裏切るけれど 裏切らないで

1 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/28(日) 17:43
TV画面は今日も相変わらず他愛のない番組を流して
画面の中にはいつもと変わらない面々が笑顔で座って
緊張感のない画面に不意に耳障りな警報が鳴り響いて

―――そして

画面の下に短いテロップが出たのもほんのつかの間
切り替わった画面の中でアナウンサーが緊張交じりに言葉を発する




「番組の途中ですが、ここで臨時ニュースをお伝えします」
2 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/28(日) 17:43
――― プロローグ ―――
3 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/28(日) 17:44
「番組の途中ですが、ここで臨時ニュースをお伝えします」


寝起きのうすぼんやりとした頭に、
アナウンサーの厳かな語り口調が流れ込む。
どうやらTVをつけたまま寝てしまったらしい。
少女は片手をもぞもぞと伸ばし、TVのリモコンを探し出す。
うるさいなあ。
えいっと掛け声をかけんばかりに少女はTVを消す。
もうちょっと寝ていたい。

そんな少女の耳に今度は携帯の着信音が鳴り響く。
うるさいなあ。
誰だろう?こんな時間に電話なんて。
4 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/28(日) 17:44
「あー、もしもしあたしだけど。うん。ひとみ」

「え。今ちょっと寝てた。まだ眠い」

「いや、それは別にいいんだけどさ」

「ああ、まあ暇と言えば暇だよ。うん」

「あ?なんだよなんだよう!」

「二人のときは『ひとみ』って呼んでって言ったじゃん!」

「次に『ひとみ』って呼ばなかったら絶交だかんね」

「あはははは。そんなことないって」

「あたしが好きのは―――あんた一人だけだからさ」
5 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/28(日) 17:44
――― プロローグ 終わり ―――
6 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/28(日) 17:44



   
7 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/28(日) 17:44
第一章 あの子とあたし
8 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/28(日) 17:44
★ ★ ★ ★ ★ ★ ★
9 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/28(日) 17:45
あたしが控え室に入ると、そこには既に何人かが来ていた。
今日は朝からの仕事だったけど、来るのが早い子は早い。
こういう時にいつも一番に来るのって誰なんだろう?
まあ、別にそんなことは知らなくてもいいんだけど。
別に他の子のことを深く知る必要なんてない。


あたしが知りたいのは一つだけ。


よ・・・じゃなかった「ひとみ」のことただ一つだけ。
あたしはひとみの一番になりたい。
誰にも邪魔されたくない。
そういえばひとみはいつも朝は早いんだろうか?
そんなことを考えながらあたしは仕事の準備に取り掛かる。
10 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/28(日) 17:45
徐々に今日の仕事の面々が揃ってくる。
ひとみは笑顔で他の子と話していた。
油断はできない。
ひとみのことを好きな子はハロプロ内にもごまんといる。
あたしはそういったライバル達を蹴散らしてきた。

そう。蹴散らしてきた。
連戦連勝。全勝無敗。だって他の子らとは気合が違う。
あたしは他の子みたいに「ちょっと好き」とかいう次元じゃないんだ。
あたしにはひとみが必要なの。
そしてひとみにもあたしみたいな子が必要なの。
あたしがひとみを愛するのは、ひとみのためにもなる。

きっとそうなんだ。
11 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/28(日) 17:45
ひとみの携帯電話が鳴る。
あたしの鼓動も同じくらい大きな音で鳴り出す。
まさか「あの子」じゃないでしょうね。
嫌。あの子だけは嫌よ。
あの子の電話には出ないで。

あたしの脳裏には一人の女の顔が浮かぶ。
連戦連勝で来たあたしの恋愛人生史上初めての難敵。
あの手この手で潰してやろうとしたけれど―――
ひとみは「あの子とはなんともないよー」と言ってくれたけど―――

でもあたしにはわかる。
ひとみはまだあの子と付き合ってる。
あたしの知らないところでこそこそと会っている。
いちゃいちゃしてる。そしてそしてそして―――
あたしのこの手の勘は、悲しいことに一度も外れたことがない。
12 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/28(日) 17:45
あの子嫌い。
ひとみと付き合ってるとかいう以前に生理的に嫌い。
生理的にも物理的にも論理的にも嫌い。
初めて会ったときから嫌い。
一緒に仕事するの嫌。
顔を見るのも嫌。
あの子=嫌。

なのにひとみは。
なのにひとみはあの子に優しい。
あたしはひとみがあの子に笑顔を見せることが我慢ならない。
手を触れることが我慢ならない。
触らないで。あたしのひとみに。汚い手で。
13 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/28(日) 17:45
どす黒い思考の底なし沼から這い出てくるあたし。
気がつくとあたしの手はすっかりと汗でにじんでいた。
胸に背に腹に―――じっとりとかいた汗が服にべたつく。
何やってるんだろう、あたし。

ひとみはとっくに携帯電話を切っていた。
笑顔で他の子と談笑するひとみ。
あたしに向けられている時は天使に見えるその笑顔が、
他の子に向けられた途端、悪魔の微笑みに見えてしまう。

ダメだ。
あたしはこのままだと駄目になる。
嫌だ。あの子には負けたくない。
なんとかしないと。事態が決定的になるその前に。
でもどうやって。どうやって。どうやって―――
14 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/28(日) 17:45
★ ★ ★ ★ ★ ★ ★
15 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/28(日) 17:46
 
16 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/28(日) 17:46
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
17 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/28(日) 17:46
部屋でゴロゴロと転がりながらあたしは時間を持て余す。
オーディションを受けてからずっと走り続けてきた。
最近はちょっとあれだけどね。
でもまあ売れていても売れなくなっても、それもまた人生です。
仕事はあればあったで面倒臭いし、なければないで寂しい。
人生は『I WISH』のように美しくはいかないのです。

あたしは携帯を片手にゴロゴロと床を転がる。
ゴロゴロゴロゴロとそのまま廊下まで転がる。
板間の廊下はひんやりとしていて、火照ったあたしの体を冷やす。
携帯のアドレス帳をいじる。
電話しよっかな。
よ・・・・じゃなかった「ひとみ」に。

しっかしなんで「ひとみ」なんて呼ばせるんでしょうか。
言いにくいったらありゃしない。
でもそれもひとみの愛情表現の一つなのでしょうか。
そう思うとますますあたしの体は火照るのです。
18 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/28(日) 17:46
会いたい。
会いたいよう。
あたしはいつも自分の感情を抑えることができません。
会いたいときが会うとき。
でも今はそういうわけにはいきません。

ひとみは今頃仕事の真っ最中かな。
真面目に仕事やってればいいんですけど―――
まさかまた女の子にちょっかいを出してるんじゃないでしょうね?
あーやだやだ。
そばにいたい。ずっとそばにいたいよ。
恋人なら24時間ピタッとピタッとくっつきたい。

でも現実は『Mr.Moonlight』のようにはいかないのです。
ここはグッと我慢なのです。
19 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/28(日) 17:46
あたしは我慢に我慢を重ねました。
我慢すること1時間。約1時間。ほぼ1時間。
これってあたし的には過去最高記録。ギネスにだって申請できます。
もう十分我慢したよね。うんうんうん。
あたしは仕事場にいるひとみに電話をかける。

ワンコールで出たらひとみはあたしのことを愛してる。
ツーコール以内で出たらひとみはあたしのことを愛してる。
スリーコール以内で出たらひとみはあたしのことを愛してる。
出ても出なくても、きっとひとみはあたしのことを愛してる。
だから出て。あたしの愛しい人。

出た!
スリーコール丁度で出たのは―――あたしの愛しい人。
やっぱりひとみはあたしのことを愛してるんだ!

話したことは大したことじゃないし、
たった数分のことだったけど、あたしにはそれで十分。
じゃあ仕事に戻るねといってひとみは電話を切る。

仕事ね。
20 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/28(日) 17:46
もちろんそれが嘘じゃないってことはわかってる。
ひとみが今日、仕事をしていることは知っている。
そしてそのすぐそばには「あの子」がいることも知っている。
おそらくひとみが今現在、あたしと同じくらい愛している女。

ケッ。ブサイクが。能無しが。死ねよ。

死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねよ

あの子の顔があたしの脳内に映る。
それはもう、醜い皺の一本まで鮮明に。
なぜ嫌いな人間の顔ほど鮮明に映るんだろう。
21 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/28(日) 17:47
あたしはひとみとあの子の会話を想像する。
とびきり甘ーい恋人同士の会話。
うへへへへへへへへへへへうへうへへへ
いひひひひひひひひひひひひひひ
キモイキモイキモイキモイキモイ

あたしはげらげらげらと声を上げて笑う。
空想することはとても楽しいです。
だってどんなことも自分の思うままじゃないですか。
全てあたしの思い通り動くんですよ。
ひとみも。あの子も。

今日もあの子はわたしの思う通りに殺される。
とびきり残忍な方法で。本当に。あいつは。

死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねよ
22 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/28(日) 17:47
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
23 名前:誉ヲタ ◆buK1GCRkrc 投稿日:2007/01/28(日) 17:49
続きます

この小説に関する感想・疑問・質問・苦情・批判などは
できたら小説が完結してから
このスレに書き込んでくれると嬉しいです。
24 名前:誉ヲタ ◆buK1GCRkrc 投稿日:2007/01/28(日) 17:49
それとですね

この小説にはストーリーの都合上、
実際の法律法令や慣習、社会制度と異なる部分があります。
可能な限り正確な描写を試みましたが、
一部はストーリーの都合を優先させました。
読んでいる最中に違和感を覚える部分があるかもしれません。
申し訳ありませんが、あらかじめご了承ください。
25 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/29(月) 19:40
 
26 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/29(月) 19:41
第二章   好きよ。ひとみ
27 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/29(月) 19:41
★ ★ ★ ★ ★ ★ ★
28 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/29(月) 19:41
特にどうということもなく、さくさくっと仕事が終わる。
あたしがモーニング娘。のオーディションを受けてから―――
この業界に入ってから―――
何度となく繰り返されてきた毎日。
退屈で単調で灰色の毎日。
毎日がバラ色だったデビュー当時が懐かしい。

でも今のあたしにはひとみがいる。
灰色の世界の中で―――色鮮やかに輝く唯一の存在。
ひとみの横顔を見ているだけであたしの心は満たされる。
ひとみと目と目があえば、それだけでもう何もいらない。

スタッフが掌をひらひらさせながらあたしの前を通り過ぎる。
あたし達アイドルを、物としか見なしていないスタッフ。
でもそれでいいんだ。物として扱ってくれて構わない。
人間としてのあたしは、あんたらなんかに干渉されたくないから。
29 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/29(月) 19:42
スタッフはひとみに向かって何か話している。
モーニング娘。のリーダー吉澤ひとみ。
今のモーニング娘。の中で、ただ一人だけ人間扱いされているひとみ。
真剣な眼差しでスタッフの言葉を聞いているひとみ。
物憂げな表情をしているひとみは、
見ているこちらが何か危ういものを感じてしまうほど美しい。

今のモーニング娘。が深刻な状況にあることは知っている。
今はもうLOVEマシーンの頃のようなモーニング娘。ではない。
売れていないことは知っている。
嫌われていることも知っている。
でも構わない。
30 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/29(月) 19:42
モーニング娘。はアイドルだ。
物だ。商品だ。
モーニング娘。としての評価は、商品としての評価。

別にひとみの人間性が―――
人生の全てが否定されているわけじゃない。
ひとみにはあたしがいる。
ひとみがモーニング娘。じゃなかったとしても―――
あたしはひとみを愛している。

だから。
だからひとみ。
傷つかないで。背負わないで。そんな顔をしないで。
31 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/29(月) 19:42
あたしはひとみに話しかけたい衝動をぐっとこらえる。
今、あそこにいるのはモーニング娘。の吉澤ひとみだ。
あたしだけのひとみではない。
吉澤ひとみがモーニング娘。の衣を脱いで―――
あたしの前にいつものひとみを晒す時まで―――
もう少し待っていよう。

好きよ。ひとみ。
だからあたしはいつまでも待っている。
ひとみがあたしのことを愛してくれる限りずっと。
ひとみがあたしのことを裏切らない限りずっと。

いや。
あたしはきっと永遠にひとみのことを愛するだろう。
たとえひとみに―――裏切られたとしても。
何度裏切られたとしても。
きっとあたしはひとみのことを―――
裏切ることはできないだろう。
32 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/29(月) 19:42
★ ★ ★ ★ ★ ★ ★
33 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/29(月) 19:42
  
34 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/29(月) 19:42
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
35 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/29(月) 19:43
携帯をいじるのにも飽きてきた。
飽きたっていうか―――もう4時間も経っちゃってました!
時間が過ぎるのは早いです。

あたしは外へ出るために、服を着替えてメイクをする。
時が流れるのは早いです。
鏡の中のあたしの顔も、モーニング娘。のオーディションを
受けた時からすれば、ずっと大人っぽくなりました。

それでもあたしがひとみの横に並ぶと、子供っぽく見えます。
あたしが一つ年をとれば、ひとみも一つ年をとる。
あたしが大人っぽくなれば、ひとみもまた大人っぽくなる。
絶対的な真理。
永遠普遍な二人の距離。

でも気にしない。
あたしはそれを解決する―――
とっておきの方法を一つ思いついたんだから。
36 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/29(月) 19:43
帽子を心持ち深めに被り、あたしはてくてくと街を行く。
ゲーノージンって嫌ですよね。
ちょっとしたことで「あの子はもしかして!」みたいな。
ふう。嫌だ嫌だ。

冬だったら厚着できるから、もっとわかりにくいんだけどなあ。
今はまだ夏の暑さも残っていますから。
季節が流れるのは遅いです。

ちょっと前にモーニング娘。が二人減って―――
そして8期オーディションとやらでまた増える頃まで―――
厚着するにはちょっと厳しい気候が続きそうです。

8期メンバーかあ。
モーニング娘。も来るところまで来たって感じですね。
どんな子が入ってくるかは分かりませんが、
ひとみに手を出すのだけはやめてほしいですね。
もっとも手を出すとしたら、それはウブな新メンバーじゃなくて―――
浮気者のひとみの方になるんでしょうが。
37 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/29(月) 19:44
てくてくてく。
鎖につながれていない子犬があたしの足元にからみつく。
おやおや。君は迷子なのかい?捨て犬なのかい?
抱き上げようとするその仔犬には高価そうな首輪が―――
うん?毛並みもいいぞ。

