青の空、春、ココロ

1 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/10(土) 02:10
アンリアル中編の予定。古き良きいしよしごまを目指します。
とりあえず吉、後、藤、松は高3、石はその1つ上の設定。
なるたけ頑張りますが更新は遅くなるかもしれません。
とりあえずsageで行きます。

2 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/10(土) 02:11


パァンッ――――

「ってぇ・・・・・・」

教室に鋭い音が響く。
と同時に場が静まり返り、ひっぱたいた方が走り去っていくと、再びざわめき出した。
それもそうだ。誰かが誰かの頬をひっぱたくなんて、そうそうある事ではない。
それが普段、仲がよいと評判の二人なら余計に。

「HEYよっちゃん、随分派手にやられたじゃん。なんかしたの?」
「・・・わかんね。」

知らないといわないのは、ひとみの優しさと、プライドだ。
恋人に関して知らないなどと突き放した言葉は使いたくない。
分からない事はたくさんあるのだが。

「追わなくていーのー?」
「ん?・・・うん・・・」
「ふーん・・・美貴追いかけてこよっか?」
「あ、うん。そうしてくれると助かる。」
「ん。おっけ。」
3 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/10(土) 02:11
助かった。
必要以上に突っ込んで聞かないでくれた事も、追いかけてくれた事も。
美貴はああ見えてちゃんと相手の懐との距離を測って話が聞ける、つまり聞き上手だ。
だから今も深くは追求してこなかったのだろうし、
捕まえた真希に考え無しに物事を言って余計に怒らせる事もないだろう。
そして今はなんとなく追いかける気がしないのだ。なんとなく。

チラチラとクラスメイトがこちらを見ている。
ある者は同情の視線で、ある者は好奇の視線で。
ばつの悪い笑みを顔に浮かべて、前髪で顔を隠しながらひとみは立ちあがった。

―――居ずれー。

とりあえず一人になろうと中庭を目指し歩を進めながら、それにしても、とひとみは考える。
最近、変だ。誰が?真希が。

最近、甘えてこなくなった。
以前は、周りに人がいない時は背中にへばりついいででもくっついてこようとしてきた。
少しうっとおしく思うときもあるといえばあったが、
そこは大好きな恋人だ。どうしたって顔が緩む。
高1の時から付き合い始めて2年たっていたが愛が冷めたと感じる事はなく、
少しずつではあるが前に進んでいる、二人で進めている、という意識がひとみにはあった。

二人で、か。自分も、少しは大人になれたのだろうか。

一瞬、顔を曇らせ目線を下ろすひとみ。足も止まる。
だが瞬間、鳴り響いたチャイムの音にはっとしたように顔を上げ、
教室に向かう先生たちに捕まらないよう足早に中庭へと向かった。
4 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/10(土) 02:12


5 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/10(土) 02:12
中庭のベンチ横に設置された自販機に小銭を入れる。
カフェラテのボタンを押そうとして、やめた。
甘ったるい気分ではない。
変わりに押したボタンは、ブラックコーヒー。
苦みが口の中に広がる。

今、彼女の心もこの苦いコーヒー味なのだろうか。

柄でもない詩的な思いつきにひとり照れ、ごまかすようにコーヒーを流しこんだ。


ひとみにとって真希はよく言う空気のような存在ではない。
見えない存在など欲しくなかった。
ずっと隣りにいて欲しい。笑顔を見ていたい。
一緒に幸せになりたい。幸せに出来るのは、自分だけだ。
ある時唐突に自覚させられたこの気持ちは、真希以外の誰かに感じたことはなかった。

想いに根拠はない。
だが、根拠のない自分の気持ちこそ、一番信じられるものだ
6 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/10(土) 02:13
ひとみとしてはいつかは、出来るならば高校を卒業したら、一緒に暮らしたい。
そこまで考えていた。
もちろん軽いノリで言うような話ではないし、
安易に考えたわけではないからこそ、真希には言っていない。

だが以前、真希自身からも「一緒に暮らせたらいいのに」と、言われた事がある。
思わぬ心のつながりにドギマギしてしまって冗談と本気の割合はわからなかったが、
100%冗談で言うような言葉ではないだろう。


そんな事さえ言っていた真希が、パタッと甘えてこなくなった。
嫌われてしまったんだろうか。
だがひとみからキスをすればちゃんと応えてくれるし、体を交える事も拒む様子はない。
向こうから仕掛けてこないだけで。
自分から動く事に疲れたのか、自分への興味が薄れているのか、他に事情があるのか。
最後であって欲しい。前者2つは・・・末期な気がする。

ケンカも、増えたかもしれない。
ひとみ自身は怒らない、いや、怒れないから、正確に言うとケンカではないのだが。
後藤がささいなことで怒るようになった。
さっきだって、今度の休みは遊べなくなったと伝えただけだ。
以前なら多少むくれながらも納得してくれていた。
何をそんなに怒ったんだろう。
他に何かまずいことをしてしまったのだろうか。

むむむ、とうなるひとみ。
答えは見つからない。
7 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/10(土) 02:13


8 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/10(土) 02:13
美貴は探していた。
部室、非常階段、体育館の裏、空き教室。
ベタな逃げ場所を片っ端から。
ふむ。今のところそのどこにもいない。
と、いうことはあそこですか。

ギィ、と重い扉を空ける。
風が強い。スカートがめくれあがる。が、そんなことは気にしない。
見たいやつには見せておけばいいのだ。減るものではない。
「ばか!!あんたのパンツを見ていいのはあたしだけなの!!」
何気なく過激な事を言いながら、そんな彼女を心配して
恋人である亜弥はジャージをはいてくれと懇願するのだが、聞く耳を持たない。
だってださいじゃん。
変なところで意固地なのは、本人も自覚している。


「ごっちんみーーっけ。」
「・・・・・・」
「どした。珍しいじゃん。ケンカなんて。美貴たちなんて年500回はケンカしてるけどねー。」
「・・・・・・」

つっこめよ。一日一回以上かよ!!ってつっこめよ。
これだからボケはいやなんだ。

「ごーーっちん。よっちゃんなんかシュンとしてたよ?訳わかんねーって顔しながら。
訳くらい話してあげてもいいんじゃない?美貴から伝えてもいいしさ。」
「・・・・・・ない。」
「ん?」
「カンケー・・・ない、じゃん。」
9 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/10(土) 02:14
美貴の口元が緩む。

本当ははっきり言いたいのだろう。
でも美貴に悪くて、心配して探しに来てくれた友達に悪くて強くは言えない。
だからといって話すのはためらわれる。
結局歯切れの悪いセリフを言いつつ拗ねるしかないのだ。


