吉澤軍曹
- 1 名前:偽みっちゃん ◆u0TEdpNUXw 投稿日:2007/01/30(火) 13:07
- 第十四回短編コンペ(テーマ『斜陽』)で書いた「亡国の落日」の外伝です。
今から三十九年前、ベトナムでテト攻勢という大規模な戦闘がありました。
この大攻勢がきっかけで、米軍は撤退する羽目になったのです。(理由はこれだけではありませんが)
そこで、ちょっとシリーズにしてみました。
- 2 名前:敵と友達 投稿日:2007/01/30(火) 13:08
- 〔殿軍〕
暫定境界線のキャンプが落とされ、私達は連隊本部に向けて敗走してた。
誰もが旧正月で油断してた事もあったけど、この第一軍管区北部方面に、
西軍主力を集結していたのを誰も気付かなかったのが敗因じゃねーかなァ。
私達の小隊は、たった九人になってたけど、小湊曹長が健在だったから殿軍にされた。
キャンプにいた私達の中隊じゃ、将校全員が死亡という前代未聞の大惨事。
私達の小隊で無事な下士官は、小湊さんとあさみ軍曹だけだった。
「追撃部隊は中澤中隊みたいだね」
この寒さの中、息を切らせる全員の息が白くなってた。
殿軍とは敵の追撃を遅らせるための決死隊なんだよなァ。
私も怪我のひとつでもしておけば、こんなヤバイ事にはならなかったのに。
まァ、ここまで命があっただけ善しと考えるしかねーか。
「参ったな。小湊さん、どうする?」
私達の小隊で元気な伍長は私と絵里香で、他の二人は死んじまった。
この四月に軍曹になる予定だった私を、小湊さんは頼りにしてくれてる。
それは、こんな状況だから仕方ねーんだけど、私にとっては嬉しかった。
とにかく、何とかして追撃を食い止めねーと、それこそ全滅しちまうぜ。
「トラップを仕掛けよう。中澤中隊だから無駄かもしれないけどね」
中澤中隊ってのは、たった百人の精鋭部隊で、その強さといったら並じゃない。
『剛の充代小隊』『勇の有紀小隊』『胆の絢香小隊』の三個小隊で構成されてる。
特に充代小隊は白兵戦の強い連中を集めてて、こいつ等が追って来ると厄介だ。
白兵戦で使えそうなのは、麻琴と是永、美海くらいなもんだからよ。
- 3 名前:敵と友達 投稿日:2007/01/30(火) 13:09
- 「時間稼ぎにはなるかなァ。麻琴、手榴弾を出せ」
二年近くも重火器を扱って来たせいもあってか、私は少しばかり爆破の知識がある。
地上五センチくれーにワイヤーを張って、手榴弾の安全把に結び付けるんだ。
安全ピンを抜いて手榴弾を柔らかい地面に埋めておけば、ワイヤーを引っ掛けた瞬間、
地面から飛び出して安全把が飛び、四秒後にドカンとなるって寸法なんだよなァ。
ゲリラみてーに訓練されてねー奴等には有効だろうけどよ。
精鋭が集まった中澤中隊の連中じゃ、数十秒も足止めが出来ればいい方だ。
「焦る事はないからね」
進行方向右側は垂直に近い切り立った断崖絶壁になってるし、
左側は数十メートルの谷になってるから、道路を迂回して包囲される事もない。
だからこそ、追撃隊に中澤中隊を送り込んで来たんだろう。
M16はジャム(給弾不良)だらけで使い物にならねーし、
頼りのM79グレネードランチャーも弾切れだから丸腰同然。
私達の武器といったら、さっき奪ったカラシニコフ(AK47)が幾つかと拳銃だけ。
まあまあ使えるM14も、ついさっき銃弾が底を尽いちまった。
「絵里香は先に行って、バヨネット(銃剣)で穴を掘っておいてくれ」
私は近くにいたあさみ分隊の三好絵里香伍長に頼んだ。
絵里香みてーなのは白兵戦になったら、すぐに殺されちまうからよ。
一ヶ所でもトラップがあったら、敵は疑心暗鬼になって速度が落ちる。
何の仕掛けもない穴でも、周囲を注意深く観察する羽目になるだろう。
私はとりあえず、白兵戦に備えて誰かのM14を持って最後尾に入った。
是永や美海もM14を持ってたから、ヤワなM16と違って存分に戦える。
奴等が追い掛けて来るのは、あと三キロくらいじゃねーかなァ。
とりあえず、第一波は撃退出来たけど、次が来るのは時間の問題。
- 4 名前:敵と友達 投稿日:2007/01/30(火) 13:10
- 「麻琴はカラシニコフで支援、美海と美記はオレと一緒に暴れよう」
他の連中にも白兵戦を手伝わしたいけど、みんな格闘技術が低すぎる。
小湊さんには連中を使って、本隊からM14と弾薬を調達して欲しい。
ちゃんと動く銃と充分な弾薬があれば、これだけ細い道だから追撃を阻止出来る。
こうした時に重要なのは、敵を撃ち殺す事じゃなくて重傷を負わせる事。
一人に重傷を負わせれば、最低でも三人が戦線から離脱する事になるからだ。
一個小隊三十人の内、八人に重傷を負わせれば戦闘は終了するってわけ。
基礎訓練じゃそんな事は教えねーだろうけど、下士官訓練所を出た奴は、
私を含めてそうした戦場の駆け引きを知ってたんだよなァ。
「よっC、第二波が来るよ。全員、五十メートル後退して!」
第一波は二人に負傷させただけ。でも、もう銃弾がねーもんなァ。
私達は五十メートル後退して、地面に伏せると白兵戦のタイミングを見計らう。
さすがに中澤中隊だけあって、あんな子供騙しのトラップには引っ掛からない。
麻琴が二人の脚を撃ち抜くと、私と美海、是永の三人で敵に飛び掛って行く。
敵は負傷兵を運ぶのに四人必要だから、残りはたったの三人だ。
是永は一人を昏倒させて後退したけど美海と私は強敵に阻まれた。
「うりゃー!」
私が銃床で殴ろうとすると、敵はカラシニコフで受け止める。
こいつ、兵隊にしては珍しいサウスポーだから戦いにくいなァ。
サウスポーが歩兵に向かないのは、銃自体が右利き用に作られてるから。
カラシニコフみてーなオートマチックウエポン(全自動火器)だと、
身体の角度によっては、排出された薬莢が顔面を直撃しちまう。
白兵戦には自信のある私でも、サウスポーとは初めてだから勝手が判らない。
横腹を狙ってミドルキックを出してみるけど、悉くガードされちまった。
- 5 名前:敵と友達 投稿日:2007/01/30(火) 13:10
- 「吉澤さん! 加勢します!」
「おめーは先に行け。すぐに片付ける」
こいつさえ昏倒させりゃ、第二波を阻止した事になる。
美海が走り去った足音を聞くと、相手の背後に敵がいない事を確認。
一気に詰め寄って左手で相手のカラシニコフを掴んでやった。
しかし、こいつも強い。ちゃんと膝が来るのを読んでやがる。
仕方ねーなァ。こうなったら首をへし折ってやるかァ。
「負けへんで!」
私がM14を捨てて奴の背後に右手をまわすと、
この巨乳女は左手で首を絞めて来やがる。
一気に形勢が逆転。このままじゃ殺されちまう。
私は奴の左腕を掴んで身体を左右に振って逃れようとした。
それにしても握力の強い女だぜ。このままじゃ脳への血流が止まる。
こんな事なら拳銃を撃てる状態にしとくんだった。
そうすりゃ、空いてる右手で拳銃で一発。それで終わるんだけどなァ。
何度か身体を捩ると、いきなり右足が宙を踏んだじゃねーか。
「へっ?」
「あァァァァー!」
私達は足を踏み外し、絡み合ったまま谷底へ転落して行った。
急斜面ではあったけど、腐葉土と枯葉がクッションになり、
眼が回るほど転がったのに、これといった怪我をしてない。
私は何とか止まろうとしたけど、手首に何かが絡みついてて、
左手で木や草を掴んだものの、それに引っ張られちまった。ヤバイ!
このまま川に落ちたら凍死しちまうよ!
- 6 名前:敵と友達 投稿日:2007/01/30(火) 13:11
- 〔命拾い〕
夜目は利く方だけど、何しろ暗いし眼が回っちまってる。
とりあえず、身体に何かが触る方が斜面って事なんだろう。
太い木でもあったら、着地の要領で脚を踏ん張ればいい。
だけど、私の進行方向に大木らしいものがねーじゃんか。そうだ!
私はコンバットナイフを持ってたっけ。
こいつを地面に突き刺せばブレーキになるんじゃねーか?
私は左手でナイフを抜いて地面に突き刺した。
「折れた・・・・・・わァァァァーん」
私は榴弾手だからバヨネットを持ってなかった。
コンバットナイフは鋭利だけど、バヨネットみてーに頑丈じゃない。
こんな事なら誰かからバヨネットを借りとくんだった。
もう終わりだ。それにしても短い人生だったなァ。
私は戦災孤児だから悲しむ人はいねーってか?
でも、せっかく生きてキャンプを出られたってのに、
こんな間抜けな死に方なんて納得出来ねーよ。
「いてェェェェェェー!」
私は木に激突して停止したけど、そこに地面はなかった。
どうやら、ここは断崖の頂上にある傾斜した木の枝らしい。
それにしても右手首が痛い。どこかで折っちまったかァ?
私は右手の様子を見ようとしたけど、どうしても持ち上がらない。
眼は回ってるし身体のあちこちに打撲傷があった。
真っ暗な下からは、増水した川の音が聞こえて来る。
とりあえず命だけは助かったなァ。ラッキーだぜ。
- 7 名前:敵と友達 投稿日:2007/01/30(火) 13:12
- 「あれ? 何かがぶら下がってるなァ」
右手の感触があるから、どうやら折れてはねーみてーだ。
私が枝に跨って左手で右手に絡まってるものを外そうとした時、
何やら声が聞こえて来るじゃねーか。
そういえば、私は巨乳女と格闘してたんだったっけ。
まずい。こんな無防備な状態で背後を取られたら致命的。
「あかん! 右手が折れたみたいや」
頭を打って耳鳴りがするけど、何となく下から声がするなァ。
あいつも一緒に落ちたのか。しかも右手を折った?
こいつはラッキーだな。・・・・・・って何か柔らかいものに触ったぞ。
何か気持ち悪いなァ。早いとこ絡んでるもんを外しちまおう。
「何が絡まってるのかな? っと」
力を込めて引き上げると、そいつはどうやらサスペンダーらしい。
私のサスペンダーは無事だから、こいつは例の巨乳女のものらしいなァ。
って事は、巨乳女がぶら下がってるって事だな。変なもんじゃなくてよかった。
蛇だったら気が狂ってるとこだからよ。
「銃は落としてもうたわ。助けてくれたら感謝するで」
「おめー、片手で掴まってんのかァ? よし、待ってろよ」
私は足を踏ん張ると、両手でサスペンダーを掴んで引き上げた。
巨乳女は何とか這い上がって来て、転落死を免れた安堵感から溜息をつく。
私はライターを点けて巨乳女の様子を覗った。カラシニコフは持ってない。
拳銃も持ってねーし、どうやら本当に右手がやられてるらしい。
- 8 名前:敵と友達 投稿日:2007/01/30(火) 13:13
- 「ライトはねーか? オイルにも限界があるからよ」
私はマグライトを受け取るとサスペンダーに挟んだ。
それから彼女が痛がってる右腕を調べてみる。
どこも折れてはないから、どうやら肘を外しちまったようだ。
間接だから多少の骨折はあるかもしれねーけど、
戻せば何とか動くようになるんじゃねーかなァ。
「肘が外れたらしいぜ。痛いけど我慢しろよ」
私は彼女の右腕を引っ張りながら角度を合わせて戻した。
激痛に顔を歪めるものの、さすがは中澤中隊の兵隊だけある。
これが麻琴だったら半径一キロに届きそうな悲鳴を上げるだろう。
それから彼女が首に巻いてたスカーフを使って腕を吊ってやる。
サスペンダーの中を通せば腕が固定されて痛まないだろう。
「お、おおきに」
「いいってことよ。こうなったのも何かの縁だ」
さっきまで殺し合いをやってたってのに、相手が怪我人じゃ戦う気も起きねー。
それにしても怯えてるみてーだなァ。ここから何とか這い上がっても敵がいる。
私としては明るくなるのを待つしかねーんだけどよ。
こいつも他に怪我してるとこはねーし、いったい何に怯えてやがるんだァ?
「・・・・・・コルト」
ああ、そういえばM1911A1を持ってたっけか。
安心しろって。こんなもん使ったりしねーからよ。
私はマガジンを抜いて弾丸を一発ずつ下に落とした。
- 9 名前:敵と友達 投稿日:2007/01/30(火) 13:13
- 「チャンバーにも入ってねーな。やるよ」
私は彼女にM1911A1をくれてやった。
あれだけ将校や下士官が死んだんだからよ。
M1911A1なんて腐るほど余ってるはずだ。
拳銃を受け取った彼女は途端に笑顔になる。
そんなに嬉しいかなァ。拳銃なんてよ。
M1911A1なんて重いだけで当たらねーぞ。
有効射程が五十メートルなんて嘘っぱちだ。
十メートル離れれば、まず命中なんかしねー。
「これ持ってけば、えらい褒められるんや」
「そいつはよかった。・・・・・・政府軍伍長の吉澤ひとみだ」
「あ、うちは岡田唯一等兵や」
へえ、中澤中隊に一等兵なんているんだな。
私は統率がとれてるから伍長以上ばかりだと思ってた。
特に白兵戦に強い充代小隊だから、まさか一等兵とは思わなかったな。
それにしても、まだ若いのにでけー胸してやがるぜ。
出産すると乳腺に母乳が蓄えられて、かなりでかくなるらしい。
だけど、授乳期間が終わると元に戻っちまうそうだ。
「おめー、子供がいるのかァ?」
「まさか。まだ十八やで」
そういえば『西』の出産用員は、兵役が終わった連中だって話だな。
それじゃ、子供もいねーってのに、いったいこの巨乳は何だ?
あの凄まじい腕力と関係があるのかなァ。私も腕立て伏せすれば大きくなるのか?
これからはサボらねーで腕立て伏せしてみよう。生きて帰れればの話だけど。
- 10 名前:敵と友達 投稿日:2007/01/30(火) 13:14
- 〔寒さ〕
キャンプを離れたのが〇三:〇〇くれーだから、そろそろ〇四:三〇だろう。
夏なら少しは明るくなって来るんだけど、この時期は〇六:〇〇を過ぎねーと。
唯の持ってたマグライトも、そろそろ電池が切れて来たみたいだなァ。
何度か周囲を照らしてみたけど、霧が出てて視界が利かない。
「中澤中隊にもティーンがいるとはなァ」
「な、何で知っとんの?」
唯は驚いた顔で私を見詰める。これだけ勇猛果敢な部隊は『西』にいねーよ。
敵を殺すより重傷を負わす。こいつを徹底してるから中澤中隊は強い。
中澤中隊に奇襲された部隊の死者が、意外に少ない事が記憶に残ってる。
こいつ等が隣の中立国で暴れまわってた頃、よく耳にした話だぜ。
「これだけ強い奴は中澤中隊にしかいねーだろ?」
「あんたかて、これまでん中で一番強かったわ」
そう言うと唯は屈託なく笑った。
木の上だから寝るわけには行かねーけど、
交互に足を伸ばしておかないと歩けなくなっちまう。
太い木で枝があるから、そいつに掴まって足を伸ばした。
「でもよ。休戦中に奇襲は酷くねーか?」
「知らんの? 休戦協定は旧暦の大晦日で終わったんやで」
そういえば、そんな話を聞いた事があったっけか。
『西』は正月返上で攻勢の準備をしてたんだなァ。
旧正月だからって浮かれてた私達が油断してただけなのか。
- 11 名前:敵と友達 投稿日:2007/01/30(火) 13:14
- 「中澤中隊は北に陣を敷いてた。真っ先に突入して来たのがそうだろ?」
「よう知っとるな。何で判りまんの?」
「攻撃の仕方が違ってるんだ。他の部隊とはね」
今回の戦闘は完全に私達の負け。だから話す事が出来た。
中澤中隊は波状攻撃を仕掛けて来るから厄介なんだよなァ。
負傷者を運ばないといけねーから、どうしても手薄になる。
そこを更に攻められるから、ジリジリと後退しちまうんだ。
他の部隊みてーに突っ込んで来るだけの方が、どれだけ守りやすいか。
「けど、何でうちを助けたんや?」
「そりゃ、おめーが正規兵だからに決まってんだろう」
もし、こいつがゲリラだったら、私は絶対に助けたりしねー。
ちゃんと軍服を着てる奴を、どうして見殺しに出来ようか。
そもそも東西に分かれただけで、私達は同じ民族なんだからよ。
今は敵対してるけど、戦争が終われば自由に行き来するようになる。
少なくとも私はそう信じたいし、信じてるんだよなァ。
「アハハハハ・・・・・・。あんたは小隊長に似とるわ」
「充代さんかァ?」
「なななな・・・・・・何でそんな事まで知っとんの?」
「これだけ白兵戦に強いのは充代小隊だろうがよ」
互いに気心が知れて来ると、唯は支障のない範囲で話をしてくれた。
平家充代中尉、前田有紀中尉、木村絢香中尉が小隊長。
それと稲葉貴子中尉が作戦担当副官で、この四人が四天王らしい。
しかし、何で中澤中隊は通常の半分しかいねーんだろうなァ。
普通は小隊が四十人強、中隊が二百人強だってのによ。
- 12 名前:敵と友達 投稿日:2007/01/30(火) 13:18
- 「何で百人やて? それは言えんわ」
「いや、話せない事を訊こうとは思わねーさ」
それにしても寒いなァ。雨上がりに転がって濡れたせいだろう。
そろそろ日の出の時間だから、急に冷え込んで来た気がするぞ。
唯もさっきから震えてるじゃねーか。このままじゃ凍えちまう。
私は木の上だから、とにかく落ちないように慎重に唯に近付くと、
ピストルベルトを外してフィールドジャケットの前を開ける。
そして唯を抱き締めて少しでも暖を摂ろうとした。
「そ、そんな。恥ずかしいやんか」
「馬鹿。何を勘違いしてんだよ。こうしてた方が暖かいだろうが」
身体を密着させてれば、少なくともそこから体温は奪われない。
互いに踏ん張る足場の枝があるから、抱き合ってても落ちる事はねーだろう。
唯もサスペンダーを外して、フィールドジャケットの中で私の背中に手をまわす。
しかし、でけー胸だなオイ。これだけでかいと肩が凝るんじゃねーのかなァ。
走る時はどうするのかなァ。邪魔にならねーのかなァ。
そんな事を訊いたところで余計なお世話ってもんだろうね。
何にしても普通が一番。・・・・・・おっと、口には出てねーよな。
「ほんまやね。暖かいわあ」
これだけ霧が出てるから、今朝は氷点下にならねーな。
おまけに風もねーし、こいつはラッキーだったぜ。
下手をすりゃ凍傷になるかもしれねーからな。
凍傷で済めばいいけど、凍死なんてごめんだぜ。
私はファイールドバッグからポンチョを出すと、
インナーが付いてるのを確認して、それで唯ごと包んじまった。
- 13 名前:敵と友達 投稿日:2007/01/30(火) 13:19
- 「なァ、軍に入る前は何してた?」
「普通の農家やけど。妹とお母ちゃんと三人で働いてたわ」
そうか。こいつも普通の農民だったんだなァ。
そうしたところは『東』と同じじゃねーか。
当たり前か。同じ民族なわけだし。
同じ民族が殺し合うなんて馬鹿げてるなァ。
「妹がいるのか。いいな」
「おらへんの?」
「ああ、オレは戦災孤児だからよ」
私も施設の職員に母親の事を訊いた事があったっけ。
でも、彼女達は私の母について何も知らなかった。
とにかく施設に保護された時、私は二歳前だったらしい。
戸籍を調べようにも、役所は焼けちまったからなァ。
施設の書類には『吉澤ひとみ』ってなってたけど、
それが私の本名なのかどうかも判らない。
「戦災孤児?」
「だから下士官訓練所へ行く事が条件で中学に行ったんだ」
そんな話をしてると、ようやく辺りが明るくなって来た。
耐え難い寒さに、私は唯を抱き締めて震える事しか出来ない。
唯も寒いのか、しっかりと私に抱き付いてた。
麻琴みてーに寒さに慣れてる奴はいいけどよ。
私はこの湿った寒さってのが、どうも苦手なんだよなァ。
こんな明るさじゃ、まだ動くのは危険だから、
あと一時間はこうしてた方がいいんじゃねーかなァ。
- 14 名前:敵と友達 投稿日:2007/01/30(火) 13:20
- 〔帰還〕
霧が晴れて行くと、私達は暖かな日差しに包まれてた。
眼下には川が流れてて、その高さは裕に五十メートルはある。
ここから落ちれば水面はコンクリートと一緒だからなァ。
太陽に照らされて、木に染込んでた雨が蒸発して行く。
「うわっ、こんなところだったのか」
私達が引っ掛かった木は、断崖絶壁から生えた太い松の木だった。
急勾配の斜面までは、何とかよじ登れそうな感じだぜ。
私達が転落した部分には木がなかったけど、その周囲にはかなり生えてる。
運がよかったのか悪かったのか。まァ、生きてるんだからよかったんだろう。
「面白いもんやね。必然的にこの木まで来るようなっとるわ」
「とりあえず登ろうぜ」
私が先に斜面に登り、ピストルベルトを近くの木に引っ掛ける。
それに掴まって右手の動かない唯を引き上げてやった。
しかし、問題はこれから。この垂直に近い急斜面を登らないといけない。
ロープでもあれば、こんなとこは数分で登れるんだろうけどよ。
「木を足場にするしかねーな。安心しろ、引き上げてやるから」
「うん」
私は木をよじ登り、唯を引き上げる作業を続けた。
そんな事を何度も繰り返すと、全身が汗塗れになっちまう。
だいたい二十メートルも登ったところで、私は息が切れて小休止。
安全な木に寝転がって、とにかく息を整えた。
- 15 名前:敵と友達 投稿日:2007/01/30(火) 13:20
- 「あのな。ひとみさん」
「ん?」
私は水を飲んで唯に渡そうとしたけど、彼女は首を振って飲もうとしなかった。
今まで気付かなかったけど、こうして見ると唯は可愛い顔をしてるなァ。
オフクロさんや妹がいるんだったら、何があっても生還しないといけねーぞ。
まずは家族。それから民族。国なんてのは偉い連中が勝手に作ったもんだ。
「また逢った時、どないすればええんやろうね」
「敵としてだったら戦う。友達としてだったら抱き合う。それだけだ」
「そやね。けど、逢うのは戦争が終わってからにしたいわ」
いくら兵隊でも、唯は普通の女の子なんだなァ。
こんな戦争なんて、いったい誰が望むってんだ。
でも、兵隊になった以上、戦うのが生業だからなァ。
唯と別れたら切り替えねーと。それが出来なきゃ終わりだ。
「三分の一ってとこだ。行くぞ」
それから何度か休憩を摂り、唯を道路に押し上げたのは〇九:二一だった。
私はヘトヘトで、少し息を整えてからじゃないと、この一メートルがきつい。
水を飲んで一息つくと、唯が差し出した左手に掴まって道路に足を掛けた。
「岡田。探したで」
まずい! 敵が現れたみてーじゃんか。私は捕虜になっちまうのかァ?
唯が反射的に手を離したせいで、私は木の幹に背中をしたたか打ち付けた。
痛みに唸りながらも、道路上の様子を覗う。最悪は川にダイブするしかない。
敵の将校と兵隊が六人ほどだ。こっちは丸腰だから逃げるしかねーか。
- 16 名前:敵と友達 投稿日:2007/01/30(火) 13:21
- 「すんません小隊長。ここから転落しました」
あれが小隊長? 平家充代中尉って事なのかァ?
きつそうな顔してるけど、問答無用で撃ったりしねーだろうな。
うわっ! 眼が合っちまった! どうしようかなァ。
捕まるより冒険だけど川に飛び込んでみるかな。
「行方不明はあんただけや。中隊長も心配しとったで。ところで彼女は?」
「助けてくれた人です。こ、ここから落ちて、その、み、民間人・・・・・・かな?」
うひゃー! 兵隊達がカラシニコフを向けやがった。
こっちは丸腰なんだからよ。撃つんじゃねーそ。撃つんじゃ。
へっ? いきなり平家中尉が笑い出したじゃねーか。
何が可笑しいってんだよっ! 銃を向けられたのは私だっての!
「そうか。軍服を着た民間人やな。民間人なら問題なしや」
平家中尉が合図すると、兵隊達はカラシニコフを担いで私を引き上げた。
正面から見据えられ、私は怖くて仕方ない。唯は何とかしようと言い訳してる。
言い訳が通用する相手かァ? このまま捕虜になっちまうのかなァ。
「名前は?」
「よ、吉澤ひとみです」
「部下を助けてくれて感謝するで。達者でな」
平家中尉はニッコリ笑いながら、安堵する唯を連れて行った。
あれが中澤中隊の『剛の充代』か。何て懐の深い人なんだろう。
中隊長も心配・・・・・・そうか。何で中澤中隊が百人なのか判った。
中澤大尉は全員を見てるんだ。それには百人が限界って事か。
- 17 名前:敵と友達 投稿日:2007/01/30(火) 13:22
- それから私は二時間歩いて、ようやく連隊本部に着く事が出来た。
とにかく空腹だし、今は熱い風呂に入って汗を流したい気分だぜ。
それからビールでも飲んで、三時間でいいから眠りたい。
「吉澤さん! 生きてたんですか!」
「よっCお帰り。中隊で残ったのは二十一人だよ」
麻琴も美海も是永も小湊さんも無事だったか。どうなったか心配だったぜ。
私が座り込むと、みんなが温かいコーヒーやMCIレーションを持って来る。
色々と質問されたけど、唯と平家中尉の事は黙ってるつもりだ。
これで貸し借りなし。って事でいいんだろうなァ。
「小湊さん、風呂に入って三時間だけ寝かせてくれねーかなァ」
「いいわよ。それからでいいから、これを縫い付けておいてね」
三本線の肩章? こいつは軍曹の肩章じゃねーか。
って事は? 私は軍曹に昇格かァ? ここは素直に喜んどくかな。
まァ、あれだけ尉官や下士官が死んだんだからなァ。
順番っていえば順番なんだけど、今度は分隊長だから苦労しそうだぜ。
「あと、部下の手前もあるから、出来れば小隊長って呼んで欲しいの」
「へっ? 本当だ! 少尉になってる。おめでとうございます」
小湊さん、いや、小隊長は、そう言うと笑顔で司令部に入って行った。
ここもゲリラに襲われたらしいけど、何とか撃退出来たみてーだなァ。
私は自分のベッドに行って着替えを持ち、そのまま風呂へ行った。
風呂に入るのも億劫だけど、それだけ気持ちよく眠れるに違いない。
中隊が半小隊かよ。でも、小湊さんが小隊長になったのはいい事だなァ。
叩き上げの将校が必要だって思ってたからよ。ああ、いい湯だな。
- 18 名前:敵と友達 投稿日:2007/01/30(火) 13:23
- 吉澤軍曹『敵と友達』 終
- 19 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/31(水) 14:18
- 面白いです。続きまってます
- 20 名前:偽みっちゃん ◆u0TEdpNUXw 投稿日:2007/02/06(火) 15:56
- >>19
ありがとうございます。本当に励みになります。
週一くらいの亀更新ですが、これからも宜しくお願い致します。
- 21 名前:橋を確保せよ! 投稿日:2007/02/06(火) 15:57
- 〔旧式装備〕
連隊は大隊に規模が縮小されちまったけど、あれだけ尉官が死んだってのに、
軍隊として成り立ってやがるから、いかに下士官が優秀だったのかが判るなァ。
全く軍隊ってもんは、下士官の質で良し悪しが決まるってのは本当らしい。
だいたい、政府軍の将校なんて、金持ちのお嬢様しかなれねーんだからよ。
箸より重いものを持った事がねー連中じゃ、全く尊敬もされやしねーっての。
「吉澤さん、参りましたよ」
でも、小湊さんが小隊長になったんだから、ちょっとはまともになるかなァ。
軍曹は曹長、曹長は少尉、お局様連中の准尉は中尉になったらしいぞ。
小隊の中じゃ、伍長から軍曹になったのが二人。もう二人は大隊本部から来た。
通常、小隊長ってのは中尉の仕事なんだけど、今回は経験が豊富って事で、
足りない部分へ曹長連中を少尉に昇格させて小隊長にしちまったからよ。
「M14が品切れだってさ」
中隊を小隊、大隊を中隊、連隊を大隊にして、何とか維持しようとしてる。
通常なら、ここまで人的被害が多いと『全滅』扱いされちまうんだけどなァ。
幸か不幸か政府軍自体が『全滅』状態だから、どうにもならないみてーだ。
噂によると第一軍管区北部方面二個師団は、一個師団に統合されるらしい。
それでも人員不足で、負傷者の数も入れた数字に置き換えられてるそうだ。
「どうしようか」
って事で、私達の分隊も麻琴、是永、美海と連隊から補充で来た新垣の五人。
負傷者として運ばれた割り当てが三人だから、二名の欠員って事になるなァ。
その補充は、いったいいつになったら来るってんだろう。
- 22 名前:橋を確保せよ! 投稿日:2007/02/06(火) 15:58
- 「M79(グレネードランチャー)はあったんですけどね」
「しょうがねーからガーランドを貰って来い」
「ガーランドですか?」
M1ガーランドライフルは三十年からの歴史がある半自動小銃だ。
夏でも冬でも問題なく作動する名銃で、何より頑丈なのがいい。
ネックは銃弾が八発で、撃ち尽くさないと補充出来ない点だな。
でも、M14だって反動が強すぎてフルオートじゃ使えねーしよ。
M16なんてオモチャに比べたら、雲泥の差があるってもんだ。
「それと、全員がM1911A1を貰って来い」
通称:四十五コルトガバメント。四十五口径の威力は軍用拳銃でトップクラス。
トカレフはブリット(弾頭)が軽いから小枝に当たるだけで弾道が逸れちまう。
四十五コルトもトカレフも、十メートル離れたら命中しねーんだけどよ。
それでも持ってれば、特に白兵戦の時には心強い味方になるってもんだぜ。
尉官が山ほど死んでくれたからよ。M1911A1なんて有り余ってるはずだ。
「軍曹は何を使うんですか?」
「ああ、小隊長の遺品になったM2カービンさ」
カービンの銃弾は三十口径の拳銃弾を長くしたような形状だったっけ。
だから有効射程は、せいぜい二百メートルってとこなんだよなァ。
でも、M2カービンはフルオートも撃てるし、三十連マガジンもある。
ポーチ二個に四個のマガジンが入るから、合計で百五十発の携行が可能。
もう少し人数が増えたら、M60(ランボー機関銃)でも取り入れたいな。
ブローニングM1918が使いやすいけど、きっと師団にもねーだろう。
下士官訓練所に一挺だけあって、私は気に入ってたんだけどよ。
おっと、私もヘルメットとM1911A1を貰わねーとなァ。
- 23 名前:橋を確保せよ! 投稿日:2007/02/06(火) 15:59
- 大隊本部にある兵站部へ行くと、全員が大忙しで仕事をしてた。
弾薬を種類別に分けたり、戦死者や負傷者の銃を修理したりしてる。
部屋の片隅には、使えなくなったM14の部品が山になってるじゃねーか。
人気のないM16は山積みにされてて、奥の方にガーランドがあるのが見えた。
「ヨオ、A中隊の小湊小隊なんだけどよ。こいつに書き込めばいいのかァ?」
「そうだけど、もうM14は品切れだよ。あるのは・・・・・・」
「こいつ等にはガーランドとコルトを。オレにはコルトとヘルメットをくれや」
私が書類に書き込んでると、奥から中年の曹長が出て来て嬉しそうな顔をしてる。
麻琴にはM79を持たせるから、ガーランドは三挺でいいんだけどな。
どういったわけか、おばさんはハンガーごと持って来て好きな銃を選ばせてる。
普通なら絶対に選ばせて貰ったり出来ねーってのによ。
「いや、気に入ったね。ガーランドを選ぶなんて粋じゃないか」
おばさんはガーランドが好きみてーだなァ。
この人の年齢だと、独立戦争に従軍してるかもしれねーな。
当時はガーランドが制式小銃だったから愛着があるのか?
