IMAGINATION DIARY
- 1 名前:tsukise 投稿日:2007/01/03(水) 14:01
- 別板にて小説を連載しておりますtsukiseと申します。
複数スレ立てで申し訳ありませんが、
こちらでは連載とは別の短編をあげさせていただきたいと
思っております。
CPはこんごま限定となりますが、宜しくお願いします。
- 2 名前:【Scheherazade】 投稿日:2007/01/03(水) 14:03
-
【Scheherazade】
- 3 名前:【Scheherazade】 投稿日:2007/01/03(水) 14:03
- *****
「紺野せーとかいちょー」
「はっ、はいっ」
「この仕事やっといて。あたしらこれから用事があるんだ〜」
「はっ、はいっ」
まーたやってるよ、あのコ。
ぼんやりと机に突っ伏しながら、それを見つけて呆れてしまう。
それはアタシの座っている窓際の席から、中庭を挟んでたまたま見える向かいの生徒会室での1コマ。
多分生徒会役員のコらなんだろうけど、いっつも自分達の仕事を、あのコに押し付けて
帰ってっちゃうんだ。
で、用事なんてものは、とーぜんなくってカラオケに直行、みたいな?
何度か鉢合わせたことがあるからわかるんだよね。
「じゃ、全部ヨロシク〜」
「は、はい…っ、完璧ですっ」
おっきい目をくりくりさせて、明らかに困ってるくせに『完璧』なんつって。
ほら、教室を出てったあのコ達も大爆笑。
判ってんの? アンタ、バカにされてんだよ?
―――…なんか、背中がチリっとした。
- 4 名前:【Scheherazade】 投稿日:2007/01/03(水) 14:04
- 「おっす、ごっちん」
「んぁ? あーよっすぃー、進路指導終わったの?」
「うん、やっぱ内申ギリギリだけど進学するわ」
「ふーん…」
「ふーんって、なに? 何見てんの?」
曖昧に相槌をうってまた視線を窓の向こうに向けたアタシに、口を尖らせながらも
よっすぃーは視線を追っていった。
で、見つけたあのコに「あ〜」とちょっと意外そうに、それでも納得した声を挙げる。
「生徒会のコ?」
「紺野せーとかいちょー、だって」
「3年?同級生なのに見た顔じゃないね」
「1年」
「1年!?そら大変だぁ〜」
うん、大変だ。年上の副会長とか束ねなきゃなんなくてねぇ。
でも、できなくて、バカにされて、仕事おしつけられて、多分だけど、パシリとかもさせられて。
- 5 名前:【Scheherazade】 投稿日:2007/01/03(水) 14:04
- 「…気になんの?」
「別にー」
「素直じゃないなぁ、ごっちんが誰かの名前覚えるなんて珍しいのに」
「ほっといてよ、んじゃ、帰るぜー」
「え? いいの? だって…」
何か言いたげに、窓の向こうを指差して眉を上げるよっすぃー。
でも、気づいててもアタシはなんでもなかったみたいにカバンを取って立ち上がる。
…まだ、違うから。
やれやれってカンジで、よっすぃーは仕方なしに「帰るか」と頷いた。
教室を出る瞬間もう一度振り返ったけど、彼女はただ黙々と作業をしていた。
- 6 名前:【Scheherazade】 投稿日:2007/01/03(水) 14:05
-
次の日の放課後、視線を何気に向けた生徒会室では彼女がペコペコと頭を下げていた。
自分をバカにして、仕事をおしつけていったあのコ達に。
「アンタ、あたしらにケンカ売ってんの!?」
「ごめんなさい…ごめんなさいっ」
「仕事の担当者の名前を全部自分にしてさぁっ、顧問に呼び出し食らったし…!」
「ごめんなさい…ごめんなさいっ」
聞こえた瞬間、噴き出した。
やるじゃん紺野せーとかいちょー、って。
多分無意識の行動。『完璧』って約束したあのコの。
「もういい! 追加の仕事、やっといてよ! 今度は判ってんだろうね?」
「はい…っ、完璧ですっ」
そればっかじゃん、なんていいながらまた役員のコ達は帰っていった。
あのコは、一度肩を落として、それでも自分を元気付けるように大きく頷いて
机に乗った大量のプリントに手をつけはじめた。
- 7 名前:【Scheherazade】 投稿日:2007/01/03(水) 14:05
- 黙々と。
ただ、プリントをめくっていく音だけが、こっちにも聞こえる。
ソフト部の声なんかよりも大きく。
「…ふーん…」
「何が『ふーん』なの?」
「んぁ? あー梨華ちゃん」
ふいにかけられた声に顔を上げると、そこにはきょとんと首を傾げた梨華ちゃん。
もう誰も教室に残ってないはずなのに、ここに来たってことは…。
「よっすぃーなら進路室行ってるよ」
「知ってる。ここで待っててって言われたの」
「そ」
なんだ、相変わらず仲良しさんなワケだ?
かれこれ付き合いだして3年か…。なんだかんだとケンカもしてるみたいだけど
結局は離れられない二人。
どっちかっつーと、よっすぃーの方が主導権握ってるように見えて、実は影の主導者は梨華ちゃん。
アタシは知ってる。
よっすぃー、梨華ちゃんに泣かれると弱いんだよね。
- 8 名前:【Scheherazade】 投稿日:2007/01/03(水) 14:06
- 「なに? なんか顔についてる?」
「目と鼻と口、でもってしゃくれた顎」
「もぉっ! ごっちぃーん!」
「あはっ」
大げさに腕を振り上げる真似をする梨華ちゃんを軽くかわして、すいっとまた視線を生徒会室に。
…って、アレ? 終わったの? あのコの姿が見えない。
「…紺野あさ美さん?」
「へっ?」
「よっすぃーが言ってた、『なんかごっちんが気にしてるっぽい』って」
よっすぃーのヤツ…。
軽く心の中だけで舌打ち。
逆に梨華ちゃんは嬉しそうに、ここぞとばかりに突っ込んでくる。
- 9 名前:【Scheherazade】 投稿日:2007/01/03(水) 14:06
- 「いつも放課後見てるんでしょ?」
「さーねー」
「隠さなくても。あのコ、ちょっと風当たりが悪いみたいだね」
「…ま、1年で生徒会長なら、そんなモンじゃん」
「……助けてあげないの?」
「………なんで?」
だって、と言いかけて梨華ちゃんは口をつぐんだ。
多分、アタシの表情から何か嫌なモノを感じ取ったから。
うん、自分でも冷たい笑みを浮かべてるの、わかってる。
「おーい、梨華ちゃん…にごっちん」
「ごとーはついでかよっ」
ちょうどタイミング良く現れたのはよっすぃー。
でも、ホントにちょっとタイミング良すぎたね、バレバレだよ。
- 10 名前:【Scheherazade】 投稿日:2007/01/03(水) 14:06
- 「さっさと入ってくれば良かったのに」
「なんだバレてた?」
「とーぜん。ホラ、お姫様が救いを求めてるよ?」
「ち、違うよっ、あたしは別に…っ」
「いーからホラ、よっすぃーも来たんだし一緒に帰りなって」
「もー…」
なんだかまだ何か言いたげな梨華ちゃんだけど、多分よっすぃーには判ったんだろうね。
これ以上アタシに何を言っても仕方ないって。
ホラ、帰るよ、なんて梨華ちゃんの背をポンと押して教室を出て行ったんだ。
アタシはそれを、ヒラヒラと手を振って見送る。
- 11 名前:【Scheherazade】 投稿日:2007/01/03(水) 14:07
- 「……から、あと30分待ってて」
? 何? 声?
パっと振り返った生徒会室。
あのコがいた。
なんだ死角になる場所に移動してたから見えなかったのか。
携帯…誰かと電話してるのか…。
別に聞き耳を立ててるワケじゃない。
向こうもこっちも窓を全開にしているから、ちょっとの話し声でも聞こえるだけ。
内容からして、親しい誰かかな…。
「えっ、そんなっ、お願いっ、すぐに終わらせるからっ」
必死なあのコの横顔。
眉毛を情けなく垂れ下げちゃって、オロオロその場を行き来したりなんかして。
なんか、おもしろい。
- 12 名前:【Scheherazade】 投稿日:2007/01/03(水) 14:08
- 「あ…っ、ほんとにっ? ありがとう、だからまこっちゃんって大好きだよ」
…………ふーん。
そーゆーことですか。
仕事中に、カレシと仲良くデートの約束ねぇ。
おとなしい顔して、結構やるじゃん、紺野せーとかいちょー。
左右非対称に零れる笑み。
カバンを無造作に手にとって立ち上がる。
ギィっと、途端に床を削る椅子の音。
…――ぎぃっと、――削る音。
- 13 名前:【Scheherazade】 投稿日:2007/01/03(水) 14:08
-
「…帰るか」
誰にともなく呟いて、窓を閉めようとして…――気づいた。
向こうの生徒会室、大きく開いた窓、そして…大きく見開かれたまっすぐな瞳。
慌てて携帯を閉じて窓にしがみつくように駆け寄って。
「あ…っ、あのっ!!」
初めて向けられたアタシへの声。
携帯での声と違って、怯えたような、それでも必死な声。
…――背中がまたチリっとする。
- 14 名前:【Scheherazade】 投稿日:2007/01/03(水) 14:08
- 「……なに? 紺野せーとかいちょー」
「あ…いえ、その…」
困惑したように、おどおどと胸元を押さえながら俯く彼女。
かき消えるような声は、アタシの中のジリジリした感情を呼び覚ましてくる。
それをあくまで冷たく押さえ込み、手すりに肘をつけてアタシはへらっと笑ってやった。
「早く終わらせた方が、いいんじゃないの?」
「え…? あ…」
「カレシ、待たせてんじゃないの?」
「えっ? あっ、ち、違いますっ、まこっちゃんは友達で…っ」
「…そんなの、アタシに関係ないし。仕事だけはちゃんと終わらせなよね」
「あ……はぃ…」
「じゃなきゃ……」
違う、こんなの言いたいワケじゃない。
でも、…止まらない。
イライラする。ジリジリする。
冷たい感情は、口から出た瞬間、鋭い刃となってあのコに突きつけられた。
- 15 名前:【Scheherazade】 投稿日:2007/01/03(水) 14:09
-
「…誰もアンタを認めてくれないよ。副会長のアタシも含めてね」
刃物に刺された彼女は苦痛に顔を歪ませる。
でも、刺されたのは彼女だけじゃない。
そう、アタシもなんだよ。
鋭い刃は…両刀で。
バシン、と。
窓を鋭く閉めて、身を翻す。
それから振り返らずに、アタシは教室を後にした。
*****
- 16 名前:tsukise 投稿日:2007/01/03(水) 14:11
- >>2-15
今回更新は、ここまでです。
定期更新を目指しておりますので、
宜しくお願いします(平伏
- 17 名前:【Scheherazade】 投稿日:2007/01/04(木) 11:54
- ・
・
・
『あの、私、後藤さんに憧れて生徒会に入ろうと思ったんです』
なんで生徒会になんか入ろうと思ったの?
なにげなく問いかけた選挙後の初顔合わせのとき。
あの時の言葉が、今も耳からはなれない。
真っ黒な瞳のあのこは…まっすぐアタシを見上げて。
年下の生徒会長。別にアタシはそんなの気にしてなんかなかった。
気にしていたのは、周囲の空気。
『私、一生懸命頑張ります…っ』
3年を全員落として決まった1年の生徒会長。
その上、副会長のアタシに媚を売ってる…そんな噂が流れ始めたんだ。
気にするなって、言ってやりたかった。そんなの関係ないって。
でも、アタシが声をかければかけるほど、立場が悪くなるのを知っていたから。
だから…アタシは肯定も否定もせず、離れた。
- 18 名前:【Scheherazade】 投稿日:2007/01/04(木) 11:54
-
事態は一変した。……悪いほうへ。
アタシが離れたことで、逆にあのこの立場を悪くしてしまったんだ。
ホラ、副会長も認めてない生徒会長。
誰も、アンタなんか歓迎してない。
…そんな流れに巻き込まれて。
一旦離れた者は、いつだって戻るのに覚悟が必要で。
その覚悟を決めるだけの時間がアタシには必要で。
でも…。
その時間の糸を…断ち切ってしまった。
ちっぽけな自分のエゴで。
―――…なのに、あのこは…。
・
・
・
- 19 名前:【Scheherazade】 投稿日:2007/01/04(木) 11:54
- 授業の合間の休憩時間、気分が優れなくてトイレに行って
戻ってきた時、あのこを見つけた。
ちょうどアタシのクラスの扉の所。
胸にしっかりと何かのプリントを抱えて、どうしようかとおどおどしながら
ちょこんと顔だけで中の様子を探ってて。
誰かを、探してる?
もしかして、アタシ?
…なワケないよね、昨日の今日で顔を見るのだって辛いはずだし。
「…おっと」
ふいにあのこが首を回して、視線がぶつかりそうになる。
アタシは無意識のうちに身を翻して、死角になる壁際に姿を隠した。
隠れる必要なんて、まったくないんだけど、なんとなく。
その瞬間、なんでかわかんないけど緊張した。
そこから、そうっと顔を覗かせてあのこを見る。
あのこは、近くを通ったよっすぃーを捕まえて、必死に何かを喋っていた。
ここからじゃ何しゃべってんだか判んなかったけど、本当に必死に。
それに対してよっすぃーは、ちょっとだけ困った顔をしながら一言二言返事を返して笑ってる。
- 20 名前:【Scheherazade】 投稿日:2007/01/04(木) 11:55
- なに、話してんの?
…ま、アタシには関係ないか。
そこで一度漏れる大きな溜息。
なんか、昨日からずっとアタシはおかしい。
ううん、多分…初めてあのこと喋ったときから。
あのこのまっすぐすぎる瞳。
それはアタシの知り合いにはまったくいないタイプで。
その瞳で、アタシを敬愛してくる。
こんなアタシなんかを。
やめてよ、アタシ、アンタが思ってるような尊敬されるような人間じゃない。
汚い事だって平気でするし、アンタのその眼差しを一瞬で嫌悪の眼差しに
変えるような事だってしたことある。
アタシなんかを追いかけないで。
アタシには、アンタを守ってやれる力はないんだから。
そーゆーのはカレシにでも頼めばいいんだ…!
- 21 名前:【Scheherazade】 投稿日:2007/01/04(木) 11:55
- きゅっと一度瞼を閉じて胸を押さえ、痛みを堪える。
胸に突き刺さった、あの刃の痛みを。
…アンタにも、突き刺さっただろうこの痛み…結構、辛いもんだね。
この時、心の迷走に思考まで支配されていたせいかもしれない。
アタシは、近づいてくる気配に気づかなかった。
あのこの、気配に。
「ご、とうさん?」
「…っ!?」
開かれた視界の先には、驚いたようなまんまるの瞳。
でも、どこか嬉しさの混じった、期待の瞳…。
まだ幼さを覗かせる柔らかな肌は、陽の光に穏やかに輝いて。
あぁ、そのアンタの光は、アタシには眩しすぎる。
思わず目を細めてしまう。
「っ! 後藤さん…っ? 後藤さんっ!」
瞬間、くらりと眩暈がした。
同時に襲ってきたのは、信じられないぐらい鋭い腹の奥を突き上げるような痛み。
- 22 名前:【Scheherazade】 投稿日:2007/01/04(木) 11:56
- 「うぅ……」
「だ、大丈夫ですか…っ? あのっ、だ、誰か……!」
「呼ばないで…!アタシのことは放っておいて…!」
「そんな…っ! でもっ!」
「いいから…! くぅ…っ」
ずるずると壁に背をつけたままその場にうずくまって。
地に着けた足の感覚が遠のいていくのがわかる。
追い討ちをかけるように、チカチカと視界に火花が散って…。
や、ばい…、そういえばアタシ…。
昔から、ストレスなんかは全部胃にくるタイプ…だったんだ。
「後藤…ん! ……っ!!」
そこで意識がブラックアウトしていった。
最後に映ったのは、アタシを抱えるようにして一緒に床にくず折れたあのこ…
紺野の姿と、耳にうるさいぐらい響いた、チャイムの音だった。
- 23 名前:【Scheherazade】 投稿日:2007/01/04(木) 11:56
-
*****
- 24 名前:tsukise 投稿日:2007/01/04(木) 11:56
- >>17-23 今回更新はここまでです。
- 25 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/04(木) 22:51
- tsukiseの小説発見!
夢板の小説も読まさせていただいてます
頑張ってください〜応援してます!!
- 26 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/04(木) 22:54
- >>25にさん入れ忘れて呼び捨てになってる;
tsukiseさんすみません<(_ _)>
- 27 名前:【Scheherazade】 投稿日:2007/01/05(金) 13:46
-
信じるものに裏切られたら、どうする?
それは例えば、RPGゲームの世界での話だったり、
家族の話だったり、友達の話だったり、…恋人の話だったり。
アタシなら、裏切られる前に裏切ってやる。
2度と、アタシなんかを思い出したくなくなるほどに。
そう、教えてくれたのは、アイツだった。
- 28 名前:【Scheherazade】 投稿日:2007/01/05(金) 13:46
-
『アタシさぁ、高校辞めて歌手んなる。曲書いてくれる人、みつけたんだ』
学校は?
生徒会長なんでしょ?
『別に、あと3ヶ月もすりゃー新しい生徒会長が決まるじゃん。
ちょっとぐらい生徒会長がいなくても、世界なんて変わんないよ』
アタシは?
アナタが生徒会長だから副会長になったのに。
アタシの世界は、どうでもいいの?
『やめろよ、後藤。そういうの、アタシには重い』
なんで?
一緒に生徒会やろうって言ったのは、そっちじゃん…!
一緒に頑張ってみようって…っ。
『人間、『あの時と、ずっと一緒の気持ち』…なんていられないんだよ』
…変わっちゃったんだ?
- 29 名前:【Scheherazade】 投稿日:2007/01/05(金) 13:47
- 『後藤も、いつか判ると思う。人間、変わる生き物なんだって』
………、アンタなんか大キライ。
『そっか』
キライ、顔も見たくない。
早くアタシの前から消えてよ、超ウザイ。
『じゃあ、いくわ。みんなにヨロシクな』
二度とアタシの前に現れないで。
アンタなんかいらないから。
偽善者ぶって超ムカつく…っ。
『…………泣くなよ』
泣いてない…!
さっさと消えてよ!
『………………後藤』
―――――…ごめんな。
- 30 名前:【Scheherazade】 投稿日:2007/01/05(金) 13:47
- ・
・
・
痛い。
キリキリと締め付ける胃の痛みに、身体をきゅっと丸めて目が覚める。
何度目だろう、こんなにも苦しい痛み。
始まったのは、あの別れから。
アイツは、いつも自分勝手で。
自分の欲しいものを手に入れなければ気がすまないようなヤツで。
立場も、金も、夢も……アタシも。
全部その手におさめて…。
そして…すべてを捨てた。
アタシを…捨てた。
- 31 名前:【Scheherazade】 投稿日:2007/01/05(金) 13:48
- 「……さん? 後藤、さん?」
「…ん…」
気だるいまどろみにまだ思考を鈍らせながら、アタシは顔をあげる。
その視界の先には、真っ白な天井と、風に揺れているカーテン。
そして…
「…紺野せーとかいちょー」
「…その呼び方…ちょっと、ヤです」
あからさまに顔を曇らせて、アタシの顔を覗き込んでる彼女がいた。
いつから、ここにいたんだろう?
記憶が曖昧で、どこからが現実でどこまでが夢なのか判断がつかない。
- 32 名前:【Scheherazade】 投稿日:2007/01/05(金) 13:48
- 「ここ、どこ?」
「保健室です。後藤さん、廊下で倒れてしまって…人を呼ぶなって言うから…」
私が…と口ごもる彼女は、チラチラとアタシを見ては恥ずかしげに俯いた。
何に?と思って自分を見ると、制服のタイが外されてシャツが第二ボタンまで開いていたんだ。
直接下着の上にシャツを羽織るアタシだから、当然のように肌が結構露出している。
ふーん…、こんなのに反応しちゃうんだ?
紺野せーとかいちょー。
カレシ持ちなのに珍しいタイプじゃない?
なんだか面白くなって、痛みを堪えながら起き上がると、アタシは下から彼女の顔を覗き込んだ。
- 33 名前:【Scheherazade】 投稿日:2007/01/05(金) 13:48
- 「ねぇ、保健医は?」
「あ、いま、ちょっと出払ってるみたいで…」
「じゃあ、せーとかいちょーが介抱してくれたんだ?」
「く、苦しそうだったから…、ちょっとでも楽になればって…」
「授業、始まってるのに?」
「だ、だって…放っておけなかったから…」
どんどんと狼狽していく彼女。
でも困ったみたいに戸惑いながらも、多分アタシのことを悪く思ってないはず。
『憧れて生徒会に』、以前聞いたそれは彼女の本心だろうから。
- 34 名前:【Scheherazade】 投稿日:2007/01/05(金) 13:48
-
さぁ、どうしてやろう?
この何も知らない、あどけない少女を。
込みあがってくる激情に、身を委ねてしまおうか?
そうすれば、彼女はもうアタシに近づこうなんて思わない。
「紺野せーとかいちょー」
「…えっ…あの…っ」
ふっと手を持ち上げて、彼女のサラサラの髪に触れる。
それだけで、ぐっと首をすくませて身体をこわばらせる。
さぁ、どうする?
この子の未来は、今アタシの手の中に。
- 35 名前:【Scheherazade】 投稿日:2007/01/05(金) 13:49
-
*****
- 36 名前:tsukise 投稿日:2007/01/05(金) 13:52
- >>27-35 今回更新はここまでです。
>>25-26名無飼育さん
どうぞ、お気になさらず♪
夢板共々読んでくださっているということで
大変ありがたいです(平伏
変わりばえのないCPではございますが、
続けて読んでくだされば幸いです♪
- 37 名前:【Scheherazade】 投稿日:2007/01/06(土) 07:34
-
「ねぇ」
「は、はい…?」
「アタシのこと、どう思ってんの? アンタ…紺野にとってアタシは何?」
「え…っ?」
茶化した風じゃなく、真摯に初めて呼ばれた名前に、彼女はハっと
アタシの目を正面から見つめ返してきた。
そのまっすぐな瞳が揺れてる。
アタシの真意を図りかねて。
それを確かめて、そっと心の中だけで笑みをこぼす。
ホラ、もうこのこはアタシから目が離せない。
アタシは知ってる。
自分に興味を持たせる方法を。
優しく笑みを浮かべるフリして、不安定に心を乱して。
その隙に、アタシの色を濃く落としてやるんだ。
真っ白の、このこのキャンバスに。
一度落とされた刺激的な色は、絶対に拭えない。
そう、もうアタシから逃げられない。
- 38 名前:【Scheherazade】 投稿日:2007/01/06(土) 07:35
- 「後藤さんは……」
「アタシは?」
「ふ、副会長さんで…」
「で?」
「素敵な先輩で…かっこよくって…それで…それで…」
どんどんと小さくなる声に、頼りなく俯いていく姿。
こんなに弱いくせに、決定的な言葉をぐっと喉の奥に押さえ込んだりしてる。
案外、しぶといかも、このこ。
ホラ、さっさとアタシ色に染まっちゃえばいいのに。
たった一言、言えばいいんだ。
それでラクになるんだよ?
「それで?」
「そ、それで…あの、あっ、憧れの人です…!」
- 39 名前:【Scheherazade】 投稿日:2007/01/06(土) 07:35
- 違う。
その答えじゃない。
ねぇ? なんで? 何がアンタの言葉を押しとどめてる?
苛立つキモチが指先に伝わって、くん、と一度彼女の髪を掴んだ。
けれど、彼女は気づかない。
それどころか心配顔で、
「お腹…痛むんですか…っ?」
ははっ、これさえも計算だとしたら、アンタは完璧。
『違う』と思っていたアタシの方が間違え。
アンタは…生徒会長として一人でも立てる人間だという。
一人で…歩いていける人間だという。
これじゃあ、カレシも大変………あぁ、そうか。
そういうことか。
- 40 名前:【Scheherazade】 投稿日:2007/01/06(土) 07:36
- 「そんな風に、すぐ誰かに優しさを振りまいちゃダメだよ」
「え…?」
「カレシに、逃げられるんじゃない?」
「えっ? カレシ…? そ、そんなのいませんよ…誤解です」
隠す必要なんてないのに。
でも…。
本当に違うというのなら。
「じゃあ…」
するっと彼女の髪から指を滑らせると…そのままタイに指をかけて強く引っ張る。
「あっ」と声を上げる彼女は、それでも反応が遅れてアタシの思うがままに。
ガタン、と倒れるイス。
フラっと目の前を揺れる控えめな色の髪。
そして…ベッドに投げ出された身体からは制服独特の匂い。
驚きに見開かれた瞳は、陽に照らされて薄茶色。
- 41 名前:【Scheherazade】 投稿日:2007/01/06(土) 07:36
- 「ご…っ!?」
「アタシが…」
「え…?」
重なった言葉に、瞬きを何度かした彼女。
アタシは、それをどこか遠くで見ている感覚を覚えながら、一度溜息を零す。
それから、そっと上半身だけ覆いかぶさるように手をついて、口を開いた。
「アタシが紺野を好きって言ったら、どうする?」
ごくん、と紺野の喉が鳴った。
信じられないと、見開かれた瞳は、ますます丸くなっていって。
ぱくぱくと開いたり閉じたりする口と同時に、朱に染まっていく頬・耳・喉元。
そして…。
「ごっ、ごめんなさい!!」
ドン! と一度強く突き飛ばされるアタシの身体。
想像以上の力に思わずフラつく。
その隙に、紺野は首元のタイをぎゅっと押さえながらアタシの身体をすり抜けて
保健室から飛び出していった。
- 42 名前:【Scheherazade】 投稿日:2007/01/06(土) 07:37
- 「くっくっ! あははっ」
パタパタと遠ざかっていく、シューズの音。
恐らくは全速力で逃げてったに違いない。
なんだか、その姿に笑いがこみ上げてきた。
あのこのあんな顔。超面白い…!
本気にしたの? あんな言葉を。
でも、あの反応、うん、多分誰とも付き合ってなんかいない。
そして、あのこはアタシのことが。
ははっ。ほんと、どうしてやろう?
とことん信じさせて、こっぴどく裏切ってやろうか?
そう、2度とアタシなんかを頼りにしたりしないように。
そう思うのに。
確かに、そう楽しく思っている自分がいるのに。
――――…なぜか胃の痛みは、全くおさまらなかった。
- 43 名前:【Scheherazade】 投稿日:2007/01/06(土) 07:37
-
*****
- 44 名前:tsukise 投稿日:2007/01/06(土) 07:37
- >>37-43 今回更新はここまでです。
- 45 名前:【Scheherazade】 投稿日:2007/01/07(日) 17:15
-
真っ白な、あのこの心に落ちた刺激的な色。
そう、それはもう、拭えない。
アタシという色は、もう。
でも、アタシは忘れていた。
あのこに刺さった鋭い刃……それは両刀で、アタシにも刺さってしまっていたってことを。
- 46 名前:【Scheherazade】 投稿日:2007/01/07(日) 17:15
-
「ごっちん」
「…んー?」
放課後の教室で。
不意に呼ばれて、机に突っ伏していた顔をあげた。
その先には、前の席の椅子に反対に座るようにして背もたれに顎をのっけてるよっすぃー。
不振そうな目で、アタシの顔をしげしげと見つめてて…、なに?
