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あの頃は圭がいた
- 1 名前:Bergen 投稿日:2000年07月04日(火)02時53分53秒
- 初めて小説を書きました。「保田圭がそばにいる生活」「朝起きたら保田の弟になっていた」等々
からモー板にはまり、臆面もなく小説を書いてみようと思い立ってしまいました。厳しいご意見を
お待ちしております。
最初は番外編から入ります。番外編が先に来る理由はこちらをご覧下さい。
保田圭の保健室
http://suika.he.net/~hokkaido/test/read.cgi?bbs=morning&key=961752458
よろしくお願いいたします。
- 2 名前:あの頃は圭がいた(番外編) 保健室編(1) 投稿日:2000年07月04日(火)02時55分46秒
- この小説を、保健室の保田先生に捧げます。
あれは5月のある晴れた日のこと…
昨日遅くまでラジオを聞いていたせいか、僕はぼんやりしていた。
退屈な授業。5月のよく晴れた午後。静かな教室。
思いがけず暑い夜で、布団をかぶらないで寝た。ぼんやしているのは、あんまり体の調子がよくないからみたいだ。何となく、体があったかい。
面倒だな。保健室で寝てようかな。
そう思うと、つまらない授業がどうしようもなくつまらない授業になった。
「…先生、ちょっと風邪っぽいんで、保健室行っていいですか?」
黒板に向かって何やら公式を書いていた中澤先生は、びっくりしたように振り向いて
「あ、ああ。大丈夫か?そういえば、お前少し顔赤いな。気をつけろよ」
と言ってくれた。
急に気分が軽くなった気がした。後ろの席の矢口に「ノート、あとで見せてな」と小声で頼み、教室のドアから出る。
1階の保健室に向かって歩き出す。明るい廊下。教室から聞こえる先生の声。
よく晴れた、静かな午後だった。
- 3 名前:あの頃は圭がいた(番外編) 保健室編(2) 投稿日:2000年07月04日(火)02時56分43秒
- 保健室。
ここに来たのは去年の冬。やっぱり風邪をひいていて、薬をもらいに来た。
確か今年の異動で、保健の先生替わったんだよな。誰だっけ?
さすがに教科の先生は覚えていても、保健の先生まで覚えてないや。
僕はちょっと緊張して、保健室のドアをノックした。
「はーい」去年はおばさんの先生だったけどな。同じかな。
そう思いながら、ドアをおずおずと開けてみる。
「失礼します…」
そこにいたのは、僕が思っていたよりもずっと若い先生だった。
耳が隠れるくらいの茶色い髪。きりっとした眉。薄い化粧。
保田先生は、机の書類からこちらに視線を移した。
「ん、どうしたの?怪我でもした?」
すこし低い、はっきりとした声。
「えっと、ちょっと、体調が悪いので、来ました」
何でこんなぎこちないしゃべり方になってたんだろう?
話しかけたのは、ただの学校の先生なのに。
椅子から立ち上がり近づいてきた保田先生は、
「あら、ちょっと顔赤いわね…こっちいらっしゃい」
と言って、ベッドに座るように手招きをした。
「…はい」
僕は言われるままに、真っ白なベッドに腰を下ろした。
なんだか、落ち着かない。
- 4 名前:あの頃は圭がいた(番外編) 保健室編(3) 投稿日:2000年07月04日(火)02時57分36秒
- 保田先生は体温計を持って来て、僕の前の椅子に腰掛けた。
「それじゃ、熱はかってみるわね。これ、わきの下に入れて・・・制服脱が
なきゃ入らないわよ。学ラン脱ぎなさい」
僕は慌てて学ランを脱ぎ、布団の上に放り出した。
保田先生は僕の慌てぶりを見ると、少し笑って
「そんなに慌てなくていいのよ…ふふ。はいこれね。少し時間かかるわよ」
と体温計を僕に差し出した。
ふと僕の周りに、花のような香りがかすかにたちこめた。
僕は体温計をわきにはさんだ。
- 5 名前:あの頃は圭がいた(番外編) 保健室編(4) 投稿日:2000年07月04日(火)02時58分49秒
- 水銀体温計で3分。
僕には、その時間はとても短かった。
「さあ、もういいわね。見せてくれる?」
「あ、はい…」
また保田先生の匂い。ほのかなその匂いにつつまれて、僕は体温計を差し出した。
「37度1分…大したことないわね。どうする?」
どうするって…。去年の先生は、
「37度5分。大丈夫よね。薬あげるから、教室戻りなさい」
なんて言っただけで、そっけなかった。またそう言われると思ったのに。
「えっ、…しばらく休んでいいですか?ここで」
保田先生はいたずらっぽい眼をして
「授業が退屈なんでしょ?ふふ…」
と笑った。
大人の先生がふと子供に戻ったような、無邪気な笑い方だった。
「ちょっと待っててね。いいものあげるから」
先生は机の横の冷蔵庫を開け、紙パックのジュースを二つ、取り出した。
「リンゴとオレンジ、どっちがいい?」
「あ、リンゴ、下さい…。ありがとうございます」
学校の中でジュース飲むなんて初めてだ。
僕は先生と少し目を合わせ「…いただきます」とつぶやいた。もうジュースを
飲んでいた先生は、小さくうなずいた。
- 6 名前:あの頃は圭がいた(番外編) 保健室編(5) 投稿日:2000年07月04日(火)02時59分41秒
- 緊張してるのか、ストローのビニールがなかなか破けない。
