機械人形の世界は輝く。

1 名前:ヒカルヒト。 投稿日:2006/10/29(日) 16:11
 長編にトライしてみます。
 昔懐かしの小説を書ければいいなと思っております。
2 名前:   投稿日:2006/10/29(日) 16:13
ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。

ロボットは人間にあたえられた命令に服従しなければならない。ただし、あたえられた命令が、第一条に反する場合は、この限りでない。

ロボットは、前掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、自己をまもらなければならない。

ロボットは人間に対して注意と愛情を向けるが、ときに反抗的な態度をとる事も許される。



 アシモフのロボット工学三原則に一原則加えた「ロボット四原則」により、人々はより「人」に近い「ドール」と呼ばれるロボットを作った。
「ドール」はまたたくまに世界に普及し、そして人々の生活の一部となった。
 人間と同じような身体、頭脳、そして感情を持った「ドール」は、人々と同じように生活を送っている。
 

 これから語るのは、そんな世界。


3 名前:Vol.1太陽を見つけた機械人形。 投稿日:2006/10/29(日) 16:15
 矢口真里は、震える手でその小さな手帳を開いた。
 その目は真剣であり、その小さな手帳以外、何も目に入っていない。
 少しずつその目で手帳に記されている文字を追っていく。
 ごくり。喉が動いた。
 そして、目的の物を見つけたとき、矢口はそれを二回ほど見直した。
 それから小さく溜息。
 そこには先ほどの真剣さは微塵もなく、小さな失望の色が伺われた。

「まぁーたあかんかったん」

 明るい関西弁に、矢口はきっとそちらを睨んで、言った。

「裕ちゃん、給料安すぎない? 実はちゃんと払ってないでしょう」

 持っていた手帳――つまり預金通帳を矢口は鞄にしまいながら裕ちゃんと呼ばれた女性、中澤裕子に八つ当たりをする。
4 名前:Vol.1太陽を見つけた機械人形。 投稿日:2006/10/29(日) 16:16
「アホ。そんなん、あんたが毎月ちゃんと確認しとるやろ」

 中澤は呆れたように矢口にそう言うと、にやにやと笑った。

「だから、裕ちゃんが買うたるいうとるやん。矢口が裕ちゃんと付き合ってくれたら」
「やだー。おいら体で欲しいもの手に入れる趣味ないもん」
「だけどなあ。単なるバイトで買えるもんでもないやろ。あんた、ただでさえ生活苦しいし」

 中澤の言葉に、うっとつまる矢口。

「分かってるよぉ。それでもおいらには必要なんだよ。せっかく「エージェント」で働けるようになったのに」

 その言葉に、中澤は眉をひそめた。それから首にかかっている青いペンダントを触りながら、少しばかり低い声で諭すように言う。

「あのなあ、あんた、いつもいってるけど危ないからやめとき。いつ何時、命落とすか分からん職業や。エージェントなんてろくなモンやあらへんで」
「そんな事ないよ!」
5 名前:Vol.1太陽を見つけた機械人形。 投稿日:2006/10/29(日) 16:17
<エージェント>

 合格率わずか三パーセントという難関の国家試験を合格したものだけが、そのライセンスを手に入れる事が出来る。
 矢口は三ヶ月前にその国家試験に合格し、「エージェント」のライセンスを手に入れた。
 しかし、彼女には唯一つ、そこで働く上でとんでもない問題があった。
「エージェント」の仕事をするにあたっての、唯一の必須条件。
 それは、相棒となるべき「ドール」をつれていること。


 矢口は、つれていなかった。


 エージェントの仕事に何故、「ドール」が必要なのか。理由は至って簡単だった。
 仕事が「ドール」がらみなのだ。
 エージェントは感情システムという「ロボット四原則」がインプットされたシステムを持たない暴走「ドール」を破壊、あるいは捕獲する。

「感情システム」がない「ドール」は人を襲う可能性を持つからだ。

 そのような「ドール」を捕獲、あるいは破壊するのがエージェントの仕事。
 その上で、補佐をするのがエージェントのつれている「ドール」になる。
 人間では敵わない力、運動能力、頭脳、それらと互角に渡り合えるように。
6 名前:Vol.1太陽を見つけた機械人形。 投稿日:2006/10/29(日) 16:18
 矢口は「エージェント」に憧れて上京してきた。勉強だって訓練だって厳しくて辛かったけど、とにかくこなしてそうしてようやく受かった。

 ところがとったはとったで良かったのだが、「ドール」がないと仕事が出来ないといわれた。
 田舎から出てきた矢口が、「ドール」なんてもの持っているわけも無く。
 さらに親と早くに死に別れた矢口は、貯金、なんてものもなかった。

 そして現在、バイトをしながら「ドール」を買うための金を貯めている。

「エージェントは、みんなのための正義の味方なんだから!」
「そうかなぁ。まぁ、何にしても今のまんまじゃドールは手に入れらへんで」
「うっ。わかってるよ!」

 ぷいっとそっぽを向くと、矢口は鞄を手に取り、喫茶「ブルーハウス」の扉へ向かう。
 金髪がさらさらとこちらを向いた。振り返っている。

「んじゃ、また土曜日!」

 と、中澤に大きく手を振る。それに苦笑した中澤は、それでも手を振り返した。

「元気やなあ」

 もう一度、中澤が微笑ましそうな、それでいて苦笑しているような笑顔を浮かべた。
7 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/30(月) 00:42
面白そう。期待!
8 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/30(月) 02:07
やぐちゅう?超期待しちゃいますっっ!
9 名前:Other View 投稿日:2006/11/01(水) 02:56
 拳銃を抜いて、感覚で瞬時に的を定める。撃った。
 小さな舌打ちが聞こえ、どうやら当たったらしい。
 威嚇に二発、さらに銃をの引き金を引く。
 そして走り出す。

 残りの銃弾は後、二発。
10 名前:Other View 投稿日:2006/11/01(水) 02:57

 どんっという衝撃を右腕に一発、左足に二発感じた。

 舌打ちをして、撃たれた事を知る。
 そして、胸にまた一つ衝撃。




 右腕の機能はすでに停止している。
 左足は何とか動く。
11 名前:Other View End 投稿日:2006/11/01(水) 02:57


 右足一本に大きく力を込めて、跳躍した。




 空中で、最後の弾丸、二発を撃った。




Other View end
12 名前:Vol.1太陽を見つけた機械人形。 投稿日:2006/11/01(水) 02:59
「うー。バイト増やそうかなー」

 矢口は通帳に記された金額を思い出し、溜息をついた。
 今現在でも、かなり切り詰めて生活をし、バイトも三つ。
 かなり無理をしている状態だ。休みもない。

「はぁー。何でこんな苦しいのかな。エージェントになれたのに」

 エージェントは一応国家公務員だが、SS、S、A、B、C、D、Eとランクわけされている。
 そのランクに値する依頼を受けることで報酬がもらえるという仕組みだ。
 しかし、矢口はいまだそのランクをもらえていない。ただ、エージェントと言う資格を持っているだけだった。
 エージェントは、依頼をこなせばこなすほど報酬がもらえる仕事なので、本来ならかなり稼げる職業なのだ。

 ドールがいれば。


「ちぇっ。ドールがいなくたって、一人でやってけるっつーの!」

 それは嘘だが、強がりをはかないとやっていけない。
 矢口は足元にあった石を蹴ると、明日のバイトを思い出した。

「明日は、スクラップ工場かあ」
13 名前:Vol.1太陽を見つけた機械人形。 投稿日:2006/11/01(水) 03:00





 矢口のバイト先の一つ、スクラップ工場は毎日毎日破棄されたドールの解体作業をやっている所だった。
 ドールを解体し、まだ使えそうな部品を再びドール工場へ送る。

「ま、リサイクルってヤツだよね」

 矢口はそのリサイクルできる部品が入った箱を抱えながら工場長の方へ向かった。

 身体の小さい矢口は少々よたつきながら、それを机の上に置く。

「はい、午前中の分はこれでオワリです」
「ああ、ご苦労さん。お昼、食べにいっていいよ」

 にこにこと温和な笑みを浮かべた初老の工場長はそう言った。
14 名前:Vol.1太陽を見つけた機械人形。 投稿日:2006/11/01(水) 03:00

「やぐっちゃーん。お昼食べに行こうぜー」

 同僚の男性たちが声をかけてくる。矢口はそれにおーうと元気よく返した。
 矢口の事情を知り、尚且つこんな所で働く女は矢口だけなので、かなり可愛がってもらっている。
 職場の唯一の花、というところだった。

「工場長は行かないんですか?」
「私はこの書類をまとめたら行くよ」

 笑顔を崩さずにそう言うと、ひらひらと書類を振ってみせる工場長。
 矢口はそれじゃお先に失礼しますと、同僚たちが待っている方へ走った。


15 名前:Vol.1太陽を見つけた機械人形。 投稿日:2006/11/01(水) 03:01




「なぁなぁ、やぐっちゃん、ラボの噂聞いた?」

 同僚の一人が定食を食べながら、聞いてきた。

「ラボの噂?」

 首をかしげると、その同僚がうんうんと頷いた。

「なんかさ、研究中のドールが脱走したとかで、今大騒ぎらしいよ」
「へー。どんなドールなの?」
「噂だからね、よくわからないけど。でも、気をつけたほうがいいよ。
 危ないとかって噂だから。感情システムの改造とかなんとかされてたって」
「そうだな、やぐっちゃん、一人暮らしだろ? 戸締り気をつけな」
「うん」
 別の同僚の言葉に、矢口は素直に頷いた。

 しかし、そんな事、一週間たてば忙しい矢口の頭には残っていなかった。
16 名前:ヒカルヒト。 投稿日:2006/11/01(水) 03:03
>>7
 ありがとうございます。できるだけ頑張ります。

>>8
 すみません、やぐちゅうっぽいんですが、違っちゃいます。
17 名前:Other View 投稿日:2006/11/05(日) 23:54
 目覚めると、ゴミの山に埋もれていた。
 身体はボロボロで、あたしは壊れた玩具だった。

「……」

 何かを言おうとしてあたしは口を開いた。
 けれど、何も言葉が出てこなかった。
 起き上がるのも辛くて、灰色の空をひたすら見ていた。

 そして気付く。


 何も残っていない。全て失ってしまった事に。
18 名前:Other View 投稿日:2006/11/05(日) 23:55


 ――まるで記憶回路そのものが、そげ落ちてしまったかのように、あたしの記憶は無かった。

19 名前:Other View End 投稿日:2006/11/05(日) 23:56


 あたしはそれを何故か受け入れながらただぼんやりと。



 灰色の空の向こうに、太陽を探していた。



 Other View End
20 名前:Vol.1太陽を見つけた機械人形。 投稿日:2006/11/10(金) 05:56



 その日は生憎雨だった。
 矢口はもそもそベッドからおきだすと、うーんと伸びをした。
 今日は土曜日。ブルーハウスでバイトの日だ。

 矢口は月曜日から金曜日の五時までをスクラップ工場で働き、五時以降は小さな酒屋で十一時ごろまで働いている。
 そして土曜日日曜日は一日、中澤のブルーハウスで働いているのだ。

 ここまで働けば貯まりそうな物だが、それでも矢張り、バイトという事もあって、中々たまらない。

 矢口は大学に入らずに、高校卒業なので、この不景気なご時世さらにドールが普及した世の中では、正社員として雇ってもらえる所がないのだ。
21 名前:Vol.1太陽を見つけた機械人形。 投稿日:2006/11/10(金) 05:57


「あー、ねむ」

 ふぁっと欠伸をして、矢口は服を着替えだした。
 窓の外を見て、雨が降っているのを確認すると嫌そうに眉をひそめる。


 雨は、嫌いだった。



22 名前:Vol.1太陽を見つけた機械人形。 投稿日:2006/11/10(金) 05:57
 店のドアが開き、客が入ってくることを知らせるベルが鳴った。
 矢口はそれに笑顔で振り向き、

「いらっしゃいま――なんだ、圭ちゃんか」
「あんた、お客にそんな態度でいいの?」

 店に入ってきた古くからの友人、保田圭は矢口のそんな態度に呆れる。

「何しに来たの?」

 保田の座るテーブルに水とメニューを運びながら矢口は聞いた。
23 名前:Vol.1太陽を見つけた機械人形。 投稿日:2006/11/10(金) 05:57

「何しにって、あんたの様子を見に来たんでしょ。お金、貯まったの?」

 保田は週に一度の割合で矢口の様子を見にきてくれる。
 そして矢口はそれに、いつものように返事をした。

「まだ……」
「そんな事だろうと思ったけど」
「うるさいなー。ちゃんと働いてるんだから! 来年までには貯まるよ!」
「来年とか、遅すぎだっつーの」
「うっ」

 痛いところをつかれ、矢口は口ごもる。

「まあ、何にしても頑張りなよ。待ってるから」
「わかってるよー……。って、あれ。圭ちゃん、梨華ちゃんは?」
24 名前:Vol.1太陽を見つけた機械人形。 投稿日:2006/11/10(金) 05:58
 保田のドールがいない事に気付いた矢口は首を傾げた。
 それに保田は当たり前のように、

