ハロプロ小説恐怖短編集

1 名前:メカ沢β 投稿日:2006/09/26(火) 23:31
キャストは雰囲気次第。
グロは少ないので気軽に読めると思います。



それではどうぞ
私の世界へ……
2 名前:『嘘の怪談』 投稿日:2006/09/26(火) 23:31


『嘘の怪談』

3 名前:『嘘の怪談』 投稿日:2006/09/26(火) 23:32
もうすぐ終わるとはいえまだ夏の夜のこと。
とあるホテルの一室についているクーラーは地球環境も考えずに設定温度が二三℃の強風。
そのクーラーの前に立ち、後頭部で冷風を受けながら吉澤はベッドやイスに座るメンバーを見回した。
藤本に開会の言葉をせかされて目が泳いでいるというのが実は正解。

「え〜と、んじゃあこれから夏の大怪談大会はじめま〜す」
「いえーい」

各人のノリの度合いは様々だが皆一様にテンションは低い。
唯一吉澤に反応し声を上げた藤本でさえ新垣にぴったりと寄り添っていなければここまでテンションも上げられなかっただろう。

仕事以外で八人が集まることは、実はあまりない。
それぞれにスケジュールがありまたそれぞれの交友範囲もあるため、仕事以外で集まれることはまずないのである。
コンサート時期のホテルも例外ではなくそれぞれが集まったりメールをしたりということはあっても、八人が同じ部屋の空気を吸うことはほとんどない。
しかし今夜は違った。

事の発端はバスでの移動中に一人のスタッフが怪談話を始めたことだった。
それは有名な都市伝説の一つであったのだが知っているメンバーは一人としておらず、耳を塞ぎながら唸ったり
オチの部分では運転手がブレーキを踏むほどの絶叫をあげたりするメンバー達をスタッフは手を叩いて笑った。
泣きそうな久住を抱きしめながらスタッフに文句を言っている藤本を見て、吉澤はあることを思いついた。
そしてその思いつきによってメンバー達は吉澤の部屋に集められたのだった。
4 名前:『嘘の怪談』 投稿日:2006/09/26(火) 23:32
「一人一つ知ってる怪談話をして一番怖かった話を明日バスの中でしようと思うんだよね。なんつーか、今日の復讐っていうの?」

吉澤は少し無理して笑顔を作ったが賛同の笑みを返すものはいない。
みんなバスの中で聞いた話を思い出し、身がすくんでいるのだ。
二つのベッドが並ぶ部屋の中央に吉澤が立ち、入り口に近く側面が壁と接しているベッドの上には
その壁を背に道重が枕を抱いて座っていて、その隣には亀井と田中が腕を絡めて既に震えている。
もう一つのベッドに腰掛けているのは藤本と新垣と高橋。
ベッドとベッドの間にうずくまるようにして久住が座っている。

「できれば知ってる話の中で一番怖い話してね」

そう言って吉澤は壁のスイッチに手をかけた。
瞬目、部屋の灯りが落ちる。
間接照明だけが淡く灯る中、メンバーの数人が短く叫ぶ。
中でも田中のリアクションは理性の一部も一緒に落としてしまったかのような騒ぎ方だった。

「あれ? 消さない方がいい?」
「消さないで!」

吉澤は気の抜けた感じで聞いたのだが、田中の返答は鬼気迫るものだった。
その真剣さを見て、イタズラチックに笑う吉澤。

「こっちの方が面白いじゃ〜ん」

メンバーのほとんどが吉澤に殺意を持った瞬間だった。

「それじゃはじめよっか」

吉澤はおいでおいでと手振りと視線で呼んでいる久住の横に座った。
5 名前:『嘘の怪談』 投稿日:2006/09/26(火) 23:32
「ちょっと待って」

藤本は吉澤が座ったのを狙ったかのようなタイミングで言った。
怪訝な表情が一斉に藤本を囲む。

「あ、いや……よっちゃんこれ」

藤本がお尻の下から出したのは薄ピンク色のブラジャーだった。
押しつぶされて形が崩れているが、そのブラジャーを見るや否や表情を崩したのは吉澤だった。

「ちょっとミキティ!」
「だって美貴のお尻の下にあったんだも〜ん」

ヒラヒラ揺れるブラジャーを奪う吉澤を見て噴き出してしまった新垣を皮切りに他のメンバーも笑い出した。
先ほどまでも重苦しい空気は消えてなくなる。
みんなを部屋に集める前にたしかにしまったはずのブラジャーだったが一体何故、と考えていた吉澤だが
ブラジャーをカバンにしまっているときこれが藤本なりの気の使い方だったのかと思い、藤本に心の中で感謝した。
吉澤が元の位置に戻ってもまだ笑っているメンバーがいたので一回手を叩き、部屋の空気を引き締めた。

「それじゃ最初誰からいく?」

吉澤は首を回してメンバーを見たが率先して話そうとするメンバーがいなかったので、
目が合った新垣を当てると素っ頓狂な声を上げて新垣が返事をした。
6 名前:『嘘の怪談』 投稿日:2006/09/26(火) 23:32
結局新垣を一番として怪談話はスタートしたのだが、特にオカルトの好きな面々が揃っているというわけはないので
聞いたことのある話ばかりが出てきて怖がるメンバーなどほとんどいなかった。
久住は村に伝わる伝説のような怪談話をし始めた時はみんな怖がり始めたのだが、ヘラヘラしながら久住は喋るし
途中でつたない言葉で場所やものの説明が入るものだから結局グダグダに終わり鳥肌の一つも立たなかった。
藤本にいたってはそれとなく怪談話のようなものを話しているのだが、明らかに雰囲気が違い
最後のオチはお尻の下にブラジャーがあったというものでまたメンバーの爆笑をさらっていった。

そんな雰囲気の中でもやはり言い出した張本人である吉澤の話はメンバーに寒気を与えた。
前もって携帯電話を使い調べていた話だったため誰も知らない話ができたからだった。
久住から笑顔が消え震えが起こり、田中は掛け布団をかぶって耳を塞ぐ。
吉澤の話が終わった後玄関の向こう、どこかの部屋のドアが勢いよくしまった音がしたため、吉澤を含め一同叫びあった。

