逃避行2
- 1 名前:いこーる 投稿日:2007/02/06(火) 21:05
- 田中×久住。その他、藤本・高橋。
リアルな設定からスタートします。
3年前に書いたやつの続編ですが
こちらだけお読みいただいても全く支障はありません。
一応、前作はこちらです。
金板倉庫「逃避行」
ttp://mseek.xrea.jp/gold/1076033028.html
お目汚しとならぬよう頑張りますので。
よろしくお願いします。
- 2 名前:いこーる 投稿日:2007/02/06(火) 21:05
- 大勢の思惑が絡む私たちとは、
そういう存在なのだ・・・。
1 切切
電車が通り過ぎる音が遠く
れいなの部屋の中まで聞こえてきた。
キキキキキ……
電車はすぐに通りすぎ
再び部屋は沈黙に包まれる。
キキキキキ……
すると、自分が刃を出し入れする音が嫌に大きく
部屋に響いて聞こえた。
キキキキキ……
積み上げた新聞の上に手をのせる。
のせた手首に今度は
キキキキキ……
カッターの刃をのせた。
- 3 名前:1 切切 投稿日:2007/02/06(火) 21:06
- 新聞の開いた項の右側に
自分のことが書かれた記事がある。
記事は大衆の妄想を燃料にして暴走する。
れいなを置いて
真実を置いて
恣意的に捻じ曲げられる。
その既成事実から
自分は逃げることができるだろうか。
それともそんなことは許されないのか。
いや、許されなくても
自分は逃げ出すだろう。
もう
そうするしかないのだ。
もうれいなの取るべき道は
それしかない。
れいなは
カッターを握る手に力を込めた。
- 4 名前:1 切切 投稿日:2007/02/06(火) 21:07
-
逃避行
- 5 名前:1 切切 投稿日:2007/02/06(火) 21:07
- 小春は、れいなの部屋の呼び鈴を鳴らした。
中から戸を開けたてする音が聞こえてきた。
続けて、こちらに向かう足音。
「誰?」
中から、力ない声が聞こえてきた。
小春は応える。
「こ、小春です」
カチャリ
「ああ、来てくれたん……」
「田中さん!!どうしたんですか?」
「え?あ、これ?」
れいなは顔色の悪い無表情のまま、血が滴る左手に目をやった。
「また……やっちゃった」
その指先から、また一滴。
血はれいなの足元へ落ちていく。
小春は、落ちていく血滴を目で追った。
廊下をこちらまで、血の跡が一筋ついていた。
―――ああ、田中さん
小春は思わず自分の胸を押さえた。
- 6 名前:1 切切 投稿日:2007/02/06(火) 21:08
- 部屋に行く。積まれた新聞の一番上は
れいなの血でほとんど読めなくなっていた。
見出しだけがかろうじて読み取れた。
【渋谷、センター街の乱闘】
あの小路はセンター街から外れていたし、乱闘でもない。
無責任なその文句を見て小春は、あのときのことを思い出していた。
……。
オフにみんなで遊びに行った日。
たまたま帰りがれいなと小春、2人になった。
たっぷり遊びすぎて、もう暗くなっていた。
雨あがりの湿気が、渋谷を心地よく包んでいる。
2人はつかず離れずの距離で、ゆっくり歩いていた。
そこに、小春を呼ぶ野太い声がする。
見るとそこにはよく知った顔があった。
有名な中年司会者。テレビでおなじみの顔だった。
小春たちも一度、仕事で関わったことがある。
気に入った小春の名を覚えていたらしい。
無視するわけにもいかず、小春とれいなは司会者の近くまでいった。
男は酔っ払っていた。
目の焦点があっていないし、言葉もいつもと違う。
男は小春の腕を強くつかみ、飲み屋に連れて行こうとした。
さすがに小春も断る。飲み屋になど入ったりしたら大問題だ。
しかし男はさらに強い力で、嫌がる小春を無理に引っ張っていこうとした。
- 7 名前:1 切切 投稿日:2007/02/06(火) 21:08
- れいなは咄嗟に小春を男から引き離した。
男はいきり立ちれいなの脇から小春に腕を伸ばそうとする。
ドンッ
思わずれいなは男を突き飛ばした。
酔った男はあっけなくしりもちをついて倒れた。
そこへ、タイミング悪くスクーターが突っ込んできたのだ。
ぶつかる瞬間を小春は見ていない。
その後の、呆然としたれいなの表情ばかりが記憶に残っている。
……。
小春は自分のハンカチをれいなの腕に巻いた。
手当てをしている間も
れいなの目は宙をさまよい、どこにあるのかわからなかった。
「田中さん……」
小春は申し訳なくて下を向いてしまう。
「ごめんなさい。小春のせいで……」
「小春!!」
強く肩をつかまれた。
「小春は悪くないよ。悪いのは……」
肩をつかむ力がさらに強くなった。
「悪いのは、あいつらだ」
- 8 名前:1 切切 投稿日:2007/02/06(火) 21:08
- 病院に運ばれた司会者は、事故の状況を全く覚えていない。
スクーターの運転手も、突然男が倒れてきた、としか証言できなかった。
れいなと小春は、大人たちにその時のことを説明した。
しかし
一夜明けて、司会者は記者たちにこういった。
田中が自分を突き飛ばした
男の脳内では、田中の一方的な攻撃ということになっていた。
事故状況の裏づけは取れていたし、
警察はれいなに事故の責任がないと断言していた。
しかし
報道は事実どおりにいかなかった。
おいしいタネにはならないからだ。
大衆の求める物語は、事実を置いて一人歩きする。
「アイドルが乱闘の末、男を病院送り」
どの機関もそう報道するに決まっていた。
- 9 名前:1 切切 投稿日:2007/02/06(火) 21:08
- 流れはれいなに不利な状況となった。
それに力を得た敵陣は、さらに追い討ちをかけてくる。
事務所に、事故の責任を取れというのだ。
もちろん法律上、れいなに責任はない。
道義的に見ても、酔って小春に絡んだ向こうが悪い。
しかし
この世界特有の力関係がそれを認めなかった。
司会者は怪我をして入院をしたのだから
れいな側も落とし前をつけるべき。
それが向こうの主張する論理だった。
新聞報道が先行しているため、事務所はれいなを擁護する発表ができない、と言った。
大人の論理では、れいなが責任を被る形しか取れないそうだ。
突如冷たくなった大人たちの反応。
今でも小春は熱い怒りを感じる。
- 10 名前:1 切切 投稿日:2007/02/06(火) 21:08
- 小春は積まれた新聞を退けていった。
【有名アイドルの凶行】
血が染み込んでいて、読めないものもあった。
【自覚に欠ける行動】
―――こんなもの……
いっそ、全て見えなくなったらいい。
そんな勝手な筋書きなど
なくなったらいい。
小春にとってれいなは
身を呈して自分を救ってくれた恩人だった。
それが本来伝えられるべき物語だ。
しかし、
れいなの血が赤く新聞に染みている
大人たちの選んだストーリーは小春のとは違った。
【モー娘。田中。暴力行為で謹慎処分】
あまりに残酷な運命。
もう、れいなには現実から逃げるしか
残されていない。
- 11 名前:1 切切 投稿日:2007/02/06(火) 21:08
- れいなが自分の流した血の跡を眺めながら
つぶやくように言った。
「ごめんね……せっかく来てくれたのに。
ずっとこうなんだ。なんもすることないし……。
こんな現実、受け止めろって方が無理やって」
周囲の話では
いつごろの復帰になるか見当もつかない、ということだった。
世間では、れいなが狼藉を働いたことに決まってしまっている。
すぐには戻れないだろう。
実際、れいな抜きのモーニング娘。は
すでに動き始めている。
メンバーの誰もが納得できないものを抱えたまま
しかし、れいなの分を取り戻すように
必死で笑顔を振り撒かねばならない。
今、残されたメンバーの任務は、
れいながいなくてもモーニング娘。が成り立つようにすること。
れいなの存在を客に、忘れさせなければならなかった。
小春は罪悪感を覚えずにはいられない。
れいなは娘。にいられなくなった。
自分は、そうならなかった。
自分だけが今もみんなと練習に励み、汗を流している。
それは、れいなを裏切る行為に思えた。
- 12 名前:1 切切 投稿日:2007/02/06(火) 21:09
- れいなは、必死に小春を助けようとしてくれた。
大人たちはれいなを助けなかった。
今回はたまたま、れいなが排除と的となったが
状況によっては小春がその対象となっていたかも知れない。
小春は恐ろしかった。
大人たちはいつでも自分たちを見捨てる気なのだ。
そう思うと、これまで彼らに誉められようと
必死になっていた自分が信じられなかった。
自分たちを助けてくれない奴らのために
何を頑張るというのだ。
それよりも、自分のために勇気を出してくれた人のために
何かをしていたい。
窓の外
電車の音が通り過ぎていく。
遠くまで。
音が過ぎて静かになった室内に
れいなのささやき声がかすかに響いた。
「……逃げちゃいたい」
小春はれいなの手を強く握って、寄り添った。
れいなの意識が
向こう側に行かぬよう。
れいなの現実が
せめて小春から離れてしまわぬよう。
- 13 名前:いこーる 投稿日:2007/02/06(火) 21:09
- 本日の更新は以上になります。
感想等いただけると嬉しいです。
- 14 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/06(火) 21:42
- キタ━━━( ゜∀゜ )━( ゜∀)━(゜)━()━(゜)━(∀゜ )━( ゜∀゜ )━━━!!!!
いやぁ、もう。お帰りなさいを何度言っても言い足りないです
またひっそり(時々存在を主張しつつ)いこーるさんにお供させていただきます!
- 15 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/07(水) 00:39
- トータル・タートル!
食堂!
夢見た!
でも期待!期待!
- 16 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/07(水) 03:11
- れいにゃ小春キター!!!!
楽しみです!
- 17 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/09(金) 10:30
- 全作のファンだったので楽しみ
これに藤本高橋がどう絡んでくるのか
- 18 名前:2 彷徨 投稿日:2007/02/10(土) 20:58
- その後ろめたさが
なぜか
妙に
不思議に
不可思議に心地よい。
- 19 名前:2 彷徨 投稿日:2007/02/10(土) 20:58
-
2 彷徨
- 20 名前:2 彷徨 投稿日:2007/02/10(土) 20:58
- 「小春……服、汚れちゃってるね」
言われたので見ると、確かに袖口が血で赤くなっていた。
「でも、このくらい…」
「れいなのやつ貸してあげようか?」
「あ、このくらいなら……」
「あーでもサイズ合わないかなぁ。小春おっきいもんね。
ちょっと待っとって。何かあったかもしれん……」
れいなは勢いよく立ち上がると押入れをガサゴソとやりだした。
あまりの変わりように小春はぽかんとしてしまった。
さっきまでは口を開くのもしんどそうだったのに……
座っている小春のひざにシャツが乗っかった。
「これと、これと、これと、これ試してみて」
れいなは次々とシャツを放っていく。
「あと、これと、これも」
小春は、ふぅ、とため息をついて、ひざの上のシャツを物色する。
立ち上がって、一つ一つ、肩の所を合わせてサイズを見てみることにした。
今は、れいなに合わせてやるべきだと思った。
- 21 名前:2 彷徨 投稿日:2007/02/10(土) 20:58
- しかし、やはりサイズの合う服は一向に見つからなかった。
「あー、これもダメかー」
「田中さん。小春の服、そんなに汚れてないから……」
「よしわかった!小春、服買いに行こう」
「……」
「決まり!行こう!」
18:21 出発
◇
レッスン場は、明かりが落ちてガランとしていた。
今日の予定は、もう終了している。
誰もいないことはわかっていたが念のため
美貴は部屋の明かりをつけた。
カチッ、と音が広く響いて聴こえた。
やはり、レッスン場には誰もいなかった。
「どうしたの?」
背後からの声に振り向くと、そこには愛がいた。
「あのさ、小春見なかった?」
愛は黙って首を振った。
美貴は部屋の明かりを再び落とした。
すぐに部屋は暗くなる。
「消えるの早すぎない?」
「もう夕方だから」
「小春の話」
「あ……」
美貴はため息をつくと、愛の脇を抜けて部屋の外に出た。
後ろから愛の足音がついてくる。
- 22 名前:2 彷徨 投稿日:2007/02/10(土) 20:59
- 「誰も帰るとこ、見てない?」
「さぁ……」
「ね、おかしくない?」
「あのコ、ずっとおかしかったよ」
美貴は立ち止まる。
2人の足音が止まる。
2人とも、進行方向を向いたままだった。
「おかしかったって?」
「気づかなかったの?」
「だから、何が?」
「久住の様子……今日ずっと変だったよ」
愛に言われて美貴は思い出してみる。
今日のレッスンは、フォーメーションの組み換えがメインだった。
れいなが抜けた分のパートを
残りのメンバーで分担しなくてはならないため
立ち位置が微妙に変わる。
小春は、これまでにないくらいスムーズに、新しいポジションを把握していた。
「あんな、集中力の続くコじゃなかったでしょう?」
「そう?でも小春、飲み込みは悪くないしタフだし……」
「確かにそうだけど……。今日はいつもと違った」
「何が?」
「何かさ……必死なんだよ」
愛がこちらを向いた。
声が不気味にはっきりと、廊下に響く。
「動きを止めたら死んじゃう、みたいな顔して必死に踊ってるの。
あんなの、見たことない」
- 23 名前:2 彷徨 投稿日:2007/02/10(土) 20:59
-
◇
れいなは人ごみの間をすり抜け
スペイン坂を駆け上っていく。
その間、ずっと笑い続けていた。
まるで、笑うのをやめたら
この時間が終わってしまうかのように。
ショップを次々とめぐっては
小春に合う服を物色しまくっていた。
れいながあまりに次々と持ってくるもんだから
小春は着替えるのに大忙し。
自分に似合うかどうかを見る暇もなかった。
「よし次!その次これ!!」
「は、はい!」
スポーツをしているときみたいに必死になって
次々と服を着替えていく。
そんなことを何十回と繰り返していくうちに
小春の身体も熱くなり、気分も妙に高ぶっていった。
最後の方には、お互いきゃーきゃー言い合うばかりで
店員を辟易させたほどだった。
- 24 名前:2 彷徨 投稿日:2007/02/10(土) 20:59
- 店を出ると、夜の冷たい風が2人の体温を奪う。
そこから逃げるように
また次の店へと走った。
はぐれないように
小春は無意識にれいなの手をつかんでいた。
その間も、壊れたテンションの2人は
大声ではしゃぎ続けた。
「ちょ、ちょっと。もうこれ以上買っても、持てませんよ!」
「よし、じゃあ走るぞ!」
「え?え?意味わかんない……あ、待ってーーー!」
街は明るく、夜の不安を恐れるように明るい。
そこを2人は一生懸命にはしゃぎまわった。
この一時の幸福が
失意に追いつかれないように
絶望に追い抜かれないように。
それでも夜の渋谷に冷たい風が吹くと
小春の前に、重苦しい現実が姿をみせた。
このまぶしい夜も、また明日になれば……
そんな思考を振り払うように、小春は走った。
れいなと一緒に、思い切り走った。
一方れいなの方は
本当に不安を忘れているみたいだった。
ずっと笑顔のまま
ずっと大声のまま
ずっとハイテンションのままだった。
失ってしまった過去のことなど
れいなは知らない。
納得できない現実など
今のれいなには存在しない。
れいなの前には
小春と一緒に走り回る
しびれたような楽しさ。
しびれているから痛みが感じられないのだ。
本当は深く傷ついているのに
それに気づかず笑っているのだ。
気づかない振りをする小春。
本当に忘れてしまったれいな。
- 25 名前:2 彷徨 投稿日:2007/02/10(土) 20:59
- さっき部屋で服をあさり始めたときからこう。
れいなの躁にスイッチが入った。
小春は必死にれいなに応えようとした。
れいなの夢に合わせようとした。
れいなと夢を見ようとした。
これが夢であることなんて
知らない振りをして
現実から逃げ続けていた。
今も
小春は、この状態が
れいなのために少しでも長く続けばいい、と思った。
夢のような夜が
現実に飲み込まれてしまわないことを
両手を振って走り回りながら
明るいビルたちを見上げながら
心の底から願った。
19:57 渋谷スペイン坂
- 26 名前:いこーる 投稿日:2007/02/10(土) 21:00
- 本日の更新は以上になります。
- 27 名前:いこーる 投稿日:2007/02/10(土) 21:04
- >>14
どうも、戻って参りましたー。ええもう存分に主張していただいて結構ですので、よろしくお願いします。
>>15
それから「李」!……;汗
がんばります。書きます。orz
>>16
このCP人気に自信がなかったのですが……
そういってもらえると挑戦する甲斐もあります。
>>17
前作を読まれた方をがっかりさせないように、やっていきたいと思います。
- 28 名前:粉っぽい読者 投稿日:2007/02/11(日) 00:41
- ついに始まりましたね……お待ちしておりました。
次回更新、たのしみにしてます。
- 29 名前:3 闘争 投稿日:2007/02/15(木) 22:06
- 何度も考えた。
自分は何を急いでいるんだろう。
自分は何に必死なんだろう。
答えは
出るわけない。
- 30 名前:3 闘争 投稿日:2007/02/15(木) 22:06
-
3 闘争
- 31 名前:3 闘争 投稿日:2007/02/15(木) 22:06
- 「あのコ謹慎中じゃなかった?」
聞こえた声に
2人の足は止まった。
不思議と呼吸まで静まってしまった。
ずっと走っていたというのに。
しかし
突然停止した反動で
心臓の鼓動は高く、大きく
小春の聴覚を揺さぶる。
―――今の……誰が……
小春は忙しく周囲に目を走らす。
人が多く、声の主はわからなかった。
心臓がうるさい。
そのせいで、周囲の感覚まで不確かになる。
―――女の声……
強い風がセンター街を冷たく吹き抜けていった。
両手いっぱいの紙袋がガサガサとせわしなげに音を立てた。
辺りをキョロキョロと見回す。
そのとき再び、声がした。
「遊んでるじゃん。あれ、いいの?」
セリフの直後、数人の笑い声がした。
- 32 名前:3 闘争 投稿日:2007/02/15(木) 22:07
- ―――こいつら……わざと聞こえるように……
キョロキョロするが、やはりわからない。
―――どこ?
小春は歯を食いしばった。
「何したの?」
「男殴ったんだよ。この近くじゃなかった?」
―――どこだ!?
「うわぁ。怖ーい」
けたたましい笑い声。
道の向こうから聞こえた。
小春は、そちらに目をやる。
しかし、人ごみが見えるばかりだった。
姿の見えない相手。
小春は、途端に恐ろしくなった。
向こうはこっちの動きを見ているのだ。
距離を保って、人ごみの中からずっとこちらを監視しているのだ。
そんな考えが頭をよぎる。
―――畜生……
- 33 名前:3 闘争 投稿日:2007/02/15(木) 22:07
- せっかく
こうして逃げてきたのに。
どうしようもない運命から逃れて
ようやく笑顔が戻ったのに。
人の好奇という毒は
こんなところまで
2人をつけまわしてくる。
バサッ
思わず、両手の紙袋を取り落としてしまった。
胸の中にこみ上げる熱いものに耐え切れず
小春はれいなの肩を強く握っていた。
すると
その肩が震えている。
小春はれいなの顔を見た。
れいなは目を大きく見開いていた。
口を半分だけ開いて歯は食いしばり
上目遣いにどこか一点を見つめている。
―――……田中さん
その顔を小春は、何度か見たことがあった。
腹の中の感情が溢れそうになるのを
必死にこらえている顔だった。
れいなは内面で
自分自身と戦っている。
- 34 名前:3 闘争 投稿日:2007/02/15(木) 22:07
- これまで
小春の前でれいなが負けたことは
一度もなかった。
小春の前でだけは
れいなの理性はいつも的確に機能していた。
しかし
―――田中さん……だめ……
今日のれいなはまずい。
この表情はダメだ。
無神経な声に
強烈に憤っている。
―――田中さん!!
バサッ
今度は、れいなが紙袋を落とした。
小春は肩を持つ手に力を込めた。
その肩が、前に出ようとする。
―――待って!
小春は強い力でそれを押し戻す。
するとさらに大きく、前へ出ようとする。
小春は必死にれいなを抑えた。
「ううう………」
- 35 名前:3 闘争 投稿日:2007/02/15(木) 22:07
- 食いしばった歯の間から、唸る声が漏れ聞こえる。
れいなの怒りが出口を求めている。
やりきれない思いが、爆発しそうになっている。
小春は
「ね、帰ろう……」
後ろかられいなの両肩を抱きかかえ
その耳元でささやく。
「買ってくれた服でファッションショーやるから
田中さん見てくださいよ。ね!」
れいなは
精気を抜かれたような表情をして立ち尽くしていた。
小春は言葉を続ける。
「もう帰ろう。もう……」
―――疲れたよ……
もう
運命と闘うのに疲れた。
れいなもきっと……
- 36 名前:3 闘争 投稿日:2007/02/15(木) 22:07
- 「逃げよう」
逃げればいい。
どこにいたって苦難が待ち構えている。
楽しいはずの夜も
2人を祝福してくれはしない。
それなら……
れいなの全身から
力が抜けた。
身体がぐらり傾いてきたので
小春はうん、と押し返し
肩をトントンと、2度叩いてやった。
……どこまでも逃げればいい。
2人は駅に向かって歩き出した。
20:11 渋谷センター街
- 37 名前:3 闘争 投稿日:2007/02/15(木) 22:07
- ◇
「車で来てると思わんかった」
助手席から、愛の声がした。
「朝とか渋滞するから、しんどいって言ってたのに」
「……」
前があいたので、アクセルを踏んで加速させる。
「昨日はタクシーやったのに」
「……」
「ねぇ聞いてる?」
「……運転中」
そう言うと、小さく「ごめん」と聞こえた。
そのあと、愛は携帯を取り出してメールを始めた。
「いや……愛ちゃんしゃべってていいよ。美貴答えないけど」
「でも……」
「いいって。何か話してなよ」
「?」
ブレーキを踏んで信号待ちになる。
それでも美貴は、愛を見ることができなかった。
- 38 名前:3 闘争 投稿日:2007/02/15(木) 22:08
- 「だから。……さみしいじゃん。しゃべってなよ」
「ふふ……」
「何笑ってんの?」
「別に」
そこで初めて愛を見ると、何やら満足そうな表情をしていた。
「何か、話かぁ……」
美貴はちょっと嫌な予感がした。
突拍子もない話が飛び出してきそうな……
「かくれんぼと、缶蹴りやったらどっちが好き?」
「は?」
「いや、何か話せっていうから」
「他にないの?」
「ほやったら」
信号が青に変わった。アクセルを踏む。
「なんで今日、車で来たの?」
「……」
美貴は前方を睨みつけたまま答えない。
運転に集中しているふりをする。
―――答えないって、わかってるくせに……
- 39 名前:3 闘争 投稿日:2007/02/15(木) 22:08
- 「聞いてる?」
「聞いてる」
「なんで?明日、オフだから?」
「……わかってんじゃん」
大通りに出ると、周囲が明るくなった。
街の灯りを見ると、わけもなくほっとする。
「ありがと」
「何が?」
「誘ってくれて」
「まだ美貴、何も言ってないけど」
―――あーもう、顔熱い。
美貴は空気を変えようと思い、窓を開けた。
夜の空気は冷たく、心地よい。
今度は自分から話かけた。
「愛ちゃん、さっき誰にメールしたの?」
「れいなに」
ブレーキを踏む。
赤信号だった。
「何送ったの?」
「負けないで、って」
「それだけ?」
「うん」
美貴は、思わず頭が下がっていく。
ハンドルにおでこを乗せてしまうと
「バカ……おせっかいが…」
ささやき声で毒づいた。
20:30 浜松町
- 40 名前:3 闘争 投稿日:2007/02/15(木) 22:08
-
◇
れいなのもとにメールが届いた。
改札前で止まるわけにもいかず
れいなは小春の手を引いて一旦脇に退いた。
JR渋谷駅は人の流れが絶えない。
2人は小さく身を寄せた。
れいなは携帯を取り出しメールを見る。
その瞬間、顔色が変わった。
「……」
「田中さん?」
「小春……あのさ…」
「ん?」
小春も携帯を受け取ってメールを見た。
れいなの手が震えていた。
「もうちょっと、帰らんでもいい?」
「え?」
「負けないでなんていわれても何したらいいと!?」
「高橋さん、励まそうと……」
「わかっと!!」
れいなは声を震わせて叫んだ。
- 41 名前:3 闘争 投稿日:2007/02/15(木) 22:08
- 小春は、タイミングの悪さを呪った。
時間にまで見放された自分たちを呪った。
悪意ばかりではない。
先輩の好意までも、今のれいなを追い詰めるだけ。
みんなして寄って集って
れいなをボロボロにしてしまった。
「やけん……もうちょっとだけ……」
れいなはそう言うと、紙袋を持ち上げ東急方面へ歩き出した。
「待って……」
小春もあわてて、その後を追った。
―――このまま……帰らない方がいいの?
20:32 渋谷駅ハチ公口
- 42 名前:いこーる 投稿日:2007/02/15(木) 22:09
- 本日の更新はここまでになります。
- 43 名前:いこーる 投稿日:2007/02/15(木) 22:10
- >>28
ありがとうございます。
お待たせしました。逃避行が始まりましたー
- 44 名前:ais 投稿日:2007/02/16(金) 23:29
- 新スレきてたーっ!
相変わらず惹かれる話しですねw
今後も楽しみに待ってます
- 45 名前:4 国道 投稿日:2007/02/20(火) 20:29
- この人に自分を預けてみたい。
自分を任せてみたい。
そう、思えた。
- 46 名前:4 国道 投稿日:2007/02/20(火) 20:30
-
4 国道
- 47 名前:4 国道 投稿日:2007/02/20(火) 20:30
- 愛が入っている浴室から
シャワーの音が聞こえてくる。
美貴の部屋。
美貴はベッドに横になっていた。
―――あー、疲れた。
ベッドに入るとすぐに、まどろみの中へ落ちていく。
取りとめもない思考が、夢とも現ともつかないイメージとなって
脳内を忙しく駆け巡っていた。
―――かくれんぼと……缶蹴り……
そして気づかぬうちに
美貴は夢の中へ潜っていく。
…
美貴はかくれんぼよりも、缶蹴りを好んだ。
かくれんぼだと、手を抜かないといけないのが嫌だった。
美貴は隠れたり、人を出し抜いたりすることが得意だった。
だから、かくれようと思えば、人が思いも寄らないようなところに隠れて
ずっと見つからない自信があった。
しかし、本気で誰も探せないような場所に隠れてしまうと
いつまでたっても鬼は探しに来ない。
鬼が「もう諦めたから、出てきて」とお願いしてきても、
自分から出て行くのが、何か癪だった。
- 48 名前:4 国道 投稿日:2007/02/20(火) 20:30
-
―――見つけてくれなきゃ、面白くないじゃん
かくれんぼで隠れることに意味はない。延々に隠れ続けるだけである。
あえていうなら、探してもらうために隠れているのだ。
意味も目的もない行為。
そのジレンマが美貴には歯がゆく感じられた。
目的のはっきりしている缶蹴りの方が夢中になれた。
夢の中。
子どもの頃の記憶が湧いて出てくる。
誰からも探してもらえず、結局みんなが解散してしまい
それでも出るに出られなくなって、夜になってしまった。
ひどく虚しかった。
あまりに上手く隠れすぎた。
あまりに人の盲点をついた。
その結果、暗闇のなかで1人きり……
「……美貴ちゃん…」
―――やだ、みんないかないで……
「美貴ちゃん!」
- 49 名前:4 国道 投稿日:2007/02/20(火) 20:31
- 目を覚ますと、愛が心配そうに覗き込んできた。
「大丈夫?つらそうな顔してる」
「起こすんじゃねぇよ!」
美貴は愛を押しのけて、起き上がった。
「……美貴ちゃん」
「あんたがかくれんぼとか言うから、変な夢見ちゃったじゃん」
「……」
「あ、ごめん。……美貴寝起きで機嫌悪いみたい」
美貴は、愛に背を向けてシャワーに向かった。
「美貴ちゃん!」
「……何?」
「あの……ごめんなさい。私……」
美貴は続きを聞かずに、更衣室の扉を閉めた。
◇
- 50 名前:4 国道 投稿日:2007/02/20(火) 20:31
- 国道246号線は、首都高速3号線の陰になっていて暗かった。
狭い歩道には自転車が列をなして通りにくい。
夜の暗さをたっぷり受け、狭い道を2人きり。
すれ違う人は、ほとんどいなかった。
「帰っても、部屋で待ってるだけ。
何もすることなんてない。
戻れるかどうかもわからんのに、何がんばったらいいと?」
両手いっぱいの紙袋を抱えた2人は
狭い歩道を並んで歩くことができず
前後になって進んでいく。
小春はれいなを
れいなの背中を追いかけていた。
「がんばることなんて……ないんだ」
「……田中さん」
「家族も心配してくれるけど『いつ戻れるんだ?』とか聞いてくるし。
正直……きつい」
歩いて行くと
だんだんと風景も寂しくなっていく。
「田中さん!」
- 51 名前:4 国道 投稿日:2007/02/20(火) 20:31
- 小春は呼び止める声で叫んだ。
れいなは振り向かずに答える。
「何?」
小春は歩みを止めた。
れいなも止まる。
小春は、どこまで行く気なのか、と聞こうとして迷っていた。
今は黙って
れいなについていくべきかもしれない。
帰っても
れいなにはすることがないのだ。
小春には、それが痛いほどよくわかる。
自分も同じ状況なら
何していいかわからなくなるだろう。
突然、娘。にいられなくなったら
何していいか
何を考えて生きていけばいいか
見失ってしまうだろう。
娘。に入ってからというもの
何をしているときでも、仕事につなげて考えるようになっていた。
今のおしゃべりはネタになるか
今の感動はステージ上で表現できるか
今の動作をカメラの前でやったらどう映るか……
よくも悪くも、思考が仕事から離れるときはなかった。
それが、楽しかった。
明日の仕事を考えると、今日がわくわくした。
しかし……
- 52 名前:4 国道 投稿日:2007/02/20(火) 20:31
- そこで小春は改めて、目の前のれいなを意識した。
小春の前で、不思議そうな顔をしているれいなの背後には
延々続く道が見える。
街灯しか見えない闇。
渋谷から離れるほど
暗くなる国道が見える。
先は長く、暗い。
見通すことのできない行く先。
不安と孤独だけしか見えない道を
れいなと2人、歩いている。
大人たちの悪意に
飲み込まれそうになりながら
必死に逃げようとしている。
れいなの気持ちを思うと
どこまで行くのか、なんて聞けなかった。
しかし、こうして無計画に歩いてもしかたない。
かえって気分が沈むだけだ。
「道……どんどん暗くなってくよ」
「小春、帰りたい?」
- 53 名前:4 国道 投稿日:2007/02/20(火) 20:32
- 小春はドキンとなった。
「そ、そうじゃないけど……このまま行っても……」
「……」
れいなは
伺うような目を小春に向けている。
自信なく
今にも崩れてしまいそうな目。
すがる思いで
小春の返事を待つ目だった。
小春は一つ
ため息をついてれいなのもとに歩いた。
「田中さん」
胸の中にある気持ちを
ちょっと持ち上げるように言う。
「何?」
自分の気持ちを
しっかり伝えておかなくてはならない。
帰るにせよ
このまま遊び続けるにせよ。
目を伏せたまま、小春は続ける。
「小春も、……帰りたくないです」
「……小春」
- 54 名前:4 国道 投稿日:2007/02/20(火) 20:32
- 「あのことがあってから、もう、誰が味方なのかわかんない。
だって、そうでしょう?
正しいことをした田中さんが、こんな目にあうなんて……。
正しいことしてても、ダメなときはダメ。
がんばっていたって、終わっちゃうときはくる」
「終わるって……」
小春はその言葉にはっ、と顔を上げた。
「ごめん、言い過ぎた…」
「ううん。確かに……れいなの時間、終わっちゃったもん」
「……ごめん」
れいなは、ふっ、と笑顔を見せてから
くるりと身体の向きを変え
小春に背中を見せる。
- 55 名前:4 国道 投稿日:2007/02/20(火) 20:32
- 「あーあ。忙しいときには『ちょっとは休みたい』って思うのにね。
ずーっと暇になっちゃうと……なんかなー」
れいなは空を仰ぐような格好のまま、話していた。
明るい声を無理して作っていた。
「自分は、夢の中にいたんだな、て思うよ。
もう何年も、目まぐるしくて、楽しくって。
それが……急に、平凡な日常に引き戻されよう。
もうどんなに努力をしても
田中れいなは、何も残さんかもしれん……」
「そんなこと……」
「このまま、何してんのかわからん毎日がずっと続いて
年とってくんやな、って。
もうれいな、楽しくはしゃぐこともないよ」
「そんなこと言わないで!」
小春が叫ぶと、れいなの顔が、がくんと下がった。
消し飛んでしまったかのように
存在感は
弱く
小さく
頼りない。
「怖い……。何も未来のない時間が
何もせずに青春を終えてしまうかも知れないってことが
こんなに怖いなんて思わんかった」
その言葉を聞いて
「……田中さん」
小春は今度こそ決心した。
- 56 名前:4 国道 投稿日:2007/02/20(火) 20:32
- 紙袋を置いてれいなまで駆け寄る。
背後から手を回し、
「田中さん」
そっと抱いた。
「小春」
れいなを帰してはならない。
これ以上れいなの時間を止めてはならない。
行く場所がなくなったら
れいなはまた手首を切ってしまう。
「田中さん、やだよ」
「え?」
小春は、震えていた。
れいなの背中が温かい。
夜気は冷たくからみついてくる。
そこから逃れるように
ぎゅうときつく
れいなを背後から抱きしめた。
「やだ、置いていかないで」
自分でも何を言っているのかわからなくなっていた。
しかし
背中から抱きしめると、小春よりも小さなれいな。
冷たい夜に、れいなはいかにも頼りなかった。
小春はれいなの頭をそっと撫でながら
不思議に熱い気持ちになっていた。
- 57 名前:4 国道 投稿日:2007/02/20(火) 20:33
- 強い感情が湧き起こる。
れいなを離したくない。
こんな暗闇にれいなを奪われたくない。
「やだよ。やだからね」
無意識に、腕に力が入っていた。
れいなの手が、小春の手に添えられた。
冷たかった。
それでもよかった。
「小春」
「ん?」
「れいなはどこにもいかないよ。
ずっと、小春と一緒におるよ」
「ありがと」
慰めるつもりが、反対に慰められてしまった。
まったくかなわない。
小春は、思わず吹き出してしまった。
夜が少し
暖かくなった。
21:19 道玄坂上
- 58 名前:いこーる 投稿日:2007/02/20(火) 20:33
- 本日の更新はここまでとなります。
- 59 名前:いこーる 投稿日:2007/02/20(火) 20:34
- >>44
惹き込めてよかったーです。
今後も楽しみにしていてくださいませ。
- 60 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/21(水) 08:00
- 前作からここまで一気に読んでしまいました。
これからも更新楽しみです。
- 61 名前:5 寝室 投稿日:2007/02/24(土) 11:36
- この毛布は、外界と自分たちとを隔てる防壁だ。
毛布の中で自分たちはやわらかくなっていく。
- 62 名前:5 寝室 投稿日:2007/02/24(土) 11:36
-
5 寝室
- 63 名前:5 寝室 投稿日:2007/02/24(土) 11:36
- 明るい方を目指してきたつもりだったが
いつの間にか迷ってしまった。
坂ばかりで、入り組んだ地帯。
変な色の看板ばかりが目に付いた。
いや、ひょっとするとれいなは迷っていなかったのかもしれない。
そこがどういう場所か知っていたのかもしれない。
「小春」
「はい?」
「いくらある?」
「2千円。田中さんに会ってすぐ帰るつもりだったから」
「れいなも。買い物しすぎちゃった」
そう言ってれいなは財布を見せた。千円札が6枚。
「どうする?」
「行くぞ!」
「ちょ、ちょっと待って」
れいなの腕を強く引っ張った。
「これ、ホテルですよね」
「うん」
「ですよね」
「7600円。2人分の料金」
「お、お金おろせば、もうちょっと普通のとこに泊まれるじゃないですか」
「カード、置いてきちゃった。小春は?」
「ないです」
- 64 名前:5 寝室 投稿日:2007/02/24(土) 11:36
- それを聞くとれいなは、ひょいと、建物の中へ入っていってしまった。
「あ、待って」
「しっ」
入り口で、れいなに止められた。
「顔見せんでもよさそうやけど、声出さないで。
小春の声、止められるかも知れんから」
小春はうなづいた。
顔は見せたくない。
同性、片方は中学生、しかも有名アイドル。
どう考えてもまずい。
れいなが受付をしている間
小春はエレベーターの前でじっと黙っていた。
無事に受付を済ませ室内に入る。
小春は思わず見入ってしまった。
「わー、こんなふうになってるんだー」
ブラックライトに映し出され、天井には星空が描かれていた。
「きれい」
「雰囲気、いいね」
「うん」
「……」
暗く照らされた室内で、2人の目が合う。
何か照れくさくって、どちらからともなく笑ってしまった。
- 65 名前:5 寝室 投稿日:2007/02/24(土) 11:37
- 「小春、どうする?」
「は?え?あ、あの……どうするって……」
「違うよ!!まだ9時やけど、もう寝る?ってこと」
小春の顔が一気に赤くなった。
結局、順番にシャワーを済ませて、寝ることにした。
お腹が空いていたが、400円しかなかった。
小春が浴室から出ると、次にれいなが入った。
ホテルのバスローブを着て、ベッドに横になり目を閉じた。
浴室からは小さく、水の音がもれ聞こえてくる。
今日はいろいろあった。
目を閉じると
そのいろいろが脳裏に浮かび
小春はベッドの上で
揺すられるような心地。
浴室からは
あいかわらずれいなの水音が届く。
そのピチピチという音が
変にれいなの存在を意識させた。
さっきの暗い道でのことを思い出す。
―――やだ、置いていかないで
小春はれいなに抱きつき、そう言ったのだ。
- 66 名前:5 寝室 投稿日:2007/02/24(土) 11:37
- 先輩にはいろいろ甘えてきたが
あんなふうになったのは初めてだ。
どうして、あんなに急に
寂しい気持ちになったのだろう。
そのときの気持ちを思い出して
小春の胸が不思議と高鳴っていた。
その高鳴りは
くすぐったくもあり
やわらかくもあった。
その感覚に包まれるように
ふっと、現実から意識が遠のいていった。
気がつくと、小春のとなりにれいなが寝ていた。
部屋が暗い。
身体が軽くなった感じがするから
結構寝てしまったのかもしれない。
「ん……起きた?」
「今、何時ですか?」
「11時半」
「そうですか……」
ぼんやりと星空が見えた。
天井に描かれた、蛍光色に輝く星空。
黄色や水色やオレンジの点々が
小春の視界いっぱいに広がる。
まだ夢の中かと錯覚する。
「きれい……」
- 67 名前:5 寝室 投稿日:2007/02/24(土) 11:37
- 「そうだねー」
れいなの声は心地よく
小春の胸をふるわせる。
ふとんは温かく、2人を包む星の光も温かい。
小春はいいようのない懐かしさを感じた。
なんだろう
この気持ち。
―――なんか、ほっとする
れいなといることに
心の底から安心できた。
過酷な運命から脱し
残酷な物語から逃れ
たどり着いたのは
時間を止めたような薄明かりの部屋。
―――つらかったから
事件の後
自分を責め苛み続けた。
自分の存在が耐えられなかった。
自分がいることで、人が不幸になる。
それが嫌で嫌でたまらなかった。
- 68 名前:5 寝室 投稿日:2007/02/24(土) 11:37
- こうして
心がほこほこするような空間にれいなといて
れいなの緩んだ嬉しそうな表情を見て
自分たちのいた世界が
いかに過酷であったかが
身に沁みた。
―――今は、今だけは、何も心配しなくていいんだ。
そう思うと
この時間をもっと大切にしたかった。
2人でいる時を、ずっと感じていたかった。
「小春」
れいなの声がする。
「はい?」
「ありがと」
心がすっぱくなった。
「な、何が?」
「その……一緒に来てくれて。嬉しかった」
「ううん。田中さん、小春のために……」
「……」
「……」
そこで、2人は沈黙になった。
半分は気まずさから
もう半分は安心感から。
黙ったまま
お互いの体温を感じ
お互いの存在を確かめる時間も
悪くない。
- 69 名前:5 寝室 投稿日:2007/02/24(土) 11:38
- しかし
「ねえ小春」
そんな時間は長く続かなかった。
「れいなの話、しっかり聞いて」
その声はいつもより低く、重い感じがした。
何かを決意した声。
小春の心に緊張が走る。
「はい」
小春は身体を動かしれいなの方を向いた。
思ったより近くにれいなの顔があった。
しかしれいなは気にせず続ける。
「れいな、決めた。
もう家へは戻らん」
「え?」
「もう、戻ってなんかやらない」
れいなの声は、力強かったが
その分、悲壮に響いた。
「でも、みんなが……」
「みんなれいなのことなんて心配しない。
心配なんてしてないもん」
「そんなことない!!
なんでそんな……」
- 70 名前:5 寝室 投稿日:2007/02/24(土) 11:38
- そのとき
れいなの目から
一筋、涙がこぼれた。
涙はそのまま枕を濡らす。
「心配なんて、してくれないよ。
絶対そうだ。心配なんて…」
―――田中さん……無理しなくていいよ。
「して欲しいんでしょ?」
「……」
「家出して行方不明になって
本当にみんなが心配してくれるか、確かめたいんでしょ?」
れいなは身体を回して、小春に背を向けた。
「みんなはれいなのこと、気にしてくれと。
それはわかる」
「え?」
「でも、みんなが心配しても
れいなは戻れない。しょうがないことやけど」
「田中さん……それなら、どうしたいの?」
突然、れいなが起き上がった。
そして天井を仰いで一言
「わかんない!!」
「ええ?」
「わかんない。でも、もうちょっと小春とこうしていたらわかるかも。
わかったら教える」
- 71 名前:5 寝室 投稿日:2007/02/24(土) 11:39
- れいなが上目遣いに小春を見た。
「……」
小春はれいなの勢いに圧倒されて黙ってしまった。
なんか……勢い任せに嬉しいことを言われたような気がする。
「とにかくれいなは帰らない。決めた。
でも……」
れいなの表情がまたくもる。
つられて小春も、表情がとまった。
「何?」
「小春は、活動もあるし
いなくなったらそれこそ本気でみんな心配するよ」
小春も起き上がった。
ベッドを降りてれいなの正面に立った。
れいなは座ったまま
小春を見上げて言った。
「小春は、ついてくることない。帰りたかったら、いいよ」
「……」
- 72 名前:5 寝室 投稿日:2007/02/24(土) 11:39
- 今度は悔しいことを言われた。
小春は必死に抗議する。
「な、なんでそんなこと……
今更?……ずるいよそんなの。すごくずるい!」
「……小春」
「ずるいずるい!!」
抗議をしているうちに
涙声になっていたかもしれない。
「でも……小春はまだ……仕事が……」
「なんでそういうこと言うの?」
小春はぷい、とれいなに背を向けた。
これ以上、れいなと対面していたら泣いてしまいそうだった。
「小春……怒ってる?」
「……」
「だって、でも……」
「田中さん、置いてかないって言ったのに。
ずっと小春といるって言ったのに」
「あれは……何ていうか、その場の……」
「バカ!!」
置いてあった紙袋を拾って
れいなに投げつけた。
「バカバカバカバカバカ!」
2つ、3つ、4つ。次々と投げた。
あるものは壁に当たり、あるものはれいなにぶつかり
中身が散って、ベッドの上に色とりどりのシャツが広がった。
- 73 名前:5 寝室 投稿日:2007/02/24(土) 11:39
- 「あ……」
色鮮やかな原色は
ブラックライトに照らされて
周囲から浮き立つように自ら発光体となり
自己主張をしている。
ピンクに、オレンジに、水色に、パープルに。
その、日常離れした彩り。
突如ベッド上に生まれたお花畑に
小春もれいなも、見入ってしまった。
小春は、思わずそこに歩みよると
散らかったシャツの一つを手に取る。
しばらく見つめてから、うん、とうなづくと
バスローブを脱ぎ捨て、ショッキングピンクのシャツを着た。
「田中さん!」
「な、何?」
「似合う?」
「……」
れいなはしばらく動きを止めていたが
「ちょっと待って」
と言うと、ベッドから飛び出して部屋の明かりをつけた。
- 74 名前:5 寝室 投稿日:2007/02/24(土) 11:40
- 「あー、うんうん。小春、原色似合うよ」
「本当ですか?」
「やっぱ、思ったとおりやった」
「田中さん!」
「な、何?」
「これに合うボトムはどれですか?」
「え、んと、ちょっと古いけどいい?」
「古いとか、よくわかんない」
「んー、そのピンクやったら、レイヤーかな。
そこにあるデニムの。中にスパッツを重ねて……」
れいなはスカートを拾い、小春の腰の位置にあわせてみた。
「お、よさそう!」
れいなが顔を上げた。
「あ……」
気づかないうちに2人は大接近していた。
慌てたようにれいなは小春に背を向けた。
―――ちょっと…何?
小春は自分の頬をおさえた。
そんな反応をされたらかえって照れくさい。
- 75 名前:5 寝室 投稿日:2007/02/24(土) 11:40
- 「こ、小春」
「ん?」
「一緒に、来てもいいよ」
「何その言い方」
「あ、えーっと」
れいあは一つ、深呼吸。
「れいなと一緒に来てください」
「……」
「……まだ、怒っと?」
「ううん」
小春は、れいなの手をそっと握った。
「嬉しい」
- 76 名前:5 寝室 投稿日:2007/02/24(土) 11:40
- 2人して衣服を片付け、ベッドに戻った。
片付けをしながら、あれがかわいい、これがかわいいと始まってしまい
部屋の明かりを消したときには日付が変わっていた。
「そういえば、田中さん
お金……どうするの?」
「そうだ。400円しかないんだ」
「え!?……考えてなかったの?
もう帰らないとか言うから、何か考えがあるんだと思ってた」
「待って、待ってね。今考えるから……」
れいなはベッドを出て、携帯を取り出した。
「結局……」
携帯を開けてメールを打ち始める。
「……頼りになる人なんて、この人しか思いつかん」
◇
シャワーを済ませて、テレビを見ていた。
愛と並んで座っていたが、会話はなかった。
さっき愛に八つ当たりしてしまったせいで
気まずくて声を掛けられなかった。
すると
美貴の方の携帯が鳴った。
- 77 名前:5 寝室 投稿日:2007/02/24(土) 11:41
- 「……」
「誰から?」
「……ん」
美貴はディスプレイを愛に見せた。
「れいな!?」
「うん……」
「でも、この内容……」
「うん、お金貸して、って……」
美貴は愛から携帯を取り返し
もう一度メールを見た。
明日の10時、渋谷に来てくれ、と書いてある。
「どうして時間と場所限定なんだ?」
愛が美貴の腕をつかんだ。
「どうしたの?」
「場所限定ってことは……そこでしか会えないってことだよ」
「そんなことわかってるよ!」
「お金持ってないんだよ!」
「わかってるってば!何が言いたいの?」
「なんで美貴ちゃんに連絡してくるの?」
「さ、さぁ……」
愛は、美貴を掴んでいた手を離すと
目をさらに大きくして言った。
「れいなに、一体何があったの?」
- 78 名前:いこーる 投稿日:2007/02/24(土) 11:41
- 本日の更新はここまでになります。
- 79 名前:いこーる 投稿日:2007/02/24(土) 11:42
- >>60
前作まで読んでいただきありがとうございます。
一気読みまで……更新滞らぬように書いていくつもりです。
よろしくお願いします。
- 80 名前:6 推考 投稿日:2007/03/01(木) 22:10
- 何があっても私たちは味方だから
逃げなくてもいいんだよ
そんなふうに
声をかけてやりたかった。
- 81 名前:6 推考 投稿日:2007/03/01(木) 22:10
-
6 推考
- 82 名前:6 推考 投稿日:2007/03/01(木) 22:11
- 「れいなに何があったの?」
愛はさっきから、疑問を繰り返し続けている。
こうなると愛は、自分の納得する答えが出るまで同じことを聞き続ける。
美貴はそのことを経験から知っていた。
「ねぇ、どうして美貴ちゃんにメールしてきたの?」
「だから、美貴にわかるわけない!
さっきの電話聞いてたでしょう?」
メールを受け取った直後、美貴はれいなに電話をかけていた。
……。
…………。
急にごめんなさい。もし、貸せないんなら、いいです。
だから、何でか教えてってば。
あの、実はあんまりバッテリーなくって……また明日連絡します
れいな!
……
簡単に…話せないことなの?
- 83 名前:6 推考 投稿日:2007/03/01(木) 22:11
- ……ていうか
何?
……れいなにもよくわからんと。ねぇ藤本さん、れいな何をしたいんですか?
そんなこと美貴に聞かれても
すみません。だけど……
だけど?
お金が必要なんです
……れいな
信じてくれないなら、いいです
信じてないんじゃない!心配してるの!
ごめんなさい。バッテリーが。明日の連絡用に取っときたいから、もう切ります。
れいな!待って……
また明日、メールします。
ちょっと!
…………。
……。
- 84 名前:6 推考 投稿日:2007/03/01(木) 22:12
- それで終わり。
小春の携帯は、レッスン場に置き忘れてあった。
れいなは電源を切ってしまっている。
連絡の手段はなかった。
「何で急にお金が必要になったんやろ?」
美貴は、うんざりしながらベッドに入った。
「愛ちゃん、寝ようよ。もう連絡とれないんだから」
「だってあんなのおかしいよ!」
「知ってるよ!!」
美貴にも充分にわかっていた。
あんなれいなはおかしい。
れいなは甘えてくることはあっても
ものを頼むときに
あんな一方的で礼のないことをするコではない。
だから愛が気になるのもわかるし
美貴だって心配でたまらない。
しかし
考えたってわからないのだからしかたない。
「どうしても欲しいものがあるとか?」
「いや、だとしたらもっと事前に連絡するでしょ。
いきなり明日10時に渋谷に呼び出したりしない」
「そうだよね。明日いきなりって、おかしいよね。
あ、実は借金してたとか」
「そういう状況なら美貴にはメールしないでしょ」
「……やっぱ、あたしの考え、おかしい?」
「いや……」
美貴は横になっていた身体を起こして、愛と向き合った。
- 85 名前:6 推考 投稿日:2007/03/01(木) 22:12
- 「お金おろせばいいのにね」
「だから、それができるならメールして来ないでしょ」
「ってことは、お金をおろせないんだ。
貯金が底を尽きたのかな」
「それにしても急すぎない?明日いきなりって。
貯金ゼロだからって数日は暮らしていけると思うけど」
「つまり……」
美貴の隣に座った愛が言った。
「銀行には貯金があるけど、事情があっておろせない……」
「そっか、そういうことになるな」
美貴は足を組んで肘をついた。
だんだん話が進んできた。
いい感じに2人の会話がかみ合い始めている。
愛がアイデアの限りを尽くし
その不具合を美貴が修正する。
考えの飛躍する愛と、突っ込むだけなら無敵の美貴。
2人の会話がもっとも進むパターンに
上手い具合にはまってきた。
「暗証番号を忘れた……」
「まさか」
「ってことは」
「キャッシュカードを持ってない」
「それだ!それだよ美貴ちゃん」
- 86 名前:6 推考 投稿日:2007/03/01(木) 22:12
- 美貴は苦笑して首を振った。
「取りに帰ればいいだけでしょう?」
「電車賃もないんじゃ」
「じゃあ何で明日まで待つ?」
「……」
「うーん。わからんな……」
こう考えてみると、状況が実に微妙であることに気づく。
お金に困った生活だというなら、明日というのは急すぎる。
そこまで切羽詰まる前に連絡があるはずだ。
お金の相談をするときに、事前に状況を話すくらいの礼儀はれいなにもある。
しかし、お金を落としたりしてすぐにも必要な状況なら、明日というのはのんきすぎる。
ある考えのときは性急すぎるように思えるし
ある考えのときは明日は遅すぎると思える。
「家に帰ればカードを取れるけれど、取りに帰れない。
何で?」
「うーんと……家に帰るお金はあるけど、帰れないってこと?
鍵がない?」
「それで金貸して、はないでしょう」
「そっか……つまり帰ろうと思えば帰れる」
「でも心理的に帰りたくない……」
「まさか!」
愛が、目を大きくして美貴の腕をつかんだ。
美貴にも愛の言いたいことがわかった。
『家出!!』
2人の声がそろった。
- 87 名前:6 推考 投稿日:2007/03/01(木) 22:12
- ◇
朝れいなは、小春より先に目を覚ました。
カーテンの端から、光が漏れ出ている。
薄明るい部屋の中で小春は
口をちょっと開いたまま
首をかしげるような不思議な格好で眠っていた。
れいなは小春を起こさないように
そっとベッドを出た。
―――いっぱい寝ちゃった。
こんなにすっきりとした気持ちで起きるのは珍しい。
事件の以降は、いつも不安と失望の中で目を覚ます。
それが、今は不思議なことに
胸に何のつかえもない。
安心して眠っていたのだろう。
―――小春のおかげ……
れいなは目を閉じたままの小春を見下ろし
心の中でそう感謝した。
息を大きく吸い込む。
今日、美貴は来てくれるだろうか。
あんなに失礼で身勝手な言い分を
美貴はわかってくれただろうか。
- 88 名前:6 推考 投稿日:2007/03/01(木) 22:12
- 「……藤本さん」
美貴を信じている。
美貴に任せれば、悪いようにはならない。
いつもならそう思う。
だが、今回は状況が状況なだけに不安もあった。
自分たちが逃げていくことを
黙って見逃してくれるだろうか。
事件以降、れいなは2つの感情に揺れ動かされていた。
一つは、理不尽な運命に対する怒りだった。
もう一つは、罪悪感。
自分がもっと的確な対応をしていれば
こんなことにはならなかったのではないか。
そう後悔せずにはいられない。
ファンからの励ましも
メンバーの気遣いも
みんなれいなに染みて心が痛んだ。
自分は周りを悲しませるだけの存在なのか。
自分はただ心配をかけるだけなのか。
強烈な自己否定が
とてつもない圧力をもって
どうしようもない絶望でもって
れいなに胸を押しつぶそうとしてくる。
―――自己否定……
- 89 名前:6 推考 投稿日:2007/03/01(木) 22:13
- それはれいなたちの出発点でもあった。
れいなたちは、最初の合宿のときからダメな連中だった。
挨拶もできない。返事もできない。努力もできない。
いるだけの価値もない。
そういうネガティブなレッテルを最初から貼られ
テレビの恐ろしさを知った。
この4年間、その恐怖に打ち勝とうと必死だったような気がする。
必死に明るく振る舞って、自己否定と戦ってきたような気がする。
しかし、戦うことすら許されなくなった今、自分にできることは……
れいなはもう一度、深呼吸をした。
―――だめだ沈んじゃ……。これじゃいつもと同じだ
「……おはよう、ございます」
小春の声がした。
見るとまだ目が開ききっていない。
その表情を見て沈みかけていた気分に
軽さが染み渡り浮かび上がっていった。
小春の頬に
漏れ入った朝日が差し
まぶしくなる。
―――藤本さんが許してくれなくても、行こう。そう決めたんだ。
「おはよう、小春」
れいなは今日の行動を
頭の中でシミュレーションし始めた。
- 90 名前:6 推考 投稿日:2007/03/01(木) 22:13
- ◇
「やっばい。やっぱ混んでた。電車にしとけば良かった」
ハンドルを握った美貴は、前を向いたまま言った。
「さっきも聞いたけど、どうして車で行こう、なんて言ったの?」
「なんとなく……」
「説明になってない」
「……ごめん」
車が停まる。
―――また赤か……
美貴はイライラしてハンドルを叩いた。
時計を見ると、あと30分で約束の10時となる。
「なにか……考えがあったんでしょう?」
愛は首を振る。
「なんでもいいから、思ったこと話してよ。
おかしかったら美貴が言うから」
美貴は我慢強く愛にたずねた。
―――渋谷で車。絶対不便なのに……
- 91 名前:6 推考 投稿日:2007/03/01(木) 22:13
- しかし美貴にも、愛の直感が正しいような気がしている。
「れいな、何思ったか、愛ちゃん考えて」
美貴は今朝
愛の感を信じて車で来ることに決めた。
愛の思考は、常に他者の視点にザッピングしながら進む。
自分があの人ならどうする?
