IMAGINATION DIARYA

1 名前:tsukise 投稿日:2007/02/06(火) 05:20
同じく森板にて書いておりました
『IMAGINATION DIARY』の続きでございます。
容量的に厳しいこともあり、新スレに移行しました。
宜しくお願いします。

前スレ
ttp://m-seek.net/cgi-bin/test/read.cgi/wood/1167800495/
2 名前:【Exclude one reason】 投稿日:2007/02/06(火) 05:21


【Exclude one reason】


3 名前:【Exclude one reason】 投稿日:2007/02/06(火) 05:21


とっても優しくて、とってもかっこよくて。
だから全然気づかなかった。
それが『妹』にだけ向けられていた『顔』だったなんて。
そう、本当のあの人は、いろんな顔を自在に使い分けていたんだ。

『紺野の…オチてくとこ、見てみたい』

理性1つ外して、その言葉を言われるまでは。


4 名前:【Exclude one reason】 投稿日:2007/02/06(火) 05:21





「後藤さん、おはようございます」
「んー…? あーおはよー紺野」

学校へ行く支度をして、2階の部屋から1階のリビングへの階段を下りていくと
そこにはテーブルに肘をついてトーストを齧っている後藤さんの姿。
まだ寝起きなんだろうな。
パジャマ姿のままで、履いているスリッパを足先でプラプラさせたりして。
いつもはキレイなストレートの髪が、ゆるく乱れてしまってるし。

5 名前:【Exclude one reason】 投稿日:2007/02/06(火) 05:22

「今日は、講義があるんじゃないんですか?」
「んーん、今日の講義は休講になったって、
よっすぃーからさっき連絡あったんだ」
「よっすぃー…、あぁ、吉澤さん…。 だから、お寝坊さんなんですね」
「あ、生意気」

ぺろっと舌を出して笑ってみせると、
「いーっ」っと後藤さんは歯を見せてスネてみせる。
それでも、私の分のトーストまで焼いてくれてたのか
座ると同時にお皿にのっけて手渡してくれた。
あ、スクランブルエッグにウインナー、それにサラダまで。
これだけ用意してくれてたってことは、
お寝坊さんだったワケじゃないんだ?

6 名前:【Exclude one reason】 投稿日:2007/02/06(火) 05:23

「可愛い妹のためですから」

顔に出ちゃったのかな?
後藤さんは残り少なくなったトーストを口の中に放り込んで、
私の頭をわしゃっと撫でた。
うー…子ども扱いされてる…。

「妹だっていうなら、そろそろ名前で呼んでくださいよぉ…」

ちょっと恥ずかしいのを誤魔化すみたいに、
ぶーっと頬を膨らませてみせる。
そう、もう家族になって1ヶ月たつのに、
後藤さんはずっと「紺野」って呼んでるもん。

7 名前:【Exclude one reason】 投稿日:2007/02/06(火) 05:23

私のお父さんと、後藤さんのお母さんが再婚を決めて、
うん、もう一ヶ月。
まだ書類の手続きはしてないから、本当の家族じゃないけど、
多分時間の問題。
二人とも調理師の学校の講師さんでウマが合ったんだろうな。
忙しくて、二人が一緒にいるところは滅多に見ないけど、
凄く惹かれあってるみたいだし。

そんな忙しい二人の代わりに、
いろいろと良くしてくれているのが、後藤さん。
2つ上で、栄養士を目指している大学生さん。
ぼーっとしてるみたいに見えて、実は凄く芯の強い人。
この人がお姉さんになるんだから、すっごく自慢だったりするんだ。

…なんだけど。

8 名前:【Exclude one reason】 投稿日:2007/02/06(火) 05:24

「あー…」

時々、後藤さんは不思議な顔をする。
面白くなさそうな…ちょっと不機嫌な…。
でも、それを隠すみたいに左右非対称に頬を上げて笑って。

その時、いつも一瞬…うん、一瞬だけ……――― スっと瞳が揺れるんだ。
ともすれば、鋭い刃のように細められるその瞳。
どこかそれは、『他人』の匂いを濃く映しているみたいで…、ドキっとする。

9 名前:【Exclude one reason】 投稿日:2007/02/06(火) 05:24

「…紺野がアタシのこと『お姉ちゃん』って呼べたらねー」
「えっ、そ、それは…、む、むりかも、です」
「じゃ、おあずけ」
「えぇっ? おあずけって…っ、私犬じゃないのに…っ」
「あはっ」

切り返して言われた瞬間には、もういつもの後藤さん。
おどけたようにへらっと笑って、イスから立ち上がって。
頭をかきながらコーヒーをたてにキッチンに消えて。
逆にドギマギするのは私。

後藤さんって、ときどきよく判らなくなる。
私には掴めない思考回路をもってて。
優しいのに、ふいに冷たくなって、素っ気無いのにあったかい。

今だって…本当は何を思ったんですか…?

10 名前:【Exclude one reason】 投稿日:2007/02/06(火) 05:25

疑問符の嵐は、トーストに塗られたバターのように、
ただ静かに溶けて私の胃の中へ。

…お姉ちゃんって呼べたら、何か変わりますか…?
コーヒー片手に戻ってきた後藤さんを、じーっと見つめながら心の中で唱える。
でも、後藤さんは「なに?」なんてとぼけた顔して、また笑顔。

「そういや、紺野」
「はい?」
「今日は、親二人仕事でホテルに泊まるらしいから早く帰ってきてよ」
「ふたりとも、そんなに忙しいんですか?」
「さぁ? アタシにはよくわかんないけど、FAXがきてた」
「そうですか…、わかりました、早めに帰ります」
「うん、そうして。一人淋しくアタシは留守番してるから」
「また、そんなウソばっかり」

ほんとだってば、なんて笑う後藤さんに、苦笑する私。
だって、後藤さんに限って一人、なんて考えられなかったから。
だって、ほら、こんなにも素敵な人だったら…『そういう人』だってきっと。
私の知らない、誰かが…。

11 名前:【Exclude one reason】 投稿日:2007/02/06(火) 05:25

ふっと視線を向けると、ひどく大人びた表情で
艶っぽい髪をかきあげる瞬間で。

そういうのも、計算ずくなのかな? それともただの習慣?
その髪を誰かに、触れさせたり…とか、ある、よね、やっぱり…。
…なんて、余計な想像が駆け巡っていく。

なんか、なんか、ヤだな…、そんな後藤さん。

12 名前:【Exclude one reason】 投稿日:2007/02/06(火) 05:26

「こんのー、時間だいじょぶ?」
「ふぇっ? あっ! やばいっ!」

ぐるぐるしていく思考を腕時計の針の動きでストップさせて、
慌てて席を立つ。
そのまま玄関まで走っていって、靴を履きかえて…。
と、その時。

「はい、お弁当」
「えっ? あ、ありがとうございます」
「うん、ごっちんスペシャルだから心して食べるように」
「ふふっ、わかりました」
「これでもアタシ、かなりのシスコンみたいだから、はりきっちゃったよ」
「……え?」
「ほら、遅刻するよ、行った行った」
「あっ、はいっ、いってきますっ」

重い扉を押して、外へと飛び出す。
閉じていく世界の中には、ヒラヒラと手を振ってる後藤さん。
その姿を、消えていくまで見つめてしまった。

13 名前:【Exclude one reason】 投稿日:2007/02/06(火) 05:26

だって、最後の言葉。

『これでもアタシ、かなりのシスコンみたいだから』

英語の苦手な私にだって判る、その語句。
――… 姉妹に対する強い精神的執着。

他意はないんだ、きっと。
うん、私の事を新しい家族として、妹として、可愛がってくれてるんだ。
そう言い聞かせて、学校までの道を走り出したんだけれど…、
ずっと、頭の中からその言葉が消えることはなかったんだ。

14 名前:【Exclude one reason】 投稿日:2007/02/06(火) 05:26


*****


15 名前:tsukise 投稿日:2007/02/06(火) 05:27
>>2-14 今回更新はここまでです。
16 名前:【Exclude one reason】 投稿日:2007/02/07(水) 05:39

「「おぉ〜〜っ!!」」

プラスティックの箱を開いた瞬間、二つの歓声が屋上に響き渡った。
いつものことながら、ちょっと恥ずかしい光景に思わず苦笑。
だって、その箱の中身を覗き込んでる二人の目が輝いてるんだもん。
そりゃあ、私も、その、すごいなぁって思うけど…。
で、何を覗き込んでるかといえば…

「ほんと、すっごいねぇっ! 後藤さんってさぁ」
「そ、そうだね」
「ええなぁ、あさ美ちゃん、こんなに料理の上手い人がお姉さんになるやなんて」
「う、うん、ま、まぁ…」
「ちょっとちょっとぉっ、アタシのとおかず交換してよぉ」
「あ、うん、ちょっとならね」
「あ、麻琴ずるい、あーしもええよね?」
「うん、あっ、でもそんなに取らないでね」

返事もとりあえず、早速二人は箱から次々とおかずをトレードし始めて。
そう、今私たちがのぞきこんでいたのは、私のお弁当箱。

17 名前:【Exclude one reason】 投稿日:2007/02/07(水) 05:40

いつもクラスメイトのまこっちゃんと愛ちゃんと一緒に
お昼休みは屋上で食べてて。
いつも、おかずをいくつか取られたりするんだよね…。
まぁ、後藤さんが作ってくれたお弁当って本当に美味しいから、
ちょっと嬉しいけど。
この間なんて、まこっちゃんがいつのまにか全部食べちゃってて、
困ったっけ…。

「えっえっ? 何この春巻きっ! すんげーうまいんですけど!」
「これ、カキのオーブン焼きや…、美味ぁー…」
「あ、ちょっと私も食べるんだから全部は…」
「いいじゃん、あさ美ちゃんは家に帰ったらいくらでも食べれるんだからぁ」
「や、でも、ちょっと…っ」

午後の授業を乗り切るには、エネルギー摂取が…。
あぁ、言ってるそばからまたまこっちゃんの箸が…っ。

18 名前:【Exclude one reason】 投稿日:2007/02/07(水) 05:40

「あぁ、それはダメっ!」
「えーいいじゃん、たこさんウインナーあげるからさぁ」
「ダメっ、このオムレツだけは私のものなの」
「ちぇー」

後藤さんの得意料理のオムレツ。
これだけは、うん、誰にもわたさないよ。

そんな攻防戦を繰り広げること15分。
二人とも、結局私のお弁当を半分たいらげて、
満足そうにペットボトルのお茶を飲んでる。
いつもペースの遅い私は、トレードされたおかずを片付けるのに
必死なんだけど…。

19 名前:【Exclude one reason】 投稿日:2007/02/07(水) 05:41

「それにしてもさぁ、いきなりお姉さんができるって、やっぱ複雑?」
「え? あ…、うんまぁ…ちょっとはね」

ふーん、なんてまたペットボトルを傾けるまこっちゃんは、
ちょっと考え込むみたいに難しい顔をして空を見上げた。
対照的に、愛ちゃんは『そんなもんやろなぁ』なんて表情で
チラっとこっちを見るだけ。
二人から見ると、私と後藤さんってやっぱり違和感あったりするのかなぁ。
前に家に呼んだことがあって、二人に後藤さんを紹介した時も
一瞬ポカンとしてたし。

20 名前:【Exclude one reason】 投稿日:2007/02/07(水) 05:41

「なんだろ、悪い意味でとらないで欲しいんだけど…」
「うん?」

ちょっと言いにくそうに、まこっちゃんは空を見ていた
目線をスっと私に下ろした。
その瞳が少し曇ってる…ような気がした。

「後藤さんって、妹ができること、あんまり良く思ってないんじゃない?」
「え…?」
「麻琴…!」
「だってぇ…」

あんまり…良く思ってない…?
それって、あの…私は後藤さんに嫌われてるってこと…?
でも、後藤さん、優しいよ?
ちょっと掴み所がないときもあるけど、私に優しい。

愛ちゃんは肘でまこっちゃんのわき腹を小突くけど、言葉は続いた。

21 名前:【Exclude one reason】 投稿日:2007/02/07(水) 05:41

「なんか、後藤さんがアタシや愛ちゃんを見るとき、
一瞬迷惑そうな顔したもん」
「そ、そう…なの?」
「や、麻琴の見間違いかもしれんから…っ。
麻琴、いいかげんなこと言わんのっ」
「なぁ〜んでさぁ〜、愛ちゃんだって最初後藤さんにビビってたじゃん」

言った瞬間、まこっちゃんにヘッドロックをかける愛ちゃん。
あ、眉尻がピクピクしたりなんかして、本当に怒ってるっぽい…。
「ギブ、ギブ!」なんて必死に手を叩いているまこっちゃんから見て、うん…。

でも…そう、なのかなぁ…。
後藤さん、私の事…迷惑に思ってたり…やっぱりするのかな…。
『シスコン』なんて言ったのは、それなりに溝を作らないため…とか。
あぁ、どうしよう…なんか考え出したら止まらない…かも。

22 名前:【Exclude one reason】 投稿日:2007/02/07(水) 05:42

「あさ美ちゃん」
「…え?」

呼ばれて顔をあげると「しょうがないなぁ」って顔の愛ちゃん。
ぽんっと頭を軽く撫でてくれたりなんかして。

「あさ美ちゃん、後藤さんのこと、好きなんやね」
「え? あぁ…うん、お姉さんになる人だし、ね…」
「いや、そういう意味やないんやけど」
「?」

やれやれ、なんて溜息をつくけど、私にはその意味がわからない。
その隣で愛ちゃんの腕から逃れたまこっちゃんが、
ぶすっとした顔でペットボトルをごくごくと飲み干してた。

23 名前:【Exclude one reason】 投稿日:2007/02/07(水) 05:42

「でも、麻琴やないけど…ちょっと後藤さんには気をつけた方がええかもね」
「え?」
「まぁ、仮にもお姉さんやし…そんなことにはならん思うけど」
「そんなこと…?」

改めて見た愛ちゃんに、一瞬言葉に詰まった。
だって、愛ちゃんはちょっと怖い顔をして中空を睨みつけていたから。
それでも視線がかち合うと、なんとも言えない表情で苦笑したんだ。

どういう…ことなんだろう…?
そんなことって何?
苛められるとかだったら、多分心配はないと思うんだけど…。

24 名前:【Exclude one reason】 投稿日:2007/02/07(水) 05:42

とりあえず判ったのは…後藤さんは私が妹になるのを
良く思ってないらしいことと、
あの、時々後藤さんから感じる不思議な感覚は
愛ちゃん達も感じてるんだってこと、
そして…

キーンコーン…

「あっ! 五時間目始まる!」
「やばっ! いくよ! あさ美ちゃん!」
「あっ、わっわっ、う、うんっ」

どうやら、私はお弁当を食べ損ねたらしいことだった。

25 名前:【Exclude one reason】 投稿日:2007/02/07(水) 05:43


*****


26 名前:tsukise 投稿日:2007/02/07(水) 05:43
>>16-25 今回更新はここまでです。
27 名前:【Exclude one reason】 投稿日:2007/02/08(木) 16:58

できるだけ音を立てないように玄関扉を開ける。
そうっと中を覗いてみるけれど、なんの物音もなくって。
ちょっとホっとしながら、足を踏み入れた。

なんだか、昼間の愛ちゃんたちとの会話がすごくひっかかってて…。
後藤さんと、顔…合わせづらいから。
本当に嫌われていたら、なんて考えたら…。
ふぅ、とため息をつきながら扉の鍵を閉めて…。

「紺野?」
「ひゃっ!?」
「わっ、なに?」

ごっ、後藤さん!? いつのまにっ!?
心臓が飛び出るぐらい驚きながら、勢いよく振り返る。
その先には、目をパチパチさせている後藤さん。

28 名前:【Exclude one reason】 投稿日:2007/02/08(木) 16:58

「おかえり…って、どうかしたの?」
「ぁ…いえ…、な、なんでも…っ」
「お弁当、どうだった? 今日のは結構自信あったんだけど?」

いつもの…後藤さん、だよね。
うん、愛ちゃんたちの話のせいで、ちょっと身構えてしまうけど、
ぜんぜんそんなの気にしてないような、そんな後藤さん。
でも…愛ちゃんたちの話のせいで…いつもより、距離を感じる後藤さん…。

ほら、今だって…どこか虚ろな目が私の全身を一周してる。
これが幼い姉妹だったら、どこかケガとかしてないか見てるんだって、
考えたりもできるけど…私たちは幼くもなければ、本当の姉妹でもない。

…後藤さんの視界の中の私って…どんななんですか…?

29 名前:【Exclude one reason】 投稿日:2007/02/08(木) 16:59

「…紺野? どうかしたの? なんか変だけど?」
「…っ、な、なんでもないです…っ、あの、私宿題があるんで…!」
「あ…っ」

何か言いかけていた後藤さんの脇をすり抜けて、階段をかけ上がっていく。
なんか、もう…いろんなことが頭の中でぐるぐるし始めて。
まともに…話せる自信がなかったから。

30 名前:【Exclude one reason】 投稿日:2007/02/08(木) 16:59

バタン、と。
部屋の扉をしめると背をつけたままうなだれる。

そう…本当の姉妹じゃない私たち。
それでも、『シスコン』なんて言ってくれてた後藤さん。
気を使って言ってくれてたんだとしても、私には嬉しい言葉で。
なのに時々、わからなくなるその胸の内。
愛ちゃんたちは、迷惑だからなんじゃない?って言ってて。
でも、いつも優しくしてくれる後藤さん。
でも本当は迷惑に思っていたりしたら…。
でも、でも、でも…。

たくさんのフラグが立っては、矛盾で打ち消していって。
どうしようもなくなっていってる。

31 名前:【Exclude one reason】 投稿日:2007/02/08(木) 16:59

『紺野…?』

っ! 後藤さん…っ!?

背中から聞こえた声に、思わず扉から飛びのいて口元を押さえる。

し、心配で追いかけてきてくれたの…?
それとも、姉としての義務感?

『入っていい?』

口調は強いけど、勝手に扉は開いたりしない。
私が『いい』と言うまで後藤さんから開けるようなことは絶対しない。
それはルールを守っているっていうことなのに…。
今の私には、それさえも距離なんじゃないかって思ってしまっていたんだ。
だから…

32 名前:【Exclude one reason】 投稿日:2007/02/08(木) 17:00

「だ、だめです…」
『……そう』
「あっ、あのっ、今着替えてて、すぐに出れないんです…っ」
『…うん、わかった。じゃあ、とりあえずお弁当箱出しておいてね』
「は、はい…」

どう思ったんだろう。
面倒なコだなぁ…なんて思ったかもしれない。
でも、もう私にはいつものように後藤さんと接することなんてできなくなって
しまっていたんだ。

33 名前:【Exclude one reason】 投稿日:2007/02/08(木) 17:00

まったくの他人の後藤さん。
考え始めたら、たどり着いてしまうその言葉に縛られてしまって、もう動けない。

でも、縛られていたのは私だけじゃなかったんだ。
そう、『姉妹の私たち』に縛られていたのは…あの人も一緒だったんだ。

34 名前:【Exclude one reason】 投稿日:2007/02/08(木) 17:00


*****


35 名前:tsukise 投稿日:2007/02/08(木) 17:01
>>27-34 今回更新はここまでです。
36 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/09(金) 01:27
何書いていいかわからないけど
ドキドキしながら読んでます
37 名前:【Exclude one reason】 投稿日:2007/02/10(土) 06:35

晩御飯に呼ばれてリビングに下りていくと、
もう後藤さんはイスについていた。
二人だけしかいないから、当然だけど
向かい合わせに座る形に食器は用意されていて。
居心地は悪いけれど、できるだけ目線を合わせないようにして席につく。

「紺野」
「ひゃいっ」

あ、声が裏返っちゃった…っ。
これじゃ、ぎこちないことこの上ないのに…っ。
恐る恐る後藤さんを見ると、少し傷ついたような…
でも、ちょっと心配するような、そんな眼差しで見つめてる。

38 名前:【Exclude one reason】 投稿日:2007/02/10(土) 06:35

「学校で、なんかあったの?」
「え…っ?」

ドキっとした。いきなり核心に触れられて。
確かに…学校でなにかあったといえばあったけど…。
それは後藤さんのことであって…。
もちろん、相談なんてできるはずがない。

「なんにも、ないですよ?」
「そう…? なんか、帰ってきてからずっとおかしいみたいなんだけど」
「あっ、そのっ、ちょっと今度のテストのことで憂鬱になってただけで…っ」
「そう?」

とっさについた嘘だけど、きっと後藤さんにはバレてる。
しょうがないって、ため息をついて、黙々とご飯を口に運んでいるから。

39 名前:【Exclude one reason】 投稿日:2007/02/10(土) 06:36

ん…、ご飯…。そういえば今日のおかず…。
全部私の好きなものばかりだ。
もしかして…わたしのことを気にして…?
あぁ…どうしよう…すごく申し訳ない気持ちになる。

やっぱり、私…後藤さんに迷惑ばかりかけて…。
ぎゅっと胸が締め付けられて、苦しい…かも。

40 名前:【Exclude one reason】 投稿日:2007/02/10(土) 06:36

「ご、ごちそうさまです…」
「もういいの? おかわりはあるよ?」
「いいです…、なんか本当にいっぱいで…」
「…そう。じゃ、そっちの食器渡して?」
「はい」

とりあえず空になったお皿を取って、後藤さんに差し出す。
と、自然と視線が交差して

…その曇った視線にハっとした。

瞬間、あっ!と思ったけど遅かった。
手に持ったお皿がバランスを崩して…っ。

41 名前:【Exclude one reason】 投稿日:2007/02/10(土) 06:37

カシャン…!!

飛び散る破片に、けたたましい音。
それでも…私からそらされることがなかった後藤さんの瞳。

もちろん、先に逃げたのは…私。

「ご、ごめんなさいっ! す、すぐ拾います…!」
「……いいよ、アタシがやっとく」
「あ…」

私が動くより先にテーブルの下にしゃがみこんで消えてしまう後藤さん。
カチャカチャと集められていく破片の音は、どこまでも無機質で。
どこまでも…冷たくて。

ただただ、途方にくれていた。

42 名前:【Exclude one reason】 投稿日:2007/02/10(土) 06:37





43 名前:【Exclude one reason】 投稿日:2007/02/10(土) 06:38

「…いってきます」
「うん、あ、お弁当…はい」
「はい…」

翌日になっても、私の心が晴れることはなかった。
ううん、むしろ後ろ向きな気持ちに拍車がかかって。
後藤さんも、もう気づいてるんだろうな…私の気持ちなんかに。
時折見せる、あの何を考えてるのか判らない目線で、
ただじっと足元を見つめてて。

44 名前:【Exclude one reason】 投稿日:2007/02/10(土) 06:38

「い、いってきます…」
「うん…。 …あ、やっぱ待って、紺野」

でも、扉をあけて出て行こうとしてその時。
軽く息を吸い込むと同時に、後藤さんが私の背中に
言葉を投げかけてきたんだ。

「ねぇ、紺野」
「は、はい?」
「アタシのこと、避けてない?」
「え…? そ、そんなこと…」
「じゃあ、なんで昨日からずっとアタシの方見ないの?」

45 名前:【Exclude one reason】 投稿日:2007/02/10(土) 06:38

瞬間、顔が強張った。
後藤さんにしては、すごく早口で…口調も固く言われて。
振り返らなくても空気でわかる。
後藤さん、すっごく怒ってる。

でも、迷惑かけたくないから
お荷物な妹になりたくないから。
だから…っ。

「そんなことないです」

笑顔で、振り返ったつもりだった。
その先には、『お姉さん』がいるはずだった。
でも…

――― そこにいたのは、私の知らない『後藤真希』さんだった。

46 名前:【Exclude one reason】 投稿日:2007/02/10(土) 06:39

「嘘ッ!」
「っ!?」

ガタンッ!

肩をきつく掴まれながら身体を反転させられて。
瞬間、背中を壁に打ち付け強く走る衝撃。
そのまま押さえつけられて、軽い眩暈に襲われ…。
それでもかろうじて立っていられたのは、
すぐ目の前に後藤さんがいたから。
苦渋に満ちた顔をして、やり場のないストレスを感じてる、
そんな後藤さんが。

47 名前:【Exclude one reason】 投稿日:2007/02/10(土) 06:39

「アタシ、紺野になんかした…!?」
「そ…そんなこと…っ」
「じゃあなんで!? なんでいきなりアタシの事遠ざけようとすんのよ!」
「ち、違…」

ズキン、と胸が痛んだ。
こんな感情的な後藤さん、初めてみるから。
その原因を作っているのが自分だから。

でも、痛み出して知る傷跡。
不安だったのは、あなただけじゃない。
距離を感じていたのは、あなただけじゃないんです…っ。

「…アタシのこと、キライなの? だったらそう言ってよ!」
「そんなんじゃないです…!だってそれは後藤さんの方だと思ったから…!」
「アタシ…? なにそれ、どういうこと…?」

48 名前:【Exclude one reason】 投稿日:2007/02/10(土) 06:40

一度口をついて出た言葉は、途端に心の奥に溜まっていた不安や
言いようのない感情を呼び覚ます入り口になって、どんどんあふれ出てくる。
まっすぐ見据える先には、心外だとでも言わんばかりに眉をしかめている後藤さん。
でも、一度開いてしまった感情の扉に、それはブレーキとはならなかった。

「後藤さん、優しいけど、でも、時々よくわからなくなる。
すごく冷たい目で私を見る時だってあるし、何を考えてるのか…。
それって、やっぱり私が妹になるのが疎ましいからじゃないんですかっ?」

何度か噛みそうになって、それでも感情に任せて一気に言い切った。
全部本心。
それは愛ちゃんやまこっちゃんに言われたからとかそんなのじゃなくって。
たった一ヶ月。
でも、その一ヶ月の中で、ずっと付きまとっていた不安の塊だったんだ。

49 名前:【Exclude one reason】 投稿日:2007/02/10(土) 06:40

「友達を家に呼んでも、迷惑そうだった…」

もう少し…。
私にもう少し、後藤さんの心を理解しようとする気持ちがあれば…。

「私は…」

この時、差し出された優しさを跳ね返して
傷つけているだけなんだって、わかったのに。

「後藤さんのこと、すごく大切なお姉さんだと思いたいのに…!」

ありったけのつよがりで、わざと距離を置こうとしていた、その優しさを。

50 名前:【Exclude one reason】 投稿日:2007/02/10(土) 06:40


*****


51 名前:tsukise 投稿日:2007/02/10(土) 06:41
>>37-50 今回更新はここまでです。

>>36 名無飼育さん
レス、大変励みになってます♪
どうぞ、この先もドキドキしながら読んで頂ければ幸いです♪
52 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/10(土) 12:20
テラオモシロス
53 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/10(土) 13:10
おもしろいです
54 名前:ais 投稿日:2007/02/10(土) 18:21
にゃにゃにゃにゃ・・・
複雑な関係ですね・・・(泣)
55 名前:【Exclude one reason】 投稿日:2007/02/11(日) 05:13

うなだれるその姿。

どうしてですか?
だって後藤さん、私の事…キライでしょ?

