てんとう虫のルンバ
- 1 名前:めめ 投稿日:2007/06/13(水) 14:12
- 初めまして。めめと申します。
短編をいくつか書いていけたらと思っています。
よろしくおねがいします。
- 2 名前:てんとう虫のルンバ 投稿日:2007/06/13(水) 14:14
-
「てんとう虫のルンバ」
- 3 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/06/13(水) 14:14
- 薄曇りの空の切れ目から細く差し込む陽光。
梅雨の合間のこんな瞬間がれいなは好きだった。
夜の間に降り続いていた雨は、明け方近くにはあがり、通学路のそこかしこに様々な形の水たまりを残していた。
- 4 名前:tenntoumusi 投稿日:2007/06/13(水) 14:15
- 今は閉じているお気に入りのピンクの傘を時折振り回しながら、れいなは今朝も学校へ向かう。
『ピンクの傘なんてれいなには似合わないの。変えた方がいいと思うの』
れいながこの傘を広げるたびに、さゆみは面白くなさそうに言う。
ピンクという色は自分のためだけにある、さゆみは本気でそう思っているようだった。
そのたびにれいなは「はいはい、わかったけん、もう変えるけん」と適当に返事をしているが、今のところ買いかえるつもりはない。
ちょっとキツめな外見のせいで意外に思われるかもしれないが、こう見えてれいなもピンクは好きなのだ。
- 5 名前:てんとう虫のルンバ 投稿日:2007/06/13(水) 14:20
- 「きっと今日もブツブツ言われるったいね」
さゆみのふくれっ面を想像しては一人ニヒヒと笑い、れいなは軽やかに水たまりを飛び越えた。
連日の雨で少々滅入り気味だったが、久しぶりの晴れ間にれいなの気分は明るかった。
時折吹く生温かい湿った風も、妙に心地良く感じられた。
- 6 名前:てんとう虫のルンバ 投稿日:2007/06/13(水) 14:21
- 「おはよ」
朝の騒がしい教室に入ると、すぐにさゆみが近寄って来た。
二つ結びの髪留めはやっぱりピンク。
傘立てには今日もピンクの傘があることをさゆみはまだ知らない。
「久しぶりにちょっと晴れたの」
「うん。キモチよかぁ」
そう言いながら、いつものように自分の席につき、いつものように右斜め前に視線を送る。
亀井絵里。一つ年上の同級生がそこに座っている。
- 7 名前:てんとう虫のルンバ 投稿日:2007/06/13(水) 14:22
-
- 8 名前:めめ 投稿日:2007/06/13(水) 14:27
- ―――綺麗な顔やねぇ
それがれいなの彼女に対する第一印象だった。
ふにゃりと笑う顔は人懐こく、ちょっと舌足らずな喋り方には愛嬌があった。
教室で特に目立つわけでもないが、忘れられるわけでもない。
いわば「普通」を絵に描いたような存在。
そう、普通だった。きっとれいな以外のクラスメイトにとっては。
『亀井さんっていつも笑ってるの』
このクラスになって間もない頃、さゆみが言ったことがあった。
それまであまり彼女のことを気にかけたことはなかったが、何気ないさゆみの一言で、無意識のうちにれいなの視線は彼女を追うようになった。
―――ほんと。いつも笑ってるったい
どんな時でもニコニコニコニコ。誰に対してもふにゃりふにゃり。
何がそんなに面白いんだろう?何がそんなに楽しいんだろう?、
そんな亀井を見ていて、れいなは少し不快に感じることさえあった。
それでも妙に気になる。気がつくと彼女を見ている。
桜が散った頃にはそんな毎日が始まっていた。
- 9 名前:てんとう虫のルンバ 投稿日:2007/06/13(水) 14:29
- 亀井絵里はもともとれいなたちの一つ先輩だった。
身体を壊し入院していたため、出席日数が足りずに今年から同級生になった、ということらしい。
『心臓が悪いらしいよ』
さゆみから聞いたのは絵里と同級生になってまだ三日目だったろうか。
それを聞いた時、自分の心臓がドクンと音を立てたのを覚えている。
『心臓?』
『うん』
『・・・死んじゃうと?』
『こら』
さゆみに頭を小突かれる。
『だって・・・』
『心臓が悪いからって死ぬわけじゃないの。ちょっと弱いだけらしいの。走ったりはできないから体育の授業とかは無理みたいだけど、生活は普通にできるんだって』
『そ、そうね。よかったっちゃ』
教室の隅で嬌声が上がった。クラスの道化者がなにやら身体をくねらせておどけている。
それを指差して笑う輪の一番外で、亀井絵里はニコニコと微笑んでいた。
―――ビー玉みたいやね
その時れいなはそう思った。
その理由は今でもわからないのだけれど。
- 10 名前:てんとう虫のルンバ 投稿日:2007/06/13(水) 14:30
-
- 11 名前:てんとう虫のルンバ 投稿日:2007/06/13(水) 14:30
- 「また見てるの」
ぼす、っと背中を叩かれ、右斜め前に送っていた視線を上に向ける。
さゆみがニタリ笑いながら、れいなを見下ろしていた。
「べ、別に見てないっちゃ」
「見てたの」
「見とらん」
フフフ、と悪戯っぽくさゆみは笑うと、次の瞬間、
「えりぃ、おはよー!」
と大声で言った。
「あーさゆー、おはよー」
ふにゃりとした笑顔を浮かべ、亀井絵里がこちらへやって来る。
「れいな、おはよー」
笑顔はれいなにも向けられた。
- 12 名前:てんとう虫のルンバ 投稿日:2007/06/13(水) 14:31
- 「あ、うん・・・」
うまく笑えていないな、と感じつつ、れいなは不器用な返事をする。
「ほら、れいな、おはよー」
さゆみがれいなの肩に手を回し、至近距離でニタリ笑いで言う。
「な、なんね?」
「おはよー、って言われたら、おはよー、って言うの。うんじゃないの」
「い、言うたったい」
「言ってないの」
「言うたっちゃ」
「言ってないよねーえりー」
「れいな、おはよー」
亀井絵里は相変わらずのニコニコ顔で、れいなに二度目の挨拶をした。
- 13 名前:てんとう虫のルンバ 投稿日:2007/06/13(水) 14:32
- 「お、おはよ・・・」
―――少し顔が赤いかもしれん
そう感じながら、れいなは肩に絡み付いているさゆみの手を掴んだ。
「ほら、ちゃんと言ったけん。離れんしゃい」
しかしさゆみはまだれいなから離れない。しかもまだニタリ笑いのままだ。
「な、なんね」
「れいな、おはよー」
「だからなんねって言ってるったい!」
「れいなおはよー、って言われたんだから」
―――あ
れいなは一瞬言葉を飲み込んだ。
- 14 名前:てんとう虫のルンバ 投稿日:2007/06/13(水) 14:32
-
- 15 名前:てんとう虫のルンバ 投稿日:2007/06/13(水) 14:34
- 亀井絵里のことを名前で呼べるようになったのは、実はつい最近のことだった。
五月の連休が明けた頃から、れいなとさゆみと絵里は三人でいることが多くなっていた。
その特異な甘えっ子キャラを生かし、さゆみは誰にでもなついていく。
ギリギリのところでウザがられないのは、その人間関係がさゆみの緻密な計算の上に成り立っているからだとれいなは知っている。
―――さゆみは大人だ
れいなは以前からそう思っていた。
どちらかというと人と繋がることを苦手とするれいなにとって、さゆみの振る舞いは大人であった。
たださゆみに言わせると
『小心者の処世術なの。さゆみから言わせてもらえば、誰とも群れないで堂々としているれいなの方がよっぽど大人なの』
ということらしいのだが。
- 16 名前:てんとう虫のルンバ 投稿日:2007/06/13(水) 14:35
- そしてどういうわけか、この二人、不思議とウマがあった。
人間関係って、女子高生って、難しい。
そして亀井絵里。
一つ年上の同級生という立ち位置が、微妙なバランスでさゆみとれいなにはまった。
喋りまくるさゆみとドライに聞き流すれいなとニコニコ笑っている絵里。
一見妙なトリオがいつのまにか生まれていた。
- 17 名前:てんとう虫のルンバ 投稿日:2007/06/13(水) 14:36
- ある日の下校途中、いつものように三人でほてほてと歩いていると、思い出したようにさゆみが言い出した。
『れいなって絵里のこと名前で呼ばないの』
『そ、そうだったかいね?』
『そうなの。聞いたことないの』
意識はしていた。絵里、と喉元まで出掛かったことは何度も何度もある。でもそのたび飲み込んでしまっていた。
そしてそれは、年上だから、本当は先輩だから、そんなつまらない理由ではないことをれいなは自覚し始めていた。
―――恥ずかしいけん
それが理由。
夜中に部屋で呟いたことは、あるにはある。
―――絵里
一人で布団が千切れるほどに転げまわったのを覚えている。
『ちょっと言ってみてほしいの』
『え?』
『絵里のこと呼んでみてほしいの』
『今?』
『今』
『いやでも、そぎゃん急に改まってとか』
- 18 名前:てんとう虫のルンバ 投稿日:2007/06/13(水) 14:37
- 『呼んでほしいな』
鈴の音のような声が聞こえた。
『れいなに名前で呼んでほしいな』
絵里が笑顔でれいなを見ている。隣りではさゆみが腕を組みながらニタリ顔だ。
『・・・り』
『なんて?聞こえないんだけど?』
さゆみが大笑いしながられいなを指差す。絵里は八の字眉毛で、子犬を見るような目で微笑んでいる。れいなは息を吸い込んだ。
『え、絵里ぃ!』
『お、言ったの』
『言ったね』
『無駄に大声なの』
『ちょ、バカにせんとき!』
笑い声が高鳴った心臓の音をかき消した。赤い頬は夕焼けのせいだった。
- 19 名前:てんとう虫のルンバ 投稿日:2007/06/13(水) 14:37
-
- 20 名前:てんとう虫のルンバ 投稿日:2007/06/13(水) 14:38
- 「ほーら、れいな、おはよー?」
さゆみのニタリ顔は消えない。つかまれた肩が揺らされる。
「あの時は『絵里ぃ!』ってでっかい声で言えてたよねぇ?ねーえりー?」
ねー、と少し怒った顔を作って絵里が相槌を打つ。怒った顔でも笑っている。
梅雨の合間の日差しで、気分も少し高揚していた。れいなは絵里を見た。
「絵里」
名前を呼ぶ。絵里がこちらを向く。
名前を、呼ぶ。
大好きな人の。
「絵里、おはよ」
ふにゃりと笑って絵里が答える。
ああ、どげんしたらこぎゃん笑顔ができるんやろかいね。
「れいな、おはよー」
始業のチャイムで心臓の爆裂音は隠されたが、赤い頬は隠しようがなかった。
- 21 名前:てんとう虫のルンバ 投稿日:2007/06/13(水) 14:39
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- 22 名前:てんとう虫のルンバ 投稿日:2007/06/13(水) 14:39
- 3時間目は体育だった。
校庭は雨で少々ぬかるんでいたが、梅雨の晴れ間、久しぶりのグラウンドでの授業となった。
「今日は100Mのタイムを測るぞー」
体育教師の声に、えーだのわーだの声が上がる。
「大丈夫だ。幸いこの辺はぬかるんでないから」
そんなことは関係なか、とれいなは口を尖らせる。
すばしっこそうに見えて、れいなは走るのが大の苦手だった。
『田中さんって運動神経よさそー』
『走るの超速そー』
などという声を今までにいくつもかけられた覚えはあるが、走り終わった後は微妙な空気になるのが常だった。
「100M走って、タイム測って、何の意味があるったいね?自分の好きなペースで走ればよかと?」
ブツブツと文句を言いながらスタート地点に向かうれいなの肩に、色白の手がポンと置かれた。
「同志よ」
さゆみの足取りも重かった。
- 23 名前:てんとう虫のルンバ 投稿日:2007/06/13(水) 14:40
- 計測は出席番号順に行われた。
だんだんと近づいてくる自分の順番に胃を痛めながら、れいなは所在無くあたりを見回していた。
ジャージ姿の集団から少し離れて、制服の少女が一人佇み、走る少女たちを見つめている。
―――絵里
普段は教室の窓から体育の授業を眺めている彼女だったが、この日はグラウンドに出てきたようだ。
―――久しぶりの晴れ間やけんね
絵里もきっと外の風に触れたかったのだろうと、彼女を見つめるれいなの目元は優しく緩んだ。
しかしすぐにその表情は硬くなった。
- 24 名前:てんとう虫のルンバ 投稿日:2007/06/13(水) 14:40
- いつもの絵里とは違う少女がそこにはいた。
それは今まで見たことのないような冷たい表情。
まっすぐに結ばれた口元と、厳しく射るような眼差し。
触れられない何かがそこにはあった。気安く触れば皮膚を切られるような、けれど脆くて壊してしまうような何かが。
絵里に笑顔がなかった。
- 25 名前:てんとう虫のルンバ 投稿日:2007/06/13(水) 14:41
-
絵里と視線が合う。
ふいのことで動揺を隠せず、れいなは金魚のように口をパクパクとさせた。
絵里は一瞬戸惑ったような表情を見せたがすぐに、いつものふにゃりとした笑顔を見せ手を振った。
れいなも慌てて手を振り返す。
れいなの走る順番が近づいていた。
- 26 名前:てんとう虫のルンバ 投稿日:2007/06/13(水) 14:42
- ホイッスルが鳴り、れいなの前に立っていた少女がスタートを切る。
がんばれー、と鈴の音のような声が聞こえる。大きく手を叩きながら絵里が声援を送っている。楽しそうに。嬉しそうに。笑顔で。
『走ったりはできないから』
ゴールラインを駆け抜けしゃがみこむ少女。足がもつれただの息が切れただの、既に走り終わった者たちとはしゃぎ声をあげている。
「次、田中」
はい、とれいながスタートラインにつく。視界の端には絵里の姿が映る。
「よーい」
教師がホイッスルを吹き、れいなは飛び出した。
3歩4歩、身体が前傾になる。5歩6歩、頬を風が切り、加速していく。
次の瞬間、地面が近づき、少し湿った土の匂いが鼻をこすった。
悲鳴と笑い声がれいなに向けられている。
走り出して10Mをすぎたところで、れいなは足をもつらせ転倒した。
横向きに転び、左肘から左膝あたりにかけて、砂とも泥とも言えぬような土がこびりついていた。
- 27 名前:てんとう虫のルンバ 投稿日:2007/06/13(水) 14:42
- しばらくそこにしゃがみこみ土を払っていると、
「おーい大丈夫かぁ」
と教師の声がした。
「はい、いえ、ちょっと足捻っちゃったみたいです」
「無理しなくていいぞー」
すいません、と頭を下げ、れいなはコースから出た。気持ち足を引き摺りながら。
れいなは走るのを止めた。
- 28 名前:てんとう虫のルンバ 投稿日:2007/06/13(水) 14:43
-
「れいな、大丈夫なの?」
授業が終わり、着替えの前に手についた土を洗い落としていると、さゆみが心配げに近寄ってきた。
「あ、うん、ちょっと転んだだけやけん。もう年っちゃね」
少し土のはねた頬をさゆみに向け、ニヒヒと笑い返す。
何言ってんの、とさゆみがれいなの頬をタオルで拭う。タオルの柔らかさが優しかった。
- 29 名前:てんとう虫のルンバ 投稿日:2007/06/13(水) 14:44
-
「あ、絵里」
さゆみがれいなの背後に向かって声をかけた。振り向くと、少し離れた場所に制服姿の絵里が立っていた。
「えりー、れいな転んじゃったの。見てた?」
「ちょ、ちょっとドジったっちゃん」
れいなは軽く舌を出し、照れた素振りを見せた。
しかし絵里はそれには何の反応も見せず、
「お大事にね」
とポツリと言い、微かに笑ってれいなに背を向けた。
れいなはゾクリとした。その笑顔はあまりにも寂しかったから。
―――絵里、どげんしたと?絵里・・・
少しの後ろめたさを抱えながら、れいなは捨て猫のような気分で立ちつくした。
「れいな、どうかしたの?」
さっきまで絵里がいた場所にぼんやりと視線を向けているれいなを、さゆみが不思議そうに見ていた。
- 30 名前:てんとう虫のルンバ 投稿日:2007/06/13(水) 14:45
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- 31 名前:てんとう虫のルンバ 投稿日:2007/06/13(水) 14:45
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- 32 名前:てんとう虫のルンバ 投稿日:2007/06/13(水) 14:46
- 亀井絵里――。
呼べばせつない名前。
そこに理屈はない。考えてもしょうがない。いつの間にか、考える前に瞳が追っていたのだから。
『いつも笑ってるの』
笑っている。
そう、いつも彼女は笑っている。
その笑顔の意味をれいなは考える。
―――絵里とはにらめっこができんっちゃ
だって絵里はいつも笑っている。
ちょっと触れれば崩れ落ちるようなはかない仮面をつけて、彼女は必死で笑っている。
れいなにはそう見えた。
本当の絵里はどこにいる。本当の笑顔はどこにある。
―――かめい、えり
今、君はどこにいる。
- 33 名前:てんとう虫のルンバ 投稿日:2007/06/13(水) 14:47
-
- 34 名前:てんとう虫のルンバ 投稿日:2007/06/13(水) 14:47
- 気まぐれな今年の梅雨空は、昼過ぎから雨を落としだしたかと思えば、下校時間にはまた陽射しをもたらした。
「今日は委員会があるの」
図書委員などという、れいなにとっては何をやっているのかよくわからない集団に所属しているさゆみは、どこか誇らしげに一緒の下校を断った。
「ああ、そうだったっちゃね。じゃあ先帰るけん」
そう言って軽く右手をあげ、見回した教室にはもう絵里はいなかった。
- 35 名前:てんとう虫のルンバ 投稿日:2007/06/13(水) 14:48
- もわりとした空気が街にたちこめている。
アスファルトにとどまった水滴の群れは、次の季節の準備をする太陽に照らされ、不快な蒸気となり街を包んだ。
時折、幸い今日はさゆみに気づかれなかったピンクの傘を振り回しながら、れいなは今朝と同じ道を逆に辿る。
―――絵里、先に帰ったとかいね
体育の授業の後、絵里とは会話がなかった。
あの時見た冷たい眼差し。れいなに残した寂しい笑い顔。
きっと自分にだけ気づいた僅かな彼女の表情の違いが、れいなを気後れさせた。
―――絵里、どぎゃんしたとかいね・・・
そう思いながらも、もう一方でれいなはわかっていた。
きっと自分が絵里を傷つけたことを。
- 36 名前:てんとう虫のルンバ 投稿日:2007/06/13(水) 14:49
- いつもの角を右に曲がると、少し先を歩いている絵里の後姿が見えた。
「あ、と」
れいなは出かかった声を飲み込む。今は声をかけるのがためらわれた。
そのままの距離を保ちながら、れいなは絵里の後ろを歩くことにした。
―――髪、ちょっと伸びたっちゃん
―――少し痩せたんじゃなかとかいね?
少し上目づかいに彼女の背中を眺めながら、つらつらとそんなことを考えていると、ふいに絵里が細い路地へと身体を滑り込ませた。
「なん?」
絵里の家はこの道をひたすら真っ直ぐに進んだ所にある。れいなの家はその少し手前の交差点を左に折れた所だ。
いつもはその交差点で少したむろしてから別れていた。
絵里が入り込んだ路地は、それより全然手前の、今まで通ったことのない道だった。
- 37 名前:てんとう虫のルンバ 投稿日:2007/06/13(水) 14:50
-
―――絵里!
なぜだかその時、れいなは絵里が消えてしまうような気がした。
このまま夏を呼び込む陽射しに溶けていってしまうような、そんな気がした。
気がつくとれいなは駆け出していた。
保っていた距離を一気に飛び越え、痛めているはずの足を跳ね上げ、絵里が消えてしまった場所へと走った。
- 38 名前:てんとう虫のルンバ 投稿日:2007/06/13(水) 14:51
-
「え、」
名前を呼びかけ、また声を飲み込む。
路地を入ってすぐの所に彼女は立っていた。
民家の庭先からはみだした紫陽花の花を見つめている。
まだ残る雨雲から細く差し込む陽射しが彼女を映している。
光の欠片は渦となって、佇む彼女を包み込む。
無意識にれいなは影に身を隠し、絵里に見入った。
- 39 名前:てんとう虫のルンバ 投稿日:2007/06/13(水) 14:51
-
―――美しかぁ
れいなは息を飲んだ。
―――天使も制服を着るっちゃね
雨に濡れた日陰のすえた匂いを吸い込みながら、れいなはそんなことを思っていた。
絵里は細く白い人差し指をついと伸ばすと、紫陽花の花をゆらゆらともてあそび始めた。
淡く、しかしどこか偽善的に鮮やかなその花を、透き通るような白い指が転がしていく。
細く鋭い日の光に照らされ、そのコントラストはれいなの鼓動を速めるのに充分だった。
れいなは視線を移し絵里の顔を見る。
硝子のように無機質な彼女の表情が、れいなの気持ちを乱す。
無表情の絵里に光が射す。白く明るい絶望のハレーション。
―――えり、えり、えり・・・
頭の中で名前を叫び続けている。
- 40 名前:てんとう虫のルンバ 投稿日:2007/06/13(水) 14:52
-
なめらかに静かに動いていた絵里の指が、ふいに俊敏になる。
何かをつまんだその指先を、絵里は自分の鼻先に寄せた。
その動きはまるで上質な音楽触れたようになめらかに。
―――てんとう虫?
れいなの位置からでも、絵里の鼻先でうごめく小さな赤い命が見て取れた。
羽の星の数こそわからなかったが、確かに今、絵里の指先にはてんとう虫がちょこんと乗っており、にじりにじりと動いているようだった。
―――?
絵里の指先が少し動いたように見えた。じ、とその指先に視線を集中させる。
次の瞬間、絵里の白い指先からパサリパサリと欠片が落ちていった。
―――潰し・・・た?!
- 41 名前:てんとう虫のルンバ 投稿日:2007/06/13(水) 14:53
-
何が起きたのか瞬時にはわからなかった。
いや、視覚ではわかっていた。しかし理解しようとはしなかった。
絵里がてんとう虫を潰した。
絵里の綺麗な指先で、絵里の指先に力を込めて、絵里がてんとう虫を潰した。
れいなは絵里の顔を見た。はっとした。
- 42 名前:てんとう虫のルンバ 投稿日:2007/06/13(水) 14:53
-
笑っていた。
白い光の中、輝くように絵里は笑っていた。
『いつも笑ってるの』
そう、いつも絵里は笑っていた。
でもれいなは見てしまった。本当の笑顔を。本物の笑顔を。
―――綺麗っちゃね
れいなは鳥肌を立てた。
そしてしばらくの間、いや実際にはほんの数秒であったろうが、れいなは意識を失った。
そして次に気づいた時には、絵里がこちらを見つめていた。
- 43 名前:てんとう虫のルンバ 投稿日:2007/06/13(水) 14:54
-
- 44 名前:てんとう虫のルンバ 投稿日:2007/06/13(水) 14:54
-
細い路地を奥へ進むと土手に突き当たった。
小さく細い階段を登ると土手の上に出た。夕風が吹き渡り、目の前には川が広がっていた。
川原には野球やサッカーのグラウンドがあり、少年たちの掛け声が響いている。
- 45 名前:てんとう虫のルンバ 投稿日:2007/06/13(水) 14:55
-
土手の上を絵里が歩いている。
れいなは気持ち俯いて、数歩後ろを歩きながら、時折絵里の背中を伺っていた。足元では雨の名残りが西日で煌いていた。
ふいに絵里が立ち止まり振り返る。少し身体を震わせてれいなも歩を止めた。
- 46 名前:てんとう虫のルンバ 投稿日:2007/06/13(水) 14:55
-
「見てたんでしょ?」
逆光に絵里のシルエットが浮かぶ。髪が風に少しなびいていた。
黙ったまま俯くれいなの前に、絵里がゆっくりと近づいてくる。れいなは呼吸を止めてそれを待った。
- 47 名前:てんとう虫のルンバ 投稿日:2007/06/13(水) 14:56
-
「絵里の心臓ね」
歩きながら絵里は、自分の胸を指差して言う。
「絵里の心臓ね、良くはならないんだって。良くなることは、絶対にないんだって」
言葉に詰まる。それでも何か言おうと、詰まったところをこじ開けるようにれいなは口を開ける。
「言わないで」
しかし絵里はれいなの言葉を遮った。
「今なんか優しいこと言おうとしたでしょ?」
笑いながら絵里が言う。
「もうあんまり聞きたくないんだぁ。優しい言葉とか」
俯いたままのれいなには、絵里がどんな顔をしているのかわからなかった。
- 48 名前:てんとう虫のルンバ 投稿日:2007/06/13(水) 14:56
-
「時々」
絵里はれいなの目の前にまで来ると、顔だけを川の方へ向けながら話し出した。
「時々、どうしょうもなくなるの。無性に憎くなるの」
「・・・何が?」
「全ての命が」
はっ、とれいなは顔を上げた。絵里の横顔には、なびく髪がはりついている。
「・・・命?」
「うん」
- 49 名前:てんとう虫のルンバ 投稿日:2007/06/13(水) 14:57
-
区役所の放送が風にのって流れてくる。
夕焼け小焼けで日が暮れて。
早く家へ帰れというアナウンスが響く中、れいなは絵里の声だけに耳を奪われていた。
「自分は死ぬわけじゃない。そんなに不幸なんかじゃない。わかってるんだけど、だけど、ね」
れいなは何も言えず、けれど俯きはせず、ただ絵里を見ていた。
「全ての生きとし生けるものが恨めしく思える時があるの。眩しくて熱くて、憎いの」
絵里がれいなに顔を向けた。悲しそうな瞳で笑っていた。
そして絵里はれいなの手を掴むと、その手を自分の胸に当てた。
- 50 名前:てんとう虫のルンバ 投稿日:2007/06/13(水) 14:57
-
「動いてるよね?絵里の心臓、動いてるよね?ねぇれいな。感じるよね?生きてるよね?ねぇれいなぁ」
泣いているのか笑っているのかわからない絵里に、れいなは困惑した。
柔らかくて温かい胸をした絵里に、れいなは動揺した。
そして次の瞬間、身体は勝手に動きだし、れいなは絵里を抱きしめていた。
- 51 名前:てんとう虫のルンバ 投稿日:2007/06/13(水) 14:58
-
「れいな?」
耳元で聞こえたその声が消えないうちに、れいなは絵里の首筋にキスをした。
「れ、れい、な?」
絵里の焦ったような声が聞こえる。
しかしかまわず、れいなはしばらくの間絵里を抱きしめ続けた。
抱きしめながら、そしてれいなは怒っていた。
- 52 名前:てんとう虫のルンバ 投稿日:2007/06/13(水) 14:58
-
愛だとか恋だとか、ましてや同情だとか、そんな感情ではきっとない。
怒りが絵里を抱きしめさせた。れいなはそう感じていた。
何に対しての怒りなのか。
絵里の弱さにか、自分の弱さにか、それともあのてんとう虫の理不尽な最期にか。
れいなにはわからない。いつかわかる日が来るのか、それもわからない。
ただなんだか腹が立った。なんかよぅわからんっちゃけどしょうがないことってあるったい。それに腹が立った。それだけだ。
- 53 名前:てんとう虫のルンバ 投稿日:2007/06/13(水) 14:59
-
しばらくして抱きしめていた手を緩め、絵里を離す。もう絵里はいつもの笑顔を浮かべていた。
「絵里は生きてるったい」
れいなは怒りながら、でも笑って言った。
「絵里は生きてるったい。そんで、これからは、れいなで生きてることを感じればいいっちゃ」
「れいなで?」
「うん」
「どういう意味?」
「わからん!」
何それぇ、と絵里が笑う。れいなもつられてニヒヒと笑う。
「だからもう・・・もしなんか変な気持ちになったら、れいなのとこに来んしゃい」
「れいなのとこに行って、どうするの?」
「わからん!」
また笑う。二人で大笑い。少しだけ涙も出た。
- 54 名前:てんとう虫のルンバ 投稿日:2007/06/13(水) 14:59
-
野球少年たちが帰り支度を始めている。夕日はもう役目を終えようとしていた。
「そろそろ帰るっちゃね」
そう言ってれいなが歩き出した横を、フワリと風がよぎった。
絵里が駆け抜けて行った。
れいなの息が思わず止まる。
「絵里!」
- 55 名前:てんとう虫のルンバ 投稿日:2007/06/13(水) 15:00
-
「なーんて、ね」
と、れいなの二、三歩前で絵里は立ち止まって振り返り、ペロリと舌を出した。
「絵里!び、びっくりさせんとき!」
「ごめんなさい」
悪戯っ子の顔をして、絵里は仰々しく頭を下げた。
「無茶なことしたらいけんと」
れいなはふーっと息を吐き、また歩き出した。
「さ、はよ帰ろ」
- 56 名前:てんとう虫のルンバ 投稿日:2007/06/13(水) 15:00
-
「ううん」
すると絵里は立ち止まったまま首を横に振った。れいなはポカンとした表情で絵里を見る。
「なん?帰らんと?」
「帰るよ」
「どっちなん!」
「走って」
「え?」
「れいな、走って」
「絵里、何言うとっと?」
れいなは絵里の言っていることが飲み込めず、訝しげに絵里を覗き込んだ。
「れいなが走って帰っていくところを見たいの。だから今日はここでバイバイ」
「なん、わけわからんっちゃ、はよう一緒に帰ろうとね」
「お願い」
それは舌足らずの甘い声でも、強い響きだった。
- 57 名前:てんとう虫のルンバ 投稿日:2007/06/13(水) 15:01
-
「れいなが走っているところを見たいの今。夕日が沈んじゃう前に今。だからお願い」
絵里はどうやら真剣だった。からかっているわけではないようだった。
「よ、ようわからんけど、よかよ。じゃぁ、れいな走って帰るけん」
「うん」
「じゃあ、ね」
- 58 名前:てんとう虫のルンバ 投稿日:2007/06/13(水) 15:02
-
「れいな」
走り出そうとしたれいなに絵里が言う。
「もう、わざと転んだりしないでね」
あ、とれいなは目を伏せる。
やはり絵里はわかっていた。
れいなはなんだか情けなくて悲しくて恥ずかしくて申し訳なくて、とにかく小さくなった。
- 59 名前:てんとう虫のルンバ 投稿日:2007/06/13(水) 15:02
- ふふ、と小さく笑って絵里が言う。
「れいな、全力疾走だよ。私の前で全力で走ってみせて!」
その言葉に、ぐっと下唇を噛み、深く息を吸い込んでれいなは顔を上げた。
「おう!走るけんよう見とき!もうれいな、全力で走りよるけんね!」
「うん!行けぇれいなぁ!」
- 60 名前:てんとう虫のルンバ 投稿日:2007/06/13(水) 15:03
-
うぉぉ、という小さな奇声をあげ、れいなは走り出した。
微かに残る西日の熱の中、雑草に溜まった雨粒を跳ね上げて、れいなは走った。
―――まだ沈むな、まだ暮れるな、まだだ、まだだ!
うっすらとだけ留まる空の赤みを受け、れいなは走る。
この姿よ絵里に届けと遠ざかる。
「れいな、がんばれぇぇ」
ふと甘く細い声が耳をかすめた。
するとれいなはなんだか嬉しくて嬉しくて仕方がなくなった。
れいなは立ち止まり、振り返り、腹の底から叫んだ。
- 61 名前:てんとう虫のルンバ 投稿日:2007/06/13(水) 15:03
-
「えーりぃー!また明日ー!」
あまりの大声に驚いたのか、遠目に映る絵里は少し戸惑ったように見えた。
しかしすぐに聞こえてきた。必死で自分に届けようとしている細い声が。
「れいなぁーまた明日ぁー」
れいなはその声を聞き、ニヒヒ、と笑うと、絵里に背を向け再び全力で走り出した。
- 62 名前:てんとう虫のルンバ 投稿日:2007/06/13(水) 15:04
-
明日晴れるか。
それとも雨か。
明日はさゆみの前でおもいっきりピンクの傘を振り回してやろうか。
走りながら、れいなはそんなことを考えていた。
- 63 名前:てんとう虫のルンバ 投稿日:2007/06/13(水) 15:04
-
胸が高鳴る。
大きく手を振る。
また明日。
また明日。
- 64 名前:てんとう虫のルンバ 投稿日:2007/06/13(水) 15:05
-
「てんとう虫のルンバ」
了
- 65 名前:めめ 投稿日:2007/06/13(水) 15:06
-
- 66 名前:めめ 投稿日:2007/06/13(水) 15:07
- 以上です。
読んでくださった皆様、拙い文章におつきあいいただき、感謝いたします。
駄文、失礼いたしました。
どうもありがとうございました。
- 67 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/06/13(水) 19:13
- れなえりいいいいいい!!!!
よかったっす!ほんとによかったっす!!!!!
