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悲しい風
- 1 名前:悲しい風1 投稿日:2000年06月29日(木)10時13分14秒
- 「いい?だから、年上の人と話すときには敬語を必ず使うこと。分かった。
上下関係は凄く大切だから、そのことは絶対に忘れちゃダメだからね。」
人気の少ないTV局の廊下で、紗耶香は少し大きな声で話し始めた。
「それと、どんなに辛くても顔には出さない。これも重要だから。」
「はーい。」
「だから・・・返事もちゃんとキビキビする。」
「うん。分かった。」
少し頭を押さえた紗耶香であったが、すぐさま口を開く。
「後藤、ほんとうに分かってる?心配だなあ…。」
紗耶香のそのような心配をよそに、真希は大きく頷く。
「大丈夫だって、市井さん。任せといてよ。」
自分の胸をぽんと手で叩くと、自身満々の顔を紗耶香に見せる。
“本当に大丈夫なのかな〜”内心の不安はあったが、紗耶香はそれを
表に出さずに続けた。
「そう…それなら良いんだけど…。」
いぶかしげな視線を向けながらも紗耶香は真希と共に楽屋に戻る。
- 2 名前:悲しい風2 投稿日:2000年06月29日(木)10時13分50秒
- 楽屋へと急ぐ二人の後ろから、テンポの高い声が聞こえる。
「おはよう、市井ちゃん。」
プロデューサーが呼びとめる。
「おはようございます。」
「いやあ、モーニング娘。も新メンバー追加だって? つんくさんも本当に
毎回、度肝を抜かせるよねえ。おっ!! 隣の女の子が新メンバー?市井ちゃん、
紹介してよ。」
紗耶香はすぐさま真希を見ると、一瞬不安がよぎる。
“頼むよ、後藤”
「紹介します。新メンバーの後藤真希です。後藤、挨拶。」
そう言うと、紗耶香は真希を肘で軽く突いた。
「ほへ…?あっ!! 新メンバーの後藤真希です。よろしく〜。」
「ハハハッ 元気があって良いねえ。頑張ってね。応援す…いけね!!! 収録
あんの忘れてた。それじゃあね、市井ちゃん・後藤ちゃん。」
- 3 名前:悲しい風3 投稿日:2000年06月29日(木)10時14分34秒
- そう、言いながらプロデューサーは駆け出す。
「はい、ありがとうございます。」
「さよなら〜」
真希と紗耶香は頭をペコリと下げると、プロデューサーの後姿を見つめる。
一つ、大きなため息をつくと紗耶香は真希の方に向きを変えた。
短い髪を昔の癖でかきあげるのはまだ直っていなかった。
「後藤、アンタ全然分かってないじゃない。」
キョトンとした後藤がハツラツとした声で答える。
「分かってますよ、市井さん。ちゃんと挨拶できましたよ。プロデューサーも
“元気が合って良いいね”って言ってたじゃあないですか。」
「・・・だからそれは新人だから許されるんであって・・」
「まかしといて下さい。こう見えても、私、本番に強いんです!!!。」
自身たっぷりの言葉は紗耶香の不安の言葉をせき止める。
「市井さん、みんなが待ってますから、早く行きましょう!!」
「もう・・・大丈夫なのかなあ・・・」
- 4 名前:悲しい風4 投稿日:2000年06月29日(木)10時15分08秒
- 呟く紗耶香を尻目に真希は楽屋のドアを開ける。
ゆっくりとした足取りで紗耶香は真希の後を追う。
廊下には様々なTV番組の紹介の張り紙張られている。そんな張り紙の一つに
紗耶香は目をやる。
“8月31日モーニング娘。新曲「LOVEマシーン」先行お披露目収録。”
「・・・あと、10日か・・・・大丈夫かなあ、後藤。」
そう囁くと、紗耶香は再び歩き始める。いつまでも続くような暑さは
今日も続く。太陽はどこまでも高く上がっていく。それはこれからの
物語を告げる、バルーンのようにどこまでも昇っていく。
- 5 名前:悲しい風5 投稿日:2000年06月29日(木)10時15分40秒
- 「ハイハイ〜。みんな注目〜。」
鏡が張られた壁を背にして、モーニング娘。ダンス担当のまゆみが
手を叩きながら、注意をひく。談笑をしていたメンバーも一斉にまゆみ
の方に注目した。
「いい〜。今回の新曲、「LOVEマシーン」のフリはコンセプトは“クール”
だから、カッコヨク踊ってよ〜。じゃあ今から、踊るから、覚えるように。」
強い口調で言い放つと、後ろにいたダンサー達に合図を送る。ダンサー達とまゆみ
は、それぞれのダンス配置につく。ダンサー一人一人が手を挙げ、踊るパートの
メンバーを告げる。
「安部さんです。」「矢口さんです。」「中澤さんです。」「石黒さんです。」
「保田さんです。」「市井さんです。」
「私が後藤のパート踊るから、しっかり見ておくのよ。」
まゆみが念を押す。
- 6 名前:悲しい風6 投稿日:2000年06月29日(木)10時16分29秒
- 「は〜い。」
元気の良い返事を真希が返すとほぼ同時に、横にいた紗耶香は少し苦い顔をする。
「それじゃあ、ミュージックお願いします。」
まゆみの声が響くとともに、音楽がフロアに流れる。
♪Fu〜Fu〜 Fu Fu〜〜〜〜♪
ダンサー達はそれぞれのポーズを決める。“クール”がコンセプトだけに、
大人の女を感じさせる印象をメンバー達は抱いた。
“カッコイイな〜”それは新メンバーである真希も例外ではない。
イントロが終わり、メロディーが始まる。激しいダンスにも涼しい顔を忘れない
ダンサー達を見て、真希は内心戸惑っていた。
“ウソ〜、メチャメチャダンスが激しい〜。 SPEEDよりも難しそう…”
不安な思いが集中力を鈍らせるのか、真希は視界に入っていた数多くのもの
に目をやってしまう。一心不乱にダンスに食い入るメンバー達の目は真剣その
ものである。新たにメンバーに加入した真希にとって、このような真剣なメンバー
のまなざしを見ることは新鮮な驚きだった。普段、ブラウン管では見せることのない
表情。そこには、アーティストであるという、自負を垣間見ることが出来る。
- 7 名前:悲しい風7 投稿日:2000年06月29日(木)10時17分01秒
- “うわ〜 みんな凄い目で見てるな〜。”
そのような漂うオーラを真希も感じたのか、メンバー達の真剣さには気付いたようだった。
“安部さん、いつも笑ってばかりだけど、凄い真剣。”
そんな、真希の眼差しはダンスを飛び越え、メンバー達の顔に集中していった。
その中でも、隣の顔に真希はひきこまれていく。
“市井さんも真剣だ〜…… でも、こう見ると市井さんの顔って、カッコイイ〜。
ジャニーズにも、ここまでのキリッとした顔、いないなあ。 ホント、二枚目って
いう感じ・・・”
「ハイッ!! 今回はこういう感じ。みんな、分かった?」
真希を元の世界へ引き戻したのは、まゆみの勢いの良い問い掛けであった。
「分かりました!!。」
メンバー達もその勢いに負けないように答える。
“ヤバッ!!”真希の頭の中は一気にパニックになる。いまさら、ダンスを見てない
とも言えない。この状況で“もう一回お願いします”とも言うことが、どんな事
かは理解できる。
- 8 名前:悲しい風8 投稿日:2000年06月29日(木)10時17分58秒
- 「後藤!! 後藤も分かった?」
まゆみも新メンバーに対する不安があるのか、強い調子で尋ねる。
「・・・はい。・・・・わかりました〜。」
ひどく力ない返答に、まゆみは不安を拭えずにいたが、何度も同じ事をする程の時間
がない。すぐさま、新たなステップへの指示を出す。
「よ〜し。それじゃあ曲つけて、1フレーズづつ早速踊るか。 はいじゃあ、