自分があの人ならどう思う?
その疑問を積み重ねていくのだ。
愛は歴史の本でも「私なら許せん」とか「私なら泣いちゃう」とか
登場人物に感情移入をしながら読み進めていた。
その過度な同情がときに、人の考えを見事に当てている。
今回もそうなのではないか。
愛には、れいなの思惑の片鱗がつかめたのではないか。
美貴はそこにかけていた。
「私がれいななら、渋谷は選ばないと思う」
「人が多いから?」
「うん。30分も歩けば代々木公園だよ。渋谷よりはよっぽど人目を避けられる。
人目を避けたいとしたら、渋谷という場所は最悪」
「そうだね」
「なんで渋谷なんやろ」
「……」
- 92 名前:6 推考 投稿日:2007/03/01(木) 22:14
- 信号が変わった。車を直進させる。
「なんでやろ……」
「……車じゃ行きづらいのにね」
「……」
愛が黙った。
美貴は愛を見た。
愛は薄く目を開けて、フロントガラスを見つめていた。
「それ、かも……」
「は、何が?」
「車じゃ行きづらい。それが渋谷を選んだ理由」
「どういうこと?」
「れいなは美貴ちゃんに連絡してきた。
正直言って、あんまりお金貸してくれそうにない美貴ちゃんに」
「……」
「それはね、美貴ちゃんが一番、
家出を理解してくれそうだったからなんだよ」
愛はれいなの気持ちがわかるかのように言う。
「そう、…かな?」
「そう。少なくともれいなはそう考えた。
私やガキさんやったら絶対に引きとめようとする。
絵里やさゆみだったら?吉澤さんだったら?
誰かに話してまうかも知れない」
「美貴だって、話してたかも知れないよ」
「そうだね、だから渋谷なの」
- 93 名前:6 推考 投稿日:2007/03/01(木) 22:14
- 「よくわかんない」
「私がれいななら、大人たちから連れ戻されるのを一番怖がる。
じゃあどうする?力ずくで連れていかれそうにない場所はどこ?」
「……人がいっぱいいる所?」
「そう、人がいっぱいいるところなら、無理やり連れ戻すことはしづらい。
車に乗せようと思っても、渋谷じゃ車を停めておける場所も少ない」
「なるほど」
ようやく、愛が「車で行こう」と言った意味がわかった。
向こうは車で来られるのを警戒して、渋谷を指定して来たのだ。
ならば裏をついて車で移動した方が、何かと便利かも知れない。
「愛ちゃん、あんた普段、頭使ってないでしょう。
こういうときは冴えるよね」
反応がない。
美貴は愛を見た。
愛はまだ、思考の中にいるようだった。
―――ったく、後輩からむと必死になる。
美貴は自分を棚に上げて、心の中で言った。
そのとき
―――まてよ?
美貴は、ひっかかるものを覚えた。
その疑問をそのまま口にした。
「いくらなんでも腕ずくで連れ帰したりしないよね。
もう子どもじゃないんだから」
9:35 六本木交差点
- 94 名前:6 推考 投稿日:2007/03/01(木) 22:14
- 「でも、大人たちは何するかわからない。
矢口さんのときも、嫌がるのを無理やり連れて行こうとしてた」
「3年前のときとは状況が違いすぎる。
れいなは謹慎中なんだよ。こんな言い方あれだけど
れいながいなくても困る大人はいないんだ。
そんな必死になって捕まえたりしないよ。
何をそんなに警戒する必要があるの?」
「……」
愛が黙ってしまった。
「謹慎中のメンバーを連れ戻す暇もないし必要もない。
大人どもならそう考えるだろう?れいなにだってわかってるはず」
「じゃあ、謹慎中じゃなかったら?」
「いやぁでも、実際そうだから」
ハンドルを大きく切り車を回す。
あとはこのまま直進していけば、渋谷である。
「じゃあ……」
愛が、またぼー、と前を見つめて言う。
「謹慎中じゃないコと一緒とか……」
「まさか……」
- 95 名前:6 推考 投稿日:2007/03/01(木) 22:14
- そのとき美貴の携帯が鳴った。
「愛ちゃん出て」
愛が電話をとった。
「もしもし……吉澤さん!?」
「よっちゃん?」
受話器から、ひとみの声が漏れ聞こえてきた。
『ねぇ、小春どこにいるか知らない?』
―――謹慎中じゃないコ……。まさか……
美貴の心を嫌な予感が走った。
『小春、家に帰ってないんだって。行方不明だって』
9:48 西麻布
- 96 名前:いこーる 投稿日:2007/03/01(木) 22:15
- 本日の更新は以上になります。
- 97 名前:ais 投稿日:2007/03/01(木) 23:37
- ゾクゾクっとする寒気が久々にきた気がしますw
前作のように緊張感が漂ってきましたね
続きを楽しみに待ってます
- 98 名前:7 渋谷 投稿日:2007/03/06(火) 19:53
- 渋谷の人々は芸能人に慣れているから、
たとえトップアイドルが目の前にいたとしても大騒ぎはしない。
すれ違ってしばらくしてから、
今の石川梨華じゃない?
そう。
ここはかえって安全なのだ。
- 99 名前:7 渋谷 投稿日:2007/03/06(火) 19:53
-
7 渋谷
- 100 名前:7 渋谷 投稿日:2007/03/06(火) 19:54
- 国道246から右折して渋谷駅ロータリーを抜ける。
「間に合った」
9:55 渋谷駅前
「さぁ、どうする?車、どこに停めよう」
「その辺、適当に停めちゃおう」
「え?やばくない?」
渋谷駅前の交通量で、路上駐車は厳しい。
「私、残ってるから、美貴ちゃん行ってきて。
何か言われたら私が車を移動させる」
「愛ちゃん、運転大丈夫?」
「免許持ってる」
「知ってるけど……」
しかし、状況は愛の提案に従うしかなさそうだ。
美貴は交差点を左折したところにあるスペースに強引に駐車した。
10時ぴったりのタイミングで
メールが入った。
件名:
本文:109−Aからガードくぐってまっすぐ来てもらえますか
「場所も言わないか……。よほど警戒してるな」
「美貴ちゃん……向きが……」
愛が何かを言いかけていたが、時間がない。
美貴は扉をあけ、駅前交差点に飛び出していった。
◇
- 101 名前:7 渋谷 投稿日:2007/03/06(火) 19:54
- 「小春、ここにおってね」
「田中さん……」
「お金貸してもらったら、すぐに戻ってくるから。
もし何かあったら、打ち合わせ通りに」
「……わかりました」
そしてれいなは外に出た。
大通りを車が速いスピードで走っている。
緊張に胸が高鳴った。
大丈夫だろうか。
自分の計画が
美貴に見破られる可能性は……
―――大丈夫。広い渋谷で、この店にいる小春を探し出せるはずがない。
それに見つかった場合の計画もある。
地下鉄に乗るためのカードは2人とも持っていた。
お金はないが、電車には乗れる。
しかし妙な予感がした。
確かに大人数で探しても
一軒一軒探してくるなら
ここは見つからないだろう。
向こうに手がかりは何もない。
だが
メンバーの誰かが直感的に
自分の考えを見抜いてしまうかもしれない。
それはほとんど本能的な恐怖として
れいなの底に溜まっている。
―――大丈夫……わかりっこない
れいなは自分に言い聞かせた。
いくらメンバーがれいなの心を見抜いたとしても
小春の居場所まで見つけることはできないだろう。
どうやったって、考える手がかりが何もないのだから。
「よし」
れいなは
歩き出した。
- 102 名前:7 渋谷 投稿日:2007/03/06(火) 19:54
- ◇
美貴は109−Aの前に立った。
宮益坂下の交差点に向けて歩いていく。
歩道が狭くなっているため
通行人とすれ違うのも困難だった。
―――これなら、見落とすこともないな
ガード下に入った。
途端に周囲が暗くなる。
電車が轟音を立てていて
人の声すらよく聞こえない。
景色と音の両方から
一時的に隔離された異空間にいるような
不思議な感覚に陥る。
前を見ると
明るいいつもの渋谷。
暗いところから明るみを眺める。
まるで
コンサート前の緊張感。
でもそれ以上に
美貴の神経は張り詰めていた。
この先に、れいなはいるのか。
ひとつ深呼吸をした。
気分が少しだけ落ち着き
頭がすっきりと冴え渡る。
―――よし
美貴は前の明るみを睨みながら
ゆっくりと歩いていた。
◇
- 103 名前:7 渋谷 投稿日:2007/03/06(火) 19:54
- 愛は車の中で、目を閉じていた。
車外の音からも、意識は遠く離れ思考の中へ。
―――ガード下……狭いのに……
れいなは美貴に109−Aからガード下をくぐれと言った。
駅とは反対に進むことになる。
れいなは逆方向に進み、美貴と会うつもりなのだろう。
―――どうして改札のない方から来る?
向こうに用事があるとは思えない。
つまりれいなはわざわざ
改札のない方に移動していたことになる。
―――連れてかれるのを警戒していたんじゃないの?
れいなは包囲されるのを警戒して人の多い渋谷を選んだ。
それが愛の推理だ。自信がある。
しかし……
―――わざわざ逃げづらい方に……
愛は状況をイメージした。
脳が忙しく回転している。
れいなは宮益坂方向から歩いてくる。
そして、駅の方向から来る美貴と対面する。
美貴がれいなを止めにかかった場合
れいなたちはどこに逃げるか?
もと来た道を戻るしかない。
美貴の脇をすり抜けて駅に向かうのは
無理ではないが考えにくい。
歩道は狭いのだ。
- 104 名前:7 渋谷 投稿日:2007/03/06(火) 19:55
- ―――考えろ……
れいなの立場で考えなくてはならない。
もし自分がれいななら、駅の近くで会う。
その方がすぐ逃げられるからだ。
逆に言えば、もしこっちが大人数で
れいなと小春の逃亡を阻止するつもりなら
駅改札を中心に人を配置して見張ることになる。
―――だから!
れいなは、その裏をかいて宮益坂に美貴を誘ったのだ!
だとしたら、れいなはこっちの改札は使わない。
人に囲まれて捕まるおそれがある。
れいなたちが使うのは、ガード向こうの改札だ。
あっち側にある改札は一つしかない。
―――宮益坂口……
宮益坂口にあるのは地下鉄半蔵門線と田園都市線の改札。
れいなはそこを逃亡経路に予定しているに違いない。
美貴と話している最中
もし他のメンバーや大人の気配を察したら宮益坂方向に走って戻り
宮益坂口から電車に乗って逃げるつもりなのだ。
―――美貴ちゃんに教えないと……
- 105 名前:7 渋谷 投稿日:2007/03/06(火) 19:55
- 愛は、携帯を手に取った。
しかし、そこで迷った。
交渉中に美貴が電話を取ったら
焦って逃げ出してしまうかもしれない。
うかつには電話できない。
―――どうしたら……
向こうの状況がわからない以上
連絡の取りようがない。
もどかしい。
せめて美貴たちの様子がわかれば……
◇
「藤本さん」
「れいな」
ガード下を抜けた銀行の通用口の前に、れいなはいた。
ちょうど人通りを避けられるスペースだった。
「ありがとう。来てくれて……」
れいなが美貴をまっすぐ見上げてきた。
「よかったー。藤本さん来てくれた。
なんやろう、安心する。
藤本さんの顔を見ただけで……
自分の家に帰ったみたいな……」
そう言って、地面をみる。
安堵の表情でため息をついた。
- 106 名前:7 渋谷 投稿日:2007/03/06(火) 19:56
- そんなれいなを見て
周囲の張り詰めた空気まで
柔らかくほどけていくように感じた。
美貴は思わず
「ごめん。ごめんね」
そう口にしていた。
「何が?」
「わかんない。けど、ごめん。
これまで、苦しかったよね」
「ふっ……」
れいな、笑ったかと思ったら
すぐに泣きそうな顔になっていた。
「あー、やばい。泣けてきた。
絶対泣かんと思ったのに!藤本さんの顔見たら…」
美貴はれいなの頭に手をやって
一つ、なでてやった。
しかし
れいなは両手を押して、美貴の体を離した。
「優しくされると、つらいんです」
「そんな……」
「優しくされても、れいなは戻れんっちゃね!
だから、中途半端に優しくしないでください」
- 107 名前:7 渋谷 投稿日:2007/03/06(火) 19:56
- 二人の間を、ビル風が冷たく吹き抜けた。
風がれいなの髪を揺らす。
「れいな……」
美貴の声が震えていた。
「お前……甘えてんじゃ、ねぇよ」
想いが怒りとなって
美貴の身体をのぼってくる。
美貴は、それを押さえられなかった。
「誰かにかまってもらいたくて、家出の真似事してるんだろ?
それなのに中途半端に優しくするなとか……ふざけんなよ」
身体中の血流を感じる。
熱いのか冷たいのかわからないが
とにかく激しい流れ。
自分の感情をコントロールできない。
「もう戻れないって?
そう思ってるんなら、何か新しいこと始めてみた?
これからどうするか、考えてみた?
こっちはな、れいながいなくなっても
寂しがる暇も与えられずに、前に進まなきゃなんないんだよ!!」
- 108 名前:7 渋谷 投稿日:2007/03/06(火) 19:56
- 「……れいなも……長いこと娘。にいたからそうでした」
「え?」
「悩もうが何しようが、先に進むしかなかった。
忙しく仕事に打ち込んで悩みを忘れる。
そういう解決のさせ方しか、できなくなってた。
そういうところにずっとおったから」
れいながぼそぼそと下を向きながら話。
美貴は大人げなく怒ってしまったことを、今更に後悔する。
―――れいなに怒っても、しょうがないのに……
「ごめん……美貴、励ますつもりが……」
「そうでしょう?励まそうとすると、モーニング娘。の人たちって
がんばれとか、あきらめるなとかしか言えんやないですか。でもね」
れいなが、急に遠くなった気がした。
れいなが自分たちとは違う人間であるかのように感じた。
「そういう世界にはもう、れいなはいないんです」
「れいな……」
「愛ちゃんもメールをくれた。『負けないで』って。
愛ちゃんにはとりあえず頑張るものがある。
そういう人に励まされると
何も頑張るものがないれいなは……」
- 109 名前:7 渋谷 投稿日:2007/03/06(火) 19:56
- れいなの目が、美貴を見た。
美貴はぞっとなった。
れいなは顔は下を向けたまま、
目だけが暗く、美貴を射貫いたのだ。
「死にたくなるんです」
美貴は硬直したように何も言えなかった。
れいなの言葉に反論できなかった。
れいなは
仕事から追放された。
運命に見放され
努力に裏切られ
それでも周囲は「がんばれ」という。
なんて残酷な励ましを
自分たちはしてきたのだろう。
どうしてその理不尽さに
いままで気づいてやれなかったのだろう。
飛ぶように流れる時間に必死で食らいついている自分たちと
時間が止まってしまったれいなのいる物語では
原理も世界観もまるで異なる。
こちらの論理でいくら励ましても
それはれいなを苦しめるだけだ。
れいなの物語に
目指すべきゴールはない。
逃げるしかない。
- 110 名前:7 渋谷 投稿日:2007/03/06(火) 19:56
- 「小春がいなかったら、れいなは今頃、死んでましたよ。
だからお願い……藤本さん」
れいなが再び、美貴を見た。
その目に暗さや冷たさはなかった。
その目はすがるように、美貴にからみついてきた。
「小春と、行かせてください」
◇
―――久住……。れいなは久住と行きたがってる
愛は車の中で身体を丸めたままじっと考えていた。
れいなは囲まれることを警戒し
美貴を宮益坂に呼び寄せた。
自分がれいなの立場なら
一番恐れるのは
自分がつかまることではない。
謹慎中で仕事のないれいなが、
つかまって連れ戻される可能性は低い。
恐れるのは、小春が連れ戻されることだ。
美貴と会ってお金を受け取る。
その途中で、美貴か誰かが小春を引っ張っていってしまうかもしれない。
あるいは、小春の説得にかかるかもしれない。
それは、れいなが一番避けたい事態ではないか。
- 111 名前:7 渋谷 投稿日:2007/03/06(火) 19:56
- ―――自分なら、そんな場所に久住を連れて行かない。
れいなは小春を、どこかで待たせているに違いない。
それはどこか。
小春はどこで待っている?
曲がりなりにもここは渋谷である。
通行中のアイドルにわざわざ声をかけるようなことはなくても
小春が一人で路上に立っていたら、多くの人の目を引いてしまう。
路上で待たせているとは考えにくい。
宮益坂口に近くて、待機できそうな場所。
愛は焦った。
美貴1人で時間稼ぎをしていては
れいなも不審に思うだろう。
急がないと、2人は逃げてしまう。
愛はガード向こうの様子がどうだったか記憶をたどった。
―――映画館……カラオケ……
しかしすぐに首を振る。
映画館やカラオケでは、出てくるのに時間がかかってしまう。
もっと、緊急時にすぐ出られるような場所。
―――ビジネスホテル……カメラ屋……
ホテルのロビーや、カメラ屋の店内では
人から声をかけられるリスクがあるという点では路上待機と条件は同じ。
- 112 名前:7 渋谷 投稿日:2007/03/06(火) 19:57
- 他に、向こうにあるものと言えば……
―――ゲームセンター……。いや、違う。
ゲームセンターならすぐに飛び出すことができる。
しかし、音がうるさくて緊急時の電話に差し支えがある。
残るは……
―――あそこだ!!
何かがはじけるような感覚とともにひらめいた。
愛は運転席に移るとキーを回してエンジンをかけ
周りも見ずに車を急発進でUターンさせた。
クラクションの音が聞こえる。
「ごめんなさい!!」
そう叫びながらもアクセルを思いっきり踏んだ。
車は猛スピードで駅前交差点を突っ切る。
ちょうど信号が変わったところだった。
交差点を横断しようとしていた歩行者があわてて逃げていた。
◇
- 113 名前:7 渋谷 投稿日:2007/03/06(火) 19:57
- 「藤本さん!」
「……だけど、2人だけで、大丈夫なの?
それに小春には仕事が……」
美貴はそう言ったが
小春も仕事に戻る気がないのだと
うすうす気づいていた。
れいなと小春を襲った不幸は
2人の信じる心を粉々に破壊してしまった。
そんな場所には
絶対戻ってこないだろう。
れいなも小春も、人を信じられなくなっている。
「お願い。藤本さんしかいないんです」
―――ああ、れいな……
れいなは
不審と猜疑と孤独の中で
それでも美貴を頼って電話をくれた。
できることなら
それに答えてやりたい。
しかし
このままれいなと小春
2人きりにするのは……。
「れいな、どこに行くつもり?」
- 114 名前:7 渋谷 投稿日:2007/03/06(火) 19:57
- れいなは首を振った。
「わかんない」
「まさか、死に場所探しに行くわけじゃないよね?」
「……わかんない」
「じゃあ…」
美貴は絞り出すように言った。
「行かせるわけにはいかない」
「え?」
「れいなを死なせるようなことだけは、美貴絶対にしないからね!
お金も渡さない。おとなしく家に帰りなさい!」
「家に帰ったら……きっとまた死にたくなる」
そう言ってれいなは
傷ついた手首を見せた。
美貴は息をのむ。
「小春はれいなのこと想ってくれと。
やけん、れいなはまだ生きる。そう決めた」
れいなは、くすぐったそうに言った。
ちょっとだけ、笑みが戻ってきていた。
「れいな」
―――今、れいなを救えるのは、小春しかいないの?
「小春はどこにいる?」
- 115 名前:7 渋谷 投稿日:2007/03/06(火) 19:58
- ◇
「久住!」
「高橋さん!」
ファーストフードの出口付近の席の前で
愛は小春の目の前に立った。
テーブルには、丸めた袋が置いてあった。
小春はあわてて店を出て行った。
「あ!」
愛は走ってその後を追う。
「久住!!」
小春は歩道に飛び出し、走っていった。
その背中に向けて叫ぶ。
「れいなが言ってた階段、閉鎖中だよ!!」
小春が止まった。
愛は、歩いて小春のもとまで行く。
「やっぱりね。逃げるとしたら宮益坂口からだと思ったんだ。
そこ、新しい駅できるから今使えないよ。
れいなは渋谷に来ても
こっち側めったに来ないから知らなかったんじゃない?」
小春の手首を、強くつかんだ。
「みんな心配してるんだよ。さぁ、行こう」
- 116 名前:7 渋谷 投稿日:2007/03/06(火) 19:58
- ◇
―――愛ちゃん……バカ……
美貴はれいなの背後に近づいてくる
小春と愛の姿を見た。
「れいな、どうしても行くの?」
「ごめんなさい。行きます」
「お金、どのくらい必要?」
「わかりません……て、藤本さんどこ見と?」
れいなは後ろを振り向いた。
―――しまった
「なんで……愛ちゃんが……。藤本さん……れいなを騙した?」
「ち、違う!!」
「小春を連れて行くんでしょ?」
「お願い、れいな落ち着いて!」
「藤本さん……信じてたのに」
れいなは目を大きく見開き
上目遣いにどこか一点を見つめていた。
「畜生……みんなれいなを悪者だと……」
「違うよ。そんなこと思ってない」
そのとき、小春が突然暴れ出し
愛の手を引き離そうとしていた。
- 117 名前:7 渋谷 投稿日:2007/03/06(火) 19:58
- 「離して!離してよ!!」
小春は愛の肩を殴りつけて拘束を振りほどき
れいなのもとまで走ってきた。
「田中さん、行こう!!」
「う、うん」
「待って、れいな!!」
「美貴ちゃん!何してんのつかまえて!!」
愛が走ってくる。
美貴は咄嗟に自分の財布からキャッシュカードを抜き取り
れいなの手に握らせた。
れいなは驚いた顔で美貴を見上げた。
「れいな一つだけ約束して」
愛の声が近づいてくる。
小春が、れいなの腕を強く引っ張っていた。
「死ぬなよ。絶対に!!」
れいなは強くうなづくと小春に手を引かれながら
ガード下の向こうに走り去っていった。
◇
10:33 渋谷発
- 118 名前:いこーる 投稿日:2007/03/06(火) 19:59
- 本日の更新は以上になります。
- 119 名前:いこーる 投稿日:2007/03/06(火) 20:01
- >>97
ようやく滑り出した感じですが、作者は毎回緊張しまくり更新ですw。
- 120 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/07(水) 01:31
- 凄い面白いです!!
全く先が読めません!
- 121 名前:8 出発 投稿日:2007/03/13(火) 20:58
- 2人だけの自由を手に入れたんだ・・・・・・
そう思うと
―――やだ・・・・・・また・・・・・・
再び涙が込み上げてきた。
- 122 名前:8 出発 投稿日:2007/03/13(火) 20:58
-
8 出発
- 123 名前:8 出発 投稿日:2007/03/13(火) 20:58
- 電車は渋谷を出発した。
あまり人の多くない時間帯だったので
席につくことができた。
車両には、れいなたちのほかには2組しかない。
美貴から受け取ったカードを握りしめる。
反対の手は、小春の手を強く握っていた。
「田中さん?」
美貴は、自分たちを行かせてくれた。
自分の気持ちが理解された。
少しかも知れないけれど
自分の決心を、わかってくれた人がいる。
それが不思議な力となって
れいなの胸の底を熱くしていた。
命を吹き込まれたみたいだった。
しかし、心は痛んでもいた。
罪悪感。
「藤本さんにまた……こんなことを」
またしても
自分の身勝手で
振り回してしまった。
「カラオケのとき……もうこんなことしないって決めたのに」
「田中さん?」
- 124 名前:8 出発 投稿日:2007/03/13(火) 20:58
- 小春がこちらを向いてすぐに
「……」
目を逸らした。
「小春?」
微妙な反応だった。
微妙な反応だったが、
れいなは自分の状況を悟った。
「れいな、泣きそうな顔しと?」
「…ん、泣きそうというか」
小春が、目を逸らしたままでぽつり言った。
「泣きたそう」
「ふふっ……」
思わず笑ってしまった。
小春の見立ては
あまりに的を射ていた。
「れいな藤本さんには
ずっと昔から借りがあるようなもんなんだ」
「借り?」
- 125 名前:8 出発 投稿日:2007/03/13(火) 20:59
- 小春は聞いてきた。
しかし
れいなは答えることができなかった。
本気で泣きたくなってきた。
小春に自分の気持ちを言い当てられて
泣きたい気持ちが喉までこみ上げてきて
言葉を発したとたんに叫んでしまいそうだった。
れいなは力を入れて歯を食いしばり
泣きたい気持ちを飲み込んだ。
そのとき
電車が地上に出て明るくなった。
光が車内に差し込み
れいなたちのいる席も
とたんに暖まっていった。
風景の変化は
ちょっとの開放感。
しかしそれは確かな感覚となって
れいなの心を軽くしてくれる。
不思議にすがすがしい気持ちになった。
のんびりした空気が
れいなの心のつかえを取り去る。
電車が駅に到着した。
- 126 名前:8 出発 投稿日:2007/03/13(火) 20:59
- 他の列車との接続を取るため
数分停車するようだ。
れいなは
「3年前だったかな……」
語り出していた。
3年前……
もともと居場所のない3人だった。
問題児という呼び名とともに登場し
入ったらこんどは変な3人組扱い。
周囲の空気から意図的に隔離された3人。
自然と距離は近づいていった。
「あの頃は6期3人がずっと固まって行動しとった。
ホテルの部屋なんかも3人一緒になること多かったし。
そんな中れいなは
絵里を必要以上に求めすぎた。
―――この気持ちを抱えたまま。じっとしているしかない
しかしその過度な想いは3人の関係を破綻させかけた。
- 127 名前:8 出発 投稿日:2007/03/13(火) 20:59
- 「3人ですごい喧嘩をしちゃったことがあって
そのときに、藤本さんがれいなを助けてくれたの」
互いに寄りかかるようにくっついていた3人。
バランスを失うと一気に崩壊しかかった。
それをどうにかしたのが美貴である。
少なくともれいなの認識では、そうだった。
美貴は、崩れた積み木をいったんバラして組み立てるように3人を
引き離し、引き戻した。
……
れいなはそこまでを一気に語った。
暖かい風景が窓から見える中
気持ちまで暖かくなっていく。
こんな説明では、小春に伝わらなかったかもしれない。
それでもれいなは
ほっとすることができた。
思えば、あのとき
美貴に助けられてから自分の時間は
始まったのかもしれない。
それまでは違和感の疎外感の中にいた。
それを変えてくれたのが美貴だった。
- 128 名前:8 出発 投稿日:2007/03/13(火) 20:59
- そして今、
再び美貴に救われ
小春とともにれいなは出発した。
それが何の出発なのかはまだわからない。
だがれいなには実感があった。
こうしてゆるやかな郊外を走る列車の音に包まれて
何かが始まっている。
冷たく厳しい環境から逃げ出してきた。
時を止めたような
色を失ったような物語に
ゆっくりと時間の流れが戻り
色彩がかかりはじめている。
その感覚がれいなの心を、声を震わせていた。
「さっき言ってたカラオケのときって?」
「あれはもっと最近の話。
とにかく、れいなは藤本さんにたくさん借りがある。
だから。なんか申し訳なくて……」
◇
「ごめんなさい」
助手席についた愛は、全身から力が抜け
呆けたようにうなだれていた。
「いい。どうせれいなは戻って来なかったよ」
「え?」
「もう決心しちゃってたから。
あれ以上話しても、変わりそうになかった」
「……そう」
美貴が、キーを回して車をスタートさせる。
- 129 名前:8 出発 投稿日:2007/03/13(火) 20:59
- 「しっかし、こんなとこ停めるなんて……」
「ごめんなさい」
「だからいいって。それより愛ちゃん」
美貴は、ハンドルを大きく回し、車をUターンさせる。
「れいなたち、どっち行った?」
愛は無言で美貴を見てきた。
なぜそんなことを自分に聞くのかが、わからなかった。
「愛ちゃんにしかできない。
愛ちゃんは小春の場所を推理した」
「……逃げられたけどね。
場所は当てても、気持ちをわかってやれなかった」
愛の頭が下がっていく。
「……あたしは失格だよ」
小春に拒否された。
自分は、小春たちを心配して
連れていこうとした。
しかし
―――離して!離してよ!!
小春は愛の手を必死になって振りほどいた。
- 130 名前:8 出発 投稿日:2007/03/13(火) 21:00
- 後輩の気持ちを汲んでやることはできないのか。
自分にそんな能力はないのだろうか。
自分の好意は、
あのコたちには届かないのだろうか。
もし、愛の好意が空回りするしかないとしたら
―――私はどうすればいい?
どうやって生きていけばいいのだろう。
愛は
手を引いてやるようなやり方でずっと
小春と関わってきたつもりだった。
愛は
誰かを前に立ってリードしてきた経験がない。
先輩からは目が離せないと言われた。
同期からは年上っぽくないと言われ
6期からも先輩というより仲間と思われていた。
それはある意味では居心地のいい立ち位置ではあったが
微細なコンプレックスは愛の心に確実に溜まっていた。
美貴だけが
それを感じさせない居場所として
いつのまにか
愛の拠り所となっていた。
- 131 名前:8 出発 投稿日:2007/03/13(火) 21:00
- ―――美貴ちゃんになら、何かをしてやれる
そう思ったから
美貴に近づいていったのだと思う。
惹かれていったのだと思う。
しかし
「……」
小春が入って、状況は変わった。
美貴は小春の前ではお姉さんらしく
というよりお母さんらしくと言うべきか。
とにかく美貴は小春には隙を見せずに
適度な距離を保って
よき先輩として接していた。
美貴がそんな風に
誰かに向き合うのは始めてだった。
急にしっかりとしてしまった美貴。
愛の劣等感が再燃した。
「愛ちゃん、しっかりしてよ」
だから愛も
小春にはずっと先輩であり続けようとした。
美貴とのギャップ
周囲との隔たりを埋めるため必死になって。
小春を「久住」と名字で呼び
ことあるごとにアドバイスをした。
ときに厳しいことも言った。
小春もわかってくれ
慕ってくれていたはずだった。
- 132 名前:8 出発 投稿日:2007/03/13(火) 21:00
- ―――それなのに……
「愛ちゃん!!」
美貴に揺さぶられ、意識が現実に戻る。
「いつまでも落ち込んでないで、しっかりしてよ」
「……ごめん」
愛の目に熱い涙が溜まっていく。
「私……悔しい」
「あぁ……美貴も悔しい。
2人には、私たちの入る隙間がない。
私たち、何もしてやれない」
「……」
その時、愛は気がついた。
車が見知らぬ道を走っている。
「美貴ちゃん、今どこ?」
「国道246に戻るとこ。だけど……
ここからどう行ったらいいか、わからない」
「国道……」
愛の声が小さくなる。
声の減少は、思考が働き出したことの代償。
- 133 名前:8 出発 投稿日:2007/03/13(火) 21:00
- ―――れいなは、駅前交差点に走っていった……
状況を思い出してみる。
愛はあのとき、れいなの思考をトレースして
小春の居場所にたどり着いた。
それはれいなたちにとっても
予測できない事態だったに違いない。
予想外の事態が起きたとき、人はどうするか。
―――軌道を修正する
!
愛は総毛立つような感覚とともに
一つの直感を得た。
「右!下り路線に行って!」
「え?」
「れいなは宮益坂口を使うつもりだった。
きっと今も予定通りの電車を使ってるよ。
あそこからは半蔵門線か田園都市線のどっちか」
「うん。でも、どっちかわからない」
「いや、こっちでいい。半蔵門線じゃ都心に逆戻りだよ。
家出した人は普通、家から遠ざかろうとするんじゃない?」
「都内にどこか泊めてもらうあてがあるかも」
- 134 名前:8 出発 投稿日:2007/03/13(火) 21:00
- 愛は首を振った。
「それなら、その人からお金借りる。
2人だけで逃げたいから、美貴ちゃんから借りた」
「そっか……じゃあ東京から離れる方角だな」
東京からの下り路線。
「つまり、田園都市線。だからこの方角で合ってる」
「愛ちゃん、ようやく調子を取り戻したね」
美貴に言われてはじめて気がついた。
気分が、さっきまでとは違い軽かった。
「愛ちゃんはいっつもそうだ。
誰かのために動いているときが一番生き生きしてる」
「特に、美貴ちゃんのためにね」
「……」
「どうしたの?」
「あのさ、そういうセリフ、もうちょっと照れながら言ってくれる?」
10:36 神泉町
◇
- 135 名前:8 出発 投稿日:2007/03/13(火) 21:00
- れいなたちを乗せた電車は郊外を進んでいた。
ちょっとした花屋。
パチンコ屋。
線路沿いの学校。
窓の外に
何気ない風景が流れていた。
その何気ない時間に
れいなは感動していた。
「なんか、自由て感じ」
「ですね」
時間や、人間関係に
押しつぶされそうな日々には
もう帰らなくていい。
そういうすべてのことから投げ出されて
世界を見失いかけ
死のうと思った。
夕暮れの部屋の中で
過ぎゆく電車の音を聞きながら
腕を切っていた。
あのとき
時間は止まっていた。
物語は終わっていた。
- 136 名前:8 出発 投稿日:2007/03/13(火) 21:00
- そこから抜け出して
絶望を振り切って
たどり着いたのは平穏な風景。
となりに小春がいてくれる。
れいなはようやく
日常に逃げ帰ってきた。
そしてここからは
―――れいなと小春の逃避行
「小春、どこまで行こう。
れいなたち、どこで降りてもいいんだよ」
「田中さん……」
「ん?」
「降りましょう」
「そうだね、降りようか」
2人は足取り軽く
予定していた駅に到着した。
◇
- 137 名前:8 出発 投稿日:2007/03/13(火) 21:01
- 「……まずいな」
助手席で地図を眺めていた愛が言った。
「乗り換えの駅が多すぎる。
これじゃどこで降りるかわからない」
信号待ちだったので、美貴も地図をのぞき込んだ。
見ると、確かに行く先が無数に枝分かれしている。
「三軒茶屋……二子玉川……溝の口……あざみ野……」
どれもピンとこない。
方向が、東京へ戻ったり、あらぬ方向へ逸れたり
どうも2人の目指す方向とは違うような気がしてくる。
「終点まで言っちゃうかね……」
「美貴ちゃん!」
愛が地図上の駅を指さした。
「ここから一本乗り換えてこっち……」
長津田から横浜線に乗り換えるルートだった。
「それじゃ方向が逆だ」
「でも、この先に……」
愛が指さした先を見て、美貴も納得した。
新横浜。
- 138 名前:8 出発 投稿日:2007/03/13(火) 21:01
- 「れいなたち、新幹線に乗るつもりだ。
どうする?新幹線なんかに乗られたら
もう追いかけられないよ」
「でも……どこまで行く気かな?」
「大阪?」
「……いや……違くない?」
「……福岡とか」
「それだ!!」
信号が変わったので、美貴はアクセルを踏んだ。
「行く前に、もう一度れいなと合流しよう!」
「え?」
「嫌な予感がする」
「どういうこと?」
「れいな、家族とも会いがってないんだよ。
だから美貴にお金を貸してくれって頼んだ。
それなのに福岡に行って……どうする?」
「……それは」
美貴は速度を上げる。
進行方向を睨みつけた。
―――まさか、死に場所探しに行くわけじゃないよね?
美貴の脳裏に先ほどの会話が浮かんだ。
―――……わかんない
- 139 名前:8 出発 投稿日:2007/03/13(火) 21:01
- 「新幹線に乗る前に止めよう」
「間に合う?」
「れいなたち、お金持ってない。まだすぐには乗れないよ」
「でも、美貴ちゃんキャッシュカード渡したんでしょう?」
「大丈夫……その前にれいなは、必ず一度、連絡をしてくる。
それまでにお金をおろしちゃおう」
「……」
「もちろん、最低限のお金は入れとくけどね。
1円も入ってないんじゃ、かえって2人を追い詰めちゃう」
追い詰めず、逃がさず。
れいなを生かすには、そういうつかず離れずを保つべきだろう。
実に歯がゆい状況だが、それしかない。
しかし最低限とはいくらだろう?
まともな宿を使うのに2人でいくら必要だろう。
それと食事・着替え。
「ただし……れいなが今いくら持ってるかわからないから、なんとも言えないな……」
れいなの所持金がまだある程度残っていたら、
下手にお金を与えると、一気に福岡までゴールされてしまう。
と思っていたら
「れいな、お金持ってないよ」
愛がぼそっと言った。
- 140 名前:8 出発 投稿日:2007/03/13(火) 21:01
- 「え?」
美貴は愛を見た。
愛は目を薄く開いたまま、何かを考えていた。
「ご飯をまともに食べてないもん。
あの2人が食事抜くなんてよっぽどだよ」
「ご飯を食べてない?なんでわかるの?」
「小春が待機してたファーストフードの店に、包み紙が丸めてあった。
あれはハンバーガーの包み紙だよ」
「?」
「れいなが美貴ちゃんと会ってる時だよ?
のんきに食べてられる?いくら小春でもそこまで図太くないでしょ。
コーヒーとかならわかるけど、ハンバーガーを頼んでたってことは……」
「よっぽどおなかが空いてた」
「そう。だから2人はお金持ってない」
美貴は思わず感心のため息をついた。
紙包み一つから、小春の状況を推理してしまうとは。
「愛ちゃん、大丈夫だ」
「え?」
「愛ちゃんはしっかり、2人の気持ちについていってる。自信持て」
「……ありがとう」
その時、愛の携帯が鳴った。
- 141 名前:8 出発 投稿日:2007/03/13(火) 21:01
- 「もしもし……」
「誰から?」
美貴の質問は愛には聞こえていないようだ。
愛は一人で会話を続ける。
「そう……家出。渋谷にいたけど逃げられた。
今から追いかける」
メンバーの誰かだろうか。
「今どこ?部屋?
ほやったらパソコンで電車の時間調べて!」
「パソコン?パソコンあるの?」
「新幹線の時刻表。そう、そう福岡の……あっ!」
「もしもし!」
美貴は愛から受話器を奪い取った。
『藤本さん?一緒なんですね!』
「うん」
『れいなたち……どうするつもりですか……』
「ネットつながるなら美貴の銀行口座にアクセスして!」
『え?どうして……』
美貴は時計を見た。
そろそろれいなたちが長津田に到着する。
時間がない。
- 142 名前:8 出発 投稿日:2007/03/13(火) 21:01
- 「あとで説明するから、いい?パスワードは……」
美貴は、ログインに必要な情報を相手に伝えていく。
その途中で今度は美貴の携帯が鳴った。
れいなからだ。
―――ああ、もう!!
美貴は車を路肩に停車させ、
愛の携帯は愛に返し、自分の携帯を取った。
「れいな……」
『藤本さん……暗証番号教えてください……』
「……後でかけ直す」
『藤本さん待って!』
れいなの切迫した声に押されて
思わず美貴は、切るのをためらってしまった。
『藤本さん……。時間がないんです……』
「なんでだよ?行き先決まってないんだろう?」
『そうじゃなくて……』
そのとき受話器から遠く、ピッ、ピッという電子音が聞こえきた。
『バッテリーが……』
- 143 名前:8 出発 投稿日:2007/03/13(火) 21:01
- 「……」
―――まずい……
小春は携帯を持っていないのだ。
れいなに暗証番号を教える機会は、これしかない。
ここで連絡がとぎれてしまったらゲームオーバー。
れいなたちの逃避行は行き止まりに当たり、その後は……
『藤本さん、教えて……』
―――早く……
美貴は愛を見た。
愛が自分の受話器に向かって聞いた。
「お金移せた!?え、どこでもええが!
自分の口座にでも移せって!!」
「急いで!」
バッテリー切れを知らせる音は執拗に美貴の耳に届く。
『藤本さん!!』
美貴は、深呼吸をして自分を落ち着かせると
れいなに言い聞かせるようにしゃべりだした。
- 144 名前:8 出発 投稿日:2007/03/13(火) 21:02
- 「れいな……ルールを説明する」
『早く!!』
「入金は1日に最低1回
そのお金でその日の生活をしろ。
それがルール」
美貴は携帯を強く握りしめていた。
れいなを、このまま逃がしはしない。
もう、れいなを見捨てたりしない。
「美貴ちゃん!お金、1万円だけ残して移せたって」
美貴は頷いて
「れいな、暗証番号……」
れいなに暗証番号を告げた。
『ありがとう……藤本さん、ありがとう……』
れいなの吐息のような声とともに
プッ、と通話がとぎれた。
同時に美貴の緊張も解け
脱力に襲われた。
「バッテリー切れたみたい」
―――間に合ったか……
- 145 名前:8 出発 投稿日:2007/03/13(火) 21:02
- 「え?バッテリー切れ?
どうすんの?れいなの居場所、どうやって知るの?」
「新横浜から新幹線。愛ちゃんがそう言ったんでしょう」
「だけど……いつ来るかわからんて。
それにお金足りんのやから、新横浜には来ないかも」
「……」
美貴は黙った。
確かに、愛の言うとおりだ。
れいなが新横浜に来る保証はない。
「美貴ちゃん、急いで長津田に……」
「今から行っても間に合わないよ!
暗証番号聞いてきたってことはもう長津田には着いてる」
「そっか……あー、路線図で目的地わからんかなぁ……」
「仕方ない。とりあえず長津田まで飛ばすぞ!
愛ちゃんの推理通りなら、2人はお腹を空かせてるわけだから」
「そうだね、ご飯食べてる間に追いつくかも知れん」
愛は地図を広げた。
「わかる?」
「横浜線で……横浜……あるいは八王子から中央線?
もしくは町田から小田急線……小田原から東海道……。
……中央林間から藤沢に行くかも……」
「選択肢多すぎ」
「だめかぁ」
- 146 名前:8 出発 投稿日:2007/03/13(火) 21:02
- 「うん。もしれいなたちがもう長津田にいなかったら……」
「手がかりは途切れる」
―――手詰まりか……
「どうしよう……小田急線のルートに賭けてみる?」
「いや……外れたら困る。
それよりも……」
美貴は言った。
「考えがある」
手を出して携帯を受け取る。
「紺野ちゃんありがとう。それからもう一つお願い。
もうすぐこの口座かられいながお金を引き落とす。
明細のページで、どこから引き落としたか見ておいて」
『わかりました』
1万円では、あまり大きく移動はできない。
入金は一日最低一回。
金額を小分けにすればれいなは毎日引き落としてくる。
れいながお金をおろす銀行の支店名。
今後はそれだけが
追跡の手がかりだ。
11:19 江田
- 147 名前:いこーる 投稿日:2007/03/13(火) 21:03
- 以上になります。
物語がようやく出発しました。
- 148 名前:いこーる 投稿日:2007/03/13(火) 21:04
- >>120
ありがとうございます。
先読みの先を行けるように頑張ります!
- 149 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/13(火) 22:54
- 推理や各メンのそれぞれの思いとか・・・面白い!
愛美貴が前作に引き続き登場活躍してくれて嬉しいです。
- 150 名前:ais 投稿日:2007/03/13(火) 23:03
- 何かさらにすごい展開になってきましたね。
今後の鍵を握るのは誰なんでしょうか?
続きが気になってたまりませんね〜w
- 151 名前:名無し飼育さん 投稿日:2007/03/14(水) 12:43
- 初めまして。
毎回更新楽しみにしてます♪
推理小説を読んでるようでドキドキワクワクします。
続きが気になって仕方ないです!!
- 152 名前:9 誰か 投稿日:2007/03/20(火) 22:07
- 私は・・・・・・私にとっては・・・・・・
あなたといる時間が一番生きている。
- 153 名前:9 誰か 投稿日:2007/03/20(火) 22:08
-
9 誰か
- 154 名前:9 誰か 投稿日:2007/03/20(火) 22:08
- れいなと小春は長津田駅の窓口に並んでいた。
2人には1万円がある。
これで、どこまで行けるだろうか。
小春はれいなの隣に立ちながら
周囲の壁をじっとみていた。
美貴から与えられたお金は1万円だけだった。
やはり簡単には逃がしてはくれないようだ。
―――藤本さん……
小春は変に焦ってしまう気持ちを抑えられずにいた。
美貴が今にもれいなを追いかけて来そうな気がして
いてもたってもいられない気分になってしまう。
渋谷でも
絶対見つかるはずがないと思っていたら
簡単に愛に見つけられてしまった。
美貴と愛はきっと
どこまでもれいなを追いかけてくる。
早く
この不安から逃れてしまいたかった。
- 155 名前:9 誰か 投稿日:2007/03/20(火) 22:08
- 小春は隣のれいなを見た。
れいなの意識は上の空で
小春とちっとも目が合わない。
れいなの意識はまだきっと
美貴の前に残ったままなのだろう。
渋谷を抜け出してからずっとそう。
れいなは美貴のことばかり。
それが小春には気に入らない。
しかし小春は
自分の中のもやもやが
嫉妬であることに気づかず
思考は深みにはまっていく。
「……」
窓口では中年の親父が駅員に絡み始めていた。
しばらくかかりそうだ。
小春はれいなの横顔を眺めたまま。
こうしてれいなの呆けた横顔を見ていると
ほっとするような気持ちと
イラだつような気持ち。
2つの気持ちが同時に押し寄せてきてとまどう。
れいなの意識は美貴にある。
自分はれいなの世界に関わることが
できていないのではないか。
れいなの逃避行はあくまでれいなのもの。
そこに自分はいていいのか。
となりにいる資格はあるのか。
そんな不安がある。
- 156 名前:9 誰か 投稿日:2007/03/20(火) 22:08
- 思えば2人
必然性のない取り合わせだった。
ただ不幸な場面に居合わせた2人。
れいなは先輩として自分を守ってくれた。
こんなことになるなんて思わなかった。
しかし2人は救われずこうして逃げている。
偶然による不幸が結びつけた2人。
れいなが小春を選んだわけではないし
小春がれいなを選んだわけでもない。
それは運命というよりも
恣意的な偶然。
しかし
客観的には偶然でも
小春にとってはそうじゃない。
昨晩のことを思い出す。
あのときの想い。
夜の渋谷で
小さくおびえるれいなを見たとき
自分の意識は狂った。
れいなから離れられなくなった。
そのときから小春にとって
あの出来事はただの偶然ではなくなっていた。
- 157 名前:9 誰か 投稿日:2007/03/20(火) 22:09
- れいなにとってはどうか……
わからない。
小春は運命を感じている。
れいなは……。
そう考えると
小春の思いは沈んでいった。
小春にとっては
れいなだけが居場所。
れいなのためにこうして
仕事を抜けて仲間を捨ててきた。
―――でも、そんなのは自分の勝手だ。
れいなが無理に小春を連れ出したのではない。
自分がれいなに無理についてきたのだ。
寝室で逃避行計画を聞かされたときには
もう小春の心の中にはれいなしかいなかったから。
―――そう、だからこれは自分の都合。自分の問題。
自分は何かをしてやれる。
そのことがうれしかったのかも知れない。
れいなを支えてやりたい。
そう思うことで
小春自身が救われていたのだと思う。
- 158 名前:9 誰か 投稿日:2007/03/20(火) 22:09
- そうしていなくては
自分の存在を呪ってしまいそうだったから。
れいなを不幸にしてしまった
自分の存在を、その罪深さを。
―――私なんて、いない方が……
小春は何もしていない。
ただ巻き込まれ
れいなに守ってもらっただけ。
何もしていない。
何もしていないのに
れいなやみんなの時間をおかしくしてしまった。
そこに反省や後悔の余地はない。
ただ、自分が存在することを憎むだけだ。
自分なんていない方が……。
その気分は最悪だった。
自分の存在の罪深さと向き合って生きていけるほど
小春は強くない。
だから小春はれいなを想う。
自分の問題を放棄して
自分の存在を忘却して
小春は、れいなのために逃げる。
結局
小春にとってこの逃避行は
自分の内面と向き合う苦しみからの逃避にすぎなかった。
だからやはり、これは自分勝手な都合なのだ。
- 159 名前:9 誰か 投稿日:2007/03/20(火) 22:09
- 小春にはれいなが必要。
小春がれいなを求めている。
これは片思い。
ただ、それだけ。
小春の中にはじめての切なさが流れ込んだみたいに
胸が苦しくなった。
―――私……田中さんのこと……
好きになってしまったと、ようやく気がついた。
この人と
どこまでも一緒に行きたい。
仕事を捨てた。仲間を裏切った。
それでもいいと強く思える。
れいなと一緒なら、自分はいられる。
もしれいなを失えば
自分の存在に耐えられなくなってしまうだろう。
れいなを連れ去られたくない。
小春は恐怖していた。
美貴がどこまでもれいなを追ってくるのではないかと。
逃げる資金は1万円。
どこまで行けるだろうか。
- 160 名前:9 誰か 投稿日:2007/03/20(火) 22:09
- そんな小春の目に
一枚のポスターが入り込んできた。
!
「田中さん……あれ!」
小春は指さした。
「ん?」
青い空の下に
小さな駅が置いてあるだけの
ひなびた風景。
そして自由と長閑さを訴えるキャッチコピーと共に
切符が紹介されていた。
「2300円で乗り放題だって」
日本全国どこでも
在来線に限り1日乗り放題らしい。
「これ使えば、遠くまで行ける」
「本当に?」
「そう書いてあるよ」
小春は興奮気味に言った。
- 161 名前:9 誰か 投稿日:2007/03/20(火) 22:10
- 「でも特急は別料金て書いてある。
2300円だけでどこまで行ける?」
「わ、わかんない。だけど、これなら結構進める」
何より美貴たちの計算を狂わせることができる。
通常の思いつく方法で1万円を使っても大して進めない。
向こうがそう踏んでいるのだとしたら、
こっちが遠くまで移動しても追いかけて来られない。
そのとき
2人の背後からぼそぼそと声がした。
「18切符なら朝一の東京発で、小倉まで行けるよ」
驚いて振り返ると、チェックのシャツを着た青年がいた。
小倉と聞いてれいなの表情が変わる。
「小倉?2300円で福岡まで行けると?」
「まぁ時刻表上は、ですけどね。
実際やるとなると1日中電車の中ですから厳しいのではないかと」
なんか小難しい話し方をする人だったが
詳しそうだし、親切そうだ。
「福岡行きたい!」
「田中さん、行こう」
「5枚綴りでないと買えないよ。
以前は切り離し可能だったんですけどね。今は無理。
前の方式に戻すべき、という声も強いが
それをやってしまうと金券屋ばかりが儲かってしまうみたい」
青年はいらないことまで解説してくれた。
- 162 名前:9 誰か 投稿日:2007/03/20(火) 22:10
- 「え?2300円じゃ買えんと?」
「5回分で11500円。もう数週間もすればオクのバラ売りもあるだろうけど」
「なんそれ!?このポスター嘘やん!」
「田中さん……小さく書いてある」
「だめか」
「そんなことないよ」
小春はれいなの肩に手を置いて言った。
「明日の振り込みまで待とう。
そうすればお金が貯まるから」
今日のところはどこかに泊まって
明日になって移動をするしかなさそうだ。
気分的には早く離れたかったが
1万円で買えないのでは仕方ない。
「でも、今日どこかで1泊するとお金かかるし」
「……」
昨日のラブホテルで7600円。
今日もまともな宿には泊まれそうにない。
「別に泊まらなくてもいいよ。野宿とか」
「だめ!」
れいなは即座に却下した。
急に保護者のような顔になっている。
- 163 名前:9 誰か 投稿日:2007/03/20(火) 22:10
- 「そんなことするんやったら、連れていかんよ」
小春の胸が、シンと冷えた。
―――やっぱり田中さんにとっての小春はその程度だよね……
小春はれいなのためなら
どんな冒険もできる。
きっとれいなも
1人でいたなら
もっと無茶をしていただろう。
そう思うと
自分がれいなの足を引っ張っているように思えた。
それと同時に
自分をそんなふうに子ども扱いするれいなに腹が立った。
れいなの隣に
自分の居場所は本当にあるのか……。
れいなとの間に
どんどん距離ができてしまうような気がした。
小春は首を振って不安をかき消す。
―――そんなこと考えるのはやめよう。
- 164 名前:9 誰か 投稿日:2007/03/20(火) 22:10
- 「じゃあどうする?今日はどこかに泊まって明日の朝出発する?」
「でも……振り込みが明日の何時になるかわからん。
藤本さんの言ってたルールは『振り込みは一日一回』だった」
青年の話では朝一に出ないと福岡には着かないらしい。
小春はため息をついた。
やはり簡単には逃がしてくれないようだ。
美貴の策略が
ずっと2人の後をついてきている。
「……どうしよう」
「とりあえず、どこかに行かない?」
「うーん。なるべくやったら無駄なお金使いたくないな」
「カードがあるじゃないですか!まだ2千円くらいあった」
「でも、この先どう移動するかわからんし……。
てか、毎日1万円振り込まれるとは限らんし」
「じゃあ……」
ここで足止めか。
せっかくの逃避行が
早くも行き詰まってしまうとは……。
「あるいは……」
また声がしたので、2人は青年を見た。
◇
- 165 名前:9 誰か 投稿日:2007/03/20(火) 22:11
- 長津田の駅まで、後少しだった。
あさ美からの情報で
れいなが長津田でお金をおろしていることがわかっている。
まだ移動していないことを
祈るしかない。
「ねぇ美貴ちゃん」
「何?」
「うちら、何やってんだろ」
「え?」
「どうせ会ったって逃げられるだけなのに……」
愛はまだ、小春に拒否されたことを引きずっていた。
「どうせ私……なんもできん」
「やめろって。そうやって自分を追い詰めるの」
「だって!
向こうが嫌がるのわかってるのに追いかけても
悲しくなるんだけなんだもん」
「あーっと!泣くなっての」
美貴は愛の頭をパンと叩いた。
そして、ため息をついた。
愛がへこみにはまってしまった。
さっきまでは調子よかったのだが……。
- 166 名前:9 誰か 投稿日:2007/03/20(火) 22:11
- 美貴はハンドルを握りながら
横目に愛を気にする。
愛は誰かに必要とされていないと
生きていけないコなのだ。
今日、愛が驚異的な直感で
小春のもとにたどり着いたのも
自分が必要とされていると思いこみ
空回りをした結果である。
頼られると、周囲がおどろくほど張り切る。
そしてうまくいかないと
すべて自分の責任と感じ抱え込んでしまう。
結果、余計に首をつっこむことになる。
自分のネガティブな面を見たくないから
自分は受け入れられるはずだと思いたいから
お節介が空回りして自身をボロボロにするまで
愛は行動をやめられない。
お節介な性格はいつもどこかずれていた。
自分の中にある自己否定と向き合いたくないから
人の問題に関わろうとする。
人の世話をやきたがる。
だから相手が美貴のときはうまくいっていた。
面倒くさがりで
迷惑なことばかりする美貴のそばで
愛は生き生きと世話をしていた。
「しょうがないなー」とか言いながら。
- 167 名前:9 誰か 投稿日:2007/03/20(火) 22:11
- しかし今回は相手が悪い。
小春はれいなと行く決心をしてしまった。
愛の気遣いは受け止めてもらえない。
そのことに気づき
そのことに傷ついた。
相当深くまで。
しかしあと数分で長津田。
それまでに復活してもらわないと困る。
「愛ちゃん」
美貴はわざと明るい口調をつくり
話しかけた。
「美貴ね、かくれんぼって嫌いだった」
「え?」
「昨日聞いてきたじゃん。
かくれんぼってみつけてもらわないといけないでしょう。
普通鬼につかまることはゲームオーバーを意味するから
私たちはどうにかして鬼に見つかるまいとするわけだけど
結局、最後は見つけてもらわないといけないんだね。
見つけてもらうために必死になって隠れる」
「うん」
「かくれんぼで隠れるということは
どこかで捕まることを期待しながら逃げるってことなんだよ。
れいなは今、その状態」
- 168 名前:9 誰か 投稿日:2007/03/20(火) 22:11
- 「じゃあ……どうすればいいの?」
「今、美貴たちにできることは
れいなを追い続けること。
鬼はいつまでも探しているよー、てことを見せてやるんだ。
もし鬼が探してくれなくなったら、自分からゲームを降りるしかない。
かくれんぼで鬼が先に帰っちゃった時と同じ絶望に襲われて
れいなは……」
―――死にたくなるんです
「だから、うちらはれいなたちに必要とされてる。
そう考えろ」
「……」
愛は返事をしなかった。
しかし泣きそうな表情だけは消え去っていた。
―――みんな、似たものどうしだ
みんな、誰かのためにと思いながらでないと
生きていけないのだ。
そういう世界に長く居すぎるから
自分だけのために生きようとしても
うまくいかず
孤独に見舞われてしまう。
だからそこから逃げるように
誰かを思う。
誰かの存在に逃避する。
- 169 名前:9 誰か 投稿日:2007/03/20(火) 22:11
- ―――私だって……
そんな美貴の思考を遮るように
「長津田」の文字が見えた。
「着いた!行こう愛ちゃん。
できればれいなに会いたい」
また会ったりしたら
れいなの精神にどんな打撃を与えるかわからなかったが
それでも美貴の中の情念は収まらない。
―――絶対に、会おう。でないと……嫌だ!