「仕事」
「……圭ちゃん、梨華ちゃんに仕事押し付けるのやめなよ」
「だって石川がついてくるとうるさいから」

 鬱陶しそうにそういう保田はドール開発に関わる研究者だ。
 まだ下っ端だが、その才能が認められ、若くして研究者に抜擢された。
25 名前:Vol.1太陽を見つけた機械人形。 投稿日:2006/11/10(金) 05:58

 そして、その相棒が石川梨華という、いろんな意味で凄いとしかいいようのないドールだった。
 とにかくピンク。彼女を形容するにはまずピンク。
 それぐらい、ピンクの好きなドール。
 一度、保田の部屋を全色ピンクに勝手に変え、かなり怒られた事があるそうだ。

 もっとも、根は真面目なので丁重さが必要な保田の仕事の役には立っているようだった。

「ちぇー。おいらも早くドールが欲しいよ」
「自分で買うって決めたんだから、最後まで頑張りな」

 保田に微笑まれ、矢口は分かってるよーと唇を尖らせた。
26 名前:Vol.1太陽を見つけた機械人形。 投稿日:2006/11/12(日) 20:31






「気ぃつけて帰り」
「うん。じゃあね、裕ちゃん」

 矢口は中澤に別れを告げると、ブルーハウスを後にした。
 雨は未だ降り続いており、矢口は傘を差しながら帰路につく。

 矢口の住んでいるところは駅から歩いて三十分という、かなり不便な所にある、古い木造のアパートだった。

 節約のため、月二万円という破格の安さのアパートを借りた矢口。
 風呂なし、トイレ共同。年頃の女の子が住む所ではない所だが、それでもエージェントになるために、と我慢した。

 最初は不安だったが、住めば都、慣れればOKというやつか、一年がたち、ようやくこの生活にも慣れてきた。
27 名前:Vol.1太陽を見つけた機械人形。 投稿日:2006/11/12(日) 20:32

 唯一つだけ、未だ不安なのは駅からの帰り道。
 電灯がぽつぽつとあるだけで、かなり暗いのだ。
 お化け大嫌いな矢口にとってはこれだけは悩みの種である。

 いつも怯えながらその道を歩くのだった。
28 名前:Vol.1太陽を見つけた機械人形。 投稿日:2006/11/12(日) 20:32

「今日のご飯、何食べよう」

 雨が降っているため、いつも以上に暗い道を、矢口は恐怖を紛らわせようと考えている事を口に出しながら早足で歩いていく。

「カレーは一昨日食べちゃったし。なんか残ってたかなあ」

 そう矢口が呟いた時だった。
 矢口のすぐ右隣でどさりという音がした。
 飛び上がる矢口。慌ててそちらを確認する。
29 名前:Vol.1太陽を見つけた機械人形。 投稿日:2006/11/12(日) 20:32
「な、なに……?」

 涙目になりながら音の元凶を確認しようと一歩近づいた。
 そこでようやく人のようなシルエットを確認できる。
 ぐったりとして倒れているらしい。

 矢口はそれを見ると慌ててその人に駆け寄った。
 もしかしたら誰かが具合が悪くて倒れているのかと思ったからだ。

「だ、大丈夫ですか?!」
「……?」

 人が、頭を動かした。
 ジジ、となにか音がした。矢口はそれを不審に思う。
30 名前:Vol.1太陽を見つけた機械人形。 投稿日:2006/11/12(日) 20:33

「あの、どこか具合でも……」

 そこまでいって、矢口は口を閉ざした。
 雨にぬれたその人はさらに頭を動かし、矢口の方へと目を向ける。
 矢口はそれに息を呑む。


 そこにいたのは人ではなかった。


 半壊した、ドールだった。



31 名前:Other View 投稿日:2006/11/12(日) 20:33

「だ、大丈夫ですか!?」

 声をかけられた。
 半壊した身体でなんとかここまで歩いてきたが、どうやら機能がほとんど停止したらしい。力が入らない。

 それでも何とか頭を動かして、声の主を探す。
 そして見つけた。
32 名前:Other View End 投稿日:2006/11/12(日) 20:34

 目に入ってきたのは、まぶしい光。

 あたしはそれを、太陽だと思った。
 雨の冷たさを感じながら、温かい光を受けて、あたしは笑った。


 あたしはようやく、太陽を見つけられたのだと思った。



Other View End


33 名前:Vol.1太陽を見つけた機械人形。 投稿日:2006/11/12(日) 20:35



「ああ……」

 声が上がった。
 矢口のものではない。矢口より、もっと低い声。

 矢口はそれが目の前にいるドールのものだと気付いた。

 それは、眩しそうに目を細め、矢口を見上げていた。

「あの……大丈夫?」
34 名前:Vol.1太陽を見つけた機械人形。 投稿日:2006/11/12(日) 20:35

 矢口はおずおずと声をかけると、ドールは口を開いた。
 しかし、そこからは何も発せられず。

 じじ、と音が鳴った。見ると右腕から火花がちっている。

 ドールは虚ろな瞳で矢口を見ていた。その顔はオイルだらけでまともにみれない。
 だが、その口元は、かすかだけれど、笑っているようにも見えた。

「えと……ちょっと待ってて!」

 矢口は慌てて携帯電話を取り出すと、震える手でメモリを呼び出した。

 かける相手は――保田だ。
35 名前:Vol.1太陽を見つけた機械人形。 投稿日:2006/11/12(日) 20:36




「――酷いわね」

 苦々しげに保田が呟く。ドールの姿を一瞥して、保田は決めたように言った。

「あたしの研究所に運んだ方がいいわ。矢口、ちょっとケータイ貸して」
「う、うん」

 保田は雨が降っている夜にもかかわらず、すぐにバイクで駆けつけてくれた。
 保田が来る間、矢口はどうしていいのかわからずに、ドールの傍から離れることなく、左手をずっと握っていてやった。

 少なくとも、これで心細さがなくなればいいと、そんな感情があるかどうか分からないロボット相手にそう思ってしまった。
36 名前:Vol.1太陽を見つけた機械人形。 投稿日:2006/11/12(日) 20:39
「あ、石川? 悪いけど車持ってきてくれない? いい? ちゃんと安全運転で来るのよ? どっかにぶつけたりしたら容赦しないからね」

 電話口でなにやら石川が言っているのが聞こえてきた。
 おそらくそんな事はしない、とでも反論しているのだろう。
 保田はそれに耳を貸すことなく切ると、言った。

「すぐに来るから。それにしても、酷いわ。捨てられたのかしら」

 保田はそういうが、心の中では別のことを思っているはずだ。
 矢口もそうだった。

 ただ捨てられるのなら、こんなことはされない。

 二人は気付いていた。彼女の右腕、そうして左足にある銃弾の痕に。
37 名前:Vol.1太陽を見つけた機械人形。 投稿日:2006/11/12(日) 20:39
Vol.1太陽を見つけた機械人形。EnD
38 名前:ナナ氏 投稿日:2006/11/14(火) 09:48
もしかして吉矢…!?だったら嬉しいなぁ♪
確かに前の飼育の長編物を思い出させる内容ですね。
今後の展開を楽しみに待ってます!
39 名前:Vol.2 ピンクを運転する機械人形。 投稿日:2006/11/19(日) 06:29


「保田さーん」
「あいつ……」

 雨の夜でも目立つピンク色の車がふらふらと危なっかしくこちらに向かってきた。
 甲高い、アニメ声と共に。

 保田はこめかみを押さえると、頭を振った。

「相変わらず、すごいねー……」

 矢口はピンク色の車とその運転手を見た。
40 名前:Vol.2 ピンクを運転する機械人形。 投稿日:2006/11/19(日) 06:29

 ピンク色の車は、正真正銘、似合わないが保田ものだ。
 以前部屋をピンクした時、怒られた石川がどん底まで落ち込んでしまい、仕方なく車だけはピンクにしてもいいと保田が許したのだった。

「保田さん、ぶつけませんでしたよ!」

 誇らしげに笑う、可憐な美少女ドール。石川梨華。

「……わかったわよ。よくやった」

 適当に石川を誉めると、保田が半壊しているドールを石川に示した。
 石川はそれに初めて気付き、小さな悲鳴を上げた。
41 名前:Vol.2 ピンクを運転する機械人形。 投稿日:2006/11/19(日) 06:30

「保田さん、その人」
「見ての通りよ。修理するから、研究所まで運ぶの」

 保田の言葉に、石川は頷いてドールを持ち上げる。
 矢口は車のドアを開けると、保田に聞いた。

「ついていってもいい?」
「当たり前でしょ」

 苦笑した保田は、ドールを車の後部席に入れると、運転席の方へ歩く。
42 名前:Vol.2 ピンクを運転する機械人形。 投稿日:2006/11/19(日) 06:31

「あ、保田さん、あたしが運転します! バイク放っておくわけにもいかないでしょ?」
「……」

 何かいいたそうに口を開いた保田だったが、それでも何も言わずに自分が乗ってきたバイクの方へ向かった。
 矢口はドールと同じ後部席に座り、心配そうにドールを見た。
 意識はあるのか、時折頭が動く。

 石川が運転席につくと、保田は窓の外から彼女をじろりと睨んだ。

「怪我人がいるんだから、安全運転よ」
「わかってますって。大丈夫ですよ。さっきもぶつけなかったんですから」
43 名前:Vol.2 ピンクを運転する機械人形。 投稿日:2006/11/19(日) 06:31
 石川は自信満々に頷くと、車のサイドブレーキを外し、アクセルを踏んだ。

 急発進する車。
 後ろへ。


 どんっと鈍い音がし、電信柱にぶつかった。


「……」
「……」

 しばらく沈黙。

「石川ぁー!!」

 保田の怒号が、辺りに響き渡った。
44 名前:Vol.2 ピンクを運転する機械人形。 投稿日:2006/11/19(日) 06:32





「――おかしいわね」

 保田の言葉に矢口は不思議そうな顔をした。

「なにが?」
「製造番号がないのよ、あのドール」
「?」

 スクラップ工場で働いているとはいえ、ドールを持ったことの無い矢口は意味が良く分からない。
 保田はそれに簡単に説明してくれた。
45 名前:Vol.2 ピンクを運転する機械人形。 投稿日:2006/11/19(日) 06:33

「ドールってほら、国家公認の会社が作ってるとはいえ、いわば商品でしょ? 製造番号ってもんが必ず刻印されてんのよ。大抵、足の裏なんだけど、あのドールにはどこにもそれがないの。つまり、あれは商品じゃない、どっか裏で制作されたドールかもしれないわ」
「――つまり、違法ドールってこと?」

 低くなった矢口の声に保田はしまったと思った。
 彼女は違法ドールを憎んでいる。
 幼少時、矢口は、違法ドールに親を殺されからだ。

 ドールの製造を許されている会社は一つしかない。
 それは行き過ぎた商品争いを避けるためのものだ。

 しかし、未だ高値のドールに、裏社会には違法にドールを作る者がいる。
 そしてそれは大抵未完成の暴走ドールとなる。なぜなら、彼らには「感情システム」が作れないからだ。
「感情システム」の作成法は機密事項であり、ごく一部の人間にしか知られていない。
46 名前:Vol.2 ピンクを運転する機械人形。 投稿日:2006/11/19(日) 06:34

「ただね」

 慌てた保田が付け加えるように言った。

「感情システムは、本物なのよ」

 ドールは「感情システム」があってこそ、ドールなのである。
 ドールを違法制作しようとするものは、「感情システム」を真似して作ろうとする。だが、「感情システム」を真似して作られたドールは、きちんとシステムが働かず、必ず暴走するのだ。つまり、本物の「感情システム」でないと、ドールはできない。

「それって、どういう事?」
「――分からないわ」
47 名前:Vol.2 ピンクを運転する機械人形。 投稿日:2006/11/19(日) 06:34

 製造番号の無い、本物のドール。

 これが何を意味するか、二人には見当もつかなかった。

「保田さん、終わりました」

 石川がドールの修理が終わった事を告げに来た。保田がご苦労さん、と声をかけ、矢口を手招いた。

 ドアを開けた所で、そのドールはぼんやりと先ほどまで寝ていたであろうベッドに座っていた。

「どこかおかしいところはない?」
48 名前:Vol.2 ピンクを運転する機械人形。 投稿日:2006/11/19(日) 06:34

 保田の声に、少女ドールはこちらに顔を向けた。
 矢口はその少女ドールの顔を見て、思わず見惚れた。

 さきほどまでオイルで汚れていた顔は、綺麗に修復されていた。
 目鼻立ちがはっきりしていて、子犬のような純粋そうに透き通った大きな瞳。
 髪は明るい茶髪で、それが白い肌によく似合っていた。