みんな、各自のポジションについてー。」
言葉が飛ぶと同時に、メンバー達は先ほどの自分のパートを踊っていたダンサー達の
ポジションへと着く。真希は一連の動きに全くついていけなかった。ダンスを見ていない
のであるから、自分のポジションすら、おぼろげにしか覚えていない。思い出しながら、
ポジションにつく。
「後藤!!」
小さいながら、強い口調の声が耳に入る。
「なんですか? 市井さん。」
真希も小さな声で返事をする。
- 9 名前:悲しい風9 投稿日:2000年06月29日(木)10時18分37秒
- 「逆・逆!!」
「はい?」
「だから、逆!!」
やっと、言われた意味がわかったのか、真希は自分のとっているポーズの向きを逆
にする。
「違う!!」
「へ? 市井さん違うんですか?」
「手を挙げるのが逆!! 右じゃあない。左!!!」
「すいません…。」
申し訳なさそうに呟き、真希は左手を上げる。
「よ〜し。じゃあ、ミュージック始めてください。」
まゆみが全員のポーズを確認して、音楽を流すように指示する。
♪Fu〜Fu〜 Fu Fu〜〜〜〜♪
音楽が流れ始める。それぞれが次のステップへ移ってゆく中、真希は焦っていた。
全く、次の動きが頭の中になかったのだから。
- 10 名前:悲しい風10 投稿日:2000年06月29日(木)10時19分12秒
- 「ストップ〜。後藤、そこのダンスは右からじゃない!! 左!!!」
「す…すいません。」
「はい、じゃあもう一回、“日本の未来は”からお願いしま〜す。」
“もう何度目だろう。”真希は心の中でそう呟いた。
あれから2時間。ダンスは一向に進まなかった。ことある毎に止められる音楽。そして、
その度に呼ばれる名前も決まっていた。
「ストップ〜。後藤! アンタ自分のどこが違うか分かってる?」
まゆみも遂に、堪忍袋の尾が切れたようで言葉の節々に怒りが感じられる。
「・・・いえ、わかりません・・・」
真希は本心を言った。ダンスを見てない以上、自分には出来なくて当たり前なのだと
いう、半ばふてくされた気持ちも含まれていた。
「・・・もう、後藤がいたら、レッスン邪魔になるだけだから、後藤は他の
メンバーのダンス見ときなさい。後藤、いい? 分かったら、こっちに来なさい。」
これ以上の合同練習は無意味と判断したのか、まゆみは後藤をダンスレッスンから
外した。うつむいた顔で、メンバーの中から外れると、真希は小さく体育座りを
して、メンバーのダンスレッスンを見守る。
- 11 名前:悲しい風11 投稿日:2000年06月29日(木)10時19分57秒
- 自分の情けなさやメンバー達との差をあからさまに見せられ、真希の心は暗く
沈む。
“結局、私にはムリなんだ。元々、他のメンバーとは2年の差があるだし、
追いつこうったって、ムリなんだ。”ダンスを見つめてはいたが、その目に
は輝きが感じられなかった。そして、恐らく、この空間内でその事に気が付
いていたのは、ただ一人であっただろう。
“あれっ? 後藤のヤツ、なんか雰囲気が違うなあ〜”一瞬浮かんだ疑問が
自然とダンスを鈍らせる。
「市井〜。もっと、キレをつけて、キレを〜。今回のダンスはメリハリつけ
ないと、カッコヨク見えないから。特に腰。腰が大切だから。分かった?市井。」
まゆみも、そのような気の緩みを見逃さない。すぐさま音楽を止め、注意を入れる。
「すいません。もう一度お願いします!!」
練習開始から5時間。紗耶香のこの一言には、他のメンバーも表情を曇らす。
まゆみもメンバー達の体を気遣う。
- 12 名前:悲しい風12 投稿日:2000年06月29日(木)10時20分45秒
- 「今日はこれで終了。それだけどいい?三日後にもう一回、練習があるけど、
そのときは細かい部分の修正だけにするから、みんな各自で覚えておいてよ。
特に後藤は、今覚えてないんだから、三日間、みっちりと練習するように。
分かった?後藤。」
「はい。」
真希はまゆみの目を見ることなく答える。
「じゃあ、今日はこれで終了。皆さんおつかれさまでした〜。」
「おつかれさまでした〜。」
メンバー達はペコリとお辞儀し、挨拶を返すとその場に座りこんだ。
「いやあ、疲れた〜。」
「ホント、もうクタクタだね、ナッチ。」
「もう、体動かない。絶対に動かない。」
「ホンマか、ナッチ。どうれ、裕子先生が診て差し上げよう。」
「いやだ、くすっぐったいっ。やめて〜 祐ちゃん、アハハハ…」
- 13 名前:悲しい風13 投稿日:2000年06月29日(木)10時21分20秒
- どんなに疲れていても、笑顔がなくなる事のないの様子を圭が微笑みながら眺める。
「圭ちゃん、今回のダンスはきついね〜。」
「そうだね、圭織。前回の「ふるさと」はダンスなしだったからねえ〜。」
「でも、彩っぺは凄く気合入ってなかった?」
「そうそう!! なんか凄いパワー感じた。」
「紗耶香も凄い頑張ってたよね〜。紗耶香?あれ?紗耶香は。」
同じ空間を共有しているのに、真希にはそのにぎやかな声がとても遠い所で
やっているように思えた。加入して日も浅く、まだ話をするような間柄を
作る事も出来ていない。それに加えて、今回はダンスレッスンの見学。自分
から話しかける状況でもない。ただ、静かに座っておく以外の手段をとることは
かんがえられなかった。
「後藤・・・」
すぐ近くで自分の名を呼ぶ声が聞こえる。うつむいたままの頭をゆっくり上げると、
黒の大きめのTシャツを着て、額に汗を輝かしている紗耶香がいた。
- 14 名前:悲しい風14 投稿日:2000年06月29日(木)10時22分08秒
- 名前を呟いた後、紗耶香は真希の隣に座りこんだ。
「いや〜。疲れた。どう?飲む?」
そう言うと、紗耶香は真希に小型ペットボトルを差し出す。
「いいです。」
喉が乾いてないはずなどないのであったが、真希は精一杯の強がりを見せた。
「そう・・・」
差し出した手を元に戻すと、紗耶香は首に巻いていたタオルで顔の汗を拭い始める。
「どうだった、新曲のダンス?」
「できません・・・」
「まあ、1日で出来るはずなんてないからさあ。後三日あるんだし、練習すれば…」
「市井さんには出来ると思います…私より先輩だし、才能もありますから…」
「後藤?」
真希は紗耶香の言葉を待つことなく続ける。
「私、才能ないんです…。皆さんとは違うんです。」
紗耶香はじっとは話す真希を見つめていた。
「元々、私が選ばれたことが間違いだったんですよ。きっと…。」
うつむいたまま、真希は上を見なかった。それが初めて自分の本心を
メンバーに伝えた瞬間だったのかもしれない。
- 15 名前:悲しい風15 投稿日:2000年06月29日(木)10時22分55秒
- 「後藤… いい?」
紗耶香の声を聞くと同時に、真希は肩の優しい感触に気づく。
紗耶香は真希の肩に手を回して、話し始める。
「初めて、本当のキモチを言ってくれたね。」
「えっ?」
「私もね、初めてダンスの練習したときには思ったよ。“辞めたい”って。」
「市井さん・・・。」
「でもさあ、その時にどう考えるかが、ポイントなんじゃないかな。“ダメだ〜”
って思うのと、“他人が出来るんだから、私にも出来るはず”って思うのじゃあ、
全然違うと思わない?」
「・・・そうでしょうか?」
「バカ! こんな時は思ってなくても「そうですね。」っていうの。」
「そうですね・・・」
半ば強制的な真希の言葉を聞き、紗耶香は腕にこめる力を少し強める。
「キモチなの、キモチ。たとえば、どれだけ始めのダンスに集中できるかってとこ