「熱はないけど、無理しちゃダメよ。辛かったら寝てなさい。起きててもいいけど、
学ラン着ないと寒いでしょ?」
「…あ、はい。済みません」
少しぼんやりしていた僕は、紙パックを布団の上に放り出し、急いで学ランを着た。
「どうしたの…乱暴ね」
「あ、はい、済みません。ごめんなさい」
「そんなに謝らなくていいのよ。怒られてるみたいじゃない」
「すみま…いや、はい」
先生はまた花のように微笑んだ。
「面白い子ね。ジュース飲みなさい」
「…いただきます」
「面白い子」なんだな、僕は…。無邪気に笑う先生とこの言葉は、不釣合いだな。
そう思いながらも、僕は保田先生に大人の女性を感じていた。
薄いピンクの爪。控えめにゆれるピアス。白い肌…。
僕はリンゴジュースを飲み始めた。
- 7 名前:あの頃は圭がいた(番外編) 保健室編(6) 投稿日:2000年07月04日(火)03時01分12秒
- 「君は…青いバッジだから2年生ね。2年A組か…」
いつも保田先生は僕のぼんやりしている時に話しかけてくる。
でもあとから考えると、僕はずっとぼんやりしていたみたいだ。保田先生と向かい
合っていたからか…。
「A組なら、保健委員に石川さんって……聞いてる? やっぱり、調子良くないみた…」
「だ、大丈夫です!…済みません」
最後の声は小さくなった。また謝っている自分にも気づかなかった。
「変ねえ…やっぱり寝てたほうが良いんじゃない?」
「大丈夫です…」
「そう? ならいいけど。石川さん…知ってるわよね?」
「はい…知ってます」
中学生くらいになると、男も女も急に異性を意識し出すから、口さがない友達が石川
さんを話題にしていたのは聞いたことがある。ただ、僕と友達の違いは、僕は「石川
ってさ…」なんて言わずに、必ず「石川さん」って呼んでるってことなんだ。もちろ
ん心の中でだけなんだけどね。
何でって…そんなこと、聞くまでもないよ…ねえ。
- 8 名前:あの頃は圭がいた(番外編) 保健室編(7) 投稿日:2000年07月04日(火)03時02分44秒
- 僕の空想は、先生の言葉で打ち破られた。
「石川さん、声可愛いわよね。もちろん見た目も可愛いけど…自分であんまりわかって
ないとこが、またいいのよね。そう思わない?」
保田先生の言葉が、いきなり僕の心に深く入り込んできた。
さっき思い浮かべていた石川さんと、先生の言葉がシンクロする。
そして息苦しいほどリアルに、石川さんの姿が浮かび上がってきた。
まだ僕は、女の子を可愛いとか、きれいだとか、臆面も無く口に出せる年頃じゃな
かったし、もっと言ってしまえば僕はずっとずっとオクテの方だった。だから、大
人の先生に気のきいた返事が出来るはずもない。でも僕は無理をした。
「…はい、確かに、かわいい…ですね」
「可愛い」と言った時、心が縮むような思いがした。ほのかに意識している異性を
何らかの形容詞をつけて語る時、誰でもこんな思いをするんじゃないだろうか。
「どうしたの?また顔赤くなってきたわね…。 ふふ、そうなの…」
大人の先生がまた子供に戻った。
「へえ、そうなんだ…」
ちょこっと気にしてるだけなのに。ここに来て、保田先生のことだって気になって
しまうような、そんな淡い気持ちなのに。
「なんか悪いことしちゃったみたいね。余計熱が出てきちゃったでしょ?」
「そんなことないです。大丈夫です…。何でもないです」
語るべき言葉を持たない僕は、大丈夫を繰り返すしかなかった。
「そういう年頃だからね…恥ずかしがらなくてもいいのよ、当たり前のこと
なんだから」
「……」
そうじゃない、ただちょっと気にしてるだけで、先生のことだって少し気になって…。
自分で自分に言い訳して、それに手一杯だった僕は何も言うことが出来なかった。
- 9 名前:あの頃は圭がいた(番外編) 保健室編(8) 投稿日:2000年07月04日(火)03時04分02秒
- そんな僕を気にするでもなく、保田先生は話し始めた。
「石川さんね、よくここに来て、私に色々話をしてくれるのよ。部活のこととか…
今度彼女、テニス部の部長になるんだってね…、クラスのことだとか、昨日見た
テレビのことだとか。そういう話が、結構ありがたいのよね」
「…そうなんですか?」
「そりゃそうよ。私はクラス担任じゃないし、先生になってまだ3年目の新米なの。
だから、中学生のことってまだよく分かってないのよね。そんな時、石川さんみた
いな子が何でも話してくれるのって、すごく嬉しいの」
クラスじゃおとなしくて、あんまり話していないけど、そんな面もあったんだ。
「まあ、かわいい子と向かい合ってしゃべるのが楽しいって、そういう理由もある
んだけどね。あはは」
ふと、向かい合って楽しそうに話しこんでいる保田先生と石川さんの姿が浮かんで
きた。何となく、心が温かくなった。同時に、そこに入れない自分を思い浮かべて
胸が苦しくなった。
- 10 名前:あの頃は圭がいた(番外編) 保健室編(9) 投稿日:2000年07月04日(火)03時05分23秒
- 「…先生、結婚してるんですか」
「えっ、し、してないわよ。どうして?」
若さは突然、思いもかけない方向にエネルギーを発散させる。今思えば、僕は保田
先生と石川さんに嫉妬していたみたいだ。
「ほら、私の手、見れば分かるでしょ?」
保田先生は両手の甲を、僕の方に並べて差し出した。きれいな指だった。