似てるなぁ、美貴に。亜弥もこんな気持ちなのだろうか。
かわい、ごっちん。


基本的に、美貴は自意識過剰である。
自分は校内No.1とは言い切れないがNo.5には入りうる容姿だ、と思っている。
間違いではない。むしろ的確に自分をとらえている、現実的な自意識過剰である。
10 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/10(土) 02:14
「まぁね。でも美貴あれだよ?仲直りのしかたに関してはまじプロいよ?
それに無責任なアドバイスって時々欲しくなんない?」
「仲直り・・・したくない。」
「したくないの??別れるって事?」
「・・・ちがう。」

さっきのケンカ自体は対した事じゃない。それが許せないわけではない。
ただ、仲直りをしたらまた流れてしまう。流すのはひとみで、流されるのは自分。
ひとみはきっと、簡単に自分を許してくれるだろう。
謝ればニコニコと笑って、「おかえり」なんて言ってのける人だ。
いや、謝らなくても。彼女のもとへ戻りさえすれば。
彼女はいつだって、冷静で寛容。
同い年なのに、自分より、ずっとずっと大人。

今までだって、ケンカした時は真希がギャンギャン言うだけで、ひとみはなにも言わなかった。
ただ怒った時、嬉しい時、楽しい時、悔しい時、感情が動いた時にその大きな瞳がゆれ動くから、真希はそれを理解する。
そして怒った時だけ、ひとみはその感情を瞳に閉じこめる。
嬉しい時は口角を上げ目を細め、楽しい時は声を出して笑い、悔しい時は唇をかみ目を潤ませる。
ただ、怒った時だけは何も言わずに全てを瞳の中に閉じこめ、無表情になる。
恐ろしくも美しいその顔が真希は好きで、嫌いだった。
11 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/10(土) 02:14
「我慢・・・させてるのかも。」
「我慢?」
「よしこ・・・全然怒んないの。明らかに私が悪いケンカでも、絶対口に出して怒らない。」

そういえば、先ほども何も言っていなかった。
普通理由も分からずひっぱたかれたのなら「なんなんだよ」などというセリフの1つもあっていいものだが、
そんな事口にするそぶりはなく、ただ困っていた。切なげな顔をしていた。
亜弥とケンカしたら、お互いに一歩も譲らず気の済むまで言い合いをするなぁ。
どーでもよくなるくらいまで言い合いをすると、大概いつのまにか怒りがおさまっている。
だから、さっき仲直りに関してはプロ、と言ったのは口からでまかせ。
まぁつっこまれたら、キスでもかましてやれなどと適当に言うつもりだったが、
本人はもっと深刻なようだ。
つっこまれなくてよかった。危ない危ない。

「あたしの事、あんま好きじゃないのかな。どーでもいいから・・・」
「逆でしょ。ごっちんの事好きすぎて許せちゃうんじゃないの?」
「・・・最初は、思ってた。そうかもしれない、って。でも、最近・・・違う気がする。・・・うぬぼれだった気がする。」
「なんで?」
「わかんないけど。わかっちゃうんだよ。」

目いっぱい悲しい顔をして、真希が笑う。
12 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/10(土) 02:15
わかっちゃうって。
それって通じ合ってるって事じゃないの?
美貴にはよっちゃんがどう思ってるか、わかんないよ。親友だけど。
ごっちんにしかわからないんじゃん。

言いかけて、はたと口をつぐむ。

通じ合えばこそ、通じ合えないささいな部分がことさら不安になるのだろう。
無理だと理解しながらも、恋人の全てを分かりあいたいと願うのは、当然の事だ。
美貴だって。亜弥だって。誰だって。

分かったような事を言うのはやめておこう。
自分に二人の何がわかっていると言うのだ。
ちょっと悲しくはあるが、仕方のない事で。
自分は、全てではないけれど亜弥の事なら誰より分かる自信がある。それでいい。十分だ。


ふっ、と一息ついて改めて困る美貴。
そしてココロの中でひとみに謝罪する。
どうやらそうすぐには連れ戻せないみたい、この子は。

さて、どうしようか。
とりあえず、チャイムも鳴ってしまった事だし、この時限は真希と一緒に空を見る事に決めた。

13 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/10(土) 02:15
本日は以上です。
14 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/10(土) 20:08
いしよしごまって久方ぶりに目にしましたが昔の血が大騒ぎですww
てか後藤さん可愛いw
次の更新ドキドキしながら待ってます。
15 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/11(日) 01:38
キタキタキタキタ━━≡゚∀゚)≡゚∀゚)≡゚∀゚)━━━!!!!!
初っ端からひきこまれました。やばい面白い。
16 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/11(日) 13:12
いしよしごま超たのしみです
17 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/15(木) 03:47

「・・・まじ?」

空になった机を見てひとみがつぶやく。


あの後、ひとみと美貴は1時間だけさぼって戻ったのだが、
肝心の真希はとうとう最後まで戻ってこなかった。
美貴になぜ連れ戻して来なかったのだと尋ねても、
「だってごっちん寝ちゃって」などと無責任な言葉を返されるだけで。
確かに頼んだ身ではあるけれど。
しかも場所は教えてくれなかった。
ちぇっ、あっちの味方かよ。

気持ちの行き違いは長引かせたくない。
長引くと、戻る扉を見失う事だってある。
あの人の時のようにはなりたくない。

ドクン、とひとみの心臓が脈打つ。

とりあえず話を聞こう。
探しに行こうかとも考えたが、入れ違いで帰られても嫌なので教室で待つ事にした。
18 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/15(木) 03:47
しかし、彼女は一向に戻ってこない。
まだどこかで寝てるのだろうか。

よし、根競べ上等。

真希の鞄を自分の机に置き、1時間ほど待った。

そしてほんの3分、トイレに席を外した隙にその鞄が消えていた。

「・・・まじ?」

見られてた?