かな。私の顔をじっと見てるようじゃあ、ダメってこと。」
- 16 名前:悲しい風16 投稿日:2000年06月29日(木)10時23分25秒
- お見通しの紗耶香の言葉に真希の声は思わず上ずる。
「気づいてたんですか!!」
「当たり前じゃない。あんだけ、横から視線を受けると、誰だって気づくよ。
それで、なに見てたの?」
「そ・・・その・・市井さんの顔ってジャニーズ系だなあって・・・」
「ナニそれ? …アッー!! オレに惚れたな?」
頭をコツンと真希にぶつけながら、紗耶香は悪戯っぽく微笑む。
「え!! そんな事ありませんよ〜。」
真希は大きく首を左右に振る。
「ただ、カッコイイなあ〜・・・って思っただけです。」
「じゃあ今回はカッコイイ私のせいだな、後藤のダンスが出来なかったの。」
「エッ!?」
真希はそれ以上、紗耶香に言葉をかけられなかった。
「今度からは、なるべくカッコ悪くしとくからさあ。ダンスちゃんと見とくん
だぞ。」
- 17 名前:悲しい風17 投稿日:2000年06月29日(木)10時24分49秒
- 優しさは切ないほど真希の心にしみた。それと共に今までの、すねていた自分が
たまらなく恥ずかしかった。
「後藤? 下ばっかり見てちゃダメだぞ。前を見てないと。」
急にうつむく真希を紗耶香は心配する。その原因が自分であると言う事を気付かずに。
「頑張ります。」
「へ?」
「市井さん、私、頑張ります。“他人に出来るんだから自分にだって出来るはず”ですよね。」
真希は涙を堪えながら、出来る限りの笑顔を見せた。
「お!! その笑顔いいよ〜。そうそう、そういう気持ちにならないとね。」
“市井さん、これ以上優しい言葉かけないでよ。本当に泣いちゃうよ”真希の心など
全く紗耶香には知る由もない。真希は必死に涙を堪えた。
だが、その笑顔は嘘などではなかった。涙と共に沸きあがる感情には、確かに
その表情が一番似合っていた。
「市井さん、お水頂けます?」
「何〜、さっきいらないって、言ったじゃない。」
紗耶香が口を尖らせながらペットボトルを後ろに隠す。
- 18 名前:悲しい風18 投稿日:2000年06月29日(木)10時25分22秒
- 「なんだか、急に喉が乾いちゃって・・・。」
「ダメ〜、一回、断った人にはあげませ〜ん。」
「そんな事言わないで、お水くださいよ〜。」
真希が紗耶香に乗りかかるような体制で後ろのペットボトルを取ろうとする。
「欲しかったら、取ってみな〜。」
紗耶香はペットボトルを上にかざして、いたづらっぽい笑いを見せた。
フロアにまた一つ、眩しい輝きが生まれる。戯れる二人の少女の姿は
鏡を通しても、決して失われることのない何かを秘めているようだった。
真希はこの時、初めて自分がモーニング娘。に加入できて幸せだと、
心の底から感じていた。いや、それ以上に教育係が紗耶香であったこと
を幸せだと感じていたのかもしれない。
- 19 名前:悲しい風19 投稿日:2000年06月29日(木)10時26分19秒
- 5時間もの間、流れ出た汗は体のあらゆる部分に染込み、この上ない
不快感を与える。メンバー達はシャワー室へと急いだ。
「あの、市井さんはシャワー浴びないんですか?」
一向にフロアを出ようとしない紗耶香を真希が不思議そうに見つめる。
「あ、ちょっと、夏先生にダンスについて相談があるから…後藤行っていいよ。」
「でも・・・」
先輩よりも先にシャワーに浴びることなど出来るはずもない。妙な部分で真希の上下関係
の考え方はとても古風なものであった。
「いいから、先に浴びてきなよ。」
「そうですか?」
まだ、納得したわけではないが、真希は紗耶香の方を振り向きながら、フロアを出て行く。
「まったく、変なところの気がきくんだよなあ。」
誰もいなくなったフロアで呟くと紗耶香は重い腰を上げる。
「大物なのか、ただの怠け者なのか・・・」
紗耶香はフロアを後にし、隣のレッスン室の扉を開けた。
- 20 名前:悲しい風20 投稿日:2000年06月29日(木)10時27分13秒
- 「は〜い。みんな!! 今回は時間がないんで、ビデオをみんなに渡します。ダンスが
入ってるんで、各自このビデオを見て、練習するように。」
シャワーを浴び終わったメンバーを前にして、まゆみがビデオを手にしながら、
説明し、一人一人に手渡してゆく。シャワーを浴びた後のメンバーの顔には、
少なからず疲労感が漂う。特に、初めてのダンスだった真希は明らかな疲労が
みてとれる。
「後藤、大丈夫? アンタこんなんで、疲れたんじゃあ、ダメだよ。頑張んないと」
「市井さん、大丈夫です。私、これでも体力には自信ありますから。」
「大丈夫って、アンタ… そうは見えないけど。」
「ホント、大丈夫です!!!」
“これ以上、市井さんには心配かけちゃあダメだ”真希の心に少しではあるが、
変化が生まれていた。
- 21 名前:悲しい風21 投稿日:2000年06月29日(木)10時27分53秒
- 「市井さんって、HIPHOP好きなんですか?」
話題を変えようとした、突然の真希の質問に紗耶香は少し驚きの表情を見せる。
「へ? なんで?」
「だって、服装がダブダブなシャツとかナイロンジャージとかいつも着てるんで…」
「あっ!!! そうなの!! そうそう、私HIPHOP好きなんだ。」
やけに、焦っているような紗耶香の言葉に少しの疑問を感じながら、真希は
まゆみからビデオを受けとる。
「案外、アイツ、勘が鋭いなあ〜。」
紗耶香は誰にも聞こえないような声で呟くと、窓から指し込む夕日を見つめる。
蝉の声がどこか遠くで聞こえる。行き急ぐような調べは確実に、夏の終わりを
知らしていた。
- 22 名前:悲しい風22 投稿日:2000年06月29日(木)10時29分14秒
- 「う〜ん。分からん…。」
テレビを前にして2時間、真希はずっとこの調子だった。
「一体、このビデオを見てどうやったらダンスが上手くなるんだろう?」
テレビから流れてくるのは、ただダンサー達が曲に合わせて踊っている風景。
確かに、そのダンスは新曲「LOVEマシーン」のダンスであることは真希にも
分かる。だが、真希の場合はそこで終わっていた。突然渡され、練習しろと
言われてもビデオをどのように見ればよいのか分からないのだ。
始めの1時間は見よう見真似でダンスを踊っていたが、コツがつかめてない
のか、すぐに挫折した。それから1時間はただビデオの巻き戻しと再生の連続
でしかなかった。
「ホント、正面からカメラ位置って難しいんだよね〜。」
遂に飽きてしまったのか、真希はベッドに寝そべり、天井を見つめる。
- 23 名前:悲しい風23 投稿日:2000年06月29日(木)10時29分48秒
- 「こんなんじゃ、絶対にダンスできない…、市井さんガッカリするだろうなあ。」
不意に口をついた言葉に、真希は少し驚く。
“アレッ 私、市井さんに怒られることがイヤなんじゃあないんだ・・・。
市井さんをガッカリさせたくないんだ・・・なんでだろ?“
そんな、とりとめのない思いが頭の中に浮かぶ。浮かんでは、消えてゆく思い
を抱きながら、ゆっくりと真希は体を眠りに預ける・・・。
- 24 名前:悲しい風24 投稿日:2000年06月29日(木)10時30分42秒
- 「♪ピンポンパンポ〜ン♪」
場違いな声に真希は眠りの世界から引き戻される。声の主を探したが、部屋には
誰一人としていない。声はテレビの中からだった。
「ハイハ〜イ。後藤、寝ようと思ってるんじゃあないのか?」