もう私の中の疑問は…断定詞になりはじめていて。
だから、覚悟ができていたんだ。
大好きなあなたの口から、『そうだよ、キライだよ』って、言われる覚悟が。

それなのに…後藤さんは苦しげに唇をかみ締めて、きゅっと瞼を閉じてる。
言葉が零れないように、きゅっと。

何を、とめてしまってるんですか…?
言ってください。もう、いいから。
つらいけど、聞くの本当はイヤだけど。
言ってくれたら、私ちゃんといいこになりますから。
後藤さんの迷惑にならないように、ちゃんといい妹になりますから。

56 名前:【Exclude one reason】 投稿日:2007/02/11(日) 05:14

そうやって、突き放す言葉を投げかけたいのに まだ何かを期待してる。

『そんなことない』
『アタシ、紺野のこと大切な妹だと思ってる』
『バカだねー、迷惑なんてなに言ってんの』

全部妄想だってわかってる。
でも…本当は言って欲しい言葉。

57 名前:【Exclude one reason】 投稿日:2007/02/11(日) 05:14

「後藤さ…」
「…だよ…」

戸惑いながら声をかけようとして、重なる。
うつむいたままの後藤さんから聴こえたのは、搾り出すような震えた声。
聞き取れなくて、首を傾けると…さらさらの髪の間から覗くやっぱり苦しそうな顔。

それは…責め合って、傷つけて、優しさを見失って、

「…だよ。そうだよ、アタシは妹なんかいらない…!」

現れた、ためらいのない剥き出しの本能の一部。

覚悟していたのに…、やっぱりショックだった。
胸をナイフで刺されたみたいに、張り裂けてしまいそう。
鼻の奥がツンとして、瞼の裏側がジンジンしてくる。
喉が詰まって、泣いちゃだめだって思ってても、嗚咽が零れそうになって…。

それでも本当に零れなかったのは…続けられた言葉があったから。

58 名前:【Exclude one reason】 投稿日:2007/02/11(日) 05:15

「アタシは、妹の紺野なんていらない。アタシが欲しいのは…」
「ぇ…?  ……っ!」

涙に滲んだ瞳は、一瞬にして驚きに変わって。

だって、目の前には後藤さん。
きつく苦しげに瞼を閉じた後藤さんの、
そのくっきりとした顔立ちが瞳いっぱいに。

まさか、そんな、だって。

色んな回路が頭の中を駆け巡って、わけがわからなくなる。
でも、全部が現実なんだと伝えてくれたのは、じんわりと熱を帯びている唇。
何度も息を引き止める、不思議な感覚。

59 名前:【Exclude one reason】 投稿日:2007/02/11(日) 05:15

「…!? ご…っ…ふ…っ!」

キス、してる…っ、私が、後藤さんと。
ううん、キス、されてる…っ。

押さえつけられるように掴まれた肩に、私は何も出来ないまま、
何度も何度も後藤さんに唇をふさがれる。
苦しい。痛い。でも、でも…なんだか…。

「ごと…! …は…! んっ!」

その、むせるぐらい絡みついてくる感触に、
後藤さんの見えない灼熱を垣間見る。
あの虚ろな瞳で…それでも恐ろしいぐらい本能をぶつけてくる後藤さんの。
口に出さなくても判る、どこか狂った執着心。
そう、それは全部私の頭の中に流れ込んできてる。

60 名前:【Exclude one reason】 投稿日:2007/02/11(日) 05:15

欲しい、ちょうだい。
何も考えないで。
アタシだけを見て。
ホラ、こんなにも紺野を……
アタシだけの紺野。
妹なんかじゃない、アタシだけの紺野。

そのかすかな狂気誘うリズムに、自分の鼓動が呼応しているのを感じる。
途切れる意識に、警告音を鳴り響かせながらも。

だめ、このままじゃだめ…。
私は、後藤さんの妹…、だからだめ。
でも、あぁ…ぼんやりする…わからない。私、本当は……。
苦しい…、でも、きもち…いい。熱い…、身体が、熱い…。
でも、…でも…、後藤さんはお姉さん…、私は……私は…。

―――…どうすればいい?

61 名前:【Exclude one reason】 投稿日:2007/02/11(日) 05:16

ドン!!

「っ!」

衝動的に。
恐怖に怯えた心のカケラが理性を呼び覚まして、
後藤さんの身体を突き放した。

反動で後藤さんは、よろめきながら反対側の壁に背を打ち付けて。
乱れた髪もそのままに、いつもの掴みどころのない視線を足元に落とした。

瞬間、ぽたり、ぽたりと落ちていく赤い液体。

ハっと気づいた私は、反射的に自分の唇に指をもっていき確かめる。
…私じゃない。鉄の味は広がっているけど、私のキズじゃない。
じゃあ、あの赤いものは…、わ、私が後藤さんの唇を傷つけて…っ。

62 名前:【Exclude one reason】 投稿日:2007/02/11(日) 05:16

「ごっ、後藤さ…っ」
「来ないで…!」
「っ!」

一歩踏み出した足はすぐに止まる。
明らかな拒絶の声に。
そこにはもう、優しさなんてものは微塵もなかった。

「あ…ぁ…」

全身の血の気が引いてく。
いやな具合に鼓動が激しく胸を打ちつけてきて。

先に動いたのは後藤さんの方。
ぐっと足を踏みしめて体勢を立て直すと、顔をうつむけたまま、
ぼそっと言葉を吐き出したんだ。

63 名前:【Exclude one reason】 投稿日:2007/02/11(日) 05:17

「…………ごめん」

そのまま階段を駆け上がっていく忙しい足音。
そしてバタン、と閉ざされる扉。
でも、私の意識を釘付けにしたのは、目の前に広がっている赤い液体たち。

点々と広がっている私が傷つけた、後藤さんの跡たち。
何か意思を持ったようなその広がりが、
私の心の中にもじわりと黒い液体を落としていく。
頭の中が…ぐちゃぐちゃになっていく。

そして…きっと、たくさんの感情に翻弄された子供がそうなってしまうように…
私も、その場でただ………泣きじゃくっていたんだ。

後藤さんがわからなくて。

………私自身も…わからなくなって。

64 名前:【Exclude one reason】 投稿日:2007/02/11(日) 05:17


*****


65 名前:tsukise 投稿日:2007/02/11(日) 05:18
>>55-64 今回更新はここまでです。

>>52 名無飼育さん
ありがとうございます(平伏

>>53 名無飼育さん
ありがとうございます(平伏
レス、励みになります(平伏

>>54 aisさん
そうですね…、
今回は、ちょっと複雑な二人となっております(しくしく
66 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/11(日) 11:43
複雑大歓迎です!
なにもかも好きですw
67 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/12(月) 19:17
ウハッwいい展開!!!
とか思っちゃう私は鬼ですか?
それともコンゴマジック??
68 名前:【Exclude one reason】 投稿日:2007/02/13(火) 04:59

「あ、あさ美ちゃん……?」
「……………」
「あさ美ちゃんってば」
「…! あ、な、なに、愛ちゃん」

顔を上げると、おおげさに溜息をついてる愛ちゃんと、
ほらね、ほらね、なんてピョコピョコ跳ねてるまこっちゃん。
ど、どうかしたの…?
軽く首を傾げて見せたら、また愛ちゃんは大げさに額に手を当ててうなだれて。
ばっと自分の腕時計をみせてくれたんだ。

「もう、昼休みやざ? いつまでシャーペン握っとる気なん?」
「えっ? あっ、ほんとだぁ…」
「ほんとだぁ、じゃないよぉっ、ウチら、ず〜〜っと声かけてたのにぃ」
「ご、ごめん、まこっちゃん…」

恥ずかしくなって、へへっと笑いながらノートを片付けようとして。
その前に、愛ちゃんに抜き取られると目の前にかざされた。

69 名前:【Exclude one reason】 投稿日:2007/02/13(火) 05:00

「それに…、なんの勉強をしてたのさ?」
「うわー…、真っ白じゃん。勉強の虫なんて言われてるあさ美ちゃんには珍しい〜」

べ、勉強の虫?
な、なんかやだなぁ、そんな呼ばれ方。
でも、確かに今日は授業が頭の中に入ってこなくて…。
うん…、ずっと…後藤さんのことばっかり…ぐるぐるしてて…。

「ふむ、まぁ、そこらへんはお弁当食べながら聞かせてもらうわ」
「ほら、屋上に行こうよぉ」
「あ………うん」

後押しされるように言われて。
かばんから、お弁当を取り出す。
後藤さんが作ってくれたお弁当を…。
ただ、それだけなのに……また少し泣きそうになった…。

70 名前:【Exclude one reason】 投稿日:2007/02/13(火) 05:00




「で? 何があったん?」
「……何もないよ?」
「うっそだぁ〜」

二人に挟まれる形でフェンス側に腰掛けて、お弁当を広げる。
すぐに突っ込んで訊いてくる二人だけど、こればっかりは相談なんてできなくて…。
うつむいたまま、曖昧に誤魔化してたんだ。
でも、

71 名前:【Exclude one reason】 投稿日:2007/02/13(火) 05:00

「…後藤さん、やろ?」
「…っ」
「やっぱり…」

愛ちゃんは、紙パックのコーヒー牛乳を飲みながら軽く溜息を零した。
全部お見通しなんだよ、っていうみたいに苦笑しながら。
どうしてわかっちゃうんだろう…?
そんなに私って、なんでも顔に出ちゃうのかなぁ…?

後藤さんも…きっと私の隠しきれない、
そんな部分に気づいてしまったのかもしれないし…。
あぁ…情けない気持ちに拍車がかかる。

72 名前:【Exclude one reason】 投稿日:2007/02/13(火) 05:01

「なんか酷いことでもされたん?」
「えぇっ!? なにっ!? 後藤さんに殴られたりとかしたのぉっ!?」
「麻琴、やかまし」

思わず身を乗り出してくるまこっちゃんだけど、愛ちゃんにペシっと顔をはたかれて。
なんだよぉ〜、なんて口を尖らせる姿に困った笑みを浮かべてしまった。

殴られたり…した方が逆に良かったよ…。
確かに、ちょっと乱暴に押さえつけられたりしたけど…、
でもそれは、とっても苦しそうな後藤さんの気持ちが伝わってくるみたいで…。
私よりも、すっごく後藤さんの方が傷ついていたんだって思い知らされたんだ。

73 名前:【Exclude one reason】 投稿日:2007/02/13(火) 05:01

『妹の紺野なんていらない』

いつから…そんな風に思っていたんだろう?
もしかして、一緒に住むことになった一ヶ月前から、思っていた…?
だったら、だとしたら…

「ひどいことしたのは…私の方かも…」
「え?」
「…あ…っ、な、なんでもない…」
「?」

思わず口をついて出た言葉に聞き返されて、慌てて両手を振る。
何故だか…愛ちゃん達にこのことを言ってはいけないような気がして。

だって、愛ちゃん達は…私と後藤さんを『姉妹』として見てるはずだから。
「迷惑に思ってるんじゃない?」って言ったのだって、きっとこれから
私と後藤さんが姉妹としてちゃんとやっていけるのかを案じて
言ってくれたんだと思うし。

そんな二人に……後藤さんから、キスされた…なんていえない。

74 名前:【Exclude one reason】 投稿日:2007/02/13(火) 05:02

「それにしても、相変わらず後藤さんのお弁当って凝ってるねぇ〜」
「え…?」
「出汁巻き、ちょーだいよ〜っ」

ふいに伸ばされる、まこっちゃんのお箸。
ぼーっとしていた私は、それをただ目で追いかけて……ハっとする。

後藤さんが作ってくれたお弁当…。
もしかしたら…これが、最後のお弁当になってしまうかも…、って。
だから、

「だ、だめっ! 今日は、絶対にだめなの…っ!」
「うわっと!?」
「あ、あさ美ちゃん…?」

思いっきりまこっちゃんの腕を振り払って、お弁当箱を抱きかかえてしまったんだ。
何が起こったのか判らず驚いたみたいに、二人は目を丸くして見つめてくるけど、
強く強く箱を抱きしめて動けない。
ごめん…、でも、本当に…今日だけは…今日だけは。

俯いた途端に零れたのは、熱い雫。
もう、何が悲しいのかよくわからないけど、後から後から溢れ出てくる。

75 名前:【Exclude one reason】 投稿日:2007/02/13(火) 05:02

「あさ美ちゃん…? ほんとにどうしたのさぁ…? 後藤さんとケンカしたの?」
「…っく、違うの…、違うけど……、後藤さん、よくわかんなくて…」

まこっちゃんがオロオロとしながら、背をさすってくれて…。
少しだけ、支えきれなくなった不安定な心を曝け出したっけ。

何がいけなかったんだろう…?
どうしたら、後藤さんとうまくやっていけた?
今となっては判らない。
だって……もう一昨日までの関係には戻れないから。

まこっちゃんは、やっぱりオロオロしながら何も言えないみたいに困っていたけど、
ただ、愛ちゃんは…少しだけ、ほんの少しだけ呆れたみたいな顔をして…

「ふむ、まぁ…大事な優しさを失くしても気づかないこともあるって言うし」

重症や、なんて呟いてコロッケパンに齧りついていたんだ。
その横顔が、何もかもをわかっているみたいに見えたのは気のせいかな。
でも、私は情けなくまた泣きじゃくることしかできなかったんだ。

76 名前:【Exclude one reason】 投稿日:2007/02/13(火) 05:02





77 名前:【Exclude one reason】 投稿日:2007/02/13(火) 05:03

『今日は帰れないから。冷蔵庫の中に夕飯作ってます。――真希』

帰ってすぐに目に付いたのは、玄関に置かれたそんなメモ。
クセのある文字は、どこか歪にも見えて…。
何度か消された跡まであって…、悩んだ末に残してくれたメッセージなんだ、きっと。

ほっとした反面…、すごく悲しい気持ちになった。
確かにあんなことがあったばかりだし…顔を合わせづらいけど。
それでも、家の中に『いる』のと『いない』のとでは、意味が違うから。

78 名前:【Exclude one reason】 投稿日:2007/02/13(火) 05:03

「嫌われ…ちゃったかな…」

自嘲気味に笑って、のろのろとリビングへと入っていく。
…と、その時目に付いたのは、FAX。
どこかから来てたみたいで、紙が丸まった形で伸びてしまってる。

そっと手にとって内容を確認して…愕然とした。

『仕事でトラブルがあって、あと2日は帰れない。姉妹で仲良くしててね』

両親からのメッセージだ。
二日間も…。

どうしよう。
仕事、大丈夫かな?とか、そんなことよりも…最後の文字。
『姉妹で仲良く』、それが胸をえぐるような痛みをつけてくる。

79 名前:【Exclude one reason】 投稿日:2007/02/13(火) 05:04

きっと、お父さんもお義母さんも、
こんな風に私たちがこじれてるなんて露とも思ってないんだろうな…。
お父さんなんて、後藤さんの事を『すごくしっかりしたいい子』だなんて
ずっと言ってたし…。

私だって、そう思ってた。
優しくて、しっかりして、ちょっとだけ…
ぼーっとしてたりする、そんな人だって。
なのに…。

80 名前:【Exclude one reason】 投稿日:2007/02/13(火) 05:04

トン、トン、と階段を上って、とりあえず制服を着替えようと思って
自分の部屋の前へと進んで………足が止まる。
視線を向けた先には、後藤さんの部屋。
ちょうど、階段を上ってすぐにある私の部屋の奥側だから、
滅多に行ったりなんてしなかったけど…。

恐る恐るドアの前に立って…、軽くノック。

「後藤…さん?」

……当然だけど、返事はない。
この家に……私、ひとりぼっちだ。

81 名前:【Exclude one reason】 投稿日:2007/02/13(火) 05:05

コンコン。

「後藤さん…本当にいないんですか……?」

何故だろう…、凄く悲しい。
後藤さんがいない、ただそれだけで。
多分それは、いつだって一緒にいてくれたから。

もう大学生さんなんだし、夜が遅かったりするなんて当たり前のはずなのに
後藤さんはいつだって、私が家にいる時は一緒だった気がする。

夕飯だって、絶対に一緒だった。
「美味しい?」って、へらっとした笑顔で訊いてきたり、
絶対に1品は私の好きなおかずを並べてくれてたり…。
「なんか紺野の幸せそうな顔見てると、作った甲斐あるねぇ」なんて
嬉しそうに笑ってもくれてた。
それが精一杯の『作っていた姉』としての優しさだったことにも、私は気づかないで。

82 名前:【Exclude one reason】 投稿日:2007/02/13(火) 05:05

でも、今私はひとりだ。
追いかけてくれる優しさもない…。
それが…こんなにも……辛いなんて…。
こんなにも…後藤さんの存在の大きさを思い知らされるなんて…。

ガチャ、と。
本当はいけないことなんだって判りながらも、
気がついたら後藤さんの部屋の扉を開けていた。

もう日も落ちて、すっかり暗くなった部屋。
綺麗に整頓された机に…色んな香水が立てかけられた棚…。
ベッドにはパジャマが無造作に投げ出されていて…。
全てが、後藤さんで埋められた空間。
でも、主のいないその空間は、とても無機質で…切ない気持ちになる。

83 名前:【Exclude one reason】 投稿日:2007/02/13(火) 05:06

「後藤さん…ごめんなさい…」

そっとベッドに手をついて呟く。
ふと顔をあげると、ベッドの頭の壁に立てかけられた
コルクボードの写真の数々。

私と後藤さん、それに家族での写真、後藤さんのお友達に…
私の知らない色んな誰か。
その数々に、言い知れない感情がこみ上げてきた。

後藤さん…私以外の人の前では、こんな顔してるんだ。
そんなことを思ってしまって。

だって、写真の後藤さんは、すっごく幼い笑顔でVサインをつくったり、
唇を尖らせて、むくれた表情をしていたり…、
鋭い瞳で手で作った銃をカメラに向けていたり。

…私の知らない、後藤さんだらけだったんだ。

84 名前:【Exclude one reason】 投稿日:2007/02/13(火) 05:06

そんなに…私、苦しめてたんですか?
私じゃ…全部を理解して受け止められないって、思ってたんですか…?
もう、妹としても…紺野あさ美としても…見てくれないんですか…?

鼻の奥が熱くなってる。
もう瞼だって、ジンジンして。
その滲んでいく視界を、ただぎゅっと
後藤さんのベッドに押し付けて…ただ涙したんだ。

それからふと思う。
後藤さんは…私を、『紺野あさ美』として見ていた。
じゃあ…私は? 
私は一体どんな風に後藤さんを見ていたんだろう…? …って。

そんなふうに浮かび始めた疑問に振り回されながら、
ただただ、夜の闇に飲み込まれてしまっていたんだ。

85 名前:【Exclude one reason】 投稿日:2007/02/13(火) 05:07


*****


86 名前:tsukise 投稿日:2007/02/13(火) 05:07
>>68-85 今回更新はここまでです。

>>66 名無飼育さん
えぇ、どんどん複雑になってますね、はいw
好んで頂いているなら、作者としては嬉しい限りです♪

>>67 名無飼育さん
いやいや、その展開にしている作者も鬼ということでw
コンゴマジック!!いいですね!コンゴマジック!w
87 名前:ais 投稿日:2007/02/13(火) 23:10
んにゃ〜コンコン・・・。
すれ違い多発で大変ですね。
まぁある意味そこはやはり作者様かと(謎)
二人の思いが繋がることを期待して待ってます
88 名前:【Exclude one reason】 投稿日:2007/02/14(水) 05:34


私は……後藤さんを、どう思ってるんだろう……?


浮かんだ疑問は、ずっと頭の中をぐるぐるしていた。

89 名前:【Exclude one reason】 投稿日:2007/02/14(水) 05:34

2ヶ月ぐらい前、お父さんが一緒に再婚相手の人と食事をするからって
初めてお義母さんと、後藤さんに逢って…。
そういえば、あの時から後藤さんは優しかった気がする。

仲良く喋りだした両親の横で、後藤さんは酷く大人びた表情に
クールな眼差しをしていて。
それに…近寄りがたいオーラみたいなのがあって、
私は食事を一生懸命食べてる振りをして、なかなか話せなくて。
ただ、横目でその整った顔を見ているだけだった。

でも、ふと視線が交わった時、後藤さんはへらっと笑いかけてくれて。
その笑顔のギャップに驚いたのを覚えてる。

90 名前:【Exclude one reason】 投稿日:2007/02/14(水) 05:35

『おいしい? 紺野さん』
『えっ、あ、はい…っ、すごく』
『そ。なんならアタシのも食べる?』
『い、いえっ、いいです』
『そう? 遠慮しなくていいんだよ?』
『ほ、ほんとにっ』

どこかアルトがかった声で話しかけられて。
ドキっと胸が鳴って、わたわたとまた
食事に没頭している振りなんかしたっけ。
そんな私に、後藤さんはふっと目を細めて笑ったりなんかしてた。

『お母さん良かったじゃん、いい人が見つかってさ』

それから、からかい交じりに隣のお母さんを肘で小突いたりして。
急に真面目な顔になって、お父さんに『母をお願いします』って頭を下げて。
すっごく…しっかりした人なんだって、思ったんだ。

91 名前:【Exclude one reason】 投稿日:2007/02/14(水) 05:35

うん…確かに、しっかりした人で…こうと決めたら絶対に譲らない人。
でも…、すぐに表情がコロコロ変わる不思議な人。
一緒に住んだこの一ヶ月で、色んなクセとか見つけたから。

自分の考えを伝えるのが不器用で「なんか、なんか」って
言葉に詰まったりしたり、ホラー映画が苦手で、
ファミリー映画がとっても好き。
料理が得意なのに、片付けるのは大の苦手。
お義母さんに怒られると、もうなんにもしなくなっちゃう子供っぽい人なのに、
さりげない立ち居振る舞いは、凄く大人っぽい人。

こんなにも……後藤さんの事知ってるのに。
知っていたはずなのに、肝心の気持ちの奥底は全然気づけなかった。
ひた隠しにしていた、私への…気持ちは。

そんな私に…自分の気持ちなんて判らない…。
でも…。

92 名前:【Exclude one reason】 投稿日:2007/02/14(水) 05:35

後藤さんが話しかけてくれると嬉しい。
後藤さんが笑いかけてくれると嬉しい。
「紺野」って呼ばれると、嬉しい。

後藤さんが冷たいと悲しい。
後藤さんが辛そうにしてると私も辛い。
後藤さんが……私の知らない誰かと一緒にいると……苦しくなる。

これって…どういう気持ち?
自慢のお姉さんが、誰かに取られたみたいな、そんな気持ち?
ううん、なんか違う。

これは…これは……

93 名前:【Exclude one reason】 投稿日:2007/02/14(水) 05:36





眩しい光の洪水に、ゆっくりと瞼を開く。
温かいまどろみの中にいたせいか、
ちょっとまだ頭がぼうっとするけれど。

視界に入ってきたのは…知らない天井。
さっき…までのは夢?

鼻をくすぐるのは、優しい柑橘系の香り。
あぁ…この香り、私は知ってる。
そう…これは確か、後藤さんの香水の……って、えっ!?

唐突に覚醒していく意識。
がばっと起き上がって辺りを確認して、絶句した。

94 名前:【Exclude one reason】 投稿日:2007/02/14(水) 05:36

だって…えぇっ? ここ、後藤さんの部屋。
しかも、私…、ご、後藤さんのベッドで眠っていた…!?
あれっ、どうして?
確かに私、後藤さんの部屋に入った記憶はあるけど…
そんな、ベッドに潜り込むようなことはしてないはずで…っ。

オロオロとしながら、乱れた髪を押さえつけながらベッドから降りる。
と、その時。
後藤さんの匂いとはまた別の、何か、そう香ばしい匂い…。
リビングからだ…っ。
も、もしかして…後藤さん…っ?

恐る恐る部屋を出て、階段を下りたその先…。
リビングの奥…対面式キッチンに、後藤さんが、いたんだ。
95 名前:【Exclude one reason】 投稿日:2007/02/14(水) 05:37

どうしよう…、まだ心の準備とかできてないし…、
後藤さんと普通に話せるか自信ないけど…
でも、ずっとこのままにはしておけないし…。
うん……ちゃんと、向き合わなきゃ…。

「ご、後藤さん」

震える手でなんとかリビングへの扉を開いて、一歩踏み出す。
本当は、凄く怖い。
怒られたら…とか、無視…されたら、とか。

でも。
後藤さんの反応は全然違っていたんだ。

96 名前:【Exclude one reason】 投稿日:2007/02/14(水) 05:37

「あ〜、おはよー。紺野ってばアタシの部屋の床に突っ伏して寝ててビビったよ」
「え…?」
「とりあえず、ベッドに運んだけど、風邪とかひいてない?」
「だ、大丈夫…ですけど」
「そ、良かった」

まるで何もなかったような笑顔で振り返って、声をかけてくれて。

「え…っ、あ、あの…」
「あれ? 朝の挨拶は『おはよう』でしょ?まだアタシ聞いてない」
「あ、はい、おはよう…ございます」
「うん、朝食出来てるよ、食べちゃいな……って、制服皺くちゃだねぇ」
「えっ? あ…」

昨日、制服のまま眠ってしまったからだ。
どうしよう…代えの制服、下はあるけどベストはないし…。

97 名前:【Exclude one reason】 投稿日:2007/02/14(水) 05:38

「しょうがないなぁ、アタシの貸してあげる」
「えっ?」

言われた言葉にビックリした。
だって、後藤さん、制服って…。
同じ学校…だったんですか?

