帰る場所
- 1 名前:_ 投稿日:2007/03/02(金) 22:41
- 更新速度はそんなに速くないかと思います。
恥ずかしがり屋なので底辺で活動します。
- 2 名前:_ 投稿日:2007/03/02(金) 22:43
-
1.姉と居候
- 3 名前:_ 投稿日:2007/03/02(金) 22:44
- ボサボサの頭を少しかきながら大あくび。
大きく腕を上げて思いっきり伸びるとボキボキ、と音がなった。
運動はしてる方だと言うのに昨日の部活がきつかったせいか少し筋肉痛。
外からは思わず目も閉じたくなるような眩しい光が差していて、
それはそれはカーテンなんて意味ないくらいで。
開けたら実際に目なんか開けられなくてぎゅっと力を入れて閉じた。
明日は快晴です、って昨日の夜やけにハイテンションなお天気お姉さんが言ってたっけか。
- 4 名前:_ 投稿日:2007/03/02(金) 22:45
- 部屋から出てスリッパも履かずにぺたぺたとフローリングの上を歩きキッチンへ。
壁にかかっている当番カードをくるりと回す。
と言ってもこれは意味があってないようなものだったりするけど。
今日は朝食担当。朝食は簡単でいい、いつもトーストと目玉焼きで済ませられるから。
前に気合を入れてご飯を炊いて味噌汁とか作ったら時間もなくなるわ、
朝は食べれないとか言われて残されるわで散々だった。それからはもう簡単な物にした。
ガサガサと食パンを袋から出してトースターへ2枚。
そして冷蔵庫から卵を2個取り出して熱くなったフライパンへ落とす。
一つは固め、一つは半熟。いちいちこだわりがあるからこの辺が少し面倒だったりもするけれど。
チーン、と音が鳴りパンの焼ける匂いがする。
しかしそんな音が鳴ったって起きてきやしない。
ホント朝が弱いんだなぁ、とか思いながらフライパンの火を消してまだ寝てるのを起こしに行く。
いつもの事で何も変わらない事で、きっといつまでも続く事だと思っていた。
- 5 名前:_ 投稿日:2007/03/02(金) 22:45
- 「…みぃきぃねぇ〜、いつまで寝てるとぉ!」
かばっと布団をはがすと思いっきり不機嫌そうな顔。
最初はめちゃくちゃ怖かったけど今はもう慣れっこだ。
「…れーなぁ…、みき、今日仕事やすむぅ…」
「だめっちゃ!昨日もそんな事言って遅刻したくせに!」
「ぬー…、厳しい…。みきはれいなをそんな子に育てた覚えはないのに…」
「育てられた覚えもありませーん!」
「ちぇ」と小さく呟いてもそもそと起きたみきねぇはベットから降りた。
みきねぇ、こと藤本美貴はれいなこと私、田中れいなのお姉ちゃん。
と言っても血は繋がってはいない。
- 6 名前:_ 投稿日:2007/03/02(金) 22:46
- れいなが高校1年生になった時れいなのお父さんとみきねぇのお母さんが再婚した。
それぞれの連れ子だったから自然に姉妹になった。
その時すでに大学生だったみきねぇは今更名字が変わるのはいろいろと厄介だ、
という事だったので一人だけ藤本という名字を使っている。
そして再婚するまではお母さんと暮らしていたみきねぇだったけど
新婚気分を味わった方がいいんじゃないの、という理由で一人暮らしを始めた。
そんな事言われたられいなも邪魔じゃん、て事で今はみきねぇと二人暮らしをしている。
「れいなー、目玉焼き皿に乗っけといてねぇ」
「はいはい…っと」
着替え始めたみきねぇを置いてれいなは部屋を出ようとするんだけど、いつもの行事がまた。
手を引っ張られて、みきねぇの腕の中にすっぽり包まれて頭をナデナデ。
- 7 名前:_ 投稿日:2007/03/02(金) 22:47
- 「よぉ〜しよしよし。れいなかわいいねぇー。にゃーって言いな?にゃーは?」
「…れいなはねこじゃなかと…」
みきねぇは一緒に暮らしてみて判ったけどセクハラ魔だった。
スキンシップが大好きで抱きつかれるのはもちろんの事ご飯作ってる最中にもお尻を触ってきたり。
そんな変態なみきねぇだけど家を出れば仕事がバリバリ出来る大手企業のOLだったりして。
こんな姿きっと誰にも見せられないだろうな、とか思う。
「パンも目玉焼きも冷めとうよ…」
「あー、んじゃ真面目に起きよう。コーヒーも入れといてね」
「はいはい…」
これでやっとキッチンに戻れる。
フライパンに乗ったままだった目玉焼きと少し冷めたトーストを皿に乗せて、
お次はお湯を沸かす。みきねぇ曰くれいなの作るコーヒーは格別に美味しいそうで。
作るのがめんどくさいからそんな上手い事言ってれいなに作らせている事くらいお見通しだ。
- 8 名前:_ 投稿日:2007/03/02(金) 22:47
- 「れいなー、新聞がないー」
寝室からやっと出てきたと思ったら今度は新聞の催促。
まったくそれくらいは自分の足で取りに行って欲しい。
以前そんな事言うと「れいなの持って来てくれた新聞は格別におもしろいんだよ」とか
ワケわかんない言い訳されたのでもう言うのはやめた。
新聞を取りに行って戻ると朝食の乗るテーブルにひじをついてぼぅっとテレビを見てる。
その横にはちゃんとコーヒーもカップに注がれてれいなの席の前にも置いてある。
先に食べないでこうやって待ってる所がちょっと可愛かったりとか思う。
年上に、しかも姉に向かって言うのは失礼な話なんだろうか。
「はい、新聞」
「ありがと、んじゃいただきますー」
「いただきまーす」
みきねぇは新聞を見ながらもくもくと食べる。れいなは朝のニュースを見る。
朝っぱらからこれといって会話があるわけでもないからこの時間だけは二人とも沈黙になる。
でもこれも普通で居心地が悪いとかは一度も感じた事はない。
- 9 名前:_ 投稿日:2007/03/02(金) 22:47
- 「れいなさぁ、今日始業式だっけ?」
新聞を一枚めくりながら特にこちらを向くわけでもなくみきねぇは聞く。
「うん、今日かられいなも3年っちゃ」
「はえーなぁ、会った時はちんちくりんな子供だったのに。
って、ちんちくりんは変わってないけど」
「余計な事は言わんでよかよ!」
れいなが口を尖らせて怒ると笑いながらみきねぇは新聞を閉じてその辺に投げた。
もう、その新聞は誰が片付けると思ってるんだろ。
- 10 名前:_ 投稿日:2007/03/02(金) 22:48
- 「まぁ、でもされいながいい子で良かったなぁってみきは思うわけよ」
「なん…、急に…」
「いきなり再婚するとか言われてさ、そして相手にも子供がいるとか言われてさ。
こう見えてもみき、人見知り激しいから仲良くなれるか心配だったんだよ」
「ふーん…」
「それとさ、一人暮らしするって言ったもののまたまたこう見えても寂しがりやだからさ、
一人で暮らせるのかなとか思ってたられいなもついて行くって言ってくれてさ。
結構安心したし嬉しかった」
そう言いながら何かに気がついたような顔をしてみきねぇは手を伸ばしてれいなの口元を人差し指と親指で拭く。
「口にジャム」
その指をぺろりと舐めた。
「おこちゃまー」
そして指をさしてにやりと笑う。
何を思ってこの人こんな事を普通にするんだろう。
れいなはいつもこんな時顔を赤くしてうつむく事しか出来ない。
- 11 名前:_ 投稿日:2007/03/02(金) 22:48
- 「…ぁりがとぅ…」
そんなれいなを見てみきねぇはいつも不思議そうな顔をしてからまた笑う。
素で自分が思うままの行動をするから自分ではたいした事してないと思ってる。
照れ隠しに目玉焼きの黄身をフォークでぐさぐさ刺してたらみきねぇの携帯電話が鳴った。
いそいそとそれを取りに行って真剣な顔で話してる。
仕事の話だな、とだけ思いながら食べ終わってカラの皿をキッチンへと運んだ。
「れいな、今日夜遅くなるかもしれないからテキトーに食べて戸締りしてちゃんと寝るんだよ?」
「わかった。れいなも今日さゆとカラオケ行くから遅くなるけん」
「そっか。んじゃ先に行くから」
パタパタとスリッパを鳴らしながら掛けてあった上着とカバンを手に取りみきねぇは玄関に向かう。
とりあえず先に出て行く人を見送るのがここでの決まりになってるかられいなも玄関へと向かう。
「あ、今日ゴミの日だよね?集めてるでしょ?」
「あ、待って」
キッチンの隅に置いてたゴミ袋を手渡すとみきねぇは「ん」とだけ呟いて玄関の扉を開ける。
- 12 名前:_ 投稿日:2007/03/02(金) 22:49
- 「いってきます」
「いってらっしゃい」
手を振ってゆっくり扉が閉まる。
これがいつもの一日の始まり。
「さぁーて…れいなも学校行かんと遅刻やーん」
時計を見て大げさに一人で驚いて見せたりして。
そんな中れいなの携帯もにぎやかな着信音と共に震えだす。
「はい、あぁさゆ?うん、これから家出るけど。遅刻はしないから大丈夫だって」
朝、普通の高校生は親がご飯を作ってくれるのかもしれない。
もしくは食べないで学校に行っちゃうかのどっちかだと思う。
だけどきちんと作る事が多いかられいな自身も遅刻が何かと多い。
当番制にしてるもののあの通りみきねぇが朝食を作る事なんて年に数回あるかくらいだし。
最近ちょっと遅刻が続いたから心配して親友のさゆが確認の電話をしてくれるようになった。
余計なお世話、とは言いたかったけど口には出せなかった。
- 13 名前:_ 投稿日:2007/03/02(金) 22:49
-
2.親友≒恋人
- 14 名前:_ 投稿日:2007/03/02(金) 22:50
- 「れーな、おっそい。けど遅刻にはならなかったね?ぎりぎりセーフってとこ」
生徒用の駐輪場でわざわざずっと待っていたようで軽く足踏みをしているさゆ。
ぽかぽか陽気の春だけどまだ寒いのに一体何をしてるんだか。
れいなの愛車の原付を軽くトントンと叩いて嬉しそうに笑った。
「あのね、クラス替えあったでしょ?れーなとさゆみまた一緒のクラスなのー」
「えぇ!?また?!」
さゆ、こと道重さゆみはれいなが幼稚園の頃からずっと一緒のいわゆる幼馴染。
奇跡というかもう仕組んでるとしか思えないほどずっと同じクラスが続いていて、
今回もなんとなくそんな気がしていたけど高校の最後までも一緒だとはやはり誰かの陰謀だろうか。
- 15 名前:_ 投稿日:2007/03/02(金) 22:51
- 「れーなは嬉しくないの?さゆと一緒のクラスは」
「嬉しいとか嬉しくないとかって言うよりもう飽きたとね」
ポケットにいれていたホッカイロをさゆに投げると両手でそれを受け取りニコリとまた笑った。
この笑顔は悪魔の微笑み。というか小悪魔。
これで何人の人がさゆにひっかかって泣きを見た事か。
1,2,3と指を折っているとさゆは首をかしげてそれをやめさせた。
「ワケわかんない事やってる場合じゃないの。遅刻するのー」
「あ、そうやった」
校内へと歩き出すと決まって腕を組む。
まるで恋人同士のように寄り添う格好になるのがれいなは恥ずかしくてたまらない。
さゆは学校内じゃトップクラスに可愛いらしくてそのとぼけた性格も加わって人気者なのだ。
れいなもれいなで小さいながらもバスケット部に所属しておりそれなりにファンがいたりもする。
それをみきねぇに前話したら「オマエにファンかよ」と大笑いされてちょっと落ち込んだ。
その後すかさず抱きしめて頭を撫でるあたりやっぱりみきねぇはセクハラ魔だった。
- 16 名前:_ 投稿日:2007/03/02(金) 22:51
- そしてその二人が腕を組んで仲良く歩くとかやっぱり目立つわけで。
「…さゆ、もうちょっと離れて歩かんと転ぶ…」
「いいよ?転んだらさゆが起こしてあげるから!」
「いや、そういうんじゃなか…」
みきねぇといいさゆといいあまりれいなの話を聞いてくれない人たちばかりで少し疲れる。
ここでため息の一つでもつきたい所だけどそんな事したらさゆが過剰に心配して
さらに状況が悪くなるのを知ってるのでため息さえつけない。
れいなはいつもこんな時は心の中でひっそりとため息をつく。
「始業式終わったらカラオケだからね?」
「うん、それを楽しみにして来たから。他に人は来ないの?二人だけ?」
問いかけるとさゆは頬を膨らませてれいなの顔を覗き込んだ。
あまりの顔の近さにぎょっとしてとっさに目を逸らす。
- 17 名前:_ 投稿日:2007/03/02(金) 22:51
- 「れーなはさゆと二人っきりじゃ不満なのぉ?」
「え、…いや、そんな事はなかと…」
「…さゆはれーなの事大好きだから一緒に居たいの」
それだけポツリと呟くとさゆは自分の席へ歩いていった。
追いかけようとしたが、先生が入ってきたためそれは出来なかった。
50音順で並べられた席はさゆとだいぶ離れてしまっていた。
席についてようやく一つため息を漏らす。
このくらい離れていればさゆには聞こえる事はない。
先生が話をし始めたのでぼぅっとそれを聞いていると後ろから突付かれた。
「ねぇねぇ、田中さんって道重さんと付き合ってたりするの?」
先生に聞こえないように小声で話すクラスメイト。
ホント女の子ってこういう話大好きだよね。
れいなはさゆの事なんて。
好きじゃないわけじゃない。でも付き合ってるわけじゃない。
ノートの端っこを千切りさらさらとペンで書く。
それを丸めて後ろの席の子に渡した。
- 18 名前:_ 投稿日:2007/03/02(金) 22:52
- わからん。
それだけ書いた。
さゆの事は好きだ。くねくねした動きとか甘ったるい声とかたまにうざったくなる事もあるけど
いつもれいなの事気に掛けてくれたし、親の再婚が決まった時も親身に相談に乗ってくれた。
いつも出かける時は一緒で何するのも一緒が多かった。
運動音痴の癖にバスケ部に入っちゃって1ヶ月も経たないうちにマネージャーになっちゃったり、
選択科目も全部れいなと同じにあわせてちゃっかり席まで隣にいたり。
「…ぷちストーカー…?」
思わず声に出てしまった言葉は特に誰にも聞かれずに。
ちらりとさゆを見ると目が合った。
れいなが振り返るとは思っていなかったのか一瞬とまどった表情を見せた後、
少し恥ずかしそうに笑った。ちょっと今の顔は可愛かった。
急になんだかれいなも恥ずかしくなって机に突っ伏して頭を抱えた。
先生の声なんてもう聞こえない。
その後鳴ったチャイムの音で我に返った。
はっと頭を上げるとお決まりのようにそこにはさゆが立っていて思わず笑いが出た。
- 19 名前:_ 投稿日:2007/03/02(金) 22:52
- 「何笑ってるの?」
「ううん、何でもなか。こっちのこと」
笑われた事にちょっと怒ったのかムスッとさゆが膨れたのでそのまま少し笑いをこらえながら言う。
「さゆってさ、れいなの事大好きなんね?」
「…っ…」
あれ、おかしい。こんな事言えばいつもなら「大好きだもん」とかさらっと返ってきそうな物なのに
さゆの反応は思ったものと違っていて。悔しそうな悲しそうな表情を一瞬した後いつもの笑顔に戻った。
「さゆみが一番好きなのはさゆみなの。…れーなのバカ」
自分で自分を褒めておいてれいなの事はけなすのかよ。
ホントずっと一緒にいるけど未だ読めないこの性格。
「れーなのバカ、鈍感、チビ」
「なんでそんな事まで言われんといかんのじゃー」
さゆを小突くフリをしたらつまづいてさゆにぶつかった。
- 20 名前:_ 投稿日:2007/03/02(金) 22:53
- そのままさゆもバランスを崩して思いっきり重なるように二人で倒れた。
さゆが下でれいなが上で。始業式のためにみんな教室から出て行ってしまっていて、
残っていたのはれいなとさゆだけだった。
シーンと静まり返った教室に向かい合う二人。
沈黙を破ったのはさゆだった。
「早くどいてよぉ。れーな重いんだから」
「な、なんだとぅ?」
変な空気になりながらもおどけたさゆ。それにどもりながら答えたれいな。
れいなより先に立ち上がったさゆは左手で髪をかきあげながら右手を座ったままのれいなに差し出す。
それを掴まなければ多分もっと変な空気になりそうだったから。
ただそれだけでその手を掴んだ。
思ったよりも強く引かれたその腕でそのままさゆの胸の中に飛び込む。
驚いてその後の行動が出来なくて抱きしめられたままのれいなにさゆは耳元で囁いた。
- 21 名前:_ 投稿日:2007/03/02(金) 22:53
- 「…このままサボっちゃおう?」
実際さゆに抱きしめられた事は何回かある。
もちろんその逆だって何回もある。それは単なるスキンシップで何の感情もない。
ないはずだったのに。これは明らかになんらかの感情を含んでる事くらいれいなも感じていた。
だけど。
「…れいな、遅刻魔だしサボったら留年の危機だし始業式でる…ね」
まだこの気持ちを受け止めるには早いような気がして。
こんな気持ちのままではさゆの事を大事にはしてあげられなそうで。
れいなは、逃げた。
この状態のままどうするんだろう、とか思った瞬間がばっと体は離されてそこには満面の笑みのさゆが。
「こんな時ばっかり真面目なんだから!モテないよ、れーなは!」
「う、うるさか。…行くけん、さゆ。ダッシュ!」
「…え」
さゆの手を引っ張って体育館へと向かう。
色んな物をごまかすように。
その後はよく覚えていないけど、普通に下校して普通にカラオケに行って普通に道で別れて帰った。
親友の関係が少し壊れた気がした。
- 22 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/03(土) 00:36
- 底辺で活動なんて、もったいない話
つづき楽しみです
- 23 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/04(日) 05:51
- 設定が好きです。
続き楽しみにしてます。
- 24 名前:_ 投稿日:2007/03/04(日) 20:57
- >>22
もったいないなんて私にはもったいないお言葉です。
恥ずかしがり屋なので許してください。
>>23
今更みきねぇネタもどうかと思ったんですけどしてみました。
期待に副えるよう頑張りたいです。
- 25 名前:_ 投稿日:2007/03/04(日) 20:57
-
3.酔っ払いとねこ
- 26 名前:_ 投稿日:2007/03/04(日) 20:58
- 「…いな、…れいな、寝てんの?」
「…にゃ…?」
テレビを見ながらリビングのソファで寝ていたようで、目が覚めると
リモコンを持ってカチカチとテレビのチャンネルを変えているみきねぇが立っていた。
「今日は残業」と朝、顔を歪ませて物凄く嫌そうに言っていたから今帰ってきたんだろう。
「にゃ、ってなんだよ。やっぱれいなはねこなんだねぇ」
わしゃわしゃとれいなの頭を乱暴に撫でてからみきねぇは自分の部屋に入っていった。
ぶるぶると頭を振ってから時計を見るともう0時は過ぎていて。
明日は休みなものの部活はあるから早く寝なければいけない。
あの日の後、さゆともっとギクシャクすると思ったけど何にも変わらず日々は過ぎていた。
相変わらずくっついたりするのはやめないし。
ただ一つ言える事といえばあの日の事をさゆが一言も語らない事だろうか。
言わないから聞かないし、きっと聞かない方がいいのだろうと思った。
「うー…ん…うぇぇえ…」
寝たまま伸びるとスウェット姿になったみきねぇがわざわざお腹に座ってきた。
- 27 名前:_ 投稿日:2007/03/04(日) 20:58
- 「んー…重いっちゃ、みきねぇ…」
「れいなちゃん?おねーさまの足の裏をマッサージしない?」
また始まった。
みきねぇの女王様ぶり。
「えー…れいなもう寝んと…」
「まぁまぁまぁまぁ」
そう言って無理矢理れいなとは逆向きに寝転がって手で揉めるちょうどいい位置にみきねぇの足の裏。
何がまぁまぁ、なのか意味がわからない。
はぁ、とため息をついたって「やっぱりいいよ」なんて言葉が来るわけでもなく。
揉み始めると「あぁー」なんて気持ち良さそうな声を上げた。
そこである事に気がつく。
「みきねぇ…酔ってると?」
「ううん、酔ってないとー」
完全にこれは酔っている。
一緒に住んでるからいつもとの違いくらいすぐにわかる。ちょっとお酒臭いし。
みきねぇは飲むとハイテンションになるから絡まれるとホントにタチが悪い。
目を閉じて軽く鼻歌なんか歌っちゃって。
- 28 名前:_ 投稿日:2007/03/04(日) 20:59
- 「れいなはさ〜、好きな人とかいないの〜?」
「…はぁ?何急に。そんなんいないけん」
「さゆちゃんは〜?いたじゃん、仲良しのちょっと変わった可愛い子」
さゆの名前が出てぎくりとする。
でもここにさゆがいるわけじゃないし、気にすることはない。
みきねぇはさゆの事よく知らないし、ただれいなの仲のいい子の名前を言ってるだけ。
「さゆは別にただの幼馴染やけん、そういうのじゃなか!」
「あいたたたたた、れいな力、強いー!」
「…あ、ごめ」
さゆの話題になったら力が入っちゃって思いっきりみきねぇの足の裏を押していた。
まぁ、いいや。変な事言った罰みたいな感じで。
普通にまたマッサージを始めると力の入っていたみきねぇもまただらんと体を緩くした。
「来週の日曜日引退試合だよねぇー」
「うん、最後の試合」
頑張って続けてきた部活も来週の試合を持って引退だ。
レギュラーだから引退試合には確実に出れるけどなんだか寂しいもので。
- 29 名前:_ 投稿日:2007/03/04(日) 20:59
- 目を閉じれば1年生の頃からの思い出なんてものがすぐによみがえる。
ちっこいからレギュラー取るのだって苦労したもんだ。
「その試合さぁ、みき見に行ってもいい?」
「え!来れると?」
大きな試合になると両親が見に来てくれたりしていた。
けれどみきねぇはこれまで一度も来てくれた事がなかった。
試合が休みの日にある為、朝の弱いみきねぇが起きる時間にはもう試合は終わってるという話だったから。
そんなみきねぇがこんな事を言うのは初めてで。
驚くと同時に凄く嬉しかった。みきねぇが見に来てくれること。
「最後の試合くらいさ、見たいじゃーん?応援するからさー、絶対勝ってよねー」
「もちろん!」
「あいたたたたたた!」
また興奮して思いっきり押してしまった。
悪気は全くなかったのだけどさすがに二回目ともなるとみきねぇは
怒りながらも顔は笑っていて、「おりゃ!」と言いながられいなに飛び掛ってきた。
そんなに広くないソファで二人でぎゃあぎゃあと騒ぐ。
数分そんな事をした後、力尽きたみきねぇがれいなに覆いかぶさってきた。
- 30 名前:_ 投稿日:2007/03/04(日) 21:00
- 「…ちょっ…」
抱きついてくるみきねぇ。
れいなが下でみきねぇが上で。この前のさゆの時とは逆の位置だったけど。
ホントに体力がないのかはぁはぁ、と息を荒げてみきねぇは上に乗ったまま。
耳元にかかる息。
何考えてるんだ。みきねぇはお姉ちゃんなのに。
だけど血は繋がってない。
目が開けられなくてぎゅっと閉じてその時間を耐えた。
何秒、何十秒、何分。物凄く長い時間に感じた。
それでもみきねぇは起きなくてずっとそのままで。
「ちょ…みきねぇ…そろそろ…」
恐る恐る顔を覗き込むと「すーすー」と寝息を立てて寝ていた。
一気に脱力。そういえば酔っ払っていた事を思い出す。
はぁ〜、と今度は思いっきりため息をついた。
自分よりも大人な癖して子供にしか見えない。
時計の針が1時をさすのでさすがにこのままここでは眠れない。
起こすのも少し可哀想な気もしたがみきねぇの肩を叩いた。
- 31 名前:_ 投稿日:2007/03/04(日) 21:00
- 「みきねぇ、こんなとこで寝れん。ベット行って寝んと…」
「う、…んー…」
寝ぼけてるのかより一層れいなの首に回っている腕が強く締める。
引き寄せられてみきねぇとの顔の距離が近くなって思わずカーっと赤くなった。
「う…、み、みきねぇ…」
みきねぇはもぞもぞと少しだけ動いて。顔が。
ヤバイ、と思った時にはもう遅くて。
「んっ…」
くっついた。
唇が。
みきねぇとれいなの唇が。
何事もなかったかのようにむにゃむにゃとまた夢の世界へみきねぇは旅立っていった。
放心状態で一瞬固まったれいな。
- 32 名前:_ 投稿日:2007/03/04(日) 21:01
- 何?何が起こった?キスした?れいなとみきねぇが?