自分だって
誰かのために動いていないと不安なんだ。
だからこの追跡はれいなのためじゃない。
自分のため。
美貴と愛は車のドアを同時に開けた。
11:34 長津田
◇
- 170 名前:9 誰か 投稿日:2007/03/20(火) 22:12
- 「小春、お腹空かない?」
「大丈夫。田中さんこそ、何も食べてないから……」
「何食べる?
と言っても、長津田ってお店少ないね。
移動してから、おいしいもの食べよう」
ご飯の場所を気ままに選ぶ。
ちょっとした旅行気分。
そういう時間を過ごせるの
すごく久しぶりでうれしい。
れいなといるのもうれしい。
行き先が決まるとさっきまで不安は
嘘のように消えていった。
ここには2人しかいないんだと
ようやく思えるようになった。
- 171 名前:9 誰か 投稿日:2007/03/20(火) 22:12
- 「はい」
小春は
弾むように返事をした。
「切符買ってくる」
「はい」
れいなが切符売り場に行く、その後ろ姿を見おくり
それから周囲を見渡した。
制服のまま学校を抜けてきたのか
女子校生のグループが賑やかに通り過ぎていく。
スーツ姿のサラリーマンは足早に。
小春は柱によりかかり
そういった時間の流れから解放された気分で
悠然と人の流れを眺めていた。
のんびりと。
もう
誰にも邪魔されたくなかった。
- 172 名前:いこーる 投稿日:2007/03/20(火) 22:13
- 本日の更新は以上になります。
- 173 名前:いこーる 投稿日:2007/03/20(火) 22:24
- >>149
前作はかなり一方的だった愛美貴を
今回双方向にやりとりできるコンビとして書けるので楽しいです。
>>150
だんだん、日本横断鬼ごっこ、といった感じになってきました。
確かに、すごい……w
>>151
推理ものとしても楽しめるものを目指して行きたいと思っています。
頭脳戦、というものが書けているといいですが。
次回更新は帰国後になると思います。
作者自身が逃避行。ハワイへ。
- 174 名前:名無し飼育さん 投稿日:2007/03/21(水) 17:29
- 愛美貴はコンビになったら最強なイメージです。
この2人の掛け合いも楽しみにしたいと思います。
- 175 名前:ais 投稿日:2007/03/21(水) 19:03
- 小春の複雑な心境がなんともいえません・・・
次の目的地はどこでしょうね〜?
愛美貴探索隊から目を離せませんw
- 176 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/04/01(日) 01:41
- 妙な重なりに泣けてきたです
だけどどのような話を魅せてくださるのか
信じてまっています
- 177 名前:10 逃げるものと追うもの 投稿日:2007/04/04(水) 00:24
- すぐにでも
ここを去らなければならない。
- 178 名前:いこーる 投稿日:2007/04/04(水) 00:24
-
10 逃げるものと追うもの
- 179 名前:10 逃げるものと追うもの 投稿日:2007/04/04(水) 00:24
- 「なんで……」
小春は驚愕に身体が固まってしまった。
美貴たちが階段を登ってこちらに向かっている。
周囲をキョロキョロしながら
小春たちを探していた。
血液が凍りついたような緊張が
小春の体内を駆け抜けていった。
やはり追いかけてきていた。
しかしこんな早く見つかってしまうとは。
小春は、目立たないようにそっと
切符を買っているれいなの元に歩み寄った。
小春が声をかけるとれいなは
ちょうどボタンを押したところだった。
「どうしたの?」
小春は目線を
美貴たちのいる方に向けた。
「うそ……どうして?」
「わかんない……急ごう!」
- 180 名前:10 逃げるものと追うもの 投稿日:2007/04/04(水) 00:25
- 「待って、まだ切符が……」
れいなが券売機をもどかしそうに見つめる。
一万円札を入れたせいだろう。
機械がおつりを数えるのに
時間がかかっているのだ。
見ると2人は、いよいよ小春たちのそばに近づいて来ていた。
―――見つかりませんように!
小春は心の中で祈った。
「早く……」
れいながいらだちながら券売機を指先で叩いている。
「どっちかな?」
美貴の声がすぐそこで聞こえた。
「2手にわかれよう。
改札2つしかないんだから見つかる」
「まだいればだけどね」
「大丈夫だよ。手に入ったお金じゃ
予定していた新幹線に乗れないんだから。
2人は進路を決めるのに手間取ってるよ」
「じゃ、美貴あっち見てくる」
小春の心臓が飛び上がりそうだった。
すべて見抜かれている。
新幹線に乗るつもりだったことや
その後の行動まで。
- 181 名前:10 逃げるものと追うもの 投稿日:2007/04/04(水) 00:25
- 驚いて、愛の方をじっと見続けてしまった。
愛はその気配を察知したかのように
小春を見た。
「あ!」
向こうの表情がぱっ、と明るくある。
―――やばい!
愛と目が合ってしまった。
すぐにこちらに走り寄ってくる。
そのとき
券売機がピー、ピー、と高い電子音を立てはじめた。
一瞬おいて、札束と切符。
その後、小銭の出てくる音。
電子音はおつりを取るまでしつこく鳴り続ける。
「見つけた!」
「高橋さん!」
小春が愛の前に立ちはだかった。
―――田中さん、急いで……
「やっぱりいた!」
そう言って愛は
笑った。
- 182 名前:10 逃げるものと追うもの 投稿日:2007/04/04(水) 00:25
- 渋谷で会ったときの必死な表情は少しもなく
ただ笑っていた。
小春は固まってしまった。
愛の存在が急に大きくなったように感じた。
愛を中心に、周囲の風景が収縮していくような
強烈な愛の気配に圧倒された。
それは
愛以外の誰も持ち得なかった裏の無い笑顔。
愛にしかあり得なかった
何の考えもなしに喜べる無邪気さ。
会えたことを心の底から喜んでいる。
小春はひるんだ。
愛の存在感に取り込まれてしまったようだった。
逃げられない。
逃げるわけにはいかない。
今、自分が逃げ出したら
―――この人を、本気で悲しませちゃう
その思いが呪縛となって
小春の全身を縛り付ける。
- 183 名前:10 逃げるものと追うもの 投稿日:2007/04/04(水) 00:25
- 愛の目の向こうには何にもない。
黒い瞳が大きく迫ってくる。
小春ははじめて
愛の無心が恐ろしいと思った。
小春は気圧されるように後退をして
れいなの腕をつかんだ。
れいなが振り返って愛を見る。
「愛ちゃん……」
れいなは慌てて札束と切符を手に取った。
小銭に手を出したが、焦っていたため取ることができず
硬貨が音を立てて床に散らばる。
「行こう!」
れいなが小春の腕を引っ張って走り出した。
しかし反対側の手を
愛がつかんで放さなかった。
「待って。久住」
「……高橋さん」
小春は愛を見ることができない。
今、愛を見たら
自信がなくなってしまう。
- 184 名前:10 逃げるものと追うもの 投稿日:2007/04/04(水) 00:25
- れいなと行こうと決めた。
一緒に来てくれと言われた。
うれしかった。
でも……
愛は
小春たちを思って
2人のことを心配して
引き留めようとしている。
それが嫌と言うほど伝わってくる。
握られた腕の痛みから
ジンジンとわき出るように
愛の気遣いが流れ込んでくる。
そして愛は
小春の心をかき乱す言葉を放った。
「行かないで」
涙が出てきた。
愛の言葉を聞いたとたんにわっ、と。
自信が抜け落ちて
心に空洞ができた。
自分は
こんなふうに気にしてくれる人を置いて
みんなの期待を裏切って
卑怯にも逃げようとしている。
- 185 名前:10 逃げるものと追うもの 投稿日:2007/04/04(水) 00:25
- れいなのためと言いながら
自分の不幸と向き合うことから逃げようとしている。
なんてずるい。
大人たちの冷たさを呪っているうちに
自分もまた
人を平気で捨てるような
薄情な人間になってしまった。
逃避したって
その事実からは逃れられない。
しかし
「は、放してよ!」
自分の口から出た声は
信じられないほど冷たかった。
「邪魔だよ。高橋さん」
自分のせりふに
小春の胸が
悲鳴を上げて痛んだ。
「小春!行こう!」
れいなが強く引っ張る。
小春は力を込めて、愛の手を振りほどいた。
そして走り出した。
愛の方は一度も振り返らずに。
- 186 名前:10 逃げるものと追うもの 投稿日:2007/04/04(水) 00:25
- 「小春。切符!」
「はい」
小春は切符を受け取り改札を通り抜け階段を駆け下りる。
ちょうどホームにやって来た電車に飛び乗った。
れいなとずっと手をつないだままでいたことに
ようやく気がついた。
11:42 長津田発
- 187 名前:10 逃げるものと追うもの 投稿日:2007/04/04(水) 00:26
- れいなはドアに寄りかかるように立った。
程なくして電車が動き出した。
目の前で
小春が泣いている。
「小春……大丈夫?」
れいなは、手を伸ばして小春の頭を
そっとなでてやる。
しかし小春は顔を上げることができない。
―――小春。ごめん……
罪悪感が小春を押しつぶそうとしている。
れいなはずっと気づいていた。
小春は自分と一緒にいたいと言ってくれたが
しかし仕事をすべて投げ出して
こうして逃避行をするのに
どれだけの勇気が必要だろう。
それは
無理矢理に仕事を追い出された自分とは
まったく違う苦しみ。後ろめたさ。
自分の選択が
人を悲しませていることを知って
小春は、つぶされそうになっている。
- 188 名前:10 逃げるものと追うもの 投稿日:2007/04/04(水) 00:26
- 愛という存在は
その罪悪感をかき立てるのに
最悪の人物と言っていい。
東京で5年以上暮らしていながら
未だ色あせない純真を保ったままの愛。
彼女がいるだけで
周囲の人は自分の罪深さに気づかされてしまう。
それを感じずにすむのは
本当に罪を知らない里沙くらいのもの。
小春は迷っている。
しかしれいなはかける言葉が思いつかず
景色は徐々に速度をゆるめ
駅に到着するところだった。
11:49 町田着
◇
- 189 名前:10 逃げるものと追うもの 投稿日:2007/04/04(水) 00:26
- れいなの叫ぶような声がしたので
美貴が急いで声のした方に戻ってきたとき
2人はすでにいなくなっていた。
愛だけが残されていた。
「愛ちゃん」
「美貴ちゃん。
やっぱり私、拒否られた」
「……」
美貴は
何も言わずにそっと
愛を抱いた。
「しょうがないよ……。愛ちゃんでなくても逃げられてた」
「小春がね……邪魔だよ、って」
「……」
背中を叩いてやる。
通行人からは変な目で見られてしまった。
長居はできそうにない。
「いったん、車に戻ろう」
美貴がそう言って戻りかけたとき
「待って」
愛が言った。
美貴は振り向く。
愛の表情を見て、美貴は息をのんだ。
「2人の行方を調べないと」
愛はにやりと笑った。
こんな顔をする愛を
美貴ははじめて見た。
「絶対……つかまえてやる」
愛の目は鋭かった。
復讐を企てる狼のように。
「畜生。絶対……逃がしてやるもんか」
- 190 名前:10 逃げるものと追うもの 投稿日:2007/04/04(水) 00:26
- ◇
駅についても
小春はずっと何かに怯えたように
後ろを振り返ってばかりいた。
「大丈夫やって!追って来ないよ」
れいなはそう言って小春を慰めようとするが
実は自分でも自信がなかった。
渋谷では小春の居場所をつきとめられ
長津田にいることも見抜かれていた。
今度も追ってくるのではないか。
美貴と愛が、ずっと背後をついてきているような気分になる。
小春が怯えるのも、無理はない。
小春を安心させるためにも
できるだけ遠くに行ってしまいたかったが
お金がない。
急いだところで
どうせどこかで止まらなくてはならない。
それにいい加減
空腹が限界だった。
ここで食事にしたい。
- 191 名前:10 逃げるものと追うもの 投稿日:2007/04/04(水) 00:26
- 「大丈夫だよ。もうわかりっこないんだから」
「でも……長津田まで来てるなんて」
「あれはたぶん、お金をおろしたからでしょう。
藤本さんの口座だったから
れいなたちがどこからおろしたかわかるんだ」
「じゃ、じゃあ……これからも?」
「……」
れいなは考えた。
お金をおろすたびに居場所を美貴たちに教えてしまうというのは
あまりうれしくない事態だ。
「お金は、大きく移動する直前におろすことにしよう。
さっきみたいに銀行の近くにいつまでもいない。
そうすれば、追って来られても、追いつかれはしない」
話しながら、自分の頭が忙しく回転する。
同時に、身体の中から力がわいてくるような錯覚に陥る。
こんな感覚は始めてだ。
不思議な話だが
どうやって逃げるかを計画しているときのれいなは
旅行前のようなわくわくした気持ちになれる。
ひょっとすると
これが美貴たちのねらいなのではないか。
追ってきてるという印象を植え付け
れいなたちに一生懸命行動させる。
- 192 名前:10 逃げるものと追うもの 投稿日:2007/04/04(水) 00:27
- れいなは謹慎を食らってすることがなく
落ち込んでいた。
やることがあるうちは
落ち込まないですむ。
だから美貴は
こんな大規模な鬼ごっこを仕掛けて来たのではないか。
―――まさかね。でも……
れいなの心の根本には
美貴に対する信頼があった。
美貴たちの追跡は
自分たちを追い詰めるためのものではない。
そんな気がする。
―――そうだとしても……小春は……
向こうは善意で追ってきているのだろうが
いや、善意で追ってくるからこそ
小春は怯え、追い込まれていく。
みんなの元に残って、れいなを放っておくか
れいなと一緒に逃げ、みんなを見捨てるか。
残酷な二択に、小春は答えを出した。
れいなを選んでくれた。
誰かが追ってくる限り小春は
自分の選択は本当に正しかったのか
疑問を常に抱え
苦しみ悩む。
- 193 名前:10 逃げるものと追うもの 投稿日:2007/04/04(水) 00:27
- 一緒に逃げてくれた小春。
何とかしてやりたい。
小春に救われたれいなの心で
今度は小春を救ってやりたい。
れいなは小春の肩をとん、と叩いた。
「この駅で降りるかどうか、向こうにはわからないよ」
「……でも」
「今度こそ、手がかりを残さなかったはず」
「本当に?」
れいなは、自分たちの行動を振り返った。
本当に手がかりは残していないか?
渋谷のときはお金を借りるという目的があり
メールで場所を指示していたため
こちらの意図を探られてしまった。
長津田では銀行を使ったため
その場所を向こうに教えてしまった。
―――今回は……
切符はきちんと回収した。
愛の立っていた位置からは
券売機が見えなかったはずだ。
- 194 名前:10 逃げるものと追うもの 投稿日:2007/04/04(水) 00:27
- つまり
自分がどこ行きの切符を買ったか
愛にはわからない。
どっち行きの電車に乗ったすら
向こうにはわからないのだ。
ホームまでは追って来なかったのだから。
横浜線は、一方は横浜。一方は八王子。
横浜からは多くの路線が延びているし
八王子も同様に
そこから先にはいくつもの進路が取れる。
また途中の駅からも乗り換えができるのだから
どこで降りたかを知る手段が
向こうにはない。
「愛ちゃんたちに……手がかりはない」
れいなは自分に言い聞かせるように言った。
「だから小春。ご飯にしよう」
「……はい」
小春はようやく
頷いてくれた。
れいなは小春に笑いかけたが
内心穏やかではなかった。
―――ばらまいちゃった小銭……大丈夫かな?
- 195 名前:10 逃げるものと追うもの 投稿日:2007/04/04(水) 00:27
- ◇
愛が床に散らばった小銭を拾うのを
美貴はただ見ているだけだった。
「愛ちゃん、それは?」
「れいなが取り損ねたおつり」
愛が、手のひらにのった硬貨を見せてきた。
500円玉に100円玉が2枚。
「おつりが700円。
つまり、2人が買った切符は300円。
1人150円の切符だよ。
ここから150円ってことは……」
そういう愛の肩を引いた。
なぜそれだけで150円と断言できるのか。
「2人分で間違いないの?
300円の切符を2回買ってるかも」
「それはない。れいなは2枚まとめて買った」
愛は自信たっぷりに言った。
確かに券売機には2枚まとめて買うためのボタンがある。
しかし、普段は使わないボタンなので2枚買うときも
つい1枚ずつ買ってしまうことが美貴にはよくある。
- 196 名前:10 逃げるものと追うもの 投稿日:2007/04/04(水) 00:27
- 「なんで?」
「れいなが切符を取ったとき
ピーピーって音がしていた。お札のおつりが出るときの音。
2回買ったなら、1回目のときに1万円はくずせたんだから
小銭で買うはずだよ」
美貴は頷いた。
2度目を千円札で買っても、もう札のおつりは出てこない。
札のおつりが出るのは5千円札で買った場合のみだが
小銭があるのに、わざわざそんなことはしないだろう。
「それに、料金表見ても300円ぴったりの切符がない。
つまり、2人が買ったのは150円の切符。
一番安い切符が130円だから、とりあえず一番安いのを買って
後で精算するってわけでもない。
150円で行けるとこに2人は向かったはず」
「待った」
「何?」
「おつりは700円ぴったりなんでしょ?
だとしたら本当に150円の切符かどうかわからないよ」
「なんで?」
「半端なおつりにならないように、
調節してお金を入れてる可能性がある」
「そんなこと、れいながする?」
美貴は考えた。
おつりがぴったりになるように多めに小銭を入れる。
確かにれいなの性格とは合わない気がするが……
「わからないよ」
- 197 名前:10 逃げるものと追うもの 投稿日:2007/04/04(水) 00:27
- 細かい作業をれいなが面倒臭がる可能性の方が
確かに高い。
しかし、やはり確実にそうだと言えないと
追いかけていって外したときのリスクは大きい。
「だけど……、このまま悩んでたってしょうがない。
少しでも可能性のある方にかけてみようよ!」
「……うーん」
「美貴ちゃん。料金表示を見てみよう!」
「150円で間違い、ないの?」
「だから、わかんないんだってば!
美貴ちゃんなんでそんなに弱気なの?」
「だって……」
愛に言われて気がついた。
自分がいつになく及び腰になっている。
いつもの決断力がない。
「確かに、おつりを調節した可能性はあるけど……
ん?あるかな?」
「え?」
「……」
愛が、手をかざした。
待て、という意味だ。
「愛ちゃん……どうしたの?」
「……」
「うん」
- 198 名前:10 逃げるものと追うもの 投稿日:2007/04/04(水) 00:27
- 愛が、券売機まで駆けていく。
美貴は後を追った。
「美貴ちゃん、1万円入れて」
「え?何するの?」
「いいから」
美貴は言われた通り、
1万円札を券売機に入れた。
札が吸い込まれて
金額表示に1万円と出る。
そのとき「カタン」と音が鳴った。
「ほら」
見ると、小銭の投入口が閉じていた。
小銭を入れられない。
「こうなるんだよ。
普通の券売機では1万円以上なんて使わないから」
「先に小銭を入れればいいじゃん」
「普通大きいお金を先に入れるでしょう?
事前にこうなることを知っていなければ」
「可能性はあるけどね……」
「もう!」
愛が美貴の肩を叩いた。
「れいなが自動券売機に1万円以上投入できないことを知ってて
なおかつおつりに10円玉を出したくなくてわざわざ調整した。
そんな可能性はほとんど無視できるくらい小さいよ!
ねえ美貴ちゃん!なんでそんなに弱気なの?」
- 199 名前:10 逃げるものと追うもの 投稿日:2007/04/04(水) 00:28
- 再び指摘されてしまった。
何が自分を弱気にさせるのだろう。
「美貴ちゃん……」
愛が声を低くして言った。
「リーダー失格だね」
美貴は
殴りかかりそうになった。
―――この野郎……
愛が本気で言ってるのではないことはわかっている。
自分を挑発してその気にさせようとしているのだ。
しかしそれがかえって、むかついた。
「うるさい!」
ダメだ。
自分の感情すらコントロールできなくなっている。
こんな簡単なことでキレそうになっている。
なぜか。
わからない。
わかるのは今の自分に、判断力がないということだけ。
それなら……
「愛ちゃんの推理にかけてみよう。2人はどこに行った?」
- 200 名前:10 逃げるものと追うもの 投稿日:2007/04/04(水) 00:28
- 今日の愛は恐ろしいほど冴えている。
美貴の判断よりはずっと信頼できるだろう。
愛は、券売機の上にある料金表示を見た。
「150円で行けるのは、町田か中山。
でも中山に行っても乗り換えられる路線はない」
愛は美貴の方を見て言った。
「れいなたちは、町田にいる」
「よし、車に戻ろう」
―――追えるだけ、追ってみよう。
それがれいなたちのためになるか
本当に自分たちが必要とされているかは
わからない。
しかし
やれるだけのことはやっておきたかった。
れいなが自分たちの手を離れていって
もう2度と戻ってこなくなってしまう前に。
こんなこと考えたくはないが
2人の状況を思うと、なんとも言えない。
- 201 名前:10 逃げるものと追うもの 投稿日:2007/04/04(水) 00:28
- ―――……。
そこでようやく美貴は、自分が弱っている理由がわかった。
―――不安なんだ……
れいなたちが自分の知らないところに行ってしまうのを
極端に恐れるあまり、思い切った決断ができなくなっている。
―――リーダー失格か……
もしこのまま
2人に何もしてやれずに終わってしまったら
本当に自分は失格かもしれない。
―――行こう。行けるところまで……
2人して車に乗り込むと
急いで発進させた。
- 202 名前:いこーる 投稿日:2007/04/04(水) 00:28
- 本日の更新は以上になります。
- 203 名前:いこーる 投稿日:2007/04/04(水) 00:32
- >>174
愛美貴は、かみ合わせの悪さというか凸凹な感じがいいですね。
>>175
小春ちゃんみたいに呑気に見える人って、深く考え込みそうなイメージがあります。
>>176
ありがとうございます。どちらかというと現実に対するやるせない気持ちで
書き進めていってしまうタイプなので……、勢い任せにならないよう気をつけます。
- 204 名前:名無し飼育さん 投稿日:2007/04/04(水) 21:30
- 更新お疲れ様です。
小春ちゃんと愛ちゃんのやりとりは胸が苦しかったです。
愛ちゃんが意外とへこたれてなかったですね。
- 205 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/04/09(月) 06:18
- 一気に読んじゃいました、オモシロイ!。復讐の狼愛&美貴の追走劇楽しみです。
- 206 名前:11 喧噪の中 投稿日:2007/04/10(火) 21:28
- なるべく、
すぐには追って来れないような状況で。
なるべく、
自分たちの行き先を予測させない方法で。
- 207 名前:11 喧噪の中 投稿日:2007/04/10(火) 21:28
-
11 喧噪の中
- 208 名前:11 喧噪の中 投稿日:2007/04/10(火) 21:29
- ガラス戸を開けると
熱気と店員の威勢の良さに圧倒された。
れいなは券売機の前に立ち、
ラーメンを二つ注文した。
横浜からほど近い町田には
とんこつラーメンの店が多く
2人の意見が一致した。
―――お腹すいた……
本当はもっと注文したかった。
今の状態ならラーメン大盛りにチャーシュー丼も入る。
しかし、ここからの行程にはまだお金が必要だ。
贅沢はできない。
しかし、
こんなふうに財布の残りを気にしながら
ラーメンを食べるのなんて
いつ以来だろう。
ちょっと懐かしい。
デビューしてからは
そこまでのひもじさはなかった。
ということは
これはれいなが普通の中学生だったころの話か。
忙しくなる前の記憶。
まだゆったりしていた時間を
ありがたみも感じずに浪費していた思い出。
これまで、思い出すこともなかった。
こんなことがなければ
平凡な体験のすばらしさを
忘れたままでいたに違いない。
- 209 名前:11 喧噪の中 投稿日:2007/04/10(火) 21:29
- カウンターに食券を出した。
小春は普通に。
れいなは「麺かため」と言うのを忘れなかった。
「麺かためっておいしいんですか?」
「れいなラーメンはトッピングを先に食べるけん
麺に手を出すころには食べやすくなっと」
「トッピングを先、へぇ。小春すぐに麺から食べます」
「違うんだなぁ。
油の浮いたスープに海苔を浸して食べるうまさ!」
「あ、おいしそう。小春も麺かためがいい!」
「も、もう無理やない?」
「えーやだぁ」
「はははっ」
ラーメンはなかなか出てこない。
混んでいる時間帯らしい。
れいなはほ、と一つ
ため息をついた。
「こうやってさぁ、小春とこんなに話すのはじめてかもね」
「?」
「他のメンバーもおると、2人だけでじっくり話さんから」
「そうだね」
「小春……」
「ん?」
- 210 名前:11 喧噪の中 投稿日:2007/04/10(火) 21:29
- 店は喧噪に包まれて
それがかえって安心できた。
外の世界から隔離されて保護されるような
ラーメン屋だけの不思議な感覚。
ラーメン屋に掛かった安らぎのベールだ。
「楽しいね」
「うん!」
「ずっとこうしてたいね」
「ずっと……できるよ」
「?」
「だって……」
小春は急に下を向いた。
「これからずっと……」
「ん?」
「……いや、何でもないです」
小春はそう言うと
ちょっと寂しそうな目をした。
「ラーメンお待ち!」と声がして
2人の前にどんぶりが置かれた。
- 211 名前:11 喧噪の中 投稿日:2007/04/10(火) 21:29
- れいなはくすっ、と笑うと
「そうだね。ずっと、2人きりやね」
手を伸ばし
「麺かため」と言われた方のラーメンを
小春の前に置いた。
「……田中さん」
「トッピングからね!」
「うん!」
パキッ。割り箸の音が小気味よく響いた。
◇
車を町田に向けて飛ばす。
『その先、県道140号を左。堀の内交差点。
T字路だから見落としはないはず』
美貴は運転しながらもどこを走っているかわかっていない。
あさ美のナビを愛が美貴に伝え
その通りに進んでいた。
「よし、道が空いてる!」
美貴はアクセルを強く踏んだ。
『やっぱり読み通り。国道16号を使うより早かった』
- 212 名前:11 喧噪の中 投稿日:2007/04/10(火) 21:29
- 「すごい!」
あさ美のナビは優秀だった。
さっきからほとんど止まらずに走っている。
「コンコンどうやってこんな道見つけた?来たことないでしょう?」
『行ったことのない道を検索する場合は、信号の数を数えるんです。
信号の少ないルートは賭けてみる価値がある。
県道140号は成瀬を越えれば信号の数が減る。
その先のボトルネックは町田手前の交差点のみ。
車が渋滞する要因が少ないルートです』
愛が「ほえぇ」と感嘆していた。
「意外な才能だな。大学生になって遊び回ってんじゃないの?」
『そんなことないです!!』
「あ、聞こえちゃった?」
「美貴ちゃんの声聞こえるように音量上げた」
「あそ……」
車は気持ちよいくらいよく進む。
「よし、いい調子だ」
「これなら2人がご飯食べてる間に町田に着く」
食事なら町田、という推理は愛ではない。
あさ美が町田の周辺情報を検索し
食事をする店が多いことを調べたのだ。
- 213 名前:11 喧噪の中 投稿日:2007/04/10(火) 21:29
- 『食べるとこ探すときって、
地図を使って探したりせずに
「こっちなら店がありそうだ」
ていう雰囲気で進んでいくものです。
れいなの携帯は電池切れだから店を検索もしない。
駅を降りた場所が、開けた街なら
絶対にそこでご飯にしたくなるはず』
あさ美の推理は愛の思考方法とは異なり
漠然とした雰囲気によるものだったが、説得力があった。
何より食欲に関する推理だ。
あさ美の言葉を信じていいだろう。
『ただ、どうやって2人を見つけますか?』
「駅で張り込むのが一番いいけど……目立つかな?」
変装用の帽子もめがねもないことが悔やまれた。
「改札を見張れるような場所がないか調べられる?」
『小田急町田駅ですね?』
「そう。JRから乗り換えだから小田急しかない」
2人は必ず改札を通る。
電車移動なのだから当然だ。
つまり改札を見張りさえすれば
簡単に2人をつかまえることができるはずだ。
- 214 名前:11 喧噪の中 投稿日:2007/04/10(火) 21:30
- 「さっきの長津田はまぐれ当たりみたいなもんだったけど
今回は、堅そうだな。確実に会えそうだ」
「……今度は美貴ちゃん話してよ。
あたしもう、逃げられるのつらい」
「わかったよ」
『出てきました、小田急町田の駅構内図』
「よし、どこで張り込めばいい?」
『えっと……それが……」
「どうした?」
赤信号が見えたのでブレーキをかけた。
長津田を出て始めての信号待ちだった。
『町田駅の改札は、東西南北。全部で4カ所あります』
12:05 成瀬
◇
- 215 名前:11 喧噪の中 投稿日:2007/04/10(火) 21:30
- 小春は
紙袋を持って歩くれいなの前を
くるくると歩いていた。
れいなの提案で
辺りの古着屋をひやかして回ることにした。
昨晩の買い物で、洋服は充分買い込んでいた。
まとめて紙袋一つ分にまで、荷物は小さくしてある。
これ以上、服を買い込む必要はなかった。
町田は道が入り組んでいて
またそれぞれの店がそれぞれの色彩を放っていた。
石敷きの遊歩道の上、どこか浮き足立つような心地で
小春はあっちを見たりこっちを見たりして歩き回る。
れいなはその後ろを笑顔で着いてきていた。
小春は、ひょいと小道に入った。
「あっ」
後ろでれいなの声がしたのを確認すると
小走りになって狭い路地を進む。
「ちょっと、小春!」
足音を立ててれいなが追ってくる。
小春はまた一つ脇道に入った。
「小春!」
―――大丈夫……追いかけてくる……
それを確認すると
小春は振り向き
れいなの到着を待った。
- 216 名前:11 喧噪の中 投稿日:2007/04/10(火) 21:30
- れいなが怒った顔を見せようとするのを
先に笑顔で封じ込めた。
「ごめん田中さん。行こう!」
「……うん」
そうして、またれいなの一歩前を進んでいた。
―――わたし……わがまま……
小春は自分の胸元をつかんで
一つため息。
れいなを試すようなことをしている。
れいなを困らせて
どこまで自分のことを追いかけてくるか。
ずるいことだとわかってはいる。
しかし
こうして常に確認していないと
不安になってしまう。
クレープの匂いがした。
甘いクレープの匂い。
小春はそれを知覚しながら
どこか実感がわかない。
- 217 名前:11 喧噪の中 投稿日:2007/04/10(火) 21:30
- まるで甘い香りのする街の空気から
自分だけがガラスに囲まれて孤立しているような
そんな気がする。
入り組んだ狭い道が小春から平衡感覚を奪う。
小春は自分の存在の不確かさを感じていた。
―――田中さん……
どうしてこんなに弱くなってしまったのだろう。
普段れいなといるときは、
もっと普通でいられた。
れいなの心を疑って試すようなことは
必要なかった。
それが
今の小春にはできない。
れいなの表情も
会話の途中に入り込むちょっとの間も
後ろに聞く足音も
すべてに違和感がある。
小春の望んでいるものとは
わずかに形が違っているような気がする。
れいなが見ている世界に
小春は小春のままでいるだろうか。
それとも、ただ都合よく側にいた後輩なのだろうか。
甘い匂いの街も
れいなを見るときに感じるすっぱさも
小道の入り交じる街も
小春の不安を一人置いてざわめいている。
- 218 名前:11 喧噪の中 投稿日:2007/04/10(火) 21:30
- だから
楽しそうな顔をしているれいなを見ると
つい、困らせたくなってしまう。
自分に感心を向けて欲しい。
―――こんな気持ちになっちゃうなんて……
小春は自分の抱えているものが
自分を狂わせていると感じた。
それでも、思いは止められず
小春がやっている行為は
今れいなたちが
美貴たちの追跡から逃げようとしていることと同じ。
きちんと追ってくるかを
確認しながら
安心しながら
それでも逃げる。
同じことをしている。
しかし小春は
それに気づかずにいた。
小春はまた、れいなの前から小走りに逃げ出した。
◇
- 219 名前:11 喧噪の中 投稿日:2007/04/10(火) 21:30
-
車をJR町田駅の南口に停めて、階段を駆け上がった。
改札の前を通り過ぎたところはデッキが広場のようになっていた。
愛は
目を閉じた。
―――れいなは、ここに立った……
意識をれいなと同期させた。
れいななら、どう歩くか……。
「始めて来る街……。どこに、何があるかわからない」
目を閉じたまま、独り言のようにつぶやく。
「乗り換えるなら、ここを左。
ご飯を食べるなら、どっち?」
「わかるわけないよね。
どこに店あるかも知らないのにどっちかなんて」
「そう……ってことは……」
事前の情報はゼロ。
どっちに進むべきか
れいなには判断できない。
ただ、ご飯を食べた後
小田急町田駅から電車に乗ることだけ決まっている。
- 220 名前:11 喧噪の中 投稿日:2007/04/10(火) 21:30
- 「そういうときはとりあえず目的地に近づく方向に進む。
駅に向かいながら、何かいい店がないか探す」
愛は小田急線乗り換えの案内表示に従って歩き始めた。
しかし店が一件も見つからないうちに
小田急町田の西口に到着してしまった。
「だめだ……食べるところがない。
もっとお店がありそうなところは……」
愛はここまでの道のりを思い出す。
「この手前に小さな脇道あったよね」
「うん」
「その先に人がいっぱい歩いていた。繁華街だ。
あっちなら何かありそう、と考えて……」
愛はその小道まで引き返し、繁華街へと歩いた。
「こっちに出る……。ほら、間違いない」
小道の先はちょっとした広場になっていた。
広場から、狭い路地があちこちに伸びている。
ゲームセンターから賑やかな音。
クレープの匂いがした。
- 221 名前:11 喧噪の中 投稿日:2007/04/10(火) 21:31
- 「2人は、この辺でご飯を食べてる」
「まだいるかな?」
「わからん」
「探すだけ、探してみるか……でも、店多すぎない?」
「それよりも、2人が使う改札を見つけて張った方が早い」
「だから……改札が4つあるんだって。美貴たち2人じゃ張り込めないよ!」
「でも、ほら、あの入り口から駅に行ける」
「はぁ?」
愛は振り返った。
「さっきの小道。あそこを抜ければ、西口だったよね」
「うん」
「じゃ、まず西口は使わない」
「どういうこと?」
「あさ美ちゃんの言った通り」
「……ごめん。わかるように言って」
「わかるやろが!
れいなたちの手元に街の情報は無いんやって。
雰囲気で店探してる。なら、街の中心っぽい方に向かう。
街の中心にいるのに、わざわざ脇道通って向こうに戻る意味がねえよ。
こっちからでも駅に入れるんだから」
「そっか……なるほど」
「線路の向こうの入り口も使わない。
線路向こうにどんなお店あるかがわからない。
さっきも言ったけど、ここが街の中心っぽいし
わざわざ寂れた方には行かない」
「……てことは」
愛と美貴は同時に、駅の入り口を見た。
「東口か、南口」
- 222 名前:11 喧噪の中 投稿日:2007/04/10(火) 21:31
-
◇
手をつないでやったら
小春はようやく機嫌を取り戻した。
れいなは、すこし急ぎながら
駅入り口の階段を降りていた。
「あ……」
通路の先には愛が立っていた。
まだこちらには気づいていない様子で
辺りを見回している。
あそこに立たれては南口が使えない。
れいなは通路を右に折れ
東口方面に向かった。
「だめだ……。こっちにもいる」
美貴が東口を張っていた。
れいなは小春の手を引いて
慌てて通路を引き返した。
通路のかげに隠れた。
この場所からでは、愛のいる南口か美貴のいる東口を
必ず通らなければならない。
- 223 名前:11 喧噪の中 投稿日:2007/04/10(火) 21:31
- そのとき、小春に腕をきつくつかまれた。
「引き返す?」
「でも……」
小春の手がぎりぎりとれいなに食い込んでくる。
「……痛」
「田中さん。やめよう?」
「小春?」
「もう……無理だよ」
れいなは小春を見た。
小春は怯えていた。
「どこまでいっても捕まえに来る。
どうして?どうしてよ!」
「小春!声が大きい」
「まさか……」
小春は、一歩退いた。
「田中さんが呼んでるの?」
「連絡取れるわけない!
お願い小春落ち着いて!」
「だって……だって小春。
みんなのこと、置いて来ちゃったよ。
みんな……」
- 224 名前:11 喧噪の中 投稿日:2007/04/10(火) 21:31
- れいなは唇をきつく噛んだ。
さっきの愛とのやりとりが未だにのし掛かっている。
先輩たちから小春にかけられた期待と愛情と信頼が
呪いとなって小春の逃避行を阻んでいる。
小春の心を、押さえつけ、締め付け続けている。
「田中さん。もう、こんなことやめよう……」
「待って!」
引き返そうとする小春の手首を
今度はれいなが捕まえていた。
今やめてはダメだ。
こんなところで終わっては
小春は一生、今回のことを
背負っていかなくてはならない。
れいなを謹慎に追い込んだ罪悪に押されて
れいなのそばにいることを決めた小春。
その決断によって生まれた別の罪悪が
また小春を責め立てる。
どちらを選んでも行き詰まる。
どちらを選んでも救われない。
―――小春!
- 225 名前:11 喧噪の中 投稿日:2007/04/10(火) 21:31
- れいなは、懇願するように聞いた。
「本当に、帰りたいと?」
「……」
「小春が、帰りたいなら……それでいい。
れいなのせいで小春が苦しむのなんか嫌っちゃね。
でも……本当に帰りたい?」
「だって……だって逃げられないよ……」
「小春の気持ちは?」
「わたし……」
小春は、深く息をつくと
力が抜けたような顔で話始めた。
「高橋さんに『邪魔だよ』って言っちゃった。
そんなこと、言っちゃいけないのに……。
私のこと思ってくれてる人のこと
そんなふうに思っちゃいけないのに。
それなのに言っちゃった。きっとそれが私の本心。
人を傷つけてでも、自分の決心を頑固に変えない。
自分勝手でわがままで迷惑なやつ。それが私……」
小春の目から、涙があふれた。
「でもね……。もう私にもどうしようもないんだよ。
私は田中さんを選んだ。
それはもう変えられないんだよ。
田中さんのためなら、誰に迷惑かけてもいい、て思っちゃう。
この気持ちが、全然全然……なくなってくれない!」
- 226 名前:11 喧噪の中 投稿日:2007/04/10(火) 21:31
- 小春の声が地下通路に響き渡った。
周囲の人間が驚いて小春に注目する。
通行人は怪訝そうな顔をして、
そして通り過ぎていった。
―――気づいてない。
れいなは、再び小春の手を取った。
「ありがとう。
そんな風に思ってくれて。
大丈夫だよ。大丈夫。れいなたち、ちゃんと逃げられるよ」
れいなは振り向いた。
今の声を聞きつけた美貴が、こちらに走ってきていた。
人が多いため、なかなか進めないようだが
明らかにこちらを目指している。
―――見つかった……
緊張が走った。
小春の顔が青ざめていく。
―――今の小春を、2人を会わせちゃダメだ。
- 227 名前:11 喧噪の中 投稿日:2007/04/10(火) 21:32
- 小春の精神状態で
愛や美貴に引き留められたら
どんなダメージがあるかわからない。
しかしもう美貴はすぐそこに迫っていた。
逃れるすべはない。
―――でも……
「小春」
れいなはつま先立ちになり
小春に自分の思いつきを耳打ちした。
それを聞いて小春は驚く。
「そんな無茶な……」
「れいなを信じて。絶対うまくいく」
- 228 名前:いこーる 投稿日:2007/04/10(火) 21:32
- 本日の更新は以上になります。
- 229 名前:いこーる 投稿日:2007/04/10(火) 21:45
- >>204
愛ちゃんは落ち込む寸前の暴走ですねw
>>205
ありがとうございます。
これからもご期待くださいませ。
- 230 名前:名無し飼育さん 投稿日:2007/04/10(火) 21:56
- 更新お疲れ様です。
こんこんが意外と登場して、嬉しいです♪
小春ちゃんの葛藤に、結構うんうんと頷いた今回でした。
- 231 名前:ais 投稿日:2007/04/11(水) 00:35
- 落ち込む寸前というか暴走しましたね(汗)
れいながどのような行動に出るのか楽しみです。
それにしても作者様はよく地理をご存知でw
- 232 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/04/12(木) 03:08
- 更新ご苦労様です。
愛ちゃんの狂気が萎んじゃいましたね・・・残念、小春切ない・゚・(ノД`)ノ・゚・。
- 233 名前:232 投稿日:2007/04/14(土) 19:37
- ↑ごめんなさい
- 234 名前:12 突破 投稿日:2007/04/17(火) 21:37
- 自分のために戦うことなんていつまでたってもできない。
- 235 名前:12 突破 投稿日:2007/04/17(火) 21:37
-
12 突破
- 236 名前:12 突破 投稿日:2007/04/17(火) 21:37
- 美貴が正面から近づいてくる。
今度こそ、逃げることはできない。
ここは多少のリスクを冒してでも
美貴に正面から向かうしかない。
しかし……
れいなは小春とつないだ手を強く握りしめた。
そして目を閉じて深呼吸。
―――大丈夫
手のひらを通して
小春の鼓動が伝わってくる。早い。
小春も緊張している。
れいなは小声で言った。
「あそこの人たちがいなくなってから」
「はい」
小春が手を握り返してくる。
2人の手は汗ばんでいた。
「よし!小春!!」
小春はれいなに言われた通り、
れいなの前に立った。
そして
「あー!」
まっすぐ美貴を指さした。
- 237 名前:12 突破 投稿日:2007/04/17(火) 21:37
- 「藤本美貴!!」
小春の甲高い声が再び響く。
空気がざわついた。
通行人はまず小春に注目し
すぐに美貴へと視線を移した。
一瞬、流れが止まった。
通行人のほとんどが、美貴を見るために立ち止まっていた。
「行こう!」
れいなは小春の手を引いて
通行人の間をすり抜けて行った。
美貴の脇を通る。
心臓が高鳴る。
見ると、美貴は顔をゆがめて固まっていた。
注目を集めてしまい、動くに動けないのだ。
―――よし。
れいなはうなづくと
まっすぐ改札に進んだ。
カードを使って改札をくぐると
2人は手をつなぎ
階段を駆け上っていった。
13:12 町田発
- 238 名前:12 突破 投稿日:2007/04/17(火) 21:37
- 美貴と小春には認知度に差がある。
さっき小春が大声を出したときも
気がついたのは美貴だけで
周囲の人々は小春に気づかずに通り過ぎていった。
それは奇跡的な直感だった。
町田の人々の目線、反応、歩く速度。
そういった微細なサインがれいなの皮膚上でまとまり
意味のある情報となって告げた。
ここに小春を知る者はいない。
そしてれいなは賭けた。
自分は事件を起こして顔が知られているが
小春は気づかれない。
そう踏んで、小春を使って美貴の動きを封じたのだ。
列車は相模大野にさしかかっていた。
路線切り替えが頻繁にあり、車体が大きく揺れていた。
「でも……やっぱり危なかったね」
写真でも撮られてしまったら大変だ。
もし、今回の家出が報道されたら
町中の目線が自分たちを追い詰めることになりかねない。
- 239 名前:12 突破 投稿日:2007/04/17(火) 21:37
- 「もう、ああいうのは、やめよう」
「うん。
でも……」
「?」
「うまくいったね」
ふふっ、と小春が笑った。
「何笑っと?」
「だってぇ。上手くいったなぁって」
「はぁ……のんきだね」
「そんなことないです。
私もすっごい怖かったですよ。
あんな人混みで大声出すなんて
……そりゃ、ちょっと楽しかったけど」
「……」
「あー、呆れた顔した!」
「し、してないよ」
「したもん!」
「……」
れいなはため息をついた。
小春の機嫌の起伏が、いつにも増して大きい。
そしてその理由も
れいなにはわかっていた。
小春はれいなの発言、振る舞いを見て
一喜一憂しているのだ。
自分の状況よりも、れいなの反応が
小春の根拠になってしまっている。
れいなの顔色が
小春の気持ちに直結していた。
- 240 名前:12 突破 投稿日:2007/04/17(火) 21:37
- もちろん好かれて嬉しくないはずがないが
同時に感じてしまう気詰まりは何だろう。
―――温度差
れいなは再びため息をついた。
そう。これはちょっとの温度差なのだ。
ほんのちょっとの……。
だとするとそこまで深刻ではないのかもしれない。
もし仮に2人の気持ちがてんでバラバラを向いていたとしたら絶望的だが
そうではない。
2人とも向きは一致している。
2人とも、お互いを必要としていることに違いはない。
ただその求め方や、確かめ方に差があるだけだ。
感情的に熱くなって気持ちをくるくるさせる小春。
ただ、側にいてじっくりしていたいれいな。
―――やけん……
やっぱりこの差はひどく厄介だ。
一緒にいる時間が長くなればなるほど
相手への思いが強くなればなるほど
必然的にお互いの微妙な心理のズレに
違和感を覚える時間も長くなる。
「はは……なんかこういう旅行楽しいね、田中さん」
まぁ、今はまだ座って到着を待つだけだからいい。
―――今はまだ……
行き先ではまた気を張らなくてはならない。
また、追いかけて来ているかも知れない。
れいなの心は少しも休まらなかった。
- 241 名前:12 突破 投稿日:2007/04/17(火) 21:38
-
◇
「畜生……やられた。
急いで車まで戻ろう!」
「でも、行き先わかるの?」
「……どうだろう」
「どうすんの?私にもわかんないよ」
「とにかく急ごう」
美貴は走った。
2階デッキを抜けJR南口に停めてある車に飛び乗った。
「とりあえず高速に向かうよ。コンコンに電話して!」
「わかった」
美貴はアクセルを踏み込んで
車を発進させた。
―――急げ……
もう向こうは電車に乗って移動を開始しているはずだ。
電車に車で追いつくことが
果たしてできるだろうか。
―――急げ!
「つながった!」
「コンコン。町田駅南口から高速道路までのルートを」
『ちょっと待ってくださいね……今、どっちに走ってます?』
「カメラ屋の前を通った」
『だとしたら……横浜町田ICは……
そのまままっすぐ行ってください。
16号にぶつかったら左折』
「了解!」
- 242 名前:12 突破 投稿日:2007/04/17(火) 21:38
- 交差点を通過すると道が広くなる。
車を加速させた。
「美貴ちゃん……手がかりはあるの?」
「一つだけ。手がかりと言えるかわからないけど」
美貴は前方を睨みつけながら言った。
「愛ちゃん……美貴の考えを聞いて」
「え?あたしが?いつもと逆」
「わかってる。今考えてるところまで話すから
後を引き継いで欲しい」
「わかった」
「改札をくぐるときね、2人は切符じゃなくてカードを使った」
「カードくらい持っとるやろ」
「……そこは突っ込まなくていいよね」
「ごめん……、で?」
「長津田では切符を買ってるところを愛ちゃんが見つけた。
カードを持ってるのにわざわざ切符を買ったのはなんで?」
「それは簡単。そのカードではJRに乗れなかった」
「そう、美貴もそう思う」
3月18日から関東にも
JR私鉄に共通で使えるICカードが導入されたが
まだ旧式の磁気カードも使用できる。
れいなたちは磁気カードしか持っていなかったのだろう。
- 243 名前:12 突破 投稿日:2007/04/17(火) 21:38
- 「やっぱそうだよね」
「わかっとんのやったらいちいち聞かんでも」
「だから、確認してんだって!」
「……ごめん」
やはり2人の役割を交代してしまうと
会話がうまく進まない。
「紺野ちゃん。もう一つ調べて」
時間がかかりそうだったので、あさ美に話を振った。
『何ですか?』
「町田からスタートして、私鉄だけでどこまで行ける?」
『どっち方面ですか?』
「……えっと」
2人が見えたのは改札をくぐるまでだ。
どっち方面に乗ったかわからない。
すると愛が、ぼそっと言った。
「2人は逃げてる」
「え?」
「だから、東京とは反対方向。間違いない」
「コンコン?聞こえてた?」
『はい。聞こえてました。
その条件だと、藤沢、片瀬江ノ島、
大和乗り換えだと小田急に戻るから……
あとは、小田原だけです。
ただしさっきいた長津田から藤沢や片瀬江ノ島に行くのに
町田に出る必要はありません。中央林間の方が近いから』
「てことは、2人が向かっているのは」
『小田原で間違いないと思います』
- 244 名前:12 突破 投稿日:2007/04/17(火) 21:38
- 「れいなたちのカード残金がいくら残ってるかわからない。
でもどんなに残っていても小田原から先はJRだから
れいなたちの持っているカードでは進むことができない。
小田原から先に行く私鉄はないんでしょ?」
『ないわけじゃないんです。でも
大雄山鉄道と箱根登山鉄道。どちらも先が行き止まりです。
小田原から2人が使うのは、東海道線でしょう』
「そこからはカードが使えないからお金が必要。
れいなたちの手元にあるのは……」
車が赤信号に引っかかった。
そこで、一瞬考えが止まった。
「えーっと……だめだな。2人がいくら持ってるかわかんない。
愛ちゃんわかる?」
美貴は愛にバトンを渡した。
ここまでは「できるかできないか?」という問いだったため
美貴の思考が早かった。
しかし、れいなたちの立場で推理を組み立てるのは
愛の方が格段に得意だ。
愛に任せよう。
「れいなたち、いくら持ってる?」
13:39 横浜町田IC
- 245 名前:12 突破 投稿日:2007/04/17(火) 21:38
- 車は高速道路に入った。
道はトラックがまばらにあるだけで空いていた。
「えっと……。
美貴の口座から引き落としたのが1万円。
長津田で切符を買うのに1万円を使ったってことは
それ以外の小銭はなかったと思う」
「そうだね」
お金を崩すのに券売機は時間がかかるし不便だ。
小銭があるならそっちを使っただろう。
「長津田で300円の切符を購入。
おつり700円を取り損ねてるから残り9000円。
町田でご飯を食べてる。
これは……わからんけど1人500円くらいとして……」
「残りは8000円」
『藤本さん!』
あさ美の声が聞こえてきた。
『厚木ICで降りてください。
そこから小田原厚木道路』
「それで、どれくらいかかる?」
『厚木から30分くらい』
「電車で小田原に向かってもそんくらいだよね」
『えっと……そうですね。約1時間です
ここまで30分くらいかかってるから……』
―――ぎりぎりか……
- 246 名前:12 突破 投稿日:2007/04/17(火) 21:39
- 「よし、飛ばそう」
美貴はアクセルを踏み込む。
キックダウンでギアを落とすと、エンジン音が高まった。
右車線に入ってすぐにシフトアップさせた。
後方にのめりこむ感覚。車は猛加速して進んだ。
「8000円……1人4000円あれば、結構進めない?」
「いや、全部は使えない。宿代に夕食代もかかる」
「そう考えると8000円でもぎりぎりやね。
れいなの性格から言って、小春をつれて野宿はしないと思うし」
「美貴もそう思う」
『検索しました。駅前の安宿で6900円』
「2人で?安くない?」
『その……ファッションホテルだから……』
「ああ、そっちね……れいなにもラブホが安いくらいの判断はつくか。
それでも約7000円、ってことは……」
「今日は小田原より向こうには進めない」
結論が出た。
- 247 名前:12 突破 投稿日:2007/04/17(火) 21:39
- 「よし、これ以上は逃げられないぞ。
今度こそ……」
『それと藤本さん。小田原駅なんですけど
改札を出ると必ず一つの通路に出る作りみたいです』
「本当?」
『はい。東西自由通路。
出口に行くにも、乗り換えるにもここを通ります』
「じゃあ間に合えば確実に見つけられる」
『はい』
「よし」
今度こそ、2人をつかまえたい。
そして、じっくり話がしたい。
―――れいな……もう、2人だけで苦しまないで。
美貴は車を左によせ、高速の出口に向かった。
13:47 厚木IC
- 248 名前:いこーる 投稿日:2007/04/17(火) 21:39
- 本日の更新はここまでとなります。
- 249 名前:いこーる 投稿日:2007/04/17(火) 21:42
- >>230
こんこん後方支援です。
悩む小春ちゃん、書き甲斐があります。
>>231
地理は、現場追っかけで身につけた知識がほとんどなんです;汗
>>232
お気遣いどうもです。
萎んだというか、一時的に収まったという感じですね。
愛ちゃん、凸凹が大きそうなので
- 250 名前:名無し飼育さん 投稿日:2007/04/19(木) 08:39
- 車かっ飛ばす藤本さんとか想像するだけでカッコイイ!!
小春ちゃんとれいなの温度差が今後どうなるか気になります。
- 251 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/04/20(金) 03:10
- 今一番楽しみにしている小説です、更新ありがとうございます。
- 252 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/04/20(金) 18:50
- 前作の逃避行の頃からハラハラ感が大好きです。
この間この続編があることに気付いてはじめから読み返しています。
次回も楽しみにしています。
- 253 名前:13 痛恨 投稿日:2007/05/02(水) 00:14
- 自分なんて
邪魔もできない存在。
無視されるための個。
見向きもされない石。
物語に紛れた不用物。
- 254 名前:13 痛恨 投稿日:2007/05/02(水) 00:14
-
13 痛恨
- 255 名前:13 痛恨 投稿日:2007/05/02(水) 00:14
- 小田原厚木道路を猛スピードで走っていた。
田園風景が飛ぶように後方に流れていく。
『藤本さん。2人が町田の改札に入ったのは何時でしたか?』
「覚えてないよ」
「13時11分」
愛が即答した。
「よく覚えてるね。すごい……」
「たまたま時計を見たから」
美貴は感心した。
今日の愛は、ものすごい冴え方だ。
小春に逃げられたことで
愛の中にしまわれていた才能が開花したようだ。
『その時間に町田だと……、本厚木で止まっちゃうから……』
あさ美が時刻表を調べる。
美貴は考える。
ここまでいいペースで飛ばしてきた。
電車が途中で止まるようなら、追いつくことができるかもしれない。
先ほどのあさ美の話によれば
小田原駅は構造的に逃げ隠れができない。
ここで、電車に追いつくことができれば
確実に2人と会うことができる。
- 256 名前:13 痛恨 投稿日:2007/05/02(水) 00:14
- 『14:30小田原着。2人はその電車に乗ってると思います』
「14時半?」
予想していたよりも遅い。
「よーし。追いつけそうだ」
美貴はアクセルを踏み込む。
しかし
すぐにブレーキがかかってしまった。
「あぁ……」
「はまっちゃった」
『藤本さん?どうしました』
美貴は1つ舌打ちをして言った。
「IC手前で2キロの渋滞。一応ノロノロ進んではいるけど……」
この様子だと
ICを降りるところで完全に止まってしまうだろう。
「最悪だ……」
せっかく追いつけそうだったのに……。
美貴はもう一度舌打ちをした。
14:03 小田原東IC
- 257 名前:13 痛恨 投稿日:2007/05/02(水) 00:14
- ◇
電車は新松田にさしかかった。
窓からは涼しげな沢の流れが見えている。
自然の風景。
もう遠くまで来たんだと実感する。
まだ逃避行は2日目だというのに
ずいぶん長いこと逃げ続けているように感じた。
れいなの肩に、ぐっと重みがかかった。
小春がこちらに体重を預けて首をふらふらさせていた。
れいなはふと、小春の顔を見上げた。
身長差があるため小春の首は
れいなの肩に上手く収まることができないで
ガクンと首が振れるたび、小春の寝顔が
かすかに苦しげにゆがんだ。
それでも、小春はれいなにもたれかかろうと
不安定な姿勢をとり続けている。
夢の中にいてなお
小春の身体がれいなの実感を求めていた。
れいなの胸が掴まれたようにぎゅっとなった。
電車がガタンと揺れた。
- 258 名前:13 痛恨 投稿日:2007/05/02(水) 00:14
- 嬉しさと重圧が一緒になってれいなに迫ってくる。
こんなふうに想われたことなんてなかったように思う。
―――この気持ちが、全然全然……なくなってくれない!
