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「保田圭がそばにいる生活」(総集編)
- 1 名前:ぺったんこ 投稿日:2000年06月08日(木)03時26分46秒
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http://fire7.hypermart.net/va/life1.html
- 2 名前:ぺったんこ 投稿日:2000年06月08日(木)03時27分31秒
- 「送信」をクリックした俺は、猛烈な疲労感と眠気に襲われ、ベッドに倒れこんだ。
俺がこのメールを送ったことで、そして保田がこのメールを読んだことで、今の状
況がどんな風に変わるのか、そんな事はもう、どうでも良くなっていた。ただ、今
は、保田の事を心に思いながら、眠りたかった。全てのモヤモヤを忘れるために、
ひたすら眠り続けたかった。起きた後の事などは何も考えずに…
- 3 名前:ぺったんこ 投稿日:2000年06月08日(木)03時28分16秒
- 「裕ちゃん…」
「んー?なにー?」
「…ちょっと…」
歌番組の収録が終わり、控え室でまったりしている中澤に保田はそっと声をかけ
た。
「今夜さ、電話していいかな?」
「電話?」
「うん…ちょっと相談したい事あってさ…」
「うん。別にいいけど…あ、そや。それやったらウチ来るか?」
「裕ちゃん家?」
「そうや。そうしよ。たまには二人でゆっくり語ろ」
「…いいの?」
「何言うてんの。遠慮する事なんてないよ。どうせ帰ったって一人で飲むだけや
し。なんやったらロールレタス作ったってもエエけど」
「いや、ロールレタスはちょっと…じゃあ、お邪魔しちゃおっかな」
「オッケーオッケー」
- 4 名前:ぺったんこ 投稿日:2000年06月08日(木)03時31分46秒
- 帰りのタクシー。初めての「二人だけの夜」に、しばらくは楽しげにいた二人だっ
たが、やがて、会話も途切れがちになり、ついには沈黙の時間が多くなっていた。
それは、明らかに元気の無い保田と、そんな保田の異変に気がついた中澤の二人が
もたらした相乗効果であった。そんな二人を乗せたタクシーは、やがて、中澤のマ
ンションに到着した。
「ゴメンな。自分で来いとか言うときながら、散らかってて」
靴を脱ぎながら、手探りでルームライトのスイッチを探りつつ、中澤は恐縮した。
保田の部屋とし比べ物にならないほどにシンプルな部屋。26歳の女性のリアルな
一人暮しに触れ、保田は少しドキドキしていた。
「ゴメン。ちょっと服脱いでくる。テキトーに座ってて。…それ、テレビのリモコ
ンね」
そう言って、中澤はベッドルームに消えて行った。保田は、ちょっと手持ち無沙汰
という感じで、立ったまま部屋の中をぐるりと見渡した。シックな色に統一された
部屋の中にあって、ひときわ異彩を放つ、モーニング娘。のポスター。モーニング
娘。に人一倍愛着を持っている中澤らしい飾り付けだった。やがて、部屋着に着替
えた中澤が戻って来た。
- 5 名前:ぺったんこ 投稿日:2000年06月08日(木)03時32分41秒
- 「何やってんの?ボーッと立って」
「いや…一人暮しの部屋だなぁって思って」
「ハハハ何言うてんの。それより、圭坊も着替え。ハイ、これ着て。サイズ合うかど
ーか解らんけど。まぁ合わんかっても着てな」
「…ありがとう」
ベッドルームに入り、白無地のTシャツに黒のスウェットのパンツに着替えた保田は、
手早く服をハンガーにかけ、ベッドルームを出た。すでに、テーブルの上には缶ビー
ルが2本と、途中のコンビニで買いこんだスナック菓子とおつまみが整然と並べられ
ている。
「おぉ、ちょうどイイやん、サイズ」
ソファにどっしりと腰をおろした中澤が保田の全身を一瞥し、声を上げた。
「ささ、座って。とりあえず早く飲みたい」
中澤が、保田を急かす。保田は苦笑しつつ、中澤の対面に腰を下ろした。プシュッ
というプルトップを開ける音が部屋中に鳴り響く。
「ま、とりあえず。おつかれ。カンパイ」
「うん。カンパイ」
- 6 名前:ぺったんこ 投稿日:2000年06月09日(金)02時24分17秒
- ここ数ヶ月、秒刻みのスケジュールの中に放り込まれ、「疲れた」の一言を言う余裕
さえも与えられなかったモーニング娘。それに加え、リーダーとしてメンバーを引っ
張って行かなければならないというプレッシャーに、常に苛まれている中澤。市井が
脱退し、プッチモニの一員として、そして娘。本体の中でも精神的支柱としてメンバ
ーたちを盛り立てて行かなければならない保田。そんな二人が、本当に久しぶりに得