少しだけ残っていた冷静な気持ちを取り戻してそろりとみきねぇを起こさないようにソファから降りた。
ぺたりとその場に座り込む。頭の中は真っ白だったけど嫌な気分じゃなかった。
どきどきして胸が張り裂けそうだ。この気持ちって。
「……」
立ち上がってソファで眠るみきねぇを見下ろす。
冷静に考えてみればそうだ。
この人は今酔っ払ってる。だからこんな事きっと覚えてないだろう。
そう思ったらほっとした気持ちと寂しい気持ちが混ざった。
みきねぇの部屋に行き毛布だけを持ってきた。
それを掛けてあげてリビングの電気を消す。
「…おやすみ、みきねぇ…」
自分の部屋の扉を開けてゆっくりと閉めた。
「……や、ちゃん……」
リビングから何か聞こえたような気がしたけどもう確認しに行く気力がなかった。
- 33 名前:_ 投稿日:2007/03/04(日) 21:01
-
4.うさぎとカメ
- 34 名前:_ 投稿日:2007/03/04(日) 21:02
- 最近おかしい。おかしな出来事が続き始めてる。
さゆとはギクシャクしないように気を使ってる。
みきねぇともギクシャクしないように気を使ってる。
どこにいても気を使ってばかりで休まる時間がない。
みきねぇは結局キスの事なんてこれっぽっちも覚えていなくて、
次の朝「頭イテー」とか言いながら液体の胃薬を飲んでいた。
さゆがホントにれいなをどう思っているのかとか、
みきねぇがあの時の事を覚えているのかどうか、とか
聞きたくても聞けない事ばかりで消化不良が続いている。
れいなも胃薬でも飲めば楽になるのかな。
- 35 名前:_ 投稿日:2007/03/04(日) 21:02
- 唯一心が休まる時間といえば今のこの時間、部活のウォーミングアップ中くらいだろうか。
グラウンドのすぐ横には川が流れていて、その上の土手をひたすら走る。
さゆはマネージャーだから走らないし、部員も皆先に行った。
長距離は苦手だから苦痛でしかなかったのにいまや安らぎの時間になるとは。
ふと前を見ると先に行っていた部員が2、3人止まって誰かと話している。
誰だろう、と思いながらもゆっくりとれいなもそこへ近づいた。
「おー!れいな〜じゃーん」
「…あ、ガキさん!」
そこにいたのはバスケ部の元主将通称ガキさんの新垣里沙だった。
ガキさんは身長はれいなと変わらないくらい低かったのに、
その素早い動きと跳躍力で凄く活躍した人だった。さながらその動きは野を駆けるうさぎ。
部員をまとめるのも上手かったしれいなはガキさんを尊敬していた。
- 36 名前:_ 投稿日:2007/03/04(日) 21:02
- 「どーしたんですか?大学は?」
「大学生なんて学校があるようでないものなんだよれいな」
「いいですねぇー」
ポン、と肩に手を置くガキさんに懐かしさも重なってれいなは嬉しくなった。
ガキさんばかり見てたものだから隣の人に気がつくのも遅くて。
「ガキさんって意外と人気者だったんだぁ」
「そーだよ、カメと違って」
カメ、と呼ばれた女の人は頬を膨らませて「ガキさんのくせにぃー」ってポカポカ叩いてる。
この人は、一体。
「あ、れいな。紹介する、カメ、以上」
「以上って、全然紹介してないじゃん!えと、亀井絵里です」
にこっと笑って手を差し出す。何の事かと思って眉を寄せるといきなり手を掴んだ。
ぎょっとするのもつかの間、「握手だよ」って言いながらまた笑った。
にこっ、と言うよりふにゃ、だなと思った。
- 37 名前:_ 投稿日:2007/03/04(日) 21:03
- 「それで…これから二人で買い物とかですか?」
「なぁに言ってんのさ?れいなたちの引退試合に向けて喝を入れに来たの!」
「え、じゃぁ試合しましょ?久しぶりに。今ならガキさんといい勝負だと思うんですよ」
「何ぃ〜?偉そうな口きくのは何十年か早いよれいな?」
久しぶりのガキさんとの掛け合いが凄く楽しい。
さっきまでの暗い気持ちが吹っ飛んでいく。
でも、このふにゃふにゃ笑う女の子の存在が気になる。
好きとか、そう言うんじゃなくて。
どこかで見た事があるような気がしてならなかった。
その後、ガキさんも混ぜての試合はやはり現役には勝てずにガキさんは負けた。
お得意の素早さも鈍っていて心底悔しそうにそれでも楽しそうに笑っていた。
「はい、れいな」
座ってると目の前にタオルが差し出されて何気なくそれを手に取り汗を拭く。
「あぁ、ありがと……ございます」
乱暴に汗を拭いて、タオルを手渡そうと上を向くとタオルを渡してくれた人物は亀井絵里だった。
- 38 名前:_ 投稿日:2007/03/04(日) 21:04
- ガキさんと友達とは言えいきなり呼び捨てかよ、とか思ったけど
れいなの方が年下だし、れいなちゃんとか呼ばれても気持ち悪いので何も言わなかった。
「あのー」
間延びした声。なんていうか脱力系。決して癒し系じゃない、癒されない。
「…なんでしょうか?」
「あのねぇ、れいなって呼んでいい?」
「さっき呼んでたじゃないですか」
「うん、呼んだぁ」
またふにゃっと笑う。駄目だ、ペースがよくわからない。
立ったまま腰を曲げてれいなの顔を覗き込んでいたが、疲れたのか隣にちょこんと座った。
「れいな、って呼ぶから絵里って呼んでいいよ?」
「やけん、先輩やし」
ガキさんですらさん付けなのに。
あだ名だけど。
「じゃぁ先輩命令ねぇ」
うっ、とあごを引くと急にれいなの右手をえりは握った。
急な出来事で思わず振り払いたかったけどなぜか払えなかった。
- 39 名前:_ 投稿日:2007/03/04(日) 21:04
- 「手ぇ小さいね。ガキさんもそんなに大きくないけど」
「…そう、ですか」
「敬語も禁止ねぇ」
苦手なタイプが増えた。直感でそう思った。
逆らえない人だ。さゆとみきねぇとそしてえり。
「れいなの事はね、結構前から知っていたよ。知らなかっただろうけどえりも元はここの生徒だったから。
ガキさんとは同じクラスで仲が良かったからたまに部活も見に行ってたりしてたんだ」
それでか、と納得する。なんか見た事ある気がしてたのは実際見た事あったから。
でもれいなは部活の時は部活に集中してるからそんなに記憶がなかっただけで。
「れいなの事も見てたんだよ。
ちっちゃくてガキさんみたいに素早くてゴールの中にもぽんぽん入れてたよね」
「…そりゃどーも」
「ガキさんもさぁ普段はすっとぼけてるのに部活の時だけはキラキラしてたんだよねぇ」
「そうですか…」
- 40 名前:_ 投稿日:2007/03/04(日) 21:05
- てかこの人、さっきからガキさんの話しかしてなくないか。
「…一つ聞いてもよか?」
「なぁにぃ?」
のほほんとした返事をしながら自分の髪の毛を触るえり。
悪気も何も無くただ疑問に思ったことを聞いただけだったんだけど。
「えりってガキさんのこと好きなん?」
「うひゃああぁああああああ!」
驚いた様子で両手を使ってれいなの口をふさぐ。
口だけならまだしも鼻までふさぐもんだからもうすぐ死ねる。
ジタバタしてる最中視界にさゆの姿が映った。
悲しそうな表情が見えたのでれいなの胃はキリキリと痛んだ。
「声が大きいよ!れいな!ガキさんに聞こえたらどうするの!」
「…でも当たったとね?」
「…うん」
しめた。これで形勢逆転できる。コレをネタにえりを押せる。
- 41 名前:_ 投稿日:2007/03/04(日) 21:05
- 本人真剣なのにネタとか失礼な話だけど。
幸いガキさんは他の部員に囲まれておしゃべりに夢中だ。
こちらの会話なんて耳に入ることなど無いだろう。
「れいな、ガキさんとは一番仲の良かった後輩やけん色々知ってると。
うまくいくように手伝ってあげてもよかよ」
我ながら年上に言うセリフではないな、と思ったけど
それに対しての批判の声などは無く。
「ホント?!やったぁ、れいな大好きー!」
えりが大声を上げてれいなを抱きしめるものだから結局ガキさんにも気がつかれるわ、
注目されるわで無駄に目立ってしまった。
「アレー、急に仲良いねー」なんてガキさんは笑っていたけどなんか誤解された気がするよ、えり。
ふと気がつくと体育館入り口に立っていたはずのさゆの姿はそこにはなかった。
「ちょっと…出ます」
れいなが呟くとえりは「いってらっしゃーい」なんて言いながら笑っていた。
ノー天気そうな顔。悩みとかなさそうで羨ましいよ。
何も知らないれいなはさゆを追いかけた。
- 42 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/05(月) 00:53
- とても面白いです。
続き期待してます。
- 43 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/05(月) 20:28
- うーん、れいなが羨ましい・・・(笑
次も楽しみにしてます。
- 44 名前:_ 投稿日:2007/03/08(木) 22:49
- >>42
ありがとうございます。励みになります。
>>43
れいな自身は苦しんでたりするんですけどね。自分で書いてても思います。羨ましいです(笑)
- 45 名前:_ 投稿日:2007/03/08(木) 22:49
-
5.窮鼠ネコを噛む
- 46 名前:_ 投稿日:2007/03/08(木) 22:50
- 「さゆ」
静かに体育館から姿を消したさゆは外の水のみ場の横で座っていた。
呼びかけても返事は無く、そこから動こうともしない。
ただただぼんやりと、遠くを眺めているだけで。
視線の先にはテニス部の生徒やソフトボール部の生徒がいる。
でもきっとさゆはそんなのは見ちゃいないだろう。
その目は一体何を見ていて、何を考えているんだろう。
れいなの事?さゆの事?それともれいなと一緒に笑っていたえりの事?
どうしてこうなったのか。
仲のいい幼馴染は小さな頃からいつもれいなの世話を焼いては
「ホント、れーなってさゆみがいないとダメなんだから!」って
両手を腰に当てて呆れ顔で叱り付けてたのに。
勝手にお姉さんぶって、勝手に世話焼いて呆れて、勝手にれいなの事好きになった。
れいなにとっては口うるさい幼馴染なだけだったのに、
勝手にさゆはれいなを自分の好きな人にした。
そんなの、れいなには関係ない。
- 47 名前:_ 投稿日:2007/03/08(木) 22:51
- 近づいて隣に座ろうとしたら急に立ち上がって明らかにれいなから逃げようとした。
逃げられるとは思っていたけどいざ目の前でその行動をされるとムッとしてしまう。
「待ってって」
逃げるさゆの左手を掴む。
さゆは振り払ったりとかはしないで次に出てくるれいなの言葉を待ってるかのようだった。
とはいえ、さゆの幼馴染なだけの感情以外なものを知ってしまった今どう声をかけていいのか分からない。
自惚れている発言かもしれないが、さゆは明らかにれいなとえりが仲良くしているのを見て
嫉妬して出て行ったことくらいれいなにもわかっていたからだ。
でも、出来ればわかりたくなかった。
「…特に用が無いならさゆみは戻るの…」
居たたまれなくなったのかさゆは今にも消えそうな声で呟いた。
掴んでる手も震えてる。こんな弱いさゆを見るのは初めての出来事だった。
いつも変に自信があって、変に得意げで。
- 48 名前:_ 投稿日:2007/03/08(木) 22:52
- 昔二人でこっそり秘密基地にしていた廃屋で捨てられていた子猫を飼った事があった。
生まれながらのものなのか、それとも弱っていたのかすぐにその猫が死んでしまった時も
泣きじゃくるれいなの隣で唇をかみ締めながられいなの頭を撫でて必死に泣き止まそうとしていたさゆが。
今その時と同じ顔をしてる。泣くのを一生懸命耐えている。
れいなが、泣かせてる。
「こういうのれいな嫌いやけん、…前みたいなさゆに戻ってほしか」
ただ無邪気に手をつないで出かけたり、遊んだり。
さゆの事は嫌いじゃない。好きだ。でもきっとそれはさゆが考えている好きとはきっと違う。
急に掴んでいた手を振り払われた。驚いてさゆを見ると涙を浮かべながらも無理やり笑っていた。
悲しければ笑わなきゃいいのに、何で無理するんだろう。
いや、無理させてるのはれいなのせいなんだ。
「前みたいとか、もう無理に決まってるじゃん……。
さゆみはれーなの事が好きなの、昔からずっと。
れーなだって気がついてたはずなのに、ひどいよそんな事言うの…」
「さゆ…」
ぽたり、と一つ地面が濡れる。
- 49 名前:_ 投稿日:2007/03/08(木) 22:52
- こんな時どうすればいいんだ?
泣いてるれいなをさゆはいつも慰めてくれていたけど、
れいなは泣いてるさゆを見るのなんて初めてに等しくて。
動揺する。今すぐここから逃げ出したい。
そんな事が出来るわけがないけれど。
「れーながさゆみの事好きじゃなくてもさゆみはれーなの事好きだから。
…こういうさゆみが嫌いなら突き放してくれても、構わないよ。
それでも、捕まえる自信は、…あるし」
一言一言やっと吐き出すように言葉を出すさゆに何も言葉が見つからない。
自分の気持ちなんて今これから先どうなるかなんてれいなだってわからない。
もしかしたら気が変わってさゆの事好きになるかもしれない。
好きにならないかもしれない。
- 50 名前:_ 投稿日:2007/03/08(木) 22:52
- でも考えが鈍るのは。
ただ思い出すのはあの夜触れたみきねぇの唇だった。
あの日かられいなが見るみきねぇの姿は変わって見えた。
多分れいなはあの日好きになったんだ。
姉の藤本美貴じゃなくて、他人の藤本美貴を。
「こういう時いつもれーなは何も喋らなくなるからズルイよね」
涙は気がつくともうなかった。
呆れたように笑ってゆっくりとれいなを見据える。
その表情が艶やかでとても同じ歳だとは思えないくらいで。
「ね?れーなはさゆみの事好き?」
「…そりゃばり好いとぅ。…でも多分さゆが思ってるのとは違う気がする」
「…ふむ」
れいなの言葉にさゆは納得したようなポーズを取って少し笑う。
- 51 名前:_ 投稿日:2007/03/08(木) 22:53
- 「いいもん、とりあえず」
今度はさゆがれいなの手を掴む。
よろけるれいなを受け止めてそして引き寄せる。
さゆの両手がれいなの頬を包む。
その短い時間に何かを考える事や何かを言う事など言葉が見つからず。
「え……、んっ…」
軽く唇に触れたさゆの唇。
「これから本気でれいなをさゆみのものにする!宣戦布告って事で」
にこっと笑顔で強がって言いながらもさゆの顔はトマトみたいに赤くて。
呆然と立ち尽くしてるれいなを置いて体育館へと入っていった。
さっきまで泣いていたくせに何でこうも変わるんだろう。
みんなそうだ。
誰一人れいなの気持ちなんて考えていない。
みんな自分に素直に思ったまま行動をする。
れいながどれだけ悩んでるかとか、お構い無しだ。
激しく揺さぶられた心と同じくれいなの胃はまたキリキリと痛み出した。
- 52 名前:_ 投稿日:2007/03/08(木) 22:53
-
6.偽者の好きな人
- 53 名前:_ 投稿日:2007/03/08(木) 22:54
- 「…よし、準備おっけ」
スポーツバックを担いで時計を見る。
少し早く起きすぎたか集合の時間よりも全然前に支度が終わった。
ちょっとはりきりすぎたか。バックを投げ捨てソファに腰をかけてテレビをつけ早朝のニュースを見る。
最近引退試合前という事もあって部活をする時間が長かった。
必然的に学校から帰ったらすぐに眠る生活が続いていたので
みきねぇとも最近じっくり会って話をしたりというのも無かった。
れいなにとってそれは都合が良かった。
会いたくない訳ではなかったが会ったら自分がみきねぇを意識して変になるのを知っていたから。
それとさゆとの関係も重なって心身ともに少し疲れていた。
眠ることで考えなくても済むから極力早く眠りたかった。
みきねぇとリビングで会っても疲れたから先に寝る、と言えば「うぃー」なんて言葉が来るだけで
特に追求されなかったからそれもありがたかった。
- 54 名前:_ 投稿日:2007/03/08(木) 22:54
- 「はぁ…」
「何?緊張?」
カタン、という音とともにみきねぇが部屋から出てきた。
ボサボサ頭に眠そうな顔。すぐに大あくびまで追加された。
こんな時間に起きてきたのは何年ぶりに見ただろうか。
見に行くという約束を守るため早めに起きてきたんだろう。
「お、おはよ」
「おはよ〜。ねみぃー…。可愛い妹の為に早起きしたんだから勝ってよね?」
「…もちろんやけん、ちゃんと応援しとぉよ?」
みきねぇはニカッと笑って親指を立てた。
なんだろう、みきねぇの笑顔なんて見飽きるほど見てきたのに。
なんだろう、この感じは。この気持ちが好きって事なんだろうか。
わからない。れいなはみきねぇが好きだけどさゆも好きで、先輩のガキさんも好きだし
まだよくわからないけどきっとえりも好きだ。それとは違うのかな。
- 55 名前:_ 投稿日:2007/03/08(木) 22:54
- 「眉間に皺」
はっと気がつくとすぐ目の前にみきねぇが顔を覗き込んでくる。
れいなの眉間に人差し指を当てて。
ぼうっと視線を落とすとみきねぇの唇。瞬間フラッシュバックする。
この唇とキスをした。顔が熱くなる、きっとそのうち赤くもなる。
「最後の試合、やけん、いろいろ、あると」
言葉を一つ一つ区切りながら不自然にならない様にみきねぇから顔を逸らした。
一瞬口を曲げたみきねぇだったけど、すぐに呆れた笑顔になってれいなの頭を撫でた。
「れいなは悩み事があるとすぐに顔に出るから、溜める前に吐き出してよね?
普段はズバズバ言うくせに大事なとこでは溜め込む癖、…ホント似てるよ」
「…誰に」
「みきに、に決まってんでしょ。キョーダイなんだから、さ」
よく言う。
血が繋がってない癖に。子供をあやすように頭を撫でる所、今までは大好きだったけど。
今日は、少し不快だった。
- 56 名前:_ 投稿日:2007/03/08(木) 22:55
-
- 57 名前:_ 投稿日:2007/03/08(木) 22:55
- 試合会場に着くと相手チームのメンバーがウォーミングアップをしてるのが見える。
れいなの仲間達もそれぞれ柔軟運動などしていた。
早く起きたのに何故か足が重くて思うように歩けなかったから。
体が疲れているのもある、何より心が疲れてるんだろう。
そんな事自分が良く知っている。急に笑えてきた。
高校最後の試合なのになんだろう、このやる気のなさは。
「れーな!おはよう!」
元気な声と共に後ろから思いっきり背中を叩かれて顔を歪める。
今のれいなの悩みの種その1だ。
「おはよ、さゆ」
「…元気ないね。顔も疲れてる」
笑顔はすぐに消えた。というよりれいなが消した、と言った方が正しいのだろうか。
- 58 名前:_ 投稿日:2007/03/08(木) 22:55
- 「そんな事なか、最近今日の為に練習頑張りすぎたから。
張り切りすぎて本番ダメとか元も子もなかとね」
ハハ、と笑ってみたもののさゆは笑わない。
自分の事を良く知ってるからこそ扱いづらくて仕方がない。
ハハハ、とまた笑いながら視線を下げるとさゆに頬を両手で包み込まれた。
「これはれーなだけの試合じゃないの、みんなの試合なの。
さゆみは試合に出ないけど一緒に戦ってるの」
「…わかってる、そんな事」
「…今だけ、れーなの事大好きな事忘れてあげる。前のさゆみに戻ってあげる。
だから勝って欲しいの。みんなが笑えるように」
また勝手な事を。
そう思いながらも周りを見ると最後の大会をみんな頑張ろうと気迫を見せるチームメイトたち。
頑張ってください、と応援する後輩たち。
- 59 名前:_ 投稿日:2007/03/08(木) 22:56
- ああ。みきねぇやさゆを自分勝手だと責める権利などれいなにはなかったんだ。
このやる気のあるチームメイトから見ればれいなも自分自身の事しか考えてない自分勝手な人間だから。
「さゆ」
「…うん?」
「一発景気良く平手よろしく」
「…へ?」
「いいから」
歯を食いしばり右頬をさゆに向ける。
これは特に珍しい事ではなく、昔から何かにひるんで立ちすくむれいなを奮い立たせる
いわゆる儀式なのだ。
れいなの事をずっと好きだったさゆは一体どういう気持ちでこれをしてきたかはわからないが
今の自分に足りない物を足してくれるのは今だとさゆしかいなかった。
パァン、と気持ちのいい音が響く。
周りは驚き、心配して駆け寄ってくる。
それになんでもない、と手を振って笑うと隣のさゆも笑った。
さて、試合はこれからだ。
- 60 名前:_ 投稿日:2007/03/08(木) 22:56
- 選手が呼ばれてジャージを脱ぎ捨てユニフォームになる。
自分の位置について大きく息を吸って吐く。
大丈夫、落ち着いている。やる気は回復した。
れいなも単純だ。こんな所は姉に似ているだろうか。
ふと、観客席を見上げるとガキさんとえりがこちらに手を振っていた。
それに向かって手を上げるとガキさんは「行っけー!」と叫びながら何回も繰り返し殴るようなポーズをした。
えりはそんなガキさんを見つつ両手でメガホンを作り「頑張れー!」と叫んだ。
でもみきねぇがいなかった。
そこで一瞬心が揺らいだがチラリと視線をさゆに向けると不思議と落ち着いた。
心を揺さぶったり落ち着かせたり、大したもんだよ、さゆ。
ピッと短く笛がなる。
後は周りの音など聞こえなかった。
- 61 名前:_ 投稿日:2007/03/08(木) 22:56
- 試合はれいなたちがリードしている。
割と大差がついてるしこのまま普通に行けば楽に勝てるだろう。
そんな余裕が甘かった。
ガキさんとえりは来ていた。それは確認している。
でもみきねぇはまだ確認していない。そんな事が頭の中をよぎり視線を上に向けた。
ヒートアップしてる観衆の中、れいなは見つけた。
みきねぇ。
そして、隣にいる可愛い女の人は誰。
「れいなっ!!」
気がつくのが遅かった。
仲間の放った鋭いパスは試合中あらぬ所を見ていたれいなの頭に鈍い音と共にぶつかった。
それからの意識はない。
- 62 名前:_ 投稿日:2007/03/08(木) 22:57
-
- 63 名前:_ 投稿日:2007/03/08(木) 22:57
- 起きたらベットの上だった。
真っ白な天井と視界の脇に入る白いカーテン。
頭の下に敷かれたアイスノンがやけに冷たく感じた。
「…起きた…?」
そこにいたのはさゆだった。
ぼんやりとそれを見据えるとさゆはれいなの手を握った。
「…試合は…」
「…勝ったよ。れーなが運ばれてからも、みんなが守ってね」
「そっか…」
役立たずだな。次の試合には出られないな。当たり前か。
窓から風が吹いてカーテンを揺らす。心地いい、なんて言ったらチームメイトに怒られるだろうな。
「あのね」
さゆが握っていた手を離してれいなをまっすぐ見つめる。
いつもはすぐに逸らしてしまうけどぼうっとしていたせいかそのままさゆの目を見つめていた。
- 64 名前:_ 投稿日:2007/03/08(木) 22:57
- 「れーなが倒れた後、観客席から物凄く血相を変えた人が降りてきたの。
れいな、れいなって何回も呼んで。脳震盪起こしてるからタンカで運ぼうって係りの人が言ってたのに
自分が運ぶ、って聞かないで抱きかかえてここに来たんだよ」
「……誰…」
「…藤本さん。れーなのお姉ちゃんなんだよね。
話は聞いてたけど一回も会った事なかったから誰だかわからなかった」
確かにみきねぇの事は新しい姉が出来た、としかさゆには伝えていなかった。
逆にみきねぇには幼馴染だよ、とさゆの写真しか見せた事はない。
二人とも今回が初対面だった。
「…藤本さん、れーなの姿見て凄く動揺しててね。隣で必死に彼女さんが落ち着かせていたけど…」
ああ。やはり。一目見ただけなのに直感が鋭い自分に拍手を送りたい。
あの時チラッと見えたみきねぇ。いつもはスポーツ観戦してたって全然熱くならないくせに
腕を振り上げて応援して。その横で呆れたような顔をしながらみきねぇを穏やかな表情で見ていた人。
- 65 名前:_ 投稿日:2007/03/08(木) 22:58
- 「…さゆ」
「ん…?」
「れいな、みきねぇの事ばり好いとぉ」
真面目な顔で言ったらさゆの表情が固まるのがわかった。
「今も好きだけど、好きだったのかな」
自分はいかに単細胞だったかがよくわかる。
たった1回キスしただけで、しかも相手はしたかしないかさえわからなかったのに
勝手にどきどきして好きになって失恋した。
失恋と呼ぶのも、本気で恋をしている人にとっては失礼な話かもしれない。
さゆは下唇を噛んで黙っている。何か言葉を探しているのだろうか。
これは失恋とは言わない。これは恋ではない。
だって泣きたいほどの気持ちはない。だって悩みの種その2が消えただけの話だから。
これはきっと喜ぶべき事。
- 66 名前:_ 投稿日:2007/03/08(木) 22:58
- 「れいな!!」
大声と共にシャッとカーテンが開く。随分乱暴に開けるもんだから布が切れるかと思った。
走ってきたのか肩で呼吸するみきねぇとその後ろで同じく肩で呼吸するみきねぇの恋人。
自分が運んで来たと言うのにどこに言ってたのだろう、ぼんやり思う。
「れいなのバカっ!!何してんだよ!!心配させるんじゃねーよ!!」
いつも怖い顔がもっと怖い顔になって怒ってる。
でも乱暴な言葉にれいなは愛を感じた。
だってこれは怒ってるけど心配してるから。
急におかしくなって笑うとがくっと力が抜けたようにみきねぇは座り込んだ。
自然に後ろにいたみきねぇの恋人と目が合う。
戸惑った表情のみきねぇの恋人に出来る限りの笑顔を向ける。
「…初めまして、みきねぇの妹のれいなです。みきねぇの事よろしくお願いします」
「はぁ?」と今にも言いそうな表情でれいなを見上げてくるみきねぇ。
もう呆れた、って感じがありありと出てる。
さゆも何が起こったかわからないような顔をしてる。
- 67 名前:_ 投稿日:2007/03/08(木) 22:58
- さよなら、れいなを惑わしたみきねぇ。
これからはアンタには負けないから。
みきねぇの恋人はれいなの言葉に目を丸くした後、優しく笑った。
「初めまして、れいなちゃん。みきたんの恋人の松浦亜弥です」
みきねぇの恋人が返した台詞。
とりあえずみきたんって呼ばれてる事に笑っちゃうよ。
笑いすぎて、涙が止まらなかった。
- 68 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/09(金) 02:00
- この話、すごく好きです。
この先どうなっていくのか楽しみです。
- 69 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/09(金) 22:53
- 更新お疲れ様です。
超面白いです(*´Д`)
次も楽しみにしてます。
- 70 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/11(日) 23:28
- 凄い素敵なお話ですね
これかられいなちゃんがどうなるのか凄い楽しみです
- 71 名前:_ 投稿日:2007/03/11(日) 23:59
- >>68
好きになってもらえて嬉しいです。意欲が沸きます。
>>69
超面白いだなんて言って貰えるなんて(*´Д`)
>>70
凄い凄い言われると恥ずかしいです(;´Д`)
今回はちょっと変わった話です。
- 72 名前:_ 投稿日:2007/03/12(月) 00:00
-
side:彼女の理由
- 73 名前:_ 投稿日:2007/03/12(月) 00:00
- 藤本美貴、20歳。短大を卒業して社会人1年生。
ごくごく普通のOL。
それがいっぺんにがらりと変わるとは夢にも思っていなかった。
まさにそれは青天の霹靂。
テレビを見ながら母親と二人でご飯を食べてる最中だった。
突然「美貴」と呼ばれたので、大好きな焼肉を頬張りながらも視線を移すと
少しもじもじしたようなしぐさを見せた後、「お母さん実は再婚するの」と言った。
「そうなんだ」
ふーん、へぇ、再婚ね、再婚かー。
もぐもぐと肉を噛み締めながら言われた言葉を反芻する。
え、今なんつった?
