外見、あとあの甲高い声が苦手で、
私はあまり喋ったことはなかった。
それはひーちゃんも同じだったみたいで、中学も高校も一緒だったのに
卒業するまでほとんど付き合いはなかったらしい。
- 14 名前:同居人 投稿日:2006/09/10(日) 18:17
- それが今年の1月の成人式でたまたま会ったときになぜか意気投合したらしく、
石川さんは見事ひーちゃんの毒牙にかかってしまった。
意気投合とか言ってるけど、どうせおっぱい星人のひーちゃんのことだから
石川さんのナイスバディに釣られただけだと思う。
「ひーちゃん、石川さんの忘れ物」
ひーちゃんは布団をかぶったままで返事がない。
まだスネてんのかな。それとも寝たかな。
「‥‥もう、ここ置いとくよ」
私はピアスをテーブルの上に置いて部屋を出た。
- 15 名前:しゃら 投稿日:2006/09/10(日) 18:19
- とりあえずここまで。初日なので飛ばしすぎました。
次からはもっと更新ゆっくりになると思います。
- 16 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/09/11(月) 00:46
- おー!オモシロそうなの発見。
期待してます。
- 17 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/09/11(月) 19:20
- 頑張ってください!!!
- 18 名前:同居人 投稿日:2006/09/11(月) 22:01
-
◆◆◆
- 19 名前:同居人 投稿日:2006/09/11(月) 22:02
-
携帯が鳴った。
ディスプレイに表示された名前は藤本美貴。大学で1番仲のいい友達だ。
「はいはい、どうしたのみきたん」
「あーもしもし。ねぇ今から亜弥ちゃんち行ってもいいかな」
「あ、‥‥どうだった?」
「それがさー。まぁ何ていうか、簡潔に言うと、フラれた」
「うっそ」
「ホントホント。玉砕した」
みきたんは今日、半年間片想いしてたバイト仲間に告白してくると宣言した。
私が見てる限りその人もまんざらじゃない感じだったから、
うまくいくと思ったんだけどな。
もう十分落ち込んだみきたんのテンションをさらに下げたくもないので、
私はわざと明るく言った。
「そっかー、どんまい。みきたん頑張ったのにね。泣いた?」
「もう泣いてないよ。でもやっぱ悲しいから慰めて〜。話も聞いてほしいし。
というわけで亜弥ちゃんち行ってもいい?」
私はちょっと返答に詰まった。
ベッドを見ると、ひーちゃんはいつの間にかぐうぐう寝ている。
この調子じゃ当分起きないな。寝起き悪いから追い出すのもめんどくさいし。
「いいよ、来ても。でも今ちょっと従姉妹がいるんだけど」
「あ〜、噂の同居人ね」
「同居とか言わないでよー。こっちは大迷惑してるんだから」
「あはは、ごめんごめん。でも美貴その人に1回会ってみたい」
「会わないほうがいいよ、犯されるから」
みきたんと話しながら、何も考えてないようなアホ面で眠るひーちゃんを見た。
本当に、こいつを見てるとため息しか出ない。
- 20 名前:同居人 投稿日:2006/09/11(月) 22:04
-
◆◆◆
- 21 名前:同居人 投稿日:2006/09/11(月) 22:05
- ひーちゃんはバカだけど意外と一生懸命勉強して、都内の大学に合格した。
スポーツ推薦の話も何校かあったけど、ひーちゃんはそれを全部断った。
実は高3の夏の大会で膝を傷めていたらしい。
「本格的にバレー続けるのは無理。でも趣味でやるくらいなら平気だって。
傷めたのが高校最後の大会でよかったよ。最後まで完全燃焼できたしね!」
ひーちゃんは本当にスッキリした顔をしていた。
「でももったいなかったね、せっかく期待されてたのに」
私が言うと、ひーちゃんは笑って答えた。
「別にバレーできなくなるわけじゃないからあたしは悲しくないよ。
ま、日本のバレー界は悲しんでるだろうけどね」
大学に入って当然親元を離れて暮らすもんだと思い込んでたらしいけど、
両親の答えは「うちにそんな金はない」
そういうわけで、ひーちゃんは毎日片道2時間もかけて大学に通っていた。
この選択は正しかったと思う。
ひーちゃんに1人暮らしなんかさせたら、朝起きられなくなるに決まってる。
- 22 名前:同居人 投稿日:2006/09/11(月) 22:06
-
◆
- 23 名前:同居人 投稿日:2006/09/11(月) 22:07
-
翌年、私は都内の別の大学に受かり、1人暮らしをさせてもらえることになった。
ひーちゃんは目を輝かせて私以上にはしゃいだ。
「亜弥ちゃんの住む部屋が見たい!」としつこいので、仕方なく連れて行った。
駅からは少し遠いけど新築の2Kで陽当たりも良好、これで家賃8万。
都心部にしては上出来だ。我ながらいい物件を見つけたと思う。
ひーちゃんはにこにこしながら言った。
「いい所だね!2部屋あるし、あたしの大学にも近いし!」
こいつは何を言っているのか。
- 24 名前:同居人 投稿日:2006/09/11(月) 22:07
-
◆
- 25 名前:同居人 投稿日:2006/09/11(月) 22:09
- それからは予想通りの展開。
ひーちゃんは次第に私のマンションに入り浸るようになり、
知らない間に合鍵も作った。
さらにベッドまで買って設置。これにはさすがの私もキレた。
「何考えてんの?何あのベッド!ひーちゃんここに住む気!?」
ひーちゃんはへらっとして答えた。
「いいじゃん、2部屋あるんだし。家賃なら半分払うよ」
脱力。この人にはもう何を言ってもだめだ。
それ以降、ベッドを置かれたその部屋は完全にひーちゃんの部屋となった。
- 26 名前:同居人 投稿日:2006/09/11(月) 22:09
-
◆◆◆
- 27 名前:同居人 投稿日:2006/09/11(月) 22:10
-
ぴんぽーん。
みきたんが来たっぽい。
ひーちゃんの部屋と私の部屋を仕切るドアを厳重に閉めきって、玄関へ向かった。
あぁ、もう。「ひーちゃんの部屋」とか表現すること自体むなくそ悪い。
ここは私の家なのに。
「亜弥ちゃーん」
玄関のドアを開けるとみきたんが飛び込んできた。
「もーなんで美貴あんな奴のこと好きだったんだろー!今思えば最低な男だよ!
よく見たらブサイクだし性格悪いし足短いし」
「分かった分かった、とりあえず落ち着いて」
「あと頭も悪いしワキガだし」
「分かったから中で話そう、みきたん。そして靴を脱いでくれ」
「だいたい美貴の魅力も分かんない奴なんてこっちから願い下げだバーカ」
「はいはい」
「亜弥ちゃん!今日は飲み明かそうね!」
興奮するみきたんをなだめて、なんとか靴を脱がせる。
- 28 名前:同居人 投稿日:2006/09/11(月) 22:12
-
ふと後ろから物音が聞こえた。
まさか‥‥起きた?
振り向くと、寝起きのひーちゃんがぼーっとしながら冷蔵庫を漁りに来ていた。
「ごめんひーちゃん。起こしちゃった?」
「うん、起きちゃった。誰?」
みきたんが私の肩越しにひょこっと顔を出す。
「あっ、亜弥ちゃんのイトコってこの人?なんかイメージと違う〜」
うわっ、みきたん相変わらず失礼だな。初対面の人に対して第一声がそれかい。
相手がひーちゃんじゃなかったら怒ってるとこだよ。
ひーちゃんはぼーっとしたままみきたんを見つめ、思いがけないことを言った。
「みきたんでしょ。とりあえず上がりなよ」
は?
「えーっ、なんで美貴の名前知ってるのー?」
ひーちゃんはいたずらっぽく笑った。
「だっていつも亜弥ちゃんがたんたんたんたんうるさいから」
嘘。勝手に写真見て「誰?この美人」ってしつこく訊いてきたのひーちゃんだろ。
そしてみきたんのそのテンションは何なの?なんで楽しそうなの?
フラれちゃって可哀相だから私が慰めてあげようと思ったのに。
「そうなんだー。亜弥ちゃんそんなにいつも美貴の話ばっかりしてるの?
でへっ、照れるじゃんかぁ」
「はぁ‥‥なんかもうどーでもいいわ」
心底バカバカしくなって、私は2人を無視して部屋に入った。
- 29 名前:同居人 投稿日:2006/09/11(月) 22:13
-
◆
- 30 名前:同居人 投稿日:2006/09/11(月) 22:14
- 2人も私を無視して話している。
「そういえば名前知らない」
「吉澤ひとみ」
「へぇー、名前だけ聞くと清楚っぽいのにね」
「えへへ」
いや、そこ照れるとこじゃないでしょひーちゃん。
「何て呼ばれてるの?」
「吉澤だからよっちゃんとかよっすぃ〜とか。でも亜弥ちゃんはひーちゃんて呼ぶよ」
「美貴もひーちゃんって呼んでいい?」
「だめー。恥ずかしいもん」
「じゃあ美貴はよっちゃんにしようっと」
何だこの馬鹿っぽい会話。死んでくれ。
ていうか私がさっきから一言も喋ってないこと、こいつらは気づいてるんだろうか。
- 31 名前:しゃら 投稿日:2006/09/11(月) 22:20
- 初日に引き続き飛ばしまくっております。自分的には。
どうせすぐ追いつかなくなるからペースを落とさねば。
>>16の名無し飼育さん
ありがとうございます。
期待にこたえられる自信は・・・ありませんが、頑張ります!
>>17の名無し飼育さん
ありがとうございます!放置しないようにします。
- 32 名前:しゃら 投稿日:2006/09/11(月) 22:20
- 初日に引き続き飛ばしまくっております。自分的には。
どうせすぐ追いつかなくなるからペースを落とさねば。
>>16の名無し飼育さん
ありがとうございます。
期待にこたえられる自信は・・・ありませんが、頑張ります!
>>17の名無し飼育さん
ありがとうございます!放置しないようにします。
- 33 名前:しゃら 投稿日:2006/09/11(月) 22:27
- あぁ、やべえ。重複しとる。すみません。
- 34 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/09/12(火) 00:09
- 美貴様キタコレ
是非是非飛ばしまくってくださいw
- 35 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/09/12(火) 05:12
- 更新お疲れ様です!ミキティキタ━━━━━━━━━━━━ !!
これからの展開が楽しみです!。
- 36 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/09/13(水) 05:47
- よっちゃんのキャラがすごくおもしろいですね。
がんばってください( ・∀・)
- 37 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/09/14(木) 01:11
- 面白いっす
松浦のキャラがいい感じですね
3人のやりとりが楽しい
- 38 名前:同居人 投稿日:2006/09/15(金) 22:54
-
◆
- 39 名前:同居人 投稿日:2006/09/15(金) 22:56
-
「それでね、美貴、高校卒業してすぐ就職したんだ。
でもやっぱり大学行きたくなっちゃって、会社やめて1年間勉強したの」
「すげー!かっけー」
「ふっ、まぁね」
「じゃあ年齢的には2浪?」
「うん、実は亜弥ちゃんより2つ年上なんだよね」
「じゃああたしの1個上か」
「えっ、よっちゃんて美貴より年下だったのー?」
「何それ、あたしが老けてるってこと?」
私が全く会話に参加しないまま、ひーちゃんとみきたんは2人で盛り上がってる。
私、なんでここにいるんだろう。
ひーちゃんが思い出したように言った。
「そういやみきたんは何しに来たの?」
「何だっけ?‥‥あ、そうだ、美貴フラれたんだった!」
おいおい、当初の目的忘れてたのかよ。
ていうかひーちゃん、馴れ馴れしくみきたんなんて呼ばないでよ。
呼んでいいのは私だけなんだから。
「それで亜弥ちゃんと飲み明かして忘れようと思ったの!
ねっ、亜弥ちゃん」
「‥‥‥そうだったかもね」
ものすごく久々に声を発した気がする。なんかもう喋ることすら面倒くさい。
どうしよう、この人たちと一緒にいるのすげぇ疲れるんですけど。
「よしっ、今夜は飲もう!よっちゃんもだよ!」
「え、いいの?わーいビール大好き!」
「亜弥ちゃん、お酒買い足しに行こうよ!美貴JINRO飲みたい」
もう勝手にしてくれ。
- 40 名前:同居人 投稿日:2006/09/15(金) 23:02
-
◆◆◆
- 41 名前:同居人 投稿日:2006/09/15(金) 23:03
-
「そこで奴が言ったセリフがさ、
『どちらかといえばぁ、おれ藤本って嫌いなタイプなんだよね』って!
ありえなくない?
勇気出して告白した女の子に対して、普通わざわざそんなこと言うか?って感じ!
嫌いって何だよ嫌いって。せめて苦手とか言えばいいのに」
みきたんはすっかり酔っ払って、ひーちゃんに膝枕されながら愚痴っていた。
ひーちゃんは膝の上のみきたんの髪を撫でている。
私は冷めた目でその光景を見ていた。もう完全に部外者じゃん、私。
みきたんは再び悪態をつき始めた。
「今になってよく考えてみたら、全っっ然いい男じゃなかったんだよねー。
二の腕たぷたぷのくせにタンクトップとか着るんだよ。見苦しいっつーの」
「あはは」
「自己中だしナルシストだし下っ腹たるんでるし」
「そっか」
「足くさいし実はちょっと若ハゲだし」
それまでずっと相づちを打っていたひーちゃんが、優しい声で言った。
「でも、好きだったんだよね?」
一瞬みきたんの表情が凍りつく。
もう!ひーちゃんのバカ。
「そう‥‥そうだよ、好きだったんだよぅ」
みるみるうちに、みきたんの目に涙がたまって溢れ出した。
「あ、やべ。ごめんごめん、泣かないで」
みきたんは膝枕されたまま、子供みたいに声を上げてわんわん泣き出した。
- 42 名前:同居人 投稿日:2006/09/15(金) 23:07
- ひーちゃんのお気に入りのジーンズは、涙と鼻水と涎でぐっしょり。
泣き続けるみきたんを見ていて、私は急に胸がきゅっと苦しくなった。
‥‥半年間も片想いしてたんだもん。つらいの当たり前だ。
相手のあら探しして悪口言いまくることで、なんとか泣くの我慢してたんだろうな。
私は後悔した。2人に対して申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
みきたんは私に話を聞いてもらいたくてここに来たのに。
私はひーちゃんに嫉妬して勝手に不貞腐れて、
みきたんの愚痴も他人事みたいに聞き流してた。
最低なのは私だ。
- 43 名前:同居人 投稿日:2006/09/15(金) 23:09
- みきたんは泣き疲れてひーちゃんの膝の上で眠ってしまったようだった。
涙の跡が残るその頬をそっと撫でて、私は呟いた。
「ごめんね」
「なんで亜弥ちゃんが謝るの?」
「ひーちゃんは分かんなくていいの」
「そっか」
ひーちゃんは眠そうに言ってそのまま目を閉じた。お前も寝るのかよ。
時計を見ると明け方の3時を回っていた。
私も寝るか。それで明日もう1回みきたんに謝ろう。
- 44 名前:同居人 投稿日:2006/09/15(金) 23:10
-
◆◆◆
- 45 名前:同居人 投稿日:2006/09/15(金) 23:13
-
朝日が眩しくて目が覚めた。
ひーちゃんとみきたんは数時間前とまったく同じ姿勢のまま、
2人とも口をポカンと開けて寝ていた。
みきたんは大泣きしたから目が腫れて化粧が落ちて凄い顔になっている。
せっかくの美人が台無しだ。
徹夜で飲むつもりならスッピンで来ればいいのに。
と、スッピンのみきたんの顔を思い出して私はちょっと笑った。
いつもは憎たらしいけど、寝てるときのひーちゃんは可愛い。
陶器みたいに真っ白い肌と彫刻みたいに整った顔立ち。
小さい頃はそのすべすべの白いほっぺたにチューしまくってたっけ。
昔のアルバムで、2歳くらいの私がひーちゃんの頬をべろべろ舐め回してる写真が
あったのを思い出した。
あの頃はひーちゃん大好きだったんだけどな。
今でも嫌いなわけじゃないけど、話してるとイライラして喧嘩ばっかりになっちゃう。
私は2人を起こさないようにそっと部屋を出て、3人分の朝食の準備を始めた。
- 46 名前:同居人 投稿日:2006/09/15(金) 23:16
-
◆
- 47 名前:同居人 投稿日:2006/09/15(金) 23:17
-
その後ひーちゃんは9時に目を覚まして、
やべー今日1限必修だー!と叫んで家を飛び出していった。
(ちなみに朝ご飯はちゃっかり食べて行った。すごい速さで)
「あの人、いつもあんな感じなの?」
みきたんがびっくりした様子で訊いた。
驚くのも無理はない。
ひーちゃんは寝グセ・すっぴん・ジャージ・(おっさんみたいな)サンダルという、
21歳の女子大生としてありえない格好で出かけて行ったからだ。
「うん。せめてジャージくらいは着替えてほしいよね」
「それに手ぶらで出てったけど」
「ひーちゃんはノート取らないで耳だけで授業記憶するから」
「え‥‥それでテストとか大丈夫なの?」
「成績は悪いと思うよ。要領と勘はいいからギリギリ単位は取れるみたいだけど」
- 48 名前:同居人 投稿日:2006/09/16(土) 05:23
-
ていうかひーちゃんの話はどうでもいい。
私はみきたんに謝らなきゃいけないんだった。
「あのさ、昨日ごめん」
「へ?何が?」
「なんか私1人で不機嫌になって、全然みきたんの話聞こうとしなかったから」
「えー、気にしなくていいよ。
亜弥ちゃん、美貴がよっちゃんと楽しく喋ってんの見て嫉妬しちゃったんでしょ」
ばれてたんだ。
私はみきたんが気づいていたことに驚くと同時に恥ずかしくなった。
「うん‥‥そうかも」
「美貴も悪かったからいいの。こっちこそごめんね」
みきたんはわがままで甘えんぼで自分に正直で、
礼儀もできてないし、感情がすぐ顔に出るし(口も出るし手も出るし)、
手のかかる子供みたいだと思ってた。
だけど私のほうがよっぽど子供だったのかもしれない。
「みきたん、だてに年くってないね」
「はぁ?何それ」
私たちは顔を見合わせてにやっと笑った。
- 49 名前:同居人 投稿日:2006/09/16(土) 05:24
-
◆◆◆
- 50 名前:同居人 投稿日:2006/09/16(土) 05:27
-
「あんた今週の土日にでもこっち帰ってきなさいよ、ひーちゃん連れて」
母から電話がかかってきたのはその日の夜だった。
「なんでいきなり」
「だって言わなきゃ帰ってこないじゃない」
うん、確かにそうだ。
実家まで電車で2時間ちょっとだから、帰ろうと思えばいつでも帰れるとか思って
結局あんまり帰省してない。
去年なんかお盆と正月しか帰ってない。
「でもなんでひーちゃんまで連れてかなきゃいけないのよ」
「あの子もう3ヵ月以上家に帰ってないみたいよ。
さすがにあいこ姉ちゃんも心配するわ」
あいこ姉ちゃんというのは私の母の姉で、ひーちゃんのお母さんのことだ。
そういえば毎日ここにいるもんな。本来ひーちゃんは実家に住んでるはずなのに。
かるく家出じゃんか‥‥
「分かった、じゃあ金曜の夜に帰る」
- 51 名前:同居人 投稿日:2006/09/16(土) 05:32
-
ひーちゃんは深夜になってやっと帰ってきた。
いや、帰るという表現は正しくないか。
厳密に言えば、いつも通り私の家に戻ってきた。
「ひーちゃんさぁ、3ヵ月も家帰ってないんだって?」
「ぎくっ」
「あいこ心配してたらしいよ」
「う〜ん、実は今日実家から何回も着信あったんだよね。
どうせ怒られるだけだから無視っちゃったけど」
「怒られるの分かってるならちゃんと家帰りなよ」
「だって忙しいんだもん。サークルもあるしー、バイトもあるしー、
‥‥とっ、友達もいるしー」
「あぁ、ひーちゃん色んな意味で“友達”多いもんね」
私は嫌味っぽく言って立ち上がった。
「金曜日に一緒に帰るからね。じゃ、おやすみ」
「はいはい。おやすみ」
「ハイは1回」
「はい」
私はひーちゃんを甘やかしすぎたのかもしれない。
こんな同居生活が1年以上続いて、たぶんお互い感覚が麻痺してる。
いくら従姉妹とはいえ、人の家に勝手に住みついてラブホ代わりに使うなんて
どう考えても異常だ。
合鍵も私の許可なく作られたし、これ不法侵入で通報したっていいんだよな‥‥
あー。どっと疲れが。
とにかく明後日は何が何でもひーちゃんを連れて帰省しよう。
- 52 名前:しゃら 投稿日:2006/09/16(土) 05:50
- 更新してる途中で寝てしまった。
気づいたら5時過ぎ。枕によだれの海が広がっていました。
こんなに早起きしたのは久しぶりです。
>>34の名無し飼育さん
更新3回目にして既にペースダウンです☆
これから美貴様をどう絡ませていくか。実はまだ決めてませんw
>>35の名無し飼育さん
ありがとうございます!
その後の展開とか深く考えず適当に書いてしまったので、これからどうしようって感じです…
>>36の名無し飼育さん
なぜか吉澤さんは基本バカキャラなんですよね。
ただのバカにならないように頑張ります!
>>37の名無し飼育さん
ありがとうございます☆
私の勝手なイメージ的には、あややは常に気ー遣いまくってイライラしてそうです。
- 53 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/09/16(土) 16:42
- いやーここの話ホントに好きっす
バカな吉澤さんと振り回される松浦さんの関係がなんかいいっす
- 54 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/09/18(月) 01:13
- ミキティかわいいな
続きが楽しみです
- 55 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/09/19(火) 17:02
- 面白いです
続き待ってます
- 56 名前:同居人 投稿日:2006/09/19(火) 22:45
-
◆◆◆
- 57 名前:同居人 投稿日:2006/09/19(火) 22:45
-
木曜は授業が1コマしかない。
終わって校門に向かって歩いていると、後ろから呼び止められた。
「亜弥ちゃんっ」
あれ。みきたん。
「授業は?」
「4限休講になったから、美貴も今日これで終わりなの」
「あ、そうなんだ。じゃあ一緒に帰ろ」
みきたんと雑談しながら歩いていると、不意に視界がピンク色を捉えた。
ん?何?
ピンクを探して辺りを見回す。
いた。
校門の所に、全身ピンクの石川さんが立っている。
なんでここにいるんだ。
「やばっ」
咄嗟にみきたんの陰に隠れる。
「どうしたの亜弥ちゃん」
「あ、いや‥‥別に何でも」
「あれ?梨華ちゃんだ」
はっ!?
なぜお前が知っている。
「え、み、みきたん、石川さん知ってるの?」
「うん。だってバイト一緒だもん」
うっそーん。
- 58 名前:同居人 投稿日:2006/09/19(火) 22:47
-
「おーい、梨華ちゃ〜ん」
うわぁぁぁ呼ばないでよバカ!
「あ、美貴ちゃん」
石川さん振り向いちゃったよー!
「ん?‥‥もしかして松浦さん?」
そして気づいちゃったよー!
「あー、えっと、こんにちは石川さん」
「久しぶりー。松浦さん、美貴ちゃんと知り合いだったんだね」
みきたんが叫んだ。
「えー!梨華ちゃんと亜弥ちゃんも知り合いなのー!?」
あぁもうややこしい。誰か代わりに説明して。
- 59 名前:同居人 投稿日:2006/09/19(火) 22:48
-
◆
- 60 名前:同居人 投稿日:2006/09/19(火) 22:49
- というわけで、私はなぜか喫茶店にいる。
みきたんと石川さんと一緒に。
「へぇー、じゃあ亜弥ちゃんと梨華ちゃんは部活の先輩後輩だったんだ。
梨華ちゃんって中学のときからピンクまみれだったの?」
「うん、石川さんはポーチとかタオルとか目に付く小物すべてピンクだった」
声のイメージカラーは蛍光イエローだけど。
と言おうとしてやめた。
「いい年なんだからそろそろピンク卒業しなよー。
美貴、梨華ちゃんと並んで歩くの恥ずかしいよ」
みきたん相変わらずズバズバ行くなぁ。
「私はこれでいいの!それに、ピンク色に囲まれて生活すると肉体も若返るって
科学的にも実証されてるんだから」
あー、それテレビでやってた気がする。
私はどんなに老化してもそんな生活したくないけど。
- 61 名前:同居人 投稿日:2006/09/19(火) 23:23
-
「それにしても世間って狭いね」
みきたんはそう言ってカプチーノをひとくち飲んだ。
話が途切れる。
なんとなく口淋しくなって、私たちは飲み物やケーキに手を伸ばした。
石川さんはホワイトチョコレートモカを飲みながらチーズケーキを口に運ぶ。
何気ない仕草がいちいち色っぽく見えて、私は少し嫉妬を覚えた。
私の勝手な偏見なんだろうけど、
石川さんの選ぶ物は何でも女の子らしい物のように思えてくる。
私が注文したのはアイスコーヒーとスコーン。色気もくそもない。
別にどうでもいいけど。
私は2人と目も合わせずに、黙々とスコーンを食べ続けた。
「そういえばさ」
沈黙を破ったのはみきたんだった。
- 62 名前:同居人 投稿日:2006/09/19(火) 23:35
-
「亜弥ちゃんと梨華ちゃんって、それだけじゃないでしょ」
あぁ〜、もう何?やな予感。
「どういう意味?」
「単なる中学時代の知り合いってだけじゃないでしょ、ってこと」
みきたんは鋭い。
石川さんが、なんで?と尋ねた。
「だってさっき校門で梨華ちゃん見たとき、亜弥ちゃんいきなり隠れたし。
今もずっと気まずそうにしてるし」
「え!そうなの?松浦さん」
「あー、いや、その‥‥」
なんかまずい展開になってきた。
動揺する私とは対照的に、石川さんは満面の笑みで話し始めた。
「えへへへ。実はね、私、松浦さんのイトコとつきあってるんだ」
「まじでぇ!?イトコってあの人?よっちゃん?」
「そうそう!美貴ちゃん、よっちゃんのことも知ってたんだね」
「おととい会ったばっかりだけどね」
なんか面倒なことになりそうな予感。できれば私は巻き込まれたくない。
ただでさえひーちゃんのことでは気苦労が絶えないのに。
- 63 名前:同居人 投稿日:2006/09/19(火) 23:37
-
少し間があって、みきたんが遠慮がちに言いかけた。
「でもよっちゃんって」
「知ってる。私以外にもつきあってる人いっぱいいるんだよね」
やっぱ知ってるんだ。
いや、でもそれはちょっと違う。
ひーちゃんは体の関係持ってる人はたくさんいるけど、
誰ともつきあってるつもりはないからだ。
ひーちゃんの中では全員『友達』。
胸のときめきも嫉妬も切なさもない。
「石川さんは平気なんですか?
ひーちゃんが自分以外の人とやりまくってること知ってるのに」
私の失礼な問いに、石川さんは少し俯いて答えた。
「‥‥そりゃ嫌だけど。でも私はよっちゃんと一緒にいられて幸せだよ」
「どうしてですか?」
「好きだから」
- 64 名前:しゃら 投稿日:2006/09/19(火) 23:48
- >>53の名無し飼育さん
ありがとうございます!
松浦さんはきっと色んなことに気を遣ってるんだろうけど、
吉澤さんがバカすぎるせいで空回りしてる可哀相な人です。
>>54の名無し飼育さん
なんかミキティはどこまでも奔放でいてほしいですね。
更新頑張ります!なるべく!
>>55の名無し飼育さん
ありがとうございます☆
これからさらにスローペースになっていくと思いますが見捨てないで下さい。
- 65 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/09/20(水) 00:36
- んー石川さんそれでいいのかい?w
- 66 名前:rero 投稿日:2006/09/21(木) 17:45
- モテ吉♪
- 67 名前:同居人 投稿日:2006/09/21(木) 21:10
-
金曜日の夜、渋るひーちゃんを無理矢理引きずって帰省した。
なぜか私の家族もひーちゃんの実家に集まって一緒に酒を飲んでいる。
ひーちゃんの父・ひろふみはいい感じに酔っ払って上機嫌だ。
「さー亜弥ちゃんも飲んで飲んで」
「あらやだ弘文さん、亜弥はまだ未成年ですよ」
「お母さん、先月誕生日だったからもう20歳だよ‥‥」
娘の年齢くらい覚えといてよ。
「そうだったかしら、うふふー」
無理もない。
私の5歳の誕生日、バースデーケーキに「4さいおめでとう」と書いた母親だ。
私は今だに根に持っている。
- 68 名前:同居人 投稿日:2006/09/21(木) 21:12
-
あいこが私に話しかけてきた。
「そういえばうちのバカ娘がお世話になってるみたいで悪いねー」
「あぁ、ほんと迷惑なんだよね。あいこさん怒ってあげてよ」
「あっはっはー、ひとみ大食いだから食費かかるでしょ」
「そういう問題じゃない‥‥」
実際ひーちゃんからは月に5万円も貰っている。
家賃を半分払うと言うので私が拒否したら、
「じゃあ食費」と言って5万押しつけられた。
「こんなお金いらないから出ていってよ」
「まぁまぁ、遠慮しないで」
「お金の問題じゃなくて、ひーちゃんがここに居座ることが迷惑なの!」
「てへっ☆」
「きもい」
「すみません」
「そういえばバイトも週2しかしてないのに、なんでそんなにお金持ってるのよ」
「いやぁー、まぁね、個人的な善意によるコンスタントな収入源というか」
「は?まさか貢がせてんの!?」
「いや、でもギブ&テイクって感じで」
「‥‥‥」
「あたしも体を提供してますから」
「それ援交だろ」
「てへっ☆」
「死ね」
そんなやりとりがあって、結局お金は毎月受け取っている。
まぁ迷惑料と考えれば足りないくらいだ。
その収入源が汚い金だと思うと、あんまりいい気分じゃないけど。
- 69 名前:同居人 投稿日:2006/09/21(木) 21:13
-
「それにしても、ひとみが家に帰ってこないおかげで家計が助かる助かる。
亜弥ちゃんありがとねー、あはっ」
勘弁してくれ、この親子‥‥
「ま、そういうわけで、これからもひとみの世話頼むよ」
親子ともども死ね。
ひーちゃんはと言うと、すでにベロンベロンに酔っ払って床で寝ていた。
まったく、酒弱いくせに調子乗るから。
私はひーちゃんにデコピンして、そっと毛布をかけた。
- 70 名前:同居人 投稿日:2006/09/21(木) 21:13
-
◆
- 71 名前:同居人 投稿日:2006/09/21(木) 21:14
-
喫茶店での会話を思い出す。
「私はよっちゃんと一緒にいられて幸せだよ」
「どうしてですか?」
「好きだから」
「どうして」という私の問い方は的確な表現ではない。
理由なんて訊かなくても分かってる。好きだからに決まってる。
私は、ひーちゃんが好きだという言葉を誰かの口から明確に聞きたかっただけだ。
ひーちゃんが本当に愛されているのか確かめたかった。
なぜ愛されるのか分からないからだ。
石川さんはひーちゃんのことを好きだと言った。
私は一応親戚だし昔からのつきあいだから、何だかんだ言ってひーちゃんが好きだ。
でも客観的に見たら、
何に対してもいいかげんだし自分勝手だし、男好きだし女好きだし、
最低の人間だと思うんだけど。
石川さんも含め世の中の男女は、ひーちゃんのどこに惹かれるのか。
なぜひーちゃんを選ぶのか。
- 72 名前:同居人 投稿日:2006/09/21(木) 21:16
-
◆◆◆
- 73 名前:同居人 投稿日:2006/09/21(木) 21:16
-
日曜日、私は母にパシリを頼まれた。
「肉じゃが作りすぎちゃったから、吉澤家におすそ分けしてきて」
「え‥‥めんどくさ」
「いいじゃない、ついでにひーちゃんと遊んでくれば」
「遊ばないっつーの」
実家にいる間、ひーちゃんは弟たちと野球したりサッカーしたり、
母校のバレー部に遊びに行ったり、意外と楽しんでいるようだった。
ただ頻繁に友達から電話がかかってくるらしくて、家の中では食事のとき以外
たいてい1人で部屋にこもっている。(と、あいこが言っていた)
- 74 名前:同居人 投稿日:2006/09/21(木) 21:18
-
私は肉じゃがの入ったタッパーを持って吉澤邸に向かった。
しかしドアチャイムを押しても誰も出てこない。
玄関の鍵は開いていたので、私は勝手に家の中に上がり込んだ。
とりあえず肉じゃがだけ置いて帰ろうとしたら、リビングからひーちゃんが出てきた。
「なんだ、ひーちゃんいるなら早く出てよ」
「ごめんごめん、電話中でさ。もう帰るの?」
「うん。他に用ないし」
「えぇー、せっかくだからお茶でも飲んでいきなよ。今用意するから」
- 75 名前:同居人 投稿日:2006/09/21(木) 21:18
-
私はソファに座って、そばにあった雑誌を適当にぱらぱら読み始めた。
『筋肉の構造』『効果的な筋力トレーニング』
何これ。つまんね。ひーちゃん相変わらずこういうの好きだよな‥‥
ふと、リビングに置きっぱなしの携帯電話に目がとまった。
ひーちゃんはキッチンでお湯を沸かしている。
お茶の葉が見つからなくて棚をひっかき回しているようだ。
ま、いっか。見ちゃえ。
こんな所に放置してるほうが悪いんだから。
私はひーちゃんの携帯を手に取り、適当にボタンを押した。
突然表示された見慣れた名前に心臓が跳ねる。
着信履歴は《藤本美貴》という名前で埋めつくされていた。
- 76 名前:しゃら 投稿日:2006/09/21(木) 21:22
- 微妙な所ですがここで一旦切ります。
>>65の名無し飼育さん
よくないっすw
石川さんには早く目を覚ましてほしいですね。
reroさん
実は個人的には不本意なモテ吉です。
- 77 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/09/21(木) 21:57
- えろふみあいこキタコレ
んんー、亜弥ちゃんの心境が気になるところです
- 78 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/09/22(金) 08:24
- この親にしてこの子ありですねw
- 79 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/09/23(土) 17:14
- 続きがヒッジョーに楽しみです♪
- 80 名前:rero 投稿日:2006/09/24(日) 07:50
- >>(sage)
キタキタヤホ―――!!
- 81 名前:同居人 投稿日:2006/09/28(木) 22:35
-
◆◆◆
- 82 名前:同居人 投稿日:2006/09/28(木) 22:36
- その日のうちに、私とひーちゃんは東京に戻った。
電車に揺られている2時間の間、私はほとんど喋らなかった。
ひーちゃんはいつも通り無邪気に話し掛けたりちょっかい出してきたりしたけど、
ノリが悪い私の態度を見て諦めたのか、途中から寝ることに徹したようだ。
すぐに熟睡して私の肩にもたれかかってくるので、
私はそのたびにひーちゃんの体を押し返した。
ひーちゃんとみきたんはどういう関係なんだろう。
まだ会って5日しか経ってないのに、あんなに頻繁に電話してるなんておかしい。
ひーちゃんは電話よりメール派だし。いや、でもみきたんは電話好きだ。
あぁ〜、やだやだやだ、もう考えたくない。
考えれば考えるほど悪いことしか思い浮かばない。
もしみきたんが既にひーちゃんに喰われてたらどうしよう。
みきたんも石川さんみたいに、ひーちゃんの“その他大勢”になるの?