た、何にも縛られずに、ゆったりとできる時間。それを堪能するかのように、二人は
しばらく何も話さず、ただお互いの顔を見ながら微笑み合っていた。
「…で?相談っていうのは?」
不意に中澤が口を開いた。保田は缶をテーブルの上に置き、ひとつため息をついてか
ら、中澤の顔を見やった。
「実はね…2つあるんだよね。相談したい事」
「豪華版やね。…エエよ。姐さんに言うてみ」
中澤はグビリとビールを一口飲み、ソファの上にあぐらをかいた。
「一つ目は…仕事の事」
保田と中澤の長い夜が、始まろうとしていた。
- 7 名前:ぺったんこ 投稿日:2000年06月09日(金)02時24分58秒
- 「…ソロのね、話があるんだ…」
中澤はその意外な告白に、一瞬目を丸くした
「ワタシ、最終的には、やっぱ…歌を歌って生きていきたいって思ってるし、今度の
話はその為の大きなチャンスだと思ってるんだ…」
「…ソロの仕事もできたら、また忙しくなるね。でも、チャンスは逃したらアカンよ」
「でもね…でも…そのチャンスつかむために……」
保田が不意に涙を見せる。中澤は保田のタダならぬ雰囲気に戸惑いを隠せずにい
た。
「け、圭ちゃん…どうしたん?」
「……そのチャンスつかむために、かけがえのないモノを手放さなくちゃならない…」
「…?どういうこと?」
「……モーニング娘。を…」
「…えっ…」
「……みんなの事を……捨てなくちゃならないんだよ…」
「圭坊……」
「…そんなコト……できないよ…ワタシ…」
窓の外は、いつの間にか降り出した雨。その雨音と、保田のすすり泣きだけが、静か
なリビングを支配していた。
- 8 名前:ぺったんこ 投稿日:2000年06月09日(金)02時26分17秒
- 「……圭坊」
黙り込んでいた二人。最初に口を開いたのは中澤だった。
「…追加で3人が入ってきた頃の事、覚えてる?」
「…え?」
「…なんか、ものすごいギクシャクしてたよね」
「……」
「ここだけの話な、ワタシとしては追加メンバーを受け入れるっていう事に、ものすごい
抵抗があってん」
中澤は当時の事を回想しながら、ゆっくりとした口調で話し始めた。
「ワタシは最初の5人の中ですら、敵対意識っていうか…妙に構えたトコがあって。まぁ、
歳がワタシだけ上やったっていう事もあるし、なんかナメられたらアカンって、ものす
ごいトンがってたんやなぁ。そんな中でメンバーが増えますとか言われて、ものすごい
ショックっていうか。あぁ、またイチから人間関係作らなアカンって思ったら、ものす
ごい鬱陶しくなって…」
保田はティッシュで涙を拭いながら、中澤の話に耳を傾ける。
- 9 名前:ぺったんこ 投稿日:2000年06月09日(金)02時28分17秒
- 「だから、最初は圭坊にも矢口にも紗耶香にも、必要以上にメッチャ冷たく当たってたと
思う…今な、そのコトをものすごく後悔してんねん」
「裕ちゃん…」
「…あの時もっと…もっと3人にやさしくできてたらって…今さら遅いんやけどな」
「…裕ちゃんが、初めてワタシの事褒めてくれた時…」
「え?」
「雑誌の撮影の時、『圭ちゃん、いい表情やなぁ』って笑顔で言ってくれたときね、すご
く嬉しかったんだよ。あぁ、やっとメンバーとして認められたって思ったら、ホント、
涙が出る程うれしくて…」
「圭坊…」
「あぁ、モーニング娘。に入って、本当に良かったって。これからも、ずっとずっとモー
ニング娘。のメンバーであり続けたいって。心の底からそう思ったんだよ…」
気がつくと、中澤の瞳にも大粒の涙が溢れている。外の雨とシンクロするように、涙が中
澤の頬をつたって落ちていた。
- 10 名前:ぺったんこ 投稿日:2000年06月11日(日)03時55分30秒
- 「ゴメン…圭坊のその相談に、答え出してあげる事、ワタシにはできひん…」
中澤は鼻を2度3度すすりながら、搾り出すように呟いた。
「…ワタシ…圭坊にモーニング辞めて欲しくない…そんな寂しいのイヤや…あの時、冷た
くあたった分の償いもできてないのに…」
「償いなんて…そんな…」
「…でも、ワタシがそんなコト言うてたらアカンのやんかな。リーダーとして…自分の夢
叶える為にがんばれって言うてあげないとダメやのに…」
「もういい…もういいよ、裕ちゃん…ゴメン。裕ちゃん困らせるような事言って…」
「圭坊…」
「…裕ちゃん、大好きだよ…」
保田はたまらなくなって、中澤の胸に飛び込んだ。そして、二人で声を上げて泣いた。思
えば、ここまでお互いの感情を剥き出しにし合ったのは初めての事かも知れない。長いよ
うで短かった2年の歳月。思っている事も、言いたい事も、たくさんあったはずだった。