「あれ?市井さん? どうして・・・。」
「夏先生のビデオだけじゃあ、多分後藤はパニクッちゃうだろうから、おまけビデオ
として“市井先生の一口ダンスメモ”をやりたいと思いま〜す。」
画面には、距離感が少し掴めていないのか、アップの紗耶香の顔が映る。
- 25 名前:悲しい風25 投稿日:2000年06月29日(木)10時31分28秒
- 「ポイント1。ヘタでもメリハリをつければ上手に見えるから。止めるところはピシッと
止める。動かすときはハッキリ動かす。そのアクセントだけでもダンスは変わってくるの。
例えば・・・」
言葉の途中で、画面の紗耶香は移動を始める。
「後藤だったら、この♪ただじゃ〜ないじゃない♪で腰をちゃんと動かして・・・。」
そう言いながら、紗耶香はビデオに背中を向けながら、踊る。
それは、正面からの映像よりも遥かに真似しやすい姿だった。
ただ、漠然とビデオを見ていた真希が、あることに気付く。
「市井さんのシャツ、今日着てたやつだ…いつ撮ったん・・・」
その瞬間、真希には全てが理解できた。
紗耶香が自分よりも後にシャワーを浴びた理由。
今日の風景が頭をよぎる。へたり込み、重い足取りでシャワー室へと向かってゆく
メンバー。紗耶香も例外ではない。
- 26 名前:悲しい風26 投稿日:2000年06月29日(木)10時32分35秒
- 「市井さん・・・」
「ハイハ〜イ、以上のことを守って、練習すれば少しは上達すると思うから、
ちゃんと練習するんだぞ! 後藤。」
画面の中の紗耶香は微笑みながら、小さくウインクした。
「それじゃあ、“市井先生の一口ダンスメモ”はこれで終わりたいと思いま〜す。
後藤、明日は遅刻するなよ。最後に、おやすみのキッスを。」
そう言うと、紗耶香はビデオカメラに近づいていき、カメラ越しに唇をつける。
「それじゃあね。」
言葉が終わるか終わらないかで、画面は砂嵐に変わった。
砂嵐は止まることなく流れつづけた。真希はベッドの上から一歩も動かない。
砂嵐の音と共に、部屋にはその住人の年齢には似つかわしくない泣き声が
響いていた。
- 27 名前:悲しい風27 投稿日:2000年06月29日(木)10時33分41秒
- 「後藤〜 本当に上手になったねえ、ダンス。三日前とは天と地だよ。」
「そんなことないですよ、保田さん。」
「結構練習したでしょ?」
「まあ、それなりには・・・。」
少し、はにかんだ真希に対して、更に圭は問い掛ける。
「やっぱり、アレ、紗耶香なの?」
「えっ!」
「ホラ、アンタの教育係やってるじゃない。厳しいんでしょ?」
「そんな事ないですよ!」
真希は大げさなほど首を振った。
「ウソ〜。 見てるけど、後藤いつもうつむいてるじゃん。怒られてうからでしょ。」
「いや、それは違うんです・・・。」
期待とは外れた答えに圭は驚きの表情を見せる。
- 28 名前:悲しい風28 投稿日:2000年06月29日(木)10時34分43秒
- 「ホント〜。じゃあさあ、どうしてうつむいてるの?」
「へっ・・・」
一瞬、真希は答えに詰まる。
「よく、わかんないんですよね・・・。」
「なにそれ?答えになってないじゃん。」
確かに答えにはなっていない。だが、その答えが真希の本心を端的に表した、
最も最適な言葉であったことには変わりない。
「なんて、言うんですかね。…その苦手って訳じゃあないんですけど…」
「苦手じゃあなかったら何なの?」
「なんて言うのかなあ。例えば・・・。」
「例えばがどうしたって?後藤。」
二人のいたフロアの中に新たな声が入ってくる。
「なに、圭ちゃんと話しこんでるのよ〜。分かった!! 私の悪口でしょ。」
深めにかぶった帽子を取りながら、笑いながら話しかける。
- 29 名前:悲しい風29 投稿日:2000年06月29日(木)10時35分13秒
- 「そうなのよ〜。後藤が“市井さんが厳しくてもうイヤ”とか泣きついてくるの〜。」
「保田さん!! 止めてくださいよ〜。市井さん!!! 私そんな事絶対に言ってませんから。」
冗談めいた会話の中に入りこむ真希の真剣な声が、更に紗耶香の悪戯心をくすぐる。
「いいのよ、後藤。どうせ、私なんかに教育されるのイヤなんでしょ・・・」
泣き崩れるような真似をする紗耶香の姿を圭は笑いながら見ていたが、
真希は必死になって否定をする。
「そんな事ないですって、市井さん。ホントに私そんな事思ってませんから。」
それでも、泣く仕草を止めない紗耶香を真希は慌てる。
そんなフロアの中に他のメンバー達も入ってくる。
「おはよ〜。 あ〜、後藤が紗耶香泣かしてる〜。」
「違うんですよ飯田さん! これはその・・・。」
「圭織〜 後藤がいじめるよ〜。」
圭織に抱きつく紗耶香を見て、更に真希は焦り始める。
- 30 名前:悲しい風30 投稿日:2000年06月29日(木)10時35分54秒
- 「圭織〜 エ〜ン エ〜ン エ〜ン」
「だから、市井さん。本当にそんなこと思ってませんって・・・」
「後藤!! 紗耶香泣かしたら、圭織許さないよ。」
「だから、飯田さん。それは・・・」
圭織は紗耶香の冗談に付き合っているのかどうか分からなかったが、
真希を焦らせるには十分過ぎる行動だった。
「ハイ!! いつまで遊んでるの〜 みんな!!!」
「夏先生、おはようございま〜す。」
まゆみの登場によってフロアには真剣な空気が流れる。
「ちょっと、みんなに言わないといけないことがあるから集合して。」
- 31 名前:悲しい風31 投稿日:2000年06月29日(木)10時36分37秒
- 「はい。」
メンバーはまゆみの前に集合していく。
「市井さん」
小さく真希が呟いた。
「なに、後藤?」
「私、本当に言ってませんから。」
「分かってるって、後藤。」
紗耶香は優しく微笑む。
その微笑で真希は安心できた。しかし、安心以外の感情が体を包み込んで
いることに、真希はまだ気付いていなかった。
「それじゃあ、ダンス始めるけど・・・」
ダンスの確認が始まるはずだったが、何故かまゆみの後ろにはダンサーが並んでいる。
メンバー達はそれを不自然に思いながらも、まゆみの言葉に聞き入る。そして、
その出来事が真希の心にも新たな動きは見せることになる。
- 32 名前:悲しい風32 投稿日:2000年06月29日(木)10時37分34秒
- 「実は・・・ダンスなんだけど・・」
その言葉だけで、メンバーにはただ事ではない雰囲気であることが分かった。
「変更になりました。」
「エッ〜〜!!!」
フロアには、もちろん驚きの声が響き渡る。
「夏先生、どうしてですか?ダンスの変更なんて、なんでまた?」
理由を知りたいのはメンバー全ての思いでもある。裕子が代表して尋ねる。
「つんくさんからの追加発注で今回のテーマを“クール”から“ださカッコイイ”
に変更したいって・・・テーマが変わってくると、あのダンスは絶対にダメ。
もう一度、はじめから練り直して、昨日何とか完成させたんだけど・・・」
「でも、収録日まであと3日しかないですよ。」
なつみが不安そうな声で問い掛ける。
「とにかく、みんなには踊ってもらうしかないの。今日である程度のレベル
までいかないと正直言って辛いと思う・・・こんなことをやってる時間も
本当なら勿体無いの。とにかくダンスを見て、覚えてちょうだい。」
まゆみはそう言うと、後ろのダンサー達に合図をする。
- 33 名前:悲しい風33 投稿日:2000年06月29日(木)10時38分11秒
- “ウソ… なにこれ?”
