天使郵便
- 1 名前:名無し亀さん 投稿日:2007/01/05(金) 02:56
- 初めまして。
主に娘。メンバーのアンリアルもの。
ただ少し暗めなものです。
文章に足りない部分があると思いますが
完結頑張りますのでよろしくお願いします。
それではまず1人目。
- 2 名前:名無し亀さん 投稿日:2007/01/05(金) 02:57
-
それは、聖なる夜までに届くといわれる手紙。
贈られてきた人には一夜だけ、一番会いたいと思う人に会えるという
まさに天使からの贈り物としてそう言われていた。
そして今年もまた、天使は空を舞う。
- 3 名前:天使郵便 投稿日:2007/01/05(金) 02:58
-
〜天使郵便〜
- 4 名前:1.<Tears of eyes> 投稿日:2007/01/05(金) 02:59
-
空にボールが浮いた。
ぐんぐんと距離を伸ばし、太陽の日差しまで遮ってしまう。
だけどそれは一瞬だけ。
どこまでも行けそうなのに、重力によってそれは地面に落とされる。
まるで、どこかの神話の様だ。
「太陽に近づきすぎた英雄は蝋で固めた翼をもがれ地に堕とされる」
そう、あのボールは自身だ。
ただ、最初から翼なんて持ってなかった。
地面に這い蹲って、ただただ輝く太陽を見つめている井戸の蛙だ。
そんな度胸も何も……ホントは持っていなかった。
- 5 名前:1.<Tears of eyes> 投稿日:2007/01/05(金) 03:00
-
1.<Tears of eyes>
- 6 名前:1.<Tears of eyes> 投稿日:2007/01/05(金) 03:01
-
「…寒っ」
両手に息を吹きかけ、暖めようと試みたもののすぐに元に戻ってしまう。
12月に入って確かに肌寒く感じるようになった。
ただ、身体の体温と同時に何かがもどかしい。
それに気づいているフリをして、マンションへと帰ってきた。
3階の隅に位置する部屋まではいつもは階段だけど
今回だけはエレベーターで。
鍵を差し込み、冷たいノブを回し、中に入って廊下を渡り、リビングに入る。
と、ドアの前から見えるのはソファに堂々と寝ている影。
大体の見当はつくけど、遠慮というものを知らないのだろうか。
心の中でそう毒づき、持っていた鞄を地面に思いっきり落とした。
ドン!という音と共に影が大きく揺らいだ。
「うわぁ!」
驚いた表紙にソファで眠っていた影の頭から雑誌が落ちる。
そこには今が季節のイベント予定が書かれていた。
まさか…と、そう思う前に影からの声。
- 7 名前:1.<Tears of eyes> 投稿日:2007/01/05(金) 03:01
-
「なんだぁ、よっちゃんじゃぁん」
「じゃぁんじゃないよ、何また勝手に入ってンのさ」
「いいじゃん、お隣なんだし」
「不法侵入で訴えるよ?」
不適な笑みを漏らす影、もとい藤本美貴。
親しい人間の間では「ミキティ」とも呼ばれている。
このマンションの隣人で、暇さえあれば不法侵入をやってのける。
まぁその方法は分かってんだけど…。
「いつもベランダの鍵を掛けないから悪いんだよ」
「塀を登ってまで侵入する奴なんて居ないよ」
「まぁまぁ、またフットサルの練習をした身体を癒す人って必要じゃん?」
「不法侵入する暇があるなら日々鍛えてもらえると嬉しいんだけどなぁ〜」
「ミキはこれでも結構強いし〜」
妙に自信ありげな口調で話す。
…これ以上埒が明かないと判断し、鞄を掴みなおすと自分の部屋に戻る。
後ろから付いてくる気配がするものの、それは無視した。
- 8 名前:1.<Tears of eyes> 投稿日:2007/01/05(金) 03:02
-
初めに見えるのは、チームで勝ち取ったトロフィーや賞状が飾られた棚。
一応リーダーだからと保管をしているが、全部は無いでしょ。
ミキティは珍しくも無いそれらを眺めている。
1度、ミキティにも保管を頼んではみたものの、拒まれた。
理由は「リーダーだから」と、訳が分からない。
君もサブでしょ、みたいな。
「ねぇ〜よっちゃん♪」
「…なに?」
ニコニコと、まさに企みの笑みを浮かべる美貴をよそに汚れてしまった
ボールを専用の布で磨いていると、目の前に先ほどの雑誌を見せられた。
そこには、まさにミキティが行きたいと願わんばかりの豪華な料理。
日付を見て、無意識に表情を歪めていた。
「…却下」
「え〜?よっちゃんノリ悪いよ」
「あたしが肉料理食べれないのを知ってる癖に」
「筋肉付けたいって言ってたじゃ〜ん」
「いつの話してんの」
- 9 名前:1.<Tears of eyes> 投稿日:2007/01/05(金) 03:03
-
隣でピタッと身体を貼り付ける美貴をよそに
ボールの汚れを落とすのに集中した。
すると、隣からのぐずる声が聞こえなくなり、途端に手の動きを止めた。
「…ミキティ?」
「…まだ、引き摺ってんの?」
「っ…」
俯いていてミキティの表情はよく分からない。
ただその声調は真剣なもので、空間の空気が張り詰める。
…たっぷり数十秒、正直まともに息が出来なかった。
「…何、言ってんの」
「もうあれから2年だよ?そろそろ…」
ミキティの言ってる事は分かってる。
ただ、それは1番胸の中に秘めておきたい事実。
止めていた腕を上げ、頭をソッと撫でた。
動揺を必死に隠し、笑顔を作って。
「…そんな訳、無いじゃん」
「じゃあ、なんで…?」
「…」
「よっちゃん」
- 10 名前:1.<Tears of eyes> 投稿日:2007/01/05(金) 03:03
-
あぁ…その呼び名。
あの子も、同じだった。
どこかしっかりしていない様で、それでも一途だった。
何でもが一生懸命で、それでいてどこか変で。
あの子と同じ匂いのする彼女。
だけど、あの子じゃない彼女。
求めてはいけない。
「…ごめん」
「…いつまでもそんなんじゃ、梨華ちゃん心配してばっかじゃん」
「…っ」
否定できない自分。
思い出されるのは楽しい記憶ばかりだと聞いたことがある。
だけど…それが一番辛い。
寂しい。
- 11 名前:1.<Tears of eyes> 投稿日:2007/01/05(金) 03:04
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「…もう良いよ、れいなと行くから」
「…ごめん」
「良いって、謝れると、こっちが辛いよ」
「…ごめん」
その言葉しか出て来ない。
まるでロボットが入力された言葉を発しているような気分。
心の中で、自分を嘲笑った。
罪悪感はあった。
ミキティにも、彼女に関しては、似た境遇を持っている。
知り合ってもう3年。
だけど、それよりももっと前、5年の歳月を得てようやく手に入れたものだったのに。
それがわずか1年足らずで消えてしまった孤独感の方が勝っているらしい。
それを知っていて、ミキティはいろいろとしてくれる。
まるで、自分を重ねているように。
見送った背中は小さく、そしてそれを、自身にも重ねているところがあった。
だからこの1年、葛藤する日々。
だけど最近、それにももう疲れている自分に気づいた。
そんな時、後ろから聞こえた声。
振り返るとこそには、ふにゃりと笑う表情。
「こんばんわ、天使郵便です」
- 12 名前:1.<Tears of eyes> 投稿日:2007/01/05(金) 03:05
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- 13 名前:1.<Tears of eyes> 投稿日:2007/01/05(金) 03:06
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中学3年、その夏は受験生にとってはまさに地獄の日々。
前に置かれている何十冊もの資料と教科書を見比べて
シャーペンをノートに滑らせる音だけが聞こえる。
あたし、吉澤ひとみは、夏の大会を最後にバレー部を引退した。
見事優勝を勝ち取り、悔いも無く勉強の毎日を送っている。
…いや、悔いが無いわけではない。
正直言って、部活中心の毎日を送っていたあたしにとっては
この教科書と向き合うなんて事は灼熱の砂漠に放り出されたようなものだ。
先ほどから数時間と経っているが、まだ数問しか解いていない。
それを思うと…少し引きずる。
一息つこうとして、携帯が鳴った。
窓から蝉の声が聞こえる。
この日のあたしは、この先の未来がどうも雲隠れをしていた。
だけど、この携帯の友人からの誘いによって、未来に光が差し込んだようだった。
- 14 名前:1.<Tears of eyes> 投稿日:2007/01/05(金) 03:07
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振り上げられるラケットの中心にぶつかったボール。
それが両サイドからカバーするように向けられたラケット達を通り抜け
線の中へと収まっていった。
同時に周りからの歓声と友人の咽び泣いている表情。
だけどそれよりも、あたしはその要因となった人物に目が離せなかった。
同じチームを組んでいた人達と勝利を分かち合う姿。
それがとてもキレイでカッコよくて。
思わず、胸の辺りが突付かれた様な感じだった。
あたしが来たのがつい30分前の事。
友人が近くの競技場で高校のテニスの大会があるからと誘った。
だけどあたしは興味が無かったから断ろうとしたけど
少しでも受験の事を頭から消すためにと、軽い気持ちで承諾した。
それで今の状況。
最後に逆転勝利という形を終えた試合。
それをあたしはどこかで、自分がしているような錯覚にまで陥っていた。
あの人と分かち合っているような錯覚も…。
- 15 名前:1.<Tears of eyes> 投稿日:2007/01/05(金) 03:07
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どうやら友人の姉の知り合いらしく、中学時代はテニス部の主将をしていたらしい。
その点でも、バレー部だったあたしが惹かれるには十分なものだった。
試合後、友人と共に更衣室へと足を運んだ。
どっちがドアを開けるかで揉めていたら、その人が気づいたのか、開けていた。
「?何か用?」
第一印象は、凄いアニメ声。
しかもその声調といったら、もっと現実味が無くなる。
友人が自分の姉の事を話すと、それに花が咲いたようで
その光景を、あたしはただただ見ているだけだった。
何か共通点があればと、友人に少し嫉妬心を感じていたような気がする。
ふと、あたしに駆け寄ってくると、不意に手の平を握られた。
ギョッとなったけど、その人はニコリと笑って。
「私、石川梨華っていうの、よろしくね、ひとみちゃん」
多分、友人が教えたのかもしれないが、あたしは一瞬にして恥ずかしくなった。
「ちゃん」付けで呼ばれるのなんて近所のおばさんや小学校以来のもの。
いきなり、しかも初対面の人にと思うと、顔が熱くなるのを感じた。
自分でも驚くようなしどろもどろで、小さく挨拶を交わした。
これが、あたしと梨華ちゃんの出会い。
- 16 名前:1.<Tears of eyes> 投稿日:2007/01/05(金) 03:08
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- 17 名前:1.<Tears of eyes> 投稿日:2007/01/05(金) 03:09
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時計の音が聞こえる。
カチコチと、時間を刻んでいる音がする。
それを聞きながら、あたしは手の中に納まっている現実を
なんとか整理しようと考えている。
そして今、目の前でお茶を啜っているこの少女をどうするべきか
非常に頭を悩ませていた。
「そんなに深く考える事じゃないですよ?」
「…あんたが考えなくても、あたしの事なんだから考えるでしょ」
「あっ…そうですよね…ごめんなさい」
頭を下げて謝った彼女は、また手の中に納まっていた
湯のみの中のお茶を啜った。
意外と素直な子だ……いや、問題はそこではない。
彼女は、「天使郵便」と名乗った。
- 18 名前:1.<Tears of eyes> 投稿日:2007/01/05(金) 03:10
- なんでもこの時期にだけ、下界へと降りてきて郵便配達をしているらしい。
ちなみに今回彼女は初めてこの世界へと来たという。
そして第1の郵便受取人が、あたしだという。
そして依頼人の名前は…「石川梨華」
- 19 名前:1.<Tears of eyes> 投稿日:2007/01/05(金) 03:11
-
「って言うか、天界っていうのは郵便局もあるの?」
「そうですねぇ…聞いた話だと、私たち天使郵便局員は
ざっと見積もっても8人しか居ないみたいです」
「…大変だね」
「ま、これも仕事ですからね」
現実避逃をしようと思ったのに、何故か普通に世間話をしている。
それに気づき、彼女の姿をもう一度確認する。
純白のドレスを連想させるような服だが、なんと言ってもスカート
の丈が短い、つまり太ももが丸見えだ。
あとは肩から何かポシェットのようなものをぶら下げているが
皮製のゴツイ奴で、ちょっと服にはあまり似合っていないような気がする。
極めつけは頭の帽子、これも革製品。
背中には小さな翼のようなものが左右から見える。
どうも、子供の悪ふざけには十分な容姿だが
それだけでは済まされないものが手の中にある。
- 20 名前:1.<Tears of eyes> 投稿日:2007/01/05(金) 03:11
-
「…っで、梨華ちゃんがあんたに託したの?」
「規則で依頼人とは直接会えませんが、確かにあなたにと」
「…じゃあ、今のところ、あっちでは元気だってことだけ…か」
冗談半分で言ってみたつもりなのに、彼女のあっさりとした
返答をなぜか事実だと感じてしまう。
何故?
もしかしたら、自分がそうであってほしいと想い続けているからだろうか。
「それで送金の方ですが」
「あれ?金取るの?」
「天界では金銭は使えません、なので別のもになります」
「別のもの?」
「その依頼人の方と、再会してもらって、それを見届ける事です」
- 21 名前:1.<Tears of eyes> 投稿日:2007/01/05(金) 03:12
-
再…会?
- 22 名前:1.<Tears of eyes> 投稿日:2007/01/05(金) 03:12
-
依頼人との再会。
それはつまり、簡単に言えば梨華ちゃんと会えるという事。
まさか…、だって梨華ちゃんはもう…。
「ですが、現世に残っていられるのは1日だけなので…あと3時間ですね」
「3時間…はぁ!?なんで!?」
「じ、実は、本人の投函が非常に遅かったので
規則上、1日しか会えないのが切り捨てに…」
「なんだよ…それぇ…」
脱力感が襲った。
ボスンと、いつのまにか立ち上がっていた身体がソファの上に落ちた。
なんだか光を差し伸ばされた途端に地面に落とされた感覚。
ふと、あたしは今日の練習時に思ったことを思い出した。
地面に叩き落されたボール。
太陽には決して辿り着くことの出来ない…井戸の蛙。
- 23 名前:1.<Tears of eyes> 投稿日:2007/01/05(金) 03:13
-
「ですが、まだ時間はあるので会うことが…」
「…会っても良いのかな?」
「えっ?」
きょとんとした表情をする彼女に向けての言葉だったのか
それともあの子に対する言葉だったのか。
あたしが発した言葉は本当に無意識のもので、気づけば口から出していた。
「あたしは、結局のところ、あの子には何もしてあげられなかった
慰められるのはいつも年下のあたしで、いつも年上だからってお姉さんぶって
ネガティブなところろか、気が付けばポジティブ思考に直ってたりとか…
なんだか、そんな所にあたしは必要だったのかなって」
そんなあたしは…気づけばあの子を突き放していた。
空間が静寂している。
「天使郵便」の彼女はただ一言も発しなかったが
あたしが様子を見ようとしてギョッとした。
- 24 名前:1.<Tears of eyes> 投稿日:2007/01/05(金) 03:14
-
「…っう…うぇ」
「な、なんであんたが泣くのさ」
彼女は泣いていた。
しかも号泣。
あたしは慌てて彼女に近づくと、ポツリと何かを呟いた。
「…これは、彼女の記憶から再現したものです」
「あっ…えっ?」
「私たち郵便局員には、依頼人の承認として記憶を一部
記録として覚えておくことが出来ます
吉澤さんのようにちょっと信じない方のためとして」
泣きながら話す彼女はそう言うと、あたしの手から手紙を取る。
と、羽型のペンを取り出し、そこに文字を書いた。
震える手で書いたその言葉は、あたしの中で何かを揺らがせた。
- 25 名前:1.<Tears of eyes> 投稿日:2007/01/05(金) 03:14
-
「これ…」
「あと2時間45分、私も姿を隠して一緒に行きますから」
「…うん」
彼女から渡された手紙を丁寧に開封した。
フワリと、まるで羽根のように優しくて暖かいその手紙。その内容を見る。
そこには会う場所と一言、「待ってる」という文字。
その手紙をポケットに捻りこむと、サイフと携帯を逆のポケットに。
上着を掴み取り、ドアを開ける。
冷気が風と共に流れ込んできたけど、そんな事はもう気にも止めていられない。
マンションの階段から全力疾走で走りぬき、夜の外へとあたしは駆けた。
身体の内部から湧き上がる何かを抑えながら…。
- 26 名前:1.<Tears of eyes> 投稿日:2007/01/05(金) 03:15
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- 27 名前:1.<Tears of eyes> 投稿日:2007/01/05(金) 03:17
-
猛勉強の末、あたしは晴れて高校へと入学した。
桜の舞い散る中、校門まではあたしは全力疾走をする。
息が荒くなっても、あたしは鞄をガチャガチャと振り回しながら。
入学式の時に約束を交わし、毎日早く来る先輩のあの子。
それでも決して嫌な顔はせずに、あたしを待っていてくれた。
「石川先輩!」
あたしが叫ぶと、あの子は笑って手を振ってくれた。
授業開始時間10分前と言っても、絶対に先には入らない。
校門の中に行くか行かないかの距離にいつも居たあの子。
「おはよう、ひとみちゃん」
「おはようございます、石川先輩」
あたしの呼び方が「梨華ちゃん」へと変わるのには
それほど時間は要らなかった。
年下と年上という関係は、それこそ甘える、甘えられるの状態が作られる。
というよりも、責任感の強い彼女だからこそ、その上下関係が
人並み以上に大きいものだったのかもと。
そうなると付き合うことなんて持ってのほか。
ただ呼び方を変える事ぐらい。
方法があると言えば、自分たちが大人になるという、時を待つことだけだった。
- 28 名前:1.<Tears of eyes> 投稿日:2007/01/05(金) 03:18
-
あたしはアタックをするというよりも、その自然のままの状態を維持する
という気持ちが強かったから、時間というものはあっという間に過ぎ去っていった。
そう…ただの子供のままで。
ついに両思いになれたと思った時、あたしには信じがたい事が起こった。
梨華ちゃんが、もしかしたらあたしを見ていなかったという恐怖。
傍に居ることが当たり前だと思っていたのかもしれない。
当時のあたしはまだまだ子供で、嫉妬深かった。
1人になるのが怖かった。
浮上したのが、梨華ちゃんの幼馴染の矢口真里さんとの交際。
- 29 名前:1.<Tears of eyes> 投稿日:2007/01/05(金) 03:18
-
その頃は、梨華ちゃんは随分と大人っぽくなっていて
ネガティブな正確だったのが途端に明るくなっていて。
もしかしたらそれは、全て矢口さんに向けてのものなのかと、恐怖が生まれていた。
だから、梨華ちゃんが高校卒業を機に、あたしは突き放すような態度を取るようになった。
学校に行っても、もう待ってくれる人は居ない。
確かに寂しさは残っていたけど、これで良いのだと腹を括った。
梨華ちゃんがあたしを見てくれないという現実よりは、この方がマシだって。
だけど、あたしの高校卒業が間近になった時、1人の女性が学校の教室に入り込んできた。
泣きながら怒りの表情を露にして、あたしの胸倉を掴んで叫んだ。
「梨華ちゃんが倒れたのはお前の所為だ!!」
- 30 名前:1.<Tears of eyes> 投稿日:2007/01/05(金) 03:19
-
その時初めて、その人が矢口さんなのだと知った。
梨華ちゃんは原因不明のストレスと過労で入院したのだと、あたしは聞かされた。
そして今、病院で意識不明なのだと。
あたしは駆けた。
動悸が激しくなって乳酸が足に溜まっていくのも見ぬ振りで。
ただ会いたくて会いたくて…あたしは全速力で走り抜けていた。
目指すは、あの場所。
桜を見上げて微笑みを浮かべたあの約束の場所。
初めて「約束」という繋がりを交わしたあの場所。
- 31 名前:1.<Tears of eyes> 投稿日:2007/01/05(金) 03:19
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********
- 32 名前:1.<Tears of eyes> 投稿日:2007/01/05(金) 03:20
-
荒い息を整えようと酸素を一杯に吸い込み、吐き出す。
冷気の中な為か、白い霧状の息が空間に吸い込まれては消えていく。
と、目の前に猫が居た。
ふとそれが、あの「天使郵便」の子なのだと分かる。
導いてくれているのか、前を走って道を教えてくれているようだった。
ポケットから手紙を抜いた。
そこには「朝比奈高校」と明記されているが、詳しくは書かれていない。
携帯の時計を見ると、あと1時間あまりとなっていた。
都内に移り住んで、神奈川まで来るには電車を乗り継がないといけなかったから
それで時間がロスしたのだろう。
あともう少し、そう思った時、ヒラリと何かが舞った。
純白の…花、いや、雪だ。
微かだが、空から舞うのは純白の雪。
今では滅多に見られないはずなのに。
そんな事を考えながら、あたしは走った。
目の前を見ると、すでに数十メートル先に校門が見えた。
その時あたしは、視力を本気で疑った。
- 33 名前:1.<Tears of eyes> 投稿日:2007/01/05(金) 03:21
-
「…梨華…ちゃん?」
見間違うはずは無い。
闇の中で、少し雪が降っていても、その容姿を5年も
見続けてきたのだ、忘れるはずがない。
「梨華ちゃんっ…」
叫んでみるものの、酸素が足らなかったのか、掠った声しか出せない。
それでも徐々に、確実に距離は縮まっている。
あたしは腕を大きく振って、横腹の痛みを我慢しながら走り続ける。
フットサルをしている分、身体の筋力には自信がある。
もしかしたら、あの太陽に挑めるような奴になりたかったのかもしれない。
だけど、本当はただ自分の何かを強くしたかったのかもしれない。
あの子に頼りすぎていた点を、あの子が自分で直していた様に
自分も、自分で切り抜けれるような力が欲しかったのかもしれないと
今は、そう感じている。
- 34 名前:1.<Tears of eyes> 投稿日:2007/01/05(金) 03:23
- あの時、矢口さんに怒鳴られた時から、あたしは梨華ちゃんに
甘える側ではなく甘えてもらう側になるように努力した。
その頃になると、「ひとみちゃん」というのは恥ずかしくて
「よっちゃん」と、優しい声で言ってくれるようになった。
梨華ちゃんは数年前から余命を宣告されていた。
それが過労とストレスの所為で重くなり、手術も難しく
あと何年持つか…というところまで来ていたらしい。
あのテニス部は、彼女が1度目の発作を起こした時の
最後の願いとして活動させたと、梨華ちゃんの両親が話してくれた。
だけどどうしてかそれが回復し、見違えるほどに元気になった。
それが、あたしと梨華ちゃんが出会ってからのこと。
病気を持っていたことなんて、あたしは出会って数年経って始めて知った。
矢口さんと会っていたのは、その病気が徐々に自分の身体を
蝕みつつあり、それをあたしに言うか言わないか悩んでいる事を打ち解けるため。
頭の中にあった疑問が、ようやく分かった気がした。
あの「天使郵便」が震える手で書いた文字。
- 35 名前:1.<Tears of eyes> 投稿日:2007/01/05(金) 03:24
-
「ひとみちゃんがいたから、つよくいられたよ」
なんだか…最後の最後で夢が叶ったって感じ。
梨華ちゃんは、ずっと明るかった。
途切れるまですっと表情は明るくて、とても辛かった。
涙を流すまいと、必死に手を握り締めて、心拍数の鳴る音が一定に
なると同時に、手の中にあった彼女のぬくもりが一気に冷たくなった。
それからあたしは、ずっと自分を責め続けていた。
- 36 名前:1.<Tears of eyes> 投稿日:2007/01/05(金) 03:24
-
校門に差し掛かり、あたしは徐々に速度を緩めた。
ハラリハラリと落ちてくる雪が、まるであの時の景色を再現してくれているようだった。
「こんばんわ…ひとみちゃん」
「…こんばんわ、梨華ちゃん」
セリフは少し違うけど、1年前とは少し血色が良いみたい。
なんだか、全てを吹っ切れているような表情をしている。
チリンと、鈴の音のようなものが聞こえた気がした。
「天使さんには無事に会えたんだね」
「…投函するの遅すぎ」
「だって、初めて出すんだし、この世界とは違うと思ったから…」
ヒラリとポケットからあの手紙を取り出すと、目の前で見せた。
梨華ははにかんだような笑顔を浮かべて、申し訳なさそうにした。
同時に、その身体を腕に包み込ませた。
温かみは無い、肉体は当の昔に無くなったから当たり前なんだろうけど
それを知ったあとは中身が溢れ出した。
- 37 名前:1.<Tears of eyes> 投稿日:2007/01/05(金) 03:25
-
「梨華ちゃん…ごめん…ほんとに…ごめん」
「なんで…ひとみちゃんが謝るのよぅ…」
雪の花びらが舞う。
同時に、地面に落ちた手紙の上に1枚、白銀の羽が舞い落ちた。
「ご利用、ありがとうございました」
そして「天使郵便」は、2人の姿を見送ると、空を両翼で舞った。
その表情はまるで、月のように静かな笑みだったという。
- 38 名前:1.<Tears of eyes> 投稿日:2007/01/05(金) 03:26
-
*******
- 39 名前:1.<Tears of eyes> 投稿日:2007/01/05(金) 03:26
-
翌日、あたしは自分の部屋で起きた。
寒いと思いながら上着を着ると、ベランダの窓を開ける。
太陽が中央に昇りきっているということは、今すでに正午らしい。
欠伸をしていると、ガンッという音と共に隣の塀から腕が出てきた。
塀がグラグラと揺れる度に音も多くなっていく。
途端、上から顔が出てきた。
ミキティだ。
「あれ?もぉ起きちゃったんだ」
「もぉ昼じゃん、そりゃ起きないとね」
「…ふーん」
つまらなそうな口調で、あとは面白くなさそうな表情をしている。
そういえばと、あたしはミキティに言った。
昨日の事を掘り出すのは嫌だけど、やっぱりね。
- 40 名前:1.<Tears of eyes> 投稿日:2007/01/05(金) 03:27
-
「焼肉、あたしも連れてってよ」
「えっ?」
「たまには皆でさ、パァーっとやろうか」
「…ほんと!?」
ガッツポーズを取るミキティ。
早速予約すると言って部屋へと戻っていった。
多分割り勘するのも要因に入ってるんだろうと思ったけど
まぁ良いか…と、なんだか妙にアッサリと思えた。
昨日の事は、ミキティには内緒にしておこう。
どうかミキティのところにも…。
そう願いながら、あたしは空を見上げた。
そういえば、あの子にはお礼も言えなかったな。
それが少しの心残りではあるものの、どこかで
またあの手紙を渡しているのかもしれない。
それを影ながら応援する事にしよう。
- 41 名前:1.<Tears of eyes> 投稿日:2007/01/05(金) 03:28
-
輝く太陽は、今日もあたしを見下ろしている。
だけどそれは、あたしを励ましているように見えた。
どこまでも、人生を駆け抜けていけってね。
<Tears of eyes> end.
- 42 名前:- 投稿日:2007/01/05(金) 03:29
-
- 43 名前:名無し亀さん 投稿日:2007/01/05(金) 03:32
- という具合です。
次回の更新も早めにして行きます。
ちなみに時期はクリスマス以前、と言う事に。
次回に続きます。
- 44 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/05(金) 14:29
- 短編オムニバスの様な形になるんでしょうか?
すごく面白いです。
続き楽しみにしています。
- 45 名前:名無し亀さん 投稿日:2007/01/05(金) 20:31
- >>44 名無飼育さん
一応全てのお話は続くようになってます。
後々前の回で出てきた方などがちらほら…の様な
形で出てきたりします。
それでは2人目。
- 46 名前:2.<A tone of love> 投稿日:2007/01/05(金) 20:32
-
音はどこまでも流れていく。
そう感じたのは、海の潮風の匂いが漂う空間。
「自由」という世界の中で響く音は、どこまでも風のように流れていく。
「歌は世界を救える」
そう唱えて、世界中を回っている人なんていくらでも居る。
ただ、それは才能がある者だけなんじゃないかと、最近思うようになった。
努力をしても、叶わないんじゃないかって。
なにかを遣り遂げるには、それと同時に何かを失うことだと。
ただそう思わないと、押し潰されそうになる。
まるで空に憧れる蟻のようで…自身がとても小さく感じた。
- 47 名前:2.<A tone of love> 投稿日:2007/01/05(金) 20:33
-
「…はぁ〜」
「…そんなあらかさまにため息付くと幸せ逃げるよ、愛ちゃん」
「ん〜…」
と、鏡を先ほどから30分も見ている子にまで突っ込まれた。
彼女は道重さゆみ、あーしの高校の後輩。
前よりも少し小さめかもしれないけど、まだちょっと手鏡としては
大きいと思えるほどの幅。
コタツの中に暖まりながら、あーし達2人はのんびりとくつろいでいる。
リモコンでチャンネルを変えてみても、全く面白いものなんてない。
今の時間だと、多分テレビショッピングくらいのものだろうし。
またため息が出た。
「どこか行きます?」
「どこに〜?」
「ん〜じゃあガキさんのトコロなんか…」
「ちょっと遠いなぁ〜」
「えーと、じゃあどこか買い物でも」
「外寒い」
「もぉーじゃあ愛ちゃんも考えてくださいよ」
- 48 名前:2.<A tone of love> 投稿日:2007/01/05(金) 20:34
-
ガキさんのところか。
そういえば最近行ってないな。
そう考えながらも、身体があまり外に出たくないと言っている。
身体は正直なものだ。
「…歩いてる〜♪1人じゃなぁいから〜♪」
思わず口ずさんでみる。
暇だと判断すると、無意識に頭の中で歌詞が浮かぶらしい。
本当にランダムに思い返されるため、正直自分でもどんな構造に
なっているのか1度見てみたいくらいだ。
「…そういえば、なんでさゆが居るんだっけ?」
「れいなのところに行こうとしたんですけど
留守だって言われたので遊びに来ちゃったんですよ」
「あ〜、そうやったね」
また話が途切れてしまう。
その度に何曲か口ずさんでは、またため息が出た。
それを見かねてなのか、さゆが鏡を置いて、あーしに言った。
- 49 名前:2.<A tone of love> 投稿日:2007/01/05(金) 20:35
-
「その内帰ってきますって」
「…うん」
「愛ちゃんのため息を出させて幸せを逃がすなんて
困った旦那さんですよねぇ〜」
「…待って、今聞き捨てならんことが2つあったんやけど」
「はい?」
ため息を出して幸せが逃げるわけではないし
しかも旦那さんやない。
と、いうと、さゆはきょとんとした表情をしたと同時に
妙な高い声で爆笑してしまった。
あーし、変なこと言った?
「愛ちゃん素直過ぎぃ〜」
「何、何が?」
「例えに決まってるじゃないですか
真に受けた愛ちゃん…カワイイー♪」
…後輩に言われる方がなんか複雑。
一通り笑い終えたさゆは、立ち上がると鞄を
腰に掛け、玄関へと向かっていく。
- 50 名前:2.<A tone of love> 投稿日:2007/01/05(金) 20:37
-
「あれ?もぉ帰るん?」
「お昼は明太子スパゲッティらしいので今日はこれで失礼します♪」
「あっ…そうなんや、ばいばぁ〜い」
「また来ますね♪さよなら〜」
と、さゆは元気に帰っていった。
あの子も成長したなぁ…と、改めて思う。
初めて会った時はなんだか、まだ幼さがありつつも
「ずっと憧れてました!」なんて、少し驚くところもある子で
少しナルシストな面があるけど、普通に優しい子で、可愛くて。
本当に、後輩って良いなぁって思う。
ふと、棚に目が言った。
そこには実家の方に居る友人との集合写真が飾られている。
そして、高校へと入学した時のものも…。
その中にたった1つ、どうしても見れずに伏せている額がある。
- 51 名前:2.<A tone of love> 投稿日:2007/01/05(金) 20:38
-
「…もう、会えへんのかな?」
高校時代はあの子との初めての出会い。
あーしの後輩でも、どこかボケボケしてるのに
どこか頼りがいのあった彼女は、ライバルでもあり、親友だった。
それが、予想以上にあーしを苦しめている。
夢を追いかける為にと、あの子は行ってしまった。
それはあーしも同じ事の筈だったのに、どこかで予感していた。
あの子には才能があったから…。
テーブルの上に突っ伏して、また自己嫌悪に陥った。
今どこに居るのか、どんな事をしているのか、全てが謎のまま。
寂しいな…そう改めて思うと、どこかこの部屋が広く感じる。
上京して5年の歳月が流れた。
それから初めての温もりを知ったのは、あの子の優しさ。
そしてさゆ達後輩を持って幸せな日々なはずなのに
その温もり1つ無くなっただけで…少し孤独を感じてしまう。
- 52 名前:2.<A tone of love> 投稿日:2007/01/05(金) 20:38
-
会いたいなぁ…。
そう思い始めた時、ふと眠気が襲った。
小さな欠伸が出て、あーしは閉じようとしている瞼を擦る。
コタツで眠ると風邪をひく。
そうバーバに言われた事があった。
そんな事を考える内に、徐々に瞼が閉じていき、ついに辺りは闇の中へ。
……………
………
……
…
- 53 名前:2.<A tone of love> 投稿日:2007/01/05(金) 20:39
-
どれくらい時間が経ったのか。
なんだか懐かしい夢を見たおかげなのか、妙な時間差を感じる。
ふと目を覚ますと、窓の奥は闇に染められていた。
まだ覚醒しない頭の中。
突っ伏していた顔を上げ、背伸びをしていると、目の前から聞こえた女の子の声。
少し間延びした声で、言った。
「こんにちわぁ、天使郵便です」
- 54 名前:2.<A tone of love> 投稿日:2007/01/05(金) 20:39
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- 55 名前:2.<A tone of love> 投稿日:2007/01/05(金) 20:40
-
中学3年の冬、あーしは家出同然にして都内の高校へと入学した。
理由は「歌を歌いたい」
だけど両親は将来のことや今後の人生などと反対し、あーしはそれを押し切った。
寮が完備されている学校だった事もあって、あーしは
共同生活をしながら学校生活を送ることとなった。
その時に起こるのはやっぱり…一部屋二人。
その同じ同室になった初めての人は、どこか怖そうな雰囲気があった。
だけど、次第に話していくと凄く面白い人で。
歌が凄く上手い人だった。
普段はのんびりとしているのに、歌やダンスの事となると真剣さが
身体が滲み出ていて、一気にあーしはその人を憧れる様になった。
そして誘われるがままにダンス部へと入部し、歌はその人に教えてもらったりと
1年の始まりは充実した毎日を過ごした。
- 56 名前:2.<A tone of love> 投稿日:2007/01/05(金) 20:41
-
だけど、その人はあーしが2年の頃に高校を卒業し
今では確かどこかの音楽事務所でアーティストとして歌っているらしい。
それが、あの今では言わずと知れた後藤真希さん。
後藤さんに直接教えてもらっていたなんて事を言えばそれは今からでも
スカウトなんてされてしまうのかもしれない。
それでも、あーしは学校で歌やダンスを磨くことにした。
今から基本的なことを学んでおけば、きっと自分のものになると思っていたから。
努力は基本中の基本。
そんな時、ある新入生がダンス部に入部。
- 57 名前:2.<A tone of love> 投稿日:2007/01/05(金) 20:42
-
だけど、その時の3年生たちが冗談半分で「入部テスト」なるものを始めてしまった。
あーしはどちらかと言えば反対だったけど、それなりのレベルを見ておきたい
と思っていたことも事実であったし、渋々あーし達はそれに承諾するほか無かった。
…あとに、その上級生たちが呆然と後輩のダンスを見ていたのは言うまでも無く。
あーしでさえも、中学から入学してきたばかりの子がここまで出来ることに驚いていたのだ。
後藤さんには劣るけど、いつかはレベルを抜かれそうになるんじゃないかと思うほどで。
ダンスを披露し終えたあと、あーしは1人の子に駆け寄った。
その子はきょとんとした表情をしていたけどあーしを見てニカリと笑って見せた。
そして、改まったように自己紹介をする。
「小川麻琴って言います、えと、ダンス経験は一応あります」
ダンスを始める時と同じ言葉を並べる。
ダンス経験者という事もあるけど、それ以上にこの子は何かを持ってる。
あーしの中で何かが燃えているのを感じた。
それに気づかれないようにして、自己紹介をした。
- 58 名前:2.<A tone of love> 投稿日:2007/01/05(金) 20:42
-
「高橋愛、よろしくな、麻琴」
「あっ、はぁい、よろしくお願いします」
固く手を握り合って、その瞬間からあたし達は共にライバル意識を持つようになった。
同室になったこともあり、自分たちの身の回りの話や出身地の話でも
盛り上がるようになり、いつのまにか、先輩と後輩、ライバルと同時に親友にまで
発展していた。
それが麻琴との出会い。
ただ、あーしがそう思っていただけかもしれない。
当の本人はまるでそんなライバル意識を持っている感じではなかったから。
あーし的にそこが残念だった気がする。
- 59 名前:2.<A tone of love> 投稿日:2007/01/05(金) 20:43
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- 60 名前:2.<A tone of love> 投稿日:2007/01/05(金) 20:46
-
「どうぞ」
「あっ、すみませぇん」
差し出した湯飲みを掴むと、その子はズズズと音を立てて飲み始めた。
彼女は「天使郵便」と言った。
それがどういうものなのかは、正直なところよく分かってない。
ただ、なんでもこの時期にだけ、下界へと降りてきて郵便配達をしているらしい。
ちなみに今回彼女は初めてこの世界へと来たという。
そしてあーしは、今年で2人目の受取人みたいだけど…。
ふと疑問が過ぎる。
「…あの、天使ってあの天国にいるキューピットみたいなのやんね?」
「うーん…ここでの天使っていうのはそういうものみたいですけど
私はお便りをお届けする仕事を任されているだけなので
上層部の方の事は分かってません」
「あの、魂を持っていったりとかじゃ…?あのフr」
「あれは下界の人達が作ったアニメというやつなので、私たちとは
一切関係のないものです…たぶん」
「多分なんや」
と、天使さんはお茶を啜る。
…あーしは冷静になってみて彼女を見てみた。
- 61 名前:2.<A tone of love> 投稿日:2007/01/05(金) 20:46
-
純白のドレスを連想させるような服。
だけどなんだかスカートの丈が短いような…。
あとは肩から何かポシェットのようなものをぶら下げているけど
皮製のちょっと服には似合って無い気も。
極めつけは頭の帽子、これも革製品。
背中には小さな翼のようなものが左右から見える。
写メとか撮ってみよかな?
ポケットを漁ろうとした時、天使さんが何かを差し出した。
それは真っ白な封筒に入れられている手紙のように見える。
「高橋愛」
そう表面に書かれてある。
裏返した時、あーしは目を見開かせてその字を見た。
その書き方、そして名前。
見間違えなんて事はありえない。
だけど、そこには紛れも無い事実があった。
依頼人は…「小川麻琴」
- 62 名前:2.<A tone of love> 投稿日:2007/01/05(金) 20:48
-
天使さんにこの差出人の事を聞こうとするけど
言葉がちゃんと口から出てこない。
そればかりか、グニャリと世界が一瞬歪んだ様な気がした。
何かが、一本の線に繋がろうとしている。
だけどそれをおもむろにあーしは離した。
聞きたくない現実。
だが天使さんは、淡々とその事を言いのけた。
「その方は、つい数ヶ月前に亡くなったんです」
…辺りが真っ白になった。
どこが下でどこが上なのか、地面はどこなのか天井はどこなのか。
それが分からなくなるほど、あーしの頭の中は混乱しきっていた。
何かに理屈は通っている。
「天界」つまりこの世界の住人ではない。
- 63 名前:2.<A tone of love> 投稿日:2007/01/05(金) 20:49
-
「な…で…?」
「それは分かりません、ただ、私は、その人に頼まれました」
「麻琴と、おうたん?」
「規則上、依頼人とは会うことが出来ません」
「…そうなんか…」
亡くなった。
なんとも現実味がない言葉だろう。
あーしは、その姿を目撃した訳ではないけど
…いや、その所為で今、自分がその事実を受け入れられないんだ。
絶対に帰ってくると、そう信じていたから…。
「…本当に、麻琴は…」
「…私たちが運ぶのは、天界の人の手紙だけです」
「で、でもちょっと…」
「もしかして…高橋さんは知らなかったんですか?」
- 64 名前:2.<A tone of love> 投稿日:2007/01/05(金) 20:49
-
ドキリ。
顔に出やすいのか、目の前の彼女に見破られる。
きょとんとした表情だった彼女は、あーしの頷きを見ると
黙りこくってしまった。
一瞬の静寂を置くと、あーしから口を開けた。
「…麻琴は語学留学したんやよ、一緒には付いていけへん
やけど、時々は帰ってくるからって…」
「…」
「麻琴はヘタレやから、絶対になにかやらかしたんや
優しいし、暖かいし…頼りに…なっ…て…」
最後はもう溢れていたもので一杯になっていた。
手紙を握る手に力が入る。
だけど何かにしがみ付いていないと、押し潰されそうになる。
視界はすでにボヤけ、コタツ布団には何度も丸い染みがつく。
- 65 名前:2.<A tone of love> 投稿日:2007/01/05(金) 20:50
-
ふと、身体に何かを感じた。
それが「天使郵便」の子のことだと気づいたのは
もう少しあとになるけど、まるで羽毛に包まれているように暖かい。
これが天使。
麻琴も、あっちで元気に暮らしてるんかな?
でも麻琴、あーしはどうやって生きていけばええの?
取り残されたあーしは…何を目標にすればええの?
- 66 名前:2.<A tone of love> 投稿日:2007/01/05(金) 20:50
-
*********
- 67 名前:2.<A tone of love> 投稿日:2007/01/05(金) 20:51
-
たっぷり数十分、あたしは目が腫れているのを鏡で
確認していると、「天使郵便」の子も貸してほしいと言った。
なんでも天界では鏡は神聖なものらしく
滅多に触らせてはくれないらしい。
自分の前髪を少しずつずらしたり調整したり…
まるで普通の女の子にしか見えない。
ふと、あの鏡好きの後輩を思い出す。
天使…か、現実味に欠ける言葉だけど、どうしてか
それが事実だと認めてしまっている。
もしそうなのであれば、これは紛れも無く麻琴からの
手紙という証明にもなるから…。
- 68 名前:2.<A tone of love> 投稿日:2007/01/05(金) 20:52
-
「あっ、それで送金の方ですけど」
「送金?」
「天界では金銭は使用しないので、別のものになります」
「別って、あのたm」
「私たちは悪魔では無いので、そんな悪商法なんてしません」
「そ、そうなんや…」
心でも読まれているかのような突っ込みで少したじろいだ。
と、彼女はチラリと時計を見ると、あーしに言った。
「これから4時間30分、その依頼人の方と、再会してもらいます」
…再会?
今この子はそういったのだろうか。
一瞬フリーズしていた頭の中をなんとか整理しつつ
あーしはもう1度言ってほしいと頼んだ。
- 69 名前:2.<A tone of love> 投稿日:2007/01/05(金) 20:53
-
「あと4時間29分、再会してもらうんです」
「あっ、いや、それって強制?」
「会いたくないんですか?」
そういう事じゃない。
だけど、本当に会えるのだとしても何を言えば良い?
怒る?泣く?嬉しそうな表情なんて出来るわけ無い。
あんな別れ方をした人と、麻琴だって出来るはずが無い。
また困らせるようなこと…あーしには…。
「…なぁ、天使さん」
「はい?」
「あーしは…麻琴にヒドイこと言ったんや
「もぉ会いたくない」て、ケンカしてん」
「…」
「天使郵便」の子には悪いけど、あーしは会えない。
だって、死んだあとも麻琴に迷惑かけるなんて事
あたしには出来ない。
…いや、今更かもしれないけど、それでもあーしには
あの過ちは1度だけでもう十分だ。
ふと、あーしは彼女を見た。
途端、あーしは心を揺すぶられた。
- 70 名前:2.<A tone of love> 投稿日:2007/01/05(金) 20:54
-
「麻…琴」
それは、紛れも無い麻琴だった。
「天使郵便」の子の姿はなく、代わりに麻琴
がそこの場所に座っていた。
あーしは心臓が飛び出しそうで、鼓動を静め様とした。
と、麻琴が口を開く。
「ちゃんと手紙に書いておいたのに見てよ」
「あっ、あの、ま…まこ…と?」
「それ以外に誰が居るのさ」
途端に、麻琴はあーしの隣に座っていて、突然身体に包まれた。
温かみは無い…だけど、目の前には麻琴が居る。
その事実と同時に、また視界がボヤけた。
会いたかった人。
- 71 名前:2.<A tone of love> 投稿日:2007/01/05(金) 20:54
-
「なんで…なんでよ!?」
「ごめんね…愛ちゃん」
「謝らんといて!そんな事…言わんといて…」
チリンと、鈴の音が鳴った気がした。
たくさん言いたい事があるけど、それはあとにしよう。
今は麻琴の温かみに浸らせてもらう。
身体にあった穴が徐々に修復していくのが分かった。
あぁ、ホント、身体は正直だな。
そうして数十分。
「天使郵便」の子が言っていた時間まであと4時間。
- 72 名前:2.<A tone of love> 投稿日:2007/01/05(金) 20:55
-
********
- 73 名前:2.<A tone of love> 投稿日:2007/01/05(金) 20:55
-
卒業。
あーしが学校を卒業し、歌を重視して一人暮らしを始めると
麻琴はあーしの家に居候することを決めた。
そうする事で一気に2人の時間が多くなり
あーしは徐々に麻琴へと執着する様になった。
これを独占欲というのだろうか。
部活で疲れているはずの麻琴を困らすことも1度や2度ではない。
だけど麻琴は本当に優しいから、苦笑いをしていても
絶対にあーしを悲しませることはしなかった。
あーし自身、麻琴は一種の精神安定剤と化していたのかもしれない。
それに気づいたのは、自分の声が突然全く出なくなったあの日。
歌が歌えない事実を突きつけられたあーしは
麻琴に急激な嫉妬心を浮かばせた。
それと同時に、突き放す行動もとったりした。
- 74 名前:2.<A tone of love> 投稿日:2007/01/05(金) 20:57
-
それでも麻琴は心配してくれた。
あーしが声が出ないという事を知った上、そして恋人という事
を踏まえてでの慰めだった。
それが、あーしの中で歪んだものになっていくのが分かった。
そして、どこかで嬉しさが混入している事も。
…麻琴が語学留学を決めたのは、それから半年後。
あたしは猛反対した。
まだ声も直っていなかったあーしは、止めるために初めて関係を持った。
そんな時でも麻琴は、何も抵抗しなかった。
「…行かせない」
あーしは気づかなかった。
両親があーしを反対した事。
それを今、自分が麻琴にしている事を。
夢を追いかける為に道を閉ざそうとしている事を。
- 75 名前:2.<A tone of love> 投稿日:2007/01/05(金) 20:57
-
歌は努力ではなく、才能で開花するのだと。
あーしは、自分を幻滅した、嘲笑した。
まるで空に憧れる蟻のように努力をしている。
そしてあーしは、一端歌から遠ざかった。
麻琴の見送りさえも行かなかった。
「もう会いたくない」と、あーしは別れを突きつけた。
その時の麻琴は、いつもの困り顔では無く
寂しそうで、苦痛の表情を浮かべていた。
だけどそれは一瞬で、最後の最後まで、麻琴は
「また帰ってくるよ」と、言ってくれた。
それから約数ヶ月。
麻琴の突然の死。
- 76 名前:2.<A tone of love> 投稿日:2007/01/05(金) 20:58
-
*********
- 77 名前:2.<A tone of love> 投稿日:2007/01/05(金) 20:58
-
ベットの毛布に2人で包まって、過去の記憶を話す。
麻琴はただ聞いているだけだったけど
それでもあーしにはそれだけで十分だった。
「…あーし、麻琴にヒドイ事…」
「もう…良いよ?愛ちゃんの気持ち、分かっただけでも」
でも、と。
麻琴はベットの中から出ると、闇に閉ざされた空を見て
呟くようにポツポツと話してくれた。
「あたしは、愛ちゃんに憧れてダンス部に入ったんだよ」
「…えっ?」
「後藤さんがね、あたしの通っていたダンス教室に居てさ
話をしてた時に愛ちゃんの事を聞いて、入学式の時に自主トレしていた
姿を見てたんだ、愛ちゃん、カッコよくてさ…」
- 78 名前:2.<A tone of love> 投稿日:2007/01/05(金) 20:59
-
あたしも、本当は全然上手くなくて、後藤さんに教えてもらって
なんとか自分のものに出来た。
「努力は基本中の基本」
才能が無くても、努力をすれば自分で開花できる事を教えてもらった。
だからあたしは、愛ちゃんよりももっともっと上手くなって
それで世界で、愛ちゃんの歌声と一緒に踊れればなぁって。
「でも、謝るのはこっちの方だ…」
「麻琴…」
「ごめんね、愛ちゃん、一緒に、出来なくなっちゃって」
麻琴から聞かされた初めての夢。
それをあーしは、自分だけのものにしていた。
まるで鳥籠の中に麻琴を閉じ込めていた。
それでも、麻琴はあーしの夢を優先してくれていた。
- 79 名前:2.<A tone of love> 投稿日:2007/01/05(金) 21:00
-
どこまでも優しくて、どこまでも暖かい。
でも同時に、悲しく、辛い。
ようやく分かったような気がした。
あーしはただ憧れていただけで、何も踏み出していなかった。
ただ今の自分を維持することだけを考えていて
周りのことも気にかけることが出来ずに、まるで赤ん坊だ。
「…麻琴」
「ん?」
「今、叶えたる」
カチン。
時計の針が動いた。
時間はあと2時間。
部屋の中は元々防音加工を施してある。
そういった造りをしてあるマンションなので
近所に迷惑をかけることは無い。
- 80 名前:2.<A tone of love> 投稿日:2007/01/05(金) 21:00
-
思いっきり酸素を肺に入れ込み、拳をマイク型にする。
世界が静寂する中、観客の居ない空間であーし達は始める。
ふと、目の前に猫が居た。
それがあの「天使郵便」の子なのだと感じたのは
ただ静かに見守っている風な気がしたからかも。
歌っているのは、あーし達が初めてソロを歌った曲。
卒業する先輩達の為に作られた曲だったけど
これがあーし達の始まりを意味するものでもあった。
麻琴、今までごめん。
もう大丈夫だから、今まで迷惑かけた分、取り戻す。
今度は後輩に伝える番だよね。
風が全身を通り過ぎる。
気が付けば、麻琴とあーしは笑っていた。
楽しい時間。
一番心が弾む時間。
それが今のだと、あーしはようやく知ることが出来た。
時間の許す限り、あーし達は踊り続け、歌い続ける。
- 81 名前:2.<A tone of love> 投稿日:2007/01/05(金) 21:01
-
忘れかけていた事。
ありがとう。
本当に、ありがとう。
テーブルに置かれていた手紙に、2つの羽が舞い落ちた。
それは、まるで2人を表しているかのように。
「ご利用ありがとうございました」
「天使郵便」はそう呟くと、両翼を羽ばたかせ、空を舞った。
静かな闇の中、彼女は歌を口ずさむ。
それはまるで「天使の歌声」だったという。
- 82 名前:2.<A tone of love> 投稿日:2007/01/05(金) 21:02
-
********
- 83 名前:2.<A tone of love> 投稿日:2007/01/05(金) 21:03
-
日差しが眩しい。
身体が妙に疲労を感じているが、どこかスッキリとしている。
ボサボサになった髪をいじりながら、あーしはふと
テーブルの前に座る後輩を見つける。
「あっ、おはようございまぁす」
「…早いね」
「愛ちゃんが遅いんですよ」
チラリと、さゆが指を差した所を見ると、そこには
丁度時計の針が中心をさしていた。
…久しぶりの爆睡やな。
「んで、今度はどうしたんや?」
「実は藤本さんから来週末に皆さんで集まろうという話になった事と
美味しい苺を貰ったのでお裾分けです」
「…あーそうなんや」
「じゃあ、これ洗ってきますね」
- 84 名前:2.<A tone of love> 投稿日:2007/01/05(金) 21:03
-
さゆが部屋から出ると、身だしなみを整えるために服を着替える。
12月に入った為、肌寒い。
棚の中に閉まってある服を取り出そうとした時、ふと伏せられた写真立てを見た。
一瞬考えて、それをゆっくりと上げる。
そこには、昨夜歌った曲で最終優勝を撮った時の記念写真。
笑っている。
まるで昨夜と瓜二つの表情は、あーしに思い出させてくれた。
だから、続けていこう。
さゆには、あともう少し整理が付いた時に話そう。
その時に、自分の過去と共に話しても悪くない。
あの子には何もお礼は出来なかったけどまた会えた時は
あーしの歌を聞かせてあげよう。
- 85 名前:2.<A tone of love> 投稿日:2007/01/05(金) 21:04
-
「歌は世界を救える」
空は今日も青い。
だけどあの子のイメージカラーと同じな事が、少し嬉しく感じた。
青空がいつまでも続くような未来であれと、あーしは願う。
<A tone of love> end.