みんなガーランドは初めてだから、おばさんが選んでくれた。
「あたしなんか、このガーランドで戦ったもんさ」
やっぱりな。まァ、兵站部を味方にしておくのも悪くない。
聞き上手の是永が、おばさんの自慢話を聞いてくれてる。
射撃の上手い美海はM1Cを気に入ったみてーだなァ。
M1Cはガーランドの狙撃タイプで、扱いが難しいって聞いたけどよ。
あれれ? よく見るとスコープがM21(M14の狙撃タイプ)用じゃねーか。
ズームが使えるけど、乱暴に扱うと壊れちまうって話だぜ。
- 24 名前:橋を確保せよ! 投稿日:2007/02/06(火) 16:00
- 「よし、装備が揃ったら撃ってみて調整しろ」
ここの兵站部は優秀で、ほとんどサイトを弄らなくても大丈夫だった。
その事をおばさんに告げると、横にいた伍長まで笑顔になる。
他の連隊じゃ、ただの管理センターだろうけど、ここの連中は違う。
新兵でも扱えるように調整してから渡す事にしてるんだ。
そのためには時間を惜しまない。こいつ等こそ兵站のプロだぜ。
「麻琴、訓練弾は貰ってるんだろうな」
「へっ? 訓練弾?」
「当たり前だ! 射撃場を吹き飛ばす気か?」
あの馬鹿は実弾を使う気でいやがった。
いくら射撃場が屋外でも、M79は訓練弾しか使えねー。
あんなものをドカンドカンやられたら、それこそ地形が変わっちまう。
射撃場ではB中隊の分隊がM14の射撃訓練をしてやがった。
「よっCも射撃訓練?」
「誰かと思えばあさみ曹長様かよ」
あさみ曹長はAKMを持ってやがる。こいつはいい銃なんだよなァ。
ネックは音がうるさいのと、少々キックが強い事くれーだ。
官給品じゃねーから弾薬とマガジンは自己管理になっちまうけどよ。
数があれば私もカラシニコフで統一したいくれーだぜ。
「ガーランド? 珍しいね」
「M14が品切れだから仕方ねーよ」
私達はM14を試射する分隊の横で射撃訓練を始めた。
- 25 名前:橋を確保せよ! 投稿日:2007/02/06(火) 16:00
- 〔移動開始〕
どうやら噂は本当らしく、翌日、大隊の引越し準備が始まった。
A中隊は引越しの護衛を任され、小湊小隊は斥候を担当。
まずは一個分隊が二キロ先の地点を確保。警戒に入る。
続いて私達が四キロ先の橋を確保。警戒に入る。
こうして南へ十キロの町で別の二個大隊と合流するそうだ。
「みんな荷物を預けたら〇九:〇〇に待機テントへ集合しろ」
私達はベッドルームで自分の寝具や衣類、私物等を、
パーソナルコンテナに詰めて輸送テントへ持って行く。
輸送担当はB中隊の連中で、主にトラックによる輸送らしい。
重要なものやお偉方はCH21輸送ヘリで向かうそうだ。
C中隊は即応部隊で重火器小隊を率いてる。
今日の警備当番のD中隊が殿軍をするらしい。
「小隊長、ちょっと遅くなったけど、まだ食堂はやってるかなァ」
「〇八:三〇まではやってるはずよ」
私は〇八:二〇に食堂に入ったけど、もうラーメンしか出来ないらしい。
まァ、朝からラーメンってのもいいかもね。炭水化物が摂れるからよ。
私がラーメンを注文すると、山ほど具が乗ったもんが出て来た。
どうやら余った食材を具にしたらしい。実に合理的じゃねーか。
「挽肉にハム、海老、長ネギ、ホウレン草、モヤシ、練物とは恐れ入ったぜ」
具だけで満腹になりそうだったけど、これからの作戦を考えて全部食った。
食事は早目に摂っておく事が必要で、ギリギリになって食うもんじゃない。
- 26 名前:橋を確保せよ! 投稿日:2007/02/06(火) 16:01
- 「ふう、食った食った」
集合は〇九:〇〇だけど、出発するのは〇九:三〇。
一時間もあれば半分は消化してくれるだろう。
満腹の時に腹を撃たれると、まず助からねーからよ。
私は顔を洗ったりトイレへ行って、キャンティーンに水を補給した。
それから待機テントに行って手榴弾を補充。装備の点検をする。
二キロ先を確保する明日香分隊が集まって来たけど、まだ〇八:五〇じゃねーか。
テントの中には石炭ストーブがあるから、私はフィールドジャケットを脱いでる。
勿論、Kバー(サスペンダー+ピストルベルト)も外してあった。
「吉澤さん、早いですね」
「麻琴かァ? 外は寒いからよ」
小湊さんとブリーフィングした内容じゃ、十五分おきに各分隊が出発。
一二:〇〇から四台のトラックでC中隊が十五分おきに出発するらしい。
だから私達は、最低でも一二:〇〇には橋を確保しておく必要があった。
私達が確保するのは橋だから、砲撃の要請を出来ないってのが厄介だぜ。
そういった事もあって、私達は一本ずつM72(使い捨てロケット砲)を持つ。
「二キロ地点までは普通に行ける。でも、橋までの二キロが危険だからな」
「判ってますって。あたしがポイントマン(先鋒)でしょう?」
麻琴に任せておけば、トラップなんて見逃さないだろう。
でも、サポートに一人必要だよなァ。美海にするかな。
左右は私と新垣、後方は是永に任せれば間違いねーだろう。
地雷を発見したら安全ピンを差し込んで掘り起こしておく。
それにポンチョを掛けて風に飛ばされないようにしておけばいい。
随時、工兵が爆破処理を行いながら前進して来る算段だ。
- 27 名前:橋を確保せよ! 投稿日:2007/02/06(火) 16:02
- 「軍曹は全員いるかな」
テントに飛び込んで来たチビはあさみ曹長じゃねーか。
一応、三人はいるけどよ。一人はまだじゃねーかなァ。
何しろ一〇:〇〇に出発だからよ。まだ寝てるんじゃねーか?
「今日未明に向こうの大隊が攻撃されたの。ゲリラはこっちに逃げたらしいわ」
って事は、私達がゲリラと遭遇する確率が高いって事かよ。
今は農閑期なもんで、ゲリラ連中は二十四時間営業だからなァ。
たった五人しかいねーわけだし、百人のゲリラと遭遇したら終わりだぜ。
その対策として、あさみ曹長は若干の作戦変更を説明した。
小隊ごと各地点を確保して行って、分隊を落として行くらしい。
確保した段階でC中隊を進ませて、次の地点確保の支援をさせるそうだ。
「出発は〇九:三〇に前倒しだからね」
話を聞いた兵隊達に、あさみ曹長は小隊を集めるように指示を出す。
私も是永と美海に他の連中を探して来るように言った。
新垣が無線を持つから、私がM72を二個持つ事にする。
最も軽装な美海には手榴弾を四個持って貰う事にした。
「豆、実戦は初めてだろ? オレの言う通りにしておけよ」
「はい」
新垣は正直なところ、お荷物でしかない。
でも、誰かが一人前にしないといけねーんだ。
今回は危険な任務だけど、これをクリアしたら成長する。
これは私が実感した事だから、まず間違いねーだろう。
- 28 名前:橋を確保せよ! 投稿日:2007/02/06(火) 16:03
- 「曹長! 全員揃いました!」
〇九:一八になって、ようやく小隊が勢揃いした。
小湊さんと衛生兵の川島幸もやって来て、いよいよ出発だなァ。
私はストーブの吸気口を閉じて、フィールドジャケットを着る。
その上からKバーを着けて、ヘルメットにM72、双眼鏡、
そしてM2カービンを持てば、いつでも出発出来るぞ。
「ちょっと作戦が変更したけど、これから出発よ」
先頭は二キロ地点確保の分隊。続いて私達。小隊本部。
以下、六キロ地点、八キロ地点確保の分隊と続く。
大隊のゲートを通過すると、もうここは敵との競合地帯。
「チャンバーに初弾を送り込め!」
是永と美海、新垣の三人はボルトを引いて初弾を送り込む。
麻琴は手に持ってた榴弾をM79に装填する。
そして私と小湊さんは、セーフティを外してからボルトを引く。
私達は二番手だから、セレクターはセミオートにしておいた。
「小隊長、道路なんて進ませて大丈夫なのかァ?」
「明日香分隊は心配だから、さっき偵察して来たのよ」
そう言うと小湊さんは、いたずらっぽく笑った。
さすが小湊さんだなァ。こういったところが小隊付曹長出身だけある。
たった二十五人の小隊だけど、小湊さんは全員の力量を把握してるぜ。
小湊さんが小隊長の内は、大船に乗った気持ちでいられるなァ。
出来れば、ずっと小湊さんが小隊長でいれくれたら助かるんだけど。
- 29 名前:橋を確保せよ! 投稿日:2007/02/06(火) 16:03
- 〔拠点確保〕
二キロ地点に着くと、小湊さんはC中隊の到着を待って出発した。
明日香分隊は殿軍のD中隊と一緒に来るから、それほど心配はねーだろう。
これから橋までの二キロは、私達が先頭になって進んで行く。
麻琴は道路を進まず、すぐ脇の枯れた用水路を歩いて行った。
「ストップ! 吉澤さん、路上にトラップです」
「ああ、よく見つけたな。美記、処理しろ」
是永がバヨネットで処理する間、私達は十メートル以上離れて様子を覗う。
小湊さんは後続の分隊に左右を警戒するように命じ、私達は前方を警戒した。
是永はゆっくりと慎重に、手前からバヨネットを突き刺して行く。
これが地雷だったら、下手をすれば彼女の身体が吹き飛ぶだろう。
「手伝います」
是永に向かって歩いて行こうとした新垣のサスペンダーを引っ張った。
引き戻された新垣は不本意な事を言うけど、麻琴に説明されて判ったらしい。
そうだ。一個のトラップで二人死ぬことはねーんだ。
是永はバヨネットでベニヤ板を持ち上げる。どうやら落とし穴みてーだ。
「パンジースティックだよ」
「埋めろ」
パンジースティックとは落とし穴の底に、鋭い竹槍や釘を立てておくトラップ。
こいつを踏むと足をやられちまって、暫く歩く事なんて出来やしねーんだ。
中にはトリカブトの毒を塗ってあったりして、致命傷になる事も珍しくない。
是永はベニヤでスティックを倒すと、石を入れて周囲の土で完全に埋めちまった。
- 30 名前:橋を確保せよ! 投稿日:2007/02/06(火) 16:05
- 「よし、麻琴。出発だ」
私達は道路の左側。つまり川沿いを南東に向かっていた。
用水路から道路までは百二十センチくらいあって、
水を抜いた水田は更に数十センチ下にある。
私達の分隊以外は、水田を進む事にしていた。
「吉澤さん、またトラップですよ」
「待て。あそこの民家が気になるな」
三百メートルほど先に、一軒の農家が建ってるじゃねーか。
双眼鏡で覗くと、どうも違和感が残った。
ほとんど橋の横に建つ農家で、私がゲリラなら占拠するだろう。
そうした怪しい建物だけど、私が感じた違和感は何なのか。
「美海、何か違和感を感じねーか?」
「別にこれと言って・・・・・・おかしいですね」
私が再び双眼鏡を覗いてると小湊さんが来た。
小湊さんも双眼鏡で民家を観察して首を傾げる。
どうも不自然だ。煙突から少しだけ煙が出てるけど。
「敵がいるわよ」
「この寒いのに窓ガラスが曇ってねーじゃん」
「それに生垣に銃口らしいものがあります」
私達は攻撃部隊に変更され、小湊さんともう一個分隊で接近して行く。
農家まで百メートルに接近すると、私達の分隊は渡河して反対側に回り込む。
それで様子をみながら攻撃をするつもりだった。
- 31 名前:橋を確保せよ! 投稿日:2007/02/06(火) 16:05
- 「吉澤さん、あれを」
麻琴が指差したのは、橋から投げ捨てられた三人の死体だった。
子供と母親、祖母らしい三人は、喉を切り裂かれてるらしい。
どうやら、あの三人が住んでいて、ゲリラに協力を断ったみたいだ。
だから惨殺されて捨てられたと考えるのが自然だな。
それにしても、いくら協力しないからって子供まで殺すこたーねーだろ。
ゲリラはこうした残虐な事をするから、私は絶対に許す気になれなかった。
「水が冷てーなオイ」
こうなったら遠慮はいらない。詳細を小湊さんに報告する。
河川敷から這い上がると、カラシニコフを持ったゲリラが見えた。
ゲリラを発見次第、攻撃してもいいって話だから、私は四人に位置を指示する。
美海は射程のあるM1Cだから後方。是永と私はM72を用意した。
新垣と麻琴は河川敷に待機させておいて、川に降りたゲリラを始末させる。
私と是永は息を合わせてM72を発射した。
「命中!」
M72が命中すると、その高熱で一気に農家が燃え上がる。
飛び出して来たゲリラを美海が一発で仕留めた。
私と是永で更に接近し、手榴弾をぶち込んでみる。
すると農家は音を立てて倒壊しちまった。
川に飛び降りたゲリラは、麻琴の榴弾で吹き飛んじまう。
炎が高くなると、カラシニコフの銃弾が誘発を起こす。
暫く手の付けられない状態だったけど、完全にゲリラは全滅だぜ。
小湊さんは道路のトラップを片付けてくれていたから、
後続の二個分隊はスムーズに進撃する事が出来た。
- 32 名前:橋を確保せよ! 投稿日:2007/02/06(火) 16:06
- 「中に何人かいたのかな」
「そうかもな。美記、向こう側で火を熾そう」
死体の焼ける臭いが嫌なので、私達は風上で焚火をする。
そうやって濡れた部分を乾かさないと寒くて仕方ねー。
私達が暖まってると、C中隊がやって来て八十一ミリモーターを降ろす。
こいつ等がいる内はのんびり出来るから、私達は靴を乾かしてた。
もう一一:〇〇になるから、少し遅れてる感じだなァ。
「吉澤さん、ヘリですよ」
「ああ、CH21だな。中佐が乗ってんだろ? 撃ち落してやろうか」
私がそんな冗談を言うと、傍にいたC中隊の連中も可笑しそうに笑った。
あんな古いヘリで、物凄い高高度を飛んでやがるぜ。
きっとゲリラに攻撃されるのを恐れてるんだろうなァ。
尉官や下士官は物凄い死亡率なのに、佐官は負傷者すらいねーって話だ。
こっちは命を張ってんのに、中佐が大隊長になるのを猛抗議したってんだからよ。
「砲撃要請! 座標0211・1129」
「座標0211・1129諒解!」
オイオイオイ! 小湊さん達が危ねーのかァ?
私は新垣を呼んで無線で小隊の状況を確認した。
場合によっちゃ、すぐにでも応援に行こうと思ったけど、
銃撃戦になってるだけで怪我人はいねーらしい。
しかし、八十一ミリモーター三門の砲撃はすげーなァ。
だいたい五秒に一発は撃ってる事になるからよ。
こんなもんを受けたら、私だったら絶対に逃げるね。
オックスホール(蛸壺)でもあれば別だけどよ。
- 33 名前:橋を確保せよ! 投稿日:2007/02/06(火) 16:07
- 〔美海〕
C中隊が行っちまうと、私達はブーツを履いて警戒体勢に入る。
とにかく橋を守るのが任務だから、見通しのいい北には麻琴だけ。
川沿いを私と新垣で警戒して、美海と是永は南方面の警戒に着かせた。
近くに火があるだけで暖かいし、ゲリラの攻撃もなかった。
「一二:〇〇か。輸送部隊が出発する頃だなァ」
「吉澤さん! ゲリラです!」
美海の声に私が行ってみると、東にある山の上から農民服の連中が降りて来る。
距離は六百メートルといったところで、まだM2カービンの射程圏内じゃない。
私が双眼鏡で人数を数えると、ゲリラの数は十一人でカラシニコフを持ってた。
相手は全自動火器だから、数で押されると圧倒されちまうかもしれねーなァ。
「美記、豆。敵を近付けるな」
私は橋の近くで南西方向を警戒する事にした。
M2カービンじゃ、接近戦にならねーと意味がない。
二百メートル近くまで接近して来たら、初めて撃っても当たる距離。
まァ、そのくれーになったら、麻琴のM79も届く距離だし、
まだM72が三本残ってるから、ぶちかましてやってもいい。
「ヒット!」
さすが美海だなァ。M1Cなら六百くれーは簡単に狙えるだろう。
カラシニコフとガーランドじゃ射程が違うっての。射程が。
是永や新垣は、当たりをつけて弾幕を張る作戦らしいなァ。
これだけ距離があると、美海のM1Cが絶対的に有利だった。
- 34 名前:橋を確保せよ! 投稿日:2007/02/06(火) 16:08
- 「ヒット!」
「ヒット!」
美海が三人撃つ間に、是永と新垣はようやく一人ずつ撃ってた。
連中は高さを利用して撃って来るけど、まるで明後日の方向へ銃弾が行く。
遠くを行く銃弾ってのは、長く尾を引いたような音になるんだよなァ。
逆に至近弾だと小枝を折ったような鋭い音がするんだ。
「ヒット! 敵が後退して行きます」
奴等は煙のせいで偵察に来たのかもしれねーなァ。
山からモーターでも撃ち込まれると厄介だしよ。
その時は橋の下にでも避難するしかねーか。
ゲリラの接近があった事を、とりあえず小湊さんに連絡すると、
どうやら連中はモーターを持ってねーらしい。
六キロ地点でも報復の砲撃がなかったらしいからよ。
「よし、とりあえず以前の陣形に戻れ」
こんな近くの山間部にゲリラがいるとなると、私達は合流しても安眠出来やしねー。
空気が乾燥して来たら、ナパームでも大量投下して大掛かりな山狩りしねーとよ。
とにかくゲリラは徹底的に叩かねーと、すぐに増殖しちまうからなァ。
「吉澤さん、輸送トラックが来ましたよ」
私はトラックを止めて、指揮してる少尉にゲリラの事を話した。
ここと二キロ先は危険なんじゃねーかなァ。
まだ小湊さんは四キロ先を確保してねーみたいだし。
とりあえずC中隊のいる二キロ先の方が安全だろう。
- 35 名前:橋を確保せよ! 投稿日:2007/02/06(火) 16:09
- 「判った。そろそろD中隊も出発した頃だよ」
その時、一発の銃弾が少尉の肩を貫通した。
私は急いでトラックを進ませると、C中隊とD中隊に支援要請する。
重火器を持ってるC中隊は砲撃の座標を待ってたし、
D中隊の連中は健脚組を送ったという返事が返って来た。
「美海、狙撃位置は?」
「詳しくは判りません。でも東からです」
私は双眼鏡で二発目のマズルフラッシュを確認しようと、
瞬きもしないで山の方を観察してた。
あの銃声はカラシニコフだと思うんだけどなァ。
私は四百メートル辺りをじっくり観察してみる。
すると、風もないのに低木の枝が揺れるじゃねーか。
「美海、四百メートル先の一時方向。ツツジが見えるか?」
「ああ、杉の木の手前ですね?」
「狙撃兵はあそこに隠れてやがる」
麻琴と新垣に輸送トラックの誘導を任せ、是永に周囲を警戒させる。
そうなると、狙撃兵は私と美海でやっつけるしかなかった。
砲撃を要請するか悩んだけど、崩落したら輸送トラックが足止めされちまう。
美海のM1Cには銃弾が八発入ってる。ここは私が囮になるしかねーか。
私は「行くぞ」と声を掛け、三十メートル走って伏せてみる。
まだ敵は撃って来ない。また三十メートル走って伏せてみた。
それでも、まだ撃って来ねーじゃんかよ。どうなってんだァ?
双眼鏡で覗いてみると、何となく人の影が見えるじゃねーか。
私は斜めに十五メートル走って伏せた。撃って来た!
- 36 名前:橋を確保せよ! 投稿日:2007/02/06(火) 16:10
- 「あぶねー!」
銃弾は私の背中を掠ってたみてーだぜ。その直後、美海が六発続けて撃った。
腹を押さえて逃げ出すゲリラを、美海は一発で頭を吹き飛ばしやがる。
さすが美海なんだけど、私は危険に身を曝して疲れただけじゃねーか。
まァ、狙撃兵を片付けたから、結果的にはいいんだけどよ。
何となく面白くねーのは私だけなのかァ?
「ヒット!」
美海は嬉しそうにガッツポーズを取りやがった。
拍手をする麻琴と新垣。どうも気に入らなねーなァ。
だって、身体を張ったのは私なんだぜ。
辛うじて是永が「ご苦労様」って言ってくれた。
「おーい! 大丈夫?」
ようやくD中隊の健脚組が駆け付ける。
もう終わったよ。終わったってんだゴルァ!
ったく、頭に来たからカラシニコフでも戦利品にしよう。
「美海! カラシニコフとマガジンを取って来い!」
「は、はい」
「豆! 無線だ!」
「はい!」
私は小湊さんに連絡すると、最後の輸送トラックを見送ってD中隊を待った。
ったく面白くねーなァ。指揮したのは私。身体を張ったのも私。
美海は撃っただけじゃねーか! こんな事で腹を立てるのは大人気ねーってか?
- 37 名前:橋を確保せよ! 投稿日:2007/02/06(火) 16:12
- 吉澤軍曹『橋を確保せよ!』終
- 38 名前:三人の補充兵 投稿日:2007/02/13(火) 15:44
- 〔補充兵〕
四個大隊が合流し、師団からと新兵の補充が来て暫定的一個連隊に昇格した。
相変わらず負傷兵もカウントされていたから、私達の分隊には補充が三人かな。
新しく連隊が置かれたのは、人口一万人くらいの大きな都市だった。
以前は金鉱で栄えた町だったらしいけど、今は典型的な農業都市になってる。
廃墟となったビルに連隊本部を設置し、私達は工兵と一緒に防御陣地を作った。
「もう二月も半ばだなァ。そろそろ敵も元気を取り戻すぜ」
町の北西に配置されたファイアベースの半地下テントが私達の居住区だった。
分隊用テントにたった五人だから、ひどく殺風景な感じだよなァ。
真ん中にストーブを置いて、テーブルを広げても充分な広さがあるだけに、
工兵から木製ベンチを二個貰って来て、折り畳みテーブルの左右に置いてみた。
こうしたちょっとした椅子があると、何かと便利なものなんじゃねーかなァ。
「あとベッドを三個置いても余裕ですね」
作業を終えてドラム缶風呂に入り、その後の一杯はたまらねーなァ。
石炭ストーブのお陰で、私達は真冬でも毛布一枚で寝る事が出来た。
寒がりの美海はシュラフで寝るけど、他の四人は全く大丈夫だぜ。
「よっC、新兵が三人だったらどうする?」
「知るか。おめー達に任せるからな」
是永の冗談に私は一抹の不安を覚えた。
まだ新垣も半人前だってのに、新兵を三人も面倒みられるかっての。
暫く陣地守備ならいいけどよ。斥候なんて絶対に無理だぜ。
新兵や事務屋が来たら、それこそ分隊が滅茶苦茶になっちまう。
- 39 名前:三人の補充兵 投稿日:2007/02/13(火) 15:45
- 「新兵が分隊に来るとは思えないですよ」
麻琴の言う通り、新兵は最低でも半年、連隊使役兵として働かねーとなァ。
まず軍隊に慣れて、それから配属されねーと大変な事になっちまう。
師団から尉官が何人か来たけど、みんな事務屋だから話にならねー。
まァ、うちの中隊長は、少佐だけど志願したらしいからガッツがあるぜ。
「吉澤さん、暫定使役兵って知ってますか?」
「何だそりゃ」
シュラフに入って歩兵手帳を見ていた美海が思い出したように言った。
暫定使役兵なんて聞いた事がねーなァ。軍事協力員とは違うんだろうな。
軍事協力員は工兵や使役兵が不足した場合、臨時で雇う民間人の事。
給料は新兵と同じ金額だから、意外に高給取りなんだよなァ。
「所属は旅団や連隊付きで、小隊に配属される新兵の事ですよ」
「麻琴、おめー知ってたかァ?」
って訊くだけ野暮ってもんだなァ。麻琴は頭が悪いからよ。
まァ、多少は頭が悪くても、兵隊としちゃ一人前だな。
美海も是永も最初は心配したけど本当に成長したもんだぜ。
そういえば、是永は私と同い年だったんだよなァ。
美海、麻琴、新垣って年齢が繋がってるのが面白いぜ。
「知ってるわけないじゃないですか」
せめて麻琴や美海くれーの奴が来てくれると助かるんだけどよ。
順番で行くと是永が伍長だよなァ。補充兵が来たら機関銃を任せるか。
麻琴と美海にも任せて、何とか使えるようにしねーとなァ。
- 40 名前:三人の補充兵 投稿日:2007/02/13(火) 15:46
- 翌日、私達が土嚢を積んでると、小湊さんがやって来た。
何かと思えば補充兵の話で、私達の分隊には三人来るらしい。
どんな奴が来るのかと思ったら、あさみ曹長が連れて来て私は唖然となった。
「有原栞菜です。宜しくお願いします」
「中島早貴です。宜しくお願いします」
「西念未彩です。宜しくお願いします」
なななな・・・・・・何て事だ! まだ子供じゃねーか!
年齢的に小学校を出たばかりじゃねーか?
普通なら中学校に通ってるくれーだろう?
これって夢だよな。夢だ。悪夢だァァァァァー!
「まこっちゃん、これは早いとこ戦争終わらせないとね」
「あ、ああ、そうだね。ガキさん」
こんな子供、どんなに訓練しても、あと四年は掛かるぞ。
っていうか、M16ですら撃てるような気がしねーんだけど。
どうすりゃいいんだよォ! くそっ、部隊転属願でも出そうかな。
本来、私は重火器専門だから、砲兵隊でも雇ってくれそうだからよ。
「あさみ曹長。冗談ですよね?」
「冗談? 何が冗談なの? 美記」
私は小湊さんとあさみ曹長を連れてバンカーに入った。
まだ、子供が一人だけなら何とかなるだろう。
でも、いきなり三人も連れて来られたらたまらねー。
せめて十六歳くれーの新兵なら何とかするけどよ。
- 41 名前:三人の補充兵 投稿日:2007/02/13(火) 15:47
- 「いきなり子供が三人かよ。守れる自信ねーぞ。新垣だけでも大変なのに」
「散々悩んだのよ。よっCしか頼めないもん。ごめんね。力不足で」
小湊さんに言われると弱いんだよなァ。彼女の性格は熟知してるから。
ただ、私達が死ぬのは仕方ないとしても、子供達を死なせるわけには行かない。
そこらへんを二人は、どんな風に考えてるんだろうなァ。
「オレが心配なのは三人の命なんだよ。どこまで守れるか自信がない」
「あたしだって子供は死なせたくない。でも、五人は仲間なの。戦力なの」
あさみ曹長は泣きながら、苦渋の選択で天秤にかけてた。
いざとなったら、子供を見捨てないといけねーのか。
そんな事、私に出来るわけがねーだろう。
分隊に入ったら仲間だ。仲間は絶対に見捨てたりしねー。
それが私の軍人としてのポリシーだった。
「判った。それじゃオレと子供は作業から外れるぞ。基礎を叩き込まねーとなァ」
「ありがとう。よっC」
「よっCのとこは機関銃がなかったよね。M60とショットガンがあるよ」
さて、問題は三人の長所を伸ばして短所を克服させねーとなァ。
とりあえず、体力と根性、適性を知らないと始まらないわけだ。
もう、どん底まで落ちたから、後は這い上がるだけだもんなァ。
こうなったら開き直って、暫く保育士の仕事でもするかな。
「おーい、栞菜、早貴、未彩。M60とショットガンを取って来い」
小湊さんとあさみ曹長がバンカーから出て行くと、是永と美海が飛び込んで来る。
二人には今がボトム局面だという事を告げ、暫く私が子供達の面倒をみる事を話した。
- 42 名前:三人の補充兵 投稿日:2007/02/13(火) 15:47
- 〔適性〕
まず、私が始めたのは、フル装備でどのくらい歩けるかというもの。
勿論、私もフル装備で付き合うんだけど、最低でも二十五キロくらいある。
とりあえず、三人にはM16を持たせて、市内を五十五分歩いて五分の休憩。
午前中の三時間は、それで個々の体力をチェックしてみた。
「体力は早貴、栞菜、未彩。根性は早貴、未彩、栞菜だな。僅差だけど」
三人とも三時間でへばったけど、装備が十五キロなら一日は歩けそうだ。
さすがに兵隊になるだけあって、子供の割りには体力や根性があるなァ。
次は射撃の腕。つまり腕力をテストしてみねーとよ。
M16なんてオモチャは、間違っても使わせられねーからなァ。
その前に、食堂でカレーでも食うとするか。
「よっC、一緒に食べよう」
分隊の連中がやって来た。私はフル装備を担いだまま食堂に向かう。
でも、やっぱり邪魔だから、麻琴にカレーを注文させてテントに戻る。
再び食堂に行くと、あさみ曹長も一緒の席にいるじゃねーか。
まァ、食事ってのは、みんなで楽しく食った方がいいんだけどね。
「吉澤さん、あの子達どうでした?」
美海が心配そうに訊いて来た。そりゃ誰だって心配になるわな。
でも、一番心配してるのが私だって事、判ってねーだろ。
私は子供達もそうだけど、みんなを心配してるんだっての。
軍曹になんかなるもんじゃねーな。心配事が絶えねーからよ。
怪我で済めばいいんだけど、やってる事は殺し合いだからなァ。
- 43 名前:三人の補充兵 投稿日:2007/02/13(火) 15:48
- 「何とも言えねーよ。みんな根性はあるけどな」
私が下士官訓練所にいた時は、とにかく走ってたっけ。
銃とナイフと足は、兵隊の強い味方なんだよなァ。
私は足に自信があったから、あの大攻勢でも生き残れた。
もっとも、崖から転がり落ちて、唯と一緒に夜を明かしたけどな。
「よっC、機関銃は誰に任せるの?」
「ああ、麻琴か美記なんだけど、ちょっと考えたいんだ」
あさみ曹長は早急に機関銃手を決めたいらしいな。
順当に行けば是永だけど、機動力が落ちるのは勿体無い。
麻琴にはポイントマンの仕事があるし、難しいところだぜ。
新垣が是永の後継者になれれば、問題ねーんだけどよ。
ちょっと早いと思うけど、新垣に独り立ちして貰うかなァ。
「それじゃ、わりーけど先行くわ」
私はカレーを食べ終えると、兵站部に行って何種類かの銃を借りた。
M1カービン、カラシニコフ、ガーランド、ライアットショットガン、
M1911A1、トカレフ、M79、それからM60。
私の勘だとM1カービンとトカレフしか扱えねーと思うなァ。
一三:〇〇に私が銃をリヤカーに積んで行くと子供達が待ってた。
「よし、それぞれ好きな銃を持ってみろ」
各自にそれぞれ銃を撃たせてみたけど、構え方を直してもガーランドは無理。
勿論、ショットガンも無理で、カラシニコフもコントロール出来ない。
意外だったのは早貴がM79を扱えた事。こいつは面白いなァ。
- 44 名前:三人の補充兵 投稿日:2007/02/13(火) 15:49
- 「よし、全員がM1カービンを持て。トカレフも貰って来い」
続いて格闘訓練に入るけど、ここでは有原が素晴らしい強さを見せる。
私から見ればお遊戯みてーなもんだけど、有原は新垣クラスの腕がありそうだ。
まだ成長段階で、どこまで伸びるか未知数なのが面白いと思う。
有原は給弾手として使えるんじゃねーかなァ。中島は麻琴と組ませるか。
西念には無線を教え込んで、暫くは通信手として使ってみようかな。
榴弾組の火力が不安だから、私のM2カービンを中島に持たせるか。
そうなると、消去法で私がショットガンって事になっちまうなァ。
やっぱりM60は是永か。・・・・・・待てよ。新垣が持てねーかなァ。
「軍曹殿、質問があります」
「軍曹に『どの』はいらねーからな」
殿を付けるのは軍医殿とか作戦参謀殿。判ったか?
ちなみに将軍には『閣下』って付けるんだぞ。
准将だろうが大将だろうが『閣下』で間違いない。
隊長は役職だから、そのまま呼んでいい。『小隊長』って。
「軍曹、私達は立派な兵隊になれますか?」
「何を基準にするかは人によって違うだろ?」
いつの間にか座学になっちまったけど、それはそれでいいや。
まずは子守から卒業して、信頼される兵隊になる事だな。
信頼されて初めて仲間になれるってもんだ。
実力がついたら、とにかくみんなを信頼する事に尽きる。
信頼されるには信頼しないと始まらねーからよ。
信頼されるのは難しくねーけど、それを維持するのが大変なんだ。
- 45 名前:三人の補充兵 投稿日:2007/02/13(火) 15:50
- 「よし、明日は一日中走るからな」
顔が引き攣る三人を尻目に解散とした。
夕食を摂ってから分隊テントの奥にベッドを用意させると、
子供達は疲れからか、すぐに寝息を立て始める。
私は子供達が熟睡したのを見計らって、
麻琴に是永、美海と新垣を集めて作戦会議を始めた。
「機関銃は美記、給弾手は栞菜。M79は麻琴、弾薬手に早貴。
豆にはショットガンを持って貰う。美海はM1Cを引き続き。
無線は未彩。子供達は早貴がM2カービン。二人はM1カービンで行く」
「吉澤さんは?」
「オレは美記か豆のガーランドを使うよ」
それはそれとして、何とか子供達に体力をつけさせねーとなァ。
有原にしても、M60の弾薬を持てるかどうかが心配。
中島もM79の榴弾を何発持てるかが問題だもんなァ。
西念は無線を担いでついて来れるのかも不安材料だしよ。
「お散歩(斥候)の時は、どういったフォーメーションですか?」
新垣も是永の仕事を引き継ぐのは不安だろうなァ。
でも、こうするしかねーんだよ。子供達を守る意味でも。
ポイントマンは麻琴、サポートに新垣、その後ろに中島。
センター西念、レフト美海、ライト是永、殿軍は私と有原。
場所によっては、新垣と是永を入れ替えてもいい。
その場合は有原を前に出して、私と西念が後ろに就く。
まァ、ケースバイケースで入れ替えて行くしかねーなァ。
それを説明すると、みんな納得してくれたからよかったぜ。
- 46 名前:三人の補充兵 投稿日:2007/02/13(火) 15:50
- 〔来訪者〕
連隊の編成は継続して行われてるみてーだなァ。
小湊さんの話じゃ、どうやら師団の兵隊は多くが子供らしい。
わざわざ首都の政府軍司令部から教官を呼んで仕込んでるそうだ。
そうだよなァ。いくら基礎訓練を受けても子供は子供だからよ。
ファイアベースの作業も一段落して、交代で警戒をするようになった。
子供達の訓練も順調で、みんな体力がついて来たから助かったぜ。
「よっC、作戦に出て欲しいんだけど」
私が屋台でラーメンを食ってると、横に小さな女が座った。
これだけ小さくて私を『よっC』なんて呼ぶのは誰だァ?
小湊さんはもう少し大柄だし、是永は作戦なんて・・・・・・。
あさみ曹長に決まってんじゃねーか!