結婚指輪はどっちの手にするかなんて知らなかった僕は、指輪してないんだな、と
思っただけだった。ついさっきまで石川さんのことを考えていたのに、何だかほっ
としたのを今でも覚えている。
「いやね…結婚してないと思って聞いたんでしょ」
「そうじゃないです。…ごめんなさい」
本気で怒ったわけじゃないことを示すように、保田先生は口元をほころばせた。
「結婚できないから、石川さんみたいな可愛い子に目が行っちゃうのよね。なーん
て、君に言っても寂しいだけよねえ…」
また少しだけ、胸が痛んだ。
どっちつかずの僕の気持ちは、一体どこへ向かっていこうとしていたのか…
でもその時は、ただ自分の心の痛みを感じることしか出来なかった。
- 11 名前:あの頃は圭がいた(番外編) 保健室編(10) 投稿日:2000年07月04日(火)03時06分35秒
- 終業のチャイムが鳴った。
「あら、もう授業終わりね。無駄話につき合わせちゃってごめんね。…石川さんは
いい子よ。頑張って」
二人しかいない保健室なのに、最後の方を保田先生は声をひそめて言った。
なんと言っていいか分からない僕は、笑い返すことで返事に替えた。
「時々、遊びに来なさい。放課後、ヒマな時とかね…。色々、話聞かせてね。あま
り男の子から、話聞くことないから」
「はい。ありがとうございました」
今度はきちんと返事をした。
「それじゃ、教室に戻りなさいね」
保田先生が立ちあがると同時に、僕もベッドから降り、ちょっとお辞儀をしてドア
へ向かった。
「失礼します」
もう一度先生の方を向いた。先生は笑って僕を見、小さく手を振った。僕もそれに倣った。
静かにドアを閉めると、廊下にはいつもの活気が戻っていた。
保田先生というしおりが挟まった、石川さんという日記の一ページが、また一日分増えた。
だけどそのしおりがいつか、もう一冊の日記になるのかもしれない。
そんな矛盾した気持ちを抱きながら、僕は教室へと歩き始めた。
(保健室編 終)
- 12 名前:あの頃は圭がいた(番外編) 保健室編・解題 投稿日:2000年07月04日(火)03時07分52秒
- 中学生の男子が、クラスの女子と保健室の先生とに淡い恋心を抱く…そういうプロ
ットです。途中まで書いて、話をどうオチに持っていくかをしばらく悩んでいたの
ですが、今日書き始めたら何とか書けました。保田先生と石川さんをぶつけること
で、話は展開したのですが、出来は…?。何故石川なのかは「保健室」をご覧下さ
い。というか単なる思い付きです。
まだモーニング娘に関心を持って間がないので、キャラクターが立っていないかも
しれません。別に保田じゃなくても誰でも当てはまるんじゃないか、という批判も
あるかと思いますが、少しずつキャラを作っていこうと思っています。
(以後の予定)
プロットは以下のようになっています(順不同)
予習編 (完成)
音楽室編 (完成)
故郷編 (完成)
以下 中途もしくは手付かず(タイトル変更の可能性あり)
Paul Smith編 (中途)
図書館編
教習所編
プール編
空教室編
博物館/美術館編
修学旅行編
写真部編
映画編
順次アップしてゆくつもりです。完成に時間がかかるので、気長にお待ち下さい。
よろしくお願いいたします。
- 13 名前:ぺったんこ 投稿日:2000年07月04日(火)03時26分44秒
- いいっすね。なんか、久しぶりの妄想系保田モノって感じで、保田にハマり出した当時の事を
思い出しました。なかなか、多彩なシチュエーションみたいなんで、期待してます。
- 14 名前:なつみママ 投稿日:2000年07月04日(火)03時54分25秒
- すごい力作だべな・・・。
保存したんで、後からゆっくり読ませてもらうべさ。
これから、がんばってほしいべ。
- 15 名前:Bergen 投稿日:2000年07月04日(火)12時52分08秒
- >>13
ぺったんこさん、ありがとうございます。「保田圭がそばにいる生活」の作
品、どれも好きです。ぺったんこさんがだいぶ前になさっていたことを後追
いでやっているようなものですが、アドバイス等ありましたらお願いいたします。
>>14
ありがとうございます。今日はそちらに行きます。
他に読んでくださっている方も、どんどん意見を聞かせてください。遠慮なくどうぞ。
- 16 名前:助手 投稿日:2000年07月04日(火)17時45分46秒
- おもしろいですです。。保田先生もきっとお喜びになっておりますです。
- 17 名前:保田先生 投稿日:2000年07月04日(火)18時40分48秒
- はいはい、来てやったわよ。
なーんかあたしと全然違うような気もするわね・・・。
まぁ、いい感じに書かれてるから文句はないんだけど。
うん、いいんじゃない?
これからも頑張ってね。楽しみにしてるから。
じゃ、またね〜。
- 18 名前:保田先生にちょっと笑ってもらった患者 投稿日:2000年07月04日(火)18時50分03秒
- 不覚にもドキドキしながら読んでしまいました。
体温計の3分、私は多分長く感じるんだろうなぁ。
- 19 名前:Bergen 投稿日:2000年07月05日(水)00時11分33秒
- >>16
助手さんですね。ありがとうございます。これからも頑張りますので、読んで頂ければ幸いです!