窓枠に手をつき、夕陽の眩しさに顔をしかめながら校庭を見下ろすと、
案の定見知った後姿がテテテ、と駆けて行くのが見えた。
明るめに染まった髪が風になびき、夕陽に照らされる。
19 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/15(木) 03:48
逃げられた。避けられた。

「ハハッ・・・」

誰もいないのに傷ついた事を隠そうとして、無理に笑顔を作る。
だがその試みも空しく、薄っぺらい笑顔はペリペリと簡単にはがれていく。
何傷ついてるんだ。ただのケンカだ。そう、ただの。

けど、避けられた。
話もさせてくれなかった。
そんな事、今までなかった。
彼女は不満に思ってる。何に?・・・あたしに。
何を?わからない。でも、でも。
電話、そうだ、帰ったら電話しよう。
なるたけ優しい声で。
大丈夫。きっとなんとかなる。

自分にそう言い聞かせて、
真希に追いついてしまわぬようにゆっくりと支度をし、教室を出た。
20 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/15(木) 03:48

帰り道、ひとみは街角の古本屋に向かっていた。

心に何か突っかかりがある時は必ずそこに行く。
変わっていく街を背に、時を止めてひっそりと主張なくたたずむ古本屋。
大抵客なんて一人か二人。
古びた本とほこりの匂い。
変わらず、何十年もそこにある匂い。
自分を置いていく事はない。
それが彼女を安心させた。

だからその日も、逃げこむようにそこに行って。
見飽きる事のない古い本の背を指で追って、気を落ちつかせて、帰ろうと思っていた。
21 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/15(木) 03:48
けれど。

一番奥の棚まで行って、そこで本に目を落とす人を見た時、
どうしても、指一本動かせないひとみがいた。

体中の血液が重力に逆らい、頭に集まってくる。
体は動かないのに、頭は妙にさえている。いや、ボーっとしている?

なんだ、これは。あたし、泣きそう?
ちがう。ショックを受けてる?
ちがう。そんな事じゃなくて。
なんだ、これは。

その手に持つハードカバーの本は、好きだと言っていたベタベタの恋愛小説。
深紅の装丁をよく覚えている。
今は高くて買えない、でもいつか買ってやるんだから。
だから、他の誰にも持って行かれないでね?
あの頃見るたびそう言っていたのに、まだ買えていないんだね。
22 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/15(木) 03:49
思えば、いつもタイミングの悪い人だった。

たまたま学校を休んだ日がクラス委員を決める日で知らぬ間に就任していたり、
たまたま用事があって向かった職員室で先生に別の用事を押し付けられたり、
たまたま見学に来ていた体育館であたしの打ったバレーボールを頭にぶつけたり、
たまたまその日、古本屋であたしと再会したり。
それから、なんで、なんで今日いるかな。


相変わらず、タイミング悪いよ、梨華ちゃん。


「ひとみちゃん・・・」
「り、かちゃ・・・」

梨華は手にしていた本を閉じ、ふらふらとひとみに歩みより。
すがるように、両腕をひとみの背中にまわした。
23 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/15(木) 03:49
梨華は、本を読む時とても穏やかな顔をする。
中1の夏、古本屋で再会してその横顔に見惚れたひとみ。
なんとかそれをもっと見ていたくて、つながりを持ちたくて。
店を出た彼女に必死で話しかけた。

「あ、あのっ!石川先輩、ですよね?」
「えっと・・・」
「わ、わたし、吉澤ひとみです!中1です!
あの、さっき先輩の頭にボールぶつけて・・・すみませんでした!!」
「あ、さっきの。ううん。大丈夫、気にしないで。」

ふわっと笑った彼女は、あたしには眩しすぎるくらいで。

「あの、何かお詫びしたいんですけど。」
「えっ?いいよいいよ。ごめんね、あたしもボーっとしてて。」
「で、でも、ぜひ。」
「んー・・・じゃ、アイスでも一緒に食べようか?」
「は、はい!買ってきます!!」

今思うと、ませた中1と中2だけど。

「ひとみちゃん、あの古本屋さんよく来るの?」
「あ、は、はい。なんか、雰囲気とか好きで。」

無邪気な微笑みで背の高い後輩を見つめる梨華と、
名前を呼ばれただけで真っ赤な顔をするひとみ。

「じゃあ、また会えるかもしれないね。あたしも結構寄るんだ、あそこ。」

ひとみが、“はにかむ”という言葉の意味を知った帰り道だった。

24 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/15(木) 03:50
それからひとみがその店に毎日通わない理由はどこにもなかった。
会えない日は多少がっかりするものの、退屈する事はない。
会えた日はわざとらしい演技で跳ねる心臓を隠し、
さも偶然のように装って、なんとなく仲良くなって。
「好き」の言葉もなく、なんとなくお互いの気持ちに気づき、
なんとなく、(ひとみとしてはありったけの勇気をふりしぼっての行動だったが)キスをして、
なんとなく付き合い始めた。
全てのスタートに、言葉はなかった。


だからかもしれない、どんなに信じていても、不安だった。


言葉は大きい。
時に何よりも人を救い、何よりも人を傷つけ、
そしてその不在は、何よりも人を不安にさせる。
たった2文字がお互い出てこない。
25 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/15(木) 03:50
あの時、なぜ気づかなかったのか。
その気持ちがあるからこそ、その言葉が出てこない事に、なぜ。
片方でも気づいていたのなら。

気づけなかったのは、子供だったから。
ひとみも、もちろん梨華も。
目の前の想いに気を取られている隙に、タイミングは流れてゆき。
大人になるには、年月の絶対数が足りなかった。

そして子供には、たった3ヶ月の歳の差が言葉以上に立ちはだかった。
ゆだねてしまえばいいものを、意地をはって抱えこみ、
受けとめるべきものを、腕をいっぱいに伸ばし、はねかえした。
未来を省みない子供が、大人のまね事を続ける事は難しい。
どこかで、省みなかった未来が邪魔をしてくるから。
それは、大人でなければ避けることはできないものだった。
26 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/15(木) 03:51
2人が一緒にいた頃のひとみは、甘えたくないのにどうしても甘えてしまう自分を疎み、
それを避けようとよそを向く事こそが子供の証と知らずにいた。
梨華は、年下には甘えられるものであって甘えてはいけない、という子供の常識にとらわれていた。

本当は、ひとみは甘えられる事を、梨華は甘える事を望んでいた。
素直になれば、パズルのようにカチリとはまるはずだった。
どこかでそれを感じとったからこそ、気づかぬ矛盾を抱えながらも2人は惹かれあったのだ。
それも、言葉さえなく。

しかし、偽物のパズルがはまる事はなかった。
矛盾を吹き飛ばすための力も尽きていき、終わる時がきてしまった。
27 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/15(木) 03:51
過度の練習と、割の合わないケアでひとみの膝がダメになった時、
ひとみは梨華にそれを伝えられなかった。
泣く泣くバレーをやめた時も、伝えられなかった。
膝を壊したのは中3の時で既に梨華は卒業しており、
彼女の耳に届かなかった事に甘んじて、そのまま伝えないでいようと思った。
いつかはばれてしまうのだろうけど、そのいつかは考えたくなかった。

しかし突然暇になった放課後は、ひとみには予想以上に辛く。
何かしていないと、どうしてもバレーが頭をかすめる。
ふとした瞬間に「あれ、バレーは?」と思う事もしばしばで。
できないバレーの事など忘れたくて、ひとみは毎日遊びまわった。
時には手を引かれるがままに、見知らぬ子の相手もした。