「いや〜なに今の?」
「すっごくいいタイミングだったよね」

吉澤の話そっちのけでタイミングよく鳴ったドアの音の話に花が咲き、恐怖の蔓延していた部屋の空気も徐々に盛り上がり始める。
新垣が大げさな身振りでさきの音の再現のようなものをしている中、道重は抱きしめた枕に顔をうずめ震えていた。
そういえば怪談が始まった時から道重はものすごく怖がっていたな、吉澤は思った。

「さゆそんなに怖かった?」

道重は枕に顔をこすり付けるようにして首を横に振った。
肩が上がり首が見えなくなってしまっている。
7 名前:『嘘の怪談』 投稿日:2006/09/26(火) 23:32
「さゆぅ大丈夫だって〜」

亀井が道重の肩を揺らすが全身を硬直させているらしく体全体が大きく揺れている。
道重の異常さにメンバーの口は止まり、クーラーの音だけが部屋に響く。

「そういえばさぁ、重さんだけまだ話してないよね?」

藤本がそういうと吉澤の表情が曇った。
ブラジャーの件でも藤本の気の使い方は褒めるに値するが、今のは違うと思ったからだ。
藤本は何の恣意もない視線を道重に刺すと、道重は本当に何かが刺さったかのようにビクッと動いた。

「…………」

顔を上げることもなく無言のままの道重。
こんな態度をとられて不機嫌になりそうな藤本だったが、なぜだか背筋を凍らせている。
亀井は道重の肩に置いていた手をそっとはずした。
吉澤は立ち上がると道重を撫でてやろうと手を差し出した。
道重の頭頂部に触れた瞬間、吉澤の思惑とは逆により強く枕に顔を押し沈める道重。
ちょっと重さん怖がりすぎ、という新垣の言葉はハッキリと場違いを表わすように響いた。
8 名前:『嘘の怪談』 投稿日:2006/09/26(火) 23:32
「ごめんねさゆ。さゆはもう怖い話しなくていいから。ね」

そう言って吉澤が頭を撫でると鋼鉄のように固まっていた道重の肩が徐々に降り、押しつぶされていた枕もいくらか形を取り戻してきた。
藤本も立ち上がり枕と道重の間に無理矢理手をつっこんで、熱くなっている道重の頬を撫でた。

「ホラさゆ、あんまり顔押し付けすぎるとかわいい顔も台無しだぞ」
「そうそう」

吉澤と藤本がそういうと、新垣はそこに年の功を見た気がした。
道重の全身に張り巡らされていた緊張という針金はほとんど熔けて無くなってきている。
すると枕が下に、頭が上に動き、道重の額が露わになった。
道重の一瞬動きが止まると枕から覗くようにして顔を上げる。
吉澤を見ているその目は、母親をなくした子犬のような脅えきった目だった。

「ホラもうそんなに泣い――」

吉澤の言葉も無視して枕を横へ放り、道重は吉澤に抱きついた。
突然のことに驚いた吉澤だがすぐに道重を抱きしめよしよしと頭を撫でている。
一気に部屋中に安堵が満ちた。
9 名前:『嘘の怪談』 投稿日:2006/09/26(火) 23:33
次の日、ホテルからバスでコンサート会場に移動中。
吉澤は道重を時折心配しながら昨夜メンバーを怖がらせた怪談話を披露した。
男性スタッフは腕を組んで余裕の表情で聞いているものがほとんどだったが、女性スタッフの中には
昨日のバスの中の田中を模倣するように耳を閉じている者もいた。
話が終わるとスタッフは口々に怖かったよ等と賞賛し、メンバー達は得意げな表情を浮かべた。
そんな中でも浮かない顔をしているのは道重だった。

「重さん昨日は怖すぎたんだもんね」

藤本がそういうとメンバー達はニヤリと笑い、近くにいたスタッフは一体何があったのかと問いただしてきた。
道重の頭を撫でながら藤本が昨夜の出来事を話そうとしたその時、道重は目の色を変えて立ち上がった。

「あの…………」

その場にいる全員が道重をを凝視しているが続く言葉が無い。
エサをあげた鯉よろしく、口をパクパクさせながら周囲を見回す道重。

「……さゆ?」

吉澤が名前を呼んだ瞬間、道重の目は吉澤に止まり今度は凝視し返している。
異様な空気を混ぜっ返すものはおらず、ただバスのエンジン音が沈黙を埋めている。
道重の凝視に耐えられなくなった吉澤が視線をそらすと、道重はようやく口を開いた。

「……あの、私……怖い話してもい、いいですか?」
10 名前:『嘘の怪談』 投稿日:2006/09/26(火) 23:33
バスの中に再び沈黙が広がったがそれも一瞬のことで、次の瞬間には手を叩いて笑うものが出るほどバス内は沸き立った。
新垣は席が遠いのもお構いなしに大声でつっこみ、亀井は田中に寄り添うようにして笑い、男性スタッフはいいぞいいぞと囃し立てる。
そんな中藤本は道重の手を軽く握ると座ることを催促するように下へと引っ張り、
吉澤はきつく真一文字に結ばれた道重の唇を見て昨日の雰囲気を感じていた。
道重は意を決したように口を開いたが、震える唇は声に響くことなくゆっくりと閉じられていった。

「重さん、ホラ。座りなよ」

そう言いながら藤本は部屋の電灯の紐を引っ張るようにクイッと道重の手を引っ張る。
それで再びスイッチの入ってしまった道重は顔を上げると、今度はハッキリとした声で言った。

「怖い話、させてください」

吉澤には、道重の目にものすごく鈍い光がうずくまっているように見えた。
絶望や諦観といった類いの悪い光でもなく、念願や楽観といった良い闇でもない。
いうなれば、無。