>>17
先生!ありがとう!全然「保健室」の先生と違うんですけどね。Upしたらまた感想聞かせてください。
>>18
ありがとうございます。ほんとに初めてなので色々至らぬ点もあると思いますが…また読んでくれたら嬉しいです。
- 20 名前:春だ一番保田祭 投稿日:2000年07月05日(水)02時16分14秒
- やっぱりいいなぁ、保田先生。
白衣姿を想像すると、もう・・・
続きを期待しております。
- 21 名前:Bergen 投稿日:2000年07月05日(水)03時28分23秒
- >>20
保健室ではどうも…(わら
感想ありがとうございます。
今からまた別なのアップします。
- 22 名前:あの頃は圭がいた 音楽室編(1) 投稿日:2000年07月05日(水)03時30分35秒
- 「おう、もうやめようぜ。疲れたわ」
夏休みの夕方。空いたサブグラウンドで野球をしていた俺達は、市井の声で気を緩めた。
俺達、これでも合唱部なんだ。まあ、練習後のバレーボールとか野球が楽しみでもある
んだけどね。合唱部なんて普通男は入んないもんだけど、うちの高校のは人数が多いの
と、女の子も結構イケてるんで入っちまったってわけ。カラオケじゃクラスのコにも一
目置かれてるから、なかなか悪くないもんだよ。
「あー、今日も疲れたな。俺達、何しに部活に来てるんだろうな」
「野球だろ」「バレーだよ」「あとまあ、一応練習」「一応な」みんなで笑った。
今は文化祭発表の練習をしている。コンクールは関東大会で銀賞だったから、全国へ
の淡い望みも絶たれた。だからやることは文化祭の準備と野球だけなんだ。勉強?
夏休みの宿題?それ食えんのって感じさ。
「じゃあ、そばでも食いに行くか?」「ああ、行こうぜ」カバンを持って歩き出す。
なんだ、みんなカバン持って来たのかよ?俺、取りに行かなくちゃ。
「わりい、俺カバン部室だよ。先行ってて。バットは持ってくからさ」
「んじゃ、おまえの分も注文しといてやるよ。学生ソバ大盛り。のびればもっと増えるぜ」
「バカ。飯田何言ってやがんだ。水飲み過ぎてまた腹痛えなんてぬかすなよ。じゃあな」
「唐辛子、ありったけかけとくよ」
もういい加減面倒くさくなった俺は、矢口には適当に手を振って部室に向かった。
- 23 名前:あの頃は圭がいた 音楽室編(2) 投稿日:2000年07月05日(水)03時32分05秒
- 夏の真っ盛りとはいえ、四階にある音楽室は涼しかった。
さっきまで鮮やかなオレンジ色だった空は、次第に明るいピンクに染まってゆく。
音楽室の奥には小部屋に分かれた練習室がある。俺がカバンを置いてきたのは
第五練習室。音楽室に入って、奥の防音扉を開ける。誰かいるみたいだ。ピアノ
を弾いている。歌っている。まだ練習してるのか?
なれし故郷を放たれて 夢に楽土求めたり
保田の声だ。面倒見のいい奴で、パートリーダーをやっている。歌が好きだから、
音大に行きたいって言ってたな。
カバンを持った俺は、保田のいる第一練習室に向かった。
「おい、もう6時半だぜ。そろそろ帰ったら?」
「あ、うん。そだね。もう遅いしね」窓の外は青みを増し、紫色に変わりつつあった。
「難しいね。この曲」ピアノのふたを閉めながら保田は言う。
「上手いよ。お客さんも喜んでくれると思うよ、それなら」
日頃みんな声には出さないけど、保田の声には感服してるんだ。
「まだまだだよね。ただ歌ってるだけだもん。『流浪の民』の陽気さとか寂しさだと
か、そういうのが声に出てこないんだよね」
頑張りやの保田はいつでも自分に厳しい。だけど、何が言いたいんだ。
- 24 名前:あの頃は圭がいた 音楽室編(3) 投稿日:2000年07月05日(水)03時34分00秒
- 陽気さと寂しさって何だ?きれいに歌ってるよ。それでいいじゃん?」
保田はちょっと厳しい顔をして、突然語り出した。「話し出した」というより「語り
出した」という方が適切な、そんな口調で。
「わかってないなあ。『流浪の民』だよ?焚火を囲んで楽しそうに宴会してるけど、
本当は寂しいんだよ?故郷も追われて、夢にしか理想を求められない…」
今までため込んでいた思いを吐き出すのに、言葉が追いつけないようなしゃべり方だった。
そこまで保田に言わせる何かが、この歌にはあるのだろうか。
俺にはよく分からなかった。
「それにしてもお前、よく考えてんなあ。やっぱ音大に行きたいだけのことはあるよな」
「そんなの関係ないよ。私、この歌が好きだから。家で何度も何度も歌詞読んで歌ってる
から。それだけだよ」
…一体、俺ここで何をしてきたんだろう。俺にも出来ることを保田はやってるだけじゃないか。
「私、頭よくないから難しい歌詞の意味、よくは分からないけど、何か切なくなるよね。
翌朝になれば『いずこ往くか流浪の民』…どこに行けばいいんだろう。どこが安住できる
所なんだろうね――」
「……」
何も言えない自分が、ふと情けなくなった。
- 25 名前:あの頃は圭がいた 音楽室編(4) 投稿日:2000年07月05日(水)03時35分14秒
- 保田は窓の外を見て話し続ける。
「大分暗くなってきたね…こんなたそがれに、流浪の民は宴を始めるんだね…」
青い光の中にほの白く浮かぶ保田。彼女が今何を思っているのか、こんな俺にも少し
だけ分かる気がした。
…夢を追い、終わることのない旅を続ける流浪の民。焚火の火に輝く彼らの瞳は、
高貴な光をたたえているだろう。言葉は優しく唇からまろび出るだろう。猥雑な
までの騒がしさの中には、彼らの瞳に潜むと同様の静寂と陽気さ、切ないまでの
憧れが見てとれはしないだろうか…