「あ……はい」
「そう。良かった」

 ドールの返事に、保田は頷いて呆けている矢口を訝しげに見た。
49 名前:Vol.2 ピンクを運転する機械人形。 投稿日:2006/11/19(日) 06:35

「どうしたの?」
「え、あ、いや、なんでもない」

 首を振る矢口に、保田は多少不思議そうな顔をした後、ドールに質問をぶつけた。

「率直に聞くわ。どこからきて、貴方は一体何者なの?」

 直球の質問に、ドールは面食らったように目を丸くした。
 それから視線を少し泳がせると、
50 名前:Vol.2 ピンクを運転する機械人形。 投稿日:2006/11/19(日) 06:35

「あの」
「ん?」
「……わからないんです」
「え?」

 今度は保田が目を丸くした。

「なんにも……思い出せないんです」


 ドールの記憶喪失なんて、聞いたことが無いと保田が嘆いた。
51 名前:Vol.2 ピンクを運転する機械人形。 投稿日:2006/11/19(日) 06:37
>>38 ナナ氏
 コメントありがとうございます。
 あたりです。
 設定にあやふやさや曖昧さがありますが、よろしくお願いします。
52 名前:Vol.2 ピンクを運転する機械人形。 投稿日:2006/11/21(火) 03:35

「明日、洋服買ってきてあげるね。おいらのじゃ、ちょっと合いそうにもないし」
「すみません……」

 矢口より二十センチほど高いドールは体を小さくして、部屋の隅に座っていた。
 それに矢口は苦笑して手招きする。

「こっちにいても大丈夫だよ。ごめんね、狭い部屋で。色々わけがあってさ」
「いえ……すみません、こちらこそ。なんか、迷惑ばかりで」
「んーん。吉澤さんの記憶が戻るまでは仕方ないよ」

 吉澤、というのはこのドールの名前だった。


 何故、この吉澤が矢口の家にやって来たのかといえば、時は一時間ほど前に遡る。
53 名前:Vol.2 ピンクを運転する機械人形。 投稿日:2006/11/21(火) 03:36
「分からないって……なんにも?」

 記憶喪失に嘆いていた保田はドールに詰め寄った。ドールは迫力ある保田から体を少し遠ざけて、

「はい、なんにも」
「えっと……じゃあ、記憶があるのはどこら辺から?」

 矢口の言葉に、ドールは少しだけ考えて、

「なんか……目が覚めたら、ゴミの山に埋もれてて、身体の機能があちこち停止してたんですけど、このままいたらスクラップにされると思ってそこから移動してきたんです。それで、あそこで力尽きちゃって」
「捨てられた……のかしら」

 呻くように保田が言った。製造番号が無い。しかし本物の感情システム。加えて、記憶喪失。全てが謎だった。
54 名前:Vol.2 ピンクを運転する機械人形。 投稿日:2006/11/21(火) 03:36
「名前も、思い出せない?」
「ええ」

 ドールは矢口に困ったような顔を見せた。

「記憶回路は故障してないはずよ。おかしいわねー」

 保田がそう言ったとき、石川が部屋に入ってきた。

「名前、多分、吉澤ひとみさんだと思います」
「え?」

 石川の言葉に、誰もが声をあげた。石川はその反応にポケットからタブレットを出した。
55 名前:Vol.2 ピンクを運転する機械人形。 投稿日:2006/11/21(火) 03:36
「ここに、HITOMI YOSHIZAWAって彫られてますから」
「それは……?」

 矢口が聞くと、石川は静かな口調で言った。

「彼女の首にかかってました。他に、000<ノーナンバー>とも彫られていますけど」
「000<ノーナンバー>……?」

 ドールが首を傾げた。矢口たちも聞きなれない言葉に顔を見合わせる。
56 名前:Vol.2 ピンクを運転する機械人形。 投稿日:2006/11/21(火) 03:37

「まあ、今日はもう遅いわ。貴方も直ったばかりで疲れてるでしょうし。また明日、ここに来て今後の方針を決めましょう。えっと、吉澤さんね。とにかく、名前が無いと不便だから、吉澤ひとみさんとして扱うわ。いいわね?」
「はい」

 ドール、吉澤ひとみは素直に頷いた。

「それじゃ、吉澤さん。今夜は矢口さんの家に泊まってね」

 素敵な笑顔で、保田が言った。




57 名前:Vol.2 ピンクを運転する機械人形。 投稿日:2006/11/26(日) 08:44




「えっと、それじゃ、寝ようか。吉澤さん、ベッド……」
「あたしドールだから、床で大丈夫ですよ」

 にこりと笑顔で遮られ、矢口はどうしたものかと考えた。
 ロボットとはいえ、いくらなんでも床に寝させてしまうのは良心が痛む。彼女は先ほど怪我が直ったばかりだ。

「でも、さっきまで壊れてたし」
「スリープモードに入ればどこでも同じですから、気にしないでください」
58 名前:Vol.2 ピンクを運転する機械人形。 投稿日:2006/11/26(日) 08:44
「いや! でもやっぱりおいらの良心が許さないから。……あ、じゃあ一緒に寝ようか」
「でも、そのベッド、図体のでかいあたしが寝たら矢口さんが寝るところなくなっちゃいますよ」

 だから気にしないでください、と矢口をベッドに寝かしつけると、吉澤はさっさと床に寝転がってスリープモードに入った。

 矢口に有無を言わせない速さだった。

「…………」

 矢口は心の中で少しだけ文句を言いつつも、せめて、と吉澤にタオルケットをかけてやった。


59 名前:Vol.2 ピンクを運転する機械人形。 投稿日:2006/11/26(日) 08:45

「――ん」

 矢口は寝返りをうつと、ふと目覚めた。
 ぼんやりと周りの状況を把握する。
 雨音がしない。どうやらいつの間にかやんだらしい。
 窓から月明りが射している。
 そして、そこにいたのは――。

「吉澤さん?」
60 名前:Vol.2 ピンクを運転する機械人形。 投稿日:2006/11/26(日) 08:45

 悲しそうに、寂しそうに、切なそうに月を見上げる吉澤。
 矢口の声が聞こえなかったのか、じっと月を見ている。

 その横顔が、とても美しくて矢口はしばし呆然とそれを見ていた。
 その横顔は一種の神々しさをまとっていて、何人たりとも触れてはいけない気がした。

 ふと、矢口の気配に気付いたのか、吉澤がこちらを向いた。
61 名前:Vol.2 ピンクを運転する機械人形。 投稿日:2006/11/26(日) 08:45
「あ、ごめんなさい。起こしちゃいました?」
「ううん、勝手に起きたの。どうか、した?」
「いえ、月が綺麗だなあって」

 ふにゃっと笑ったその顔はいまだ、寂しさが残っている。
 矢口はそれに、安心させるように言った。
62 名前:Vol.2 ピンクを運転する機械人形。 投稿日:2006/11/26(日) 08:46

「吉澤さん」
「はい?」
「大丈夫だよ」
「え?」




「――記憶、ちゃんと戻るから」


 吉澤は、その言葉に少しだけ目を丸くした後、嬉しそうに笑った。
63 名前:Vol.2 ピンクを運転する機械人形。 投稿日:2006/11/26(日) 08:46

「はい」
「ん……。おいら、寝るからさ。吉澤さんも、寝なよ」
「はい」

 笑った吉澤は、およそドールらしくない。

 矢口はそんな事を思いながら、再び眠りについた。


64 名前:Vol.2 ピンクを運転する機械人形。 投稿日:2006/11/26(日) 08:46


「――で、これからどうするの?」

 ブルーハウスのバイトを休んだ矢口は吉澤と共に保田の所に来ていた。

「んー。そうねえ」

 保田は思案顔をしながら、うむうむとうなっている。
 どうしようもないのが現状であった。

 記憶も無い、手がかりもない。

 何をどうすればいいのかも見当もつかなかった。
65 名前:Vol.2 ピンクを運転する機械人形。 投稿日:2006/11/26(日) 08:47

「一番いいのは、交番に行く事よね」

 交番、というのは無論あの交番であり、落し物、迷ドールなんかを保護してくれる所だ。

「圭ちゃん」

 しかし、仮にドールの持ち主が見つからなかったら、スクラップにされる。
 吉澤の場合、記憶が無い事からその確率が非常に高い。
 それは、大体迷ドールというのは捨てられたドールだからだ。
 持ち主の記憶が無ければ、そのままスクラップ。
66 名前:Vol.2 ピンクを運転する機械人形。 投稿日:2006/11/26(日) 08:47
「冗談よ。冗談。とはいっても原因不明なのよ。記憶回路が故障しているわけでもないし」

 記憶回路の故障でもない、吉澤の記憶喪失にいささか保田は戸惑っている。

「やっぱり、吉澤さんの記憶が戻るまで待っているってのはどうですか?」

 石川の言葉に保田と矢口は顔を見合わせた。
 確かにそれが一番得策ではある。
 だが、彼女の記憶がもどるという確証がない。
67 名前:Vol.2 ピンクを運転する機械人形。 投稿日:2006/11/26(日) 08:47
「そりゃあ……そうしたいけどさ」

 矢口が口ごもると、保田はにやりと笑った。

「一番いい方法があるわね」

 保田が矢口を見る。
 何故か矢口は目をそらす。


 嫌な、というよりは、変な予感がした。



「あんたが持ち主になるのよ、矢口」



 無茶苦茶だと、矢口は思った。
68 名前:Vol.2 ピンクを運転する機械人形。 投稿日:2006/11/26(日) 08:48
Vol.2 ピンクを運転する機械人形。EnD
69 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/12/02(土) 22:01
どうにも吉澤さんの過去が気になって

ひそかに続きを期待してます
70 名前:Vol.3眠たげな機械人形。 投稿日:2006/12/03(日) 09:20

「――それでは、こちらのE級ライセンスを受け取りください」
「はい」

 矢口はE級エージェントのライセンスを受け取ると、信じられないという顔で振り向いた。

「通っちゃった」
「……すごいですねぇ」

 後ろに大人しく控えていた吉澤は素直に感心したようにそう言った。




71 名前:Vol.3眠たげな機械人形。 投稿日:2006/12/03(日) 09:21

「――あんたが持ち主になるのよ、矢口」

 保田の言葉に矢口は一瞬唖然とした。

「な、何言ってるの?!」
「だってあんた、ドール欲しかったんでしょ? これでエージェントの仕事請け負えるわよ?」
「た、確かにそうだけど」

 もし、この吉澤が違法ドールだったら。
 苦労して取ったエージェントライセンスが剥奪されてしまう。
72 名前:Vol.3眠たげな機械人形。 投稿日:2006/12/03(日) 09:21

「大丈夫よ。製造番号はあたしがでっち上げてあげるし、彼女の持ってる感情システムは本物よ」

 エージェント申請にはドールの登録が必要で、そこで製造番号がいる。
 そしてどうやったか知らないが――知りたくも無いが――吉澤の製造番号をでっちあげた保田は早くライセンスを取って来いと、矢口を促した。
 申請している間、ばれはしないかと冷や汗ものだったが、怪しまれずにすらりと通ってしまった。

「こ、これでおいらもようやく本当のエージェントになれるんだぁ」

 矢口は夢見心地な気分でそう呟いた。

「良かったですねぇ」

 吉澤はのんびりとした笑顔を向けて、そう言った。
 矢口はそれに一瞬戸惑い、

「ごめんね」
「え?」
「なんか、勝手に持ち主になって、勝手に登録しちゃってさ」
73 名前:Vol.3眠たげな機械人形。 投稿日:2006/12/03(日) 09:22
 その言葉に吉澤はああ、と納得したように頷いた。

「気にしないでください。矢口さんが貰ってくれなかったら、スクラップでしたし。行く所が出来て、ほっとしてますから」

 それに、命の恩人にはちゃんと御礼をしないと、と吉澤は言った。
 矢口がそれに感謝していると、のんびりとした声が聞こえてきた。

「あれー。やぐっちゃん」

 振り向くと、そこにいたのは眠たげな目を擦っている少女――否、ドール。
74 名前:Vol.3眠たげな機械人形。 投稿日:2006/12/03(日) 09:23
「あー! ごっちんじゃん! 久しぶり」