だめだ、耐えられない。
大事な友達を、よりによってひーちゃんに取られるなんて。
- 83 名前:同居人 投稿日:2006/09/28(木) 22:37
-
電車の揺れに合わせて、ひーちゃんの首がゆらゆらしていた。
私がこんなに思い悩んでるっていうのに。
なんで諸悪の根源のこいつがいつまでも呑気に寝てるんだ。
私はあらん限りの力をこめてひーちゃんの耳をぎゅうっと引っ張った。
「いてててて」
「ひーちゃん起きて。埼京線乗り換えだから」
「うわーん耳がいたいよ〜」
「うるさい黙れ。降りるよ」
2人の関係はどこまで進んでいるのか。
確かめる勇気なんか私には無い。
事実を知るのが怖い。
ひーちゃんお願い、みきたんを取らないで。
- 84 名前:同居人 投稿日:2006/09/28(木) 22:37
-
◆
- 85 名前:同居人 投稿日:2006/09/28(木) 22:38
-
ひーちゃんは私のマンションに着くとすぐに荷物を置いて、
また出かける準備をしている。
「どこ行くの?」
私は不安を抑えきれずに訊ねた。
まさかみきたんと会うんじゃないよね。
「アヤカさんち」
「誰それ」
「まぁ何と言うか、収入源というか」
「あ〜、援交相手か‥‥」
「やだぁ亜弥ちゃん、人聞き悪い」
「実際そうでしょ」
「えへ」
よかった、みきたんじゃない。
「アヤカさんからいくら貰ってんの?」
「1ヵ月10万」
「はぁ!?」
「最初は『月20万やるから相手しろ』って言われたんだけど、
20万は貰いすぎだと思ったから値下げ交渉したんだよ。えらい?」
「金取ってる時点でえらくねーよボケ」
ひーちゃんの体にそんな価値を感じる人もいるのか。
世の中おかしい人が多すぎる。
需要があるなら、ひーちゃんなんか3万円くらいで売り飛ばしてあげるのに。
「じゃ、行ってきまーす」
「2度と帰ってくんな」
ひーちゃんは鼻歌を歌いながらご機嫌で出かけていった。
うざい。
1人で悩んでる私がバカみたいだ。
- 86 名前:同居人 投稿日:2006/09/28(木) 22:40
-
ひーちゃんにとっては誰でも遊び相手。
アヤカさんみたいに遊びだと割り切ってつきあってる人なら、
お互い楽でいいのかもしれない。
でもみきたんは、誰かを好きになったらその人しか見えなくなってしまう。
ひーちゃんが遊びのつもりでも、みきたんはきっと本気だ。
最後はみきたんだけが傷つく。本気になったほうが負けなんだ。
ひーちゃんは誰に対しても深入りしないから、自分が傷つくことはない。
来る者拒まず、去る者追わず。
ある意味、賢い生き方をしているのかもしれない。
でも本当にそれでいいんだろうか。
たぶんひーちゃんのせいで傷ついている人はたくさんいる。
石川さんだって、ひーちゃんの話をすると時々つらそうな顔をする。
本気になったほうが負け。
石川さんはそれが分かってるから、体だけの関係だと割り切って、
深入りしすぎないように努力してる。
みきたんには、石川さんみたいにつらい気持ちを味わってほしくない。
- 87 名前:しゃら 投稿日:2006/09/28(木) 22:46
- またしても中途半端ですがここまで。
>>77の名無飼育さん
えろふみは出す予定じゃなかったんですが、流れでしかたなく登場です。
あやや窮地ですねー
>>78の名無飼育さん
娘がバカなら親もバカですね・・・
>>79の名無飼育さん
ありがとうございます!
早速ペース落ちてますがすみません。
>>80 reroさん
来ましたヤホー!
ちなみにsageはメール欄ですよ〜
- 88 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/07(土) 22:27
- ちょw援交てwww
よっちゃんすげぇ
- 89 名前:rero 投稿日:2006/10/08(日) 07:43
- はや…早く読みたい…
- 90 名前:同居人 投稿日:2006/10/08(日) 15:45
-
◆◆◆
- 91 名前:同居人 投稿日:2006/10/08(日) 15:45
-
次の日はいつも通り大学に行って、もやもやしたまま授業を受け、
イライラしながら家に帰った。
いつも暇なときはみきたんと喫茶店で喋って時間つぶしたりするけど、
今日はそんな気分にもなれない。
用があるから、とか適当なこと言ってさっさと帰ってきた。
マンションのエレベーターで上昇しながら、ふと思った。
またひーちゃんが家に誰か連れ込んでたらどうしよう。
‥‥どうでもいい。
そんなことより早く自分の部屋でゆっくり休みたい。
がちゃっ。
私は家の鍵を開けた。
奥で何かガタガタ慌てる音がする。やっぱ誰かいるのか。
でも玄関にはひーちゃんの靴しか無い。
私はそのまま家に入り、ノックもせずにひーちゃんの部屋のドアを開けた。
まぁ元はといえば私の部屋なんだから、ノックなんかする必要もないけど。
- 92 名前:同居人 投稿日:2006/10/08(日) 15:47
-
「亜弥ちゃんお帰り。早かったね」
ひーちゃんはベッドでわざとらしく毛布にくるまっていた。
毛布からは剥き出しの肩が見えている。
「‥‥なんで裸なの?」
「いや〜、あはは、暑くてさー。もう7月だし」
私は部屋を見回した。誰もいない。
直観的にクローゼットに手をかける。
「あっ‥‥待って、亜弥ちゃん開けないで」
ひーちゃんが何か言ってるけど、私は無視してクローゼットを開けた。
「うきゃー!!」
叫んだのは、中に入っていた人のほうだった。
パンツだけ履いたほぼ裸の男が、その中にいた。
ひーちゃんは気まずそうに苦笑いしている。
私は冷めた目で交互に2人を見た。
「靴なかったけど」
「あ、亜弥ちゃんが来てもすぐ隠れられるように、靴だけ部屋に持ってきてた」
「あっそ。で、これ誰?彼氏?」
「いや‥‥違うけど」
「どうでもいいけど、やるんならラブホにでも行きなよ」
私はそれだけ言って、すぐ自分の部屋に閉じこもった。
いつもなら烈火のごとく怒り狂ってるところだけど、そんな気力もない。
ひーちゃんが誰とやってても別に関係ない。
みきたんじゃないなら誰でもいいんだ。
もしこんなシチュエーションでみきたんと遭遇したら。
私はきっと身投げして死ぬ。
- 93 名前:同居人 投稿日:2006/10/08(日) 15:48
-
◆
- 94 名前:同居人 投稿日:2006/10/08(日) 15:50
-
大学に行って普通にみきたんに会って、いつも通り普通に会話する。
みきたんの口からひーちゃんの話題は出ない。
もちろん私も触れようとしない。
ひーちゃんもみきたんの話はしない。
2人とも意図的に隠しているのだろうか。
関係が私にバレたら、私がぎゃーぎゃー文句言うって分かってるから。
私はみきたんの前でひーちゃんを悪く言ってるし、
ひーちゃんは私がみきたんを大事に思ってることを知ってるから。
‥‥2人は私に気を遣ってるんだ。
あ〜なんかもうすごい腹立つ。ちくしょう。
知るのが怖くて問いただすことすらできない自分にも腹立つ。
私はいつからこんな臆病者になったんだろう。
- 95 名前:同居人 投稿日:2006/10/08(日) 15:51
-
◆◆◆
- 96 名前:同居人 投稿日:2006/10/08(日) 16:08
-
Xデーは意外と早く訪れた。
クローゼットで裸の男と遭遇してから1週間後。
家に帰ると、玄関にひーちゃんとみきたんの靴があった。
私の心臓が警鐘を鳴らす。
だめだ、部屋に入っちゃいけない。
1番見たくないものを見てしまう。
開けちゃだめだ。
分かっているのに、私の手はひーちゃんの部屋のドアノブに向かう。
キィ、と音がして、ドアがゆっくり開いた。
‥‥私の人生が終わった。
投身自殺決定。
なぜか手錠をかけられたひーちゃんが、みきたんに服を脱がされていた。
- 97 名前:同居人 投稿日:2006/10/08(日) 16:10
-
「亜弥ちゃん‥‥」
下着姿のみきたんが、呆然としたまま私の名前を口にする。
「何してんの?」
私は驚くほど冷静に、分かりきったことを訊ねた。
「ごめん!」
みきたんは突然謝ってすごい速さで服を着ると、風のように逃げ帰って行った。
部屋には、ベッドに座り込んだまま動かないひーちゃんと、
無表情で彼女を見つめている私だけが残った。
「とりあえず服直しなよ」
私が言うと、ひーちゃんは困ったように肩をすくめた。
「じゃあこれ外して」
ひーちゃんは手錠をされたままの両手首を差し出した。
「どうやって?」
「テーブルの上に鍵がある」
白い小さなテーブルの上に、銀色の鍵が置かれていた。
私は乱暴にひーちゃんの手首をつかみ、
鍵を開けて外した手錠をベッドに思い切り叩きつけた。
- 98 名前:同居人 投稿日:2006/10/08(日) 16:11
-
「もう‥‥、もう何なのよ!なんでこんなことになってるの!?」
「ごめん」
「謝るくらいならみきたんに手ぇ出さないで!」
「でもそれはさぁ」
「言い訳すんな!だいたい何だよ、あの変態プレイ」
「だって美貴がああいうの好きって言うから」
「あー!もういい!聞きたくない!」
美貴。いつの間に呼び捨てするような関係になったんだろう。
初対面で「みきたん」って呼びやがったときもちょっとムカついたけど、
今の「美貴」はあのときの100倍腹立たしい。
「あのー‥‥亜弥ちゃんなんでそんなに怒ってんの?」
私は愕然とした。
ひーちゃんは心の底から戸惑っているようだった。
なんで私が怒ってるのか、この人は本当に分かってないんだ。
「‥‥それ本気で言ってるの?」
「だってこの前男が見つかったときは怒らなかったじゃん。
梨華ちゃんとかのときも、ちょっと説教するくらいだったし。
なんで今日はキレてんの?怖いよ」
「みきたんが私の友達だからに決まってるでしょ!」
- 99 名前:同居人 投稿日:2006/10/08(日) 16:12
-
ひーちゃんは下を向いて黙り込んだ。
反省しろ、バカめ。許さないけど。
私の大切なみきたんに遊びで手を出した罪は重い。
本当はボッコボコに殴り倒してやりたいけど、
こんな奴のために自分の手を痛めるのはもったいない。
冷たくひーちゃんを一瞥して部屋を出て行こうとすると、
ドアノブに手をかけた私の腕を掴まれた。
「亜弥ちゃんごめん、ちょっと待っ‥‥」
私はその腕を乱暴に振りほどき、ひーちゃんを睨み付けた。
「もういい、知らない。ひーちゃんなんか死んじゃえ」
私を見つめる大きな瞳が揺れる。
ひーちゃんはまばたきをして、振りほどかれた行き場のない手をゆっくり下ろした。
私は何も言わずに部屋を出る。
「ごめんなさい‥‥」
ドアを閉めるとき、ひーちゃんが小さくつぶやくのが聞こえた。
- 100 名前:しゃら 投稿日:2006/10/08(日) 16:22
- >>88の名無飼育さん
よっちゃんはだめだめですね・・・
こんな人いたら嫌だわ〜
>>89 reroさん
すみません、お待たせしました。
- 101 名前:rero 投稿日:2006/10/08(日) 20:35
- ごめんなさいっって言ったよっちゃんが可愛く思えたのは私だけですか?
- 102 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/09(月) 02:11
-
そうなっちゃったか(・∀・`;)
なんかショックだ
亜弥ちゃんに幸せになってもらいたい
- 103 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/09(月) 04:02
- 更新お疲れ様です。
手錠プレイ(´Д`;)ハァハァハァハァ
亜弥ちゃん複雑な気持ちですね
どーなっていくか楽しみです。
- 104 名前:rero 投稿日:2006/10/13(金) 22:36
- 待ってます
- 105 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/19(木) 01:06
- 面白いです!続き待ってます
- 106 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/19(木) 11:08
- 私もすごくよっちゃんかわいいと思った一人です
- 107 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/19(木) 21:52
- 待ってます
- 108 名前:同居人 投稿日:2006/10/20(金) 18:32
-
◆◆◆
- 109 名前:同居人 投稿日:2006/10/20(金) 18:33
-
『言えなくてごめんね』
朝起きたら、みきたんからメールが来ていた。
受信時刻は午前4時。
こんな時間まで思い悩んでやっと打ったメールがこれなんだろう。
私は少しためらってから返信した。
『今日会える?』
1分もしないうちに返事が来た。
『うん』
『じゃあ4限後スタバで』
待ち合わせ場所を指定したのはいいけど、何を話せばいいんだろう。
何を訊けばいいんだろう。
ひーちゃんとみきたんの馴れそめとか変態プレイの数々なんて聞きたくもないし。
あえて言うならひーちゃんのどんな所が好きなの?とか?
でもそれを知ってどうするんだろう。
そんなの今さら訊くようなことじゃない。
私は何を知りたいんだろう。
- 110 名前:同居人 投稿日:2006/10/20(金) 18:33
-
◆
- 111 名前:同居人 投稿日:2006/10/20(金) 18:34
-
授業中、マナーモードにした携帯が何度も震えていた。
絶対ひーちゃんだ。
もう、しつこいよ。授業中だっつーの。
終わったあと確認したら、着信のほかにメールが1件。
『あやや怒らないで。ごめんなさい。
あやちゃんが嫌ならみきとも別れるから』
まだ分かってない。
なんで私が怒ったからって簡単にみきたんを捨てようとするの?
みきたんの気持ちは無視か。
ひーちゃんが私を「あやや」と呼ぶのは、私の機嫌を取ろうとしている時だ。
おそらく今ひーちゃんの頭の中にあるのは、
どうすれば私に許してもらえるかということだけ。
- 112 名前:同居人 投稿日:2006/10/20(金) 18:34
-
昔から変わらない。
些細なことで喧嘩になったりすると、
どちらが悪かったとしても先に謝るのはひーちゃんだった。
意地っ張りの私は自分から頭を下げることができない。
変なプライドも意地もないひーちゃんは、私と仲直りしたい一心で謝り続けた。
だけど、明らかにひーちゃんが悪いときも同じテンションで言ってくるから、
逆に私はそれがしゃくに障った。
ひーちゃんはどっちが悪いとか考えずに、ただ私と仲直りがしたくて、
何でも謝ればいいと思ってるだけなんだ。
小さい頃からひーちゃんはいつもそうだった。
でも結局どうでもよくなって、大体は謝られたらすぐ許してたけど。
今回のことは当分許す気はない。
私はメールを無視して携帯を閉じた。
- 113 名前:同居人 投稿日:2006/10/20(金) 18:34
-
◆
- 114 名前:同居人 投稿日:2006/10/20(金) 18:36
-
4限後スタバ。
時間にルーズなみきたんが、今日は私より先に来て待っていた。
注文したキャラメルマキアートが出来上がるのを待ちながら、
私は窓際の席のみきたんをちらっと見る。
みきたんは落ち着かない様子で携帯をぱこぱこ開いたり閉じたり、
足を何度も組み換えたりと終始そわそわしていた。
「お待たせ。で、何?」
私は席につくと同時に本題に入った。
みきたんは一瞬言葉に詰まった。
「いや、その何て言うか‥‥ごめん亜弥ちゃん」
「なんで謝るの?私に対して何が申し訳ないと思ってるの?」
「‥‥‥」
「ひーちゃんとやっちゃったこと?それとも私に内緒にしてたこと?」
みきたんは口をつぐんで目を伏せた。
別に追い詰めるつもりじゃない。私はただ知りたいだけだ。
- 115 名前:同居人 投稿日:2006/10/20(金) 18:37
-
「‥‥よっちゃんはさ」
みきたんが唐突に話し始めた。
「何に対しても受け身なんだよね。
たぶん美貴がエッチしてって言ったら文句も言わずにやってくれる。
やめてって言ったらやめてくれる。
つきあうのも別れるのも全部美貴からアクション起こさないといけないんだろね。
それは梨華ちゃんとか他の人でも同じで」
私は黙って聞いていた。
「美貴は失恋して弱ってた時によっちゃんに会って、
その受け身の態勢を包容力だと勘違いしちゃったんだと思う。
よっちゃんは何でも受けとめてくれるから、美貴にとって居心地良かった。
失恋の痛手を癒すためによっちゃんに甘えてただけだった」
みきたんはひと呼吸おいて言った。
「だからもうやめるよ。よっちゃんとの関係は切る」
- 116 名前:同居人 投稿日:2006/10/20(金) 18:38
-
「本心からそう思ってる?」
「まぁね。このままだといつまでも甘えちゃうだろうし、
よっちゃんと一緒にいたら美貴はずっと成長できないままだとと思うし」
一緒にいると前に進めない。
今までひーちゃんとつきあってきた人たちが何人も、
同じようなことを言って離れて行った。
去る者追わずのひーちゃんは、いつも「そっか」とだけ言って別れを受け入れた。
ひーちゃんから始まることもなければ、ひーちゃんから終わらせることもない。
行動を起こすのはいつも相手のほうだ。
石川さんみたいにだらだらと続ける人もいれば、
みきたんみたいにすぐ気づいて潔く関係を切る人もいる。
「未練とかないの?」
「そりゃ少しはあるけど‥‥このままじゃよっちゃんにハマってくだけだから
この辺で断ち切っとかないと」
みきたんは少し間を置いて言った。
「って、梨華ちゃんにも言ったの」
- 117 名前:同居人 投稿日:2006/10/20(金) 18:40
- 「石川さんに‥‥」
「うん、誰が誰とつきあおうと個人の勝手だとは思うんだけど
やっぱ黙ってられなくて。
でね、梨華ちゃんもそれは常々思ってたんだって。
いつか別れなきゃいけないって分かってるんだけど、
まだよっちゃんを失うのが怖くてなかなかできないんだって」
みきたんは続けた。
「だから美貴、じゃあ一緒に別れようって言ったの」
「え?何それ」
「明日梨華ちゃんと一緒によっちゃんと会う。1人じゃ言えないかもしれないから。
それで、もうよっちゃんとは続けられないって言うの。梨華ちゃんと2人で」
- 118 名前:同居人 投稿日:2006/10/20(金) 18:47
-
それが正しい選択なのかもしれない。
ひーちゃんにどっぷりハマりこむ前に、早めに手を打ったほうがいい。
本気になればなるほど傷つくのはみきたんと石川さんだけだ。
ひーちゃんは私の従姉妹だし何だかんだ言って好きだけど、
こういう時は味方はできない。
ひーちゃんのやってることはおかしいと思うし、実際たくさんの人を傷つけてる。
ずっと黙り込んでいる私を見て、みきたんが恐る恐る尋ねた。
「亜弥ちゃん‥‥まだ怒ってる?」
私はゆっくり息を吐き出した。
「みきたんってさ、見た目通りほんとにSだったんだね」
「へ?」
「手錠プレイ」
私はにやっと笑って言った。みきたんも笑った。
- 119 名前:しゃら 投稿日:2006/10/20(金) 18:56
- 最近JUGEMにブログ引っ越した。
前のやつに飽きたので。
じゅげむは使い勝手がいいね。好きだ。
>>101,>>104 reroさん
少しは可愛い要素も入れようと思いまして。
お待たせしてすみません。
>>102の名無飼育さん
あややは色々大変ですが、いつか報われるようにしたいです。
>>103の名無飼育さん
こんな親戚持つとめんどくさいですねー。
よっさんはドMだと信じています。
>>105の名無飼育さん
ありがとうございます!満を持して参上致しました(←死ね)
>>106の名無飼育さん
おぉ!嬉しい!
憎たらしいだけのよっちゃんじゃ可哀相だと思ったのでつい。
>>107の名無飼育さん
お待たせしました。遅くてすみません・・・
- 120 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/20(金) 19:46
- 更新おつかれさまです
ひーちゃんの出方が気になります
ところで作者さんのブログも気になります
よろしければ教えてください
- 121 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/20(金) 21:22
- よしみき終わっちゃうの?
- 122 名前:しゃら 投稿日:2006/10/20(金) 21:33
- >>120の名無飼育さん
ひーちゃんどうするんですかね、
実は私もまだ決めてませんw
ブログはじゅげむで“しゃら帖”で検索するとそのうち出てくると思います。
お恥ずかしい。
そして言い忘れてました。
ガキさん18歳おめ。
- 123 名前:しゃら 投稿日:2006/10/20(金) 21:34
- ついでなので再びレス返し
>>121の名無飼育さん
まだ分からんですばい。どうしよ。
- 124 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/21(土) 03:20
- あやみきを密かに期待してるんですが(笑)
- 125 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/21(土) 07:07
- 自分は逆にあや吉を期待してますよ♪(笑
- 126 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/21(土) 21:24
- よっちゃんが絡んでればおkです
- 127 名前:rero 投稿日:2006/10/21(土) 21:24
- よしみき期待
- 128 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/22(日) 00:12
- やっぱよしあやが見たいな
この2人の関係性オモシロイ
- 129 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/22(日) 16:15
- なんかよっすぃーでもミキティでも
どっちでも報われない気が…w
大人しく見てます
- 130 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/22(日) 20:54
- 待ってます
- 131 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/23(月) 17:24
- 待ちます
- 132 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/26(木) 20:58
- 待ってます
- 133 名前:同居人 投稿日:2006/10/27(金) 10:31
-
◆
- 134 名前:同居人 投稿日:2006/10/27(金) 10:32
-
この日ひーちゃんは帰ってこなかった。
バカで鈍感で神経の図太いひーちゃんでも、さすがに昨日の今日で
私と顔を合わせるのは気まずいと思ったのだろう。
アヤカさんの所にでも泊まってるのかな。
明日2人から別れを告げられるとも知らずに。
久々に1人で過ごす夜はなんだか淋しかった。
もともと1人暮らしをしていたはずなのに、部屋がすごく広く感じる。
なぜか昔のことを思い出した。
- 135 名前:同居人 投稿日:2006/10/27(金) 10:33
-
親に叱られた時、友達と喧嘩した時、彼氏と別れた時、
夜、急に淋しくなった時。
泣きたくなった夜、私は自分の家を抜け出して吉澤家に行き、
2階のベランダからひーちゃんの部屋に忍び込んだ。
大抵ひーちゃんは寝てたけど、窓の鍵はいつも開いていた。
今思えば、いつ私が来てもいいように開けておいてくれたのだろう。
私はひーちゃんのベッドに潜り込む。
無意識なのか分からないけど、ひーちゃんはいつも私をぎゅっと抱き締めてくれた。
ひーちゃんの暖かい胸の中で、私は安心して眠りについた。
翌朝、私は必ずひーちゃんより早く起きて窓から部屋を抜け出す。
その後は、会ったとしてもいつも通り憎まれ口をたたいたり無視したり。
ひーちゃんも私も昨日の夜のことについては触れない。
そういう夜は、私がひーちゃんに甘える唯一の時間だった。
それは高校生のときまで続いてたから、そんなに昔の話じゃないのかもしれない。
だけどすごく昔のことみたいだ。
私がひーちゃんのベッドに行かなくなったのはいつ頃からだろう。
一緒に住むようになってからかな。
ひーちゃんに甘えることが無くなった今。
泣きたい夜、私はどうやって過ごしてたんだっけ。
- 136 名前:同居人 投稿日:2006/10/27(金) 10:33
-
◆
- 137 名前:同居人 投稿日:2006/10/27(金) 10:34
-
1人で眠り、1人で目が覚めた。
9時50分。寝坊した。今日1限からあるのに。
まだ頭が働かないまま、私の手は携帯電話を探す。
みきたんからメールが来ていた。
『おはよう!今日の午後よっちゃんと会ってくるね。
梨華ちゃんも一緒に行くよ』
ひーちゃんからはメールも着信もない。
私は携帯を閉じて、ベッドの上で伸びをした。
全然すがすがしくない朝。
みきたんのメールに返信する気にもなれない。
なんかもう面倒くさい。
学校行きたくない。バイトも行きたくない。
久々に登場した空っぽの自分。
半年に1回くらい、こんなふうに私は何に対しても無気力になる時がある。
こんな時の私を、ひーちゃんは“鬱あやや”と呼ぶ。
- 138 名前:同居人 投稿日:2006/10/27(金) 10:35
-
だめだ。鬱あややの時は何をやってもうまく行かないんだ。
学校サボろう。バイトも休むって連絡しよう。
私は普段頑張りすぎてるから、たまには空気抜かないといけないのかも。
そう思うことにする。
今日だけ無気力な自分でいさせて。
私はまた布団に潜り込んだ。
みきたんのことも石川さんのこともひーちゃんのことも、
今は何も考えたくない。
11時半にのろのろと起き出して、目玉焼きとトーストを焼いた。
レタスを丸ごと食卓に持ってきて、葉をちぎって食べた。
これで十分だ。動いてないからお腹もすいてない。
ベッドでごろごろしながらぼーっとテレビを見ていた。
見ていると言っても、視界には入っているが頭には入っていない。
気づけば夕方6時を過ぎていた。
何もしていないのに時間が経つのは速い。
ひーちゃんはまだ帰ってこない。
- 139 名前:しゃら 投稿日:2006/10/27(金) 10:42
- 次回の更新で終わりです。
また新しいの書き溜めなきゃ。
>>124-132の名無飼育さん
まとめてレス返しですみません。
どうなんでしょうね。はっきりさせたほうがいいですかね。
とりあえず次回までお待ち下さいな。
- 140 名前:rero 投稿日:2006/10/29(日) 20:28
- 仲良しのときのよしあやが出てくると和みます
- 141 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/30(月) 11:08
- やっぱり吉絡みは最高ですね
- 142 名前:名無し飼育 投稿日:2006/11/02(木) 08:50
- よしあやは最高に好きです
二人の独特の距離感が好きです。次が楽しみですね
- 143 名前:同居人 投稿日:2006/11/03(金) 15:25
-
◆◆◆
- 144 名前:同居人 投稿日:2006/11/03(金) 15:26
-
隣の部屋から聞こえる物音で目が覚めた。
私はいつの間にか寝ていたらしい。
時計を見ると深夜1時。今日は寝すぎだ。
隣の部屋?ってことは‥‥
ひーちゃんが帰ってきたんだ。
私はベッドから抜け出して、隣の部屋のドアを開けた。
ひーちゃんは泣いていた。
部屋の電気も点けず床の上にぺたんと座り込んで、
声も出さずに大きな瞳から涙だけが流れ落ちている。
泣いているひーちゃんを見るのは何年ぶりだろう。
最後に見たのは高校生のとき。
足の怪我のせいでバレー人生が終わったことを医者に告げられた日だった。
ひーちゃんはみんなの前では平気なふりをしてたけど、
自分の部屋でこっそり1人で泣いていたのを、私は知っている。
- 145 名前:同居人 投稿日:2006/11/03(金) 15:27
-
「‥‥ひーちゃんどうしたの?」
私はひーちゃんの肩に触れて声をかけた。
「つーか酒くさっ」
相当飲んできたのかもしれない。
そして、ひーちゃんが悪酔いするのは絶対1人で飲んだ時だ。
「うっ‥‥きもちわる」
「大丈夫?吐いてくれば?」
私はひーちゃんをトイレに連行し、背中をさすってあげた。
「ぐぁぁぁ吐く吐く吐く」
「分かった分かった、いいから早く吐いてくれ」
「‥‥うっ、うぇぇ‥‥げろげろ〜」
「やだー。もう、汚いなぁ」
ひーちゃんの胃から出てきたのは液体だけだった。
何も食べてないんだ。
「もうバカだね。空きっ腹で飲むから酔うんだよ」
ひと通り吐き終わったようなので水を飲ませた。
ひーちゃんは1リットルのペットボトルの水を一気に飲み干した。
「ほら、口のまわり汚いから顔洗って。口ゆすいで」
ひーちゃんは素直に従った。
そして私に支えられながらフラフラと自分のベッドに向かい、そのまま倒れ込んだ。
ばふっ。
- 146 名前:同居人 投稿日:2006/11/03(金) 15:28
-
ひーちゃんはベッドの上で仰向けになり、右腕で顔を隠している。
「‥‥今日ね」
「うん」
「梨華ちゃんと美貴がね」
ひーちゃんはそこまで言って黙った。
私も聞き出そうとはしない。
しばらく沈黙が続き、ひーちゃんは小さな声でまた話し始めた。
「梨華ちゃんは割り切って考えようとしたけど無理だったんだって」
「うん」
「あたしが他の人とつきあったりしてるの、ほんとは嫌だったって言ってた」
「うん」
そりゃそうだ。
「だから梨華ちゃんはあたしのせいで傷ついてたんだって」
ひーちゃんの声がかすかに震えていた。
「それで美貴にも言われたの」
「うん」
「あたしは今まで、たくさんの人につらい思いをさせてきたんだって。
梨華ちゃんみたいに」
暗い中、ひーちゃんの喉仏がこくっと上下したのが見えた。
また泣いてるのかな。
ひーちゃんは腕で顔を隠したままだ。
- 147 名前:同居人 投稿日:2006/11/03(金) 15:29
-
床には空のペットボトルが転がっていた。
わずかに残っていた水が床に少しこぼれている。
「でもさ、あたし3年くらい前から誰ともつきあった覚えはないんだよ。
セフレはいっぱいいたけど」
「そうだろうね」
「梨華ちゃんと美貴もその中の1人だった。
誰に対しても恋愛感情はなかったんだよ」
私はティッシュで床の上の水分を拭き取りながら言った。
「ひーちゃんがそうだったとしても、相手は恋愛感情持ってたかもしれないよね」
ティッシュをゴミ箱に投げる。外れた。
「うん‥‥だから傷つけちゃったのかな」
「そうかもね」
「そっか‥‥」
ひーちゃんはもう何も言わなかった。
- 148 名前:同居人 投稿日:2006/11/03(金) 15:29
-
暗い静かな部屋の中で、私たち2人の息遣いだけが聞こえる。
私は立ち上がり、さっき捨て損ねたティッシュをゴミ箱に入れた。
ひーちゃんは仰向けの体勢のまま微動だにしない。
私はベッドに肘をついて、至近距離にあるひーちゃんの顔を覗き込んだ。
腕に隠れていて表情は見えない。
私はひーちゃんの額にかかった前髪を優しく撫でた。
ひーちゃんの吐息が乱れた。
泣いてる。
私は顔を隠しているひーちゃんの右腕をそっと持ち上げた。
ひーちゃんは目を閉じたまま。
目尻からこめかみをつたい落ちる涙が、ベッドのシーツに吸い込まれていく。
「亜弥ちゃん、あたし淋しいよ」
ひーちゃんが呟いた。
- 149 名前:同居人 投稿日:2006/11/03(金) 15:31
-
私は昔のことを思い出していた。
親に叱られた時、友達と喧嘩した時、彼氏と別れた時、
夜、急に淋しくなった時。
泣きたくなった夜、ひーちゃんのベッドに潜り込む私。
何も言わずにいつも私を抱き締めてくれたひーちゃん。
今日は私がひーちゃんを慰めてあげよう。
甘やかしてもいいよね、今日くらい。
私はベッドに上がってひーちゃんの隣で横になった。
ひーちゃんは昔と同じように、私の頭をぎゅっと抱き締める。
「え、ちょっと待ってよひーちゃん」
これじゃ逆だよ、今日は私が慰めるほうでしょ。
‥‥まぁいいか。
私はおとなしく腕の中に収まった。
ひーちゃんの胸は、昔と変わらずあったかくて柔らかかった。
ひーちゃんは私を抱き締めたまま泣き続けた。
私の中にあった刺々しいものがだんだん消えていく。
急に、このどうしようもない従姉妹のことを、死ぬほど愛しく感じた。
- 150 名前:同居人 投稿日:2006/11/03(金) 15:31
-
「‥‥ひーちゃんてほんとダメ人間だよね。
男にも女にもだらしないし、いいかげんだし適当だし。
平気で援交してるし貢がせてるし。
学校もちゃんと行ってない、バイトも時々サボる」
ひーちゃんはぐすっと鼻を鳴らした。
「みきたんも石川さんも、こんな最低な人のどこが好きだったんだろね」
私はひーちゃんの華奢な背中に腕を回した。
「ひーちゃんなんか、いつか絶対みんなに見捨てられちゃうよ」
その背中をそっと撫でる。
「ひーちゃんみたいなダメ人間、一生見捨てないで世話焼いてあげるのなんて、
世界中探したって私くらいしかいないんだからね」
いつの間にか眠ってしまったひーちゃんの腕の中で、私も眠りについた。
〔了〕
- 151 名前:しゃら 投稿日:2006/11/03(金) 15:38
- 終わりです。
>>140 reroさん
あややは、普段はツンツンたまにデレデレってイメージです。
>>141 名無飼育さん
吉絡み私も大好きです。だってよっさんが好きなんだもん
>>142 名無飼育さん
松浦さんと吉澤さんはあんまり一緒にいるとこ見ないので、
なんかベタベタしてるイメージわかないんですよね。
- 152 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/11/03(金) 17:48
- 待ってました!ラストがあっさりしていて逆に良かった。すごく面白かったです。
- 153 名前:rero 投稿日:2006/11/06(月) 17:08
- よしあやいいなぁ…
面白かったです
次回も期待しています
- 154 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/11/11(土) 22:13
- 次の読みたい
- 155 名前:かめら 投稿日:2006/12/29(金) 13:24
-
亀ちゃん何してんの?
あっ吉澤さん。しーっ。
は?
ちょっと静かにしてて下さい。
今いい所なんです。
これ何?何の番組?
‥‥‥。
無視かよ。
‥‥‥。
‥‥つーかこれ映ってんのあたしじゃん!
今日の楽屋じゃん!
どこから撮ってんの!?
ちょっとうるさいですよ。
黙ってて下さい。
はぁ!?
これから決定的瞬間なんです。
何それ。
- 156 名前:かめら 投稿日:2006/12/29(金) 13:25
-
来る‥‥来ますよ‥‥
来たぁぁぁ一時停止ポチッ!!
何?
見て下さい吉澤さん!
この衝撃的な映像を!!
吉澤さんが愛ちゃんのケツを触っている決定的瞬間を!!!
‥‥へぇ。
へーじゃないですよ!
絵里以外の女に手ぇ出さないって約束したのにっ。
吉澤さんの嘘つき。
手ぇ出すも何も、こんなの偶然当たっただけじゃん。
吉澤さんはそう思ってるかもしれないけど、愛ちゃんは違います!
絶対、わざと吉澤さんの手にお尻ぶつけたんですよ。
自慢のプリケツを。
吉澤さんを誘惑しようとしてるんですよ!
何だそりゃ。
というわけで、これから愛ちゃんには気をつけて下さいね。
はいはい。
つーか、これ何?盗撮?
違いますよ。
絵里、吉澤さんが他の女に取られないか心配だったから、
楽屋に隠しカメラ仕掛けたんです。
それ、盗撮って言うんだよ。
まー、それはどうでもいいんですけど。
よくねーよ!