「誰かと思えば、あさみ曹長様かよ」
あさみ曹長は子供達の訓練の様子を見てたらしくて、
そろそろ、お散歩させる時期だと思ったらしいなァ。
内容にもよるけど、すぐ近くだし何とかなりそうだった。
無人の倉庫を焼き払うっていう簡単な仕事。
「一応、私達も一緒に行くからね」
あさみ曹長の話だと、小湊さんと衛生兵の幸と三人で同行するらしい。
万が一を考えてくれてるんだなァ。ちょっと不安だけど、やってみるか。
小湊さんもあさみ曹長もカラシニコフだし、火力は数倍になってるからよ。
私はあさみ曹長と作戦に必要な物を考えてリストアップした。
- 47 名前:三人の補充兵 投稿日:2007/02/13(火) 15:51
- 「それじゃ、一四:〇〇に出発しようね」
昨日、私達の中隊で警備したから、明後日までは休息日だ。
子供達も明日中には緊張が解れるんじゃねーかなァ。
私も初めてのお散歩は緊張しまくりだったからよ。
今回はたった一キロの場所だから、六十ミリモーターでも届く距離。
何かあれば待機の連中が五分以内に駆け付けるだろう。
私はラーメンを食い終えると、分隊テントに戻った。
「みんないるかァ? 作戦だぞ。一三:四五までに準備しておけ」
あと一時間以上もあるから、私はベッドに寝転がった。
すると、心配顔の麻琴と美海がやって来るじゃねーか。
子供達を心配してるらしいけど、どこにいても危険は危険。
ここにいたって、八十二ミリモーターの直撃を受けりゃ即死する。
それに、あれから二週間、子供達は私が徹底的に鍛えたからよ。
「外に出すのは、まだ早いんじゃないですか?」
「何だったら、あたし達だけでやりましょうよ」
「心配するな。後で説明するからよ」
付き合いの長い麻琴と美海は、すぐに悟ってくれた。
今回の作戦なんか工兵がやるような仕事だよなァ。
麻琴か是永と私の二人でも充分に出来る作戦だぜ。
恐らく小湊さんとあさみ曹長の二人で片付ける気だったんだろう。
でも、子供達を勉強させるつもりで、わざと私のところへ持って来た。
もし、敵がいたとしても、八十一ミリモーターで片付くもんなァ。
着弾観測さえすりゃ、私達は銃を一発も撃つ必要がねーもん。
そうじゃなかったら、私が身体を張ってでも拒否してただろうなァ。
- 48 名前:三人の補充兵 投稿日:2007/02/13(火) 15:52
- 「軍曹、準備が出来ました!」
「そうか。ってオイ! まだ一時間前じゃねーか!」
初めての作戦で緊張してるのか、子供達は一時間も前に用意しやがった。
三人ともフィールドジャケットの上からKバーまで着けてる。
これには食後のコーヒーを飲んでた美海が吹き出した。
麻琴と是永が子供達に説明してる。・・・・・・疲れたぜ。
「軍曹、もう編成は終わったんですかね」
新垣が久し振りの出撃にバヨネットを磨きながら訊いて来た。
各中隊の編成は終わったみてーだけど、お偉方は何かと揉めてるみてーだなァ。
何しろ尉官より佐官の方が多いってんだから、全く話にもなりゃしねー。
本来、連隊指揮官は中佐なんだけど、余ってるから大佐がやって来た。
中佐連中にはプライドがあるから、大隊長なんて出来ねーって事らしい。
「佐官が揉めてるらしいけどなァ。オレ達には関係ねーよ」
どうやら佐官連中は、連隊長の大佐派と旧連隊長の中佐派に分かれてるらしい。
うちの中隊長は少佐だけど現場が長いせいか、文句も言わねーで頑張ってる。
他の中隊長も、ほとんどが准尉出身の中尉だから我慢強いんだよなァ。
「だったら貴様は今日から少佐に降格だ! 仕事をしてから文句を言え!」
テントの外で誰かが怒鳴ってる。ったく迷惑な話だなァ。
私と美海がテントから顔を出すと、長身のおばさんが中佐を睨みつけてた。
あのおばさんは誰だろう。DBUなんて着てるから誰だか判らない。
私と眼が合うと、おばさんはニッコリ笑ってやって来たじゃねーか。
優しそうなおばさんだけど、さっきは凄く怖かったなァ。
- 49 名前:三人の補充兵 投稿日:2007/02/13(火) 15:53
- 「入ってもいい?」
「ああ、いいよ」
おばさんは私達のテントに入って来て、子供達を見付けるとニコニコしてる。
美海が「コーヒー飲みますか?」なんて声を掛けると、おばさんは頷いた。
私達の銃を見ると、おばさんは首を傾げながら質問して来るじゃねーか。
「ガーランド? 何でM16を使わないの?」
「あんなオモチャは使い物にならねーよ。ほとんど壊れちまったし」
「成る程。でも、あの子達にカービンとは考えたね」
おばさんは懐かしそうにガーランドを触ってた。
このおばさんの歳だと、独立戦争に従軍したかもしれねーなァ。
DBUなんて着てるけど、きっと政府軍の監察官だろう。
事務屋が何の用で、こんな最前線まで来たのかなァ。
「おばさん、誰よ」
「あたし? 夏まゆみっていうの。宜しくね」
美海から受け取ったコーヒーを飲みながら、おばさんはニッコリ笑った。
四十代半ばだと思うけど、スレンダーでチャーミングな人だなァ。
子供達は母親と同じくれーの人が来たから、何かと甘えようとしてた。
「し、師団長!」
「いけない。呼ばれてる。それじゃ、頑張ってね」
師団長? あのおばさんが少将? ・・・・・・ひえー!
全員が驚いて抱き付いて来たけど、私が一番驚いてる。
だって「おばさん」なんて言っちまったんだからよ。
- 50 名前:三人の補充兵 投稿日:2007/02/13(火) 15:54
- 〔アクシデント〕
気持ちを切り替えて作戦に臨んだ。子供達の装備は私と麻琴、是永で点検する。
麻琴には六発の形成炸薬弾を持たせたし、全員が一個ずつ焼夷手榴弾を持ってる。
子供達は緊張してるけど、どうやら小湊さんとあさみ曹長が偵察して来たみてーだ。
二人とも手が汚れてるから、きっとトラップを処理して来たんだろうなァ。
「先頭は麻琴と豆、後ろに幸、右翼は美記、左翼は美海だ。殿軍はオレがやる」
真ん中には中島、西念、有原が一列で並び、その間に小湊さんとあさみ曹長が入った。
ファイアベースから出た時、他の分隊の連中が装備を着けて手を振ってる。
どうやら小湊さんは、私達の後方に他の分隊を配置するらしい。用意がいいなァ。
なだらかな牧草地を降りて行くと、そこには一面の水田地帯が広がってる。
数人の農民が籠を背負って道路を歩いてて、三百メートル先に目的の倉庫があった。
「ストップ。よっC」
小湊さんに呼ばれて、私は二人で田の中を五十メートルばかり進んだ。
畦の手前で止まると、小湊さんは伏せながら双眼鏡を取り出す。
私も双眼鏡を取り出して覗こうとすると、小湊さんは意外な事を言い出した。
「さっきは誰もいなかったのに」
「マジかよ。ゲリラなんて事はねーだろうなァ」
私が双眼鏡で覗くと、倉庫の近くに数人の農民がいるじゃねーか。
窓の中にはカラシニコフを持った奴もいる。こいつはゲリラだな。
どうやら、ここ三十分くれーで集まって来たみてーだなァ。
ここは六十ミリで砲撃して貰うのが一番。いや、そうすべきだ。
問題はゲリラを皆殺しにしねーといけねーから、包囲するに限るんだけど。
- 51 名前:三人の補充兵 投稿日:2007/02/13(火) 15:55
- 「後方の二個分隊を迂回させて包囲するわ。それから砲撃して貰おうね」
「銃撃戦にならなきゃいいんだけどよ」
とりあえず、みんなのところへ戻って、後方の二個分隊が迂回するまで小休止。
前方は新垣、右は是永、左に美海、後方に麻琴を配置して敵襲に備える。
小湊さんは留守番の分隊に六十ミリのスタンバイを指示。困惑した顔で私を見た。
うちの分隊みてーに子供じゃねーけど、他の分隊にも新兵が配属されてる。
小湊さんやあさみ曹長は、そういった不安があるんだろうなァ。
「小隊長、砲撃の後は麻琴に叩かせる。それから前進でいいだろ?」
「そうね。美海とよっC、美記は支援して」
前進の際は麻琴、新垣、中島で一チーム。是永、美海、有原で一チーム。
西念は小湊さんとあさみ曹長に任せるとして、私がセンターから行こう。
それにしても、ゲリラは倉庫で何をしてやがるんだろうなァ。
考えられるのは・・・・・・そうか! 奴等は今晩、襲撃をかける気だ。
それで倉庫に前哨点を作って監視しようとしてやがるんだな?
「小隊長、配置完了。砲撃を始めます」
あさみ曹長の合図で八十一ミリの砲撃が始まった。
三門で徹底的に撃ってやがるから物凄い着弾だなァ。
一門は焼夷弾(信号弾)を使ってるから倉庫が燃え出したぞ。
「麻琴、派手に撃ち込んでやれ」
私と美海、是永が畦に付いて銃撃を加えてやる。
三方向から攻撃されたゲリラ達は、次々に撃ち殺されて行く。
それにしても、こんなに大人数がいたとは意外だなァ。
- 52 名前:三人の補充兵 投稿日:2007/02/13(火) 15:56
- 「麻琴、豆、早貴は右。美記、美海、栞菜は左から前進しろ」
私が走り出すと、左右の六人も続いた。後方の四人も三十メートル後ろをついて来る。
私達は菱形の陣形で畦を越えて道路まで走った。それから各自がポジションを決める。
退路を断たれたゲリラが応戦して来るけど、是永のM60が掃射すると頭を引っ込めた。
また頭を出したところを美海がM1Cで仕留める。私も負けじと二人ばかり仕留めた。
「麻琴、エアバースト(空中炸裂弾)に切り替えろ!」
約百五十メートルの位置だから、面白いように命中するじゃねーか。
どうやら敵が沈黙したから、慎重に前進を開始する。その時だった。
美海が左方向から肩を撃たれて倒れ込む。狙撃兵が残ってやがった。
「美海! 大丈夫か?」
「掠っただけです」
私が銃を向けようとした時、確かに後方から銃声が聞こえて狙撃兵の頭が吹き飛んだ。
誰が撃ったんだろう。後方を見たところで誰もいねーじゃんかよ。
ところが、無線を背負った西念が倒れてるじゃねーか。いったいどうしたんだ?
「未彩、しっかり! 大丈夫! 大丈夫だからね。幸、早く血を!」
「よっC! 早く調べて来て!」
くそっ! 美海を掠った銃弾が西念の胸に当たったみてーだ。
とりあえず私と新垣の二人で乗り込むと、まだ息のあるゲリラを殺して行く。
猛火に包まれる倉庫の近くで熱かったけど、とりあえず眼前のゲリラは全滅。
他の分隊も乗り込んで来て、どうやら完全に制圧したみてーだった。
私達はカラシニコフとマガジン、銃弾を回収して合流、小湊さんのところへ戻る。
でも、そこで見たのは、幸の治療の甲斐なく息絶えた西念の姿だった。
- 53 名前:三人の補充兵 投稿日:2007/02/13(火) 15:56
- 翌日、西念は火葬されて小さな骨壷に入っちまった。
骨壷は木箱に入れられ、認識票と少ない遺品も納められる。
小湊さんの泣き腫らした眼を見ると私は泣けなかった。
未彩の遺骨は定期便のトラックで師団司令部に送られる。
そこから政府軍司令部に行って、担当者が家まで送り届けるそうだ。
「よっC・・・・・・ごめんね」
「小湊さんのせいじゃねーよ」
小湊さんとあさみ曹長は、出来るだけの事をしたんだ。
それより、西念の死がゲリラの襲撃を封じたって考えねーと。
戦争なんだから、こうしたアクシデントもあって当然だろうしよ。
私はあさみ曹長に小湊さんを任せて分隊のテントに戻った。
そこでは中島と有原が泣きながら西念のベッドや寝具を梱包してる。
私はベンチに座ると、テーブルの上にあった焼酎を飲んだ。
「美海、傷はどうだ?」
「軽い火傷です。でも・・・・・・」
西念は気の毒だったけど、美海が軽傷でよかったなァ。
しかし、この二人の子供は、本当に生き残れるんだろうか。
兵隊である以上、絶えず死というものが付き纏うからよ。
いくら兵員不足だからって、子供に兵隊は無理ってもんだ。
「吉澤さん、ガキさんと話してたんですけど、狙撃兵を撃ったのは誰なんですかね」
そういえば、麻琴が言うように、かなり後方から銃声がしたような気がする。
隠れてる狙撃兵を一発で仕留めたんだから凄い腕だよなァ。
あれはいったい誰だったんだろう。味方には違いねーんだろうけどよ。
- 54 名前:三人の補充兵 投稿日:2007/02/13(火) 15:57
- 吉澤軍曹『三人の補充兵』 終
- 55 名前:プラトーン 投稿日:2007/02/19(月) 09:55
- 〔作戦〕
あれから子供達は他の分隊に集められ、代わりに三人のハイティーンがやって来た。
能登有沙二等兵、諸塚香奈実二等兵、そして新兵の青木英里奈で戦力になりそうだな。
青木は是永に付けて給弾手にするとして、能登と諸塚にはガーランドを持たせてみる。
私は以前のM2カービンに戻って、ようやく分隊らしい形になって来たみてーだ。
小湊小隊の軍曹四人が指揮所に集められ、一泊二日の作戦説明を受けた。
「目的地は三キロ北東の村。ここがゲリラの中継基地になってるの」
小湊さんが四人の軍曹に地図を配り、目的地を赤鉛筆でマークしてあった。
車輌が通れない小径の先にある村で、人口は約五十人って事らしい。
航空写真と照合して、前哨点がありそうな場所を青鉛筆でマークしてある。
その上に『よ』とか『柴』とか書いてあって、こいつは分隊の意味だろうなァ。
「よっCの分隊は二ヶ所、柴ちゃんのとこが三ヶ所。小径は絵里香分隊と私達が行く」
子供ばかりの福田分隊は留守役で八十一ミリモーターで支援するらしい。
それもそうだ。子供は前に出すべきじゃないからなァ。
でも、柴ちゃんのとこの武藤水華は、まだ十五歳になったばかりじゃねーか?
各分隊の定員上、仕方ないんだけど、武藤は優秀だから大丈夫だろ。
「絵里香の分隊が囮だから、左右から中央へ攻めて欲しいんだ」
あくまで前哨点だから、そう大人数がいるとは思えない。
これといって問題のある作戦じゃねーけど、果たして村に何人のゲリラがいるか。
八十一ミリの砲撃があれば、何とかゲリラを駆逐して村を破壊出来そうだなァ。
この中継基地が破壊されちまえば、ゲリラも簡単には攻めて来れないだろう。
このファイアベースを守る上でも、今回の作戦は有意義なものになりそうだぜ。
- 56 名前:プラトーン 投稿日:2007/02/19(月) 09:55
- 私は分隊テントに戻ると、みんなに作戦の説明をした。
出撃時間は一〇:〇〇だから、あと四十分で用意しねーと。
今回もM72を持つけど、麻琴と是永、諸塚、青木は除外しよう。
まァ、四本も持って行けば充分なんじゃねーかなァ。
「有沙と香奈実、英里奈はM72を四本、MCIレーションを三十二個貰って来い」
朝方は氷点下になるから、どうしても相応の準備が必要だなァ。
シュラフと毛布は必需品だし、インナー付きのポンチョも大切だ。
M60機関銃手の是永と無線手の諸塚、機関銃弾薬手の青木、
それから榴弾手の麻琴の分は他の四人で持つ事になる。
だから毛布やシュラフは交代で使っても、食料は二人分を持つ。
そうなると、どうしても雑嚢を背負って行く事になり、
装備は武器や弾薬を入れて二十五キロ以上になった。
「キャンティーンは二個。コンバットナイフと缶切を忘れるなよ」
だから、野営する時は場所を選ばねーとなァ。
とりあえず、全員にアルコール燃料を持たせるかな。
勿論、使えるのは昼間だけで、夜は絶対に火なんか熾せない。
この分隊でタバコを吸う奴がいねーのも助かるぜ。
「軍曹、貰って来ました」
「よし、全員ソックスとタオルは持ってるな? 用意が出来たら出掛けるぞ」
今日も少し風はあるけど、雲ひとつない晴天だぜ。
私はBDUの上から防寒ズボンを穿いてフィールドジャケットを着た。
その上から雑嚢付きのKバーを着けると重みが肩に来るなァ。
それにしてもいい天気だ。この晴れは数日続くに違いない。
- 57 名前:プラトーン 投稿日:2007/02/19(月) 09:56
- 「指揮所前に行ったら、すぐに出発だぜ。いいか?」
小湊小隊の四人の軍曹で、どういったわけか私が一番若い。
明日香と絵里香はひとつ上だし、柴ちゃんは更にその上。
三人とも徴兵で入って兵役継続をした連中だからかなァ。
下士官訓練所出身は、私だけってんだから笑っちまうよ。
「準備が出来たとこは先に行って」
あさみ曹長が私と柴ちゃんの分隊を送り出した。
私達の分隊は右翼から弧を描いて前哨点と思われる場所へ向かう。
勿論、道なんかなくて、ブッシュや木の間を抜けて行くしかなかった。
こんな場所にトラップなんかねーだろうけど、一応は麻琴に前を任せる。
サポートする新垣とのコンビも、それなりになって来たから嬉しいぜ。
右は是永、左は能登、後方は美海と諸塚といった完璧な布陣。
「麻琴、残り一キロを切ったぞ。適当な場所で小休止だ」
「諒解」
麻琴はペースダウンして、足元と周囲を見るようになった。
そして、ブッシュと大きな石があるところへと入って行く。
そこは午後になると陽が当たるような場所だけど、
今は日陰だし、周囲に高さのある枯草があるのも視界を遮っていい。
「豆、麻琴と前、美海は有沙と後ろだ。美記と英里奈は右」
私が無線で小湊さんに連絡すると、本隊は少し遅れてるみてーだ。
これまでに三個もトラップがあって、その処理に時間が掛かったらしい。
囮に遅れられても困るから、私達は少し早いけど昼食を摂る事にした。
- 58 名前:プラトーン 投稿日:2007/02/19(月) 09:57
- それから一時間で、全員が食事を終えて食休みを済ました。
ゴミは潰して持ち帰るのが基本。なぜならゴミは情報の宝庫だからだ。
穴を掘って埋める事もあるけど、今回はそれほど遠距離じゃないし、
地面が凍ってるから変に音を立てて敵に発見させるよりはいい。
「一時間も休んだからな。出発だ。麻琴、ゆっくり行こう」
本隊に遅れられても困るし、そろそろ足元に気を付けないと危ない。
敵の前哨点と思われる場所の近くまで来ると、麻琴が全体を止める。
どうやらトラップがあるらしく、麻琴はバヨネットでブッシュを調べた。
トラップはワイヤー式っぽいなァ。両端を調べてるからよ。
(電気式雷管のTNT?)
麻琴がハンドシグナル(手の合図)でトラップの内容を知らせて来た。
最後に×印って・・・・・・どうやら麻琴じゃお手上げって感じらしいなァ。
合図で麻琴と新垣を下がらせて、ここは私が処理する事にした。
トラップの位置へ行って確認すると、ワイヤーの両端に爆薬がセットされてる。
乾電池式の起爆装置で、こんなもんは至って簡単な作りじゃねーか。
ただ、雷管に黒いテープが巻かれてるから、衝撃起爆の可能性もあるなァ。
私は両端のケースを開けて乾電池を取り出すと、ニッパーでワイヤーを切断した。
(こんな簡単なトラップも処理出来ねーのかヴォケ!)
(アハハハハ・・・・・・。さすが吉澤さんですねえ)
近くに敵がいるかもしれねーから、互いの耳元で囁き合う。
私は双眼鏡で前哨点と思われる付近を観察してみる。
こんな場所にトラップがあるんだから、前哨点と思って間違いねーだろう。
すると、二百メートルくらい先に、不自然な土の山があるじゃねーか。
- 59 名前:プラトーン 投稿日:2007/02/19(月) 09:57
- 〔確保〕
更に観察してると、どうもタバコの煙っぽいのが見えた。
周囲の凹凸は、どうやら砲撃で出来たクレーターの跡らしい。
もう少し判りにくいようにカモフラージュすりゃいいのに。
「二百メートル先にバンカーがある。香奈実、無線だ」
私が小湊さんに状況を伝えてると、何やら麻琴が地面に顔を付けてる。
それでピンと来た。ここから先に地雷があるらしい。
何とか迂回出来ないか目視してみると、すぐ西に小さな山があった。
距離にして三百メートル。あそこからなら迂回出来そうだぞ。
「地雷かァ?」
「そうですね。こっちからは無理です」
「あの山に沿って迂回しよう。美海と有沙は残れ」
M1Cの美海なら、この距離は苦にならねーだろう。
能登が弾幕を張って、給弾の時に敵が顔を出したら撃てばいい。
私は是永と青木を殿軍にして山まで向かった。
「斜面が急だけど美記と英里奈、香奈実も山に登ってくれ」
「OK、あそこからなら村も狙えるからね」
「麻琴と豆は、ここからあそこの倒木まで進め。オレはもっと迂回して通路から攻める」
「諒解」
ここからは私だけになるけど、人数が少なけりゃ目立たねーってもんだ。
私はピンに糸を結んでM2カービンの先から垂らしてみる。
こうすりゃワイヤー式のトラップなんか、すぐに発見出来るからよ。
- 60 名前:プラトーン 投稿日:2007/02/19(月) 09:58
- 「おっ、あれが通路だな?」
落ち葉が踏まれて細かくなってやがる。
私は銃を構えたまま、姿勢を低くしながら接近した。
その時だった。山で銃声がして農民服のゲリラが立ち上がったじゃねーか。
私と眼が合ったゲリラは、仰天のあまり眼を剥いて硬直しちまった。
驚いたのは私の方だっての! 私は伏せながらフルオートで撃ちまくった。
同時に美海も撃ったらしく、脳漿がバンカーの外に飛び散った。
「うりゃー!」
バヨネットと拳銃を抜いてバンカーに飛び込むと、二人のゲリラの死体がある。
反射的に能登が撃って来やがった。ここで立ち上がったら、今度は美海が撃つだろう。
私はゲリラが持ってたカラシニコフを、とりあえずバンカーから放り投げてみる。
それから手を振って、ようやく立ち上がる事が出来た。
依然として山からは、是永の持ってるM60の銃声が響いてやがる。
双眼鏡で覗いてみると、同じ標高で五十メートルくらいの距離で撃ち合ってた。
「山の方が心配だなァ」
私はハンドシグナルで、美海に山へ向かえと指示した。
ちょっと遠いからハンドシグナルを二度送ってみたけど、
二回目は美海がM1Cのスコープで見てやがる。
勿論、美海がトリガーに指を掛ける事なんてねーんだがよ。
どうも狙われてるみてーで落ち着かないぜ。
私の指示を理解した美海と能登は、山に向かって走って行く。
トラップと地雷の中、倒木のところまで来た麻琴と新垣が、
片付いちまったから口惜しそうな顔をしてた。
そんな事より村からと横の前哨点から来る敵に備えねーとなァ。
- 61 名前:プラトーン 投稿日:2007/02/19(月) 09:59
- 「こっちだ」
麻琴と新垣を呼ぶと、私は死体からカラシニコフの銃弾とマガジンを回収。
それから死体をバンカーの外へ放り投げ、ついでにカラシニコフも回収した。
カラシニコフは手に入るけど、マガジンと銃弾が品薄になってるからよ。
そうした品薄の戦利品を持って帰ると、僅かだけど報奨金が貰えるんだよなァ。
「もう終わっちゃったんですか?」
「吉澤さん、榴弾が減りませんよ」
「いいから北を警戒しろ」
再び双眼鏡を覗くと、美海に撃たれたゲリラが転げ落ちる。
すると是永も集中して弾幕を張り、諸塚が位置を変えて二人目を仕留めた。
一気に二人がやられて一人になったゲリラは逃げ出したけど、
美海が確実に頭を吹き飛ばして落ち着いたみてーだなァ。
私はまたハンドシグナルで、美海に山へ登るように指示を出す。
能登にはこっちへ来るように指示したけど、伝わったかどうか不安だぜ。
「吉澤さん、本隊の方で銃声がしますよ」
「よし、有沙が来たら二手に分かれて攻撃だ」
私はKバーを取ると、フィールドバッグの中にカラシニコフのマガジンと銃弾を入れた。
そしてM2カービンのマガジンをフィールドジャケットのポケットに入れる。
私がKバーを着け終わった頃、ようやく能登がバンカーに入って来た。
再び山の方を見ると、健脚の美海が三人に追い付き、もう頂上付近にいるじゃねーか。
そろそろ横の前哨点を攻撃してもいい。麻琴と新垣は、このまま横に進ませるかな。
私と能登は、また迂回して・・・・・・山から機関銃と美海の狙撃が始まったぞオイ。
素早く三人に説明して、私達はバンカーから飛び出して行った。
ところが、二番目の前哨点は、山からの攻撃で沈黙しちまってたじゃねーか。
- 62 名前:プラトーン 投稿日:2007/02/19(月) 10:00
- 柴ちゃんの分隊も前哨点を攻略して、私達四人は渋々本隊に合流する。
あの山からの攻撃が意外に効果的だったんで、小湊さんはとても喜んでくれた。
でも、喜んでばかりもいられねーじゃんか。村から敵が出て来やがった。
小湊さんは早速、中隊に砲撃の座標を指示して迎撃体勢を採る。
柴ちゃんの分隊が左翼、絵里香の分隊が右翼、そして私達がセンターに入った。
「麻琴、遠慮なくぶち込んでやれ」
左右の機関銃と山からの攻撃で、カラシニコフを手にしたゲリラが次々に倒れて行く。
麻琴がM79を撃ち始めると、ゲリラ達は伏せて銃撃を加えて来るじゃねーか。
そんなゲリラを美海が次々に撃って行く。きっと面白れーんだろうなァ。
すぐに村への砲撃が始まる。小湊さんが着弾修正をすると、凄い砲撃が始まった。
きっと十二門の八十一ミリを駆使してるんだろう。一秒に一発は着弾してるぞ。
「敵が崩れた。追撃!」
敵は北西方面に逃げ出したから、柴ちゃんの分隊が追撃を始めた。
私達が追撃に参加しようとすると、なぜかあさみ曹長が止めるじゃねーか。
こんなにいいタイミングなのに、いったい何で止めるんだろうなァ。
八人と十二人とじゃ、追撃の効果は全く違うんだぜ。
あさみ曹長も下士官訓練所出身なら、そのくれー判るだろうに。
「よっCは村へ行ってくれる?」
「ちょっと待ってくれよ。たった四人だぜ。絵里香んとこに行かせろよ」
「あたし達はトラップのある中、気を張って来たんだから少し休ませてよ」
絵里香の言葉にカチンと来た。いくらトラップだらけでも散々遅れやがってよ。
こっちは兵力の半分を山に行かせてるんだから、絵里香の分隊が行くべきだろう。
四人を山から降ろすとなると、それなりに時間が掛かるんだからよ。
- 63 名前:プラトーン 投稿日:2007/02/19(月) 10:01
- 〔問題〕
「てめー、何を・・・・・・」
「絵里香! 村へ行って。命令よ」
「・・・・・・はい」
さすが小湊さんだぜ。ちゃんと判ってるじゃねーか。
あさみ曹長に促されて、衛生兵の幸も絵里香分隊に続いた。
いくら疲れてても、山からは是永や美海が支援するからよ。
「よし、行くぞ・・・・・・」
「よっC、柴ちゃんに任せよう。いいわね?」
何だ? この雰囲気は。私が悪いのかなァ。困ったように俯く小湊さんとあさみ曹長。
何か物凄く居辛い雰囲気なんだけど、この場で話をした方がいいのかもしれねーなァ。
絵里香とはあまり話した事はねーんだけど、あんな感じの奴だったっけかァ?
「麻琴、右翼を見張れ。豆は後ろ、有沙はカラシニコフのマガジンと弾薬の回収だ」
連中を遠ざけると、私は左翼を監視しながら小湊さんかあさみ曹長の言葉を待った。
小湊さんは無線に張り付いてるから、ここはあさみ曹長から話を聞かねーとなァ。
特にあさみ曹長は下士官訓練所の一個上の先輩で、互いに顔見知りだったんだからよ。
思った通り、あさみ曹長が私の横にやって来たじゃねーか。
「よっC、絵里香の事なんだけどね」
はいはい、それを待ってたんだよっ! いったい絵里香に何があったのか教えてくれ。
こうした事は小湊さんの方が得意だと思ってたんだけどよ。亀の甲より年の功ってな。
近くで銃声がしたから振り向くと、能登が息のあるゲリラにトドメをさしてた。
- 64 名前:プラトーン 投稿日:2007/02/19(月) 10:02
- 「オウ、どうしたんだよ」
「みんなと上手く行ってないのよ」
「ああ、何となく判る」
柴ちゃんみてーに分隊の太陽になれれば、それこそカリスマになるんだろうけどなァ。
明日香みてーにマイペース過ぎると、今度は分隊のレベルが停滞しちまうわけだし。
私だったら力で捻じ伏せちまうけど、絵里香の分隊にはクセのある奴がいるからなァ。
いわゆる人間関係で悩んじゃってるわけね? どうしたらいいのか判らねーんだろう。
そういえば、このところ浮かない顔してたっけかなァ。
「絵里香はちょっと弱いところがあるしね」
「兵隊の時は問題なかったんだろう?」
あさみ曹長の話では、絵里香を軍曹にするかどうかで悩んだらしい。
兵役延長で伍長になってたから絵里香を昇格させたそうだけど、
あそこには大木衣吹っていう小姑がいるしなァ。
頭もいいし、きっと絵里香に文句ばかり言ってるんじゃねーのかァ?
麻琴や美海と同じ難民の斉藤瞳もいるし、あの二人は仲が悪そうだからよ。
「正直なところ、ちょっと編成に失敗したと思ってるの」
「それはあたしのせいよ。あさみのせいじゃないわ」
うっ! 小湊さんの視線が背後から。悩んでるんだなァ。小湊さんも。
編成の事を言われると辛いなァ。あの時、私が崖から落ちたりしなきゃよ。
唯はいい奴だけど、あの時、美海の助勢を受けるべきだった。
私が行方不明になっちまったんで、小湊さんとあさみ曹長は気を揉んだだろう。
絵里香がうちの分隊だったら、きっと上手く行ってるんだろうになァ。
あれは私の判断ミスだったんだから、何となく責任を感じちゃうぜ。
何とかしねーと、このままじゃ絵里香が潰れちまうぞ。
- 65 名前:プラトーン 投稿日:2007/02/19(月) 10:03
- 「あ、柴ちゃん。うん、深追いは禁物。帰ってらっしゃい」
柴ちゃんの分隊が追撃に成功したらしいなァ。
あの分隊は勢いがあるから、きっと怪我人もいねーだろう。
柴ちゃんのとこが活躍すれば、絵里香んとこの連中は面白くないはずだ。
大木にしろ斉藤にしろ、実力のある兵隊なんだけどなァ。
「ネックは大木かァ?」
「うん。あたしも話はしてるんだけどね」
「こいつは小隊全体の問題だぜ。柴ちゃんと明日香も含めて考えねーとよ」
大木を引き取ってもいいけど、麻琴や是永、美海を手放すのは無理だしなァ。
ムードメーカーの麻琴、責任感の強い是永、きついけど根性のある美海。
この三人はうちの分隊の大黒柱だからよ。どうしたもんかなァ。
「よっC、そこでなんだけど・・・・・・」
「大黒柱の三人は離せねーぞ。それでよかったら考えるけどよ」
「・・・・・・有沙と香奈実の二人でどう?」
小湊さんが言うなら異論はねーけど、それで問題が解決すればいいんだけどなァ。
私としても大木くれー実力のある奴がいたら、戦力的にかなり心強いからよ。
七人になっちまっても、大木の実力があれば全く問題ねーはずだ。
「いいけど、それで絵里香は大丈夫なのかァ?」
「瞳が絵里香寄りだから、きっと何とかなるわ」
「でも、これはよっCから言い出した事にしてくれない?」
なるほど。絵里香にもプライドがあるからなァ。
そんな事は構わない。少しでも小隊がよくなりゃいいんだ。
- 66 名前:プラトーン 投稿日:2007/02/19(月) 10:03
- 柴ちゃんのとこじゃ、一人が足に軽傷を負っただけで済んだ。
大袈裟に痛がってたけど、あんなもん唾を付けときゃ治っちまう。
全員が揃ったところで、私達は絵里香達を追って村へ向かった。
すると、大木と斉藤が掴み合ってケンカしてるじゃねーか。
こいつ等、本当にしょうがねーなァ。絵里香が苦労するはずだぜ。
「ったく!」
「いいよ。オレに任せろ」
私はあさみ曹長を止めて、二人の腹にミドルを入れてやった。
その場に崩れ落ちて痛みに顔を顰める二人。このくれーで情けない奴だなァ。
美海や是永なら、すぐに反撃して来るぞ。だから次の一撃を決めねーとよ。
反射的に飛び掛って来た絵里香を突き飛ばし、私は大木と斉藤の胸倉を掴んだ。
「何だこのザマは! 小隊長から何て言われたんだ! このクソどもが!」
私が睨み付ける斉藤を放り投げると、絵里香が泣きそうな顔で抱き締めた。
絵里香分隊の他の連中は、私の鎮圧方法を見て硬直してやがる。
私は柴ちゃんや絵里香みてーに優しくねーからよ。
「か、過激な奴」
あさみ曹長はそう言うと、柴ちゃん達に村を調べるように指示を出し、
麻琴と新垣、能登の三人を連れて煙の中へ向かって行く。
大木は根性を叩き直さねーといけねーな。前の軍曹が甘やかしたんだろう。
「てめーはどうしようもねー奴だ。まあ、根性だけは認めてやるよ」
私が大木を突き飛ばすと、受け止めようとした小湊さんまで倒れちまった。
- 67 名前:プラトーン 投稿日:2007/02/19(月) 10:05
- 〔トレード〕
それから斉藤を引き剥がし、絵里香の肩に手を掛けて言葉を選んでみる。
どうも私はこういった事が苦手なんだけど、この際、絵里香のためじゃねーか。
唖然とするみんなの前で、どこまで役者になれるかだな。
「なァ、どうも有沙と香奈実はオレと合わねーんだ。引き取ってくれねーか?」
「で、でも・・・・・・」
「その代わりと言っちゃ何だがよ。大木とトレードでどうだ?」
絵里香は信じられないような顔で私を見た。
そりゃそうだろう。散々泣かされて来たんだからよ。
そんな厄介者をよっC様が引き取ろうってんだ。
いけね! ここは言葉を選んで話をしねーとなァ。
「有沙と香奈実は、おめーとの方が相性がよさそうだ。勿論、大木は損失だと思う。
でも、オレんとこも二人いなくなるからよ。悪い話じゃねーと思うんだけどなァ」
「い、衣吹にも訊いてみないと・・・・・・」
そんな態度だから大木なんかに舐められるんだろうがよっ!