そんな日の1日だった。
名前しか知らない子に手を繋がれゲームセンターから出てくるひとみと、
近頃どこか元気のない恋人に内緒で会いに行こうと母校に向かっていた梨華が、
ばったりと会ってしまったのは。
28 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/15(木) 03:52
「え?ひとみちゃん?えっ、部活は?って、いう、か・・・」

その、手・・・

見たくない。
けれど梨華の目は、ひとみと誰かとの繋がれた手を捕らえて離さない。

「えっと、さゆちゃん、ごめんね。今日は帰ってくれる?」
「あ、はい。じゃーまた今度あそんでくださいね!」
「うん。ごめんね。」

ひとみと梨華の間に何か普通ではない空気を感じたのか、あっさりと少女が去っていく。

怒っているのとも、困っているのとも違う、
表情のないひとみに戸惑いながら、梨華が口を開いた。
29 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/15(木) 03:52
「・・・ひとみちゃん?今の子、は?」
「・・・道重さゆみちゃん。」
「えっと、おともだち、だよね?」
「さぁ。」
「さぁって・・・」
「・・・・・・」
「ぶ、部活は?休みだったの?」

------“いつか”は、今日だったか・・・

「・・・やめた、んだ、部活。」
「ええっ?!いつ?私、聞いてないよ?」
「もう、1ヶ月くらい前。」
「な、なんで?」

理由・・・やっぱり言えないよ。

「・・・別に。つまんなくなったから。」
「つまんなくなったって・・・あんなに、あんなに楽しそうにしてたじゃない!」
「・・・」

楽しかったよ。でも、膝が、ひざが、さ。
30 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/15(木) 03:52
「ホントに、やめたの?どうして?!言ってくれれば・・・」

どうしても言えなかった。
その頃、ひとみは自分の価値はバレーだけにあると思っていたのだ。
バレーができなくなって、来ていた高校の推薦も流れて、
自分の価値を失ったと思い、混乱していた。

“自主的に”やめたのならまだしも、“どうしても”バレーがダメになった価値のない自分には、
梨華の他によりどころがない。
きっとどんな形にしろ---八つ当たりするにしろ、泣きつくにしろ---
梨華に今まで以上に甘えてしまうだろう。
きっと梨華は「かわいそうに」と言って受け入れてくれるだろう。
そしてよりいっそう自分を支えようと頑張るのだろう。
それは嫌だった。悔しかった。

幼いプライドが大切なものを邪魔した。

そして今、いつかの省みなかった未来が、2人の邪魔をしてきた。

もうひとつ、言えない理由には、本当に梨華が自分を受け入れてくれるかどうかもあって。
無論、99%信じていた。信じ合える間柄である事もわかっていたつもりだった。
ただ、1%だけ。
1%だけの不安に、勝てなかった。
その1%は、2人が避けてきた“言葉”だった。
たった一言、2人が通じ合える言葉がそこにあったのなら。

言葉は大きい。

信じる事に疲れて、捨てられる事が怖くて。
それなら、あたしから捨てようと思って。

あたしが、逃げたんだ。
31 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/15(木) 03:53
「別れよっか。」
「・・・え?」
「だから、別れよ?」
「な、なんで?」
「なんでって・・・さっき見てたでしょ?わかんなかったの?
あたし、他の女の子と手繋いでデートしてたんだよ?浮気・・・してたんだよ。」
「え、・・・」
「しかも、部活も辞めちゃう根性なしでさ。もういやでしょ、こんな恋人。
あたしもさー、最近ちょっと梨華ちゃんといるのきついなーって。
ちょうどいいじゃん。ね?」
「・・・」

別れにそぐわない笑顔で捲くし立てるひとみ。

「じゃあ、そういう事だから。・・・・・・さよな、ら。」

ごまかしきれない感情に言葉が詰まったが、
笑顔のまま梨華の横を通りすぎ、そのまま振り返らなかった。
有無を言わさず、一方的な別れを告げたひとみ。
梨華の傷ついた顔が、頭にこびりついてとれない。

真正面を向いたまま、涙を流した。
涙は拭えない。
梨華が見てるかもしれないから。
大股で歩く。梨華の近くにいる資格なんてない。
悲しみと、寂しさと、悔しさと、情けなさと、自分でも分からない苛立ちの涙は、
あとからあとから出て、止まらなかった。
32 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/15(木) 03:53
梨華に抱きつかれて、ひとみは眩暈を覚えた。


ねぇ、梨華ちゃん。
あの頃、甘えてくれる事なんてなかったじゃない。
あの頃、あたし、梨華ちゃんに甘えて欲しかったんだ。
甘えてくれたら、こうやって、ギューって力いっぱい抱きしめるつもりだったんだ。


気にし続けてきた罪悪感からの開放と、やっと叶った望みに、
ひとみは現実を見失っていた。

この日だけ、“石川梨華の横顔に見惚れた吉澤ひとみ”へと、戻ってしまった。

33 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/15(木) 03:55
本日の更新は<<16-32です。なんか暗い・・・
時系列わかりづらいかと思ったんでメール欄に説明入れてます。

<<14 名無飼育さん
初レスありがとうございます!
後藤さんかわいいですか?あざーっす!!
拗ね顔想像しながら書いてみましたw

<<15 名無し飼育さん
もったいないお言葉ありがとうございます!
初回に比べクオリティが落ちてる気が・・・orz
とりあえずどうぞです。

<<16 名無し飼育さん
「いしよしごま目指します」とか自分でハードル上げちゃったよ・・・
と、後悔している今日この頃です。
ご期待に添えるよう頑張る次第でございます。
34 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/15(木) 03:56
大事なトコかもなんで隠します
35 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/15(木) 03:56
もっかい
36 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/04/30(月) 02:26
めちゃくちゃ楽しみにしています。
更新、お待ちしております。
37 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/06/01(金) 01:56
息をひそめて、固く目をつむる。
ひとみは、動けなかった。いや、動かなかった。

…結局、昨日は、梨華と。あのまま私の部屋にもつれこんで。

梨華はどういうつもりであの本屋にいたのだろう。
どんな顔をすればいいかわからない。
笑い飛ばせばいいのか。謝らなければならないのか。

どうすればいいのだろう。のどが渇いて、舌が奥に閊える。
昨日の自分が自分ではなかったような。

夢であれと願った。
梨華が帰ってくれることさえ願った。
卑怯な自分を受け入れられずに、また眠ろうとして。

何度も同じ夢を見た。
夢の中では幸福で、梨華も真希も笑っている。
ただ自分だけはそれが夢であると理解していた。
覚めることにおびえて、いやな汗をかいていた。
38 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/06/01(金) 01:57


