Greatなお二人の話
- 1 名前:名無し飼育さん 投稿日:2006/12/15(金) 01:37
- どうも。
このお二人がユニットを組まれる前に、以前、ここでその名前を先取りした愚か者です。
くだらないお話で申し訳ないですが、趣味が日々妄想なので書かずにいられませんでした。
よろしくお願いします。。。
- 2 名前:名無し飼育さん 投稿日:2006/12/15(金) 01:38
-
【あたしの嘘】
- 3 名前:名無し飼育さん 投稿日:2006/12/15(金) 01:39
- 「あんたさぁ、なんで彼氏作んないの?」
いつも通り、遠まわしな言い方はせず、率直に聞いてみた。
「彼氏?う〜ん・・・。だって今はそんなの作ってらんないし」
「なんでよ。あんたいっつも家に引きこもってさぁ、あたしあんたの将来が心配なのよ」
半分は嘘。ホントは自分のこの先のことの方が心配だから。
「え〜、だってさぁ、今彼氏作ったって、もしそれがバレたらメンバー全員に迷惑かけるし。事務所のイメージもまた悪くなんじゃん。
それに、亜弥ちゃんが美貴にとっては彼氏役なんだからいいんだよ」
- 4 名前:名無し飼育さん 投稿日:2006/12/15(金) 01:42
- ほぉ、こいつ結構責任感あるんだ。
まぁ、メンバー内では最年長だし、そこら辺の空気はちゃんと読んでるってわけですか。
実は、少し前まではいくらか余裕を持って接してこれていたのだけれど、
最近結構ヤバくなってきて、正直困っていた。
だけど仕方ない。もうちょっとだけ彼氏役でいてやるか・・・。
「たんの彼氏役って意外と大変なんだよ?」
「またまたぁ。そんなこと言ってホントは嬉しいくせにぃ」
「ンハッ。バカだろ、お前」
- 5 名前:名無し飼育さん 投稿日:2006/12/15(金) 01:43
- ホントにちょっとだけだからね。
あたしだっていつまでも冷静保っていられる程、穏やかな性格じゃないんだよ。
もしかしたらその嬉しそうな笑顔を、壊してしまう日が来るかもしれない。
だからそうなる前に、早くいい人見つけてよ。
- 6 名前:名無し飼育さん 投稿日:2006/12/15(金) 01:44
-
「亜弥ちゃん好きだよぉー」
「ダーリンも好きだよー」
- 7 名前:名無し飼育さん 投稿日:2006/12/15(金) 01:47
- ◇ ◇ ◇
- 8 名前:名無し飼育さん 投稿日:2006/12/15(金) 01:48
-
【美貴の本音】
- 9 名前:名無し飼育さん 投稿日:2006/12/15(金) 01:48
- 「あんたさぁ、なんで彼氏作んないの?」
- 10 名前:名無し飼育さん 投稿日:2006/12/15(金) 01:51
- ある日、彼女にこんなストレートな質問をぶつけられた。
「彼氏?う〜ん・・・。だって今はそんなの作ってらんないし」
「なんでよ。あんたいっつも家に引きこもってさぁ、
あたしあんたの将来が心配なのよ」
彼女らしい。長女で面倒見がある彼女だからこそ、納得できる言葉だ。
「え〜、だってさぁ、今彼氏作ったって、もしそれがバレたら
メンバー全員に迷惑かけるし。事務所のイメージもまた悪くなんじゃん。
それに、亜弥ちゃんが美貴にとっては彼氏役なんだからいいんだよ」
- 11 名前:. 投稿日:2006/12/15(金) 01:55
- 全部ホントのこと。
不祥事や騒動が続いている今、自分まで迷惑をかける立場にはなりたくない。
人気だって下げたくないし。
それに彼女に甘えられる今の関係だって好きだしね。
まぁ、亜弥ちゃんにはちゃんと相手がいるから、自分だけを見てもらえないのが
ちょっと寂しいけど。
――なんか気持ち悪いね、美貴。
- 12 名前:. 投稿日:2006/12/15(金) 01:56
- 「たんの彼氏役って意外と大変なんだよ?」
「またまたぁ。そんなこと言ってホントは嬉しいくせにぃ」
「ンハッ。バカだろ、お前」
たまに美貴は暴走してしまう。
結構ギリギリな事だってわかってるのに、口が勝手に喋ってたり。
でも、彼女はそれを笑って受け入れてくれる。
だからついつい甘えてしまうんだ。いけないってわかってるのに――。
- 13 名前:. 投稿日:2006/12/15(金) 01:57
-
「亜弥ちゃん好きだよぉー」
「ダーリンも好きだよー」
- 14 名前:. 投稿日:2006/12/15(金) 01:58
-
- 15 名前:. 投稿日:2006/12/15(金) 01:58
- ◇ ◇ ◇
- 16 名前:. 投稿日:2006/12/15(金) 01:59
-
- 17 名前:A 投稿日:2006/12/15(金) 20:27
- この後どうなるの??
- 18 名前:名無し飼育さん 投稿日:2006/12/16(土) 07:47
-
【夕雲に――】
- 19 名前:名無し飼育さん 投稿日:2006/12/16(土) 07:49
- 珍しく仕事が早くに終わり、気晴らしに街を散歩していた今日。
何気なく携帯を開くと、ディスプレイに夕焼けの光が反射された。
携帯を閉じ、見上げた空はよく晴れていて、夕焼けの鮮やかな色とそこに浮かぶいくつかの雲が、いい具合にバランスをとっておりとても美しかった。
――こんな空見たの久しぶりだな。
普段は夕日も落ち、外が真っ暗にならないと仕事は終わらないので、
こんな久しぶりの光景にボーっと浸ってしまった。
真っ白な雲がちょうど夕日と重なり、オレンジがかった美しい色になった。
- 20 名前:名無し飼育さん 投稿日:2006/12/16(土) 07:51
-
なぜだろう―――
理由はわからないが、その時頭にふと恋人の彼女の顔が浮かんだ。
- 21 名前:. 投稿日:2006/12/16(土) 07:53
- 少し困ったように笑う彼女の顔。
呆れつつも仕方がないなぁ、と受け止めてくれる時によくするその顔。
「ホントお前バカ」なんて言葉もプラスされて――。
少し悔しくなるけれど、やっぱりそう言っても優しく抱きしめてくれるから好きな顔。
- 22 名前:. 投稿日:2006/12/16(土) 07:56
-
いつもは周りにツンツンしている自分だけど、
そんな自分を素直にさせてくれたのは紛れもなく彼女。
きっと自分は色んな面で、彼女からいい刺激を受けたと思う。
例えば、気長な彼女と一緒にいるもんだから、短気な自分も最近は少し、
気が長くなったような感じがするし。
周りの人に対しても優しく接することが出来るようになったと思う。
ソロで経験豊富な彼女がいたから、仕事で悩んだ時、いつも相談することができた。
その返答も、軽い口調ながら的確なアドバイスであったから、
素直に聞き入れ、その後の仕事にも生かすことができた。
他にも思い当たる節はあったが、挙げていたらきりがないくらい。
彼女がいたから全部成し得たこと。
- 23 名前:. 投稿日:2006/12/16(土) 07:58
-
きっとこれまでの人生に彼女の存在がなかったら、今の自分はいないだろうと本気で思う。
それくらいその存在は自分にとって重要なのである。
- 24 名前:. 投稿日:2006/12/16(土) 07:59
-
――私もそんな風に思われてるかな・・・。
- 25 名前:. 投稿日:2006/12/16(土) 08:01
-
彼女にとって、自分もいい刺激を与える存在になっているだろうか。
成長材料としてちゃんと役立っているであろうか。
深く追求しても、普段の自分がどのように彼女の瞳に映っているのかなど、正直わからない。
でも、彼女が自分に向ける笑顔を見ていると、そこまで無意味な存在でもないのかな、
と、思わせられる。
自分ばかりが頼るのは嫌であるが、彼女にとって少しでもこの存在が意味のあるものであればそれでいいと思った。
- 26 名前:. 投稿日:2006/12/16(土) 08:02
-
相変わらず夕雲は綺麗だった。
- 27 名前:. 投稿日:2006/12/16(土) 08:03
-
「好きだよ。亜弥ちゃん・・・」
その言葉を発すると共に、自然と自分の目に涙が溢れた。
必死に唇を食いしばって耐えてみたが、それも甲斐なく涙は零れた。
- 28 名前:. 投稿日:2006/12/16(土) 08:04
- 好きな人を想って泣くなんて初めてで驚いた。
でもそうさせた相手が彼女ならばと、納得をした。
- 29 名前:. 投稿日:2006/12/16(土) 08:05
-
今彼女もこの夕日を見ているであろうか。
見て、自分と同じように考え、こんな涙を流しているであろうか。
ふと、そんな事を思った。
万が一そうであったら、自分はこの世で一番の幸せ者だと思う。
- 30 名前:. 投稿日:2006/12/16(土) 08:06
-
- 31 名前:. 投稿日:2006/12/16(土) 08:06
-
◇ ◇ ◇
- 32 名前:. 投稿日:2006/12/16(土) 08:07
-
- 33 名前:. 投稿日:2006/12/16(土) 08:09
-
Fin.
- 34 名前:名無し飼育さん 投稿日:2006/12/16(土) 08:12
- 作者です。
>>17
すいません。最後にFin.て付けるのを忘れていました。
- 35 名前:AM 投稿日:2006/12/16(土) 13:25
- もっとGreatなお二人の話が読みたいです!