小春はポロポロと涙をこぼしながら必死に
自分でどうにもならない思いを伝えていた。
伝えたというよりも不本意に溢れ出たという様子だった。
あのとき涙と同時にこぼれたのは、小春の想い。
れいなを好きな気持ち。
それを見て
れいなは心の底がじんと熱くなる思いがした。
しかし同時に
大きな責任を感じた。
小春はれいなへの気持ちを抑えることもできず
ただただ不器用にれいなの気持ちを確かめたいと願い
ちょっとでも疑念が生じるとまた不安に陥ってしまう。
求めて
かなえられれば欲求がそれまで以上に大きくなる。
またかなえられればさらに膨らむ。
それに応えるれいなにもやがて限界が来て
小春をまた孤独と不安に突き落としてしまう。
でも気持ちは収まらず、また求める。
悪循環。
- 259 名前:13 痛恨 投稿日:2007/05/02(水) 00:15
- もともと小春は限度を知らないコだった。
テンションをあげれば周りが引くまで止まらない。
怒り出すと、何を言っても聞かなくなる。
自分の感情にブレーキがかからない所があった。
その猛烈な勢いが今
すべてれいなに向かっている。
れいなにはそれがきつい。
肩に感じる小春に
温かさと重苦しさという矛盾を同時に感じてしまう。
それが逃避行に寄せる期待と不安という矛盾とシンクロして
れいなの中でどんどん大きくなってきていた。
このまま放っておけば
しまいにれいなの心は
重圧に耐えかねて
疲れて潰れてしまうかも知れない。
だからといって、
れいなが小春と同じくらい熱い想いを抱けばいいのか。
普通のことが普通にできなくなるほど。
世界がまともな世界に見えなくなるほど。
そんなふうに愛し合えたらいいと思うけれど
そこまでたどり着ける自信がない。
かつてれいなは、
自分の想いを暴走させ、大切な人たちを傷つけてしまったから。
- 260 名前:13 痛恨 投稿日:2007/05/02(水) 00:15
- ―――絵里……
あのころを気持ちがれいなの胸によみがえった。
あのころのことを思い出し
れいなは悟った。
―――結局、そうか。
今の小春は
あのときのれいななのだ。
絵里に対して
止まらない感情を抱いた
れいなそのものなのだ。
絵里を求め、渇き、孤独を感じ苦しんだれいな。
あのときは、美貴に慰められずいぶん助けられた。
しかし今は、そんなふうに助けてくれる人はいない。
美貴も愛も、
今回ばかりは頼りにできない。
そもそも自分たちは
そういう人間関係から逃げてきたのだから。
今の自分たちには
先輩たちの気遣いでさえも棘となってしまう。
追いかけてくる2人からは、逃げ続けなくてはならない。
絶対に。
- 261 名前:13 痛恨 投稿日:2007/05/02(水) 00:15
- そのときアナウンスが流れ
電車が目的地に到着したことを告げた。
―――絶対に、逃げないと……
れいなは膝をトントンと叩いて小春を起こした。
「着いた。急ごう!」
14:30 小田原着
◇
14:30 小田原駅
「あー、停められるとこない!」
「美貴ちゃん、もう時間だよ」
「愛ちゃん行ってきて!」
「わかった」
美貴はロータリーに車をつけた。
愛は車を降りると、階段に向かって走った。
―――通路は1本しかない。そこまで行けば……
息が切れるのもかまわず
必死で足を動かして登っていく。
- 262 名前:13 痛恨 投稿日:2007/05/02(水) 00:15
- ―――急げ!
幸い階段を降りてくる人が1人もいなかったため
大きく手を振って猛スピードで駆け上がっていく。
そのとき、焦った愛はバランスを崩して前に倒れてしまった。
「痛っ……」
右の足首を捻り、激痛が胸を突いて呼吸を圧迫する。
それでも愛は痛みを無視して
両手と左足を使って階段を這い上がって行った。
そして愛は駅の2階部分、東西自由通路に到着した。
「着いた」
通路を見て、愛は愕然とした。
―――こんなに広いの?
そこは通路というには広すぎた。
駅のホームを2倍に広げた大きさの通路を
人の群れが移動していた。
さっき到着した小田急から降りてきたのだろう人たちが
一斉にJRの改札に向けて走っている。
群衆の大移動。都会でよく見た光景だった。
- 263 名前:13 痛恨 投稿日:2007/05/02(水) 00:16
- ―――時間が短いんだ……
乗り換えに要する時間が極端に短いため
乗客が急いで移動する時間帯だった。
乗り換え客の濁流が改札を通り抜けていく。
―――あの中に2人が……
しかし、愛の位置からは遠くて2人の姿が見えない。
近くに行きたかったが、足が痛くて動けなかった。
―――あの中に……
愛は唇を噛んだ。
美貴がせっかく急いで運転して間に合ったのに
せっかく2人を捕まえられる所だったのに
肝心のところでミスをしてしまった。
後悔が沸き起こるのを必死に押さえ
愛は思考を巡らした。
―――カードがないから、切符を買うはず!
愛は切符売り場に目をやった。
しかし
もうすでに2人の姿はなかった。
- 264 名前:13 痛恨 投稿日:2007/05/02(水) 00:16
-
14:32 小田原発
- 265 名前:13 痛恨 投稿日:2007/05/02(水) 00:16
- 愛はその場にうずくまった。
自分が情けなかった。
どうしてもっと落ち着いて階段を上らなかったのか。
どうしてもっと早く切符売り場を見張らなかったのか。
どうして自分は
肝心なところでいつもダメなのだろう。
だから逃げられる。
誰からも頼りにされず心配ばかりかけて
一体何の先輩か。
「サブリーダーっぽくないから」と開き直ったって
心の底ではいつも首をかしげていた。
自分だって、もっと頼りがいがあるはずなのに……
通行人の中年女性が愛の異変に気づき「怪我したの?」と声をかけてくる。
「大丈夫です」と無理に笑顔を作ろうと思ったら涙が出てきた。
「平気です。……友達が……すぐそこに……」
携帯電話を取りだそうとして気づいた。
―――車の中だ……
愛は途方に暮れた。
この女性から電話を借りても美貴の番号がわからない。
―――最悪。
「本当に、大丈夫?」
「……はい」
女性は「じゃあ」といって立ち去ろうとする。
- 266 名前:13 痛恨 投稿日:2007/05/02(水) 00:16
- 「待って!」
「?」
「あ、あのすみません。メール……使わせてもらえませんか?
アドレスはすぐ消しますから」
電話番号は覚えていないが
メールアドレスなら特徴的だったので覚えている。
携帯電話を借りてもう一度「すみません」というと
愛は美貴に向けてメールをした。
―――美貴ちゃん助けて……
メールを受け取って美貴はすぐに
車を飛び出して愛の所まで走った。
女性にお礼を言い、愛に手を貸して車まで連れ戻した。
「大丈夫?」
「……痛い。捻挫したかも」
「すぐに病院に行くよ」
「待って!2人が逃げちゃう」
「そんなこと言ってる場合じゃ……」
美貴の言葉はそこで止まった。
愛が泣いていた。
- 267 名前:13 痛恨 投稿日:2007/05/02(水) 00:16
- 「やってぇ……あっしのせいで逃がしたのに
このまま病院なんて行けんやろが!」
「だけど……」
美貴はそれでも首を振った。
「愛ちゃんの怪我が先。
第一、こうなるとどこに逃げたかわかんない」
「熱海」
「え?」
愛は、真っ赤な目でじっと前方を睨みつけながら言った。
「熱海まで行って!それでダメやったら、おとなしく病院行きます」
- 268 名前:いこーる 投稿日:2007/05/02(水) 00:17
- 本日の更新は以上になります。高橋さん、お大事になさってください。
- 269 名前:いこーる 投稿日:2007/05/02(水) 00:20
- >>250
うん。でも、車はかわいいミニっぽい……。
>>251
ありがとうございます。1番で居続けられるよう頑張ります。
>>252
前作からの読者様を裏切らぬよう、更新してまいります。
- 270 名前:名無し飼育さん 投稿日:2007/05/02(水) 08:26
- れいなの胸中が複雑ですわ・・・。うまく言えませんが、まさに逃避行です。
愛ちゃん責任で潰れちゃいそう。
- 271 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/05/02(水) 17:46
- 「あのときのれいな」ボーダーレスですね?
作者さんの作品はシリーズじゃなくてもリンクしてますねぇ。
また旧作も読み返したくなりました。
- 272 名前:14 坂道 投稿日:2007/05/21(月) 23:01
- 電車は早川から根府川に向かっていた。
山の斜面の中に線路があるため
視点が結構高かった。
そのため
海がよく見えた。
- 273 名前:14 坂道 投稿日:2007/05/21(月) 23:01
-
14 坂道
- 274 名前:14 坂道 投稿日:2007/05/21(月) 23:01
- 列車が動き出すと
小春はため息をついた。
「よかった。追ってきてない」
小田原では美貴たちに遭遇せずにすんだ。
もう、追ってこないだろうか。
そんな思いが一瞬頭をかすめた。
しかし、
―――いや
首を振ってすぐにかき消した。
ここまでだって
ほんのわずかの情報から
美貴たちは確実に追ってきていた。
ましてここからの経路は
東海道線一本しかない。
自分たちの進む方向は
考えなくてもわかる。
小春は深く息をついて目を閉じた。
大きく揺れる電車の後ろから
美貴たちが追ってきている。
そんな気がして、心が落ち着かない。
「小春?」
目を開けると
れいなが不安げな顔をして
小春をのぞき込んでいた。
- 275 名前:14 坂道 投稿日:2007/05/21(月) 23:01
- ―――だめだ……。田中さんにこんな顔見せちゃ
せっかく2人だけでいるのに
さっきから小春は
沈んだ表情しか見せていない気がする。
しかしこんなとき
どんな風に不安を抑えていいか
小春にはわからない。
小春には心のブレーキが壊れたようなところがある。
楽しいときは底抜けに楽しくなり
悲しいときはどこまでも悲しくなる。
そんな小春を見て周囲は「若さ」だと言った。
しかし後輩も入った現在、誰も「若さ」とは言わなくなった。
―――ったく、小春はしょうがないな……
これまで特性であったものが
だんだん欠点と見なされるようになる。
しかし個性として認められてきた性格を
急に変えろと言われても
どうしていいかわからない。
自覚はしている。しかし対応法がわからない。
結局
小春は周りの誰かに止めてもらうまで
自分の気持ちを抑えることができないでいる。
- 276 名前:14 坂道 投稿日:2007/05/21(月) 23:01
- 「大丈夫だよ。
れいなたちがどこで降りるか
向こうにはわからないんだから……」
れいなが小春の不安を見越してそう言った。
れいなが不安に気づいてくれてほっとした。
しかしその安心の中には
ほんのちょっとの自己嫌悪。
誰かに拾ってもらわなくては
へこみから脱出できない自分。
結局れいなに対しても
手のかかる後輩以上の存在にはなれない。
だから次の発言もネガティブになってしまった。
「でも、町田では見つかった」
「あれは仕方ない。
おつりを取ってなかったから
いくらの切符を買ったかわかっちゃったんだ。
ここからは大丈夫だよ」
「どうして?」
「向こうがどうやってれいなたちを追いかけて来てるか
推理の方法はもうわかってる」
「え?」
「藤本さんは現金ではなくカードをれいなに渡してきた。
向こうが話したルールは、仕送りが1日1回以上。
どうしてこんなルールを設定したのか?
向こうの作戦は何なのか?」
「……」
- 277 名前:14 坂道 投稿日:2007/05/21(月) 23:02
- 小春は首をかしげた。
れいなの言わんとしていることがわからない。
しかし
なぜこんな話を始めたのかはわかった。
小春がれいなの話について行こうと頭を働かせる。
すると心の錘が取れたようにすっきりしてくる。
そう。これは小春が必要以上に不安にならないために
れいなが引っ張り上げようとしているのだ。
作戦を立てている間
推理を進めている間
嫌な部分を直視せずにすむ。
気が紛れるのだ。
まさにこの心理でれいなと小春は逃避行をしている。
辛い現実に向き合いたくないから
必死に計画を練りながら
無謀な逃避行を続けている。
「このルールで向こうに有利なことが2つあると思う」
「引き落とした銀行の場所から
こっちの居場所がわかるってこと?」
「そう。そしてもう一つは
れいなたちの手持ち金額を向こうがコントロールできるということ。
いくらの切符でどこまで進めるかを見ながら
れいなたちの残金でどこまで進めるかを計算してるんだよ」
- 278 名前:14 坂道 投稿日:2007/05/21(月) 23:02
- 「そんな……たったそれだけで追いかけられるの?」
「宿代に食費まで考えたら1万円で2人が生活するのは厳しい。
そうすると電車代に回すことのできるお金は、ちょっとしかないんだよ。
それから……」
れいなが窓の外に目をやったので見ると
電車は根府川を通過するところだった。
窓から海がきらきら輝いて見える。
「ほら、今の駅。あんな小さな駅に降りるはずがないやろ?
宿も食堂もなさそうだもん。
そう考えていくと、れいなたちが降りる可能性がある駅なんて
そんなに多くない。
与えられた金額の範囲内で、しかもお店とかが多そうな町。
そうやって向こうは、れいなたちの降りる駅を推理してる。
そうすると、一番可能性があるのは小田原やろ」
「だから、小田原では急いでたの?」
「うん」
「小田原で乗り換えるところさえ見られんかったら
向こうは小田原の街中を探すはめになる」
「もし、見られてたら?」
「次の街に来る」
小春の顔が緊張した。
次に可能性のある街……
今自分たちは熱海に向かっている。
もし小田原で東海道線に乗るところを見つかっていたとしたら
美貴たちは熱海まで追ってくる。
- 279 名前:14 坂道 投稿日:2007/05/21(月) 23:02
- しかも予定では熱海での滞在時間は長い。
その間に見つかってしまうかもしれない。
「でも大丈夫。小田原では見つかってないよ」
「でも……もし見られていたら?」
「……」
れいなはちょっと考える仕草をして言った。
「念のため熱海についたら急いで駅から離れよう」
「え?」
「これまでのことを思い出して。
長津田でも、町田でも、見つかったのは駅だった。
向こうは、どの駅を使うかまではわかっても
駅を降りてからこっちがどういう行動取るかまでは
推理できん」
「それは……私たちにもわかんないところがあるもんね」
「やけん、駅で捕まらなければ大丈夫」
そのとき車内アナウンスが流れ
乗車には特急券が必要であることを告げた。
それを聞いて2人は青ざめた。
- 280 名前:14 坂道 投稿日:2007/05/21(月) 23:02
- 「特急って、この電車乗っちゃいけなかったの?」
「そ、そうみたい」
「どうしよう。見つかったらお金取られるんじゃない?」
「まずい……」
ただでさえお金がない。
こんなところで出費するわけにはいかない。
「だいじょうぶだよ。見つからないよ」
小春は無理をして
いたずらっぽく微笑んだが
不安はなくならなかった。
れいなの目線が、小春を通り越して
向こうに注がれていることに気がついた。
「田中さん?」
「あれ!」
小春は振り返って
れいなの視線の先を見る。
「!!」
隣の車両で
車掌が検札に回っているのが見えた。
- 281 名前:14 坂道 投稿日:2007/05/21(月) 23:02
- 「ここにも来る?」
「た、たぶん……」
「どうしよう。間違って乗っちゃいましたって言う?」
「でも、もうこれ以上お金使うとご飯たべられん」
「……」
それは、困る。
1食抜いたくらいで死にはしないが
できれば避けたい事態だ。
「よし、逃げるぞ」
「ど、どこに?」
「いいから!」
2人は立ち上がって、車両後方のデッキまで移動していった。
しかし、デッキスペースは狭く隠れられるはずがなかった。
振り向くと、車掌がもうすぐそこまで来ていた。
検札の手際がいい。
れいなは小春の手を取る。
2人は
化粧室の中へ入った。
- 282 名前:14 坂道 投稿日:2007/05/21(月) 23:02
- トイレの中は狭かった。
2人で立つとバランスが悪い。
列車の揺れも大きく、油断すると倒れてしまいそうだった。
背の高い小春が片側の壁に手を伸ばしてバランスを取る。
れいなはしばらく苦しそうに立っていたが
車両がガタンと揺れて転びそうになった。
れいなは小春の身体に手を回してしがみついた。
「車掌さん、行った?」
「しっ!」
大きな声を立てることもできない。
2人はそのまま息を潜める。
列車はガタガタと大きな音を立てている。
小春はれいなの小さな身体を押しつぶすまいと
腕に力を入れて立っていた。
ちょうどれいなの髪が小春の鼻にかかる。
れいなの髪から石けんのような香りがした。
―――ぎゅっ、てしちゃおうかな
とか考えてしまった。
考えた途端、ドキドキしてしまった。
また顔が熱くなる。
思いついてみて、気持ちが高揚してしまった。
もちろんそんなことをしたらバランスを崩してしまうが
れいなを抱きしめたい。
すぐそばにいるのに、それができない。
- 283 名前:14 坂道 投稿日:2007/05/21(月) 23:03
- 電車が大きく揺れた。
れいなの手がぎゅうっときつく小春の背中にしがみつく。
―――かわいい……
小春の身体を頼みに
れいなは自分を支えている。
小春の存在だけが
れいなの支え。
都合よくそう考えると
いよいよドキドキは押さえられなくなってきた。
―――やっぱ、ぎゅってしちゃおうかな……
手を少しのばせば
そこにれいな。
ドキドキドキドキ
こんなとき小春は
心にブレーキがかからない。
結局、壁から手を放してしまった。
- 284 名前:14 坂道 投稿日:2007/05/21(月) 23:03
- れいなの肩から背中に手を回して抱きしめる。
れいなは抵抗しなかった。
音を立ててはいけないというのがあって
抵抗できなかったのだろう。
何も言わずに抱かれるがままだった。
そのことに力を得た小春は
れいなの頭に手をやって
自分のもとへ引き寄せる。
「小春、なんそぎゃんドキドキしと?」
「田中さん訛りすぎ」
「うるさい……」
「ふふっ」
訛ったのはれいなが動揺しているからだ。
小春は満足して手を放した。
れいなはすぐにパッと視線を逸らした。
2人して頬が赤くなった。
「み、見つかる前に降りよう」
「うん」
れいなが小春の手を取った。
14:44 湯河原着
- 285 名前:14 坂道 投稿日:2007/05/21(月) 23:03
- ◇
『熱海?今度こそ電車に追いつかない』
「やっぱり?美貴もそう思うけど」
「追いつかんでもええが」
「何で?」
愛はさっきから熱海という。
その根拠がわからない。
愛も感情的になるばかりでちっとも説明してくれなかった。
「2人は最初から熱海を目指してたの。
熱海で泊まるはずやから、時間はたっぷりある」
「だから……何でそう言いきれるの?」
「早く出して!」
美貴はため息をついた。
「しょうがない。とりあえず愛ちゃんを信じるよ。
落ち着いたら説明して」
「落ち着いてるって!」
「はぁ……」
『経路出ました。真鶴道路経由で45分』
「45分か……」
『とりあえず小田原城方向に向かって75号線に入ってください』
「了解!」
14:51 青橋
- 286 名前:14 坂道 投稿日:2007/05/21(月) 23:03
- 「そう言えば……」
「何、美貴ちゃん?」
「明日って祝日だよね」
「うん」
「……」
美貴は難しい顔をした。
「どうしたの?」
「銀行振込ができない」
「あ……」
「しまった。そこまで考えてなかった」
「明日の仕送りどうする?」
「15時の5分前か。
今から振り込めばまだ間に合うな。
週真ん中の祝日だから、明日さえどうにかなれば
明後日からは普通に振込ができる」
「でも……今日お金を渡しちゃまずくない?」
「今日は……もう見ないよ。たぶん……」
後半は声が小さくなっていた。
ルールでは「振込は一日一回以上」と言ってある。
お金に困ったれいなが今日、
もう一度銀行に立ち寄らないとも限らない。
宿にお金を払う前にお金を与えてしまうと
2人はさらに進んでしまう。
- 287 名前:14 坂道 投稿日:2007/05/21(月) 23:03
- 『藤本さん!たぶん大丈夫です』
「コンコン?」
『藤本さんの口座ってネット銀行でしたよね。
同じ銀行の口座を私も持ってます
同じ銀行どうしなら、休日でも振り込めるから
仕送りは明日まで待っても大丈夫です』
「よし、それなら大丈夫だ」
美貴はアクセルを踏む。
車は真鶴道路へと入っていった。
◇
15:04 熱海着
熱海駅の改札を出る。
そこは小さなロータリーになっていた。
土産の看板が、いかにも観光地といった感じで
それがれいなたちの心をほぐしてくれる。
「不思議やね。ああいう看板を見ると
なんかわくわくする」
「うん」
平日ということもあり人は少なかったが
ごちゃごちゃした町並みが
2人のテンションをあげてくれた。
- 288 名前:14 坂道 投稿日:2007/05/21(月) 23:03
- そして2人は
アーケードのある賑やかな通りに
吸い込まれるように入っていた。
「あ、いい匂い!」
「お饅頭だー」
―――やっぱり、楽しい。
れいなは自然に
小春の手を取って歩いていた。
このときれいなは
さっき電車の中で感じていた重苦しさなんか
すっかり忘れていた。
れいなは楽しくなると
とたんに心がしびれて
それまでの痛みが嘘のように消えてしまう。
夜の渋谷を2人で駆け回ったときもそう。
それまで強烈にへこんでいたくせに
テンションが高まると急に
「これでいいんだ」と考えられるようになる。
それは
いつまでも落ち込まないという長所でもあり
いつまでも結論を先延ばしにするという短所でもある。
- 289 名前:14 坂道 投稿日:2007/05/21(月) 23:04
- 坂道になっている通りを下っていく。
店が多い繁華街を、小春の手を引いて歩く。
昨日にも似たようなことがあったとれいなは思った。
昨日は渋谷スペイン坂を2人して
ハイテンションで駆け下りていた。
れいなの意識は
時間をさかのぼりはじめる。
熱海の商店街と渋谷スペイン坂が
不思議な感覚を伴って
れいなの意識上で同期する。
れいなの感情が
あのときの気持ちとつながった。
わずか昨日のことなのに
渋谷での体験がもう懐かしい。
あのとき
行くあてもなく必死に不安から逃げるように
夜の渋谷を走り回っていた。
小春がついて来てくれるのが嬉しくて
熱に浮かされたように駆け回っていた。
今もそう。
遠く知らない街で
小春と2人、坂を下っている。
これまでのことなんて関係なく
これからのこともわからない。
- 290 名前:14 坂道 投稿日:2007/05/21(月) 23:04
- ただ、一緒にいられる温かさだけを頼りに
2人は歩き続けている。
昨日も、今日も。
きっとこれからもずっと
こういう楽しさが続くに違いない。
根拠なく、れいなはそう思った。
―――ずっと続く
れいなは思いついたように言った。
「小春。海、見に行こう」
◇
15:50 熱海
真鶴道路で渋滞に引っかかってしまい
1時間以上かかってしまった。
もう2人はとっくに駅から離れてしまったに違いない。
「やっぱり間に合わなかった」
「どうしよう」
「どうしようっても、2人の行き先がわからない」
- 291 名前:14 坂道 投稿日:2007/05/21(月) 23:04
- 愛は熱海で降りたことは確信していたが
そこからどういう行動を取るかまではわからない。
愛は地図を広げてみた。
熱海は駅そのものは決して大きくないが
そこから道が無数に延びて
行く先がたくさんある。
その道の先々には無数の宿。
2人は、そのどこかに紛れ込んでいるのか。
駅前は祝日前だというのに人が少なかった。
きっと、安宿にも空き部屋を探すことは
それほど困難ではないだろう。
こうなると、もう探すことは困難だ。
念のためあさ美が検索をしてみたが
素泊まり3000円台の宿だけでもかなりの数があるらしい。
「とうとう、手詰まりか……」
美貴が運転席で小さく舌打ちをした。
もともと熱海は保養地として脚光を浴びた街だった。
かつては大型ホテルが林立していたが
社員旅行をする企業が減り、大型宿泊施設の流行が途切れてしまった。
その結果、現在では格安の宿が点在する
お手頃なレジャー地となっていると、テレビで見た記憶がある。
- 292 名前:14 坂道 投稿日:2007/05/21(月) 23:04
- 愛はフロントガラスの向こうに見える
巨大な建物の群れに圧倒されていた。
安く泊まれる場所が驚くほどたくさんある街。
家出人が隠れるには最適の場所かもしれない。
こんな場所に隠れられては、探しようがない。
「ごめんなさい……」
愛は、うつむいて言った。
「しょうがないよ愛ちゃん。今回はうちらの負けだ……」
―――「負け」か……
愛は膝をきつく握った。
こんなところまで来て
結局2人を連れ戻すことができなかった。
いや、もともと逃げていく決心をした2人を捕まえることなど
できなかったに違いない。
それを認めたくなかっただけだ。
愛も美貴も
自分たちは必要とされていると信じたかっただけだ。
だから「負け」と言われても
何に負けたのか
愛にはよくわからない。
- 293 名前:14 坂道 投稿日:2007/05/21(月) 23:04
- ―――自分勝手に、追いかけることにこだわってただけやのに……
そう。こだわっていただけだ。
そして自分たちのこだわりが
後輩たちには迷惑なものだったと
ここで証明されたのだ。
―――だから、やっぱり負けか……
「ねぇ……」
「何?」
「もっと誰かに相談しとったら良かったやろか?」
「そう、かもね」
結局これだけ大騒ぎしておきながら
2人のことはあさ美にしか話していなかった。
ひとみから行き先を知らないかと聞かれていたのに
それを告げもしなかった。
自分たちだけでできると
思い上がっていたのだと思う。
もっと、大人な判断をするべきだった。
―――いや、そうじゃないか
愛は首を振った。
美貴も愛も、大人な判断をしたくなかったのだ。
組織の論理でれいなが理不尽に追放された。
れいなが家出をしたとして
その解決を組織に頼っていては
何もならない。
自分たちの無能さを証明するようなものだ。
- 294 名前:14 坂道 投稿日:2007/05/21(月) 23:04
- れいなに謹慎処分が下されるのを
自分たちは止めることができなかった。
「グループのためには仕方ない」と説得され
黙るしかなかった。
メンバーはグループのために
個人を殺さなくてはならない。
その論理がメンバーを振り回してきた。
これまでは仕方ないと思えた。
グループを引っ張るべき自分たちがわがままを言っては
本当にグループは収集が着かなくなっていただろう。
しかし
れいなと小春の悲壮な表情を目の当たりにして
個人を殺すことがどれだけ酷いか
思い知らされた。
限度を超えている。
こんなのは、誰のためにもならない。
モーニング娘。はもともと
メンバー個人に優しいグループではない。
むしろ自分たちは駒として
グループの進化の糧とされる。
美貴はそのことを身をもって知っているはずだ。
だから
今回は、そういった論理に反撃したかったのだ。
個人として、2人を救ってやりたかったのだ。
- 295 名前:14 坂道 投稿日:2007/05/21(月) 23:05
- そう思って自分たちは誰にも相談しなかった。
相談できたのは、すでにグループの外にいるあさ美だけだった。
しかし
美貴と愛、2人だけで追っても結局逃げられてしまった。
結局グループとして動かないと
自分たちは何もできない。
だから負けなのだ。
れいなたちに負けたのではなく
1人の人間として負けたのだ。
人を不幸に追いやる世の中の仕組みに
敗北したのだ。
運命への敗北。
自分たちは運命に振り回される存在でしかない。
「愛ちゃん!」
美貴の声にはっ、となった。
「愛ちゃん大丈夫?
また落ち込んでる。坂道急降下」
美貴がふざけて言った。
空気を明るくしようとしているのだ。
- 296 名前:14 坂道 投稿日:2007/05/21(月) 23:05
- 「自分の失敗ばっかり責めちゃダメだよ。
へこんでるときは、頭使え。
必死に考えてりゃ気が紛れる」
愛は強く頷いた。
作戦を立てている間
推理を進めている間
嫌な部分を直視せずにすむ。
気が紛れるのだ。
「愛ちゃん、まだ説明してもらってないよ。
どうして熱海だと思ったの?」
「れいなの携帯がバッテリー切れだから」
「ちょ……はぁ?」
美貴は目が点。
愛はごめん、と謝った。
焦って話が飛びすぎてしまった。
「ど、どういうこと?」
「あさ美ちゃんが小田原に安いホテルがあることを調べて
うちらはじゃあ小田原に違いないって思いこんどったけど
れいなはうちらと違ってネット検索ができないんだよ。
だから、どの駅に安いホテルがあるかなんて
知りようがない」
「……確かに」
美貴は悔しそうな顔をした。
れいなたちに情報はない。
町田でれいなたちを追ったとき
確かにその理屈で思考を進めていたはずだ。
なぜ、今回それを忘れたのか悔やまれる。
- 297 名前:14 坂道 投稿日:2007/05/21(月) 23:05
- 「つまり町田のときと一緒。
2人は安い宿を探してるんじゃない。
探しようがないんだから、もっと何となくで動いてる。
宿のある駅で降りるんじゃなくて
宿のありそうな駅で降りるに違いない」
「なるほど……それで熱海か」
美貴は目を細めてフロントガラスの向こうを見た。
ここから見えるだけでも、ホテルがたくさんある。
その奥には実際、いくつの宿がひそんでいるのだろう。
「そう。宿泊費を温存して進めるぎりぎりのところが熱海。
2人はそう判断して動いているんだよ」
「待った」
美貴が手のひらを愛に向けた。
「今の推理に突っ込んでいい?」
「もちろん。それが美貴ちゃんの役目やん」
「愛ちゃんの推理の前提は
『2人は野宿をしない』てことだよね」
「れいなが小春に野宿させるわけないやろ」
「うん、そこは美貴も賛成。
でも野宿までいかなくても夜を明かす方法はあるでしょう。
24時間営業のファミレスとか、ネットカフェとか。
その覚悟があるなら、もっと先まで進んでいるかも知れない」
「ほうか……」
- 298 名前:14 坂道 投稿日:2007/05/21(月) 23:05
- 愛は美貴から目をそらし
今の意見の検討にかかった。
確かに自分にお金がなければそうする。
美貴に言われるまで、考えつかなかった。
自分ならそうするのに
れいなの立場で推理したときに
そのアイデアは全く浮かばなかった。
なぜだ。
自分たちと、れいなたちとの違いは……
「子どもは深夜使えんやろ」
「そんなの別に何も言われないよ」
「言われんでも目立つやろ。
家出中のアイドル2人がファミレスに居たなんて。
下手したら通報されてまう。ネットカフェでも同じ」
通報されるかどうかはわからないが
いずれ、れいなの心理として
そんなリスクの高いことはできないだろう。
「やっぱ、2人は普通に泊まるよ」
「そうだね。じゃあ、愛ちゃんの言ってたとおり熱海だね」
「うん。……だけど。どの宿を使うかまではわからん」
「明日ってダンスレッスンだけだよね」
「は?」
思わず美貴を見た。
何を言いたいのかわからない。
- 299 名前:14 坂道 投稿日:2007/05/21(月) 23:05
- 「ってどうせ愛ちゃん、その足じゃできないしね。
美貴も風邪引いたことにするよ」
「休むの?いいの?」
「そんなこと言ってる場合じゃない」
「でも、明日まで待ってどうするつもり?
ロータリーでずっと張り込むなんてできないよ」
「考えがある。とりあえず明日だ。
愛ちゃん病院行こう。紺野ちゃんに近くの病院さがしてもらってさ」
美貴は車を発進させた。
「どんな作戦?」
愛が訪ねると
美貴はゆっくり話した。
「一泊したら2人の金は尽きる。
そこで明日になったら、もう一度仕送りをしよう。
2人は熱海にいるはずだから、必ずこの付近のATMから引き落とすはずだ。
まず朝一で入金をする。その後、2人でATMを見張っていれば
2人はかならず現れる」
「すごい!」
「今度こそ追い詰めたぞ。逆点」
美貴の言うようにどうせ愛はレッスンに参加できない。
それに
今の愛の心持ちからいえば
レッスンなどは全く問題にならないくらい
優先順位の低いものだった。
- 300 名前:14 坂道 投稿日:2007/05/21(月) 23:05
- ―――グループよりも……れいなたちだ。
これまでもそう考えて追いかけてきた。
明日の朝、2人に会って自分の想いをもう一度話そう。
先輩としてではなく
個人として2人を気遣ってやろう。
愛の心の中に、強い意志が湧き起こっていた。
いくら熱海の宿が安いと言っても
2人の手元には8000円しかないのだ。
明日、移動をする前に2人は必ずお金を下ろしにくる。
『検索しました。熱海付近に銀行はありません。
引き落としのできる場所は、駅付近にあるコンビニだけです』
「いくつある?」
「コンビニは3つ」
あさ美の言った場所を地図で確認した。
「美貴ちゃん!駅に一番近いコンビニに賭けよう。
もしはずしても、コンコンが口座をモニターしててくれれば
引き落とした瞬間に居場所がわかるから、すぐに対応できる。
残り2人のコンビニからは絶対に
坂道を通って駅に戻ってくるから、そこで捕まえられる」
「よし!今度こそ、チェックメイトだな」
追い詰めた。
愛は手応えを感じてうなづいた。
- 301 名前:いこーる 投稿日:2007/05/21(月) 23:06
- 本日の更新は以上になります。
長らくお待たせしてしまいました。
- 302 名前:いこーる 投稿日:2007/05/21(月) 23:10
- 不正乗車はやめましょう……;汗
>>270
みんなみんな、逃避行ですね。きっと書いてる私も……
>>271
はい、ボーダーレス事件を意識して書きました。
このスレも「2」なのにあまりシリーズっぽくないし
過去作知らなくても全然困らないとは思いますが;
ボーダーレス(金板倉庫。エロ含み注意)
ttp://mseek.xrea.jp/gold/1073350337.html
- 303 名前:名無し飼育さん 投稿日:2007/05/22(火) 08:26
- 更新お疲れさまです。
この2組の推理合戦たまりません!特に愛美貴の2人には言葉が出ないくらい引き込まれました。
次回も楽しみにしてます。
- 304 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/05/24(木) 02:04
- 更新乙です。
「グループよりも……れいなたち」ミキティ男前!。
- 305 名前:15 海の匂い 投稿日:2007/06/01(金) 22:33
- もうとっくに意味を失効しているというのに
なぜまだ追い続けているのだろう。
- 306 名前:15 海の匂い 投稿日:2007/06/01(金) 22:33
-
15 海の匂い
- 307 名前:15 海の匂い 投稿日:2007/06/01(金) 22:33
- 作戦が決まると美貴は
愛を病院に連れて行った。
軽度の捻挫であるらしい。
安静にするよう言われた。
どうしても動く必要があると言い張り
少しきつく固定してもらった。
「いいよ。追うのは美貴でやるから」
美貴はそう言ったが
愛がおとなしく帰るはずがないと
美貴にも分かっていた。
ホテルは駅の近くにとった。
こちらが振込をしない限り
れいなたちも動かないとは思うが
何となく、駅から離れることに不安があった。
休日前なので
いくつかの宿を当たらねばならないと覚悟していたが
一つ目のホテルでツインルームを簡単に取ることができた。
愛を支えながら
エレベーターを使って部屋に入った。
- 308 名前:15 海の匂い 投稿日:2007/06/01(金) 22:33
- 「疲れたね」
「うん」
「愛ちゃんシャワーとかどうする」
「……いい」
愛がベッドに腰掛けた。
疲れた様子で、愛はぼーっとしていた。
美貴もそのとなりに腰をかけた。
しかし
愛は美貴から顔をそむけてしまった。
「何?まだへこんでんの?」
「……」
「愛ちゃんがへこむことないじゃん」
「違う……」
愛の声はひどく小さかった。
かすかにふるえていた。
その声はいやに冷たく聞こえた。
何かを拒んでいるような声。
美貴はひどく違和感を覚えた。
―――いつもと違う
そう感じたのだ。
- 309 名前:15 海の匂い 投稿日:2007/06/01(金) 22:34
- 愛が落ち込んでいる声は
これまで何度も聞いたことがある。
今回の追跡中にも何度かあった。
現実を直視できなくなると愛は
自分の思考の穴ぼこにはまりこみ
目の前の世界から意識を遠ざけてしまう。
それは周囲からは、拒絶しているように見えるが
そうではないことを美貴は知っている。
はまりこんでいるときの愛の声や表情には
救いを求めているような所がある。
隠している傷に
気づいてほしがってるかのように
眼開いた目を美貴からそむけながら
その顔は美貴の心に絡みつき
すがりついてくる。
それが今回は違った。
目の前で小さくなっている愛が放った「違う」には
本気で美貴の気遣いを
忌避する冷たさがあった。
眼を向けられるのも辛いというような
痛ましい響きがあった。
美貴は心がざわりと粟立ったように感じ、不安になった。
その不安は
どこかで経験したような
不思議な感覚となって
美貴の胸を押さえつけた。
- 310 名前:15 海の匂い 投稿日:2007/06/01(金) 22:34
- 「違うって何が?」
美貴は聞いたが
愛は首を横に振るだけだった。
また心がざわりとなる。
愛が急に遠くなった気がした。
愛が美貴の知らない愛になってしまった。
―――この感じ……どこかで……
美貴は記憶をたどってみるが
いつ、どこで感じたものか思い出せなかった。
「……」
「……」
苦しい沈黙に美貴は耐えられなくなり
愛の髪に手を伸ばした。
2、3度撫でていたら
「ごめん」
愛がそう言って、美貴の手を払った。
―――だめか……
美貴は慰めるのをあきらめてベッドを立った。
何か反応を期待したが
愛はじっとうつむいたままだった。
- 311 名前:15 海の匂い 投稿日:2007/06/01(金) 22:34
- 歩き出してベッドをぐるりと回り
愛とは反対側に移動した。
愛は美貴に背中を向けたままうなだれている。
美貴も愛に背を向けて
ベッドに座った。
2人は背中合わせに
ベッドの両端に腰掛けている。
「充電しないのかな」
背後で顔を上げる気配がした。
「え?」
「れいな、携帯バッテリー切れのまま行く気かな?」
「充電器なんて持ってえんやろ」
「どこにでも売ってるじゃん。
しかもそんなに高くはないし」
「でも……」
―――よし、乗ってきた
推理のときだけは
愛も落ち込まずにいられる。
「でも、何?」
「誰にも邪魔されたくないんだから
携帯なんていらない」
「やっぱ……そうだよね……」
- 312 名前:15 海の匂い 投稿日:2007/06/01(金) 22:34
- 「念のためかけてみる?」
背後からポケットを探る音が聞こえてきた。
「あ……バッテリーやばい」
「コンコンとずっと話してたからな。
じゃあ美貴からかけて見るよ」
「明日どうしよう」
「あ……」
明日は、あさ美に
銀行口座をモニターしててもらわなくてはならない。
「美貴の方の電話にかけてもらえばいい」
「……」
「それに駅近くのコンビニで引き出すはずだって
愛ちゃんが言ったでしょう。美貴も同意見。
きっとれいなは美貴が
銀行の支店名を見て追っていることに気づいている。
だから追跡を振り切るためにお金を引き出したら
できるだけ早くその場を去ろうとするはずだ。
駅に近いところで引き出して、速攻で駅に向かうんじゃないかな?」
美貴は思いつきで話していたが
話ながら自分の意見に理があると思った。
- 313 名前:15 海の匂い 投稿日:2007/06/01(金) 22:34
- 「そうなると、引き出してから捕まえるのは難しいかも知れないな。
走って逃げられる可能性がある。
うん、引き出す前に捕まえよう。
そうすれば、万が一逃げられても
向こうにはお金がないから電車に乗れない。明日は…」
「美貴ちゃん!」
背中から飛んできた愛の声が美貴の言葉を遮った。
その声は「もうやめて」と言いたそうだった。
再び美貴の心がざわりとなる。
「何?」
「……」
「愛ちゃん?」
「充電器……買ってきて」
「え?」
「さっきのコンビニで」
「……」
美貴は立ち上がって愛を振り返った。
愛の肩が震えている。
「わかった。行ってくる」
1人にしてくれという意味なのかもしれない。
美貴は財布と携帯を持って部屋を出た。
廊下に出ると
心のざわつく感じが
一層強くなっているのがわかった。
―――この感じ……どこかで……
記憶のどこかにひっかかる感覚。
しかし
結局思い出すことができなかった。
- 314 名前:15 海の匂い 投稿日:2007/06/01(金) 22:35
- ◇
夕食は簡単に済ませた。
サンドイッチを買い込んで
堤防に並んで座って
夜の海をずっと見ていた。
熱海港には船が多く泊まっている。
どれも灯りを落としていたので
ひっそりとしていた。
波の音が絶え間なく聞こえてくる。
潮風の匂い。
遠く響く水の音。
夜の海にはれいなが経験したことのない
解放感があった。
他には何もない。
サンドイッチのパッケージを脇に置いたはずだが
それすらも見えない。
夜は予想以上に暗かった。
自分たちの手元が暗いくせに
海は星空を反射してかえって明るい。
波が強く、足下で大きな音を立てている。
今、防波堤から転落したら
この荒波に飲み込まれて
2度と上がってこられないだろう。
怖かった。
- 315 名前:15 海の匂い 投稿日:2007/06/01(金) 22:35
- れいなは
すぐ近くに迫る荒波の不安に気づかない振りをして
遠く続く海の広さにわくわくしていたのだ。
どうしようもない不安なんて見ない。
それよりも夢見るようなわくわくが大切。
そう信じて
小春と2人、ここまでやってきた。
しかし
やはり波の音は執拗にれいなの心を揺さぶる。
自分の足下にうねる波は
れいなを飲み込もうと息巻いているように思える。
その騒がしさに、れいなは事件の当夜を思い出していた。
……
渋谷センター街に
押し寄せる野次馬たちが
れいなたちを取り巻き、飲み込もうとする。
押し合う観衆たちがまるで波打つように
次々とれいなに冷たい視線を投げかけてくる。
―――違う……れいなじゃない……
呆然とまるで他人事のように見ていた。
遠い世界の出来事であるかのように。
荒波に引きずり込まれようとしているのは自分ではない。
自分はもっと平穏な世界にいるはずなんだ。
- 316 名前:15 海の匂い 投稿日:2007/06/01(金) 22:35
- けたたましいサイレンの音。
忙しく回る赤色灯。
騒ぎが頂点に達する。
れいなは髪を振って取り乱した。
―――違う!違う!
このままではいけない。
このままこんなところにいては
自分は本当に群衆の波に引き込まれ
暗い世界にさらわれてしまう。
ここは自分のいるべき場所ではない。
れいなは立ち上がった。
誰も自分をまともな目で見てくれない。
誰も自分のことを気遣ってくれない。
なら、もうこんなところにいてはいけない。
一歩を踏み出そうとしたら
背中を強く引かれた
……
はっ、と意識が現実に戻ったとき
サンドイッチの箱が回転しながら海に転落するのが見えた。
防波堤の上で立ち上がったれいなの背中を
小春がしっかりとつかんでいた。
その顔が凍り付いていた。
- 317 名前:15 海の匂い 投稿日:2007/06/01(金) 22:35
- 「あ、あれ?れいな何しと?」
そう言うと小春は泣きそうな顔をして
れいなを強く引っ張って座らせた。
「び、びっくりしたぁ」
「え?」
「田中さん……きゅ、急に…飛び降りようと……」
「……」
れいなの全身から熱が抜けたように放心した。
まさか……また衝動が襲ってくるなんて……。
「一瞬……自分がどこにおるかわからなくなって……
急に、こんなとこにいちゃだめだ!って気持ちになった」
「……田中さん」
「あのときと同じだ」
部屋に1人でいたれいなを襲った衝動と同じだった。
「なんてこと……」
愕然とした。
さっきまで楽しさに浮かれて
熱海の商店街を歩いていたのに。
もう不安を振り切ったと思っていたのに。
- 318 名前:15 海の匂い 投稿日:2007/06/01(金) 22:36
- いつ感情が急転落したのか
全く記憶にない。
気がついたら死にたいほど気分が落ち込んでいた。
―――私……どうしちゃったの?
ぞっとなった。
感情が自分でコントロールできなくなっている。
自分はおかしくなってしまった。
大きな音がしてれいなは飛び上がった。
「波の音だよ!落ち着いて!」
「だめだここは。……れいなはここにいちゃだめだ」
ただの波の音が
自分を追い立ててくるように感じる。
自分を責めていた群衆の声に聞こえる。
群衆の声?
あの夜、野次馬たちはれいなに何か言っただろうか。
あの混乱の中、誰も状況を把握できていなかったのに
れいなを罵るやつがいたはずない。
じゃあ、どうしてそんなものが聞こえたのか……
- 319 名前:15 海の匂い 投稿日:2007/06/01(金) 22:36
- れいなは気づかない。
れいなに聞こえたのは
れいな自身の声。
こんなところにいてはいけない
こんなことをしててはいけないと
れいな自身が責め立てる
自己否定の念だった。
何をしても解決が見えない事件だった。
何をしても救われる気がしなかった。
正解がどこにもないまま、ずっとれいなの心はさまよい続けた。
れいなはずっと「このままじゃいけない」という違和感を抱き続け
夜も眠れなかった。
この思いは、これから先もれいなを責め続けるだろう。
れいなが「これでいい」と思える正解を見つけるまでは。
逃避行の高揚感に一時は逃れた気になったとしても
それは結論を先延ばしにしているだけ。
れいなが自分の居場所を再び取り戻すまで
不安はどこまでもついてくる。
「田中さん……もう、戻ろう」
小春がそう声をかけたとき
れいなは自分の耳をふさいで
波の音から逃れようとしていた。
◇
- 320 名前:15 海の匂い 投稿日:2007/06/01(金) 22:36
- あさ美は1時間前から
自分の口座の明細をじっと睨みつけている。
引き落としたATMの番号である。
銀行ATMは金融機関コードの次に3桁の支店番号。
ネットを使えば検索が可能だ。
もちろんコンビニATMにも金融機関コードが割り当てられているが
多くのコンビニでは置いてあるATMは同じ機関のものだ。
―――これじゃ、わからない……
4桁の数字のあとにハイフンが引かれ
その後に6桁の数字が羅列してある。
数字を見ただけでは
それがどこのコンビニATMなのかわからない。
明日の朝
お金を振り込んでから
美貴たちは駅前のコンビニを見張るという。
もしそれ以外のコンビニからお金をおろした場合は
あさ美が口座の出金明細から
れいなたちの居場所をさぐるという作戦だ。
しかし
コンビニATMの出金明細には番号しか書かれておらず
それがどこのコンビニのものかを知ることはできない。
銀行であれば支店番号から場所を検索できるが
コンビニATM用の機体番号までは
ネットを使っても調べようがなかった。
- 321 名前:15 海の匂い 投稿日:2007/06/01(金) 22:36
- あさ美は鉛筆を取り出し
通帳に残ったコンビニATMの番号を書き出していった。
しかし
やはり読み方がわからなかった。
―――待て……落ち着け……
あさ美はもう一度ネットを開いて
駅周辺のコンビニATMを確認する。
ATMの種類は……
あさ美は忙しくキーを叩いた。
駅前のコンビニは他2件とは異なるATMを使用している。
他2件の方は共通のATMだった。
―――だめだ
たしかにこれなら駅前でおろした場合
コードからすぐにわかる。
しかし他2件のコードが共通のため
駅前以外のATMからおろした場合
どっちのコンビニかを調べることができない。
―――何か……何か方法が……
どうすればいいか。
どうすれば
2件の番号を知ることができる……。
- 322 名前:15 海の匂い 投稿日:2007/06/01(金) 22:36
- 目をきつく閉じると
すぐにその方法がひらめいた。
―――よし!
あさ美は電話を取って美貴にかけた。
◇
美貴は駅前のコンビニで携帯の充電器を購入した。
気になったのでATMのある位置を確認した。
雑誌コーナーの奥にそれはあった。
店の入り口から最短で行くには
雑誌コーナーを歩いて抜けることになる。
つまり、お金をおろしにくる者の動きは
店の外からもよく見えるということだ。
―――この位置なら、見逃すことはない。
美貴は店の前に立ってみた。
明日の動きをシミュレーションする。
れいなたちがやってくる前に姿を見せたら逃げられる。
れいなの前に姿を現すのは店の中に入ってからだ。
店に入ったれいなたちが雑誌コーナーを横切ろうとする
そのとき店の外に立つ。
まだお金をおろす前だが
美貴の姿をみてれいなたちは慌てるだろう。
しかし、それから出口に向かってもう遅い。
美貴は入り口の外で2人を待ち受けることができる。
- 323 名前:15 海の匂い 投稿日:2007/06/01(金) 22:36
- ―――本当に、明日でチェックメイトだ
もう逃がすことはないだろう。
あとは
れいなたちにどう話すかだ
―――れいな……
美貴は渋谷での会話を思い出していた。
美貴の励ましをはねつけたれいな。
目指すべきゴールのない世界に投げ込まれたれいなには
どんな励ましも効かなかった。
どこを目指して進めばいいかわからないのに
とにかく進めといわれたら誰だって嫌になる。
れいなはあの時
暗く冷たい目で美貴と対峙していた。
優しさを向けられるのも辛いと言っていた。
そのとき
ざわりと身体が震えた。
―――あのときの声……
さっきの愛の態度によくにていた。
さっきの愛は美貴の優しさが煩わしそうだった。
目的を見失ってるから
どこを見ていいかわからずへこむ。
- 324 名前:15 海の匂い 投稿日:2007/06/01(金) 22:36
- しかし
なぜ今になって愛が、そんな風に悩むのだろう。
病院に行くまでは必死に頭を働かせて
れいなの思考をトレースしていたのに……。
愛には追うべき目標がある。
れいなを明日にも捕まえられそうだという今の状況で
落ち込む理由がわからない。
―――病院で……またネガティブ思考になっちゃったかな?
美貴は大きくため息をついた。
愛の変化は気になる。
しかしそれも、2人をつかまえるまでの話だ。
美貴はコンビニを改めて見た。
ちょうど客が出てきて、自動ドアが開く。
ドアは2人並んで出るには狭かった。
れいなたちが明日この店に入ったら
1人ずつ出てくるしかない。
渋谷の時のように最初から警戒して
2手にわかれているということも考えられたが
お金をおろしにきた方をつかまえてしまえば
あとの1人だけで電車に乗ることはできない。
『藤本さん!明日の朝、振込の前に2件のコンビニを回ってください』
「え?」
『ATMの番号を知りたいんです。2000円入金しますから
それぞれの店で1000円ずつおろしてください』
「了解!準備万端だな」
- 325 名前:15 海の匂い 投稿日:2007/06/01(金) 22:37
- そう言って電話を切った。
別のコンビニはいずれも駅から離れている。
タクシーでも使えば
次の函南駅、あるいは来宮駅まで移動することも不可能ではないが
お金が足りない2人がタクシーで長距離を移動するとは思えない。
その間にATM番号からあさ美が場所を特定することができる。
―――大丈夫、上手くいくよ。愛ちゃん……
美貴は、コンビニに背を向け
ホテルへと戻り出した。
夜風が心地よく美貴の頬を撫でる。
美貴は空を仰ぐようにして目を閉じて
その潮風の匂いにひたった。
―――明日で終わりか……
その目から
涙が一筋。
明日、れいなたちを連れ戻すまでだ。
自分の役目はそこまで。
仕事を果たしたら自分はみんなの前を去る。卒業式もできずに。
愛が最も嫌ってたグループの論理に乗っかって。
愛にはきっと責められるだろう。仕方ない。
- 326 名前:15 海の匂い 投稿日:2007/06/01(金) 22:37
- 美貴はそこで自嘲した。
れいなが排除されたときはあんなに憤ったのに。
結局自分は
つまらない「大人」になってしまったのかも知れない。
でも
せめて最後に何かしてやりたい。
これが美貴にとって最後の務め。
これが美貴のせめてもの卒業式。
絶対に負けたくなかった。
◇
あさ美はもう一度ネットを開くと
銀行用のATM検索サイトではなく
汎用の検索エンジンにアクセスした。
そこでなんとなく「熱海 ATM」としてみた。
―――何やってんだろ……
あさ美は自嘲した。
自分まで美貴たちと一緒になって
れいなを追うことに夢中になっている。
- 327 名前:15 海の匂い 投稿日:2007/06/01(金) 22:37
- もちろん後輩のことは心配だ。
だが
本気で心配しているなら
もっとしかるべき所に相談をするべきなのだ。
なのにあさ美は
このことを誰にも話していない。
自分は何をしているのだろう。
―――いや……これでいい
あさ美は自分に言い聞かせた。
れいなを強引に戻してはならない。
強引に夢から現実に引き戻されることが
どれだけ恐ろしいか
あさ美はよく知っている。
夢を見ていたいなら
2人の夢を見させてやるべきだ。
―――矛盾してる……
もう一度自嘲した。
2人の夢などといいながら
あさ美は美貴たちに協力し
逃避行を阻止しようとしている。
- 328 名前:15 海の匂い 投稿日:2007/06/01(金) 22:37
- 明日、美貴たちはれいなたちをつかまえるだろう。
本当にそれでいいのだろうか。
―――結局、必要とされて嬉しいんだ
大学生になって自分の夢に向かう毎日。
誰かに頼られたり、必要とされたりすることは
モーニング娘。にいたころより確実に減った。
後悔はしていない。
自分に投資する時間は貴重だと思う。
でも
こうやって久しぶりに
久しぶりの仲間から頼られると
我を忘れて喜んでいる自分がいる。
自分にとって
大切にしたい世界。
宝物と思える仲間。
そのためにあさ美は今も
必死になって作戦を立てている。
この仕事が美貴にとって
特別な意味を持つだろうことも分かっている。
そのことも
あさ美は真剣に考えていた。
―――それと、彼女のため……
トクンっ
あさ美の胸がかすかに高鳴った。
- 329 名前:15 海の匂い 投稿日:2007/06/01(金) 22:38
- そのときあさ美は
自分がとんでもない見落としをしていたことに気づいた。
「……うそ」
ディスプレイをにらみつける。
<ATM駅前出張所>
地方銀行のATMだったため
さっきの検索で引っかからなかったのだ。
「駅にATMがある……」
あさ美は慌てて、美貴に電話をした。
- 330 名前:いこーる 投稿日:2007/06/01(金) 22:38
- 本日の更新はここまでとなります。……意地でも続けてやる。
- 331 名前:いこーる 投稿日:2007/06/01(金) 22:41
- >>303
ありがとうございます。
実際ありそうな会話で推理が進むように気を配ってますので
そう言っていただけると嬉しいです。
>>304
「グループよりも……」のセリフの重みが、今の状況だと変わってきました;汗
- 332 名前:304 投稿日:2007/06/02(土) 16:44
- まぁその事は横に置いておきましょう、
作者様の創作意欲が下がらないかが心配です。
- 333 名前:名無し飼育さん 投稿日:2007/06/03(日) 00:33
- 愛ちゃんの変化つい気になってしまいます。
誰かに必要とされてそれを実感するってすごい大事なことですね。
意地でも続けちゃってください!!
- 334 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/06/03(日) 01:42
- 更新ありがとうございます。
色々あってなんですが、この話の結末がどうなるのか……
とにかく待つだけです。
- 335 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/06/03(日) 20:43
- 無事更新されてて何故か安心しました
物語はいよいよクライマックスなんでしょうか?それともまだ序章?