そうか、歌うってのはそういうことか――俺は、おぼろげながら気づき始めていた。
ただ声を出すだけではなく、作りものの感情移入をするのでもなく、冷静に、歌や
音楽そのものに没頭すること。クールに、しかし熱く音楽をつきつめてゆくこと…
保田が、これまで以上に大きく見えた。なんだかすげえな、コイツは…。
- 26 名前:あの頃は圭がいた 音楽室編(5) 投稿日:2000年07月05日(水)03時36分45秒
- 突然俺の携帯が鳴った。飯田だ。
「お……い。何やってんの?早くしろよ。お前のソバ、どんどん伸びてるぞ。おば
ちゃんがユデタマゴくれたけど、吉澤にやっていいか?」
「お前、ほんとに注文してたのかよ…あー…。タマゴは残しとけ。今すぐ行く!」
保田は俺を横目で見、
「アンタ達、相変わらずバカよねえ…」
と呆れたように言った。
「何をいまさら…保田、お前も行くか?ソバ食いに」
「うん、お腹空いちゃった。行くよ」
既に歌い疲れてや 眠りを誘う夜の風…
歌ったあとの保田の微笑み。青い光も死に絶えた部室は殆ど真っ暗だったけれど、
保田の笑顔だけははっきりと輝いてみえた。俺もつられて笑みを返す。
窓の外には、もう無数の星が輝き出していた。
(音楽室編 終)
- 27 名前:あの頃は圭がいた 音楽室編(解題) 投稿日:2000年07月05日(水)03時38分23秒
- こんなに種明かしをしている小説も珍しいと思いますが、これも小説のうちだと思って
読んで頂ければ幸いです。
いつかは自分の高校生時代を描くことがあるだろう。その思いが部分的にせよ、ここに
は込められています。100人を超す大合唱団で、練習とスポーツに励んだ日々。青春時代
1・2・3!(曲知らないけど)
“保田”と“俺”はともかく、その他は今を去ること×年前の高校生活そのもの…。
アレンジはしていますけどね。
「流浪の民」を最近歌う機会があったのですが、歌詞を読んでみて改めて良い曲だ
と思いました。昔の音楽の教科書などお持ちの方は、読んでみるのも一興です。か
なり切なくなります。ていうか本当に涙ぐんだりします。「僕の地球を守って」と
いう少女マンガにも、この歌はかなり引用されています。マンガを読まない僕でも
結構気に入ってますので、お暇な方はどうぞ。
保田の言ってることが、イタいマジレスみたいになってるのはご容赦。でも、音楽
に対する僕の偽らざる気持ちですけどね。笑って許してください。
ご感想、ご批判お待ちしております。遠慮なくどうぞ。
- 28 名前:春だ一番保田祭 投稿日:2000年07月07日(金)23時17分52秒
- いいねぇ、こういう高校生活
私はなかったなぁ・・・
続きも待ってます
- 29 名前:Bergen 投稿日:2000年07月08日(土)00時35分46秒
- >>28
感想ありがとうございます!励みになります。
これからまたあげますので、よろしかったら読んでください。
- 30 名前:あの頃は圭がいた ふるさと編(1) 投稿日:2000年07月08日(土)22時31分23秒
- 俺は坂の上で車を止めた。
「さあ、着いたよ」
圭に声をかける。
「ここがいつも言ってた“展望台”なの?」
「うん。まあ、とりあえず車降りようよ」
東北とはいえ午後の暑さは厳しく、俺は急激に汗をかいていた。
「うーんと、どこなの?」
「ここ、また少し登るんだ。車じゃ行けないからさ」
圭と付き合い出してもう4年目。そろそろ潮時だろう、そう思うと夏休みにどうしても
圭をここに連れてきたくなった。そして今、遠く離れた俺の故郷にいる。
故郷って言っても、小学校3年までしかいなかった町だ。親戚がいたから、大学の頃ま
では毎年夏に来ていたけど、ばあちゃんも亡くなって、親戚は東京へ越した。だから
ここに来るのは久しぶりなんだ。
だけど俺は、決してここを忘れたわけじゃなかった。
「あ、あれ?何だかショボい展望台ね」
「うん。ガキの頃はでかく見えたんだけどね」
そう、ちっぽけな展望台。周りにらせん階段がついただけの、殺風景な展望台。
でも、ここは俺にとって忘れられない場所。
- 31 名前:あの頃は圭がいた ふるさと編(2) 投稿日:2000年07月08日(土)22時32分49秒
- 「うわー、町を見下ろせるんだね、ここ」
「意外ときれいなもんだろ?」
見えるものったって住宅地と団地だから、全然大したことないんだ。後ろを振り返れば
ずっと遠くに海が見え、田んぼが続いている。時折高架には新幹線が通る。
そうなんだ、どうってことない景色。俺は知っていた。
それでも、俺はどうしても圭をここへ連れてきたかった。
「前住んでたの、どこだったの?」
「ここからじゃ見えないんだ。見えてもわからない。団地だからね」
「ふーん。じゃ、幼稚園とか小学校は?」
「幼稚園はあそこ。赤い屋根があるだろ。小学校は、あの高台にあるヤツ」
「あー、あれかあ」
圭は不思議に思ってるかもしれない。何故、こんなところに連れてきたのかを。
それとも、女のカンってやつで、わかってるんだろうか。
…それほど昔と変わらない、俺の故郷。圭の見ているはるか遠くには、俺がソリ遊びや
スキーに行った山々が連なっている。5時を少し回ったせいか、早くも秋が忍び寄って
いるせいか、微かな冷気を含んだ風が静かに圭の髪を流れてゆく。
- 32 名前:あの頃は圭がいた ふるさと編(3) 投稿日:2000年07月08日(土)22時35分01秒
- 「ここ、よく来てたの?」
「うん」
前に言ったはずだけど…圭、忘れたのか?そう言いたい気持ちを抑えて、俺はもう一度
繰り返した。幼稚園の頃、自分の住む町がどれくらい大きいのか知りたくて、町外れま