疑問にもちろん気づいたんだろうけど、
後藤さんは何もいわずに部屋に戻って制服一式を持ってきてくれたんだ。
クリーニングに出したままだったんだろうな、ビニール袋に包まれてて
ピシっと型がついてる。

「あの、でも…スカートとかは大丈夫ですしっ」
「じゃあ、ベストだけでも。サイズは大丈夫だと思うけど?」
「あ…、はい…って、あのっ、後藤さんって私の高校の…?」
「うん、卒業生」

あっけらかんと答えられて、拍子抜けする。
だって、ほら、もっと…。
というか、なんで言ってくれなかったんだろう?
もしかしたら、去年校舎の中ですれ違ってたりしたかもしれないのに。
98 名前:【Exclude one reason】 投稿日:2007/02/14(水) 05:38

「ほら、ンなこといいから、ごはん食べちゃいな? 遅刻するよ?」
「あっ、はいっ」

笑顔で促されて、急いでベストを着替えるとテーブルにつく。
身だしなみとか、結構気になったけど…、
とりあえず食事を先に取ろうと思って。
後藤さんがいる…朝食を。

差し出された食器には、おとといのような私の好きなメニューがのってて。
ますます後藤さんの真意がわからなくなる。
……でも、とにかく…ちゃんと話さないと…。

99 名前:【Exclude one reason】 投稿日:2007/02/14(水) 05:39

「あの…っ」
「ん? なに?」

トーストをかじっている後藤さんは、きょとんとした表情で小首を傾げた。
でも、そんな表情に惑わされたりしない。
だって、きっと後藤さんの中にもくすぶり続けている出来事は
解決されてないんだから。

ひとまず、ごはんを取るのをやめて、軽く息を吸い込む。
また後藤さんを傷つけるかもしれないけど…
私も辛い気持ちになるかもしれないけど
ちゃんと話さなきゃ……話さなきゃ…。

「後藤さん…、昨日の…ことなんですけど」
「あー…うん」

空気が変わったのを感じ取ったのか、
後藤さんもトーストを食器において
指についたパン粉を、パラパラと落とした。
それから一度髪をかきあげて、

100 名前:【Exclude one reason】 投稿日:2007/02/14(水) 05:39

「ごめん、なんかアレだね、ちゃんと妹ばなれしなきゃね、うん」
「…………え?」

言われた言葉に、自分の耳を疑った。
今……なんて…?
妹…ばなれ?

「シスコンも度を越すとマズいよね、マジであんなことしてごめん」
「あ……え…?」

シスコン……って、そういう意味…だったんですか?
じゃあ、後藤さんは…私を『紺野あさ美』じゃなくって…
『妹』として…?

そんなことが脳裏に浮かび始めたその時。
目の前の後藤さんの瞳が…揺れた。
それは…何度も私に『他人の後藤さん』を感じさせた、あの瞳。
そして

101 名前:【Exclude one reason】 投稿日:2007/02/14(水) 05:40

「紺野」
「はい……?」
「アタシのこと…、お姉ちゃんって呼んで?」
「え…っ?」

鋭い何かが、私の心をえぐった…気がした。

『お姉ちゃん』…、そう呼んでくれという後藤さん。
『妹ばなれしなきゃ』、そう言った後藤さん。

それは…つまり…。

―――…後藤さんなりの、けじめの形。

102 名前:【Exclude one reason】 投稿日:2007/02/14(水) 05:40

昨日のことは、きっと本心。
妹として、後藤さんは私を見てなんかいなくって。
いつだって、心の奥にある気持ちに苦しんだりなんかして。
それが一気に溢れて、散らばって。
でも。

でも…私が拒んだから。
拒んでしまったから。
だから…こんな形で、自分自身を納得させようとしてるんだ…きっと。

「あ……ぁ…」
「お願い、お姉ちゃんって呼んで」

真剣な眼差し。
まるで、鋭利な刃物を喉元につきつけられたような緊張がするほど。

103 名前:【Exclude one reason】 投稿日:2007/02/14(水) 05:41

『お姉ちゃん』
その一言を言ってしまえば、もう後藤さんの気持ちに
振り回されることはなくなる。
答えの見つからない疑問に悩む事だって、しなくてよくなる。
そう、もう苦しい気持ちから解放されるんだ。

でも、心のどこかで焦燥感がこみ上げてきて、
言葉を発することを許してくれないんだ。
『それで本当にいいの?』『後藤さんの存在ってなに?』
『妹で……いていいの?』
加速し始める思考回路は、とまらなくって…。

104 名前:【Exclude one reason】 投稿日:2007/02/14(水) 05:41

「あー………ごめん、講義が1つあるから、続きは帰ってからね」

そんな後藤さんの声に、やっと我に戻ったんだ。

部屋を出て行く後藤さんは、一度だって振り返ってくれなかった。
ただ、お弁当がキッチンに置いてあるから、と声だけで伝えてくれて。
……大きな…壁を感じてしまっていたんだ。

105 名前:【Exclude one reason】 投稿日:2007/02/14(水) 05:41


*****


106 名前:tsukise 投稿日:2007/02/14(水) 05:42
>>88-105 今回更新はここまでです。

>>87 aisさん
すれ違い、ほんと多発中ですよねw
作者の書き方全開でございますね、えぇw
思いが繋がるか、どうぞ続きもお付き合い下さいませ(平伏
107 名前:【Exclude one reason】 投稿日:2007/02/15(木) 04:45

「えぇっ!?」

打ち明けられた言葉にびっくりした。
お昼休みの屋上で、いつもの三人仲良くお弁当…って思ってたのに、
まこっちゃんの姿がなくって。
まるでその理由と言わんばかりの爆弾発言をしたのは、愛ちゃん。

「い、今、なんて?」

心の動揺を抑えながら、もう一度愛ちゃんに問いかける。
愛ちゃんはすっごく嬉しそうな顔をしながら、
それでも秘密を打ち明けるみたいに私の耳元にぼそっと囁いた。

108 名前:【Exclude one reason】 投稿日:2007/02/15(木) 04:46

「ほやから、麻琴と付き合うことにしたんよ。そしたら、
一緒にお弁当はしばらく恥ずかしいから学食で食べる〜言うて」

つ、付き合うって…っ。
えっと、あの、恋人になるっていうことだよね?
えぇっ、でも、愛ちゃんとまこっちゃんが…!?
ど、どんな風になって、そうなっちゃってたの…っ?

何も言えずに、口をぱくぱくしてしまって。
そしたら、愛ちゃんは一瞬顔を曇らせながら私の顔を覗き込んできたんだ。

「…あさ美ちゃんは、同性の恋愛ってあかん方?」
「え? あっ、違うっ、そんなのじゃなくて」

わたわたと両手で手を振って否定する。
うん、そんなのじゃないんだよ。
だって、好きになった人がたまたま同性だったってだけで…
うん、他の誰でもない『まこっちゃん』だから好きになったんだってわかるもん。
それに…まこっちゃんがどんなに素敵な子なのか、私知ってるから。

109 名前:【Exclude one reason】 投稿日:2007/02/15(木) 04:46

なんとか伝えると、愛ちゃんはあからさまに
ほっと息をついて笑った。
それから本当に幸せそうに、
あふれ出しそうな想いを教えてくれたんだ。

ずっと好きやったんざ、やけど麻琴には
他に好きな人がいるん知っとったから。
あかんやろなー思いながら、一生懸命友達のフリしてて。
でも、なんか、その好きな人が別に好きな人がいるんやって
判ったみたいで…。
二番煎じでもええから、麻琴を捕まえたかったんよ。
それで、思い切って告白したら。

110 名前:【Exclude one reason】 投稿日:2007/02/15(木) 04:48

「し、したら…?」
「『そんなのだめだよぉっ!愛ちゃんは友達じゃん!』って」
「えっ? そ、それでどうやって付き合うことになったの…?」
「言うたんや、『友達でも、いつか恋人になれん?』って」
「友達から……恋人に…」

ズキン、と…胸が痛んだ。
何かが…私の中でひっかかってる…。

「卑怯やて思ったんやけど、『少しでも好きでいてくれるならお願い』て」
「………それで……まこっちゃんは?」
「ずるいなぁ、って言いながらしばらく考えてくれて…さっき付き合おうって」

そう…なんだ…。
そんなことが二人にあったなんて…。
まこっちゃん…どんな気持ちで受けたんだろう…?
失恋して…それでも、愛ちゃんと。

111 名前:【Exclude one reason】 投稿日:2007/02/15(木) 04:48

愛ちゃんだって…。
二番煎じでもいい、なんて…私には絶対に言えない。
でも、愛ちゃんはどうしてもまこっちゃんを手に入れたくて仕方なくて。
もしかしたら、そんな風な状況になったら…
本当はなりふりなんて構ってられないものなのかな?

友達とか、同性とか、その人が他の誰かを好きだとか。
そういうの、ぜんぶ。

……あぁ、なんだろうこの気持ち。
何故か、胸の奥がズキズキする。
私…愛ちゃんの想いの種類も、
まこっちゃんの気持ち動揺も…知ってる気がする。
これは……

112 名前:【Exclude one reason】 投稿日:2007/02/15(木) 04:49

「………あさ美ちゃんは、どうなん?」
「え…?」

唐突に訊かれて、びくっと身体が跳ねる。
視線の先には、真剣な瞳で見つめてる愛ちゃん。

「私が…って、何が?」

気づいているくせに、最後の強がりで知らないフリをしようとしてる。
ちゃんと、逃げ場のない質問をされないと
答えを導き出せない自分が、そこにいるんだ。
追い詰められないと……本当の気持ちを見ようとしない自分が。

113 名前:【Exclude one reason】 投稿日:2007/02/15(木) 04:49

そして、今…

「……後藤さんのこと、好きなんやろ?
『お姉さん』じゃなくて『後藤真希さん』として」

全ての退路が奪われた。

あぁ……、すべての緊張がなくなっていく。
かわりに訪れたのは、脱力感。
苦手なテストが終わったときのような、そんな。

それは過ぎていく時間に落としてきた宝物。

もっと早くに気づくべきだったんだ。
私の知らない誰かと一緒にいる後藤さんを想像したとき感じた、
あの息苦しさが意味するもの。
後藤さんのひとつひとつの仕草に、驚いたり喜んだり悲しくなったり。
それって、姉妹だから感じるものとは全然違うものだったんだって。

114 名前:【Exclude one reason】 投稿日:2007/02/15(木) 04:50

「あさ美ちゃんは本当に後藤さんに、お姉さんになってほしいん?」

うなだれる私に、愛ちゃんは容赦なく鋭いナイフを突きつけてくる。
でも、いじわるで言ってるんじゃない。
全部私のために言ってくれてるんだ。
うん、わかる。
だから、私は……心のままを伝える。

「お姉さんになってほしいけど、お姉さんになってほしくない…かも」

矛盾した答え。
それでも、多分愛ちゃんには全てわかったんだろう答え。
溜息交じりのなんともいえない笑顔で、私の頭を撫でてくれたから。
最後の答えは自分で受け入れなきゃ、って言うように。

115 名前:【Exclude one reason】 投稿日:2007/02/15(木) 04:50

うん。
そう、もうわかったよ?
……私は…後藤さんのことが…。

押さえつけられるようにして奪われた唇だって、
驚いたけどイヤじゃなかった。
むしろ…むしろ…。

……――― もっと触れてほしい、触れたい…とさえ思ったから。

116 名前:【Exclude one reason】 投稿日:2007/02/15(木) 04:50

「愛ちゃん…私」
「うん」

友達とか、同性とか、…そんな壁を突き崩した愛ちゃん。
そんな愛ちゃんだからこそ、私は…胸の奥を全部さらけ出す。

「後藤さんが、好き」
「………うん」

これが私の本心。
どんなに冷たくても、私は後藤さんが好き。

「あさ美ちゃん…」

それからチャイムが鳴るまで、わけもわからず
何故か泣きそうになった私を、
愛ちゃんはただ頭を撫でて慰めてくれてたんだ。

117 名前:【Exclude one reason】 投稿日:2007/02/15(木) 04:51


*****


118 名前:tsukise 投稿日:2007/02/15(木) 04:51
>>107-117 今回更新はここまでです。

119 名前:名無 投稿日:2007/02/16(金) 02:34
前スレからここまで一気に読ませていただきました〜。
こんごまの空気感好きです(´Д`)
作者さんの作品全部好きですっ!!私のツボをとらえていますww
感動もするし、ほんわかとした柔らかい気持ちにもなれます☆☆
今後も楽しみにしてます(^^)
120 名前:【Exclude one reason】 投稿日:2007/02/17(土) 06:19

学校から家までの道を、全速力で駆け抜ける。
スカートが翻ったりするのにも、かまわずに。
ただ全速力で。

もう午後の授業なんて聞いていられなくて、愛ちゃんに協力してもらって…。
5時間目のチャイムが鳴る頃には、校門を潜り抜けていたんだ。

気づいてしまったこの気持ち。
もう止められないから、止めたくないから。
今、きっと一人で家にいるあの人の元へ早く…早く。

今…後藤さんは一体なにをしてるんだろう?
私の返事を待ちながら…苦しんでる?
それとも、もうどうでもよくなってしまってる?

考えるだけでも、胸が締め付けられる。

121 名前:【Exclude one reason】 投稿日:2007/02/17(土) 06:20

バタン…!

「後藤さん…!」

いきおいに任せて玄関の扉を乱暴に開ける。
もう靴を脱ぐのももどかしいぐらい、玄関で蹴散らして。

もう、一秒でも早くこんな気持ちを脱ぎ去ってしまいたくて。

そう、もうこんなのはたくさん。
自分の気持ちにフタをして、本当に欲しかったモノを目の前にして
物分りのいい『妹』を演じて。
それで、傷つけて…全部無くして…そんなのは、もういや。

多分、ほとんどの人には理解してもらえないかもしれない。
でも、もう嘘はつきたくないし、誤魔化したりもしたくない。
だから…。

122 名前:【Exclude one reason】 投稿日:2007/02/17(土) 06:20

「ごと…」

―――…この、目の前にいるあなたを…手に入れたい。

「…後藤さん……」

目の前のあなたは、苦しげに眉をひそめて眠っていた。
リビングの中で一番大きなソファーなのに、きゅっと身体を小さく丸めて。
走ってきたせいもあるけど、それでも熱いぐらいの暖房が効いたこの部屋で、
こんなにも…小さくなって。

羽織っていたコートをその場に脱ぎ捨てて、カバンだって床に落として。
ゆっくりと後藤さんのそばに座り込む。
眠りの中にいる後藤さんは、手を伸ばせばすぐそこに。

123 名前:【Exclude one reason】 投稿日:2007/02/17(土) 06:20

こんなに…近くにいたのに。
切ない気持ちがこみ上げてきて、くっと唇をかみ締めた。

そう、こんなに近くにいたのに、
後藤さんの気持ち…それに私の気持ちを全部落としてきた。
後藤さんはお姉さんだから、私は妹だから。
そんな鎖に縛られて、囚われて。

でも、違う。
私たちの中では、そんな鎖なんて本当はなかったんだ。

確かに…他の人から見たら、それは一種狂った歯車。
けど、動かせないわけじゃない。
動かそうと思えば、動かせる。

そして、その起動させるスイッチを入れなきゃならないのは……私。
歯車をセットしてくれたのは後藤さんだから。

そう…私が動かさなきゃいけないんだ。

124 名前:【Exclude one reason】 投稿日:2007/02/17(土) 06:21

「……ん…、こん、の…?」

私の気配を感じ取ったのか、後藤さんの意識がまどろみから引き戻されていく。
真っ先に、私の存在を確認しながら。
いつだって…私の事をとらえながら…その瞳は揺れていた気がする。

「後藤さん…」
「帰って…たんだ?」
「帰って…きちゃいました」

私の言葉に後藤さんは首を回して部屋時計を確認した。
思いがけない時間にいる私。
呆れられた…かな。

ちょっと不安になったけど、後藤さんは責めたりなんかしなかった。
ただ、一気に意識が覚醒したみたいで、身体を起こして瞳を曇らせたんだ。

125 名前:【Exclude one reason】 投稿日:2007/02/17(土) 06:21

「どうしたの…? どっか悪くした?」
「違います…」
「じゃあなんで?」

それは、学校の勉強より大切なことがあるから。
うん、学校の勉強なんか手につかないほど大切なこと。

もし拒絶されたらどうしよう。
後藤さんを一度拒んでしまった私が、図々しいにも程があるかもしれない。
でも。

「紺野…?」

私だけを見てくれる、この瞳が欲しいから。
後藤さんが欲しいから。
だから。

―――…伝えるんだ、私の気持ちを全部。

126 名前:【Exclude one reason】 投稿日:2007/02/17(土) 06:22

「私、後藤さんのこと『お姉ちゃん』って呼べないです」
「は…?」

いぶかしむ後藤さん。
でも、私の言葉は止まらない。
今を逃したら、絶対にもう言えないから。

「…この間…突然キス、されて、凄くびっくりしました。それに、ちょっと…怖かった」
「…………」
「でもっ、でも……嫌じゃなかった。ううん、本当は…心のどこかで後藤さんが、
してくれたこと、喜んでたかもしれない」
「紺野…?」

後藤さんの瞳が揺れる。
それは、あの他人の色を濃く映した瞳。
私がいつも振り回された瞳。
それさえも…欲しいんです。

127 名前:【Exclude one reason】 投稿日:2007/02/17(土) 06:22

「後藤さんが優しいと嬉しい…後藤さんが名前を呼んでくれると嬉しい。
でも、後藤さんが、私の知らない誰かと一緒にいる写真を見ると…凄く辛い…。
それって、私…私が、後藤さんのこと…、後藤さんのこと……」
「…うん……うん」

スっと、頬を撫でてくれる後藤さんの手の平。

あぁ、もう伝わってる。
私が、言わんとすること全部。
でも、ちゃんと自分で言わなきゃ。
ほら、ちゃんと。

128 名前:【Exclude one reason】 投稿日:2007/02/17(土) 06:22

「私、妹じゃいやだ。後藤さんの、一番になりたい……。
私…――― 後藤さんが…好き、なんです」

途端に、張り詰めていた全ての鎖が外れた…気がした。
だってほら、後藤さんの瞳が、まったく知らない人みたいに細められてる。
あの朝のように。
すぅっ、と頬を撫でていた手の平は、顔の輪郭を辿って肩口へ。

129 名前:【Exclude one reason】 投稿日:2007/02/17(土) 06:23

「…アタシ、結構ヒドイやつかもよ?」

それでも構わない。
どれだけヒドイことをされても、あなたはきっと『私だけの人』だから。

今なら判ります。
心の脆さを、あなたは知りすぎるほど知っていたから。
だからずっと、距離を置きたがっていた。…そうですよね?

「紺野の友達にだって嫉妬しちゃうヤツだよ?」

それは一種、ヤマアラシのジレンマ。
近づけば傷つける苦しさ。
それでも、自分以外の誰かが近づくと…苦しい。
うん、それ…それは私も同じ。

「私も、後藤さんがほかの誰かとなんて…すごく嫌です」

手探りで求めてた、あなたの正直な気持ち。
そんな卑怯で臆病だった私は、もうおしまい。

130 名前:【Exclude one reason】 投稿日:2007/02/17(土) 06:23

「戻れなく、なるよ?」

それはきっと、傷口に塩を塗る愛し方 
でもどこか癒されてしまう私がいる…確信があるんだ。
だから。

「もう、むりです」

瞬間。
ぐっと肩を押されてソファに倒れる身体。
もちろん追いかけてくるのは、あなたの温もり。

「紺野のオチてくとこ、見てみたい…。見せて、ぜんぶ」
「…っ」

その惹かれあう熱い心に導かれて…
ノイズの中に、飲み込まれていったんだ。

感じたのは、柔らかさ・熱さ、
そして…優しさの中に隠れていた、微かな狂喜誘う激しさ。

そう、後藤さんのすべてだった。

131 名前:【Exclude one reason】 投稿日:2007/02/17(土) 06:24





132 名前:【Exclude one reason】 投稿日:2007/02/17(土) 06:24

白く煙る意識をたぐり寄せて、ゆっくり瞼を開く。
真っ先に視界に映ったのは、穏やかに眠る後藤さんと…。

「雪……?」

後藤さんの向こう側…四角い窓の外、しんしんと静かに
真っ白な粒が降り注いでる。
部屋は暖房が効いているから全然寒さを感じないけど、
いつから降っていたんだろう?
ふとのぞいている庭の木は、もう真っ白になっていて。
時計を確認してびっくりした。

6:50、もちろん……朝の。

133 名前:【Exclude one reason】 投稿日:2007/02/17(土) 06:24

「昨日……」

あのまま私は眠ってしまったんだ…。

もしかして、昨日のは夢だった?…なんて思ったけどすぐに否定する。
だって…毛布にくるまった私たちの触れ合う素肌が同じ温度。
まだ残るおなかの鈍い痛みは、後藤さんが愛してくれた証拠。
うん…ぜんぶ夢じゃない。

134 名前:【Exclude one reason】 投稿日:2007/02/17(土) 06:25

「後藤…さん」
「ん……んん……」

そっと後藤さんの頬を指でなぞると、まどろみの中にいる後藤さんは
無意識に腕を伸ばして私の身体を引き寄せてきた。
そのまま鼻先を胸元にうずめてきて、くすぐったさに身が震える。

「後藤さん…? 朝です」
「んー………んー…」

呼びかけても、ほとんど反応しなくって。
ちょっと困りながらも、私は後藤さんの頭を優しく抱きしめた。

135 名前:【Exclude one reason】 投稿日:2007/02/17(土) 06:25

昨日までと違う後藤さん。
こんなにも幼くて、でも…やっぱり大人っぽくて。
悔しいぐらい愛しい…私の、元・お姉さん。

…運命感じないなんて、きっと勿体無いストーリー。

狂おしい夜をだきしめて、心乱されて…そして、やっと手に入れたあなた。
多分、あなたも同じくらい長すぎる夜を見つめていたはず。
だから、きっと…そう、虚ろな目の似たもの同士…それが始まり。

136 名前:【Exclude one reason】 投稿日:2007/02/17(土) 06:25

「…おっきな…罪を犯したのかな…私」

うん…きっと誰にだって理解してもらえないかもしれない私たちの関係。
でも、罪の意識がつのるほど本当の気持ちが現れてくるんだ。

大好きな後藤さん。
誰も見ないで。
私だけを見つめていて。
私も、あなただけを見つめて生きていくから。
だから。

137 名前:【Exclude one reason】 投稿日:2007/02/17(土) 06:26

「…つまんないこと考えなくていーんだよ」
「後藤、さん…? 起きてたんですか?」
「今、起きた」

腕の中の後藤さんが なんだか、あどけない悪魔に見える…かも。
でも…スっと一度口付けて柔らかく笑ってくれる姿は、すごく綺麗で。
悪魔でも、天使でも、どっちでもいい気持ちになる。
だって……私だけのあなた、だから。

138 名前:【Exclude one reason】 投稿日:2007/02/17(土) 06:26

「もう、7時ですよ…?起きなきゃ…」
「学校、行くの?」
「学生ですから」
「でも、多分…雪で休みだよ?」

え? と思って少し起き上がると窓の向こうをもう一度見る。
さっきまでの穏やかさはなくなって、今は灰色の空から激しい雪を降らせていた。
思わず、ぶるっと身体が震えてしまうほど。

そんな私を追いかけて起き上がると、後ろからぎゅっと抱きしめてくる後藤さん。
温かい毛布のぬくもりよりも、じかに伝わってくる体温の方が…心地いい。

139 名前:【Exclude one reason】 投稿日:2007/02/17(土) 06:27

「ね…? だから、ごとーの勉強でもしてなさい」
「後藤さんの勉強って…、そんなの必須教科にもありませんよ?」
「紺野限定、初の教科」
「あったら、前代未聞ですね」
「何事も最初は前代未聞なの」

くすくす笑いながら、軽く重ねるように手を取り合う。
絡んでくる指先は、きっと心のつながりそのもの。

「お母さん達は、明日帰ってくるんでしょ?」

首筋に落とされる唇に、胸の鼓動が高鳴りを増していく。

「んっ…、はい」
「じゃ、練習しよ?」
「何の…ですか?」

耳元へと辿っていく吐息は、いつだって私を狂わせて。

140 名前:【Exclude one reason】 投稿日:2007/02/17(土) 06:27

「紺野が、お姉ちゃんってアタシを呼べる練習」
「…っ…、いじわる、ですね」

なんでも、自分の思い通りにしようとするんだ。

「アタシも、呼ぶよ?」
「なん、て?」

でも、そんなあなたの優しい愛情も知っているから。

「…あさ美、って」
「…あっ、ずる、い…、ん…はぅ…っ」

いつまでも刺激的に愛し合おう。

141 名前:【Exclude one reason】 投稿日:2007/02/17(土) 06:28




『遅すぎる出会い』。
時々耳にする、恋や愛を見逃した人たちの声。
でも私は、そんなの信じない。

それは多分…私が後藤さんを『お姉ちゃん』と呼べる日は、
こないだろうから。

142 名前:【Exclude one reason】 投稿日:2007/02/17(土) 06:28


【Exclude one reason】―――― END


143 名前:tsukise 投稿日:2007/02/17(土) 06:29
>>120-142 
今回更新はここまでです。
と、同時にこのお話はこれで終わりです。
まだ次回より、新しいお話となりますが
お付き合い下されば幸いです(平伏

>>119 名無さん
作品にお付き合いくださいまして、ありがとうございます(平伏
大変嬉しいレス、励みになっておりますっ(平伏
こんごまの空気、作者も大好物でしてツボをとらえていると嬉しいです♪
どうぞまたお付き合いくださいませ(平伏
144 名前:ケロポン 投稿日:2007/02/17(土) 07:49
更新お疲れ様です!
最高によかったです!
また次回のこんごまも楽しみにしています。
145 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/02/19(月) 04:53


『1年経ったら…もう一度考えて。アタシとの関係』
『1年…ですか?』
『そ、1年。そうだねぇ…来年のアナタの誕生日にでも』


146 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/02/19(月) 04:54





147 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/02/19(月) 04:54

思い切って卒業式の日に告白したずっと憧れてた3年の先輩。

いつも涼しい顔をして、凛とした横顔で。
笑った顔も何度か見たけど、
どちらかというと、ぼんやりと頬杖をついて図書館の隅から
校庭を眺めている姿の方が印象深かった。
なんにも映し出されてないような、そんな不思議な眼差しが。

この学校では人気の先輩の一人で、みんな写メなんかで盗み撮りして。
うん、私もそうだったけれど。
でも、誰とも付き合ったりなんかしないんだって有名だった先輩。

本当に姿を見れるのが最後なんだって思ったら寂しくて、
思い切って、ひとり校門をくぐろうとしている先輩を呼び止めて。
『ずっと好きでした』って言ったんだ。

148 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/02/19(月) 04:55

その時の先輩…すごいびっくりしてた。
それから、ちょっと困ったみたいに卒業証書の入った筒で
首元なんかを叩いたりして。

『………で?』
『え…っ? あの、『で』とは…?』
『や、だから、キモチを伝えたかっただけってやつ?
それとも先を望んでいる告白?』

言われた言葉に、今度は私がびっくりして困る番だった。
こんなストレートに訊き返されるとは思ってなかったから。
それに『ありがとう』とか『ごめんね』だけで終わるんだとばっかり…。

149 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/02/19(月) 04:55

『なに、どっち?』
『あっ、えっと! その…っ、せ、先輩さえ良ければ…あの…』
『うん』
『お、お付き合い…してくれませんか…?』

付き合う、ということ。
もう高校生の私には十分すぎるほど理解している言葉。
でも、頭で理解していても、気持ちはついていかなくて。
思いっきりうつむいた。

わ、わたしが、その、恋人…を作るなんて…とか…っ。
ドラマで見たような、あんな恋愛をしようとしてるなんて、とか…っ。

150 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/02/19(月) 04:56

真っ赤になっていく頬。
耳の先まで熱くって。
先輩の顔がまともに見られない。
見えるのは、カツカツと地面を小突いているそのつま先だけ。

これだけ言って、NOといわれたら…けっこうショックかもしれないなぁ。
でも、先輩は誰とも付き合ったりしないって聞いてる。
だったらやっぱり…。
あぁ…やっぱりやめておけばよかったかも。
でも…、

でも、先輩の背中がちょっと寂しそうにも見えたから。
だから、声をかけずにはいられなかった。
誰とも喋ったりしないで、友達の影さえも見えなくて、
そんな先輩が、校門に向かっていく背に。

151 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/02/19(月) 04:56

『……んー…、紺野サン、だっけ?』
『はっ、はい…っ』

名札を確認するように首をかしげるように覗き込まれて、
至近距離に近づいた先輩に驚きながら、顔を上げた。
その視界に映ったのは…、やっぱりどこか困ったみたいな先輩。

か、覚悟はできてます。
紺野あさ美、初めての玉砕、大丈夫です。
もしダメだった時には芋ようかんのヤケ食いで立ち直ります。
まこっちゃんと女の友情をかみしめます。
だから、どうぞっ。

そんなことを考えながら、きゅっと唇を結ぶと先輩を見上げる。

152 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/02/19(月) 04:57

でも、
先輩は、
さんざん困ったみたいに首を捻って、

『…………いいよ、付き合おう?』

ポツリと小さく私の耳に言葉を落としたんだ。

『………ぇ…、えぇぇぇっ!?』
『な、なにさ?』
『えっ!? あの、でも、だって…っ、えぇぇっ!?』
『だからなによー?』

あまりのことに挙動不審になってしまったみたい。
でも、だって、信じられない…っ。
せ、先輩は誰とも付き合ったりしないって…えぇぇっ!?