いずれにしてもこの4人+1人から今後も目が離せません
- 336 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/06/04(月) 05:38
-
作者様 まけないで! そして、此処に来る読者のみなさんも
娘たちが大好きだと信じています。これからのモーニング娘を皆で応援して行きましょう。
- 337 名前:16 逃避行 投稿日:2007/06/09(土) 21:12
- それを邪魔する権利が自分にはあるだろうか……。
- 338 名前:16 逃避行 投稿日:2007/06/09(土) 21:13
-
16 逃避行
- 339 名前:16 逃避行 投稿日:2007/06/09(土) 21:13
- 「普通ならはじめて来る駅のATMなんか見逃す……
でも……あたしがれいななら……見つけるかもしれん……」
「愛ちゃん、どうして?」
美貴は、愛の顔をのぞき込むようにして聞いた。
愛は目を閉じたまま思考に集中している。
ホテルに戻る直前、あさ美から連絡があり
熱海駅改札のすぐ脇にATMがあると知らされた。
地方銀行だが、美貴の銀行口座の引き落としができる。
そこで再び愛と作戦を立て直さなくてはならなかった。
あさ美の話によると駅のATMは
ロータリーを挟んでコンビニとは
真反対の位置に置いてあるという。
美貴1人でその両方を見張ることは
不可能ではないが、仮に駅を張っていて
れいなたちがコンビニに現れた場合に
対応が遅れてしまう。
足を怪我している愛が
追いかけることはできない。
見張りにつけるのは美貴1人。
ATMは反対側。
つまり
どちらか一方に賭けて見張るしかない。
愛にそのことを話したため
愛が必死に推理をしているところだ……。
と、思ったら
「駅だ!」
愛が突然叫んだ。
- 340 名前:16 逃避行 投稿日:2007/06/09(土) 21:13
- 美貴の肩を強く握って見つめてくる。
「美貴ちゃん、わかった。聞いて」
「うん」
「2人にはお金がない。
たぶんご飯もまともに食べられない。
仕送りが来たらすぐにでも下ろしたいはず。
私がそんな状況になったら、駅に降りた時点で
銀行がどこにあるかを確認するよ」
「でも……それだけじゃどっち使うかわかんない。
事前に確認するだけなら、駅もコンビニも両方見つけてるかも」
「そう……確かにそうやね……」
美貴が突っ込みを入れると
愛は再び考え始めた。
「れいなはどっちのATMも見つけてる可能性が高いとしたら、
その中でより利用しやすい方はどっちか……コンビニかな?
24時間使えれば早朝でも深夜でも引き落としができる」
「関係なくない?」
美貴が即座に突っ込んだ。
「美貴からの振込がないと引き落としできない。
普通に考えたらわざわざ深夜に仕送りしないよ。
現に美貴たちは明日の朝に振り込もうとしてる。
24時間使えるかどうかは問題じゃない」
「そっか……じゃ、れいなたちの立場で考えて……」
愛が頭を抱え始めた。
- 341 名前:16 逃避行 投稿日:2007/06/09(土) 21:13
- 「愛ちゃん、落ち着いて」
「落ちついてるが!……ちょっと、待っとって!
ご飯食べるお金もない時に考えるのは
便利さやない……」
「うん」
「便利さよりも、手数料の安さ……」
「どちらも提携ATMだから、やっぱり手数料はかかる。
大差ないよ」
「あーやっぱり、結局わからんよ」
「もうちょっと、考えてみよう」
愛はイラだっているが
美貴は手応えを感じていた。
愛が、その発想力で可能性の限りを尽くすのは
決して無駄な作業ではなく、むしろ良い傾向なのだ。
愛の思いついたこと一つ一つを
つっこみ役の美貴がつぶしていくだけでも
充分正解に近づける。
「あ……」
愛がポンと手を打った。
「何、愛ちゃん?」
「さっきの美貴ちゃんの話?」
「さ、さっきって、いつ?」
「お金おろしたらすぐに移動するはず……そう言ったやろ」
「ああ……言った」
- 342 名前:16 逃避行 投稿日:2007/06/09(土) 21:13
- 美貴たちにとっては
れいなが使用するATMの位置だけが
追跡の手がかりなのだ。
れいなにとってみれば、そんなATMからは
すぐにでも離れたいに違いない。
「そっか……そうだな」
美貴の思考がふっ、と軽くなった。
愛と考えが同期した手応えがあった。
「お金を手に入れてすぐに熱海を出発できる方は……」
「そう、駅に賭けよう美貴ちゃん!」
「OK!」
美貴は立ち上がった。
「考えて見たら愛ちゃんの言うとおりだ。
それにもしも2人がコンビニに現れたなら
急いで改札に向かえば、電車に乗る前に止められる」
美貴は愛を見た。
その顔には、昼間と同じ笑顔が戻っていた。
◇
- 343 名前:16 逃避行 投稿日:2007/06/09(土) 21:13
- れいなはぼーっとした頭を振った。
ちっとも寝付けない。
さっきから何度も体勢を変えてみたりしたが
どうやっても落ち着いて眠ることができなかった。
隣で寝ている小春を見る。
眠った小春は
眉間にしわを寄せて苦しそうにしていた。
眠れないイラだちの中で
れいなの心が苦しくなった。
れいなを慕ってきた小春に
いらぬ心配をかけ
こんな苦しい思いまでさせてしまっている。
自分はこのままでいいのか?
このまま自分の都合で
小春に寄りかかっていていいのか?
れいなはもう一度頭を振って無理に寝ようとした。
しかし
やはり寝る体勢が決まらず
イラだちはつのるばかりだった。
◇
- 344 名前:16 逃避行 投稿日:2007/06/09(土) 21:14
- あさ美が翌朝起きると
すぐに美貴から連絡があった。
愛の口座に振り込むようにとの指示だった。
美貴のカードはれいなに渡っている。
あさ美は早速、口座にログインして
愛の口座に3000円を振り込んだ。
そして1分おきに出金明細を更新させる。
すると1件目のコンビニから1000円が引き落とされた。
コンビニ名のとなりに番号を書き写す。
それから3分後、2件目のコンビニから
再び1000円が引き落とされた。
予想通り、金融機関コードは共通。
その横にある6桁の番号を控えた。
その5分後に、駅に一番近いコンビニから引き落としがあった。
あさ美のノートに、3つの番号が揃った。
そしてその下に、もう一つの番号を記入した。
ネットで調べた駅前出張所の番号だった。
―――準備できた……いつでも大丈夫
「作戦開始」
あさ美は一つ息をついて
1万円を美貴の口座に送金した。
- 345 名前:16 逃避行 投稿日:2007/06/09(土) 21:14
- ◇
美貴は
コンビニから出ると
駅前のATMまで走って移動した。
念のため愛には
コンビニ近くに止めた車で待機してもらっていた。
もしれいなたちがコンビニに来たとき
すぐに連絡を取るためだ。
美貴はATM近くの柱に隠れて立った。
れいなたちが来ても
この位置にいる美貴には気づかないだろう。
潮風が美貴の髪を揺らす。
今日は風が強い。
心がざわついている。
―――本当に……これが最後か……
心拍数を落ち着けるために深呼吸をする。
美貴は熱海の町並みに目をやった。
駅前には建物がひしめき合い
景色を眺めることができない。
観光地らしい看板が
互いに競い合うように主張している。
美術館、庭園、温泉。
- 346 名前:16 逃避行 投稿日:2007/06/09(土) 21:14
- ―――温泉か……
こんな状況でなかったら
のんびりしてみたい気もする。
れいなたちはどうだろう。
見かけによらず
小春はお風呂好きのはずだ。
現実に疲れて逃げ出した2人。
今日、お金をおろしてから
案外熱海にとどまって
のんびり温泉にでも入るかも知れない。
―――もし、熱海にとどまるつもりなら……
お金をおろしに来たれいなを説得して
4人で1泊するのも悪くない。
連れ返すのでなければ
美貴たちを受け入れてくれるかも知れない。
愛は怪我していてお風呂には入れないだろうが
きっと一緒に泊まりたがるだろう。
どうせ自分も愛も
現実には戻りたくないのだ。
―――あんな所なんか……
それなら
いっそ……
- 347 名前:16 逃避行 投稿日:2007/06/09(土) 21:14
- 美貴の胸が思わず高鳴る。
現実を追われたもの同士
傷をなめ合うような時間が欲しい。
辛い現実を立ちきって
後先なんて考えずに
4人で楽しく暮らせたら……
―――何を考えてる!
美貴は頭を振って妄想を振り払った。
まだれいなたちは現れていないのだ。
夢に浸るのはまだ早い。
美貴は意識を現実に戻す。
まずは手前の作戦だ。
れいなたちが現れたら
ぎりぎりまで引き寄せてから
姿を現す。
足の速さでれいなに負けることはない。
絶対に、追いつくことができる。
―――早く来い!早く姿を現せ!そして……
「そして……」の続きは今は考えないようにした。
続きを考えるのは
2人が来てからでいい。
2人を捕まえてからでいい。
- 348 名前:16 逃避行 投稿日:2007/06/09(土) 21:14
- ◇
「あった!日帰り温泉」
小春のキンキン声が寝不足の頭によく響いた。
「まず、お金をおろさんと」
「ほら、ここ安いよ」
「じゃ、後で来よう」
「うん!」
れいなは呆れた顔を見せたが
確かに温泉には入りたかった。
昨日は入ることができなかったから。
道を進んでいく。
景色の開けた所まで来ると
2人は意味もなく立ち止まった。
「きれい。水がキラキラしてる」
朝日を反射して水面が輝いている。
波もない、穏やかな水面だった。
れいなはほっ、と息をつく。
きれいな景色に
寝不足で苦しかった胃が、解きほぐされる感じ。
一時とはいえ
嫌な気分が消えてくれる時間は嬉しい。
この時間がずっと続いて欲しい。
- 349 名前:16 逃避行 投稿日:2007/06/09(土) 21:14
- ―――もう、誰にも邪魔させん……
もう、死にたいなんて思いたくない。
あんな心地は二度と味わいたくない。
れいなは小春の手を握って
振り返った。
「あそこだ!」
「え?」
「駅の人に聞いたら、あそこが一番近いATMだって。
藤本さんが仕送りしてくれてるかもしれん」
そして
2人は歩きだした。
湿った風が髪を揺らした。
◇
- 350 名前:16 逃避行 投稿日:2007/06/09(土) 21:15
- ビルの間を風が吹き抜け美貴の髪を揺らした。
潮の匂いがかすかにする。海の匂い。
美貴はじっと身を隠し
ATMに近づく者がいないかをずっと見張っている。
しかし
あさ美が送金してからATMに近づいた者は
1人もいなかった。
断続的に
列車を降りてきた人の群れが駅前を賑わすが
それもロータリーを覆うほどではなかったし
すぐにどこかに散っていった。
その中にれいなたちが紛れていることはなかった。
万が一の場合を考えて
改札を通る者にも目を通していたが
やはりれいなたちの姿はなかった。
―――どうした?
ひょっとすると向こうは
朝食にありつけたのかも知れない。
空腹が満たされれば
慌ててお金をおろす必要はない。
―――昼頃まで張り込むことになるかもな。
- 351 名前:16 逃避行 投稿日:2007/06/09(土) 21:15
- 根気勝負になるかと覚悟を決めたそのとき
美貴の携帯にあさ美から連絡が入った。
『藤本さん!動きがありました!
れいなが1万円を引き落としました』
美貴の顔がこわばった。
「どこ?」
『ちょっと待ってください……この番号は……』
慌ててATMの周囲に目をやるが
側には誰も近づいていない。
『これ……桁数が違う。コンビニじゃない!』
「ええ!?だって銀行ないんでしょう?」
『郵便局のATMです。でも……熱海駅付近に郵便局なんて……』
あさ美が受話器の向こうでキーボードを忙しく叩く。
しばらくして
『藤本さん。見つかりました。れいなたちがいるのは』
あさ美が言った。
『弁天島です』
「べ、弁天島って……浜名湖の!?」
美貴は驚愕した。後頭部を強烈に殴りつけられたみたいだった。
この時点でれいなたちはすでに
静岡県を東端の熱海から西端の浜名湖まで横断していたのである。
- 352 名前:16 逃避行 投稿日:2007/06/09(土) 21:15
- 「どうやって?」
浜名湖までは150キロ以上の距離がある。
どんなに飛ばしても1時間では着かないだろう。
どうやって移動したのかはわからないが
とんでもない距離差をつけられてしまった。
追いかけたところで、向こうが移動を開始していれば
もうどこへ行ったかわからない。
―――やられた……。
美貴は、愛のいる車まで駆けだしていた。
◇
れいなは
引き落とした1万円をしまおうと
財布を開けた。
中から切符が落ちてしまった。
小春がかがんでそれを拾う。
「こっちの切符は、もういらん」
れいなはそう言って
夜行列車の切符を取ってゴミ箱に捨てた。
- 353 名前:16 逃避行 投稿日:2007/06/09(土) 21:15
- 「こっちはまだ使うけん、しまっておこう。
また豊橋に戻らんと」
そう言うと
休日乗り放題切符を1万円と一緒に
財布にしまった。
「ふふ……」
隣で小春が笑う。
れいなも嬉しくて一緒になって笑った。
「やっぱり、こんなところまでは追って来られないよね」
「あのお兄さんの教えてくれたとおりやった」
静岡地区には土日祝日限定で
JR線が一日乗り放題となる切符がある。
1人2600円で熱海から豊橋まで移動できる格安切符だった。
それに夜行列車の指定席が1人510円。
野宿でもなく、ファミレスでもなく
夜行列車こそが
子どもだけで夜を明かしても怪しまれない場所だった。
もちろん少女2人が夜行に乗っていたら目立ちはするが
レストランのように
何度も顔をじろじろ見られるようなことはない。
それにみんなの目があるから貴重品の管理さえできれば
野宿や健康ランドよりかえって安全だと聞いた。
- 354 名前:16 逃避行 投稿日:2007/06/09(土) 21:15
- 夜行列車は熱海を0時過ぎてから出発するため
一日乗り放題の切符と、夜行列車の指定席券の2枚で乗ることができる。
2人でこれを利用して6220円。
予算の範囲内で
宿の確保と移動を同時に実現することができた。
これらはすべて
長津田で18切符のことを教えてくれた青年が
知っていた方法である。
ただし、シートで睡眠を取らなくてはならないため
慣れていないと寝るのに苦労をする、とも聞いた。
だかられいなはずっと寝付けなかったのだ。
れいなは小春に笑いかけた。
「よし!さっきの温泉行こう!」
「わーい。弁天島温泉て始めて」
「結構有名らしいよ」
「へぇ、楽しみ」
―――やっと、振り切った
美貴たちはれいなたちの予算を管理して
行き先を推理している。
だから、向こうが思いもよらない低予算で
移動することができれば
追跡を逃れることができる。
そう踏んで
青年から聞いた方法に賭けることにしたのである。
- 355 名前:16 逃避行 投稿日:2007/06/09(土) 21:16
- それは見事に成功した。
「でも」
小春がれいなの袖を引いた。
「さっきお金おろした場所は向こうも知ってるんだよね?」
「ここまで仮に新幹線を使ったとしても
1時間30分かかる。
車なら、休日の渋滞で2時間。
れいなたちの手元に1万円。
1万円、2時間があれば……」
「動こうと思えば結構動けるね」
「そう。向こうには弁天島にとどまっている保証もない。
無数の駅を見張っていないと探せないんだから」
「そっか……探しようがないね」
そう。探しようがないのだ。
美貴の性格的に
ほんのわずかな可能性だけで
一つの駅を見張り続けるようなことはしないだろう。
「うん。大丈夫。温泉に入れるよ」
「よかった」
小春が安心した表情を見せたので
れいなもほっとした。
これでもう
追っ手に怯えることはない。
本当の自由を手に入れた。
―――やっと、本当に2人だけになれたんだ。
「のんびりしよう。何もかもを忘れて」
日帰り温泉。
しばらくは
2人の甘い逃避行が続きそうな予感がした。
- 356 名前:いこーる 投稿日:2007/06/09(土) 21:16
- 本日の更新はここまでとなります。
- 357 名前:いこーる 投稿日:2007/06/09(土) 21:21
- >>332
>>333
>>334
>>334
>>335
>>336
皆様、本当にありがとうございます!!
こんな中でも楽しみにしていただけているというのが
本当に作者の励みとなりました。
辛い思いがこんなふうにちょっとでも救われるから
娘。小説ってやめられねぇ、とか意味わかんないこと考えました。
予定とは話の流れを変えることになりました。
2人の逃避行はどこまで行くか、作者にもわかりませぬ。
見守ってやってくださいませ。
本当に励ましのお言葉ありがとうございました。
- 358 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/06/10(日) 01:44
- 少しでも作者様の励ましになれば良かったです。
今後もリアルの彼女達も小説の彼女達も応援していきます。
- 359 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/06/10(日) 07:13
- 何よりもこういう小説って、作者様が楽しんで書けないと意味がないですからね。
読者にはレスしかできませんが、楽しみにしている人間が多くいますので。
熱い展開ですね。まさかアノ手段を使うとは思いませんでした。
逃亡が始まった時点の駅の工事状況などまでリアルに描かれているのが
あの辺りの地理や路線を知ってる人間にはゾクゾク来たですよ。
無事に完結された暁には、電車でこの小説の足跡をたどってみたい、と密かに思っています。
- 360 名前:名無し飼育さん 投稿日:2007/06/10(日) 21:00
- どこまで続くか分からない逃避行でもずっと追っていきます!!
れなこはやってくれましたねえ。読むたび純粋にわくわくして楽しい気持ちになります♪
- 361 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/06/14(木) 22:01
- 更新ありがとうございます。
リアルを感じさせる書き込むが、物語に必要なスパイスとして成立してるのがすごいです。
続ける待ってます。
- 362 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/06/14(木) 22:01
- 更新ありがとうございます。
リアルを感じさせる書き込みが、物語に必要なスパイスとして成立してるのがすごいです。
続ける待ってます。
- 363 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/06/18(月) 12:01
- おもしろい!
続き待ってますので頑張ってください!!
- 364 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/06/19(火) 04:26
- ワクワクする作品です。好きですよー。
- 365 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/06/22(金) 15:30
-
凄く引き込まれました。逃避行1もこれから読んできます。
久しぶりにドキドキする作品にめぐり合えたました。作者さん有難う!。
- 366 名前:17 温泉 投稿日:2007/06/24(日) 19:56
- 都会の喧騒を忘れ
過酷だった仕事を抜けて
たどりついたのは
小さな駅。
- 367 名前:17 温泉 投稿日:2007/06/24(日) 19:57
-
17 温泉
- 368 名前:17 温泉 投稿日:2007/06/24(日) 19:57
- 大浴場の大きな窓から
赤い鳥居が見える。
あの鳥居は弁天島のシンボルタワーだと
宿の人が言っていた。
鳥居の向こうには、
重たそうな雲が見える。
暗い雰囲気だったが
郷愁を感じさせる。
こういうのもいい。小春はそう思った。
まだ午前中のためか
大浴場にはれいなと小春の2人しかいない。
天井が高く、静かな浴室内に水音がよく響いた。
2人ちょこんと並んで
ぼーっとしながら鳥居の見える景色を眺めていた。
こういうとき、2人は会話が止まる。
いつもはしゃいでばかりに思われる2人だったが
何もしないでいい時間が訪れると
途端にまったりし出すのだ。
電車での移動中も
席がなくて立っている間はよくしゃべるのだが
席が空いて座れるようになると
止まる。
気まずくはない。
むしろ、心地良い。
- 369 名前:17 温泉 投稿日:2007/06/24(日) 19:57
- 湯気が視界を包んでくる。
窓が曇ってくる。
もう、鳥居が見えなくなっていた。
小春の視界にはれいなしかない。
背景もなく、周囲はただ白く霞んでいた。
れいなの横顔を
何も話さず、ただぽーっと見ている。
見ていて飽きなかった。
いっそこのまま
れいなだけを見ていられたらいい。
自分はこんなふうになにもせずに
隣でれいなを見ているだけで満足できる。
れいなしかいない景色が
すごく価値あるものに思える。
でも、れいなは視線に気がつくと
照れくさそうに笑って
ぷいと顔を向こうに向けてしまう。
「はー、なんか照れるね」
「えー。いいじゃん」
小春はれいなの腕を引っ張った。
れいなは肘をつかって腕を引き離すと
水音を立ててその場で立ち上がった。
「の、のぼせそう」
そう言うと湯船から出て行く。
- 370 名前:17 温泉 投稿日:2007/06/24(日) 19:57
- 「窓曇っと」
パタパタと大窓のもとに移動して
手のひらでこすって向こうを眺めた。
れいなの姿はたちまち湯気の向こう。
シルエットしか見えない。
―――逃げた。
小春は唇をとがらせた。
れいなは外の景色を見て
小春と2人きりの状況から
意識だけでも逃れようとしている。
寂しがりのくせに。
―――いいもん。すぐ戻ってくるもん。
どうせまたすぐ
小春の側に来るに決まってる。
れいなだって淋しいはずだ。
1人で湯気につつまれて
小春が見えないのだから。
- 371 名前:17 温泉 投稿日:2007/06/24(日) 19:57
- と思ったらパタパタと足音がした。
―――ほらね
湯気の中かられいなが戻ってきた。
しかし
小春のところに来ると思ったら
中途半端な位置で
足だけを湯船につけて
縁に腰掛けた。
小春とは2メートルの距離。
湯気でぼんやりするくらいの位置だった。
小春はもどかしい距離にいるれいなを
もどかしそうに見ている。
―――あーあ。
最初はお風呂が貸し切り状態で喜んだ。
れいなと2人きりになれる。
2人だけの時間が過ごせる、と。
しかし今になってみれば
誰か客が居てくれた方が良かったように思える。
もし誰かが居れば、
れいなもあんなふうに自由にはできずに
もっと近くにいてくれるのに。
- 372 名前:17 温泉 投稿日:2007/06/24(日) 19:57
- それが広い浴場に2人だけなもんだから
2人だけで使い放題なもんだから
れいなは小春が一線越えそうになるのを恐れて
距離を取りたがる。
小春は小春で
れいなの気持ちを
つかみかねているところがあった。
だから
れいなが近づいてくると自信が出たが
れいなが小春から遠ざかってしまうと
自信を失って
勇気が萎えて
牽制されたように
何もできなくなってしまう。
こうなると
2人の時間は止まる。
物語の進行はそこでストップして
あとはもどかしいばかり。
小春から
離れようとして
離れすぎて
戻るに戻れず
途中で座り込んでしまったれいな。
その元に、笑いながら行けたらいいのに小春は
急にへこんで
動く気力がなくなってしまった。
- 373 名前:17 温泉 投稿日:2007/06/24(日) 19:57
- 2人が取った位置は
そのまま心理的な
2人の距離を表している。
ガラス張りの浴室は
れいなと小春の心の中。
潜在的な違和感。
目に見えない壁。
心の隔たり。
それは
本能的な恐怖でもある。
必要以上に近づいて
必要以上に傷つくことを恐れる。
その後ろ向きな心が2人を躊躇させ
お互いを伺うような行動を取らせる。
小春は悔しかった。
いつになく
自分がもどかしい。
れいなのことになると急にだめ。
パタパタと音が近づく。
「ちょっと上がってお茶飲もう」
そう言ってきた。
- 374 名前:17 温泉 投稿日:2007/06/24(日) 19:58
- 急に腹の底が熱くなって頭に来た。
小春がこんなに苦しんでいるのに
れいなは自分だけで決めてしまう。
思わず
きつい言い方になってしまった。
「勝手に決めないでよ!1人で行けば」
「……え、ごめん」
そのときのれいなの表情を小春は忘れない。
目が本気で悲しがっていた。
口がへの字に曲がっていた。
泣き出してしまうのではないかと、小春はとまどった。
小春はため息をついて、湯船を出た。
―――道のり、長そう……
でも、ちょっと安心した。
やっぱりれいなは自分を必要としてくれている。
とりあえずのところは
それでよしとしようか。
「なんでもない。いこっ」
小春は
れいなの手を取って脱衣所に向かった。
◇
- 375 名前:17 温泉 投稿日:2007/06/24(日) 19:58
- 愛は車の中で状況を聞いて
目を丸くした。
「一体、どうやって?」
「わかんない……」
美貴にも未だに
れいなたちのとった手段がわからなかった。
昨日は10000円しか仕送りしていない。
それ以前には、2人の持ち金はつきていたはずだ。
だからこそ、美貴からお金を借りた。
10000円では宿を取るので精一杯
というのが愛の推理だったが
その間に2人は大きく移動していたことになる。
「でも手段考えてもしょうがないか。
もう弁天島まで移動しちゃったんだから」
美貴は得意の合理主義で
すぐに思考を切り替えた。
「問題は……これから、どうするか」
「……」
もう、相当に距離差をつけられてしまった。
車で行っても、追いつかないかも知れない。
美貴たちが弁天島に着く頃に、向こうがどこにいったのか
それを知る手がかりは消え失せてしまっているだろう。
打つ手がないように思える。
- 376 名前:17 温泉 投稿日:2007/06/24(日) 19:58
- 「美貴ちゃん、どうするの?」
「うーん。車で追うのはもう限界かなぁ。
新幹線を使った方が……」
美貴がそう言った時である。
愛がふとそっぽを向いた。
―――愛ちゃん?
それはちょっとした動作だった。
ほんのちょっとした動作だったが
美貴を焦らせた。
「どうしたの?」
「何でもない」
愛はそう言いながらも美貴を見ようとしない。
自分の中に閉じこもろうとしていた。
―――まただ……
美貴から逃げようとするような仕草。
昨夜ホテルで感じた違和感と同じだった。
「美貴ちゃん、続けるんだね?」
「何言って……」
「もう、追いつかないかも知れないのに」
「そんなこと言ってられないだろ!?」
- 377 名前:17 温泉 投稿日:2007/06/24(日) 19:58
- 「なんか……」
愛の視線がすっ、と車内に戻り
美貴を真っ直ぐに見た。
「美貴ちゃんらしくない」
ざわり。美貴の心がうずいた。
「なんで変わっちゃったの?」
「べ、別に、変わってないよ」
「気づいてないならいいよ」
「……」
―――美貴らしくない?
「どういう意味?」
美貴が訪ねると、愛は急に
大きく首を振ってから笑った。
「ごめん……なんでもない!
私わけわかんないこと言っちゃった。
れいなたちに逃げられて動揺してた……」
「……愛ちゃん」
「そんなことより美貴ちゃん」
愛はポンっ、と美貴の肩に手を乗せた。
「新幹線の時間調べてみよう!
2人に追いつくかもしれん」
「……う、うん」
- 378 名前:17 温泉 投稿日:2007/06/24(日) 19:58
- 愛は、あさ美に電話をしていた。
美貴は何か引っかかったが
今は追跡の方が先だ、と思い直した。
すると
「あ、パソコンで新幹線の時間調べて欲しいんやけど。
熱海から……え?行き先?行き先は……」
そこで、愛の言葉が止まった。
「どうした?弁天島に行くんだから、浜松か豊橋だろ?」
「浜松か……豊橋……そう、そうだよね」
愛は受話器を離し、小声でぶつぶつ言っている。
目は一点に集中して見開かれていた。
何かを考えている。
美貴は、愛が結論を出すのをじっと待った。
「あさ美ちゃん!やっぱり車ルート検索して!」
「ちょっと、どうしたの?」
「美貴ちゃん、早く車出して!」
「え?新幹線は?」
「まだ、車が必要かもしれない」
「どうして?」
- 379 名前:17 温泉 投稿日:2007/06/24(日) 19:59
- そのときあさ美の声が受話器から聞こえてきた。
『県道11号をつたって、沼津で東名高速に乗って』
美貴はわけもわからず、とりあえず車を出発させた。
9:32 熱海駅前
「弁天島に行くには、浜松か豊橋。
弁天島からお金をおろした、ってのはすごいヒントやった」
「ヒント?」
「コンコン!東海道線の夜行電車を調べて!」
『わかった』
美貴はハンドルを切りながら言う。
「夜行か!なるほど」
「うん。2人は夜行列車で移動したから宿代がかからなかったんだ」
「それで?ヒントってのは?」
『夜行電車あったよ!何を調べればいい?』
愛は、チラリと美貴の方を見てから言った。
「その電車、弁天島に停車しないでしょ?」
「……え?」
- 380 名前:17 温泉 投稿日:2007/06/24(日) 19:59
- 『た、確かに。浜松に3:33。豊橋着が4:15。その間の駅は通過してる』
「そうだよね。夜行の各駅停車なんて聞いたことないもん」
「……つまり、それって」
美貴の脳みそが忙しく動きだした。
浜松を出た夜行列車は、そのまま弁天島を通過して豊橋に行く。
「2人は、なんで通過したはずの弁天島にいるの?」
「……」
美貴はため息をついた。
今回、愛の着眼に感嘆するのは何度目だろう。
「弁天島には温泉があるし、景色もきれいだって聞いた。
のんびりと時間をつぶすには調度いい場所なんだよ」
「でも……浜松に午前3時半着だろ?
そんな時間に弁天島に行く方法がないよ」
「そう。弁天島に行くためには3:33分に浜松で降りて始発を待つか
あるいは豊橋まで行ってから、引き返す電車に乗るか。
といっても6時くらいまで電車はないだろうね。
2人は2時間もの間、夜明け前の暗い駅のホームで電車を待っていたんだよ」
―――なんてこと……
何もないホームで堅いベンチに座って
ただひたすら2時間、次の電車を待つ。
なんのためにそこまでする?
「うちらから……逃げるため?」
「そう」
- 381 名前:17 温泉 投稿日:2007/06/24(日) 19:59
- 車が赤信号で止まった。
美貴は、胸の中がしびれたように感覚がなかった。
自分たちの好意が、そこまで2人を追い詰めていたなんて……。
「美貴ちゃん、そんなに落ち込まないで。それだけじゃないの」
「え?他にも何か?」
「落ち着いて考えてよ!」
愛にいさめられた。
いつもの逆だった。
「逃げるためだけなら、お金をおろすのは豊橋でいい。
その後の行動が取りやすくなる。
でも、2人は電車が動く時間になってから弁天島まで移動してる」
「わざわざ……快速の止まらない駅に移動した」
「そう。なんのため?」
「なんのためって……」
逃げる2人がとった
無意味な移動。
「さっきも言ったけど弁天島は、時間をつぶすにはいい場所」
「まさか、時間つぶし?」
「そうだと思う。それ以外に、弁天島に行くはずがないもん。
つまり2人は、今日は理由があってのんびりするつもりなんだよ」
「理由?」
「お金の温存」
- 382 名前:17 温泉 投稿日:2007/06/24(日) 19:59
- 「……そうか。
美貴が1日1回は仕送りするルールを作ったから……」
「明日か、明後日か……とにかくお金が貯まるのを待って
一気に移動をするつもりなんだ。
だからまだ追いつく」
「だけど……うちらが追いかけるのは、本気で嫌がっている」
「そう。だから美貴ちゃん……」
愛の声のトーンがふいに暗くなった。
「本当に続けるの?」
美貴の心がざわりとなった。
愛の言葉を美貴は頭で整理した。
れいなたちはお金を温存しにかかっている。
一定額が貯まればゴールまで向かう気だろう。
「ゴールはやっぱり……福岡?」
「だと思う」
「ゴールまでたどり着いたら?」
「その先をどうするか、考えてえんのかもしれん」
れいなは特に考えもなしに
とにかく逃げている。
今は目的地があるから、逃げるのに夢中になっているが
もし、
逃げる必要がなくなったら、れいなの精神は
失意と絶望に追いつかれてしまうかもしれない。
必死に逃げている間は、まだいい。
- 383 名前:17 温泉 投稿日:2007/06/24(日) 19:59
- ―――それなら……
信号が青に変わった。
美貴はアクセルを強く踏んで車を急発進させた。
「やっぱり追いかけよう」
どこまでもれいなを追っていこう。
れいなを生かすために。
れいなの心が救われるまで
どんなに嫌われようと、れいなを追い続けよう。
―――今回も、悪役でいい。
それがれいなのためだ。
美貴は、自分にそう言い聞かせた。
10:00 南二日町
- 384 名前:いこーる 投稿日:2007/06/24(日) 19:59
- 本日の更新は以上になります。
- 385 名前:いこーる 投稿日:2007/06/24(日) 20:06
- >>358
ありがとうございます。
私も応援し続けていく覚悟でいます。
>>359
逃避行シリーズは、地元の人が読んでも違和感がない。というのを目指しています。
といっても何点か「?」なところはあるんですけどね;汗
>足跡巡り
ぜ、ぜひレポを!
>>360
ずっと追いかけてきてください。作中の2人のように
>>362
> リアルを感じさせる書き込みが、物語に必要なスパイスとして成立してるのがすごいです。
ともすればリアルと乖離してしまいそうなところを、かろうじてつないだ、ってのが実際なんです;汗
リアルとアンリアルを混ぜる作品を何度か書きましたが、こういうのは初めての経験です。
>>363
頑張ります!ありがとうございます。
>>364
ワクワクドキドキをこれからも継続して参ります。
>>365
一気読みありがとうです!「1」は昔の作品でいろんな意味で「若い」作品だと思っていますが
どうぞよろしくお願いします。
- 386 名前:ais 投稿日:2007/06/24(日) 21:01
- 何度読んでもゾクッとさせられますね。
先の先まで見据えている作者様には尊敬させられます。
現実とリンクしていると、別の意味でも色々と大変ですよね・・・。
次の更新も楽しみに待ってます。
- 387 名前:名無し飼育さん 投稿日:2007/06/25(月) 12:45
- 更新お疲れ様です。
自分のしてることが相手のためになってるかって分からないですよね。
追う方もしんどいように感じました。
次回も楽しみにしてます。
- 388 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/06/29(金) 08:53
- 拒まれることの怖さ。
否定されることの辛さ。
今はまだどっちもキツいかあ…
- 389 名前:18 空の陰り 投稿日:2007/07/10(火) 21:54
- 新幹線の2階の窓から見える景色は
くすんだ色をしていた。
こう見えるのも、
自分を取り囲む数々のしがらみのせいかもしれない。
- 390 名前:18 空の陰り 投稿日:2007/07/10(火) 21:54
-
18 空の陰り
- 391 名前:18 空の陰り 投稿日:2007/07/10(火) 21:55
- 仮眠室のシートで目が覚めたときには
もうお昼を回っていた。
夜行で寝不足だったところで温泉に入ったため
あがると急に眠気に襲われ
そのまま2人して仮眠室に入ったのだった。
れいなが起き上がると
身体のあちこちが音を立てた。
全身がだるかった。
しかし、ちょっとすっきりした感じ。
疲れが汗と一緒に流れてくれたみたい。
いい感じの風呂上がりだった。
ロビーのソファーでテレビを見ていた小春を呼び
温泉を出た。
外に出ると空気が重かった。
朝よりも雲が濃くなって
上空にのしかかっている。
雨になるかもしれない。
湖面は静かに揺らめいていた。
暗い空。音のしない湖。
時折、車が音を立ててれいなたちの脇を過ぎていく。
どこか、淋しい風景だった。
「これから……どこに行こうか」
- 392 名前:18 空の陰り 投稿日:2007/07/10(火) 21:55
- 小春がつぶやくようにそう言った。
「そうだね……どうしようか」
「……」
「どうしようね……」
自分たちの声も遠く
湖に吸い込まれていく。
心の中のくさくさした感じも
ずっと感じていた胸のつかえも
全部吸い込まれていく。
静かな道を
のんびり
歩いてる。
車の通る音。
「この辺の宿、高いね」
弁天島は高級旅館ばかりだった。
規模の大きい所は熱海と変わらないが
ここでは建物がひっそりしている。
看板が小さく、入り口も大きくない。
うっかりすると、マンションかと間違える。
ホテルが自分の存在を主張しない
閑とした風景に
れいなは好感を覚えた。
- 393 名前:18 空の陰り 投稿日:2007/07/10(火) 21:55
- ここでは建物が堂々としていた。
あくせく自己主張をするのではなく
ただ存在するだけだった。
それは、自分に欠けていたもの。
れいなは自分を主張することに必死だった。
幼いころからそうだったから
もうそれが当たり前になってしまっていた。
しかし今は違う。
遠く浜名湖まで来て
れいなに注目する者がいない。
人の目を気にせずに
小春と2人で
手をつないでゆっくり歩いている。
会話も思いつきで、すぐ途切れる。
そんなまったりした時間。
このまま時間が流れてくれればいい。
そう思った。
しかし……
2人の知らぬ間に
物語は新たな方向へと流れを変え始めていた。
2人を陥れる罠は
このときすでに準備を整えつつあった。
- 394 名前:18 空の陰り 投稿日:2007/07/10(火) 21:55
- 「とりあえず、豊橋まで戻ろう」
「それからどうするの?」
「この辺りじゃご飯も高いし」
「そうだね」
2人は、湖を後にして列車に乗った。
13:00 弁天島発
電車の中、2人は座ったまま
何も会話せずにいた。
ただ、座っているだけでよかった。
ぼーっと車内を眺める。
つり革が電車の動きに合わせて揺れる。
そのつり革の向こうに、小春は見つけた。
―――あ……
中吊り広告に、小春の見慣れたイラスト。
それは自分が声を演じているアニメキャラクターだった。
小春はすっ、と目を落とした。
れいなに悟られないようにそっと。
- 395 名前:18 空の陰り 投稿日:2007/07/10(火) 21:56
- 自分が逃げだして
あの役は、誰が引き継ぐのだろう。
結構人気のあるアニメだから影響も大きいだろう。
しかし
今の小春にとってはそれも、遠い世界の話。
自分にはもう、関係ない世界の話。
れいながいてくれれば
それでいい。
◇
やはり休日ということもあり
道はスムーズには進まなかった。
その間にあさ美が
トクトクきっぷについて検索し
2人が休日乗り放題切符を使用したことを調べた。
「美貴ちゃん聞いた?
2人の使ってる切符で豊橋まで乗り放題」
「うん……どこで降りてもいいとなると
捜索範囲が広すぎる……」
これまでの追跡は
どの駅にいるかわかっていたから追ってこられたのだ。
「せめて駅だけでもわかれば……」
「れいなたちは」
愛が窓の外に目を向けたまま言った。
「限られたお金で行動してる」
- 396 名前:18 空の陰り 投稿日:2007/07/10(火) 21:56
- 「うん」
「今日一日、乗り放題の切符があったら
なるべく目的地に近づけておくんやない?」
「目的地って言っても……」
「その切符でいけるのが、国府津・熱海・甲府・豊橋の4方向。
2人は福岡を目指しているなら……」
「方向的に、一つしかないな」
愛がうなづく。
「絶対今日は豊橋で降りる」
「……なるほど、確かに」
「豊橋かその付近の駅で安宿を探せば
そこに2人はいるよ」
「よし、豊橋だな」
美貴は車線を変えて前の車を追い越した。
13:14 由比
◇
- 397 名前:18 空の陰り 投稿日:2007/07/10(火) 21:56
- 13:21 豊橋着
豊橋に到着して
しばらく街を歩いて安い定食屋に入った。
2人は食事中一言もしゃべらず
ただひたすら食べた。
おかわり自由と聞いて
3杯ご飯を頼み、店員を驚かせた。
久しぶりに
お腹いっぱい食べた。
「あー、お腹いっぱい」
「しあわせー」
ようやく
満たされた。
小春は嬉しくなって
れいなを見た。
れいなは満足そうに呆けている。
「いつもさぁ」
れいなが、どこかを見ながらつぶやく。
「ご飯たっぷり食べたら、すぐ動いてたよね」
「動いてたね。移動だとか打ち合わせとか」
「こんな風に……満腹のままのんびりしたの、久しぶりだ」
「田中さん……」
- 398 名前:18 空の陰り 投稿日:2007/07/10(火) 21:56
- 2人の前に、お茶が運ばれてきた。
濃い色のほうじ茶だった。
「思えば……ずっと、逃げるような毎日だったなぁ」
小春はほうじ茶を手にとって啜った。
予想したよりも熱い茶が
喉を鳴らして胃に流れ込んでいく。
湯飲みを置いて、再びれいなを見た。
れいなは、あいかわらず
―――隙だらけ……
温泉で小春が近づこうとしたとき
れいなはとまどい、距離を取ったが
―――手、つないじゃおう
今なられいなを
捕まえられる気がする。
小春はパッ、と
ぶら下がったれいなの手を取った。
- 399 名前:18 空の陰り 投稿日:2007/07/10(火) 21:56
- れいなの表情が一瞬
ぴょこんっ、てなった。
その後少し……ほんの少しだけ照れると
れいなはおもむろに湯飲みを取ってお茶を飲んだ。
れいなの喉がごくんって鳴る。
2人の手がつながったまま
時間はゆっくりと流れていた。
今のところは、まだ……
- 400 名前:18 空の陰り 投稿日:2007/07/10(火) 21:56
- 店を出ると、今度は宿を探した。
しかししばらく歩いても
どのホテルが安いか
見当もつかない。
「どうしよう」
れいなは、電話帳を捲ってみる。
宿はたくさんあるのだが
どこがいいのだろう。
「ねー、どこかでインターネット使えんかな?」
「まんが喫茶行けば……」
「んー、お金かかるよ」
しばらく迷っていると
「よし、小春に任せて!」
小春がれいなの手を引いた。
「小春?どこ行くと?」
「駅に戻る」
「え……なんで?インターネットあった?」
「インターネットじゃないけど、裏技を使ってみよう」
「は?裏技?」
「そ、安く泊まれる裏技。
湯沢のホテルに泊まるとき、親戚の人がよく使ってた」
- 401 名前:18 空の陰り 投稿日:2007/07/10(火) 21:56
- 驚いたことに小春は
旅行代理店の窓口に入っていった。
「すみません
この辺でなるべく安いホテルさがしてるんですが」
「ちょっと、小春……」
「旅行の人、ホテルいっぱい知ってるよ」
「だけど……」
しばらく待っていると
係の人がいくつかの資料を持ってきた。
6000円〜
7000円〜
などの金額が書かれている。
小春は笑顔でカウンターに乗り出した。
「もっと安く泊まりたいんですけど!」
係の人は困ったような顔をして
再び奥に引っ込んだ。
「やっぱりあった」
「な、何が?」
「普通は勧めない格安プラン」
「そんなんあるの?」
「うん。
ホテルにはすっごい狭い部屋があって
安く泊まれることがあるんだよ」
- 402 名前:18 空の陰り 投稿日:2007/07/10(火) 21:57
- 「狭い部屋?」
「添乗員用の控え室とか」
「へぇ……ホテルってそんな部屋まであるんだ」
「うん。そういう部屋って混んでないときは
空き部屋になるから旅行店を通して
格安で借りられることがある」
「……」
「目立つと嫌だから、あんまり使いたくなかったけど
この辺のホテル全然知らないもんね。仕方ない」
れいなは呆れた顔で小春を見た。
小春の親戚が使っていた裏技だという。
小春の親戚には、すごい人がいるようだ。
「こちらでいかがでしょう」
係の人は相変わらずの困った表情で
資料を見せた。
お一人様 2990円〜
小春は、れいなと目を合わせると
小さく笑った。
◇
- 403 名前:18 空の陰り 投稿日:2007/07/10(火) 21:57
- 14:03 静岡
道が空いてきた。
おかげで、美貴の思うように運転することができた。
こうなると単調な流れに飽きてくる。
愛は、じっと外を見たまま話をしない。
―――何だろ……
熱海の夜から愛は変わってしまった。
これまでは美貴と一緒の空気が好きで
自分から吸い付いてきた愛が
今は美貴から逃れたがっている。
気詰まりな空気だった。
さっきから
車は動いているのに
2人の時間は止まっている。
車のエンジン音だけがうるさい。
騒音の中で2人だけが、静かだった。
- 404 名前:18 空の陰り 投稿日:2007/07/10(火) 21:57
- そのとき、愛の携帯が鳴った。
甲高い音に一瞬
美貴の意識が吸い込まれそうになった。
―――運転に集中しないと……
そう思って前をにらんだが
携帯の音が美貴の胸をかき乱す。
―――嫌な予感
美貴は首を振った。
いつもと同じ音に決まってる。
誰かがお節介に連絡してきたのだろう。
また無視すればいい。
今日も何件か、連絡を無視していた。
「あ……あさ美ちゃん」
愛が言った。
「取って!」
あさ美が連絡をしてきた。
何か、追跡の手がかりを見つけたか。
- 405 名前:18 空の陰り 投稿日:2007/07/10(火) 21:57
- 愛が携帯を取って、呼び出し音が止んだ。
美貴の聴覚が、急に研ぎ澄まされ
受話器の向こうの声に聞き入った。
「もしもし!?」
『ねぇ、他の人からの電話出てないって本当?』
「……あ、いや…たまたま」
『まあいいや、そんなこと。
それより……大変なことが……』
そのあさ美の声を聞いて
車内に緊張が走った。
『週刊誌からメールが来たって……』
「え?」
美貴の意識が、白く遠ざかっていく。
首を振って現実に意識を戻す。
しかし、身体がしびれたように
生きた心地がしない。
『事務所のパソコンに、れいなと小春の写った写真と一緒に……』
運転を続けられそうにない。
―――とうとう……見つかった……
美貴はパーキングを見つけると合図を出して
駐車場に入った。
- 406 名前:いこーる 投稿日:2007/07/10(火) 21:57
- 本日の更新は以上になります。
- 407 名前:いこーる 投稿日:2007/07/10(火) 22:00
- >>386
>現実とリンクしていると、別の意味でも色々と大変ですよね・・・。
本当、大変ですよね、お互いに……。
でも負けずに頑張りたいと思います。
>>387
一生懸命になればなるほど不安になってしまうって
よくあることですよね。
>>388
追う側も自分のためというか、必死なんだと思います。
- 408 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/11(水) 01:27
- 更新お疲れ様です。
「2人を陥れる罠 」う〜ん!気になる。
- 409 名前:名無し飼育さん 投稿日:2007/07/11(水) 08:24
- 更新お疲れ様です。
これからどうなるのかすんごい気になります!!
大きく動きそうな予感・・・。
- 410 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/12(木) 10:24
- 作者様
ロム代。 1000円置いときますね。
- 411 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/12(木) 15:59
- じゃぁ私は¥1030置いときますね。
- 412 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/16(月) 18:25
- オイラは¥拾万円置いときます。
田中さんと久住さんの逃亡資金として作者さんから渡してくださいね。
- 413 名前:19 政治的な あまりに 政治的な 投稿日:2007/07/17(火) 22:15
- これはグループの存亡にかかわる一大事である。
- 414 名前:19 政治的な あまりに 政治的な 投稿日:2007/07/17(火) 22:15
-
19 政治的な あまりに 政治的な
- 415 名前:19 政治的な あまりに 政治的な 投稿日:2007/07/17(火) 22:15
- その日の午後
事務所宛に一通のメールが届いた。
3枚の写真を添付したそのメールには
『御社所属の田中れいなさん・久住小春さんが
家出をしているという情報をつかんでいます』
とあり、事務所のコメントを要求していた。
添付写真の1枚には
熱海駅を降りて海岸に向かう2人がひきで写っていた。
残りの2枚は、はっきりとれいなの顔が確認できた。
『明日の週刊誌にて、本件を記事にする予定です』
渋谷の事件からまだ日が浅い。
さらに衝撃が走ることは
避けられそうになかった。
大人たちは瞬時に対応をかためた。
そして雑誌社に対して、返答のメールを打った。
『田中の失踪に関しては内容に間違いありません。但し……』
- 416 名前:19 政治的な あまりに 政治的な 投稿日:2007/07/17(火) 22:15
- パーキングの車内で美貴と愛はじっとあさ美の説明を聞いていた。
受話器の向こうであさ美が淡々と状況を説明した。
こういうときに無駄に感情を込めないあさ美のしゃべり方は
美貴と愛にとってせめてもの救いだった。
「なんで熱海で……」
美貴は思わずそう聞いた。
どうやって写真を入手したのかわからない。
聞いても教えてくれないだろう。
もしかしたら相手は
渋谷からずっとれいなたちを追っていたのかも知れない。
そう考えて美貴はぞっとした。
「ひょっとしてうちらも危なかった?」
「え?」
「熱海では私たち、れいなと接触してないから
写真には撮られなかった。
でも、もし渋谷や町田で撮られてたら……」
『いえ、それはないと思います』
「どうして?」
『渋谷にれいながいたって不自然じゃない。
そんな写真がスクープになるはずないです』
「……」
だとすると、記者はずっと熱海まで
タイミングを待って追っていたのだろうか。
家出だということがはっきりわかるくらい
遠く離れるまでじっと追い続けていたのだろうか。
だとしたら
自分たちの姿も間違いなく見られている。
- 417 名前:19 政治的な あまりに 政治的な 投稿日:2007/07/17(火) 22:15
- 小田原で愛が怪我をして2人を見落とし
熱海ではれいなに接触することができなかったが
もし、熱海で2人に会っていたら
自分たちも写真におさめられていたのではないか。
そう考えると
自分たちは愛の怪我に救われたことになる。
しかし今後の追跡では注意しなくてはならない。
これまでは2人を捜すのに必死で
それ以外の人物にまで目を向けることができなかった。
「ここから先は、あんまり派手に動けないな……」
『いえ、狙われているのは、れいなだけだと思います』
「なんで?」
あさ美が声のトーンを低くした。
『事務所の返答は……』
- 418 名前:19 政治的な あまりに 政治的な 投稿日:2007/07/17(火) 22:15
- 事務所が週刊誌に対して出したコメントには
れいなのことしか書かれていなかった。
『事件以来本人も反省を見せ、謹慎していたが
本人の自分を責める気持ちは予想以上に大きく
結果、失踪したものと見られる。
失踪してからは、本人と連絡が取れていない』
という内容だった。
しかし
『久住に関しては失踪しているという事実はない。
また、失踪する理由も見当たらない』
小春失踪に関してはメールにて否定していたという。
- 419 名前:19 政治的な あまりに 政治的な 投稿日:2007/07/17(火) 22:16
- 「れいなだけが家出?
どういう……こと?」
『メールの直後、担当者に電話を入れたようです。
そこで、きわどい取り交わしがあった』
「取り交わし?」
愛が顔をしかめて聞いた。
あさ美が応える。
『そう。事務所は結局、
小春に火の粉がかからないように
れいなを切り離す選択をしたんです』
「でも、いくらこっちがシラを切ったって
写真があるんだからだめだろう?」
『小春が写っている写真だけは
掲載しないという約束を取り付けてます』
「そんなことできるの?」
「美貴ちゃん……それはできるんだよ」
愛が言った。
「5期が入ったころはそういうこともあった」
「そんなの……どうやって?」
- 420 名前:19 政治的な あまりに 政治的な 投稿日:2007/07/17(火) 22:16
- 『考えてみてください。
れいなはすでに謹慎処分を受けていて、活動を休止している。
これは事務所にとっては、スクープのダメージが少なくてすむ
ということ。だけど週刊誌にとっても同じなんです。
しばらく活躍しない間に認知度が下がるから
その前に取れるスクープは全部発表して踏み荒らしまくれる。
でも……
小春の方は、アニメキャラの新曲発表がすぐ控えています』
「だから、そのニュースを掲載するまで
スクープを出さない方がいいってこと?」
『そうです。小春の場合はまだ
スクープよりも、記者クラブ経由の公式発表の方が
記事としての価値があるってことなんです。
小春のイメージに傷をつけないという選択は
雑誌社の方にも利があるんですよ』
「それで新曲発表の時、情報を渡すから
今回は小春の記事を書くなって言ったの?」
『はい。だから明日記事になるのは
れいなが1人で勝手に家出をした、という内容になります』
「ああ……」
美貴は
いたたまれなくなって手を強く握った。
「なんでだよ!なんで……」
「美貴ちゃん!落ち着いて!!」
胸の底が熱い。
油断したら今にも暴れ回りそうに
怒りが腹に溜まっていた。
「そんなものを見たら……れいなは……」
- 421 名前:19 政治的な あまりに 政治的な 投稿日:2007/07/17(火) 22:16
- ◇
れいなは空に黒い雲がのしかかるのを
眺めながら歩いていた。
予約を取ってもらったホテルは
歩くと相当かかるということだった。
温泉につかっていったんは緩んだ足の筋肉が
疲れで重たくなっていった。
飯田線を使って豊川まで移動した方が近いと聞いたが
そこは乗り放題のエリアからはずれている。
それなら歩いてしまおうという話になったのだ。
2駅と聞いたので、結構距離があるはずだが
お金には換えられない。
駅から遠い立地のため
安く部屋が取れたのだ。
雲が重く、自分の足も重い。
自然とれいなの気分まで重く沈んでいた。
―――れいな……何でこんなにテンション低いと?
自問してみるが、よくわからない。
ただ外の暗い雰囲気に当てられて
れいな自身までが落ち込んでいる。
疲れと寝不足のせいかもしれない。
そう思って自分で頬をパチンと叩き
「小春!行くよ!」
隣の小春に空元気で声をかけたが
やはり不穏な気持ちがなくなってくれない。
黒い雲に追いかけられているような
そんな嫌な気分だった。
- 422 名前:19 政治的な あまりに 政治的な 投稿日:2007/07/17(火) 22:17
-
◇
『交渉はすごくスムーズだったそうです。
もともと、その週刊誌は渋谷の事件のとき
れいな1人が暴走して司会者を怪我させたと書いています。
今回の失踪に小春が関わっているのなると
そのストーリーが間違いであったと認めることになります。
小春を守るための正当防衛とは、どの新聞にも書かれていません。
あったのは、れいな1人を悪者に仕立て上げる内容だけでした』
美貴は、もはや声を出すことができなかった。
何かしゃべったら絶対に声が震えてしまう。
その自覚があった。
それほど美貴の中の憤りは激しかった。
『だから今回も、れいな1人がとった身勝手な家出、とした方が
前の事件の報道との整合性が保ちやすいのでしょう。
後輩のために身を挺した正義感、では話が合わなくなる。
事務所としても活動がないれいな1人を悪者にしておいた方が
都合が良かった。
結局、大人たちはそういう筋書きを選んだんです』
「2人の物語を……」
美貴の怒りが、とうとう声になって現れた。
「物語を勝手に書き換えるな!!」
多くの欲望が、れいなたちの運命を弄ぶ。
- 423 名前:19 政治的な あまりに 政治的な 投稿日:2007/07/17(火) 22:17
- れいなたちの苦しみは……
苦しみはいつだって
都合のいい物語に吸収されてしまう。
れいなは必死に、運命から逃げようといているのに……
それは、誰が悪いとか誰がかわいそうとか
そういうわかりやすい物語でしか残されないのか……。
そんな薄情なやり方でしか語られないのか……。
「うちらはネタのためにいるんじゃない!」
美貴は激しくドアを殴りつけた。
隣で愛がびくっとなるのが見えた。
美貴はエンジンをかけると
すぐにハンドブレーキをおろした。
しかし
ギアを入れようとする手を
愛が上から押さえつけた。
「美貴ちゃん、落ち着くまで待って!」
「離せよ!早く行かないと……」
「行くったって……どうするの?
ちゃんと考えてからでないと……」
「そんなこと言ってる場合じゃない!」
「美貴ちゃんお願い……」
愛が両手を美貴の左手に乗せた。
押さえつけるのではなく
今は包み込むように。
- 424 名前:19 政治的な あまりに 政治的な 投稿日:2007/07/17(火) 22:17
- 「いつもの美貴ちゃんに戻って。
私がなだめるなんて……逆だよ。
お願い……」
美貴はレバーを握る手に力を込めた。
絞り出すように深呼吸をする。
「ううう……」
美貴は内面で
自分自身と戦っている。
「2人には美貴ちゃんが必要なんだよ。
だから、いつもの美貴ちゃんでいて。
冷静にうちらのやることに突っ込む美貴ちゃんでいてよ……」
愛の手が、すっと美貴の頭に伸びる。
愛は美貴の頭を抱えて引き寄せると
額にキスをした。
「……愛ちゃん」
「おでこにすると、安心するって言ってたやろ?」
「そ、そんなこと言ったっけ?」
「照れんでいいが」
美貴は思わず吹き出していた。
愛の頭をコツンと叩く。
「落ち着いた?」
「ありがと」
- 425 名前:19 政治的な あまりに 政治的な 投稿日:2007/07/17(火) 22:17
- 美貴は一度目を閉じて深呼吸をした。
気分が落ち着いてくると
だんだんと頭が働き出した。
「記事は、明日発売の雑誌に載るんだな?」
『そうです』
「その記事は、絶対にれいなに見せちゃいけない……」
「うん」
―――れいな……
美貴は、渋谷でのれいなを思い出していた。
暗い表情で
「死にたくなる」と言っていたれいな。
れいなの心は今
ぎりぎりのところで
現実にとどまっている。
れいなを引き留めているのは、小春だ。
もし
嘘の記事が書かれているのを見たら
れいなは……
れいなの心は、
春にもたれかかって
どうにか立っている。
記事の中に
小春はいない。
- 426 名前:19 政治的な あまりに 政治的な 投稿日:2007/07/17(火) 22:17
- 「明日までに2人を捜さないと」
「どうやって?」
「豊橋周辺のホテルに聞き込みをしよう。
女の子2人組が泊まってないか?って」
『数が多すぎます!』
「まだ時間あるだろ?
