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狐憑
- 1 名前:壊れ右手 投稿日:2000年08月03日(木)00時24分02秒
- 小説っす。学園ものっす。ラヴラヴとかそういったのは多分?ないっす。
かなりゆっくり更新する予定っす。お目汚しで失礼。
- 2 名前:シーン1-体育館/用具入れ- 投稿日:2000年08月03日(木)00時38分30秒
- ずいぶんとくたびれた金属製の扉がある。塗装はすっかり剥げ落ちて錆びきって
いる。その向こうから、どん、と扉を叩く音がした。
どん、どん、どん……
その音は暫く続いては止み、止んでは続いたが、やがてアブラ蝉の声に呑み込ま
れ──消えた。
- 3 名前:シーン2-校庭/朝礼- 投稿日:2000年08月03日(木)00時53分50秒
- 風も雲も、なかった。じりじりと照りつける太陽が背中を焦がす。熱い。
校長はスーツを着込んでいるのにまるで暑いなどという素振りも見せず平然と訓
戒を垂れている。生徒たちはまるで妖怪でも見るように気味悪げに校長を凝視して
いる。私語をする気力さえ萎える。そんな日だった。
前に立った生徒の肩がフラフラと揺れるのを吉澤ひとみはぼんやりと眺めていた。
隣のクラスの生徒は、まるでメトロノームのような規則正しさで身体を揺らす。彼
女の揺れは次第に大きくなり──
崩れ落ちた。
吉澤は反射的にその肩を掴んで止めた。知ってる顔だった。後藤真希──派手な
容姿と噂で周囲から浮き上がってる、いわゆる問題児だ。
- 4 名前:シーン3-保健室- 投稿日:2000年08月03日(木)01時05分05秒
- 「すみません、えっと……」
「吉澤っす。吉澤ひとみ」
「吉澤さん。隣りのクラスなのに保健室まで運ぶの手伝ってもらっちゃって」
「や、いいっすよ。朝礼サボれたし、涼しいし」
「あはは……そう言ってもらえると助かるんだけど」
隣のクラスの保健委員──名札には石川とある──は、ほんわかと笑った。全館
一斉にかかる空調の音がひときわ大きい。ここ保健室のすぐ外にはクーラーの本体
がある。金網に囲まれた真っ白に塗装されたその機械を見るたびに吉澤は、まるで
それが誰かの墓標のように感じられて仕方がなかった。とくに理由があるわけでも
なく漠然と“恐い”。なるべくその音を意識すまいと、吉澤は石川ととりとめもな
い世間話をした。
- 5 名前:シーン3-保健室- 投稿日:2000年08月03日(木)01時19分12秒
- 「──そういえばさ、吉澤さん、“狐憑き”って知ってる?」
「噂ぐらいはね」
学校中を揺るがしてる噂だった。去年、古い体育館を取り壊して新しく移設した
のだが、そのときに古いお稲荷さんを祀ってる祠も、工事業者の手違いで一緒に潰
されてしまったのだ。戦前、この場所に学校を建てた当時に何度か取り壊そうとし
たそうだが祟りとしか思えない絶妙なタイミングで事故が相次いだのだという。結
局、祠はそのままにされていたのだ。それが、実にアッサリと壊されたのである。
以降、学園内では不可思議な出来事が相次ぎ、そのすべてはお稲荷さんの祟りだ
という噂がまことしやかに囁かれていた。馬鹿馬鹿しいと鼻で笑えない、不穏な空
気が校内に充満してる。吉澤は正直、そんな雰囲気にウンザリしていた。
- 6 名前:シーン3-保健室- 投稿日:2000年08月03日(木)01時32分05秒
- “狐憑き”というのもその一種である。
授業中に突如騒ぎ出して、暴れるだけ暴れたあとでケロッとしてる生徒が続出
したのである。彼らは一様に口を揃えて暴れてる間のことは覚えてないと言った。
なかには便乗した愉快犯もあろうが、関心の低い吉澤でさえすでに今年にはいっ
てから“ホンモノ”を少なくとも3人は見てる。
「あ、ごめん。こういった話、興味ないかな?」
吉澤の気のない答えから、鋭く石川が話題を引き上げようとする。吉澤は正直に
肩を竦めた。
「まぁね、興味ないってワケじゃないんだけど……なんかもうお腹一杯っていうかね」
「──そうね。最近そんな話ばかりだもんねえ」
石川が溜息をつく。話題が途切れて、沈黙が落ちる。
どこからかアブラ蝉の耳障りな啼き声が聞こえてきた。
- 7 名前:シーン3-保健室- 投稿日:2000年08月03日(木)01時47分42秒
- 「んー……ふわあああ……よっく寝た…………あれ?」
後藤はぼーと起きあがって、きょろきょろと周囲を見渡すと、吉澤をじーっと見
た。
「石川ちゃんこんな顔だったっけ? なんかちょっと見ないうちに背伸びてない?
なんか顔もちょっとこう、雰囲気違うような」
「ハイハイ──ていうか別人だから。も、起きれる? 授業出れそ?」
石川はサラサラと保健日誌を書いた。訪問者名とクラスを記していく。短く予鈴
のチャイムが鳴る。一限目が始まるまであと5分──
「やっば。次体育だったアタシ!」
「あっ、あたしもだ……間に合うかな」
「根性。根性があれば多分」
「あー、やっぱ石川ちゃんアタシ一限目ぱすするー。先生にヨロシク言っといてー」
「またぁ?!」
「じゃあ、いってらっしゃい」
後藤はパタパタと手を振るとパタリとベッドに横になって、そのままぐーぐーと
寝息を立ててしまう。吉澤と石川は顔を見合わせ──次ぎの瞬間、教室に向かって
猛ダッシュした。
- 8 名前:シーン4-廊下- 投稿日:2000年08月03日(木)02時00分36秒
- 葛折りになっている廊下。
足音がどんどん近付いてくる。
上靴のゴムと廊下のリノリウムの擦れる鋭く短い音。
二人の少女は殆どまったく無駄な動作をせずに最短の距離を走る。
((……デキる!))
ぴったりとつかず離れず横に付けて走る互いの姿を視界に納め、二人は同時に同
じことを思った。
遠ざかる足音。揺れる体操袋。
──1時限目開始まであと3分30秒。
- 9 名前:シーン5-体育館- 投稿日:2000年08月03日(木)02時23分23秒
- 整列して教師を待つ列に潜り込む二人。本鈴はすでに鳴っていたが教師はまだ来
ていない。かろうじてセーフ。吉澤は膝に手を置いて息を整えた。体操服が汗で肌
にまとわりつく。気持ち悪い。
体育館は蒸し暑く不快だた。窓は全開になっているが、風が通らない。
サーキットトレーニングと称するストレッチ運動を自主的に行っているうちに教
師が到着して今日の授業内容を告げた。バレーボール。ネットとボールを準備する
ために用具室の鍵が開けられる。
蝉の声がひときわ高くなったように感じられた。
ひどくいやな予感がした。
- 10 名前:ぱな 投稿日:2000年08月08日(火)18時07分30秒
- 続き期待♪
- 11 名前:名無しさん@戦闘系 投稿日:2000年08月10日(木)22時53分39秒
- >>10
サンキュー。こちらで続きを書くかもしれないし、書かないかもしれナイ。
http://www.jbbs.net/music/bbs/read.cgi?BBS=179&KEY=965838825
CM:2ちゃんねる型レンタル掲示板で、ネタ&小説専用掲示板を設置してみました。
たぶんね、きっとね、俺一人で寂しくね、更新してくことになるんじゃないかとかさ、
そういうヤな予感満載でね……。ヒマなら遊びに来て何かネタでも書いてやってくれ。
http://www.jbbs.net/music/179/badmorning.html
- 12 名前:名無しさん@戦闘系 投稿日:2000年08月19日(土)04時28分29秒
- あっというまにお引っ越しです……
http://www1.jbbs.net/music/179/badmorning.html
殆ど全てのネタを拾ってこれたんでこれから更新中心になっていくかと。地味にヨロシク。
- 13 名前:名無しさん@戦闘系 投稿日:2000年09月15日(金)18時56分03秒
- BAD板にも2chにも入れない…つまらないのでまだ残ってるのをいいことにこっそり更新ですです…
- 14 名前:シーン6-体育館/用具入れ- 投稿日:2000年09月15日(金)19時03分38秒
- 蝶番が悲鳴のように軋んでゆっくりと扉が開く。
白い光が縦に走り、ゆっくりと滲むように広がっていく。板のようにのっぺりとした闇は陽差しから逃れるようにサァッと素早くものかげに隠れていく。
- 15 名前:名無しさん@戦闘系 投稿日:2000年09月15日(金)19時07分26秒
- あっ! 直リンクからスレッドには飛べるんじゃん!
