インデックス / 過去ログ倉庫 / 掲示板
ちびっこ探貞団(たんていだん)
- 1 名前:まいのすけ 投稿日:2000年08月05日(土)21時46分15秒
- 学期末の試験も終わり、後は中身のない授業が数日あるだけとなった七月末の放課後。
矢口は久しぶりに近所に住む中澤の部屋へと向かっていた。
(最近行ってなかったからなぁ〜、裕ちゃん拗ねてそう。)
扉を開けた途端に愚痴り出すであろう中澤を想像して、口元が緩んだ。
中澤は自称私立探偵だが、生活をして行けないので様々なアルバイトをしている。
そもそもの二人の出会いも、中澤のバイト先での事だった。
友達と放課後に寄ったファミレスで、スタンプカードのおまけをしてくれたのが中澤だった。
「子どもには優しい裕ちゃんなんやで?」
この場合、子どもとは小学生の事を指すのだが矢口も含まれている。
中澤の部屋はボロビルの二階にある一室で、事務所兼となっている。
集合ポストを覗いて広告を引っ張りだすと、元あった様に数字をずらさず鍵をかける。
そのまま階段を昇ると、中澤の部屋までを早足で進む。部屋の扉に手をかけると、鍵が
かかっていないのを確認して、一気に引く。
「こんちわ〜!! ・・・・・・?」
様子がおかしい。
いつもなら、玄関のまん前に置かれたソファでだらしなく出迎えてくれる筈の中澤が居ない。
代わりに小学生位の少女が二人、肩を並べて座って居る。
(れ?・・・部屋間違えた??)
そんな筈は無いと部屋を見渡す。散らかり具合から見ても、ここは間違い無く中澤の部屋だ。
扉にも‘中澤探偵事務所’と汚れた表札が掲げられていた。
「あの・・・こんにちは・・・。」
口の両端からすまなそうに八重歯を覗かせた少女が、肘に置いた両手に力を込め挨拶をした。
次いで隣に座っていた目の細い少女も頭を下げる。
「あ・・・ども。」
矢口も小さく頭を下げる。
- 2 名前:まいのすけ 投稿日:2000年08月05日(土)22時35分27秒
- 「あの・・・これ、なかざわさんから・・・。」
八重歯の少女がB6程の大きさの紙切れを持ってくる。矢口は受け取ると
読み出してみた。
「何々・・・親愛なる矢口へ・・・
裕ちゃんは今日から1ヶ月榛名湖の宿泊施設に・・・泊まりこみで、
働く事になりました。 ・・・その間事件が舞い込んだらヨロシク・・・
裕子・・・」
紙に記された日付は今日になっている。
(先刻まで居たって事かぁ・・・?)
「てかさ、事件なんかあるわけ無いじゃ〜ん! ねぇ?」
矢口が読み上げている間、落ちつき無く首を動かしていた
八重歯の少女に話し掛ける。
すると、八重歯の少女は真面目な顔をして首を振った。
「事件なんです。」
矢口に向かいはっきりと、一言。
「・・・はぁ?」
「事件、なんです。矢口さん。」
開いた口が塞がらない矢口に、八重歯の少女はさらに続ける。
「私達の学校に幽霊が居るんです。」
「はあ・・・?」
さらに口が塞がらなくなった矢口。
「一緒に幽霊退治しましょう。」
目の細い方の少女も、何時の間にか矢口の傍らに来て真面目な顔で訴える。
「いやぁ、オイラ忙しいし・・・」
迷信に付き合う程自分はお人よしではない、と判断した矢口は
逃げる態勢に入った。しかし、目の細い方の少女が玄関側に、さっとまわり
通れない様身構えた。反対側には八重歯の少女が立って居る。
身長がたいしてかわらないので、力まかせにどかす事も出来そうに無い。
「お願いします! ウチら友達に退治するって言っちゃったんです。」
目の細い方の少女がペコッと頭を下げる。
「いや、でも・・・」
頭を下げられて居るのが気まずくなり、八重歯の少女の方に振り向く。
「なかざわさん約束してくれたんです。一緒に退治してくれるって
でも、急にお仕事入っちゃったから助手さんに頼んどいてくれるって・・・」
「助手?・・・」
中澤が助手を雇える程余裕があるとは、思えない矢口は眉をひそめて聞き返す。
「はい・・・矢口さんって助手さんが居るって・・・。」
「矢口さんですよね?・・・」
頭を下げていた目の細い少女が、後ろから確認をする。
「そう、だけど・・・」
- 3 名前:まいのすけ 投稿日:2000年08月05日(土)22時37分21秒
- どうやら中澤に子守りを押し付けられたらしい事を、やっと矢口は理解した。
(ど〜せ、近所の子についたでまかせを
引くに引けなくなったんだろうけど・・・あたしに押し付けんなっちゅうの!)