じゃ、次行きますね。
聞けよ!
さぁ、来ますよ。
5、4、3、2、1、一時停止ポチーッ!!!
気合い入ってんな‥‥
- 157 名前:かめら 投稿日:2006/12/29(金) 13:55
-
ここです!決定的瞬間!
小春てめぇぇぇ馴々しく吉澤さんに抱きつくんじゃねぇ───!!
キャラ変わってるよ亀ちゃん。
あぁっ、今度は吉澤さんの胸に顔スリスリ!!
小春うぜぇぇぇぇぇ!!!
‥‥‥。
油断しないで下さいね!
小春の無邪気キャラはすべて計算ずくですよ!
子供を装って吉澤さんに甘えるための卑劣な手口です!
引っ掛かっちゃダメですよ!
はいはい。
あ、この辺からはガキさんとの絡みですね。
絡みって何だよ!しゃべってるだけじゃん。
まさかガキさんのことまで疑ってんの?
いえ、ガキさんは吉澤さんの好みじゃないんで安心です。
どーでもいいから早送りしますね。
哀れガキさん‥‥
さて、そろそろ登場しますよ。
最大にして最強の強敵、目の上のたんこぶ、憎き邪魔者、悪の枢軸、
極悪藤本さんです。
言うね、あんたも。
これはもう間違いなく黒でしょう!
完全に吉澤さんにホの字ですよ!
表現が古いよ。
キ────ッ!!
吉澤さん、こんなベタベタされて、なんで嫌がらないんですか?
このままじゃ敵は調子に乗るだけですよ!
- 158 名前:かめら 投稿日:2006/12/29(金) 13:56
-
だって別に拒否る理由もないしね。
それです!
吉澤さんのそういう所がだめなんですよ!
きっと藤本さんは調子こいてどんどんエレベーター‥‥
‥‥エベレストしていきますよ!
エスカレートだろ。
それです。
吉澤さんはいいんですか?
このまま悪をのさばらしておいていいんですか!?
はぁ‥‥
とにかく、今後フジモンに絡まれるようなことがあったら
容赦なく絵里の鉄拳が飛びますよ!
どっちに?
もちろん吉澤さんです!!!
お前、ミキティにびびってるだろ。
いえ、違います。
藤本さんに鉄拳なんか喰らわそうもんなら、
あとで殺されるのは自分ですから。
びびってんじゃねーか‥‥
もう、次行きますよ。
あ、またガキさんとしゃべってる。
意外と仲いいんですね。
そりゃもう5年以上のつきあいだしね。
ま、どっちにしろガキさんは吉澤さんの好みじゃないですし。
関係ないんで早送りしますね。
‥‥哀れガキさん‥‥
- 159 名前:しゃら 投稿日:2006/12/29(金) 14:23
- あ、すいません、終わりです。よしかめ短編でした。
>>152の名無飼育さん
ありがとうございます。
ラストこってりが苦手なので、そう言って下さる方がいてよかったです☆
>>153 reroさん
ありがとうございます。
遅くなりましたが次回作でございます。短いですが。
>>154の名無飼育さん
次回作でごわす。
- 160 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/12/29(金) 15:42
- ガキさんwwww
いや、面白かったですw
嫉妬深いキャメちゃんサイコー
- 161 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/12/29(金) 21:12
- うはwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
もっと見たいっすwwwwwwwwww
- 162 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/12/30(土) 02:00
- テンポ&内容◎です
- 163 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/12/30(土) 02:38
- えりりん厳しいよwww
でも面白いから大好きです!!
- 164 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/03(水) 16:05
- どんどんください
- 165 名前:タイムカプセル 投稿日:2007/01/05(金) 20:56
-
◆◆◆
- 166 名前:タイムカプセル 投稿日:2007/01/05(金) 20:56
-
それはあまりに突然だった。
久しぶりにお母さんと電話してたら、彼女は信じられないことを口走った。
「そういえばねぇ、梨華ちゃん結婚するんだって」
「‥‥‥は?」
「できちゃったんだって」
何?どういうこと?‥‥結婚?
あの処女の梨華ちゃんが結婚って。
しかもデキ婚とな?
「どうしたの、ひとみ」
「‥‥ん?あぁ、いや何でもない。ちょっとびっくりしただけ」
「うん、まさか梨華ちゃんがねぇ」
「‥‥お母さん、あたし明日そっち帰るわ」
「え?明日水曜だけど。学校は?」
「全部休講になった」
「はぁ」
- 167 名前:タイムカプセル 投稿日:2007/01/05(金) 20:57
-
というわけで、私は半ば強引に帰省することになった。
断じて、梨華ちゃんのことが気になるからではない。
梨華ちゃんの夫になる人の顔が見たいだけだ。
あんなめんどくさい女と結婚するなんてどんな男なのか、気になるだけだ。
実家に帰るのは半年ぶり。
親にも弟たちにもずっと会っていない。
梨華ちゃんとは連絡すら取っていない。
次の日の始発電車で、私は地元に舞い戻った。
- 168 名前:タイムカプセル 投稿日:2007/01/05(金) 20:58
-
◆◆◆
- 169 名前:タイムカプセル 投稿日:2007/01/05(金) 20:59
-
「紺野ぉ〜」
「何ですか吉澤さん」
「慰めてほしいんだよぉ」
「さすがに飲み過ぎですよ」
「うるせー。ちょっとこっち来い」
「何する気ですか?」
「おっぱい揉ませろ」
「嫌です」
半年ぶりに梨華ちゃんに会ったあの日から、3日が経っていた。
私は実家に1泊だけして、また東京に戻ってきた。
今、大学の後輩と居酒屋で飲んでいる。
無理矢理つきあわされた紺野は明らかに迷惑そうな顔だ。
「リカちゃんにフラれたのがそんなにショックだったんですか」
「ばっかやろー、フラれてなんかねぇよ」
「はいはい、そうでしたね。じゃあリカちゃんの結婚がショックなんですか」
「‥‥‥」
「そんなに好きなら当たって砕けてスッキリしてくれば良かったのに」
「たぶんそういう“好き”とは違うんだよ。何て言うか‥‥家族愛に近い」
「吉澤さんシスコン気味ですか?」
「黙れ、てめー紺野のくせに」
- 170 名前:タイムカプセル 投稿日:2007/01/05(金) 21:00
-
◆
- 171 名前:タイムカプセル 投稿日:2007/01/05(金) 21:03
-
梨華ちゃんと私は、俗に言う幼なじみだった。
梨華ちゃんが高2、私が高1の頃、それは始まった。
いつものように私の部屋でどうでもいい話をしたりゲームをしたりしている時。
私の机の引き出しを開けた梨華ちゃんが、「うわっ」と声を洩らした。
「何?どうした」
「よっすぃー、これって‥‥」
「あ」
前の彼氏とつきあってた頃の名残で、その中にはコンドームが入っていた。
梨華ちゃんは気まずそうに引き出しを閉めた。
なぜか言い訳をし始める私。
「いや、余ったからさぁ」
「‥‥‥」
「捨てるのもったいないし」
「よっすぃー、意外とやることやってるんだね」
「はぁ、どうも」
そういや梨華ちゃんて彼氏いたことあるんだろうか。
いや、ないな。
毎日ヒマそうだもんな。
「梨華ちゃん処女?」
「へっ!?な、な、何を‥‥」
「やっぱそうなのか。やったことないんだ」
- 172 名前:タイムカプセル 投稿日:2007/01/05(金) 21:06
-
「うるさいな!やったから偉いってもんでもないでしょ」
「まぁそりゃそうだけど」
「それに体内に異物が入ってくるなんて怖いじゃん。初めては痛いって言うし」
「じゃあ試してみる?」
ちょっとからかってみただけだった。
でも、思いのほか梨華ちゃんは真っ赤になって黙り込んだ。
私はからかい半分・好奇心半分で梨華ちゃんの服を脱がせ始める。
だって梨華ちゃん抵抗しないんだもん。
調子に乗ってキスしてみた。
梨華ちゃんはやっぱり抵抗しない。
男役は簡単だった。
今まで自分が彼氏にされてきたことを思い出して、
同じように指や舌を動かすだけでいい。
私のする行為で梨華ちゃんが反応するのが楽しかった。
その日から私たちはお互いの体にハマっていった。
女同士は便利だ。
ゴム使わなくていいからお金がかからない。
最初は単なる好奇心だったのに、そのうち中毒みたいになっちゃった。
- 173 名前:タイムカプセル 投稿日:2007/01/05(金) 21:06
-
◆
- 174 名前:タイムカプセル 投稿日:2007/01/05(金) 21:18
-
「へぇー、すごい世界ですね」
「今考えると、ほんとにケダモノのようにやりまくってた」
紺野が苦笑した。
「若かったんですね」
「うん、性欲旺盛だったよ。梨華ちゃんが毎日うちに来るんだけどさ、
必要以上に色っぽい服着てきたりするわけ」
「確実に狙ってますね」
「たぶんね。梨華ちゃんがせっかく誘惑しようとしてくれてるから、
あたしもそれに乗ってあげないと失礼かな、と」
「吉澤さん自分もやりたかっただけじゃないんですか?」
「うるさい。だって目の前にでかい乳があったら触りたくなっちゃうじゃん」
紺野が一瞬、微妙な表情で私を見上げた。
「心配しなくてもあんたには手ぇ出さないよ」
「ですよね」
- 175 名前:しゃら 投稿日:2007/01/05(金) 21:28
- いしよしは王道すぎて書くのが怖い。文才ないのがバレるから。
>>1で85年組と6期が好きとか言ってるけど、
やっぱ5期からめると書きやすいです。
>>160-164
まとめてレスすみません。
感想ありがとうございます。またいつか書くかもしれません。
キャメイさんは娘。の中では5推しくらいなんですが、
なぜか吉亀になるとかなり上位に来ます。大好きです。
- 176 名前:しゃら 投稿日:2007/01/06(土) 12:42
- 仮眠とって夜中にもう1度更新するつもりでいたら、
例によって熟睡してしまいました。さっき起きました。
- 177 名前:タイムカプセル 投稿日:2007/01/06(土) 12:44
-
◆◆◆
- 178 名前:タイムカプセル 投稿日:2007/01/06(土) 12:44
-
久しぶりに会った梨華ちゃんは、心なしか以前よりふっくらしているように見えた。
梨華ちゃんの結婚に動揺しまくってわざわざ帰省してきたのに、
私には何の感情も沸き起こらなかった。
この年で結婚なんて現実味がないからなのか、
実際に会った梨華ちゃんが昔と変わっていなかったからなのか。
私はごく自然に声をかけた。
「梨華ちゃん、久しぶり」
「うわ〜!ホントによっすぃーだ!元気だった?」
「元気だよ。梨華ちゃんは相変わらず黒いね」
「え〜、最近外出は控えてるのに」
「あぁ、もう妊婦だもんね」
私は何気なく梨華ちゃんのお腹を見た。
まだ膨らんではないみたい。
- 179 名前:タイムカプセル 投稿日:2007/01/06(土) 12:45
-
「うん。でもさ、よっすぃーひどいよ」
「は?なんで?」
「だって結婚すること報告しようとしたら、メールも電話もつながらないんだもん。
携帯かえたんなら、新しい連絡先くらい教えてよ」
「あー‥‥忘れてた」
まじで忘れてた。
高校時代、毎日やりまくった仲だというのに。
つーかその前に幼なじみなのに。
大学に進学してから3年間、私は自分でも不思議なくらい、
本当に綺麗さっぱり梨華ちゃんのことを忘れていた。
もちろん、たまに実家に帰って梨華ちゃんに会えば普通に話もしたけど。
東京にいる間は、梨華ちゃんの存在を思い出すことはなかった。
- 180 名前:タイムカプセル 投稿日:2007/01/06(土) 12:45
-
◆
- 181 名前:タイムカプセル 投稿日:2007/01/06(土) 12:50
-
「どうしてなんですかね?」
「うん、自分でも分からん。なんでだろ」
紺野は小さく息を吐いて、とっくにぬるくなったカシスオレンジをひとくち飲んだ。
私も残りのカクテルを飲み干した。
店員が私たちの横を通り過ぎる。
「あ、すいませーん、梅酒ロック下さい」
「まだ飲むんですか?」
「ほっとけ。お前も飲め」
私にとって梨華ちゃんは高校時代であり、地元であり、青春そのものだった。
中学から高校まで何人か男ともつきあったけど、もう彼らの顔さえ思い出せない。
。
大学に入ってからの私は常に新しいものを追い求め、新鮮な刺激を欲した。
地元のことを思い出さないのは、
前進することに精一杯で、後ろを振り返る余裕なんて無かったからだ。
「だから梨華ちゃんのことも忘れてたのかな‥‥」
「え?何か言いました?」
「いや、何でもない。こっちの話」
梨華ちゃんは私にとって“過去”だったんだ。
- 182 名前:名無し 投稿日:2007/01/06(土) 17:21
- 新年からキターーーーー!!!!!!!!
頑張ってください
- 183 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/07(日) 20:59
- わくわくわく
- 184 名前:タイムカプセル 投稿日:2007/01/16(火) 23:52
-
◆◆◆
- 185 名前:タイムカプセル 投稿日:2007/01/17(水) 00:17
-
ひゅうっと冷たい風が首筋を撫でて、私は身震いした。
そうだ、私は今から梨華ちゃんに会いに行くところだったんだ。
なぜか偶然、梨華ちゃんのほうからうちに出向いてくれたみたいだけど。
玄関のドアを半分開けた姿勢のまま、私は梨華ちゃんと話していた。
握り締めたままの金属のドアノブに体温が吸い取られていく。
「そういや梨華ちゃん何しに来たの」
「よっすぃーに会いに来たに決まってるじゃん」
「そっか」
当たり前のように言う梨華ちゃんに少したじろいだ。
こいつは昔のことを忘れているんだろうか。
それとも、無かったことにしようとしているんだろうか。
私は梨華ちゃんと喋ることすら結構気まずいのに。
いきなり子供なんか作りやがって。
あ、そういやコイツ妊婦だったんだ。
「ごめん、こんな所で立ち話してたらお腹の子に悪いよね。寒いし」
「いいよ、大丈夫」
「まぁとりあえず、‥‥中入りなよ」
一瞬、躊躇した自分に気づいた。
梨華ちゃんを家に上げることが、いけないことのように感じたから。
- 186 名前:タイムカプセル 投稿日:2007/01/17(水) 00:19
-
梨華ちゃんが最後に私の部屋に入ったのは、高校の卒業式の前日。
いつものように体を重ねたあと、梨華ちゃんは何も言わずすぐに部屋を出て行った。
私も布団にくるまったまま、梨華ちゃんのほうを振り向きもしなかった。
こんな遊びは今日で終わりだろうな。
と、お互い何となく気づいてたんだと思う。
卒業式の4日後、私は荷物をまとめて上京した。
ご近所さんのはずなのに、私は梨華ちゃんに挨拶にも行かなかった。
梨華ちゃんも見送りに来なかった。
私たちの関係はそこで終わった。
- 187 名前:タイムカプセル 投稿日:2007/01/17(水) 00:19
-
◆
- 188 名前:タイムカプセル 投稿日:2007/01/17(水) 00:20
-
「なんかもうよく分かりませんね。めんどくさいから結論だけ教えて下さい。
結局吉澤さんは何がしたかったんですか?」
長々と昔話を聞きながら、紺野は少しうんざりしているようだった。
私は質問には答えず、梅酒を飲み干して紺野の次の言葉を待った。
「何するために帰省したんですか」
「う〜ん‥‥」
「リカちゃんを祝福するためですか?それとも結婚をぶち壊すためですか?」
「後者じゃないことは確かだけど、前者とも言いきれない」
「はぁ」
「初めはさ、梨華ちゃんのダンナの顔が見たかっただけなんだよ。
でも梨華ちゃんが幸せそうなの見てたら、なんかイライラしてきてさぁ」
「嫌な幼なじみですね。幸せを喜んであげられないなんて」
「ごもっとも」
梅酒のロックをもう1杯追加して、
私は紺野が飲み残したカシスオレンジを一気に喉に流し込んだ。
- 189 名前:タイムカプセル 投稿日:2007/01/17(水) 00:20
-
◆◆◆
- 190 名前:タイムカプセル 投稿日:2007/01/17(水) 00:22
-
「ちょっとシャイだけど、ほんとにいい人なの。顔も結構かっこいいんだよ。
早くよっすぃーにも会わせてあげたいな」
玄関で靴を脱ぎ、廊下を歩いて、私の部屋に続く階段を上がっている間、
訊いてもいないのに、梨華ちゃんは未来の夫についてのろけまくった。
「そうだ、今日呼んじゃおうかな。よっすぃー、すぐ東京に戻っちゃうんでしょ?
こっちにいるうちに会って紹介するよ」
私は適当に相槌を打ちながら、のろけ話を聞き流した。
心の中はもやもやと嫌な空気が立ちこめていて、梨華ちゃんの甲高い声を聞くたび、
それは黒い雲に変わっていくようだった。
このイライラを悟られちゃだめだ。
私は黒い雲を押し殺し、いつも通り梨華ちゃんに接する。
- 191 名前:タイムカプセル 投稿日:2007/01/17(水) 00:26
- 部屋のドアを開けると、梨華ちゃんが懐かしげにつぶやいた。
「うわぁー、よっすぃーの部屋すごい久々だ。昔と全然変わってないね」
「うん、ほとんど帰ってきてないからね。何もいじってないし」
梨華ちゃんは部屋をきょろきょろ見回すと、嬉しそうに壁ぎわに駆け寄った。
「あー!これ卒業式のときの写真じゃーん。懐かしい〜」
高校の卒業式のあと、記念にってことでうちの母親が撮った写真。
卒業証書を抱いて満面の笑みの梨華ちゃんと、
なぜか不機嫌そうにカメラから目をそらしている私。
「これさ、よっすぃー泣いたあとだったから写真撮るの嫌がってたんだよねぇ」
「うるさい、泣いてないよ」
「泣いてたじゃん。バレー部の後輩から色紙とか花束もらって」
そう、私は後輩からの心のこもった寄せ書きを読んでぼろぼろ泣いた。
目が腫れて鼻も真っ赤でブサイクだったから撮りたくなかったんだけど、
それだけじゃない。
私は梨華ちゃんと一緒に写真を撮られるのが嫌だった。
もう自分たちの関係は終わったと分かっていたから。
卒業式で2人で写真に収まって、高校時代の綺麗な思い出として残されていくのが
なんかすごく嫌だったんだ。
もちろん、部屋の壁にこの写真を貼ったのは私じゃない。
私は卒業式の4日後には上京していた。
あとから写真を現像した母親が、勝手に貼ったんだと思う。
- 192 名前:タイムカプセル 投稿日:2007/01/17(水) 00:27
-
梨華ちゃんが私のベッドに座った。
「あー懐かしいなーこの感触。よっすぃーのベッド気持ちいいよね」
どこまで無神経なんだ、この女は。
そんなことしたら嫌でも昔のこと思い出しちゃうじゃん。
わざとやってるとしか思えない。
さらに梨華ちゃんはベッドに横になり、私の枕に顔をうずめた。
「あはは、よっすぃーの匂いだぁ。いい匂い」
「あのさぁ」
私は耐え切れなくなって思わず大きな声を出した。
梨華ちゃんは怪訝そうに顔を上げる。
「何よ」
「梨華ちゃんはそれ、どういうつもりなわけ?」
「は?どういうって」
- 193 名前:タイムカプセル 投稿日:2007/01/17(水) 00:27
-
くすぶっていた黒い雲が噴出しかける。
「昔のこと忘れてるのかって訊いてんの。よく無神経にこういうことできるね」
「何が無神経なのよ」
「あたしは‥‥梨華ちゃんがそうやって振る舞ってるの見てると
昔のこと思い出しちゃって、少なからず気まずい思いをしてる」
「私は気まずくなんてない」
「じゃあ梨華ちゃんは、もうあの時のことは何とも思ってないの?」
「別に‥‥私の中ではいい思い出だもん。毎日楽しかったし」
梨華ちゃんのその言葉で、私は完全に目が覚めた。
いつまでも過去を消化しきれない自分に気づき、愕然とした。
思い出にしなきゃいけないんだ、私も。
- 194 名前:しゃら 投稿日:2007/01/17(水) 00:32
- ちょっと色々と失敗しました。コピペとか。
何とか話通じるのでこのままにしときます・・・すみません。
>>182の名無しさん
頑張ります!ストック少なくなってきたー
>>183の名無飼育さん
あまり期待せずにお待ち下さい・・・
- 195 名前:タイムカプセル 投稿日:2007/01/19(金) 20:05
-
◆
- 196 名前:タイムカプセル 投稿日:2007/01/19(金) 20:05
-
「ラストオーダーになりますが、何かご注文ございますか」
店員が来てそう言った。
もうそんな時間か。
「紺野、何かある?」
「いえ、私は何も」
「‥‥えーと、ピッチャーで青りんごサワー下さい。あとグラス2つお願いします」
「ピッチャーですか」
「わりーかよ」
「いえ、別に。吉澤さん責任取って全部飲んで下さいよ」
「‥‥まじで?」
グラス2つ頼んだのに。
私は苦笑して、紺野の横顔を見下ろした。
「何見てるんですか」
「別にぃー。まぁ遠慮するでない。近う寄れ」
「何する気ですか」
「おっぱい揉ませろ」
「嫌です」
- 197 名前:タイムカプセル 投稿日:2007/01/19(金) 20:07
-
◆◆◆
- 198 名前:タイムカプセル 投稿日:2007/01/19(金) 20:09
-
梨華ちゃんの彼氏は、特に顔がいいわけでもなく、金を持ってるようでもなく、
本当に普通の人だった。
だけど、すごくいい人だってことも分かった。
物腰が柔らかくて、色んな人に気を遣って、何より彼は梨華ちゃんを愛していた。
そいつと一緒にいるときの梨華ちゃんは心から幸せそうで、
私のことなんて目に入っていない。
私と母親、梨華ちゃんと彼氏の4人でコタツを囲んで談笑している風景が
どこか他人事のような気がして、ふっと虚無感に襲われる。
昔のことを清算できていない私だけが、1人取り残されてるみたいだ。
青春時代の出来事を自分の中で消化して、思い出に変えていくべきだった。
私は今まで梨華ちゃんのことを、わざと思い出さないようにしていたのかもしれない。
とっくに過去だと思い込んでいたのに、自分で過去にしてしまうのが怖くて、
逃げていただけなのかもしれない。
私は黙ってコタツから立ち上がった。
「どうしたの、よっすぃー」
「あたし帰るわ」
「え?もう?昨日来たばっかじゃん」
「だって明日授業あるもん」
ま、今日もあったけどね。
たいして出席もしていない大学の授業を口実にして、さっさと東京に逃げ帰る私。
最後まで無様でかっこ悪い。
すでにまとめてあった荷物を肩に掛けて、部屋のドアを開ける。
私はできるだけ自然な感じで微笑んだ。
「梨華ちゃん、いい人見つけたね。意外と見る目あるよ」
梨華ちゃんはびっくりしたような顔をした。
お母さんが便乗して彼を褒めちぎる。
梨華ちゃんの隣では、未来のダンナが恐縮している。
「何よーいきなり」
「いや、またしばらく会えないからさ。お祝いくらい言っとこうと思って」
「あはっ、ありがと」
だめだ、泣くかも。
涙が出る前に早く行かなきゃ。
「ちゃんと結婚式には呼んでよ」
「当たり前じゃん。あっ、それじゃ携帯の番号とかアドレスとか教えてよ」
私はわざとらしく時計を見る。
「あぁー、いま時間ないから。あとでお母さんにでも訊いといて」
「何それぇ」
私はうまく笑えているだろうか。
「じゃあね、梨華ちゃん。幸せにね」
よかった、言えた。声も震えなかった。
ドアを閉める。
車で送ってくよー、ってお母さんの声がしたけど、
私は聞こえないふりをして家を出た。
冬の風が冷たい。
私は駅まで全力で駆け出していった。
- 199 名前:タイムカプセル 投稿日:2007/01/19(金) 20:10
-
◆◆◆
- 200 名前:タイムカプセル 投稿日:2007/01/19(金) 20:12
-
「うごっ、‥‥おぇぇぇ」
「もう〜、吉澤さん勘弁して下さいよ」
「ごめぇん紺野ぉー、うぇ、げろ〜」
「き、汚い‥‥」
案の定、飲み過ぎた私は路上で吐きまくっていた。
紺野が、汚い汚いと文句を言いながら背中をさすってくれている。
つーか、紺野のせいでもあるんだからね。
最後ピッチャーの青りんごサワー全部あたしに飲ませやがって。
イッキなんて久々にしたよ、ちくしょう。
肌を切り裂くような冷たい空気が頬を撫でる。
夜の空は晴れ渡っていて、都心にしては珍しく星も出ていた。
さすがに星座までは確認できないけど。
梨華ちゃんへの複雑な想いは、まだ完全に吹っ切れたわけじゃない。
でも、紺野に聞いてもらって少し心が軽くなった。
私はふらふらと立ち上がり、ありったけの声で叫んだ。
「梨華ちゃぁぁぁぁぁん」
「ななな何ですか吉澤さん」
紺野がぎょっとして私を見上げた。
私はその辺にあった電柱に抱きつく。そして抱き締める。
「梨華ちゃんのことが好きだったぁぁぁ───!!!
‥‥‥かもしれな─────い!!!」
紺野が呆れた表情で見ていた。
「こういう時くらいハッキリ言ったらどうですか」
私は少し考えて、もう1度電柱を抱き締める。
「‥‥やっぱちょっと好きだった─────!!!」
「その電柱、さっき犬がオシッコかけてましたよ」
「うっそ!?」
「嘘です」
冬の空は高く澄んでいて、優しい月の光が私を慰めてくれるような気がした。
〔了〕
- 201 名前:しゃら 投稿日:2007/01/19(金) 20:13
- 終わりです。
次は、みきよしさゆ辺りで行こうと思います。
- 202 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/19(金) 23:13
- 本題はそこじゃねえと思いつつ紺野のキャラに笑ってしまったw
- 203 名前:鍵穴 投稿日:2007/01/23(火) 11:59
-
◆◆◆
- 204 名前:鍵穴 投稿日:2007/01/23(火) 11:59
-
さゆみは可愛いものが好き。
綺麗なものが好き。
嘘がなくて真っ白なものが好き。
だからお姉ちゃんが大好き。
- 205 名前:鍵穴 投稿日:2007/01/23(火) 11:59
-
◆◆◆
- 206 名前:鍵穴 投稿日:2007/01/23(火) 12:00
-
学校はつまんない。
男の子と話したことは1度もないし、女の子もさゆみのこと避けてる。
さゆみが可愛いからって嫉妬しすぎ。
家はもっとつまんない。
パパとママは毎日のように喧嘩してる。
怒鳴り声が怖くて、さゆみはいつもベッドの中で丸くなってた。
だから家出をした。
お姉ちゃんのマンションに逃げ込んでから、もう1週間が経つ。
学校にも行ってない。
いい子のさゆみが家出するなんて、パパもママも思ってなかったみたい。
すごく慌てて取り乱した様子のママがここにも電話してきたけど、
お姉ちゃんが「さゆはいないよ」って嘘ついてくれた。
ママはお姉ちゃんのことをすごく信頼してるから、簡単にだまされる。
ここに訪ねて来ることもなかった。
パパはママの再婚相手だから、さゆみとは血がつながっていない。
お父さんとお母さんは9年前に離婚して、
お姉ちゃんはお父さんに、さゆみはお母さんに引き取られた。
さゆみは淋しくて毎日泣いてた。
お姉ちゃんと違う苗字になって赤の他人になっちゃったみたいで、
すごく悲しかったのを覚えてる。
さゆみは、それまでずっとお姉ちゃんの真似して親のこと「お父さん」「お母さん」
って呼んでた。
だけどその後すぐ再婚したお母さんは、自分のことを「ママ」再婚相手を「パパ」
って呼ばせるようになった。
さゆみ、ほんとはお母さんって呼びたいんだけどな。
もう高校生だから恥ずかしい、ってわけじゃないよ。
ただお姉ちゃんと一緒がいいだけなんだ。
- 207 名前:鍵穴 投稿日:2007/01/23(火) 12:01
-
◆
- 208 名前:鍵穴 投稿日:2007/01/23(火) 12:02
-
この1週間、さゆみはずっと幸せだった。
お姉ちゃんのマンションは、間取りは普通の1DKだけど部屋がすごく広いから、
さゆみはお姉ちゃんのベッドの隣に布団を敷いて寝てる。
朝起きるとお姉ちゃんが朝ご飯作って待っててくれる。
昼間、お姉ちゃんは大学に行っちゃってさゆみは留守番だけど、
メールいっぱいしてくれる。
お姉ちゃんが合い鍵を作って渡してくれた。
さゆみはその鍵に綺麗な水色のリボンを結んで、家から持ってきた宝箱に入れた。
さゆみは夜中に目を覚まして、いつもお姉ちゃんの寝顔を見つめる。
お姉ちゃんの顔はすごく綺麗。いくら見てても飽きないんだ。
‥‥誰にも邪魔されない、幸せな時間だったのに。
黒い魔女が現れた。
不気味な闇はお姉ちゃんを飲み込み、さゆみを巻き込んでいく。
- 209 名前:鍵穴 投稿日:2007/01/23(火) 12:02
-
◆◆◆
- 210 名前:鍵穴 投稿日:2007/01/23(火) 12:04
-
その日は夜になってもお姉ちゃんが帰ってこなくて、心配で怖くてたまらなかった。
メールしても返事はないし、電話もつながらない。
さゆみはお姉ちゃんのベッドで羽布団にくるまって、ぎゅっと目を閉じた。
布団の中は春の花みたいな優しい香り。
お姉ちゃんの匂いに包まれて、さゆみは少しだけ安心した。
深夜になって、玄関からがちゃがちゃと鍵を開ける音。
お姉ちゃんだ。
さゆみは飛び起きて玄関へ出て行った。
「さゆ、ごめんね。飲み会だったんだけど、携帯の電池切れちゃってさ」
お姉ちゃんは友達を連れていた。
小柄だけどすらっとしていて、すごく美人な女の人。
目が合った瞬間、背すじがすぅっと冷たくなった。
「友達が終電逃したみたいで。さゆ、今日この人泊めてもいい?」
お姉ちゃんの頼みなら、嫌とは言えない。
さゆみはお姉ちゃんを見つめて無言で頷いた。
「いいってさ。入りな」
「ありがと、よっちゃん。えーと‥‥妹さんだよね?すみません、お邪魔します」
「あ‥‥はい、どうぞ」
さゆみはそれだけ言って、すぐ部屋に逃げ込んだ。
ドアをバタンと閉める。
「なんか妹さん、人見知り?」
「まぁ照れてるだけだと思うから気にしないで」
「ふふ、可愛いね」
玄関のほうから、あの人とお姉ちゃんの会話が聞こえる。
さゆみは急いで自分の布団を敷いて潜り込んだ。
寒気がする。
心臓がばくばく打ってる。
怖い。
あの人、怖い。
なぜかはうまく説明できないけど、
さゆみの本能が、野性の勘がそう警告してる。
さゆみは昔から人の心の動きに敏感だった。
お姉ちゃんはいつも真っ白で素直だから考えてることもすぐ分かる。
だけどあの人の心の中は真っ暗で、読めない。
得体の知れない黒いものが、さゆみとお姉ちゃんの空間に侵入してきた。
- 211 名前:鍵穴 投稿日:2007/01/23(火) 12:05
-
「あ、お客用の布団さゆが使ってるんだ。美貴、あたしのベッドで寝な」
「えっ、じゃぁよっちゃんは?」
「あたしはソファで寝るから」
やだ、やめて。
お姉ちゃん、いつもみたいにさゆみの隣にいてよ。
「そんなの悪いって。美貴ソファでいいよ」
「そう?ごめんね」
「よっちゃんが謝ることじゃないでしょ。終電逃した美貴が悪いんだから」
“ミキ”だって。
自分のこと名前で呼んでいいのは可愛い女の子だけなんだからね。
さゆみみたいな。
「さゆ、もう寝ちゃったの?風呂入った?」
お姉ちゃんの声がしたけど、さゆみは答えなかった。
「ははっ、なんか恥ずかしいみたい。寝たふりしてる」
「妹さん可愛いね。よっちゃんとあんま似てない」
「何それ、あたしが可愛くないってこと?」
さゆみは耳をふさいだ。
お姉ちゃんが他の人と喋ってるのなんて聞きたくない。
なんでこっち向いてくれないの?
さゆみが寝たふりしてるって気づいてるのに、構ってくれないの?
‥‥怖い。
あの人にお姉ちゃんを取られちゃう。
- 212 名前:しゃら 投稿日:2007/01/23(火) 12:10
- 昼間っから飼育来て何やってるんでしょうね私。
完全なる暇人ですね。
>>202の名無飼育さん
なぜか紺野さんは微妙なSキャラにしたくなります・・・
- 213 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/24(水) 05:43
- おもしろい設定ですね。続きが楽しみです。
前にブログがあるというのを聞いたのですが検索しても見つかりません。
よろしければもう少しだけ詳しい情報を教えていただけませんか?
すみません、もしあまり知られたくないようであったら自力で探します!
- 214 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/24(水) 17:35
- 気になる〜
- 215 名前:鍵穴 投稿日:2007/01/25(木) 03:09
-
◆
- 216 名前:鍵穴 投稿日:2007/01/25(木) 03:10
-
脱衣所のドアが閉まる音がして、しばらくするとシャワーの音が聞こえてきた。
あの人はお風呂に入ってるみたい。
さゆみは布団からそっと顔を出した。
向かい側のソファでお姉ちゃんが雑誌を読んでいる。
「あ、さゆ。やっぱ起きてたんだ」
「お姉ちゃん、‥‥さゆみあの人嫌い」
「へっ?なんで」
「怖い」
お姉ちゃんは苦笑した。
「美貴は第1印象ちょっとキツい感じもするけど、正直でいい子だよ」
‥‥正直?
さゆみにはあの人の考えてることが読めない。
暗くて真っ黒で底無しの闇みたいなの。
「だめ、あの人はだめ。今日は我慢するけど、もうやだ」
お姉ちゃんは困ったように笑って、さゆが嫌ならもう泊めないよ、と言った。
どうしよう、分かってもらえない。
さゆみはわがまま言ってるんじゃないんだよ。
お姉ちゃんが心配。嫌な予感がするんだ。
- 217 名前:鍵穴 投稿日:2007/01/25(木) 03:11
-
◆◆◆
- 218 名前:鍵穴 投稿日:2007/01/25(木) 03:16
-
空気が動く気配がして、目が覚めた。
部屋は真っ暗。
隣のベッドで眠るお姉ちゃんは、規則正しく寝息を立てている。
少しだけ頭を起こして、壁の時計を見上げた。
2時過ぎ。
丑三つ時ってやつだよね。やな感じ。
ギシッ。
床の軋む音がした。
何かが近づいてくる気配。
一瞬で背すじが凍る。
さゆみは体を固くした。
薄く目を開けて、音のするほうに視線だけを向ける。
ソファで寝ていたはずのあの人が、ゆっくり近づいてくる。
怖い。声が出せない。
何もかも寝静まった真っ暗な空間の中で、
不規則に軋む床の音だけが耳につく。
息を殺して、その音が通り過ぎるのを待った。
さゆみのまぶたは何かに引っ張られたみたいに閉じることを拒否していて、
視線は、暗い部屋の中をゆっくり歩くあの人を追っている。
表情までは分からない。
でも確実にあの人の目的がさゆみじゃないことは分かる。
あの人が向かう先は、お姉ちゃんのベッドだ。
足音は枕元まで近づいてくる。
そして、さゆみの布団とお姉ちゃんのベッドの間で立ち止まった。
- 219 名前:鍵穴 投稿日:2007/01/25(木) 03:19
-
あの人がさゆみの顔を見る。
しまった。
目閉じるの忘れてた。
さゆみ寝たふりは得意なのに。
あの人はお姉ちゃんのベッドに浅く腰掛けた。
さゆみと目が合ったことなんて、気にも留めていない。
右手に何か持ってる。
目を凝らして、それが何なのか確認した。
注射器?