- 68 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/06/16(土) 00:37
- れいな、絵里それぞれの気持ちが丁寧に描写されていて、
個人的にもかなりツボに入るお話でした
- 69 名前:めめ 投稿日:2007/07/04(水) 15:21
- レスありがとうございます。
遅くなりましたが返レスを。
>>67
スレ立てたのが初めてなもので、レスいただいたのもこれが初めてです。
こんな嬉しいものなんですね。
どうもありがとうございました。
>>68
そんなふうに言っていただけると大変嬉しいです。
どうもありがとうございました。
- 70 名前:めめ 投稿日:2007/07/04(水) 15:23
- 前作と同じ日の道重さんの話です。
よろしければ。
- 71 名前:うさぎの一歩 投稿日:2007/07/04(水) 15:24
- 「うさぎの一歩」
- 72 名前:うさぎの一歩 投稿日:2007/07/04(水) 15:24
- 好きなものは好き。嫌いなものは嫌い。
かわいいものはかわいい。醜いものは醜い。
- 73 名前:うさぎの一歩 投稿日:2007/07/04(水) 15:25
- 授業が終わるチャイムが好き。
放課後の教室が好き。
図書室も好き。
かわいい絵里は好き。れいなは無愛想だけど、まぁ好き。
かわいい自分は大好き。
乱暴な人は嫌い。怖い人は嫌い。
でも藤本さんは好き。
だって本当はかわいいから。
- 74 名前:うさぎの一歩 投稿日:2007/07/04(水) 15:26
-
- 75 名前:うさぎの一歩 投稿日:2007/07/04(水) 15:27
- 「今日は委員会があるの」
帰りのHRが終わった教室で、さゆみはれいなをつかまえて言った。
「あぁ、そうだったっちゃね」
「そうなの。だから先帰って。絵里にも言っといてほしいの」
「あぁ、うん、じゃぁ先帰るけん」
じゃあねー、とれいなに手を振って、さゆみは教室を飛び出した。
- 76 名前:うさぎの一歩 投稿日:2007/07/04(水) 15:27
- 2階の東端にあるさゆみの教室から西端まで駆け抜け、1階下へと階段を飛び降りる。
とはいえ周りには迷惑のかかりようのない安全なスピードであったが、さゆみにとってはこれ以上ないほどの疾走だった。
1階の西端に図書室がある。
隔週水曜日に図書委員会が開かれていた。
- 77 名前:うさぎの一歩 投稿日:2007/07/04(水) 15:28
- 「こんにちはー」
さゆみが元気よく図書室の扉を開けると、中には既に何人かの委員が集まっていた。
「さゆーおーっす」
「あ、ガキさんこんにちは」
ひとつ先輩の新垣理沙が声をかけてきた。
「さゆは今日も元気だねぇ」
「そうなの。かわいいから元気なの」
何言ってんだか、と慣れた調子で理沙は受け流す。
華奢な身体つきであったが、芯の強そうな目元をしていた。
- 78 名前:うさぎの一歩 投稿日:2007/07/04(水) 15:30
- さゆみは今年の4月からクラスの図書委員になっていた。
読書などとは縁遠い、図書室など校舎のどこにあるかも定かではない、そんなさゆみが図書委員を任されたのは、クラスの各委員を決めた日に風邪をひいて休んでいたこと以外にとりたてて理由はない。
そんなさゆみであったから、委員会に出席したところで睡魔と激闘して完敗するのがオチだった。
そんなさゆみの隣りで「こらー」「起きろー」と毎回注意してくるのが先輩の新垣理沙であった。
最初のうちは「新垣さん」と呼んでいたさゆみであったが、理沙が3月まで亀井絵里と同級生であり、親しい間柄であると知ったのをきっかけに、さゆみと理沙の距離も急速に縮まった。
『亀はねー清楚に見えてけっこーズボラなんだよねー』
『あーなんかわかりますー!けっこーてきとーですよねー』
などと、今はさゆみの同級生である絵里をネタにもりあがっているうちに、いつのまにか理沙のことを「ガキさん」と呼ぶようになっていた。
- 79 名前:うさぎの一歩 投稿日:2007/07/04(水) 15:31
- 「ガキさん、まだ委員会始まるまで時間ありますよね?」
「あーうん、まだ平気だよ。って、また見にいくんでしょー」
えへへ、と笑ってさゆみは図書室の奥へ小走りで向かう。
そこには図書準備室という小さな部屋がもう一つあった。
さゆみはその部屋に入ると、校舎の裏側に面している窓を全開にした。
- 80 名前:うさぎの一歩 投稿日:2007/07/04(水) 15:32
- ボールの弾む音が聞こえる。
勇ましい掛け声が響きあう。
学校に隣接して公営の小さなグラウンドがあった。
グラウンドでは隔週水曜日、つまり図書委員会と同じ日、同じ時間帯に、地元の仲間で組んだという女子フットサルチームが練習を行っていた。
普段は体育館で練習をしているらしいが、時々こうやって外の風に触れながらボールを蹴っている。
さゆみはいつものように窓枠にしがみつき、縁にあごをちょこんと乗せて、グラウンドを駆ける乙女たちを楽しそうに目で追い始めた。
- 81 名前:うさぎの一歩 投稿日:2007/07/04(水) 15:32
-
- 82 名前:うさぎの一歩 投稿日:2007/07/04(水) 15:32
-
- 83 名前:うさぎの一歩 投稿日:2007/07/04(水) 15:33
-
四月のとある水曜日。
新学期最初の図書委員会へ向かうさゆみの足取りは相当に重かった。
―――本なんて読まないのにさぁ。委員会なんて寝ちゃうのにさぁ。絵里とれいなと一緒に帰るはずだったのにさぁ
尽きない不満を胸の中でブツブツとつぶやきながら、のそりのそりと廊下を歩いていた。
- 84 名前:うさぎの一歩 投稿日:2007/07/04(水) 15:34
- ―――ん?
図書室のドアを必要以上に重たそうに開けると、なにやら楽しげな声がどこからか聞こえてきた。
笑い声だったり怒鳴り声だったり叫び声だったり、でもそれは全て楽しげな。
―――この声どこから?図書室でもないし校庭でもないし・・・
それは校舎の裏の方から聞こえてくる。
声に引き寄せられるように、さゆみは図書室の奥へと歩を進める。
図書準備室と記された扉を開けると、中はこじんまりとしたキッチンのような部屋。
閉じてあった茶色いカーテンを開けると、楽しげな声の正体が現れた。
- 85 名前:うさぎの一歩 投稿日:2007/07/04(水) 15:34
- ―――わぁ・・・
そこでは女子フットサルチームが練習を行っていた。
さゆみにはそれがまるで、勇壮な女闘士が群れをなしているように見えた。
―――かっこいい!
思わずさゆみは窓を開け放つ。
- 86 名前:うさぎの一歩 投稿日:2007/07/04(水) 15:35
- 春の風と一緒に、ボールの弾む音が流れ込んできた。
さゆみの心も不思議と躍りだす。
胸を高鳴らせながらグラウンドを見渡す。
さゆみよりも大人びた女性達がボールを追いかけている。
飛び散る汗が光って見えた。
- 87 名前:うさぎの一歩 投稿日:2007/07/04(水) 15:36
- ―――素敵なの
うっとりとその光景を見ていたさゆみが、ひときわ胸を高鳴らせたのは、一人の女性が放ったシュートがゴールネットに突き刺さった瞬間だった。
ゴールを決めた女性は、子供のような顔で笑い、仲間と抱き合いながらグラウンドを駆け回り、素直に喜びを爆発させていた。
―――キレイな人・・・
体躯は華奢なのに圧倒的な存在感をかもし出しているその女性は、笑顔とそうでない時とのギャップが激しかった。
そんなところに、さゆみは一層魅かれた。
- 88 名前:うさぎの一歩 投稿日:2007/07/04(水) 15:37
-
さゆみはその日のうちに彼女の名を知った。
初めての図書委員会の日、つまりは初めて彼女を見つけたその日、さゆみは街の中でその人を見かけた。
委員会が終わった時には既にフットサルチームの姿はなく、さみしい気持ちを引き摺りながら辿る家路で、スポーツバックを肩に背負った彼女を偶然見かけたのだ。
- 89 名前:うさぎの一歩 投稿日:2007/07/04(水) 15:38
- ―――あ!あの人!
好きなものに対しては実に行動的なさゆみは、無意識のまま後を付け始めた。
胸の高鳴りが抑えられるギリギリの距離を保って、さゆみは彼女の背中を追った。
―――さゆみ探偵なの
探偵というよりは明らかにストーカーであったが、さゆみは思いのほか上手に、街中を闊歩する彼女の後ろをついて歩いていた。
- 90 名前:うさぎの一歩 投稿日:2007/07/04(水) 15:38
- しばらくして周囲を見回すと、川沿いの道に出ていた。
日は落ち、あたりはすっかり暗くなっており、街灯の少ない道を歩くのに、さゆみは少々心細さを感じ始めていた。
今日の夕食は何だろうなぁ、などと思いつつ、さゆみはそれでもぴょこぴょこと彼女の後をついていった。
- 91 名前:うさぎの一歩 投稿日:2007/07/04(水) 15:40
- 声をかけてみようか?もう少しこのままついていこうか?などと逡巡していると、ふいに彼女が大股で土手の上へ駆け上がった、かと思うと、そのまま川原へと降りていってしまった。
―――えーちょっと待ってー!
さゆみはエッチラオッチラどうにか土手の上に辿り着くと、はたして彼女の姿は見えなくなっていた。
―――えーそんなー
日が暮れると川原はほとんどの灯りを失う。
暗がりに目を凝らしたが、彼女の姿は見つけられない。
びゅう、と風が吹き抜け、さゆみは急速に不安になった。
大声で何か叫ぼうかとも考えたが、川原に虚しく響く自分の声を想像したら、余計に恐怖感が高まった。
- 92 名前:うさぎの一歩 投稿日:2007/07/04(水) 15:40
- ―――か、帰ろうか、な・・・
くるりと川に背を向け、いま登ってきた土手を再び降りようとしたその時、耳障りの良い音が聞こえてきた。
ポーン ポーン
―――ボールの弾む音だ!
再び川原の方を向き、心地良い音のする場所を探す。
風の音にかき消されそうになるその音に耳を凝らす。
―――あ!
川には私鉄が走る鉄橋がかかっている。
ぼんやり灯りがともる高架下の壁に跳ねるボールが見えた。
気付くとさゆみはそこに向かって駆け出していた。
- 93 名前:うさぎの一歩 投稿日:2007/07/04(水) 15:41
- 「すいませーん!」
さゆみから彼女の顔が見て取れたわけではなかったが、さゆみは確信していた。
状況から考えればそれが彼女である確立は相当に高いのだが、さゆみはこの確信が運命というものだと勝手に感じていた。
「げ」
ドタドタと駆け寄ってくるさゆみの姿を見て、強気な顔をした女性が半歩後ろに下がる。
足元を壁から跳ね返ってきたボールが転げ過ぎていった。
- 94 名前:うさぎの一歩 投稿日:2007/07/04(水) 15:42
- 「こんばんは!」
「お、お前なんだよ?!」
道重さゆみんです!とさゆみは胸を張る。
「なんかここに引き寄せられるように来ちゃいました。ほーんっと偶然なんですけど」
実に堂々としたストーカーだ。
- 95 名前:うさぎの一歩 投稿日:2007/07/04(水) 15:42
- 「はぁ?!・・・まぁどうでもいいけどさ。誰だか知らないけど、美貴、練習中なんで邪魔しないでくれる?」
「はい!」
彼女は転がっていたボールを足元にリセットし、高架下の壁に向かってボールを蹴ろうと構える。
その傍らでまるい目をしたうさぎが、体育座りをしてじっと見つめている。
「いや・・・邪魔なんだけど?」
「大丈夫です!」
「・・・いやいやいや」
苦笑して彼女は、足でボールを器用に拾い上げると、面倒くさそうにさゆみの隣りに腰を下ろした。
- 96 名前:うさぎの一歩 投稿日:2007/07/04(水) 15:43
- 「練習はいいんですか?」
まんまるい目というやつはなかなか手強い。
彼女は諦めた素振りを見せて、さゆみに話しかける。
「・・・学校の窓から見てた子だよね?」
「えー!なんで知ってるんですかー!」
「いや、なんか目立ってたし。よっちゃんも気にしてたし」
「ほーんとですかー!わーい」
わーい、という台詞に彼女は異常に反応した。
わーい、という文化はどうやら彼女にはないらしい。
5cmほどさゆみから遠ざかった。
- 97 名前:うさぎの一歩 投稿日:2007/07/04(水) 15:44
- 「・・・で、美貴に何か用?」
「美貴さんっていうんだー!」
「・・・藤本美貴。えーっと・・・」
「道重さゆみんです!」
「・・・みんって・・・」
「はい?」
「・・・いや、で、美貴に何か用?」
「え?」
「後つけてきたくらいなんだから、何か美貴に用があるんじゃないの?」
妙なうさぎが背後にいるな、とは藤本も薄々感づいてはいたのだ。
振り向いて声をかけるほど暇でも物好きでもなかったというだけで。
- 98 名前:うさぎの一歩 投稿日:2007/07/04(水) 15:44
- 「いや別にないですよ?後もつけてませんし。偶然ここに来ました」
「後つけてたじゃん!美貴、なんとなく気付いてたんだから!」
「えー?つけてませんってばー。変な藤本さん!」
「・・・あっそ」
いい子なんだか悪い子なんだか。嘘に罪悪感の欠片もない。
―――きっとこの世の本当も嘘も、この子にはどうでもいいことなんだろうな
藤本はそう思った。なんとなくだけれど。
- 99 名前:うさぎの一歩 投稿日:2007/07/04(水) 15:45
- 「図書委員になってー」
「は?」
「声が聞こえてきてー」
「え?」
「フットサルやっててー」
「いやいやいや」
「超かっこよかったんです!」
「ちゃんと会話しろよお前!」
- 100 名前:うさぎの一歩 投稿日:2007/07/04(水) 15:45
- その日さゆみは一方的に自分のことを喋り倒し、藤本を辟易させた。
それでも不思議なことに藤本は、どうやらさゆみのことを気に入ったようだった。
「美貴、ちょくちょくここでやってるから気が向いたらまた来れば?・・・いや、いつもいるわけじゃないけどさ」
別れ際、そんなふうに言っていたから。
- 101 名前:うさぎの一歩 投稿日:2007/07/04(水) 15:46
-
- 102 名前:うさぎの一歩 投稿日:2007/07/04(水) 15:47
- それからさゆみは、図書委員会の日が楽しみになった。
もちろん目的は、委員会よりもフットサルの練習を見学することだったけれど。
しかし不思議なもので、そんなことを何度か繰り返しているうちに、図書委員会じたいもなんだか楽しみになってきた。
新垣理沙という気の合う先輩に出会えたことも大きかったが、何かさゆみにとって自分だけの特別な場所を見つけられたような気がしたのだ。
- 103 名前:うさぎの一歩 投稿日:2007/07/04(水) 15:47
- 特別な場所はもうひとつあった。
川原の高架下。
放課後に友人達と別れた後、さゆみは足繁くそこに通い、3勝1敗の割合で藤本に会えた。
『まぁた来たのかよ!』『ってか暇なんだね重さんって』
口は悪いが目の奥は笑っている。
『藤本さんが寂しいかと思って来てあげたんですよ』『さゆみと会えて嬉しいくせに』
だからさゆみも心をすり寄せた。
- 104 名前:うさぎの一歩 投稿日:2007/07/04(水) 15:48
- いつしかまるで姉妹のように、他愛も無い、けれど愛しい、そんな会話を二人は重ねていった。
昨日のこと今日のこと、去年のこと小学生の頃のこと、自分の友達のこと。
藤本は『絵里』と『れいな』、さゆみは『よっちゃん』という名前を自然と覚えた。
ただ藤本は家族の話はあまりしなかった。
さゆみの家族がほぼレギュラー出場していたのに比べ。
- 105 名前:うさぎの一歩 投稿日:2007/07/04(水) 15:48
-
「藤本さんってほんっとうにフットサルが好きなんですね」
「え?」
梅雨入り近く、低い空が垂れ込めていたある日。
その日も高架下に二人の姿があった。
- 106 名前:うさぎの一歩 投稿日:2007/07/04(水) 15:49
- 「だって、こんなところで一人で練習してるんですもん。ほんっとに好きなんですね!」
「うん、まぁ・・・もちろん好きだけどね」
僅かだが何か口ごもったようにさゆみには感じた。
どこか、ほんの少し寂しそうな表情に見えた。
- 107 名前:うさぎの一歩 投稿日:2007/07/04(水) 15:50
- 「藤本さん?」
「ん、そう、まー家に帰ってもすることないしさぁ。暇人なんだよ美貴」
そう言って藤本はボールをさゆみに投げてよこした。
ボールは無防備なさゆみの胸で面白いくらいに弾んで、二人の間にコロコロ転がった。
- 108 名前:うさぎの一歩 投稿日:2007/07/04(水) 15:50
- 「やーん痛ぁーい」
「ちょ、どんだけドンくさいの?!せめて取ろうとしてよ!」
「投げるよーって言ってくれなきゃ受け取れるわけないじゃないですか」
「そ、そんなバカな」
ふくれ顔を見せて、さゆみは転がったボールを拾い上げる。
ボールを投げ返そうとした瞬間、ふと藤本の足に目が行った。
ハーフパンツからスラリと伸びたしなやかな足に、いくつかの擦り傷や青痣が見て取れた。
- 109 名前:うさぎの一歩 投稿日:2007/07/04(水) 15:51
- 「藤本さん、怪我してるの」
「え?ああ、これくらいフットサルやってれば当たり前だって。削りあっちゃうからねー」
「怖いの」
「そんなこと言ってたらフットサル出来ないよ」
さゆみからボールを受け取りながら藤本は笑って言った。
- 110 名前:うさぎの一歩 投稿日:2007/07/04(水) 15:52
- 「っていうか重さん」
藤本がグイっとさゆの目の前に顔を寄せた。
ドキリとした。
「美貴のこと怖いの?」
まだ子供の丸みが残る頬を赤らめて、さゆみはブンブンと首を横に振る。
「怖くない!怖くないの!」
- 111 名前:うさぎの一歩 投稿日:2007/07/04(水) 15:52
- 藤本はクスリと笑い、かーわいーんだー、と、さゆみの頬を指で押し、ひょっこり腰を上げた。
立ち上がった瞬間に腰のあたりの肌がさらけ出た。
―――あ
藤本の腰には、やはり青い痣がついていた。それも赤みを帯びた生々しい様子のものが。
さゆみは見てはいけないものを見てしまったような気になり目を伏せた。
少し、胸も熱くなった。
- 112 名前:うさぎの一歩 投稿日:2007/07/04(水) 15:53
- そんな仕草に気づいた藤本は、わざとシャツの裾をまくってみせた。
「あ、これ?」
「あ、いえ・・・」
「先週の試合でちょっとやっちゃってね」
腰の痣をさすりながら藤本は顔をしかめた。
「ま、痣なんていつかは消えるから大丈夫でしょ」
「そうなんですか」
「そうそう」
藤本は何でもないように笑い飛ばし、ボールを膝で器用に蹴り始める。
- 113 名前:うさぎの一歩 投稿日:2007/07/04(水) 15:54
- 「っていうか重さん、もう暗いし帰りな?美貴もうちょっとだけ蹴っていくからさ」
そう言われてあたりを見ると真っ暗だった。
高架下にはぼんやりとした灯りがあったから気がつかなかったが、ここから1歩出たら闇の中から帰って来れないような暗さだった。
「・・・こ、怖い」
「土手の向こうまでおもいっきり走って帰りな。川原は暗いけど街に下りれば明るすぎるくらいだよ」
はい、とさゆみは立ち上がり、藤本にピョコリとお辞儀をした。
- 114 名前:うさぎの一歩 投稿日:2007/07/04(水) 15:54
- 「藤本さんと喋れて今日も楽しかったです。ありがとうございました!」
「美貴も楽しかったよ。気をつけて帰んな」
「今度一緒にプリクラ撮ってくださいね」
「ヤダ」
藤本はさゆみに背を向け、足元にボールを置いた。
そんな藤本の姿に微笑みながら、さゆみは闇の中へ駆け出した。
- 115 名前:うさぎの一歩 投稿日:2007/07/04(水) 15:55
- 「藤本さーん!今度ボール投げる時は『投げるよー』って言ってくださいねー!」
「うるさーい!早く帰れー!」
走るさゆみの背後でボールの弾む音が再び聞こえ始めた。
- 116 名前:うさぎの一歩 投稿日:2007/07/04(水) 15:55
-
- 117 名前:うさぎの一歩 投稿日:2007/07/04(水) 15:56
-
藤本のよからぬ噂を聞いたのは、ここ最近のことだった。
ある日の休み時間、あまり話したことのない同級生がふいに声をかけてきた。
「道重さんって、藤本美貴さんとつきあってるの?」
思いもよらない場所で思いもよらない人から「藤本美貴」という名を聞き、さゆみは少々面食らった。
- 118 名前:うさぎの一歩 投稿日:2007/07/04(水) 15:57
- 「ええ?!なんでいきなり藤本さん?!」
「いや、なんか仲良くしてるって聞いたんで・・・」
―――ははん
さゆみはピンときた。
―――きっとこの子も藤本さんに憧れてるの
さゆみは勝手にそう思い込んだ。
あれだけ綺麗で素敵な人なんだから、さゆみ以外にもファンがいたって確かに不思議はない。
ちょっとした優越感を感じて、さゆみは心持ち胸を張った。
- 119 名前:うさぎの一歩 投稿日:2007/07/04(水) 15:57
- 「さゆみは藤本さんと大の仲良しなの」
ところがそのクラスメイトの次の言葉は意外なものだった。
「・・・道重さん、あんまりあの人とつきあわない方がいいんじゃない?」
「ええ?なんで?」
「なんか、よくない噂、聞いてるから・・・」
- 120 名前:うさぎの一歩 投稿日:2007/07/04(水) 15:58
- 曰く、藤本は毎晩のように夜遅くまで街をふらついている、いつも違った男の人と一緒にいる、明け方に道で寝ていた、大声で喧嘩をしていた、クスリをやっている、怖い人達とつながりがある、等々。
「ちょ、ちょ、だーれがそんなこと言ってるのぉ?!」
「誰っていうか、噂で・・・」
「そんなことあるわけないの!藤本さんはそんな人じゃないの!」
- 121 名前:うさぎの一歩 投稿日:2007/07/04(水) 15:59
- さゆみは顔を真っ赤にして怒った。
思わず机を叩いていたのは、手がジーンとしてから気がついた。
クラスメイトは驚いてさゆみの前から離れていった。
ごめんね、そんなつもりじゃ、などという言葉が聞こえた気がしたが、その時のさゆみには意味がなかった。
藤本の悪い噂が流れている。
その事実に怒りで震えが止まらなかった。
- 122 名前:うさぎの一歩 投稿日:2007/07/04(水) 16:00
-
- 123 名前:うさぎの一歩 投稿日:2007/07/04(水) 16:00
-
時折、寂しそうな目をすることもあった。
一人でいるのが好きなように見えて、いつも誰かをさがしている、そんな瞳。
嬉しい時は気持ちを隠すことができずに、顔が壊れるくらいの笑顔を見せた。
優しくすることに不器用な人。
優しい人。
さゆみの知っている藤本美貴はそんな人。
そしてそれに間違いはない。
さゆみは自分に自信を持っている。
- 124 名前:うさぎの一歩 投稿日:2007/07/04(水) 16:01
-
- 125 名前:うさぎの一歩 投稿日:2007/07/04(水) 16:01
-
- 126 名前:うさぎの一歩 投稿日:2007/07/04(水) 16:02
-
「あれぇ?」
と、突然さゆみが素っ頓狂な声をあげた。
「あれれぇ?」
たて続けのアホ声に、眉間にしわを寄せた理沙が近寄ってくる。
「こらーさゆーうるさーい!何なのいったい?」
「いないの」
「いない?」
「いないの」
「・・・藤本さんって人?」
さゆみがコクコクとクビを縦に振る。
ポカンと開けた口に、まんまるの目。
そんなさゆみの顔を見て理沙は吹き出した。
- 127 名前:うさぎの一歩 投稿日:2007/07/04(水) 16:02
- 「何よもぅー。それくらいのことでそんなにびっくりしないでよー」
「だってだって」
「練習休むことくらいあるでしょー?」
「でも藤本さんは・・・」
「いいからもう行くよー。図書委員会始まるからー」
はーい、とちょっと不満げに返しながら、さゆみは窓から離れた。
- 128 名前:うさぎの一歩 投稿日:2007/07/04(水) 16:03
- ―――でも藤本さんがフットサルの練習休むわけないの
窓の向こうでは掛け声が響いている。藤本のいないグラウンドで。
二度三度と後ろを振り返りながら、さゆみは図書準備室を後にした。
- 129 名前:うさぎの一歩 投稿日:2007/07/04(水) 16:03
- いつもより長めだった図書委員会が終わると、さゆみはフットサルのグラウンドへと足を向けた。
この時間には練習は終わっているはずだし、いつもならまっすぐ家路につくところだったが、昇降口で靴を履いた途端、自然と身体がグラウンドへと向かっていた。
はたしてグラウンドには人影はなかった。
時折練習後にメンバーの何人かがたむろしている片隅のベンチも、今日はひっそりとしていた。
「みんな帰っちゃったの」
心持ち肩を落として、さゆみはあらためて帰路についた。
- 130 名前:うさぎの一歩 投稿日:2007/07/04(水) 16:04
- しかし家路の途中、幸運にも男前が目の前を横切った。
「あー!吉澤さん!」
さゆみに呼び止められたその女性は、あまりにも素っ頓狂な声に驚いて、せっかくの男前が台無しになっていた。
- 131 名前:うさぎの一歩 投稿日:2007/07/04(水) 16:05
- 「はぁ?!何?!」
「よっちゃんさん!吉澤さん!」
「はい吉澤です、ってあんた誰?!」
「道重さゆみんです!」
さゆみはズズイっと吉澤の前ににじり寄った。
吉澤はさゆみの顔をマジマジと見た後、ニカっと笑ってポンっと手を叩いた。
「ああ!なーんだ重さんかぁ!」
「えええ?」
初対面のはずの、正確に言えば一方的には対面してはいたが、会話を交わすのは間違いなく初めてのはずの吉澤から気安く呼ばれたことに、今度はさゆみが面食らった。
- 132 名前:うさぎの一歩 投稿日:2007/07/04(水) 16:05
- 「重さんのことはミキティからいろいろ聞いてるから」
「本当ですか?!」
「うん。面白い妹が出来たって喜んでたよ」
面白い、という評価にはいささか不満も感じたが、藤本がさゆみのことを自分の友人に紹介しているという事実が嬉しかった。
「重さんのこと話すミキティってすげー楽しそうなんだ」
あまりに嬉しがっている自分に驚いた。
- 133 名前:うさぎの一歩 投稿日:2007/07/04(水) 16:06
- 「さゆみも吉澤さんのことは藤本さんからいろいろ聞いてます」
「えーマジでー?ろくなこと言ってないだろアイツ」
「一番大事な友達って言ってました」
ふーん、と素っ気なく聞き流した風だったが、吉澤もかなり嬉しそうだというのは伝わってきた。
- 134 名前:うさぎの一歩 投稿日:2007/07/04(水) 16:06
- 「今日、藤本さんいませんでしたよね?」
「ああ、なんか風邪ひいて寝込んでるって電話あったよ」
「風邪、ですか・・・」
さゆみは首をかしげて言葉を切った。
「どうしたの重さん?ミキティが心配?」
「あ、いや、そうじゃなくて、っていうか心配は心配ですけど・・・」
「ん?何か納得いかない顔してるよ?」
- 135 名前:うさぎの一歩 投稿日:2007/07/04(水) 16:07
- 吉澤にそう言われて、さゆみは感じたことをそのまま伝えてみた。
「藤本さんが風邪くらいでフットサルの練習休むなんて、なんだか信じられないの。みんなが止めても、嘘ついてでも、フットサルはやると思うの。だって藤本さんフットサル大好きだから」
さゆみがそう言うと、吉澤はニタリと笑った。
「なるほどね。重さん、ミキティのことよくわかってるなぁ」
そう言って吉澤はさゆみの頭を撫でた。
- 136 名前:うさぎの一歩 投稿日:2007/07/04(水) 16:07
- 「実は私もそう思ったんだよね。珍しいこともあるもんだなぁって。まぁでもアイツも人間だし、風邪引いてぶっ倒れることもあるんだよ。鬼のかく乱ってやつ?」
「お、鬼?の?何ですか?」
まんまるい目をパチクリさせるさゆみを見て吉澤は苦笑した。
「きっとベッドの中で悔しがってるよ。ま、夜にでも久しぶりに様子見に行ってみるかな」
「藤本さんのおうちにですか?」
「ああ、幼馴染だからねウチら。昔はしょっちゅうお互いの家行ったりきたりしててさ。あっちの親も私のこと自分ちの子供みたいに可愛がってくれたよ」
そう言いながら、吉澤の顔が少しだけ曇ったように見えた。
- 137 名前:うさぎの一歩 投稿日:2007/07/04(水) 16:08
- 夕暮れに包まれる街の中、道路には雨の名残りが散らばっている。
その上を、まるで旧知の仲のように、さゆみは吉澤の隣りに並んでほてほてと歩いた。
歩きながら吉澤は、ポツリポツリと藤本のことを話してくれた。
「まぁ重さんになら、話してもアイツ怒らないだろうし」
数年前に藤本の両親が他界してしまったこと。
家族が大好きな藤本は、その時とても悲しんだこと。
それからは十ほど年の離れた藤本の姉が、親代わりとして本当に一生懸命に頑張ったこと。
そしていつしか藤本に笑顔が戻っていたこと―――
藤本は家族のことをあまり話さなかった。
吉澤の口から聞くのは心苦しくもあったが、また一つ自分の知らない藤本に出会えて、さゆみは少し嬉しくもあった。
「でも失敗しちゃったんだ」
- 138 名前:うさぎの一歩 投稿日:2007/07/04(水) 16:09
- 吉澤の声の調子が少し落ちた。
さゆみは思わず吉澤を見上げる。
彼女の整った横顔に、終わり間際の夕日が反射していた。
「うちらにはわからない大人の世界の話だけど、姉さん、仕事でいろいろあったみたいでね・・・。気性は荒いけど豪快で優しかった姉さんが、それからは塞ぎがちで家からもあんまり出ないらしいんだ。私もそれからはミキティんちに行きづらくなっちゃってね」
「そうなんですか・・・」
でもお見舞いがてら久しぶりに今夜行ってみるかな、と吉澤は笑って言った。
- 139 名前:うさぎの一歩 投稿日:2007/07/04(水) 16:09
- ふと高架下で一人ボールを蹴る藤本の姿が頭に浮かんだ。
積もる寂しさや苦しさを、ボールを蹴ることで紛らわしていたのか。
『家に帰ってもやることないからさぁ』
塞ぎこんでいる姉の姿を見るのがつらいのか。
その姿を見て、家族がみんな揃っていた頃を懐かしんでしまうのが嫌なのか。
大好きなはずの家に帰りたくない―――
『よくない噂、聞いてるから』
そんなことをぼんやりと考えているうちに思い出した。まさか、そんな。
- 140 名前:うさぎの一歩 投稿日:2007/07/04(水) 16:11
- 「どうしたの重さん?」
吉澤がさゆみを覗き込む。
「あ、いえ・・・実は学校で変な噂を聞いたもんで・・・」
「変な噂?」
「・・・」
- 141 名前:うさぎの一歩 投稿日:2007/07/04(水) 16:11
- ためらいながらもさゆみはその噂話を吉澤に聞かせた。
吉澤は黙って聞いていたが、明らかに怒りを覚えているようだった。
それでも最後まで聞き終えると、クっとまなじりを上げ、まっすぐにさゆみを見て言った。
「ありえない。アイツはそんな奴じゃない」
さゆみにもわかっていた。
けれど吉澤にきっぱりと否定してもらえたことで、心がすーっと軽くなったような気がした。
- 142 名前:うさぎの一歩 投稿日:2007/07/04(水) 16:12
- 「ですよね!さゆみもそうは思ってたんですけど」
「男だクスリだふざけんな。ただ、」
「え?」
「夜中まで街をふらついていたことはあった」
「夜中に?」
頷いて吉澤は視線を遠くに投げた。
- 143 名前:うさぎの一歩 投稿日:2007/07/04(水) 16:13
- 「さっき言ったアイツの姉さんな」
「はい」
「まぁ、大人の世界でいろいろあって傷ついて」
「はい・・・」
「少し前まで酒浸りだったらしいんだ」
「お酒・・・」
「飲んで暴れて、大声出したり、物壊したり、時には・・・手をあげたり」
「手を、あげる?」
「ああ、つまり」
- 144 名前:うさぎの一歩 投稿日:2007/07/04(水) 16:13
- 吉澤はガインなどと擬音を発しながら、おどけながらも、暗い目をして言った。
「殴ったり蹴ったりするんだよ。アイツのことを」
「な、殴るぅ?!」
「ああ」
「グーで?!」
「あ、ああ」
「藤本さんを?!」
「そ、ミキティを」
- 145 名前:うさぎの一歩 投稿日:2007/07/04(水) 16:14
- さゆみの頭の中は軽いパニックになっていた。
虐待だの家庭内暴力だの、怪しげな言葉が世間を賑わせているのはなんとなく知っていたが、さゆみの世界に入ってきていい言葉ではなかった。
それは目を背けていたというよりも、相容れない関係だったとでもいうか。
そんな非日常がさゆみの周りに、しかも藤本の身に起きていた?