もっと毅然とした態度が出来ねーのか? 今の精神状態じゃ無理か。
「小隊長には諒解を取ってある。おめー次第なんだよ」
「でも・・・・・・」
こいつ! 人の気も知らねーで! 首でも絞めてやるかァ?
おっと、ここは我慢しねーとなァ。私がブチキレたら台無しじゃねーか。
意外に実力のある諸塚と能登を失うのは痛いけどなァ。
斉藤が絵里香を支えれば、きっとよくなるんだからよ。
- 68 名前:プラトーン 投稿日:2007/02/19(月) 10:05
- 「なァ、頼むよ。助けると思ってさ」
「う、うん」
「よし! 衣吹、てめーは今からオレ達の分隊だ。さっさと立て!」
私が大木を立たせて連れて行くと、小湊さんがさり気なく絵里香をフォローしてる。
きっと小湊さんの事だから「ありがとう」なんて言ってるんじゃねーかなァ。
問題は能登と諸塚に何て言うかだけど・・・・・・ちょっとあさみ曹長と相談するかな。
能登と諸塚には「オレより絵里香の方が合ってる」って言ってみるのはどうかなァ。
とりあえずシナリオを考えておかねーとよ。しかし難しいなァ。人間関係って。
「よっC、二人の事は任せて、とりあえず山に登って警戒してちょうだい」
「と、登山ってか?」
小湊さんが能登と諸塚に話してくれるお陰で、誰も傷付かずに済みそうだ。
私達は山の上で警戒するように言われ、四人で急な斜面を登って行く。
だけど美海は健脚だよなァ。こんな急斜面を平気で駆け上がるんだからよ。
是永にしたって、M60で戦いながら登ったんだからなァ。
私も体力には自信があるけど、この斜面はかなりきついぞ。
まァ、唯を引き上げた急斜面よりはマシだけどなァ。
「豆! 衣吹! グズグズしてんじゃねー! 陽が暮れるぞ!」
「そ、そんな事言ったって・・・・・・」
「さっきの元気はどうした! 文句言うと突き落とすぞ!」
隣で麻琴が笑いを堪えてる。こいつ、全部判ってやがるな?
っていうか、是永も美海も、きっと判ってるんだろうなァ。
みんな勘の強い連中だからよ。それと仲間意識もな。
私達が頂上に着くと、是永達がバンカーを作って待ってた。
とにかく水を飲まねーと死んじまう。水、水、水だ!
- 69 名前:プラトーン 投稿日:2007/02/19(月) 10:06
- 「よっC、眺めがいいよ」
「いいから水だゴルァ!」
私は新垣のキャンティーンを抜き取ると、とにかく喉を潤して麻琴に渡した。
本当だなァ。こいつは眺めがいいじゃねーか。でも、夜は寒そうだぜ。
とりあえず雑嚢を外して諸塚を下山させると、美海と青木に警戒をさせた。
そしてポンチョを広げると、戦利品のカラシニコフ用マガジンと銃弾を数える。
マガジンが十一個と銃弾が七百九十一発。トカレフはマガジン三個と銃弾二十発。
私達は個人の戦利品じゃなくて、分隊として換金、是永が管理してた。
「今回は多いなァ。安い温泉宿なら一泊出来るんじゃねーの?」
「換金しないと判らないけど、ちょっと足りないかもしれない」
私は自分の雑嚢からMCIレーションを取り出して空にすると、
汚れたマガジンを布で拭いてから丁寧に詰め込む。
変形してたり汚れが酷いと買ってくれねーからなァ。
「へえ、分隊で換金してるんだ」
「ああ、その方が不公平がなくていいだろ?」
大木は慣れてねーのか、興味深そうに話を聞いてる。
私は弾薬も布で拭いてから、麻袋に入れてマガジンの上に置いた。
トカレフの方は弾薬を布で包んで、フィールドバッグにマガジンと入れる。
そろそろ陽が傾いて来たから、早目に食事を摂った方がいいなァ。
「よし、麻琴は警戒に立て。交代で飯だ」
西日が差してる間は火を使う事が出来る。勿論、煙の出るものは使えねーけどな。
アルコール燃料は火力が弱いけど、背に腹は代えられねーってか。
- 70 名前:プラトーン 投稿日:2007/02/19(月) 10:07
- 「警戒のローテーションを言うぞ。一七:〇〇からは麻琴・美海・英里奈。
一九:〇〇から衣吹・豆とオレ。二一:〇〇から美記・麻琴・英里奈。
二三:〇〇から美海・豆とオレ。〇一:〇〇から美記・麻琴・衣吹。
〇三:〇〇から美海・英里奈とオレ。〇五:〇〇から美記・衣吹・豆だ。
一七:〇〇から〇七:〇〇までは、絶対に火を点けるなよ」
これで全員が八時間は休めるし、私以外は一回だけ続けて四時間休める。
だから今は私以外の六人で、交代に食事と警戒をして貰おう。
アルコール燃料の半分を使って、食事を温めて石を焼く事にした。
難燃性の布に包んで石を並べ、上からポンチョを掛ければ暖かい。
警戒する奴は毛布とポンチョを被っていられるから寒さに耐えられるって事だ。
「しかし、美記。よくここまで掘れたなァ」
「ゲリラが携帯型のスコップを持ってたの」
私は食事をして石を焼くと、一六:三〇には寝床を作ってシュラフに潜り込む。
麻琴に起こされるまで、完全に熟睡してたから自分でも驚いたぜ。
毛布を着込んで、その上からポンチョを着て警戒に入ると寒さで眼が覚めた。
二時間の我慢だけど、どうにも寒くていけねーなァ。
私は胸ポケットからスキットルを出すと、強い蒸留酒を一口飲んで身体を温める。
大木も欲しそうだったから、酔わない程度に一口だけやった。
「衣吹、宜しく頼むぜ。おめーみてーな戦力が欲しかったんだ」
「えっ?」
それは私の本音でもあった。能登と諸塚も意外に使えそうだけどよ。
でも、やっぱり、あの旧正月の地獄を経験した奴が欲しかった。
麻琴、是永、美海、それに大木が入ったら鬼に金棒なんだよなァ。
あとは大木が仲間になれるかどうか。是永と美海はきついからよ。
- 71 名前:プラトーン 投稿日:2007/02/19(月) 10:08
-
吉澤軍曹『プラトーン』終
- 72 名前:厄介者 投稿日:2007/02/27(火) 10:11
- 〔警備〕
ファイアベースの警備ってのは、この時期が一番つらいんだよなァ。
百個近くもあるバンカーの間を縫うように壕が掘ってあって、
とりあえず一周するのに、ちょうど三十分かかるから二キロにも及ぶ。
私達は十五分ごとに二人一組になって、そこを見回るのが仕事だった。
勿論、視界の利く日中は、別に歩き回る事もねーんだけどよ。
「う〜、寒かったぜ! 次は美海と豆だな。行って来い」
「寒いよォ! 嫌だよォ。寒いよォォォォォー!」
寒がりの美海が新垣に腕を掴まれて行く。本当に寒いもんなァ。
私達はタープのある機関銃バンカーを基点にしてた。
その中には、焼いた石で作った炬燵みてーなものがある。
私達は七人だから、ここで常時三人は暖まれるって寸法だ。
「衣吹、ガーランドはどうだァ?」
今は〇一:四六かァ。もう、氷点下になってんだろうなァ。
こうした時に温まるには、きつい蒸留酒が一番だぜ。
私はポケットからスキットルを出し、グイッと一杯やった。
「扱いづらいよ。給弾も利かないし」
「慣れればいいだろうがよ。銃ってのはそうだろ?」
M16で訓練を受けてM14を持った奴は、必ずガーランドで苦戦する。
やっぱり反動が大きな銃だし、サイトの位置が慣れないんだと思う。
でも、白兵戦になった時を考えると、M14より頑丈で頼れるんだけどなァ。
大木くれーの腕と経験があれば、すぐに慣れると思うんだけどよ。
- 73 名前:厄介者 投稿日:2007/02/27(火) 10:12
- 「あたしでも何とかなるんですから」
「おめーは、ちゃんと撃てねーから給弾手なんだろうがよっ!」
青木が舌を出すと、心なしか大木の表情が和らいだ。
しかし、何で大木は絵里香や斉藤と対立してたんだろうなァ。
斉藤と気が合わないのは判るけど、絵里香みてーな昼行灯とは?
確かに今は寄せ集めだから、統制が採れてねー事もあるんだろうけどよ。
「今はM14が不足してるし、オレ達はガーランドでも戦える。まァ、我慢しろや」
「よっCはいいよ。M2カービンなんだからさ」
「何だとゴルァ! てめーはオレが好きでカービンなんか使ってると思ってんのか?」
やっぱり重火器を持ちてーよォ。M79かM60を持ちたいぜ。
でも、軍曹になっちまった以上、先頭切って機関銃を撃つなんて出来ない。
私には分隊指揮官としての責任ってもんがあるからよ。
効果的に敵を殲滅する布陣をするのが軍曹の仕事なんだ。
「まま、軍曹。そんなに熱くならないで下さいよ。外は寒いんだから」
「美記にしろ麻琴にしろ、オレから見れば半人前で歯痒いぜ。衣吹」
そういえば、美海と是永が同じ分隊で、あさみ曹長と絵里香、斉藤が同じ分隊。
大木の分隊は彼女以外、一人残らず死んじまったんだったっけかなァ。
あの軍曹はいい人だったから、大木にしてみりゃショックだったんだろう。
私の大木に対するイメージは、軍曹に甘えて後輩の面倒をみる奴だったのに。
「・・・・・・判ってる。ごめんね。愚痴っちゃって」
うーん、年上ってのは扱いづらいもんだなァ。
私だからいいけど、是永や美海ならケンカになってるぞ。
- 74 名前:厄介者 投稿日:2007/02/27(火) 10:13
- 「寒いよー」
「このくらいの寒さなんて大した事ないのに」
是永と麻琴が帰って来た。それにしても麻琴は寒さに強いなァ。
雪国育ちだし、あの皮下脂肪が寒さを軽減してるのは確実だろう。
私も太ってた時期があって、あの頃は今ほど寒さを苦にしなかった。
小湊さんやあさみ曹長も雪国出身だから、寒さなんて平気だもんなァ。
逆に美海は雪なんて降らない南部地方出身だから寒さに弱いんだろう。
「よし、衣吹。行こうぜ」
この程度の寒さならいいけど、もっと冷えて来ると軍手が必要になる。
なぜなら、下手に銃の金属部分を素手で触ると、くっ付いちまうからよ。
そんな悪条件の中で、ガーランドは正常に作動する実績があるんだよなァ。
M14やM16みてーなジャムは、ガーランドとは無縁だぜ。
「ねえ、よっC」
大木は星明りの中、前を歩く私を呼び止めた。この寒いのに何だっての。
しかし、三百メートルも地雷原があって、十メートルも丸めた鉄条網が置いてある。
三本の銅線には電気が通ってて、カットされればすぐに判るようになってた。
こんな状態の中で、本当に歩哨なんてのは必要なのかなァ。
「ん? 歩きながら話そうぜ」
大木の考えてる事は予想がつく。何で私が彼女を引き抜いたのか。
そりゃ、あさみ曹長に頼まれたから嫌とは言えねーだろう。
仮にも同じ下士官訓練所の一年先輩なんだからよ。
あのままじゃ、昼行灯の絵里香も潰れちまっただろうし。
- 75 名前:厄介者 投稿日:2007/02/27(火) 10:13
- 「何であたしを引き取ったの? 厄介者なのに」
「厄介者だろうが何だろうが、おめーの力が必要なんだよ」
それは本当だった。能登や諸塚も将来が楽しみだけどよ。
新垣はまだまだ不安だし、青木は全くの新兵だからなァ。
素質がある素人より、クセがあっても実戦向きの奴が欲しい。
ハイテンションな柴ちゃんみてーなとこは話は別だけどな。
「本当にそうなの?」
「まァ、有沙と香奈実は勿体無かったけどな。背に腹は代えられねー」
百人の精鋭が揃えば倍の敵に圧勝する。これは中澤中隊が実証済みだぜ。
たった七人でも、私達なら二十人のゲリラと互角に戦えるはずだ。
大木がみんなの仲間になった時、その力は最大限に発揮されるだろう。
そいつは私がこれまで経験して来た事だから間違いねーぞ。
「ふーん。何だか気を削がれたって感じ」
「どうでもいいけど、オレは他の軍曹と違って甘くねーからな。覚悟しとけよ」
兵隊として大切なのは、まず走れる足と体力だ。
体力と筋力、つまり白兵戦の強さが繋がって来る。
銃で撃ち殺すなんて、そう簡単な事じゃねーからよ。
それは戦死者の七割が爆死してるっていう事実があるんだ。
「一〇:〇〇から訓練をするぞ。おめーの体力も知っておきたいからよ」
新垣は配属当時、環境の変化で体調を崩したらしいからよ。
大木なら心配ねーとは思うけど、あの大攻勢で分隊が全滅しちまったからなァ。
精神的に安定してないかもしれない。だからこそ訓練が大切なんだ。
- 76 名前:厄介者 投稿日:2007/02/27(火) 10:14
- 〔訓練〕
三時間ほど仮眠を摂った後、私達はフル装備で集合した。
誰もが二十五キロ以上の荷物を担ぎ、二時間で十二キロを予定する。
一周二千四百メートルのコースを五周する計算になるなァ。
五十五分に必ず五分は小休止を摂るけど、新垣と青木が心配だぜ。
まァ、町の中心には病院があるし、周辺のファイアベースに衛生兵がいるからよ。
「それじゃ行くぞ。体調の悪い奴はいるかァ?」
麻琴を先頭にして、時間を見ながらペース配分を任せた。
私と健脚の美海は最後尾で、脱落しそうな奴をフォローする。
二十五キロっていうと、私や是永、麻琴は体重の半分だし、
大木や新垣に至っては六割近い比率になるからなァ。
「吉澤さん、まこっちゃん飛ばしてますね」
「あいつ、初めに時間を稼ごうって腹だろう」
最初の一時間で八キロを走破すれば、後は歩いて帰って来られる。
このペースじゃ、新垣と青木は三十分が限界だろうなァ、
その時は私と美海で二人を担ぎ、四人の荷物は三人に持って貰う。
私は何とかなっても、美海は是永と交代しながらじゃねーと無理だな。
「あれ? 今度は歩き出しましたよ」
「へえ、麻琴も考えたじゃねーか」
十分走って五分歩く。これだと五十五分で七キロ弱って感じだなァ。
帰りは逆に十分歩いて五分だけ走れば、計算上は何とかなるぜ。
だけど、果たして新垣と青木の体力が続くかどうか。
- 77 名前:厄介者 投稿日:2007/02/27(火) 10:14
- 「しょ、小休止!」
麻琴は何とか五十五分で七キロを稼いでた。残り五キロだから楽なもんだ。
みんなが道の脇に座り込み、麻琴が新垣のキャンティーンを取って回す。
この五分で、どこまで疲労を回復させられるかが勝負になるなァ。
さすがに大木や是永、美海はタオルを使って脚を冷やさないようにしてる。
ここで冷やしちまうと、後半で脚の筋肉が悲鳴を上げちまうんだよなァ。
「よっC、英里奈が白目剥いてる」
「どうした! 貧血か?」
呼吸が荒いし、こいつは重症っぽい。もしかしたら急性心不全かもしれねーぞ。
私が慌てて処置しようとしたら、大木が笑いながら青木の口と鼻にタオルを当てた。
そんな事したら死んじまうんじゃねーかァ? でも、医療に詳しい新垣が黙ってる。
って事は、大木の処置が正しいって事になるんだろーなァ。
「過呼吸症だよ。ほら、意識が戻った」
白目を剥いて痙攣してた青木は、何事もなかったように起き上がった。
そういえば、大木は保育士の学校に行ってて徴兵が遅れたらしい。
子供や妊婦、更年期障害の年齢になると、この過呼吸症を起こす事があるそうだ。
いわゆる酸素を過剰摂取して、デリケートな脳がパニックを起こすらしい。
「大丈夫なのかァ?」
「苦しいから過呼吸になっただけ。心配ないよ」
確かに青木にはきついと思ってたけどよ。まァ、大丈夫ならよかった。
そうか。新垣は負傷兵の手当てをしてたから、過呼吸症を見てるんだな。
私だけ狼狽しちまってよォ。恥ずかしいじゃねーか。
- 78 名前:厄介者 投稿日:2007/02/27(火) 10:15
- 「ふー、出発ですよー」
後半戦が始まると、案の定、脚を冷やしてた新垣が倒れ込む。
どうやら、こむら返りらしいなァ。実際に経験しねーと教えられねーからよ。
私が新垣の脚を伸ばしてると、美海と是永が装備を外してくれた。
そして、他の五人で荷物を分担するんだけど、大木が文句を言い始める。
確かにプラス十キロの負担になると、体重の軽い大木にはつらいだろうなァ。
「つらいのは、みんな一緒でしょう?」
「文句言うんじゃないわよ!」
是永と美海じゃ、さすがの大木も敵わないってか?
私は六人を先に行かせると、毛布で新垣を包んで担いだ。
しかし、これが麻琴じゃなくてよかったぜ。
十キロから体重が違うと、かなりつらいからよ。
「えーん、情けないよー」
「小休止で脚を冷やすからだ」
これで新垣も、いかに足が大切なのか判ったと思う。
こうして、少しずつ勉強しながら成長して行くんだ。
午後からは、とりあえずスパーリングでもしてみるか。
「衣吹、顎が出てるぞ」
五人に追い付いた私は、十キロの装備を加えられて苦しそうな大木に言った。
私の方が重い荷物を担いでるから、文句を言おうにも言えない大木。
最後のスパートじゃ、私と美海が五人をぶっちぎっちまう。
行軍を終えたみんなは、凄まじい疲労に言葉も出ない状態だった。
- 79 名前:厄介者 投稿日:2007/02/27(火) 10:16
- 連隊の食堂で食事をした私達は、一四:〇〇からスパー訓練を始めた。
是永と美海は大関ってとこだから、関脇・小結クラスの麻琴と新垣に胸を貸す。
大木と青木のスパーは、見てて情けなくなるような動きしか出来てねーぞ。
これじゃ、ゲリラにも勝てねーかもしれねーぞオイ。
「衣吹、英里奈。もっと決定打を出せ!」
防具と拳を守るクッションは着けてるものの、急所に決まると動けなくなる。
こうなったら、総当り戦でやってみるか。上位三人は決まりだけどな。
まずは、私と美海からやって、みんなに手本を見せねーと。
スパーの時は美海も本気だから手を抜けねーぞ。まァ、私の敵じゃねーけどよ。
「総当り戦で行く。まずはオレと美海。行くぞ!」
美海は手足が長いから、早目に勝負しねーとなァ。
私はミドルでガードを下げさせるとカウンターを狙う。
思った通り美海が突っ込んで来たから、腹に膝を入れて掌底で決める。
勿論、顎にも防具があるけど、美海は数秒間、起き上がれなかった。
「次は美記と麻琴」
麻琴も強くなったけど、まだまだ是永の敵じゃねーか。
結局、私が全勝優勝。美海が五勝一敗、是永が四勝二敗、
麻琴が三勝三敗、大木が二勝四敗、新垣が一勝五敗、青木が全敗だった。
「何でこんなに強いのよ!」
大木は勝てたのが新垣と青木だけだったから、かなりショックみてーだ。
美海は体格もあるし、是永はパワーがあるからなァ。麻琴は私が仕込んだからよ。
- 80 名前:厄介者 投稿日:2007/02/27(火) 10:17
- 〔無反動砲〕
その日の深夜、熟睡してた私達はゲリラの砲撃を受けた。
どうやら先日、私達がゲリラの中継基地を潰した報復らしい。
わざわざ深夜に砲撃すんなよ。この寒いのに全くご苦労な事だぜ。
私達はおっとり刀で各自のバンカーに入って襲撃に備えた。
「うわっと!」
至近に敵の八十二ミリが着弾。内臓が激しく振動した。
ゲリラにしては、やけに正確に狙って来るじゃねーか。
どこかに着弾誘導員がいるか、目視出来る場所から撃ってるな?
「衛生兵! 衛生兵!」
「美記! どうした!」
「英里奈がやられちゃった!」
私は着弾の間隙を掻い潜って、何とか機関銃バンカーに飛び込んだ。
どこにも外傷がねーから、さっきの着弾で内臓がショックを受けたらしい。
心臓は動いてるけど呼吸が止まってやがる。私は急いで活を入れてみた。
「うっ! ああああ・・・・・・痛い・・・・・・痛い」
「吉澤さん、どうしました?」
「幸、至近で砲弾を受けた。内臓がやられたみてーだ」
美記と幸に青木を担架で運ばせ、私はM60を構えて辺りを警戒した。
照明弾が遠くに打ち上げられたから何かと思うと、北の山の中腹から砲撃してやがる。
どうやら砲兵達は場所を確定したらしいけど、何で鎮圧出来ねーんだ?
・・・・・・そうか! 敵はトラックに八十二ミリを積んで移動しながら撃ってるんだ。
- 81 名前:厄介者 投稿日:2007/02/27(火) 10:18
- 「衣吹! こっちへ来い!」
衣吹も着弾の間隙を縫って、機関銃バンカーに飛び込んで来た。
あんな軽快な自走迫撃砲に曲射じゃ命中しねーわけだぜ。
距離は二千メートルってとこだなァ。八十一ミリか百七ミリしか届かねー。
こうなったら、このよっC様が仕留めてやらねーとなァ。
「あそこで動いてるのが自走迫撃砲だ。モーターじゃ鎮圧出来ねーだろ?」
「うん、四方からやられてるみたいだし」
「小隊指揮所の上からM67(九十ミリ無反動砲)で狙ってみる。ついて来い」
衣吹は何かと文句を言うけど、M67は一人じゃ撃てねーからよ。
私は衣吹の襟首を掴むと、小隊指揮所まで引き摺って行った。
小湊さんは双眼鏡で自走迫撃砲を見ながら口惜しそうにしてる。
私はあさみ曹長に、M67と砲弾三発を出して貰った。
「あたしは無反動砲なんて扱えないもん」
「だったら覚えろ! てめーしかいねーんだ!」
あさみ曹長とは阿吽の呼吸で、私がM67を使うから分隊の指揮に行ってくれた。
私は嫌がる衣吹に砲弾を渡すと、土嚢が積まれた小隊指揮所の上に這い上がる。
着弾で吹き飛ばされた土が雨のように降ってる中、私は何とか目標を捉えた。
「砲弾を入れろ! APCBCってヤツだ!」
「えーと、こっちが頭だ」
普通は考えなくても判るだろ。矢印まで付いてんだからよ。
くそっ! かなり派手に行ったり来たりしてやがる。
私は耳栓をしながら、ふと後方を振り返ってみた。
- 82 名前:厄介者 投稿日:2007/02/27(火) 10:19
- 「衣吹! てめーは死にてーのか! この馬鹿!」
大木は無反動砲とロケット砲を一緒に考えてやがる。M67なんて初めてだろうからなァ。
ロケットは自らの推進力で飛んで行くから、それほどバックブラストを考えなくてもいい。
でも、無反動砲は一気に推進薬を爆発させて砲弾を飛ばすから、後方は凄まじい事になる。
基本的には私の左側に来て、後方を確認しながら合図して貰うんだけどよ。
私は大木の胸倉を掴んで左側に放り投げた。慌てて「後方確認!」という大木。
「ファイヤー!」
予め弾道修正をしたから、急ブレーキでもかけない限りはヒットするぜ!
超音速の火の玉は、一直線に自走迫撃砲に向かって行った。
私がスコープから眼を離して肉眼で見ると、まずトラックが爆発して、
それから八十二ミリ弾が誘爆して凄まじい事になってるじゃねーか。
あれじゃ、大文字焼きじゃなくて放射線状焼きだぜ。アハハハハ・・・・・・。
「み、耳鳴りがする」
そりゃ、耳鳴りくれーするだろうよ。ちゃんと耳を塞いでねーからだ。
でも、みんな本当に無反動砲を知らねーのかなァ。
こいつは一度、みんなに教える必要がありそうだぜ。
「さすが重火器に強いだけあるわね」
いつの間にか小湊さんが顔を出して私の肩を叩いた。
気が付いたら中隊のみんなが私に拍手して歓声を上げてる。
何か照れ臭いなァ。私は大木の手を持って振ってみた。
大木がいなかったら、私でも一人でM67なんて扱えねーからよ。
自走迫撃砲を潰したら敵は意気消沈。私達は一時間ほどしてからテントに戻った。
- 83 名前:厄介者 投稿日:2007/02/27(火) 10:20
- 大木は寝起きの機嫌が悪い。ちょっと鬱状態なのかもなァ。
昨夜は砲撃があったってのに、朝から是永と口論してやがるぜ。
まだ耳鳴りがしてるらしくて、是永が言う事を何度も聞き直したそうだ。
ったく! くだらねー事でケンカする体力があるなら射撃練習でもしろ!
「うるせーなァ! もう少し寝かせろ!」
是永とやり合ったって、大木が敵うとは思えねーなァ。
まァ、青木も内臓破裂かと思ったら、意外に軽傷でよかった。
明後日のファイアベース警備には参加出来そうだからよ。
青木はまだ腹筋と背筋が弱いから、ちょっと筋トレをさせるかな。
そういえば無反動砲をみんなに・・・・・・眼が覚めちまったじゃねーか!
「豆! コーヒーを煎れろ!」
大木は口惜しそうな顔をしてテントから出て行った。
是永もちょっとマズイなァ。大木は年上なんだからよ。
私が頭ごなしに押さえつけるのが悪いのかなァ。
誰も大木の味方をしねーと本当に孤立しちまうぞ。
「よっC、おはよう」
「美記! てめーのせいで眼が覚めちまっただろうがよ!」
「あちゃー! ご機嫌ナナメ?」
新垣が煎れたコーヒーを飲みながら外に出ると、もう大木の姿はなかった。
あいつは兵隊として一人前だし、思ったより性格も悪くねーじゃんか。
もしかしたら、みんなに理解されにくいのかもしれねーなァ。
絵里香のとこにいた時も、なぜだか斉藤とやり合ってたっけ。
周囲の連中がオロオロするだけだったような記憶があるぞ。
- 84 名前:厄介者 投稿日:2007/02/27(火) 10:21
- 〔人柄〕
大木は自信を失ったのか、二日ばかり浮かない表情をしてた。
でも、寒いファイアベース警備の翌日には、意外と機嫌がよくなってたぜ。
耳鳴りが治まったらしくて、青木と談笑する余裕まで出て来やがった。
いったい大木の中で何があったのか、それは彼女にしか判らねーだろう。
ただ、言える事は、みんな心の中では大木の事を好きになって来たって事。
「大木さん。保育士の資格があるって本当?」
「本当だよ。それがどうしたの? 美海ちゃん」
私達が食堂で昼食を食ってると、隅の方で美海と大木が何やら話をしてる。
あの気が強い美海と大木っていうのも、何だか珍しい組み合わせだよなァ。
他の連中も気になるようで、チラチラと二人の方を見てた。
確かに大木は我儘なとこがあるけど、斉藤とは何で対立したんだろう。
こいつは絵里香に訊いてみるのが一番だよなァ。
「わりーけど、オレ、先に行くわ」
このところ、MCIレーションの減りが悪くて、みんなで交代に食べてた。
いくら缶詰でも賞味期限ってものがあるからよ。今日の昼食は絵里香のとこだ。
私は食後酒で口の中をスッキリさせると、絵里香達のテントに向かう。
絵里香達のテントは、何かパッとしねーんだよなァ。覇気がねーっていうか。
「ヨオ、絵里香はいるかァ?」
丁度食事が終わったとこらしくて、絵里香はコーヒーを持ちながら出て来た。
相変わらず地味な顔してやがるなァ。だから昼行灯なんて言われるんだぞ。
私は絵里香と一緒に空のバンカーに入って、大木と斉藤の件を訊いてみた。
- 85 名前:厄介者 投稿日:2007/02/27(火) 10:21
- 「ああ、ちょっとしたテロに遭ったのよ」
絵里香が言うには、粗末な服を着た子供が靴磨きをしてたそうだ。
あまり熱心に誘うから、大木が靴を磨かせる事にしたらしい。
ところが、その子供はいきなり拳銃を取り出して大木に向けたそうだ。
大木は咄嗟に腕を捻り上げて拳銃を奪ったらしいけど、
斉藤はM14の銃床で子供の側頭部を一撃して殺しちまったらしい。
「そいつは斉藤の方が正しいと思うぜ」
「そうなんだけど、衣吹は子供好きだからね」
なるほどなァ。きっと大木には斉藤が悪魔に見えたんだろう。
保育士になるほど子供好きの大木だから、そりゃショックだったろうなァ。
ゲリラは基本的に、その場で殺す事になってるんだけどよ。
もし、私が斉藤の立場だったら、果たして子供を殺せるかどうか。
「そうだったのか・・・・・・」
「また衣吹が誰かと?」
「美記と美海だぜ。衣吹が勝てると思うかァ?」
私がそう言うと、絵里香は可笑しそうに声を出して笑った。
是永と美海ってのも諸刃の剣で、絵里香は勿論、柴ちゃんでも扱いづらいだろう。
私とは気が合うって事もあるけど、あのじゃじゃ馬二人は乗り手を選ぶ。
普段は信頼して放しといて、何かあった時はビシッと命令しねーとなァ。
「いい雰囲気になって来てる。だから訊きたかったんだ。ありがとよ」
絵里香もまだ本調子じゃねーなァ。斉藤あたりが引っ張ってくれるといいんだけど。
まァ、その内、絵里香も自信を取り戻すんじゃねーかな。話を訊けてよかったぜ。
- 86 名前:厄介者 投稿日:2007/02/27(火) 10:23
- 大木と美海は妙に気が合い出して、一緒にガーランドの射撃練習をしてやがる。
ガーランドには不安があった大木が、美海から徹底的に教えて貰ってるらしい。
大木がみんなに解け込んだのは、美海と仲良くなったのが始まりだった。
翌日、私が是永と青木に、M60の素早い分解と組み立てを教えてると、
射撃訓練を終えた大木と美海がどこかに行くじゃねーか。
「あいつ等、どこに行くんだァ?」
「小隊指揮所の奥は福田分隊のテントだね」
小隊指揮所の奥、といっても低い場所に焼銀杏のテントがあって、
そこから後ろのビルの地下室へ避難出来るようになってる。
私達は興味があったから、二人がどこに行くのか追い駆けてみた。
すると、二人は焼銀杏のテントに入って行くじゃねーか。
途端に子供達の歓声と、大木と美海の笑い声が聞こえて来るぞ。
「衣吹さんも美海も子供好きだからね」
「まァ、これが連中の息抜きなのかもなァ」
私がそう言うと、是永と青木はニッコリ笑った。
問題は是永だと思ってたけど、これで大木は完全に受け入れられたぜ。
子供好きには悪い奴なんていない。大木は理解されにくいだけ。
絵里香や斉藤も、もっと大木の事を理解しようとするべきだった。
まァ、それだけの余裕もなかったんだろうけどよ。
「そうか。そうだったんだ」
是永は妙に納得しながら機関銃バンカーへ帰って行った。
私と青木も機関銃バンカーに戻ると、是永は黙々とM60を磨いてる。
いったい是永は何を納得したっていうんだろうなァ。
- 87 名前:厄介者 投稿日:2007/02/27(火) 10:23
- 「美記、どうしたんだよ」
「ほら、走った時の事。憶えてる?」
小休止の時、青木が白目剥いて痙攣した時の事かァ?
あの時は足が攣った新垣を担いだっけか。
是永と美海なら新垣を任せてもよかったなァ。
でも、あの時は私が大木に分隊の基本方針を見せてやりたかった。
仲間は何があっても絶対に見捨てないって事を。
「あの時、衣吹さんは我儘を言ったって思ったの」
そういえば、私と新垣の荷物を分担して持たせたんだよなァ。
でも、それが私達の常識だし、誰も拒んだりしねーぞ。
うーん、何で大木が拒んだんだろう。・・・・・・そうか!
大木は青木の事を心配してたんだ。そうに違いねーや。
「衣吹は英里奈が心配だったんだな」
「うん。もし、自分が倒れたら、誰も英里奈を診られなくなると思ったんだろうね」
そうなんだ。そうなんだよなァ。大木は言葉が足りないんだ。
確かに大木には、少し我儘なところがあるのは事実だけどな。
それは直して行かないと駄目だけど、ここまで仲間思いだったとは。
勘の鋭い美海の事だから、そうしたところを察知したのかもなァ。
「まァ、何にしろ、信頼出来る仲間が増えたな」
「ちょっと我儘なとこはあるけどね」
美記と美海が認めれば、麻琴と新垣は順応性が高いからよ。
まだまだ寒いけど、もうすぐそこまで春が来てる気がするぜ。
- 88 名前:厄介者 投稿日:2007/02/27(火) 10:25
-
吉澤軍曹『厄介者』終
- 89 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/28(水) 00:46
- おもろい!