「なんか、ごっちん…最近顔色悪くねー?」
「そう?」
「うん、ここんとこ3日間ぐらい真っ青だし。それに…」
そこで一度言葉を濁すよっすぃー。
歯切れ悪い。なに?言ってよ。
髪をかきあげて、スっと目を細めて話の先を促す。
するとよっすぃーは、怪訝そうに眉を潜めながら口を開いた。
「なんか…さぁ、怖いっつーか…」
「怖い? アタシが?」
ふっと、片頬だけ上げて笑ってみせると「それが怖いっての」なんて苦笑してる。
- 47 名前:【Scheherazade】 投稿日:2007/01/07(日) 17:15
-
怖い、ねぇ?
自分では判んないけど、そう見えるなら、多分それはあのこのせい。
あれから3日間、あのこは…紺野はアタシを見るたびに人懐っこい笑みを浮かべて近づいてきて。
今日あった出来事、お昼ご飯のお弁当の中身、学校近くのどこに美味しいケーキ屋があるか、とか
そんな他愛もないことを一生懸命伝えてくるんだ。
信頼の眼差しで。
決定的な言葉をはぐらかしたくせに、アタシの中に自分の色を残そうとしてる。
白い色で、アタシの色をかき乱そうとしてる。
それが気に食わない。
しかも、アタシに攻撃する隙さえ与えない。
それがますます気に食わない。
一体、なんなの? あのこ?
それも計算なの?だとしたら、とんでもない子。
- 48 名前:【Scheherazade】 投稿日:2007/01/07(日) 17:16
- 「胃の調子が悪くてねぇ」
「へぇ…、もしかして、その原因って」
「言わないでくれる? 多分当たってるから」
よっすぃーには何度も、紺野に捕まってるアタシを目撃されてるから。
「いいこみたいじゃん? なんで?」
「いいこ、ねぇ…」
「もしかして、なんか過去とか引きずって…」
「それも、言わないで」
今度は鋭く睨みつけてやる。
よっすぃーは、ひょいと両手をあげて降参のジェスチャーをしてみせた。
それでも、仕返しなのか一度ニヤっと笑って。
- 49 名前:【Scheherazade】 投稿日:2007/01/07(日) 17:16
-
「なぁ、ごっちん。『シェーラザード』って知ってる?」
「しぇ…なんだって?」
「シェーラザード」
「なにそれ」
首を傾げて見せると、よっすぃーは不敵に笑って…。
と、そこで何かに気づいたみたいに扉に視線を向けた。
その先には、あぁ、なんだ。
「よぉ」
「ごめん、遅くなって」
「梨華ちゃん…」
進路相談に行っていた、梨華ちゃん。
さりげなくよっすぃーは立ち上がって、梨華ちゃんの指先に触れて。
「じゃ、今度はアタシが行ってくるわ」
「うん、待ってる」
微笑みあって、場所交代。
その姿に、またアタシは目を細める。
- 50 名前:【Scheherazade】 投稿日:2007/01/07(日) 17:17
-
こんなにも信頼関係で結ばれた二人。
何度季節が巡っても、何度二人に亀裂が走っても絶対に揺るがない絆。
その絆が、眩しく映るんだ。
そして、いつも思う。
―――…どうして、自分にはそういう関係を築けなかったのかって。
- 51 名前:【Scheherazade】 投稿日:2007/01/07(日) 17:17
-
「なんの話してたの?」
「んー?」
扉を出て行くよっすぃーを見送って、入れ替わりに座った梨華ちゃんに視線を向ける。
あ…そういえば、梨華ちゃんって演劇部の部長だったっけ。
だったら、なんか判るかも?
「ねぇ、『シェーラザード』って知ってる?」
「え?『シェーラザード』? アラビアンナイトの?」
「アラビアンナイト? どういう話なの、それ」
そこで、「んー」と顎に人差し指を立てて、考え込む梨華ちゃん。
多分、話を頭の中でまとめてるんだ。
小説とかが苦手なアタシのために、そんなに長い話にしないよう。
- 52 名前:【Scheherazade】 投稿日:2007/01/07(日) 17:17
-
「えっとね…、サルタンの王様のシャリアールって人がいてね。その王様は、
女の人はみんな二枚舌で不貞なんだって盲信して、妻に迎えた女の人を
全員初夜の翌朝には次々と殺してきたの」
「うわ…」
なんか、いきなりシュールなんですけど?
でも、それが一体アタシとどんな関係があるの?
「でもね、シェーラザードって人は千と一夜に渡って王様に物語を話し続けることで
命を長らえたんだって。多分、その物語の内容に惹かれたんだろうね」
「……ふーん」
「それで殺すのを一日延ばし、また一日延ばし…で、最後は…」
最後は? ぐっと前のめりに顔を近づけたその時。
突然扉がまた開いて。
- 53 名前:【Scheherazade】 投稿日:2007/01/07(日) 17:17
-
「後藤さん…っ」
聴きなれた声が届いたんだ。
思わず机に額を突っ伏した。
あぁ…なんだか胃がまた痛んだ気がする。
「あ、紺野さん? なんだ〜、ごっちん約束でもあったんだ?」
「違う」
「え? でも」
ちょっと、戸惑ったみたいに交互にアタシと紺野を見つめ返す梨華ちゃん。
紺野は梨華ちゃんに向かって、慌てたみたいにペコリと頭を下げた。
…しょうがない…。
「紺野、仕事は?」
「あ、終わりました…っ、あの、それで、一緒に…帰りたいなぁって…」
「………正門で待ってて」
「はいっ」
嬉しそうにパタパタと駆けていく姿に溜息。
なんか、調子が狂い始めてる。
こんなはずじゃなかったのに。
- 54 名前:【Scheherazade】 投稿日:2007/01/07(日) 17:18
-
「優しいね、後藤副会長」
「やめてよ」
苛立ちも露に首を振って、アタシは教室を後にする。
今はまだ紺野の信頼を集めるときだと思うから。
でも、いつか…あのこには気づかせる。
信頼なんて、いつか裏切られるものなんだって。
そのまま教室を出て行ったアタシには、梨華ちゃんの話の続きを知る由もなかった。
ポツリと響いたアニメチックなその声から紡ぎだされた、話の続きを。
- 55 名前:【Scheherazade】 投稿日:2007/01/07(日) 17:19
-
「…最後、王様はね…その残忍な誓いを捨ててしまったんだって」
- 56 名前:【Scheherazade】 投稿日:2007/01/07(日) 17:19
-
*****
- 57 名前:tsukise 投稿日:2007/01/07(日) 17:19
- >>45-56 今回更新はここまでです。
- 58 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/08(月) 00:10
- 話の流れに引き込まれてます(0゚・∀・)ワクテカ
頑張ってくださいね!!
- 59 名前:【Scheherazade】 投稿日:2007/01/08(月) 05:08
- 「雨…降りそうですね」
「は?」
正門を出て、すぐのこと。
不意に漏らした声に、アタシは後ろを振り返る。
紺野はアタシの数歩後ろをひょこひょこ歩きながら、空を見上げていた。
雨?
今日は一日快晴だって言ってたはずなのに?
「…ふーん」
フっと視線の先を追いかけるように空を仰ぎ見て、広がった灰色の空に思わず笑みが漏れた。
自然さえも、アタシを裏切るんだなって。
ぽつり、ぽつりと頬に当たる雫さえも、可笑しい。
「駅まで走りませんか?」
「なんで?」
「だって…ほら、もう降り始めてるし…」
本降りになる前に、帰りたい…ってことか。
真面目な紺野は、困り顔でアタシを見上げてる。
- 60 名前:【Scheherazade】 投稿日:2007/01/08(月) 05:08
- そうやって、またアタシをアンタのペースに巻き込むんだ?
でも…。
でも、もう、そうはいかない。
これ以上、アンタとこんな関係を続ける気はないんだ。
曖昧で、憂鬱で、苦痛で、苛立つこの関係を。
「時間、ある?」
「え…? あの?」
「カラオケ行こ? しばらく時間つぶせるし、きっと通り雨だから」
「でも…あの…」
なに? 校則が、なんてバカなこと言わないよね?
それとも、閉塞された場所はヤだ?
逃げる場所、ないもんねぇ?
知ってる。
知っててアタシはアンタを追い詰めてるんだ。
さぁ、良い言い訳があったら言ってみて?
- 61 名前:【Scheherazade】 投稿日:2007/01/08(月) 05:08
- 「なに?」
「寄り道は…その…」
「雨宿りだよ」
「私、カラオケって苦手で…」
「歌うつもりないし」
ほとほと困り果てた紺野は、視線を地面に彷徨わせながらまだ「でも、でも」と言い募って。
その間にも雨脚は強くなり始めて、アタシ達の頭上に降り注いでくる。
さぁ、観念して。もう、アンタはアタシの手の中に。
「行くよ」
「あ…っ、 ………はい」
すいっと、背を向けて歩き始めると、紺野は一瞬だけ泣きそうな顔をして
大人しくアタシの後を歩き始める。
そう、それでいい。
もう、アタシから逃げないで。
- 62 名前:【Scheherazade】 投稿日:2007/01/08(月) 05:09
-
逃げな…い…で?
なんで?
逃げるのなら捕まえればいいだけじゃん。
なんで、逃げないでと…アタシは…?
はっ、どうやら信頼を一身に受けすぎた。
彼女の色をつけすぎた。
もう、多分今日洗わないと、絶対落ちない。
- 63 名前:【Scheherazade】 投稿日:2007/01/08(月) 05:09
- ・
・
・
「入るよ」
「は、はい…」
こじんまりとしたカラオケボックスの前で、一度だけ振り返って中に入る。
この場所は、アタシらみたいな学生にはもってこいの場所。
オールナイトの場所で、しかも『学生にも優しい』カラオケボックス。
でも、多分紺野には初めての場所なんだろうね。
妙におどおどして、アタシのすぐそばにくっついて離れない。
生徒会長、なんて肩書きがやけに安っぽく感じたかも。
と、その時。
- 64 名前:【Scheherazade】 投稿日:2007/01/08(月) 05:09
- 「あ…」
紺野の声に、カウンターで店員と部屋について喋っていたアタシは、ちら、とそちらを向く。
見つけたのは、ウチの学校の生徒3人。
…全員に、見覚えがあった。
「紺野せーとかいちょー、………と、後藤さん…?」
軽く、心の中だけで舌打ち。
サイアク。一番見られたくなかった生徒会役員の連中じゃん。
向こうはいぶかしげに、アタシと紺野の顔を見比べている。
多分、考えられない場所にいる、考えられない組み合わせだろうから。
紺野は、小さく俯いて…、そっと一歩アタシから遠ざかった。
それが意味するものは…なに?
- 65 名前:【Scheherazade】 投稿日:2007/01/08(月) 05:10
- ―――…ズキン、と胃が痛みだす。
「…へー、せーとかいちょーでもこんなとこ来るんだ?」
「なに? 後藤さんを誘ったわけ?」
「やっぱ噂は本当だったんだ? 後藤さんに媚を売ってるって」
「…………」
にじり寄ってくるこ達に、紺野は何も言わずにどんどん後退していく。
きゅっと握られた学生鞄の取っ手。
うつむいて流れるように落ちた髪は、雨に濡れて頼りなく揺れ…
―――…ズキン、ズキン、と胃の痛みが増す。
「こんなの、先生にバレたら、ヤバいよねぇ」
―――…痛い…、痛い、痛い。
「なんとか言ったらどうなの? せーとかいちょー?」
―――…『生徒会長がいなくても、世界なんて変わんないよ』
―――…『アタシには重い』
―――…『人間、変わる生き物なんだって』
- 66 名前:【Scheherazade】 投稿日:2007/01/08(月) 05:10
- 唐突な胃の痛みに、思考が過去に現在にと飛ばされる。
「お客さん?」と問いかけてくる、店員の声も今は聞こえない。
アイツが、紺野が、捨てて、信頼して、強い眼差しで、弱い笑顔で。
『後藤』と呼んで、『後藤さん』と呼んで。
アタシは裏切られて、裏切…る?
アイツに捨てられたアタシみたいに、アタシは紺野を…?
『アタシ』を作ろうとしてる?アタシの痛みを紺野になすりつけようと?
―――――…っ!
- 67 名前:【Scheherazade】 投稿日:2007/01/08(月) 05:10
- 「やめなよ」
「え? 後藤さん…?」
気づいたら、アタシは強く強く制服の腹部分を握り締めて紺野の前に立っていた。
裏切られることが判っていた、あの頃の自分と…紺野を重ね合わせて。
そう…あの時、アタシはわかっていた。
いつか、アイツはアタシを裏切るんだと。
見つめている未来に、アタシの姿はなかったのを…知っていたから。
「ご、とうさん?」
濡れた瞳が、アタシをとらえる。
それに、アタシは軽く口元を緩めるだけで応えて、目の前のこ達を睨みつけた。
多分…これは自分を慰めるための行動だったかもしれない。
でも、確かにこの時アタシは…―――、紺野を『守って』いたんだ。
- 68 名前:【Scheherazade】 投稿日:2007/01/08(月) 05:11
-
*****
- 69 名前:tsukise 投稿日:2007/01/08(月) 05:13
- >>59-68 今回更新はここまでです。
>>58 名無飼育さん
楽しんでくださっているなら、
作者としてとてもありがたいです(平伏
応援レスに励まされつつ、頑張りますね。
どうぞ、またお付き合い下されば幸いです(平伏
- 70 名前:ais 投稿日:2007/01/08(月) 11:41
- うぁぁ・・・後藤さんに何があったのか気になります
続きを楽しみにしてます
- 71 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/08(月) 17:08
- 毎日の楽しみです。
作者様の世界感がすごく好きです。
これからも頑張ってください
- 72 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/08(月) 18:18
- 何かが少しずつ変わり始めていますね。
手にとるようなリアルな世界観はさすがです。
応援しています。
- 73 名前:【Scheherazade】 投稿日:2007/01/09(火) 05:45
-
ほんとはさ、知ってたんだ。
信じるものに裏切られてから、どうすればいいかなんて。
裏切られる前に裏切ってやる。
2度と、アタシなんかを思い出したくなくなるほどに。
そう、ずっと思ってた。
でも、今なら…わかる。
ううん、今だからわかる。
たくさんの時間の中で得た答え。
裏切られたことで止まった時間を、動き出させるための答え。
それは…―――、
- 74 名前:【Scheherazade】 投稿日:2007/01/09(火) 05:45
-
「ん…」
「あ…っ、気がつきましたか…?」
ゆっくり瞼を開いて視界に広がったのは、薄暗い光に照らされた天井と、紺野。
情けないぐらい垂れ下がった瞳で、アタシの顔をのぞきこんでる。
「ここは?」
「カラオケボックスの部屋です」
「アタシ、どうしたの?」
「えっと…、生徒会の人と鉢合わせて…それで口論になったけど後藤さんが…」
「あぁ…」
なんとなく思い出してきた。
そういや、入り口でアタシは、あのこ達を追い払ったんだっけ?
何を言ったかなんて覚えてないけど、そう、酷く歪んだ表情をしていたあのこ達から見て、
結構、えぐるような事を言ったのかもしれない。
それから、胃の痛みが増して……。
この状態だと、また倒れたのかも。
無様…。
- 75 名前:【Scheherazade】 投稿日:2007/01/09(火) 05:45
- 「大丈夫ですか? この間も思ったんですけど、後藤さん…どこか悪いんじゃ…?」
革のソファーに横になっていたアタシの額に、紺野は冷やしたおしぼりを押し当ててきた。
なんで、このこは…。
一度紺野の目を覗き込んで、アタシは瞼を閉じた。
もう、なんだかすべてがどうでも良くなり始めて。
本当は、メチャクチャにしてやろうと思った。
アタシなんかに憧れても、なにもいいことなんてないんだ、と。
それなのに…多分、アタシのそんな気持ちに気づいただろうに、このこは何度でも寄ってきて。
アタシの心に入り込んで…。
- 76 名前:【Scheherazade】 投稿日:2007/01/09(火) 05:46
- 「…ねぇ」
「はい?」
「…紺野にとって、アタシってなに?」
「え…?」
くいっと額のおしぼりを目元にズラして、真っ暗闇のなか問いかける。
声色から、紺野が一瞬戸惑ったのが判った。
また? なんて困惑してるのかもしれない。
でも、アタシには答えて欲しかった。
アタシって、なんなの?
「後藤さんは…、憧れの人です…」
やっぱり、ね…。
このこは、それから先に踏み込んでこない。
それは、気づいてるから。
決定的な事を言った瞬間、『裏切り』が待っていることを。
このこ…ちゃんと考えてる。ちゃんと判ってる。
アタシなんかより、先が見えてる。
だったら、…教えて?
- 77 名前:【Scheherazade】 投稿日:2007/01/09(火) 05:46
- 「紺野」
「はい…?」
「信じるってなに?」
「え…っ? あの…?」
教えてよ…、信じるってなに?
好きとか、そんなモンじゃないことぐらいアタシにだって判る。
じゃあ、一体なんなの?
アンタの…、紺野の『信じるのカタチ』ってどんなの?
「アタシさぁ」
「…?」
「紺野のこと、思っきし信頼させて裏切ってやるつもりだったんだ」
「………」
悲しげな吐息が耳に届く。
でも、わかっていた分、ショックは小さいでしょ?
「…これ、聞いても、まだアタシに憧れてる?」
「…………」
返事はない。
当然か…。
なんだろう、望んでいた結果なのに苦しい。
- 78 名前:【Scheherazade】 投稿日:2007/01/09(火) 05:46
- 「…もう、帰りな」
「え…?」
「ここのお金はアタシが払っておくから」
「でも…」
「いいから。それと、もうアタシに近づかないで。わかったでしょ?アタシ、こういう人間なんだ」
「………」
おしぼりを押し付けた瞼が熱い。
自業自得なのに、胸が痛い。
胃の痛みよりもはるかに…。
紺野は、しばらく動けなかったみたいだけど、そっと立ち上がって部屋を出て行った。
- 79 名前:【Scheherazade】 投稿日:2007/01/09(火) 05:47
-
それでいい。
もうアタシに不用意に触れたりしないで。
あぁ…やっぱりアタシは、こんな風にしか人に近づけない。
全部が手遅れになるまで、どうすれば良かったかなんて判らない振りして…。
そういえば…。
アタシにとって、紺野はなんだったんだろう…?
今更考えても遅いけど…、多分あのこは…限りなくアタシに似ていて、限りなく別人だったこ。
本当は…あんなこをメチャクチャにしたかったんじゃなくて…手に入れたかったのかもしれない…。
ぼんやりとしていく意識の中で、そんなことを考えていたんだ。
- 80 名前:【Scheherazade】 投稿日:2007/01/09(火) 05:47
- ・
・
・
次に目が覚めたのは…突然の訪問者の声。
店員なんかじゃなくて、それは…その声は…。
「…さん、後藤さん…」
「ん…だれ…?」
「後藤さん…っ」
この声、知ってる。
そう、それはさっきまで重荷で、でも、手に入れたかった…って、え…?
「こん、の…?」
「はい…、あの、起きてください?」
いつの間にか床に落ちてしまっていたおしぼりも気に留めず、
アタシは目を見開いて、紺野の姿をとらえた。
- 81 名前:【Scheherazade】 投稿日:2007/01/09(火) 05:47
- 全身びしょ濡れ。
その上、前髪は肌に張り付いて水滴をポトポトと落としている。
でも、その胸に抱いた何かのビニール袋は、ずっと守っていたのかほとんど濡れてない。
頼りない眼差しは、アタシをしっかりとらえて…柔らかに微笑んで。
なんで…? アンタ、帰ったんじゃなかったの? 今更何しに返ってきたの?
声に出ない言葉は、ただただ頭の中でぐるぐるする。
多分、そんなアタシに気づいたのか、紺野は胸に抱いたビニール袋の中身をテーブルにひっくり返した。
中から出てきたのは、色んな箱と小瓶。
待って…、この箱とかって…。
- 82 名前:【Scheherazade】 投稿日:2007/01/09(火) 05:48
- 「くすり…?」
「はい…、あの、後藤さん…お腹が痛そうだったから…」
「そんなびしょ濡れで…」
「お、お金がなくって…お薬だけでも、って…その…」
そっと手にとって名前を確かめると、全部腹痛に効く薬ばっか。
下剤とか腸薬とか、いろんなメーカーの粉薬・錠剤・液剤…。
なにが効くのか判らなくて、とにかくそれらしいものを買ってきたんだ、きっと。
こんなのを…探しに?
誰のため…? アタシのため?
雨が降ってるのに、傘もささずに…こんなたくさん…?
なんで…?
「ど、どれがいいのか…わからなくて…でも、後藤さん、凄く辛そうだったから…」
あぁ…どうしよう。
なんか、泣きそう。わけもなく、なんか。
やばい…、マジでやばい。
- 83 名前:【Scheherazade】 投稿日:2007/01/09(火) 05:48
- 「後藤…さん?」
そんな泣きそうな目で見ないで。
アタシなんかの心配なんてしないで。
バカ、アンタ大バカだよ。
「紺野って…バカだね」
「…え……あ…」
「そんな、濡れて…、何やってんの?」
「あ…迷惑…でしたか…?」
「うん」
「ご、ごめんなさい…」
小さくなってしまう紺野。
それを見た瞬間、湧き上がる熱い気持ち。
それに後押しされて、アタシは…紺野の腕を引っ張って…強く抱きしめた。
- 84 名前:【Scheherazade】 投稿日:2007/01/09(火) 05:48
- 「ごっ! 後藤さん…っ?」
「…あり、がとう」
「え?」
「心配、してくれたんでしょ? ありがとう」
「あ…はい…っ」
こんなアタシのために、かえってきてくれた。
それは…アンタの…紺野の信頼の形…なんでしょ?
裏切ったアタシを、それでも心配してくれた、紺野の。
「あの…後藤さん…?」
「うん?」
「信じるって……あの、わかんないですけど…私の信じるっていうのは…多分…
裏切られても…その…『許す』っていうこと…だと思うんです」
要領を得ない言葉。
でも、アタシには判る。
- 85 名前:【Scheherazade】 投稿日:2007/01/09(火) 05:49
- うん、そうだね…それ、アタシも辿り着いた『信じるのカタチ』。
やっぱり紺野は、アタシよりも先が見えてた。
それが、…それこそが裏切られた人間の信じる道へ踏み出す第一歩のカタチ。
人は信じて、裏切られて、傷ついて、でも、また信じる。
それは、何かを『許す』ことができるから、辿れる道。
あぁ…、どうしよう…。
アタシやっぱり、…紺野を手に入れたい、みたい。
強い思いが、腕に込める力を強くする。
熱い吐息を漏らして、紺野は微かに苦しげに眉をひそめた気がした。
その濡肌の匂いは、薬なんかより、アタシを癒す。
- 86 名前:【Scheherazade】 投稿日:2007/01/09(火) 05:49
-
ねぇ…もし、アンタがアタシを許してくれるなら…。
「紺野…」
「はい…?」
「アタシを…」
…――― 許してくれる?
耳元に注ぎ込んだ言葉は、紺野の心に届いていく。
そして…両刀で傷ついたアタシの心にも。
さぁ、止まった時間を動かそう。
アンタの微笑みから零れた『信じるキモチ』で。
- 87 名前:【Scheherazade】 投稿日:2007/01/09(火) 05:50
- ・
・
・
「紺野せーとかいちょー」
「…後藤さん、その呼び方ヤですってば…」
「じゃあ、あさ美」
「よっ! 呼び捨ては……あの…こ、困ります」
「付き合ってんのに?」
「そっ、そっ、それは…っ」
そんな会話が、放課後の生徒会室から響き渡るのは、すぐ先にある未来の話。
アタシと、紺野の、未来の話。
- 88 名前:【Scheherazade】 投稿日:2007/01/09(火) 05:50
-
【Scheherazade】―――― END
- 89 名前:tsukise 投稿日:2007/01/09(火) 05:51
- >>73-88 今回更新はここまでです。
と、同時にこのお話は、これでひとまず終了です。
また新しいお話に入りますが、お付き合い下されば幸いです(平伏
>>70 aisさん
後藤さん…いろんな意味で苦しみもがいていたみたいです。
それでも、きっと彼女が一緒なら…これからは、えぇ(笑
この話はここまでですが、また次回もお付き合いくだされば幸いです(平伏
>>71 名無飼育さん
楽しみにしていただいているとは…大変嬉しく思います(平伏
かわり映えのない作風ではございますが、応援レスに
元気を頂きがんばります、ありがとうございます(平伏
>>72 名無飼育さん
応援レス、本当に励みになります(平伏
はい、彼女なりの答えが変化をもたらしてくれたようです(笑
年齢的に制服の二人の世界観はそろそろ厳しいのですが
まだ続く二人のお話、見届けてくだされば幸いです(平伏
- 90 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/10(水) 14:07
- 素晴らしい作品をありがとうございました
- 91 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/10(水) 20:47
-
【the night of the new moon】
- 92 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/10(水) 20:48
-
やられた―――。
見事急所を撃ち抜かれた…っ。
ううん、まだその熱い鉛の感覚はアタシの中で蠢いていて。
ヤバい…っ、このままだと…。
「どこ行った!? まだ近くにいるだろ!」
「探して撃ち殺せ!」
「どうせ殺したほうが為になるんだ!」
くっ。
まだ追っ手が…っ。
力を出せ。四肢を持ち上げろ。
こんな不条理の中で死にたくないなら、駆け抜けろ。
「っ! いたぞ! 撃て!」
草むらから飛び出して、闇の中を駆け抜ける。
はらわたからは熱い体液が止めど無く流れるけれど、
そのすべての痛みを無視して。
- 93 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/10(水) 20:48
-
「なんだって、こんな時期にあんなのがいるんだ!」
「いいから殺されたくなければ殺せ!ただの害にしかならん!」
身勝手なヤツら。
アタシは何にも悪いことしてないのに。
生きるために精一杯なだけなのに…!
あぁ…、全身の筋肉が悲鳴を上げる。
ハッハッ、と乱れた呼吸はもう限界を知らせてる。
もつれる脚は、それでもコンクリートの地を強く蹴って、前へ前へ。
この山道を抜ければ…銃はもう使えない地域。
あと少し…あと少し…っ。
- 94 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/10(水) 20:49
-
・
・
・
どれぐらい駆け抜けた…?
もう銃の音も、あのイヤな声も聞こえない。
でも…もうアタシの自由もきかない。
ほら、こんなコンクリートの上で横たわって…
ただ夜空にぽっかりと浮かんだ満月を見つめるだけ。
なんで…こんなことになったんだろう…?
アタシはただこの冬を越えたくて、…生きたくて、それだけなのに。
あぁ…もう、目も見えなくなってく…。
ここで死ぬ、のかな?
- 95 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/10(水) 20:49
-
「……ひゃっ!」
誰…? また別の人間?