「…ってハァ!?再婚?」
驚いて肉が喉に詰まったのでドンドンと胸板を叩いた。胸がイテェ。
おかーさんはそんな美貴を見て心配する様子もなく普通に水を手渡した。
あ、ありがとうさすが気が利くね、ってそうじゃなくて。
- 74 名前:_ 投稿日:2007/03/12(月) 00:01
- 「でね、向こうの人にも子供がいるの。れいなちゃんって言ってね、高校一年生。
お母さん1回見たけどとっても可愛い子だったのよ?美貴に妹が出来るわね」
「ちょ…いきなり…妹…ねぇ…」
別に再婚に反対なわけじゃない。
おかーさんは見た目もまだまだ全然いけると思うしこのまま一人って言うのも、と思っていたから。
もう思春期のオコサマの時代なんて通り過ぎたし、美貴だって結婚しようと思えば出来る歳だし。
いや、別にしないけどさ。相手もいないし。
でも高校1年って言ったら思春期真っ盛りの気がするんだけど
そのれいなって子は大丈夫なんだろうか。反対とかしてないのだろうか。
「それでね、来週の日曜日夜にお食事会でも、って誘われてるの。
当然美貴も一緒なんだから覚えておいてね?遊びに行っちゃダメだからね?」
「ハイハイ、まぁ唐突でイマイチ掴めないけど良かったね、おかーさん」
一応祝いの言葉をかけると嬉しそうに「ありがとう」と言った。
- 75 名前:_ 投稿日:2007/03/12(月) 00:01
- そっか、父親は小さい頃亡くなったから父の記憶などほとんどないけど
いきなり父が出来て妹まで出来るのか。美貴の暮らし急展開じゃね?
あの場では余計な心配をかけたくないから平然としたフリをしていたけれど
少しは複雑な心境でもあるので話を聞いてもらおうと明日会わないか、と
部屋に戻った後高校の時からの友人にメールを打つと速攻でOKと返事が届いた。
さすが暇人だな、と呼び出しておいて思った。
- 76 名前:_ 投稿日:2007/03/12(月) 00:01
-
- 77 名前:_ 投稿日:2007/03/12(月) 00:02
- 「ホントー?ミキティおめでとう!イェイ!」
「いや、よっちゃんちゃんと話聞いてた?別に美貴はおめでたくないから」
造りがおしゃれな居酒屋でウーロンハイを飲みながら話を持ちかけると
すでに強い酒を何杯も飲んでるせいで酔ってるのか上機嫌で答えてくれた。
目の前で枝豆片手に飲んでいる見た目美人なのに中身オッサンは吉澤ひとみ。
高校の時に入っていたフットサル部で一緒に汗を流した年下だけど親友だ。
美貴は短大に入ってからフットサルは辞めてしまったけど、
よっちゃんは大学に入ってからもキャプテンとして相変わらず続けている。
当時3年が引退して美貴は2年よっちゃんが1年の頃、キャプテンを決めなくてはいけなかった時
まとめるのがめんどくさい美貴なのにいろんな人に「美貴がなればいい」とキャプテンに推薦された。
それを右から左へと華麗に受け流し1年のよっちゃんを無理矢理キャプテンにさせたので
それからよっちゃんは引退するまでずっとキャプテンだった。
- 78 名前:_ 投稿日:2007/03/12(月) 00:04
- その時は散々文句も言われたが最終的には気に入ってたようなので美貴の読みは当たっていたと言う事になる。
まぁ何も読んじゃいなかったけど。
「で?妹ちゃんできるんだっけ?名前は?」
「れいなちゃんだって、まだ全然見てないけどね。楽しみでもあり複雑でもある心境なんだよ」
「はー、ミキティに妹ねぇ。面倒見すげぇ悪いのにねぇ」
「だよねぇー、ってオイ。美貴だって頑張れば妹の一人や二人」
「や、意味わっかんねぇ。妹増やすなよ」
ゲラゲラ笑ってよっちゃんは今度はチューハイを飲む。
酒は割と強い方なのは知ってたけど今日はやけに飲むなぁ、とか思ったけど
「妹記念で祝杯」とかワケワカラン事言いながら飲んでるので放っておいた。
- 79 名前:_ 投稿日:2007/03/12(月) 00:04
- 「でもさー、どうすんの?」
「何が?」
「だっておかーさん再婚だけど新婚なわけでしょー?それなのに一緒に住んじゃうの?
もう成人してるくせにおじゃま虫じゃん。嫌だねまったくスネっかじりは」
「ほっとけ!…でもソコ美貴も気になってたんだよねー。やっぱ家出た方が良いかなって」
「ミキティが一人暮らししてくれたらそこで飲めるし泊まれるから便利なんだよねぇ」
「それを期待かよ」
よっちゃんらしいな、と苦笑いを浮かべると「いや、マジで」と急に真面目な顔になっちゃって。
まぁ理由はわかる。よっちゃんは大学まで結構距離のある所に住んでるくせに
一人暮らしもせずに自宅から通学しているから。
美貴が一人暮らしなんかしたら多分事あるごとに美貴の家に泊まる魂胆だ。
よっちゃんが一人暮らしをしない理由は本人曰く「箱入り娘だから」と言うが多分理由は違う。
- 80 名前:_ 投稿日:2007/03/12(月) 00:05
- 「よっちゃんこそ一人暮らしすればいいのに。
まぁ押しかけ女房が来るだろうからウザイってのもわからんでもないけどさ。
多分流れで一緒に住むんだろうし、部屋中ピンクにされちゃ落ち着かないもんね」
「人の彼女に向かって酷いコトバだな〜」
「でもそれが一人暮らししない理由でしょ?」
「…む……」
よっちゃんの彼女は石川梨華。梨華ちゃんは美貴と高校が一緒で元同級生で友達。
そして今はよっちゃんの通う大学の4年生だ。
悪い子ではないのだが動きやその他もろもろがウザイ。
ツッコミ派の美貴としては常につっこまないといけないので一緒にいると疲れるのだ。
でもいつも本人は一生懸命だし真面目だしそのあたりは美貴は好きだったりする。
- 81 名前:_ 投稿日:2007/03/12(月) 00:05
- 「かーわいそ、梨華ちゃん。よっちゃんに避けられちゃって」
「…ストップ。今はミキティの話だろー」
ぶーぶーと口を尖らせて反論をするも結構酔ってるのかゆらゆらと揺れている。
こりゃ押しかけ女房に迎えに来てもらわないとだな、なんて思ってると
よっちゃんはコップに半分くらい残ってるチューハイを一気に飲み干した。
「なーんか今日飲みすぎじゃね?なんかあった?」
「…女房とコレしましてぇー」
コレ、と言いながら人差し指でバツ印を作って交互に動かす。
オマエ、本当はサラリーマンかなんかだろ。
「喧嘩?最近なかったのに久しぶりじゃん。温和なよっちゃん激怒?」
「ううん、ヒステリックな妻大激怒」
「また浮気か」
「人聞き悪いなー…。ただ今日試合した相手チームを応援しに来た子の中に可愛い子がいたから
メールアドレスを聞いただけだよーん。あ、シャメもあるけど見る?見る?」
「相変わらず懲りないねぇ」
- 82 名前:_ 投稿日:2007/03/12(月) 00:05
- 付き合い始めてからもこんな喧嘩しょっちゅう見てきたけど
いつもいつのまにか仲良くなってるから二人の仲の心配なんてこれっぽっちもしないけどさ。
ただ言いたい事はさ、長引くのだけはやめてよねホント。
喧嘩が長引いた時、梨華ちゃんから愚痴の電話を3時間付き合った美貴の身にもなって欲しいものだ。
愚痴から始まってそして号泣と思えばまた怒りのエンドレス。
あの時はよく美貴も話を聞いてあげてたよ。
「ホレ、かわいいべ?うっかりこのシャメ梨華ちゃんに見られちゃってもう大変でさー」
「どれ…」
差し出す携帯を手に取ると確かに可愛い子がよっちゃんに肩組まれてピースしながら笑ってる。
やや遠慮がちの困ったような笑みとバカの満面の笑み。
物凄い密着度。これ梨華ちゃんが見たら確実に頭に角生えるだろ。
「松浦亜弥ちゃんって言うんだ。あやや可愛いよあやや」
「あややねぇ…」
もう一度シャメを見る。
確かに可愛いと思うけど見た感じよっちゃんのタイプじゃないから梨華ちゃんもいちいち妬かなきゃいいのに。
ほんとめんどくさいなこのバカップル。
- 83 名前:_ 投稿日:2007/03/12(月) 00:06
- 「あ、そだ!あややにシャメ送ろう〜。ミキティ、こっちきてこっち」
「…ハイハイ」
自分の隣の席をバンバン叩いて美貴を呼ぶよっちゃん。マジで迷惑な酔っ払いだ。
嫌々隣に座ると見せてもらったシャメと同じような感じで肩を組んで
よっちゃんは「ハイ、バター」なんて寒い事言いながらシャッターを切った。
「はい、そーしん」
「勝手に美貴まで入ってる写真を送るあたり意味不明だよね。
そのあややが見たら誰コレ、ってなるじゃんよ」
「まぁソコは若気の至りですよ」
「意味わかんね」
美貴は自分の席に戻りウーロンハイ飲み干す。
てか別に普通に飲みに来たわけじゃなくてこれからの事の話を聞いて欲しかったのに
もう話をするとか聞くとか無理っぽそうだ。
目の前のよっちゃんはもはや泥酔だし、美貴もちょっと酔いが回ってきた。
まぁいっか。新しい家族ともなんとかなるだろ。
- 84 名前:_ 投稿日:2007/03/12(月) 00:06
- その後も適当に飲んだり食べたりして自分が泥酔してしまう前に女房を携帯で
呼び出すと呆れた顔をしながらも「あたしがいないとダメなんだから」と笑顔で言いながら
よっちゃんを担いで自分の車に押し込んで帰っていった。
女房ワイルドだな、と思いながらもお幸せにと思いながら消える車に手を振った。
- 85 名前:_ 投稿日:2007/03/12(月) 00:06
-
- 86 名前:_ 投稿日:2007/03/12(月) 00:07
- 新しく家族になる二人に会う日曜日が来た。
緊張は特にしない方だけどなんとなくそわそわする。
だってこれから一緒に住むんじゃん?おとーさんと妹ちゃんじゃん?
妹ちゃんっておかしいか。なんて呼べばいいんだろ?
れいなちゃん?れいな?あーもう、こんな事考えるの面倒くさいな。
「美貴、そろそろ行くから戸締りして」
「はーい」
今日は少々お高いおフランス料理を食べに行くらしい。
顔合わせくらいなら美貴は焼肉が良かった。
ちょっとしかない物をちまちま出されても食べた気がしないし
ただでさえ落ち着かないのに余計落ち着かない。
まぁ主役は美貴ではないから文句は心の中だけにしておくけど。
予定の時間にお店に着くと想像してたよりもいいお店で外観を見ただけで肩がこった。
居酒屋とかの方が絶対くだけた話が出来ると思うんだけどね。
そんな事言わないけどさ。
- 87 名前:_ 投稿日:2007/03/12(月) 00:07
- 店に入ると先方はすでに来ていたようでちょうど視界に入った男の人がこちらを見て手を上げた。
あれがおとーさんか。かっこいいと言うタイプではないけどいい人そうな人だ。
でも美貴はおとーさんよりも妹ちゃんが気になった。
が、観葉植物が邪魔で人が座ってるのは見えるが顔は見えない。
内心ちょっとドキドキしながら席に近づくと顔が見えた。
あれ、なんか。
「初めまして、美貴ちゃん」
温和そうなおとーさんが立ち上がると慌てたように女の子も立ち上がった。
ガタガタと派手に音がなったのでそれにも自分で驚きながら。
おとーさんに注意されながら恥ずかしそうに口を開けた。
「た、田中れいなです、よろしくお願いします!」
第一印象はちっこい。美貴も大きい方じゃないが。あとなんかひっかかる。
見た目ちょっとキツそうででも笑った顔なんか愛嬌があったりして。
なんか誰かっぽくない?
- 88 名前:_ 投稿日:2007/03/12(月) 00:07
- てか、待って。
「…田中?」
美貴が呟くとおかーさんが「そうよ、田中さん」と言った。
てことは、美貴は田中美貴になるわけ?
全国の田中さんには申し訳ないけど凄い平凡な感じじゃない?田中って。
美貴、藤本がいいんだけど。何とかして藤本のままで行けないかな。
拒否したら行けるかな。そうだ、会社とかいろいろあるし今更名字変わってもって事で。
頭でごちゃごちゃいろいろ考えていると目の前では勝手に話が進められていた。
楽しそうなおかーさんとおとーさん。まぁ主役は二人だし美貴は別に反対も何もしてないから気にしないけど。
ちらっと妹ちゃんを見るとなんとなく馴染めていないようで不安そうにあたりを見回していた。
まぁそりゃそうだよね。いきなり「おかーさんよー」なんて高校1年生じゃ馴染めないよな。
しかも成人した姉ももれなくついてきます、みたいな。
- 89 名前:_ 投稿日:2007/03/12(月) 00:08
- ふと窓の外を見ると綺麗な庭があって、お客と思われる人が何人かそこにいる。
多分開放してあって外に出ても良かったりするんだろう。
後で出てみようか、と美味しいフルコースを食べながらぼんやりと思った。
再婚話は特に誰の反対意見も出ないので着々と進んでいるようだ。
食べてる最中におとーさんに「美貴ちゃん、これも美味しいよ」と勧められた。
これまた高そうな料理ですね、なんて言いながら食べる。
おとーさんとの会話も美貴は特にギクシャクもしない。
会社の上司とも何回か飲みに行った事あるしこういうのは慣れてる。
慣れすぎてて怖いな、と言われた事もある。悲しいけど。
だけど妹ちゃんは慣れないみたいでおかーさんに話し掛けられても恥ずかしそうに笑って何度も
「ありがとうございます」と言いながら頷くだけだった。
美貴、面倒見良くないけどこのままだとおかーさんが落ち込みそうな気がしたので
ゆっくりと席を立った。
- 90 名前:_ 投稿日:2007/03/12(月) 00:09
- 「ちょっと外出れるみたいだし見てくる。一緒に行く?」
視線を向けて様子を伺うと妹ちゃんは驚いていたけれど少し緊張がほぐれた感じで「はい!」と返事をした。
いいね、初々しいね。どこかのオッサンもこの感じを見習った方がいいかもね。
おとーさんとおかーさんは笑顔で手を振って美貴たちを見送った。
小さな池に赤い鯉と白い鯉。
おフランス料理の店なのに鯉かよ。鯉って日本の魚じゃないの?
あぁ、もうこのツッコミ体質とまんないな。
1歩2歩と大またで歩くとちょこちょこと後ろから妹ちゃんはついてくる。
二人きりになった所で話も何もないんだが。早まったか、美貴。
「あそこ座ろ」
丁度落ち着けそうな椅子がある。
妹ちゃんは「はい」と返事をするとやっぱりちょこちょことついてきた。
- 91 名前:_ 投稿日:2007/03/12(月) 00:09
- この子、今日単語でしか喋ってないな。まぁ無理もないか。
ストン、と座ると同じように隣に座った。しかし若干距離がある。
夜の風は少し寒いけど今日は晴れたから星が良く見える。綺麗な場所だ。
でも本当は焼肉が良かったけど。
「あの…」
お、口が開いた。
「あの…その…ですね、えと…」
なんかもごもごしてる。さては言いにくい事か。
実は再婚反対してるんです、とかそういう事か。その確率は低くはないな。
そんな事言われても美貴にはどうする事もできないんだけど。
まいったな、なんか上手い事考えないと。
- 92 名前:_ 投稿日:2007/03/12(月) 00:09
- 「どうかしたの?」
「いえ…あの……みきねぇって呼んでもいいですか…?」
は?
思いがけない言葉に目が丸くなる。
再婚に反対してるんです、とか全然そういう事じゃなくてこの子はもう家族になる事を前提としていて
美貴をどう呼べばいいのか悩んでいただけだった。しかもどう呼ぶか悩んだ結果でたのが「みきねぇ」。
普通お姉ちゃんとかじゃないの?いきなりみきねぇ?ていうかどっからみきねぇ?
急におかしくなって思わず噴出してしまった。
すると目の前で少し不安そうな顔になったので慌てて手を振って美貴も密かに悩んでいた呼び方で呼ぶ。
「いーよ、れいな」
美貴が笑って言うと嬉しそうにれいなも笑った。
なんだ、この子かわいーじゃん。なんかあれだちょっと似てるんだ。美貴と。
見た目もそうなんだけど中身も多分。
まぁそれはこれからわかってくるだろうけど。
- 93 名前:_ 投稿日:2007/03/12(月) 00:10
- この呼び名で呼んですっかり慣れたのかれいなはよく喋ってくれた。
実は新しい家族が出来るのが凄く嬉しくて緊張して眠れなかった、とか
お母さんが優しそうな人だったので良かったんだけど照れて顔が見れないとか。
あと、姉ができる事を凄く楽しみにしてた、とか。
れいなと喋りながらふと店の中を見ると心配そうな顔でおかーさんが見ていたので
とりあえず笑ってウインクしたらおかーさんもほっとしたようにおとーさんと笑いあっていた。
一通り話した後外も寒いので店の中に入ると新しい家がどうとか部屋がどうとか言う所まで話が進んでいて。
言うのどうしようかと思ったけどおかーさんとおとーさんの話を割った。
「考えてたんだけど、二人は再婚同士だけど新婚なワケでしょ。そんな中美貴は邪魔な気がするんだよね。
だから一人暮らしを考えてるんだけどダメかなぁ?美貴ももう働いてるしさ」
美貴の言葉に一番驚いていたのはおかーさんだった。
- 94 名前:_ 投稿日:2007/03/12(月) 00:10
- 「何言ってんの?折角家族が増えるのにばらばらで暮らすことないでしょ?」
「そうだよ、美貴ちゃん」
お次はおとーさん。
おかーさんとおとーさんは同じ気持ちのようだ。
「それでもいいんだけどそれとは関係なくちょっと一人暮らしがしてみたいってのがあるんだよね。
一回くらい経験しておきたいじゃん?別に家に帰らないわけじゃないしたまにはそっちに遊びに行くし…ダメ?」
おかーさんとおとーさんは顔を見合わせて「まぁそれなら…」と納得しようとしていた。
それにすかさず隣の席のれいなが手を上げる。
「れいなもみきねぇと住みたい!」
これには美貴、おかーさんおとーさんも目を丸くする。
いきなり張り切って手を上げたのが恥ずかしくなったのか急に小さくなってこちらを伺って呟く。
- 95 名前:_ 投稿日:2007/03/12(月) 00:11
- 「…だってみきねぇが邪魔だっていうんなられいなやって邪魔やけんれいなもみきねぇと一緒に家出ると」
待て、早口であんまり聞き取れなかったんだけど一体どこの言葉?
今度はれいな対おとーさんで繰り広げられるバトル。
しかしその会話はイマイチ聞き取れない。
おかーさんに近づき小声で疑問を聞く。
「…田中さん親子はどこ出身の人」
「福岡県よ」
「…へぇ」
言い合いになっている二人に挟まれながら美貴とおかーさんは静まるのを待った。
でもおかーさんは否定しないけどれいなが美貴と一緒に暮らしてもいいのだろうか?