駅周辺だけでもなんとか全部回れない?」
「ほやけど美貴ちゃん。
駅の近くにおる保証がない……」
「明日の移動に備えて、近くに泊まってるはずだよ」
「違う!」
「何で?愛ちゃんが言ったんだよ。
なるべく目的地に近いところに泊まるはずだって……」
「明日の移動に備えてってのは時間の話やない。
お金を温存するなら、中途半端な駅にはいないだろうって意味。
だから、どの駅で降りるか?っていったら
それはきっと豊橋で間違いない」
「だから豊橋だろ!」
「違うの。美貴ちゃん!落ち着いてってば!」
「……」
美貴は黙った。
愛に突っ込まれてどうするのだ。
役割が違う。
自分は冷静に愛の意見を聞いて
間違いを修正しなくてはならないのに。
「ごめん……続けて」
- 427 名前:19 政治的な あまりに 政治的な 投稿日:2007/07/17(火) 22:18
- 「2人が豊橋にいる理由は時間の問題やなくてお金の問題。
むしろ、明日の振込までは移動できないんやから
時間は余ってるはず。
なら、多少歩いてでも、安いホテルに泊まった方がいい」
「多少って、どのくらい?」
「今2人が豊橋にいるとして……もう今日はすることがないんだから」
「その気になれば……いくらでも歩けるな」
れいなたちはそのくらい平気でするだろう。
これまでだってお金を節約するために夜行列車を使い
美貴たちから逃げるために早朝の駅のベンチで2時間以上
じっと待ち続けていたのだ。
今更、歩くことくらい2人にとってはどうってことはない。
むしろ、それでお金が節約できるなら喜んで歩くだろう。
「じゃあ……」
「残念やけど、ホテルを一軒一軒当たっても
見つかる可能性は低い」
「どうすればいい?」
「一番いいのは、2人に会うことやけど、難しい」
「実際……会っても逃げられるだけか……」
雑誌はなんとしても
れいなの目に触れさせてはならない。
しかし、れいなと接触はできない。
―――どうすれば……
- 428 名前:19 政治的な あまりに 政治的な 投稿日:2007/07/17(火) 22:18
- 「ねぇ美貴ちゃん……
家出中に本屋なんかに入ったりするもの?」
「え?」
「お金ない状況で、れいなが本屋に入ると思う?」
「可能性は低いな……」
れいなは書店に立ち入らない。
「本屋は心配ない。
あと危険なのはどこ?」
美貴は目を閉じて考えた。
週刊誌が目につくのは、どこだ?
「コンビニ、駅の売店……」
美貴は自分で言っていて落胆した。
コンビニに立ち寄る可能性はとても高い。
「美貴ちゃん。コンビニに入らせない方法ない?」
「連絡も取れないのにどうやんのよ?」
「無理か……」
しかしそうなると、打つ手がなくなってしまう。
「コンビニなんて絶対使うよ……。
どうやっても、止められない」
「じゃあ、明日がタイムリミット?」
- 429 名前:19 政治的な あまりに 政治的な 投稿日:2007/07/17(火) 22:18
- 愛の質問に答えることはできなかった。
何のタイムリミットかも、できれば考えたくない。
会話はそこで途切れてしまった。
「とりあえず、車動かすよ」
美貴は、車を発進させた。
14:20 小笠
再び高速に乗って豊橋を目指す。
しばらく走っていると
愛が独り言のように話し始めた。
「れいなの記事ってどんくらい大きいんやろ」
「小さくはないと思うけど……トップってほどではないよね」
「手にとって表紙を見れば何か書いてあるかも知れん。
けど、れいなが週刊誌を手に取ることなんてある?」
「ないね」
「じゃあ、たとえば食べ物を買う目的でコンビニに入っても
週刊誌で問題の記事には気づかない可能性が高い……」
「なるほど……」
確かに愛の言うとおりだ。
美貴はずっと焦っていた。
れいなに記事を見せてはいけないと。
しかし、冷静に考えてみれば
逃避行中のれいなが
週刊誌を手に取る可能性は低い。
- 430 名前:19 政治的な あまりに 政治的な 投稿日:2007/07/17(火) 22:18
- 「だから……週刊誌そのものは心配ない思う」
「他に、心配なのは?」
「誰かがれいなに教えちゃう場合やけど
今のれいなには連絡できないからこれも心配ない」
「あとはテレビか」
ホテルですることのない2人がテレビを見る。
ワイドショーで運悪くれいなのことが流れたらまずい。
「見るかな?」
「……わかんない。でも」
「?」
「ワイドショーでれいなのことを流す時間は短いと思う」
「どうして?愛ちゃん」
「明日記事が発表になって、テレビは取材する時間がないもん。
せいぜい事務所のコメントを放送するくらい。
れいな本人のコメントも取れないし、たいした時間にはならない。
結局、問題の週刊誌さえ見なければ、危険はそんなに大きくないよ」
愛はそう言ったが
美貴はやはり安心できなかった。
いつ、どこで、情報がれいなに入るか
予測がつかない。
「あ……」
愛が、何かに気づいたように言った。
- 431 名前:19 政治的な あまりに 政治的な 投稿日:2007/07/17(火) 22:18
- 「どうした?」
「中吊り広告……」
「あ……」
週刊誌の広告が電車に貼ってあれば
れいなたちは嫌でも見てしまうだろう。
―――まずい
美貴の中で不安が急速に大きくなっていった。
中吊り広告はまずい。
これまで検証したどの場合よりも
はるかにリスクが大きい。
「美貴ちゃん、もし2人が電車に乗ったらやばいよ……」
「電車に……」
美貴は舌を打った。
2人は電車で逃避行をしているのだ。
電車に乗らないわけがない。
「どうしよう。明日までに何か手を打たないと……」
「何かって?」
「……」
2人の居場所もわからない。
連絡も取れない。
どうやって2人に
電車に乗るなと言えるというのか。
- 432 名前:19 政治的な あまりに 政治的な 投稿日:2007/07/17(火) 22:19
- 「広告のない車両に乗ってくれることを祈るしか……」
「そんな!もし広告を見ちゃったらどうするの?」
「だって、他にどうしようもないでしょう!!」
「けど、2人は明日大きく移動するかも知れないよ。
電車にたくさん乗れば、それだけ見ちゃう可能性も……」
「畜生……」
どのくらいの数の広告が掲載されるか
美貴には予想もつかない。
それを2人がずっと見ないでいるという
奇跡に賭けるしか、方法がないのか……
「待った!
方法があるかも」
美貴の声が急に大きくなった。
「何?方法って?」
「愛ちゃんさっき、大きく移動するかも、って言ったよね?」
「うん」
「どうしてそう思うの?」
「それは……」
愛は一瞬考えてから言った。
「今日はお金を温存してるから。
明日の振込を待って大きく動くんじゃないかなって思ったの」
- 433 名前:19 政治的な あまりに 政治的な 投稿日:2007/07/17(火) 22:19
- 「じゃあ……」
美貴はじっ、と前をにらんだ。
「振込を止めれば、2人は電車に乗らないね?」
「だけど……そしたら2人はご飯も宿もなくなる。
それに、引き落とす銀行が追跡の手がかりなのに……」
「でも、れいなが記事を見たら……」
「そうだけど、美貴ちゃんからの仕送りがなくなったら
それこそ、れいなを追い詰めちゃうよ!」
「……どっちにしても、ダメなの?」
「……」
―――最悪だ……
仕送りをしたら、2人は電車に乗る。記事を見てしまう可能性が高い。
仕送りを止めたら、それだけで2人の逃避行は行き止まりになる。
どちらを選択したらいい?
どちらを選択すれば、れいなを救うことができる?
「愛ちゃん……愛ちゃんは相手の立場で考えるのが得意だから
一つお願いしていい?」
「何?」
これは、苦渋の決断となるかもしれない。
しかし、やるしかない。
- 434 名前:19 政治的な あまりに 政治的な 投稿日:2007/07/17(火) 22:19
- 「愛ちゃんが、れいなだとして……仕送りが止まってから
どのくらいまで希望を捨てずに待てる?」
「え?」
「頼りにしていた人からの支援が止まって
どのくらいまでなら、信じて待てる?」
愛は、泣きそうな顔をして美貴の肩をつかんだ。
「愛ちゃん……辛いけど、お願い。考えて」
いくら愛でもこんな推理は無謀だ。
それはよくわかっている。
しかし、
「れいなを助けたい」
ここは愛のシミュレーション結果以外に
判断する材料がまるでなかった。
「……わかった」
愛はそう言うと、目を閉じて思考の中に入っていった。
- 435 名前:いこーる 投稿日:2007/07/17(火) 22:23
- 本日の更新は以上になります。
- 436 名前:いこーる 投稿日:2007/07/17(火) 22:23
- >>408
>>409
いつも気になるようなところで切ってしまってすみません。
また気にしてやってください(オイ)
>>410
>>411
>>412
締めて102030円。確かに受け取りました。
コンコン銀行にて、ある計画の資金とさせていただきますw
- 437 名前:ais 投稿日:2007/07/18(水) 00:34
- 絶望の世界に感動の物語がありますね・・・(泣)
先輩二人の思いに泣きそうになりました
今後の展開が待ち遠しいです
- 438 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/18(水) 01:03
- 酷い事務所だな、でも本当にやりそうで怖い。
れいながこれ以上沈みこまないように。
- 439 名前:名無し読者 投稿日:2007/07/18(水) 06:13
- 一週間ほど前から前作含めて一気に読ませていただきました。ホント引き込まれるストーリーで目が離せません。次の更新も楽しみにしています。
- 440 名前:名無し飼育さん 投稿日:2007/07/18(水) 08:14
- 更新おつかれさまです。
大人の都合ってやつに憤りを感じますよ。なんか妙にリアルです・・・。
れいな達を頑張れ!!
- 441 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/18(水) 14:23
- コンコン銀行。ある計画?楽しみですねー。
こんなに目が離せない小説は本当にひさしぶりです。
作者さんには、まだまだ頑張っていただきますよ〜。
- 442 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/18(水) 21:50
- 作者様 今日は全財産の一億円ほど置いていきますね。
みんなを助けてあげて下さい(泣…
- 443 名前:20 ティッピング・ポイント 投稿日:2007/07/30(月) 22:13
- 特別な気はしなかった。
重要な決断だとは考えていなかった。
大事なことだったのに。
- 444 名前:20 ティッピング・ポイント 投稿日:2007/07/30(月) 22:13
-
20 ティッピング・ポイント
- 445 名前:20 ティッピング・ポイント 投稿日:2007/07/30(月) 22:13
- 前日が夜行列車だったため
久しぶりのベッドで2人とも熟睡をしてしまい
起きたときにはチェックアウトぎりぎりになっていた。
寝起きの顔を見合わせて
れいなが微笑んだ。
「おはよう」
小春は微笑んだ。
ふわふわした寝起きの感覚が心地よい。
疲れがベッドに流れて身体が軽い。
そして何よりも
起きるといつもれいながいる。
それが嬉しかった。
何か見えない絆ができたような気がする。
逃避行4日目。
2人はてきぱきと身支度を調え
ホテルを出た。
- 446 名前:20 ティッピング・ポイント 投稿日:2007/07/30(月) 22:13
- 外に出ると2人は
行く当てもなくのんびりと歩いた。
空は相変わらず暗い色をしている。
雨になりそうな嫌な雰囲気だった。
「あ、田中さん!銀行!」
2人は通りかかりの銀行に入った。
「仕送り、あるかな?」
「あるでしょ?昨日も朝あったし」
れいながATMを操作するのを
隣で眺めていた。
すると
「……?」
れいなの表情がさっ、と変化する。
「どうしたの?」
「……」
小春が聞くとれいなは首をかしげて
ATMのボタンを押した。
機械の音がした。
続けてカランカラン、と硬貨の転がる音が聞こえてきた。
「え?お札じゃないの?」
れいながお金を手に取る。
「これしかなかった」
れいなの手の中には
中途半端な額の小銭があるだけだった。
- 447 名前:20 ティッピング・ポイント 投稿日:2007/07/30(月) 22:14
- 「そ、それが今日の仕送り?」
「まさか……」
これでは朝食代にしかならない。
「きっと、また振り込まれるよ」
美貴の言ったルールでは
振込は1日1回以上。
そのお金でその日の生活をしなくてはならない。
しかし
こんな額では最低限の生活すらできない。
つまり、時間をおいてもう一度振り込まれるということだ。
「お金、用意できなかったのかな?」
「だからって……こんな少なく?
1000円もない。これじゃ電車に乗れん」
「何がしたいんだろうね……」
れいなはしばらく
手の中の小銭を眺めていたが
「しまった……」
急に表情に緊張が走った。
「どうしたの?」
「……電車に乗れない」
「う、うん」
- 448 名前:20 ティッピング・ポイント 投稿日:2007/07/30(月) 22:14
- れいなが小春の腕をつかんだ。
「今、引き落としたので
向こうにれいなたちの居場所を教えちゃった」
「あ……」
美貴たちは今ごろ、
引き落としのあった銀行の場所を調べているだろう。
「逃げよう。こっちに来る……」
◇
『引き落としありました!場所は……豊川です』
「豊川?どう行けばいい?」
『国道259号だから……』
「美貴ちゃん!車出して!
259号の標識ならさっき見た!」
美貴はエンジンをかけて車を出した。
11:09 豊橋駅
- 449 名前:20 ティッピング・ポイント 投稿日:2007/07/30(月) 22:14
- 『そこから約30分です』
「30分……移動しちゃうかな?」
「たぶん……。やけど徒歩やからそんなに遠くへは行かない。
もちろん700円あれば電車に乗ることはできるけど
無駄に乗るとお金がなくなるからね」
『上手くいきそう。いい作戦ですね』
「愛ちゃんのアイデア」
頼りにしていた人からの支援が止まって
どのくらいまでなら、信じて待てるか?
昨日、小笠から豊橋に向かう車中で
愛が出した結論が
今回の作戦だった。
「れいなは美貴ちゃんの追跡を逃れようとしてる。
でも仕送りには頼っている。
味方でもあるし敵でもある。
れいなの気持ちの中で美貴ちゃんは
微妙なバランスを取っている状態なんだよ。
身勝手な感じがするけど……」
「わかるよ……。
本当は誰の手も借りたくないんだろ。
でもお金がないから……」
「ううん。それだけやない。
美貴ちゃんが、どんな気持ちで追ってきてるのか
れいなはすごく気にしてると思うよ。
迷惑な行動するのを捕まえようとしてるのか
それとも、心配して捕まえようとしてるのか」
- 450 名前:20 ティッピング・ポイント 投稿日:2007/07/30(月) 22:14
- 美貴の頭の中に
渋谷での駆け引きがよみがえる。
美貴を見て「安心する」と言った直後
「つらい」と言い美貴を押しのけた。
れいなは
美貴にすがるか
美貴から逃げるか……
ぎりぎりの精神状態の上で
不安定に揺れていた。
「そんな状態の中
仕送りがちょっとでも止まれば不安になる。
私やったら、1日振込がなかったら……
もう美貴ちゃんを味方と思えなくなる」
「じゃあどうすれば……」
「振込はしたい。でも、電車には乗らせたくない。
なら……電車に乗らないような金額を振り込めば……」
「そんなの……300円も振り込めない」
「ううん。そんなことない」
「どうして?」
愛は、遠くを見る目をして考えてから
こう言った。
「3000円くらい……
いや、5000円くらいまでなら大丈夫やと思う」
「5000円も?
何を根拠にそんな」
- 451 名前:20 ティッピング・ポイント 投稿日:2007/07/30(月) 22:14
- 「れいなが目指しているのは福岡だと仮定する」
「うん」
「あさ美ちゃん、豊橋から博多まで、いくらかかる?」
『えっと……ちょっと待って』
キーボードを打つ音が受話器から聞こえてきた。
『11490円』
「1人で?」
『そう』
「それなら青春18切符が買える。そうすれば2人で11500円ですむ。」
「そう。豊橋まで休日乗り放題切符で移動した。
そこから2人が少額で移動しようとするなら
11500円までお金を温存して
博多まで行ける18切符を買うのが一番いい。
豊橋から博多までの大移動を計画しているってときに
1000円とか2000円とか入ったからって
すぐには電車に乗らないと思う。
お金が貯まるのが遅くなるだけで、福岡に着くのがかえって遅くなる」
愛が、美貴の方を向いた。
「手持ちが11500円以下なら、移動はしない。
11500円まで貯まったら、移動を開始する」
- 452 名前:20 ティッピング・ポイント 投稿日:2007/07/30(月) 22:15
- ふと美貴は
傾いた器に水を溜めていく話を思い出した。
器は水の量が少ないうちはぴくりとも動かないが
一定量を超えると、途端にひっくり返ってしまう。
ティッピングポイントを超えない量を注ぐ分には
ひっくり返る心配はない。
大切なのは、その見極めだ。
「たぶん、今れいなは2000円くらい手元に残してる。
次の振込を待って、一気に福岡まで行くつもりなんだ」
「じゃあ、れいなの手持ちが
10000円を超えないように振り込めば……」
「しばらくは足止めできる」
「じゃあ、振込を小分けにしよう」
◇
「金額を小分けにして何度も銀行に寄らせる。
そうやってこっちの行動を把握するつもりなんだ」
れいなは足早に歩きながら
小春に状況を説明した。
「しまった……こんな700円ちょっとで
引き落とさなければよかった」
「田中さん……道を外れよう。
なるべく、車から見えないように」
- 453 名前:20 ティッピング・ポイント 投稿日:2007/07/30(月) 22:15
- 小春がれいなの腕を引いて
小道に入っていく。
れいなは引かれるままについていく。
午前中。
静かな住宅街の中に
2人の急ぐ足音だけが大きく響いた。
「どこか……隠れられるところに……」
小春は周囲を見渡した。
そこは道が複雑に入り組んだ住宅街だった。
向こうが車で捜索をしているなら
土地勘もなくこんな住宅地には来ないだろう。
しかし、それだけでは安心できない。
「あそこ!」
「え?……あそこ?」
「うん。大丈夫」
小春は、躊躇するれいなの手を引いて
進んでいった。
- 454 名前:20 ティッピング・ポイント 投稿日:2007/07/30(月) 22:15
- 4階建ての小さなマンションに入り
郵便受けの脇にあるコンクリートの階段を登った。
2人して、階段に腰をかけた。
窓のない階段室は暗く
ひんやりとした空気を湛えている。
その中で
小春の隣に腰掛けたれいなが
深くため息をついた。
「どうしたの?」
「……なんでもない」
れいなは力が抜けたように、そう言った。
「大丈夫だよ。車で探してるんだから。
こんなところまでは来ないよ!」
「……」
「マンションの人もこんな暗い階段使わないでしょう。
奥にエレベーターあったし。だから……」
「れいなね……階段って好き」
小春の発言を遮るように
れいなが突然、語り始めた。
逃亡中の会話には似つかわしくない
のんびりした調子だった。
小春は黙った。
- 455 名前:20 ティッピング・ポイント 投稿日:2007/07/30(月) 22:15
- 「長い階段とか
吸い込まれそうな気分になると。
小学校にいたころ
嫌なことあるとずっと非常階段に座ってた」
れいなは無表情だった。
相変わらず力が抜けた感じだった。
疲れているのか、安心しているのか。
隠れている不安なんてなく
ただ、気持ちが流れるに任せて語っていた。
確かに、れいなは階段に吸い込まれていた。
普段は話さないような気持ちを
自然に語っている。
押さえていた気持ちが
階段に吸い寄せられる、そんなふうに小春には見えた。
「私は見たことないです
田中さんが階段で座ってるの」
「仕事のときは意識して、階段には座らんようにしと」
「どうして?」
「階段は、れいなが弱かったときの逃げ場所だったから……。
そういう思い出が、いっぱいあったから」
「田中さん、小学校時代暗かったっけ?」
れいなが子どものころ
特別弱い少女だったという話は聞かない。
むしろ
目立ちたがりで明るい女の子だったと聞いている。
- 456 名前:20 ティッピング・ポイント 投稿日:2007/07/30(月) 22:15
- 「明るくしとった。
やけん、明るくしとうなりに……
れいなには弱いこともいっぱいあった」
小春は、影のさしたれいなの横顔から目が離せなかった。
きっと、子どものころ苦しい目にあったれいなは
階段に逃げ込み、こんな脱力した表情をしていたのだろう。
こんなれいなを見たのは、初めてだった。
「別にいじめとか、そういうのはなかった。
きっと小春が聞いたら笑うようなちょっとしたこと。
ただ、何かあると非常階段に逃げてたなぁ……。
仕事のとき、そんな自分は邪魔。
やけん、階段には座らんようにしと」
「……そっか」
小春は思わず微笑んでいた。
上京して仕事を始めるために
れいなは強くなる必要があったのだろう。
だから弱かった自分を切り離すために
階段には座らないと決めた。
小春は
そっとれいなの頭に手をやって撫でる。
「もう……強がらなくてもいいよ」
「小春……」
「私の前では、弱くてもいい。
弱くたって、小春は田中さんと一緒にいます」
- 457 名前:20 ティッピング・ポイント 投稿日:2007/07/30(月) 22:15
- 「ありがと」
れいなはそれでも
泣きはしなかった。
涙だけは歯を食いしばってこらえた。
それはせめてもの強がり。
不本意に自分をさらけ出してしまったことへの
精一杯の抵抗だった。
◇
れいなたちが立ち寄った銀行の周辺を捜索した。
しかし、簡単には見つかるはずがなかった。
「コンコン。銀行の方は?」
『2度目の振込は、まだ動いていません』
「そろそろ見に来ると思うけど……」
『だけど、向こうもこっちの作戦を知って
警戒しているかも知れない』
「そうだろうね。
でも、今日の宿代が足りなくなるはず」
とりあえず、700円で電車に乗ることはないだろう。
まだ2人はこの周辺にいる。
「必ずいつか、引き落としをするはず」
美貴がそう言うと、愛は強くうなづいた。
- 458 名前:20 ティッピング・ポイント 投稿日:2007/07/30(月) 22:15
- 次の引き落とし場所によっては
2人が移動している先がわかるかもしれないのだ。
しかし
いつ週刊誌がれいなの目に触れるかも知れないと思うと
気が気ではなかった。
「ねぇ美貴ちゃん。小春にだけ連絡取ることってできない?」
「それは美貴も考えた。
小春に記事のことを話して
れいなが記事を見ないように誘導すれば危険は避けられる。
だけど連絡手段が思いつかない」
「そうだよね……」
「唯一の連絡手段じゃ、たいしたメッセージを送れないし」
「でも、あの方法で、こっちの気持ちはきっと伝わると思う」
「そうだね……それを祈ろう」
◇
- 459 名前:20 ティッピング・ポイント 投稿日:2007/07/30(月) 22:16
- 昼食は安そうな中華料理にした。
引き戸を開けると、奥のテーブルに案内された。
席につく。
塗装の剥げた室内には熱気がこもっている。
昼食時のため、カウンターは満席。
テーブル席もほとんどが埋まっていた。
注文をすると、料理が出るまで時間がかかるという。
「遅くてもいいです」
そう告げて、2人はテーブルに肘をついて
ぼーっと時間が過ぎるのを待った。
そして、会話が途切れ空白になった。
2人の時間が止まる。
いつも通りの沈黙だった。
電車や温泉で、長く一緒にいた2人だからこその沈黙。
気まずいのではなく
お互いにしゃべる必要もなく
ただ一緒にいればそれでよい。
そういう関係が、逃避行の間を通じて築かれていた。
しかしそれは
普段とは違う行動をれいなに許してしまった。
- 460 名前:20 ティッピング・ポイント 投稿日:2007/07/30(月) 22:16
- 1人でいたなら、れいなは携帯でもいじりはじめていただろう。
逆に小春以外といたなら、気をつかって相手と会話をしていたと思う。
小春といる時間は特殊だった。
携帯を開くほどお互いを意識していないわけではないが
無理に会話を探すほど、気配りが必要なわけでもない。
その微妙な空気のせいだった。
れいなはふと
テーブルに置き放しになっていた週刊誌を手に取った。
小春は最初
何とはなしに眺めていた。
れいなが特に中身を見るでもなく
ただページを捲っていく。
ページを捲る手が、止んだ。
れいなの表情が一瞬、複雑に歪んだ。
しかし
直後れいなは明るく笑っていった。
「うわっ、れいなたちのこと書かれと!
すごいね。もう書いてあるなんて……」
―――田中さん……
れいなは小春に不安を与えないために
一瞬で動揺を抑え、小春に笑いかけてきたのだ。
- 461 名前:20 ティッピング・ポイント 投稿日:2007/07/30(月) 22:16
- しかし
小春はかえって心配になった。
強がらなくていいといったばかりなのに
れいなは、強がっている。
相当無理をして強がっている。
そして
「熱海に無断外泊やって!
ははは、ここまで追って来れなかったんだ。
安心だよ!…………あれ?」
れいなの表情から笑みが引いた。
声も急に小さく、
聞き取るのがやっとというくらい小さくなって
「なんだ……れいなだけだ」
そう言った。
れいなの表情の変化。
小春は強烈な不安に襲われた。
れいなの放心したような顔。
小春の大切な何かが、れいなから失われていく。
そんな不安が、小春の心を支配した。
- 462 名前:20 ティッピング・ポイント 投稿日:2007/07/30(月) 22:16
- 「小春がいない……」
れいなの声は相変わらず小さいままだったが
「1人で、現実逃避だってさ……」
声は冷たく、悲しくなっていた。
「……」
残った沈黙は
2人の中で最悪の時間。
それが延々続いた。
料理が来てもそのまま
2人の時間は凍り付いたままだった。
- 463 名前:いこーる 投稿日:2007/07/30(月) 22:19
- 本日はここまで
- 464 名前:いこーる 投稿日:2007/07/30(月) 22:26
- >>437
前回はかなり感情的に書いてしまいました。
>>438
うーん。さすがにここまでの策略はない……と信じていますが
酷いなと思うことはありますね
>>439
一気読みありがとうございます。書いた本人でもこれだけ読むのはしんどいのに(オイ
>>440
ファンも周囲の環境も、みんながメンバーにやさしいモーニング娘。であって欲しい。そう願っています。
>>441
ま、まだまだ頑張りますよー。ある計画までは……(謎
>>442
ぜ、全財産Σ
例の計画に……
- 465 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/31(火) 01:12
- 更新お疲れ様です、ヤッパリれいなは一段と沈んじゃいそうですね。
ずっとレスして来ましたが作者さんが返信するのも大変そうだから少し控えた方が良いのかな?。
- 466 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/31(火) 04:41
- 「こんこん銀行」ニヤリ
もしかして作者様は本物の作家さんでは?と思わせる文章力
凄いです。
- 467 名前:名無し飼育さん 投稿日:2007/07/31(火) 08:18
- 更新お疲れ様です。
れいな大丈夫なんでしょうか。すごい心配です。
愛美貴の気持ちが届きますように!
- 468 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/31(火) 08:19
- あーやばい!どきどきする
- 469 名前:21 孤独なこと 投稿日:2007/08/16(木) 14:22
- 限界だった。
- 470 名前:21 孤独なこと 投稿日:2007/08/16(木) 14:26
-
21 孤独なこと
- 471 名前:21 孤独なこと 投稿日:2007/08/16(木) 14:27
- 「ねぇ……
振込見に行かないと……」
「……」
マンションの奥にある
暗い非常階段。
湿った空気がひんやりと溜まった場所に
れいなと小春は再び戻ってきた。
れいなは勝手にちょこんと座った。
小春はしばらく立ったまま途方に暮れていたが
れいなに動く気配がないのを見て取ると
れいなの隣にそっと腰掛けた。
そのまま無言で
れいなの手を取る。
しかし
れいなはその手を払った。
2人の時間は、さっきから止まったまま。
2人の物語は、もう終わってしまったのだろうか。
「……」
小春はしかたなく
そのまま
れいなからちょっと距離を取ったまま
じっとしていた。
階段はれいなにとって
悲しみを洗い流してくれる場所。
しばらくこうして
れいなの傷から痛みが引くまでは
何もできない。
- 472 名前:21 孤独なこと 投稿日:2007/08/16(木) 14:27
- 小春は待った。
れいなが再び小春を見て
「行こう」と手を引いてくれるのを願って待った。
―――田中さん……
一緒にいられて嬉しかった。
隣に座っていて心地よかった。
それが
こんな形で終わってしまうのか。
自分たちの逃避行。
大切な大切な時間。
それが
雑誌に書かれた
乱暴で無理矢理な物語に踏みにじられたまま
もう元には戻らないのか。
れいなは動きを止めてじっと
階段をじっと睨みつけている。
その目は、
心の中で苦しみと戦っている目なのか
それとも戦うこともできないほど
疲れ果てた目なのか。
ただ
ぼろぼろになったれいなは
ちょっと押しただけで
崩れてしまいそうだった。
だから
小春は何も言えず
隣に座っているしかない。
- 473 名前:21 孤独なこと 投稿日:2007/08/16(木) 14:28
- たっぷり2時間、そうしていたと思う。
しかしいくら待っても
れいなの様子は変化しなかった。
小さい身体を一層小さく丸めたれいな。
その頼りない様子は
見ているだけで不安になる。
階段に腰掛けたれいなの中から、
大切な何かが流れ出していく。
放っておくとれいなは
小春の知らない別の存在になっているのではないか。
そんな風に思えてならなかった。
小春はじっ、とれいなの様子を見ていた。
―――どうしたら……
どうすれば、れいなを元気にさせられるだろう。
どうすれば、れいなをこっちに引きとどめてやれるだろう。
逃避行で、小春が罪悪に押しつぶされそうだったとき
れいなはいつも小春を引っ張りあげてくれていた。
それと同じように、れいなを救ってやりたかった。
―――同じように……
小春が不安なとき
れいなは……
「田中さん」
小春は、れいなの肩に手をかけた。
「カード貸して。お金おろしてくる」
- 474 名前:21 孤独なこと 投稿日:2007/08/16(木) 14:28
- れいなは即座に首を振る。
「だめ!れいなたちが移動してないこと
向こうに知らせちゃう」
そうして
ようやく小春の方を見た。
「だって、ずっとこのままじゃ……」
「……」
小春にも銀行でお金をおろすのがまずいとわかっていた。
しかし
れいなをへこみから救うには
次の行動に出るしかない。
だから
特に策もなくお金をおろそうと言ったのだ。
小春は、とにかく会話をつなげようと思って続けた。
「……ていうかさ」
「?」
「なんで、私たちの使った銀行が、向こうにわかっちゃうの?」
「それは……調べればわかるんだよ?」
「どうやって?」
「通帳記入すると、何時にどの支店で下ろした、て書かれる。
だからわかるんだよ」
「じゃあ……」
小春は、れいなに手を差し出して
もう一度いった。
「カードを貸して。下ろしてくる」
れいなの表情に、変化があった。
- 475 名前:21 孤独なこと 投稿日:2007/08/16(木) 14:29
- ◇
あさ美はもう何度もF5キーを叩いていた。
しかしいくらページを更新させても
れいなからの引き落としはない。
―――もう、こんな少額じゃ引き落として来ないか……
ひょっとしたら向こうは
もう残高の確認をしているのかもしれない。
それが千円ちょっとしかなかったため
引き落とすのをやめているのかも知れない。
美貴からは15時まで待って動きがなければ
もう1万を振り込むように言われている。
そうしないとれいなたちは泊まる所もなくなってしまう。
あさ美はディスプレイの右下に目をやり
時刻を確認する。
14:37
―――れいな……
あさ美は
手を強く握りしめた。
こんなことなら
もっと早くにれいなに計画の話をしておくんだった。
それでれいなの逃避行を防げたかどうかはわからないが
ここまで追い詰め、絶望させることはなかったのではないかと思う。
- 476 名前:21 孤独なこと 投稿日:2007/08/16(木) 14:29
- しかし
計画は動き出しているとはいえ
まだ完成まではほど遠い。
まだメンバーには言わない約束になっていた。
―――どうにかして……れいなに伝えられたら……
やはり美貴には話しておくべきだろうか。
もし、いいタイミングでれいなが銀行に現れれば
捕まえることができる。
そのときに美貴の口から説明してもらえば
れいなは戻ってくる決心をするかもしれない。
―――2人だけが頼りだ……
れいなが希望を全て捨ててしまう前に
捕まえなくてはならない。
あさ美は
再びF5キーを押した。
すると
―――あっ!
口座の残高が0円になっていた。
あさ美は慌てて口座番号を確認する。
出金明細の頭4桁を見た。
―――この番号は……
あさ美は慌てて電話をかけた。
- 477 名前:21 孤独なこと 投稿日:2007/08/16(木) 14:29
- 「引き落としありました。でも……」
『あった!?どこで?』
「……コンビニです」
『……』
コンビニ銀行は支店名の検索が困難だ。
しかし手数料は高い。
「どのコンビニかまでは特定できない」
『いいから!この辺にコンビニいくつある?』
「え?まさか全部回る気?」
『絶対、この付近や』
「……わかった」
なぜそう言えるのかわからないが
愛が断言しているから間違いないだろう。
あさ美はコンビニを検索した。
「……19件」
『……多いな。美貴ちゃん!車出して!』
『まさか虱潰しにいくつもり?』
『手数料も気にせずコンビニから引き落として来たんだよ。
遠くにおるならそんな必要ない。
どうせうちらが追いつかないんだから。
近くにおるから警戒する必要があった!』
『……わかった』
受話器の向こうで、エンジンをかける音がする。
―――お願い……
あさ美は、再び強く手を握りしめた。
おそらく今後は
ずっとコンビニを使って引き落としてくるだろう。
そうなれば、完全に追跡の手がかりは途絶えてしまう。
ここで見つけられなければ……。
◇
- 478 名前:21 孤独なこと 投稿日:2007/08/16(木) 14:30
- 奇跡を信じてすがるような気持ちだった。
19件ものコンビニを全て調べるのにどれだけかかるだろう。
その間にも、2人は移動をしているはずだ。
大急ぎで飛ばして20分で15件のコンビニを回ったが
れいなたちは見つけられなかった。
「美貴ちゃん、今日はもう一度振り込むよね」
「ああ、まだ1826円。半端な額だから続きがあるのわかるだろ」
「そのとき、もう一度コンビニを回ろう」
「……それで、見つかる?」
「……」
愛は下を向いた。
美貴にもわかっている。
もともと銀行だけが追跡の手がかりだった。
向こうが銀行に寄らなくなってしまったら
手がかりは途絶える。
後は、
偶然会えるという奇跡に
期待するしかない。
『藤本さん。15時になります』
「……」
もう小分けにする意味はない。
コンビニから何度引き落としても
れいなたちを追うことはできない。
「わかった。1万円を入れて」
美貴は目を強く閉じた。
どうかれいなが
絶望せずにいてくれるよう
祈りながら。
- 479 名前:21 孤独なこと 投稿日:2007/08/16(木) 14:31
- ◇
結局、美貴たちには見つからずに
今日のホテルに入ることができた。
小春の言ったとおり、コンビニを使ったため
追跡できなかったのだろう。
また
小春1人で行動したのも正解だったかも知れない。
向こうはおそらく
れいなと小春の2人組を探そうと必死になっている。
だから1人でいる小春を見たとしても
気づかずに通り過ぎてしまった可能性が高い。
今日は移動をほとんどしていない。
きっと美貴たちもこの付近にいるだろうが
明日からもコンビニを使うようにすれば
見つからずに逃げることができるに違いない。
れいなはフロントから預かった鍵を使って
部屋に入った。
「思ってたより、広いね」
「昨日が狭かったんだよ」
通りかかりに見つけた宿だったが
ダブルベッドの部屋を安く取ることができた。
- 480 名前:21 孤独なこと 投稿日:2007/08/16(木) 14:32
- コンビニで買ってきたもので
簡単に食事を済ませた。
れいなはいつもの半分も食べなかった。
その後、交代でシャワーを浴びた。
その間、例の記事については一言も話をしなかった。
2人して仰向けに寝る。
オレンジの明かりだけは枕元で調節して小さくつけて
2人でベッドに入っていた。
「田中さん……」
隣の枕から小春の声がした。
見ると小春は、天上を向いたまま
どこか遠くを見るような目になっていた。
「さっき言ったこと、本当だからね」
こうして一緒のベッドに寝ていると
小春の声が頭の中でよく響く。
まるで直接脳に語りかけられているような
変にくすぐったい心地がした。
「田中さんがどんなに弱いときでも
小春は一緒にいるからね」
れいなの胸が
ズキンて痛んだ。
書かれた記事には小春はいなかった。
世間ではれいなが1人ということになっている。
それを読んで思い知らされた。
自分は結局、孤独になるべきなのだと。
子どものころから目立つのが好きだった。
いろいろ着飾ってみんなの注目を集める。
みんながれいなの名を呼んでくるたびに
安心できた。
自分は確かにここにいて、みんなから見えている、と。
- 481 名前:21 孤独なこと 投稿日:2007/08/16(木) 14:33
- 1人になるのが怖かったのだと思う。
いつも人に注目されることで、自分を確認していた。
他者の視線で自分の輪郭を把握していた。
だから
1人でいると、自分が本当に自分でいるのかわからなくなる。
どこまでが自分で
どこまでが空気なのか。
どこまでが自分で
どこからが他者なのか。
モーニング娘。に入ると
みんなベタベタとお互いの存在を確認していた。
みんなメンバー同士くっつくことで、自分の輪郭を知った。
そうでもしないと不安になるのだ。
ステージの上ではファンの望む自分を作り
ステージを降りると大衆の欲望が自分のイメージを作る。
本当の自分がいるのか、
わからなくなる。
だからみんながみんな、お互いを求め合う。
孤独から逃避しようとする。
だけど、れいなはもうそこにはいない。
勝手に作られた物語によってグループを追放された。
だから確認できずにいる。
自分が本当に自分でいるのか。
その不安の中で
「小春は、一緒だから。ずっと田中さんと一緒だから」
今は、小春の声だけが唯一の救い。
小春の声と……
れいなは頭を振ってから
小春を見た。
目が合った。
―――……
- 482 名前:21 孤独なこと 投稿日:2007/08/16(木) 14:33
- 至近距離で目が合う。
いつもなら照れくさくって爆笑しているところだ。
しかし弱った心では笑うことができずに
「こは、る……」
れいなは泣いていた。
涙があふれて横に流れて枕をぬらす。
止められなかった。
小春がれいなを
こんな近くで見ていてくれる。
格好悪い自分も
情けない自分も
全部小春がわかってくれる。
受け止めてくれる。
―――ねぇ……いいの、れいなこんなで……
れいなは首を振った。
わからなかった。
自分はこのままでいいのだろうか。
どうしていいかわからず
逃げるしかなかった。
逃げても悪意は追ってきて
誰かに側にいて欲しかったとき
小春がいた。
涙が止まらない。
ずっとずっと、涙が止まってくれなかった。
小春はそっと微笑み
れいなの頭を抱き、自分の肩に引き寄せた。
れいなの苦しみを全て包み込む
優しい、柔らかい笑顔だった。
- 483 名前:いこーる 投稿日:2007/08/16(木) 14:33
- 本日の更新はここまでとなります。
- 484 名前:いこーる 投稿日:2007/08/16(木) 14:40
- >>465
レスありがとうございます。
みなさまのレス、反応によってテンション保ってますのでありがたいですよー。
>>466
ニヤリ
文章は、書いている本人は不安でしかたないので、そう言っていただけるとありがたいです。
>>467
気持ちがすれ違う話ばかりですみません。
気持ち……届きますように……
>>468
どきどきする。私も……
- 485 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/16(木) 22:00
- れなこは素敵すぎます…
どうしてもっとれなこはが増えないんだろうってくらい…
- 486 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/17(金) 00:53
- 紺野ぉ〜、計画ってなんだ!気になるぅ、メンバー以外のいったい誰と計画してんだ?。
解決の鍵になってくれぇ。
ハッピーエンドを望みつつ作者さんの辛く切ない心理描写が好きです。
- 487 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/17(金) 08:14
- もうハラハラドキドキス!
双方の鋭い推理に脱帽ス 凄いス 作者さん最高ス!
- 488 名前:22 優しさ 投稿日:2007/08/22(水) 10:44
- 最初から逃げてばかりだったんだ。
自分には逃げることしかできないんだ。
幸せがあったって、何があったって
逃げることしか考えていないんだ。
- 489 名前:22 優しさ 投稿日:2007/08/22(水) 10:44
-
22 優しさ
- 490 名前:22 優しさ 投稿日:2007/08/22(水) 10:45
- 小春に頭を撫でてもらった。
すごく安心できた。
目を薄く閉じて
小春の肩にひたいをあてて
何度も何度も頭を撫でられた。
小春はずっと
れいなの涙が止まるまでそうしてくれた。
れいなは何度か
眠りの淵に落ちそうになった。
小春のそばで
苦しみが和らぐのを感じた。
しかし
結局寝られなかった。
小春の手が
れいなの頭の上から後頭部に
包み込むように心地よく流れていく。
しかしその手は
たまに後頭部で止まった。
れいなの髪を一瞬
ぐっ、とつかんですぐ離す。
そんな不規則な動きが混ざった。
まるで
れいなを寝かせまいとするかのように。
れいな1人で先に寝てしまうのを
小春の手が無意識に阻止しているかのように。
―――小春?
れいなの胸の中に
苦いものがさっと広がる。
- 491 名前:22 優しさ 投稿日:2007/08/22(水) 10:45
- それはさっき忘れたはずの苦み。
自分がひどくバランスの悪いところに立っているような
ちょっと力を加えたら、この安らぎが消えてしまいそうな
そんな不安を感じる。
小春に全てを預けていても
嫌な予感はなくならない。
れいなの髪を乱暴につかもうとする小春に
危うさを感じる。
小春の心もきっと
れいなと同じくらい
不安定に違いなかった。
―――小春は小春で寂しいんだ。
小春はれいなを優しい笑顔で慰めてくれたけれど
本当は小春だって、不安で不安で仕方ない。
だからこそ
れいなを引き寄せ抱いている。
後頭部を強く掴まれた。
―――ほら、また……
その手から
小春の気持ちが伝わってくる。
れいなを自分のもとから
放すまいと必死になにかを訴えてくる。
苦い気持ちはどんどんふくらみ
いつの間にかれいなの心を支配していた。
鼓動が高まっていく。
れいなはきつく目を閉じて
不安を消し去ろうとした。
こんなに安心できる状況で
どうして激しい鼓動が聞こえてくるのか。
- 492 名前:22 優しさ 投稿日:2007/08/22(水) 10:45
- その鼓動が
小春のものであると気づくのに
しばらくかかった。
一緒に寝ている小春の鼓動が
体を伝ってれいなに聞こえていたのだった。
―――小春……
小春が緊張している。
れいなを抱きしめながら
鼓動は早く大きく
れいなの中まで響いてくる。
それを聞いているうちに
れいなもどんどん不安になっていた。
小春の心の中で
何かが起きている。
何か……
その正体をれいなは知っていた。
ずっと知っていて
卑怯にも気づかない振りをしていたのだと思う。
うれしいはずの気持ち。
でも……、今のれいなには……、
れいなは恐れた。
小春の気持ちが
やがて溢れてれいなに迫ってくるのを恐れた。
- 493 名前:22 優しさ 投稿日:2007/08/22(水) 10:45
- ◇
「ねぇ美貴ちゃん……2人、大丈夫かな?」
「……わかんない」
豊川の宿。
美貴と愛は寝られなかった。
窓を開けて外気を取り込み
2人で椅子に腰掛けて話していた。
「きっと……小春が支えてくれる。
それを信じるしかない……」
「でも……」
「れいなは、小春がいる限り生きるよ」
美貴はそう言った。
渋谷で話すれいなの目から
美貴は感じ取っていた。
―――小春と、行かせてください
れいなの不安を、小春が救ってくれる。
だから今は、小春を信じるしかない。
しかし、愛は首を振った。
直感的にれいなたちの心と共鳴させ
相手の立場で
相手の気持ちを探っている表情だ。
今の愛は、
2人の心の中まで見えている。
「美貴ちゃんが思ってるほど、久住は強くない。
それがれいなにも伝わっちゃったら……」
◇
- 494 名前:22 優しさ 投稿日:2007/08/22(水) 10:46
- 小春の鼓動が
どんどん早くなっていく。
それに合わせて
れいなの頭を抱える力が弱くなっていた。
小春の意識は、
小春の思考の奥深く沈み込み
れいなから離れていく。
小春の心の中で
重大なことが決まろうとしていた。
れいなは身動きがとれなかった。
れいなが何か動くことで
小春の決断を急がせてしまうかもしれなかった。
しかし
―――お願い、小春……もうちょっと待って……
今のれいなの精神状態で
小春の想いを受け止めることはできない。
今の弱い自分は
小春の想いに応えてやることはできない。
それがわかっていたから
れいなは小春の腕の中
じっと身を固くしていた。
―――ダメだよ……だって、小春はまだ……
小春がそのまま
自分の想いを抑えてくれることを切に祈る。
しかし
小春の身体が、れいなの方へ動いた。
- 495 名前:22 優しさ 投稿日:2007/08/22(水) 10:46
- ◇
「久住を動かしていたのは
申し訳ないっていう気持ち。
自分のせいでれいなが処分された。
だからせめて、れいなを支えてやろうとしてる……はずだった」
「どういうこと?」
「久住はさ、私たちの前で壊れたようにはしゃぐやん。
あれって認めて欲しいんだよね」
「うん。それは美貴も感じる。
こっちが冷めた目をすると、すっごい悲しそうな顔するもん。
そこでやめときゃいいのに、むきになって一層はしゃぐ」
「誰かに言ってほしいんだよね。
久住のやっていることは間違っていない。
久住のキャラは受け入れられてるって、
誰かの口から聞いて、確認したいんだよね」
たった1人でグループに入ってきた小春。
グループには様々なしきたりがあった。
誰もが初めは、何も知らずに飛び込んでくる。
愛が新人だったころは、同期の仲間と
「ここあってる?」「この場合ってどうだっけ?」
と確認し合うことができた。
しかし
小春にそういう仲間はいなかった。
小春の行動が正しいかどうかを決めるのは
先輩からの評価のみ。
そういう中で育ってきたから
誰からも触れられないと
急に不安になってしまう。
- 496 名前:22 優しさ 投稿日:2007/08/22(水) 10:46
- 「渋谷の事件で、久住は久住なりに後悔したんだと思う。
といっても久住のせいじゃないんだから
何を悔やんでいいかもわからない。
それが、かえってきつい。
そして久住は自分の意志で、れいなについていくことを決めた」
れいなと一緒にいることを決意した小春。
それは小春なりの贖罪だった。
しかし
「でも、私が久住を引き留めようとした」
「長津田でのこと?」
「うん。うちらは当然連れ戻そうとする。
2人のためを思えば当たり前や。
それが、うちらにとって正しい行動」
「うん。
でもれいなの立場で考えてる小春には
それが分からなかった。
だから、逃げてっちゃった」
愛はちょっと首をかしげて言った。
「ちょっと……違うと思う」
「違うの?」
「久住にはわかったんだよ。
みんなを置いて身勝手な逃避をすることが間違いだって。
みんなを心配させることになるって、久住は知ってた。
私が『行かないで』て言ったとき……泣いてたよ」
「でも、それじゃあ、小春の中で正しい行動が決められない」
- 497 名前:22 優しさ 投稿日:2007/08/22(水) 10:46
- 「そう。みんなを捨ててれいなについていくか
それともみんなの元へ戻っていくか。
どっちが正しいかなんて、わからない。
いつもなら、私とか美貴ちゃんとかが
『こっちだよ』って言ってあげられるけど
今回はそれができない」
いつも周囲の評価を気にして
自分を確認していた小春。
「きっと今も久住は、苦しみ続けている。
自分の取った選択が正しかったのか……。
だから久住は、必死にれいなにすがる。
自分はこれでいいのか?本当に自分の取った道は正しかったのか?
れいなに教えて欲しがるはずだよ」
「……」
「感情的になっちゃうと
ブレーキがかからない。
小春は、全身でれいなを求める……」
◇
「ちょ……小春、重い」
小春の身体がれいなの上に乗った。
小さなれいなは押さえつけられ
逃げることができない。
のし掛かってくる重みに
小春の強烈な存在を感じた。
- 498 名前:22 優しさ 投稿日:2007/08/22(水) 10:46
- 小春が全身で、れいなを求めている。
重なった胸から
壊れたような小春の鼓動が聞こえてくる。
その強いリズムに押し流されて
れいなの鼓動まで速度を増していった。
小春の存在感が
れいなの心を圧迫してくる。
―――れいな……どうしちゃったの?
自分の感情が、自分で把握できない。
心が何者かに操られて
無理矢理に引き上げられている気がした。
そこに甘美な興奮もなくはなかったが
それよりも遙かに
―――怖い……
恐怖が大きかった。
小春がいつもの小春ではなくなっている。
かわいくって危なっかしい小春も
意外と頼りになる小春も
今は姿を消していた。
今は
不安に突き動かされ
自分の情動に操られ
欲望に引き回された小春が
感情を剥き出しにれいなに迫っていた。
- 499 名前:22 優しさ 投稿日:2007/08/22(水) 10:47
- 「待って……お願い!待って!」
れいなは甲高い声で叫ぶが
小春の耳に届いた様子はない。
小春の両手がれいなの手首を押さえつける。
一瞬、迷った表情を見せたが
すぐにまた、もとの表情に
れいなが恐れた表情に戻って
小春は次の行動に出た。
―――うわっ
れいなは咄嗟に目を閉じた。
―――どうして……
こんなに近くにいて
こんなにお互いを必要としているのに
れいなの声が小春に届かない。
れいなの気持ちが伝わらない。
どうして……
最後の最後で、気持ちがすれ違う。
初めてのキスは
とても悲しいキスだった。
- 500 名前:22 優しさ 投稿日:2007/08/22(水) 10:47
- ◇
愛の語る内容は、あまりに暗く絶望的だった。
美貴は必死に反論する。
「だけど、2人とも必要としてるんだから
ちょっとくらいタイミングが悪くても」
「私も、そうあってほしいと思う」
「なら……」
「れいなと直接話したのは美貴ちゃん」
「うん」
「ねぇ、教えて。れいなはどうして久住を選んだの?」
「だって……『小春と行かせてください』って。
小春がいなかったら自分は死んでたって……」
「どうして、れいなは死ぬのを思いとどまったの?」
「……」
難しい質問だった。
美貴は頭を抱え込んだ。
―――れいな……あのとき、何を考えてた?
美貴は渋谷での会話を思い返す。
優しくされると辛いと言った。
でも、小春の優しさはれいなを救った。
なぜか……
いや、そもそもれいなが
自殺を図ったのはなぜだった?
- 501 名前:22 優しさ 投稿日:2007/08/22(水) 10:47
- ―――何も頑張るものがないれいなは……
「……れいなには、何もない」
―――死にたくなるんです
「何も……頑張るものがないから……死ぬ」
小春の存在
小春との逃避行。
それだけが
れいなにできることだった。
小春のために
れいなは生きることを決めた。
小春への恩を感じ
小春の想いに応えるために。
「れいなが逃避行を続けるのは、小春のため」
「そう、そうだよ美貴ちゃん!
自分を救ってくれた久住を悲しませたくない。
そういう責任感が、今のれいなを動かしている」
「責任感……」
責任という言葉に
美貴の思考が加速した。
小春をかばってれいなは処分された。
そのことに責任を感じた小春がれいなのもとに行く。
れいなは、小春に救われたと思い、責任を感じて動いている……
「2人とも同じだ……」
- 502 名前:22 優しさ 投稿日:2007/08/22(水) 10:47
- 2人とも相手に負う気持ちがあたった。
2人が逃げているのは
自分のためじゃない。
相手のため。
「そう。2人が抱えてる悩みは全く同じ」
「じゃあ、同じ思いを持ってるんだから
上手くいく方法があるはずじゃ……」
「お互いの行動の根拠を相手に求めてる。
もう、相手にもたれかかりすぎて
2人は自分の足だけで立っていられない。
だけど、お互いに同じ結論を出すとは限らない」
「どうして……」
「れいなのためになること。久住のためになること。
その2つがもし、食い違ってしまったら……」
美貴はぞっ、とした。
寄りかかっている向きが
バラバラの方向を向いたら
2人の間の釣り合いが取れなくなり……
「れいなのために久住は逃げる。
でも……久住のために、れいなは……」
◇
- 503 名前:22 優しさ 投稿日:2007/08/22(水) 10:47
- 短いキスの後
小春はれいなに乗ったまま迷っていた。
続けるかやめるかを迷っていたのではない。
きっと、どうしていいかわからなかったのだろう。
経験がないから、
どうすればれいなと一体感を得られるか
それがわからず迷っていたのだ。
やがて小春の力が弱まっていく。
れいなは
「ごめん小春……」
小春を押し返した。
小春は「どうして?」とは聞かなかった。
黙って、悲しい目をれいなに向けてきただけだった。
れいなは小春に背を向けて
身体を丸めて目を閉じた。
―――小春を悲しませちゃった……
れいなの胸が悲鳴を上げて痛んだ。
―――こんなはずじゃ、なかったのに……
小春の気持ちに応えてやりたかった。
れいな自身も小春を求めていたのだから
できたはずだった。
しかし
―――やっぱり、怖いよ……
- 504 名前:22 優しさ 投稿日:2007/08/22(水) 10:48
- れいなにはわかっている。
小春が怖いんじゃない。
れいなが今恐れているのは
自分が……小春の運命を狂わせてしまうこと。
自分自身の存在がどうしようもなく恐ろしい。
自分は排除された人間。
みんなと同じ世界にはいられない存在。
小春とは
立っている場所がまるで違う。
小春はれいなのために全てを捨ててくれた。
追跡を振り切って、うしろめたさを断ち切って
れいなといることを決意してくれた。
だから
一緒にいられると思った。
しかし週刊誌の記事を見て
再び思い知らされた。
小春の名を傷つけないように
事実を変えて記事が書かれた。
自分は貶められる存在だが
小春は守られている。
その小春を
こんな世界に引きずり落とすことなどできない。
こんな不安と孤独ばかりの世界に
小春を招いてはならない。
- 505 名前:22 優しさ 投稿日:2007/08/22(水) 10:48
- 小春が求めたのは
れいなと一緒になること。
れいなと同じ存在になって
れいなと同じ世界を見て生きること。
もしそれを許してしまったら
小春にも、この
希望のない時間を見せることになる。
それがどうしようもなく恐ろしい。
重なった唇から小春が流れ込んできて
れいなに浸食してきそうで怖かった。
もう自分を晒したくなかった。
こんな自分を小春に見せたくなかった。
本気で逃げ出したかった。
この状況から
この世界から
小春から逃避したかった。
小さく震えたれいなの肩に小春の手がかかる。
―――やめて……
小春は、背中かられいなをそっと抱いた。
「田中さん……このくらいはいい?」
―――ダメ……ダメなの小春……
そっと遠慮がちに
小春の身体が背中に触れていた。
- 506 名前:22 優しさ 投稿日:2007/08/22(水) 10:48
- 「もう、キスとかしないから……
もう田中さんの嫌がることしないから」
―――違う……
「ごめん。田中さんの気持ち考えないで。
ごめんなさい」
―――違うの!
小春は壊れたように「ごめん」と何度も繰り返す。
それしかできなかったのだろう。
れいなに拒否された小春には
謝るしかなかったのだろう。
小春の言葉がずっと
れいなの耳を
れいなの心を掻き回し続けた。
◇
- 507 名前:22 優しさ 投稿日:2007/08/22(水) 10:48
- みんな疲れてしまった。
苦しみから逃げ出し
救いを求め
それでも逃げ切れずに救われずに
もう疲れ果ててしまった。
小春は眠った。
れいなの背中のぬくもりから感じる
微かな甘さにすがって眠った。
もう眠ってしまう以外に
この状況から逃げることができなかった。
疲れと絶望に引きずられて深く眠ってしまった。
そして朝日が差し込むまで起きなかった。
だから、寝ている間
れいなが手紙を書く音にも
部屋を出て行く音にも
小春は気づくことができなかった。
- 508 名前:22 優しさ 投稿日:2007/08/22(水) 10:49
-
小春へ
まず、ごめんなさい。
よく考えもせず小春を連れてきてしまって
よく考えもせず小春を頼ってしまって
本当にごめんなさい。
小春にはまだ未来がある。
それをれいなのせいで壊してしまうのなんて嫌です。
だから、もうお別れにしよう。
4日間、すごく楽しかった。
一緒に走ったり、一緒に泣いたりできた。
小春にとってれいなとの思い出が
嫌なものになってしまうのだけはやだ。
そうなる前にれいなはいなくなります。
小春。れいなにすてきな時間をくれてありがとう。
小春が明るい未来を作ってくれること、祈ってます。
れいなより
- 509 名前:22 優しさ 投稿日:2007/08/22(水) 10:49
-
- 510 名前:いこーる 投稿日:2007/08/22(水) 10:49
- 本日の更新は以上になります。
- 511 名前:いこーる 投稿日:2007/08/22(水) 10:52
- >>485
れなこは……不思議な引力がありますよね
>>486
辛く切ない……今回も、本当すみません。
>>487
またこんな展開ス
- 512 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/22(水) 23:28
- あぁ…なんか尊いです…
- 513 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/23(木) 00:45
- 他が為に…辛いね
- 514 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/23(木) 05:31
- ンガアーーー!初キスなのに〜
辛いねー …レイナ…コハル…ガンバレ!