で歩いてきたらここに着いたこと。小学生の頃は遊ぶ友達がいないと、自転車に乗って
ここまで来てたこと。夕方から夜にかけて、町に明かりが灯り出すと信じ難くきれいに
なったこと。時には友達とケンカして、ここから泣いて帰ったこと。引っ越しても、毎
年ここに来て1時間はぼんやりしていたこと。そして…
「あの公園、結構大きいね」
「うん、ガキの頃よく遊んでた。ジャングルジムから落っこちて怪我したり」
「あは、その頃から運動神経ニブかったんだね」
無邪気なもんだなあ。俺、もうこんなに緊張してるのに。どう言ったらいいのか困って
いる俺には、気づいていないみたいだ。
「どうしたの?車の中から、少し変だよ」
なんだ、圭も分かってたのか…なんて安心してる場合じゃない。俺は余計固くなってし
まい、何を言ったらいいのか分からなくなった。
「え?ああ…… いい景色だろ?ここ」
「――さっき言ったよ、それ」
あれ? 言ってないよな、言ったか? 何だかよくわからなくなってる。
…いつまでもどうどう巡り。俺っていつでも肝心なことは言えたためしが無いんだ。
でも、もう言うしかないみたいだ。心を決めて。
俺は、自分が話しているくせに他人の話を聞いているような、そんな不思議な感覚の
中で話し始めた。
- 33 名前:あの頃は圭がいた ふるさと編(4) 投稿日:2000年07月08日(土)22時36分53秒
- 「うん、さっき…ここによく来てた、って話したじゃん?」
「うん」
「でもね、まだ、言ってないことがあるんだ」
「…何?」
「俺、ここに住んでた時、幼稚園の頃から好きな子がいてさ…シホちゃんって名前だったけど…」
小学3年の3月までここにいた。引っ越すのが分かってから、どうしてもシホちゃんに気持ち
を伝えたかった。ただ、言うだけでよかったんだ。
「それで、ものすごい勇気をだして『町外れの展望台に来て。言いたいことがあるんだ』って、
シホちゃんに言ったんだ。そしたら『うん、行くよ。待っててね』って返事をくれた…」
圭は俺の顔を見て、黙っている。時折髪が風になびく。
俺は展望台で待ってたけど、シホちゃんは来なかった。日が暮れた。
俺は黙って家に帰り、次の日に引っ越していった。
「そういう場所なんだ…」
「…オチは?」
「えっ?」
圭の顔は少しこわばっていた。
「何、単なる初恋の破れた場所に私を連れて来たっていう、そういうオチなの?」
「いや、そうじゃない…正確に言うと、それだけじゃない、かな。…毎年ここに来るたび、シホ
ちゃんのことを思い出してたけど、だんだん口惜しくなってきてさ、高校生の頃は、いつか絶
対に彼女をここに連れてきて…」
「連れてきたじゃない」
「あ、いや、そのさ…」
「その、何?」
圭の目は夕陽を反射して、キラキラ輝いている。少し冷たくなった風が髪をなびかせ、
その髪を両手で後ろに押さえながら、また彼女は少し黙った。
- 34 名前:あの頃は圭がいた ふるさと編(5) 投稿日:2000年07月08日(土)22時38分37秒
- 手すりに腕を乗せ、その上に顔を乗せた圭は、俺のほうを見ずに
「早く…続けて」
とつぶやいた。
「うん、俺が高3か大学生の頃からさ、彼女が出来たら連れてきて、その…」
「ふーん、じゃ私もその彼女のうちの一人なんだ」
「いや…」
俺の声は小さくなり、かすれていた。
「連れてきたのは、圭だけだ」
また沈黙。
「それで、終り?」
「……」
「もうないの、言うこと?またオチないわね」
「……」
「変な人。もう寒くなってきたし、帰ろっか」
圭は階段のほうに向かって歩き出した。
「…いや、あのさ!」
自分でも驚くくらい大きい声になった。
「ここには、…結婚しようと思った人を、連れてこようと、思ってたんだ。…はは、
ごめんね。勝手に連れてきちゃって。…でも、ここで「結婚しよう」って言うのが、
俺のささやかな望みだったんだ。それだけ」
そう言うと俺は手すりに腕を乗せ、沈みゆく夕日に目をやった。
これでよかったんだろうか。
何となく苦い後悔の念が、俺の胸にじわじわと広がっていった。
- 35 名前:あの頃は圭がいた ふるさと編(6) 投稿日:2000年07月08日(土)22時39分47秒
- ドン!
急に俺の体は手すりに押し付けられた。何だ?
何が起こったのか、一瞬分からなかった。
なんだ…圭が俺の背中に抱きついただけだ。それなら、圭がよくやっていること。
圭は抱きついたまま何も言わない。俺も背中に圭の体温を感じながら、黙っていた。
風は大分涼しいのに、俺は背中に汗をかいてるみたいだ。圭がくっついているから。
でもこんな涼しくなってきたのに、汗なんかかくはずない。…どんどん背中から汗が
出てくる、この感覚は何だろう。
…汗じゃない。圭の涙だ。圭、泣いてるんだ。
「圭…」
何で泣くんだ?
「もう…遅いよ…さんざんじらして…」
圭の声は涙声になっていた。
「いや、じらしてたわけじゃないよ」
俺は圭と向かい合い、両手を彼女の肩に乗せた。
「ひどいよ。…いつも私が何かしなきゃ言わないんだから…いつも…」
圭ははじめて俺の目を見た。圭の涙に濡れた目は、さっきよりも一層夕日に映えて輝いている。
俺はそんな圭の目に見とれ、また言うべき言葉をなくした。
- 36 名前:あの頃は圭がいた ふるさと編(7) 投稿日:2000年07月08日(土)22時41分31秒
- 「もうこんな男、サイテー!ダメ男!言うべきことも言えないなんてサイテー!ムカツク!」
こんな時まで口悪いなあ、コイツ…。デリカシーってもんが欠けてるんだよな。
俺は言いたい事を言った疲れからか、そんな罰当たりなことまで考えていた。…えっ?