少し離れたところから老夫婦がてくてくてく。
あたしは軽く会釈して仔犬を下ろす。
散歩させるなら、つないだ方が安全だと思うけどなあ。
そんな言葉を飲み込んであたしはぱたぱたと駆け出す。

老夫婦は何事もなかったかのように二人連れ添って歩き出す。
二人を導くように仔犬は元気に駆け出していく。
38 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/29(月) 19:44
いいですね。
あたしとひとみもああやって爺婆になるまで二人でいるの。
それがあたしの思いついたとっておきの方法。

二人死ぬまで永遠に連れ添っていられたら―――
きっとどっちが大人っぽいかなんて気にしなくなると思うから。
永遠に変わらない二人の年齢。
それを限りなく縮めることができるのは、永遠の歳月だけ。
永遠には―――永遠で対抗するのです。

好きよ。ひとみ。
だから死ぬまで永遠にあたしのそばにいてね。
うん。死ぬまでずっと。永遠に。
39 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/29(月) 19:44
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
40 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/29(月) 19:45
 
41 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/30(火) 19:34
第三章   裏切らないで。もう二度と
42 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/30(火) 19:34
★ ★ ★ ★ ★ ★ ★
43 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/30(火) 19:34
あたしはスタッフと話し込んでいるひとみをよそに部屋を出る。
今日はもう何もやることはない。
着替えて家に帰ってそして―――

「先輩!なにしてるんですか!」
「何って言われても。もう帰るところだけど」
「まだスタッフさんが仕事してますよ!」
「あれはひ・・・・・じゃなかったリーダーがいればいいでしょ」

あたしは「ひとみ」という言葉を飲み込む。
だって普段はそんな呼び方してないから。
「ひとみ」と呼ぶのは二人っきりの時だけだから。
こういう場所で使うわけにはいかない。焦るよホント。
「リーダー」で上手いこと誤魔化せたのかな?
どうやら小春はあんまり気にしていないみたいだった。
44 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/30(火) 19:34
「せんぱーい、吉澤さんのことずっと見てたでしょ」
「見てたよ」
「やだー!先輩ってば吉澤さんのことが好きなんだー、ラブラブ〜」
「なにそれ。あんた相変わらず若いねえ」
「えへへへ。まあ冗談ですけど」


小春はテンションを上げたり下げたりしながら
あたしの言葉と体にからみついてくる。
くっつくなよ。このクソガキが。

全く小春は楽だよね。
ハロプロでは一番下だから、
どのハロプロメンバーに対しても「先輩!」で済むし。
いつだってどこだって先輩に甘えたいだけ甘えられる。
45 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/30(火) 19:34
でもまあ、もうすぐモーニング娘。の8期メンバーが決まる。
後輩ができれば小春の意識も少しは変わるかもしれない。
なーんてことを考えている間も、
小春はベタベタとあたしにからみついてくる。


「ちょっと。暑苦しいよ。いい加減放して」
「先輩冷たいー、ご飯一緒に食べに行きましょうよ!」
「嫌」
「なんでなんでなんでなんで????????なんで!」
「帰るから」
46 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/30(火) 19:35
あたしは小春のことが好きじゃない。
最初は可愛らしい後輩って感じだったけど今は違う。
「あの子」ほどじゃないけれど、
頻繁にひとみにからみついてくる小春。
馴れ馴れしい子。

小春は若い。若いくせにあまり幼さを感じさせない。
あたしにはないものをたくさん持っているような気がする。
あたしは「あの子」に勝てたとしても、
小春には勝てないかもしれない。

いや―――関係ないね。
ひとみが小春みたいな子を選ぶわけないし。
ひとみがあたしを―――裏切ることはないはず。多分。
ははは。あたしも懲りないな。何度も裏切られてきたのに。

でももう一度。もう一度だけひとみを信じる。
だから―――ねえ、ひとみ。
裏切らないでね。もう二度と。
47 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/30(火) 19:35
あたしはマネージャーからもらった予定表に目を落とす。
まばらなスケジュール表。
寂しい仕事の数。
でも与えられた場所で頑張るしかない。

あたしはふと他のハロプロメンバーの仕事一覧にも目をやる。
相変わらず無駄にたくさんいるね。ハロプロメンバーは。
そんなリストをボーっと眺めていると、
ひとみの仕事に小春と二人でってのがいくつか入っていることに気づく。
声優の取材ごときに付き添いがいるのかね。
しかも泊まりとかもあるし。何か腹が立つ。

まあまあまあ。
別に。羨ましくなんかないけどね。
48 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/30(火) 19:35
★ ★ ★ ★ ★ ★ ★
49 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/30(火) 19:35
 
50 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/30(火) 19:35
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
51 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/30(火) 19:35
街をぶーらぶらと歩いても特にすることはないわけで。
あたしは暇潰しに喫茶店に入る。
一人でお茶することは別に苦痛じゃないのです。
ああ。でもナンパされたらどうやって断ろうかな。
やっぱりあたしの席の隣には―――いつもひとみがいてほしいです。

とびきり熱い紅茶を淹れてもらってゆっくりと飲む。
紅茶は美味しいとか美味しくないとかじゃなくて、
あたしの心を少し豊かにしてくれる重要なアイテム。

ふとさっき歩いていた子犬のことを思い出す。
「犬は人間と違って裏切らない」って言葉があったっけ?
あたしだって何度も友達と思っていた人に裏切られました。
でも、だからといって犬を唯一の友達にしようなんて思いません。

友達は裏切らないから友達なんじゃない。
裏切られても許せるから友達なんだと思うのです。
52 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/30(火) 19:36
なんてとりとめのないことを思っていると携帯が鳴る。
もしかしてひとみ!?と思って画面を見てがっかり。
なーんだ。どうせ大した用事じゃないんだろうな・・・・・


「先輩!元気してましたか!」
「あんたか。一体何?」
「何もないです!でも小春は今日も元気!!」
「わかったわかった。これからご飯?」
「そうです!よくわかりましたね!先輩は?」
「これから食べるよ。じゃあね」
「あ!」
53 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/30(火) 19:36
バカな後輩を持つと苦労します。
小春のことは嫌いじゃないし、可愛い後輩だと思っているけど、
頭が悪いことといったらハロプロでも屈指。本当にバカ。
用事もないのにしょっちゅう電話してきます。

そのくせ会話をしていても、あたしが聞きたいことは―――
あたしの求めている言葉は何一つ発してくれないのです。
相手するコツは一つ。
手加減せず、容赦せず、隙がなくとも強引に切る。

そんなことを何度繰り返しても、
あたしのことを嫌いになったりしないんだから、
小春も結構いい性格をしてると思います。
54 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/30(火) 19:36
そういえば小春はご飯とか言ってたっけ?
またひとみと一緒にご飯を食べるのかな・・・・・
最近、ひとみと話していると小春の話がよく出てきます。
まさかぁ。まさかまさかぁ。
小春はまだ子供ですよね。

ああ。
でも油断しちゃいけない。
ひとみは「そこを行くか?!」というようなところを
あえて行くのが大好きな性格。
それはよくよく知ってるつもり。

あたしは何度も何度もひとみに裏切られてきた。
ノートにはつけていないけれどはっきりと覚えてる。
あたしはひとみに裏切られたのは121回。
そして許したのも121回。
55 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/30(火) 19:36
もう裏切らないで。
ねえ、ひとみ。お願い。
あたしの心を裏切らないで。もう二度と。
裏切られることも辛いけど―――
それを許せなくなるのはもっと辛いのです。

でも。次に。
もし次にまた裏切られたとしたら。
それが大嫌いな「あの子」でも、特に嫌いじゃない小春でも、
あたしはもうひとみのことを許せそうにない―――

そんな気がしているのです。
56 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/30(火) 19:36
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
57 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/30(火) 19:37
 
58 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/31(水) 00:17
面白いです。更新が早くて嬉しいです。
楽しみにしてるんで頑張ってください。
59 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/31(水) 19:47
 
60 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/31(水) 19:47
第四章   ひとみのために何かがしたい
61 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/31(水) 19:47
★ ★ ★ ★ ★ ★ ★
62 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/31(水) 19:48
あたしは銀行のキャッシュディスペンサーでお金を下ろす。
たった数枚の紙幣を飲み込んだだけで、
あたしの財布はグッと厚みを増したように見える。

カードで買い物をするのは好きじゃない。
小まめにお金を下ろすのは面倒だけど、
通帳にずらっと並んだ払い戻し金額を見ていると
ああ自分は生きてるんだな、暮らしているんだなって実感する。
それはとても大切な感覚。
仕事だけでは得られない感覚。

ガガガっと鈍い音を立てて通帳が吐き出される。
一週間に一回の記帳だけど、この瞬間がとても好き。
あたしは羅列された金額を一瞥して銀行を後にする。
63 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/31(水) 19:48
この仕事を始めてからは、
年齢には不釣合いな金額を手にすることになった。
一気に下ろせる金額は7桁を裕に超える。
あたしが貯めた大切なお金。大切なものとしか交換したくないな。
もっとも今はお金よりも人気と仕事が欲しいんだけど。

デビューした頃に比べると仕事の量も質も変わった。
少しずつすり減らされていくあたしの時間と場所。
もう芸能界にはあたしの居場所はないのかもしれない。
いっそ引退して―――なんてね。

そのためにお金を貯めるなんて嫌。
辞める時のために頑張るなんて嫌。
あたしはいつだって芸能界の中で輝いていたい。
少なくとも――――「あの子」よりは一秒でも長く。
64 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/31(水) 19:48
「あの子」か。

ちょっと前まで気がつけばいつもひとみのことを考えていた。
今もそうだけど―――
今もそうだけど、今はひとみのことを考えると、
それと同時にいつもあの子が頭の中に浮かんでくる。

あの子より一歩でも前に進みたい。
同じ年に同じモーニング娘。のオーディションを受けてから、
あたしはずっとそう考えてきたのかもしれない。

考え方や好みが全然違うあの子とあたし。
ひとみと付き合うようになる前から意識していた。
65 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/31(水) 19:49
もうそろそろ決着を付けたい。
決定的なリードを奪いたい。
ハロプロの中での、アイドルとしてのランクなんて今はどうでもいい。
今はひとみの一番になるために何かをしたい。

ひとみのために―――何かがしたい。
不意に浮き上がってきた抽象的な衝動は、
やがて一つの具体的なイメージとなってあたしの心に着地する。

あたしは一つ大きな決断をする。
無謀極まりなくて、無茶苦茶で、衝撃的な決断。
でもあたしはそんな決断をする自分が好き。
決断と同時にあたしは踵を返して銀行へ戻る。
今日は事務所で書かないといけない書類がいくつかあったから、
印鑑とか身分証明になる物は持っていた。

8桁に近い金額を銀行から下ろすのはかなりの時間がかかった。
66 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/31(水) 19:49
★ ★ ★ ★ ★ ★ ★
67 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/31(水) 19:49
 
68 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/31(水) 19:49
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
69 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/31(水) 19:49
あたしは夕飯を食べる少し前に帰宅しました。
友達とは一人も会わない日。
仕方ないんですけど少し寂しい。
携帯電話で話していてもちっとも気は紛れません。

それでもあたしは携帯電話を手にいじいじいじいじいじいじいじいじ。
こんなことばっかりしてたら駄目人間になっちゃいます。
そしたらひとみにも嫌われちゃう。
どうしよう。
次にひとみに会った時、話すことが何もなくなっちゃう。

ひとみの笑顔が見たい。
でもあたしは芸人さんのように面白い話もできません。
ああ、でも、でも、でも、でも。
あたしの中で一つの気持ちがどんどん強くなっていく。
ひとみのために―――何かをしてあげたい。
ひとみに何かをしてもらいたいっていう気持ちと、同じくらい強く。
70 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/31(水) 19:49
あたしはピコーンと閃く。
問題発覚から解決までわずか3秒。
この圧倒的な速さにはあたし自身もびっくりです。
もっともひとみのことに関してなら―――
どんな問題だって解決できる自信がありますけど。

あたしは本棚にある雑誌をばさあっと広げる。
それには綺麗なアクセサリーがたくさん載っていたはず。
一冊。二冊。三冊。四冊。五冊。六冊まで数えてやめた。
あたしはひとみに似合いそうな指輪を探す。
ひとみの細くて長くて白い指。

その美しい指に指輪を通すことができるのは―――
この世であたし一人だけだと思うのです。
71 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/31(水) 19:50
それと並行して、ハロプロメンバー全員の予定が乗っている
スケジュール表を開いてひとみの予定をよーちぇけらっちょー。
この日なら渡せるかな?
それともこの日の方が無難かな?
想像はどんどん膨らんで、顔がニヤケテしまいます。

とその目に。

「あの子」の名前が入ってくる。
なんだよこいつ。寄ってくんなよ。邪魔すんなよ。
想像の中までも入ってくんじゃねええええゆおぉ。
ていうか死ね。お前は死ね。あたしの目の前で死ね。

死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねよ
72 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/31(水) 19:51
あの年、同じ時に同じモーニング娘。のオーディションを受けた時から
あの子はあたしの邪魔しかしてこなかった。
存在自体が邪魔なんだよ。存在すんじゃねーよ。
いつか消す。あたしの前からその存在を消してやる。

そしてひとみの記憶からも全て。
あの子の記憶は全て消し去ってしまいたい。
その時、きっとひとみはもっと美しい人間になれるのです。
あたしが好きな、あたしの理想のひとみに近づいていくのです。

想像を巡らすあたしの目に一つの指輪が目に入る。
綺麗。これとっても綺麗。
これに決めた。これをひとみにプレゼントしよう。
値段も4万ちょいだし、安からず高からずお手頃な感じです。

指輪を買ったら魔法をかけよう。
ひとみがあたし一人だけのものになるように。
ひとみがあたしの理想の人になるように。
ひとみがあたしの永遠の人になるようにって。
73 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/31(水) 19:51
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
74 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/01(木) 01:18
語りが誰だかすっげー気になるしおもしろいしドキドキしてます
75 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/01(木) 19:22
 