でも、2人の微妙な関係が、そんないろいろな事を、お互いの心の奥底深くに溜め込ませ
たまま、今日まで時間が流れてしまっていた。しかし、そのタガがようやく外れ、今この
瞬間、2人はやっと、心と心で解り合えたような気がしていた。
- 11 名前:ぺったんこ 投稿日:2000年06月11日(日)03時56分37秒
- 「裕ちゃん…ワタシ、あと3日、死ぬ気で悩むよ」
「うん…」
「…ある人がね、言ってくれたんだ。後悔しない選択はない。だから、後悔が少なくて済む
方を選べって」
「そっか…」
「すごく難しいけど、ワタシはがんばる」
「…うん」
「裕ちゃんにも、メンバーにも、そして自分自身にも、文句言わせないように、ちゃんと答
えを出すから…」
「…圭坊…」
「だから裕ちゃん、ワタシがどの答え選んでも…賛成してくれる…よね?」
「…当たり前やろ。他の誰が反対しても、ワタシは絶対賛成や。約束する…」
「…ありがとう…裕ちゃん…」
「…それにしても、強くなったなぁ…紗耶香の時もそう思たけど、なんか、ワタシが気ぃつ
かへん間に、みんなどんどんオトナになっていく…トシ取るワケやわ」
中澤はティッシュで涙を拭いながら、ため息を一つついた。保田は笑いながら、残りのビー
ルをグイと飲み干す。窓の外では、雨がすっかり上がっていた。
- 12 名前:ぺったんこ 投稿日:2000年06月11日(日)03時58分08秒
- 「で?もう一つの相談は?」
中澤は冷蔵庫から出してきた新しいビールを開け、一口飲んで、保田に向き直った。
「…実は…」
モジモジとした保田の態度に、中澤はピンと閃くものがあった。
「男のコのコトやな…」
図星を突かれた保田は、ただ笑うしかなかった。
「ひょっとして、付き合ってます…とか」
「…ううん。まだそこまでは…」
「はぁ…よかった。で?どういう相談?あんまりヘビーなんはイヤやで」
「実は…」
保田は、出掛けに読んできたEメールの事を思い出しながら、中澤にありのままを告白した。
「ふーん……で?」
「…で?って…」
「どう思ってんの?圭坊としては」
「どうって…」
「その人のコト。ただの先輩としか思ってへんの?それとも、何かもっと特別に思ってるとか?」
「…ワタシにもよく解んないの。でも…センパイといると、すごい何でも話せちゃうってい
うか、こないだも久しぶりに会ったんだけど、自分がモーニング娘。だっていうの、一瞬
忘れちゃうくらい楽しかったし…」
「…それはきっと、好きなんやな…」
中澤は右手で髪の毛をかきあげ、ソファーの背もたれに身体を預けた。
- 13 名前:ぺったんこ 投稿日:2000年06月11日(日)03時59分37秒
- 「今はそんな、恋愛とかしてるヒマはないって解ってるよ。だから、気持ちは受け取れま
せんって、ちゃんと言おうと思ってる」
保田は右手で缶をもてあそびながら呟いた。
「あんな、圭坊」
「なに?」
「ワタシは別に恋愛したっていいと思ってるよ」
「裕ちゃん…」
「確かに、芸能界で仕事してる以上、そういう事のケジメっていうか、そういうのはキ
チっとしなアカンと思う。けど、恋愛感情って、人間としての本能やん。だから、そ
れを押し殺すのって、ものすごい身体に悪いと思うし、恋愛はオンナを絶対キレイに
するから」
中澤が急に饒舌になったのは、決して2本のビールのせいだけではなかった。
「ワタシかって…イイ人できたら、誰がなんて言おうと恋愛すると思うし」
中澤はバツが悪そうに微笑んだ
「裕ちゃん、なんで彼氏できないんだろうね」
保田は中澤の顔をマジマジと見つめながら言う。
「そんなんしゃーないやんか。こればっかりは巡り合わせやからな」
「こんなに優しくて、こんないいオンナなのにね。ワタシが男なら絶対に好きになるよ」
「…ありがと。…なぁ圭坊…ワタシ別にオンナのコでもいいんやで…」
「えっ…」
急に瞳をトロンとさせた中澤の艶っぽい表情に、保田は一瞬たじろいだ。
「なんてなー。ウソに決まってるやろ」
「もぉーっ!」
時計の針は4時半過ぎ。カーテン越しの漆黒が、ゆっくりと藍色に変わり始めていた。
- 14 名前:ぺったんこ 投稿日:2000年06月12日(月)03時21分05秒
- ≪――もう今は遠い昔のようで 笑ったことも やさしい言葉も
それなのになぜか今がいちばん あなたのことが 近くに思える
思い出してみれば色んなことは あなたがそばにいてくれたから出来たみたい
会いたくて からだがふたつに折れる 悔しいけれど 何もかも ありがとう――≫
付けっぱなしのCDから流れてくる歌声に耳を傾けながら、保田は中澤を起こさないよ
うに、そっとベッドを抜け出す。
「…ありがとね、裕ちゃん…」