153 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/02/19(月) 04:57

『…ふは…っ、なんか紺野サンって面白い子だねぇ』

あ…。
先輩、笑った…。
初めて…こんな近くで見るかも。
さっきまでの綺麗な印象と違って…うん、すごく可愛い。

『ははっ、まーいいや。うん、付き合おっか、うちら』
『はっ、はっ、はいっ』

スッと差し出されたのは手の平。
あ、握手ってことかな?

ぎゅ。

154 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/02/19(月) 04:58

『んははっ、そうじゃなくて』
『えっ? えっ?』
『ケータイ。番号交換するのがこの学校で付き合いだした人たちの
セオリーなんでしょ?』
『あっ、ご、ごめんなさいっ』

そういえば…っ、私の学校ではそんな約束事があるんだって、
後輩のれいなから聞いたことあったっけ。
『紺野サンって天然だね、ぜったい』なんて言われてしまってるし…。
あぁ、恥ずかしい…。

155 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/02/19(月) 04:59

そこで携帯の交換をしてメモリーして。
新しく入ったアドレスに、凄くドキドキしながら番号を確かめてたっけ。
でも、そんな私に…

『一つだけ、いい?』
『は、はい?』
『1年経ったら…もう一度考えて。アタシとの関係』

唐突に言われて、きょとんとしてしまった。
どうしてOKしてくれたのに、突然そんなこと言うんだろうって。

156 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/02/19(月) 04:59

『1年…ですか?』
『そ、1年。そうだねぇ…来年のアナタの誕生日まで』
『ど、どうしてですか?』
『……うん、1年いたら、キモチ変わるんじゃないかと思うから』
『そっ、そんなっ、そんなことないですっ』

ぶるぶると首を振って否定したけど、先輩はただ笑うだけだった。
そう、ただ…笑うだけだった。

157 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/02/19(月) 05:00


どうして1年と言ったのか…
その理由がだんだんと見えてきたのは、もう少し後の話だった。

そして、この日から…私は先輩…後藤先輩の恋人になりました。

158 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/02/19(月) 05:00


****


159 名前:tsukise 投稿日:2007/02/19(月) 05:02
>>145-158 今回更新はここまでです。

>>144 ケロポンさん
感想レス、ありがとうございます(平伏
楽しんでくださっているなら嬉しい限りです♪
どうぞ、今回のこんごまもお付き合いくださいませ(平伏

160 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/19(月) 06:15
前作がハッピーエンドで終わってやれやれと思ってほくほくしていたらもう新作きたー
また二人の関係にそわそわさせられると思いますが期待してますがんばってください。
161 名前:コンゴマジックの者 投稿日:2007/02/19(月) 21:51
よかったです前作。いい意味で期待通りに、術にはまりました。
新作にもはまりそうな予感・・・
162 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/02/21(水) 04:57

お付き合いをすることになったからといって、
私の生活がそこまで大きく変わることもなく。
春休みに入っても学生の本分、勉強を頑張ったり、
友達と一緒にショップに行ったり。

うん、でも大きく変わったことが1つ。
それは3日に1度は先輩が遊びに誘ってくれること。
先輩ももう大学が決まっていて、時間に余裕があるらしい。

今日も一緒に渋谷まで出てきて買い物したりしてたんだ…けど。

163 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/02/21(水) 04:59

「あの、先輩…」
「なに?」
「で、出来れば、あの、もう少し人通りの少ない所に行きませんか?」
「んぁ?」

とぼけた声をあげる先輩は、人気のジュエリーショップの入り口で振り返った。

そう、人気のジュエリーショップということは、
えぇ、たくさん人がいるっていうことで、
えぇ、その中には私の知り合いとか…学校の子もいるわけで…。
後藤先輩は誰とも付き合ったりしないって有名だったわけで…。

ようするに…さっきから私を縛るみたいに絡みつく視線に困ってるんです。

164 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/02/21(水) 05:01

なのに先輩ときたら。

「いいじゃん。ここ、すっごい可愛いピアスとかあるんだし」
「いや、あの、でもですね…」
「紺野にも似合うの、この間見つけたんだ。絶対可愛いよ?」

嬉しくない?なんてちょっと首を傾げたみたいに言われて。

嬉しくないわけない。
そりゃあ、すっごく嬉しい。
あの後藤先輩が、私のために見つけてくれたんだって思ったら、
うん、凄く嬉しい。

でも、あぁ、ほら、なんか紫色の禍々しいオーラに包まれた視線が
いま一層強く私に絡み付いてきている気が…。

165 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/02/21(水) 05:01

「紺野」
「は、はい…」

あまりにもオロオロしてしまっている私に、
先輩は呆れたみたいに溜息を1つ。
その手に持っていたジュエリーを棚に一度置きなおすと、
突然、

むぎゅ。

「ひぁっ、ひょ、ひょっと…せんはい…っ、いたいでふ…っ」

すいっと伸ばした手で、私の頬を引っ張ってきたんだ。

待って、待って、どうしていきなり…っ、
こんな人がいっぱいいるのに…、
また禍々しいオーラが辺りに…っ、

でも、それよりも圧倒的なオーラを持っていたのは目の前のこの人。

166 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/02/21(水) 05:02

「紺野、聞いて」
「うぅ…ひゃい…?」

ちょっとむくれたみたいに唇を突き出して、
でも、やっぱり呆れているのか眉が片方上がっていたりして。
あ、あの…なんだか怒ってます…?

「人の噂なんて75日だよ、ううん、もっと早い」
「…? せんはい…?」
「………。アタシは紺野からの告白をちゃんと受けた。
紺野はちゃんとアタシに好きだって言った」
「あ、あ、あの…っ?」
「なんにもやましいことなんてないじゃん。誰かの目なんて
気にすることない」
「うぅ…でも……、あいたっ」

またぐいっと引っ張られる頬。
そんなに怒ってるのかなって、先輩の顔を見上げた。

167 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/02/21(水) 05:03

でも、…どうしてだろう、その時の先輩の顔は、

なんだか…

「それに……アタシがいた記憶なんてすぐになくなるよ」

なんだか……とても寂しそうだった。

「せんはい…? どうかしたんでふか…?」

ちょっと心配になって顔を覗き込んだんだけど、
先輩は、

「…ぶはっ! 紺野、すっごい今マヌケな顔してるねぇ〜っ」

………失礼極まりないです。
仮にも…、仮にもあなたの、こ、こ、恋人ですよっ!?

168 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/02/21(水) 05:03

なんだかむっときて、ばっ、と、先輩の手から逃れると、
ちょっと残った痛さに涙目になりながらも睨みつけた。

「先輩が、引っ張ったんじゃないですかっ」
「おぉ、紺野が怒った」
「もう知らないですっ」
「あははっ、ごめんごめん」

なんですか、それっ。
『ごめん』がすごく軽いです!
全く、先輩ってこんなに子供っぽい人だったんですねっ。
いままでの大人っぽいイメージが、なんだか嘘みたい。

169 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/02/21(水) 05:03

「でも紺野ー」
「…なんですか?」

「今、すっごい目立ってるよ」

あ……。

辺りを見渡すと、視線・視線・視線の嵐。
もしかしなくても、私、すごぉく恥ずかしい立場ですか?今。
そ、そ、そ、

「それもこれも先輩のせいですっ!」
「おぉ、また怒った」
「先輩っ!」
「あはは〜、いいねぇいいねぇ」

170 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/02/21(水) 05:04

結局は、先輩の空気に飲み込まれている自分がいたけど、
本当は…

本当は、この時にはもう先輩の方が飲み込まれていたのかもしれない。
私、とか、いろんなものに。

171 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/02/21(水) 05:04


*****


172 名前:tsukise 投稿日:2007/02/21(水) 05:05
>>162-171 今回更新はここまでです。

>>160 名無飼育さん
応援レス、ありがとうございます、励みになってます(平伏
そうですね、今回もまた二人の関係を楽しんで頂ければ
幸いでございます♪

>>161 コンゴマジックの者さん
前作、コンゴマジックを楽しんでいただいたようで♪(笑
どうぞ、今回も続けてお付き合いくだされば幸いです♪
173 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/02/22(木) 05:19

初めてのキスは、しょっぱい涙の味。
夜空一面に広がる、色とりどりの花火の中、嬉しいはずのキスなのに。
しょっぱい…それに…どこか…、胸が熱くなるような、そんなキスだった。

『こんなはずじゃ…なかったのに……』

苦しげに目を閉じたあなたが、ただ印象深くて…。

きっと、忘れられない記憶の1ページ。

174 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/02/22(木) 05:19





175 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/02/22(木) 05:20

「花火大会?」
「はいっ、あの、良かったら…」
「花火かぁ、全然行ってなかったしねぇ、うん、行こっか」
「あっ、は、はいっ」

喫茶店でアイスティーを飲み干しながら、浴衣姿の人たちを見つけて。
なんかあんの?なんてとぼけたみたいに訊いてきた先輩に、
思い切って、多分その人たちの目的だろう花火大会に誘ったんだ。

「花火っていうと、柳とかいいですよね、とっても綺麗で」
「そうだねぇ…」
「あ、でも、打ち上げ花火ならどれもすごく綺麗で…」
「うん…」

快く了承してくれた先輩は、
それなのにどこか困ったみたいに、喜ぶ私を見つめてる。
ううん、困ったっていうか、なんていうか…、ちょっとだけ、
うん、ちょっとだけ…『苦しそうに』。

176 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/02/22(木) 05:20

付き合いだして3ヶ月が過ぎ去って。
私たちは学校生活と恋愛をと、うまく両立してきていると思う。
私の誕生日には先輩が特製ケーキを作ってくれたり、
いつも逢う日には、スイーツを持ってきてくれたり、
イチゴとか結構果物で好き嫌いがある私のために、ちゃんと考えてくれてて。
って、食べ物の話ばっかだ…。

そういえば前に先輩が言ってた『人の噂も75日』っていうのはそのとおりで。
ちょっとだけ新学期に入って騒がれたりしたけど、
結局は卒業生っていう部分もあってか、いつのまにか噂は立ち消えていったんだ。
『ほらね、だから気にしなくていいんだってば』なんて得意げに笑ってたっけ。

なんだか、付き合いだして思ったけど、先輩って実は子供っぽいかも。
ゲームセンターで遊んだエアホッケーでは、すっごい一生懸命だったし、
『んぁぁ〜っ』って、独特な声をあげてたなぁ。

でも、

177 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/02/22(木) 05:21

「? どうかしたんですか…?花火、ほんとは嫌いですか?」
「…ううん、そんなことないよ? 紺野が嬉しそうだからアタシも嬉しい」
「ふぇっ? そ、そうですか?」
「うん、…いい思い出、作りたいね」
「あ……はい」

ちょっとした瞬間に見せる穏やかな笑顔は、とても大人びていて。
どこか不思議な色を称えた瞳が、私を捉えた瞬間ドキっとするんだ。
あぁ…本当に先輩ってキレイだなって。
そう、キレイで優しいなって。

178 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/02/22(木) 05:21

だけど、最近の先輩は、時々私の事を戸惑った視線で追いかけてる。

勇気を出して、前を歩く先輩の手をぎゅっと繋いでみた瞬間とか。
プリクラを撮りませんか?って訊いた瞬間とか。
ドジをしちゃって、テレ笑いを浮かべた瞬間とか。
恥ずかしかったけど、おそろいのピアスとか買いませんか?って訊いた瞬間とか。

なんで、そんな戸惑ったりするんだろうって思った。
付き合ってるのに、なんでそんな遠慮みたいなのがあるんだろうって。
ううん、むしろ…―― それはどこか私との距離を置いているみたいで…。

その疑問が、少しだけ判ったのは…その夜の花火大会のときだった。
大きな…大きな先輩の秘密が、少しだけわかった…そんな夜だったんだ。

179 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/02/22(木) 05:22





180 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/02/22(木) 05:22

祭りは大好き。
だって、いつもは食べられないものがいっぱいあるから。
それに、先輩とは初めての祭りだったから。

「せんぱいっ、せんぱいっ」
「はいはい?」
「わたがしありますっ! 大きいですっ!」
「うん、あるねぇ、おっきいねぇ」

くっくっ、と軽く口元を押さえて笑う先輩に、
あ…っ、と私は顔を赤らめて俯いた。

いけないいけない…、美味しそうなものを見つけると
どうしてもストップがきかなくなっちゃって…。
自制心自制心…!

181 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/02/22(木) 05:22

でも、

「食べる?」
「うぅ〜〜〜〜」
「美味しそうだよ?」
「うぅぅぅぅ〜〜〜〜」
「ごとーも、紺野が食べるなら一口欲しいな?」
「買ってきますっ!」

あ……。

やっぱりというか、くっくっ、とさらに笑っている先輩は
間違いなく誘導をしてきたわけで。
間違いなく私が食いしん坊だということがバレたわけで。

「先輩…いじわるですっ!」
「んあっ? なんでぇー?」

きょとんとする先輩にそれだけ言って、わかだしを買いに駆けてった。

182 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/02/22(木) 05:23




「ねぇ、紺野」
「はい?」

ふっと顔を向けると、指先に付いたわたがしを
ぴっと舌先でなめあげながら先輩は目線だけを向けてきた。

な、なんですか?
それだけで、ちょっと、あの、紺野はドキドキしてしまうんですが。

183 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/02/22(木) 05:23

でも先輩は、すぐに視線を外して真っ暗な空を見上げた。
神社の高台にある境内に腰を下ろしている私たちは、
屋台の喧騒から少し離れていて、そこだけゆっくりした時間が流れている。
空間が、切り離されてる、みたいに。

先輩の視線を追いかけて見上げた空は、
まだ花火が打ちあがる時間帯じゃないから、本当に真っ暗な闇が広がっている。
花火が上がる日は、実は晴天じゃなくて曇り空がいい、
なんて聞いたことがあるけど。
そうなると今日は絶好の花火の日。
ちょっと薄く広がった雲は、明るく輝くのを待ち焦がれているみたいに見える。

184 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/02/22(木) 05:24

「紺野……、アタシ、さ…」
「はい…?」
「…………、ううん、なんでもない。紺野、楽しい?」
「先輩…?」

なんでもないって言ったのに、先輩はぼんやりとした目で私を見てる。
不思議な色に染まったその瞳は、どこまでも深くて…奥が見えない。

何を…言いかけたんですか?
どうして、いつも先輩は言葉を飲み込んでしまうんですか?
私に…何か伝えたい事があるんじゃないですか?
それは……実はとっても大切なことなんじゃないんですか…?

185 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/02/22(木) 05:24

「あぁ、ごめん。そんな泣きそうな目で見ないでよ」

疑問がそのまま顔に出ちゃったんだろうな。
先輩はちょっと苦笑しながら私の頭をポンポン、と撫でた。
それから、もう一度、

「ねぇ紺野、今、楽しい?」

同じ言葉の繰り返し。

なんでかな、その言葉はまるで『楽しいと言ってくれ』って言ってるみたいで。
ますます不安になってくる。
うん、嫌でも思い出させる。
『一年後』という期限に。

186 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/02/22(木) 05:24

「先輩は……楽しいですか?」

答えが見つからなくて、逆に問いかけてみた。
そしたら先輩は、本当に、本当に苦しそうに一度目を伏せて。
それでも、ぎこちなく笑みを浮かべて。

「紺野が楽しいなら、きっと、アタシも楽しい」

迷いに迷ったみたいに、言葉を落としたんだ。

187 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/02/22(木) 05:25

「なん、ですか、それ…」

きっと、ですって?
私が楽しければ、ですって?
それって……

ぐっと唇をかみしめてうつむく。
自分の声が、震えていることには気づいていた。
とめられない、私の中に隠れていた激しい感情がぐつぐつと煮えたぎって。

188 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/02/22(木) 05:25

「紺野…?」

あぁ、どうしよう。
なんか、すごく、悲しい。
ちっとも楽しくなんてない。
せっかくの先輩との花火大会なのに…っ。

目の奥がじんじんしてくる。
鼻の頭だって、凄く痛い。
たぶん私は今、すごく情けない顔をしてる。
そんな顔を見られたくなくて…醜い自分を曝け出したくなくて、

「っ!」
「紺野…っ!」

逃げ出した。
先輩から。

189 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/02/22(木) 05:25

いやだ…いやだ、いやだ、いやだっ!
こんなの、全然嬉しくない…っ!
私だけが楽しければいい、なんて…!
そんなの、ちっとも嬉しくなんかない!
だって…だって…それって…!

先輩は全然楽しくなんかないんだ、って、言ってるようなものじゃない…っ!
せっかくの花火大会なのにっ、浮かれているのは自分だけなんだって
宣告されたみたいで…っ。

嬉しく…ないよぉ…。

190 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/02/22(木) 05:26

「待って…!待って紺野!」

ざっざっ、と神社の裏手の草むらを駆けていく私を追いかけてくる先輩。
でも私は足を止めない。
だって、気付かれたくない。
溢れだしては落ちていく…熱い涙に。

それにきっと、今捕まったら、私言っちゃう。
先輩にひどいこと。

だから逃げる。どんどん。
でも。

わたがしを持っていない分、先輩の方が自由だった。

191 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/02/22(木) 05:26

「紺野…!」
「やっ!」

ぐっと腕を掴まれる。
反射的に私は顔を背けて、ぶんぶんと腕を振り回して。
それでも先輩は絶対に腕を離したりしなかった。
凄く強い力で、もがく私を押さえつけてくる。

「聞いて…! 紺野!」
「嫌です! 離して!」
「っ!?」

192 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/02/22(木) 05:27

がつっ!

閉じた視界の中、聴こえたのは鈍い音。
伝わってきたのは、ふりほどこうと必死だった腕の僅かな痛み。
あっと思って目を開けると、

「痛つー……」

ちょうど、右のこめかみの辺りを押さえながら
軽く身体を折り曲げている先輩がいたんだ。

193 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/02/22(木) 05:27

あっ、あっ、もしかしてっ、ううん、きっともしかするっ。
私が今、先輩を殴って…、あぁっ、どうしよう…っ、

「ごっ、ごめんなさいっ! 大丈夫ですかっ、ごめんなさいっ!」
「んー…………」

痛みに眉をひそめてる先輩は、それでも視線は私を捉えていた。
滲んだ私の視線と、それは交差して。

「はは、自業自得、だねぇ」
「……え?」
「ごめん、考えなしだった。言い方、すっごい悪かったよね」
「せんぱい…」

194 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/02/22(木) 05:27

ちょっと遠慮がちに、こめかみをおさえてる手と反対の手を伸ばしてくると、
そっと指先で私の頬を撫であげた。
あとに残ったのは水が張り付いたような感覚。
先輩が…涙をぬぐってくれたんだ。

それから、少しだけ戸惑ったみたいに言葉を届けてくれた。

「アタシ、さ。自分が思ってるよりも、
紺野のこと……好きになっちゃったんだよね」

え…?

195 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/02/22(木) 05:28

「だから、さ、なんつーか、すっごい不安で」
「…………」
「紺野に悪いこと、してるかもしんないみたいでさ」
「そっ、そんなことないですっ、私、嬉しいですっ」
「え…?」

そんなこと思ってくれてたなんて。
私の事、好きだって言ってくれるなんて…。

私の方から告白したから、絶対に想いの強さは
私の方が大きいんだって思ってた。
でも、でも…繋がってるんだ、先輩と。
純粋に、そのことが嬉しかった。

196 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/02/22(木) 05:28

「私、楽しいです」
「紺野…?」
「先輩といると、すごく楽しいです。先輩が名前を呼んでくれると嬉しいです。
先輩が、こうやって…私を好きだって…言ってくれるの、嬉しいです」
「紺野………」

呟くみたいに私の名前を呼んだ先輩は、
ちょっと嬉しそうに…でも、やっぱりどこか苦しそうに微笑んで
ゆっくりと…私の身体を引き寄せてきたんだ。
私は抵抗することもなく、先輩の腕の中に寄り添う。

ふわっと香ったのは、先輩の優しいフラグレンスと…湿った草の匂い。
その耳に届いたのは、先輩の深い深い溜息と虫の音。
おずおずと、その背に腕を伸ばすと、もっと深い溜息を零す先輩。

197 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/02/22(木) 05:28

「せんぱい…好きです、好きなんです、本当に」
「うん…」
「せんぱいのこと、ずっと見てたから、せんぱいが…」
「ね、先輩は、もうやめない?」
「え…?」
「名前、呼んで?」
「……真……、ご、後藤、さん…」

ふはっ、と耳元で噴出す音。
でも、先ぱ……後藤さんは、その先を促そうとしなかった。
紺野がそう呼びたいならそれでいいよ、って言うみたいに
私を包み込む腕に、軽く力をこめてきて。

198 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/02/22(木) 05:29

「紺野…、キス、していい?」
「……っ!」

そ、そう改めて確認されると恥ずかしい。
あぁ、もう、だって。
こ、こういうのは、その雰囲気とか、
成り行きとかあるんじゃないんですか?
マンガでは、そうあったのに。

「…いい?」
「うぅ……はい」

でも、あらがえない後藤さんの甘い旋律。
ふっと力を抜いて、顔を覗き込んできたどこか不思議な眼差しに
ただただ赤くなって見つめ返した。

199 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/02/22(木) 05:29

「紺野……」

細められていく瞳に吸い込まれるように、私は瞼を落としていく。
唇が触れ合う寸前、後藤さんは一度だけ何かを呟いて。

そして……柔らかな弾力が私の唇を、優しくおした。

あぁ、きっと私はこの瞬間を忘れない。
ほら、だって、薄く開いた瞼の向こう。
いつのまにか地面に落ちて、溶け始めているわたがしより、
色とりどりの花が、夜空に散っては消えていく目を引く美しさ。
その一瞬の輝きは、私たちの心に一生残る。
そう、一生、残る。

200 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/02/22(木) 05:29


初めてのキスは、しょっぱい涙の後の味。
夜空一面に広がる、色とりどりの花火の中、嬉しいはずのキスなのに。
なのに、どうしてだろう、唇が重なる前に、ただ一言呟いた、

『こんなはずじゃ…なかったのに……』

そんなあなたの言葉に、ひとかけらの不安を覚えていたんだ。

201 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/02/22(木) 05:30


*****


202 名前:tsukise 投稿日:2007/02/22(木) 05:30
>>173-201 今回更新はここまでです。
203 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/22(木) 14:59
うわー更新されてる!!
お疲れさまです。
204 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/02/24(土) 07:04


―――…時間、とめてみる?