76 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/01(木) 19:23
第五章   透き通るような独特の青
77 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/01(木) 19:23
★ ★ ★ ★ ★ ★ ★
78 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/01(木) 19:24
初めて入るお店で買い物をする時は緊張する。
それがいかにも高級店って構えの店ならばなおさらそう。
あたしはやや気後れした気持ちでショーケースを眺める。
煌びやかな宝石たちは決して雄弁ではないが、
攻撃的な気品でもって「あたしを買って」とアピールしてくる。

ああ。あたしたちと同じだ。
あたしたちも同じようにショーケースに入って
お客さんたちを引き寄せなければならない。
お金に見合うだけの魅力を見せなければならない―――
宝石を見ながら、なぜかそんなことを考えてしまうあたし。

店員達は宝石と同じ類の優雅さでもってあたしに接する。
あたしみたいな子がこんな高価なものを買えるの?
というようなリアクションを期待していたんだけど、
店員はそういった態度は一切出さなかった。
79 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/01(木) 19:24
あたしは一つの指輪の前で立ち止まる。
これに決めた。
自分では決断は早い方だと思っている。
そんなあたしがあたしは好き。

カードを持たないあたしは慎重に値札の桁数を数える。
確かに7桁。
あたしが下ろせたお金とほぼ同額なのは偶然なのだろうか。
いや、これは運命。
きっとこの指輪はあたしに買われる運命だったんだ。

指を差してこれくださいとあたしは言う。
できるだけそっけなく言ったつもりだったが、
自分でも驚くくらい大きな声になってしまった。
80 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/01(木) 19:25
ひとみの指のサイズなら調べてある。
直接聞くのはあまりにもあからさまなので、
店に入る前に小春に電話してこっそり聞いてもらった。
こういう時には小春は便利。後腐れが全くないし。

店員は笑顔であたしに対応してくれる。
アイドルのあたしから見ても全く隙のないその笑顔は、
あたしが無造作に7桁のお金を出した時も―――
一切崩れることはなかった。
81 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/01(木) 19:25
お金を払ってもあたしには喪失感とかはなかった。
この指輪をひとみにあげるんだ。
もちろん金額とはは一切言わない。
もし聞かれたら、笑って「4、5万程度」と答えるつもりだった。

きっとひとみは金額を意識することなくこの指輪をはめるだろう。
それがひとみには似つかわしい。
ひとみにはお金の匂いなんて似合わない。

あたしは確信する。
その指輪をしたひとみを見たなら、
きっとあたしはもっとひとみのことを好きになる。
そしてきっとひとみも―――あたしのことを―――

あたしはそんなことを考えながら家路につく。
明日からまた仕事が始まる。
手帳を取り出してもう一度スケジュールを確認する。
ひとみに渡す日以外は指輪を持ち歩くわけにはいかない。
82 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/01(木) 19:26
ふと「吉澤ひとみ」の横にある「辻希美」と「加護亜依」の欄に目が行く。
「加護亜依」の欄が真っ白になっているのが痛々しい。
Wが活動停止状態になってからはイレギュラーな事態が増えた。
ハロモニとか仕事の人選もよくわからなくなったし。
それにしてもWはいつ活動を始めるんだろうか。

Wの二人には頑張ってほしい。
あの二人に輝きが戻れば、ひとみもきっと喜ぶに違いない。
ついついそんな風に考えてしまう。
いつからだろう。
何を考えるにもひとみを中心に考えるようになってしまった。

だけどそんなあたしがあたしは好き。
もっともっとひとみのことだけを考えていたい。
あたしは透き通るような独特の青い色をした、
指輪のケースをを眺めながらそんなことを思っていた。
83 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/01(木) 19:26
★ ★ ★ ★ ★ ★ ★
84 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/01(木) 19:26
 
85 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/01(木) 19:26
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
86 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/01(木) 19:26
今日も仕事です。
ここのところずっと暇だったのに、
予定を考えた途端に仕事が入ってくるのはどういうことでしょうか。
なかなか指輪を買いに行けなくて、ちょっといらいらするあたし。
でも仕事があるのは良いことです。
アイドルは人前で仕事をして初めてアイドルですから。

それに仕事が多いということは、
ひとみと会う機会が増えるってことですから。
毎日だって大歓迎。ていうか毎日会うのが普通なんですよね。
会えない日が続くっていうことの方が、あり得ない事態なわけで。

あたしの目の前にいるひとみ。
ああ。やっぱり本物はいいなあなんて考えたり。
ひとみが目の前にいるときは、
いくら「あの子」が側にいても関係ありません。
ひとみは圧倒的な存在感であたしの心を満たしてくれるのです。
87 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/01(木) 19:26
以前はずっと忙しかったけど、
今は忙しいときと暇なときのギャップが激しい。
まあ、喫煙スキャンダルでずっと仕事がないって人よりはマシ。
あたしはタバコは吸いません。
ひとみや相方さんを悲しませるようなことはできませんから。

あたしは小春を呼び寄せ、それとなーく
ひとみの指のサイズを聞いてくるように頼む。
小春はきょとんとした顔をしてたけれど、
「わっかりましたー先輩!」と元気よくひとみの下へと飛んでいった。
こういう時には小春は便利。後腐れが全くないから。
88 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/01(木) 19:26
今日の仕事が終わったら、早速調べたあの店に買いに行こう。
そんな風にボーっと考えてたら仕事はあっという間に終わる。
さあ買いに行こう。
今のこの気持ち、少し懐かしい。
初めて人を好きになった時のような、そんな気持ちです。

これまで数え切れないくらいの物を買ってきたけれど、
こんなにドキドキする買い物は初めてかもしれません。
89 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/01(木) 19:27
「これに入れてくださいな」

あたしは透き通るような独特の青い色をした、
指輪のケースを指してそう言った。
どの指輪を買うかはもう決めていたけれど、
まさかケースでこれほど迷うとは思いませんでした。

一万円札を5枚だしてお釣りをもらう。
そんなに高い金額じゃないけれど、あたしにとっては大切なお金。
でもこれで終わりじゃありません。
いつ、どうやってひとみに渡すか。
これからそれをじっくりと考えなければいけません。

もっともスケジュール表のひとみの欄を見ていると、
それができそうな日はとっても限られていて、
誰が見たって「この一日しかない!」っていう感じです。
まあ、いいや。この日にしよう、そうしよう。
90 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/01(木) 19:27
あたしは箱を開けて指輪を取り出す。
ダイヤモンドのような石をゆっくりと指先でなぞる。
それはダイヤのように高価な石じゃないけれど、
あたしにとってはダイヤ以上に特別な石。
永遠を約束してくれる―――特別な石になるのです。

そしてこの指輪がひとみに渡った瞬間。
ひとみにとっても特別な石になる。

あたしは強く念じながら石に魔法をかける。
ひとみがあたし一人だけのものになるように。
ひとみがあたしの理想の人になるように。
ひとみがあたしだけの永遠の人になるように。

この魔法を解くことは誰にもできない。
二人の永遠の愛を阻む者には―――永遠の死、あるのみ。
91 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/01(木) 19:27
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
92 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/01(木) 19:27
 
93 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/02(金) 19:43
第六章   一秒でも早く
94 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/02(金) 19:44
★ ★ ★ ★ ★ ★ ★
95 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/02(金) 19:44
指輪を買ってから何日かが経った。
本当は一秒でも早く指輪をひとみに渡したかった。
あれだけ高価な指輪をずっと家に置いておくのも怖かったし。
でもまあ、住んでいる家のセキュリティに関しては
普通の人の家よりは遥かに気を遣っているから大丈夫でしょう。
あたしはこれでも一応、有名人だからね。

ひとみはあんまりセキュリティとか気にしないんだろうな。
あたしの思考回路は一直線にひとみへと飛ぶ。
ひとみはホテルでも暑いからと言って
スリッパ挟んでドアを開け放していたりしてたし。
そのまま寝ちゃったこともあったりした。
今となっては懐かしい笑い話だけど。

思い出し笑いしながら自分に少しあきれるあたし。
なんでもかんでもひとみに結び付けて考えるクセ―――
どうやら当分治りそうにもない。
96 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/02(金) 19:44
家で指輪を眺めながら思う。
あたしがデビューしてから稼いだお金は
ほぼ全てこの指輪にかけてしまったんだなって。
この指輪があたしの人生の全て。
他の人が聞いたらきっとあきれるか―――バカにするか。
でもあたしは後悔なんてしない。

あたしが何のために仕事をしているのか。
あたしが何のために生きているのか。
あたしにとって一番大切なものは何なのか。
それを考えれば自ずと出てくる答えは一つ。

だからあたしは後悔なんてしない。
この指輪があたしの人生の全て。
それでいい。
97 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/02(金) 19:44
翌日もあたしは指輪を置いて仕事に出る。
今日はハロプロメンバーがかなりたくさん来るはずだ。
ハロプロ以外の芸能人も何人か来る。
ひとみと二人っきりになる機会はないだろう。

現場に着くと相変わらずたくさんのメンバーがごった返している。
そんな人だかりを見ていると、意味もなく
「あー、面倒臭いなー」と、思ってしまう。
仕事が始まるまでのこの時間が一番面倒臭いんだよね。

ふと台本を見ると久しぶりに会う人の名前もいくつかあった。
一応、ハロプロの先輩達にはこちらから挨拶しておくべきだろう。
そんなことを考えていると丁度その時、
モーニング娘。のオリジナルメンバーやら2期メンバーやら
豪華なOG連中がずらーっとお出ましになる。

はいはい。先輩先輩。挨拶挨拶。
98 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/02(金) 19:44
そんな中でもやっぱりひとみは群を抜いて輝いている。
ひとみだけは先輩後輩とか関係ないように見える。
ひとみは1期2期3期の先輩に対しても卑屈にはならないし、
小春みたいなずっと年下の後輩に対しても尊大になることはない。
いつも冗談を飛ばしながら場を明るくしてくれる―――
たった一つのあたしの太陽。

あたしは1期2期3期の先輩達に挨拶を済まして、
ひとみの見えないところへすっと駆け出す。
混み合った廊下で何人かの人間にぶつかる。
でも。周りなんか全然見えない。だって。だって。

あたしは人気のない一室の隅に落ち着くと、
ふーっと一つ大きく深呼吸する。
悟られないように。誰にも悟られないように。
99 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/02(金) 19:45
指輪は明日渡す予定にしていた。
仕事の予定から言っても、明日くらいしか渡す日はない。
本当はプライベートな時間に渡したかったけど―――
もう我慢できない。一秒でも早く渡したい。

明日なら仕事中でも二人の時間を作れるはず。
その時までは、なるべくひとみと顔を合わせないようにしよう。
ひとみはああ見えて意外と勘がいい。
あたしの表情から何かを悟られないようにしないといけない。
今なら簡単にあたしの動揺を見抜かれてしまう。

明日指輪を渡すんだ。
ひとみにあたしの全てを受け取ってもらうんだ。
そう思っただけで―――
あたしの心臓は、自分でも驚くほど高鳴っていた。
100 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/02(金) 19:45
★ ★ ★ ★ ★ ★ ★
101 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/02(金) 19:45
 
102 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/02(金) 19:45
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
103 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/02(金) 19:45
指輪を買ってから何日かが経ちました。
じーっとあたしの机の中で「その日」を待っている指輪。
待っててね。もうちょっとだけいい子にしていてね。
もうすぐあなたの真のご主人様に渡してあげるから。

あたしは今日も指輪にそんなことを
話しかけながら仕度を済ませて仕事に行きます。
最近はすっかりつまんない仕事ばっかりになっちゃったけど、
それを顔に出すことはできません。
笑顔笑顔。今日も笑顔。いつも笑顔。
それがあたしの仕事ですから。

今日の現場は特に人が多いです。
久しぶりに会う人も多くてあたしは少し緊張気味。
モーニング娘。の先輩にあたる1期2期3期の人達に恐々とご挨拶。
こうやって一堂に会するのはいつ以来でしょうか。
104 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/02(金) 19:45
あたしはひとみの姿を探す。
どこだろう?
と、その時―――
ひとみより先に「あの子」の姿が目に入る。

またお前かよ。いつまでここにいるつもりなんだよ。
もういい加減、芸能界から引退しちまえよ。
消えろ。存在ごと消えろ。ていうか死ね。
人には見られたくない物を全てさらけ出してから死ね。

死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねよ
105 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/02(金) 19:45
あたしの心からは、指輪のことを
考えていた時のハッピーな気持ちは消える。
なんで?どうして?どうしてなの?
どうしてあたしがこんな思いをしなくちゃいけないの?
あたし悪くない。あたしは悪くないのに。なのになんで?