ベッドの上で静かに寝息を立てている中澤に、保田はそう囁いて、一人ベッドルームを
後にした。
「…さむっ…」
玄関を出た保田に、早朝のひんやりとした空気がまとわりつく。まだ動き出していない
朝の街。腫れぼったい瞳を隠すため、サングラスをかけた保田は、帽子をもう一度深く
かぶり直すと、空車のタクシーに手を挙げた。
- 15 名前:ぺったんこ 投稿日:2000年06月12日(月)03時22分12秒
- 『ちょこっとLOVE』の着メロが、静かだった部屋の中いっぱいに響く。電話なんて取
りたい気分じゃなかったんたけど、あまりの音に、思わず電話を手にしてしまった。
「…はい…」
「…あ、保田…です…けど」
「あっ…」
「…寝てました?…」
「あ、いや…別に…」
「…」
「…」
まさか保田の方から、それもこんなに早くにリアクションがあるとは、夢にも思わない俺
は、電話を持つ右手を少し震わせた。
「…前もらったメールの話なんですけど…」
何とも言えない沈黙を、保田が破った。
「あ…あぁ」
情けない声しか出せない俺。その弱っちさに自分でも腹が立つ。
「メールで返そうかな、とも思ったんだけど…ほら、こういう事は直接話した方がいいの
かなーなんて思って…」
「…うん」
「……なんかこーゆーのって、ヘンな感じですよね…」
俺はどうしていいのか解らず、なぜか部屋にあるモーニング娘。のポスターに目をやっ
た。しかし、その中の保田と目が合い、ますます緊張度合いを高めてしまった。
- 16 名前:ぺったんこ 投稿日:2000年06月12日(月)03時23分09秒
- 「…センパイ、ワタシ…」
「ちょっと待って」
「え?」
「…ゴメン…な」
「…え…」
「あんな事、突然言っちゃって。迷惑だったと思う。ホント、ごめん…」
「…なんで謝るんですか…ワタシ、嬉しかったよ、センパイ…」
「えっ…」
「…ワタシもセンパイの事…」
「…保田…」
「……でもワタシね、センパイとは付き合えない…」
「……」
「仕事、もっともっとがんばりたいし。そうなったら、絶対時間がないって思うし。それに…」
解っていた結果ではあったが、いざ対峙してみると、ボディにズンという感じで来る、
結構ヘビーな言葉。俺は気丈を振舞いたかったが、それすらも出来ずにいた。
- 17 名前:ぺったんこ 投稿日:2000年06月12日(月)03時24分29秒
- 「…それに、ワタシには待ってる人がいるから…」
「え?」
「高校の時にね、付き合ってた人がいたんです。歌のレッスン受けるために高校辞めちゃ
った時にね、その人とも別れちゃったんですけど…」
「…」
「その人とね、約束したんです。絶対にビッグになるって。その人ね、待ってるんですよ、
ワタシがビッグになるの」
「…」
「だから、ビッグになるまで、とにかく仕事がんばりたいって思ってるんです…」
見事なまでの、完全なる失恋。しかし、なぜか心の中には、妙なすがすがしさがあった。
保田が俺の事をタダの先輩としてではなく、特別な存在として見てくれている。その事
実だけで十分だと、俺は心から思っていた。例え、これから先、俺の事がタダの先輩で
しかなくなったとしても、この一瞬、保田の心に俺がいたコトは変わらない事実として
2人の心の中に生き続けていく。それだけで、もう十分だった。
- 18 名前:ぺったんこ 投稿日:2000年06月12日(月)03時26分45秒
- 「なぁ、保田」
「はい」
「フリーターの俺にはさ、今の保田に、たぶん何にもしてあげられないと思う」
「センパイ…」
「俺も仕事が忙しいし、まぁ、保田はもっと忙しいし、あんまり会う事もなくなるだろうって
思う」
「…」
「だけど、俺は保田のコト、忘れない」
「…」
「バイトの後輩で、頑張り屋の保田も、モーニング娘。で輝いてる保田も、ずっとずっと忘れ
ないでいる」
「…センパイ…」
「だから…保田も俺のこと忘れないでいて欲しい…」
「…忘れない…絶対に忘れない…ありがとう…センパイ」
俺は電話を切ると、ベッドの上に大の字になった。そして、しばらく天井を見つめていたが、
だんだん視界が潤んだようにぼやけてくる。束の間の夢の終わりは、とてもシンプルで、そ
して、とても寂しげだった。
- 19 名前:ぺったんこ 投稿日:2000年06月12日(月)03時29分00秒
- *
―――『さぁ、今日のゲストはモーニング娘。のみなさんですっ』
8月だというのクーラーの全く利かない休憩室。映りの悪いテレビは、歌番組を流してい
る。俺は、少し遅めの夕食を頬張りながら、ボーッとテレビを見ていた。
「あれ?センパイ、モームスのファンなんすか?」
一緒に休憩に入った後輩が、横に座ってそう呟いた
「あぁ…悪いかよ」