- 86 名前:- 投稿日:2007/01/05(金) 21:05
-
- 87 名前:名無し亀さん 投稿日:2007/01/05(金) 21:09
- このカプは結構好きだったので…。
結構長くなりましたが2人目更新です。
次回に続きます。
- 88 名前:名無し 投稿日:2007/01/05(金) 21:34
- せつな〜い。でも、まこあい良いですね。
素敵なお話をありがとうございます。
次回も楽しみにしています。
- 89 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/06(土) 23:04
- 天使郵便の天使が気になる…w
続き楽しみにしてます
- 90 名前:名無し亀さん 投稿日:2007/01/07(日) 00:51
- >>88 名無し
こちらこそ、読んで頂けて嬉しかったです。
まこあいはまた違った形で書いてみたいものです(遠目)
引き続きよろしくお願いします。
>>89 名無し飼育さん
気になりながら読んでください(笑)
引き続きよろしくお願いします。
それでは3人目。
- 91 名前:3.<The new future> 投稿日:2007/01/07(日) 00:52
-
ただ、置いていかれるのが怖かった。
ただ、1人になるのが怖かった。
鳴らされたホイッスル。
投げた想いはゴールへと突き刺さる。
歓喜に満ちたその瞬間。
彼女は笑顔で手を振ってくれた。
だけど…それに答えられなかった。
そこには本当は誰も居ない。
自分が作ったただの幻想。
ゴールへと突き刺さって地面に落ちたボール。
同時に何かが、崩れ落ちたようだった。
- 92 名前:3.<The new future> 投稿日:2007/01/07(日) 00:53
-
3.<The new future>
- 93 名前:3.<The new future> 投稿日:2007/01/07(日) 00:54
-
「ハックション!」
1つ、これでもかというぐらいのくしゃみが出た。
誰か噂でもしているのだろうかと思いながらティッシュを2、3枚。
いつもミキティが持参した方が良いと念を押すものだから
今ではポケットの中には絶対にティッシュが入っているようになった。
特に邪魔にもならないから、こういう時の為には便利。
ふとそこへ、待ち合わせ先の喫茶店が目の前に見えた。
ここはかれこれ5年の付き合いだから、マスターとも顔見知り以上になってしまった。
カランコロンと、ドアに施された鈴が私を迎えてくれた。
同時に、カウンターからひょっこりと現れたのはここのマスター。
「あっ、久しぶりだね」
「お久しぶりです、飯田さん」
いつものカウンター側の席に座ると、マフラーやコートを隣の椅子に置いた。
まだ数分も経っていないらしいホットミルクをテーブルに差し出してくれた。
今は12月、お店の中もどこか装飾されたように賑わっている。
子供向けというよりは、カップル重視なその雰囲気。
- 94 名前:3.<The new future> 投稿日:2007/01/07(日) 00:55
-
「元気だった?」
「おかげ様で、来年からは社会人ですよ」
「おっ、そうかぁ〜、これはかおりもしっかりしないと」
「飯田さんはそのままでも十分大丈夫ですよ」
ホットミルクを少しずつ体内に馴染ませながら、数十分世間話をした。
自分の後輩、先輩の事。
飯田さんのお店での失敗談や常連客との会話などなど。
このお店に来るのも結構なもので、噂では髪をショートにしたらしいけど
以前のように茶色のロングへと戻っていた。
ただ、個人的にはこっちの方が似合っているように思えるけどね。
カップの中身が無くなって、飯田さんの口からようやく本題の中身を聞いた。
- 95 名前:3.<The new future> 投稿日:2007/01/07(日) 00:56
-
「…で、ここに来たって事は、会いに来たんだ」
「あれからまだ、半年も経ってないですからね…」
「実はかおりも久しぶりでね、なっちも今忙しいみたいだからねぇ〜」
名前が出てきた瞬間、温まっていた身体の中に何かが渦巻く。
だけどそれを大きく振り払って、私はついカップを口に添えるも、中身は殻だった。
まるで今の自分のよう…。
取り残されてしまった、子供の新垣里沙がそこに居るように。
コトリと。
飯田さんがおかわりのホットミルクを差し出してくれた。
小さくお礼を言って、それに舌鼓を打つ。
渦巻いている黒いものを、白いそれが取り除いてくれそうだった。
飯田さんはさきほどのカップを洗いながら言った。
- 96 名前:3.<The new future> 投稿日:2007/01/07(日) 01:05
-
「新垣はさ、1番年下だったし、いろんな気持ちを抱えたと思う
でも、今話してみて分かったんだけど、かおりは、新垣は
本当に良い子に成長したと思う」
「私なんてまだまだ…」
「今だって、自分の道を歩もうとしてる
高校に入るために寮生活で大切なことも学んでる
新垣は、かおりから見ても大人だよ」
嬉しかった。
同時に、辛かった。
カタカタと、カップを持つ手が震えていた。
だけど不思議と、両眼には何も変化を起こさなかった。
多分まだ、自分自身が認めていないから。
ここへ来て、私はどこかであの人と会うのを恐れている。
- 97 名前:3.<The new future> 投稿日:2007/01/07(日) 01:06
-
カランカラン。
鈴の音が店内に鳴り響く。
振り向くと、そこには純白のコートを纏ったあの人。
私は無意識に立っていて、そして動けなくなった。
暖かいはずの空間。
それが一気に凍りついたかのように…。
5年の月日。
その間の過去。
私はまだ取り残されている。
あの時の私が…。
- 98 名前:3.<The new future> 投稿日:2007/01/07(日) 01:06
-
*********
- 99 名前:3.<The new future> 投稿日:2007/01/07(日) 01:07
-
出会ったのは、私が小学6年の時。
12歳だったあの時、子供だった私が夢中になっていたものがある。
それは、当時大人気だったアイドルグループ。
今でもその名前は知られていて、まさに憧れのまなざしの方が強かった。
グッズやコンサート。
同級生の間でも写真交換は当たり前で、とにかく私は夢中だった。
そして初めてのミュージカル開催があると知って、同級生達と貯めていた
お年玉をはたいてチケットを買って見に行った。
衝撃が走った。
そこに居るという現実。
そしていつも見ているあのグループが、今私の前で踊っている。
それがきっかけで、私の心の中は一色に染まって行った。
その中で、1番目を惹く女性が居た。
小さい身体ながらも、必死に踊り続けるその人。
だけど、凄く楽しそうで、バラードを聴いた瞬間、思わず涙がこぼれた。
綺麗で格好良くて、暇さえあれば新曲を口ずさんで、あの時の事を思い出す。
思えばそれは、ある一種の依存症だったのかもしれない。
- 100 名前:3.<The new future> 投稿日:2007/01/07(日) 01:08
-
依存症は入り込んでしまえば直らない。
だけど私は、それをまだ分からない年齢だった。
言えば、タバコやお酒を飲まなければ死なないと言うレベル。
だけどふと、それに終止符を打たせようとするような出来事があった。
ブームが過ぎようとしていた。
新しいアーティストにライトが当たると、皆は一斉にそっちへと行ってしまった。
人は新しいものを追いかけてしまうと聞いたことがある。
それは本当だった。
中学に上がった頃、同級生があっという間にブームを過ぎ去って行った。
その上、もう古いからとグッズを渡す子までも出てきた。
私は1人、取り残されたような気分で居た。
徐々にテレビからも見えなくなってしまう姿。
その怒りを私は、自分の中で消化して行く他無かった。
だけど、そんな私の前に、あの子が現れた。
- 101 名前:3.<The new future> 投稿日:2007/01/07(日) 01:08
-
********
- 102 名前:3.<The new future> 投稿日:2007/01/07(日) 01:09
-
午後10時。
なんだか長居しちゃったな。
門限も完全に過ぎてしまっている。
同室の子が心配しているかもしれない。
…いや、もしかしたらまたどこかに行ってるかも。
あの子も誰に似たんだか、抜け出し癖が悪くなってきてるからなぁ。
そんな事を考えながら家路を歩くと、ふと何かが空から落ちた。
ヒラリ、またヒラリ…。
それは雪のように白く、それでも何故か暖かい。
羽根だった。
純白で、汚れ1つ無い真っ白で…。
ふと空を見上げる。
闇の中、いくつかの星達が輝き続けている。
中には飛行機の人工的な光もあるが、ただそれだけの夜空。
また羽根に視線を戻す。
- 103 名前:3.<The new future> 投稿日:2007/01/07(日) 01:10
-
…っと、道のところで人影が浮かんでいる。
目を細めて、それが誰なのかを見定める。
徐々に定まっていく視界。
焦点が合った時、私は息を呑んだ。
心臓でさえもその状況に驚異するように飛び上がった
――――――――…あさ美ちゃん?
心の中で呟いた途端、その影は消えた。
ハッと我に返ってその場所まで駆ける。
辺りを見渡しても誰も居ない。
…先ほどまで昔の事を話していたから、幻覚を見たのかもしれない。
だけど見間違えっていうわけでもない。
あれは確かに彼女。
でも彼女は…。
頭を抱え、1つ1つを整理するものの混乱するばかり。
私は一旦寮に帰ることを優先した。
その時の出来事が強烈過ぎて裏窓から行く事も忘れて。
- 104 名前:3.<The new future> 投稿日:2007/01/07(日) 01:11
-
案の定寮長にはこっぴどく怒られてしまい
私はダイブするようにベットへと倒れこんだ。
時計の針は11時10分前を指している。
…と、背後から何かの気配を感じた。
私はゆっくりとその気配へと首を振り向かせる。
ハラリ。
何かが地面に落ちた。
純白のドレスを連想させるような服。
だけど以上にスカートの丈が短い…。
肩から皮製のポシェットのようなものをぶら下げていて
極めつけは頭の帽子、これも革製品。
そして背後には、真っ白な雪を連想させる両翼。
あの鳥の翼よりももっと立派で、この世のものとは思えないほどに綺麗で。
- 105 名前:3.<The new future> 投稿日:2007/01/07(日) 01:13
-
私は、起こしていた身体を硬直させていた。
いやそれよりも先に、その羽根に魅せられていた。
「こんばんわ、天使郵便です」
「…て、天使?」
意外にも、声はハッキリと出せた。
学校では突っ込み役がさまになってきたと同級生にも
言われるほどだから、多分反射的だったのかもしれない。
ふにゃりとしたその笑顔…なぜか、とても暖かいものを感じてしまう。
「えっと、新垣里沙さんですよね?」
「は?はぁ…」
「…ごめんなさい!!」
- 106 名前:3.<The new future> 投稿日:2007/01/07(日) 01:13
-
ガバリ。
見事なまでの土下座。
地面に頭が完全に付いている状態で、その天使は謝った。
私は何かされるのではないかと身構えていた身体が一気に脱力し。
「…はぁぁぁぁぁぁ!!!!?」
叫んだ。
しかも両部屋からブーイングが飛び交い、ドアを叩く音が鳴り響くくらい。
- 107 名前:3.<The new future> 投稿日:2007/01/07(日) 01:14
-
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- 108 名前:3.<The new future> 投稿日:2007/01/07(日) 01:15
-
中学3年のある日。
受験を控えていた私は、連日の徹夜の所為か体調を崩した。
しかもそれは重度の肺炎で、もう少し遅ければ大変だったと言われ
2週間あまりの入院生活を送ることになった。
あと2週間もすれば中学最後の大会が始まる。
私はバスケット部に所属していて、レギュラーにもなっていた為
チームのことが頭から離れなかった。
だから少しでも身体が鈍らない様に隠れて練習をしていた。
ボールはそのチームが励ましの言葉をマジックで書いて
持って来てくれたものを使って。
病院の少し日陰になっているところで、人に見つからない最適な場所を見つけて。
ゴールは無いため、シュートをする真似を何回も何回もした。
その度に身体から大量の汗を掻いた。
動悸が激しくなり、視界の世界が回転し、その場に倒れる事だってあった。
何度か先生に怒られもしたけど、私は止めなかった。
- 109 名前:3.<The new future> 投稿日:2007/01/07(日) 01:16
-
そんな事をしていた5日目の朝。
いつものようにシュートの真似をしていると、呼びかけられた。
「…いつもしてるね」
車椅子に乗ったその人はそう言った。
私は少しだけ視線を向けるものの、それ以外の事はしない。
何度も知らない人にそう言われていたから、もう反応するのも止めたから。
それでもその人は話を続ける。
「バスケしてるの?」
「……」
「私はね、陸上部に入ってたんだ」
ピクリと、私は動作を止めた。
横を見ると、その人は少しも動揺を見せずに無表情だった。
すると、何を思ったのか彼女は言う。
- 110 名前:3.<The new future> 投稿日:2007/01/07(日) 01:19
-
「確か、新垣里沙ちゃん、だよね?」
「…?どうして…」
「この近くで結構大会とか開いてるからね
あと、趣味とか?」
ニコリと、その純粋そうな笑顔を浮かべ、彼女は言った。
私は流れる汗を拭いながら、その場から立ち去ろうとした。
その時は"趣味"という言葉が敏感になっていたらしい。
学校でも何度かそれでバカにされたから…。
と、背後から呼びかけられる。
「あさ美、紺野あさ美、今度はお話したいな」
のんびりとした口調で、その人、紺野あさ美は言った。
私は振り向きもせずに歩く。
ただ、背中に向けられる視線を感じながら…。
- 111 名前:3.<The new future> 投稿日:2007/01/07(日) 01:19
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- 112 名前:3.<The new future> 投稿日:2007/01/07(日) 01:21
-
カチコチカチコチ。
時計の音が鬱陶しいほどに耳について離れない。
「分かってもらえました?」
「…ムリ」
「え〜?」
机の前で対峙する私と…天使?
天使は「天使郵便」と名乗った…けど。
いやいやいや、ありえないでしょ?
あのキリストとかに出てくる神の使いって奴?
いやいやいや、非現実すぎるでしょ?
そう自分に言い聞かせながら、私はこの目の前の彼女に言った。
完全否定されているのに、何故かのんびりとお茶を飲んでいる。
空気が読めないタイプだな、こりゃ…。
- 113 名前:3.<The new future> 投稿日:2007/01/07(日) 01:23
-
「普通そうでしょ?この送り主が今行方不明で
それを見つけられるのは私だけだから時間内に探してくれなんて」
「だけどそうしてもらわないと私も仕事なので…」
「それじゃああんたが探してきてよぉ」
「私は手紙を渡すのが使命であって、その他の干渉は禁じられt」
「あ〜はいはい、もぉそれは分かったから」
これじゃあ埒が明かない。
手紙の受取人は私の名前を明記されていると
この目の前の少女はカルテのようなものを取り出して見せた。
その中には何故か愛ちゃんや吉澤さんの名前。
疑念を感じたけど、今はそれどころじゃない。
依頼人の名前は…「紺野あさ美」
数ヶ月前にこの世を去った、私の親友である。
名前は忘れたけど、脊髄の損傷によって体内の細胞が徐々に死滅していくという難病。
今の科学でも全く治療法が解明されていない。
最後には呼吸機能が使えなくなって…。
- 114 名前:3.<The new future> 投稿日:2007/01/07(日) 01:26
-
「新垣さん?」
「…なんでもない」
その姿を想像したしただけで溢れてしまいそうだった。
私はほとんど何も出来ず、看取る事さえも叶わなかった。
苦しかっただろうし、辛かっただろうし。
それでも最後まで、諦めることはしなかったと聞いた。
頑固だったからなぁ…。
「…探すよ、あさ美ちゃん」
「ホントですか?」
「親友が悪霊とか地縛霊なんかになっちゃうなんて嫌だしね
で?何か当てはあるわけ?」
「えぇ〜と…もうすでに探しきってしまって、あとはその手紙だけですねぇ」
ピリピリと封を開ける。
一瞬フワリと、妙な温かみを感じた。
見ると、まるでカードのような分厚さの手紙。
結構な幅のある表紙の中、小さく書かれた文字で一言。
"ごめんね"
- 115 名前:3.<The new future> 投稿日:2007/01/07(日) 01:27
-
なんで謝るの?
謝るのは私の方で、あさ美ちゃんは何も悪くない。
罪悪感を覚えることなんて無かったのに。
あさ美ちゃんは素直すぎて、頑固すぎてホント、困った子だよね。
それでも、そんなあさ美ちゃんに惹かれるようになったのは
やっぱり、あれだったんだよね。
「…実は新垣さんに1つ」
「何?」
「送金なんですけど、私は魂とかそういう悪商法はしません」
「はっ?」
「今からあと1時間半で、本人と会ってほしいんです」
本人に会う。
それはつまりあさ美ちゃんと会うって言うこと、なんだけど…。
「…ねぇ、それって元はといえばそっちの手違いじゃん?」
「だから、本当は1日、つまり24時間までしかないですけど
30分おまけしたじゃないですかぁ」
「それはおまけとは言〜わ〜な〜いっ」
- 116 名前:3.<The new future> 投稿日:2007/01/07(日) 01:28
-
そうこうしている内に時間は流れ続けている。
この天使の言っていることが本当なら、私が会える時間
そして話せる時間はあと少しということ。
そんな事を考えつつ、私はまた外へ出る準備をする。
今度は表からではなく裏から。
同室のあの子と一緒に考え付いた方法で、結構役には立ってるよ。
3階までの建築だけど、運良く私は1階の部屋を引き当てたから。
「じゃあ、頑張ってください」
「…なんで応援されてんの?」
「新垣さん、何か言いたいことがあるんでしょ?」
ドキリ。
- 117 名前:3.<The new future> 投稿日:2007/01/07(日) 01:29
-
私は心の内を読まれたような気がして、さっとまた防御体制で身構えた。
天使はふにゃりとした表情で笑っていたものの
それが徐々に見覚えのある笑顔へと変わっているような気がした。
そして、それに気づいた時、私の中で何かが弾けた。
「…天使、なんだよね?」
「はい」
「あさ美ちゃんが言ってたんだけどさ、天国ってあるの?」
「私が居るのは天界の第1郵送会社ですから、天国といえば
まぁそうなんですかね?」
「あっ…そぉ…」
多分彼女にとっては、天界の国ということで天国という認識しかないのだろう。
死者の手紙を運ぶという仕事のみをこなす。
ただその使命だけを補っているといっても過言じゃないくらいに…。
それ以外の事は考えなかったのだろうか。
あさ美ちゃんが言うには、天使という存在は…―――――――
- 118 名前:3.<The new future> 投稿日:2007/01/07(日) 01:29
-
「…ありがとね」
「えっ?」
「この手紙」
純白の手紙をかざして見せ、言い残した私は外へと抜け出した。
彼女の視線を、あの日のように感じながら。
- 119 名前:3.<The new future> 投稿日:2007/01/07(日) 01:29
-
**********
- 120 名前:3.<The new future> 投稿日:2007/01/07(日) 01:30
-
刺すような冷たさのある風が肌を突き抜ける。
両足が前へ前へと地面を駆け出し、視線を右から左へ。
私は五感を全て駆使し、捜索に当たった。
時計を数分に1度確認し、私は残り時間を呟きながら走り続ける。
それをいつまでもしていると、徐々に焦りを覚え始める。
どこにも見当たらない。
通常、配達される手紙には約束の場所も明記されるのに
それが全く書かれていない、つまり異例中の異例らしい。
だから「天使郵便」は受取人の私のことさえもあいまいで
こんな時間に届けてしまうことになったらしい。
こういった事態が起こった場合、上の方からあとで怒られるみたいだけど
あの天使の表情からしてあまり危機感もってなかったような…。
そんな事を考えつつも、私は白い息を回りに吐き出しながら走り続ける。
動悸が激しくなってきた。
額に汗が滲むのを感じた。
- 121 名前:3.<The new future> 投稿日:2007/01/07(日) 01:31
-
…あぁ、そういえば、あの時もこんな感じだったな…。
彼女と初めて会った時も、こんな感じだった。
懐かしい反面、少し複雑な気分に苛まれる。
あと1時間を切り、私はふと目の前を見た。
そこには、まだ数時間前に会ったばかりの人影が見えた。
月を見上げるあの人は、どこまでも透き通るような目をしていて
それでいてとても…今にも消えそうな危うさを漂わせていた。
- 122 名前:3.<The new future> 投稿日:2007/01/07(日) 01:31
-
********
- 123 名前:3.<The new future> 投稿日:2007/01/07(日) 01:31
-
紺野あさ美と私が打ち解けあったのは、あの人のおかげ。
まさか、テレビで見ていたはずの人物が彼女と居るなんて
思いもよらないことだったし、正直言って驚いた。
隠れて練習をしていたら、また彼女は現れた。
だけど、昨日とは違って、彼女に付き添うように佇む女性。
「この子、安倍さんのファンらしいですよ」
「えぇ?そうなの?うわぁ、嬉しいねぇ〜」
安倍なつみ。
今では後藤真希と同じ肩を並べられるほどのアーティストで
アイドルグループを卒業という形を取り、今ではソロとして活躍している。
私の憧れであり、1番依存が強かった人物。
そんな人と彼女が繋がっている。
これほど嬉しいことは無かった。
- 124 名前:3.<The new future> 投稿日:2007/01/07(日) 01:34
-
「に、新垣里沙です」
「安倍なつみ、って分かるんだよね?」
「も、もちろん!」
彼女、あさ美ちゃんとは親戚のようなもので
北海道からこっちの病院に移転する時に実母代わりとしてお世話を任されているらしい。
私が退院するまでのほんの数日間は、3人で話すことが多かった。
あさ美ちゃんと仲良くして欲しいと、安倍さんに言われて
退院した後も部活が終わったあとには欠かさず病院へと通った。
高校受験を控えた時に不安だった時には励ましてくれて。
バスケ部に入部した私を応援してくれて。
どんな時でも、あさ美ちゃんは優しく、そして暖かい存在だった。
その時には、まだ彼女の病気は知らなかった。
度々安倍さんと合流することもあって、私は凄く幸せな毎日を送っていた。
だけどそれが…いつか終わりが来るのだと知ったあの時。
「もう…直らないんだって」
- 125 名前:3.<The new future> 投稿日:2007/01/07(日) 01:35
-
安倍さんから言われた、あさ美ちゃんの余命宣告。
それはそう…まだ記憶に真新しい、今年の春。
明日と、地区大会が迫ったあの日
安倍さんは見に行くことを約束してくれたと同時にそう私に告げた。
車のエンジン音だけが辺りを包んでいる。
遅くなってしまったからと、安倍さんの好意に甘えさせてもらった結果がこれ。
断れるはずも無く、私が乗ってしまったのが悪かったのかもしれない。
もしかしたら最後に見れる大会からかもしれないと。
今容態が徐々に悪化しているため、もう会いに来れないかもしれないからと。
安倍さんと出会えたのは、あさ美ちゃんとの繋がりがあったからこそ。
それが途絶えてしまう。
もう…2人とは会えなくなる。
それが私に槍の様に突き刺さり、同時に力を失くさせた。
また…置いていかれてしまう。
1人になってしまう。
嫌だ、嫌だ。
- 126 名前:3.<The new future> 投稿日:2007/01/07(日) 01:36
-
安倍さんの前では泣くまいと、拳を硬く握り締めて。
私はその後、安倍さんの車から降りるまで一切言葉を発しなかった。
何を話せば良いのか、そんな事も思考には無く
ただその恐怖に襲われながら夜の道を走る車に身体を預けていた。
その時はまだ実家に居たけど、その日は両親は仕事で
誰も居なかったのが幸いだったと思う。
ベットに倒れこんだ私は、溢れ流れたものを頬で感じながら泣いた。
もがくように、私は思考の中の波に呑まれていた。
先の見えない闇の航路。
そして目指し走っていた場所には大きな氷山があった。
どこかで見た映画のように、船は衝突し、沈没する。
誰も助けてくれない。
苦しい、息が出来ない。
沈む自分。もがけばもがくほどに、世界は闇に呑まれていく。
辺りには誰も居ない、寂しい。
なぜ私はここに居るのか、どうしてこうなったのか。
後悔だけが募って募って、そして動かなくなって、最後には…。
…結局、最後の大会にはあさ美ちゃん達は来なかった。
- 127 名前:3.<The new future> 投稿日:2007/01/07(日) 01:36
-
********
- 128 名前:3.<The new future> 投稿日:2007/01/07(日) 01:37
-
電灯だけが光と呼べる世界。
ベンチに佇む女性は、月を見て何を想うのだろう。
色褪せたその月を、自分に似せているのだろうか。
それとも…。
「…安倍さん」
「ガキさん」
声を掛けると、安倍さんは呼応するように私を見た。
少し驚くように目を見開いて、息の荒い私を見つめている。
ここは、よく3人で来た休憩所だった。
散歩に出ると、あさ美ちゃんは決まってここの公園で休みたい
と言って聞かなかった。
頑固だったあさ美ちゃんを知ってた私たちは、苦笑いしながらも
ここへ必ずといって良いほど立ち寄っていた。
確か猫が居るから、と。
するとどこからか、チリンという鈴の音が聞こえた。
見ると、地面にちょこんと座っている猫が居た。
それが「天使郵便」だというのは、妙に納得できた。
見守ってくれているのだろうか、ジッとこちらを見つめている。
- 129 名前:3.<The new future> 投稿日:2007/01/07(日) 01:47
-
「どうしたん…ですか?」
「今ね、あさ美ちゃんが…呼んだ気がしたんだ」
以前よりも痩せた安倍さん。
そう呟く言葉には少し力が無い。
あさ美ちゃんが容態を急変させたあとはずっと付きっ切りで
私はというと、ほとんどお見舞いにもさせてもらえない状態が続いていた。
そして今年の夏…。
あさ美ちゃんが亡くなって数ヶ月、よく夢の中に出てきたと話していた。
そのあさ美ちゃんは車椅子には乗っておらず
度々、陸上選手だった頃の元気なあさ美ちゃんな時もあったり。
母親代わりだった安倍さんにとっては、私よりも心のどこかが
ポッカリと空っぽになった気持ちなのだろう。
あさ美ちゃんの怪我は事故だった。
陸上の練習の帰り道、ほんの道を変えただけで目の前から
来ていた車に跳ねられた。
連日練習や勉強疲れで身体の調子も悪かったらしい。
- 130 名前:3.<The new future> 投稿日:2007/01/07(日) 01:49
-
入院後、あさ美ちゃんは勉学に打ち込むようになった。
自分に対しての戒めなのか、それともなにかに集中して
過去の自分を打ち消そうとしたのか…。
こっちに移転してもそれは変わらずで、勉強を黙々としていた。
そんな時、病室から見えた小さな人影。
建物の影でコソコソとなにかをする人物。
あさ美ちゃんはそのお豆のような人が何をしているのか
以前から気になっていたらしい。
だけどこちらに来てからは人と話すことをあまりしなかった事で
初対面の人に話す勇気が無かった。
そんな時、その人物が近くの中学校のバスケ部員で
しかも当時アイドルだった安倍なつみを憧れている事を知る。
というか、安倍さんが後藤真希さんと知り合いで
その繋がりである訛っ気のある女の子と知り合ったらしい。
今では私自身もその子と2歳年上ながらも親友なのが不思議。
…そして私は、あさ美ちゃんと出会った。
これは安倍さんが聞いた話で、つい数ヶ月前に知った事。
「…安倍さん、実は」
- 131 名前:3.<The new future> 投稿日:2007/01/07(日) 01:49
-
ポケットの中から、手紙を取り出す。
純白の封筒に書かれた自分の名前…っと、何かがおかしい。
安倍さんの名前が…浮き上がっている。
私は目を擦り、その封筒を見つめるものの、確かに
書いていなかったはずの名前がしっかりと存在していた。
まるであぶり出しのように、電灯の光が当たる手紙には
確かに「安倍なつみ」とある。
どういうこと…?
「あっ…、が、ガキ…さ」
突然安倍さんが目の前を見て驚いている。
私は同じく見た。
ハラリと、何かが落ちたような気がした。
地面にゆっくりと存在しているソレは、今手元に
ある手紙と同じく、純白の色合いを見せていた。
- 132 名前:3.<The new future> 投稿日:2007/01/07(日) 01:50
-
キィ…
何かが軋む音を微かに聞いた。
電灯の陰になるその場所に、何かの気配を感じた。
設置された時計が見えた。
12時00分。
あと…30分。
そういえば、頑固なくせに恥ずかしがり屋だったよね。
自分の事を上手く言えなくて、不器用で。
ご飯を食べる時でもホントにマイペースで、それでもその嬉しそうな
表情は、まるで純粋な子供そのもので、愛しく感じられる。
そんな彼女。
私は駆け出し、続いて安倍さんも駆け出していた。
ハラリと、舞い落ちる白いもの。
手から滑り落ちた手紙の上に、それは添えられた。
- 133 名前:3.<The new future> 投稿日:2007/01/07(日) 01:50
-
「ご利用…ありがとうございました」
「天使郵便」はそう呟くと、両翼を羽ばたかせ、空を舞った。
青く輝く月の円輪を描くように。
だが両眼から雫を散らせた。
固体となったその雫は、どこまでも濁ることをしない
まさにダイヤモンドのような輝きだったという。
- 134 名前:3.<The new future> 投稿日:2007/01/07(日) 01:51
-
*********
- 135 名前:3.<The new future> 投稿日:2007/01/07(日) 01:51
-
夢を見た。
あの時の海の中に沈んでいた自分。
上へと腕を伸ばしたら、不意に誰かに掴まれた。
見上げると、それは今ではかけがえのない親友の姿。
私よりも大人な癖に、どうしてか私が面倒を見るような形になっている。
どうしようもない親友だけど…、あさ美ちゃんに頼まれた事だから
罪滅ぼしって訳じゃないけど…この子だけは守りたいと思った。
それに彼女は、今外国に行っている恋人を待ち続けている。
その親友にも私は彼女を頼まれているから、2人分の願いを背負っている。
だから、今度はしっかりとしないといけない。
そう…彼女が居るから今私はここに居る。
起き上がると、私は自分のベットの中で眠っていた。
当然朝で、同室のあの子が昨日のことを話してくれた。
なんでも安倍さんが眠ってしまった私を家まで運んできてくれたらしい。
テレビでは安倍さんが笑顔でトークをする姿が映っていた。
- 136 名前:3.<The new future> 投稿日:2007/01/07(日) 01:52
-
安倍さんの曲は棚の中に集めてある。
たとえ時間が流れていても、それに無理に流されることなんて無い。
自分が歩いていきたいと思える道。
それを自身で分かっていることが大事だと思うから。
ふと携帯にメールが鳴った。
見るとそこにはもミキティからのお誘い。
断れるはずも無く、okという承諾の言葉を入れて送信。
そういえばと、あの子をどこかで見たような気がした。
あのふにゃりとした笑顔。
アヒルのようなあの顔に、どこか脱力感を覚える口調。
どこだっただろう…。
考えながら、私は空を見つめた。
鳥が優雅に駆けている。
まるで自由に走り回っているあの子が、そこに居るかのようだった。
<The new future> end.
- 137 名前:- 投稿日:2007/01/07(日) 01:52
-
- 138 名前:名無し亀さん 投稿日:2007/01/07(日) 01:58
- こんな形にもしてみたいな、と思ったお話…。
サブリーダーを支えになる1番の人だと思います。
…少し取って付けたようなところもありますが。
次回に続きます。
- 139 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/07(日) 21:51
- おもしろかった。
続き楽しみにしています。
- 140 名前:名無し亀さん 投稿日:2007/01/09(火) 00:44
- >>139 名無飼育さん
ありがとうございます。
そう言って頂けると書く事に気合が入ります。
今後よろしくお願いします。
それでは4人目。
- 141 名前:名無し亀さん 投稿日:2007/01/09(火) 00:45
-
何度この季節を巡ったのか。
それともこれが初めてなのか。
そんなものはとっくに必要ないと感じているのかもしれない。
人懐っこかった声はもう届かないのだから。
空を見上げても、何も無い。
全てが消えてしまったように空っぽで。
空虚で、寂しさが募り募る。
それでも、どこにも行けない自分が無力で、愚かで。
あたしは…どこまでも彼女の傍から離れることが出来ない。
隣にあった温もりは、もう戻らないことを知っているはずなのに。
- 142 名前: 4.<Candlemas bells> 投稿日:2007/01/09(火) 00:46
-
4.<Candlemas bells>
- 143 名前:4.<Candlemas bells> 投稿日:2007/01/09(火) 00:47
-
クリスマスまであともう少し。
今のところ、メンバーが続々と揃っている。
さっきガキさんのところにメールを送って返信が返ってきた。
ふふん、やっぱり皆分かってるんだなぁ。
そんな事を考えながら、あたしは都内を歩いていた。
行き先なんて無かったけど、よっちゃんのところに行ったら
用事があるからと断られた。
ボールを持っていたから、また練習に行くのだろう。
あたしもそうしようかと思ったけど、昼から雨だと天気予報士
の人が行っていたので予定変更。
雨なんて降ったら練習どころじゃないっての。
そう考えていると、ふと見えたのは見覚えのある姿。
「のんちゃん?」
「あっ、美貴ちゃん!!」
- 144 名前:4.<Candlemas bells> 投稿日:2007/01/09(火) 00:47
-
ズダダダダーと、あたしと2歳しか違わない彼女、辻希美
しかもれいなよりも身長が小さいなんてある意味ギネスものじゃない?
そんななりでも、あたし達のフットサルチームのGKなんだから
世の中は外見じゃ判断できないって言うことを実証した人でもある。
スドーン!と、思いっきりタックルされるものの、あたしは
何とか体勢を保つことに成功。
筋力もよっちゃん以上だからなぁ。
「ちょうど良かった!美貴ちゃん、甘いもの好きだよね?」
「へっ?う、うん、まぁ」
「じゃあ、今すっごく美味しいアイス食べたくなぁい?」
よっちゃんと彼女は昔からの知り合いで、どんな性格をしているのかは
かなり把握していると自分でも自覚してる。
しかもフットサルではいつも会っているのだ。
- 145 名前:4.<Candlemas bells> 投稿日:2007/01/09(火) 00:48
-
「え〜?ミキ今あんまり食べたくないんだけどぉ〜」
「美貴ちゃん頼むよぉ〜〜」
ブンブンと腕を振り回すのんちゃん。
って言うか痛い、本気で痛い。
何とか振り払おうとするけど、あたしの腕を自由自在に振り回している。
これにハマってしまえばもう抜け出すことは不可能。
まさに蟻地獄だ。
「あ〜も〜分かったから」
「やったーー!!!!」
今一度問う。
あなた本当に19歳ですか??
- 146 名前:4.<Candlemas bells> 投稿日:2007/01/09(火) 00:48
-
********
- 147 名前:4.<Candlemas bells> 投稿日:2007/01/09(火) 00:49
-
強制入店させられたあと、あたしはコーヒーを頼み
のんちゃんは新商品だというロールケーキ型の結構
ビックサイズのものをパクパク食べ続けている。
というか、味見させてもらったけどスゴイ甘い。
多分甘さ重視の洋菓子にしたんだろうけど
あたし的にはモンブランとかちょっとしっとりした感じ
のケーキが良いかなぁ。
「あっ、そうだ美貴ちゃん」
「…ん?」
「クリスマスとかどうするの?」
「焼肉〜でももぉ人数溢れちゃってるからダメだよ」
「ふ〜ん」
…あれ?
なんか反応が薄いな。
モグモグと食べ続けるのんちゃんは結構な大食らい
だと情報にはあるけど…事実今ビックサイズのケーキ食べてるし。
コーヒーのカップを持ち上げ、口に近づかせた時
不意にのんちゃんが口を開けた。
- 148 名前:4.<Candlemas bells> 投稿日:2007/01/09(火) 00:49
-
「ののね、フットサルを休もうと思ってるんだ」
「…えっ?」
「でも今抜けちゃったらGKする人居ないでしょ?
だからどうしようかなって…」
待って。
ちょっと展開が速すぎて飲み込めない。
休む?フットサルを?
チームが出来た時からのメンバーだったのんちゃんが
初めてあたしに言った言葉。
それがなんだか、自分と重なったような気がした。
「何で…?」
「あいぼんがさ、実家に居るんだけどね
なんか今ヤバイ事になってて…」
「ヤバイ事?」
「それは…言えない、でも、あいぼんが大変な
事になってるって聞いたらなんか…」
- 149 名前:4.<Candlemas bells> 投稿日:2007/01/09(火) 00:50
-
加護亜依。
のんちゃんとはまるで姉妹のように仲が良く
家族ぐるみで幼馴染だった2人。
よっちゃんとも仲が良かったものの、のんちゃんが
こっちに引っ越してきてから消息がつかなくなってしまった。
だけど数日前にようやく連絡が取れるようになったと聞いて
あたしもチームの皆もようやく安堵の表情を見せていた。
それなのに…。
「ねぇ美貴ちゃん、ののはどうすれば良いのかな?」
「…」
「あいぼんを置いてきちゃって、ののは…」
手に持っていたフォークがカタカタと震えている。
あたしはそれをテーブルに置かせると
俯いたのんちゃんの頬についたクリームをティッシュで拭わせ、そして言った。
- 150 名前:4.<Candlemas bells> 投稿日:2007/01/09(火) 00:50
-
「…のんちゃんのしたいようにすればいいと思う」
「…えっ?」
「ちょうど2人、辞めたいっていうメンバーが居てさ
チームが大会に出られるかまだ見通しがついてないのよ」
「そう…なの?」
「…だから、のんちゃんがしたいと思う事をすればいいんだよ」
昔そうあたしに言った人が居た。
心身ともにボロボロだった時、あたしにそう言ったあの子。
たった1歳しか違わなかったのにその考えは大人びていて。
結構…あたしの方が頼っていたかもしれない。
- 151 名前:4.<Candlemas bells> 投稿日:2007/01/09(火) 00:51
-
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- 152 名前:4.<Candlemas bells> 投稿日:2007/01/09(火) 00:51
-
あたしには親が居ない。
いや、居るには居るけど、本当の両親じゃない。
あたしの実母は結構威厳な人だったと思う。
なにせ小さい頃の自分が怖いという印象を強く持っているから。
だけどそれ以上に、優しい人だったと思う。
結構お母さんっ子だったのかもしれないな、なんてね。
でもそれがあったからなのか、ある日突然居なくなった。
あたしを残して、見たことも無かった悲しい表情を刻み込ませて…。
実父に聞いてみても、口を濁すだけだった。
何がいけなかったのか。
何がお母さんをあそこまで追い込んだのか。
それが分からなくて、何もかもが信じられなくなって。
あたしは塞ぎ込むようになった、というか、心を開かなくなった。
- 153 名前:4.<Candlemas bells> 投稿日:2007/01/09(火) 00:52
-
すると、目の前に知らない人が居た。
ごく自然に、その環境に居て、あたしはただ疑念を持つばかり。
いつしか実父を自分の父親だと認識しなくなった。
自分の記憶の中に存在しない人間と寝室で行う行為。
ドアの隅からその姿と、耳について離れない声を毎晩毎晩聞いて
あたしは闇の中へと意識を飛ばす。
眠るというよりも、別世界に置くような感覚。
そうしている内に、身体がおかしくなった。
何も感じなくなったのだ。
悲しいとか、嬉しいとか、楽しいとか。
学校に行ってもそれは同じ。
あたしはこの世界で何をしているんだろうって。
全てが疑問、疑念で覆いつくされていた。
中学の時に祖母の家にへと預けられて、あたしはこの街へとやってきた。
この街は地元とは違って滅多に雪が降らなかった。
人もたくさん居て、自身で生きている人間が住んでいた。
- 154 名前:4.<Candlemas bells> 投稿日:2007/01/09(火) 00:53
-
自由。
そんな言葉が脳裏を過ぎる。
まるで光を持たされたようだった。
今までの自分が、バカに思えてしまうほど。
だけどまだ感情が蘇った訳じゃなかった。
祖母は優しくしてくれたけど、それでもまだ何かが足りない。
学校に通うことも、友人が出来たことにも感情が現れる事は無かった。
そんな時、転校生が現れた。
- 155 名前:4.<Candlemas bells> 投稿日:2007/01/09(火) 00:56
-
*********
- 156 名前:4.<Candlemas bells> 投稿日:2007/01/09(火) 00:57
-
バフンと、あたしはベットに倒れこんだ。
今日のんちゃんに言った言葉を思い返して
らしくない事を言ったと自身を恥じた。
だけど、あれほど大切にしていたチームを休むとのんちゃん自身から
聞いたのは初めてだった。
だから、本当は「辞めないで欲しい」と言えば辞めなかっただろうけど
そこまで相手の気持ちを自分がどうこうしようというのは正直
好きではないし、それにそれは自身の問題だ。
自分がされたくない事を相手にするなんて事、しなくない。
ふと時計を見ると、すでに6時を回っていた。
よっちゃんはもう帰ってきているだろうか…。
窓を見上げ、あたしは数秒葛藤した末、部屋から出ていた。
どうしてか、玄関から入ってみたくなった。
チャイムを鳴らし、数秒経ったあと、よっちゃんが出てきた。
相変わらず親父くさい服装だったけど、本人には言わない。
というか本人も自覚しているらしいし。
少し眉をひそめたものの、あたしの雰囲気を察したのか
あっさりと中に入れてくれた。
これも試合時のアイコンタクトの影響だろうか。
- 157 名前:4.<Candlemas bells> 投稿日:2007/01/09(火) 00:57
-
「…で、どうしたわけ?」
「のんちゃんから聞いてない?」
「…なにも?」
「そっか…」
まだのんちゃんからの連絡は来ていない。
逆にその方がよかったかもと心の中で呟くと
よっちゃんがもっと眉を寄せた。
「なに?ののがどうしたの?」
「実は…」
あたしは今日の事を話した。
始終よっちゃんの表情は険しく、まさに真剣だった。
まるで自分の事のようにメンバーのことを気遣う。
それは彼女の長所だ。
本当に、まるであの子のように頼ってしまう。
- 158 名前:4.<Candlemas bells> 投稿日:2007/01/09(火) 00:58
-
「そっか…あいぼんが…」
「ねぇよっちゃん、ミキの言ったこと…よかったのかな」
「…あたしはさ、ミキティは正しかったと思うよ。
実際、今のチーム状態が良くないから、あたしから
皆に言おうと思ってたところだし」
それに辻は"辞める"ではなく"休む"といった。
だからまだ復帰の確率があるわけで、あたしはその可能性を信じようと思う。
そうよっちゃんはあたしに言った。
最近よっちゃんは頼もしい。
初め会った時はホントにヘタレで、リーダーだって言われた時正直不安だった。
だけど多分…梨華ちゃんの事で自主練習を始めるようになって
それでもどこか歪んでいた気持ちが、ここ数日スッキリとしている。
まるで、心の整理がついたかのようなその清々しさ。
- 159 名前:4.<Candlemas bells> 投稿日:2007/01/09(火) 00:58
-
聞いてみたけど口を濁すだけで、動じない気持ちまでも
持ち合わせてしまったようだった。
「そういえば…今日だったっけ」
「えっ?…あ…」
今日。
そういえばのんちゃんの事で頭が一杯だった。
今日も雪は降らなかったけど、少し肌寒さを感じる。
よっちゃんは外を眺めながら呟いたあと、静かになってしまった。
降り続ける雨の雫を、ただただ見つめている。
だけど…辺りは何の音も聞こえない。
よっちゃんが出してくれたお茶を啜る音以外。
あたしには、何も聞こえなかった。
もしかしたら、よっちゃんも梨華ちゃんのことを考えているのだろうか。
あたしとよっちゃんは境遇が似ている。
過去の話はあまり両方深入りしないから詳しくは知らない。
だけどどちらともその傷はあまりにも深い。
掘り出したくないってことは、それほど深い穴だという事だから。
- 160 名前:4.<Candlemas bells> 投稿日:2007/01/09(火) 00:59
-
「帰るね」
そう言って、あたしは自分の部屋へと戻った。
部屋の中は嫌に静寂している。
外ではバケツを引っくり返したように降り続ける雨音も
その世界では何の意味も成さなかった。
それが妙に自分の中で寂しさを溢れさそうとしているようで
闇の中を手探りでスイッチを探し、一瞬で辺りを光で映し出す。
廊下を渡り、リビングのスイッチも手探りで見つける。
光ったと途端、あたしはハラリと何かが足元に落ちたのに気づいた。
それを確認する前に、目の前から妙に舌っ足らずな声調。
「こんばんわぁ、天使郵便です」
そのふざけたような名前を聞いたと同時にふにゃりとした表情。
初めて、女子を見て硬直したかもしれない。
いや、一瞬だけ、あのナルシストな彼女を思い出した。
- 161 名前:4.<Candlemas bells> 投稿日:2007/01/09(火) 00:59
-
********
- 162 名前:4.<Candlemas bells> 投稿日:2007/01/09(火) 01:00
-
初めて声を掛けたのはあっち。
購買部へと行く道を歩いていたら、突然呼ばれた。
1学年下の、噂の転校生。
校内で後輩から話しかけられるなんて事、今まで無かった。
「藤本さん…ですよね?」
「…そうだけど」
「一緒にお弁当食べませんか?」
正直言って、あたしはそんな趣味は一切無かった。
と言うか、男気があって、自由っぽくて、隣校のところに
居ると言う男前な女子生徒とライバルだとか無茶苦茶なことを
言われたりとかしたけど、あたしはそんなものに引っ掻き回されるのは
ごめんだったし、無視していた。
ただその子には、普通に気兼ねに接してくる彼女には
傍に居ても全く嫌な気がしなかった。
彼女の言葉に相槌を打つだけの態度を取るのに、彼女は
それをなんとも思わないかのように話し続ける。
- 163 名前:4.<Candlemas bells> 投稿日:2007/01/09(火) 01:01
-
正直言えば…ちょっと心地よかったかもしれない。
だけど本人には言わない、というか、言えない。
仮にも先輩と後輩なのだから、プライドというものがある。
頭の中でグルグルとそんな事を考えながら彼女の話に
傾けていると、チャイムが鳴った。
気づけばいつの間にかお弁当は無く、味さえも思い出せなかった。
その時に、彼女の名前を自分が知らないことに気づいた。
先ほどまで「藤本さん」と言われていただけで
自分から一切言わなかったから。
あたしが聞くと、彼女は嬉しそうに言った。
まるで幼い子供が自己紹介するような。
「松浦亜弥でぇす♪」
どこかのアイドルがしそうなポーズを唐突に
するものだから、あたしは噴出した。
ハッと気づいても時は遅し。
彼女はさらに嬉しそうに笑顔を浮かべた。
そのあどけない表情が、とても可愛く感じた。
- 164 名前:4.<Candlemas bells> 投稿日:2007/01/09(火) 01:01
-
授業を受けている時も、頭の中に公式が入ってこずに
ふとグラウンドを見下ろすと、そこには体育をする彼女の姿があった。
同じクラスの女子生徒と楽しそうにしている彼女。
多分短距離でも測っているのだろうか。
教員の笛と共に走り出す彼女。
グングンと加速させ、確実にゴールへと駆け抜ける。
だけど最後の最後で抜かれてしまい、2位でのゴール。
ただの体力測定だから順位は関係無いのだけど
気づけばあたしは彼女の事を見ていた。
それも先生が注意しているのに気づかないほど。
あとになって、クラスの女子生徒からそれを聞いて
放課後先生に呼び出される羽目になってしまった。
だけどそこでもあたしの耳には全く聞こえず。
ただただ頭の中には、彼女の完走したあとの表情。
その達成感に満ちた表情は眩しくて。
かけっこをしたあとの子供のようで。
- 165 名前:4.<Candlemas bells> 投稿日:2007/01/09(火) 01:02
-
あたしは気づいていたけど気づかないフリをした。
今日会ったばかりの子にここまで侵食されているなんて
どうかしてる、おかしい。
30分ほどの説教を終えて、あたしは帰ることにした。
家には祖母が居る、だけど孤独なのには変わりは無い。
暗くなる思考に止めを刺すかのように、雨が降ってきた。
時間も遅い。
走ってしまえば良いのだけど、どうしても家に帰ることが
億劫になってしまう。
苛立ちを覚えながら、あたしはそのままグラウンドを歩き始める。
制服が徐々に滲み始める。
髪にも雨の雫が侵食し、ポタリと髪の毛を辿って地面に落ちた。
まるで自分はこの雨のようだ。
自分の存在意義が分からずに消えていく。堕ちて行く。
何にも役に立たない、ただ相手を困らせることしか出来ない。
- 166 名前:4.<Candlemas bells> 投稿日:2007/01/09(火) 01:03
-
…あぁ、もしかしたら、お母さんもそうだったのかな。
あたしが邪魔だったのかな。
だから一緒に連れて行ってくれなかったのかな。
溢れそうになるけど、どうしても流れてはくれない。
一気に出してしまえば良いのかもしれないけど、身体が
おかしくなってしまった今、それも叶わない。
校門を出た時、ふと何かが止まった。
見上げるとそこには、紫がかった赤い傘。
そして同時に、後ろから声が聞こえた。
「一緒に、帰りませんか?」
彼女が居た。
ずっと頭の中に存在していた彼女。
ソッと、顔をハンカチで拭われる。
多分雫を取り除いてくれているのだろうか。
あたしはされるがままで、数分の間、そうしていた。
- 167 名前:4.<Candlemas bells> 投稿日:2007/01/09(火) 01:03
-
気づけば、あたしは彼女の傘を持っていた。
彼女はその好意に甘えたのか、あたしの手を掴み、寄り添ってきた。
冷たい…。
体温があたしよりも冷たかった。
ずっと待っていてくれたのだろうか。
自分を必要としてくれていたのだろうか。
今日会ったばかりの彼女。
あたしは気づかなかった。
自身の身体の異変に。
感情が上手く浮かばなかったあたしが
彼女のおかげで取り戻していたことに…。
- 168 名前:4.<Candlemas bells> 投稿日:2007/01/09(火) 01:04
-
********
- 169 名前:4.<Candlemas bells> 投稿日:2007/01/09(火) 01:04
-
どうしよう…。
驚いたのはこっちだけど、まさか逆に
驚かしたわけではないのに。
正座をし、怯えたように上目遣いであたしを見る
彼女は、確か〜あっ、「天使郵便」だったかな。
…なんかかなりうそ臭い。
純白のドレスを連想させるような服、なんと言ってもスカート
の丈が短い、つまり太ももが丸見えで、ちょっと危険。
あとは肩から何かポシェットのようなものをぶら下げているが
皮製のゴツイ奴で、正直言って服に似合ってない。
極めつけは頭の帽子、これも革製品。
背中には小さな翼のようなものが左右から見える。
よくキューピットがCMで流れてるけど、そう言うものでもないし。
まるでコスプレだ。
そんな事を考えていると、天使が何も言わない私を心配
したのか、眉をそめて口を開けた。
- 170 名前:4.<Candlemas bells> 投稿日:2007/01/09(火) 01:05
-
「どうかしました?」
「えっ?あ、ううん、なんでもない」
「?…あっ」
ふと、天使は何か思い出したようにポシェット
の中から取り出したのは…封筒。
しかも普通に売ってる便箋では無く
まさに純白の純白で、汚れ1つ無い完璧な白の封筒。
それをあたしに差し出した彼女。
って、そんな深く頭下げなくても…。
あたしそれほど怖い?あっ、立ってるから?
見下ろしてる態勢のままで居ることに気づき
自分もコタツの中に身体を突っ込ませ、徐々に体温が上昇するのを感じた。
まだ差し出したままの彼女の手からその封筒を受け取ると
そこには見覚えのある文字で書かれた自分の名前。
- 171 名前:4.<Candlemas bells> 投稿日:2007/01/09(火) 01:05
-
ふと、手に感じる暖かい感覚。
まるでその封筒そのものが羽を纏っているように暖かい。
開けると、そこには見覚えのある場所とたった一言。
それは、唯一彼女だけが呼んでいた名前と言葉。
「これ…なんであんたが…?」
「…私は天界の第1郵送会社に勤めている「天使郵便」
依頼主は、松浦亜弥さん、受取人は藤本美貴さん、あなたです」
まるで営業サラリーマンのような口調で彼女はそう言った。
天界、まさに現実離れしている言葉だ。
あたしは無意識の内に目を細めていたらしく
また彼女の表情が歪み始めた。
「…なら、これは本人からだって言うの?」
「そうです」
キッパリと、絶対の確信があるかのようなその言葉。
信じろとか、大丈夫とかそういうものじゃない。
可能性ではなく、絶対的な確信を貫き通す言葉。
- 172 名前:4.<Candlemas bells> 投稿日:2007/01/09(火) 01:06
-
「…仮にもし、これが本人のものだとして
ミキに何をさせたいわけ?
見る限りじゃ、普通の手紙じゃないみたいだし」
「送金として、その方と再会してもらうんです」
「へぇ、再会……」
再会?
ちょっと待って、ストップストップ。
タンマ、今なんて言ったの?
サイカイ?
「期間は1日、ですが郵送期間が
予定よりも遅れているので切捨てで…」
「……な…」
「えっ?」
あたしの思考は一気に弾けた。
怒りだ。
膨張した怒りはあたしに言葉を発しさせる。
吐き出すようにして、言った。
「ふざけるな!!」
- 173 名前:4.<Candlemas bells> 投稿日:2007/01/09(火) 01:06
-
********
- 174 名前:4.<Candlemas bells> 投稿日:2007/01/09(火) 01:07
-
彼女の事を「亜弥ちゃん」と呼べるまで結構時間が掛かった。
彼女の呼び方があまりにもおかしいからだ。
今でも昼食を食べている時に何度かその名前を出している。
「でねぇ、たん」
「…あのさ、ミキの名前そんなんじゃないから」
「じゃあみきたんの方が良い?」
「却下」
にゃははと、とにかく彼女は珍しい物好きなのか
あたしの名前さえも省略してしまった。
まるで焼肉の商品名じゃん。
昼にはその名前を他の誰かに聞かせたくなくて
体育館の丁度教室から死角になるところで昼食をとるようにした。
彼女は普通にクラスまで入ってくるものだから
すでに校内ではあたしたち2人のツーショットが見たいがために
追いかけてくる奴も出てきてしまったのだ。
そうなってしまってはもう休み時間も彼女と居ることになってしまい
徐々にではあるものの、普通に話せるようにまでなっていた。
- 175 名前:4.<Candlemas bells> 投稿日:2007/01/09(火) 01:10
-
だけど、あたしはもうすぐで卒業する。
大学志望ではなく就職志望で、祖母がしている仕事を手伝う事にした。
一応居候な訳だし、学校に通わせてもらっている以上は孝行の1つ
くらいしないと罰が当たりそうだから。
「ねぇ、たん」
「ん?」
「たんは嫌いなものってある?」
突然言われた、彼女の質問。
あたしはまた質問を返すと、彼女は「なんでもない」とどこかを見つめていた。
どうしてか、それからというもの彼女の言葉が離れなくなった。
嫌いなもの。
彼女にはあるのだろうか?