「ひとみちゃん」
寝てるよ。
「ひとみちゃん」
寝てるってば。これは夢なんだ。

ひとみが起きていることに気づいているのか気づいていないのか、
梨華は起き上がり、黙って服を着てひとみの家を出て行った。


あたし、卑怯だな…

梨華とよりを戻すつもりだったのかと言えば、それは違う。
あたしは、あたしは真希と。

途方に暮れるひとみの携帯が、着信を告げる。
「電話…?」
美貴だった。
39 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/06/01(金) 01:58
「…もしもし、美貴?」
『あ、よっちゃん?』
「うん。…どしたの。」
『んー、あのさ、よっちゃん仲直りした?』
「…誰と?」
『誰って、ごっちんと。何、よっちゃん誰かとけんかしたの?』
「あーいや、してないけど。」
『けど何よ。』
「や、なんもないよ。」
『怪しーなー。喧嘩ついでに浮気でもしちゃってたりして。』
「…」
『ちょっ、なんで黙んの。え、なに、まじで?』
「美貴…」

昨日あったこと、梨華との過去、全部話した。
40 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/06/01(金) 01:59
「美貴ぃ…あたし何してんだろ…ていうか何がしたいんだろ?」
『…それはよっちゃんが考えることでしょ。美貴にわかるわけないじゃん。』
「だよなぁ…でもさぁ…」
『あーもう。よっちゃんはそのー梨華ちゃん?とはどうなりたいのさ。より戻したいの?』
「いや…あたしは、ごっちんが。」
『ならごっちんの事だけ考えればいいじゃん。』
「…梨華ちゃんもほっとけないんだよ、どうしても。ひどいことしたままだからさ。…つくづく自己満足だよなぁ。ちゃんと片つけるとか言って自分がすっきりしたいだけなのかもしれない。うあーもうあたし最悪だ…なんかすげぇショック…」
『最悪かもねぇ。』
「うぅ…」
『でもいいんじゃない?“梨華ちゃんを助けてあげたい”って思うならそれは自己満であってもう自己満じゃないよ。とりあえず美貴はうだうだ言って動かないよっちゃんの方がむかつく。』
「うわっ友達にむかつくとか言うかぁ?しかもそんなさらっと。」
『だって美貴だもん』
「ははっ、そうだな、美貴だもんな。…なんか、うん、ちょっと元気出た。とりあえず梨華ちゃんの方をなんとか頑張って見るわ。その間、ごっちんの事頼める?」
『あいよーお守りしといてあげるからちゃっちゃと片づけてきなー。』
「ん、サンキュ。手ぇ出すなよ?」
『えーあんまり長引いたら美貴自信なーい。』
「まつーらに言いつけんぞ…」
『はいはい冗談だって。ちゃんと悪い虫から守っといてあげるから。』
「うん…なんか助けられてばっかでごめん。」
『大丈夫いつかどーんと返してもらうから。そんときは太っ腹によろしく。』
「おう、任しときぃ。」
『んー。じゃあ切るねー。では吉澤くん、健闘を祈る!』
41 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/06/01(金) 02:00
さっきとは打って変わって穏やかな顔になったひとみ。
“美貴にわかるわけがない”、そう言いながら背中を押してくれる友を持ったことに感謝しながら。

さて、と…まずは梨華に何があったのかを知ろう。

梨華と仲良かったあゆみに連絡をしてみると、すぐ会ってくれるとの事だった。
42 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/06/01(金) 02:01
「お久しぶりです。」
「久しぶりー。元気?」
「はい、柴田さんもお元気そうで。」
「ちょっとちょっと、何柴田さんとか呼んでんのよ。柴っちゃんでいいって。」
「あ、はい。」
「敬語も禁止。」
「…うん。ありがとう。」
「よし。で、今日はどうしたのよ?」
「あの、その前に、ごめんなさい。」
「へ?…何が?」
「3年前、梨華ちゃんにひどいことして、そのまま逃げたこと、です。」
「…言っとくけど、あたしまだよっすぃーの事許してないよ。」
「…当然だと思います。」
「と、思ってたんだけど。なんかダメだねー。
バカ正直に、しかもわざわざあたしに謝ってくるよっすぃー見てたら
許してあげたくなってきちゃった。」
「…ごめんなさい。」
「ほーんとよっすぃーって得だよねー。犬みたいにシュンとしちゃって。
許したくもなるっつーの。」
「犬ですか…」
43 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/06/01(金) 02:02
「そ。で、犬クン、どうしたのよ、今日は。」
「えっと、その…梨華ちゃんのこと、なんすけど。」
「梨華ちゃんのこと?…最近、会ったの?あの子と。」
「昨日会って、また、ひどいことしちゃって。」
「あーもしかしてあの子ふらふらよっすぃーのとこ行っちゃったりした?」
「あ、はい…それで、その…」
「あーいいや。その辺の立ち入った情報はいいや。
それで?よっすぃーは何が聞きたいの?」
「…やっぱり、おかしかったんですけど。なにかあったんですか?」
「んー…よっすぃーはさー、それ聞いてどうする気なの?
また中途半端な事するつもりなら教えられないけど。」
「…あたし、力になってあげたいんです。梨華ちゃんが困ってるなら。」
「自分から捨てたのに?」
「…はい。都合がいいのはわかってます。自分から別れといて助けたいなんて。
でも、…嬉しかったんです。昨日梨華ちゃんに頼ってもらえたことが。
梨華ちゃんの心のどっかに頼ってもいい人として自分が残っていたことが。
…あの頃、頼ってばっかだったんで。頼ってくれるなら、力になりたい。
もし力になれなくても、するとしないじゃ全然違う気がするんです。」
「…わかった。でもよっすぃーとは全然関係のない話だけどいい?」
「はい、もちろん。」
「ていうか敬語になってるんだけど?」
「あ、ごめんなさ、…ごめん。」