怖くて悲しくて悔しくて、身体が震えた。
- 146 名前:うさぎの一歩 投稿日:2007/07/04(水) 16:15
- 吉澤がさゆみの肩を抱きすくめる。
「だーいじょうぶ重さん!今はもう平気だってミキティも言ってたから」
「そ、そうですか。だったらいいんですけど・・・」
「ただその頃は、さすがに家に帰りたくなかったらしくてね。姉貴が寝ちまう頃まで外でブラブラしてた時期があったらしいんだ」
「かわいそう・・・」
「私もそれに気付いて、うちに泊めたりしてたんだ。でもそれだけ。それももう半年くらい前の話だよ。それ以外の噂は全部デタラメ」
- 147 名前:うさぎの一歩 投稿日:2007/07/04(水) 16:16
- コクリと頷き、さゆみは小さく安堵のため息をつく。
でもその時ふいに、さゆみの脳裏にいつかの光景が浮かんだ。
『先週の試合でちょっとやっちゃってね』
白く細い腰に浮かぶ、毒々しい赤みを帯びた痣。
しなやかな足に浮かぶ痣や傷。
- 148 名前:うさぎの一歩 投稿日:2007/07/04(水) 16:16
- 「・・・あの、吉澤さん?」
「ん?」
「フットサルっていっぱいいっぱい怪我しちゃいますか?」
「怪我?」
「その、痣とか傷とか・・・」
「そーだねぇー、まぁ確かにそーゆーのはあるねー」
「そうですか」
「下手な奴ほど多いけどね」
吉澤は自分は違うよ、とばかりにスラリと長い足を伸ばした。
肌は細身のジーンズに隠されてはいたけれど。
- 149 名前:うさぎの一歩 投稿日:2007/07/04(水) 16:17
- 「藤本さんは上手ですか?」
「ミキティはうまいよ。テクニックはもちろん、闘うスピリットはズバ抜けてるね」
「痣は少ないですか?」
「へ?」
「痣とか傷とかは少ないんですか?!」
「ちょ、重さん、どうした?」
- 150 名前:うさぎの一歩 投稿日:2007/07/04(水) 16:17
- さゆみの目にはいつしか涙がたまっていた。
まさか、そんな、まさか。
違うと信じたいのに嫌な想像が頭にチラついて消えてくれない。
「吉澤さん!」
いつかの高架下で見たことを、頭に浮かぶ嫌な想像を、さゆみは吉澤に吐き出した。
- 151 名前:うさぎの一歩 投稿日:2007/07/04(水) 16:18
- 吉澤は立ち止まってさゆみの話を聞いていた。
『腰の痣ぁ?』
『先週の試合で?』
吉澤はさゆみの言葉を、納得のいかない調子で時折くり返す。
そのたび、口元を隠していた手が微かに震えた。
- 152 名前:うさぎの一歩 投稿日:2007/07/04(水) 16:19
- さゆみの話を聞き終わると、吉澤は携帯を取り出した。
しばらくコール音を聞いていたようだが、諦めて切った。
「出ない」
「い、家で寝てるかもしれないの」
「いや」
二人の胸にはザラリとした嫌な予感がよぎる。
吉澤はキっと遠くを睨む。夕日はもうほとんどその姿をかくしていた。
「・・・ボール蹴ってるのかも」
ボソリと呟いたさゆみを吉澤が振り返り、二度三度と小さく頷いた。
「重さん案内して」
「え?」
「重さんがミキティと会ってるっていう高架下に」
「は、はい!」
- 153 名前:うさぎの一歩 投稿日:2007/07/04(水) 16:20
- 西日がかなり傾いた街の中、さゆみは懸命に走った。
懸命に走って、そして吉澤を呆れさせた。
「重さん、それ真面目に走ってるの?」
「――!――!!」
「何て?」
「―――!!――――!!!」
「声になってないよ重さん。とりあえず川原の高架下なんだよね?なんとなく見当はつく。私、先行ってるから!」
「―――!」
- 154 名前:うさぎの一歩 投稿日:2007/07/04(水) 16:20
- 遠ざかる吉澤の背中を見遣りながら、さゆみはこれ以上ないくらい全力で走っていた。
少なくとも今日の体育の授業でやった100M走よりもずっと速く。
けれどどうしても身体は気持ちについていかない。
足はもつれ、地面を蹴るたびにドスドス音をたてる。
それでもさゆみはひたすらに走った。
あの高架下へ。藤本がいるかはわからない高架下へ。
今、藤本に会いたかった。
- 155 名前:うさぎの一歩 投稿日:2007/07/04(水) 16:21
- さゆみが土手の上ににじり上がった時には、もう宵闇だった。
夕日の赤みはほとんど消え、吹き渡る風にさゆみの荒い息が溶けていく。
「ゼー・・・ハー・・・よ、吉澤さん・・」
あたりを見渡すが、吉澤の姿は見えない。
額の汗を右手の甲で軽く拭うと、さゆみは川原へと降りていった。
吉澤はあの高架下を見つけられただろうか。
それよりも藤本はそこにいるのだろうか。
夜のカーテンに覆われ始めた川原を、さゆみは早足で横切っていく。
- 156 名前:うさぎの一歩 投稿日:2007/07/04(水) 16:22
- 「また明日ー!」
ふと聞きなじみのある声が風に乗って聞こえた。
目を凝らすと、れいなが土手の上で何か叫んでいるようだ。
どうやらその向こうでは絵里が手を振っている。
―――まったく何やってんだか
いつもだったら、わーい絵里ぃーわーいれいなぁー、などと駆け寄って行くところだが、今はそれどころではない。
―――呑気でいいの。さゆみは大変なの
親友たちの笑顔に少しだけ後ろ髪を引かれながらも、息切れもおさまらないまま、さゆみは川原を駆け始めた。
- 157 名前:うさぎの一歩 投稿日:2007/07/04(水) 16:23
-
「風邪ひいて寝てたんじゃなかったの?」
「・・・もう治った」
「さっき携帯鳴らしたんだけど?」
「・・・気付かなかった」
「上に電車ガンガン走ってるしねぇ。聞こえないか。それとも電話に出て電車の音が私に聞こえたらマズイからかな?風邪ひいて練習休んでるんだもんねぇ?」
吉澤は高架下の練習場所を見つけていた。
自分がボールを蹴るとしたらあの高架下が最適、そんな嗅覚で吉澤はいとも簡単にその場所を発見した。
そして、そこに藤本はいた。
さゆみが高架下に辿り着いた時には、吉澤が藤本を問い詰めていた。
- 158 名前:うさぎの一歩 投稿日:2007/07/04(水) 16:23
- 「風邪が治ったからボール蹴りに来ただけだよ」
「嘘つくなよ!何で私にそんな嘘つくんだよミキティ!」
吉澤は怒っていた。見え透いた嘘をつく藤本に怒っていた。悲しくて怒っていた。
藤本は吉澤に背中を向け、壁の方を向き俯いていた。
華奢な藤本の身体が、今は一層小さく見える。
さゆみは口を真っ直ぐに結んで、黙って二人を見つめていた。
- 159 名前:うさぎの一歩 投稿日:2007/07/04(水) 16:24
- 「何があったんだよミキティ」
「・・・別に何もないよ」
「下手な嘘ついてまで練習休まなきゃいけない理由が、何かあるんじゃないのかよ?!」
「・・・ないよ別に」
「こっち向けよ!」
吉澤は掴みかかるように藤本の肩に手をかけ、強引に自分の方へ身体を向けさせた。
藤本は目深にキャップを被り、顔をマスクで覆っていた。
藤本の小さな顔は、普通の花粉症用マスクですっぽり隠れてしまっていた。
- 160 名前:うさぎの一歩 投稿日:2007/07/04(水) 16:24
- 「やっぱりな・・・」
「・・・」
藤本は深く俯き、身体を強張らせていた。
「取るよ」
「ちょ、よっちゃんやめ・・・」
抵抗する藤本を押さえつけ、吉澤は藤本からキャップとマスクを剥ぎ取った。
ひゃ、と小さくさゆみが声を漏らした。
藤本の茶色い髪がバサリと垂れ、顔に張り付く。
- 161 名前:うさぎの一歩 投稿日:2007/07/04(水) 16:25
- 「こんな顔して練習には来れないもんな」
藤本の目尻は打たれたボクサーのように青く腫れ、唇の端は血が固まったように赤くなっていた。
「まだ・・・続いてたのか・・・」
「・・・ごめん」
「ミキティが謝ることじゃないだろ!」
吉澤の声は震えていた。
- 162 名前:うさぎの一歩 投稿日:2007/07/04(水) 16:25
- 「どうしてだよ!何で私に言ってくれなかったんだよ!」
「・・・お姉ちゃんも苦しいから」
「だからって殴っていいわけないだろ?!顔殴っていいわけないだろが!こんなこと許されるわけ・・・」
「お姉ちゃんはいつか立ち直る。美貴は信じてる。だから今、つまらないことで問題起こすわけにはいかない」
「つまらないって・・・何言って・・・」
「美貴は大丈夫だから!」
- 163 名前:うさぎの一歩 投稿日:2007/07/04(水) 16:26
- 吉澤を遮るように藤本は大声を出した。
そのせいで気持ちが切れたのか、その場に跪き小さな嗚咽を上げ始めた。
「美貴の大好きなお姉ちゃんはあんなんじゃないんだ・・・本当は違うんだ・・・」
声を詰まらせながら美貴は呟いていた。
しかし吉澤の我慢は、うずくまり声を震わす藤本の姿を見て限界を超えた。
- 164 名前:うさぎの一歩 投稿日:2007/07/04(水) 16:26
- 「・・・っのやろぉぉぉ!」
叫びながら吉澤はいきなり駆け出した。
「ちょ、よっちゃん!」
藤本が後を追う。
さゆみは目をまるくしながら、二人の背中を追いかけた。
- 165 名前:うさぎの一歩 投稿日:2007/07/04(水) 16:27
-
吉澤は足が速かった。藤本はそれ以上に速かった。
駆ける吉澤の隣りで、何やら叫びながら併走する藤本が見える。
さゆみはその後ろを、ただただ必死で走っていた。
―――なんだかよく走る日なのぉ!!
ただただ彼女たちの背中を追いかけた。
- 166 名前:うさぎの一歩 投稿日:2007/07/04(水) 16:28
- 追いかけながらも、頭の中では冷静に処理をしていた。
藤本の身に起きている不幸を。あの痣の意味を。藤本の涙と吉澤の怒りを。
さゆみには、もうはっきりとわかっていた。
いけないのは誰か。自分のするべきことは何か。
- 167 名前:うさぎの一歩 投稿日:2007/07/04(水) 16:28
-
ダン!、と破壊的な音を立てて扉を開けたのは吉澤だった。
後ろから藤本が、必死に吉澤の肩を掴んでいる。
「おい!」
吉澤が叫んだその先に、キャミソール姿の茶髪の女性が椅子の上であぐらをかいていた。
片手にはおそらく酒の入ったグラス。目が少し座っていた。
- 168 名前:うさぎの一歩 投稿日:2007/07/04(水) 16:29
- 「てめぇどういうつもりだ!顔殴るなんて、何考えてんだ?!」
「やめて!もういいからよっちゃん!やめて!」
「許さねぇぞ?てめぇ絶対許さねぇぞ?!」
ようやく追いついたさゆみは、荒い息もそのままに、その光景をじっと見つめていた。
藤本が吉澤の腰にすがりつく。吉澤は狂ったような声で叫んでいる。
藤本が泣いている。
- 169 名前:うさぎの一歩 投稿日:2007/07/04(水) 16:29
- 「ひとみ?」
久しぶりやんか、と言いながら女性がゆらりと立ち上がった。
これが藤本の姉なのか。
なんだかやけに疲れきって見えた。
「いきなり来てギャーギャーわめかれちゃかなわんな。ガキのあんたに四の五の言われる筋合いはない。うちのことに口出すな。」
ドスの効いた声で、藤本の姉が吉澤を睨みつける。
それでも吉澤はひるまない。
- 170 名前:うさぎの一歩 投稿日:2007/07/04(水) 16:30
- 「っざけんな!あんた姉貴だろ?こいつのたった一人の家族だろ?殴るなよ?てめーの妹の顔、殴るんじゃねーよ?!」
「あんたには関係ない!すっこんでろガキ!」
「関係なかねーよ!私はこいつのダチだ!」
「もうやめてよっちゃん!お姉ちゃんも!」
「出て行け!みんな出て行け!!」
「お前が出て行け!お前なんかこいつの家族じゃねぇ!」
「何だと?!」
「もうやめてぇー!」
「このクソッタレが!!」
- 171 名前:うさぎの一歩 投稿日:2007/07/04(水) 16:31
-
ぺちん。
- 172 名前:うさぎの一歩 投稿日:2007/07/04(水) 16:31
- 吉澤が飛びかかろうとしたその瞬間、女が身構えたその瞬間、藤本が目を覆ったまさにその瞬間、おそらく今まで誰も聞いたことのないような間抜けな音がした。
弱々しい、情けない、まるで蚊をつかまえそこなった時のような抜けた音。
けれど、響いた。
どんな音よりも凛々しく清廉に。
その音で、皆が止まった。
- 173 名前:うさぎの一歩 投稿日:2007/07/04(水) 16:32
- 吉澤と、藤本と、藤本の姉と。
それぞれの混迷のまさにド真ん中で、道重さゆみ渾身の右ストレートが、藤本の姉の二の腕あたりにヒットしていた。
時が止まるというのはこういう瞬間を言うのだろう。
誰もがただただ呆気にとられていた。
- 174 名前:うさぎの一歩 投稿日:2007/07/04(水) 16:32
- 皆の真ん中で、さゆみは右手をゆっくり下ろすと、藤本の姉に真正面から言い放った。
「痛かったでしょ?!」
誰も言葉が出ない。まだ時は動き出さない。
「誰でも殴られたら痛いの!藤本さんはもっと痛かったの!わかったの?!」
ふんっ。
鼻息と共にさゆみは仁王立ち。
瞳はどこまでもまんまるで、そして強かった。
- 175 名前:うさぎの一歩 投稿日:2007/07/04(水) 16:33
- 吉澤が沈黙を破る。
「・・・ね、姉さん」
「・・・え?」
「・・・痛かった?」
「あ、いや、全然・・・この子誰?」
ブッ!
最初に吹き出したのは藤本だった。
つられて吉澤が腹を抱え、バツが悪そうにしていた藤本の姉までも、大声で笑い始めた。
笑って笑って、しまいにはみんなで泣いた。声を上げて泣いて、また笑った。
その真ん中で、さゆみは鼻息もまだ荒いまま、拳を握りしめて踏ん張っていた。
しばらくの間、踏ん張っていた。
- 176 名前:うさぎの一歩 投稿日:2007/07/04(水) 16:35
-
- 177 名前:うさぎの一歩 投稿日:2007/07/04(水) 16:35
-
その後のことは、あまりはっきりとは覚えていない。
藤本の姉が自分の妹と吉澤に謝り、何故だかさゆみにも頭を下げた。
久しぶりに腹から笑った、と言った藤本の姉は、少し憑き物が取れたような顔をしていた。
頭を冷やす意味でも、お互いに少し離れて暮らしてみた方がいい、という吉澤の意見を、藤本の姉は受け入れた。
藤本は拒否したが、吉澤に諭され、最後には納得したようだった。
と、そんな事が目の前で起きていたようだったが、さゆみの頭には入ってはこなかった。
- 178 名前:うさぎの一歩 投稿日:2007/07/04(水) 16:36
- もう遅いから、と、藤本と吉澤が連れ立ってさゆみを家まで送り届けてくれた。
さゆみの母親が二人に礼を言っていた。
さゆみは自分の部屋に入り、ふーっと息をひとつ吐き、ベッドに腰掛ける。
ジワジワと右の拳が熱を帯びてきた。
- 179 名前:うさぎの一歩 投稿日:2007/07/04(水) 16:36
- ―――あわわわわ
途端にさゆみは猛烈に緊張し、そして一気に力が抜けた。
へなへなとベッドに倒れこみ、ガタガタと震え始めた。
―――さ、さゆみ、ひ、人を、殴ったの!
罪悪感やら高揚感やらが入り混じった不思議な興奮を、さゆみはどう整理していいのかわからなかった。
- 180 名前:うさぎの一歩 投稿日:2007/07/04(水) 16:37
- 「で、で、電話、け、携帯・・・」
ボタンをプッシュする指が震えている。呼び出し音を聞く耳が熱い。
「はーい、もしもーし」
携帯の向こうから面倒くさそうな声が聞こえる。
「もしもしもしもし!ちょちょちょっと聞いて聞いて聞いて!」
「な、なんね!どげんしたと?!」
「大変なの大変なの大変なの」
「なん、いったい!もっとゆっくり話さんと、れいなわからんったい!」
聞き慣れた声とイントネーションに、少しずつ心が落ち着きを取り戻す。
知らず強張っていた身体がゆっくりとほどけだす。
と同時に激しい空腹感を覚えた。
- 181 名前:うさぎの一歩 投稿日:2007/07/04(水) 16:38
- ―――あ、今日は明太子スパゲッティの日なの
ぐぅ、と鳴るお腹を押さえながら、次に絵里に電話し終えるまで我慢出来るかなぁ、とさゆみは少々不安を感じていた。
- 182 名前:うさぎの一歩 投稿日:2007/07/04(水) 16:39
-
少女の勇気は岩をも砕く。
固くなった心など、たやすいものだ。
- 183 名前:うさぎの一歩 投稿日:2007/07/04(水) 16:40
-
「うさぎの一歩」
了
- 184 名前:うさぎの一歩 投稿日:2007/07/04(水) 16:40
-
- 185 名前:めめ 投稿日:2007/07/04(水) 16:42
- 以上です。
読んでくださった皆様、どうもありがとうございました。
- 186 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/05(木) 02:10
- 頑張ったね。
- 187 名前:名無し 投稿日:2007/07/05(木) 03:34
- おもしろい!
- 188 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/13(金) 00:19
- 更新おつかれさまです。
あーさゆみん可愛いなぁ。
- 189 名前:めめ 投稿日:2007/07/13(金) 22:15
- >>186
頑張りましたw
ありがとうございました。
>>187
嬉しいです!
ありがとうございました。
>>188
今日は彼女の誕生日ですね。記念のレスになりますw
ありがとうございました。
- 190 名前:めめ 投稿日:2007/07/13(金) 22:17
- 短い話をちょろっと。
- 191 名前:interlude 投稿日:2007/07/13(金) 22:19
-
「interlude 〜すっごい仲間〜」
- 192 名前:interlude 投稿日:2007/07/13(金) 22:20
-
「・・・ということがあったの」
「へぇー。がんばったねーさゆー」
「がんばったの」
そう言って小鼻をふくらますさゆみの頭を、理沙は撫でてやった。
「でもびっくりしたよー。来た途端にいきなりガーって話しだすからー」
「ガキさんにも聞いてほしかったの。絵里とれいなにはもう話しちゃったし」
- 193 名前:interlude 投稿日:2007/07/13(金) 22:21
- 新垣理沙は図書室にいた。
図書委員会は隔週水曜日だけだったが、図書委員の仕事というものは基本的に毎日ある。
さゆみのようにそれがよくわかっていない者も中にはいるが。
この日も理沙は放課後に図書室へ足を向け、なんやかんやと雑務をこなしていたところだった。
すると木曜日だというのに珍しくさゆみが図書室にひょっこり顔を出した。
かと思ったら、堰を切ったように昨日あった出来事の顛末を語りだし、ようやく今エンディングを迎えたところだった。
- 194 名前:interlude 投稿日:2007/07/13(金) 22:22
- ―――誰かに話さないと興奮が静まらないのね
身振り手振りを交えて話すさゆみの姿を思い返し、理沙はクスリと笑った。
そんな理沙をさゆみが訝しげに伺う。
慌てて理沙は話題をふった。
「あ、で、藤本さんはその後どうなったの?」
「昨日は吉澤さんの家に泊まったみたいなの。しばらくお姉さんとは距離を置くことにするみたい」
「そうなんだ」
「でもね、藤本さんはお姉さんのこと大好きなんだって。殴られたのにですよ?」
なんだか難しいの、とさゆみは薄曇りの空を仰ぐ。
図書準備室の窓から見えるグラウンドには、今日はボールの弾む音は聞こえない。
- 195 名前:interlude 投稿日:2007/07/13(金) 22:23
- すると視界の中に見慣れたふにゃり笑顔がぴょこりと顔を出した。
その後ろには、ちょっとキツいかんじの猫娘。
「か、」
「あー絵里ぃー!れいなぁー!」
理沙の声を、隣りの素っ頓狂な声がかき消した。
「あーやっぱりここにいたぁ」
「そんなとこで何しとーと!この傷害犯!」
そう言って窓の向こうの二人はケラケラと笑う。
猫顔の子が傘を片手にパンチをする素振りをしている。
うるさーい!と理沙の隣りではうさぎが顔を赤くして怒っている。
トーンが高すぎて聞き取りづらいが、どうやら傘がピンクでどーしたこーしたと叫んでいるようだ。
- 196 名前:interlude 投稿日:2007/07/13(金) 22:24
- 「あれが田中ちゃん?」
「そうなの。でもガキさん別に覚えなくていいですからね、あんな不良」
―――へー。いい顔で笑うなぁ
ニヒヒという音が聞こえてきそうなれいなの笑顔を見て、理沙も自然と口元が緩んだ。
- 197 名前:interlude 投稿日:2007/07/13(金) 22:24
- 「あ、そうだ。クッキーがまだ残ってたじゃない。あれみんなで食べちゃおうよ」
「えー、あれは後でさゆみが食べようと思ってたのに」
「ちょ、一人で食べるつもりだったの?!」
当たり前じゃないかというように不思議そうな顔をして、さゆみはコクンと頷いた。
かなわないなとばかりに苦笑いを浮かべ、理沙は頭を掻く。
「まぁいいじゃない。みんなで食べた方が美味しいって」
一人で食べたって美味しいのに、とブツブツ言いながらも、さゆみは窓から身を乗り出して叫んだ。
「おーいしーいクッキーがあるよー!分けてあげるからおいでー!」
ひゃーと歓声を上げて、二人がこちらへ近づいてくる。
ほてほてほてほて歩いてくる。
- 198 名前:interlude 投稿日:2007/07/13(金) 22:25
- 「ね、さゆ」
「はい?」
「あの田中ちゃんって子、優しい子ね」
「はぁ?れいなのどこが優しいって言うんですかぁ?ヤンキーですよあんなの」
そんなさゆみに、理沙はニッコリ笑って言う。
「ほら、ゆっくり一緒に歩いてる」
「ああ見えてれいな歩くのも走るのも遅いの。ドンくさいの。きっとさゆみのが速いの」
「あの歩く速さはあの子には一番優しい速さ。一番心地いい速さ。あの田中ちゃんって子、さゆに呼ばれても駆け出す素振りさえ見せなかったよ」
「えーだって絵里は走らないんだから当たり前じゃないですか」
- 199 名前:interlude 投稿日:2007/07/13(金) 22:26
- え?と理沙はさゆみを振り返る。
ガキさん意味わかんないですよー、と言いながら、さゆみは戸棚のクッキー缶を取り出すのに必死な様子だった。
―――そっか。当たり前か
理沙は目を閉じる。
背後でガシャガシャと缶と格闘している子の強さに笑みすらこぼれる。
「見たかったなぁ」
「はい?」
なかなか開かなかった缶のフタがようやく開いたようで、さゆみは満足気な顔を上げて理沙を見た。
「私も見たかったなぁ。さゆの右ストレート」
そう言って理沙は右手を突き出した。
まんまる目をしたうさぎが、きょとんとした顔でこちらを見ていた。
- 200 名前:interlude 投稿日:2007/07/13(金) 22:27
- 「ハーイ、ガキさーん」
甘ったるい声が背中で聞こえた。
振り返ると、ふにゃり笑顔が手を振っている。
「ど、ども」
その後ろでは、猫顔の子がオドオドと挨拶をしていた。
「れいなは人見知りなの。ヤンキーのくせに」
「な、なんば言うとね!れいなはヤンキーなんかじゃないったい!」
そんな二人を心から楽しそうに見つめる絵里。
- 201 名前:interlude 投稿日:2007/07/13(金) 22:28
-
―――よかった
理沙は心から思う。
悲しい目をした絵里を、理沙は見過ぎた。
病気。留年。孤独。
笑顔で隠した慟哭に理沙は気づいていたから。
理沙は絵里のそばに寄り、耳元でささやいた。
「かーめー、すっごい仲間が出来ちゃったね」
絵里は大きく頷いてささやき返した。
「ガキさんもだよ」
- 202 名前:interlude 投稿日:2007/07/13(金) 22:30
- 図書準備室の中では、窓から侵入した猫がうさぎを追いかけまわしている。
なるほど、猫よりうさぎの方が少々素早いかもしれない。
そんなことを思いながら、なんだかいつまでもこの放課後が続きそうな、そんな錯覚に理沙は包まれていた。
- 203 名前:interlude 投稿日:2007/07/13(金) 22:32
-
「interlude 〜すっごい仲間〜」
おしまい
- 204 名前:めめ 投稿日:2007/07/13(金) 22:33
-
Happy Birthday SAYU!!
- 205 名前:めめ 投稿日:2007/07/13(金) 22:38
-
読んでくださった皆様、ありがとうございました。
- 206 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/14(土) 10:03
- 6期トリオ+ガキさんのコンビはやっぱりいいなぁ
これはシリーズで続くんですかね?
あと、ガキさんは理沙じゃなくて里沙ですよって事で一応お知らせしときますw
- 207 名前:めめ 投稿日:2007/07/14(土) 12:18
- >>206
あわわわわわ!なんというありえないミスをorz
恥ずかしいやら申し訳ないやら・・。以後気をつけます!
ご指摘ありがとうございます。
連作短編っぽく続けていけたらなぁと思っております。
ありがとうございました。
- 208 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/15(日) 23:59
- 更新お疲れ様です。さりげない友情っていいですね…
このお話すごく好きなんで次も楽しみにしています
- 209 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/16(月) 02:00
- とても良い話ですね、絵里の闇は晴れたのでしょうか?
先が楽しみです。
- 210 名前:めめ 投稿日:2007/08/14(火) 21:19
- >>208
楽しみにしてるなんて言っていただけると嬉しいやら恥ずかしいやらですが、地味に続けていきたいなぁと思っています。
ありがとうございました。
>>209
書いてる本人が言うのも変ですけど、晴れるといいなぁと思っていますw
よかったらまた読んでやってください。
ありがとうございました。
- 211 名前:めめ 投稿日:2007/08/14(火) 21:20
- 六期の夏のお話を書きました。
- 212 名前:サマーレイン 投稿日:2007/08/14(火) 21:20
-
「サマーレイン」
- 213 名前:サマーレイン 投稿日:2007/08/14(火) 21:21
- 夜になって風が強くなった。
雨は上がっていたようなので、窓を開けてみた。
ごうごうと風が鳴る。木々がざわめき、電線がしなる。
このまま街ごと流してくれてもいいと思った。
- 214 名前:サマーレイン 投稿日:2007/08/14(火) 21:22
- 日曜日の夜はなんだか怖い。
朝が来るという事実がいつもよりも重くのしかかる。
テレビもラジオも早く終わる。
私はただ余った時間を片付けている。
風が鳴っている。
胸がざわざわする。
- 215 名前:サマーレイン 投稿日:2007/08/14(火) 21:22
-
- 216 名前:サマーレイン 投稿日:2007/08/14(火) 21:23
-
「やーっと夏休みっちゃねー!」
ありったけの開放感を放って、れいなは大きく伸びをする。
一学期最後の下校路は生徒達の高揚感で溢れていた。
本格的な夏の陽射しが夏服に降りそそいでいる。
- 217 名前:サマーレイン 投稿日:2007/08/14(火) 21:23
- 「れいなはまだ補習があるんでしょ?」
れいなの伸びきった腕を下ろしながら、にべもなくさゆみが切り捨てる。
一瞬にして現実に引き戻されたれいなは頬をふくらませた。
「ぐ・・・。そ、それはそれやけん。とりあえず夏休みは夏休みったい!」
「絵里は夏休みどうするの?」
むくれるれいなを横目に、さゆみが絵里に問いかける。
夏空はあきれるほど青い。
- 218 名前:サマーレイン 投稿日:2007/08/14(火) 21:24
- 「うーん、特に何も」
「家族で旅行とか行かないの?」
「今年は特に予定ないかなぁ。親はまだ心配みたいで」
そう言って左胸を指差す。
さゆみのまるい目がくるりと動いた。
「そっか。でも今年はれいながいるし嫌でも退屈しないね」
「ん?」
「愛されるって大変なの」
「な、さゆ何言うと!そんなんじゃないって言うとろうが!」
れいなが顔を赤くして怒る。
背中を叩かれながら、さゆみは舌を出して笑っている。
蝉の声がシャワーのようだった。
- 219 名前:サマーレイン 投稿日:2007/08/14(火) 21:25
- ―――去年の蝉の声は病室で聞いてたんだなぁ
歩きながら絵里はふいに思い返していた。
絵里が心臓に異常を覚えたのは去年の今頃だった。
いつものように学校へ行く途中、強い息苦しさを感じ道端にうずくまった。
脂汗と涙にまみれながら病院に運ばれ、その日から絵里は入院した。
夏休みの間に入退院を二度繰り返し、秋の始まる頃に手術をした。
経過は良好で、新しい年が始まる頃には日常生活が出来るようになっていた。
ただ、通院は続けることと、無理はできないことが条件として残った。
これ以上良くはならないことと、留年が決まったことが事実として残った。
- 220 名前:サマーレイン 投稿日:2007/08/14(火) 21:25
- 蝉の声が通りを包む。
去年はこの生き急ぐような鳴き声がたまらなかった。
何度もベッドの上で耳を塞いだ。
今こうして制服を着て照り返すアスファルトの上を歩いていることが、なんだか不思議な気もした。
「絵里」
振り向くとれいなが上目遣いに絵里を見ている。
さゆみは携帯で誰かと話しているようだった。
「ん?」
少し首をかしげてれいなを伺う。
れいなは半歩近寄って、ボソリボソリと小声で言った。
- 221 名前:サマーレイン 投稿日:2007/08/14(火) 21:26
- 「明日かられいな補習やけん」
「そうだね。頑張ってね」
「うん・・・補習は午前中で終わるけん、その・・・」
言いながら落ち着きなく動き回るれいなの視線がかわいいと思った。
愛しいと思った。
「じゃあ昼ごはん、一緒に食べよっか」
「よ、よかね?」
「うん」
「おうちの人に怒られないと?」
「そんなの大丈夫だよぉ・・・あ、そうだ、れいなさえよければ絵里んちでお昼食べない?」
「え?」
「絵里のお母さん、料理上手なんだよ。ね?遊びにおいでよ」
「迷惑じゃなかと?」
「もちろん」
ニヒヒ、とれいなは笑う。
強い夏の陽射しも跳ね返すほどに。
- 222 名前:サマーレイン 投稿日:2007/08/14(火) 21:26
- 「よーし、もうれいな補習頑張っちゃうけんね!」
れいなが両手で握りこぶしを作って見せた瞬間、素っ頓狂な声がとんできた。
「なーにー二人でまたイチャイチャしちゃってー」
「し、しとらんったい!」
「さゆ、電話誰からだったの?」
「あ、お母さん。うち今日の夜からおばあちゃんの家に行くんで、早く帰って支度しなさいって」
「さゆ、いなくなっちゃうと?」
「そ。8月の真ん中くらいまでいなくなってあげるから、ゆっくり二人でイチャイチャするといいの」
そう言われてれいなはまた顔を赤くして怒る。
さゆみはいつものようにニタリ顔で受け流す。
そんなくり返しが楽しすぎてなんだか困った。
優しすぎてなんだか困った。
今年も夏休みが始まる。
- 223 名前:サマーレイン 投稿日:2007/08/14(火) 21:27
-
- 224 名前:サマーレイン 投稿日:2007/08/14(火) 21:28
-
「ここにこれを代入して、ほら」
「ああ・・・なるほど。さすが絵里っちゃねー」
「れいなぁ、自分で考えなきゃだめなんだよー」
「ふぁぁい」
冷房の効いたれいなの部屋で、二人は向かい合わせでテーブルに向かっていた。
夏休みが始まって約一週間。七月の間続いたれいなの補習も、ようやく明日最終日を迎えることとなった。
「絵里のおかげでなんとか毎日の課題もこなせたったい」
「まったくもう。普段からちゃんとやってないからだよ」
「面目なか」
れいなが肩をすぼめる。
窓の外には今日も夏の雲がふんぞり返っていた。
- 225 名前:サマーレイン 投稿日:2007/08/14(火) 21:28
- 絵里とれいなは夏休みに入ってから、どちらかの家で毎日午後を一緒に過ごしていた。
最初は絵里の家、じゃあ次はれいなの家、じゃあ明日は。
れいなが補習を終えると、どちらかの家に集まって一緒に昼ご飯を食べる。
食べ終わると、その日出された宿題を二人で片付ける。といってもほとんど絵里の力によるものだったが。
その後はただただ喋った。他愛のないことを喋り続けた。
時には外に出て散歩をした。絵里は白い日傘を差して歩いた。
そんなふうにして毎日を過ごしていた。
- 226 名前:サマーレイン 投稿日:2007/08/14(火) 21:29
- 「絵里、冷房強くなかと?」
「ううん、大丈夫だよ」
「・・・やっぱちょっと冷えるっちゃね。窓、開けてもよかね?」
冷房を切って、れいなは大きく窓を開けた。
夏の空気と蝉の声が一気に部屋に流れ込んでくる。
―――暑がりのくせに
絵里はれいなから少し目を逸らせた。
- 227 名前:サマーレイン 投稿日:2007/08/14(火) 21:29
- 「あ、絵里ぃ」
「何?」
絵里は窓の外を見遣りながら返事をした。
少しだけ冷たいトーンだと自分でも感じた。
「あ、うん」
れいなは俯き、何か言うのをためらっている。
―――臆病猫
絵里はれいなに向き直って笑顔をつくった。
- 228 名前:サマーレイン 投稿日:2007/08/14(火) 21:30
- 「なぁに、れいな?」
「う、うん、あのね」
「ん?」
ス、とれいなが息を吸い込むのがわかる。
ちょっとだけ勇気を出す時のれいなの癖だ。
それはほんの些細な仕草で、他の人には気づかないだろうけど、絵里にはわかる。
わかるようになってしまった。
―――まだ思い切らなきゃ絵里に何か言えないんだ
「りょ、旅行とかって、絵里はやっぱ行けんとかいね?」
「旅行?」
「あ、いや、確かさゆも三人で行けたら楽しいのーなんて言ってたけん、れいなも絵里さえよかったらなーとか思ったけん」
- 229 名前:サマーレイン 投稿日:2007/08/14(火) 21:31
- ―――ああ・・・気にしてくれてたんだ
努めてさりげなくれいなは言った。
『あ、そういえば』なんて枕がついてもおかしくないほど自然に。まるで自分が今思いついたように。
三人で旅行に行けたらな、でも親が許してくれないだろうな、そんなひとり言を呟いたのは絵里だ。
絵里はれいなの優しさに薄く微笑んで目を伏せた。
「うーん、旅行はやっぱちょっとダメみたい。身体だったら無理しなければ大丈夫なんだけど、お母さんが心配しちゃって」
「そ、そうね。そりゃそうっちゃね」
「丁度去年の今頃だったしね、倒れたの」
「あ、うん。うん」
「ちょっと無理かな。ごめんね」
「うん、うん」
れいなはノートに何か書きながらさりげなく受け答えている。
それが書くふりだっていうことは絵里じゃなくたってわかる。
れいなの首筋に小さな汗の玉が見えた。
- 230 名前:サマーレイン 投稿日:2007/08/14(火) 21:32
- ―――いらいらする
絵里は立ち上がると窓を閉め冷房をONにした。
ポーチからハンカチを取り出すと、れいなの傍らに立った。
顔を上げて絵里を見つめるれいなの首筋に手を差し込む。
れいなが身体を固くするのがわかる。
「れいな暑いんでしょー。絵里大丈夫だから。無理しないで」
「あ、うん、ごめん」
何故そんなに私に謝るのか。
何故そんなに私に気を遣うのか。
私はあなたに何もしてあげられないのに。
―――いらいらする
- 231 名前:サマーレイン 投稿日:2007/08/14(火) 21:33
- 「今日はもう帰るね。今日お父さん早く帰ってくるっていうから」
「あ、絵里!」
絵里がそう言いながら鞄を取ると、れいなが弾かれたように立ち上がった。
「どうしたの?」
「れいな、明日から福岡に帰るったい」
「え?」
―――そんなの聞いてない
「補習は?」
「最後の補習受けて、そのまま空港行って午後の飛行機で・・・」
「そうなんだ」
「うん」
「気をつけてね」
「うん、あの、一週間くらいで帰ってくるけん、帰ってきたら連絡するし、あ、向こうからもメールするし電話も」
絵里はふにゃりと笑ってみせる。
「うん、わかった。でも久しぶりに帰るんでしょ?ゆっくりしてきなよ。帰ってきたらまた遊ぼ」
「あ、うん、うん」
「じゃ、ね」
「あ、絵里、その、元気でね!」
「ふふ、そんな一生のお別れじゃないんだからさぁ」
頭を掻くれいなに小さく手を振って、絵里はれいなの部屋を後にした。
- 232 名前:サマーレイン 投稿日:2007/08/14(火) 21:33
-
―――れいなのバカ
ぱふ、と音をさせて白い日傘を開く。
夏の空はまだまだ高かった。