「おかーさんは、いいの?」
「おかーさんはいいわよー。まぁあの人と新婚気分になりたいってのもちょっとあるし
何よりいつの間にか美貴とれいなちゃんが仲良くなってるのを見て安心したしね」
「あ、なるほどね」
- 96 名前:_ 投稿日:2007/03/12(月) 00:11
- 美貴に押し付けたな母よ。
言い合いを続けていた二人はゼェゼェと息を切らし始めた。
折角いいムードだったのに一気に険悪になったな。
おとーさんの気持ちもわかるしれいなの気持ちもわかるから何とも言えないんだけど
一人暮らしをするって言った美貴の責任も少し入ってる気がするし。
「おとーさん、れいなの事は美貴が面倒見るからさ、許してあげてくれないかなぁ」
今度はおとーさんだけきょとんとする。アレ、変な事言った?美貴。
きょとんとした後一回咳払いをした後「そういうことなら…」とあっさり認めた。
アレ、美貴の発言こんなに権限あるの?と思ったらおかーさんが肘でつんつんと突付いてきた。
そして小声で笑いながら。
「おとーさん、って呼ばれたから嬉しかったのよ、多分ね」
あぁ、なるほどね。
- 97 名前:_ 投稿日:2007/03/12(月) 00:12
- れいなは喜んでバンザーイ、なんてやってる。「おとーさん、ありがとうー」なんて言いながら。
これからこの子と二人暮しとか完全に美貴、懐かれました。なんか飼い主な気分。
美貴はちらっとおかーさんを見てから腕を組んでれいなを見る。
「れいな、おかーさんにもありがとうは?」
そう言うとはっと何かに気がついたようにバンザイしてた手をゆるゆると落としてちょっと照れながら
「…ありがと、おかーさん」と呟いた。これにはおかーさんも嬉しそうに頷いた。
やれやれ、面倒見良くない方なのにすっかり姉になっちゃったな。
これから二人暮しだし、まぁなんとかなるか。
顔合わせの食事会はいきなり親子が別居をするという結末で仲良く幕を閉じた。
- 98 名前:_ 投稿日:2007/03/12(月) 00:12
-
- 99 名前:_ 投稿日:2007/03/12(月) 00:13
- 「って事でこの部屋で二人で住むわけね」
「そういう事。あ、それ、そこぶつけないでね。よっちゃん雑だし。
傷つけたらお金払ってもらうからね」
「引越しの手伝いに来てやってんのにひどくねぇ?そう思わない?れいな」
「勝手に妹を呼び捨てで呼ぶな」
割と綺麗で広い部屋を見つけた。と言っても見つけてきてくれたのは何故かよっちゃんで。
二人で暮らすことを話したら意味不明に不動産屋に通って見つけてきた。
よっちゃん的にいい場所らしい。そんなんで決めてこないで欲しかったのだが
見てみると中々良かったのとれいなの高校からもそう遠くなかったのでここに決めた。
れいなは幼稚園の頃福岡から出てきて元々の美貴の家のそう遠くない所に住んでいたようだ。
こっちに出てきてもう何年もたつはずなのに未だに方言が抜けないのはおとーさんが
方言喋り捲りだからだろう。幼稚園から一緒ですぐ隣に住んでいたさゆと言う友達と家が離れた事に
少し残念そうだったがすぐに「高校もクラスも一緒だから少し離れたくらいで丁度いいっちゃ」と話していた。
- 100 名前:_ 投稿日:2007/03/12(月) 00:13
- 「梨華ちゃん、そっち持ってくれる?」
「いいよー」
手伝いにはよっちゃんだけ頼んだはずなのだがそこはまぁ普通について来て。
人手は多い方が助かるから別に何も言わないが。
れいなも楽しそうだしやっぱり人呼んでよかったかも。
「ミキティ、手伝いにきてんだからお昼くらい出してくれるんだよねぇ?」
「え?あぁ、もうこんな時間か。なんか買ってくるよ、ただしホカ弁ね」
「やりぃ!ゴチになりますー」
美貴も鬼じゃないし、一応今いるメンツの中で唯一の社会人だし。
それくらいのお金はあるし。
でもなんか梨華ちゃんの分まで買ってくるのはなんか腑に落ちない感じがするんだけど。
- 101 名前:_ 投稿日:2007/03/12(月) 00:14
- 別々に暮らすことを決めて一番ラッキーだった事。
一人暮らしをする、と言ってもちろん家賃は自分で支払うつもりだったのだが
おとーさんの優しさで家賃は払ってくれるといってくれた事。さすがおとーさん。おかーさんが選んだだけある。
言ってみるもんだ。れいなだって割としっかりしてるから手がかかる事はないだろうし。
なんならちょっとパシリ的にも使えそうとかちょっとあくどい事考えてたり。
- 102 名前:_ 投稿日:2007/03/12(月) 00:14
- 部屋を出て階段を下りる。
まだ来たばかりでこの辺はいまいち土地勘がないがホカ弁のある所は見つけていた。
きっとお世話になる事が多いだろうと踏んでいたから。
美貴は料理できないし、れいなも多分期待できないし。
威勢のいい明るいおばちゃんにお弁当を4つ注文して出来上がるのを座って待つ。
揚げ物のいい匂いが漂う店内。この店のお弁当初めてだけど美味しいといいな。
店の上の方に貼ってあるメニューを見ていると自動ドアじゃないこの店の引き戸がガラガラ、と開き女の子が入ってきた。
すでに注文していたらしくお弁当を受け取ってお金を払っている。
美貴も電話で注文とかして置けばよかったな、とか思ってると不意に女の子と目が合う。
女の子の目がくわっと見開いた。
あれ、どっかで。
- 103 名前:_ 投稿日:2007/03/12(月) 00:14
- 「あああああ!」
大きな声を出されて指をさされてる。なんだ、誰だ。なんか見た事あるけど多分知り合いじゃないぞ。
驚いた顔をしながら座ってる美貴の前に立っていきなり座りこんで見上げる。
こちらも驚いてあごを引くと何故か満面の笑み。だから誰だ。
「吉澤さんの隣に映ってた人ですよね?」
「…は?」
「シャメです、これ!」
鞄から慌てて携帯を取り出して目の前で開いて画面を見せる。
出てきた写真は居酒屋でオッサンに絡まれてウンザリ顔の美貴と泥酔したオッサンのよっちゃん。
てことは。
「あたし、松浦亜弥です!突然なんですけどあたしあなたの顔に惚れたんで付き合ってください!」
「顔かよ」
突然の顔限定告白に思わずツッコミを入れてしまうあたり悲しい癖か。
とは言え顔しか見てなかった訳だしそりゃそうだろうけどあの嫌そうな顔に惚れたってどんなマニアだよ。
- 104 名前:_ 投稿日:2007/03/12(月) 00:18
- まじまじと顔を見ると「にゃはは」なんて言いながら笑ってる。
よっちゃんが可愛いって言ってたあやや、か。
あややに告白されたって言ったらよっちゃんは羨ましがって梨華ちゃんが怒るパターンだな。
まためんどくさいのが増えるな。どうしようかな。
まぁいっか。この際妹も出来た所だし、恋人も作ってみても。
「別にいーけど、顔以外も出来たら好きになってね。中身知ってすぐにやっぱやーめた、とか無しね。
てか美貴、アナタの事全然知らないんだけど」
「これから好きになっていけばいいんです、お互いに!」
なんだこの子滅茶苦茶だな。
まぁ知りもしない子といきなり付き合う美貴も滅茶苦茶か。
「んじゃ、よろしく。ちなみに藤本美貴ね、名前」
一気に妹と恋人か。
これからちょっと楽しみだ。
父と妹と彼女。
- 105 名前:_ 投稿日:2007/03/12(月) 00:19
- 妹と一緒に暮らす理由。彼女を作る理由。
そんなの美貴にだってよくわかんない。
あーぁ、これからめんどくさそうで嫌だなぁ。
そう思いながらも自然に顔が笑ってるのに気がついて自分もキモイなと思った。
まぁ梨華ちゃんには負けるけどね。
- 106 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/12(月) 16:44
- あやみき正直すぎw
そしてれいにゃは可愛すぎです(真顔)
- 107 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/12(月) 19:08
- おもしろいですね。
いつも楽しみにしています。
- 108 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/12(月) 22:54
- すっかりこの作品にはまってしまいました。
めっちゃ面白いっす。
次回も楽しみにしてます(*´Д`)
- 109 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/13(火) 00:22
- ほぼ毎日チェックしてますw
日に日にこの話に引き込まれていきます。
次回も楽しみにしてますね。
- 110 名前:_ 投稿日:2007/03/13(火) 10:43
- >>106
田中さんが凄く子供っぽくなってしまいました。
どうしてこうなったかは私にもわからないのですがこれで通す事にします|゚∀゚)
>>107
楽しみにしてくださって本当にありがたいです。頑張ります。
>>108
はめてしまいました(*´Д`)
>>109
毎日なんて言われるとドキドキしますが今のペースがちょっと速いので
もしかしたら今後遅れる事があるかもしれませんがその時はまったり待っててください|ω・`)
更新予定ではなかったのですが、早めに訂正したかった所があったので。
「彼女の理由」内での石川さんが大学4年になってますが3年の間違いです。
4年になると年齢が合わなくなりましたヽ(;´Д`)ノ
間違いが多々あるかもしれませんが暖かい目でスルーお願いします(´・ω・`)
- 111 名前:_ 投稿日:2007/03/13(火) 10:44
-
7.小石
- 112 名前:_ 投稿日:2007/03/13(火) 10:45
- グラウンド横、河川敷の芝生の上にて昼寝中。
昼寝と言っても本格的に寝ている訳ではないが。
休日の昼下がり、もう部活も引退してるのに何故か足が学校へと向かってしまった。
そのまま後輩たちの練習に混ざっても良かったのだけれど
新しく就任したキャプテンが不器用ながらも頑張ってる姿を見て
なんとなく足が違う方向へそれた。そして今に至る。
最後の大会は次の試合で負けた。
前回不甲斐ない姿を見せたれいなは自ら出場を辞退した。
もちろんやる気がなかったわけではなく自分なりのけじめのつもりだった。
みんなには反対されたけどそこは断固として意見を変えなかった。
- 113 名前:_ 投稿日:2007/03/13(火) 10:45
- 結果、いつもベンチだった子が試合に出て、負けたけど楽しそうだった。
その姿を見てなんとなく良かったと思ったし、皆悔いが残ってないようだったからこれで良かったんだと思う。
れいなにボールをぶつけたチームメイトは酷く自分を責めていたので
それを元気付けるのには苦労したが、さゆが「れーなの責任だかられーなをみんなで殴るといいの」の
一言でえらい目にあった。でもみんな笑っていたからやっぱりこれで良かったんだろうと思う。
むくり、と起きて横に置いてあった小石をシュッと横から投げる。
パン、パンと2回跳ねた後それは川へ沈んだ。
- 114 名前:_ 投稿日:2007/03/13(火) 10:45
- みきねぇとは相変わらず仲良くしてる。
恋人の事が公になったせいか松浦さんの話もたまにするようになった。
「あの子との出会いは中々面白かったよ」と言った後少し顔を歪ませて
「でもよっちゃんのおかげで出会ったって言うのがちょっとイヤなんだけどねぇ」と話していた。
二人の間になぜみきねぇの友達の吉澤さんの名前が出てくるのかはれいなは知らない。
今度家に呼んでご飯一緒に食べよう、と提案したら少し照れたしぐさを見せて「そうだね」とだけ言った。
みきねぇとの出来事は忘れてしまった方がいい出来事なんだろう。
本人はどうせこれっぽっちも覚えちゃいないんだし。だから酔っ払いって嫌いなんだ。
さゆとの仲も特には変わらない。
みきねぇの事が好きだった、と言ってから急に目つきが悪くなったので
別にそんなのは好きじゃない、と伝えたら普段の顔に戻った。
相変わらず何を考えてるのか読めない。
- 115 名前:_ 投稿日:2007/03/13(火) 10:46
- ゆるゆると流れる川の方へ頭の上を石が飛んでいった。
さっきれいなが投げた物よりも遠くへ飛んでいってまた水面を揺るがす。
ゆっくり振り返るとそこにはふにゃふにゃが立っていた。
何でいるんだろう、ふと思ったけど目の前で意味もなくふにゃふにゃ笑ってるので疑問は言わない事にした。
「えり、久しぶりっちゃね」
「うん、久しぶり」
えりはれいなの隣に座るとゆらゆら動く水面を見ていた。
その視線はどこを見ているのかわからない。
「ねー?」
「ん?」
声を掛けられて隣を見るとえりはちらっとこちらを見てからごろりと寝転んだ。
なんだなんだ。
ガキさんと比べるとえりとは特別凄く仲が良い訳ではない。
話しかけられても次が続かなければれいなも話す事はない。
別に凄く気を使う人と一緒じゃなきゃ沈黙は嫌いじゃない。
ふにゃふにゃだからなんか気を使う気にもなれないし。
- 116 名前:_ 投稿日:2007/03/13(火) 10:46
- 「なんか喋ってよぉ」
「はぁっ!?話しかけといてソレ?!」
「なんか、ホラ。聞きたい事とか言いたい事とかあるでしょ?」
聞きたい事なんか、と言い掛けて一つ思い出した。
すっかり忘れてた。
「あぁ…、ガキさんのこと」
「御名答」
人差し指を立ててウインクをする。一瞬さゆの顔がちらつく。
多分二人は似てるからだ。顔は似てないけど動きとかいろいろ。
そしてそういえば協力するとか言っておきながら何にもしてなかったな。
第一、高校生と大学生だから約束をしない限り会う事もなくて。
れいなのいる高校は付属だからそのまま大学へといけるのだが高校と大学の校舎は離れた所にある為
やっぱり約束の一つでもしないと会えない訳で。しかもえりの連絡先も全く知らないから連絡の取りようもなくて。
我ながら適当な約束をしたものだと思う。
- 117 名前:_ 投稿日:2007/03/13(火) 10:47
- 「って、今日は一緒じゃないのに何でここに?」
ガキさんがれいなたち後輩に会いに来るのは判るとして、そのガキさんは今日は一緒じゃない。
そうするとえりは一人でここに来たと言う事で。
そして誰に会いに来たかと言うとそれは多分れいなに。
「誰かさんが協力するとか言ってたから協力してもらおうかと」
「あぁ、ゴメ…」
「思ったんだけど協力してもらわなくて良くなったから報告をしに、ね」
えりはぼんやり空を眺めてる。
「それって、もしかしてガキさんと」
「ブー。その先は多分ハズレ。だからブー」
「え?」
ガキさんとの仲を協力すると言ったれいな。よろしくねと頼んだえり。
そしてもう協力しなくていいと言うえり。
それはつまり、えりとガキさんが付き合ったという事か、もしくは。
- 118 名前:_ 投稿日:2007/03/13(火) 10:47
- 「…ガキさんねぇ、恋人できちゃった。えりの2個上の先輩で、高橋愛さん」
「…ぁー…」
高橋愛。れいなは知ってる。いつだったか試合を見に来てた。
大人っぽい綺麗な人だった。でも喋ると子供な人だった。というか何言ってるのかほとんど聞き取れなかったが。
いつもはおどけてバカっぽいガキさんがその人の前では妙に大人に見えた。
その時二人の仲はどうなってるのか聞いた事はあったが、その時のガキさんは
「愛ちゃんは見た目大人なのに中身ガキんちょだから目が離せなくて参るよ」と呆れた口調で言っていた。
思うとあれは自分の好きな人をのろけたのかとか今思う。
「あ、その反応。れいな知ってたでしょ?」
「し、知らんとよ!…いや、高橋さんの事は知ってたけど好きとか付き合ってたとかは全然!」
首をブンブン振るとえりは納得した表情を浮かべ
「まぁえりも近くにいたくせに全然知らなかったんだけどねぇ」と言いながらふにゃっと笑った。
でもその後笑顔は消えて何も話さなくなった。
- 119 名前:_ 投稿日:2007/03/13(火) 10:48
- 目の前でポチャン、と魚が跳ねた。
こんな川にも魚がいるのかという驚きと発見した嬉しさで騒ぎそうになったけど
隣の姿を見るととてもそんな事は出来なかった。
だって笑ってたえりが声を殺して泣いてたから。
寝転んだまま両腕で顔を隠して。だから顔なんて全然見えないけど体は震えてるし。
いつも上に上がってるアヒル口も下がってるし、歯食いしばってるように見えるし。
ふにゃふにゃ無意味に笑ってたのは無理をしてたから。
無理矢理笑顔を作ろうとしてたから。どうりで、今日はなんか不自然だと思った。
- 120 名前:_ 投稿日:2007/03/13(火) 10:48
- あーあ。
ガキさんて三枚目でモテなくてファンもいるにはいたけどそのキャラが好きなの、みたいなファンばっかりで。
新垣先輩大好きです!みたいな後輩も一人もいなくて。
れいなにファンがいる事知って真面目に羨ましがったり、マユゲビームなんて名前の技をつけて意味不明なパスしたり。
いつも笑ってていつもみんなのツッコミいれて。ツッコミ役の癖にちょっと天然で。
ガキさん、多分初めてのあなたのファンがあなたに失恋して泣いているよ。
でも失恋したらみんなこう、泣くんだね。
もはや号泣になってしまったえりを見ながら思う。自分はこんなに泣かなかったな。
泣いたけど、あれは笑い泣きだし。多分。
みきねぇには恋愛感情と言うかある種憧れのようなそんな感じだったのかもしれない。
例えば手の届かないようなテレビの中の有名人と付き合っちゃうような。
そんなありえない話、本当にありえないけど。
- 121 名前:_ 投稿日:2007/03/13(火) 10:49
- ごく自然に手が動いた。こういう時の扱い方とかあまりなれた方ではないのだけど。
泣いてるえりの髪に触れた。そして撫でた。いつもみきねぇがするみたいに。
小さい頃泣くれいなを慰めてきたさゆのように。
えりは何も言わずにただ泣いてるだけで、れいなも何も言わないで撫でているだけで。
少し落ち着いてきたえりはガバッっと起きて乱暴に涙を拭いてまたふにゃっと笑った。
「…カッコワルイね」
「…別に。れいなの前でかっこつける意味はなか。泣きたかったら、泣けばいいと思うし」
「…わぁ、カッコイイれいな」
「…別に」
ぐすぐす、と鼻を鳴らしてるえり。
れいなも実は最近失恋したんだ、とかちょっと言おうと思ったけど辞めた。
絶対泣いたりしないけど、もし泣いたらかっこわるいから。かっこつける意味なんてないけど。
- 122 名前:_ 投稿日:2007/03/13(火) 10:49
- 「…あ、そういえばねぇ」
「ん」
「れいなってさゆの事どう思ってるのかなーって」
「…はぁ?」
何故今いきなりさゆの名前が出てくるのか。
しかもいつのまに「さゆ」と呼ぶほど仲良くなってるのか。
手をついて座ってたれいなはがくっと腕の力が抜けてさっきとは逆にえりが起きてれいなは芝生に寝転んだ。
「2,3回れいなのいない所で偶然会ったりしてさぁ。
れーなはさゆのですから亀井先輩取らないで下さいね、ってニコって。
あの、笑顔全然笑ってなかったけどねぇ」
くすくす、と笑うえりにれいなはまたも脱力する。
人のいないところで何やってんだかさゆは。
しかも思うに絶対偶然なんかじゃない。多分さゆが会いに行ってるんだ。
呆れて頭を抱えた。
- 123 名前:_ 投稿日:2007/03/13(火) 10:49
- 「なんかおもしろい子だなぁって思ってそのままお茶誘って話したら意気投合しちゃってさぁ。
今ではえり、さゆって呼び合う仲になりました」
「は?」
なんなんだこの人たちは。全くもってれいなの頭じゃ理解不能な事をしてくれる。
「れいなの事全然知らなかったけどさゆから話聞いたら興味が出てさぁ。
ガキさんの事報告ついでに会いたかったんだよねぇ、また」
「ふぅん…。で、また会ってどうやったと…」
腕を組んで、うーんと唸りながら考え込む。
そして頭の上に電球が見えるような感じで何かを思いつくような表情。
あ、今の顔凄いアホっぽい。
「えりは好きだよ、れいなの事」
寝転んでるれいなの顔をまっすぐ見て。
何言ってんだ、このアヒル口。
- 124 名前:_ 投稿日:2007/03/13(火) 10:50
- 「節操なかー」
あはは、と笑うと「そーいうんじゃない」とでこピン食らわされて。
「可愛い後輩たちだなぁって。それでね、さゆにれいなとの仲協力して下さいよぉ、って頼まれちゃった」
「それは協力しなくてもよか」
きっぱりとそれは断るとえりはこちらを向かずに石を一つ掴んで川に投げた。
「そうだよねぇ、人の恋路を邪魔する者はー…者はなんだっけ?」
「いや、知らんけど…」
「…まぁ要するに、未来はどうなるかわかんないから協力できないかも、って言っておいた」
えりは急に立ち上がって埃を払う。
払った埃がれいなの目の中に入って目が痛い。
何してくれるんだよ。
- 125 名前:_ 投稿日:2007/03/13(火) 10:50
- 「えりが、れいなの事好きになるかもしれない確率はゼロじゃないって事。じゃーね、れいな」
涙目になって目の痛みをこらえて体を起こして目を開けると
投げキッスをしてえりは土手を上がっていった。
「やっぱり節操なかとねー…」
川でまた魚が跳ねた。
だけどもうはしゃぐほどの喜びは消えた。
だって一人ではしゃぐなんてかっこわるいから。
- 126 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/14(水) 01:55
- んもう!大好きです!w
もし更新のペースが遅くなったとしても、まったり待ってますよ。
次回も楽しみにしてます。
- 127 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/14(水) 07:51
- 作者さん・・・GJ!w
- 128 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/15(木) 23:33
- れなみき Love!!!!!
- 129 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/15(木) 23:42
- 底辺活動されるということなので落としておきます
- 130 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/16(金) 15:23
- いつも楽しみに待っている者です。
作者さんは他に作品があったりするのでしょうか?
あるのなら読んでみたいです(*^ー^)
- 131 名前:_ 投稿日:2007/03/16(金) 22:35
- >>126大好きってイワレチャッタ(´ω`*)
>>127|∀゚)b
>>128れなみきコンビの登場が少なくなってるけどゴメンネ(´・ω・`)
>>129お手数かけます。・゚・(ノ∀`)・゚・。
>>130最近書いた物と言えば作者フリーで_名義で書いた1レスれなえりと愛亜弥のみかん食べてる話です。
短いですが更新。。
- 132 名前:_ 投稿日:2007/03/16(金) 22:36
-
8.姉の恋人
- 133 名前:_ 投稿日:2007/03/16(金) 22:36
- 「あ、れーいなちゃん」
部屋を出てそのまま真っ直ぐ洗面所に行って歯ブラシを咥えリビングに行くとソファに松浦さんが座っていた。
いつも気合入ってるのに今日は割とラフな格好で「よっ」なんて言いながら片手をあげて。
思いがけない人物の存在にれいなの体は一瞬固まった。
只今の時間午後11時。一応勉強をしていたがそろそろ寝ようかとした矢先の出来事で。
みきねぇは今家にいなくて、当然誰もいないと思ってたから驚いて歯ブラシを落とした。
思いっきりどうでもいい部屋着を見られたのも恥ずかしいが、いかんせん寝癖の方が凄い。
勉強しながら実は眠っているのはれいなの得意技だ。ていうかなんでここにいるの。
必死に寝癖を直しながら歯ブラシを拾う。
- 134 名前:_ 投稿日:2007/03/16(金) 22:37
- 「…ま、松浦さん、来てたんですね」
「うん、みきたんと約束してたんだけど先に家にいてていいって言うからー。
その様子だとれいなちゃんには言ってなかったのね」
「えぇ。…全く聞いてませんでした」
「ごめんねぇー。驚かしちゃったねぇ」
「まぁ…いいんですけど」
にゃははー、と笑う。
れいなの周りにはよく笑う人が多い。
笑わない人というと基本的にみきねぇはあまり笑わない。
一回ツボにはまると止められないくらい笑うけどどちらかと言うとニヤリといったような不敵な笑みが多い。
だからほとんどの人は初対面でみきねぇのこと怖がるんだけど。
れいなは怖いより先に姉が出来て嬉しいのが勝っちゃったから怖いと思った事はないけど。
松浦さんはみきねぇのこと怖くなかったのかな。
- 135 名前:_ 投稿日:2007/03/16(金) 22:37
- 松浦さんが家に来るのはれいなと会ってから何回かあった。
ホットプレートで焼肉パーティをしたり、DVDの鑑賞会なんてものも開いたりした。
話を聞けばれいなとみきねぇが一緒に住む事になった同時期くらいに付き合ったと聞いて
2年間全く存在を隠し通したみきねぇも凄いけれど何も気がつかないれいなも凄いなと思った。
「隠すつもりはなかったんだけどなんとなく」とさらっと言ったみきねぇだったけど
本当にそれだけの理由だったのかはわからない。
洗面所に戻りうがいをして歯ブラシを置いて。
リビングに戻るとさっきは気がつかなかったが松浦さんは全然リラックスできないような形で座ってた。
ソファの端っこでちっちゃく体育座りをするように。
何してるんだろう。一応人の家だし気を使ってるんだろうか。
- 136 名前:_ 投稿日:2007/03/16(金) 22:38
- 「松浦さん、もっと楽にしてよか、…いいですよ」
「あ、福岡弁?博多弁だっけ?みきたんがれいなちゃんは方言よく使うって言ってたから」
「…今更抜けないんです。これはおとーさんのせいなんです。
こっちでは目立つんで気を使ってはいるんですけど」
「んー、別に隠さなくてもかわいーと思うけどねぇ」
松浦さんは喋りながらもテレビのリモコンをいじり、ちょっと暇そうだった。
眠ろうと思ってたからこのまま寝てもいいかな、とも思ったけどれいなは無言でキッチンへ向かう。
冷蔵庫から麦茶を取り出してコップに二つ、注いだ。
それを持ってリビングに戻るとまだリモコンを触っていた。
ふとチャンネルを変えているみきねぇの姿がなんとなく頭の中をよぎった。
「どーぞ。粗茶ですけど」
「あー、いいのにー。でもありがと!いただきまーす」
手渡すと嬉しそうに一口ゴクリと飲んだ。
そして「ふぅ」なんて言いながらコップを両手で持っている。
- 137 名前:_ 投稿日:2007/03/16(金) 22:38
- なんていうかいちいち行動が可愛いな。
落ち着いてる感じもするのに自分の可愛さを知っているというか。
計算って言ったら言い方悪いんだろうけど、嫌味は感じられない。
「いいのに」と遠慮しつつスカッと「ありがと」なんて言うのも好感が持てる。
れいなも立ちっぱなしで飲むのもなんなのでソファに置いてあったクッションを取り
それをフローリングに置いてれいなも座った。なんとなく、隣に座るのは、ねぇ?