相変わらずバスの中は活気に満ちていた。
昨日の道重を知らないものならまだしも、メンバーまでもが道重を煽りたて熱気を発している。
藤本と吉澤だけがその熱の中に取り残され、平温を保っていた。
平温どころか既に寒気がしだしているのは昨日あの状態の道重に触れたものにしかわからない、
あの異常なまでの道重の体温の低さを体が思い出し始めているからだろう。
道重はストンと座るとバスの中は急に静かになり、彼女の開口を待った。
視線を落とし、どこを見るわけでもなくどこに語るわけでもないといった感じで、話し始めた。
11 名前:『嘘の怪談』 投稿日:2006/09/26(火) 23:33
道重がそれを体験したのは小学六年生の夏、修学旅行の時だった。
仲の良い友達六人とホテルで同室ということもあり、昼の見学はもとより夜が楽しみで仕方がなかった。
部屋は二つありリビングも兼ねた部屋にはベッドが二つ、奥の部屋にはベッドは四つがある。
白で統一された部屋に友達共々感嘆し、キレイにベッドメイキングされたベッドの上で飛び跳ねはしゃいだ。
夕食やお風呂も終えて、そろそろ修学旅行の中で一番楽しみにしていた時間がやってきた。

修学旅行の夜、それは非常に密の濃い時間だ。
互いの間にある色んなものが紐解かれ、そして打ち解けあう。
リビングに六人は集まりそれぞれベッドを中心に好きな姿勢で話をしていた。
道重はこの時間に期待し胸を躍らせていた。
好きな男子の話などふられたらどうしようと一人で困惑していたのは修学旅行前夜の話。
しかしそんな淡い空想も一人の女の子の言葉で打ち砕かれることになった。

「ねえ、怖い話しない?」

道重は今でもあの時の友人達の好奇に満ちた顔は忘れないという。
誰一人反対するものはおらず、みんなテキパキと怖い話をする準備を進めていた。
間接照明をつけ、部屋の明かりを消し、携帯電話の電源を切って、ペットボトルを傍らに置く。
道重はベッドの上に座りみんなが準備する様子をただ黙って見ていた。

「よしオッケー。じゃあまずあたしからね」

言いだしっぺの女の子が瞬時の声のトーンを落として、怪談話を始めた。
道重は隣に座っている子としっかり腕を組んだ。
12 名前:『嘘の怪談』 投稿日:2006/09/26(火) 23:33
一人目の女の子が話を始めた瞬間、部屋の空気が一気に変わったのを道重は感じていた。
怖い話を聞いたり読んだりすると恐怖に駆られた心境のせいで、その時だけなんとなく第六感が鋭敏に
なったような感覚に陥ることはあるが、その比ではないほど、もしかしたら目で見て空気が変わる瞬間が
わかるのではないかというほど、まったく別の異様な雰囲気に包まれたのだった。
空気が自分達を虚ろな目で傍観してるような感じがして、道重は隣の子と腕を組んだまま逆隣にあった枕を抱きしめた。

話術がない分なんとか怖がらせてやろうと暗いトーンを必死に維持して怪談をする友人。
聞かなくてもいいなら聞きたくもないのだが、それでも聞かなければならないから話に集中しようとする。
でも何故か友人の声が聞こえづらい。
こんなに静かな状況で互いに手を伸ばせばギリギリで手が触れるというぐらいの距離にいるのだから、
声帯を震わせないような囁き声でも十分聞こえるはずなのに、ほとんど言葉が聞き取れない。
音は空気の振動で伝わるのだが、道重にはこの部屋の空気が振動したがっていないような感じがしていた。

笑みの塵さえ残っていない真剣な顔つきで怪談話を語る友人と、その友人を食い入るように見て聞いている他の友人達。
恐怖を渇望しているように見えるその姿は日常からしてみれば異様ではあるのだが、今部屋の漂っている異様さ、
というよりも、得体の知れない何かに満たされたこの部屋の空気は友人達の発している雰囲気が原因ではないような気がしていた。
普段はかわいらしいクリッとした目をギロつかせて話している友人が何か他のものに見えてきそうになったので、道重は視線をその奥にそらすと
みんなの荷物をしまったクローゼットが見えた。
間接照明から遠い位置にあるクローゼットは薄ぼんやり照らされる程度で、折りたたまれる隙間の部分がやたらと黒く見える。
その黒い筋の一本が心なしか他のより太く見えた。
13 名前:『嘘の怪談』 投稿日:2006/09/26(火) 23:33
道重は目を凝らしてみてみると、どうやら目のかすみや錯覚ではないようだった。
それを証明するかのように黒い線はどんどん太くなっていく。
つまりそれは、クローゼットが開いていくということを示していた。

道重は背筋が凍るより先に、脳から電流のようなものが全身に流れた感じがした。
考えてはいなかったが、考えられないことが起こったからだ。
部屋を暗くして年頃の女の子達が怪談に興じている。
ある意味で絶好の、ある意味で最悪の状況下でそれが起こっているのだ。

道重は枕に鼻から下を埋め強く抱きしめると、腕が窮屈になったのが嫌なのか隣の子が組んでいた腕を離した。
その子はほとんど同じ方向を向いているはずなのに気付いていないようだった。
気がつけばクローゼットは2/3ほどまで開いている。
光の届かないクローゼットの内部には闇がぎっしり詰め込まれていた。
道重の視線はその闇に吸い込まれていた。

「……たんだけど、その電信柱の影から誰かが覗いてて……」

集中力の繋ぎ目に聞こえた友人の話だがすぐにまた聞こえなくなった。
誰が、いつ、どこで、どういう状況で電信柱の影から誰が覗いていたのかまったくわからないし、続きも気にならなかった。
当然のことだが、それどころではないのだ。
14 名前:『嘘の怪談』 投稿日:2006/09/26(火) 23:34
クローゼットはもう動いていないようだった。
道重は瞬きせずにクローゼットの中の闇を見つけ続けていると、闇の部分がクローゼットから漏れ出すように増幅して見えた。
しかし瞬きするとまた元に戻るので、その度に小さく胸を撫で下ろしていた。
もしも瞬きをしても闇の漏出が戻らなかったらどうしようと頭の片隅で感じていたからだ。

道重にはクローゼットの中が一枚のドアに見えた。
暗がりに突如として現れた闇の扉。
あの一枚で隔てられた向こう側が全ての希望と光輝を侵食し滅ぼす世界なのだろうか。
もしかしたら「扉の向こう側の世界」とは自分のいるほうの世界なのだろうか。
そう考えてもいささか不思議ではない状況ではある。
しかしそれ以上を想像したくなかったので道重はギュッと目を瞑ると、近所の公園を瞼の裏に思い描いた。