失礼しやした。BAD板に戻って続き書きます。失礼失礼。
- 16 名前:名無しさん@戦闘系 投稿日:2000年09月15日(金)19時10分13秒
- ……jbbs……移転前のゴーストだった……ここで続き書いてもよかですか。
つーかあかんかっても書くけど……sageて書けばお天道さんも気付くめぇ。
- 17 名前:ジャイアン 投稿日:2000年09月19日(火)20時22分04秒
- このスレッドのっとった!
- 18 名前:首実検させていただきます。 投稿日:2000年09月19日(火)20時23分16秒
- ■ステレオ■
- 19 名前:ステレオ【1】 投稿日:2000年09月19日(火)20時25分02秒
- ──私は蒸気機関。吐き出した息が一瞬だけ白くわだかまって拡散されていくたびに、私の身体は空の蒼さに冒されてゆく──
- 20 名前:ステレオ【1】 投稿日:2000年09月19日(火)20時25分55秒
- 「……ねえ、なっち、どこ行ってたのさっき? 捜したんだよ〜」
教室のすこしばかり建て付けの悪い扉をガタガタとぎこちなく開けた途端、安倍なつみは背後に軽い衝撃を受けた。振り返ると頭の位置が自分の耳ぐらいのところにある。クラスメートで幼馴染みの矢口真里だ。
「ん〜、ちょっとね。なに真里っぺ、なにか用?」
「辞書。古語の。借りっぱなしになってたから今日こそ返そうって思って」
「もういいの? こんなの、いつでも良かったのに」
「来週から考査なのに? ちょっとその発言余裕すぎ」
「頭いいですから私。誰かさんと違って」
「む〜か〜つ〜く〜。その発言ちょっといやかなり異議ありですよ?」
「や、私は誰かって言っただけで、別に真里っぺとは」
コン。なつみは頭に軽い衝撃を受ける。
黒い表紙が綴り紐で綴じられた出席簿の背は、続けざまに真里の頭に着地した。
「いたっ」
「った〜」
- 21 名前:ステレオ【1】 投稿日:2000年09月19日(火)20時26分57秒
- 「はいはい、二人とも。予鈴はもう鳴ってんねんで? 古語の話は古語の時間にし。さっさと席につく」
はんなりとした関西弁が覆い被さった。化学担当教師の中澤裕子だった。
なつみと真里は顔を見合わせると声を揃えて返事をして、コマネズミのような迅速さで席に戻った。
「ほな教科書の46頁開けてな。今日はモル濃度の計算方法を重点的にやってくで。この単位が化学のみならず生物の時間でも使用する重要な計算やからなー、悪いこと言わんから眠ったり内職したりせんと聞いとき。いやもうめちゃめちゃマジで」
黒板で白墨がダンスを踊る。
細い指だな、となつみは思った。
──あの指が、あのひとの肩を──
思い出すな。
先刻ほど見た光景を、なつみは心の中に沈めようとする。数式に集中しようと教科書を一人先に進めて、練習問題の頁を開く。授業など聞かなくても予習は完璧にやってきてあった。特に化学は。授業中は気が散りすぎて勉強にならないのだ。
──あの声は、どんなふうに囁くのだろう──
- 22 名前:ステレオ【1】 投稿日:2000年09月19日(火)20時28分10秒
- 最初は偶然だった。屋上から化学準備室が見えると気が付いたのは。
白衣を着た中澤の、どことなくユーモラスでリラックスした動きになつみは目を奪われた。内職や居眠りが後を絶たない教室では眉間に皺を寄せて怒鳴っている中澤だったが、さすがに準備室にいるときは穏やかそうな顔をしていた。
丸底フラスコを器用に組み合わせて珈琲を淹れたり、石綿金網の上にアルミホイルを強いてアルコールランプで持参したお弁当の中身を炒めてたりと、中澤の行動は見飽きない。しばらく屋上に通ううちに、なつみは色々なことに気が付いた。
豪快に髪を掻き上げる癖があるんだなとか。
横顔が、特に顎のラインが芸能人並みに端正だとか。
唇を閉じているときの顔が綺麗だとか。
好き嫌いが激しいんだなとか。
そんな、どうでもいい、取るに足らない発見の数々に、なつみは少しだけ幸せになった。受験勉強の合間にちらっと読む漫画のような、ちょっとした息抜きのように。少しばかりお気に入りの芸能人の雑誌記事を読んで、よく聞くCDや愛読書に一喜一憂しているときのように。その程度の、すごく遠い気持ちだった。
真里が中澤先生を好きだなんて言い出す前は。
いや──なつみは自嘲的に考える──真里っぺのせいじゃなく。自分を地獄に突き落としたのは先刻から考えまいとしていることだった。
- 23 名前:ステレオ【1】 投稿日:2000年09月19日(火)20時29分00秒
- 「安倍?」
ふわっとなつみの視界の端に細い腕が映る。机の上に中澤の手が置かれていた。
「──はい」
不意打ちすぎて心臓が大きく跳ね上がったのを悟られまいと、なつみはわざと一拍遅らせて返事をした。
「だいじょうぶか? 熱でもあるんと違う? ちょお顔赤いで?」
「……前の時間、持久走でしたから」
のぞき込んでくる中澤に少し怯んで、なつみは硬い声で答えた。
「そうか? ならええけど……お。すごいな、安倍。もう全部解いたんか? 早いな……はいはいはいーっ、みなさーん、できましたかー? あと5分やでー」
火星や木星に接近してはその重力で加速したボイジャー2号のように緩やかに離れていく中澤を見送って、なつみは胸を押さえた。
(……心臓……すこし変かも……)
BPMは緩やかに上がっていく──
- 24 名前:ステレオ【2】 投稿日:2000年09月19日(火)20時29分33秒
- ──白鳥は悲しからずや空の青、海の青にも染まず漂ふ──
- 25 名前:ステレオ【2】 投稿日:2000年09月19日(火)20時30分10秒
- 屋上に行くルートは二つある。校舎の中央部に位置するその名も中央階段を使って行くルートと、校舎の外に剥き出しになっている非常階段を使って行くルートと。
安倍なつみがいつも使う非常階段は、中央階段から登れる場所とは給水塔を隔てていて常にひと気がなかった。
──階段はあつらえたように13段。この先は死刑執行場。
登り切って、なつみは背後を振り返った。ところどころ塗装が剥げて錆び付いた手摺りのザラリとした感触が両方のてのひらに走る。ゴミゴミとした灰色の町並みが俯瞰できた。中途半端な高さの不揃いな様式の建造物。風景を無粋に切り裂く電線。足らなすぎる緑。煤煙を吐き出す煙突の群れ。壁にひびが入って清潔な場所とはとても思えない病院。流行歌手の最新曲を宣伝する看板。無神経で無遠慮な音を立てて通り過ぎる電車。こんな場所で──なつみは吐き捨てるように思った──こんなつまらない場所で一生を終えたくない。
- 26 名前:ステレオ【2】 投稿日:2000年09月19日(火)20時30分50秒
- 『こんなトコ一生いないから私。3年でも限界』
同級生の言葉を思い出して苦笑いした。あのときは彼女の言葉が理解できなかったけど──ふいになつみは表情を強ばらせる──今は何を言っていたのか理解できる。それが元から自分の中にあったのだとさえ思うほどに。
背中にあたる金網もこの階段も手摺りも自分の身体でさも──なつみを閉じこめる檻だった。
視界の端に化学準備室が映る。白衣を着た中澤の姿が見える。生徒でも来ているのか、かすかに笑っているのが判った。誰だろう、制服のスカートがひらひらと揺れている。きっちりとプリーツされたスカートに紺のハイソックス。
──この場所でアタシきっと気が狂う。
蝶番が軋んだ音を立てて、開いた。背中を支えていたものを失って、なつみは身体のバランスを崩した。肩が柔らかいものに触れる。
- 27 名前:ステレオ【2】 投稿日:2000年09月19日(火)20時31分54秒
- 「アンタさ、邪魔」
ぐいっと肩を押し返される。紫煙がなつみの顔にかかった。
「なっ…」
少し咳き込んでから視線を上げると、薄く化粧をした上級生が不機嫌そうな表情でなつみを見ていた。委員会活動も部活動もきっちりこなしていて結構顔の広い方だったなつみだったが、まるで見覚えのない顔だった。上級生は、なつみと視線が合うと興味を失ったように背中を向ける。
「あ、あのタバコ……っ」
「なに?」
なつみの言葉で始めて気が付いたように、上級生はくわえていた煙草を指でつまんだ。
「ああ、どうもね。あぶないあぶない」
上級生は平然と手摺りに煙草をこすりつけて火を消した。吸い殻は携帯用の灰皿にきちんと仕舞う。
- 28 名前:ステレオ【2】 投稿日:2000年09月19日(火)20時32分42秒
- 「そんじゃあね、子猫チャン」
投げキッスひとつ残して上級生は再び背を向ける。
──子猫チャン? 誰のことだ、それは。てゆうか死語?