一応ある意味ソファの上は事件現場だし。
れいながそのままそこに残るのを目で追っていた松浦さんも
さっきよりは少し落ち着いた格好になった。
松浦さんには一つ気になる事があったのでこれをいい機会として聞いてみることにする。
「あの、松浦さんってみきねぇのどこを好きになったんですか?」
「…そう、そうそれ!」
れいなの問いに急に大きな声を出して松浦さんは持っていたコップをテーブルに置いた。
- 138 名前:_ 投稿日:2007/03/16(金) 22:39
- そんなに反応されるとは思っていなかったのだけど言い回し的になんかかみ合ってない気がする。
何かおかしな質問だっただろうか、と少し首を捻った。
「れいなちゃん、みきたんの事みきねぇって呼ぶよねぇ」
「え…、そうですね…?」
質問とは全然違う答えが返ってきてれいなは目を丸くする。
「みきたんってね、大体みんなに藤本さん、美貴ちゃん、ミキティ、のどれかで呼ばれるわけよ。
あたしはさー、誰も呼ばない呼び名でみきたんの事呼びたかったから勝手にこのあだ名つけたんだけど、
みきねぇ、って考えもつかなかったなぁ」
言ってる事がよくわからないが要するに藤本美貴の呼び方を自分だけ特別にしたかったんだろうか。
自分一人だけ違う呼び名で呼んでると思ったられいなも一人だけ違う呼び名で呼んでいたと。
呼び方なんてこだわった事なんてなかった。
- 139 名前:_ 投稿日:2007/03/16(金) 22:39
- 藤本さん、と呼ぶにはあからさまに他人行儀だし、美貴ちゃんなんて年上の人をちゃん付けとか慣れない。
ミキティ、というあだ名がある事は知っていたけど呼びにくいし、美貴さんなんて呼ぶのもなんか違和感があった。
お姉ちゃん、だけでもしっくり来なかったからみきねぇと呼んでみた。
初めてみきねぇ、と呼んだ時そう呼んでもいいか、とみきねぇに聞いた。
きょとんとした顔になったみきねぇだったけど「ぷっ」と噴出して大笑いした後に
「いーよ、れいな」って笑ってくれた。だからみきねぇになった。
「えと、あれですよ」
「んー?」
「妹の、特権、みたいな?」
れいながそう言うと松浦さんは何かに気がついたような顔をした後「なるほど」と呟いた。
でもすぐに「でもなぁー」とため息混じりに両腕を上げて背筋を伸ばしている。
そんな所が付き合って2年経っても気になるものなのか。
- 140 名前:_ 投稿日:2007/03/16(金) 22:40
- きっと妹でもなかったらみきねぇとは何も接点なんかないだろう。
妹で良かったような、そうでないような。
でも多分良かったんだと今は思いたい。
「なんていうかなぁ、れいなちゃんに言うのは多分間違ってるんだろうけどー、何?独占欲、みたいな?
みきたんのことはあたしが、あたしだけが特別でいたい感じなワケで」
「松浦さんってみきねぇのこと大好きなんですね」
思わず笑いが出てしまった。
どこを好きになったか、とか野暮な質問だったな。
コップに半分残ってた麦茶を飲み干してテーブルに置くと手が滑って大きな音がなった。
その様子を見て松浦さんはまた柔らかく笑う。
「れいなちゃんは誰かの事自分の特別にしたい、って思った事はないの?」
「それは…、今は特に…」
「前までは、いた感じ?」
さすがに鋭いと言うかなんと言うか。
- 141 名前:_ 投稿日:2007/03/16(金) 22:40
- あのままあきらめずに好きでいたら松浦さんとはライバルになるわけで。
でもあんなに松浦さんを穏やかに見つめるみきねぇを見ちゃったらもはや不戦敗なわけで。
あとこんなにみきねぇの事好きな人れいなももちろん大好きだけど明らかにこれには負けてる気がする。
松浦さんの目を見ると「みきたんのこと好きだったでしょ?」ってれいなに問いかけてる。
こんなにも人の心が読めるようになるとは思わなかった。
もしくは松浦さんが単純なのか。
「前も特にいませんでした」
「そ、そっか」
妙に落ち着いた口調で呟いたら松浦さんはどもりながらも納得した。
それがなんか可愛かった。
れいながうーん、と両腕を上げて背筋を伸ばすと松浦さんは少し眠そうにゆっくり目を閉じた。
「れいなにも、松浦さんがみきねぇを好きになったように、誰かの事好きになれますか?」
れいなの問いかけにパチリと目が開き一瞬考えたような顔になって
その次に得意げな顔で右手の親指を立てながら松浦さんは言う。
- 142 名前:_ 投稿日:2007/03/16(金) 22:40
- 「なるよー、もちろん。れいなちゃんの事が好きで、れいなちゃんも好きになる子は必ずいるよ。
間違いないね!てか実際もてるでしょ?たんとは血が繋がってないはずなのになんか似てるもん」
「全然、もてないですよ。じゃあ、似てるんなら松浦さんれいなの事好きになりますか?」
笑いながられいなが言うと「冗談!」とぴしゃりと否定された。そりゃそうだろうね。
時計を見ると12時が過ぎていた。もうそろそろみきねぇも帰ってくるだろう。
その時れいなが起きてたらきっと、いや絶対邪魔なのは確実だ。
「松浦さん、れいなもう寝ます。みきねぇの事は任せましたから」
「うん、おやすみぃ。ごめんね、夜遅くに家に上がり込んじゃって」
「気にしません、だって…」
喋りながら自分の部屋へと向かう。それを松浦さんはずっと目で追っていて。
部屋のドアのノブを手に掛けくるりと振り返る。
「れいな、松浦さんの事好きですよ?」
姉の恋人として。
- 143 名前:_ 投稿日:2007/03/16(金) 22:41
- れいなの言葉に目をパチクリさせて驚いている。変な事言ったかな。
少し慌てた様子になって両手を突き出す。
「いや!待って、あたしにはたんっていう愛する人がいるから!」
そのキョドり様にぷっと吹き出してしまった。
しかもたんってなんですか?みきねぇの原型がないですよ。
ドアをあけて部屋に入る前に一言、言っておかないと。
「んな事知ってると!」
バタン、とドアを閉める。
するとパタパタと歩く音が聞こえて部屋の前で止まる。
ん?と思ってドアを開けようとするとドアの向こうで松浦さんが小声で話す。
「…あのね、あたしはみきたんの顔が好きで、顔しか知らなかったけど付き合ったんだよ。
だからそういう出会いがあったっていいと思うんだよね」
それだけ言うとパタパタと足音がまた遠くなった。
顔。顔か、顔は選択肢に入ってなかったなぁ。だって顔怖いし。
でも結果丸ごと全部好きみたいだから結果オーライって所だろうか。
- 144 名前:_ 投稿日:2007/03/16(金) 22:41
- みきねぇの恋人は、みきねぇの事が大好きな人でした。
れいなの大好きなみきねぇの事を大好きな松浦さんの事は、れいなも大好きです。
だから、みきねぇの事よろしくお願いします。
なんて、少し偉そうか。
- 145 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/17(土) 19:17
- やー、れいな、いい。
- 146 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/18(日) 02:20
- まつーらさん可愛い。
れーなとの絡みもイイですね。
次回も楽しみです。
- 147 名前:_ 投稿日:2007/03/20(火) 23:12
- >>145
田中さんにはもっと苦悩してもらいます(フフ
>>146
松浦さんと田中さんが仲良かったらいいのにな、と思って出来た妄想です。
- 148 名前:_ 投稿日:2007/03/20(火) 23:12
- とある日の放課後。
いつもならウルサイほどにさゆに「この後どーするの?」とか「あの店に寄って帰ろう」とか
言われながら千切られるんじゃないかと思うくらい腕を引っ張られるのに珍しく今日は来ない。
部活を引退してから常に放課後がさゆによって拘束されていたから
これなら引退しなくても良かったな、とか思っていたんだけど今日はやけに静かだ。
特に何も入ってないカバンを手に取り椅子から立ち上がって振り向くとさゆは一生懸命メールを打っていた。
さゆのメールは絵文字やらデコメールやらがやたら多くて多分打つのに時間がかかるんだろうし
間違えたりしたら厄介だから気合が入っているんだろう。
そりゃさゆにだってれいな以外の友達もいるだろうし、それは構わないんだけど
今までならそんなものもそっちのけでれいなの所に来ていたからなんだか変な感じがした。
- 149 名前:_ 投稿日:2007/03/20(火) 23:12
- しかし捕まらないなら捕まらないなりにれいなにもやりたい事があるから
ここは見つからないようにそっと教室から出た方が得策な気がした。
見つからないように、ゆっくりと出口を目指す。
「れーな!」
呼ばれた声に大げさに肩をビクリと震わせるとすぐ後ろにさゆは立っていて。
自分の鞄を持ってニッコリと笑ってれいなの顔を覗き込んで。
やっぱり逃げる事は出来なそうだな、とガックリと震わせた肩を落とす。
「今日はなんとね…」
「さゆみこれから辻さんに会ってくるの。だかられーなと一緒に帰れないけど寂しがらないでね?」
「…辻…。…え?辻さん?なんで辻さんと?」
別に一緒に帰れないのは構わない。寂しくもない。むしろラッキーな感じだ。
- 150 名前:_ 投稿日:2007/03/20(火) 23:13
- 気になるのは辻さん。辻さんはれいな達の2個上の先輩でフットサル部に所属していたとても明るい人だった。
中々凄い人だったようで選抜メンバーに選ばれたり、全国大会に導いたキャプテンだったりした。
「俊足のストッパー辻希美」の異名を持つゴールキーパーだった。
でも知っているのはこれくらい。学年の違う人とは部活も違ければガキさんみたいに凄く仲良くもならないから。
しかも確かガキさんやえりと違って辻さんはうちの学校の大学じゃなくて体育大学に進学したと誰かから聞いた気がする。
それなのに何故さゆは辻さんと二人きりで会うくらい仲良くなってるのか?
「れーな、れーな」
「…え」
れいなの顔の目の前で手を振るさゆ。どうやらぼーっとしていたようで心配顔だ。
こんな事くらいでそんな心配そうな顔はしないで欲しい。れいな、子供じゃあるまいし。
なんでもない、といった風に手を振るとさゆはほっとした表情で手を振ってあっさり出て行った。
- 151 名前:_ 投稿日:2007/03/20(火) 23:13
- いつもいつもまとわりついていたさゆが今日はいない。
いつもは引っ張られて重い腕も今日は軽い。
腕を軽く振り回す。やっぱり軽い。
「なん…、変な気分…」
邪魔者がいなくて良かったんじゃないか、と自分に問いかけてみるもののこの焦燥感はなんなんだろう。
本当にさゆが傍にいなくて寂しいのか。ブンブン、と大きく首を振ってそんな考えは否定する。
さゆは嫌いじゃない。ただの友達なんだから別行動だって当たり前にするはずだ。
いつも一緒にいる方がおかしいんだ。
- 152 名前:_ 投稿日:2007/03/20(火) 23:13
- 言い方は悪いだろうけどお気に入りの玩具が誰かに取られちゃった、そんな感じだ。
でもきっとすぐに戻ってくるはずだ。自信はある。
何を言ってるんだ?さゆはれいなの物じゃないのに?戻ってくると言う確信なんてないはずだ。
なんでこんなに心と頭がモヤモヤするのか。
「……っ」
れいなは教室から出て行ったさゆを追いかけた。
とても、不本意だ。
- 153 名前:_ 投稿日:2007/03/20(火) 23:14
-
- 154 名前:_ 投稿日:2007/03/20(火) 23:14
- すぐに教室から出たおかげでさゆはすぐに見つかった。
問題はこの後だ。絶対さゆに見つかってはならない。
ホントに寂しがってこっそりついて来たと思われたらそれこそ厄介だ。
ばれてしまったらもうそれこそ絶対さゆに頭が上がらなくなる。
もっとも言いたくはないけどすでに尻にしかれてる状態ではあるけれど。
建物の影に隠れてさゆを見ていると、さゆは大きく手を振って遠くを見ていた。
そちらに視線を向けると同じく手を振りながら辻さんが走ってきていて。
笑顔のさゆはれいなに向ける笑顔と一緒で、それにもいらだつ。
れいなだけに見せる笑顔ではなかったのか。それを他の人に見せるのか。
結局さゆは誰でもいいんじゃないのか。
- 155 名前:_ 投稿日:2007/03/20(火) 23:14
- 「………」
バカだ。
こんな事を思う事自体間違っている。それは良く知っている。
さゆを自分の物にしたいのならさゆの気持ちを受け入れればいいだけの話。
それもしないくせに辻さんに笑顔を見せるさゆにいらだつなんて間違っている。
辻さんとさゆは仲良さそうに近くの喫茶店に入っていった。
ちょうど良く窓際の席に座ったからここから良く見える。
声なんて聞こえるはずもないから動きだけしか見えないけど終始楽しそうな二人の姿は確認できる。
いつもかわいこぶってるさゆが何故だか割と深刻そうな顔をして手を動かしながら話してたり、
それを辻さんも真面目な顔で話してたり、そうかと思えば大爆笑したり。
- 156 名前:_ 投稿日:2007/03/20(火) 23:15
- あんなさゆは見た事ない。
いつもノー天気に笑ってて自分の可愛い顔をいつも探し出しては試してる。
この前落ち込んだり泣いた顔も初めて見たくらいで今回もそうだ。
あんなさゆは知らない。
さゆの事をぷちストーカー、と言っておきながらこれじゃれいなの方が完全にストーカーだ。
やめよう、ぼそりと呟いてれいなはその場を後にした。
- 157 名前:_ 投稿日:2007/03/20(火) 23:15
-
- 158 名前:_ 投稿日:2007/03/20(火) 23:15
- 駅前の本屋。れいなは立ち寄っていた。
このまま真っ直ぐ帰るには早すぎて。特に興味のない本を開く。
ベストセラーになったという有名な小説らしいが1行読んですぐに閉じた。
元々小説とか読まないのに見た瞬間すでに苦痛だ。
何をどうしても暇がつぶれない。
「ねぇ?悪いんだけどさ、それ、取りたいからどいてくれないかな?」
声を掛けられて振り向くとボーイッシュで、でもとても綺麗な女の人が立っていた。
その姿は白いジャージで全身固められていてれいなが避けると「スマンね」と言いながら本を一冊手に取った。
そのままレジの方に向かうのを目で追っていると誰かを見つけたのか軽く手を上げた。
その人の視線の先を追うと辻さんがいて。え、辻さん?
まずい、と思った時にはもう遅かった。
- 159 名前:_ 投稿日:2007/03/20(火) 23:16
- 「あれ?れーな、何してるのこんな所で」
「さ、さゆ」
隠れてたつもりだったのにあっけなく見つかってしまった。
辻さんはさゆとれいなが知り合いだとわかると「じゃあ、ここで」と言って
ボーイッシュな女の人と一緒に本屋から出て行った。
残されたのはれいなとさゆで。
さゆは少し含み笑いを浮かべながられいなを上目遣いで見る。
「れーなって本なんか読まないよね?こんなんめんどくさくて読めん、て言ってたもんね?」
「ま、漫画なら読むと!」
「ふーん、そっかぁ。帰る途中にも本屋さんあるのにわざわざ駅前に来ると言う事は
売ってなかったの?欲しい本」
こいつ、わざとわかってて言ってるな。
もはや含み笑いと言うか笑ってるし。くそぅ、こんなはずじゃなかったのに。
結局こうなってしまった。
- 160 名前:_ 投稿日:2007/03/20(火) 23:16
- 「別に本なんてどうでもいいけん!辻さんに何の用だったと?」
「聞きたいのー?秘密にしておきたかったのにぃー」
「…さゆ」
「わかったよぉ、そーんな怖い顔しないでよ。でもここじゃあれだから喫茶店にでもいこ?
ケーキが美味しい店見つけたからさぁ。店内も凄く可愛いの」
嬉しそうにれいなの手を取って勝手に歩き出す。
くそぅ、くそぅ。これじゃさゆの思うツボじゃないか。
丸っきりさゆが誰と会って何をしてるのか気になるからついてきました感アリアリじゃないか。
ブツブツ、と呟くれいなを隣のさゆは満足そうな顔で見ていた。
くそぅ。
- 161 名前:_ 投稿日:2007/03/20(火) 23:16
- 美味しいと言うケーキ屋に行くと勝手に紅茶とイチゴのショートケーキを二人分さゆは頼んだ。
メニューすら見てないのに注文された事に反論しようかと思ったが
見つかった事に対してのあまりに情けない自分に落ち込んでいて声が出なかった。
「れーな、辻さんとさゆみが何してたか知りたい?」
「…………知りたい」
ぼそ、っと言うとさゆは「えへへ」なんて言いながらカバンから何かを取り出した。
「ジャーン」と言いながら目の前に出してきたそれは。
「…何これ」
「辻さん人形〜」
「は?」
差し出されたのは両手でボールを受け止めているフェルト生地で作られたマスコット。
ユニフォームの背中には辻とアルファベットで書いてある。見た感じ手作りだ。
まさか。
- 162 名前:_ 投稿日:2007/03/20(火) 23:17
- 「まさか…さゆが辻さんの為に…?」
「まぁさかぁ。辻さんの彼女さんが辻さんの為に作ったんだって。うまいよねぇー」
「…うん、うまいね…、ってなんでさゆがそれを持ってると?」
疑問に思い問いかけると急にもじもじしたようなしぐさを見せて
その人形を眺めてる。
「辻さんの事ほとんど知らないんだけど、偶然買い物に行った時に見かけて
その時辻さんのカバンにこれがぶら下がっててね。可愛かったからつい声掛けちゃったの」
「へぇ…」
「どこで買ったんですか?って聞いたら彼女が作ってくれたって言ったの。
だからさゆみも作りたい!と思って彼女さんに作り方教えてもらう事出来ないか頼んだら
辻さん困っちゃったのね。辻さんの彼女さんちょっと忙しいんだって」
「…そうなんだ」
「だからせめて少しだけ貸してくれませんか?っ言ったら彼女の許可が下りたらねって言われてて、
オッケーだったから今日借りに行ったの。ただそれだけだよ?」
「…そっか」
- 163 名前:_ 投稿日:2007/03/20(火) 23:17
- 確かにさゆはかわいい物好きだけどわざわざ借りて作ってまでするものだろうか。
さゆが右手に持ってる人形を見てみるけど可愛いと言えば可愛いがそれほどまでかは疑問だ。
「わざわざ借りてまでなんで?何するん?」
「何って…、これを真似してれーな人形作りたかったに決まってるじゃん」
「……は?」
「このボールをさ、ドリブルしてるみたいな感じにして作ったらー、あとれーなのユニフォームもね。
れーなって何番だったっけ?7番だったよね?」
楽しそうに話すさゆを見て思わずれいなは手で自分の口を押さえる。
さゆはれいなの為に作る気だったのを知ってなんとも言えなくなる。
さゆが誰かの事考えてたと思って勝手に嫉妬して勝手についてきて。
結果結局さゆはれいなの事しか考えていなかった。
だらん、と机に突っ伏すと上から「れーな?」なんてとぼけた声が聞こえてくる。
- 164 名前:_ 投稿日:2007/03/20(火) 23:17
- さゆの事好きなのか?
いや、そんなの認めない。認めたくない。
さゆはただの幼馴染。なのに自分から離れて欲しくない。
なんなんだこの気持ち。
誰か教えてくれないかな。
- 165 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/21(水) 02:44
- んー!心臓かゆい!w
何だかもやもやします。
- 166 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/21(水) 12:51
- いやぁ、初々しいですねぇ。
素敵です(*´Д`)
次回も期待してます。
- 167 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/31(土) 20:40
- 更新待ってます。
- 168 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/04/01(日) 23:55
- おもしろいです
- 169 名前:_ 投稿日:2007/04/03(火) 00:56
- >>165
心臓かいちゃってくださいませ(´ω`*)
>>166
作者が初々しくないのでせめてこの子達は、と頑張ってます|ω・`)
>>167
お待たせしましたヽ(;´Д`)ノ
>>168
ありがとです(´▽`*)
お待たせした挙句またサイドストーリーですがすみませんorz
- 170 名前:_ 投稿日:2007/04/03(火) 00:56
-
side:太陽
- 171 名前:_ 投稿日:2007/04/03(火) 00:57
- 「みんな、ありがとー!」
色とりどりのスポットライト。周りには大勢のファンと歓声。
笑顔で大きく手を振りながら今まで立っていたステージを後にした。
「おつかれー」
「あ、おつかれさまー」
スタッフの人からタオルを受け取るとメンバーが肩を叩いて通り過ぎていった。
今日で最終日を迎えたコンサートツアー。
終わったと言うのに入念に振り付けを確認してる子や、立ち位置を相談してる子。
終了後の反省会を開いてる子や歌の確認にも余念はない子。
みんな一生懸命だね、なのに私って何してるんだろう。
汗を拭きながらまるで住む世界が違うような感じでその様子をぼんやりと見ていた。
- 172 名前:_ 投稿日:2007/04/03(火) 00:57
- 人気アイドルグループ。私はそこに所属している。
しかしメインを張るほど歌唱力があるとは自分でも思っていないし、
バラエティ番組で面白いトークが出来るほど口も上手くない。
たまに思う、私は何故ここに存在しているのだろうと。
この世界には自分の意志で入った。
だけど思ったよりこの世界は厳しくて自分には合わない事を入ってすぐに知ってしまった。
もう辞めてしまってもいいかな、と思う事は何回もあったけど
歌もトークも出来ない私は何故か外見だけで人気を取ってしまい
事務所に推され辞める事も出来なくなってしまった。
楽屋に入って私服に着替える。
あんなにスポットライトを当てて目立っていたのに
今度は誰にも知られないように、目立たないようにしなければいけない。
華やかな舞台でみんなからの歓声を浴びながら笑顔を振りまいている私と
こうやって出来るだけ目立たない服を着込み誰にも知られないようにしてる私。
最近はこのギャップにも慣れたつもりだったけれどやはり疲れや悩みは日に日に蓄積されるようで。
- 173 名前:_ 投稿日:2007/04/03(火) 00:58
- 「タクシー来てるから。おつかれ、紺野」
「…おつかれさまです」
マネージャーさんに言われ用意されたタクシーで家路に着く。
こんな成人もしていないようなヒヨッコでも人気があればどんなに遠い距離でも簡単にタクシーに乗っちゃう。
メーターなんか気にしない。逆に近くたって乗れちゃう。
芸能人て羨ましい。そんな事を思っていたけれど逆を言えば一人で帰る事も出来ない。
たまにはフラッとファーストフードをその場で食べてみたりしてみたい。
誰の目も気にせずに好きなところに出かけたい。
芸能人になった代償は私の自由だった。
タクシーはゆっくり停まる。
降りると私の家。凄く綺麗で、凄く家賃も高い家。
普通に高校生をしてたら絶対住む事の出来ない家。
実家は遠いから一人暮らし。豪華なのに寂しい。
私は嬉しいの?こそこそしながら暮らして楽しいの?