逃げなきゃ…、でも、もう動けない…。
「…ケガ…してる…。い、生きてる、のかな?」
生きてるよ…、まだ、ね。
「どうしよう…。病院に…、でも、無理かなぁ…」
頼りない声。
確か、こういう声は、『女の子』の声。
「と、とにかく連れていったほうがいいよね…っ」
アタシの身体に伸ばされた手は、そのか細い声とは裏腹に
とてもしっかりしたもので、その力も意外なものだった。
- 96 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/10(水) 20:50
-
「身体、キレイにしたら…とっても綺麗だね、きっとあなたは」
ゆっくり閉じかけたまぶたを開くと、そこには『女の子』の顔。
くりくりした目は、じっとアタシを覗き込んでる。
「大丈夫だよ、私、これでも獣医さん……見習いだから」
獣医さん、聞いたことある単語。
そう、確かそれはアタシに危害は加えない。
あぁ…じゃあ…
「でも、…どうしよう、私、オオカミなんて手当てしたことないんだけど」
大丈夫…、アタシは、今…眠れる。
頼りない女の子の腕の中だけど、安心して、今は眠れる。
「ううん、大丈夫、きっと助けるからね」
身勝手な人間に傷つけられたアタシは…
その身勝手な人間の腕の中で…眠りに落ちたんだ。
- 97 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/10(水) 20:51
-
*****
- 98 名前:tsukise 投稿日:2007/01/10(水) 20:53
- >>91-97
今回更新はここまでです。
新しいお話ですが、またお付き合い下されば幸いです(平伏
>>90 名無飼育さん
そういって頂ければ、作者として光栄です(平伏
こちらこそ、お付き合いくださりありがとうございます(平伏
- 99 名前:ais 投稿日:2007/01/10(水) 22:55
- tsukise様のこんごまは本当に最高です!
CROSS HEARTの時からドップリとハマってw
次の話しも楽しみに読ませていただきます♪
- 100 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/11(木) 19:16
- 更新お疲れ様です!!
毎日ここをチェックするのが楽しみで仕方ないです〜(ホントにw)
- 101 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/12(金) 14:46
-
寒い…、最初に感じたのはそんなの。
それから、鼻をつくツンとした匂い。
これは…、これはそう…『消毒液』
アタシ、どうしたんだっけ…?
あぁ、そういえば…アタシは…
「…おっ、コイツ目が覚めたみたいじゃん」
ゆっくりと瞼を開くと、ぼんやりとした視界の中『人間』がいた。
ケージ越しにしゃがみ込んで、包帯まみれで横たわっているアタシをジロジロ見てる。
……第一印象、ヤな人間。
「うわっ、なんかちょっと、コイツ今プイっと顔背けたよ!なっまいきー!」
生意気でもなんでも結構。
人間に好かれようなんて毛頭思ってないから。
- 102 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/12(金) 14:47
-
「つーか、オマエ紺野に感謝しろよー? あのままだったら野垂れ死にだったんだし」
別にアタシは助けてなんて頼んでない。
「うわっ、うわっ、ちょっとコイツ、『あっそ』ってカンジで鼻先鳴らしたよっ」
いちいちアタシの反応に笑いながら解説なんかして、やっぱヤな人間。
でも相手にしなけりゃ、この手の人間は諦めるんだ。
ほら。
もう頭をバリバリかきながら溜息なんてついてるし。
「ったくー、まーいいや。とりあえず紺野起こして、この事知らせなきゃな。
おい、オマエ、紺野はなー、オマエのこと心配でずっと手術が終わるの
待ってたんだからなー。大体受験生なんだから今頃は追い込み勉強しなきゃ
なんないんだぞー。まさか血だらけで圭ちゃんを頼ってきた時は驚いたなー。
もう夜中の3時だし…って、おい、ちょっと聞いてんの、オマエー」
…前言撤回、諦めない人間もここにいた。
- 103 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/12(金) 14:47
-
「ったく、紺野にはそんな態度とんなよー」
びしっと指先でアタシの事を指して、その人間は部屋を出て行った。
それからものの10秒も経たずに、再び部屋の扉が開いたんだ。
バタン!という、ものすごい音を立てて。
「あっ!あっ!あっ!ほんとだっ、起きてるっ、生きてるっ」
入ってきたのは、…あぁ、この人間…。
獣医見習いの人間。
「だっ、大丈夫っ!? …じゃないよね。でも、大丈夫?」
ケージの檻にすがりつくように座り込んだその子は、
まだ朦朧として起き上がることの出来ないアタシと目線を合わせて話しかけてくる。
その洋服には、……アタシの血。
- 104 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/12(金) 14:48
- 「あぁ…大丈夫。これ、古着だから安物だし。洗濯すれば大丈夫」
…………、アタシ、声なんて出してないんだけど?
この子、見かけによらず洞察力が鋭いのかもしれない。
―――…こういう人間こそ、アタシは関わっちゃいけない。
絶対に、ロクな目に逢わないんだから。
「あらら…、ご機嫌ナナメなのかなぁ…」
プイっと背を向けたアタシに、その子はボソッと呟く。
そう解釈してくれていい。
そうやってアタシに関わりを持たないで。
大体、こんなケージの中に入れられるような、そんな獣なんかじゃないんだ。
- 105 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/12(金) 14:48
- 人間なんて、こんなもの。
姿かたちがオオカミってだけで、獰猛で人間を襲って肉を喰らう。
そんな風に考えて。
アタシは、そんなのじゃないのに。
どうせ、この子だって、アタシの事を―――
「ちょっ! 紺野っ! なにやってんのさ!」
え?―――。
背中から聴こえたのは、そんな慌てたようなヤな人間の声。
そして、
カチャン
軽く鉄の擦れる音。
まさかと思って、目を向けると…
「…おいで? 窮屈だったでしょ? おいでよ、こっちに」
両手を開いて…笑顔を向けているその子がいた。
ケージは開かれて、隔たるものなどない先に。
- 106 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/12(金) 14:49
- この子は…バカなの?
それとも?
「バカ! 襲い掛かってきたらどうすんのさっ! 早く閉めな!」
「や、待ってください…っ、吉澤さんっ、お願いします」
ズカズカとその子を押しのけてケージを閉めようとするヤな人間だけど、
その子は、頑なだった。
アタシと、そのヤな人間の間に両手を広げ遮ったんだ。
ちょうど、その子の背がアタシの目の前に。
「どきな、紺野。ケガしてたってオオカミはオオカミなんだよ。
そのケガだって、猟銃で撃たれたって聞いてる。きっと何か悪いことしたんだ。
そんなの、野放しになんかできないね」
…やっぱ、人間ってヤツは…。
そう思って、唸り声の一つでも上げてやろうとした時、
目の前のその子が、大きくかぶりふったんだ。
- 107 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/12(金) 14:50
-
「どうして、そう決めつけるんですか?もしかしたら山から下りてきて、
突然、狩りの人間に狙われて撃たれたかもしれないじゃないですか?」
……この子…。
「そんなだから、アンタは獣医に向かないっていうんだよ、いいからどきなっ、
噛み殺されないうちに!」
「嫌ですっ!」
- 108 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/12(金) 14:50
-
人間に関わるとロクな事は無い。
知ってる。
そんなこと、知ってる。
そんなアタシへの今の選択肢は2つ。
目の前にある背中に飛びかかって、精一杯獰猛な獣を演じること。
きっと、ヤな人間がアタシを捕えて、それ見よとばかりに
2度と人間と関わることのない場所へと連れてってくれるだろう。
そしてもう一つは。
………もう一つは…、アタシが…『アタシらしく』すること。
あぁ、でもそれは…否が応にも、人間と関わることになる…。
- 109 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/12(金) 14:51
-
「…っ! 紺野、マジでどきな。それからそのままゆっくりこっちにおいで」
立ち上がったアタシに気づいたヤな人間は、鋭くいい放つ。
でも、その子は頑として動こうとしない。
まだ癒えぬキズが、ズキズキ痛む。
でも、それが今はっきりと現実を突きつけてくるんだ。
さぁ、アタシはどうする?
と、その時。
- 110 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/12(金) 14:51
-
「……そうやって、動物を信じることができないなら…」
緊張をはらんだ声色でその子の小さく開かれた口から零れる言葉に
自然と耳が立つのがわかった。
できないなら…?
「私、獣医になんかなりたくないです。ならなくていい」
――― それが、アタシの中での決定打だった。
アタシは…選んだ。
1つの道を。
- 111 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/12(金) 14:52
-
「っ! 紺野…っ、危な…っ」
ソロソロと歩いて、その子の背に近づくと、アタシは…
「ひゃっ!」
…………その子の頬に擦り寄ったんだ。
オマケは、間近で見て気づいた、そのふくよかな頬へ軽いキスを一つ。
「あ……、あはっ、やだ、くすぐったい」
「……マジかよ」
マジだよ。
思わずヤな人間を鼻を鳴らして一瞥し、
アタシは…その子に導かれるように自由に足を踏み入れたんだ。
アタシを信じてくれたその子、紺野と一緒に。
- 112 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/12(金) 14:52
-
*****
- 113 名前:tsukise 投稿日:2007/01/12(金) 14:53
- >>101-112 今回更新はここまでです。
>>99 aisさん
嬉しいお言葉をありがとうございます(平伏
『CROSS HEART』にもハマって下さったとは…っ。
作者としてはありがたい限りでございます(平伏
どうぞ、続けて読んで下されば幸いです♪
>>100 名無飼育さん
日参してくださっているとはっ。
それは更新を頑張らねばなりませんね(笑
これからも、楽しんでいただけるように
頑張らせていただきますので、よろしくお願いしますっ(平伏
- 114 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/13(土) 03:10
- うわぁ…ため息が出るぐらい好きな感じです
- 115 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/14(日) 12:23
-
満月…それは獣たちの宴の合図。
この日ばかりは、理性が本能に溶けて溢れかえる日。
じゃあ、逆は?
そう…新月、それは、獣たちが息をひそめて影もカタチもなくなる日。
影もカタチも。
前日から兆しがあったんだ。
いつもの、あの感覚。
獣じゃないアタシがリアルになっていく、そんな感覚。
- 116 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/14(日) 12:23
-
・
・
・
「うーん…、私のご飯、美味しくない?」
獣医見習いに、目の前に差し出された生肉や野菜にも
まったく興味が向かない。
ううん、むしろ、拒絶反応が大きくてそっぽを向いて。
その子は、うーんと唸りながらアタシの体調ばかり気にしてた。
アタシの世話係を買って出たその子は、毎日学校が終わるとすぐに
アタシの元へとやってきて、色々面倒をみてくれるんだ。
もう傷もずいぶん良くなって、動けるようになった姿に凄く喜んでたっけ。
そんなその子に、アタシは苦笑しながらオオカミらしく頬を一舐め。
でも、今日ばかりは…ううん、きっと今日と明日は期待に応えられない。
四つの脚は、後ろ足ばかりに感覚がいって。
嗅覚が衰えると同時に、呼び覚まされるような鋭い脳の意識。
そう…新月が近づくとこうなるんだ、アタシは。
そして、新月がくると…。
- 117 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/14(日) 12:24
-
「あぁ、今日は月も出てないんだね」
エサに手をつけないアタシにため息を一つついて、
その子は窓の外を見上げた。
もう時刻は夜中へと足掛けしていく夜11時。
あぁ…じゃあ、そろそろアタシは…。
出来ればその時、この子にはそばにいてほしくない…かも。
でも。
「とりあえず、片付けるね」
エサ受けを手にとって部屋を出て行こうとするその子を目で追いかけて、
気がついた。
- 118 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/14(日) 12:24
-
入り口の扉付近。
大きな脚立が、ゆれてる。
多分不安定におかれてしまってるんだ。
瞬間、ヤな予感がした。
…で、こういう時に限って、アタシの勘は必ずあたる。
- 119 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/14(日) 12:25
-
ガタ…ッ
「…ッ」
バランスを崩して倒れていく脚立。
それは扉を潜ろうとしていた、その子に上に。
でも、気づかない、気づいていない。
手の中にあるエサ受けを見つめているだけ。
あぁ…、このままじゃ…!
最悪の光景がアタシの脳裏をよぎる。
と、同時に、
アタシは…
- 120 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/14(日) 12:26
-
「…ッ! 危ない! 伏せて!!」
駆け出した。
四つの脚じゃない、二本の足で。
その子に向かって。
ガシャ――ーン!!!
- 121 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/14(日) 12:26
-
・
・
・
「だい…じょうぶ?」
「……え…?」
目の前には、目をまん丸にしてアタシを見上げているその子。
そして、床に散らばったエサの残骸。
……やってしまった。
後悔の念が浮かび上がるけど、
同時にアタシの背には激痛が走って…
意識はブラックアウトした。
- 122 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/14(日) 12:26
-
アタシの秘密…それは、新月の日だけ…人間に『戻る』ことが出来ること。
そう、戻ることができるんだ。
身勝手で大嫌いな人間に。
- 123 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/14(日) 12:27
-
*****
- 124 名前:tsukise 投稿日:2007/01/14(日) 12:27
- >>115-123 今回更新はここまでです。
>>114 名無飼育さん
作者の趣味丸出しでございますが、
とても嬉しいコメント、ありがとうございます(平伏
- 125 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/14(日) 16:08
- これからも作者様の趣味まる出しでお願いいたします(土下座
- 126 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/15(月) 22:22
-
ゆっくり視界を開くと………女の子のどアップと鉢合わせた。
この顔…あぁ、獣医見習いの子の顔…。
「……………」
どこか眠そうな目は、じっとアタシをとらえている。
つきたてのお餅みたいな頬は、顔をのぞきこんでいるからか
厚みをましてて、なんとなく掴みたくなる。
あ……、その餅に赤みが。
「………はわっ! ご、ごめんなさいっ」
瞬間、とびずさるようにそのこは後ろに引いた。
それを確認して、アタシはゆっくりと起き上がる。
- 127 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/15(月) 22:22
- ここは…あぁ、多分さっきまでいた建物の一室。
鼻に広がる動物達のにおいがその証拠。
あのあと、ベッドのある場所まで運んでくれたのかもしれない。
「あのあのあの…」
「……ん?」
「あのあのあの…、こ、これ…使ってください…っ」
白衣?
ぷるぷると震えた手だけを伸ばして渡してきたその子は、
おもいっきし俯いて、まだ餅を真っ赤にさせてる。
…って、あぁ、そうか。
アタシ、まっ裸だからか。
そりゃそう、オオカミから人間になって毛皮なんて着てるワケないんだし。
- 128 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/15(月) 22:23
- そっと手にとって羽織ると、やっとその子は顔をあげて、
また再びアタシの顔を、まじまじと見つめてきた。
その目は、なにかを言いたげで。
「…なに?」
「あっ、やっ、あの…っ、そのー…あなたは…誰、ですか?」
訊かれると思ってたこの質問。
言わなきゃダメなワケ? わかってるだろうに。
でも、こうなったのはアタシ自身のミス。
別に放っておいても良かった事態に首を突っ込んだアタシの。
だから。
「元オオカミ」
はぁ…とわざとらしく大きくため息をついて言ってやった。
瞬間、息を呑むその子。
「でも…人間…」
「だから、元オオカミ」
「どうして…あの、人間に…?」
「知らない」
- 129 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/15(月) 22:23
- やっぱり、人間っていうのは面倒くさい。
自分の探求心を満たすために、次々に詮索してきて対象を追い込む。
これじゃ、狩りと一緒じゃん。
でも、その面倒くさい人間を今は利用しなきゃ。
幸い、この子ならアタシのいう事、結構ききそうだし。
- 130 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/15(月) 22:23
-
「あのさぁ」
「はっ、はいっ」
「なんか着る物くれない?白衣じゃなくて服一式」
「あっ、そ、そうですねっ、あのっ、待っててくださいっ」
ぱたぱたとスリッパの音を立てながら、
その子は弾かれたように駆け出していく。
…と、扉の前で一度止まって振り返って。
なに?と眉を上げて言葉を促すと、その子は今までにないぐらい
顔を真っ赤にして、もじもじと訊いてきたんだ。
「あのー…下着のサイズは……?」
・
・
・
- 131 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/15(月) 22:24
-
利用するにはこの子は、うってつけの人間。
でも、なんとなくだけど、アタシの中で警告音が鳴ってたんだ。
『アタシにとって、この子は一番面倒くさいタイプの人間になる』って。
- 132 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/15(月) 22:24
-
*****
- 133 名前:tsukise 投稿日:2007/01/15(月) 22:25
- >>126-132 今回更新はここまでです。
>>125 名無飼育さん
ありがとうございます(笑
これからもマイナーCPですが、お付き合い下されば幸いです(平伏
- 134 名前:ais 投稿日:2007/01/16(火) 00:29
- 連日更新お疲れ様です。
読んでないうちに面白い展開になってw
やっぱりこの二人は好きです♪
- 135 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/16(火) 19:31
- へぇ。
軽くそんな声を上げて、姿見の前で軽く1回転。
渡された洋服はアタシのサイズにすべてピッタリで。
しかも、なんだろう?
ちゃんと時代に合った洋服。
期待してなかった分、驚いたってのが本音。
鏡の中のアタシは、獣の姿ではなく人間の姿で存在してる。
うん、この夜限りの姿だとしても、本当のアタシの姿で。
人間で数えると、ちょうど20歳の姿。
…そんなに成長した自分に実感はないけれど、
後ろで情けない顔をしながら、アタシを見つめている子の存在が
アタシの成長を嫌がおうにも判らせる。
- 136 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/16(火) 19:32
-
それに…
「ありがと」
「えっ? あ、いえ…。 …お似合いですね」
まっすぐ向けられる瞳を見てると、
人間も、そんなに捨てたもんじゃないかもって…思わせる。
「獣医見習いなんだよね、あんた」
「紺野です」
「紺野、あぁ、名前?」
こくりと頷いたそのこ、紺野はもどかしげにアタシを見つめてる。
話の流れで何が言いたいのか判ったけど、
あいにく、アタシは『それ』を持っていない。
だから、あえて気づかない振りをしたんだ。
- 137 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/16(火) 19:32
- 「じゃあ、紺野。ケガはない?」
「怪我…? あ…っ、だ、大丈夫ですっ、ありがとうございます」
「まぁ…、これでおあいこだし」
「あ…」
その言葉に、紺野は少し心配そうにアタシの身体を見回した。
だから、アタシは『なんでもない』って風に両手をヒラヒラさせてやる。
なんていうか、紺野って心配性なんだか、鈍いんだかよくわかんない。
「紺野って、変わってるね」
「え? そう、ですか?」
思ったままを口にすると、紺野は困ったみたいに笑った。
じっと見つめると、オロオロしたように下を向いたりして。
まだ、人間のアタシに怯えてるのかも?
- 138 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/16(火) 19:33
- 「ビクつかないでよ。どうせ明日の晩にはオオカミに戻るから」
「え……?」
「そしたら、ここも出てくし」
「え…っ?」
なによ?
どうせ厄介者なんだし、もう少し喜ぶかと思った。
大体、こんな変な生き物、気味が悪いでしょ?
軽く眉を上げて見せると、
「そんな…、まだケガが…、でも、ほら、寒いし…あの…」
意外なほど紺野はうろたえて見せたんだ。
どうせ同情とか、物珍しい気持ちでなんだろうけど。
- 139 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/16(火) 19:33
- 今までだって、偶然居合わせた人間は物珍しさでアタシを捕えてた。
この子だって、違うだなんて言い切れない。
オオカミの時とは全く違う反応は、警戒心だけを呼び覚ましてくるから。
だからアタシは、
「人間なんて、信じない」
「……え…?」
すいっと、紺野の隣をすり抜けて部屋を出て行こうとしたんだ。
適当に町をうろついてれば、明日はすぐくる。
だから。
でも、
「い、行かないで…っ」
「っ!」
きゅっと、アタシの手をとって引き止めたのは、温かな手のひら。
いつか…そう、いつか昔に感じた、温かな…。
- 140 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/16(火) 19:34
- 「手…」
「あっ、ご、ごめんなさい」
「違…、や、なんでもない」
戸惑った。
ぱっと離れたぬくもりに、アタシは明らかに落胆してる。
大嫌いな人間のぬくもりなのに、もう少し触れていたいと思ってる。
馬鹿げてる。
きっと寂しさに弱った心が、一瞬のぬくもりに傾いただけ。
あぁ…でも。
この子は……、…アタシを信じると言ってくれた。
「…? オオカミ、さん?」
大嫌いな人間。
面倒くさい人間。
でも…、アタシも同じ人間。
ねぇ…?
あなたは、アタシがこんな中途半端な姿をしていても、
…変わらない?
- 141 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/16(火) 19:35
- 「身体…痛むんですか?」
違うの。
痛むのは、もっと奥。
あなたの知らない、過去のアタシの痛みがきてるの。
名前のあった、あの頃のアタシの。
名前…、そう、アタシの名前…あった。
「オオカミさん…? 本当に大丈夫ですか? オオカ…」
「真希」
「え…?」
「名前、後藤真希」
「あ…」
胸に広がる苦い想いに苦笑しながら告げると、
紺野は、きょとんとして、それからパっと表情を明るくした。
- 142 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/16(火) 19:35
- 「後藤、さん」
「そう」
「あの、あの、ご、後藤さん、よ、良かったら…その…」
ズキン、と。
心が軋む音がする。
『また、アンタは繰り返すの?』って、過去の自分が嘲笑ってるのがわかる。
紺野が一生懸命に何かをしようとする姿を見るたび、
アタシは苦しくなる。
そう、苦しくなるの。すごく。
でも、
「人間の姿の間だけでも…、私の家に来ませんか?」
精一杯の勇気を出して広げられた手の平を、
払いのけることはできなかったんだ。
「……紺野が、いいのなら」
人間も…捨てたもんじゃない、
そう…信じたい気持ちが、カケラほどでも残っていたから。
- 143 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/16(火) 19:36
-
*****
- 144 名前:tsukise 投稿日:2007/01/16(火) 19:36
- >>135-143 今回更新はここまでです。
>>134 aisさん
作者も、この二人がとことん好物のようです(笑
リアルな二人の関係から、いつも損するのは紺野さんですが(笑
楽しんで頂いているなら嬉しいです♪
- 145 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/17(水) 05:02
-
シャボン玉ってさ、すごく綺麗だよね。
色んな色になったり、ふわふわ飛んでいくのとか。
でもさ、
それって、一瞬だけのものでさ。
結局は、弾けてしまえば、消えてしまうんだ。ぱちんと。
昔、子供のころ、それでも消えてしまうシャボン玉が悔しくて、
何度もストローを強く吹きかけてたっけ。
昔はね。
でも、今は。
一瞬のまやかしなんだって判っているから。
だから。
- 146 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/17(水) 05:02
- ・
・
・
「紺野って、やっぱ変わってるよね」
「そうですか?」
雪の匂いを漂わせた山道を二人並んでゆっくり歩く。
明け方に足がけしているから、町並みがよみがえる瞬間はもうすぐそこ。
そんな中、二人の吐く白い息だけがくっきりと浮かび上がってて。
人間を形作るものが、どこか新鮮に映ったかも。
ううん、紺野の存在が鮮明に映った。
時々道を外れそうになるアタシに何度も振り返ったりとか、
心配そうに声をかけてきたりとか。
こんなよく判らない生き物のアタシなんかを気遣ったりなんかして。
なんの得にもならないのに。
「ホント、変わってる」
そっぽを向いて呟いたアタシに、紺野はまた少しだけ困ったみたいに笑う。
それから、聴こえるか聴こえないかの小さな声で、
「後藤さんも」
なんて言った。
- 147 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/17(水) 05:03
- 思わず苦笑。
訊きたい事はたくさんあるだろうに。
一度突き放したからか、紺野はもう踏み込んでこなくて。
ただ、こうやって静かにアタシの隣にいる。
改めて見たその姿は、アタシより頭半分ぐらい小さくて、
女の子の丸みを優しい雰囲気と同じぐらい醸し出してた。
でも、その優しい空気の中にある、強い意志、アタシは知ってる。
しっかりと抱き上げられた身体の感触がずっと残っているから。
そういえば…。
- 148 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/17(水) 05:03
- 「…ねぇ」
「? はい?」
「なんで、獣医なんか目指してるの?」
「唐突ですね」
やっぱり困ったみたいに笑う彼女は、それでも「うー…ん」と唸って。
「笑いませんか?」と上目遣いで問いかけてきた。
人の夢をあざ笑うほど、アタシも鬼じゃない。
ゆっくり頷いてみせると、彼女はとつとつと語りだしたんだ。
「…昔、飼ってた犬が死んじゃったとき、凄く悲しくて」
「うん」
「その時見てもらった獣医さんに、私、凄く腹が立ったんです。
『なんで助けてくれなかったんですかっ』って怒ったりして」
「へぇ」
ころころ変わる表情が面白い。
その時の彼女の姿が容易にわかるかも。
でも、真剣なんだろうな、じっと一点を見つめたりして。
- 149 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/17(水) 05:04
- 「でも、私、見ちゃったんです」
「…なにを?」
そこで彼女は、ふっと瞼を伏せて、大きく息を吐いた。
白い息は大きく立ち上がって、また消えていく。
彼女の、紺野の怒りの心と一緒に。
「…獣医さん、泣いてたんです」
「泣いてた?」
「はい、私気づかなかったんですけど、怒って詰め寄ったとき、
獣医さん、目、まっかだった」
「……ふぅん」
泣き出しそうな紺野の声は、後悔なのか、それとも?
でも、そのまましばらく続けられることのない言葉に、アタシは気づく。
紺野にも、アタシには知りえない痛い過去があるんだって。
- 150 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/17(水) 05:04
- 再び口を開いたのは、胸元を押さえて、
何かを確認するみたいに頷いてからだった。
「動物って、言葉が話せない分、精一杯意思表示してる。
それに気づいてあげられる、そんな獣医さんに憧れて…、
命に、ちゃんと向き合える、あの獣医さんみたいになりたくて…、
だから私、私の夢は、獣医さんなんです」
「そう…」
言葉足らずな説明でも、そこには十分伝わってくる強い想いがあった。
眩しくなるような強い想いが。
こんな人間に会うのは、初めてかもしれない。
ほら、きゅっと顔を上げて、情けない顔だけど必死に笑顔を作って。
いつだって…そう、彼女は一生懸命。
- 151 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/17(水) 05:04
- 「す、すいません、なんかつまらないことですよね…っ」
でも、顕著。
恥ずかしそうにうつむく姿は、アタシの胸の奥を少しだけ温かくする。
ほんの少しだけ、傷ついたアタシの胸の奥を。
「…つまんなくないよ」
「え?」
「つまんなくなんかない。…夢、なんでしょ? それ」
「あ、は、はい…」
夢。
そう、人間は夢を見ることができる。
…いつから、アタシは夢を見なくなったんだろう?
- 152 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/17(水) 05:05
- 「後藤、さん…?」
「…紺野はやっぱり変わってる」
「え?」
こんなアタシなんかに惜しげもなく夢を語ったりなんかして。
訊いたのはアタシの方だけど、ここまで素直に語られると、
なんだか胸がおかしな具合に鳴るんだ。
アタシは、なんで人間をやめたんだろうって。
…そんなことを考えさせられる。
- 153 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/17(水) 05:05
-
「あの、私も、訊いていいですか?」
「…なに?」
ちょっと、おどおどしながらも、紺野は好奇心に負けたのか
アタシの目を覗き込んで、次の言葉をつなげたんだ。
「どうして…、人間を信じないって…言うんですか?」
―――…ぐっと。
ぐっと、胸が締め付けられた瞬間、だった。
- 154 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/17(水) 05:07
-
―――どうして…、人間を信じないって…言うんだろう?
たった一人の人間の疑問符に、アタシの心は、ぐらついた。
強固に固められた苦しみの扉を、無邪気に叩く手によって。
ううん、無邪気じゃない分、…性質が悪い。
どうして…人間を信じない?