「いや…いいっすよね。俺も好きナンすよ」
「…誰がいい?」
「やっぱ、ゴトウマキでしょ。カワイイっすもん」
「……」
「で?で?センパイは誰ナンすか?」
「誰でもいいだろ。ナイショだよ、ナイショ」
「いーじゃないすかー。誰にも言わないから教えてくださいよー」
「……保田圭だよ」
「…ヤスダ…誰すか?それ?」
「……コレだよ」
そう言って、俺は画面の右端を指差した。
「コレが『モーニング娘。』の保田圭だよ。よく覚えとけ」
そこに映っていたのは、まぎれもなく『10人』のモーニング娘。だった。
第ニ部 完
- 20 名前:ぺったんこ 投稿日:2000年06月24日(土)03時25分23秒
- 保田圭がそばにいる生活〜第三部〜
「マウス・ピース」
- 21 名前:ぺったんこ 投稿日:2000年06月24日(土)03時26分00秒
- 棺の中のユウ兄ちゃんの青白い寝顔は、少し微笑んでいるように見えた。
あんなに辛かったはずなのに。いっぱいいっぱい苦しんだはずなのに。
なんでそんな安らかな顔をしているのだろう。最後の瞬間、ユウ兄ちゃ
んの頭の中には一体何が浮かんでいたのだろう。その顔を見ていると、
楽しい事以外には考えられない。そして、その楽しい光景の中に、私の
姿はあったのだろうか。私は今日まで、ユウ兄ちゃんの事、ずっと考え
てた。だから、ユウ兄ちゃんにも、私のこと考えながら眠っていて欲し
かった。
「ユウ兄ちゃん…」
頬を伝う涙を拭う事もなく、私はユウ兄ちゃんのその、安らかすぎる寝
顔をただじっと見つめていた。
- 22 名前:ぺったんこ 投稿日:2000年06月24日(土)03時26分37秒
- *
ユウ兄ちゃんは、私の初恋の人だった。
いや、そう感じ始めたのは、ずっとずっと後になってからの事で、それ
までのユウ兄ちゃんは、向かいの家の優しいお兄さんであり、そして、
私のサックスの先生だった。ある日、いつもの公園で、ユウ兄ちゃんが
まだ小さかった私に吹いてくれたサックスの音色に憧れ、物心ついた私
は、自然とサックスを志すようになっていった。中学になって吹奏楽部
に入り、もちろんサックスを始めた。そして、毎晩のように、ユウ兄ち
ゃんの部屋に上がりこんでは、2時間も3時間もサックスの練習をした
事もあった。いつ行っても、ユウ兄ちゃんはいつも笑顔で迎えてくれて、
イヤな顔一つせず、いつも熱心に、サックスを教えてくれた。でも私は、
そんなユウ兄ちゃんの熱心さに応えることはできず、あんまり上達もし
ないままにサックスを吹く回数もだんだん減っていき、いつしか目標は
歌へと変ってしまった。けれど、ユウ兄ちゃんは、そんな私に呆れもせ
ず、それどころか、いつも励ましてくれた。歌を唄う為に学校を辞めて、
周りからはイロイロ言われていたけれど、ユウ兄ちゃんだけは私の味方
だった。そして、やっとユウ兄ちゃんと同じ目線で話ができるようにな
った頃、私の中でのユウ兄ちゃんは、今までの優しいお兄さんではなく
なっていた。
- 23 名前:ぺったんこ 投稿日:2000年06月24日(土)03時27分55秒
- でも、そんなユウ兄ちゃんが、遠くの街に引っ越す事になった。私が1
7歳になったばかりの頃だった。
「社会人スタートの場所が大阪だって…もう笑うしかないよな」
そう言ってユウ兄ちゃんは本当に笑った。私は、ユウ兄ちゃんがこの街
を離れて行ってしまうのが心の底からイヤでイヤで、ユウ兄ちゃんが出
発する日までの間、毎晩のように、布団をかぶってメソメソしていた。
やっと、私もユウ兄ちゃんに、向かいの家の妹分じゃなく、一人の女と
して見てもらえるようになったばかりなのに。
- 24 名前:ぺったんこ 投稿日:2000年06月24日(土)03時28分43秒
- 「ケイ…ちょっと、いいか?」
本当はイヤだったんだけど、両親に連れられて見送りに来た私を、ユウ
兄ちゃんはホームの端に連れ出した。
「…」
私は涙をこらえるのに必死で、何も言えなかった。
「…もう、サックスはやんないのか?」
「…え…」
「俺さ、サックスしか取り柄がなかったし、ケイがサックス教えて欲し
いって言って来た時、メチャメチャ嬉しかったんだよな」
「……」
「…なんか、頼られてるなぁって。ヘンな感じだけどな」
ユウ兄ちゃんは、そう言って笑顔を作った。
「…まぁ、ケイには今は歌が重要だし、歌もっとがんばって欲しいって
思ってる。でも…」
「…」
「…でもさ、サックスの事、忘れないでくれよな。なんかさ、サックス
の事忘れられたらさ…俺のことも忘れられそうな気がして…」
さっきまで笑い顔だったユウ兄ちゃんの顔が、ひどく寂しそうになって、
そしてまたすぐに、いつもの顔に戻った。