 矢口が声をあげてそちらに駆け寄る。

「久しぶりだねぇ。やぐっちゃん、もしかしてエージェントの仕事できるようになったの?」
「そうなんだよー! 今日からE級エージェント!!」

 嬉しそうにライセンスを見せていうと、ごっちんと呼ばれた少女ドールは良かったじゃん、と笑った。
 それからごっちんと呼ばれた少女は吉澤の方に目を向けた。
75 名前:Vol.3眠たげな機械人形。 投稿日:2006/12/03(日) 09:24
「あれが、やぐっちゃんの相棒?」
「うん、吉澤ひとみって言う子。あ、吉澤さん、こっちは後藤真希っていうB級エージェントのドール」
「はじめまして。宜しくね」
「あ、はい。宜しくお願いします」

 後藤真希の言葉に、吉澤は頭を下げた。その対応に後藤が笑う。

「そんなにかしこまんないでよ」
「はぁ」
「ねえ、ごっちん、なっちは?」
「今、報酬受け取りにいってる。すぐ帰ってくると思うけど……あ、きたきた」

 小さな女性がこちらに駆けてきた。後藤が手を振ると、その女性も満面の笑みで手を振り返している。
76 名前:Vol.3眠たげな機械人形。 投稿日:2006/12/03(日) 09:25
「やっとみつけたべさー」

 どこかの方言と共にそういうと、矢口達の方に視線を向ける。

「あれっ。矢口、何でここにいるの? あ、もしかして!」
「そうっ、おいらもようやくエージェントになれたの!」
「良かったー! これで一緒に仕事できるようになれるね!」

 女性が手放しで矢口と同じように喜び始めた。
 吉澤と後藤はそれに顔を見合わせ、お互いに微笑んだ。
77 名前:Vol.3眠たげな機械人形。 投稿日:2006/12/03(日) 09:25
「あ、これが矢口の相棒!? なっちは、安倍なつみ! よろしくね!」

 そういって、安倍なつみは吉澤の手を取るとぶんぶんと握手をした。

「え、あ、はい。宜しくお願いします。吉澤ひとみです」
「矢口、おっちょこちょいだからさ。よろしくね」
「なっ。なっちに言われたくないよ!」

 安倍の言葉にむきーと怒る矢口。
 それに吉澤は少し笑った。
78 名前:Vol.3眠たげな機械人形。 投稿日:2006/12/03(日) 09:26
「あー! 吉澤さんも笑うな!」
「す、すみません」

 それでも笑いが止まらず、苦笑のような笑みを浮かべて誤魔化した。

「矢口、これから暇? お昼一緒に食べない? お祝いになっちが奢ってあげる!」
「ホント? おいら、焼肉がいい」

 こうして、四人は焼肉屋へと向かう事になった。





79 名前:ヒカルヒト。 投稿日:2006/12/03(日) 09:28
>>69
 レスありがとうございます。すごく励みになります。
 吉澤さんの過去のためになるべく早く更新できるように頑張ります。
80 名前:ヒカルヒト。 投稿日:2006/12/03(日) 09:52
「んぁー」

 欠伸なのかただ単に声に出しただけなのか。
 後藤は眠たげに机に突っ伏して、焼肉を美味しそうに食べている自分のマスターを見た。

「後藤さん、眠いんですか?」

 吉澤は先ほどからずっとんぁんぁ言っている後藤を見て、そう聞いた。
 眠い、というのはドールには当てはまらないかもしれない。

 ドールにも疲れる、という事はあるが、それはバッテリー切れで動きが遅くなる、身体が重くなる、ということだけだった。

「んーん。暇なだけ」
「ごっちんは、いつもそんなんだよ。気にしないでいいよ、吉澤さん」

 矢口がそう言って、カルビを美味しそうに口に入れた。
81 名前:Vol.3眠たげな機械人形。 投稿日:2006/12/03(日) 09:52

「てかさ、敬語使わなくていいよ。ごとー、別に気にしないし」
「はぁ」
「ごっちんって呼んでくれていいし」
「……うん」

 急にタメ口になるのははばかられたのか、少しだけ小声になって吉澤は頷いた。

「あ、吉澤さん、そっちにあるたれとってー」
「あ。はい」

 矢口に言われるまま、吉澤は店自慢のたれを手渡した。
82 名前:Vol.3眠たげな機械人形。 投稿日:2006/12/03(日) 10:00
「ねえ、矢口」
「ん?」

 安倍の言葉に矢口は箸を止めた。

「なんでさー、吉澤さんのことさんづけしてんの?」
「え?」
「だって、相棒でしょ?」

 そういえば、と吉澤も頷いた。

「吉澤って呼んでください。別にかまいません」
「んー。でも何かなー。それじゃ、相棒って感じがしないし」

 ぐるぐると頭を回転させ、矢口は仇名をつけた。
83 名前:Vol.3眠たげな機械人形。 投稿日:2006/12/03(日) 10:00
「んじゃ、よっすぃ〜で」
「え?」
「よっすぃ〜。あ、よっし〜、じゃなくて、すぃ〜ね」

 妙なこだわりを見せ、矢口はにこっと笑った。

「これから、よっすぃ〜って呼ぶね」




 その笑顔と仇名は、記憶を失った彼女の心に上手く響いた。






84 名前:Vol.3眠たげな機械人形。 投稿日:2006/12/03(日) 10:01
Vol.3眠たげな機械人形。EnD
85 名前:ヒカルヒト。 投稿日:2006/12/03(日) 10:04
来週の更新が出来そうにないので二回分させていただきました。
86 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/12/09(土) 21:01
うわ!先が気になるww
87 名前:Vol.4銃を扱う優しい機械人形。 投稿日:2006/12/15(金) 02:34



 飯田圭織はA級エージェントでも変わった存在だった。
 彼女は仕事をする際、対ドール用拳銃ではなく、大きなライフルを使う。
 それは身長の高い彼女しか使えないようなライフルだった。

 威力は凄い。

 一瞬で、頑丈に作られているはずのドールの頭が吹っ飛ぶほどだ。


 もちろん難点もある。
 それは小回りがきかないこと。

 身体の大きい飯田はもとより走ることが苦手だ。
 どうしてもドールを追いきれない。

 そこでサポートとして出てくるのが二体のドールだった。
88 名前:Vol.4銃を扱う優しい機械人形。 投稿日:2006/12/15(金) 02:35

 彼女は、相棒となるドールを二体持っていた。
 共に小さく、似たような容姿を持つ二体は一言で言えば、子供だった。
 まだ幼さが残る顔立ちの二体のドール。
 しかし、無邪気さは最強だった。

 飯田のいるポイントまで二体がターゲットを追い込む。
 そして最後に、飯田のライフルでしとめる。
 それが、飯田の――「死のハンター」の仕事の仕方だった。




89 名前:Vol.4銃を扱う優しい機械人形。 投稿日:2006/12/15(金) 02:35
「辻、加護。仕事行くよー」
「はーい」
 子供二人、否、相棒ドール二体を呼ぶと、飯田はその肩にいかついライフルを担ぐ。

 美女にライフル。
 なんだか、現実離れした光景だった。

「今日のお仕事は、なんですかー?」

 辻希美の言葉に飯田は微笑んだ。

「今日は、S地区にいる暴走ドールだってさ」
「S地区はあんま高い建物ないから、楽勝やな」

 もう一体のドール、加護亜衣が無邪気に笑った。
90 名前:Vol.4銃を扱う優しい機械人形。 投稿日:2006/12/15(金) 02:35
「そうだね。鬼ごっこには最適な場所だね」

 鬼ごっこ、というのは辻加護がターゲットを追い詰めることをそう呼んでいる。

「だーかーらー! なんでおいら達の仕事が壊れたドール集めなんだよー!」
「そ、そんな事いわれましても、そちらがE級エージェントの仕事でして……」
「や、矢口さんっ、落ち着いて!」
「そんなんなら相棒ドールいらねーじゃねーかー! 三ヶ月一生懸命バイトしたのにー!」
「ドールは重たいんですよ、矢口さん。矢口さんには背負えませんよ」

 元気な声が聞こえてきた方に視線を向けると、加護や辻よりちっさい女性と飯田よりは小さいが、でっかいドールが見えた。
 ちっさい女性は仕事を与える受付につめより、でっかいドールはそれを慌てて止めている。
91 名前:Vol.4銃を扱う優しい機械人形。 投稿日:2006/12/15(金) 02:36

「なんや、あれ」

 加護が眉をひそめた。

「E級エージェントみたいだね」
「つまらん仕事やってもめてるのか」

 辻と加護の会話に飯田は再びそちらを見た。

「ちくしょー。見てろよ、すぐにC級になってやるっ!」
「矢口さん、声がでかいですよー」

 地団太踏んで悔しがっている矢口と呼ばれている女性に、飯田はふと自分がエージェントになった頃の事を思い出した。




92 名前:Vol.4銃を扱う優しい機械人形。 投稿日:2006/12/15(金) 02:36
 エージェントの試験に合格し、相棒のドールを買おうと色々な店を物色している頃だった。
 店にあるものが気に入らず、飯田はドール保健所へ向かった。そこなら恐らく味のあるドールが見つかるに違いないと思ったからだ。
 そしてその途中で、辻と加護に出遭ったのだ。

「やだやだやだー! スクラップなんかやだー!」

 そう騒いでいたのは確か辻だった。強面の中年男性に首根っこをつかまれ、そう叫んでいた。

「だぁー! いい加減にしやがれこのガキ! まだスクラップになるって決まったわけじゃないだろ!!」
「でも、持ち主になるヤツが現れなかったら、スクラップなんやろ?」

 そう冷静に言ったのは加護だったはずだ。彼女はトラックの上に座りながら、冷たい眼で中年男性を見下ろしていた。
93 名前:Vol.4銃を扱う優しい機械人形。 投稿日:2006/12/15(金) 02:36
「やだったら、やだー!」
「あっ! こら待て!」

 辻が男の手から逃げ出し、こちらの方にやってきた。
 飯田の姿を確認すると、その後ろに逃げ込んだ。

「たすけてっ、のんたち、スクラップにされちゃう」

 捨てられた子犬のような目。飯田はそれに弱かった。
 気がついたら、辻と加護が両腕にしっかりしがみついていた

 流石に飯田はへこんだ。仕事用の相棒ドールを買うつもりが、愛玩用のドールを買ってしまうなんて。
 これでは仕事は出来ない、と。
 もちろん、一体分の料金で二体買えたのはお得だったのかな、とも考えたが。
94 名前:Vol.4銃を扱う優しい機械人形。 投稿日:2006/12/15(金) 02:37

 しかし事は意外な方向へ進んだ。

 仕事をしなければ喰っていけないため、仕方なく辻と加護で登録を済まし、仕事を請け負うようになった。
 最初のうちの仕事はC級以上に破壊されたドールを回収する事。
 それを辻と加護は宝探しと呼び、一体全体、どこでどうやって見つけてくるのか破壊されたドールを意外なほど早く回収してきた。
 そのおかげで飯田はすぐに仕事のできるエージェントとして認められた。
 その内にC級エージェントになって、ドールを破壊、捕獲する仕事が請け負えるようになると、今度は鬼ごっこ、と飯田にぴったりのサポートをしてくれるようになった。

 そうして飯田は現在、二人のおかげでA級エージェントになり、暴走ドールを必ず破壊する事から「死のハンター」と呼ばれている。
 二人は、飯田には欠かせない者となっていた。



 懐かしいな、と飯田は微笑んだ。
 それから矢口、と呼ばれるちっさい女性とでっかいドールの方へ近づくと、笑顔を浮かべた。
95 名前:Vol.4銃を扱う優しい機械人形。 投稿日:2006/12/15(金) 02:37
「こんにちは」
「?」

 ちっさい女性、矢口が不思議そうな顔をして飯田を見上げる。

「私、飯田圭織。よろしくね」
「あ、はい。えと、矢口真里です」

 飯田が手を差し出すと、矢口は素直に握手した。

「仕事、頑張ってね。辛いだろうケド」
「へ? は、はい」

 飯田の言葉に呆けた顔をする矢口。その隣では、でっかいドールがきょとんとしていた。
 飯田はそのでっかいドールに笑いかける。
96 名前:Vol.4銃を扱う優しい機械人形。 投稿日:2006/12/15(金) 02:37