- 90 名前:ミジンコ ◆u0TEdpNUXw 投稿日:2007/03/06(火) 09:01
- >>89
ありがとうございます。本当に励みになります。
三月いっぱいで、とりあえず第一弾を終わりにしたいと思っています。
- 91 名前:交渉 投稿日:2007/03/06(火) 09:02
- 〔前哨点〕
三月に入って、少しずつだけど寒さも和らいで来たみてーだなァ。
日中のファイアベース警備は、フィールドジャケットだけで平気だぜ。
勿論、雨や雪が降ると寒くて仕方ねーんだけどよ。
私達が警備のない日に射撃訓練をしてると、あさみ曹長がやって来た。
相変わらずチビだなァ。新垣より背が低いんだから子供並みだぜ。
晴れた空を上空管制機が頼りない音で飛んで行く。全く長閑だなァ。
「よっC、どう? 最近は」
「衣吹かァ? 見ての通りだよ」
意欲的に美海からガーランドの指導を受ける大木に、あさみ曹長は眼を細めた。
最初こそ文句を言ったりしてたけど、とにかく徹底的に私が押さえ付けたからなァ。
しかも、是永や美海なんて、かなりきつい性格の奴がいるからよ。
決定的だったのが格闘訓練かなァ? 大木が勝てるのは新垣と青木だけだった。
麻琴にすら勝てなかったんだから、あのショックは大きかったと思う。
彼女が心を開くようになると、最年長って事もあって麻琴以下の連中が甘え出した。
ここ一週間ばかり、みんなの雰囲気がいいし、ようやく仲間になれたって感じだなァ。
「で、絵里香の方は?」
「うん、落ち着いて来たし、瞳がみんなを引っ張ってる」
「そいつは何よりだなァ」
絵里香は精神的に安定すると、かなり出来る奴だと思う。
柴ちゃんや私に比べると地味かもしれねーけど、よく状況を見てるからよ。
それより、問題は焼銀杏(福田明日香軍曹)じゃねーのかなァ。
放任主義っていうか、子供達に注意したとこなんて見た事がねーぞ。
まァ、子供達が軍隊に慣れながら成長してくれれば善しとするかァ。
- 92 名前:交渉 投稿日:2007/03/06(火) 09:02
- 「それより、中澤中隊が動き出したって情報が入ったの」
「うわっ! マジかよ」
中澤中隊には唯や平家中尉がいるじゃねーか。戦いたくねーなァ。
っていうより、うちの中隊なんかじゃ歯が立たねーぞ。
そういえば、あの撤退から一ヶ月。負傷した奴等も治った頃だ。
こう暖かくなって来たら、中澤中隊の連中もウズウズしてるだろう。
「一五:〇〇から小隊指揮所で軍曹以上の緊急会議だからね」
「はいよ」
今のところ、ここは城塞都市になってて、中澤中隊でも手出しは出来ねーだろう。
ただ、私が懸念してるのは、トロイの木馬になっちまった時の事。
つまり、ゲリラが内部から破壊して行ったら、それこそひとたまりもない。
連隊の憲兵達も覇気がねーっていうか、やる気があるようには見えねーなァ。
それに輪を掛けたのが警察で、四十人からいるらしいけど見た事がない。
「いーしやー、きーも〜〜〜〜〜〜〜〜!」
「おばさん、でかいやつ七個くれや」
どうも、こういった誘惑には弱くっていけねーなァ。
昼はみんなで屋台のタヌキソバだったから、もう消化しちまった。
ソバは手軽でいいんだけど、すぐ腹が減っちまうからなァ。
私は石焼きイモを七個買って、みんなのところへ行った。
「おーい、みんなが大嫌いなもんを買って来たぞ」
美海が速い! うわっ! 餌付けの猿じゃねーんだから行儀よくしろ!
でも、みんな笑顔でいい雰囲気だな。こういった時こそ、いい仕事が出来るってもんだぜ。
- 93 名前:交渉 投稿日:2007/03/06(火) 09:03
- 私達A中隊は四個小隊から出来てて、中隊のファイアベースを交代で警備する。
だから、四日に一度だけ警備すりゃいいわけで、作戦のない時は三連休なんだよなァ。
警備っていっても、分隊ごとに二時間やれば六時間は休めるから楽なもんだぜ。
こんなファイアベースが町の周囲に十六ヶ所もあるから、ほとんど囲んでる形なんだ。
四個の大隊本部と連隊本部が町の内部を担当。だから外敵から守るのが私達の仕事。
そういった事もあって、中隊のファイアベースには重火器が多いんだよなァ。
六十ミリ迫撃砲が九門、八十一ミリが三門、百七ミリが一門、M2重機関銃が四挺。
九十ミリ無反動砲が四門、トライポッド式のM60が十六挺もあった。
「移動直後に橋を焼いたのは知ってるわね?」
そうそう、あの木造の橋は私達が守ったんだったっけか。ゲリラの襲撃もあったなァ。
確か殿軍のD中隊が、ガソリンをぶっ掛けて燃やしちまったって聞いたっけ。
他にも上流や下流に幾つか橋があったけど、みんな焼いたか爆破したらしい。
そして敵が利用出来そうな建物も、私達がみんな焼いちまったからなァ。
「道路も爆破して、短時間で大軍が移動出来ないようにはなってるわ」
そいつは『西』正規軍に対してのもんであって、私達の本当の敵はゲリラだ。
辺りのゲリラを掃討すれば、組織的な破壊活動が出来なくなっちまう。
それなのに、連隊の上層部は『西』への対策しか考えてねーから困ったもんだ。
師団長が乗り込んで来て、ようやく佐官連中の対立も終わったみてーだけどなァ。
「結論から言うと前哨点を設ける事になったの」
前哨点? そんなもんを配置したところで、中澤中隊のカモになるだけだ。
あれだけ徹底的にやられたのに、まだ兵力を分散させるつもりなのかなァ。
前哨点の場所が判ったら、ひとつずつ確実に潰せばわけもねーっての。
事実、私達がそうやってゲリラの補給基地を焼き払ったんだからよ。
- 94 名前:交渉 投稿日:2007/03/06(火) 09:04
- 「これが何か判るかしら」
小湊さんは青焼きの大きな紙を取り出して私達に見せた。
どこか戦車みてーだけど、何となく無限軌道がねーじゃんか。
どうやって走るんだっての! っていうか、これは何?
「トーチカですか?」
「そう。よく判ったわね」
さすが絵里香だなァ。って、これがトーチカ? こんなトーチカは初めて見るぞ。
スクエアなボックスの上に、T34戦車みてーな回転砲塔が付いてるじゃねーか。
しかも、人間のいるスペースは地下になるみてーだなァ。これじゃ窒息しちまう。
トーチカってのは、銃眼があるから排煙や呼吸が出来るんだからよ。
「この回転砲塔は潜望鏡式で、ミニガンが主砲って事なの」
なるほど。これだと銃から出た煙が入って来ねーわけだな?
しかし、ミニガンとは恐れ入ったぜ。何しろ一秒で百発も撃てるからなァ。
しかも、潜望鏡が二個あるから、後方の監視をする事も出来るじゃんか。
砲塔内には一万八千発のNATO弾があって、キューポラから補充も出来るぞ。
「出入口はキューポラのある地下道。直径百二十センチの筒状になってるわ」
敵に利用されないように、ミニガンの底部に手榴弾が付いてるし、
地下には十ポンドのTNTがあって、遠隔操作で爆破する事も出来る。
換気システムも完備されてるから、こいつはカネが掛かってるなァ。
出入りするのは百メートルほど後方の指揮所用トーチカになるのか。
最悪は給弾キューポラを開けて砲塔を吹き飛ばせば脱出可能なんだ。
指揮所用トーチカにも秘密の抜け穴があるし、こいつはいいなァ。
- 95 名前:交渉 投稿日:2007/03/06(火) 09:04
- 〔敵襲〕
連隊工兵中隊は、この五個一組のトーチカを、試験的に四ヶ所へ設置した。
最終的には十六ヶ所に設置するそうで、強力な前哨点として期待してる。
今回、試験するのはB中隊で、私達も休日の初日に工事警備へ駆り出された。
B中隊は常時二個小隊。他に常時六個小隊がガードする事になっちまったぜ。
工兵はトンネル工事から始めたんで、私達は砲塔を載せる穴に入って警戒。
「日中は二人でいいや。夜間は三人で警戒しようぜ」
私達はローテーションを作って、二十四時間の警戒に就いてた。
工兵なんてのはいい加減なもんで、昼間しか働こうとしねーんだ。
だけど、私達は工兵のいない夜でも、現場を守らなきゃならねー。
「子供達も寝たようだなァ」
私達の三個分隊は、子供達のいる穴を守る形になってる。
前面から敵が攻めて来ても、脱出させる時間は充分にあるんだ。
そろそろ夜半になるから、ゲリラが活発に動く時間だぜ。
今日は月明かりもあるし、この寒さじゃゲリラも動かねーだろう。
「よっC、さっきから気になるのよ」
「何が?」
規則正しい寝息をたてる麻琴と美海、大木、新垣の四人。
是永は優秀な兵隊で、夜目も利くし鼻と耳もよかった。
私も是永ほどじゃねーけど、夜目は利く方だけど何も見えねー。
いったい、何が気になるってんだァ? 麻琴の寝言?
たまに麻琴と新垣は寝言で会話してやがるからよ。
- 96 名前:交渉 投稿日:2007/03/06(火) 09:05
- 「勘違いだといいんだけど、二百メートル先で大人数が展開してるみたい」
「そいつはまずいぜ。照明弾を頼もう。英里奈、無線をよこせ」
私が小湊さんに無線を入れると寝惚け声で、とりあえず中隊に依頼するってよ。
ファイアベースから八百メートル。六十ミリでも八十一ミリでも射程圏内だ。
その時、やけに早く迫撃砲の発射音がするじゃねーか。
でもそれは、私達の後方から聞こえて来るべき音じゃなかった。
「モーター!」
青木の叫び声で、私達は反射的に身を屈めちまった。
すぐ近くに着弾したらしく、地面が揺れた後、大量の土が雨のように降って来る。
こいつは八十二ミリモーターだなァ。さすがに威力抜群だぜ。
空気を切り裂く音に着弾の衝撃波。一発目が近かったせいか鼻血が出て来た。
「よっC、照明弾だよ」
「おせーっての! これじゃ顔も出せねーぞ」
しかし、是永は根性があるなァ。こんな中でも一瞬だけ顔を出して前方を見た。
また近くに着弾があって、私達は穴の中で転がっちまう。
救われてるのは穴が深いって事だぜ。そうじゃなきゃ破片を受けちまう。
今度は麻琴と青木が鼻血を出し始めた。直撃してるところが無きゃいいけどなァ。
「よっC、やっぱり敵がいた。正規軍だよ」
「中澤小隊かァ? こうしちゃいられねー!」
私は小湊さんに連絡。すぐに六十ミリで支援するとの事だった。
その途端、敵の砲撃が終わり、私達は銃を手に反撃を始めようとする。
穴から顔を出すと、確かに前方に敵が見えたけど四百メートルも先だ。
- 97 名前:交渉 投稿日:2007/03/06(火) 09:06
- 「美記、距離を間違えたのか?」
「そんなはずないよ。それに、もっと大人数だったし」
六十ミリは二百メートル前方に降って来たけど、これじゃ全く意味がない。
私は中隊本部に連絡して、もう二百メートル座標修正を依頼した。
でも、美記ともあろう奴が、本当に距離を間違ったりするのかなァ。
それに、人数を見誤ったりするだろうか。そうか! 相手は中澤中隊だ!
「美記、おめーに間違いはなかったぜ。囲まれたんだよ」
その時、小湊さんから無線が入った。何でも子供達の穴に砲弾が直撃。
幸運にも不発弾だったらしいけど、有原栞菜を直撃して動けないらしい。
ここは工兵を呼んでる暇なんかねーなァ。早急に砲弾処理をして救出しねーと。
「栞菜の上に不発弾がある。オレが処理に行くから援護しろ!」
「諒解!」
私が穴から飛び出すと、凄まじい銃撃が加えられて、また戻っちまった。
どうも敵は前と左右に展開してるらしい。これじゃ手も足も出ねーぜ。
こうしてる間にも、栞菜は確実に死へと向かって行くだろう。
私は中隊本部に発煙弾の砲撃を要請した。周囲に煙が出来ればブラインドになる。
小湊さんからは催促されるけど、出て行ったら私が蜂の巣だっての!
「豆、工兵はどのくれートンネルを掘ったんだ?」
「三分の二くらいですよ」
まだ三十メートル以上もあるのか。お互いから掘っても十五メートル。
それだけ掘ってたら朝になっちまうし、落盤の可能性もあるじゃねーか。
とりあえず、焼銀杏と連絡を取り合って、どういった状況かを聞かねーと。
- 98 名前:交渉 投稿日:2007/03/06(火) 09:07
- 「明日香、状況を教えてくれ」
〈屋根の支柱にしてた丸太が落ちたの。栞菜の足の上に〉
有原の上に落ちた丸太数本に、不発弾が挟まってるらしい。
こいつは発煙弾が来れば、私が行って何とか出来そうだぜ。
私はみんなに無駄弾を使わないように言うと発煙弾を待つ。
他の小隊の方じゃ、かなり派手にやってるけどよ。
戦闘に慣れてる中澤中隊じゃ、銃弾の浪費になるだけだろう。
「発煙弾、おせーなァ」
その時、小湊さんから連絡があって、町がゲリラの襲撃に遭ってるらしい。
何てこった! それじゃ砲撃も無理だろうし、援軍も期待出来ねーなァ。
戦闘慣れしてる中澤中隊は、まだ動こうとしない。
数の上では有利なんだけど、動かない相手は手強いもんだぜ。
「くそっ! ゲリラが町の内外で暴れてるってよ」
「吉澤さん、それじゃ砲撃も援軍も期待出来ないんですか?」
「美海、その通りだ。相手が中澤中隊なら四面楚歌ってわけだな」
これじゃ身動き取れねーし、いったいどうすりゃいいんだ。
師団司令部の榴弾砲でも、この距離じゃ誤差が百メートル以上は出る。
航空支援でもありゃいいんだけど、激戦の南部戦線に集中してるからなァ。
せめてミニガンでもあれば、弾幕を張って移動出来るのによ。
「よっC、何とかならないの?」
「吉澤さん」
子供好きの大木と美海が懇願するけど、今のままじゃ何も出来ねーよ。
- 99 名前:交渉 投稿日:2007/03/06(火) 09:08
- 〔直訴〕
何とか不発弾を処理して、子供達だけでも避難させたいぜ。
八十二ミリの高性能爆薬弾なら、信管さえ外せば簡単なんだけどなァ。
ただ、信管が作動寸前だとしたら、ほんの少しの衝撃が命取りだぜ。
「敵と交渉してみるかァ? 捕虜になるのを覚悟でよ」
「あたしが行く! よっC、小隊長の許可を取って!」
大木は本気だぜ。是永と麻琴が必死で説得してる。
確かに交渉するのは面白れーけど、大木には行かせられねーなァ。
徴兵を交渉役になんて使ったら、それこそ大問題になっちまう。
いくら徴兵が志願しても、小湊さんが許可するわけがねーし、
敵にしたって一等兵が交渉に来たら何て思うだろう。
「衣吹、冷静になれよォ。行くならオレと小隊長が行く」
私は無線で小湊さんに交渉する案を提示してみた。
子供達を守るなら、交渉するか大損害を受けても突撃するかだ。
ここには八個小隊もあるわけだし、中隊長や大隊長の承諾も必要だろう。
「吉澤さん、本気で交渉するつもりですか?」
「それしか方法がねーだろう? おめーだったらどうするよ。美海」
「・・・・・・堀ります!」
美海は穴の中にあるシャベルを掴むと、トンネルに入って行こうとした。
慌てて新垣と青木が抱き付いて美海を止める。全く美海らしいなァ。
三メートルごとに鉄チューブを入れないと落盤しちまうってのに。
おっと、小湊さんから無線だぜ。こいつは話がまとまったかァ?
- 100 名前:交渉 投稿日:2007/03/06(火) 09:08
- 〈結論から言うと大隊長は交渉を却下したわ〉
「あのクソ中佐がァ!」
中隊長が大隊長なら、即刻OKなんだろうけどよ。
歩兵出身の佐官じゃねーと、まともな決断も出来ねーのか。
しかし、町の方はまだゲリラを撃退出来ねーのかァ?
一万人も攻めて来たわけじゃねーだろうによ。
「軍曹、航空支援みたいですよ」
「豆、あの音は上空管制機だぞ」
旧正月の大攻勢以来、友軍は上空管制機を飛ばすようになった。
このシステムは、早急に航空支援を呼べる上で効果的らしい。
でも、こっちへ上空管制機が飛んで来るのは二日に一回くれーだった。
私が航空チャンネルに合わせると、上空管制官とクソ中佐との、
ほとんど絶望的な会話が聞こえて来たじゃねーか。
〈航空支援はまだ?〉
〈アハハハハ・・・・・・。対地攻撃機は出払っちゃってまーす〉
何だ? この軽い奴は。これでも上空管制官なのかァ?
上空管制官は准尉だって話だけど、こんなに軽い奴もいたんだな。
まァ、ヘリの操縦士といい、変わった奴が多いのも事実。
〈攻撃ヘリは?〉
〈南部戦線でーす。ガンシップを呼んでも、来るのは朝になっちゃうかなー〉
上空管制機は白燐弾(爆撃マーカー)しか搭載してねーからなァ。
あんなもんを撃ち込んだところで、直撃しねーとダメージなんかねーぞ。
- 101 名前:交渉 投稿日:2007/03/06(火) 09:09
- 〈戦闘機でもいいから呼んでよ〉
〈機銃掃射? 効果ないですよー。アハハハハ・・・・・・〉
待てよ。上空管制機で中継して貰えば、無線が師団司令部に届くはずだな。
こうなったら師団長に直訴しねーと、交渉なんて出来やしねーじゃんか。
まずは出力を絞って、大隊長に聞かれないようにしねーとなァ。
「おい、上空管制官のねーちゃんよ。聞こえるかァ?」
上空管制機には幾つか回線があるから、複数の通信や中継が出来るって聞いた。
あとは、このいかれた管制官の人格次第って事になるなァ。
素直に師団司令部へ中継してくれればいいんだけどよ。
〈はぁーい。駐留陸軍のアイドル里田まいちゃんでーす〉
「ちょっと師団司令部に中継してくれや」
〈いいわよー。C回線でいいかな。どうぞー。なんちゃって〉
何て軽いんだ! こんなに軽い奴が管制官でいいのかァ?
何の疑いもしねーで、師団司令部に中継しやがった。
敵に利用されたらどうするんだろう。そんな事を考える奴じゃねーな。
「こちら新一〇一連隊前哨点、師団長に緊急連絡」
〈新一〇一連隊前哨点に応答。用件は?〉
「師団長を出せって言ってるだろう! 聞こえないのか馬鹿者!」
〈失礼しました。少々お待ちを〉
ふーっ、相手は将校だろうなァ。こんな事が公になったら処分されちまう。
良くて減給。最悪は降格で営倉行きだぜ。軍曹が将軍を呼び出すんだからよ。
でも、あの師団長なら、この状況を判ってくれるんじゃねーかなァ。
- 102 名前:交渉 投稿日:2007/03/06(火) 09:09
- 〈夏だ。連隊長はどうした?〉
「あの、お願いがあるんですけど」
〈君は誰だ? この年になると睡眠不足はきついんだけどさ〉
「コーヒーを飲んで頂いた吉澤です」
〈ああ、あの時は御馳走様〉
私は出来るだけ詳しく状況を説明して、とにかく子供が危険である事を強調した。
そのためには、中澤中隊と何とか交渉する事が必要だって事を提案してみる。
夏准将はどういったわけか、何度も「中澤中隊なの?」と私に念を押した。
これだけの機動性、熟練した戦術、倍以上の人数である私達を完全に封じる奇策。
こんな『西』の正規軍が他にもいたら、とっくに戦争は終わってるだろうなァ。
夏准将は「判った」と言って、そのまま無線を切っちまった。
「どうでした? 吉澤さん」
「果報は寝て待てって言うだろ?」
ここは待たなきゃいけねー。我慢して待たないと。
師団長を信じて待つしかねーんだ。歯痒いけどな。
おっと、小湊さんから無線が入ったぜ。
〈どういったわけか、交渉の許可が下りたわ〉
「早い! さすが師団・・・・・・何でもない」
〈何をしたか知らないけど、よっCも付き合いなさいよ〉
「勿論だぜ。早貴も連れて行こう。説得力があるからよ」
小湊さんは全小隊に発砲を中止するように依頼するらしい。
私は是永に救急用三角巾を使って白旗を作らせた。
あくまで降伏じゃねーから、マジックで連隊のマークも書かせる。
小湊さんから連絡が来たら、こいつを掲げて丸腰で向かう。
- 103 名前:交渉 投稿日:2007/03/06(火) 09:10
- 〔合意〕
私がKバーとヘルメットを脱ぐと、小湊さんから連絡が来た。
戦うのは怖くねーけど、丸腰で交渉なんて物凄く怖い。
せめて唯がいれば恐怖も半減するんだろうけどなァ。
「降伏じゃねーからよ。万が一のために支援体制は採ってくれよな」
私はシャベルに付けた旗を掲げて、左右に揺らしながら立ち上がった。
どうやら撃って来ない。とにかく、ゆっくりと穴から出て旗を掲げる。
後ろから小湊さんに守られた早貴がやって来た。
「行くぜ。何かあったら早貴を頼む」
私は出来るだけゆっくりと歩いて行き、もし敵に銃撃された時には、
何をおいても、すぐに伏せられるように心掛ける。
一発くれー威嚇して来るのが普通だけど、さすがに統率が採れてるぜ。
「中澤大尉! トラブルがあって停戦の交渉に来た!」
私は百メートルまで接近すると、大声で自分の意思を伝えた。
敵の打ち上げる照明弾が辺りを照らすと、数十のカラシニコフで狙われてる。
シャベルを放り出して逃げたいけど、ここまで来て後ろを向けば撃たれるだろう。
「もう少し近付いて来や!」
私達は三十メートルまで近付いたところで止められた。
野戦服姿の小柄な奴が、低姿勢から片膝を着いたじゃねーか。
その手にはトカレフが握られてて、確実に私達を狙ってた。
- 104 名前:交渉 投稿日:2007/03/06(火) 09:11
- 「三人とも丸腰だ。ナイフすら持ってねーよ」
「ええ根性しとるな。こっち来や」
私達が連中の中へ入って行くと、強引な身体検査をされて横に並べられた。
いわゆる楯にするつもりなんだろうなァ。味方が発砲しねーのを祈るしかない。
ここで誰かの銃が暴発したら、私達は間違いなく蜂の巣のされるだろう。
私達が枯草の上に座ると、低姿勢のまま色白の女がやって来た。
「うちが中澤や。あっちゃん、銃向けんのはやめや」
「な・・・・・・中澤裕子・・・・・・大尉?」
こいつが恐れられてる中澤中隊のトップなのか!
中澤大尉の左右に、「あっちゃん」と呼ばれた小柄な女と、
痩身で私と同じくらいの背がある奴が座った。
どうやら二人は将校みてーだなァ。
「政府軍少尉の小湊美和です! こっちは軍曹の吉澤、新兵の中島です!」
小湊さんが敬礼したから、こりゃ私も敬礼しねーとなァ。
怯えて硬直してる中島を小突いて敬礼させる。
中澤大尉は返礼すると、中島を見てニッコリと笑った。
さすが中澤中隊のトップだなァ。ゲリラみてーに子供を殺す連中とは違う。
「うちは中澤中隊作戦参謀中尉の稲葉貴子や」
「あたしは小隊長の木村絢香。宜しくね」
中澤中隊四天王の稲葉貴子と木村絢香かよ! こいつは大物だぜ。
って事は、ここには絢香小隊がいるわけか。充代小隊はどっちかなァ。
私がキョロキョロしてると、中澤大尉は可笑しそうに笑い出した。
- 105 名前:交渉 投稿日:2007/03/06(火) 09:12
- 「平家小隊は東側や。吉澤ひとみ軍曹」
うげげー! 中澤大尉は私の事を知ってるんだ!
そういえば、あの時「軍服を着てる民間人」なんて平家中尉が言ってたなァ。
その中澤大尉の顔は、いかにも「岡田は元気やで」と言ってるみてーだぜ。
「それで、停戦の理由なんですけど・・・・・・」
「子供達を避難させたいんやろ?」
「そうなんだけど、厄介な事になっちまってよォ」
私が詳細を説明して、有原の事を話すと中澤大尉の顔色が変わった。
早貴が泣きながら「栞菜を助けて下さい」と言うと三人は話を始める。
どうやら稲葉中尉が不発弾があったのを確認してたみてーだ。
「で、不発弾処理は出来るんか?」
「オレしか出来ねーと思う。工兵以外では」
「うちも出来るけど、ほんまに大丈夫なんやな?」
稲葉中尉が心配そうに訊いて来た。子供は民族の宝だ。
それを中澤中隊の連中は、ちゃんと理解してるじゃねーか。
待てよ。中澤中隊が攻撃して来なかったのは子供の存在を知ってたんだ。
私が頷くと、中澤大尉はニッコリ笑って稲葉中尉に合図した。
「停戦合意や。けど、戦場に子供を連れて来たらあかん。次はないしな」
「中澤大尉! 感謝します!」
私達が敬礼をして戻って行くと、緊張したせいか小湊さんと中島がよろける。
二人を抱きかかえて、私はシャベルを引き摺りながら子供達の穴を目指した。
私が「停戦合意!」と言うと、みんなから拍手が起こったじゃねーか。
- 106 名前:交渉 投稿日:2007/03/06(火) 09:14
- 「退却じゃァァァァァァー!」
背後で稲葉中尉の大声が聞こえた。まさか、これだけ有利な状況で退却してくれるなんて。
そういったところが中澤中隊の怖さなのかもしれねーなァ。なかなか出来る事じゃねーぞ。
しかし、中澤大尉ってのは、本当にカリスマがあるよなァ。いけね。私も膝が震えてるぜ。
「よ、よっC、栞菜をお願い」
そうだった。有原の上にあるっていう不発弾を処理しねーとなァ。
あれ? どこかで唯の声が聞こえたような気がする。
戦争が終わるまでだ。戦争が終わったら真っ先に逢いに行くからよ。
「みんな出てろ。他の穴に入ってるんだ」
私は二個のマグライトを使って、NATO弾とカービンの手入れキットで処理を始めた。
案の定、信管が作動寸前で、ひとつ間違えば大惨事になるとこだったなァ。
私は慎重にカバーを抉じ開け、何とか起爆薬を取り出す事に成功した。
起爆薬なんてのは銃の空砲と同じで、放り投げても爆発したりしない。
「OK! 慎重に丸太をどけてくれ!」
もう爆発はしねーけど、信管が作動したら炸薬が燃えるかもしれなかった。
有原は動けないから大火傷になるかもしれねーからよ。
私は不発弾を押さえて、とにかく衝撃を与えないようにした。
「よし、栞菜を救出しろ」
美海と大木が飛び込んで来て有原を抱え上げる。
私は「ファイヤー!」と言って砲弾を放り投げた。
信管が作動して炸薬に火が点き、花火みてーに辺りを照らした。
「よくやったわ。よっC」
小湊さんも嬉しそうだなァ。でも、師団長に直訴したのがバレたらヤバイぜ。
だから、私は今の内に謝っておく事にした。今なら怒られそうにねーからよ。
- 107 名前:交渉 投稿日:2007/03/06(火) 09:14
- 吉澤軍曹『交渉』終
- 108 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/06(火) 19:05
- 更新乙です。
良いなあこのシリーズ
配役も個性的ですね!