あたしは…嫌いというよりも興味が無くなっていた。
実父や実母、後妻、そして…過去の自分。
祖母から聞いた話だと、その後妻には娘と息子が居た。
- 176 名前:4.<Candlemas bells> 投稿日:2007/01/09(火) 01:11
-
言わば連れ子。
言わば血の繋がりのない兄と姉。
だけどそれももう関係は無い。
それもこれもが、あたしの中で大きく渦巻き、そして消えて行った。
吹っ切れたわけじゃなく、感情が消えたと同時に、その渦も消えてしまったらしい。
だけど、それでよかったのかもしれない。
その渦の中身が消えたことで、あたしは今こうしている。
そして隣には、彼女が居る。
「ねぇ…たん」
「…ん?」
だからかもしれない。
何も感じなくなってしまったあたしだからこそ。
その時の何か嫌なもの。
それに気づかなかったのかもしれない。
- 177 名前:4.<Candlemas bells> 投稿日:2007/01/09(火) 01:12
-
「…なんでもない」
その震えた言葉でさえも、あたしは気づけなかった。
隠すように、彼女はあたしにキスをしたから。
ゆっくりと、柔らかい唇をあたしのに押し当てて。
暖かくて、柔らかくて、彼女があたしの中に入っていくような錯覚。
スローモーションのように、時間はゆっくりと進んでいるようだった。
このままでずっと…。
あたしは初めて、そう願った。
だけど彼女は…願ってくれなかったみたいだ。
卒業後、あたしに彼女から届いた携帯からのメール。
そこにはたった一言、彼女の気持ち全てが込められた言葉があった。
「愛してる」
それを最後に、彼女はこの世を去った。
- 178 名前:4.<Candlemas bells> 投稿日:2007/01/09(火) 01:12
-
*********
- 179 名前:4.<Candlemas bells> 投稿日:2007/01/09(火) 01:12
-
世界が見えなかった。
滲み出て来るものを乱暴に拭っても、それは変わらない。
頬に感じる生ぬるい感情。
こんなものを流したところで、現実は変わらない。
そう思うのに…一向にそれは止まってくれない。
ただただ世界を塗りつぶし、そして溢れ出していく。
空っぽだった場所からボロボロボロボロ。
それはまるで、彼女と過ごした記憶でさえも堕ちていくようで
あたしは懸命にそれを拭っては止めようとする。
同時に、あたしは自分の口から天使に告げた。
いつのまにか身体は立ち上がっていて、見下ろし、睨みつける。
「また…亜弥ちゃんに会えって?」
「そ、そうじゃないと私も仕事d」
「そっちは仕事だろうけど、こんな…こんな傷を掘り返すような事
これが天使の役目だっていうのかよ!?」
「っ…」
- 180 名前:4.<Candlemas bells> 投稿日:2007/01/09(火) 01:13
-
天使は俯き、あたしは怒りの言葉をぶつけた。
その間、天使は何も喋らず、ただただ暴言を受け止めていた。
止まらない、止められない。
どうすることも出来ない怒りが全て天使に注がれていく。
ここまで怒ったのは何年ぶりだろう。
ふと考えると、簡単にその答えは搾り出せた。
それは、彼女の死から1年ほど経ったある日。
彼女の死の原因が分かった瞬間。
だけどそれは怒りというよりも、悔しさだったのかもしれない。
あたしはただ、彼女の温もりだけを求めたんだと。
ただ、その優しさに包まれていたいから傍に居たのだと。
それを自分自身で思い知った瞬間。
- 181 名前:4.<Candlemas bells> 投稿日:2007/01/09(火) 01:13
-
彼女はどこへも飛べないところに居た。
温かみも優しさも無い、冷たい水の中にたった1人で居たんだ。
まるで羽根を?がれた鳥のように。
そして溺れてしまった。
鳥は水の中では生きられない。
彼女が求めたもの。
それは…自由。
1度だけ、彼女はあたしを呼び止めた理由を教えてくれた。
「…なんだろ…なんか…」
少し困ったように、それでいて照れたような表情で。
彼女は戸惑ったような口調でその言葉を言った。
嬉しかった反面、素直には喜ばなかったけど…。
「私に無いものがあったんだ、たんには」
- 182 名前:4.<Candlemas bells> 投稿日:2007/01/09(火) 01:13
-
彼女は、自由を求めていた。
何にも縛られない、自分が何にでもなれるセカイ。
それが、どうしてあたしだったのか。
それは、あたしがようやく手に入れた自由だったからかもしれない。
そんなあたしが手に入れたかったものは、温かみ。
言わば、束縛だったのだろうか。
そんな相容れないあたし達が歩いた先は、ただの闇だった。
こんな結末を、彼女は望んでいたのだろうか。
ここまでして、彼女は自由になりたかったのだろうか。
それをどうして、あたしは気づいてあげれなかったのだろう。
どうして…。
どこまでも付き纏う答えの無いセカイ。
それは今でも続いている。
自分が温かみを求めなければ、彼女はまだ生きていたはずだ。
だから、もう求めてはいけない。
そう思うのに…。
- 183 名前:4.<Candlemas bells> 投稿日:2007/01/09(火) 01:14
-
「…藤本さん」
ハッと、あたしは初めて地面に突っ伏しているのに気づいた。
その隣には、膝立ちであたしを胸に抱くように慰める天使。
手と身体の感触は、まるで羽のように柔らかく、そして暖かい。
どうしてか、心が安らぐような気がした。
ボロボロと流れるものが、スゥッと消えていくようだった。
いつも考えるのは彼女の事。
あの笑顔を思い出すたびに辛くて、そして喜びだった。
彼女は自由じゃなくても、あたしの前ではいつも笑顔だった。
彼女がいつか言った言葉。
あたしが、自身の実母に偶然再会したあの時。
彼女の胸の中で初めて泣いたあの時。
「たんのしたい事をすればいいんだよ?」
嬉しかった。
身体が軽くなったようだった。
彼女の言葉が無ければ、あたしは自分の中で今でも引きずっていたかもしれない。
だけど…あれで良かったのか。
- 184 名前:4.<Candlemas bells> 投稿日:2007/01/09(火) 01:15
-
この運命をたどると知っていたなら…。
あたしは、ずっと一生闇の中に居たほうが良かったのではないか。
そう思う自分が、あたしの耳元で囁く。
オマエハヒトリダ
モウアノコハイナイ
オマエガモトメナケレバ
アヤチャンハシナズニスンダノニ…
「藤本さんは、どうしたいんですか?」
ふと、天使から投げかけられた言葉。
見ると、そこには妙に真剣な目をあたしに向ける天使の姿。
どうしたい?
あたしの答え。回答。返答。
- 185 名前:4.<Candlemas bells> 投稿日:2007/01/09(火) 01:16
-
「相手よりもまず、自分の気持ちを知ることが大切です」
あたしは…藤本美貴はどうしたいのだろう。
「自分の気持ちを知った時に、相手の気持ちが分かるんですよ」
あたしは温かさを求めた。優しさを求めた。
なら彼女は、自由を求めた。
彼女はあたしを求めていた…?
「藤本さんが松浦さんといた時、どんな気持ちだったんですか?」
幸せだった。
心の底から…幸せだったんだ。
彼女の笑顔が、彼女の優しさが、彼女の暖かさが。
全てが、松浦亜弥という存在が。
全て凝縮されて、あたしの幸せそのものだった。
彼女も…そうだったんだろうか?
「幸せは、1人では感じることの出来ないものです。
何かを分かち合えることこそが幸せなんですよ」
- 186 名前:4.<Candlemas bells> 投稿日:2007/01/09(火) 01:17
- …あぁ、そうなのかもしれない。
たとえ求めるものは違っていても、あたし達は幸せだった。
そう感じていたと、あたしは思いたい。
「なら、せめてそれを最後に言いに行きませんか?」
感謝と、謝罪を込めて。
- 187 名前:4.<Candlemas bells> 投稿日:2007/01/09(火) 01:17
-
*********
- 188 名前:4.<Candlemas bells> 投稿日:2007/01/09(火) 01:17
-
翌日、あたしは朝の日差しで目が覚めた。
頭を軽く掻き毟りながら、昨晩の事を思い出す。
…それを考えた途端思いっきり恥ずかしくなった。
チリン。
鈴の音が聞こえ、ベットの隣にはちょこんと座るネコが居た。
真っ白で、まるで雪のようなネコ。
北海道の雪よりももっとかもしれない。
「…ありがと」
ぶっきらぼうに言ったけど、一応心は篭ってるよ?
それに呼応するようにネコはニャーオと鳴いた。
ハラリと、純白の羽根がカーペットの上に落ちた。
同時に、ネコの姿も見えなくなっていた。
- 189 名前:4.<Candlemas bells> 投稿日:2007/01/09(火) 01:23
- 窓の外を見上げると、まさにフットサル日和。
だけどやっぱり12月だから肌寒い。
と、ドアのチャイムが鳴り響き、よっちゃんの叫び声が聞こえる。
やれやれ、仕方が無い。
ベットから抜け出すと、なんだか自分じゃないような
身体の軽さを感じた。
まるで鳥になったかのような。
着替えてあたしはドアを開ける。
そこには準備万端のよっちゃんが居た。
「昨日なんか叫んでた?」
「えっ?あーまぁ…」
よっちゃんには、昨日の事は言わないでおこう。
だってなんか笑われそうだし、それに…。
いつかよっちゃんのところにも、と。
心の中で願う方が叶うと聞いたことがある。
「まぁ良いけどさ…あっそうだった、見てみ」
何故か妙に嬉しそうな表情で、地面を指差す。
そこには、純白の色をした一輪の花。
よっちゃんが言うには、それは「天使からの贈り物」
という意味だと言った。
本当かどうかは不明、だってよっちゃんだし。
- 190 名前:4.<Candlemas bells> 投稿日:2007/01/09(火) 01:23
-
ふと、あの天使の事を思い出す。
最後に肩を押してもらえなかったら、決心は付かなかったかもしれない。
ただ妙なのは、信じようと思ったきっかけは、あの天使に会ったような気がしたから。
思い出そうとすると、どうしてか霧が掛かったようになる。
よっちゃんに呼ばれて、あたしは思考を止めた。
後で分かった事なんだけど
その花は「スノードロップ」という「希望」の花。
それは、あたしと彼女の唯一の共通点だったのかもしれない。
ずっと繋がっている、だから仲間と共に、これからも歩き続ける。
<Candlemas bells> end.
- 191 名前:- 投稿日:2007/01/09(火) 01:23
-
- 192 名前:名無し亀さん 投稿日:2007/01/09(火) 01:27
- 原因を知る事が全てではない。
と、言い訳させてください_| ̄|○(コラ
というか、ミキティはあまり振り返る事をしない様な
気がする、という気持ちでのお話。
それならよっすぃ〜もなんですけどね(ヴァ
次回に続きます。
- 193 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/11(木) 04:42
- いや、後ろ向きな時の吉さんはなかなかだと思いますよ。
とても好きなのでorzらないでまたお願いします。
- 194 名前:名無し亀さん 投稿日:2007/01/15(月) 02:15
- >>193 名無飼育さん
有難うございます。
そう言ってくださると気合が沸きます。
今後ともよろしくお願いします。
ちょっと話が逸れて行ってしまって話を今変更中です。
つきましては更新の方は少し遅めになります。
このお話もあともう少しです…多分(汗)
それでは行きます。
- 195 名前:名無し亀さん 投稿日:2007/01/15(月) 02:16
-
それは、本当に偶然が偶然を呼んでいたようだった。
見上げる青い空には何も見つからない。
だけど、どうしてか安心できる色があった。
だけど、真っ白だった。
まるであの雪のように溶けてなくなってしまいそうな。
白は多分、いろんな色へと変わって1度は元に帰るんだ。
だけどそれは、嬉しいことなのかな?
真っ白な雪は一体どこに消えていくんだろう?
落ちてしまった色は、一体どこに溶け込んでいくんだろう?
- 196 名前:5.<Balmy autumn weather> 投稿日:2007/01/15(月) 02:17
-
5.<Balmy autumn weather>
- 197 名前:5.<Balmy autumn weather> 投稿日:2007/01/15(月) 02:19
- 12月上旬。
わたしは、1年前に都内に家の事情で引越した。
その理由は外に出すことは出来ない。
というか、口に出すのも嫌だから。
目の前では"ふっとさる"という球技が行われている。
でも大会とかじゃない。
思いっきり蹴ったボールは地面を翔り
それを貰った女性はゴールへと鋭く突き刺せた。
ピー!という笛の音と共に、試合は終わった。
わらわらとメンバー達が別れる中、2人の影が目に止まった。
その人達はこのチームのリーダーとサブリーダー。
わたしは息を大きく吸い上げ、そして限界まで酸素を吸い込んだと同時に
「吉澤さーん!藤本さーん!!」
叫んだ。
名前を呼ばれた女性2人はバラバラで、1つは苦笑いで、1つは明らかに嫌そう。
でもすぐに駆けつけてきてくれて、わたしは1人に抱きつく。
身体を動かしていた所為か、凄い熱い体温を感じた。
- 198 名前:5.<Balmy autumn weather> 投稿日:2007/01/15(月) 02:20
-
「こらっ、小春〜そういうのは止めてって言ってんじゃンか」
「こっちがハズいし」
「えへへぇ〜♪」
わたしが今抱きついているのは腕を外そうとしながらもあまり怖くない吉澤さん。
その隣で嫌そうな顔をして冷たい口調で言うのは藤本さん。
2人はわたしがこっちに来た時に初めて会った人達。
こっちが一方的だったけど、もう今ではちゃんと名前を言ってくれるようになった。
「今日も勝ちましたね♪」
「当たり前じゃん、ミキ達は無敵だもん」
「よく言うよぉ、最後の方、あたしがサポートしなかったら点取れてなかったよ」
「そういうよっちゃんこそ、初めのほう是ちゃんに抜かれ放題だったじゃん」
また始まってしまった。
でも本当に怒ってるわけじゃないって事は分かってるから
わたしは更衣室に入る数分間その状態を見ていた。
- 199 名前:5.<Balmy autumn weather> 投稿日:2007/01/15(月) 02:20
-
**********
- 200 名前:5.<Balmy autumn weather> 投稿日:2007/01/15(月) 02:42
-
わたしがこっちに来た時、この東京という町が
いかに自分の地元とかけ離れているか思い知らされた。
人、人、人、目の前には必ず人が居て、必ず建物があった。
ぐるぐるぐるぐる目が回りそうな程で、今日からここに住むのだと思うと絶句した。
でも、ちょっとはわくわく感もあったかもしれないけど
家から出た理由が理由だから、いつものテンションになるはずも無く。
散歩ついでにその街を虱潰しに見ていた。
山も無ければ海も無い。
なんだか自然のものが無くて、全てがまるでロボットのよう。
地元の人が都内に上京する、というパターンが多かったけど
どうしてこんな所に住みたがるのかがよく分からなかった。
というか、分かりたくも無かった。
それがこの街の第一印象。
- 201 名前:5.<Balmy autumn weather> 投稿日:2007/01/15(月) 02:43
-
そんな時、ふと見かけたのがこの体育会館。
何かを蹴り上げる音と、それを呼応するように叫ばれる声。
丁度暇だったし、わたしは興味半分でその会館の中に入り込んだ。
人が誰も居なくて、侵入するのは梅干の中の種を出すほど簡単だった。
重い扉をソッと開けて、片目で見られるほどの範囲で覗き込む。
突然、扉に振動が響き渡った。
ガァン!!というドラを鳴らしたような大きな音。
「キャァ!!」
わたしは突然の音にビックリして、地面に尻餅をついてしまった。
ボールがコロコロと転がって来た。
すると、さっきまで覗き込んでいた扉がその倍の広さで開かれ
そこから長身の女性が1人、わたしを見下ろしていた。
「…何してンの?」
- 202 名前:5.<Balmy autumn weather> 投稿日:2007/01/15(月) 02:43
-
女の人も驚いたみたいで、不思議そうにわたしを見下ろしている。
どう言おうか迷っていると、その後ろからもう1人、目の鋭い女の人。
わたしは慌てて立とうとしたら、手を掴まれて引っ張られ
あっさりと立ち上がらされてしまった。
「ここじゃあ見かけない顔、引っ越してきたの?」
「あっ、あの…」
「ダメだYO〜ミキティ、そんなに近いと怖がるって」
ドスンッ。
軽い何かを打ち付けるような音が聞こえ、長身の人が
お腹を抑えながら身体をうずめてしまった。
見ると鋭い目の人が握りこぶしを作っていた。
休憩中。
わたしはさっきの女の人達に中へと入れられて
数十分ほど練習風景を見せてもらっていた。
何の練習かと言うと、"ふっとさる"というサッカーのような球技。
わたしは始めて聞いた名前と初めて見たその
ボールの感触を覚えてビックリした。
- 203 名前:5.<Balmy autumn weather> 投稿日:2007/01/15(月) 02:44
-
重い。
ズッシリと重いそのボールを、この人達は足で蹴っている。
試しに蹴らしてもらったけど、爪先がジンジンと痛みを訴えていた。
何でこの球技をするようになったのかを聞くと…。
「なんでだろ…なんか…楽しそうだったし」
「ミキティはあたしが誘ったんだよ、暇人っぽかったし」
ガンッ。
今度は頭上からボールが降ってきた。
「イターイ!」と長身の人が頭を抑えて唸っている。
目つきの鋭い人はもっと両眼を細めながら「バーカ」と悪態をついた。
だけど2階の方にいるその人はなんだか楽しそうで
それがなぜか怒る気持ちとかをかき消していた。
…そうそう、そういえば、まだ名前を聞いていなかった。
- 204 名前:5.<Balmy autumn weather> 投稿日:2007/01/15(月) 02:45
-
「名前を教えてくださいっ」
「ん?あぁ、あたしは吉澤、吉澤ひとみ」
「ミキは藤本美貴」
2人共わたしとは6歳以上離れていて、大人だった。
茶色に染め上がった短髪と長髪。
そしてどこかサバサバしてるけど、どこか優しい。
この街よりも自然な2人を、わたしは興味津々で、尊敬した。
こんな所でもこんな人たちが居ると思うと
さっきまでの暗いものはどこへやら飛んでいってしまった。
これが、藤本さんと吉澤さんとの出会い。
それからわたしは、何度も何度もこの体育館を出入りしている。
- 205 名前:5.<Balmy autumn weather> 投稿日:2007/01/15(月) 02:45
-
*********
- 206 名前:5.<Balmy autumn weather> 投稿日:2007/01/15(月) 02:45
-
着替える吉澤さんと藤本さんを待っていると
チームの皆さんが次々と挨拶を交わし、部屋を出て行く。
だけど、わたしには何も言ってくれなかった。
もう慣れちゃったけど、ちょっと寂しい気もする。
そして人気が居なくなると藤本さん達は話しかけてくれる。
「しっかし、小春も飽きないねぇ、あたし達の事そんなに好き?」
「はいっ!」
「若いよねぇ発想が、確か14歳だっけ?」
「はいっ!」
「はは、確かに若いわ」
吉澤さんは何がおかしかったのか笑った。
それに呼応するようにわたしも笑って見せた。
「お気楽…」と藤本さんがポツリと呟く。
「っていうかミキティ親父くさいね」
「本当の親父に言われたくな〜い」
「あたしすっごい乙女だしぃ〜」
「逝ってろ、ばぁか」
- 207 名前:5.<Balmy autumn weather> 投稿日:2007/01/15(月) 02:46
-
そんな会話をしながらも2人は器用に着替えを済ませ
身だしなみを整えた後、部屋を出て行った。
わたしもその後ろから付いていくように歩いていく。
藤本さん達は家が違うため、左右に別れるように歩いていく。
その時に挨拶を交わしながら、わたしはどっちかのところに行く。
昨日は吉澤さんとこだったから、今度は藤本さんに、という具合に。
「ふっじもとさ〜ん♪」
「え〜?今日はミキ〜?」
「えへへぇ〜♪」
背中に突っ込んだあとはすぐに離れる。
そうしないと藤本さんは怒るから、隣で一緒に歩くようにしているのだ。
初めはくっ付き過ぎちゃって「ウザい」って叱られた。
だから少しは学習したのだ。
〜♪〜〜♪♪
- 208 名前:5.<Balmy autumn weather> 投稿日:2007/01/15(月) 02:47
-
ふと、藤本さんのポケットから携帯が取り出され、なにやら画像を見ている。
どうやらメールらしい、だけどその表情はなんだか優れない。
パコンという音と一緒に携帯はポケットに吸い込まれ、何か考えたあと
わたしの方にチラリと視線を向ける。
「ブツブツ…そうだな、そうだ、そうしよう」
「どうしたんですか?」
わたしが聞くと、藤本さんは携帯の時間表示を覗くとわたしに言った。
キョロキョロと周りを見てから、ピッと綺麗な垂直になる人差し指を出して。
「この後、20分経ったらこの先のマックに行って」
「へっ?」
「そしてその後の指令を待て」
まるでどこかの司令官のような言葉遣いで藤本さんは言う。
しかも妙な迫力だから、わたしはつい頷いてしまった。
それを見た後の藤本さんの表情は、まるで何かの危機に逃れたように安心そうで。
わたしは何がどうなのか分からないまま、笑顔を浮かばせた。
- 209 名前:5.<Balmy autumn weather> 投稿日:2007/01/15(月) 02:47
-
そして20分。
もっと正確に言うと25分経つか経たないか、という時間になる。
ご飯屋さんみたいだけど、どうしてか空腹感が無い。
他の席からは凄い良い匂いもするのに。
しかも店員さんは挨拶も交わしてくれなかった。
他の人には完璧なスマイルを見せて挨拶するのに…。
東京は冷たいと地元で聞いたことがある。
だけど今は藤本さんの頼み事だから仕方がない。
席に座り、周りを見ながら、特定の人を探す。
ふと、店内の中に入ってきた人影。
キョロキョロと周りを見るピンク姿の女性、あの人だろうか?
藤本さんに聞いた本人像はこう。
まず、全身に身に付けているものはピンクが多い。
服装は意外と薄いもので、口元にホクロが1つある。
- 210 名前:5.<Balmy autumn weather> 投稿日:2007/01/15(月) 02:47
-
これだけだとまず分からないものなのに
わたしは直感的にその人だと感じたのはあと1つの重要ポイント。
別の席へと腰掛け、ゴソゴソと鞄から取り出したものを自分の目の前にかざして
前髪をちょいちょいと調整している。
そして小さくつぶやいた事は自分へと魔法を掛ける言葉。
間違いない。
わたしはソッと、その席へと歩み寄る。
すると女性は気づいたのか、きょとんとした表情でわたしを見ている。
だけどわたしは自然と前の席に座り、女性と向かい合った。
「あの…」
「道重さゆみさんですか?」
わたしでも持ってないビックサイズの鏡を持つ女性
道重さゆみさんは、突然名前を呼ばれたことで混乱しているのか
「はぁ…」と頷いたまま固まってしまった。
- 211 名前:5.<Balmy autumn weather> 投稿日:2007/01/15(月) 02:48
-
「藤本さんに言われたんです、実h」
「…えっ?あの、ちょっと待って待って」
ようやく気づいたのか、道重さんは両目をいろんな所に向けて慌て回る。
だけどわたしも言い掛けてた言葉を止められてしまい
タイミングを逃してしまった。
「えっ?あの、あれ?あなたは?えっ?えっ?」
「あ、あの、落ち着いてください」
困ったなぁ。
ここまでなるとは思わなかったし、とにかく落ち着いてもらわないと。
わたしは両手をブンブン振りながらなにか方法を考えた。
そしてピンッと思いついたのはこの方法。
「た、たぁ!」
「ふぎゃっ!?」
- 212 名前:5.<Balmy autumn weather> 投稿日:2007/01/15(月) 02:48
-
思いついたのは、かなり軽めのチョップ。
いつも藤本さんが吉澤さんにしているのを見ていたから
無意識のうちに身体が覚えていたみたいだ。
「イターイ」と頭を抱えながら道重さんはしばらくの間沈黙。
ハッとして、わたしは周りから妙な視線を覚えていた事に気づき
慌ててお店を出た。
しかも道重さんを引っ張るようにして。
わたしは恥ずかしさと動揺で一杯で、穴があったら入りたい気分だった。
左右を見て、どこか隠れられるような場所を探す。
そしてようやく見つけたのが、かなり距離の離れた自然公園。
屋根付のベンチに腰掛け、わたしはようやく道重さんの存在に気づいた。
「す、すみませぇん!」
- 213 名前:5.<Balmy autumn weather> 投稿日:2007/01/15(月) 02:49
-
謝っても、道重さんはゼェゼェと息を荒くしていて聞こえているのかいないのか。
わたしはどうしようと思い、近くの販売機でペットボトルのお茶を買った。
藤本さんからお小遣いとしてもらったお金。
キャップを取ると、それを道重さんに差し出した。
道重さんは息を整えると、それを一気に飲んでいく。
そのせいで咽てしまったりと、わたしは背中を擦りながら謝った。
マズイ。
こんな事、藤本さんになんて言えば…。
藤本さんには、道重さゆみさんに会ったら自分は用事が
あるから会えないと伝えてほしい。
って、まるで"キョウハク"まがいに約束されたのに…。
- 214 名前:5.<Balmy autumn weather> 投稿日:2007/01/15(月) 02:50
-
今日の今初めて会った人に危害を加えて
しかも凄い迷惑かけちゃった。
あぁ…これで藤本さんには嫌われちゃうかな。
「ウザい」って言われちゃうかな。
そうなると吉澤さんにも嫌われちゃうかも。
お菓子の梅干とかもう貰えなくなるんだろうな…。
いやだなぁ、あれ、小春どこに売ってるか全然しらないのに。
それもともう練習場には来るなって言われるかな?
そんなの嫌、嫌だけど小春はそこまでしちゃってるし
あぁ、最後に吉澤さんから梅干しの売ってるお店聞けばよかった…。
- 215 名前:5.<Balmy autumn weather> 投稿日:2007/01/15(月) 02:50
-
なんだかもう頭の中で混乱しながらジワリと目が潤んでくる。
と、道重さんがわたしの事をなにか言いたそうに見上げていた。
ハッと気づいて、わたしは擦っていた手を背中から離した。
「す、すみません…」
「ううん、ごめんね、さゆみも混乱しちゃって」
…あれ?
なんだか道重さんに謝られてしまった。
完全にわたしの方が悪かったのに。
「えっと…藤本さんからなんて?」
「あっ、あの、今日は用事があるから来れないって…」
「…そっか」
なんだか一瞬、道重さんの表情が歪んだ。
悲しそうな、諦めたようなその表情。
わたしが1番嫌いなその表情。
だけど本当に一瞬で、道重さんは笑顔に変わった。
「さゆみ、道重さゆみって言うの」
「あっ、えと、小春、久住小春です!」
「小春ちゃんか…藤本さんの親戚…とか?」
「あっ、あの実は…」
- 216 名前:5.<Balmy autumn weather> 投稿日:2007/01/15(月) 02:51
-
わたしは言える範囲までを話し、道重さんに伝えた。
引越してきて、偶然藤本さん達の練習場を見つけたこと。
それからもう1年は経ってること。
ズラズラと話していくわたしを、道重さんは頷きながら聞いてくれた。
一通り話すと、道重さんは「そっかぁ〜」と一言。
…なんだかちょっと微妙な反応だったけど、納得はしてくれたみたいだった。
「あ、あの、なにかあれば小春が伝えますけど…」
「ん〜…良いや、集まる時があるからその時に言えるし」
「集まる?」
「藤本さんがね、なんか全員で集まるっていうから」
全員。
その言葉になんだか違和感を覚える。
道重さんが"ふっとさる"をしているなんて事はないだろうし
かと言って全員ということは複数なのは確か。
藤本さんはまだ他にもなにか入っていたのだろうか?
- 217 名前:5.<Balmy autumn weather> 投稿日:2007/01/15(月) 02:52
-
「あのぉ、藤本さん達とはどういう…」
「ん?ふふぅ〜聞きたい?」
道重さんは少し自慢げに言うものだから
わたしは興味が湧き出した。
固唾を呑むような思いで言葉を待つ。
道重さんは耳を差し出すように言い、わたしはそれに
アッサリと従って、耳を出した。
すぐそこに道重さんの口があって、小さな吐息が掛かった。
今は12月、耳もすっかり冷え切っていて
その生暖かい息が妙な寒気を感じさせた。
「な〜い〜しょ♪」
「…え〜っ!?」
一気に脱力感を覚えるわたしの身体。
すぐ近くにいたせいか、道重さんに両耳を塞ぎながら
「声大き〜いっ」と叱られてしまった。
ごめんなさい…。
- 218 名前:5.<Balmy autumn weather> 投稿日:2007/01/15(月) 02:52
-
*********
- 219 名前:5.<Balmy autumn weather> 投稿日:2007/01/15(月) 02:54
-
その日を境に、わたしは度々道重さんと会うようになった。
練習場にも確かに立ち寄っていたけど、吉澤さんと藤本さん
に付いていくことも減っていって、藤本さんはなんだか妙に
安心したような顔で、吉澤さんはちょっと不安そうだった。
道重さんとは趣味が合うというか、なんだか
お姉ちゃんのような存在だった。
道重さん自身、お姉さんもお兄さんも居て、末っ子だから
わたしが妹のようだと言ってくれる。
それがなんだか嬉しくて、徐々にわたしは道重さんとの
距離を縮めるようになった。
「あっ!道重さん、アレなんてどうですか?」
「ん〜それよりもこっちの方がカワイイかも…」
なにより道重さん自身、凄い面白い人。
吉澤さんも面白いけど、なんていうか…本当に天然。
買い物に来てもさっきの言葉どおり「カワイイ」が重要で
食べる時は絶対に最後にチョコレートたっぷりのスウィーツを頼む。
しかも妙な常識はずれな所もあって凄いビックリした。
それで…凄く優しくて、可愛らしい人。
- 220 名前:5.<Balmy autumn weather> 投稿日:2007/01/15(月) 02:54
-
「小春ちゃんには兄弟は居ないの?」
「一人っ子なんです」
でもなにより、家庭内の話になるとちょっと沈む。
道重さんはそれにを察してくれて話題を変えようとしてくれる。
だからわたし自身も、明るく振舞うように努めた。
人に迷惑を掛けることは絶対に嫌だし、なにより道重さんには
笑顔で居てほしいから…。
あの悲しそうな表情が今でも忘れられない。
それに何度か練習場へと誘ったものの、なぜか藤本さんも
道重さんも承諾してくれなかった。
理由はいつも遮られてしまし、よく分からない。
だから今では言うことをしないようにしてる。
- 221 名前:5.<Balmy autumn weather> 投稿日:2007/01/15(月) 02:55
-
そうして2週間。
そんな時、わたしに突然起こった出来事。
もう寒い日が続いていて、その日はほとんど公園には
人気が居ない状態だった。
手袋をした両手を擦り、ベンチに座りながら
わたしは道重さんを待っていた。
ふと、頭上に当たったなにか。
わたしはそれを掴むと、自分の目の前にかざす。
だけど手袋のせいか、それはハラリと地面に落ちた。
鳥の羽…のようにも感じたけど、それにしても真っ白で。
まさにジュンパク。
わたしが見てきた中で一番綺麗なものだった。
真っ白な羽根。
空を見上げると、またハラリと落ちてくる羽根。
そこには、まるで、この羽根のように真っ白で。
雪のように透き通った妖精が浮かんでいた。
- 222 名前:5.<Balmy autumn weather> 投稿日:2007/01/15(月) 02:56
-
だけど妖精にしては結構大きくて、郵便局の人の
ような帽子と皮製の鞄を右肩に背負っていた。
女の人で、その背中には、全身を覆い隠せるくらいの翼。
「…こんにちわ、天使郵便です」
そう女の人は言う。
天使。
その言葉は、わたしの中で大きな意味を表していた。
本や物語で聞いたことのある単語。
でも、まさか本物なんて…。
「よく言われちゃうんだよねぇ」
フゥッ…と、天使さんはため息を吐いた。
わたしは大きく興味をそそられた。
何も言っていないのに言葉を返された。
今、翼だけで飛んでいる。
- 223 名前:5.<Balmy autumn weather> 投稿日:2007/01/15(月) 02:56
-
全てがファンタジーのようで、全てが夢のよう。
凄い、凄すぎる。
いろんな事を想像しながら、わたしは大きく叫んだ。
「すごぉ〜い!!」
「うひゃっ?!」
天使さんはわたしが突っ込んできた事にビックリしたのか
わたしの両肩を掴んで寸前で受け止めた。
それでもわたしはなおも進み、腰に腕を巻きつける。
「天使さん!?本物なんですか!?」
「ちょ、ちょっと待って」
嬉しい。
凄く嬉しいことが起きた。
まるで世界が360度変わった瞬間。
わたしはその感情と入れ混じり、泣いてしまった。
それに気づいた天使さんは抵抗を止めてくれた。
- 224 名前:5.<Balmy autumn weather> 投稿日:2007/01/15(月) 02:56
-
「ぅ…う…ぇぇ」
「ど、どうしたの?私、変なこと…」
わたし自身よく分からなかった。
なぜ泣いてしまったのか。
どうして嬉しかったのに悲しかったのか。
天使さんは困ってる。
困ることはしたくないのに、わたしは今天使さんを困らせている。
だけどどうしてか、凄く安心した。
暖かくて、その何も無い白を見ていると、ホッとした。
まだ何色にも染まっていない色だからかもしれない。
そんな時、わたしは背後で叫び声を聞いた。
振り向こうとしたけど、自分の表情を見せるわけにはいか無くて
ただそのままで居ると、突然天使さんは消えた。
感触も何も無い。
ただ公園の景色だけが、目の前には見えていた。
- 225 名前:5.<Balmy autumn weather> 投稿日:2007/01/15(月) 02:57
-
「小春ちゃんっ」
「あっ…」
慌てて目を擦り、わたしは振り向く。
そこには、驚くほど目を見開いた道重さんが左右を見回っていた。
どうしたんだろう…?
ふと、そう考えた途端、何か手に収まっているのに気づいた。
それは、真っ白な封筒で、わたしの名前が書いてある。
「…天使郵便」
道重さんが呟いた言葉。
わたしはそれが、あの天使さんが呟いていた事を思い出した。
その言葉の意味を聞こうとしたけど、道重さんはただ呆然と
わたしの手に収まる封筒を見つめていた。
- 226 名前:5.<Balmy autumn weather> 投稿日:2007/01/15(月) 02:57
-
********
- 227 名前:5.<Balmy autumn weather> 投稿日:2007/01/15(月) 02:58
-
夜。
わたしは、その封筒を開けるかどうか迷っていた。
今家には誰も居ない。
というよりも、1週間に2回のペースでしか帰っては来ない。
帰ってくるのはただ1人、わたしと血縁の父親。
テーブルに置かれた真っ白の封筒。
これを開けて、どうなるのかわたしは知らない。
ただ、誰にも開けるなとも言われていない代物なので
興味が無いとも言い切れない。
正直言えば、凄く中身が気になるのも確か。
だけど、もしかしたらあの女の人のものかもしれない。
女の人は「天使郵便」と言った。
郵便と言えば、手紙とか…封筒物が妥当。
だけど、自分の名前が書いてあるのだからわたし宛に
届いたもので、開封する権利があるのかもしれない。
- 228 名前:5.<Balmy autumn weather> 投稿日:2007/01/15(月) 02:59
-
うーん…。
悩む、凄く悩んでしまう。
普段なら一気に開けているはずだけど、なぜか神妙になってしまう。
帰る時に、道重さんから言われたからだろうか。
「いい?その封筒は、ちゃんと考えて開けるの」
そう言って、道重さんは急用を思い出したと言って帰ってしまった。
わたしは呆然とその公園で立ってたけど、とりあえず家に帰ってきた。
これを誰かに言ったほうが良いのかな?
だけど…これを信じてもらえるのかな?
考えてみれば、凄くファンタジーなお話。
しかも封筒だから、これを開けないと先に進まないのは目に見えてる。
それくらいわたしでも分かるけど…なんか…。
「会いたくないの?」
「キャッ!?」
- 229 名前:5.<Balmy autumn weather> 投稿日:2007/01/15(月) 02:59
-
突然後ろから声がして、わたしは小さくな悲鳴を上げてしまった。
申し訳なさそうな表情を浮かばせているのは、あの時の天使さん。
「だ、誰に…?」
「…それを開ければ、今1番会いたい人に会うことが出来るの
ただ、私は天使だから…分かるよね?」
天使さんは言った。
今1番会いたい人に会える封筒。
そしてそれは…天使さん達が連れて来れる人だけ。
そう…死んだ人だけ。
わたしは封筒を見つめて、手に取る。
フワリとした、さっきまで無かった感触が伝わる。
まるで羽根のように温かくて、優しい。
開封すると、そこには知らない場所の名前と一言、まるで謝罪するような言葉。
依頼主は、わたしのお母さんだった。
- 230 名前:5.<Balmy autumn weather> 投稿日:2007/01/15(月) 03:00
-
「じゃあ…まずは送金なんだけど」
「送金…?」
「今からぁ…お、8時間もある、それまでに再会してもらうんだよ」
サイカイ。
言葉も知ってるし、意味も知ってる。
だけど…なんだか本当に現実味の無い言葉。
だってどうしたって、もう会えない存在だと思っていたから。
そうなんだって、ハッキリと目の前で証明されてしまったから。
「…前にね、知らずの内に恋人を失った人が居たんだ」
「えっ…?」
天使には心の中が読める、というか、見えるらしい。
だから聞こえもするし、さっきみたいにわたしの言葉にも
返答することが出来る。
本で何度も何度も見てきた天使さん。
その天使さんが、語ってくれたのは、悲しいお話。
- 231 名前:5.<Balmy autumn weather> 投稿日:2007/01/15(月) 03:00
-
「留学中、近くのマンションで大きな火事が発生して
赤ん坊を助けようとしたみたい、母親のために、1人で火の中へと飛び込んだ。
赤ん坊は大丈夫だったみたいだけど、その人は酷い火傷を負って…」
「今…その人は…?」
「その人と再会した、その後は、もう私達は干渉できないから…」
「そう…なんですか」
思い出すのは、お母さんの面影。
わたしが知らずの内に消えてしまったお母さんの表情。
凄く痛くて、凄い悲しくて。
悲しそうにわたしの頭を撫でる手は、まるで氷のように冷たくて…。
何度も何度もわたしの目からこぼれる水がお母さんの顔にぶつかった。
何度も何度も、お母さんはわたしに謝った。
お母さんはずっと笑っていてほしいと言った。
人の言うことをよく聞きなさいと言った。
わたしがそれに応じた時、お母さんは一瞬笑ってくれた。
掴んでいた手はもう冷たくなっていた。
薄っすらと目を開けたままの状態でお母さんの時は止まった。
同時に、わたしの時間も止まった。
- 232 名前:5.<Balmy autumn weather> 投稿日:2007/01/15(月) 03:01
-
気づけば、わたしはこっちにいた。
本当は引っ越してきたのかすら…わたし自身覚えてない。
「…天使さん」
「ん?」
「小春、お母さんに会いたい」
わたしはそう言ったと同時に、なにかが頬に
流れているのに気づいた。
拭ってみても、全くそれは止まる気配を見せない。
天使さんは頷き、わたしの頭を一瞬撫でる。
すると一瞬にして、周りが金色の世界に包まれた。
暖かい…。
「依頼主の要望で、私がちゃんと届けるから」
そう言って、天使さんは大きな翼を広げた。
ハラリ、ハラリとその中から取れていく羽は、まるで雪のようで…。
吉澤さん達だったらこういうのを白銀の世界って言うんだろうな。
そんな事を考えながら、わたしは全身を天使さんに預けていた。
- 233 名前:5.<Balmy autumn weather> 投稿日:2007/01/15(月) 03:02
-
もう周りが眩し過ぎて、気づけば瞼を閉じていた。
それと…なんだか周りが暖かいせいか、凄く睡魔が襲う。
そういえば、道重さんどうしたのかな?
ふと考えたのは、道重さんの悲しそうな表情。
道重さんはこの天使さんの事を知ってたみたいだけど…。
ふとわたしの思考は、途端に消えた。
あとに見えたのは、自分自身が思い描いた面影。
「ご利用、ありがとうございました」
天使は空を舞う。
その身体の中に、久住小春という存在は居ない。
天使は思い返す。
- 234 名前:5.<Balmy autumn weather> 投稿日:2007/01/15(月) 03:02
-
彼女は、すでにこの世の人間ではなかった。
世界に失望し、母親が死んだあと、その身を投げてしまった。
だが少女は幼すぎた。
自分の死と、母親の死を受け入れられずにこの世に未練を残した。
そして少女は繋がりの残る父親の元へと連れて来られた。
死んだとしても、まだ血縁の繋がり、つまり魂は繋がっている。
そして、それがある特定した人間には見えた。
藤本美貴と吉澤ひとみは、すでに感づいてはいたらしい。
だが、彼女のあまりにも自分たちを好きで居てくれる。
そして幼い子供だったため、言いにくかったのかもしれない。
藤本美貴に関しては、自身の過去と酷似していたからと推測される。
そして…道重さゆみ。
- 235 名前:5.<Balmy autumn weather> 投稿日:2007/01/15(月) 03:04
-
彼女に関しては、「天使郵便」を1度体験している事もあるのだろう。
天界に居た時、彼女の身内の人に出会った。
久住小春がこの世の物ではなかったにしろ、早々真実を言える訳なかったはず。
…だけど…
天使は記憶に残る面影を想い出しながら、夜空を舞う。
もう戻れないと分かっている過去の記憶を…。
- 236 名前:5.<Balmy autumn weather> 投稿日:2007/01/15(月) 03:05
-
*********
- 237 名前:5.<Balmy autumn weather> 投稿日:2007/01/15(月) 03:05
-
「小春、逝ったんだって?」
「そうみたい…だね、この数日来ないって事は」
「そっか…シゲさんに頼んだのは、正解…だったかな」
「…そうだね」
「…ねぇ、よっちゃん」
「ん?」
「人はいつかは死ぬもので、その時にはもう記憶なんて無いよね?」
「…たぶん」
「ならさ、人はなんで出会うことに固執するんだろ?
たった1度きりの出会いなのに、なんで出会いを求めるんだろ?」
「…そんなの、あたしが聞きたいくらいだよ」
「ごめん…」
「…ねっ、もし時間が余ったらさ」
「うん?」
「小春の実家…新潟だっけ?行ってみない?」
「…そうだな、梅干もあげるの忘れてたし」
- 238 名前:5.<Balmy autumn weather> 投稿日:2007/01/15(月) 03:06
-
今日も空気は穏やかで、冬なのに暖かい世界。
確かこれを、小春日和って言うんだったかな。
<Balmy autumn weather> end.
- 239 名前:- 投稿日:2007/01/15(月) 03:06
-
- 240 名前:名無し亀さん 投稿日:2007/01/15(月) 03:13
- 正直言って、今の状態でこのお話を更新するか迷いました。
最後の方も少し急遽変更して行きたいとは思うんですがね…。
コンサートお疲れ様でした。
それでは次回まで。
- 241 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/16(火) 17:21
- そうですね。難しいですね…。
でも私は今このお話が読めてうれしかったです。
- 242 名前:名無し亀さん 投稿日:2007/01/30(火) 22:13
- >>241 名無飼育さん
有難うございます。
この物語もようやく最終の一歩を歩みます。
今後ともヨロシクお願いします。
少し修正し直していたので間が空きました(汗)
それでは参ります。
- 243 名前:6.<A way of snow> 投稿日:2007/01/30(火) 22:15
-
人の幸せを願うことが好きだったあの子。
いつも笑顔で、どこか憎めないその愛らしさ。
まるで…あの雪のような純粋さを秘めていた。
見上げると、まるでその子が笑っているように見える月。
過去に何度も見つめたその金色の円形。
繋いでいた手のぬくもり。
もうその感触は消えてしまったけれど
ずっと記憶の中に残ってる、思い出の雫達。
- 244 名前:6.<A way of snow> 投稿日:2007/01/30(火) 22:16
-
6.<A way of snow>
- 245 名前:6.<A way of snow> 投稿日:2007/01/30(火) 22:17
-
12月中旬。
クリスマスがあと少しで始まろうとしている。
街にはイルミネーションが煌びやかに光り輝き。
まるで星空の中に居るような気さえした。
私はその中で歩き、キョロキョロと左右を確認する。
そこは駅前で広場のような場所。
だけどそれもあってか、たくさんの人たちが集まっていて
影を探すのだって一苦労。
しかもその人物の体型を知っていれば尚更だ。
ふと、そんな時に聞こえたのはあの凛とした音色。
何度も何度もその音は耳の中で響き、弾く。
その音を聞きつけ、見つけた先は広場の隅のベンチに座るあの子。
まるで捨てられた猫のようなその姿は、どこからどう見ても
よくは思われない状態だろう。
手の中にあるものを投げては、その生気の無い両目で見つめている。
私は心の中でため息をつくと、その子の元へと歩く。
- 246 名前:6.<A way of snow> 投稿日:2007/01/30(火) 22:17
-
「…れいな」
声を掛けるも、なにやら寝ぼけているのか、それとも
無視を図っているのか、手のものを上下に投げ続けたまま。
今度は聞こえるようにため息を吐き、その手のものが投げられた瞬間。
「あっ」
宙に浮いた瞬間を見計らい、引っ掴んだ。
これには反応を示したのか、さっきまでの虚ろな両目はどこへやら
まるで威嚇するように鋭くさせ、私を睨むように見上げる。
だけど私には効かない。
目の前の親友とは、もう3年の付き合いで大体は把握している。
「…何すると?さゆ」
「こんなところにいたらホームレスの人か家出少女に間違えられるの」
「…別に、どっちでも変わらん」
「とにかく来るのっ」
- 247 名前:6.<A way of snow> 投稿日:2007/01/30(火) 22:18
-
私は彼女の腕を引っ掴むと、無理やり立たせた。
そしてどこか話せるようなお店に行こうとして、ある場所を思い出す。
昔新垣さんに何度か連れて行ってもらった喫茶店。
今だったらもう開いていると見越して、私はそこへと目指した。
私と同い年の彼女の腕。
まるで皮一枚だけしかないようなその腕は、今少しでも
強く握れば折れてしまいそうなほど細くて…。
昔からそれほど食べる事はしない方だったけど、最近はそれ以上に
食べていない。
直感的に、私は感じた。
あの出来事が起こった時から、れいなは変わった。
- 248 名前:6.<A way of snow> 投稿日:2007/01/30(火) 22:19
-
*********
- 249 名前:6.<A way of snow> 投稿日:2007/01/30(火) 22:21
-
目的地にたどり着いた私は、とりあえず力を付けられるような
料理をメニューから見極めて頼んだ。
ここのマスターである飯田圭織さんは私達のことを覚えていてくれた。
だけど会うのは本当にお久しぶりで、道重って凄い垢抜けたねって。
…個人的には「可愛くなったね」とかの方が良かったけど
今はそんなお気楽な雰囲気じゃない。
カウンター席ではなく、テーブル席へと私達は向き合うように座った。
彼女は私の手のものが気になるのか、ジッと見ている。
スッと手の平を広げると、そこには金色に輝く鈴。
チリンと、それは小さく遠慮気味に鳴った。
「…れいな、変わったね」
「なん?急に…」
「こんな姿、絵里には見せられないよ」
「…っ」
- 250 名前:6.<A way of snow> 投稿日:2007/01/30(火) 22:22
-
彼女はあまり喜怒哀楽を見せない。
だから不安になる。
だから私は、少しだけキツく言ってしまう。
彼女の表情に少しでも変化が現れることで、私は安心できるから。
悪い事だって言うのは分かってる。
でも、そうしないと私達は前に進めない。
「また、「天使郵便」が送られてきてるよ」
「えっ!?」
「私達宛てじゃないけどね」
花が咲いたように彼女が一瞬明るくなったけど
またしなびれる様に沈んでしまった。
数分間の沈黙。
それを破ったのは、意外にもれいなの方だった。
- 251 名前:6.<A way of snow> 投稿日:2007/01/30(火) 22:23
-
「…れなの所にも来んかなぁ…」
「…」
「そしたら絵里に…会えるかもしれん」
絵里。
亀井絵里は、目の前の彼女にとっては特別だった。
それは私からでもハッキリ分かるような
ちょっと羨ましい…そして微笑ましくもあった。
だけど彼女が居なくなった時のれいなの変貌は見たくなかった。
もしかしたら私の責任もあるかもしれないけど、れいなを安定させるには
この方法しか無かった…ありえなかった。
私自身、死人を生き返らせるなんて事は出来ない。
だから私も、これに頼ってしまった。
2年前届いた「天使郵便」
- 252 名前:6.<A way of snow> 投稿日:2007/01/30(火) 22:24
-
そのおかげで私は、大好きなお姉ちゃんに会うことが出来た。
それをれいなに話した事があったけど、2人信じてくれなくて…。
でも絵里は、少しだけだけど信じてくれるって言ってくれた。
れいなも最終的には信じるようになったけど…。
きっかけは、私のその「天使郵便」の事。
その所為でれいなは変わった。
朝から夜まで、ずっとずっと街を出歩くようになった。
福岡から上京した事で学校の寮生活
今では抜け出して夜の世界を歩いているらしい。
だから今日も、と思えば案の定。
「はい、お待ちどうさま」
- 253 名前:6.<A way of snow> 投稿日:2007/01/30(火) 22:25
-
また沈黙が始まろうとした時、飯田さんが料理を持ってきてくれた。
その中には私が大好きな明太子スパゲッティも、当然なの。
れいなにフォークを差し出すと、渋々手に掴む。
「いただきます」と挨拶をして、私は口に運んだ。
だけどれいなはジッとしたまま。
「ねぇ、れいな」
「…なん?」
「ちょっと来てほしいところがあるの」
「…よかよ」
「それ食べてからね」と付け加えると
れいなは少しずつ口に運んで行った。
沈黙が流れる中、スパゲッティを啜る音だけが聞こえていた。
- 254 名前:6.<A way of snow> 投稿日:2007/01/30(火) 22:26
-
********
- 255 名前:6.<A way of snow> 投稿日:2007/01/30(火) 22:26
-
私が彼女、れいなと出会ったのは偶然。
都内の高校進学を希望した私が、初めて隣の席になったのが彼女だった。
だけど休み時間になると教室から颯爽と出て行っては
最初はあまり会話をすることは出来なかった。
その事もあってか、初めの頃は印象があまり良くなくて、同級生の中でも
「上級生とよくつるんでる」という話さえも流れていた。
それがどんな意味を持っているのかは私には興味は無かったけど
彼女はまるで一匹狼ならぬ野良猫のようで、私は少し気になっていた。
そんな日々が続いたある日。
部活の貼り紙が出されるようになって、私は放課後にいろいろな
部活見学をする事にした。
時間はたっぷりとあるということもあって、何か1つでも特技を
覚えておくのも悪くない、という理由だった。
そういえばここの学校はダンス部の強豪校だと聞いたことがある。
少し見ていこうかな、という軽い気分で見に行った。
- 256 名前:6.<A way of snow> 投稿日:2007/01/30(火) 22:27
-
…見て唖然とした。
心臓の鼓動がバクバク鳴っていた。
音楽とまるで一心同体のようなそのダンステクニック。
見ているのも精一杯で、身体が熱くなるのを感じた。
他の新入生もそれに見惚れていた。
これが強豪と言われる学校の実力。
努力をたくさんしてきた人たちの姿。
まるでそこの空間にいる自分が異質なものにさえ思えてくる。
…音が止まり、踊っていた部員の人たちは休憩を取るように
陣から離れていくけど、その中でまだステップのような動きをする先輩が居た。
「今日はここまでっ」と声を掛けていた先輩だ。
多分この部のリーダーなんだと、私はとっさに理解した。
部員の人や見学をしていた新入生が居なくなったあと
私は時間が止まったような思いでその人を見ていた。
その視線に気づいたのか、先輩は一旦練習を止めて言った。
- 257 名前:6.<A way of snow> 投稿日:2007/01/30(火) 22:28
-
「…帰んないの?」
「あっ、あのっ」
校則違反並みの金色の髪から汗の雫が垂れた。
頬にも額にも、汗がツゥッと流れていった。
私は言葉を考えていなかったため、そのまま数分間沈黙。
パクパクと言葉を探す口から出たのは、本当に一杯一杯の一言。
「名前、教えてください」
「ふぇっ?」
凄い間の抜けた返答を返されてしまって危うく扱けそうになった。
先輩は苦笑いをして謝ると、笑顔のまま私に近づいてきた。
さっきまでの気迫か何かは感じず、どうしてか凄い優しいものが伝わる笑顔。
「小川麻琴、一応ここのリーダーやってます」
「み、道重さゆみです」
同時期に、愛ちゃんの恋人、まこっちゃんに会ったのもこの頃。
愛ちゃんとまこっちゃんが同じダンス部だった事で、大先輩の愛ちゃん
は憧れの的として私は見るようになった。
そして本人にそれを告げると、「ありがと」と嬉しそうに答えてくれた。
可愛らしくて、私はますます愛ちゃんの事を惹かれるようになった。
- 258 名前:6.<A way of snow> 投稿日:2007/01/30(火) 22:29
-
だけどあくまで姉のような存在として。
それに私はまだ2人の関係は知らなかったけど、ある日を境にそう感じた。
まこっちゃんはその日を境に何度か会う事があった。
本当に面白い人で、なんだかとても和む人だった。
それでも何かを抱えているような時があって、何度かそれを聞いてみたいと
思ったものの、結局聞く事は出来なかった。
そして、あの日。
私は見てしまったんだ。
愛ちゃんとまこっちゃんが揉めているのを…。
学校の帰り道。
私は遠くからその姿を見ていた。
だけどどうしてか、愛ちゃんの声は聞こえなくて
ただただまこっちゃんが一方的に言ってるような光景。
愛ちゃんは目に涙を溜めて、流れるか流れないかの感覚で
それを懸命に拭いながら、その場から駆け行った。
一瞬、私の方を見た気がした。
だけどその表情は私が見てきた中で1番険しく、悲しく
そして…怖かった。
- 259 名前:6.<A way of snow> 投稿日:2007/01/30(火) 22:35
-
その場に数十秒と立った頃、目の前にまこっちゃんが居た。
俯きながら、困ったような悲しそうな表情を浮かべて
「困ったなぁ」と微かな声で呟いた。
私はまこっちゃんから留学の話と、愛ちゃんの病気の事を聞いた。
精神的ストレスによる失声症とのことだった。
最近歌の調子が悪いらしく、その事と重なったのかもしれない。
「愛ちゃん、ホントに歌が好きだからね…」
近くの公園でブランコを揺らしながら、まこっちゃんは言った。
力の無い声、どうやら相当前からみたいだ。
まこっちゃんは愛ちゃんと住んでいるらしく
多分…そういう関係なのだろうとは思っていた。
それを思うとまこっちゃん自身も、見ている事しか出来ない立場
なのだから凄い辛いと思う。
私は何も言えずに、ただただその言葉をどう受け止めれば良いのか
それだけが頭の中をグルグルと駆け回っていた。
「…シゲさん」
「はいっ!?」
- 260 名前:6.<A way of snow> 投稿日:2007/01/30(火) 22:36
-
沈黙の中でまこっちゃんが突然声を掛けた。
私はビックリして肩を思いっきり飛び跳ねてしまう。
苦笑いをして謝ると、改まったように私に言った。
「愛ちゃんの事、お願いします」
「…へっ?」
「いや、あのね、あたし、やっぱり留学したいんだ
もちろんさゆだけじゃなくて、あと1人お願いしてる子が居るんだけど
さゆにも、頼んでおきたくて…」
「さ、さゆみは全然良いですよ、けど…愛ちゃんが」
「愛ちゃんは、あたしから説得する、もしもの時は…それまでだけど
でもきっと、愛ちゃんも分かってくれると思うから」
この時、私はどうして「行かないでください」と言えなかったのか。
正直、今でも全然分からないことだけど、でももしかしたら。
私は、その一瞬に見たまこっちゃんの表情がそうさせたのだと思う。
もう誰の言葉でさえも揺るがない、信念と呼ばれるその真っ直ぐな両目。
愛ちゃんには、それがどこか一筋に差したから、決意したのかもしれない。
本人からはその逆の事を聞かされたけど…。
- 261 名前:6.<A way of snow> 投稿日:2007/01/30(火) 22:37
-
まこっちゃんが留学したと同時に、私は愛ちゃんの家へと通うようになった。
だけど初めの頃は家にも入れてもらえない日々が続いて
妙な寂しさを感じることも2度3度だけじゃ済まなかった。
そんな時、田中れいなが声を掛けてくれた。
隣の席だった私が授業中に物思いにふけっているのが不思議だったのか
遠慮深そうに教科書で顔を隠して。
「どうしたと?」
「…へっ?」
「さっきからノートも写さんし、具合悪いと?」
「…ううん、大丈夫」
本当はそんなわけが無かった。
だけどなんだか、私を心配するれいなをこれ以上迷惑掛けられない。
そんな気持ちがあったのを他所に、れいなは突然立ち上がった。
「先生、道重さん風邪っぽいみたいなんで、保健室に連れて行きます」
- 262 名前:6.<A way of snow> 投稿日:2007/01/30(火) 22:38
-
私は呆然とその姿を見ていたら、腕を掴まれて立ち上がらせた。
生徒の視線が一気に集まるものの、それを全く気にしない。
どうすれば良いのか分からずにそのまま教室を出て
保健室は1階のはずなのに何故か上の方へと連れて行かれた。
その時見たのは、大きい背中。
彼女は私よりも小さい身体のはずなのに
段差の所為なのかとても大きいものに見えた。
鉄で作られた扉が静かに開き、その先には眩しいほどの太陽の光。
田中れいなは私の腕を掴んだまま、背伸びをした。
そのおかげで、私も同じ体勢になる。
「っんーーー…気持ちいっちゃろ?」
「…ちょっと、寒いけどね」
「ま、今は梅雨やけん、仕方なかと」
- 263 名前:6.<A way of snow> 投稿日:2007/01/30(火) 22:38
-
手を離し、田中れいなはさっぱりとした返答をすると柵の方へと歩き出した。
私もその後ろを付いて行き、そして聞いた。
「…なんでここに?」
「あんたの体調は寝て治るもんと?」
「…んーあんまり効かないかもね」
「なら、ここの方がマシっちゃ」
私はその時に初めて気づいた。
田中れいな…彼女とは隣席で、私が気になっていたと同時に
彼女もまた、私を気にしていてくれていた。
ストンと、柵に身体を預ける彼女に、私はなんとなく話を切り出してみようかと思った。
どうしてか、彼女には話せると思ったの。
彼女と会ったのは、偶然じゃないと感じたから…。
- 264 名前:6.<A way of snow> 投稿日:2007/01/30(火) 22:39
-
********
- 265 名前:6.<A way of snow> 投稿日:2007/01/30(火) 22:39
-
電車に揺られて、私達は都内から少し離れた住宅街へと来ていた。
冷たい風が一瞬吹いた気がしたけど、私はその場へと足を踏み入れた。
どこか懐かしさを感じるその雰囲気は、あの日へと記憶を蘇らせていく。
「…ここは?」
「ここは…さゆみが天使郵便をもらった場所」
そこは「売り地」とプレートが設置されている空き地だった。
ただ妙だったのは、そこだけが今も何も存在しない事。
今では建築する場所も無いから、買取る人が居てもおかしくない。
それなのに…そこには何も無かった。
…いや、"亡くなってしまった"。
「さゆみの家、昔火事になっちゃって」
「あっ…」
「れいな、来てくれたよね?」
「…うん」
気まずそうにするれいなを他所に、私は思い返す。
灼熱の炎の中、私は地面にうずくまっていた。
天井も、壁も、ベットも机も、そして…窓から見える空でさえも…。
- 266 名前:6.<A way of snow> 投稿日:2007/01/30(火) 22:40
-
ぼやける視界。気管の中にみるみる入ってくる赤い煙。
苦痛と、悔しさと、自分自身に付きまとう「死」という実感。
自分が消えていくような気がした。
このままこの赤い世界に飲み込まれると思った。
もう目さえ開けられなかった。
心の中で悲鳴をあげても、赤い世界に吸い込まれるだけ。
生きたい。
その気持ちさえも、その赤い世界に呑まれるようだった。
そんな時、何かが私の上に乗りかかった。
人間の肌。
赤く、熱い、痛い世界の中で、その肌の感触は現実味が無くて。
それでも精一杯私を守るように、その感触が消える事は無かった。
「お姉ちゃんが、さゆみを助けてくれた」
- 267 名前:6.<A way of snow> 投稿日:2007/01/30(火) 22:40
-
気づいたら、真っ白な天井が見えた。
あの赤い世界ではなく、安息といって良いほどの真っ白な…。
隣には所々絆創膏や湿布を貼り付けたお母さんの顔があった。
目に涙を一杯にして、私の手をギュッと掴み続けていた。
…私は聞いた。
「お姉ちゃんは?」
お母さんの表情が一瞬曇り、そして痛々しい笑顔を見せた。
「今は眠りなさい」と呟いて頭を撫でたその手の感触。
あの時のものとは同じだけど違うもの。
私は意識が薄れていく中で、目から頬に伝わるものを感じた。
「お姉ちゃんが守ってくれなかったら、こんな風に歩いてない」
「だから凄く悔しかった、さゆみは何も出来なかったから」
「あの時、天使郵便が来てくれた時、さゆみ思ったの」
「生きなくちゃいけない、どんな事があっても、絶対に生きなくちゃって」
- 268 名前:6.<A way of snow> 投稿日:2007/01/30(火) 22:41
-
れいなは黙っていた。
私の話をちゃんと聞いてくれていたのかは分からない。
だけど、れいなには気づいてほしかった。
過去にはもう戻れない。
私達は、歩き続けるしかない。
なのに…。
「…そんなん、さゆだけと」
…れいなの目は真っ黒だった。
その中には光も何も無い。
ただ闇だけが渦巻いていて、私は初めてれいなの事を…。
「そんな話をするためにここに来たと?」
「れー…な?」
「さゆのところには手紙が来た、だけどれなには
全然来てくれん、なんでれなだけ!?」
「…」
何も反応出来なかった。
「天使郵便」は死者との再会を果たす糸のような存在。
私はその蜘蛛の糸のような細い透明のものを偶然手に掴んだけ。
張り付いたその糸は私に「再会」という最後の切り札を与えた。
- 269 名前:6.<A way of snow> 投稿日:2007/01/30(火) 22:42
-
だけど今、この目の前の彼女には、それさえも与えられていない。
あぁ…そうなんだ。
多分、私には何も出来ない。
手紙を与えられると言うのはそれほど重たいものなんだと
私はその両目で思い知らされた。
「…帰る」
れいなは後ろを振り向くと、その場を後にしようとしていた。
私はハッと腕を掴もうとしたものの、宙で止まってしまう。
まるで何か見えないものに遮られている様な…そう
れいなと私の間に、初めて出来た溝。
れいなの後姿が小さくなり、やがて見えなくなってしまった。
それは私が予想していた以上の深く、暗い溝だった。
- 270 名前:6.<A way of snow> 投稿日:2007/01/30(火) 22:42
-
********
- 271 名前:6.<A way of snow> 投稿日:2007/01/30(火) 22:43
-
田中れいなとは何度か話を交わしていくうちに
ある部活の入部するよう誘われた。
そこは自分も入っていて、結構気楽な部活だからと。
私自身、あまり運動が得意というわけでもなく、てっきり彼女
は運動系へと進んでいるのと思い込んでいた。
身体が小さい割には体育では鋭い運動神経を見せてくれるから。
「好きなことじゃないと続かんと」
そう入部理由をあっさりと述べてしまった彼女が
自分の中で徐々にではあるが、イメージが修正されていった。
その日は6月中旬にして、梅雨の季節真っ只中だった。
「そういえば道重…さん?」
「あっ…さゆでいいよ、れい…な」
「…そうとね」
- 272 名前:6.<A way of snow> 投稿日:2007/01/30(火) 22:44
-
ただ、まだ少し話をすることに慣れない。
彼女も喋り下手、と言うわけではないけど
どこか私に遠慮しているような気がした。
事実、私も同じで、ふとまこっちゃんが居たらな、と。
頭の中で考えを振り払い、私は心の中で気合を入れた。
「ね、れいな」
「…なん?」
「れいなってここの人じゃないよね?」
「あー…まぁこの口調やけん、当然っちゃね」
「もしかして九州?」
「私山口なの」と、地元の話でアッサリと盛り上がってしまった。
れいなは福岡らしく、驚くほど地元の事を好評していた。
それほど好きなんだなぁっと感じながら、重かった空気が軽くなっていた。
そう考えてみると…ある1つの疑問が浮かんだ。
れいながどうしてこっちの学校に入学したのか。
- 273 名前:6.<A way of snow> 投稿日:2007/01/30(火) 22:44
-
地元にも確か高校はあったはず。
それなのに、大好きな地元を離れてこの高校に入学したのか。
ふと過ぎった疑問が、私の中でモヤモヤと大きくなっていくのを感じた。
私というと単純なもので。
この高校の建物自体に惹かれたから。
紋章とか教室とか、女子高だった事もあって、可愛いかったから。
それを面接官の人に言ったら笑顔でお礼を言われてしまったけれど…。
今思うと、私のワガママでこっちに来なかったらあの事故は起きなかったのかもと。
そう悔やむことも何度かあった事は否めない。
話に夢中になっていると、目の前から誰かが歩いてきた。
スラッとした姿に黒髪のロング、そしてちょっと特徴のあるマユゲ。
れいなはその人を見かけた時「先輩っ」と声をあげた。
どうやら同級生の話は本当だったのだと気づき、私は少したじろいだ。
- 274 名前:6.<A way of snow> 投稿日:2007/01/30(火) 22:45
-
れいなはその人の傍へと寄ると、私の事を話しているのか
その先輩と私を交互に見て話し込んでいる。
先輩が私に気づいた、と同時に、れいなは逆の方へと走って行ってしまった。
その姿は先輩の身体で遮られてしまう。
「君が入部希望者?」
「は、はい…」
「あぁ、そんなに脅えなくて良いから…」
「まぁ、仕方が無いかなぁ…」と、意味深なことを呟いた先輩は
少し困った顔をしながら私の肩をポンッと叩いた。
ニカリと音が出そうな笑顔を浮かべると。
「ようこそ"茶道部"へ、道重さゆみちゃん」
これが、その先の私の未来を歩ます決定的な出会い。
私はこの時にある事を悟った。
これはもしかしたら…運命だったのかもと。
- 275 名前:6.<A way of snow> 投稿日:2007/01/30(火) 22:45
-
**********
- 276 名前:6.<A way of snow> 投稿日:2007/01/30(火) 22:46
-
私はその場にジッと立っていた。
予想していた以上よりも、れいなの傷は癒えていない。
まるで一生傷のように跡を残したままで、その痛みを耐えている。
それを知っていたのに、私は軽い気持ちで言ってしまった。
その傷を一番感じていたはずの自分自身に、怒りを覚えた。
今思えば「天使郵便」も一瞬の夢にしか過ぎない。
24時間、つまりたった1日の時間しか会わせてはもらえないのだ。
しかも天使郵便が受取人を探す時間と依頼人の投函時間を
引かれた時間帯によっては、切捨てられる事もあるらしい。
天使郵便の人は言っていた。
「人が万能では無いように、天使も神も…万能じゃ無い。
あたし達はチャンスを与え、与えられた者達だから」
天使とは元人間。
人間の中で完璧な人なんて存在しない。
どこかが欠けていて、それをどこかで補っているだけ。
だから、人間には悪と善が存在している。
欠けたものを補う為に、行動するんだと。
だから天使は、あたし達は万能なんかじゃない。
- 277 名前:6.<A way of snow> 投稿日:2007/01/30(火) 22:46
-
手の中に残された金色の"アレ"が、不完全な私の顔を映し出す。
ボヤけたその顔、完璧じゃないと言い聞かせているような"アレ"
だけどこれの持ち主は、彼女にとっては欠けたものを一緒に
補ってくれる存在だった。
それは私が1番良く知ってる…。
――――――――リィン…
「それ、さゆが持ってたんだ」
「…返すのを忘れちゃっただけだよ」
振り向かずに、私は問いに答えた。
姿、形を見なくても、その声を聞けば分かってしまうほどに
背後の気配は理解しきっていた。
「…れいな、まだ諦めてないんだね」
「どうして…っ」
「会ってあげないの?」と続かせる前に
気配はいつのまにか私の目の前に立っていた。
背中の両翼をはためかせ、深く深く帽子を被っていて表情は分からない。
肩に大きな郵便ポシェットを担ぐ姿は、私が見た「天使郵便」と同じ。
- 278 名前:6.<A way of snow> 投稿日:2007/01/30(火) 22:48
-
「…エリはもう…人間じゃない」
「じゃあ、なんでこっちに来たの?」
「これは…私が最後にする使命だから」
「使命…?」
そう、私はこの「天使郵便」を務めた後、絵里は転生する。
転生してしまえば今までの記憶も人格も、「亀井絵里」としての
全てが消えてしまい、この天使という自覚も無くなる。
そんな状態で会ったって、れいなも辛いし、絵里も…。
「そんなっ…でも…」
「さゆ、これは私とれいなの問題だから…」
「…さゆみは、絵里達の友達だよ」
絵里の表情が一瞬曇った。
「天使郵便」としての彼女を見たのは初めてだったはずなのに
なんだか…本当に知らない人のように感じた。
それは、彼女の転生が近いからなのか、それとも…。
- 279 名前:6.<A way of snow> 投稿日:2007/01/30(火) 22:48
-
「絵里、本当は、れいなに会いたいんじゃないの?」
絵里は彼女と同じで、言いたいことがすぐに言えない。
しかも負けず嫌いだから、どうしても発言に対して頑固になってしまう。
後ろへ後ろへと後ずさり、本当は前へ進みたいと願っているはずなのに。
「…会いたいなんて、思ったこと無いよ」
絵里はそう言って、涙を流した。
気持ちが溢れると人は違う感情へと変換させる。
たとえば怒り、たとえば楽しさ、たとえば…悲しみ。
絵里はいつも笑顔に変換していた。
悲しいことも苛立ったことも、全てを笑顔で掻き消していた。
- 280 名前:6.<A way of snow> 投稿日:2007/01/30(火) 23:35
-
そんな彼女が、今涙を流している。
絵里が人間じゃない?