大好きな姉が幼い日よく遊んでくれていた公園。
日差しの厳しい真夏の午前、ブランコに乗ると姉が後ろから柔らかく押してくれて、勢いがつく度に
放り出された重力と風が心地よく、姉はおろか父親よりもはるかに高い目線から公園を見ていたあの日。
背中に感じる姉の指圧はいつも優しく、いくら勢いがついてもあの手が背中を押してくれていれば危険だと思ったことはなかった。

「……るとね、誰もいないはずのブランコがギーコ、ギーコって音を立ててさ」

逃げ込んだ空想に入り込んだきた現実の友人の声。
高い空は一気に灰色に色を落とし、背中にぬくもりを感じなくなった。
気が付けば俯瞰でブランコを見ていて、そこには姉だけではなく自分さえもいなかった。

道重は空想から急いで脱出しようと目を開けると、そこはさっきまでの現実だった。
15 名前:『嘘の怪談』 投稿日:2006/09/26(火) 23:34
怪談はまだ続いているようで、どれほど進んだのかはわからない。
自分以外の人間は話し手も聞き手もまさに夢中といった感じで道重の一連の行動に気付いた者はいない。
少しの間目を閉じていたせいなのか部屋が少し暗くなった感じがした。

道重はすぐにクローゼットを見た。
先ほどを変わらない様子だったが、どこか闇に奥行きがないような感じがした。
その違和感は一体なんなのか、すぐにわかった。

誰かいる。

クローゼットの中、闇の住処のよう場所に誰かいるのをはっきりと感じたのだ。
すぐ目の前にいるかのような感覚と日本の裏側に多分こんな人がいるだろうと想像した時の感覚が同時に襲ってきた。
何かわからないが何かいる。
それが自分達を驚かす為に隠れ潜んでいた友人なのか、怪談話に引き寄せられてきた幽霊なのか、鬼か、天狗か、先生か。
それらの内のどれかならまだマシだ、道重は直感的に思った。

聴覚は機能していない。
おそらく味覚も嗅覚も触覚もほとんど機能していないだろう。
とにかく視覚だけがギンギンにといった感じで機能していた。

見たくないという思いはなかった。
見てみたいとか見なきゃならないとかそういう思いもなく、ただただ見ているだけだった。
16 名前:『嘘の怪談』 投稿日:2006/09/26(火) 23:34
闇が動いた。
瞬きをしても黒いもやのようなものをクローゼットに戻らない。
もやは空気に拡散するような感じでもなく、液体のように床を伝いながら漏れ出している様でもなく、
何かがそのもやを纏っているようだった。
その何かが一体どんな形をしているのかはまだわからない。

恐怖心は微塵もなかった。
さっきまであれほど、力いっぱい目を閉じて空想しなければならないほど、脅えていたというのに
何かがいるとわかった瞬間からすっかり消失してしまっていた。
普通に考えればそこで恐怖心が倍増しそうなものなのだが、逆。
逆というよりも全くあり得ない反応に道重自身少し驚いていた。

何かはクローゼットから完全に出たらしく、クローゼットの前を横切っている。
そのとき確認できた全体の輪郭は、まさに人だった。
顔のパーツはおろか服とか全裸とか全くわからないほど真っ黒で、体の周囲に黒いもやを纏わせている。
さらにその身長といえば背を曲げ足をやや曲げていても頭は天井についていて、首をかしげているようだった。
ただし体や腕、足の細さや顔のサイズなどは人間のものとほぼ変わらない。
いってみればそれぞれのパーツが間延びしている感じだった。

姿が見えても全然怖くなかった。
怖くないというより、何も感じなかった。
17 名前:『嘘の怪談』 投稿日:2006/09/26(火) 23:34
黒い人のようなのは足を床から離さず引き摺るようにして、頭も天井にこすりつけながら、こちらに近づいてきた。
頭のほうから聞こえる固いもの同士が擦れあうような音と、足元から聞こえる細かい毛が擦れあう音が混ざり合うことなく
ベッドの上で唯一存在に気付いている道重に向けて音が届けられている。
部屋の空気は何一つ変わっていない。
余計に異様さを増したりせず、また日常を装うでもなく、クローゼットが開き始める時と同じ、
更に言えば怪談をはじめた瞬間に感じたあの違和感のまま、空気はあの黒い人のようなものを受け入れている。

ゆっくりゆっくりと歩み寄ってくる黒い人のようなものに、道重は未だに恐怖を感じていなかった。
あるいはあまりの恐怖に感覚が麻痺してしまっているのかもしれない。
恐怖だけではなく、他の様々な感覚まで麻痺してしまっているのだろう。
正常なのは視覚と思考能力だけ。
しかし、ただ幻覚を見ているだけなのかもしれないし、あんなものを見て怖がらないのだからやはり異常なのかもしれない。
それでもまだ感覚があるだけマシだろう。道重は思った。

黒い人は既に自分の前で怪談話をしている友人の真後ろまできていた。
すぐ背中にあんなものがいるのに友人は全く気付いていなかった。

黒い人はその友人の顔の前に顔を向かい合わせるようにして覗き込んだ。
道重の角度から友人がどのような表情をしているか見えないのだが、友人の饒舌加減に変わりはなく
悲鳴も聞こえないのでやはり見えていないのだろう。
黒い人は顔を友人に近づけると、数秒動きを止め、離れていった。
友人に変わった様子はない。
18 名前:『嘘の怪談』 投稿日:2006/09/26(火) 23:34
それから黒い人はその隣にいる友人にも同じことをしていた。
今度は友人の顔を見ることができたが、どうやら黒い人は友人が口を開いた瞬間に口から何かを出して友人に飲ませているようだった。
呆けるようにして口を開けている友人は数秒で終わるのだが、口を閉じてなかなか開けない友人の前ではじっとそのタイミングを待ち
少しでも開いたと見るや口をすぼめて勢いよく液体のようなものを噴出していた。
道重は枕に口を痛くなるほど押し付けて、上目遣いで一部始終を見ていた。
隣の友人が黒い人に何かを飲まされているとき、その液体のようなものが赤黒いものだということがわかった。
そしてゆっくりと黒い人は動き出し、道重の前に来た。