‥‥何?
この人、何する気なの?
ベッドに座ったまま、羽布団の下からお姉ちゃんの右腕を取り出す。
あの人はさゆみを見て、にやっと笑った。
そしてお姉ちゃんの白い腕に注射器の針を突き刺した。
お姉ちゃんの顔が一瞬ゆがむ。
だけど目を覚ますことはなかった。
注射器の中の液体がお姉ちゃんの腕に吸い込まれていくのを、
さゆみは息を呑んで見つめていた。
- 220 名前:鍵穴 投稿日:2007/01/25(木) 03:20
-
恐怖なんかとっくに通り越してた。
声を出したら殺される。
そんな気がして、見てることしかできなかった。
また目が合う。
あの人は微笑んで言った。
「大丈夫だよ、合法だから」
合法?
何かの薬物なの?
お姉ちゃんに、変な薬‥‥
「よっちゃん、きれい」
甘くとろけるような声だった。
あの人はお姉ちゃんの頬を優しく撫でて、キスをした。
お姉ちゃんは目を閉じたまま。
どうして起きないの?さっきの変な薬のせい?
もしかしたら、このまま2度と目を覚まさないかもしれない。
そんな気がした。
あの人はお姉ちゃんの着ているTシャツをめくり上げて、
剥き出しの白い胸に顔をうずめた。
- 221 名前:鍵穴 投稿日:2007/01/25(木) 03:22
-
体が動かない。
まぶたでさえ言うことを聞いてくれない。
こんなの見たくないのに、さゆみの目はばっちり開いたまま、視線を外せない。
目の前の光景はテレビの映像みたいだった。
さゆみとは無関係の時間、無関係の場所で起こっている出来事。
第3者が介入することはできない、ただの映像。
あの人は指や舌を巧みに使って、お姉ちゃんの体を弄んでいる。
半開きになったお姉ちゃんの薄いくちびるから苦しそうな息が漏れた。
どうしよう、さゆみどうしたらいいの?
お姉ちゃんが死んじゃう。
あの人に殺される。
どうしよう、助けなきゃ。
でもさゆみも殺されちゃうかもしれない。
そうだ、殺される前に殺せばいいんだ。
でもどうやって?
今さゆみ武器持ってない。
腕力じゃ絶対負ける。
もう分かんない、どうしたらいいか分かんない。
お姉ちゃん、助けてよ。
違う、さゆみがお姉ちゃんを助けるんだった。
でもだめ、思いつかない。
さゆみには見てることしかできない。
お姉ちゃん、ごめんなさい。
- 222 名前:鍵穴 投稿日:2007/01/25(木) 03:22
-
◆
- 223 名前:鍵穴 投稿日:2007/01/25(木) 03:25
-
あの人は一晩中お姉ちゃんの体をいじくり回して、夜明け前に家を出て行った。
さゆみはいつの間にか寝てたらしい。
起きたらもう9時半だった。
昨日の夜の不気味な闇が嘘みたいに、外は明るくて眩しい。
あれは夢だったのかな。
さゆみは変な夢を見てただけかもしれない。
今思い返しても現実味がない。
そもそも、ミキは本当に昨日うちに泊まっていたんだろうか。
ミキという人間は本当に存在するんだろうか。
それさえ曖昧。
全部さゆみの夢の中の出来事だったのかもしれない。
隣を見ると、いつも早起きのお姉ちゃんがまだベッドにいる。
まさか‥‥死んでないよね?
「お姉ちゃん、寝てるの?今日学校は?」
返事はない。
さゆみはそっと布団の端を持ち上げて、お姉ちゃんの肩に手を伸ばした。
「起きてってば」
肩に触れた瞬間、お姉ちゃんの体がビクッと跳ねた。
さゆみは驚いて後ずさりした。
「‥‥どうしたの?」
「あ‥‥さゆ」
お姉ちゃんはまばたきをして、さゆみのほうに顔だけ向けた。
ベッドの感触を確かめるようにシーツを撫でる。
お姉ちゃんは混乱した表情でゆっくり体を起こした。
- 224 名前:鍵穴 投稿日:2007/01/25(木) 03:26
-
「ごめん、違う‥‥何だろ、怖い‥‥夢、見ただけ」
お姉ちゃんは俯いて、右手で髪をかき上げる。
そのままフリーズ。
必死で頭の中を整理してるみたい。
まさか。
「どんな夢?」
「‥‥すごく苦しくて助け呼びたいんだけど、声が出なくて、体も動かないの。
なんか真っ暗で何にも見えないんだけどさ、感覚とか超リアルなんだよね。
今もまだ全身だるいもん。あれ?そういえば美貴は?」
‥‥夢じゃない。
ミキは実在の人物で、昨日うちに泊まったのも事実。
じゃあお姉ちゃんに変なことをしたのも事実?
さゆみには分からない。
昨夜見たことを言う気にはなれなかった。
頭のおかしい子だと思われたら嫌だもん。
お姉ちゃんは不思議そうに首をかしげて、変な夢だったなーと言った。
そしてそれ以上この話題に突っ込むことはなく、
いつも通り朝食を食べ身仕度をして出かけて行った。
そんな感じでお姉ちゃんが全然気にしてないみたいだったから、
昨日のことはさゆみも忘れることにした。
きっと2人とも幻を見たんだ。そう思い込むことにした。
宝箱の中の合い鍵が無くなったと気づくまでは。
- 225 名前:しゃら 投稿日:2007/01/25(木) 03:33
- とりあえずここまで。
これから1〜2週間くらい更新できないかもしれません。
>>213の名無飼育さん
あー!すみません、そういえばブログ削除しちまいました。
更新しなくなったので・・・
ごめんなさい、今度また書き始めたらお知らせ(?)します。
>>214の名無飼育さん
ブログが気になるんだか小説が気になるんだか分かりませんが、
気にして下さってありがとうございます。
- 226 名前:鍵穴 投稿日:2007/02/03(土) 22:39
-
◆◆◆
- 227 名前:鍵穴 投稿日:2007/02/03(土) 22:43
-
また夜が来た。
昨日と同じ闇が迫ってくる。
寒い、暗い、怖い。眠れない。
あの人はきっとまたここに来る。
さゆみには分かる。
合い鍵を盗んだのは絶対にあの人だ。
お姉ちゃんはさゆみの隣で何も知らずに眠っている。
布団から目だけ出して、壁の掛け時計を見た。
3時18分。
そろそろ来る頃じゃないの?
あの人は夜が明ける前に事を終えて帰らなきゃいけないはずだから。
闇の魔女が活動できるのは夜だけだから。
かちゃ。
玄関の鍵がゆっくり回る音がした。
さゆみは体を硬直させる。
ひゅうっと冷たい空気が一瞬流れて、ドアの閉まる音がした。
床の軋む音、衣擦れの音、あの人の押し殺した息遣い。
全部昨日と同じだ。
音は枕元で止まる。
さゆみはぎゅっと目を閉じた。
「起きてるんでしょ?」
体が凍りついた。
あの人は間違いなくさゆみに言ってる。
さゆみが起きてたとしても何もできないこと分かってて、わざと言ってるんだ。
「寝てるふりしても美貴には分かるよ。ま、どうせ何も言えないよね。
大好きなお姉ちゃんがあんなことされてても黙ってたくらいだもんね」
- 228 名前:鍵穴 投稿日:2007/02/03(土) 22:47
-
ベッドの軋む音がした。
さゆみはそっと目を開ける。
あの人は昨日と同じようにベッドの上に乗ってお姉ちゃんの腕を取り、
得体の知れない透明な液体を注射した。
お姉ちゃんは一瞬だけ眉をしかめたけど、すぐに穏やかな眠りについた。
「よっちゃん、愛してる」
あの人は顔を近づけて甘ったるい声でささやくと、そのまま深く口づけた。
そしてお姉ちゃんの服をゆっくり脱がせていく。
暗闇の中で真っ白に浮き上がる肌があまりにも儚くて綺麗で、
さゆみは思わず息を呑んだ。
カーテンの隙間からわずかに差し込む月の光が、
あの人とお姉ちゃんの影をくっきりと映し出す。
うっすらと汗ばんでいくお姉ちゃんの白い肌も、切なげな表情も、乱れた息遣いも、
すべてが別世界の物のように美しかった。
いつの間にか恐怖は消えていた。
さゆみは綺麗なものが好き。
だから綺麗なお姉ちゃんをずっと見ていたい。
苦しそうに喘ぐお姉ちゃんを見ても、助けたいという感情はもう生まれてこなかった。
さゆみはただ見惚れていた。
- 229 名前:鍵穴 投稿日:2007/02/03(土) 22:47
-
◆
- 230 名前:鍵穴 投稿日:2007/02/03(土) 22:48
-
あの人はそれから毎晩来るようになった。
お姉ちゃんを眠らせて一方的に犯し、夜明け前に帰っていく。
さゆみはあの人が来るのを楽しみにさえしていた。
夜が更けていくにつれて胸が高鳴る。闇へのカウントダウン。
お姉ちゃんは次第に体の不調を訴えるようになった。
朝起きるとだるい、頭がぼーっとする。いくら寝ても疲れがとれない。
あの睡眠薬みたいな変な薬のせいかな。
でもさゆみには関係ない。
知らないもん。なんにも知ーらない。
しなやかな体を震わせて悶えるお姉ちゃんは、この世のものとは思えないくらい綺麗。
さゆみはその美しい姿を観賞してるだけ。罪悪感なんて無い。
- 231 名前:鍵穴 投稿日:2007/02/03(土) 22:48
-
◆◆◆
- 232 名前:鍵穴 投稿日:2007/02/03(土) 22:50
-
あの人は今夜も来た。
いつも通り、静かに回される鍵穴。軋む床。
いつも通り、お姉ちゃんはあどけない表情で寝息を立てている。
さゆみは上半身を起こして布団の上に座り込んだ。
あの人がベッドに腰掛け、お姉ちゃんの腕をそっと持ち上げる。
「ん‥‥」
一瞬逃したタイミング。
寝返りを打とうとしたお姉ちゃんが、違和感を感じて目を覚ました。
「あれ、美貴‥‥?何やってんの‥‥」
ゆらゆらしていたお姉ちゃんの瞳が、あの人の右手の注射器に焦点を合わせる。
白い顔からさらに血の気が引いていく。
「何それ、美貴、あたしに、何を」
あの人は表情を崩さない。
無言でお姉ちゃんの体をベッドに組み敷く。
「何すんだよ、やめろって!放せよ!」
あの人はお姉ちゃんの体に馬乗りになり、その両手首をまとめて片手で固定する。
そしてもう片方の手でお姉ちゃんの首を絞め上げた。
「うっ‥‥」
そっか、頸動脈絞められたら血流止まっちゃうよね。
息できないから死んじゃうよね。
あの人、このままお姉ちゃんを殺すつもりなのかな?
さゆみは自分でも驚くほど冷静に、そんなことを思った。
お姉ちゃんと目が合った。
「‥‥ぁ、あ、さゆ、‥‥助け、て、くるしい‥‥」
さゆみは黙ってお姉ちゃんから目をそらし、あの人に視線を向ける。
鋭く強い視線が返ってくる。
- 233 名前:鍵穴 投稿日:2007/02/03(土) 22:52
-
さゆみはお姉ちゃんの腕をベッドに押さえ付けた。
お姉ちゃんは愕然として、目を見開いてさゆみを見上げる。
怯えた表情も官能的。お姉ちゃん、綺麗。
美貴さんは空いた手で注射器を拾い、
さゆみが押さえ付けているその細い腕に針を突き刺した。
お姉ちゃんの瞳に絶望の色が浮かぶ。
さゆみは綺麗なものが好き。
真っ白で清らかで、儚いものが好き。
だからお姉ちゃんが大好き。
〔了〕
- 234 名前:しゃら 投稿日:2007/02/03(土) 22:58
- 終わりです。
次のはわりと長くなりそうなので、
しばらくは短編載せつつ書き溜めていこうと思います。
- 235 名前:名無し募集中。。。 投稿日:2007/02/04(日) 04:35
- 鬼美貴様(´Д`;)ハァハァハァハァ
- 236 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/04(日) 20:14
- この頃、赤西仁と倖田来未がHしたんだって。
赤西仁が倖田来未を無理やりラブホに連れて行ったらしいよ。
私は赤西君のファンでした。すごく悲しいです・
これをこの掲示板に2個張るとその動画が見れます。
やってみてください。
これは本当です。他のチェンメは見れないけどこれは100%見れます。
私を信じてやってみて下さい。
【www.akanisijinn.koudakumi.rabu.ettinagazou///@kning;,hh;】
- 237 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/05(月) 12:12
- OH!なんて話だ
- 238 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/05(月) 18:16
- いちいち反応しなくていいよ
- 239 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/05(月) 20:25
- おもしろすぎる…
次回作も期待してます
- 240 名前:ひとみノート 投稿日:2007/02/06(火) 15:33
-
これ、吉澤さんのノートですか?
あっ、だめ!見るな!
相変わらず豪快な字ですね。
「リーダーとして卒業までにやるべきこと」「ハロモニでやりたい企画」
‥‥うわぁ、ありきたり。
もー、見るなって言ったのにぃ。
ていうか隠す気ないですよね。
しょうがないなぁ、じゃあガキさんにだけ特別に見せてあげるよ。
次期リーダーの特権で。
最初から見せる気満々じゃないですか。
あと次期リーダーは藤本さんですよ。
そうだっけ?まぁミキティはそういうの向いてないから。
次期サブリーダーのガキさんに、特別に見せてやろうではないか。
次期サブリーダーは愛ちゃんです。
まじで!?相変わらずセンスないね、つんく♂は。
あんな無能プロデューサー、さっさと解雇されりゃいいのに。
ちょ‥‥
まっ、その前に解雇されるのはあたしだけどね☆
卒業という名のリストラっすか? うひゃひゃひゃひゃひゃ
もう!吉澤さん!
はいはい、すみませんね。
さてガキさん、どこが見たい?
いや別に見たくもないですけど‥‥
- 241 名前:ひとみノート 投稿日:2007/02/06(火) 15:34
-
遠慮なんかしなくていいのだよ。
さぁ、好きな所からお読みなさい。
そんなに見せたいんですか。
さぁ、お読み。
‥‥‥。
初心者にはここがおすすめだよ。
「メンバー分析」?‥‥なんかあえて読みたくないですね。
なんでだよ!頑張ったのに!
ガキさんのこともちゃんと書いてあるのに!
はいはい。えーと、まずは
「高橋愛(20)身長153cm、体重40kg、B80、W58、H83」‥‥何これ。
あ、体重とスリーサイズはあたしの目測だから。
H83の横に書いてある(プ)って何ですか?
あぁ、それプリケツってこと。
‥‥次行きましょう。
「新垣里沙(18)、身長154cm、体重41kg、B72、W58、H79」‥‥
ちょっと吉澤さん!いくら何でもB72ってのはひどいですよ!
さすがにもうちょっとありますって!
あ、そう?
書き直しときますね。B85っと。
ちなみに横の(ま)って何ですか?‥‥あ、藤本さんの所にも書いてある。
あぁ、それはまな板ってこ‥‥んぐぐぐぐ
言わなくていいです。
それに今は吉澤さんも人のこと言えないじゃないですか。
なっ、なんだとぉー、あたしだって昔はおっぱいでかかった!
あぁ、俗に言う白熊期ですね。
‥‥‥。
- 242 名前:ひとみノート 投稿日:2007/02/06(火) 15:37
-
「特徴:リアクションが昭和、今は亡き眉毛ビーム、コネ疑惑、ビル話、しっかり者、
仕切りたがり、前髪で確変、カメラアピール、次期リーダー最有力候補」
‥‥詳しいですね。ところどころムカつく部分はありますけど。
すごいでしょ。
私はコネじゃありませんからね。ここは消しておきます。
次。「藤本美貴(21)、身長155cm、〜〜〜〜(以下省略)」
ウエスト66cm‥‥これは意外と正解っぽいですね。
ミキティ細いくせに腹はだらしないよな!
白熊期の吉澤さんの腹にはかないませんけどね。
うるせー。
「特徴:ツンデレ、オシオキキボンヌ、小顔、パット、樽、ブブカ、楽屋音源、ハゲ、
元ヤン、セクハラ、触んなよオル゙ア、うんこ」
‥‥なんか悪いことばっかりですね。藤本さんに恨みでもあるんですか?
ツンデレは褒め言葉だYO!
デレの対象は吉澤さんですもんね。
そうそう、ミキティってさぁ絶対あたしのこと好きだと思うんだよね!
番組収録とかでも常に隣キープしてくるし!
そうですね。
でも藤本さんもリーダーになることだし、これから公私混同は私が許しませんから。
頼んだよ、ガキさん。
- 243 名前:ひとみノート 投稿日:2007/02/06(火) 15:39
-
ところで、光井愛佳ちゃんの分析はないんですか?
あ、まだ書いてない!
自分は「卒業までにやるべきこと」とか書いてるくせに、
新メンバーに関しては仕事遅いんですね。
そ、そんなことないよ、忘れてただけだよ。
なおさらタチが悪いですよ。
じゃあガキさん書いといて。
は?なんで私が。
次期リーダーの特権で。
だからそれは藤本さんですって。
じゃあ、あたしが言うからガキさんは書き取り専門ね。
人の話聞いてないですよね。
えーと、光井愛佳(14)、プロフィールは省略。
え、ちょ、ちょっと待って下さいよ!鉛筆、鉛筆‥‥
みつ、い、あい、か、かっこ14‥‥っと。はい、次どうぞ。
特徴:アゴ、おっぱい。
‥‥‥‥それだけですか?
今後の光井の詳しい分析は、新リーダー・ガキさんにお任せするのだ。
だからリーダーは藤本さんですって!
というわけで、このリーダーノートはガキさんに引き継ぐのだ。
いらねぇぇぇぇぇぇぇ
- 244 名前:しゃら 投稿日:2007/02/06(火) 15:48
- 終わりです。
吉ガキ短編でした。
>>235の狼さん
美貴様はやっぱりSのほうが萌えますね。
>>237の名無飼育さん
なんてこったい!
>>238の名無飼育さん
?とりあえずありがとうございます。
>>239の名無飼育さん
ありがとうございます、頑張ります!
- 245 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/06(火) 23:05
- ひとみノート読んでみたいw
てかB85ってw
- 246 名前:名無し飼育さん 投稿日:2007/02/08(木) 13:22
- 「鍵穴」最高です。
みきよしさゆいいですね。かなり好きな組み合わせです。
次回更新も楽しみにしています。
- 247 名前:スカイラウンジ 投稿日:2007/02/24(土) 22:18
-
- 248 名前:1.教室番号217、後ろから3列目 投稿日:2007/02/24(土) 22:21
-
眠い。
窓際の席は窓からの柔らかい日差しが暖かい。
あかん、ほんまに寝そうや。
講義が始まる時間から15分以上経つのに、まだ先生が来ない。
休講やろか。休講情報出とらんかったけど。
周りを見渡したら、もう諦めて教室から出て行く子もちらほら。
でもあたしは席を立つのも面倒くさくて、
何をするでもなく、とりあえずボーっとしとった。
前の席に座っている人の髪の毛が異様に綺麗で、何となく見惚れる。
ショートカットの栗色の髪は長い首にさらりと流れ、窓からの日差しを受けて
透き通るように輝いていた。
不意に、前の席の人は手を口に当てて、そのあと目をごしごしこすった。
ここからは顔見えないけど、たぶんあくびしとったんやな。
眠いもんな。
窓際あったかいで余計眠くなるんやって。
- 249 名前:1.教室番号217、後ろから3列目 投稿日:2007/02/24(土) 22:22
-
その人は椅子の背もたれに深く寄りかかって、
豪快に両腕をななめ後ろに伸ばし、思いっきり伸びをした。
その腕があたしの頭に当たりそうになって、
あたしはつい「うあ」とか変な声を出してもた。
その人は伸びをしたまま、頭を後ろにこてっと倒す。
逆さまの顔と至近距離でご対面。
切れ長の大きな瞳をぱちぱちさせて、その人はあたしを見つめた。
「先生来ないっすね」
うわ。喋った。
何やろこれ、あたしに話しかけとるんやろな。
「そ、そうっすね」
あたしもつられて慣れない語尾を使ってもた。
「休講かなぁ。せっかく久々に学校来たのになぁ」
その人は独り言みたいに言って、体を起こした。
ふわっといい匂いがする。
そして座ったまま体だけ後ろを向いて、あたしの机に肘をついた。
- 250 名前:1.教室番号217、後ろから3列目 投稿日:2007/02/24(土) 22:24
-
「愛ちゃんはいつもこの授業出てるの?」
「へぇっ?」
いきなり名前を呼ばれてびっくりして、また変な声が出た。
何や、今この人、愛ちゃんって言うたがし。
「なんで、名前‥‥」
「あはっ、だってノートに書いてあんだもん」
「え?」
「大学生にもなってノートに名前書く人めずらしいよね」
そう言って、その人はおかしそうに笑った。
あたしも恥ずかしくなったでちょっと笑った。
「ところで、あたし昨日彼女と別れたんだけどさ」
何。
いきなり何を言い出すんや、この人は。
「え、あー、ご愁傷様です」
そしてあたしは何を言うとるんや。
「‥‥‥」
「‥‥‥」
「‥‥つっこみ待ちなんだけど」
「は?」
「いや、だからさ、何か疑問とかないわけ?」
「何がですか?」
「“彼女”って」
- 251 名前:1.教室番号217、後ろから3列目 投稿日:2007/02/24(土) 22:25
- あぁ。そういうことか。
「え‥‥っと、彼女、ですか」
「おせーよ」
「すんません」
「ま、普通に考えりゃ変だよね。女が女とつきあうなんて」
あたしにはよう分からん。
何よりも変なのは、初対面のあたしに突然こんなことを喋りだすことやが。
「しかもさぁ、相手、高校生だったんだよね」
「はぁ」
「やばくね?女子高生だよ女子高生!犯罪だよ!」
「‥‥はぁ」
「まー別に何にもしてないから犯罪でもないけど。
そんな若くて可愛い子とつきあってたのに別れちゃったんだよ。
フラれたんじゃないよ、あたしがフッたんだよ!
嫌いになったわけでもないのに。すげぇもったいないと思わない!?
どう思います?高橋さん」
- 252 名前:1.教室番号217、後ろから3列目 投稿日:2007/02/24(土) 22:27
-
よく喋る人やっちゃ。
見た目は美人でクールな感じやのに。
「好きやったのになんで別れたんですか」
あたしは当然のごとく感じた疑問を口に出した。
「いや、‥‥それがねぇ、自分でもよく分かんないのよ」
何やそれ。理由もなく別れたんか。
「いや、むしろ今となると、ほんとにつきあってたのかどうかも怪しいな」
はぁ?
本人にも分からんようなこと、あたしに分かるわけないがし。
「つきあおう、とかそういう口約束ありきで始まったわけじゃないんだよね。
なんとなくそういうことになってたって感じ。
しかも亀ちゃんとは、何ていうか‥‥色々と変なことも特にしてないし。
つきあってたって言っても、一緒にごはん食べたり映画見たりとか、
あくまでも超健全だったんだよ」
何が言いたいんか分からん。へ、変なことって何やろ‥‥
だからあたしが分かるわけないんやって。
あんたともカメちゃんとも何の関係もない赤の他人やざ。
- 253 名前:1.教室番号217、後ろから3列目 投稿日:2007/02/24(土) 22:29
-
「‥‥聞いてる?」
「へ?何が」
あ。しもた。
心の中で思うとること、声に出して喋っとる気になっとった。
「なんかずっと無言だから、聞いてないのかと思って」
「あ、ち、違うんです違うんです、何やろ、返事はしてたんですけど
心の中でしとったっていうか、それで返事しとるつもりやったで、
要するに無視しとるわけやなくて」
「あはは、そうかぁ」
あかん。
なんであたしは伝えたいことを簡潔に言葉にできんのやろか。
喋ろうと思うとテンパってしもてどうにもならん。
「ま、いいや。こんなの初対面の人に言ったってわけ分かんないよね。
ほぼ独り言だし。びっくりさせてごめんね」
その人はそう言って立ち上がった。
- 254 名前:1.教室番号217、後ろから3列目 投稿日:2007/02/24(土) 22:30
-
「ど、どこ行かれるんですか」
「どこって‥‥普通に家帰るんだけど。休講っぽいし」
ほやった。先生来ないんやった。
「愛ちゃんはまだいるの?」
「あ‥‥そうですね、もうちょっと先生待ちます」
なぜか「自分も帰る」とは言いにくくて、思わずそう言った。
どうせ待っても来ないんやろな、とは分かっとったけど。
明らかにみんな帰る準備しとるし、もう3時過ぎやし。
20分経って先生が来なかったら休講、という暗黙のルールがある。
「じゃあね、愛ちゃん」
「あ、はい。さようなら」
その人は出口に向かってスタスタ歩いていったけど、
途中で立ち止まって振り向いた。
「あ、そうだ、あたしこの授業あんま出てないから、
テスト前はノート貸してね」
「はぁ」
ずうずうしい人やな。
その人が完全に見えなくなってから、あたしも帰る支度をして教室を出た。
- 255 名前:スカイラウンジ 投稿日:2007/02/24(土) 22:30
-
- 256 名前:しゃら 投稿日:2007/02/24(土) 22:36
- こんな感じです。
ちなみにちょっと分かりにくくなってしまいましたが、タイトルはスカイラウンジです。
>>245
そんなガキさんが愛しい。
>>246
ありがとうございます。
何気にさゆよしはすげー好きです。
- 257 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/25(日) 21:00
- 愛ちゃんの感じ良いなあ!