- 233 名前:サマーレイン 投稿日:2007/08/14(火) 21:34
-
- 234 名前:サマーレイン 投稿日:2007/08/14(火) 21:34
-
夜、絵里は一人、自分の部屋にいた。
机に面した窓を開けると、優しい夜風が入り込み首筋を撫でた。
いつかれいながキスをしたあたりを。
自分は救われた。
自分にとっての絶望の日々から手を引っぱってくれたのは、間違いなくれいなでありさゆみであった。
もう心から笑うことなどないであろう、そう思っていた自分に、彼女たちは自然な笑顔を取り戻してくれた。
二人といることが楽しくてしょうがなかった。
れいなといることが幸せでしょうがなかった。
ほんの少し前までそんな日々を送っていたはずだ。
―――なのに
その幸せを感じれば感じるほど、別の影が降りるようになった。
―――私は何も出来ない
- 235 名前:サマーレイン 投稿日:2007/08/14(火) 21:35
- れいなの優しさに敏感になった。過敏と言ってもいいほどに。
彼女の何気ない優しさ、自分の身体へのさりげないいたわりが、嬉しくてありがたくて、苦しかった。
自分に気を遣わせないようにするのがわかって、苛ついた。
それはなんという我儘。なんという傲慢。そんな自分が嫌で嫌で仕方なかった。
救われたはずの自分が、救ってくれた人の優しさで、また孤独の影を踏む。
自分の身体が普通だったなら、彼女にそんな気遣いをさせなくてもすむのに。
何故病気なんかになったのだろう。
―――なんで私なの
彼女たちに出会う前の口癖だった言葉が頭を駆け回っていた。
- 236 名前:サマーレイン 投稿日:2007/08/14(火) 21:36
- 窓の外に目をやる。
いつかの夜には風で千切れそうだった木々も電線も、今夜は静かに眠りについている。
ふと視線を落とすと、机の上に置いた鏡に泣き顔の自分が映っていた。
「どうしてこんな嫌な絵里になっちゃたの」
つ、と涙が頬をつたう。
答えは考えるまでもなくわかっていた。
れいなを好きになったからだ。
- 237 名前:サマーレイン 投稿日:2007/08/14(火) 21:36
-
- 238 名前:サマーレイン 投稿日:2007/08/14(火) 21:37
-
「うん、わかった」
「れいなも早く帰って絵里と遊びたいんやけど『もうちっとおれーもうちっとおれー』ってうるさくて・・・」
「久しぶりなんだしれいなも楽しんでおいでよ」
「うん・・・あーでも早くそっちに帰りたかー!」
れいなからのメールは頻繁に来ていたし、夜には電話も必ずあった。
けれど約束の日になってもれいなは帰ってこなかった。
――― 一週間で帰るって言ってたくせにさ
それを約束と思っていたのは絵里だけかもしれないけれど。
―――嘘つき猫。れいなのバカ
れいなからの電話を切ったすぐ後、再び着信音が響いた。
- 239 名前:サマーレイン 投稿日:2007/08/14(火) 21:37
- 「もしもしー絵里ぃー元気ぃー?」
素っ頓狂な声が聞こえてきた。
なぜだかホっとする。
「さゆー久しぶりじゃなーい」
「田舎で美味しいもの食べるのに忙しくってー」
「何よそれぇ」
あひゃひゃと笑う。なんだか久しぶりに笑った気がする。
「それでね絵里、もうちょっとしたらさゆみそっちに帰るんだけどね」
「うん」
「旅行しない?」
「え?いや、でも・・・」
返事を濁らす絵里におかまいなしにさゆみは話す。
- 240 名前:サマーレイン 投稿日:2007/08/14(火) 21:38
- 「一泊くらいなら平気でしょー?親戚の人が予約してあった民宿があったんだけど、行けなくなったからさゆみに譲ってくれるっていうの!」
「そうなの?」
「うん!行こうよ行こうよ!三人で思い出つくりたいもん。八月後半なんでちょっとシーズンオフなんだけどね」
「あ、でも、れいなは?」
「いいの。予定があっても変えさせるの」
そう言ってさゆみはカラカラと笑う。
自己中なさゆみが今はなんだか心地良い。
「うーん、でもお母さんがダメって言うし・・・」
「さゆみの家に泊まることにすればいいの」
「え?」
「それくらいなら許してもらえるでしょ?」
「あ、うん、それくらいなら多分・・・」
「じゃ決まり!」
「え、でも、そんな・・・」
母親に嘘をつくという行為が絵里を迷わせた。
自分の身体を心配してくれている母親を裏切ることになる。
- 241 名前:サマーレイン 投稿日:2007/08/14(火) 21:39
- 「さゆ、絵里やっぱり・・・」
言いかけて、ふとれいなの顔が浮かんだ。
冷房を切った部屋で首筋に汗の玉を光らせていたれいなの姿が浮かんだ。
口をついた言葉は意志とは無関係だった。
「さゆ、絵里やっぱり、行く!」
「そーこなっくちゃー!」
三人で旅行。れいなと旅行。
決して病気のせいじゃなく、心臓が高鳴った。
- 242 名前:サマーレイン 投稿日:2007/08/14(火) 21:39
- 「帰ったらまた連絡するけど、宿はあんまり期待しないでね。小さな民宿なんだってさー。でも海からは近いらしいよ。あと・・・」
さゆみが喋り続けていたが、あまり耳に入ってこなかった。
本当に夏休みがやってきた気がした。
- 243 名前:サマーレイン 投稿日:2007/08/14(火) 21:40
-
- 244 名前:サマーレイン 投稿日:2007/08/14(火) 21:44
-
「・・・絵里は何て?」
「行く!って言ってたの」
「さゆ・・・ちょっと無神経と違う?」
「へ?なんで?」
「そりゃれいなだって三人で旅行したいって思ってたと。でも海はないんじゃなかと?」
「だからなんで?」
「絵里、きっと泳いじゃいけんのやろ?海には入れんやろ多分。そこでうちらがはしゃぐわけにはいけんとね」
「そんなの絵里は気にしないの」
「したらどうするったい!それで気にしないふりでもしてたら、もっとかわいそうっちゃけん!」
「えーでもそんなの変なの」
「何がね?」
「だってそしたら絵里は一生海に行けないの」
「・・・え?」
「絵里は一生夏に誰かと海に行けないことになるの」
「いや、そんな極端な話じゃなくて・・・」
「れいな気にしすぎなの。それにさゆみだって海には入らないの。海は見るものなの」
「あ、いや、まぁそれもアリっちゃけど・・・」
- 245 名前:サマーレイン 投稿日:2007/08/14(火) 21:45
- 「れいな」
「な、なんね」
「自分は断られたのにさゆみが誘ったらOKだったんで嫉妬してるんでしょ」
「な、ち、違うったい!そんなことなか!」
「それにれいな」
「なんね!」
「海に行ったら絵里の水着姿が見られるかもよ」
「・・・・むぅ」
- 246 名前:サマーレイン 投稿日:2007/08/14(火) 21:45
-
- 247 名前:サマーレイン 投稿日:2007/08/14(火) 21:46
-
車窓には細かい雨粒が流れる。
曇り空を重たそうに抱えた街並が過ぎていく。
「れいな、ポッキー食べる?」
「今いらーん」
「お日様出ないねー」
「出よらんねー」
さゆみがポッキーをくわえながらぼやく。
絵里はれいなの隣りでウトウトし始めていた。
- 248 名前:サマーレイン 投稿日:2007/08/14(火) 21:46
- 夏休みも残り一週間を切った頃、都心のターミナル駅で待ち合わせて、海へ向かう列車に乗った。
『旅行はどこかで待ち合わせして行ったほうが気分が出るの』
というさゆみの一言で、お互い近所に住んでいるにもかかわらず、わざわざ大きな駅で待ち合わせをした。
飲み物と菓子を買い込んで、互いの服装を褒めあって、海についてからの計画を確認して、準備万端、目的地まで片道二時間程の列車に乗り込んだ。
ただ小雨混じりの天気が予定外だったけれど。
初めのうちは列車のアナウンスにさえはしゃいでいた絵里たちであったが、一向に回復しそうにない空とレールを刻む単調なリズムのせいで、次第と口数は減り瞼が重くなっ
てくる。
目的地の半分までも来ないうちに、いつしか三人とも小さな寝息を立て始めていた。
- 249 名前:サマーレイン 投稿日:2007/08/14(火) 21:47
-
「あ、海!」
さゆみの素っ頓狂な声で、絵里はまどろみから揺り戻された。
うっすら目を開けると、いつしか車窓いっぱいに海が広がっていた。
「わぁ・・・」
空はまだ重たかったが、目の前に広がる海に絵里の気分は自然と高まった。
「海だぁ」
「海なの!」
まだうっすら口を開けて呆けているれいなの肩を揺する。
「ほらぁれいなぁ、海だよ、海に着いたよぉ」
擦った目をしばたかせて、れいなは車窓に鼻先をつける。
しばらく張り付いていたかと思うと、勢い良く振り返りニヒヒと笑った。
「海っちゃね!」
- 250 名前:サマーレイン 投稿日:2007/08/14(火) 21:48
-
民宿へ行く前に、三人は海岸へと足を向けた。
もともと宿に入る前に一遊びする予定で時間割を組んでいた。
「天気悪いの。ざーんねーん」
浜辺に立ったさゆみがポツリと呟く。
天気予報は微妙だった。天気は回復傾向にあるが、太陽が射すのは今日になるか明日になるか。
今のところ太陽の欠片も落ちてくる気配はない。
波は高く、シーズンも少し過ぎていることもあって、海辺に人はまばらだった。
- 251 名前:サマーレイン 投稿日:2007/08/14(火) 21:48
- 「でも潮風が気持ちいいっちゃ。まだまだ暑いし!」
そう言ってれいなは絵里を振り返る。
探るような瞳が不器用に揺れている。
「そうだね。気持ちいい」
絵里は両手を伸ばし、海からの風に黒髪をなびかせた。
れいなが安心したように微笑むのがわかる。
―――天気が悪いのはれいなのせいじゃないのに
小さな雨粒がまた少し落ちてきた。
- 252 名前:サマーレイン 投稿日:2007/08/14(火) 21:49
- 宿は小さな民宿だった。
「どっかの親戚んちみたいなの」
とさゆみが言うように、旅館やホテルというものとは程遠い、ごく普通の民家のような宿だった。
「ボロっちぃの」
「おい」
れいながさゆみを肘で小突く。
「こういうところの方が落ち着くけん。れいなは好きったい」
三人の部屋は二階に用意されていた。
二間続きの畳張りの部屋を広々と使わせてもらえた。
「ま、タダで譲ってもらえたんだし、文句言えないの」
宿の経営者夫婦は優しそうな人だった。
もう泊り客もいないから夜も気にしないで騒いでいいからね、という彼女たちにとってはこの上なくありがたい言葉もいただいた。
- 253 名前:サマーレイン 投稿日:2007/08/14(火) 21:49
-
「ね、海が近いよ」
絵里は窓を開け放つ。
海辺に沿って走る海岸道路に面して建つこの場所からは、海がはっきりと見えた。
雨粒混じりの潮風がゆるりと入り込んでくる。
「雨止んだらもう一回海行きたかね」
「そうだね。止むといいなぁ」
そんな会話も虚しく、この日は夜まで雨は止まなかった。
- 254 名前:サマーレイン 投稿日:2007/08/14(火) 21:50
-
- 255 名前:サマーレイン 投稿日:2007/08/14(火) 21:50
-
「夕食美味しかったねー!」
「ほーんと最高っちゃ。でもさゆは食べ過ぎと」
「なーんでよ。これも旅の思い出なの」
夕食を終えて二階の部屋に戻る。
結局太陽は顔を出さなかったが、この時間になっても外はまだうっすらと明るかった。
―――旅の思い出、か。
絵里はかぶることなく終わりそうな麦わらの縁を指で辿った。
窓を少しだけ開けて海を見る。どうやら今は雨は上がっているようだ。
―――せめて明日は晴れるといいなぁ
ぼんやりと視線を海に投げながら、足を伸ばした姿勢で壁にもたれかかった。
- 256 名前:サマーレイン 投稿日:2007/08/14(火) 21:51
- 「・・・絵里、疲れたと?」
首を左に向けると、れいなが心配そうにこちらを伺っている。
「ん・・・少しね」
「やることなくて雨の中結構歩いたけんね」
「はは、そうだね」
「大丈夫と?」
「大丈夫だよぉ」
心配そうに近寄るれいなを絵里が制する前に、部屋の外から素っ頓狂な声がした。
「おばさんがデザートくれるってー!取りにおいでってー!」
その声に二人は一瞬顔を見合わせ、ふふ、と微笑んだ。
自然に笑いあえて、なんだか嬉しかった。
「まったくさゆはあぎゃんでかい声で。絵里の分もれいなが取ってきちゃるけん、待っとき」
「あ、うん。ありがとぉ」
よかよ、とニヒヒと笑い、れいなは部屋から出て行く。
パタパタと廊下を歩くスリッパの音が遠ざかった。
- 257 名前:サマーレイン 投稿日:2007/08/14(火) 21:51
- 晴れていようが雨だろうが、本当はどっちでもいいのかもしれない。
三人で旅行をする。絵里にはそれが特別なことだった。
三人だけの思い出。三人だけの夏休み。
そして―――れいなとの夏。
身体の調子は良い。少し疲れた、なんて嘘だ。
れいなと一緒に海に来れてこんなにも嬉しいのに、なんだか時々心がざらつく。
―――絵里は何もしてあげられないのに。れいなに気を遣わせてばかりなのに。絵里は何も出来ないのに
時折、そんな嫌な自責が襲う。
その度れいなの優しさがつらくなる。憎んでしまうほどに。
心がざらつく。
―――どうすればいいの?どうしたらいいの?
- 258 名前:サマーレイン 投稿日:2007/08/14(火) 21:52
- 麦わらをつたって、絵里の指に小さな虫が這い上がってくる。
羽の固い、黒く小さな虫。
人差し指の腹に乗せ、鼻先に近づける。
虫は羽ばたく気配がない。
―――潰してやろうか?
虫の背に親指を乗せて挟む。
久しぶりの感覚がふいに蘇る。
つ、と背中に汗が流れた気がした。
「・・・なんてね」
絵里は窓の外へ指を出し、親指で虫を押しやる。
「ばいばい」
建物の外壁に虫が張り付いたのを見ると、軽く笑って手を振った。
- 259 名前:サマーレイン 投稿日:2007/08/14(火) 21:53
- 「ちょっとーれいな邪魔なの!何そんなとこで突っ立ってんのー?」
その声にはっと振り返ると、部屋の入り口でれいながこちらを見つめながら立っていた。
さゆみに背中を押されるように、両手に皿を持ったれいなが近づいてくる。
「ほーら絵里、デザートはすいかやけんね!」
れいなの無理に笑うその目には、涙がいっぱい溜まっていた。
零れ落ちてこないのが不思議だと絵里は思った。
- 260 名前:サマーレイン 投稿日:2007/08/14(火) 21:53
-
- 261 名前:サマーレイン 投稿日:2007/08/14(火) 21:54
-
「ね、外に出てみようか」
夜は三人でひとしきり喋った。
いつもと違う空間で同じ時間を過ごす高揚感。
他愛のない大切な会話を三人は心から楽しんだ。
そして少々笑い疲れてけだるくなった部屋の中、窓の外を眺めていた絵里がふいにそう言った。
「外に?」
「えーもう暗いの」
さゆみがチョコレートを唇の端につけながら口を尖らす。
「うん、そうなんだけど・・・雨もあがって気持ちよさそうかなーなんて・・・」
絵里が窓の外を見ながらそう呟くと、れいながスクっと立ち上がった。
「よし、行こう!外、出てみるったい!」
えー、と寝転がるさゆみの腕をれいなが引っ張りあげる。
「ほら、さゆ!これもまた思い出ったい!」
力ずくでさゆみを起き上がらせて、れいなは薄手のパーカーを羽織った。
「さ、行こう絵里」
「うん」
絵里が後ろ手に閉めた窓がパタンと音を立てた。
- 262 名前:サマーレイン 投稿日:2007/08/14(火) 21:54
-
「ちょっと、何にもないのー」
「夜の散歩も粋ったい」
宿の外に出てはみたが、夜の海に行くのはさすがに躊躇われた。
そこで三人は海岸沿いの道路をあてもなく歩いてみることにした。
とはいえ、しばらく歩いても通りには何もなく、遠くにコンビニらしき灯りが見えるくらいだった。
「ごめんね、なんか絵里のせいで」
「そんなことなかよ、これも結構楽しか・・・」
「そーなの。絵里のせいなの」
「ちょ、さゆ!」
さゆみはほのかに灯る自動販売機の下に腰を下ろした。
- 263 名前:サマーレイン 投稿日:2007/08/14(火) 21:55
- 「もう疲れたの。れいな、ジュース買ってきて」
「なん、なんでれいなが!それにここに自動販売機あるったい!」
「このジュースじゃやなの。あそこのコンビニで炭酸のジュース買ってきて。絵里はアイスミルクティーね」
「え、いや絵里はそんな喉渇いてないから・・・」
「れいな早く!」
さゆみは自販機の下にドッカと腰を下ろし、もう動く気配はない。
「もうわかったけん。ちょっと待っとき」
「あ、れいな・・・」
「気をつけてねー」
渋々コンビニに向かって歩き出すれいなに、さゆみはいつもの素っ頓狂な声をかけて手を振った。
少しの間れいなの背中を見送っていた絵里だったが、所在無くさゆみの隣りに腰を下ろした。
- 264 名前:サマーレイン 投稿日:2007/08/14(火) 21:56
- 「別に絵里はよかったのに」
「絵里、れいなと何かあったの?」
え?と絵里はさゆみを振り返る。
自販機のぼんやりとした灯りの下でもまんまる目は強い。
「何かって、何が?」
「嫌なことでもされたの?」
「そんな!」
絵里は強く首を左右に振る。
嫌なことなどされた覚えがない。それよりもむしろ―――。
「なんか最近れいなに冷たい気がするの」
「冷たい?絵里が?そんなこと・・・」
さゆみはじっと絵里を見つめている。
絵里は唇を噛み、俯いて黙り込む。
けれど可笑しいくらいにまんまるい目は、絵里の心を少しずつ解いた。
- 265 名前:サマーレイン 投稿日:2007/08/14(火) 21:57
- 「・・・れいなって優しいんだぁ」
「うん」
「絵里の身体のこと、絵里がわかんないようにさりげなく気遣ってくれるんだぁ」
「うん」
「でもね、絵里はれいなに何もしてあげられないんだぁ」
「うん」
ポツリポツリと想いを口にする。
途中から涙声になっていることに気づいてはいたが、どうしようもなかった。
「絵里とだと一緒に海にも入れないし、一緒に走れないし、冷房だって切っちゃうし、なんかオドオドしてるし、遠慮したり、
息吸い込んでから何か言おうとするし、絵里といるから・・・」
「ちょっと絵里、途中から何言ってるかわかんないの」
まんまる目を転がしながらさゆみが優しく笑う。
絵里もなんだかつられて泣き笑いだ。
- 266 名前:サマーレイン 投稿日:2007/08/14(火) 21:58
- 「甘えればいいの」
「え?」
さゆみが絵里の肩を抱きながら言う。
「もーっともーっとれいなに甘えてあげればいいの。それが絵里にしか出来ないれいなへの優しさなの」
「甘えることが?」
「そ。今はとりあえず、ね」
「・・・むぅ」
ははは、とさゆみが指を差して笑う。
「それって絵里の癖だったんだね」
「え?何が?」
なんでもないのー、と言いながらさゆみは笑っている。
訳がわからず絵里は困り顔だ。
さゆみはひとしきり笑うと、すっと顔を絵里に近づけて言った。
- 267 名前:サマーレイン 投稿日:2007/08/14(火) 21:58
- 「一瞬で全てが解決する呪文があるの」
「呪文」
「そ。知りたい?」
ニタリ、とさゆみは笑う。
「れいなに『好き』って言うの」
絵里はポカンと口を開けさゆみを見つめ、そして少し目を伏せて微笑んだ。
「そっか」
「そうなの」
「好き、かぁ」
「そ。二文字でいうとだけど」
「好き、ねぇ」
- 268 名前:サマーレイン 投稿日:2007/08/14(火) 21:59
- おーい、と遠くかられいなの声が聞こえてきた。
コンビニの袋をぶらさげて手を振っている姿が、暗がりの中ぼんやりと見える。
おーい、と手を振り返す。
暗闇の中、ニヒヒという笑顔が見えた気がした。
「今はまだ、ちょっと無理かな」
「なーんだ。絵里もかー」
「え?」
遅いぞー走れー、とさゆみが叫ぶ。
うるさかー、とれいなが怒鳴る。
気がつくと霧のような雨が降り始めていた。
- 269 名前:サマーレイン 投稿日:2007/08/14(火) 21:59
-
「はい絵里、アイミティー」
「ありがとぉ」
「はい、さゆはコーラ」
「コーラぁ?まぁいいけど。ってかなんで缶?!逆によく売ってたね缶なんて!ペットボトルなかったの?」
「・・・なかったっちゃ。はいカンパーイ!」
そう言ってれいなが自分用に買ってきたお茶のペットボトルを開けようとする。
「ちょい待ち」
その手をさゆみがすばやく掴む。
「な、なんね」
「さゆみ、やっぱりお茶が飲みたいの」
「ちょ、炭酸って言うたっちゃろうが!だかられいなわざわざコーラを・・・」
抵抗するれいなにおかまいなしに、さゆみはれいなからお茶を取り上げ、代わりに缶コーラを押し付けた。
- 270 名前:サマーレイン 投稿日:2007/08/14(火) 22:00
- 「はい、じゃあらためて乾杯なの」
「・・・」
「れいなぁ?」
うーという唸り声を上げながら、れいなはプルトップを引き上げた。
「カンパーイ!」
嬌声の中、吹き出した炭酸のシャワーが空に舞い上がる。
泡は自販機の灯りに映し出されて、霧雨に混じって溶けた。
- 271 名前:サマーレイン 投稿日:2007/08/14(火) 22:01
- 「ほーらね、やっぱりなの」
「な、なんでわかったと?!」
「そんなん、わかんない方がおかしいの。ねー絵里」
さゆみが絵里に笑いかける。
れいながむくれた顔のまま絵里を見ている。
絵里は自然と頬を緩め、甘い声で笑った。
「れいなのドジー」
「ちょ、ドジって何?久しぶりに聞くったいその単語」
それを聞いてさゆみが笑い転げる。
「さゆー汚れちゃうよぉ」
「そうったい。汚なかよ」
いいのいいの、と手を振りながら、さゆみは道路に転がって笑っていた。
その姿を見た絵里とれいなは、顔を見合わせてニカっと笑うと、二人同時に道路に寝転がった。
- 272 名前:サマーレイン 投稿日:2007/08/14(火) 22:01
- 「わー気持ちいいー!」
「雨がいい感じったい!」
三人で道路に寝転がって笑った。
なんだか知らないけど笑った。
アスファルトに落ちている砂利が背中に少し痛かった。
「夏だね」
絵里が呟く。
れいなとさゆみが絵里の方を向く。
「夏っちゃね」
「夏なの」
- 273 名前:サマーレイン 投稿日:2007/08/14(火) 22:02
-
霧のような雨はいつ止むとも知れず穏やかに降り続く。
脆く優しいサマーレイン。
まるで私達のようだ。
遠くでバイクの爆音が聞こえる。
ふいに身体を起こし、ノイズを追いかける。
夏の雨に包まれた視線の先では、信号の赤い光がずっと点滅していた。
絵里はこの瞬間を、きっと一生忘れないだろうと思った。
- 274 名前:サマーレイン 投稿日:2007/08/14(火) 22:03
-
- 275 名前:サマーレイン 投稿日:2007/08/14(火) 22:03
-
「晴れたのー!」
というさゆみの大声で目が覚めた。
昨日の重たい空が嘘のような、あきれるほどの快晴だった。
世話になったお礼を言って宿を出ると、そのまま海へ向かった。
帰りの電車まではまだ時間がある。
三人は示し合わすこともなく、自然と海へ足を向けた。
もちろん宿を出る前に水着に着替えて。
- 276 名前:サマーレイン 投稿日:2007/08/14(火) 22:04
- 海辺に出ると少し風が強く、波は高かった。
それでも空も海も誇らしげに青かった。
「れいなぁ、みんなで写真撮りたいな」
「あ、ああ、いいっちゃね!ちょっと待っとき!」
絵里に言われて、れいなはバッグからデジカメを取り出すと、浜辺にいる人をつかまえに走った。
「ふふ、れいな子犬みたいなの」
「ね。顔は猫みたいなのに」
- 277 名前:サマーレイン 投稿日:2007/08/14(火) 22:04
- 「撮ってくれるってー!」
少しして、れいなが嬉しそうにこちらに走ってくる。
絵里は戻ってきたれいなの肩を捕まえ、頬を寄せた。
れいなの熱が伝わってきた。
二枚ほどシャッターを押してもらい、礼を言ってカメラを受け取った。
「う、うまく撮れたとかいね」
みんなで画像を覗き込む。
そこには真っ青な空と海を背景に、最高の笑顔をした三人が映っていた。
「れいな、顔赤いの」
「う、うるさかね、太陽のせいったい」
「れいな、絵里の水着姿かわいいね」
「・・・むぅ」
- 278 名前:サマーレイン 投稿日:2007/08/14(火) 22:05
-
さゆみとれいなが何やら言い合ってる横で、絵里は空を見上げていた。
びゅう、と風が吹き、絵里の麦わらをふわりと浮かす。
慌てて押さえた麦わらの隙間から差し込んだ太陽は、夏の終わりの匂いがした。
- 279 名前:サマーレイン 投稿日:2007/08/14(火) 22:05
-
―――夏が、去く。
- 280 名前:サマーレイン 投稿日:2007/08/14(火) 22:06
-
「サマーレイン」
了
- 281 名前:めめ 投稿日:2007/08/14(火) 22:10
-
ノノ*^ー^)<サマーエリリン! なんちて
- 282 名前:めめ 投稿日:2007/08/14(火) 22:10
-
- 283 名前:めめ 投稿日:2007/08/14(火) 22:11
- ちょっと早めに夏を終わらせてしまいましたw
読んでくださった皆様、どうもありがとうございました。
- 284 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/15(水) 02:17
- 更新お疲れさまです、今回も楽しく読みました。
ここのさゆはカッコイイ!ですね
- 285 名前:名無し読者 投稿日:2007/08/15(水) 03:06
- あったかいもので満たされていく感じがします。。。
こんな青色の時代、羨ましいですね。
- 286 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/15(水) 09:25
- とてもいいです。大好きです作者さんもこの三人も。
いつか言えたらいいねえりりん。
- 287 名前:名無し飼育さん 投稿日:2007/08/15(水) 09:27
- ごめんなさい、sage忘れましたorz
本当にすみません…
- 288 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/16(木) 01:03
- こんな6期の話、いいですね。楽しく最後まで読みました。
特にさゆのキャラクターが一番気に入りましたよ=>?<=
次の更新まで待ってま〜す。
- 289 名前:めめ 投稿日:2007/08/23(木) 00:17
- >>284
さゆはちょっとだけ大人なかんじがするんですよね。なんとなくですけどw
ありがとうございました。
>>285
きっとこの世代にしか得られないだろう感覚を、少しでも表せたらなぁと思います。
ありがとうございました。
>>286
六期って、なんかいいですよね。三人ってとこががまたいい感じなんですw
ありがとうございました。
>>287
ノノ*^ー^)<ドンマイ!
>>288
作者もさゆを頼りにしていますw
ありがとうございました。
- 290 名前:めめ 投稿日:2007/08/23(木) 00:20
- 短い話をちょろっと。
前の話のSIDE-Bってかんじです。
- 291 名前:めめ 投稿日:2007/08/23(木) 00:21
-
「Interlude2 〜シャニムニパラダイス〜」
- 292 名前:interlude2 投稿日:2007/08/23(木) 00:23
- 「すいか美味しかったの!」
「うん」
「れいなも絵里も残すからさゆみがほとんど食べちゃったけどね。えへへ」
「うん」
「ちょっとぉ!どうしたのれいな?さっきからなんか変なの」
「うん」
民宿のおばさんから貰ったすいかを食べ終わり、さゆみとれいなは皿を戻しに来ていた。
すいかを食べている間、れいなはやけに元気だった。
必要以上に話し、必要以上に笑った。
つまり、不自然極まりなかった。
- 293 名前:interlude2 投稿日:2007/08/23(木) 00:24
- 『あ、れいなお皿戻してくるけん』
そう言って3枚のお皿を集めて部屋を出て行こうとするれいなに、
『一人じゃかわいそうだから特別にさゆみもついてってあげるの』
と声をかけ、一緒に階段を下りているところだった。
部屋を出た途端に、さっきまであんなにはしゃいでいたれいなの口は固く結ばれ、表情は暗く曇っていた。
- 294 名前:interlude2 投稿日:2007/08/23(木) 00:25
-
「絵里がどうかしたの?」
「え?」
おばさんに皿を返し礼を言って引き返す途中、さゆみがそう尋ねると、れいなはピクリと反応した。
「やっぱ何かあったんだ」
「いや、別に」
「ちょっとこっち来るの」
「え、あ、ちょっと・・・」
さゆみは使われていない部屋の戸をそっと開け、中に滑り込んだ。
さすがに灯りをつけるわけにはいかないので、薄暗い中でれいなと向き合った。
- 295 名前:interlude2 投稿日:2007/08/23(木) 00:26
- 「あんたたち、最近なんかちょーっとぎくしゃくしてるの」
「・・・れいなにはようわからんちゃ」
「今だって妙にはしゃいでると思ったら急に落ちちゃうし」
「うん・・・」
「何かあるんなら言ってほしいの」
そう言ってさゆみは待った。
れいなが話してくれるのを暗闇の中じっと待った。
―――暗いとこ、怖いの
さゆみはじっと待った。
けれどれいなの口は、真っ直ぐに結ばれたままだった。
―――ま、また今度、明るいところで聞けばいいかなーなんて・・・
そう思い腰を浮かせかけたと同時に、れいながポツリと呟いた。
- 296 名前:interlude2 投稿日:2007/08/23(木) 00:27
- 「・・・絵里はまだ一人で悩んどるんやろか」
れいなは自分の足元を見つめている。
暗くて表情は読み取れないが、きっと哀しい目をしている。
さゆみは改めてれいなの隣りに腰を下ろした。
「絵里はまだひとりぼっちなんやろか。れいなのこと見えんのやろか」
「そんなことないよ。絵里はれいなのことちゃんと見てるの。もちろんさゆみのことも」
「れいな、どうしていいんかわからんちゃ。絵里のために何ができるんやろ」
「れいな・・・」
れいなの足元にポタリポタリと雫が落ちる。
さゆみがれいなの涙を見たのは初めてかもしれなかった。
「何があったか知らないけど、れいなの気持ちはちゃんと伝わってるとさゆみは思うよ」
「れいな補習受けんきゃいけんようなバカやけん、どうすればいいかようわからんちゃ。いっそれいなもどっか悪くなれば絵里の気持ちが少しはわかる―――」
- 297 名前:interlude2 投稿日:2007/08/23(木) 00:28
- ボコ。
マンガの擬音のような鈍い滑稽な音がした。
「あいたたた・・・」
れいなが脳天を押さえて呻く。
どうやらパンチ力が増したようだ。それに今回は動揺もない。
右拳にふぅふぅと息を吹きかけながらさゆみは言った。
「わかってるとは思うけど、今度そんなこと言ったら絶交なの」
「―――ごめん」
れいなは本当に申し訳なさそうに頭を下げた。
- 298 名前:interlude2 投稿日:2007/08/23(木) 00:28
- 「絵里のお母さんから電話があったの」
「絵里の?」
「旅行、よろしくお願いしますって」
「なん?バレてたと?」
れいなが口に手をやる。さゆみは黙って頷いた。
「絵里、すごく楽しそうに準備してたって。私達と出会ってからすごく元気になったって。絵里のお母さん、そう言って泣いた」
「そうなんだ・・・」
- 299 名前:interlude2 投稿日:2007/08/23(木) 00:30
- さゆみはれいなの丸まった背中をぱふっと叩く。
「れいなは全力でれいなでいればいいの」
「へ?」
「もちろんさゆみも全力でさゆみなの」
「はぁ」
「絵里はきっとそのまんまのれいなが好きなの。変に気を遣ったり顔色伺ったり、そんなの全力のれいなじゃないの」
「・・・あの、さゆみさん、れいなようわからんっちゃけど・・・」
「むやみにめったやたらに迷惑なくらいに、れいなはれいなでいればいいの。シャニムニれいななの」
「・・・なんですかそれ?」
「見て」
戸惑うれいなにかまわず、さゆみは両手でピースサインを作ると、それを自分の頭の上に誇らしげにかざした。
- 300 名前:interlude2 投稿日:2007/08/23(木) 00:31
- 「どう?」
「ど、どうって、何?」
「今のさゆみ、どう?」
「どうって、まぁ・・・楽しそうで何よりっちゅうか・・・」
でしょう?と胸を張り、さゆみは満足気に笑った。
「全力のさゆみは楽しいの。れいなも全力のれいなを絵里に見せていればいいの。柄じゃないんだからウジウジしないの」
「柄じゃないって、れいなはこう見えても乙女やけんね!」
怒りながらも、笑顔が浮かぶ。
れいなの顔に少し朱が戻ったように見えた。
―――れいなはニヒヒって笑ってればいいの
そんなれいなを見てさゆみも少し幸せになった。
- 301 名前:interlude2 投稿日:2007/08/23(木) 00:32
- 「じゃあ特別にさゆみが全てを一瞬にして解決できる呪文を教えてあげるの」
「呪文?」
さゆみはれいなの耳元に顔を寄せて囁いた。
「絵里に『好きと』って言うの」
まったくれいなはわかりやすい。
暗がりでもわかるほどに顔を赤らめ、大きく手を振って身をよじった。
「そ、そんなの無理やけんれいな!っていうか好きとか意味わからんちゃ!なんねそれ!」
「なんでよ。たった三文字なんだしはっきり口に出して言えばいいの」
「す、好きとか、バカじゃなかと?そんなこと知らんけんれいなは!」
「まぁいいけどね。言うまでもないだろうし」
- 302 名前:interlude2 投稿日:2007/08/23(木) 00:33
- ふいにガララっと音を立てて扉が開けられた。
廊下の灯がさゆみたちの顔を照らし出す。
民宿のおばさんが不思議そうな顔をしてこちらを見て立っていた。
「あ、すいません!勝手に入っちゃって」
「す、すんません。もう戻りますけん」
二人は頭を下げながら部屋を出て階段を駆け上がる。
「全力のれいなか」
「そ、さゆみも全力だし、きっと絵里も全力なの」
「よぉっし、今夜は全力でシャニムニ楽しむけんね!」
「そーそー。そんでその勢いで好きって言っちゃえばいいの」
一瞬立ち止まり、しかし言葉が出てこず口をパクパクさせる猫の横を、意地悪なうさぎが舌を出して跳ねていく。
―――さぁ、夜はまだまだこれからなの
- 303 名前:interlude2 投稿日:2007/08/23(木) 00:34
-
楽しいことが好き。平和なのが好き。
笑っている友達が好き。泣いている友達は嫌い―――なわけないけど、なんか困る。
さゆみの頭の中は単純だ。流行の脳内メーカーをやるまでもない。
今日も誇らしげにピースサインを掲げよう。
昔々からいつの日もどこかで誰かが言っている。
バカみたいに、けれど大真面目に。
愛こそはすべて。
- 304 名前:interlude2 投稿日:2007/08/23(木) 00:35
-
「Interlude2 〜シャニムニ パラダイス〜」
おしまい
- 305 名前:interlude2 投稿日:2007/08/23(木) 00:36
-
从*・ 。.・)<うさちゃんピース!!
- 306 名前:めめ 投稿日:2007/08/23(木) 00:37
- 以上です。
読んでくださった皆様、どうもありがとうございました。
- 307 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/23(木) 07:15
- あーほんとにね、作者さんの描くさゆは可愛い。
そんでなによりも愛情がね、すごく伝わってきます。
もちろんさゆだけじゃなく。
良い作品に巡り合えてうれしい。
- 308 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/05(水) 00:30
- さゆみのれいなと絵里を考える気持ちすごくいいですね。
よかった、よかった。。
でもおしまいだってこれでもうこの話が終わりですか?
作家様の小説を好きだったのでちょっと残念ですよね。
こんな小説を書いてくれた本当にありがとうございました。
作家様の新しい小説を待ってます。
- 309 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/08(土) 02:28
- この作者さんは一話完結だから、
おしまいって今回の話がって事じゃないの?。
さゆってあんまりだったけど作者さんのさゆは凄く良い!、
出来れば「うさぎの一歩」の続編が読みたいです。
- 310 名前:めめ 投稿日:2007/09/11(火) 19:33
- >>307
書いてみてよかったなぁ、スレ立ててみてよかったなぁ、と思いました。
なんかすごく嬉しいです。
ありがとうございました。
>>308
気に入っていただけたようで嬉しいです!