真希は絶句する。目の前で行われているダンスはついさっきまで真希の
頭の中にあったダンスとは、180度違っていた。
“確かに、ださカッコイイけど…前のより難しそう。”
♪LOVEマッシィ〜ン♪
「はい、新しいダンスはこんな感じだから。それじゃあ、ポジションについて。」
まゆみの言葉にメンバー達は小走りでポジションにつく。
紗耶香が後ろを少し振り向き、真希のほうを見る。真希は少し照れくさそうな
表情を見せると、紗耶香はウィンクをして前を向く。
“市井さん、私頑張ります。”
そう心の中で呟きながら、真希は目をつむった。
音楽が流れる。そして、真希の長い闘いが始まろうとしていた。
- 34 名前:悲しい風34 投稿日:2000年06月29日(木)10時38分45秒
- 「はい、後藤!! そこは後藤の位置じゃない。逆。」
「すいません!」
「じゃあもう一回、♪誰にも〜分からない〜♪からね。」
練習から3時間。ダンスの特訓は続いていた。注意されるのは真希が多いが、
以前よりも格段に集中力が違った。
メンバー達も真希の変化に影響されてか、ダンスにも熱が入る。
“後藤のヤツ、頑張ってるなあ〜”
紗耶香は、そんな真希の変化を一番嬉しく眺めていた。
“やっと、プロとしての自覚がついたのかな・・・でも”
少しの不安が頭をよぎる。そして、その不安は確実に真希の体に起こっていた。
“あれ? 照明が急に暗くなっちゃってる・・・どうしたんだろう”
「・・・とう!! …藤!!!」
“なに夏先生叫んでるんだろ?わかんないや・…あれ?市井さんがこっちに走ってくる。
およ? 急にフロアが狭くなってく・・・・”
バタン!!!
メンバーが一斉に音の出た方向に顔を向ける。だが、そこにはだれもいない。
いや、メンバー達の視界にはいなかったのだ。音の主はすでに床に倒れこんでいた。
- 35 名前:悲しい風35 投稿日:2000年06月29日(木)10時39分38秒
- 真希が感じたのは、頬に伝わる小さな痛みだった。
「・・・あれ? 市井さん。」
目を開けた真希に最初に飛び込んできたのは、眉毛をハの字に曲げた紗耶香の
顔であった。
「後藤?後藤。」
「どうしたんですか?市井さん。」
「どうしたんですかって… 後藤、アンタ倒れたんだよ。」
「はい?」
事態の飲み込めてないような真希の言葉にメンバー達も不安がる。
「後藤・・・アンタはダンス練習の途中で倒れたの。」
「・・・すいません。迷惑かけちゃって・・・・。」
真希は目の前の紗耶香の顔が、まともに見れなかった。自分の不甲斐なさ
をメンバー達に見せてしまったことが恥ずかしかったのだ。
「ううん。私がもっと、後藤を見とかないといけなかったんだよ。ごめんね気付かなくて。」
紗耶香の優しすぎる言葉が更に真希の気持ちを沈ませる。
- 36 名前:悲しい風36 投稿日:2000年06月29日(木)10時40分20秒
- 「すぐ、ダンスできますから・・・」
「アンタなに言っての!! 今は休んどかないと。」
「でも・・・」
「夏先生、後藤も気がついたみたいだから、練習の続きはじめましょう。」
真希の言葉が終わる前に、紗耶香はまゆみに練習の続きを促す。
「そうね…じゃあ、後藤は休んどきなさい。他のメンバーは練習再開ね。」
「市井さん・・・」
「後藤はそこで、ダンス見ときなよ。いい、他人のダンスで自分のタイミング
を掴むの。分かった。」
「・・・はい。」
紗耶香は真希の返事を聞くと、練習をするため、真希のそばから離れる。
真希はゆっくりと体を起こしながら、紗耶香の後姿をじっと見る。
- 37 名前:悲しい風37 投稿日:2000年06月29日(木)10時41分10秒
- 「いい〜 じゃあ、♪恋は〜ダイナマイト♪からね。」
まゆみの声が消えると共に、音楽が鳴り始める。
真希を除くメンバー達がステップを踏む。真希はじっとメンバー達
の後姿を見ていた。いや、一人の背中をじっと見ていた。
鏡ごしに映る真希の眼差しは真剣そのものであり、そして輝いていた。
“ふ〜ん 後藤、そういう訳ね〜。 なるほど・なるほど”
「ほら、保田!! なに笑ってんの? 真面目にしなさい。」
「すいません。」
注意された圭であったが、他のメンバーよりも遥かに顔は明るい。
“なるほどね〜 なるほど。”
- 38 名前:悲しい風38 投稿日:2000年06月29日(木)10時41分44秒
- 「よ〜し。これなら、大丈夫かな。後は・・・後藤か…」
まゆみは一通りダンスを見渡すと後ろにいる後藤に目をやった。
「・・・すいません。」
真希は思わずうつむく。
「私が後藤の体力考えてなかったのも原因なんだし、後藤がそんなに
思いつめることはないんだけど・・・とにかく、ビデオ渡すから練習は
しておいてちょうだい。 じゃあ、そういう訳で今日のダンスレッスン
は終了。」
「ありがとうございました。」
メンバー達は挨拶をすると、シャワーを浴びにフロアを出て行く。
「あの、市井さん。」
相変わらずシャワーに行こうとしない紗耶香に真希が話しかける。
「何、後藤。」
「シャワー行ってください。」
「いや、私はいいのよ。後藤、先に行っていいよ。気にしなくていいから。」
- 39 名前:悲しい風39 投稿日:2000年06月29日(木)10時42分16秒
- 「ビデオはもう、いいですから。今回は大丈夫ですから。」
「なに〜、そんな事気にしてるの? 気にしないでいいから、私はもうちょっとしたら
でいいよ。」
「でも・・・」