「え・・・っと君タチは・・・何者なのかな?」
八重歯の少女は頬を赤くすると、あわてて自己紹介を始めた。
「辻希美、十三歳。中学一年生です。 なかざわさんみたいな
探偵さんになりたいんです。」
(中学生?!・・・小学生かと思ったのに・・・)
自分の事を棚に上げ、目の前の幼い中学生をまじまじと見る矢口。あまりに
驚いたので、‘なかざわさんみたいな―・・・’を危うく聞き逃す所だった。
(裕ちゃんみたいな探偵って・・・貧乏学生みたいな?・・・)
今度は後ろから肩を叩かれ振り向く。目の細い方の少女に
ニコッと笑いかけられたので、苦笑いを返す。
「同じく中一の、加護亜依です。よろしくお願いします。」
加護は右手を差し出し握手を求めている。とりあえず、矢口も右手を出して
握手をする。
- 4 名前:まいのすけ 投稿日:2000年08月05日(土)23時05分56秒
- 「え・・・っと、辻さんに加護さんだっけ?」
「さんはいいです。」
加護が頷きながら付け足す。
「じゃあ、辻に加護。悪いんだけど、あたし助手とかじゃないからさ・・・」
二人の少女に真っ直ぐな目線を向けられて、先の言葉が濁る矢口。
「なかざわさん言ってました。
矢口さんなら、きっと事件を解決してくれるって・・・」
加護は泣きそうになりながら話す。
「や、だからね。あたしは助手じゃなくてね、」
収拾のつかない事になりそうで、矢口は早口で応える。
「え?!・・・矢口さんは助手じゃないんですか?
・・・なかざわさんはウソついたんですか・・・?」
今度は辻が泣きそうになりながら矢口に聞く。
(裕ちゃんってば何教え込んだのよ〜!!)
矢口の小さな体一杯に、罪悪感が積もる。正直、矢口も泣きたい位だ。
「あぁ!・・・ド忘れしてた。あたしってば裕ちゃんの助手だったんだよね〜」
もはや戻れない覚悟で、明らかな嘘をつく。しかし、見抜くことも無く
加護が聞き返す。
「ホントですか?!」
「ホント、ホント!」
二人の少女は途端に表情を明るくする。
「やったな、ののちゃん。これで事件解決や!」
「うん!」
(やっぱり、事件は解決しないと駄目なのね・・・)
大きく肩を落としソファに座り込んだ矢口は、二人の表情の変貌振りに
泣き落としにかけられたのではないかと、疑い始めてさえ居た。
「よし、ウチらも頑張って事件解決に協力しよな!」
「うん!!」
完全にはしゃぎ始めている二人は、ソファに座り込み遠い目で自分達を見ている
矢口には気付かず、冷凍庫にアイスがあっただのと盛り上がって居る。
「矢口もアイス食べますか〜?」
「・・・いい・・・。」
まるで我が家の様に、冷凍庫へ腕を突っ込みながら聞いてくる加護に
矢口は力なく応える。
二人は仲良くパピコを割り、吸いかじって居る。
「ちびっこ探貞団結成だね!」
加護の一言は脱力感を体中で味わっている矢口の耳に、しばらくこだまして居た。
(・・・ちびっこって・・・・・・・)
- 5 名前:まいのすけ 投稿日:2000年08月05日(土)23時09分33秒
- ミニポポ可愛いなぁ〜って・・・。
ちゅうか、なんか矢口可愛いなぁ〜って。
すいません「矢口もアイス食べますか〜?」ってさん抜けてました。
以後気をつけます。
とりあえず、幽霊退治をしてもらいやす。
- 6 名前:まいのすけ 投稿日:2000年08月05日(土)23時11分53秒
- >5
さらに誤字、ミニポポでなくてミニモニです。
本当に申し訳無い。
- 7 名前:名無しさん 投稿日:2000年08月05日(土)23時38分05秒
- ミニポポも好きだけど、ミニモニもいい。面白いっす、可愛いっす。
- 8 名前:黄色い狛犬 投稿日:2000年08月05日(土)23時47分52秒
- こ、これはいいぞ!