連作短編ってかんじで地味に続けていきますので、
よかったらまた読んでやってください。
ありがとうございました。
>>309
おーリクエストがいただけるなんて!恐縮ですw
いつかご期待に応えられればなぁと思います。
ありがとうございました。
- 311 名前:めめ 投稿日:2007/09/11(火) 19:37
-
更新します。
- 312 名前:ALIVE 投稿日:2007/09/11(火) 19:38
-
「ALIVE」
- 313 名前:ALIVE 投稿日:2007/09/11(火) 19:38
- 図書準備室には電気ポットがある。
放課後になるとそれでお湯を沸かし、お気に入りのカップでジャスミン茶を飲むのが里沙の密かな楽しみだった。
読みかけの本を開いて、カップに三度ほど口をつけた頃、背後で扉が開く気配がした。
「あ、新垣さん、ども」
振り返ると、猫顔の子が顔を半分ほど覗かせていた。
「あれ田中っち?どーもー」
絵里とさゆみからの繋がりで知り合った後輩。猫のような顔が印象的だ。
挨拶程度は交わすようになったが、ちゃんと会話をしたことはなかった。
- 314 名前:ALIVE 投稿日:2007/09/11(火) 19:39
- 「ちょっと、いいですか?」
「あ、うん。どーぞどーぞ」
すいません、とピョコリと頭を下げるれいなを、里沙は笑顔で招き入れた。
「今お茶入れるからね。でも珍しいね田中っちが私を訪ねてくるなんて。一人?」
「あ、はい。すいません急に」
にっこり笑って里沙はれいなの前にカップを置く。
ジャスミン茶の香りが鼻先にふわりとひろがる。
二度三度と頭を小さく下げて、れいなはカップに口をつけた。
少しオドオドした素振りが可愛らしい。人見知りな自分を懸命に鼓舞して里沙を訪ねてきたのだろう、と想像する。
性分なのか、里沙はこうした姿の子を見ると、どうにも世話を焼きたくなってしまう。
おせっかい、と言われないように気をつけつつも。
- 315 名前:ALIVE 投稿日:2007/09/11(火) 19:39
-
少しの間、たわいももない話で時間を埋める。
ジャスミンの香りも手伝ってか、れいなの固さも少しほぐれてきたように見えた。
「で、今日は私に何か用なの?」
「あ、はい、まぁ」
れいなは里沙とはまだ目を合わせず、ふぅふぅとカップに息を吹きかけている。
話をどう切り出すか迷っているように見えた。
「もしかしてカメのこととか?」
里沙がそう言うと、れいなはピクリと顔を上げ、初めて里沙と目を合わせた。
れいなにはれいなの間があり、それを待ってあげるべきだったのかもしれないが、里沙はつい助け舟のつもりで口を出してしまう。
それがいいのか悪いのかはわからないが、今では「それが自分の個性だ」と少々割り切っている。
- 316 名前:ALIVE 投稿日:2007/09/11(火) 19:40
- 「カメと何かあったの?」
「いえ、別になんもないです」
「そうだよねぇ?最近特に仲良さげに見えるしねぇ?このー」
「はい」
―――おっとっと
半分冷やかしで言ったつもりが、真っ直ぐに返されてしまった。
―――この子にはつまらない冗談は通じないな
そう思って里沙は居住まいを正した。
- 317 名前:ALIVE 投稿日:2007/09/11(火) 19:40
- 「で、今日はどうしたの?」
「ちょっと・・・聞きたいことがあって」
「カメのことで?」
「はい」
れいなはカップをテーブルに戻し、両手を膝の上に置いて、里沙に向き合った。
「絵里の、その、昔の話を教えてほしいんです」
「昔の?」
「れいなは今の絵里しか知りません。昔の絵里のことが知りたいんです」
昔の亀井絵里。
それはつまり、病に倒れた去年の彼女のことを教えてくれ、と言うのだろう。
里沙と同級生だった頃の亀井絵里のことを。
- 318 名前:ALIVE 投稿日:2007/09/11(火) 19:41
- 「田中っち」
「はい」
「今のカメ、明るくて元気じゃない」
絵里は本当に元気になった。身体はもちろん、心が。
当然、そんなに簡単に乗り越えられるものではないだろうし、今でも悩みも迷いもするだろう。
けれど、れいな達と出会い日々を送っていくうちに、絵里の笑顔は間違いなく優しくなった。
自然な笑顔が戻っていた。
「今が元気だったら・・・それでいいんじゃないかな?それじゃ駄目なの?」
「・・・駄目なわけじゃないですけど」
そう言ってれいなは少し俯く。
自分はずるいことをしているな、と里沙は思った。
勇気を出して自分を訪ねてきてくれた子に、こんな言い方はない。結論を相手に委ねるのは卑怯だ。
そう思いながらも、里沙は次の言葉が出てこなかった。
あの頃のことは、あまり話したくなかった。
- 319 名前:ALIVE 投稿日:2007/09/11(火) 19:42
- 「でもやっぱり教えてほしいです」
クっと眼差しを里沙に向け、れいなは強い口調で言った。
「今の絵里、本当に楽しそうに笑ってくれます。作り笑顔なんかじゃない、本当の笑顔をれいなたちに見せてくれてるって思います」
「うん。私も最近のカメ見ててそう思うよ」
「れいなもいろいろ迷ったり悩んだりしたけど、でも変に考えないで、このまんまのれいなでいろんなこと言い合ってるうちに、
最近絵里とすごいわかりあえてきたように感じてます。だけど――」
「だけど?」
「去年のことは口にしたがりません。聞いてもなんだかはぐらかされるだけで」
「・・・本人が話したくないことを他人から聞いていいの?」
グっと小さく呻いてれいなは深く俯いた。
ああ、またずるい言い方をしてしまっている、と里沙は軽く自己嫌悪を感じる。
そんなことは百も承知でこの子はここに来たはずだ。
そんなことくらい、この子の素振りを見ていれば誰でもわかる。
真剣な眼差し。固く握られた小さな拳。
言葉の途切れた部屋の中、ジャスミンの香りだけがほのかに漂っている。
- 320 名前:ALIVE 投稿日:2007/09/11(火) 19:43
- 「・・・この前廊下で、絵里の昔の同級生の人とすれ違ったんです」
「カメの?」
つまりは今の里沙の同級生たちだ。
「その人たちは『亀井さん元気?』って声かけてくれたんですけど、絵里はつくり笑い浮かべて、なんだか気まずそうにれいなの後ろに隠れたんです」
「・・・そう」
「その人たちはいろいろ絵里に話しかけてくれてたんですけど、絵里はなんだか曖昧に返事してるだけで・・・」
「うん」
「なんだか、つらそうに見えたんです、その時の絵里」
「うん・・・」
里沙にはその光景がリアルに目に浮かぶ。
その時の気持ち。その時の仕草。
―――誰もカメのこと嫌ってなんかいないよ
今もしここに絵里がいたら、そう言って里沙は抱きしめてやりたかった。
- 321 名前:ALIVE 投稿日:2007/09/11(火) 19:44
- 「れいなの我儘かもしれません。知ったところで何も出来ないかもしれません。でも教えてほしいんです。絵里の嘘の笑顔、見るの嫌なんです」
―――カメ、本当によかったね
れいなの飾りのない一言一言に、里沙は嬉しくなった。
あの頃のことは、里沙にとっても小さな傷として残る。
でも話そう。いや聞いてもらおう。この子に、聞いてもらおう。
- 322 名前:ALIVE 投稿日:2007/09/11(火) 19:44
- 「田中っち」
「はい」
「田中っちは本当にカメのことが大好きなんだねぇ」
「え、な、好きとかそんなん違うけんれいな、そんなことようわからんっちゃけど、ただれいなは――」
「ちょ、いきなり方言モード?!」
ふふ、と笑って里沙はカップに口をつける。
そしてしまっていた少し苦い思い出をゆっくりと取り出す。
「・・・去年の夏が始まる頃だったかな。カメが倒れたのは」
- 323 名前:ALIVE 投稿日:2007/09/11(火) 19:45
-
- 324 名前:ALIVE 投稿日:2007/09/11(火) 19:45
-
- 325 名前:ALIVE 投稿日:2007/09/11(火) 19:45
-
―――初夏
- 326 名前:ALIVE 投稿日:2007/09/11(火) 19:46
-
「亀井さんが倒れたんだって」
朝、いつものように教室に入ると、クラスメイトがいきなり声をかけてきた。
彼女もさっき誰かに聞いたばかりなのだろう、次に教室に入ってくる子を待ちかまえていたようで、そしてそれが里沙だった。
「カメが?」
「うん」
「倒れたって、なんで?」
「よくわからないけど、学校来る途中で倒れて、救急車で運ばれたんだって」
「救急車?!」
救急車、という響きに里沙は動揺した。
自分の日常にはそぐわない言葉だったから。
「なんで?!なんで倒れたの?」
事故なのかなぁ病気なのかなぁ、などと曖昧な言葉を残し、次の獲物を驚かすためにクラスメイトは里沙の前から離れていった。
- 327 名前:ALIVE 投稿日:2007/09/11(火) 19:46
- 同級生が通学途中に倒れて救急車で運ばれた―――それは朝の教室の話題にはもってこいだ。
一日の会話の始まりには申し分のない刺激だ。本人がいなければ尚更だ。
けれど案の定、放課後にはたいしたニュースではなくなっていた。
その日ずっと気にかけていたのは、きっと里沙だけだったろう。
- 328 名前:ALIVE 投稿日:2007/09/11(火) 19:47
- 絵里はクラスで目立つ存在ではなかった。
むしろ、いるのかいないのかさえわからない、一学期が終わろうとしているにもかかわらずクラスの全員には名前を覚えられていない、そんな生徒だった。
決して嫌われているわけではなく、かといって好まれているわけでもなく、悪い言い方をすれば空気のような存在だった。
きっと時間を積み重ねていくことで個性の出てくる、そんな性格なのだろう。
- 329 名前:ALIVE 投稿日:2007/09/11(火) 19:47
- けれど里沙は妙に気になった。
気になった、というよりも、目についた、と言うべきなのだろうか。
清楚な第一印象をもたらす少女だったのに、ふとした時にどこか幼い一面をのぞかせる。
ロッカーが汚かったり、口元にごはんつぶをつけていたり、シャツに醤油染みがついていたり。
そんな些細な積み重ねが、元来世話焼き気質な里沙にはまったのか、気づいたときには友達になっていた。
だから絵里が倒れたと聞いた時には、里沙には単なる朝のトピックスとしては受け止められなかった。
絵里のことを心配している自分をはっきりと感じていた。
絵里が心臓の病だということを知らされたのは、夏休みに入ってからだった。
- 330 名前:ALIVE 投稿日:2007/09/11(火) 19:48
-
- 331 名前:ALIVE 投稿日:2007/09/11(火) 19:48
-
花好きの里沙はよく花屋を訪れてはいたが、お見舞い用に花を買うのはこれが初めてだった。
店員の勧めに自分の趣味を少し加えて、淡く優しい色合いの小さな花束をこしらえる。
思い通りの出来栄えに里沙は満足げに微笑んだ。
花束を抱えて街を歩くのは気分が高揚する。思わず鼻歌が口をつく。
入院中の絵里には申し訳なかったが、里沙は少しばかり楽しさを感じていた。
- 332 名前:ALIVE 投稿日:2007/09/11(火) 19:49
- 「カーメー?元気ぃ?」
病室をノックし室内を伺うと、絵里はベッドの上で身体を起こし、雑誌をめくっているところだった。
「あーガーキさーん」
「って入院してるんだから元気なわけないじゃんねー」
ハハハ、と笑いあう。
そんな軽口を言うほど、里沙は絵里の病気のことをそれほど心配はしていなかったし、実際絵里は元気だった。
最初に心臓の病気だと聞かされた時は耳を疑った。
およそ絵里には結びつかなかったから。
里沙の胸は怖さと悲しみにさいなまれたが、見舞いに訪れた時の絵里が思いのほかあっけらかんとしていたので、
それほど深刻なものではないのだと思えるようになった。
- 333 名前:ALIVE 投稿日:2007/09/11(火) 19:49
- 「今日も外は暑そうだね」
「うん、暑いよー。夏休みに入ってから急に暑くなったかんじ」
絵里は夏休み前に倒れ、そのまま病院で夏休みを迎えていた。
夏休みに入ってから里沙は時々見舞いに訪れ、今日で三度目となった。
「ほら花束」
里沙が得意げにかざす。
「わー!きれーいすごーい」
「今度のお見舞いに持ってくるって言ったでしょー」
このへんとこのへんは私が選んだんだ、といちいち説明しながら、里沙は花瓶の花を入れ替えた。
「丁度お花入れ替えてもいいタイミングだったみたいだね。よかった」
「ほんときれい。ガキさんセンスいいよー」
「でしょー?ってカメに言われてもなー」
前に飾ってあった花を新聞紙にくるみ、水滴が垂れないように気をつける。
ちょっとこれ捨ててくるねーと絵里に声をかけ、里沙は病室から出た。
- 334 名前:ALIVE 投稿日:2007/09/11(火) 19:50
- 病院という場所は白が多いなあ、と今更ながらに感じる。
建物は勿論、白衣もシーツも壁もドアもみんな白い。
なんだか逆に具合が悪くなりそうな感覚に囚われる。
花を片付けて足早に病室に戻る途中、エレベーターから出てくる絵里の母親に出くわした。
「あ、絵里のお母さん、こんにちはー」
背後から声をかけられたせいか、絵里の母親は少し驚いたような顔で振り返った。
「あ、新垣さんでしたよね?いつも絵里によくしてくれて、どうもありがとうございます」
絵里の母親は里沙に向かってきれいにお辞儀をした。
慌てて里沙も深く頭を下げ、こちらこそいつもどうも、などとモゴモゴ呟いた。
初めて見舞いに来た日に挨拶をしていたが、上品そうな佇まいが印象に残っていた。
二度目に来た時はすれ違いだったようで、顔を合わせるのは今日で二回目だった。
- 335 名前:ALIVE 投稿日:2007/09/11(火) 19:50
- 「新垣さん、絵里のお見舞いに来てくれたの?」
「はい。今絵里さんのとこ戻るところです」
「少し前にも来てくれていたそうで、本当にありがとね」
「いえいえ、そんなそんな」
病院の廊下を絵里の母親と肩を並べて歩く。
小柄な里沙よりは、少し背が高いようだった。
「この前来てくれた時は挨拶も出来ないでごめんなさいね」
「いえいえ。いいんですそんな」
「丁度先生にお話しを聞いていたところだったから・・・」
「そうなんですか」
絵里の病室まであと少しというところ、絵里の母親に相槌をうちながら、里沙はドアを開けようと一歩先に出た。
- 336 名前:ALIVE 投稿日:2007/09/11(火) 19:51
- 「あの」
と、背後から申し訳なさそうな声で、絵里の母親に呼び止められた。
「新垣さん、少しお時間いい?」
「あ、はい」
里沙はすぐに頷いた。
病室では出来ない話なのだな、と察知するくらいの機転は持ち合わせていた。
- 337 名前:ALIVE 投稿日:2007/09/11(火) 19:51
- 入院病棟の一角にリフレッシュスペースがある。
といっても、自動販売機が二台と本や雑誌が数冊おいてあるだけのこじんまりしたスペースだったが。
里沙はベンチシートの端にちょこんと腰掛けていた。
「どうぞ」
「あ、すいません、ありがとうございます」
絵里の母親から冷えたペットボトルを受け取る。
外は暑いものね、と微笑む彼女の目元は、優しいけれどどこか哀しげだった。
「あの子ね、心臓が悪いの。それは聞いてる?」
彼女は里沙の隣りに腰掛け、静かに話しだした。
「あ、はい」
「しばらく入院していろいろ検査をして、9月の終わりに手術をするの」
- 338 名前:ALIVE 投稿日:2007/09/11(火) 19:52
-
―――え?
里沙は少々動揺した。
それほどの病気ではない、などと勝手に安心してしまっていたから。
手術というリアリティを持った言葉を聞いて、急速に不安な気持ちが押し寄せてきた。
「・・・手術、するんですか?」
「ええ・・・術後も安静が必要だと思いますから、しばらく学校へは・・・」
「あの、絵里さんの具合って、その、そんなに悪いんですか?」
里沙の問いかけに、彼女は小さくため息をついた。
「命にかかわるようなものではないけど、決して軽いものではないらしいの」
「で、でも手術をすれば治るんですよね?」
「完治は無理みたいで・・・大人になってからもずっとつきあっていかなければいけない、ってお医者様は」
そう言うと絵里の母親は小さく首を振り、俯いたまま黙り込んだ。
- 339 名前:ALIVE 投稿日:2007/09/11(火) 19:52
- 里沙は自分が恥ずかしくなった。
何故簡単に考えていたのだろう。何故勝手に安心していたのだろう。
浮かれた調子で花束を選び、元気ぃ?などと声をかけた自分が悲しくなった。
そんな思いに責められているうちに、ふと気になった。
「カメ・・・あの、絵里さんは自分の病気のこと、ちゃんと知ってるんですか?」
すると彼女は伏せていた視線を上げ、里沙の目をみつめながら言った。
「あの子はまだ詳しくは知りません。手術をすることも実はまだ・・・」
「・・・そうなんですか」
「でも今日先生と話して、正式に今後の治療方法が決まりましたから、あとできちんと話をしようと思っています・・・新垣さん」
「はい」
「あの子はきっと苦しむでしょう。自分の不幸を悲しむでしょう。私たち家族はあの子のことを守っていきます・・・新垣さん」
「はい」
「これからも時々でいいですから、あの子に声をかけてほしいんです。家族では力になれないこともあると思うから・・・」
「・・・はい」
あなたの迷惑にならない程度でいいですから、という彼女の台詞は耳に入れなかった。
- 340 名前:ALIVE 投稿日:2007/09/11(火) 19:53
-
「あーガキさんおそーい」
病室のドアを開けると、絵里は花に顔を近づけてふにゃり微笑んでいた。
病室にまで聞こえる蝉の鳴き声がやけに疎ましかった。
- 341 名前:ALIVE 投稿日:2007/09/11(火) 19:53
-
- 342 名前:ALIVE 投稿日:2007/09/11(火) 19:53
-
- 343 名前:ALIVE 投稿日:2007/09/11(火) 19:54
-
―――秋
- 344 名前:ALIVE 投稿日:2007/09/11(火) 19:55
-
「こんにちは」
里沙が絵里の病室を訪れるのは、手術の時以来だったから1ヶ月ぶりになる。
少し緊張した面持ちで、里沙は病室のドアを開けた。
ぼんやりとTVを眺めていたらしいベッドの上の少女は、目だけで軽く挨拶を返した。
絵里は夏休みの間、幾度かの入退院を繰り返しながら、検査を続けていた。
二学期になっても登校することはなく、秋の声が聞こえる頃に手術が行われた。
手術は成功し、少なくとも大事に至るような状態ではなくなった。
「久しぶりになっちゃってごめんねー。体育祭やら文化祭やらテストやらで忙しかったもんで」
「そうなんだ。でも別にあやまることないじゃん」
- 345 名前:ALIVE 投稿日:2007/09/11(火) 19:55
-
―――あいかわらずか・・・
絵里の声には抑揚がない。
自分の身体が元には戻らないと知らされた時から、絵里は変わった。
『もう走れないの?ダンスも?スポーツも?もうしちゃいけないの?!』
絵里は何日も何日も泣いた。
食事も受け付けず、言葉もろくに発しなかった。
そしてようやく口を開いた時には、もう以前の絵里ではなくなっていた。
冷めた目をして、上手なつくり笑顔を浮かべる少女になっていた。
- 346 名前:ALIVE 投稿日:2007/09/11(火) 19:55
- 「お母さんは?」
「さあ?先生のところにでも行ってるんじゃない?」
言葉は常に投げやりだ。
ヒリヒリとした空気が室内に流れている。
「手術、成功してよかったね」
「そう?」
「そうって、そうに決まってるでしょ!手術したおかげでまた普通に暮らせるんだよ」
「・・・普通じゃないじゃん。出来なくなったこといっぱいあるじゃん」
「そ、そりゃ、制限されちゃうこともあるだろうけど、でも、でも手術が成功してなかったらカメ、」
「死んでたかな?」
絵里が薄く笑顔を浮かべる。
なんて悲しい、なのに綺麗な笑顔だった。
「・・・そんなこと言わないでよ」
絵里から視線を外しながら、里沙は小さく呟いた。
- 347 名前:ALIVE 投稿日:2007/09/11(火) 19:56
- 「体育祭」
「え?」
「絵里、きっとアンカーだった」
「ああ・・・そうだったかもね」
「走ることは得意だったのに」
「うん・・・」
「みんなに私を知ってもらうチャンスだったのに」
後ろ向きの言葉がとめどなく続く。
けれど里沙に出来ることは何もなかった。
ただただ安っぽいなぐさめの言葉をかけることくらいしか。
「カメ、元気出そうよ!走ること以外にだってカメの魅力はたくさんあるじゃない!」
「ないよ」
「そんなことない!」
思わず里沙は声を上げる。
その声の大きさに、絵里の身体が少しピクリと動いた。
- 348 名前:ALIVE 投稿日:2007/09/11(火) 19:56
- 「あ・・・ゴメン」
「・・・ううん」
気まずい空気が重く漂う。
こんなくり返しが、最近は会うたびいつも続いている。
絵里に会うたび里沙の心も沈んでいた。
「カメ・・・カメの気持ちもわかるけど、もっと前向きにならないと・・・」
「ガキさんにはわからないよ」
さえぎるように絵里が言う。
言葉を失した里沙を横目に、TVの画面に視線を戻しうっすらと微笑んでいる。
―――本当にこの子には笑顔が似合う
胸を締めつけられながらも里沙はその時、不思議とそんなことを思っていた。
- 349 名前:ALIVE 投稿日:2007/09/11(火) 19:57
-
- 350 名前:ALIVE 投稿日:2007/09/11(火) 19:57
-
絵里は術後の経過を見ながら退院の準備をすすめ、今後の通院治療の段取りや日常生活での注意点などを繰り返し聞かされる毎日を過ごした。
里沙も時間を見つけては絵里を見舞った。
言葉が絵里に届いているとは思えなかったが、それでも会った時には励まし続けた。
絵里はただ、静かに微笑んでいた。
- 351 名前:ALIVE 投稿日:2007/09/11(火) 19:58
-
本をめくりTVを映し音楽を聞き、そのうちそんな全てが面倒くさくなり、日がな一日窓の外を眺め。
それも飽きたらひたすら眠り。
そんな毎日をくり返しくり返し―――。
- 352 名前:ALIVE 投稿日:2007/09/11(火) 19:58
-
そして冬のある日、絵里は退院した。
- 353 名前:ALIVE 投稿日:2007/09/11(火) 19:59
-
- 354 名前:ALIVE 投稿日:2007/09/11(火) 19:59
-
- 355 名前:ALIVE 投稿日:2007/09/11(火) 19:59
-
―――冬
- 356 名前:ALIVE 投稿日:2007/09/11(火) 20:00
-
「わー亀井さん久しぶりー!もう大丈夫なの?」
三学期の途中から絵里は登校することになった。
留年は決定していたが、生活を戻すリハビリも兼ね、時には午前中だけ、時には午後だけ、といったかんじで徐々に復学することになった。
里沙は知らせを聞き、登校を始める日の朝は絵里の家まで迎えに行った。
- 357 名前:ALIVE 投稿日:2007/09/11(火) 20:00
- 教室に入ると、クラスメイトたちが歓声をあげ近寄ってくる。
―――興味本位
里沙でさえそう感じたのだから、絵里の気持ちはどんなだったろう。
けれど絵里は笑顔でそれを受け止める。
『ありがとう』『無理は出来ないけど大丈夫』
そう言って受け止める。
その笑顔は以前と何ら変わらないようにも見えた。
それを見て里沙はなんだか悲しくて泣きそうになった。
里沙は、絵里の悲しい顔を、心の闇を見すぎた。
- 358 名前:ALIVE 投稿日:2007/09/11(火) 20:01
-
―――このまま昔の絵里に戻ってくれればいいんだけど
そんなふうにして、絵里の学校生活は再開された。
- 359 名前:ALIVE 投稿日:2007/09/11(火) 20:01
-
- 360 名前:ALIVE 投稿日:2007/09/11(火) 20:02
-
「ねぇ里沙、亀井さんって、何か変わっちゃったね」
「え?」
絵里が少しずつ登校を始めてから数日たった頃、ふいにクラスメイトが里沙にそう言った。
「どういうこと?」
「うーん何か・・・話しづらいっていうか」
「え、でも、カメ普通に笑って話してるじゃない」
「そうなんだけど、何て言うか・・・言い方が卑屈なのよすごく」
- 361 名前:ALIVE 投稿日:2007/09/11(火) 20:02
- それは里沙も気づいてはいた。
絵里はもがいていた。
自分の身に起きた不幸をなんとか受け止めようと、しかし早くみんなのところに戻ろうと、不器用にもがいていた。
けれど周りと接すれば接するほど、みんなと違う自分、昔と違う自分が現実となって襲い掛かる。
そのひとつひとつが小さな小さな傷となり、いつしか少女の胸は擦り傷だらけになっていた。
そいつらが無意識に言葉の端々に顔を出す。
- 362 名前:ALIVE 投稿日:2007/09/11(火) 20:03
- 『気にしないで、どうせ絵里は』
『絵里のことなんていいから』
結局とか所詮とか無理とか駄目とか―――。
返事を詰まらせる言葉が放たれるたび、クラスメイトたちは苦い顔を浮かべる。
誰だって気まずい思いはしたくない。
だんだんと絵里に話しかける者はいなくなった。
もともと影の薄かった絵里は、ひとりぼっちになるのに時間はかからなかった。
里沙は周りに理解を求めようと必死になったが、一度開いた溝は簡単には埋まらなかった。
- 363 名前:ALIVE 投稿日:2007/09/11(火) 20:03
-
『手術して心臓は良くなったけど心が悪くなっちゃったんじゃない?』
いつしか絵里は孤立した。
- 364 名前:ALIVE 投稿日:2007/09/11(火) 20:03
-
- 365 名前:ALIVE 投稿日:2007/09/11(火) 20:04
-
「カーメー」
ある日の休み時間、校庭の花壇のあたりで佇んでいる絵里を見かけ、里沙は声をかけた。
「なーにこんなとこでたそがれちゃってんのまったくー」
そう言いながら里沙は絵里のそばへ寄る。
近づく視界の中で、絵里の足元に違和感を覚えた。
- 366 名前:ALIVE 投稿日:2007/09/11(火) 20:04
- 「カメ、何やってるの?」
よく見ると、絵里の足の下から花びらがはみ出している。
「ちょ、カメ、何やってるの?!」
「・・・踏んづけたの」
「何で?!」
「踏んづけたかったから」
そう言って絵里は悲しい目で笑った。
- 367 名前:ALIVE 投稿日:2007/09/11(火) 20:05
-
―――ああ、なんてこと!
里沙は思わず手で顔を覆った。
心が痛くて涙も出なかった。
「カメ」
里沙は絵里の肩を抱いた。
「カメが苦しんでるのはわかるよ。苛立つ気持ちもわかるよ。でも、こんなのよくないよ。ね、頑張ろう?私もいるからさ、
頑張っていこうよ」
「何を?」
「何をって・・・」
「絵里、別に苦しんでも苛立ってもいないよ?」
「カメ・・・」
「諦めてるだけ」
- 368 名前:ALIVE 投稿日:2007/09/11(火) 20:06
- 絵里が右足をグリグリと踏みしめる。
花びらが擦り切れていく。
「駄目!」
里沙は絵里の肩を引き寄せる。
足元には土にまみれた汚れた白が散らばっていた。
「駄目だよカメ。花だって生きてるんだよ。そんなことしちゃ駄目なんだよ」
里沙の目からは涙が零れてくる。胸が痛くてたまらない。
絵里は里沙の手を自分の肩からそっと離した。
- 369 名前:ALIVE 投稿日:2007/09/11(火) 20:07
- 「ガキさん、花はなんで生きてるの?」
泣きじゃくる里沙に絵里が問いかける。
「絵里は何で生きてるの?」
「カメ・・・嫌だよそんなの・・・」
「生きてる意味って、なあに?」
返せる言葉などあるわけもなかった。
里沙は、ただ無言で立ち尽くしボタボタと涙を落とした。
- 370 名前:ALIVE 投稿日:2007/09/11(火) 20:07
- 「ガキさん、頑張れ頑張れって言われても、絵里、どうすればいいのかわかんないんだ」
心を切るような言葉が、凍てついた空気まで裂いていく。
里沙はただ泣くしかなかった。
「ガキさん、もう絵里のことかまわなくていいよ?ガキさんまでみんなから嫌われちゃうよ?」
- 371 名前:ALIVE 投稿日:2007/09/11(火) 20:07
-
予鈴のチャイムが鳴る。
靴についた泥を落とし、絵里は校舎の中へ戻って行く。
「ありがとう、ガキさん」
里沙はしばらくその場から動けなかった。
- 372 名前:ALIVE 投稿日:2007/09/11(火) 20:08
-
―――わからないよ。わからないよカメ・・・
なんだか少し疲れた。なんだか少し休みたかった。
―――もしかしたら私は絵里のそばにいない方がいいのかもしれない
本鈴が鳴り響いてもまだ、里沙はその場に立ちつくしていた。
- 373 名前:ALIVE 投稿日:2007/09/11(火) 20:09
-
- 374 名前:ALIVE 投稿日:2007/09/11(火) 20:09
-
- 375 名前:ALIVE 投稿日:2007/09/11(火) 20:11
-
「・・・それで?」
れいなの小さな拳が震えている。
耐え切れない痛みを懸命にこらえている。
「それで絵里はどうなったんですか?」
「・・・結局、みんなから浮いたようなまんまで三学期が終わっちゃって・・・でも、みんな別に絵里のこと嫌いになったわけじゃなかったんだよ?今はもう何とも思ってないし。ただその頃ちょっとすれ違っちゃったっていうか・・・」
「逃げたんですか?」
「え?」
「新垣さんは絵里から逃げたんですか?!」
- 376 名前:ALIVE 投稿日:2007/09/11(火) 20:12
- 俯いたままのれいなが肩を震わせて、絞り出すような声で叫んだ。
里沙は目を閉じ、言った。
「私は」
- 377 名前:ALIVE 投稿日:2007/09/11(火) 20:12
- 里沙はいつも絵里を気にかけていた。
声をかけ、笑いかけ、生きていく希望を里沙なりに必死で見つけて、絵里に語った。
でも絵里は目を伏せた。
優しい言葉も励ましの言葉も、きっと痛かったのだろう。
結局その時の絵里は里沙を受け入れてくれなかった。
里沙が何か言えば言うほど、絵里の心が固くなっていくような気がした。
だから―――それはほんの少しの間だったけれど、里沙は絵里の隣りから離れた。
―――いや、違う
ずっと苦い思い出に変えていた本当の気持ちが頭をもたげる。
それは言い訳なんだ。
時間の問題ではない。たとえ一瞬だったとしても、あの時里沙は絵里を遠ざけた。
絵里が自分を拒絶したのではない。
結局自分は、自分で絵里から離れたのだ。
疲れて傷ついて泣いて泣いて、嫌になって逃げたのだ。
だから言った。
- 378 名前:ALIVE 投稿日:2007/09/11(火) 20:13
-
「私は、逃げた」
れいながクっと顔を上げ里沙を睨む。
涙を溜めているが、落とさずにいる。
強い子だと思った。
- 379 名前:ALIVE 投稿日:2007/09/11(火) 20:13
- 「なんでですか?なんで絵里のそばにいてあげんかったとですか?」
「そう、だよね・・・」
「絵里は誰かにそばにいてほしかったんじゃなかと?優しい言葉なんかより励ましなんかより、ただそばにいてほしかったんじゃなかと?!なんで逃げた!逃げるな!」
「ホントだよね・・・」
里沙は大粒の涙を零し始めた。
隠すこともなく、ポロポロポロポロとめどなく。
- 380 名前:ALIVE 投稿日:2007/09/11(火) 20:14
- そんな里沙の姿を見て、れいなは我に返り慌てふためいた。
気色ばんだ頬が、里沙の涙で一気に青くなった。
「あわわ・・・す、すいません、なんかれいな、つい大きな声・・・ごめんなさい」
里沙は涙を零しながらも笑顔で首を振る。
「に、新垣さんは、ほ、本当に優しくしてくれたのに、絵里も新垣さんには心から感謝してるって言うとったのに、れいなバカやけん、なんか話聞いてて混乱?誤解?あれ?何て言えば言いと?・・・と、と、とにかく興奮しちゃってすいません」
- 381 名前:ALIVE 投稿日:2007/09/11(火) 20:15
- ワタワタと慌てているれいなの姿が微笑ましかった。
涙を流しながら、けれど里沙はどこかすっきりした気持ちになっていた。
胸のどこかにつかえていた思い。自責。後悔。
自分は本当に絵里に向き合えていたのか。
―――私、誰かに叱ってほしかったんだな
れいなに怒鳴られて理解した。
私はやっぱり、どこかで逃げていたんだ。
なんだか今、幼い自分を受け止めた気がした。
- 382 名前:ALIVE 投稿日:2007/09/11(火) 20:15
- 気まずそうに縮こまっているれいなを見ながら、里沙はふとこの子に聞いてみたくなった。
「ねえ田中っち、生きてる意味って何かな?」
「へ?」
キツイ目を丸くして、れいなはポカンと口を開けた。
「生きてる意味、ですか?」
「うん。生きてる意味」
むぅ、と唸ってれいなは腕を組む。
質問の意図も意味も聞かず、ただただ真剣に考えてくれている。
―――ああ、やっぱりこの子は強くて優しい
むぅむぅとしばらく唸った後、れいなが自信なさげにボソボソと喋りだした。
- 383 名前:ALIVE 投稿日:2007/09/11(火) 20:16
- 「あの、れいな思うんですけど」
「うん」
「花って綺麗じゃないですか?あと風って気持ちいいじゃないですか?晴れの日は気分良くて雨の日は憂鬱で、あ、でもそれは人それぞれだけど、まあ何て言うかそのぉ・・・」
「うん?」
「つまり、生きてるっていうのもそれと同じっていうか、考えなくてもそこにあるものっていうか、うまく言えんけど、つまり・・・」
「うん」
「意味なんかないです」
- 384 名前:ALIVE 投稿日:2007/09/11(火) 20:17
-
―――え?