上から舞い落ちる羽よりも遅く、黒い人の顔が降りてくる。
道重の顔の前で止まる。
枕に当てた口を真一文字に結び、静かに視線を上げて黒い人の顔を見た。
目の前が真っ暗になったような錯覚に陥ったが、よく見てみると鼻は無く、唇がないせいか口の境目がわからない。
目は、まん丸の黒目が輪郭をなぞるだけの為に存在しているような少ない白目に囲まれていた。
その瞳から純粋さや凶悪さなどの性質は一切感じられず、ただただ闇を映して真っ黒だった。
動かずジッと道重を見つめる黒い人。
道重は目を離すことができなかった。

しばらくの間、見つめ合っていた。
どの感情も間を取り持つことなく、ただ無心に見つめ合っていた。
友人達の笑い声が聞こえてきている辺り一人目の怪談話は終わったのだろう。
全く話を聞いていなかった道重だが悔しくもなかった。
それどころではない。ただ見つめ合っていた。

すると黒い人は道重を諦めたのか隣の友人に向かった。
道重は固まっていた。
黒い人の顔があった場所をずっと見つめていた。
19 名前:『嘘の怪談』 投稿日:2006/09/26(火) 23:35
その部屋にいる人間、道重以外の人間にそれをやり終わると黒い人は
出てきたときと同じ速度でクローゼットに帰っていった。
クローゼットの中に入り扉を閉める際、ずっと道重を見つめていた。
道重はそれに気付かず、気がついた時はクローゼットも元のように閉まっていた。

道重は心臓が押しつぶされるように縮まるような感覚を覚えた。
遅れてきた恐怖感が一気に押し寄せ、道重を飲み込む。
寒気を通り越し、全身が膠着すると汗が噴出してきた。
震えが止まらず、見えているもの全てが怖くなり、道重は枕に顔を埋めた。
しかし瞼を閉じた闇に映るのは先ほどの黒い人の顔。
人間の形はしていたがその目は明らかに人間のものではなく、今思えば憎悪ともとれるような
どず黒い感情を瞳に血走らせていたかもしれない。
すぐに目を開けその顔を払拭しようとするが、枕に顔を押し沈めていた為未だ闇の中。
だからといって顔を上げればクローゼットが目に入り、頭を擦りながらでものそのそと近づいてくる
黒い人を思い出して背中に氷柱が突き刺さる。
何をしても消えない恐怖感に包まれ、道重は静かに震えるしかできなかった。

更に追い討ちをかけたのは友人達だった。
誰一人として道重の異常に気付かず怪談話をしているのだが、二人目の怪談が終わり三人目が話し始めた直後、それは起こった。
黒い人が赤黒い液体を飲ませていった順に、友人達は目や鼻、口や耳からあの赤黒い液体を垂れ流し始めたのだ。
しかし誰もそれに気付いていない。
時間が経つにつれて流れ出てくる液体の量は増え、ついには水道を軽く捻るよりも太い滝が顎から流れ落ちていた。
終盤になると顔のほとんどを赤黒く染め、パリパリになったそれがボロボロ剥がれ落ちてくるような状態だった。
もはや友人を見ることさえできなくなり、道重は気を失ってしまえばそれほど楽かと思いながらただ時間が過ぎるのを待っていた。
怪談が終わると、何故か友人たちの顔から赤黒いものは一切消えていた。
20 名前:『嘘の怪談』 投稿日:2006/09/26(火) 23:35
話を終わります、と道重が言ってもバス車内から何の声を聞かれなかった。
誰もが唖然として話に魅了され、聞き入ってしまっていたからだった。

少ししてスタッフの一人が拍手を始めると、気を取り戻して人たちから次々と拍手が起こった。
涙を流す者、腰が砕けてしまった者、耳を塞ぐ者、震え上がっている者もいた。
拍手が最高潮に達した時道重は立ち上がって頭を下げた。

「さゆよかったよ」

吉澤が道重の太ももを叩きながら言うと、道重は照れた感じで笑った。
田中は耳を塞ぎ声を出しているためいまだに終わった事に気付いていない。

「でもさゆ本当にそんな体験したの?」

拍手が治まると同時に藤本が聞いた。
道重は藤本を見つめながら、本当です、と切実さを滲ませ言った。
藤本は方眉を上げて道重を怪訝に見つめた。

「それってさぁ、昨日話してくれればよかったじゃん」
「……いや、その……」
「なにそれぇ、まさか昨夜部屋戻って考えた話じゃないよね?」

道重の表情が変わった。
21 名前:『嘘の怪談』 投稿日:2006/09/26(火) 23:35
「あ〜そうなんだぁ」

藤本は更に囃し立てた。
吉澤は何かおかしいと感じ藤本をなだめるが、藤本はやめない。

「嘘なら嘘って言っちゃいなよ。嘘はよくないぞ嘘は」

藤本の強がりのような言葉に道重は顔を俯かせる。
触れてはいけないものに触れてしまったことに吉澤は気付いた。

「……スイマセンでした……嘘をつきました」

力なく道重は言った。
藤本がニンマリと笑うが、吉澤は笑えなかった。
得意気に藤本が言った。

「じゃあ全部作り話なんだ」
「いえ違います!」

道重の反論の勢いに藤本は怖気づいた。
吉澤は強烈な吐き気に襲われ、席に突っ伏す。
道重は再び覇気を落とすと、真実を吐露した。

「嘘だった部分は……小学校の修学旅行での出来事じゃなくて……」
22 名前:『嘘の怪談』 投稿日:2006/09/26(火) 23:35



「昨日の吉澤さんの部屋での出来事だったんです」


23 名前:『嘘の怪談』 投稿日:2006/09/26(火) 23:35
『嘘の怪談』 end
24 名前:メカ沢β 投稿日:2006/09/26(火) 23:40
嘘の怪談、以上です。
ちなみにこの間あった短編コンペ「かいだん」に出せなかった、というものではありません。