それはね…
――…裏切られたときの反動に耐えられないから。
- 155 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/17(水) 05:07
- 「え…? なんですか?」
口の中だけで呟いた言葉は、当然紺野には届かない。
届かせない。
一度でも、アタシを信じるといってくれたから。
だから。
「なんでもない。…人間を信じない理由…忘れちゃった」
「忘れた…?」
「うん、忘れちゃった。いいじゃん、別に。紺野には関係ない」
「そ、そう…ですけど」
あ、言い方、マズった?
思ったけど、もう出してしまった言葉は切り返せない。
悲しそうに、でも、しょうがないって笑う紺野に、どこか胸が痛む。
信じないといったクセに、人間を信じないクセに。
- 156 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/17(水) 05:08
- 心のどこかで…紺野を信じたいと思ってる。
檻から出してくれた、あの震えた背中が、目に焼きついて離れないから。
「…あ、次の道を曲がったら、あの、家に着きます…、はい」
やっぱり寂しそうに笑う紺野に、今度こそ胸が激しく痛む。
この子だって、傷を持ってる。
人を罵ってしまった後悔の傷。
もしかしたら、アタシの知らない過去に、
もっともっと深い傷を負ってるかもしれない。
…ねぇ、ホントにアタシは人間を信じない?
信じたいと思っているのに?
ただの、一人だって、『内側』には、『もう』入れないの?
チャンスを…あげないの?
- 157 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/17(水) 05:08
- …―――ッ!
「紺野…っ」
「ひゃいっ!?」
突然、大きく呼びかけたアタシに、紺野は文字通り飛び上がって驚いた。
それから、おずおずと振り返って、アタシの顔色を伺って。
…そんな風にされたら、もう、拒絶できない。
…――もう一度だけ、信じよう?
そんな気持ちをこの子は抱かせる。
- 158 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/17(水) 05:08
- 「あの…? 後藤さん?」
大きくひとつ深呼吸。
それは…気持ちを落ち着かせるためじゃなくって、
獣のアタシを捨てる儀式。
「…人間を信じない、それ、ホントは違うの」
「え…?」
戸惑ったようにオロオロしながら、
それでも紺野は心配そうにアタシの顔を覗き込んできた。
だから、アタシは、
「紺野は…――、信じてる、気がする、たぶん」
心のままに、伝えたんだ。
ふっくらとした頬が赤みを差す。
でもね、まだ続きがあるんだ、紺野。
- 159 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/17(水) 05:09
- 「でも、…人間を信じてしまう自分が、怖いの。ホントは」
そう。
怖くて。
悲しくて。
裏切りが、目の前に来て、初めてアタシは、……人間を捨てたんだ。
こんなにも覚えてる。
『裏切られた』たくさんの日々。
信じるものはバカをみる、そんな人間の法則にひっかかったアタシ。
紺野、あなたは、そんなアタシを…もう一度信じてくれる?
『檻』から、出してくれるの?
- 160 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/17(水) 05:09
-
*****
- 161 名前:tsukise 投稿日:2007/01/17(水) 05:10
- >>145-160 今回更新はここまでです。
- 162 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/19(金) 04:53
-
・
・
・
楽しかったいつかの子供の日々は、確かに覚えてる。
アタシの周りには、友達のたくさんの笑顔があって。
アタシも自然と笑顔になって。
楽しくて、嬉しい、そんな日々。
でも、それは夢物語。
―――パチン、と弾けたシャボン玉。
- 163 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/19(金) 04:53
- 生体実験。
そう、アタシに優しくしてくれていた『お父さん』『お母さん』は、
実は全部偽りのものだった。
研究員、そんな職業が人間の世界にはあるらしい。
そして…、実験体、そんなモノも人間の世界にはあるらしい。
友達も、アタシも、実はすべて後者で。
でも。
友達は…みんな逃げた。
アタシに全てを押し付けて。
アタシ一人を残して、みんな逃げた。
残ったアタシは。
アタシは…。
でも、…もう、どうでも良くなって。
それで、いいかなって思って。
長い年月、この身体で生きてきたんだ、ずっと。
- 164 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/19(金) 04:54
- それが、最初の裏切り。
人間を捨てた大きな理由。
人間なんて…信じるだけ、自分が辛いだけ。
そう、辛いだけ。
なのにアタシは何度だって繰り返してきた。
この間だって。
- 165 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/19(金) 04:54
-
そう、あの日…猟銃を向けられたあの日。
血の匂いにひきつけられて辿り着いた場所には女の子がいたんだ。
もの凄い血の臭気は、実はその女の子からじゃなくて、
その女の子に馬乗りになってる男からだった。
そのまま見過ごしていれば良かったのに。
女の子の濡れた瞳を見た瞬間、身体が動いてて…。
男に立ち向かって。
気づいたら、騒ぎを聞きつけた人間たちの銃の嵐。
女の子も、男も、いつの間にか消えていて、
アタシは、もはや、ただのピエロ。
で、無様に今の姿。
- 166 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/19(金) 04:54
- ………。
…あの女の子、大丈夫かな?
……ははっ、最後はアタシに怯えた目を向けてたけど。
………襲っていた男に向けていた時より、怯えた目を。
そうやってまた…『裏切り』を感じていくんだな、アタシ。
・
・
・
- 167 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/19(金) 04:55
-
閉じた瞼をゆっくり開く。
大きな溜息を、もう一つ残して。
白い息は、その向こう側にいる紺野を一度隠し…、
そして、くっきりと目の前に。
「信じるのが……怖い…? えっと…、あの…」
ハの字に下がった眉。
困ったみたいに泳ぐ瞳。
それから、何か言いかけては、また飲み込まれていく言葉。
ごめん、困らせてるよね?
こんな意味わかんないこと言われても、紺野には関係ないよね?
「ごめん、ただの、変な生き物の戯言だと思って?」
「え…? あ……、その…」
自嘲気味に笑って、髪をかきあげる。
- 168 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/19(金) 04:55
- この子に言っても、何も変わりはしないのに。
バカだねぇ、アタシ。
人間に戻っても、やっぱりアタシは、うん、バカだ。
「行こ?」
「…………はぃ……」
促すみたいに首を傾けてみせる。
それに紺野は、ゆっくり前を歩き出して…――止まった。
なに? どうしたの?
そんな風に声をかけようとした瞬間、
ううん、同時だったと思う、
紺野は、
「……後藤さん」
本当に泣き出しそうな顔をしながら振り返って、
「…っ」
ためらいがちに、
そっと…
アタシの手を握ってきたんだ。
- 169 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/19(金) 04:56
- 冷たい、ひんやりとした感触。
でも、違う。
人間の、独特の温かみのある感触。
「…………」
そのまま紺野は何も言わない。
ただ、握った手をじっと見てる。
どうしてだろう?
アタシには…それが彼女の精一杯に見えたんだ。
何も言わないんじゃなくて、何も言えなくて。
でも、何かを伝えたくて、だから。
あぁ…、こうやって、アタシはまた…。
人間を…。
- 170 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/19(金) 04:56
-
「……行きましょうか」
うつむきながら、また背を向けて歩き出す紺野は、
それでも、繋いだ手は離さなかった。
だから…アタシは、
ほんの少しだけ、本当に少しだけだけど、
その手を握り返して歩き出したんだ。
- 171 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/19(金) 04:56
-
*****
- 172 名前:tsukise 投稿日:2007/01/19(金) 04:57
- >>162-171 今回更新はここまでです。
- 173 名前:ais 投稿日:2007/01/19(金) 22:57
- ごっちんにそんな悲しい過去が・・・
更新お疲れ様です。
今後の二人にも期待しちゃってますw
- 174 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/20(土) 09:13
-
…オオカミの時と違っていても、人より優れた感覚は残っていて。
それは例えば『野生の勘』、とか、そういったものだったり。
もちろん、五感だって普通の人間よりは優れていたりするんだ。
だから。
- 175 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/20(土) 09:13
-
いち早く、アタシは気づいた。
繋いだ手のぬくもりも忘れるほど、ハっとするような…匂いに。
この匂い…知ってる。
そう、これは、そんな遠い過去に嗅いだものなんかじゃなくって。
つい最近嗅いだ。
ヤな匂いと、そして…。
「後藤さん…?」
ふと立ち止まって険しい表情をしてしまったアタシに紺野は、
不思議そうに、でも、少し心配そうに振り返って顔を覗き込んできた。
「もう、そこです…けど?」
あぁ、拒絶しているように見えたのかな、
道の向こうと、アタシの顔を見比べて泣き出しそうな顔なんてしてる。
違うよ、別に拒んだんじゃない。
そう、紺野を拒んだわけじゃないんだ。
- 176 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/20(土) 09:14
-
「ねぇ、紺野」
「はい…?」
「紺野は、誰かと一緒に暮らしているの?」
「え?」
視線は道の先に向けたまま訊ねる。
無意識だったけど、神経がその匂いに惹きつけられていたんだ。
忘れられない…匂いに。
「あの、いえ、私、一人暮らしなんですけど…、それがなにか?」
「………、この先、誰かがいる」
「えぇ? そんなことは…、…あっ」
アタシの視線の先を追った紺野は、何かを見つけて声を上げた。
誰かの、人影を見つけて。
- 177 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/20(土) 09:14
-
アタシの鼻に残る匂いは…かすかに含んだ血の匂いと…泥の匂い。
そして…女性独特の匂い。
ううん、まだ女性じゃない…これは女の子の匂いだ。
ほら、だって。
目の前には女の子。
一つの家の扉の前でうずくまってて。
でも、紺野の姿を見つけて、ぱっと表情を変えヨロヨロと立ち上がって。
「お…お姉ちゃん…っ」
「小春ちゃん…っ? ど、どうしたのっ、こんな時間にっ」
驚きに紺野はアタシの手を離して、その子に駆け寄る。
- 178 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/20(土) 09:15
-
お姉ちゃん…ということは、紺野の妹かなにか?
だとしたら…なんて数奇な出会い…。
思わず臍を噛んでしまう。
だって、その女の子は…、――数日前に出会った『あの子』だったから。
- 179 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/20(土) 09:15
-
「っ!? ど、どうしたの!? 泥だらけじゃない…っ」
「う…うん…、ちょっと…色々あって…それで…」
まだあの時の感触が身体に残っているんだろう、
その子は、がくがくと膝を震わせて紺野の腕にもたれ掛かった。
なんにも言わなかったけど、紺野はそれで何か伝わったのか
ただ優しくその子の背をさすって。
「とりあえず、家に上がって? こんな遠いところまで来たんだし」
「うん…」
そこで、棒立ちしていたアタシに気づいた紺野は、
やっぱりというか、情けない笑顔を向けて告げたんだ。
- 180 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/20(土) 09:16
-
「後藤さん、えっと…この子は、従姉妹の久住小春ちゃんです」
「いとこ…?」
「えーと…、お母さんのお兄さんの子供で…」
「血縁者ね」
「あ、はい」
ますます気持ちがざわついた。
紺野の血縁者…、ただそれだけで。
今、神様というものがいるとしたら、この現実を呪わずにはいられない。
なんで、アタシをそうやって振り回すの? なんて。
- 181 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/20(土) 09:16
-
「後藤…さん? どうしたんですか?」
「なんでもないよ…。早く家に入れてあげな」
「ごっ、後藤さんも、来てくれますよね…っ?」
…予感がした。
ただ、なんとなく。
この信頼の眼差しは…いつか変わる、と。
そう遠くない未来に。
その時…アタシは…。
「お姉ちゃん…? だれ? その人」
「あっ、えっと…、病院の先輩で後藤さん。べ、勉強を見てもらおうと思ってて」
「そう…。あの、どうぞ…、私の事は気にせず」
―――…耐えられるんだろうか?
「―――…うん」
無気力に向けられた瞳に、居心地の悪さを感じながら、
アタシは二人の後について、家に招かれていったんだ。
- 182 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/20(土) 09:17
-
*****
- 183 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/20(土) 09:17
- >>174-182 今回更新はここまでです。
>>173 aisさん
このお話の後藤さんは、そうですね、ちょっと苦労人ですね(ニガワラ
今後の二人、どうなっていくのか…見守ってくださいませ(平伏
- 184 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/20(土) 11:54
- 心配だなぁ後藤さん…
- 185 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/21(日) 16:01
-
夜が明けた。
たったそれだけの事なのに、アタシにとっては待ち遠しい一瞬だった。
……あと10数時間もすれば自由になる。
そんな思いが、胸に広がっていたから。
でも。
思い通りにいかないのが世の中。
そう、きっと。
- 186 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/21(日) 16:02
- ・
・
・
「………寝た?」
「はい…、今やっと」
居間に戻ってきた紺野に呼びかけると情けない笑顔が返事する。
小春…だっけ?
紺野の『いとこ』は、ちょっとした錯乱状態にあって、
家に上がってからも、何かに怯えた様子だったんだ。
そんな彼女に、紺野は年上らしくなだめ、
温かい湯をすすめ、上がるとすぐ自室のベッドで寝かせて。
時計の針が朝7時を差すころ、ようやっとあの子は眠りに落ちたんだ。
アタシにはなんにもできなかった。
ううん、逆に他人が故に彼女に気を使わせてしまうのは判っていたから
だから、通された居間の壁に背を預けて、ただ座っていたんだ。
ぼんやりと…せわしなく動く紺野の姿を目で追いかけながら。
- 187 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/21(日) 16:02
- 「何か…あったんでしょうね…」
ポツリと呟く紺野は、あからさまに沈んでる。
しゅんとしたみたいに、ちょっとうつむいて。
でも、それも一瞬で「あ、なにか温かいものでも飲みますか?」なんて
いそいそとキッチンに消えていった。
何か…、うん、あったんだよ。
でも、多分、あの子は紺野に言わないだろう。
いや、言えないのか。
『あれ』があったのは、5日も前の話。
その間、あの汚れた服で彷徨って…家に帰らず、紺野の元に来て…。
誰にも言えない苦しみを抱えたまま、どれだけ心細い思いをしたんだろう…。
アタシの苦しみと、それは同じくらい?
いや、もっと?
どうなんだろう?
人間の心の苦しみは、半端者のアタシにはわからない。多分。
今だって…。
- 188 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/21(日) 16:02
- 「はい、後藤さん。あの、ココアでいいです?」
「……ありがとう」
朝日の中に咲く紺野の笑顔が
いつ…、――― 変わるかビクついてる自分がいるから。
そう、あの子より、自分を大切にしているアタシがいるんだ。
「あの…、後藤さん?」
「なに?」
「小春ちゃんが起きたら……、どこかに出掛けましょうか?」
「え?」
「気分転換…させてあげた方がいいのかなって」
あぁ…、この子はなんて……。
思わず瞼を強く閉じて、ざわつく心を押さえつけた。
隣に腰掛けて、熱いココアに息をふきかける紺野は…、とても自然で。
そう、それは、自然と伝えられた言葉だったんだ。
なんの含みもない…、誰かの為に動きたいという気持ちで…。
だからかな……一瞬、苦しくなったんだ。
その眩しさに…。
- 189 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/21(日) 16:03
-
「アタシって…醜いな…」
なんか、情けなくてうな垂れた。
だってアタシは、本当に自分の事ばっかりで。
ただの一瞬だって、あの子の事を気遣ったりしてなかった。
また『あの眼差し』を向けられたくなくて…、極端に視野が狭くなってたんだ。
「はい? 何か言いました?」
「なんでもないよ。……紺野は、優しいね」
「そ、そんなことないですよ」
真っ赤になって、慌ててココアを飲む紺野に軽く笑った。
『そんなこと、あるんだよ』なんて、心の中で呟いてアタシもココアを一口。
へぇ…人間って、こんなのを飲んだりするんだ…?
甘い…胸に溶けるような…そんな飲み物を。
なんか…紺野みたい。
- 190 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/21(日) 16:03
-
「…付き合うよ」
「え?」
「気分転換。あの子が起きたら…出掛けよう」
「あ…、はいっ」
満面の笑顔。
少し、嬉しい気持ちになる。
そして、凄く…悲しい気持ちになる。
『そんな無邪気に笑いかけないで』って、言ってしまいそうになる。
だって…アタシは…。
「あ、じゃあとりあえず…私達も少し寝ましょう? 毛布、取ってきます」
「うん…」
奥の部屋へと消えて行く背中に、そっと頭を下げる。
- 191 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/21(日) 16:04
-
ごめんね、紺野。
実は紺野が思っているような理由で賛成したんじゃないんだ。
アタシは、時間が早くすぎるんだったら、なんでもよくて。
早く…、あなた達の前から、消えたくて。
だから…。
- 192 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/21(日) 16:04
-
*****
- 193 名前:tsukise 投稿日:2007/01/21(日) 16:05
- >>185-192 今回更新はここまでです。
>>184 名無飼育さん
そうですね…ちょっと苦しい後藤さんの今後、
どうぞ見守ってあげてくださいませ(平伏
- 194 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/22(月) 04:58
-
苦しい時、辛いときに支えあえる、それが人間。
でも、それを一瞬にして壊すことができるのも人間。
どちらの人間もアタシは見てきた。
体験した。
それでも、繰り返してまた関わっていくのは、探しているからかもしれない。
アタシの想像を裏切ってくれるような人間がいることを。
何かを…築き上げていくような、そんな人間を。
ねぇ、紺野。
あなたは、どんな人間なの?
- 195 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/22(月) 04:59
-
・
・
・
夕刻を過ぎた頃。
一通り遊び終えたアタシ達3人は、この街の高台で休んでいた。
全景が見渡せるこの場所は、冷たい風と一緒に暖かな灯を届けてくれる。
こんな場所もあったんだなって…少しアタシを新鮮な気持ちにしてくれる。
紺野と小春という子が目覚めたのは、昼もゆうに過ぎた頃で。
それだけ色んな疲れが溜まってたんだろう、
文字通り、死んだように眠っていたんだ。
アタシは、腐ってもオオカミ。
慣れない環境と、ざわめく心のせいで眠ることもできないまま、
ただじっと、隣で舟を漕いでいた紺野を見つめていただけ。
幸せそうな、あどけない寝顔をただじっと。
何も知らない…紺野の寝顔を。
- 196 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/22(月) 04:59
-
今考えればバカな話。
なんでその時、アタシは離れなかったのか。
いっそ、二人の目が届かない場所にだって去ることはできたのに。
けど、目覚めた途端、紺野は真っ先にアタシの姿を探してた。
小春という子より先に。
得体の知れない、アタシなんかを。
それが…少しだけ、アタシの選択は間違ってないって…、
言ってくれたような気がしたんだ。
- 197 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/22(月) 05:00
-
「すっごく楽しんじゃいましたねっ」
突然、風に身を任せて街並みを見下ろしていたアタシに、
紺野は、ちょこんと顔を覗き込んで笑った。
確かに。
人間ってこんなにもパワーがあるんだ、なんて思うぐらい遊んだ。
げーむせんたー、なんて耳がつぶれそうな場所ではしゃいだり。
ぼーりんぐ、なんて重い玉ころがしをしてみたり。
三人で食べた、はんばーがーには驚いた。
肉・小麦粉・野菜を焼き上げたりした、不思議な食べ物がこの世にあるなんて。
最後に飲んだ、こーひーなんてものは舌に毒だね。
焼け落ちるかと思った。
そんな風に、いちいち目を白黒するアタシに、紺野はもちろん、
小春という子も、次第に頬を緩ませて、最後には大爆笑。
- 198 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/22(月) 05:00
-
「後藤さんって、どこに住んでる人なんですかぁ? ゲーセンを知らないなんて」
「やー…、うん、あは」
「洋服も、なんか選び方が凄いですよね…。ゴスロリ系とか…スーツとか
統一性が全くなくって…、似合うんでいいんですけど」
どうやら小春という子は、主観的にアタシが海外暮らしをしていたものだと
勘違いしているみたい。
それほどアタシのチョイスが可笑しいものだったらしい。
それならそれでいいけど…
「………紺野、笑いすぎ」
「あっ、ごめんなさい」
事情を知ってる紺野は、ずっとこの調子。
ごめんなさいっていいながらも、くすくすとやっぱり笑っているし。
- 199 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/22(月) 05:01
-
紺野って、こんな子だったんだね。
ちょっとドジっぽい姿しか見てなかったから、新しい発見に驚く。
アタシをからかってみたり、それでも時々気遣ってみたり。
箸の使えないアタシに、さりげなく、はんばーがーを勧めたのも紺野。
ほんと…
「変わった子」
「え?」
「なんでもない」
次々と灯っていく街の明かりは、冷たい風とは裏腹に暖かい。
その全てを一望できるこの場所は、なんだか心を躍らせる。
こういうのが…獣の記憶っていうのかな?
うん…もう、半刻も過ぎればアタシはまた戻るし。
- 200 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/22(月) 05:01
-
「後藤…さん?」
「うん? なに?」
「どうしたんですか…? なんだか…ちょっと、怖い顔、してます」
「そう…? そんなことないよ」
そうですか…、と俯く紺野は、きっとアタシの考えてることに気づいてる。
こんな関係、長くは続かないんだってこと。
それから…、やっぱりアタシ達は分かり合えないんだってことも。
「帰ろう? 長居するとあのこ、風邪引く」
「あ…、そう…ですね」
まだ街の灯に、目を輝かせてる小春という子に、紺野が歩み寄っていく。
その明らかに落胆したような背中に胸が痛んだ。
でも、どうしようもない。
どうしようもないんだ。
わかって、紺野。
- 201 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/22(月) 05:02
-
・
・
・
さく、さく、っと。
まだ積もったままの雪を踏みしめて、家路に急ぐ。
もうちょっと、もうちょっとだけ、と高台に残りたがった小春という子に付き合って
こんな暗闇が迫る時間まで結局長居してしまって。
いやがおうにも気づかせる、アタシのタイムリミット。
月さえ出てしまえば、いつでもその時がタイムリミット。
アタシの気持ち一つで戻れる。
そう…、もう今だって、見上げればぽっかりと浮かぶ三日月。
かすかな月の光でも、十分なアタシの変化剤。
でも、戻れない。
今はまだ。
せめて、二人が家路につくまでは。
- 202 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/22(月) 05:02
-
「ご、後藤さん?」
「うん…?」
「こ、今晩は何が食べたいですっ?なんでも作りますよっ?」
「紺野…」
「あっ、私かぼちゃのお味噌汁とか大好きなんですけど、どうですか?」
「紺野」
「おかずは…、あっ、お餅を焼きましょうっ」
「紺野」
「他には…他には…っ」
「紺野…っ」
「っ!」
ぐっ、と肩を掴んで、言葉をとめる。
少し前を歩いていた小春という子は、何事かと思って振り返っていたけど、
それよりも、今は。
- 203 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/22(月) 05:03
-
「…紺野」
「……いやです」
まだ何も言っていないのに、紺野はぐっと唇をかみ締めて俯いた。
わかってる。
もうわかってるんでしょ? 紺野。
だったら、聞き分けないと。
「小春ちゃん。先に家に戻っていて」
「え…? あ、はい…でも」
「すぐ、アタシらも追いかけるから」
「はぁ…」
不思議そうにしながらも、小春という子は素直にしたがって。
家に繋がる山道を降りていった。
まだ彼女も恐怖はある。
すぐに追いかけたほうがいい。
でも。
- 204 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/22(月) 05:03
-
「紺野」
「いやです。何も聞きたくないです」
「………。アタシは…紺野とは生きられない」
「いやですっ! 聞きたくないですっ!」
「聞いて…! 紺野!」
耳を押さえて、大きく被りふる紺野の肩を更に強く掴んでその目を覗き込む。
固く、固く閉じた瞳は、紺野の頑固さ。
アタシの知らない、紺野のまた新しい一面。
でも。
泣きそうな目で、それでもほんの少しの覚悟を秘めたそれで
もう一度アタシを捕える眼差しは、アタシの知ってる一面。
……―― あの背中と一緒に向けられていただろう眼差し。
- 205 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/22(月) 05:03
-
「アタシは…人間じゃない」
「今は…っ、人間です…! これからだって」
違う…、そうじゃない。
それは、
「それは人間の希望。こうあってほしいっていう願いが作り上げた妄想」
「そんなことない…っ!どうして…どうしてそんな意地悪言うんですか?」
「獣医に…なるんでしょ?」
「それが…なにか?」
別に、あの吉澤という人間の意見を受け入れたワケじゃない。
そういうワケではないけれど、彼女が言っていたことは、ウソではない。
真実でもないけれど、ウソでもない。
獣医として生きたければ…
「現実…受け入れなきゃ」
「…っ」
わかって、紺野。
アタシが、オオカミとして生きることを受け入れたように、
あなたも。
- 206 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/22(月) 05:04
-
「それは…」
それは?
「それは諦めです…! そんなの『これが現実なんだ』なんて
受け入れたりなんかできないっ」
「紺野…っ」
「私は、諦めたりしたくないっ。思い通りにいかないのが世の中なんて
割り切りたくないっ」
「紺野!」
バッ、と。
アタシの腕を払いのけて、紺野は走り出した。
- 207 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/22(月) 05:05
-
追いかけなきゃいけなかった。
すぐにでも。
けど…。
動かなかった…動けなかった。
貫かれた。
暴かれた。
アタシの心の根底にあった、弱い部分を。
諦め…、多分、そう……、アタシは諦めた。
オオカミとして生きていく、そういう道を選んだつもりで本当は。
この20年近い時間の中で、ただの一度だって人間になる方法を
探そうともせずに。
でも、紺野は…違った。
諦めない。
受け入れない。
頑なな態度だけど…それこそが本当の…願い、希望に繋がるもの…
そう…なのかも…。
- 208 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/22(月) 05:05
-
ぼんやりと立ち尽くしたその時。
「―――ッ!?」
感じた。
身体全体で。
あの嫌悪感。
吐き気がするような、あの匂い。
血の匂い。
それも近く。
とても近く。
- 209 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/22(月) 05:06
-
「―― アタシはバカだッ!」
判っていたはずだ。
小春という子が、紺野を頼ってきた時に。
『あいつ』も近くにいる可能性。
駆け出した。
小春という子と紺野の元へ。
また二の舞になるかもしれない。
『あの』眼差しを受けるかもしれない。
ほかでもない…紺野から。
でも。
アタシを庇ってくれた紺野。
その背中が瞼に焼きついて離れないから。
だから。
- 210 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/22(月) 05:06
-
山道を駆け抜ける。
喉がひゅうと鳴くけれど、構わずに。
そう…そうやって駆け抜けながら…気づいたんだ。
こういうのが…
思い通りにいかないのが世の中なんて割り切りたくない、
そういうことなのかなって。
- 211 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/22(月) 05:06
-
*****
- 212 名前:tsukise 投稿日:2007/01/22(月) 05:07
- >>194-211 今回更新はここまでです。
- 213 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/23(火) 17:31
-
足がもつれる。
もどかしい。
いっそ………いや、ダメ。
まだダメだ。
まだ……―― 人間でいたい。
バカげているけど、そう強く思う自分がいるんだ。
まだ……一緒で在りたいって。
「ハッ…ハァっ…ハッ」
駆け抜ける。
道無き道を、一直線に。
筋肉はとうに悲鳴をあげている。
酸素を全身が欲している。
でも、必死に。
ふたりとも、無事でいて。
それだけを胸に。
- 214 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/23(火) 17:31
-
「――― 見えた!」
開けた道の先。
紺野の家。
明かりがともっているということは、中には小春という子が――。
感じ取って、――― 愕然とした。
そして、怒り、憎しみ、激しい嫌悪が胸を渦巻く。
『あいつ』がいる。
血の匂いを纏った、『あいつ』が。
あの子に絡みつくように、臭気を放ってる。
- 215 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/23(火) 17:31
-
「クッ!」
また走り出す。
紺野の気配はまだない。
恐らく、山道を抜けてきているんだ。
アタシが先に着いたのは、道無き道を駆けてきたそのおかげ。
なら…今、アタシが『あいつ』をなんとかしないと。
紺野が来る前に。
そう…紺野が来る前に、『終わらせ』なきゃ。
さあ、もう終わらせなきゃ。
- 216 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/23(火) 17:32
-
すいっと月を見上げる。
ちょうど、てっぺんでアタシを見下ろしている三日月は、
キラリと涙を零したように、一瞬流れ星を乗せ、
『人間』のアタシを『見送った』。
破れ散る、紺野がくれた衣類。
現れるのは、月光の下、輝く白銀の鎧。
眼差しはただただ、獲物を捉える鋭い槍。
風を切って突き進むためだけに鍛えられたのは、四つの琴爪。
これがアタシ。
この全てがアタシの武器。
さぁ…行こうか、と。
慣れ親しんだ野性が火をつけて飛び出す。
- 217 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/23(火) 17:32
-
ガシャ――ンッ!!