きっとその問いかけは、あなたが心の奥底に閉じ込めていた願望だった。
そして、たった一度…最初で最後の、
私へ向けられた、切なくて苦しい願いだった。


205 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/02/24(土) 07:04





206 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/02/24(土) 07:05

「うわぁ……」
「ね、ちょっと古いっしょ?」
「いえ、なんだか…凄く落ち着きます」
「そう?」
「はい」

後藤さんのお家は、とっても懐かしい感じの旧家のようで。
こんな都会には珍しい『洒落た洋館』だった。
温かい木の扉を開けると、カランカラン、と鐘の音が鳴って来訪者を知らせる。
なんだか古い洋画にあるみたいな、そんなお家。
うん、その分、駅から随分離れていて小高い丘を越えた所にあるんだけど。

でも、夏はとっても過ごしやすいんじゃないかな。
家の周りには青々とした木がいくつもあって、
テラスには小さなテーブルもあるし…。
うん、避暑にはもってこい。

207 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/02/24(土) 07:05

夏休みも折り返しを迎えた頃、何気なく問いかけた私の言葉。
『後藤さんってどんなところに住んでるんですか?』
別にそんな、深い意味があったわけじゃなくて、
例えば、それはどこら辺に住んでいるか、とか、そんな事を訊いてみただけで。
でも、後藤さんは、『んー』と少し考えてから、
『ウチ、来てみる?』
なんて誘ってくれたんだ。
も、もちろんというか、えぇ、そりゃあ私は二の次もなくコクコクと頷いて。
こうして今、扉をくぐる。

208 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/02/24(土) 07:05

「うわぁー…」

後藤さんのお部屋は、まるで明治文学の世界のようなレトロなお部屋。

「うわぁー…」

リビングの天井には、はちみつ色のナイトライトが飾られてて、
うん、やっぱりどこか懐かしい感じ。

「うわぁー…」
「あはっ、紺野さっきからそんな声ばっかあげてるねぇ」
「だってだって、すっごく素敵なんですもん」
「そう? ありがと」

ちょっとテレたのかな?
後藤さんはポリポリと鼻の頭をかきながら、へらっと笑った。
それから少し『んー』と考えるそぶりをみせて。

209 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/02/24(土) 07:06

「じゃあ…紺野には見せちゃおっかな」
「えっ? えっ? なんですかっ?」

これ以上、なにか凄いものがっ?
あぁ、なんだか、ドキドキワクワクしている自分がいる。
なんだろう、そう、秘密基地を見つけたときの子供みたいな?
でも、後藤さんもそんな私の反応に気を良くしたのか、
ふふん、なんていばりんぼに笑って、

「内緒だよ? アタシと紺野だけのね」

なんて茶目っ気たっぷりに、人差し指を口元に立てて見せた。
こんな姿を見ると、後藤さんって案外子供っぽいなぁ、なんて思っちゃうな。

210 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/02/24(土) 07:07

ギシ、ギシ、とフローリングに足音を残しながら進んだ先には、
この家の一番奥にあった部屋。
扉をあける瞬間、一度だけ後藤さんは深い深い溜息をついて呼吸を整え
ゆっくり、ゆっくりノブを回した。

「……っ」

思わず息を飲むほどの驚き。
人間って本当に感動したときとかって、溜息とかそんな
音にならない音しか出せないんだって実感したっけ。

211 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/02/24(土) 07:07

開かれた扉の向こうには、夏の日差しを優しいカーテンで受け止め、
セピア色に滲んだ空間が広がっていた。
ちょっとレトロな映画で見た、作家さんの部屋こたいな、そんな。
でも、驚いたのはそれだけじゃない。

「これは……時計…?」
「そう…時計。アタシの宝物たち」
「こんなにたくさん…、すごい」

そう、たくさんの時計。
部屋いっぱいにある、色んな…掛け時計…目覚まし時計…砂時計…水時計。
はじめて見るとっても古い柱時計は、ちゃんと振り子を揺らしていて、
常に手入れが行き届いているのを知らせてる。
後藤さんの…本当に大切な宝物なんだ…。

212 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/02/24(土) 07:07

「後藤さんが、ぜんぶこれを?」
「んー…、や、親、とかね、集めてた。で、アタシも…みたいな?」
「そうなんですか」

後藤さんのお父さんとお母さんの趣味なのかな?
あ、そういえば…後藤さんのお父さんとお母さんにまだ挨拶…

「紺野は、時計とかアンティークは好き?」
「え? あ、はい、結構…好きですね。なんだか、あったかいじゃないですか」
「うん、そうだね、アタシもそーゆーの好き」

ぱっと振られた話に私も頷く。

そっか…、後藤さんのちょっと不思議な魅力って、なんだかわかったかも。
18歳という歳には少しばかり珍しい趣味で。
普通の人とは違ったモノの見方。
そして…時々見せる、信じられないぐらい大人びた瞳。
そのすべてが後藤さんを作ってるんだと思う。

213 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/02/24(土) 07:08

「な、なに?」
「えっ?」
「や、なんか、紺野ってばアタシの顔ばっか見て、ニヤニヤしてるから」
「あっ、やっ、あのっ」

あぁっ、思わず見とれてしまっていたみたい。
だ、だって、そんなっ、後藤さんって素敵だしっ、
あぁ、ほら、なんていうか、その

「なによー」
「あっ、えっと……後藤さんとお付き合いできて嬉しいなって」
「………ばか紺野」

転がり出た本心に、顔から火が出そうなくらい恥ずかしくなって、
ばっと時計たちに目線を向ける。
でも、でもでも、本当にそう思ったんだもん。
後藤さんは、一瞬びっくりしたみたいにきょとんとして、
でも、テレたみたいにそっぽを向いた。

214 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/02/24(土) 07:08

なのに…、嬉しそうにテレていたはずなのに…
柱時計のガラスに反射した後藤さんの表情は…
―――…やっぱり…いつもの少し困ったみたいな、苦しい笑顔だった。

それにしても、本当にたくさんの時計…。
どれも正確に時を刻むそれは、なんだか正確すぎて…軽く眩暈を覚える。
それは現実と非現実の曖昧な境界線を示しているみたいで…
そう…

215 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/02/24(土) 07:09

「時間が、止まったみたい…です」

呟いた言葉も、カチ、カチ、という音に掻き消えていく。
でも、それは十分すぎるぐらい後藤さんには届いていたみたい。

ガラスに映った後藤さん。
その瞳が…すっと…揺れて。
『あの』不思議な瞳。
大人びたような…けだるそうな…酷く艶っぽい瞳。

216 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/02/24(土) 07:09

そして、

「紺野…」
「はい…って、えっ!あっ!」

呼ばれて振り返ったら、すぐそこに後藤さん。
ぐっと、突然握られた腕は、有無も言わさず私の自由を奪って。
ついで押された肩に、よろめくけれど、
まるでそれさえも予測していたかのように、後ろには大きな西洋椅子。

「痛…っ」

ガタン、とその椅子に身体を打ちつけるように座るけど、
後藤さんはそれだけでは解放してくれなかった。
ちょうど肘掛に両手をついて、軽く目を細め…
口元に笑みを浮かべながら、私との目線を合わせてきたんだ。

217 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/02/24(土) 07:10

さらさらと流れるように落ちる綺麗な髪。
優しいフラグレンスは、この部屋のセピア色に溶け込んで、
後藤さんの魅力を一層引き立たせているみたいで…。
その腕の中に捕まった私は、もう動けない。
この香りに…空間に…そして、瞳に捕らわれて動けない…。

「ごと…さん…」

自然と零れた言葉に、後藤さんはゆっくり瞬きをして…
一言…唇から紡ぎだしたんだ。

魔法のような、言葉を。

「時間、とめてみる?」

……この時には判らなかった、魔法なら良かった、言葉を。

218 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/02/24(土) 07:10


*****


219 名前:tsukise 投稿日:2007/02/24(土) 07:10
>>204-218 今回更新はここまでです。

>>203 名無飼育さん
ありがとうございますっ(平伏
ペースが乱れがちではありますが、
どうぞ、またフラっと立ち寄って下されば幸いです(平伏
220 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/02/25(日) 04:34

揺れている後藤さんの瞳。
そこに映っているのは、すごくマヌケな顔の私。

今、後藤さんはなんて…?
え?
時間、とめてみるって…?
どうやって?
それってどういう意味…?

ぐるぐるしていく思考をなんとかまとめようとしていて…
困ったことが起こったんだ。

221 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/02/25(日) 04:34

「紺野……」

えっ? 待って待って…っ。
ちょ、ちょっと後藤さん、そ、そんな顔を近づけてきて…っ。
もしかして、時間をとめるって…あのっ、そういう意味なんですかっ?

あぁっ、もう、どうすればいいのかわからなくなって。
ぎゅっと固く目を閉じる。

そしたら…
後藤さんの、あの柔らかな感触が…



来なかった。

222 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/02/25(日) 04:35

代わりに来たのは、一度だけ重なった手をぎゅっと握り返す感覚。
ぎゅっと、強く、一度だけ。

「ごと…さん?」

恐る恐る目を開けると…――― 後藤さんは、まだすぐそこにいた。
なのに、やっぱりというか、その表情は苦しそう。

223 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/02/25(日) 04:35

「あの…?」
「………あはっ、冗談だよ」
「へ…? …あっ、〜〜〜〜っ」

ま、また私、からかわれたんですかっ!?
ひ、酷いですっ、後藤さん。
だいたいいつも後藤さんは、余裕シャクシャクで私を振り回して…!
そうやって私の反応を楽しんだりして…!

「なに? 紺野。口パクパクしてるだけじゃ、わかんないよー?」
「〜〜〜っ、もういいですっ!」
「あははっ、まーそー怒んないの」
「誰のせいですか、もぉ…」

ポンポン、と軽く頭を撫でる後藤さんは、やっぱり余裕シャクシャクで。
かなわないなぁって思う。
だって、こんなふうにされても、やっばり後藤さんのこと憎めないから。

224 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/02/25(日) 04:35

「お茶にしようか、紺野」

くっくっと笑う後藤さんは本当に楽しそう。
すいっと椅子から私を解放して、手を引いてくれて。
「美味しいお茶菓子があるんだよ」なんていってくれるのは、
やっぱりちょっとムクれている私の機嫌なんかとってくれてるのかも。

「適当に本とか読んでて。用意してくる」
「あ、はい…。って、後藤さん」
「んー?」
「アルバムとかってないんですか?」
「…アルバム?」
「はい」

せっかく後藤さんの家に来たんだし、やっぱり色んなことを知りたい。
後藤さんが、どんな生活をしてきたのかとか、
後藤さんが、どんな人たちと出会ってきたのか…、
うん、後藤さんの歩いてきた道を知りたいんだ。

225 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/02/25(日) 04:36

でも、後藤さんは、一度困ったみたいに笑って…

「ごめん、アルバム、今はどこにあんのかわかんないんだよね」
「え? そうなんですか?」
「うん、だから、今度までに探しとく」
「あ…はい」

――…この時、『今度』という言葉にもしかしたら私は騙されていたのかも。
だって『今度』ってことは、次もまた後藤さんと一緒にいられるんだって
そういう約束みたいなものだって思っていたから。

でも、実際は…


226 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/02/25(日) 04:36

「じゃ、ちょっと待ってて」
「はい」

部屋を出て行く後藤さんを見送って、
もう一度時計を見渡す。

本当にいろんな種類があって、不思議な感覚かも。
その全部が秒針まで正確に合わされていて。

「もうすぐ3時…、鐘とかなるのかなぁ」

すいっと柱時計に顔を近づけて、振り子のように動く鐘を見つめる。
右…左…右…左…。

「ぜんぶ鳴ったら…どうなるんだろう?」

そんな疑問が解かれたのはすぐだった。

227 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/02/25(日) 04:37

ボーン…!ボーン…!
ジリリリリッ ジリリリッ!
ポッポー ポッポー…
〜♪〜♪〜

一斉に鳴り出した時を告げる鐘の音。
部屋中が振動するみたいに色んな音が大合唱して、
驚いた私は思わずよろめく。

「わっわっ」

ガタンッ、 ――― バサバサッ!

ぶつかったのはすぐそこにあった戸棚。
背中から打ちつけたせいで、思いのほか強く当たったみたいで
中にあった書物が次々と絨毯に落ちていく。

228 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/02/25(日) 04:37

「あぁっ、ごっ、ごめんなさいっ」

条件反射で謝って、慌てて膝をつくとその書物に手を伸ばす。

あぁ、もう、どうして私ってこうドジなんだろう…っ。
でも、あんな一斉に鳴るなんて思ってなかったし…。
あ、まだ奥の時計は文字盤の扉を開いてハトを出したり引っ込めたり…。
って、早く片付けなきゃ…っ。
後藤さんに怒られ…はしないかもしれないけど、呆れられちゃう。

…………あれ?
ちょっと待って、この書物……。

229 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/02/25(日) 04:38

ふと書物に伸ばした指で、そのままふちをなぞらえてページをめくる。
ちょっと厚紙になっていて、所々傷みがきているそれは、
ビニールの中に、色々な写真をとめていて。

うん、やっぱりそうだ。
これ、アルバム。
後藤さんの写真が収められているアルバムだ…っ。
どこにあるかわからないって言ってたけど、こんなところにちゃんとあったんだ。

なんだか、なくしてしまっていた宝物を見つけた気分。
散らばった他の書物を拾うのも忘れて、ページをめくっていたんだ。

230 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/02/25(日) 04:38

「ふふっ、後藤さん、全然変わらないなぁ」

思わず笑みがこぼれる。
だって、後藤さん、本当に今と変わらずに綺麗でかっこよくて。

お友達かな? ちょっと遠慮がちだけど一緒にVサインを作って笑ってるのとか。
他にも、中学校かな…?うちの高校とは違う制服での集合写真があったり。
後藤さんのおばあさん? 椅子に腰掛ける女の人と一緒にいる姿とか。

231 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/02/25(日) 04:38

でも。

「あれ?」

だんだんと気づいていく違和感。

「これも…後藤さんだ。え…? これも……?」

そう、映っているのは後藤さん。
私の知ってる後藤さん。
でも、

――― 私の知らない『後藤さん』はそこにはいなかったんだ。

232 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/02/25(日) 04:39

ぜんぶ、ぜんぶ、『今』の後藤さんばっかり。
寸分違わない、後藤さんばっかり…。
これって、一体…。

「まさか…ね」

なんとなく浮かび上がった疑問を頭を振って打ち消す。
そう、もしかして、後藤さんは…時間が…――。
そんな疑問を。

でも。

233 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/02/25(日) 04:39

「…………うそ…」

すっ、と指先で写真のふちを撫でて気づいたもの。
それが、全ての答えを出していた。
そう、炙り出されたように残る、撮影日時の文字が。

「これ……1987/5/7…? え…? 私の誕生日の日…?」

でも、今と全く同じ姿の後藤さん。

まさか…まさか…ううん、そんなの、現実にあるわけない…っ、
きっとよく似た人…きっと、そうですね…?
あぁ、でも、でも…

「これ…1985年…これは…1970年……」

後藤さん、後藤さん、後藤さん。
ぜんぶ後藤さん。

234 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/02/25(日) 04:40

『―――…時間、とめてみる?』

突然耳の奥に蘇ってきたのは、そんな言葉。
途端に、背中に嫌な汗が浮かんで。
こくん、と大きく喉が鳴る。

疑問は、もう確信に変わっていた。
だってほら…全て繋がっていく。

どうして、後藤さんのご家族はいないの?
夏休みなのに? 仕事? ううん、そんなことない。
だってふと見た靴箱には、後藤さんの靴しかなかった。
それに後藤さんの部屋以外は、どこも手入れが行き届いてなくて、
長く誰も使っていないのが明らかで。

そして、この部屋。
時計だらけのこの部屋は、どうしてあるの?
なんの意味もなく、こんなたくさんは…。
アンティークが好きだとしても、絶対におかしい。

235 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/02/25(日) 04:40

後藤さんは…いったい―――



「……………見つけちゃった?」


236 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/02/25(日) 04:41

びくんっ、と信じられないぐらい身体が跳ね上がった。
同じように鼓動も嫌な具合に。

ばっ、と振り返った先には、
紅茶とお茶菓子を盆に乗せて、

「ご、後藤さん…」

いつのまにか戻ってきていた後藤さん。

「……バレ、ちゃった、よね?やっぱ」

交差する視線は驚きと…寂しさを滲ませて。

237 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/02/25(日) 04:41

あぁ…これだったんだ。
私がずっと感じていた、後藤さんとの距離の正体は。

後藤さんと、私は…


同じ時間軸に…いなかったから。


だから。

238 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/02/25(日) 04:41

何も言えずにただぼんやりと後藤さんを見返すことしかできない私。
ちょっと非現実的な空間の中で、後藤さんが持ってきた紅茶の湯気だけが
どこか現実めいて見えたんだ。

『こんなはずじゃ…なかったのに……』

えぇ、私も…こんなはずじゃなかったのに…。

239 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/02/25(日) 04:42


*****


240 名前:tsukise 投稿日:2007/02/25(日) 04:42
>>220-239 今回更新はここまでです。
241 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/02/26(月) 05:13

…告白したあの日。
後藤さんは、凄く困った顔をして、それでもOKしてくれた。

そして、そう、こう言ってた。

『1年経ったら…もう一度考えて。アタシとの関係』
『……うん、1年いたら、キモチ変わるんじゃないかと思うから』

今思えば、色んなヒントは隠されてた気がする。
後藤さんの全ての行動に。

242 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/02/26(月) 05:14

初めてピアスをプレゼントしてくれたあの日、
賑わっているショップの空気を一瞬で打ち消すように言ったのは、

『人の噂なんて75日だよ、ううん、もっと早い』
『それに……アタシがいた記憶なんてすぐになくなるよ』

そんな寂しげな現実を語るもの。

それは…今までたくさんの人の中から消えていく自分を知っていたから…?
記憶にも残らないかもしれない自分を認識していたから?
そして…そんな気持ちを抱きしめて、
これからも歩いていく長い時間を覚悟していたから…?

そんなの…そんなの…。

243 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/02/26(月) 05:14

『紺野が嬉しそうだからアタシも嬉しい』
『…いい思い出、作りたいね』

花火大会のあの日の言葉は、切ない、あなたの願いだった…?
せめて…せめて思い出の中にだけでも、自分を刻んで欲しいっていう。

『紺野、楽しい?』
『紺野が楽しいなら、きっと、アタシも楽しい』

ずっと訊いていたのは、私の中の後藤さんもいつか消えるものかもって
一時のまやかしだから、楽しければいいんだって…、
そう、思っていたから?

244 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/02/26(月) 05:14

『アタシ、さ。自分が思ってるよりも、
紺野のこと……好きになっちゃったんだよね』
『だから、さ、なんつーか、すっごい不安で』
『紺野に悪いこと、してるかもしんないみたいでさ』

それとも、私の中での後藤さんが重荷になるって…。
そう……思い込んでいたから?

いつだって、後藤さんは苦しい笑顔だった。
私に触れてくれたときは、いつだって。
キモチに、心に触れてくれた…私たちが近づいた、そんなとき。

245 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/02/26(月) 05:15

あぁ…なんで、こんな…

『こんなはずじゃ…なかったのに……』

私だって…本当に…





違う。
この気持ちは間違ってる。

246 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/02/26(月) 05:15

こんなはずじゃなかった、それは言っちゃいけない。
私が好きになった人に、それは言っちゃけないんだ。
後藤さんが言うのと、私が言うのとでは、全然違うものだから。

後藤さんは、きっと、自分を抑え込んでて…それでも出てしまった、
―――…色んなものへの懺悔。

私は、きっと、だまされた、とか、そんな風に後藤さんに罪を向けてしまう、
自分を守るための…、正当化するための言葉。

違う。
こんなの違うって思うから…っ。

247 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/02/26(月) 05:16

「………紺野」
「…っ、はい」

呼ばれて、びくんと震えながら顔を上げる。
そしたら、そんな私にちょっとだけ困ったみたいに目を伏せて、
でも、…静かに笑ってくれる後藤さん。

「……今日は、もう帰る?」

え…?

「いろいろ、混乱しちゃってるでしょ? だからさ、うん、帰りな?」

カタン、と近くのテーブルに盆を置いて、やっぱり静かに笑う後藤さん。
248 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/02/26(月) 05:16

なんだか…
なんだかその笑顔が…

「………………です」
「うん…?」

すべてを諦めたみたいに見えて、

「嫌です…っ」
「紺野……」

何度も、何度も私は首を振って拒んだんだ。

249 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/02/26(月) 05:17

だって…、なんだか、嫌な予感がしたんだ。
もし…もし、このまま帰ったりして…
次の日に、後藤さんはもういなかったら?
この家に、これからもずっといる保障なんて何もない。
時間が…後藤さんの時間が止まっているなら尚のこと。
だから…っ。

「嫌です…っ、嫌だ、そんな、そんな寂しい目で私を見ないでください…っ」
「こん…」
「私は…っ、私は後藤さんの事、思い出にしてサヨナラなんてしたくないっ、
そりゃあ、後藤さんは私と全然違う時間を歩いてるのかもしれない…っ
でも、でもっ」

頬が熱い…。
鼻の頭だって、凄く熱いし、痛い。
胸の鼓動は、目の奥と同じぐらいジンジンして、苦しいほど。

250 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/02/26(月) 05:17

泣く、泣いちゃう。
でも、言葉は止まらない。
絶対に伝えたい言葉は、涙に流されたりなんかしない。

「紺野…、落ち着いて…」

やっぱり寂しそうに私を見ながら、後藤さんは『ヒック』と何度も
呼吸を詰まらせる私の背に優しく手を伸ばしてくる。
でも、その手を緩やかに押し戻して、

「私は…っ…、私は、後藤さんと一緒にいたい…んです…っ」

精一杯、言葉を伝えたんだ。

この気持ちを、思い出になんかしたくなかったから。
後藤さんを、思い出の中に閉じ込めたくなかったから。

251 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/02/26(月) 05:18


*****


252 名前:tsukise 投稿日:2007/02/26(月) 05:18
>>241-251 今回更新はここまでです。
253 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/28(水) 21:13
ま、待ってますよぉ!!!(まだ2日だけど)
254 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/03/02(金) 23:28


後藤さんの大きな大きな秘密を知った私は、
たぶん、きっと、後藤さんの中ではイレギュラーで。

ううん、もしかしたら…
秘密を知る前からイレギュラーだったのかもしれない。

そう、あなたに恋をした、あの日から。
…そして、あなたが、恋をしてくれたあの日から。


255 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/03/02(金) 23:29

「落ち着いた?」
「うぅ…はい、ごめんなさい…」
「うん?なんで? 謝る必要なんてない。アタシも悪いし」

静かに笑って目の前でテーブルに肘を付いてティーカップを傾ける後藤さんは
やっと戻った穏やかな時間に溜息を一つ。

「でも、びくった。紺野がそこまで取り乱すなんてって」

な、なにを言うんですかっ。

途端に頬がかぁっと熱くなっていくのを感じてしまう。
ううん、頬だけじゃなくって、耳までかぁっと。

あぁ、もぅ、だって、ほらっ。

256 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/03/02(金) 23:30

「そそ、そんなっ、だって、『もう帰れ』なんて言われたら、私、その…」
「うん?」
「き、嫌われたのかな、とか…その…」

小さく縮こまりながらも、お茶菓子に手を伸ばしてうつ向いて。
びくびくしながら、後藤さんの顔を盗み見るけど、
後藤さんは…何故だか、素っ頓狂な顔をして止まっていた。

あの、何か、紺野は間違ってました…?
そろそろと伺うみたいに顔を上げると…

「ふはっ! あははははっ!」
「ご、後藤さん…?」

あの…、後藤さんのふきだした息が強すぎて、
ティーカップから紅茶がこぼれてます…。
というか、あのですね、勢いがありすぎて…正直私の顔にまでおつゆが…。
あぁ、でも、後藤さんのだと思うと安易に拭えない私が悲しい…。

257 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/03/02(金) 23:31

「あぁ、ごめんごめん。やっぱ紺野って変わってるよねぇー」
「そう、ですか?」

笑いながら渡された紙ナプキンで軽く顔を拭いつつ
言われた言葉に首を傾げた。

私、変わってますか?
よくわかりませんが…。

なんとなく手の中のお茶菓子を指で弄りながら考え込んでしまった。
確かに、B型って変わってる、とか言われたりするけど、
うーん…。

よっぽどその姿が悩んでいるように見えたんだろうな、
後藤さんは、カップを置くと手を伸ばして、
『ほんと、面白いねぇー』なんて髪をかき回してきて。

あぁ…っ、せっかく後藤さんの前だからって
ヘアアイロンでストレートにしたのに…っ、
じゃなくてっ!

258 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/03/02(金) 23:32

その手の感触はとっても優しくて、いつもの後藤さん。
なんだか、それにちょっとホっとしたっけ。

「なんだろねぇ、アタシはさ、アタシの時間が止まってることに
取り乱したんだと思ったのさ。だから、超意外、紺野の反応」

意外っていうわりには、後藤さん、すっごい楽しそうに笑ってますよ?
やっぱりというか、後藤さんってわからないなぁ…。
えぇ、私より変わっていると思います、正直。

うぅ…ま、まぁ、たしかに後藤さんの時間が止まってることにも、
すっごく、こう、胸がざわざわしてしまいましたけど、
それよりなにより、

「でも、大好きな人がいなくなったらって考えたら、その、ヤだなぁ…って」

259 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/03/02(金) 23:32

そう、それが私の中での一番の不安。

たった一日逢えなくても今では寂しくて。
いじわるされる事もあるけれど、いつもとっても優しくて。
たまに作って持ってきてくれるお菓子は、すっごく私好みの甘さで美味しくて、
『好き』なんて言葉はほとんど言ってくれないけど、
へらっと笑いかけてくれるその瞳は、確かに私だけのもので…。
格好よくて、可愛くて、キレイで幼い…私の一番大切なひと。

だから、失いたくない…。
失いたくないんです。

そんなことを念じている私はどう映ったんだろう?
弱く見えたのかな?
それともワガママ?