戸惑ってなつみは一瞬遅れた。上級生はすでに階段を一段ぶん下りている。手摺りから身を乗り出すようにして大きな声を出した。
「じゃなくて。ダメですよタバ……、あのッ、学校じゃ」
ああ違う。論点が。煙草そのものが駄目なのに。上級生は足を止めずに、顔だけなつみのほうを見る。衒いもなくまっすぐ人を見る人だなとなつみは思った。
「平気ヘーキ。アタシ子供産まないしー。誰かいるとこじゃ喫んないしぃ」
「じゃなくてあの、ハタチまでダメだし」
「アタシみたいのに買わす方が悪いンだよ」
「けど、けどけどけど……うあ」
「あぶ……っ」
- 29 名前:ステレオ【2】 投稿日:2000年09月19日(火)20時33分46秒
- 身を乗り出しすぎて、なつみは腕を手摺りから滑らせた。硬く冷たい鉄が腹と腰骨を打つ。くぐもったような鈍い金属の音が反響する。滑らせた手で柵を掴んで、ようやく墜落の危機からは免れる。
深い溜息を吐いて目を開いたなつみは、真っ正面から上級生と目が合った。2フロア分下にいた上級生は、表情に何の色も浮かべずになつみを見ていた。
──墜落を期待されていた?
咄嗟に思って、そう思考することの異質さになつみは肌を粟立てた。この人の本質が理解ったような気がする。理解らないような気がする。
上級生は、ふ、と嗤って、再び階段を下り始めた。なつみはもう掛ける言葉を持たない。上級生も振り返らない。
5限目の予鈴が鳴った。
- 30 名前:ステレオ【3】 投稿日:2000年09月19日(火)20時34分56秒
- ──思えばずっと待っていたのかもしれない。世界が終わるそのときを──
- 31 名前:ステレオ【3】 投稿日:2000年09月19日(火)20時35分42秒
- それからも、なつみは頻繁に屋上に通った。その上級生は主に授業中に屋上に来ているようで、すれ違う機会も増えた。上級生が屋上で何をしているのかというと──
「また来たの子猫チャン?」
「先輩こそ、また授業サボッたんですか?」
「よっく言う。アンタだって──」
「あたしは休み時間にしか来てませんから」
「ハッ」
上級生は鼻で笑うと鳴らないエレキギターをかき鳴らした。ボンボンと弦を弾く短く詰まったような音しかなつみには聞こえない。ギターから伸びたコードは妙にボロボロで安っぽいラジカセを通してヘッドフォンに繋がっていた。上級生は煙草を吸いながら気持ち良さそうに鳴らないギターの練習をしていたのだった。
- 32 名前:ステレオ【3】 投稿日:2000年09月19日(火)20時36分24秒
- 「ねぇ、なっちさあ、いっつもどこ行ってるワケ? 昼休みさあ?」
教室に戻るなり、真里がなつみに声を掛けた。息が少し弾んでいる。走って戻ってきたらしい。
「どこって……いろいろだよ」
なぜか正直に答えられず、なつみは視線を逸らした。その視線を追うように真里はまわりこむ。
「いろいろって、どこだよ」
「図書室とか……委員会室とかさ……」
「うっそだぁ、あたしめちゃめちゃ捜したんだよ? 委員の人とか先生とかに──」
「なにか急ぐ用事があったの?」
真里の話を遮るようにして、なつみは質問を返した。今はそんなことよりも、このことが重要な筈だ。そのまま、自分が屋上に通っていることを──化学室がよく見える場所に通っていることを──真里に知られたくなかった。
「あ、うん、そうそう。2組の飯田さんって知ってる? あの、背の高い──」
「うん。女バレの人だよね。委員会一緒だよ」
なつみは飯田圭織のことを思い出した。長い髪の背の高い押しの強い少女。委員会で何か決を取るときには、必ずなつみと対立してなにかと論戦を仕掛けてくる。その論理もまるで反対のための反対といったような幼稚なもので、正直、なつみは圭織のことがかなり苦手だった。
「なんかさ、捜してたよ、昼休み。放課後また来るって」
「ふうん……」
なるべくなら会いたくないな、となつみは思った。
- 33 名前:ステレオ【3】 投稿日:2000年09月19日(火)20時37分18秒
- 次の日の昼休み、やはりなつみは屋上にいた。
先客の上級生はいつものようにくわえ煙草で鳴らないギターを掻き鳴らしている。
いつものように鉄柵にもたれて文庫本を広げる。『孤独な散歩者の夢想』──しかし開いたままでいつまでもページが進まないのは、ナルシスティックで自己憐憫溢れる文章で綴られる自己弁護に辟易したからではない。
──『あのひと』がいる。
血の気は引くのが自分でもわかった。化学室から目を逸らしたい。逸らさなくてはいけない。でも逸らせない。ゆらめく白衣。ふざけあい絡み合う腕。鮮やかなマニキュア。笑いあって重なりあう紅い唇──
「……なに? なんかあるの、そっち?」
上級生は、安倍を後ろから抱くようにして鉄柵に手を掛けて安倍の視線の先を眺めた。かすかに化粧品匂いがした。ふわっとルーズに切られた髪がなつみの頬にかかってくすぐったい。
「あー……なんだ中澤か。相変わらず、お盛んだねえ」
「お盛んって」
「あのひとって基本的に来る者拒まずじゃん? 断れない性格っていうか……おーなにあれ、保健の石黒? まじ?」
上級生は短く口笛を吹いて胸元からポラロイドを取り出した。
「なにを──」
「いいからいいから。こーゆーネタはとっといて悪いことないって」
2、3枚たて続けに上級生はシャッターを切った。
- 34 名前:ステレオ【3】 投稿日:2000年09月19日(火)20時38分17秒
- 上級生の顔が至近にあった。安倍はゆっくりと上級生の顔を検分する。顔のパーツのひとつひとつが強情そうで意志が強そうだ。
唇はゆるく開いて煙草の白いフィルタを噛んでいる。ゆらりと空に昇る紫煙。
「……たばこ」
「ん?」
「けむいんですけど」
「……」
上級生は、煙草を指で挟んで3秒ほど眺めると爆笑した。それから煙草を目の高さにあげて、挑発的になつみを見た。
「喫ってみる?」
それは、まるで魔法の呪文のようだった。
トン、とセブンスターの箱の尻を叩くと1本だけひょこんと煙草が飛びだしてきた。上級生は歯で噛んで引き抜くと、それをなつみに渡した。
ルパン三世が描かれたジッポの蓋をバチンと音がするほど開けて、シュボッと火を点ける。
「あー、それじゃー点かないから。口にくわえてくんない?」
なつみは言われるまま煙草を口にした。アレ? アタシ煙草ッテきらいナンジャナカッタッケ? どこか遠くで激しく明滅する警鐘。
「そうそう、それでほら、ここで息を吸って」
言われるままにすーっと息を吸い込んで、なつみは激しくむせた。煙がまるで異物のように喉を犯していく。
新しい玩具を見つけたように、上級生はゲラゲラと笑った。
「煙を腹のほうに吸い込んだら意味がないよ。肺で吸わなきゃ」
「肺って……」
「鼻でも一緒に息を吸いながら喫ってごらん?」
深呼吸でもするように、なつみは煙草を深く吸った。今度は喉に絡まない。重たく濁った空気が肺のなかにわだかまる。リトマス試験紙のように身体が煙草色に染まった気がした。半透明に透き通った焦茶色の──
「落ち着くでしょ?」
上級生はにやっと笑って、もうなつみには興味を無くしたかのように離れると、再びギターに没頭しはじめた。
- 35 名前:ステレオ【3】 投稿日:2000年09月19日(火)20時39分22秒
- ──気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い!