- 174 名前:_ 投稿日:2007/04/03(火) 00:58
- 部屋の鍵を開けて真っ暗な部屋の電気をつける。
広い部屋。でも何もない部屋、誰もいない部屋。
私は寝るためだけにここに帰る。
一度猫か犬を飼ってみようかと思ったけど自分でも癒しも何も感じないこの部屋に
長時間一人ぼっちにしておくのはあまりにも可哀想なのでやめた。
鞄を置いてお風呂に向かい浴槽にお湯をはる。
勢いよく出てくるお湯を触りながら少し眠くなった。
明日も仕事、明後日も、そのまた次も。
休みがないわけではないけれど一日寝るだけで終わってしまう。
もう本当に辞めてしまおうか。
そうしたらもうちょっと楽が出来るかもしれない。
顔を隠す事は当分の間続けなきゃいけないかもしれないけど
人なんてそのうち忘れる。今は人気絶頂でもいつ人気がなくなるかなんてわからないのだし。
- 175 名前:_ 投稿日:2007/04/03(火) 00:58
- それでもなんとなく辞められないのはきっと心のどこかで続けたいと思ってる自分がいるから。
立ち上がってバスルームを後にする。
早くお風呂に入って早く寝ないと。疲れていると余計な事を考えてしまうから。
また明日はとびっきりな笑顔をしなければいけないのだから。
- 176 名前:_ 投稿日:2007/04/03(火) 00:59
-
- 177 名前:_ 投稿日:2007/04/03(火) 00:59
- 「今日の仕事はあんまり乗り気じゃないなぁ」
移動のバスの中、割と仲のいいメンバーと隣の席。
耳の中に入っていたイヤホンを取りながら彼女は呟いた。
今向かっている所は最近巷で流行っているフットサルの高校の全国大会会場。
うちの事務所や色んなアイドル事務所が芸能人のフットサルクラブを作りその大会を開こうとしている。
その先駆けに「私達はフットサルを応援します!」と言うキャッチコピーを引っ提げての
いわゆる宣伝活動としての応援だ。
何にも知らないくせに、何にも知らない私達が優勝したチームに優勝カップを授与する係らしい。
一生懸命スポーツに励んでいる人を何にも知らないアイドルが「凄いですね」とか
心にもない台詞を吐いて応援する姿が容易く想像が出来た。
- 178 名前:_ 投稿日:2007/04/03(火) 00:59
- 「あたしスポーツダメなのにやりたくないしさー」
「でも、本気でやらないだろうし…」
本気でやらない。
自分のこの位置がよくわからなくて芸能人をしてる私がまた他の事なんて本気になって出来るわけない。
私がそう言うと隣の彼女は「優等生キャラのあさ美ちゃんもそれならねぇ」なんて少し皮肉めいた言葉を言われた。
優等生キャラって何?私がここで維持していくためだけに与えられたモノ。
それは私であって私ではないのに。誰も本当の私なんてきっと見つけられない。
そして出来れば本当の私は見られたくない。
- 179 名前:_ 投稿日:2007/04/03(火) 01:00
-
- 180 名前:_ 投稿日:2007/04/03(火) 01:00
- 会場に入った瞬間大歓声が沸いた。
もちろんみんな私達が登場したから喜びと驚きの歓声。
少し前まではこんな歓声も心地良く思えたのに、今はできる事なら聞きたくない。
でも自然に行動として出るのは笑顔。仕事と思えばこんな事も容易く出来てしまう自分が嫌い。
みんなに手を振ってスタッフさんに促されて席に着く。
普通にスポーツ観戦だって人の目を気にしながら他の子たちは可愛い顔を作る。
私も笑わなければいけない、この映像はテレビに映るのだから。
それでも出来るだけ他のみんなの影に隠れるようにして私は一息ついた。
すると両耳を押さえたくなるような大歓声。
さっき私達が会場に入ってきた時とは比べ物にならないほどの人の声。
みんなの視線を追うと決勝で戦う2チームが入ってきたようで
私はその時彼女を見つけた。
- 181 名前:_ 投稿日:2007/04/03(火) 01:00
- 小さい体にお団子頭。旗を振って応援する観客に向けてVサインを掲げ眩しいほどの笑顔。
程なく会場からまるでコンサートの時のようなコールが聞こえる。
騒がしい会場は明らかに「辻」という名字を叫んでいた。
私は手渡された決勝戦のメンバー表を開く。
そこには「主将 辻希美 ゴレイロ」と書かれていた。
ルールやその辺は詳しくないけどなんとなくわかる。
辻さんはゴールを守る人。一人だけ違うユニフォームを着てる人。
太陽みたいに笑う人。
- 182 名前:_ 投稿日:2007/04/03(火) 01:01
- そして私はそれから辻さんから目が離せなくなる。
始まった試合。スタッフさんが教えてくれた情報によると、
辻さんのチームの攻撃陣がことごとく怪我に見舞われて万全の体制ではない事。
何回も何回も辻さんのいるゴールへとボールは飛んできたけれど
全てそれが辻さんの後ろに行く事はなくキャッチ、またははじかれていた。
あの人の後ろには見えない壁があるんじゃないだろうか、そんな風にさえ思える。
素早い動きと遠くを指差しながら指示をする姿に私は見惚れてしまった。
「なんかさ、あのキーパー凄いね?」
「うん!」
隣から話し掛けられていつになく興奮して返事を返してしまった。
すると隣のメンバーはそんな私を初めて見たかのように驚いた顔をしていた。
そりゃそうだよね。今までも、最近は特にこんな元気に、ましてや興奮なんてした姿見せた事ないもの。
- 183 名前:_ 投稿日:2007/04/03(火) 01:01
- 試合はどちらも点が入ることなくPKという形になった。
交互にシュートをして決めた方が勝ち。それくらいは知っている。
もちろんゴールを守るのは辻さんで、彼女がゴール前に立つとまた大歓声が沸いた。
まるでこの場所は彼女の場所。彼女がいていい場所、主役の場所。私とは違う。
いてもいいのか悩んでおどおどする私の顔とは大違いで辻さんは真っ直ぐ人差し指を立てて右手を上げた。
やる気のないと言っていたメンバーも今や真剣な顔で試合を見つめている。
1本目に放たれたボールは辻さんの出す威圧感に負けたのか的外れな方へと飛んでいった。
悔しがる相手チームの子を真剣な顔で見据え、辻さんは移動した。
今何を思ったのだろう。先ほどのはしゃいでいた顔とはがらりと変わった。
2本目に放たれた辻さんのチームのボールはキーパーの真正面に飛んで行きはじかれた。
うなだれるチームメイトに向かって彼女は親指を立てて笑った。
どうしよう、目が離せない。この緊迫した試合の事じゃない。
一瞬で会場を盛り上げて一瞬で私の心も掴んでしまった彼女に。
- 184 名前:_ 投稿日:2007/04/03(火) 01:01
- その後も止めたり止められたりが何回も続き、次に出てきたキッカーは辻さんだった。
これを蹴る前に辻さんは止めている。これが決まれば優勝が決まる。
会場に流れる「辻」コールはこの建物を揺らす。この会場は彼女の物。
もはやこの試合の主役は辻さんしかいなかった。
芸能人でトップアイドルの私達なんてかすんで見えないくらい。
思い切って飛び跳ねるようにして蹴り上げたボールはゴールネットを揺らす。
再び大歓声と辻さんに抱きつくチームメイト。
思わず私もやったぁ、と呟くと隣のメンバーもそんな私にはもう驚く事もなく「やったね」と答えてくれた。
羨ましい。自分の好きなことをしてみんなから大歓声を浴びる。
嫌々してるわけではない。心から楽しんでいる。
私も最初はそうだったのにいつからこうなってしまったのか。
- 185 名前:_ 投稿日:2007/04/03(火) 01:02
- スタッフさんに促されて観客席から降りて表彰台へと向かった。
興奮冷めやらぬ会場に私達が降りた事でまた盛り上がる。
ここが見せ場と言わんばかりに他のメンバーはあらゆる所に手を振るけれど
私は隅で汗を拭く辻さんを見る。乱暴に拭いた後、辻さんは何かに気がついたようにこちらを見た。
私の視線に気がついたんだ。
とっさに深くお辞儀をしてしまった。なんて場違いな行動を取ってしまったんだろう。
後悔したものの他のメンバーは見ていないし、客席の人たちも手を振っているメンバーを見ていて。
ただ一人辻さんだけが私を見ていた。
お辞儀をした私に誇らしげにまたVサインを掲げて笑った。
その笑顔に導かれるように私の足は自然と駆け出していた。
行き先は、もちろん辻さんの所。
走ってきた私を不思議そうな顔で見ている。呼吸が整わない。
必死に落ち着かせて深呼吸をするとそれをちゃんと待ってくれた。
- 186 名前:_ 投稿日:2007/04/03(火) 01:02
- 「あの…!凄く、かっこよかったです。…凄いなぁって思いました」
何を言ってるんだろう。いきなり走ってきて何を言い出すかと思えば
まるで小学生の感想みたいな言葉しか出てこない。
もっと、もっと言葉をちゃんと選べばよかった。
でも目の前の彼女は私の感想が稚拙だとかそんな事考えてはいなかった。
「へっへー、あんがと!今日はねー、のん調子良かったんだー。
最後だし優勝かかってんし負けられねーって思ってたんだ」
ただそのまま私の言葉を聞いて嬉しそうに笑った。
なんて輝いてるんだろう。
全国ネットのテレビに映る私よりもはるかに輝いている。
その後の言葉が続かなかった。
すると目の前で笑う彼女の口が動き出す。
- 187 名前:_ 投稿日:2007/04/03(火) 01:02
- 「あのさ…」
その瞬間私はぐいっと手を引っ張られた。引っ張ったのはメンバーの子。
「あさ美ちゃん!表彰式だから行かないと!」
「…え…あ…」
手を引かれて強制的に歩かされている私は必死に振り向いて辻さんの顔を見ると
タオルを首にかけて私に手を振った。
「ばいばい、またね。えっと、あさ美ちゃん」
彼女はそう言った。
- 188 名前:_ 投稿日:2007/04/03(火) 01:03
-
- 189 名前:_ 投稿日:2007/04/03(火) 01:03
- それからしばらく太陽を見ることはなかった。
相変わらず仕事は忙しいし、そもそも生きている世界がまるで違う事を痛感した。
アイドルの中でも始まったフットサルで私は辻さんと同じゴレイロになった。
みんなは「顔に当たったら嫌だし」とか「あんまり目だたなそう」と言って
そのポジションはがら空きだった。私にとってそれはとても好都合だった。
こんな小さい事でも何か共有できる物があればと思っていたから。
辻さんもここでこう立っていて、こう思ってる。少しでもわかるようになりたかった。
しかし芸能界での仕事とフットサルを両立させるのは思ったより大変で
ますます休日は睡眠時間のみで当てられるようになってしまった。
- 190 名前:_ 投稿日:2007/04/03(火) 01:03
- そんなある日の帰り道。
帰り道と言っても当然タクシーに乗ってるけれど。
今日も疲れたなぁ。そんな事を思いながらぼぅっと外を眺めていると目に入った姿。
「あぁ!と、停めてください!降ります!」
驚いたタクシーの運転手さんは何回も「ここでいいの?」と聞いてきたけれど
私はかまわずお金を払って車から飛び降りた。
もちろんその後は目立たないように深く帽子をかぶって。
スポーツドリンクを右手に持って大きなスポーツバッグを担いで。
間違いない、あの後姿は絶対に。
でも前を歩く彼女は私の存在など気がついていない。
はやく、なんとかしないと行ってしまう。
- 191 名前:_ 投稿日:2007/04/03(火) 01:04
- 「つ、辻さん!」
大声で呼ぶと周りの人が驚いたように私を見る。
しまった、と思いかぶっていた帽子をもっと深くかぶる。
呼ばれた辻さんは振り向いてきょろきょろしている。
そりゃそうだよ。名前呼ばれたのに呼んだ本人が隠れてるんじゃ探せるわけない。
早歩きをして辻さんに追いついて服を掴むと逃げずに立ち止まってくれた。
誰なのか全然わからないはずなのに振り払ったりもせずに。
「誰?」
辻さんが少し背を低くして覗き込んできたので私と目が合った。
一瞬驚いた表情になった後、すぐに笑ってくれた。
「えっとー、あさ美ちゃんじゃん。すげー偶然しかも久しぶりー」
「…!しー…!」
大声で名前を呼ばれたのでとっさに辻さんの口を押さえると
また驚いたようにもごもごと口を動かしている。だってばれると大変だし。
私の隠したい、と言う気持ちに気がついたのか辻さんは無言で私の手を引いて
早足で歩き出した。これに驚いたのは私の方で。一体どこに。
- 192 名前:_ 投稿日:2007/04/03(火) 01:04
- 辻さんの足が止まった場所は古い感じの建物の前。
どこだろう、と戸惑っていると「ここ、のんの寮」と言って階段を登り始めた。
遠くなる後姿を見てどうしようか迷っていると「おいで」と言って私を招いた。
部屋に入るとベット、テーブル、スポーツ雑誌くらいしか置いていない殺風景な部屋だった。
見た目が少し子供っぽくてやんちゃな子のイメージがあったから
色が黒と白しかない部屋に少し驚いた。
辻さんは「ふんふーん」と鼻歌を歌いながら荷物を置いて上着を脱いでその辺に放り投げた。
その様子をぼーっと見てはっと思い出す。私、今どこにいる?
気になって憧れていた辻さんの部屋にいるじゃないか。
「足くずしていーから」
「は、はい」
「こんなのしかないんだー」
そう言って手渡してくれたのはスポーツドリンクだった。
辻さんはキャップを捻りあけるとそれを一気に飲み干した。
- 193 名前:_ 投稿日:2007/04/03(火) 01:05
- 辻さんは何で私を連れてきたんだろう?私が芸能人だから目立たない所に連れてきたのだろうか?
疑問に思っていると目の前の辻さんはテーブルに肘をついて口を開いた。
「あさ美ちゃんてさ、のんと同じくらいの歳?それとも上なんかな。大人っぽいもんね」
「いえ…、おそらく同い年です」
「あ、そうなんだ。じゃあ敬語使わなくていーじゃん。てかのん元々使ってなかったし」
「…そっか、そうだね」
私が笑うと辻さんの「にひひ」と笑って見せた。
そしてその後思いがけない言葉を口にする。
「んでさ、あさ美ちゃんってどこの高校行ってるの?フットサル部の子?
てかなんであの大会にゲスト参加みたいな感じでいたの?ひょっとして偉い人?」
「…え」
私の驚いた顔を見て不思議そうにしていた。
- 194 名前:_ 投稿日:2007/04/03(火) 01:05
- 辻さんは私の事を知らなかった。毎日のようにテレビに出ていて国民的アイドルグループと呼ばれる
グループのメンバーの一員を。自分の知名度って思ったよりなかったんだなぁ。ちょっとガッカリ。
ふとその辺に散乱してるスポーツ雑誌を見ると特集が組まれてる。これは見覚えがある。
アイドルがフットサルを始めるという記事。
私はそれを手に取り何ページかめくるとそこを開いて辻さんの目の前に差し出した。
「…コレ、私なんだ」
「…え?」
差し出された雑誌をガバっと勢いよく取った後、私の顔の横にそのページを合わせて
交互に見比べてる。そのページにはゴールポストの前で集合して撮影してる写真が載っている。
「どええええええええええええええええ?」
思いっきり雑誌をどこかに投げて私を指差して驚いている。
あ、そうか。芸能人の私が有名じゃないから知らないんじゃなくて
元々私が何者なのかさえ辻さんは知らなかったんだ。
「げ、げーのー人だったんだ!あさ美ちゃんって!」
「うん、そうなんだぁ」
- 195 名前:_ 投稿日:2007/04/03(火) 01:06
- 驚き方が大げさで面白くて思わずくすり、と笑ってしまった。
すると辻さんはばつが悪そうに頭をかいて苦笑いを浮かべた。
「ごめん…見てくれるとわかると思うんだけどこの部屋テレビなくて…。
元々あんまり興味がないから見ないし、芸能雑誌みたいのも見ないから…」
「いいよ、何で謝るの?私のいるグループがわかるのに私だけわからないのかと思ったぁ。
でもそうじゃなきゃ全然かまわないよぉ」
「そっか、でも知んなかったーまじで。ふぇー、芸能人がのんの家に今いんのかー」
腕を組んで何故か誇らしげに私を見ると「そうだ」と何か思いついたように
慌てて引き出しから小さなノートとボールペンを取り出した。
そしてそれを開いてサラサラっと何かを辻さんは書いた。
- 196 名前:_ 投稿日:2007/04/03(火) 01:06
- 「これねぇ、のんのサインなんだ。あさ美ちゃんにあげるー」
「…え?」
サインを求められるのはしょっちゅうだったがサインを貰ったのは初めてかもしれない。
しかも、同じ芸能人ではなくて普通の高校生に。
どうすればいいかわからなくて戸惑っていると辻さんは口に手を当てて「オホン」と咳払いをした。
「これからのん有名になるからレアだよコレ。しかも何回も練習して完成した自信作だから!
初めて誰かに渡すけど、コレ記念すべき1枚目ね。ホイ」
自分で有名になる、って言う人も珍しい。私はくすくす、と笑ってありがたくいただいた。
すると辻さんはこそこそっと近づいてきて私の耳元で小さな声で話す。
「だからあさ美ちゃんのサインと交換って事で」
そう言った後「てへ」っと笑って見せた。やっぱり八重歯の可愛い女の子だった。
- 197 名前:_ 投稿日:2007/04/03(火) 01:06
-
- 198 名前:_ 投稿日:2007/04/03(火) 01:07
- 私とのんちゃんはそれから遊ぶ事が多くなった。
のんちゃん、と呼ぶようになったのは割と早い段階で「辻さんって呼んだらなんかおごる事ね」と
勝手に約束事を作られてしまったからだ。何回かはおごらされたけどもう最近は慣れた。
のんちゃんと会ってから私は良く笑うようになった。と、みんなに言われる事が多い。
つまらなかった仕事も相変わらずつまらなくはあるけれど、
私が芸能人と知ってからのんちゃんは私の出る番組を隣の部屋の子のテレビで見てるから
なんとなくいい所を見せたいな、なんて思って頑張ってる。
私がオフの日とのんちゃんの休みの日がかぶると私はのんちゃんの寮に遊びにいく。
二人とも仕事や学校で疲れているからどこかに遊びに行ったりとかはなくて
ひたすら部屋でまったりと過ごしていた。
のんちゃんはとても甘えん坊で私が座って本を読んでいると「ひざまくらー」なんて言いながら
いつもごろりと寝転んで私を見上げては笑う。
そんな彼女を見て、私はいつも心中穏やかではないのだ。
- 199 名前:_ 投稿日:2007/04/03(火) 01:07
- 「のんちゃん重いー」
「えー?重くないよー。…多分」
「ふっ、多分って…あはっ」
「いやまぁ、ほら筋肉質だから、のん」
「頭も筋肉質?」
「…んー、頭は空っぽだから軽いはずなんだけどなぁー…ってオーイ」
他愛も無い会話をしては私達は良く笑った。
そして私は自分自身の気持ちを確信したのである。いや、確信なんて当の昔にしている。
私はこの屈託のない笑顔を見せて笑うのんちゃんが大好きなんだと言う事を。
そんな事も知らずに無邪気に私に話をする。
「…んでさー、先輩でまいちゃんって人がいるんだけどきれーなのにおやじでさー
よっちゃんと同じでジャージで出歩くんだよー。あ、よっちゃんも一応先輩ね。んでさ」
「のんちゃん」
のんちゃんの言葉を遮るときょとんとした顔で私を見上げる。
いつも私はのんちゃんの楽しそうに話す姿を笑って聞いていて
話の途中で止めたりする事はないからきっと驚いているんだと思う。
- 200 名前:_ 投稿日:2007/04/03(火) 01:08
- 「どしたの…?」
「…あのね、私、のんちゃんに憧れて、私も今ゴレイロしてるのは、
前言ったから知ってると思うんだけど…」
「うん?知ってるよ」
「今更その話?」なんて首をかしげてる。
違う、違うんだけど。こんな話がしたいんじゃないんだけど。
そんな目で見つめられたら言いたい事も言えなくて。
膝枕をしてる足を崩すとのんちゃんも軽く避けてそのまま床に頭をつけた。
そしてまた私の様子を伺っている。あー、もう。
- 201 名前:_ 投稿日:2007/04/03(火) 01:08
- 「…ん…?!」
私は寝転んでいるのんちゃんの唇に自分の唇を重ねた。柔らかい、そんな事をこんな今考えてしまった。
唇を離して恐る恐る目を開けると目を丸くして放心状態ののんちゃんがそこにはいて。
どう思っただろう。いきなりこんな事。もう仲良くする事出来なくなっちゃうかな。
でも抑える事が出来なかった。
のんちゃんはのそりと起き上がると後ろ頭をかいて私の方へくるりと振り向いた。
「…かっこわりぃ。絶対初めてはのんからって思ってたのに。
あさ美ちゃん、見た目と違って結構大胆だね」
そう言った後、私の言葉を待たずにのんちゃんは私にキスをした。
- 202 名前:_ 投稿日:2007/04/03(火) 01:09
-
- 203 名前:_ 投稿日:2007/04/03(火) 01:09
- 「…それが私達の出会いって言うか、始まりなんだ」
目の前で目を大きく開いて半分にやけながら「うんうん」と頷いていた従姉妹に
のんちゃんと付き合った馴れ初めを話した。
別に誰かに話したかったわけじゃなかったんだけどあまりにもしつこいから、仕方なく。
「いいなぁー、あさ美ちゃんは。あたしガキさんとはそんな運命的なもんなかったからなぁ」
「二人が出会った事がすでに運命的なんだからいいんじゃない?」
「わぁー、大人の発言やわ。あさ美ちゃん大人になったね」
愛ちゃんがちょっと子供過ぎるんだよ、とは言わなかったけど。
「んで、話しながら作ってたそれはなんなの?」
「え…?これは、のんちゃん人形…。大学に入ってちょっと会える時間減っちゃったし
これつけてくれてたら私の事思い出してくれるかなぁって…」
「器用やなぁ、あたしには無理やわ」
- 204 名前:_ 投稿日:2007/04/03(火) 01:10
- あはは、と笑って作りかけの人形を目の前で揺らしてみせる。
笑ってるのんちゃん。我ながらちょっと上手く出来たと思う。
彼女は太陽。
私も彼女に負けないようにみんなを照らせるような存在になりたい。
「あ、そろそろ仕事かもー」
「あぁ、がんばれー」
手を振る従姉妹に笑顔を見せて私はいつもの場所へと向かう。
立つ場所は違えど自分が輝ける場所を再度教えてくれた人に感謝をして。
紺野あさ美、愛する人の為に今日も頑張ります!
- 205 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/04/03(火) 10:18
- 面白いです
これ見て余計愛ちゃんとガキさんの出会いも見たくなりました
- 206 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/04/03(火) 13:27
- サイドストーリーかよ!とツッコミを入れそうになりましたが、とても面白かったです。
さゆれなも待っております。。。
- 207 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/04/03(火) 17:53
- 読んでて涙でました。実際に紺ちゃんが考えた事がありそうな内容で…
辻ちゃんは自分も太陽だと思う事があります。
二人ともガッタスのゴレイロとして、これからも頑張ってほしいものです。
- 208 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/04/04(水) 02:39
- いやぁ、サイドストーリーも面白いですね!