- 25 名前:ぺったんこ 投稿日:2000年06月24日(土)03時29分18秒
- 「…ゴメンナサイ…」
ユウ兄ちゃんにとって、サックスが私とのかけがえのない接点だったのだ
と思う。けれど、私はそんなユウ兄ちゃんの想いが解らずにいた。それが、
とっても悔しかった。この時流した涙は、別れが寂しい涙じゃなく、悔し
涙だったのかも知れない。
「おい…そんな泣くなよ。俺、イジめてると思われるじゃんか」
慌ててユウ兄ちゃんは、空色のハンカチを私に貸してくれた。私は、その
ハンカチを握り締めたまま、俯いて涙を流し続けていた。
「それから、これ…」
そう言ってユウ兄ちゃんは、ポケットから何か取り出した。マウスピース
だった。
「俺、ずっと使ってたヤツなんだけど…もうサックス吹くこともあんまり
ないだろうから、ケイにやるよ。間接キッス、キモいと思うけど、まぁ
俺の形見ってゆー事で」
「…ありがとう…」
私はしゃくりあげながら、それだけ呟いた。
「っていうかさ、一生会えなくなるワケじゃないんだからさ。しょっちゅ
う帰ってくるつもりだよ、俺。だからさ、そんな泣くなって」
ユウ兄ちゃんはポンと私の二の腕を叩いた。
「すぐに帰ってくるからさ…」
列車に乗り込んだユウ兄ちゃんは、窓の外の私に向かって微笑んだ。私は
コクリと頷き、泣き笑いを作って小さく手を振った。ユウ兄ちゃんも笑顔
で手を振っている。やがて、発車の音楽が鳴る。ドアが閉まる。ゆっくり
と列車が動き出す。
「ユウ兄ちゃーんっ」
人目も気にせず、私は大きな声で叫んでいた。自分でも驚くくらいに大き
な声で。
- 26 名前:ぺったんこ 投稿日:2000年06月24日(土)03時30分09秒
- さぁ、第三部。おっ始めることにします。
- 27 名前:ぺったんこ 投稿日:2000年06月24日(土)03時30分45秒
- このスレッドのテーマは「俺はこんな保田に惚れた」という感じ(たぶん)なので、
必然的に男目線からの作品になりがちなワケですが、今回は「保田はこんな男に惚
れました」という、今までとは逆の思考で書いてみました。
- 28 名前:ぺったんこ 投稿日:2000年06月24日(土)03時31分16秒
- それに、今回は、結構悲しいお話です。死人が出ます(苦
- 29 名前:ぺったんこ 投稿日:2000年06月24日(土)03時31分57秒
- ただ、純愛路線は貫いておりますので、ご安心おば。
- 30 名前:ぺったんこ 投稿日:2000年06月24日(土)03時32分30秒
- それでは、とりあえず、書けたところまで、アップします。
- 31 名前:ぺったんこ 投稿日:2000年06月24日(土)03時33分37秒
- ちなみに、並行して、全く別のものを書いておりますので、続きは気長に待っててください。
- 32 名前:ぺったんこ 投稿日:2000年06月24日(土)03時34分16秒
- では、またお会いしましょう。
- 33 名前:ぺったんこ 投稿日:2000年06月24日(土)10時31分10秒
- あ、20番目のレスからスタートしてます。
- 34 名前:保田に萌える男 投稿日:2000年06月25日(日)04時30分42秒
- ぺったん師匠!ここにいたんですか!なかなかいいですよ。
これからも頼みます
- 35 名前:ぺったんこ 投稿日:2000年06月29日(木)03時33分06秒
- ちょっと間隔あきましたが、続きです。
- 36 名前:ぺったんこ 投稿日:2000年06月29日(木)03時33分36秒
- *
私がモーニング娘。の一員となったのは、ユウ兄ちゃんがいなくなってか
ら、すぐの事だった。大好きな歌を唄って生活をする。確かに望んでいた
日々ではあったが、充実感と同じくらい、辛い事や苦しい事が多くて、そ
してなにより、家族や友人や、それまで自分を支えてくれていた人たちか
ら、自分の存在がだんだんと遠ざかっていってしまう事を肌で感じるのが、
寂しくてしょうがなかった。身体もココロも、くたくたになって帰宅し、
疲れた身体をベッドに投げ込んだ時、自然と思い浮かぶのはユウ兄ちゃん
の笑顔だった。
- 37 名前:ぺったんこ 投稿日:2000年06月29日(木)03時34分02秒
- 『ケイ! 何ヘコんでんだよ。
望んで入った世界なんだろ。周りの反対押し切ってチャレンジしたんだろ。
だったら、オマエ自身ががんばるしかないんだよ。オマエの行く道は、
オマエにしか決められないんだから。シャキッと気合い入れてみろよ!』
- 38 名前:ぺったんこ 投稿日:2000年06月29日(木)03時34分32秒
- 「…ユウ兄ちゃん…」