- 36 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/12/16(土) 13:31
- (・∀・)イイヨーイイヨー
もっといろんなあやみきを書いてくだされ
- 37 名前:. 投稿日:2006/12/23(土) 08:48
-
【幸か不幸か】
- 38 名前:. 投稿日:2006/12/23(土) 08:49
-
私たちを応援してくれている人は、たいていみきとあやちゃんが
仲が良いということは知っている。
ファンの応援とみきたちの懇願の甲斐もあって、
やっと二人だけのユニットだって組ませてもらえることにもなった。
でもね、みきは正直、今の自分の気持ちがよくわからない。
もちろん二人は本当に仲が良いし、お互い気を使うことがない許し合えた存在にまでなっている。
だから友達というそんな小さな枠には納まりきらないほどで、
みきにしたらあやちゃんは居なきゃいけない存在。
たぶん今ではみきの心の半分は、あやちゃんで占められているんじゃないか
と言ってもおかしくないくらい。
- 39 名前:. 投稿日:2006/12/23(土) 08:50
-
でもそうやって思う分、すごく不安になる。
- 40 名前:. 投稿日:2006/12/23(土) 08:51
- 自分たちの距離が近くなりすぎたせいで、もうこの後は離れていくことしか
残っていないんじゃないかって。
最近一人になると、そのことばかりが頭の中をグルグルと渦巻いている。
ここまで思うのっておかしいのかな。
普通の人は、友達に対してこんなこと考えたりするんだろうか。
- 41 名前:. 投稿日:2006/12/23(土) 08:54
- そこまで考えて、みきはいつも苦しくなってしまう。
胃から喉までのところがギューっと何かに締め付けられたように苦しくなって、
呼吸も少し速くなる。
なんであやちゃんのことを考えて、苦しくならなくちゃいけないんだろう。
なんで悩みの種が、あやちゃんなんだろう。
お泊りや新しく組んだユニットだって、一緒にいられるから嬉しいんだけど、
その後が怖くなる。
やっぱりさっきのようなことを考えてしまうから。
こんなに悩むんだったら、仲良くなんてならなきゃよかった、
なんて思ってしまうくらい。
- 42 名前:. 投稿日:2006/12/23(土) 08:55
-
どうしよう。
なんかこの状況って、結構ヤバいのかもしれない。
- 43 名前:. 投稿日:2006/12/23(土) 08:57
- あやちゃんだって女の子だし、いつかは誰かと結婚して家庭をもつことになると思う。
でもそうなったらみきと会う時間だって当然ながら減ってしまうし、
もし遠いところに住むことになったら、それこそ『減ってしまう』なんかじゃ済まなくなる。
――あぁ、そんなの絶対に嫌だ。
みきっていつからこんな独占欲の強い奴になってしまったんだろう。
あやちゃんはみきだけのものじゃないのにさ。
- 44 名前:. 投稿日:2006/12/23(土) 08:58
- はぁ。苦しい。またいつもみたいにすごく胸が痛くなってきた。
こんな脆い心じゃ、この先、ちょっとの衝撃でもあっけなくボロボロと崩れてしまうかもしれない。
取り返しのつかない、大変なことになって、自分が自分じゃなくなってしまうような。
そしてそうなってしまったら、一番心配するのはきっと―――あやちゃん、だと思う。
- 45 名前:. 投稿日:2006/12/23(土) 08:59
-
みきは考えた。
そうならない為の最善策を。
自分のためにも、そしてなによりあやちゃんのために―――。
- 46 名前:. 投稿日:2006/12/23(土) 09:01
-
◇ ◇ ◇
- 47 名前:. 投稿日:2006/12/23(土) 09:03
- 「たん、来てたんだ」
今日はユニットのお仕事で、みきはあやちゃんと一緒だった。
みきよりも後に来たあやちゃんは、楽屋の机に自分の鞄やらジャケットやらを置き、
今から始まるラジオの台本を片手にみきの隣に腰を下ろした。
二人の距離はほぼ隙間を作ることなく、ピッタリとくっついている。
それに気付いたみきは、何気ない風に立ち上がって鞄が置かれた方まで移動し、
携帯を取っていじるフリをした。
あやちゃんは一瞬チラッとこっちを窺がっていたようだけど、特に気にする様子もなく、持っていた台本に目を通し始めた。
- 48 名前:. 投稿日:2006/12/23(土) 09:04
- みきが考えて出した答え―――それはあやちゃんと距離を置くことだった。
正直、自他ともに認めるほど仲の良い関係になった今、
それをすることが果たして出来るだろうかとも考えたけれど
それでも何もしないで、ズルズルとこの先も苦悩な日々を送るよりは良いと思った。
そうするうちに、自然といい具合に距離ができて、あやちゃんが自分から離れていくことになっても動じることなく受け入れられる。
そうなれば、きっとこれからも『いいお友達』としていられる。
これが今のみきに出来る最善の策だった。
- 49 名前:. 投稿日:2006/12/23(土) 09:05
- みきは横目であやちゃんを盗み見た。
彼女はみきがそんなことを考えているなんて知る由もなく、相変わらず台本を読んでいる。
――上手くいきますように…。
みきは心の中でそう願った。
- 50 名前:. 投稿日:2006/12/23(土) 09:07
- 「すいませーん、そろそろお願いしまーす」
ノックをして顔をだしたスタッフが、本番の用意を促しに来た。
「はーい」
みきはそれに軽く返事をして、置いてあった台本を手に取った。
そしてあやちゃんを促すために肩をポンと叩き、楽屋のドアを開いた。
- 51 名前:名無し飼育さん 投稿日:2006/12/23(土) 09:14
-
- 52 名前:名無し飼育さん 投稿日:2006/12/23(土) 09:18
-
- 53 名前:名無し飼育さん 投稿日:2006/12/23(土) 09:19
-
作者です。
今回は少しだけ話が長くなると思われます。
コメントありがとうございます。
こんな妄想駄文に目を通してくださるなんて、相当なお人好し…いや、ホントいい人です。
>>35
ありがとうございます。
やれるだけがんばります。
>>36
妄想ネタはたくさんあるんですが、なんせ文才がないものでして…。
でも自分なりにがんばってみます。
- 54 名前:. 投稿日:2006/12/24(日) 16:20
-
「では、早速登場して頂きましょう!どうぞ!」
「「せーのっ…こんばんは!GAM、でーす!」」
あれからすぐに本番が始まり、みきたちはパーソナリティーの進行に従ってトークを繰り広げていた。
「えーと?GAMっていう名前はやっぱり、つんくさんが決めたの?」
「はい。Great Aya&Mikiっていうことらしいです。ちょっと自分たちで言うの恥ずかしいんですけどね」
「なるほどぉ。あ、あとアレでしょ?美脚っていう意味もあるんだよね?」
「そうなんです。なんかたまったま調べたら、英語の俗語で脚のキレイな女性という意味があったらしくて。
でもそのせいで、衣装なんかもミニで露出が多めな感じになってしまったんですよぉ」
パーソナリティーの人の少しわざとらしい質問に、あやちゃんはスラスラと完璧に答えていった。
こういうところはソロでお仕事をやっている分、強いなと思う。
- 55 名前:. 投稿日:2006/12/24(日) 16:26
- 「で、二人は元々仲良しだったらしいけど、ユニットを組めるって聞いた時はミキティはどうだったの?」
「あー、やっぱり嬉しかったですね。前からつんくさんには二人で何かやりたいっていうお願いをしてたんで」
「そうなんだ?じゃあやっと叶ったってことなんですね」
「はい、そうですね」
みきも頑張らなくちゃね。
最善策を決めた以上、あんまり深く入り込み過ぎないように。
「まぁそれで仲が良いということは、当然プライベートでも遊んだりするんでしょ?」
「しますねぇ。あとしょっちゅうお泊り合いっこなんかして、お風呂も一緒なんです」
あやちゃんは自然な流れでサラリと答えた。
「うわぁー、それすごいねぇ。アイドル二人が一緒にお風呂ですかぁ。羨ましいなぁー」
- 56 名前:. 投稿日:2006/12/24(日) 16:29
-
「あ、でも別にしょっちゅうっていうわけでもないんじゃない?普段お互い別々のお仕事なんで。
それにあやちゃんお風呂長いから、いつもみきすぐに上がっちゃうんですよ」
みきがそう付け加えると、あやちゃんは一瞬こっちを睨んだ。
だって本当のことじゃん。
ここ何年かは、前みたいにそんなにしょっちゅう会うということはなくなった。
お互いソロとグループとで別々になり、忙しくなったというのもあるけれど。
でもあやちゃんがみきだけを見てくれなくなったのは、ちょうどその辺りからだ。
「あれ?ちょっとここで二人の意見が食い違いましたけど、大丈夫でしょうか…?」
「あはは。まぁ私たち血液型が、ミキティがAで私がBなんで、意見は普段からそんなに合ってるわけではないんです。
でも二人でいると気も使わないし、すごくリラックスしてお仕事とかもできているんですよね」
あやちゃんはパーソナリティーの疑問に落ち着いて切り返した。
「あ、そうなんだ?じゃあ気も使わないし、ユニットを組むには最適な二人ということで」
「はい」
やっぱりパーソナリティーの人もプロなだけあって、まとめるのが上手いな。
- 57 名前:. 投稿日:2006/12/24(日) 16:30
- 「…はい、ではそろそろ時間が迫ってきているので、お二人には曲紹介の方をお願いしたいと思います!」
「はい、せーのっ―――」
この後に言った曲紹介は、みきが噛んだ為、結局2回も言い直すハメになった。
- 58 名前:. 投稿日:2006/12/24(日) 16:33
- ◇ ◇ ◇
- 59 名前:. 投稿日:2006/12/24(日) 16:34
-
「このバカもん」
移動車の中、あやちゃんはみきの頭を小突いて言った。
- 60 名前:. 投稿日:2006/12/24(日) 16:36
- 「美脚だけじゃなくて、一応仲良しユニットとしても売り出してんのに、なんでわざわざあんなこと言うかなぁ」
「いやぁ…でもしょっちゅう泊まってるわけじゃないのはホントだしさ、ウソはいけないかなぁと思って」
「そんなとこでマジメになんなくていいから。てか、あんなこと言ったらそこまで仲良くないみたいに思われんじゃん」
「う〜ん。別にいんじゃない?どう思われたって。あやちゃんもいつもいつも仲良しアピールすんの、疲れるっしょ?
だから別にお泊りとかお風呂とか入り込んだ話までしなくていいんだよ。聞かれたら聞かれたで答えればいいわけだしさ」
「…ねぇ」
「ん?」
「どしたの?」
あやちゃんはみきに向き合った形で座り、両手でみきのそれを掴んだ。
ヤバい。ちょっと不自然なこと言い過ぎたかも…。
- 61 名前:. 投稿日:2006/12/24(日) 16:38
- 「…何が?」
あやちゃんはみきの目をジッと見た。
色素の薄い茶色い瞳が、みきの両目を見るために左右にキョロキョロと動く。
ここでみきの方から逸らしたら、余計怪しく思われるのがオチだ。
「何?」
みきは目の色一つ変えず、努めて平然とした様子で答えた。
しばらくジッと見つめていたあやちゃんだが、少しすると手を離し、また前に向きを変えて座りなおした。
- 62 名前:. 投稿日:2006/12/24(日) 16:39
-
「明日あんたんち泊まりに行くね」
前を見つめたまま、あやちゃんは少し早口でそう言った。
冷静に振舞ったつもりだったんだけど、やっぱりどこかおかしいと思われたのかな。
くそ…。明日面倒なことになりませんように―――。
- 63 名前:. 投稿日:2006/12/24(日) 16:42
-
みきはこれで今日の仕事は終わりだったので、家の近くで車から降りた。
あやちゃんはこの後もまだいくつかあるらしい。
「そんじゃ、明日ね」
「あいよ」
いつもならここでみきは「さみしーいー」なんて言ってふざけたりするんだけど、今日からはしない。
バカみたいなことはやめて、少しでもあやちゃんへの執着心を解いていかないと。
寂しかったけれど、決めたからには実行しないといけないので、そこでみきはグッと堪えてスライドドアが閉まる方向に動かした。
――――。
その一瞬、あやちゃんと目が合った。
少し怪訝そうな目をしていた気がする。
いつもやっているようにあやちゃんに甘えなかったからかな。
そう思って自分に苦笑した。
そしてドアが閉まったのを合図に車は動き出し、少しずつスピードを上げていく。
- 64 名前:. 投稿日:2006/12/24(日) 16:43
-
「みきって極端すぎるのかな」
車が見えなくなるまで、みきはずっとその後姿を眺めていた。
- 65 名前:名無し飼育さん 投稿日:2006/12/24(日) 16:46
-
- 66 名前:名無し飼育さん 投稿日:2006/12/24(日) 16:46
-
- 67 名前:名無し飼育さん 投稿日:2006/12/24(日) 16:51
-
作者です。
前回の更新があまりにも短いコトに気付いたので、とりあえず…。
26日はGreatなDAYです。。。
- 68 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/12/24(日) 23:05
- 続き気になります!!!
何が起きるのか…ハラハラ。
- 69 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/12/25(月) 23:24
- 同じく26日はグレートな日になるヨカーン(・∀・)
続きがめちゃくちゃ楽しみっす
- 70 名前:, 投稿日:2007/01/01(月) 16:44
-
「こんばんはぁ」
「あ、いらっしゃい」
玄関先でウチのお母さんの声と、あやちゃんらしき人の声が聞こえた。
どうやら昨日言っていた通り、泊まりに来たらしい。
きっとあやちゃんはまだご飯も食べていないだろうし、お風呂にも入っていないと思う。
みきは少し早くに帰ってきたので、ご飯はまだでもお風呂には入っておいた。
そうしておけば一緒に入らなくて済むから。
まぁさすがにご飯は一緒に食べないと怪しまれそうだし、そこは待っておいた。
- 71 名前:, 投稿日:2007/01/01(月) 17:06
- あやちゃんはお母さんと少し会話をした後、リビングでテレビを見ていたみきに、荷物を下ろしながら話しかけた。
「あれ?あんたもうお風呂入ったの?」
「うん、わかった?」
「だってスッピンじゃん」
あやちゃんは顎でみきの顔を示した。
「てっきり一緒に入ると思ってたのにさぁ」
「だって寒かったから早くあったまりたかったんだもん」
「…ふーん、あっそ」
あやちゃんは面白くなさそうにみきから視線を外し、お泊りにいるものを鞄からガサゴソと取り出し始めた。
こんな風にして距離ができていくんだろうな。
みきが今みたいな態度をとり続ければ、そのうちお泊りなんかもなくなるだろうね。
よく考えてみればそれはとてつもなく寂しいことだったけれど、
自分で望んだことなんだから仕方がない。
- 72 名前:. 投稿日:2007/01/01(月) 17:08
- それからしばらくして、お母さん特製の料理が並べられ、
3人で普段と変わりない会話をしながら食べた。
敢えていつもと違うところを挙げるとすれば、みきが会話よりも
テレビに集中していたところだろうか。
あやちゃんはそんな僅かな異変にも気がついているかな。
みきはそっと隣にいる彼女の顔を盗み見た。
その顔は楽しそうに笑って、お母さんと会話をしている。
――気づくわけないか。
みきは小さくため息を吐き、再びテレビに視線を向けた。
- 73 名前:. 投稿日:2007/01/01(月) 17:11
-
◇ ◇ ◇
- 74 名前:. 投稿日:2007/01/01(月) 17:13
-
「ふぅーッ」
あれからご飯を食べ終えたみきは、歯も磨き終えてベッドに寝転がっていた。
同じく食べ終わったあやちゃんはというと、みきが先にお風呂に入ったため、
一人で浴室に向かっていった。
お母さんはリビングでテレビでも見ているだろう。
それにしてもこの後どうしよう。
一緒のベッドでは寝るつもりだけど、いつもみたいに長々と話はしない方がいいかな。
長引いて打ち解けた話になってしまうと、みきの気持ちがズルズルと後を引いてしまいそうだし。
いっそのことあやちゃんが上がってくる前に寝てしまおうか…。
でもそうしたらせっかくお泊りに来たのに、可哀相かも。
「あ〜、どうしよ」
「何をどうすんの?」
「あ…?」
- 75 名前:. 投稿日:2007/01/01(月) 17:17
- 振り向くと、そこにはパジャマ姿でまだ髪が半乾きのあやちゃんが立っていた。
みきは咄嗟に時計を見た。
あやちゃんが入ってからまだ1時間も経っていない。
「あれ…?出てくんの早くない?」
「まぁね」
そう言って、あやちゃんは美貴に背を向けた形で鏡の前に座り、
ドライヤーで自身の髪を乾かし始めた。
どうしたんだろう。
いつもなら最低でも1時間以上は入っているのに。
鏡の中に写っているあやちゃんの顔は至って普通だった。
でも普通だからこそ何か異様な感じにも取れる。
数分してようやく乾いたのか、あやちゃんはドライヤーの電源を切り、
コンセントを抜いてそれを片付け始めた。
いつもの定位置に仕舞う為に下を向いた所為で、髪の毛がサラリと顔にかかる。
その髪はちゃんと手入れがされているようで、光沢があり、とても綺麗だった。
彼女の几帳面さがそこで窺がえる。
あやちゃんは乾かし終えた後、今度は持参してきた自身の櫛で髪を梳いている。
みきはその動作一つ一つに見惚れていた。
- 76 名前:. 投稿日:2007/01/01(月) 17:23
-
別に恋をしているというわけじゃない。
まぁ、そういう気持ちが過去に本当になかったのかと言われれば、
ウソになるかもしれないけれど。
でもそういう気持ちは今じゃもうとっくに薄れてしまっている。
何をどうしたって、どの道いい方向に進むとは思っていないから。
そう考えるようになった今では、みきはホントに親友や家族のように近い立場で、あやちゃんのことを好きでいれている。
ただそれだけ。
それだけだから余計にずっと独り占めしていたい気持ちになる。
お兄ちゃんやお姉ちゃんが結婚する時だって、みきは寂しくて正直嫌だった。
自分の方がずっと前から知っているのに…。
自分の方がずっとずっと好きなのに…。
そんな子供っぽいことを、二十歳を過ぎた今でもあやちゃんに対して思っている。
みきってホントたち悪い人間だね。
- 77 名前:. 投稿日:2007/01/01(月) 17:25
- 「…たん?」
あやちゃんが急にみきの方に振り返った。
「あ、何?」
「さっきからなんも喋んないから」
「あ、あぁー……。みきもう眠いんだよね…そろそろ寝よっかな」
みきは軽く誤魔化して、布団を被ろうとした。
「ちょっと待ちなさい」
あやちゃんはそれを見て立ち上がり、その布団を剥がした。
みきは被ろうとしていた布団がなくなったので、仰向けに寝転がったままあやちゃんを見上げる形となった。
そのあやちゃんはベッドに腰掛け、みきを見下ろしている。
- 78 名前:. 投稿日:2007/01/01(月) 17:27
-
数秒間見つめあった後、先に言葉を発したのはあやちゃんの方だった。
「なんかあったの?」
主語がないその言葉。
ウチらの間だからこそ、出る言葉だった。
「なんかって何…」
「この間から、あんたおかしいじゃん。さっきお母ちゃんに、たん何かあったの?