本編の方も楽しみにしてます。
- 209 名前:_ 投稿日:2007/04/11(水) 09:59
- >>205
とりあえずサイドとして出てくる予定はありますが、今は白紙です(;´∀`)
>>206
ツッコミが来るだろうなと予感はしていましたw
>>207
書いてる最中に某事件があった為かますます辻さんが太陽に見えました。
頑張って欲しいです、彼女には…。
>>208
本編お待たせしました。と言っても少し少ないかもですが(;´Д`)
- 210 名前:_ 投稿日:2007/04/11(水) 09:59
-
10.トライアングル
- 211 名前:_ 投稿日:2007/04/11(水) 10:00
- さゆの事を意識し始めてから1週間ほど経つ。
いつ、どんな時でもれいなの事を考えてる幼馴染。
自分が一番好きだったくせにいつの間にかれいなの事を一番にした。
それは自分勝手な事でれいな自身も半分は呆れ、
勝手にそんな事、と少し腹も立ったはずなのに。
そしてれいなのかばんにはいびつな人形がつけられている。
「初めてにしては上出来なの!」って無理矢理つけられたが人形の顔が怖い。呪われそうだ。
肩から少し綿も出てる。このれいな滅茶苦茶弱そうだ。そもそも引退してからこういうのって遅くないのか。
みきねぇに見せたら「何?妖怪?」って言ってた。これはさゆに耳に入れない方が良さそうだ。
松浦さんに見せたら「青春ねぇ〜」って言ってた。言い方がちょっとおばさん臭かった。
これも松浦さん本人の耳に入れてはいけない、絶対。
- 212 名前:_ 投稿日:2007/04/11(水) 10:00
- 背伸びをしながら上の方に目線を移す。只今の時間午前11時回った所。
約束の場所、駅前の時計塔前にれいなはいた。
話があるから明日会えないか、と呼び出されたのだ。
話など前に終わったような気がして今更他に何があるんだろうと思ったけれど、
折角の休日も特に予定などない寂しいスケジュール帳に少しでも書き込まないと可哀想な気がしたから。
れいなじゃなくてスケジュール帳がね。
「れいな!ごめん、待ったぁ?」
「ううん、今来た所やけん」
「そっか、良かった」
目の前に現れたのはえり。会うのはガキさんの事の報告の日以来だ。
あの日に一応携帯アドレスを交換していたけれど特に連絡を取り合うこともなかった。
えりがガキさんに振られてからどうなったのか少し気になっていたから呼び出されて丁度いいのもあった。
- 213 名前:_ 投稿日:2007/04/11(水) 10:01
- 「とりあえずどっか入ろっか?どこに行く?」
「どこでもいーと」
「んじゃラブホでもいこっか」
「は?!」
「じょーだん」
目を丸くして驚くれいなの肩をポン、と叩いて笑いながら先を歩いていった。
こいつ殴ったろか、と思いながら手をグーにしたけど「じゃあどこにいこっかなぁ」なんて
普通なら少し楽しそうな表情で言うのが普通なセリフなのに
周りを見渡す表情が何故かとても寂しそうだったので何も言わずにおとなしくついて行った。
「ここにしよっか」と着いたのはさゆと来た喫茶店。れいなは頭を抱えて少しよろめいた。
さゆがいるはずは多分ないとは思うが何もここに来なくても。
ここはれいなの尾行がばれて追求されるという情けない事があった場所なのに。
というかどこまで二人の趣味は似ているんだろうか。
- 214 名前:_ 投稿日:2007/04/11(水) 10:01
- 「どーしたの?ここおいしーし、店の中も凄く可愛いんだよー」
「…知っとる」
「え、そうなんだ。初めてかと思ったぁ」
カランカラン、と鈴の音。店内に入ると甘い匂いが広がっていた。
確かに可愛いしケーキも美味しかったんだけど。
店員に案内されて着いた席はあの日座った席と同じでまたも座るのを躊躇してしまう。
ここまで一緒になるのはもはや運命なのですね、神様。
「どーしたの?」
「…別に」
席についてメニューを眺めるといろいろ美味しそうな物がある。
この前は強制的に決められたから今日は好きなものを選ぼう。
当店おすすめマークのついているチーズケーキを選ぶと、えりはこの前れいなたちが食べたショートケーキを頼んだ。
なんとなくそれを無言で見つめていると「どうしたの?」なんて声をかけられて。
追求に言葉を濁して適当に飲み物を頼んで着ていた上着を一枚脱いだ。
- 215 名前:_ 投稿日:2007/04/11(水) 10:02
- 「で、今日は何の話があったと?」
「あー、それはケーキが届いてからしよ」
「え、まぁいいけど…」
メニューをテーブルの端に片付けて目の前に座るえりを見ると携帯を取り出してメールを打ってるようだった。
手持ち無沙汰になったので水と一緒に出てきたおしぼりで手を拭いた。
何の用なんだろうか。ガキさん関連の事ならもう終わった事だろうけどあの後何か進展があったんだろうか。
実は高橋さんとガキさんが別れたとか。もしかして、略奪したかこのふにゃ女。
「よし…、とすぐ来るみたいだから」
「え?まだ誰か来ると?」
「うん」
てっきり二人で会うのだと思っていたけれどそれは違っていたようだ。
えりとれいな。多分この二人に共通する人が来るんだろうけど一体誰だ。
思いつくのは二人しかいない。一人はガキさん、一人はさゆ。
出来れば後者じゃない方がれいな的には助かるのだが、前者が来た所でどうなるんだろうか。
ガキさんの事は先輩として友人として大好きだけど今この状況でえりと隣に並ばれても
どうすればいいかわからないので気まずいんだけれど。
- 216 名前:_ 投稿日:2007/04/11(水) 10:02
- 鼻歌を歌いながら水を飲んでいるえり。
その様子を見ながら内心どきどきしながらこれから来る人物を待った。
カランカラン、と鈴の音。
出入り口に背を向けて座ってるれいなからは見えないが、向かいに座っているえりは
何かに気がついたように笑って手を振る。
誰が来たのかと振り向こうとすると入ってきて人はすでにれいなの席横に来ていた。
「ごめん、待った?」
「ぜーんぜん!待ってないですよ。ね?れいな」
「…う、うん」
来た待ち人。目の前に立っているのは思いもよらない人物だった。
確かに、少し考えれば出てくる人物かも知れないが、まさかえりが呼ぶとは。
- 217 名前:_ 投稿日:2007/04/11(水) 10:02
-
- 218 名前:_ 投稿日:2007/04/11(水) 10:03
- 「久しぶりやねぇー、いつぶりくらいだっけ田中ちゃん」
明るく笑顔で話すのはガキさんの恋人の高橋さんだった。
店員さんに手を上げて高橋さんは「レモンティーお願いします」と言うと
えりの隣にちょこんと座った。えりも「どうぞどうぞ」なんて言いながら笑顔で。
あれ、この二人って言わばガキさんを取り合ったライバルみたいな感じじゃないの?
なんでこんなに仲良さそうになってんの?
先に届いたホットココアのカップを両手で持ち、ズズズ、と飲んで目の前の二人を観察する。
仲が良さそうに終始早口で話す高橋さんとそれを笑顔で聞くえり。
元ライバル同士ってこんなに仲良くなるもんなのか。うーん。
まぁ、それは置いておいて。えり、高橋さん、れいな。この3人が集まって一体何を。
「れいなを呼んだのはさ、他でもないんだけどー」
喋りながら1冊の大学ノートをえりが取り出した。
ペラペラと何ページかめくった後開いてテーブルの上に置く。
- 219 名前:_ 投稿日:2007/04/11(水) 10:03
- 「なん、これ?」
「実はさぁ、大学のサークルを最近作ったのね。キックベースボール同好会」
「き、きっくべーすぼーる…?」
「で、そのキャプテンが愛ちゃん」
名前を呼ばれて向かいに座る高橋さんは「どうもぉ」と言いながら笑う。
しかしその会話についていけないれいなは思わず首を捻る。
大学でサークルを作った。キックベースボール。
アレでしょ、蹴る野球みたいな。
それは別にいいとして。
「…れいなに何の関係が?」
「今度練習試合があるんだけどー、人数が足りなくてさぁ。1チーム7人なんだけど」
「…それで?」
「れいな出てくんないかなーと思って」
「はぁ?」
何の話かと思ったらそんな事。
えりと高橋さんが一緒にいるからもっと殺伐した話が繰り広げられるかと思ったのに。
いや、別にそれを期待していたわけではないんだけど。
隣り合って笑顔で話なんてなんかおかしな光景に見えて。
- 220 名前:_ 投稿日:2007/04/11(水) 10:04
- 「れいな、高校生なんけど…」
「あ、別にわっかんないって。1回くらい試合しておかないと存続の危機なんだよー。
ね、愛ちゃん?それにガキさんも困ってるし助けてよー」
「え、ガキさんも一緒なの?」
ぎょっとして目が丸くなる。
えりはガキさんの事が好きで、でもガキさんは高橋さんと付き合っていて。
三人が一緒って凄くない?喧嘩とかにならないの?
「田中ちゃんが良ければお願いしたいんやよー。大丈夫、皆初心者やしミスしたって誰も怒ったりせんわ」
「はぁ…」
3人の事情を知ってるからやりにくいし、そういう問題でもないんだけどなぁ。
部活は引退したけど一応受験生だし。
エスカレーターだけども。
「ごめん、ちょっとトイレ」
話の途中で高橋さんは席をはずしトイレへと向かった。
その後姿を見てから少し小さな声でえりに先ほどからの疑問を投げかける。
- 221 名前:_ 投稿日:2007/04/11(水) 10:04
- 「ねぇ、えりと高橋さんってガキさん取り合った仲じゃなか?
一緒にいて辛くなかと?」
「取り合った、って…」
れいなの言葉を聞いてえりは少し困った顔をしてからテーブルに置かれたケーキを一口食べた。
それを少し味わってから落ち着いてポツリと言葉を漏らす。
「ガキさんに告白とかしてないし、えりがガキさんの事好きだったなんて二人とも知らないよ。
言うつもりもないし、これからどうこうしようって気もないしねぇ」
「…辛くなかと?」
好きだった人と同じサークルに入って、その好きだった人の恋人も一緒で。
れいなはみきねぇに恋したけど、それは若気の至りというかちょっと違う物だったから別にいい。
でもえりは本当にガキさんの事が好きだったはず。
「辛くない、って言ったら嘘かもしれないけどでもこれでガキさんと距離を置くのは嫌だし…。
愛ちゃんともね、ガキさんを通じて仲良くなったんだぁ。だからいいかなって」
「へぇ…」
えりもさゆも強いな。へこたれる事無く頑張ってる。
- 222 名前:_ 投稿日:2007/04/11(水) 10:05
- れいなにはきっと無理だろうな。一回ダメになってしまったら避けてしまいそうだ。
きっと目も合わす事も出来なくなって、喋れなくなって他人になってしまうんだろうな。
えりがふと視線をれいなの後ろの方に向けるので高橋さんが戻ってきたと感じた。
「ただいまー。ゴメン!ちょっと呼び出されてもう行かないといけなくなっちゃった。
話途中だったけど田中ちゃん、考えておいてくれると嬉しいな」
「あ、ハイ…」
「じゃぁまたのー」なんてとぼけた様な声で言いながら嵐のように去っていった。
えりはミルクティーを一口飲んで静かにテーブルに置いた。
「多分、ガキさん。今日ガキさんが愛ちゃんとデート、って言ってたから。
その前に少し、顔見せるだけでいいからって愛ちゃんをここに呼んだの」
「そうなん」
「愛ちゃん良い人だよねぇ?ていうかおもしろいって言うか」
「そやね」
「…でもね」
- 223 名前:_ 投稿日:2007/04/11(水) 10:06
- 一息ついて窓の外を見るえり。
それにつられてれいなも見ると高橋さんがどこかへ向かっているのが見えた。
今からガキさんとデート。待ち合わせの場所へ向かう。
ちらりと視線を移すとやはりどこか辛そうな表情のえりがいて。
「…ホントはちょっと辛かったりするんだぁ、ガキさんと愛ちゃんといると。
れいなは全部知ってるからさ、いてくれたらいいなって思ったんだ。れいなを誘ってみたいなって提案したら
二人ともそれいいね、って賛成してくれて…。れいなを利用してるみたいで悪いとは思うんだけどさぁ…」
「…そんなん気にしなくてもよか。利用できるもんは利用してたらいいと。
別にあと参加しても構わん。どうせ暇してるし何もしないと体鈍るし」
「ホント?」
「よかったぁ」とふにゃっと笑う。でもそれはまだどこか悲しそうで。
いつか本当に笑ったえりが見たいと思った。
そして心から笑った時の顔が見たい。
その時はれいなもすぐ傍にいたいと何故だか思った。
- 224 名前:_ 投稿日:2007/04/11(水) 10:06
- 「…れい、な?」
「…あ、ゴメン…」
それは本当に無意識だった。
無意識に手を伸ばしてえりの頬を触っていた。
また泣いているんじゃないだろうか、そんな事でも思っていたんだろうか。
驚いてる目でえりが見るものだから恥ずかしくて顔を逸らした。
別にそんな顔で見なくてもいいのに。変な事だったのかな。
ただ、泣かないで欲しいと思った。誰かの事を考えて泣かないで欲しいと思った。
泣く姿を見るのは苦手なだけだ。ただそれだけだ。
- 225 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/04/11(水) 22:59
- れなさゆVSれなえり的な展開を期待しちゃってもよいのかな?ハァハァ
自分は後者を応援しますw
しかしれいなは優しすぎるなぁ……こういう時にそういうことするのは、ある意味反則ですよw
- 226 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/04/12(木) 00:30
- いやぁ、青春ですねぇw
れいなの優しさが何とも言えないです。。。
これからどうなっていくのでしょうか?
- 227 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/04/21(土) 04:25
- 素晴らしい文章の表現能力に脱帽しました
- 228 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/04/23(月) 20:42
- う〜ん、おもしろい!
- 229 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/05/13(日) 16:27
- こ、これは…
名作みっけ
- 230 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/06/15(金) 22:42
- 続き待ってます!!
- 231 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/06/16(土) 00:21
- ochi
- 232 名前:_ 投稿日:2007/06/19(火) 23:26
- ええと…だいぶ遅くなってしまいました…。
そんなに更新量もありませんがとりあえず…。
>>225 れなえり派ですか、ふふふ…|ω゚)
>>226 これからは…どうなっていくのでしょうか(;´Д`)
>>227 いえ…そんなことはないのです|ω・`)
>>228 ありがとございます( ;´・ω・`)
>>229 そんなことは…|д゚)
>>230 遅くなりまして・゚・(ノД`)・゚・。
>>231 わざわざどうもです(´▽`*)
- 233 名前:_ 投稿日:2007/06/19(火) 23:26
-
11.幼馴染の憂鬱
- 234 名前:_ 投稿日:2007/06/19(火) 23:27
- 「えー、…なにソレさゆみ聞いてないんだけど?」
もうみんな帰ってしまった教室で不満げなさゆの声が響く。
必要以上に大きな鏡を見ていたさゆだったけどれいなの言葉に眉をしかめてこちらを睨むようにして見た。
れいなはと言うと一番上に書いてある文字が届かなくて四苦八苦しながら黒板の字を消していて。
あの先生こんなに上まで文字書かなくていいのに、背伸びしたって届きやしない。
「だーかーら、今言ったと。仕方ないけん、困ってるって言っとうし
れいなだって嫌々、しぶしぶ、ホント仕方なく行くし」
鏡を片付けて教卓に覆いかぶさりながら唇を突き出してさゆはれいなを見上げる。
明らかにれいなが大学のサークルに加わるのが不満なようだ。
そんな目で見られるとなんだか自分が誰かに気があって下ゴコロありのやましい事をしてる感覚になる。
とはいえれいなとさゆは何かあるわけではない。
なのになんだか浮気をしているの様な、そんな気分。
- 235 名前:_ 投稿日:2007/06/19(火) 23:27
- 「あー、もう!上届かん!さゆ、上消して」
ごまかすようにその不満顔の目の前に黒板消しを差し出すと、
さらに嫌そうな顔をしつつも、半ばふんだくる様な形でさゆはそれを受け取った。
「もう…」なんてブツブツ言いながらもちゃんと綺麗に消してくれている。
ふと、れいなはそんなさゆをじっと見てみる。
中学生くらいまではそれでも数センチしか変わらなかったはずの身長が
いまや少し見上げる形になってしまった。何食べたら身長って高くなるんだ。
牛乳か?牛乳を飲んだらいいのか?
「………で?」
「え?」
「ガキさんと高橋さんと、えり、だよね」
「そうだよ。まぁ後誰がいるのかは知らんけん」
一番上の文字を全部消して黒板消しを置いた。
深くため息をついてうつむいてる。なんだろ、何考えてるんだ?
首を傾げてみていると急にこちらに勢いよく振り向いた。
- 236 名前:_ 投稿日:2007/06/19(火) 23:28
- 「…さゆみもやろっかな!」
「え…、さゆ運動音痴やん。しかも球技だよ?一番の苦手分野じゃん?」
「う…」
バスケ部に最初入部したさゆの姿は見られたものではなかった。
昔から運動音痴なのは知っていたけどはっきり言うと酷かった。
ガキさんは「ふざけてんの?」って眉を寄せて真顔で聞いていたし
その言葉を聞いて苦笑いして見つつもれいなにもふざけてるようにしか見えなかった。
「まぁ…出来ないからしないけどさぁ…。
んー、よし!じゃぁマネージャーしよっかな!いないでしょ?マネージャー」
「まぁ存続の危機ぐらいの同好会みたいだしいないんじゃない?」
「マネージャー歴はこれでも長いし!決めた!さゆみもマネージャーとしてついて行く!」
手についたチョークの粉をパンパン、と勢いよく掃って鞄を手に取った。
「待たせたお詫びに何かおごってよ」
「…はぁ?勝手に待ってたのそっちやん」
「何か文句あるの?」
「文句って…」
「れっつごー!」
- 237 名前:_ 投稿日:2007/06/19(火) 23:28
- やれやれ、いつまでこのわがままお嬢様に付き合うことになるのやら。
ため息をつきつつも顔は何故か笑ってしまう自分がそこにいた。
- 238 名前:_ 投稿日:2007/06/19(火) 23:29
-
side:愛する人は泥棒
- 239 名前:_ 投稿日:2007/06/19(火) 23:30
- 「ままー」
「なぁに?さゆみ」
「さゆみってかわいいー?」
「もちろん、さゆみは誰よりも一番可愛いのよ」
「えへへ〜」
ずっとそう言われて育ってきた。
親が可愛いというからには可愛いと思うし、自分で鏡を見ても可愛いと思った。
運動出来ないけど可愛いって言われてたし、歌も上手くないけど可愛いって言われてた。
今思うと顔が可愛い事しか取り柄が無かったんだと思う。
可愛いって言う言葉はごまかす言葉。
それに気がついたのは結構大きくなってからだったけれど。
- 240 名前:_ 投稿日:2007/06/19(火) 23:30
- 幼稚園の頃、さゆみの周りにはいつも男の子がいた。
あそぼうあそぼう、ってうざったいくらい誘われて、でも悪い気はしなかった。
さゆみは可愛いからモテるんだ。普通にそう思ってたから。
「ねぇ、さゆみちゃんこっちでぼくとあそぼうよー」
「なにいってんだよ!ぼくがさきにさゆみちゃんのとこにきたんだぞ!」
目の前で繰り広げられるさゆみを巡っての喧嘩を見るのもいつもの事だった。
そしてその後、いつもさゆみの靴や何か物が決まってなくなる。
男の子は純粋にただ多分何も考えてなくてさゆみと遊びたいだけで、
女の子はませていて、モテるさゆみに女として嫉妬した。
でもさゆみはめげなかった。というより幼稚園児にしては考え方が大人びていたんだと思う。
物を隠すとか、そんな幼稚な子達に眼中が無かったから。
- 241 名前:_ 投稿日:2007/06/19(火) 23:30
- また今日はどこに何を隠されたんだろう。
それを探しに行くのが日課になっていてまるで宝探しに行くかのようにワクワクして毎日を過ごしていた。
宝、と言っても自分の持ち物なのだが。
「わぁ…」
いつもトイレとかゴミ箱とか教室の隅の狭いスペースに押し込められてたりとか
割とすぐに見つけられてすぐに手に入っていたのだがその日は違っていた。
幼稚園の建物のすぐ横にある大きな木の枝、そんな所にさゆみの靴があった。
きっと誰かが投げたんだろう。さすがにあれは取れない。
木に登るとしても運動神経ゼロの自分には取れない事がすぐにわかった。
「せんせいに…」
言おうかと思ったけどやめた。
なぜあんな所にあるのか問い詰められるだろう。
自分で上げた、とは隠してる子達をかばうようで言いたくはないし、
本当の事を言ったらなんだか面倒な事になりそうだから。
かと言って中履きのまま帰りのバスに乗ったら親にもばれてしまう。
もうすぐ家に帰る時間だしどうしよう、と悩んでいた時だった。
- 242 名前:_ 投稿日:2007/06/19(火) 23:31
- 「どうしたん?」
「え…?」
振り向くと見慣れない子が立っていた。
歳は同じくらい、でもここの幼稚園の服を着ていないからここの子ではない。
キツそうな目にボンボンのついた髷ゴムで横に一つに結んでる女の子。
「うえになんかあるん…?あ…くつ…」
「…うん」
「あれあなたのくつなの?」
「…うん」
その子は「うーん」と少し唸った後どこかに走っていった。
なんだったんだろう。というかだれだったんだろう。
そんな事思って靴を見上げているとさっきの子が走って戻ってきた。
両手に大きな竹ボウキを抱えてフラフラしながら。
- 243 名前:_ 投稿日:2007/06/19(火) 23:31
- 「さっきむこうでこれみつけてたんだ!これで…よっ、ほっ、…こうしたら」
あきらかに身体の比率とは合わないホウキを一生懸命振り上げて靴は見事に下に落ちた。
その子は持っていたホウキを投げ捨てて靴を拾ってさゆみに差し出した。
「はい、よかったね。これでだいじょうぶやけん」
「うん、あ、ありがとう」
何が大丈夫なのか。この子はどうして木の上に靴があったのか分かったんだろうか。
さゆみが自分で上げたんじゃなくて、誰かの仕業だという事が。
「おーい、れいなー、どこ行ったんだー?」
「あっ、よばれとぅ。じゃぁね!」
「あ…」
男の人の呼ぶ声に反応してまた駆け出していった。
後姿を見てなぜかその背中が凄く光って見えた。
この日からさゆみの世界は自分イコール可愛いからあの子が可愛い、あの子が好きに変わった。
- 244 名前:_ 投稿日:2007/06/19(火) 23:31
-
- 245 名前:_ 投稿日:2007/06/19(火) 23:32
- 「…さゆ、れいなはおえかきがしたいんけど…」
「なに?れーな、さゆみのことかいてくれるの?」
「…いや…れいなはあのおはなのえを…」
靴を取ってくれたあの子は田中れいな、と言った。
住んでいた福岡から引っ越してきてあの日に入園手続きを取っていたらしい。
話す言葉はなんかよくわかんないけど一緒にいると楽しい。
れーなにべったりになったさゆみを見て近寄ってきていた男の子達は寄ってこなくなり、
そのおかげかさゆみの物が消えたりする事がなくなった。
おんなのこってたんじゅんないきもの、そう思った。
それになぜかみんなれいなを怖がって寄ってこなかった。
「れーなはさゆみのおうじさまだからずーっといっしょね?」
「れいな、おとこじゃなかと…」
「じゃぁおひめさま!さゆみもおひめさまだからふたりともおひめさまね!」
「えぇ…うーん…」
「ゆびきりしよー!」
強引に手を取ってずっと一緒だと指切りをした。
れいなは照れたような困ったような顔をしていたけどさゆみは嬉しかった。
ぜったい、ずっといっしょなんだよ。純粋にそう思った。
- 246 名前:_ 投稿日:2007/06/19(火) 23:32
-
- 247 名前:_ 投稿日:2007/06/19(火) 23:32
- 小学校に上がると同じくらいだった身長だったのにさゆみはれーなを追い越した。
でもさゆみ的にはちっちゃい王子様でも別に問題はなかった。
れーなは相変わらずぶっきらぼうだけど優しい。
でもそれは誰に対しても同じだったから少し気に入らなかったけれど。
「さゆ、消しゴムどっかにいっちゃった。なんかあまってるのとかない?」
前の席に座っているれいなが振り返って手を差し出す。
れーなは昔からモノをなくす癖があることを知っているから
さゆみはいつでもなんにでも対応できるようにいろいろと持ち歩いてる。
消しゴムとかシャープの芯とか赤ペンとか。
だから自然と荷物が多くなっちゃって、前にれいなに「さゆっていつも荷物多いよね」とか言われちゃって
「一体誰の為にやってると思ってるの!」って心の中で思ったりもしてた。
でもそんな荷物は大体れーなに全部持たせて家に帰るんだけど。
- 248 名前:_ 投稿日:2007/06/19(火) 23:33
- そんな中、ちょっとした出来事が起こった。
一人の子が発した言葉から始まった。
「れいなちゃんとさゆみちゃんってラブラブだよねー!」
「そういえばいつもくっついてるもんねー」
それから教室の中は祭りのような騒ぎになってさゆみとれーなは囃し立てられた。
みんな悪気が無いのはわかっていたし、さゆみはこういうのに慣れていたから
何とも思わなかった。だけどれーなは違ってたみたいで皆が騒ぐ中椅子に座って顔を伏せていた。
このままだとさゆみとれーなの仲がおかしくなると思った。
だからさゆみはこうするしかなかった。
「なぁに言ってるの?ラブラブとか、全然そんなんじゃないし!