次の更新も楽しみにしてますよ。
- 109 名前:ミジンコ ◆u0TEdpNUXw 投稿日:2007/03/08(木) 09:34
- >>108
ありがとうございます。本当に励みになります。
『夏准将』ではなくて『夏少将』が正解でした。すみません。
- 110 名前:サンプル・前編 投稿日:2007/03/13(火) 10:35
- 〔新型爆弾〕
私達にとっての脅威は、何といっても中澤中隊だったけど、
とにかく次から次へ数を増すゲリラにも頭が痛かった。
この第一軍管区北部戦線じゃ、ほんの一部を『西』に占拠されただけ。
『西』は占拠した部分を守るだけの配置をして、決して進んで来ない。
戦闘はゲリラに任せ、私達を釘付けにする戦法みてーだ。
「よっC、〇九:二五に小隊指揮所でブリーフィングだよ」
「判った。あさみ曹長も食うかい?」
今日は半月に一度、菓子の配給がある日だから、みんなの機嫌がいい。
チョコレートやキャラメル、ドライフルーツ、クッキー、ビスケットまである。
酒の肴になりそうなのは、ナッツ類と揚げ煎餅、スナック菓子だなァ。
私は他の連中と交渉しながらトレードしてた。でも、このチョコは美味いぜ。
「自分のがあるから。それじゃあね」
チョコとキャラメルの配給は、十一月から三月までって決まってる。
四月から十月の間は、溶けちまうっていう理由があるからなァ。
その代わり、暑い時期には氷砂糖とゼリーを配給する事になってる。
この月二回の菓子配給は、慰労的な面と栄養補給の両方の意味があった。
「みんな食い過ぎるなよ。昼飯が食えなくなるからよ」
「何言ってんですか吉澤さん。食べられる時に食べておかないと」
うーん、確かに麻琴が言うのにも一理あるなァ。
もしかしたら、数時間後には死んでるかもしれねーからよ。
今日の昼食はMCIだから、二人で一個を食えばいいか。
- 111 名前:サンプル・前編 投稿日:2007/03/13(火) 10:36
- ブリーフィングの内容は、友軍が新型爆弾の投下実験をするらしくて、
私達三個小隊は、どうやら観測所近辺の警固をする事になるらしい。
新型爆弾の投下地点は、ここから真北に五キロを中心として、
そこから放射線状に五ヶ所、計六ヶ所に投下するって話だ。
「山の北側はゲリラの巣窟になってるわ。勿論、山頂にも敵がいるはずよ」
小湊さんの話だと、事前に別部隊が山頂を確保するそうで、
私達の小隊は空軍の観測員を左からガードする形になるそうだ。
この布陣だと場合によっちゃ銃撃戦になる可能性もあるなァ。
怖いのは中澤中隊だけど、私の勘ではもう近くにいねーな。
中澤中隊は一ヶ所に逗留するような連中じゃねーからよ。
「観測所は山頂に設置するけど、北斜面には行かないように注意されたわ」
新型爆弾って小規模核爆弾じゃねーだろうなァ。
今日は北西からの風が吹いてるし、死の灰が首都を直撃するぞ。
びらん性の毒ガスでも、南東方向に被害があるはずだしよ。
そうなると、いったいどんな爆弾なんだろうなァ。
「いったいどんな爆弾なんだよ。危険はねーんだろうなァ」
「あたしも詳しい事は聞いてないの」
他の軍曹連中やあさみ曹長も、この胡散臭い作戦に気乗りしてねーなァ。
普段はハイテンションの柴ちゃんですら、かなり困惑した表情になってる。
三個小隊も参加するってのに、中隊長の参加が許可されてねーのも引っ掛かるしよ。
それに別部隊って何だろう。友軍の空軍特殊部隊は人質救出専門だしなァ。
友軍の空挺部隊(特殊部隊含む)でもなさそうだし、何か怪しいぜ。
新型爆弾で私達を実験材料にする気じゃねーだろうなァ。
- 112 名前:サンプル・前編 投稿日:2007/03/13(火) 10:37
- 私はテントに戻ると、一〇:一五までに出発準備をするように言った。
もうじき観測員御一行様が到着するからよ。そうしたら、すぐに出発らしい。
予定じゃ一三:〇〇から一四:三〇まで観測をするらしいから、
遅くても一七:〇〇には帰って来れるはずだよなァ。
それでも全員にラーメンと干飯一合を持たせる事にした。
「山岳戦になったら射程のある銃の方がいいな。オレもガーランドを持つぜ」
私は能登が使ってたガーランドを持ち、銃弾はポーチに六個(四十八発)。
それから胸ポケットに一個ずつ、計八個(六十四発)を持つ事にした。
勿論、衣吹と青木も同じ量を持ったし、美海は普段四個(三十二発)なのに、
今回はカートリッジを六個持つようにするらしい。
「英里奈は銃弾一ケース(百発)でいい。残りはあたしが持つから」
「美記ちゃん、あたしも持つよ」
「・・・・・・あたしも銃身くらいなら」
美記は十キロ以上あるM60と銃弾百発を持つからなァ。
美海の言う通り、遠慮しねーで持って貰えばいいじゃんか。
しかし、大木の奴、銃身交換が五百発って知ってて言いやがったな。
余計な事を言わなかったら、まだ考えてやったのによ。
「それじゃ、英里奈とオレと美海、それから衣吹で一ケースずつ持とう」
「・・・・・・」
麻琴はM79と榴弾五ケース(十五発)、新垣には無線機を持たせるしよ。
手榴弾は私と美海で二個ずつ持つとするか。これで一人当たり平均十五キロの装備。
それでも是永は二十キロ近いから、いかに機関銃手が大変かって事だよなァ。
これだけ持てば、かなり激しい銃撃戦でも対応出来そうだぞ。
- 113 名前:サンプル・前編 投稿日:2007/03/13(火) 10:37
- 「吉澤さん、ヘリが来たみたいですよ」
美海は耳がいいなァ。私や是永は少し耳を労ってやらねーとよ。
一応、機関銃手と給弾手には耳栓があるんだけどなァ。
私もM67を扱う兵士として耳栓を貰ったっけ。
最悪は脱脂綿を詰めてるだけで、かなり耳の負担が減るんだ。
「あの音はUH‐1じゃねーか?」
「そうみたいですね。でも一機だけですよ」
UH‐1の搭乗兵員なんて十人くれーなもんだ。
計測機器を積んでたんじゃ、観測員は五人くれーかなァ。
問題は山までの間にゲリラがいるかどうかって事だぜ。
千五百メートルまでは六十ミリモーター、
その先は八十一ミリモーターが支援する事になるけど、
こっちがクレーター内だったらM2重機関銃も使えるからよ。
「よっしゃー! 準備が出来たら外で待機だ!」
私がテントから飛び出すと、柴ちゃんのとこじゃ円陣を組んでやがる。
ったくバレーの試合じゃねーんだからよ。まァ、柴ちゃんらしいけどなァ。
「逝く準備は出来てる?」
「おーっ!」
「ゲリラ殺す準備は出来てる?」
「おーっ!」
昼行灯の絵里香のとこじゃ、斉藤が率先して装備をチェックしてるみてーだなァ。
今回も焼銀杏のとこは留守番で、何かあったら支援して貰う事になってた。
- 114 名前:サンプル・前編 投稿日:2007/03/13(火) 10:38
- 〔観測員〕
友軍の観測員は四人で、凄まじい量の計測器を持ってやがる。
こんなもん、どう考えたって持って行けるわけがねーだろう。
小湊さん達小隊長が説得してるけど、観測員どもは聞く耳を貸さねー。
こういったまどろっこしいのは嫌いだからよ。私が忠告してやった。
「どこの馬鹿か知らねーけどよ。必要なものだけ持て」
「何だ君は」
「過重負担で遅れれば、ゲリラに捕まって生きたまま首を刎ねられるぞ」
ちょっとは話の判る奴がいるかと思ったら、ここは戦場じゃねーと思ってやがる。
これだから素人さんは困るよなァ。こうした学者ってのは、視野狭窄の傾向がある。
しょうがねーなァ。これが最終警告だ。これ以上は勝手に死んでくれや。
「てめーら話を聞いてんのかクソ野郎! そんなに死にてーんならてめー達だけで行け!」
リーダーっぽい奴の胸倉を掴むと、私はガーランドを渡して突き飛ばした。
こんな平和ボケした連中に付き合って、みんなの命を危険には晒せねーっての。
びびりまくる観測員達を見て、声を殺しながら笑い出す小湊さん。
どんなに偉い学者か知らねーけど、私達はここで命を張ってるんだ。
「よっC、どうしたの?」
「オウ、あさみ曹長。こいつ等、白衣でも着て行く気だぜ」
私が言うと中隊の連中から失笑が漏れた。
そんな中、中隊付准尉のお局様連中がDBUとブーツを持って来る。
小湊さんは四人に必要な物が何なのかを説明した。
結局、大型機械は置いて行く事にしたらしい。それでいいんだ。
- 115 名前:サンプル・前編 投稿日:2007/03/13(火) 10:39
- 「私達は兵隊じゃないのに銃を持つの?」
准尉にM1911A1を渡された観測員が首を傾げる。
まァ、こいつ等を守るのが私達の任務なんだけどよ。
場合によっちゃ、私達が全滅する場合だってあるだろう。
いくら拳銃でも、逃げる時に丸腰よりはいいに決まってるぜ。
「一発だけは残しておけよ。苦しまねーで死ねるからな」
観測員達の顔色が変わった。ようやく自分達の状況が呑み込めたらしいなァ。
相手はゲリラだからよ。こういった技術者を殺す事に命を懸けてる連中だ。
もし捕まれば私達は勿論、こいつ等も確実に殺されちまう。
中澤中隊みてーなのも珍しいけど、基本的に『西』は交戦国だからよ。
一応は降伏したら捕虜として扱われる。でもゲリラは違うからなァ。
「小隊長、連中の荷物だけどよ」
「持てるものは持ったわ」
あさみ曹長が無線を持つんで、小湊さんが連中の分も食料を持ったらしい。
幸も一緒に行くから、きっとキャンティーンを持たされてるんだろうなァ。
他の小隊長達は、小型の計測器を一個ずつ持つ事になるらしい。
全く世話の掛かるお嬢様達だぜ。リムジンでもあると思ってたらしいなァ。
「用意が出来たら出発するぞ。陽が暮れちまう」
私は観測員達を急かせて、予定の一〇:三〇までに出発準備をさせる。
お局様(准尉)達は眉を顰めてたけど、これが私の仕事だと思う。
こっちも命懸けなんだから、ちゃんと言う事は聞いて貰わねーとよ。
何とか時間通りに出発出来て、私達はゲートからファイアベースを出た。
- 116 名前:サンプル・前編 投稿日:2007/03/13(火) 10:40
- 「全員、銃弾を装填!」
「銃弾装填!」
百個以上ものボルトの音を聞いた観測員達は、その音にびびってやがる。
一応、上空管制機が頼りない音で上空を飛んでるじゃねーか。
あのハイテンションな管制官じゃねーだろうなァ。何かあいつは危ないからよ。
「オレ達は左翼だ。先頭は麻琴と豆、左翼は美記と英里奈、殿軍に衣吹と美海」
全自動火器が発達した昨今、各人の間隔は十メートルを維持する。
先頭の二人こそ三メートルくれーしか離れてねーけど、
分隊は前後左右に二十メートルほど広がって進んで行く。
私の五十メートルばかり右に各小隊本部の連中と観測員が見えた。
柴ちゃん達は一時方向五十メートル先、絵里香達は五時方向五十メートル。
「吉澤さん、トラップです」
「よし、衣吹。処理しろ」
私は小湊さんに連絡して三人で処理する事にした。
進軍を続けさせて美海がトラップ周辺を警戒、私が穴を掘る。
移植鏝を持って来て助かった。手が汚れねーで済むからよ。
ピンを抜いた手榴弾を竹筒に入れておく単純なトラップだぜ。
ワイヤーを引っ掛ければ、竹筒から落ちた手榴弾の安全把が飛ぶ。
大木は慎重に手榴弾を引き抜くと、ピンを差し込んで処理終了。
「掘れたぜ」
大木はピンを抜いて私が掘った穴に、トラップの手榴弾を落とす。
私達が隊列に追い付こうと走り出した背後で手榴弾が爆発した。
- 117 名前:サンプル・前編 投稿日:2007/03/13(火) 10:41
- 「タイマーは四秒だね」
ゲリラが使う手榴弾は、ほとんどが『西』製の木柄式だったけど、
政府軍から捕獲したM26、通称:エッグ型手榴弾は主にトラップで使われた。
大木が言うように、トラップで使われたM26手榴弾のタイマーは、
これまで一度も弄られてた事がねーんだよなァ。
でも、一度敵の手に渡った手榴弾は、その場で処理しちまった方がいい。
私達が隊列に追い付くと、柴ちゃんのところの二人が穴を埋めてた。
どうやらパンジースティックがあったみてーだなァ。
「ん?」
前衛の小隊からも連絡が入ってるじゃねーか。まだ山麓だってのによ。
こいつは近くにゲリラがいても不思議じゃねー状況だぜ。
新垣も是永も青木も美海も、かなり慎重に周囲を見回してる。
そんな時、是永が二時方向百メートルの大木の横に掩蔽壕を発見した。
「掩蔽壕発見!」
全員が伏せて様子をみるけど、全く撃って来る事はなかった。
双眼鏡で見ると、血塗れの手らしいものが見えるじゃねーか。
小湊さんに連絡して、是永と青木、美海を援護に残し、
麻琴と私、大木と新垣で左右から接近して行った。
「六人か。みんな刃物でやられてる」
六人のゲリラは、ほとんど抵抗もせず一方的にやられてる。
周囲を探してもブーツらしい足跡がねーから不思議だぜ。
こいつ等を襲ったのは、いったい誰なんだろうなァ。
- 118 名前:サンプル・前編 投稿日:2007/03/13(火) 10:42
- 〔足音がしない女〕
私が小湊さんに状況を報告すると、すぐに返事が戻って来た。
どうやら、私達以外の『先発隊』が邪魔なゲリラを殺したらしい。
小湊さんも正体は知らねーそうだけど、山頂確保部隊がいるって話だからなァ。
しかし、トラップを掻い潜って接近。あんな狭い掩蔽壕の中で皆殺しにしてる。
いったいどんな奴等なんだろう。何だか薄気味悪くなって来たぜ。
「砲撃だなァ」
上空管制官がゲリラを発見したらしく、一キロほど東に八十一ミリの雨を降らせてる。
町の北側の四個中隊が一斉に砲撃してるから、こいつは物凄い着弾じゃねーか。
たった三十秒で六十発くれーの着弾があった。これは百七ミリも撃ってやがるなァ。
本来、迫撃砲ってのは正確さを求めるものじゃなくて面を制圧する武器。
だからこそ、一気に大量発射する方が望ましいんだよなァ。
〈アハハハハ・・・・・・。全滅でーす。動くものは見えませーん〉
あいつだ・・・・・・。こんな壊れた奴でも上空管制官なんだからなァ。
これで仕事もいい加減だったら、きっと私は撃ち落してるだろう。
でも、あの時は気持ちよく師団に繋いでくれたからよ。
一度でいいから逢ってみてーなァ。どんな奴なんだろう。
確か『里田まい』って名前だったような気がするぞ。
「この上が道路になってる。注意しろ」
私が大木と一緒に撃破した自走迫撃砲のあるところだ。
私達が左翼だから前後と左さえ注意してればいい。
それでも襲撃に備えて陣形を整える必要があった。
- 119 名前:サンプル・前編 投稿日:2007/03/13(火) 10:42
- 「美記、左を警戒! 麻琴は場所を確保!」
是永がM60を据えて道路を警戒、美海が左後方、大木は後方警戒に入る。
いちいち指示しなくても、ちゃんとこれだけ出来るんだから楽だよなァ。
新兵が来た日には、お守りだけで疲れちまうからよ。
麻琴が道路を横断して斜面を登り始める。しかし、物凄い事になってるぜ。
ここから三十メートル右に撃破した自走迫撃砲の残骸があって、
放射線状に地面が焦げて無機質な土壌が広がってるじゃねーか。
「麻琴、場所を探して小休止だ」
麻琴と新垣の仲良しコンビは、いい場所を見付けるのが上手い。
是永と青木は九時方向、美海が十一時方向、大木が七時方向を警戒する。
小休止ってのは、先鋒の二人を優先的に休ませるべきだぜ。
何しろ、みんなの中では一番神経を使うポジションだからよ。
「吉澤さん、残り三十分で着きますかね」
「麻琴、おめー次第だぜ」
ここまで一時間弱。残り三十分で山頂の予定だなァ。
傾斜はきついけど、もう五百メートルもねーはずだ。
ゆっくり登って行っても二十分くれーだろうなァ。
是永の片方のキャンティーンが回って来た。
「みんな干飯は準備出来てるか?」
一応、C4を持っては来たけど、どうも火を使えるような状況じゃねーなァ。
私は出る時に干飯に水を入れ、黒い袋に入れて背中に着けてた。
ここからは汗をかきそうだから、DBUの中に入れて体温で温めるのが一番だぜ。
- 120 名前:サンプル・前編 投稿日:2007/03/13(火) 10:43
- 「美海さんに預けてあります」
新垣も麻琴も大木も、みんな美海に預けてあるらしい。
いったい何で美海に持たせてるんだろうなァ。
かなりの過重負担になるんじゃねーか? 美海なら平気だろうけど。
私が不思議に思ってると、美海は振り向いてニッコリした。
「お湯を入れてカイロ代わりですよー」
「ったく寒がりだなァ。おめーって奴・・・・・・へっ?」
私の分隊は七人のはずだけど、なぜか八人目の奴がいるじゃねーか。
そいつは上から私達を覗き込んで手を振った。
美海と私が気付いたけど、銃を向ける暇もなく固まっちまったぜ。
「ア、アニョンハセヨ〜」
美海が聞き慣れねー言葉を使った。うーん、こいつは私達とは違う民族みてーだ。
ようやくみんなが気付いたけど、全く銃を向ける余裕すらねー有様だぜ。
そいつは美海を見て鼻で笑うと、流暢な言葉で喋り出したじゃねーか。
「言葉は解ります。山頂は確保済み。観測員はどこですか?」
「判った。一緒に行こうぜ」
どうやら、こいつ等が別働隊ってわけだな?
美海が使った言葉から、こいつ等はヤード(山岳民族)らしい。
ヤードは二級国民で、これまで差別されて来た連中だ。
異民族だから、文化が違うって事だけで差別され続けた彼女達。
ヤード達が一斉蜂起して、前大統領を失脚させちまったからなァ。
ちょっと怖い顔してるけど、後ろから襲ったりするなよ。
- 121 名前:サンプル・前編 投稿日:2007/03/13(火) 10:44
- 「小隊長、別働隊らしいぜ」
「少数民族部隊のソニン軍曹です」
「A中隊少尉の小湊です。大丈夫? 負傷者はいない?」
小湊さんの癒しの言葉に、このソニンって女も笑顔になって頷いた。
そういえば、さっきの掩蔽壕のゲリラは、こいつ等がやったんだよなァ。
確かに足音も聞こえなかったし、こいつなら掩蔽壕に接近出来るだろう。
なるほど、ブーツじゃなくてヤードの履物だな。こいつは。
「ご案内します」
「も、もう出発ですか?」
体力のない観測員のお嬢様連中は、かなりへばってるみてーだなァ。
ったく、計測器はみんな小隊長と曹長連中に持たせやがって。
ちょっと気合いを入れてやらねーと、この斜面を登れねーんじゃねーか?
「歩けなくなったら遠慮しねーで言ってくれ。いつでも撃ち殺してやるからよ」
私が襟首を掴んで立たせると、観測員達は蒼くなって斜面を登り出した。
ちゃんと登れるじゃねーか。世話の焼けるお嬢様連中だぜ。
小湊さんとあさみ曹長は、こみ上げる笑いを堪えながらついて行く。
おっと、ソニンはもういねーじゃんか。・・・・・・幸、笑い過ぎだっての!
(麻琴、出発だ)
私はハンドシグナルを送りながら合流。すぐに以前の隊列に広がった。
しかし、この国に少数民族部隊なんてのが組織されてるんだなァ。
きっと友軍特殊部隊が懐柔して編成してるんだろうと思う。
差別され続けたヤードにゲリラを殺させるとはなァ。政治的なものを感じるぜ。
- 122 名前:サンプル・前編 投稿日:2007/03/13(火) 10:45
- 〔現実〕
二十分かけて山頂に着くと、私達の小隊は左翼で守備隊形を採った。
他の小隊は右翼と背後に位置して、前面にはヤード達が位置してやがる。
ヤード達は僅か五人で、山頂にいた十六人のゲリラをやっつけた。
彼女達は拳銃しか持ってねーけど、マチェト(鉈)みてーなナイフを持ってる。
どうやら、あのナイフを使ってカラシニコフで武装したゲリラを殺したらしい。
〈予定地点異常なしでーす。アハハハハ・・・・・・〉
私達が食事をしてると、里田のハイテンションな声が聞こえて来た。
この耳障りな声は何とかなんねーのかァ? イライラして来たぜ。
新型爆弾投下地点付近から、ゲリラの散発的な対空砲火があるなァ。
どうやら五十口径の機関銃もねーらしいぞ。
「吉澤さん、ヤード達が来ますよ」
麻琴の声に振り返ると、五人のヤード達が歩いて来る。
彼女達は枯葉の上を全く音をたてずに歩く事が出来るみてーだ。
やっぱり癒し系の小湊さんの近くにソニンが座る。
私は彼女達の技術に興味があったから、近くに行って話を訊いてみた。
「なァ、その靴を履くと音が消えるのかァ?」
「何、お前」
ソニンと一緒に来た若いのが睨み付けやがった。
こいつ、私にケンカ売ってやがるのか? 上等じゃねーか。
こんな華奢な奴、唯に比べれば屁でもねーぜ。
私が胸倉を掴むと、慌ててあさみ曹長が間に入って来た。
- 123 名前:サンプル・前編 投稿日:2007/03/13(火) 10:45
- 「生意気な奴だな!」
「よっC、やめなさい!」
「ユンナ!」
あさみ曹長に入られちゃ引くしかねーなァ。
私はユンナと呼ばれた若い奴を睨みながら手を離した。
さすがに私に胸倉を掴まれてびびったみてーだなァ。
「吉井さん、ごめんなさい」
「ソニン、オレは吉澤なんだけどさ」
どうやら『よっC』が『吉井』って聞こえたらしい。
それが可笑しくて吹き出すと、私を睨んでたあさみ曹長も笑う。
ソニンが笑いながら頭を掻くと気分が和らいで来た。
「吉澤さん、私達は・・・・・・」
「おめーも軍曹だろ? 『吉澤さん』なんて言うなよ」
・・・・・・何だ? こいつ等、妙に嬉しそうだなァ。何だってんだ?
あさみ曹長は私の尻を叩いて座った。こんな時も小湊さんは見守ってるだけ。
いったい何だろう。ユンナまで穏やかな表情になってやがるぞ。
「私達はずっと差別されて来たんです。触れる事さえ嫌がられて来ました」
「だから?」
「対等に扱われると嬉しいんです」
そんな! 酷すぎる。そんな無茶苦茶な差別を受けて来たのか。
私は彼女達のゲリラを殺したテクニックは尊敬するし、
こんな強い奴等が仲間にいれば百人力だと思うけどなァ。
- 124 名前:サンプル・前編 投稿日:2007/03/13(火) 10:46
- 「兵隊に民族もクソもねーよ。敵か味方かだけだ」
「そうですね。アハハハハ・・・・・・」
私達は同じ民族なのに戦争してる。本当に情けねー話だぜ。
ソニンに履物とナイフの事を訊くと、ヤードの伝統的な狩猟道具だそうだ。
持たせて貰うと、こいつはM1911A1より重いナイフだぞ。
彼女が言うには上手く急所を切ると、血や脂も付かないらしい。
「すげーなァ。でも、どうやって大勢を殺せるんだ?」
「投げるんです。BoAは投げるのが上手いんですよ」
BoAと紹介された女はニッコリ笑ったけど名前がよくねーなァ。
どうもボアって聞くと、熱帯雨林に住む大蛇を想像してよ。
ユンナの話によると、BoAは一回で五人の首を刎ねたらしい。
ソニンは敵の中に入って円運動で急所を狙うんだそうだ。
「麓にあった掩蔽壕の中の連中は、おめーがやったのか?」
「ええ、狭い場所では効果的に殺せます」
何でも踊りのような『型』があるそうで、ソニンはそれを見せてくれた。
確かに円運動なんだけど、その速さといったら凄まじいもんだぜ。
まるでフィギアスケートの回転みてーな速さじゃねーか。
こいつ等は絶対に敵にしたくねーぞ。命がいくつあっても足りねーもん。
「すげー! 美海、見たか?」
高校を出た美記の話だと、ヤードは王朝時代に暗殺集団として活躍したそうだ。
今は狩猟と農耕で、ほとんどが自給自足の生活をしてるらしい。
足音がしない履物も、ネコの肉球をヒントに考案された狩猟道具って話だ。
- 125 名前:サンプル・前編 投稿日:2007/03/13(火) 10:47
- 最初は警戒してたみんなも、私とユンナの掴み合いがきっかけで、
ヤード達と打ち解けて色々と話をするようになった。
まァ、差別とか異民族とか難しい事の判る連中じゃねーからよ。
特に麻琴と新垣は、歳の近いユンナと仲良くなってやがった。
「キャラメル食べようか」
新垣の奴、配給された菓子を持って来やがったな?
ったくピクニックやハイキングじゃねーってのによ。
それにしても、ヤード達の話を聞くと酷い状況だぜ。
税金を支払ってねーから警察や医療を受けられない。
人類保全センターからのボランティアで絶滅を防いでる状況。
「だから、私達は自衛するしかなかったんです」
ゲリラどもはヤード達を自分達の尖兵として使おうと徴兵に来たそうだ。
でも、それを拒否した村は、ゲリラの報復に遭って全滅したらしい。
そんな時に救援を始めたのが友軍で、義理堅いヤード達は兵隊に志願したそうだ。
だから、彼女達ヤード兵は友軍州兵の所属になってるらしい。
州兵ってのはパートタイマーだから、ちょっとおかしな話だけどよ。
「ところで、おめーらの将校は?」
「私達に将校はいません。あくまで非正規兵ですから」
ソニンの話を聞いて私は愕然としちまった。
賃金なんて雀の涙で、こんな危険な仕事をさせられてる。
これじゃゲリラが考えた尖兵計画と同じじゃねーか。
こんなとこでも差別してるのかよ!
私は口惜しくて涙が出て来た。
- 126 名前:サンプル・前編 投稿日:2007/03/13(火) 10:48
- 吉澤軍曹『サンプル・前編』終
- 127 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/15(木) 02:29
- 更新待ってました!
ミリタリー系知識は全然ないんですけどそれでも十分面白いし、
作者さんがご自分の知識を元に書いている感じが楽しいです。
後編も首を長くして待ってますよ〜
- 128 名前:サンプル・前編 投稿日:2007/03/20(火) 21:46
- >>127
ありがとうございます。九州からカキコです。
- 129 名前:サンプル・後編 投稿日:2007/03/20(火) 21:48
- 〔凄まじい爆弾〕
ヤードってのは気のいい奴等だぜ。何で差別されたのか判らねーなァ。
しかし、こいつ等はDBUだけで寒くねーのか? 帽子も被ってねーし。
寒がりの美海なんか、インナー(ババシャツ)を着てるんだからよ。
私だってフィールドジャケットと防寒ズボンがねーと寒くて仕方ねーのに。
「それで寒くねーのかァ?」
「寒いですけど、これくらいは平気ですよ」
ヤード達は幼い頃から麻で編んだ衣類を着て来たらしい。
だから、このくらいの寒さには抗体があるんだろうなァ。
観測員のお嬢様どもはポンチョまで被って震えてやがる。
私はファーストエイドの中から三角巾を出してソニンに渡した。
「こいつを首に巻くんだ。かなり寒さが違うぜ」
本当はインナー付きのポンチョを渡してやりたかったけど、
それで彼女達の動きの妨げになるといけねーしよ。
ソニンは三角巾を持って首を傾げてるから、私が首に巻いてやった。
端をDBUに押し込むと、ソニンは「本当ですね」と笑顔になる。
こんなもんで喜んでくれるなら、タオルでも持って来ればよかったなァ。
「カムサハムニダ」
「何?」
「ありがとう。っていう意味ですよね」
美海は何でヤードの言葉なんて知ってやがるんだァ?
そういえば、さっきも「アニョンハセヨ」なんて言ってたっけ。
- 130 名前:サンプル・後編 投稿日:2007/03/20(火) 21:49
- 「おめーはヤードの言葉が解るのかァ?」
「少しなら。ソニン軍曹、ジェヌン美海ラゴヘヨ(私は美海といいます)」
ソニンがヤード語で何か喋り出すと、美海はケタケタ笑ってやがる。
少しどころじゃなくて、かなり通じてるじゃねーか。
そういえば、美海の家は難民になる前は農園で働いてたって聞いた。
恐らくヤードも一緒に働いてたんじゃねーかなァ。
子供好きの美海の事だから、ヤードの子供に勉強を教えてたんだろう。
「軍曹、航空機です」
新垣の声で空を見ると輸送機が飛んで来たじゃねーか。
新型爆弾投下なのにイントルーダーやB52じゃねーのかよ。
高度は対空砲火対策で四千メートルってとこかなァ。
一応は主翼の左右にジェットエンジンを付けてるけどよ。
あんなもんで新型爆弾を投下なんて、ちょっと情けねーなァ。
「投下三十秒前」
「吉澤さん、続いてるみたいですよ」
美海がスコープを覗いてる。そういえば六ヶ所に投下するらしいからなァ。
だけど、爆弾の観測なんて、そんなに時間の掛かるもんじゃねーだろ。
残留放射能を調査するわけでもねーのに、一時間半は掛かり過ぎじゃねーか?
「投下! 全員、衝撃に備えて下さい!」
衝撃だァ? やっぱり核爆弾だったのか! 大量殺戮兵器なんか投下しやがって。
こいつ等、絶対に地獄へ落ちるぞ。国民を犠牲にしてもゲリラを殺すのかよ。
私はこんな悪魔達を手伝ったのか? もう放射線を浴びて最初に死んでやるぞ。
- 131 名前:サンプル・後編 投稿日:2007/03/20(火) 21:50
- 「へっ? 不発弾?」
確かに地面へ落ちたのに、爆発する気配がねーじゃんか。
私が双眼鏡で覗くと、ユラユラと逃げ水みてーになってる。
今日は天気がいいし、あそこ辺りは風がねーのかなァ。
不発弾じゃ仕方ねーってか? 大金掛けたくせによ。
「うわァァァァァァー!」
いきなり火の玉が出来たと思ったら、凄まじい音が聞こえて来やがった。
こいつはまるで雷みてーだぜ。キノコ雲が出来てるけど核爆弾じゃねーなァ。
衝撃っていうか、とにかく音に驚いたぜ。あんなに遠いのによ。
あれだけ音がでかいと、それだけ衝撃波も凄いもんがあるはずだぜ。
さすがに観測員も予想外の威力にびびってら。
「投下中止! 投下を中止して下さい!」
〈アハハハハ・・・・・・。ざんねーん。投下中止不可でーす〉
里田の奴! こっちは死ぬかもしれねーってのによ!
そういえば、一番近くは北斜面の麓に投下する予定だもんなァ。
あんなもんが落ちて来たら、衝撃波で内臓がやられちまうぜ。
青木が迫撃砲の至近弾でやられたけど、あんなもんとは桁外れだ。
「軍曹! また投下しましたよ!」
新垣の声に振り返ると、今度はさっきより向こうだ。
って事は、あれの次はこっちに来るじゃねーか。
こうなったら、とにかく避難するしかねーぞ。
ここは小湊さんの判断だけど、私は分隊の連中に撤退準備をさせた。
- 132 名前:サンプル・後編 投稿日:2007/03/20(火) 21:52
- 〔残留燃料〕
私達は衝撃波に備えて腹筋と背筋に力を入れてた。
そうでもしねーと、内臓がやられてお陀仏って事になる。
凄まじい轟音と低周波の振動が皮膚をビリビリ刺激しやがった。
吹き返しの強風が枯葉を山頂へと押し上げて行くじゃねーか。
小規模な落石があって、数人が手や顔に打撲を負ったらしい。
「みんな大丈夫かァ?」
「何とか生きてるよ」
先日の迫撃砲で痛い思いをした青木が涙目になってやがる。
柴ちゃんのとこも絵里香のとこも小隊本部も全員無事だ。
ヤード五人も無事で、ようやく私達は生きてる事を実感。
「あの爆弾は何ですか? 説明して下さい」
小湊さんがお嬢様連中に命令口調で言った。
あんな危ねー爆弾は、もう製造中止にしろっての。
確かに核爆弾じゃねーだろうけど大量殺戮兵器だぜ。
ナパーム弾の誤爆で、これまでに何人もの歩兵が死んでる。
あんなものを誤爆されたら、それこそ一個大隊が全滅しちまう。
「あれは燃料気化爆弾といって、空中に気化燃料を散布して爆発させるものです」
お嬢様が言うには、地雷の撤去から壕内の敵を一掃するのに効果的な爆弾らしい。
ナパーム弾みてーに燃焼速度が遅くねーから酸欠で死亡する事はねーけど、
至近の人間は高熱で蒸し焼きになって、周囲の奴は衝撃波でやられるそうだ。
確かにマイン(地雷)は、私達にとって厄介な存在だからなァ。
- 133 名前:サンプル・後編 投稿日:2007/03/20(火) 21:53
- 「ヤード兵は土壌サンプルを」
「承知しました」
お嬢様の命令でソニン達が出掛けようとする。
私はソニンの腕を掴んで止めると、お嬢様を睨み付けた。
土壌サンプルとは何なんだ? 何でサンプルが必要?
それに、何でヤード達にサンプル採取なんてさせるんだ?
「何のためにサンプルなんて必要なんだよ」
「気化燃料の残留割合を測定するから。他意はないわよ」
本当にそうなのかなァ。だったら問題はねーんだけどよ。
でも、何か怪しいぜ。普通は観測員が採取するだろう。
それをヤード達に任せるなんて、ちょっと不自然だぜ。
「小隊長、援護に行かせてくれ」
「そうね。うちの小隊でヤード兵を援護するわよ!」
小湊さんが鬨の声を上げると、あさみ曹長が各分隊の位置を割り振って行く。
柴ちゃん達が前衛で私達が左翼、絵里香達が右翼に展開して出発だ。
山頂確保に一個小隊、お嬢様達をお守りするのに一個小隊が割り当てられる。
私達は余分な荷物を降ろして、ほとんど武器と弾薬だけで向かう。
「吉澤軍曹、ありがとうございます」
「よせよ。仲間を守るのは当然だろ?」
私がそう言うと、ソニンは本当に嬉しそうに微笑んだ。
それにしても、ヤードの連中は物凄い健脚揃いじゃねーか。
私や美海でさえ、追い付くのが必死といった状態だぜ。
- 134 名前:サンプル・後編 投稿日:2007/03/20(火) 21:54
- 「小隊長! 凄い煙です!」
前衛の柴ちゃんが大声で全員に注意を呼び掛けた。
山の北側には樹木が密生してたから、それが燻ってるみてーだぜ。
私達が山頂に到達すると、何となく地形が変わってるじゃねーか。
あの凄まじい衝撃波で、吹き飛ばされたに違いねーなァ。
「ソニン軍曹、西寄りから行きましょう」
「はい」
西側の斜面は急だったけど、煙の中を進むよりいいだろう。
それにしても、山頂近くの杉の大木は、衝撃波で折れたり倒れたりしてる。
燻って煙を出してるのは、本当に中腹より下の木だけだった。
最後の輸送機が北東の方角に投下して飛び去って行く。
一キロ近く離れてるってのに、凄い音と衝撃波で地面が揺れた。
「シンミン」
あの足の速いシンミンが、木の枝を使って土壌サンプルをビニール袋に入れる。
この先は煙の中だけど、そいつを越えれば無機質な部分に出るだろうなァ。
うへっ! こいつは煙いぜ。視界はほとんど数メートルってとこだろう。
「ユンナ」
今度はユンナが土壌サンプルを採取してる。ここで私はおかしな事に気付いた。
どういったわけか、ヤードの五人がくしゃみを連発してるんだよなァ。
最初は煙のせいだと思ったけど、どうやら違うみてーだぜ。
煙から開放されたところは、炭と灰の世界が三百メートルくれー先まで広がってる。
こいつは物凄い威力の爆弾だぜ。ああ、あそこのクレーターが投下地点だな?
- 135 名前:サンプル・後編 投稿日:2007/03/20(火) 21:55
- 「BoA」
BoAが土壌サンプルを採取してる間、私達は左翼を固めて警戒態勢に入った。
少しでも掩蔽されてる場所を選び、是永のM60を配置させると、
私はその左右に二人ずつ置いて敵が来た場合、即応出来る隊形を組んで行く。
小隊本部の二人がヤードの左右に配置してるから、私は分隊の少し後方に位置した。
「邪魔な角材だな。・・・・・・に、人間かよ!」
足元にある角材だと思ったのは、きれいに炭化した焼死体だった。
辺りを見ると、あちこちに焼死体らしきものが点在してるじゃねーか。
いくらここがゲリラの巣窟だとしても、子供だっていたんだろうになァ。
こいつは『西』に行った無差別爆撃と同じじゃねーか。
「あとは爆心地の土壌を・・・・・・」
「敵襲!」
投下地点の北に布陣した柴ちゃんのところだ。
これだけの爆弾でも生き残ってた奴がいたとはなァ。
どうするか・・・・・・是永は動かせねーしよ。
美海はM1Cも煙で役にたちそうもねーからなァ。
「衣吹! 豆! 柴ちゃんのとこへシフトだ!」
私も一直線に柴ちゃんのところへ駆け付ける。
こいつは物凄い数だぜ。いつまで支えきれるかなァ。
とにかく弾幕を張って接近させねーようにしねーと。
麻琴が距離を測って支援してくれる。
あいつもM79が上手くなって来たなァ。
- 136 名前:サンプル・後編 投稿日:2007/03/20(火) 21:56
- 〔離脱〕
ゲリラどもは次々と集結して来やがった。こいつは早く離脱しねーとよ。
小湊さんが百七ミリモーターの砲撃支援を要請したらしい。
とりあえず、サンプルを持ったソニン達を先に戻さねーとよ。
おっと、早々に銃弾を撃ち尽くしたゲリラが突っ込んで来たがった。
「衛生兵! 幸! 幸!」
柴ちゃんが悲鳴に近い声を上げたから何かと思えば、
どうやら彼女の分隊の給弾手が撃たれたみてーだぜ。
私はとにかく、突っ込んで来る近い奴から順に撃って行った。
クリップが飛ぶと、念のために素早くバヨネットを装着してから給弾。
でもこの兵力差じゃ、白兵戦なんてやったら自殺行為だぜ。
「柴田軍曹! 残念ですけど、もう死にました!」
新垣が代わりに給弾を始める。しかし多勢に無勢だぜ。
幸がやって来て、戦死体をポンチョに包んで引き摺って行く。
くそっ! 八十一ミリも射程範囲だけど山が邪魔してやがる。
私が新垣にM60の銃弾を渡してからポーチを探ると、
最後のカートリッジになってやがったぜ。
「オモニ!」
うっ! ヤードの一人が撃たれたらしい。
早く、早く撤退しねーと皆殺しにされちまうぜ!
よし! 百七ミリの砲撃が始まったから今の内だ。
- 137 名前:サンプル・後編 投稿日:2007/03/20(火) 21:57
- 「小湊少尉、サンプルをお願いします」
「ソニン軍曹、何言ってるの? 撤退するのよ」
「オモニ(母さん)の仇を・・・・・・」
あさみ曹長が来たから、武藤のいる柴ちゃんの分隊を後退させて是永を呼んだ。
こうなった以上、白兵戦に強い奴を殿軍にしねーとよ。
美海と是永、麻琴、柴ちゃん、斉藤、小湊さんと私って感じかなァ。
私が提案すると、あさみ曹長は素早く撤退要領を通達した。
「柴ちゃんのとこと絵里香のとこで死体を運んで!」
これだけの勾配を登るから、死体は四人一組で交代しながら行く。
残った連中は私達殿軍の支援として、少し後方から銃撃して貰う。
先発の八人は絵里香が指揮して撤退を始めた。さすがに早いぜ。
「美記、豆のショットガンと交換しろ。衣吹! M60を頼む!」
さすがに大木は頭がいい。新垣にパイポッドを握らせて青木が給弾。
これなら非力な三人でも撃ちまくれるって事だな。
美海もM1Cで白兵戦は嫌らしく、青木のガーランドと交換してた。
もっとも、これから先は煙でM1Cの役を果たせねーからよ。
「撤退開始! 衣吹! 撃ちまくれ!」
殿軍の七人が後退する間、M60が左右から撃ちまくる。
ほとんどのゲリラどもは、銃弾を撃ち尽くして突っ込んで来やがる。
それを片っ端からM60で薙ぎ倒して行った。
とにかく、こうした撤退ほど難しいものはねーなァ。
私達は経験してるからいいけど、柴ちゃんは初めてだっけ。
- 138 名前:サンプル・後編 投稿日:2007/03/20(火) 21:58
- 「後ろがつかえてやがる。絵里香の奴、何やってんだ?」
「煙で息苦しいんだわ。きっと」
私は胸ポケットに入れた最後のカートリッジを給弾した。
銃身がかなり加熱しちまって、こいつは帰ったら修理するようだぜ。
是永の散弾五連発と斉藤のセミオート二十連発で敵が怖気づく。
美海は銃を向ける敵を確実に射殺して行った。
「よっC! 斜面に着いたよ!」
大木の声が聞こえた。これで山頂からM79を撃ち込めるなァ。
麻琴はピンポイントだけど、山頂は距離と方向だけで撃ち込む。
ちょっとした迫撃砲だたら、敵も散開せざるを得ないだろうなァ。
私達が斜面に着くと、もう煙で敵の姿なんか見えなかった。
「先発が煙から抜けたみてーだなァ」
私が一安心してると、着剣したゲリラが三人ばかり突っ込んで来た。
もう撃ってる暇なんかねーや。よし、美海に一人を任せよう。
私は一人を蹴り落として、もう一人の胸にバヨネットを突き刺した。
美海と私が退却すると、是永と斉藤が弾幕を張って敵の接近を遅らせる。
この煙の中じゃ左右が見えねーから小湊さんと柴ちゃんにカバーして貰う。
〈みなさーん、吉報でーす。師団から新しいガンシップが出動しましたー〉
また里田かよっ! でも、ガンシップが来るってのは心強いなァ。
それにしても、この煙は何とかなんねーのか?