「お名前は?」
「吉澤、ひとみです」
「そう。いい名前だね。ぴったり」
「え?」
「――瞳、綺麗だから」

 吉澤が目を丸くすると同時に飯田は矢口に手を振った。

「それじゃ、また会おうね」

 辻と加護が待っているところまで飯田は歩いていった。

「何してきたんですか?」

 辻の質問に、飯田は微笑んで、挨拶だよと言う。

「なんで挨拶なんか?」

 加護が見当がつかない顔をするので、飯田は上を見上げた。

「うん、懐かしい事思い出させてくれたから、かな」



97 名前:Vol.4銃を扱う優しい機械人形。 投稿日:2006/12/15(金) 02:38


「――思い出した。あの人、死のハンターって呼ばれてる人だ」

 矢口が仕事へ向かう途中、思いついたようにそう言った。

「死のハンター?」

 吉澤は恐らく先ほどの長身美女のことを言っているのだろうと、聞き返した。

「うん。子供のドール二体を使って確実に暴走ドールを「狩る」から、死のハンター。なっちから聞いたことある」
「へぇ。凄い人だったんですね」

 B級以上のハンターに時折二つ名がつく事がある。それは同業者たちが畏怖と敬意を込めてつけるものだ。
 たとえば、安倍は「招かれざる天使」と呼ばれている。

 吉澤が感心していると、矢口はちっと舌打ちした。

「しまったなぁ〜。サイン貰っとけば良かった」
「矢口さん、芸能人じゃないんですから」

 冷静な吉澤のツッコミに、矢口は吉澤を睨む。
98 名前:Vol.4銃を扱う優しい機械人形。 投稿日:2006/12/15(金) 02:38
「わかってるよ! てか、お前、だんだん性格が悪くなってるぞ!」
「これが素らしいですー」

 悪びれもせずに言う吉澤に、矢口は猫かぶりっ子かよと呟いた。
 だがその実、内心では何となく嬉しかったりする。
 そうやって冗談や憎まれ口を叩いてくるのは親しくなって来ている証拠なのだから。

「それから、矢口さん。一つ提案があるんですけど」
「……却下」
「何でですか。まだ何も言ってませんよ」
「――大体分かるから」
「だったら買いましょうよ、車かバイク」

 吉澤達は、電車の中にいた。
99 名前:Vol.4銃を扱う優しい機械人形。 投稿日:2006/12/15(金) 02:39
「これじゃ、不便すぎますよ。帰りはスクラップドールを担いでかなくちゃいけないんですよ?」

 これからいちいち電車を乗り換え、仕事に行くのは確かにあまりにも不便だ。
 吉澤の言葉に矢口は小さく唸った。

「お前、おいらの身長と給料分かって言ってる?」

 バイクは身長的に高く、車は値段的に高い。
 吉澤は矢口の体を見て、謝った。

「……すみません」
「謝るなよ! ちくしょう、わかった! お前が免許とってこい!!」

 一応、ドールでも免許は取れる。
 実際、安倍後藤コンビはドールである後藤が車の免許を持っている。ちなみに保田石川コンビは両者とも取得済みである。
 それに吉澤は目を輝かせた。
100 名前:Vol.4銃を扱う優しい機械人形。 投稿日:2006/12/15(金) 02:40
「え?! いいんですか?!」

 予想外な反応に、矢口は戸惑った。

「お、おう」
「ホントですか!? やったぁ!! じゃ、バイクの免許取りますね!」

 喜ぶ吉澤に多少押され気味になりながらも、矢口は頷いた。
 それから思う。
 こんな風に喜んでくれるのだから、いいか、と。

 記憶が無くなって心細いのではないかと考えていたが、意外に彼女は元気である。
 記憶がなくなっている、という事実すら時折忘れてしまいそうになるほどに。

 もしかしたら、そうさせようと気を使っているのかもしれないが。

「そしたら矢口さん、でっかいヘルメットかぶらなくちゃいけませんね〜。かわいーだろーなー」
「……うるせえっ!!」

 ――それはない、と矢口は思った。



101 名前:Vol.4銃を扱う優しい機械人形。 投稿日:2006/12/15(金) 02:40
「んーと。この辺なんだけどなあ」

 破壊されたはずのドールを探して三千里。とまではいかないが、とにかく矢口と吉澤はあっちこっち歩いていた。
 すでに他の上級エージェントによって破壊されているはずのドールが見つからないのだ。

「間違ってるんじゃないですか? 道が」
「そんなはずないよ。絶対この辺だって」

 赤く範囲を記された地図をみて、矢口はそう言った。E級エージェントはいわゆるエージェント研修期だ。
 E級、D級とランクアップしていく段階で、エージェントに必要な知識、体力、判断力、推理力、ありとあらゆるものを身につけていかなくてはならない。
 C級になって初めてドールの捕獲、破壊が許される。もちろん、C級になったばかりの時にはまだ研修が待っているが。

「おっかしいなぁ〜。なんでだろ」

 初仕事からトラブルかよ、と矢口は内心焦っていた。
 もしこれで回収できなかったら、初日から失敗した事になってしまう。
102 名前:Vol.4銃を扱う優しい機械人形。 投稿日:2006/12/15(金) 02:41

「――矢口さん」

 吉澤が鋭い声で矢口を呼んだ。

「え?」

 矢口は急に体を引っ張られ、吉澤の方に倒れこんだ。
 間髪いれずに矢口のいた所に何か黒い――影だ。

「なっ」

 絶句した。
 深々と地面に突き刺さるようにして降って来た拳。
 コンクリートでできた地面にひびが入る。

 ――それは、破壊されたと報告のあったはずのドール。

 矢口は反射的にホルスターから対ドール用拳銃を抜いて撃った。
 携帯は許されているが、E級エージェントでは使わないはずの拳銃を。
 ドールは人間の反射を超越した動きでそれを避けた。
 続けざまに二発、矢口は撃ったが、あたらない。

 焦る。
103 名前:Vol.4銃を扱う優しい機械人形。 投稿日:2006/12/15(金) 02:41

 感情システム――ロボット四原則が埋め込まれた、ドールの理性――が壊れているドールを見るのは二度目だった。
 早く動きを止めなければと焦りで身体が冷たくなっていく。

「……敵――処り……しマす……ジこボウ衛プろぐラム、ハツどウ」
「感情システムが壊れてます」

 吉澤の落ち着いた声。何故か、その時矢口は彼女の声に非常に安堵した。
 そして同時に、冷たいものが背中を走った。

「借ります」
「よっすぃー!?」

 矢口の手に持っていた拳銃を吉澤は奪うと同時に跳躍する。
 同時に、暴走ドールも動いた。





104 名前:Vol.4銃を扱う優しい機械人形。 投稿日:2006/12/15(金) 02:42
続きます。
一ヶ月ほど旅に出ますのでしばらくお休みさせていただきます。
105 名前:ヒカルヒト。 投稿日:2006/12/15(金) 02:42
>>86
 レスありがとうございます。励みになります。
106 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/12/16(土) 09:20
おもしろいです。がんばってください。
107 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/12/16(土) 23:35
更新お疲れ様です。
面白いです!
再開を心よりお待ちしてますw
108 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/14(日) 22:40
おけましておめでとうございます。
楽しみに待ってます。
109 名前:Vol.4銃を扱う優しい機械人形。 投稿日:2007/01/16(火) 07:53



 吉澤は空中で敵を見定めながら、拳銃を構えた。
 照準は、感覚で合わせる。
 吉澤は知っていた。
 その、感覚を。

 ――撃った。

 鈍い音共に、ドールが軽く後ろにのけぞったのを見て、あたったことを確認する。
 耳鳴りがした。
 キィン、キィン、と何かが鳴っている。
 何かはわからない。
 けれど思う。
 殺さなければ、と。

 吉澤は地面に着地すると同時に走り出し、敵へと止めをさしに行く。
 敵のドールは、吉澤に向かってナイフを投げた。
 それを避けながら、知らず知らずに舌打ちをする。まだ動けたか。

 そして今度はドールの急所に照準を合わせた。
 吉澤は知っている。


 ――どうすれば、相手が死ぬのか。
110 名前:Vol.4銃を扱う優しい機械人形。 投稿日:2007/01/16(火) 07:53




 引き金を――引いた。




111 名前:Vol.4銃を扱う優しい機械人形。 投稿日:2007/01/16(火) 07:53
 それは一瞬だった。矢口は呆然とそれを見ていることしか出来なかった。
 吉澤が引き金を引くと同時に、ドールの頭が仰け反った。そして動かなくなる。

 ドールの眉間に綺麗なこげた穴。矢口は震えた。

「――まさか、AIチップを撃ち抜いたって言うの……?」

 ドールの動力となるAIチップ、人工知能システムが搭載された、一センチにもみたいないであろう、チップ。
 それを吉澤は、寸分も違わずに撃ち抜いたのだ。自分の目の前で。

 ドールとはいえ、あまりにも正確なその射撃の腕。

 ――よっすぃ〜は……何なの?

 ただのドールとは考えにくかった。
 製造番号の無い、本物の感情システムを持ったドール。
 それに戦闘用ドールをはるかに超越した戦闘能力。

 ――何なの?
112 名前:Vol.4銃を扱う優しい機械人形。 投稿日:2007/01/16(火) 07:54
「大丈夫ですか?」

 見上げると、吉澤が心配そうな表情で矢口を覗きこんでいた。
 気がつけば、矢口は座り込んでいた。

 かたかたと膝が笑い、立てない。

「あ、うん。大丈夫……」
「立てます?」
「ちょ、ちょっと待って。今は無理かも」

 震えが止まらなかった。
 吉澤のあの眼が怖かった。

 まるで、絶対に殺さなければならないような。

 吉澤を見上げる。
 彼女は、にこりと柔和な笑みを浮かべた。


113 名前:Vol.4銃を扱う優しい機械人形。 投稿日:2007/01/16(火) 07:54


「……軍隊用アンドロイドだったのかもしれないわ」

 話を聞いた保田が矢口にそう言い、溜息をついた。

「……うん」

 元気の無い矢口は保田の言葉に小さく頷いた。
 あの後、矢口がようやく立てるようになった頃、吉澤が破壊したドールを回収し、本部へと戻った。
 ドールが動いていた原因は、前のエージェントがきちんと破壊しきれていなかったらしい。
 本部からは特別手当と、それなりの額が矢口達に手渡された。

 しかし、矢口は到底喜べる気にもならなかった。

 吉澤が何なのか。

 そればかりが、頭を回っていた。
114 名前:Vol.4銃を扱う優しい機械人形。 投稿日:2007/01/16(火) 07:54
「今は気にする事ないわ。大丈夫、感情システムが働くうちは人間を傷つけることは無い」

 矢口の不安を見て取ったのか、保田は安心させるように言うと、笑った。

「ほら、特別手当貰ったんでしょ? 美味しいモンでも食べなって」
「うん」

 矢口は頷くと、立ち上がって吉澤と石川が待っている部屋に向かった。

「うはは、石川弱えー!」
「よっすぃ〜、今のずるいよ! 池に落とすなんて!!」
「……」

 ピンク色の部屋でけらけら笑っている自分の相棒と、保田の相棒。
 目の前には、有名なキャラクターのカーゲーム。赤い帽子の男が車で走っている。
 仲良く遊んでいる二人を見て、矢口はちょっとだけ溜息をついた。
115 名前:Vol.4銃を扱う優しい機械人形。 投稿日:2007/01/16(火) 07:55

 なんだか矢口は先ほどまで自分が悩んでいた事がとてもバカらしく思えてきた。

「あ、矢口さん。話し終わったんですか?」

 飼い主を見つけた犬のように、吉澤がこちらにやってきた。

「うん。かえろっか」

 矢口が笑いかけると、吉澤も満面の笑みで頷いた。
 ――今はまだ、大丈夫だ。
 そんな、根拠の無い安堵が矢口の心の中で浮いていた。



116 名前:Vol.4銃を扱う優しい機械人形。 投稿日:2007/01/16(火) 07:56
Vol.4銃を扱う優しい機械人形。EnD
117 名前:ヒカルヒト。 投稿日:2007/01/16(火) 08:02
>>106,107,108
 明けましておめでとうございます。
 レスありがとうございます。嬉しかったです。
 返事やらなにやら送れて申し訳なかったです。
 この一ヶ月の間に色々と吉澤さん付近が騒がしくなってしまい、
 とても残念ですが、これからも彼女を応援して行きたいと思っています。
 とにかく完結まで走ります。
118 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/16(火) 17:22
初めて読ませていただきました
面白いです。続きまってます
119 名前:Vol.5錆びた夢を見る機械人形。 投稿日:2007/01/28(日) 03:18



Other View

 声が聞こえる。
 あたりは銀色で、誰もいなかった。あたしは独り、そこにいる。
 向こうの方で少し、何かが光ったような気がする。

 ――おやおや。思ったより随分大きな目だねえ。

 懐かしくて、温かくて、力強い声。

 ――そう――じゃ――君――前は、ひとみ――か。

 誰?