44 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/06/01(金) 02:04
「ふふっ。えーっとね、まず、今梨華ちゃんには付き合ってる人がいてね。
大学の先輩で中澤さんて人なんだけど。
この人がモテモテでねー。梨華ちゃん二股されてんのよ。」
「えっ?!」
「あーいや、梨華ちゃんも知ってるのよその事は。
ていうか承知の上で付き合ってるんだけど。」
「え、そんな…」
「なんでって思うでしょ?でもね、初めて心から頼れる人だったんだって。
すごく頼りになって、引っ張ってくれて、受け止めてくれて。
二股とかどうでもよくなっちゃうくらい好きで、わりと今まではわりきって付き合ってたんだけどね、
この間街で偶然その中澤さんが本命の彼女といる所を見ちゃったらしいの。
…なんか、中澤さんの顔が違ったんだって。自分といる時と。
もちろん、あの子だってちゃんと大事にされてんのよ?二股っていうところを除けば。
でも、なんていうか…すっごく愛しいものを見るみたいな目をしてたらしいのよ、その時の中澤さん。
それでやっぱり、わりきってたとは言えショック受けたみたいで。
そりゃそーよね。愛されてないんじゃないかくらい思っちゃうわよ。
で、ここ最近ふらふらしててねー、私も心配でちゃんと見てるようにはしてたんだけど、
昨日は目離したすきにどっか行っちゃって。
まさかとは思ったけどよっすぃーのトコとはねぇ…」
45 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/06/01(金) 02:05

そこまで聞いて、ひとみはこみあげて来る悔しさを感じた。
梨華がそうまでしてその人に固執したのは、頼れる人に固執したのは。
自意識過剰なのかもしれない。
けれど、きっと、少なからず原因は自分にもあって。
そうさせてしまった自分が悔しかった。

「中澤さんの、連絡先とか…わかる?」
46 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/06/01(金) 02:05



47 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/06/01(金) 02:07

「ちょ、顔あげぇな、よっさん、やったっけ?」
「…吉澤です。」
「合うとるやないか、吉澤のよっさんでええやろ。
ちゅーかほんまに顔あげてくれって。」

ひとみは土下座していた。
中澤の家まで押しかけ、中澤の前で。
それしか思いつかなかった。
自分にできることは、自分にしかできないことは。

「梨華ちゃんを、ふってあげてください。」
「…なんやいきなり。あれか、…梨華の事好きなんか?」
「…いえ、そんな資格もないです。」
「だったらなんでや、関係あらへんやろ。」
「こんな突然、しかも面識もないのに、失礼なお願いなことは分かってます。
でも、あなたからじゃないと…あなたからじゃないと、梨華ちゃんはあなたを諦められない。
あなたにすがりついて、…きっと、本命の彼女のことを思って自分を責めて、もっとボロボロになる。
そうなる前に、きちんとふってあげて欲しいんです。…ちゃんと次の恋ができるように。
…そうできないなら…できないなら、一番、愛してあげて下さい。」
「なぁよっさん、ほら、顔あげぇって。
あたし土下座されるような人間ちゃうねん。
……あたし、結構アホでなぁ。最低なんよ。
…梨華の事好きやけど、一番愛してはあげられん。
梨華を一番にできたらええのに、なんでやろなぁ、一番は、譲れんのよ。
…本命の方とは梨華となんかよりよっぽど喧嘩もすんねんけど、
どうしても、何したって好きでなぁ。うまいこといかん…」

裕子は目をそらすことなく、しっかりとひとみの目を見て話す。
梨華が好きだという人の目は、ひどく澄んでいた。
この人に、…一番に愛してもらって欲しかった。
でも、きっとダメだろう。この人は、私と一緒だ。
48 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/06/01(金) 02:07
「別れてあげて、もらえますか?」

裕子がフッ、とため息をつく。自嘲的な微笑みを浮かべて。

「…いーかげん、あたしも梨華に甘えるのは止めんといかんかな。
甘えられるふりして、甘えとってん、梨華に。
あー…あたしもまだまだガキやってんなぁ。ハハッ、情けないわー。」
「ありがとう、ございます。」
「よっさん、あんたじゃダメなんか?
…あんたなら梨華の事、愛してあげられそうやけど。」
「…ダメなんです。私も、好きな人が、大切な人が、いるんです。」
「なんや、あたしと一緒かいな。」
「…はい。」
「お互い難儀やなぁ…あんたとは気ぃ合いそうや。今度飲み行かへん?」
「…中澤さん、そうやってすぐ人を誘うから…」
「ジョーダン。真面目やなぁよっさんは。
あかん、ホンマに飲み行きとうなってきたわ。」
49 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/06/01(金) 02:08
ケラケラと声を出して笑う裕子。
全く悪びれないで笑う人だな、とひとみは思う。
憎めない、この人は。
屈託のないその表情に、自然とひとみの顔もゆるんでいく。

「やーっと笑いおったわ。」
「へ?」
「あんまり小難しい顔しとったら、その大事ーな人に逃げられてまうで?」
「…はい。」
「ま、あたしなんかに言われとうないか。
…はよ帰り。
…梨華とは、きちんと、別れる。約束する。」
「…ありがとうございます。」
「あたしこそや。…ありがとうな、よっさん。世話かけたわ。」

50 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/06/01(金) 02:12
更新しました。

気づけば2か月もたってしまい申し訳ないです。
その割短くてごめんなさい。
長台詞読みづらくてすみません。
どうやったら読みやすくなるんだろ…

>>36 名無し飼育さん
ありがとうございます。
ご期待に添えたかどうかわかりませんが…
これからも読んでいただけると幸いです。
51 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/06/02(土) 01:04
おもしろいですね。
続きが気になります。
52 名前:te 投稿日:2007/06/26(火) 03:27
続き書くべきだろっていう空気も読まずにアホな短編をおひとつ。
53 名前:te 投稿日:2007/06/26(火) 03:28



『イマイク!』



54 名前:te 投稿日:2007/06/26(火) 03:31
帰ってきた。帰ってきたよ。

「よっちゃんおかえりー!!」
「おかえりー!!」
「へへっ、ただいま。」

目一杯の笑顔で、美貴と松浦がおかえりをくれる。
そして。

「おかえり、よしこ。」

久しぶりの、愛しい声。
もったいない気がして、ゆっくりそっちを向く。


「ただいま。…ごっちん。」

思いっきり抱きしめたい。キスしたい。今すぐ。
けど、やっぱしあたしたちも大人なわけで。
人目もはばからずに、なんて。

せいぜい軽くハグするくらい。
55 名前:te 投稿日:2007/06/26(火) 03:32
「うあーー」

もどかしくて変な声が出た。
美貴と松浦がクスクス笑ってた。

「よっすぃー、今日はごっちん家で『よっすぃーおかえり記念焼き肉大会』だよ!」
「やったー焼肉!!」
「ははっ、あいかーらず美貴は焼き肉焼き肉なんだ。」
「ホントだよー。あたしミキティと焼き肉以外食べたことない気がする…」
「えー?他にも食べてるじゃん、鉄板焼とかさ。」
「いや同じだから。」
「お、まつーらも美貴バリの突っ込みするようになっちゃって!二人はよろしくやってんのかい?」
「よっすぃー…何そのオヤジ口調…」
「…え?」
「あはっ、まーまー立ち話もなんだしとりあえず今夜の買い物いこー。」