以前企画に「雄美葬紙」というものを書いたのですが、
それに比べればまだまだかわいい話ですね。
実際ストックの話の中でもかなりかわいいほうのお話です。
これで気分を悪くされた方(多分いないと思うけど)は今後の作品を読まないほうがいいと思います。
今回の作品であくびをかいた方はこれからにご期待ください。
25 名前:ななち 投稿日:2006/09/28(木) 00:58
ここが最新のメカ沢さんぽいので。
黒板の方は更新しないのですか?
ほかにもスレがあるようですが。
26 名前:『人口爆発進化論』 投稿日:2006/09/30(土) 17:49


『人口爆発進化論』

27 名前:『人口爆発進化論』 投稿日:2006/09/30(土) 17:50
「はぁいはいはい、なんでちゅか〜」

私は腕の中で泣く小春のくしゃくしゃになった顔を見ながら、できるだけにっこり笑って話しかけた。
電話の向こうでは友人のなっちが小春の泣き声を聞いてなにやら騒いでいる。

「かおりぃ、小春ちゃんは何で泣いてるんでちゅかぁ?」
「うーるーさーい! 私は赤ちゃんじゃないんだから」

肩と顎で支える携帯電話は今にも落ちそうなのだが、小春はそんなこともお構いなしに腕の中で暴れまわる。
結局携帯電話は床に落としてしまったけれどそのショックのせいで電源が落ちてしまいなっちとの通信が切れた。
ちょうどよかった。
そういえばオムツが少し大きくなった感じがする。

「オムツ換えましょ〜ね〜」

小春用のベッドに寝かせオムツを替える。
何度やってもこれだけは慣れない。
いや、他のことも完璧に出来ることはあまりないのだけれど。
お母さんに手伝ってもらおうかなと思ったが、なんだかんだいってお母さんも歳だし
こういうことならまだ私の方がやりやすいのかなと思う。
二世帯住宅に住んでるからすぐにでも手伝ってもらえるし、そんなに気を使う必要もないかなぁ。
でもやっぱりお母さんって我が子の育児をしながらその大変さを幸せと感じていたんだろうし、
それだけ手をかけられるからこそ愛していけるんだなぁと思う。
ただ母からしてみれば小春はやはり信じがたい存在なのだろう。

私は母が話してくれたあの話を思い返していた。
28 名前:『人口爆発進化論』 投稿日:2006/09/30(土) 17:50
ある日、太平洋の上空が眩く光った。
その光は徐々に地上に降りてきて、雲を抜け肉眼でも十分見ることが出来る状態になったときには
アメリカ軍が降下地点を予測して待機している状態だった。
空から降りてきたのは、光が輪郭を作り出し誰が見てもわかるというくらいその記号を満たした、神様だった。

「お前たちの願いを一つ、どんな願いでも叶えてやろう」

神はそう言ったのだそうだ。
それは世界の神なのだから、人間からしてみれば無理難題なことでもなんとかしてくれるだろう。
世界はそう考え、現状をふまえた将来最も深刻化が予想される問題を解決してもらうことにした。
様々な問題が取り上げられ、議論され、絞られていった。
時にはずされてしまった問題を支持していた人々が暴徒化し、紛争が起こった地域もあった。
それでも人類は議論に議論を重ねある一つの問題を解決してもらうことに決定した。
「人口爆発問題」を解決してほしい。

そして、人類は馬鹿ではなかった。

突発にしてあまりに都合の良過ぎる展開に人類は石橋を叩いて渡るようにことを進めていた。
神が願いを叶えた瞬間に人類が半分死んでしまっては元も子もないし、子どもが生まれなくなってしまえば
数は減っても増えることはないため結局絶滅してしまうことになる。
このような「願いを叶える為に起こりうる不幸、不都合」をできるだけ避けようと神に条件をつけることにしたのだった。

神が現れてから五年後、人間達が初めて結束し神に願いを託した。
神はその願いを聞き入れると両手を天高く上げ、何かを叫び、そして消えたのだった。
29 名前:『人口爆発進化論』 投稿日:2006/09/30(土) 17:50
直後に何の変化も起こらなかったことに人類は半信半疑にならざるを得なかった。
何も解決しなかったのではないかと思われ始めたとき、世界中である変化が起こっていた。

赤ん坊が成長しないのだ。

正確にいえば成長しないのではなく、大きくならないのだった。
歳をとり知能づいてくるのだが体が一切大きくならない。
体重に多少の増減はあっても身長が伸びることは泣く、赤ん坊体型のまま言葉を喋り、立ち歩き、ランドセルを背負った。
未曾有の事態に人類は困惑したがこれは神による解決法なのだと納得する論文が発表された。

体が小さいままなら食べるものの量を少なくて済み、住居も広い必要がない。
生活用品も生まれた時からサイズを変える必要がないためゴミも減る。
今までの人間のサイズに合わせて作られていたものは徐々に赤ん坊サイズの人間に合わせて作り変えられていった。
世界は神による進化を諸手を挙げて喜んだのだった。

しかし、とある問題にぶち当たった。
赤ん坊サイズの人間から生まれる赤ん坊は一体どうなるのだろうか?

流れる年月が答えを出したのだった。
30 名前:『人口爆発進化論』 投稿日:2006/09/30(土) 17:50
「かおり〜! かおりぃ! ちょっとぉ!」

二階から私を呼ぶ声が聞こえた。
私は二階に行くのが嫌だ。
母のサイズで作られた階段を上るのは一苦労なのだ。
一苦労なんてものではない。
どこぞの修行なのかと間違うほど私にとっては過酷なのだ。

「お母さんが来てよぅ!」
「あんたが来なさいよ!」
「いやだぁ!」
「ハイハイわかったわよ。今行くから」

母も忙しいのはわかるがこっちだって小春を見てなきゃならないし、階段を上りたくない。
小春はオムツを替えて安心したのかスヤスヤと眠っている。
少しして母が階段を下りてくる音がした。

「あたしだってねぇ、楽じゃないんだから」

母の独り言が廊下に響いた。
いわゆる赤ん坊サイズである母は壁に手をつきながら階段を降り切った。

「かおり〜どこ〜!」
「こっちこっちぃ!」

私は飛び跳ねて自分の存在を目一杯しめした。
31 名前:『人口爆発進化論』 投稿日:2006/09/30(土) 17:51
体の構造上拙い歩き方で母を現われた。
いたいた、と母は笑顔で歩いてきたが、その後ろには招かれざる客がいた。