- 258 名前:スカイラウンジ 投稿日:2007/02/26(月) 02:55
-
- 259 名前:2.日替わりハンバーグ定食680円 投稿日:2007/02/26(月) 02:58
-
「あたしさ、年下の男って恋愛対象として見れないんだよね。
弟みたいに思っちゃうから」
よっすぃーはそんなことをよく言っていた。
同じく弟がいる身として、私もその気持ちはすごく分かる。
年下って、「可愛いな」とか「しょうがないな」とか「面倒みてあげなきゃ」とか
愛しく思えたとしても、それが恋愛感情にはならないんだよね。
だから、よっすぃーが高校生とつきあい始めたって聞いたときはびっくりした。
よっすぃーの毒牙にかかってしまった健全な男子高校生。
可哀相に。
年上のお姉さんに遊ばれるだけ遊ばれて、すぐポイ捨てされるであろう哀れな少年。
私はその可哀相な男の子に色々と忠告してあげようと思って、
よっすぃーのデートに無理矢理ついていった。
デートと言っても、少し時間が空いたので一緒に食事をするだけらしい。
- 260 名前:2.日替わりハンバーグ定食680円 投稿日:2007/02/26(月) 02:59
-
待ち合わせ場所のレストランに現れた子は、制服を着ていた。
紺のブレザー、グレーのスカートに、紺のハイソックス。
それはどこからどう見ても女の子だった。
よっすぃーにそんな趣味があったなんて。
昔から同性にモテる奴だったけど、とうとう道を踏み外したか。
しかも女子高生‥‥犯罪だろ。
「えっと、吉澤さんのお友達ですよね?はじめまして、亀井絵里って言います」
絶句している私に、その子は私の嫌いなロリータヴォイスで挨拶した。
おいおい、よりによってこんなブリッコかよ。
「ごっちん、どうしたの?」
よっすぃーは無邪気にニコニコ笑ってる。
「いや、どうって。あんた。そりゃあ‥‥びっくりするでしょ。
だって、こんな、‥‥なんでまた女の子と」
私はなるべく嫌な印象を与えないように、不快感を悟られないように、
言葉を選びつつ、でも少しだけ刺のある口調で尋ねる。
よっすぃーはいつも通りの柔らかい笑顔で言った。
「男に飽きたから」
- 261 名前:2.日替わりハンバーグ定食680円 投稿日:2007/02/26(月) 03:00
-
そうだ、こいつは昔からそういう奴だった。
中学生の頃、何の前触れもなく突然、髪の毛を金色に染めてきたことがあった。
別によっすぃーはいわゆる不良とかじゃなかったし、
それなりに校則もある普通の公立中学だったから、みんな度胆を抜かれた。
「なんで金髪にしたの?」
「黒いの飽きたから」
私の問いに、よっすぃーはキョトンとした表情で答えた。
なんでそんなこと訊くの?とでも言いたげな顔だった。
先生や親への反抗心で金髪にしたわけじゃない。
目立ちたかったわけでもなく、おしゃれのこだわりでもない。
単に飽きただけ。
それだけの理由で、彼女は中学から高校時代、何十個もの校則を破った。
今回も同じだ。
男とつきあうのに飽きたから、女とつきあってみたってわけか。
明らかにただの気まぐれじゃん。
可哀相な亀井さん。
どうせすぐ飽きられて捨てられて傷つくんだ。
- 262 名前:2.日替わりハンバーグ定食680円 投稿日:2007/02/26(月) 03:01
-
「はい、どうぞ」
目の前に氷の入った水が置かれた。
あー、このファミレス、水はセルフサービスだったっけ。
「ありがと、亀ちゃん」
「いいえー」
亀井さんが3人分の水を持ってきてくれたらしい。
気の利く女アピールってやつ?‥‥分かりやすいよね。
こういう小賢しい女、好きじゃない。
よっすぃーが近くにいた店員を呼び止めた。
「まぐろ丼で」
もう、早いよ。こっちはまだメニューも見てないのに。
考えるのも面倒くさいので、私は適当に日替わりハンバーグ定食を注文した。
- 263 名前:2.日替わりハンバーグ定食680円 投稿日:2007/02/26(月) 03:02
-
「えー、どれにしようかなぁー」
亀井さんは慌ててメニューをぺらぺらめくりながら考えている。
「いつもカルボナーラかぺペロンチーノで迷うんですよね〜」
「急がなくていいよ、亀ちゃん」
よっすぃーは相変わらずニコニコしながら言う。
「カルボナーラは高いしー、ぺペロンチーノは口がクサくなるしー」
「ここの唐揚げ定食おいしいよ」
「唐揚げは昨日食べたばっかりなんです」
「じゃあカレーは?安いし」
「カレーは先週の土曜に食べました」
あぁもうイライラする。
なんて馬鹿馬鹿しい会話。
「どっちがいいかなぁー」
どっちでもいいからさっさと決めろよ亀井。
店員待たせてんじゃねえよ。
結局、亀井さんはオムライスを注文した。
- 264 名前:2.日替わりハンバーグ定食680円 投稿日:2007/02/26(月) 03:03
-
「後藤さんは、いつから吉澤さんと知り合いなんですか」
いきなり自分に話をふられて少し戸惑った。
この子なりに、3人で会話をしようと努力してるんだろうか。
「あぁ、ごとーはぁ」
「ふふっ」
「え?‥‥何?」
「あ、ごめんなさい、ちょっと面白くて。自分のこと“ごとー”って言うから」
一人称についてツッコまれたのは久々だ。
何と答えていいか分からず、私は言葉に詰まった。
よっすぃーが口を挟む。
「お前だって自分のこと絵里って言うじゃん」
「それとは違いますよ〜、後藤さんは苗字だから面白いんです」
亀井さんは私のほうを向いて、笑いながら頭を下げた。
「すみません、絵里、失礼でしたよね。でも後藤さんて面白い人ですね」
「あー‥‥そりゃどうも」
何だ、この子。
素なのか計算なのか分かんないけど、変な子だ。
- 265 名前:2.日替わりハンバーグ定食680円 投稿日:2007/02/26(月) 03:06
-
どうも会話が続かず、私はもくもくとハンバーグを食べ続けた。
ライスのおかわりまでした。
2人は私のことを気にしながら、当たり障りのない会話をしていた。
帰り際、よっすぃーが当然のように2人分の代金を支払おうとすると、
亀井さんが慌てて財布を出した。
「すみません、払います」
「え、いいよ。普通あたしが奢るもんでしょ」
「いいんです、自分の分は自分で払いますから」
よっすぃーは、「あたしだって年上ぶりたいのに〜」とか言いながら渋ってたけど、
結局亀井さんは自分で精算した。
- 266 名前:2.日替わりハンバーグ定食680円 投稿日:2007/02/26(月) 03:07
-
意外としっかりしてる子だ。
亀井さん、実は結構いい子なのかもしれない。
少しだけそう思った。
よっすぃーも、手当たり次第に女子高生を引っ掛けたわけじゃないのかもしれない。
でもやっぱり、とりあえずそのロリ声を何とかしてくれ。
どんなにいい子だったとしても、ブリッコは生理的に受け付けない。
「ちょっとよっすぃー、なんでごとーの分は払おうとしないのよ」
「は?なんでごっちんに奢らなきゃいけないの」
「だって一応ごとーのほうが年下だし」
「学年同じじゃん」
ちっ。やっぱだめか。
いくら私でもピチピチの女子高生には勝てない。
- 267 名前:2.日替わりハンバーグ定食680円 投稿日:2007/02/26(月) 03:08
-
「今日は楽しかったです!後藤さん、よかったらまた3人でごはん食べましょう」
亀井さんのあからさまな社交辞令を華麗に聞き流して、
私は2人に手を振って別れた。
数歩進んで、ちらっと振り返る。
よっすぃーと亀井さんは楽しそうに笑いながら、寄り添って歩いていた。
2人とも幸せそう。
亀井絵里。
正直、私の好きなタイプではないけど。
よっすぃーがニコニコしてるんなら、それでいいや。
私は強引に自分を納得させて、また前へ歩き出した。
- 268 名前:2.日替わりハンバーグ定食680円 投稿日:2007/02/26(月) 03:10
-
あーやばい、早く家帰らなきゃ。ゼミの課題がたまりまくってる。
でも今日バイトだ。どうしよう。
そうだ、圭ちゃんに代わってもらおう。どうせ暇だろうし。
あとでバイト先に電話しようっと。あ、その前に圭ちゃんにメールしなきゃ。
忙しい忙しい。
いつまでもアフォの幼馴染に振り回されてる暇はない。
よっすぃーが誰とつきあおうと関係ない。
ただでさえ私は忙しいんだから、考えごと増やさないで。
面倒くさい。
まぁよく分かんないけど頑張ってくれ。
幸せになるがいい。
私は小走りで家路を急いだ。
その日からたった2ヶ月後、よっすぃーと亀井さんは別れた。
- 269 名前:スカイラウンジ 投稿日:2007/02/26(月) 03:11
-
- 270 名前:しゃら 投稿日:2007/02/26(月) 03:17
- あぁぁ眠くて死にそうだ。
こぴぺって目が疲れますよね。
>>257の名無飼育さん
ありがとうございます。今後高橋さんが出てくるかは分かりませんが・・・
- 271 名前:しゃら 投稿日:2007/02/26(月) 18:27
- 忘れてた。
美貴様22歳おめでとう。
- 272 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/26(月) 19:43
- ものすごく好みな感じ。
ごちんの毒舌?良いですね。
続き楽しみに待ってます。
- 273 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/27(火) 14:51
- まあそんな調子じゃそうなるわなぁ…
これからどう変わるのか変わらないのか、誰が出るのか
期待しながら待ってます
- 274 名前:スカイラウンジ 投稿日:2007/02/28(水) 01:07
-
- 275 名前:3.自由が丘駅、4番線ホーム 投稿日:2007/02/28(水) 01:08
-
吉澤さんは、絵里が所属するバレー部のOGだった。
例年、県大会でも2回戦止まりのうちのバレー部。
そんな弱小チームが、吉澤さんが2年生のときに全国大会まで進出し、
3年生のときは全国ベスト16まで駆け上がった。
ちなみに、吉澤さんが卒業してからは1度も県大会を突破したことはない。
吉澤さんは伝説の人だった。
3つ年上だから、絵里が高校に入学するのと入れ替わりに卒業しちゃったけど。
数ある吉澤さんの伝説は今でも語り継がれてるし、
部室にはなぜか隠し撮りっぽい写真とかがいっぱい飾ってある。
実力もリーダーシップもあっておまけにすごい美人だったから、
そのカリスマ性と人気は凄まじかったらしい。
バレー部の部室には今でも、吉澤さんがファンから貰ったリストバンドとかお守りが
大量に放置‥‥いや、保管されている。
- 276 名前:3.自由が丘駅、4番線ホーム 投稿日:2007/02/28(水) 01:09
-
そんな伝説のOGが2ヶ月前、突然うちの学校を訪ねてきた。
久しぶりに部を見に来たらしい。
噂は学校中に駆け巡り、体育館の周りにはたくさんの見物客が集まってきた。
‥‥絵里もその1人。
絵里たち3年生は夏の大会で引退したから、実質すでにOGなんだ。
ちなみにその県大会は準決勝で負けた。
体育館の入口付近には、野次馬がひしめきあっている。
絵里はそいつらを押しのけて、なんとか隙間から首を出した。
顧問の先生と笑顔で話している吉澤さんが見えた。
- 277 名前:3.自由が丘駅、4番線ホーム 投稿日:2007/02/28(水) 01:10
-
「吉澤、打ってみるか?」
先生の言葉に、体育館はざわめいた。
絵里もドキドキした。目の前で本物が見れるなんて。
「うわー、打てるかなぁ。久々だしなぁ」
吉澤さんは靴下を脱いで裸足になり、腕まくりをした。
袖や裾から覗く白い肌が眩しい。
汗くさい体育館の中で、吉澤さんの周りだけに煌めくオーラ。
先生が軽くトスを上げたボールは吉澤さんの肩に吸い付くように浮き上がり、
吉澤さんは空気を真っ二つに切り裂くように腕を振り下ろした。
歪んだボールが床に叩きつけられる。
スローモーション。
真っ二つにされた空間の切断面から、白い水しぶきが弾け散る錯覚。
吉澤さんのスパイクは力強いというより、ただ単純に美しかった。
- 278 名前:3.自由が丘駅、4番線ホーム 投稿日:2007/02/28(水) 01:10
-
すごいもの見ちゃった。
絵里を含め野次馬がみんな静かになった瞬間だった。
吉澤さんのスパイクを見たのは後にも先にもその1回きりだけど、
今でも絵里はその3秒間を鮮明に思い出すことができる。
そのあと吉澤さんは、バレー部の後輩たちに色々教えてた。
あの子たち、いいなぁ。
くそー、なんで絵里、引退しちゃったんだろう。なんで3年生なんだろう。
運悪いよ。
あと4ヶ月遅く生まれてたら、いま吉澤さんにバレー教えてもらえてたのに。
あと9ヶ月早く生まれてたら、現役時代の吉澤さんと一緒にプレーできたのに。
もしくは、吉澤さんがここに来るのがあと3ヶ月早かったら、
絵里もまだバレー部引退してなかったのに。
つくづく運が悪い。
- 279 名前:3.自由が丘駅、4番線ホーム 投稿日:2007/02/28(水) 01:12
-
その4日後だった。
絵里はガキさんと横浜に買い物に行くことになった。
渋谷から東横線急行。
電車の扉に寄り掛かって、ガキさんと他愛ない話をする。
「演劇部の子がさぁ、外で発声練習してるじゃん?」
「あー!あれ面白いよね」
「笑っちゃいけないとは思うんだけど、やっぱ笑っちゃうんだよね」
「あ―――え―――い―――う―――え―――お―――あ―――お―――――」
「うるさいよ、カメ。真似しなくていいから」
中目黒。
「演劇部ね、人手不足で大変らしいよ」
「今、部員何人いるの?」
「7人」
「うわぁ〜」
「今度文化祭で劇やるじゃん?あたし、助っ人で出演してくれって頼まれた」
「うっそ。ガキさんやるの?」
「やらないよ。恥ずかしいもん」
- 280 名前:3.自由が丘駅、4番線ホーム 投稿日:2007/02/28(水) 01:14
-
学芸大学。
「でもちょっと可哀相だよね。脚本があっても人がいなきゃ何もできないし」
「どうするのかなぁ」
「音響とか照明とか、裏方のスタッフが最低4人くらいは要るでしょ」
「そうするとキャストは残り3人か」
「厳しいよね」
自由が丘。
「ガキさん声大きいしリアクション激しいから、演劇部向いてるんじゃないの」
「だからやんないってば」
「‥‥あ」
「どうしたの、カメ」
電車は自由が丘で停車していた。
絵里の視線は駅のホームに釘付けになった。
ベンチに吉澤さんが座っている。
- 281 名前:3.自由が丘駅、4番線ホーム 投稿日:2007/02/28(水) 01:14
-
絵里は弾かれたように電車を飛び降りた。
「!?ちょっと、何、どうしたの?なんで降りるの、横浜でしょ」
「ごめんガキさん、買い物はまた今度!」
「はぁ!?」
「埋め合わせするから!ほんっとごめん!」
プシュ─────。
電車のドアが閉まった。
ガキさんを乗せた急行電車は、無情にも走り出していた。
「ちょっとぉぉぉ、カメぇぇぇ―――――!!!」
ガキさんの声が遠ざかってゆく。
ごめん、許して。
絵里は、ホームのベンチに座って携帯をいじる吉澤さんの前に立った。
- 282 名前:3.自由が丘駅、4番線ホーム 投稿日:2007/02/28(水) 01:15
-
「‥‥‥ん?」
「吉澤ひとみさん、ですよね」
「はぁ、そうですけども」
あ。しまった。
言うこと考えてなかった。
どうしよう。
「‥‥えーとですね、私、バレー部で」
「へぇ」
「4日前にうちの学校で」
「あぁ」
「そうなんです」
「じゃあ、あたしの後輩か」
「はい」
吉澤さんは大きな瞳をぱちくりさせて、まじまじと絵里を見た。
バレー部にこんな子いたっけ?って感じの顔だ。
「あの、私、3年なんです」
「あーそっかそっか、3年生は夏で引退だもんね」
絵里は吉澤さんの隣に座った。
- 283 名前:3.自由が丘駅、4番線ホーム 投稿日:2007/02/28(水) 01:17
-
「‥‥‥」
「‥‥‥‥」
「‥‥私も吉澤さんにバレー教えてもらいたかったです」
「ははっ、あたしなんかたいしたことないよ」
「そんなことないです。1・2年生、あいつらずるい」
「あぁ、そういえば今の3年生とは絡んだことなかったなぁ。
学校行ってみたのも3年ぶりだったし」
「‥‥‥」
「顧問、昔と全然変わってなくてびっくりした」
「‥‥バレー辞めたんですか」
「なんで?」
「この前のスパイク、打つの久々だって言ってたから」
「よく覚えてるね、そんなこと」
「どうして辞めちゃったんですか」
「なんか飽きたから。小学校から高校まで、バレーは十分やったしね」
「今は?」
「大学で、バスケと野球とフットサルのサークルに入ってる」
「‥‥すごいですね」
- 284 名前:3.自由が丘駅、4番線ホーム 投稿日:2007/02/28(水) 01:18
-
きっとこの人は、どんなスポーツをやってもそれなりに何でもできちゃう人
なんだろうな。
絵里は3年間バレー部で頑張ってきたけど、ずーっと補欠で、
公式試合には1度も出られなかった。
「吉澤さんと一緒にプレーしてみたかったです」
「そっか」
「吉澤さんに教えてもらってたら、絵里もうまくなってたかもしれないのに」
「あ、絵里ちゃんて言うんだ」
そうだ。
そういえば名乗ってなかった。
「すみません、亀井絵里です」
「はいどうも、吉澤ひとみです」
「ふふっ、知ってます」
吉澤さんがふわっと笑った。
その笑顔はすごく優しくて柔らかくて無防備で、
絵里は一瞬、魂を抜かれたみたいに見惚れてしまった。
吉澤さんの色素の薄い茶色の瞳は日光を反射してきらきら輝いていて、
絵里はその中に吸い込まれそう。
肌も真っ白ですべすべで、作り物みたい。
- 285 名前:3.自由が丘駅、4番線ホーム 投稿日:2007/02/28(水) 01:19
-
気づいたら、絵里の手は吉澤さんの顎に触れていた。
吉澤さんが怪訝そうな顔で見てる。
うわぁ。絵里、何やってるんだろう。
自分でもびっくりして、慌てて手を引っ込めた。
「ご、ご、ごめんなさい!なんか、触りたくなっちゃって‥‥
無意識に手が!すみません、気にしないで下さい、失礼しました」
「あははー、面白いね」
だめだ、完全に変な奴だと思われた。
恥ずかしすぎる。
「絵里ちゃん、バレー教えてあげるよ」
「え‥‥個人的に、ですか?」
「そのほうがいい?」
「いえ、そんな‥‥」
滅相もない、と言おうとして、絵里は言い直した。
「個人的にお願いします」
自分でもよくそんなことが言えたと思う。
初対面なのに図々しすぎるし、しかも相手はあの伝説の吉澤さんだ。
この時の絵里は絵里じゃなかった。
何かが取り憑いていたとしか思えない。
吉澤さんは「まじで?」と言って、笑いながら絵里の頭を撫でた。
なぜか涙が出そうになった。
- 286 名前:3.自由が丘駅、4番線ホーム 投稿日:2007/02/28(水) 01:19
-
そのあとのことはよく覚えていない。
気づいたら、絵里と吉澤さんはつきあうことになっていた。
「好き」とか「つきあおう」みたいな言葉があったわけじゃない。と思う。
だけどその日から、吉澤さんが絵里の恋人になったのは確かだ。
今考えても不思議だけど。
放課後の体育館で初めて吉澤さんを見ることができたのも、
あの日、自由が丘で吉澤さんと再会したのも偶然。
絵里は運が良かったんだ。
野次馬としてではなく、普通にバレー部員として出会ってたら、
吉澤さんとつきあうことはなかっただろう。
絵里はやっぱり運がいい。
今までの人生で1番幸せな2ヶ月間だった。
全部、夢だったんじゃないかとさえ感じる。
駅のホームで会ったあの日から2ヶ月と8日後、絵里たちは別れた。
- 287 名前:スカイラウンジ 投稿日:2007/02/28(水) 01:20
-
- 288 名前:しゃら 投稿日:2007/02/28(水) 01:28
- 自分ではありえないほど更新ペース速いです。
いつまで持つんだか。
>>272の名無飼育さん
ありがとうございます。
最近は何年もよしごまの絡みがあまり見れなくて残念です。
>>273の名無飼育さん
ありがとうございます。
何人出そうかなぁ・・・
- 289 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/01(木) 22:38
- なんで別れちゃったのかヒッジョーに気になります
- 290 名前:スカイラウンジ 投稿日:2007/03/07(水) 20:35
-
- 291 名前:4.601号室の傍観者 投稿日:2007/03/07(水) 20:36
-
家庭教師のバイトを始めてから半年が経つ。
ゼミの教授の知り合いの娘さんが来年受験生で、家庭教師を探しているという話を
聞いたのが半年前だった。
やっぱりある程度は学歴のある人がいい、優しくて面白い人、できれば女の先生で、
とのことなので、皆さん良ければどうですか、私が紹介しますよ。
6月の半ば、教授が冗談半分で紹介したアルバイトに私は食い付いた。
1人暮らしの学生というのは、いつの時代も基本的に貧乏なものだ。
私も例外ではない。
2月に控えた卒業旅行に行くお金がない。
なんでイギリスなのよ、物価高いじゃん、近場でいいよ、韓国とかさ。
という私の意見はなぜか無視され、ほぼ満場一致で旅行先はイギリスに決まった。
梨華ちゃん、お金ないならバイトしなよ。みんなにそう言われた。
そこに降って湧いたような高収入アルバイトの話。
学生にとって、個人契約の家庭教師ほどおいしい仕事はないと思う。
勉強を教えるだけで、コンビニやファミレスのバイトの数倍の給料が貰えるのだ。
優しくて面白い人という項目には自信がないけど、私はそこそこ学歴も持っている。
しかも女だ。条件はある程度一致する。
私はすぐに教授に直談判し、時給3000円の仕事をゲットした。
- 292 名前:4.601号室の傍観者 投稿日:2007/03/07(水) 20:37
-
教授の知り合いの娘さんの名前は、道重さゆみと言った。
色白で黒髪の、お人形みたいな顔した女の子。
真面目でおとなしくて、宿題もしっかりやるし、勉強の飲み込みも早くて、
本当に手のかからない楽な生徒だ。
さゆみちゃんが問題を解いている間、暇な私は読書をする。
小説とか自分の勉強の参考書とか、実はたまに漫画も読んでる。
あと携帯もいじってる。‥‥うん、バレなきゃいーの。
ていうかさゆみちゃんにはバレてるけど、気づかないふりをしてくれてる。
「先生、問4の(2)って他の公式ですか?シグマ使っても答え出ないんですけど」
具体的にどう分からないのか、さゆみちゃんはしっかり言ってくれる。
だから私も効率的に教えることができるのだ。
さゆみちゃんのお母さんはいつも美味しい夕ご飯をご馳走してくれる。
「石川先生にはお世話になってますから」
そう言って、時々お土産もくれる。
地方の銘菓とか、ブランド物のキーホルダーとか、ちょっとしたアクセサリーとか。
まさに楽して高収入!家庭教師!
- 293 名前:4.601号室の傍観者 投稿日:2007/03/07(水) 20:39
-
今日も暇だ。
さゆみちゃんはさっきから問題集を解いている。
特に分からない所は無さそうだ。
家から持ってきた漫画も読み切ってしまった。
給料発生時間帯に生徒の隣で漫画読んでるなんて、我ながらひどい教師だ。
これで月3万も貰ってるとか詐欺だよね、あははー。
時計を見ると夜9時を過ぎていた。
あと30分でバイトは終わりだ。
「さゆみちゃん、私ちょっとトイレ行ってくるね」
「あ、はい」
私は部屋を出て、ダイニングキッチンを通り抜ける。
私たちのために夜食を用意してくれているお母さんと目が合った。
「あ、すみません、お手洗いお借りします」
「はい、どうぞー。お疲れさまです」
ごめんなさいお母さん。
私は労いの言葉を掛けてもらえるほど、たいしたことしてません。
むしろ給料泥棒です、仕事中に遊んでます。えへ。
- 294 名前:4.601号室の傍観者 投稿日:2007/03/07(水) 20:40
-
ちょっとした罪悪感に苛まれつつ、私はトイレに入ってドアの鍵を閉めた。
便座に座って、ポケットから取り出した携帯電話を開く。
トイレの中なら誰の目もはばからずに携帯をいじることができる。
あ、柴ちゃんからメール。
『今日バイト何時まで?』
‥‥道重さんちでごはん食べてくから10時過ぎになるかも、っと。
超高速でメールを打って、はい送信。
空気のこもった狭い密室の中は何となく息苦しい。
私は外の空気が吸いたくなって、トイレの窓を開けた。
顔を出すと、冷たい冬の風がびゅうっと私の頬を撫で上げる。
6階を吹き抜けるビル風は想像以上に強い。
- 295 名前:4.601号室の傍観者 投稿日:2007/03/07(水) 20:41
-
ふと、人の声がしたような気がした。
何気なく下を見ると、下の階のベランダで女の人が2人、並んで話している。
1人は髪は肩すれすれのセミロングで、妙に色っぽい体つきの若い女の子。
もう1人は背が高くてボーイッシュな感じの華奢な女の子。
目が離せなくなったのは、
その2人が明らかに姉妹とか友達って雰囲気じゃなかったから。
醸し出すオーラが艶っぽい。絶対怪しい。
ちょうど建物の角に位置するこの601号室は特殊な構造で、部屋の向きが他とは違う。
02〜08号室のベランダが東向きなのに対して、この部屋は南向き。
だから家賃も少し高いんだとか。さすが道重さん。
道重家のトイレの窓から見えるのは、各階の02号室のベランダというわけだ。
彼女たちがいるのは斜め下の部屋。
- 296 名前:4.601号室の傍観者 投稿日:2007/03/07(水) 20:42
-
2人の服装とか背格好から見て、私と同じくらいの年かな。
背が低いほうの女の子は、冬だというのに生足にショートパンツを穿いていた。
若い。私には無理だ。
もう1人の背が高い子は細身のブラックジーンズを穿いていて、それと対照的に、
ショートパンツの子のむちむちした健康的な太ももがやたら目立った。
私は沸き上がる好奇心につられて、2人の会話に耳を澄ました。
さっきまで吹いていた風はいつの間にか止んでいた。
「いいんですか?こんな所まで来て」
ショートパンツの女の子の声だけが、夜の空気の中でやけにはっきりと響いた。
もう1人は私に背を向ける格好になっていて、声はよく聞き取れない。
「‥‥‥」
「そのつもりじゃなかったんですか?」
「‥‥‥」
「言っときますけど私は」
- 297 名前:4.601号室の傍観者 投稿日:2007/03/07(水) 20:43
-
ゴトッ。
右足の親指に感じた衝撃に、私はびっくりして足元を見た。
トイレの芳香剤を倒しちゃったみたい。
慌てて戻したけど、幸い液体は残り少なかったようで、床にこぼれてはいなかった。
あーびっくりした。
私は気を取り直してまた窓から首を伸ばす。
「‥‥吉澤さん綺麗だから」
「‥‥‥」
「何が困るんですか?」
「‥‥‥」
ショートパンツの子が、背の高い子の顔を見上げた。
しばらく相手を見つめていたその視線がゆらりと泳ぎ、
右斜め上で驚いたように停止する。
あ。
やばい、目ぇ合った。かも。
急いで顔を引っ込めて窓をぴしゃりと閉めた。
- 298 名前:4.601号室の傍観者 投稿日:2007/03/07(水) 20:44
-
うわ、なんか気まずい。超恥ずかしい。
私はトイレの床にしゃがみ込んだ。
顔見られたかなぁ‥‥
ま、お互い知り合いでもないし別にいいか。
こういう現場に遭遇すると、私はいつも縁起の悪い妄想をしてしまう。
大好きな推理小説で鍛えた想像力が無駄に発揮される時だ。
あの後2人は喧嘩になって、激昂したショートパンツの女の子が相手を殺してしまう。
これといった証拠もなく事件は迷宮入りかと思われたが、目撃者は存在した。
それが私、石川梨華である。
犯人の女の子は、あのとき私と目が合ったことを覚えていた。
そして彼女は口封じのため、私の命を狙う‥‥
- 299 名前:4.601号室の傍観者 投稿日:2007/03/07(水) 20:44
- ‥‥なんちゃって。
さて、いい加減くだらない妄想はやめよう。
あの2人の展開がちょっと気になるけど、覗き見がバレた以上もう無理だ。
窓を少し開ければ声は聞こえるかもしれないけど、
そこまでして赤の他人のプライベートを知りたいわけでもない。
さて、いつまでもサボってるわけにはいかない。
さゆみちゃんを待たせてる。
そろそろ問題も解き終わった頃かな。
私は携帯電話をポケットにしまうと、トイレの水を流して外に出た。
- 300 名前:スカイラウンジ 投稿日:2007/03/07(水) 20:45
-
- 301 名前:しゃら 投稿日:2007/03/07(水) 20:49
- そんな感じで。
>>289の名無飼育さん
これからちょこちょこほのめかしていくつもりです。
- 302 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/07(水) 23:47
- うわー続きがめっちゃ気になりますね
- 303 名前:スカイラウンジ 投稿日:2007/03/13(火) 18:55
-
- 304 名前:5.右ポケットの秘密 投稿日:2007/03/13(火) 18:58
-
最近、カメがおかしい。
カメというのは私の友人、亀井絵里のことだ。
まず付き合いが悪くなった。
「ってか絵里たち受験生じゃん? さすがに勉強にも本腰入れないとさぁ。
ガキさんもそろそろやばいんじゃない?」
そんなこと言って私の誘いを断ってたくせに、
夜中カメの携帯に電話すると、かなりの確率でなぜか通話中。
勉強してないじゃん。
それまでいつもバッグの中に入れていたはずの携帯電話を、
制服のポケットに入れるようになった。
たまに携帯が震えると、待ってましたと言わんばかりのすごい瞬発力で取り出し
画面を見つめてにやにやしてる。
にやにやしながらメールを打って、満足気にポケットにしまう。
気持ち悪い。
「‥‥カメ、あんた誰とメールしてんの?」
「お、お母さん」
あからさまに怪しい。
- 305 名前:5.右ポケットの秘密 投稿日:2007/03/13(火) 18:59
-
常にぼーっとしていて、人の話を聞いていないことが多くなった。
まぁカメは元からぼーっとしてる子で、人の話もあんまり聞いてなかったけど、
以前にも増してその度合いがひどくなった。
いつもなら休み時間は真っ先に私の所に来て、うるさいくらい喋りたがるのに、
最近は自分の席に座ったまま1人で外の景色を眺めていることが多い。
それもただ景色を眺めているだけではなく、何か考え事をしているようだ。
おかしい。あんなのカメじゃない。
一緒に服を買いに出かけると、スカートを買うようになった。
それまではジーンズばっかり穿いてたのに。
「最近太っちゃって足パンパンなんだもん。スカートなら太もも隠れるから」
そんなふうに言い訳してたけど、
なぜか私と会うときのカメは相変わらずいつもジーンズ姿だ。
では一体スカートはいつ穿いているのか。
- 306 名前:5.右ポケットの秘密 投稿日:2007/03/13(火) 19:01
-
私は確信した。
男だ。
彼氏ができたんだ。
でも、なんで私に言ってくれないの?
私たち何でも話せる仲だよね?
少なくとも私はそう思っていた。
家が近所で、幼稚園のときからずっと一緒で、お互い最高に信頼できる友達。
家族のこと、進路のこと、もちろん恋愛のことも、
私は何か悩みがあればいつも包み隠さずカメに相談してきた。
カメだってそうだった‥‥はずなのに。
10月の最初の日曜日、私たちは一緒に横浜で買い物をする予定だった。
だけどカメは、なぜか自由が丘駅で突然電車から降り、呆然とする私を残して
どこかへ走り去っていった。
今思えばあれが前兆だったのだ。
その日を境に、カメは私に隠し事をするようになった。
- 307 名前:5.右ポケットの秘密 投稿日:2007/03/13(火) 19:04
-
まず手始めに、私はカメのお母さんに探りを入れた。
「最近、何か変わったことありませんか?」
「う〜ん、何だろうねぇ‥‥」
「誰かとよく電話してるとか」
「あっ、そうそう。最近コソコソ隠れてするようになったのよね。
昔は私たちの前で平気で誰とでも電話してたんだけど。
やっぱり年頃になるとそういうの恥ずかしくなるのかしら」
「電話の相手って誰ですかね?」
「さぁ、そこまでは。私は里沙ちゃんだと思ってたけど」
だめだ。使えない。
まぁ、お母さんもカメに似て脳天気な人だからな‥‥
一応、カメのお父さんにも探りを入れてみた。
「変わったことかぁ‥‥何かあるかなぁ」
「何でもいいんで」
「‥‥あっ、そういえば昨日、間違えて絵里の風呂覗いちゃったんだけどな、
あいつ意外とおっぱいでかくなってたぞ」
‥‥だめだ。
この人はただのエロ親父だ。
お兄さんは就職してから実家を離れてるし、
妹は思春期で最近グレかけているらしいので、ちょっと怖い。
家族から何の情報も得られないまま、私の聞き込み調査は終了した。
- 308 名前:5.右ポケットの秘密 投稿日:2007/03/13(火) 19:07
-
カメの行動が変になってから、もう2ヶ月が経つ。
相変わらず有力な手掛かりはない。
12月になって急に寒くなった。
私もカメも、マフラーと手袋が手放せない。
本当はコートも着たいんだけど、今着てしまうと、この先もっと寒くなった時に
耐えられないだろうと思って、まだ我慢している。
今日も2人で学校から帰るところだ。
カメとはいつも一緒にいるから話す機会はいくらでもあるけど、
私は色々しつこく聞き出したりはしない。
カメが自分から話してくれるのを待つことにした。
何があったのか知らないけど、きっと今は言えない事情があるのだろう。
「あ!」
高校の正門を出てしばらく歩いた所で、カメがいきなり立ち止まった。
- 309 名前:5.右ポケットの秘密 投稿日:2007/03/13(火) 19:09
-
「どうしたの?」
「携帯がない!なくしたかも!」
「まじかい」
「どうしよう、どこに置いてきたんだろう。肌身離さず持ってたのに」
「もー、バカだねあんたは」
カメは泣きそうになりながら、かばんの中を漁っている。
「カメ、落ち着いて。確実にあったのはいつまで?」
「教室から出るとき。ちょうどメール来てたから覚えてる」
「それからどこ行ったっけ」
「B組の友達の所に寄って、トイレ行って、そのまま帰った」
「‥‥探しに行くか」
本当に迷惑な奴だ。
私とカメは今来た道を戻り、また校舎へ向かった。
「ずっと手に持ったままだったから、どこかに置いて忘れてきたのかも」
「あー、そうかもね。トイレとか下駄箱とか」
- 310 名前:5.右ポケットの秘密 投稿日:2007/03/13(火) 19:12
-
下駄箱にはなかったので、カメはB組の教室へ、私はトイレへ向かった。
それにしてもカメはよく携帯をなくすけど、なくしてあんなに焦っている姿は
初めて見た。
女子トイレに入って1つずつ個室の中を確認する。
「‥‥あった」
1番手前のトイレのタンクの上に、見慣れたピンク色の携帯電話が置いてあった。
♪〜♪〜♪〜
手に取ろうとした瞬間、携帯が突然鳴り出した。
着信。‥‥誰だ?
ディスプレイに表示された名前は、「吉」。
何これ?キチ?ヨシ?
名前くらいちゃんと登録しておけよと思いつつ、
いつもの癖で、私はつい通話ボタンを押してしまった。
あ、やば。
- 311 名前:5.右ポケットの秘密 投稿日:2007/03/13(火) 19:16
-
「‥‥もしもし」
押してしまったものは仕方ないので、とりあえず喋ってみる。
『あれ?‥‥亀井さんの携帯ですよね?』
通話口から聞こえてきたのは、若い女性の声だった。
「あー、そうなんですけどちょっと事情がありまして」
『失礼ですけど、どちら様で?』
「新垣です。カメの友達です。ちなみにそちらは?」
『あ、すみません。よしざ‥‥吉村、ひ、ひろみでございます』
誰だろう。聞いたことのない名前だ。
「あ、カメなら近くにいるんで。ちょっと待って下さい、電話替わりますね」
『えっ、いや、いいっス!‥‥えーと、また後でかけ直します』
そう言って電話は切れた。
何だったんだ?
なんか妙に焦ってるみたいだったし、完全に怪しい感じ。
これが男だったら絶対彼氏だって疑うんだけどな。
- 312 名前:5.右ポケットの秘密 投稿日:2007/03/13(火) 19:18
-
私はB組の教室に行って、入り口でカメを呼んだ。
「カメぇー、携帯あったよー」
「まじで?ありがとう!」
教室から出てきたカメに携帯を手渡して、私は正直に言った。
「あのさ、なんか電話かかってきて、私、間違えて出ちゃった。ごめん」
「‥‥‥‥誰から?」
なぜか不安そうに眉を寄せるカメ。
何だっけ名前、吉、ヨシ‥‥
「そうだ、えっと、吉村ひろみっていう人」
「う〜ん、誰だろ。間違い電話かな」
「でも名前は登録してあったよ。《吉》って」
カメの顔が一瞬、ぎくっとしたような表情に変わった‥‥気がした。
気のせいだろうか。
「すぐ切れちゃったんだけどね」
「そっかそっか、たぶんどうでもいい電話だったんだよ」
「誰なの?」
「‥‥知り合い。ガキさんの知らない人だよ」
- 313 名前:5.右ポケットの秘密 投稿日:2007/03/13(火) 19:20
-
そんな知り合いの話、今まで聞いたことなかったけどな。
それにさっき名前も忘れてたじゃん。
その人は、カメの変化と何か関係あるんだろうか。
彼氏ができたわけじゃなくて、友人関係?‥‥のトラブルとか?
それなら私が知らないはずないんだけど。
カメの交友関係で私の知らないことがあるなんて、なんかちょっと悔しい。
‥‥ま、いいや。
いつかカメが話してくれるのを待とう。
今は問い詰めたって仕方ない。
カメはしばらく携帯をチェックした後、大切そうに制服のポケットにしまった。
- 314 名前:スカイラウンジ 投稿日:2007/03/13(火) 19:21
-
- 315 名前:しゃら 投稿日:2007/03/13(火) 19:25
- 今日はここまでです。
>>302の名無飼育さん
ありがとうございます。話の中ではまだ時間は全く進んでいませんが、
少しずつ先に進めていこうと思います。
- 316 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/14(水) 02:54
- くそーガキさん突っ込めよ!
と内心思ってしまいましたゴメンガキさん
- 317 名前:しゃら 投稿日:2007/03/15(木) 22:16
- >>316の名無飼育さん
ガキさんもどかしいですね。
私も、早くバレちゃえばいいのにと思いました。
更新しようと思って飼育に来たけど
娘。チャイニーズ加入のニュースが衝撃的すぎたので
ちょっくら狼のぞいてきます
- 318 名前:スカイラウンジ 投稿日:2007/04/27(金) 03:50
-
- 319 名前:6.虹色ピンク 投稿日:2007/04/27(金) 04:01
-
ベビーピンク、レモン色、ターコイズ、白、ワインレッド、薄紫、
オレンジ、若草色、ゴールド。
目の前に広がるパステルカラーの宝石箱。
色とりどりのマニキュアが並ぶ陳列棚の隙間から、
あたしは隣の棚のレジ側で見張りをしてる桃子ちゃんを覗き込む。
最近、学校の帰りにこのドラッグストアに寄るのが日課になっていた。
あたしはこの店が大好きだ。
鋭く目を光らせていた桃子ちゃんが、こっちに視線を戻す。
ちょっと油断してたら見逃しそうな、一瞬のアイコンタクト。
よし、今だ。
あたしは左手に持っていた丸いマニキュアの小瓶を2つ、
素早くセーラー服の袖の中に滑り込ませた。
レジにいる2人の店員は呑気に世間話をしてる。
周囲にも、あたしの不審な行動に気づいているお客さんはいない。
‥‥あ、もう1つ行けそう。
よし。ゲット。
今日はわりと調子がいいみたいだ。
あたしは店の外で様子を見ていた雅ちゃんに向かってピースした。
雅ちゃんも、にかっと笑ってVサインを返してくれた。
- 320 名前:6.虹色ピンク 投稿日:2007/04/27(金) 04:07
-
なんか今日は楽勝だったな。
店員、気ぃ抜きすぎ。
あたしは店の出口に向かいながら、今日の戦利品の値段を頭の中で計算した。
マスカラ1500円と1200円、アイシャドウ1000円、リップグロス480円、
420円のマニキュア3個。
大漁、大漁。あたし暗算は得意なんだよね。
‥‥5540円。ってことは儲けは2720円か。
桃子ちゃんと雅ちゃんと3人で割って、900円ちょい。
カラオケ3時間分くらいにはなるかな。
そのまま店から出ようとした時、
!?
誰かがあたしの手首をパシッと掴んだ。
もしかして。
嫌な予感が体中を駆け巡る。
「お会計、忘れてませんか」
終わった。
久住小春、初めての失敗。
桃子ちゃん、雅ちゃん、ごめんなさい。
- 321 名前:6.虹色ピンク 投稿日:2007/04/27(金) 04:07
-
店の外を見ると、2人が全速力で走って逃げていくのが見えた。
仕方ない。
誰か1人が捕まったとしても、仲間を巻き込まない。
自己責任。
それがあたしたちの中のルールだ。
「袖の中、見せて」
「‥‥‥」
「今逃げていった2人は友達?」
「違います」
「ま、いいや。ちょっと1回外に出よう」
やけに美人のGメンが、あたしを店の外に連れて出る。
あぁ、やっちゃった。
このあとコイツに色々問い詰められて、店の奥に連行されて、店長が出てきて、
親呼ばれるんだよな。めんどくさ。
‥‥まぁ捕まったの初めてだし、初犯なら「つい魔がさしました」とか言っとけば
警察沙汰にはならないだろう。
あたしパッと見は真面目そうな可愛い中学生だし、きっと大目に見てくれるよ。
適当に嘘泣きして反省したふりすればいい。
- 322 名前:6.虹色ピンク 投稿日:2007/04/27(金) 04:09
-
自動ドアを通り抜けた瞬間、
あたしの手を引いていたGメンが悪戯っぽく笑った。
「へへっ、焦った?」
‥‥は?