そんなこんなで松浦の車に乗り込み。
車の中はそりゃーもうしっちゃかめっちゃかでうるさくてたまらなかったけど、
それがあたしは素直に嬉しくて。
昔なら照れくさくて隠してたその気持ちを隠すことなく、一緒になって大騒ぎ。
そのままみんなで買い物かと思ったら、
あたしは荷物もあるしってんで美貴と松浦が買い物に行ってくれて。
あたしとごっちんは一足先にごっちん宅へ。
56 名前:te 投稿日:2007/06/26(火) 03:32
家についてまずやる事なんてたった一つだ。
引き寄せられるように抱き合って、くつも脱がずにキスをした。
こんな時ばかり器用なあたしの手は、難なく後ろ手にドアを閉めてそれから鍵を閉める。
少し押さないと回らないごっちん宅の鍵のくせもばっちりこの手が覚えていた。
どこまでも隙間を埋めようときつくきつく抱きしめ、息が止まるようなキスをして。
スーッと落ち着いていく気持ちとは裏腹に、鼓動はどんどん高まる。

「真希…」
「ん、…はっ」


永遠が欲しい。今。


キスしながらも顔を見たくなってうっすらと目を開けてみたら、彼女の目尻には、涙がにじんでいた。



ごめんね。


もう、どこにも行かないから。


57 名前:te 投稿日:2007/06/26(火) 03:33
ホントは分かってた。
ごっちんが私に行って欲しくないって思ってたこと。
でも一番応援してるから、何も言えなかった事。
気丈な彼女は私にそれを悟らせまいとして。
日本を離れる前、その必死な姿を見るたび、私が泣きそうだった。


だから、ただいま。
58 名前:te 投稿日:2007/06/26(火) 03:33
「はい!この辺一帯の肉今が食べ時!!」
「ちょ!よっちゃんさっきからサンチュばっか食い過ぎ!」
「あやちゃんそれまだ!」
「ごっちんシメのチャーハン用のご飯は?用意してあるの?!」

焼肉は藤本奉行に全部仕切られたけど、それはそれは楽しく終わり。

冷蔵庫からつまみを拝借して、チューハイ片手に旅の土産話とあたしがいない間の3人の話で盛り上がっていたらごっちんがうとうとし始めた。

「くぁ…」
「ん?どーしたごっちん、もう眠いのー?まだ10時だよ?」
「んぁ…」

シャイなはずの彼女が、あたしの腰に両腕を回してきて。
肩に頭をコテッと乗っけて寝息をたて始めた。
じんわりと高い体温が伝わってきて、もうあたしはどうしようもない。

おさえられない顔の緩みを見つけた松浦がニヤニヤと、でも優しい笑みで言った。
59 名前:te 投稿日:2007/06/26(火) 03:34
「よっすぃー、ごっちんねぇ、昨日あんまり寝れなかったらしいよ?」
「へ?なんで?」
「よっすぃーが帰ってくるって思ったら緊張とか嬉しさとか一気にこみ上げてきて、どうしても目が冴えちゃったんだってさ。」
「ふぅ〜〜!よっちゃん愛されてる〜。」
「ねぇー。やーん羨まし〜。ていうかなんかもうムカつくよね。」

「…」
「ん?よっちゃん?」
「へ?あ、いや…そう、なんだ。」

やばい。これ以上は。

「あー、あたし、あのーあれだ。ご、ごっちんベッドに運んでくるねっ。」

どもりすぎだと自覚しながらガバッとごっちんを持ち上げ、足早にごっちんを寝室へ。

「んー…よし、こ…んぁ…」

ひぃー!やべーあたしもう持たないよ…よし。
60 名前:te 投稿日:2007/06/26(火) 03:34

踵を返してリビングに戻る。

「帰れ。」
「「へっ?」」
「帰れお前ら。早く!」
「ええ〜まだ私飲み足りな〜い。」
「美貴も〜。」
「帰れ。はいカウント開始―。20、19、18、」
「えっ?うわっ、ちょっ!何?カウントされると妙に焦るんだけど!」
「ちょっとよっちゃん?!」
「14、13、12」
「あーもう!たん、行くよ!」
「えぇっマジで帰るの?!」


なんと3秒を残して帰ってくれた。
さすが親友。そうでなくちゃ。

そして。ふふ、ふふ、ふあはははは!

お待たせごっちん。今行くぞ!!

61 名前:te 投稿日:2007/06/26(火) 03:35


終了


62 名前:te 投稿日:2007/06/26(火) 03:36
あれ、最後の方ただのアホ話に…
ええ、肝心なところも書きませんとも。書けませんとも。
お目汚し失礼しました。

あ、改めまして、teでした。
63 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/06/27(水) 22:31
よっすぃとごっちんがムチャ可愛くて好きですw
64 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/06/27(水) 22:32
sage入れるの忘れました。
ごめんなさい m(_ _)m
65 名前:te 投稿日:2007/07/21(土) 22:10
短編。みきよしごまです。



「君のせい」


66 名前:君のせい 投稿日:2007/07/21(土) 22:12



戻ってきてよ、って思ってた。




「…へ?」

ミキティが真剣な顔してた。
部活帰り、夕立に遭ったあたしたちは、さびれた商店街のさびれた店先で雨宿りをしていた。
フットサルで疲れた足の重みをじんわり感じながら、100円もしないアイスをほおばって。
まわりの雨は、あたしたちをあたしたちだけみたいに見せていた。

真剣なミキティの顔。
でもそれは、部活中に見せるそれとは違ってどこか自信なさげで
いつもなら迫力を感じるほどまっすぐ見つめてくるその目はちらちらと泳いでいた。
言葉も歯切れが悪く、ごにょごにょと口のなかに留まるように。
67 名前:君のせい 投稿日:2007/07/21(土) 22:13
すっぱりと突っ込みをいれるミキティでもこんな風になることがあるんだ。かわいいじゃん。
あたしはバカみたいな事を頭の片隅で考えて、ふりはらった。


だからー、美貴は、その…あーだから好き、かな…なんて。


ねぇ、ミキティがあたしのこと好きなんだってさ。
そろそろ忘れろってことなのかなぁ、ごっちん。

アイスが溶けて、手に垂れてくるのを感じた。
でもあたしは手を動かさなかった。
ミキティのアイスも溶けてるのを見たら、まぁいいかなって思ったから。
68 名前:君のせい 投稿日:2007/07/21(土) 22:13
1年前学校をやめた親友。
元親友、とか言わなきゃいけねーのかなぁ。
そんで、兼想い人。