「お母さん! ねずみ!」
「えっ?」

母が振り返ると同時に毛を逆立てらねずみが母の横を走り抜けた。
私に向かってくるそれは私より大きい。

「かおり!」
「キャアアアアーーーーー!!!!」

黒目を鈍く光らせ猪突猛進に突っ込んでくるねずみにすくんでしまい動けない。
元の人間のサイズでいえば軽トラックが突っ込んでくるようなものだ。
腰の抜けた私を突き飛ばしねずみは更に突進していく。
自分が助かったことに安堵してしまったのが、私の一生の後悔だ。

ねずみはマッチ箱ほどのベビーベッドをなぎ倒すと、泣き叫ぼうとする
まさにその瞬間の小春の頭をピーナッツを齧るように食べ始めたのだった。
32 名前:『人口爆発進化論』 投稿日:2006/09/30(土) 17:51
『人口爆発進化論』 end
33 名前:メカ沢β 投稿日:2006/09/30(土) 18:04
人口爆発進化論、以上です。
短いですね。
もっと短くすることもできるのですがそれじゃ短編じゃなくて
ショートショートになってしまうのでこの辺でやめました。
この話には別オチがあります。

赤ん坊サイズから成長しないことに愕然とする人類。
更にその赤ん坊サイズの人間が妊娠すると同じサイズにまで
胎児が成長してしまい結局母子ともに死んでしまうのだった。
つまりそれは人間という種がこれ以上存続していけないことを示していた。
そんな中で生まれた一人の女の子。
なんとその子は突然変異なのか元の人間のサイズにまで成長したのだった。
歓喜に沸く人間達。彼女を聖母として崇めようという動きまで出てきた。
そして彼女が妊娠。人類は元のサイズに戻りまた種を存続させていけると信じていた。
しかし彼女の孕んだ胎児は赤ん坊サイズをはるかに超え、結局彼女を同じ大きさにまで
成長しようとしたため彼女共々死んでしまったのだった。
人類は、死を決意した。

こんな感じです。
ちなみに元の人間サイズにまで成長した彼女の役は後藤か須藤にするつもりでした。
34 名前:メカ沢β 投稿日:2006/09/30(土) 18:05
>>25
レスありがとう。
黒板のほうは気が向いたらね。
他のはちょっとずつですが書いてますよ。
35 名前:名無し暮らし。。。 投稿日:2006/10/08(日) 01:41
面白いです
特に重さんが素敵です
素晴らしい作品ありがとうございます
次のも楽しみです
36 名前:『美食家』 投稿日:2006/10/15(日) 01:20



『美食家』


37 名前:『美食家』 投稿日:2006/10/15(日) 01:20
レースのカーテンは強風に設定されたクーラーのせいで絶え間なくなびかされながら、陽光を柔らかく受け止めている。
窓と面するようにして設置された机の上に上半身を突っ伏して、村田は色とりどりの本がビッシリと置かれている本棚をただ眺めていた。
彼女の後ろで大谷はベージュのカーディガンに身を包み、熱いコーヒーを飲んでいる。
細い体型のくせに部屋のクーラーは常に十八度に設定している村田の家に来るときは、夏でも何か羽織るものを一枚持って出かけているのだった。

「な〜んも書けないいいいぃぃいぃぃ」

大谷はその声だけで村田が何を催促しているのかがわかった。
いや、正確にいえばその声だけでなく、自身の腹の具合もあいまって。

「もうそろそろお昼ですから、どこか食べに行きましょうか?」
「よぉ〜し!」

村田は両手を机について力強く起き上がると上半身をイスの背もたれに押し付けるようにして伸びをした。
背中と首を曲げて後ろのいる大谷を見ながら、どぉこぉいぃくぅのぉ、と窮屈そうな声を絞り出して村田は聞く。
大谷は事前に予約しておいた店に電話をかけている。

「それでは今から行きますので、よろしくお願いいたします」

村田は立ち上がると腰に手を当て、ぎこちないフラダンスのように腰を回した。
腰の骨が鳴る音が二回聞こえた時、大谷が言った。

「今日はウナギです」
「松金?」
「はい」
「いいね〜あたし好き」

奇声を発しながら全身をうねらせウナギのモノマネをしてみせる村田を見て、大谷は溜め息を鼻から吐き出した。
38 名前:『美食家』 投稿日:2006/10/15(日) 01:21
ウナギ屋に着き、席に座って数分もしない内に重箱が運ばれてきた。
村田も大谷も目を輝かせ蓋を開ける。
店先から感じていた馥郁たる香りが二人の前で解き放たる。

「やっぱりウナギはいいねぇ」
「ウナギもいいですけど先生、早く原稿あげて下さいよ」
「いっただっきまーす!」

大谷の言葉も無視して割り箸をわり、両手を合わせて村田はウナギに手をつけた。
こんなことはしょっちゅうあるので大谷はもう慣れてしまっている。

「もうそろそろさぁ、新しい取材したいんだけど」
「まだ今の作品書き切ってないじゃないですかぁ」
「だってぇ……」

ウナギのタレで美味しそうに染められた唇を尖らせ、村田は大谷を軽く睨んだ。
そう言わないでくださいよ、と大谷は言いながら視線を避けるために重箱を持ってご飯を多めにかきこむ。

「パソコン使わせてくれたらさぁ、いくらだって書くって言ってるのに〜」
「ダメです。たしかに手書きよりも作業は早いかもしれないですけど、先生パソコンあるとすぐ遊びだすじゃないですか」
「遊んでるんじゃないの!」
「じゃあなんなんですか?」

既に何度もやりあっている議論に結末は見えているので、村田は重箱を持って食べ始めた。
勝者である大谷は村田の重箱の裏を見ながら得意げに水を飲んだ。
39 名前:『美食家』 投稿日:2006/10/15(日) 01:21
「もう遊ばないから、ね?」
「何回目ですかそれ」
「ん〜十……二回目ぐらい?」
「そういうことじゃないんです」