って聞いたけど、お母ちゃんの前ではいつも通りらしいし。
仕事のこと?メンバーのこと?それともあたし?」
あやちゃんは最後に自分を指差した。
きっと一番有り得ないと思っているんだろう。
でもその一番有り得ないあやちゃんのことなんだよ。みきが悩んでいるのは。
……なんてこと言える筈がない。
- 79 名前:. 投稿日:2007/01/01(月) 17:30
- 「ック…アッハハハ!どれでもないよー。あやちゃんこそどしたの?みきいつもと全然変わんないよ?」
「……」
「あー、でもやっぱメンバーのことかな。最近さゆがみきと同じ系列で
ラジオすることになったから、何かとウルサく話しかけてくんだよねー。
それで疲れて――」
「あんたウソ吐くのやめな」
「っ…」
あやちゃんは極めて低い声で、真剣そうにそう答えた。
見下ろしている所為もあるだろうけど、視線も幾分か鋭い。
ダメだ。誤魔化しきれない。
この強い視線には逆らえそうにない。
仕方ない…少しだけなら……。
「わかった…。言うよ」
みきはあやちゃんと同じ視線の高さになるように、起き上がった。
- 80 名前:. 投稿日:2007/01/01(月) 17:32
-
「…あのさ、みき……ちょっとあやちゃんと距離置こうと思ってるんだ」
「は?」
あやちゃんは驚いたように目を見開いた。
この表情は一体何を意味しているんだろう。
一番有り得ないと思っていた自分のことだったから?
それとも距離を置こうなんてことを言ったから?
どっちなんだろう。
もしかしたらそのどっちでもなくて、ただ単にみきに対して呆れているのかもしれない。
「だからさ、その……」
そこまで言って気付いた。
この後に何を言おう。
実際こんなこと言うつもりなんてなかったし、言ってあやちゃんにどうしろっていうんだ。
別れて?
――恋人じゃあるまいし。
近寄らないで?
――軽蔑したいわけじゃない。
ただ自然に距離が出来てくれれば…。
ただ自然にいいお友達でいられれば…。
と、いうことだけしか考えていなかった。
- 81 名前:. 投稿日:2007/01/01(月) 17:35
-
やっぱりこんなこと言うんじゃなかったかな。
でもここまできたらもう―――。
「…必要以上に会うの、よそう?」
「え…?」
「ウチらってさ、仲良くなりすぎて感覚が麻痺してるんだと思うの。
ただの友達だよ?家族でも恋人でもなんでもないのに、無意味に何度も泊まり合いっこなんかして、
お揃いの物も必要以上に買ったりとかしてさ。よく考えたらこんなのっておかしいよ。
っていうか、勝手にみきが依存しすぎただけなのかもしんないけど。
だから――」
「何勝手なこと言ってんの…?」
あやちゃんはそう言って、キッとみきを睨みつけた。
その目は力強く、圧倒されそうになるほど。
「何それ。そんなこと今更じゃん。それをおかしいって言うたんの方がよっぽどおかしいよ。
仲良いから泊まるんでしょ?仲良いからお揃いの物が欲しくなるんでしょ?
たんは一体何をしたいわけ?今言ったこと、全く理由になんかなってないんだけど」
「理由とか別にいいじゃん。そう思ったから言っただけだよ」
「理由もないのに勝手なこと言うな」
- 82 名前:. 投稿日:2007/01/01(月) 17:42
-
勝手だって?
冗談じゃない。こっちは勝手どころか、二人のためにやっているんだ。
「勝手なんかじゃない…」
「勝手じゃん。一方的に考えて決め付けて、それを今こうやってあたしに言ってるんでしょ?」
「うっさいなっ!」
その瞬間あやちゃんはビクッと身体を揺らした。
「もう決めたんだよ。どんなこと言ったって変えるつもりなんてないから!」
みきが立ち上がろうとすると、それを咄嗟にあやちゃんが遮り、両肩を掴まれてその場に押し戻された。
「離してよっ!」
「ちょっと落ち着きなって」
あやちゃんはいたって優しい声でそう言った。
でもそれが逆にみきにとっては鬱陶しかった。
こんなときにそんな優しい声なんかださないでよ。
労わるような目で見ないで。
みきはこの場にいたたまれない思いになり、肩を押さえつけているあやちゃんの両手を
無理矢理振り払って部屋を出た。
「ちょっと待って!」
部屋にあやちゃんの声が響いた。
- 83 名前:. 投稿日:2007/01/01(月) 17:45
-
今日はこの家にはいられない。
こんな状態になってしまって、あやちゃんと朝まで過ごすなんてどう考えてもできるわけがない。
みきはリビングにいたお母さんに見向きもせず、テーブルの上に置いてあった携帯と財布を引っつかんで、
玄関のドアを開けた。
「みき!?こんな時間にどこ行くの!?」
「今日はメンバーの家に泊めてもらうから、心配しないで」
「何言ってるの!あやちゃんはどうするのよ!?」
「たんっ!?」
部屋のドアを開けて、あやちゃんが追いかけてきた。
あぁ、もう何もかも鬱陶しい。みきのことなんか放っておけばいいのに。
「ちょっ、たん!!」
みきは二人の言うことに耳を傾けず、そのまま家を飛び出した。
- 84 名前:. 投稿日:2007/01/01(月) 17:48
-
◇ ◇ ◇
- 85 名前:. 投稿日:2007/01/01(月) 17:50
-
昨日は結局メンバーの愛ちゃんの家に泊めてもらった。
電話をかけたとき、相手がみきだったことに驚いたのか最初は困惑したような声だったけど、
親と喧嘩をしたからと言うと、少し動揺しつつも了解してくれた。
愛ちゃんは一人暮らしだったし、同じラジオで結構仲も良く
リーダーのよっちゃんの次に年が近くて安心できる。
そう、本当は一番最初によっちゃんに電話をかけようと思ったんだけど、彼女の家は埼玉で
しかも家族と一緒に暮らしている。
それを思い出したみきは、通話ボタンを押すことを諦めた。
そして今日に至る。
愛ちゃんにはとりあえず、お礼に今度何か奢るからと言ったんだけど、彼女は
「そんなんいらんよぉ。みきちゃんが泊まりにきてくれたの初めてやったし、実は嬉しかったんやで。
またいつでも泊まりに来てよ」
なんて言いながら笑ってくれた。
こんな心優しい子に親と喧嘩したなんてウソをついた自分に少し腹が立ったけど、
結局最後までホントのことは言えなかった。
- 86 名前:. 投稿日:2007/01/01(月) 17:53
-
その日の仕事が終わり、心身ともに疲れ果てて家に帰宅すると、早速お母さんが心配そうに訊ねてきた。
「昨日は誰のところに泊めてもらったの?」
「愛ちゃんだよ。高橋愛」
「そう。急に泊めてもらって迷惑だったんじゃない?ちゃんと謝っておきなさいよ?
そうそう、それと昨日あやちゃんすごく心配してたわよ?
二人のことだから何があったかなんて聞き出さないけど、ちゃんと話し合って解決しなさいね」
「うん。ちゃんと謝っとく」
みきは二人共に通用するように答えて、自分の部屋に入った。
- 87 名前:. 投稿日:2007/01/01(月) 17:55
-
確かにみきが悪かった。
そもそもあんなこと言うべきじゃなかったんだ。
結局みきはあやちゃんに心配させてしまった。
そうさせないために決めたことだったのに…。
でも距離を置くという考えは変えるつもりはない。
それが成功すればあやちゃんもこうやって心配するようなことはなくなる。
みきに対しての意識が薄れれば、怒ったり、不安になったり泣いたりしなくて済むはずだ。
あやちゃんにはずっと笑っていてほしい。
みきみたいな厄介な奴のことは忘れてよ。
そうすればお互いこの先も上手くやっていけるよ。
相手の良い所しか見なくて済む、表面上だけの付き合いに戻ればきっと…。
みきだってもうあやちゃんのことで悩まなくてすむんだ。
そこまで考えて、次第に意識が薄れていった。
- 88 名前:. 投稿日:2007/01/01(月) 17:55
-
- 89 名前:. 投稿日:2007/01/01(月) 17:56
-
- 90 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/01(月) 18:06
-
明けましておめでとうございます。
作者です。
一応今回で「幸か不幸か」の第3話まで載せ終えました。
次回で終わるはずです。
しっかし今更ですけどこのスレの題名、妄想駄文とでもしておくんだった。
グダグダすぎる。。。
>>68
こうなりました。
すいません。。(何
>>69
予想通りグレートな日でしたね(ニヤニヤ
お待たせしました。
- 91 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/03(水) 14:27
- 次回で終わるのは寂しいですが、続きが早く見たいような。寂しいような。
なんだか松浦さんがかっこいいし、藤本さんの一途な不器用さもかわいいです。
- 92 名前:. 投稿日:2007/01/07(日) 14:56
-
ある日、携帯のディスプレイに珍しい人の名前が映し出された。
それを手に取り、しばらく見つめる。
前は何通かメールのやり取りはしていたけれど、最近はめったに連絡を取ることがなくなった。
『ごっちん』
相手は、今あやちゃんと同じようにソロで頑張っているごっちんからだった。
同じといっても彼女はセクシーで大人びているルックスを生かして、
最近では路線をその方向に変えて売っている。
実際会ってみると、その雰囲気はおっとりとしていて、テレビなんかで見る姿とはまるで違う。
そんなギャップに愛らしさがあってみきも好きなんだけど、
仕事を始めるとその姿は一瞬にして切り替わり、THE芸能人のオーラが漂ってくる。
それを見て、みきはいつも彼女が一歩前を歩いていることに気付かされていた。
届きそうで届かない。
そんな存在だった。
- 93 名前:. 投稿日:2007/01/07(日) 14:59
- 一体どうしたんだろう。
あまりにも久しぶりなその名前に驚きつつも、みきはメールを開いてみた。
『無題
ヤッホー。ミキティおひさだねー♪
どう?最近は。相変わらずお仕事忙しいだろうけど、元気にやってる?
アタシは毎日ご飯モリモリ食べて、マイペースに仕事やってるさ。…眠いけどね(汗
それでさ、今日メールしたのは……まっつーのことなんだけどね。
昨日久しぶりにDEF.DIVAの4人でお仕事やってたのよ。
したら、なんかまっつーいかにも元気ないです、みたいな感じでさ。
仕事中はちゃんと笑顔でアタシ以上に頑張ってるんだけど、
休憩時間のときとか明らかに暗いの。
普段のまっつーにしたら、それって絶対変でしょ?
疲れてるのかなって思ったんだけど、とりあえずそれでも
「どしたの?」って聞いてみたのね?