居間へと続くガラス窓を突き破って、中へと侵入する。
ガタ!ガタ!と、その物音は、奥の部屋…紺野の部屋から。
「助け…ッ! んぐっ! ぐぅっ!」
「黙れ…ッ! おとなしくしろよぉ」
「〜〜〜ッ!! 〜〜〜ッ!!」
吐き気がする。
臭気に鼻がもげそう。
耳障りな息遣いは、アタシの何かを壊していく。
そこから溢れた剥き出しの怒りは、唸りを上げて四肢へ力を与える。
ガタン!
なりふり構わずに、ふすまを破り飛び込んだ。
そこには。
あぁ、やっと逢えたね。
「っ!? なっ!? なんだっ!? なんでまたこのオオカミがっ!?」
「ひっ!?」
二つの怯えた眼差し。
でも、もうどこも痛まなかった。
痛む場所は、もう全て痛めた。
- 218 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/23(火) 17:33
-
「グルルルル…ッ」
「ひぃっ!? く、くるなよッ!?」
そいつがごちゃごちゃ言いながら取り出したのは、猟銃。
黒光りした銃口は、ガクガクと震えながらもアタシの鼻先に。
でも、怯まない。
どうせアタシは、もう戻れない。
だったら、せめて…
せめて一つだけでも、何かを守りたい。
誰にも感謝されなくても。
誰にも褒め称えられることがなくても。
それが出来れば…アタシはアタシでいた価値を見出せる。
そんな気がするから。
- 219 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/23(火) 17:33
-
「ガァァーッ!!」
「ひぃぃっ!」
ターーーン!!
響き渡る鈍い音。
全身が熱くちぎれるような振動に襲われて、弾き飛ばされる。
意識も一瞬散り散りに…。
やられた。
見事に命中。
でも、動ける…。
やられたのは左腹だけ。
試合続行だ。
「く、くるなよぉっ、なんなんだよ、オマエっ」
「グルルルル…ッ」
ふと、視線が交わったのは、そいつの向こう。
小春という女の子。
やっぱりその子は…あの眼差しで、アタシを見てた。
震えながら、アタシを。
「うあぁぁっ!!」
そんなアタシの一瞬の虚をついて、そいつは逃げ出した。
ふすまを蹴破って、きるものもとりあえず寒空の中へと。
- 220 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/23(火) 17:34
-
………。
なんだろう、この虚無感は。
何かが抜け落ちたような…そんな、からっぽなキモチ。
「あ…ぁ…」
あぁ、まだそこで怯えていたんだね。
ガクガクと震えて、その腕で自分を抱きしめて…。
アタシが怖いんだよね?
うん、わかってる。
もうわかってる。
アタシは、もう、ここにはいちゃいけないんだって。
クラっと眩暈が襲うけど、それを一切無視して背を向ける。
そして、入り口に…
―――…すすめなかった。
- 221 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/23(火) 17:34
-
だって、そこには…
「後藤…さん……?」
顔面蒼白で、立ち尽くす…―― 紺野がいたから。
- 222 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/23(火) 17:34
-
*****
- 223 名前:tsukise 投稿日:2007/01/23(火) 17:35
- >>213-222 今回更新はここまでです。
- 224 名前:ais 投稿日:2007/01/23(火) 22:56
- ごっちん・・・(泣)
どうにか幸せになってほしいものですね。
更新待ってます。
- 225 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/24(水) 17:34
-
―――…結局、アタシは見つけられなかったんだね。
アタシの想像を裏切ってくれるような、そんな人間を。
そう、見つけられなかった。
ねぇ、紺野。
アタシは…少しだけあなたに期待していた。
あなたが、アタシの探していた人間なんじゃないかって。
・
・
・
- 226 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/24(水) 17:35
-
「お姉ちゃんっ!」
アタシをすり抜けて飛び出していったのは、怯えていた小春という子。
紺野にすがりつくように腕を伸ばして。
顔を歪ませて泣いて。
「小春ちゃん…、ど…、どうしたの? なにが…あったの?」
呆然とした眼差しで、アタシを見ていた紺野だけど
小春という子の背をしっかりと抱きしめて、たどたどしく問いかけた。
その手の震えの理由は、アタシにだって判っていた。
違うって、否定してほしいんだよね?
今、紺野の頭をよぎっている出来事が、違うと。
そう…アタシが、襲い掛かったんだってこと。
- 227 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/24(水) 17:35
-
でも。
アタシは知ってた。
心の弱った人間がどうするか。
そう、人間が、どうやって自分を正当化するのかとか。
どうやって、自分を『弱者』にするのかも。
今、この場に『あいつ』はいない。
気配はするけど、遠い。
この場所にはもう、近づかないだろう場所にいる。
だったら。
- 228 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/24(水) 17:36
-
「小春ちゃん…?」
「あ…、う…、うん」
「何が……あったの?」
「男の人…オオカミに銃を向けて…逃げて…血が…また唸って…私を…」
「小春ちゃん?」
「あの、オ、オオカミに襲われたの!」
………こういう結果。
覚悟していたことだけど…、もう痛まないはずの何かが痛んだ。
サビついた刃物で刺されたようなそんな、鈍い痛み。
えぐられるような、痛み。
- 229 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/24(水) 17:36
-
「うそ…」
そんな目で見ないでよ。
違いますよね?、って、そんな懇願するような目で。
いっそ、憎むような目で見てくれたほうが良かった。
そうしたら、アタシだってこれから先、心残りなくいけるのに。
「うそですよね…?」
どうかな?
紺野が…あなたが作り上げてよ、アタシの姿。
それがあなたの中での真実でいいから。
さあ、じゃあ行こうか?
アタシのいるべき場所へ。
- 230 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/24(水) 17:37
-
「まっ、待って…っ」
待たないよ。
ポタポタ、と。
流れ落ちる熱いものもそのままに、ゆっくり紺野達の横をすり抜ける。
床を汚すそれに、一瞬紺野が息を飲むのが判ったけど。
結構悪くなかったよ。
たった一日の記憶だけど、人間として生きたアタシの時間。
続きは、夢で見ることにするよ。
「後藤さんっ!!」
タッ、と駆け出す。
紺野の声を背にしながら。
- 231 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/24(水) 17:37
-
*****
- 232 名前:tsukise 投稿日:2007/01/24(水) 17:38
- >>225-231 今回更新はここまでです。
>>224 aisさん
どんどん傷つけられてばかりの後藤さんですが、
そうですね、幸せになってもらいたいですね…。
レス、ありがとうございます(平伏
- 233 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/25(木) 17:52
-
白の世界を駆け抜ける。
アタシがいるべき場所へと、ただひたすら。
もう振りかえっても、そこには道は無い。
アタシの足跡しか、ない。
それほどまでに積もった雪を、ただがむしゃらに進む。
止まりたくても止まらない。
いっそ、このまま心臓が破れてしまってもいい。
どうせ、このケガじゃ、そう長くは生きられない。
うん…生きられない。
見上げれば、見慣れたはずの灰色の空。
その雲間から、シンシンと雪が降り始めてる。
アタシの上を、どんどん。
- 234 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/25(木) 17:52
-
あぁ…アタシ、これで終わりになるんだな。
結局、苦しみながら死んでいくんだな。
そんな諦めが、ゆっくり…アタシの足をとめさせた。
野生の動物は、死の間際は誰にも見せない。
多分、その法則に従っただけ。
でも、頭で判っていても…少しだけ、寂しかった。
さぁ…もう休もう。
いずれ、アタシの姿を雪が優しく隠してくれる。
だから、もう、休もう。
そう思った、その時だった。
- 235 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/25(木) 17:53
-
「―――!」
空耳だろうか?
それとも、もう幻聴が?
アタシを、呼ぶ声がしたんだ。
「―――!」
この声。
そう、それはさっき別れた…。
まさかね。
冬の雪山に入るほど、あの子はバカじゃないはず。
まいったね…、アタシ、ここまで引きずられていたなんて。
思わず苦笑する。
でも。
- 236 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/25(木) 17:53
-
「――…さん! 後藤さんッ!! 後藤さんッ!!」
幻聴じゃない…っ。
聞こえた。
今度は確かに、あのこの声…っ。
そんな…はず…っ。
耳がピンと立つ。
もう尽きたはずの力が、全身を駆け巡る。
そして振り返ったその先に…
「っ!! 後藤さん…ッ! 待って!」
………紺野が、いたんだ。
全身を雪にまみれさせて。
足を何度もとられて。
よろめきながら…鼻を真っ赤にさせて…、
あの、泣きそうな目で…アタシを見てる。
- 237 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/25(木) 17:54
-
「良かった…、後藤さん…」
なに…やってんのよ。
…なにノコノコ追いかけたりしてんのよ…!
あの子のそばにいてやりなよ!
「怒って…るんですか?」
怒ってるよ!
なんで、そんなアタシなんかを追いかけてくるのよ!
こんな場所、人間が来るところじゃない…!
戻れなくなったらどうすんのよ!
「後藤さん…ケガしてたから…、だから…」
そんなの…オオカミなら普通のことなのに。
「それに…私、後藤さんから直接聞いてない」
なにを…、なんていうのは愚問だね。
きっと、聞きたいのは一つ。
アタシが人間を襲う獣なのかどうか。
- 238 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/25(木) 17:54
-
「教えてください…。後藤さんは本当に…?」
聞いてどうするのよ…。
アタシの名誉を守ろうとでも?
バカみたい。
そんなの、今更どうだっていいことなのに。
「後藤さん…?」
さぁ、アタシはどうしてやろう?
病院の時とは、もう違うんだ。
だったら…。
- 239 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/25(木) 17:54
-
「グルルル…ッ!」
「後藤…さん…」
精一杯に唸り声を上げる。
鋭い牙も剥き出しにして。
この子が、怯えるように。
もう2度と、アタシなんかを追いかけないように。
「後藤さん…、本当に? 本当にあなたが…」
悲しみに染まっていく紺野の瞳。
それは、ほんのちょっとの憐れみも垣間見せて、
アタシはワケもなく、心の中で笑ってしまった。
それでいい。
もうアタシのことは放っておいて。
あなたとは…生きられないんだ。
- 240 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/25(木) 17:55
-
「…わかり…ました……」
うつむき、肩を落とす紺野は、それだけを呟いて。
くるりと背を向けた。
最後…だね。
もう会えない。
あなたはあなたの世界を。
アタシには…死へのカウントダウンを。
覚悟を決めよう…、そう決めた瞬間。
- 241 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/25(木) 17:55
-
――…!!
あの匂いだ…!
また…またあいつがいる…!
それも、今度はアタシの近く…!
瞬時に全神経を周囲に飛ばす。
まるで隠そうともしない、凄まじい殺気。
その矛先は、すべてアタシに。
あぁ…トドメをさしにきたんだね。
弱っている今がチャンスとばかりに。
でも、死ねない。
まだ、殺されてはやれない。
他でもないあいつには。
そして…紺野のいる今は…っ。
- 242 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/25(木) 17:56
-
「グルルル…!」
自然と全身が総毛立つ。
無意識に唸り声が大きくなる。
こんな声を出したら…紺野に気づかれるのに、止まらない。
そう、止められないんだ。
それは…恐怖を感じているから。
理不尽な死が目前に迫っている恐怖を。
傷のせいで鈍った感覚は、あいつの居場所をも隠して。
降り積もっていく雪は、全てをかき消そうとしている。
そんな中で…アタシは…勝てっこない。
「後藤さん…?」
振り返らないで紺野…!
突っ切って走って逃げて!
でも、悲しいかな、アタシの思いは届かない。
- 243 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/25(木) 17:56
-
まかりなりにも獣医見習い、アタシの異常な姿に気づいた紺野は
おずおずとまたアタシの元へ歩を進めてきたんだ。
「どうしたんですか…?」
バカ、来ないで!
そう伝えようと、紺野にもう一度威嚇しようとしたその時だった。
ターーーン!! ターーーン!!
「ひゃっ!!」
紺野ッ!!
響く銃声に、身を縮こまらせる紺野。
アタシは慌てて駆けつける。
紺野の姿を隠すように。
- 244 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/25(木) 17:56
-
「ご、後藤さん…っ、な、なにが…?」
「グルルル…!」
「り、猟師さんですか? あっ、私っ、人間です!撃たな…」
ターーーン!!
「ひゃあっ! ど、どうして…っ」
紺野の声にも反応しない そいつに思わず歯噛みしてしまう。
なんてヤツ…!
あたしを仕留めるためなら、誰を巻き添えにしてもいいっての…!?
くっ、そうはさせない…っ。
いくらケガで感覚が鈍っていても、アタシはオオカミ。
絶対に…紺野は…っ。
- 245 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/25(木) 17:57
-
感覚を研ぎ済ませろ。
全ての痛みを忘れろ。
さぁ、その鋭い五感を働かせて…、
あいつを捕えろ。
紺野の匂いが近くにきたことによって…、アタシは逆に冷静になる。
そう、この子の香りはアタシにとっての安らぎだった。
だから…異質な匂いはすぐに見つけられるはず…。
ホラ…その空間を乱す、穢れが…。
・
・
・
―――捕らえた。
- 246 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/25(木) 17:57
-
「後藤さん…? な、なにが起こってるんですか…?」
紺野は…そこにいて。
ここから先は、あなたに見せたくない。
「ガウッ!ガウッ!」
「ひゃっ」
怯む紺野の一瞬をついて、アタシは駆け出す。
穢れの元へと。
今度は仕留める。
あいつは、これから先もきっと紺野たちの前に現れるだろうから。
今、やらなければ…、きっと…。
- 247 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/25(木) 17:58
-
駆け抜ける。
足をとられながらも、一直線に。
そして、
「ひっ!」
見つけた。
そいつは、あろうことか、紺野に向けて銃口を構えていた。
アタシでなく、紺野に。
それが…――アタシの中の、何かを切った。
- 248 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/25(木) 17:58
-
「ガウッ! ガウッ!!」
「うわッ! や、ヤメロッ! うわぁーッ!」
噛み付く。
切り裂く。
食いちぎる。
…そこに、もうアタシの感情はなかった。
「た、助けてくれッ! うあぁぁっ!!」
そうはいかない。
緋色に染まっていく雪さえも、アンタを許しはしないだろう。
だったら、いっそこの場で…
大きく剥き出す鋭い牙。
それは、そいつの喉元へつきたてようとして、
「後藤さん!!」
――― 止まった。
- 249 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/25(木) 17:58
-
「やめて…! やめてください!」
紺野―――。
一瞬うまれる隙。
それが――
致命傷だった。
「この…ッ!!」
「キャインッ!!」
アタシを蹴り飛ばすそいつ。
そして、無我夢中で掴んだのは、黒光りする――猟銃。
向けられたのは、定まらない照準。
それは…アタシと紺野の間をさまよって。
- 250 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/25(木) 17:59
-
そうはさせない…!
この子だけは…!
『紺野!』
「えっ!? 後藤さん…っ!?」
タンッ、と雪を蹴って飛び出す。
導火線はすでに落ちた。
でも、それよりも早く、紺野の前へ。
結果――。
ターーーーンッ!ターーーンッ!
激痛。
腹に食い込む鉛の感覚
でも、まだだ。まだ倒れられない。
こいつを仕留めるまでは。
- 251 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/25(木) 17:59
-
吹き飛ばされそうになる身体を、なんとか止めて、
そいつに飛びかかる。
「うわああぁぁっ!!」
『逃がさない!』
突き立てる刃は、喉元ではなく…腕、足、大腿を食いちぎる。
「ぎゃああぁっ」
飛び散る鮮血は、アタシを濡らす。
でも、止めない。
せめて…
せめて、アタシがいなくなっても、紺野が苦しむことのないように。
- 252 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/25(木) 17:59
-
・
・
・
あたり一面…、緋色だった。
きっと、アタシの姿も…緋色だろう。
「後藤…さん…」
呼ばれた声に、もうアタシは振り返れなかった。
全身の力が抜けていく。
あれだけの鉛を、たらふく食ったんだ。
もう、身体はもたない。
アタシは…もう、もたない。
あとは……倒れるだけ。
- 253 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/25(木) 18:00
-
「ごっ、後藤さんっ!!」
反転する世界に、それでも紺野の声だけはハッキリ響いて。
アタシは灰色の空の手前にその顔を見つける。
「やだ…っ、後藤さん、しっかりっ!」
泣かないでよ…。
なんか、紺野がそんなだと…アタシがこうなった意味がない。
「誰かっ!やだっ!助けてっ!」
『……もう…むりだよ……紺野』
「後藤…さん…?」
あぁ、アタシの声が届くんだね。
なら、伝えられる…最後だから、伝えられる。
- 254 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/25(木) 18:00
-
『もう…小春ちゃんが怯える心配はないよ…』
「え……?」
『あいつは…もう、動けない…。動けても…今までのようにはいかないから』
「後藤さん……もしかして…」
紺野の疑問には答えない。
ただ、瞼を閉じるだけ。
あなたの…好きなように判断してくれていい。
誰かに感謝されたかったワケでもないから。
「いやだ…っ、しっかり…っ、後藤さんっ!」
『紺野…早く山を降りな……? ここはもうすぐ雪にうもれる』
「ご、後藤さんも一緒にっ!」
『アタシはもう…むりだよ』
「そんなことないっ」
やれやれ…。
紺野って、こんな時でも頑固なんだね…。
でも、そうだね、紺野一人だけで降りるのは危険か…。
だったら…アタシに出来ることをしてあげる。
オオカミのアタシだから出来ることを。
- 255 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/25(木) 18:01
-
『紺野…ちゃんと獣医になりなね。紺野ならきっといい医者になれる…』
「後藤さん…?」
そこで大きく息を吸い込む。
アタシにしてあげられる、最後のことは…、
「ウォォォーーーーーーーン!! ウォーーーーーーン!!」
オオカミだから出来る…、救助信号。
人間をも超えるこの声。
きっと、麓の人間は近くにいるオオカミの存在を知って、すぐに登ってくる。
もしかしたら、さっきまでの銃声で近くにもう来ているかもしれないし。
そうならば、紺野は助かる。
- 256 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/25(木) 18:01
-
「後藤さんっ」
『はぁ…ちょっと…疲れた。少し……休む…ね』
「後藤さん! 後藤さんっ!!」
何度も名前を呼ぶ紺野。
その表情はもう見えなかったけど…、
きっと、鼻を真っ赤にして、アタシをまっすぐに見てたことだろう。
そう、まっすぐに。
そのまっすぐな眼差しを受けて…アタシの意識は途切れた。
- 257 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/25(木) 18:01
-
*****
- 258 名前:tsukise 投稿日:2007/01/25(木) 18:02
- >>233-257 今回更新はここまでです。
- 259 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/25(木) 18:06
- リアルタイムで読ませていただきましたw
後藤さーーーん。・゚・(ノД`)・゚・。
- 260 名前:ais 投稿日:2007/01/25(木) 23:34
- ・゚・(ノД`)・゚・
やばいです、マジ泣きしそうでした・・・。
あ〜、こんごまっていいですね〜。
- 261 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/26(金) 17:05
-
…――― もうすぐ、春がやってきます。
雪解けを告げる暖かな陽の光はとても心地良くって、
白の世界に見慣れた目を、新鮮な色で楽しませてくれる。
肌に感じるのは、柔らかな風。
そして……。
- 262 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/26(金) 17:06
-
「ちょっと紺野ぉー! あんたこっちも手伝えって!」
「吉澤さん…っ」
いつもの病院に響き渡る、いつもの声。
その向こう側では、保田さんも新しい患者さんを診ていて。
一言で言うなら、とても忙しい状態。
そんな中、遊びに来る私もいけないんだけど、
来たら来たで、吉澤さんに『雑用係が増えて助かる』なんて
ていよく使われてたりするんだよね。
でも、吉澤さん?
今はダメです。
- 263 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/26(金) 17:06
-
「紺野ーっ!もう、そいつは大丈夫だってー!」
「でも、私の患者さんです」
「おっ、いっちょまえに口答えデスカ?獣医見習いなのに」
「でも、4年もすれば獣医です」
そう、私は獣医専門の大学に合格した。
後藤さんの…希望通りに。
「ったく。ま、いーけど。そっち済んだら手伝えよー?」
「はい」
バタバタと戸を閉めて駆けていく吉澤さん。
本当に忙しいんだろうな、犬の鳴き声とか、ここまで聞こえてるもん。
うん、もうちょっとしたら手伝おう。
でも今は…。
- 264 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/26(金) 17:06
-
…手の平に感じるサラサラの毛並み。
白銀に輝くその毛色は、陽の光でさらに美しくて。
ピクピクと反応する耳は、さっきから私のことを邪険にしてるくせに
本当は気にしているんだって教えてくれてて。
きっと本人も気づいてるんだろうな。
だから、きゅっと丸まって、
悔しいからか、一度だって私と目を合わせてくれない。
そう、――…後藤さんは。
「後藤さん? 今日はいい天気ですね」
やっぱり無反応の後藤さんだけど、
ぱたんと尻尾が一度振られたところを見ると
後藤さんも春の陽が心地いいみたい。
やっと、やっと傷が癒えてきた後藤さん。
もう生きた心地がしなかった。ずっとずっと。
- 265 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/26(金) 17:07
-
・
・
・
あの日…、雪山でぐったりとして動かなくなった後藤さんを抱えて、
私はただただ泣きじゃくってた。
一人で山を降りるなんてできなくて…後藤さんを置いていくことなんてできなくて。
麓から猟銃をかかえて登ってきた数人のおじさんに必死に頼んで…。
最初はおじさん達も後藤さんを見るなり猟銃を構えてた。
真っ赤に染まった姿と、少しはなれた場所に呻きながら倒れている男の人に
色んなことを思ったんだろうな。
でも、違うって。
違うんだって、必死になって説明して。
やっと判ってくれたけど、やっぱり…後藤さんを連れて帰ることは許さなかった。
- 266 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/26(金) 17:07
-
途方に暮れたその時。
意外な声が響いたんだ。
『待って。そのオオカミ、研究の実験に使ってるんで連れて帰ってください』
え?、と思って顔を上げたら、
そこにいたのは、もこもこになるぐらい厚着をした保田さん。
後から知った話だけど、小春ちゃんが病院まで駆けてって
二人に事情を話したらしい。
吉澤さんは、そんな小春ちゃんにそのあとずっとついててくれたみたい。
感謝してます。
さすがに、町に多くない権威ある人の声におじさんたちも無下にできなくて。
慎重に後藤さんの身体を毛布に包んで運んでくれたんだ。
- 267 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/26(金) 17:08
-
…もちろん…、あの男の人は山を降りてすぐに警察病院に。
きっと…後藤さんの行動は無になんかならないと思う。
ううん、無になんてしない。
私でよければ、いくらでも証言するから…。
それが一度でも後藤さんを疑った私ができる償い。
それから後藤さんが動けるようになるまで、3ヶ月もの時間を要した。
あれだけの深手だったんだもん…、3日間は人間で言う『こん睡状態』
口元にはめられた酸素マスクがなければ、本当に生きているのか
判らないぐらいぐったりしていて。
胸が張り裂けそうだった。
- 268 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/26(金) 17:08
-
でも、保田先生の腕って凄い。
的確に鉛の玉を取り除いて、縫合して…。
初めて保田先生の凄さを知った気がする。
言ったら『アンタ何気に失礼よ』なんて苦笑してたけど。
でも…、普通にあわせてもらえるようになっても、
後藤さんは一度だって、私の声に反応してくれなかったんだ。
もちろん…人間になることもなくって。
すべて…私の幻想だったのかなって。
後藤さんが人間になってた姿も、私や小春ちゃんを助けるために
必死だった姿も、全部幻想だったのかなって…。
あの時聞こえた後藤さんの声も、もう聞こえない。
だから…そんな風に思ってしまったんだけど…。
- 269 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/26(金) 17:08
-
『後藤さん?』
呼びかければ、本当は反応する尻尾。
ピクピクと声の方に、かすかだけど振られる耳。
その全てが、やっぱり『あの』後藤さんなんだって教えてくれて。
『後藤さん…、ごめんなさい、それとありがとうございました』
心の底から出た言葉に、やっと…私の方を見てくれたんだ。
すぐにプイッと顔を背けて、興味なさげな風を装っていたけれど。
判ってます。
本当はテレくさいんですよね?
この少ない時間の中で気づいた後藤さんのいくつもの表情、
見落としたりなんかしてません。
そう、後藤さんは実は全然オオカミっぽくなくて。
姿かたちはオオカミでも、ふとした仕草とかはすべて人間のそれで。
ますます私は…希望を持つんだ。
―――…後藤さんは、これからだってずっと人間だって。
- 270 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/26(金) 17:09
-
・
・
・
吉澤さんから言付かった雑用もすんだ頃。
ふいにかけられたのは保田さんの声。
「紺野。あのオオカミ、散歩にでも連れてってあげなさい?」
「え?」
「元は野生なんだから、このままじゃ病気になっちゃうでしょ?」
「あっ、はいっ」
本当は野生でもなんでもない後藤さん。
でも、そうですよね、ずっとこの病院の中じゃ息苦しいですよね。
パタパタと廊下を走っていく。
後藤さんの元に。
きっと後藤さんは喜んでくれる。
全然そんな風には見せないかもしれないけど、
本当は凄く喜んで、きっと羽を伸ばしてくれる。
「後藤さんっ」
- 271 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/26(金) 17:09
-
・
・
・
夕暮れ時。
穏やかな風が頬を撫でていく。
空はどこまでも高くて、空気は澄み渡って。
一季節前まで真っ白だった、この高台には桜がはらはらと舞っていた。
その中を輝かしい白銀の人が遠くに眼差しを飛ばしている。
すっと細められたその瞳には一体何が映し出されているのか…
ただ、私は視線の先を追って、町並みを見下ろすだけ。
「…後藤さん?」
ふいに顔をのぞきこむけど、やっぱり後藤さんは耳をピクリと動かしただけで
その眼差しは遠く遠くを見つめるだけ。
- 272 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/26(金) 17:09
-
あなたは…一体なにを考えているのですか…?