里沙は少々驚いた。
その答えはあまりに単純で複雑だ。
「生きてることに、意味は、ない?」
「なんか言葉にするとうまく言えんけん、れいなもようわからんっちゃけど、花が綺麗だなって思うのと同じ感じなんですれいなには」
里沙は静かに頷く。
もちろんそれが正解というわけではない。だけど誤りというわけでも決してない。
ただ、れいなが一生懸命に考えて出した答えだということは間違いがない。
里沙はなんだか、それが全てのような気がした。
それで全てなんだと思った。
- 385 名前:ALIVE 投稿日:2007/09/11(火) 20:17
-
ギ、と背後で扉の開く音がした。
「ガキさーん、ってあれー?れいな何でいるの?」
素っ頓狂な声が室内に響く。一瞬にして空気の色が変わる。
まったくこの子は魔法使いだ。
- 386 名前:ALIVE 投稿日:2007/09/11(火) 20:18
- 「あ、さゆ、いいところに!さゆ、生きてる意味って何ね?」
「はぁ?れいな何言ってんの?」
さゆみはそう言ってれいなを見返し、そして里沙の方に目をやる。
「あれ?ガキさん泣いてたの?」
ぬぐいもせず泣いていたせいか、涙の跡が残っていたらしい。
里沙は恥ずかしそうに頬を袖でこすった。
- 387 名前:ALIVE 投稿日:2007/09/11(火) 20:19
- 「ちょっと」
さゆみはれいなを睨みつけた。
「れいな、またわけわかんないこと言ってガキさん困らせてたんでしょ!」
「ち、違う、れいなはそんな・・・」
「ホントすいませんガキさん、れいなこんな子なんで。れいな!変なこと聞いて先輩からかうなんてひどいの!」
「ちょ!何言うと!別にれいなが聞いたわけじゃ・・・」
「意味なんてないの」
- 388 名前:ALIVE 投稿日:2007/09/11(火) 20:20
- へ?と声をあげたのは里沙だった。
れいなは「ほらね」とばかりにニヒヒと笑って里沙を見る。
「だいたい全部のものに意味があるって思っちゃ大間違いなの。意味のないものだってたーくさんあるの。れいなのバーカバーカ」
「ちょ!バカってなん!れいなだって知ってるっちゃそんなこと!ちょい待ち!」
きゃあきゃあと叫び声をあげながら猫とうさぎが里沙の周りを駆け回る。
猫はうさぎに追いつけそうでなかなか追いつけずにいる。
「きゃーガキさーん、あとでまた来るのー!」
「お、おじゃましましたぁー!」
- 389 名前:ALIVE 投稿日:2007/09/11(火) 20:20
-
部屋に静寂が戻る。
「なな、なんなのあの子たち?」
取り残された里沙はあんぐりと口を開けている。
―――ははは
かなわないなと笑う。
―――はははは、は。
最高だなと笑う。
きっとあの子たちじゃなきゃ駄目だった。
里沙は、絵里があの子たちに出会えた幸運を本当に心から感謝した。
- 390 名前:ALIVE 投稿日:2007/09/11(火) 20:21
-
- 391 名前:ALIVE 投稿日:2007/09/11(火) 20:21
-
「ガキさーん」
開いたままのドアの向こうから、今度は甘ったるい声がする。
「今度はカメかーい」
さすがに里沙は苦笑する。
笑われた意味がわからず、絵里は訝しげに眉をひそめている。
「どうぞ。今お茶入れるから」
「あ、うん。ありがと」
さっきまでれいなが座っていた椅子に絵里が座る。
その姿を見て、里沙はなんだか嬉しくて仕方がなかった。
- 392 名前:ALIVE 投稿日:2007/09/11(火) 20:22
- ジャスミン茶を絵里の前に置き、正面に腰掛ける。
「で?今日はどうしたの?」
「うん、あのね」
絵里はスっと背筋を伸ばし、けれど少し伏目がちに言う。
「教えてほしいことがあるの」
ドキリ、とした。
里沙はグっと顎を引き、しっかりと絵里を見つめた。
なんだか今なら、どんなことでも受け止められそうな気がしていた。
「教えてほしいことって?」
「あのね、れいなの誕生日プレゼントって何がいいかな?」
- 393 名前:ALIVE 投稿日:2007/09/11(火) 20:22
- 冗談じゃなくガックリと肩が落ちる。
顎も前髪も膝も腰もみんな落ちる。
「し、知るかいそんなこと!」
「えー教えてよーガキさーん、何あげれば喜んでもらえるんだろー」
里沙はなんだかパニックになった。
なんだか嬉しくて嬉しくてパニックだ。
―――生きてる意味より、今は好きな子へのプレゼントか
むぅと口を尖らせる絵里を見て、里沙は幸せな気分だった。
- 394 名前:ALIVE 投稿日:2007/09/11(火) 20:23
- 「そーねー田中っちかー。服とか好きそうだけど、秋の始まりの頃のファッションって難しいよねー」
「え?どっちかっていうと秋の終わりの方だよ?」
「・・・田中っちって誕生日いつ?」
「11月」
- 395 名前:ALIVE 投稿日:2007/09/11(火) 20:24
- そんな先のこと知るかーい!と里沙は天井を仰ぐ。
「なんでなんで、一緒に考えてよー」
「さゆにでも聞けばいいでしょー」
「さゆは『シールでいいじゃん』ってしか言わないんだよー。助けてよガキさーん!」
「知らないよもー。だいたい私、田中っちのことまだよく知らないんだからさー。そもそもなんで私に聞くのよー」
「なんでって、別に意味はないけどさぁ」
「お前もかい!!」
そう突っ込んで、里沙はケラケラと笑った。
わけがわからず目を丸くしている絵里の姿が愛しくてまた笑う。
- 396 名前:ALIVE 投稿日:2007/09/11(火) 20:24
-
ジャスミン茶の香りと里沙の笑い声に包まれて、図書準備室は穏やかな時間で充たされていく。
窓から見える茜色の空が秋の訪れを告げる。
少しずつ確実に間違いなく季節は変わり、いつか私達は大人になる。
- 397 名前:ALIVE 投稿日:2007/09/11(火) 20:25
- 「ALIVE」
了
- 398 名前:めめ 投稿日:2007/09/11(火) 20:26
-
||c| ・e・)|<その前に私の誕生日が来るのだ
ノノ*^ー^)< ・・・・アッ!
- 399 名前:めめ 投稿日:2007/09/11(火) 20:26
-
以上です。
読んでくださった皆様、どうもありがとうございました。
- 400 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/12(水) 01:37
- 大量更新お疲れ様です。
あーキますね、こう、なんかグッとキました。
ガキさんが顔を覆った件はキすぎて涙が出ました。
終了後のガキさんの言葉が妙に笑えます(笑)!
やー、心が動きました。
読ませて頂いてこちらこそありがとうございます!
- 401 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/12(水) 01:39
- 更新おつです。れいな&さゆの人生観はすごいけど
私は意味に迷いながら生きるのもありだと思うよガキさん
- 402 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/12(水) 02:46
- チョットれいなにムカッ!
報われないガキさんがチョットかわいそうだぁ、
3人とは微妙に距離がありそうだし…
仲の良い集団の少し外側って却って寂しいもんなんだよなぁ。
っまココのガキさんはそんな矮小な心の持ち主じゃないし
れいなが真っ直ぐなのはわかってるけど…。
ガキさんにも一番の仲間が出来ますように。
- 403 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/14(金) 08:34
- これは素敵な締め方ですね
- 404 名前:めめ 投稿日:2007/09/19(水) 23:19
- <<400
こちらこそ読んでいただいて本当にありがとうございます!
心が動いた、なんてもったいないお言葉です。
すごい励みになりす。
ありがとうございました。
<<401
あ、なんか嬉しいです。
お話の中のガキさんに話しかけてくれてるのがすごい嬉しいです。
作者は毎日迷いっぱなしです。
ありがとうございました。
<<402
あー確かに・・・。
「少し外側」って表現はリアルですね。ちょっと近いのが一番遠い。むぅ。
ガキさんにはお姉さん的立場でがんばってもらってます。ガキさんすんません。
ありがとうございました。
<<403
どんな題材であれ、読後感がいい作品を書けるようになりたいです。
ありがとうございました。
- 405 名前:めめ 投稿日:2007/09/19(水) 23:21
- 更新します。
特に何も起こらない、まったりとした短いお話です。
よろしければ。
- 406 名前:めめ 投稿日:2007/09/19(水) 23:22
-
「Interlude3 〜涙が止まらない放課後〜」
- 407 名前:interlude3 投稿日:2007/09/19(水) 23:23
- 自分はバカだ、とれいなは自覚している。
思ったことをすぐに口に出しては、相手を傷つけたと激しく後悔する。
直そうと努力しているつもりなのだが、気がつくと言葉が出ていたり身体が動いていたり。
小さな頃からそのくり返しだ。
- 408 名前:interlude3 投稿日:2007/09/19(水) 23:24
- その日れいなは珍しく本屋にいた。
書棚の前で何やらむぅむぅと唸っている。
と、背表紙を追っていた目がピタリと止まった。
れいなはニヒヒと会心の笑みを浮かべ、一冊の本を取り上げると、意気揚々とレジへ向かって行った。
- 409 名前:interlude3 投稿日:2007/09/19(水) 23:24
-
- 410 名前:interlude3 投稿日:2007/09/19(水) 23:25
- 「ガキさぁーん、暇ですねぇー」
図書準備室では、さゆみがテーブルの上に突っ伏していた。
その傍らでは里沙がせっせと雑務をこなしている。
「コラーさゆー!全然暇なんかじゃないよ!やることいっぱいあるんだから手伝いなさいよー」
里沙にそう言われてもさゆみは動かない。
テーブルの上で頭をゴロゴロ転がしながら、時折「暇ですねー」と呟く。
さっきからそんな時間が流れていた。
「今日絵里たちは?」
「絵里は病院の日なの。れいなはまた職員室で怒られてた」
と、いきなりさゆみがガバっと起き上がり、携帯を手にした。
「ガキさん、れいなでもからかって遊びましょうか」
そう言ってボタンをプッシュし始めた。
- 411 名前:interlude3 投稿日:2007/09/19(水) 23:26
- 『もしもし』
「あ、れいなー?さゆ」
『なんか用?れいな帰るとこっちゃけど』
「なによー冷たい言い方だなー。ちょっと図書準備室まで来るの」
『なんで行かなきゃいけんと?もう帰るっちゃけれいな』
「いいから来るの。待ってるからねー」
『ちょ・・・』
ピ。という軽やかな電子音でれいなの抗議は無情にも断たれた。
「ちょっとーさゆー、ひどくなーい?」
「いいの。そんでもってれいなは絶対来るの」
ふーん、と里沙は作業する手を休めずに返事をする。
絵里も含めたこの三人には、確かに独特な関係性があるように見えた。
- 412 名前:interlude3 投稿日:2007/09/19(水) 23:27
- はたして、間もなくれいなはやって来た。
「ちょ、さゆ!なんねいきなり・・・あ、新垣さん、ども」
やほー、里沙は微笑んで手を振る。
勢いよく飛び込んできたれいなだったが、里沙の姿を見て急にペコペコ二度三度と頭を下げた。
「なによーそんな田中っち、水臭いじゃないのー」
「あ、いや、すいません・・」
れいなは小さくなりながら、抱えていたバッグを胸にギュっと抱えた。
「れいなはこの前ガキさん泣かしたこと気にしてるの」
「ちょ、さゆ!」
「絵里にもいーっぱい怒られたんだもんねー?」
さゆみがニタリ顔でれいなを覗き込む。
れいなは顔を赤らめて俯いていた。
- 413 名前:interlude3 投稿日:2007/09/19(水) 23:27
- 「そ、そーんな気にしないでよ田中っち!それにあの時は私、変な言い方だけど、なんだか嬉しかったんだよ?」
里沙が慌ててフォローをする。
本当にそう思っていたし、それ以上に今は、目の前で見えなくなってしまうのではないかというくらいに縮こまっているれいなが、どうにも可哀想になってきたのだ。
「ほ、本当にすみませんでした」
消え入りそうな声でれいなが呟く。
「いーんだって本当にー」
「れいな、その場の感情だけですぐ暴走しちゃうけん・・・ごめんなさい」
「ホントもういいから。ね、田中っち?」
「あの、そんで、これ、あの・・・」
れいなは抱えていた鞄の中からガサゴソと紙袋を取り出した。
- 414 名前:interlude3 投稿日:2007/09/19(水) 23:28
- 「あれ?れいな、それ何日か前から持ち歩いてたよね?」
さゆみが丸い目で紙袋を見て言った。
「あ、うん、いつか渡そうと思って持ってたと・・・どぞ」
「私に?」
お詫びの印やけん、とれいなは里沙に紙袋を渡した。
「開けてもいい?」
「どぞ」
里沙は紙袋のテープを外し、一冊の本を取り出した。
縮こまっていたれいなの身体が少しずつ元の大きさに戻る。
さゆみが本を覗き込み、そのタイトルを読み上げた。
- 415 名前:interlude3 投稿日:2007/09/19(水) 23:29
- 「えーと、『決定版 お茶大図鑑』・・・って何これ?」
「お茶の図鑑ったい」
「いや、それはわかるけど、なんでこれをガキさんに?」
するとれいなは、この部屋に来てようやくニヒヒと笑い、自信満々に答えた。
「新垣さんはお茶が大好きってれいなは知っとーとよ。で、本が大好きってのも知っとーけんね!」
「・・・で?」
「お茶の本でバッチリったい」
- 416 名前:interlude3 投稿日:2007/09/19(水) 23:29
- 軽くふんぞり返ったれいなを見て、さゆみが苦笑する。
「れいなは・・・ホント、バカだねぇ・・・」
「な!ちょ!しみじみ言わんでよそんなこと!」
「あのねぇ、ガキさんはね、お茶を飲みながら本を読む、のが好きなの」
「や、やけん、お茶の本・・・」
「別にお茶の勉強したいわけじゃないの。好きなお茶を飲みながら、好きな本を読みたいの。お茶の本読んでどうすんのよ」
さゆにダメ出しをされるたびに、れいなの身体がまた縮こまる。
しゅん、という音が聞こえる気がするほどに。
- 417 名前:interlude3 投稿日:2007/09/19(水) 23:30
- ちょ、ちょっとさゆ!」
また慌てて里沙がフォローに入る。
「私嬉しいよ。写真とかすごい綺麗だし。ありがとうね田中っち。私、楽しみに読ませてもらうからさ」
「・・・すんません、れいなバカやけん」
「そんなことないって!すごく嬉しいから私!」
そう言って里沙はれいなの頭を優しく撫でた。
不器用なれいなの思いが嬉しかった。
- 418 名前:interlude3 投稿日:2007/09/19(水) 23:31
- それからしばらく里沙の入れてくれたお茶でたわいもない会話を楽しんでいると、さゆみが思い出したように里沙に言った。
「そうだガキさん、面白いもの見せてあげるの」
「何?」
「なんね?」
「れいなはいいの」
「なんでよ!」
ふくれるれいなをなだめて、さゆみはニッコリ微笑みながら問いかける。
「ねぇれいな、絵里って可愛い目してるよね」
「ああ、可愛いっちゃ」
- 419 名前:interlude3 投稿日:2007/09/19(水) 23:31
-
―――ほーう
なんの照れもなく普通に正面から答えるれいなに、里沙は妙に感心した。
けれどさゆみは、面白いのはこれからだ、とばかりに里沙に目配せする。
「れいな、絵里優しいよね」
「ホント絵里は優しいと」
「れいな、絵里の笑顔って素敵だよね」
「うん、なんつってもあの笑顔やね絵里は」
「れいな、絵里のこと好きなんだね」
「な、ちょ、バ、バカなこと言わんとき!す、好きとかは、そんなんじゃないけんれいなは、な、な、何言うとこの子は!」
まるでアメリカンコミックの猫のように、手やら足やらをバタつかせながら滑稽なほどにれいなは慌てふためく。
- 420 名前:interlude3 投稿日:2007/09/19(水) 23:32
- 「ね、面白いでしょう?」
悪戯っ子顔まるだしでさゆみが囁く。
「なぜか『好き』っていう言葉には異常に反応するの。きっと恋愛脳が小学生レベルなの」
「そ、そうなの?え?だって、田中っちがカメのこと好きって、隠してるわけじゃないでしょ?もうみんな知ってる・・・」
「本人だけはそう思ってないの。好きってことだけ言えないでいるの。バカだから」
―――へぇぇ
そういえばこの前訪ねて来た時も『好き』って言葉に相当焦ってたなぁ、と思い出す。
「さゆ、これは実に・・・」
「ね?」
「面白いねぇ」
里沙までがニタリと悪い微笑みを浮かべ始めた。
「私もやってみていい?」
「どーぞどーぞ」
- 421 名前:interlude3 投稿日:2007/09/19(水) 23:33
- れいなは二人がヒソヒソと話しているのが面白くないのか、ついとソッポを向いている。
「ねーえ、田中っち」
「なんですか?」
「カメの髪型可愛いよね」
「可愛いですよね。でもショートもれいなは似合うと思いますけど」
「声も可愛いよね」
「ですね。あの甘いトーンがいいんです」
「喋り方も」
「そーっちゃん!舌足らずでかわいかぁ」
「やっぱ田中っちはカメのこと好きなんでしょ?愛してるんでしょ?」
「あ、あいぃ?ち、違うったい!す、好きとかそんなん、わからんっちゃけど、と、とにかく違うったいれいなは!な、なんですか新垣さんまで!そんなん、わけわからん!」
- 422 名前:interlude3 投稿日:2007/09/19(水) 23:34
- はぁー、と里沙は感嘆の声をあげる。
なんともまあ、単純で不器用な子だ。
―――なんか、憎めないなぁ
「ね、ね、ガキさん。暇つぶしにはもってこいでしょ」
「悪いけど・・・面白いねぇ」
二人でシシシと笑いあっている横で、れいなは顔を赤くしてむくれていた。
夕暮れが少し早くなった、とある放課後のお話。
- 423 名前:interlude3 投稿日:2007/09/19(水) 23:34
- 「Interlude3 〜涙が止まらない放課後〜」
おしまい
- 424 名前:めめ 投稿日:2007/09/19(水) 23:35
- 从*・ 。.・)<れいなのバーカ
从*` ロ´)<ウワーン!
- 425 名前:めめ 投稿日:2007/09/19(水) 23:36
- 以上です。
読んでくださった皆様、どうもありがとうございました。
- 426 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/20(木) 00:11
- 更新お疲れ様です。
いやーほんわか感に癒されます^^
れいなが直球すぎで可愛くて
さゆが小悪魔的に可愛くて
ガキさんがお姉さんしてて可愛くて・・・今回出てこなかった絵里も頭に浮かびました。
ありがとうございますまた更新お待ちしてます。
- 427 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/20(木) 00:52
- いやー
このれいなは可愛いですな
- 428 名前:402 投稿日:2007/09/20(木) 01:32
- ゴメンヨれいな、解ってる!解ってんだよ!けど…ついガキさんが切なくてね。
この話し読めて良かった、チョットしたわだかまりが晴れたよ。
俺には今回の話しの主人公はさゆだな、さゆが二人を助ける為に動いたような…アリガトウさゆ。
なんか作者さんにフォロー入れてもらったみたいに感じて…感謝です。
- 429 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/10/07(日) 17:18
- れいな可愛い〜♪
このお話すごく好きです!!
絵里とれいなの微妙な関係も気になる・・・
- 430 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/10/07(日) 21:43
- 上げないように。
- 431 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/10/17(水) 17:30
- すみません。sageるの忘れました。
続き楽しみにしてます。
- 432 名前:めめ 投稿日:2007/10/21(日) 00:57
- >>426
出てこなかった亀井さんまでも頭に浮かばせてくださったってことは、
前作も読んでくださってたってことですよね?
いやー嬉しいですー。感謝です。
どうぞこれからもよろしければお付き合い下さい。
ありがとうございました。
>>427
なんかれいなって不器用なかんじがして憎めないんですw
ありがとうございました。
>>428
いやいやそんな、こちらこそありがとうございます!
402さんのレスをいただいたおかげで話がふくらんだところもありましてw
ホントご意見ありがたいです。
从 ´ ヮ`)>ありがとうございました。
>>429
気に入っていただけたなら嬉しいです!
れなえりって微妙でいいですよねw
ありがとうございました。
>>431
ノノ*^ー^)>ドンマイ!
- 433 名前:めめ 投稿日:2007/10/21(日) 01:00
-
更新します。
- 434 名前:めめ 投稿日:2007/10/21(日) 01:00
-
「rabbit days」
- 435 名前:めめ 投稿日:2007/10/21(日) 01:01
- いつものように時間は過ぎて、いつものように友と笑って、いつものように一日が終わる。
何も変わらないし、何も変える必要がない。
けれど季節は静かに色を変えていく。
なんだか不思議だなぁ、と思った。
- 436 名前:めめ 投稿日:2007/10/21(日) 01:01
-
- 437 名前:めめ 投稿日:2007/10/21(日) 01:02
- 夕暮れはすっかり早くなって、図書委員会が始まる頃には窓から西日が差し込む。
さゆみは窓枠に顔を乗せて、グラウンドを眺めていた。
威勢のいい掛け声とボールの弾む音が響く。
隣接する市営グラウンドではフットサルチームの練習が行われていた。
- 438 名前:めめ 投稿日:2007/10/21(日) 01:02
- 小柄だがしなやかな身体をした女性がシュートを決める。
チームメイトとハイタッチをしながら浮かべる笑顔が、ふとさゆみの方に向いた。
その瞬間を見逃さず、さゆみは両手で作ったピースサインをぴょこりと頭の上にかざす。
向けられた相手は苦笑いを浮かべ、まるで子犬でも追い払うように、シッシッと手で払う。
そんなやり取りがさゆみはたまらなく楽しかった。嬉しかった。
藤本美貴はさゆみの憧れだった。
- 439 名前:めめ 投稿日:2007/10/21(日) 01:03
-
- 440 名前:めめ 投稿日:2007/10/21(日) 01:03
- 「おー重さん!久しぶり」
下校途中に背中から声をかけられた。
午後五時を過ぎると、あっという間に夜の気配が顔を出す。
薄暗い路地の向こうに目をこらすと、スラリとした肢体の美女が大股でこちらに向かっていた。
片手を高々と上げて、ニカリと笑いながら。
「あ、吉澤さーん!お久しぶりです!」
「おーう、元気にしてたのかよー重さーん」
吉澤の笑顔はなんだかホっとさせる。
大人なんだなぁ、と思う。
「はい、さゆみはいつでも元気ですから」
「そっかー、それはよかったよ」
そう言って吉澤はさゆみの頭を撫でる。
髪がクシャっとなるのが心地良かった。
「てっきり重さん落ち込んでるんじゃないかと思ったよ」
「えー?なーんでですか」
「ミキティと離れちゃうからさぁ」
- 441 名前:めめ 投稿日:2007/10/21(日) 01:04
-
―――え?
さゆみはまるい目をさらに丸くして、吉澤を見つめた。
「藤本さんと離れちゃう?」
あ、と吉澤は口を開ける。
状況を瞬時に悟り、頭をポリポリと掻いた。
「あちゃぁ・・・もしかして聞いてなかった?」
「何をですか?」
あいつまだ言ってなかったのかよ、と小声で文句を言いつつ、吉澤はさゆみに向き直った。
「・・・ん、まぁ、今更ごまかすのもなんだから私から言っちゃうけどさぁ」
「はい」
「あいつ・・・ミキティ、引っ越すんだよ」
- 442 名前:めめ 投稿日:2007/10/21(日) 01:04
- ポカン、と音がするくらいにさゆみは口を開けた。
「お引越し、ですか?」
「うん、北海道に」
「いつ、ですか?」
「来週の月曜日に」
来週の月曜日というと、今日は今週の水曜日だから、ええと、ええと―――
「五日後だね」
指折り数えるさゆみの横で、吉澤がきまり悪そうに言った。
「なんだよアイツ、てっきりもう重さんには伝えてたかと思ったのに」
そう言って吉澤はまた頭を掻いた。
- 443 名前:めめ 投稿日:2007/10/21(日) 01:05
-
藤本は一人暮らしをしていた。
以前は姉と二人で暮らしていたが、今は離れて暮らしていた。
親戚の世話で姉の再就職が決まり、その勤務地が北海道だということで、藤本もついて行くことに決めたのだそうだ。
急に決まった話だということ、日曜日の試合が藤本の最後の試合になるということ、などを吉澤の口から聞いた。
「ごめんなぁ、ホントは本人の口からちゃんと聞くべきだったよなぁ」
「いえ、いいんですいいんです」
「まぁ、あいつ重さんのことホントにかわいがってたから・・・言い出しづらかったんだと思うよ」
「はい」
吉澤と肩を並べて歩く。
少し前までは夕日が伸ばしていた影は、今は街灯の光で小さく揺れていた。
- 444 名前:めめ 投稿日:2007/10/21(日) 01:05
- 「重さん、その・・・大丈夫か?」
「え?何がですか?」
「何がって、まぁ・・・」
吉澤が少し口ごもるようにして言う。
「その、寂しくないか?泣いたりしちゃわないか?」
あは、と笑ってさゆみは吉澤の腕を軽く叩く。
「そーんな、大丈夫ですよ!さゆみはこう見えても強いの。っていうか、別に藤本さんが死んじゃうわけじゃないし」
「そ、そりゃそうだけどさ」
- 445 名前:めめ 投稿日:2007/10/21(日) 01:06
- そう答えながらも、正直実感がなかった。
だだっぴろい野原に、ポーンと石ころを放り投げられた気分だった。
藤本が遠くに行く。
いったい何のことやら、といった感じだった。
気持ちが追いついていないのか、受け止めようとしていないのか。
とにもかくにも、さゆみの心は不思議と乱れはしなかった。
―――あ、住所が変わるの
妙にそんなことだけを冷静に思っていた。
- 446 名前:めめ 投稿日:2007/10/21(日) 01:06
- 胸のあたりをポンと叩いてさゆみは言う。
「藤本さんとはちゃんと繋がってるから、ちょっとくらい離れたって大丈夫なんです」
まるい目を転がしてさゆみは笑う。
吉澤は少し意外そうな、けれどどこかホっとした顔をした。
「そ、そっか?うん、重さんは強い子だ。そーだよな。ここで繋がってればな」
そう言って吉澤はさゆみの胸に触れる。
「あ!吉澤さんいやらしいのぉ!」
「へへへぇ、襲っちゃうぞぉ」
きゃあきゃあとじゃれあいながら、まだ少しだけ明るさの残る夜空の下を歩く。
ぽっかり浮かんだ白い月が、明日も晴れると教えてくれる。
―――明日は土手の高架下に行ってみよう
空を仰ぎながら、さゆみはそう決めていた。
- 447 名前:めめ 投稿日:2007/10/21(日) 01:06
-
- 448 名前:めめ 投稿日:2007/10/21(日) 01:07
- 秋風の吹き始めた川原の高架下では、ボールの弾む音が響く。
時折、頭上を走る電車の音にかき消されながらも、かれこれ一時間は続いているだろうか。
藤本はうっすらと額に滲んだ汗を手の甲で拭い、ふぅと小さく息を吐き出した。
少し冷たいくらいの風が首筋に心地良かった。
と、視界の中に髪を二つ結びにしたウサギが現れた。
- 449 名前:めめ 投稿日:2007/10/21(日) 01:07
- 「ふじもとさーん!」
大きく手を振りながら、ノタノタと駆けて来る。
見慣れた光景を眺めながら、今日も藤本は微笑とも苦笑ともつかぬ表情で頬を緩める。
「おー重さん、おーっす」
おーっす、と風貌には似合わぬ挨拶を返しながら、さゆみは両手のピースサインを頭上にかかげる。
「いやいや、それはいいからさ」
「このポーズ、嫌いですか?」
「いやいや、好き嫌いの対象じゃないからさ。美貴の中にはいないからさそれ」
えー、とさゆみはむくれてみせる。
藤本にこのポーズをやってもらうのが、さゆみのささやかながらも本気の夢だった。
けれど藤本は全く相手にしてくれない。
確かに当然といえば当然、と言えるほどキャラにはそぐわないが。
―――でも絶対かわいいのに
さゆみは諦めきれず、会うたび懲りずにリクエストを繰り返していた。
『しつこいな!殴るよ!』
という藤本の一喝で終了するのが常だったが。
- 450 名前:めめ 投稿日:2007/10/21(日) 01:08
- 息を切らせたさゆみが藤本の傍らに立つ。
藤本はボールを拾い上げると、地面にあぐらをかいて座った。
「重さんも座んなよ。その辺ならあんま汚れないでしょ」
「え?あ、はい」
さゆみは藤本に声をかけられて、ちょっと不思議そうに目をまるくした。
いつもだったら、藤本はボールを蹴るのをやめることはなかった。
さゆみがいようといまいと、喋りながらだろうと歌いながらだろうと、藤本はいつもボールを蹴っていた。
その藤本から「座って話そう」という誘い。
少々面食らいながらも、さゆみは喜んで藤本の隣りに腰を下ろした。
話の内容はわかっていたとしても。
- 451 名前:めめ 投稿日:2007/10/21(日) 01:09
- 「もうすっかり秋だね」
藤本が遠くを見やりながら言う。
川面は光を映し、キラキラと輝いている。
緩い南風に前髪がなびき、卵のような額がのぞいていた。
「どうしたんですか藤本さん?具合悪いんですか?」
「ちょ!どうしてそうなるのよ!」
「だってなんだかロマンチックなかんじだったの」
「そ、そんなんじゃないよ!美貴はただ・・・」
そう言って藤本は少し口ごもった。
何か言いたげで言えずにいる様子が、細身の身体全体から滲み出ているようで、さゆみは思わずクスリと笑った。
「な、なんだよ」
「北海道」
「え?」
「北海道は、きっともう寒いの」
藤本は驚いてさゆみを見つめる。
さゆみは微笑んで頷いた。
- 452 名前:めめ 投稿日:2007/10/21(日) 01:09
- 「・・・知ってたんだ」
「昨日、吉澤さんから聞いちゃいました」
「そっか」
「はい」
藤本は気まずそうに鼻先を掻く。
感情が揺れた時に鼻をいじるのは、どうやら彼女の癖らしい。
「重さんに言わなきゃ言わなきゃって思ってたんだけどさ・・・なんだか顔見ると言いだせなくてさ・・・ごめんね」
そう言って藤本はペコリと頭を下げた。
「いえ、そんなそんな!」
藤本が頭を下げる見慣れぬ光景を見て、さゆみは慌ててそれを制した。
そんなさゆみの様子に藤本はフフっと笑い、また鼻先を掻いた。
「・・・重さんと会えなくなるのは、本当に寂しいよ」
少し恥ずかしそうに目を伏せながら、ボソリと藤本が呟く。
秋風は優しく、まるで言葉を運んでくれているように流れていた。
けれどさゆみの反応は、意外にもそんなセンチメンタルな気分を吹き飛ばすものだった。
- 453 名前:めめ 投稿日:2007/10/21(日) 01:10
- 「寂しいことなんてないの!!」
素っ頓狂に明るい声が高架下の壁に跳ね返る。
さゆみは笑顔で藤本の背中をポンと叩いた。
「さゆみはいつでもここにいるんだし、藤本さんも消えてなくなっちゃうわけじゃないんだし」
「あ、あたりまえだろ。消えてなくなってたまるか!」
「藤本さんとはここで繋がってるの」
だから大丈夫なの、とさゆみは左胸を指差して笑う。
藤本は拍子抜けしたような顔をしていたが、そのうち口元を緩めて言った。
「そっか・・・そうだよね。重さんはいつだってここにいるし、美貴だって必ずどこかでボール蹴ってるし」
「そうなの」
「一生会えなくなるわけじゃないしね」
「はい!」
さゆみは大きく頷いた。
藤本は立ち上がると、ボールを拾い上げて言った。
- 454 名前:めめ 投稿日:2007/10/21(日) 01:11
- 「ここで練習するのは今日で最後。だから、重さんとここにいられるのも今日が最後」
「はい」
「今日は、もう少し暗くなるまで、美貴につきあってくれる?」
「もちろんです!」
さゆみも思わず立ち上がった。
それでは、とばかりに藤本がさゆみに向かって軽くボールを出す。
さゆみはアタフタとしながらも、どうにかボールを受け止める。
そしてそのボールを藤本に蹴り返す。
ボールはゆっくりと、でも真っ直ぐに藤本へ向かっていった。
「重さん、最後の試合、見に来てよ」
「もちろんです!」
夕日の欠片が残っている間、笑い声とボールは転がり続けていた。
- 455 名前:めめ 投稿日:2007/10/21(日) 01:11
-
- 456 名前:めめ 投稿日:2007/10/21(日) 01:11
-
- 457 名前:めめ 投稿日:2007/10/21(日) 01:12
-
藤本さんがいなくなる。
―――違うの。いなくなるわけじゃないの。お引越しするだけなの
藤本さんと会えなくなる。
―――だから違うの。会おうと思えば会えるの。飛行機乗ればいいの。
藤本さん、さようなら
―――それは本気で違うの。さようならなんて簡単に言っちゃいけない言葉なの
へんてこりんな自問自答を繰り返す。
何を考えて何を導き出そうとしてるのかわからない。
そもそもなんで考えてしまうのかすらわからない。
眠れぬ夜って、あるんだなあ・・・なの。
なの。
- 458 名前:めめ 投稿日:2007/10/21(日) 01:12
-
- 459 名前:めめ 投稿日:2007/10/21(日) 01:13
-
- 460 名前:めめ 投稿日:2007/10/21(日) 01:13
- 「北海道は、遠いねぇ・・・」
絵里が眉を八の字にしてボソリと呟く。
その傍らでは、れいなが唇をかんでさゆみを見ている。
「そりゃ遠いけど、でもメールだって電話だってできるの」
「・・・藤本さんって電話とかメールとかあんまりしないんでしょ?」
「そうだったんだけど、これからは違うの。さゆみとはするの」
「そう・・・」
金曜日の下校途中、三人は公園に寄り道した。
動物をかたどったオブジェに腰掛けながら、さゆみは二人に藤本のことを話していた。
何だか自分より彼女達の方が動揺しているようで、さゆみは苦笑した。
- 461 名前:めめ 投稿日:2007/10/21(日) 01:14
- 「ちょっと、やだなーもー!なんであんた達がそんなに落ち込むのよ」
「だって・・・ねぇれいなぁ・・・」
絵里がれいなに目配せをする。
れいなの口はさっきから真一文字に結ばれている。
「藤本さんが消えちゃうわけじゃないの。藤本さんはちゃんといるの。だからそんなに大袈裟なことじゃないんだから」
さゆみが逆に二人を励ましている。何だかヘンテコな光景だった。
―――ホント、二人ともしょうがないの。さゆみはそんなに弱くないの
さゆみはコロコロと笑っている。
れいなは黙ったまま、何故だかじっとさゆみを睨んでいる。
すると絵里がふいに立ち上がり、ゆっくりとさゆみのそばに歩を進めた。
「さゆ、無理しないでいいんだよ」
近づいてきた絵里が舌足らずにそう言いながら、さゆみの肩に手を回す。
その手はやけに暖かく感じた。
- 462 名前:めめ 投稿日:2007/10/21(日) 01:14
- 「ちょ、ちょっと待ってよ。ホントにさゆみは大丈夫だから。そりゃ少しは寂しい気持ちはあるけど・・・」
「少しは?」
腕組みをしていたれいなが口を開き、さゆみをさらに睨む。
「少しのわけなかろうが」
「え?いや、でも、そんなに騒ぐほどのことでも・・・」
「少しじゃなかろうが!寂しくて悲しくてしょうがないんやろが!」
れいなは立ち上がり、怒ったようにさゆみの前にズイっと顔を寄せた。
「ちょ、ちょっとれいな、何そんなムキになってんのよ」
「れいな達にまで無理に元気そうに振舞わんでよ!絵里もそう思ってるけん。だからこっちまで悲しくなるったい!」
「いや、だから、さゆみは平気だって・・・」
「泣いとろうが!!」
- 463 名前:めめ 投稿日:2007/10/21(日) 01:15
- れいながさゆみの鼻先に向けて指を差す。
絵里がふにゃりと笑って、さゆみの頬を優しく手で拭った。
「さっきから、ずーっとずーっと泣いとろうが!」
―――え?
驚いた。
れいなに言われて、はじめて気づいた。
冗談じゃなく嘘ではなく、本当にその時はじめて気づいた。
―――さゆみ、泣いてる?