そんなこと…あるわけが無い。
人間だからこそ涙を流すのだ。
人間だからこそ、辛さを感じるのに…。
「絵里、れいなに、会ってあげて」
「…」
「さゆみじゃ何も出来ないから…絵里がれいなから貰った
たくさんのものと同じくらい、ううん、それ以上に
れいなも絵里は大切な人だから」
絵里がれいなを必要としていたように。
れいなは絵里が必要なんだよ。
たった一瞬の再会だけでもそれが恩返しになるのなら
その一瞬の間に、自分のありったけの恩返しをしてきて。
絵里の記憶がなくなっても、れいなの中ではずっと息づいていくから。
- 281 名前:6.<A way of snow> 投稿日:2007/01/30(火) 23:37
-
「ねぇ、絵里、自分が人間じゃないなんて言わないで」
「さゆ…」
「絵里がたとえどんな姿でも絵里なんだから、人間に生まれ変わって
また会えるように信じてるから…だから」
こんな事は、自分の勝手なエゴだと分かっている。
分かっているけど、やっぱりどうしても言いたかった。
絵里が「天使郵便」としてこっちに来たのはもしかしたら…――――
「…ごめんね、さゆ」
「え…っ」
「今まで、れいなのことで悩んでくれてたんでしょ?」
- 282 名前:6.<A way of snow> 投稿日:2007/01/30(火) 23:37
-
天使は人の心が読める。
両翼に包まれ、絵里に包まれた私の周りは優しさで一杯だった。
頬に、熱いものが流れるのを感じた。
いつぶりの涙なのか、それすらも記憶から消えていたけど
当分は止まらないことを知っていた。
「…ありがとう」
「絵里…」
「…そして」
――――――――サヨナラ
- 283 名前:6.<A way of snow> 投稿日:2007/01/30(火) 23:38
-
********
- 284 名前:6.<A way of snow> 投稿日:2007/01/30(火) 23:39
-
- 285 名前:6.<A way of snow> 投稿日:2007/01/30(火) 23:40
-
遠くから誰かの声が聞こえる。
それは叫びへと変わり、身体を大きく揺す振られた。
眩しい光が周りを浸食している、その中に居たのは…。
「シゲさんっ!?」
「ん…あっ…藤本…さん?」
「なにしてんの…こんなところで」
身体を腕で抱き起こされ、周りを見渡すとそこは見覚えのある公園。
日が昇ろうとしていて、私の頭はその光で一気に覚醒した。
「絵里…絵里はっ!?」
「はぁ…?絵里って…?」
「…っ他に人は…?」
「他にも何も、ジョギングの最中にここに立ち寄ったら
シゲさんが仰向けでベンチに横たわってたし、もうミキ焦ったってばっ。
何があったのさ?」
- 286 名前:6.<A way of snow> 投稿日:2007/01/30(火) 23:41
-
藤本さんがため息混じりに言った。
確かにジョギング用の服装だから本当なのだろう。
それに昨日からの記憶があいまいな事で、私は丸一日ここに居たみたいだ。
だけどどうしてか、私の体温は一定を保っている。
今は12月真っ只中。
いくら地元よりも気温が少しでも高いとしても、全身が低温症に掛かってるはず。
それでも今感じるのは寝不足と疲労と…藤本さんの体温。
「ちょっ…シゲさん?」
「…っ」
藤本さんの体温が、私をもっと辛くさせた。
絵里が最後の恩返しをしたような…そんな風に解釈してしまう。
そんな事されても、私はもう叶えられない幻。
だけど少しでもその幻を感じたくて、私はそのままの状態だった。
- 287 名前:6.<A way of snow> 投稿日:2007/01/30(火) 23:42
-
…藤本さんが包み込んだ腕を少し強めた気がした。
ポンポンと不器用に頭を撫でたり、背中を擦ったり。
いつもはキツい人だけど、ホントは優しい人なのは十分知ってるから。
胸が締め付けられる、辛いのに…離したくない。
ねぇ、絵里。
人も動物も自然も、この世界に住む人は全てが1人じゃ生きられないんだよ。
それがたとえ天使だとしても、一度感情を持ってしまえば抜け出せない。
…絵里。
だから人間は、その人の為にも生きていかなくちゃいけない。
それは、絵里が良く知ってるはずだよ。
れいなを――――助けてあげて。
絵里がれいなの中で息づく為にも…。
「…ごめんね」
天使はゆっくりと立ち上がり、2人の姿を見送った後空を舞う。
その手の中にある銀の輝きを胸に抱いて。
天使はまだ知らない。
この先の自身の最後の務めを。
本当の「天使郵便」の使命を。
- 288 名前:6.<A way of snow> 投稿日:2007/01/30(火) 23:43
-
―――――そろそろ…あたしが知らせる瞬間を…。
背中に疼くものを外に放り出すようなイメージで広げると
そこには漆黒に染められた歪んだ両翼。
堕落し、天と地のように相容れない者の成れの果て。
…神様はね、欠けたものを補うためのモノを施すんだ。
神様が出来ないことを天使がしていることは、それと同じことだから。
だからそれを悪とするのか善とするのか。
善があるとすれば、悪がある。
悪があるとすれば、善がある。
人間の中に存在しているとすれば、天使にもあるんだ。
それに、君は耐えられるかな?
- 289 名前:6.<A way of snow> 投稿日:2007/01/30(火) 23:44
-
目指す先。
そこに辿り着き、あたしがこの事を知らせた時。
あの子は悲しむだろうか、それとも…。
聖なる日々ももうすぐ終わる。
フワリと宙を舞うと、どこかで鈴の音が鳴った気がした。
6.<A way of snow> end.
- 290 名前:- 投稿日:2007/01/30(火) 23:44
-
- 291 名前:名無し亀さん 投稿日:2007/01/30(火) 23:51
- うーん…現実のキャラと若干ズレる傾向が
あるみたいですね(汗)
最後まであと少しという事で、気合を入れたいと思います。
近日中には間に合わせたいと(滝汗)
そろそろ季節も季節なのですねぇ。
- 292 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/01(木) 00:17
- うわー…いろいろありすぎて混乱してます
とりあえず絵里に引き込まれました
…ちょっと読み返してきます
- 293 名前:名無し亀さん 投稿日:2007/02/14(水) 18:41
- >>292 名無飼育さん
すみません(汗)なんだかまとまりの無い
文章で分かりづらいですね。精進しますorz
気が付けば2月中旬。
これが始まって1ヶ月が経ちましたか(汗)
気分は最終章、7人目、行きたいと思います。
- 294 名前:7.<Memory of indigo blue> 投稿日:2007/02/14(水) 18:41
-
今日も雪は降らない。
あの日もこんなに晴れ晴れとした青い空で
「一緒に見ようね」という微かな願いさえも叶わずに…。
いつまでも続くと思っていた日々。
永遠だと思っていた時間。
今もう一度願うなら…この記憶も、人格も
全て溶けて消えてしまえば良いのに…。
あの子が居ない街。
悲しい記憶しかない街の中で、今日もあたしは生きている。
- 295 名前:7.<Memory of indigo blue> 投稿日:2007/02/14(水) 18:42
-
7.<Memory of indigo blue>
- 296 名前:7.<Memory of indigo blue> 投稿日:2007/02/14(水) 18:43
-
12月23日。
この数字をカレンダーで指を差しながら数えるたびに
あたしはため息を吐いた。
いつまでこの時間を過ぎていかなくちゃいけないのだろう。
「田中っちぃ、ため息なんて出してたら幸せが逃げるって知ってる?」
「…それはさゆから聞いたとですか?」
「あら、バレちゃったか」
「そんなん言うんはさゆだけですと」
二段ベットの上で雑誌を読みながら、新垣さんは言った。
ここは学生寮、新垣さんとは同室なものの
来年の4月に卒業を迎えようとしている。
窓から外を見つめると、今日も相変わらず空は青々としていて
どうしてか無性に腹が立った。
「さゆみんと喧嘩したんだって?」
「…それは高橋さんからですか?」
「ううん、もっさんから」
もっさん?…あぁ、藤本さんか。
意外な人の名前を聞いて、ふとあの子がさゆの事を
真剣に悩んでいたことを思い出す。
自分のことのように考えてしまう彼女だったから
いつも泣き顔で話していた。
- 297 名前:7.<Memory of indigo blue> 投稿日:2007/02/14(水) 18:44
-
「別に喧嘩じゃなかと」
「さゆみん、家にも帰らずに公園に居たんだって」
「えっ…」
「お母さんも凄い心配しちゃってて、相当酷い
ショックを受けたみたいだったらしいよ
ダメだよ田中っちぃ、知ってんでしょ?さゆみんの…」
「それ以上は…言わんでください」
分かってる。
さゆが言いたかった事は、あたしがよぉく分かってる。
でも、すぐに納得できることじゃないんだ。
すぐに前に歩くことが出来たなら、こんな辛い思いなんてしてない。
でも…それでも。
可能性がほんの少しでもあるなら、それにすがり付いてでも賭けてみたい。
ほんの一瞬でも良いから、ほんの1分でも良い。
姿が見られるのなら、それだけで…。
「それはそうと…よっ」
トスンと、新垣さんは最小限のジャンプ力で二段ベットから降りた。
雑誌をあたしに向けて広げると、そこには豪華な肉料理。
思わずノドが鳴りそうになった。
- 298 名前:7.<Memory of indigo blue> 投稿日:2007/02/14(水) 18:44
-
「もっさんからの伝言、明日久しぶりに皆で焼肉パーティをしちゃいたいそうです」
「えっ…でもれなは明日…」
「良いのかなぁ?従姉妹でなおかつあの獰猛なもっさんのお誘いを拒むということは
田中っちがこれと同じになる確率が上がっちゃうけど」
「…うぅっ」
「それに、さゆみんにも謝んなよ」
ズキリと、あたしの中で何かが疼いた。
ポンポンと新垣さんに肩を叩かれて、あたしはその雑誌を両手で広げた。
それは食べ放題制であり、金額の方は全員で割り勘すれば丁度いい値段。
…藤本さんはこれを狙ったちゃね。
心中でそう呟いた。
- 299 名前:7.<Memory of indigo blue> 投稿日:2007/02/14(水) 18:45
-
**********
- 300 名前:7.<Memory of indigo blue> 投稿日:2007/02/14(水) 18:45
-
学生寮には食堂がある。
ただ時間規制が激しいというか、その所為であまり寮を利用する生徒は居ない。
ここの寮長兼食堂のおば…お姉さんの保田圭さん。
この人がその原因の1つだと思う。
「おっ、新垣と田中じゃない、今日は早いね」
「それはそうですって、1分でも食事抜きとかありえないでしょ?」
「時間原則は当たり前、授業だったら遅刻としてアウトよ」
「あと、食事時間も制限されると…」
「ちゃんと学校と同じ時間に設定してるはずだけど?」
そう、こんな感じ。
もう時間、場所関係なくなのだ。
保田さんは好意を持ってしてくれているのだろうし
部屋に入ってくることは無いからその点では問題はない。
だけど部屋を出た瞬間はちょっとした戦場。
どこから目を輝かせているか分かったものじゃない。
それを2年も乗り越えてきたのだから、自分を褒めてやりたい。
- 301 名前:7.<Memory of indigo blue> 投稿日:2007/02/14(水) 19:06
-
"れーな、ホントに大丈夫?"
"大丈夫、でもあんまり声出しちゃいかんとよ?"
"分かった"
…そういえば、一度だけあの子が止めてほしいと言って
保田さんの包囲網を掻い潜ったときがあった。
あれは本当にスリル満点で、部屋に戻ったら新垣さんと一緒に
安心してしまって大笑いしたっけ。
「おぉーい、田中、どうしたの?」
「へっ?あ…な、なんでもなかとです」
「意外ね、田中がボーっとするなんて…寝不足?」
「ま、まぁそんなところです」
保田さんが作ってくれたご飯をおぼんに置くと
新垣さんが居るテーブルへと逃げるように腰を降ろした。
「いただきます」と挨拶をすると、ふと気づくのは目の前の視線。
「田中っちぃ、あんまりムリは禁物だよ?
授業中でもよく居眠りしてるって聞くしさ」
「…大丈夫です」
「それにさ、田中っち、ちょっと痩せた?」
- 302 名前:7.<Memory of indigo blue> 投稿日:2007/02/14(水) 19:07
-
箸を持つ手が止まる。
自分自身でも気づいている身体の異変。
それがあまり良くないこと。
さゆもそれに気づいたから、あたしをご飯に誘ったのだろう。
「そんなことしてたら、田中っちが倒れるよ?」
「…こんな命、別に惜しくない」
「えっ…」
「れなは、こんな現実を知ってたらこんな風に生きてない
生きてたって辛くて苦しくて…れなはただ…」
彼女の、あの笑顔が傍にあればよかったのに…。
「田中っちぃ、そんな悲しいこと言わないでよ」
新垣さんは箸を止めた。
あたしもテーブルに置くと、そこは妙な静けさで包まれる。
今はまだ他の寮生は居ない。
あたしと、新垣さんだけ。
- 303 名前:7.<Memory of indigo blue> 投稿日:2007/02/14(水) 19:08
-
「もしここにカメが居たら泣いてるよ?きっと。
あの子が過ごした日をさ、どうやって息づかせていくわけ?
死んだ人はもう話せない。
死んだ人をこの世に息づかせようとするには
残った人がそれを覚えておくことなんだよ」
それがただ辛いことでも苦しいことでも、たとえエゴだとしても
自分の記憶の中では生きてる。
それを消さないためにも、自分達が生きていかなくちゃいけない。
「…新垣さんに分かるわけ」
「分かるよ、私は…友達を2人も死なせたから」
「えっ…」
「自分だけ辛いとか悲しいとか、そんな事を思わないでよ」
私たちだって、今生きてる意味が分かんなくなっちゃうじゃん。
新垣さんは、そう言って俯いてしまった。
あたし達が今生きている理由。
今というこの時間。
私は新垣さんに対して…。
- 304 名前:7.<Memory of indigo blue> 投稿日:2007/02/14(水) 19:08
-
「…ごめんなさい」
その言葉しか言えなかった。
食堂のドアが開いて、寮生が次々に入ってきた。
騒がしくなると、新垣さんは瞼を腕で拭ったかと思うと
何事も無かったかのように食べ始めた。
あたしは、そのままの状態で動けなかった。
保田さんが声を掛けてくれなかったら、そのままだったと思う。
- 305 名前:7.<Memory of indigo blue> 投稿日:2007/02/14(水) 19:09
-
*********
- 306 名前:7.<Memory of indigo blue> 投稿日:2007/02/14(水) 19:10
-
その日は雨で…あたしは当時13歳だった。
雨宿りをする場所が無く、かといってこのまま帰ってしまえば
お母さんに迷惑を掛けてしまう。
そう考えたあたしは、公園の中にあったてんとう虫型の
トンネルへと身を潜ませていた。
昔からやっていたダンスレッスンの帰り。
少しぬれてしまった腕や頭をタオルで拭って。
ポツポツと降り続ける雨を空高くから見上げながら、その終わりを待つ。
ふと、どこからか声が聞こえた。
顔を出すと、公園にへとずぶ濡れの子が1人。
両手で瞼を押しながら、どうやら泣いているらしい。
これは子供のあたしとしても頂けない状態だった。
「…そこの人ぉ」
「ふぇっ?」
あたしが手を振ると、女の子はこっちに気づいた。
どうやらあたしよりも年上っぽい。
目は真っ赤に腫れて、膝も擦りむいてて血が滲んでいた。
- 307 名前:7.<Memory of indigo blue> 投稿日:2007/02/14(水) 19:11
-
「こっちに来んしゃい」
そういうものの、どこか警戒しているのか
女の子はフルフルと首を振ってはそのままの状態で立っている。
あたしは仕方が無く駆け寄ると、腕を引いててんとう虫のトンネルに入れた。
鞄の中から救急パックとタオルを取り出し、あたしは手当てをした。
いつも捻挫や擦り傷を負って帰ってくる娘に対して、お母さんの配慮だった。
「あんた、みかけんカオっちゃね?」
「…ここの子?」
「れなはこの先にある家に住んどるっちゃ
どこから来たと?」
「トウキョウ」
東京。
ビックリした、まさかそんな都会の子がこんなところに居るなんて。
そこはその時のあたしでさえも憧れる街だった。
確かにここもあたしは好きな場所だったけど、最終的には
あたしは都会の方へと上京したいと思っていた。
- 308 名前:7.<Memory of indigo blue> 投稿日:2007/02/14(水) 19:12
-
「なぁ、あんたの名前は?」
だからかもしれない。
あたしが、彼女に惹かれた理由は。
憧れの街の住民が、偶然でも自分の目の前に居る。
「絵里、亀井…絵里」
「れなは、田中れいな」
「れいな…良い名前だね」
「絵里もいい名前っちゃ」
これが初めての出会い。
雨が止むまで、あたし達はたくさんの話をした。
絵里の住む街や風景。
そして、れいなの住む街や風景。
ここに行ってみたい、あそこに行ってみたい。
話が続く限り、あたし達は語り合った。
だけどその内、話題が無くなってきて
雨も全く止む兆しを見せなかった。
外の景色も完全に明かりを消していた。
あたし達は内心焦りを感じ始めていた。
- 309 名前:7.<Memory of indigo blue> 投稿日:2007/02/14(水) 19:13
-
その時、あたしは何かの足音に気づいた。
聞くと、その音は段々近づいてきている。
絵里を後ろに隠し、彼女も気づいたのか、あたしの手を握った。
ギュッと固く握るその手は、どこか冷たい。
「…ねぇ」
ビクッと、それは紛れも無くあたし達に対してのもので
見えるのは靴のみで、それでも声を聞くと女の人。
あたし達は言葉を出さないように口元を手で塞いでいた。
「この傘、あげるね」
細い腕とオレンジの傘が握られた手が見えた。
真っ黒なズボンと靴とは違い、それはまるで太陽のように眩しい。
足音は去っていって、あたしは意を決して顔をだした。
- 310 名前:7.<Memory of indigo blue> 投稿日:2007/02/14(水) 19:13
-
…辺りには誰も居ない。
身体から脱力感を覚えた。
離そうとした手には、まだ絵里の手が掴まっていて
あたし以上に臆病なんだと知った。
多分ジェットコースターとかにも乗れないんだろうなぁ。
そう思いながら、あたしは鞄を背負うと、その傘を掴んで外に出た。
「行こう」
あたしはその掴まれている手を引いて、歩き出した。
絵里のほうが身長が大きい所為で、途中傘を持ってもらった。
…その点に関しては絵里の方が年上だと理解した。
ただ、この傘がダレのものなのか。
今でも分からず、多分実家の玄関の棚に置かれている。
- 311 名前:7.<Memory of indigo blue> 投稿日:2007/02/14(水) 19:14
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- 312 名前:7.<Memory of indigo blue> 投稿日:2007/02/14(水) 19:14
-
時間は11時。
もうすぐ消灯の時間になる。
新垣さんはすでに寝る支度をしていたものの
あたしは外出の支度を済ませていた。
「早く帰って来なよ、田中っち」
「…分かってます」
さっきの事もあるのに、新垣さんはあたしを気遣ってくれた。
新垣さんは上級生でもある事で、ここの寮生達からも
「第2の寮長」として慕われている。
…言えば第2の保田さんなわけだから、本人はちょっと
微妙な反応を見せている。
「明日は10時に集合だからね、遅刻したらもっさんに最悪殴られるよ?」
「いや、殴られるは言い過ぎのような…」
「と・に・か・く、ちゃんと帰ってくることっ。
変なところに入り込んだりしないこと、OK?」
「…はい」
あの事があってから、新垣さんはちょっと厳しくなった。
さゆと喧嘩したあの日、あたしは1日中帰って来なかったことで
新垣さんには十分な心配を掛けてしまった。
保田さんには何も言わなかったものの、また次起こした時は
外出禁止を食らいかねない。
- 313 名前:7.<Memory of indigo blue> 投稿日:2007/02/14(水) 19:15
-
カチンと針が傾き、消灯時間が始まった。
ドアを開けると、マフラーの隙間から冷たい風が入り込んでくる。
新垣さんの方を見ると「行ってらっしゃい」という手が見えた。
本人はあたしの行動を良く思っていないことは知っている。
だけど、それをムリに止めさせようとする事は一切無い。
自分が納得するまでとことん追及する人だからという事もあるだろうし
それと同時に、何か思い当たることがあるのかもしれない。
あの子が居なくなってから、同室を希望したのはあの人からだった。
夜の世界はどこか寂しい。
繁華街や賑わう場所がたくさんあるはずなのに、それでも
どこか悲しい気分にさせる、寂しい気分になる。
人はさまざまに動いていく。
家に帰宅する人。
居酒屋に寄り道するサラリーマン。
労働する人々。
たくさんの感情とたくさんの表情。
それが入れ混じり、雑じり、交じり…。
- 314 名前:7.<Memory of indigo blue> 投稿日:2007/02/14(水) 19:16
-
そこに居る自分自身が妙な孤独感に襲われている。
この現実を何度見ただろう…。
どこかで笑い声が聞こえてくる。
どこかで泣き声が聞こえてくる。
どこかで喚く声が聞こえてくる。
何度も何度も、実家に帰りたいと願った。
でも、どうしてもこの場から逃げ出せなかった。
それは、あの子がまだここに居るからだろうか。
それとも…。
ドンッ。
肩に衝撃が走った。
あたしは身体を飛ばされ、地面に倒れこんだ。
「っつ…」
「あぁん?どこ見てるんだよっ!」
アルコールを飲んだ中年のサラリーマン。
飲み仲間が介抱しているみたいだけど、それも構わずに
あたしの腕を掴んだ。
鼻に付くアルコールの匂いが間近にある。
- 315 名前:7.<Memory of indigo blue> 投稿日:2007/02/14(水) 19:17
-
「なんだ、まだガキじゃないか、こんな時間に遊びやがって
俺達は毎晩働いてこの世の為に頑張ってるんだぞっ」
ピクリ。
あたしの中で何かが渦巻いていく。
ドス黒い何かが、体中を浸食していく。
「世の中はなぁ、俺達が居ないと成り立たないんだ
自分達の身分をわきまえろってんだっ」
蠢く、疼く、黒いものがズルズルと這い回っていく。
その言葉が、その嘲笑うかのような顔が。
怒りを、黒い怒りの渦が見えた。
あたしはその酔っ払いの腕を掴むと、思いっきり噛付いてやった。
「ぐわっ!」
思いっきり、それが皮が剥かれようが肉が削ぎ取られようが
骨が砕けようが構わない。
それぐらいの怒りを込めて腕を何度も何度も噛み付いた。
袖のスーツを捲り上げ、血液が噴出してもあたしは止めない。
口の中に血と汗の味が広がった。
喚き散らし、酔っ払いの男は何度もあたしを殴ったり叩いたり。
- 316 名前:7.<Memory of indigo blue> 投稿日:2007/02/14(水) 19:17
-
飲み仲間もあたしを剥がそうと必死になってた。
ふとそこで見えたのは、警官。
誰かが呼んだのかもしれない。
あたしはとっさに腕から離れると、その反動で剥がそうとしていた数人を
払いのけ、建物の隙間という隙間を走り続けた。
何度か何かにぶつかっては体勢を崩した。
それでもあたしは走り続ける。
酸素を懸命に口から肺に吸収させて、丁度開いていドアの中へと入り込んだ。
心臓の鼓動と共に、警官達の足音と叫び声を聞いた後
あたしはその場に倒れ込んだ。
その瞬間、顔や上半身に鋭い痛みを感じた。
ズキリズキリと、泣きそうになるほどの苦痛。
…否。
あたしは、もうすでに泣いていた。
- 317 名前:7.<Memory of indigo blue> 投稿日:2007/02/14(水) 19:18
-
気付かなかった。
それほど必死だったのか、頭が冷めると、あたしは
ようやく自分がした事の重大さに気が付いた。
今から外に出れば、確実に少年院だ…。
新垣さんの注意を聞かなかった事を今ほど悔やむことはない。
一気に血の気が引くのを感じ、同時に口の中の血が鬱陶しくなった。
拭っても拭っても、それは一向に取れない。
…と、目の前にいつから居たのか、ポカーンとして立っている女性が1人。
そういえば、あたしは今知らない家の中へと入ってきている。
「…ビックリしたぁー」
「あっ、あの…えっと…」
「…あーうん、なんとなく分かるよ」
ハッ?
あたしは意外な反応で少し戸惑ったものの、女性が
奥の部屋に行こうとしたことで一気に焦った。
だけど…。
「あー大丈夫大丈夫、ちょっと待ってて」
そう言って奥の方へと行ってしまった。
あたしは呆然としながらその場に座り込んでいた。
- 318 名前:7.<Memory of indigo blue> 投稿日:2007/02/14(水) 19:18
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- 319 名前:7.<Memory of indigo blue> 投稿日:2007/02/14(水) 19:19
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"れーなっ、骨折したって…!"
"ちょっと勢いが良すぎて滑ったっちゃ"
"ダメだよ、ムリしちゃっ"
"もっともっと上手くなるためと"
"でもエリは…怪我したれいなを見るのはイヤだからね"
"…すまん"
「ほら、出来たよ」
「…ありがとうございます」
手当てをされたあたしは、十畳はあるかもしれない部屋へと連れてこられた。
うがいをさせられ、服を着替えさせられ、元々の私服は洗濯機へ。
頬と、思いっきり捕まれた肩の湿布が痛みを中和してくれている。
膝やこめかみには絆創膏を貼られた。
「ここは見た通りの場所だからね、喧嘩も耐えないのだよ」
「…他にも何人か?」
「いんや、あたしのところに転がり込んだのは君が初めて」
いつもはこんな事は無い。
だけど今回は判断力が鈍っていた。
同時に、自分の身体のモロさを思い知った。
- 320 名前:7.<Memory of indigo blue> 投稿日:2007/02/14(水) 19:20
-
「それにしても君、随分細い身体してるね」
「…そうですか?」
「うん、思いっきり肩に手形の痣が出来てたから」
「…」
一瞬の静寂の後に、女の人はお盆にたくさんの料理を置いて
あたしの目の前に置いた。
ニッコリと笑顔を浮かべると、それを食べるように促す。
「元気になるには食べるのが1番っ。ま、これは受け売りなんだけどさ」
「…あのぉ」
「ん?」
「どっかで…会いませんでしたか?」
ピクリ。
一瞬女性の表情が固まった。
だけどすぐにまた笑顔を浮かべて、あたしに言った。
「んーどうだろうね、あたしには覚えが無いけど」
「そう…ですか」
「ごめんね」
「い、いえ…」
- 321 名前:7.<Memory of indigo blue> 投稿日:2007/02/14(水) 19:21
-
表情が落ち込んでしまった事で、あたしはそのご飯をもらうことにした。
…おいしい。
凄く美味しかった、身体の芯から暖まるような、この季節にとっては
かなり天敵になるそうなほど。
自分から食が進むなんていつ振りだろう。
安心して食べられる瞬間なんて…。
ご飯の味が徐々にしょっぱくなっていくのは気付いていた。
それでも、あたしはその暖かさを身体に溶け込ませ続けた。
見守る女の人の表情は優しくて、それがより一層あたしに暖かさをくれた。
「そういえば名前は…」
「んあ?あーあたしは真希、苗字は後藤」
「後藤…えっ!?あの後藤真希!?」
「おぉ?」
- 322 名前:7.<Memory of indigo blue> 投稿日:2007/02/14(水) 19:22
-
後藤真希、あたしがダンスを習い始めたのもこの人がきっかけ。
テレビ番組をビデオに何度も何度も録画して
それを見ながら何度も何度も練習した。
一時の記憶の混乱なのか、それともダンスを止めてしまってからは
殆ど見ていなかったからなのか。
会ったような錯覚を感じたのはこれだったのかもしれない。
「後藤さん、ここに住んでたとですか?」
「あーまぁね、隠れ家ってやつかな」
「隠れ家?」
「ちょっと今…休止中なんだよね」
苦笑いを浮かべる後藤さん。
休止中?どうして、という問いをしようとした時、表情が
一瞬見たこともない寂しそうで、言葉が詰まった。
何も言えないまま数分が過ぎて、あたしはふと言葉から出たのは…
- 323 名前:7.<Memory of indigo blue> 投稿日:2007/02/14(水) 19:23
-
「後藤さん」
「んぁ?」
「れなに、付き合ってもらえませんか?」
きょとんとした顔の後藤さんを、あたしはただ見つめた。
最初はほんとに軽い気持ちだった。
この恩をどうやって返そうかと思い、とっさに出たお誘いの言葉だった。
でも…それがここまであたしの運命に巻きついていたなんて夢にも思わなかった。
これは、運命だったのかもしれない。
全てが廻り続けるように、歩き続けるように。
この人に憧れて、ダンスレッスンを始めたから、あたしはあの日絵里に会った。
全てはこの人から始まった事。
…あたしはその運命にただ進み続けていた。
- 324 名前:7.<Memory of indigo blue> 投稿日:2007/02/14(水) 19:23
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- 325 名前:7.<Memory of indigo blue> 投稿日:2007/02/14(水) 19:27
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ママ達には反対された。
中3の進路相談であたしが東京の高校へと志望する事を言った時。
だけどそれでも引き下がらなかった。
どうしても、どうしてもあたしは行きたかった。
憧れた街。
そして、あの子が居る街へと。
パパは仕方が無いという表情だったものの
ママは最後まで表情を固くしていた。
怒りと心配という2つの感情を混ぜ合わせたその悲しげな顔。
今でも頭の中に刻み込まれたように残ってる。
上京する日も、朝からママとは顔を合わすことは無かった。
これで東京に行けば、簡単に家には帰ってこられない。
あたしは心の中でそう確信した。
その覚悟で出て行けと、ママの視線は厳しくて、鋭くて。
寂しいという感情よりも、悲しいという感情の方が強くて…。
それでも、あたしは出て行った。
大好きな街を、大好きな両親から。
- 326 名前:7.<Memory of indigo blue> 投稿日:2007/02/14(水) 19:28
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あの子が微笑んで手を差し出した。
前はあたしがそうしていた筈なのに、いつの間にか形勢が逆転していて。
それでも時に甘えられては、甘えて。
妙な噂が流れていてもなんとも無かった。
上級生と下級生の上下関係なんて興味も無かった。
ただ傍に居られることの幸福が勝っていて。
ただその流れがいつまでも続くんだと思ってた。
- 327 名前:7.<Memory of indigo blue> 投稿日:2007/02/14(水) 19:28
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- 328 名前:7.<Memory of indigo blue> 投稿日:2007/02/14(水) 19:30
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12月24日。
彼女の誕生日が過ぎた翌日。
あたしは自分のベットの中で目が覚めた。
どうやって自分の部屋に帰ってきたのか、寝惚ける頭の
中で必死に考えていると、歯磨きをした状態で新垣さんが出てきた。
「あっ、おぁよぉ、ひゃなかっひぃ」
「…おはようございます」
「ひのうはへっほうはやはっはね、おひへみはらいつのはにはひははら
へもはえっへひはなんへへんへんひふはははっはよ?」
「はぁ…」
「あっ、ほぁほぁ、ひょうはやふほふのひはんははら、はやふひはふひはよ?」
早々と言って去っていった。
っていうか新垣さん、急いでるって言ってもちゃんと話してください。
突っ込まなかったれなが悪いんですけど…。
途端、全身を覆うような寒気が襲った。
部屋はちゃんと暖房が完備されていて、逆に暑いはずなのに。
- 329 名前:7.<Memory of indigo blue> 投稿日:2007/02/14(水) 19:31
-
ふと自分の毛布に、黒い何かがあった。
まるで烏の羽のように漆黒で…でもそれ以上に純粋な黒。
昨日こけた拍子に付いてしまったのだろうか。
それと同時に、あたしは違和感に初めて気づいた。
―――――傷が…無い?
服も汚れが1つも無い上に、肩には確かにあった痛みさえも無い。
どういうこと…?
あたしは昨日の事が夢のように感じ出した。
だけどそれでは、あの約束さえも夢なのだろうか。
考えてみれば、そんな上手い話があるわけが無い。
昨日は彼女の誕生日で、もしかしたら自分が作り出した妄想の世界…。
「…なーんだ…」
だけど、それはそれで良かったのかもしれない。
あれがもし本当の事であれば、あたしはどこかで奇跡を信じていた。
"天使郵便"という奇跡を信じようと…。
もう、これで終わりにしよう。
さゆと新垣さんに言われた通り、あたしは傲慢だったんだ。
皆が会えたから、自分も会えるんだと信じていた。
- 330 名前:7.<Memory of indigo blue> 投稿日:2007/02/14(水) 19:32
-
その所為で、さゆや新垣さんに、すごい迷惑を掛けて…。
自分1人が不幸なんだって決め付けてた。
新垣さんも、彼女の友達で、少なくともあたしより長い時間一緒に居て。
それをあたしは…嫉妬してた。
だから認めたくなかった。
新垣さんの時間と、あたしの時間。
それを認めたくなかっただけ。
だけどもう…止めよう。
進んでいくためには、時間も全て犠牲にしよう。
彼女もまた、進んでいっているはずだから…。
- 331 名前:7.<Memory of indigo blue> 投稿日:2007/02/14(水) 19:33
-
*********
- 332 名前:7.<Memory of indigo blue> 投稿日:2007/02/14(水) 19:34
-
新垣さんに連れてこられたあたしの前には
数ヶ月ぶりに見る面々が居た。
そこにはさゆも居る。
でも愛ちゃんの後ろに隠れていて、藤本さんが
すごい形相であたしを睨みつけている。
「れいな、分かってるよね?」
「…うん」
藤本さんに背中を押されて、愛ちゃんに背中を
押されて前に出されたさゆと顔を見合わせた。
だけどすぐに顔を俯かせて、あたしもどうして良いのか迷う。
ノドを小さく鳴らして、あたしは覚悟を決めた。
「あの、さゆ、ごめん…れな、さゆの事分かってやれんかった
れなの為にしてくれたんやって事、分かってやれんかった
許してくれんでもいい…でも…ごめんなさいっ」
ここまで頭を下げたのはいつ振りだっただろう?
…あっ、藤本さんのご飯の中に練りわさびを
入れたときだったろうか…。
でもあれはガキさんの提案で、罰ゲームだったような。
さゆと、絵里、壁の隅で思いっきり笑いやがって…。
- 333 名前:7.<Memory of indigo blue> 投稿日:2007/02/14(水) 19:34
-
でも、そんな日々もあったな、懐かしいけど
それも今日で終わり、あたしは、先に進むんだ。
「…れーな、ごめんね」
「なん、れなが悪かったっちゃ」
「…よしっ、これで全部ちゃらだよ?」
パンッと、藤本さが手を叩いて視線を向かわせる。
その隣に居た吉澤さんが頷くと、急にダレかのお腹が鳴った。
愛ちゃんだった。
「あっ…」
「あはは、愛ちゃん豪快だねぇ〜っ」
「じゃ、焼肉パーティと行こうかっ」
「「「おぉー!!」」」
騒がしい人たちが居るとホントすごい。
さゆも少し涙目ながらも、あたし達は笑い合った。
そして、お店に入ろうとした時、それは起きた。
「田中ちゃんっ」
- 334 名前:7.<Memory of indigo blue> 投稿日:2007/02/14(水) 19:37
-
そう、それは夢だと思った。
目の前に居るはずのない人が居た。
さゆの驚異する表情が見えた。
そして…その人は笑った。
「…フィナーレの始まりだよ」
突然、あたしは闇に引きずり込まれた。
- 335 名前:7.<Memory of indigo blue> 投稿日:2007/02/14(水) 19:37
-
***********
- 336 名前:7.<Memory of indigo blue> 投稿日:2007/02/14(水) 19:38
-
記憶の断片にあるのは、さゆの叫び声。
繋がれていた筈の手はあっさりと離れて
浮かんだ笑顔が頭の中で廻り続けていた。
…数々の記憶と記録が頭の中で駆け巡った。
それは自分が生まれ、成長していく映像。
走馬灯とは少し違う、記憶と記憶とが全て繋がっている。
まるで伸びきったフィルムのようで…。
最後に見たのはその世界の中心部。
田中れいなの歴史が始まった根源の姿。
記憶の渦に飲まれようとするあたしの手が掴もうとした途端
それは煙のように消えていった。
…フワリと2枚の羽根が飛ぶ。
黒い羽根と白い羽根。
それが見えてすぐに意識が途切れた。
- 337 名前:7.<Memory of indigo blue> 投稿日:2007/02/14(水) 19:40
-
次に目を開けると、そこは闇だった。
でも完全な闇じゃなくて、ところどころにポツポツと丸い電球の
ようなものが全体を包んでいる。
それは星だった。
何十、何百億、それ以上の星達があたしの視界に入ってきた。
指、手、腕、肩と動かしていく。
身体の感覚が無いというよりも、地面の感覚が無い。
浮遊感。
エレベーターなんかで体験するあの圧力は一切無い。
ただ本当に、ただそこに浮いているという認識。
ふと掲げていた手を掴まれ、あたしはその場に立たされた。
「大丈夫?」
「紺野…さん…?」
「…なんだ、ガキさんから教えてもらってるんだ」
「で、でもあなたは…」
「うん、知ってる通りだよ」
- 338 名前:7.<Memory of indigo blue> 投稿日:2007/02/14(水) 19:42
-
悲しそうな笑顔を浮かべる紺野さん。
あたしは妙な罪悪感を覚えてしまって口を濁した。
同時に、あたしはこの空間の異常さに視界を広げた。
満面の星達と、その中心に浮かぶ大きな金色に輝く円形。
その大きさは半端じゃない、初めて見るほどの大きなそれは
まるであたしを押しつぶしてしまおうとしているようで…。
思わず1歩後退するものの、紺野さんが手を掴んだまま。
同時に、そこからは1人の女性が
まるでその円形を歩いているように降りてきた。
「知ってる?この月はね、100年以上経って
1度あるかないかの大満月なんだよ
ちなみに、その100年目はあたしが生まれた年でもあるんだ」
満足げに話す後藤さんの姿は、さっきまでの大人の姿ではなく
髪の色も、茶髪から金色へと変わっていた。
明らかに幼い顔立ちと、鋭い目つき。
あたしが見たことの無いその姿と表情は、後藤さんじゃない。
それでも、"後藤真希"だった。
- 339 名前:7.<Memory of indigo blue> 投稿日:2007/02/14(水) 19:43
-
「"天使"の名前を与えられた"後藤真希"がね」
「天使…?」
「知らないはずはないでしょ?
君だってそう…"天使郵便"を探してたわけだし」
「っ…どうして」
「どうして?愚問だねぇ、ゴトーは天使なんだよ?」
ま、今はこれだけどね。
そう吐き捨てると、後藤さんの背中から何かが蠢いた。
あたしはそれがとっさに何か分からなかったけど
金色の輝きをそれは切り裂くように羽ばたいた。
紺野さんの握られた手が強くなる。
あたしは夢なのだと思いたかった。
それでも現実に引き戻すように、その黒い何かは見せ付けてくる。
あたしの意識が徐々に薄れていく。
グラリと身体が重力に負けて倒れる瞬間
紺野さんがあたしを抱きかかえてくれた。
"田中れいな、君も決めなければいけない"
頭に直接囁くような声があたしを揺さぶる。
同時に、完全にあたしの意識は切り離されていた。
- 340 名前:7.<Memory of indigo blue> 投稿日:2007/02/14(水) 19:43
-
************
- 341 名前:7.<Memory of indigo blue> 投稿日:2007/02/14(水) 19:44
-
視界に広がるのは、学校。
見覚えのある校舎に、女子生徒が飾ったであろう有名な画家の絵。
ここは朝も昼も夜も女子しか入らない玄関。
間違いない…ここは、あたしが通っている女子高だ。
だけどおかしな事に、教室にも体育館にも生徒の姿は見当たらない。
時計を見ると、3限目の真っ只中な時間で、いくらなんでも不自然。
ふと、あたしは自分の教室へと入り込み、自分の机を見た。
―――――えっ…?
あたしのじゃない。
席替えをつい最近したばかりの筈なのに、どうしてか前の場所に変わっていた。
隣の席を見て、それはさゆの席だった。
さゆとは2年間偶然が重なったのか、殆どが同じ席だった。
間違いない、さゆがいつも書いているウサギの絵がくっきりと机に描かれている。
- 342 名前:7.<Memory of indigo blue> 投稿日:2007/02/14(水) 19:45
-
ふとあたしは、自分の服が学生服に変わっていることに気付いた。
そのポケットを手で漁ってみると、金属音が当たって出る高音を耳にする。
―――――どうして…?
それは、赤いリボンに括られた金の鈴。
今こんなところにあるはずのないもの。
だけどそれは、あたしの手の中にある。
あたしは廊下から駆け出した。
目指す先は3階。
これが本当のことなら、もしかしたら…。
不安と嬉しさが、あたしの中で渦巻いていく。
ガランとした廊下に、あたしの足音と荒い呼吸だけが響いてる。
ドアを開けてもダレも居ない。
ガタガタと机という机をすり抜けて、最後に見たのは後部座席。
机の表面を見る。
- 343 名前:7.<Memory of indigo blue> 投稿日:2007/02/14(水) 19:45
-
―――――あたしは、確信した。
あの子が、まだこの世に存在している。
いつも休み時間になって来て見れば、ふにゃりとした笑顔を浮かべてくれた。
同じ部活に入ると言うと少し喜んでくれたけど
同時にあたしの夢を知っているあの人は少し寂しそうな表情をしていた。
それでも笑って、あたしを歓迎してくれた。
どんな時でも笑顔だったあの子が…今ここに居る。
"どう?親愛なる人が居るっていう現実は"
その声が聞こえる方を見ると、後藤さんが机の上に座っていた。
良く見ると、身長もあたしと殆ど変わらない姿。
まさに…子供だった。
ただ、普通の子供とは違うのは、その背中から生え出ている黒い羽根。
- 344 名前:7.<Memory of indigo blue> 投稿日:2007/02/14(水) 19:47
-
"確か13だったかな…君があの子と会ったくらいかも"
「…もしかして、あの時の傘…」
"…んあ?誰か来たみたい"
すると後藤さんは黒い羽根に包まれながら、一瞬にして消えた。
同時に人の気配がした。
足音と一緒に、それはこっちにへと近づいてくる。
―――――ドクンと、あたしの鼓動が鳴った。
一時期ショートにして茶髪にした時があった。
あたしは黒髪の方が似合ってると思ってたけど
同時に彼女は凄く明るくなっていった。
笑顔を浮かべることも違和感を覚えないほどで
新垣さんにも褒められて、嬉しそうだった。
でもそれと同時に、ほんの少しの嫉妬心。
新垣さんに対しての。
だけど何度も助けられていることは事実で
あたしは…憎むとかそういう感情だけはイヤだったから…。
- 345 名前:7.<Memory of indigo blue> 投稿日:2007/02/14(水) 19:48
-
あの子の笑顔があたしだけに向いてほしいとワガママを言っていたけど
あの子はあたしの前では本当に嬉しそうに笑っていた。
「れーなは子供だねぇ」なんて言われても、全然構わなかった。
「れーな?」
そう、この舌っ足らずな声で、あたしの名前を呼んでくれた。
「…っえりぃ!」
きょとんとした彼女の表情でも、あたしには十分だった。
その姿が、そのアヒル口が、その両目が。
全てが、全部が、愛しくて愛しくて。
腕一杯に包んだその身体が、あたしにとっては十分な体温を持ってて。
彼女の前では絶対に泣くまいと決めていたはずなのに
それはあっという間に流れ崩れていった。
- 346 名前:7.<Memory of indigo blue> 投稿日:2007/02/14(水) 19:48
-
*********
- 347 名前:7.<Memory of indigo blue> 投稿日:2007/02/14(水) 19:49
-
"田中れいな、君が満足ならゴトーは嬉しいよ"
"生きていた頃の記憶、それは君にとっては宝物だろう?