その儚くも映る眼差しは、私の中に不安だけを残していくのに。
…そう…、後藤さんが…また消えてしまうんじゃないかって。
でも、そんなことも、こんなに美しい人の前では言い出しかねて。
やっぱり私は町並みを見下ろす。
ずっと…一緒にいてくれればいいのに、なんて思いながら。
でも、それは幻想…、ううん、後藤さんの言葉を借りれば『妄想』
こうあってほしいと願う人間の、妄想。
でも…それは…本当は―――。
- 273 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/26(金) 17:10
-
「後藤さん? 後藤さんは…ずっとここにいてくれますよね?」
人間だからこそ出来る、妄想。
…現実でも叶えたいという気持ちの表れ。希望。
私は…後藤さんと生きたい。
だから。
おそるおそる覗き見た後藤さんは、ふっと空を見上げていて。
私もつられるように視線の先を追う。
そこはもう夕闇の迫った薄紫。
月さえも出ない、今日の空は…何かが欠けたみたいで…。
- 274 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/26(金) 17:10
-
って…、今日は…新月?
あ…っ、じゃあ…確か…っ。
「―――……… 紺野」
戻した視線。
その先に……、後藤さんがいたんだ。
「はわわっ、あっあのっ、こ、これをっ!!」
「……うん」
慌てて羽織っていた、スプリングコートを後藤さんに差し出す。
何事もなかったみたいにそれを手に取る後藤さんを見ると
なんだか私一人でわたわたして恥ずかしく思うけど。
- 275 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/26(金) 17:11
-
「ねぇ、紺野」
「うぅ…は、はい?」
ゆっくりと後藤さんに視線を向けると、
高台に立てられている手摺りにもたれ掛かって、
やっぱり遠くを眺めている後藤さん。
その姿がやっぱり儚くて…、今にも消えてしまいそうで…
「ごっ、後藤さんは…っ、いなくなったりしませんよね?」
「………………」
何か後藤さんが言い出す前に切り出した。
でも、少しの間、逡巡した後藤さんから返ってきた言葉は、
「………アタシは、やっぱり紺野とは生きられない」
目の前が真っ暗になる。
また…そんなことを…。
そんないじわるを…。
どうして…?
どうしてそう言い切ってしまうんですか…っ?
- 276 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/26(金) 17:11
-
ぐわっと目の奥が熱くなるけど、堪えて…。
文句の一つも言ってやりたくて口を開きかけたその時。
「……―― そう…思ってた」
え…?
今、なんて…?
というか、その時の後藤さんは今までで一番『人間らしい』姿だった。
戸惑い、苦しみ、でも決断する…そんな表情。
それだけで、私の中の何かが締め付けられた気がした。
苦しい…息が詰まるような、そんな感覚。
- 277 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/26(金) 17:11
-
「後藤…さん?」
「アタシ…確かに中途半端な生き物だけど…、
これで良かったって今なら思える」
「え…?」
「こんな中途半端だったから、紺野達を助けることが出来たし…
あぁ、違うね、…紺野に…、逢えたし」
困ったみたいに笑う後藤さんは、テレくさそうに私と目を合わせる。
やっと見てくれた、私の目。
人間の後藤さんが、やっと、私だけを見てくれた。
「なんか、今更だけど…、紺野に酷いこと言ったけど、なんか、アタシ
……紺野と、生きてみたい、かも」
あぁ…。
思わず震える身体。
こんなにも…こんなにも後藤さんから言われる一言が嬉しいものだったなんて。
一緒に生きる、その一言が。
- 278 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/26(金) 17:12
-
「でも…アタシはオオカミだから…だから…」
「…はい、わかってます」
続けられた言葉に頷く。
わかっています。
後藤さんが、人間でいたいと思う心と矛盾した身体。
でも、それさえも後藤さんを形作る全てだから。
だから…、私があなたと生きようと思うなら…すべてを受け入れて。
きっと、私と後藤さんが一緒に生きるということ、
それはとてつもなく大変なことで、苦しいもので、
お互いがお互いでありたいと思うなら、尚のこと難しいのかもしれない。
でも、後藤さんは生きたい、と。
私と、生きたいと。
妄想の中なんかじゃない、現実の、今、この時の中で願ってくれた。
それはとても尊い決意。
- 279 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/26(金) 17:12
-
だったら、私はその決意に…
「私も、後藤さんと生きたいです」
覚悟を決めなきゃ。
- 280 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/26(金) 17:12
-
二つの頬に零れたのは笑み。
とてもぎこちない、まだ弱い笑み。
だけど、不安なんてない。
これから笑顔を重ねていけることを知っているから。
さぁ、始めよう?
後藤さんと、新しい道を。
「この高台を…約束の場所にしましょう?」
「え…?」
「ここで、私は後藤さんを。後藤さんは私を…たった一ヶ月に一度でも…」
口に出して自覚する寂しさ。
そう、後藤さんには…30日に一度しか逢えない。
ううん、もしかしたら、次に逢えるという保障もない。
でも、私はこの人に…―― ある感情を持ってしまったから。
それはすべてを受け入れる前提のもとで出来た感情。
だから。
- 281 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/26(金) 17:13
-
「こういうのは…ダメですか?」
「紺野…」
後藤さんは困ったみたいな、それでも…
ほんのちょっぴり嬉しそうに笑ってくれた。
見上げれば、月さえも眠ってしまった漆黒の空。
誰も、そう誰も気づくことのない私達の逢瀬をこれから重ねていく。
たった一夜の喜びのために、幾晩もの切なさを抱きしめる。
でも、それは私だけじゃない。
目の前の、この美しい人だってそう。
だから、いくらだって、私は待てる。
この一瞬を、いくらでも重ねていける。
- 282 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/26(金) 17:13
-
「私、待ってます」
「…うん」
「新月の日に、待ってます」
「……うん」
穏やかに微笑む後藤さんは、空から落ちた月そのもの。
透き通った肌が、凛とした瞳が輝いてる。
そこにはもう、諦めた色は全くなかったんだ。
「逢いにくるよ。…紺野に、逢いに」
「…はい」
感謝したい。
いろんな奇跡に。
この人に、出会わせてくれた、色んな偶然に。
- 283 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/26(金) 17:13
-
「じゃあ、行くよ」
「……………はい」
視界が歪む。
でも、まだダメ。
まだ泣いちゃダメ。
覚えておかなきゃ。
後藤さんのカタチ。
覚えておいてもらわなきゃ。
笑顔の私。
だから。
- 284 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/26(金) 17:14
-
「……こういう時、人間って…」
「え…?」
ふいに呟いた後藤さんは、柔らかな笑顔を浮かべて
――― 一気に私との距離を詰めた。
――――っ。
「…こうするんだよね?」
離れる後藤さんだけど、唇に残った温もりは消えなかった。
ただただ、じんわりと私の胸の中に届いて…、身体の芯を熱くさせる。
- 285 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/26(金) 17:14
-
い、今…私、後藤さんと…っ!?
「ご、ご、後藤さ…っ」
「じゃ、またね、紺野」
慌てて呼びかけるけど、後藤さんはうってかわって無邪気な笑顔を向け…
その姿を変えたんだ。
もぞもぞとスプリングコートから這い出し、そして。
「うぅ…後藤さんは、やっぱりいじわるです…っ」
「ウォンッ!」
一度だけその声を響かせて、駆けてった。
後藤さんの世界へと。
- 286 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/26(金) 17:15
-
その世界が私と交わるのは、また1ヶ月後。
でも、遠くなんかない。
だって…、いつだって後藤さんは私と生きているって…信じていけるから。
誰も知ることのない、私達の関係。
でも、私達だけが知っていたい関係。
それを続けたいから、一日一日を精一杯生きるんだ。
かけがえのない毎日を、精一杯。
それが後藤さんと私を繋ぐ、大きな約束。
そう…希望になっていくから。
だから。
- 287 名前:【the night of the new moon】 投稿日:2007/01/26(金) 17:15
-
【the night of the new moon】―――― END
- 288 名前:tsukise 投稿日:2007/01/26(金) 17:16
- >>261-287 今回更新はここまでです。
と、同時に、このお話はこれで終了です。
また次回より新しいお話となりますが、
お付き合い下されば幸いです(平伏
>>259 名無飼育さん
リアルタイムとはっ、ありがとうございます(平伏
後藤さん、いつも試練の多い分最後は幸せになって欲しいですよね。
>>260 aisさん
こんごま、作者の大好物ですのでレス嬉しいです(平伏
感情移入していただくと大変嬉しいものです♪
- 289 名前:ちび 投稿日:2007/01/26(金) 23:43
- はっぴ〜えんどになってメチャうれし〜
毎日ケイタイを手放せなくなっちゃいます!!
こんごまサイコ〜でふ。
- 290 名前:ais 投稿日:2007/01/27(土) 00:25
- ああ、ごっちん・・・(泣)
やっぱ、なんかこう、こんごま最高です!
むしろ作者様がちゃいこ〜ですw
次回作もお待ちしてます。
更新お疲れ様でした〜。
- 291 名前:川o・∀・)⌒●~* 投稿日:2007/01/27(土) 00:27
- ごっちん格好いいな
- 292 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/01/27(土) 08:34
-
【Asimov cord】
- 293 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/01/27(土) 08:35
-
この世に『ロボット』が存在するようになってもう何年たつんだろう?
もうそれは箱型でバカでかいものなんかじゃなくって、
そう、まるで人間のような形になるまで発展して。
文明の進化はすごいというか、人間の欲は際限がないものなんだね。
そんなある日のことだった。
- 294 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/01/27(土) 08:35
-
「真希」
「んぁ?」
その最先端の技術とされるロボット工学の一端を担っている、
アタシの叔母さん、裕ちゃんが、妙なものを連れてきた。
「裕ちゃん…?なにそれ?」
言った瞬間、『それ』はしゅんとして、落ち込んだみたいだった。
実際に落ち込んだかなんてわからない。
だって『それ』は…
「最新型のアンドロイドや、可愛いやろ?」
「可愛いっつーか…、なんで『それ』がここにいんの?」
「一緒に住むから」
「サラっといってくれるねぇ。ロボットでしょ?『それ』」
ソファーに寝転がってたアタシは、不躾にも『それ』を指差してため息1つ。
ますます萎縮していく姿が見えたけど、お構いなく。
- 295 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/01/27(土) 08:36
-
「言うたやろ? 最新型やねん。今までみたく観察記録が欲しいねん」
確かに。
今までにも何体か連れてきたことはあったけど…。
どちらかというとアタシは反対。
「じゃあ、研究所で試用してればいいじゃん。アタシは反対」
「そういわず。ほれ、挨拶や、紺野」
「紺野? なに? 名前まであんの?」
「そや? あたしはいっつもつけてるやん」
「そうだけど…」
「ほれ、紺野」
裕ちゃんに促されて『それ』は一歩前に出た。
そして、アタシを正面から見据えると、ぺこりと頭を下げる。
おまけは、かすれかすれの声。
- 296 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/01/27(土) 08:36
-
「紺野あさ美です、お願いします」
おっどろいた。
何にって、こんなにも精巧な造りをしたのは初めてだったから。
顔を上げて、ちょっとはにかんでみせる姿なんて人間そのもの。
つくりものめいた所なんてどこにもない。
「真希、ええやろ? いままでの子らみたいに面倒見たって?」
面倒…ほんと面倒だよね。
たった数週間だって判っていても、人間と同じように食事して
お風呂にだって入ったりして、夜が来れば眠りにつく。
要するに人間が一人増えるってこと。
- 297 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/01/27(土) 08:36
-
ほんと、反対。
だって
「ヤだよ。アタシ、知らないから」
「真希ぃ〜」
「『それ』、人間じゃないもん」
「そこをなんとか!あっ!ほなあたし研究所に帰らんとあかんから!」
「ちょっ! 裕ちゃん!」
戸惑うアタシもそのままに、裕ちゃんは部屋を出て行ってしまった。
- 298 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/01/27(土) 08:37
-
思わずうなだれる。
裕ちゃんは根本的に判ってない。
たった数週間、一緒にいるだけ。
そしたら、『それ』は研究所に戻って、はいサヨナラ。
また新しいのがやってきて、数週間の始まり。
それの繰り返し。
確かに最初は面白かったよ。
新しいのがやってくるたびにワクワクしてた。
けど。
仲良くなればなるほど、あとのことを知っているだけに辛くなる。
末路を知っているから、辛くなるんだ。
なのに…。
- 299 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/01/27(土) 08:37
-
「後藤、さん?」
ふいに名前を呼ばれて顔をあげる。
そこにはオドオドとアタシを見つめている『それ』。
眉だってハの字にして。
ちょっとふっくらとした頬が印象的かも。
でも、ロボット。
「あの…私、いいこにしますから…だから」
あぁ…そうだよね、アンタにとってはアタシの事情なんて関係ないもんね。
八つ当たりはいけないか。
しょうがない…。
また、繰り返しを始めよう。
- 300 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/01/27(土) 08:38
-
「名前、紺野っつったっけ?」
「あ、は、はい」
「アンタ、今までで一番人間くさいね」
「ご、ごめんなさい」
「別にいいけど」
そこで、いつもの儀式。
ソファーから離れて紺野の前に立つと右手を差し出してやる。
「え? え?」
「握手。シェイクハンド。わかる?」
「あっ、あっ、挨拶ですねっ、よろしくお願いします」
重ねられる手のひら。
それにまた驚いた。
なんて柔らかで温かいんだろう?
むしろアタシのほうが冷たくて。
ここまでロボットは進化したってことなんだろうか?
- 301 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/01/27(土) 08:38
-
「あの…? 後藤さん?」
呼ばれた名前にハっとして、手を離す。
いけないいけない、感情移入はアタシを苦しませるんだから。
平常心…平常心…。
「じゃあ、紺野。最初は何を…」
ぐぅ〜〜〜
したい?といい終わるや否や、豪快に鳴るそのおなか。
もちろんアタシじゃない。
「はわっ、ご、ごめんなさい」
真っ赤になっておなかを押さえる姿も、見事なほど人間。
でも、その素っ頓狂な姿に…
「あははっ、おなかすいてたんだ?」
思わず大爆笑。
ますます真っ赤になっていくけど、本当におかしくて。
- 302 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/01/27(土) 08:39
-
「いいよ、なんか作ってあげる。オムライスとかでもOK?」
「オムライス! 大好きです!」
へぇ。
最近のは、好みまで作られるんだ?
まぁいっか。
「OK、じゃ、ちょっと待ってて。今日はアンタの誕生日みたいなモンだし
特別に大きいの作ってあげる」
「ありがとうございますっ」
また頭を下げる姿に笑いながら、アタシはキッチンへと向かったんだ。
それが、この子『紺野あさ美』との始まりだったんだ。
- 303 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/01/27(土) 08:39
-
*****
- 304 名前:tsukise 投稿日:2007/01/27(土) 08:39
- >>292-303 今回更新はここまでです。
>>289 ちびさん
大変レス、嬉しいく思います〜♪
毎日チェックしてくださってるとはっ、ありがたいです(平伏
>>290 aisさん
いやいや、嬉しいレスを下さるaisさんも、ちゃいこ〜です(笑
どうぞ、これからもマイナーですが、こんごまをヨロシクです(平伏
>>291 川o・∀・)⌒●~*さん
格好いいですか♪ありがとうございます(平伏
- 305 名前:ais 投稿日:2007/01/27(土) 21:54
- 新作キターッ!
いやいや、こんごまはCPNO2っすよ!
全然マイナーどころか有名というか作者様にはもう(平伏)
続きも楽しみにしてます
- 306 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/28(日) 09:31
- 毎日楽しく読ませていただいてます!!
ところでここの小説ってtsukise様が
以前どこかのサイトで書かれたりしてませんでしたか?
思い違いかもしれませんが(汗)
- 307 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/01/28(日) 15:18
-
紺野との時間はとてもゆっくり。
朝は決まって寝坊を繰り返し、鏡に向かうとこれでもかというぐらい髪を梳き、
ご飯はゆっくり30回は噛んで食べる。
一言で言うなら、本当に『人間くさい』。
それでも、ちゃんとデータが組み込まれているのか、アタシへの気配りも忘れない。
「今日の献立、おいしいです」だの「後藤さん、ほっぺにごはん粒ついてます」だの
一々アタシの反応を確認して。
こんな生活、久しぶりで少しだけアタシは楽しい気持ちになる。
- 308 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/01/28(日) 15:18
-
裕ちゃんと一緒に暮らすようになったのは随分昔の話で。
気づいた頃には、一人で家に居るのが当たり前。
そんなだった。
でも、次から次へとやってくる珍客がそんな空間をなくしてくれて。
多分それは裕ちゃんの心配り。
だからアタシは何も言わず受け入れる。
そういう日々だったんだけど。
いつからか気づいた、その珍客の末路。
それを知っているから、最近ではブレーキをかけてた。
感情移入しすぎちゃダメだって。
絶対辛くなるって。
でも…。
- 309 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/01/28(日) 15:19
-
「後藤さん、後藤さん」
「うん? なに?」
「なにか紺野にして欲しいことはありませんか?」
「してほしいこと? なんで?」
そこで、えっへんと少しだけ胸を張って。
「紺野はロボットです。ご奉仕するのがお仕事です」
それ当然とばかりに、言ってのけた。
奉仕…ねぇ?
ちょっと想像してみて思わず噴出す。
まったく思い浮かばないよ、紺野。
- 310 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/01/28(日) 15:19
-
「え…? えっ? 何か紺野はおかしいこと言いましたか?」
キョドキョドと肩をすくめてアタシの顔を覗き込む紺野に、
やっぱりアタシは笑いを隠せなくて。
ますますハの字に下がっていく眉。
だってさぁ。
「紺野、奉仕されてる側じゃん?」
そう。
だって、食事もアタシが作ってるし、
紺野の洋服だって、アタシがセレクトしたお古とかだし、
昨日お風呂の勝手がわからなくて、おもっきしシャワーから出てきた水に
ひゃあ、なんて情けない声をあげてたのは誰だっけ?
言ったアタシに、紺野は、ぼぼぼっと顔を真っ赤にさせて
「それは、その〜…」なんて、ごにょごにょと口よどんだ。
- 311 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/01/28(日) 15:19
-
あぁ、ほんと。
このこって人間くさい。
だから、アタシは困るってのに。
………ブレーキ、かけられなくなるじゃん。
- 312 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/01/28(日) 15:20
-
「後藤…さん? どうしたんですか?」
「なにが?」
「だって…ちょっと悲しそう」
悲しそう?
そう見える?
それはね、キミのせいなのだよ?
…なんて言えるワケもなく。
「いや? 紺野が早く奉仕できるロボットにならないか嘆いてたの」
「うぅ〜…っ」
別方向からのカウンター。
案の定紺野は顔を真っ赤にして小さくなる。
オマケは恥ずかしそうに言った「善処します」の一言。
その一言もプログラム?
だったら、開発者はツボをわかってるね。
なんか、ほら、放っておけなくなるじゃん?
- 313 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/01/28(日) 15:20
-
「こんの」
「はい…?」
「料理…一緒にやってみる?」
「え…? あ…っ!はいっ!」
紺野との時間はとてもゆっくり。
そう、ロボットとしての機能をほとんどマスター出来てないから、
ちょっとずつ、ちょっとずつ学習して。
いつのまにか…ブレーキをかけるのを忘れてしまっていたんだ。
- 314 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/01/28(日) 15:20
-
*****
- 315 名前:tsukise 投稿日:2007/01/28(日) 15:21
- >>307-314 今回更新はここまでです。
>>305 aisさん
こんごま、人気があるというのは嬉しいものですね。
作者の作品はほとんどが こんごまなのでありがたいです♪
どうぞ、またお付き合いくださいませ(平伏
>>306 名無飼育さん
毎日読んでくださっているとは…ありがとうございますっ(平伏
こちらのスレの作品は以前、作者のサイトのみで
Upさせていただいておりましたものに、
ほんの少し手を加えたものでございます(平伏
どこかで見た感覚なのはそのせいかもしれませんね。
- 316 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/01/29(月) 05:24
-
ロボットだって判っていても、こればっかりはしょうがないんだよ。
そこに深い意味なんてなくって。
ただ、アタシが、そうしたいんだ。
- 317 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/01/29(月) 05:25
-
・
・
・
ふらっと街に出たアタシ達。
空も高くて、風が心地いい。
だから、家にいるなんてもったいなくて、紺野をつれてブラブラと。
「うわぁ…凄い人の数ですね…」
「うん、この国の中心部だから」
「中心部…」
頭の中のディスクかなんかに彫りこんでるのか、
呟くように紺野は言葉の感触を確かめた。
この辺は、そう中心部だから人がごちゃごちゃしていて、車の通りも多い場所。
だからかな、裕ちゃんは『一人で出歩くな』とはよく言ってたけど。
今は一人じゃないし、いいよね。
- 318 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/01/29(月) 05:25
-
「あっ、後藤さんっ、ロボットですっ、私と同じロボットです」
「そうだねぇ、ロボットだねぇ」
「お友達になれますかね…っ」
「うーん、どうかな。それはまた今度ね」
「うぅっ、はい」
ぱっと表情を明るくしたり、しゅんと小さくなってみたり、紺野はとっても表情豊か。
一緒にいるアタシを飽きさせない。
それにしても…。
紺野が指差したロボット。
それは、とても機械めいていて…ううん、姿かたちは人間にそっくり。
でも、なんだろう…、紺野みたいな『人間くささ』がまるでない。
元来ロボットっていうのは、ああいうのを言うんだろうけど。
…ホント、製作者の業とでもいうのか…。
- 319 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/01/29(月) 05:25
-
「なんで…紺野はそんななんだろうね」
「え? なんですか?」
「ううん、なんでもない」
ぼんやりと紺野を見つめてしまう。
まるで人間の、紺野を。
「あの…後藤さん…? そのー…紺野の顔に何かついてますか?」
途端に、ぼぼっとほっぺを赤らめさせて戸惑って。
瞳だって…どこか潤んでて…。
うっすらと開かれた唇は、すぐにきゅっとつぐまれて…。
なんだか……触れてみたくなる。
- 320 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/01/29(月) 05:26
-
「あの…っ? 後藤さん…っ?」
すいっと、頬を指先で撫でてみる。
滑らかな肌の感触。
合成皮膚でも、ここまで柔らかいなんて…。
唇は…? どんな感触…?
「ごっ、ごっ、ご…っ」
ますます戸惑った紺野の声を遠くで聞きながら、近づいていく唇。
かかる息さえ温かい。
触れたら、もっと、温かい…?
- 321 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/01/29(月) 05:26
-
ガシャーーーーーン!!!
「!!??」
「!?」
断ち切ったのは、ものすごい音。
ガラスがいくつも割れるような、そんな。
- 322 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/01/29(月) 05:27
-
反射的に、アタシも紺野も音の方に顔を向けて…見つけた。
「なにやってんだ!! 馬鹿ヤロウ!!」
「申し訳ありません」
1つの喫茶店。
店長らしき小太りのおじさんが、店員らしい女の子を怒鳴りつけてる。
ううん…女の子じゃない。
姿かたちは女の子。
でも、あの子は…ロボットだ。
まるで一つも変えない表情がその証拠。
- 323 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/01/29(月) 05:27
-
「その皿、いくらすると思ってんだ!!」
「申し訳ありません」
地面に散らばっているのは、ガラスの破片たち。
料理に交じったその破片は、ロボットの足元にたくさん…。
仕事を任されるロボットは少なくないって聞いてる。
こうやって、ロボットを配置することによって、
人件費を削減するんだって、裕ちゃんも言ってたから。
人間よりも正確なロボットはミスが少ない、だから。
でも。
- 324 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/01/29(月) 05:27
-
「オマエみたいなポンコツ、さっさと廃棄すりゃ良かったよ!」
「申し訳ありません」
「ケッ、2000年代のポンコツ、中古でも買うんじゃなかったぜ」
「申し訳ありません」
年代を重ねていくロボットは、他の家電製品と一緒。
必ず、寿命がやってくる。
それは人間でいう記憶の部分だったり、動力部分だったり。
仕方のないこと。
そう、仕方のないことなんだ。
なのに…。
ちょっと、憤りを感じた。
だって、中古だろうとなんだろうと買ったのは、おじさん。
だったら、どうしてそんなことするの?って。
- 325 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/01/29(月) 05:28
-
「それしか言えないのか!」
「申し訳ありません」
「このポンコツめが!!」
あっ!!
振り上げられたのは、その手に持っていたフライパン。
もちろんそれは、あのロボットに。
まずい!
そう思って駆け出していくアタシの…―― その横を黒い影が突っ切った。
「やめてあげてくださいっ!!」
紺野!!
紺野は疾風のようにかけだして、あのロボットの前に飛び出したんだ。
当然フライパンは…、そのまま…
- 326 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/01/29(月) 05:28
-
――― させるワケないじゃん。
スタートを切っていたアタシは、2人の腰にタックルして、
転がっていくその身体を見ながら、
「なっ!? 待てっ、どけっ!!あぁっ!!」
ガツン!!
「ぐッ!」
強い衝撃が脳を揺さぶる。
視界は白と黒の世界がいったり来たりして…。
「後藤さん!!! いやだ…っ、後藤さん!!」
そんな紺野の声を聞きながら、アタシは意識を手放した。
- 327 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/01/29(月) 05:29
-
*****
- 328 名前:tsukise 投稿日:2007/01/29(月) 05:30
- >>316-327 今回更新はここまでです。
- 329 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/01/30(火) 05:11
-
・
・
・
真っ暗な世界の中、その目に映るのは過去の残像。
『あかんな…この子もここまでや。HDDだけ抜き取って処理施設に送って』
『真希、ごめんな。また新しいの連れてくるわ』
『もっと性能のええやつ』
裕ちゃんは、どこまでも完璧にこだわるから、
次から次へとやってくるロボット達は、どんどんレベルアップしてきて。
驚きがずっと続いてた。
でも。
同時に襲い掛かってくるのは、居たたまれなさ。
胸を突き刺すような痛み。
いつから感じるようになったんだろう…。
- 330 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/01/30(火) 05:11
-
多分それは…、新しいロボットが完璧に…人間に近づくにつれて、だと思う。
だって…、その完璧に近づくために廃棄されていく幾体ものロボット達。
新しいものへの記憶と記録だけをHDDに残して、
跡形もなく消えていくロボット達。
それって…凄く悲しい出来事だと思うんだ。
でも、裕ちゃんは言った。
『人間が生きるため、魚や動物の肉を食べてエネルギーにするように、
この子たちのデータを引き継いでいくことが新しいエネルギーになるんや。
だから、悲しんだら逆に今までの子が可哀想なんや』…と。
全くの正論。
製作者のエゴとか、そんなのじゃなくって。
ロボットに情をかけてしまうアタシにも理解できる方程式。
そう…わかる…わかるよ?
でも、判っていても…辛いんだ。
- 331 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/01/30(火) 05:11
-
・
・
・
「……痛覚………したって……。………にならんように…」
遠くに聞こえたのは、裕ちゃんの声。
あれ…?
アタシはどうしたんだっけ…?