遠くの街にいるユウ兄ちゃんは、私のこんな姿を見て、きっとそう言うに
違いない。いつか帰ってくるユウ兄ちゃんに、私の立派になった姿を見せ
る為にも、こんな所で躓いてはいられない。あの頃の私は、そばにいない
ユウ兄ちゃんにいつも励まされていたような気がする。
- 39 名前:ぺったんこ 投稿日:2000年06月29日(木)03時35分06秒
- やがて時は経ち、モーニング娘。は、ものすごく有名になった。だが、例
えば、テレビやラジオのレギュラーが増えたり、リリースしたCDがチャ
ートの1位になったり、ミリオンセールスを記録したという話を聞いても、
実際に、その中で仕事をしていると、有名になったという実感はあまりな
い。たまにロケなどで街に出て、あっという間に人だかりができ、パニッ
ク状態になったりするけど、何で自分たちがこんな状況下にいるのか、イ
マイチ理解できないでいるくらいだ。でも、確実に言える事は、こなすべ
き仕事の量が、以前とは比べ物にならないほどに増え、仕事以外の事を考
える時間が、全くとは言わないまでも、激減してしまった。そう。私たち
には余裕がなくなってしまったのだ。
- 40 名前:ぺったんこ 投稿日:2000年06月29日(木)03時35分50秒
- 「ただいまぁ…」
久しぶりに早く帰宅できる日もあるのだが、翌日が早い仕事だったりする
と、どこかに遊びに行くという気も起こらず、どうしても足はまっすぐに
家に向かってしまう。その日も、家族と共に少しばかりの団欒を楽しみ、
部屋に戻るともう、翌日の仕事の事で頭が一杯になっていた。以前のよう
に、あれこれ物を考えるという事も、今ではほとんどない。
「…?」
部屋に流れる音楽の規則的なリズムの中に、明らかに異質な、小さな衝撃
音が入ってくる。ベッドの上に起きあがった私は、その小さな音に耳を凝
らす。コツン。と、小さくではあるが、確実に聞こえる。私はMDデッキ
のストップボタンを押し、その音の正体を突き止めるべく立ち上がった。
「…窓?」
私は、恐る恐る音の方向とおぼしき、窓の方に近づく。その瞬間、またし
ても音がする。窓に何かがぶつかる音だ。
「…ストーカー…とか?」
私は身体中に寒気が走るのを感じながら、家族を呼ぼうと部屋のドアノブ
を握った。だが、私の中で、急に何かがひらめき、その手を止める。前に
もこんな経験をしたような気がする。いつだったか…私はノブから手を離
し、その≪いつか≫の出来事を思い出そうとしていた。最近じゃない。も
っと前だ。高校行ってた時?…違う。もっと前。夜の窓に小石…何かの合
図。何かの…中学の時?…合図?…
- 41 名前:ぺったんこ 投稿日:2000年06月29日(木)03時36分32秒
- 『おーい! 今日は練習来ないのかぁ?』
- 42 名前:ぺったんこ 投稿日:2000年06月29日(木)03時37分15秒
- …練習?…サックス…
『あ、ユウ兄ちゃんっ ちょっと待ってて!今行くから』
「…!」
ぶつ切りだった記憶の糸が繋がった私は、迷わずにカーテンを開けた。
「ユウ兄ちゃん…」
窓の下で、いつもの笑顔で、ユウ兄ちゃんはこちらを見上げている。私は
信じられない思いで、部屋を飛び出した。
- 43 名前:ぺったんこ 投稿日:2000年06月29日(木)03時38分18秒
- 「おめー、気づくの遅いよー」
ユウ兄ちゃんは、あまりの驚きに声も出ない私のおでこをポンと叩いた。
「おじさんとおばさんに挨拶に来たらさ、ケイの部屋の電気付いてんだも
ん。まさかいると思わないじゃん。びっくりしちゃって、思わず昔みた
いな事しちゃったよ」
「…」
「…どうした?」
「本当に?」
「え?」
「本当に…ユウ兄ちゃん?」
「何言ってんだよ。…あ、ひょっとして俺の顔忘れた?…」
「…んなワケないじゃん」
「そっか…よかった」
「…なんでいるの?」
「なんで…って。言ってただろ、帰ってくるって」
「…」
「なんか怒ってる?」
「怒ってるっちゅうの…」
「な、なんだよ」
「だってあの時、ユウ兄ちゃん、しょっちゅう帰ってくるって言ってたん
だよ」
「そうだっけ…」
「ユウ兄ちゃんの≪しょっちゅう≫っていうのは、2年なんだ」
「いや…それは…」
暗い夜道で立ち話する二人に訪れる沈黙。
「とりあえず、入ろ」
私はユウ兄ちゃんの腕をつかんで、玄関のドアを開けた。
- 44 名前:ぺったんこ 投稿日:2000年06月29日(木)03時39分39秒
- ひとしきり両親への挨拶を済ませ、ユウ兄ちゃんは私の部屋にやってきた。
昔はなんでもなかったのに、今、このシチュエーションに少しドキドキし
ている、そんな自分がものすごく恥ずかしくて、私は顔を赤らめた。ユウ