それがその証拠…まだ諦めてないっていう証明"
"…このまま魂を喰われても、後悔は無いよね?"
"その子となら、一緒に消えてしまっても構わないんでしょ?
君は、あの世界に未練なんてないわけだし"
"あの子がここに来た時、君は決めなくちゃいけない"
"過去と、現実を…"
7.<Memory of indigo blue> end.
- 348 名前:- 投稿日:2007/02/14(水) 19:49
-
- 349 名前:- 投稿日:2007/02/14(水) 19:49
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- 350 名前:名無し亀さん 投稿日:2007/02/14(水) 19:59
- 気付けば300…(汗)
タイトルはあの3人が登場という事で。
次回に続きたいと思います。
- 351 名前:ais 投稿日:2007/02/15(木) 00:25
- 一瞬にして取り込まれましたw
ものすごい物語ですね。
次回更新待ってます
- 352 名前:名無し亀さん 投稿日:2007/02/19(月) 16:05
- >>315 aisさん
有難うございますo(_ _)o
あまりストーリー的なものを初めは考えていませんでしたが
どうしてこうなったのか…(汗)
あと少しなので、最後までお付き合いくださると…。
多分次回が最後になると思います。
それでは参りましょうか。
- 353 名前:8.<The last choice…> 投稿日:2007/02/19(月) 16:06
-
手の中に包まれた純白の手紙。
初め見たときには無かった受取人の名前。
差出人の名前も無かったはずなのに、それが今
手の中に納まっている。
これは、神様が与えた最後の使命なのだろうか?
それとも、勝手に作り出してしまった幻影?
…会いたくないと想っていたはずのあの子。
手紙は絶対権利の表れ、そして約束の手形。
それはたとえ「天使郵便」でも拒むことは出来ない。
- 354 名前:8.<The last choice…> 投稿日:2007/02/19(月) 16:06
-
8.<The last choice…>
- 355 名前:8.<The last choice…> 投稿日:2007/02/19(月) 16:07
-
1人目。
私が初めて受け持つことになった女性。
写真を見せてもらうと、綺麗な人で、こんな人でも死んでしまうのかと知った。
最初は、こんな使命を受け持つなんて事、したくなかった。
だけど、手紙の気持ちを知ったとき、私は思わず泣いてしまった。
こんなにも愛していたはずの人間を残して逝ってしまう悲しみと不安。
死んでしまう事はどちらにとっても孤独で、悲しくて。
ひょっとしたら、自分が選ばれたのはその所為なのかもと。
そう思うと、これは自分にしか出来ないものなんだと義務感を覚えるようになった。
差出人との面会は禁じられているものの、受取人との干渉は可能らしく、私は絶句した。
その人は私が知っている人で、顔だって見合わせた事があった。
でも、本人は私の事は知らない風に話しかけている。
"天使郵便"の事を理解してもらおうと話しかけるたび
本当に忘れてしまったのだと胸が苦しくなった。
- 356 名前:8.<The last choice…> 投稿日:2007/02/19(月) 16:07
-
心が読めるというチカラがあると、自然に受取人と差出人の接点が見えた。
元々霊体だから、自分がなりたいものにだってなれた。
真っ白の毛並みと、赤のリボンに付けられた金の鈴。
それは、もう私が持っているはずがないモノで…。
女性は無事に「再会」する事が出来た。
私はそれを見て安心したのか、不意に笑顔を浮かべていた。
月が眩しく輝いていて、2人にはほんの少しのサプライズの羽を降らせた。
あの子とは、1度も一緒に見ることが出来なかった雪をイメージに…。
あぁ、自分は人間じゃないんだと戒めるように。
- 357 名前:8.<The last choice…> 投稿日:2007/02/19(月) 16:08
-
*********
- 358 名前:8.<The last choice…> 投稿日:2007/02/19(月) 16:09
-
2人目は、凄くお世話になった先輩だった。
しかもその人はずっとあの人の傍で彷徨い続けていた。
「手紙」を投函したものの、魂はそのまま浮遊し続けていたなんて事は
有り得ない事だと局員の人も驚いていた。
それでも少し考えてみれば、簡単な事だった。
繋がりが強ければ強いほど、魂は惹かれあうものだから。
心配だったんだよね?
不安で不安で、たまらなかったんだよね?
私は時間も無いので引っ掴むと、先輩は驚いていた。
先輩はまだ私の事を覚えていてくれていたらしい。
事情を話すと、先輩はアッサリと納得してくれて、差出人の部屋を教えてくれた。
だけどどうやら眠っているらしく、私は少し待つことにした。
「天使郵便」が下界の郵便と違うところは「翌日受渡し厳禁」
決まっている時間と場所はすでに設定されている事で「渡せませんでした」では
話にならない、と局員の人が説明していた。
- 359 名前:8.<The last choice…> 投稿日:2007/02/19(月) 16:10
-
起き上がると、私は急いで受取人に近づいた。
その時、先輩から「ありがとう」とお礼を言われてしまった。
…なんだか、悲しいのと嬉しいのとが入れ混じって、先輩が消えた瞬間、少しだけ泣いた。
人じゃなくなっても、感情はあるし、感謝されるなんて思わなかった。
生きてる時は、こっちがお礼を言う側だったのにな…。
聞こえた歌声は、凄く優しくて、そしてどこか希望に満ち溢れていた。
- 360 名前:8.<The last choice…> 投稿日:2007/02/19(月) 16:10
-
**********
- 361 名前:8.<The last choice…> 投稿日:2007/02/19(月) 16:11
-
3人目は…正直あまり会いたくなかったかも。
局員の人は"天使郵便"に選ばれて、もしも生前出会っていても
その時の記憶は全て抹消されてしまっていると言っていた。
つまり…そういうことなのだろう。
私の親友ともいうべき人は、全く気づいてくれなかった。
だから、最後まで他人として"天使郵便"として演じてやった。
これで良いんだと…私自身に言い聞かせて。
それでも、全く変わってないんだなと感じた。
私が居なくなった世界でも、皆は止まることなく歩き続けている。
私は…歩いているのだろうか?止まっているのだろうか?
…多分、ううんきっと、歩いてるんだと思う。
この使命を成し遂げれさえすれば、私はまた…人間になれるんだ。
だけど、もう皆には会えないんだろうな。
最後なんて、まともに別れの言葉さえ言ってないのにな。
それが悲しくて悲しくて…見送ったあと泣いてしまった。
どうしても、堪え切れなかった。
だから…月に見せないように背を向けて泣いた。
自分の涙なんて、見たくなったから。
- 362 名前:8.<The last choice…> 投稿日:2007/02/19(月) 16:12
-
…差出人が行方不明になったのは、本当に事故。
ここまで整備が衰えていることに局員の人は嘆いていた。
もしも差出人が行方不明になった場合は"天使郵便"の私が
直々に探さなくちゃいけない。
そして見つけた場所は、あの公園。
その人は悪戯っぽく「見つかっちゃったか」と言って車椅子を動かした。
私はその人の顔をどこかで見たような気がしたものの
それを遮る様に女性は言った。
「あなたが"天使郵便"?」
「そうです、探しましたよ?」
「手紙…届けてくれたんだ」
「はい、ちゃんとっ」
「そっか…」
私からの干渉は禁じられている。
だから、行方不明になった理由も殆ど聞けずじまいだった。
そして、その表情が凄く寂しそうに見えたことも…。
その女性も、お礼を言ってくれた。
…人が人との繋がりを大事にするのは、1人がイヤだから?
それとも、1人になった時の事を知っているから?
私は…―――――
- 363 名前:8.<The last choice…> 投稿日:2007/02/19(月) 16:12
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- 364 名前:8.<The last choice…> 投稿日:2007/02/19(月) 16:13
-
4人目も、知ってる人。
というか、あの子の従姉妹さん。
…それでも、ちょっとツンツンしていて、あんまり似てないような気がした。
生きてる時にも何度か会った事があったけど、どこかツンツンしていて
でもある人といるときは凄い感情豊かで。
そこら辺はなんだか似てるなぁっと思ったこともあったけど
本気で怒られたことなんて…1度も無かったな。
この人に初めてこの"天使郵便"の重大さと、重要さに気付いた。
いくら手紙の精霊力が強くても、それ以上に強い想いをどうにかしようなんて事は不可能だと思う。
絶対的なチカラが、時にはほんの小さなチカラであっても敗れることはある。
それが、私がカミサマは万能なんかじゃないって思うところ。
…実のところ、あまりカミサマを信じてない。
もし居るなら、今すぐにでもカミサマの前に行って蘇らせてっと頼み込む。
でも知ってる、生き返らせることなんて出来るはず無い。
「再会」は出来るのに、人間の為になら願い事を叶えるのに…"天使"には何もしてくれない。
そして気付いた…これは私への罰なんだって。
- 365 名前:8.<The last choice…> 投稿日:2007/02/19(月) 16:16
-
怒られた瞬間「こんな傷を掘り返すような事、これが天使の役目だっていうのかっ」
と言われた時に、自分の中で気付いていたことがまるで風船のように割れた。
人との繋がりを勝手に切ってしまった私に、カミサマが罰を与えているんだと。
見送ったあと、私は首に付けられた鈴を取ると、それには自分の顔が写っていた。
もう見ることなんてないと思っていた自分の姿。
人間じゃない自分の犯した罪の成れの果て。
悲しい…悲しすぎて潰れてしまいそうだった。
いや、一層の事、このまま潰れてしまってもよかったと思った。
それでも、私はどこにも行きつくことが出来ない。
この"天使郵便"として存在し続ける事が、私なのだとそう言い続けて。
誰かの幸せな表情を見るたびに、自分の中で渦巻くなにかに気付く。
羨感だったのか…それとも…―――――
- 366 名前:8.<The last choice…> 投稿日:2007/02/19(月) 16:17
-
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- 367 名前:8.<The last choice…> 投稿日:2007/02/19(月) 16:17
-
5人目は…まるで私だった。
生きていた頃の私そのもので、それでも…もう人間じゃなかった。
それでも、そのあどけない表情が私をより締め付けた。
死んでいるという自覚も無く、そのままで居ることが危険なのだということ
にも気付けずに、私のようにずっと過去を引きずっている。
この時は、私は「助けたい」という気持ちと「助けたくない」という気持ちが
見え隠れしていて…正直もう放棄しようとしていた。
でも、この子を助けることが出来たら、もしかしたら自分自身も
救われるような気がした、だから、使命をまっとうしようと思った。
ただこの子と違ったのは、この子はカミサマを信じていた。
お母さんに会わせてくれる筈だとずっと願っていた。
凄く健気で、人の幸せを分かってあげられる子。
…今の世界なんて、そんな子滅多に居ないのに
どうしてカミサマは、こんな子まで連れてってしまうのだろう?
同時に、そのカミサマの側近である天使を信じていた。
言えば、私を信じてくれた。
結果的に、あの子は無事に送り届けることは出来た。
結論的に…あの子は幸せだった。
- 368 名前:8.<The last choice…> 投稿日:2007/02/19(月) 16:18
-
なら私は?と。
自分の心の中で呟き、自分の頭の中でそれを考える。
でも、答えなんてものはいつも曖昧で、合わせても引いても
割っても掛けても…イコールにはたどり着くことが出来ない。
初めはこれが自分のすることなんだと割り切ったはずなのに。
今では…そう。
違うものが渦巻いている。
感情が私の中で爆発しようとしている。
あの子と目が合った。
もう会うことなんて無い、無くても忘れてるはずなのに。
それは"天使郵便"と会ったからなのか
それとも、"私自身"がどこかでそう願っていたからなのか。
私の名前を叫んだ時、私は一瞬走馬灯を見たような気がした。
両目に写った最後の姿。
手を思いっきり私のほうに向けて、猫のように大きな目をさらに大きく。
そして…あの子と交換した鈴の音が空間で木霊した。
決して見えるはずの無い光景が、私の頭の中で回転していた。
そして…さゆに会った。
- 369 名前:8.<The last choice…> 投稿日:2007/02/19(月) 16:18
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- 370 名前:8.<The last choice…> 投稿日:2007/02/19(月) 16:19
-
「絵里、本当は、れいなに会いたいんじゃないの?」
さゆの言葉は、私の胸に大きく突き刺さった。
見えないはずの大きな何かが、私の身体を貫く。
それはとても辛く、痛く、そして…悲しい言葉。
会いたい。
会いたくて会いたくてたまらない。
凄く会いたくて…思いっきり抱きしめたい。
あの子の小さな胸の中で、大きく泣いてやりたい。
それでも…。
怖い。
あの子も私の事を忘れていた時のことや
顔を合わせた時を考えると。
"天使郵便"の「再会」は1日。
その時間が終わると…私は消えてしまう。
あの子が忘れてしまうことと。
自分が消えてしまうのが凄く怖い。
なんでこんな使命をもっちゃったんだろうって。
転生したって、あの子が居ないと意味がないんだ。
- 371 名前:8.<The last choice…> 投稿日:2007/02/19(月) 16:20
-
それなら、一層の事この世界に留まってやろうと思った。
でも、さゆと会って、それすらも気持ちが弱くなって。
局員の人の言葉を思い出す。
"天使郵便"の手紙はたとえ天使のチカラであっても絶対に
拒否することは出来ない。
だから渡さなくても、結局は会うことになる。
これが…天使郵便の運命だと…。
- 372 名前:8.<The last choice…> 投稿日:2007/02/19(月) 16:20
-
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- 373 名前:8.<The last choice…> 投稿日:2007/02/19(月) 16:21
-
ふと、誰かの声が聞こえた。
そう、私の名前を呼んでいる。
まだ最近に聞いた少し高音の声調。
電信柱の上に居た私は、下を見下ろすように立った。
「エリ!?居るんでしょ!?」
さゆだった。
キョロキョロと辺りを見渡して、私を必死に探している。
慌てた、まさかまた会う事になるなんて思わなかった…。
このままやり過ごすのか、それとも声をかけるのか。
「エリ!返事して!」
ゆっくりと歩きながらさゆは通り過ぎる。
私はその状態の異変に気付いていた。
というか見えてしまう、天使のチカラで。
れいなが…消えた。
- 374 名前:8.<The last choice…> 投稿日:2007/02/19(月) 16:21
-
さゆには悪いけど、その時の記憶を見せてもらった。
本当はしてはいけない事だけど、その時の私にはもう
何もかもが真っ白で、途端闇の景色が思考を覆った。
漆黒の世界…いや、これはまるで二次元の仮想世界のような…。
この世の景色じゃない、まさにブラックホールのような描写。
悲しさとか、辛さとか…そういうものが一切無い。
夢。
無とも呼べるべきそれが、そこにあった。
その中心には…れいな?
「…さ…っゆ…」
まだ少し人間の私と"天使郵便"の私が葛藤している。
でももう、その真ん中にある壁はガラスほどの薄っぺらい物。
ピシピシと真ん中からヒビを作り、そして亀裂が交差した途端
上部が重量に耐え切れず落下した。
- 375 名前:8.<The last choice…> 投稿日:2007/02/19(月) 16:22
-
数万、数億と砕け散ったガラスの残骸は、どこか雪の結晶のようで。
それは闇の中に消えたかと思うと、もう1人の私は見る影も無かった。
「さゆっ!!」
私の大声に気づいたのか、さゆの視線が私と交差する。
翼を大きく広げて、鳥のように飛ぶイメージを作り出す。
下で佇む親友のところへと私は飛びだった。
"天使郵便"の運命が、まるで歯車のように廻り出す。
亀井絵里の運命が、カチリカチリと動き出していた。
- 376 名前:8.<The last choice…> 投稿日:2007/02/19(月) 16:22
-
**********
- 377 名前:8.<The last choice…> 投稿日:2007/02/19(月) 16:23
-
金と銀の鈴は、私たちの命の約束。
私たちが初めて命が消えた瞬間を見たのは、自分達の宝物。
交換して、決して命を無くさないようにと約束の形。
それを…私は捨ててしまった。
形は崩壊し、手から滑り落ちた鈴は粉々になった。
それはあの日、私の命が尽きたあの時に。
私がどうして、あの久住小春に惹かれたのか。
それは私と同じだった。
同時に、全てが、何もかもが、始まりと終わりも全部が。
私は…自分からこの世界から消えてしまった。
現実が分からなくなってしまった、見えなくなってしまった。
あの子さえも見えなくなって、ついに闇の中に包まれた。
原因は、交通事故。
だけど怪我は軽傷で、初めは全然なんとも無いと思ってた。
- 378 名前:8.<The last choice…> 投稿日:2007/02/19(月) 16:23
-
ちょっと頭を打ち付けて打撲程度。
それは中学のときに、自分のちょっとした不注意。
一応入院はしたものの、大体1週間で退院することが出来た。
それから高校に入って、特におかしい事も無く、ほんの少し
貧血を起こすことがあったものの、それほど大袈裟なものじゃなかった。
そんな時、私たち2人が飼っていた猫と犬の首輪。
あの子は地元で飼っていたものの、こっちには持って来れないからと
首輪だけをお守りとして持っていた。
その時、私の方はまだ居て、彼女が犬嫌いなこと知らなかったから
最初は大変だったけど、大分慣れたらしく、よく撫でに来てくれた。
でも…数ヵ月後に突然の発熱で―――――。
あの子は私に向かって、自分の持つ首輪と交換してほしいと行った。
理由は言ってくれなかったけど、私は渡すことにした。
「大事にする」と言ってくれたから、それに呼応するように金の鈴を鳴らした。
あの子も、銀の鈴を鳴らして、2人で涙目で笑い合った。
- 379 名前:8.<The last choice…> 投稿日:2007/02/19(月) 16:24
-
辛くなったら、これを鳴らして。
そして、呼んで。
絶対に駆けつけてあげるから。
そうして、私たちは約束を交わした。
肌身離さずに、その鈴を自分の一部のように持って。
辛くなれば、絶対に我慢せずにその鈴を鳴らそうと言う。
まるで小さな子供がするような約束。
それでも…嬉しかった。
凄く嬉しかった、どんな約束よりも、凄く固い絆のような約束。
ずっと続くものなんだと確信できる事に、不思議と幸せな気分になった。
それからだった、あの子に親友ではなく何か違う感情で見るようになったのは…。
それからだった、私の脳に異変が起きたのは…。
- 380 名前:8.<The last choice…> 投稿日:2007/02/19(月) 16:25
-
********
- 381 名前:8.<The last choice…> 投稿日:2007/02/19(月) 16:25
-
事故の傷が、数年経って突然発症した。
何も無いんだと思ってた、何も問題はないって言ってたはずなのに。
お母さん達は私たちが寝静まったあと、容態の話をする事が多くなった。
それを何度か盗み聞きしていると、思いもよらない言葉が飛んだ。
同時に、お母さんのすすり泣く声。
一気に頭の中が真っ白になって、その日は一睡も眠れなくなった。
学校でもガキさんに心配されたりして、上の空で。
あの子にも、それを気付かれてしまって…とっさに嘘を言った。
上手く笑えていたのか…今でも分からない。
だけどあの子が少し納得出来ない表情だったから、ちゃんと笑えていなかったんだろう。
ガキさんに言われた。
「カメ、私にも言えないの?」
- 382 名前:8.<The last choice…> 投稿日:2007/02/19(月) 16:26
-
あぁ…ガキさんには、絶対に内緒事は通用しないんだっけ。
まるであの藤本さんみたいだな…、なんて思いながら笑って見せた。
でも、ガキさんはジッと真剣に見つめて、離すことはしなかった。
正直に白状すると、即あの子に言うように促した。
…私は首を横に振った。
「カメ…」
「れーなに言ったら、耐えられないかもしれないから…」
「でもっ」
「お願い…れーなには言わないで…」
私の目が見えなくなるなんて知られたくない。
先生は放っておけば死んでしまうと宣告した。
手術をしても、最悪の場合失明する恐れがあるとも。
どっちを選択しても、私自身にもあの子にも特なんて無い。
病気に特も損も無いかもしれないけど、今知れば絶対にれーなは
自分を責めてしまうと思う。
だから…自分から言わせてほしい。
私から、れーなに言うから。
- 383 名前:8.<The last choice…> 投稿日:2007/02/19(月) 16:26
-
***********
- 384 名前:8.<The last choice…> 投稿日:2007/02/19(月) 16:27
-
赤い赤い夕日の時間。
それは闇を呼び寄せる光。
この光さえも、私にはもう見えなくなってしまう。
ふと過ぎるのは、闇がどうしてこんなにも怖いのだろう?
いや、違う。
闇が怖いんじゃなく、1人になるのが怖いんだ。
たった1人の空間。
誰も居ない世界。
想像しただけでもゾッとする。
誰も居ないということは、自分さえも居ないという錯覚。
当然あの子さえも居ない。
ずっと隣に居ると思っていたはずの存在が消える。
この世界に1人で居るという認識と
自分さえも誰も居ないという認識とでは全く違う。
生きていても死んでいる。
在るはずなのに無い。
そんな世界へと、私は歩いているのだろうか。
- 385 名前:8.<The last choice…> 投稿日:2007/02/19(月) 16:27
-
最近では夜に眠れれない日々が続いている。
それは恐怖。
もう二度と目が開けられないという深層心理。
ぼやける視界を見る度に、一気に不安と恐怖が混ざり合う。
怯える日々を、誰も癒すことは出来ない。
歩いている足を止められる人も居ない。
そんな未来を知っているはずなのに、止まれない。
なんて悲しんだろう?なんて辛いんだろう?
私が生きてきたことの意味。
それさえも霞んで見える。
過去にも未来にも、私が歩いていける場所なんて無い。
どこに行けば良い?どこに歩いていけば良い?
道はあるの?場所はあるの?
疑問が疑問を呼び、決してそれは消えることは無い。
この目の前の景色はいつか無くなるのに…。
- 386 名前:8.<The last choice…> 投稿日:2007/02/19(月) 16:28
-
気付いたとき、感じたのは浮遊感。
見えたものは徐々に小さくなっていく空と星。
そしてその前に見えたものは…驚いているあの子の表情。
多分呼び出した時間だったのだろう。
それと同時に、私が止まった時間になった。
痛いとか、苦しいなんて感じなかった。
ただ「無」という意識だけが自分を包んでいて
時間が経つと、それさえも考えられなくなった。
あとに残るものなんて何も無い。
ただ、私のヌケガラだけが世界を朱色に染めていた。
最後に見た、あの夕日と同じくらいの赤に。
結局、私は告げることが出来なかった。
視線の先には、粉々になった金の鈴。
それは、繋がりが消えた瞬間。
- 387 名前:8.<The last choice…> 投稿日:2007/02/19(月) 16:28
-
**********
- 388 名前:8.<The last choice…> 投稿日:2007/02/19(月) 16:28
-
暗い闇だった。
妙な静けさの中、私は左右を確認しながら一歩一歩進んでいく。
ここに来たのはつい数分前。
どうやら誘われちゃったみたいで、トンネルのような空間を渡って
来ると、すぐにここへと辿り着いた。
空を見上げると、そこにはあの時みたガラスの粒が数千億と煌びやかに
輝いていて、まるで河のように流れは穏やか。
ふと見えたのは、まるで闇で作られたような卵型の中に、あの子が浮いている。
すぐに助けようとしてそれに触れようとした瞬間、風が髪をなびかせた。
「…誰ですか?」
「なんだ、気づいてたのか」
「答えてくださいっ」
「相手と話しをする時は、ちゃんと目を見るんだよ?」
ゆっくりと、その気配のあるほうに視線を泳がせる。
最初に見えたのは、闇の中で圧迫感を覚えるほどの大きな満月。
あのガラスのような星を掻き集めても、ここまで大きく出来ないだろう。
それに呼応するように、金色の髪が風によってフワリと泳いだ。
表情は笑顔を浮かべ、それには悪意というものが感じられない。
背中には、私のとは似ても似つかないほどの真っ黒な羽根。
- 389 名前:8.<The last choice…> 投稿日:2007/02/19(月) 16:29
-
「同じ…じゃないですね…」
「うん、同じじゃないね」
「…悪魔?」
「ブブー…惜しい」
「…?」
「ま、分かんないよね、実際あたしみたいな存在は
この世界には居ないから」
明らかに疑問を浮かべる私に、女性は笑顔を深く浮かべた。
いや、"少女"と言った方が正しいかもしれない。
その姿、その表情はあどけなさを残している女の子。
それもまだ中学に上がったか上がってないくらいの。
「それにしても…相変わらず服装はすごいねぇ」
「結構気にってますけど…」
「まぁ、君くらいの年齢なら大丈夫だろうけどね」
女性の"天使郵便"に支給される服装。
純白のドレスを連想させるような服だけど、なんと言ってもスカートの丈が短い。
あとはちょっと大きめのポシェットなんだけど、皮製のゴツイ奴でちょっと重い。
頭に被る帽子も革製品。
会うたびいろんな印象を持たれたものの、この使命を受けて
1番嬉しかったことはこれだったかも…と、そんな事を言ってる場合じゃない。
- 390 名前:8.<The last choice…> 投稿日:2007/02/19(月) 16:30
-
「あなたは誰なんですか?」
「月にもなれず、太陽にもなれない
だけどそれを補おうとするモノは存在するんだ
たとえばそう、君みたいに相手に「再会」を与える存在とかね」
「…よく、分からないんですけど」
「つまり、月の君をもっと輝かせるには闇が必要なの
輝く、存在させるには闇が必要なんだ、相容れないからこそ
その輝きは増し、そして存在し続ける」
「…何が」
「闇はね、光があるから闇があるんだよ、それがゴトーっていう存在
なら、「再会」が光ならそれを補う闇もあるって事だよね?」
私は最後の言葉で理解した。
そんなの、全然聞かされても無かったし、かといって絶対に居ない
と言う保障も全く無かった。
表情を崩さない女の子は、私の事を絶えず見ている。
- 391 名前:8.<The last choice…> 投稿日:2007/02/19(月) 16:30
-
「やっぱり悪魔じゃないですかっ」
「だから惜しいって言ってるでしょ?
ゴトーは悪魔と天使を補うための存在なんだから」
「そんなの、カミサマが認めるはずないじゃないですか」
「神が万能じゃないのは君がよぉ〜く知ってるはずだよ?
だから"天使郵便"っていう役割を与えられたんだ」
よく分からない。
"天使郵便"は転生するための使命であって、そんな役割とか言われても
分からない…理解できない。
ゴトーというこの子は、私の方ではなく、あの子の方に視線を向ける。
「あの子の魂は今肉体から離れようとしている」
「えっ…」
「あのままだと、夢に喰われて元の世界に戻れなくなるねぇ」
あっ、でもそれはあの子が決めたことだよ?
ゴトーはそれを手伝っただけなんだから。
そうあっさりと言いのけてしまった。
- 392 名前:8.<The last choice…> 投稿日:2007/02/19(月) 16:31
-
「…なんでっ」
「なんで?"天使郵便"の役割だって同じだよ?
天使は人々に幸福を与えるための存在なんでしょ?
その人が望む事をするんでしょ?
だったら、出会わせる役割の"天使郵便"も一緒だよ」
「それは…」
「今あの子は夢の中で昔の君に会ってる
さぁ、亀井絵里、これが最後の使命だよ?」
手紙をあの子に渡すか、それともその手紙を破り捨てるか。
ゴトーさんは私に言う。
最後の手紙には、差出人と受取人の名前が書かれていた。
差出人「亀井絵里」 受取人「田中れいな」
これが"天使郵便"の最後の務め。
私と言う人格を抹消するための。
手紙は絶対権利の証。
- 393 名前:8.<The last choice…> 投稿日:2007/02/19(月) 16:31
-
金色の悪魔は言う…。
持っている事で、それはたとえ"天使郵便"でも拒むことは出来ない。
ただ、1つだけ解き放たれることが出来る方法がある。
それは"初めから無かったという結果"にする事。
簡単だ。
手紙を破ってしまえば良い。
手紙が無くなれば、君もあの子ももう辛くならない。
あの子は君が居ることによって苦しんでる。
今もしもあの子に会っても、あの子が前に進めるかどうか分からない。
人間は欲が深い。
たとえ諦めようとしても、それは依存症。
何度でも何度でも蘇っては、それに苦しみ悶える。
それが…今のあの子の姿。
破ってしまうのか、渡すのか、"天使郵便"はたった1つの決断をする。
- 394 名前:8.<The last choice…> 投稿日:2007/02/19(月) 16:32
-
"天使郵便"は人に「再会」を与える。
それは最後の選択をする為の布石と言っても良い。
殆どの人間は幸せだっただろう。
たった1度のチャンスだけれど、この奇跡と言っても良い運命に当たった。
全てはゲームで、全てはギャンブル。
たった、たった1度きり。
それは人間も、"天使郵便"でさえも平等に分けられた運命。
…静かだった。
闇の中で、何の音も聞こえない。
私だけしか居なくなってしまったような静寂。
ふと、下から聞こえた凛とした音色。
金色の鈴。
今目の前にいる女の子の髪のように黄金。
ふっと…何かが頭を過ぎり、そして消えた。
それは多分、答え。
私が出した回答。
「…私は―――――」
- 395 名前:8.<The last choice…> 投稿日:2007/02/19(月) 16:32
-
それは、聖なる夜までに届くといわれる手紙。
贈られてきた人には一夜だけ、一番会いたいと思う人に会えるという
まさに天使からの贈り物としてそう言われていた。
天使は手紙を持つ。
金色の鈴が、チリンと最後のトキを知らせた。
8.<The last choice…>end...
- 396 名前:- 投稿日:2007/02/19(月) 16:33
-
- 397 名前:- 投稿日:2007/02/19(月) 16:33
-
- 398 名前:名無し亀さん 投稿日:2007/02/19(月) 16:35
- はい、今回はここまです…そして400超えそうですね(汗)
多分次回が最後になってほしいと願います(マテ
それでは次回まで…。
- 399 名前:last day.<Angel mail> 投稿日:2007/03/07(水) 17:55
-
何が悪だというのか
何が善だというのか
そんなものは紙一重の存在
そんなものは誰でも持ち合わせている感情
感情はどうにも出来ない
悲しいとか、嬉しいとか、そんな他愛のないものでも
一瞬のきっかけがあれば風船のように簡単にはじけ飛ぶ
それはどんなものよりも純粋なモノで
どんなものよりも残酷で、残虐で
悪があるから善がある
善があるから悪がある
それは書き直せない事実で、真実
あの神がそう仕組んだ存在な筈なのに
それは絶望でも、希望でも成せる存在
希望があると思い込ませる感情
…絶望の先に見える希望というのはどんなものなのだろう?
- 400 名前:last day.<Angel mail> 投稿日:2007/03/07(水) 17:56
-
last day.<Angel mail>
- 401 名前:last day.<Angel mail> 投稿日:2007/03/07(水) 17:56
-
目の前の天使は手紙をポシェットから取り出した。
だけどそのままの状態で動きはしない。
まだ自身の中で葛藤しているのだろう。
だけど彼女は、きっと選ぶ。
彼女は見て来たはずだ、あの人間達の表情を。
自身の運命と宿命と、そしてその絶望を。
神は天使に使命を与える。
それは時として天使自身に害を与えることでもある。
"天使としての後藤真希"がこの世に生を受けたあの瞬間から
あたしはこの世界の全てを視るようになった。
100年に1度の大満月の日に、あたしは1度死んだ。
誰にも見つけられる事は無く、あたしは独りで死んだ。
その時に頭の中に入り込んできたさまざまな感情。
それは人々の憎しみや妬み、残虐で残酷な現実。
それがとても悲しかった。
普通に生きている自分に対しての嫌悪感。
そんな時に聞こえた、生きる事の"絶望"
歩き出したのは異世界。
"天使として後藤真希"は蘇った。
- 402 名前:last day.<Angel mail> 投稿日:2007/03/07(水) 17:57
-
以前に住んでいた世界ではなく"芸能界"という一般人が
普通に住むことは出来ない異世界へと足を踏み入れた。
歌ったり踊ったりしている間だけ、あたしは
あたしでは無い、別の"後藤真希"となれた。
だけど素性は誰にも知らせてはいけない。
"後藤真希"は全ての人々に"幸福"を与える人間。
ふと疑問を過ぎったのは、その時だった。
あたしは、ちゃんと全てを救っているのだろうか?
それはあたしの感情に刺激を与えるものだった。
人々に"幸福"を与える…違う。
あたしは全てに与えられていない。
新聞やテレビを見るたびに視えてしまう。
人殺、事故、自殺、事件。
それは誰にも防ぐことは出来ない現実。
否、もしかしたら奇跡が起きて生還する人も居るだろう。
だけどそれはあたし自身がしている事じゃない。
ただその結果を視ているだけに過ぎない。
- 403 名前:last day.<Angel mail> 投稿日:2007/03/07(水) 17:58
-
死んだ人の幸福はどうすれば良い?
死んだ人はどこへ向かう?
あたしは…何も出来ない。
神はその役割をあたしには渡さなかった。
どうして私を生き返らせたのか。
生きている人間よりも、死んだ人間の幸福を
守らないで何が天使だっ!
あたしは全てに失望した。
そして絶望。
自分自身に対する憎しみと、神に対する殺意。
"天使"としては絶対にあってはいけない感情。
それから…あたしは別の"後藤真希"を生んだ。
普通に生活をする女子高生。
理由はただ1つ、あたしは全てが視えた。
―――死ぬ予兆のある人間との干渉。
- 404 名前:last day.<Angel mail> 投稿日:2007/03/07(水) 17:58
-
寿命は全ての人間にある。
天使は魂を神の下に送り届ける役割を与えられている
場合が多い為、あたしは自主的にその役割を持った人間を探した。
生徒に阻害の暗示をかけるなんてことは容易だった。
そして見つけたのは、あたしが通っていたダンス教室の後輩。
多少胸が痛んだものの、あたしはその子にダンスの全てを
教え込もうと思った、自分自身に興味を与えようとも。
その子は高校を入学と同時に教室を抜けたが、あたしがその子に
同じ学校のある後輩を紹介した。
順調に進んでいた。
あたしはその子を救えるかもしれないという余韻に浸った。
自分の理由と結果が矛盾していることにも気付かずに…。
- 405 名前:last day.<Angel mail> 投稿日:2007/03/07(水) 17:59
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- 406 名前:last day.<Angel mail> 投稿日:2007/03/07(水) 17:59
-
15の時に、あたしは高校へと入学した。
学校での生活は少し億劫だった。
妙な空虚が張り詰める空間。
感情が騒がしく渦巻いているセカイ。
魂は若ければ若いほどせわしなく循環した。
その中で、あたしは少し輪に入れずに居た。
ある者はあたしを慕い。
ある者はあたしを敬い。
ある者はあたしを…憎んだ。
どこも何も、全く変わらないセカイ。
あたしの中で、善と悪の人間の本質が蠢く。
だけどそれを我慢した。
そんな時、妙な視線を感じるようになった。
授業中、その視線を辿ると1人の生徒と目が合った。
まるで男性のようなその顔立ちと、女性のように
スラリとした体型の持ち主。
…ふとその子と友人になったのは、ほんの些細な事。
- 407 名前:last day.<Angel mail> 投稿日:2007/03/07(水) 18:00
-
あたしはその子に纏わりつく白いものに疑問を抱いた。
背中に寄り添うように浮遊するその何か。
霊体ではない。
だけどどうしてか気になる。
行き着いた先は…何の変哲も無い家。
無駄足だったか、と思い、その場を立ち去ろうとした。
と、背後に気配を感じた瞬間、あたしは寒気を覚えた。
「…後藤さん?」
振り返ると、そこにあの子が居た。
きょとんとしたその表情は、どこか何かを思い出させるもので。
…"天使だった以前の後藤真希"の記憶が徐々に蘇る。
だけどそれを振り払うようにあたしは思考を止めて
目の前に居る彼女へと視線を向けた。
「どうしたの?こんなところで会うなんて…」
「ここ…の、近くだから」
「えっ?…そうなんだ、知らなかったな」
安心したように笑う彼女。
少しばかりの沈黙…それからどうしようか迷った末
その場から立ち去ろうとした。
「じゃ、じゃあ…」
「あっ、待って」
- 408 名前:last day.<Angel mail> 投稿日:2007/03/07(水) 18:00
-
彼女がそう言って、あたしを制した所為で不意に止まってしまう。
と、目の前に差し出されたのは銀色のアクセサリー。
それは以前のあたしが身に付けていた鉄の輪の中に十字架を
施した…いわば遺品だった。
以前からどこかに行ってしまっていて諦めていた。
「これ、更衣室に落ちてたんだ。
誰のだろうって思って、ロッカーの前だったから1人1人聞き回って
後藤さんとはまだ話したこと無かったからどうしようって思って」
「あ…ありがとう」
「あーっ、良かった」
…あたしはどこか嬉しさを感じていた。
どうしてか、彼女の優しさが体を包む感触に浸っていた。
同時に…あたしは彼女に何かを感じるようになった。
- 409 名前:last day.<Angel mail> 投稿日:2007/03/07(水) 18:01
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- 410 名前:last day.<Angel mail> 投稿日:2007/03/07(水) 18:03
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突然、誰かの叫び声が世界を木霊した。
あたしの視界が元に戻ったとき、そこには天使に
必死に何かを言っている人間が1人…。
「なんだ…カメちゃんも同じこと出来るんだ」
「後藤…さん?」
「久しぶりだねぇ、道重ちゃん、元気だった?」
「なんで後藤さんが…それにその姿」
「道重ちゃんこそ、お姉ちゃんとの因果は吹っ切れた?」
「…っ」
道重さゆみ。
あたしが"天使郵便"として役割を与えられたときに出会った少女。
"後藤真希"はさまざまな役割を演じた。
全てが人間に対しての"幸福"をもたらせる為の。
「絵里に何したんですか?それにれいなも…」
「この2人の事は、道重ちゃんが良く知ってるはずだよ?
2人は決めなくちゃいけない」
「決める…?」
「"天使郵便"は最後に最も親しみの深い人間との再会を果たす。
だけどそれは自分という人格を抹消し、全ての繋がりを断ち切る行為。
それを2人は頑なに拒んでいる」
- 411 名前:last day.<Angel mail> 投稿日:2007/03/07(水) 18:03
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1人は夢の中に。
1人は絶望の中に。
手紙を破いたことで起こる結末…それはとても辛い孤独のセカイ。
誰の暖かさも抱かせず、ただただ闇の中で息づく存在。
神は恐怖を募らせることが好きなのだ。
その絶望に絶望を呼び、もう二度と自分に逆らえないようにする。
まるで大昔の恐怖政治の親玉のようだ。
―――実に滑稽で、実に可哀想な存在。
ただ、あたしはそれを選んでしまった。
神がどうなろうと関係は無かった、ただ、前の自分に戻るのが嫌だった。
100年に1度の"天使"とされた"後藤真希"の以前。
そこに戻るのは、まさに死ぬことよりも、罰を与えられることよりも恐怖。
―――あぁ…あたしはどうして…。
「それは…本当に無くなってしまうものでしょうか?」
ポツリと、そう言ったのは彼女。
あたしはその意味深な言葉を理解できずにいた。
- 412 名前:last day.<Angel mail> 投稿日:2007/03/07(水) 18:04
-
「…どういうこと?」
「生まれ変わっても、自分が居なくなっても、それは全て無くなるんでしょうか?」
「記憶や人格が無くなるのは、その人が消滅すると一緒だよ」
「…違います、本当に消えるというのは」
全ての人間の中から、記憶が無くなること。
「…後藤さん言いましたよね?
『人間の中で完璧な人なんて存在しない。
どこかが欠けていて、それをどこかで補っているだけ。
だから、人間には悪と善が存在している。
欠けたものを補う為に、行動するんだと。
だから天使は、あたし達は万能なんかじゃない。』
そうだと思います、確かに私たちも人間で、万能なんかじゃないです」
でも、私たちは万能では無いから、何かを大切にしたいと思う。
大切にして、自分とその人のための"幸福"を願う。
記憶はいつかは消えるもの。
だけどそれは、"1人"の場合。
私たちが会ってきた人たちが、全員が一気に忘れるなんてことは絶対に無い。
- 413 名前:last day.<Angel mail> 投稿日:2007/03/07(水) 18:04
-
私たちの記憶は、自分だけのものじゃなく、皆のもの。
だから自身が自身だと思える。
だから、自分には感情がある。
人々の繋がり、人々の記憶。
それがあるから、私たちは生きて行ける。
「後藤さんがしていることは、逃げていると同じなのっ」
「人間が…何言ってンの?
人間が生きているのはただ自分の為。
このセカイはもう腐ってる。
死んだ者の幸福さえも分かってあげられない。」
「後藤さんも、人間なら分かるはず…亡くなった人だけが悲しんでいる訳じゃない」
ふと、見てきたセカイを思い返してみた。
そこには遺族の人が目に涙を溜めて埋葬する姿。
泣き叫び、亡くなった人に慈悲を願う光景。
―――感謝と、謝罪と、希望。
人は全て同じ道を歩いている。
そこで時折、道を外れて堕ちて行ってしまう人も少なくはない。
そんな人たちの願いを背負うのは…誰?
紛れも無く、それは残された人々。
歩き続けて、生き続けることで存在は有りと成す。
- 414 名前:last day.<Angel mail> 投稿日:2007/03/07(水) 18:05
-
「…違う、ゴトー…ゴトーは…」
「後藤さんも、誰かの為にしたいと思ったんじゃないですか?」
―――…盲点を、突かれた。
初め"天使"として全ての世界を見渡せる力を与えられた。
そして"幸福"を与える力を手に入れ、人々の感情が見えるようになり。
…あたしは、全てを知るなんて事をしなければ良かったと。
ただそれをどうにかしようとして、道を外れてしまった。
嫌だ。
「嫌だ…そんな事…だって」
「後藤…さん?」
「なんだよそれ…じゃあ…じゃあゴトーがしてきた事は」
希望が絶望に塗り潰される。
この時初めてあたしは、自分がしている事に気付いた。
手遅れ。
全てが手遅れなのに、また気付いてしまった。
堕ちてしまった天使は、二度と清い場所には戻れない。
それを覚悟で、あたしは天使とは違う存在へと成り下がった。
グニャリグニャリとセカイが崩壊する。
自身の全てが破壊され、崩壊し、瓦解した。
- 415 名前:last day.<Angel mail> 投稿日:2007/03/07(水) 18:05
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- 416 名前:last day.<Angel mail> 投稿日:2007/03/07(水) 18:06
-
彼女の名前は吉澤ひとみ。
バレー部に所属していた彼女は、あたしとは正反対に活発で
どこかその姿が何かと被るときがあった。
"天使"としての骨休みといえば良いだろうか…。
まるで太陽のように彼女は暖かく、優しかった。
だが時折、何かを考えるように空を見上げることが多かった。
休み時間、彼女を取り巻く生徒から逃げるように
屋上へと足を運ぶことが多くなっていた。
「どうしたの?」
「んーっ…いや」
「…そう」
「あっ、ねぇ」
ふと彼女から呼び止められ、あたしは飲んでいた牛乳パックのストローを口から離した。
彼女から声をかけられるのは殆ど疑問と質問。
今度もどちらかだろうと思っていたあたしはふと視線を彼女に向けた。
彼女は未だに空を見上げている。
- 417 名前:last day.<Angel mail> 投稿日:2007/03/07(水) 18:16
-
「空を飛びたくなるって事ない?」
「…メルヘンだね」
「なんでも良いんだよ、ほら、何かの神話に無かった?」
「…それって違う話だと思うよ?」
「じゃあ、ごっちんは?」
彼女はあたしをごっちんと呼ぶ。
彼女もまた、自分の事を「よっすぃー」と呼んでほしいらしい。
でも…なんだかそれを言ってはいけない気がした。
仮にも、あたしは"天使"。
「太陽に近づきすぎた英雄は蝋で固めた翼をもがれ地に堕とされる」
神話の中に出てきた英雄は、神に翼をもがれた。
それは、この先の自分の運命と重なっているようで。
神も怖かったのだろうか?
あたしが、その神に行き着くことが。
神話によくある話だ。
全ての神は自分よりも下のものを上に行かせない。
- 418 名前:last day.<Angel mail> 投稿日:2007/03/07(水) 18:17
-
あたしの上にいる神でさえも、例外じゃない。
神は人間が怖い。人間は神が怖い。
全てが恐怖のどん底にある。
それを助けられるのは、"天使"だ。
人間も神も、あたし達が守ろう。
―――…そう、思っていた。
自分の力を過信して、人間だという事も忘れてしまった存在の成りの果て。
希望の先にあるものを、あたしは探していた。
絶望という闇の中から、それだけを探していた。
―――…見つけたのは絶望でもなんでも無い。
ただ1人だという事実のみが、あたしを包んでいた。
- 419 名前:last day.<Angel mail> 投稿日:2007/03/07(水) 18:17
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- 420 名前:last day.<Angel mail> 投稿日:2007/03/07(水) 18:18
-
13の時、あたしは死んだ。
それは、耐え難い現実、事実。
その理由は、自分は独りだという真実を見せ付けられた。
母親は天真爛漫で、弟もその血を引き継いでいるようで
その生活はごくごく普通の人間の生活だった。
ただ、どこかでその感情が欠落していたのだろうか。
あたし自身の中で、人間としての感情が変だった。
異常…だったのかもしれない。
全ての命に敏感だったあたしは、そこら辺にいる蟻でさえも
人間と友達に出来ると思っていた。
その所為で近所からは冷めた視線や呆れた言葉を言われたこともあった。
人間よりも動物や植物が大事。
人間嫌いという訳でもなく、あたしは単に興味が無かった。
そのおかげで、あたしはダンスレッスンに通うようになった。
両親が人とコミュニケーションを取らそうという配慮だった。
- 421 名前:last day.<Angel mail> 投稿日:2007/03/07(水) 18:19
-
ダンスや歌は楽しかった。
植物や動物にも興味はあったものの、その爽快感や達成感が
あたしは嫌いじゃなかった。
そんな時、出会ったのはあたしよりも2つ年上の女の人。
ニコリと笑ったその表情は、自然の中での自然で。
「あんたが、後藤真希?」
「…うん」
「市井…市井紗耶香、ダンス上手だよね」
市井…市井紗耶香、その人はあたしの何かを変えていった。
あたしは10歳、その人は12歳だった。
13歳になるまであたしは、その人の背中ばかりを追いかけていた。
「いちーちゃん」
「うん?」
「…なんでもない」
13歳になると、あの人は15歳になっていた。
15歳…大人びていたあの人は、ダンスも歌も全てが上だった。
声調も違い、体型も違うのだからそれは当然だった。
でも、それに悔しさを抱いていたわけじゃない。
この人だけが、自分を分かってくれる。
なぜか、そう感じてしまっていたんだ。
- 422 名前:last day.<Angel mail> 投稿日:2007/03/07(水) 18:20
-
ダンスでも歌でも、自分のように手伝い、学校でも
上手くいかない事は親身になってくれた。
いつしか、自分の中心はその人を回っていた。
"後藤真希"はその為にこのセカイへと生を受けたのだと。
―――これが、あたしの唯一の"幸福"なのだと。
だけど死んだ。
あたしは死んでしまった。
あの人を残して、死んでしまった。
亡くなった。消滅した。
魂のままで浮遊していると、笑いがこみ上げてきた。
笑い出した。滑稽で、浅はかで。
同時に涙が零れた。
これからあたしはどうすれば良いんだろう…?
そう思ったとき、あたしは初めて違う感情を覚えた。
あの人の面影を背中に羽根に込め、"天使"へとなった。
- 423 名前:last day.<Angel mail> 投稿日:2007/03/07(水) 18:20
-
ただ、その"天使"として生まれたあたしが視たものは
全てが虚像なのだと知った。
あの人も、もしかしたら自分の事を何も思っていないのでは無いか。
"再会"した時の恐怖は、あたしの中で弾け飛んだ。
手に収まった手紙。
気付けば、それはバラバラに破り、潰し、グシャグシャになって空を舞った。
それはまるで翼を自分で?ぎ取ったように舞い落ちる。
闇の中へと堕ちて行き、最後には見えなくなった。
同時にあたしも見えなくなった。
―――"後藤真希"は全てをなくし、闇に消えた。
- 424 名前:last day.<Angel mail> 投稿日:2007/03/07(水) 18:28
-
*********
- 425 名前:last day.<Angel mail> 投稿日:2007/03/07(水) 18:29
-
…気付いたとき、私は芝生の上に居た。
周りを見ると、そこは都内からそう遠くは無い山のふもとだった。
絵里を抱きしめたまま、空は闇へと染まり、その中には何百億という
星達が私を見ろしていた。
まだ夢の中に居るようだったけど、今度は自分の居場所を感じることが出来た。
横を見ると、そこにはれいなの姿もあった。
呆とする頭の中で、何かがムクリと芝生に座り込む誰かが居た。
…後藤さんだった。
虚ろな視線のまま、空を見上げて咽び泣いていた。
さっきまでの子供の容姿じゃない。
"今"の後藤真希がそこに居た。
だけど知っている、彼女はもう…。
「さゆっ!」
抱き起こしたのは、ガキさんだった。
額に汗を滲みさせ、私たちを探してくれていたみたい。
私が抱えている絵里を見た瞬間、ガキさんは驚異したように目を見開いた。
- 426 名前:last day.<Angel mail> 投稿日:2007/03/07(水) 18:31
-
「なんで…カメが??」
「れいなっ!」
「ご…っちん?」
藤本さんがれいなを抱えて、吉澤さんは咽び泣く後藤さんを見下ろしていた。
後藤さんは吉澤さんに気付くと、その目を見開いた。
「なんで…?ここに?」
「…んぁ…久しぶり」
ふにゃりと後藤さんは笑みを浮かべ、吉澤さんは困惑の色を隠せない。
そして後藤さんは、ゆっくりと、口を開いた。
表情は自然のままで、どこか見覚えのある笑顔で。
「ごめんね?」
「ごめんねって…な」
「後藤さん!?」
愛ちゃんが叫んで後藤さんへと駆けていく。
瞬間、後藤さんの表情が歪み、まるで会いたくなかったと
言わんばかりの視線を向けていた。
私はガキさんに起こされて、フラリとその光景を見ていた。
- 427 名前:last day.<Angel mail> 投稿日:2007/03/07(水) 18:33
-
「後藤さ…あーし失踪やって聞いて…」
「…んぁ、高橋、久しぶりだね」
「何があったんだよ…?ごっちん」
「んー…怒るだろうね」
「はっ?」
「ゴトーは…羨ましかったのかもしれない
人と人が楽しそうにしている、自分は何も得られないのに…。
希望だなんて…持ってるだけで重過ぎるって思った」
一層全てを無に返すことが出来たら。
道をもう一度戻ることが出来たら。
だけどそれはもう戻れない。
あたしは"後藤真希"はもう何人もの役割を持ちすぎた。
今更…立ち止まることも戻ることも不可能。
「高橋、許してなんて言えない」
「えっ?」
「ゴトーは…小川が死ぬことを知ってた」
「!?」
「前に言ったよね…ゴトーは死ぬ人が見えるって」
- 428 名前:last day.<Angel mail> 投稿日:2007/03/07(水) 18:33
-
高橋には言ったことがあった。
行き詰まりを感じていた時に、ちょっとした説得力を上げるために。
小川の事を知りながら、あたしはただ自分だけの為に
犠牲した…"天使"の禁忌さえも使っておきながら
あたしは悪魔よりも重い罪を犯してしまった。
―――死神。
いつしかあたしは、そう思われるようになっていた。
どこに居ても、あたしには独りという孤独感が巻き付いていた。
言えば、自分も同じなのだ。
たとえ"天使"でも、全ては人間から成り立っている。
…もしかしたら、神も元は人間なのだろうか。
生前も何度か聞いた神様という言葉。
「…後藤さんは」
「んっ?」
「あーしの…憧れの人なんです」
- 429 名前:last day.<Angel mail> 投稿日:2007/03/07(水) 18:35
-
高橋は泣いていた。
ただ、その涙はあたしを責めているはずなのに
恨みとか、憎しみなんてものは全く視得ない。
憐憫。情け。過去の記憶。
涙となってそれは地面に堕ちて行く。
「憧れて、ダンスも習って、あーし…麻琴にも出会えました
やから、後藤さんが謝ることなんてないですよ?」
笑顔。
泣き顔だったのに、そこには陽が差し込んでいた。
どうして…そんな表情が出来るのさ?
「…あたしも」
彼女は、あたしに対して苦笑いを浮かべた。
その笑顔はあの時と同じ、太陽のように光があった。
いちーちゃんのようなその笑顔。
「ごっちんは市井さんからよく聞いててさ
同じ同級生って事で、友達になってみたかったし」
「知って…るの?」
「もちろん、だってあたしの従姉妹だし」
「…そうだったんだ」
- 430 名前:last day.<Angel mail> 投稿日:2007/03/07(水) 18:36
-
意外とアッサリと解けてしまった謎。
だから同じものがあったんだ。
なんだか妙な安心感を持ってしまって、ため息を1つ。
あのアクセサリーがきっかけじゃなかったのか。
―――あっ、なんとなく、分かった気がする。あの白いモヤモヤ…。
「よっすぃーは、重荷に思ったことは無いの?」
「…確かにあるかもしれないけど、それ以上に、楽しいしさ」
「楽しい…?石川さんが死んでしまっても?」
「…皆で何かを必死にやり遂げる事って、それは自分も必要と
されてる事だって思えるから…だから、すっごい支えられてるよ」
「今、あたしはサイコーに幸せだって思ってる」
"天使"は"1人"じゃない…か。
同じ存在には暗示は効かないんだね。
ハハ…なんだかゴトーが一杯食わされたって感じ。
- 431 名前:last day.<Angel mail> 投稿日:2007/03/07(水) 18:38
-
「…よっすぃ〜」
「ん?あっ、なんか初めて呼ばれたかも、ごっちんに」
「あはっ……頼むね、あとなっちにも」
「…何言ってんの」
「ごとーは…もう会う資格なんて無いから」
「ばかっ、そんな事あるわけ無いだろ?」
「あはっ、怒ったところもいちーちゃんにそっくり」
孤独だったあたしが行き着いた先は、ただ好きなものに執着しただけ。
ただそれでも、どこかで感じていたある気持ち。
それは何よりも暖かく、優しく、同時に認めたくなかった気持ち。
私は―――幸せだと思った。
絶望の中にある幸福を、あたしは必死に掴んでいた。
あぁ…なんだか眠たくなってきた。
瞼が重いな…体が…全く動かない。
「ご…っちん?」
よっすぃーの顔が見えない。
真っ暗な闇の中をあたしは堕ちて行く。
でも不思議と、悲しいなんて思わなかった。
最後の最後で、あたしは自分の居場所を見つけられたから。
―――…ごめんね。
- 432 名前:last day.<Angel mail> 投稿日:2007/03/07(水) 18:39
-
フワリと、後藤真希は消えた。
あとに残ったのは、彼女が居たと言う残留と、十字架のアクセサリー。
ひとみはそれを掴むと、小さく手で包み、小さく泣いた。
梨華の件で、ひとみを支えていたのがあの親友だった。
人はどこかで支えあい生きている。
孤独だと感じることが無いのは、そのためなのかもしれない。
愛は、ただただその場に立ち竦んでいた。
片目から流れ落ちる水の感触を覚えながら、そこに見えた親友の姿。
フニャリと笑顔を浮かべた親友を、愛は同じく笑顔を見せた。
4人での時間を思い出しながら、どこかで引き摺っていた自身の気持ちに
なにかしらの意を見つけたように…。
頼むね…。
愛はそうアイコンタクトを試みると、親友は頷いて消えた。
人の繋がりはどこまでも続いている。
血の繋がりが無くとも、それはまるで青空のように全てを繋げる架け橋。
どこにいても、それを感じることが出来るのであれば、人は歩き続ける事が出来る。
過去の傷に縛られていても、それを支えてくれる人が言うと言う幸福。
- 433 名前:last day.<Angel mail> 投稿日:2007/03/07(水) 18:42
-
そして。
「絵里っ、今の言葉もう一回言ってみると!」
この2人にも…それに気づかせなくてはならない。
- 434 名前:last day.<Angel mail> 投稿日:2007/03/07(水) 18:42
-
**********
- 435 名前:last day.<Angel mail> 投稿日:2007/03/07(水) 18:42
-
「絵里…?」
「れーな…」
2人は芝生の上で顔を見合わせた。
絵里は手紙を持っていた。
寸でのところでさゆみが入り込んだことで、破れなかったらしい。
ただ結果的に、会うことになってしまった。
もう見ることは無いと思っていた顔が、目の前にある。
「…アホ絵里」
「えっ…」
「れなには会いたくなかったと?」
「…うん」
「…なんでっ」
れいなの表情は歪んでいく。
絵里は何も言えずに、ただただ俯いている。
その光景を見守る3人は、現在の状態をあまり把握していなかった。
「ちょ…ちょっと待ってよ、なんでカメがここに?それにその格好…」
「どういうこと…?」
「絵里は、"天使郵便"なんです」
- 436 名前:last day.<Angel mail> 投稿日:2007/03/07(水) 18:43
-
里沙と美貴の疑問に答えたのはさゆみ。
どこから話して良いものか分からずに、ただここまでに自分が
知る事を全て話し始めた。
里沙は目を見開き、驚異の面を張り付かせ
美貴は眉をひそめては表情を歪めている。
「じゃあ、あの時の子はカメだった…ってこと?