「……の…っ、紺野がついてて、なんでこんなことなったんや…!」
あぁ、そうだ、紺野…。
紺野がロボットをかばうみたいに飛び出して…。
アタシも…。
「すみません…っ」
紺野…アンタが謝ることなんてなにもない。
だって、これはアタシが勝手に…。
ゆっくりと瞼を開く。
裕ちゃんの言葉をとめなきゃ。
紺野はなにも悪くないんだから。
- 332 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/01/30(火) 05:12
-
「裕…ちゃん…」
開いた視界に最初に飛び込んできたのは、部屋の隅で
小さくなって頭をさげている紺野。
その手前には白衣を着て仁王立ちをしている裕ちゃんの背中。
でも、アタシの声が響いた途端に、二人ともはじかれたように振り返って。
「真希…!」
「後藤さん…っ」
駆け寄ろうとした紺野は、2、3歩近づきかけて
裕ちゃんの威圧にすぐ足を止めた。
それでも、きゅっと苦しそうに唇をかみ締めて
泣き出しそうな目をまっすぐアタシに向けてる。
「アンタ、大丈夫なんか…!? どこか状態悪くないか!?」
「大丈夫…。だから、紺野を怒んないでやって…?」
「真希…」
まだクリアにならない頭を押さえながら、
寝かされていたベッドから起き上がる。
- 333 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/01/30(火) 05:12
-
病院…、にしてはやたらと機械類が多いこの場所は…
あぁ…裕ちゃんの研究室だね。
とりあえず、言い訳だけは、しとかないと。
「約束やぶって街に出たのはアタシだし。紺野はただアタシの
言うことに従ってただけだから」
「せやけどアンタなぁ…、元来ロボットっちゅーんは
人間に危害を加えないと同時に、他者全体を把握して守るべきものを
守らないとあかんようにしてあるんや。それができひんのは困るんやで」
そこで、また紺野に視線を向ける裕ちゃん。
また小さく俯く紺野は、アタシの胸の奥を痛めつける。
完璧なロボットが欲しい裕ちゃんは…、ミスを許さない。
だから、紺野は…もしかしたら…。
- 334 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/01/30(火) 05:13
-
―――――…っ!
一瞬…脳裏に、廃棄処理場の山の中に佇む紺野の姿が見えた。
いやだ…、それだけはいやだ。
紺野は…紺野だけは、その中に入って欲しくない…っ。
今までの子たちも、そう願っていたけれど…紺野には特に。
- 335 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/01/30(火) 05:13
-
「違うの、裕ちゃん…っ。アタシが紺野の制止を無視して行動したの。
だから、紺野は本当に悪くない…っ。動けなかったんだよ…!」
「後藤…さん……」
ちょっと驚いたみたいに顔をあげた紺野と視線が交わる。
諦めの色を滲ませたその瞳は、人間のように涙を滲ませていた。
たとえ、その涙が…感情プログラムによるものだったとしても紺野は紺野だ。
ロボットとか、そんなの関係ない。
紺野っていう1つの人格だ。
「お願い、裕ちゃん。紺野を責めないで。アタシがどんな罰でも受けるから」
「真希…アンタなぁ……。……その考え方、辛いで?」
それは何を指していったのか、今のアタシには判らない。
でも、それがロボットに感情移入するアタシの行動を責めているなら
全然構わない。
ロボットだって判っていても、こればっかりはしょうがないんだから。
- 336 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/01/30(火) 05:14
-
しばらく、ぶすっとした表情で頭を掻いた裕ちゃんは
「しゃーないなぁ…、今回は大目に見るけど、次はないで?」
「ありがとう…裕ちゃん」
「紺野も、な」
「…………はぃ……」
溜息混じりにそれだけいって、部屋から出て行った。
まるで母親に怒られる子供の気分。
もちろん母親の記憶がないアタシは、ただ想像の中でしか言えないんだけど。
多分…こんななんだろうと思う。
- 337 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/01/30(火) 05:14
-
残されたアタシは、まだちょっと感覚を揺さぶられている頭を抑えて
ベッドの枕に頭を沈ませた。
裕ちゃんに負けないぐらいの溜息を混じらせて。
でも、確かめなきゃいけないことがひとつあったっけ…。
「紺野」
「…はぃ……」
「ケガはない?」
「……は…?」
は?じゃなくて。
まぁ、さっきの今で、またアタシからも怒られるんじゃないかって
思ってたのかもしれないけど。
そこまでアタシは酷いヤツじゃない。
- 338 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/01/30(火) 05:14
-
警戒心とか解くように、ちょっと笑って手招きをする。
アタシのそんな姿に、紺野は少しほっとしたのか、
おずおずと近づいてきて。
そばに近づいてきたその手に軽くアタシのを絡ませる。
やっぱり…温かい。
だから…アタシは心配になるんだ。
紺野が、ロボットじゃないみたいで。
「ケガは? どっか壊れてたりしない?アタシ強く押しちゃったから」
きゅっと指先だけを繋ぐと、戸惑ったみたいに何かを言いかけて。
でも、一度口をつぐみ、
出てきた言葉は、
「ごめんなさい…」
かすれるような、そんな声と…ポタポタとアタシの頬に落ちてくる水だった。
- 339 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/01/30(火) 05:15
-
水…?
ううん、これは…涙。
ロボットの紺野から、それでも流れ出た涙。
「あぁ…、紺野、泣かないで…」
「ごめんなさい…ごめんなさい…」
どこか壊れてしまったのか、紺野はただその言葉を繰り返す。
でも、機械の言葉じゃない。
ちゃんと…そこにも温度があって…。
やっぱりアタシは胸を締め付けられる思いになる。
「紺野…、ほら、アタシは大丈夫だから」
軋む頭も今は気にならない。
ただ、この涙を止めたくて…起き上がると指先を伸ばして。
そっとすくい取るように、溢れ出て止まらない水を受け止めた。
- 340 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/01/30(火) 05:15
-
「わ…私はロボットです…。後藤さんの為のロボットです…なのに…」
「そんな風に言わないで。紺野は…―――」
――…誰のためのものでもないロボット、という言葉は続かなかった。
まるで言葉のロックがかかったように…出てこなかったんだ。
裕ちゃんの心遣い…それを無駄にすることも出来なかったし…
もしかしたら、それは、もっと別の感情があったからかもしれない。
ただ、何故か言えなかったんだ。
「後藤さん…、 もう、こんなこと、しないでください」
「どうして…?」
「紺野は後藤さんのためのロボットです。だから…後藤さんに
万が一の事があったら、どうしていいかわからない…」
「………それは…、プログラム?」
「紺野が…思うことです。プログラムかどうかはわかりません」
あぁ…本当に紺野は人間くさい。
さっさとプログラムです、と言ってしまえばいいのに。
- 341 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/01/30(火) 05:16
-
でも、それはアタシの心をまた温かくする。
プログラムなんかじゃないって、紺野には紺野の気持ちが生きてるって
そう、信じさせてくれて。
だからアタシも…
「うん、わかった…。紺野に心配かけないように努力する」
精一杯の誠意で答えたんだ。
紺野だから…。
ロボットだろうと、アタシの為を思ってそこにいてくれる彼女だから。
- 342 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/01/30(火) 05:16
-
*****
- 343 名前:tsukise 投稿日:2007/01/30(火) 05:17
- >>329-342 今回更新はここまでです。
- 344 名前:ais 投稿日:2007/01/30(火) 21:57
- ごっちん・・・(泣)
作者様は何かと読者を泣かせる話しが好きなようでw
人間とロボット、胸が締め付けられますね・・・。
今後も楽しみに待ってます!
- 345 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/01/31(水) 05:27
-
――― ロボットに恋愛回路というものが必要か、否か。
- 346 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/01/31(水) 05:27
-
「………………………………」
「………………」
「………………………………」
「………………紺野」
「ひゃいっ!?」
ひゃいって…。
声、裏返ってるし。
ていうか…、
「なに? なんかアタシに用?」
「えっ? あ、いや〜…」
「あっそ」
「うぅ…」
今朝からずっとこんな感じ。
ごはんを食べていても、テレビを見ていても、
何故か紺野は、じーっとアタシの顔ばっか眺めてきて。
声をかけたら、曖昧な返事をしたりして、もじもじうつむく。
………なんなのさ?
- 347 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/01/31(水) 05:27
-
・
・
・
「そうかそうか〜、やっぱり真希になったんやなぁ〜」
「はぁ? なに、どういうこと?」
ふらっと、着替えを取りに帰ってきた裕ちゃんに尋ねると
にっこにこの笑顔で、アタシを上から下まで眺めてきた。
それから『上出来やん、紺野』なんて、
なんとも不思議な言葉を呟いて。
「ちょっと、裕ちゃん、意味わかんないんだけど?」
イラっとする気持ちをそのままぶつけるけど、
裕ちゃんにはまったく通用しない。
まだニヤニヤと頬に笑みを浮かべて、
遠くで食器洗いをしている紺野を一瞥。
- 348 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/01/31(水) 05:28
-
「見てみ? 紺野のあの、なにをしても上の空〜みたいな表情」
「は?」
「見事なモンやろ? 人間と全く一緒や」
「いや、だから裕ちゃん。なんで紺野はそうなんのさ?」
ロボットが上の空なんて、困ること、この上ないじゃん。
どっか壊れてるなら早く直してあげてよ。
そう言ったアタシに、裕ちゃんは「アンタなぁ…」と呆れ顔。
「わからへんか?」
「わかんない」
「紺野はな、今『恋』をしてるんよ」
- 349 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/01/31(水) 05:28
-
……………恋…!?
恋!?
紺野が恋!?
いやいや、それ以前にロボットが恋!?
「真希、全部口に出してるで」
「いや、だって…紺野は…」
「ロボットでも『生きて』る楽しみは必要やろ?それに人間みたいな
ややこしいモンはいらん。シンプルなモン言うたら、これしかないやろ」
生きてる、楽しみ。
裕ちゃんは…、そうだ、裕ちゃんは『限りなく人間に近いロボット』を
造ろうとしている。
だから、感情の一つに、そういうのも入れたってこと?
でも…、そんな。
なんか…。
- 350 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/01/31(水) 05:29
-
「作られた感情で…恋なんて…」
「それは違うで、真希」
「んぁ?」
「紺野の中にも学習機能はついてる。要するに、今までの経験に
基づいて色んな優先順位をつけていくんや」
「優先順位…」
ロボットを助けようとして飛び出したのも、その優先順位?
アタシのために…涙してくれたのも…今までの経験?
だとしたら…今の紺野の優先順位は…、
「生活の大部分で一緒にいる真希、アンタが一番…いや?
アンタがすべてになって紺野は当然っちゅーワケや」
アタシが…すべて…だって!?
ちょ、ちょ、ちょっと!
じ、じゃあ、今の紺野の状態は…っ、
- 351 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/01/31(水) 05:29
-
「恋愛回路が作動して、今アンタに『生きて』る楽しみを
もらってるって状態やな」
「そんな…!」
アタシなんかが、紺野の?
そんなの困る…!
だって…、だって紺野はいずれ…、
「真希。アンタも少しは、そっちの学習してみたらええやん。
紺野相手やったら気楽にできるやろ?そのうち…」
「やめてよ、その先は言わないで」
「おっと、そやな」
失言やな、という裕ちゃんは苦笑い。
アタシの今までの辛さを知ってるから。
- 352 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/01/31(水) 05:29
-
「せやけど、真希のためでもあるんやで?紺野の存在は」
「わかってる…っ、裕ちゃんの気遣いとかわかってるよ」
この家の空間だけが、アタシのすべてだった。
だから、新しいファクターは、裕ちゃんが連れてくるロボット達だけ。
それはアタシに新しい刺激と、人との付き合い方を教えてくれて。
でも、こういうのは勘弁してほしい。
アタシを見つけると嬉しそうに頬を緩ませる紺野。
ちょっとからかうと、困ったみたいに笑いながら口を尖らす紺野。
頭をなでてやると、顔を真っ赤にして、でも気持ち良さそうに
目を細める紺野。
苦しいんだよ。
そんな紺野はアタシの胸をどんどん苦しくしていくんだ。
どうしてかわかんない。
でも、紺野といると、おかしな具合に胸が鳴るんだ。
- 353 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/01/31(水) 05:30
-
「真希、そこまで辛いんやったら、紺野の恋愛回路をリセットしても
ええんやで…?」
―――― リセット。
なんて簡単な言葉。
そして…なんて身勝手な言葉。
「裕ちゃんの馬鹿…!」
「あっ!真希!!」
居たたまれなくなったアタシは、
「紺野!」
「はい? ……って、ひゃっ!」
まだ食器と格闘していた紺野の腕を取って、外に飛び出した。
あとに聞こえたのは、勢い良く蛇口から流れてた水の音と、
裕ちゃんの溜息だった。
- 354 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/01/31(水) 05:30
-
・
・
・
夜の街を駆けていく。
もつれる足も、軋む胸もそのままに。
もう、なにがなんだかわかんなかった。
紺野はロボット。
どれだけ辛いことがあっても、たった1つの回路をリセットすれば、
すべて忘れる。
すべてなかったことにできる。
- 355 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/01/31(水) 05:31
-
そう、実際に辛いことなんて、紺野にはなにもない。
何度でも繰り返せるんだから。
間違ったらやり直し。
それを繰り返せる。
恋することだって、それは例外じゃない。
アタシのことを忘れるなんて、すぐできる。
1からまた始められる。
でも。
でも…―― 紺野は紺野だ。
そんな『生き方』をしてほしくないんだよ。
リセットできる人生なんてありはしないんだ。絶対に。
だから。
- 356 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/01/31(水) 05:31
-
「ごと…っ、ごと、さ、痛い…っ」
「っ! ご、ごめん…」
大きな交差点を横切ってすぐ、小さな悲鳴を上げた紺野の声に
アタシは、ハッとして手を離すと足を止めた。
途端に襲い掛かってきたのは、
タールピットに落ちたように、全身に纏わりつく倦怠感と激しい筋肉の収縮。
酸素の足りない頭は、その反動についてこれなくて…
あぁ…――
「後藤さん…ッ!!」
くらっとする頭に身を任せて倒れかけたアタシを掴んだのは
意外なぐらい強い力。
「こん……」
「あっ…あぶな…!」
ぐい、と腕を掴まれて…右に左に揺れる。
それを離すまいと、白い手の平が広げられ…
アタシの身体は、紺野の腕の中に。
- 357 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/01/31(水) 05:31
-
「だ、大丈夫、です、か?」
「……ごめん…、なんか、酸素不足」
「どこかに座りましょう」
促すように腕に込められる力。
でも、アタシは、その力をやんわりと断って首をふる。
「ごとうさん…?」
「すこし、このままでいて…、すぐ、治るから」
「で、でも…」
「お願い」
ふんわりとした洗剤の香りの紺野に、今度はアタシから手を伸ばす。
柔らかな感触は、ゆっくりアタシの心を落ち着かせて。
- 358 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/01/31(水) 05:32
-
あぁ…、そう、紺野はこんなにもあたたかくて…。
アタシのためを思ってくれて…。
アタシを…『すべて』だと勘違いして…。
人間よりも…人間らしくて…。
そんな子が…、すくわれないなんて嘘だ。
紺野はだれよりも幸せになっていいはずだ。
正してあげなきゃ。
いろんなものを。
- 359 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/01/31(水) 05:32
-
「後藤さん…?」
「紺野は…、アタシのことが好きなの?」
「ふぇっ!? あ…の…?」
「答えて」
その質問だけで、きっとショートしかけてる脳内回路。
色んな計算とか、結果論を組み立てたりして、
必死に『アタシのためになる』答えを見つけ出そうとしてる。
でも、そうじゃない。
そんなのが欲しいんじゃないの、紺野。
「紺野が思ったまま、答えて。アタシは怒らないし責めたりもしない」
どんな答えでも構わない。
言ってみて。
- 360 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/01/31(水) 05:33
-
促すみたいに腕で身体を揺らすと、
しばらく困惑していた紺野が、一度きゅっと唇をつぐんで…
言葉をつなげたんだ。
「後藤さんが……好きです」
………ははっ。
裕ちゃん、凄いねホント。
ロボットもここまで来たよ。
顔を赤らめてさ。
目だって潤ませて、それでもまっすぐ相手を見つめる。
まるで教科書にでもでてきそうな人間の姿。
でも。
アタシは、そんな風に紺野のプログラムを完成させたりなんかしない。
計算して、人間が喜ぶようにして、歴史・経験を表現させて、
それがロボットのパーフェクト理論だなんて認めない。
- 361 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/01/31(水) 05:33
-
だって裕ちゃんは言った。
『限りなく人間に近いロボットを造る』と。
たとえ人間にはなれなくても、どこまでも人間に近いロボットを。
だったら、紺野は違う。
今の紺野は違う。
本当の人間は、こんなのじゃない。
「ご、後藤さんには、迷惑ですか?」
泣きそうな顔に、胸が軋むけど否定はできない。
迷惑じゃないけど、『嬉しい』という答えもだしてあげられないから。
- 362 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/01/31(水) 05:33
-
「紺野。迷惑じゃないよ? でもね、それは紺野の意志じゃない」
「…? どういう…ことですか?」
「アタシを好きだという気持ち、それは今、紺野にはアタシしか
映っていないから思うだけだよ」
「そうでしょうか…?難しい…」
そうだね、ちょっと難しいね。
でも、理解してほしいの、紺野。
『あなた』に、これから先も『ここ』にいてほしいから。
「紺野には学習能力がついてるんだよね?」
「はい…」
「だったらシュミレートしてみて。いい?」
「? はい」
腕を緩めて、まっすぐに紺野を見つめる。
途端にスっと表情をかき消す姿に苦笑した。
- 363 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/01/31(水) 05:34
-
ほら、もう紺野はさっきまでの『女の子』の紺野じゃない。
考える機械。
そんなので『好きだ』と言われて、誰が喜ぶ?
一時のまやかしの感情なんて人間にはいらない…ううん、
少なくともアタシにはいらない。
- 364 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/01/31(水) 05:34
-
「アタシと裕ちゃん、どっちが好き?」
「後藤さんです」
即答。
まだ、まだだよ?
「じゃあ、アタシが紺野を『キライ』だと言って、
裕ちゃんが紺野を『好きだ』と言ってもアタシが好き?」
「好きです」
再び即答。
さぁ、紺野。
じゃあ考えて。
それだけアタシが好きだというなら…―――。
- 365 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/01/31(水) 05:34
-
「なら、…もし、アタシと裕ちゃんが今目の前で同時に
車に轢かれそうになっていたら、紺野はどうする?」
――― 紺野はどうする?
- 366 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/01/31(水) 05:35
-
「紺野は…―――」
詰まる言葉。
きっと駆け巡るのは、経験という名の回路。
計算という名の回路。
そして…ロボットの定義・アシモフコード。
「紺野…は…―――」
紺野の中に、――― 答えは、ない。
そんなのアタシには判っていた。
この問いに対する答えは、きっと裕ちゃんも用意していない。
じゃあ、どうしてこんな質問をしたか?
それは…1つの期待があったから。
- 367 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/01/31(水) 05:35
-
「紺野…紺野は…―――」
気づいていた。
紺野の頭から、徐々に立ち上がっていく蒸気に。
それが示すのは、
「こんの…は…、紺野は…」
オーバーロード。
知能回路が焼き切れんばかりに駆け巡っているんだ。
「こんのは……」
ロボットである紺野は、優先順位で動く。
でも、『好き』という感情が働いた場合、どうするか。
人間なら…なんと答えるか。
アタシだったら…。
- 368 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/01/31(水) 05:36
-
「こ、ん、ノ、ハ……」
そこで異変は起こった。
アタシは苦笑。
――――…ここまでだね、紺野。
って。
- 369 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/01/31(水) 05:36
-
シューーーーーーーーー!!!!
「おっと…っ」
形成逆転。
アタシが今度は身体を支える番。
なぜなら、大きな音と蒸気を立てて、紺野は『停止』したから。
予想以上の負荷に、耐えられなかったんだ。
こういうロボットをアタシは何度も見てきた。
こうやって、意地悪な質問をするたびに。
- 370 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/01/31(水) 05:36
-
でもね、アタシは期待してたんだ。
紺野なら、ちゃんと答えるんじゃないかって。
この間…
アタシのことを思って涙を落としてくれた時と同じように―――
―――『わかりません』
って。
そう、答えてくれるんじゃないかって。
- 371 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/01/31(水) 05:37
-
*****
- 372 名前:tsukise 投稿日:2007/01/31(水) 05:37
- >>345-371 今回更新はここまでです。
>>344 aisさん
そうですね、作者は何かにつけて試練を与えたがるようです(笑
立場の違う二人の今後、どうぞ追いかけてくださいませ(平伏
- 373 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/02/01(木) 05:30
-
すべてを理解したとき、感じたのは虚無感。
それから…
『あぁ、自分ってなんてバカなんだろう』
ってこと。
- 374 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/02/01(木) 05:30
-
・
・
・
「……………ここ、は…?」
「気づいた?」
あれから10分ばかり経った頃、紺野はようやく目を覚ました。
色のなかった瞳が、ゆっくりと焦げ茶色に染まっていって、
土気色だったほっぺも、うっすらと赤みを差していく。
その様子を、アタシは誰よりも間近で確認する。
- 375 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/02/01(木) 05:31
-
「……………後藤さん」
「なに?」
「……………紺野は、今、どうなっているんですか?」
「あぁ、ごとーの膝枕でベンチに寝転がってる」
「…………………………………はわっ!!」
がばっと、唐突に起き上がる紺野。
って、突然起き上がったら危ないデショが。
あやうく頭をぶつけるところだったし。
- 376 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/02/01(木) 05:31
-
「ごめんなさいっ、私、かーっと頭が熱くなってっ」
「うん、知ってる」
「多分、その、ショートしてしまったのかと、はい…」
「うん、知ってる」
「うぅ…お恥ずかしい…」
「気にすることないって」
原因を作ったのはアタシなんだし。
「大丈夫? どっかおかしくしてない?」
「あ、はい…、それはどこも」
きっと、再起動するときに全パーツの点検が入るんだろう。
紺野は弱々しくではあるけど、笑顔を向けてくれた。
その頬をそっとなでる。
- 377 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/02/01(木) 05:32
-
「後藤、さん…?」
「意地悪してごめんね」
「あ、いえ…」
もごもごと口の中で言いよどむ姿に、やっぱり苦笑。
ねぇ、紺野。
アタシはさ、結構これでも紺野の事を買ってるんだよ?
だからこそ、ただのロボットになってほしくなくて。
もっと…、もっと近づいて。
もっと、もっと人間に。
そしたらきっと…――― ずっと一緒にいられる。
この感情の名前は、たぶん、そう…裕ちゃんが学習しろと言った…。
- 378 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/02/01(木) 05:32
-
でも…。
おかしいんだ。
アタシの中のその感情は、たしかに『それ』だと言い切れる。
なのに…、こんなに紺野と一緒にしても苦しさしか感じないんだ。
『それ』は時に嬉しいもので、心地良いものだと聞いてる。
なのに……全く。
それは、アタシのどこかが、おかしいからなの…?
- 379 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/02/01(木) 05:32
-
「…後藤さん…? どうかしました?ずっと黙って…」
「…………。紺野の中の恋愛回路って、どんなの?」
「ふぇっ? 恋愛回路…ですか?」
「うん」
「えっと…こう…メモリースティックみたいな形だと聞いてます。
あの、紺野は試作品なので、完全体にデータを送れるような…」
遠慮がちに呟く紺野はとても小さく見える。
もしかしたら、それは試作品の自分に負い目があるのかもしれない。
でも…恋愛回路は、メモリースティックなのか…。
じゃあ、それを抜いちゃえば紺野は恋愛も判らないロボット…か。
なんだか、それも切ないね。
- 380 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/02/01(木) 05:33
-
いっそ…
「完全体なんて出来なきゃいいのに」
「えぇ?また、そんな…」
子供じみたアタシのワガママに、紺野は眉をハの字にして。
弱々しく、本当に弱々しくだけど、責めるような目を向けてきた。
「完全体ができないと、紺野がいる意味がありません」
きっと、紺野は痛いほど自分の状況を理解していて。
それは献身的なデータ収集に繋がっているのかもしれない。
『自分は試作品だから、データをどんどん集めなきゃ』なんて思って。
それはとても尊い犠牲なのかもしれない。
そう、裕ちゃんが言った魚や肉のように。
でも、納得なんて出来なかった。
紺野がいる意味、きっとあるって、思うから。
- 381 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/02/01(木) 05:33
-
「紺野はそれでいいの? 完全体なんかどうでもいいじゃん」
「そんな…っ、どうでもよくなんかないですよ…っ」
ちょっとムっとしたみたいに反論する姿に、
アタシもイラっとして。
「どうでもいいよ…!アタシは…!」
「…?」
―――― 完全体なんかより、紺野がいい。
確かにそう思うのに、また言葉のロックがかかったように声が出ない。
なんでまた…っ。
伝えたい、伝えなきゃ。
紺野は試作品なんかじゃない。
一人の人間だっていえるんだ、って。
得体の知れない完全体なんかの土台になる必要なんてないんだ。
- 382 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/02/01(木) 05:33
-
「後藤さん…、大丈夫ですか?」
あぁ…その心配もプログラムだったとしても…。
アタシは紺野がいい。
「こん、の。ねぇ、ずっとアタシのそばにいてよ」
「え…? あの…?」
「データなんてどうでもいいじゃん。アタシだけの紺野でいてよ」
「…本気で…、言ってるんですか?」
信じられない、と目がそういってる。
でも、これは本気。
冗談でこんなこと言わない。
紺野が望むなら、アタシは今までの『子達』のようなこと、絶対させない。
何が何でも紺野だけは守る。
たとえ完全なロボットじゃなくたって、紺野を維持できるでしょ?
だから。
- 383 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/02/01(木) 05:34
-
でも、
「ダメですよ…そんなこと」
紺野はやんわりと首を振った。
「どうして?」
このままだと、紺野はデータだけとって、さよならなんだよ?
それを甘んじて受け入れるっていうの?
そんなに、完全体が大事?
- 384 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/02/01(木) 05:34
-
「紺野は、別にいいんです」
「何が…?」
「紺野が体験したすべての事が、これからのことに生かされるなら、
別に紺野はいなくなったっていいんです」
「なんでそんなこと言うのよ」
生きたい、って足掻いてみせてよ…っ。
「紺野は十分生きてます。今までの方達のデータを引き継いで、
こうやって後藤さんとおしゃべりしたり、笑ったり泣いたり。
だから、今度は私のデータを………完全体に」
そんなの、生きてるなんて言わない…っ。
なんで…? なんでそんな…、
- 385 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/02/01(木) 05:35
-
「なんでそんな得体のしれない完全体のために必死になるの…!?」
「それが…――― ロボットです」
「…っ!」
一番聞きたくない言葉だった。
紺野の口からは、一番。
「私は、『生まれて』からずっと完全体さんのことばかり考えてました」
「ばかり…?」
「はい。どんな人になるんだろうって。紺野はお役に立てるデータを
渡せるかな、とか」
あぁ…。
紺野は、そんなにも…意志を堅く…。
- 386 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/02/01(木) 05:35
-
だとしたら、判ってなかったのはアタシの方…なの?
これは納得しなきゃいけないことなの?
そこまでして、作り上げたい完全体なの?