それよりもさゆみは3組の斉藤先生の方がいいもーん」
そう言うとみんなはさゆみを見た後、顔を見合わせて
「あたしは5年2組の大谷先生がかっこいー」とか
「柴田先生って可愛いよねー」とかそんな話に流れて行った。
- 249 名前:_ 投稿日:2007/06/19(火) 23:33
- ほっとしてれーなを見るとまだ動かずに机に伏せていて。
「…れーな…?」
肩に手を置くとびくっとしたように起き上がった。
「何!?もう朝?!」
「…はぁ?」
「え…、あぁ…寝てた…おはよ」
がくっとさゆみはうなだれた。誰のせいでこんなに気を使って好きでもない人の名前まで出してごまかしたんだか。
- 250 名前:_ 投稿日:2007/06/19(火) 23:33
- 「れいなちゃーん、れいなちゃんは誰がタイプなの?さゆみちゃんは斉藤先生なんだって!」
盛り上がってたクラスメイト達がねぼけてるバカに話しかける。
しかも余計な情報までご丁寧につけてくれちゃって。
状況が把握できてないれーなは「うーん」と考えた素振りを見せた後、ニカっと笑った。
「よくわからんけん、こいつでいいや」
そう言って指を指したのはさゆみでクラスの話題は振り出しに戻ってしまい
折角のさゆみの計画も水の泡となって結局騒ぎになってしまった。
だけどあの時さゆみは間違いなく顔が赤くて、とても嬉しかったんだと思う。
- 251 名前:_ 投稿日:2007/06/19(火) 23:34
-
- 252 名前:_ 投稿日:2007/06/19(火) 23:34
- 中学に入っても何故か同じクラスが続いていてさゆみは嬉しかったけど
れーなはウンザリって顔をしていた。思ってる事がすぐに顔に出るのはあまりいい事ではないらしい。
だかられーなは毎日さゆみにこき使われて、嫌そうな顔をしつつそれでも笑っていた。
中学に入ってかられーなはバスケットを始めた。
理由を聞いたら「背が大きくなりそうだから」と話していた。
バスケをしたからと言って背が大きくなるわけではないと思ったけれど
本人が楽しそうだったので止めなかった。
さゆみはと言うとバスケットなんて興味もなかったし
れーなの事は見ていたかったけどさゆみ自身おしゃれにハマッて一時期一緒にいる時間が極端に少なくなった。
だから気がつくのが遅かった。
れーなに人気が出た事を。
- 253 名前:_ 投稿日:2007/06/19(火) 23:34
- 小学校高学年くらいかられーなは少し人見知りっぽくなった。
というより口数が少なくなった。
「騒ぐのも楽しいけど少し落ち着きたい」大人ぶってそんな事を言うようになったからだ。
さゆみは誰にでも優しいれーなの事が好きで、でもそれがちょっと不満だったりしたから
人を寄せ付けない雰囲気になって、でもさゆみにはいつもと変わらないれーなに満足してたりもした。
それが悪かった。
クールな雰囲気をかもし出すれーなは先輩には生意気に見えたみたいだけど
後輩には爆発的な人気になった。
「田中先輩!タオルです!」
「あぁ…ありがと」
タオルを手渡した後輩はきゃぁきゃぁ騒いで嬉しそう。
そんな光景を見てさゆみは思わず舌打ちを打ってしまった。
- 254 名前:_ 投稿日:2007/06/19(火) 23:35
- れーなの魅力はさゆみにしか知らないと思っていた幼稚園時代。
いつもべったりでどこにでも一緒だった小学校時代。
そして少し離れただけで遠くに行ってしまいそうな中学時代。
だからさゆみは決めた。
高校に入ったら絶対離れないと。
- 255 名前:_ 投稿日:2007/06/19(火) 23:35
-
- 256 名前:_ 投稿日:2007/06/19(火) 23:36
- 「さゆ、早くしないとガキさんたちとの約束の時間遅れる」
「あ、待ってよ」
手を差し伸べるれーなを掴んでさゆみは思う。
れーなの心の中にはきっと誰かがもういる。
ずっと近くにいたからそれは自分じゃない事くらい知っている。
さゆみにはなんとなく心当たりはあるけれどれーな自身気がついてないんじゃないかと思う。
ホント、どーしようもないれーな。
でもそんなれーなをずっと好きなさゆみもどーしょうもないのかも知れないよ。
「れーな!」
「ん?」
「バァン!」
指で鉄砲を作って打つときょとんとした顔をしたれーな。
犯人の罪はだいぶ重いと思う。
こんな可愛い子をトリコにさせたんだから。
- 257 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/06/20(水) 02:33
- 待ってましたよ!
相変わらず面白いですねぇ〜。
何だか、出てくる人皆可愛くて困っちゃいますw
次回も楽しみにしてます。
- 258 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/06/20(水) 07:32
- れいなの心の中にいる人は一体誰なんだ!w
あードキドキするようw
その謎を解決してください><
- 259 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/12(木) 14:22
- Please do not forget the thing of Miss. Murata either.
- 260 名前:名無し読者 投稿日:2007/08/20(月) 02:16
- ここのさゆれなはかわいすぎますね。
そろそろ続きが読みたいです。。。
- 261 名前:_ 投稿日:2007/09/10(月) 23:21
- >>257
面白いなんてそんな事は( ;´・ω・`)
>>258
解決…うむむむむヽ(;´Д`)ノ
>>259
英語能力がないのでわからないのですが村田さんは多分でないと思います(´・ω・`)
>>260
だいぶ期間があいてしまいすみません・゚・(ノД`)・゚・。
放置はしませんが更新は遅いので長い目で見てください(´・ω・`)
- 262 名前:_ 投稿日:2007/09/10(月) 23:22
-
12.見えない自分
- 263 名前:_ 投稿日:2007/09/10(月) 23:22
- 「おー、来たねれいな。ありがと助かるわー」
到着した瞬間にガキさんに肩をがばっと組まれて思わずよろける。
同じチビ同士だからまだいいものの、でかい人にされてたら間違いなく倒れてる。
隣にいたさゆはえりを見つけると「えりー」と大声で呼んで駆け出していった。
れいなの横では「本当によく来てくれた!」とか無理矢理ガキさんが握手をしてくるけど
別にガキさんの為に来たわけじゃない。どちらかと言えばえりの為にきたんだ。
えりが可哀想だから、とか同情するわけじゃないけど、れいながいる事でえりが楽になるならそれで。
「…相変わらずだね、ガキさん」
「どーいう意味よ、ソレ」
「そーいう意味だよ」
一緒にいてえりの悩みも全く知らずのほほんと笑ってるガキさんがなんとなく許せない。
別にれいなは関係のない事で、えりもそれを承知してガキさんと一緒にいるのはわかってるんだけど。
肩の手をはずしてガキさんをキッと睨むとガキさんはおどけながらも怯えたフリをする。
そんなのはいつもの事なんだけど今日はやけにイラっとした。
- 264 名前:_ 投稿日:2007/09/10(月) 23:23
- 「なぁーによ、れいな。そんな目で見たら怖いっちゅーの」
「目つきは元からやけん!」
つい、強い口調で言ってしまった。ハッと気がついてももう遅い。
別にガキさんが悪いわけじゃないのに。ガキさんを怒ったってどうしようもないのに。
目の前のガキさんもいつもと様子が違うれいなに笑顔が消えて戸惑った表情をしてる。
笑顔も消えて、でも無理矢理作り笑いをするようなそんな顔。
まずい、早く謝らないと。そう思った時後ろから誰かが抱きついてきた。
この匂い。名前を教えてもらったけど長くて覚えられなかった香水の匂い。
「れいな!ガキさん!おはよぉ!どーしたの?愛ちゃんが呼んでるからそろそろ行かないと」
「あーそっか、そだね。れいな、なんかよくわかんないんだけどなんか気に障ったならごめんね?」
「あ…いや…」
ガキさんはれいなに謝るとパタパタと走っていった。
ガキさんが謝る事じゃないのに。勝手に怒ったれいなの方が悪いのに。
自己嫌悪に陥ってると後ろから抱きついたまま、れいなの耳元で小さな声で聞こえる声。
やけに甘ったるい。
- 265 名前:_ 投稿日:2007/09/10(月) 23:24
- 「…ばかれいな。ガキさんの事怒らないでよねぇ」
ばっと体を放し、ぴょんと飛ぶようにれいなの目の前に現れたえり。
うつむくれいなの顔を覗き込みながら首を傾げる。
そうだよね。一体何してんだろうれいなは。
勝手な事をしてしまって、ガキさんに嫌な思いをさせて。
謝る事も出来なかった。
れいなに抱きついてきたえりを思い出してはっとしてさゆを探す。
さゆは楽しそうにガキさんと高橋さんと喋っていた。
えりに抱きつかれてる所をさゆに見られたくなかった。
でも、何故?
れいなの事を好きなさゆが今の光景を見たらショックを受けるから?
それとも、えりとの仲をさゆに誤解されたくないから?
はぁ、とため息をつくとえりはふにゃっと笑った。
「でもえりの事思ってガキさんにそんな事言ったんでしょ?れいな判りやすいから。
顔に書いてあるもん。後で顔拭いて消した方がいいよぉ」
「な…っ」
えりが手に持っていたタオル。そのまま軽くれいなのおでこをなでなで。
かき上げられて変な癖のついた前髪と近づくえりの顔。
- 266 名前:_ 投稿日:2007/09/10(月) 23:24
- なんだ?何かかわいい。凄く可愛い。どうしよう。
でも一瞬ちらつくさゆの顔。でもそれは一瞬ですぐに消えた。
それはごく自然の事だった。何も考えてはいなかった。
誰かに軽く背中を押されたように体が前に出て、
ふにゃって笑ってた顔が真顔に戻る瞬間がチラッと見えただけで後は何も見えなくなった。
感じたのは唇の感触。
みきねぇにキスされた。さゆにキスされた。
でも今、れいなはさゆにキスをした。したいと思った。
ただ、可愛かったから。
静かに唇を離し、とんでもない事をしてしまったと体が固まる。
顔が上げられない。えりがどんな顔をしてるのか。
もしかしたら目が合った瞬間ひっぱたかれるかもしれない。
そんな事されたら悲しい。自分勝手な意見だけど。
えりを笑わせたい。えりを悲しませる人は許せない。えりを可愛いと思う。えりにキスしたい。
- 267 名前:_ 投稿日:2007/09/10(月) 23:25
- うつむいて閉じていた目を開けると視界にはえりが着てたジャージが映る。
とりあえず逃げられていなかっただけ良かったと思うべきなんだろうか。
でもえりは何も言わない。どうしよう、泣きそうだ。
助けてよ、さゆ。れいなをいつも「大丈夫だよ」って励ましてくれたさゆ。
でも今回のこればかりはさゆは励ましてくれないだろう。
もしくはこの事を話したらさゆが泣くかも知れない。
というよりさゆに見られていないだろうかと気になったけれどそれよりも
顔を上げる事が怖くて上げられなかった。
「…まいったなぁ」
急に聞こえたえりの声にビクリと肩が震える。
恐る恐る顔を上げるとほんのりピンク色に頬が染まったえりが持ってたタオルで
口元を隠すようにしてれいなを見つめていた。
「…さゆに取らないでねって言われたのになぁ」
そして腕を組んで考えるような格好をして。
「…でもれいながえりの事をそういう風にするとは思わなかったからなぁ。
これって、どういう意味で取っていいのかなぁ?」
いじわるっぽく笑いながら。
- 268 名前:_ 投稿日:2007/09/10(月) 23:25
- どういう意味って。意味なんてない、理由なんてない。
何も考えていなかった。気がついたら体が動いてただけだった。
可愛いからキスしたかった、単純にただそれだけだったのだけれど。
ヤバイ、なんか泣きそうだ。よくわからないけど。
そんなれいなの姿を見てえりはわざとらしく大きなため息をついた。
「まさかぁ…何にも考えずにしたんじゃないでしょうねぇ〜…」
その言葉にうぐ、と言葉が詰まる。言われたとおりだ、返す言葉もない。
でも、だってえりが悪いんだよ。凄い可愛かったんだもん。
きっと今れいなは拗ねた子供の顔してる。
「………かったけん」
「え?何?」
「…えりが、ばり可愛かったけん。だから、その、したくなった」
れいなの言葉を聞いて一瞬目を丸くした後、ぼっ、とえりの顔が赤くなった。
「…え、…な…」なんて言葉を詰まらせながらクネクネ動いてる。
なんかその動きちょっと気持ち悪い。
- 269 名前:_ 投稿日:2007/09/10(月) 23:26
- 「…とりあえず、これはナシ!ナシナシ!だって何かずるいもん。
戦うなら正々堂々とえりは戦いたいの。だから同情のちゅーはナシね」
「は?…戦う?」
「いーの!こっちの事!…それよりれいないつもこんな事してるんじゃないよね?」
「す、するわけなか」
「じゃあまぁいいけどさぁ…。いや、いいってわけじゃないけどえりはうれしいけど…」
えりはれいなに隠れるようにもごもご何かを喋ってる。
自分の行動に自分自身が動揺した。でもなぜだか嬉しい。
えりに拒否されなかった事がとても。
「困りますねぇこんな公衆の面前でちゅーとか」
後ろから聞こえてきた少しのんびりしたような声に驚いて振り向くとそこには知らない人が立っていた。
ぱたぱたと手で顔を扇ぎながら。
- 270 名前:_ 投稿日:2007/09/10(月) 23:26
- 「まこっちゃん!」
えりが驚いたようにその人に駆け寄って両手でその人の口を押さえた。
その人は苦しそうにもがいているが顔は笑っている。
ジャージを着てここにいると言う事はキックベースボール同好会の人だろうか。
「わーかったってぇ、誰にも言わないし何も言わないってぇ。
いいねぇ若い人は。ワタシなんて最近だいぶご無沙汰なのにねぇ」
「もー、絶対誰にも秘密ですよぉ?」
「あいあい」
てのひらをヒラヒラ揺らしてその人はガキさんたちの方へ歩いていった。
「えり、あの人は?」
「あの人は小川麻琴さん。えりの1個上だかられいなの2個上かな。
まぁみんなまこっちゃんて呼んでるけど、年下でも年上でもね」
「へー…。…ていうか見られてたんだよね…」
「…れいなのせいでしょ。ばか」
「う…」
しゅんとしたれいなの頭をえりはポンポン、と叩くと「そんな顔しない」と笑って見せた。
そしてえりは小川さんの後姿を見てポツリと呟いた。
- 271 名前:_ 投稿日:2007/09/10(月) 23:26
- 「まこっちゃんはえりと同じで複雑なんだよ。まこっちゃんの元恋人は愛ちゃんだから」
「…え」
「ガキさんは…あんまり自分の恋愛の事とか話さないから詳しくはわからないんだけどね」
「うーん」と両手を伸ばして伸びをしてるえり。
この同好会人間関係色々ありすぎて複雑すぎる。
そして新たにれいなとさゆも加わってさらに複雑化する事が確実に見える。
視界にふいにさゆの姿が映る。遠い目をしてこちらを見ていた。
- 272 名前:_ 投稿日:2007/09/10(月) 23:27
-
もしかして見られていた?
- 273 名前:_ 投稿日:2007/09/10(月) 23:27
- 急にドクンドクンと胸が大きな音をたてた。
えりにキスしてしまった、それは覆す事の出来ない事実で。
さゆがみていた?それは確実ではない事だけど。
てのひらに尋常じゃない位の汗をかき始めた。
これは何の汗?冷や汗?ともあれとても気持ち悪い。
「……やっぱ辞めようかな…」
「え?何か言った?」
よく聞こえなかったのかきょとんとした顔でれいなを見てくるえり。
さっきまで可愛いと思っていた。キスした事だって自然な流れで後悔なんてしていない。
でも何故か罪悪感でいっぱいで顔が見れなくなる。
誰に対しての罪悪感だろう。えりに?さゆに?
急に世界が回りだす。気持ち悪い、気持ち悪い。
別にえりとキスした事が気持ち悪いんじゃなくて、さゆの事を考えると居たたまれなくて。
誰が好き、とかどっちが好き、とか。誰がれいなの事を好きなのか、とか。
ぐるぐるぐるぐる回る。自分の意思を出してしまった事が怖くなった。
いつもさゆに流されて、みきねぇにも流されて、なのに今回は。
- 274 名前:_ 投稿日:2007/09/10(月) 23:27
- 「…れいな…?顔色が凄く悪いけど…大丈夫…?」
「……ごめ…、今日は、帰る…、でも、また来るけん…」
「う、うん…、お大事にね…?」
地面に置いていた鞄を持ってその日はその場を後にした。
その時のえりの心配そうな顔が頭にずっと残った。
きっと酷い事してる。わかってる。勝手にキスしたくせに気分が悪くなってるなんて。
れいなは多分さゆも好きでえりも好きで、えりの事ただ可愛いと思っただけでキスをしてしまった。
そしてその光景を何故かさゆには見られたくなかった。
そんな自分が何故だか許せなくて悲しくて怖くなった。
そして無性にみきねぇに会いたくなった。
- 275 名前:_ 投稿日:2007/09/10(月) 23:28
-
13.道の先の光
- 276 名前:_ 投稿日:2007/09/10(月) 23:28
- 「…れいな?大丈夫なの?」
部屋の扉を軽くノックしながらみきねぇは心配そうに聞いてくる。
顔面蒼白のまま帰ってきて「あー、おかえり」と言うみきねぇの横を無言で通過して。
みきねぇに会って話をしたかったけど声は喉を通ってくれなかった。
そしてそんな姿を見て心配しない人なんていない。
でもみきねぇは気を使ってか部屋には入らずに部屋の外から声を掛けてくれる。
すぐにれいなの領域には踏み込んでこない。
さゆやえりとは違う。あの二人はすぐにれいなの領域に入ってきた。
それは別に嫌な事ではなかったはずなのに。
「落ち着いたら部屋から出てきな?今日はどこにも出かけないから」
そう言って少し部屋から遠ざかったようだ。
いつもの様にこんな休みの日は松浦さんと出かけいるはずなのに。
みきねぇはきっと予定をキャンセルして部屋に閉じこもってるれいなの為に居てくれる。
何気ない優しさが今は少し痛む。
- 277 名前:_ 投稿日:2007/09/10(月) 23:29
- ベットに寝転んで目を閉じる。
さゆは、自分でもわかるようにれいなの事が好き。
えりは、確定ではないけれど好意を持ってくれてる事は確か。
じゃあれいなは。
おせっかいで腐れ縁でずっとれいなの事を好きだって言って、
うざったい時もあったけど、でもさゆのおかげでいろいろ楽しかった事だって沢山ある。
それはえりと一緒に居た時間なんて比べ物にもならないくらいの。
それなのにえりは短い時間でれいなの心の中に入ってきた。
さゆは凄く大切な人には変わりないのに最近考える事はえりの事ばかりだった。
さゆの好意を知っていて困りながらも何の返事も出せなかったのがこの結果だったのだろうか。
ふいにガチャリとドアの置く音が聞こえた。
でもれいなの部屋のドアが開いた訳ではなく、恐らくみきねぇが家から出て行ったのか
もしくは。
- 278 名前:_ 投稿日:2007/09/10(月) 23:29
- 「みきたーん、出かけられなくなったってどーいうことー?」
松浦さんだった。多分みきねぇが連絡を入れた後すぐにやってきたんだと思う。
小さな声で「いや、ちょっとあってさ」なんていうみきねぇの声も聞こえる。
さすがに関係ない二人にまで迷惑をかけてしまっている事にも心が痛み
とりあえず部屋から出て松浦さんに謝ろうと思った。
部屋から出るとみきねぇは心配そうな顔で振り返った。
松浦さんは「あ、れいなちゃーん」と笑った。
だけど即座におかしな雰囲気に気がついたのかその笑みは消えてしまった。
「…どうかしたの?キョーダイ喧嘩?」
「違うよ。とりあえす今なんか飲み物持ってくるから二人とも座ってて」
何も言わないれいなを座るように促してからみきねぇはキッチンへ向かった。
松浦さんは何の事かわからない、と言ったような顔でとりあえずソファに座った。
隣に座るのはなんとなくどうかと思ったけれど変に避けるのもおかしいので微妙な笑みを作りつつ座った。
- 279 名前:_ 投稿日:2007/09/10(月) 23:29
- 「元気ないね?みきたんがなんかしたの?」
顔を覗き込んで心配そうに聞く松浦さんに「いえ」と否定の言葉を言ったものの
声がかすれて思うように声が出なかった。
そんなれいなを見てますます松浦さんの顔が曇った。
一瞬その表情がえりと重なってれいなは力なく顔を逸らした。
「まぁ、話せるようになるまでちょっとそっとしてやって」
飲み物を持ってきたみきねぇはそれぞれの目の前にそれを置くと
向かい側にある一人がけのソファに腰を下ろした。
「…なーんかみきたんってそっけなーい」
「え?そうかな」
「だってれいなちゃんこんなに元気ないんだよ?何かしてあげなきゃ!とか思わないの?」
松浦さんの言葉にみきねぇは小さくため息をついた後、れいなの方へ視線を向けた。
- 280 名前:_ 投稿日:2007/09/10(月) 23:30
- 「れいなは美貴に何かして欲しい?
でも何があったのかわからなければ何も出来ないよ。どうなの?」
今度は松浦さんが頭を抱えて小さくため息をついた。
「何その言い方…、信じられない。突き放してるのか救いたいのかぜんっぜんわかんない」
「亜弥ちゃんにはわかんないだろうけど、れいながこんなんなるのは美貴も初めて見るの。
だから正直と惑ってるしどうしたらいいかわからない。わからないなら聞くしかないでしょ?」
「そうだけど、なんか優しさが足んないんじゃない?」
何故かおかしな雲行きになってきた。
だんだん喧嘩腰になっていく二人の会話を止めなければいけないのに
まだ声が出てこない。どうしようどうしよう。
震えた手がグラスに当たり倒れて飲み物がこぼれた。
口論は一時中断されて思いがけずアクシデントはれいなにとっては良い方へと転んでくれた。
- 281 名前:_ 投稿日:2007/09/10(月) 23:30
- 「…れいなちゃん?みきたんは冷たい人間みたいだけどあたしはみきたんとは違うから何でもするよ?
どうしたの?れいなちゃんが思う事聞いてみたいな」
そう言って松浦さんが抱きしめてきた。
一瞬「え?」と思いその後みきねぇを見ると複雑そうな顔をして笑っていた。
というか、顔に松浦さんの胸の感触が。
今はそんな事考えてる場合じゃないのに。
でもそんな暖かさがれいなの喉を潤してくれたのかもしれない。
「…っ、あの」
「うん。どしたどした?」
「えりに、キスしたんです」
「へ…?」
れいなの言葉に松浦さんの体が固まった。
みきねぇはまるで漫画のように口に含んでいた飲み物を盛大に噴出していた。
- 282 名前:_ 投稿日:2007/09/10(月) 23:30
- 「ちょ、ちょっと待って?えりちゃんって確かれいなちゃんの一個上の先輩だったっけ?
あたし見た事ないのかも…。みきたんは見た事ある?」
「美貴は…、あ、あのバスケの試合でれいながぶっ倒れた時に二人並んでいた子のどっちか?」
ボールが当たってぶっ倒れた時、さゆがいてそして少しの間ガキさんとえりは医務室にいた。
みきねぇとは入れ違いみたいな形になってたし、何よりれいなの事を心配して
どこかから走ってきたみきねぇにはあまり他の人の存在が見えていないようだったけど。
「…多分、その片方の子で合ってる」
「へぇ、そっか」
「で、でもでもなんでれいなちゃんは落ち込んでるわけ?拒否されたとか?」
「いえ…、えりは…嬉しそうではあったと思います…」
「じゃあ、なんで」と言う松浦さんの問いかけをみきねぇは松浦さんの口に手を当てて制止した。
もごもごと口を動かしてる松浦さんに「シッ」と喋らないようにと促す。
- 283 名前:_ 投稿日:2007/09/10(月) 23:31
- 「れいなはえりちゃんが好きなの?」
「…好き、だと思う」
「じゃあ幼馴染のさゆちゃんは?」
みきねぇはれいなの心が見えるんじゃないか、と思った。
ここでさゆの事は見た事のある松浦さんは篭った声で「え」と呟いた。
「…さゆの事も、好き。辻さんと二人で出かけてた所を見た時は心がモヤモヤした…。
いつでも隣にいたからずっといてくれると思ってる…」
「…つまりどっちが好きかもわからない状態のくせにキスをした、と。
どうせなんかのはずみでしたんでしょ?」
「…うぐ…」
言ってる事が当たっていて何も言い返せない。
「同好会だかなんだかの練習って言って出て行って、こんな変な時間に帰ってきたと言う事は
あんたまさかキスだけして逃げて帰ってきたんじゃないよね?」
「……」
何も言わないれいなを見て「ハァ…」とみきねぇはため息をついた。
- 284 名前:_ 投稿日:2007/09/10(月) 23:31
- 「どっちも、なんて手に入るわけないんだからさ、よく考えな。
一番一緒に居たいと思う方をちゃんと」
「…うん」
「ウジウジしてるとどっちもいなくなる可能性も考えて」
「う…」
れいなたちの会話をずっと静かに聞いていた松浦さんの目が妖しく光る。
「…なんか、みきたんの今の言葉感情こもってたね。
もしかしてみきたんも同じような事があったんじゃないの?」
「………………べつに」
「な!何か今凄い間があった!なんかあったでしょ!」
「なんもないって。れいなもう大丈夫そうだし亜弥ちゃん、遊びにいこ?
ホラ、立って立って」
不服そうながらも遊びに行くと言う言葉に少し嬉しそうな顔をして。
玄関の扉が開く頃には松浦さんがみきねぇを引っ張ると言う形で家から出て行った。
「…どっちも手に入れる事は出来ないし、どっちもいなくなるかもしれない…か」
みきねぇの言葉が酷く頭の中に響いた。
- 285 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/11(火) 01:16
- 待ってました!
れいな複雑ですねぇ…。
藤本さんの意味深な言葉も気になりますね。
これからどうなっていくのか楽しみです。
- 286 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/11(火) 18:06
- キター(@゚▽゚@)
普段なられなえりしか応援しないんですがここのさゆも結構良い女ですね(´∀`)
とりあえずれーなが大好きです♪
続き楽しみにしてます。
- 287 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/14(金) 10:56
- 登場人物がみんな生き生きしてるね
- 288 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/10/12(金) 00:35
- 面白いです
続きが気になって気になって・・・・
合宿の前のオーディションの最中かられいなとさゆは仲良くなってプリクラを撮りに行ったとか
そんなこと知って、どうしてもれいなとさゆっていいなって思ってしまう今日この頃
作者さんまったり待ってます
- 289 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/11/27(火) 07:00
- このお話が大好きです(≧∇≦)
れいなはどうするんやろ?
- 290 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/20(木) 23:29
- つづきがよみたいよ〜
- 291 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/06(日) 10:57
- 明けました。
今年はれいなさん動きはあるのかな?
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