で、でもおかしいでしょ、私が全然気付かないなんて」
「…記憶が、なくなるんだよ」
絵里は小さく呟くように言う。
"天使郵便"に関わっている人間は全て記憶を入れ替える。
それは人間が天使に。
天使が人間に役割を持たずして干渉できないという制約と同じ。
下界では"蘇る"という理はあってはならないから。
「それじゃあ、私達が気付かなかったらカメはそのまま行く気だったって事?」
「それが"天使"なんだよ、人と違う存在がいたら怖いじゃん」
「…笑えないよ、カメ」
- 437 名前:last day.<Angel mail> 投稿日:2007/03/07(水) 18:43
-
絵里は泣きそうになりながら笑っていた。
それは自分がしていることに対してなのか、それとも哀れんでいるのか。
どちらにせよ、絵里は心の中で自己嫌悪に陥っていた。
こんなはずでは無かったと…。
「せっかく、せっかくここに来たのに、アンタそんな薄情者じゃなかったでしょうよ」
「…だから会いたくなかった、特にガキさん」
「はぁっ?」
「えりがこっちに来たら、そうやって憎まれ口叩かれちゃうし
それに…すごい懐かしくなる」
「カメ…」
「ガキさんは自分の部活が無いときもえりの部室に通ってくれたし
教室でも勉強教えてくれたし、遊びに行ったりとか…すごくすごく…楽しかったんだもん」
絵里の頬に流れるものに、里沙は感染しそうになる。
眉をひそめ、目の前に居る親友の姿を絶えず見るその両目は、徐々に潤んでいた。
目の前のれいなはすでに泣いていた。
- 438 名前:last day.<Angel mail> 投稿日:2007/03/07(水) 18:44
-
「そんな日常が、もう見れないなんて知らされたらどうなると思う?
悲しいに決まってるジャン、自分の姿も、皆の顔も見えないなんて…。
1人は寂しい、1人は怖い…だから」
不意に、絵里の言葉が消えた。
美貴は一部始終見守ることに専念していたが、その衝撃で頭が覚醒した。
里沙も何が起こったのか分からないままで、彼女の頬が赤くなる事に気付いたのは
それから数秒も後のことだった。
れいな手が、宙を払うような態勢で荒い息を吐いた。
その顔は涙が雨のように降り続いている。
表情は怒りを表していた。
「…いい加減にすると」
「れいな…」
「絵里っ、今の言葉もう一回言ってみると!
そんで新垣さんに謝りんしゃいっ」
「ちょっ、田中っち!?」
- 439 名前:last day.<Angel mail> 投稿日:2007/03/07(水) 19:03
-
里沙はもう1度振り出そうとする手を掴むと、れいなを制した。
美貴は絵里の方に歩み寄ると、その顔をジッと見つめた。
絵里も痛みを堪えるようにアヒル口を震わせていた。
目に溜まるものは、何かの反動があればすぐに流れ落ちそうになっている。
「亀井ちゃん…だっけ?覚えてる?ミキの事」
「…はい」
「ん…そっか、あのさ、れいながこっちに来たとき
ホントはミキと一緒に住むはずだったんだよね」
寂しがり屋のわがまま娘で、オバケ屋敷とかもミキに似て苦手で
正直寮になんか入れると大変なことになるのは目に見えてた。
でもさ、れいな言ったんだ。
"れなも大人にならんといかん、絵里の負担にはなりたくないし
それと…守ってやらんといかんから"
「れいなはひねくれてるけどさ、やることは絶対にやり遂げないと
気がすまない奴だから、だから亀井ちゃんの事も、相当悩んだんだよ」
自分の無力さ、そして気付いてあげられなかったことの悔しさ。
もしかしたら…その圧力に潰されて自殺したかもしれない。
それでも、必死に認めようとあがいた。
あがいてあがいて…今までここまで歩いて来たんだ。
- 440 名前:last day.<Angel mail> 投稿日:2007/03/07(水) 19:04
-
「苦しんでたのは…亀井ちゃんだけじゃないんだよ」
「藤本さんっ」
れいなは里沙に取り押さえながら美貴を制した。
空間を静寂が包み込む。
何も発しないその中で、突然響き渡ったのは、2人が聞き覚えのある約束。
チリン――――――
鈴が鳴った。
金と銀の約束の形が、同時に鳴った。
それは…1人では無いという証。
それは…時を示す音。
時間は0時。
絵里の背後から大きな純白の翼が羽ばたいた。
風に吹かれ、一面の芝生が絵里を中心として円を描く。
「絵里っ」
れいなは里沙を振り払うように駆け出した。
時間は24時間。
手紙がまるで白い砂のように崩れ落ちていく。
れいなは絵里の体を、精一杯抱きしめる。
絵里はれいなの体を、命一杯受け止めた。
金と銀の鈴が重なった。
れいなは言う。
- 441 名前:last day.<Angel mail> 投稿日:2007/03/07(水) 19:06
-
「れなは…絵里のこと好ぃとぉ」
「…」
「れなは、もう離さんから」
「…ん…」
「ずっと、ずっと覚えとるから」
「う…ん…うん」
「絵里…絵、里ぃ…」
れいなは夢の中で絵里に会った。
ただ、それはどこか違和感のある現実。
現実なのに"夢"だという認識。
だけど気持ちが良い。
心地が良い。
れいなは浸るようにその空間に居た。
絵里は言う。
「ずっと一緒に居よう?」
「ずっと…」
「ずっと2人で…そうすれば、れいなも寂しくなんかないよ?」
「でもさゆは…?」
「れいなは、絵里だけ居れば幸せなんでしょ?」
「絵里…?」
「絵里は…れいなだけ居てくれれば良い…」
- 442 名前:last day.<Angel mail> 投稿日:2007/03/07(水) 19:06
-
れいな自身よりも強く抱きしめてくる彼女。
ふとその後ろには、どこかで見たことのある姿をした女の人。
茶髪のウェーブにふっくらとした頬、そして大きな黒い瞳。
女の人は言う。
「本当に良いの?」
「…良い」
「それは本当にその子なの?」
「え…」
「その子はもしかしたら違うのかもしれない」
「何言っとうと、違うって…」
「本当に?」
何を言っているのだろう。
確かにこれは絵里だ。
姿、形、全てが絵里だ。
だけどどこか…違和感がある。
何が…何が違う?
- 443 名前:last day.<Angel mail> 投稿日:2007/03/07(水) 19:07
-
「…絵里?」
「ん?」
「…絵里、だよね?」
「れーな?」
一度体を離してみる。
茶髪、アヒル口、細い両目とあたしよりも…。
――――――あっ
「?れーな?」
「…絵里」
「ん?」
「…絵里、こんなに小さかったと?」
- 444 名前:last day.<Angel mail> 投稿日:2007/03/07(水) 19:08
-
それは、れいなが感じていた違和感。
自分よりも大きい体型の彼女が、自分と同じほどの身長。
勘違いでもなく、見間違いでもない。
直に触れる身体は小さく…そして幼かった。
遠い昔に覚えている記憶の中。
"過去"
これは…過去だ。
過去の絵里、"未来"を知らずに生きていた自分達が居る過去。
そして、ここはれいなは居ない。
"過去"の田中れいなは居ても"未来"の田中れいなは存在しない。
それがれいなが抱いた違和感。
"未来"の田中れいなが居なければ、"未来"の亀井絵里も存在しないのだ。
そして"未来"には、絵里は居るし、れいなも居る。
そして絵里の死を思い知らされた。
あの学校の屋上で、目の前で空へと飛んだ。
姿を捕らえて必死に手を伸ばしても、その姿には到底追いつかないと分かっていた。
それでも好きだから。
もう離さないと決めていたから。
何も出来ないなんて思いたくなかったから。
- 445 名前:last day.<Angel mail> 投稿日:2007/03/07(水) 19:08
-
手を伸ばして、掴もうとした。
ただそれはもう全てが過去。
ただ自分は生きていて。
ただ自分は探していて。
ただ自分は歩いていた。
それの繰り返し。
だからもう…全てを受け入れようと思った。
"過去"も"未来"も、"現実"も"夢"も。
全て、全部、丸ごと。
そして…れいなは1度死んだ。
「ごめん、絵里」
「れー…な?」
「れな達は…一緒にはおれん」
「なんで?ここに居れば、ずっと」
「絵里は、もうおらん」
- 446 名前:last day.<Angel mail> 投稿日:2007/03/07(水) 19:09
-
絵里は目を見開いた。
それは驚異しているようにも見えるし
憐憫を浮かべているようにもれいなは見えた。
両肩を両手で押し、徐々に距離を置くと
れいなは苦笑いを浮かべて言った。
「確かにここにおったら絵里と一緒におれるっちゃ
でもそれは、間違っとる」
"過去"の絵里も大事。
だけど"未来"を歩き続けていた絵里も大事。
絵里は生きていた、今目の前に居る絵里よりも。
それは確実で、確定で。
なぜなられいな自身が覚えている。
記憶の中で、ふにゃりとした笑顔を浮かべる彼女が居る。
その頃には、髪は黒髪へと戻していた。
大人になっていて、いつも心臓の鼓動が鳴り止むことは無かった。
それは"未来"の彼女。
それを守るのは、"未来"の田中れいな。
- 447 名前:last day.<Angel mail> 投稿日:2007/03/07(水) 19:10
-
「れなは、絵里を守る」
――――――"未来"を歩いていく。
- 448 名前:last day.<Angel mail> 投稿日:2007/03/07(水) 19:10
-
- 449 名前:last day.<Angel mail> 投稿日:2007/03/07(水) 19:11
-
れいなは泣いていた。
全てが闇へと戻ったとき、れいなは混沌の渦を見ながら泣いていた。
"過去"は"未来"への道を塞ぐ真理のセカイ。
だけど時にはそれが愛しく感じてしまう甘い魅惑のセカイ。
無限に広がる混沌の世界。
あんな風に啖呵を切ったものの、れいなはどこかで後悔の念に駆られていた。
"過去"との縁を切るということは自分の逃げ場を失くす事。
たとえ大きな壁に立ち塞がれていても、それから逃げることは不可能になる。
それはまさに絶望を身に背負うということと同じ。
だがどこかで、れいなはそれに耐えられると感じれた。
それは"未来"の田中れいなが掴んだ光。
"仲間"という希望の光。
「帰ってきたね」
膝枕をされていたらしく、見上げながら滲む視界にあの人が居た。
ニコリと笑顔を浮かべ、ソッと額を撫でる。
- 450 名前:last day.<Angel mail> 投稿日:2007/03/07(水) 19:12
-
「…なんで助けてくれたんですか?」
「ダメだった?」
「ダメじゃなかと、けど後藤さんは…」
「私は、ちょっと話しかけただけ、全部君の力だよ」
「…後藤さんは?」
「君はホントに後藤さんが好きなんだね」
「…っ、そういうわけじゃ」
「だから、後藤さんは君を選んだのかも」
「え…?」
「後藤さんは、今未練を切りに行ったよ
…あの人も、ただ寂しかったのかもしれない」
あさ美は空を見上げるように闇を見た。
そこには、微かに見える光があった。
闇に差し込む一筋の光。
それは、どこか確信めいた何かを感じた。
「それじゃあ、行こっか」
「どこへ…?」
「君が、本当に存在すべき場所へ」
- 451 名前:last day.<Angel mail> 投稿日:2007/03/07(水) 19:12
-
あさ美はれいなを起き上がらせると、手を差し出した。
光がどんどん大きくなり、やがてあさ美自身をも
飲み込もうとしている。
れいなはその眩しさに視界を遮られるも、あさ美の手に自身の手を重ねた。
"未来"へと続く光の中、れいなは目を覚ました。
- 452 名前:last day.<Angel mail> 投稿日:2007/03/07(水) 19:13
-
抱きしめた場所にはもう居ない。
静寂の中、れいなは小さく泣いて、その場に崩れ落ちた。
すすり泣く声が辺りを包んでいる。
里沙がれいなに歩み寄ろうとしたのを、美貴が制した。
軽く首を振り、愛とひとみの方へと歩み寄る。
さゆみは、芝生の上にあった砕かれた鈴を拾い上げた。
金色の鈴は所々が錆びており、銀の鈴も同じく。
手の平の中でそれらを混ぜるように包むと、それらはアッサリと粉々になっていた。
粉になった鈴の欠片は風に乗り、空高くへと昇った。
金と銀の、約束の繋がりがまた元に戻ったかのように。
空には何百億という星と、大きな満月が見下ろしていた。
- 453 名前:last day.<Angel mail> 投稿日:2007/03/07(水) 19:13
-
*********
- 454 名前:last day.<Angel mail> 投稿日:2007/03/07(水) 19:16
-
2007年、春。
美貴はあの焼肉店へと来ていた。
里沙の送別会…という事で、呼べるだけの人数で集まりをすることになった。
だが少し早すぎたのか、まだメンバーは来ていなかったので
キムチを食べながら携帯で連絡を取っていた。
今年で、ひとみは相変わらずフットサルに執念を燃やしている。
度々圭織の喫茶店で美貴やフットサルメンバー達と練習帰りに
立ち寄っている姿を目撃していたりと、充実した日々を過ごしている。
信頼も厚く、まさにそれは先天的なものだと言っても良い。
首下に光るアクセサリーは、ひとみを祝福するように輝き続けた。
美貴というと、最近マンションで密かに子犬を2匹飼う事にしたらしい。
愛のマンションへと連れて行くこともあるらしく、さゆみも
その愛らしい2匹を撫でては「ハムちゃん欲しいー」と叫んでいるようだ。
- 455 名前::last day.<Angel mail> 投稿日:2007/03/07(水) 19:17
-
愛は歌唱力を認められたことで、今事務所から声が掛けられている。
実はその事務所はあの後藤真希、安倍なつみ共に所属していた。
真希の事は初めから暗示を掛けられていたかのように事務所の人間は
忘れていたが、その人物像は愛の中で今も憧れる人として覚えている。
それはひとみの中でも同じだろう。
度々里沙とひとみ共に圭織の喫茶店でなつみと遊びに行っては、その話も話題に出ている。
そして、れいなとさゆみ。
2人は今年高校3年へと進級した。
さゆみは一段と人の執着心が強まっているのか、同級生にも
声を掛けてテニス部か何かに入ろうかな、と悩んでいるらしい。
れいなは最近、音楽を聴くことが多くなったようで、暇があれば屋上で
歌っている姿を目撃されている。
- 456 名前:last day.<Angel mail> 投稿日:2007/03/07(水) 19:17
-
〜♪
携帯の着信音が鳴り、美貴は画面を見てその返信をし終えた。
里沙がれいなの姿が見当たらないから遅くなるいうもの。
全く…困った従姉妹を持ってしまったな。
あれからまだ半年と経っていない。
だが絵里が居なくなって、毎日泣いている日々は過ごしていないらしい。
里沙からもそんな話は全く耳にしていない。
ただ、1人になると何処かを見ていたり、朝起きると目の周りに薄っすらと
クマのようなものがあったりするらしい。
だが泣くことはしない。
強がっているだけなのかもしれない、だけど。
その理由は、れいなにしか分からない。
だからほんの少しでも、楽しい日を過ごせるように。
手伝うことはしても良いよね。
「ごめんごめん、遅くなって」
テーブルにゾロゾロとひとみや愛、そして圭織や
圭、フットサルのメンバーが座り始めた。
その中にどこかで見覚えのある顔が1人。
- 457 名前:last day.<Angel mail> 投稿日:2007/03/07(水) 19:18
-
「あれ…その子」
「ん?あぁ、ミキティ覚えてるだろ?小春の実家に行くときに…」
実は美貴とひとみは久住小春の故郷へと赴いていた。
その時、帰りの特急の乗り場とか分からずに迷子になりかけていた2人
を助けてくれたのがこの目の前の女の子。
なんでも引っ越してきたらしく、ひとみがそれならと誘ったらしい。
「ミッツィー って呼んであげて」
「許可取ったの?」
「いんやー?でも悪くないでしょ、ね、ミッツィー」
「はいっ、光井愛佳、14才です、よろしくお願いします〜」
「よしっ、それじゃあ先に頼んでおこうか」
「あたしハラミっ」
「最初はカルビって決まってるのっ」
どこか、あの子にそっくりだと感じる美貴は、ひとみが呼んだ本当の
理由が分かったような気がした。
同時に、ここまでメンバーが揃ったのならセットを頼んでも結構食べられそうだ。
そう心の中で喜ぶ美貴であった。
- 458 名前:last day.<Angel mail> 投稿日:2007/03/07(水) 19:19
-
***********
- 459 名前:last day.<Angel mail> 投稿日:2007/03/07(水) 19:19
-
身体を地面に預け青空を見上げ、れいなは口ずさむように音色を奏でる。
卒業式が終わり、時間があるということで学校の屋上へと来ていた。
ただ、あの件があった事でここへは寄り付くことは無かった。
それでも、ここに居ることですぐ近くに感じられそうな気がした。
未練が無いと言えば嘘になる。
だけどれいなはその残留を懐かしむ事が出来るまでになっていた。
以前よりも気持ちが安定している。
あの子が居ないということは、確かに寂しいものだけど
それでも歩き続けて守らなくてはいけない。
あの子を守ることで、あの子が居たと言う存在は消えない。
遠い未来も…田中れいなはあの子が居たことを忘れない。
それが、"田中れいな"の出来る唯一の光。
「れいなーっ」
- 460 名前:last day.<Angel mail> 投稿日:2007/03/07(水) 19:20
-
ドアが開かれ、口ずさんでいた音色は途切れる。
身体を起こすと、そこには少し頬を膨らませ、息を切らせたさゆみの顔があった。
その後ろから里沙が息を切らしている。
「ここに…居たんだ……」
「どうしたと?そんなに急いで」
「田中っちぃ、昨日…卒業式が終わったら送別会をするって言ったじゃん」
「…あっ」
れいなは脱兎の如くドアから駆け下りていった。
その血の気が引いたような無表情には、脳裏に過ぎる従姉妹の笑顔に対してのもの。
「え”ーっ!?」と絶叫の如く声を響かせながら里沙、息を切らせるさゆみと続いて駆け下りていく。
フワリと、屋上に何かが舞い落ちた。
――――――同時に、地面に落ちた手紙の上に1枚、白銀の羽が舞い落ちた。
それは、「天使郵便」と言われるもう1つの理由。
- 461 名前:last day.<Angel mail> 投稿日:2007/03/07(水) 19:21
-
不幸を幸福に成す"天使郵便"。
そして今年もまた、天使は空を舞う。
last day.<Angel mail> end.
- 462 名前:- 投稿日:2007/03/07(水) 19:21
-
- 463 名前:- 投稿日:2007/03/07(水) 19:21
-
- 464 名前:名無し亀さん 投稿日:2007/03/07(水) 19:33
- 以上で「天使郵便」は完結させて頂きました。
2ヶ月の更新ではありましたが、結局ここに漕ぎ着ける事で
精一杯なわけで…(汗)
途中からズタズタな展開になってしまったので
今反省しても拭いきれない汗が流れます(滝汗)
ここまで読んでくださった皆さんには感謝に絶えません。
初めて書かせて頂き、駄文でありましたが有難うございました。
またここに書かせて頂く事があるやもしれませんが
一、読者として立ち寄って行きたいと思います。
作者様や読者様にご加護がありますように…。
- 465 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/08(木) 02:39
- 切なかったですがとても楽しめました。
お疲れ様です。
次回作も楽しみにしてます。
- 466 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/08(木) 02:43
- 完結お疲れ様です
話の世界に引き込まれ、いろいろ考えさせられました。またどこかでお会いできるのを楽しみにしてます!
- 467 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/08(木) 06:56
- 完結お疲れ様です。
とてもおもしろかったです。
いろいろと考えるきっかけになりました。
- 468 名前:名無し亀さん 投稿日:2007/03/18(日) 13:49
- スレ返し遅れました(汗)
>>465 名無飼育さん
楽しめましたか、有難うございます。
右往左往しましたがお付き合いくださって感謝に絶えません。
>>466 名無飼育さん
有難うございます。
なんとかここまで漕ぎ着ける事が出来ました(汗)
>>467 名無飼育さん
おもしろかったですか、それは良かったっ。
きっかけになったことも大変嬉しいです。
さて、次回作という事ですが…しばらくこのスレは
保全という形にさせて頂こうと思います。
まだスレの容量も余っているということで、多少の時間は
必要となりますが、ここに綴って行こうかと。
それではこれにて。
- 469 名前:- 投稿日:2007/05/11(金) 17:27
-
- 470 名前:- 投稿日:2007/05/11(金) 17:28
-
世界は真っ白で。
穢れも無く汚れも無い。
その存在しか全く知らなかった日々。
気付けばそこに居て。
気付けばその白い世界を眺めていた。
そんな時、あれがやってきた。
白とは違う色に染めた、あの子が。
初めて見た表情は、今にも消えてしまいそうな笑顔。
真っ白な空の下、私はあの子に出会ってしまった。
- 471 名前:- 投稿日:2007/05/11(金) 17:29
-
『傷の色、傷の翼』
- 472 名前:傷の色、傷の翼 〜Heavens〜 投稿日:2007/05/11(金) 17:29
-
瞼を開く。
たったその動作のみでも、頭がまだ眠いと訴えるのが分かった。
だけどすでに空は明るい。
ただその明るさは、自身が眠っていたときにも継続していて
それが起床直後には堪えてならない。
いつまでも眠りから覚めなければ、またあの足音が聞こえてきてしまう。
タンタンタン…
あぁほら、地面を駆ける音が徐々に近づいてきている。
身体を起こすだけでもと、私の腕は渋々動き出す。
上半身が起き上がるのを見計らったかのように眼前のドアが開いた。
光に当たって真っ白の服が眩しい。
手で両目を擦り大きく背伸びをすると、呆れた声が部屋に響いた。
- 473 名前:傷の色、傷の翼 〜Heavens〜 投稿日:2007/05/11(金) 17:30
-
「お〜い、ガキさん起きろ〜っ」
「起きてるって、見りゃあ分かるでしょお」
「それにしてはまだ眠たそうやよ」
「ん〜…それは否定できないけど」
モゾモゾとベットから出ると、日差しが溢れ出ている窓を開けた。
ガチンというカギの開閉音と共に、眩しさが一層強まった。
私は両目を細めながらも、その原因の光を見つめ返した。
それはここの人たちが"神様"と呼んでいる円形。
この世界が日々光を浴びていられるのはこの人のおかげらしい。
私は一礼して挨拶をすると、部屋に入ってきた彼女と共に下へと降りた。
ここは永遠に光を持つ国。
そして私は"白の国"と呼んでいる。
- 474 名前:傷の色、傷の翼 〜Heavens〜 投稿日:2007/05/11(金) 17:30
-
********
- 475 名前:傷の色、傷の翼 〜Heavens〜 投稿日:2007/05/11(金) 17:31
-
朝食を食べ終えると、私は部屋へと戻り、準備をする。
服といっても、ここは全てが白で統一するという掟があるらしい。
"らしい"というのは、私自身この国に来たのはつい最近の事。
私はニイガキリサ。
ただ自分という認識を示すものといえばこの名前だけ。
この名前のみで私はこの国へとやって来ていた。
記憶がないのか、それ以前の事は全く覚えていない。
途方に暮れていると、つい先ほどの女性が私を助けてくれた。
あの人はタカハシアイ。
初めは言葉がよく分からずに戸惑ったものの、慣れていくと
すぐに気が合い、今では居候としてこの家にへと住居させてもらっている。
そして話は変わって準備というのは、この国では仕事をする事が主だ。
仕事と言っても、私にはまだ無理な働きは出来ない上に、見習い程度。
なぜならこの国の人は"あるものを持っているから"。
それは…。
- 476 名前:傷の色、傷の翼 〜Heavens〜 投稿日:2007/05/11(金) 17:32
-
「あっ、ニイガキさんおはようございます」
「あれ、シゲさん今日は早いね」
窓の方からバサリと1つ。
悠々と飛ぶ鳥の羽根よりももっと大きく、それでいてこの世界に
相応しいほどの純白一色。
背中に生えるそれは、私には無いもので。
「お手紙です」
「頑張ってるねぇ〜、私もそれがあればなぁ…」
「ニイガキさんにもお仕事を頑張ればきっと生えますよ」
「ん〜そうだと良いんだけどねぇ」
ニコリと笑う女の子。ミチシゲサユミ。
地上約30メートルはあろうその距離の上で浮遊する彼女。
愛ちゃんが言うには、この国には"天使"が住んでいるのだという。
その天使としての証がこの翼。
私にはまだそんな立派なものは生えてはおらず、背中に何か違和感が
あるという認識のみが残留していた。
- 477 名前:傷の色、傷の翼 〜Heavens〜 投稿日:2007/05/11(金) 17:32
-
「それじゃあまた、あなたのハートにうさちゃんピース!」
「アハハ…頑張ってねぇ〜」
頭の上に両手のピースをして去って行った。
私はそれを力無い手で振り返して見送る。
"天使郵便"という職場はあぁいうのは無いらしいから、オリジナルだろう。
んーサービス旺盛というかなんと言うか。
そう考え、手の中に納まる四方形の封筒を見てあて先を確認する。
この手紙はこの"白の国"内でしか郵送されることは無い。
私は中身を見ることにした。
アイちゃんがすでに外出していた事も要因に入っているが。
「…私宛て?」
- 478 名前:傷の色、傷の翼 〜Heavens〜 投稿日:2007/05/11(金) 17:33
-
それは私に対しての職場の配属書だった。
いつもはアイちゃんの助手的なモノだったが、正式な職場が可決されたらしい。
その賛否を誰がするのかは不明。
ただ、それは全て"神様"が決めているのだと人々は信じている。
ズラリと文字の羅列を飛ばし飛ばし読み上げ、下の方に
ある項目、その三列目を見た私はギョッとなった。
それは神様直属にあたる場所であり、私が最も避けたかった職場。
"翼の無い天使のみが行ける場所"
- 479 名前:傷の色、傷の翼 〜Heavens〜 投稿日:2007/05/11(金) 17:33
-
********
- 480 名前:傷の色、傷の翼 〜Heavens〜 投稿日:2007/05/11(金) 17:33
-
白、白、白。
全てが白の統一色。
黄色い光を溢れ出す"神様"でさえも、全てを白へと塗り潰す。
"神様"は全知全能で、この世界の管理者。
何よりも強く、どこまでも高い。
そしてダレの手にも絶対に届きはしない。
それが神。
水は透明で、建物は白で。
食べ物でさえも真っ白なものばかり。
無色なセカイは永遠とも言える白を保ち続けている。
それを私は"白の国"と呼ぶようになった。
白は確かに良い色だと思う。
ただ、どこかそれが無機質なものの様に見えてしまう時がある。
例えば純粋無垢。
それはこの世界のように白いキャンパス。
何色でも染まり、何色でも塗り潰されるセカイ。
それは根源とも呼ばれる"無"。
- 481 名前:傷の色、傷の翼 〜Heavens〜 投稿日:2007/05/11(金) 17:34
-
純粋だから全てを信じる。
純粋だから何をしても疑わない。
だから、誰も何も言わない。
だから善悪という区別が付いていない。
知的だと思われているかもしれないが、それはどこかで
誰かが誰かを利用しているだけではないか。
そう、ここは全てがあの円形で決められている。
セカイはあの"神様"が決めているのだ。
だからダレも言わない。言えない。
たとえ私がこの場所へと行くことになっても
私を助けてくれた彼女は何も言えないだろう。
- 482 名前:傷の色、傷の翼 〜Heavens〜 投稿日:2007/05/11(金) 17:34
-
*******
- 483 名前:傷の色、傷の翼 〜Heavens〜 投稿日:2007/05/11(金) 17:35
-
カツンカツン。
自身の足音が空間を響かす。
ガラスのような地面を初めて歩いた私だったが、まさかここに
足を運ぶなんてこと今まで考えたことも無かった。
全てアイちゃんの話しでしか聞いたことは無い。
だけど全て覚えているのは、自分の中で興味があったからだろうか。
ここは"白の国"でも最高管理者達が集う場所通称"UP-FRONT"
もしかしたら配属を可決するのはこの場所かもしれないと
前々から思っていたが"神様の側近"という立場の天使達なのだから
"天使郵便"に手紙を送る事だけを補っているのかもしれない。
ふと、ガラス張りの廊下を淡々と歩いていくとドアの前にダレかが立っていた。
私は少し身体を強張らせると、ダレかは気付いたように笑顔を返した。
女性だ。
この国は女性の人口密度の方が遥かに高い。
というか女性しか見た事が無い。
「男の人はこの国には居ないよ」
- 484 名前:傷の色、傷の翼 〜Heavens〜 投稿日:2007/05/11(金) 17:36
-
首を傾げると、アイちゃんも分からないといった表情で答えた。
ただこの国の人たちはそれを疑問として捉えようとはしない。
なぜなら口を揃えてこう言うから。
「全ては神が決めた事だ」と。
ドアの前に佇んでいた女性が一歩前に出ると
私は無意識のうちに数メートル先で足を止めた。
首を傾げる女性は数秒考えるような素振りをすると、ハッと表情を
変えてまた笑った。
「ニイガキリサさん、だよね?」
「はい」
「そんな固まんなくても良いよ、私そんなに偉くないし」
「はぁ…」
「じゃあ、入ってもらおうかな」
- 485 名前:傷の色、傷の翼 〜Heavens〜 投稿日:2007/05/11(金) 17:36
-
ギィッ。
ドアが音を響かせて開門された。
私は手で中へと促され、一歩一歩足を踏み出した。
中にはこれと言った印象は無かった。
白い地面に、白いカーテンで空間は覆われ、その下には椅子がある。
その先にある大きめな机には真っ白な書類の束が積まれていた。
ただそれだけの部屋。
「そこで待っててよ」
そう言って、女性はドアを閉める。
バタン。
一瞬にして静寂に包まれ、私は途方にくれながらも椅子へと腰掛けた。
周りを見渡し、ブラリブラリと足を振って時間が経つのを待つ。
ただここには時間を計るものは無い。
あるとすれば、窓から見える聳え立つ塔。
この建物と左右均等になっていて、天秤を連想させる形に基づいて造られていた。
- 486 名前:傷の色、傷の翼 〜Heavens〜 投稿日:2007/05/11(金) 17:37
-
あそこには一定時間になると鐘が鳴り響く。
一定回数は3回。
ただ私は1度目の鐘の音は残念ながら聞いた事は無い。
1回目に天使は仕事を始め、2回目にご飯を食べ、3回目には家に帰る。
それの繰り返し。
何の変化も起こすことの無い循環。
不満を感じたことは無い、ただ、疑問を感じた事は何度もあった。
この"白の国"に対して、そう疑問を持つのは私だけなのだろうか。
アイちゃんに聞くと、それは本当に単純回答で。
「これが普通やろ?」
普通。
それがアイちゃんの中で感じているこの世界の実態。
普通の生活をし、普通に仕事をし、普通の繰り返しを過ごしていく。
平穏なセカイ。不満や疑問なんてものが一切ないセカイ。
真っ白で、純粋な世界。
「おぉ、待ってたで」
- 487 名前:傷の色、傷の翼 〜Heavens〜 投稿日:2007/05/11(金) 17:37
-
ハッと、耳に響いた声によって頭が覚醒される。
目の前にはいつの間にいたのか、女性が1人。
アイちゃんとは違った声調が印象的で、金の髪が一層際立つ。
その隣には先ほどの女性が立っていた。
整った顔立ちとスラリとした長身。
私は背を伸ばし、2人の姿を見据えた。
「なんや、えらい固い子なんやなぁ
アイちゃんが言うてた情報よりもしっかりしとるわ」
「緊張してるんですよ、この子ここに来たばかりですし」
「あー…そうやったな」
何度か会話を交わすと、大袈裟に咳を1つ。
真っ白な服に身を包み、印象的なのはその両目の色。
私や愛ちゃんは白なのに、女性は灰色だった。
白が濁ったような、私は一瞬ピリッと背中に寒気を覚える。
女性は口を開いた。
- 488 名前:傷の色、傷の翼 〜Heavens〜 投稿日:2007/05/11(金) 17:38
-
「私はナカザワっていう、まぁ神様の側近を任されてる」
「私はヨシザワヒトミ、よろしくっ」
「に、ニイガキリサです」
「今、私の両目がおかしいって思ったやろ?」
ドキリ。
私は何を言えば良いのか分からずに口を開閉していると
ナカザワという女性は鼻で笑った。
隣の女性も苦笑いを浮かべている。
「私のようになると、天使の心の中は丸わかりやで。
まぁほぼ天使としてのチカラそのままなんやけど」
天使。
バサリと、女性の背中から翼が広がった。
ただアイちゃんやシゲさんとは違うのは…翼の大きさと数。
ナカザワさんは同時に6羽もの翼を持っていた。
翼は天使にとってチカラそのもの。
それが大きければ大きいほど、多ければ多いほど、そのチカラの大きさも変わる。
"神様"の側近と言っても納得してしまうほど、それは強く伝わってきた。
「これは見てもらえると分かるやろうけど…」
- 489 名前:傷の色、傷の翼 〜Heavens〜 投稿日:2007/05/11(金) 17:38
-
そう言って片目に手を近づけると、人差し指に何かが乗っかった。
同時に、ナカザワさんの片目が私と同じく白へと変わっている。
私はギョッとして、ガタンと椅子が傾く。
クックックと、笑い声が聞こえたかと思うと、いつの間にか灰色になっていた。
「ガラスにちょっとした細工やな」
そう言って何事も無かったかのようにナカザワさんは座っている。
どうして…という疑問を浮かばすものの、それを口に出すことは無い。
なぜなら女性は全てが分かる。
ニコニコと笑顔を浮かべるものの、翼を持たない私よりもずっと高い。
敵わない。
「じゃあ、早速やけど行ってもらおかな」
- 490 名前:傷の色、傷の翼 〜Heavens〜 投稿日:2007/05/11(金) 17:39
-
ナカザワさんは1枚紙を前に置くと、羽の筆を上に走らせた。
それを隣に居たヨシザワさんに渡し、ヨシザワさんはチョイチョイと手を私に振った。
椅子から立ち上がると、先ほど来た道とは違い、逆方向にあるドアへと向かう。
その時、ナカザワさんから意味深な言葉を聞いた。
「落ちたらあかんで」
振り返ると、書類に目を向けて悪態を付くナカザワさん。
私は首を傾げ、それから深く考えることなく付いていった。
その言葉を知るのは、まだもう少し先の出来事で理解することになった。
- 491 名前:傷の色、傷の翼 〜Heavens〜 投稿日:2007/05/11(金) 17:39
-
********
- 492 名前:傷の色、傷の翼 〜Heavens〜 投稿日:2007/05/11(金) 17:40
-
カツカツカツ。
ガラス状の地面は全てを見透かすかのように私が映る。
映った私と目が合った。
ほぼ硝子というのは鏡と同じく神聖なもので、ピースをしてみる。
すると妙に楽しくなってしまい、口をパクパクさせてみたり
アイちゃんのマネなんてものまでしてみたくなる。
「そんなに面白い?」
ドキッとして我に返ると、ヨシザワさんがクックと笑っていた。
突然恥ずかしくなって、私は俯いて歩く事に専念した。
ヨシザワさんはそんな私に気付いたのか、笑いを止めると
ポリポリと頭をかいてみせる。
「ごめんごめん、私も最初やってみたいとは思ったけどさ」
「ヨシザワさんはずっとここに?」
「まぁ…前はガキさんと同じ…かな」
「あれ、私…」
「良くタカハシが話してたよ」
- 493 名前:傷の色、傷の翼 〜Heavens〜 投稿日:2007/05/11(金) 17:41
-
ヨシザワさんはアイちゃんの仕事場へとよく行くらしい。
ちなみにアイちゃんの仕事は「歌」
歌はこの国では鏡と同じく神聖なもので、特にアイちゃん達が
奏でる歌は全てに"癒し"を与える事が出来る。
癒しとは優しさ、暖かさ、嬉しさ、楽しさ。
それが全て発する言葉の中に溶け込み、聞けばたちまち癒しを覚える。
"白の国"には無くてはならないモノ。全てを白に、光に、輝きにしてくれる。
一度だけ、私はその歌を聴いた。
確かに癒しを覚えた。優しくて、暖かくて、嬉しくて、楽しくて。
でもそれとは他に、何か、何か言葉としては出来ない想いがあった。
それが何なのか、私には全く分からない。
言葉の無い想い。
不意に、目から水が流れた。
それが何なのかも私には分からず、アイちゃんが歌を止めるまで
それは永遠に流れていたかもしれない。
- 494 名前:傷の色、傷の翼 〜Heavens〜 投稿日:2007/05/11(金) 17:41
-
「そういえば、もう仕事内容は知ってるはずだよね?」
「はい…」
「まぁ、乗り気にはならないよな、ごめん」
「いえ、もとはと言えば私が悪いんです」
ヨシザワさんの背中には翼が生えている。
真っ白で、立派で、優しい光が満ちている。
だけど私には、それが無い。
いつ生えてくるのかも、本当に生えてくるのかも分からない。
そんな曖昧な状態で、天使としてやるべき仕事というのはこなせない。
だから私に言い渡されたのは、"天使には出来ない仕事"。
言葉として言い表そう。
手紙に書かれていた文字の羅列には「監視者」
言葉としては簡単で単純な意味。
- 495 名前:傷の色、傷の翼 〜Heavens〜 投稿日:2007/05/11(金) 17:42
-
だけど私には、これがどれほど重たいものなのか、怖いものなのか。
知っている、だからこそ自然と身体が重たくなるのを感じた。
「監視役」というのは誰かを見張るという事。
見張るという事は逃げ出さないようにという事。
逃げ出さないようにしてはいけない存在がこの"白い国"には存在する。
そして脅威であり、恐怖であり、破滅の存在だ。
私は、そんな存在の「監視役」となった。
「まぁ、相手もガキさんに何かしようとは考えないさ」
「そう…ですか?」
「ほんの少しの期間だし、大丈夫だって、私も居るからさ」
ヨシザワさんの暖かい言葉によって私は出来る限りの笑顔を浮かべる。
本当は大丈夫なんかじゃない。
その話を聞かされたあと、私にはとてつもない恐怖が襲った。
"白の国"は確かに平和だ。
平和で、平穏で、何度もそうして繰り返していたセカイ。
だが、世界というものはいつか何かのきっかけで崩れてしまう。
世界と呼べるものである限り、必ず欠落する。
- 496 名前:傷の色、傷の翼 〜Heavens〜 投稿日:2007/05/11(金) 17:42
-
私はこの"白の国"を全て把握できているわけじゃない。
だからどこかでその崩れてしまったところがあり、そこから
私たちとは違う存在が現れているのではないかと。
最近ではその話が風のように流れていることが多くなった。
"神様"だって気付いているはずなのに
その対処が行き届かないと言うのには疑問が残る。
そして誰かが冗談のように発した言葉。
"白の国"とは違う、もう1つの国の存在。
「この国にはずーっと昔、もう1つの国があった」
カツンカツンカツン。
足音と共に、ヨシザワさんの言葉が空間に響き渡る。
先ほどから私とヨシザワさんしか廊下を歩く者は居なかった。
静寂。純白の世界の中、声は風のように流れていく。
「それはこの国の神様とは違うもう1つの神が統一する国
瓜二つのような場所のはずなのに、2つの国は絶対に相容れることは無かった
原因は根本的に違った要点が1つ」
- 497 名前:傷の色、傷の翼 〜Heavens〜 投稿日:2007/05/11(金) 17:43
-
どこまで歩き続けていたのか、窓を見上げると、そこには真っ白な世界があった。
真っ白な空。真っ白なキャンパス。
カツンカツンカツン。
止まって、私はヨシザワさんが立ち止まった数歩前で止まった。
ピリリと、背中に何かを感じる。
声が響いた。
「それは"白"では無く、破滅の象徴として天使に刻み込まれた呪いの色
染まってしまえば絶対に拭うことは出来ない。口にしてはいけない色だったから」
ドアがあった。
真っ白な、純粋さを溢れ出した世界の色で。
ふと、あと数メートルという所でヨシザワさんがグラリと態勢を崩した。
「!?ヨシザワさっ…」
私は不意に身体を支える形となった。
ヨシザワさんは頭を抑え、苦しそうに表情を歪めている。
口が微かに動く、それは私宛のもの。
- 498 名前:傷の色、傷の翼 〜Heavens〜 投稿日:2007/05/11(金) 17:43
-
「…っ、ガキさん、あとは頼む」
「そんな…」
「ここは、あたしらみたいな天使には無理なんだ」
それが"天使には出来ない仕事"の要因。
どうしてか、翼を持った天使のみ起こってしまう。
それはまさに呪いとでも言葉で包んでしまうと理解できるだろう。
私はヨシザワさんにお礼を言うと、よろけながら去っていく後姿を見送った。
眼前のドアを見据える。
ノブを掴み、捻ろうとした瞬間にピリリと背中が疼く。
何も無いはずの背中。
ギィっという音と共に開けられたドアから、顔のみを覗かせた。
目の前には、柵が並置した空間が出来ている。
真っ白な空間。そしてそれはその柵の中に居た。
地面の白を違う色が塗りつぶしている。
ヨシザワさんが持つ翼の羽根とは違い、それはまるで穴を連想させた。
絶対的な白が無くなった。
- 499 名前:傷の色、傷の翼 〜Heavens〜 投稿日:2007/05/11(金) 17:44
-
ドアを閉め、ゆっくりとそれに近づいていく。
丸まるように態勢を小さくした何かは、気付くように身体をピクリと動かした。
初めに腕が見えた。
白では無い色の服から伸びるそれは、私とは一見変わったところは無い。
次に顔の輪郭。幼さを秘めているものの、体系的には私と同じくらい。
最後は…両目。
天使は真っ白な瞳。ナカザワさんは灰色の瞳。
無色でしかないこの世界の中で、それしか私は見た事が無い。
ならば、今この目の前に居るのはなんなのだろうか?
口にしてはいけない色。
禁句とされた白では無い色の瞳は、私をジッと見据える。
彼女は笑った。
それは今にも消えてしまいそうな、透明な笑顔。
- 500 名前:傷の色、傷の翼 〜Heavens〜 投稿日:2007/05/11(金) 17:44
-
ゴーン、ゴーン…
鐘が遠くで聞こえる。時間を司るあの音色が。
まるで始まりの音を奏でている。
私は出会ってしまった。
出会ってはいけない天使に。
- 501 名前:- 投稿日:2007/05/11(金) 17:44
-
******
- 502 名前:- 投稿日:2007/05/11(金) 17:45
-
- 503 名前:名無し亀さん 投稿日:2007/05/11(金) 17:50
- お久しぶりです。
自分が思っていたほどより早く帰ってきました(汗笑)
最近カメガキが熱い。
という事でまたお付き合いくださると幸いです。
前回より少しズタズタな更新期間かと予測されますがご了承を。
- 504 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/05/12(土) 03:13
- お帰りなさい♪
カメガキですかドキドキですよん^^
- 505 名前:- 投稿日:2007/05/14(月) 18:56
-
- 506 名前:傷の色、傷の翼 〜Heavens〜 投稿日:2007/05/14(月) 18:58
-
今日もこの世界は真っ白で、私は窓から眺めていた。
ただ、もうあの足音が聞こえることは無い。
ある一定期間、私は家に帰れずに居る。
仕事をこなす為に。「監視者」としての役目を果たすために。
椅子に座ってぼんやりとしていると、チャリという音が空間に響く。
振り返ると、柵の中でモゾモゾと動くアレ。
私は無言のままその姿を見ていると、不意に声を掛けられた。
紛れも無くそれは、柵の中で蠢いていたアレ。
「おはよぉございます」
「…」
「今日も天気が良いですね」
- 507 名前:傷の色、傷の翼 〜Heavens〜 投稿日:2007/05/14(月) 18:59
-
私は言い返さずにその声を聞いた。
白では無い色に身を包み、白では無い翼をはためかせた。
首と両手首に繋がった鎖がチャリチャリと音の無い世界に響き渡る。
この場所で眠るようになって、鐘を聞いたのは6回。
ヨシザワさんに聞いても、それが何度聞こえれば良いのか分からない。
ただこの鐘の音を聞き飽きたと思えるほど聞いていれば、いつかは
家に帰る日が来るのだろう。
「お話は…したくないですよね、やっぱり」
力なく笑う声が聞こえる。
私は聞いていないフリをしながら、彼女の少ない情報を思い返す。
名前はカメイエリ。性別は女。
天使を破滅に向かわせる存在であり、当然私にとっても危険な存在かもしれない。
それだけの情報。それほど謎が多い。
- 508 名前:傷の色、傷の翼 〜Heavens〜 投稿日:2007/05/14(月) 19:00
-
「服、キレイですね」
なぜ彼女がここに幽閉されているのかと言えば
ヨシザワさんの話では"まだ何もしていなから"。
神様は何もしていない天使をむやみに傷つけるという事は許さない。
だから幽閉されている。
この国は"神様"によって成り立っている。
だから何も誰も言わない。
当然私も、例え破滅の存在だとしても、何も出来ない。
ただの「監視者」なのだから、その理由さえも聞くことは叶わない。
だけど、やっぱり同じ空間に居ることは妙なことで。
何度か言葉を発してくることで、不意に反応してしまうから厄介だ。
「エリなんてほら、こんな格好…」
自分の身体を見せ、苦笑いを浮かべて言った。
白とは違う色に染め上がった翼に服。
それを言葉に表そうとするものの、やはり表現ができない。
教えられていない。
そう、私は彼女の事を何も教えられていない。
- 509 名前:傷の色、傷の翼 〜Heavens〜 投稿日:2007/05/14(月) 19:00
-
ただ、脅威であり、恐怖であり、破滅とされた存在というだけで
今この目の前に居る彼女からは、全くそれが感じてこない。
どうして、皆はそう思っているのだろう。
どうして私には何も感じないのだろう。
私が天使では無いから?何のチカラも無いから?
「羨ましいなぁ…」
私は知っている。
たった1人、この国で私だけが翼を持っていない。
違和感はあるのに、それが生えるのはいつ頃なのかも分からない。
アイちゃんやシゲさんはいつも励ましてくれた。
私の翼が生えることをずっと願っていた。
だけど…時々何かが押し寄せてくる。
私の中で、思ってはいけない何かが、声が。
「本当に、そう思ってる?」
- 510 名前:傷の色、傷の翼 〜Heavens〜 投稿日:2007/05/14(月) 19:01
-
ハッと我に返ると、私の口からはそう発していた。
口を手で閉ざしてみてもすでに時は遅し。
柵の中にいる彼女は、きょとんとした表情を崩して言った。
あの笑顔を浮かべて。頷いて。
「エリは、凄く羨ましいです」
「…何も出来ない天使だよ」
「それでも、エリなんかよりはとても立派ですよ」
白では無い翼をゆっくりと動かした。
感情。
私は、溢れてきそうになるのを必死に我慢する。
それが何の感情なのか全く分からない。
だけどあのアイちゃんの歌を聴いたときのように、ポロポロポロポロ。
両目の中から水が溢れ出ていて、一向に止まらない。
「どうして泣いてるんですか?」
- 511 名前:傷の色、傷の翼 〜Heavens〜 投稿日:2007/05/14(月) 19:02
-
ふと彼女が言った言葉。
泣く。
これが、泣いているって事なのだろうか。
これは何なのだろう?
どうして流れるのだろう?
私は…。
泣かなければいけない理由があったのだろうか。
「分からない…」
「分からないから、泣いてるんですか?」
分からないから。
自分の中で信じていたもの達が一気に分からなくなったから。
今までだって不満は無かったけどや疑問はあった。
だけど今よりも少しずつ消えて行っては蘇り。
そういう循環を果たしていたことでここまでには至らなかった。
だけど今では、彼女を見た瞬間から。
私はその循環が不能になるほどの疑問を抱えてしまった。
動機すらも。
これが、天使に対しての脅威の理由?
- 512 名前:傷の色、傷の翼 〜Heavens〜 投稿日:2007/05/14(月) 19:02
-
「あんたのは、どうしてそんな色なの?」
「…エリにも分からないんです」
だけど、この色の名前なら知ってます。
そう彼女は自身の翼を見つめる。
私は知らないその色の名前。
彼女の表情はいつまでも笑顔のまま。
肌は私と一緒なのに、どうして違うのだろう?
椅子から降りると、私は彼女に近づく。
どうしてか、目の前で見てみたいと思ったから。
柵にソッと手を置いて、カメイエリというのを見据えた。
瞬間に、頬に手が当たった。
チャリという微かな音。
「目…キレイですね」
「あんたのは、なんて言うんだろ…見たことない色」
「ここでは言ってはいけない言葉なんですよね」
- 513 名前:傷の色、傷の翼 〜Heavens〜 投稿日:2007/05/14(月) 19:03
-
言ってはいけない色。
私とは違い、何か確固たるものを宿した両目。
無色なものではなく、世界を彩らせる事が出来るような。
"神様"は、どうしてそれを受け入れないのだろう。
私と彼女の違い。
それはあまりにも…あまりにも得体の知れない恐怖だろうか。
実際に、ヨシザワさんに対してこの子は何かをした。
今では元気を取り戻しているけれど、ヨシザワさんに。
天使に対して、破滅のみを与える存在。
それは決して避けて通る事が出来ない溝。
彼女のような存在が居る限り、それを止められる術は無い?
天使にも、ましてや"神様"にも?
だから悲しいのか。
だからこれは出てしまうのか。
私と彼女。
手を伸ばして求めるモノを必死に掴もうとしている。
私は多分いつかはそれを掴める日が来るのだろう。
ならばこの子は…?
- 514 名前:傷の色、傷の翼 〜Heavens〜 投稿日:2007/05/14(月) 19:03
-
「ガキさんっ」
ゴンゴンというドアを叩く音が響く。
私は頬にあった手を払うと、我に返ったように立ち上がった。
きょとんとする表情を浮かべた彼女は、私を見上げている。
どうしてか、私はここに居ると私ではなくなっていくような気がした。
気がしただけで、現に私はここに居て、彼女の前に立っている。
なのに…だ。
「…っ」
柵に背中を向けると、私は一目散にドアへと歩いていった。
窓から鐘の音が聞こえる。
これでここに居て7回目の音色。
一切の狂いを見せることは無く鳴り響く時間の音。
ドアを閉め、部屋の中は静寂に包まれた。
柵の中に閉じ込められた彼女は、ソッと自身の手を見つめる。
天使の頬に触れたことは今まで無かった。
だが何よりも優しく、そして暖かかった。
笑顔を浮かべ、それを自身の頬に摺り寄せた。
- 515 名前:傷の色、傷の翼 〜Heavens〜 投稿日:2007/05/14(月) 19:04
-
*******
- 516 名前:傷の色、傷の翼 〜Heavens〜 投稿日:2007/05/14(月) 19:05
-
私はヨシザワさんと共にアイちゃんの居る職場へと赴いていた。
たまには外に出ないといけないだろう、という配慮で。
ナカザワサさんにも許可は取ってくれていた。
久しぶりの外だ。
あの密室とは違い、光が眩しい上に清々しい風が漂う。
羽根が舞う、真っ白な花のように。
そんな中、私は耳の中へと入り込んでくる音を聞いた。
この国の癒しともなるべき音達。
それは例えば真っ白なキャンパスに思い描かれる世界。
アイちゃんが言っていた"感情"という波が鼓膜の中へと突き進む。
音からの風景。
描くように刻むように。
映像は音となり、私たちを引き擦り込んで行く。
ただそれは癒しの世界。
何も考えず、ただその波へと吸い込まれ、暖かさと優しさで包まれる。
- 517 名前:傷の色、傷の翼 〜Heavens〜 投稿日:2007/05/14(月) 19:06
-
「タカハシ、また上達したね」
「本人は否定してますけど」
「それでも…上手く…なった」
ヨシザワさんの声が少し低くなった。
その光景を見つめる瞳は、どこか遠くを見ているようで。
それは時々見せるアイちゃんの目と重なり、ふと思う。
あぁ、ヨシザワさんにも何かあったんだな。
どうしてそう思うのかは、私には分からなかった。
アイちゃんの言う"感情"。
「歌」の中に含まれる優しさや楽しさもその言葉に含まれているらしく。
実のところ、私には全くそれがどんなものなのか分からない。
理解が出来ない。
全てが言葉によって理解して、それがどういうものなのかを想像しているだけ。
この「歌」でさえも、ただ"聞いている"という認識でしかない。
- 518 名前:傷の色、傷の翼 〜Heavens〜 投稿日:2007/05/14(月) 19:06
-
だけど。
あの時の私から出てきた"気持ち"というのは、"感情"だったのだろうか。
もしそうであれば、私は何の為に泣いた?