煙草のタールが肺の中で水になってこぼれそうだ。
予鈴前になつみはトイレに駆け込んで何度も何度も口を濯いだ。いつまで経っても煙草の匂いが自分のなかに染みついているようだった。
それでも、なつみは屋上通いをやめなかった。
煙草も、勧められれば吸った。上級生はいつも絶妙なタイミングで煙草を勧めた。落ち込んでいるときや気分がローなとき。もう煙草を喫っても、咳き込まない。ただ深呼吸する代わりに煙草を喫う。ピリピリとした痺れが喉に広がって、気分が少しだけ落ち着いた。いつでもやめられる──その自信は次第に揺らいでいく。日常生活のあらゆる場面で煙草が欲しくなっていく。
「そこまでイッちゃうと立派なニコチン中毒だね」
上級生はそう言って愉しそうに嗤った。
- 36 名前:ステレオ【3】 投稿日:2000年09月19日(火)20時40分05秒
- 「試してみる?」
上級生はハトロン紙の上に茶色い粉を広げた。煙草のフィルタを下にしてトントンと叩くようにして粉をまぶす。
「どう?」
なつみは差し出された1本を、魅入られたように受け取った。喫うと甘い味が口のなか一杯に広がって、久しぶりにむせた。同じように口をつけた上級生も咳き込んでいたので、なつみは少し笑ってしまった。
「うっわ、やっぱ失敗だコレ」
「なんですかこれ?」
「んー? シナモン」
「……………………」
「いやさ、ガラムって煙草があるんだけどサ、あれがフィルタんとこシナモン入ってるんだよねー……ああいうカンジになると思ったんだけど」
「素直にそのガラムっての、喫えばいいんじゃないんですか?」
「だってアレ、タール40mlだもん。クセんなったら死ぬって絶対」
「40ミリリットル……」
「そ、そ、そ」
言いながら乱暴に煙草をもみ消して、上級生は煙草をなつみのそれも一緒に携帯用灰皿に捨てた。
それから不機嫌そうにギターを弾いた。
- 37 名前:ステレオ【4】 投稿日:2000年09月19日(火)20時41分10秒
- 今、誰かの夢を見ていたような気がする──
- 38 名前:ステレオ【4】 投稿日:2000年09月19日(火)20時41分53秒
- その日の空は藍色だった。真っ青すぎて深海でも覗き込むように暗い澱みさえ見えた。
いつものように非常階段を昇るといつものように上級生が先にいて、あぐらをかいてギターを弾いていた。いつもと違っていたのは彼女の額や腕や首には包帯が巻かれ、右目には眼帯が当てられていたこと。
「なに見てんのさ? 怪我人が珍しい?」
「え、インド人みたいだなぁって思って……」
「……」
不機嫌そうだった上級生は、なつみの答えがひどく気に入ったらしく、大爆笑をした。
「どうかしたんですか」
「聞くの遅いよ。順番逆でしょ逆」
「だって、ホントに……なんか、教科書で見たシタールを弾くインド人みたく見えたんです」
「アハハ……コレね、オトコにやられたの」
「え」
「カレシにね」
「なんでそんなことするんですか?」
「サディストなのよ」
どこまでが冗談なのかわからない口調で言い切ると、上級生は、また笑った。
- 39 名前:ステレオ【4】 投稿日:2000年09月19日(火)20時42分45秒
- 「アンタさ、聴くヒト?」
「え?」
「オンガク」
「……あまり」
「聴いてみたい?」
「え」
「聴いてみたいかつったの。耳悪いの?」
「え、いや聞こえましたけど、意味が分からないっていうか……」
上級生はラジカセからヘッドフォンのコードを引き抜いた。
「聴かせてあげるよ、今」
なつみの返事も聴かないまま上級生はギターの弦を鳴らした。一音一音がクッキリとメロディになって流れる。なつみは“禁じられた遊び”みたいだと思った。曲調は全然似ていなかったのだけど──
「今のは、指ならしね」
プリーツのスカートからピックを取り出すと、上級生は弦の上を滑らせた。歪んだ耳障りな音がステレオになってスピーカーから漏れる。
ノイズ。
音の洪水だった。壊れきった音が屋上の上を悲鳴のように跳ねまわる。音が瀕死の重傷を負って、マシンガンを乱射している。耳から流れてくる音が身体のなかで反響する。音楽の授業でやっているのとは全然違う、理解を拒絶するかのような音の群れ。
「や──やめて。やめてください」
「これからが本番よ?」
「うるさすぎです! 誰か来ますって絶対!!」
上級生は渋々、ギターを降ろした。
- 40 名前:ステレオ【4】 投稿日:2000年09月19日(火)20時44分17秒
- 音を歪ませるのには壊れかけのラジカセが一番いいとか耳コピーのほうが好きだとか楽譜を書くならオタマジャクシより折れ線グラフに限るとか、上機嫌になった上級生の説明を上の空で聞いた。耳の奥がジンジンする。身体から音符がこぼれそうだ。いや、それよりも──
ふいにグッと身体を引っ張られる。
「なに見てんの?」
──化学室。はためくカーテンの向こうに見える、重なる二つの影。
「また中澤?」
「……べつに」
ふいにセーラーの衿を強く引かれて、なつみは身体のバランスを崩す。そのまま上級生の唇が重なった。
奪われたキスは煙草の味がした。酸味のある苦い味。まるで宇多田ヒカルの歌のようだと思った。
糸を引いた唾液を手の甲で拭って、なつみは上級生を見た。
「なんでキスするんですか?」
予鈴が鳴った。上級生はギターをケースにしまってメーターボックスの中に入れた。
「したかったから」
「……」
「アンタもしたいんでしょ? 中澤と」
「……」
「遅れるよ、授業」
「……名前」
「ん?」
「なんていうんですか、名前」
上級生は唇を歪めて嗤った。
「そーいえばアタシもアンタの名前もクラスも知らない」
「安倍なつみ……2-D……」
「そう。別に知りたくなかったけど」
「……」
本鈴が鳴った。なつみは、非常階段の扉を開ける。
「椎名だよ」
囁くように言って、上級生はなつみを追い越して非常階段を下りていった。
- 41 名前:ステレオ【5】 投稿日:2000年09月19日(火)20時45分35秒
- その歌は真夜中にうち続けるSOSのモールス信号に似ていた──
- 42 名前:ステレオ【5】 投稿日:2000年09月19日(火)20時46分13秒
- 飯田圭織は同級生から頭一個分突き抜けていて、すごくよく目立つ。だから、圭織のことを避けるのはそれほど難しくない。
「ねぇ、なんで委員会出ないの?」
だから、ふいに腕を捕まれたとき、あまりにも不意打ちでなつみはかなり驚いた。そして圭織のすてきに目立つ身長に気が付かないほど、昼休みの出来事に気を取られていたことに唇を噛む。
「ねぇ!」
苛々したように圭織は答えを促した。
「副委員が出てるでしょ? 前期はあたしばっか出てたから交替で」
「両方出席するのが決まりじゃない」
「用事とかあるし」
「なんの?」
圭織は生真面目な顔で突っ込んだ。用事なんて本当はない。ただ出る気にならないだけだった。前期にさぼり気味だった副委員が今期は別の意味でやる気になっていることもあって、案外気楽にさぼることができた。どういう意味でやる気なのかは別の話なのでさておくとして。
なつみは内心焦りながら、つっけんどんに答えた。
「……言う必要ある?」
「………………次の委員会には出てよ! 絶対!」
言い捨てて、圭織は踵を返した。乱暴な足取りで歩み去る姿に怒りが滲み出ている。なつみは溜息を吐いて、次の委員会をサボるための理由を考えた。
- 43 名前:ステレオ【5】 投稿日:2000年09月19日(火)20時46分49秒
- それから暫くは昼休みに上級生──椎名は来なかった。
なつみは一人でぼーっと金網にもたれ、気を逸らすものもなく本を読み、化学室を眺めた。図書館の貸し出しカードが一杯になったから、新しくした。借りるのは主に哲学書。キルケゴール、ショーペンハウエル、カント、ハイネ、ニーチェ……自意識の強い自分を天才だと思い込んでいる万能感に溢れた文章をなつみは好んだ。完璧になりたかった。将来の夢とか希望とかではなく、もっと希求的な切実な──もっとも近い言葉で表すなら、それは強迫観念だった。
その一方で、委員会をサボったり煙草を吸ったりする自分がいる。まったく矛盾していた。
「……真里っぺ……?」
ふいになつみは、化学室で揺れたスカートが友人のものだと気が付いた。見たくない。視線が化学室に追おうとするのを無理矢理引き剥がす。
「……………………」
唇に手をあてる。数日経った今も感触が残っているようだった。背中を金網にあずけて、両手で髪をかきあげる。
もっとも忘れがたかったのは今も背骨の奥を這いずりまわっているような音楽。
- 44 名前:ステレオ【5】 投稿日:2000年09月19日(火)20時47分20秒
- 「あのさ、なっち。放課後、買い物付き合ってくんない? 来週の家庭科の布とか見ようって思って」
終業のホームルームは終わってすぐ、真里がなつみの席に駆け寄って言った。
「ごめん今日、用事あるから」
「あ……なんだっけ。委員会だっけ?」
「それもあるけど。そっちもパスするんだけど」
「えーなにさ? 最近なっち付き合い悪いー。たまには付き合えよーっ」
「お見舞い」
「……あ、そっか」
そのまま真里は黙り込む。委員会をさぼる口実として見つけた“理由”だった。そして、それは新たな強迫観念になった……
「具合どうなの? 少しは」
「全然ダメだって」
「そう……そっか。そうなんだ……あたしも行こうか? なっちにはさ、ちょっと話したいことあってさ……」
たぶん、それは一番聞きたくない話題だと思った。昼休みに見た化学室の光景が脳裏をよぎる。鞄で軽く机を打って、席を立った。
「それは、また今度聞くよ。面会時間短いからさ」
- 45 名前:ステレオ【5】 投稿日:2000年09月19日(火)20時50分04秒
- 市民総合病院はバスで片道30分かかる。海の上、人工島の真ん中にあった。見舞いにいくのは半年ぶりだった。最初のうちは足繁く通ったものだったが、学年が変わり高校に進学して、次第に足が遠のいていった。
ひまわりを中心に作ってもらった花棚を抱え直す。どんなに綺麗な花を飾ったって意味はないのに。
罪悪感のような痛みが胸を刺す。
親友──少なくともなつみはそう思っていた──が交通事故に襲われたのはなつみのせいではない。鋭く本質を突く言葉を発せずにはいられない性格から孤立しがちだった彼女を庇おうとしなかったことと事故の時期が一致していたからといって、なつみが責任を感じる謂われはない筈だった。だけど、なつみはそれに疚しさを感じていた。
──こんなトコ一生いないから私。3年でも限界。
そう言い切った彼女が、ベッドの上で昏睡している。今年でもう3年目だった。
「……明日香。ひさしぶり」
なつみは返事をしない親友に声を掛けて、しおれた花が刺しっぱなしになっている花瓶を取って、洗面所へ向かった。
- 46 名前:ジャイアン 投稿日:2000年09月19日(火)22時28分02秒
- ■中断■
どうだ?