兄ちゃんは昔のように、ベッドに腰をかけた。昔は甘えて、ユウ兄ちゃん
横にちょこんと座ったものだが、今となってはそんな事、とてもできない。
「…がんばってんな」
目立つ場所に貼ってあるモーニング娘。のポスターを見つめながら、ユウ
兄ちゃんは呟いた。
「うん…まぁ…」
「びっくりしたよ。最初テレビに出てきた時。思わず飲んでたビール吹き
出しちゃってな」
私は何て言っていいか解らず、ただ笑っていた。
「あのケイがモーニング娘。だもんな…忙しいのか?」
「うん」
「でもまぁ、ケイが望んだ道だもんな。叶ってよかったじゃん」
「…うん」
「…サックス…」
「へ?」
「サックスは、全然やってないのか?」
「…うん…」
「そっか…まぁ、しょうがねーよな。そんな事やってるヒマなんて、今の
ケイにはないよな」
「…ゴメン」
「…なんで謝ってんだよ」
「だってさ…」
「今は歌だろ。それでいいじゃん。うん…それでいい…」
なんか、妙な間があく。
- 45 名前:ぺったんこ 投稿日:2000年06月29日(木)03時40分59秒
- 「…久しぶりにさ、やってみねーか?」
「え?」
「サックス。ほら、昔やってたじゃん。二人で練習」
「でも…全然吹いてないし、ヘタっぴになってるよ、きっと」
「だから練習するんじゃんか。ほら、早く持ってこいよ」
ユウ兄ちゃんの熱意に気おされ、私はクローゼットから楽器ケースを取り
出した。番組のトークのネタなどで、ちょっと吹いて見せるくらいで、最
近はほとんど手をつけていなかったせいか、取り出したサックスは、色が
少しくすんで見えた。
「あ、ちょっと待って」
そう言って私は、机の一番上の引き出しのカギを開け、空色のハンカチを
取り出した。
「おぉ、なつかしーな」
そう言ってユウ兄ちゃんは目を丸くした。空色のハンカチにくるまってい
たのは、あの日、駅のホームで、ユウ兄ちゃんが私にくれたマウスピース。
「持っててくれたんだ」
「当たり前でしょ。ずっと大事にしまってあったんだよ」
「そっか…ありがとな」
私はちょっと照れくさくなって、そそくさとマウスピースを取り付ける。
そして、そっと口を付ける。部屋中に、甲高い音が響く。ブランクはある
が、一応、音はちゃんと出るらしかった。
「よし、じゃあロングトーン、シからいってみようか」
ユウ兄ちゃんが笑顔で言った。その瞬間、私の部屋は数年前にタイムスリ
ップしたかのような、懐かしい雰囲気に包まれていた。
- 46 名前:ぺったんこ 投稿日:2000年06月29日(木)03時42分37秒
- とりあえず、今日はここまで。この次から、ちょっと劇的に話を動かします。
- 47 名前:ぺったんこ 投稿日:2000年07月01日(土)02時53分15秒
- *
両親から≪その事実≫を聞かされた私は、呆然としたまま部屋に戻り、両
親の言葉を何度も頭の中で繰り返していた。でも、それがとても現実のも
のとは思えず、悲しいとか辛いとか、そんな事すらも思えずにいた。そし
て、あの夜、最後に交わした言葉を、私は思い出していた。
- 48 名前:ぺったんこ 投稿日:2000年07月01日(土)02時53分54秒
- 「ユウ兄ちゃん」
「んぁ?」
「いつまでいるの?」
「…もうしばらくいる事になるかな」
「…クビになっちゃったの?」
「ちげーよ、バカ。溜まってた有給休暇を消化してくださいって会社に言わ
れてね。まぁ、休みの間あっちにいたってつまんないしさ、ケイの言うと
おり、帰る帰るって言ってて、結局2年も経っちゃったし」
「そっか」
「サラリーマンはなぁ、つれーんだよ。いろいろと」
「私、次土曜日が早いんだけど…」
「土曜ならまだいるから。帰ってきたら家来いよ。またサックス吹こうぜ」
「うん。わかった」
- 49 名前:ぺったんこ 投稿日:2000年07月01日(土)02時55分14秒
- 思えば短いやりとりだったが、その会話を思い浮かべたとき、私の中で曖昧な
ままくすんだイメージだった、さっきの両親の言葉が、リアルな現実となって、
私の胸を締め付けた。その瞬間、初めて涙がこぼれる。ユウ兄ちゃんが精一杯
ついた、大きな嘘。2年ぶりに戻って来たユウ兄ちゃんは、もう大阪に戻る事
も、サラリーマンとして忙しい生活を送る事も、なくなってしまうのだ。本当
は嬉しい事のはずなのに、私は辛く、そして悲しかった。
- 50 名前:ぺったんこ 投稿日:2000年07月01日(土)02時55分45秒
- 「胃ガンらしい。進行性で…もう、あんまり長くはないそうだ…」
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