「いいから!! 早くいきなよ。私は後でいいから。」
「そうですか?」
呟くと、真希は後ろを何度も振り向きながら重い足取りでフロアを後にする。
「もしかしたら、気付いてるのかな?・・・そんなわけないか。」
紗耶香は床に寝そべると、じっと天井を見つめる。
「もつのかな〜。」
何気なく呟いた言葉は、一人しかいないフロアに虚しくこだました。
- 40 名前:悲しい風40 投稿日:2000年06月29日(木)10時42分55秒
- 「う〜ん。なんか、違うかなあ。」
なつみは前で行われるダンスを見ながら呟く。
「そうですか・・・」
真希は力なくうなだれた。
「見てて、“アッ違う”っていう感じはないけど…、ちょっとズレてるかな」
「・・・分かりました。ありがとうございます。」
そういうと、なつみに背を向け、真希はダンスのステップを確認する。
あのレッスンから2日、真希のダンスは確実に上手くなっていった。
しかし、それはあくまで個人のダンスであって、グループのダンスに
なると、他のメンバーとの呼吸を合わせたことが重要になる。まだ、
真希にはその部分が理解できていなかった。
- 41 名前:悲しい風41 投稿日:2000年06月29日(木)10時43分29秒
- 「ところで、どうして紗耶香に聞かないの?」
「・・・・」
「あっ、ごめん悪い事聞いちゃったね。気にしないで。」
「いや、いいんです。実は市井さん最近来るのが遅いんです。」
「そう言えば、最近来るのが遅い気がするなあ…昔は一番乗りしてたのに。」
「教育係がいやになったんですよきっと。」
「後藤、そうやって自分を責めてちゃダメだよ。紗耶香はそんな子じゃないよ。」
なつみは必死に真希の不安を取り除こうとする。
「紗耶香は絶対にそんな事考えないし、メンバーを大切にするよ。私にも・・・」
「私にも?」
「えっ? まあ、とにかく紗耶香はそんな馬鹿なことはしないよ。」
真希はそんな言葉をかける、なつみの顔を見ることが出来なかった。それは、
自分がメンバーを信じることが出来なかった恥ずかしさもあったが、自分が
知らない紗耶香をなつみが知っていたことに対する、なにか心の動きも
込められていた。
- 42 名前:悲しい風42 投稿日:2000年06月29日(木)10時44分34秒
- 「おはよ〜。」
8人目の声がフロアに響く。
フロアに現れた紗耶香を見つけると、真希はなつみにペコリとおじぎをし、
紗耶香に駆け寄っていった。
「おはようございます。市井さん。」
「どう?覚えた、ダンス?」
「一応、通して踊る事は出来るんですけど・・・」
「そう じゃあ、ちょっと踊ってみてよ。」
紗耶香はそう言うと、床に座り真希を見上げる。真希はカウントを取りながら、
ダンスを披露した。じっと見つめる紗耶香の目に照れくささを感じながら、何とか
真希はミスをすることなく、やり遂げる。
「うん、ちゃんとは踊れてるね。だけど、ちょっと、イントロの部分の…」
紗耶香はおもむろに立ち上がると、真希の後ろに回る。
「ここはもっと、腕を振って、足を高く上げて・・・」
後から急に腕を掴まれ、体を密着させられる。真希は一瞬驚いた。
- 43 名前:悲しい風43 投稿日:2000年06月29日(木)10時45分16秒
- 「ちょっと! なに、力入れてるのよ、リラックスしなさい。」
「すいません…」
「そして、もっと腰を動かすの。こう言う風に。」
真希の耳元で行われた紗耶香の息遣いに、真希はひどく動揺する。
「こう言う風に、腕を振ったほうが大きく見えるし、キビキビして見えるから、
それを忘れないことね。・・・後藤、後藤?」
「ハ、ハイッ」
「分かってる、アンタ。」
「はい、ありがとうございます・・・。」
「とにかく、明日が本番なんだから、それまでに自分で納得できるダンスをしなとね。
あとは、今日のレッスンでしっかり練習すること。」
「はい。」
真希はコクリと頷く。そんな真希を見て、紗耶香は微笑んだ。
「後藤さあ、礼儀正しくなったよね。」
「そうですか?」
「言葉遣いとかさあ、ちゃんとしてるもん。 ウン、成長してるよ。」
呟いた紗耶香の言葉は優しい響きがした。
- 44 名前:悲しい風44 投稿日:2000年06月29日(木)10時46分03秒
- “ドク・ドク・ドク・・・”真希は自分の鼓動が早くなっていくのを感じた。
「どうした? 下向いて?」
突然、仕草が変わった真希を紗耶香が不思議がる。
「いえ、別に・・・。」
「別に?」
紗耶香の言葉が終わる前に、フロアに最後の姿が現れた。
「ハ〜イッ!!! みんな集まってる? 最後のダンス練習だから気合入れてよ〜。」
「相変わらず、夏先生は元気だなあ〜。後藤、始まるよ。」
紗耶香はそう言うと、フロアの中央へ歩き出す。
“市井さんってあんな歩き方だったんだ…”
少し駆け足で真希は紗耶香の後を追う。
「ガンバッ。」
誰にも聞こえないような小さな声だったが、その声はとても強い力が
宿っていた。
- 45 名前:名無しさん 投稿日:2000年06月29日(木)18時39分57秒
- 悲しいシリーズですか、
いちごまの出会った頃の話はわりと少なかったんで
新鮮です、頑張ってください。
- 46 名前:サンジ 投稿日:2000年06月29日(木)18時48分19秒
- がんばってくださーい。
- 47 名前:切なの国 投稿日:2000年06月29日(木)21時20分08秒
- これからどういう展開になっていくのか楽しみです。
しかし、市井はどうしてダボダボ服を・・・?