頬に涙がポロポロポロポロこぼれている。
それはまるで呼吸をするように。生きていくために必要な行為を身体が自然としているように。
さゆみが自覚することなく、涙はポロポロとこぼれ続けていた。
- 464 名前:めめ 投稿日:2007/10/21(日) 01:16
- 「さゆみ、泣いてたの?」
さゆみの頭を撫でながら、絵里が顔をふにゃりとさせて頷く。
「泣いてたよぉ」
「いつから?」
「帰り道、ずっとだよぉ」
「ずっと?」
「そうったい!」
れいなが頭を掻きながら、わざと面倒くさそうにさゆみの隣りに腰掛ける。
「さゆ、ずーっと泣きながら話してたと」
「・・・ホントに?」
「涙ドバドバたれ流しながら『さゆみは大丈夫。さゆみは平気』もクソもないっちゃ」
「れいな言葉汚いの」
「う、うるさか!今はそんなことどうでもいいけん!と、とにかく」
絵里の反対側から、れいなもさゆみの肩を抱いた。
- 465 名前:めめ 投稿日:2007/10/21(日) 01:18
- 「れいな達の前では頑張らんでよか!寂しい悲しいって泣けばいいけん!」
その言葉をきっかけにしたかのように、さゆみのまるい両目からは、さらにとめどなく涙がこぼれ落ちてきた。
そして今度ははっきりと自覚していた。
私は今、泣いている。
「・・・さゆみ、今まであんまり、悲しいお別れって、したことがなかったから・・・」
絵里とれいなの体温が穏やかに伝わってくる。
心のどこかで糸がほどけていく。
「・・・さみしいよぅ。かなしいよぅ」
思わず口をつく。
言葉に出すと、後はもう笑うくらいに泣けた。
泣けて泣けて仕方がなかった。
絵里とれいなは、さゆみを包み込むように抱きしめてくれた。
あったかくて優しくてまた泣けた。
声を上げて泣くさゆみの頭の中に、藤本の照れ臭そうな笑顔が浮かんでは消えた。
- 466 名前:めめ 投稿日:2007/10/21(日) 01:19
-
- 467 名前:めめ 投稿日:2007/10/21(日) 01:19
-
- 468 名前:めめ 投稿日:2007/10/21(日) 01:20
-
「いやいや、さすがにそれはちょっとねぇ・・・」
「お願いします!勝ったらでいいんです!」
「いや、だってうちら勝つし」
「あ、そっかぁ」
「そっかぁ、じゃなかと絵里!れいなからも頼むけん、なんとかお願いします!」
「うーん、いくら重さんの友達の頼みとはいえ、それはちょっとねぇ・・・」
「お願いしますぅ」
「お願やけん!ホント頼みますけん何とか!」
「うーん・・・いや、きっついなぁ・・・」
- 469 名前:めめ 投稿日:2007/10/21(日) 01:20
-
- 470 名前:めめ 投稿日:2007/10/21(日) 01:20
-
- 471 名前:めめ 投稿日:2007/10/21(日) 01:21
- 藤本の最後の試合は、市営のフットサルコートで行われた。
てっきり送別のための練習試合なのかと思っていたら、ちゃんとした大会の第一戦目という、緊張感を伴ったガチな試合であった。
―――な、なんかピリピリしてるの
小さいながらも観覧スペースがあり、それぞれのチームの応援のために人が集まり始めている。
「あ、いたー」
「おーう、さすが早いっちゃね」
声のする方に目を向けると、絵里とれいなが連れだってほてほて歩いて来るところだった。
さゆみはバックをゴソゴソとあさると、取り出したものを二人の目の前でプラプラと揺らした。
- 472 名前:めめ 投稿日:2007/10/21(日) 01:22
- 「な、なんねこれ?」
「必勝!なの」
れいながそれを受け取る。
それはピンク色の細長い布で、中央には必勝の二文字、その二文字に挟まれてウサギのマーク。
「はちまきだぁ。かわいいねぇ」
絵里がウサギを指さしながらはしゃぐ。
「もしかして、さゆが作ったと?」
フン、と鼻息混じりにさゆは頷いた。
- 473 名前:めめ 投稿日:2007/10/21(日) 01:23
- 昨晩、母と姉の力を借りながらも、さゆみは応援のためのはちまきを作っていた。
―――頑張れ藤本さん、頑張れ藤本さん
不器用ながらも必勝の文字を縫い付けた。
そして最後に、お気に入りのウサギのワッペンを貼り付ける。
―――さゆみも一緒に戦うの
完成したはちまきを額にまきながら、さゆみは胸に誓っていた。
- 474 名前:めめ 投稿日:2007/10/21(日) 01:24
- 「今日は絶対負けられないの。ぜーったいに勝つの!」
さゆみのまるい目に強い闘志がみなぎっていた。
「でも、必勝っていうわりにはずいぶんとヘナチョコやね、このはちまき」
「うるさいの!思いはこもってるの!」
「ウサギが必勝って言うとってもさぁ、いまいち弱々しいっていうかさぁ」
「ふん。れいなこういうの本当は好きなくせに」
「な、そんなことなか!」
「本当はピンクとか大好きなくせに」
「む・・・むぅ」
- 475 名前:めめ 投稿日:2007/10/21(日) 01:24
- 待て待て、と笑いながら絵里が間に入る。
「今日は一致団結して藤本さんを応援しよう!ね?」
ほらほら、と絵里が二人の手を掴み寄せる。
せぇーの、という絵里の舌足らずなの声に、おう!と手を重ねて、3人は応援スペースに陣取った。
間もなく選手たちがフットサルコートに現れ、声援が送られる。
「あ、ほらぁ、藤本さん出てきたよ!」
「ほら、さゆ、応援するっちゃん!ほら!ふっじもっとさぁーん、がんばれぇー!」
藤本が声に気づき、腰のあたりで小さく手を振る。
さゆみの組み合わされた両手は既に、祈るように胸の前で固く握られていた。
- 476 名前:めめ 投稿日:2007/10/21(日) 01:24
-
ピィィ ――というホイッスルの音が秋空に突き抜け、藤本の最後の試合が始まった。
吉澤が蹴りだしたボールに、早くも藤本が走りこんでいく。
相手チームの選手が体当たりするように藤本に身体をぶつける。
顔をしかめつつも、藤本はそれを跳ね返す。
- 477 名前:めめ 投稿日:2007/10/21(日) 01:25
-
「うわぁ・・・激しいんだねぇフットサルって」
「うん。ちょっとびっくりったい」
「れいな、ちっちゃいから飛ばされちゃうねぇ」
「う、うるさかね!」
- 478 名前:めめ 投稿日:2007/10/21(日) 01:26
-
選手たちは、まるで会話をしているようにパスを出す。
ボールは意志を持つかのように、はしゃぐようにコート内を跳ね回る。
凛とした表情で、強く清潔な眼差しで、藤本がコートを駆け抜けていく。
- 479 名前:めめ 投稿日:2007/10/21(日) 01:26
-
さゆみは言葉が出なかった。
選手たちの真剣さに、そしてその美しさに、胸が詰まった。
躍動する藤本に、心が揺れた。
―――逃さない。どの瞬間も
さゆみは黙って、走る藤本をただ見つめていた。
- 480 名前:めめ 投稿日:2007/10/21(日) 01:27
-
「さゆ、どげんしたとかいね?やけに静かじゃなかと?」
「うん・・・れいな、ほら見て、さゆの顔」
「・・・おわ、なんちゅう真剣な・・・周り見えとらんねあれは」
「だね。じゃあ私たちが代わりに声出そうか」
「そやね」
「がんばれ藤本さーん」
「がぁんばぁれぇぇぇ!!」
- 481 名前:めめ 投稿日:2007/10/21(日) 01:27
-
試合は互いに無得点のまま後半に入り、終盤になってもまだ膠着状態が続いていた。
お互い攻めてはいるのだが、好守に阻まれるシーンが何度もあり、守りがリズムを主導する試合展開となっていった。
試合終了の時間が近づき、選手たちにも焦りの表情が伺える。
応援席でもそれは同じだった。
- 482 名前:めめ 投稿日:2007/10/21(日) 01:27
-
「ちょ、ちょっとヤバくなか?」
「このまま終わっちゃうのぉ?」
「引き分けの時ってどうなると?」
「やっぱ勝たなきゃダメなんじゃないかなぁ」
「むぅぅ、ヤバかねぇ」
「それに確か、自分がゴール決めて勝ったらって条件だったよ」
「あーそうやったぁ!ますますヤバかねぇ」
「あーもう心臓が止まりそうだよぉ」
「こら」
- 483 名前:めめ 投稿日:2007/10/21(日) 01:28
-
それは一瞬の出来事だった。
吉澤が相手のパスミスをカットすると、ボールは相手ゴール前にふわりと浮かんだ。
まるで本能的に藤本はそのボールに食らいつき、ゴールめがけて叩き込んだ。
ゴールネットが揺れ、拳が高く突き上げられ、チームの輪が出来る。
直後、試合終了のホイッスルが鳴り響いた。
- 484 名前:めめ 投稿日:2007/10/21(日) 01:28
-
「や、やったぁぁ!!」
れいなが両手を上げて叫ぶ。
「よかったね!よかったね!」
絵里が顔をくしゃくしゃにして喜ぶ。
「さゆ!!」
絵里とれいなに抱きつかれても、さゆみは固まったまま動けなかった。
呆けたように口を少し開け、けれど視線だけは藤本から逸らさずにいた。
―――さゆみ、ちゃんと見ていたの
振り抜いた右足を、高く突き上げられた拳を、綺麗な綺麗な笑顔を。
藤本の息吹を今、感じていた。
―――忘れないの、絶対
感謝と愛をこめて、さゆみは静かに目を閉じ、藤本の一挙手一投足を胸に焼き付けて閉じ込めた。
- 485 名前:めめ 投稿日:2007/10/21(日) 01:29
-
「ほーらぁー、さゆー」
絵里に強く肩を揺すられて気づく。
歓喜の輪の中でもみくしゃにされていた藤本が、さゆみ達の方に近づいてくる。
「さゆ、何か声かけるったい!」
あ、う、と口を開こうとするが、何を言えばいいのかわからない。
胸がしめつけられて、言葉が出てこなかった。
藤本はさゆみ達の3メートルほど手前で立ち止まると、不自然なほどに鼻を掻いたりつまんだり、なにやら落ち着かない素振りだった。
すると意を決したように、クっと顔を上げてさゆみを見つめた。
- 486 名前:めめ 投稿日:2007/10/21(日) 01:29
- 「今日は応援ありがとうございました!」
そう言って藤本は両手でピースサインを作り、ためらいながらも照れ臭そうに頭上にかざした。
「重さん元気でね!ありがとう!」
うさぎになった藤本が、さゆみにニカリと微笑んだ。
呆気にとられるさゆみの横では、絵里とれいながハイタッチをくり返している。
じゃあね、と藤本は片手を上げながら背中を向け、チームメイトの方へと戻っていった。
おーいなんだよ今のー、などと茶化す吉澤の声が聞こえる中、さゆみはようやく我に返る。
- 487 名前:めめ 投稿日:2007/10/21(日) 01:30
-
―――え?・・・ええええええ?!!
たった今、目の前で見た光景が甦る。
はにかんだ藤本の笑顔がまぶたの裏に残っている。
―――ゆ、夢が・・・叶ったの!
さゆみは深く息を吸い込んだ。
「ふじもとさぁぁぁぁん!!」
絵里とれいなが呆れるほどの大声で、それまで声が出せずにいたさゆみが叫ぶ。
両手のピースサインを誇らしげにを頭上にかかげて、胸の奥の、そのまた奥の方から、ありったけの想いを込めて叫ぶ。
「ふじもとさぁぁん!!だぁぁい好きぃぃ!!」
慌てた様子の藤本は、いつものようにシッシッと手ではらうしぐさを見せる。
遠目でも優しい笑顔をしているとわかった。
―――素敵な日々を、ありがとうございました
去っていく背中に、さゆみはぴょこりとお辞儀をした。
- 488 名前:めめ 投稿日:2007/10/21(日) 01:31
-
- 489 名前:めめ 投稿日:2007/10/21(日) 01:31
-
- 490 名前:めめ 投稿日:2007/10/21(日) 01:31
-
「はぁぁぁぁ」
昼休みの屋上で、さゆみは今日何度目かのため息をつく。
朝のホームルームから今までに、いったい何度のため息をついたことだろうか。
「もーうるさかね!いいかげんシャキっとせんね!」
たまりかねて、れいなが文句をつける。
「まーまー、今日のところは大目に見てあげようよ」
絵里がふにゃりと笑ってれいなをなだめる。
「そうなの。さゆみはせつなさに浸っているの。れいなみたいながさつ者にはわからないの」
「ちょ!がさつ者ってなんね!」
まーまー、と再び絵里が二人をなだめる。
今日は一日ずっとこの調子だ。
- 491 名前:めめ 投稿日:2007/10/21(日) 01:37
- 「だいたい、昼ごはんあげん食べといて、せつないも何もないけんね」
「お、お腹と心は別物なの!」
「さゆの方がよっぽどがさつったい」
「なによ」
「なんね」
もう!と絵里が呆れて声を上げる。
けれど誰もがわかっている。
こんなくだらないじゃれあいが、ぽっかり空いた胸の穴を埋めていくのだと。
- 492 名前:めめ 投稿日:2007/10/21(日) 01:37
- 屋上に吹く風は少しだけ頬に冷たく心地良い。
秋の陽だまりの中、三人はぼんやりと空を見上げる。
青く大きなキャンバスに飛行機が横切っていく。
「・・・藤本さん、もう北海道に着いたとかいね」
「うん、そうだねぇ」
さゆみは目を閉じる。
まぶたの裏に藤本の笑顔が残っている。
北海道もお天気なのかな、と思い浮かべる。
晴れてたらいいのにな。
藤本さんの歩く空も晴れてたらいいのにな。
- 493 名前:めめ 投稿日:2007/10/21(日) 01:37
- 「はぁぁぁぁぁ」
気づけば知らず知らずのうちに、今日何度目かのため息をついている。
絵里は肩をすくめてれいなをの方を見た。
れいなは頭を掻きながら、よっこらしょとばかりに立ち上がった。
「まぁ仕方なかね。これは何かあった時の切り札にとっとこうと思っとったけど・・・」
そう言うとれいなは、ポケットをまさぐり携帯を取り出した。
- 494 名前:めめ 投稿日:2007/10/21(日) 01:38
- 「ん」
れいなが携帯の画面をさゆみの前に突き出す。
「何なの?」
「これから毎日耳元でため息つかれてもかなわんけん。これでも見て元気出すったい」
そう言われて携帯の画面に目を向けると、そこには両手のピースサインを頭の上にかざして、照れ臭そうに微笑む藤本の姿が写っていた。
さゆみはまるい目をこれでもかとばかりに見開いて、携帯につかみかかった。
けれどれいなはひょいとそれをかわし、携帯をポケットにしまいこんだ。
「れいなはシャッターチャンスを逃さんかったけんね。ふふん」
「ちょ、ちょうだいそれ、さゆみにもちょうだい!」
「えー、どうしようかねぇ」
猫が悪戯顔を浮かべる間も許さず、うさぎがのしかかっていく。
「ちょ!やめんね!お、重・・・」
「は、はやく!はやく出すの!」
傍らではいつものように絵里が笑っている。
- 495 名前:めめ 投稿日:2007/10/21(日) 01:39
-
いつものように時間は過ぎて、いつものように友と笑って、いつものように一日が終わる。
けれど覚えておこう。だから覚えていよう。
この一瞬が永遠だということを。
永遠なんて一瞬だということを。
心震わせた場面を。胸揺り動かした時の形を。
この愛しい日々を。
滑稽でも誇らしい毎日を。
- 496 名前:rabbit days 投稿日:2007/10/21(日) 01:40
-
「rabbit days」
了
- 497 名前:めめ 投稿日:2007/10/21(日) 01:41
-
||c| ・e・)| <・・・私の出番がなかったのだが?
ノノ*^ー^)
从 ´ ヮ`) <・・は、はっぴぃばぁすでぃ!
从*・ 。.・)
- 498 名前:めめ 投稿日:2007/10/21(日) 01:44
-
以上です。
大きなポカをやらかしていたのを途中で気づいていましたが、そのままいっちゃいました。
ずーっと作者名で更新し続けてましたw
一応、ですが、この作品のタイトルは「rabbit days」といいます。
失礼いたしました。
読んでくださった皆様、ありがとうございました。
- 499 名前:めめ 投稿日:2007/10/21(日) 01:52
- 今回の更新ではご登場いただきませんでしたが、
感謝を込めまして。
新垣里沙さん、お誕生日おめでとうございます。
ちょっと遅れちゃってすみません。
- 500 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/10/21(日) 02:10
- もうすっごくすっごくすっごくよかったです。
>>491の最後の2行とか特に最高でした。
- 501 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/10/22(月) 19:20
- 消えたりしないさ
きっと帰ってくるさ
藤本さんは…
- 502 名前:めめ 投稿日:2007/11/11(日) 15:25
- >>500
喪失感を埋めるのは、そこらに転がってるほんのたわいのないことなんだと思います。
ありがとうございました。
>>501
はい。待っていたいと思います。
ありがとうございました。
- 503 名前:めめ 投稿日:2007/11/11(日) 15:27
-
更新します。
短いお話ですが。
- 504 名前:interlude4 投稿日:2007/11/11(日) 15:27
-
「Interlude4〜未来の太陽〜」
- 505 名前:interlude4 投稿日:2007/11/11(日) 15:28
-
「ね、眠れんかった・・・」
ベッドの上にちょこんと座った姿勢のまま、れいなはまんじりともしないで朝を迎えていた。
眠る努力は何度もした。けれどその度、心がはしゃいで邪魔をした。
夜もまだ浅いうちは、まぁそのうち眠くなるだろうとタカをくくり、雑誌をめくったり音楽を聞いたりと、いつものように自然にまどろむのを待っていた。
けれど日付が変わる頃から少々焦りはじめ、デジタル時計がAM3:00を表示した頃には、軽くパニックになっていた。
キッチンでミルクを温めてみた。心が落ち着いて安眠が出来ると誰かに聞いたことがあったからだ。
しかし胃腸が活動し始めたせいか、逆に身体が目覚めてしまったように思えた。
仕方なくひたすら固く目をつむり、布団にくるまり、猫のように身体を丸めた。
この年になって情けないことに、久しぶりに羊にまでご登場願った。それでも―――
- 506 名前:interlude4 投稿日:2007/11/11(日) 15:29
- 「結局眠れんかったと・・・」
カーテンの向こうが明るくなったのを見て、諦めてれいなはベッドから飛び下りた。
サー、とカーテンを開ける。
窓の向こうにはまだ新しい今日の青空が鮮やかに広がり、人もまばらな街には朝日が跳ねている。
なんだか不思議といつもより日射しはのびやかだ。未来へと続く太陽がそこにある。
れいなは窓を開け、グっと伸びをした。朝の冷たい空気を小さな身体いっぱいに吸い込む。
田中れいな18歳、新しい日々の始まりだった。
- 507 名前:interlude4 投稿日:2007/11/11(日) 15:29
- やけに早起きね、と感心していた母親と一緒に朝食を軽く済ませると、れいなはすぐにシャワーを浴びた。
いつもより多めにシャンプーを泡立て、たっぷり時間をかけて身体を磨き部屋に戻ると、今度は鏡の前にちょこんと陣取った。
髪をセットし、軽いメイクをしながら鏡の中の自分に向かって表情を作る。
上目使いに覗き込んだり、口をすぼめてみたり、ウィンクしてみたり、ニヒヒと笑ってみたり。
―――絵里はどんな顔が好きやろかいね?
そう思った自分に、ボワっと頬が火照った。
真っ赤な顔を鏡の中の自分にも笑われた気がした。
ふと時計を見る。デジタル表示はAM9:00。
「あと3時間ったい」
お昼になると絵里がやって来る。
きっとプレゼントを抱えて笑顔でやって来てくれる。
その姿を想像すると、れいなの顔は自然にほころんだ。
- 508 名前:interlude4 投稿日:2007/11/11(日) 15:30
-
『れいなの誕生日は二人でランチしながらお祝いしようよ』
『お祝い、してくれると?』
『もちろん!日曜日だしお昼からゆっくり過ごそうよ』
『あ、じゃ、じゃあ、れいなんち来んね?』
『あ、いいのぉ?』
『うんうん。ママにお祝いの料理作ってもらうけん、一緒に食べるったい!』
『わぁ、楽しみぃ。じゃあ絵里もケーキ作っていくね』
『ホ、ホントね?』
『うん。れいなあんまり甘いもの興味ないかもしんないけどぉ』
『そ、そんなことないっちゃ!』
『でもね、絵里の作るケーキは本当に美味しいから。期待してて!』
『うん、うんうん』
- 509 名前:interlude4 投稿日:2007/11/11(日) 15:30
- あの時の会話を思い出しては、また顔がニヤける。
絵里の笑顔を思い浮かべるとドキドキする。
たかが18回目とはいえ、今日が今までで一番待ち遠しい誕生日になった。
まさか眠れなくなるとは思わなかったが。
「これで、よし、と」
お気に入りの服とアクセサリーに身を包み、部屋もきれいに片付けて、あとはお昼になるのを待つばかりだ。
机に頬杖をつきながら窓の外をぼんやり眺める。
どうやら今日は快晴だ。
太陽までお祝いしてくれているようで心が弾んだ。
「ほんっとに空が高いっちゃねー」
風は少々冷たかったが、強い陽射しで心持ち暖かくも感じられた。
時計の表示はAM11:25。
もうすぐ絵里がやって来てチャイムを鳴らす。
どんな服を着て来るんかいね。どんな靴を履いてくるんかいね。
プレゼント何くれるんやろ。ケーキはどんなんやろ。
空に少しだけ浮かぶ雲を数えながら、想像を巡らせる。
―――ふふ。あの雲、なんか羊みたいやね
幸せを待つ時間も幸せなんだと気づいた。
- 510 名前:interlude4 投稿日:2007/11/11(日) 15:31
-
- 511 名前:interlude4 投稿日:2007/11/11(日) 15:31
-
「あ、絵里、こっちよ」
絵里がれいなに向かって歩いてくるのが見える。
空は呆れるほど高く、心地良い風が吹く。
だだっぴろい野原はぐるりと地平線に囲まれている。
「れいなぁ、お待たせぇ」
ふにゃりと笑って絵里が手を振る。
ああやっぱり絵里は可愛かねぇ、としみじみ思う。
「れいな、お誕生日おめでとぉ」
絵里から綺麗にラッピングされた袋を受け取る。
「あけてもいいと?」
「うん」
袋からは真っ白でやわらかそうなマフラーが顔を出した。
「わぁ、あったかそう。ありがとう絵里。れいな一生大事にするけん」
「うん、大事にしてね」
マフラーに頬をすり寄せながら、れいなはニヒヒと笑った。
- 512 名前:interlude4 投稿日:2007/11/11(日) 15:31
- 「さ、絵里、早う行こう」
「どこに?」
「ほら、あそこ」
れいなが指をさすと、さっきまでは見えなかった小さなとんがり屋根の家が草原の真ん中に現れた。
「料理もいーっぱい用意しとるけん。早う行こう」
「うん。絵里もケーキ焼いてきたよぉ」
「やった。楽しみにしてたっちゃん!さ、行こ」
れいなは絵里の手を取り、ほてほてと歩き出す。
時々目を合わせながら、少しはにかみながら。
「れいなは絵里のこと好きと」
「絵里もれいなのこと大好きだよぉ」
優しい光に包まれながら、広い野原を二人はゆっくりと歩いていった。
- 513 名前:interlude4 投稿日:2007/11/11(日) 15:32
-
- 514 名前:interlude4 投稿日:2007/11/11(日) 15:32
-
「ほら、れいな!絵里ちゃん来てくれたとよ!」
さっきから何度も肩を揺すられているのに微動だにしない。
まるで昼寝中の猫のように。
「もうこの子ったら。全然起きやしないんだから・・・。ちょっと水でもかけてみようかしらね」
「いえ、そんな、いいんですいいんです」
慌てて絵里が手を振って制する。
「気持ちよさそうに寝てるみたいだし、このまま起こさないであげてください。なんだかすごく幸せそうな寝顔だし」
「ごめんね絵里ちゃん・・・ホントこの子は、いったいどんな夢見てるんだか」
眠りながらも、時折ニヒヒと唇を緩める。
れいなのこんなにも無防備で幸せそうな寝顔を、絵里はいつまでも見ていたい気分だった。
- 515 名前:interlude4 投稿日:2007/11/11(日) 15:33
- 「あ、あの、じゃあ今日は私帰ります。これ、れいなさんに渡してください」
綺麗にラッピングされた袋を母親に預ける。
「ありがとう絵里ちゃん。ホントごめんなさいね。せっかくの誕生日だっていうのにまったくこの子は」
「きっとよっぽど眠かったんですよぉ。明日また学校で会えますから大丈夫ですよぉ」
「ね、絵里ちゃん、よかったらおばさんと一緒にランチしない?」
「え?いいんですかぁ?」
「もちろんよ!お料理もいっぱい作って待ってたんだから。ね、そうしよう?」
「はい喜んで!絵里もケーキ作ってきたんですよぉ」
「わぁすごいねぇ!いただきましょいただきましょ」
「はぁい!お腹減ったぁ」
- 516 名前:interlude4 投稿日:2007/11/11(日) 15:34
-
そんな会話が耳元でされていたことをれいなが知るのは、ようやく目が覚めた夜も遅くなってからのお話。
そして家で大暴れして泣きわめいてママを困らせて泣き疲れて眠ったのはここだけの話。
だってその時のれいなは小舟のように、ただただ至福の眠りの海をたゆたっていたのだから―――。
- 517 名前:interlude4 投稿日:2007/11/11(日) 15:34
- 「Interlude4 〜未来の太陽〜」
おしまい
- 518 名前:interlude4 投稿日:2007/11/11(日) 15:35
-
HAPPY BIRTHDAY REINA!!
- 519 名前:interlude4 投稿日:2007/11/11(日) 15:35
- 以上です。
読んでくださった皆様、どうもありがとうございました。
- 520 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/11/13(火) 12:45
- れいなかわいいなぁ
なんか幸せな気分になりました
- 521 名前:めめ 投稿日:2007/11/13(火) 19:26
- >>520
読んでいてニヒヒっとしてくれたら嬉しいですw
田中さんが18歳だとこのお話の設定が合わなくなったりするんですが、そこは適当に脳内変換していただけるとorz
ありがとうございました。
- 522 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/11/14(水) 22:04
- れいなは永遠の少女だから18歳でもなんでも関係ないっす!
- 523 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/11/18(日) 11:44
- れいなは小学生くらいが丁度いいよ
- 524 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/02(日) 17:05
- 永遠の13歳だから大丈夫
- 525 名前:めめ 投稿日:2007/12/23(日) 01:12
- >>522
そうですねw
そういうことでひとつw
ありがとうございました。
>>523
ランドセルですかw
もうひとつくらい上にしてあげてくださいw
ありがとうございました。
>>524
身長も13歳から変わってないってうさピーSPで言われてましたがw
ありがとうございました。
- 526 名前:めめ 投稿日:2007/12/23(日) 01:13
-
更新します。
- 527 名前:歩いてる 投稿日:2007/12/23(日) 01:14
-
「歩いてる」
- 528 名前:歩いてる 投稿日:2007/12/23(日) 01:15
- いつの間にかこの街もすっぽりと冬の色に包まれた。
雪が降っているわけでもないのに、不思議と見るものすべてが白く映る。
通い慣れた道も、今朝の空も、待ち合わせの公園も。
すぅ、と吸い込んだ空気は胸の中をひんやりとさせ、白い息となってまた放たれる。
みんなの息が冬の街を白くしてるんやろかいね、などと想像しているところに携帯が鳴った。
モコモコの手袋を外して携帯を開く。
少しだけ眉をひそめてメールの文面を追っていると、背後から声がした。
- 529 名前:歩いてる 投稿日:2007/12/23(日) 01:15
- 「おーはよー」
凍てついた空気を散り飛ばすように素っ頓狂な声が跳ねる。
「おーす」
メールを読む僅かな間でもかじかんでしまった手でぎくしゃくと携帯を閉じながら、れいなはさゆみの方に顔を向けた。
「絵里から?」
れいなの小さな手に握られた携帯を伺うようにさゆみが聞く。
「うん。まだ風邪治らんって。今日もお休みったい」
「そっか。もう四日目なの」
「うん・・・」
- 530 名前:歩いてる 投稿日:2007/12/23(日) 01:15
- れいなと絵里とさゆみ。
三人は毎朝公園で待ち合わせて学校へ行った。
いつもれいなが一番に来て、それからさゆみ、少し遅れて最後に絵里が来た。
『二人とも遅いったい!れいな待つの嫌いなんやけん、もう少し早く起きんね!』
れいなはよくそう言っていたが、内心はそれほど嫌がってもいなかった。
むしろ二人が来るのを待つ時間を楽しくも感じていた。
しかしここ数日、待ち人のうちの一人が来ない。
「やっぱり、お見舞いに行かせてもらうの」
「うん・・・そうやねぇ・・・」
- 531 名前:歩いてる 投稿日:2007/12/23(日) 01:16
- 絵里が風邪をひいたと聞いて、れいな達はその日のうちにお見舞いに行こうとしたが、
『風邪がうつるといけないし、頭とかボサボサだし、すぐ治るから』
という絵里の言葉でひとまず遠慮することにしていた。
しかし、そう言われてからもう四日目だ。
もう治る明日は治る、とメールは届いていたが、結局朝になると、
『やっぱり今日もお休み。ごめんね』
となる。
- 532 名前:歩いてる 投稿日:2007/12/23(日) 01:17
- 「後でお見舞いに行くぞーってメールしとくけん」
「うん。今日は断られても行くの」
「きっと、れいなの顔みたら元気になるったい!」
「・・・ぶり返さなきゃいいけどね」
「なんね」
「なんでもないの」
さゆみと並んで朝の通学路を歩く。
知らず絵里の肩幅の分だけ離れて歩く。
冬の風が吹き抜けていく隙間がじれったかった。
- 533 名前:歩いてる 投稿日:2007/12/23(日) 01:17
-
- 534 名前:歩いてる 投稿日:2007/12/23(日) 01:18
- 廊下の壁にもたれて、れいなは携帯でメールを打っていた。
―――別にボサボサ頭でもかまわんっちゃん
今日は絶対お見舞いに行くけんね、と強い調子で綴っていると、ドタドタと走ってくる足音がした。
「騒々しいっちゃね・・・いったいなんね?」
顔も上げずにれいなは苦笑する。
走る足音だけでまんまるい目をさらにまるくした顔が浮かぶ。
「た、大変なの」
息を切らしたさゆみが、れいなの肩にもたれながら喘ぐ。
「どげんしたと?そんなに慌てて」
「絵里が」
れいなはピクっと顔を上げる。
ゼーハーと息を荒くしているさゆみの肩を掴む。
- 535 名前:歩いてる 投稿日:2007/12/23(日) 01:18
- 「絵里が、どうしたと?」
「絵里が・・・ぜーぜー・・・絵里が・・・はーはー」
「ちょ!わざとやってるやろ!はよ言わんね!」
「わ、わざとじゃないの!」
さゆみは頬をふくらませてれいなを睨んだ。
「早くれいなに知らせなきゃと思って職員室から走ってきたのに、ひどいの!」
「ご、ごめん、ごめんなさい」
まだ肩を上下させながら抗議するさゆみの迫力に圧倒されて、れいなは思わず頭を下げた。
「そ、それで、絵里がどげんしたと?」
「あ、そうなの、大変なの。絵里、入院しちゃったんだって!」
- 536 名前:歩いてる 投稿日:2007/12/23(日) 01:19
- れいなは一瞬言葉を失くした。
入院って、どういうことったい?
