アリスの茶会

1 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/11/01(水) 12:00
とくに何が起こるわけでもない。
とくに何がしたいわけでもない。
それは、ひと夏の夜の夢。

りかさゆです。
2 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/11/01(水) 12:01
『アリスの茶会』
3 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/11/01(水) 12:02
時は現代、季節は夏、時刻は夜の10時を廻っている。
昼間の熱と賑わいが醒めた街の一角に、その公園はあった。

公園といっても子ども達が遊ぶような遊具の類はなく
オフィス街に設けられた、昼休みにOLがお弁当を広げていそうな小洒落た広場。
レンガ調の赤い石畳の敷かれ、周囲に芝生と植え込みが築かれている。
植え込みは決して多くないのだが、夜の闇と混ざり合い、鬱蒼とした森を思わせる。

街の中に、この時間だけ現れる不思議な森。

その森に、公園に、一組みだけ用意された木製のテーブル。
テーブルに置かれたティーカップの紅茶が、うっすら湯気を立てている。
それらを挟みベンチに座る、2人の乙女の姿あった

森の中で楽しそうにおしゃべりに興じる2人。
不思議な光景は、まるでファンタジーの一場面を思わせる。

それは天使か妖精か。
4 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/11/01(水) 12:03
梨華はにこやかにティーカップを口元に運ぶ。
形の良い唇が薄く告げる。

「だからね、紅茶を淹れるとき
 もっとも注意しなきゃならないのは温度なのよ」

前もってポット、ティーカップを暖めておくのは基本。
ヤカンでお湯を沸騰させたら、ヤカンをポットに持っていくのではなく
ポットの方を火のそばまで持って行って、お湯を注ぐくらいでないと。

「でも紅茶はまったりゆっくり飲みたいですね」

さゆみはちびちびとティーカップに口をつける。
ゆったりと流れる夜の空気が、少なくなった紅茶からわずかに熱を奪う。

「そうね… それなら…
 私の心の熱が冷めないようにって
 さゆがそばにいてくれればいいのよ」

それは真夜中のお茶会。
それは不思議な森のお茶会。
紅茶が香る甘い時間。

「石川さん…
 本当にお熱があるんじゃないですか?」

始まったばかりの夏の夜は更けていく。
5 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/11/01(水) 12:04
『アリスの茶会』<了>
6 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/11/01(水) 12:05
今日、11月1日が「紅茶の日」であることをご存知ですか?
7 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/11/01(水) 12:22
へぇ、そうなんですか。
初めて知りました。少し頭が良くなりましたw

幻想的な感じがよかったです。
次のお話も楽しみにしてますね。
8 名前:名無し飼育 投稿日:2006/11/03(金) 18:32
さゆw
9 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/11/11(土) 02:00
『うさぎの罠』
10 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/11/11(土) 02:00
陽が沈んで暑さも落ち着き、時の流れもゆるむような、7月半ばの夏の夜。
集合住宅が並び大きな道路の走る街中に、小奇麗な公園があった。
手入れの行き届いた植え込みの緑が目に鮮やかな、居心地のいい空間である。

しかしこの時間、その枝葉の緑は夜に溶け
まるではるか彼方まで続いている森林のような深みを感じさせる。
わざと低く造られた街灯が照らす光と影のコントラストが
緑の闇に埋没する公園を、ぽっかりと浮かび上がらせていた。

それはまるで不思議の国。
絵本の挿絵になりそうな光景だった。

その絵本の住人―――さゆみの持つ銀の懐中時計が0時を指した頃
不思議の国へと迷い込む梨華の姿があった。
気づいたさゆみは、うさちゃんのマスコットのように微笑む。
11 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/11/11(土) 02:01
「こんばんは石川梨華さん。
 またお会いしましたね」

昨日とは逆の立場に、まるで鏡ごしの世界を見ているかのような既視感を覚え
今日もまたさゆみが深夜の公園にいることに梨華は多少ならず戸惑った。

「昨日はご馳走様でした。
 だから今日はさゆみがお茶をご馳走するの」

さゆみの前にはひらひらのレースペーパーを敷いたトレーが用意されていた。
その上には2人分のティーカップとソーサー、コージーを被せたティーポット
さらにミルクピッチャーやシュガーポットなどが乗せられていた。
必要最低限だが、本格的な紅茶道具一式だ。

紅茶好きと言ってしまった手前、ここまで用意されは引くに引けない。
梨華はとりあえずさゆみの向かいのベンチに腰を下ろした。

「あのね、私これでも喫茶店でバイトしてるのよ?
 紅茶にはうるさいんだから」

と言っても毎日ゴールデンルールを楽しんでいるわけではない。
ティーバックやコンビニのペットボトルだって利用する。
12 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/11/11(土) 02:01
さゆみは心から嬉しそうに、そして楽しそうに紅茶を注ぐ。
ちょっとした夏の夜を、お洒落にもてなしてくれる小さな天使。
一人でゆっくり飲むのもいいが、誰かとおしゃべりしながらも悪くない。
梨華は白く湯気が煙るカップを手に取りひと口含んだ。

「…道重さん、あなたに紅茶を淹れる才能はないわ」

紅茶の楽しみは味だけでなく色と香りである。
苦味や渋味がきついというのならまだ紅茶と呼べるだろう。
味わいの深みとコクも紅茶のポイントのひとつだから。
しかしさゆみの淹れたそれは、風味などすべて吹き飛んだ色付きの砂糖湯だった。