 ――本当――――もうすぐ――

 聞こえない。誰? 貴方は……。
 相変わらず、あたしは銀色の空間で独りぼっちだった。

Other View End




120 名前:Vol.5錆びた夢を見る機械人形。 投稿日:2007/01/28(日) 03:19
「こちらが、報酬になります」

 受付から報酬を貰うと、矢口はニッコリ笑った。
 まだE級のため、そんなに給料はよくないが、それでもバイトの時給より格段にいい値段をもらっているのだ。

「ありがと」

 受け取った報酬を、何に使おうか考える。

「ベッドでも買ってあげようかなー」

 未だ頑固に床で寝ている相棒ドールのことを思って、矢口はそんな事をぼんやり考えた。
 だが、それにはまず。

「……引越し、かあ」

 あの狭い部屋にはまず、絶対に、ベッド二つは入らない。

「そうだよね。そろそろちゃんとした家にでも移らないと」

 幸い、吉澤のおかげで今まで貯めていたドール代が浮いた分が残っているのだ。
 どこかへ移るのも悪くない。

「帰りに不動産屋に寄ってこ」

 矢口は報酬の使い道を決めると、相棒が待つロビーへ向かった。
121 名前:Vol.5錆びた夢を見る機械人形。 投稿日:2007/01/28(日) 03:19
「あ、矢口さん」

 後藤と話していた吉澤がこちらに気付いた。手を振った。
 吉澤も嬉しそうに振り替えしてくる。

「何はなしてたの?」

 矢口が聞くと、後藤がちらりと吉澤を見た。話しても良いか確認しているらしい。吉澤が頷いた。

「んぁ、ドールも夢を見るかって話」
「夢?」

 意外な会話に矢口が眼を丸くすると、後藤は吉澤のほうを指差し、

「うん。よっすぃ〜が見たんだって」
「へぇ。どんな?」
「え? えと、よく覚えてないんですけど……声が、聞こえたんです」
「声って……?」
「銀色の中で、何か、誰かが呼んでるような……凄く、懐かしいんです」

 矢口は一瞬それは吉澤の記憶ではないかと思った。
 彼女の記憶回路がスリープモードに入っている彼女に見せた映像ではないか。

「でも、周りには何にも無いんです。ただ、銀色の空間で……」

 その吉澤の言葉に少しがっかりした。
122 名前:Vol.5錆びた夢を見る機械人形。 投稿日:2007/01/28(日) 03:20

「そっか。それじゃ、よっすぃ〜の過去の記憶そのものってわけじゃないんだね」
「ええ、多分」

 吉澤が頷いた時、安倍がこちらに走ってきた。

「おーい! ごっちん!」
「んぁ、なっちだ」

 大喜びで走ってくる安倍はこちらにピースサインをした。

「やったよ! A級エージェント!!」
「ホントに? やったぁ」

 後藤が満面の笑みになり、安倍に笑った。
 どうやら彼女は昇進したらしい。それを聞いていた矢口と吉澤も笑顔になった。

「マジで、なっち! おめでと!」
「安倍さん、おめでとうございます」
「ありがとー!」

 小動物のようにぴょんぴょん飛び跳ねる矢口と安倍。
 それを微笑ましそうに見る吉澤と後藤。

 その時、

「バカみたい」

 そんな冷たい声が聞こえてきた。





123 名前:Vol.5錆びた夢を見る機械人形。 投稿日:2007/01/28(日) 03:20
 一瞬、沈黙が走る。
 声の主を確かめると、そこにいたのは目つきの鋭い少女。

「な、なに」

 矢口がそう言うと、少女は眉を少し動かし、再度言った。

「バカみたい、そんなにはしゃいじゃって」
「なんだとぉっ!」
「よっすぃ〜!?」

 意外にも怒鳴ったのは吉澤だった。慌てて矢口がそれを止める。

「藤本」

 低い声で、恐らく彼女の名前なのだろう、後藤は言った。

「ひがむのやめたら?」

 その言葉に藤本と呼ばれた少女は頬を赤らめたかと思うと、きっと後藤と安部を睨み、すたすた行ってしまった。

「なんなのあの子」

 矢口が吉澤にしがみつきながら、安倍の方を見た。安倍は困ったような笑顔を浮かべ、

「藤本っていう、B級ハンターの子。なんかなっち、ライバル視されててさ」
「安倍さんの相手になんかなりませんよ」

 吉澤が苛だたしげにそういうのを、矢口は少し意外に思った。
 ここ数日、共に行動をしてきたが、穏やかな吉澤がこんな風に怒るのは、はじめてだった。
124 名前:Vol.5錆びた夢を見る機械人形。 投稿日:2007/01/28(日) 03:20

「そっかぁ」
「え?」

 矢口の呟きに吉澤がきょとんとした。矢口はそれに笑って見せた。

「よっすぃ〜はそういう子か」
「?」
「んーん。なんでもない」

 吉澤がとても仲間を大切にする子なのだと矢口は知って、嬉しくなった。

「あ、そーだ。よっすぃ〜。今日帰りにさ、不動産屋寄ってこうね」
「あ、はい」
「何々、矢口。引っ越すの?」
「うん。お金も大分余裕できてきたし、そろそろ引っ越すのも良いかな〜って」

 そう言って矢口は、ね、と吉澤に微笑んだ。吉澤は軽く微笑み返す。

「おー。良かったね、やぐっちゃん。ようやく生活できるようになってきて」
「うっさいなー。おいらは前からちゃんと生活してたっつーの!」

 後藤の言葉にそう言って怒る矢口を、吉澤ははいはい、怒らないでくださいと穏やかに止めていた。




125 名前:ヒカルヒト 投稿日:2007/01/28(日) 03:23
>>118
 レスありがとうございます。励みになります。
 遅くて少ない更新ですが、完結まで頑張ります。
126 名前:Vol.5錆びた夢を見る機械人形。 投稿日:2007/02/10(土) 06:09
 藤本美貴は飲み終わった缶コーヒーを苛立たしげに握りつぶした。

「美貴たんこわーい」
「……」

 能天気な声に、藤本はさらにその手に力を込めた。バキっと音が鳴る。

「もー、ただでさえ怖い顔してるんだから、だめだよー」
「亜弥ちゃん……あのねえ」

 怒る気もうせて、藤本は目の前でめっと叱ってくる相棒を見た。
 ドールの名前は松浦亜弥。藤本と長年一緒のドールだ。。

「さっきも安倍さんたちに喧嘩売ってたでしょー。だめだよ、そんなことしちゃ」

 小さい子供を叱るかのような口調でそういうと、松浦は藤本に抱きついた。

「そんなに焦んなくても、美貴たんはSS級までちゃんと昇進するよー」
「――わかってるけど」

 不機嫌そうにそう言って、松浦から体を離す。

「わかってるけど、さ」

 焦ってしまう。安倍が前を行くたびに。
 早く追いつこうと。



127 名前:Vol.5錆びた夢を見る機械人形。 投稿日:2007/02/10(土) 06:09
「安倍なつみです、よろしくね」

 C級エージェントになったばかりの頃、まだ研修をしなくちゃいけない時期。
 自分の教育係は、B級エージェントになったばかりの安倍なつみだった。
 自分より何歳か年上の癖に童顔で、ニコニコ笑っていた彼女。
 そして相棒のドールはいつも眠たげに、んぁ〜と欠伸のようなものをしている後藤。
 一見して、弱そうだった。
 こんなのが自分の先輩なのかとちょっと不安になった。
 それでも別に反抗する事も無く、藤本は着々と経験を重ねていって、研修も最終日を迎えた。

「藤本は凄いね〜。なっち、何にも教えることなかったべさ」

 事実、研修とはいっても藤本は何もミスする事は無く、依頼もきちんと一人でこなせていた。
 安倍は本当に、ただついて来ている、というだけだった。

「やったね、美貴たん! 誉められたよ!」
「ありがとうございます」

 横で松浦が喜ぶのを抑えながら、藤本はそう礼を言った。



128 名前:Vol.5錆びた夢を見る機械人形。 投稿日:2007/02/10(土) 06:09
 最終日の暴走ドールは意外に手ごわかった。
 今までに無い速さで、小柄で速い松浦にも追いつけないくらいに、素早かった。

「くっ」
「たん、このままじゃ追いつけないよ!」

 焦ったような声が通信機を通して聞こえてくる。
 逃げられてしまっては元も子もない。
 藤本は松浦にこちらへ誘導してくるよう頼んだ。

「こっちにつれてきて。――美貴がしとめるから」

 藤本は拳銃を構えると、松浦を待った。
 かしゃん、かしゃんという音が聞こえてきた。暴走ドールが来たらしい。

 藤本は引き金に指を置く。
 ドールの姿が見えた。
 すかさず照準を合わせて、撃った。
129 名前:Vol.5錆びた夢を見る機械人形。 投稿日:2007/02/10(土) 06:10
 暴走ドールの胸を撃ちぬく。ドールは一瞬、動きを停止した。
 そこにすかさず松浦が飛びかかった。

 それは恐らく、油断だったといえる。
 松浦と藤本は、油断していた。
 ずっと逃げ回っていた暴走ドール。
 だから、戦闘能力は低いと考えていた。

 ――違った。

「きゃぁっ?!」
「亜弥ちゃん!?」

 吹き飛ばされた松浦に、藤本は焦って飛び出した。松浦が壁に激突する前に抱きとめる。

「大丈夫、亜弥ちゃん!」
「た、たん! 後ろ!!」
「え?」

 松浦の叫びに近い声に後ろを振り向く。暴走ドールが、投げ出した藤本の拳銃を構えていた。
 ――殺される。
 本能的にそう思い、松浦を庇うように抱きしめて目を瞑った。
130 名前:Vol.5錆びた夢を見る機械人形。 投稿日:2007/02/10(土) 06:10
「なっち!」

 落ち着いた声が降ってきた。
 目を開ければ、いつもあの眠たそうな表情はどこへ行ったのか、目にも止まらぬ速さで後藤が暴走ドールに飛びついた瞬間だった。

「藤本、離れて!」

 安倍がこちらに駆け寄り、対ドール用の拳銃を二丁、両手に構えて暴走ドールに撃ち込んだ。

「なっ!?」

 まだ後藤がいるのに――。目を見開いた藤本の前で、それは起こった。
 後藤は暴走ドールの肩に手をかけると、力をいれ空中へと跳んだ。残された暴走ドールは一瞬動きに迷いが生じる。
 その間、撃ち込まれた弾丸は全てと言っていいほど暴走ドールの体を蜂の巣にする。
 ドールとその主人が一体になってこそできる早業だった。
 藤本は信じられないといった顔で、安倍を見た。

 ――そうして、鳥肌がたった。
131 名前:Vol.5錆びた夢を見る機械人形。 投稿日:2007/02/10(土) 06:10

 彼女は笑っていた。心底楽しそうに。
 ぞっとした。
 暴走ドールを相手に、楽しそうに笑う可愛らしい女性。

「美貴たん? どうしたの?」

 知らず知らずに松浦を抱きしめる腕に力が篭っていたらしい。不思議そうに彼女が見上げてきた。
 藤本は首をふって、なんでもないと示した。
 ただ、ひたすら、あの童顔の先輩を、恐ろしいと思った。

 そして藤本は後に知る。
 彼女の二つ名が<招かれざる天使>になったことを。



132 名前:Vol.5錆びた夢を見る機械人形。 投稿日:2007/02/10(土) 06:11
「命の恩人に、どーしてそんな態度取るかなーたんは」
「……命の恩人だからだよ」

 あの人が命の恩人だからこそ。
 あんな風に、ドールを壊す人だからこそ。
 命の恩人だっていう事が許せない。
 だからこそ、早く追いついて借りを返しておきたい。
 藤本は考える。
 彼女は危険だ。尋常じゃない。そして何より許せない事がある。

「美貴たん? 顔怖いよ?」
「……何でもないよ」

 藤本は松浦を抱きしめた。自分の相棒は嬉しそうに藤本を見上げてくる。
 それにさらに力を込めた。

 ――そう、そして何より許せないのは、彼女はドールを、玩具と思っていること。
 


133 名前:Vol.5錆びた夢を見る機械人形。 投稿日:2007/02/10(土) 06:11
Vol.5錆びた夢を見る機械人形。 EnD
134 名前:Vol.6喫茶店で働く機械人形。 投稿日:2007/02/22(木) 06:06


 小川麻琴はそのドールを見た時、一瞬どきりとした。
 その瞳は燃える様に輝いており、何か強い決意を秘めているように見える。
 右足を故障しているらしく、すっかり肌用ジェルが禿げ上がり、内部の機械が見えていた。時折足からじじっと火花がちり、そのせいで動けないのか、ドールはじっと小川を見つめている。