二人は食べる手を置いた。
村田はメガネを上げ、大谷はおしぼりで口元を拭く。
店のどこからも見られるように備えられたテレビからは白々しい演技をする子どもの声が聞こえている。

「先生が今の作品を書き終わったら取材に行きましょう」
「えー……そうだ! 今書いてるやつの店の味忘れたから今度また――」
「今書いてるのは話の終盤だから店は関係ない部分です!」

数人の客が大谷を見たが、大谷は気にしていない。

「グルメ小説作家なんですから忘れた忘れたなんて言って何回も行くほうが恥ずかしいんですよ?」
「いいじゃん美味しいんだから」
「そういう問題じゃないんですって」

村田は自分でキレイに折り畳んだおしぼりを手にとり、何の形にすることもなくいじっている。
こういう時の村田は行ったことのない店に行くという予定ができるまでなかなか折れないことを大谷は知っている。

「手で書いてたらだって手ぇ疲れるんだもんなぁ」
「それは職業病ですから仕方ないでしょう」
「最近仕事中に痺れてきたりするんだよだって」
「ハイハイそれじゃあ小料理屋行くより先に病院行きましょうね」

村田の手の動きが一段を速くなった。
もうウナギを大谷より早く食べる以外で何となく勝てるものがないような気がしたからだ。
40 名前:『美食家』 投稿日:2006/10/15(日) 01:21
その後二人は一言も会話をせずウナギを食べ終えて店を出た。
照りつける太陽とムシムシした熱気の中村田は歩いて帰ることを提案した。
行きはタクシーを使ったものの歩いて帰ることができない距離ではないため、大谷は了承し並んで歩いた。

「そういえば先生、編集長がこの間できた新しい店に行ったらしいんですよ」

歩いて帰ることを提案したくせに一言も喋らない村田に業を煮やし、大谷が言った。
大谷は村田に弱い。
ダメだとはわかっていても相手のペースに乗せられてしまうというか、何故かこちらが折れなければ
この人はずっと仕事してくれないのではないかという不安に駆られてしまう。
そのせいで結局いつも大谷が折れるわけだが、折れなかったからといって村田が仕事をしなくなるのかはわからなかった。
何故なら、大谷が折れなかったことがないからだ。

「で、その店が今までにない新しいものを出す店らしいんですよ」
「へぇーなにそれ? 何食べさせてくれるの?」
「いや、それが、編集長教えてくれなくて……」

でもすごい良かったらしいんですよ、と大谷が付け加えると村田は、ふーん、と素っ気無く返してきた。
もう勝ちは見えているからなのか、村田のちょっと余裕な態度に大谷は腹が立ったがこれもいつものことだった。

「先生、行ってみません?」
「……いいの?」
「はい」

村田は満面の笑顔で大谷に抱きついた。
これもいつものことだが、ちょっとだけウナギが胃から上ってきたのは村田の抱きつきがいつもより強かったせい。
41 名前:『美食家』 投稿日:2006/10/15(日) 01:21
「なんでもその店、わんこ形式らしいですよ」
「わんこってわんこそばのわんこ?」
「そうです」

木洩れ日が殺風景なアスファルトに模様を描き、温かい風が二人の間を駆け抜けていく。
大谷の返事に村田は何がわんこ形式で出てくるのか想像していた。
わんこといえばソバだがそんな安直なものではないだろうし、うどんか、ラーメン。
パスタ、冷麦、そうめん、糸こんにゃく。
村田の頭を過ぎるのは全て麺類。しかも最後は麺ですらない。
そんな村田の顔を見ていると段々ニヤけ方が激しくなってきたので、大谷は村田がとんでもない妄想の沼に
落ちる前に現実に呼び戻すことにした。

「でも蕎麦じゃないらしいんですよ」
「じゃあゴーカート?」
「……はぁ?」

既に沼にダイブしていた村田。
よくあることとはいえ食べ物ですらなかった村田の答えにさすがの大谷もかえす言葉がなかった。
この沼に引き込まれてはいけない。
しかし大谷は今まで一回もその沼を見つけることさえできていなかった。
後ろから一台の自転車が颯爽と二人の横を通り過ぎていく。
村田はまだ妄想の沼の中で遊んでいた。
42 名前:『美食家』 投稿日:2006/10/15(日) 01:21
「日程いつがいいですか?」

大谷の言葉も風のように流し妄想にふける村田だが、大谷は三回大きな声で同様の質問をすることで何とか現実に引き戻すことができた。
ん〜とねぇ、と唇に指を当てて村田は宙に視線を放った。
今度は妄想の湖にでも行くのかとやや諦観染みたものが芽生えた大谷だったが、返答は意外に早かった。

「あさって」
「明後日……ですか?」
「うん。だから明日までに何とか原稿仕上げるわ」
「ホントですか!」
「いや、わかんないけど……」

相変わらずのマイペース振りを見せる村田だが、ここまでこぎつければキッチリ仕事はしてくれることを知っている大谷は
やはりあの時点で折れたのが正解だったのだなと心の中で自分を褒めた。
村田はブツブツと明後日にしようか明々後日にしようか悩んでいるが大谷には聞こえていない。
スケジュール帳をバッグから出しながら、大谷は思い出したように言った。

「あっ、でも私明後日は一緒に行けないですからね」
「なんで?」
「別に仕事が入ってるんです」
「ふーん。ならいいよ明後日で」

どういう意味なのかは考えずに、大谷は村田のスケジュールに取材の文字を書き込んだ。
43 名前:メカ沢β 投稿日:2006/10/15(日) 01:23
美食家、前編終了です。
後編の方がとても長いので比率があってません。
でもまぁこんな感じでしょう。
44 名前:メカ沢β 投稿日:2006/10/15(日) 01:24
>>35
レスありがとう。
道重さんはホラーでは扱いやすいですね。
今後もよろしくお願いします。
45 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/11/24(金) 02:14
とても面白いです、がんばってください
ところで企画で書かれてた「雄美葬紙」とは何の企画の作品でしょうか?
そちらも興味があるのでよければ教えてください
46 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/03(土) 12:55
ずっと待っとうよ
47 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/04(日) 00:21
うん、おいらも待っとるけど作者さん病気じゃないとー?
48 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/04/14(土) 19:35
待ちます。

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