眼は痛いし息苦しいしゲリラの姿は見えねーし。
ってオイ! 何で後ろで銃声がするんだよっ!
- 139 名前:サンプル・後編 投稿日:2007/03/20(火) 21:58
- 「よっC! 囲まれた!」
あさみ曹長の声じゃねーか! 銃撃支援隊を指揮してるはずだぜ。
そうか。あさみ曹長は煙から出たんだな? もうじき煙から脱出出来る。
よっしゃー! 待ってろよ。私は美海と是永を連れて急斜面を駆け上がった。
「何じゃこりゃァァァァァー!」
左右に物凄い数のゲリラがいやがるじゃねーか!
こいつはまずい。とにかく弾幕を張って距離を保たねーと。
私は大木のポーチから銃弾を取りながら、小湊さん達を呼んだ。
ようやく山頂の小隊からも支援射撃が始まったぜ。
「M60弾切れ!」
「衣吹! 二人を連れて行ってくれ!」
私は大木に新垣と青木を任せて、美海と二人で左翼の敵に銃弾を浴びせる。
二方向から銃弾を浴びたゲリラは、なかなか突っ込んで来れないみてーだなァ。
その時、山頂からUH‐1が姿を現したじゃねーか。
ガンシップは猛スピードで飛行しながら麓の方を撃ち始めた。
あれはミニガンじゃねーか! すげーガンシップだぜ。
「くそっ! 弾切れだぜ」
みんな銃弾を撃ち尽くしちまった。あと少しなのによ。
私達はM1911A1を抜いて接近して来た奴だけ撃つ事にした。
敵は山頂からの銃撃で前進を阻まれ、私達は何とか包囲から抜けつつある。
それでも、数百人からのゲリラが追い掛けて来やがるぜ。
拳銃も弾切れになって、私達はいよいよ白兵戦へと入って行った。
- 140 名前:サンプル・後編 投稿日:2007/03/20(火) 21:59
- 〔彼女達の任務〕
白兵戦に耐え得る武器を持たない麻琴を先に行かせ、私と美海、是永で食い止める。
その間隙を縫って小湊さんと斉藤、柴ちゃんがバヨネットを突き出した。
そろそろ山頂の小隊も弾切れといった状態。一気に逃げ切るには疲れ過ぎてた。
「吉澤さん、先に行って下さい」
「ソニンじゃねーか。そうは行かねーよ」
いくら白兵戦が強いからって、これじゃ多勢に無勢だからよ。
一緒に戦うのが最善の方法じゃねーか。もう少しで山頂だぜ。
山頂を越せばガンシップがやっつけてくれるからよ。
「シンミン、BoA、ユンナ!」
四人は勇敢にゲリラの中へ飛び込んで行った。こうしちゃいられねーっての。
私と美海が追い掛けようとすると、サスペンダーを引かれてひっくり返っちまった。
くそっ! 誰かと思ったら小湊さんじゃねーか! 何を考えてんだァ?
「よっC、美海。撤退しなさい」
「何言ってんだよォ! このままじゃソニン達がやられちまう」
「小隊長、行かせて下さい!」
「柴ちゃん、瞳、美記。早く山頂へ行くのよ」
くそっ! こんなに小湊さんが薄情だとは思わなかったぜ!
いくらヤードでも、体力には限界ってもんだあるだろうがよ!
ここでソニン達を見捨てるなんて私には出来ない。
それは美海だって同じだろうよ。あんないい奴等だぜ。
本来は私達がヤードを守るべきなんじゃねーのかよ!
- 141 名前:サンプル・後編 投稿日:2007/03/20(火) 22:00
- 「冗談じゃねーよ! ソニンは仲間だ! 仲間を見捨てられるかよ!」
「よっC、あの子達にはあの子達の戦いがあるのよ」
だから、私達にも私達なりの戦いがあるじゃねーか!
加勢しなきゃソニン達は全滅しちまうだろうがよ!
うっ! BoAが負傷したぞ。早く! 早く助けねーと!
くそっ! 小湊さんが離してくれねーぞ。何でだよ!
「行かせてくれ! 後生だからよォ! 小湊さん!」
「よっC! 撤退するの! これは命令よ!」
口調を荒げたって小湊さんなんか怖くねーっての!
間違った命令になんて従えるかよ! こいつは良心の問題だ!
「そんな命令おかしいよ! オレは行く! 離せ!」
私が暴れると、さすがの小湊さんも引き摺られた。
まずい! シンミンがやられちまったじゃねーか!
みんな死ぬんじゃねー! 待ってろよ。一緒に戦おうぜ。
いてー! 小湊さん、今度は押し倒しやがった。
畜生! 首を決めやがったな? よし、弾き飛ばしてやるぞ。
「何で・・・・・・何で判ってくれないのよ」
「うがっ!」
何て事しやがるんだ! 首筋を銃床で殴るなんてよ。
小湊さんが泣いてる? 何で泣くんだよ。・・・・・・何で?
・・・・・・駄目だ。・・・・・・意識が。な・・・・・・くな・・・・・・る。
ソニン・・・・・・死ぬんじゃねーぞ・・・・・・。
- 142 名前:サンプル・後編 投稿日:2007/03/20(火) 22:01
- 首筋に冷たいものが当たって、私は反射的に眼の前の奴の首を絞めてた。
誰かに羽交い絞めにされて、ようやく私は首を絞めたのが幸だと判ったぜ。
くそっ! 頭がクラクラしやがるぜ。幸は咳き込みながら私の首筋に湿布を張った。
何で私は気を失ってたんだっけ? ・・・・・・そうだ。小湊さんに殴られたんだったなァ。
「ゲホゲホゲホ・・・・・・。吉澤さん、二時間も気を失ってたんですよ」
ここは山とファイアベースの中間っていったところだなァ。
もう、太陽が西に傾いてやがる。あと一時間ちょっとで日没だぜ。
首がいてーなァ。えーと、麻琴、是永、大木、新垣、青木。
よかった。全員無事らしいぞ。えーと、美海がいねーなァ。
「よっC、帰ったらシャワーを浴びて、衣類はポーチに至るまで洗濯してね」
あさみ曹長じゃねーか。どうやら小隊で死んだのは一人だけらしいなァ。
あれだけハイテンションの柴ちゃんも、今日はすげー沈んでやがるぜ。
そりゃそうだろうなァ。仲間が死ぬってのは悲しいもんだからよ。
洗濯? あの気化燃料は有毒だったのか。それでヤード達がくしゃみを?
・・・・・・そういえば、ソニンはどうなった? ヤード達は無事なのか?
「あさみ曹長、美海がいねーぞ。ソニンは? ヤード達は?」
「あれから大隊長がB中隊とC中隊を派遣してくれたの」
あさみ曹長は私にヤードのナイフをよこした。
こいつはソニンが持ってたやつと同じじゃねーか。
あの血も脂も付かないっていうヤード伝統の狩猟用ナイフか。
ちょっと歯こぼれしちまってるけど、磨げば何とかなりそうだ。
そうか、オモニが死んじまったかならなァ。
で、ソニンはどこにいるんだ? シンミンの具合はどうだろう。
- 143 名前:サンプル・後編 投稿日:2007/03/20(火) 22:02
- 「あいつ等は? もう帰ったのかァ?」
幸が俯きながら私の後方を指差した。首がいてーんだからよォ。
五十メートルくらい先だろうか。美海がポンチョの前で何かしてる。
泣いてるのかァ? ・・・・・・まさか! 嘘だろ? 何かの間違いだよな。
「吉澤さん! まだ走るなんて無理ですよ」
「よっC、いいわ。一緒に行きましょう。みんなはそこにいなさい!」
三半規管が正常じゃねーのか、まだ足がふらつきやがるぜ。
小湊さんは私を抱えながら、五個のポンチョの前に連れて来た。
「吉澤さん・・・・・・」
泣きじゃくった美海が抱き付いて来る。寒風に髪を揺らすポンチョの戦死体。
それはソニン、シンミン、BoA、ユンナ、オモニの五人だった。
何で・・・・・・何で死ななきゃいけねーんだよ。一緒に戦ってれば・・・・・・くそっ!
「これが・・・・・・これが彼女達の任務なの。よっC、判ってよ!」
「ソニン・・・・・・ユンナ・・・・・・死ぬ事ねーのに・・・・・・」
小湊さんはこれ以上、部下を失いたくなかったんだろう。
あんな土壌サンプルが、こいつ等の命より大切だっていうのかよ。
こいつ等、死ぬのが判ってて私達を退却させるなんて悲し過ぎる。
これじゃ捨て駒と一緒じゃねーか。やってる事はゲリラと一緒だ。
「よっC、つらいよね。みんな凄くいい子達だったわ」
小湊さんが泣きながら抱き締めてくれる。私は彼女の胸で泣く事しか出来なかった。
- 144 名前:サンプル・後編 投稿日:2007/03/20(火) 22:03
-
吉澤軍曹『サンプル・後編』終
- 145 名前:ミジンコ ◆u0TEdpNUXw 投稿日:2007/03/27(火) 08:56
- 何か一レス抜かしたような・・・・・・。
とりあえず今月いっぱいで一段落しますのでHPにうpします。
宜しかったら、そちらの方でチェックしてみて下さい。
- 146 名前:姉妹 投稿日:2007/03/27(火) 09:05
- 〔少人数斥候部隊〕
中澤中隊が得意とするのは、とにかく野戦であって、
ゲリラのような消耗戦、つまり捨身の戦術じゃなかった。
唯が元気な事は嬉しいけど、また中澤中隊が南西方面に現れたそうだ。
ゲリラの密度が薄くなったら、まず中澤中隊が現れると思っていい。
私には中澤大尉がゲリラを嫌っているように思えた。
「困った事に、中澤中隊の脅威を感じてるのは大隊までなのよ」
いつもながら薄暗い小隊指揮所で、私は複雑な心境で小湊さんの話を聞いてた。
中澤中隊が活発に動かないのは、私達が堅牢なファイアベースを構築したからだろう。
これで前哨点なんて設けたら、きっと一晩で三分の一が重傷、拠点は灰になる。
連隊としては中澤中隊なんて、ごく普通の歩兵部隊だと思ってるそうだ。
「上空管制官の情報だと、この辺りに中澤中隊のキャンプがあるそうよ」
小湊さんがコンパネ(コンクリートパネル:ベニヤ板)に地図を貼って指差した。
さすが中澤中隊だなァ。ここはハウザーの射程外ギリギリの場所だぜ。
しかも、岩盤質の土壌だから、きっと頑丈な洞穴でもあるんだろう。
こんな岩肌だらけじゃ、ナパームの威力も半減しちまうしなァ。
「小隊長、お願いがあるんですけど」
「なあに?」
あさみ曹長? 珍しいなァ。改まって小湊さんにお願いするなんてよ。
いったい何を頼むってんだろう。休暇でも申請するのかなァ。
小隊本部ってのは、普通は通信担当の兵隊が一人いるんだけどよ。
おりしも人数不足で通信兵なんていねーんだけどな。
- 147 名前:姉妹 投稿日:2007/03/27(火) 09:05
- 「少人数の斥候を許可して下さい」
少人数の斥候だァ? いつもやってるのとは違うのかよ。
十人くれーの少人数だから、目立たなくていいんだよなァ。
これが小隊ごと動けば、すぐに敵の網に引っ掛かるってもんだぜ。
「・・・・・・LRRP(長距離偵察部隊)の真似なんて出来るの?」
南部戦線じゃ積極的にLRRPを導入してるらしいなァ。
敵の補給路を探すのが任務で、発見次第に爆撃機が飛んで来る。
そうした通路を壊す事によって、敵の戦意を削ぐ作戦だぜ。
だから、南部戦線にはヘリや航空機が集中してるんだ。
「麻琴とよっC、有沙がいれば大丈夫です」
「へっ? オレ?」
「旅団の許可がないとLRRPは無理よ。どうしてもって言うなら休暇を使いなさい」
ちょっと待ってくれよォ! 私まで休暇扱いであさみ曹長に付き合うのかァ?
麻琴や能登だって迷惑だぜ。どうせ休暇を取るなら温泉にでも行きてーよなァ。
温泉に浸かりながら、酒を飲んで肴は初鰹。この時期に美味いのは牡蠣なんだけどよ。
初鰹ってのは脂がねーから、どうもタタキにすると不味いんだよなァ。
だから、この時期の鰹は刺身に限る。もっとも、ヒラメやカレイは旬だけどよ。
「判りました。よっC、お願い」
うげげー! やっぱりかよ。小湊さんやあさみ曹長じゃ断れねーしなァ。
こいつは個人的な作戦になるから、きっと何の支援もねーだろうしよ。
おまけに非合法だから、これで重傷を負っても戦傷者年金なんて出ねーぞ。
麻琴には私から話すけど、恐らく日当を要求して来るぜ。払えるのかァ?
- 148 名前:姉妹 投稿日:2007/03/27(火) 09:06
- 翌日、私達はお散歩に就いて、ファイアベースから二キロくれーにある村へ着いた。
この村は連隊の食堂に材料を納入してるせいか、やけに協力的なんだよなァ。
普段通りに小休止してると、ここに絵里香分隊を待機させるって話になった。
あさみ曹長が指名した能登も置いて行くのか。後から合流するのかなァ。
勿論、衛生兵の幸も置いて行くから、ここから先は二個分隊と小隊本部で進む。
でも、小湊さんは何の指示も出さずに、二十人足らずで先へと進んで行った。
「小隊長、有沙はどうすんだよ」
「まだ有沙には不安があるわ。何かあったら困るでしょう?」
そうか。昨夜、小湊さんはあさみ曹長と話をしたんだろうなァ。
能登は優秀な兵隊なんだけど、ちょっと経験が足りねーからよ。
それでメンバーから能登を外したってわけか。
でも、それじゃ三人になっちまう。三人は少な過ぎねーかァ?
誰か一人でも重傷を負ったら、丸腰で逃げるのと同じ事になるからよ。
先鋒もいなけりゃ殿軍もいねーなんて、考えただけで恐ろしくなるぜ。
是永は兵役延期で伍長になったし、あいつは先鋒も殿軍も出来るからよ。
ここは是永でも推挙してみようかなァ。でも、分隊の方が手薄になるか。
「ポイントA‐11で昼食にしたいけど、どうかしら」
「いいんじゃねーかなァ」
ポイントA‐11は小高い場所になってて、そこから暫定境界線が見える。
勿論、針葉樹が生い茂ってるから、外からは見えにくい最高の場所。
この『A‐11』ってのは、A中隊エリアの整理番号十一番地点って意味。
ファイアベースから直線で六キロってところで、師団の榴弾砲か百七ミリしか届かない。
まァ、中部高原の師団には百五ミリハウザーが十二門もあるからよ。
あれで砲撃されたら、やっぱり怖いだろうなァ。迫撃砲より正確だもん。
戦死者の七割以上が、銃撃じゃなくて爆撃や砲撃が死因だからよ。
- 149 名前:姉妹 投稿日:2007/03/27(火) 09:06
- 「それじゃ、そろそろストップですね」
A‐11の周囲は徹底して砲撃したから、かなり見通しがいいしなァ。
他の小隊がゲリラ百人近くに包囲された場所で、B中隊の援護を貰って駆逐。
私達がトンネルを潰した事もあって、それ以来、この辺りでゲリラを見掛けなくなった。
今のところ、ゲリラが現れてるのは北北東から真北に向けてのエリアしかない。
第1師団の近辺じゃ、ゲリラが暴れたくても暴れられない状態なんだなァ。
「柴ちゃん達は迂回して西方向から確保。よっC達はこのまま前進するわよ」
拠点確保は必ず複数方向から行う。確かに一方から攻めるのも悪くはない。
しかし、それには圧倒的な兵力でないと、迎撃されて甚大な被害が出ちまう。
僅か半小隊なんて兵力じゃ、様子を窺いながらジリジリ攻めるしかねーんだ。
恐らく敵はいねーだろうけど、こうした時にも慎重になるのは生き残る術だろうなァ。
「美海、何か見えるかァ?」
「いえ、無人みたいですね」
六百メートル手前で私と小湊さん、それから美海がA‐11ポイントを観察する。
次は三百五十メートルで観察。麻琴のM79が届く距離って事だなァ。
三百五十メートルからは、私と麻琴、新垣、あさみ曹長の四人が二手に分かれて接近。
他の連中には支援体制を採っていて貰う。これがセオリーってわけだぜ。
「あっと、柴ちゃんに先を越されちまった」
やっぱり柴ちゃんの分隊は、とにかく勢いがあるんだよなァ。
ああいった勢いのある部隊じゃ、あんまり戦死したりしねーらしい。
絵里香みてーな昼行灯でも、意外に戦死者が出ないって話だぜ。
それは事実、私の分隊では戦死者を出してるからなァ。
- 150 名前:姉妹 投稿日:2007/03/27(火) 09:07
- 〔出発〕
私達がA‐11ポイントに到着すると、柴ちゃんはニッコリ笑う。
それから後続の小湊さんが来て、間髪入れずに指示を出して行く。
さすがに小隊付曹長だった経験が、こうしたところで発揮されるんだなァ。
「美記、M60を据えて。柴ちゃんの分隊から食事していいわよ」
是永と青木は東、美海と大木は西、麻琴と新垣が南、私とあさみ曹長が北。
こうしたバディシステムで警戒しとけば、まず安全と言ってよかった。
柴ちゃん達が岩の窪みを利用して火を熾し、MCIレーションを温め始める。
湯はそのまま、私達のMREレーションに使わせて貰おうじゃねーか。
「よっC、ちょっといいかしら」
「オウ、有沙の代替の件だよなァ」
ちょっとした山でも、山頂なんて直径が二十メートルもねー場所だぜ。
私と小湊さん、あさみ曹長の三人は、北の監視場所で話を始めた。
確かに能登はいい兵隊だけど、まだ経験が少ないような気がするんだけどよ。
それだったら、絵里香のとこの斉藤の方が、どれだけ信頼出来るか。
「結論から言うと、あさみと話し合って、あたしが行く事にしたの」
「へえ、小湊さんが・・・・・・えェェェェェェェー!」
確かに経験からすると、小湊さんの右に出る奴はいねーけどよ。
でも、小隊長なんだろう? 曹長も一緒に小隊を離れちまっていいのかァ?
ファイアベース警備の時は、順番から行けば柴ちゃんが曹長代理になるけどよ。
柴ちゃんのところ弄りたくなかったら、絵里香を曹長代理でもいいかなァ。
でも、小隊長はどうすんだよ。どこから小隊長を拾って来るっての?
- 151 名前:姉妹 投稿日:2007/03/27(火) 09:08
- 「連隊付きの少尉が代理をしてくれるわ。それから曹長代理を中隊から派遣して貰うの」
「よっCのとこが五人になっちゃうから、柴ちゃんと絵里香のとこから一人ずつシフト」
連隊の少尉なんて、実戦を知らねー事務屋じゃねーか。
まァ、実際の小隊指揮は曹長がやるから問題ねーけどよ。
どっちかっていえば、うちの小隊から曹長代理を出した方がいい。
小隊のカラーってもんがあるから、それを把握した奴じゃねーとなァ。
そんな事も知らねーで偉そうに指図したりすると、
気の強い美記や美海がブチキレそうで怖いじゃんかよ。
「で、出発は今夜だろう?」
「うん、一九:〇〇を予定してるわ」
驚いた事に、先鋒の麻琴が散弾銃を持って、殿軍の私がAKMを持つ以外、
小湊さんもあさみ曹長も拳銃しか持たねーっていうじゃねーか。
あさみ曹長が無線機を持って、小湊さんが食料を持つって事になった。
食料は勿論干飯で、全員がキャンティーンを四個持って出かけるらしい。
私は予備マガジンを三本だけで、麻琴は五十発のバンダリアだけ。
確かに銃撃戦をしに行くわけじゃねーけど、どうも不安だよなァ。
「確かに見付かったら作戦中止だけど、ちょっと心細くねーかァ?」
「それは! ・・・・・・そうだけど」
・・・・・・あさみ曹長、この前から何かおかしいよなァ。
だいたい中澤中隊を極秘で偵察するなんて、どこかおかしくねーか?
軍人としてのポリシーを持った中澤大尉は好人物だけどよ。
もし、発見されたら、きっと遠慮なく攻撃して来るぜ。
いったい、何のために危険を冒してまで偵察するんだろう。
もう、中澤中隊百人のいる場所も特定出来てるってのによ。
- 152 名前:姉妹 投稿日:2007/03/27(火) 09:09
- 野営地を出発したのが、ちょうど日没から一時間後の一九:二〇だった。
今晩は月明かりがあるからいいけど、木陰の足元は暗くて歩き辛いぜ。
麻琴は慎重に歩みを進める。トラップと敵の察知と両方だからなァ。
「小休止しよう。麻琴は前、よっCは後ろをお願い」
暫定境界線を越えて『西』領内に入ったけど、ゲリラや正規軍の姿は皆無だった。
こっちじゃ、わざわざ夜に行動しなくてもいいからなんだろうなァ。
私達は未舗装の道路を横断して、ブッシュの陰で小休止を摂る事にした。
「あさみ。少し遅れてるけど、いいペースで来てるわ」
敵地って事で、ちょっとした音にも注意しないといけねーからなァ。
だから、たった三キロを来るのに三時間も掛かっちまってる。
私は腹が減ったので、MREレーションのクラッカーを食べた。
「そうですね。この先一キロに沢があります。そこで水を補給しましょう」
完全な敵地って事で、私達は緊張して喉が渇いてた。
四人で十六個のキャンテーンの内、すでに六個が空になってる。
恐らく次の休憩が大休止だから、ビニール袋に入った干飯に水を注ぐ。
輪ゴムで口を縛って首に当てると、冷たくて気持ちがいいぜ。
「よっC、出発よ」
小湊さんの号令で目的地の沢まで移動する。まさか道路は歩けねーもんなァ。
麻琴はショットガンの銃口に結んだ糸へ手榴弾のピンをぶら下げて行く。
これでワイヤー式のトラップは回避出来る。更に麻琴は木の棒で足元を探りながら進む。
こうする事によって、落とし穴式のトラップも回避する事が出来た。
- 153 名前:姉妹 投稿日:2007/03/27(火) 09:09
- それから一時間くれー移動すると、チョロチョロと水の流れる音がする。
どうやら水場の沢に到着したみてーだなァ。ここは慎重に行動しねーと。
なぜなら、水の流れる音で、他の音が消えちまうからよ。
聴覚に頼れないから、視覚と嗅覚を最大限に研ぎ澄ます。
「沢がありました。足元に注意して下さい」
麻琴は急斜面を斜めに降りて行く。急斜面には落とし穴式のトラップはない。
ただ、問題は沢に降りた時、足元の石を引っ掛けたりしねー事だ。
その途端に埋設地雷が四方で爆発するかもしれねーからよ。
岩場の地雷なんていうと、きっと物凄い威力なんだろうなァ。
「水を補給したら、この近くで食事にするわよ」
「よっC、あそこの上がよさそうだね」
「そうだなァ」
大人数なら防御しやすい場所を選ぶけど、この人数じゃ隠れやすい場所を選ぶ。
それでいて、脱出するのも考えておかねーと、何かあったら捕まっちまうぜ。
正規軍に捕まればいいけどよ。もしゲリラだったら拷問の果てに殺されちまう。
ゲリラには中澤大尉みてーな軍人としてのプライドなんてもんがねーからよ。
「それじゃ、あたしと麻琴が警戒するから、先に食べちゃって頂戴」
「はーい」
どうも小湊さんの言い方は小学校の先生みてーだなァ。つい子供っぽい返事をしちまう。
私は干飯を出してスプーンで食べる。あさみ曹長は干飯をそのまま齧り出した。
干飯は歯が丈夫なら、そのまま食べても大丈夫だった。ただ、顎が疲れるけどよ。
こうして噛み締める事で、少量の干飯でも満腹感が得られるんだよなァ。
私は必ず粥にして食べたし、味がないのは好きじゃなかった。
- 154 名前:姉妹 投稿日:2007/03/27(火) 09:10
- 〔本当の目的〕
私と視線が合ったあさみ曹長は、つい眼を泳がせたじゃねーか。
こいつは何か特別な理由があるに違いねーぞ。いったい何だろうなァ。
あさみ曹長と私の付き合いなんだからよ。話して貰わねーといけねーぞ。
そうじゃねーと、この無意味な偵察の謎が解明出来ねーからよ。
「あさみ曹長、そろそろ話してくれねーかなァ。本当の事」
私が言うと咀嚼していた彼女の動きが止まった。私とあさみ曹長の仲じゃねーか。
何で執拗に中澤中隊の偵察を言い出したのか。何で小湊さんまで来る事になったのか。
どうやら個人的な事らしいけどよ。小湊さんが「休暇を使え」なんて言うんだから。
場合によっちゃ、この吉澤ひとみ。一肌でも二肌でも脱いでいいんだぜ。
「・・・・・・よっCには本当の事を言わないとね」
あさみ曹長が話し出したのは、あの有原が怪我をした時の事だった。
私と小湊さん、中島の三人で停戦交渉に行ったんだったっけかなァ。
そこで逢ったのが中澤大尉、稲葉中尉、木村中尉の三人だったっけ。
中澤大尉は確固たる信念を持って戦争をやってるって感じがしたぜ。
懐が深いっていうか、太っ腹っていうか、まァ、大した人だろうなァ。
「中澤中隊の木村中尉は・・・・・・あたしの姉かもしれないの」
「うぐっ! ゲホゲホゲホ・・・・・・。何ィィィィィィー!」
冗談かと思ったら本当みてーだ。そういえば、あさみ曹長も木村姓だよなァ。
でも、何で北国出身のあさみ曹長のお姉さんが西軍になんかいるんだよ。
美海や麻琴みてーな難民だったら、まだ姉妹が離れ離れになるのは判るけど。
まさか、あさみ曹長のお姉さんは共産主義に傾倒しちまったのかァ?
- 155 名前:姉妹 投稿日:2007/03/27(火) 09:10
- 「あたし、本当は中部高原近くの町で生まれたの」
あさみ曹長が小学校低学年の頃、町が戦場になって住民に避難命令が出たそうだ。
当時は西軍も何機か爆撃機を持ってたから、町の中心を重点的に狙ったらしい。
あさみ曹長は低学年だったから早く帰宅したけど、お姉さんは学校にいたって話。
政府軍が西軍を撃退して、ようやく避難命令が解除された時、学校は丸焼けになってた。
「それから引っ越したの。姉は死んだと思ってた。だからあたしは政府軍に入ったのよ」
そんなあさみ曹長は、お姉さんの仇を討つために下士官訓練所に入ったそうだ。
しかし、中澤中隊に『木村絢香』がいると知って、オフクロさんに手紙を書いたらしい。
木村姓は少なくねーけど、その町で『木村絢香』は一人だけだったって事だ。
オフクロさんからの手紙には、お姉さんの写真が同封されてて小湊さんに見せたらしい。
(何てこった!)
結局、あさみ曹長は中澤中隊の木村中尉がお姉さんであるかどうか確かめたい。
ただ、これだけのために、小湊さんや麻琴、私を巻き込んだって事らしいぞ。
相手が絵里香や焼銀杏なら、問答無用でヤキを入れてるとこなんだけどなァ。
あさみ曹長は訓練所の先輩だし、よく面倒をみてくれたから逆らえねーじゃんかよ。
夜明け前に野宿する場所へ着き、三時間ごとに二人ずつ交代で睡眠を摂った。
「一七:三〇か・・・・・・。干飯でも食おう」
この時間になると、すでに全員が起きて四方を警戒してた。
私は北西方向。つまり、斜面の上を警戒しながら干飯に水を入れる。
しかし、木村中尉とあさみ曹長が姉妹だなんて、ちょっと意外だよなァ。
木村中尉もオフクロさんと妹が死んだって思い込んでれば、
復讐のために士官学校に入ったとも考えられるけどよ。
- 156 名前:姉妹 投稿日:2007/03/27(火) 09:11
- 「ゲリラよ!」
小湊さんが四百メートルばかり先にゲリラの一団を発見した。
私が向きを変えて双眼鏡で覗くと、どうやら横切って行くだけらしい。
恐らく、この近くで活動してる連中だろう。中には子供もいるようだぜ。
「どうやら輸送らしいわね」
大人のゲリラはカラシニコフとキャンティーンだけで、
子供達は武器を持った上に大きな荷物を背負ってるじゃねーか。
この辺りのゲリラは、西軍に食料などを運んでるらしい。
子供に重いものを持たせて大人は楽してやがるなァ。
あんな事するから、ゲリラが嫌で逃げ出す奴が出て来るんだ。
「そろそろ日没だぜ。長居は無用ってわけだなァ」
それから一時間ちょっとして、とっぷりと日が暮れてから私達は再び移動を開始した。
移動速度は一時間に一キロといったペースで、とにかくトラップだけには気を付ける。
こんなところで重傷を負ったら、まず生還出来ねーと思った方がいいからよ。
それに、なるべく音をたてないで歩くのは、このくらいの速度が限界だった。
「小休止、この山の向こうが目的地よ」
道路を歩けば一キロ足らずでも、山を越すとなると八時間コースだなァ。
でも、あの中澤中隊の事だ。きっと油断しねーで見張りを置いてるだろう。
山を越えるはいいけど、どうやって接近するってんだろうなァ。
もし、私が中澤大尉だったら、どうした布陣をするか。だな。
こうした山間にキャンプをする場合、私なら小部隊で高台を守らせる。
って事は、ここから進んだら餌食になっちまうじゃねーか。
- 157 名前:姉妹 投稿日:2007/03/27(火) 09:12
- 「小隊長、道路を行こうぜ」
「えっ? 本気で言ってるの?」
「あの中澤中隊の事だ。山を登ったら迎撃されちまうさ」
こうなったら、裏の裏をかかなくちゃよ。道路はノーマークじゃねーかなァ。
ゲリラも通行するだろうし、場合によっちゃ民間人も通るだろうからよ。
一応、麻琴にはトラップに注意させるけど、まず無いと思っていいだろうぜ。
唯一の問題は、どこの時点で隠れるかってとこなんだけどよ。
「よっCの判断が当たってるかもしれないわね」
私達は山頂から見えない場所を密かに進んで行った。
念のために麻琴を先頭にしてるけど、もうトラップなんてねーだろう。
車輌や敵はライトを点けてるから、かなり遠方から先に発見出来る。
ゲリラの提灯は厄介だけど、見通しがよけりゃ充分に隠れる時間があるってもんだぜ。
「麻琴、二つ目の右カーブを越えたら中澤中隊のキャンプに出るよ」
あさみ曹長はどうする気なんだろうなァ。まさか正面から入って行く?
そんな事したら、いくら中澤中隊でも撃ち殺されるっての。
まずは、この山の中腹から観察しねーと人違いの可能性もあるからよ。
山頂の前哨点と主力に挟まれる形になるけど、最悪は南東に向かって逃げられるぜ。
「小隊長、二つ目のカーブから山に入ろうぜ」
「そうね。それしかないわ」
私達は二つ目のカーブから山へと入って行く。麻琴が鳴子を発見して助かったぜ。
風は北西から吹いてる。このまま斜めに登って行けば、音を察知される事もない。
そして、ちょうどいい位置に来ると、私達は例によって四方を警戒しながら小休止。
- 158 名前:姉妹 投稿日:2007/03/27(火) 09:12
- 〔再会〕
私達四人は、大きなモミの木に寄り掛かって水を飲み、毛布とポンチョで身体を包む。
あさみ曹長がキャンプを警戒してるから、私はその反対側、道路の東側を警戒してた。
左は麻琴で山頂を警戒、右は小湊さんで道路の西側を警戒するような体勢だぜ。
あまり音はたてられないから、右隣の小湊さんに囁くような声で訊いてみた。
「これからどうすんだよ」
「木村中尉が無線番に就くまで待機よ」
なるほど。あさみ曹長が双眼鏡で確認して、それから無線で話をしようってのか。
微弱な電波なら発信位置も特定されねーだろうし、ここからなら大声を出せば届きそうだ。
山頂の前哨点は恐らく一個分隊。確か中澤中隊は九人だったよなァ。
私は身体が温かい内に干飯に水を加え、脇の下に押し込んで毛布とポンチョを被った。
「吉澤さん、帰りのルートは?」
「来た道は戻れねーし、このまま南東に進むしかねーだろ」
南東に向かえば中部高原の師団本部と、私達の連隊の中間くれーに出るはずだ。
でも、一応は安全エリアの暫定境界線までは、ちょっと距離が長くなっちまう。
ゲリラの支配地域を迂回するんだろうけど、来た時よりも危険なのは間違いない。
唯一の救いは、師団のハウザー射程内だから、ゲリラも夜間は動かないって事。
提灯をひとつでも見付ければ、上空管制官が砲撃を要請するだろうからよ。
「さて、ちょこっと居眠りでもするか」
前哨点の交代は必ず日中にやるはずだ。夜間は足元が見えにくいからよ。
つまらねー事で怪我のリスクを負うほど中澤大尉も愚かじゃねーだろうし。
日の出まで、まだ四時間もあるから、こいつは一眠り出来そうだなァ。
- 159 名前:姉妹 投稿日:2007/03/27(火) 09:13
- 私は小湊さんに突かれるまで眠り込んでた。もう〇七:〇五になってるぞ。
すっかり明るくなって、中澤中隊では朝食の支度を始めたらしい。
あさみ曹長は双眼鏡で木村中尉を探してるみてーだなァ。私も朝食にしよう。
私は脇の下で温めてた干飯を取り出すと、すっかり粥になってた。
「お姉ちゃんだ。・・・・・・お姉ちゃんに間違いない」
あさみ曹長が興奮して泣き出したぞ。慌てて小湊さんと麻琴が、あさみ曹長の口を塞いだ。
すでに鳥が活動を始めてるから、そう遠くまで泣声が届くとは思えねーけどよ。
しゃくり上げたりすれば、三十メートル離れたとこまで聞こえちまうからなァ。
でも、やっぱり木村中尉があさみ曹長のお姉さんだったのか。本当に生きててよかった。
「あさみより絢香へ。あさみより絢香へ」
どうやら木村中尉が無線の前に座ったらしいなァ。姉妹が敵同士なんて悲しいぜ。
前哨点で傍受されてたら厄介だけど、位置までは特定されねーだろうなァ。
小湊さんの指示で、武器を持ってる私と麻琴が山頂側に入って敵襲に備えた。
「お姉ちゃん、本当だよ。・・・・・・理科の教科書に落書きしてごめんなさい。
宝物の賞状を破いちゃったし、お姉ちゃんには謝る事ばかりだよ。
うん、お母さんも元気。・・・・・・実は近くにいるの。逢ってくれる?」
「稲葉さん! 稲葉さん! 悪いけどちょっと代わって! な、鳴子を見て来るから!」
すげー! ここまで声が聞こえて来たぞ。麻琴に様子を訊くと驚いた将校が集まってるらしい。
ちょっと冗談じゃねーぞ。中澤中隊全員でお出迎えかァ? 命が幾つあっても足りねーぞオイ!