「あたし1度でいいから万引きGメンやってみたかったんだよね」
「‥‥‥」
「あー、ごめんごめん。あたしは補導員でも何でもないから。
お前が万引きしてるの見えたから捕まえてみただけ」
なんだ。そういうことなら。
あたしはそいつの手を振り払って駆け出した。
「うわ、ちょっと待ってよ」
慌てて追いかけてきたけど、捕まるもんか。
ここは逃げるのみ。
あんたのGメンごっこにつきあってる暇なんかないんだよ。
- 323 名前:6.虹色ピンク 投稿日:2007/04/27(金) 04:11
-
だけどあたしは、意外なほどあっさりと追いつかれてしまった。
そいつはあたしの腕をがっちり掴んで、にやっと笑う。
ちくしょう。
「‥‥足、速いんですね」
「鍛えてるからね」
「あたしのこと、どうするつもりですか。店につき出す?それとも警察?」
「どうしようかなぁ」
「好きにすればいいよ。どうせ親なんかあたしが何したって放置だし」
「あ、そう。別にあんたの親のことなんてどうでもいいよ」
「‥‥‥」
「とりあえず盗んだもの全部出しなさい」
あたしは黙って、セーラー服の袖の中からマニキュアを3個取り出した。
「これで全部?‥‥かばんの中見せな」
あたしは小さく舌打ちをして、
半分開いたスクールバッグの中から残りの戦利品を出した。
- 324 名前:6.虹色ピンク 投稿日:2007/04/27(金) 04:15
-
「おーおー、こんな高いもん盗っちゃって。店も可哀相になぁ」
「高くないよ。マスカラだって1000円台だし」
「へぇ、それは安いの?」
「わざわざ安いやつ選んで盗ってるんだよ。良心的でしょ。
高い物ばっか盗って店が潰れたら困るから」
すると、そいつはいきなり厳しい表情になって、あたしに向き直った。
「お前、中学生だろ」
「そうだけど」
「お金稼ぐ大変さも分かんないガキが、軽々しく万引きしといて
良心的とか言ってんじゃないよ」
「‥‥‥」
「これ、全部で5000円以上はするよね」
「‥‥‥」
「例えばあたしが深夜、眠いの我慢して居酒屋でバイトして、酒出して、洗い物して、
酔っ払いに絡まれて、客がビールこぼした床の掃除して、トイレのゲロの処理して、
5時間働いて5400円だ」
- 325 名前:6.虹色ピンク 投稿日:2007/04/27(金) 04:17
-
あたしは黙って下を向いた。
さすがに「良心的」はまずかったかもしれない。
そいつはあたしの手を握ると、優しく微笑んだ。
「じゃ、行くか」
「はぁ?どこに」
「さっきのドラッグストア」
「やっぱり店につき出す気なんだ」
「違う。盗った物返しに行くんだよ」
あたしは驚いてそいつの顔を見た。
「これ万引きしました、すみませんって言って返すわけ?」
「あんたがそうしたいなら、それでもいいけど」
「違うの?」
「店員に見つからないように万引きできるなら、こっそり商品戻すのも簡単でしょ」
そういうことか。
あたしは少しほっとして、そいつと一緒に歩きだした。
- 326 名前:6.虹色ピンク 投稿日:2007/04/27(金) 04:20
-
歩きながら、隣にあるその化粧っ気のない横顔を見る。
改めてよく見てみると、ほんとに綺麗な人だった。
透き通るような白い肌、薄茶色の大きな瞳、品のある口元。
「ん?何?」
「‥‥別に」
「なんだ、あたしに見惚れてんのかと思った」
「ち、違うよ」
「あー、そういえば名前聞いてなかったね。あんた誰?」
誰?はないだろ。
もっと他に訊き方ってもんがあるでしょうに。
「‥‥小春」
「ふーん。いい名前だね。あんたの親、センスあるね」
「‥‥‥‥」
「さっき逃げた2人は?」
「ももこちゃんと、みやびちゃん」
「やっぱ友達なんじゃん。違うって言ってたくせに」
「うるさい」
- 327 名前:6.虹色ピンク 投稿日:2007/04/27(金) 04:26
-
「あんたたちの万引き、システム的にはどうなってんの?」
「何それ」
「集団でやってるってことは、それなりに決まりごとがあるのかなーと思って」
変な奴。
そんなこと聞いてどうするんだろう。
あたしは呆れてそいつの顔を見た。
真っすぐな瞳には、悪意はないみたいだった。
こんなこと初対面のわけ分かんない女に教えても、何の得にもならない。
だけど、損にもならないかな。
もうあたしの悪事はバレてるわけだし。
「‥‥盗った物は、欲しがる子たちに全部半額で売るんだよ」
「へぇー。報酬5割か」
「3人で割るからもっと少ないけどね」
「最近の中学生は汚い商売考えるもんだね」
「みんな化粧品ならいくらでも欲しがる年頃だから」
「あはは」
- 328 名前:6.虹色ピンク 投稿日:2007/04/27(金) 04:31
-
ドラッグストアに着いたので、あたしは1人で店の中に入った。
あいつは外から見張ってる。
あたしと一緒にいると、もしバレた時に共犯だと思われたら嫌だから、らしい。
意外と小心者だ。
あたしはあいつの見てる前で、盗った化粧品をそれぞれ元の棚に戻した。
あーあ、もったいない。久々の収穫だったのに。
外に出ると、満足気にニコニコ笑ってるそいつがいた。
「うん、いい子だ、小春」
「呼び捨てしないでよ」
「はっはっは」
「うざ‥‥」
並んで歩き始める。
そいつは感心したように言った。
「それにしても慣れてるね。あんた、相当稼いでるだろ」
「そんなに儲かるわけでもないよ」
「嘘だぁ。1ヶ月にどれくらい?」
「たぶん‥‥1万ちょっと」
「うっわ、ありえねー。あたしなんか中学の頃、お小遣い月1000円だったよ」
あたしは思わず立ち止まって叫んだ。
「はぁ!?そっちのほうがありえない!どうやって生活してたの?」
「お金なんてあんま使わなかったよ」
- 329 名前:6.虹色ピンク 投稿日:2007/04/27(金) 04:38
-
信じられない。
あたしは親から1ヶ月のお小遣い5000円もらって、万引きで1万円以上稼いでも
まだまだ足りないのに。
「なんで?」
「学校の帰りにときどき肉まん買って食うくらいだったもん」
「カラオケとか行かないの?」
「部活やってたからそんな暇なかった。早く帰って夕飯食べたかったし」
「服とか買わないの?」
「お年玉貯金してたから、たまに崩して買ってた」
あたしはびっくりして言葉が出なかった。
世の中には、遊ばなくても生きていける人がいるんだ。
服は買っても買っても欲しくなる。
同じ人と遊ぶときに前と同じ服は着たくない。
3日に1度はカラオケに行かないと禁断症状が出る。
お菓子は必需品だ。
休み時間に友達と話すとき、口淋しくなったらお菓子を食べないと。
- 330 名前:6.虹色ピンク 投稿日:2007/04/27(金) 04:42
-
「あんた、部活は?」
「やってない」
「もー、だから悪い道に走るんだよ」
「関係ないし」
そいつは「え〜」と不服そうに口を尖らせた後、
何かを思いついたようにポンッと手を打った。
「あ、そうだ。バレーやりなよ、バレー」
「しないっつーの」
「なんで」
「めんどくさいから」
困ったようにあたしを見つめる大きな瞳。
やだやだ、こっち見るな。
まっすぐ見つめられることがなんだか気まずくて、
あたしはぐりんと顔を背けた。
「えー、バレー部いいと思うんだけどなぁ」
「‥‥あたしもう中3だもん。今から入部してもすぐ引退だよ」
「じゃあ高校生になったらやればいいよ」
そう言って、そいつは黙り込んだ。
あたしも別に話すことないから何も言わなかった。
- 331 名前:6.虹色ピンク 投稿日:2007/04/27(金) 04:45
-
それから2人で、駅までを無言で歩いた。
ふと考える。
あたしが万引きをしなくても、桃子ちゃんと雅ちゃんは友達でいてくれるかな。
もし部活に入ったとしても、今までと同じように遊んでくれるかな。
自分たちがしてるのは悪いことだってことも分かってるし、
万引きをやめるくらいで壊れてしまう関係なら、そんなの本当の友達じゃない
ってことも分かってる。
でも今のあたしにとっては、あの2人が全てなんだ。
友達がいなくなることが1番怖い。
転校してきてなかなか友達ができず、クラスにもなじめなくて浮いていたあたしに、
優しく声をかけてくれたのが隣のクラスの桃子ちゃんと雅ちゃんだった。
2人を失いたくない。
万引きもカラオケもスナック菓子でさえも、あたしにとっては大事な
友達とのコミュニケーションツールだ。
- 332 名前:6.虹色ピンク 投稿日:2007/04/27(金) 04:47
-
駅の改札の前で、あたしたちは立ち止まった。
「あんた、どっち方面?」
「‥‥品川」
「じゃあ逆方面か。切符は?」
「定期あるから」
「あ、そう」
「‥‥‥」
「じゃあね」
そいつはそれだけ言って、 あたしに背を向けて歩き出した。
「・・・・・ちょっと待ってよ!」
口から飛び出した大きな声に、自分でも驚く。
あたし何言ってんだろう。
そいつは怪訝そうに振り返ってあたしを見た。
- 333 名前:6.虹色ピンク 投稿日:2007/04/27(金) 04:49
-
「何?」
「‥‥な、名前」
「は?」
「あたしにだけ名前訊いといて、自分は名乗らないなんてずるいよ」
そいつは一瞬きょとんとして、へへっと柔らかい声で笑った。
「そりゃそうだよね。ごめん小春ちゃん」
長い指で、鼻の頭をぽりぽり掻いている。
清潔そうな白い指先はマニキュアも何も塗ってなかったけど、
地肌のままの薄桃色の爪が綺麗だった。
「吉澤」
「え?」
「苗字で十分でしょ」
指先に見惚れてる間に、その人はさらりと名乗った。
あたしはボーっとしてて、その肝心の名前をよく聞いてなかった。
- 334 名前:6.虹色ピンク 投稿日:2007/04/27(金) 04:53
-
‥‥まぁいいや。
名前なんてどうでもいい。
しつこく聞き返してまで知りたいことじゃない。
あたしは適当に会話をつなげる。
「へー、いい名前だね。親に感謝だね」
「いやいや、苗字考えたのは親じゃないから」
「そーだね」
「お前、聞いてなかっただろ」
「どっちでもいいじゃん」
そいつは微笑んで、駅の時計をちらっと見上げた。
「やべ、もう行かなきゃ。人、待たせてるんだ」
「‥‥‥」
あたしはなぜかそこから動けなくて、
くるりと向きを変えるそいつの足元を見つめていた。
「じゃあね、小春」
「‥‥うん」
呼び捨てすんなよ、と言いたかったけど、
どうしたわけか言葉が出なかった。
- 335 名前:6.虹色ピンク 投稿日:2007/04/27(金) 04:55
-
そいつは小走りで改札に向かいながら、
急に振り返って叫んだ。
「もう万引きすんなよー!」
「ちょっ‥‥声でかいよ!」
周りの人たちの視線があたしに集まる。
あたしは改札を通り抜けていったそいつに 「バカ!死ね!」と叫んで、
その場からダッシュで逃げ出した。
- 336 名前:6.虹色ピンク 投稿日:2007/04/27(金) 04:57
-
どこへ行くわけでもなく走りながら、
あたしは何だか胸の奥がすっきりしたのを感じていた。
‥‥バレー部には入らないけど、
万引きはもうやめよう。
桃子ちゃんと雅ちゃんも大目に見てくれるような気がしてきたし。
今度あのドラッグストアに行ったときは、
あいつの爪の色みたいな、 薄いサーモンピンクのマニキュアを買おう。
たまには学校の帰りに肉まんを買って、
1人で食べるのも悪くないかな、と思った。
- 337 名前:スカイラウンジ 投稿日:2007/04/27(金) 04:58
-
- 338 名前:しゃら 投稿日:2007/04/27(金) 05:01
- ふー、長かった。
小春とキッズをちょっと悪い子にしてしまったことは、気が引けます。
- 339 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/04/28(土) 13:34
- す・すごい!一気にひきこまれた!。
久々に良い作品にめぐりあえたような予感。
しゃらさん頑張ってくださいネ。
- 340 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/04/28(土) 13:58
- 待ってました!
次は誰がでてくるのか楽しみです
- 341 名前:スカイラウンジ 投稿日:2007/07/02(月) 23:34
-
- 342 名前:7.502号室の誘惑 投稿日:2007/07/02(月) 23:37
-
吐き気を感じて目が覚めた。
ぼんやりと白く濁る視界。
私は空のペットボトルを握り締めたまま、
やけに綺麗なフローリングの床に這いつくばっていた。
何してんだ自分。
慌てて上半身を起こすと、世界がぐにゃりと歪んだ。うお、死ぬ!
頭が割れそうに痛い。
ゆっくり辺りを見回すと、同時に首がコキコキ鳴った。
見覚えのない部屋だ。
「‥‥あ、吉澤さん。起きました?」
少し高めの、よく通る声が響いた。
こいつの家か。
やべーなんであたし今ここにいんの?
今日何があったんだっけ?
思い出そうとすると頭がさらに痛む。
ごわわぁぁぁぁん。
脳の中心で盛大に打ち鳴らされるドラ。
この痛みには覚えがあった。
これはまさしく酒を飲んだ後の症状だ。
- 343 名前:7.502号室の誘惑 投稿日:2007/07/02(月) 23:38
-
「ごめん松浦。迷惑かけたね」
「あ、無理して起き上がらなくていいですよ。また吐いちゃうから」
「‥‥‥‥あたしまさか松浦んちで吐いたの?」
「はい」
「も、申し訳ない」
なんてことだ。超萎える。
後輩に迷惑をかけた情けなさで、なんだかひどく自己嫌悪に陥った。
21歳。
自分の体の飽和アルコール量なんて十分わかってる年だ。
最近は飲む量も調節できてたのに。
とりあえず数時間前の記憶を取り戻す努力をしよう。
私はこめかみに手のひらを当ててぐりぐりと揉みほぐした。
頭の中に響きわたるドラの音を揉み消しながら、必死で記憶を辿る。
- 344 名前:7.502号室の誘惑 投稿日:2007/07/02(月) 23:40
-
確か今日は野球サークルの忘年会だったはずだ。
8人掛けの同じテーブルには、昨日彼女にフラれたばかりで凹んでいる男友達と、
彼に気を遣ってイマイチ盛り上がれない後輩たち。
そんな暗い雰囲気に耐えかねた私は、ハイテンションで周りにコールを振りまくり、
自ら飲み、喋り続けた。
努力の甲斐あって、そのうち後輩たちもうまい具合に盛り上がり始める。
凹んでいた男友達も、つられてはしゃぐ。
しかし酒が進むうちに、彼はだんだん感傷的になっていった。
時に涙ぐみながら、彼女との思い出話を語り出す。
そしてそんな彼をなだめつつ、つい傍らの焼酎に手が伸びる私。
記憶はそこで途切れていた。
だめだ。私は焼酎を飲むと必ず潰れるんだ。
そんなこと分かってたはずなのに。
酔った自分がどんな失態を犯したのかは思い出せないけど、
あえて知りたくもない。
- 345 名前:7.502号室の誘惑 投稿日:2007/07/02(月) 23:41
-
額に当てていた手のひらは汗でうっすら湿っていた。
ジーンズの太もも付近で手をごしごし拭いて、私は松浦に声をかけた。
「この部屋ちょっと暖房効きすぎじゃない?」
「そうですか?設定温度23℃ですよ」
「う〜ん‥‥暑い」
「まぁ酔って体も火照ってますからね。夜風にでもあたりますか」
松浦はそう言って、ベランダのガラス戸を開けた。
ぴゅうっと吹き込んできた冷たい風が心地いい。
松浦が「寒っ」と呟いて、ショートパンツから伸びた太ももをさすった。
「外、出てもいい?」
「どうぞ」
- 346 名前:7.502号室の誘惑 投稿日:2007/07/02(月) 23:42
-
2人でベランダに出て、手すりに寄り掛かる。
珍しく空には星がたくさん見えていた。
こういう時、星座や星の名前を知らない自分が悔やまれる。
天文学の講義、もっと真面目に受けときゃよかった。
隣で空を見上げる松浦を見た。
可愛らしい顔立ちに似合わず、こいつには妙な色気とか大人っぽさがあると思う。
所属する野球サークルは40人以上の大所帯で、女子は7人。
女子のうち選手として活動しているのはあたしと1年生の辻希美の2人だけで、
あとの5人はマネージャーだ。
男子部員からも男友達扱いされる私や辻と違って、
マネージャーの女の子たちは彼らの恋愛対象になりやすい。
その中でも松浦亜弥は特に人気があった。
もちろん顔も可愛いし乳もでかいんだけど、それだけじゃない。
- 347 名前:7.502号室の誘惑 投稿日:2007/07/02(月) 23:42
-
細かいことによく気がついて世話好きで、それでいて小悪魔的なわがままさも
持ちあわせている。
言葉遣いは礼儀正しいけど、スキンシップは必要以上に馴々しい。
口では謙遜しているわりに、自信に満ちた表情。
自己主張の激しさと、適応能力の高さ。
空気を読んで気の利いた発言をする一方、場の空気を一瞬で変える力も持っている。
散りばめられた矛盾。
それが松浦の魅力なんだと思う。
- 348 名前:7.502号室の誘惑 投稿日:2007/07/02(月) 23:44
-
左腕に温かさを感じた。
松浦が体を押しつけるようにもたれかかっていた。
「‥‥どうした?」
「吉澤さん」
「うん」
「私、吉澤さんのこと結構好きですよ」
何を突然。
私は面食らって少し固まったけど、すぐ笑って返した。
「何だよぉ、知ってるよそんなこと」
「知ってたんですか?」
「んははは、あたしが人に嫌われるわけないじゃん」
「‥‥へーえ」
冗談でごまかしたけど、松浦の挑むような視線が気になった。
「‥‥あたしだって松浦のこと好きだよ。可愛いし頭いいし気が利くし」
「それは人間として好きってことですか?」
「まぁ、そうだろうね」
「吉澤さんの好きと私の好きは違いますよ」
- 349 名前:7.502号室の誘惑 投稿日:2007/07/02(月) 23:45
-
沈黙が流れた。
安いドラマとか漫画とか、どこかで聞いたことあるようなセリフ。
何だ、この展開は。
私は飲み過ぎて変な夢を見ているんだろうか。
今、私がいる場所は本当にベランダなのか。
隣にいる松浦は実体か幻か。
「吉澤さんの好きは、単なる可愛い後輩に対する気持ちですよね」
「はぁ」
「私の好きは、吉澤さんの体が欲しいって意味です」
「‥‥‥‥‥」
よく分かんないけど今、さらっとした口調ですごいこと言われたよね。
からだ‥‥が欲しい?
頭が会話に追いつかない。
酔っ払った脳が言葉の意味を理解する前に、松浦の手が私の腰に回った。
- 350 名前:7.502号室の誘惑 投稿日:2007/07/02(月) 23:46
-
「いいんですか?こんな所まで来て」
「は?」
「私、喰っちゃいますよ」
「え‥‥何を」
「そのつもりじゃなかったんですか?」
「何のことやら‥‥」
「言っときますけど私は両刀ですよ」
‥‥ちょっと待て、おいおい。
やっとその意味を飲み込んだ私は、アホみたいな半笑いで松浦の顔を見た。
- 351 名前:7.502号室の誘惑 投稿日:2007/07/02(月) 23:47
-
「そ、それはどういう‥‥」
「意味分かりませんか?」
「なんとなく分かる、いや分かんないけど一気に酔いが覚めた」
「吉澤さん酔うと無防備ですよね」
腰に置かれた松浦の手に、ぎゅっと力が入る。
やばい。これは逃げられない。
「実は前から狙ってたんです、吉澤さん綺麗だから」
「いや‥‥何だ、困ったな」
「何が困るんですか?」
「だってあたし女だし」
「高校生の女の子とつきあってたくせに」
「別れたもん」
「じゃあいいじゃないですか。味見くらいさせて下さい」
松浦はそう言って、私のくちびるに噛み付くように素早くキスをした。
- 352 名前:7.502号室の誘惑 投稿日:2007/07/02(月) 23:48
-
気づいたら私たちはなぜかベッドの中にいて、
なぜか2人とも服を着ていなかった。
松浦の指が、舌が、私の体の上を軽やかに滑る。
「うっ‥‥ぁあっ」
「声、我慢しなくていいですよ。こういうの慣れてるんでしょ?」
「‥‥いや、女とやるなんて初めてだし‥‥っあ」
「女子高生の彼女とは?」
「チューもしてない」
「え、まじですか。吉澤さんにしては健全ですね」
「んぅっ‥‥‥‥ちょ‥‥っと待って松浦、喋ってる時くらい手ぇ止めてよ」
「嫌です」
「な、なんで」
「楽しいから」
「‥‥死ね」
「ちなみに私が今やってるのは模範演技ですよ」
「は?」
「吉澤さんも、あとで私に同じことして下さいね」
「いやいやいや無理無理無理無理」
- 353 名前:7.502号室の誘惑 投稿日:2007/07/02(月) 23:49
-
「そんなの不公平ですよ」
「いやまじ勘弁して‥‥うぉあ」
「わがまま言わないの」
「だって‥‥ごぁぁ」
「色気のない喘ぎ声ですね‥‥」
「‥‥あっ、ちょっと待って、ムリムリ、もう無理」
「いきそうですか?」
「うるさい黙れ、指抜いてよ、もうやだよやめろバカ」
「やめませんよ」
「‥‥‥っひゃあああ」
- 354 名前:7.502号室の誘惑 投稿日:2007/07/02(月) 23:50
-
それっきり、記憶が飛んでいる。
目が覚めたら外は既に明るくて、私は1人でベッドに寝ていた。
ドアの向こうから、バタバタと走り回るような足音が聞こえる。
「松浦ぁー」
寝ぼけ眼で名前を呼ぶと、ドアから松浦がひょっこり顔を出した。
「やっと起きたんですか?もう10時ですよ」
朝からなんて爽やかな笑顔。
「何してんの?」
「床を拭いてます」
松浦の手には、水の入ったバケツと新品の雑巾が握られていた。
- 355 名前:7.502号室の誘惑 投稿日:2007/07/02(月) 23:52
-
「もしかして昨日あたしが汚したから?」
「そうですね、多少」
「‥‥なんかほんとごめん」
トイレ以外の床まで汚してたなんて。
最低だ。あたしは松浦にどんだけ迷惑かけりゃ気が済むんだ。
「まぁ気にしないで下さい。私、掃除するの趣味なんで」
「気にするって!つーかあたしがやるよ」
「あ〜じゃあ一緒にやりましょう、雑巾もう1枚あるし」
松浦はそう言って、バケツの中の雑巾をぎゅうっと絞って渡してくれた。
- 356 名前:7.502号室の誘惑 投稿日:2007/07/02(月) 23:52
-
「そういえばさー小学生の頃、掃除のとき雑巾がけダッシュとかやんなかった?」
「あ〜!やりましたねそういうの。ちょー懐かしい」
「こっちの壁から向こうの壁まで」
「競争するんですよね」
「やろーぜ」
「えぇ?今ですか」
「うん!」
「でもあんまりドタバタすると下の階から苦情が‥‥」
「うっしゃあああああ俄然やる気出てきた!!!」
「話聞いてます?」
私は呆れる松浦を無視して、腕まくりをして気合いを入れた。
- 357 名前:7.502号室の誘惑 投稿日:2007/07/02(月) 23:53
-
昨日のことを思い出すと恥ずかしくなるので、とりあえずそれを紛らわすために
はしゃいでいたいってのが本音かもしれない。
「年末だし大掃除の季節だよ!昼間くらいうるさくしても平気だって」
「でも下の階の人すごい神経質なんですよ」
「高級マンションなんだから防音設備もしっかりしてるっしょ」
「いや〜でも足音って響くし」
「別に松浦が苦情言われたとしてもあたしには関係ない」
「ひっど!!さいあく」
ぶーぶー文句たれる松浦をなんとか説き伏せて、
私たちは壁ぎわに並んでレディーポジションについた。
- 358 名前:7.502号室の誘惑 投稿日:2007/07/02(月) 23:55
-
「よしっ、じゃあ行くぞ」
「は〜い」
「位置についてぇー、よーい‥‥」
「‥‥」
「どんぐり」
バッと先に飛び出した松浦がずっこけた。
「ちょっとー!何ですか今のー!」
「ぶぁははははひっかかった〜!松浦はフライングで失格ね」
「もう!小学生みたいなズルしないで下さいよ!」
「しょうがないなー、じゃあもう1回」
顔を真っ赤にしてぷんぷん怒ってる松浦が可愛くて、私は1人でにやけてしまう。
- 359 名前:7.502号室の誘惑 投稿日:2007/07/02(月) 23:56
-
「今度はちゃんとやって下さいよ」
「はいはい。じゃあ位置についてー、よーーーい‥‥」
「‥‥‥」
「‥‥ドンジャラ」
「!」
「はっはっは松浦バーカ、またひっかかってるし〜、うははは」
「超うざーーーい!!!」
「学習能力がないお前が悪い」
「吉澤さんこそただのガキじゃないですか!」
「今日から松浦フライングあややと呼ばせてもらうよ」
「変なミドルネーム付けないで下さい!」
軽口を叩きながら、松浦も意外と子供っぽいとこあるんだな、とか思って
妙に嬉しくなった。
同時に、別れたばかりの絵里を思い出してちょっと淋しくなった。
- 360 名前:7.502号室の誘惑 投稿日:2007/07/02(月) 23:57
-
絵里、か。
今頃あいつ何してるんだろ。
‥‥勉強かな。
そうだよな、受験生だもん。
あたしの部屋で、毎日くだらないことして遊んでたっけな。
駄洒落で会話タイムとか、キモい動き選手権とか。
今考えると、2月に入試控えた受験生なのによく私に付き合ってくれたよな
って申し訳ない気持ちになる。
まぁ絵里も楽しんでたけど、私は年上の恋人として失格だったかも。
遊びは自重して、ちゃんと絵里に受験勉強をさせるべきだった。
ってことは別れて正解だったのかな。
- 361 名前:7.502号室の誘惑 投稿日:2007/07/02(月) 23:58
-
「ちょっと吉澤さん!何ぼーっとしてんですか」
「ぁあ?ごめんごめん」
「もー、しっかりして下さいよ」
「‥‥うん」
「じゃあ今度は私が掛け声やりますね、吉澤さんはズルするから」
「ちっ、分かったよ」
私は雑巾の上に置いた手に力を込めた。
「じゃ行きますよ。位置についてぇ〜、よーーーい‥‥」
「‥‥‥」
「‥‥ドンタコス」
「!」
床を蹴って勢いよく飛び出した私は、さっきの松浦より派手にずっこけた。
- 362 名前:スカイラウンジ 投稿日:2007/07/02(月) 23:58
-
- 363 名前:しゃら 投稿日:2007/07/03(火) 00:04
- 2ヶ月以上も間が空いてしまいました。すみません。
>>339の名無飼育さん
うぼぁぁぁそんなお褒めの言葉をいただけて全身がこそばゆいです。
ありがとうございます。
>>340の名無飼育さん
お待たせしてすみません。なんか登場人物多くなると自分でもわっけ分かんなくなるので、
そろそろ自制しようと思います・・・
- 364 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/03(火) 07:59
- 更新お疲れさまです。
あの方が見てたのはこれだったんですねー
- 365 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/03(火) 23:00
- おお今度は松浦さんですか!
毎回楽しみに読ませてもらってます。
- 366 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/04(水) 00:53
- これまでの話とだんだん繋がってキター!
吉澤さんの人物像がようやく分かってきて、これからがさらに楽しみです
- 367 名前:スカイラウンジ 投稿日:2007/07/12(木) 06:40
-
- 368 名前:8.渋谷チャンス 投稿日:2007/07/12(木) 06:41
-
散り始めた桜の花びらが鼻先をかすめる。
吉澤さんと別れたあの日から4ヶ月が過ぎ、絵里は大学生になった。
あれから絵里は心を入れ替えて受験勉強に励んだ。
でも12月まで遊んでいたツケは大きい。
一心不乱に勉強したけど、第1志望校の過去問は何回やっても5割しか取れない。
模試の偏差値も最後まで53止まりだった。
その結果、たいして知名度もない滑り止めの大学2校に受かっただけで、
絵里の大学受験はあっけなく終わる。
2校のうち、わずかに偏差値が高いほうの大学を選んだ。
よりによって、その大学は吉澤さんの大学と2駅しか離れていなかった。
- 369 名前:8.渋谷チャンス 投稿日:2007/07/12(木) 06:42
-
- 370 名前:8.渋谷チャンス 投稿日:2007/07/12(木) 06:42
-
あれは本当に突然だった。
12月の半ば、いつものように吉澤さんの家でグダグダしてた時。
何の前触れもなく、吉澤さんは切り出した。
「絵里」
そう呼ばれた時点で嫌な予感はしていた。
吉澤さんが絵里のことを「亀ちゃん」ではなく「絵里」と呼ぶのは、
たいてい真面目な話の時だからだ。
「‥‥どうしたんですか?」
「あのさ、別れない?」
「‥‥‥‥へ?」
迷いも遠慮も前置きもなく、まさに直球だった。
「いや突然で申し訳ないんだけども」
「‥‥な、ど、なんで、どうしてですか?」
絵里は戸惑い、混乱した。
- 371 名前:8.渋谷チャンス 投稿日:2007/07/12(木) 06:43
-
「なんでっていうか‥‥」
「理由を教えて下さい、絵里、悪い所があったら直しますから」
「いや、そう言われると特にないんだけどさぁ」
「じゃあどうして?もう絵里のこと嫌いになっちゃったんですか?」
「そんなことない」
「他に好きな人ができたんですか?」
「そういうわけじゃないよ」
絵里はイライラして叫んだ。
「嫌です!そんなんじゃ納得できない!絶対別れたくないもん!」
吉澤さんは悲しそうな目を向けただけで何も言わず、小さくため息をついた。
絵里は諦めずに食い下がる。
「吉澤さんどうしたんですか?なんでいきなりそんなこと言うの?」
「‥‥怖いんだ」
「何が?」
「自分でもよく分かんないけど‥‥このまま絵里と付き合っていくのが、怖い。
先が見えない。未来がない気がする」
- 372 名前:8.渋谷チャンス 投稿日:2007/07/12(木) 06:43
-
- 373 名前:8.渋谷チャンス 投稿日:2007/07/12(木) 06:44
-
この前、久々に吉澤さんとメールした。
とりあえず大学に受かったことを報告したかったからだ。
『おー、良かったじゃん!おめでとう!』
どんな文体でどんな反応が返ってくるのか心配だったけど、
吉澤さんは素直に喜んでくれた。
絵里はなんだか嬉しくなってメールを続けた。
『しかも吉澤さんの大学と近いんですよ☆2駅隣なんです』
『そうなんだー。じゃあ今度会おうよ。合格祝いに飯でもおごってやるから』
思いがけない誘いだった。
せっかくフラれたショックから立ち直ってきたのに、また会えるんだと思った途端、
心の奥底にしまっていた吉澤さんへの想いが溢れ出してきた。
やばい。‥‥絵里はやっぱり吉澤さんのことが好きだ好きだ好きだ。
- 374 名前:8.渋谷チャンス 投稿日:2007/07/12(木) 06:44
-
約束の日は明日だ。
絵里はさっきから落ち着かなくて、部屋の中をうろうろ歩き回ってる。
体を動かしていないと頭がどうにかなりそうだ。
「絵里ー、ごはーん」
1階からお母さんの声がした。
もうそんな時間か。全然お腹へってないのに。
吉澤さんのこと考えてたら胸がいっぱいになってきて、空腹感なんて感じなかった。
「早く来なさいよー、小春ちゃんも来てるから」
「はーい、今行く!」
お母さんの間延びした声に応え、絵里は部屋を出て階段を降りていった。
- 375 名前:8.渋谷チャンス 投稿日:2007/07/12(木) 06:45
-
小春ちゃんというのはお隣に住む中学生の女の子だ。
去年、新潟から引っ越してきた。
絵里の妹と同級生だけど、なぜか学校ではあんまり親しくしていないらしい。
妹よりむしろ絵里のほうが、小春ちゃんと仲が良かった。
毎日どうでもいいことでメールをしたり、休日は一緒に買い物に行ったりしている。
親が共働きで忙しく、小春ちゃんは1人でご飯を食べる日もあるそうだ。
おせっかいな絵里のお母さんは、そのことを気にかけていた。
そして、いつの間にか小春ちゃんは、両親の帰りが遅い日は亀井家に来て
夕食を食べるようになった。
- 376 名前:8.渋谷チャンス 投稿日:2007/07/12(木) 06:45
-
絵里が降りていくと、すでに家族と小春ちゃんは食卓についていた。
お姉ちゃん遅いよー、と妹が文句を言う。
「あは、ごめんごめん。うへへへ」
食卓を囲む4人が、絵里に不審そうな目を向ける。
小春ちゃんが、「絵里ちゃん何ニヤけてるの?」と言った。
妹が、「キモいよ」と言った。
お父さんとお母さんは、「いつものことだ」と苦笑している。
それでも絵里のニヤニヤは止まらない。
明日、久しぶりに吉澤さんに会えるんだ。
そう思うだけで自然と顔の筋肉が緩んでくる。
うん、我ながらキモい。
絵里は嬉しくて楽しくて、ご飯を4杯おかわりした。
お腹はへってなかったはずなのに。
- 377 名前:8.渋谷チャンス 投稿日:2007/07/12(木) 06:46
-
- 378 名前:8.渋谷チャンス 投稿日:2007/07/12(木) 06:48
-
今日、吉澤さんとは渋谷で夕方5時半に会うことになっていた。
待ち合わせ場所は定番、ハチ公前。
本当はスペイン坂のスイーツパラダイスで食べ放題の予定だったんだけど、
昨日の夜中になって吉澤さんからメールが来た。
『やべー。金がない』
じゃあ別に奢ってくれなくていいです、絵里が自分の分は自分で払います。
って言ったら、猛烈に拒否された。
『だめ!絶対だめ!合格祝いなんだから、あたしがおごるに決まってんじゃん』
お金がなくてわざわざメールしてきたくせに、この人は何が言いたいんだろう。
絵里は呆れて、じゃあどうしたいんですか?と返信した。
『飯だけなら吉牛とかで良くね?安いし。そのあと喫茶店とかで話せば良くね?』
そういうわけで、今日の夕食は吉野家に決定した。
せっかく久々のデートなのに吉牛だなんて。
いや、別れてるから厳密に言えばデートじゃないけど、絵里的にはデート気分だ。
- 379 名前:8.渋谷チャンス 投稿日:2007/07/12(木) 06:49
-
今日の絵里は、髪型も服装もいつもの3倍気合いが入ってる。
昨日の夜、美白パックもしてきた。
雑誌で研究した“目元釘付け★最新春色メイク♪”も施している。
ぐうたらの絵里が、なんと20分も早く待ち合わせ場所に着いた。
約束の時間を10分ほど過ぎて、吉澤さんが現れた。
「亀ちゃん久しぶり。悪いね、待たせちゃって」
「いやいや気にしないで下さい、ウヘ、ウヘヘへ」
「うわー相変わらずキモいな」
吉澤さんは相変わらず綺麗。
ショートカットだった髪は肩まで伸びていて、髪色も抜けて前より茶色くなっていた。
冬を越したせいかさらに色白になっていて、絵里はちょっと凹んだ。
いくら絵里が美白パックをしても、たぶん吉澤さんには一生勝てない。
吉野家へ向かって歩きながら、吉澤さんは何も考えていないようなアホ面で、
普通に絵里と話していた。
絵里の気持ちなんて知らないんだろうな、と思ってちょっと悲しくなった。
- 380 名前:8.渋谷チャンス 投稿日:2007/07/12(木) 06:50
-
「でも吉澤さんが遅刻するなんて珍しいですね」
「そう?」
「何かあったんですか?」
「いや〜、実は来る途中でクソガキ発見しちゃって」
「へ?」
「2日酔いの薬買おうと思って薬局寄ったらさ」
「ふんふん」
「すっげぇ邪悪な顔して万引きしてる中学生がいたんだわ」
「あらら」
「何だっけ名前、千春‥‥じゃなくて、千秋、でもなくて。まぁ忘れたけど。
あ、そういえばさぁ」
吉澤さんはそう言って、いきなり違う話をし始めた。
「留年しちゃった」 「就活がパーになった」 「親からの仕送りが減額されてた」
どうやら、吉澤さんの中で万引き中学生の話題はもう終わったらしい。
結局なんで遅刻したのか全然分かんなかったんですけど。
まぁ、中学生に説教してたら時間かかっちゃったとか、せいぜいそんな理由だろう。
それにしても留年って‥‥この人、大丈夫かな。
- 381 名前:8.渋谷チャンス 投稿日:2007/07/12(木) 06:50
-
吉野家で、吉澤さんは1番安い豚丼並盛りを注文した。
本当にお金がないらしい。
「ま、亀ちゃんも好きなの頼みなよ」
そう言った吉澤さんの笑顔は引きつっていた。
仕方ないので、絵里は気を遣って、同じものを注文した。
安く済んだのが嬉しかったのか、吉澤さんは食べてる間も機嫌が良かった。
分かりやすい人だ。
そのあと、近くの喫茶店に入った。
予想通り、吉澤さんは1番安いコーヒーを注文している。
絵里も同じコーヒーにしようかと思ったけど、ちょっと高いフラペチーノにした。
吉澤さんは引きつった笑顔で会計を済ませた。
- 382 名前:8.渋谷チャンス 投稿日:2007/07/12(木) 06:51
-
もうコーヒー1杯で1時間半も粘っている。
お互い、話すことはたくさんあった。
「ガキさんって覚えてます?」
「う〜ん、誰だっけ。聞いたことあるな」
「ほら、別れる直前、吉澤さんが絵里に電話したら違う子が出たでしょ」
「あー!あれか!亀ちゃんが携帯なくした時ね」
「そうそう。そのガキさんに、吉澤さんのことついにバレたんです、3日前」
「あはは、今さら」
「バレたっていうか絵里が自分からバラしたんですけどね」
「そっかぁ」
そして、絵里がひと通り話し終えて少しでも会話が途切れると、
吉澤さんは一瞬で会話を自分のペースにもっていく。
- 383 名前:8.渋谷チャンス 投稿日:2007/07/12(木) 06:52
-
吉澤さんの話題転換の速さは凄まじい。
自由すぎる吉澤さんの脳みそは、一見関係なさそうなものを次々と連想し、
話は飛びまくり、変な所で繋がっていく。
絵里はそろそろ、吉澤さんのブッ飛んだ発想力についていけなくなっていた。
付き合ってた頃はこういうの慣れてたのに。
「いやー、留年とか都市伝説だと思ってたよ。自分でもびっくりだわ、ちくしょう」
「ど、どんまいですね‥‥」
「あっ、都市伝説といえばさぁ、ゼミの教授がそういう怪談好きで」
「はぁ」
「何だっけ、すげー怖いの教えてくれたんだよ。えぇっと‥‥まぁ忘れたけどさ」
「‥‥そうですか」
「あ、ゼミの教授といえば、髪型が落ち武者みたいなんだよね」
「へー‥‥」
「あっ、落ち武者といえば八つ墓村ってさぁ」
「あの、吉澤さん!!」
吉澤さんはぴたっと黙り込んだ。
突然大きな声を出した絵里にびっくりしたようだ。
- 384 名前:8.渋谷チャンス 投稿日:2007/07/12(木) 06:53
-
「何?どうしたのいきなり」
「あの‥‥訊きたいことがあるんです」
真面目な話だと察したのか、吉澤さんは戸惑った表情で絵里の顔を見つめた。
「吉澤さんは絵里のこと、まだ好きですか?」
沈黙が流れた。
‥‥まずい。突然すぎた。吉澤さん明らかに困ってる。
でも言っちゃったもんはしょうがない。
絵里はすうっと深呼吸をして、吉澤さんの顔を見上げた。
「絵里はまだ吉澤さんのこと好きです」
吉澤さんは絵里から目をそらして俯いた。
ほとんど溶けたコップの中の氷を、ストローで無意味にかき混ぜている。
何か後ろめたいことがあるような仕草だった。
- 385 名前:8.渋谷チャンス 投稿日:2007/07/12(木) 06:53
-
「‥‥あたしも亀ちゃんのこと好きだよ」
「え?じゃあ‥‥」
「でもダメなんだ。今は付き合えない」
絵里の心の中の古傷が痛んだ。
また前と同じだ。どうして好きなのに付き合ってくれないの?