- 47 名前:コロニーを救え(前編) 投稿日:2000年09月20日(水)12時42分27秒
- >>46 それで終りじゃないみたいだぞ。本家参照。
- 48 名前:名無しさん 投稿日:2000年09月20日(水)16時01分24秒
- つづきは?
- 49 名前:ジャイアン 投稿日:2000年09月20日(水)20時15分51秒
- >>47 じゃー全部貼っとく。なんか終わりでもないみたいだぞ。
>>48 ほいよ。
- 50 名前:ステレオ【6】 投稿日:2000年09月20日(水)20時17分10秒
- 生きていくというただそれだけが辛いなんて思ったこともなかった──
- 51 名前:ジャイアン 投稿日:2000年09月20日(水)20時18分39秒
- 病院のクレゾールの匂いは、どうしてだか落ち着いた。殺菌済みで清潔な気がする。安全地帯というカンジだ。
遠くでカラカラとX線カメラを医師が押して歩いている。
なつみはナースセンターで借りたハサミで適当に茎を切り揃えて洗い立ての花瓶に挿した。ふわりとした夏の残り香がする。
『潜水服は蝶の夢を見るか』『パッサジオ』──この前借りた本のことを思い出す。ロックドイン症候群という病気があって、昏睡から醒めた状態で外界で起こったことはきちんと知覚できて、だけど自分の意志ではせいぜい瞼ぐらいしか動かせない病気。海の向こうのファッション雑誌の元編集長はその状態を重たい潜水服を着た状態に喩えた。そのせいかどこかおとぎ話めいた牧歌的な印象さえある。
もしも明日香がそれなら──なつみは自分のことを明日香に語りたかった。明日香はどういうふうに考えるんだろう?
明日香が昏睡してから、なつみは心の中で明日香と会話をするクセがついていた。明日香ならどう考えるだろう? 明日香ならどう振る舞うだろう? 明日香なら──
明日香の声が聞きたいと思った。
- 52 名前:ステレオ【6】 投稿日:2000年09月20日(水)20時19分28秒
- 朝。教室に向かう前に掲示板の張り紙に足が止まった。生徒会の事務的な掲示物のなかにふいに鮮やかにそれが視界に切り込んできた。
『3年6組 椎名林檎 無期限停学』
変な名前だと思って、それから屋上で会う上級生の名前が椎名だったことを思い出し──ああ、だから最近屋上に来なかったんだと腑に落ちた。心配とかまったくする気配のない自分に、少しだけなつみは驚く。屋上に通うにようになって、意識的に感情を鈍くしようと振る舞っているうちに本当に鈍感になってしまったらしい。ほんとうに、何も感じなかった。
昼休み。なつみは、屋上で図書室から借りてきた本を広げていた。『屍鬼』 ずっと予約待ちでやっと順番がまわってきたというのに、さっぱり目が文字を追わない。
(──アンタさ、邪魔)(そんじゃあね、子猫ちゃん)(喫ってみる?)(アンタさ、聴くヒト?)(椎名)
混乱した。自分は平静だと思ったのに──ここにいると椎名の記憶が万華鏡のように突拍子もない組み合わせでグルグルとリプライズした。
なつみは本を放り出してメーターボックスからギターを出した。丸みを帯びたカニの爪のような赤いギター。椎名はバニーちゃんと呼んでいた──なつみがアイバニーズなんて名前を知るのは、もう少し先の話である。
指先で弦を弾く。思ったよりもずっと硬い。弦はわずかに震えただけで、詰まったような音さえしない。
「どーしたのさ、子猫チャン」
ふいに声を掛けられて、なつみは弾かれたように振り返った。
「よ」
そこには照れたような笑みを浮かべた椎名がいた。
- 53 名前:ステレオ【6】 投稿日:2000年09月20日(水)20時20分20秒
- 「ここさ、屋上ね、閉鎖されるよ」
屋上に上がって、ぐるっと見渡して、椎名が言った。
「アタシのせいなんだけどね」
「…………」
「どうしてですかって訊かないの?」
「どうせ答えてくれませんよね」
「アハハ……」
「停学」
「ん?」
「とけたんですか?」
「まだ……つーか辞めるよ、ココ」
「え……」
椎名はぺらっと退学届と筆ペンであまり上手いとは言えない字で書かれた白い封筒を、まるで宝物のように見せた。
「三行半ってやつ。これから叩き付けに行くんだけどね」
「どうし……」
なつみは問いかけて言葉を切った。椎名がニヤニヤと笑った。
「言いなよ、全部」
「……どうしてですか?」
「話せば長いんだけど、つまりアタシの生まれたときまで遡るかなり壮大な話になるんだけど。そうねえやっぱりうちの母親がラマーズ法に懐疑的だったところにすべての原因があって──2時間も貰えればだいたいの概要は話せると思うんだけど」
「やっぱいいです」
「マジな話、ガッコー通ってる時間もったいないしアタシ早く家出たいしさ」
「………………」
「このままじゃアタシ死んじゃうし。これさ、この傷、パパに付けられたのよホントの話。うちのパパってのが暴力パパでさあ。もー実の娘を殴るわ犯すわやりたい放題」
「………………」
「う・そ」
「………………」
- 54 名前:ステレオ【6】 投稿日:2000年09月20日(水)20時21分28秒
- 「……少しは笑えよこのガキ」
「笑えませんよ。先輩の冗談って全っ然」
「アハハ……拗ねない拗ねない」
「拗ねてません」
「いーや、拗ねてるね」
「拗ねてませんってば」
「拗ねてるって。素直に認めなよ」
「認めませんっ」
「なにムキになってるのさ?」
「なってません!」
「はいはい…」
会話になってない会話が途切れ、椎名は大きく伸びをすると、ひらりと金網を飛び越えた。
「それさ、あげる。アタシからの餞別──逆か。アタシが貰わなきゃだわ」
椎名はなつみが抱えたギターを指差した。
「え? あの、だって」
「大事にしてね」
椎名は、ひらりと手を振った。
そして、そのまま。
トン、と金網を両手で突き飛ばした。
背中から空に吸い込まれる。
「!」
なつみは金網に駆け寄った。
手を伸ばす。
髪が手の甲を叩いて、するっと後ろに流れた。
椎名は、笑っていた。
- 55 名前:ステレオ【6】 投稿日:2000年09月20日(水)20時22分46秒
- 「………………っ!」
悲鳴が、言葉にならない。なつみは、ただ金網にすがりつく。がくがくと膝が笑って歩けない。腰が抜けるってこんなふうになるってことなんだ?