ひとみはあたしのことが好きだって言ってくれた。
愛しているのはあたし一人だけだって言ってくれた。
何度も何度も言ってくれた。

でも知ってる。
ひとみは「あの子」にも同じことを言ってる。
きっとあたしに言ったのと同じくらいの回数。
あたしに言った時と同じような表情で。
そしてあたしを愛した時と同じように―――

許せない。もう限界。我慢できない。
106 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/02(金) 19:45
でもそんな思いもきっと今日まで。

明日、指輪をひとみに渡す時まで。
明日なら収録も長くなるし、渡せる機会ができるはず。
明日を逃したら―――
あたしはきっと次の機会まで我慢できない。
今は一秒でも早くひとみに指輪を渡したい。

たった5万円足らずの指輪だけど、
あたしにとってはこれが―――とっておきの切り札。
107 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/02(金) 19:46
お金じゃない。気持ちを込めよう。
あたしがひとみにかけてきた思いを全て込めよう。
そしてひとみにあたしの思いを伝えよう。

もう我慢できないって。
あたし以外の子に優しくしないでって。
あたしだけを愛してって。

もし拒まれたら――――
いや、そんなことは考えない。あり得ない。
ひとみがわたしを裏切るわけがない。

あたしはそう信じてる。
あたしはそう―――信じてる。
108 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/02(金) 19:46
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
109 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/02(金) 19:46
 
110 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/03(土) 00:29
思わず、最初から読み直しました。
ひとつになったときどうなるのかすごく楽しみです。
111 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/03(土) 05:49
一日の終わりの楽しみになってきました。
頑張ってください。
112 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/03(土) 19:31
 
113 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/03(土) 19:31
第七章   今日は特別な日
114 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/03(土) 19:31
★ ★ ★ ★ ★ ★ ★
115 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/03(土) 19:31
朝。
目が覚めていつもと変わらない一日が始まる。
でもあたしにとっては特別な日。
きっと人生が変わるような、特別なことが起こる日になる―――
そんな予感がしていた。

あたしはいつも以上にドキドキしながらひとみに電話をかける。
まだ寝起きみたいではっきりしないひとみ。
あたしはひとみに、今日の仕事の合間に
少し時間を作って、二人で会って欲しいことを告げる。
問題ないはず。大丈夫なはず。だっていつもやってることだし。

案の定、ひとみはそっけなく「別にいいよ」と答えてくれる。
いつも言っているその一言が、今日のあたしを
どれだけ喜ばせたか―――きっとひとみは気づいていないだろう。
あたしは指輪のケースを鞄に放り込んで家を出る。
116 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/03(土) 19:31
あたしが控え室に入ると、そこには既に何人かが来ていた。
あたしは心の中で今日の予定を反芻する。
ひとみに指輪を渡すのは収録の合間でいい。
今日は丸一日がかりの長い仕事になりそうだから。

あたしは錆びたロッカーをガリガリと開ける。
なかなか開かない。クソ。なんだこれ。
ロッカーは今のハロプロのように古ぼけてガタがきている。
落ちぶれたあたしらにはこれで十分ってこと?
ああ嫌だ。何もかもが。何もかもが嫌。

こんな暗く沈んだ気持ちをなんとかして変えたい。
目の前を塞いでいる真っ暗な闇を吹き払いたい。
あたしにまとわりつく全てを吹き飛ばしたい。
それができるのは―――きっとこの世でひとみただ一人。
117 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/03(土) 19:32
あたしはロッカーに入れる前に、
鞄の中に指輪のケースが入っていることを確認する。
よしよし。これだけは忘れちゃいけないから。
ひとみを呼び出す前に、これだけは確認しておかないと。
あたしは鞄を入れ、ロッカーを閉めてメイク室へ向かう。

メイクを済ませて衣装にマイクを取り付ける。
もう既に今日の出演者は全て揃っているようだった。
その中には「あの子」もいた。
耳障りなあの子の声があたしの心を微かに乱す。

目が合う直前に―――目と目が合う予感がした。
こういう予感が外れることはまずない。
相手が世界で一番好きな人であろうと―――
一番嫌いな人であろうと。
118 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/03(土) 19:32
あの子の目とあたしの目が合う。
あたしは目を逸らさずにキッと睨みつける。
あの子はいつものような好戦的な表情ではなく―――
とびきり優しい微笑みであたしを見つめていた。

なにあの余裕綽々な表情は?
あの子は勝ち誇ったような表情でツンと上を向く。
気に入らない。
気に入らないのはいつものことだけど、
いつものあの子と何かが違う。

あの子はくるりとあちらを向き、他の子らと談笑を始める。
あの子に何か特別なことがあったのだろうか?
ついつい耳をそばだてて会話を盗み聞きしてしまうあたし。
でもあの子の会話はいつもと変わりない―――
他愛のない会話だった。
119 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/03(土) 19:32
時々、思い出したかのように微かに訛るあの子の言葉。
そんな田舎じみたイントネーションが、
いつもあたしを苛立たせる。
なんだよあのダサイ喋り方は。
いくら標準語を喋ろうとしても地方から来た子は駄目ね。

あんな下品な子は関東圏で育ったひとみとは合わない。
合うはずがない。
あたしみたいにひとみと同じ関東圏で育った人間こそが―――
などと考えているうちに最初の収録が始まろうとしていた。

仕事だ。
これは仕事だ。
あたしは頭を切り替えて―――
仕事用の笑顔を見せながらあの子の近くに座る。
120 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/03(土) 19:32
収録は何度かの休憩を挟みながら進む予定で―――
出演者が休憩する時間はまちまちになる感じだった。
あたしは指輪をいつ渡すかに思いを巡らす。
この収録が終わった後には、ひとみは小春と別の仕事がある。
なんとかこの収録の間にひとみと会う機会を作りたい。

あたしとひとみの体が空く数分。
あたしはそこを狙ってひとみを呼ぶことに決めた。
会う時間を決めた途端に、スタジオを流れる時間の流れが、
ぐにゃぐにゃと蛇行を始めたように感じる。
時間を早く感じているのか、あるいは遅く感じているのか。
それすらわからないほどあたしは緊張していた。

それから数時間後。収録はどうやら一段落。
ここで数十分の休憩に入るはず。
あたしは水をごくごくっと飲み干して気を落ち着かせる。
大丈夫大丈夫。いつも通りにいつも通りに。
121 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/03(土) 19:32
あたしは迷路のように入り組んだ廊下を抜けて、
ロッカーがある控え室まで指輪を取りに行く。
通り慣れたはずの廊下がぐにゃりと歪んで見える。
くそう。マジかよ。
オーディションの時だってこんなに緊張しなかったのに。

その時、数メートル先の部屋から
「ガガガガガガッシャガッシャ!!」とけたたましい音がする。
なんだあれ?うん?あたしらの控え室じゃないの?やだ怖い。
どうしようかと迷い、しばし立ち尽くすあたし。
しばらくすると部屋から一人の子が飛び出てきた。

「あの子」だ。
何やってんだよ。あんな狭い部屋で。
あたしの横をすれ違っていくあの子に対して、
あたしは聞こえよがしに舌打ちをする。
あの子はそれを聞いているのかいないのか―――
上機嫌で鼻歌を歌いながら角を曲がって消えていった。
122 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/03(土) 19:32
あたしは腑に落ちない気持ちを抱えながらも部屋に入る。
部屋の中は、気のせいか朝よりも雑然とした感じだった。
なんか埃っぽいよ。

それにしてもさっきの音は一体なんだったんだろう。
ちょっと気になるけど、まあ今は置いておこう。
それよりも今は指輪。
あたしは自分のロッカーの扉に手をかける。
ロッカーの扉は朝とはうってかわって、
拍子抜けするくらいあっさりと―――
鍵も差してないのに―――開いた。

鞄をあけて―――
底をまさぐると―――
そこにあるはずの―――


指輪のケースはなかった。
123 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/03(土) 19:33
★ ★ ★ ★ ★ ★ ★
124 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/03(土) 19:33
 
125 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/03(土) 19:33
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
126 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/03(土) 19:33
今日の仕事は長くなる。
控え室にいるみんなもそれを知ってか、
どことなく憂鬱な雰囲気が漂っています。

そんな時はお喋りするに限ります。
仲の良い子と話していると、憂鬱な気分なんてどこかにいっちゃう。
会話している間だけは―――
あたしの心は深い思考の迷路に迷うことはないのです。
あたしは何も考えずに、ただ思うことを反射的に言葉にする。

会話が服を着ている状態のあたし。
あたしの中身、どっかに消えちゃった。
ふふふ。
でもこういうお喋りをしている時間が一番好きなんです。
127 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/03(土) 19:33
あたしは背後に熱い視線を感じてくるりと振り返る。
こういう時は目が合うほんの一瞬前に―――
目と目が合う予感がするものです。

その視線の先にいたのは「あの子」。
ふふふふふふふふは。あはははははは。何あの間抜けな顔。
あたしはあの子が放った睥睨の一点射撃を軽く跳ね返し、
あの子に向かって微笑みの絨毯爆撃をくらわす。
あはははははははは。うへへへへへへ。バーカバーカ。

あたしはいつもとは違った余裕を携えてあの子に微笑む。
そうよ。今日のあたしはいつもとは違うの。
そう。今日は特別な日。
今日であなたとの微妙な関係もお終い。
今日で終わるの。
全てが終わるの。

ひとみがあたしの指輪を受け取る―――その瞬間にきっと。
128 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/03(土) 19:33
他愛もない情報をVTRで流しながら収録は進んで行きます。
地方から来たあたしにはちっともわかんないような
東京の街のおしゃれ情報とか。もう。わかんないよう。
何年いても東京という街には慣れません。

あたしはそんなVTR映像を横目にひとみの姿を見つめます。
ひとみは関東出身ということもあって
てきぱきと番組の情報を処理していきます。

カッコいいな。
同じ関東出身でも何もしてない「あの子」とは全然違う。
普段はウザイくらいうるさいくせに、本番中は黙り込むあの子。
おまえ本当に芸能人かよ。バーカバーカ。
129 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/03(土) 19:33
そうこうしているうちに収録は一段落。
いくつかある収録の合間の休みの間に、ひとみに指輪を渡さないと。
ひとみにはちゃんと二人の時間を作ってくれるように
昨日の晩に電話しておいたから大丈夫なはずです。

ひとみは結構いい加減なところがあるけれど―――
さすがに昨晩言ったことは忘れたりしないはずです。
あたしはパタパタと駆け出してロッカーに向かう。

あたしが控え室に入ろうとしたら、
丁度そこから小春が出てくるところでした。
なぜか慌てた表情を浮かべている小春。
この子は単純。
考えていることがすぐに顔に出ます。
130 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/03(土) 19:33
「どうしたの?」
「あ!せんぱーい!ロッカーが開かなくなったー!」
「あー、もうかなり古いロッカーだからね」
「ちょっと他の人に相談してきまーす」
「お願いね」

そういえばロッカーの扉の調子が悪いとは思っていました。
鍵とかもかなり緩くなっていて、ちょっと無用心です。
とうとう開かなくなっちゃったのも出てきましたか。
なんて暢気な気持ちで部屋に入って――――

ちょっと待って。
あたしのロッカーは大丈夫よね?
「大事な時に限ってアクシデントの法則」とかやめて。
そんなバカな!指輪が入ってるのよ!
あたしは祈るような気持ちで自分のロッカーの扉に手をかける。
あ!う!
131 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/03(土) 19:34
か、固い!でもなんとか開きそう。
お願い開いて。今日は特別な日なの!
こんなことで時間を使ってはいられないの!!
あたしは渾身の力を込めてロッカーを引く。

ガガガガガガッシャガッシャ!!
と鈍い音を立ててなんとかロッカーが開く。
勢い余って並びのロッカーが三つとも開く。
うわあ。これはさすがに拙いです。

あたしは慌ててこぼれ出た鞄やら小物やらをロッカーに戻す。
もう適当!他の人のロッカーなんて知らない!
急がないと。小春が戻って来る前に。
あたしはロッカーの中から飛び出ていた指輪のケースを拾い上げる。
透き通るような独特の青い色。これこれこれ!

これをひとみに。これをひとみに。
こんなちっぽけな指輪だけどきっとひとみは。
132 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/03(土) 19:35
ケースの中の指輪を確認すると、
あたしはポケットにケースを入れる。
まだ時間は十分にあるはずです。でも。
一秒でも早くひとみに会いたい。
はやる気持ちを抑えながらあたしは廊下に駆け出す。

廊下に出ると「あの子」に出くわした。
嫌味ったらしく舌打ちをするあの子。
あれ?あれれ?その程度?
あなたがあたしにできることはその程度なんですか?
あはははははは。気持ち良いです。最高の気分です。

今のあたしなら誰にも負けない。
きっとひとみだって、あたしを選んでくれるに違いない。

あたしはひとみへとつながる廊下をひたすら駆ける。
もしもこの廊下が永遠の長さだったとしても、
あたしはきっと永遠に走り続けることでしょう。
133 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/03(土) 19:35
あ!
あたしは立ち止まり、今来た廊下を数歩後ずさる。
そこにはひとみが一人お茶を飲んでいた。
すうっと左手で髪をすくひとみ。
その指にはたった一つの指輪もはめられていません。
当然です。
だってあそこに指輪をはめることができるのは―――
この世であたし一人だけですから。


「おう。なにしてんの」
「これ」


あたしは話しかけてきたひとみにケースを差し出す。
届くはずです。
気持ちを込めたもん。
魔法をかけたもん。
あたしの思いを全て。全てかけたもん。


ひとみの手がすっとあたしの方に伸びる。
134 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/03(土) 19:35
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
135 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/03(土) 19:35
 
136 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/04(日) 19:34
第八章   指輪と嘘と接吻と
137 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/04(日) 19:34
★ ★ ★ ★ ★ ★ ★
138 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/04(日) 19:35
ないないないない。指輪がない。
何度探してもどこを探してもない。
そんなバカな。朝は確かに―――確かにここにあったのに。
頭真っ白。思考停止。


「せんぱーい!探し物ですか?」
「!」
「随分散らかってますねー」
「いや、これはその、ロッカーが・・・・・」
「そう言えば先輩のロッカーは大丈夫でした?」
「え?大丈夫ってどういうこと?」
「調子悪いんです。鍵開けても開かなかったり。鍵開けなくても開いたり」
「!!」
「不便ですよねー。貴重品とか置いとけないですよー」
139 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/04(日) 19:35
あたしは甲高い声で話を続けようとする小春を無視して部屋を出る。
信じられない。でも可能性は一つしかない。
「あの子」だ。あの子しかいない。あの子が盗んでいったんだ。
許せない。もうこれは嫌いとかそういう次元じゃない。
あの子は一線を超えたんだ。

でもでもでもでも。でも。でもなぜ?
本当にあの子があたしの指輪を盗んだの?
わからない。あたしにはわからない。
あたしは初めて「あの子」の心が知りたいと思った。
あの子の考えていることが知りたいと思った。

迷路のような廊下を行くあたしの耳に一つの単語が聞こえる。
「指輪」。確かにそう聞こえた。
物陰に隠れるようにして向き合っている二つの人影。
その二人の手の中には―――
見覚えのある―――
透き通るような独特の青い色をしたケース―――
140 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/04(日) 19:35
「指輪」
「え?指輪なの?」
「あげる」
「え?マジで?」
「ひとみにあげるために買ったの」
「あ、ありがと・・・・・高かったんじゃないのこれ?」
「全然そんなことない。安物でゴメンね」