「‥‥好きだけど、1番じゃないってやつですか」
「いや、違う。あえて順番つけるとしたら、今でも絵里が1番好きだよ」
あ、今日初めて「絵里」って呼んだ。
吉澤さんは真剣だ。
切ないけど、やっぱり嬉しかった。
「順番‥‥ってことは、他にも好きな子がいるってことですよね」
「うん、そうかもしれない」
「“かも”って、自覚ないんですか?」
「‥‥分かんない」
吉澤さんはまた俯いて、氷水をストローでぐるぐるかき回した。
- 386 名前:8.渋谷チャンス 投稿日:2007/07/12(木) 06:54
-
絵里はそれ以上何も言えなくて、吉澤さんも何も言わなかった。
気まずい沈黙が5分ほど続いた頃、絵里の携帯が鳴った。
小春ちゃんからメールだ。
『絵里ちゃん、今日は家にいないの?』
微動だにしない沈黙に耐えかねて、携帯をピコピコして返信した。
いつもなら、吉澤さんと一緒にいる時に携帯いじったりしないんだけど。
『うん、今日は外でご飯食べてるから。ちなみに夕ご飯、何だった?』
小春ちゃんにメールを返し終わった後も、なんとなく気まずくて、
絵里は携帯をいじるふりをしていた。
少し顔を上げると、吉澤さんと目が合った。
「そろそろ帰ろっか」
「‥‥はい」
- 387 名前:8.渋谷チャンス 投稿日:2007/07/12(木) 06:55
-
吉澤さんはジャケットを着て、椅子を立った。
絵里もバッグに携帯を入れて立ち上がる。
今日はこのまま別れるんだろうな。
もしかしたら、これから2度と会わないかもしれない。
せっかく久々に会えたのに、こんな気まずい状態で終わっちゃうなんて。
店を出て駅まで歩いている時も、会話はなかった。
スクランブル交差点で信号を待っている間、隣にいる吉澤さんの横顔を見上げる。
じっと何かを考え込んでいるようで、眉間にしわが寄っていた。
あんなこと言わなければよかった。
無難に世間話だけしていれば、楽しく喋って終わることができたのに。
信号が変わった。
絵里たちは早足で横断歩道を渡る。
- 388 名前:8.渋谷チャンス 投稿日:2007/07/12(木) 06:56
-
バッグの中で携帯電話が震えた。
慌てて取り出して見ると、また小春ちゃんだった。
『今日はハンバーグだったよー☆すっごくおいしかった!
絵里ちゃんも家で食べればよかったのにね。
そういえば今日、変な女に万引きバレて捕まった』
「ブッフー!」
最後の行を読んで、絵里は吹き出した。
吉澤さんがびっくりしてこっちを向く。
「何?亀ちゃん今、でっかい屁ーこいた?」
「あは、違いますよぅ」
- 389 名前:8.渋谷チャンス 投稿日:2007/07/12(木) 06:56
-
絵里はこみ上げてくる笑いをこらえきれずに言った。
「吉澤さん、例の、邪悪な顔して万引きしてた中学生の名前って‥‥」
「は?」
「‥‥いや、何でもないです、うへへへへへ」
「何だよ、キモいなー」
吉澤さんも笑った。
2人の間に流れていた気まずい空気が消えていく。
それから絵里たちは、笑顔のまま駅で別れた。
絵里は、タイミングよくメールをくれた小春ちゃんに、ひそかに感謝した。
- 390 名前:スカイラウンジ 投稿日:2007/07/12(木) 06:57
-
- 391 名前:しゃら 投稿日:2007/07/12(木) 07:02
- というわけで亀井さんでした。
最近老人並みに早起きしてます。
>>364の名無飼育さん
あんなの見てた石川さんも気まずいですよね…
>>365の名無飼育さん
ありがとうございます。レス励みになります。
>>366の名無飼育さん
ありがとうございます。
ブツ切りの話なので、更新が滞ると私でさえ展開を忘れています。
- 392 名前:しゃら 投稿日:2007/07/13(金) 01:35
- さゆ18歳おめええええええ
どうせなら今日更新すればよかったぜちくしょおおおおおおお
- 393 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/14(土) 14:15
- すごくおもしろいです!
これからの亀井さんと吉澤さんの関係はどうなっていくのか気になる〜
- 394 名前:しゃら 投稿日:2007/08/30(木) 03:01
- >>393の名無飼育さん
ありがとうございます。そろそろなんとか進展させていくつもりです。
夏休みなのに更新が滞ってしまってすみません・・・
さて、実は先月、今まで書き溜めていたストックを手違いで全消去してしまうという
悲劇に見舞われて以来、完全にやる気をなくしてました。
これから気合いを入れ直して続きを書いていくつもりですので、もう少々お待ち下さいm(_ _)m
まだ「スカイラウンジ」は途中なのですが、ここで申し訳程度の短編(?)を。
みきよし。
ほんとすみません。
- 395 名前:お得意さま 投稿日:2007/08/30(木) 03:02
-
- 396 名前:お得意さま 投稿日:2007/08/30(木) 03:03
-
眠い。退屈だ。暇すぎる。
壁に掛けられた時計の針は2時ちょうどを差していた。
深夜2時である。客なんて来るわけない。
個人経営の小さな弁当屋でバイトを始めて3年になる。
大手チェーン店でもないのに24時間営業という無駄にサービスの良いこの店は、
近くに他の弁当屋がないためか、わりと繁盛している。
しかしさすがにこの時間になると客も少なく、1時間に数人ほどだ。
40分前に常連のイケメン兄貴が来たっきり、客足は途絶えている。
店長の中澤さん(三十路)が店の奥の調理場で鶏肉を揚げていた。
あー、うまそうな匂い。
「中澤さぁん、お腹へりましたー」
「はいはい、余った唐揚げやるから待っとき」
「わーい」
中澤さんはいつも朝6時に上がって11時には入る。
普通に考えて毎日3〜4時間しか寝てないよな。
体もつのかな。もう若くないのに。独り身なのが幸いだけど。
- 397 名前:お得意さま 投稿日:2007/08/30(木) 03:04
-
チリンチリーン。
「あ」
店のドアに取り付けた鈴が揺れた。
客が来たことを知らせるための、最も原始的な合図である。
「いらっしゃいませー」
気だるそうに入ってきた若い女は、レジの前に来て「シャケ弁2つ」と言った。
「かしこまりました、シャケ弁2つー」
調理場から「あいよっ」と中澤さんの声がした。
「先にお会計失礼します。‥‥840円ですね」
女は財布から千円札を1枚取り出す。
「160円のお返しでーす」
女は無言でお釣りとレシートを受け取ると、カウンターのそばにある椅子に座って
偉そうに足を組み、携帯をピコピコやり始めた。
- 398 名前:お得意さま 投稿日:2007/08/30(木) 03:04
-
女は色褪せたTシャツに裾が破れたジャージというだらしない格好で、長い髪は
少し濡れている。
髪くらい乾かしてから来いっつーの。
っていうか何だよ、そのあからさまな乳首ポッチは。
いくら夜中とはいえ、ノーブラで外出るなよ‥‥
「はい、シャケ弁2つー」
中澤さんの声がして後ろの棚に弁当が2つ置かれる。
私はそれを受け取ってビニール袋に重ねて入れ、割り箸を1膳入れて、
袋の口をシールで留めた。
「お待たせしま‥‥」
「おい、てめー何考えてんだよ!」
へっ?‥‥な、なに?
私はきょとんとして、いきなり怒り出した女の顔を見つめた。
- 399 名前:お得意さま 投稿日:2007/08/30(木) 03:05
-
「ふざけんな!普通、箸は何膳いりますか、とか訊くもんだろうが!」
「あ、すみません」
「しかもなんで1膳なんだよ!ミキが夜中に独り淋しく弁当2人前ヤケ食いするような
痛い女に見えるってか?え?バカにすんじゃねーよ」
うっわぁ、いい年して自分のこと名前で呼ぶ女のほうがよっぽど痛いよ。
勝手にキレ始めるDQNほど始末の悪いものはない。
私は素直に頭を下げた。
「失礼致しました、えーと、お箸は何膳お付けしますか」
「おっせーんだよ訊くのが!2膳に決まってんだろ!」
袋の中に割り箸をもう1膳入れて渡すと、女は乱暴にそれをひったくり、
「おのれポンコツ店員!社会のゴミ!こんな店2度と来ねーよ!」
と捨て台詞を残して早足で店を出て行った。
チリンチリンチリリーン。
私はポカーンとしたまま女の後ろ姿を見送っていた。
- 400 名前:お得意さま 投稿日:2007/08/30(木) 03:06
-
何だったんだ今のは。
‥‥まぁ確かに私が悪かったけど、あんなにヒステリックに怒るようなことか?
ポンコツとかゴミとか言われて、非常に気分悪いんですけど。
まったく、いまどきの若者は短気すぎる。
ミス指摘すんのはいいけどいちいちキレなくてもいいじゃんね。
私は店員として反省するから、お前は客だからって何言ってもいいと思ってる
その態度と心構えを改めろ。
何にイライラしてんだか知らないけど、自分より弱い立場の人間に八つ当たり
してんじゃねーよ。
‥‥あぁちくしょう。だんだん腹立ってきた。
頭の中でぐるぐる考えながら1人でヒートアップしていると、後ろから呑気な声が
聞こえた。
「吉澤ぁ、大事なお客が1人減ったやんけ。どうしてくれる」
中澤さんがにやにやしながらこっちを見ていた。
「あはっ、すみません」
なんだか気が抜けて、私もへらへらと笑う。
「ま、ああいう面倒な客は別に来てもらわんでもえーけどな」
経営者らしからぬ暴言を吐いて、中澤さんは唐揚げが2つ乗った小皿を私に
差し出した。
- 401 名前:お得意さま 投稿日:2007/08/30(木) 03:06
-
◆
- 402 名前:お得意さま 投稿日:2007/08/30(木) 03:07
-
次の日のことだった。
私は家からかなり離れた、いつもは行かないようなコンビニにいた。
どうしても欲しい雑誌があるのだが、家の近くの店には置かれていなかったため、
仕方なく少し遠くまで足を伸ばして、本屋やコンビニを回ることにしたのだ。
3件目のコンビニでやっと目当ての雑誌を発見。
意気揚々とレジまで持っていった私は、思わぬ人物との再会を果たした。
「ぁあ!?」
思わず大きな声を上げる。
「‥‥あ」
レジにいた店員は、間違いなく昨日のブチキレ女だった。
- 403 名前:お得意さま 投稿日:2007/08/30(木) 03:07
-
気まずい空気が流れる。
ネームプレートに“藤本”と書かれたその店員は、慌てて商品のバーコードを読み取る
作業を始めた。
完全に目が泳いでいる。どうやら相当焦っているようだ。
私は少し考えた後、にんまりした。
またとない機会!ここは1発、昨日の恨みを晴らしてやろうではないか。
「えーと‥‥241円になります」
藤本がぼそぼそと言った。私はここぞとばかりに、
「あ?聞こえねーよ」
藤本の顔色がさっと変わった。
私はカウンターに手をつき、ぐっと顔を近づける。
「シャケ弁はお口に合いましたでしょうか?藤本ミキさん」
「はっ?なんで下の名前‥‥」
「未だに1人称が自分の名前ってのも恥ずかしいよねー」
藤本の眉が片方ぴくりと上がった。
- 404 名前:お得意さま 投稿日:2007/08/30(木) 03:09
-
「‥‥541円お預かりしまーす。300円のお返しでーす」
「うわっ無視かよ」
「ありがとーございましたー」
「ふはは、いい年して自分のこと『ミキ』だってー。かーわいー」
なんとか営業スマイルを保ったままの、藤本の唇の端がぴくぴくと震える。
私はお釣りを受け取り、去り際にとどめの1発をかました。
「若い女が夜中にノーブラで出歩いてんじゃねーよ」
「!」
さらに小声で付け足してみる。
「ま、あんたの貧相な乳じゃ誰も興奮しないだろうだけど」
藤本の引きつった笑顔が、一瞬で般若のような表情に変わった。
近くにいた男性店員がぎょっとして目をそらした。
- 405 名前:お得意さま 投稿日:2007/08/30(木) 03:09
-
「うっしっしっしっし」
コンビニを出た私は1人で笑いながら、歩道をスキップして歩いた。
言ってやった!言ってやったぞ!客という立場を利用して!
まぁちょっとやりすぎたような気もするけど、なんという爽快感。
ざまぁ見ろ。
「むふ、ぐふふふ」
藤本の狼狽した表情を思い出して、私はまた含み笑いをした。
心なしか、すれ違う人たちが必要以上に私のことを避けてるような気がするけど
関係ありません。気にしません。
あーすっきりした。
あとで中澤さんに報告しようっと。
- 406 名前:お得意さま 投稿日:2007/08/30(木) 03:10
-
- 407 名前:お得意さま 投稿日:2007/08/30(木) 03:10
-
「おっ、ひとみちゃん相変わらずべっぴんさんだねぇ」
「えへへぇ、それほどでも」
「機嫌いいみたいだけど何かあったの?」
「ひみつでーす」
今日はお世辞も素直に受け取れる。
私は上機嫌で、常連客のおじさんと話をしていた。
「よしっ、じゃあ今日はちょっと奮発して黒豚焼肉弁当いただこうかな」
「まいど!中澤さぁん、焼肉弁当ひとーつ」
「あいよー」
OK、仕事も順調だ。今日は良い日だなぁ。
- 408 名前:お得意さま 投稿日:2007/08/30(木) 03:11
-
おっさんが帰った後、私はさっそく中澤さんに、得意げに今日の話をした。
しかし聞き終った中澤さんは、呆れかえった顔で一言、
「‥‥‥あほか、お前は」
「え!なんでなんで?グッジョブじゃないの?」
「ほんま思考回路が小学生やな」
「だって目には目を、歯には‥‥にはハニワを、って言うじゃないですか」
「へぇ‥‥それ素で間違えとんのか?」
「まさか。冗談です」
「つまらんで」
「がーん」
「‥‥はぁ‥‥」
中澤さんは大きなため息をつく。
期待していたような反応が返ってこなくて、私は少しがっかりした。
- 409 名前:お得意さま 投稿日:2007/08/30(木) 03:11
-
「中澤さんなら褒めてくれると思ったのにー」
「うっさいわクソガキ。客に仕返ししてどーすんねん」
「でも向こうでは私が客でした」
「屁理屈言うなアホ!あんたがこの弁当屋の店員ってことはバレてんねやから」
「はぁ」
「もし万が一、そいつがさらに仕返しで変な噂流したりして、この店の評判落ちたら
どないしてくれんねん」
「‥‥すみません」
確かにその通りだ。
いくらプライベートとはいえ、顔が割れてる。
自覚が足りなかった。
私は深く反省した。中澤さんごめんなさい。
しかし、その時だった。
- 410 名前:お得意さま 投稿日:2007/08/30(木) 03:12
-
チリンチリーン。ドアの鈴が勢いよく鳴った。
「おぉっと、いらっしゃいませー」
私は条件反射で振り向いて、にこやかに客を迎える。
「あ‥‥」
なんというタイミング。藤本だ。
相変わらずTシャツに破れたジャージという、部屋着そのままの格好である。
私へのささやかな反抗なのだろう、やはり今日も乳首が透けていた。
やべぇ、何しに来たんだこいつ。
思わず調理場にいる中澤さんに、目で助けを求める。
中澤さんはにやにやしながら「知らんで」と口だけ動かして、つんと目をそらした。
あぁーどうしようどうしよう。
「トンカツ弁当1つ」
「はっ!へっ?」
予想に反して普通の言葉を発した藤本に驚いて、私は変な声を出してしまった。
「だーかーらートンカツ弁当くれって言ってんの!」
「すみません」
「客の注文くらいちゃんと聞いとけ、無能店員」
「は、はは‥‥すみません」
- 411 名前:お得意さま 投稿日:2007/08/30(木) 03:13
-
いつも通り中澤さんに注文を伝えると、調理場からは、笑いをこらえているような
「あいよぉぉほほ」という声が聞こえた。
くそぉ、楽しんでやがる。さっきまで真顔で説教してたくせに。
「‥‥‥で?」
カウンターのガラス棚を指でカツカツ叩きながら、藤本がいらついた口調で言った。
「え?」
「会計!!」
「あ、はい。すみません」
「いちいちおせーんだよ。あんた何年このバイトやってるわけ?」
「今年で3年です」
「うっわ!信じらんない。全国トップレベルの役立たずだね」
「‥‥えへっ、それほどでも」
「褒めてねぇよ。こんな無能店員に3年間も給料払ってるなんて、店長さん可哀相」
「そうかもしれません」
「へぇ。じゃあさっさと辞めなよ」
うっぜぇぇぇ。何だこいつ。
明らかに喧嘩をふっかけられている。
- 412 名前:お得意さま 投稿日:2007/08/30(木) 03:13
-
‥‥ちくしょう、耐えるんだ自分。ここで乗ってしまえば相手の思うつぼ。
こうなったら開き直るしかない。
私は極上の作り笑顔と、ショップ店員にありがちな(というか特有の)うざい
媚び媚び声で反撃に出る。
「はいっ、それではお会計504円になりまーす♪」
「キモ」
‥‥笑顔がぴしっと引きつったのが自分でも分かった。
くっそー、いちいち腹立つわ。確かに今のはキモかったけどな。
弁当が出来上がるまでの数分間、私はカウンターに突っ立ったまま、気まずい
時間を過ごしていた。
藤本はレジのすぐ近くの椅子に座って、携帯をいじっている。
こういう時に限って他の客が来ない。あぁ、くそ。気まずい。落ち着かない。
- 413 名前:お得意さま 投稿日:2007/08/30(木) 03:14
-
「はいトンカツ弁当〜」
やっと中澤さんの声がして、後ろの棚にほかほかの弁当が置かれた。
出来上がったトンカツ弁当を袋に入れて渡すと、藤本は嫌味たっぷりの歪んだ
笑顔で言った。
「ていうかさ、あんたもミキのことバカにできるほどの乳じゃないよね」
「っな!」
「じゃ、頑張ってね、役立たずなりに」
チリンチリリーン。
むかつくー!何あいつ!嫌味言いに来ただけじゃん!
私の中で、さっきまでの反省の色は完全に消え去っていた。
ここで負けるわけにはいかない。
あいつをぎゃふんといわせなければ気が済まない。
覚えてろよ、ミニマムおっぱい。
- 414 名前:お得意さま 投稿日:2007/08/30(木) 03:14
-
◆
- 415 名前:お得意さま 投稿日:2007/08/30(木) 03:15
-
私は藤本に嫌がらせをするため、あのコンビニに通うようになった。
家から結構遠いけど、そんなことは問題じゃない。
夏休みの間、藤本のシフトは月火木土曜日だということも、調べはついている。
当然のごとく藤本も応戦した。
あちらも私のシフトは把握したようで、毎週月水木の決まった時間にこの弁当屋に
来るようになった。
どうやら彼女なりにこの機会を有効活用するつもりらしく、毎日あえて違う弁当を
買うようにしているようだ。
新たな常連客を獲得し、中澤さんも大満足である。
嫌がらせと言っても、ちまちまとした実にくだらないものだ。
- 416 名前:お得意さま 投稿日:2007/08/30(木) 03:15
-
- 417 名前:お得意さま 投稿日:2007/08/30(木) 03:16
-
火曜日の昼、私は藤本のいるコンビニへ行き、数種類の商品をカゴに入れた。
ハーゲ●ダッツ2個(各¥252)、野菜ジュース(¥157)、5円チョコ(¥5)。
※すべて税込み価格である。
藤本のレジの前の客が途切れたのを見計らって、私はそこへ直行した。
藤本は、またお前かよ、とでも言いたそうに小さく舌打ちをして、商品をスキャン
し始める。
バカめ、平気な顔をしていられるのも今のうちだけだ。
私の計算が正しければ‥‥
「えー、666円になりまーす」
イエス!ジャストミート!
私は目を見開いて大袈裟にのけぞった。
「ふぉー!なんてこった!不吉!」
「‥‥は?」
「だって666だよ?悪魔の数字じゃん!こりゃー藤本サン呪ワレチャウヨー」
「急に片言になるなよ」
「誰のせいか知らないけど縁起悪いよね、ドンマイドンマイ」
「はぁぁあ??」
私は事前に用意していた小銭をじゃらじゃらとカウンターに置き、ビニール袋を
掴むと、「レシートイラナイヨー」と言って足早に去っていった。
- 418 名前:お得意さま 投稿日:2007/08/30(木) 03:16
-
よし!ひとまず大成功である。
見たか、この私の華麗なる頭脳戦を。
こうやってじわじわと、藤本を心理的に追い詰めていくのだ。
我ながら省エネで効率的な戦法である。
ただ、この作戦に唯一の失敗があるとすれば、それはハー●ンダッツだった。
コンビニから家まで徒歩15分かかるということを忘れていたのだ。
気温36℃の炎天下、私は全力で走ったのだが、この高価なアイスクリームは
私が家に着いた時にはすでに溶けきっていた。
- 419 名前:お得意さま 投稿日:2007/08/30(木) 03:17
-
- 420 名前:お得意さま 投稿日:2007/08/30(木) 03:17
-
水曜日の夜、藤本が弁当屋に来た。
藤本は迷わずレジ前まで歩いてくると、いつもと変わらない口調で言った。
「唐揚げ弁当1つ」
そして数分後。
「お待たせ致しましたー、唐揚げ弁当でーす」
「ハイ」
「お箸は何膳お付けしますか?」
「30膳で」
「‥‥‥‥は?」
「30膳で」
「‥‥‥」
「割り箸は1人何膳まで、なんてルールないよね?」
ずしりと重くなった袋を満面の笑みで受け取って、藤本は上機嫌で帰っていった。
‥‥こんなの毎回やられたらたまんねー。
中澤さんに怒られちゃうよ。
ちくしょう。悔しいけどあの割り箸、ちゃんと全部使えよな。
- 421 名前:お得意さま 投稿日:2007/08/30(木) 03:17
-
- 422 名前:お得意さま 投稿日:2007/08/30(木) 03:18
-
木曜日の夕方、私はコンビニへ行った。
野菜ジュース、雑誌『ターザ●』、錠剤タイプのカルシウム入りサプリメント、
よっちゃんイカ、その他諸々駄菓子。
頃合いを見計らって藤本のレジへ向かう。
藤本は私の顔を見ると、明らかにやる気のない声で「いらっしゃいませぇ」と言って
ため息をつき、面倒くさそうに商品をスキャンする。
「‥‥1102円になりまーす」
「はい」
「1110円お預かりしまーす。8円のお返しでーす」
私はお釣りを受け取って財布に入れた。
そして、おもむろにビニール袋からカルシウムサプリを取り出してカウンターに置く。
「はい、これ」
「は?何ですか?」
「藤本さんにあげるよ。あたしのおごりだよ」
「なんで」
「毎日イライラしてるみたいだから、カルシウム不足かと思って」
「いらねーよ!」
- 423 名前:お得意さま 投稿日:2007/08/30(木) 03:18
-
- 424 名前:お得意さま 投稿日:2007/08/30(木) 03:18
-
木曜日の深夜、藤本が弁当屋に来た。
いつもは脇目も振らずレジ前に突き進んでくる彼女が、今日は珍しく店内の
惣菜やデザートを物色している。
おにぎりの陳列棚のところで、藤本の目が留まった。
メニューと見比べて、何かを考えているようだ。
「すいませ〜ん」
「はいはい、何でございましょう」
藤本に声を掛けられたので、私は思いっきりへらへらしたうざい顔を作り、
わざと神経を逆撫でするような媚びた声で返事をした。
「何だよ、なんかムカつくな」
「え?え?なんすか?何がムカつくんスか?」
「うざっ。‥‥ところで注文いい?」
「へい、お待ち!」
「いちいちうざいな、お前は。おにぎりの焼きタラコ3個と昆布7個くれ」
- 425 名前:お得意さま 投稿日:2007/08/30(木) 03:19
-
そう、その2種類のおにぎりは今ちょうど切らしていたところだったのだ。
こいつ、わざと無くなってるやつ頼みやがったな‥‥
っていうかそれ全部1人で食うのか?
「中澤さぁーん、おにぎりタラコ3個と昆布7個」
調理場に向かって恐る恐る言うと、中澤さんは予想通りの言葉を返してきた。
「吉澤、あんた暇やろ?握るくらい手伝え」
‥‥なんてこった。
バイトを始めた頃、最初の1ヶ月くらいは調理のほうも教えてもらったのだが、
どうやら私には向いていなかったようで。
おかずにしてもおにぎりにしても、毎回まったく同じ味、同じ大きさで作ることが
できなかったのだ。
これでは売り物にならない、ということで、私はレジ専門要員になった。
私の反応を見て何かを察したのか、藤本は鼻で笑った。
「店長さんが呼んでるよー。早く手伝ってあげればぁ?」
むきー!ガッデム!
中澤さんが調理場から、ひそひそと小声で追い討ちをかけた。
「お客さん待たせるわけにいかんやろ。塩の量とか海苔の巻き方は、その都度
うちが教えてやるから」
結局私はタラコおにぎりを作るはめになり、中澤さんにブースカブースカ文句を
言われながら、涙目で3つ仕上げた。
- 426 名前:お得意さま 投稿日:2007/08/30(木) 03:19
-
◆
- 427 名前:お得意さま 投稿日:2007/08/30(木) 03:19
-
私はコンビニへ行った。
巨乳アイドルが表紙の、下世話なグラビア雑誌を買う。
(幸い私は、こういう類の雑誌を買うことにあまり抵抗がない)
レジでは、わざと表紙を藤本のほうに向けてカウンターに置いた。
今回も心理作戦である。
嫌でも目に飛び込んでくる立派なスイカップ。
お前はこの巨乳を目の裏に焼き付けて、劣等感に苦しむがいい。
- 428 名前:お得意さま 投稿日:2007/08/30(木) 03:20
-
- 429 名前:お得意さま 投稿日:2007/08/30(木) 03:20
-
藤本が弁当屋に来た。
藤本はバッグから何やら書類のようなものを取り出す。
「はいっ、これあげる」
「何ですか」
「ミキからあんたへのプレゼントだよ」
「‥‥なんで履歴書?」
「新しいバイト探さなきゃいけないでしょ?そろそろクビになるだろうから」
- 430 名前:お得意さま 投稿日:2007/08/30(木) 03:20
-
- 431 名前:お得意さま 投稿日:2007/08/30(木) 03:20
-
私はコンビニへ行った。
「525円になりまーす」
「はい」
私は財布から千円札を1枚取り出し、カウンターに置いた。
「ぶはっ!」
藤本が笑いをこらえきれずに吹き出した。
顔の部分をジグザグに折り曲げられた野口英世が、陽気な笑みで藤本を見つめて
いたからである。
- 432 名前:お得意さま 投稿日:2007/08/30(木) 03:21
-
◆
- 433 名前:お得意さま 投稿日:2007/08/30(木) 03:21
-
2ヶ月が過ぎた。
次はどんな嫌がらせをしてやろうか。
どうすれば相手に細かいダメージを与えることができるか。
どっちが気の利いたうまいことを言えるか。
そんなことを考えながらお互い競い合っていると、不思議なもので、いつの間にか
以前より毎日が充実していることに気づいた。
良いアイディアが浮かんだ時などは、修学旅行前の小学生みたいにわくわくする。
コンビニに行くのが楽しみになってきた。
たぶんそれは藤本も同じだ。
弁当屋に来て嫌味を言っているときの藤本は、とても活き活きしている。
私がコンビニに行くとすぐに気づいて、目が合えばにやりと笑う。
目的が手段に変わりつつある。
ちまちました嫌がらせは、私たちにとってコミュニケーションの手段なのだ。
藤本は最近、弁当ではなく惣菜を買うことが多い。
うちの店の15種類の弁当は、すでに制覇したからだ。
すっかり常連客である。
中澤さんとも顔馴染みになり、私がいない日にもよく店に来るようになったらしい。
- 434 名前:お得意さま 投稿日:2007/08/30(木) 03:21
-
「あ、吉澤」
「はいっ」
「あんたに言い忘れてたけど、新メニュー考えたで」
「おぉっ、まじすか!半年ぶりですね!」
「ちなみに来週からお目見えや」
「わーい!何弁当ですか?」
「若鶏のディアボラ風ジューシーチキン弁当」
「うひょー!響きからしてうまそう!」
「うん、我ながらネーミングセンスは抜群やと思う」
「‥‥でも“若鶏”と“チキン”って被ってませんか?」
「細かいことは気にせんでええ」
- 435 名前:お得意さま 投稿日:2007/08/30(木) 03:22
-
昨日そんなやりとりがあって、今、私は藤本のいるコンビニへ向かっている。
このニュースを、いち早く彼女に知らせてやらなければ。
弁当を全メニュー制覇して新しい味を渇望しているであろう藤本に。
あ、そういや今日の嫌がらせ何にするか考えてなかった。
‥‥‥まぁいいか。
たまには休みも必要だ。今日は情報を伝えるだけでいい。
新メニュー追加って言ったら、あいつ喜ぶかな。
それとも興味なさげに「あっそ」で終わるかな。
でもそんなこと言いつつ、次に来たときには絶対その弁当頼むんだろうな。
「ふへっ」
思わず口元が緩んだ。
すっかり涼しくなった秋の日の午後、私は年甲斐もなくスキップしながら、コンビニ
への道のりを急ぐ。
少しだけ、ほんの少しだけ心が躍った。
- 436 名前:お得意さま 投稿日:2007/08/30(木) 03:22
-
- 437 名前:しゃら 投稿日:2007/08/30(木) 03:24
- 終わりです。
本編スカイラウンジとは全く関係ない話でした。
- 438 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/30(木) 03:46
- 二人ともアホでかわいいなあ
本編も楽しみだけど
こうゆうのもすごい好きですww
- 439 名前:しゃら 投稿日:2007/08/30(木) 05:45
- >>438の名無飼育さん
うおー!めちゃくちゃ素早い反応ありがとうございます!