そしたら「ミキティにフラれた」とか言って、最初は冗談ぽく笑ってたんだけど、
だんだんマジメな顔になって最後には泣き出しちゃってさ…。
めっちゃビビッたさ…。
本番までには泣き止んでちゃんと仕事もこなしてたけど、
なんか気になったから一応こうやってミキティにメールしといた。
聞き出してどうこうするつもりはないけど、とにかく教えといた方がいいのかなぁーって。
まぁそういうことだから。
んじゃ、またねー☆ ♪ごっちん♪』
- 94 名前:. 投稿日:2007/01/07(日) 15:01
-
みきはそれを読んで固まった。
あやちゃんがそんなことになってたなんて…。
そりゃあやちゃんだって人間だから落ち込むことくらいあるけど、
それはいつも家の中でだったり、とにかく仕事場にプライベートを持ち込んだりは
していなかった。
なのに――。
あんな取り乱して家を出たのだって、二人の中では初めてだった。
相当あやちゃんは驚いたと思う。
大声出して一晩帰ってこないなんてこと、想像もしていなかっただろう。
みきだってそんな事をした自分に、少なからず驚いたくらいだし。
ごっちんのメールは意図的なものではなく、ウチらに何があったかなんて知らずに
メールを送ったんだと思う。
でもこのメールはみきにとって、自分への何らかの忠告なんじゃないかと思わせられた。
- 95 名前:. 投稿日:2007/01/07(日) 15:01
-
◇ ◇ ◇
- 96 名前:. 投稿日:2007/01/07(日) 15:04
-
楽屋のドアに手をかけた。
今日はあやちゃんと2週間ぶりに会う。
あんなことがあっての後だから、正直どう対応すればいいのかわからないけれど、
頭の中は「とにかく謝る」ということでいっぱいだった。
きっとまだ到着してないだろうな。
いつもみきの方が先に到着することが多かったので、今日もそうだと思っていた。
「あ…」
しかし、いないと思っていた彼女がそこにいた。
椅子に座って雑誌か何かを読んでいたあやちゃんは、
ドアが開いたのに気付くとそれを閉じ、ゆっくりとこっちを見た。
その顔はごっちんが教えてくれた通り、とても暗く見えた。
気のせいかもしれないけど、幾分かやつれた様な気がする。
要するに、元気がない。
言い方は悪いけど、とても健康そうには見えなかった。
「あの…おはよ」
みきはとりあえず中に入り、ぎこちないながらもあやちゃんに話しかけた。
「…おはよ」
なんとも言えない空気だった。
- 97 名前:. 投稿日:2007/01/07(日) 15:06
-
どうしよ。
なんかみき、吐きそう。
それくらい緊張していた。
普段気を使わない仲のあやちゃんなはずなのに。
みきは一旦、自分の荷物をその辺に置き、小さく深呼吸をした。
とにかくちゃんと言わないと。
「あの……あやちゃん、この間は――」
「ごめん」
「え…?」
謝ろうとしたとき、その言葉を遮って先に彼女が謝ってきた。
「ごめんね、たん。たんがあの時出てってからさ、あたしずっと考えてた。
なんでたんがあんなに取り乱すまでになったんだろうって。
なんであたしに対しておかしな態度とってたんだろうって」
「……」
「そうさせたのは全部あたしなんだよね?
仲良くなりすぎた分、その逆のコト想像して辛くなっちゃったんでしょ?
だからたんはそうなる前に距離を置いてしまおうって思った。
お互いのためにも」
どうやらみきはあやちゃんには敵わないらしい。
どんなに隠してようって思っても、結局は全部お見通しなんだ。
- 98 名前:. 投稿日:2007/01/07(日) 15:08
- 「あたしもね?考えてるうちに気付いたの。
自分もたんとおんなじ気持ちになってることに。
まぁ、今思えば、たんの場合あまりにも態度に表しすぎてたけど」
あやちゃんはみきの両手を自分のそれで包んだ。
「ごめんね?いつからそんなこと思ってた?あたし全然気付いてあげれなくて…」
「……いいの。みきが言わなかっただけだし。
それにこっちこそごめん。
大声出して取り乱したりしてさ、おまけに家まで飛び出して。
お母さんにも聞いたけど……ホント心配させてごめんね?」
「心配だったよ、バカ。あんなこと初めてだったし、
その後どうしていいのかわかんなくて…。
でもお母ちゃんは大丈夫だからって言うし、
とりあえずその日はたんの家に泊まったけど、全く寝れなかった」
「ごめん…」
みきは自分のしたことに情けなくなって、下を向いた。
「でもね…」
言いながらあやちゃんがみきを抱きしめた。
- 99 名前:. 投稿日:2007/01/07(日) 15:10
- 「あたしもたんと同じで怖くなった。このままウチらの仲が崩れたらどうしようって。
たんが口利いてくんなくなったらって思ったら、すごい悲しくなった。
あたしはさ、そりゃあ一応女としての夢で結婚したいとか思ってる。
子供だって何人か欲しいし、犬とか飼って大きな家に住みたいって。
でもさ、それはたんにだって言えることだよ。
きっと将来いい人ができて、その人に持ってかれちゃうんだろうなって
内心思ってるんだよ?あたしだって」
回された腕に力が入ったのがわかった。
「だけど、そんなことでウチらの関係が簡単に変わるとは思わない。
あたしは変わらせないって自信あるよ?たんのことホント大事だし。
でも、たんにその気持ちがないんだったら話は別だと思う。
簡単に関係だって崩れちゃうだろうね。あたしがどんなに頑張っても。
だからさ、お願い。
今から言うこと、約束して……?
……離れてしまおうなんて思わないで。
もっとあたしのこと信じて……」
「……」
「あたし、もしたんが離れていったりしたら、大げさだって思われるかもしれないけど、
きっと生きていけないんじゃないかと思う。
こんなことあんたに言ったの初めてだけどさ……
それくらいたんのこと大事に思ってるんだよ。
冗談抜きで、居てくんなきゃきっとこの先ただの抜け殻みたいになっちゃう。
だからさぁ……お願いだよ………離れていこうなんて、思わないで。
……ずっと、これからもあたしの傍にいてよ……」
- 100 名前:. 投稿日:2007/01/07(日) 15:13
-
みきの肩が湿っているのに気がついた。
…こんなふうにさせたかったんじゃない。
でも……
「………みきも本当はずっと一緒にいたいって思ってるよ?
でも、怖いんだよ。今はそんなつもりなくても……知らないうちに距離が開いていって、
触れようとしたときにはもう届かなくなってるんじゃないかって…。
いつも隣に居るはずのあやちゃんが、消えちゃうんじゃないかって…。
そうなったら、みき、もう自分がどうなってしまうかわかんない…。
…だからさ、ごめん……勝手なこと言ってるのはわかるけど、
もう解放させて……。みきもあやちゃんのこと解放してあげるから………」
最後の言葉には自分でも少し驚いた。
意識せず、勝手に出てきたから。
本心なのかはわからないけれど、後悔するにはもう遅かった。
「…ゃ…ぃや………いやいやいやっ!!
なんで、そんなこと言うの!?なんで仲いいのに離れなきゃなんないの!?
そんなこと…したって、なん…っの……!!!」
「…あやちゃん…?」
みきにしがみついていたあやちゃんから急に力が抜けた。
- 101 名前:. 投稿日:2007/01/07(日) 15:15
- 「ちょっ、どしたの!?」
「…ハァハァッ……ゴホゴホッ!」
引き剥がして覗いたその顔はとても真っ赤で、苦しそうな表情をしていた。
吐き出される息が熱い。
みきは咄嗟にあやちゃんの額に手を当ててみた。
――やはり熱がある。
みきは急いでスタッフとマネージャーを呼び、
やって来た救急車によってあやちゃんは病院に運ばれていった。
当然その日は仕事など出来るはずもなく、残されたみきは急遽休みをもらう形になり、
そのまま家に帰らされた。
- 102 名前:. 投稿日:2007/01/07(日) 15:15
-
◇ ◇ ◇
- 103 名前:. 投稿日:2007/01/07(日) 15:18
-
帰宅すると、早い時間に帰ってきたみきに驚いていたお母さんに、事情を説明し、
自室のベッドにみきは倒れこんだ。
「あやちゃん……」
マネージャーによると、あやちゃんは高熱と軽い貧血を起こしていたらしい。
大事をとって2,3日入院するんだそうだ。
傍にいたのにそんなことにも気づいてあげられなかったなんて……。
自分が情けなかった。
一体みきは何年あやちゃんの親友をやっているんだろう。
鈍感にもほどがある。
「ごめんね…」
ふとテーブルに置いてあった携帯を手に取った。
この間受信したメールを開いてみる。
「ごっちんだって知らせてくれていたのに……」
忠告メールと感じ取っていたはずなのに、結果的にみきはそれを無視することとなってしまった。
みきのせいだ。
みきがあやちゃんをこんなふうにしてしまって…。
どうすればいいんだよ…。
もうみき何もわかんないよ……。
- 104 名前:. 投稿日:2007/01/07(日) 15:21
-
次の朝、新着メールが1件届いていた。
送り主はあやちゃん。
みきともう一度だけちゃんと話がしたいとのこと。
みきはその日の仕事終わりにあやちゃんが入院している病院に駆けつけた。
幸い面会時間の期限には幾分余裕があったので、
早速メールに書かれたいた番号を当てに、その病室を探した。
「ここだ…」
教えてもらった番号と同じそれのドアを、控えめにノックした。
「どうぞ」
中から声がした。
「あやちゃん……」
ドアを開けた先には点滴を繋がれてベッドに寝かされているあやちゃんの姿があった。
中に入ってきたみきを見ると、彼女はゆっくりと上体を起こした。
「来てくれたんだ。
昨日ごめんね?仕事キャンセルすることになっちゃって…。
ファンの人たちにも迷惑かけちゃったよね。うちらの活動楽しみしてくれてるのにさ…。
今日も疲れてるのに、わざわざ来させてごめん。
でもね…このままぎこちない関係になるのとかやだったから……
だから……っく…ぅ……」
あやちゃんがこんな風に泣いて、弱いところを見せるなんて、たぶん初めてのことだと思う。
仕事で人の足を引っ張ることが嫌いな彼女だから、
みきに迷惑をかけたことが自分のプライドを許さなかったんだろう。
それに人の体調まで気遣ったりして。
自分のほうが大変なのに…。
- 105 名前:. 投稿日:2007/01/07(日) 15:23
- 「……っく……ねぇ、お願い。どうしたらっ……一体何したら、
元に戻ってくれる………?
なんだって、するからっ……だからっ……くっ…ぅ……っ」
嗚咽で息がしづらくなっている。
あやちゃんは、下を向いてしゃくり上げながらシーツをギュッと掴んだ。
指先の色は変色している。
身体は大げさなくらいにまで震えていた。
その姿はとても『松浦亜弥』だとは思えなかった。
- 106 名前:. 投稿日:2007/01/07(日) 15:24
-
これがみきの最善策…?
あやちゃんのこといっぱい泣かせて、周囲の人にまで迷惑かけて……。
あやちゃんのそばに行き、その背中に腕を回してみきはもう一度考えた。
なんかあやちゃんの身体、全体的に薄くなった気がする。
「ねぇ……聞いてもいい?」
「…………」
「あやちゃんさ、……ちゃんとご飯食べてた?」
「え……?」
「なんでもしてくれるんでしょ?答えてよ」
「……っそんな、ご飯なんか……喉、通るか」
「じゃあ……ちゃんと睡眠とってた?」
「…こんなときに寝られるほど、無神経じゃないよ……」
肩を震わせながらも強がってみせる彼女。
そんな余裕、ホントはないくせに。
- 107 名前:. 投稿日:2007/01/07(日) 15:27
-
――無駄かも。
こんなにみきのことを想ってくれているあやちゃんが、ちょっとやそっとのことで
離れてなんかいかない気がした。
みきの腕の中で小さくなっている彼女を見て、
距離を置こうなんて考えた自分がすごくすごくバカに思えてきた。
みきが考えたのは最善策なんかじゃなくて、どうやら最悪策だったらしい。
あやちゃんのことをちっとも信じないで、自分勝手な行動ばかりとってしまった結果がこれだ。
今からでもまだ戻れるかな……。
みきはあやちゃんを抱きしめたまま、自分が考えたことを洗いざらい話した。
「あのね、最近ずっと思ってたよ。
あやちゃんにはもうバレちゃったけど。
ここまで仲良くなってしまった後の関係って、一体どうなっちゃうんだろう、って。
そしたらさ、夢に出てきたんだ。
あやちゃんが幸せそうに笑いながらみきに手なんか振ってる姿。
そしてそれがだんだん見えなくなってくの。
起きたらみき、泣いてた」
あやちゃんは、みきの肩に顔を埋めたままジッと聞いている。
- 108 名前:. 投稿日:2007/01/07(日) 15:29
- 「ホントバカだと思う。
一回そういうこと考え出すと止まんなくなっちゃってさ…。
…もうその時には既におかしくなってたんだろうね。
あやちゃんと距離を置けば、大丈夫だなんて考えるんだから…。
ごめんなさい。
泣かせちゃったりして……。
いっぱいいっぱい困らせたりして。
あやちゃんは、こんなどうしようもないバカな奴でもいいの…?