二人の会話が耳に入ってくる。
あたしはもうあの子の考えが知りたいなんて思わなかった。
理解しようなんて思わなかった。

あたしの体はあたしの意思と関係なくガタガタと震える。
いや、震えるなんてもんじゃなかった。
「震える」と表現するには―――
あまりにもあたしの体は大きく激しく動きすぎていた。

人間の体ってこういう風にも動くんだ。
自分の体が―――自分の体じゃないみたいだった。
頭で感じる感覚を体が持て余していた。
心から湧き上がる感情が肉体のキャパシティを超えていた。
こんなことは初めての体験だった。
141 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/04(日) 19:35
あの子は堰を切ったようにひとみに語りかける。
愛してる?魔法の指輪?
嘘。嘘。嘘。嘘。全部嘘。
その指輪はあたしから盗んでいったものでしょ?
何を言ってるのよ。ふざけないでよ。

あたしはそう言って二人の間に入ろうとしたけど―――
その歩みは―――
二人の接吻によって阻まれた。
142 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/04(日) 19:35
★ ★ ★ ★ ★ ★ ★
143 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/04(日) 19:35
 
144 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/04(日) 19:36
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
145 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/04(日) 19:36
「これ・・・・・・・は?」
「指輪」
「え?指輪なの?」
「あげる」
「え?マジで?」
「ひとみにあげるために買ったの」
「あ、ありがと・・・・・高かったんじゃないのこれ?」
「全然そんなことない。安物でゴメンね」

ひとみの手が、透き通るような独特の青い色をしたケースに触れる。
あたしはケースを開いて指輪をひとみの指にはめる。
まるでひとみのために作られたかのように、
指輪はぴったりとひとみの指にはまる。

そうです。
ひとみの指に合うのは、あたしが持っている指輪だけなのです。
あたしの指輪だけがひとみの指に合うのです。
それは必然。絶対。そして運命。
146 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/04(日) 19:36
あたしは胸に詰まった全ての思いをひとみにぶつける。
言葉で、目で、涙で、あたしの全てを。真っ直ぐに。
あたしだけのひとみでいて。
もう他の誰も見つめないで。
あたしを裏切らないで。
あたしの思いに応えて。

お願い、一生のお願い。

すっと優しく両手であたしの肩を抱くひとみ。
あたしは引き寄せられるようにして―――目を閉じる。
柔らかい唇があたしの唇に触れる。
見えないけど見える。
ひとみの顔が、目が、心が。
ひとみはこの瞬間から―――きっと永遠にあたしのもの。
147 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/04(日) 19:36
ビクッと雷に打たれたように震えるひとみ。
つられてあたしもパッと目を開きます。
あたしの目の前にいるひとみ。
もうどこにも行かないで。

「じゃ、先に戻ってて」
「え?」
「二人一緒に戻るってのもアレだから・・・」
「うん」

いつものように他の子の目を気にするひとみ。
でも構わない。公認の恋人じゃなくても構わない。
ひとみが秘密にしたいと思うならそれでもいい。
ひとみが望むなら―――
あたしは他の子に嘘をついてでも―――
このことを隠し通すつもりでした。

他の子には嘘でも、それはあたしにとっては真実。
二人だけの秘密。
それでいいんです。
148 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/04(日) 19:36
スタジオへ戻ろうとしたところでスタッフとすれ違う。
なんでもまだ収録の準備が整っていないとか。
再開されるまでは、まだもう少し時間がかかるようです。
そういえば仕事中でした。
あたしはそんなことすらすっかり忘れていました。

あたしはお気に入りの歌を鼻歌で歌いながらひとみを探す。
収録再開時間が延びたことを教えてあげなくちゃ。
そして、そして、そして、そして。

話したいことはたくさんあります。それこそ無限に。
でももうこれまでのように焦ることはありません。
だって時間は無限にあります。あたしとひとみの間には。

そう。これから先はずっと二人は一緒にいるのです。
ずっとずっと―――永遠に。
149 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/04(日) 19:36
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
150 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/04(日) 19:37
 
151 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/05(月) 03:01
かわいそすぎる
152 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/05(月) 19:30
 
153 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/05(月) 19:30
第九章   吸い込まれていくあたしの指輪
154 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/05(月) 19:30
★ ★ ★ ★ ★ ★ ★
155 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/05(月) 19:30
その時、ひとみと目が合う。
あたしにするように丁寧に「あの子」にキスをしているひとみ。
ギョッとした表情を浮かべたのもほんの一瞬。
慌てることなくあの子に先に戻っているように促す。
パタパタと駆け出すあの子。

あたしとひとみの距離はおよそ5mほどだろうか。
でもあたしにはそれが無限の彼方のように感じられた。
あたしはもうこの距離を埋めることはできないのだろうか。

「あの子なんだ」
「いや、違うよ」
「あの子を選んだんだ」
「違うって。お前以外に本気になったりしないから」
156 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/05(月) 19:31
あたしの頬を涙が伝う。
ああ。ひとみの言葉はなんて薄っぺらいんだろう。
嘘、嘘、嘘、嘘、嘘ばっかり。
あたしはひとみが好き。誰にも渡したくない。
でもあたしは一生ひとみを手に入れることはできない。
ひとみは何度でもあたしを裏切る。

あたしは何から話していいのかわからなくなる。
もうこれで終わりになるのかな。
もう嫌だ。
もうこんな繰り返しは嫌。
どうして裏切るの?どうしてあたしに嘘をつくの?
あたしはひとみに何度も語りかける。

「あの子」のような綺麗な言葉じゃないけれど―――真剣だった。
これで最後にしたかった。
結末がどっちに転ぶにしても。
157 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/05(月) 19:31
「わかった」


ひとみはそう言って指輪を外す。
あたしの脳裏を走り抜けていく嫌な予感。
何かが―――決定的な何かが終わる予感。
悲しいことに、あたしのこの手の勘は一度も外れたことはなかった。


「こーんな指輪こうしちゃう」


カコン


軽い音を残してゴミ箱に吸い込まれていくあたしの指輪。
あたしの全てをかけた指輪。
これまでの人生で積み上げた全てを注いだ指輪。
その指輪はジュースの空き缶の山の奥に消えた。
その瞬間―――あたしの中で全てが砕けた。
158 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/05(月) 19:31
ひとみはそれから愛してると言ってあたしを抱き寄せた。
でもあたしにはもうその言葉は耳に入っていなかった。
抱き寄せて笑顔であたしにキスをするひとみ。
いつものような丁寧なキス。
「あの子」にしたのと全く同じようなキス。


ああ。終わりだ。もう終わりにしよう。


あたしの中では全てが壊れた。
あたしの中の「吉澤ひとみ」を構成する要素は全て壊れてしまった。
ガラガラと音を立てて崩れた後に残ったたった一つの感情を、
一体なんと呼べばいいのか―――
はっきりと理解できるようになるまで少し時間がかかった。

だってあたしは―――これまでの人生で一度も―――
人を殺したいって思ったことがなかったから。
159 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/05(月) 19:31
★ ★ ★ ★ ★ ★ ★
160 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/05(月) 19:31
 
161 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/05(月) 19:31
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
162 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/05(月) 19:32
あたしはさっき来たばかりの廊下を戻っていきます。
そう。「行く」じゃなくて「戻る」。
あたしの帰る場所はひとみがいるところなのです。
今日からそう決めたんです。

少し離れたところに見える自動販売機のコーナー。
見慣れた後姿がそこに二つ。
遠目にも感じる異様な雰囲気にあたしは軽く気圧されます。
あれは―――ひとみと―――「あの子」?
気付かれないように忍び足で近づくあたし。

話の内容はよく聞こえないけれど―――
何を言い合っているのかはわかります。
絶対そうに決まっています。
きっとひとみが―――別れ話を切り出してるんだ。
163 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/05(月) 19:32
狭いスペースでもみ合う二人。
あの子の声が涙声に聞こえるのは―――
きっとあたしの気のせいじゃない。

ざまあみろ。地獄へ落ちろクソが。
ひとみがお前みたいなクソを選ぶわけがねーだろ。
お前に価値なんてねええええよ。意味ねーよ。死ね。

死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねよ

あははははははははあはは
泣けよ。叫べよ。もっと喚けよ。
もっと大声で喚け。あたしにもよく聞こえるように。
164 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/05(月) 19:32
あたしは、すっと時間が止まったような錯覚に陥る。
二人の間の会話が止まる。
気味の悪い沈黙がその場を支配する。
思わず身を乗り出して二人のことを見つめるあたし。
そのあたしの瞳に信じられない光景が映る。


カコン


軽い音を残してゴミ箱に吸い込まれていくあたしの指輪。
ひとみが一言二言あの子に語りかけ――――
二人はしばしの間見つめあい――――
唇と唇が重なる。
165 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/05(月) 19:32
裏切られた。
裏切られた。また裏切られた。裏切られた。また裏切られた。
心の中をスクロールする使い慣れた言葉。

裏切られた裏切られた裏切られた裏切られた裏切られた裏切られた
た裏切られた裏切られた裏切られた裏切られた裏切られた裏切られ
れた裏切られた裏切られた裏切られた裏切られた裏切られた裏切ら
られた裏切られた裏切られた裏切られた裏切られた裏切られた裏切
切られた裏切られた裏切られた裏切られた裏切られた裏切られた裏
裏切られた裏切られた裏切られた裏切られた裏切られた裏切られた
た裏切られた裏切られた裏切られた裏切られた裏切られた裏切られ
れた裏切られた裏切られた裏切られた裏切られた裏切られた裏切ら
られた裏切られた裏切られた裏切られた裏切られた裏切られた裏切
切られた裏切られた裏切られた裏切られた裏切られた裏切られた裏

これで何度目になるのか―――あたしはもう数えない。
許せない。
あんなに信じていたのに。
あの指輪にあたしの全てをかけたのに。
許せない。絶対に許せない。
あたしは許さない。ひとみのことを―――永遠に。
166 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/05(月) 19:32
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
167 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/05(月) 19:32
 
168 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/06(火) 06:00
こえええええええええええええええ
でもすごくおもしろいです。
169 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/06(火) 15:14
作者さんは今すぐ精神科に診てもらうように!
170 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/06(火) 19:34
 
171 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/06(火) 19:34
第十章   裏切るけれど、裏切らないで
172 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/06(火) 19:35
★ ★ ★ ★ ★ ★ ★
173 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/06(火) 19:35
あたしはキスを続けようとするひとみを突き飛ばして後ろを振り向く。
確かに感じた。
確かに今、誰かの視線を感じた。
誰かに見られていた?―――もしかしたら「あの子」に?

一瞬、驚いた表情を見せたひとみは、
それでもいつものようにあたしに優しい言葉をかける。
いつもなら嬉しくてたまらなくなるようなひとみの愛の言葉。
でも今は違う。
もうあたしの心には響かない。

嬉しくなるどころか、あたしは思わず笑いそうになる。
ひとみがその時あたしにかけた言葉は―――
滑稽なことに―――
ついさっき「あの子」にかけていたのと同じ言葉だった。
174 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/06(火) 19:35
もうひとみに対して怒りや悲しみをぶつける気にはならなかった。
指輪のこととかを説明する気にもならなかった。
もうたくさんだった。
あたしがひとみにかけたもの―――あたしの全て。
それを返してもらおうなんて思わなかった。

あげる。
全部あげる。
あたしからひとみへの―――最後の餞別として。

あたしは従順な恋人役を演じながらひとみに笑顔を向ける。
「ありがと」「信じてる」そして「愛してる」と
心にもない言葉をひとみにかけ、
ひとみと分かれて収録現場の方へ戻る。
その時あたしがひとみに向けた笑顔が―――

結果としてひとみに向けた最後の笑顔となった。
175 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/06(火) 19:35
あたしは初めて「あの子」に同情した。
あたしにかけたのと全く同じ言葉をひとみからかけられたあの子。
あたしと同じくらい、手酷くひとみに裏切られたあの子。
でもあなたの悲劇は今日で終わるのよ。
おめでとう。

あたしは人生最大の無謀な決断をする。
決断するのは早い方だ。
ひとみを殺す。
その結果、あたしの人生が終わっても構わない。
あたしの人生。あたしの全て。
それは指輪という形になって自販機のゴミ箱に消えた。
あたしはもうゴミ箱に落ちた指輪を拾う気はなかった。

ひとみはあたしを何度も何度も裏切った。
一度くらいはあたしがひとみを裏切ってもいい。
176 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/06(火) 19:35
おめでとう。
あたしはもう一度「あの子」に祝福の言葉を贈る。
そう。それはあたしの、心からの祝福の言葉。
あたしの本心。

あたしはひとみを裏切るけれど、
あなたはひとみを裏切らないでね。
最後の最後までひとみのことを信じてあげてね。
それはそんなに長い間のことじゃないから。
今日までのことだから。
今日だけのことだから。
今日だけは―――ひとみはあなたの恋人。

あたしはもうひとみのことは愛さない。
あたしがひとみに対してできることは―――
もうたった一つしか残っていない。
あたしはあたしのなすべきことをなすだけ。
177 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/06(火) 19:35
あたしはなすべきことをなすために、
収録が止まったままの現場をうろつき、必要な情報を集める。
あたしは小春を見つけて一つ二つ聞きたいことを聞く。
小春は素直に全て教えてくれた。

それからその日の収録が終わるまではあっという間だった。
あたしは今日の朝、目覚めた時のことを思い出す。
あの時の予感はやはり正しかった。
今日はあたしにとって特別な日になる。

人生が決定的に変わるような、特別なことが起こる日になる。
178 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/06(火) 19:35
★ ★ ★ ★ ★ ★ ★
179 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/06(火) 19:35
 
180 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/06(火) 19:36
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
181 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/06(火) 19:36
二人が去った後もあたしは呆然とそこに立ち尽くしていました。
どのくらいの時間が経ったのでしょうか。
あたしはふらふらと自販機のゴミ箱に近づき、
手を突っ込んで、ガラガラと音を立てながらゴミ箱を漁ります。

あった。
指輪はあっけなく見つかりました。
茶色の薄汚れた液体にまみれたあたしの指輪。
ふと気付いて自分の衣装を見ると、
袖から肘にかけてジュースの汁でべったりと汚れていました。