- 48 名前:チョット追記。 投稿日:2000年06月30日(金)12時37分15秒
- 今日の更新はありませんが、こちらを完結させました。
駄文ですがお暇だったら読んでみて下さい。
「悲しい?罠」
http://saki.2ch.net/test/read.cgi?bbs=morning&key=961983724&ls=50
- 49 名前:サンジ 投稿日:2000年06月30日(金)13時05分17秒
- 「悲しい?罠」っすか。
超爆笑っす。ちょっと嬉しいネタがあった。
- 50 名前:黄色い狛犬 投稿日:2000年07月02日(日)01時42分58秒
- 相変わらず、言葉操るの、上手いですねえ。
その描写力が、私にも欲しい。。。。
- 51 名前:悲しい風45 投稿日:2000年07月03日(月)10時41分59秒
- 異様な空間に真希は圧倒されていた。
今までに感じたことがない緊張感に襲われる。誰一人として他人をかまっている
余裕などない。ひどい疎外感は真希を更に孤独にさせる。
“ダンス・・・結局出来なかった・・・・”
一人、小さく椅子に座る。他のメンバーは慌しく、最終確認に余念がない。
“最後は一人なんだよね…”
真希は自分に言い聞かせる。しかし、極度の緊張は体を縛り付けて、離さない。
カチ・カチ・カチ・カチ・・・
騒がしいはずの楽屋の中で、時計の刻む音しか真希の耳には伝わってこない。
“一人なんだよね、一人・・・・ でも、そんなに私強くない。”
暗く沈んだ心はどこまでも、真希を追い詰めていく。
“ダメだ、絶対出来ない。きっと、お客さんの前で恥かいちゃうんだ。”
「とう? 後藤?」
真希を元の世界に戻したのは、聞きなれた声だった。
- 52 名前:悲しい風46 投稿日:2000年07月03日(月)10時43分01秒
- 「後藤? 大丈夫?」
「いち…いさん・…ふえ〜〜ん。」
思わず出たのは言葉ではなく、涙。それも終わることがないような涙。
真希は自然と紗耶香の胸に顔をうずめた。
「ちょっと、後藤・・・・・」
「いちい…しゃん、 私、きょわいでしゅ。ものしゅごくこわいんでしゅ。」
涙は言葉をおぼろげなものにと変える。真希は一人の空間で感じた全ての
恐れを打ち明ける。
「ひとりでいることが、きょわいんでしゅ。きょれからも、ずっと、こんな思い
をしゅないといけないときゃんがえると、たまらなくきょわんでしゅ。」
真希は泣きじゃくった。全てを忘れて、泣けるだけ泣いた。
それは、家族以外の人間に初めて見せた弱音と不安、そして本当の後藤真希
の姿だった。
「ごめんなしゃい、いちいしゃん。私、ステージ上がれましぇん。」
哀願するかのように最後の言葉は楽屋に虚しいくらいに響く。真希の涙
はまだ止まることはなかった。
- 53 名前:悲しい風47 投稿日:2000年07月03日(月)10時44分07秒
- 泣きつづける声はどこまでもこだまし続ける。真希はそれでも泣いた。
しばらくして真希は小さな声で自分が呼ばれていることに気付く。
「後藤? 後藤?」
その言葉に反応して、真希は紗耶香の胸にうずめた顔を上げる。
その瞬間、真希は温かさに包まれた。力強く、そして優しい力が真希の
両肩をしっかりと覆う。紗耶香はこれ以上ない程の優しさで真希を抱きしめていた。
「後藤、私も恐いよ。」
「えっ?」
「本当に恐いよ。逃げ出したいくらい恐いよ… でも、私は絶対に逃げないよ。」
「・・・どうしてでしゅか?」
「ステージにはメンバーがいるから。」
「メンバー?」
「うん、メンバーはお互いに信頼しあってるから、そして・・・」
「そして?」
「そして…私は、そんなメンバーがたまらなく好きだから、大好きだから
絶対に逃げない。」
- 54 名前:悲しい風48 投稿日:2000年07月03日(月)10時45分06秒
- 「市井さん・・・」
いつのまにか、真希の涙は止まっていた。
「後藤、後藤はどう思ってるか分かんないけど、メンバーは全員、後藤のこと
信頼してるし、後藤のこと大好きだよ。だから、一人だなんて思わないで・・・」
そう呟くと、真希の体から腕を離し、紗耶香はじっと真希を見つめる。
「泣きたいなら、いつでも泣いていいよ。頼りないかもしれないけど、私の
胸ぐらいだったら、いつでも貸してあげるから。」
紗耶香のまっすぐな視線に、真希は目をそらすことができずにいた。
「うん・・・。」
「コラッ!! 返事は“うん”じゃなくて…」
「・・・ハイッ!!」
「よ〜し。その意気込み!!」
紗耶香はそう言うと、真希の金色に輝く髪の毛を両手で優しく撫でた。
“好きか・・・”
真希は髪の毛から伝わる心地良い感触を味わいながら、心に湧いた気持ち
を噛み締めていた。そして、もう真希は一人ではなかった。
- 55 名前:悲しい風49 投稿日:2000年07月03日(月)10時45分47秒
- 「ねえ、祐ちゃん?」
「なんや? 彩っぺ。」
「後藤の教育係、紗耶香にして正解だったね・・・。」
そう呟くと、彩は机一つ隔てた場所にいる、二人に目をやる。裕子も自然に
二人を目で追う。
「・・・そうやなあ。紗耶香、上手い具合に後藤の緊張感取ってるもんなあ。」
「良かった。これで安心して・・・」
「安心して? 安心して何やねん、彩っぺ。」
彩の途切れた言葉に裕子は素早く反応する。
「うん? 安心して・・・ ダンスが出来るね。祐ちゃん!!」
そう言うと、彩はダンスの最終確認を始める。
「なんや、よう分からんなあ。彩っぺ。」
少しの違和感を抱きながらも裕子もダンスの確認を始める。
もうすぐ、新しいモーニング娘。が始まろうとしていた。
- 56 名前:悲しい風50 投稿日:2000年07月03日(月)10時47分13秒
- 「あ〜 疲れた。」
楽屋に帰ってくるなりに、へたり込んだ裕子であるが、顔には心地良い緊張感が
見えていた。
「でも、良かったよね、祐ちゃん。新曲も好評みたいだったし、握手会もファンの人、
凄い喜んでたし。」
「ほんまやなあ、圭坊。」
「それに、後藤もちゃんとダンスできてたもんね〜。始まる前は泣き出したりしたから
どうなる事かと思ったけど、ホント、良く頑張ったよ。」
圭は隣にいた真希の肩を叩く。しかし、真希からの返事がなかった。
「後藤? 後藤? アンタ大丈夫?」
全く呼びかけにも応じない。真希の異常に気付いた紗耶香も真希に
呼びかける。
「後藤? 後藤さ〜ん!! 大丈夫ですか〜。」
「いちい・・・さん」
「何?」
- 57 名前:悲しい風51 投稿日:2000年07月03日(月)10時47分59秒
- その瞬間、真希の腕が紗耶香の体を抱きしめる。
「やったんですよね!! 私、ちゃんと踊れたんですよね!!!」
「ちょっと、後藤!! 恥ずかしいから、やめてよ〜。」
「やったんですよね!! やったんですよね!!」
真希に紗耶香の言葉は聞こえていないようだった。抱きしめる腕にも力がこもる。
「後藤、アンタは本当に頑張ったよ!! 頑張ったから、腕はなしてよ〜。」
やっと声が届いたのか、真希は腕をは離す。
「あ・・・ごめんさい、市井さん。」
「こんだけ力が残ってるんなら、もっとダンスできたんじゃないの〜。」
そう言いながら、紗耶香は真希と目を見合わせると笑った。真希もつられて
笑い出す。メンバー達も微笑みながら、その光景を見つめた。
「アハハハハハ〜〜〜 笑いすぎておなか痛い〜 ちょっと、トイレ行くね。」
紗耶香はそう呟くと、楽屋を後にする。
「ホント、みんな疲れてるのに、あんなに元気あるなんて後藤すごいよね〜。」
明るい顔で真理は真希に話しかける。
- 58 名前:悲しい風52 投稿日:2000年07月03日(月)10時49分20秒
- 「あの、矢口さん?」
「どうした?」
少しためらったようだが、真希は口を開いた。
「市井さんって、着やせするんですか?」
「え? 紗耶香はそんな事ないかな、羨ましいくらい細いけど・・・」
その答えを聞くと真希は突然、真理を抱き上げる。
「ちょ・ちょっと、紗耶香の次は私なの〜。」
誰が見ても先程と変わりのない風景に見える。だが、真希にとっては、
理由が異なる行動だった。
“やっぱり、市井さんの方がウエストが太い・・・”
- 59 名前:悲しい風53 投稿日:2000年07月03日(月)10時50分26秒
- ジリリリリリリリリリ……
いつまでも続きそうな目覚ましの音に紗耶香は嫌々ながら、体を起こす。
いつもなら、それだけで良かったが今日は違う。
「後藤! 後藤! 起きなさい。」
自分自身の深い眠りから起きてきたばかりなので、声に力が入らない。
横のベッドで寝る真希を揺さぶる。
「ほら、後藤! 今日は東京に帰るんだし、これから3日はオフなんだから、
起きなさい。」
それでも、なかなか起きない真希に紗耶香は呆れる。
「ちょっと、後藤!! いつまで寝るつもりなの・・・」
少し大きめの声が聞こえたのか、ベッドの中の真希はやっと動き出した。
「やっぱり、初めての地方はハードだったか・・・。」
「・・・いちいさん・・おはよ〜ございます。」
「おはよ〜…って、ちょっと、後藤、アンタ寝すぎじゃん! 顔、メチャメチャ
むくんでるよ。早く、顔洗ってきなよ。」
「ふあ〜い。」
完全に起きてはいなかったが、真希はゆっくりとした足で洗面所に向かう。
「おかし〜な。前はあんなにむくんでなかったんだけど・・・アレッ?」
真希の後姿を見送った紗耶香は床に目をやる。
「何でマジックがこんなとこに落ちてんだろ?」
- 60 名前:悲しい風54 投稿日:2000年07月03日(月)10時51分31秒
- 「イタイ!!!! イタイですよ!!! 先生。」
診察室には不釣合いなほどの声が響き渡る。
「そりゃ、市井さん。痛いに決まってるでしょう。」
医者は呆れたように口を開く。
「大体ねえ〜 市井さん。この前ウチに来たの1ヶ月も前じゃないですか!!