きっとこの先仲良くしてたって、何の利益も生まれないよ?」
「利益なんかっ、いらないよ……。
あたしは、たんが傍にいてくれれば、それでいい…。
ずっと、あんたの相方でいたいだけ」
あやちゃんはみきを強く強く抱き返した。
「そっか。じゃあみきもあやちゃんにお願いしなきゃ。
…これからは、もっと、あやちゃんのこと信じるって約束します。
だから……
だからこれからもみきと、仲良くしてください」
- 109 名前:. 投稿日:2007/01/07(日) 15:32
-
「…いいよ。……でも…」
「でも?」
「…今度勝手に家飛び出してったら、許さないから」
「……あぁ…」
「それも約束して」
「…もうあやちゃんの了解なしに出て行ったりしません」
「……じゃあ…仲良く、してあげる」
あやちゃんはそう言い、みきから身体を離した。
「あーぁ、顔グシャグシャだよ…」
「ごめん…」
あやちゃんは置いてあったティッシュ箱に手を伸ばした。
「ねぇ、たん?」
「ん?」
- 110 名前:. 投稿日:2007/01/07(日) 15:33
-
「…ウチらの運命ってさぁ、幸せだけど幸せじゃなくない?」
「え?」
なんだ?急に。
- 111 名前:. 投稿日:2007/01/07(日) 15:35
- 「ママには産んでくれてありがとうって思うけど、次また人間として生まれ変わるんなら、
男の子になってみたいかも。……たんは?」
「え…?う〜ん……みきはまた自分になりたいかな」
「あたしも松浦亜弥は捨て切れないけどさぁ……でもたんがそう言うなら、
尚更男の子がいいなぁ…」
あやちゃんはそう言いながら、真っ赤になった目で笑った。
「…てかさ、それがなんなの?」
「えっ?わっかんないの?」
「わっかんないよ」
コンコンッ
「すいません、そろそろ面会時間過ぎますので…」
タイミング悪…。
結局さっきの言葉の意味がわからないまま、帰ることになってしまった。
…ま、いいけどさ。
どうせ聞こうと思えばいつだって聞けるし…。
- 112 名前:. 投稿日:2007/01/07(日) 15:38
-
あやちゃんはその2日後に無事退院し、早速笑顔で仕事復帰した。
それはみきが大好きなあやちゃんの表情。
また生まれ変わってどんな運命になったとしても、
あやちゃんと巡り会えるんだったらみきは――
「それだけで十分……なんてね…」
「え?何が?」
「ンフフッ。なぁんでーもなぁーい。
それより松浦さん、今日焼肉行きません?」
「いっすよ?もちろんたんの奢りでね」
「えぇ〜?」
「…あ、そんなこと言う?」
「ヤ、お、奢らせていただきます…」
- 113 名前:. 投稿日:2007/01/07(日) 15:40
-
【幸か不幸か】
Fin.
- 114 名前:. 投稿日:2007/01/07(日) 15:41
-
- 115 名前:. 投稿日:2007/01/07(日) 15:46
- どうも、作者です。
予告通り、今回で終了しました。
展開が早く、おかしなシナリオだったのは、きっとこれがただの妄想だからです。。
>>91
寂しいなどと言ってもらえて嬉しいです。
藤本さんの不器用さも感じてもらえたみたいで、ありがたい…。
- 116 名前:名無し飼育さん 投稿日:2007/01/09(火) 18:11
- 強そうで弱い亜弥ちゃんもイイ!!
恋愛感情を持っているわけではない二人のお話で、ここまで二人の絆を感じられるお話はなかなかないのでは…と思いました。
Greatです!!
- 117 名前:私と彼女の生きる道 投稿日:2007/01/14(日) 17:26
-
すっきりと晴れた日だった。
空は青くどこを探しても雲が見当たらない。
けれど空気はとても冷たくて、少し息を吸っただけでも鼻の奥が
ツンと痛くなるほどだった。
これでもかというくらいに寒さがピークに達しており、
正に「冬」というものを感じさせられる気候。
私は少し厚手のインナーにロングコートを引っ掛け、手には毛糸の手袋、
首には最近購入したばかりのお気に入りのマフラーをグルグルと巻き、
家から少し離れたところにあるバイト先に向かっていた。
にしても、この寒さの中での自転車通いには辛いものがある。
どんなに厚着をしたって真正面から風にぶち当たれば体温などすぐに奪われてしまう。
私は自転車を漕ぎながら、巻いていたマフラーを引っ張り上げ、口元まで覆った。
本当は鼻まで隠してしまいたかったのだけれど、道行く人に変に見られたら
嫌だったのでそこはやめておいた。
きっと今頃鼻は寒さで真っ赤になっていると思う。
暑いのも苦手だが寒いのも同じくらい苦手な私は、この気温に少し苛立ちを
覚えながらも時間通りに着くために、自転車を漕ぎ続けた。
- 118 名前:私と彼女の生きる道 投稿日:2007/01/14(日) 17:29
-
ふと、河川敷を通ったところだった。
サラサラと穏やかに流れる川。
カサカサと風に揺らされ音を鳴らす草。
それは至って自然だった。
いつもと変わらない風景。
いつもと変わらない日常
なはずなんだけれど―――。
「!?」
私は急いでブレーキをかけた。
それと同時にキキーッと大きな音を立てて止まる自転車。
きちんととめもせず、その場に横倒しにして私は逸早く土手に駆け下りた。
「ちょっと、大丈夫ですか!?」
そこには一人の女の人が倒れていた。
顔は髪に隠れていて見えないが、見掛けからしてまだ若いととれる。
咄嗟にその女性の肩を掴んで揺らそうとしたが、
むやみに身体に振動を与えてはいけないかもしれないと、思い直した。
仕方なく揺さぶるのはやめ、その人の頬を叩いてみる。
「大丈夫ですか!?しっかりしてください!」
「……ぅ…ん…?」
2・3回軽く叩くと、女性は目を覚ました。
- 119 名前:私と彼女の生きる道 投稿日:2007/01/14(日) 17:30
- 「…ん…?誰…?」
女性はゆっくりと起き上がった。
そこで顔にかかっていた茶色い髪がハラリと落ちる。
ウワ……。
それはとても端正な顔立ちで、私は息を呑んだ。
年齢は私と同じくらいだろうか。
うっすらと眩しそうに目を開けた彼女は、一度辺りを見回した後、
不思議そうに私を振り返った。
大丈夫なのかな…。
「あの、どこか具合でも悪いんですか?」
「…え?なんで?」
「こんなところで倒れてるから…」
「え…?」
まさかこの人、記憶喪失…?
この上から転げ落ちて、そこら辺の石で頭を打ったとか。
もしそうだとしたら救急車を呼ぶくらいのオオゴトだ。
一応念のために聞いてみた。
「あなた、自分が誰だか、わかります…?」
「はい?」
「あの、名前……」
「名前?名前は藤本美貴だけど…」
自分の名前はちゃんと言えている。
- 120 名前:私と彼女の生きる道 投稿日:2007/01/14(日) 17:32
- 「じゃあ、ここがどこだかわかりますか?」
「ここは○○区の河川敷じゃないですか。それがどうかしたんですか?」
どうやら記憶喪失ではないらしい。
私はホッと胸を撫で下ろした。
目の前の美貴というらしい女性は、何が何だかわからないといった風に私を見つめている。
「あのぉ」
「はい?」
「具合が悪くて倒れていたんじゃないんですか?」
「具合?……あぁ、違います違います。…寝てたんですよ」
「…寝てた……?」
「はい」
「………」
私は呆れてモノが言えなかった。
この人には常識っていうものがないんだろうか?
こんな寒い時期に外で寝たりなんてことが有り得る?
否、夏でも一人でこんなところで寝たりする人なんか、例外を外してそうそういない。
見た目からしてその例外にも当てはまりそうにはないし。
それによくよく見れば薄着じゃないか。
凍え死にたいのだろうか。
「ほら、ここって日が当たってるじゃないですか。
私寒がりなんで、ちょうどここが暖かくっていいんです。
そしたらいつの間にか寝ちゃってたみたいで…。
でも起こしてくれて助かりました。溺れてる夢見てたんですよ。…ありがとう」
「はぁ…」
彼女はそう言って私に微笑みかけた。
キレイな顔が少し幼く見える。
寒いなら家にいればいいのに――。
私は彼女の笑顔に見惚れつつ、そんなことを思った。
- 121 名前:私と彼女の生きる道 投稿日:2007/01/14(日) 17:34
- 「それにしても、まだお昼みたいでよかった。暗くなってたら絶対風邪引いてましたよ」
彼女は両腕を伸ばしながら、ちょうど真上に差し掛かった太陽を眩しそうに見上げた。
お昼―――
「…あぁっ!」
私は急いでポケットの中の携帯を取り出して見た。
「ヤバっ!遅刻する!」
「え?」
「今からバイトなんです!早く行かなきゃ店長に怒られるっ」
「あ、あぁ、すいません。私のせいで…」
「いいです。じゃあもう行きますから」
「あ、はい」
私は携帯を元のポケットにしまい、勢いをつけて上まで駆け上がった。
「…ックシュン!」
ちょうど坂の中腹まで来たときだった。
後ろで何やら可愛らしいくしゃみが聞こえた。
「クシュンックシュン…ックシュン!」
――お節介かもしれない。
けれど自分と年齢も近そうな人だし、悪い人には見えないし。
このまま放っておくのも何だか気が引けた。
私は振り返って途中まで上った坂をまた下りた。
- 122 名前:私と彼女の生きる道 投稿日:2007/01/14(日) 17:36
- 「よかったら一緒に来ません?私のバイト先、
もう少し行ったところにある喫茶店なんですけど、暖かい飲み物ありますよ?」
それを聞いた彼女は、少し驚いたようにして私を見上げた。
「あ、でも今お金持ってないんで」
「飲み物代くらいなら貸しますよ」
奢る、とは言えなかった。
知らない人というのもあったし、この前買い物をしすぎたために
今、手元には2千円しか残っていないから。
これ以上使ってしまうと、今月の生活が出来なくなる。
…ケチではないよ?決してそういうわけではないから。
私は自分に言い聞かせるように、心の中で言い訳した。
「でも…」
私の誘いに対して、困ったようにそう言った彼女は、河口付近――海の方を見た。
「どうかしたんですか?」
「あっ、いや…。えっと、また今度寄らせてもらいます」
「そう…ですか」
無理に連れて行く気はなかったが、なんだか断られて少し残念な気がした。
- 123 名前:私と彼女の生きる道 投稿日:2007/01/14(日) 17:39
-
「ここも寒くなってきたし、そろそろ私も行こうかな」
言いながら彼女も立ち上がった。
「あの、じゃあ……これ巻いてってください。そのままだと風邪引いちゃうだろうし」
私は自分の首に巻いていたマフラーを外し、彼女に差し出した。
「えっ、でも…」
「いいんです。私ならもう少しで着くし。それに今度お店に来てくれたときに
返してくれればいいですから」
「……じゃあ…」
彼女はゆっくりとそれを受け取った。
「すいません。迷惑掛けた上に、マフラーまで借りちゃったりして」
「いえ。それじゃ、もう本当に行きますね」
もしかしたらお店に間に合わないかもしれない。
私はもう一度勢いをつけて坂を駆け上がった。
「あのっ!名前教えてもらえますか?」
背後からまた彼女の声がした。
今度こそ本当に時間がなかったので、私は振り返らずにその質問に早口で答えた。
「松浦です!」
「松浦さん…か」
私はなんとか上まで辿り着き、倒していた自転車を起き上がらせて、
急いでバイト先に向かった。
- 124 名前:私と彼女の生きる道 投稿日:2007/01/14(日) 17:40
-
◇ ◇ ◇
- 125 名前:私と彼女の生きる道 投稿日:2007/01/14(日) 17:42
-
「あぁ寒〜」
あれから一週間が経ち、今日もいつも通りバイト日だった。
平日は大学のため、バイトは週末の2日間に限られている。
正直そのバイト代だけではやっていけない。
後の足りない分はというと、遠く離れた実家に住んでいる親に出してもらっていた。
パパもママも、バイトなんかしないで大学だけ行っていればいいなんてことを
いつも言っているが、今年で二十歳を迎えてさすがにそれは恥ずかしいと思い、
少しだけではあるけれど自分でお金を稼ぐことにした。
私は自転車を漕ぎながら空を見上げた。
今日はどんよりとした天気になっている。
雨でも降りそうなくらい、空は一面厚い雲でぎっしりと覆われていた。
相変わらず空気は冷たい。
- 126 名前:私と彼女の生きる道 投稿日:2007/01/14(日) 17:46
-
「おはようございまーす」
「おー、まっつー。今日は時間通りに来たんだね」
「あはは…」
バイト先に着き、そのドアを開けると、中で店長の安倍さんが
コーヒー豆の袋を抱えていた。
安倍さんはまだ25歳にして自分の店を構え、店長を務めている。
私はここに上京して以来、ずっとこの店の常連客で安倍さんとも
よく話をしたりして親しい仲になっていた。
今年の初め、どこかいいバイト先がないかと探していたところ、
事情を知った安倍さんが快く雇ってくれたのだ。
「うわっ!あっちぃ。…危なくヤケドするところだったベサぁ」
北海道出身の安倍さんは未だに方言が抜けきっていない。
興奮するとたまに何を言っているのかわからなくなったりもする。
でもそんな少しヌケたところと、彼女特有の天使のような笑顔のお陰で、
毎日たくさんのお客さんがこの店に足を運んでいた。
まぁ、あたしのキュートさも十分売り上げに貢献してると思うんだけどね。
「なぁにニヤニヤしてんのさ?早くエプロンに着替えるっしょ」
「はぁ〜い」
「ハイは短く!…あ、そうそう。そういえば、3日前に松浦さんいますか?