天秤の方へと視線が向く。
白ではない色をした翼を持つ彼女。
人前で泣いたのは、あれが2回目だった。
どうして私はここに居るのだろう、どうして彼女はこちらへ来たのだろう。
何もかもが分からない。
振り出しに戻ったかのような、疑問。
「ガキさん、帰ろ」
元に戻すと、そこにはアイちゃんが立っていた。
仕事が終わったのだろう、私たちと同様に真っ白な椅子に座っていた
天使たちもゾロゾロと帰っていった。
鐘が遠方から聞こえてくる、ヨシザワさんもいつの間にか帰っていた。
ふと、手が差し伸べられる。
- 519 名前:傷の色、傷の翼 〜Heavens〜 投稿日:2007/05/14(月) 19:06
-
「どう?仕事の方は」
「んー…なんとも」
「そっか」
空はいつまでも光を差し込ませる。
どこまでもどこまでも、真っ白な世界の中は何の変化も見せない。
どうしてか、私1人だけがこの疑問を拭いきれなかった。
どうして自分だけ。
「なぁ、ガキさん」
アイちゃんの手は妙に冷たい。
私自身は暖かいけど、なんとも思わなかったはずなのに。
どうも最近、疑問を浮かべる事が多くなってきていた。
世界は変わらないのに、自分は変わっている。
「何?」
「ガキさんは、この国の事どう思う?」
- 520 名前:傷の色、傷の翼 〜Heavens〜 投稿日:2007/05/14(月) 19:07
-
唐突な質問。
他の天使からこういった質問をされるのは珍しい。
特にアイちゃんに関しては、私を助けてくれたときも
当たり前のようで、何も問いかけることは無かった。
私は首を傾げ、アイちゃんを見据える。
「どうしたの?急にさ」
「…んーなんとなく」
「なんとなくって…それじゃあ答えるにも答えられないでしょうが」
「じゃあ」
どうしてこの国がこれほど平和なのか分かる?
静まり返る空間。
辺りには誰も居ない。私とアイちゃんだけ。
足を止めた私を、今度はアイちゃんが強く見据えている。
言葉が、出なかった。
その平和のうちにあるものがあることを知った事で。
確固たるものが崩れていったことで。
- 521 名前:傷の色、傷の翼 〜Heavens〜 投稿日:2007/05/14(月) 19:24
-
「これが普通やろ?」
以前アイちゃんが言った言葉。
私が感じていた疑問は、ダレもが知らないわけじゃなく
ただそれを聞かなかっただけの事で。
本当は皆、それが知りたくても知れなかっただけだった。
ただその答えを聞かなければ、何も変わらないから。
ずっと平和のままで、平穏な暮らしが出来るから。
自分から変えようなんて思わない。
平和で暮らしていけるのなら。
「…アイちゃんはもぉ知ってるんでしょ?」
「うん」
「それを私から聞きたいの?」
「…正直、その破滅っていうのがどんなのかが聞きたい」
- 522 名前:傷の色、傷の翼 〜Heavens〜 投稿日:2007/05/14(月) 19:24
-
自分達が聞いていた破滅の存在。
それがどういうのかが聞きたかった。
ただ純粋に。
平和で平穏な世界の中に、たった1つの崩壊を示す存在。
だけどそれは、天使たちでは見る事が出来ない。
まさに見えない疑問。
だから聞きたいのだ。
ニイガキリサが見たというその恐怖を。
ずっと疑問であったその破滅を。
純粋な問いかけ。
「…聞いても、信じてもらえないよ」
「信じてもらえんほどのモノなん?」
「どうかな…でもやっぱり、見つからないんだよね」
「見つからない?」
「その破滅はね、言ってはいけないんだって」
- 523 名前:傷の色、傷の翼 〜Heavens〜 投稿日:2007/05/14(月) 19:25
-
破滅は呪い。
言ってしまえば最後、それは形となって私たちを苦しめる。
苦しむというのは、とても辛いことらしい。
辛いことは、この国にあってはいけないらしい。
平穏は保たれない、平和は望めないから。
ただ…そう、見えない言葉で覆いつくされ瓦解されるのだろう。
なんで、私はこんな事を…?
「ガキさんっ?」
「…なんで、なんでだろ」
また出てくる。
泣いてしまう、ポロポロポロポロ。
私に関係なく流れ続ける水は、全く止まらない。
止まれ止まれと呟いてみても、腕に付く感触はどこまでも
どこまでも塗り潰して行ってしまう。
なぜ泣いてしまうのか、なぜ疑問が過ぎるのか。
これが"感情"なのか。
- 524 名前:傷の色、傷の翼 〜Heavens〜 投稿日:2007/05/14(月) 19:25
-
「ガキさん…っ」
私を歪んだ表情で見つめていたアイちゃんも泣いた。
泣いて包んでくれた。
暖かい、優しい、それでも楽しくない、嬉しくない。
"癒し"
それでもどこか違う、何が違う?
分からない、分からない。
私はニイガキリサ。
でも天使じゃない、天使じゃないのは何故?
塗り潰される。
全てが何かで塗り潰され、覆いつくされ、消えていく。
消えていく?否、消されて行く。
"神様"、私は一体なんなの?
天使じゃない私は、何の為にここに居る?
ここに居る理由はどこにあるのでしょうか。
どこへ流れていけば良いでしょうか。
- 525 名前:傷の色、傷の翼 〜Heavens〜 投稿日:2007/05/14(月) 19:26
-
私は…。
円形の光は何も言い放つことは無い。
"神様"は誰にも届かない、触れれない。
ともすれば、それは本当の"神様"が作り出した眼。
私に触れるものは、ただの暖かさだけだった。
- 526 名前:傷の色、傷の翼 〜Heavens〜 投稿日:2007/05/14(月) 19:27
-
******
- 527 名前:傷の色、傷の翼 〜Heavens〜 投稿日:2007/05/14(月) 19:28
-
全てを白に輝かせるため。
全てを見透かすため。
6羽の翼が広がってはその光景を見せる。
瞼を開き、灰色の瞳は光の中で歪んで輝く。
女性の口がゆっくりと開き、放ったのはその先の言葉。
「…もうすぐ、やな」
表情には"感情"は無い。
浮かべることをしなくなってからは、ただ自身の中に
あるとされる"言葉"のみを発するようになった。
言葉は全てを縛り付ける呪いだ。
この国に呪いがある限り、女性もまた、言葉のみを言い続ける。
この世界には時間は無い。
窓から見える塔にある鐘が鳴った。
何度も何度も聞いたその音色。
- 528 名前:傷の色、傷の翼 〜Heavens〜 投稿日:2007/05/14(月) 19:29
-
どこかで聞いたような音だな。
視線は遠く、だが自身が居るのはもっと近く。
ふと後ろに気配を感じた。
そこは妙に見覚えのある姿をした、とても悲しい面影。
手を振って、女性へと笑顔を浮かべている。
女性は振り向き張り付かせたような笑顔を浮かべ、それに対して腕を上げた。
言葉だけを発していなかったあの日。
女性は自身の中にあった"何か"で相手に訴える事が出来た。
それが今では浮かべられない"感情"
その子に対しては、いつでも浮かばせることが可能だったであろう"感情"
面影が手を出した瞬間、それは消えた。
光が影を掻き消してしまった。
やはり無理なのだろう、何よりも高い者には、誰の手も掴められない。
- 529 名前:傷の色、傷の翼 〜Heavens〜 投稿日:2007/05/14(月) 19:29
-
ジッと、女性は自身の手を見据える。
自分がこの存在になった理由は分からない。
ただ、もしかしたら自身がそれを望んでいたのだろうか。
翼から1つの羽が落ちた。
堕ちる。
堕ちてしまえば光さえも何もしてこないだろう。
だが、その原となる光は一体どうすれば良いのだろう?
どこにも隠れる場所がない光は、どうすればいい?
6つの翼にはそれぞれに意味がある。
2つは敬意、2つは謙遜。
そして最後の2つは…推進。
持ってしまえばもう堕ちる事は出来ない。
堕ちてしまえば国は消える。
だから、ただ願うのだろう。
これ以上破滅しない為にも。
- 530 名前:傷の色、傷の翼 〜Heavens〜 投稿日:2007/05/14(月) 19:30
-
鐘はすでに鳴り止んでいる。
ふとまた気配を感じた。
振り返らずとも女性には分かるのだろう。
窓から視線を外さずに言葉を発した。
「よっさんか、えらく早いな」
「鐘が鳴りましたしね」
「そうや…な」
ヨシザワは何も言わず、ただその場に佇んでいた。
その表情は何も無い。
ただその中で、揺らいで揺らいでせわしない"感情"を知っている。
この国はもしかしたら自分が知っているものよりも単純なのかもと。
女性はいつまでも純粋に輝く白い世界を眺めていた。
- 531 名前:傷の色、傷の翼 〜Heavens〜 投稿日:2007/05/14(月) 19:30
-
*******
- 532 名前:- 投稿日:2007/05/14(月) 19:31
-
- 533 名前:- 投稿日:2007/05/14(月) 19:31
-
- 534 名前:名無し亀さん 投稿日:2007/05/14(月) 19:58
- >>504 名無飼育さん 様
有難うございます。
ご期待に添えれるかどうかわかりませんが
お付き合いの方をよろしくお願いします。
今回のお話は長編の予感がしてなりませんが
短編で終わるかもしれません(何
近々更新したいと思います。
- 535 名前:- 投稿日:2007/05/17(木) 18:27
-
*******
- 536 名前:傷の色、傷の翼 〜Heavens〜 投稿日:2007/05/17(木) 18:28
-
アイちゃんが自身の家に来いと促したものの、それを私は断った。
問いかけられたが、答えられなかった。
答えも見つからない、これが何なのかも分からない。
最悪な悪循環。
全く繋がらない、全く理解できない。
自分に、全てに。
「じゃあ、またな」
「うん、じゃあね」
私は歩き始めた。
目の前にある天秤へと。
その真ん中に平行になるように"神様"は輝き続けている。
真っ白な光を真っ白な世界へ向けて。
真っ白なキャンパスの元、私には思い描くものは何も無かった。
歩いてみてもそれは変わらない。
ただ真っ白な場所に私の歩いたことすら刻まれることは無い。
刻まれたものは真っ白に。
まるで私の過去さえも消しているかのよう。
- 537 名前:傷の色、傷の翼 〜Heavens〜 投稿日:2007/05/17(木) 18:29
-
…"過去"?
過去。
どこかで聞いたことのあるような。
それでいてどこか重たい言葉。
過去って何?
今度アイちゃんに聞いてみようか。
ただ何か、これは他の天使には言ってはいけないような気がした。
どこか、この言葉はとてつもない壁のようで、重たくて。
それでいて…辛い。
辛い。
それが凄く鮮明に理解した。
今まで何も感じなかったはずなのに。
"感情"というものを知った瞬間、今まで無かった何かが
私へと押し寄せてくるようだった。
私が私という認識をより一層強めていく。
- 538 名前:傷の色、傷の翼 〜Heavens〜 投稿日:2007/05/17(木) 18:29
-
不透明だったものが透明に、透明が真っ白に。
真っ白の先は…まだ分からない。
ただ不鮮明だったものが、理解できなかったものが
何かしらの"感情"によって形を成す。
アイちゃん達が奏でる"歌"の旋律。
それが私たちに光景を見せることと同じように。
ピリピリと、私の背中が蠢いたような気がした。
ただ、それだけの変化。
そして確実な変化。
気づけば、天秤の片方に来ていた。
私の「職場」であり、彼女の居る場所。
あの子は、いつまであそこに幽閉されているのだろう。
疑問は、いつもの事だと思い隅の方へと追いやる。
ようやくの変化に頭が一杯だった。
次にやってくる最大の変化を知らずに。
- 539 名前:傷の色、傷の翼 〜Heavens〜 投稿日:2007/05/17(木) 18:29
-
******
- 540 名前:傷の色、傷の翼 〜Heavens〜 投稿日:2007/05/17(木) 18:30
-
ドアを開けた瞬間、壁に背中を預けている女性を見かけた。
ヨシザワさんだった。
閉じていたらしい瞼を開けると、私に気付いたように視線を向けた。
ただそこには、いつも浮かべる笑顔は見当たらない。
真っ直ぐで真っ白な両眼と、キュッと塞がれた口。
何かある、直感だった。
確実なものがそこにあった。
身体が強張る。視線が離れない。
何かがそこにあるような威圧感。
後ろには活かせないという圧迫感。
どちら共に押されて、私はヨシザワさんの手が肩にかかるまでの数秒間。
全く身動きすら取れなかった。
口がゆっくりと動き出す。
「あの子をどうするか決まった」
- 541 名前:傷の色、傷の翼 〜Heavens〜 投稿日:2007/05/17(木) 18:30
-
ドクン。
何かが跳ねた。
幾度となく私の中で何かは騒ぎ出す。
それが何か全く分からない。
ただこの音が鳴り出すと、あまり良い結果ではないような気がして。
私は不意に問い返していた。
「…どうするんですか?」
静かだった。
世界は何事もなく静かで無音を生み出している。
この場には、私とヨシザワさんしか居ないようにも感じた。
いや、確かに2人しか居ないのだ。
そしてこの回答も、私とヨシザワさんにしか分からない。
もしも該当する者が居たとするなら、それは"神様"だけだろう。
- 542 名前:傷の色、傷の翼 〜Heavens〜 投稿日:2007/05/17(木) 18:31
-
「あの子を、処刑する」
全くの無音。
今度は私1人がここに居るのだと思った。
何も響くことのない世界。
世界がセカイだと思わないような全くの静寂。
真っ白なセカイ。無色のセカイ。
そんな中で、私が見たものは真っ白でしかなかった。
真っ白で、純粋で、単純な回答の末の白。
分かっていた。
分かっていたことだった。
前々から、以前から知っていた事だった。
ただこのあっけなさが、全く理解し切れていないことの原因で。
私はそのまま、部屋へと入っていた。
ヨシザワさんはただその場に佇んでいた。
ドアが開く音。閉る音。
- 543 名前:傷の色、傷の翼 〜Heavens〜 投稿日:2007/05/17(木) 18:32
-
カツカツカツ。
足音がセカイを支配する。
ゆっくりだったものは早く、景色も早かった。
駆けて、駆けて。
行き着いた場所は、柵の外側。
ガシャンと両腕をぶつけて、キィィンと世界に響いた。
力が抜けた。
足の力が抜けて、地面に叩きつけた。
何も思わなかった。
ただ、地面には透明な斑点が見えた。
初めは1つだったのが2つ、3つ。だんだん多くなっていって。
最後には数え切れなくなっていた。
同時に触れたのは、冷たい何か。
チャリ。
微かな音が世界を支配する。
片手を包む冷たい何か。
感じるたびに流れる水の数。
彼女は言った。
「分からないから、泣いてるんですか?」
- 544 名前:傷の色、傷の翼 〜Heavens〜 投稿日:2007/05/17(木) 18:32
-
どうして相容れないのに優しいのだろう。
どうして冷たいのに暖かいのだろう。
どうして何も感じなかったのに今は苦しいのだろう。
鎖の戒めと真っ白な柵の中に入れられた彼女。
私よりも不幸なはずの彼女。
なのに、私よりも純粋で、暖かくて、優しい彼女。
私の苦しさは、彼女な筈なのに。
なのにどうして私は…。
これ以上無いほどの愛しさを感じているのだろう。
言ってはいけない色。
それを持ってしまった彼女。
持たなければいけない翼。
それを持たない私。
それが何かを繋げさせた。
私と彼女を結ばせた。
私と彼女を…出会わせてしまった。
- 545 名前:傷の色、傷の翼 〜Heavens〜 投稿日:2007/05/17(木) 18:33
-
「…分かる、今なら、分かる気がする」
「それは、よかったです」
笑顔を浮かべた彼女。
ただそれは今までよりも消えていきそうで。
脆くて、切なくて、辛くて。
フッと、頬に触れてみた。
冷たい、凄く冷たい感触が、私の手に突き刺さった。
一層深くなる彼女の笑顔。
「あったかい…ですね」
「あんたはホント、冷たいよね」
「えへへ」
私の暖かい何かが、彼女の冷たい何かを溶かす。
これがもしや"癒し"なのだろうか。
私は彼女が重ねてきた手を見て、そう自身に問いかける。
そしてその"癒し"を、彼女は素直に受け入れてくれた。
嬉しさが、"感情"がこみ上げて来る。
背中がピリリと激しく蠢く。
もうすぐなのだろうと、それと同時に私は思い立った。
- 546 名前:傷の色、傷の翼 〜Heavens〜 投稿日:2007/05/17(木) 18:34
-
「あんたを殺させたりしない」
手を離し、私はきょとんとした表情の彼女を見据えた。
そして話す。
あと3回、この部屋にも届くであろう鐘の音を。
そして、それが彼女にとって最後の音でもあろう事。
"神様"は怒るだろうか。
確実に、怒るだろう。もしかしたら今からやってくるかもしれない。
ただ不思議と、何も起こらなかった。
何故か、その日が来るのを待ちわびているかのようで。
その日は一睡も眠ることはなかった。
- 547 名前:傷の色、傷の翼 〜Heavens〜 投稿日:2007/05/17(木) 18:34
-
******
- 548 名前:- 投稿日:2007/05/17(木) 18:35
-
- 549 名前:- 投稿日:2007/05/17(木) 18:35
-
- 550 名前:名無し亀さん 投稿日:2007/05/17(木) 18:43
- 書けば書くほど藤本さんとガキさんが被ってしまうorz
元々接点が合う2人だからかも知れませんと言い訳を(pgr
いえ、少しずつ修正していきますので。
今日もう1度更新出来るようならしたいと思います。
- 551 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/05/22(火) 11:58
- ガキさん純粋だねガキさん
次回期待しつつお待ちしてます
- 552 名前:- 投稿日:2007/05/29(火) 04:03
-
******
- 553 名前:傷の色、傷の翼 〜Heavens〜 投稿日:2007/05/29(火) 04:06
-
鐘の音が鳴った。
同時に、あと2回と声が聞こえる。
今日も「監視者」としての仕事を始める。
他でもない自身の声。
だがすでに決意は固めていた。
この部屋にはどの天使も来ない。
そして自身には鍵が託されている。
紛れもなくそれは、柵の鍵。
「おはよぉございます」
「おはよ」
彼女は起きていた。
多分私と同じく一切睡眠をしなかったのだろう。
チャリ。鎖の音が微かに響く。
私は駆け足で近寄ると、柵の穴へ鍵を差し込んだ。
真っ白なドアはすぐに開いてくれ、彼女を出した。
- 554 名前:傷の色、傷の翼 〜Heavens〜 投稿日:2007/05/29(火) 04:08
-
バラバラと、白とは違う色の羽根が飛び交い、舞い落ちる。
立派なその翼は、彼女の背中に確かに存在した。
鎖は一向に取れる気配が無い。多分これはヨシザワさんに託されているのだろう。
考え、両足にもあるという点だけで支障は無いという結論に至った。
大丈夫。
そう呟きながら、やはり焦っていた。身体が強張る。
手を引っ掴むような状態で、私は周りを見渡して考えた。
頭の中で他でもない、脱出方法を思考する。
「逃げるよっ」
「でも…」
「いいからっ」
少し声を強張っていたのは緊からと、どうしようもない不安。
とは言うものの、ここは天秤の片腕。
何十メートルも地面からは離れている上に、私には翼がない。
翼があればもう少し考える事があっただろう。
ジワリと目に溜まる水を拭い、私は彼女を見据えた。
- 555 名前:傷の色、傷の翼 〜Heavens〜 投稿日:2007/05/29(火) 04:08
-
言ってはいけない色に覆われた翼。
それが空を舞うとき、どうなるのだろう?
真っ白な世界は侵食されるのだろうか。
それとも…世界が侵食するのだろうか。
この国に、この世界に居ても隠れ場所は無い。
それは事実で、真実だ。
ならば隠れるには?
ならば逃げるには?
どうすればいい?
どうしたらいい?
考えろ。
考えろ考えろ考えろ考えろ。
行動しろ、把握しろ、考えて考えて動け。
言葉はチカラを持っている。
天使にはそのチカラはなによりも絶大なものだった。
だから私は思い出す。
頭の片隅で真っ白な空間に包まれていたあの言葉を。
- 556 名前:傷の色、傷の翼 〜Heavens〜 投稿日:2007/05/29(火) 04:09
-
「落ちたらあかんで」
私は窓を開けると、その下にある幅30センチしかない
煉瓦の上にへと着地する。
少しでも踏み外せばどうなるのか。
それは想像がつかない。分からない。
ただここに居るよりはずっとマシだと、私は彼女をここに促す。
一気に湧き上がったのは、恐怖。
すぐ目の前にある恐怖と、後ろにある恐怖が私を包む込む。
心なしか、私の吐く息が荒くなっている。
頬には何かも分からない水が流れている。
ただ私の足は一向に止まらない。止まれない。
不意に、中が騒がしくなったと思った。
後ろを向くと、そこには私と同じく壁にへばり付きながらも
必死に私を追っている彼女。
焦る。焦っては息が辛くなる。
出てきた窓から、見覚えのある顔が覗き込まれた。
ヨシザワさんだった。
「ガキさんっ」
- 557 名前:傷の色、傷の翼 〜Heavens〜 投稿日:2007/05/29(火) 04:10
-
言葉はチカラがある。
その発する言葉によって、微かに私は動揺を見せた。
足がピタリと動かなくなる。
瞬間、大きな風が私たちを襲った。
チャリと。
微かな音の末、背後で小さな悲鳴。
落ちる、堕ちる、オチル
真っ白な世界へと
侵食する、支配する
言ってはいけない色が、真っ白な世界を塗りつぶす。
とっさだった。
天秤の境目に私は大きく腕を伸ばそうとした。
浮遊感。翼は無い。
"神様"はただジッと静観する。
ヨシザワさんの声が響く。
真っ白な空間。真っ白な世界。真っ白な…。
- 558 名前:傷の色、傷の翼 〜Heavens〜 投稿日:2007/05/29(火) 04:11
-
- 559 名前:傷の色、傷の翼 〜Heavens〜 投稿日:2007/05/29(火) 04:11
-
ピリリ。
背中が蠢く。
身体が疼く。
まるで真っ白なものに支配されてしまうかのような。
浮遊感とは違う飛行感。
バサリ。
"神様"の光はそれで覆いかぶさった。
繋がった手の先にある光の中に映るシルエット。
それは確実に、私の背後に存在した。
彼女の身体を胸に抱き、私はその翼に自身を預けた。
天秤の境目にある円形の中。
それはいつからなのか存在していて。
私の身体と彼女の身体は吸い込まれる。
- 560 名前:傷の色、傷の翼 〜Heavens〜 投稿日:2007/05/29(火) 04:13
-
瞼を閉じてみる。
ふとそこには、言ってはいけない色が溢れていた。
私たちには、すぐそこにこの存在は居たんだと。
どうしてか、笑ってしまった。
笑顔、というのを浮かべた事がなかった。
アイちゃんや、彼女の笑顔を見つめていただけで。
瞼を開ければ。
そこに居る彼女は、笑っていた。
「怖い?」
「ううん、全然」
「私は…ちょっと怖いかも」
「あはは」
だけど自然と恐怖は消えていた。
彼女の鎖の戒めが、空間で円を描くように浮いている。
そして私を離すまいと、翼にもそれは覆いかかった。
彼女は冷たかった。
私は暖かかった。
これからどうなるのか分からない。
ただ、私がこの子にしてやれることと言えば、ただ1つだった。
堕ちる感覚を身体全身に受け止めながら、私は口にする。
- 561 名前:傷の色、傷の翼 〜Heavens〜 投稿日:2007/05/29(火) 04:15
-
「私と半分こしない?」
「半分こ…?」
「あんたのそれと、私のこれを半分こ」
後ろの翼を交互にさして、私は問いかける。
真っ白な翼と、言ってはいけない色の翼。
どうしてそう言ったのか、私には分からない。
ただ、この先彼女と一緒に居られるという確証もないのが事実だった。
私はもしかしたら"神様"に過酷なことをされてしまうのかもしれないから。
だから、彼女と会ったという証が欲しかった。
同時にこの翼は、半分彼女のものだと思ったから。
「あんただけ、それを背負うことなんてないでしょうが」
「…良いの?」
「いーのっ、私も…もうそれぐらいの事しちゃった訳だし」
「…っ」
「ちょ、ちょっと…」
彼女も泣いた。
それがどういう感情なのかは、私自身分かってない。
だけど、それはとても綺麗なもので。
- 562 名前:傷の色、傷の翼 〜Heavens〜 投稿日:2007/05/29(火) 04:15
-
純粋な感情。
純粋な何かなのだというのは理解した。
それが私の中でも、嬉しい感情なのだという事も。
方法はアイちゃんから聞いていた。
1度だけ。
翼を失くした天使の話を聞いた事がある。
だけどどうしてか面とするのが恥ずかしくて、私は瞼を閉じた。
冷たいし、辛いし、苦しいしはずの彼女。
だけどいつも感じる暖かさよりも、鮮明に伝わってくる優しさ。
今私は、とてつもない優しさを感じていた。
アイちゃんにも怒られるかな。
でもこれが"感情"というものなら、本当の事だから。
この先、何があっても耐えられるかもしれない。
彼女を想うだけで…。
- 563 名前:傷の色、傷の翼 〜Heavens〜 投稿日:2007/05/29(火) 04:16
-
******
- 564 名前:傷の色、傷の翼 〜Heavens〜 投稿日:2007/05/29(火) 04:17
-
2つの翼が堕ちて行った。
交じるように、2つは1つへ。
6つの翼はそれを鮮明に見せた。
光の中で彼女は生きられない。
だから彼女の選択は仕方が無かったのだろう。
天使の翼は時に相手の天使へと譲ることができる。
翼は天使の証と同時にほぼ自身の中に初めから
潜在能力として備わっているチカラを外部に引き出すためのもの。
その全てを譲ると、吸収された相手は消滅する。
だから、半分こ。
方法はどうとでもなる。
自身の羽根でも体液でも相手に流し込めばそれで終了。
だがそれを、彼女は自覚して実行したとは思えない。
やはり…あの子に繋がっているのだろう。
- 565 名前:傷の色、傷の翼 〜Heavens〜 投稿日:2007/05/29(火) 04:18
-
だが、これはまだ序章に過ぎない。
彼女達が背負ってしまったそれは、言葉の呪いよりも
遥か彼方にある未知の存在。
"神"でさえも、それを見透かすことは出来なかった。
たとえ呑み込まれるようなことがあっても、もう自分達には
どうする事も出来なくなった今。
光が届くことの無い場所へと堕ちてしまった今。
彼女達は、今よりももっと苦しい道を歩む事になるだろう。
自由とは確かに響きはいい。
何も縛られず、何もせずとも生きられる場所。
だがそれは、全てが不確定なものを意味する。
全てが現実で、全てが夢の無い果てしない荒野。
戻れることは決してない。
本当に見たわけではない。
ただ、そう認識している世界がこの下には実在している。
そしてそれを、女性は何もしてあげる事が出来ないのを悔やんだ。
「ナカザワさんっ」
「よっさん…頼んでもええかな」
「…はいっ」
「ミキも行きますっ」
- 566 名前:傷の色、傷の翼 〜Heavens〜 投稿日:2007/05/29(火) 04:19
-
ふと、もう1人の第3者の声が響いた。
女性、ナカザワはその言葉を予測していたかのように
何の動揺も浮かべることは無い。
全てが分かることで、感情を浮かばせることなど無意味だった。
「あかん、フジモトはここに残ってやってほしい事がある」
「でもっ…」
「ミキティ」
ヨシザワが肩を叩き、フジモトは俯いて頷いた。
影ながら彼女の事を心配していたのだから
この先の道も見ておきたいというのは分かる。
だが、取り残されてしまった天使が居るのもまた事実だ。
この国の破滅の結末はすでに決まっていた。
あの翼を持たない彼女がここへやってきた瞬間から。
あとは少しずつ、あの子をあの子として元に戻す必要があった。
- 567 名前:傷の色、傷の翼 〜Heavens〜 投稿日:2007/05/29(火) 04:20
-
天使でも何者でもない。
ただの人間の子として。
その一歩がまずきっかけだった。
ただ"神"が万能などというのはただの虚像だ。
誰も高く、誰も届かない存在。
その間違った認識によって、誰も触れなかっただけで。
女性は、"神"はこの国を見つめていただけだった。
ただどうすれば良いのか、どうすれば保たれるのか。
考えて、それを語りかけていただけの事。
もしも全てが見渡せるのであれば、この国の欠落も欠陥も
全てを見透かし、直し、そして永遠の安定をさせることが出来るだろう。
この国だけではない。
天使たちにも悲しいという"感情"を生み出させることも無い。
それが平和という循環。
それが出来ない自身に、女性は悲しかった。辛かった。苦しかった。
「ナカザワさん」
「ん?」
「大丈夫ですよ、絶対に」
- 568 名前:傷の色、傷の翼 〜Heavens〜 投稿日:2007/05/29(火) 04:20
-
ヨシザワは自身の中にある"記憶"というものの中に
言ってはいけない色の翼を何度も見てきては残していた。
それはナカザワの側近だからという事もある。
だが、それ以上に、何度もそれを見てきていたにも関わらず。
この世界の天使を気遣っていたことも要因だった。
絶対に堕ちる事はしなかった。
置いていかれる事を知っている彼女だからこその選択。
「すまんな、いつもいつも」
「何言ってるんすか、じゃあ行ってきますね」
笑顔を浮かべ、ヨシザワはドアの奥へと吸い込まれていった。
どんな未知な道であれ、それを正すのは当たり前。
ただ自由な世界に、時には歪んでしまうことも幾度と無く現れる。
その時は。
その時は。
ただ苦しむだけじゃなく。
ただ辛いだけじゃなく。
- 569 名前:傷の色、傷の翼 〜Heavens〜 投稿日:2007/05/29(火) 04:21
-
願い続ける。
彼女達の運命をただ願い続けよう。
言ってはいけない色。
あれが希望の光となるように。
絶望の光に堕ちない様に。
- 570 名前:傷の色、傷の翼 〜Heavens〜 投稿日:2007/05/29(火) 04:21
-
******
- 571 名前:傷の色、傷の翼 〜Heavens〜 投稿日:2007/05/29(火) 04:22
-
言葉は呪いだ。
呪いは危険だ。
だが、それを受け入れてあげられる者が居るのだとすれば。
きっと、救われると思うから。
きっと、生きていられるのだと思えるのだから。
だから、信じよう、全てを。
信じよう、彼女達を。
どんな未来が待ちうけようとも。
かならず、絶望は希望になるのだと。
ぼんやりと女性は考える。
あの子は、今元気だろうか。
同じく願っていたあの面影。
言ってはいけない色の翼。
それを彼女はこう言った。
「白」に侵食され、侵食する色なのだと。
ゴーンゴーン…
鐘が聞こえる。
この瞬間の始まりを。
彼女達の始まりを。
そして響いていく。
どこまでも届くように、鐘の音は鳴り続けていた。
- 572 名前:傷の色、傷の翼 〜Heavens〜 投稿日:2007/05/29(火) 04:22
-
傷の色、傷の翼 〜Heavens〜 end.
- 573 名前:- 投稿日:2007/05/29(火) 04:22
-
- 574 名前:- 投稿日:2007/05/29(火) 04:23
-
- 575 名前:名無し亀さん 投稿日:2007/05/29(火) 04:27
- >>551 名無し飼育さん様
ありがとうざいます。
リアルなガキさんも純粋なイメージが高いのです。
少し設定をあれこれ考えているうちに少しばかり
長くなりそうな気がしてきました。
お付き合いくださると嬉しいですo(_ _)o
- 576 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/05/30(水) 22:07
- これは続くのかな・・・?
雰囲気がすごく好きです。そしてガキさんも亀ちゃんも大好きです^^
次回更新も楽しみにお待ちしてます。
- 577 名前:傷の色、傷の翼 投稿日:2007/06/06(水) 21:50
-
薄っすらとした視線の先には真っ白な天井と、消毒の匂い。
そしてその世界の中に、ゴソゴソと動いた何か。
言葉が話せず、耳もまともに機能していなかったものの
腕に感じたのは暖かい肌の感触に、水の冷たさ。
徐々に聴覚が蘇ってくると。
誰かが誰かの名前を必死に叫んでいた。
徐々に腕を動かすと、それと同時に誰かが握り返した。
まるで長い夢から覚めたかのように。
私は虚ろな現実へと帰ってきた。
- 578 名前:- 投稿日:2007/06/06(水) 21:51
-
傷の色、傷の翼 〜human world〜
- 579 名前:傷の色、傷の翼 〜human world〜 投稿日:2007/06/06(水) 21:52
-
ぼんやりと真っ青な空を見上げた。
有料で使用できるテレビには正午だからなのか
全く私好みの番組はやっていない。
おまけに最近では事件のみが多発だ。
物騒物騒と言われ続けているものの、その事件の加害者が
自分達と変わらない年の人たちなのだから何か妙な気分を覚えた。
片腕はまだ動かない。
骨が折れていると診断されたことで、ろくにお箸も持てない状態。
幸いもう片方は捻挫だけで済んでいて、最近では慣れてきている傾向が
あるものだから自分を褒めてやりたい。
「やっほー、ガキさん、起きとるな?」
「…うん」
「なんや、声低いなぁ」
- 580 名前:傷の色、傷の翼 〜human 投稿日:2007/06/06(水) 21:52
-
ドアから顔を出した女性は手に花束を持ってそう言った。
ちなみにその花の飾り場所は私の隣にある棚。
妙なイントネーションとは違ってあっさりとした言葉で声を掛ける。
「病院は有料な上にデッキもないから嫌やな
せっかく宝塚のDVD持ってきたのに」
テレビに向かって悪態をつきながら、枯れ始めていた
花の花瓶を持つと、女性は隣にあるテーブルに花束と入れ替える。
女性の名前は高橋愛。
私の小学校からの腐れ縁…らしい。
話はこの人から聞いただけであって、自分自身そうだったのかすら
頭の中に記憶として残っていない。
"記憶"として残っていないという事は、その事実がないという事。
だけど、目の前の腐れ縁の相手は知っていて、私だけが知らない。
覚えがない。
記憶がない。
医師から聞いた病気は、心因性記憶障害だという。
- 581 名前:傷の色、傷の翼 〜human 投稿日:2007/06/06(水) 21:52
-
******
- 582 名前:傷の色、傷の翼 〜human 投稿日:2007/06/06(水) 21:53
-
記憶が無いからといって不自由があるわけではない。
ご飯も食べられるし、言葉は話せるし、身体も片腕以外動かせる。
視覚、聴覚、味覚、行動、どれにも異常性は見られなかった。
一時期の記憶の混乱とも言われたものの、一向に私から過去という
過去の話が出てこなかったから、そう診断されたと思う。
何でも嫌な事がありすぎて忘れてしまう病気だとか。
そう思うと、少し前向きに考えてみると結果的に良かったのかもと。
そう言うとあの人、愛ちゃんは少し寂しそうな表情を浮かべるが
過去に私が嫌な目にあっていたとすれば、記憶が無かったほうが
好都合ではないか、と。
ただそれは本当は、ただのやせ我慢かもしれないけど
自分から記憶を戻したいなんて到底思えるものじゃない。
それに記憶が戻らずとも、愛ちゃんが全て教えてくれた。
私の名前は新垣里沙。
現在の年齢は18才、そして今は現役の社会人。
高校は通信教育をしていたようで、私が入院してからどうなったのか。
両親が何とすると言っていたものの、無事どうにかなったようだ。
それをお見舞いに来てくれたお母さんに言うと、身体を気遣うだけで
何もいう事はなかった。
- 583 名前:傷の色、傷の翼 〜human 投稿日:2007/06/06(水) 21:54
-
私は高校3年のときに事故に巻き込まれた。
詳しくは聞けなかったものの、記憶をムリに思い出させることは
ないという医師の配慮によるものだった。
簡単に言えば、交通事故。
信号無視によって突撃してきた軽自動車に跳ねられたらしい。
ただどうも記憶にない事でその現実味が薄れているのか
その事を話してくれた愛ちゃんが青ざめる始末。
「その日、あーしが遊びに行こうって誘ったばっかりに…」
私が意識不明のまま眠り続けていた間、大学の合間を縫って
病院に通っては泣いていたらしい。
本人は何も言わなかったものの、その顔と目じりの下に浮かぶ
化粧で隠しているそのクマを見れば想像は難しくない。
感情を溢れ出す愛ちゃんに対し、私はただ頭を撫でてあげることしか出来なかった。
- 584 名前:傷の色、傷の翼 〜human 投稿日:2007/06/06(水) 21:55
-
高校3年ということは眠り続けて1年が経っている。
日に日に経つにつれ、愛ちゃんに対して何かしたいと思うようになった。
愛ちゃんのためにも、少しは前の自分のように振り舞う事が出来ると良いんだけど。
目覚めて2週間、全くその傾向は無し。
空はもうすぐ梅雨の季節へと入ろうとしていた。
- 585 名前:傷の色、傷の翼 〜human 投稿日:2007/06/06(水) 21:55
-
******
- 586 名前:傷の色、傷の翼 〜human 投稿日:2007/06/06(水) 21:56
-
病院食も初めは流動食だったものの、真っ白な米粒のご飯へと変わった。
お漬物とお味噌汁と焼き魚、という和風の食事。
これがごく一般のものだったのに、今ではこっちのほうが珍しくなってしまっている
のが日の丸を掲げるこの国の姿だろう。
日本に対して外国からいろいろと吸収してしまったことでそうなってしまった。
だから鎖国の時点で考えるべきだったのだ。
と言ってもこれは持論ではなく、目の前で私の為にご飯を装う女性のもの。
中臣鎌足から織田信長へと尊敬の眼差しを向けたこの女性はまるで政治を問うような形相で
必死に私にその話を傾けてくる。
今ご飯を私に差し出しながらも話しているが、何を言っているのかさっぱりなのが現実。
「あのさ」
「うん?」
「1人で食べれるから良いよ、もう慣れたし」
と言いつつ米粒が乗っかったスプーンを手から取り上げようとするも
両手でガシッと掴まれていることで全く手放すことをしない。
力を入れるとプルプルと指先が震えた。
- 587 名前:傷の色、傷の翼 〜human 投稿日:2007/06/06(水) 21:57
-
「良いやん、たまにはあーしが食べさせてあげるがし」
「良いってば、私これでも器用だし」
「器用とか不器用とか関係ないが」
「いやいや、あるでしょ」
それから日本人なのになんでスプーンなんや、とか。
なんだかもう訳が分からない事まで言い出す始末。
じゃあ赤ん坊とかどうするのって感じで。
そういうやり取りをすると、どうも懐かしくなった。
前々からこんな言い合いをしていたような気がして、こういう喋り方でも
良いんだって思える自分が居て。
どうもそれが心地良かったりした。
――なんだか、妙な気分。
どうにかスプーンを取り上げて食べていると、ジッと私を
見つめていた愛ちゃんが訝しげに私に言った。
- 588 名前:傷の色、傷の翼 〜human 投稿日:2007/06/06(水) 21:57
-
「なーんか、変な感じ」
「…はぁ?」
「ガキさんってさ、バカだよね」
ブッ。
思わず口の中身を噴出しそうになって、慌ててティッシュを引っ掴んだ。
いきなり神妙な事かと思っていた自分が本当にバカみたいに思えてしまって。
「何…いきなり」
「最近記憶が戻ったような口ぶりやし、それでも全然覚えとらんのやろ?」
「…だから?」
「なんかさ、元々のガキさんと話してるみたいになる」
この人、高橋愛が一緒に道を歩んでいた新垣里沙。
私は新垣里沙なのに新垣里沙ではない。
では私は何なのか?
私は私じゃないのか?
記憶が無いから、私は私で無いと決め付けるのか?
「…愛ちゃんはさ、私に記憶を戻して欲しいの?」
「分からん」
「分からんって…」
「やって思い出したらガキさんは…っ」
- 589 名前:傷の色、傷の翼 〜human 投稿日:2007/06/06(水) 21:58
-
言葉を止める愛ちゃん。
過去に何かあった私。
だけど思い出せない私に対しても。
思い出す私に対しても、愛ちゃんは口を濁す。
――私の、新垣里沙の過去の記憶。
スプーンを口に含みながら、空間が一気に重くなるのを感じた。
言葉を出そうにも、その空気を変えられるような言葉を私は持ち合わせていなかった。
ムグムグと米の味が口一杯に広がるようになると、ドアのノック音が響いた。
気付いた愛ちゃんがドアを開けると、そこには見た事が無い女性が1人。
「おーっす、ガキさん元気だった?」
突然、スラリとした長身に少し赤茶のショート。
見た事もないほどの大きな瞳が特徴的な女性。
私の頭の中に「?」が浮かんでいると、愛ちゃんが嬉しそうに
病室へと招き入れて私に紹介してくれた。
- 590 名前:傷の色、傷の翼 〜human 投稿日:2007/06/06(水) 21:58
-
「バイト先の店長さんで吉澤ひとみさんやよ」
「なーんか他人行儀みたいな自己紹介ジャン?」
「…?」
「ん?どうしたの、ガキさん」
と、吉澤さん。
私が首を傾げて聞こうとした途端、愛ちゃんが口を開いた。
「あれ、美貴ちゃんには言うたような気がしたけど」
「えっ、何?何が?」
「…言わんかったみたいやざ」
話が全く繋がらないため、吉澤さんへと私の事を説明する。
だけどどうも話がまとまらないようで、吉澤さんは聞いたことを復唱して
自分の頭の中で整理しているようだった。
なんだか自分の事のように思ってしまって申し訳なく思った。
愛ちゃんも初めの名前しか自己紹介をしないものだから
全く話しに付いていけない私としては妙な気分で自分に対する発言を待った。
- 591 名前:傷の色、傷の翼 〜human 投稿日:2007/06/06(水) 21:59
-
――…そして待つこと5分。
「なるほど、だいたいの事情は把握した」
「そういえばいしかーさんも来るんじゃなかったんですか?」
「なんか仕事があって時間が取れないんだって」
さて。
誰かから出てきた言葉と同時にようやく私のほうへと向き直る3人。
話し合いの真っ只中、私は1人で黙々とご飯を食べ続けていた。
「あっ、もお流動食じゃなくなったんだ」
「ガキさんは元々健康だったからですよ」
「じゃあいつ頃退院?良かったらさぁ、退院祝いにこれ行かない?」
と、吉澤さんが見せたのは四方形の紙が1枚。
何かの招待券だったようで、そこには色とりどりに書かれた建物の絵が描かれている。
愛ちゃんは素直に喜んでいたものの、私は一瞬それが何なのか分からなかった。
「あっ、前言ってた遊園地のですか?」
「そう、偶然知り合いの子が行けなくなっちゃって、成り行きでって事」
「でも私…腕が」
「大丈夫だって、絶叫マシーンは絶対乗らない、ってか乗る気ない」
「あっ、でもこれ6名って書いてありますよ?」
- 592 名前:傷の色、傷の翼 〜human 投稿日:2007/06/06(水) 22:00
-
ふと、その愛ちゃんの呟きで吉澤さんは紙を凝視。
どうやら本当のようで、吉澤さんはやってしまったという表情と頭を掻く動作をする。
この空間に入るのは3人、つまりあと3人は誘う事が出来る。
そしてその3人を誰にしようか。
3人は呻きながら頭の脳裏に掠めている人物達を探る。
「あ」と。
吉澤さんと愛ちゃんの呟きが重なった。
遊園地というキーワードが一番似合いそうな人物が見つかったのだろうか。
私は首を傾げた。
だが近い将来、私はその人物達と対面することとなる。
- 593 名前:傷の色、傷の翼 〜human 投稿日:2007/06/06(水) 22:00
-
******
- 594 名前:傷の色、傷の翼 〜human 投稿日:2007/06/06(水) 22:00
-
夕方。
吉澤さんは小一時間前に帰ってしまい
愛ちゃんも家の用事があるからと数十分前に帰ってしまった。
ベットに横たわる私は、窓から見える夕日を見つめている。
もうすぐしたら検査の為に看護師が来るはずだ。
ほぼ一定の時間にやってくる事はこの入院期間で随分把握出来るようになった。
誰も居なくなると、色々な気持ちが膨れ上がってくる。
1人だという空間がそうさせるのか、私は虚ろな両目で空を見据える。
事故から幾度と考えるたびに感じる疑念。
記憶の中には無い。だけど思ってならない。
私は本当に…事故だったのかと。
他の何かだったという確証は無い。
ふと思うのは愛ちゃんの表情と私の記憶障害。
そして軽自動車に跳ねられて片腕だけというのがそもそも不思議でならない。
それほど自分の身体に自信があるという訳でも無い。
自分の身体を鏡で見ても一目瞭然だった。
- 595 名前:傷の色、傷の翼 〜human 投稿日:2007/06/06(水) 22:01
-
――だったら何なのか、と。
記憶が消えてしまった。
だけどそれは"悪い事がありすぎての症状"。
そして、どうして私は交通事故に遭ってしまったのか。
どうして怪我が無いのか。
ギシリ。
ベットの軋む音が辺りに響く。
腕に付けられた点滴のパックをぶら下げた棒を押して、私は鏡の前に立ち上がる。
青い縞模様のパジャマ姿。
片手で1つずつボタンを取り、上着のみを脱いだ。
包帯を巻かれた上の途中でパジャマの袖は止まってしまったが、それだけで十分だった。
どこにも外傷は見当たらない。
確かに無かった。
露になる肌には、傷、かさぶた1つ無く、健康の肌を保ち続けている。
そう…掠り1つ無いのだ。
- 596 名前:傷の色、傷の翼 〜human 投稿日:2007/06/06(水) 22:02
-
おかしい。
どこかに痕となっていてもおかしくないはずなのに、それが全く見当たらない。
事故で跳ねられた反動で傷が付いても良いはずだとも思ってしまう。
――そして…見てしまったのだ。
ゆっくりと背中を向けた瞬間、まるで抉り取られたかのような雷型の傷が1つ。
背骨に沿って左側に、それはまるで何かを?ぎ取った跡のような。
ただ、妙にそれが安心できるような気がして、私は急いでパジャマを着直す。
――怖いはずなのに、私は喜びを感じていた。
見てはいけないような痕。
そんな事を思いながらベットに戻ると、丁度看護師の人が器具を持って入ってきた。
鳴り止まない心臓。
検査の結果、異常な血圧の高さで何度も再検査する始末。
ただ、目撃してしまった自分の身体の傷に。
私は、何か大事なことを忘れているような気がしてならなかった。
- 597 名前:傷の色、傷の翼 〜human 投稿日:2007/06/06(水) 22:02
-
******
- 598 名前:- 投稿日:2007/06/06(水) 22:02
-
- 599 名前:- 投稿日:2007/06/06(水) 22:02
-
- 600 名前:名無し亀さん 投稿日:2007/06/06(水) 22:09
- 以上です。
>>576 名無飼育さん
続きますが、今のところ最後には...という感じです^^;
今後ともお付き合いください。
今回の件がありましたがあの人は出ます。出演させます。
そして自分の中にあるイメージも変えません(マテ
完結を目指して頑張らせて頂きます。
- 601 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/06/07(木) 02:47
- 更新ありがとうございます。
あの人は勿論作者さんのイメージで
完結まで突っ走って下さい。
- 602 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/06/07(木) 10:23
- 頑張ってくださいね。応援します。
- 603 名前:傷の色、傷の翼 〜human world〜 投稿日:2007/06/22(金) 01:54
-
******
- 604 名前:傷の色、傷の翼 〜human world〜 投稿日:2007/06/22(金) 01:56
-
数日後。
私は初めて外への外出許可を貰った。
ただし1人で。
私が持っていたらしい携帯から愛ちゃんの方へと連絡を入れると
「今日は学校やざ」と残念そうに呟いていた。
今年で愛ちゃんは音大の4年生だという。
ほぼ歌を中心にしているらしく、何度か口ずさむ程度の歌を
本人から聞かされた事があった。
宝塚の話も暇さえあれば話をしてくれるが、やはり愛ちゃんは
話をまとめるのが上手くないのか、何度か同じ場面を言っていた事もざら。
ただ本人は満足した表情で達成感を覚えているらしいけど。
同時に、どれほど歌が好きなのだという情熱は分からなくもなかった。
腐れ縁よりも歌が上回るのも当然だとも。
- 605 名前:傷の色、傷の翼 〜human world〜 投稿日:2007/06/22(金) 01:57
-
点滴も外され、私はスリッパを履いて廊下へと外出する。
壁に施された取っ手を掴みながら動かしていなかった足をゆっくりと前へ。
三角巾をする腕をあまり揺らさないように。
エレベーターの「↓」のボタンを押し、ドアが機会音を鳴らして開く。
と、そこには見覚えのあるスラリとした女性が1人。
「よっ、ガキさん」
「よし…ざわさん?」
ピッと手を掲げ、私の視線に現れたのは吉澤ひとみ。
数日前に会ったばかりだったが、突然の来訪は驚いた。
私がエレベーターに入る事に気付いたのか、エスコートするように
手で中へと促し、「1」のボタンを押した。
妙な浮遊感のある空間の中、チラリと吉澤さんの後姿を見る。
私よりも10センチは違うであろうその身長。
カッコイイというのが第一印象だったものの、どこか影のある様な。
ふと、私は聞いていた。
- 606 名前:傷の色、傷の翼 〜human world〜 投稿日:2007/06/22(金) 01:57
-
「今日はどうしたんですか?」
「ん?うん、なんかガキさんと話したくなってさ」
「そう、ですか」
「迷惑だった?」
「えっ、や、私は全然大丈夫ですけど」
手を振るって私はそうじゃないという合図を送る。
クックと。
吉澤さんは笑みを含んだ声を漏らし始めた。
私は首を傾げ、その意図を聞こうとする。
「何ですか?」
「や、ごめん…リアクションはガキさんだなぁって」
「…そんなに違和感ありました?」
「まぁ、前はホントにガキさん?って感じだったけど」
今ではすっかりだなって。
ポーンと、エレベーターの到着音が響いた。
ドアが開くと、吉澤さんは私を先に促す。
平日だからだろうか、人はまだらで妙な静けさが漂う。
- 607 名前:傷の色、傷の翼 〜human world〜 投稿日:2007/06/22(金) 01:58
-
私はフラフラとする身体を壁伝いに進んでいく。
動くことがあまり無かったことで完全に鈍っている。
そんな姿を見かねてか。
「ガキさん、車椅子持って来ようか?」
「平気です、自分の身体で歩かないと」
「リハビリってやつ?努力家だねぇ」
「あと…退院の目処も付きそうなんで」
そういうと、吉澤さんの表情が明るくなった。
まるで自分の事のように「おぉーっ」と小さく拍手をする。
「マジで?やったじゃん、ガキさん」
「ありがとうございます」
「昏睡状態が続いてたのにも関わらず3週間で退院、か。
ガキさん意外と丈夫なんだな」
ピタリ。
身体の動きを止め、私は数日前の出来事を思い出す。
外傷の無い身体。
背中にある大きな雷型の傷。
私は口の中でその言葉達を転がしていた。
吉澤さんには…言っても良いだろうか?
- 608 名前:傷の色、傷の翼 〜human world〜 投稿日:2007/06/22(金) 01:59
-
愛ちゃんにも知られていないこの事実。
今は誰もいない。
私と、吉澤さんだけ。
「ガキさん、どうした?」
吉澤さんの言葉で私は動きを再開した。
言えるわけが無い。
どうしてか、その傷の事を言うのは躊躇した。
何かが私の中で引っかかっているようで。
記憶の無い自分に対して、嫌に不快を感じた。
外は暖かくもあれば寒くもあった。
春の残風と梅雨の始まりを表しているかのように。
病室から持ってきた上着で身体を覆うと、近くにベンチを見つけた。
それに座ると、吉澤さんも隣に腰を降ろす。
ザワザワと、木々の騒ぎが静かに空間を覆っていく。
真っ青な空の下で、私は小さくため息を吐いた。
「なんだよ、ため息なんてついちゃって」
「…なんだかいろいろと考えてしまって」
「あぁ、そうか、そうだよな」
- 609 名前:傷の色、傷の翼 〜human world〜 投稿日:2007/06/22(金) 01:59
-
吉澤さんも私と同じく空を見上げている。
その横顔が妙に寂しそうだったのは、私の気のせいだろうか。
本人は無意識のものだったかもしれない。
頬を指で掻くと、戸惑うように口を開いた。
「ガキさんってさ、その…記憶無いんだよな?」
「…はい」
「辛い?」
辛い。
どうだろう。
あまり考えなかったけど、私は記憶が無くなって良かったと思った。
だけど徐々に何かを考えるたびに記憶が戻って欲しいと思うときがある。
矛盾。
だが感情としては、辛いとか、苦しいとは思ってない。
それは、まだ現実味が無いからだろうか?