惨め。
惨めだった。
裏切られるのには慣れてる。慣れているはずでした。

でも―――でもこんな惨めな気持ちは初めて。
182 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/06(火) 19:36
ゴメンね。
あたしは指輪に向かって詫びる。
ジュースの汁は拭いても拭いても取れなかった。
消えないよ。ベトベトとした感触が消えないよ。
拭いても拭いても消えない。
それでもあたしはひたすら拭いた。

拭いて拭いて拭いて拭いて拭いて拭いて拭いて拭いて
て拭いて拭いて拭いて拭いて拭いて拭いて拭いて拭い
いて拭いて拭いて拭いて拭いて拭いて拭いて拭いて拭
拭いて拭いて拭いて拭いて拭いて拭いて拭いて拭いて
て拭いて拭いて拭いて拭いて拭いて拭いて拭いて拭い
いて拭いて拭いて拭いて拭いて拭いて拭いて拭いて拭
拭いて拭いて拭いて拭いて拭いて拭いて拭いて拭いて
て拭いて拭いて拭いて拭いて拭いて拭いて拭いて拭い

それでも消えなかった。
ベタベタが消えなかった。
ああ、この汚れはきっと永遠に消えないんだ。

ゴメンね。ゴメンね。本当にゴメンね。
あたしは謝りながら指輪を飲み込む。
183 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/06(火) 19:36
この指輪はあたしだ。あたし自身なんだ。
もう二度と離れないからね。
ずっと一緒にいようね。
あたしはあなたを裏切らない。裏切らないから。

ゴメンね。あたしを許してね。
あなたを裏切ったひとみは―――あたしが殺してあげるから。
心の中にすんなりと「殺す」という単語が出てきたことにも
あたしはちっとも驚きませんでした。
だってそれは極めて自然な感情。

あたしは何度も何度もひとみに裏切られた。
ひとみは最後には「あの子」を選んだ。
ひとみはあたしの心を、指輪を、全てを裏切った。
もういい。
今度はあたしがひとみを裏切る番。
184 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/06(火) 19:36
ひとみはまだ―――
あたしがひとみの裏切りに気付いたってことに―――
気がついていないはずです。
今ならひとみに疑われることなく近づいて殺すことができる。

ひとみがあたしの全てを裏切るなら―――
あたしはあたしの全てを賭けてひとみの全てを消してあげる。

あたしとひとみをつなぐものは、永遠の愛ではなく、永遠の死。
この指輪にかけてあたしは―――ひとみを殺す。
それでいい。
きっとそれで全てが終わる。
185 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/06(火) 19:37
あたしはやるべきことを決めた瞬間、行動に出ました。
暇そうにうろついていた小春を捕まえ、
この後のひとみとの仕事の予定を聞く。

ひとみとの仕事の場所。仕事の時間。終わる時間。
そのあとの予定。泊まるホテル。そしてホテルの部屋まで。
マネージャーの手帳を調べるまでもなく、
あたしの欲しい情報は全て手に入りました。

今夜。
今夜でひとみとの全てに決着をつける。
あたしはお腹のあたりをゆっくりとさすり、指輪に話しかける。
大丈夫。あたしはあなたを裏切らない。
あたしはひとみを裏切るけれど―――
あなたはわたしを裏切らないで―――。
186 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/06(火) 19:37
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
187 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/06(火) 19:37
 
188 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/06(火) 22:34
ちょっと、すごいね。
次回、たのしみに待ってます。
189 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/07(水) 19:34
 
190 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/07(水) 19:34
第十一章  扉は開かれていた
191 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/07(水) 19:35
★ ★ ★ ★ ★ ★ ★
192 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/07(水) 19:35
あたしは白くライトアップされたホテルを見上げる。
もうひとみと小春の仕事は終わって、
ホテルに入っているはずの時間だった。
今頃ひとみはホテルの部屋で寝ているだろうか。

フロントの前を通るときは少し緊張したけど―――
でもあたしはあくまでも普通にそこを通り過ぎる。
この時間なら大丈夫だという時間は小春に確認していた。

もっともあたしは身を隠そうなんて思わなかった。
吉澤ひとみを殺したのはあたしです。
全てが終わったら世界中の人にそう言ってやりたいくらい。
193 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/07(水) 19:35
あたしはエレベーターで6階に上がる。
夜も更けたホテルの廊下には人影はなかった。
廊下を歩きながら、自分が意外と緊張していないことに気付く。

これからひとみを殺そうというのに―――
感情の高ぶりというものが全くなかった。
ひとみに指輪を渡そうとした時の、あの気持ちの高ぶりが懐かしい。
なんだかもう数年前のことのように感じる。

あたしはひとみを裏切ろうとしているのに、
こんなに冷静でいいんだろうか。
案外ひとみも―――
いつもこうやってクールにあたしを裏切っていたのかもしれない。
何の罪の意識も感じずに。

あたしはひとみの部屋の前にたどり着く。
194 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/07(水) 19:36
『615』というプレートがかかった部屋は、
よく見ると微かに扉が開いていた。

ああ。今日も暑かったから。
開けっ放しのままで寝ちゃったんだろうか。
でもその方が都合がいい。

寝ているひとみを起こして扉を開けてもらうのは気が重かった。
もうなるべくひとみとは会話をしたくなかった。
あたしはゆっくりと暗い部屋の中に忍び込み、
枕元に点いた微かな明かりを頼りに進む。

窓が開け放たれていた部屋に涼しい風がすうーっと通り過ぎる。
195 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/07(水) 19:36
うつ伏せになって寝ているその首にあたしは手を伸ばす。
ナイフで刺したりすることは考えてなかった。


あたしが

自分の手で

下す


あたしの両手が細く白い首に触れる。
196 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/07(水) 19:36
★ ★ ★ ★ ★ ★ ★
197 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/07(水) 19:36
 
198 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/07(水) 19:36
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
199 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/07(水) 19:36
あたしは白くライトアップされたホテルを見上げる。
もうひとみと小春の仕事は終わって、
ホテルに入っているはずの時間です。
今頃ひとみはホテルの部屋で寝ているのでしょうか。

フロントの前を通るときは少し緊張したけど―――
でもあたしはあくまでも普通にそこを通り過ぎる。
この時間なら大丈夫だという時間は小春に確認していました。

もっともあたしは身を隠そうなんて思わなかった。
吉澤ひとみを殺したのはあたしです。
全てが終わったら世界中の人にそう言ってやりたいくらい。
200 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/07(水) 19:37
あたしはエレベーターで6階に上がる。
夜も更けたホテルの廊下には人影はなかった。
廊下を歩きながら、自分が意外と緊張していないことに気付く。

これからひとみを殺そうというのに―――
感情の高ぶりというものが全くありませんでした。
ひとみに指輪を渡そうとした時の、あの気持ちの高ぶりが懐かしい。
なんだかもう数年前のことのように感じます。

あたしはひとみを裏切ろうとしているのに、
こんなに冷静でいいのでしょうか。
案外ひとみも、
いつもこうやってクールにあたしを裏切っていたのかもしれない。
何の罪の意識も感じずに。

あたしはひとみの部屋の前にたどり着く。
201 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/07(水) 19:37
『616』というプレートがかかった部屋は、
よく見ると微かに扉が開いていた。

ああ。今日も暑かったから。
開けっ放しのままで寝ちゃったんでしょうか。
でもその方が都合がいいです。

寝ているひとみを起こして扉を開けてもらうのは気が重かった。
もうなるべくひとみとは会話をしたくなかった。
あたしはゆっくりと暗い部屋の中に忍び込み、
枕元に点いた微かな明かりを頼りに進みます。

窓が開け放たれていた部屋に涼しい風がすうーっと通り過ぎる。
202 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/07(水) 19:37
うつ伏せになって寝ているその首にあたしは手を伸ばす。
ナイフで刺したりすることは考えていませんでした。


あたしが

自分の手で

下す


あたしの両手が細く白い首に触れる。
203 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/07(水) 19:37
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
204 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/07(水) 19:37
 
205 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/08(木) 15:53
………どういう事だ?
なんにせよ結末に超期待。
206 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/08(木) 19:34
 
207 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/08(木) 19:34
第十二章  殺すか 殺されるか
208 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/08(木) 19:34
★ ★ ★ ★ ★ ★ ★
209 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/08(木) 19:35
あたしはひとみの首をつかみ渾身の力で絞める。
だけど。その時。一瞬感じた微かな違和感。
だがそれが何か確認する前にあたしは弾き飛ばされる。
たたらを踏んで窓際まで後ずさるあたし。
ベッドからむくりと起き上がる人影。
誰?あんた誰?
あの人影は―――ひとみじゃない。

すくりと立ち上がった人影。
あのシルエット。あの髪型。もしかして。


「せんぱーい。遅かったじゃないですかー、もう時間ギリギリ!」
「あんた・・・・・なんでここに」
「なんでここにいるのかって?」
「ここはひとみの部屋じゃ・・・・・・」
「吉澤さんの部屋は、実は隣の616号室なんです」
「小春!あんたあたしに嘘を!」
「えへへへへへ」
210 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/08(木) 19:35
部屋の中はまだ暗い。
ゆっくりと近づいてくる小春の表情は見えない。
あたしはじりじりと後退してベランダに出る。
吹き上げてくる風があたしの首筋をひんやりと撫でる。

「先輩を吉澤さんの部屋に行かせるわけにはいきません」
「小春・・・・・あんた何でこんなことすんの?」
「何でって?決まってるじゃないですか」
「決まってる?何が?」
「もちろん先輩を―――殺すためですよ」

小春はさらっと言ってのける。
ふふふと笑いながらさりげなく左手をあたしに向ける。
その指には―――見覚えのある指輪があった。
211 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/08(木) 19:35
「その指輪は・・・・・もしかして・・・・」
「そうです。先輩のです。ロッカーこじあけてもらっちゃいました」
「あんたが!・・・なぜ・・・・・」
「先輩は他の人が盗んだと勘違いしてたみたいですけどね」
「!あんたそこまで!?」
「全部こっそり見てました。あの時の吉澤さんとの指輪のやりとりとか」
「なんで?なんで?なんで盗んだの?」
「えへへ。時間があればもっと他の人のも取るつもりだったんですけどねー」
「わからない。なんであんたが盗んだの?」
「そんなの決まってるじゃないですか」
「え?」
「先輩を―――吉澤さんから引き離すためですよ」
212 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/08(木) 19:36
知ってたんだ。
小春は全部知っていたんだ。
あたしが指輪を買ったことも。
あの日、あたしがひとみに指輪を渡そうとしたことも。
あの日あの時しか渡す時がないってことも。
あたしがひとみと喧嘩をしたことも。
あたしが今日このホテルに来ることも。

そして―――
『吉澤さんから引き離すためですよ』ってことは―――
もしかして、もしかして
もしかして小春もひとみと―――
そんな―――
213 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/08(木) 19:36
でもでもでも―――
小春が密かにひとみと付き合っていたとしても、
腑に落ちないことは他にもたくさんある。
たくさんありすぎる。

小春はあたしがひとみを裏切ることを知っていたの?
「あの子」とひとみが付き合ってたことを知ってたの?
「あの子」が持っていた指輪は何だったの?
そして―――いきなり殺すって何?

あたしを殺す?
なんで?
なんでこれくらいのことで?
ただあたしからひとみを奪うためだけに?
そんなことであたしは殺されちゃうの?
214 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/08(木) 19:36
★ ★ ★ ★ ★ ★ ★
215 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/08(木) 19:36
 
216 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/08(木) 19:36
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
217 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/08(木) 19:36
あたしは渾身の力を込めてひとみの首を絞める。
ひとみは深く眠っているのかピクリとも動きませんでした。
それからどれくらいの時間、締めていたのでしょう。
あたしは我に返ってひとみの頚動脈に触れる。
止まってる。
完全に死んでる。
死んだんだ。あたしが殺したんだ。

ひとみは死ぬときも静かで、美しかった。
大きく取り乱したりすることもなく。
醜い断末魔の声をあげることもなく。
死ぬときまでひとみは気高く美しいのですね。
あたしはそんなことを思いながらひとみの死に顔を見つめます。

そのとき。
不意に背後に視線を感じる。
後ろを振り向くと―――驚くほどあたしの近くに―――
一人の子が立っていました。
218 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/08(木) 19:37
「先輩。意外と早かったですね」
「小春・・・・・いや、違う。これはちょっと」
「大丈夫。先輩が吉澤さんを殺したなんて思ってませんから」
「あんた・・・・何を言って・・・・・」
「吉澤さんを殺したのは―――小春ですから」


小春の言葉にあたしは軽くパニックになる。
おかしいおかしいおかしい。この子何言ってるの?
頭がおかしいの?
小春がひとみを殺した?
そんなわけないじゃん。そんなわけないじゃん。
既にひとみは死んでいたの?あたしが絞め殺す前に?