私は麻琴を押し退けてカラシニコフを構えた。見ると木村中尉と数人の兵隊が走って来るぞ。
こりゃ危険な状況だぜ。機関銃がこっちを向きやがったじゃねーかァァァァァァァー!
私は機関銃手に照準を合わせてトリガーに指を掛けた。向こうは逆光で見えないはずだぜ。
撃って来やがったら、私が一発で沈黙させてやるからよ。麻琴も緊張しながら銃を構えた。
- 160 名前:姉妹 投稿日:2007/03/27(火) 09:14
- 「あさみ! あさみー! どこなの? あさみ!」
「お姉ちゃん!」
あさみ曹長は毛布を羽織ったまま走って行く。毛布を羽織っててよかったぜ。
もし、フィールドジャケット姿だったら、反射的に撃たれるかもしれねーからよ。
抱き合って号泣する二人に、後続の兵隊も向けていたカラシニコフを降ろした。
くそっ! 何ていい場面なんだ。小湊さんも麻琴も貰い泣きしてるじゃねーか。
〈他に誰がおるんや。絢香の妹が東軍とはな〉
「うげげー! 中澤大尉」
〈その声は・・・・・・吉澤軍曹やな? 出て来や〉
中澤大尉と稲葉中尉、平家中尉の三人が手を振ってやがるぜ。小湊さんは困ったように頷いた。
こうなったら仕方ねーなァ。私と麻琴は銃を担いで立ち上がった。一斉に銃口が向けられる。
そんな中、一人の巨乳女が走って来るじゃねーか。あいつは唯だ。唯じゃねーか。
「ひとみさーん!」
「・・・・・・何で吉澤さんを知ってるんですか?」
「いや、ちょっとな」
私が先頭で降りて行くと、唯が抱き付いて来やがった。相変わらず巨乳だなァ。
小湊さんが無線を担いで続き、最後に麻琴が降りて来る。ようやく銃口が下を向いたぜ。
その代わり、素早く平家小隊の連中に包囲されちまった。さすが中澤中隊だなァ。
「うちは荒井曹長いいます。帰りに返すから銃を預からせて貰いまっせ」
もう、この状態なら、わざわざ銃を取り上げる事もねーだろうによ。
私がカラシニコフを渡すと、唯がニッコリ笑いながらコルトを引き抜いた。
まァ、戦争をやりに来たわけじゃねーからよ。捕虜にする気もねーらしい。
- 161 名前:姉妹 投稿日:2007/03/27(火) 09:15
- 私達は朝食に招待され、五人の将校と荒井曹長、唯と一緒のテーブルに着いた。
中澤大尉、稲葉中尉、平家中尉、前田中尉、木村中尉の五人には圧倒されるなァ。
こうして一緒に食事なんか出来るのも、互いに死者を出していないって事もある。
あの時、有原が死んでたら、こんな気持ちにはなれなかっただろうなァ。
「小湊少尉、吉澤軍曹、小川さん、あさみを連れて来てくれてありがとう」
「しかし、こんな事もあるんやね。たまに戦争は奇跡を起こすでほんま」
中澤大尉は呆れながらも嬉しそうだった。木村中尉はあさみ曹長を抱き締めて離さない。
横では唯が嬉しそうに食べてるし、小湊さんと麻琴は怪訝な顔で私達を見詰めてた。
どうやら、帰ったら詳しく話をしねーといけねーなァ。何で私だけ撤退が一晩遅れたのか。
「それにしても、たった四人とは考えたやないの。軍服の民間人」
「軍服の民間人?」
「アハハハハ・・・・・・。平家中尉には敵わねーなァ」
こうしてリラックスしてると、中澤大尉も稲葉中尉も普通のおばさんだぜ。
平家中尉や前田中尉、木村中尉は、どこにでもいるお姉さんみてーだしよ。
中澤中隊は将校五人の結束が強いみてーだなァ。だから統制が採れてるんだ。
「あさみ、木村中尉。これからどうするの?」
小湊さんはどちらかが望めば、受け入れたり手放したりしてもいいと思ってやがる。
それは中澤大尉も同じみてーだなァ。こんなに仲のいい姉妹で戦うなんて酷だからよ。
でも、あさみ曹長も木村中尉も、決して移籍を希望したりしなかった。
逢えただけで嬉しいのは判るけど、これには小湊さんも中澤大尉も困ってる。
こんな状態じゃ、互いに積極的に攻撃したり出来ねーもんなァ。
戦争が終わったら、また三人で暮らしてくれや。それまで死ななきゃの話だけどよ。
私達は朝食が終わると、木村小隊に暫定境界線まで送って貰った。
- 162 名前:姉妹 投稿日:2007/03/27(火) 09:15
- 吉澤軍曹『姉妹』終
- 163 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/28(水) 09:25
- 今回も面白かった〜!
HP掲載するときはアドレス教えてくださいね。
- 164 名前:◆u0TEdpNUXw 投稿日:2007/03/31(土) 01:39
- >>163
ありがとうございます。本当に励みになります。
今回で『吉澤軍曹』シーズン1は終了です。
- 165 名前:ある群れ 投稿日:2007/03/31(土) 01:40
- 〔新作戦〕
『西』の主力は旧正月の大攻勢以降、南へと移動していた。
私達のいる北部戦線は、どちらかといとゲリラが中心だなァ。
北部戦線は旧正月の大攻勢で全滅寸前の大打撃を受けたからよ。
暫くはゲリラに攻撃させて、私達を守備に専念させる腹らしい。
それを察知した師団長は、私達に先制攻撃を徹底するように指示した。
「例の前哨点作戦は白紙になったわ」
三月の下旬、軍曹以上が小隊指揮所に集められた。
私達が中澤中隊と対峙した二週間ほど前の戦闘で、
第一〇一連隊は二百人ほどの死傷者を出したらしい。
特に町の内部から呼応したゲリラが司令部を攻撃。
それによって副連隊長や大隊長が死傷したそうだ。
副連隊長が死んで前哨点トーチカが中止になったって事は、
あれを進めてた奴が誰か見当が付くってもんだぜ。
「それで、警備と警備の中一日を使って斥候をする事になったの」
って事は、A中隊は毎日一個小隊が斥候に出るのか。
各中隊から斥候を出せば、毎日十六個小隊だぜ。
その内、三個分隊が実働したとして四十八ヶ所だなァ。
「A中隊は北西方面を担当する事になったわ」
B中隊は北北西、C中隊は北、D中隊は北北東って事らしい。
でも、せいぜい八キロから十キロしか行けないだろうなァ。
っていうか、北東に七キロも行ったら暫定境界線なんだけど。
- 166 名前:ある群れ 投稿日:2007/03/31(土) 01:41
- 「何か発見したら、まず報告してね」
私達のエリアは師団の榴弾砲の射程圏内だけど、B中隊からH中隊までは圏外。
八十一ミリモーターでも最大射程が三千五百メートルだからよ。
何か支援砲が搬入されたのかなァ。そんな話は聞いてねーぞ。
「小隊長、何か新しい支援火器でも入ったのかァ?」
「今日の午後に、七十五ミリハウザー(榴弾砲)八門が来るの」
七十五ミリハウザーっていえば、三十年前のM1A1じゃねーか。
確かに射程は八キロ以上あるけどよ。本当に使えるのかァ?
それ以前に、まだ砲弾を作ってたとは驚きだぜ。
七十五ミリじゃ破壊力に問題が残ると思うけどなァ。
六十ミリモーターを一個分隊に二門持たせて支援した方が効果的。
「近距離なら八十一ミリを使えるし、A中隊は師団の榴弾砲も期待出来るわ」
まァ、師団砲兵大隊にはロングレンジの榴弾砲が十二門からあるけどよ。
その気になりゃ、半径百メートルの中に毎分四十八発を撃ち込める。
出来れば航空支援が欲しいんだけど、贅沢も言ってられねーか。
でも、小湊小隊は実質三個分隊だから、ちょっと忙しそうだなァ。
「明日は〇八:三〇に出発。目的地は〇八:〇〇に告知するわよ」
いったいどこから偵察するんだろうなァ。担当方面には幾つか村があるけどよ。
しかし、出発直前に目的地を告知するなんて、かなり慎重になってるなァ。
二週間前の襲撃で内部から呼応したゲリラの中に、軍事協力員がいたせいかも。
私達政府軍にそんな奴はいないけど、民間防衛隊員の中にはスパイもいるらしい。
だからこそ、ゲリラには死の報復をしなきゃいけねーんだ。
- 167 名前:ある群れ 投稿日:2007/03/31(土) 01:42
- 私は中澤中隊の動きが気になって色々と情報を集めてみたけど、
いったいどこで暴れ回っているのか全く知る事が出来なかった。
中澤中隊とは戦いたくない。だから回避するために情報が欲しかった。
カリスマを持った隊長の中澤裕子、四天王、優秀な下士官、
そして何よりも訓練され尽くされ、互いに信頼し合う兵士達。
たった百人でも、私達の十倍以上の力を持ってるに違いない。
「よっC、小隊長は何て?」
指揮所と分隊テントの間にある洗面所で、大木がマグカップを洗ってる。
最初はどうなる事かと思ったけど、今じゃ私の四天王の一人だなァ。
先鋒も殿軍も出来る意外に器用な奴で、ガーランドの腕前も上々だからよ。
「明日から二十四時間のお散歩だってよ」
私が言うと大木は溜息をついて焼銀杏のテントに向かった。
それにしても、あの大木が子供好きだったとは意外だよなァ。
確かに年齢的に、もう子供がいてもおかしくない歳だ。
そういえば、小湊さんも故郷に子供がいるって言ってたっけ。
「吉澤さん、お帰りなさい」
「オウ、麻琴。これから三連休の中日に二十四時間のお散歩だとよ」
「げっ! 最悪」
私は分隊テントに戻ると、もう一度装備を考え直そうと思った。
MCIレーションを三食分も持って行くと、かなりの重さになっちまう。
それに、みんな朝食を残してしまうという事実。これは是正すべき点だなァ。
アルコール燃料もカロリーがないから、湯を沸騰させるまで時間が掛かる。
燃料とレーションを考え直せば、各自の負担はかなり和らぐはずだぜ。
- 168 名前:ある群れ 投稿日:2007/03/31(土) 01:42
- 「美記、美海。レーションの件なんだけどよ」
「そうそう、あたしも提案しようと思ってたの」
新垣と青木も参加したがったけど、みんなの意見を聞くわけにも行かねーからよ。
私が追い払うと、新垣は膨れっ面をして荷物の整理を始めた。
とりあえず兵役延長の美記と、気の強い美海から意見を聞かねーとなァ。
三人でストーブ横のベンチに座って、それぞれ案を出し合ってみた。
「この際、MCIをやめてみるかァ?」
「MREレーションは手に入りませんかね」
「朝食は干飯にしたらどうかな」
三人で話し合った結果、昼食はラーメンで夕食にMREレーション。
そして朝食には干飯にするという事で一致した。
干飯は一人一合も持てば、夜間警備の際に腹が減っても大丈夫だなァ。
せいぜい一キロちょっとだから、各自のフィールドバッグに入れておく。
そうすれば敵に遭遇して散り散りになっても、空腹で困る事はねーだろう。
「それと、各自C4を持つのはどうかなァ」
「そそそそ・・・・・・そんな危険なもの持つんですか?」
危険? ああ、C4プラスチック爆薬の破壊力はすげーからなァ。
でも、C4は雷管がねーと絶対に爆発しねーんだぜ。
火を点けるとよく燃えて、アルコール燃料より火力があるんだ。
「美海、C4は弾丸を撃ち込んでも爆発しねーよ」
C4を一ポンドも持てば、全員のMREを温めるのに充分だ。
念のために、もう一ポンド持てば、朝食の干飯をアツアツで食えるぞ。
- 169 名前:ある群れ 投稿日:2007/03/31(土) 01:43
- 〔民間防衛隊〕
翌日、私達は〇八:三〇に五キロ離れた村へ出発した。
私達の分隊は七人だから、今回はあさみ曹長も応援に入る。
八人だと目立っちまうし、途中から二手に分かれて村に近付く。
よっC班は先鋒に是永で殿軍が大木、給弾手の青木に無線を持たせる。
あさみ班は先鋒に麻琴で殿軍に美海、新垣に無線を持たせてた。
「Cよりワン。トラップを発見」
〈諒解。処理されたし。こちらも注意する〉
四人の場合、先鋒が前面で殿軍が後方を警戒するから、
トラップを処理するのは私という事になっちまう。
パンジースティックタイプのトラップだから埋める事にした。
こいつは村が敵性化してる可能性が高いなァ。
〈ワンよりC。村の北に到着〉
「諒解。あと十分で到着の予定」
私達は斥候であって攻撃部隊じゃないから、出来るだけ軽装にしてる。
大木や青木は30-06弾を六クリップ四十八発しか持ってなかったし、
是永も青木と併せて二百発の銃弾しか持っていない。
私こそ百五十発も持ってたけど、カービン弾は軽いからよ。
「よし、ちょっと急ごうぜ」
私達は道を避け、南東方向から村に近付いて行く。
すると、大人数の足音が聞こえて来るじゃねーか。
私達はブッシュや木の陰に隠れて道の方を警戒した。
- 170 名前:ある群れ 投稿日:2007/03/31(土) 01:44
- (衣吹、子供だぜ)
(民間防衛隊かな?)
子供達は全員、CAR15で武装してて、
将校と思われる痩身の女だけがM1カービンを持ってた。
どうやら躊躇いもせずに村へと入って行くみてーだ。
私達は五十メートル後方から一行を尾行して行った。
「Cよりワン。村の南東に到着。民間防衛隊と思われる集団が村に入った」
〈諒解。確認してる〉
それほど大きな村じゃねーけど、だいたい百人くれーの人口だなァ。
でも、あいつ等は何をしにやって来たんだろう。
私達は近くの小川から、連中と村の様子を覗う事にした。
「古川達は村人を中央に集めなさい」
「はい!」
「橋本達は屋内を調べなさい」
「はい!」
「橋田達は西を警戒」
「はい!」
「石村は本部に連絡」
全員で二十人かァ。村人を尋問する気なのか?
それにしても、何で子供ばかりなんだろうなァ。
しかも、あんなに軽装で、そう遠くから来た感じじゃねーぞ。
食料の買い付けにでも来たって感じだけどよ。
この辺りに民間防衛隊の駐屯地なんてあったっけか?
とりあえず小湊さんに連絡しておくかァ。
- 171 名前:ある群れ 投稿日:2007/03/31(土) 01:45
- 「小隊長! 武器を発見しました」
「よし、橋本。村人を尋問しなさい」
うわっ! カラシニコフやSKSカービン、RPGまであるじゃねーか。
だいたい二十挺だから、この中にゲリラがいるって事なのかァ?
あっと! いきなり銃床で殴り付けやがった。乱暴な子供だなァ。
「誰がゲリラか言え」
「し、知らないわ」
次の瞬間、私達は驚くべき光景を眼にした。
古川と呼ばれた少女が、尋問した女の胸を撃ったじゃねーか!
女は心臓をやられて即死。古川は別の女に尋問を始める。
こんな事があっていいのか? 子供を使って殺すなんてよ。
〈C、動いちゃ駄目だからね〉
「・・・・・・けどよォ」
〈あたし達が出て行けば戦闘になるでしょう?〉
少女は次々に尋問しては、躊躇いもなく射殺して行く。
この状況に耐え切れず、逃げ出した連中を、子供達は容赦なく射殺した。
残ったのは老人と幼い子供ばかりだった。酷い。酷過ぎる。
更に子供達は、二十人ほどの老人と子供を一列に並べて射殺した。
「橋本、食料を集めなさい。古川は火を。橋田は武器を運ぶのよ」
この惨劇を見て大木が泣いてた。是永は怒りに息を荒くしてる。
子供達はヨチヨチ歩きの赤ん坊でさえ、眉ひとつ動かさずに殺した。
さすがの私も、こんな非道を見逃すわけには行かねーっての!
- 172 名前:ある群れ 投稿日:2007/03/31(土) 01:45
- 「動くな! お前達は包囲されてる!」
「古川! 応戦・・・・・・」
「無駄だ! こっちにはM60やM79もあるんだぞ!」
痩身の将校が持ったM1カービンを、美海が一発で撃ち落とした。
困惑する子供達に痩身の将校は「抵抗するな」と目配せする。
動揺してパニック寸前の子供達に、私は大声で怒鳴った。
「マガジンの中が残り少ないだろう? 全員、銃を上に挙げろ!」
私が合図すると、是永がM60を据えて支援体制を整える。
M2カービンを構えて私が出て行くと、横から大木が走って行って、
指揮官の痩身将校を殴りつけたじゃねーか。
新垣とあさみ曹長が走って来て、子供達に銃を向けると、
麻琴が興奮して将校を殴り付ける大木を引き離した。
「抵抗すりゃ、子供だからって容赦しねーぞ」
私が睨み付けると、子供達は泣きそうな顔になった。
こうして見れば、ごく普通の子供なんだけどなァ。
確かに、こうした戦い方は正しいのかもしれない。
だからって、何も子供達にやらせる事はねーだろう。
「お前達の所属は?」
「み、民間防衛予備隊第一軍管区遊撃中隊です」
やっぱり民間防衛隊かァ。でも、何で子供達で編成されてんだ?
あさみ曹長が小湊さんに連絡してる間、私は痩身将校を引き起こした。
大木に殴られて鼻血が出てやがる。大木に負けるとは弱い奴だなァ。
- 173 名前:ある群れ 投稿日:2007/03/31(土) 01:46
- 〔子供達の素顔〕
私は是永と青木に西方面、麻琴と大木に北方面、美海と新垣に南方面を警戒させた。
そして、私とあさみ曹長の二人で、将校と子供達を尋問し始める。
ところが、彼女達の悲惨な現実に、私達は声を失っちまったじゃねーか。
とりあえず、子供達に死体を家屋の中に入れさせて、火葬にする準備をさせる。
子供達は慣れてるのか、その手際の良さには驚かされちまったぜ。
「するってーと、あんたは政府軍からの出向なのかァ?」
「・・・・・・そうなの」
村田めぐみという中尉は、このやり場のない怒りと悲しみのせいか、
憔悴しきった顔で地面に伏せ、誰憚る事なく号泣してた。
子供達は全員が戦争孤児で、ストリートチルドレンをしてたらしい。
国警長官の藤本美貴が政府軍参謀長だった昨年、
ストリートチルドレン対策として、この殲滅部隊を組織化したそうだ。
賃金を支払われてるのは村田中尉だけで、子供達には食料すら配給されてない。
だから、ゲリラに脅かされて協力してる村を襲い、食料を手に入れてたそうだ。
「こんな子供達を虐殺の道具に使いやがって!」
私は素手でブタ小屋の壁を殴った。勿論、粗末な壁は突き抜けちまう。
こうした村にゲリラがいた場合、私達も仕方ねーから村人ごと殺すけど、
何の抵抗もしねー子供や老人まで無差別に殺すなんて事はしない。
この子供達は恨みを残さねーために、村人全員を殺すように教育されてた。
殲滅部隊は三個小隊で編成され、彼女達は年長の子供達だから実行小隊。
他に情報収集小隊と、まだ幼い子供達の使役小隊になってるって話だった。
将校四人は政府軍からの出向で、旅をしながら『作戦』を実行してるらしい。
こんな事をやってたら、この村田中尉も神経がやられちまうぜ。
- 174 名前:ある群れ 投稿日:2007/03/31(土) 01:46
- 「村田中尉さんよ。出発の準備をしな」
ともかく、こんな村は焼いちまった方がいい。
小湊さんは、とりあえずキャンプに連行しろと言う。
村田中尉の話だと、ここから四キロ南東に本部があるらしいから、
そこの連中も一緒に連行した方がよさそうだなァ。
もう時間も時間だし、今晩は連中のところで露営するようだぜ。
小湊さんは子供達をどうする気なんだろう。
連中の本部に着いたら、あさみ曹長に話を訊いてみようじゃねーか。
「みんな! 撤収するぞ!」
子供達は家屋に火を放つと、食料と押収武器を担ぎ、ブタやニワトリを連れて行く。
押収した武器を民間防衛隊のとこに持って行くと、幾らかの現金収入になるらしい。
是永と青木、麻琴、あさみ曹長といった重火器の連中を殿軍に置き、
私は村田中尉の横で、これまでにあった事なんかを詳しく話して貰う。
新垣を先頭近くに配置して、子供好きの大木と美海を中間に配置してみた。
あまり固まるのは利口じゃねーけど、ここは子供達が生きて来た方法に従おう。
郷に入れば郷に従えって諺もあるしよ。しかし、何て無情なんだろうなァ。
「何度も定住して、子供達と一緒に暮らそうかと思ったの」
殲滅部隊の将校四人は、この子供達とひっそり暮らそうと考えたらしい。
でも、四人にはゲリラから子供達を守る自信がなかったそうだ。
あと数年の我慢だと自分達に言い聞かせ、ここまで頑張って来たって話。
私達の後ろでは大木が子供と話をしてる。前でも美海がそうだった。
子供ってのは子供好きの奴が判るらしくて、すぐに二人に懐いちまう。
まして、美海なんかは歳が近いから尚の事だろうなァ。
こうして見ると、普通の子供と何も変わらねーんだけどよ。
- 175 名前:ある群れ 投稿日:2007/03/31(土) 01:47
- 「今日はお腹いっぱい食べられますよ。大木さん」
「・・・・・・村の人を殺しちゃったけど、夕貴ちゃんはどう思うの?」
「それは・・・・・・嫌で嫌でたまりません。みんなそうですよ」
夕貴ってガキが話し始めると、近くにいた子供達が泣き始めた。
何だかホッとする。子供達は殺人マシーンなんかじゃなかったんだ。
きっと、この村田中尉達が、ちゃんと子供達を育ててるんだろうなァ。
振り返ってみると、子供達が大木に抱き付いて泣いてるじゃねーか。
大木も不幸な子供達に同情して、ついに泣き出しちまった。
おっと! いきなり進軍が止まったじゃねーか。
「軍曹! あれを見て下さい!」
新垣が前方に見える煙を指差してる。あんなとこで何で煙なんか?
P中隊のエリアじゃねーから、ハウザーで砲撃したわけでもなさそうだ。
私が地図を開こうとすると、子供達が騒ぎ出したじゃねーか。
すると、横にいた村田中尉も顔色が変わって震え出した。
「あそこは本部があるはずなんだけど・・・・・・」
「美記と英里奈は古川チームと右翼に回れ! 麻琴と美海は橋本チームと左翼だ!
衣吹と豆は橋田チームと直進しろ! オレ達は道沿いに進む!」
村田中尉とあさみ曹長、通信兵の石村、そして私の四人が道を進む。
敵の仕業だとしたら、ここまで進出して来るのは中澤中隊?
いや、中澤裕子は絶対に子供を傷付けたりしない女だ。
中澤中隊なら脅かして駆逐しただけだろうけどよ。
もし、ゲリラの仕業だったら・・・・・・考えたくねーや。
石村は移動しながら連絡してみたけど、全く応答がねーらしい。
あさみ曹長が先鋒で、村田中尉と石村が中、私が殿軍をしながら進んだ。
- 176 名前:ある群れ 投稿日:2007/03/31(土) 01:48
- 「伏せて! 十一時方向に敵発見!」
ほんの百メートル先の森から、数人のゲリラが出て来やがった。
手にはカラシニコフを持ってて、血塗れのバヨネットも装着されてる。
私達を発見するなり、遠慮なく撃って来たじゃねーか。
真っ先に反応したのが私で、フルオートで七連射してやった。
二人が仰向けにひっくり返り、あさみ曹長がセミオートで二人やっつける。
村田中尉も一人を撃つと、ゲリラどもは元の森へと引き返して行く。
しかし、そこには大木と新垣がいて、散弾銃とガーランドの銃声がして沈黙した。
「さあ、急ごうぜ」
私達が連中の本部に着くと、そこはまるで屠殺場のようだった。
幼い子供達までが容赦なく殺され、背中からバヨネットで突かれてる。
三人の大人は頭に一発ずつトドメを撃ちこまれてるみてーだなァ。
そこは森の中の小さな空地で、使い古されたテントが燃えてた。
「そんな・・・・・・」
こいつは酷い。手元に銃がねーところをみると、降伏してから殺されたみてーだ。
一面、血の海だぜ。くそっ! こいつはさっきの連中だけじゃねーな。
あさみ曹長は道の脇のブッシュを調べてる。とりあえず様子をみねーと。
ってオイ! 村田中尉がヨロヨロと行こうとしてるじゃねーか!
「死にてーのか! この馬鹿!」
私は村田中尉を引き戻し、あさみ曹長が確保したブッシュに引き摺り込む。
私の勘じゃ、さっきのゲリラは斥候。本隊は周辺にアンブッシュしてる。
ノコノコ出て行ったら、それこそ蜂の巣にされちまうだろうなァ。
- 177 名前:ある群れ 投稿日:2007/03/31(土) 01:48
- 〔戦死〕
是永と青木が二時方向、大木と新垣が四時方向、麻琴と美海が八時方向にいるはず。
そうなると、敵が隠れてるのは十時から十二時方向って事になるんだよなァ。
私は石村の無線で、美記と英里奈に敵の場所を知らせて、少しずつ進むように言った。
そして、無線を持たない麻琴と美海にところへ行こうとした時、
大木と新垣の隠れてるところから、一人の少女が泣きながら死体へ走り寄る。
危ねー! 私が飛び出そうとした時、少女を追って大木が飛び出して来た。
「夕貴ちゃん! 今は駄目!」
「麻琴! 撃ち込め! 援護しろ!」
大木が何とか少女を連れ戻した時、背中に被弾したのが判った。
まさか! 大木がやられた? 周囲の森の中で間断なく銃声が鳴ってる。
あさみ曹長と眼が合うと、顎で「行ってやれ」って言った。
咄嗟に状況を見ると、M60で叩かれた敵が後退を始めてる。
麻琴が三発目の榴弾を撃ち込むと、ついに敵の撤退が始まった。
「追撃するよ!」
あさみ曹長が麻琴と美海を連れて行くらしい、
私は村田中尉と石村を連れて大木のところへ走った。
私達が駆け付けると、新垣が必死になって止血してる。
大木は背中に二発くらってて、一発は右胸から貫通してた。
「大木さん! 頑張って! 大木さん!」
私はDBUの胸を開いて、スキットルの焼酎を振り掛ける。
それから傷口に滅菌ガーゼを突っ込んで何とか止血してみた。
- 178 名前:ある群れ 投稿日:2007/03/31(土) 01:49
- 「衣吹! 寝るな! 大丈夫だ。すぐに連れて帰ってやるからよ」
「あ・・・・・・夕貴ちゃん・・・・・・は?」
「大丈夫だ。おめーのお陰で無事だぜ。よくやった!」
私は小湊さんに連絡してヘリを呼んで貰う事にした。
これだけ重傷だと、それでも間に合わねーかもしれねーし。
そんな時に、あさみ曹長から連絡が入った。青木が太腿に被弾して出血が多いらしい。
私は子供達が押収したSKSカービンの棒状折り畳みバヨネットを叩き壊すと、
C4に火を点けて熱くなるまで炙った。
「よっC!」
青木が麻琴と美海に担がれて来た。止血してあるから大丈夫だろう。
でも、止血帯を緩めると、途端に血が噴出して来るじゃねーか。
地面に寝かせて麻琴が右手、美海が左手、美記が左足、新垣が身体を押さえ付ける。
私はモルヒネを打つと、炙った棒状バヨネットを傷口から差し込んだ。
激痛に悲鳴を上げた青木も、モルヒネが効いてすぐに大人しくなる。
だけど、問題は大木だ。くそっ! ヘリはまだかよ!
「よっC・・・・・・この子達・・・・・・頼むね」
「衣吹、喋るんじゃねー! ん? ヘリだ! ヘリが来たぞ!」
師団のハウザーがゲリラの逃げた方向に砲撃を始めた。
ヘリは黒い点から、次第にその姿が見えて来るぞ。
あさみ曹長が無線でヘリと交信しながら赤い発煙弾を投げた。
まずい! 大木が昏睡状態になっちまったぜ!
泣きながら抱き付く夕貴と美海を引き剥がして呼吸と脈を診る。
ヘリが着地しようと降下を始めた時、ついに大木の呼吸と脈が止まったじゃねーか。
死ぬな! 死ぬんじゃねー! 私が心臓マッサージ、新垣が人工呼吸をした。
- 179 名前:ある群れ 投稿日:2007/03/31(土) 01:50
- 結局、大木は師団の病院に搬送されたけど、意識が戻らないまま死んじまった。
青木の方は重傷なものの、手術を受けてから順調に回復してるらしい。
大木を失った事は戦力的に大きな損失。それ以上に、みんなのショックが大きかった。
勿論、それは私を含めて。我儘なとこはあったけど、子供好きでいい奴だったなァ。
「よっC」
私が空のバンカーで飲んでると、何で居場所が判ったのか、小湊さんがやって来た。
村田中尉は尉官不足の連隊に編入され、子供達は軍事協力員や事務官になるらしい。
まだ小学生の年齢の子供達は、師団司令部で働きながら教育を受けるそうだ。
私が小湊さんにスキットルを勧めると、彼女は一気に半分くらい飲んじまう。
北の方の人間は酒が強いなァ。小湊さんは私にスキットルを返すと横に座った。
「また五人になっちまったよ」
「英里奈はカウントされてるけど、重傷者が除隊になったの」
って事は、四人が入って来るって事なのかァ?
まさか、また新兵なんかだったら困るぜ。
ようやく新垣の手が離れたくれーなんだからよ。
「明日は四月一日でしょう? えりかと舞美を任せるからね」
「へっ? 明日香のとこの?」
「あと二人は手配してるから待っててね」
そうかァ。焼銀杏のとこの二人か。二人とも中学卒業の年齢だからなァ。
中島と入院中の有原、熊井が二年先で、夏焼、徳永、須藤が来年。
今年は梅田と矢島、清水が配属かァ。清水は柴ちゃんのとこだろうなァ。
焼銀杏のとこにも補充兵を入れる事になるだろう。きっと新兵だろうけどよ。
あの子供達も、いつか入って来るんだろうな。それまでは頑張らねーと。
- 180 名前:ある群れ 投稿日:2007/03/31(土) 01:50
- 「吉澤さん」
「ん? ああ、美海かよ。おめーも衣吹きが死んで・・・・・・うわー!」
いきなりバンカーに焼銀杏のとこの子供達が飛び込んで来たじゃねーか。
甘ったれの中島が抱き付いて来ると、みんなが一斉に飛び掛って来やがった。
梅田と矢島、清水の姿が見えねーって事は、配属替えの準備みてーだなァ。
慌ててバンカーを飛び出して、可笑しそうに笑う小湊さん。
「無い胸を触るな! 誰だヘソに指入れてる奴! 友理奈、おめーはでけーんだからよ」
何でだろうなァ。こうして子供達とスキンシップしてると心が癒される。
衣吹はそれを知ってたんじゃねーのか? こんな殺伐とした世の中でよ。
だから胸を触ってんのは誰だよっ! ヘソに指入れてんのは誰だゴルァ!
「美海、助けてくれー!」
「アハハハハ・・・・・・。あたしも甘えちゃおうかなー」
美海が飛び込んで来ると、夏焼と熊井が離れてくれから助かった。
あっ! 右胸は中島、左胸が須藤、ヘソに指いれてんのは徳永だな?
そういえば、子供は子供好きを見付ける天才だって言うよなァ。
って事は、私も子供好きだったのか? うーん、嫌いじゃねーけど。
もしかしたら、これが母性って事なのかもしれねーぞ。
こんな私でも、一応は親になれる身体なんだからよ。
「吉澤さん、ずるいですよー」
げっ! 麻琴まで? ちょっと待った! おめーは重量級なんだからよ。
熊井と身長が二十センチから違うのに体重が同じだって知ってんだぞ。
もう少しダイエット・・・・・・脇の下は反則! 反則だっての! 助けてー!
- 181 名前:◆u0TEdpNUXw 投稿日:2007/03/31(土) 02:01
- こちらが『吉澤軍曹』を置いてある場所です。
ttp://www5.tok2.com/home2/nacchitantei/SY/SY.htm
私のページトップは
ttp://www5.tok2.com/home2/nacchitantei/
セカンドシーズンはこちらで始めます。
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/2807/1175124305/
今後とも宜しくお願い致します。
- 182 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/04/01(日) 03:15
- 1の完結おつかれさまです
毎話毎話更新スピードも遅からず早からずのちょうど良いタイミングで楽しませてもらいました
文章のリズム感や登場人物の配置なども独特で好きです
セカンドシーズンも楽しみにしていますね!
- 183 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/04/01(日) 11:10
- シーズン1完結お疲れ様。
更新を毎回楽しみにしてました。
戦争の悲惨さに目をつぶらず、かといって悲観的にもならず、
その中で生きていく人達を淡々と描いていく感じが好きです。
シーズン2のスタートも楽しみに待っています。
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