ぐんぐんと遠ざかる椎名から目が離せない。
ギターを抱き寄せる。
それが神様であるかのように。
水音がして、水しぶきが高く上がった。
椎名の身体は、25メートルプールにしっかりと受け止められていた。
昼休み中の校内は、大騒ぎになった。
何人もの生徒が落ちていく椎名を目撃していた。プールにはすぐに人だかりができた。そこまで見届けて、なつみはギターケースを抱えて、非常階段を降りた。足下のざわめきが遠くの出来事のようだった。
椎名は、無傷だった。プールから引き上げられたとき笑いの発作に取り憑かれたかのようにゲラゲラ笑っていたという。ぜんぶ、なつみは人づてに聞いたことだ。椎名の言った通り、屋上は椎名のせいで立入禁止になった。扉にはバカでかい南京錠が掛けられた。その日を最後に椎名は学校を去った。
ギターケースの中には2枚のポラロイドが入っていた。裏を返すとピンク色のマーカーで『アイをこめて』と殴り書きしてあった。アイが漢字で書かれてない意図を思って、なつみは少し笑った。
- 56 名前:ステレオ【6】 投稿日:2000年09月20日(水)20時26分19秒
- 放課後、校門。
「なに笑ってんのさ?」
真里に声を掛けられて、なつみはポラロイドをポケットに仕舞う。
「別に……思い出し笑い、かな」
「ブッキー。ちょーブッキーだよそれっ」
「うっさいなもー。いーじゃんかよー」
「よくないよ! 最近なんかへんだよなっち。なんか突然ギター? 始めちゃうしさあ?」
「案外面白いよ。真里っぺもやってみない?」
「えー、や、あたしはいいよ……ところで今日これからヒマ? 聞いて欲しい話があんだけどさあ…」
「はいはい…」
真里に引っ張られるようにしてなつみは校門を出た。ふと屋上が目に入る。切ないような痛みに胸を突かれた。
空は、何も知らないかのような青──
-イノセントスカイ・了-
- 57 名前:ジャイアン 投稿日:2000年09月20日(水)20時37分25秒
- 氏にスレageちゃってゴメンな。そんじゃ。
- 58 名前:ジャイアン 投稿日:2000年09月20日(水)22時23分47秒
- 蛇足。読むならここだけ読むといい。
>>19-56
- 59 名前:ジャイアン 投稿日:2000年09月23日(土)14時44分27秒
- 面白い程放置されてるな(ワラ
- 60 名前:ステレオ【7】 投稿日:2000年09月23日(土)14時45分40秒
- ──だからさ、ドラゴンクエストのように仲間を集めて。
- 61 名前:ステレオ【7】 投稿日:2000年09月23日(土)14時46分18秒
- ──放課後。楽器店の一隅。
「やっぱちょっとセーハが難しくて。Fとかなかなか綺麗に押さえられないんですよね」
「ちょっと押さえてみてごらん? ああ、ちょっと力みすぎてるね。それじゃすぐ指がつってくるだろ? 親指はもうちょっと中のあたりにあてとくとラクだよ……そうそう。右手で弦を弾いてみて? 2弦目の音が出てないね。そう、そうそう。じゃあ次B♭押さえてみて。うん、いいね。次はGマイナー……」
この楽器店には試聴室というコーナーがあって、木曜日の夕方には初心者むけにギター教室を開いていた。なつみはほぼ毎週のように通いつめていた。
「ありがとうございました」
講習がおわり一礼して、試聴室を出る。扉に近い場所にはベタベタと色々なチラシが貼られていた。その殆どはライブハウスのチラシだったり、自主制作CDの宣伝だったりした。そのなかの一枚がなつみの目を引いた。
『バンドメンバー募集 募集パート:ボーカル以外全部』
「そういうの、多いんだよね。自分では楽器やらないでただ歌いたいっての」
生徒たちと入れ替わりで試聴室に入ってきたショートカットの少女がなつみに声を掛けた。
「そうなんですか?」
「そうそう。ボーカルは花形で目立つけど、楽器みたいに特殊な技能は必要ないっしょ? で、どんなに素晴らしい歌声なのかと思ってみたら、例外なくすんげーヘボいの」
「へー……」
感心して、なつみはチラシに視線を戻す。
なつみの横から、少女は奥にいた講師兼店主に声を掛けた。
「おじさーん、ちょっとドラムセット貸してよ!」
「おじさん呼ぶな!! お兄さんって呼べ!!!」
「なんでよ。お母さんの弟だからアタシのおじさんじゃんよ」
「ったくよー」
言い合いを始めた二人を残して、なつみは試聴室から出た。
バンド──今の腕前じゃ夢のまた夢だな、と思った。
- 62 名前:ステレオ【7】 投稿日:2000年09月23日(土)14時47分00秒
- ──と、思っていたのだけれど。
「ね、おじさん、まじで知らない? コード進行できる程度でいいんだ。ね、おねがいっ」
「そー言ってもなー……その程度のヤツで良かったらそれこそ腐るほどいるだろ」
「えー、いないよー! アタシの友達でオンガクやってんの、ケイちゃんぐらいしかいないもん。ケイちゃんだったらギターもベースも出来るけど、いっぺんにふたつは無理じゃんかー」
「マトモに高校いってりゃ良かったんだよ。いくらでもそういうの、いるだろ」
「コーコー? くだんない知識で頭いっぱいにして? 時間がもったいないじゃんか」
どこかで聞いたような台詞だな……と思いながら、なつみは会釈をして試聴室に入った。まばらに生徒が席について適当にコードの練習をしている中、先日のショートカットの少女が講師兼店主にくってかかっていた。
「あっ、あのさキミ、ギターどのへんまで習った? パワーコードとかできる?」
早口で畳みかけるように、なつみに問いかける。
「え? パワーコードって……」
戸惑うなつみを見かねて、店長が割ってはいる。
「省略コード。こないだやったばかりだよね……ま、このコは一通りコードを押さえられるぐらいはできると思うけどさ、さやかも相手の都合も考えろよ。そんな一方的に自分の話ばっかしないでさ」
「だってマジで今人足らないんだもん……ね、バンドって興味ないかな。一人で弾いてたってつまんないっしょ? こんなヘボ教室で教わるより実践してくほうが絶対面白いって」
喧嘩を売るような早口で精一杯自己ピーアールする。なつみは曖昧に笑った。
「は、はぁ……」
「さやか。オマエもうバイトの時間だろ。早く行け」
「あっ、いけね。興味あったら連絡してよ。ね?」
少女はなつみに名刺状のカードを手渡して慌ただしく立ち去った。
- 63 名前:ステレオ【7】 投稿日:2000年09月23日(土)14時47分39秒
- サンプラザの名刺専用自動販売機で作ったような安っぽいライトグリーン色の名刺だった。
右の下のほうに飾り文字でSayakaと書いてある。その下には090で始まる電話番号が印字してあって、それだけだった。裏を返しても何もない。
(この切符は幻想第四次空間まで行ける切符です。どこまでもいけますよ……)
大好きだった童話の印象的な台詞が甦る。まさかそんなことはないだろうけど……それも、ここではないどこかへ行くための片道切符であることには間違いはなかった。
なつみは、それをパスケースにしまった。
- 64 名前:ステレオ【8】 投稿日:2000年09月23日(土)21時15分53秒
- ──いつだって叫んでいる。囁き声で叫んでる。ピアニッシモで叫んでる。誰にも届かないSOS。
- 65 名前:ステレオ【8】 投稿日:2000年09月23日(土)21時16分58秒
- 「どうしたのさ、指。なんか痛々しいね」
「んー……ちょっとね……」
絆創膏でグルグルに巻かれたなつみの手をめざとく見つけた矢口に、なつみは軽く肩をすくめた。
「わかった! あげてみせようか……料理! なんか隠れて特訓してんでしょ」
「残念。なにも作ってないよ」
「うそぉ?!」
ギターを弾いてると指の先のアブラが落ちてカサカサにひび割れてくる。白く固くなった指の腹を弦が痛めつける。コードを押さえる左手はもうボロボロに荒れ、割れて、時折血が出た。
だけど面白いようにうまくなってくるのがわかる。弾けば弾くほど上達する。多少の指の痛みぐらい、どうってことなかった。
またポン、ポンと立て続けに出席簿で頭を小突かれた。
「ハイハイ、いつまでしゃべってんねん。さっさと着席する」
中澤だった。なつみと真里は慌てて席に戻る。
- 66 名前:ステレオ【8】 投稿日:2000年09月26日(火)03時50分46秒
- 中澤が黒板に向かって複雑な化学式を書き上げていくあいだ、複雑に折られた手紙が隣りの席からポンッと机の上に置かれた。まわそうとして誰宛だろうと紙片を裏返すと──
toなっち fromまりっぺ
──とあった。思わず3列おいた矢口の席を見ると、思いっきり視線が合った。矢口は照れ笑いを浮かべてピースを送ってくるので、安倍はだんごピースを返した。
カサリと紙片を開く。小さな紙に蛍光インクで書かれたちっちゃな字が踊っている。
聞いた? 校医の石黒が結婚すんだって。相手はなんとミュージシャンなんだって!! 芸能人、なんだよ!! 知ってる?
ぱっ、と矢口のほうを見る。矢口は唇をぱくぱくと動かした。どうやら『しってる?』と聞いているらしい。血の気が引くのがわかった。強ばった表情を見られないように、安倍は顔を伏せて首を左右に振ってみせた。
「であるからしてー、この反応の化学式はー……はい、わかる人!」
パッと振り返って中澤は教室中に問うた。中澤の勢いにのせられたのか、まばらに手が挙がる。いつもならその中に安倍もいるはずだった。だが、中澤の言葉が耳にはいらない。踏切を横切る列車のように遠くのほうへ駆け抜けていく。
なんで?