- 515 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/23(木) 07:50
- 漠然とですが・・・
何の為に逃げているのか2人が分からなくなったとき2人の逃避行が終わると思っていました。
逃げている理由が分かってしまったから終わる逃避行というのは想像しませんでした。
今後も目が離せません。
- 516 名前:名無し飼育さん 投稿日:2007/08/23(木) 08:19
- 気持ちのすれ違いというかズレってなんてもどかしいんでしょうか。
相手のためってことには変わりないんですけどねえ。
- 517 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/27(月) 07:23
- 初めまして!いつもロムっているのですが今日はどうしても
作者様に「素晴らしい小説を書いてくれて有難う」と言う気持ちを
伝えたくてカキコミしました。これからまたロムりに入りますがどうか
お体に気を付けてロムラーの私を楽しませてくださいませ、それと、自力で
作者様のHP見つけて歓喜狂乱しております。IKkorさん有難う!!!大好きよ!!!
- 518 名前:23 身勝手 投稿日:2007/08/29(水) 20:43
- どうせ行くあてもない逃避行。
どうせ進展しない恋。
ここで終わるなら終わってしまえばいい。
- 519 名前:23 身勝手 投稿日:2007/08/29(水) 20:44
-
23 身勝手
- 520 名前:23 身勝手 投稿日:2007/08/29(水) 20:44
- 朝日が差し込んできてようやく目を覚ました。
ずっと同じ体勢で寝ていて身体が硬い。
「田中さん?」
小春は、身体を起こした。
しかし
隣にれいなはいない。
ベッドをおりて、室内を探した。
しかし
れいながいる気配は全くなかった。
小春の胸がざわつく。
嫌な予感に押しつぶされそうになる。
小春は
テーブルの上にある手紙を見つけた。
メモ用紙に書き込まれた手紙。
それを読んだ小春の顔が
青ざめていった。
手紙を持つ手が震える。
のどが痛い。
目が熱い。
―――なんてこと
- 521 名前:23 身勝手 投稿日:2007/08/29(水) 20:44
- 小春の目から
涙があふれた。
「……バカ」
ごめんなさいだなんて、冗談じゃない。
ここまで来て単なる後輩として扱われたことが
悲しくてたまらない。
自分の未来を捨てることになるなんて
小春はとっくに知っていた。
それでも
れいながよかったから
一緒にいると決めたのだ。
れいなといる時間の方を選んだ。
自分の意志で。
自分の想いに随って。
それなのに
一言も相談せず
こんな大事なことを勝手に決めるなんて……
「バカーーーーー!」
思わず手紙を破りそうになった。
しかし、すんでのところで抑える。
怒りが収まったわけではない。
むしろ小春の怒りは
時間が経つにつれて
どんどん大きく
熱くなっていた。
その強力な情念は
小春をかえって
冷静な行動に導いていた。
今、感情に負けて手紙を破ったら
大切な手がかりを失うことになる。
- 522 名前:23 身勝手 投稿日:2007/08/29(水) 20:44
- ―――落ち着け……
小春の憤りが
追跡への闘志へと形を変えていた。
―――絶対……逃がさないから
取り返しのつかないことになる前に
なんとしてもれいなを
捕まえなくてはならない。
小春は手紙をじっと睨みつけた。
ホテルの部屋に備え付けのメモ用紙。
それには不釣り合いなくらい
びっしりと書かれた文字。
れいなが普段書く字よりもずっと細かい。
―――田中さん……
れいなは、れいななりに
小春に気持ちを伝えようと一生懸命だったのだ。
その想いを感じ
抑えたはずの涙が
再びこみ上げてきたが
ぐっとこらえた。
- 523 名前:23 身勝手 投稿日:2007/08/29(水) 20:44
- そして、目の前の手がかりに向かう。
―――小さなメモ用紙。
用紙は小さかった。
何も、この1枚に書くことはなかった。
書ききれなかったら
次に書けばいいだけだ。
しかし
れいなはそうしなかった。
慌てて書いたのではない。
きちんとした形で
小春にメッセージを残そうと
冷静に考え
文字の大きさを計算して書かれた手紙だ。
「……」
そんなものを、暗い中で書けるはずがない。
しかし
部屋の明かり
枕元の読書灯はいずれも使えない。
小春が起きるリスクが大きい方法を
れいなは採れなかった。
- 524 名前:23 身勝手 投稿日:2007/08/29(水) 20:44
- ―――廊下に出て書く?
いや……そこまでするなら
部屋のメモ用紙に部屋のペンというのが解せない。
それにれいなの心理から言って手紙は
誰が来るかわからない状況で書ける内容ではない。
つまり、部屋の中で書いた。
そしてこんな手紙は、暗くては書けない。
結論。
この手紙が書かれたのは
外が明るくなってから。
―――まだ、近くにいる!
小春は部屋を飛び出した。
しかし、
建物の外に出ようとしたところで
フロントに呼び止められた。
「お出かけですか?」
「……」
小春は、立ち止まった。
- 525 名前:23 身勝手 投稿日:2007/08/29(水) 20:44
- ◇
改札に次々と人が流れていくのを
美貴はじっと見張り続けていた。
2人が豊川を利用すればすぐにわかる。
豊川駅の改札は狭い。
ずっと同じ所に立っていては
不審がられるかもしれない。
しかし
美貴はじっと待った。
―――れいな……お願い、姿を現して
美貴は願った。
どんな状態でもいい。
れいなの姿を見たい。
れいなが絶望する前に
声をかけてやりたい。
しかし
状況は相当に追い詰められている。
れいなが見たかも知れない雑誌。
そこに書かれた内容が
れいなの心から
唯一の支えであった
小春を奪ったかもしれない。
―――お願い!
- 526 名前:23 身勝手 投稿日:2007/08/29(水) 20:45
- そのとき
携帯の着信音が
狭い駅構内に響き渡った。
愛かと思って携帯の表示を見た。
すると
―――れいなから!?
ディスプレイには「れいな」の表示。
美貴は慌てて、電話を取った。
「藤本さん助けて!」
通話がつながった途端
受話器の向こうから悲痛な声が聞こえてきた。
その甲高い声が
「助けてください」
美貴の耳をつんざく。
美貴は
「ちょっと……落ち着いて」
相手をなだめるように
あえてゆっくり言った。
「小春?」
- 527 名前:23 身勝手 投稿日:2007/08/29(水) 20:45
- ◇
慌てて車に戻り
小春のいるホテルまで向かった。
小春は電話で
お金がないからホテルのチェックアウトができないと言った。
それで、美貴を頼ったのだと。
建物に入ると
小春は真っ青な顔をして立ちつくしていた。
フロントにお金を払いチェックアウトを済ませ
小春を車に乗せる。
「……ごめんなさい」
「いいから、手紙を見せて」
小春からメモ用紙を受け取る。
その内容を読み、
―――ああ、れいな
美貴は手をきつく握りしめた。
れいなはいなくなります
恐れていたことが
実際に起きてしまった。
- 528 名前:23 身勝手 投稿日:2007/08/29(水) 20:45
- 自分の運命に絶望したれいなは
小春を巻き添えにしないように
1人で姿を消してしまった。
―――早く見つけないと……
本当に取り返しのつかないことになってしまうかも知れない。
これまで小春に支えられていたれいなの心が
いつ、均衡を崩して不安定になるかと思うと
いてもたってもいられなくなる。
「……ごめんなさい」
「小春が謝ることじゃない。
それよりも小春」
美貴は、後部座席に身を乗り出して聞く。
「本当に心当たりはない?」
「……」
「知ってるなら教えて!」
しかし
小春は弱々しく首を
横に振るだけだった。
- 529 名前:23 身勝手 投稿日:2007/08/29(水) 20:45
- 「久住」
愛が、小春に聞いた。
「携帯、電池切れてたんじゃないの?」
「愛ちゃん、そんなことどうでも……」
美貴は止めようとしたが
愛は「いいから」と小春を促した。
「小春が起きたら充電器がありました。
ホテルの名前が貼ってあって」
「つまり、ホテルで充電器を借りたの?」
「……」
「わかんない?」
「はい」
愛は眉をひそめて何かを考え出した。
しかし美貴には
今の会話の何が引っかかるのかわからない。
「愛ちゃん、どうしたの?」
「れいなの行動が、ちぐはぐやない?」
「え?」
「充電器を借りたのを久住は知らない」
「だから……小春が寝てる間に充電したんでしょう?」
「そこまで準備したのにどうして……」
- 530 名前:23 身勝手 投稿日:2007/08/29(水) 20:45
- 愛は、視線をあちこちさせながら話す。
きっと、自分の中でも
考えがまとまってないのだろう。
「どうして忘れる?」
美貴は首を振った。
愛の疑問はわかった。
確かにおかしい。
フロントから充電器を借りるまでして必要だった携帯電話を
忘れていってしまうなんて。
しかし
一刻を争うというときに
そんなことにこだわる愛がわからない。
「愛ちゃん。今はそれどころじゃないんだよ」
「美貴ちゃんこそ!感情的にならないでよ!」
「そんなことをしてる間に、れいなは……」
「どういう意味!?」
愛が声を荒げた。
小春がびくっ、と身体を震わせる。
「美貴だって考えたくないよ!
だけど……れいなは……」
「そんなの……」
愛が視線を落とした。
自分の膝を見つめながら
「そんなの、嫌だよ」
そう言った。
- 531 名前:23 身勝手 投稿日:2007/08/29(水) 20:46
- ―――ったく……どっちが感情的なんだよ……
「愛ちゃん。
ここで細かい議論してても……」
「れいなは生きてる」
「え?」
愛の目がまっすぐ、美貴を射貫いた。
「美貴も……れいなを信じてるよ。だけど……」
「そうやない!れいなは生きてる!」
「……?」
「なんとなく……そう思う」
「そんな適当な……」
「もうちょっと、考えをまとめさせて……」
「……」
美貴は黙った。
愛の思考が苛立たしい。
しかし
愛は確かに、何かを掴んだようだ。
それに期待するしかない。
そのとき
愛が、ポンと手を叩いた。
「久住!携帯ってどこにあったの?」
「手紙の横です」
- 532 名前:23 身勝手 投稿日:2007/08/29(水) 20:46
- 「美貴ちゃん聞いた?」
「聞いたけど……」
れいなたちが泊まっていたのは小さなホテルだ。
携帯を置いておく場所は、書き物机くらいしかないだろう。
愛は言った。
「携帯を充電して、手紙を書く。
その手紙の横に携帯があるのに、忘れていくわけがない」
「てことは……わざと置いていった?」
「そう、れいなは最初から久住に残すつもりだったんだ。
久住はお金持ってないから、1人じゃ帰れない。
そう考えて携帯を置いたんだ」
「……」
「美貴ちゃん?どうしたの?」
「普通、お金の方を置いてくんじゃない?」
「……れいなはそこまで頭が回らなかった」
「違うよ愛ちゃん。
れいなはわざわざフロントから充電器を借りてる。
きちんと考えて、携帯を小春に残していった」
「なのに、お金は全部持って行っちゃった。
そんなことしたら久住が困るのはわかりきってるのに」
美貴の指摘をもとに、きちんと思考を進めている。
美貴は感じた。愛の思考が回り出している。
- 533 名前:23 身勝手 投稿日:2007/08/29(水) 20:46
- 「つまり……」
「れいなには、お金が必要だったんだ!」
「なんの?」
「わからん……やけど、すぐに自殺するつもりなら
久住にお金を残したはず!
お金を持って行ったってことは……」
愛の手が、美貴の方をつかんだ。
「まだ、れいなは逃避行を続けてる!」
◇
- 534 名前:23 身勝手 投稿日:2007/08/29(水) 20:46
- 豊橋駅まで
歩いていた。
最寄りの豊川には美貴たちがいるだろう。
だから豊橋まで歩いた。
歩いている時間は苦痛だった。
―――ごめんなさい……
自分のわがままで
ずいぶんと振り回してしまった。
美貴も小春も愛も。
これまでは
あんなことになるまでは
それでよかった。
みんなを振り回し
迷惑をかけ合って
笑い合って
すごく居心地がよかった。
- 535 名前:23 身勝手 投稿日:2007/08/29(水) 20:46
- しかし歯車は狂い
今のれいなは一方的に
ただ自分だけがみんなを困らせている。
―――れいなさえいなければ……みんな普通でいられるのに……
そんな考えに陥るのを
美貴や愛ならば許さないだろう。
これはれいなだけの問題ではない。
そう言って
れいなの悩みも苦しみも
全部仲間で共有しようとする。
しかし
今のれいなには
その気遣いがつらくてたまらない。
自分がこんなことをしているせいで
自分が勝手な行動をとっているせいで……。
そう思うと
―――小春……
れいなの胸が
罪悪感に押しつぶされそうになった。
物語の始めからそうだった。
逃避行の最初から
れいなの行動は
れいな自身を追い詰める結果にしかならなかった。
11:09 豊橋発
- 536 名前:23 身勝手 投稿日:2007/08/29(水) 20:46
- れいなを乗せた電車が出発する。
景色の流れが速くなってくると
れいなの苦痛も
ほんの少しだけ和らいだ。
あとは電車に随って進むだけ。
もう
自分で進まなくていい。
もう
自分の選択に、責め苛まれなくてすむ。
みんなを捨てて逃げ出した。
小春の気遣いにもたれかかり
小春の心を弄んだ。
中途半端に美貴を頼り
美貴を振り回し続けた。
全て
れいなの選択の何もかもが
れいなの周囲を狂わせ、苦しめる。
しかもれいなには
それを償うこともできない。
残酷な運命は
償うチャンスすらも
れいなから奪ってしまった。
- 537 名前:23 身勝手 投稿日:2007/08/29(水) 20:46
- ―――もう、れいながいたって、しょうがない……
ならばいっそ
自分の意志など
なくなってしまえばいい。
何も決めない。
何も行動しない。
電車の進むに任せて進むだけ。
やがてお金が尽き
行くところまでたどり着いたとき
この逃避行は終わりを告げるだろう。
―――さよなら……みんな
れいなの目から一筋
涙がこぼれた。
◇
- 538 名前:23 身勝手 投稿日:2007/08/29(水) 20:47
- 車は蒲郡を目指して出発した。
れいなの残金は小春が正確に記憶していた。
小春は自慢の計算力で
2人の逃避行資金を常に把握していた。
小春の出した金額は
12230円。
「これ……福岡まで行くぎりぎりの額やん」
「今朝、チェックアウトできなかったのはそのためか……」
「じゃあ、れいなは」
「福岡を目指してる……。
小春そうだよね?」
「はい」
美貴に聞かれて
小春は消え入りそうな声で言った。
「本当は小春と一緒に行くはずだった…」
「……」
小春は下を向いたまま美貴を見ることができない。
美貴は小春を問い詰めているわけではないと
わかってはいるが
後ろめたい気持ちがなくなってくれない。
- 539 名前:23 身勝手 投稿日:2007/08/29(水) 20:47
- 「愛ちゃん、紺野ちゃんに電話して」
「何て?」
「れいなの持ち金はぎりぎり。
今日の振込をしよう。
コンビニから引き落とされるかも知れないけど……」
小春の胸に悪いものが流れた。
小春は、言った。
「田中さんは引き落としをしません」
「?」
小春は
自分の財布から
美貴のキャッシュカードを抜いて
美貴に渡した。
「昨日最後に引き落としをしたのは小春です」
「れいな……カードも持たずに?」
小春はうなづく。
そして顔を伏せてしまった。
後悔が波のように押し寄せてくる。
あのとき、どうしてカードをれいなに返さなかったのか。
カードがあればせめて
れいながどこかで生きていることを
確認できたかもしれないのに。
- 540 名前:23 身勝手 投稿日:2007/08/29(水) 20:47
- そればかりではない。
小春がしてしまったことはまだある。
しかしそれをまだ
先輩たちに話していなかった。
―――私……なんてことを……
小春はあのとき
金額の全てをれいなに渡さなかった。
一部を自分のポケットに隠したままだった。
そのお金は
今も小春が隠し持っている。
それを、早く言わなくてはいけないのに
どうしても言うことができない。
言って、自分の犯した過ちと向き合う勇気がない。
―――私……なんであんなことを……
なぜお金を全部渡さなかったのか。
なぜ隠してしまったのか。
小春は、後部座席から
美貴の顔をじっと見つめた。
- 541 名前:23 身勝手 投稿日:2007/08/29(水) 20:47
- ―――藤本さん……
美貴の顔を見て
小春は確信した。
やはり自分の恐れていた通りだと。
愛は、そのことを知っているのだろうか?
―――やっぱり、言えない
小春は結局、
自分の罪を美貴に伝えられなかった。
こんな局面に達してまで
小春は自分のことばかり考え、怯えている。
一番勝手なのは自分だと思い知らされた。
自分の存在が、心底嫌でたまらない。
しかし
秘密を打ち明ける勇気が出ないまま
車は高速へと入っていった。
12:50 音羽蒲郡IC
- 542 名前:いこーる 投稿日:2007/08/29(水) 20:50
- >>512
ええ……本当に、
>>513
誰の為の逃避行なのか、きっと誰にもわからないんでしょうね。
>>514
初めてのキスなのに……もっと甘いこと書こうと思っていたのに(マテ
>>515
理由はわかっているのに、どうしていいかわからない。というのは
それはそれで相当つらいものだと思います。うーん
>>516
すれ違う話ばかりで……もどかしいですね。
>>517
HP……更新しなきゃ……;
メッセージありがとうございます。
今後ともよろしくお願いします。
- 543 名前:いこーる 投稿日:2007/08/29(水) 20:51
- 今日はここまで
- 544 名前:ais 投稿日:2007/08/29(水) 22:14
- どこまでも壮大で、だけどいつかは物語に終わりにくる。
最後まで目が離せません!
心より作者様を尊敬します。
今後の展開を楽しみにしています。
- 545 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/30(木) 04:04
- いこーるさん更新ありがとう!
もう〜れいニャが心配だよ…
- 546 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/30(木) 07:32
- うわぁぁぁぁ…れいなは救われるんでしょうか…
読んでて胸が痛くなってきます。でも読むのを止められない…
相変わらずの世界観、ステキです。
- 547 名前:359 投稿日:2007/09/05(水) 07:53
- 切ないですね…気持ちの擦れ違い。
れいなに、小春に、もっと言葉が足りていたら、通じ合えていたんでしょうか。
作者様のページのメールに送ってみたのですが帰ってきてしまったので勝手ながらこちらに。
ちょうど18きっぷの時期だったこともあって、足跡巡り、やらかしてしまいました。
レポをメ欄のアドに乗っけています。
外部リンクかつ宣伝みたくなってしまうので、問題ありましたら削除依頼出してきます。
- 548 名前:24 誰の罪悪 投稿日:2007/09/05(水) 21:43
- もう、
気持ちは
過去のものでも構わない。
- 549 名前:24 誰の罪悪 投稿日:2007/09/05(水) 21:43
-
24 誰の罪悪
- 550 名前:24 誰の罪悪 投稿日:2007/09/05(水) 21:43
- ―――なんで……こんなことに……
渋滞を抜け
車が速度を上げて走る。
景色が飛ぶように流れていくのを眺めながら
―――どうして……
愛はじっと黙っていた。
時刻は13時を回っている。
今から休憩なしで福岡に向かっても
着く頃には日付が変わってしまっている。
唯一の手がかりだったキャッシュカードを
れいなは持っていない。
れいなが今、
どのあたりにいるか
今どういう状態か、
手がかりは何もない。
不安ばかりが募る。
- 551 名前:24 誰の罪悪 投稿日:2007/09/05(水) 21:43
- 自分たちの存在は
れいなを追い詰めるばかりだった。
小春の存在でさえも
れいなの重荷となってしまった。
どうしようもない運命に
逃げ出したれいな。
のし掛かる責任を感じ
れいなについていった小春。
2人を心配して
追いかけた美貴。
そして愛。
誰も悪くない。
誰も悪くないのに
何かが狂ってしまった。
エンジン音が高まり
車はさらにスピードを上げる。
追い越し車線に移動した。
「美貴ちゃん……あんまり慌てないで」
愛はそう言って、フロントに目をやる。
車は、追い越し車線をさらに右に進んでいく。
「美貴ちゃ……」
愛は驚きに声をのんだ。
車が車線を外れ
中央分離帯に突っ込もうとしている。
- 552 名前:24 誰の罪悪 投稿日:2007/09/05(水) 21:44
- 「美貴ちゃん!」
美貴の肩を強く揺する。
美貴の身体がびくん、と跳ね上がり
車は車線へと進路を戻した。
「左を走ってたはず……」
美貴は頭を強く振った。
「美貴ちゃん、昨日寝てないでしょう?」
「うん」
愛だって心配で寝られなかった。
美貴も朝までずっと起きていた。
「パーキングに入ろう。
ちょっと休んで」
「もう大丈夫」
「だめ!
私が気づいてなかったら
今頃みんな死んでたよ!」
「……」
「ね、ちょっと休もう」
しかし美貴は
羽島PAを走って通過した。
- 553 名前:24 誰の罪悪 投稿日:2007/09/05(水) 21:44
- 「美貴ちゃん!」
「そんなことしてる間に、れいなは……」
「藤本さん」
後部座席から小春の声がした。
「休憩してください」
「小春……ごめん、もう平気だから」
「焦らなくても……」
愛は、小春を振り向いた。
小春は気まずそうに
愛から目を逸らして言った。
「まだ、追いつきます」
「久住?」
―――何か……隠してる……
愛は小春をじっと見た。
小春は、目を合わせようとしない。
「ねぇ美貴ちゃん……
無理して進んでいってもしょうがないよ」
愛は美貴にそう行った。
―――それよりも……久住と話がしたい……
「美貴ちゃん、次のサービスエリアに入って」
- 554 名前:24 誰の罪悪 投稿日:2007/09/05(水) 21:44
- 「……」
愛の中に、疑念があった。
小春は、れいなと一緒に
福岡に行く予定だと言った。
ひょっとしたら小春は
れいなの行程を
もっと知っているのではないか。
だとしたら……
―――なんで黙ってる?
れいなの生死にかかわるという時に
何を隠しているのだろう。
愛は、美貴をちらりと盗み見た。
白い顔には血が通っていないようだ。
「美貴ちゃん、仮眠取ってて。
しばらくしたら起こすから。
まだ、先は長いんだから、ちゃんと休んでよ」
「わかった……」
美貴は車を左に寄せ、
サービスエリアへと入っていった。
14:18 養老SA
- 555 名前:24 誰の罪悪 投稿日:2007/09/05(水) 21:45
- よほど疲れていたのだろう。
車を停めると美貴はすぐに眠った。
愛と小春は、睡眠を邪魔しないように
車から降りて、ベンチに腰をかけて待っていた。
「久住」
愛は、
あえて軽い調子で言った。
何でもないことのようにそっと
「美貴ちゃんには、言いづらいことなの?」
愛がそういう。
小春の顔がこわばった。
「な、なにが?」
「久住は最初、心当たりはないって言った。
でも、うちらが福岡じゃないかって推理すると
2人で福岡を目指していたことを言った」
「……」
「そしてさっきは、美貴ちゃんに
急がなくてもいい、って言った」
小春はあからさまに慌てた。
愛は確信した。
小春は何かを隠している。
そして、話さなくてはならない状況がくると
少しずつ情報を提供しはじめている。
- 556 名前:24 誰の罪悪 投稿日:2007/09/05(水) 21:45
- それは隠しているというよりは、
自分からは言い出せずに
誰かに見つけてもらいたがっているような
そんな様子だった。
「1人で抱え込まんで。
久住を責めたりしないって約束するから」
「……」
「久住だって、れいなを想って一緒にいたんやから
それを責めたりしないよ」
すると、小春は首を横に振った。
「田中さんのためじゃなかったんです」
「え?」
「小春……自分の都合で、田中さんを……」
小春の肩が震えている。
愛は、その肩にそっと手をやった。
小春は「怖かったんです」と言って、話し始めた。
「藤本さんたちが追いついて
田中さんを小春から奪っちゃうんじゃないかって。
小春はずっと怖かったんです。
でも、藤本さんからは連絡する手段がない。
だから、田中さんを奪っていったりしない……はずだった。
なのに藤本さん、あんなメッセージを……」
- 557 名前:24 誰の罪悪 投稿日:2007/09/05(水) 21:45
- 愛は、頷いた。
そのメッセージは愛のアイデアだった。
週刊誌の話を聞いて自分たちは焦っていた。
れいなが絶望してしまうのを恐れていた。
何とかして、自分たちは味方だと
れいなに告げたかった。
モーニング娘。だったからこそ
思いついた方法だった。
思いついた方法は、普段ならバカげていると思っただろう。
しかし
メールも電話も通じない状況でそれは
れいなと小春を励ます
唯一の方法だった。
「昨日、金額を小分けにした理由は
居場所を探るためだけじゃなかったんですね」
金額を小分けにして、居場所を探る。
昨日その作戦を実行するとき
金額の数字を使って
一緒にメッセージを送ったのだった。
「2回目でようやく気づきました。
びっくりしましたよ」
- 558 名前:24 誰の罪悪 投稿日:2007/09/05(水) 21:45
- 最初は振込人名義を使ってメッセージを送ろうとした。
しかし引き落としは通帳ではなくカードだったから
名義を見ることはできない。
それでもどうにかして
週刊誌を見るより前に
れいなにメッセージを送りたかった。
そのとき
メンバーの誕生日を4桁の数字で表す。
そういうシャツがコンサートで売られていたのを
愛が思い出したのだ。
「最初の振込が715円。
2度目の振込が1111円。
私たちの誕生日だったなんて……」
それを見た方は
なぜ誕生日なのか意味がわからないだろう。
でも伝われば何でもよかった。
何でもいいから
れいなを応援していることを伝えたかった。
「れいなは?そのメッセージを見て、何て?」
「ごめんなさい!」
急に小春の声が高くなった。
目を真っ赤にして涙を溜めている。
そして
ポケットの中から小銭を取り出し
愛に見せた。
- 559 名前:24 誰の罪悪 投稿日:2007/09/05(水) 21:45
- 手のひらには硬貨3枚。
111円。
「田中さんには
1000円しかなかったって言ったんです」
「……久住」
「あのとき……小春は……」
……。
週刊誌を見たあとのれいなは
黙ったまま階段でじっとしていた。
その小さく震える肩を見たとき
小春の中に強く、熱い気持ちが湧き起こった。
れいなを誰にも渡したくない。
そのときの小春には
周囲の誰もが敵に見えた。
誰もれいなに近づけてはならない。
れいなに関心を持つものは皆
大切なれいなを
ボロボロになるまで追い詰め
絶望させるだけ。
なんとしても
自分がれいなを守りたい。
- 560 名前:24 誰の罪悪 投稿日:2007/09/05(水) 21:46
- 強い感情に支配された小春。
その中には
甘い夢見心地な気持ちも混じっていたのだと
今になってわかる。
れいなから全てを断ち切って
2人だけの世界に住みたい。
そう思ってしまった。
しかし
れいなは逃避行中ずっと
美貴の存在を気にしていた。
美貴から逃げながらも
心のどこかで
追いかけてくるのを待っている。
かくれんぼをしながら
見つけてもらうのを待っている子どものような目で
美貴のことを何度も小春に話していた。
その美貴かられいなに向けて
メッセージが送られてきた。
―――私が……田中さんを助けるのに……
弱ったれいなを
小春は自分で救ってやりたいと思った。
絶望するれいなを見て密かに
れいなの心に迫るチャンスだと感じていたのである。
- 561 名前:24 誰の罪悪 投稿日:2007/09/05(水) 21:46
- ……。
そのエゴは今や後悔となって
小春の胸を締め付け続けている。
それが小春の罪悪。
愛に聞き出してもらうまで
ずっと苦しみが
心の底に重くのし掛かっていた。
「ごめんなさい」
愛は、そんな小春の背中をさする。
愛には小春の気持ちが
痛いほどわかった。
愛するものが
自分のもとを
離れてしまうのではないかと
常に恐れ
怯えていた小春。
しかし
求めるタイミングが悪すぎた。
結局れいなは
小春と別れる決心をして
小春のもとから逃げ出した。
- 562 名前:24 誰の罪悪 投稿日:2007/09/05(水) 21:46
- 悔やんでも悔やみきれないだろう。
「ごめんなさい」
小春はずっと「ごめんなさい」を繰り返す。
「1つ、聞いてもいい?」
愛は、努めて明るく言った。
しかし、小春は謝るのをやめない。
本当に壊れてしまったのかと思うほど
ずっとずっと、同じことを繰り返す。
「久住、もういいから」
「ごめんなさい……ごめんなさい」
「ねぇ」
「ごめんなさい……」
「小春!」
小春は驚いた顔で愛を見た。
「小春は、れいなのこと、想ってるんだよね?」
「はい!」
小春は、即答した。
- 563 名前:24 誰の罪悪 投稿日:2007/09/05(水) 21:46
- 「自信持って言える?れいなのこと、愛してる?」
「はい!」
愛はそれを噛みしめるようにゆっくり
自分の心の中へと下ろしていく。
―――もう、その時が来ちゃったか……
「私は……れいなを助けたい」
「小春も助けたい!
何をしてでも……どんなことをしてでも助けたい。
代わりに……」
「?」
「代わりに小春が苦しんでもいいよ。
それで田中さんが助かるなら、それでいい。
だって……好きだもん」
小春は高ぶって愛に迫ってくる。
その真っ直ぐな目……
―――小春……本気だね……
「ふふっ」
愛は笑った。
ちょっと、涙が混ざった。
「ありがと……」
「高橋さん?」
「ようやく、決心がついた」
- 564 名前:24 誰の罪悪 投稿日:2007/09/05(水) 21:46
-
◇
ずっと神経が高ぶっていた。
そのせいで
眠っているはずなのに
愛の声が
ずっと脳内に響いている。
―――美貴ちゃん、続けるんだね?
愛の
冷たく
突き放すような声。
―――もう、追いつかないかも知れないのに
その声は
責めるでもなく
問い詰めるでもなく
ただ
悲しそうに響いた。
なぜ
あんなに
悲しそうなのか。
―――美貴ちゃんらしくない
- 565 名前:24 誰の罪悪 投稿日:2007/09/05(水) 21:46
- 美貴らしくない?
そうだ……。
一体自分はどうして
こんな追跡をしているのだろう。
いつもの美貴ならもっと冷静に
人に相談して協力を求めていたはずだ。
どうして自分だけで追っているのか。
この物語に
どうしてこんな関わりかたをしているのだろう。
自分の立場で、
こんな風に逃避行に加わるなんて……
―――美貴ちゃんらしくない
愛の悲しい声が
美貴の脳を揺さぶる。
美貴は苦しくなった。
わからない。
自分で自分の行動がわからない。
自分のしていることの意味がわからない。
自分の存在している価値が……
- 566 名前:24 誰の罪悪 投稿日:2007/09/05(水) 21:47
- ―――もう……やめて!
美貴は、飛び起きた。
「……」
気がつくと汗をいっぱいかいていた。
不安と疲れが熱となって
身体の外に流れ出た感じがする。
多少頭はすっきりしていた。
運転を再開できそうだ。
美貴は、窓を開けて
外で待っている2人に声をかけた。
2人はすぐにこちらにやってくる。
その
2人の表情を見たとき
ざわりと身体が震えた。
―――何?
2人とも
追い詰められた顔で
まっすぐこちらを見ながら歩いてきた。
歩調は重い。
- 567 名前:24 誰の罪悪 投稿日:2007/09/05(水) 21:47
- ざわつきが一層大きくなる。
―――また、この感じ……
愛に違和感を覚える。
愛の存在が
まるで異物のような圧力を持って
ゆっくりと美貴に迫ってくる気がした。
美貴はその存在感に押され
動くことができなかった。
―――この感じ、もう耐えられない!
扉が開かれる。
美貴は咄嗟に聞いた。
「愛ちゃん!どうしたの!?」
「何が?」
「何がって……様子、おかしいよ」
「……」
愛は美貴から視線を逸らすと
黙って助手席に乗り込んだ。
小春も後部座席につく。
「愛ちゃんの様子は、
熱海の夜からずっとおかしかった。
苦しそうなのに、美貴のこと拒んでるみたいな……。
どうして?」
- 568 名前:24 誰の罪悪 投稿日:2007/09/05(水) 21:47
- 美貴は知らず、責めるような口調になっていた。
愛のただならぬ様子に恐怖したのだ。
「どうして愛ちゃん、変わっちゃったの?」
しかし愛は
「……何が?」
再びそう聞いた。
「何がって……愛ちゃんの様子が変だから」
首を横に振る。
「ごめん。美貴ちゃんの言ってることがわからん」
―――自覚、なかったの?
美貴は、ため息をついてから説明した。
「自分で気づいてなかったの?
愛ちゃん、熱海のホテルで私を拒否したでしょう?
落ち込んでる様子だったから慰めようとしたら
その手を払いのけて『ごめん』って……」
「……」
- 569 名前:24 誰の罪悪 投稿日:2007/09/05(水) 21:47
- 愛は気まずそうに身を縮めた。
「それだけじゃないよ!
2人が弁天島にいるってわかったとき
美貴が追いかけようとしたときも同じ。
『美貴ちゃんらしくない』とか意味わかんないこと言ってた。
覚えてるでしょう?
なんか愛ちゃんが、いつもの愛ちゃんじゃなくなってる。
どうしたの?ねぇ、何があったの?」
話しているうちに熱くなってしまい
口調もきつくなっている。
しかし
「美貴ちゃんこそ……」
愛の声はあくまで冷たかった。
冷たさに、美貴がひるむ。
「え?」
「美貴ちゃんこそ、おかしかったよ」
ざわりと、心が震える。
その震えは
これまでで一番大きかった。
- 570 名前:24 誰の罪悪 投稿日:2007/09/05(水) 21:47
- 「美貴ちゃんが変わっちゃったから
私は……私はずっと悩んで……」
―――何……言ってるの?
「気づいてなかったの?」
愛は、美貴と同じことを言った。
「自分の心なんて、人に見てもらわないとわからないね」
「あ、愛ちゃん……」
ふいに沈黙が訪れ車内が緊張した。
愛を問い詰めていたはずが
いつの間にか攻守が入れ替わっている。
「私は……長いこと美貴ちゃんと一緒にいたから
その性格は結構知ってるつもり。
美貴ちゃんはさ、いっつもまっすぐで無駄が嫌いで
判断力すごいって思う。
かと思ったら急に子どもみたいなこと言い出したり……。
ちぐはぐな感じがするけど……
理性的な美貴ちゃんと感情的な美貴ちゃんの出現には
きちんとパターンがあるんだよ」
「知ってた?」と言って、愛が笑った。
この場面に、不釣り合いなくらい明るい笑み。
美貴は弱々しく首を振るしかない。
- 571 名前:24 誰の罪悪 投稿日:2007/09/05(水) 21:48
- 愛は「これ私が発見者やで」と前置きをしてから言う。
「私はさ、全然逆で……
例えば久住が行方不明!って聞くと
ものすごい勢いでいろんなこと考えちゃうんだ」
「それはわかる……愛ちゃんはいつもそう……」
―――他者のために、必死に頭を働かせる。
そういう時の愛は、驚くほど頭が冴える。
今回の追跡では特にすごかった。
「美貴は……逆なの?」
「そうだよ。美貴ちゃんは
自分のことがかかると急に冴える。
自分の楽しみが目の前にある!ってとき
びっくりするくらい勘がよくなるんだ。
逆に人のこと心配しだすとパニックに陥っちゃう」
―――ああ……
美貴は、自分の顔を両手で覆った。
愛の観察力は、本当にすごい。
確かにそうだ。
あさ美から週刊誌の話を聞いたとき
美貴は憤り、冷静さを失いかけた。
それからさっき。
れいなが1人で逃げたと聞いて
何も考えられなくなっていた。
- 572 名前:24 誰の罪悪 投稿日:2007/09/05(水) 21:48
- いずれの場合も
愛が適確に
美貴の感情を抑えてくれていた。
―――かなわないな……
美貴の心のうちが
愛には透けて見えるようだ。
美貴自身でも気づかないくらい
深いところまで
愛なら感じ取ることができる。
「でもね」
愛の言葉に
美貴は再び緊張した。
愛の発言は……美貴のことを誰よりも知っている愛の言葉は
重たく美貴の中に落ちていく。
「私は今回2度、美貴ちゃんに違和感を覚えた。
1度目は、渋谷のとき。
小春がれいなに『行こう』と言って手を引いた。
そのとき美貴ちゃんは咄嗟に
自分のキャッシュカードをれいなに渡した。
美貴ちゃん……」
「何?」
「どうして現金じゃなくて、カードを渡したの?」
「それは……」
- 573 名前:24 誰の罪悪 投稿日:2007/09/05(水) 21:48
- それは、
策があったからだ。
「あとかられいなの居場所がわかるようにするため。
おかげで私たちは追ってくることができたでしょ?」
「違うよ!銀行の場所を探せることに美貴ちゃんが気づいたのは
カードを渡した後だよ!」
「そ、そうだっけ?」
愛の記憶力に戸惑いながらも
美貴は当時のことをどうにか思い出していた。
確かに、愛の言う通りだった。
「でも結果的に美貴ちゃんの判断は正解だった。
きっと、直感が働いたんだよ。それから……」
「……」
「2つめは、町田で2人に逃げられた直後。
れいながカードで改札をくぐったことから
れいなたちの行き先を小田原だと推理した。
たったカード一枚で、あそこまでたどりつくなんてすごいって思った」
美貴は聞きながら、やはりそのときのことを思い出す。
―――なるほど、2度か
今回の追跡では基本的に愛が思考を働かせて
美貴はその補助に回ることが多かった。
美貴自身が自分の判断で動き上手くいったのは
渋谷と町田の2度だ。
- 574 名前:24 誰の罪悪 投稿日:2007/09/05(水) 21:48
- 「でもさ……話が戻るけど渋谷でのこと」
「うん」
「何で、キャッシュカードだったの?」
「え?だから……居場所を探るため」
「それは後で思いついたこと。
他に理由があった」
もう一度
美貴の心がざわつく。
「だって美貴ちゃんはそれまで、
れいなを引き留めるつもりで話をしていたんでしょ?
それなのに、どうして急にカードなんて渡すの?
おかしいんだよ!」
「愛ちゃん……」
不安に煽り立てられながら
心の中に熱いものが溜まっていた。
正体はわからない。
ただ美貴の心臓はわけもわからず高鳴る。
愛は、どうしてこんな話を始めたのか。
美貴の何を、暴こうというのか。
「美貴ちゃんの直感は自分のことになると働く」
「……」
「この逃避行の主役は……れいなと小春じゃない。
美貴ちゃんなんだよ!」
- 575 名前:24 誰の罪悪 投稿日:2007/09/05(水) 21:49
- ―――え?
美貴は、寒気を感じた。
寝汗が引いて体温を奪ったか。
いや……心はこんなに熱くなっている。
溢れそうなくらい。
「これは美貴ちゃん自身の問題。
そう考えて美貴ちゃんが冴えてた2度を見直すよ。
あのとき、美貴ちゃんは何にむきになってたのか?」
「いい?」と愛が念押しした。美貴は黙ってうなづく。
「渋谷のときは、小春がれいなを連れて行こうとした。
町田のときも、もうちょっとで捕まえられそうだったのに
小春が大声を上げて美貴ちゃんの動きを封じた」
―――小春が……
「どっちの場合も小春の存在が大きかったんだ。
美貴ちゃんの驚異的な判断力は
れいなを小春に取られそうになったときにいきなり働いたんだよ。
自分じゃ気づかなかっただろうけどさ。美貴ちゃん……」
愛の言葉を反芻するのに
ひどく時間がかかった。
れいなのためじゃない?
- 576 名前:24 誰の罪悪 投稿日:2007/09/05(水) 21:49
- 美貴が追っていたのは……美貴のため?
「れいなが、好きでしょう?」
これは美貴の逃避行。
これは美貴の物語。
美貴は、泣いていた。
◇
- 577 名前:24 誰の罪悪 投稿日:2007/09/05(水) 21:49
- 窓から見える景色は
次々と後方に流れていく。
―――藤本さんは、もう……追ってこないんだ……
行き先の手がかりは全て置いてきた。
携帯も、キャッシュカードも。
もう
誰もれいなに追いつくことはできない。
もう……誰もれいなに迫っては来ない。
小春が迫ってきたとき
嬉しさよりも恐怖が大きかった。
小春の運命を壊したくないと思った。
―――ううん。そうじゃない。
そんな風に
小春のことを考えて
小春のために拒んだんじゃない。
あのときれいなに
そこまでの思考を働かせる余裕はなかった。
- 578 名前:24 誰の罪悪 投稿日:2007/09/05(水) 21:49
- ―――そんなの、気持ちさえあれば
週刊誌の記事だとか
小春の将来だとか
そういう外部の要因なんて
何でもないことなのだ。
本気で小春を想っていたならば。
だから
外部の原因は関係ない。
事実はただ
小春の想いを受け止められなかった。
ただそれだけ。
れいなの心は
小春を受け入れなかった。
―――なんて身勝手……
小春に救われたなんて言いながら
自分では小春のことを
理解する努力をしていなかった。
運命からの逃避行の中で結局、
小春の気持ちから
逃げるしかしていなかった。
- 579 名前:24 誰の罪悪 投稿日:2007/09/05(水) 21:49
- きっと
れいなの心の中にいたのは
小春ではなかったのだ。
そんな考えに至って
自分が本気で嫌になった。
本当は小春が好きじゃなかった?
そんな……そんな残酷な話があってたまるか!
しかし
―――れいな……なんてことを……
それが事実だった。
つらかった。
淋しかった。
誰かに側にいて欲しかった。
小春の好意が嬉しくて
小春を求めてしまった。
れいなの罪悪。
―――本当は……
れいなは車窓をいとおしげに眺める。
れいなを乗せて、電車は進む。
◇
- 580 名前:24 誰の罪悪 投稿日:2007/09/05(水) 21:49
- 結局
誰かのためだったのか
自分のためだったのか。
答えは出ないまま車は出発した。
愛は、美貴の横顔を見た。
打ちのめされていた。
愛が美貴の心の内まで踏み込み
暴き立ててしまったせいで
美貴が苦しんでいる。
でも
―――小春との約束。
小春と誓い合った。
自分たちがどんなに苦しんでも
れいなを救う道を選ぼうと。
「藤本さん……」
後部座席から小春の声がした。
- 581 名前:24 誰の罪悪 投稿日:2007/09/05(水) 21:50
- 「雑誌を見たあとね……田中さんと小春は
マンションの階段に座ってたんです。
そのとき、気づいちゃった。
この人を救えるのは
本当は自分じゃないんだって。
田中さんはずっと
藤本さんが追ってくるのを待っているんだって。
わかってたんだ……。わかってたのに……」
その声は、大きく震えていた。
―――……小春
「それでも小春は、負けたくなかった。
田中さんが小春のことを見てくれなくても
小春はあきらめたくなかった。
そのせいで……最悪の結果に……」
愛は後ろを向いて
泣き崩れた小春をなだめる。
「まだ、最悪って決まってないよ……」
小春はもう話せる状態ではなかった。
しゃくりあげる声が痛ましく響く。
「美貴ちゃん」
- 582 名前:24 誰の罪悪 投稿日:2007/09/05(水) 21:50
- 愛が後を引き継いだ。
「聞いたでしょう?
れいなを救えるのは、美貴ちゃんなんだよ!」
「……」
「ねぇ、美貴ちゃん!」
「美貴には……」
「え?」
「美貴には、誰かを助ける資格なんてない……」
その声を聞いて
愛の胸が締め付けられた。
このとき愛は
生まれて初めて自分の能力を呪った。
人の心がわかることが
こんなに苦しいなんて……。
美貴の存在が
美貴の想いが
小春を不安に駆り立ててしまった。
そして
美貴の隣にいつもいた愛の気持ちまで
無にしてしまった。
美貴の罪悪。
その重さに美貴が
潰されそうになっている。
- 583 名前:24 誰の罪悪 投稿日:2007/09/05(水) 21:50
- 「美貴ちゃん!」
「だめ……美貴は……」
美貴は弱々しく首を振った。
しかし自信を失いながらも
やはりれいなが心配なのだろう。
必死に車を進めている。
その矛盾した気持ちが
美貴を締め付け、苛む。
「小春はね……自分が苦しんでもいいから
れいなを助けて欲しいって言ったんだよ。
自分のしてしまったことの罪深さを感じて
せめてそれを償おうと……」
小春は自分の想いを押さえ、
美貴に全てを任せる選択をした。
気持ちを断ち切るのに
どれだけの勇気が必要だっただろう。
「小春は、美貴ちゃんに譲った。
だから……」
「愛ちゃんは?」
「え?」
「美貴……愛ちゃんにもひどいことをしてたの?」
「……」
- 584 名前:24 誰の罪悪 投稿日:2007/09/05(水) 21:50
- 「そうだよね?
愛ちゃんいつも、美貴のためにいてくれたのに
美貴の気持ちは、愛ちゃんを向いてなかったんだね」
「そんなストレートに言われると、さすがにきつい……」
「……ごめん」
愛はすでに
美貴の気持ちに気づいていた。
それでもやはり
簡単に受け止められることではない。
自分の好きな人が
自分以外の人のために必死になっている。
死ぬほど、切ない。
その心が態度にも表れていたのだろう。
美貴に指摘されるまで気づかなかった。
「愛ちゃん……1つ聞いていい?」
「何?」
「愛ちゃんは、熱海のときにはもう気づいていたんだよね?」
「うん」
「じゃあ……なんで美貴についてきたの?
追跡を続けてたら美貴の気持ちが
本当にれいなの方にいっちゃうかもって考えなかった?」
「あのとき、私が言ってもきっと美貴ちゃんは意志を曲げなかった」
- 585 名前:24 誰の罪悪 投稿日:2007/09/05(水) 21:50
- 「でも……愛ちゃん1人帰ることもできた。
誰かに連絡をとることもできた。
愛ちゃん怪我してるんだから……」
「だって……」
これまで、そんなこと疑問に感じなかった。
美貴に聞かれて
自分でようやく自分のしたことがわかった。
泣きたくなった。
「もし、美貴ちゃんがれいなの側にいるっていうなら
最後じゃん」
「……何が?」
「こんなふうに美貴ちゃんと一緒にいられる時間、
もうこれで最後かなって……」
美貴が、驚いた顔になる。
「愛ちゃん……あなた……」
とうとう泣いてしまった。
止められなかった。
「そんなときまで、美貴を想って?」
「私はずっとそうや!
ずっと美貴ちゃんしかおらんと思ってた!」
- 586 名前:24 誰の罪悪 投稿日:2007/09/05(水) 21:50
- もう限界だった。
心に穴が開いて
感情がどんどん溢れてくる。
「なんでついて来たのかって?
そんなの……そんなの……
美貴ちゃんの隣にいたかった。それだけだよ!」
小春が心配だった。
れいなを助けたかった。
でも
そんなことよりも愛は
「美貴ちゃんのそばにいたかった」
自分のことが大事だった。
それだけのこと。
後輩のためといいながらそれは
最後になるかも知れない幸せを噛みしめる時間だった。
失われるかも知れない微かな甘さに縋っていたのだ。
だから
美貴を止めなかった。
美貴が続けると言ったとき
一緒についていく以外の選択なんてありえなかった。
そんな自分勝手な気持ちで追跡を続けたのだ。
- 587 名前:24 誰の罪悪 投稿日:2007/09/05(水) 21:51
- そのせいで
美貴は追い続けた。
小春が追い詰められた。
れいなは小春の想いから逃げていってしまった。
だから
この状況は愛が招いたこと。
この結末は愛の罪悪。
涙はいつまでも溢れ続け
嗚咽は小春と重なり
車内に悲しく響いた。
◇
- 588 名前:24 誰の罪悪 投稿日:2007/09/05(水) 21:51
- 4人とも
自分のしていることに
後ろめたさを抱え
苦しんだ。
まだ逃避を続け
追跡を続けている。
自分の罪深さから
逃避するために。
―――もう、終わりにしよう
美貴の心の中に
強い意志が生まれていた。
「小春……」
誰かのためといいながら逃げて
みんなで傷つくのはもう終わり。
もっと正直に自分と向き合わないとだめだ。
自分から逃避してはだめだ。
「れいなが予定していたルートを全部教えて!」
美貴は行く先を睨みつける。
その先にれいながいることを祈りながら。
- 589 名前:いこーる 投稿日:2007/09/05(水) 21:52
- 本日はここまでです。
- 590 名前:いこーる 投稿日:2007/09/05(水) 22:04
- >>544
最後まで、どうなるか見てやってください。おねがいします。
>>545
ありがとうございます。
心配がさらに……
>>546
世界観……書いてて自覚ないですが
そういう空気みたいのが伝わっているとうれしいです。
>>547
うっわー、すごいレポですね。
ありがとうございます心はしゃぎました。
これを見て世界がさらに広がったような不思議な気分になりました。
イメージが湧いてすてきです。
詳細についてのコメントは完結するまで控えさせていただきますが
本当、うれしいです。
重ねてありがとうございます。
- 591 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/05(水) 23:26
- す、すごいです…
- 592 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/06(木) 00:06
- それぞれの思いが切ない…というより悲しいですね
- 593 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/06(木) 01:06
- 愛ちゃんの?不可解?な態度にこんな理由があったとは…
読んでて全く解ってあげられなかったm(_ _)m
深い!いこーるさん深すぎるよ
- 594 名前:名無し飼育さん 投稿日:2007/09/06(木) 08:18
- みんなそんなことを抱えながら逃避行してたんですね・・・。
切なさが渦巻いてしんどい気持ちになるのに、読むのやめられませんでした。
続き楽しみに待ってます。
- 595 名前:25 停止 投稿日:2007/09/12(水) 22:45
- 会話をしたくない。
体を動かしたくない。
頭を使いたくない。
このまま眠ってしまおう。
- 596 名前:25 停止 投稿日:2007/09/12(水) 22:45
-
25 停止
- 597 名前:25 停止 投稿日:2007/09/12(水) 22:45
- 16:04 大阪着
れいなは列車を降りた。
賑やかなホームで1つ
空気を吸う。
―――ここまで来た。
れいなは大阪の空気が好きだった。
仕事で来るときには
街に出る時間はほとんどなく
歩いたとしてもせいぜいコンビニまで。
あまり知らない街。
言葉は東京とくらべれば
れいなの故郷に近づいているが
やはり違った土地の言葉。
しかし
この街に流れる空気の様なものには
なぜか愛着がある。
人の流れにしたがって
エスカレーターに乗る。
東京と違って人が右によけるのに
いちいち感動しながら降りていき
御堂筋口を使って駅を出た。
- 598 名前:25 停止 投稿日:2007/09/12(水) 22:45
- 特に行く先があるわけではない。
夜までここですごすつもりだった。
れいなの好きな街。
れいなの好きな時間。
―――いいな、こういうの……
知らない街で
つらいこと何もかも
忘れ去ってただ歩く。
そのとき
街のどこかから
香ばしい匂いがしてきた。
―――おなか、すいた……
朝から何も食べていない。
しかし
れいなは頭を振って
再び歩き出した。
◇
- 599 名前:25 停止 投稿日:2007/09/12(水) 22:46
- 「大阪から夜行?」
「そうです」
車は高速を走っている。
美貴も愛も
ずっと行く先を睨みつけていた。
―――また夜行か
「宿代がもったいないから
大阪で時間をつぶしてから
夜行で博多までいく。
そういう計画でした」
夜行列車の出発時間まで
れいなは大阪にいる。
だから小春は
まだ追いつくと言ったのだ。
「大阪から乗るってのに、間違いはない?」
美貴はミラーで小春を見て聞いた。
「?」
- 600 名前:25 停止 投稿日:2007/09/12(水) 22:46
- 夜行列車は新大阪を出発して
いくつもの駅に停車する。
大阪で6時間も待機している必要はない。
「夜行列車には途中からでも乗れるでしょ?
昼間のうちに進めるだけ進むって可能性もある」
逃げる者の心理としては
できるだけ早いうちに
遠くまで行きたいのではないか。
そう思ったのだ。
―――それとも……わざと待ってる?
ひょっとするとれいなは
まだ希望を捨てきれず
美貴が追いつくのを
大阪で待っているかも知れない。
そんな都合のいい考えが一瞬頭に浮かんだ。
しかし
そんなはずはない、と思い直す。
現実問題としてれいなは今
みんなのもとに戻れる状況にはない。
美貴が追いついたとして
「一緒に帰ろう」と声をかけることもできない。
それがわかっているから、れいなは今も1人
逃げ続けているのだ。
- 601 名前:25 停止 投稿日:2007/09/12(水) 22:46
- 周囲の気遣いも
れいなの救いにはならない。
美貴であってもきっと同じ。
れいなはそう思っている。
だから美貴を待つはずがない。
「大阪が、好きなんだって」
「れいなが?」
その話ははじめてきいた。
「田中さん、大阪に思い出があるって」
「どんな?」
「……」
道を走る車の量が多くなってきたので
美貴は速度を緩めて車間距離を取り直した。
空には重く雲がかかっていた。外が暗い。
「わかんないけど
もう一度見ておきたいって言ってた」
見ておきたい。
その言い方に不安が増す。
- 602 名前:25 停止 投稿日:2007/09/12(水) 22:50
- まるで、もう2度と来られなくなるみたいな。
まるで、死んでしまうみたいな。
―――れいな……
「美貴ちゃん……夜行に乗るのにお金も必要」
「?」
「もう、れいなの手元にはほとんど残ってないはず。
もともと博多まで行くにはぎりぎりの額だった」
「じゃあ、れいなは……」
「きっと食事もまともにできてないよ」
―――まずいな……
状況は悪い方に向かっている。
食事する余裕もないとなると
本当にいつ、れいなの心から
生きていく意志が消えてしまうか……
「雨……」
愛が小さく言った。
雨はフロントガラスに模様を作る。
- 603 名前:25 停止 投稿日:2007/09/12(水) 22:50
- すぐに激しい雨になった。
ワイパーを動かす。
雨の雑音に
リズミカルなワイパーの音が加わった。
それは
3人の不安を大きくさせるばかりだった。
思えば、ずっと曇り空だった。
曇り空の下を4人がそれぞれ
自分の想いと
必死に闘っていた。
4人の物語は、
黒い雲から逃げるような時間だった。
やがて雲は重たくなり
とうとう耐えきれずに雨を降らす。
美貴たちは
追いつかれてしまったのだろうか。
単調なワイパーの動き。
進んでいるよりもむしろ
同じところを
回り続けているように錯覚させる
単調なリズム。
- 604 名前:25 停止 投稿日:2007/09/12(水) 22:50
- 逃げ切ることはできなかったのか。
―――何から?