「さっき先生のところに病院から電話があったんだって。入院することになったんで今学期は全部お休みするって」
「な、なんで・・・入院ってなんね?!」
思わずさゆみの肩に掴みかかる。
身体をよろけさせながら、さゆみはれいなを受け止める。
「さ、さゆみも詳しいことはわからないの!先生もそれ以上教えてくれなかったし」
まさか。
ざらりとした不安が足元から這い上がってくる。
どうしても嫌な可能性を頭に浮かべてしまう。
『絵里の心臓、動いてるよね?』
夕暮れの風が吹き渡る土手の上で、そう問いかけてきた絵里の姿がふいによぎった。
- 537 名前:歩いてる 投稿日:2007/12/23(日) 01:19
- はっとしたように、れいなは携帯を握る。
打ちかけのメールを閉じて、絵里の番号に発信する。
「・・・電源、切れとう」
「きっと病院にいるから切ってるの・・・」
とらえどころのない不安が胸を揺さぶる。なんだかとても怖かった。
『生きる意味って、なあに?』
いつか新垣に聞かせてもらった、去年の絵里の話をなぜか思い返す。
「病院って・・・え、でもそんな、風邪だって・・・え?入院て何?」
あてもなくわけもなく視線をさまよわせる。
今、何をすればいいのかわからない。
どこを見ればいいのかわからない。
一人で留守番をしていた子供の頃を思い出した。
- 538 名前:歩いてる 投稿日:2007/12/23(日) 01:20
- 何かにすがるように思わずさゆみの顔を見上げる。
強くてまるい目がしっかりとこちらを見ていた。
「れいな。大丈夫だから」
「・・・どうしよう・・・さゆ、どうしよう」
「れいな」
さゆみははっきりとした口調でれいなの名を呼び、優しく手を握った。
「絵里は大丈夫なの。きっとなんでもないの。とにかく学校終わったら一緒に病院に行ってみよう」
そう言って見つめるまるい目に、れいなの怯えは少しずつ少しずつ和らいでいった。
―――あったかい手やね
さゆみだって驚いたはずだ。
息を切らして走るほど焦ったはずだ。
今だって心配でしょうがないはずだ。
けれどれいなの不安を払ってくれるために必死で言葉をかけてくれる。まんまるい目を向けてくれる。
気づくと、さゆみの手も小さく震えているように見えた。
- 539 名前:歩いてる 投稿日:2007/12/23(日) 01:20
- 「・・・ありがと、さゆ」
気恥ずかしそうに、れいなは目を逸らし小声で呟く。
「え?何?」
「・・・なんでもなか」
「なんなの」
「なんでもないったい!」
気まずさと照れ臭さで思わず大声を出した。
声と一緒に不安が少しだけ飛んでいった気がした。
- 540 名前:歩いてる 投稿日:2007/12/23(日) 01:21
-
- 541 名前:歩いてる 投稿日:2007/12/23(日) 01:21
- 絵里が入院した病院は、れいな達が通う学校からバスで20分程の街にあった。
学校が終わるとすぐに、れいなとさゆみはバス停へと走った。
バスが病院に近づくにつれ、れいなの不安と緊張は高まり、自然と口は固く結ばれた。
さゆみは何も言わず、時折固く握られたれいなの手をぽんぽんと優しく叩いた。
病院に着き受付で見舞いにきたことを伝えると、わりとすんなりと病室を教えてもらえた。
「ほら、こんなにすぐ通してもらえたんだし、きっとたいしたことないの」
「そ、そうやね。きっとそうやね」
そう言いながら早足で病室に向かう。
目指す病室の前ですぅと息を吸い込み、れいなはドアをノックした。
- 542 名前:歩いてる 投稿日:2007/12/23(日) 01:22
- 「はぁーい」
聞き慣れた甘い声が聞こえた。
その声に弾かれたように、れいなは勢いよくドアを開けた。
「あーれいなぁーさゆー」
ベッドの上に身体を起こし雑誌をめくっていた絵里が、れいな達に向けて小さく手を振った。
「・・・れ、さ・・・な・・・」
「ごめんねぇ、心配かけちゃったよね」
「・・・げ・・・よ・・・」
「うん。ありがとぉ」
途切れ途切れにそう言うと、れいなはグシグシと泣いた。
ポカンとしている絵里の母親を見てさゆみがアハハと笑う。
- 543 名前:歩いてる 投稿日:2007/12/23(日) 01:22
- 「『れいなーさゆーじゃないったい!』って言ったの」
「え?」
ベッドサイドの椅子に腰掛けていた絵里の母親が、さゆみの方に顔を向ける。
「そんで『元気そうでよかったっちゃ』って言ったんです」
絵里のママこんにちは、と涙声で呟き、れいなはグシグシと目を擦りながら絵里のそばへ近寄る。
絵里はふにゃりと笑いながられいなの頭を撫でた。
絵里の母親はその光景に目元を緩めながら立ち上がった。
「ちょっとお花の水を代えてきますね。少しの間絵里のこと見てやっていてくださいね」
れいながちょっと固い調子でコクコクと頷く。
さゆみはそれを横目で見ながらニヤリと笑った。
「絵里のお母さん、さゆみも手伝うの!」
「あ、そんないいのよ、ゆっくりしてて」
いいのいいのー、と言いながらさゆみは絵里の母親の腕に手を回す。
そして病室のドアを閉める間際に、二人に向かって下手なウィンクをしてみせた。
パタン、とドアが閉まる音が響くと、一瞬の静寂が生まれた。
れいなと絵里は顔を見合わせると、照れ臭そうに少し俯いた。
- 544 名前:歩いてる 投稿日:2007/12/23(日) 01:23
- 「・・・ったくさゆは、気ぃきかせたつもりかいね?」
「ふふ、きっとそうだよぉ。優しいねさゆ」
はー、とれいなは息を吐き、椅子の背もたれに身体を預ける。
緊張が一気に解け、思わず出てしまった涙もどうにか引っ込んだ。
「・・・ホントに、心配したったい」
「ごめんねぇ。こんなつもりじゃなかったんだけど」
思いのほか風邪が長引いていたので病院で見てもらうことにしたのだ、と絵里が説明する。
絵里はそろそろ術後経過の検査を兼ねて、一週間程度の予定で短期入院をする予定だった。
けれどなんだかんだと言い訳をして先に伸ばしてもらっていたのだという。
ところが今日風邪の診察をしている最中に、
『風邪もしっかり治したほうがいいし、検査入院もしなきゃいけないんだったら今日から入院しちゃいましょう』
などという話が出来上がってしまったのだという。
- 545 名前:歩いてる 投稿日:2007/12/23(日) 01:23
- 「いきなりそうなっちゃってさ、お母さんも心臓の先生と話し始めちゃうからさ、絵里ももう観念しますってかんじで」
「そうったいね・・・風邪の具合は平気と?」
「うん、平気!」
そう言いながら絵里はケホケホと咳をした。
れいなは苦笑しながら、ずり落ちかけたカーディガンを絵里の肩にかけ直した。
「あかんったい。おとなしく寝とき」
れいながそう言うと、絵里は大げさに頬をふくらませてみせた。
「もうちょっとで二学期終わるとこだったのになぁ」
「ま、そんな頑張ることなかよ。どうせあと十日くらいなもんやったけん」
「それにさぁ・・・」
「ん?」
絵里は少し俯くと、寂しそうに呟いた。
「もうすぐ絵里の誕生日だったのにさぁ」
「ああ・・・そうっちゃね・・・」
- 546 名前:歩いてる 投稿日:2007/12/23(日) 01:24
- それはれいなも楽しみにしていたことだった。
クリスマスや初詣や、この季節の楽しみは他にもあったけれど、何より絵里の誕生日をれいなは心待ちにしていた。
だって―――
「だって、れいなの誕生日は、れいな寝ちゃってて起きてくれなかったしさぁ」
「あぅぅ、そ、それはホント、ごめん・・・」
あの日の自分の失態を思い出すと、今でも悔しくて情けなくて悲しかった。
可愛い寝顔が見られたから許すけど、と絵里は笑う。
「だから絵里の誕生日はパーティーしたかったんだけどなぁ。多分今年はこのまま病院だなぁ」
「そうやねぇ・・・」
「・・・ごめんね、れいなぁ」
絵里がしょんぼりとした声で頭を下げる。
れいなはニヒヒっと笑うと、その頭を撫でながら言った。
「ホント、こんな時に風邪ひくなんて絵里はドジったい」
「ひどーい!絵里だって、ひきたくてひいたんじゃないよぉ」
「しょうがないから、楽しみは来年にとっとくったい」
そう言われて、絵里は顔を上げてふにゃりと笑った。
「そうだね。来年はきっと、ね」
- 547 名前:歩いてる 投稿日:2007/12/23(日) 01:25
- 病室に備え付けられているTVでは、そろそろ今年も終わりだと誰かが喋っている。
画面には今年の出来事を振り返るVTRが流れていた。
「れいなと出会ってからもう二学期たったんだねぇ」
ふいに絵里が呟く。
四月、五月、と小さな声で数えながら指を折り、九ヶ月目だと絵里は笑った。
その顔が愛しくてれいなも笑った。
「こうやってあっという間に時間は過ぎてっちゃうのかなぁ」
「やけん、ぼーっとしてちゃいけんいうこったい」
「でもいろんなことあったよねぇ」
「夏は海も行ったっちゃん」
「十年後の絵里たちはどうなってるんだろうねぇ」
「えらい気の遠い話っちゃねぇ」
「二十年後も仲良くしてるかな」
「愚問やね」
ギ、とドアが開く音がした。
もうそろそろいいかなー、からかうような口調でさゆみが顔を覗かせた。
冷やかすようにニヤニヤと笑っている。
「・・・あれもきっと一緒におるったい」
れいながそう言ってさゆみを指さす。
アハハと笑う絵里に、まるい目がくるりくるりと動いていた。
- 548 名前:歩いてる 投稿日:2007/12/23(日) 01:25
-
- 549 名前:歩いてる 投稿日:2007/12/23(日) 01:26
-
「十年後の私たち、か」
放課後の図書準備室で、里沙が遠くを見るような目で呟いた。
絵里の様子を報告がてら、れいなとさゆみは里沙のもとを訪ねていた。
もっとも、さゆみは図書委員として来るべき場所でもあるはずなのだが。
「そんなこと言えるようになったんだねカメ」
嬉しそうに里沙は微笑む。
今日も心地良いお茶の香りが室内にはひろがっている。
「心臓の方、どうなのかな?」
「悪くはなっていないって絵里のお母さんが言ってたの。むしろ良くなってるかもしれないわね、って言ってた」
「ホントね?よかったっちゃん」
絵里の心臓が良くなることは決してないのだ、ということはここにいる三人はよくわかっている。
けれど嬉しかった。絵里の母親がそう思うということが嬉しかった。
そしてどこかで信じたい気もした。
- 550 名前:歩いてる 投稿日:2007/12/23(日) 01:27
- 「絵里ね、毎朝お母さんと喧嘩してたらしいの」
「なんでったい?」
「学校行くー学校行くーって」
「なんねそれ。まったく絵里は子供っちゃねー」
そう言ってれいなとさゆみはコロコロ笑った。
里沙もその時の絵里の表情を思い浮かべたら自然と笑えてきた。
「カメ、よかったね」
思わず胸の中を口にする。
一年前の今頃では想像も出来なかった。
あのガラス細工のような笑顔はもういない。
今の絵里は病気になる前と同じくらい、いや、それ以上に輝いて見えた。
そんなことを考えていたら危うく涙腺が緩みそうになったので、慌てて里沙は話題をふった。
- 551 名前:歩いてる 投稿日:2007/12/23(日) 01:27
- 「そ、そういえば田中っちは、カメに好きだって言ったのかな?ん?ん?」
慌てふためくれいなを見て和もうと悪戯心を出した里沙だったが、意外なことにれいなは真面目な顔をして背筋を伸ばした。
「どうしたのれいな?」
「田中っち?」
れいなは、すぅと小さく息を吸い込むと、なにやら決心したように言った。
「実は・・・二人に聞いてもらいたいことがあるったい」
神妙な面持ちで話すれいなの様子に、里沙とさゆみも思わず居住まいを正した。
「じ、実はれいな・・・い、今まで隠しとったけど・・・」
「うん」
「何?」
れいなは少しの間口ごもっていたが、意を決したように正面を向いて言った。
「れいな、絵里のことが好きと」
- 552 名前:歩いてる 投稿日:2007/12/23(日) 01:28
- れいなは顔を真っ赤にして、唇をかんで俯く。
里沙とさゆみは一瞬顔を見合わせると、同じように顔を真っ赤にして唇をかんで俯いた。
―――わ、笑っちゃダメなのガキさん!
―――さ、さゆこそ笑わないでよ!
同じ状態でも、陥った理由は別だった。
「そ・・・それで田中っち?」
「そ、そうそう、それでどうしたのれいな?」
笑いをどうにかこらえて、二人はれいなに向き合う。
まさか本気でこんなことを告白されるとは思わなかった。
こんな世界中の誰もがわかりきっているようなことを。
―――今まで隠しとったけど、っておいおい
―――実はれいな、じゃないっつーの
互いに足を蹴りあいながら笑うのをこらえて、二人はれいなの言葉を待った。
- 553 名前:歩いてる 投稿日:2007/12/23(日) 01:28
- 「それで、あの、れいな・・・」
「うんうん」
「思い切って、こ、告白をしようかと・・・」
ダハハハハ、と先に声を上げたのはさゆみだった。
その笑い声を聞いて、懸命にこらえていた里沙もとうとう噴き出した。
「な、なんね!二人とも何を笑いようと!!」
「な、何を今更・・・そんな真顔で・・・ダハハハ」
「こ、こらーさゆ!ご、ごめ、違、田中っち違・・・アハハハ」
「もう知らん!!」
むくれて席を立ったれいなを、里沙が慌ててつかまえに走る。
さゆみはまだ足をバタつかせながら、ダハダハと笑い転げていた。
- 554 名前:歩いてる 投稿日:2007/12/23(日) 01:28
-
- 555 名前:歩いてる 投稿日:2007/12/23(日) 01:29
-
「何にしようかねぇ」
十二月も中旬を過ぎると、一気に寒さが厳しくなってきた。
お気に入りのハーフコートに身を包み、自らを抱きかかえるように腕を組みながら、れいなは冬の街を歩いていた。
首には誕生日に絵里から貰ったマフラーが巻かれている。
「やっぱりずっと残るものがいいっちゃよねぇプレゼントは。何がいいやろかいねぇ」
ブツブツと呟きながら、キョロキョロと華やかな冬の街並みを見回す。
立ち並ぶショップはみな鮮やかにクリスマスのディスプレイが施され、眺めているだけで気分を高揚させた。
そして街のあちこちからは思い出したようにクリスマスソングが流れ出す。
この季節に流れる歌は、どこかみな心豊かで、暖かい気持ちにさせてくれるかられいなは好きだった。
―――A VERY MERRY CHIRISTMAS AND A HAPPY NEW YEAR
と歌う歌が、れいなはお気に入りだった。
れいなの耳でもなんとなく聞き取れる英語だったからかもしれないけれど。
- 556 名前:歩いてる 投稿日:2007/12/23(日) 01:30
- びゅう、と北風が頬をいたぶる。
今日は少しだけ風が強い。
「さ、さぶ!」
思わず声を上げる。
華やかな街並みやクリスマスソングに心は温まっても、細身のれいなの身体に寒さは天敵だった。
「ちょっとあったかいお茶でも飲みながら考えるとするかいね」
れいなは猫背になりながら、逃げるようにコーヒースタンドにすべりこんだ。
- 557 名前:歩いてる 投稿日:2007/12/23(日) 01:30
- ふうふうとホットスープに息を吹きかけながら、ようやく身体が温まるのを感じる。
―――ふう。これで落ち着いてプレゼントのこと考えられると
絵里の入院でパーティーは出来なくなったけれど、プレゼントは病院に渡しに行こう、とれいなは決めていた。
そして、その時に思いを伝えようと―――。
ボっと顔が赤らむ。
そのことを想像すると、身体中がカーっと熱くなってくる。
けれど、れいなはもう決心したのだ。
―――ウジウジ悩んだりするのはれいならしくないったい!
さゆみと里沙に打ち明けた時のことを思い出す。
いきなりわけもわからず大笑いされて不愉快にも思ったが、最後には二人とも親身になってアドバイスをしてくれた。
『田中っちは真っ直ぐさが魅力なんだから、そのまんまで正直に伝えればいいと思うよ』
『れいなは考える前に動いちゃうのが短所だけど、それを長所にしちゃえばいいの。言葉にするのは大切なの』
絶対に大丈夫だから、と二人は口を揃えて言った。
- 558 名前:歩いてる 投稿日:2007/12/23(日) 01:31
-
―――嫌な思いさせんやろか?
―――嫌われたりせんやろか?
そんなことをグジグジと思い巡らせもしたが、そんな自分がなんだかとても気持ち悪くなった。
自分で自分が面倒くさくて、可笑しくて、格好悪かった。
『シャニムニれいななの』
いつかそんなふうにさゆみに言われたこともあったなぁ、と思い出す。
―――れいなは絵里のことが好きと。それが全部の答えったい
半ばヤケクソ気味にそう思うと、絵里の誕生日に告白をしよう、と一気に決めたのだった。
- 559 名前:歩いてる 投稿日:2007/12/23(日) 01:32
-
「告白っていう大きなオマケ付きの誕生日プレゼントやからね。しっかり考えて選ぶったい」
そう言ってカップスープをすすりながら、れいなは気合を入れなおす。
ガラス窓の向こうには、いろんな表情の人が行き交っている。
でもなんだか不思議とみんなが笑顔に見えた。
―――SO THIS IS CHIRISTMAS
お気に入りの曲が流れ出したのをきっかけにしたかのように、よし!とばかりにれいなは再び冬の街へと飛び出して行った。
- 560 名前:歩いてる 投稿日:2007/12/23(日) 01:32
-
- 561 名前:歩いてる 投稿日:2007/12/23(日) 01:32
-
- 562 名前:歩いてる 投稿日:2007/12/23(日) 01:33
-
誕生日プレゼントには時計を買ったと。
小さな置時計ったい。
高いもんは買えんちゃけど、安くてもかわいいやつ見つけよったけんね。
もう何軒お店まわったか。クッタクッタたい。
でもセンスのいいやつ買えたけんね。れいなの粘り勝ちったい。
時計にした理由は、まぁなんて言うかそのぉ、これからも一緒に時を刻んでいこうね、みたいな。
そんなの照れるけん、絶対言えんと思うっちゃけどね。
絵里、喜んでくれるといいなぁ。
- 563 名前:歩いてる 投稿日:2007/12/23(日) 01:33
-
- 564 名前:歩いてる 投稿日:2007/12/23(日) 01:33
-
- 565 名前:歩いてる 投稿日:2007/12/23(日) 01:34
-
「いよいよなの」
「・・・いよいよったい」
12月23日。
とうとう、ついに、いよいよ、この日がやってきた。
れいなにとって大きな一日となるであろう日が。
病院へ向かう前に公園でさゆみと話す。
午後三時を過ぎると日もだいぶ傾いたように感じる。
陽だまりの中で身体をまるめながら、既にせわしなくなっている心臓の鼓動をれいなは感じていた。
「もっと早く行ってるのかと思ったの」
「絵里、午前中は検査があるけん、落ち着いた頃にと思って」
「そうなんだ。さゆみも出かけるところだったから丁度良かったけど」
病院へ向かう前、れいなは少しでも心を落ち着かせようとさゆみに電話をした。
丁度さゆみも出かけようとしていたところだったらしく、では公園で、ということになったのだ。
- 566 名前:歩いてる 投稿日:2007/12/23(日) 01:34
- 「・・・やっぱさゆも一緒に行かんね?」
「だから行かないってばもう。告白するのに一緒についていけるわけないの」
「それはそうやけど・・・」
「それにさゆみも今日は大事な用があるの」
「そ、そうっちゃね」
なんでも藤本から明日こちらに遊びに来ると連絡があったらしく、明日吉澤らとクリスマスパーティーをすることになったのだという。
今日はその準備と、藤本へのプレゼントを買いに行くらしかった。
「さゆみも絵里のお誕生日はお祝いしたいけど、今日はれいなだけに譲ってあげるの。絵里が退院したらみんなでお祝いしよ」
「うん。そうっちゃね」
さゆみが公園の時計をチラリと見る。
針はそろそろ午後三時半を指そうとしていた。
「じゃ、そろそろさゆみ行くの」
「あ、うん、じゃ、れいなも」
二人は立ち上がって軽く服装を整える。
れいなは絵里へのプレゼントが入った小さな紙袋をギュっと胸に抱えた。
- 567 名前:歩いてる 投稿日:2007/12/23(日) 01:35
-
「さゆ」
「ん?」
「ありがと」
れいなが少しハニカミながらそう言うと、さゆみはまるい目を転がしながら、ポンっとれいなの背中を叩いた。
「がんばれ、れいな!」
うんうん、とれいなは何度も頷くと、十二月の冷たい空気を胸の中にすぅっと吸い込んだ。
- 568 名前:歩いてる 投稿日:2007/12/23(日) 01:35
-
- 569 名前:歩いてる 投稿日:2007/12/23(日) 01:36
- 病院内に入り白いマフラーを首から外す。
暖房の暖かさに少しホっとする。
エントランスには小さなサンタのぬいぐるみが置いてあり、ささやかなクリスマスがここにもやって来ていた。
エレベーターを降りナースステーションで受付用紙に記入をしていると、看護士さんが笑顔で挨拶をしてくれた。
何度か足を運んでいるせいか、顔を覚えてもらったらしい。
「こんにちは」
「あ、はい、どもども」
おどおどとしながらも笑顔を返し、れいなは絵里の病室へ向かった。
鼓動が速い。耳たぶが熱い。
- 570 名前:歩いてる 投稿日:2007/12/23(日) 01:36
-
「れいなぁ」
ノックしてドアを開けると、ふにゃり笑顔がそこで待っていてくれた。
何故だか『ただいま』と言いそうになるのを抑えて、いつもより少しぎこちなくニヒヒっと返す。
「絵里」
愛しい人の名を呼んだ。
- 571 名前:歩いてる 投稿日:2007/12/23(日) 01:37
- 絵里の病室に入った頃にはもうすっかり夕暮れになっていて、街は足早に夜を迎えようとしていた。
「絵里のママは?」
部屋の中をきょろりと見回しながられいなは尋ねた。
「夕方にれいなが来るって言ったら『じゃあお母さんはちょっとお家に帰ってくるわね』って」
「そ、そうったいね」
告白の準備があまりに整いすぎて、れいなは少々戸惑った。
「あ、え、絵里、これ」
れいなは胸に抱えていた紙袋から、綺麗にラッピングされた小さな箱を取り出した。
「誕生日おめでとう、絵里」
「わぁ、ありがとぉ!」
絵里が嬉しそうに顔をほころばせる。
この顔が見られただけでも、寒い冬の街を歩き回った甲斐があったとれいなは思った。
- 572 名前:歩いてる 投稿日:2007/12/23(日) 01:37
- 「開けてもいい?」
「うん。たいしたもんじゃないけん、あんま期待せんといてね」
絵里はガサゴソとラッピングを外し、箱の中から小さな置時計を取り出した。
「わぁ、かわいい!かわいいね、れいな!」
「き、気に入ってくれたと?」
それはテニスボールくらいの小さな球形をしていて、真っ白なボディに黒い文字盤というシンプルなものだった。
「すごい気に入っちゃったよ絵里。ありがとぉれいな」
「よかったぁ。もっとピンクとかゴールドとか派手なかんじのにしようかとも思ったっちゃけど、シンプルな方がずっと使ってもらえるかなぁって思いようと」
「うん。これから毎朝これで起きる・・・あ」
絵里が何か思いついたように口に手を当てる。
そして何やらくっくっと笑い出した。
「なん?どげんしたと絵里?」
「わかっちゃった」
「何がね?」
「れいなが時計をプレゼントしてくれた理由」
- 573 名前:歩いてる 投稿日:2007/12/23(日) 01:38
- ドキっとした。
れいながその小さな置時計に込めた思い―――。
顔がカーっと熱くなるのを感じた。
「あ、あの絵里、れいなは、」
「寝坊するな、ってことでしょ?」
「は?」
れいなはポカンと口を開ける。
絵里はクスクス笑いながら続けた。
「毎朝れいなのこと待たせてばっかいるもんねぇ。ごめんなさい」
「あ、いや、れいなは別にその、」
「大丈夫。この子がいればもう朝ちゃんと起きられるから!」
もう待たせないからぁ、と絵里は白い時計に頬ずりをして笑った。
「あ、はは、そうやね。よかったったい」
れいなはちょっと複雑な気持ちだったが、どこかホっと胸を撫で下ろしていた。
- 574 名前:歩いてる 投稿日:2007/12/23(日) 01:38
- 「さゆもおめでとうって言うとったとよ。退院したらお祝い会しようって」
「ありがとぉ」
「風邪はどげんね?」
「うん、もう大丈夫」
そんな他愛のない会話をなんやかんやとしているうちに、れいなはふと気づいた。
―――待てよ
れいなは思い返す。
―――さっきの時計の流れって、告白するタイミングじゃなかったと?
プレゼントに時計を選んだ本当の意味。
れいなは絵里と一緒に時を刻んでいきたいと。
そう思ってこの時計を買ったと。
れいなは絵里のこと好きと。
そう言うべき場面じゃなかったか??
- 575 名前:歩いてる 投稿日:2007/12/23(日) 01:39
- あーっと頭をかきむしる。
ホッとしている場合じゃなかった。
今日れいなは一大決心してここに来たんじゃないか。
「れいなぁ?」
急に妙な行動をしたれいなを絵里が訝しがる。
「れいなぁ、どうかしたの?」
「あ、いや・・・絵里」
「ん?」
「・・・絵里ぃ!!」
れいなは思わず大声を出し、絵里がピクっと肩をあげた。
「び、びっくりしたぁ。なんなのれいなぁ?」
「あのね、あの、れいなね・・・」
れいなね、れいなはね、れいなは―――
言葉が繋げない。
その先の言葉がどうしても喉から先に出てきてくれない。
まるで喉元をキューっと締め付けられたように、声すら出せない。
- 576 名前:歩いてる 投稿日:2007/12/23(日) 01:40
-
「どうしたの、れいなぁ?」
絵里が不思議そうにれいなを覗き込む。
れいなは絵里を見つめながら、バカみたいにただ口をパクパクとさせている。
―――絵里が好きと。れいなは絵里が大好きと!
胸の中では何度も何度も繰り返し叫んでいるのに、どうしても言葉になって出てきてくれない。
絵里はきょとんとした顔でれいなを見つめている。
―――あ、ヤバイ。泣く
目元がなんだかジワリと滲んだ。
れいなは突然立ち上がると、驚く絵里を尻目にドアへと走った。
「ちょ、ちょっと、れいなぁ?」
「・・・ごめ、ト、トイレ」
どうにかそれだけ声を絞り出して、れいなは足早にトイレへ向かった。
- 577 名前:歩いてる 投稿日:2007/12/23(日) 01:40
-
「どうして言えんったい!」
洗面所で涙を拭く。
なんとも情けない顔をした自分がそこにいる。
「夢の中では言えたのに。手をつないだのに」
そう呟くと、また涙がジワリとあふれてくる。
言葉にすることが、こんなにもこんなにも大変なことだったなんて。
「・・・情けなか」
グシグシと目を擦り、鼻をかむ。
鏡の中の自分はまるで子供だ。
「・・・早く戻らんと、絵里心配するけんね」
呟きながら軽く頬をぴしゃりと叩く。
―――れいなは弱虫ったい
俯いて唇を噛んだ。
- 578 名前:歩いてる 投稿日:2007/12/23(日) 01:41
- 病室のドアを開けると、軽やかな電子音が響いていた。
「あ、れいなぁ、どうしたのぉ?」
絵里はれいながプレゼントした時計のアラームを鳴らして遊んでいた。
いい音がするね、と笑った。
「あ、うん、いい音っちゃね」
出した声は少し掠れていた。
- 579 名前:歩いてる 投稿日:2007/12/23(日) 01:41
- 絵里がアラームを止めると、病室に静寂が降りた。
沈黙が少しの間この部屋を支配した。
時計の秒針だけが微かに響いていた。
「れいなぁ」
少し俯き加減で押し黙っているれいなを不思議そうに見ながら、絵里が口を開いた。
「絵里ね、病院のベッドの上で言うのも変だけど、今すっごく元気なんだ」
その言葉にれいなも顔を上げる。
絵里は柔らかい笑顔をれいなに向けていた。
「あの日のこと、覚えてる?」
「あの日?」
「絵里がてんとう虫を潰した日」
その光景はれいなの脳裏に残っていた。
びっくりして、困って、気が遠くなったのを覚えている。
そして何故だか綺麗だと思ったことを覚えている。
- 580 名前:歩いてる 投稿日:2007/12/23(日) 01:42
- 「あの頃はまだ、絵里は不安定だった。時々、あんな気持ちになっちゃってた」
「・・・うん」
「でも、あの日れいなが言ってくれた」
「・・・何言うたっちゃかいね?」
「れいなで生きてることを感じればいいっちゃ、って」
「そんなこと言うたかいね?恥ずかしいと」
覚えていた。
あの時、れいなは思わず絵里を抱きしめ、そして首筋にキスをした。
そのことを思い出すとのた打ち回るほどに恥ずかしい。
何故そんなことをしたのか、あの時の感情は今でも上手く説明が出来なかった。
「絵里ね、その言葉になんだか不思議と元気づけられたの」
「うん」
「絵里、病気になっちゃってから、なんで生きてるんだろうとか、悩んだり迷ったりしたんだ。それで周りに迷惑かけたりもした」
「・・・うん」
「でもね、れいなを見てると、なんだかわかんないけど元気になる自分がいるの。ホントに生きてることを感じてる気がしたの!」
ホントだよ、と絵里は少々上気したような顔で真剣に言う。
れいなは照れ臭そうにコクコクと頷いていた。
- 581 名前:歩いてる 投稿日:2007/12/23(日) 01:42
- 「れいながいて、さゆやガキさんもいて、そんなふうに毎日過ごしてたらホントになんか、明日が来るのが楽しみになってきちゃって」
「うん」
「今でも」
勢いよく話していた絵里が、一瞬言葉を切る。
れいなは絵里の唇を見つめながら静かに待った。
「今でも、やっぱり迷っちゃったり悩んじゃったりすることはあるけど・・・でもね、違うよ。前と違うよ」
「うん」
「誰かが憎いとか羨ましいとか、自分が惨めだとか、そんなふうには思わなくなったよ・・・たまにしか」
そう言って絵里は少しバツが悪そうに笑った。
嘘がつけない絵里に、れいなも思わず微笑む。
「でもホントにそんなふうに思わなくなったんだよ。いろんなものに感謝したり、愛しいって思えるようになったよ」
「うん」
「それにね、もしもどうしても嫌なこと考えちゃったりしたら、れいなのこと考える」
「うん」
「絵里は生きてるって、感じるよ。れいな」
- 582 名前:歩いてる 投稿日:2007/12/23(日) 01:43
-
目の前で絵里が笑っている。
穏やかな表情で微笑んでいる。
ああ、本当に絵里には笑顔がよく似合う。
ねえ、絵里。
れいなも絵里で生きてることを感じとうよ。
れいなも絵里のおかげで明日が待ち遠しいよ。
ああ、なんだか顔が火照っとう。
頭もちょっとボーっとしてるったい。
風邪がうつったんかいねぇ。
- 583 名前:歩いてる 投稿日:2007/12/23(日) 01:43
-
「れいなは絵里のことが好きと」
スルリと喉をくぐり抜けた言葉は、ごく自然にあたり前のようにれいなの唇を動かした。
一瞬、目をまるくした絵里は、すぐにふにゃりと笑って言った。
「絵里もれいなのこと大好きだよぉ」
れいなは静かに微笑み、少し熱に浮かされたような表情で、しばらくの間ぼんやりと絵里を見つめていた。
- 584 名前:歩いてる 投稿日:2007/12/23(日) 01:44
-
―――?
我に返った。
私は今、何を言った?
「あわわわわ、ちょちょ、いや、今のはその・・・」
れいなの顔からは一瞬血の気が失せ、そしてすぐに充血した。
「れいなぁ?」
絵里が不思議そうにれいなを覗き込む。
れいなの額からは汗が吹き出した。
「ちょ、違う!今のなし!いや、なしじゃないっちゃけど、あれ?れいな今何言うたと?あれ?なんで言えたと?」
「ちょっとれいなぁ、今の嘘なのぉ?」
絵里が頬をふくらませ睨む。
れいなは慌てて手を振りうろたえた。
「嘘じゃないったい!嘘じゃないっちゃけど、なんでれいな、あれぇおかしいなぁ?」
もういいよとふくれる絵里を、真っ赤な顔のれいなが必死でなだめていた。
- 585 名前:歩いてる 投稿日:2007/12/23(日) 01:44
- 窓の外の夜空には、あきれるほどに澄んだ月が張り付いている。
凍てついた空気は、もしかすると明日あたり、この街にも雪をちらつかせてくれるかもしれない。
れいなの上に。
絵里の上に。
愛しい仲間たちの上に。
- 586 名前:歩いてる 投稿日:2007/12/23(日) 01:45
-
- 587 名前:歩いてる 投稿日:2007/12/23(日) 01:45
- 街の中にはいつも歌声や泣き声や笑い声がこだましていて。
そんなひとつひとつが少しずつ少しずつ少女達の背中を押す。
時の行方にくじけそうでも
時の行方に傷ついても
高い空を睨み、まなざしはさらに遠くへ。
歩いてる。
高らかに掲げる情熱に笑顔を添えて―――。
- 588 名前:歩いてる 投稿日:2007/12/23(日) 01:46
-
「歩いてる」
了
- 589 名前:歩いてる 投稿日:2007/12/23(日) 01:46
-
HAPPY BIRTHDAY ERI!!
- 590 名前:めめ 投稿日:2007/12/23(日) 01:47
- 以上です。
読んでくださった皆様、どうもありがとうございました。
- 591 名前:めめ 投稿日:2007/12/23(日) 01:48
- 以上で連作短編で続けてまいりました「てんとう虫のルンバ」完結です。
拙い作品におつきあいいただいた皆様に感謝申し上げます。
読んでくださった皆様、本当にどうもありがとうございました。
レスをくださった皆様、本当に嬉しく励みになりました。
どうもありがとうございました。
- 592 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/23(日) 17:50
- 娘。ファン歴はずいぶんと長いのですが、最近になって娘。小説に興味を持った者です。
作者さんが描く娘。たちは、切なくなるほど優しくて、
泣きたくなるほど思いやりに溢れていて、私は大好きです。
れいなはHAPPY XMASが好きなんですね。
私も一番好きなクリスマスソングです。
またいつか、作者さんが描く娘。たちに出会える日を楽しみにしています。
長い間、お疲れ様でした。そして、ありがとうございました。
では、MERRY CHIRISTMAS!!
あ、亀ちゃん誕生日おめでとう!
- 593 名前:Ray 投稿日:2007/12/23(日) 21:14
- こんなれいなと絵里の会話にちょっと感動して泣きました。
絵里が本気で笑えるようになって本当によかったね。
クリスマス編も期待してたのに惜しくも完結ですね。
お疲れ様でした!
今まで作家さんの小説を読みながら娘。の事がもっと好きになりました。
本当にありがとございました。
いつかまた機会があったら新しい話を聞かせて下さい!
ps。亀井さん、19歳のお誕生日おめでとうございます!!
- 594 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/24(月) 01:41
- 亀ちゃんの誕生日にレス間に合わなかったーーーorz
とうのはさておき完結お疲れ様です!
毎回楽しみにして読んでました
さゆと藤本さんの話の続きも読みたいけどとても素敵な終わり方なので・・・
また次回作があることを期待しちゃいます♪
イブですけどメリークリスマス☆
感動と幸せの瞬間をありがとうございますm(__)m
- 595 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/24(月) 22:12
- 完結お疲れ様です!
初レスになりますが最初からずっと読ませて頂いてました
ところどころに、心に残る素敵な台詞が入ってたりして凄く楽しめました!またどこかでおみかけ出来るのを楽しみにしてます!
最後に、わざとiをお付けになっているのでしょうか?もしや読者へのクリスマスプレゼント!?
- 596 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/26(水) 06:16
- 作者wikiから、たまたま飛んできました。
そしたらちょうど完結!!一気に全部読みました。
『チャーリーブラウン、なぜなんだい?』という名作絵本を思い出しました。
娘。ファンじゃなくても、普通に話としてすごく面白い!
子どもができたら読ませたいくらいです。
ミキティのうさちゃんピースのシーンでは涙までこぼれてしまいました。
現実にはちょっと苦手なメンバーも、この小説ですごく愛しく思えて、
文章も上手で本当に最高!作者さんありがとうございます。
- 597 名前:めめ 投稿日:2007/12/28(金) 21:52
- レスありがとうございます。
年末のご挨拶とお礼を兼ねて返レスさせていただきます!
>>592
あったかいコメントをどうもありがとうございます。
長く応援されてこられた方にそんなふうに言っていただけるのは大変嬉しいです!
6期がらみしか書けないかもっていうのが正直なところなんですがw
作者は娘ファン歴も娘小説歴もまだまだですが、これからも楽しんで応援していきたいなぁって思ってます。
ありがとうございました。
>>593
娘がもっと好きになったなんて、作者には最高のお褒めの言葉です。
ホンっとに感謝です。
また書けるかわかりませんが、書いた時に読んでもらえたら嬉しいです。
ありがとうございました。
- 598 名前:めめ 投稿日:2007/12/28(金) 21:54
- >>594
毎回読んでいただけたようで、本当に感謝しております。
さゆにももっといろんな話を紡いでもらいたかった気持ちもあったんですが、
容量もなくなってきてましたので、まぁいい頃合かと思って終わらせましたw
いい終わり方だと思っていただけたなら幸いです。
ありがとうございました。
>>595
最初から読んでくださって、本当にありがとうございました。
楽しんでいただけたなら嬉しいです。
「i」はCHIRISTMASの「i」のことですかね?気づいていただけましたか!
そうなんです。読んでいただけた感謝を込めて「愛」をしのばせてみました。
从*` ロ´)嘘やろが?!
ノノ*^ー^)ええ嘘ですよ?
从*・ 。.・)言われるまで気がつかなかったの
ありがとうございましたorz
- 599 名前:めめ 投稿日:2007/12/28(金) 21:58
- >>596
一気に読んでくださったんですか!ありがとうございます。
こんなにありがたいコメントをいただけて、何と言いますか、もう穴があったら入りたいくらい恐縮しています。
作者にとっては娘小説だからこそ書けた作品ですので、読者の方はもちろん、管理人さんやこのサイトを支えてくださっている皆様にあらためて感謝です。
ちなみにwikiに載せていただいているのに気がついた時は、もちろんすごく嬉しかったんですが、なんか申し訳ない気持ちにもなりましたw
あ、絵本、今度読んでみたいと思います!
ありがとうございました。
皆様あたたかいレスを本当にどうもありがとうございます。
紅白楽しみにしましょうw
よいお年を!
- 600 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/28(金) 23:35
- この作品に出会えて良かったです。一話一話幸せな気持ちにさせてくれました。
完結おめでとうございます。ありがとうございました。
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