ただその言葉だけが頭のなかで明滅を繰り返していた。
- 67 名前:ステレオ【8】 投稿日:2000年10月04日(水)03時16分02秒
- 「だからさあ、絶対アレだって。いたじゃん! よくさあ、夕方ぐらいに迎えに来ていた赤いスポーツカーの金髪の」
「やったら車高低かったよね、そういえば。なんだっけあの車。外車だよね確か?」
「コルベット! 近所の人乗ってるから知ってる! あのね、あれって一千万円以上するんだよ、あの車」
「いっせんまん〜?!」
「そいや結構迎えに来る車違うことってあったじゃん? あれってオトコが違うんじゃなくて……?」
「クルマが違ってたんだぁ! ちっくしょーやるなぁ!! めちゃ玉の輿じゃんよー」
「玉の輿言うな! ババァみたいじゃんかうちら!」
「えーでもいいよぉ玉の輿。受験勉強とかしなくたっていいんだよ?」
「あんたソレ勉強したくないだけじゃん」
「ああもう、やだやだ、明日から中間じゃんかよ〜」
机を寄せて作った昼食のテーブルは、石黒の話題で持ちきりだった。なつみは上の空でそれを聞く。
──だって、だってじゃあ、化学室であの二人は──
考えたくなかった。
汚い、と思った。
でもなにが『汚い』のかわからなくてなつみは混乱した。
- 68 名前:ステレオ【8】 投稿日:2000年10月04日(水)03時16分47秒
- 「彼氏とかそういうんじゃなくって、そういうのとは全然違うのっ!」
「じゃあ、なんで左手薬指にしてんのよ? 自分で買った指輪でそういうのって虚しくない?」
「え、いや、指輪は、買ってもらったことは買ってもらったんだけど……」
真里は視線を泳がせた。
またしても場は騒然となる。安倍はそれには加わらず一人黙々と箸を動かした。真里の相手がわかるような気がした。
「あのさ、こないだお祭りあったじゃん? 春日大社の」
「うんうん。あったあった」
「すごいいっぱい夜店とか出てたよね。あたしも花火見に行ったよ」
「それでね、誘ったら一緒に来てくれて……あのー……だからあ……」
「ああ、夜店で買ったんだ?」
真里はコクリと頷いた。
「欲しいって言ったらさ──なんか買ってくれて。これって期待していいのかなぁ……」
「ダサッ、夜店のなんて安物じゃん?」
「いくら? いくらだったのよ? それによって違う気がする!」
「三千円」
「……それはちょっと微妙なラインかなぁ……高くもなく安すぎもせずで」
「いや、ダメダメ。あたしなら指輪プレゼントするようなオトコってパス。下心見え見えじゃん?」
「おー……彼氏持ちは言うことが違うねー」
「いやだって……、いいじゃんアタシのことは! そんなことより今はまりっぺよ!」
- 69 名前:ステレオ【8】 投稿日:2000年10月04日(水)03時18分42秒
- 「いやでもさ、コーコーセーの三千円って貴重だって。マジで」
「なにげないふうを装ってポンと買っちゃうんならさ──」
「いやでもイヤミじゃない? 好きでもないコから指輪ねだられて買う普通?」
「オトコ次第じゃない? なんかそういうのわかってなさそうなコとかいるじゃん」
「いやーアタシ、この人かなりカッコいいんじゃないかなとかって思うんだけど」
「……なっちはさ、気になんないの? まりっぺの恋人」
ふいに水を向けられて顔を上げる。真里とバチッと目が合った。真里はかすかに笑ってウィンクをした。間違いなかった。
「社会人だよ、まりっぺの思い人」
自分でも硬い声に聞こえて、なつみはドキリとした。幸い、誰も気付かなかったようだけど。
なつみの言葉に一同はますます騒然となった。
「なに?! 知ってんのなっち」
「うん……まりっぺかなり前から好きだったんだよね?」
「う、うん」
「良かったね、指輪」
無理矢理に作った笑顔がひきつってないといいんだけど……
「うん……」
後ろでは「社会人かーそれじゃあ三千円なんてハシタ金じゃん」「遊ばれてる! 遊ばれてるって絶対!」「てゆうかそいつロリコン…」「目を覚ませ真里っぺ!!」なんて、更なり盛り上がりを見せていた。
- 70 名前:ぱな 投稿日:2000年10月11日(水)11時40分16秒
- キタイシテイル
- 71 名前:名無しさん 投稿日:2001年01月09日(火)13時45分37秒
- 続 お願い。
ウォンチュー!
- 72 名前:コピペですんません 投稿日:2001年02月12日(月)23時41分13秒
- 邪魔にならない程度に。
- 73 名前:ステレオ【9】 投稿日:2001年02月12日(月)23時42分36秒
- 音を消したテレビのように通り過ぎていくペラペラの日常。
まるでロビンソン・クルーソ。
あたしはここで遭難してるのに誰もきっと気付かないのでしょう。
ここでSOSを打ち続けてるのに誰にもきっと届かないのでしょう。
いつかこのまま死ぬのでしょう。あたしという柩に閉じこめられたまま。
- 74 名前:ステレオ【9】 投稿日:2001年02月12日(月)23時43分30秒
- その年の夏・・・巨大な隕石が太平洋に落下した。ポリネシア諸島の西北だった。
全地球上は海抜2000メートルまで津波に浚われ、標高の低い場所に住んでいた生物は完全に失われた。
-完-
- 75 名前:ステレオ【9】 投稿日:2001年02月12日(月)23時44分02秒
- ゆっくりと海面がせせりあがるのを、半ば面白がるようにしてなつみは見ていた。
ラジオからは低い男の声が冷静に、小惑星が太平洋に落下したことと今後予想される大津波に対する警告を繰り返している。
ベランダから見下ろした街角には、ふしぎなほど人の気配がない。
ただ、海側の窓やベランダに鈴なりになって魂を奪われたかのように海の方角を見ていた。
(こうやって世界はおわっていくのかな?)
幾層にも連なった水の壁はぐいぐいと近づいてきた。やがて視界いっぱいに広がって、静かに街を呑み込んでいく。やがて、なつみもそのなかに飲み込まれた。
息ができなくなっても、なつみの心は冴え冴えと落ち着いていた。目を開けると水面から差し込む光の美しさに目がくらんだ。
水面のそばで銀色の魚たちが群をなして泳いでいる。
それはなつみと同じように水のなかを漂う人の群だった。
なつみの身体もふわっと浮き上がり、やがて群のなかに呑まれて消えた。
- 76 名前:ステレオ【9】 投稿日:2001年02月12日(月)23時44分39秒
- 溺れたように息が詰まって、なつみは跳ね起きた。
息が荒い。心臓が痛いように胸を叩く。
汗ばんだ頬をパジャマの裾で拭う。
……夢。
こっちが夢だったら良かったのに。
戻ってきた現実感に、なつみは泣きたくなった。
本当に世界が終わってしまっていたら良かったのに。
混乱した頭で彼女は考える。
……ある意味、あのとき本当に世界は終わってしまったのだ。
自分の手で終わらせてしまったのだと。
ただ自分の心のどこを浚ってみても後悔という感情だけは出てきそうになかった。チャンスがあれば自分は同じことをするだろう。幾度となく手に入らないものを求めるのだろう。だからこれは、遅いか早いかだけの違いだったのだ……
- 77 名前:ステレオ【9】 投稿日:2001年02月12日(月)23時45分15秒
- 「あれ? ねぇ! なんでこんなとこいるのさ? サボリ?」
いきなり腕を引っ張られて、現実に戻される。
通行人たちが立てる足音や話し声や衣擦れやその他もろもろの雑音が低くにぶくこもるように反響している。ここはアーケード街で、なつみは少し眠たそうな表情をした少女に二の腕を捕まれていた。
「違うよ」
少女の顔が記憶の隅にひっかかる。どこかで見たことがあるような気がする。気がするってだけで、腕を捕まれるような間柄ではないことだけは確かだった。なつみは大きく腕を振って、少女の手を払おうとする。
「だって今まだ1時半だよ? ふつう授業とかやってる時間でしょ? テストとかそういうんじゃないよね? 制服で歩いてるの、キミしかいないし」
少女は早口に思いついたことをいっぺんに言った。この口調には覚えがあった。割と最近聞いている。確か……楽器店で。
「……サヤカ?」
「そうだよ」
サヤカは頷いて唇を横に引っ張るようにして笑った。
- 78 名前:ステレオ【9】 投稿日:2001年02月12日(月)23時45分48秒
- 「ま、どうでもいいや。ね、キミ、今日これから時間ある? 2時間ぐらい」
「え……」
「いや別に英会話教材の売り込みとか宗教の勧誘とかそういう怪しいやつじゃなくて!」
安心させようといったふうに、サヤカは大仰な手振りでなんでもないってふうに手をひらひらとさせた。それが却って胡散くさい。
「……」
「あっ、やば」
サヤカはなつみの肩を抱くと無理やり引っ張るようにして歩き出した。少しつんのめって、なつみが続く。
「ちょおっ、なによ」
「警備員」
「?」
「じゃなくて間違った。ええと。何って言うんだっけホラあの昼間っから遊んでる学生をさ、捕まえる……ああそう補導員だ補導員」
「それがなに」
「いたの」
「え」
「あー、振りかえらない振りかえらない。目立つっしょ。いーからこっちきて、こっち」
サヤカはなつみをぐいぐいと寂れた建物のなかに連れ込んだ。雑居ビルだ。シャッターの降りている場所の隣の扉からサヤカは堂々と入り込む。サヤカはやる気のなさそうな守衛に軽く会釈をして先に進み、エレベータホールの前でやっとなつみを振りかえった。
「ここまで来たら安心だから」
笑って、エレベータの昇降ボタンを押した。上だ。
「で、つき合わせたい先ってここの8階なんだけど、来る?」
- 79 名前:ステレオ【9】 投稿日:2001年04月07日(土)23時49分01秒
- なつみは、ひと呼吸して、エレベータホールを観察した。
照明のいくつかはフィラメントが切れていて、残りのいくつかは切れかかっていた。薄暗い。白塗りの壁はひび割れていて、ところどころ塗料が剥げかかっている。15個ほどのステンレス製の郵便受けが壁の中に埋め込まれるようにして並んでいる。その横に守衛室の窓があって、更に視線を進ませると先ほど通りぬけたガラス扉にぶつかる。その向こうでは適当に人々が行き交っていた。
金属製のベルを弾くような音がして、エレベータが到着を告げる。
なつみは視線を戻しかけ、郵便受けとエレベータの間で止まった。素っ気無い金属製のプレートが、このビルの住民たちを表示していた。半分以上が空白だった。
『8F スタジオY』
(ね、バンドって興味ないかな。一人で弾いてたってつまんないっしょ?)