「分からないんです」
「まぁ、高橋がいろいろと話してくれてるだろ?徐々にでもいいじゃん」
「はぁ…」
「何?まだ何かあんの?」
「…愛ちゃんって、私の友達、なんですよね?」
「んん?」
- 610 名前:傷の色、傷の翼 〜human world〜 投稿日:2007/06/22(金) 02:00
-
高橋愛。
以前の私を多く知っている人物であり、誰よりも分かっている女性。
だけど私にはその認識が全くといって良いほど消えてしまっている。
この人が本当の事を話しているのかさえも。
嘘を言うような人では無いって事は分かる。
今までの話は確かに存在していたであろう私の記憶の中にも
保存されていた過去ばかりだったはず。
だから疑問を持つ点はそこじゃない。
嘘をつけない人。
だから、まだ聞いていない事が山ほどある。
私が根本的な所を突けば、必ず愛ちゃんは寂しそうな表情をした。
それが…私の胸を締め付ける。
「やっぱり、実感が無いとか?」
「愛ちゃんの中にはある記憶が、私の中に入ってないっていうのが…」
「"友達"っていうのを認識する方が難しい、か」
- 611 名前:傷の色、傷の翼 〜human 投稿日:2007/06/22(金) 02:04
-
ふむ。
吉澤さんは顎に手を添えて考える姿勢をとった。
私の記憶の中で欠けてしまっている"過去の高橋愛"。
本人に聞くとしても、多分何らかの形で話を逸らすはずだから。
「吉澤さんは、愛ちゃんとはバイト先で知り合ったんですよね?」
視線を向ける。
その両目に吉澤さんは何を思ったのか。
だけど私の心の底が見えたのだろうか。
小さく、ほんの小さく鼻で息を吐くと、頭を掻く動作をした。
「…あたしも詳しくないよ、というか、あたしが知ってる範囲より
ガキさんの方が本人から聞いてるんだから多いと思うよ?」
高橋愛。今年成人を迎え、出身は福井。
その地方独特の訛りが抜けない幼い頃に、彼女は東京の方へと出てきた。
詳しくは不明なものの、中学3年という事もあったが彼女はすぐに
バイトを始めることとなった。
父方の祖母のところに居候する事になった事での配慮。
- 612 名前:傷の色、傷の翼 〜human world〜 投稿日:2007/06/22(金) 02:08
-
それが吉澤さんと同じ飲食店店員。
そのお店の間に幾度と無く「未成年」だからと断られて来ていたらしい。
そして情に流され易い当時の店長が高校1年という事にして雇われることとなった。
だがどうみても店長がその身長と愛らしさに一目惚れしたような感じだったが。
「と、まぁこれくらい。
あとは良く働いてくれるけど他の店員の子よりはちょっとボケっとしてるかな」
「…それだけですか?」
「あたしと高橋の関係は店長と店員、そりゃプライベートでもよく会ってたりするけど
過去を掘り返すのは嫌な奴がすることだよ、OK?」
「…すみません」
「ま、私なんて弱みを握る、握られるなんて日常茶飯事だから」
「……」
「引かない引かない」
「……吉澤さんと会ったときはもう私は居たんですか?」
「もちろん、トーゼンでしょ」
お店で働くようになってからというもの、私は学校の友人と共に立ち寄っていたらしい。
愛ちゃんと会話を交わしたり、ご飯を食べたり。
吉澤さんにも友人の2人を自己紹介したこともあったようで、上級生ながら交流関係は深かった。
その友好経路は全くの不明。
ただ今、その友人の1人は留学、1人は大学生としてそれぞれ道を歩んでいるらしい。
病院にも最近まで何度か立ち寄ってくれたようだ。
- 613 名前:傷の色、傷の翼 〜human world〜 投稿日:2007/06/22(金) 02:10
-
「今では高橋も一人暮らしで、皆立派に成長したねぇ、お母さんは嬉しいよ」
「お母さんじゃないですよね?」
「おっ、ミキティよりも0.03秒早かったよ、自己記録更新?」
「ミキティ…?」
「ん?あぁ、知らないんだよな」
藤本美貴。
吉澤さんのお店を一緒に手伝ってくれている副店長的存在。
高校を卒業の機に上京し、近くのマンションを借りて仕事をしている。
とあるフットサルチームに所属していた時に知り合い、前の店長にお店を
任される事に決まったときにただ1人、協力をしてくれた恩人のような人物である。
愛ちゃんよりは少し後に入ったものの、その働きぶりは当時の店長にとって
頼りがいのある人材ということで大変喜んでいた。
同じく吉澤さんも。
愛ちゃんが以前言っていた「美貴ちゃん」という人とは同一人物らしい。
「こっちも過去は知らない、というか聞こうとしたら包丁が宙を舞うよ、絶対」
「…なんだか、あまり知らないんですね」
「ん?」
- 614 名前:傷の色、傷の翼 〜human world〜 投稿日:2007/06/22(金) 02:11
-
少し、気が抜けたように身体は背もたれに預けられる。
すでに5年以上は経っているであろうその友好関係。
なのにこの吉澤さんは、根本的なところを全く知らないで居た。
私が不貞腐れた様に言うと、吉澤さんは空を見上げる。
少し、気が抜けたように身体は背もたれに預けられる。
すでに5年以上は経っているであろうその友好関係。
なのにこの吉澤さんは、根本的なところを全く知らないで居た。
私が不貞腐れた様に言うと、吉澤さんは空を見上げる。
「いいじゃん、そんな中身まで探るなんて真似はタブーだし」
「そうですけど…知りたいとは思いませんか?」
「んー…正直に言えばあんまり」
私の問いをあっさりと返してしまった吉澤さん。
首を傾げている事に気付くと、組んでいた足をダラリと地面に置いて
どこから出してきたのか、飴を2つ取り出し、1つを私に促した。
渋々1つを取ると、もう片方の包まれた紙を取り外し、口に放り込んだ。
「…記憶なんてさ、たとえ自分のだとしても全てを理解しない方がいいと思う。
それにダレかの過去を知ったところでダレかを理解するコトなんて出来ないよ。
過去をいくらでも引き摺って行けば、それはこの先の重荷になるかもしれない」
「でも、こんな曖昧な世界…まるで贋物のようにしか思えない私が居るんです」
「じゃあチャンスだと思えば良い」
- 615 名前:傷の色、傷の翼 〜human world〜 投稿日:2007/06/22(金) 02:12
-
今の自分を、今の記憶障害をチャンスだと思う。
最小限の事はあたし達が教えてあげるし、この先、その曖昧な世界が鮮明に
見えてくることがあるかもしれない。
可能性はある。
だからこれはチャンスなんだ。
過去の自分が今の自分に与えた、チャンス。
チャンスとしての価値があるから、今ガキさんはその価値に値する人間だから。
そのチャンスが与えられたんだ。
「前向きに…って事ですかね」
「ウジウジ考えてる姿なんて似合わないよ」
「それは、前の私と比較して…ですか?」
「それもあるけどね、やっぱり、でも」
あたしは、今から始まるガキさんを見てみたいな。
吉澤さんは笑顔で、そう言った。
記憶が無くなってしまった"以前の自分"から抜け出そう。
そうすれば、きっとこの先には光が待ってる。
1人じゃないさ。
あたし達が居るから、頑張ってみないか?
- 616 名前:傷の色、傷の翼 〜human world〜 投稿日:2007/06/22(金) 02:21
-
虚ろな世界が、少しだけ鮮明に映ったような気がした。
同時に、またグニャリと視界が歪む。
ポロポロと…涙が溢れてきた。
頭を撫でてくれた吉澤さんは、肩を寄せて「泣かない、泣かない」と慰める。
揺さぶられて骨折した腕に響いたものの、溢れ出る感情によって
それは流れてしまったように感じた。
不安だった。
自分1人だけが記憶の無い荒野の中で立ち尽くしていた。
どこに行けば良いのか。
どこへ行けば良いのか全く分からずに、道さえも見つけられなった。
そこへ、水が流れてきた。
その水は荒野の渇きを潤し、一筋の道を作る。
ようやく、スタート地点が見えたのだ。
- 617 名前:傷の色、傷の翼 〜human 投稿日:2007/06/22(金) 02:24
-
そう、スタート地点。
これから私は、その荒野を歩き続ける。
自分の本来存在していた場所に帰る為に。
疲れても、その水が渇きを潤してくれる。
そしてその先の道さえも歩き進めるように。
空はいつまでも青色のキャンパスで塗りつぶされている。
ただ、そこには真っ白な世界もいくつか存在していた。
それを、私はどこかで見たような錯覚を感じたものの、溢れていく感情の中で
それすらも滲んでしまった。
それから間もなく、私は退院し、両親の元へと帰ることとなる。
だが記憶はまだ戻らない。
そして背中の傷が頭から消えることは無かった。
- 618 名前:- 投稿日:2007/06/22(金) 02:25
-
- 619 名前:- 投稿日:2007/06/22(金) 02:25
-
- 620 名前:名無し亀さん 投稿日:2007/06/22(金) 02:38
- >>601 :名無飼育さん様
ありがとうございます。
少しグダグダな面も多々あるかと思いますが
お付き合いくださると作者は泣いて喜びます(泣笑)
>>602 :名無飼育さん様
ありがとうございます。
なんとか完結を目指して頑張りたいと思います。
コンコンが復帰したみたいですね。
もしかしたら登場させるかもしれません(笑)
- 621 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/06/23(土) 03:13
- 更新お疲れ様です。地上の展開も面白そうですね、期待大です。
- 622 名前:傷の色、傷の翼 〜human world〜 投稿日:2007/06/28(木) 14:20
-
*******
- 623 名前:傷の色、傷の翼 〜human world〜 投稿日:2007/06/28(木) 14:23
-
週に1度の検査によってついに腕の包帯が取れる事になった。
骨折といっても専門で担当医の人が目を丸くするほどの軽症。
多少の傷痕は残るものの、ほぼヒビは完治していた。
その事を言うと、悪魔の囁きが耳に木霊したのだ。
「少し激しい乗り物でも大丈夫ですよね?」
"少し"という言葉をどうとらえたのか、車や電車を連想したのか。
担当医は「大丈夫だと思うよ」とゆっくりと言った言葉で表した。
だいたい50、60代の男性だ。
小太りの体型に相応しいほどの顎に生えるヒゲ。
顔に皴を作り、メガネの中に浮かぶ笑顔でそう言われると本当は胸を撫で下ろすのだが。
私の後ろで笑顔を返している人物に恐怖を感じていた。
病院を後にし、隣でルンルン気分で歩く人物を見据えた。
気付いたのか、私の顔を見て首を傾げる。
- 624 名前:傷の色、傷の翼 〜human 投稿日:2007/06/28(木) 14:28
-
「どうしたのさ?完治したのに浮かない顔で」
「ジェットコースターは乗らない約束でしたよね?」
「あれ、バレてた?」
「少し、じゃあ済みませんって、絶対っ」
「あ、でも前のガキさんは無茶苦茶大好き過ぎたけどなぁ」
嘘だ。
絶対嘘に決まっている。
いくら記憶が無いからと言って絶叫マシーンが好きだなんて在り得ない。
その証拠に腕の肌にいくつもイボが浮かんでいた。
吉澤さんの表情は誰が見ても分かるほどに笑顔だ。
100%が付くほどの満面。
この時、約束していた遊園地に行く3日前。
まだ完治していなければ先延ばしされる予定だったけど…。
しかも今日に限って愛ちゃんは学校の講習でおらず。
変わりと言って送り込んできたのが吉澤さんだった。
ほぼお店は副店長にまかせっきりのようだけど…後々が怖そうな気がする。
1度愛ちゃんに写メを見せてもらったが、その1場面は私の中に戦慄を覚えさせるには十分だった。
焼肉争奪戦。
そうタイトルに記入されているが、ほぼ野獣と野獣が餌を取り合う姿に似ている。
「あげようか?」と言われたが即断った。
あんな写真を待ち受けにした日には私が食べられる。
冗談だと思われそうなことでも現実に錯覚するのだから小型爆弾とまで思ってしまうほどだ。
- 625 名前:傷の色、傷の翼 〜human 投稿日:2007/06/28(木) 14:29
-
「根はいい人やよ、今は外見では見分けつかん人がおって困るわぁ」
フォローしているのか貶しているのか…。
真意は分からないものの、これを撮った愛ちゃんも凄いかもしれない。
何度も言うけど一歩間違えればこちらが食われてしまいそうな勢いだよ。
それともそこまで焼肉に専念していたのか。
それはそれで危険人物ランクSSだな。
「あ、ガキさん、良かったらうち来る?」
「へっ?」
「あたしが働いてるお店」
まだ紹介して無い子が居るから。
そう言う吉澤さんに、私は断る理由が見つからなかった。
家に帰っても両親は共働きで、私に紹介したいという事は"以前の私"が
知り合い、もしくは慕っている人物という事で。
私は頷くと、吉澤さんは「じゃあ言うね」と、携帯電話を取り出す。
歩行しながらの通話。
私はそれを隣で盗み聞きしながら空を見上げた。
歩くたびに浮かんだ雲達が流れていく。
飛べる事が出来たのなら、さぞかし気持ちが良いだろうな。
そんな事を思いながら、吉澤さんの声が少し焦って来ていた。
- 626 名前:傷の色、傷の翼 〜human 投稿日:2007/06/28(木) 14:29
-
「他にシフト代われる子って居ないの?」
『それが今日に限ってダメだって…ねぇ、よっちゃんすぐ帰ってきてよ』
「困ったなぁ…あ、小春は?」
『まだ中学生じゃん』
「大丈夫だって、アイツ身長高いし、それに3年だからバレないよ」
『はぁ…どうなっても知らないよ?』
ぷつん。
携帯をポケットにしまうと少し頭を抱える吉澤さん。
私が首を傾げて様子を伺っていると、その表情は苦笑いへと変わる。
「あ、ごめんね、実はさぁ、なんだか店がごたついてるみたいで」
「はぁ…」
「あんまり話出来ないかもしれないけど、まぁ寄ってみてよ」
そう言って吉澤さんの速度が急に速まったような気がした。
病院までの道のりは約数十キロ。
時間に直すと20分ほどで行けるが、吉澤さんは何も徒歩で来たわけではない。
病院の敷地内に作られた駐車場に、前店長から貰ったという黒い乗用車があった。
それほど年季は入っていないように見えたものの
助手席のドアの下部に傷が付いていたのでどこか不安を覚える私。
- 627 名前:傷の色、傷の翼 〜human 投稿日:2007/06/28(木) 14:30
-
「助手席でも後部座席でもどっちでも良いよ」
「あの、この傷って…」
「ん?あぁ、前の店長が車庫に入れようとして
ハンドルの切る方向を間違えてズドンってなった時の」
「へ、へぇー、そうなんですか」
「ちなみにその後道路に飛び出して事故起こしそうになってさ」
危うくタイホされかけた事もあったかな。
あまり冗談に聞こえない話をしながら吉澤さんは運転席に乗り込んだ。
脅されて気が気じゃない私が後部座席に乗り込んだのは当然だった。
- 628 名前:傷の色、傷の翼 〜human 投稿日:2007/06/28(木) 14:30
-
*******
- 629 名前:傷の色、傷の翼 〜human world〜 投稿日:2007/06/28(木) 18:39
-
風貌は洋。
だが両隣にある建造物が和だった事もあってか、妙な場違いのようで。
正午を過ぎているためか、見上げた直後、右斜めに傾いている太陽の日差しが
瞼に突き刺さり、私はそれを手で遮断した。
梅雨の季節が近い所為か、世界は妙な湿気を感じさせるものの、中に入ると
冷房の冷たい空気が覆い包んでいた。
お店の前に置いてあった看板に記された名前は「モーニング」
英語で書かれていて、どこか祥南行書体のような文字。
つまりここが、吉澤さんが経営しているという喫茶店だった。
自営業の為、タイトルもまたオリジナルなものの、とても親しみ易さがあるというのが第一印象。
大きさもそれほど膨大でもなく、従業員が交代制としても4、5人で足りそうなほどだった。
瞬間、私に冷房の風とはまた違う、飛行物体が飛び掛ってきた。
だがそれは私にではなく、隣に居た吉澤さんの顔面へ。
「ぶっ」という口から酸素が吐き出される音と、バシンと叩き付いた効果音が身近に響く。
それに気付いて私が振り返ったのが約数秒。
吉澤さんの顔に覆いつくす真っ白な物体を直視し、理解したのがその数秒後だった。
背後から声が聞こえる。
- 630 名前:傷の色、傷の翼 〜human 投稿日:2007/06/28(木) 18:40
-
「よっちゃん遅い」
冷淡にそう発言したのは女性。
客の人数も少なくない筈なのにこの公の場での行動。
それだけで私の身体が硬直するには十分だった。
ズンズンと私に向かって歩いてくる女性に対して本能的に恐怖を感じたものの
隣に居た吉澤さんの腕を引っ掴み、カウンターの裏へと早々と去っていった。
ポカーンとする私はその場に突っ立って居ること数分後。
先ほどの女性とは違い、笑顔を浮かべた女の子に促されてボックス席へと座るまで
私の困惑は収まることが無かった。
- 631 名前:傷の色、傷の翼 〜human 投稿日:2007/06/28(木) 18:40
-
******
- 632 名前:傷の色、傷の翼 〜human 投稿日:2007/06/28(木) 18:55
-
その数分後。
私の目の前には先ほどの外出用の服装とは違い
ウェイターの制服に身を包んだ吉澤さんが席を付いた。
男性用のなのか、その姿が長身な体型を凛々しい雰囲気へと変化させる。
その後にやってきたのは先ほど私を席に促した女の子。
こっちは女性用の制服らしく、体型が小さい事で幼さを感じさせた。
お盆に載せたお冷をテーブルに置き、笑顔で挨拶をする。
「飲み物は何にしましょう?」
「え、えーと…」
「何でも頼んでも良いよ」
「ヨシザワさん、またフジモトさんに怒られてましたね」
「いつもの事だよ、小春はあんな風になっちゃだめだぞ」
「はぁーい」
…というかほぼ親子の会話にしか聞こえない。
何にするのか決まり、私が言うと、女の子はまた笑顔を浮かべて
「少々お待ちください」と元気良く走って行った。
大人のようにも見えるけど、どこか子供っぽさのある姿。
まるであの訛り溢れる友達を思い出し、少し頬が歪む。
それを見ていた私に吉澤さんがこう言った。
- 633 名前:傷の色、傷の翼 〜human world〜 投稿日:2007/06/28(木) 18:58
-
「あの子、中学生だよ」
「へっ!?…そうなんですか?」
「おー、なんだか最近大人びてきてね
ミキティに懐いてるからその影響を受けちゃってるのかもね」
「…ちょっと怖いですね」
先ほどの冷酷冷淡な表情と態度を示した女性が藤本美貴さん
だとしたら、あの行動も納得のいくものがある。
私の言葉で笑う吉澤さん。
という事は私の思い浮かんだ人物は中学生並み、という事だろうか。
後、バイトというのは中学生はダメだったような…。
お冷を片手で持ち、中身を傾けると「さてと」という呟きと共に席を立った。
「それじゃあ、お店が一通り落ち着いたら従業員の方を教えるから
ご飯でも食べてのんびりしててよ」
「はぁ…」
じゃあね。
そう言い残して、吉澤さんは他の客の注文を取りに行った。
常連客なのか知り合いなのか。
ほとんどの人は吉澤さんと親しく会話を交わしている。
カラン、というコップの中の氷を鳴らしながら傾け、私はその姿を
両目を流すように追った。
- 634 名前:傷の色、傷の翼 〜human 投稿日:2007/06/28(木) 18:58
-
先ほどの女の子にメニューの料理の事で話していたり。
食べ終えた後のお皿を片付けたり。
会計をして、笑顔を振りまいていたり。
それが次第に、愛ちゃんの姿へと変わっていく。
愛ちゃんが働く喫茶店。
あぁいう風に、彼女も楽しく働いているのだろうか。
いつかその本当の姿が見れるかもしれないので、少し楽しみになる。
喫茶店の雰囲気も中々良く、店長の吉澤さんがあんな感じだからかな、と。
"以前の私"ももしかしたら感じていたであろうその気持ち。
今の私に、過去の場所で1番初めに来たのはここだった。
そう思うと、なんだか妙な気分になって来る。
「お待たせしましたぁ」
喫茶店の全体を見回っていると、先ほどの女の子がお盆に
料理を乗せて運んできてくれた。
頼んだものは「明太子スパゲッティ」
テーブルに乗せられた明太子と調味料の匂いが鼻を刺激する。
お腹が早く食わせてくれと言わんばかりに空腹感を訴えた。
- 635 名前:傷の色、傷の翼 〜human 投稿日:2007/06/28(木) 19:01
-
「ありがとう、えっと…久住…さん?」
「小春で良いですよ、新垣さん」
「あれ?私名前…」
「吉澤さんから聞いたんですっ」
「あ…なるほど、ね」
名札から名前を取り出してみたものの、逆に言い返されてしまって
半ば恥虐的になる私。
笑顔を浮かべて「ごゆっくり」と挨拶をされてお辞儀をしてしまう私って
意外と小心者かも、なんてことを考えてへこむ始末。
仕方が無く、私はフォークを片手にスパゲッティをクルクルと絡ませる。
口に運ぼうとした途端、大きく開いたドアの開放音によって動作が止まった。
「すみませんっ、遅れちゃいましたぁ〜っ」
かなりブリブリした声調と共に申し訳なさそうな言葉が妙に説得力に欠ける。
表情はハの字に歪んだ眉と共に特徴的なホクロが口の動きによって上下する。
息を荒くして今にも倒れそうなその身体はどこか運動をしてなさそうな雰囲気が漂う。
「シゲさん、10分遅刻〜っ」
「で、でもさゆみ今日非番だったんですよ?」
「あぁ〜ごめんね、急に他の子がダメになっちゃってさ
空いてたのシゲさんしか居なくて、小春を出動させるまでピンチだから」
「道重さん、おはようございます♪」
「や、もぉお昼過ぎだから」
- 636 名前:傷の色、傷の翼 〜human 投稿日:2007/06/28(木) 19:16
-
私はカウンターの方に視線を向けた。
そこには店長、副店長、店員総動員して1人の女の子に駆け寄っていた。
肩まであるロングウェーブを後ろから纏め、ピンクのリボンが付いている
カチューシャを着用していた。
小春という女の子とは違い、どこかのお嬢様のような容姿だ。
「っていうか、よっちゃんもシゲさんも、裏口から入ってきてって言ってるでしょ?」
「す、すみません、急いでて…」
「まぁまぁ、ミキティもカッカしないの、ほら、シゲさん着替えてきて」
「は、はいっ」
「小春はお客様の注文を聞いてきて」
「はぁ〜い」
吉澤さんは2人に淡々と仕事を与えると、藤本さんと共に厨房の方へと入った。
店長としては素質があるんだな、と。
思いながら口に運んだスパゲッティの味がこの上なく美味しかった事がお店の第二印象。
この味に惚れ込んだ人物がここの店員になっていると知ったのは後の自己紹介でのこと。
そしてその人物がこの後に続く出来事のキーマンになるのはもう少し先。
- 637 名前:- 投稿日:2007/06/28(木) 19:16
-
- 638 名前:- 投稿日:2007/06/28(木) 19:16
-
- 639 名前:名無し亀さん 投稿日:2007/06/28(木) 19:26
- どうも文章の繋がりが悪くなってきましたorz
さぁ、この後無事に完結までたどり着くのでしょうか(苦笑)
>621 :名無飼育さん様
有難うございます。
そうですね…ネタバレになりそうなので冷や汗ですが
あっちとの繋がりはまだあります。
- 640 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/03(火) 15:51
- さすがこのメンバーだとバタバタしてるなーw
でもこれからのシリアスガキさんとか吉澤さんとかにも期待してます
- 641 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/21(土) 13:08
- シリアス垣さんの続き待ってます。
- 642 名前:傷の色、傷の翼 〜human world〜 投稿日:2007/08/07(火) 04:13
-
この「モーニング」の営業時間は夕方6時まで。
朝8時からだから、労働基準法に成り立っている。
10時間以上の労働は禁止、という奴だ。
だが同時にここでは社員は雇わず、ほとんどがバイトという事ではあるけど。
「まぁ、愛ちゃんが講習のときは仕方が無いけどさぁ」
「そうそう、お願いしたら受ける、あたしって健気だよねぇ」
「だったらこっちのお願いもちゃんと聞いて欲しいし」
「ミキティだって、入院してたこと言わなかったジャン」
「言う前によっちゃん病院行ってたし」
「おかわりどうですか?」
「あ、ありがと」
「道重さん、そこの飴とってくださぁい」
「小春、あんまり飴ばっかり食べると虫歯になるぞ」
「梅干味なんで大丈夫ですっ」
「いや、飴なのは変わんないし」
今日1日の労働が終わり、カウンターには私含めて5人が談笑。
といっても、厨房の方では副店長が店長に愚痴を言い。
隣に座る店員二人組みは私にホットミクルのおかわりや飴をねだるなど。
- 643 名前:傷の色、傷の翼 〜human world〜 投稿日:2007/08/07(火) 04:15
-
…この中にあの人が加入するとなるとヤバそうだ。
そう胸中の中で思いつつ、私はカップを傾ける。
すると店長から声が飛んだ。
「はい、ちょっと材料の余りで作ったんだけどつまんで」
「うわぁ、海鮮だぁ♪」
「コラ、口に入った飴を先に食べな」
「はぁ〜い」
店長もとい、吉澤さんとまるで親子のような言葉を交わすのは
現在中学3年生という女の子、久住小春ちゃん。
吉澤さんとは遠縁らしく、中学を入ると同時にこのお店へと住む事になった。
出身は新潟の山村で、ここには今年で2年の歳月が流れた。
こちらに来た理由は分からない。
(吉澤さんも二言でOKしてしまったのだから当然だが)
家族と喧嘩をしたという訳でもなく、地元が嫌になった訳でもない。
私立の学校へと通っていたものの、それを中退し、都内の方へと転入した。
何にせよ、今ではその生活が楽しいようで、お店の方もだいぶ慣れた
と喜んで語ってくれた。
ただまだ年が年のようで、吉澤さんなどによく甘えている姿が見られる。
- 644 名前:傷の色、傷の翼 〜human world〜 投稿日:2007/08/07(火) 04:17
-
「あれ?ここにあった胡椒知らない?」
「今日使っちゃったよ」
「えーっ、それ無いと味付け出来ないんだけどぉ」
「あ、でもさゆみのお母さんはそれに醤油を入れると良いって言ってました」
「胡椒の方が風味が出るんだってぇ」
副店長、もとい藤本さんにアドバイスをするも言い返されて
あまり怒ったように感じない、というか逆に笑顔なのは今年高校3年の道重さゆみちゃん。
吉澤さん達からは「シゲさん」という愛称で呼ばれているそうで
私に対しては「さゆみんって呼んでください♪」と満面の笑顔で訴えた人物。
(こっぱずかしいという事で「さゆ」と呼ぶ事にした)
記憶障害のことは以前から知らされていた。
吉澤さんを通して事情をすでに聞いていたようで、深く掘り返すことも無かった。
私としてはありがたい事で、普通に接してくれるのが嬉しかったりもする。
この「モーニングコーヒー」には藤本さんの紹介で。
偶然今日のような店員不足だった時に強制出動をしてみると
意外と出際もよく、吉澤さんの採用の元(半ば藤本さんの強制採用)
ここで働く事になったらしい。
- 645 名前:傷の色、傷の翼 〜human 投稿日:2007/08/07(火) 04:18
-
ちなみに出身は山口。
ここへはお母さんとお姉さんの3人で上京を果たしたのだとか。
「ほら、ガキさんも食べて食べて」
「や、私さっき食べたので…」
「大丈夫、カロリーも無いし、それほど満腹感も無いから」
「あ、さっき明太子スパゲッティ食べてましたよね、あれチョー美味しいですよねっ」
「へっ?あ、うん」
「あれ、シゲさんのアイディア」
美味しいと本人からの要望でメニューに出すようになったのだとか。
味付けの方は本人がいろいろと提案をしたものの、一番家庭的な味に仕上がった
ことで、今の料理が完成したという。
つまりまだまだ完成途中とのこと。
吉澤さんは苦笑いしながら語ってくれた。
さゆはいろいろと話をしてくれた。
明太子スパゲッティの素晴らしさはもちろんの事。
自分の事。
吉澤さんや藤本さんの事。
小春ちゃんの事。
たまに藤本さんや吉澤さんに突っ込まれることも多々あったり。
小春ちゃんに関しては「道重さ〜ん」と笑顔で受け止めていたり。
どこか…居心地の良さを感じていたりもしていて。
- 646 名前:傷の色、傷の翼 〜human 投稿日:2007/08/07(火) 04:20
-
なんだか、温かかった。
そうすると楽しい時間というのはすぐに経ってしまい。
さゆや藤本さんは帰宅時間へとなった事で帰る事になってしまった。
私も1度だけ家に連絡をしただけだったので、そろそろ、という形になり。
「あ、肝心なこと言ってなかった」
ふと、吉澤さんの事で全員が振り向く。
私も(半ば強制)後片付けを手分けしてし終え、帰る矢先の事。
「ガキさん、遊園地の件、この3人も連れて行くから」
「え、ミキも?」
「遊園地遊園地〜♪」
「確か明々後日ですよね?」
妙にテンションの高い2人をよそに渋い表情の藤本さん。
とりあえず余裕があるのがこの3人なんだよ、と。
皆も予定とか開けといてよ、お店の方も休業って事で。
と、吉澤さんは箒を片付けながら説明する。
日時は8時半に「モーニング」へ集合。
愛ちゃんの方にも連絡を入れておいて、と吉澤さん。
- 647 名前:傷の色、傷の翼 〜human world〜 投稿日:2007/08/07(火) 04:21
-
玄関の前まで見送ってくれた2人を背に、私たち3人は歩き出す。
空はすでに闇の中に溶け込み、夜のイルミネーションによって
オレンジや赤へと変色している。
都内からそう遠くない場所のため、それは仕方が無いのかもしれない。
「ミキさぁ、こっちに来てから星とかあんまり見てないんだよね」
「あ、さゆみもなんです、新垣さんはどうですか?」
「私も…あんまり無いかな」
記憶が無いためか、星というのを見た覚えが無い。
ただ全てが闇の空で、その中に光る微かな原石を見つける
事すらしなかったのだから、仕方が無いのかもしれないけど。
夜空を見上げ、私たちはその赤オレンジ色のキャンパスで微かな光を探していた。
特にスタートの合図も誰かが言ったという訳でもない。
だけど無意識のうちに探していて。
初めに声を上げたのは藤本さんだった。
「あ、あった」
「え、どこですかどこですか?」
「教えなぁーい」
「えーっ」
- 648 名前:傷の色、傷の翼 〜human 投稿日:2007/08/07(火) 04:22
-
教えてくださいよぉ。
さゆの問い掛けをアッサリと受け流し、藤本さんは笑って「やぁーだよっ」
とわざとらしく声を上げた。
実を言うと、私にも星は見つけていたりもする。
だけど、それは本当に微かにしか見えないもので、脆さを感じて。
自分の中で包み込むように、その星を眺めていた。
もしかしたら、その世界の中で私と同じ星を見ている人が居るのかな、と。
あまり現実の無いことを思い、意外とロマンチズムな自分に苦笑い。
と言ってもお隣に私以上のロマンチズムの持ち主が居るという事で
あえて口には出さず…。
「あ、じゃあミキこっちだから」
藤本さんと途中で別れ、さゆと2人になった。
「結局教えてもらえなかった…」と多少のイジけモードのまま。
結構Sな人なんだなぁ、と、苦笑いでそれを慰めてた。
「藤本さんって、ホントに自由なんですよ」
「さっきも言ってたね」
「でも、なんか良いですよね」
「ん?」
「藤本さんのそんなトコロが羨ましいなぁって」
- 649 名前:傷の色、傷の翼 〜human world〜 投稿日:2007/08/07(火) 14:01
-
自由。
例えば自分の言いたいことが言えて。
例えば笑いたいときに笑って。
例えば楽しいときは思いっきり楽しんで。
そんな意思を難なく出来る存在。
それが藤本美貴という人物。
そしてさゆは、その存在を憧れていると言った。
憧れ、か。
何だか微笑ましくなって、頭を撫でてみる。
首を傾げて私をみるさゆ。
「なんか、良いね」
「えっ?」
「自分の事をカワイイっていう事が分かる気がする」
「本当の事ですもん♪」
自分を自画自賛する彼女は、満面の笑顔を浮かべる。
"以前の私"も、こんな風に笑っていたのだろうか。
夜空に光る星はすでに見失い。
それでも微かな道を歩み始めている私。
- 650 名前:傷の色、傷の翼 〜human 投稿日:2007/08/07(火) 14:01
-
そんな私を、さゆみんは何を想ったのか。
そんな私を、吉澤さん達は何事も無いように。
こんな私を、羽毛のような温かいもので包んでくれた。
穏やかな風が髪を靡かせる。
闇の道を私は疑わずに歩いていた。
いつか光が見えることを知っていたから。
そう願っていたから。
この日々がいつまでの続いていくのだと、決して疑わずに。
- 651 名前:- 投稿日:2007/08/07(火) 14:03
-
- 652 名前:- 投稿日:2007/08/07(火) 14:03
-
- 653 名前:名無し亀さん 投稿日:2007/08/07(火) 14:06
- >>640 名無飼育さん様
人数も人数なので少しバタバタしてます(汗)
ご期待に添えれるか分かりませんが、見守ってやってください。
>>641 名無飼育さん様
遅くなりましてすみませんでした(汗)
最後には徐々に変化を見せていけば良いと思います。
- 654 名前:名無飼育さ 投稿日:2007/08/08(水) 02:24
- 更新お疲れ様です
毎回楽しませてもらってます^^
- 655 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/11(土) 01:08
- 更新お疲れさでます。
gakikameが熱い!亀ちゃんの再登場待ち遠しいなw
- 656 名前:傷の色、傷の翼 〜human world〜 投稿日:2007/08/23(木) 02:29
-
******
- 657 名前:傷の色、傷の翼 〜human world〜 投稿日:2007/08/23(木) 02:30
-
ピーピー トウルルルルルルルルルル…
変な音が耳の鼓膜を揺さぶる。
ガシャン、プシューなどといった奇怪な音さえもセカイを浸食していた。
心臓の鼓動が徐々に増加する上に吐く息さえも一定に外へと出される。
ハッハッハッハッハという自身の声が空間の中へと吸い込まれた。
来る。
一気に全身を駆け巡る目の前の恐怖。
付けられた器具の緩みが一層その黒いものを増幅させる。
来る。
来る。
恐怖が風となって全身を包み込み、それが強くなると頭が真っ白になった。
ギュッと。
隣に同じく器具で拘束された人物の手を固く握り締める。
何かに捕まっていないと心臓が張り裂けそうになる。
それほどの緊張と困惑と、恐怖。
- 658 名前:傷の色、傷の翼 〜human 投稿日:2007/08/23(木) 02:30
-
来る。来る。世界がどこまでも見渡せるほどのセカイ。
私を侵食しようと迫る。
すでに額や背中には嫌な汗が流れていた。
どう対処すれば良いのか分からず、今のこの現状が一刻も早く
終わって欲しいと願いながら、私はゆっくりと急降下するセカイを見つめた。
何で、何で私がこんな目にっ。
ここには居ない人物を頭の中に描きながら、私は憎悪で塗り潰した。
そうこうしている内に、徐々に態勢は地面の方へと下がる。
落ちる、堕ちる、おちる、オチル。
固く握られた拳にも力が入る。
ゆっくりと速度を上げる世界に絶叫が響き渡った。
うわーっ。
きゃーっ。
- 659 名前:傷の色、傷の翼 〜human world〜 投稿日:2007/08/23(木) 02:31
-
自身も悲鳴を上げているのは頭の断片で分かっていたものの
それが実際声として現れていたのかさえも不明。
隣の子の絶望にも似た悲鳴で聞こえないのか、それとも高速で駆け抜ける
世界の景色によって押し潰されているのか。
そんな事を冷静に考えていながらも身体は正直なもので
風圧と数え切れない数の映像、そして全身を揺さぶる振動が目を通して恐怖を感じさせていく。
そしてこの状況に陥った経緯が一瞬頭を過ぎらせた。
それは思い返せば数時間前だろうか。
- 660 名前:傷の色、傷の翼 〜human 投稿日:2007/08/23(木) 02:31
-
*******
- 661 名前:傷の色、傷の翼 〜human world〜 投稿日:2007/08/23(木) 02:33
-
吉澤さんの車へと乗り込んだ私たち4人。
ただ私と愛ちゃんは大変なミスを犯してしまった。
というか大半は愛ちゃんで。
超初歩的なミスの1つ、二度寝だった。
夜に電話をしたところ、愛ちゃんは私の家にへと泊まる事になったのだ。
以前藤本さんが「友達の家に泊まったほうが効率が良い」
と言っていたことを聞きつけて実践したのだろう。
ただこの人…人に起こされないと全く目を覚まさないという欠陥を隠し持っていた。
当然私は一人暮らしという事もあって、起こしてくれる人はいない。
ちゃんとセットした時計の方もうんともすんとも言わない。
いつもなら内蔵された鉄を鉄で振動させた忙しない音が出るはずなのだ。
その所為で約30分の遅刻と共に藤本さんの機嫌の悪さ。
逆にこっちから轟音が叫喚しそうな勢いだ。
で、その表情は普通の無表情よりも始末が悪い。
その上からモノを見るような視線に貫かれ、言い訳を言うものなら、以前吉澤さんが
言っていた通り本物の鋭利な刃物で貫かれるだろう。
想像するだけで鳥肌が立った。
そして、その藤本さんから提案が。
- 662 名前:傷の色、傷の翼 〜human world〜 投稿日:2007/08/23(木) 02:33
-
「絶叫マシーン3往復の刑」
…何も言えない事がここまで厄介なのだと始めて知った。
というか、携帯の時間を間違えて設定したのも、デジタル時計の電池も逆さまに入れたのも
ほぼ全体的に考えれば愛ちゃんの所為であって。
前日に「任せてください」なんて事を両親に言ったのも全て全て。
私はほぼ「連帯責任」。
かくして、私は呪詛を呟きながらその光景を思い出し
後部座席へ無理やり押し込まれて喫茶店を後にする。
底なしか愛ちゃんの表情が明るく見えたのは言うまでも無く。
「あー、面白かったっ」
「…」
軽く涙目になる私をよそに、この人はあっけらかんとした表情でそう言った。
つい先ほど3往復目を終了させ、入園してから数十分間ずーっと乗車乗車乗車。
空を駆け抜け、九死に一生を得たような私の気持ちを考えて欲しい。
出口から出ると、藤本さんとさゆみんと小春ちゃんがベンチに座り、吉澤さんは一服していた。
見るとさゆみんの隣に2つの缶が置かれていた。
- 663 名前:傷の色、傷の翼 〜human 投稿日:2007/08/23(木) 02:34
-
「お疲れ様〜っ」
「どうだった?絶叫マシーンは」
「面白かったです♪」
「…全っ然面白く無かったです」
私の声の低さと愛ちゃんの高い声と意味は全く一致せず。
缶のコルクを開け、中身を口の中一杯に広げた。
お茶独特の苦い味が満面に広がると、久しぶりに息をしたかのように
大きく酸素を吐き出した。
「ハハ、いやぁ、まさか本当に乗るとは思わなかった」
「ミキは絶対にやらせるよ?」
「藤本さんこわぁ〜い」
「こわぁ〜い♪」
どうやら小春ちゃんとさゆみんは同種らしい。
声調が一緒なのが原因なのか、どうも甘ったるさを秘めた声だ。
私があんな声を出すとしたら…ダメだ、全く想像できない。
まぁ、今私の隣で缶の中身をゴビゴビ飲んでいるこの人なら出来なくも無い。
訛りがある分、時々子供のような声が出せるのだから大変だ。
- 664 名前:傷の色、傷の翼 〜human 投稿日:2007/08/23(木) 02:34
-
「…お化け屋敷に行かせてあげよっか、小春、シゲさん♪」
「「…」」
「お、良いねぇ、じゃあ全員で行こうよ」
また違う悪魔の囁きが聞こえた。
今度はその場に居る吉澤さん以外の表情が固まる。
周りの空気のみがピキッと時間を止めた。
ニコニコと笑顔な悪魔は携帯用の灰皿入れにタバコを揉み消す。
咄嗟に逃げようとした私の服を掴んだのは長い腕。
錯覚なのか、その姿はまるで純粋に楽しんでいる子供のようで。
「大丈夫だって、全然怖くないから♪」
待って、もう少し時間を…ギャーッ。
その後、耳にした悲鳴は一体誰のモノなのか知る由もない。
- 665 名前:傷傷の色、傷の翼 〜human world〜 投稿日:2007/08/23(木) 02:35
-
*******
- 666 名前:傷の色、傷の翼 〜human world〜 投稿日:2007/08/23(木) 02:35
-
私たち6人は敷地内にあるレストランのテラスへと場所を移す。
その中で私と小春ちゃんはグッタリとテーブルに突っ伏していた。
愛ちゃんとさゆみんも底なしか元気が無く。
藤本さんは不明、ただ膝を顎に当て、カップの中にあるコーヒーを
ただただスプーンでかき混ぜる動作をする。
不機嫌なのが表情からにじみ出ていたのはあえて見ないように。
ただ1人、吉澤さんはカップに入っているアイスコーヒーを飲んでいた。
「いやぁーたまんなかったね、遊園地といったらお化け屋敷でしょっ」
「…一層の事オバケ屋敷に転職しちゃえば?」
「んーでもあたしって見る専門だからね」
カラカラとあっけらかんとした笑顔で対応する吉澤さんを
軽く鬼のように睨む藤本さん。
いろいろと混ざり込んで出来た重い空気の中、漂ってきた1つの匂い。
- 667 名前:傷の色、傷の翼 〜human world〜 投稿日:2007/08/23(木) 02:36
-
店員さんが私たちに声を掛け、両手にあるお皿をテーブルへと置いていく。
少し早い昼食だ。
その匂いによってか、さゆみんと愛ちゃんと小春ちゃんが勢いよく顔を上げる。
絶叫の乗り物で胃がひっくり返っている私をよそに、同じ境遇を受けた
愛ちゃんは満面の笑顔で奇怪な高音を上げる。
「あ、それ美味しそう」
「ちょっとあげましょうか?」
「高橋さん、それくださいっ」
「えーっ、じゃあそっちちょうだい」
自分達が頼んだ料理の一品一品を交換し合いながら3人は舌鼓を打っている。
私も同じくさゆみん達にいくつか料理を持っていかれたり持っていったり。
(でもほとんどお腹に入らず食べてもらった。)
藤本さんは自分と1才しか違わない愛ちゃんに突っ込んだり。
吉澤さんはそれを静観したり、少し周りのお客さんにとってはいい迷惑だよ、など。
それでも、空気が緩和したような気がする。
先ほどまでの空気はすでに消し飛び、穏やかな時間が風に乗ってセカイを包み込む。
甘い匂い。
そのセカイはまるで魅惑のセカイだった。
デザートとして持ってきてくれたチョコレートパフェと苺パフェの所為かとも思ったけど
それ以上に、私の中の何かを刺激させる甘い匂いが。
私はどこかで、このセカイが自分のモノだと思い始めている。
- 668 名前:傷の色、傷の翼 〜human world〜 投稿日:2007/08/23(木) 02:37
-
"以前の私"。
"これからの私"。
前者がどうしても頭の中でチラついている所を見ると
やはりまだ引き摺っている部分は少なからずあった。
それでも、歩き始めたことで、心の中では変化があった。
ふと、私の手が止まっている事に気付いたのか、小春ちゃんが顔を覗かせる。
「どうしましたか?」
「あ…うぅん、何でもないよ」
「?あ、これいただきまぁす」
「あっ」
オイヒーと口をモゴモゴさせる小春ちゃんに気付いた時には遅く。
そんな私たちを見つめるのは多少背筋を凍らせるほどの視線。
本人はその気は無いのかもしれないけど、どうも目線を合わせるには
多少の勇気があるようで、小春ちゃんやさゆみんのご飯の取り合いを注意していた。
- 669 名前:傷の色、傷の翼 〜human world〜 投稿日:2007/08/23(木) 02:37
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- 670 名前:傷の色、傷の翼 〜human world〜 投稿日:2007/08/23(木) 02:38
-
正午を過ぎたことと、休日が重なり、入園したお客によって道は埋め尽くされてしまう。
一日、最高で数千人の入園者があるというレジャー施設なのだ。
豪華に飾られたメリーゴーランドにアトラクションを豊富に入れ込んだジェットコースター。
数千キロメートル先まで見渡せる事が出来る円形の観覧車。
事細かに、まさに「怪奇」としては完璧に変貌することが出来るオバケ屋敷。
そんな中で、お土産を購入するというのもまた1つの楽しみである。
何度か来た事があるという愛ちゃんとさゆの言葉に誘われて、私たちは
お店が連なる露店のような場所へとやって来た。
そこには数々のキャラクターグッズやお店の看板である品を取り揃えている。
私はさゆと共にいろんなお店へと足を運んでいった。
すると、太陽の日差しによってチカチカと何かが視線を遮った。
それは煌びやかながらも繊細なガラス細工の数々。
工芸品としてそれは薄いガラスの中で青、赤、オレンジ、黄色へと色を変えて佇んでいる。
お皿やコップ、中には動物の姿になっていたり、1つの「美術品」といってもおかしくない。
- 671 名前:傷の色、傷の翼 〜human world〜 投稿日:2007/08/23(木) 02:39
-
ふと見ると、藤本さん達も居たらしく、その中の幾つかを指差して愛ちゃんに問い掛けている。
多分ガラスの歴史を教えてもらっているのだろうか。
ただ愛ちゃんの話を理解するのが大変なのか、首を傾げたり苦笑いと。
時には突っ込んだりと、知能があるのも考えものだなと思う。
「ガキさん、こっち来てくださいっ」
さゆの声と組んでいた腕が引っ張られる。
私の事を「ガキさん」と呼んでくれるようになったのはつい最近。
愛ちゃんが「モーニング」のアルバイトの時に同行させて
もらうことが多くなり、その時にさゆからも、という流れ。
私は自然と溶け込むことでも重要だと考え、それを了承した。
さゆはテレビか何かで得た情報を私に教えてくれた。
ガラス細工の在り方、作り方、その他モロモロ。
「作れたらガキさんにプレゼントしますね♪」
「…気持ちだけ受け取っておくよ」
- 672 名前:傷の色、傷の翼 〜human world〜 投稿日:2007/08/23(木) 02:39
-
さゆが器用なのは「モーニング」で実証されているものの
藤本さんが言うには体育系の事に関してはすごいらしい。
作り方を教えてもらう限りは、さゆは体力的にムリかもしれない。
そんな私の心の声を知らず、やってきた小春ちゃんの
手にあるガラス細工を見て目を輝かしているさゆ。
「吉澤さんに買ってもらいましたぁ♪」
「うわぁー♪キレーッ」
「しっかし、ここのガラスは高いよなぁ」
「いくらだったんですか?」
ボソボソと小さくその値段を手で書いてもらい、一瞬鳥肌が立った私。
あれだよ、給料の3か月分って感じ。
そうおどけて言うものの、底なしか表情は苦笑い。
- 673 名前:傷の色、傷の翼 〜human world〜 投稿日:2007/08/23(木) 02:40
-
「よっちゃんは小春に甘いんだよ」
「ミキティだってこの間の誕生日買ってあげたじゃん」
「確か干物盛り合わせでしたっけ?」
「発注品を間違えちゃったンですよねー」
「結局、美貴ちゃんにはプレゼントは無かったンやよー」
「「…」」
ニコリ。
ダッ。
そんな効果音が聞こえてきそうな速度で走り去る吉澤さん。
人ごみを器用に入り込んでは避けてを繰り返しているのは
フットサルというスポーツをしていた事の能力だろうか。
だがそれを満面の笑顔のあと般若を背後に浮かばせて追いかける人も
若干同等な能力を持っているのだから持久力戦でどうなることか…。
「私たちはどうしよう?」
「あ、さっき凄いカワイイぬいぐるみがあったんです♪」
「じゃあ行きましょうっ」
「…あの2人良いの?」
「「「いつもの事」」」
「あ…そぉ…」
- 674 名前:傷の色、傷の翼 〜human world〜 投稿日:2007/08/23(木) 02:41
-
これ以上何を言ってもダメだと直感が働いて、私は吉澤さんに合掌。
さゆが言っていたお店へと足を運び。
露店から少し離れたベンチで買った品物を見せながら待っていると、携帯が鳴った。
藤本さんだったらしく、愛ちゃんは「もうすぐ来るって」と私たちに伝える。
- 675 名前:傷の色、傷の翼 〜human world〜 投稿日:2007/08/23(木) 02:41
-
*******
- 676 名前:傷の色、傷の翼 〜human world〜 投稿日:2007/08/23(木) 02:42
-
「ミキティにカツアゲされたYOーっ」
「はい、嘘泣き」
「ガキさぁーん」
「って、なんで私にくっ付くんですかっ」
「いいじゃんYOーっ、ガキさんって掴み易いし」
「小春ちゃんにしてくださいっ」
つれないYO−っとか、もう良いです…。
なんだかいつの間にか言葉遣いがおかしいですし。
突っ込み癖も最近出てきたらしく、私はため息を1つ。
そうしている内に携帯の時間を見て提案が出る。
藤本さんだった。
「今から帰ると夕方か…」
「もう帰るんですか?」
「そろそろ帰らないと道が混むかもな」
「車の調子も悪いみたいだしね」
「ご、ごめんYO〜…」
- 677 名前:傷の色、傷の翼 〜human 投稿日:2007/08/23(木) 02:43
-
どうやら車の調子も優れないらしく、車の調子が第一だという事になり、帰る事になった。
久しぶりの休日を楽しんだという満足感と共に、私たちは帰路へ。
車の中では疲れてしまったのか、さゆや小春ちゃんが眠りに付いている。
キャラクターのぬいぐるみを胸に抱いている姿はさらに幼さを感じさせた。
「ガキさん、今日は楽しかった?」
「はい、あの、ありがとうございました」
「病院生活も長かったしね、気晴らしにはなったでしょ?」
「そうですね…楽しかったです」
コテンと。
先ほどまで頭をカクカクと揺らしていた愛ちゃんもどうやら眠ったらしい。
ふと、藤本さんが後ろを指さして、収納スペースにある薄手の毛布が目に入る。
それをゆっくり椅子の隙間から引っ張り出すと、3人を寄り添わせるような状態の上に被せる。
バタバタと忙しない3人だが、こうして静かになると本当に可愛らしいものだ。
若干一名自分よりも年上が居るものの、それも年相応の人たちに可愛がられる1つの
才能だと納得すれば、何てことない疑問だ。
- 678 名前:傷の色、傷の翼 〜human world〜 投稿日:2007/08/23(木) 02:44
-
「お母さんとか、最近来てる?」
「はい…時々私がいない間に家事をしてるみたいで」
「良かったら、あたしの家来てもいいんだよ?」
「いえ、そこまでお世話になるのは…」
「…そっか」
一時、私は実家へと帰ったものの、元は一人暮らしをしていた事で数日前に
元々住んでいたマンションへと帰っていた。
どうやら実家はちょっとした裕福な家庭らしく、防犯用のセキュリティも
ばっちり完備されているところだった。
それほど治安が乱れている地域でもないものの、やはり"あの事"があって
多少なりは両親も心配してくれているらしい。
例えまだ親子関係に実感が沸かないでいても…。
「何かあったら、すぐあたし達にいいな」
「そうそう、よっちゃんは暇・人だから、じゃんじゃん使っていいよ」
「みきちゃんさ〜ん」
この2人は詰まるところ、「お母さん」と「お父さん」らしい。
どっちがどっち、というのはまぁ想像つくものの、小春ちゃんが言うと
どうも説得力がある上に納得する。
自分にも両親はいるものの、その時間はやはりこっちの方が上回っている
事で、頼ってしまっている面が多い。
- 679 名前:傷の色、傷の翼 〜human world〜 投稿日:2007/08/23(木) 02:44
-
"以前"の私はどうだったんだろう。
こんな風にどこかへ行って、笑い合って、楽しい一時を送ったのだろうか。
そして帰り道は妹と眠って、その時間の余韻に浸ったのか。
その時の私の表情は…。
それが1度でもあったのか、今ではもう思い出せない。
まるで1つ1つの箱のナカにしまわれてしまっているようで、少し寂しさを感じる。
今の私には"過去"なんてものが何も無いのだ。
「ガキさん?」
「へっ?は、はい」
「まぁだからだ、あたし達のところにはいつでも遊びに来ていいよ」
「その2人も喜ぶしね」
「…ありがとうございます」
今は、何も考えないでおこう。
考えても考えても答えは見つからないのはもう分かってる。
それに少しずつ、一歩ずつ歩んでいけば良いのなら。
この暖かい平穏な生活が一日でも長く続くなら。
大丈夫。
- 680 名前:傷の色、傷の翼 〜human world〜 投稿日:2007/08/23(木) 02:45
-
そう言い切ってしまうと、ウトウトと瞼が重くなった。
安心してしまったのかもしれない。
このまま眠ってしまうと朝まで起きないような気がした。
だけど疲労を訴える身体は正直で、私はボヤける視界の中
ポツリと何かが窓に当たるのを見た。
意識を飛ばしたと同時に、セカイが暗雲の中で泣いていた。
- 681 名前:傷の色、傷の翼 〜human world〜 投稿日:2007/08/23(木) 02:45
-
*******
- 682 名前:傷の色、傷の翼 〜human world〜 投稿日:2007/08/23(木) 02:46
-
そこは深海のように真っ暗で。
ヒヤリとした、光も色も染まらないセカイ。
自分自身がここに居るのかどうかも分からないほどの闇。
そんな空間に、私は佇んでいる。
目を開けているのか、開けていないのか。
身体は動いているのか動いていないのか。
そんな事を考える内に、目の前に見えたのは水溜り。
真っ黒な水は、確かに私を映している。
だけどそれは"私"じゃない。
ニタリと。
口角が半月のように嗤う。
私は逃げようとした、本能的に。
だけど腕に違和感。
その違和感のおかげか、ワタシは自分の身体の存在が明確になった。
途端、聞こえたのは自分の声。
だけど自分のものとは似つかないほどの高揚感が漂っている。
- 683 名前:傷の色、傷の翼 〜human world〜 投稿日:2007/08/23(木) 02:47
-
『やっと来たんだ』
どこか安心しているような、それでいて心底嬉しそうにワタシは言う。
ズルリ。
水面から出てきた腕は、私を放すまいと絶えず掴んでいる。
私はどこかで危機を感じていた。
その自分自身の存在があまりにも…怖かった。
怖くて怖くて、自分自身に対して恐怖に対して疑問を持つ。
だけどそれは"私"じゃないと、拒んだ。
私は口角を歪ませ続ける。
『別に逃げなくても良いのに、何もしないから』
アッサリと、腕は解けた。
私はもう一度、水面へと視線を向ける。
まるで深海の中にもう1つ深海があるような、矛盾のセカイ。
その壁が、この水面なのかもと、私は手鏡を連想させた。
水面に映る私は口を動かす。
- 684 名前:傷の色、傷の翼 〜human world〜 投稿日:2007/08/23(木) 02:47
-
『どう?外の世界は』
「あんた…ダレ?」
『ダレって、ワタシはあんたじゃない、ニイガキリサだよ?』
「違う…私はあんたじゃない」
『起源は一緒って事、確かに意識面では1つの固体だけど』
「意味…分かんない」
『まぁ、後々気付くよ、ようやくワタシも出てこれたんだから』
ワタシは笑顔のまま、私に話しかけてくる。
何が言いたいのか分からずに、私は混乱している中、必死で
目の前にいる存在のことを知ろうとした。
「…ここ、どこ?」
『ここは知覚現象を通して現実ではない仮想的な体験を体感する事が
出来る一種の現象…つまり「夢」の中』
「夢…?これが…?」
『眠っている間は何十個もの夢を見るって話聞いたことあるでしょ?
ここはそんな夢の中の1つで、内側からここだけの密室状態にしたセカイ』
- 685 名前:傷の色、傷の翼 〜human world〜 投稿日:2007/08/23(木) 02:48
-
つまり鍵を掛けた部屋って事。
1つの夢を一部屋だと考えれば簡単かな。
笑って、ワタシはこのセカイを説明した。
ヒヤリと、体温が低くなったような気がする。
闇の中で、私は自分自身の2人しか居ない。
いや、実際は1人だ。
現実に考えて、ワタシは私なのだから、個々人になってもなんら変わりは無い。
『さて、そろそろ起きなくちゃ、ここの時間は現実の2倍の速度だから
早くしないと皆に迷惑かけるよ』
「なっ…」
グラリと。
視界がその言葉に呼応するように歪み始める。
倒れる身体は自由に効かず、水面の半月を見た。
私は一瞬、妙な違和感に襲われる。
『また会おうよ、待ってるね』
- 686 名前:傷の色、傷の翼 〜human world〜 投稿日:2007/08/23(木) 02:50
-
その純粋な笑顔が、優しさと共に羨感さえも抱いているようで。
私は意識が薄れていく中、その水色に輝く両眼と視線を交差させた。
瞼を開けると、木造で出来た天井が見えた。
眠っていたらしく、ボンヤリとした視界と思考の中で、違和感を覚える。
その場所がどこなのか、私自身見覚えが無いのだ。
木の匂いと窓から差し込まれる日差しの暖かさがセカイを包む。
ふとそんな中で、背後にも似たような温かみを感じさせるものが1つ。
どうも身体にくっつかれているらしく、私は顔と両目だけを傾け、その正体を見つめる。
両目の周りを真っ赤に染め上げ、彼女、愛ちゃんは寝息を立てている。
化粧を落とした事により、クマがくっきりと見えている。
以前よりも濃くなったような気がした。
私は起こさないように腰に巻かれた腕を取り外すと、ベットから降りた。
- 687 名前:- 投稿日:2007/08/23(木) 02:51
-
- 688 名前:- 投稿日:2007/08/23(木) 02:51
-
- 689 名前:- 投稿日:2007/08/23(木) 02:53
- 更新は以上です。
>>654 名無飼育さ様
有難うございます。
ご期待に添えれるように頑張りたいと思います^^
>>655 名無飼育さん様
あと少しで登場させる予定ですが、気長に待ってもらえると幸いです;
- 690 名前:名無し亀さん 投稿日:2007/09/26(水) 01:04
- 誠に身勝手で申し訳ありませんが、ここに放棄宣言を表明させて頂きます。
ご迷惑をかけて申し訳ありません。
これから時間が取れなくなり、続きを書くことが非常に困難になります。
他板にある小説を完結後、姿を出す事は無いと思います。
有難うございました。
そして申し訳ありませんでした。
名無し亀さん
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