その時、即、注射打って1・2日安静にしとけば直ったのに、市井さんが
“今、休んでる暇ないですから、それはできません”って言ったから、
コルセットをするだけで済ましたんですけど、コルセットしてダンスする
バカはいませんよ。」
事実を言われると、紗耶香も反論のしようがない。医者は言葉を続ける。
「それにしても、大変だったでしょう。コルセットしてダンスするのは。」
「他のメンバーに気付かれないかヒヤヒヤでしたよ。シャワー浴びるの遅らしたり、
服装もピッチリしたのをやめたり・・・」
「市井さん、他の事で努力しましょうよ… それにしても、良く我慢しましたね。
普通なら絶対にもちませんよ。 とにかく、注射しましょうか。後ろ向いてください。」
- 61 名前:悲しい風55 投稿日:2000年07月03日(月)10時52分13秒
- 医者の言葉に従い、紗耶香は後ろを向き、上着をまくりコルセットを見せる。
「プッ・・・・・」
「なんですか?看護婦さん? 急に笑って・・・」
突然笑い出す看護婦を紗耶香は不思議に思った。
「いえ・・なんでもないんですけど・・・・ねえ、先生?」
問い掛けに戸惑ったのか、看護婦は医者に話をふる。
「・・・ちょっとキミ・・・ 市井さん、誰かに自分の腰痛のこと言いましたか?」
「いえ、親にも秘密にしてましたけど… どうしてそんな事聞くんです?」
「えっ? いや、本当に誰にも言ってません?」
「こんなことでウソ言いませんよ。」
「そうですか・・・」
「チョット、先生! 何なんですか?」
「いや、何でもないんですよ。それじゃあ、注射打ちますからコルセット外しますよ。」
そう言うと、医者はコルセットを外す。紗耶香はずっと、隣でにこやかな看護婦を
不思議に思いながら、ベッドに横になった。
- 62 名前:悲しい風56 投稿日:2000年07月03日(月)11時19分24秒
- 「ホラ!!」
「・・・・・・」
「だからあ、ほら言ってごらんよ。」
「・・・さ・・・・さゃ・・・・・」
「チョット〜 どうして言えないのよ〜。」
二人のやり取りをメンバーは笑いながら見つめる。
「紗耶香、あんたがいつも恐い顔しとるから、後藤もビビッとるんや。」
裕子が悪戯っぽく呟く。
「ちょっと、祐ちゃん止めてよ〜。 後藤、いつまでも“市井さん”じゃあ、
メンバーっていう感じがしないでしょ。私がいいって言ってるんだから“紗耶香”
って呼びなよ。」
「・・・・市井ちゃん・・・じゃダメですか?」
真希が恥ずかしそうに目の前の紗耶香から顔をそらす。
「へ?」
「どうしても、“紗耶香”って呼べないから、“市井ちゃん”でいいです?」
「そりゃ、後藤が呼びたいって言うならいいけど・・・」
そんなやり取りの楽屋のドアが突然開く。
「おいッ!! みんな!!! 隣の楽屋にジャニーズJrが来てるぞ!!!」
マネージャーの声にメンバーはすぐさま反応する。
「ホント!!! ちょっと、みんなで行ってみようよ。」
真理がメンバー達の顔を見渡す。
「行こう!! ちゃんと挨拶はしないとね。」
なつみも真理の意見に賛同する。
さっきまでの喧騒が嘘のように楽屋からは人が消えた。
- 63 名前:悲しい風57 投稿日:2000年07月03日(月)11時20分47秒
- 「本当にみんな、ミーハーなんだから・・・。」
紗耶香は呆れたように、もぬけの殻になった楽屋にたたずむ。
「・・・・いちい・・・ちゃん・・・市井ちゃんは行かないの?」
「アレッ? 後藤、どうした? ジャニーズ大好きだって言ってたじゃん。
メンバーと一緒に行かないの?」
「・・・・もう、いいんだ・・・」
「いいって・・・他に好きな人ができたの?」
恥ずかしそうにうつむく真希の顔を紗耶香は悪戯っぽく覗き込む。
「・・・・秘密!!! 」
「なんだよ〜 後藤、 教えてくれたっていいじゃんかよ〜。」
「じゃあ、市井ちゃん教えてよ〜。」
「先輩にそんなこと聞くもんじゃないぞ。後藤が先に言ったら言うよ。」
「え〜 市井ちゃん。 それって、不公平じゃんか。」
「全然、不公平じゃない!! ホラ、教育係の市井さんに言ってごらんよ・・・」
「絶対に言わないよ〜 市井ちゃんが言うまでは。」
静かになったはずの楽屋に声が響き渡る。いつまでも続きそうな笑い声は
高く高く昇っていた。
- 64 名前:悲しい風58 投稿日:2000年07月03日(月)11時23分58秒
- 「先生? どうして市井さんに言わなかったんです?」
「ナニ? ああ、あの事かい。 」
「市井さん、気づいてませんでしたよ。 見せてあげるだけでも良かったのに。」
「キミはまだ、若いなあ〜 秘密にしておいた方がいいんだよ。ああいう事は。」
「そうなんですか? でも、一体誰なんでしょうね、あんな事したのは。」
「ギブスに落書きって言うのは見たことあるけど、コルセットには私も初めてだったよ。」
「しかも“大好きです。。。。。”って・・・ 恋人じゃないですか?」
「市井さんは気づいてないんだよ。その落書きの主の気持ちに・・・・ 私達があの落書きを
教えるのは、職権の範囲を超えてるよ。」
「草津の湯でも治らないってヤツですか・・・」
「キミ、若いのに古風な言葉知ってるねえ〜 まあ、そんなところかな・・・って、
こんな話、いつまでやってるつもりだい? 早く次の患者さんを呼んで。」
「先生はホント、ロマンがないですね〜。 分かりましたよ。次の方〜 どうぞ〜。」
窓から入りこむ光は、明らかに季節の変化を告げる。そして、静かに風が
季節を運んでいった。
FIN
- 65 名前:あとがき。 投稿日:2000年07月03日(月)11時29分13秒
- 毎回ながら、まとまりもなく収拾のつかない駄文になってしまいました。
ご容赦下さい。自分の身の丈を知らないのは、本当にバカなことです。
良く分かりました。2ちゃんねるでは、データ量が大変ということで、
こちらに書き込ませていただきましたが・・・・駄文は駄文そういうことです。
最後になりましたが、最後まで読んでくださった皆さんと、こんな駄文に
も容量を設けてくれた名作集板には感謝の気持ちで一杯です。
- 66 名前:名無しさん 投稿日:2000年07月03日(月)14時05分08秒
- 面白かったです。いつも楽しく読ませてもらっています。出来れば、続けて欲しい
です。そうしないと(悲しい風)にならないので。
Converted by dat2html.pl 1.0