260 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/03/02(金) 23:33

ただ、顔を上げた先にはいつもの苦しい笑顔なんかじゃなくって
口をアヒルのように結んで、心なしか、ほんのりと頬を赤らめて
髪を弄っている後藤さん。

あの…えっと、間違いだったらごめんなさい。
でも、

「後藤さん…テレてます…?」
「んぁっ! そ、そんなことないない、うん、なんか、や、うん」
「テレてます?」
「……あーー……、まぁ、ちょっとね」

親指と人差し指を曲げて『ちょっと』を表しながら、はにかむ後藤さん。
その姿に、私はただ心の中で仰け反った。

うぁ…っ、後藤さん…、か、可愛いです…っ。

思わず声に出しそうになって、きゅっと口をつぐむ。
年上の方に可愛いは失礼なのかなって思って。
冷静に、冷静に。

261 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/03/02(金) 23:34

「初めて見ました、後藤さんのそんな顔」
「や、だってさぁ、そんな上目遣いで見られて
『大好きな人』なんて言われたら、なんか、ねぇ?」
「し、してませんよ、そんなっ、上目遣いなんてっ」
「いやいや、してるって」

思わぬカウンターにうろたえながら否定する。
けど、後藤さんは『ふふん』なんて含み笑いをしながら言葉を続けて。

「自覚ないのって罪だよねーホント。紺野、もーちょっと自覚したほうがいいよ?」
「え?」
「『エロい』んだって」

エロいってなんですかぁーーーーっ。
思わず、ずっと持っていたお茶菓子を握りつぶしす。
でも、抗議の声は、悲しいかな、ぱくぱくする口からは出てこなくて。
また可笑しそうに後藤さんは声を上げる。

262 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/03/02(金) 23:34

「あははっ、なんか金魚みたい」

………もう、なんとでも言ってください。

そうやってさんざん笑った後藤さんは、
それでも…

「あはっ、うん、でも約束する。いなくなったりしないよ?ここにいるから」
「ほんと、ですか?」
「うん、紺野の誕生日、まだ1度も祝ってないもん」

約束を、くれたんだ。
秘密を知ってしまった私に。
それでも、いつも以上に優しい笑顔で。
そのことが純粋に嬉しくて、涙が出そうになったっけ。

263 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/03/02(金) 23:35

「うちら、付き合ってるんだもんね」
「…は、はい……」
「楽しいこと、これからいっぱいしよ? …時間なんて考えないで、さ」

それは問題を先送りにしているだけだったのかもしれないけど、
でも、私にとっては、後藤さんからもらった『許し』だったんだ。
これからも、一緒にいてもいいっていう、そんな。

うん、アンバランスな時の流れの中でも、私たちは歩いていけるって、
そう、思えるような、

―――…約束だったんだ。


264 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/03/02(金) 23:35


*****


265 名前:tsukise 投稿日:2007/03/02(金) 23:37
>>254-264 今回更新はここまでです。

>>253 名無飼育さん
ありがとうございますっ(平伏
どうぞ、これからもお付き合い下されば幸いです(平伏
266 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/03/03(土) 17:03

秋……実りの季節。
私にとっては、あなたとの誕生日の季節。

「本当はいくつなんですか?」って訊いた時、
あなたはいたずらっぽい目をして笑ってた。
それからコッソリ耳元に囁きかけるように、
「今年で100歳、な〜んちゃって」なんてからかって。
膨れた私に、小さなキスを1つ。

267 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/03/03(土) 17:03

プレゼントは、誕生石であるサファイア……の原石。
小指の爪ぐらいの大きさのものだけど。
さすがに受験生でバイトをする余裕もないから、高価なものは買えないし、
なにより……カタチの残りそうなものは、
後藤さんにはどう映るのか、ちょっと不安でもあったから。

でも、杞憂だったみたい。
後藤さんは、一瞬驚いたようにハっとしていたけど、
手の平に深い色を放つ石を大切に乗せると、
その輝きに、艶っぽい睫毛を一度伏せて…
「ありがとう…、すっごい嬉しいよ」と微笑んでくれたんだ。
無邪気すぎるその笑顔に、目を奪われたっけ。

268 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/03/03(土) 17:03

秋……少し物悲しい気持ちになる季節。
けれど、私にとっては、あなたとの最高の誕生日の季節。
そして、

「紺野、最近、背伸びたねぇ?」
「そうですか? でも、後藤さんの方が高いです」
「やー、それがさぁ、ごとー0.3cm縮んじゃってるんだよねぇ〜」
「でも、やっぱり高いですよぉ。私もそのくらい欲しいです」
「そう? じゃーいつかごとーを追い抜かしちゃって?」
「そ、そ、そうなったら…、あの…」
「うん?」
「私が、そのー、後藤さんを抱きしめてみてもいいですか?」
「あはっ、今でもいいんだけど?」
「そっ、それは…っ」
「うん、いいよ? じゃー、ごとーの背に追いついたらね〜」
「は、はいっ」

『あなた』の存在が大きく胸の中に広がっていく、そんな季節だった。

269 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/03/03(土) 17:04





270 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/03/03(土) 17:04

冬になると、後藤さんは静かにこの街に降る雪の感触を確かめてた。
灰色の空から、しんしんと降り注いでくる真っ白な雪を。
手袋を外した手の平で、そっと。
「都会では、雪は積もったりしないんだよねぇ」なんて、ちょっと寂しそうに。

屋根のない商店街は、もう夕闇が迫っていて
オレンジ色の街灯が、そんな後藤さんの横顔を彩っていたっけ。

271 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/03/03(土) 17:04

「都会では…ってことは、後藤さんはここ以外にどこにいたんですか?」
「おっ、鋭いねぇ、紺野」

へらっと笑った後藤さんは、手袋に包まれた手の平で私の髪を撫でる。
それから、すっと頬に指をなぞらせ…、ちょこんと頬をつついてきた。

「何年…、や、何十年か昔は北海道にも住んでたことあるんだ、アタシ」
「北海道ですか。それは寒いですね…」
「うん、でもね、なんだろ、凄く…穏やかな所だったなぁ」
「穏やか…ですか?」

「うん」と頷いた後藤さんは遠くを見つめるようなぼんやりした視線。
多分、私の知らない後藤さんの過去を見つめてるんだ。
ううん、もしかしたら…誰にもわからない後藤さんの…その時のキモチを。

272 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/03/03(土) 17:05

私も……そんなあなたの時間に触れてみたい。
そう思うけれど、多分それは叶わない。
後藤さんは、思い出のカケラを不用意に落としたりしないから。
私の前に、どんな人と…何人の人と恋をした、とか。
そんなことも、絶対に。
だから、ほんの少しだけ、後藤さんの中に私の時間を作りたくて…。

「? 紺野? どしたの?」
「いえ、少しだけ…こうしてていいですか?」
「…うん、かまわないけど…」

きゅ、と後藤さんの手の平に私の手の平を重ねたんだ。
手袋に包まれていない後藤さんの手の平に。
ちょっと…冷たくて…、でもやっぱり柔らかくて温かい手の平に。

273 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/03/03(土) 17:05

「雪って…なんか、紺野を連想させる、かも」
「え? 私、ですか?」
「うん、なんかね」

言って後藤さんは、また私の頬を指で軽く押してきて。
きょとんとしてしまった私に、ドキっとするほど大人びた目線をくれたんだ。

「なんか、ほら…、穢れのない女の子みたいで…、肌も真っ白だし」
「穢れ…?」
「強欲とかね、欲心に囚われない女の子ってこと」

後藤さんって時々博識。
こんな時だけ、やっぱり私より年上なんだって思い知らされるんだ。

274 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/03/03(土) 17:05

「それに、なんか、作りたての『雪うさぎ』みたい」
「えぇ? 雪うさぎ、ですか?」
「うん、だってー…」

そこでさっきとはうって変わって、いたずらっぽい笑顔。
あ、なんか、最近判ってきたんだけど、
後藤さんがこういう顔をする時って、大抵私にいい事いわない。

「紺野、泣いたら鼻も目も真っ赤っかだもん」

ほら。

「もう…っ、そんなことはどうでもいいんですっ」
「んははっ。うん、でもホント…雪を見ると紺野ってカンジ」

「どんなですか、それ」なんて苦笑しながら、実は、ちょっと嬉しかった。
だって、後藤さんの中に『私』を見つけることができたから。

275 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/03/03(土) 17:06

「それにしても…、紺野は春に比べてキレイになったねぇ」
「な、なんですかっ、いきなり」
「や、前からちょっと思ってた。なんか、うん、成長したなぁ〜って」

目を細める後藤さんだけど、その表情は薄くて。
喜んで言ってくれたのか、どうなのか…判らなかった。
それに

「恋、してるんだねぇ」
「…………完璧です」
「んはははっ」

こんな風に茶化したりするから。
だから、本当の心はやっぱり判らなくて。
ただただ、繋がった手を、ぎゅっと握り返してたんだ。

276 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/03/03(土) 17:06

イレギュラーの私を、それでも好きだと言ってくれた後藤さんの手を。

私の成長にばかり触れて、思い出ばかりを胸に広がらせる後藤さんの手を。

ぎゅ、っと。


………ぎゅっ、っと。


277 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/03/03(土) 17:06


*****


278 名前:tsukise 投稿日:2007/03/03(土) 17:07
>>266-277 今回更新はここまでです。
279 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/03/08(木) 04:43


『一つだけ、いい?』
『は、はい?』
『1年経ったら…もう一度考えて。アタシとの関係』
『1年…ですか?』
『そ、1年。そうだねぇ…来年のアナタの誕生日まで』

―――…私の誕生日まで。
その期間は…もしかしたら、

後藤さん自身のタイムリミットを告げていたのかもしれない。
そして、本当に関係を考えていたのは、後藤さんの方だったんだ。


280 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/03/08(木) 04:44





281 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/03/08(木) 04:44

「……………後藤、さん…?」

シン、と静まり返った玄関。

「……………後藤…さん…?」

歩くとギシ、と音を立てる廊下。

「…ご…、後藤さん…っ!!」

大きな家の中、響き渡る私の声。
でも。

「ごとぉさ…ん…っ!」

返事の返ってくることのない私の声。

282 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/03/08(木) 04:45

5月7日。雨。
その日、『家に来て』と言っていた後藤さん。
進路指導が終わって、急いで駆けつけた私。

その後、誕生日を祝ってもらうんだって思ってた。
後藤さんの得意なケーキを食べて、
プレゼントをもらって、
笑顔を向けて。

なのに。

後藤さんはいなかった。

283 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/03/08(木) 04:45


ううん、

後藤さんは…――――― 消えてしまった。

私の前から。


284 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/03/08(木) 04:46

ガランとした部屋を一つ一つ扉を開けていく。
けれど、見つけたい姿はどこにもなかった。

そう、あの凛とした背中、すらっとした手足、光を放つような髪も、ぜんぶ。
ぜんぶあの人は持っていってしまった。
私に一カケラも残さずに。

285 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/03/08(木) 04:46

「後藤…さん……」

ゆらゆら揺れる視界の中、だらしなく足を引きずりながら、
それでも私は、後藤さんの姿を探す。
もう影になってしまっている後藤さんでも、必死に。

そして、辿り着いたのは、あの部屋。

286 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/03/08(木) 04:46

「…………どうして…」

ガチャン、と扉の大きな音を立てて中に入って……その場にくずおれた。
だって…だって…。

その部屋の時計が…、止まっていたから。
全ての時計が、止まっていたから…。

287 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/03/08(木) 04:47

訪れた静寂は、ただただ私に重く圧し掛かってくる。

「どうしてですか…? どうして、そんな、逃げるみたいに…」

ぺたん、と座り込んだ私の膝には、瞳からポタポタとこぼれ落ちる熱い雫。
喉の奥からは、もう言葉にならない声が次から次へと溢れかえってきて。
後藤さんへの想いが、一気に爆発する。
そう、あの人を目の前にすると言えなかった想いが。

「どうして…っ、どうして後藤さんはそうやっていつも
何も言ってくれないんですか…っ」

いつだって、後藤さんは一人でなんでも抱え込んで。
きっとそうやって、私の知らない日々もずっとずっと暮らしてきたんだ。
でも、積み重なっていく日々の中で生まれた、私というイレギュラー。

288 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/03/08(木) 04:47

「私の事…、少しは…っ、少しは想っていてくれたんじゃないんですか…!?」

そう、時々落としていた私への想い。
思い出なんかじゃない、『今』という時の中で、思い、悩み、苦しんで、
正直すぎる瞳から落ちていた私への感情のカケラ。
なのに…。

その瞳が不思議な色に映っていたのは、
きっと逆らえない時の流れと、抗えない心の動きを抑えつけていたから…。
行き場のない気持ちは、表に出すことが出来なくて。
だから……、不思議に輝いていた、あなたの瞳。

289 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/03/08(木) 04:47

「もう、私が映ることはないんですか…っ?」

思い切り顔を上げて、時を告げることをやめた鋭い針を見上げる。

動かない時。
後藤さん、あなたは…一体何度この針を見つめていたんですか…?
何度…この針を…静止させたんですか…?

290 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/03/08(木) 04:48

…と。
その時、ふいに聴こえたんだ。

かち、かち、と。
小さく響く金属音。
これは…、この音は、そう…、振子の音…っ。

よろよろと立ちあがると、ゆっくり奥へと進んでいく。
そして…――― みつけた。

あの時計。
この部屋で一番大きい、振子を揺らしていたあの時計。

その時計だけは正確に時を刻んでいて。
まるで、私が来ることを待っていたみたい。

291 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/03/08(木) 04:48

ううん、実際に私が来ることを待っていたんだ。
だって…

「これは…?」

時計の前に置かれていたのは、真っ白で小さな紙袋。
そっと手にとって中を見ると、そこには綺麗にラッピングされた箱と、手紙。

「手紙…、後藤さん…っ?」

その場に座って封を切る。
中から出てきたのは、間違いなく後藤さんの筆跡を残した便箋。
後藤さんが…多分、最後に残した…手紙。

292 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/03/08(木) 04:49

『Dear 紺野

この手紙を見るときには、もうアタシはいないけど。
誕生日おめでとう!紺野も もう18なんだね。
…なんて、もっと他にも書くことあるよね。

ごめん、突然いなくなって。
ここにいるって約束したのに。
でも、顔見たら辛くなるから。

ねぇ、紺野、気づいてた?
この一年間で紺野は随分大人になったこと。
でもって、アタシはずっと変わらないってこと。

や、気づいてたよね。
それでも一緒にいたいって思っててくれたんだろうけど、
ほんと、ごめん。

293 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/03/08(木) 04:49

アタシはさ、紺野が思ってるほど強くなんかない。
優しくもないし、プレッシャーとかも感じたりするし。

だから怖かった。
変わっていく紺野が。
取り残されていく自分が。

結局アタシは思い出に負けちゃったんだ。
どんどん増えていく思い出に。』

294 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/03/08(木) 04:49

そこで一度途絶えている後藤さんの筆跡。

この手紙を書くのに…どれだけ悩んだんだろう…?
あんなにも柔らかく笑う後藤さんの、とっても重い告白。
積み重なっていく時間、過ぎ去っていく時間が比例しているようで、
私の瞳からは止まったはずの涙がまたこぼれ落ちていく。

295 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/03/08(木) 04:50

『プレゼント、手渡しできなくてごめん。
ごっちんお手製のクッキー、早めに食べてよね。
味はちゃんと保証するから。

それと…もう一つ。
これはさ、なんか街で見つけて。
紺野みたいだったから、思わず買っちゃった。
よかったらもらってやって。

本当に誕生日おめでとう紺野。
これからの紺野がもっともっと輝いていきますように。

さよなら

後藤真希』

296 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/03/08(木) 04:50

震える指先から落ちる袋。
そこから転がり出たのは、ラッピングされた小さな箱。
ほのかに匂いたつものじゃないそれは、
後藤さんが私を思って買ってくれたもの。

そっと手の平にとって紐を解くと、
春の空気に『チリン』と涼やかな旋律が一つ。

「これ…は、鈴…?」

そう、後藤さんのプレゼントは、小さな赤い鈴だったんだ。
まるで、雪うさぎの目のような、真っ赤な…真っ赤な……。

「私みたい…だなんて…、また、そんな…」

からかうみたいに、いじわるするみたいに…。
でも楽しそうに…、そう、後藤さんは楽しそうに笑ってた。
笑ってたのに…。

297 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/03/08(木) 04:51

ぎゅっと握り締めて胸に抱く。
後藤さんの最後の想いのカケラを。
私の胸に、強く…強く。

そして、私は、『雪うさぎのように』泣き崩れたんだ。

298 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/03/08(木) 04:51


*****


299 名前:tsukise 投稿日:2007/03/08(木) 04:51
>>279-278 今回更新はここまでです。
300 名前:tsukise 投稿日:2007/03/08(木) 04:52
申し訳ありません。
今回更新分は、>>279-298でございました。
301 名前:ais 投稿日:2007/03/08(木) 23:24
コンコン・・・(泣)
どうしてでも繋げたい思いが伝わらないのは辛いですね
最後まで二人と作者様を応援したいと思います
302 名前:tsukise 投稿日:2007/03/10(土) 14:50
今回、ラストアップということで、
読者様へのレスを始めにさせて頂きます。
どうぞ、ご理解下されば幸いです(平伏

>>301 aisさん
そうですね…、決意して向かっていったのに…という
気持ちになりますよね。
どうぞ、ラスト、二人の未来の形を見守ってあげてくださいませ(平伏

それでは『IMAGINATION DIARY』、ラストアップいきます。

303 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/03/10(土) 14:51

「最後の笑顔と知っていたら〜…もっと頭ん中焼き付けたのに〜…」

お気に入りのアーティストの曲を口ずさみながら、交差点を横切る。
人通りの多いところだから、もちろん誰も気にとめたりなんかしなくって、
ご機嫌で待ち合わせの場所まで歩く。

この街の中心部は、3年経った今でも全く変わらない。
色んな人が行き交って、色んな事象が重なり合って…
出会い、交錯、別れを演出して。
私をどんどんと大人にしていく。

304 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/03/10(土) 14:51

「永久を願うLOVE SONG ………とわ…、か」

待ち合わせ場所の噴水前には、私と似たような人たちでいっぱいで。
近くの木陰にあるベンチに腰掛けた。
それからふと見上げた空に溜息を1つ。

突き抜けるような青空は、私の心の中にまで届く。
深く、奥にしまいこんだ、大切な思い出に。
………思い出、に。

305 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/03/10(土) 14:51

「後藤さん……」

あんなに好きだった。
ううん、今だって思い出になんてしたくないあなたの姿。
どれだけ追いかけても追いつくことはないってわかっていても、
その姿をいつだって探してた。
今年の春だって…、
そう、優しく手を差伸べてくれる人がいたって、ずっと。

306 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/03/10(土) 14:52

〜♪〜♪〜♪

あ、噂をすれば。
ガサゴソとカバンをあさって、音の主である携帯を取り出す。
ディスプレイに映し出されたのは、優しい人。

「もしもし?」
『もしもし紺ちゃん?』
「柴田さん、どうかしたんですか?」

お仕事が続いてるのかな?
後ろの方で、色んな人たちのガヤガヤした声が届いてる。

『ごめん、突然村田さんが休んじゃって…あと少しだけ待っててくんない?』

やっぱり。
ショップで働く柴田さんが、てんてこ舞いになっている姿が容易に浮かんできて
ちょっと笑ってしまったっけ。

307 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/03/10(土) 14:52

「いいですよ? 私、ゆっくり時間を潰してますから」
『ほんっとゴメンっ、その代わり後でとっておきのランチをご馳走するからっ』
「ふふ、期待してます」
『うんっ、じゃ、後でっ』

用件もそこそこにプツリと切れた携帯。
ほんとに忙しいんだろうなぁ。
柴田さん、結構面倒見がいいから損するタイプだろうし大変なのかも。
そんな柴田さんに面倒を見てもらっている私が言うのもなんだけど。

308 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/03/10(土) 14:53

そう、柴田さんはとっても優しい…。
後藤さんを追いかけて入った大学で知り合った先輩で。
ロボット同好会に入らないかって声をかけてきたんだっけ。
除籍されてしまっていた後藤さんに落胆していた私は、はずみでOKしてしまって。
それからずっと優しく気にかけてくれてる先輩。
私が落ち込んでいるのにもすぐに気づいてくれたり、
甘えた分、ちゃんとじゃれかえしてくれたり、
……うん、もしかしたら先輩後輩の関係じゃ、もうないのかも。

309 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/03/10(土) 14:53

ふぅ、と一度溜息をついて、携帯ストラップを目の前でプラプラさせる。
それは赤い、ちりん、と音が鳴るストラップ。
後藤さんのカケラをくっつけた、ストラップ。

きっと、何年経っても、この鈴だけは捨てられない宝物。
後藤さんを…忘れたくないから。
せめて、私だけでも、あの人を忘れたくないんだ。

ちりん、ちりん。

赤い雫は右へ左へ…。
その向こう側には、行き交っているたくさんの人たち。

ちりん、ちりん。

じっと見つめていると、なんだか自分だけが取り残されたみたい。
だって、ほら、向こう側にも、じっと止まっている人が……。

310 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/03/10(土) 14:54

……え? 止まっている人?

ふっと、視線を鈴の向こう側に向けて…――― 動けなくなった。

行き交う人たちの波に、ただ一人立ち止まって…、
じっと私の方を見つめている人がいたんだ。

それはどこか、懐かしい匂いを届けてくれて。

まさか…そんな…。

311 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/03/10(土) 14:54

「…………やぁ」

軽く上げられた手のひら。
遠慮がちに向けられたその手の平は、
たったそれだけなのに、私の中の遠い記憶を鮮明に蘇らせる。

卒業式。
寂しげな笑顔のあなた。
告白。
花火。
キス。
秋…冬…。
誕生日。
………別れ。

そう、こんなにも覚えてる。
あなたの残り香を。
でも、目の前にいるのは…残り香だけで存在しているあなたじゃない。

ほら。
立ち止まっているあなたは、ふいに表情を変えて。

312 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/03/10(土) 14:54

不思議な色をした瞳が細められて、浮かんでいるのは穏やかな笑顔。
艶やかな髪は陽の光で栗色に輝いて。
すらっとした手足は、その歳にしては女性を醸し出していて…。
その全てが、私の憧れだった…、私の…全てだった。

「ご…後藤さん…っ!」

思わずカバンを落としてしまいそうな勢いで立ち上がって駆け出す。
隣に腰掛けてきた人にぶつかってしまうけど、謝るのも忘れるぐらいに。
後藤さんへと、一直線に。

313 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/03/10(土) 14:55

「元気……みたいだねぇ?」

へらっとした笑顔の後藤さんは、まるで数時間前に別れた友達みたい。
全く変わらない…、うん…3年前とまったく。

ただ一つ変わったことは、私の通っていた高校とは
別の学校の制服を着てること。
この学校…たしか、都内でも有数のお嬢様学校…。
今度は…そこに通っているんだ…。
ううん…それよりもなによりも……

―――…後藤さんの時は、まだ止まっているんだ。

314 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/03/10(土) 14:55

「もー、ごとーを追い越しちゃったねぇ。うん、すっごく綺麗になった」

首を傾げるようにして私の姿を確かめる後藤さん。
その顔には、ずっと笑顔が浮かんでいて……。

だから私は、なんにも言えなくなって…、
じんわりと瞼が熱を帯びて、後藤さんが滲んできて…。
ううん、せっかくの後藤さんを消したくない…っ。

ぐいっと手の甲で瞼を擦ると、私は大きくかぶりふった。

「ご、後藤さんの方が…、ずっと、ずっと綺麗です…っ」

搾り出す声は、後藤さんに届いたか。
でも、精一杯の私の強がりと…転がり出た本音。
本当はもっともっと言いたい事はあったけど、
やっぱり…この人の顔を見るとなんにも言えなくて。

315 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/03/10(土) 14:56

そんな私に、後藤さんは一瞬きょとんとして、
それから豪快に笑ったんだ。

「んははっ、だって永遠の美少女だから、ごとーは」

なんで、この人はいつだって…。
止めようと思っていた涙が、堰を切ったように溢れかえってくる。
もう止まらない。
それは思いの強さが理性を壊して、
次から次へと…後藤さんに流れていくんだ。

316 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/03/10(土) 14:56

「だ、だいっきらいです…っ」

こんなこと言いたくないけど、頭に浮かぶのは『こんなこと』ぐらいで。

「うん」

頷く後藤さんは、やっぱり笑顔で。

「だいっきらいなんです…っ」

だから…『こんなこと』の全てを伝えたくて。
あの時には伝え切れなかった『こんなこと』を。
だけど。

317 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/03/10(土) 14:56

「でも…、でもまだ、大好…」
「だめだよ」

後藤さんは、笑顔で…やんわりと首をふったんだ。

あぁ、その笑顔は…最後の冬を思い起こさせる。
成長を眩しく見ていた、あの笑顔を。
別れを…かすかに予感させていた、あの笑顔を。
そして、それは現実に。

「それ、言う相手、ごとーじゃないよね?」

すっと、しなやかな指を私の頬に滑らせてくる後藤さん。
肌に張りつくような水の感触に、涙を拭ってくれたんだと気づくけど、
涙腺は私の気持ちを表したように、
ぼろぼろと熱い雫をまた落としていくんだ。

318 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/03/10(土) 14:57

あぁ…もう、後藤さんは気づいてる。
私の中に、後藤さん以外の影もあること。

積み重なっていく寂しさに、
いつしかそばにいる優しさを求めて…すがり付いて。
一瞬でも、あなたの事を忘れさせたんだ。
その心地良さは私を捕らえて、
もう…あなただけを追いかけることを許してくれない。

319 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/03/10(土) 14:57

「ごめ…なさい…。ごめんなさい…っ、ごめんなさ…っ」

あなただけを想っていくと誓っていたのに…。
あなたを追いかけると、ずっと信じていたのに…。
私は…―― あなたの思い出にはならないって…思っていたのに…。

そんな私に、後藤さんはやっぱり微笑んで涙をすくってくれる。

「謝ることない。それでいいんだよ?
紺野と好きな人がずっと幸せでいてくれればごとーは嬉しい」

でも、後藤さんは…後藤さんは…。

そんな気持ちが伝わったのかな、後藤さんは一度苦しげに瞼を伏せた。
それから、本当に遠くを見つめるような眼差しを向けて。

320 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/03/10(土) 14:58

「ただ…ひとつだけお願いがあるんだ」

なんですか…?
首を傾げるように見つめると、
昔のような、あのへらっとした笑顔をまた見せてくれて。

「後藤真希って人間がいたこと、記憶のはしっこでいいから残してて?」

あぁ…なんて重い言葉を、無邪気に言うんだろう。
本当は凄く苦しい気持ちが胸に広がっているはずなのに。
長い長い時の旅人の、切実な願いのはずなのに。

だいたい忘れられるはずないのに。
そう、こんなに好きになった人を忘れられるわけなんてないんだ。
でも、「はい」と言いたいのに、出てくるのは声にならない嗚咽ばかり。
申し訳なくて、本当に申し訳なくて、私は何度も頷いたんだ。

321 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/03/10(土) 14:58

「ありがと……、ごめんね」

そんな私を後藤さんは、くしゃっと頭を撫でて慰めてくれたんだ。
それから、差し出されたのは、その手の平。

「え…?」

一瞬……時間がさかのぼったような感覚に囚われる。
そう、あなたとの始まりの時間へ。

苦しい笑顔で私を受け入れてくれたあなた。
そして、子供だった私。
交わされたのは、携帯番号。
そう、それが始まりの合図だった。

戸惑いながら手の中にある携帯電話を見つめる。
そしたら、後藤さんは本当に可笑しそうに声をあげて笑ったんだ。

322 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/03/10(土) 14:58

「あはっ、今度は本当に握手」

「ん」ともう一度差し出される手の平。
あぁ…後藤さんもきっとあの時間を思い出してるんだ。

じゃあ……、
じゃあ、これはもう…『終わりの合図』…なんですね?