っていう女の子のお客さんが来てたベサ。
今日はいないよ?って言ったら、じゃあこれ渡しといてもらえますか?って
マフラー渡されて。コーヒー1杯飲んでから帰ってったけど、
まっつーの知り合いかい?」
安倍さんはそう言って一旦奥に戻り、しばらくして、
持ってきたマフラーを私に手渡した。
それは正しく、この前河川敷で貸したマフラーだった。
- 127 名前:私と彼女の生きる道 投稿日:2007/01/14(日) 17:49
- 「藤本さん、返しに来てくれてたんだ」
「藤本っていうのかい?あの子。
細いし、まっつー並に顔ちっさいし、最初見たとき安倍サンびっくりして
カウンターに置いてあったグラス全部割っちゃいそうになったベサ」
「…いくならんでもそれは大げさです」
「ダベな…」
安倍さんの冗談はつまらないので、いつも私はこうやって
冷静にツッコミを入れている。
安倍さんは自然にしている方が面白いのに、
いつもジョークを言って自発的に笑わそうとしているのだ。
そして失敗に終わる。
まぁ、なんていうか安倍さんらしいっちゃあ、らしいんだけど。
それにしても結構早めに返しに来てくれたんだ。
まぁ、さすがに友達でもないのにいつまでも借りてらんないだろうしね。
私はキレイに折り畳まれたマフラーに目をやった。
あの日の彼女の少し幼い笑顔が頭に浮かぶ。
私のいるときに来ればよかったのに、となぜかそのとき思った。
- 128 名前:私と彼女の生きる道 投稿日:2007/01/14(日) 17:52
-
「ありがとうございましたー」
日も暮れ始め、時計に目をやると時刻はちょうど4時になるところだった。
「まっつー、今日なっち忘年会あるから、ここらへんでそろそろ
お店閉めようと思ってるんだけど…」
「え?そうだったんですか?」
「うん。てか、始めるときに言っておけばよかったね」
「いや、別に大丈夫です」
「あ、自給はちゃんといつも通りの金額にしておくから」
「え?でも…」
「いいんダベ。まっつーいつも笑顔で接客頑張ってくれてるから」
「それじゃあ……ありがとうございます」
「うんうん」
そういうことで、店はいつもより早い時間に閉まり、
店内の掃除も、し終わった私は一週間ぶりに返ってきたマフラーを巻いて
自転車に乗り、家に向かっていた。
「…ん?」
相変わらず寒い中を漕いでいると、不意に顔に冷たい何かが当たった。
自転車を止めて当たったところを擦ってみる。
「水…?」
手を見ると、そこには少量の水滴がついていた。
雨でも降ってきたのだろうか。
私は水滴を拭きとって、空を見上げた。
低めに浮かんでいる雲からいくつもの何かがゆっくりと落ちてきている。
そしてその一つが私の肩に落ちた。
「…雪……」
- 129 名前:私と彼女の生きる道 投稿日:2007/01/14(日) 17:55
- 雨だと思っていた水滴は雪が解けたものだった。
それはまだ降り始めだったため、小さく極少量の粒子が
ハラハラと空を舞っている。
空を覆っていた厚い雲は、てっきり雨が降る前触れだと思っていた。
「この雲、雪雲だったんだ…」
「…ックシュン!」
「…?」
突然、どこからともなく誰かのくしゃみが聞こえてきた。
しかしそれは確かに聞き覚えのあるものだった。
辺りを見渡す。
よく考えるとそこはいつも通る河川敷ではないか。
ということはまさか―――。
私は道路の脇に自転車を止め、河原を見下ろした。
真下はいない。
右もいない。
なら左は――
やっぱり…。
「藤本さーん!」
川に向かって体育座りをしているその姿に、少し大きめの声を掛けてみた。
それに反応して、ゆっくりとこちらを振り返るその姿。
しばらくしてようやく誰だかわかったのか、彼女が立ち上がった。
私はそれを確認してから下に駆け下りた。
- 130 名前:私と彼女の生きる道 投稿日:2007/01/14(日) 17:58
-
「こんばんは」
「こんばんは…あ、マフラーちゃんと渡ったんですね」
「あぁ、はい。今日店長から受け取りました。ちゃんとコーヒーも
飲んでいってくれたみたいで、ありがとうございます」
「いえ、こちらこそマフラーありがとうございました。暖かかったです」
彼女はそう言って、照れたように笑った。
その笑顔を見て、私は少しドキッとする。
久しぶりに見たからだろうか…?
それとも……。
「雪降ってきましたねー。すごく寒い」
「…さ、寒いのに今日もここに来てたんですか?」
「はい。まぁ…」
「まさか今日も昼寝!?」
「いやいや。今日はずっと曇ってて日向ぼっこできなかったし寝てないです」
「じゃあどうして来てたんです?」
「……」
彼女は困ったようなぎこちない笑顔になった。
え?聞いちゃいけないことだったのかな。
「あのっ、今日はアレですよ!散歩してたらちょうどここで飼い主の人が
ワンちゃん走らせてて。それで触るために下におりてきたんです」
「…それからずっと、ここに居たんですか?」
「はい」
- 131 名前:私と彼女の生きる道 投稿日:2007/01/14(日) 18:00
- この人は変わり者だ。
こんなに寒いのにずっとここにいたなんて…。
私は巻いていたマフラーを外した。
「藤本さんてMなんですか?こんなに寒いのにわざわざ
水辺になんかいたりして。
いつ風邪引いてもおかしくないですよ、これじゃあ。はい!」
「え?」
「これ巻いてください」
「イイですよ、松浦さんが寒くなるじゃないですか」
「私は厚着してるし手袋もあるから大丈夫です。それと、あやですから」
「え?」
「私の名前。なんか名字だと堅苦しいんで。もう会うの2回目だし、
他人じゃなくて知り合いにはなったでしょ?」
藤本さんはしばらく私を見つめた後、小さく笑ってみせた。
「そうですね。私は――」
「みきさんですよね?」
「…あれ?言いましたっけ」
「はい。最初に会ったときにフルネームで聞きましたから」
「あ、そっか」
「それと早くそれ巻いてください」
「あぁ、はい」
彼女は言われたとおり、マフラーをグルグルと首に巻いた。
「あの、藤本さんて何歳なんですか?」
「私もみきでいいですよ。21です」
やっぱり近かった。
にしても、みきだなんていきなり呼べない…。
- 132 名前:私と彼女の生きる道 投稿日:2007/01/14(日) 18:02
-
「えっと、じゃあ……みきちゃん…は、私と一つしか年変わんないんですね」
「そうなんですか?22歳?」
なんで上になるの…。
そんなに老けて見えるんだろうか?
「二十歳です、私」
「あっ、そうなんですか!なんか大人っぽく見えたもんで…」
「それって喜んでいいですか…?」
「……」
えっ、無言!?なんでよ!?
「あ、えと、敬語もやめません?年も近いのにこれも堅苦しいでしょ」
「そうですね…」
「うん……て、敬語になってるじゃないですかぁ」
「………」
「……?」
- 133 名前:私と彼女の生きる道 投稿日:2007/01/14(日) 18:06
-
彼女はあの日、私の誘いを断ったときと同じように
海の方をただボーッと見つめていた。
「……え…みき、ちゃん?」
「……あ、ごめん…」
「この間もあっちの方見てたけど、海、好きなの?」
「…嫌い」
予想とは違う答えが返ってきた。
好き、もしくは別にそういうんじゃないとか、
そんな答えが返ってくると予想していたんだけど。
「あ……いや、その…あそこにお化けみたいなのが――」
「っ…いやああぁぁっ!!!」
「!?!?」
お化けという言葉が出た途端、私は反応して彼女に飛びついてしまった。
彼女は驚いたように目を真ん丸くしている。
でも仕方がない。
私はこの世で、虫よりも泥棒よりも、お化けというものが一番苦手だから。
というか、無理。その一言に尽きていた。
「ちょ、ちょっと……それ、ホント…?」
「え……あ、ウソ」
「…はっ、もぉホントやめて!?あたしそういうの無理なんだって…。
マジでびっくりしたじゃんかぁ……」
「…フッ……ククッ…アハハッ!あやちゃんてさぁー、結構面白いんだねー」
- 134 名前:私と彼女の生きる道 投稿日:2007/01/14(日) 18:09
- 「み、みきちゃんも十分面白いよ。こんなとこで昼寝したりして…。
てかさ、女の子がこんなとこに一人でいたりなんかしたら、
変な人に連れ攫われちゃうよ、絶対」
「ハハッ。そだね、か弱いから危ないかもしんない」
「…自分で言う?普通」
「フハッ……っ…ヘックシ!」
雪の降り方が少しひどくなってきた。
気づけば吹いている風も、さっきより確実に冷たくなってきている。
「…そろそろ帰る?」
辺りも日が暮れて、だいぶ薄暗くなってきていた。
帰らなくてはいけないことはわかっていたけれど、
せっかくこうやって仲良くなれたのにと、何だか寂しくなった。
しかしこのままだと二人とも風邪を引いてしまいそうなので、仕方がない。
「ねぇ、みきちゃんてよくここに来てるの?」
「まぁ…」
「じゃあまた来たら、会えるかな」
なんだかすごく変わった人だけど、優しいし可愛いし面白いし。
そしてどこか切なげで、この人がどういう人なのか
もっと知りたいとそのとき思った。
「会えるよ。もう他に行くとこなんてどこにもないし」
「…?」
彼女は笑った。
私も釣られて笑った。
だけど、私たちの笑顔の意味には大きな違いがあったことに、
この時の私は全く気づいていなかった。
- 135 名前:私と彼女の生きる道 投稿日:2007/01/14(日) 18:10
-
◇ ◇ ◇
- 136 名前:私と彼女の生きる道 投稿日:2007/01/14(日) 18:14
-
「たん」
「…たん?」
「あなたのニックネーム。牛タンが好きだって言ったから、たん。
ホントはみきたんにしようかとも思ったんだけど、みきたんまで言うの面倒だからさ。
カワイイしょ?」
「カワイイのかな…」
「カワイイの!」
「じゃ、じゃあカワイイです…」
「んふふ」
あれから何週間かで私たちは親しくなれた。
というか、私ががんばった。
バイトや急用ができた日以外、ほぼ毎日のようにこの河川敷に通い、
日が暮れるまで世間話をしたり冗談を言ったりしてふざけ合った。
そうするうちにどんどん仲良くなり、メールアドレスと番号も
交換することができた。
でもそれらは特に必要なかったりする。
メールや電話をしなくともいつもこの河川敷で会えているから。
彼女の方も私に会うためにこうやって毎日河川敷に来てくれているんだと、
最初は思った。
そうじゃないとこの何もない川で一体何をしようというか。
けれど、私は彼女に少しだけ引っかかる点があった。
たまに会話中の軽快なリズムがふと止まってしまうこと。
そしてそのときに限っていつも海の方を眺めている彼女。
太陽に照らされてキラキラ光っているそれが、キレイだからなのかもと思った。
だが、2回目に会ったあの日、海が好きなの?と聞くと
彼女はストレートに嫌いと答えた。
それにもし海が好きなら、こんなところに来ないで直接海岸にでも行くはずだ。
なのに彼女はそうしない。
- 137 名前:私と彼女の生きる道 投稿日:2007/01/14(日) 18:16
- そしてもう一つ。
そんなボーッとしている彼女の意識をこっちに戻してあげるとき、
決まって彼女はごめんと言って切なげに笑う。
――きっと少なからず何かあるんだと思う。
だけど仲良くなった今でも、私はそれを聞くことができないでいた。
確信なんてこれっぽっちもないけれど、何だか聞いてしまえば彼女の中の
何かが壊れてしまうような…。
せっかく少しずつ彼女との距離を縮めることができているのに、
それが急になかったことになってしまうような…。
私はそんな不安を同時に抱えていた。
- 138 名前:私と彼女の生きる道 投稿日:2007/01/14(日) 18:20
-
「あやちゃんてさぁ、もしかして友達いない系?」
私が一人考えに耽っていると、隣にいた彼女が不意にこちらを見て、そう言った。
「…は?」
「だっていっつもここに来てるし。まぁみきとしては、あやちゃんみたいな
面白い子が相手してくれるんだから嬉しいんだけど、予定とか入ってないのかなぁーと思って」
…予定は入っていないこともない。
けれどここ最近は友達に誘われてもやんわりと断る日ばかりが続いている。
それもこれも原因は目の前の彼女。
飽きっぽい私が唯一続いているマイブームとでもいうか、
彼女に会うことが日々の習慣のようになっていた。
「たんだっていつもここに来てんじゃん。
アレでしょ?あたしに会いたいから来てるんでしょ?
ホントたんはカワイイよね〜。
あっ、まさかあたしに惚れてたりして…」
「なっ!ち、違うよっ……」
「…?」
「……」
え?なにこの反応。
私の言葉に否定的な答えを返した割には、
そっぽを向いてしまった彼女の耳が赤い。
そんな態度をとられると、こっちまで期待してしまうじゃないか。
- 139 名前:私と彼女の生きる道 投稿日:2007/01/14(日) 18:23
-
「ねぇ、こっち向いてよ…」
「ヤダ…」
「なんで」
「なんでも…」
今ってもしかすると、所謂『いい雰囲気』っていうやつなんだろうか。
「ねぇ…」
だったらこのまま―――
「たんって恋人とか…その、好きな人とかって、いるの…?」
彼女の体がビクッと揺れた。
「………いる…よ」
「…え……あ、いっ、いるんだ…?