「あの……大丈夫?」

 小川が恐る恐る声をかけると、ドールは口をゆっくり動かした。

「動けない」

 それだけ、短くそう言うとドールは諦めたように目を瞑った。
 よく見てみれば、他にも故障している所があるようだった。
 小川は一瞬迷った末に、そのドールを背に担いだ。




135 名前:Vol.6喫茶店で働く機械人形。 投稿日:2007/02/22(木) 06:06
「ここは家賃、六万円かー」
「矢口さん、別に部屋が二つじゃなくてもいいんじゃないですか?」

 吉澤が落ち着かないようにきょろきょろ真新しい部屋を見回していった。

「だって、よっすぃ〜も自分の部屋欲しくない?」
「いえ、あたしドールですから」
「ドールにもプライバシーってもんがあるんじゃないの?」
「ドールはマスターの傍にいれるだけで嬉しいんですよ」

 さらっと嬉しい事を言ってくれる記憶喪失のドールに、矢口は何となく顔を赤くした。

「じゃあ、もちっと安い所でもいい? じつは六万円はまだきつい……」
「ええ、矢口さんの好きなところで良いですよ。あたしは矢口さんについてきますから」

 可愛い事を言ってくれる、と矢口は背伸びして吉澤の頭を撫でた。

「んじゃ、もうちょっと探そうか」

 その時、矢口の携帯が鳴り出した。慌てて携帯を取り出し確認すると、中澤からだった。
136 名前:Vol.6喫茶店で働く機械人形。 投稿日:2007/02/22(木) 06:06
「っとと。裕ちゃんからか」
「?」
「あ、よっすぃ〜はまだしらないっけ? 矢口がバイトしてたところの店長さん」

 そういいながら携帯に出ると、中澤の声が聞こえてきた。

「矢口ぃ、今暇か?」
「なに、どしたの裕ちゃん」
「店を貸切にしてパーティしたいっていう客が来てな、うちだけじゃ無理だからちょぉ悪いけど手伝ってくれん? あ、あんたのドールも連れてきてくれ」
「ええー。ちゃんとバイト代でるんだろうなー」
「もちろんや。矢口がやめてから色々大変なんやで、裕ちゃんも」
「新しい人雇えよー」
「新入りがこんのよ。誰か紹介してくれー」
「やーだよ。矢口の知り合い、エージェントしかいないもんねー」

 軽口叩いたあと、矢口は携帯を切ると吉澤の方を向いた。

「ちょっとさー、悪いんだけど手伝ってくれない?」
「え? あ、はい」

 話が見えていない吉澤は、ワケが分からずもすぐに頷いてくれた。


137 名前:Vol.6喫茶店で働く機械人形。 投稿日:2007/02/22(木) 06:07
「吉澤! これテーブルの方に持ってって!」
「は、はい!」
「矢口、ワインもっと追加してきてや!」
「はーい」
「ごっちん、料理の方大丈夫か?」
「んぁ、オッケーだよ。なっち、こっちにそれ持ってきて」
「はいはい」

 パーティの支度に三人では手が足りないと、安倍と後藤もかりだされていた。

「あ、吉澤。ちょぉこっち来い」

 カムカム、と中澤に手招きされて吉澤は大人しくそちらに向かう。
 出会って二時間、すでにこき使われていた吉澤と中澤の力関係ははっきりしていた。
 もっとも、ドールは常に人間に従順ではあるが。

「これ、着て。ウェイターよろしく」
「は?」

 ウェイトレスの間違いかと洋服を見る。が、そこにあったのは男物の洋服だった。
138 名前:Vol.6喫茶店で働く機械人形。 投稿日:2007/02/22(木) 06:07
「あの、中澤さん、あたし、一応女ドールなんですけど……」
「知っとる」
「えっと、でも、これ……」
「ウェイトレスの服、あんたのサイズないねん」

 今まで小さくて可愛い子しか雇わなかったから。と中澤の言葉に何故か吉澤は納得したように頷いた。

「……なんで納得してんねん。嘘や。冗談やで?」
「いえ……」

 絶対嘘じゃないよなあ、なんてウェイトレスの服を着ている矢口と安倍を見て思った。
 ちなみに後藤は料理担当なので黒いエプロンだけだ。

「お、よっすぃ〜はウェイターの格好? 似合うね」
「ありがとうございます」

 矢口に誉められて嬉しいが、何か素直に喜べないと吉澤は複雑な思いに頭を悩ませた。




139 名前:Vol.6喫茶店で働く機械人形。 投稿日:2007/02/22(木) 06:08
 忙しいパーティは、何とか五人で乗り切り、ようやく一息つける頃にはすでに十一時を回っていた。

「悪いなあ、みんな。後片付けまでやってくれて」
「乗りかかった船だもんね。いいよ」

 中澤の言葉に安倍はそう言うと、洗っていた皿を後藤に渡す。後藤は皿の水滴を拭うと、棚に戻した。

「裕ちゃん、新しい人早く見つけてきなよ」
「それができれば苦労せん……」
「裕ちゃん、友達いなしねー」

 安倍と中澤の会話に矢口が口を挟んだ。そんな事あらへん! と中澤が憤る。

「中澤さん、服、どこにおけば良いですか?」

 吉澤が着替え終り、ウェイターの制服を持ってきた。
 それを受け取りながら、中澤はまじまじと吉澤の顔を見た。
 それに少し怯える吉澤。

「あの……なにか……」
「……いや」
「あー! ナニやってんだよあほ裕子! よっすぃ〜睨むなよ! こわがってんじゃん」

 矢口がやってきて吉澤に抱きついた。中澤は誤解や、誤解などといって笑顔を見せる。

「あ、そうや。ほい、給料」

 ポケットから四つの袋を取り出して、安倍、後藤、矢口、吉澤にそれぞれ配る。
 吉澤と後藤がそれに目を丸くした。
140 名前:Vol.6喫茶店で働く機械人形。 投稿日:2007/02/22(木) 06:08
「裕ちゃん、ごとーはいらないよ?」
「そうですよ、中澤さん。あたし達、ドールですよ」
「ええのええの。うち、そういう区別せぇへん人やから。受け取っとき」

 事も無げに言われ、顔を見合わせた後藤と吉澤は中澤にお礼を言った。

「ありがとう、裕ちゃん」
「ありがとうございます」
「良かったね、よっすぃ〜」

 矢口が吉澤に微笑んだ。吉澤が、はい、と頷いて嬉しそうに笑った。

「それじゃ、なっち達帰るから。あ、矢口、送ってくよ」

 車で来ていた安倍と後藤がそう声をかけて、矢口はありがとうと頷いた。
 そして裏口から出て行く安倍達に続こうとすると、矢口は中澤に声をかけられた。

「ああ、矢口。ちょっといいか?」
「ん? うん」

 頷いて、吉澤に先にいっていてと声をかける。吉澤はそれに頷き、裏口から安倍達の後を追った。
141 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/23(金) 01:34
徐々にいろんなことが分かってきて面白い
何かが起こりそうで怖くて楽しみです
142 名前:Vol.6喫茶店で働く機械人形。 投稿日:2007/03/11(日) 19:58
「なに? 裕ちゃん。バイトの人ならその内誰かに声かけてみるよ?」

 中澤はそれに深刻そうに頭を振り、いつもつけている青いペンダントを触った。

「あのな……吉澤に気ぃつけ」
「え?」
「――矢口、あれはドールやで? 分かるな?」
「分かってるよ」
「圭坊から聞いた。感情システムは本物でも、製造番号がないっちゅーことは、違法かも知れへんで?」
「裕ちゃん?」

 中澤の意図が読めず、矢口は困惑した表情を見せる。

「あんまり、のめり込むなっていうてるんや」
「のめりこむって……」

 相棒ドールを可愛がるのは、普通のことである。
 だが、中澤は溜息をついて、言った。



「あんた、あの子のこと人間と同じようにあつかっとるやろ」


143 名前:Vol.6喫茶店で働く機械人形。 投稿日:2007/03/11(日) 19:59
 息をのんだ。一瞬思考が停止して、動きを止める。
 痛い一言だった。
 確かに、矢口は吉澤をドールとして見切れていないところもある。
 あまりに人間と同じようで、人として扱ってしまいそうになる。
 しかし。
 彼女は、どんなにあがいても、ドールなのだ。

「それじゃあ、あんたが辛い思いすんねんで」
「何言って……」
「……なぁ、矢口。うちと付き合わん?」
「……は? ……はぁ?!」

 急な話の展開に矢口は声をあげた。
 何度かそんな事を言われた事があったが、それは全て冗談だったはずだ。
 だが今は。

「な、なに、急に」
「――ええやん。別に、好きな奴おらんのやろ?」
「い、いないけどさ」
「じゃあ、付き合おう」
「だ、ダメだよ」
「なにが?」
144 名前:Vol.6喫茶店で働く機械人形。 投稿日:2007/03/11(日) 20:00
 中澤が矢口に近づいた。矢口はそれに後退する。がたっと何かにぶつかり、振り向いたら机があった。
 焦って前を向くと、中澤が丁度矢口の両脇に手をかけたところだった。これでもう逃げられない。

「ゆ、裕ちゃん」
「なにがダメなん? 矢口……」

 真剣な瞳に心が揺らぐ。
 何かを言おうと、矢口が口を開いた瞬間、中澤がそれを塞いだ。

「んぅっ?!」

 急なキスに矢口は一瞬真白になり、抵抗できなかった。

「矢口さーん? 安倍さんたち待ってますよぉー」

 吉澤ののん気な声に矢口は我に返り、じたばたと暴れて中澤を突き飛ばした。
 唇を拭って、中澤に叫ぶ。

「じゃ、じゃあね、裕ちゃん!」
145 名前:Vol.6喫茶店で働く機械人形。 投稿日:2007/03/11(日) 20:01
 裏口から飛び出して、吉澤の声のするほうに走った。
 暗闇で見えなかった吉澤の姿が確認できた時、矢口は安堵して速度を緩めた。

「ご、ごめんね。待たせちゃって」
「あたしはいいんですけど、安倍さんが怒ってますよー。……なんかありました?」
「え?!」
「え? ど、どうしたんですか?」

 声をあげた矢口に驚く吉澤。それにぶんぶんと頭を振って、矢口は誤魔化した。

「な、なんでもないよ……」
「そうですか? あ、早く行きましょう」

 車に乗ると、矢口遅いーと安倍が文句を言ってきた。それに謝りながら、矢口は先ほどまでの事を思い出していた。
 急なことで動転してしまっていたが、中澤を突き飛ばしてしまった事が悔やまれた。大丈夫だっただろうかと心配になる。

「そういえば、中澤さんって――」
「ええ?!」
「な、なんスかぁ?」

 吉澤が何気なく呟いた言葉に過剰反応してしまった矢口。矢口は慌てて謝った。
146 名前:Vol.6喫茶店で働く機械人形。 投稿日:2007/03/11(日) 20:02
「ご、ごめん。なんでもないよ。それで、裕ちゃんが?」
「あ、いや。中澤さんって、ドール持ってないんですか?」

 そういえば、と矢口は意外な事に気がついた。
 あれだけ繁盛してお金だってあるだろう。忙しいと言っているのならドールを買えば良い。
 それなのに、中澤が自分のドールの話をしているところを聞いた事が無い。

「そういえば、そうだね。なんでだろ」
「裕ちゃんにも色々あるんだべ」

 矢口の言葉に助手席に座る安倍がそう言った。
 色々。
 そんな単語で、矢口は先ほどのキスを思い出してしまい、顔を赤くした。

「矢口さん?」
「ぅぁ! な、なんでもないよ」

 ダメだダメだ。今日はもう早く寝よう。矢口は中澤の事が頭から離れず、そう思った。




147 名前:Vol.6喫茶店で働く機械人形。 投稿日:2007/03/11(日) 20:02
 矢口に突き飛ばされた中澤は、溜息をついて苦笑を漏らした。
 それからよいしょと立ち上がる。掛け声にババくさいなと自嘲した。

 強引過ぎただろうか。

 中澤は矢口にした先ほどの行為を考える。田舎から出てきてまだ一年。
 エージェントになるため頑張っていたのだ。男には目もくれなかっただろう。

 免疫なさそうやもんなあ。

 先ほどキスしたときも目を白黒させていた。焦りすぎや、と自分で自分を戒めた。
 けれど、ああでもしなかったら矢口は自分の気持ちには気付かないだろうし、それに何より――。

「吉澤がなぁ」
148 名前:Vol.6喫茶店で働く機械人形。 投稿日:2007/03/11(日) 20:04
 明らかに吉澤に人として接している矢口を見て、焦った。
 あの二人は一緒に住んでいるのだ。それなら、そういう感情だって芽生えたって仕方ない。