相変わらず涙は止まらないけど、
こんな往来の激しい場所で、みっともないことこの上ないけど、
後藤さんの瞳をしっかり見つめて、私はその手を握り返したんだ。

そう…後藤さんの手の平、こんなだった。
あったかくて、しなやかで…柔らかい。
蘇ってくる思い出は、どんどん私の心を苦しめて…離せなくなる。
後藤さんを繋ぎとめておきたくなるんだ。

323 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/03/10(土) 14:59

「……っ…く……」
「…紺野」

そんな私に、やっぱりというか、後藤さんは困ったみたいに笑って。
でも、その瞳には強い意志を宿らせていて。

「…わかってるよね? この手は離さなきゃ」

新しい思い出を、新しい季節を開くため。
そう、私と後藤さんの新しい道のために離さなきゃいけないんだ。
わかってる。
わかってるけど…。
後藤さん…、私は、やっぱり…っ。

324 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/03/10(土) 14:59

「ごと……っ!」
「あれっ? 紺ちゃん?」

――― えっ?
思わぬ方向から名前を呼ばれて、反射的に振り返る。
そこにいたのは…あぁ…。

「柴田、さん…」
「なにしてんの、こんなとこで…―――って、なにっ!?どうしたの!?」

ぎょっとしたみたいに、柴田さんは慌てて私に駆け寄ってきた。
当然かも…、こんな場所でぼろぼろ泣いてしまっていたら。
あぁ、ほら、とにかくこれで涙を拭いて、なんてハンドタオルを差し出してきて。
差し出してきて……、止まった。

325 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/03/10(土) 15:00

「えっと……………だれ?」

まるでカッターナイフのような切り口。
柴田さんの声は、いつになく鋭く、でも繋がれた手にぎこちない笑みで、
目の前の…後藤さんに向けられた。

後藤さんはきょとんと、私と柴田さん、そして繋がれた手を交互に見て、
何かに納得したみたいに微笑んだ。
その笑みは、さっきまでのへらっとしたものなんかじゃなくて、ただの笑み。
例えていうなら…そう、公園で走り回っている子供を見つめるような、そんな笑み。
遠い、遠い、そんな笑み。

326 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/03/10(土) 15:00

「あー…アタシ、昔紺野センパイに良くしてもらってたんですよー。
それで、たまたまさっきばったり会って。
だから記念に握手でもしてもらおっかなーって」

……え?
後藤、さん…?
どうしてそんな…。

「そうなの? 紺ちゃん?」
「あ……ぁ……」

今ほど、後藤さんの一種の『呪い』を恨めしく思ったことはない。
きっと後藤さんは、こんな言葉を再会してしまった人に寄り添う人を見た時
何度となく言ってきたはず。
それが大きな自分と相手の壁なんだって、…自分に言い聞かせるみたいに。

ほらだって、後藤さんの顔に広がっているのは笑み。
私には判る。
その笑みは昔のあのすべてを諦めたような、そんな静かな笑み。

327 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/03/10(土) 15:01

「紺ちゃん…?」

違う、違うんです。
後藤さんは、後輩なんかじゃないんです…っ。
後藤さんは、後藤さんは私にとって大切な…大切な…。

でも、ふいに涙を受け止めたのは、柔らかな布。
不安げに私の瞳を覗き込み、明らかに動揺してしまっている柴田さんの。

このこ…誰?
本当に紺ちゃんの後輩?
だったらなんで、紺ちゃんは泣いて握手してるの?
何か、このこにされたんじゃないの?

手に取るように判る気持ち。
それは裏切れない信頼のカタチ。
それが今、私を縛りつけて……もう、動けない。

328 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/03/10(土) 15:01

だから、
ゆっくりと、

―――――…後藤さんの手のひらを離したんだ。

後藤さんは、やっぱり笑みを浮かべたままで。
その表情からは、もう何もわからなかった。
もう…何も。

329 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/03/10(土) 15:02

「紺野センパイ、アタシ、大丈夫ですから、ありがとーございます」
「後藤さん…」

何が大丈夫で、何がありがとう?
そんなことまで、もう、わからない。
ただ、

「それじゃあ、 ……――――― 元気でね」

最後の、本当に最後の言葉だけは判ったんだ。
もう、これが…最後のあなたの姿だってことも。

330 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/03/10(土) 15:03

そのまま後藤さんは柴田さんに一礼して…
再び雑踏の中へと溶け込んでいった。
凛とした背中で、ハっとするほど美しい髪をなびかせて。

その時、私は確かに見た。
後藤さんの左耳、ちょうど風にふくらんだ髪の奥。
光沢を放つ、青い輝きが揺れていたのを。

あぁ…あれは……私があなたに贈った誕生石。
ロングピアスにして、ずっと、ずっとつけていてくれたんだ…。
ずっと……。

331 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/03/10(土) 15:03

「なんか、すっごく大人びたコだったねー?」
「えぇ…とても……後藤さんは……っく…」
「ちょっ、紺ちゃん…っ、どうしたのっ?やっぱなんかされたのっ?」

違います、きっとしてしまったのは私。
後藤さんの不変の心をかき回して、穏やかな日々に潜り込んで。
そして、こうしてまた…思い出を押し付けた。

332 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/03/10(土) 15:04

だから。
だからせめて、私は強く想う。

この涙はきっと忘れない、って。
あの人が…後藤さんが、確かに私と過ごしてくれた一季を忘れないためにも。

あの人の時間は、これからもずっと静かに刻まれていく。
その先に、何を見るのか…私には判らない。

でも、今、心から願う。
後藤さんの…果てない夢がちゃんと、いつか…終わりますように、と。
願わくば…その時、あなたの隣には…大好きな人がいますように、と。

333 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/03/10(土) 15:04





334 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/03/10(土) 15:05

……これで、何度目の春を迎えるんだろう?

もう、アタシの中では当たり前の景色が、今日も流れていく。
そう、真っ青な青空の下、薄桃色の桜を見上げて校門をくぐりぬけて。

黒い筒は、どのくらい溜まったんだっけ?
この制服は、何着目の制服?
卒業歌…『仰げば尊し』から『巣立ちの歌』に変わったのはいつ?

それすらも、もうわかんない。

335 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/03/10(土) 15:06

「花の…色〜…♪」

そっと歌って、校庭に振り返る。
色んな子達が、涙や笑顔を咲かせてて、
中には後輩の子に写真をせがまれたりして。
うん、なんか微笑ましいね、こーゆーの。

「いざ…さ〜らば〜♪」

歌いながら思い返すのは、この学校で知り合った幾人もの思い出の人達。

色んな人がいたけれど、今胸に浮かび上がるのは、一人の女の子。

そう、もう何十年も昔…この学校で…
………アタシにとっての、最後の恋をした女の子。

336 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/03/10(土) 15:06

いつだって、くりくりした目でアタシの後ろをついてきて。
百面相したりとか、ぼーっとしたりとか、甘いものが大好きで…
アタシの秘密を知っても、そばにいたいと…思ってくれてた子。

今は……幸せだろうか?
……うん、きっとあの子なら、幸せな家族に囲まれて
穏やかな日々を暮らしているに違いない…。
雪のような…、ううん、雪うさぎのような…『まっしろ』な子。

紺野…、アタシはさ、すっごく怖かった。
アタシを置いてっちゃう紺野が…。
いつか…アタシとの距離を悲しく思うだろう紺野が。
きっと紺野は『絶対にそんなことない』なんて言ったかもしれないけれど、
別れのビジョンが…アタシには、見えていたから。

だからアタシは、あなたのくれた思い出だけを大切に持って…。
うん…あなたがくれた石をピアスにして…今日も一緒に歩く。
いつか……また、時間が動き出すのを信じながら。

337 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/03/10(土) 15:07

「美しい〜…明日の日のため〜…♪」

明日の…日のため。

「………あっ、あのっ」
「え…?」

ふいにかけられた声に、アタシは桜の花びらからゆっくり目線を向ける。

338 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/03/10(土) 15:07


その瞬間……――― 胸が、鼓動が、跳ね上がった。


まさか、そんな、でも、だって。


339 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/03/10(土) 15:08

「せ、先輩…っ、ご卒業、おめでとうございます…っ」

くりくりとした目。
真っ白な肌は、雪をおのずと連想させて…。

「あの…っ、あの…っ、私、ずっとその…」

困った顔をすると、眉毛までハの字に垂れ下がって…、
その瞳は潤んでいくんだ。

そして、あなたは私にこう言う…。

340 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/03/10(土) 15:08


「「ずっと好きでした」」


341 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/03/10(土) 15:09

「………へ?」

重なった言葉に、目の前のそのこは驚いて素っ頓狂な顔をして。
あぁ、そんなところまで、そっくりなんだ…あの子に。

「っく…んははははっ」
「え…っ、あのっ、せ、先輩…?」
「あぁ、ごめん。えっと…」

とりあえず首を傾げるようにして胸元の名札を確認する。
もう、確認しなくてもわかってたけど。
これは偶然なんかじゃなくて、必然だったから。
そう、アタシと…この子が出会うのは。

342 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/03/10(土) 15:09

「紺野さん?」
「はっ、はい」
「下の名前は?」
「え?…あの…?」
「いーからさ」
「…あさ美…ですけど?」

あぁ、ほら、やっぱり…。

自惚れじゃなければ、きっと…きっと『あの』紺野は…、
アタシをずっと思っててくれてて。
それが、時を重ねて…また想いを運んできてくれて…。

あぁ…どうしよう…。

343 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/03/10(土) 15:09

―――…………カチ。

「あの…後藤先輩…?」

あなた達の想いが届くたび…。

――……カチ、カチ。

「………で?」
「え…っ? あの、『で』とは…?」

アタシの想いが甦るたび…。

…カチ、カチ、カチ。

344 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/03/10(土) 15:10

「や、だから、キモチを伝えたかっただけってやつ? それとも…」

……アタシの時計が夢の終わりを告げて……やっと……やっと、動き出す。

あなた達の想いを、今、ようやく追いかける。

カチ、カチ、カチ、カチ。

「それとも先を望んでいる告白?」

真っ赤になっていく頬、そして俯くと見える赤い耳。
全てが『あの』あなたに重なって、アタシは想いを駆けめぐらせる。

ううん、想いを馳せる。
『あの』あなたへと、そして…愛しさを重ねていくだろう…目の前のあなたへと。

345 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/03/10(土) 15:10

カチ、カチ、カチ、カチ…。

さぁ、錆び付いていた時の針にアタシは笑顔でサヨナラして、
やっと新しい秒針をセットする。
動かしていくのは…、小さく頷いたあなたとアタシ。


いつか『あの』あなたの話をする日がくると思う。
その時は…また、小さな鈴を送ろうと思うんだ。
やっと…夢の終わりを見つけた時の旅人の…最後のプレゼントを。

…『あの』あなた、だけに。


346 名前:【A traveler of time】 投稿日:2007/03/10(土) 15:11


【A traveler of time】 ―――― END

347 名前:IMAGINATION DIARY 投稿日:2007/03/10(土) 15:12


―――― IMAGINATION DIARY ―――― END


348 名前:IMAGINATION DIARY 投稿日:2007/03/10(土) 15:14
>>302-346 更新はここまでです。

お付き合いくださいました読者様、
ありがとうございました(平伏
これにて、終了でございます(平伏
349 名前:コンゴマジックの者 投稿日:2007/03/10(土) 19:27
あぁ〜うるっと来てしまいました。
よかった。後藤さんも幸せになれて・・・
大好きなスレでした。
優しいお話をたくさんありがとうございました!!!
350 名前:ais 投稿日:2007/03/11(日) 01:28
いや〜・・・(号泣)
マジでラストサイコーっすよ!
これでこの話しは終わり・・・って、こんごま終わりですか!?
ん〜・・・そこは作者様のご判断にお任せいたしますが
またいつか新しい世界を魅せていただけることを楽しみにしてます。
お疲れ様、そしてありがとうございました〜!
351 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/11(日) 02:33
作者さんの筆が早いというのもありましたが毎日このスレの更新を
チェックするのが日課となっていました。
色々な世界観のこんごまが読めて本当に楽しませて頂きました。
ありがとうございました。
352 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/12(月) 19:15
最近あまり見られなくなったこんごまを素敵なお話で
感動させてくれた作者さまに感謝いたします。
ぜひ、またいつの日か…
353 名前:tsukise 投稿日:2007/08/30(木) 13:21

>>349 コンゴマジックの者さん
短編集へお付き合い下さいましてありがとうございました(平伏
大好きなスレとのお言葉は、作者にとって最大の賛辞です。
いつもご感想を頂き励みとなりました、ありがとうございました(平伏

>>350 aisさん
ラストまでお付き合いくださいましてありがとうございました(平伏
短編こんごまはこれで終了となりますが、またいつか
新しいお話で楽しんでいただければ幸いです(平伏

>>351 名無飼育さん
日参してくださっていたとのお言葉に嬉しい思います。
色々なこんごまの世界、楽しんでいただけたのなら幸いです。
レスを頂くことが大変励みと鳴ってました、ありがとうございました(平伏

>>352 名無飼育さん
マイナーから始まったこんごまですが、作者の好物で
読者さまに楽しんでいただけるような話が書けていたのなら
大変光栄に思います。ありがとうございました(平伏

354 名前:tsukise 投稿日:2007/08/30(木) 13:21

夢板で作品を書かせていただいております。
今回、容量的に厳しいこともあり、
こちらへと続部を移転させて頂きます。
どうぞ、お付き合い下されば幸いです(平伏

前スレ『MANY FRAGMENTS』
ttp://m-seek.net/cgi-bin/test/read.cgi/dream/1090204457/

355 名前:Many fragments 投稿日:2007/08/30(木) 13:22

さざーん、ざざーん、と。

白い泡を立てて波が寄せては返っていく。

ざざーん、ざざーん。

規則正しいそのリズムが心地良い。

その中を、私は きゅっきゅっと砂を踏みしめて歩く。
暗闇の中でも判る、ぽつん、ぽつんと残されたあの人の足跡に
自分の足跡を寄り添わせて。

一人にして欲しいって、そう伝えていたけれど。
でも。

独りにはなってほしくないから。

356 名前:Many fragments 投稿日:2007/08/30(木) 13:23

ざざーん、ざざーん。

見上げれば満天の星。
東京では見れない、深い瑠璃色にちりばめられた輝き達。

夜と朝が交差する時間だから、空も海も同じ瑠璃色で。
決して溶け込むことのないその輝きは、何億光年も離れた一瞬の宝石。
そこには、もうないかもしれない生命を閉じ込めた宝石。

とっても不思議。
今見ているのは、過去。
その過去が、こんなにも美しいものだなんて。

そう…過去はとっても美しくて…、時に残酷で。
光り輝き、…いつかは消える。
でも、ただなくなるだけじゃない。
きっと…

―――…きっと、何かを残してくれるんだ。

357 名前:Many fragments 投稿日:2007/08/30(木) 13:23

今は…

「……………、見つけ、ました」

なにも見えなくても……たとえ見失ってしまっても…

「……後藤さん」

必ず。

ざざーん、ざざーん、ざざーん。

交差するのは穏やかな二つの眼差し。
向けられたのは、柔らかな笑顔。
そして……

「…見つかっちゃった」

優しい声。
切なくなるぐらい優しい、声。

358 名前:Many fragments 投稿日:2007/08/30(木) 13:24

「隣…、いいですか?」
「うん」

あぐらをかいている後藤さんの隣に膝を抱えるように座る。
ひんやりする砂は、どこか現実めいていて、
ちゃんとそこに後藤さんがいることを、やっと確かめられたっけ。

隣を許された私は、それでも後藤さんの顔をまっすぐ見ることができなくて、
ただ、やっぱり寄せては返す波を見つめた。
こんなに近くにいるのに、簡単に言葉を交わすこともできなくて。
後藤さんの空気を揺らしたくなくて。

ちらりと横目で忍び見るけど、あなたはやっぱり薄く笑みを浮かべたまま
遠く…誰よりも遠くを見つめるだけだった。

359 名前:Many fragments 投稿日:2007/08/30(木) 13:24

「ご、後藤さん…っ?」
「うんー?」

意を決して切り出した言葉は、みっともなくどもってしまったけれど、
後藤さんは、ふんわりした声で返事を返してくれた。
追いかけてくるのは、ぼんやりと揺れる瞳。
ここではないどこかを見つめている瞳。
そう、以前お店で見た…ひまわりを眺めていた、あの瞳。

「ほ、星は好きですか?」
「んぁ? ほし? あー、星ね、うん、どっちかというと好きかなぁ」
「後藤さんは、えっと9月生まれでしたよね?だとすると、おとめ座ですね」
「よく知ってるねぇ? でも、アタシ23日生まれだから、てんびん座でもあるんだ」
「そうなんですか? 二つも星座があるといいですね。占いとか得しそう」
「どうかなー? 大抵おとめ座がいい時って、てんびん座は良くないんだよねぇ」
「それは、困りますね」

『だねぇ』なんていいながら笑う後藤さんに、私はもう必死に言葉を繋げた。
目に付くものをただ次々と。
会話を途切れさせちゃダメだって。
心のどこかがざわついて。

360 名前:Many fragments 投稿日:2007/08/30(木) 13:24

「お、おとめ座だったら、今の時期に見れるかもですね」
「そうなの?」
「えっと、夏の大三角形っていうじゃないですか?」
「あぁ、そういえば」
「ですから……」

そこで空を見上げて…………困りました。

「紺野? どしたの?」
「困りました…」
「んぁ?」
「こんなにたくさんあると…どれがどれか判りません…」

広がっているのは、信じられないぐらいの星たち。
北極星だって判らないぐらいの瞬きに、スピカの輝きなんて判らない。
でも、その代わりに、居場所のわからない星たちがご褒美のようにくれたのは、

「…ぶっ! んはははっ」

いつもはクールで凛とした表情が、
まるで無邪気な子供のように変わった瞬間。
本当に楽しそうに、見たこともない笑顔のあなた。

361 名前:Many fragments 投稿日:2007/08/30(木) 13:25

あぁ…こんな風に笑うあなたが…

「紺野って、頭いいのかわかんないねぇ、あははっ」

―――…本当のあなただったんですね。


穏やかな空気に隠されていた本当のあなたは、
幼い子供のように、泣きじゃくったり、その涙を必死になって隠したり、
そして…こんなにも無邪気に笑う、普通の、ごく普通の女の子。

いつからか、完璧なあなたが当然なんだと勘違いしていた私は、
そんな当たり前の事にも気づかなかった。

悲しい事に涙して、苦しいことに胸を痛め、
嬉しいことに喜んで、楽しいことに笑顔を向ける。

362 名前:Many fragments 投稿日:2007/08/30(木) 13:25

そう、当たり前。
だけど、その当たり前が出来なかった後藤さん。
ずっとひた隠しにしていた後藤さん。

弾けて現れた一瞬は、色んなものを痛めつけて消えた。

それは私の知らない過去が原因?
ずっとずっと、いろんな事に苦しんでいた?
心の奥、深く深くに根付いた何かに縛られて…。
笑顔の裏側に、どれだけの涙を閉じ込めてきた…?

――――あぁ…後藤さん…
私、今ようやく判ったんです。――――

363 名前:Many fragments 投稿日:2007/08/30(木) 13:26

「ははっ…―――っ、こん、の…?どう、したの…?」

一瞬にして、まんまるに見開かれる後藤さんの目。
その目に映るのは、私。
情けなく眉をハの字にして、唇を震わせて…。

「こんの…? こんのぉ…?」

まるで母親を心配する子供みたいに、表情を曇らせて
後藤さんは何度も名前を呼びながら、その細い指先を伸ばしてくる。
あとに残るのは、張り付くような水の感覚。

あぁ、みっともない…。
でも、止まらない。
こんなの、後藤さんに迷惑かけるだけなのに。

「ごめんなさい…、なんでもないんです、ほんと、ごめんなさい」

まるでさっきまでの後藤さん。
ボロボロ溢れ出る涙は、どうやったって止まらない。
ごしごしと手の甲で拭うけど、まるで追いつかないほどに。

364 名前:Many fragments 投稿日:2007/08/30(木) 13:26

「だめだよ、紺野、肌痛める」

やんわりと、私の腕を取って涙の跡を確かめる後藤さんは、
困ったみたいに、その瞳を揺らして。
じっとみつめられて、ただ私はうつむいた。
息が詰まるような感覚に、喉を鳴らしながら静かに目を閉じて。

あぁ、私は今、すごくみっともない。
心配して追いかけてきたのに、逆に心配されてる。
伝えたい言葉が、あったのに。

……、ううん、伝えてみよう?
言葉は届けなきゃ伝わらない。
こんな、泣いていても、伝わらない。
ほら、だから、後藤さんに。

365 名前:Many fragments 投稿日:2007/08/30(木) 13:27

「ご、後藤さん、き、聞いて欲しいことが、あるん、です」
「うん…、なに…?」

穏やかに私を見つめる後藤さんに、大きく一つ深呼吸。

一瞬脳裏に浮かんだのは、さっきの藤本さんと松浦さん。
私には、あの松浦さんのような潔い輝きも強さもない。

でも。

でも、この瞳の先にいるこの人を、ずっとずっと追いかけたいって、
そう願う気持ちは、きっと、静かに持ち続けることは出来る。

みっともないぐらい足掻いて、
みっともないぐらい泣きじゃくって、
みっともないぐらい…自分を曝け出して。
それでも、尚、この人を。

そのことを、さぁ、伝えよう?

あなたには――― 私がいるって。

366 名前:Many fragments 投稿日:2007/08/30(木) 13:27

「後藤さんが、好きなんです」

「…………」

視線が揺れる。
私を映した、黒い瞳が。
どこか苦しげに。

でも、ごめんなさい、
私はもっと苦しいことをあなたに押し付ける。

「私を、そばにおいてくれませんか?」
「紺野……」

困ったみたいに笑う後藤さん。
きっと、さっきの今で、どうしていいのか戸惑ってるんだと思う。
でも、…受け入れて欲しいんです。

「なんにもできないかもしれません…。後藤さんを困らせることしか
できないかもしれない。でも、いつでもそばにいたいんです」

誰よりも、近くに。

367 名前:Many fragments 投稿日:2007/08/30(木) 13:28

「アタシ…」

かすれた声は、ちょっと涙よりも辛い気持ちになる。
伏せられた睫毛が、ふるふると震えている。

葛藤。
後藤さんの中の葛藤が、
いま、露になって―――滲み出す。

「アタシ、紺野に想われるような人間なんかじゃない。
一緒に歩く自信、ない」

あぁ、まるで今のあなたは、私の鏡。

昔の、私の。

368 名前:Many fragments 投稿日:2007/08/30(木) 13:28

自分に自信が持てなくて、それを隠すみたいにいい人を演じて。
近づいてくる人を受け入れてるフリをして無条件で遠ざける。
全ては、自分の傷を隠すために。

でも、そうやって、私は何を手に入れた?
手に入れることができたものなんて、本当にちょっとのもの。

自分が望んだものなんて、全く手に入らなかった。

そんな想い、したくないし、してほしくもない。

だから。
こんな私でも、あなたへの1歩を大きく踏み出す。

369 名前:Many fragments 投稿日:2007/08/30(木) 13:29

「自信なんて、なくていいじゃないですか」

笑顔で。
あなたへ。

「私だって、今も、すっごく自信ないです。だって…、
後藤さんに断られるって、なんとなく予感してましたもん」
「紺野…、だったらどうして…」

どうしてなんて愚問。

あぁ、ホント、後藤さんって判ってない。
自分が、どれだけ魅力的なのか。

「だって、好きなんですもん。どうしようもないんです」

はじめてみる心乱れたあなたさえ、愛しいと思った。
自信に満ちたあのあなただって、
無邪気に笑うあなたも、
激しく、心ゆさぶられて傷ついたあなたも。

そう、後藤さんの全部が、愛しいんです。

370 名前:Many fragments 投稿日:2007/08/30(木) 13:29

ぼろぼろと零れていく涙は止まらないけれど。
全部伝える。
私のすべてを。

「後藤さんと一緒なら、私、強くなれる。どんなことだって
頑張れるんです」
「アタシと一緒なら…?」
「きっと…、後藤さんも守れる」

驚きに見開く、後藤さんの瞳。
思いがけない言葉だったんだろう。

でも、本当に。
あなたがいれば、なんだってできる。
それが…それだけが私のなけなしの『自信』。

371 名前:Many fragments 投稿日:2007/08/30(木) 13:29

「アタシを…守る?」
「守ります」

世界中を敵に回しても。
あなたを傷つけるものから。

きっと…1人で戦うことが多かったあなた。
ボロボロになっても、それでもまた立ち上がって戦って。

そんなあなたの、最後の味方に、私はなります。

だから、

「ダメ、ですか?」

最後の提示。
これでダメなら…なんて考えてない。
あなたはきっと、私を。

372 名前:Many fragments 投稿日:2007/08/30(木) 13:30

そして、

ふっ、と一度息を吐く音。
それは、美しい髪の隙間から零れた笑みと一緒に。

「紺野って、変わってる」

優しく目を細めてくれる姿に、私は確信する。

――― 繋がった。

って。

373 名前:Many fragments 投稿日:2007/08/30(木) 13:30

それから、さりげない仕草で指先を伸ばしてきて。
やおら伸ばされたはずなのに、そっと頬を撫でる瞬間は
躊躇いがちに、丁寧に。

「後藤さん…」

ほんの少し香る、あなたの匂いに酔いしれる。
いろんな事に慣れたあなたの、まだ戸惑いも見える姿に
笑みがこぼれるのが隠せない。

私だから、ですよね。
なんて。

「アタシで、いいの?」

まっすぐ見つめられれば、もう逃げられない。

でも、それはあなたも同じ。
もう、私だけのあなた。

不安定に揺れていた瞳は、もうない。

374 名前:Many fragments 投稿日:2007/08/30(木) 13:31


あなたからの最後の提示。


それを私は。


「……――― はい」


飲み込んだ。


375 名前:Many fragments 投稿日:2007/08/30(木) 13:31

瞬間。
暁の空を降ってきたのは、幾千もの宝石たち。
遠い遠い世界から届けられた、眩い輝き。

流星群だ。

その全てを、温かな腕の中で私は見つめる。
肩越しから見えるその光景は、ここにきて見たどの景色よりも
尊く、輝いている。

376 名前:Many fragments 投稿日:2007/08/30(木) 13:32

「…ごめんね、アタシ…」

その輝きを見ながら、後藤さんが呟く。
でも、それを私は首を振った。

「こういう時は、ありがとうの一言で十分なんですよ」

そっと、その背に腕を回して。
やっと、やっと私だけのものになった人に囁く。

「――― ありがとう」

まるでドーンコーラス。
次々と降り注ぐ宝石の集まる、この島で、
あなたの本当の言葉が、私に届く。

この、神様の宝石でできた島で、あなたの声だけが。

ずっと。


377 名前:tsukise 投稿日:2007/08/30(木) 13:32

>>355-376
今回更新はここまでです。
次回でラストとなります(平伏

>698 遊さん
そうですね♪それぞれに大切な人がいて、
大切な思いを紺野さんに分け与えてくれてるみたいです(笑
後藤さんと紺野さん、また見守ってくだされば幸いです(平伏