ほんと励みになります。
というわけで、さっそく誤字発見です・・・orz
>>404の10行目
×「誰も興奮しないだろうだけど」
○「誰も興奮しないだろうけど」
決め台詞で噛むなよバカ。・゚・(ノД`)・゚・。
お目汚し失礼しました。
- 440 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/30(木) 23:50
- ミキティもよっちゃんもバカでガキで憎めないですw
こんなアフォな嫌がらせなら毎日受けたい
- 441 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/31(金) 02:41
- 良いもの読ませていただきました。
テンポよくて楽しかったです。
- 442 名前:しゃら 投稿日:2007/09/03(月) 07:35
- >>440の名無飼育さん
ありがとうございます。藤本さんと吉澤さんには、いつまでもバカでガキな
ままでいてほしいと思ってますw
>>441の名無飼育さん
ありがとうございます。文才がないためポンポコ読める文章が書けなくて
鬱になっていたので、そんなお言葉を頂けて大変嬉しいです。
というわけで、穴埋め短編第2弾です。
前回からあまり間が空いていないのですが、しばらく更新できそうにないので・・・
- 443 名前:溶けるオレンジ 投稿日:2007/09/03(月) 07:36
-
- 444 名前:溶けるオレンジ 投稿日:2007/09/03(月) 07:36
-
遠くでバイクのエンジン音が聞こえたような気がして、私は目を覚ました。
部屋の中はまだ薄暗い。
私はもう1度目を閉じて、耳を澄ます。
暗くて冷たい夜の空気はしんと静まりかえって、わずかな揺れさえ感じられない。
聞こえるのは、隣で眠るよっすぃーの規則正しい寝息だけだ。
気のせいか。
‥‥いつものことだ。
なんだかやけに目が冴えてしまって、私はのそのそと上半身を起こした。
右側のよっすぃーに視線を落とす。
芸術的なラインを描く白い肩や鎖骨が、毛布から覗いている。
無防備な表情で寝息を立てている彼女は、なんだかいつもより幼く見えた。
- 445 名前:溶けるオレンジ 投稿日:2007/09/03(月) 07:37
-
私は、よっすぃーの半開きの薄い唇に軽くキスをして、ベッドから脱け出した。
スリッパをそっと履く。
床が軋む音で彼女を起こしてしまわないように、私は忍び足で窓辺へ向かう。
カーテンを開けた。
セルリアンブルーの空は、ほんのりと明るくなり始めていた。
東の空の淵が、かすかなオレンジ色に染まっていることに気づく。
朝焼けだ。
朝焼けが見えた日は雨が降る。
昔好きだった人が、そんなことを言っていた。
私は窓枠にもたれかかって、薄暗い外の風景を眺めた。
あの人が私の前からいなくなって、もう1年半が経つ。
過去に縛られてるわけじゃない。
だけど私は今でも、こうして夜明け前に目を覚ましてしまう。
空をじっと見つめた。
オレンジ色が濃くなっていく。
- 446 名前:溶けるオレンジ 投稿日:2007/09/03(月) 07:38
-
◆
- 447 名前:溶けるオレンジ 投稿日:2007/09/03(月) 07:38
-
ドッドッドッドッ。
しんしんと冷え込む真冬の朝、外でバイクのエンジンをふかす音がして、
私は目を覚ます。
ベッドから飛び起きて窓辺に駆け寄り、カーテンを勢いよく開けた。
マンションの下には彼女がいる。
フルフェイスのヘルメットを装着し、中古バイクに跨った彼女が待っている。
私はパジャマの上に厚手のコートを羽織り、マフラーと手袋をして、完全防備で
外へ飛び出していく。
エレベーターが来るのも待っていられなくて、4階から階段を駆け下りる。
吐き出す息が白い。
冷たい空気は、私の頬をびりびりと痺れさせる。
- 448 名前:溶けるオレンジ 投稿日:2007/09/03(月) 07:39
-
「いちーちゃん!」
私が意味もなく彼女の名前を叫ぶと、彼女はメット越しに微笑む。
顔なんて見えないけど、私には、彼女の表情くらい手に取るように分かる。
彼女が予備のヘルメットをひょいっと投げた。
私はそれを走りながらキャッチし、慣れた手つきで装着する。
そして、黙って彼女の後ろに飛び乗る。
私が彼女の腰にしっかり腕を回したのを確認して、彼女はバイクを発進させた。
彼女は何も言わずに、ただバイクを飛ばす。
私も何も言わずに、彼女の背中に頭を押し付ける。
びゅんびゅんと風を切って、彼女はひたすら走った。
私は必死で彼女にしがみついていた。
昼間とも夕方とも夜中とも違う、静かで幻想的な空気の中で呼吸しながら、
私は彼女の匂いに安心して目を瞑る。
- 449 名前:溶けるオレンジ 投稿日:2007/09/03(月) 07:40
-
夜明け前のドライブの誘いは、いつも突然で、不定期だった。
だけど私は、どんなに深い眠りに落ちていても、その聞き慣れたエンジン音が
かすかに耳に入れば必ず目が覚めた。
どちらかと言うと寝起きは悪いほうなのに。
エンジンをふかしながら待っている彼女の姿を見ると、眠気なんか吹き飛んだ。
私は彼女を愛していたし、彼女も私を愛してくれた。
彼女の香水の香り、華奢な腰、温かい背中。
脊髄に響くエンジン音、全身を吹き抜ける冷たい風、夜と朝の境目の静寂。
今でもありありと思い出せる。
- 450 名前:溶けるオレンジ 投稿日:2007/09/03(月) 07:41
-
◆
- 451 名前:溶けるオレンジ 投稿日:2007/09/03(月) 07:42
-
「ごっちん、何してんの?」
急にクリアな声が聞こえて、私は振り向いた。
寝ていたはずのよっすぃーと目が合う。
よっすぃーはベッドで横になったまま、切れ長の大きな瞳でじっと私を見つめていた。
私は黙って彼女を見つめ返す。
「そんな所でいくら待ってたって、市井さんはもう来ないよ」
淡々とした声だった。
同情も悲しみも嫉妬も感じられない、つぶやくような言い方だった。
「違うもん。朝焼けが綺麗だから見てただけだもん」
私はそう言って、また窓の外に視線を戻した。
オレンジ色が青白い空に溶けていく。
白く明るくなっていく空で、朝焼けはゆっくりとその色を薄めつつあった。
もうすぐ夜が明ける。
- 452 名前:溶けるオレンジ 投稿日:2007/09/03(月) 07:42
-
- 453 名前:しゃら 投稿日:2007/09/03(月) 07:44
- 終わりです。いちよしごま短編でした。
- 454 名前:しゃら 投稿日:2007/09/03(月) 08:24
- ちなみに、なんだか流れが分かりにくくなってしまったので
気が向いた方はこちらでどうぞ
ttp://space.geocities.jp/shal_and_do/index.html
Ctrl+Aで下のほうにenter出てきます。
保存庫としての機能以外は全く何も無いので超てきとーな作りですが
お許し下さい。
- 455 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/03(月) 19:07
- 古き良きいちごま!
懐かしくてついついニヤけてしまいました。
- 456 名前:しゃら 投稿日:2007/09/10(月) 21:01
- >>455の名無飼育さん
いちごまは娘。小説の原点だし1度書いてみたかったんですが、
やっぱり自分で書いてみると納得いく出来にはならないもんですね。
にやけて下さってありがとうございます。
というわけで、穴埋め短編第3弾です。
- 457 名前:マンホール 投稿日:2007/09/10(月) 21:02
-
- 458 名前:マンホール 投稿日:2007/09/10(月) 21:02
-
――――ぉぉぉぉぉん‥‥
え?
‥‥‥
何やろ。
今、懐かしい声が聞こえたような。
あいぼん、あいぼん。
あぁ、ついに幻聴まで‥‥。 うちも相当病んでるなぁ。
自分ではもう吹っ切れてるつもりなんやけど。
あいぼんってば。
しかも地面の下から聞こえるで。
こりゃ近いうちに精神科か耳鼻科行きやな‥‥
aiboooooooooooooooooon !!!!!!!
ぎゃーーーーーっ!!!
- 459 名前:マンホール 投稿日:2007/09/10(月) 21:04
-
‥‥‥。
‥‥‥‥‥。
よっ、久しぶり。 元気?
げ、げ、元気もくそもあるかい!
なんちゅうとこから出てくんねん! 心臓止まるか思ったわ!
なんでよっちゃんがこんな所におるんや!
いやー、ニューヨークって1回来てみたかったんだよね。
あと最近ハロプロも国際化?目指してるらしいし。 偵察、偵察。
頭に生ゴミくっついてるで。
ありゃりゃ。
- 460 名前:マンホール 投稿日:2007/09/10(月) 21:05
-
まぁどうでもええけど、なんでマンホールから出てきたん。
それがさぁ、普通に道路歩いてたらマンホールの蓋開いてんの気づかなくて
落ちちゃったんだよね、どすーんと。 痛かったわぁ。
それで無事なのが信じられんわ‥‥
ずっと下水道の中歩いてたらずぶ濡れになっちゃったよー、あはは。
クサいで。
NYの生活排水はパンチが効いてるからね!
分かった分かった、分かったからそれ以上近づかんといて。
- 461 名前:マンホール 投稿日:2007/09/10(月) 21:08
-
そうだ、ちょっと自慢していい?
あたしの英語、ちゃんとネイティブに通じたんだよ!
へぇ、凄いやん。
下水道で迷子になった時さぁ、独り言で “Where am I?” って言ってみたら、
近くにいたねずみさんが道教えてくれた。
アメリカ人は親切だね! あたし感動しちゃったよ。
ねずみと会話できることのほうが凄いわ!
いやぁ、しかしあいぼんと会えるなんてびっくりだ。
偶然ってすごいね! 同期の絆があたしたちを引き寄せたんだね!
そ、そうやな。
あれっ、Baby, 浮かない顔だね。
君は久々の再会が嬉しくないのかい? 愛しき悪友(とも)よ。
それなりに嬉しいけどな、ただ臭いが‥‥
- 462 名前:マンホール 投稿日:2007/09/10(月) 21:09
-
あ、そうだ!
えーとですね、あいぼんに色々と報告があります!
驚くべき大ニュースばかりです!
何や? まぁだいたい想像つくけど。
ななななんと、ののがウルトラマ●コなんちゃらと中出し&結婚!
ミキティが駅弁&脱退!
ついでに飯田さんも無職男性とでき婚!
わたくし吉澤ひとみ率いるガッタスが、ださい名前をつけられてCDデビュー!
えへ、びっくりした? びっくりした?
残念ながら、日本にいた時ニュースで見たから全部知っとるで。
なんだー、つまんないの。
それにしても、やっぱ全部ニュース経由なんだね。
ののくらいは直接あいぼんに報告したのかと思ってたけど。
もうハロプロの子たちとは誰とも連絡とってへんからな。
うわーん淋しいこと言うなよぉー、父ちゃんは悲しいよー。
ってあんたが言わせたんやろ!
- 463 名前:マンホール 投稿日:2007/09/10(月) 21:11
-
あはは、ごめんごめん。
‥‥ま、そういうわけだから。
へ?
あたしはそろそろ帰るとするよ。
早っっっ!!!!!
まぁね、あいぼんの顔見に来ただけだし。
元気そうで安心したよ。
何や、偵察とか言っといて、ほんまはうちに会いに来てくれたんやな。
‥‥ありがとな、よっちゃん。
えへへ。 今度は梨華ちゃんと一緒に来るからね。
‥‥‥よいしょっと。
- 464 名前:マンホール 投稿日:2007/09/10(月) 21:13
-
って、なんでまたマンホールん中に戻るねん!あほか!
えー、だって空港からここまで、ほとんど下水道の中歩いてきたんだもん。
外に出ちゃったら道分かんないじゃん。
はぁ‥‥
じゃ、おっさんと仲良くね。
おっさん言うな。
あ、蓋閉めといてね。
あいよ。
また来るぞぅ。 ばいばーい。
ばいばい、頼むから飛行機乗る前に風呂入ってな。
- 465 名前:マンホール 投稿日:2007/09/10(月) 21:13
-
- 466 名前:しゃら 投稿日:2007/09/10(月) 21:15
- 終わりです。よしかごでした。
コピペミスで>>458の改行がおかしくなってますが気にしないで下さいorz
- 467 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/11(火) 00:46
- よしかご!僕のよしかご!あいぼおおおおおおおん!!
- 468 名前:しゃら 投稿日:2007/10/05(金) 08:37
- >>467の名無飼育さん
(0;´〜`;)<aibooooooooooooooooooooooooon!!!!!
今でもあいぼん復帰への希望を捨て切れません・・・
久々に本編更新。
- 469 名前:スカイラウンジ 投稿日:2007/10/05(金) 08:37
-
- 470 名前:9.502号室の馴れ合い 投稿日:2007/10/05(金) 08:38
-
「ヴァックショーイ!!‥‥あぁちくしょう、ズズッ」
私は豪快にくしゃみをして鼻をすすった。
くしゃみの後に一言文句を付けるあたり、我ながらオヤジくさい。
野球部の美少女マネージャーあやや様がこんな汚い音を立ててるなんて、
部員のみんなは知らないだろうな。
だってみんなの前では「っくしゅん☆」とか「へくちっ☆」とか、研究に研究を重ねた
可愛らしいくしゃみしてるもん。
私だって、こう見えて努力してんだよ。
「ズビ、ズバババババァァ」
保湿ティッシュで思いっきり鼻をかんだ。
あー、これだから春は嫌いだ。
花粉症が憎い。
杉の木なんて、この世から1本残らず消えてしまえばいい。
- 471 名前:9.502号室の馴れ合い 投稿日:2007/10/05(金) 08:38
-
- 472 名前:9.502号室の馴れ合い 投稿日:2007/10/05(金) 08:39
-
4月になって私は無事3年生に進級した。
最初の2年間で卒業単位の8割は取っているので、今年からは楽になる。
暇すぎて資格の勉強も始めた。
ちなみに吉澤さんは後期の必修科目を2つ落とし、見事に留年した。
私と同学年になってしまったわけだ。
せっかく就活もやってたのに、すべて水の泡。可哀相に。
「あー!まじありえねー!必修なんか絶対取れると思ったのに」
「あんなに学校サボってて単位取れるわけないでしょ」
「いや、少なくとも1つは確実だった」
「その自信は一体どこから‥‥」
「だって愛ちゃんのノート全部コピったもん」
「誰ですか愛ちゃんて」
「えーと、あー‥‥何だろな‥‥友達」
たぶん嘘だ。
吉澤さんのことだから、面識もないマジメそう(で気の弱そう)な子に話しかけて
無理矢理ノートを借りたに違いない。どうしようもない人だ。
- 473 名前:9.502号室の馴れ合い 投稿日:2007/10/05(金) 08:39
-
吉澤さんはあの日から、頻繁に私の家に来るようになった。
私も吉澤さんの家に行くようになった。
吉澤さんとは性格も趣味も考え方も合わない。
だけど、なぜか一緒にいるのは居心地が良かった。
テンポは違うけど、リズムが合うのだ。
私にとって、飾らない自分を出せる数少ない人間が吉澤さんだった。
体の関係もずるずると続いていた。
吉澤さんは初心者だったくせに異様に上達が速いし。
たぶんスポーツ感覚なんだろうな。
「吉澤さん、絶対そっち方面の才能ありますよ」
「まじで?わーい」
「いや、褒め言葉だと受け取られても困るんですけど」
「就活失敗したらそっち系に進もうかなー、あはは」
「これ以上親を泣かせないで下さい」
- 474 名前:9.502号室の馴れ合い 投稿日:2007/10/05(金) 08:40
-
私たちは、決して付き合っているわけではなかった。
吉澤さんはなんだかんだ言って前の彼女が忘れられないみたいだし、
何より私には他に付き合っている人がいるからだ。
高校時代からなので、交際を始めてもう5年近くになる。
4年前、何の前触れもなく北海道の大学に行ってしまった2つ年上の彼女。
大学だけかと思ったら、今年そのまま北海道で就職してしまった。
もう東京に帰ってくるつもりはないのだろう。
「すげぇ!かっけー!」
「‥‥何がカッケーんですか?」
「遠恋とかってドラマみたいじゃん!ちょっと憧れてんだよ、あたし」
「そんなにロマンチックなもんでもないですよ」
「十分ロマンチックだよ。北海道の彼女かー、あれだね、白い恋人って感じだね」
「は?」
「あるじゃん、北海道土産のお菓子」
「‥‥賞味期限切れって言いたいんですか?」
「いやっ、決してそんなつもりは」
「残念ながら私の恋人は色黒ですけど」
- 475 名前:9.502号室の馴れ合い 投稿日:2007/10/05(金) 08:40
-
初めの頃は、遠距離でも耐えていけると思っていた。
愛に距離は関係ないって。
離れてても気持ちはつながってる、なんてクサいドラマみたいに思い込んでいた。
初めて離れ離れになった4年前の今頃は、毎日メールも電話もしたし、
2ヶ月に1度は彼女が東京まで会いに来てくれた。
でも今ではメールなんかほとんどしないし、週1で電話するくらいだ。
ここ半年ほどは1度も会っていない。
- 476 名前:9.502号室の馴れ合い 投稿日:2007/10/05(金) 08:40
-
そんな時に吉澤さんとああいう関係になって、人恋しさを紛らわすことができた。
吉澤さんのことは好きだ。
綺麗だし、優しいし、ちょっとバカだけど一緒にいて楽しい。
元々それなりに好意を抱いていた。
酔っ払った吉澤さんを私の家に収容したあの夜、誘ったのも私からだ。
淋しくてたまらなかった。
正直、誰でもよかったのかもしれない。
もちろん今でも1番好きなのは北海道の彼女だ。
吉澤さんの代わりはいても、彼女の代わりはいない。
だけど、私の心の中で吉澤さんの占める割合が大きくなっているのも事実。
最近は、吉澤さんと寝てもあまり罪悪感を感じなくなっていた。
私に無関心な彼女が悪い。
連絡もよこさない恋人より、手近にあるぬくもりを選んだだけだ。
私は悪くない。
- 477 名前:9.502号室の馴れ合い 投稿日:2007/10/05(金) 08:41
-
- 478 名前:9.502号室の馴れ合い 投稿日:2007/10/05(金) 08:41
-
『亜弥ちゃん来週って暇?』
北海道に住む白い恋人、もとい黒い恋人、藤本美貴からそんなメールが来たのは、
4月の最初の木曜日だった。
胸の高鳴りを抑えながら、なるべく冷静に返信してみる。
『来週の何曜日ですか?』
『月曜から全部。まとまった休みができたから、そっち行こうかと思ってさ』
『なんでいきなり?会社始まったばっかりですよね。
藤本さん新入社員なのにそんな休暇取って大丈夫なんですか?』
『いや、社内で麻疹が流行っちゃって、1週間休業になるらしい!超ラッキー♪
もともとそんなに忙しい会社でもないみたいだし』
『そうなんですか!じゃあ来週まるごと空けときます☆』
- 479 名前:9.502号室の馴れ合い 投稿日:2007/10/05(金) 08:41
-
そんなやりとりがあって、私は大急ぎで部屋を片付け始めた。
部屋に残る吉澤さんの痕跡を、完璧に消し去る。
吉澤さんの香水の香りが消えるまで窓を開けて換気し、入念にファブリーズ。
枕カバーやシーツも2度洗いした。
いつの間にか置いてあった吉澤さん専用の歯ブラシも、申し訳ないけど捨てた。
万が一に備えて、自分の携帯電話の受信メールや送信メールはロックを掛け、
暗証番号を入れないと閲覧できないようにしてある。
- 480 名前:9.502号室の馴れ合い 投稿日:2007/10/05(金) 08:42
-
よし、準備万端。
半年ぶりに藤本さんに会えるんだ。
やっぱり嬉しい。楽しみだ。月曜日が待ち遠しい。
吉澤さんにもメールを送った。
『来週、例の黒い恋人が来ます!吉澤さんは邪魔だから来ないで下さいね☆』
『ガビーン。そっかぁ、淋しいな』
物分りのいい人。
やっぱりこういう関係は楽だ。
私は吉澤さんの昭和なリアクションにはあえてツッコまず、『久々なんで満喫します』
とだけ返して携帯を閉じた。
- 481 名前:スカイラウンジ 投稿日:2007/10/05(金) 08:42
-
- 482 名前:しゃら 投稿日:2007/10/05(金) 08:44
- 中途半端ですがここまで。
それではまた来週。
- 483 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/10/05(金) 23:04
- おぉ!更新きてる
来週も楽しみにしてます
- 484 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/10/26(金) 00:05
- 最初の反応といい慣れたらアレなとこといいテキトーなとこといい
吉澤さんっぽくてすごく楽しいですw
黒い恋人に期待してます
- 485 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/11/24(土) 16:35
- すごく面白いです
何もかもが好みなんで、ぜひ続きが読みたい
次回も楽しみにしてます
- 486 名前:しゃら 投稿日:2008/01/07(月) 23:55
- >482 :しゃら :2007/10/05(金) 08:44
>中途半端ですがここまで。
>それではまた来週。
何が来週だよwww
大嘘こいてしまい、どうもすみませんでした。
>>483の名無飼育さん
何とお詫びして良いやら。 もう顔向けできません。
>>484の名無飼育さん
黒い恋人は今回大活躍です!
>>485の名無飼育さん
ありがたすぎて涙が出そうです。
今回の更新は、9章の後編となります。
- 487 名前:9.502号室の馴れ合い 投稿日:2008/01/07(月) 23:56
-
- 488 名前:9.502号室の馴れ合い 投稿日:2008/01/07(月) 23:56
-
藤本さんは時間通り、羽田空港に現れた。
その姿を確認した瞬間、私は胸がいっぱいになって思わず駆け出していた。
「会いたかったあああ」
「ちょ、ちょっと亜弥ちゃん、恥ずかしいよ」
私は周囲の目も気にせず、藤本さんに抱きついて離れない。
‥‥あぁ素敵。 なんてドラマチック。
ありきたりな感動シーンを演じる自分に少し酔う。
「亜弥ちゃん久しぶり。 ほんとは土曜からこっちに来たかったんだけどさ、
休業前にひと通り仕事片付けなきゃいけなくて」
「そんなの仕方ないですよ。 1週間も一緒にいられるだけで、私は幸せですから」
5年も付き合っているのに、敬語で話す癖は直らない。
2つ年上の先輩に対して、どうしてもタメ口は使えないのだ。
我ながら他人行儀だよな、とは思うけど。
- 489 名前:9.502号室の馴れ合い 投稿日:2008/01/07(月) 23:57
-
- 490 名前:9.502号室の馴れ合い 投稿日:2008/01/07(月) 23:57
-
藤本さんが家に来て2日が過ぎた。
学校は月曜からサボっている。
どうせ今はガイダンス期間だし、元からあんまり授業は取るつもりないし。
1・2年生のとき単位稼いでおいてよかった。
私たちは会えなかった時間を埋め合わせるように、ずっと寄り添っていた。
インドア派の藤本さんに合わせて、私も家から出ていない。
私がご飯を作って、一緒に食べて、映画のDVDを観て、一緒に寝る。
花粉症対策もバッチリだ。
病院で処方してもらった薬に加えて、おばあちゃんから教わった民間療法も採用。
塩入りのお茶でうがいをして、自家製のシソジュースを飲む。
完璧である。
藤本さんの前で、オヤジくさいくしゃみをするわけにはいかない。
できればダサいマスク姿は見られたくないし、鼻をかむ姿も見られたくない。
藤本さんの前では、可愛いあややでいたい。
- 491 名前:9.502号室の馴れ合い 投稿日:2008/01/07(月) 23:57
-
ふと携帯を見て、今日の日付に目が止まった。
4月11日。
一瞬何かが引っ掛かって、画面を見つめる。
そうだ。
明日は吉澤さんの誕生日だ。
藤本さんが来てから、吉澤さんのことはすっかり忘れていた。
今頃どうしてるんだろう。
数日会っていないだけなのに、やけに懐かしく感じた。
とりあえず、可哀相な吉澤さんにメールをしてみる。
『お久しぶりです。 元気ですか?』
『うわーん松浦に会えなくて淋しいよー』
2分で返信が来た。 あの人も相当な暇人だ。
『誰かと遊べばいいじゃないですか。 友達たくさんいるでしょ』
『今日はごっちん忙しいって』
『吉澤さんって友達1人しかいないんですか?』
『違うよー! たまたま今日遊びたいと思った人がごっちんと松浦だけだったんだよー!』
- 492 名前:9.502号室の馴れ合い 投稿日:2008/01/07(月) 23:58
-
胸がちくりと痛んだ。
藤本さんと一緒にいる間、私は吉澤さんのことなんか忘れてたのに。
そのくせ、藤本さんが北海道に帰ったら、私はまた都合よく吉澤さんを求めるんだろう。
『そういえばあたし、明日誕生日なんだよ。 知ってた?』
『へー、知りませんでした。 おめでとうございます』
『なんだよ〜、もっと心を込めて祝えよ』
『じゃあ気が向いたらお祝いメール送りますね』
『ありがと! 楽しみ!』
嘘です。 誕生日くらい知ってましたよ。
日付が変わった瞬間にメールしてあげよう。
誕生日を1人ぼっちで過ごす可哀相な吉澤さんのために、私ができること。
せめて誰よりも早く祝ってあげることくらいしか無いから。
- 493 名前:9.502号室の馴れ合い 投稿日:2008/01/07(月) 23:58
-
「亜弥ちゃん、半笑いで誰とメールしてんの?」
いつの間にかお風呂から上がっていた藤本さんが、怪訝そうに私を見ていた。
なんとなく気まずくなって、私は携帯をぱこんと閉じる。
「サークルの先輩です」
「へぇ。 仲いいんだ」
嫉妬の色を隠そうともしない藤本さんは、正直で一途で可愛い。
真っすぐに私のことを愛してくれる。
そんな彼女をずっと裏切ってきたことを、今さらながら後悔する。
- 494 名前:9.502号室の馴れ合い 投稿日:2008/01/07(月) 23:59
-
本棚の上に置いてあるデジタル時計の表示は、23:52。
あと8分か。
私はあらかじめ作っておいたメールの文面を推敲しながら、時間が経つのを待った。
「亜弥ちゃん何してんの?お風呂入んないの?」
「あ‥‥もうすぐ入ります。ちょっと今メールしてるんで」
私は親指を送信ボタンに乗せたまま、本棚のデジタル時計を見上げた。
あと少し。
23:59:59から0:00:00になった瞬間を見届けて、私はメールを送信した。
『吉澤さん、22歳おめでとうございます。
学業も恋愛も充実した1年になるといいですね。
今年こそちゃんと授業に出て下さい。
一緒に卒業できるように頑張りましょう。
これからも暇なときは私と遊んで下さいね』
- 495 名前:9.502号室の馴れ合い 投稿日:2008/01/07(月) 23:59
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私は携帯をベッドの上に放り投げて立ち上がった。
「お風呂、入ってきますね」
「‥‥あぁ、うん」
藤本さんの口調がやけに暗いのが気になった。
「どうしたんですか?テンション低いですよ」
「別に」
まぁ、いつものことだ。
私が藤本さんと話もせずに無言でメールを打っていたのが気に入らなかったのだろう。
そんな藤本さんを愛しく想うと同時に、こそこそ隠れて吉澤さんと浮気している卑怯な
自分が嫌になる。
私はなんてひどいことをしてるんだ。
もし逆の立場だったら。
もし藤本さんが北海道で浮気していたとしたら。
死にたくなる。 考えたくもない。
- 496 名前:9.502号室の馴れ合い 投稿日:2008/01/07(月) 23:59
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湧き出す自己嫌悪を洗い流すように、思いっきり水圧を強くしてシャワーを浴びた。
なんかもうだめだ、やっぱだめだ、こんなこと。
やっぱり、いつまでもこんなこと続けてちゃいけないんだ。
藤本さんが帰ったら、吉澤さんに会って話そう。
「別れましょう」 ‥‥いや違うな、元から付き合ってないし。
「ただの友達に戻りませんか」 ‥‥中途半端にまわりくどいな。
「こういうの、もうやめましょう」 ‥‥うん、それでいい。
初めから浮気なんかするんじゃなかった。
藤本さんと一緒にいればいるほど、罪悪感が込み上げてくる。
私にとっては、吉澤さんとの関係が終わることより、藤本さんを失うことのほうが怖い。
私は本当に自分勝手で、最低な女だ。
吉澤さんには申し訳ないことをしてしまった。
淋しさを埋めるために利用しといて、やっぱり罪悪感で自分がつらいからさよーなら。
でも、きっと吉澤さんのことだから、「そうだよね浮気は良くないよね」とか言いながら
笑顔で去っていってくれるんだろう。
‥‥そんなことを期待している自分は、つくづく最低だと思う。
- 497 名前:9.502号室の馴れ合い 投稿日:2008/01/08(火) 00:00
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お風呂から上がってリビングに行くと、藤本さんがベッドに寄りかかって床に座っていた。
なぜかパジャマを着ていない。
まるで今から出かけるかのように、びしっと私服を着こんでメイクまでしていた。
嫌な予感がした。
心臓が不自然に鼓動を速める。
「‥‥どうしたんですか?」
テーブルの上に、私の携帯電話が置いてあった。
―――さっき私は、それをベッドの上に放り投げたはずだ。
ぽすん、と音がしたのを覚えている。
藤本さんはその携帯を手に取ると、無表情で言った。
「吉澤ひとみって誰?」
- 498 名前:9.502号室の馴れ合い 投稿日:2008/01/08(火) 00:00
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バレた。
携帯を見られた。
なんで?
頭が真っ白になる。
「吉澤ひとみは、美貴より美人?」
「‥‥‥」
「美貴と一緒にいるよりそっちのほうが楽しい?」
「‥‥‥」
「亜弥ちゃんは、美貴と吉澤ひとみだったらどっちが好き?」
「‥‥‥」
何も答えられなかった。
私の頭の中には、どうでもいい疑問ばかりが渦巻いている。
なんで見られちゃったの?
万が一の場合を考えて、携帯のメール機能にはロックをかけていたはずだ。
藤本さんがその4桁の暗証番号を知っているわけない。
- 499 名前:9.502号室の馴れ合い 投稿日:2008/01/08(火) 00:01
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「な‥‥なんで、どうやって」
「簡単だったよ」
藤本さんは、私の携帯をぱこぱこ開いたり閉じたりしながら、少し笑った。
「亜弥ちゃん、今まで携帯にロックかけるなんてこと無かったよね」
「‥‥うん」
「知らなかったかもしれないけど、美貴、よく亜弥ちゃんの携帯とか盗み見してたんだ」
「え」
「はは、やっぱ気づいてなかったんだね」
ぞっとした。
いつから見られていたのか。 どこまで見られていたのか。
私のプライベートはどこまで把握されていたのか。
- 500 名前:9.502号室の馴れ合い 投稿日:2008/01/08(火) 00:01
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「暗証番号、亜弥ちゃんの誕生日も美貴の誕生日も試してみた。 住所も部屋番号も
試した。 でもだめだったんだよね。だからちょっと考えてみたんだ」
「‥‥‥」
「亜弥ちゃん、さっきからメールを打ちながら時計気にしてたでしょ。 で、12時になった
瞬間メール送ってたよね。 誰かに誕生日メール送ったんだなって、すぐ分かった」
藤本さんは真っすぐに私を睨みつけた。
「もし、その相手が‥‥まさかと思ったけどね。 今日の日付を入力してみた」
「‥‥‥」
「そしたらロック解けちゃったの。 0412って、吉澤ひとみの誕生日だったんだね」
藤本さんには絶対に分かるはずがないと思っていた、4桁の数字。
それが逆に命取りになったのだ。
私は部屋の壁に背中を預けて、大きく息を吐き出した。
- 501 名前:9.502号室の馴れ合い 投稿日:2008/01/08(火) 00:02
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「悪いけど、平気な顔して浮気なんかする奴とは付き合っていけないよ」
いつの間にかスーツケースにまとめられていた荷物を持って、藤本さんは立ち上がった。
北海道に帰る気だ。私と別れる気だ。
「ちょ、ちょっと待って‥‥」
慌ててすがりついた私の手を振り払って、藤本さんは冷たく言い放った。
「触らないで。 気持ち悪い」
凍りついた。
藤本さんは私を無視して玄関へ向かう。
必死で叫んだ。
「ごめんなさい! もうしないから! 絶対しないから帰らないで、お願い」
「‥‥‥」
藤本さんは黙ってブーツを履き始めた。
- 502 名前:9.502号室の馴れ合い 投稿日:2008/01/08(火) 00:02
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「5年も付き合ってきたのにこんなことで‥‥あの、気の迷いだったんです、だから」
「‥‥‥」
「‥‥だって淋しかったんだもん。 藤本さん連絡も全然くれないし」
「‥‥‥」
「ごめんなさい、もう絶対しない! やだよ別れるなんてやだよ」
今頃になって涙が溢れ出した。
「やだよー、な、なんで別れちゃうの? 私、藤本さんのこと好きなのに」
「‥‥‥」
「よ、よ、吉澤さんなんかより藤本さんのほうが、ずっとずっと好き、なのに」
「‥‥‥」
- 503 名前:9.502号室の馴れ合い 投稿日:2008/01/08(火) 00:02
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藤本さんはブーツを履き終わると、立ち上がって振り向いた。
「亜弥ちゃん、今まで楽しかったよ。 ありがとね」
「やだ、行か、行かないで」
「‥‥いいじゃん、慰めてくれる人がいるんだから」
「いないもん、そんなのいない」
藤本さんがドアノブに手をかけた。
隙間からひゅうっと吹き込んだ夜風が、私の前髪を揺らす。
「‥‥‥じゃあ元気でね」
「藤本さん行かないで」
「幸せになって」
私の目の前で、ドアは閉められた。
私は玄関にぺたんと座り込んで泣き続けた。
部屋の中に残った藤本さんの匂いは、いつまでも消えなかった。
- 504 名前:9.502号室の馴れ合い 投稿日:2008/01/08(火) 00:03
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- 505 名前:9.502号室の馴れ合い 投稿日:2008/01/08(火) 00:03
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- 506 名前:しゃら 投稿日:2008/01/08(火) 00:04
- というわけで、3ヶ月もホー・チ・ミンしてしまいました。
めんごめんご。
せっかく重い腰を上げて更新したところであれなんですが、
このスレは倉庫に送っていただけると幸いです。
理由としては>>394の通り、手違いでストックを全消去してしまって以来、
やる気をなくして続きが書けなくなってしまったからです。
自分勝手な理由でたいへん申し訳ありません。
とは言え放棄はしたくないので、こちらのサイトで細々と続けていこうと
思っています。 →ttp://space.geocities.jp/shal_and_do/top.html
次の更新の目処はたっていませんが・・・
というわけで管理人さん、倉庫への移行お願い致します。
お手数おかけして申し訳ありません。
- 507 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/08(火) 19:09
- 内容にもお知らせにもeeeeeeeeeeee
びっくりで悲しいからずっとついていくんだからね!
あとブログの話だけど俺も現旧娘メンベリキューメンとカオスに混合した小説読みたいよ
- 508 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/08(火) 23:56
- お疲れさまでした。
倉庫落ちは残念ですが、サイトでの更新、気長に待ってます。
森板のほうも楽しみにしてますよ。
- 509 名前:しゃら 投稿日:2008/01/13(日) 13:27
- そろそろ始まるようなので、スレ整理される前にレス返し。
>>507の名無飼育さん
ブログまで読んで下さってありがとうございます。
ずっとついていくとまで言われて現在顔が真っ赤っ赤です。
娘。ベリ℃カオスな小説は、森板のスレで頑張って書いていこうかな、と。
>>508の名無飼育さん
ありがとうございます。 なるべく早めに続きが書けるといいんですが。
森板のほうも、更新が滞らないようにたくさんネタを考えておきますね。
今まで読んで下さった方々、本当にありがとうございました。
それではまた会う日まで。 ばいちゃー。
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