あの頃あたしはちゃんと分かっていた。
ごっちんはいつか学校をやめてしまうんだろうって。

彼女はどこまでも自由で、なにげに小心者のあたしなんかには出来ないことをしれっとしてみせた。
学校っていう枠を枠と思ってなくて、お菓子作ってたら学校行くの忘れただとか
お昼からバイトだからーなんつって早退したりだとか。

でも彼女に言わせれば授業をさぼったことは一度もなかったらしい。
ただ、日々夢中になれるものを探していた。
学校は一応親がうるさかったから入っただけで、
その親も転勤でごっちん一人を残していなくなってしまったから
彼女が授業に来る理由なんてこれっぽっちもなかった。

そんなことをあっけらかんと教師に言ってのける彼女は有名な問題児だった。
あたしはそんな彼女が羨ましいようでそうでもなくて、でも眩しかった。
69 名前:君のせい 投稿日:2007/07/21(土) 22:14
そんなわけで授業はなかなか来ない彼女だったけど、
なぜか部活だけはほぼ毎日ひょっこりと顔を出して、真剣な顔でボールを黙々と蹴っていた。
グラウンドでは、あたしの隣にはごっちんがいた。

一度聞いたことがある。なんで部活は来んの、って。
意外とごっちんて熱血?なんてちゃかしながら。

なんでもなさそーに、けれどもしかしたら何かをあたしに伝えようとするかのように、
色素の薄い彼女の瞳があたしをとらえた。


よしこに会うためだよ。


その一言だった。
その一言を本気にして、あたしは本気になった。

その一言を思い出す度あたしは調子にのって、
もしかしたら両想いなのかも、なんて期待を抱いてはしまいこんだ。
まだだ、まだその時じゃない。
今にして思えば言い出せない想いの、ただの言い訳だったんだけどね。
70 名前:君のせい 投稿日:2007/07/21(土) 22:15
夢が見つかったら、学校やめちゃうんだろうなぁ。
ふにゃふにゃした笑顔を見ながらいつもぼんやり思ってた。
それでもそんな奔放な彼女が好きだったから、あたしは応援してた。

けど、いざごっちんが学校をやめる日がきて、あたしは愕然とした。

グラウンドから、あたしの隣から彼女がいなくなる。そんな事は夢にも思っていなかった。
何があってもグラウンドに行けば真剣な顔したごっちんがいて、ボールを取り合えると。
練習が終わったら、心地よい疲れを感じながら一緒に帰り道を歩けると。
思い込んでいた。

お決まりの転校生の挨拶みたいなのをごっちんがしている間、私は唐突にその事を自覚して、なんとかそれを覆そうと必至だった。
だからあの時ごっちんが話していたことをあたしは何一つ覚えていない。
そして結局覆せなかった。

その日も練習はあったけれど、あたしはひたすら動揺していた。

右を見ても左を見てもいない。
パス練をしようとパートナーである彼女をキョロキョロと探すけれど、見つかる事はなかった。

なんで。どうして。なんで。どうして。

泣きそうになって、聞かなきゃって思って、
自分では答えを出せそうもないから聞かなきゃいけないと思って、ごっちんの家まで走った。
71 名前:君のせい 投稿日:2007/07/21(土) 22:16

「あはっよしこどうしたのそんなかっこで。」
「ごっちん…ごっちん、なんで?いなくなっちゃうの?」
「んー…やりたいこと見つかったからね」
「それは知ってるけど。だって、フットサルは?」
「…学校やめちゃったんだからもう行けないよ。」
「でも…」
「よしこ」

ごっちんがそっとあたしの頬に手を添えた。
あたしの目をじっと見つめる彼女にはなんだか余裕がなくて。
微笑みさえしない彼女は、ぞくっとするほど美しかった。
あの時ごっちんは、あたしにキスしようとしたんだと思う。
キスしなかったのは、ごっちんの強さだ。あたしを縛らないために。

頬に置かれた手に少し力がこもったと思ったら、すっと離れた。

「ほらっもう練習戻んなきゃ。次期キャプテンでしょ?」

ごっちんは、また会えるとももう会えないとも言わなかった。
あたしから視線を外して口元で微笑んで、「じゃあね」とだけ言った。
それはごっちんの弱さと迷いだ。
ごっちんも、もう会わないとは言えなかった。
きっとうぬぼれじゃない。
たとえそれがあたしを縛ることになっても、また会う可能性を捨てたくなかったんだと思う。

今この場で気持ちを伝えたらどうなるんだろうって、考えなかったわけじゃなかった。
だけど、今言ってもごっちんを困らせるだけだと。
最低な言い訳をした。
72 名前:君のせい 投稿日:2007/07/21(土) 22:17
あの日以来、ずっと今日まで、戻ってきてよって思ってた。
もう言い訳はしないと心に決めて、言う言葉だって何度も考えて練習して、いつごっちんが戻ってきてもあたしは笑顔でいれるように。

でもさ、もし、もし今ごっちんが戻ってきたら、あたしはなんて言うんだろう。わからないや。
考えてた言葉が言えないであろうことは分かってしまった。
それは、今あたしの前でなんだか小さくなってるこいつのせいなんだろうか。
それもわからないけど。
でもあたし、かわいいなって思ったんだ。
さっきは気づいてなかったけど、あたし確かに思った。ミキティの事かわいいなって。

くだんねーけど、あたしごっちん以外の誰かをかわいいなんて思った事なかったんだよ?
んなこと言ったらごっちんは本気にしないで笑うかな。

あたしは驚いていた。それでもいいかなって思うあたしに。
あっけないほど唐突に訪れたあたしの中でのごっちんとの別れは、
過ぎ去ってしまえば笑えるほどに爽やかで。
あの時さよならと言えなかった事を、あたしはやっと悔やむことができた。
73 名前:君のせい 投稿日:2007/07/21(土) 22:18



あたしたちの沈黙を防いでくれていた雨の音はいつの間にか止んでいた。
ミキティは照れ隠しのつもりなのか、雨と入れ替わりに顔を出した夕日に目を向けていた。
あたしは体の内側からじわじわと広がっていく喜びを感じていた。
ニヤニヤしてしまう顔をどうにかしかめようと、同じように眩しい夕日に目を向けた。

「ミキティ、アイス溶けてるよ。」
「…よっちゃんのせいだし。」

拗ねたような顔であたしを睨む彼女が、たまらなくかわいかった。





終了

74 名前:te 投稿日:2007/07/21(土) 22:19
更新終了。ちょっくら落とします。

>>63、64 名無し飼育さん
ありがとーございます。
そう言っていただけると本望です。
age/sageは私もその時の気分によるのでお気になさらずにー。


本編も早めに更新できるよう頑張ります。

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