たしかに紅茶は趣味で、嗜好品だ。
おいしいと思うならどんな飲み方をしてもかまわないが
その甘さはあまりにも殺人的だった。

「これじゃ、甘い毒よ」
「いやん」

反省の色が微塵も感じられない小悪魔は
どこまでも純粋に深夜のお茶会を楽しんでいる。

「明日は苺ジャムでロシアンティーをつくりましょうね。石川さん」
13 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/11/11(土) 02:02
『うさぎの罠』<了>
14 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/11/11(土) 02:03
キャッチコピーは「超日常系ファンタジー」。
15 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/11/11(土) 08:50
うぉっ、お洒落な作者さんだね!
がっつりはまりました。
この雰囲気、好きです。
16 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/11/11(土) 12:59
不思議な雰囲気の作品発見。なんか好きだなぁ。
次回更新楽しみにしてます。
17 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/11/21(火) 12:00
『カタログハウス』
18 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/11/21(火) 12:00
白い木製のテーブルの上、白いレースペーパーの敷かれたトレーの
白い陶器のティーカップ注がれたミルクティーから、白い湯気が煙っている。
少し薄暗い公園の中で、魔法のように静かに優しく彼女たちを包み込む。

梨華とさゆみが真夜中の公園でおしゃべりを楽しむようになって2週間。
カレンダーは8月に変わっていた。

その間、さゆみの意外な一面を見るちょっとした出来事があったものの
とくにこれと言った事件や問題は一切起こることなく
今日もまた昨日と同じように2人はカップを傾けていた。

いつもと変わらない日常の中の
いつもと変わらない不思議な時間。
19 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/11/21(火) 12:02
「このティーセットかわいいの」

さゆみは公園のベンチで通販雑誌を開いていた。
そこには実用的なものからアンティークまで
たくさんのティーカップやティーポット、紅茶雑貨が載っていた。
梨華もティーカップをソーサーに戻し、覗き込んでくる。

「石川さん、ティーポットは陶器派ですか? それともガラス派?」
「私が持ってるポットは耐熱ガラスよ。
 葉っぱが開いてお湯が紅くなっていくのを楽しめるわ」
「さゆみは白磁に模様の入ったかわいいのが好きなの。
 レパートリーもあって見て楽しむなら断然陶器なの」
20 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/11/21(火) 12:02
「でもそーゆーのって飽きがくるじゃない。
 シンプルな方がいいよ。値段もそれなりにするしね。
 ガラスの方が清潔感もあるし汚れも落ちやすいよ?
 ずっと使うならやっぱりガラスよね」

ティーポットは陶磁器かガラス製、またはティーサーバーがベストだ。
ジャンピングに適した丸型で持ちやすいデザイン
安定感があり、バランスが取れているものを使うのが良い。
鉄は紅茶の香りや色、味を損ねるので注意が必要だ。

紅茶好きの間では紅茶を飲むだけでなく
自慢のティーセットを見せ合うのも楽しみのひとつだ。

「まあ、買わないですけどね」
21 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/11/21(火) 12:03
『カタログハウス』<了>
22 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/11/21(火) 12:04
『さゆみ、小さなビンのおくりもの』
23 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/11/21(火) 12:05
ふたつ並べられたカップの舞台に魔法瓶から注がれる湯。
浮かんだ茶葉が紅い軌跡を残して踊る。

昨日の本格的な紅茶道具一式が嘘であったかのような市販のティーバックと
ラベルも何も貼られていない小瓶に詰まった、ワインレッドの自家製ジャム。
お手軽なんだか手が込んでいるんだか分からない、アンバランスな組み合わせ。

さゆみはスプーンでジャムを掬い、舌先でペロッと舐めた。

「………」

さゆみの真意を、梨華は疑った。
24 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/11/21(火) 12:06
ロシアンティーとは本来、紅茶にジェムを入れて飲むことではない。
紅茶にロシアの有名なお酒ウォッカを垂らし、
ジャムを舐めて紅茶で流すように飲むスタイルを言うのだ。
ジャムも苺だけではなく、ブルーベリー・ブドウ・マーマレードも用いる。

そしてさゆみが用意したティーバック。
本来なら主役であるはずの紅茶だが、ティーバッグを使うことで
紅茶そのものの物足りなさにより、逆にジャムのいろいろな美味しさを楽しむことができる。
25 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/11/21(火) 12:07
「このジャム、石川さんにプレゼントしてあげます」

受け取った小瓶のジャムは濃い赤で、底まで見えなかった。

その中にある不思議は計算? 理解不能なキャラクターは天然?
これは全てさゆみの演技ではないのだろうか。

だとしたら貴女は舞台のどこに立つの、エトワール?
26 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/11/21(火) 12:07
『さゆみ、小さなビンのおくりもの』<了>
27 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/11/21(火) 12:08
短編集というより、オムニバスというより
時系列をシャッフルした「テイスティングストーリー」。
28 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/11/23(木) 21:16
何か、読んだ後に心地よい余韻がひろがります。
次回も楽しみにしております(*´Д`)
29 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/03(月) 01:44
紅茶の香りが漂ってくるような気品のある文章ですね
優しい感じがすごく好きです
更新楽しみに待ってます

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