そっかそっか、そりゃぁいるよねー……」
「………」
呆気なくそれは終わった。
正に当たって砕けろ状態。
さっきまで期待を膨らませ、ドキドキしていた自分が急にバカらしく思えた。
―――。
気まずい。
普段の私ならこんな状況など、簡単に笑って誤魔化せたはずなのに、
今はそれができない。
笑うどころかどんどん自分の中のモチベーションが下がってきてしまっている。
- 140 名前:私と彼女の生きる道 投稿日:2007/01/14(日) 18:25
-
うわぁどうしよ…。
今すんごいショックなんだけど…。
落ち込んだまま、次に言う言葉が思い浮かばずにいると、突然隣の空気がサッと動いた。
見ると彼女が立ち上がっている。
「さ、寒いっ…し…、今日はもう帰る…ね…」
「…う、ん」
「それじゃ…」
彼女はそう言い残して足早に帰っていった。
「ウソつき」
いつものクシャミしてないじゃんか……。
残された私はその場で縮こまって座り、長いため息を一つ吐いた。
たんの好きな人ってどんな人なんだろう…。
- 141 名前:私と彼女の生きる道 投稿日:2007/01/14(日) 18:26
-
◇ ◇ ◇
- 142 名前:私と彼女の生きる道 投稿日:2007/01/14(日) 18:33
-
次の日。
昨日の今日で、正直会うのが気まずかったけれど、それでも私の足は自然と河川敷に向かっていた。
しかし、いつもの時間に来てみると、そこに彼女の姿はなかった。
私はがっかりした反面、心のどこかでは少しホッとしていた。
――いないのに来たってしょうがないよね…。
その日は諦めて、私は家に帰った。
しかし次の日、その次の日も河原に座っているはずの彼女はいなかった。
そしてまた次の日。
私は懲りもしないでこの日もいつもの河川敷に来ていた。
自転車を降りて、今では癖となっている首の動き。
真下。
右。
左。
「あっ!」
最後に見た方向に女の人が歩いているのが見えた。
「た――」
「ママー!」
しかし振り返ったその人は彼女ではなく、
後ろに小さい子供を連れた年の若い母親だった。
振ろうとして上げかけた手を下ろす。
私は落胆し、再び自転車に跨った。
「どうしたんだろう……」
- 143 名前:私と彼女の生きる道 投稿日:2007/01/14(日) 18:37
-
あの日以来、毎日のように来ていた彼女が来なくなった。
あの日…。
二人の間に気まずい空気が流れた日。
彼女はバレバレなウソを吐いて帰ってしまった。
きっと彼女も気まずかったんだろう。
でもそれは何に対してなんだろうか。
他に好きな人がいるのなら、私の質問に普通に答えられるはず。
なのに彼女は言うのに少し躊躇っていた。
それはどうして…?
意識していないのなら、会話だって続けられていたはず。
けれど彼女は何も言わずにただ俯いていた。
そして何より、冗談半分本気半分で聞いたあの質問に対して、
髪の隙間から覗く真っ赤になっていた耳。
もしかしたら私のことも少しは――
海が見えた。
数隻の船がゆっくりと水平線の上を進んでいる。
『嫌い』
ふと、以前言った彼女の言葉が思い浮かんだ。
海を見つめるあの目。
だけどあれは本当に海を見ていたのだろうか。
もっとこう、その先の何かを見ているような。
- 144 名前:私と彼女の生きる道 投稿日:2007/01/14(日) 18:40
-
私は聞かなければならないと思った。
ずっと今まで聞けなかったことを。
それはきっと彼女にとってイイものではないのだと思う。
けれどそれを聞いて初めて、藤本美貴という人を知ることが出来るような気がした。
自分の気持ちはその後からでもいい。
それを知った上でこの先も彼女と向き合っていきたいと
感じられるのであれば、言ってしまおう。
そう決心し、断られるのを覚悟で私は携帯を取り出した。
「………」
電話にはでない。
私は諦め、メールを送信した。
『明日、いつもの時間に河川敷で待ってます。
どうしても聞いておかなくちゃいけないことがあるから。
たんが来てくれることを信じて、ずっと待ってるからね』
- 145 名前:私と彼女の生きる道 投稿日:2007/01/14(日) 18:40
-
◇ ◇ ◇
- 146 名前:私と彼女の生きる道 投稿日:2007/01/14(日) 18:43
-
次の日。
私は珍しく徒歩で河川敷にやって来た。
いつもよりも早く身支度が終わってしまったから。
昨日の夜も私にしては珍しく緊張して、ベッドに入ってもあまり眠れなかった。
着いてすぐ河原を見下ろすが、まだ彼女は来ていなかった。
とりあえず下におりて、いつもの定位置に腰を下ろす。
昨日送ったメールの返事は結局なかった。
もしかしたら見ていないのかもしれない。
それでも私は、一人河原で待った。
10分、30分…1時間……。
気づくと太陽は夕日に変わり始め、辺りはオレンジ一色に染まっていた。
やはり来てくれないのだろうか。
「冷た…」
日が暮れると同時に風も強くなってきた。
服を着込んで、ニット帽に手袋、マフラーをしたって寒い。
私は手袋をした両手を擦り合わせ、それを口元に当てた。
寒い。凍死しちゃいそう…。
――でもそういえば、ここでたんは寝てたんだよね。
まだあの時はお昼だったけど、それでも結構寒かった。
なのにたんは薄着だし。
最初は倒れてるんだと思って心配したけれど、実は昼寝で。
本当ならその時点でさよならしててもよかったんだけど、
その照れたように可愛らしく笑う顔に見惚れて何だかほっとけなかった。
お互いサバサバしているから、話していて気も合うし面白い。
けれどどこか謎めいた感じがあって、ますます彼女に惹かれていった。
またあの笑顔で『あやちゃん』って呼んでほしいよ…。
あのカワイイくしゃみがまた聞きたい――
- 147 名前:私と彼女の生きる道 投稿日:2007/01/14(日) 18:44
-
「……ックシュン」
- 148 名前:私と彼女の生きる道 投稿日:2007/01/14(日) 18:46
-
あぁ、とうとう幻聴まで聞こえてきちゃったよ…。
あたしどこまでたんのコト――
「あやちゃん」
「はっ!?」
呼ばれて振り返ると、そこには幻覚でもなくニセモノでもなく、
紛れもない彼女本人が立っていた。
「た…ん」
呼ばれた本人は居心地悪そうに頭を掻いている。
- 149 名前:私と彼女の生きる道 投稿日:2007/01/14(日) 18:48
-
「来て、くれたんだ……」
「来ないままあやちゃんに、風邪引かせるのも嫌だし…」
彼女はそう言い、私の隣に腰を下ろした。
「……で、聞きたいことって?」
「うん、……あれのこと」
私はずっと向こうを指差した。
「え?」
「海」
私はその瞬間、彼女の目が揺らいだのを見逃さなかった。
「海、が……どうか、したの…?」
「たんがいつもここに来てた理由って、アレなんでしょ?」
「何言って――」
「もういいよ、隠さなくても。あたしずっと前から気づいてたから。
今まで聞いたりすることできなかったけど…。
何か抱え込んでることあるんでしょ?海に関係することで。
教えてよ。もしそれが辛いことなんだったら、あたしにもその半分分けてほしい」
「…そういうことなんだったら、みきもう帰る」
彼女は立ち上がろうとした。
- 150 名前:私と彼女の生きる道 投稿日:2007/01/14(日) 18:50
- 「待って!」
「……」
「それならさ、こうしよう?
あたしは今日以降、もう、たんには会わない。
この河川敷にも寄ったりしない。
もちろんたんの電話番号もメールアドレスも消去するし、
たんもあたしのそういうの全部消してくれていい。
だからさ、今日限りのこのあたしに教えてよ。
もう会うこともない他人なら話してもいいでしょ?
それに聞いたからって、この先誰にも言ったりなんかしないから」
「会うこともない人に言ったってしょうがないでしょ…」
「そういう人だからこそ、言えたりすることとかできるじゃん」
「無理だよ…。それに、急に他人になんかなれるわけない」
「なれるよ?あたし約束とかちゃんと守るタイプだから」
私は彼女の腕を、程よい力加減で掴んだ。
振り払われないように。
傷つけないように。
「どうして……、どうしてそこまでして、聞きたいと思うの…?
そんなこと聞いたって、きっとあやちゃんが辛くなるだけだよ…」
「辛くなるかもしれない。
でも、そうすることでたんの辛さが少しでも減るんだったら、
あたしは聞きたい。
たんだけがその辛さを抱え込んでるほうが、あたしはもっと辛い」
「……」
彼女の目を真っ直ぐ見つめた。
彼女も私を見つめる。
お願い、たん。
あたしに聞かせて。
- 151 名前:私と彼女の生きる道 投稿日:2007/01/14(日) 18:52
-
「……わかったよ」
彼女は溜息混じりにそう言い、再び地面に腰を下ろした。
「そこまでして聞きたいんだったら、教えてあげる。
みきの、過去のこと」
彼女はこっちを見ず、視線を海の方にだけ向けた。
- 152 名前:私と彼女の生きる道 投稿日:2007/01/14(日) 18:55
-
「…みきね、半年前まで、…恋人がいたの。その人とは友達の紹介で知り合って、
付き合い始めてから結構長く続いてた。
半年くらい経ってから、その人の家で一緒に住み始めて。
その人ね、みきと付き合う前からずっとサーフィンしてて、
暇があったらよく海に行ってたんだ。
みきも結構それについてったりしてた。
でもみきはサーフィンとか出来ないから、いつも砂浜から見てるだけだったけど、
それでも十分だった。
本当に楽しそうで、顔なんか小さい子みたいに嬉しそうに笑ってさ。
それを見てるのがみきは好きだった。
すごくかっこよくて、サーフィンしながら、みきーって手振って呼んでくれたりして。
…ホントに大好きだったんだ。
もちろんその人を笑顔にしてくれる海のことも好きだった。
でもね…」
彼女が目を伏せた。
「そうやって見ていられるのもあっという間だったんだ。
珍しく、喧嘩した日だった。
朝から二人とも不機嫌になって、その人が、サーフボード持って
海に行っちゃったの。一人で。
いつもならみきもついてくとこだったけど、喧嘩してこっちも腹が立ってたし、
その日は行かなかった。
でもそれが…みきが見たその人の、最後の姿だった…」
「え…」
- 153 名前:私と彼女の生きる道 投稿日:2007/01/14(日) 19:00
- 「夕方になってからね、携帯が鳴ったの。
ディスプレイにその人の名前が映ってて……、みきももうそろそろ
謝ろうと思って出たんだ。
そしたら、電話の向こうでその人じゃない別の誰かが喋ってて。
最初、友達か誰かのイタズラかと思って、しばらくじっと聞いてた。
でも明らかに向こうは焦ってて、友達じゃなくて病院の人だって、
聞いてるうちにわかった。
なんでよっちゃんの携帯から病院の人がかけてきてるのか、全くわかんなかったけど、
でもなんかそのとき変な胸騒ぎがして、言われたとおりの病院まで行った。
…到着したら、出迎えてた看護士さんに連れられて、さっそく病室まで案内された。
中に入ると、一つのベッドの周りにお医者さんとか他の看護士さんとかがいて、
みきのこと見ると皆、目を伏せて…。
…その人の……キレイだった肌が、青褪めてた…。身体も冷たくなってて、
呼んだって返事もしてくれないし、手握っても握り返してくれない……。
後から来たその人の家族も友達も、皆泣いてた。
それでも目を覚ましたりはしてくれなかった。
救急車を呼んでくれた人によるとね、助けてたんだって。
沖まで流されて溺れてた子のこと。
その子はその人のボードにつかまってなんとか助かったらしいんだけど、
だいぶ深いところで波も結構荒れてたから、助けに行ったその人はそのまま……。
…それ以来だよ、海が嫌いになったのは。頻繁に通ってたけど、
もう近寄れなくなった。
これがみきの、…過去……」
彼女はようやく私を見た。
- 154 名前:私と彼女の生きる道 投稿日:2007/01/14(日) 19:02
-
「…そ、っか……」
「そうだよ」
言った彼女の目には色がなかった。
私は何も言うことができなかった。
彼女の抱え込んでいるものが、これほどまでに重く苦しいことだとは
思ってもいなかったから。
一体何を言ってあげればいいのか。
へぇ、そんなことがあったんだ。大変だったね。でも大丈夫だよ。
…そんな軽はずみな事、口が裂けても言えない。
彼女の何も映していないような虚ろな瞳が、それを物語っていた。
- 155 名前:私と彼女の生きる道 投稿日:2007/01/14(日) 19:04
-
風が吹く。
彼女の髪がどこかに向かってなびく。
川が流れる。
二人の間に冷たい空気が流れる。
夕日が沈む。
照らされた光が…消える。
普段なら気にも留めないようなそんな光景が、
今の私には非常に敏感に、そして異様に感じ取れた。
彼女が自嘲気味に笑う。今にも消え入りそうなほど小さく…。
誰も近づけたくなさそうな、けれど誰かに助けて欲しそうな。
「たん…」
「あやちゃんの聞きたかった事、ちゃんと教えたよ?」
彼女が立ち上がった。
「サヨナラ」
- 156 名前:私と彼女の生きる道 投稿日:2007/01/14(日) 19:05
-
◇ ◇ ◇
- 157 名前:私と彼女の生きる道 投稿日:2007/01/14(日) 19:08
-
「まっつー」
週末、いつものように賑わった喫茶店も閉店時間を向かえ、
店内で一段落着いたときだった。
カウンターでグラスを磨いていた安倍さんが、不意に私の名前を呼んだ。
「何ですか?」
「今日どした?」
「え?」
「いつも店内歩くとき、プリプリ動いてるお尻に今日はキレがなかったっしょ…」
「へ?」
「仕事中はいっつもキャピキャピ声で頑張ってたのに、今日は若干声が太かったっしょ…」
「え?そうですか?」
「まぁ確かにもうその年にもなって、プリプリとかキャピキャピは
さすがに無理があると、正直安倍サンも思ってたけど」
「……」
「じょ、冗談っしょや!いつものなっちの面白トークだべ!」
「面白…トーク……プッ」
「とっ、とにかく!いつもの元気なまっつーらしくなかったってことが
言いたかったのサ。……何か悩み事でもあるのかい?」
悩み事などたくさんある。
でもそのどれもくだらない事で。
…あのコトだけを除けば。
「安倍さん、私の悩み事、聞いてくれます…?」
急に深刻な面持ちになった私を見て、安倍さんもその表情を固くした。
「なっちでいいなら、言ってごらん?」
- 158 名前:私と彼女の生きる道 投稿日:2007/01/14(日) 19:16
-
私はカウンター席に座り、事の次第を安倍さんに話した。
テーブルを挟んで向こう側にいる安倍さんは、話を全部聞き終わった後、
難しそうにうーんと唸った。
「あたし、たん…みきちゃんに、何も言ってあげられなかった。
辛い負担を少しでも軽くしてあげようと思ってたはずのに…。
それに、サヨナラって…。あたしっ、もう……」
「大丈夫。まっつーのことを嫌いになったわけではないと思うよ?