わからない。
すでに4人は、いろいろなことから
逃げすぎていた気がする。
人間関係や、仕事や、恋や
自分たちを取り巻く過酷な環境や
街にはびこる好奇と悪意に満ちた目。
そして、仲間。自分自身の心。
そのどれからも、逃げることはできなかった。
雨が車の天井を鳴らす。
その重たい音楽が
車内の3人を包み
悲しみに引きずり込んでいた。
美貴はひたすら車を進める。
その先に、救いがあるのかなんて
わからない。
どうしようもない不安の中で
ただ行く先に思いをやる。
れいなは無事でいるだろうか。
雨は止む気配がなかった。
16:03 彦根
- 605 名前:25 停止 投稿日:2007/09/12(水) 22:51
- ◇
れいなは立体駐車場の隅で
じっとしゃがみ込んでいた。
突然の雨にやりこめられて
出られなくなってしまった。
四角い石の上に腰を下ろして
雨が降るのをぼーっと眺める。
車は少なく駐車場は暗かった。
何の駐車場かもわからない。
きっとこうしてずっといても
文句を言いに来る人もいない。
それなら
出発時間までこうしていよう。
もう涙は流れなかった。
空腹が限界を超えて
れいなはまともな思考ができない。
心も弱り切っていた。
だから
孤独を感じる余力も
罪悪に苛まれる心も
運命に悲嘆する暇もない。
胸の底からそういう
悲しみや切なさが
湧いて来なくなっていた。
胸の中に感じるのは
ただ不快な澱みだけ。
- 606 名前:25 停止 投稿日:2007/09/12(水) 22:51
- ―――これでいい
最初からこうしていればよかったと思う。
はじめから生きる意志なんて持たずに
全てを投げてしまっていれば
心が苦しみを感じる間もなく
この過酷な時間から逃げることができたのに。
出発の時点で
生きないことを決めていれば
―――みんなを振り回すこともなかった
そうすれば
みんないつも通りの
忙しい毎日を満喫できたはずなのに
れいな1人の時間が止まったせいで
れいなに関わるいろんな人の時間まで
澱み、滞り、凍り付いた。
そんなことを考えたけれど
もう涙は出てこなかった。
心を痛めることもできないほど
弱り切っていた。
―――どうでも、いい
- 607 名前:25 停止 投稿日:2007/09/12(水) 22:51
- きっと雨が代わりに泣いてくれているんだ。
れいなの代わりに
街が泣いている。
―――……。
考えることが滅茶苦茶になっている。
脳に血が回っている気がしない。
しかし
そんな状態が
不思議と心地よいと思える。
切なさに締め付けられるよりもよほどまし。
何かに期待して
裏切ったり裏切られたりするより
絶望している時間のほうが
ずっと静かで
ずっと落ち着いて
ずっとゆったりしている。
暴力行為で謹慎処分。
まともな復帰はもう無理だ。
それ以外のことに救いを求めてみたけど
―――小春
- 608 名前:25 停止 投稿日:2007/09/12(水) 22:51
- 結局、気がつくと
同じ世界の誰かに縋っている。
もう戻ることのできない世界に。
れいなの周囲には
仕事を通じて関わった人々ばかりがいた。
地元の人たちも
長い時間をかけるうちに見方を変えていた。
みんな歌うれいなや、踊っているれいな
仕事するれいなばかりを見ていた。
自分だってそうだった。
誰かがれいなを救おうとしても
自分自身で救われようとしても
結局行き着くところは同じ。
結論はいつも同じ。
―――みんなの所に戻りたい……
はじめかられいなの願いは
叶うはずのない願いだった。
小春を想ってみても
美貴を想ってみても
それはれいなにとって
取り戻せない時間を希求しているだけ。
- 609 名前:25 停止 投稿日:2007/09/12(水) 22:52
- ならば何も考えない方がいい。
こうして
ほこり臭い駐車場に1人座って
空腹と疲労で何も考えられなくなる方が。
小春が手をさしのべてくれても
美貴が追いかけて来てくれても
帰れない場所に帰れと言われているような
やるせない気持ちになるだけだ。
そのとき
れいなの背後を車が一台、走り去っていった。
停めやすい場所を探すのだろう。
れいなは車の音を遠く聞くだけだった。
駐車場にいたことさえ忘れかけていた。
意識がかすむ。
手足がしびれはじめている
気持ち悪い。
もう、座っているのもつらい。
疲れたれいなは重力に耐えられない。
雨の音が遠ざかったように感じた。
今いる駐車場の土の匂いも
まるでリアリティがない。
もう悲しくない。
もう恋しくなんか、ない。
―――そう、これでいい
れいな深く息を吐き
冷たいコンクリートの上に横たわった。
- 610 名前:いこーる 投稿日:2007/09/12(水) 22:52
- 今日はここまでです。
- 611 名前:いこーる 投稿日:2007/09/12(水) 22:57
- >>591
前回は本当に……すごい量でした;
内容も内容なので気合い入ってしまったようです
>>592
悲しい展開です。救いが……(汗
>>593
>読んでて全く解ってあげられなかった
いろいろあって、それどころじゃなかったですよねw
>>594
誰も例外なく、抱えているものはあると思います。
- 612 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/13(木) 02:27
- れいなに頑張ってほしいとしか…
- 613 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/13(木) 03:48
- ああ〜!れいながかわいそう!
神様に祈るしかないですね。辛いです… はぁ…
- 614 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/13(木) 08:16
- 毎回やきもきしてしまう・・・。
れいなについ感情移入してしんどくなります。
- 615 名前:26 大阪駅 投稿日:2007/09/19(水) 21:57
- もう、
自分が自分として存在することに耐えられない。
- 616 名前:26 大阪駅 投稿日:2007/09/19(水) 21:57
-
26 大阪駅
- 617 名前:26 大阪駅 投稿日:2007/09/19(水) 21:57
- 大阪中央郵便局の前で
一度停車させた。
目の前の横断歩道を
人が洪水の様に流れていく。
「駅……大きすぎ」
人の数が多すぎる。
この中から1人を探すことなど不可能だ。
「小春……大阪駅から夜行に乗る。
間違いないね?」
「はい」
「じゃあ」
確実にれいなが来る場所で
待っているしかない。
大阪駅には改札が3箇所。
中央口。御堂筋口。桜橋口。
そのどれもが大きく
1人ではとても見張ることができない。
―――ホームで待機するしかないか……
しかし
「ずっとホームで待っているわけにもいかないな。
時間が近づいたら、ホームで張り込むか……」
- 618 名前:26 大阪駅 投稿日:2007/09/19(水) 21:58
- 愛が携帯で検索した結果によると
大阪での停車時間は4分。
その間にれいなはかならず
ホームにやってくる。
そこを捕まえるしかない。
「広いホームを美貴ちゃん1人で?」
愛がそういうが
どの改札から来るかわからない以上
ホームで待つしかない。
「小春も行きます!」
後部座席で小春が言った。
「小春は……」
美貴は迷った。
れいなの気持ちを考えると
小春がいるのはまずいのではないか……
「ホームに行く方法、そんなにある?」
美貴がそういうと愛が答えた。
「多いよ。階段とエスカレーター会わせて5つくらいあった」
- 619 名前:26 大阪駅 投稿日:2007/09/19(水) 21:58
- 1人で見張れるのは最大2つまで。
愛はそう言った。
―――最低、3人か……
ならば小春の手を借りなくてはならない。
というか
足を怪我している愛は数に入れられない。
つまり
どっちにしても人が足りない。
「小春も、お願い」
「はい」
「私も、怪我はもう大丈夫やから」
「無理に決まってんでしょう!」
「やけど……見張るだけなら」
「いや……」
見張るだけ、ではないのだ。
愛の姿を見たら
れいなは走って逃げる。
「追いかけられないと、困る」
「やけど、階段の上にいれば
れいなはその階段を上って来ないやろ。
電車に乗るのを止められる」
「そしたら、れいなは逃げて行っちゃうでしょう!」
- 620 名前:26 大阪駅 投稿日:2007/09/19(水) 21:58
- この……巨大な街の中に……
人ばかりの中にれいなが逃げる。
「お金はもうない」
そうなったら終わりだ。
「れいなは福岡に行く。
それだけのために
どうにか生きている」
全てに絶望しながら
逃避行だけはゴールさせようとしている。
そう
逃避行がれいなを生かしているのだ。
もし、夜行に乗れず
逃避が行き止まりにぶつかったら
「もし逃がしたら、れいなの希望は全部無くなる」
「やけど……電車に乗っちゃったら」
電車に乗られてしまえば
福岡まで一気にゴール。
その場合、目的は達成され
れいなは……
……その先どうなるか、まるでわからない。
- 621 名前:26 大阪駅 投稿日:2007/09/19(水) 21:58
- 「それもダメ」
「なら……」
電車に乗っても乗らなくても
れいなをつかまえられなければ
もうれいなを止めるチャンスはなくなる。
とりかえしのつかないことになる前に
れいなに会わなくてはならない。
―――4分か……
大阪駅の4分。
それが最後だ。
れいなを引き留める最後のチャンス。
「じゃあ……」
愛が遠くを見ながら話す。
「私は、目立つ位置に立ってるよ」
美貴は愛の肩に手をおいた。
「それじゃ逃がしちゃう……」
- 622 名前:26 大阪駅 投稿日:2007/09/19(水) 21:58
- 「ううん……すぐわかるような位置に立つ。
階段を登る前にれいなから見えるように」
小春が後ろから身を乗り出してきた。
「階段を1つ塞ぐんですね!」
愛は頷いた。
「そうすればれいなは他の階段を使わざるをえない。
美貴ちゃんと小春がいる方の階段に、れいなを誘導できる」
美貴は「うーん」とうなって
愛の言った作戦の検討にかかる。
愛の存在を見せつけ
他の階段に誘導する。
それは可能か。
―――そんなに上手くいくかな?
「愛ちゃん怪我してるから
れいなが突破しようと走ってくるかも」
「それは大丈夫です。
田中さんは高橋さんの怪我を知りません。
小春も知りませんでした」
- 623 名前:26 大阪駅 投稿日:2007/09/19(水) 21:58
- 「そっか……」
それなら……
愛の立っている階段を使うのは避けるだろう。
ただし迂回する条件として
時間的余裕が充分にないといけない。
人の多い大阪駅で
1つの階段から別の階段に移動するのに
どのくらいかかるだろう。
「やっぱ……4分って微妙だな」
れいなが現れるのが、発車時刻ぎりぎりだった場合
なりふり構わず突破にかかってくるだろう。
あるいは、迂回している間に電車が行ってしまった場合
れいなはもうホームへは上がってこない。
夜の大阪に逃げていってしまう。
「それに、愛ちゃんの姿を見た時点で
美貴と小春も張ってることがばれちゃう……」
れいなは、美貴たちが大阪にいることを知らない。
だからこそ待ち伏せが可能なのだ。
不意打ちだからこそ意味がある。
ホームに上がる前から警戒されてしまっては
れいなは走って列車に駆け込む。
電車に乗るのを止められない。
- 624 名前:26 大阪駅 投稿日:2007/09/19(水) 21:59
- 止められないなら……
―――……。
そのとき1つ
アイデアが浮かんだ。
「美貴も乗ればいいんだよ」
「え?」
「れいなに気づかれないように
電車に乗っちゃえばいい。
そうすれば福岡につくまで
一晩かけて説得できる。
逃げ道はないんだから」
愛が、目を閉じて首を振った。
―――ダメ?
「逃げ道はない?
夜行っても途中下車できるよ。
知らない駅でれいなを逃がしたら
それこそ最悪……。
もう二度と会えない」
二度と会えない。
その意味を考え
美貴の背筋が寒くなった。
- 625 名前:26 大阪駅 投稿日:2007/09/19(水) 21:59
- 「それに美貴ちゃん……」
「?」
「一晩で、説得できる?」
「……」
美貴は止まってしまった。
―――説得……れいなを……
渋谷で説得を試みたが
れいなの心に
美貴の入り込む余地はまるでなかった。
お金を貸す立場で
優位に立てた状況で。
それなら
全てを投げてしまった今のれいなに
何を話して説得すればいいのか。
「でも、そんなこと言ったら……」
そんなことを言ったら
誰もれいなを救えないと
認めることになってしまう。
愛は、もう一度
静かに首を振った。
- 626 名前:26 大阪駅 投稿日:2007/09/19(水) 21:59
- 「今、れいなの心を救うのは難しいと思う。
だから連れて帰るんだよ。
逃避行を力ずくで止めるの」
「だけど、連れ帰っても結局救ってやれない」
「美貴ちゃんなら……救えるかも知れん」
「え?」
「小春がそう言ってた。
ずっとそばでれいなを見てた小春の言葉を
今は信じてるよ」
「だけど美貴ちゃん」と
愛の瞳がまっすぐ美貴に刺さった。
「福岡に向かう列車の中で
れいなに戻れなんて説得できる?」
―――……。
「渋谷よりもずっと条件が悪い。
だからやるなら、大阪でれいなを引き留めないと」
美貴は、頷いた。
どうしたら救えるかわからない。
そんな状態で
れいなを連れ戻すことと
救ってやることの2つを
同時には行えない。
まずは連れ戻すことだ。
- 627 名前:26 大阪駅 投稿日:2007/09/19(水) 21:59
- 救済と言っても美貴自身、
この絶望をどう打ち破ればいいか
まるでわかっていないのだ。
ただ1つだけわかる。
―――れいなを孤独にしちゃいけない。
だから今は
連れ戻すことに専念しなくてはならない。
一緒に列車に乗るのは最後の手段。
可能な限り
大阪駅でれいなを止めるべきだ。
「じゃあ……やっぱり4分の間に止める方法を考えるか……」
「うん」
「と言っても……」
そこでやはり詰まってしまう。
愛を動員することはできない。
追いかけられない愛がいても
相手を警戒させてしまうだけだ。
「駅の中を見てみようか。
2人で、どういう配置が一番いいか……」
ホームに上がる方法が5つ。
待ち伏せできるのが美貴、小春の2人。
中を見るまでもなく、無理があるとわかる。
- 628 名前:26 大阪駅 投稿日:2007/09/19(水) 21:59
- その5つの中で
れいなが使用するものを特定できないか?
れいなの立場なら、
どの階段を使う?
「愛ちゃん……町田で改札を見たときみたいに
れいなの使う階段を特定できない?」
「どの……階段を使うか……」
愛は、目を閉じてしばらく
何かを考えていたが
「……普通は、自分の乗る車両の近くに行く」
「れいなが何号車に乗るかなんて、わかんない」
「うん……それに、わかったところで
最短のルートを使うっていう保証もないし」
大阪駅はれいなも使い慣れていない。
だから逆に、行動を予測しづらい。
というか、今手元にある材料では
れいながどこから来るか
まるでわからないと言わざるをえない。
―――厳しいな……
5箇所のうち、1人で2つまで見張れる。
美貴と小春で4つ。
- 629 名前:26 大阪駅 投稿日:2007/09/19(水) 22:00
- あとは勘に頼って
れいなの来そうな場所で待つしかないか。
賭けるしかないのか。
80%当たるのなら確率は低くはないが……
―――れいなの命を
「……」
れいなの運命をかける選択。
その重みを考えると、
8割という不確実な数字に
大きな不安がある。
「あと1人欲しい……」
―――愛ちゃんが動けたら……
そのとき
愛の携帯が鳴った。
◇
- 630 名前:26 大阪駅 投稿日:2007/09/19(水) 22:00
- 「じゃあ……また連絡する」
通話を切ると、
ちょうど発車ベルが鳴るなった。
デッキから座席に移動する。
大阪でれいなを見つけるには
もう1人必要という話だった。
ようやく、自分も手助けができる。
すぐにあさ美を乗せた新幹線は出発した。
18:01 品川発
新幹線はすぐに速度を上げる。
次々と景色が後方へと流れていく。
その忙しい景色に
気持ちまで急かされるような気分だった。
これまで何も行動していなかった自分が
責め立てられているような気がした。
事件のことを聞いたとき
―――仕方ない
そう思ってしまった。
あの激流のような中では
何が起きても、どんな理不尽なことでも
そうやって自分の気持ちを納得させるしかない。
- 631 名前:26 大阪駅 投稿日:2007/09/19(水) 22:00
- 現役だったころにあさ美も
そういうふうにして
自分の気持ちを処理させることに慣れてしまった。
最初はとまどっていたはずだったのに。
あそこでは
自分たちメンバーを振り回し続ける力学が働く。
そのことに納得できず、憤り、不満を仲間にぶつけたりもした。
しかし、やがてどうにもならないことを学んでしまった。
だから
今回のような事件……特に理不尽さを感じる事件の話を聞いても
心の中では「仕方ない」と、自動的に片付けていた。
疲れたのだと思う。
もう
離れて感覚も戻ったと思ったのに
結局あのときの習慣は
あさ美の身体の奥深く
今も刻まれているようだ。
あの場所にいると
みんなそうなってしまう。
嫌だと思っていても必ず……
―――違う……そうじゃない……
みんな、じゃない。
- 632 名前:26 大阪駅 投稿日:2007/09/19(水) 22:00
- 愛も美貴も「仕方ない」とは片付けなかった。
れいなをあきらめずに今も
必死に追跡を続けている。
小春だって。
心から
自分の気持ちに正直に
自分の意志で行動している。
なら自分も、あきらめてはいけないのだろう。
想いを、救ってやりたい。
―――できるか……
できるだろうか。
みんなを救うことは……
あさ美は首を振った。
―――きっと無理……
みんなを救うことはできない。
れいなと美貴を救おうとすれば
愛と小春は必ず傷つく。
―――もう傷ついてる
- 633 名前:26 大阪駅 投稿日:2007/09/19(水) 22:01
- しかしさっきの電話で
愛はそれでもいいと言った。
自分たちが傷つくのは
とっくにわかっていると。
―――そうでなきゃ、美貴ちゃんと一緒にいられないよ
自嘲気味に言った愛の言葉が
ずっと耳に残って離れない。
愛はいつでもそうだ。
他人に献身して
ボロボロになるまで
自分を犠牲にし続ける。
でもあさ美は知っている。
愛はそうやって他者に尽くしていないと
自分を保つこともできないような
どうしようもないコなのだ。
だから
美貴のために傷ついて、もがいて、苦しむことも
愛は望むだろう。
それで、美貴とれいながいいというなら
進んで自分を捧げてしまうだろう。
―――小春も……
小春も
愛の悪いところを学んでしまったか。
あんなに自分第一だったコが
いつの間に。
- 634 名前:26 大阪駅 投稿日:2007/09/19(水) 22:01
- 気がつくと
あさ美の目に涙が浮かんでいた。
―――みんな……れいなを心配してる。
みんなの想いが一致した。
4人とも
利害は一致しないのに
自分が不幸になるかもしれないのに
きちんと同じ方向を向いた。
れいなを助ける。
そのためには
他はどうなってもいい。
それが全員の共通見解。
心が熱くなっていた。
こんなに熱くなったのは本当に久しぶり。
―――やっぱり私……みんなのこと……スキだ……
溜まった涙は頬をつたい
あさ美の手に落ちた。
あさ美はその手を、きつくきつく握りしめた。
そして行く先を強い目で睨みつけた。
- 635 名前:26 大阪駅 投稿日:2007/09/19(水) 22:01
- 新幹線の窓から見える景色は
くすんだ色をしていた。
こう見えるのも、
自分を取り囲む数々のしがらみのせいかもしれない。
でも、
今日でもう終わり。
れいなを必ず連れ戻す。
必ず救ってみせる。
- 636 名前:いこーる 投稿日:2007/09/19(水) 22:01
- 今日はここまで
- 637 名前:いこーる 投稿日:2007/09/19(水) 22:02
- >>612
>>613
>>614
ありがとうございます。
なんていうか、はい。
言葉にならないです(汗
- 638 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/20(木) 00:55
- ついに始動…
素晴らしい作品に出会えました。
- 639 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/20(木) 00:59
- 大阪でれいなを助けたってやぁ、
美貴はん・愛はん・小春はん・あさ美はん頼んまっせ!。
- 640 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/20(木) 02:34
- こんこん急いでぇ〜〜!!! …と祈るしか出来ないはがゆさ
- 641 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/20(木) 08:10
- こんこんまで!!
くー!!目が離せません!!
- 642 名前:27 胸の中で 投稿日:2007/10/01(月) 23:00
- 自分のわがままでさんざん振り回した。
どうしようもないことばかりしてきたのに
―――私はあなたに甘えてしまう。
- 643 名前:27 胸の中で 投稿日:2007/10/01(月) 23:00
-
27 胸の中で
- 644 名前:27 胸の中で 投稿日:2007/10/01(月) 23:00
- 車は近くの駐車場に停めた。
愛は、車内で待機している。
21:50。
ホームには人が多い。
美貴、小春、そして合流したあさ美。
3人は手分けをして
人混みの中に
れいなが混じっていないことを確認する。
「まだ来てない。階段を見張ろう」
階段とエスカレーターの位置は近く
これなら2つ同時に見張ることが可能だ。
何気ない様子を装いながら
上がってくる1人1人の顔をきちんと確認する。
―――お願い……来て……
美貴は祈るような気持ちで
れいなが現れるのを待った。
時刻表を再確認したところ
大阪での停車時間は2分間しかない。
考えていたよりも短かった。
愛の調べた時刻表は古かったらしい。
- 645 名前:27 胸の中で 投稿日:2007/10/01(月) 23:00
- ―――2分か……
れいなはぎりぎりに来るだろうか。
乗り遅れの許されない夜行列車。
逃避行をゴールさせるための
最後のチャンス。
それに乗るのだから
余裕を持ってホームに来るかもしれない。
―――れいな……
れいなは今
こっちに向かっているだろう。
美貴は手を強く握りしめた。
ホームの空気が
緊張している。
夜のホームはざわめきも
どこか急かしているかのように
美貴の不安を煽り立てている。
「また……急かされてる」
美貴は重たい息を吐いた。
時計に追われて
時刻表に振り回され
スケジュール表に動かされ
気がつくと自分の気持ちまで見失っていた。
- 646 名前:27 胸の中で 投稿日:2007/10/01(月) 23:01
- 電車に乗って
行き先も時間も管理された列車に乗って
れいなは何から逃げていたのか。
決められた将来。
押しつけられた役割。
与えられた自分らしさ。
さんざん都合のいいように動かされて
スクラップのように捨てられてしまう。
美貴もまた
同じ運命に乗っているようなものだ。
急かされてる
でも、それならば
―――それなら、れいなと同じ
自分も同じ不安を抱えている。
自分もきっと、れいなと同類。
- 647 名前:27 胸の中で 投稿日:2007/10/01(月) 23:01
- そのとき
ホームに強い光が差し込んで来た。
轟音がして列車が駅に入ってくる。
白と赤の車両が
徐々に速度を落として
―――夜行が来た!
れいなを乗せる最後の列車が
ホームに到着した。
―――れいなは!?
美貴は咄嗟に
手前の階段を見る。
しかし、登ってくる中にれいなはいない。
続けて向こうにあるエスカレーターに目をやった。
- 648 名前:27 胸の中で 投稿日:2007/10/01(月) 23:01
- 人混みの音が、エンジン音にかき消される。
夜のホームに列車の明かりが満ちた。
突如出現した賑やかな空間。そこに
れいなが来た。
向こうのエスカレーターを上がってくる。
蒼白な顔。落ちくぼんだ目。
全てに疲れ切ったれいなが
エスカレータを降りてホームに着いた。
美貴は駆け出した。
れいなははっ、と顔を上げて
美貴を見る。
一瞬……ほんの一瞬だけ
れいなは、安心した顔を見せた。
しかしすぐに哀しい顔に戻ると
美貴に背を向け駆け出した。
「れいな!」
美貴は全速で走る。
―――追うなら負けない!
- 649 名前:27 胸の中で 投稿日:2007/10/01(月) 23:01
- れいなの背中が
少しずつ近くなる。
人にぶつかりそうになるのを
必死にかわしながら足を進める。
キオスクの横を抜ける。
れいながすぐそこに迫る。
背中に手を伸ばした。
肩に手が届く。
「れいな!待って!」
手に力を入れて
れいなの肩をつかんだ。
れいなの身体が
美貴に引かれる。
2人は2、3歩勢いを踏み殺して
止まった。
れいなは
「藤本さん……」
震えていた。
―――れいな……
美貴はれいなを抱きしめる。
- 650 名前:27 胸の中で 投稿日:2007/10/01(月) 23:01
- 腕の中で
れいなが小さく震えている。
その背中に
「れいな」
そっとささやきかける。
しかし
れいなの震えはなくならず
美貴の腕の中で小さくなる。
「れいな……会いたかった……」
美貴は小さく、
れいなの耳元でささやく。
そのとき
けたたましい発車ベルの音が
ホームを駆け抜けた。
「藤本さん……」
れいなの震えが
ぴたりと止んだ。
「何?」
「れいなを……許してください」
「許すよ。れいなは何もしてない」
- 651 名前:27 胸の中で 投稿日:2007/10/01(月) 23:01
- 「そうじゃなくて」
れいなは身体をこちらに向けた。
「え?」
「……」
そのとき
ベルの音にかき消される
小さな声が美貴の耳に届いた。
ごめんなさい
れいなの両腕が
美貴を強く押しのけた。
咄嗟のことに美貴がよろめく。
予想以上の力に、バランスを崩してしまった。
れいなは再び駆けだした。
「れいな!」
れいなの背中が
列車の中へと消えていく。
扉が閉まった。
- 652 名前:27 胸の中で 投稿日:2007/10/01(月) 23:02
- 「れいな!!」
美貴は急いで立ち上がったが
すでに列車は動き始めていた。
扉が美貴の前から消えていくのを
美貴は呆然と立ったまま見ていた。
全身から力が抜ける。
れいなを逃がしてしまった。
れいなが博多行きの列車に
乗って行ってしまった。
―――私……なんてこと……
あさ美がこちらに駆けてくるのを
美貴は遠い景色のように
ただじっと見ているだけだった。
◇
22:07 大阪発
- 653 名前:27 胸の中で 投稿日:2007/10/01(月) 23:02
- 後ろを見ると大阪駅が小さくなっていく。
美貴を残して、列車は出発した。
途中に小春の姿も見えた。
―――私……なんてこと……
自分の両手を見つめる。
美貴を押し返した両手。
この手に
この身体に
美貴に抱きしめられた感覚が残っている。
あのときの震えも
あのときの胸をきつく掴まれたような感情も。
―――私は
怖いと思ってしまった。
美貴に抱きしめられるのが怖い。
美貴に愛されていると知るのが怖い。
……美貴が怖い。
小春に愛されていたのに
それに応えることができなかった。
自分は逃げるだけ。
どうやって生きていけばいいかもわからない
どうしようもない存在。
- 654 名前:27 胸の中で 投稿日:2007/10/01(月) 23:02
- 酷く、暗く、救われない自分が
誰かを想ったり、誰かを愛したりしても
最後に残るのは苦い想いばかり。
きっと自分は
美貴をも傷つけてしまう。
れいなは窓から
次々と遠ざかる景色を見ている。
都会のきらびやかな夜景を
遠くに見ている。
街の明かりの中では
みなが何気ない日常を送っている。
自分はそれを遠くに眺めてうらやむだけ。
孤独の中で
叶わない幸せを
遠く想っているだけ。
―――藤本さん。
幸せになりたい。
美貴と一緒に
幸せになりたい。
でも
何かを願って叶えられず
傷ついて泣いて疲れてしまった。
もう、これ以上悲しむのは嫌だ。
どうせみんなの元には帰れないのだ。
どうせ美貴のところへは……。
だから何も願わない。何も求めない。
- 655 名前:27 胸の中で 投稿日:2007/10/01(月) 23:02
- 街の明かりが流れていく。
れいなには手の届かない明かり。
でもそれは
運命のせいなんかじゃない。
―――私が……弱いせいだ……
せっかく美貴が追ってきたのに
せっかく美貴が抱きしめてくれたのに
弱いれいなは
幸福からも逃げ出してしまった。
傷つくかも知れない恐怖に
立ち向かうことができない。
だから運命なんかじゃない。
れいなは
自分の意志で
絶望する道を選んだのだ。
列車は進む。
幸福な夜景を後ろに残して。
暗い夜の闇の中へ
線路は続いて行く。
どうしようもない孤独と
胸が締め付けられる切なさの中
シンと静まる安心に
れいなの心が微かに癒されていた。
それは最後に見つけた
哀しいやすらぎだった。
辺りは暗くなっていった。
- 656 名前:27 胸の中で 投稿日:2007/10/01(月) 23:02
- ◇
「藤本さん!
車に戻って!追いかけよう!」
「……え?」
夜行列車を車で追う?
「そんな……無理だよ」
「あの列車が博多に着くのは明日の7:26です」
美貴は駅の時計に目をやった。
残り9時間。
思いっきりとばせば
どうにかなる距離だ。
美貴はすぐに言った。
「よし、車に戻ろう!」
◇
- 657 名前:27 胸の中で 投稿日:2007/10/01(月) 23:02
- 車中待機していた愛の所に戻ってきたのは
あさ美と美貴の2人だった。
「れいなは?」
美貴は苦い顔で首を振った。
「逃がした」
「……」
「畜生……小春のやつ、電話に出ない!」
美貴が苛立たしげに言った。
「え?ホームで合流しなかったの?」
「急いでたから……」
「なんで?……まさか、追うつもり?」
愛の問いに
美貴もあさ美も、何も答えなかった。
しかし、愛にはわかった。美貴は追うつもりだ。
「どうやって?」
「高速を一晩とばせば、ぎりぎり追いつくかも」
「ダメ!美貴ちゃん全然寝てないでしょ!?」
「さっき寝たよ」
「あんなちょっとで……」
- 658 名前:27 胸の中で 投稿日:2007/10/01(月) 23:03
- と言いかけて愛は黙った。
美貴が
目に涙を溜めてじっと
何かを噛んでいるように
下を睨んでいた。
愛の胸がぐっと苦くなる。
「だって……、れいな……」
―――……美貴ちゃん。
「ここから8時間以上も運転するなんて無理だよ!
そんなことしたら美貴ちゃん事故起こしちゃう」
言いながら
苦い思いがさらに重くなっていく。
「行っちゃ、ダメだよ……」
きっと美貴は
それでも行くというだろう。
愛がどんなに止めても。
美貴は、れいなのために
どこまでも追いかける。
「美貴ちゃん……」
- 659 名前:27 胸の中で 投稿日:2007/10/01(月) 23:03
- なんだか
「美貴ちゃん、私のためにそんなに必死になったこと
一度もなかったのにね」
なんだか
悲しすぎて笑えてきた。
「だけど……やっぱり私は止めるよ。
れいなか、美貴ちゃんか、って聞かれたら
私は美貴ちゃんに生きてて欲しい……」
「……愛ちゃん」
「ごめん……いま私、すごくわがまま……
だけど、それが正直な気持ち……」
―――私、何言ってるんだろ
愛は首を振って言った。
「リーダー失格だね」
そのときあさ美が小さく言った。
「私も運転します。できますから」
「え……だけど……」
- 660 名前:27 胸の中で 投稿日:2007/10/01(月) 23:03
- 「愛ちゃん……」
あさ美の目がまっすぐ愛に向かってきた。
懐かしい目だった。
頑固に意志を曲げないあさ美の頼もしい目。
次の一言で、愛のエゴが、ふっと落ちた。
「後で、全部聞くから……」
愛は、一度目を閉じて
気持ちに決心をつける。
―――そう……約束した……。それに……
きっとあさ美が、
愛の何もかもをわかっている。
わかってくれる仲間がいるなら
「ごめん……もう美貴ちゃん困らせること言わない」
自分は耐えていける。
「小春は、私が待ってるよ。
2人は早く行きな!」
◇
- 661 名前:27 胸の中で 投稿日:2007/10/01(月) 23:03
- 車は出発した。
愛は見えなくなるまで
ずっとこっちを見ていた。
「国道176号を使って、中国自動車道に」
車の数は多くない。
美貴はアクセルを踏んだ。
「れいなは今……」
「もう、神戸を越えた」
明日の朝までに博多。
間に合うか……。
「でも……あんなふうに拒否されて
何を話たらいいのかな?」
れいなにも
美貴の気持ちは伝わったはずだ。
れいなの反応に手応えがあった。
それなのに
追い詰められているれいなは
美貴を突き飛ばして1人で逃げていってしまった。
「どうやって、救ってあげたらいい?」
- 662 名前:27 胸の中で 投稿日:2007/10/01(月) 23:03
- 「藤本さん。れいなが求めているものって……」
「何だろ。たぶん本人もわかってないと思う。
どうすればいいか。だから逃げてる」
「そっか……」
信号で停まる。
美貴はあさ美を見た。
あさ美は美貴とは目を合わせずに
前を見たまま言った。
「愛ちゃんね……メンバー全員を
福井に招待したいって言ってたんですよ。
みんなでおいしい鍋をするんだって」
「美貴も聞いた」
「楽しそうですよね。そういうの」
「うん」
信号が変わって車を進める。
あさ美の話を聞きながら
れいなを思った。
れいなのいる、温かい光景を思った。
みんながいる。れいなもいる。
いつもの光景が、たまらなくいとおしい。
- 663 名前:27 胸の中で 投稿日:2007/10/01(月) 23:04
- もし自分の力で、れいなを取り戻せるなら
なんとしても追いつきたい。
―――早く……
絶対に負けたくない。
車は速度を上げた。
22:54 中国池田IC
残り8時間32分。
- 664 名前:いこーる 投稿日:2007/10/01(月) 23:06
- 本日はここまでです。
- 665 名前:いこーる 投稿日:2007/10/01(月) 23:08
- >>638
>>639
>>640
>>641
どうも、応援ありがとうございます。
最後の最後までよろしくおねがいします。
- 666 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/10/02(火) 02:05
- 愛ちゃん…辛すぎる
- 667 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/10/02(火) 04:31
- 小春は何処?もしかして?
はあーもどかしいです…
いこーるさん頑張ってください。
- 668 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/10/02(火) 08:19
- こんこんかっこいいです。
愛ちゃんには『女に幸あれ』を捧げます。
- 669 名前:359 投稿日:2007/10/03(水) 08:29
- 最後の、最後の追跡…
逃げるほうも、追うほうも、哀しいですね。
朝一から読んで心臓がギュッと掴まれた気がします。
みんなが悲しまない方法って、ないのかな、って考えてしまいます。
- 670 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/10/07(日) 16:31
- 夜行列車ですか
この辺で高速バスかなと思ったんですけど・・・
- 671 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/10/26(金) 12:57
- いこーるさん元気かな?更新楽しみに待ってます
- 672 名前:28 終着 投稿日:2007/10/29(月) 23:21
- 全てのものから逃げて
君と2人きりで。
- 673 名前:28 終着 投稿日:2007/10/29(月) 23:21
-
28 終着
- 674 名前:28 終着 投稿日:2007/10/29(月) 23:22
- あのときも
ずっと曇り空だった。
3年前のコンサートツアー中
仙台行きの新幹線から
突然逃げ出した真里と梨華。
愛は2人の異変に全く気がつかなかった。
後から聞くと
確かにあのとき真里と梨華は
追い詰められた顔をしていたらしい。
愛にはわからなかった。
2人がどんな様子だったか
まるで覚えていなかった。
それよりも
愛の隣で
―――藤本さん……どうしたの?
じっと暗い目を落としている
美貴の方が気になった。
理由にはある程度検討がついていた。
梨華と何かトラブルがあったらしい。
ここまで落ち込んだ美貴を見たのは初めてだった。
勝ち気な性格で
めったに自分の弱い所を見せることなんてなかった。
その美貴が
今は無防備に
愛の横でへこんでいる。
その姿を見て
その重さに愛の心が引きずられる。
同時に愛の中に
熱い感情が流れこんでいた。
美貴を独りにしてはいけない。
その瞬間から
愛の心は美貴から離れなくなっていた。
- 675 名前:28 終着 投稿日:2007/10/29(月) 23:22
- 一緒に行動すると決めた。
一緒に真里たちを追跡した。
美貴は悩んでいた。
美貴は多くを語らなかったが
涙を流して愛に苦しみを訴えてきた。
―――結局何も残らなかった。
美貴は結局
真里たちの物語に
何ももたらさなかったのだ。
美貴は真里たちの物語にとって
全く不要な存在だった。
その事実は美貴を打ちのめす。
―――もっと行こうよ、美貴ちゃん
この人を独りにしてはいけないと
再び感じた。
……。
あのときの気分がよみがえっていた。
- 676 名前:28 終着 投稿日:2007/10/29(月) 23:22
- 暗い部屋。
小春が夜の窓に寄り
不安げな顔で遠くを見ている。
れいなを独りにしてはいけないと
責任を感じて一緒にいるうちに
小春の心はれいなから
離れられなくなっていた。
れいなの気持ちが
小春に向かないとわかった今でも
その思いを捨てることができない。
その背中を眺めながら
愛はかつての自分を思い出していた。
美貴に殴られようが罵倒されようが
その向こうに見える美貴の孤独と不安を
なんとかしてやりたいと思うばかり。
美貴を嫌いになるなんてできなかった。
今も、そう……。
美貴に裏切られたと感じる気持ちに引き裂かれながら
それでも美貴が好き。
自分を捨ててれいなを追った美貴のわがまま。
そんなわがままな美貴を、どうしても許せない。
そんなわがままな美貴が、たまらなくいとおしい。
―――畜生……
矛盾が
愛の心を引っ掻き回す。
- 677 名前:28 終着 投稿日:2007/10/29(月) 23:22
- 熱い想いが
出口を見失い
愛の中で暴れ回っている。
愛は目を閉じて
その苦しさから逃れようとする。
しかし
できない。
いつも苦しいとき、
美貴のことを思って
頑張ろうと思っていた。
3年間、その癖は愛の身体に染みこんでいる。
今、美貴に捨てられた痛みを忘れようと目を閉じても
浮かぶのは美貴のこと。
―――美貴ちゃん……
小春はずっと窓から離れようとしない。
- 678 名前:28 終着 投稿日:2007/10/29(月) 23:22
- ―――何やってんだろ
美貴を送り出して
自分の想いとは決別したはずなのに
気がつくと、自分勝手な気持ちになっている。
「小春」
呼びかけた。
返事はない。
愛は立ち上がって小春の隣まで歩く。
「……結局、うちらには何も残らなかったね」
「……」
小春は返事をしない。
―――私……何言ってんだろ
小春も
自分の気持ちと闘っている。
だから
慰めようと思っていたのだが
口に出た言葉は「何も残らなかった」だった。
愛自身の心も、まだ乱れたままだ。
言葉になるのは愚痴ばかり。
- 679 名前:28 終着 投稿日:2007/10/29(月) 23:22
- 「私、あんなに美貴ちゃんのこと心配してやってたのにさ」
似た境遇の小春が相手でなかったら
こんな自分勝手なことは言ってなかったと思う。
しかし
このどうしようもない気持ちを
誰かに聞いて欲しかった。
「バカみたい。
美貴ちゃんとれいなの幸せのために
うちら振り回されてただけやなんて」
その言葉に弾かれたように
小春の手がパッ、と愛から離れた。
―――小春?
愛は小春を見た。小春の目にはっ、と突かれた。
小春の目は涙を溜め
真っ直ぐに愛に向いていた。
その奥に、怒りが隠れている。
小春の強い情念が
圧力となって愛に迫ってくる。
「約束したから……小春は……」
- 680 名前:28 終着 投稿日:2007/10/29(月) 23:23
- 小春の手が震えていた。
愛は
―――ああ、小春……
確かに、小春と約束した。
自分たちはどんなに苦しんでもいいと。
だけど……確かにそうだけど……
―――どうして、そんな真っ直ぐでいられるの?
愛しい人のために身を引いたのだ。
もっと怒りをぶつけてもいいはずなのに。
もっと「辛い」と言っていいはずなのに
―――小春、あんたは……
「田中さんは
小春にいっぱい思い出をくれた。
4日間だけど小春は幸せだった。
田中さんがいなくなっちゃうなんて、嫌だよ。絶対やだ。
でも……田中さんが幸せになるんだよ。
いいじゃない。身勝手でも、小春を傷つけても。
田中さん……あんなに酷い目にあって
振り回されて、ボロボロに泣いてた。
辛くて、淋しくて、それでも小春に優しかった。
小春にすてきな気持ちをたくさんくれた。だから
最後は田中さん自身が幸せになっていいよ」
- 681 名前:28 終着 投稿日:2007/10/29(月) 23:23
- 愛の目から
涙が溢れた。
悔しさではなく
悲しさでもなかった。
自分でもなぜ泣いたかわからない。
だから
「小春……偉いね……」
そんな言葉しか出てこなかった。
「偉いよ……」
暗い恋に終わってしまったのに
こんなに純粋まっすぐに
れいなの幸せを願っていられるなんて
「小春は、強い。
私なんかより……ずっと強いね」
小春の目を見ているうちに
愛の心から、美貴を憎む気持ちも
徐々に和らいでいた。
まだ納得できたわけじゃない。
まだ気持ちに整理がついたわけじゃない。
それは小春も同じだろう。
それでも少しずつ
立ち直れそうな気がした。
- 682 名前:28 終着 投稿日:2007/10/29(月) 23:23
- ◇
途中、あさ美に運転してもらったので
睡眠を取ることができた。
その間に車は九州に到着していたようだ。
「大丈夫ですか?」
「う、うん」
「なんか……」
「え?」
「なんか藤本さん、苦しそう」
美貴は弱く首を振った。
「確かに……寝たって感じがしない。
充分寝られたはずなのに」
「不安ですか?」
「……うん」
「……」
外が少しずつ明るくなってきた。
もう少しで、れいなと会う。
美貴の身体に、小さく震えたれいなの感覚がよみがえる。
「大阪でれいな、今にも死んじゃいそうな顔してた」
- 683 名前:28 終着 投稿日:2007/10/29(月) 23:23
- れいなは美貴を突き飛ばした。
あの状況で
すがれるものは
美貴しかなかったはずなのに。
しかし、れいなを救えなかった。
小春にできたことが
美貴にはできなかった。
そう考えると
ほとんど絶望ではないか。
小春も愛も「美貴なら救える」と言っていた。
それなのに逃げられてしまった。
その時、車の音に紛れて
……どうですか?
あさ美の声が微かに聞こえた。
「え?」
美貴は聞き返す。
「今、何か言った?」
あさ美は前を向いたまま
もう一度言った。
「3年前と同じこと、れいなに言ってあげたらどうですか?」
「え?」
- 684 名前:28 終着 投稿日:2007/10/29(月) 23:23
- ◇
長いこと何も食べていない。
全身がしびれている。
れいなの身体は夜行列車に大きく揺すられ
そのたびに意識がぐらぐらと揺れた。
―――気持ち悪い……
空っぽの胃の中に
酸っぱいものが溜まっている。
揺すられる度に痛んだ。
―――何か食べたい……
でも
「もう、いいや……」
自分の願いなんて
何も叶えられない。
自分の幸せなんて
誰に聞いても見つからない。
- 685 名前:28 終着 投稿日:2007/10/29(月) 23:23
- ―――どうでもいい……
幸せになれない。
何も残らない。
それなら
生きている意味がない。
苦しんで生きても
何の価値もない。
そのとき
目を閉じたれいなの脳裏に
脈絡なく、過去の光景が浮かんだ。
れいながカラオケに行くという。
美貴が一緒に行くと言って、ついてきた。
いつも通り一人でいっぱい歌う予定だった。
だかられいなは美貴に言った。
しかし
「いいよ。ずっと歌ってなよ」
そう言って美貴も一緒にいた。
部屋に入ると、れいなは腰をかけるより前に
リモコンで4曲連続で入れた。
- 686 名前:28 終着 投稿日:2007/10/29(月) 23:23
- 美貴は爆笑して、インターフォンでお茶を頼んだ。
れいなが歌っている間、美貴はお茶ばかり飲んでいた。
せっかくフリータイムに入ったのに飲み物代がもったいないと言ったが
「美貴が全部払うから」
そう言った。
―――変な人……
率直にそう思った。
でも、不思議だった。
美貴が座っているだけで、その日のカラオケはいつもと違った。
いつもと違って、れいなの特別な想い出になった。
- 687 名前:28 終着 投稿日:2007/10/29(月) 23:24
- 目を開けた。
半分眠っていたかもしれない。
れいなは胸に手を当てる。
ちょっとドキドキしていた。
あのときの想いが、夢の中でよみがえっていた。
2人だけのカラオケ。
れいなが歌い、美貴がお茶を飲むだけの
かみ合わない2人の時間。
そんな無駄で無為な時間が
今はたまらなくいとおしい。
―――あのときは、あれで良かった……
あれが幸せだなんて、思ってもいなかった。
こんなことになるまでは。
幸せとはもっと輝かしくて、忙しくて、目まぐるしいものだと
そう思いこんでいた。
だから、何もすることがなくなったとき
絶望して逃げ出した。
止まることが怖かった。
何も残せないのが嫌だった。
小春を引きずり込んでしまう自分が許せなかった。
れいなを引きずり落とした運命を呪った。
- 688 名前:28 終着 投稿日:2007/10/29(月) 23:24
- 自分は必死に必死に幸せを求めていたのに……。
そう思って、理不尽な現実を憎んでばかりいた。
でも、本当は
―――何もしなくていい……
2人バラバラに好きなことしていれば、それでいいのではないか。
れいなは、3年前のことを思い出していた。
さゆみと喧嘩をして
取り返しのつかないことをしてしまったれいなに
美貴がくれた言葉。
「幸せがなんなのか
考えもしなかったのに
ただ、
幸せになるんだと思ってた」
―――藤本さん……
- 689 名前:28 終着 投稿日:2007/10/29(月) 23:24
- 美貴が教えてくれたこと。
ただ、いればいい。
幸せなんて、探すもんじゃない。
好きなように、生きればいい。
窓から朝日の強い光が差し込んできた。
車内のあちこちで、乗客が身体を動かす。
明かりに満たされるなか
れいなは泣いていた。
―――生きたい……
ここへ来て、ようやくれいなは
正直にわがままに
自分の気持ちと対峙した。
死にたくなんかない。
逃げたくなんかない。
れいなは鼻をすすって涙を拭く。
列車はもうすぐ終着駅へ……
「あーあ、気づくの……遅かったな……」
もう、逃避行が終わる。
れいなの物語が終わる。
急に淋しくなった。
どうして自分は
戻れないところまで来てから
後悔しているのだろう。
速度が緩くなっていく。
「……ごめんね」
誰にともなく
そう言っていた。
7:26 博多着
- 690 名前:28 終着 投稿日:2007/10/29(月) 23:24
- 博多駅のホームへに立った。
―――着いた
れいなはゆっくりと周囲を見回す。
背の高い、大きなビルたち。
温かく感じられる風。
懐かしい光景。
無条件に落ち着く。
しかし
落ち着く感じの底に
どうにもならない寂しさが溜まっている。
―――終わった……
結局れいなに何も救いをもたらさなかった。
ただ
時間が流れ
涙が流れ
疲れただけの逃避行の終着。
物語にもなれなかった旅の終わり。
この静けさは
自分の探していたものだっただろうか。
- 691 名前:28 終着 投稿日:2007/10/29(月) 23:24
- そのとき
「れいな」
声が聞こえた。
れいなの胸が、トクンと高く脈打つ。
それはずっと待っていた声。
ずっと待ちながら
ずっと逃げ続けてきた
れいなの幸せ。
また
涙が流れた。
―――追いかけて来た……
喧噪の中で
確かに足音が近づいてくる。
でも涙が止まらず
振り向くことができない。
―――本当に、追いかけて来た……
自分はひどく弱かった。
自分は幸せに臆病でいた。
救われなかったのではない。
自分から救いを拒否し逃げていた。
どうしようもなく身勝手なことばかりしてきたのに
れいなをずっと追いかけて来てくれた。
- 692 名前:28 終着 投稿日:2007/10/29(月) 23:25
- ―――もう、大丈夫
美貴なら、れいながどんなでも
何気ない顔をして一緒にいてくれる。
―――もう、逃げたりしない
れいなは、強く拳を握りしめて振り返った。
目の前に
「お疲れ様」
手をこちらに伸ばした美貴の笑顔。
美貴も泣いていた。
その腕の中へ
涙も拭わず駆けていった。
温かい胸の中で
れいなは声を抑えもせず
わんわんと泣き続けた。
これまでの
苦しみ悲しみ何もかも
美貴にぶつけて泣き叫ぶ。
美貴はそっと、れいなの背中をとんとん叩く。
- 693 名前:28 終着 投稿日:2007/10/29(月) 23:25
- その胸から
美貴の気持ちがれいなにも流れて伝わってくる。
きっと美貴はもうすぐ
れいなの一番望んでいたことを言ってくれる。
「もう逃げなくていいよ。れいな……」
れいなを抱く力が急に強くなった。
身体が引き寄せられる。
れいなの耳元でささやいた。
「一緒に、暮らそう」
◇
- 694 名前:28 終着 投稿日:2007/10/29(月) 23:25
- 卒業したコも、辞めていったコも
みんな一緒のマンションに住んで
お醤油とかを切らしたら
分けてもらいに訪れる。
そんなほのぼのとした光景に
みんなきっと憧れている。
それを最初に考えたのは圭織。
その話があさ美の元へ行き
卒業生たちの間で、動き出していた。
みんなで集めた資金は充分だった。
モーニング・マンション計画
現実は目まぐるしくて
いつまでも同じではいられない。
でも
いつまでもみんなと一緒にいたい。
現実に疲れたとき
帰ってこられる家が
いつもと変わらずあったら
きっとみんな楽しい。
- 695 名前:28 終着 投稿日:2007/10/29(月) 23:25
- 「今はまだ2階建ての別館だけです。
本館の建設はまだ始まってないから。
2人が仮入居者の第1号ですよ」
あさ美の運転で
2人はぐっすりと眠っていた。
愛たちは新幹線で帰ったらしい。
後部座席で美貴に手を握られ
れいなは安らかに揺れていた。
夢見心地の耳元に
美貴の優しいささやき声。
「れいな……ゆっくりしよう。
2人でいればいいよ」
「うん…」
外の景色は跳ぶように後方に流れる。
でも
美貴はずっとれいなの隣にいる。
- 696 名前:28 終着 投稿日:2007/10/29(月) 23:25
- 運転席であさ美が言った。
「さっき愛ちゃんに電話をしました。
無事で良かったって」
「そっか……」
「あと、2人で泣きまくったら少しすっきりしたって」
「……ごめんね」
「なんか強がってましたよ。
すぐに次の居場所を見つけてやるんだって……」
―――居場所か……
「愛ちゃんらしい」
愛にとって、美貴は心地良い居場所だったのだろう。
居場所を追われて逃げ出して
次の住処を見つけるまで……。
―――みんな、居場所を探してる
「なんか……罪悪感」
「いずれ、みんなで入居しますよ。
愛ちゃんも小春も、それぞれの幸せ探して」
「そうなると、いいね……」
「それはまた、別の物語としていつか聞かせてもらいましょう」
次の物語は、誰が運んでくるのだろう。
なんか楽しみだった。
「到着まで、休んでてくださいね」
「はーい」
- 697 名前:28 終着 投稿日:2007/10/29(月) 23:25
- 目を閉じた美貴とれいなに
1つの幸せの形が見えた。
こんなに安心していられる時間が続く場所。
それは逃げたりしないで
ずっと美貴のそばに、れいなのそばにいてくれる。
「おやすみ」
2人寄り添って
夢の中へと落ちていった。
- 698 名前: 投稿日:2007/10/29(月) 23:26
-
この小説はフィクションであり
物語中のいかなる、個人・団体・出来事も
実在のものとは一切関係がありません。
- 699 名前: 投稿日:2007/10/29(月) 23:26
-
逃避行2 −完−
- 700 名前:いこーる 投稿日:2007/10/29(月) 23:38
-
あとがき
「リアルな設定からスタートします」。
3年前にも同じ文言で物語りをスタートさせたのですが
連載している間に様々なことがありました。
すでに物語りはパラレルな話の段階に入っているはずなのに
リアルの側から突っつきが入って物語が形を変えていく。
こういうスリリングな連載は初めての体験でした。
頭脳戦と心理戦。
でもこの物語の推理には「あのコならこう考えるはず」という
メンバー間の絶対的な信頼があるからこそ成り立つ物ばかりで
普通の推理ものとしては首をかしげるような所が多々あります。
互いに騙しあい、出し抜きあいながら絆を確かめあうような
そんな微妙な距離感、くすぐったい関係が描けていたらいいなぁ。
最後に
娘。が大好きで、スキャンダル続きの今こそ
娘。小説だよなぁ、と思っています。
ここまでお付き合いいただき、まことにありがとうございました。
また、どこかでお会いしたいです。
- 701 名前:いこーる 投稿日:2007/10/29(月) 23:42
- >>666
もう切ないです;
>>667
いや……ホームに、って;
応援ありがとうございます。
>>668
すてきな歌のプレゼント、ありがとうございますw
>>669
みんなが悲しまない方法……
いつかどこかでチャレンジしてみたい題材です。
>>670
逃避行は列車限定。というのが前作から通していることなんです。
いや、理由はないんですが。ただこの条件だと、おそらく最安手段。
>>671
励ましありがとうございます。
ほんっと、連載中のレスって力になるんですありがとう。
- 702 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/10/30(火) 00:59
- いこーるさん、完結おめでとうございます。
そして素晴らしいお話をありがとうございました。
ずっとリアルタイムで読んできた中で色々なことがあり自分もれいな達と一緒に葛藤してきたように思います。
読み終わった今、ずいぶんと長い旅をしてきた気分です。
次の作品も楽しみにしています。
- 703 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/10/30(火) 01:22
- 完結お疲れさまです
皆が幸せとはいかないものですね、だからこそしまった小説になるのでしょう、
計画が希望の光になります様に。
しばらく余韻を楽しんだ後、改めて読み返します。
素敵な作品をありがとうございました
- 704 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/10/30(火) 04:00
- いこーる様
完結おめでとうございますそしてお疲れ様。
こんなに毎回心待ちする小説は初めてでございました。
「モーニングマンション計画」良いですね!!!
その一部に貢献出来たと勝手に妄想し満足しております。
できればハウスキーパーとして雇ってくださらないでしょうか?w
- 705 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/10/30(火) 08:23
- 更新お疲れ様でした。そして完結おめでとうございます。
逃げる、それを追う、その展開にドキドキしながら毎回読んでました。
終わってしまって寂しい気もしますが、同時に清々しさもあります。
いろんな強さと弱さがうまく描かれた作品だと思います。
この作品に出会えてよかったです。
- 706 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/10/30(火) 20:52
- 終わってしまった……
けれど終わらせてくれてありがとうございます。
救われた娘、報われた娘、報われなかった娘たち。
いずれの物語も愛おしかったです。
素敵なお話をありがとうございました。
そしてまたいつか。
- 707 名前:359 投稿日:2007/11/05(月) 06:55
- 完結お疲れ様でした。
それぞれに見つけた答え、これから先の目標。
彼女達のこれからの生き様とでも言えるものに変質していくのでしょうね。
現実の娘。たちもきっといろいろ抱えているでしょうが、これからも見守っていきたいと思わせる作品でした。
今だから娘。小説、という意見は激しく賛成ですね。
想像であっても、これだけ人の心を動かし、心を豊かにできるんですから。
またどこかでいこーるさんの作品にお目にかかることを楽しみにしております。
そして、いつかは博多まで行ってこようと思います(w
- 708 名前:トルテュ 投稿日:2007/11/06(火) 09:05
- この作品には初めての書き込みですが、連載当初から愛読しており
れいなやミキティ、愛ちゃんや小春の心境が沢山伝わってきました。
次回作品を楽しみにしているので、頑張って下さい。
- 709 名前:いこーる 投稿日:2007/11/14(水) 19:52
- たくさんのレスありがとうございます。レス返しさせていただきます。
>>702
ありがとうございます。長い旅でした。作者の最長小説となりました。
これを書いていた記憶と、これを書きながら感じた娘。に関するあれこれと
全部記憶に長く残りそうな気がします。
それもこれも追ってくださる読者様がいたからです。重ねてありがとうございました。
>>703
ありがとうございます。
なんか、いつも通りの暗い話になってしまいましたが……。
どこかで皆が幸せにたどり着けますように。
>>704
ありがとうございます。
計画は皆様のご支援のもとスタートいたしました。
今後も様々な形でご支援いただきたいと思います。
は、ハウスキーピングw。
>>705
ありがとうございます。
「弱さ」がしつこく書いてあるのは、連載ゆえの計画性のなさです;汗
弱い個人と強い絆。
私が娘。小説に求めているものです。
>>706
ありがとうございます。
5つもの視点が絡む話ははじめてでしたが、それぞれが物語を持つように心がけましたので
このような感想をいただけると嬉しいです。またいつか。
>>707
ありがとうございます。
実は、足跡めぐりの計画をうかがったとき
「大丈夫かな?かなり遠くまで行く予定だけど……」
と内心思っていましたw。すばらしいレポありがとうございました。
おかげさまで世界が広がりました。
>>708
ありがとうございます。
連載を追ってくださったのですね。
今、書いている話には亀井さんが出てますw。いずれどこかで。
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