あたしあたしあたしあたし
どうすればいい?
何を言えばいいの?
219 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/08(木) 19:37
「先輩のことは全部吉澤さんから聞いてましたよ」
「え」
「そして他に付き合ってる人のことも」
「『あの子』のことも?」
「ふふふ。先輩の言う『あの子』ってのが誰なのかは知りませんが―――」
「信じられない・・・・・」
「吉澤さん、あたしの前では口が軽かったんです」
「もしかしてあんたもひとみと付き合ってたんじゃ―――」
「ええ。あたしは吉澤さんの一番になりたかった」
「!」
「吉澤さんのためならなんでもするって思ってました」
「あんた・・・・・」
「吉澤さんに―――『あの子鬱陶しいから殺してよ』って言われるまでは」
「そんな・・・・・」
「殺してくれたら一番にしてあげてもいいって―――言われるまでは」
220 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/08(木) 19:37
あたしはもう言葉が出ません。
小春の言っている言葉の一つ一つは理解できます。
でも全てをつなげて理解することはできませんでした。
頭が理解することを拒絶していました。
信じられない。
ひとみが―――「殺して」なんて小春にお願いするなんて。


「わかってます。吉澤さんの言葉が冗談半分だってことは」
「当たり前でしょ!殺していいと思ってるの!!」
「あれ?先輩は今日、吉澤さんを殺しに来たんじゃないんですか?」
「!」
「わかります。先輩の気持ち。もう全部終わりにしたいんでしょ?」
「いや・・・違う。あたしは違う」
「お互い、仲間同士で裏切ったり裏切られたり。もう嫌」
「だからって殺すなよ!」
「殺すなって言われても―――殺しますよ。先輩もこれから」
「何言ってんのよあんた!」
「先輩が今日ここに来るってわかった時に―――決めたんです」
「やだ!やめてよ!」
「殺すって決めたんです。吉澤さんも。先輩も」
「小春・・・・・」
「嘘つきの裏切り者は―――今日全員ここで殺すって」
221 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/08(木) 19:37
小春はあたしの胸倉をつかんで窓際の方へと押しやる。
凄い力。本気だ。小春は本気なんだ。殺される。
理由はよくわからなかったけど、
小春が本気であたしを殺そうとしていることはわかった。


「なんで?あたしは小春を裏切ってないよ」
「吉澤さんを愛した人。愛された人。今日全員ここで死ぬの」
「知らないわよ!ひとみはあたしのものだったのに!」
「ふふふ。先輩・・・・・指輪、残念でしたね」
「!あんた知ってたの!」
「見てましたよ。後で吉澤さん本人からも聞きましたし」
「嘘!嘘よ!」
「『あんなもんいっぱいもらってるよ』って吉澤さん自慢してましたよ」
「最低・・・・・」
「『みんな指輪が好きだなあ』って。アハハハハ」
「くそう・・・・・・」


あたしは泣きながらもがいた。
だけどその涙も小春の肘で軽く吹き飛ばされた。
あたし、死ぬの?本当に死ぬの?
本当にここで小春に殺されちゃうの?
222 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/08(木) 19:37
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
223 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/08(木) 19:38
 
224 名前:名無し飼育さん 投稿日:2007/02/09(金) 15:00
すごいです。やばい。どうなるんだろう。
225 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/09(金) 19:33
 
226 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/09(金) 19:34
第十三章  許せないこと 許されないこと
227 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/09(金) 19:34
★ ★ ★ ★ ★ ★ ★
228 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/09(金) 19:34

「てっきり仲直りするために来たんだと思ってましたけど」
「え?」
「吉澤さんを殺しに来たなんて―――先輩もなかなかやりますね」
「ち、違う・・・・あたしは・・・・あたしは」
「もうちょっとで息が詰まるところでしたよ」


小春はそう言いながらもグッと間合いを詰める。
ベランダでもみ合うあたしと小春。
小春はグイとあたしの首をつかんでベランダに押し付ける。


凄い力。

やめて。

落ちる。

押さないで!!
229 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/09(金) 19:34
「小春やめて!押さないでよ!落ちるでしょ!」
「やだなー。落とすために押してるんですよー」
「ごめん!謝る!だからやめて!冗談はやめて!」
「殺しに来たのに殺さないでとは随分調子がいいですね」
「違うの!ふざけただけ!殺そうとしてない!ゴメンってば!」
「謝ってもダメですよ。謝っても許されないことってあるでしょ?」
「何をわけわかんないこと言ってんの!」
「だから小春は謝りません。先輩を殺しても謝りません」
「謝ってくれなくてもいいから!押さないでって!」
「謝りませんよ。小春を裏切った人には」
「小春・・・・・・」
「小春は謝らない。吉澤さんが愛した人には」
「あんた・・・・」
「謝らない―――小春から大事な物を奪っていった人には―――絶対に」
230 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/09(金) 19:34
「あたしは裏切ってない!奪ってもいない!」
「よく言いますね。思いっきり吉澤さんを殺そうとしたくせに」
「裏切ったのはひとみの方なの!あたしの話を聞いて!」
「知ってますよ」
「え?」
「話は全部吉澤さん本人から聞いてますから」
「はあ?」
「吉澤さんと付き合っていたのは―――先輩だけじゃないってことです」
「小春・・・・やっぱりそうだったの・・・」
「ええ。あたしも先輩も同じような立場だったってことです」
「あんたも・・・・・ひとみに裏切られたの?」
「・・・・・・・」
231 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/09(金) 19:35
「ま、どっちにしても先輩はここで死ぬんですよ」
「いや!いやだって!だからあたしは!」
「殺すって決めたんです。先輩が今日ここに来るってわかった時に」
「小春あんた―――そんなにも―――ひとみのことを」
「それはもういいです」
「もういい?」
「吉澤さんのことはもういいんです」
「じゃあ!なんで!なんでよ!小春!」


小春は親しい人間を殺そうとしているとは思えないくらい落ち着いていた。
さっきまでの小春と全く一緒。
スタジオではしゃいでた小春と全く一緒。
小春は素っ気無い口調でそれはもういいんですと呟く。


じゃあ!なんで!なんでよ!小春!
232 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/09(金) 19:35
★ ★ ★ ★ ★ ★ ★
233 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/09(金) 19:35
 
234 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/09(金) 19:35
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
235 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/09(金) 19:35
小春はなおも容赦なくあたしをベランダに押し付ける。
やめて。落ちるって。ねえ。冗談だよね?
あたしは最後のお願いと言わんばかりに小春を見つめる。
小春の表情は真剣でした。
何もかもを弾き飛ばして撥ね付ける、かたくなな眼差しでした。


「小春・・・・・あたしを殺したいってのはわかる」
「え?」
「でも、なんでひとみを殺したの?好きだったんでしょ?」
「好きだった。世界で一番好きだった」
「じゃあなんで殺したのよ!バカ!バカ!」
「小春は吉澤さんのためになんでもするつもりだった。殺人だって」
「あんたマジでバカ!」
「バカじゃないです」
「バカだよ。バカ」
「バカじゃないです」
「あんた・・・・・・」
「バカじゃないです」
236 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/09(金) 19:36
「なんでもすることが愛するってことじゃないんですか?」
「なんでもって・・・・」
「でも吉澤さんは違う。小春のためには何もしてくれない」
「う・・・」
「吉澤さんは笑ってまた違う女の人のところへ行く」
「それぐらい許してあげなよ!」
「先輩は許せた?」
「許せる―――わよ」
「殺そうと思わなかった?」
「う・・・・・」
「思わなかった?」
「・・・・・・」
「小春は許せなかった。もう吉澤さんのことを許せなかった」
237 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/09(金) 19:36
もうあたしの腕は限界を超えていた。
駄目。落ちる。助けて。小春助けて。お願い。
でもいつだってこんな時に小春は、
あたしの求めている言葉は発してくれないのです。


「吉澤さん、最後に何て言ったと思います?」
「は?」
「あたしに絞め殺された時、何て言ったと思います?」
「わかんないよ・・・・・」
「『小春!おまえ裏切んのかよ!』だって」
「・・・・・・・」
「あたしに先輩のことを『殺してよ』って言ったくせに」
「だからそれは冗談でしょ?」
「吉澤さんの言葉が冗談か本気か。先輩にはわかりましたか?」
「わかるに決まってるだろ!」
「本当にそう?」
「はあ?」
「本当に?」
238 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/09(金) 19:36
「吉澤さんは先輩にも『愛してる』って言ったんでしょ?」
「言ったよ!何度も!」
「じゃあその『愛してる』って言葉は?」
「え?」
「本気の言葉だったの?嘘だったの?」
「本気だよ。本気だった。冗談のわけがない」
「裏切られたのに?」
「裏切られても・・・きっと本気だった」
「他の人とも付き合っていたのに?」
「う・・・・・・」
「その言葉は本気だって言い切れますか?」
「少なくとも・・・その時は・・・・」
「小春にはわかんないです」
「・・・・・・」
「小春にはもう―――吉澤さんの言葉が本気かどうかなんてわからなかった」
239 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/09(金) 19:36
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
240 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/09(金) 19:36
 
241 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/10(土) 02:22
じわりじわりときますね。
242 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/10(土) 19:05
何だかすごいことになってきましたね。
毎日夜7時半が楽しみです。
243 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/10(土) 19:34
 
244 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/10(土) 19:34
第十四章  さよならは言わない
245 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/10(土) 19:34
★ ★ ★ ★ ★ ★ ★
246 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/10(土) 19:34
「もう吉澤さんのことはいいじゃないですか」
「あんたひとみが好きなんでしょ?好きじゃないの?」
「もう終わったんです。もう吉澤さんはいません」
「どういうこと?」
「吉澤さんなら隣の部屋で死んでますよ。あたしが殺しました」
「あんた・・・・・冗談だよね?」
「マジです。殺したんです。もう終わったんです」
「なんで!なんでそんなことすんのよ!」
「吉澤さんがあたしだけを愛してくれないってこと、気付いたんです」
「それだけで?そんな理由で?」
「先輩だって同じことしようとしてたじゃないですか」
「!」
247 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/10(土) 19:35
「吉澤さんに裏切られたから―――殺そうとした」
「いや、違う」
「吉澤さんが自分だけのモノにならないってわかったから―――殺そうとした」
「そんなんじゃない!あんたに何がわかんのよ!」
「あたし達は同類なんですよ」
「違う!あたしはあんたとは違う!」
「同類ですよ。あたしも先輩も。そして吉澤さんも。みんな同類なんですよ」
「え?」
「もういいです」
「小春!どういうこと!ちょっと!」
「先輩これで終わりです。裏切り者にさよならは言いませんよ」
「ダメ!小春!」
248 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/10(土) 19:35
あたしには小春を押し返すだけの力は残っていなかった。
大声をあげようとした口も小春の指で防がれた。
全てを諦めたあたしはじっと小春の顔を見る。
小春の目には怒りも悲しみもなかった。

ああ、そういうわけね。
きっと小春の殺意の対象は、あたしでもひとみでもないんだ。
いや、それは殺意ですらないのかもしれない。
単なる一個人の我侭。いや。
きっと「殺意」や「我侭」なんて既存の言葉では定義できない感情。
あたしの中には存在しない種類の感情。
でもそれでいいや。

あたしはアイドル。
物のように扱われることには慣れている。
他人に人生を振り回されることには慣れている。
あたしは物として死んでいこう―――

なんて考えてるうちにあたしの指がベランダから離れる。
風を受けながら地面へと吸い込まれるように落ちていくあたし。
そういえばここは6階だったっけ。
249 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/10(土) 19:35
落ちていきながらあたしは考える。
小春の言葉の意味を考える。
小春の言葉は鋭く的確にあたしの急所を突いていた。

ひとみとも最後にあんな会話をしたのだろうか?
もしかしらたひとみが一番好きだったのは―――
小春だったのかもしれない。

不意に閃いた思いに胸が苦しくなるあたし。
だけど悲しいことに―――
あたしのこの手の勘は一度も外れたことはなかった。
きっと今回も。ははは。バカだな。こんな時にまで。
250 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/10(土) 19:35
結局のところ。
裏切ったのはあたしだったのだろうか
それともひとみだったのだろうか。
それとも「あの子」?それとも小春?

裏切ったのは―――誰?
裏切られたのは―――誰?

そんなことを考えながらも、
ゆっくりと地面に近づいていくあたしの脳裏に最後に浮かんだのは―――
悔しいことに―――
愛していると言ってキスをした、あの時のひとみの笑顔だった。
251 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/10(土) 19:36
★ ★ ★ ★ ★ ★ ★
252 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/10(土) 19:36
 
253 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/10(土) 19:36
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
254 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/10(土) 19:36
「小春―――あんたやっぱりバカだよ」
「バカかもしんないです。吉澤さんと同じくらい」
「どっちもどっちだよ」
「そうですね。小春も吉澤さんも同類ですね」
「あんたら二人とも―――大バカだよ」
「先輩も同類ですよ」
「あたしは違う」
「同類ですよ。先輩もあたしも吉澤さんも。みんな嘘つきの裏切り者」
255 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/10(土) 19:36
あたしは必死に小春の顔を見つめます。
小春は見た感じ普段の小春と変わりない表情でした。
いつだって、この子の考えてることはすぐに顔に出てたのに。
こんな時に限ってこの子の心が見えないなんて。


「先輩、死んでもらいます。これで最後ですよ」
「あっそ」
「最後です。さよならは言いませんよ」
「え?」
「あたしを裏切った人間に、さよならなんて言わない」
「・・・・・・・・」
256 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/10(土) 19:37
「ねえ小春。今ならまだ間に合うわ」
「何言ってんですか。だからもう最後なんですって」
「今からでも自首―――そうよ自首すれば」
「アハハハハ。自首なんてこれっぽっちもするつもりないです」
「あんたこんなことして逃げ切れるつもり?」
「逃げるつもりもないです」
「じゃあどうすんのよ!」
「やだなー、さっき言ったじゃないですか」
「何をよ!」
「『死ぬんですよ。嘘つきの裏切り者は’’全員’’ここで』って」
「え?どういう意味?」
「『吉澤さんを愛した人。愛された人。’’全員’’ここで死ぬの』って」
「あんたもしかして・・・・・・」
「小春もこの用事が全部済んだら先輩の後を追います」
「バカ!あんた本当にバカだ!」
257 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/10(土) 19:37
あたしをここで殺したら。
小春もここで死ぬつもりなんだ。
ダメ。あたしが死んだら小春も死ぬ。
可愛い後輩を死なせないためにも死ぬわけにはいかない―――
そんな思いやりの心が奇跡的な力を生み出す―――


わけもなく、あっさりとあたしはベランダから滑り落ちる。


どんどん遠くなる6階のベランダにいる小春は―――
場違いなくらい眩しい笑顔で見つめていました。
とても―――
とてもこれから自殺しようとしているなんて思えないくらい。
何を考えているんだか。
ふう。やっぱりあの子はバカですね。
258 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/10(土) 19:37
裏切るけれど―――裏切らないで
そんな打算まみれの人間関係の終着駅に、
あたしは徐々にたどり着こうとしていました。

その駅にはきっとひとみが先に待っているでしょう。
そして少し遅れて小春もやってくることでしょう。

暗くて寒そうな駅だなあ。
その駅には、あたしの暇潰しのお供をしてくれる、
暖かい紅茶はあるのでしょうか。
259 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/10(土) 19:38
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
260 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/10(土) 19:38
 