 矢口を取られたくなかった事もあるが、それ以上に、矢口の吉澤へそういう感情が芽生えるのを恐れた。

 中澤は知っている。

 ドールへの恋心を。
 それが決して報われない恋だということを。
 そうして、その辛さを。

「――なあ、みっちゃん」


 青いペンダントを握り締めながら、かつての相棒の名前を呼んだ。



149 名前:Vol.6喫茶店で働く機械人形。 投稿日:2007/03/11(日) 20:04
Vol.6喫茶店で働く機械人形。EnD
150 名前:ヒカルヒト 投稿日:2007/03/11(日) 20:06
>>141
 レスありがとうございます。
 亀更新で中々進みませんが、よろしくお願いします。
151 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/11(日) 20:42
お待ちしてました
色々解って来てわくわくしますね
どんな過去があるのやら・・・

152 名前:ヒカルヒト 投稿日:2007/04/30(月) 23:40
 生存報告だけしておきます。

>>151
 レス有難うございます。
 お待ちいただいているのに更新できなくてすみません。
 これからできうる限り更新していきたいです。
153 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/05/02(水) 17:01
待ちますよ
154 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/05/17(木) 17:40
楽しみにしています
155 名前:Vol.7お化け退治をする機械人形。 投稿日:2007/06/14(木) 08:53
「よっすぃ〜、それこっち持ってきてー」
「はい」

 吉澤は重たいはずの冷蔵庫を軽々持ち上げ、台所の隅に置いた。

「これで大体おわりっすね」
「そうだね。良かったね、良い部屋が見つかって」

 矢口達は新しい家へと引っ越してきた。
 家賃は四万六千円。駅まで五分。
 トイレ、風呂は別々できちんとついているし、台所に広いリビング、それに寝室が一室ついている。
 値段にしては、かなり良い物件だ。

「はい。保田さんにお礼を言わなくちゃいけませんね」

 この物件は、保田の紹介だった。どこか良い所はないかと聞くと、迷わず此処を紹介してきたのだ。
156 名前:Vol.7お化け退治をする機械人形。 投稿日:2007/06/14(木) 08:54
「ほんっとーに安いよねえ。これで四万六千円なんて」

 矢口がそう言ったとき、携帯がなる。画面を見ると、丁度保田だった。

「あ、もしもし圭ちゃん?」
「もしもしー? 引っ越し終わった?」
「うん、終わったよー! ありがと、良い物件紹介してくれてさー!」
「あー、それなんだけどさ」
「ん?」

 言いにくそうな保田の声に、少し首をかしげる。

「言い忘れたことがあって」
「言い忘れたこと?」
「うん。あのね、そこ」


 嫌な、予感がした。


「出るのよ」
「え? なにが?」
「おば」

 ぴっ。

 矢口は瞬時に携帯を切った。そんな三文字聞きたくもないと吉澤の方を向く。
 吉澤は通話が終わったのかとにこにこ笑っていた。
157 名前:Vol.7お化け退治をする機械人形。 投稿日:2007/06/14(木) 08:54
「よっすぃ〜」
「はい?」
「今すぐ引っ越そう」
「はい。……んぇ?!」

 予想外すぎる言葉に吉澤が驚く。しかし矢口は今出したばかりの私物をダンボールに詰め始める。

「んな、何してんですか矢口さん!!」

 吉澤が慌てて止めると、矢口が暴れた。

「いやー! 絶対今すぐ引っ越すの! おいらについて来てくれるっていったじゃんかぁ」
「だって今引っ越してきたばっかなんですよ!?」
「ダメー! おいらお化けダメなの!! こんなところで安眠できない!!」
「お、お化け?!」

 話の見えない吉澤は困惑するしかなかった。
 矢口は急に大人しくなり、正座して吉澤を見た。

「ここがとても安いわけが分かりました」

 思わずそれに吉澤も正座して頷く。
158 名前:Vol.7お化け退治をする機械人形。 投稿日:2007/06/14(木) 08:55
「は、はい」
「ここは、お化けが出るのー!!」

 もはや悲鳴に近い叫び。

「え、えっと矢口さん……」
「おいら、ダメなの! そういうの、絶対、無理、無理!」
「お、落ち着いてください矢口さん! え、えっと……お化けが出てもあたしがいますから! あたしがちゃんと護りますから!」

 だ、だから落ち着いてくださいと矢口を宥める。矢口は吉澤の言葉に一瞬考え、顔を赤くした。

「な、何言ってんだよ、よっすぃー!」
「ええ!? なにか変な事言いましたあたし?!」

 自覚ないのかよ! と矢口が突っ込んだ時、窓の所に黒い大きな影が見えた。

「いやー?!」
「え!?」
159 名前:Vol.7お化け退治をする機械人形。 投稿日:2007/06/14(木) 08:55
 思わず吉澤に抱きついてぶるぶる震える矢口。
 ひーっひっひっひーと笑い声が響く。
 吉澤は矢口を抱きしめながらその声のした方を見た。

 大きな黒い影がひらひらと窓の外に見える。
 これがお化けらしい。
 こんなのの何が怖いんだろうとドールの吉澤は考えたが、ぶるぶる震えている矢口を見て仕方なく窓の方へむかった。

「よ、よっすぃ〜?」

 声までも震えている矢口に微笑む。そうして、勢いよく窓を開けた。
 瞬間白い物がひらひらと見える。思わず力強く引っ張った。

「うあああ?!」
「のあああ!!」

 同時にベランダにドサドサと落ちてくる白い物。そして二人の子供。

「あ」

 吉澤が声をあげてその二人を見た。その二人の子供には見覚えがあった。
160 名前:Vol.7お化け退治をする機械人形。 投稿日:2007/06/14(木) 08:55
「死のハンターさんのドールたち……」

 そう、その二人の子供は、<死のハンター>と恐れられている飯田のドール、辻と加護だったのだ。

「い、いたいのれ……です」
「いたたた……」

 頭やら腰やらを押さえて呻く少女ドールたち。吉澤はなんと言っていいか分からなかった。

「あれ、こないだ飯田さんと話してたドールさんだ」
「あ、ホンマや」

 少女ドールが吉澤に気付いて笑顔を見せた。吉澤もそれに曖昧な笑みを浮かべる。
 ふと一緒に落ちてきた白い物に視線を向けるとそれはなんとシーツだった。

「……もしかして、君たちがこれでお化けのイタズラしてたの?」
「てへへ……ばれちゃった」
「あかんなぁ〜。もうちょっとこったもんにしとけば……」
「よ、よっすぃ〜? お化けは……。って、なに? この子達」
「お化けです」
「え?!」

 吉澤の言葉に矢口が絶句する。吉澤は黙ってマスターに白いシーツを指差した。
 それで全てを悟る事が出来る矢口。
161 名前:Vol.7お化け退治をする機械人形。 投稿日:2007/06/14(木) 08:56
「嘘……それじゃ、ずぅっとあんた達がこの部屋に入ってきた人たち脅かしてたの?」
「ん? おどかすっちゅうか、まあ下の階の人への洗礼や」

 吉澤と矢口は呆れた。
 まさかこんな子供ドール二人のせい、というか、おかげでこの普通なら六万を超えるような物件は家賃四万六千円になっているのだ。

「えーと、ありがとう、なのかな……」
「いえ、これは迷惑だから怒るべきかと……」

 矢口と吉澤が反応に困っていると、上から声が聞こえてきた。

「辻ー、加護ー? 何してんの?」
「あ、飯田さんなのです」
「やっば。早くシーツ隠して隠して」

 加護が慌ててシーツを矢口達の新居に投げ入れる。

「辻? 加護? なんだそんなところにいたの」

 飯田が上のベランダから顔を出してこちらを見下ろしてきた。
162 名前:ヒカルヒト 投稿日:2007/06/14(木) 08:59
少量更新ですみません。
色々あって中々更新できませんでした。
娘。にも色々ありすぎましたね、この二ヶ月ほどで。

>>153
 待っててくださって有難うございます。
 なんとか完結にまではこぎつけたいです。

>>154
 楽しみにしてくださって有難うございます。
 なるべく早く更新するよう心がけますのでよろしくお願いします。
163 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/06/15(金) 02:07
待ってましたよ、更新ありがとう。
164 名前:名無し飼育さん 投稿日:2007/06/17(日) 23:29
微笑ましい展開が嬉しいです。
優しい雰囲気ですね。
165 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/24(金) 04:38
待ってます
166 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/30(日) 23:56
やぐよしが減ってるのでこの小説は完結まで読みたいですZ

祐ちゃんとみっちゃんには何があったんだろう[
167 名前:Vol.7お化け退治をする機械人形。 投稿日:2007/10/13(土) 11:15
「何してるの? 下の階の人へ挨拶?」
「そ、そうなのれす! この間の人たちなのです!」
「この間? ……ああ、矢口だっけ? うっそ、引っ越してきたんだ」

 飯田は矢口の姿を見つけると、嬉しそうな声を出して、ベランダから飛び降りた。

「だー!?」

 はたから見れば美女の飛び降り自殺。
 吉澤と矢口が青くなって叫ぶと、美女は華麗に自分達の階のベランダの手すりに立ち止まった。

「う、うそぉ」

 矢口はあまりの凄さに呆然としていると、飯田は矢口の手を取って、

「下の階なんて嬉しいなあ。よろしくね」

 とぶんぶん握手してきた。
168 名前:Vol.7お化け退治をする機械人形。 投稿日:2007/10/13(土) 11:15
「あ、は、はい」
「それじゃ、辻、加護」

 にっこりと飯田が綺麗な笑顔を見せた。それに辻と加護は笑い返す。

「シーツで遊んだ罰として、部屋の掃除と食器洗いね」
「え?!」

 二人の子供ドールは固まった。

「な、なんでばれたのれす!?」
「シーツは隠して……」
「だって辻、動揺するとろれつが回らないじゃない」
「あ」
「……のののあほー!!」

 なんだかにぎやかになりそうだ。吉澤と矢口は微笑んだ。
169 名前:Vol.7お化け退治をする機械人形。 投稿日:2007/10/13(土) 11:16
 その時。


 ひーっひっひー。


 そんな笑い声が矢口達の部屋から響いた。
 部屋の中を見ると黒い影が飛びまわっている。

「ちょっと、あんた達!?」

 矢口がぎろっと二人を睨むと二人は慌てて首を振った。

「の、ののたちじゃないのれす!!」
「ちゃ、ちゃうわっ!!」
「え……?」
170 名前:Vol.7お化け退治をする機械人形。 投稿日:2007/10/13(土) 11:16
 矢口と吉澤が顔を見合わせた。
 そう、よく考えたらあんな辻加護のヘンなお化けに気付かない人間はいないはずがない。
 あれを信じ込んで、本当に四万六千円なら人間バカだ。

「じゃあ……」
「あー、本物だね」

 飯田がのんびりそう言った。

「いっいやああああああ!? よっすぃー!! 退治、退治してきてー!!」
「ええ?! 無理ですよあんな本物!! ドールじゃないんですし!」
「おいらの事護ってくれるって言ったじゃん!!」
「退治するとは言ってませんYO!」

 そんな言い訳をして、吉澤は慌てて矢口から逃げる。

「いやー! もう引っ越す!! 絶対引っ越すー!!」
「大丈夫だよー、私が後でお札はっといてあげるから」
「飯田さんすげー!?」


「のの」
「ん? なに?」
「賑やかになりそうやなあ」
「そーだね。でも、楽しいよ」

 二人のお子様ドールはそういいながら、いまだ暴れまわる大人たちを見ていた。

171 名前:Vol.7お化け退治をする機械人形。 投稿日:2007/10/13(土) 11:17
Vol.7お化け退治をする機械人形。EnD
172 名前:ヒカルヒト 投稿日:2007/10/13(土) 11:21
 またもや少量&遅い更新で申し訳ないです。
 もうすぐ一年たつのにこの少ない量……。

>>163
 待っててくださってありがとうございます。
 更新が本当に遅くて申し訳ないです……。

>>164
 ありがとうございます。
 なるべく楽しく書きたいところです。

>>165
 待たせて申し訳ないです。頑張ります。

>>166
 やぐよし最近ホントに減りましたね……。
 完結できるように頑張ります。
173 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/10/14(日) 00:49
更新キテタ
待ってて良かった
174 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/10/20(土) 19:58
矢口とよっすぃーってまずありえない組み合わせですね。
よっすぃーファンとしてはちょっと…
175 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/10/23(火) 01:16
ありえないとか言うよっすぃファンはにわかだね
久々に更新きてて良かった
176 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/30(日) 03:57

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