「初めて、逢わせていただいたとき、驚きました」
「え? 逢ったことあんの?完全体に」
「…えぇ。とても、…素敵な方ですよ?」
紺野にそう言わしめるなんて…。
少し、胸の奥がきしむ。
「とても素敵…、もう限りなく人間に近くて、こんな私にも優しくて、
あぁ、私、この人の一部になるんだったら、嬉しいなって思って」
軋む胸は、どんどん熱く。
- 387 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/02/01(木) 05:35
-
許せなかった。
その完全体が。
なんにも知らないで、ただデータだけを受け取って、
人間と寸分違わない生活を送るだろう、そいつ。
そんなヤツを素敵だという紺野。
…許せなかった。
- 388 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/02/01(木) 05:36
-
「だから、後藤さん。そんな…悲しまないで下さい。
これでいいんです、きっと」
――甘んじてすべてを受け入れようとしている紺野が許せない。
――完全体をつくることに こだわる裕ちゃんが許せない。
――ロボットの最初、そう、ブリキのおもちゃをつくった人が許せない。
醜くドロドロした感情は、際限なくアタシの腹の奥を蠢いて。
- 389 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/02/01(木) 05:36
-
「後藤さん…?」
ともすれば、目の前のこの子にさえ、酷いことを言ってしまいそうで。
「ごめん、アタシ、先帰る…!」
「あっ、後藤さん…!」
逃げ出した。
全てから。
そう、逃げ出したんだはずだったんだ。
―――…けれど。
- 390 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/02/01(木) 05:37
-
「!! 危ない!!」
聞こえたのは、人間の声。
アタシではない。
記憶が確かならば、これは人間のお母さんの声。
反射的に振り向いた視線の先には、路上に飛び出す小さな女の子。
ボールを無邪気に追いかけて飛び出した女の子。
その女の子は追いついたボールに、にっこり笑って……固まった。
顔を上げた先に、黒い影が迫っていたから。
女の子をも飲み込まんとする大きな黒い影が。
- 391 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/02/01(木) 05:37
-
「…ちゃん!!!」
名前を呼ぶお母さん。
女の子は動かない、…動けない。
パァーーーーーッ!!!
目前に迫っているのは黒い影を纏った、トラック。
耳をつんざくようなクラクションを鳴らして、
でも、止まることなく迫っている。
間に合わない。
誰でも判る方程式。
でも。
- 392 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/02/01(木) 05:37
-
――――…スイッチ、オン。
どこかでそんな声が聞こえた気がした。
瞬間、まるで本当に電源が入ったかのように、アタシは駆け出す。
黒い影に飲み込まれようとしている女の子に。人間に。
「後藤さん!!」
背に受けるのは紺野の悲鳴。
でも止まらない。
紺野の声は、アタシのブレーキにはならない。
- 393 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/02/01(木) 05:38
-
パァーーーー!! パァーーーー!!
当たるまで、3秒。
目測なんかじゃない、わかるんだ。
アタシの頭の中で回転する何かが知らせてる。
真っ赤に点滅する何かと一緒に。
きっと、その赤が示すのは『危険信号』。
アタシでも、間に合わないっていう。
けど、それで止まる足なんて、持ち合わせてなかった。
地を蹴る。
風さえも切り裂くように。
「…いて…!! 届いて…!!」
全身のバネを収縮させて、弾かせる。
さぁ、そして伸ばすんだ。
この手を。
人間に。
- 394 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/02/01(木) 05:38
-
キィーーーーーーー!!
―――― 一瞬にして。
―――― 消えたのは、あらゆる音。
ほんの僅か手の平に感じたのは、確かな弾力と温もり。
ついて、離れた人間の…体温。
そして。
ぐしゃり、という鈍い音だけが後に残ったんだ。
- 395 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/02/01(木) 05:38
-
*****
- 396 名前:tsukise 投稿日:2007/02/01(木) 05:39
- >>373-395 今回更新はここまでです。
- 397 名前:ais 投稿日:2007/02/01(木) 23:00
- 後藤さん、もしかして・・・
恋愛って難しいですね〜。
それでも最後までしっかりがんばってほしいと思います。
次の更新も楽しみにしてますね。
- 398 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/02/04(日) 04:55
-
・
・
・
「…さんッ!! 後藤さん!!!いやだ…!後藤さん!!」
『目』を開く。
真っ先に見えたのは、いつかの日のように泣きじゃくっている…
……泣きじゃくっている…、
「後藤さん…!? わかりますか…!? 私が見えますか!?」
あぁ…、見えるよ…?
なんだか…片目は開けることもできないみたいだけど…。
「どうしてこんな…、あぁ…っ」
そんなに泣かないで…。
アタシが勝手にやったんだ…。
だから…。
- 399 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/02/04(日) 04:56
-
あぁ、そういえば…
「女の子……無事…?」
結構強く突き飛ばしたから、よくわからない。
「大丈夫です…っ、かすり傷です…でも…後藤さんが…っ」
ぼろぼろと泣きながら、辺りを一度見渡す彼女は、
悲惨な状況に何もいえないようで。
「あ…っ、見ちゃダメです…!」
続くように視線を回そうとして、かき抱かれるようにして遮られる。
どうして?
自分がどうなったか、ちゃんと確認しなきゃ。
それが、どんな状態でも。
- 400 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/02/04(日) 04:56
-
「ダメです…! 後藤さん、見ちゃダメなんです…!」
また涙声で必死にアタシを遮る彼女に、困惑する。
とにかくこの子を落ち着かせなきゃ、なんにも出来ない。
そう思って、その背を軽く抱こうとして…
―――出来なかった。
文字通り、アタシの腕は『なくなって』いたんだ。
- 401 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/02/04(日) 04:56
-
ううん、腕だけじゃない。
今気づいたけれど、彼女に抱えられているのはアタシの胸から上だけ。
下は…何もなかった。
なのに、どうしてアタシは生きてるか。
…答えは、胸元でバチバチと弾ける電流。
ザー、と流れては映る視界。
ギチギチと音を立てる色んな部位。
そう…――― アタシも、ロボットだったから。
- 402 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/02/04(日) 04:57
-
気づいた途端、繋がっていくすべての事象。
『真希、ごめんな。また新しいの連れてくるわ』といつも言っていた裕ちゃん。
アタシが事故った時、そういえば裕ちゃんの研究所にいた…。
それに確か聞いた。『痛覚』をどうにかしろって…。
いくつかの言葉のロックは、ロボットの定義に引っ掛かっていたから?
それが意味するのは、アタシがロボットの事実。
そして…。
『真希のためでもあるんやで?』とロボットの存在について喋った裕ちゃん。
ロボットをかばった時、その考え方は辛いといわれた。
今なら判る。
それは決して、消えていくだろうロボットの事を可愛がるアタシは辛い、
ということじゃなく…、その消えていくロボット達を踏み台にして
これからも『生きて』いくアタシは辛いぞ、ということだったんだ。
- 403 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/02/04(日) 04:57
-
そう、もうわかってる。
『後藤さんの為のロボットです』と言った目の前の子の言葉からも。
きっと…――― アタシが完全体。
- 404 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/02/04(日) 04:57
-
人間味の薄いアタシ。
恋愛感情がわからないアタシ。
それを補うために今回つれてこられたのが…この子。
あぁ…、気づいてしまえば後に残るのは気だるさだけ。
自分の愚かさに腹がたつ。
アタシの存在が、全ての試作品の運命を弄んでいたんだ。
目の前の、この子さえも。
- 405 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/02/04(日) 04:58
-
「後藤…さん…?」
視界が滲む。
たった一つしか見えない視界が。
「ど、どうして…泣くんですか…?」
「ごめん…ごめん…」
消えていった命が辛くて。
残されたメモリーが苦しくて。
『生きて』いる自分が哀しくて。
「とにかく、びょ、病院に行きましょう…!」
強く抱きかかえられるようにして浮き上がる身体。
それから駆け出そうとする彼女に、アタシは大きく首を振って制す。
- 406 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/02/04(日) 04:58
-
「もういい…、もういいよ」
「そんな…っ、どうしてですか…っ? はやく行かないと…っ」
アタシが死んじゃうって?
それはないよね?
言葉に詰まる、あなたがその証拠。
「ねぇ、アタシも…――― ロボットなんでしょ?」
「そ、それは…っ」
だから…。
こんな身体になってしまったんじゃ、
新しい機体にデータを入れ替えるほうが断然早い。
きっと、裕ちゃんだってそれぐらいわかる。
そして…仕事を終えた機体は…、廃棄へ。
- 407 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/02/04(日) 04:58
-
それにさ…、
「もう、アタシのデータ…壊れてるとこ、あるんだ」
「で、でも、全然そんな…」
「わかんない?」
「…え?」
「アタシ、あなたの名前『忘れ』てる」
「あ…っ」
愕然とするその子だけど、本当に。
さっきから、いくら思い出そうとしても浮かばないんだ、あなたの名前。
- 408 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/02/04(日) 04:59
-
今までの生活を忘れたわけじゃない。
楽しかったこと、面白かったこと、苦しかったこと、
確かにそれらはしっかりとアタシの中にある。
でも、――― あなたの名前が、名前だけが思い出せない。
人間だったら致命的な、誰かの名前を忘れるということ。
それは重要なデータディスクの破損を意味していて。
アタシはもう…使えない。
- 409 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/02/04(日) 04:59
-
「わ、私はっ、私の名前は…!」
「それより聞いて?」
「え…?」
すべてのデータが侵食されてしまう前に。
伝えたい。
あなただから、伝えたい。
「アタシのデータ、あなたが引き継いで」
「そんな…!」
ぶんぶんと首をふるけど、お願いともう一度。
ロボットの領分も、自分の立ち位置も痛いほどわかっているあなただから。
- 410 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/02/04(日) 04:59
-
「裕ちゃんに頼んで? きっと判ってくれる」
「そんなの嫌です…! 後藤さんのデータは後藤さんのものです…!」
「これは…アタシのデータじゃない。たくさんの『姉妹』のもの。
だから、あなたが引き継ぐ事だっておかしくない」
「…っ」
ぐ、と喉の奥で唸るあなた。
それを苦笑しながら見上げた瞬間、
ザザッ、という音と一緒に視界が乱れる。
あぁ…きっとバッテリーがなくなりかけてるんだ。
もうすぐ…アタシは停止する。
- 411 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/02/04(日) 05:00
-
ザザザ…
「あと…お願い…ね…?」
「嫌です…っ、そんなっ、無理です…!しっかりして、後藤さん!」
ザザザザーー…ザザー…
「あなたナラ…ダイ…ジョウブ…」
「後藤さん…! 後藤さん…!」
ザーーーーーーーーーーーー
身勝手だって…判っていたけれど、
それだけ伝えて、アタシは文字通り『停止』した。
ブツン、という音と一緒に。
- 412 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/02/04(日) 05:00
-
*****
- 413 名前:tsukise 投稿日:2007/02/04(日) 05:01
- >>398-412 今回更新はここまでです。
>>397 aisさん
後藤さん、予想通りの展開だったでしょうか?
えぇ、この二人の恋愛となりと色々と大変なようで(笑
お互いに頑張って欲しいものですよね(笑
- 414 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/02/05(月) 19:43
-
・
・
・
「頑固者」
「うぅ…」
「バカだね、紺野は」
「うぅ…っ」
「あー、ほんとバカ」
「そっ、そこまで言わなくてもいいじゃないですかぁっ」
あ、怒った。
でも、ダメだよ。
アタシも負けないぐらい怒ってるんだから。
ううん、それ以上に呆れた。
- 415 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/02/05(月) 19:44
-
―― あの後。
バッテリーの切れたアタシは、すぐに予備バッテリーに切り替わって。
だからと言って、あくまで予備は予備。
人間でいう睡眠状態に切り替わっていたんだけど。
紺野は、そんなアタシを抱えて裕ちゃんの元へ駆け込んだんだ。
てっきりアタシはデータを紺野へ渡して、廃棄処分になるんだって思ってた。
でも。
催眠状態でも動いていた聴覚のバックアップに残された記録は違ってたんだ。
今でも巻き戻して再生できるそれは…。
『お願いします…! 後藤さんを直してください!』
懇願する紺野の声と。
『ご、後藤さんがいないと、私、何も出来ません…!
後藤さんのそばにずっといたいんです…!』
そう言って泣きじゃくる音。
呆れたような裕ちゃんは、それでもアタシの身体を受けとり
破損箇所を直すのに必死になってくれて…。
- 416 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/02/05(月) 19:44
-
それでも、アタシの言いつけを無視した紺野。
それに腹がたった。
だけど、そこまで本気に怒ることが出来ないのはどうしてだろう。
きっとそれは…欠けている回路が答えを知ってる。
紺野の中に…答えがあるんだと思う。
後から知ったけれど。
アタシは…アタシのデータは、完全体というだけあって、
おいそれと別の機体に組み込めるほど単純なものではなく、
型番の合う機体を製作していない現状もあってか、
修繕したほうが早かったらしい。
きっと裕ちゃんが『外に出るな』と言ったのは、
こういう事態が起こるのを防ぎたかったからなんだと思う。
そう何度も何度も壊れられては修繕さえも難しいから。
――…でも。
- 417 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/02/05(月) 19:45
-
見事に壊れたアタシの身体。
それを直すには、大変な時間が必要で。
今、アタシの状態といえば。
「あ、ちょっと、紺野、動かないで」
「あっ、すいません…っ、でも、コネクタが外れそうで…」
「じゃあ、アタシの頭を押さえて直してよ」
「そそそ、そんなっ、恐れ多い…っ」
「なんで。アタシ、頭だけなんだから」
「そうですけど…やー…」
そ。
今アタシは、頭だけの状態で軽く天井からつるされてる。
損傷の少ない部分を先に直した結果なんだけど、
なんだろう…?
首の部分から、うにょうにょと伸びた色んなコードが邪魔かもしんない。
- 418 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/02/05(月) 19:45
-
しかも今は、ちょうど、お互いのピアスの部分にあるコネクタを繋いで
紺野のデータを転送中なんだ。
メモリースティックを差し込めない状態だから、と裕ちゃんの提案だけど、
これって…実は紺野の事がじかに全部流れ込んでくるから…。
「紺野、アタシのこと、こんな風に思ってたんだ?」
「あっ、へんなとこ見ちゃダメです…!」
「なんで? このデータはアタシ、ぜんぶ貰わなきゃなんないんだし」
「うぅ…、恥ずかしい…」
紺野にとっては拷問かもね。
本人目の前にして、恋愛回路がどんな風に活動していたのかとか
丸裸にされるわけだから。
いわゆる…羞恥プレイ?
- 419 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/02/05(月) 19:45
-
「後藤さん、変なこと考えてません?」
「考えてないない。紺野ほどには」
「紺野は、そんなこと考えてません…!」
「どんなこと?」
「そ、そ、それは…っ! な、なんでもないですっ」
ぷいっと顔を背けたのにつられて軽く頭が回転する。
それを「わわっ」と一瞬慌てたみたいに紺野はアタシの頬を包んで止めて。
でも至近距離で目が合うと、ぼぼっと顔を赤くしてうつむいた。
その姿に、ふっと笑みがこぼれてしまったっけ。
紺野、ぜんぶバレバレだよ、なんて。
- 420 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/02/05(月) 19:46
-
でもさ…実はアタシだって恥ずかしいんだよ。
流れ込んでくるデータはアタシの学習機能を活性化させて、
どんどん…色んな感情を加えていくんだから。
それは…そう…目の前の紺野への…気恥ずかしさにも、愛しさにもなって。
初めて感じる感覚に、頭がくらくらするんだ。
それから思ったのは、身体があればな、ってこと。
そしたら、流れ込んでくる紺野の希望をかなえてあげられるのにって。
『後藤さんに触れたい、触れてほしい』、―――…そんな希望に。
アタシだって、…触れたいから。
- 421 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/02/05(月) 19:46
-
「後藤さん…、ほっぺ、真っ赤です」
「紺野だって」
何も言えずに、お互いにきゅっと口をつぐんで顔を見つめる。
紺野の頬は、というか、顔全体が本当に真っ赤で。
まるでショートしそうなぐらい。
でも、多分、アタシも負けないぐらい赤いんだろうな。
だって、紺野のことで頭がいっぱいなんだもん。
恋愛回路って、こんなにもドキドキするもんだったんだね。
頭だけのアタシでもわかるよ。
すごく紺野が魅力的に見えて…くらくらするから。
「ごとー、さん………」
迫ってきたのは紺野の火照った顔・潤んだ目・そして…唇。
動くことのできないアタシは…ただ瞼を落とそうとして……、
- 422 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/02/05(月) 19:46
-
「邪魔するで」
「ひぁっ!!」
ブン!!
「!!!???」
突然、背後から聞こえた声に驚いた紺野に、勢いよく頭を回転させられた。
って、ちょっとぉーっ!!
なにすんのさっ!
は、は、早く止めて!!
瞼じゃなくて、い、意識が落ちる…っ。
- 423 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/02/05(月) 19:47
-
「あわわっ、ごっ、ごめんなさいっ!!」
「こんのぉ…っ」
わたわたと頭を止めた紺野だけど、アタシの視界はぐるぐるで。
定まらない視点で、それでも紺野をにらみつけた。
しゅん、と小さくなるまで。
「仲良き事は良いことかな、って感じやな」
どこの年寄りよ、裕ちゃん。
ニヤニヤと笑っているのが、なんだか恨めしい。
「なに、どうしたの裕ちゃん。身体出来た?」
「生首状態で、ええ身分やなぁ、真希。残念やけどまだ。
あれだけ派手に壊したんや。もうちょっと待ったって」
確かに、胸から上しかなかったんだし仕方ないのか。
- 424 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/02/05(月) 19:47
-
「…で。言いたいこと、いっぱいあるんちゃうんか?」
あ…。
やっぱり裕ちゃんは裕ちゃんで。
アタシの保護者…ううん、親だけあって全部判ってたんだ。
ロボットだって気づいたアタシが、色んな文句とか言いたがってるとか。
そういうのぜんぶ。
でも。
その真摯な眼差しは、どんなことでも
真っ向から受け止めてくれる優しさや強さを表していて。
逆にアタシは何もいえなくなる。
いろんな事、ぶつけてやろうって思ってたのに。
なんか、そーゆーのが小さいことに思えてきて。
- 425 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/02/05(月) 19:47
-
「やめた」
「は?」
「なんか、どーでもよくなった、いろんなこと」
大げさに溜息をついてみせると、
ぽかんと一度口をひらいて、それから裕ちゃんは豪快に笑った。
『アンタらしいわ』なんて。
失礼な。
裕ちゃんが人格を作ったんでしょ?
「ま、ほんならええんやけど」
「あ、でも一つだけ」
「うん? なに?」
これだけは言っておかなきゃ。
手に入れたもの、失ったもの、そーゆーの全部無駄にしたくないから。
- 426 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/02/05(月) 19:48
-
「紺野を廃棄しないで。絶対に」
すぐ隣にいた紺野が、アタシに振り返って息を飲むのがわかった。
でも、視線を裕ちゃんから離さない。
これだけは、何があっても通したいから。
「後藤さん…紺野は…」
「黙ってて」
ぐっ、と喉を詰めるけど、今だけは無視。
その様子を興味深そうに眺めていた裕ちゃんは、
「何言ってんのや」
と言い放った。
そして、アタシが何か言い出すよりも早く…
「当たり前やろ、そんなん」
なんて呆れてみせて………って、えっ!?
- 427 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/02/05(月) 19:48
-
「当たり…前?」
「そや、当たり前」
呆然。
なに、どういうこと?
え? アタシの脳内のデータが都合よく聞き違えてるとかない?
見れば隣の紺野も、ハト豆な顔してる。
「アンタなぁ…考えてみぃな? ここまで人間に近い姿の子を
そう簡単に廃棄すると思うか?」
「確かに、そうは、思わないけど…?」
「完全体は、一人とは限らんもんやで。いや、完全体なんて
元からできへんねやから尚のこと」
「裕ちゃん…?」
悲しい笑みがそこにあった。
研究者のエゴからなんかじゃない、
純粋な…一人の人間としての。
- 428 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/02/05(月) 19:48
-
「どんだけ精巧に作っても、ロボットはロボットや。完全に人間にはならん。
そやったら考え方を変えたらええねん」
そこで裕ちゃんは、ニッコリ笑ってアタシと紺野を交互に見た。
眩しい何かを見つめるように、優しく…本当に優しく。
「一人で無理なら、二人で支えあったらええねん。
真希が知らんことを紺野が。紺野がわからんことを真希が」
辿り着いたのは、なんでも出来る万能ロボ1体ではなく、
欠陥があってもいい、それでも前進できる2体のロボ。
「それに、ひとりぼっちは寂しいやろ?」
――― その言葉には、別の何か…大きい何かを差してる気がした。
『自分がいなくなっても、二人いればなんとかなるだろ?』というような。
……裕ちゃんは人間だ。
アタシ達と違って、いつか別れがくる。
もしかしたら…その時のことまで考えてくれていたのかもしれない。
- 429 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/02/05(月) 19:49
-
「裕ちゃん…」
「なんや、そのしみったれた表情は!しゃんとしぃ、しゃんと!」
「ぶっ、いいじゃん、感情表現豊かって言ってよ」
「そらそうや、あたしが作ったんやからなぁ、当然や」
「なに、自画自賛?」
「研究者やからな」
ふふん、と胸を張って笑う裕ちゃん。
でも、うん、本当に胸を張れる研究者だと思う。
いや、研究者じゃない、アタシの…アタシ達のお母さん。
「ま、そういうことや。疑問、答えられた?」
「…うん、十分。アタシは…紺野と一緒にいていいんだよね?」
肩をすくめて瞼を閉じた裕ちゃん。
それだけで全てを肯定していた。
- 430 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/02/05(月) 19:49
-
「だってさ、紺野」
「あ……」
目線だけで告げると、それまでぼーっと突っ立っていた紺野が
弾かれたように身体を震わせた。
それから、キョドキョドとアタシと裕ちゃんを交互に見て…。
「私…後藤さんと一緒にいていいんですか?」
アタシと同じ言葉を繰り返した。
「あはっ、今そう言ったじゃん」
「だって…紺野は、後藤さんの為にデータを運ぶだけだと…」
「もう貰ったし」
「うぅ…う〜〜〜」
ちょ、ちょっと。
いきなり泣き出すなんて反則。
アタシ、今身体がないんだから、なんにもしてあげられないじゃん。
- 431 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/02/05(月) 19:49
-
「ま、その調子やったら、これからも大丈夫やろ。
ほんなら、身体ができたら また来るわ」
苦笑しながらいつのまにか外れていた紺野とアタシのコネクタを繋いで
部屋を出て行く裕ちゃん。
せめて、紺野を慰めてから行ってほしい。
アタシ動けないんだってば。
- 432 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/02/05(月) 19:50
-
「紺野」
「うぅ…はい…」
「こっちきて」
「うぅ…」
泣きながら、それでもアタシと向かい合う位置に立つ紺野。
その紺野を、どこか感慨深い気持ちで見つめる。
アタシの半身で、
アタシの家族で、
アタシの一番大切な子。
たった一人で生きていくんだろうと思っていた孤独が
光を差し込まれて、今輝き、消える。
- 433 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/02/05(月) 19:50
-
確かに、色んな制約は ずっとついてまわる。
色んな苦しい事だってこれからあると思う。
ロボット2体でこれから生きるなんて、そう簡単なものじゃないって判ってるし。
でも、それでも、アタシはこの子と生きる。
だから、今、感謝の言葉を告げておこう?
自己犠牲がすべてだと思い込んでいた、愛しいこの子に。
- 434 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/02/05(月) 19:50
-
「紺野」
「はい…?」
「紺野がいてくれて良かった」
「え…?」
「これから生きていくの、紺野とだったら…なんか、上手くいく気がするもん」
「あ…」
止まった涙は一瞬で。
またボロボロと溢れて止まらなくなる。
でも、それって、うれし涙なんだよね?
繋がった部分が、全部教えてくれてる。
そう、いつだって、
「アタシ達は2人で1人。いつも一緒だよね?」
「はぃ…っ、はい」
紺野が出来ないことはアタシが。
アタシがわからないことは紺野が。
そうやって、できそこないで生きていこう?
人間になんてなれないんだから、絶対に。
- 435 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/02/05(月) 19:51
-
「あ、でも一つだけお願い」
「なんですか…?」
この間は、あぁ言ったけど…。
「好きな人は、ずっとアタシでいて?」
データでも構わないから。
恋愛回路の微妙な基準だってわかっているけど。
そう言ったアタシに紺野は、くすくすと笑い始めて。
…なによ? そんなにおかしい?
- 436 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/02/05(月) 19:51
-
「いえいえ。でも後藤さん気づいてないんですね」
「なにが?」
「私、後藤さんに逢う前に、研究所にいるロボットさん達と
一緒にいたんですよ?」
「? だから?」
そこでちょっとイタズラっぽい眼差しを向ける紺野。
な、なによー…、ちょっとお姉さんぶっちゃって。
それはアタシから流れ込んでいくデータのせい?
- 437 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/02/05(月) 19:51
-
「色んなロボットさん達と一緒にいたけど、恋愛回路、動かなかったんです」
「それって…つまり…」
「リセットしない限り…、紺野は後藤さんの紺野です」
ヤバイ。
このこ、完璧。
最高だよ、紺野。
- 438 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/02/05(月) 19:52
-
「あの…それで…後藤さんは?」
それは計算?
繋がってるんだから、もう判ってるんでしょ?
アタシが紺野でいっぱいになってるって。
「それはどうかなぁ〜?」
「ご、後藤さぁん〜っ」
はぐらかすアタシに、紺野は拗ねてみせるけど。
でもさ、こういうことは、ちゃんと身体が来てから伝えたい。
こんな生首に言われても嬉しくないでしょ?
だから。
その質問の答えは、もう少しあとで。
- 439 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/02/05(月) 19:52
-
「後藤さん〜、どうなんですかぁ〜っ?」
「どうだろうねぇ」
「うぅ…っ」
ロボット同士の、こんな恋の話。
でも、いつか…こんな日常が当たり前になる世界が来るかもしれない。
その時、たくさんのアタシ達の妹たちに胸をはれる恋をしよう?
データのせいなんかじゃなくって、
ロボットでも人間のように誰かを好きになることが出来るんだって、伝えるために。
それが…それこそが、これからのアタシ達の大きな課題。
- 440 名前:【Asimov cord】 投稿日:2007/02/05(月) 19:53
-
【Asimov cord】―――― END
- 441 名前:tsukise 投稿日:2007/02/05(月) 19:54
- >>414-440
今回更新はここまでです。
と、同時にこのお話は完結です。
また次回より、新しく書かせて頂きますが
宜しくお願いします(平伏
- 442 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/05(月) 20:29
- こんごまいいですね!一番好きなCPです。これからも期待しています。
- 443 名前:ais 投稿日:2007/02/05(月) 22:08
- 作者様反則ですわ〜。
こんごまよすぎです・・・(泣)
ロボットとかって何かやけに現実味が沸くようなw
今後もこんごま楽しみにしてますね〜。
- 444 名前:tsukise 投稿日:2007/02/06(火) 05:31
-
>>442 名無飼育さん
こんごま、いいですよね♪
作者も一番好きなCPなので、レス嬉しいです♪
どうぞ、これからも立ち寄って頂ければ幸いです(平伏
>>443 ais
いやはや、そういって頂けると嬉しいですっ(平伏
現実には、まだ遠い話かもしれないですが
こういうこんごまがあっても楽しいですよね♪
- 445 名前:tsukise 投稿日:2007/02/06(火) 05:31
-
容量的に厳しい事もあり、新スレを立てさせて頂きました(平伏
代わり映えのないCPで進みますが、
どうぞ、フラリと立ち寄って頂ければ幸いです(平伏
新スレ『IMAGINATION DIARYA』
ttp://m-seek.net/cgi-bin/test/read.cgi/wood/1170706811/
- 446 名前:tsukise 投稿日:2007/02/06(火) 05:37
- 落とします。
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