いつかのさやかの声が甦る。
「どうする? やめとく?」
さやかは畳みかけるように訊いた。なつみは無言でエレベータに乗った。
- 80 名前:ステレオ【9】 投稿日:2001年04月07日(土)23時50分30秒
- エレベータを降りるとすぐ右手に受付らしいカウンターと扉とがある狭い場所に出た。無人の受付の上にはボロボロになった大学ノートとそれに糸で結わえ付けられた安っぽいボールペンと白い電話が置かれていた。
「これね、内線電話。カギ開いてなかったら呼ぶのね」
サヤカはパラパラとノートをめくる。
「呼ぶって?」
「受付。内線10番だから……こいつ内線専用で外線通じないし。ああ、来てる来てる。やっぱ早えわ」
早口で説明になってない説明をするとサヤカは扉を開けた。扉は音楽室のように二重になっていて、低い音が漏れ聞こえてくる。サヤカは更にもう一枚の扉を開く。重たい音が地面のほうから這い登ってきた。
リズムともメロディともつかない音の蛇。
「遅い」
音はもう途切れていて、不機嫌そうな声が掛けられた。
「えーだって、練習2時からつってたじゃん? まだ10分も前だよ?」
「2時じゃないよ。12時だよ」
「うそお? あたし繰り返したじゃん? 2時だよねって」
「あたしは12時って言った」
「うあ。やっば。ごめん。何時まで押さえてんのここ? 16時? 18時?」
「じゅーはち」
「あのコは? 来てないの?」
「まだ……だれ?」
不機嫌そうにベースを弾いていた少女と視線があって、なつみは軽く会釈をした。
- 81 名前:名無しさん 投稿日:2001年04月07日(土)23時51分07秒
- sage忘れゴメン。
- 82 名前:名無しさん 投稿日:2001年04月10日(火)21時15分10秒
- >>1-9 を選んだ君は→
http://teri.2ch.net/test/read.cgi?bbs=mor2&key=981958607&st=1&to=36&nofirst=true
へ。(忍耐力にマイナス17のダメージ。攻撃力にプラス修正)
- 83 名前:名無しさん 投稿日:2001年05月06日(日)04時40分07秒
- 「ああ、このコさあ、叔父貴の店に通ってんの。ギターの練習に」
サヤカがギターという部分を強調して言った。ベースを持った女は値踏みするようになつみを見た。
「……へえ?」
「……」
戸惑って、なつみは会釈した。なんの反応も返すでなく女はサヤカに視線を向けて、重ねて聞いた。
「で、誰?」
「だから叔父貴の……」
「あたしは、名前を聞いてんの」
「それは……その……」
「知らないの?」
「や……」
「知らないのね?」
サヤカはしぶしぶ頷いた。女は深々と溜息をついた。それは、どこか勝ち誇ってさえいるかのように見えた。
「ごめんね。こいつ強引だから。どうせギターでも弾かないかって誘われたんでしょう?」
女は、こんどはぴたりと真正面からなつみを見る。大きな吊りあがった目をしている。笑った口からはキザキザの歯がちらりとこぼれて見えた。なつみは彼女に肉食獣のような印象を持った。態度も、容姿も。
「ええ、まあ、そんなところです」
「音楽は好き?」
上級生の哄笑が耳をよぎる。屋上の日差し。煙草。ラジカセのスピーカーの割れた音。落ちていくスカート。それらをいっぺんに思い出してなつみはギュッと目をつぶった。
「……よくわかりません」
- 84 名前:名無しさん 投稿日:2001年05月06日(日)05時35分45秒
- 「どんぐらいやってるの、ギター」
「はじめて……一ヶ月そこそこです」
「おさえられないコードとか、ある?」
「おさえるだけなら、一応ひととおりは。むずかしいコードが続くとトチりますけど」
「サヤカは聞いたことあるの?」
女は首をめぐらせて問うた。
「まだない」
憮然とした表情のまま、サヤカは応えた。
「これだ……」
「ない、けど」
「けど、なに?」
「このコは大丈夫だって。あたしが保証するから」
「バカじゃない? 音も聞いたことないのに何を保証するのよ」
「ゆび」
「指?」
「普通に練習してるだけじゃ、ひと月でそこまで固くならないって」
「……」
サヤカの指摘になつみは思わず自分の指を眺めた。左手の指には幾条も白い筋が走ってる。弦を押さえているうちに付いた痕だ。右手にもピックでたこができそうだ。
「見せて、指」
女は性急そうになつみの手頚をつかんだ。思わず握り込んだ指を開かせる。
「へー……」
まじまじと眺められる。なつみが居心地悪げに身じろぎしたのを敏感に察して、女はようやくなつみを解放した。
- 85 名前:名無しさん 投稿日:2001年05月06日(日)06時31分14秒
- 「あやしはケイ。ヤスダケイっての。ホケンシツのホにタンボのタで保田、土がふたつで圭。ケイって読んでくれていいから」
圭はにやっと笑って右手を差し出した。反射的に握手に応えようとして、なつみはハッとする。
「あの、あたし、バンドに入るとか、そういうつもりで来たんじゃホントなくて」
「……」
笑顔のままで圭はなつみの手を取り、無理矢理握手した。その笑顔が少し怖かったなんてことは、自分一人だけの秘密にしておこうとなつみは思った。
「わかってるわよ。コイツのことだから、また強引に引っ張ってきたんでしょ? ああ、コイツはイチイサヤカ。シセイって書いてイチイ。ラシャのシャにヤリツソザイのヤ、カオリのカ。漢字わかる?」
「え、あ、はい。こうですよね。合ってます?」
なつみはするりと圭の手から逃れると、サラサラと空中に指文字を描いた。
「わ。頭いいね……サヤカどうしよう。優等生じゃんこの人」
「優等生が昼間っからこんなとこいるわきゃないじゃん。さあ練習練習」
「いやでもシセイで市井だよ? ラシャで紗だよ? すぐには出てこないって」
「イチイイチイって煩いよ」
ドラムセットの調整を始めたサヤカは、顔も上げずに声だけで不機嫌であることを表明した。
「あ、ごめん……」
「……あの……じゃああたしはこのへんで……」
「待ちなよ。せっかくだから弾いてきゃいーじゃん。キミ、ええと……その、名前」
「え」
「なんてえの?」
「な……」
どうしてそう口走ってしまったのか、後から考えてもどうしても分からなかった。
「え? よく聞こえなかった。もう1回言って」
「……かざわ……」
「ナカザワ?」
「中澤裕子……」
- 86 名前:名無しさん 投稿日:2001年05月16日(水)02時12分05秒
- 戦略的撤退。
- 87 名前:ぱな 投稿日:2001年05月30日(水)14時26分50秒
- あっちもこっちも更新はナシか。
- 88 名前:迷子です。 投稿日:2001年06月14日(木)02時38分35秒
- 作者さん頑張って下さい。
byファンより
- 89 名前:作者。 投稿日:2001年06月14日(木)19時13分39秒
- わぁ。レスがそれなりに! 全部自作自演だけどネ!(お約束)
- 90 名前:迷子。 投稿日:2001年06月16日(土)03時17分58秒
- 本当にマジ続き待ってます。
更新は楽しみです。
モー待てない!(笑)
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