261 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/11(日) 18:14
 
262 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/11(日) 18:15
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
263 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/11(日) 18:16
TV画面は今日も相変わらず他愛のない番組を流して
画面の中にはいつもと変わらない面々が笑顔で座って
緊張感のない画面に不意に耳障りな警報が鳴り響いて

―――そして

画面の下に短いテロップが出たのもほんのつかの間
切り替わった画面の中でアナウンサーが緊張交じりに言葉を発する




「番組の途中ですが、ここで臨時ニュースをお伝えします」
264 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/11(日) 18:17
―――エピローグ―――
265 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/11(日) 18:17

「番組の途中ですが、ここで臨時ニュースをお伝えします」

「○月○日未明、●●ホテルでハロープロジェクトの―――

「8名の遺体が発見されました――――

「ホテル前には石川梨華、新垣里沙、亀井絵里の遺体が折り重なるように―――

「その隣には藤本美貴、高橋愛、道重さゆみの遺体が折り重なるように―――

「石川さんと新垣さんと亀井さんは6階の615号室から―――

「藤本さんと高橋さんと道重さんは6階の616号室から飛び降りたと見られ―――

「616号室の中には吉澤ひとみの遺体が見つかっており―――

「吉澤さんは何度も何度も首を絞められた跡が―――

「吉澤さんの首筋には久住さんと藤本さんと高橋さんと道重さんの指紋が―――

「さらに同じ室内には久住小春さんの遺体が―――

「久住さんは手首を切って自殺したと思われ―――

「警察では集団自殺もしくは無理心中とみて捜査を―――
266 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/11(日) 18:18

「警察では集団自殺もしくは無理心中とみて捜査を―――


寝起きのうすぼんやりとした頭に
アナウンサーの厳かな語り口調が流れ込む。
どうやらTVをつけたまま寝てしまったらしい。
少女は片手をもぞもぞと伸ばし、TVのリモコンを探し出す。
うるさいなあ。
えいっと掛け声をかけんばかりに少女はTVを消す。
もうちょっと寝ていたい。

そんな少女の耳に今度は携帯の着信音が鳴り響く。
うるさいなあ。
誰だろう?こんな時間に電話なんて。
267 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/11(日) 18:19
やがて携帯の着信音が切れる。
すっかり目が覚めてしまった少女は仕方なくベッドから起き上がる。

誰よもー。こんな朝っぱらから!
メンバーのみんなかな?
昨日はあんなにみんなを誘ったのにさー、誰も相手してくんなかったじゃん。
結局一人でカラオケ行ってさー
終電乗り遅れてさー
一人でホテル泊まるなんて。

面倒臭がらずにタクシーで帰ればよかったよ。
268 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/11(日) 18:19
少女は携帯を手に取る。
着信履歴を見る前に、留守番電話が数十件入っていることに気付く。

なんじゃこりゃああああああああ。
こんなに携帯鳴ってたの?全然気付かんかった。
なんだもー、みんなそんなにあたしと電話したかったの?
やだなあもう。しょうがないなあ。
こんなにたくさん留守電聞くなんて大変だなあ。
聞くのやめようかなあ。にひひひひひ。
まあ、今日は仕事休みだからいいや。
一日かけてゆっくり何度も聞けばいい。

少女は一番最初に入っていたメッセージを選択する。
どうやら昨日の夜遅くに入っていたようだ。
こんな遅くに何を?と疑問に思うこともなく少女はボタンを押す。
愛らしい声とともに最初のメッセージが再生される―――
269 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/11(日) 18:20

「もしもーし、小春でーす。

 田中先輩ですか?


 ・・・・・・・・


 もう会えません 会えないんです


 ごめんなさい


 さようなら―――  さようなら―――
270 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/11(日) 18:20
―――エピローグ 終わり―――
271 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/11(日) 18:20
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
272 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/11(日) 18:20

  裏切るけれど 裏切らないで






             完
273 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/11(日) 18:20
ご愛読ありがとうございました。
274 名前:誉ヲタ ◆buK1GCRkrc 投稿日:2007/02/11(日) 18:21
この物語はこれにて完結です。
お付き合いいただいた読者の皆さんありがとうございました。
感想や疑問などがあればこのスレに直接書いてやってください。
275 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/11(日) 20:02
余韻が残るラストでした。お疲れさまです。

ネタバレになりそうなのでうまくいえないのですが、一人称の候補が…あぁ、こうなるかという感じでした。


謎はまだまだ残るので、しばらくしてから気が向いたら作品について解説いただけたりするとうれしいです。(お嫌いでなければ)


楽しませていただきました。ありがとうございます。
276 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/12(月) 00:39
面白かったです
これは誰でこっちは誰でって当てはめながら読んでたんだけど
最後のオチであぁあああああああああああぁ─────────っ!て

次作も楽しみにしてますよ (^-^)
277 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/12(月) 06:13
おまえかぁぁぁぁぁぁぁ
278 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/12(月) 06:24
残った子は何もわからないままなんだろうなぁ

それぞれがそれぞれに何を思ってたのか
何度か読み返してみて、なるほどと思ったりやっぱわかんねと思ったり
楽しめる一作ありがとうっす
279 名前:誉ヲタ ◆buK1GCRkrc 投稿日:2007/02/12(月) 13:32
>>275
作品の解説をするのは好きなので全然問題ないのですが
このスレでネタバレ的な解説をしても大丈夫なのでしょうか?

私はあまり飼育に来ない人間なのでそのあたりがよくわからないのですが。
他のスレではそういうことをやっているんですかね?
280 名前:誉ヲタ ◆buK1GCRkrc 投稿日:2007/02/12(月) 13:33
>>276
最後のオチはわかってもらえましたかね?
「もしかしたら読んでいる人に全部伝わっていないかも」
と思いながら書いていたので若干不安なんですよね。
281 名前:誉ヲタ ◆buK1GCRkrc 投稿日:2007/02/12(月) 13:35
>>278
>何度か読み返してみて、なるほどと思ったりやっぱわかんねと思ったり


やっぱわかんねと思った部分を参考までに教えて欲しいのですが・・・・・・
やっぱりそういうことは小説スレではやらない方がいいんですかね?
どこか別のネタバレ感想スレのような所でやった方がいいのでしょうか?
私自身はここでやってもいいような感じがするのですが、
もしかしたらそういうのが嫌な人もいるかもしれないし・・・・・・
282 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/13(火) 00:02
ここでやってくださっても構いませんよ
作者さんが立てたスレなわけだしご自由にどうぞ
283 名前:誉ヲタ ◆buK1GCRkrc 投稿日:2007/02/13(火) 00:19
>>282
ありがとうございます
ではここで解説させてもらいます











以下ネタバレしまくりの解説
284 名前:誉ヲタ ◆buK1GCRkrc 投稿日:2007/02/13(火) 00:20
以下ネタバレしまくりの解説
285 名前:誉ヲタ ◆buK1GCRkrc 投稿日:2007/02/13(火) 00:22
この小説が目指したのは
「マルチ登場人物システム小説」とでも言えばいいのでしょうか


ロールプレイングゲームなんかで「マルチエンディング」というのがあるじゃないですか。
一つのゲームにいくつものエンディングがあるゲーム。
あれの逆です。

一つの小説、ひとつのストーリーなのに、
いくつものパターンの登場人物で楽しめる小説、というものを目指しました。
286 名前:誉ヲタ ◆buK1GCRkrc 投稿日:2007/02/13(火) 00:24
この小説の最大の謎は「語り手は一体誰なのか?」ということです。

☆の語り手と★の語り手

二人の語り手のもとで小説は進むわけで、
この二人が一体誰かというのがこの小説の最大のポイントなわけです。
287 名前:誉ヲタ ◆buK1GCRkrc 投稿日:2007/02/13(火) 00:26
結論から言うと作者が意図した語り手は以下の3組です


★石川+☆藤本
★新垣+☆高橋
★亀井+☆道重


この3組であれば、どのコンビを選んでも
小説が成り立つようにして小説を書いたつもりです。
288 名前:誉ヲタ ◆buK1GCRkrc 投稿日:2007/02/13(火) 00:32
わかりにくいと思われるのが指輪を渡すシーン。


この日は「6人全員」が指輪を渡そうとして
指輪を仕事場に持ってきています。
それを邪魔しようとする小春は★の3人の指輪を盗むことに成功しますが、
時間の都合で☆の三人の指輪を盗むことはできませんでした。

そして収録の休憩時間が3組にそれぞれにバラバラに訪れます。
☆の三人は自分で買った指輪をプレゼントします。
★の三人はそれを自分の指輪だと勘違いします。
こうしてトラブルが起こるわけです
289 名前:誉ヲタ ◆buK1GCRkrc 投稿日:2007/02/13(火) 00:35
そして「6人全員」はホテルに行こうと決意します。
それを知った小春は「6人全員」にそれぞれバラバラの時間を教えます。
「この時間ならロビーの前を通っても大丈夫」という具合に。

こうして6人はバラバラの時間にホテルに行きます。
★の三人は615室に。☆の三人は616号室に。
そしてそれぞれの部屋で起こったことは小説に書いてあるとおりです。

小説に書いたことが「3回」繰り返されたわけです。
290 名前:誉ヲタ ◆buK1GCRkrc 投稿日:2007/02/13(火) 00:38
>>275
>>278
作者の作意としてはこんな感じです。
わかっていただけたでしょうか。
本当はこういう説明を後でしなくても、小説の中で全て理解してもらえる、
というのが理想(というか普通)だとは思うのですが
わかりにくいプロットになってしまったので、
蛇足だとは思いつつも解説してみました。

これでわかっていただけたら幸いです。
まだわからない部分があったら遠慮なく言ってください。
作者の意図と矛盾している部分があるかもしれませんし。
291 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/13(火) 03:57
ラストのれいなのところで私は全て理解・・・というかわかりました。
だけど曖昧な形だったので後からこういう解説が見れると
わかりやすいというのと、詳細・経緯がわかるのでまさにゲームのパターン
全クリアな感じで読めました。

とてもミステリアスで楽しませてもらいました。
れいなだけが何も気づかないまま終わるのがいいですね。
『世にも奇妙な物語』・『If〜もしも〜』を混ぜたような感もあるような。

次回作を期待しちゃってます♪
292 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/13(火) 10:58
完結お疲れ様です&解説ありがとうございました。

ぶっちゃけ自分は一番上の二人を当てはめて読んでました。
でも★と☆が逆だと思ってました(汗

こういうのは初めてで毎回続きを楽しみにしていました。
とても面白かったです。
ほんとにありがとうございました。
293 名前:278 投稿日:2007/02/13(火) 16:23
ネタバレ解説ありがとうございます

自分が最初読みながら思ってたのは
「たぶん2人なんだけど、2人以上いる感じがする(はっきり誰かを指している感じがしない)」
だったので、実際6人いたことを踏まえて読み直して、
都会者と田舎者など全体に対比があることには気付きました
んが、さらに6人それぞれの書き分けがあるんだと勘違いして読み込んだので、よくわからなくなり
(最初☆と★には気付いてたのに、この時点ですっかり忘れてました)
解説読んでやっと3組に全部当てはまるよう書いてあったことがわかりました
スッキリしました、ありがとう

ネタバレついでに書いてしまうと、
れいなは小春のオアシスだったんだろうか、と思ったりもしました
294 名前:誉ヲタ ◆buK1GCRkrc 投稿日:2007/02/14(水) 22:52
>>291
>ラストのれいなのところで私は全て理解・・・というかわかりました。


ありがとうございます。
すっと理解してもらえたなら本当に嬉しいです。
ミステリアスな雰囲気を感じてもらえたならさらに嬉しいです。
楽しみながら読んでもらえたなら、作者にとってこれほどの喜びはないです。
そういう小説を書きたいといつも思っています。

そういう作品をたくさん書きたいですね。
次回作はまだ何も考えていませんが、
機会があればまた飼育で書きたいと考えています。
その時はまた読んでやってくださいな。
295 名前:誉ヲタ ◆buK1GCRkrc 投稿日:2007/02/14(水) 22:55
>>292
>ぶっちゃけ自分は一番上の二人を当てはめて読んでました。


その二人でも正解だと思います。
どのコンビを想定しても楽しめるように書いたつもりですから。

この小説を読んで、過去に書かれた娘。小説とは
また違ったテイストを感じ取ってもらえたならとても嬉しいです。
私自身も、そういう新しいテイストを感じさせてくれる
小説が好きですし、そういう小説を読むととても刺激されます。

この作品もそうであってくれればこんなに嬉しいことはないですね。
296 名前:誉ヲタ ◆buK1GCRkrc 投稿日:2007/02/14(水) 22:59
>>293
>「たぶん2人なんだけど、2人以上いる感じがする(はっきり誰かを指している感じがしない)」


非常に鋭い意見ですね。
小説のラストを読む前にそれを察していたなら本当に凄いと思います。

実は最初の構想では、『6人それぞれの書き分け』をしようかと
思ったこともあったのですが、
「どの部分が誰なのか」をはっきりと書くことが難しいと判断して断念しました。
それができたら本当に凄い小説になるんですけどね。
読者に対してフェアに書くというのは本当に難しいです。
この小説も可能な限りフェアであるように書いたつもりですが、
客観的に見て、この小説がフェアであるかどうかは微妙なところだと思います。

れいなと小春の関係については、一つくらいエピソードを入れたかったのですが、
「エピローグまでれいなは出さない」という制約があったので断念しました。
ここら辺りも綺麗にクリアできたならワンランク上の小説になったかもしれません。
制約が多い小説を書くのは、楽しいですが難しいです。
297 名前:誉ヲタ ◆buK1GCRkrc 投稿日:2007/02/14(水) 23:03
こういった読者の意見は非常に参考になるのでありがたいです。
次回作(あるのか?)への励みにもなりますし。

こういうのを読むと本当に「ああ、書いてよかったな」と思います。
感想を書いて頂いて本当にありがとうございました。
他にも何かあれば遠慮なくこのスレに書き込んでください。
298 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/15(木) 08:46
すげーこの小説!!
299 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/19(月) 04:48
いしよしがよみたいなぁ
300 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/21(水) 23:04
ののたんに捧げる300ゲット

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