「おい、言うべきことはちゃんと言ったぞ。聞いてるのか?ちゃんと」
「…ちゃんと言いなさいよ」
圭は俺の胸にしっかりと抱きついた。
「早く言いなさい!早く!」
圭の腕が俺を締めつける。痛いよ。痛いってば…。
「いや、だから」
顔ぐらい見せろよ、そんなにつかまってないで。
「結婚しようよ」
今度は俺の胸が濡れた。少しずつ少しずつ、俺の胸が暖められた。
「離さないから…」
俺の胸に顔を押し付けながら、圭はくぐもった声で言った。
「絶対離さないから」
涙声のまま、圭は繰り返した。
圭は俺の胸で涙をふくと、今度は優しく抱きついてきた。
「ずっとずっと、待ってたんだよ…」
「…ごめんな、遅くなって」
多くの言葉は要らない。どんな言葉も、何よりも早く圭の心に届くだろう。今となっては…。
「私のこと、大切にするんだぞ…」
俺は胸がつまり、圭に返事が出来なくなった。めったに泣かない俺の目頭が熱くなる。
夕日は既に地平線に没し、空は紫色に染まっていた。圭はまだ涙に濡れた目で俺をいと
おしそうに見、
「また、来たいな。…あなたの生まれた町」
と小声で言った。
俺は初めてきつくきつく、圭を抱きしめた。
(ふるさと編 終)
- 37 名前:あの頃は圭がいた ふるさと編(解題) 投稿日:2000年07月08日(土)22時42分23秒
- 「LINDBERG 9」の中の「風ぐるま」という曲からアイディアをもらいました。
女の子が彼氏のふるさとをたずねる…そんな内容のほのぼのした曲です。
ちなみに2ndの「ふるさと」とは全然関係ありません。書いてから「そう言えば
モー娘に『ふるさと』ってあったな」と思ったくらいなので、マジ忘れてました。
- 38 名前:みなせ 投稿日:2000年07月09日(日)01時28分31秒
- いいですねえ、
そういえば、昨日の保田さんは可愛かったなあ、浴衣姿。
- 39 名前:春だ一番保田祭 投稿日:2000年07月09日(日)23時40分32秒
- 毎度楽しみにしております
うぉ〜、保田に背中で泣かれてぇ〜
しかし、おねもー&ハロモニの浴衣姿は良かった
夏祭り編ってのどうですか? ジッタリン・ジンみたいなの
- 40 名前:Bergen 投稿日:2000年07月10日(月)22時25分52秒
- >>38
ありがとうございます。小説読ませてもらってます。頑張ってください。
>>39
嬉しいです…ありがとうございます。
夏祭り編ですか?結構あっちこっちで浴衣妄想が始まってるみたいですね、見てみると。
「保田圭がそばにいる生活」なんかでもお祭り編ありましたね…上手く書けるかな?
もう少し夏祭りらしい季節になったら、実際にお祭りに行って観察してから書いてみます。
アイディア頂きます!
ジッタリン・ジン?名前は聞いたことあるんですけど…
- 41 名前:名無しさん 投稿日:2000年07月10日(月)22時26分14秒
- ♪きーみーがーいたなーつーは 遠いーゆーめーのなかーあー
♪そーらーにー消えてーえった うちあーげーはーなーあびー
- 42 名前:春だ一番保田祭 投稿日:2000年07月10日(月)23時16分16秒
- >>40
曲のタイトルが「夏祭り」
41さんも書いてますけど、いいなぁっつうところは、
「線香花火マッチをつけて いろんなこと話したけれど 好きだってことが 言えなかった」
ってとこですかね。
アイタタタッ
- 43 名前:Bergen 投稿日:2000年07月11日(火)07時39分29秒
- >>41-42
Best出てますか…探してみましょう。
曲からアイディアが結構出るので…情報ありがとうございます。
- 44 名前:あの頃は圭がいた 予習編(1) 投稿日:2000年07月13日(木)00時51分24秒
- あー、わかんねえ。何だよこの構文さ…
昼飯時を少し過ぎた食堂。俺は四限ドイツ語の予習に励んでいた。
先週は指されてないから、今日は当たるな。一応単語の意味くらいは調べとかなくちゃ…
と考えつつも、いつの間にかよく晴れた窓の外に見入ったり、大分ぬるくなったコーヒー
を飲んだり。
全然進まねえや、めんどくせ。大体ざわついてる食堂で予習してるってこと自体、やる気
ねえってことだよな。あー。
「おっはよ、何してんの?」「おっ、よう」
同じクラスの保田だ。女でドイツ語とってる珍しい奴。みんなフラ語なのに。そう言えば
こいつ、独文に行きたいって言ってたっけ。
「あれ、まだ予習終わってないの?間に合わないよそんなんじゃさー」
そう言いながら保田は俺の横に座った。
「んーもういいよ。めんどくせえし」
「ふふ、でも前の訳し方じゃ、そう思っても仕方ないかもねー。「『愛してる』って
言ってくれ」って訳すところ、「『愛してくれ』って言ってくれ」なんて訳してさ。
私、笑いこらえるの大変だったよ」
「うるせーな。いいだろ。愛してることには変わんないだろ」
「そりゃそうだけどねー。どれどれ、今日はどんな誤訳をしてるかな?」
保田は俺のノートをのぞき込む。
「あーもうやっといて。保田得意だろ?ドイツ語」
「ちゃんと読んどかないとまた私に被害が及ぶんだからさあ、この段落ぐらい
訳しておきなよ。ほらっシャーペン持ってさ」
「んー?ああ」