…難しい話ダベ。人の死が関わったりすると。……きっとそのみきちゃんて子は、
過去に囚われたまま動けなくなってるんだと思うベサ。
どこにも行けないで、ずっと昔のまんまで止まったままなんじゃないかい?」
そういえばあの時、彼女も言っていた。
行くとこなんてどこにもない、と。
あの時言っていた意味が、今やっとわかった。
彼女の記憶と時間は昔のままで止まってしまっている。
そしてそれが彼女自身を苦しめている。
今もずっと。
- 159 名前:私と彼女の生きる道 投稿日:2007/01/14(日) 19:20
-
「みきちゃんて子は、表情に出してなくても、きっと心のどこかで
まっつーに助け出してもらいと思ってるべ。
自分だけじゃどうすることも出来ない状況なんだと思う。
要はそれをまっつーがどうしてあげるかってことっしょ。
沈んだままの体を引っ張り上げてあげるのか、何もしないでこのまま
その子が手の届かない奥底に沈んでいくのを放っておくのか」
「……」
「まっつーが、ほんっとぉにその子のことが好きだって言うなら、
助けてあげるべきダベサ。
でも決して誤解しちゃダメだべ。
大した感情じゃないっていうなら、これ以上深入りするのは絶対に良くない。
簡単な問題じゃないからね、こういうのは」
「……わかりました」
「うん。もう今日は帰りなさい。
あとはなっちがやっとくから」
「すいません…。それと、悩み事聞いてもらった上に、
アドバイスまでくれてありがとうございます。
安倍さんに相談してホントよかったです」
「いいのいいの、そんなこと。まっつーは安倍サンからしたら
大事なイモ欽…いや、いもがゆ…いや、イモム…って、だぁれだべ!
イモイモ言ったヤツは!」
「え…」
「…?せーっかく景気付けに面白トークしてあげたんだから、
遠慮しないでもっと笑ったらいいっしょ」
「え、笑うところだったんですか?……」
「…ベサ……いいベサいいベサ…」
安倍さんの自称面白トークも終わり、
今日だけは安倍さんに甘えて、帰ることにした。
- 160 名前:私と彼女の生きる道 投稿日:2007/01/14(日) 19:22
- 「あ、それと」
安倍さんが、帰ろうとした私の腕を?まえ、ジッと目を見つめた。
「最後に一つだけ言っておくべ。
……絶対に、絶対に、…一緒に沈んだりだけはしちゃダメ。
何があっても、それだけは守ってほしいベサ。いいかい?」
「…はい」
「まぁ、まっつーならそんなことしないってわかってるけど」
そう言って、安倍さんは優しい笑顔で掴んでいた手を離した。
- 161 名前:私と彼女の生きる道 投稿日:2007/01/14(日) 19:22
-
◇ ◇ ◇
- 162 名前:私と彼女の生きる道 投稿日:2007/01/14(日) 19:25
-
後日、私はたんとの約束を破った。
あの河川敷に行き、久しぶりの河原を見下ろす。
そこに彼女は―――
――いた。
土手に縮こまって座り、川に石を投げているその姿は、
まるで家出をした子供のようだった。
寂しそうに膝に顔を埋め、つまらなそうに石を投げている。
私は気づかれないように足音を消してその近くまで行き、
後ろから優しく彼女を抱きしめた。
石を投げていたその手が止まる。
- 163 名前:私と彼女の生きる道 投稿日:2007/01/14(日) 19:27
- 「ごめん、たん。あたし、初めて約束破っちゃったよ」
「あや、ちゃん…?」
「好きだよ」
「え…?」
「あたしね、たんのこと好きなの。好きだから、やっぱり、
会わないって約束は守れなかった」
「……」
「たんは、あたしのこと好き?嫌い?」
彼女は答えない。
わかってる。どうして言えないのか。
「たんの過去のこと、ちゃんと教えてくれて、ありがと」
「…う、ん」
「辛かったでしょ?」
「……うん」
「しんどかったでしょ?」
「…うん」
「じゃあ、泣きな?」
「っ…」
- 164 名前:私と彼女の生きる道 投稿日:2007/01/14(日) 19:31
-
私は決めた。
沈んだままの藤本美貴を引っ張り上げることを。
過去の苦しみから解放してあげることを。
そうするにはまず、蓋を開けて、この細い体に十分すぎるほど
溜められている涙を、外に出してあげなければならなかった。
彼女の恋人の家族は皆泣いたらしい。
友達だって皆泣いたらしい。
当然のことだろう。
けれど彼女が泣いたとは、一言も聞かなかった。
それはきっと、まだ彼女が恋人の死を受け入れられていないからだと思う。
そうなっている以上、私のことを好きか嫌いかなんて言えるはずがない。
それに、このままだと一生死んだ恋人のことを引きずって、
辛い思いをしながら生きていかなくてはならなくなってしまう。
もしかしたら最悪の事だって起こしかねない。
そうなることが、私にとって一番辛いことだった。
「あやちゃんは、優しすぎるよ…」
彼女が私の耳元でそう言った。
- 165 名前:私と彼女の生きる道 投稿日:2007/01/14(日) 19:34
- 「みきの方が年上だよ?2つも。
なのにあやちゃんに弱いとこなんか見せらんないよ…」
「そんなの関係ない。あたしはたんの弱いところとか見てみたいな。
…ていうか、見せてほしい」
「無理だよ……。みきはもうこれ以上、大事な人を失いたくないの…。
もしあの時、サーフボードを持って出ていくあの人の後ろ姿が、
最後だってわかってたら、どんなことしてでも行かせたりなんかしなかった。
あの日が最後の日だってわかってたら、くだらない喧嘩なんかしないで、
みきがどれだけあの人を愛してるか、伝えてた。
でも、みきは知らなかった。それが最後だなんて…。
ごめんね、って、たったそれだけのことも言えなかった。
人なんていつ死んじゃうかわかんないんだよ。もしかしたら、
明日にはみきだっていなくなってるかもしれない。
だから、もう嫌なんだ…。愛する人を失くしたりするのは。
また同じコトを、繰り返したくないんだよ……」
彼女の本当の辛さがわかった。
でも…、それはきっと違う。
私は彼女をきつく抱きしめた。
- 166 名前:私と彼女の生きる道 投稿日:2007/01/14(日) 19:39
-
「じゃあさ、これからは後悔しないように生きていけばいいんだよ。
くだらない意地なんか張らないで、大好きだ、って、
ちゃんと声に出して伝えればいい。
過去のことはもう変えられないよ?でも、これからのことは、
いつでも、どんな風にでもできる。
あたしも後悔しないように、今日たんを、
こうやって抱きしめて好きだって伝えた。
明日がどんなに悲惨な日だったとしてもさ、あたしは
今するべきことをしたからもう後悔なんてしないよ?
だから、たんも、自分に素直になって生きてよ。
あたしはさ、その、たんの恋人だった…人のこと、よく知らないけど、
でもきっとたんのこと大好きだったと思う。
たんが想うように、その人もたんのこと愛してたんだと思うよ?
きっと向こうもたんにごめん、って、謝りたかっただろうし。
でもね、今の苦しそうなたんを見たら、その人もっと後悔するんじゃないかな…」
「……」
「きっと自分の口から言えなくて、その人も悩んでるよ。
だから……もういいんだよ…?…過去に縛られずに生きてよ……。
あなたは、前を向いて生きていかなくちゃダメ。わかるでしょ…?」
「……うっ…ぅぅ……」
とうとう彼女が泣いた。
この半年間、ずっと我慢していたであろう涙が次々と流れ出ているに違いない。
正直、本当に彼女の恋人だった人が、こんなこと思っているのかはわからない。
でも、いいよね?
本当に彼女のことが好きだったなら、その幸せを一番に願うはずだから。
それに何より今、彼女のそばにいるのは私なのだから、
彼女を救うにはこうするしかない。
- 167 名前:私と彼女の生きる道 投稿日:2007/01/14(日) 19:41
-
―――――
―――
- 168 名前:私と彼女の生きる道 投稿日:2007/01/14(日) 19:45
-
しばらくしてようやく彼女は泣き止み、二人して沈んでいく夕日を眺めていた。
「あやちゃん」
「…ん?」
「いろいろ、ありがとね」
「ううん、こちらこそありがと。たんの弱い部分が見れて嬉しかった。
このまま後悔せずにすんでよかったよ。…ただ、約束は破っちゃったけど……」
「あのさっ、そのことなんだけど…。やっぱあの日あやちゃんが言ったこと、
みき、聞かなかったことにする」
「え?」
「今更他人になんか思えないよ…。
それに決めたから。
あやちゃんが言ってくれたように、
みき、これからは自分に素直に生きようと思う」
「あ、うん」
「うん。だからみき、あやちゃんのこと…嫌いじゃないから、ね?」
彼女は微笑み、私の髪をそっと撫でた。
- 169 名前:私と彼女の生きる道 投稿日:2007/01/14(日) 19:48
-
嫌いじゃないんだ。よかった。
あれ?でも、じゃあ何?
私は疑問に思った。
なので、口にしてみた。
「じゃあ……好き、って…こと?」
「まだ全力でそうとは言えないけど、でも、あやちゃんのこと、結構気になる存在」
「じゃあじゃあ、好きは好きってこと?」
彼女は恥ずかしそうに小さくコクリと頷いた。
「なら、ちゃんと言葉にして、言ってよ」
「え…、それはまだ、ちょっと…」
「えー!今、自分に素直に生きるって言ったじゃんかぁ」
「い、言ったけどまだ恥ずかしいよ…」
「言わなきゃわかんねーよ、早く言えー!」
「う、うわぁっ!ちょっと、痛いって!」
「言わなきゃもっとお尻ペンペンすっぞ!って……あ」
「……ックシュン!…クシュンックシュン!……うーっ、寒!また雪降ってきたよ…」
- 170 名前:私と彼女の生きる道 投稿日:2007/01/14(日) 19:50
-
サラサラとした小さな雪の結晶が、空から次々と舞い降りてくる。
寒いのは苦手だけど、これからはそんなこともあまり気にしないで
生きていけそうな気がする。
だって隣には――
「…ックシュン!」
私以上の寒がりがいるから。
「ってか、あんた、よく見たらまた薄着じゃん!ねぇ、やっぱりMなの?
とにかくマフラー貸し…あ、どうせなら一緒に巻こ!」
「えー、それはさすがに恥ずかしいよぉ」
「いいのっ!はい、立って。帰るよ?」
「ちょっ、ちょっとあやちゃん、首くるし…」
「あ、言っとくけど、あたしB型で自己中だからヨロシクねー」
「ちょっと…あ゛やぢゃん゛…、ホントに…ぐるじ……」
- 171 名前:私と彼女の生きる道 投稿日:2007/01/14(日) 19:52
-
ねぇ、たん。
素直に生きていこうね。
そうすればきっと、幸せになれるから。
これが、私と彼女の生きる道―――。
- 172 名前:私と彼女の生きる道 投稿日:2007/01/14(日) 19:53
-
Fin.
- 173 名前:私と彼女の生きる道 投稿日:2007/01/14(日) 19:54
-
- 174 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/14(日) 20:08
- どうも、作者です。
今回は疲れた。。。
この話は年明け近くに出来上がっていたもので、
内容的に、今回載せるかどうか躊躇したのですが、敢えて載せることに決めました。
中盤に出てくる恋人役の名前も実は伏せました…。
何にせよ、急展開なのと日本語がおかしいのはいつものことなんですがね(汗
あと、この話でこのスレッドはお終いにしようと思っています。
ありがとうございました。
>>116
お褒めの言葉ありがとうございます。
松浦さんて一見心が強そうなんですけど、実は結構脆いと思うんですよね。
Converted by dat2html.pl v0.2