>699 みっくすさん
いつもレスを下さりありがとうございます。励みです(平伏
後藤さんには色々と苦しいことが多いですが、
そうですね、紺野さんにこれからも頑張ってほしいですね♪

378 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/30(木) 17:10
更新ありがとうございます。前板よりすっ飛んできました。
このように素敵な作品、皆様の為ageたいくらいです(コラコラ)
次がラストなのですか…
tukiseさんの紡がれるカケラ達の行方、楽しみにしてます…
ちょっと…いや、かなり寂しいですけど…
379 名前:みっくす 投稿日:2007/08/30(木) 19:54
更新おつかれさまです。

いやー、ほんとによかった、よかった。
ラストは、どういう展開になるのか凄く楽しみです。
380 名前: 投稿日:2007/08/31(金) 07:21
いやー…素晴らしいです

遊の小説とは全然違い、遥かに高い雲の上ですよぉ…

尊敬します…

お二人の幸せを祈って、見守って頂きますね
381 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/29(土) 22:44
放置なんて事はないですよね?;;
382 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/30(日) 10:22
>>381
ageないで下さい。ルールは守りましょう。
最後の更新からまだ1ヶ月しか経ってないのに、
放置と決め付けることはないと思いますよ。
383 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/10/01(月) 06:45
ごまこんてなんかまったりして癒されますね〜
384 名前:tsukise 投稿日:2007/10/01(月) 15:12

今回ラストアップということで、
ネタバレ防止のため、頂きましたレスを先にお返ししたいと思います。
ご理解下されば幸いです(平伏

>>378 名無飼育さん
前板より続けて読んでくださり、ありがとうございます(平伏
ラストアップ、そうですね、作者自身も少し寂しさを感じつつ
それでもカケラ達を見守り送り出したいと思います。
どうぞ、お付き合い下さればありがたいです(平伏

>>379 みっくすさん
いつもお付き合いくださいましてありがとうございます(平伏
頂きますレスが励みとなっておりました。
年が変わっていく中でも続読してくださるのは嬉しいです。
どうぞ、ラストの展開も変わらずお付き合い下されば幸いです(平伏

385 名前:tsukise 投稿日:2007/10/01(月) 15:12

>>380
嬉しいご感想を頂きましてありがとうございます(平伏
いえいえ、もう作者の妄想大放出なだけなので、
そんな恐れ多いお言葉…(平伏
そうですね、ラストの二人も見守ってくだされば幸いです(平伏

>>381-382 名無飼育さん
大変お待たせしまして申し訳ない限りです(平伏
またご指摘と合わせてありがとうございます(平伏
どうぞ、ラストアップとなりますが、
お付き合いくださいますと幸いです(平伏

>>383 名無飼育さん
ありがとうございます(平伏
そうですね、作者もこの二人の雰囲気が大好きなので
コメントレス、大変嬉しいです。


それでは、ラストアップとなります(平伏


386 名前:MANY FRAGMENTS 投稿日:2007/10/01(月) 15:13

目覚めの色は白。

ユラユラと視界の端で揺れているカーテン。
天井の色。
そして…陽の光。

「…ぁ…、朝…?」

朝独特の穏やかな風が頬をくすぐるように優しく通り過ぎ、
ゆっくりと瞼を開いた先に、光彩を取り入れる。

ううん、取り入れたのは光彩だけじゃない。

「…目、覚めた?」

ゆっくりと、シャッターを切るように瞬きをした先に、
愛しい、あなた。

387 名前:MANY FRAGMENTS 投稿日:2007/10/01(月) 15:13

ベッドのふちに腰をかけるようにして白いシャツだけを羽織り、
サラサラと流れる髪をゆっくりかきあげながら、
風と同じような穏やかな眼差しで、私を見つめてくれてる。

「ごとー…さん…」

起きだちで、声がかすれてしまう。
そんな私に一度あなたは苦笑して、
手に持っていたコップを、差し出してくれたんだ。

導かれるように起き上がり、そのコップに手を伸ばすと
自然な仕草で、後藤さんは私の身体を支えるように腕を伸ばしてくれた。

そのさりげない優しさに笑顔を向ける。
「うん?」と、なんでもないように笑い返してくれる姿を見ると
内側から滲み出す私への優しさを実感したっけ。

388 名前:MANY FRAGMENTS 投稿日:2007/10/01(月) 15:14

こくん、こくん、と。
両手で包むようにコップを支えると、
咽喉を鳴らして液体を飲み干していく。

甘い、南国の香りを乗せたトロピカルフルーツだ。
後藤さんの唇から香るものと、同じ、甘い…。

「ありがとうございます」
「うん」

やっぱり笑顔のあなたは、コップを手にとって近くのテーブルへと
そっと置いてくれた。

でも、そこでちょっと不安そうな眼差し。
その視線は、くるっと私の身体を一周して。

389 名前:MANY FRAGMENTS 投稿日:2007/10/01(月) 15:14

「…大丈夫?」

言われて気付く、その意味。

シーツに隠された私の身体には、たくさんの後藤さんの印。
私を…愛してくれた印。

初めてのことに流れた涙を、後藤さんは全て舐め取ってくれたけど
鈍い痛みは、今も、少し。
散った緋色には、ほんのちょっとの喪失感を感じたっけ。

でも、喪失感だけじゃない。
それよりも、手に入れたものが大きくて。
与えてもらったものが多すぎて。

膨らんで包み込まれた幸福感。
痛みさえも、あなたの存在を確かにしてくれる大切なもの。
私だけのあなたを。

だから。

390 名前:MANY FRAGMENTS 投稿日:2007/10/01(月) 15:14

答えるかわりに、ふわっと笑ってみせた。
この幸福感は、あなたがくれたんだって、伝えたくて。

後藤さんは、ちょっとだけ眉を上げて。
それからテレくさそうに、微笑み返してくれた。

また新しい一面。
私が引き出したあなたの新しい一面。
素直に、そのことが嬉しい。

「おはよう」

改めて挨拶してくれた後藤さんは、目を細めて私の存在を確かめる。
眩しそうに、愛しげに。

途端に胸にこみ上げるのは、切なく心臓が締め付けられる感覚。
ほんの些細なことでも、後藤さんから紡ぎだされるものだから、
とても嬉しくて。

391 名前:MANY FRAGMENTS 投稿日:2007/10/01(月) 15:15

「おはよう、ございます」

でも。

「けど『おはよう』じゃないかも」

苦笑する後藤さんは、ひょいっと自分の腕時計を指先で引き寄せて。
すいっと目の前にかざして見せてくれた。

え?と覗き込んでビックリした。
プラチナの輝きの中にある文字盤は、ゆうに10時を差していたから。

「わっわっ」

確か集合はお昼だった。
えっ、じゃあ、私はどれだけここに…っ。
というか、あぁ、こんな、後藤さんの部屋にいたら、
ふ、藤本さんがっ。

392 名前:MANY FRAGMENTS 投稿日:2007/10/01(月) 15:15

「こーんの、おちついて」

途端に、わたわたしだした私に、後藤さんは可笑しそうに笑いながら
後ろから抱き寄せてきた。
それだけで、胸が高鳴る。
優しく包まれるそれだけで。

「ご、ごとーさん…?」
「んー……、あと5分だけ、こうさせて?」
「え? あ…はぁ…」

長く吐き出される吐息に、何もいえなくなる。

393 名前:MANY FRAGMENTS 投稿日:2007/10/01(月) 15:15

一人。
そう、いつも一人だった後藤さん。
その後藤さんの内側に入り込んだ私。
私という存在を、後藤さんは受け入れてくれた。
それは、きっと、とても大きな決心とかがいって。

過去の後藤さんが、どんな道を歩いてきたのかわからない。
多くを語らないヒトだから。
でも、その道の先にいた私を、必要としてくれた。
たくさんの人の中から、私を。
そして今も、必要としてくれてる。

だから、十分。
落としてきたものは、知らなくて十分。

394 名前:MANY FRAGMENTS 投稿日:2007/10/01(月) 15:16

「紺野が生まれてきてくれて良かった」

耳に届くのは、甘い声。
最後の味方に私を選んでくれたあなたの。

えぇ、私は、この命がある限りあなたのそばに、ずっと…。

邪険にされる日がくるかもしれない。
みっともなく、あなたにすがる日がくるかもしれない。
それほどまでに、あなたを好きなんです。

「私も、後藤さんと出会えてよかった」

この言葉はきっと、未来の私へのメッセージ。
たとえ、あなたと違う道へと歩く日が来ても、この瞬間は、忘れない。
その日なんて、来ないで欲しいと弱く胸を痛ませながら願うけど。

395 名前:MANY FRAGMENTS 投稿日:2007/10/01(月) 15:16

少し言葉を詰まらせてしまう私に、
後藤さんは、眉をしかめたみたいだった。
それから一度だけ強く腕に力をこめて。

「そのセリフは過去形にしないで」

あぁ…、やっぱりあなたは天才。
そうやって、私の欲しい言葉をくれる。
だから私は…寄り添っていける、これからもきっと。

396 名前:MANY FRAGMENTS 投稿日:2007/10/01(月) 15:17





「あ、ごっちんだぁ」
「んぁ?」

部屋を出た途端に、可愛らしい声が向けられた。
振り返った先には、

「まっつーと美貴ちゃん」

ちょっとぐったりしている藤本さんと、その腕に絡み付いてる松浦さん。
朝からテンションの高い松浦さんは、さすがというかなんというか。

397 名前:MANY FRAGMENTS 投稿日:2007/10/01(月) 15:17

「おはよ〜。あ、紺ちゃんも」
「あ、はい、おは…わわっ」
「おっと」

頭を下げようとした瞬間、フラついて転びそうになる。
支えてくれたのは、後藤さんの手。
「すいません…」と顔をあげれば、しょうがないよ、とでも言いたそうな笑顔。

その、なんというか、足元がおぼつかない感じで。
自分の身体が上手くコントロールできないような…。
原因がはっきりしてるだけに、なんともいえない。

398 名前:MANY FRAGMENTS 投稿日:2007/10/01(月) 15:17

「ふぅん…」

それまで、ぼんやりしていた藤本さんが、眉を上げて一あくび。
眠そうなその目は、いつもの倍ぐらい恐いんですけど…。
でも、そのままじーっと私と後藤さんを見比べて。

「そっか。そーなったか」

ふっと頬を柔らかく上げて笑って見せたんだ。
それはきっと、鋭く物事をきっていく藤本さんの中の、素直な優しさ。

本当に、納得できる事象にだけ頷く彼女だけに、
その笑みはきっと、『変わった』後藤さんを敏感に感じ取ったんだ。
そして、その隣にいる私も。

399 名前:MANY FRAGMENTS 投稿日:2007/10/01(月) 15:17

「うん。そーなった」

後藤さんは、躊躇うこともなく告げる。
不思議に揺れた笑みじゃなく、穏やかに、子供みたいに笑って。
ふにゃっと崩れる頬は、きっと今までの後藤さんでは見られなかった
可愛らしい一面。
私が好きな、一面。

それを受けて、藤本さんも笑う。
嬉しそうに。
私より、きっと後藤さんのことを色々知っている藤本さん。
その藤本さんが、こうやって笑い返してくれるのが、私も嬉しかった。

400 名前:MANY FRAGMENTS 投稿日:2007/10/01(月) 15:18

「うん〜?」

一人、きょとんとしているのは松浦さん。
藤本さんと後藤さんを、きょろきょろと見比べて。
うーん?と首を傾げて見せたりして。

「ねぇねぇ、たん」
「なに?」
「もうごっちんと仲良くしてもいいの?」

あぁ、そういえば、昨日までの藤本さんは
後藤さんが松浦さんに近づくのを良く思ってなかった。
その印象が強くて、松浦さんは問いかけたんだろう。

でも。
でも、今の後藤さんなら。

401 名前:MANY FRAGMENTS 投稿日:2007/10/01(月) 15:18

「別にケンカしてたワケじゃないし、好きにしなよ」

つっけんどんな言い方だけど、その唇がちょっとテレたみたいに
つん、と突き出されている。
それが少し可愛いと思ってしまったっけ。

「にゃははっ。またまた〜素直じゃないんだからぁ〜」

付き合いが長い分判っているのか、
そんな藤本さんに、松浦さんは弾けるような笑みを向けて、
肩を、ぱしっと叩いた。
「痛いから」と、仏頂面をするけど、それも松浦さんの前では
効果がないみたい。

402 名前:MANY FRAGMENTS 投稿日:2007/10/01(月) 15:18

「ということでー…、ごっちぃーん!」
「んぁっ!?」
「!?」

迫ってきたのは、凄い勢いの松浦さん。
そのまま、がばっと後藤さんへ抱きついていく。
ちょっ、ちょっと…っ。

「ま、まっつー…、ちょっと痛い」
「あははっ、ごっちん可愛い、可愛いぞー」

首に腕を巻きつけて、強く抱きつく松浦さんに、
後藤さんは、少しだけ困ったみたいに笑ってみせる。

…少しだけ?
あの、後藤さん、困っているなら…もうちょっと、その…。

403 名前:MANY FRAGMENTS 投稿日:2007/10/01(月) 15:19

呆然。
きっと、私と藤本さんを客観的に見ると、
そんな言葉が当てはまると思う。
だって、はたから見れば、二人はなんというか。

「ねぇ、まっつー…、美貴ちゃんが 物凄い目で見てるよ?」
「いーのいーの。たんがいいって言ったんだから」

イタズラっぽい目を向けられて、ハっとしたのは藤本さん。
いつのまにか開いていた口を、きゅっと閉じて、
あの勝気な目で、松浦さんを一睨み。

「ばっ! 別にそーゆーのを許したんじゃ…っ!」
「え〜? じゃあ、何〜? たん以外にじゃれつくなって言いたいの?」

役者が違いすぎる。
松浦さんの方が一枚上手だ。
というか、この人にかなう人がいるのだろうかと思ってしまうぐらいの
自信の塊。

404 名前:MANY FRAGMENTS 投稿日:2007/10/01(月) 15:19

「ばっ、ばっかじゃない、だぁ〜れが…!
荷物片付けるんだからアンタは ずっとごっちんと抱き合ってれば!?」

売り言葉に買い言葉。
藤本さんは、噛みながらも松浦さんにそれだけ言って、
二人を押しのけるように、部屋の中へと入っていった。
二人を離すように押しのけたのは、最後の強がりかも。

「にゃはは。素直じゃないなぁ〜」

本当に可笑しそうに笑う松浦さんは、それでもどこか優しい眼差し。
それを見て、理解する。
主導権を握っているのは松浦さんに見えて、実は違うって。

松浦さんは、藤本さんの一つ一つの気持ちで道を決める人なんだ。
本当に嫌がることは絶対にしない。
でも、信念は曲げない。
好きという信念は。
その輝きを私は、夕べ垣間見たから。

405 名前:MANY FRAGMENTS 投稿日:2007/10/01(月) 15:20

「じゃね、ごっちん、紺ちゃん」

颯爽と身を翻すと、そのまま手をひらひらさせて
藤本さんの後を追いかけて消えていく松浦さん。
その一つ一つの仕草も、とても彼女らしくて。

ちょっとだけ…はっとする。
そうだ…私は大事なことを忘れていたって。

「賑やかだねぇ〜、仲良くていいけど」

へらっと笑う後藤さん。
その後藤さんを見上げると、頭の中を駆け巡る大事な事。

406 名前:MANY FRAGMENTS 投稿日:2007/10/01(月) 15:20

今の今まで忘れていた、後藤さんの人気。
お店でも、1、2を争うぐらいの人気は、
好きな人が色んな人から好意をもたれてるって思えば、
嬉しいことのはずなんだけど…。

1つ後藤さんへ踏み出すことを許されるたびに膨れ上がる独占欲。
それが、徐々に滲み出して、素直に喜べなくなってるんだ。

今だって…、
松浦さんと並ぶ後藤さんは、とってもお似合いで。
もし、私と藤本さんがいなかったら…もしかしたら二人は…。
そんなありえもしない事が浮かんでしまう。

あぁ…人を好きになるって、こんなにも大変なことなんですか…?

407 名前:MANY FRAGMENTS 投稿日:2007/10/01(月) 15:20

「どしたの、紺野? なんか百面相してて面白いけど」
「あ…、な、なんでもないです…」

顔を覗き込まれて、曖昧に笑ってごまかす。

この人は、あまりにも自分の魅力に鈍感すぎる。
だからこそ、私はこれからも振り回されていくんだろうな…。

でも。
後藤さんは、私を選んでくれたから。
だから。

「? どしたの、こんの?」

きゅっと、その手を握って深呼吸。
私は、この人の隣にいる。
そう言い聞かせて。

408 名前:MANY FRAGMENTS 投稿日:2007/10/01(月) 15:21

「後藤さん? 私、頑張りますから。後藤さんのそばに
ずっといられるように頑張りますから」

あなたに相応しい子になれるように。
あなたが、いつまでも私を想ってくれるような素敵な子に。
そのためならば、どんなことも乗り越えてみせる。

言った瞬間、後藤さんはきょとんとして、
それからちょっと目を細めるみたいにして柔らかく笑った。
なんだか、ちょっとそれは子供を見守るお母さんみたいで…。

409 名前:MANY FRAGMENTS 投稿日:2007/10/01(月) 15:21

「本気ですよっ? 私、頑張りますからっ」
「うんうん、がんばれ」

少しだけ声のトーンをあげていったんだ。
やっぱり後藤さんは穏やかに笑うだけだったけど…

「アタシも、がんばる」

その一言が、色んな伝えきれないものを伝えてくれたみたいで
ちょっとだけ、胸の奥があたたかくなった気がした。

410 名前:MANY FRAGMENTS 投稿日:2007/10/01(月) 15:21





411 名前:MANY FRAGMENTS 投稿日:2007/10/01(月) 15:21

「よっしゃー、みんな揃ったなー、いくでー」

突き刺す日差しを受け、私たちは輝く海を見つめながら
夏の思い出を胸に留める。
名残惜しい、この輝きを全部。


時々思う。
私たちは、いつだって何かに巻き込まれ、
小さく、ほんとうに小さくその存在を主張してるんじゃないかって。

まるで、…そう、カケラのように。

412 名前:MANY FRAGMENTS 投稿日:2007/10/01(月) 15:22

「あれ? ガキさんは?」
「あーしは知らん」
「愛ちゃん、心配じゃないの?」
「ほんなら麻琴が探してきぃ。あーし、そんな気分じゃない」

カケラは完璧じゃない。
どうやっても、カケラはカケラで。

「愛ちゃん!」
「ガキ?」
「見つけたよ、ほら、これでしょ?探してたの」
「あ……。見つけて、くれたん?」
「やーなんか愛ちゃん、大事そうにしてたし。間に合って良かったよホント」

その不完全の中で、別のカケラをどんどん求める。
回り道しながら、それでも一緒に輝いていけるように、どんどん。

413 名前:MANY FRAGMENTS 投稿日:2007/10/01(月) 15:22

「………あーとう」
「なに?なんだって?」
「ありがとう、言ったんや」
「ま、うん、良かった。愛ちゃんが喜んでくれれは探した甲斐があるし」
「あほ」
「またそーゆー事言うー」


―――…それがたとえ、弱さだと知っていても。

414 名前:MANY FRAGMENTS 投稿日:2007/10/01(月) 15:23

「あっ! 吉澤さーん!」
「麻琴…」

いつかその輝きは、自分じゃない誰かを美しく魅せるかもしれない。
それを、羨むこともあるかもしれない。

「あれ? 石川さんと一緒じゃないんですかぁ?」
「今メイク中」
「なぁ〜んだ、喧嘩とかして別れたんじゃないんですかぁー」
「お前はまた〜」
「別れたら言ってくださいね〜、私いつまでも待ちますから」
「ったく〜」

妬むことも、壊してしまいたくなることもあると思う。
…だけど気付いて欲しい。

「麻琴」
「はいはい〜」
「もっと、自分を磨け」
「なぁんですかぁ〜それぇ〜っ」


―――…輝きは、すべてのカケラが必ず持っているものだって。

415 名前:MANY FRAGMENTS 投稿日:2007/10/01(月) 15:23

「あ、もしもし?れーな」

時になくしてしまっても。
ううん、無くしてしまう輝きがあるからこそ…

「もうすぐ帰るよ?帰ったら…―――、うん、そっちに行く、絶対」


………その大事さに気付けるんだ。

416 名前:MANY FRAGMENTS 投稿日:2007/10/01(月) 15:23

それが、強さになる。

「たん、あたし、来て良かった」
「はぁ? たった1日なのに?」
「にゃははっ、時間なんて関係ないんだよ」
「どーゆーこと?」
「だって、たんがそこにいるんだもん。それだけで十分」
「…………ばーか」


かっこ悪いぐらい頑張れる、強さになる。

417 名前:MANY FRAGMENTS 投稿日:2007/10/01(月) 15:24

そうやって、カケラは輝きを増していく。

そして…その輝きに魅せられて、

たくさんのカケラが、増していく…。

418 名前:MANY FRAGMENTS 投稿日:2007/10/01(月) 15:24

願わくば…

「んぁ? なに?紺野。ごとーの顔になんか付いてる?」

私の大切なカケラは、ずっとずっと輝いていけますように。

「…いいえ? その、なんというか、後藤さんだなぁって」
「ぷっ、なにそれ」

立派になって輝くんじゃない。
誰よりも偉くなって輝くことでもない。

419 名前:MANY FRAGMENTS 投稿日:2007/10/01(月) 15:24

「後藤さんは、今、幸せですか?」
「んぇ?」
「いえ、ちょっと、思っただけです、ごめんなさい」
「んー? んー……」

ただ、自分の歩いてきた道がずっとずっとあって、
その中に、そのカケラだけの幸せがあるんだと誇れる輝きを
持ち続けていけますように。

「……あはっ。多分ね、すごく幸せ」
「良かったです」
「紺野は? 幸せ?」
「えぇ、もちろんです。生きていることに感謝したいぐらい」
「そっか。 うん、あたしも、感謝」


……小さなカケラの輝きを、いつまでも持ち続けますように。

420 名前:MANY FRAGMENTS 投稿日:2007/10/01(月) 15:25

「これからも、ずっと幸せでいます」
「おっ、言い切ったねぇ。ごとーにも分けてよ、それ」
「えぇ、もちろん」

振り返ったときに、
『あの頃は良かった』じゃなくて
『あの頃も良かった』って、言えますように。

「ほんならバスに乗り込めー。東京に帰るでー」
「おー!」

それが、たくさんのカケラの中の、一つの願い。
色んな願の中の、私だけの願い。

ちっぽけなカケラの願いだけど、
小さな窓から流れていく真っ青な空と海が、
エールをくれている気がしたんだ。

421 名前:MANY FRAGMENTS 投稿日:2007/10/01(月) 15:25

きっと、この願いは叶うだろう。
自分が信じているのなら…。
ううん、自分を信じているのなら…。

「後藤さん…?」
「……ぅん…」


隣で眠る、愛しい人への、願いとして…きっと…きっと。


422 名前:MANY FRAGMENTS 投稿日:2007/10/01(月) 15:26


――― END

423 名前:tsukise 投稿日:2007/10/01(月) 15:26

>>386-422
今回更新はここまでです。
と、同時に、この作品は完結となります。
長くお付き合いくださいました皆様、
本当にありがとうございました(平伏

また、いつか別のお話で見かけることがありましたなら
フラっと立ち寄って頂ければ幸いです。
424 名前: 投稿日:2007/10/01(月) 17:01
お疲れ様でした。

本当に素晴らしいお話です

私の大好きなCPの登場で、こんな素晴らしいお話…感動しました。

こんごま、あやみき、いしよし、れなえり、あいがき…とこれ以外は譲れないCPですので、嬉しくて泣きましたよ(笑)

またお会いできれば嬉しいです!
425 名前:名無し 投稿日:2007/10/08(月) 14:59
完結お疲れさまでした。
二人が良い関係になれて良かったです。
大好きなスレでした。
また作者さんが書かれる作品を楽しみにしています。
426 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/10/14(日) 14:25
遅ればせながら脱稿おつかれさまでした。
みんなそれぞれの場所に辿り着けてよかったです。
作者さんの書かれる優しい作品が大好きでした。
ありがとうございました。
427 名前:tsukise 投稿日:2007/10/14(日) 14:45
>>424 遊さん
完結にありがとうございます(平伏
好みのCPがたくさんあったとのことで、作者自身、大変嬉しく思います。
新しいお話では、また別の視点で色々書くことかと思いますが、
宜しければ立ち寄って頂ければ幸いです(平伏

>>425 名無しさん
ご感想をありがとうございます(平伏
そうですね、二人がそれぞれの良い方向に進めて良かったです。
大好きとの言葉、作者としては大変嬉しいものでございます(平伏
どうぞ、またスレ立てした際、立ち寄って頂ければありがたいです。

>>426 名無飼育さん
完結にありがとうございます(平伏
そうですね、色んな子たちがいましたが、
それぞれにつく場所にいけて良かったと思います。
優しい作品とのお言葉大変嬉しいです、ありがとうございました(平伏

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