…変な奴。前も俺の訳聞いて笑ってたしな。ちゃんと訳してる時だってあるのに。
「何で訳しながらうなずいてんの?怒られてるみたいだよ。あはっ」なんて。
- 45 名前:あの頃は圭がいた 予習編(2) 投稿日:2000年07月13日(木)00時53分55秒
- 「つーかさ、いきなりここわかんねえよ」「だからさ、ここのderは関係代名詞で…
カッコでくくるとわかるでしょ」「あ、そうか。普通の冠詞かと思ってた」「また私
笑わせる気?ちゃんと訳しなさいよ。だからここはさ…」
段々保田の顔が近づく。いつもはただマジメなやつ、ってしか思ってなくてよく見たこと
なかったけど、結構可愛いじゃん。眉毛もう少しおとなしくすればいいのにな。
なんかいい匂いがする。香水かな。いや、髪の匂いか。まあ保田も女だしな。って当たり前か…。
何考えてんだろ、俺。わけわかんねえや。
「ほらっ、ちゃんと聞いてんの!?せっかく教えてるのに」おいおい。隣の女の子、びっくり
してるぜ。そんな大声出すなよ。コイツ、男みたいな声だな。
「そんなに怒んなよ。ちょっとボーっとしてただけだよ」
「何ボケっとしてんのよ。あ、ダメだよ私に惚れちゃ」
「誰がだよ。惚れやしねえって。ちょっと女くさかっただけだって」
いい匂いって言えなかったのは、やっぱり照れだったのかなあ。
「えっ、何言ってんのよ…もう」
保田は恥ずかしそうに近づいていた椅子を離した。
「匂いなんてかがないの…はい続きね」
惚れてたわけでもないのに、ちょっと残念な気分。コイツも女なんだ、って思ってよく
見ると、澄んだ目、口元のホクロ、最近切った髪…。
「ここの主語はさ、これでしょ。だからこっちは目的語、ね。で訳すと…」「んんー?ああ」
「やる気あんのっ?」「まあそう怒るなよ。神様保田様」「ったく…」
なんか楽しいな、こういうの。改めてみるといい奴、っていうかいい女じゃん。細い二の腕も
きれいだし、色白だし…俺、今までどこ見てたんだろ?
「ふう、これで終わり。これでもう完璧!もう私笑わせないでよ」
「んーまあ大丈夫だろ。これ読めばいいんだし」
「ダメよ、エレカシの宮本さんみたいに頭かき回しちゃ」
「んなことしてねえよ」
「わかってないなー、いつもやってるよ?見てんだから、私は」
「何でそんなに俺のこと見てるんだよ」何気なく言った俺の一言にびっくりした保田は、
また恥ずかしそうにして小声で言った。
「え…?だってほら、私後ろに座ってるからさ。見えちゃうの。それだけっ」
後ろったって、窓側の俺と廊下に近い保田じゃ離れてるよ。結構。
そんなに俺っておかしいのか?それとも…
「んじゃ、教室行こうか。そう後でなんかおごんなさいよ。匂いかいだバツ!」
「んー、いいけどさ。ケーキは太るよ。これ以上はやばいんでない?」
「余計なお世話! んーケーキよりやっぱラーメンかな? 正門前の一圭ね。あそこさ…」
なーんだ。ラーメンかよ。女らしいのかどうかよくわかんねえなあ。
「あと二分だよ、急ごう」「あ、やべっ。遅刻厳禁だったな、ヤツ」
そう言いながら立ち上がると、俺はまた保田の匂いに包まれた。
(予習編・終)
- 46 名前:あの頃は圭がいた 予習編(解題) 投稿日:2000年07月13日(木)00時57分58秒
- 予習してて面倒くさい時に思いついた筋です。誰か予習手伝ってくれ…(わら
正門前の「いっけい」というラーメン屋は本当にあります(漢字?それはまあ適当に…)
カレーライスもある変なラーメン屋です。横浜と都内にあります。
とんこつじょうゆがおすすめ。どうでもいいか、これは(わら
またアップします…読んでくださってる方、ありがとうございます。
- 47 名前:春だ一番保田祭 投稿日:2000年07月13日(木)01時43分15秒
- >眉毛もう少しおとなしくすればいいのにな
笑ってしまった・・・
今回も啓発されて妄想たくましくなってしまいます。
引き続き期待中。
ところで、正門前の「いっけい」ってことはKOボーイなのか?(w
- 48 名前:Bergen 投稿日:2000年07月13日(木)06時23分31秒
- >>47
読んで頂いてありがとうございました。
…まあ、昔の話です。
ラーメン二郎を使おうかと思ったけど、ちょっとそれは濃すぎるか、と思って(わら
一応「けい」が付くし「いっけい」にしようかなと思った次第。
今は事情あって違う学校の学生やってます。
- 49 名前:びん 投稿日:2000年07月17日(月)11時57分09秒
- ・・・読んでてニヤけちゃいますね。
シチュエーション探すの上手いよなぁ〜・・・。見習いたい。
こっちは苦労しちゃって、仕方ないです。
何ぃ?KOだったの?ちょっとびっくりだべ!(わら
- 50 名前:MonteBergen 投稿日:2000年07月17日(月)22時22分02秒
- >>49
ひょっとして「題名のない小説」の方ですか? ママor今書いてる方?
僕「二人目」名乗ってまだ書いてないんです(わら 済みません…
レズって難しい。
シチュエーションは色々探してるんですけどね…電車の中とか、学校だとか、
いやらしく(わら 観察してます。
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