なんか、よさげな設定だ。
ぜひ、どんどん続けてください。
- 9 名前:名無しさん 投稿日:2000年08月06日(日)00時31分26秒
- 狛犬氏公認小説
- 10 名前:まいのすけ 投稿日:2000年08月06日(日)01時53分05秒
- >9
訳わからんです。
- 11 名前:名無しさん 投稿日:2000年08月06日(日)05時13分46秒
- なんか面白くなりそう。
- 12 名前:名無し 投稿日:2000年08月07日(月)09時47分34秒
- >>10
公認、てのは、>>9で、狛犬さんがどんどん続けて下さい、っていってるからではないでしょうか?
私も続き期待してます。
- 13 名前:まいのすけ 投稿日:2000年08月08日(火)09時15分04秒
- 「で、・・・それが幽霊じゃないかって?」
「はい。」
身振り手振りを交え説明してくれた加護の横で、辻もこくこくと頷いている。
(うさんくせぇ〜〜・・・)
とりあえず、声には出さず感想を思う矢口。
昨日、半ば策略的に結成された‘ちびっこ探貞団’は早速
中澤の部屋に集まって会議を始めている。
加護の話をまとめると、二人の通う中学校の校舎の窓から不審な光が
目撃されているらしい。一階女子トイレ裏山側窓、二階図書室前の窓
とりあえずは、この二ヶ所で目撃されている様だ。
「んーと、まずはその光の正体を探ればいいのね?」
「そうです。」
「光・・・たって色んな種類があると思うんだけど、」
「ええ・・・っと黄緑と、橙色です・・・」
辻が宙を見つめ思い出しながら応える。
「辻は見たの?」
矢口の問いに「見てないです。」と首を振る辻。加護にも目線を流したが
こちらも、肩を竦め首を振った。
「じゃぁ、とりあえず確認しないとね・・・」
矢口の台詞を待ってましたとばかりに、二人は急に身を乗り出す。
顔を向け暫くとめると一息つき、矢口は続ける。
「何時頃になると出てくるの?」
「ゆーがたです。」
「夕方ぁ?!」
矢口は壁に掛けられた五分ほど早い時計に目をやる。針は正午少し前を
差している。
- 14 名前:まいのすけ 投稿日:2000年08月08日(火)09時41分01秒
- 「じゃあ、一旦お昼解散しよっか?」
それを聞いた辻は、不意に寂しそうな目を矢口に向けた。
(見ない振り、見ない振り)
このまま辻の目を見ていたら、またしても感じなくていい筈の罪悪感に
押し潰されかねないからだ。
「で、六時頃もっかいココ集合。」
「何言ってるんですか、矢口さん!!」
加護が急に大きな声を出す。甲高い声が部屋の空気を振るわせ、矢口は息を呑む。
「捜査の基本は聞きこみなんですよ?!」
「・・・はあ・・・」
「早めに学校に行って、情報を集めるべきですよ!」
何度も瞬きをし口を半開きにして、無意識に指先で毛先をいじった矢口は
加護の勢いに負け、つい口をすべらせてしまった。
「・・・じゃあ・・・三時にココで、いいかな?」
(や、早いだろ・・・)
声には出さず、素早く自分で突っ込んでおく。
「そうですね、それ位がいいですね。」
加護は判り切った表情で、うんうんと頷いている。
「辻も・・・いい?」
「はい。」
口の端から八重歯を覗かせて、にっこりと応えた。
それぞれ自宅で昼食を摂る為、ボロビルの入り口で別れた。
加護と辻は暫く方向が一緒なのか、矢口とは反対方向の角まで仲良く
肩を並べて歩いて行った。
矢口は一人になって、歩き出しながら先刻の会話を思い出す。
「・・・・・・?」
(もしかして、あたし怒られてなかったか?・・・加護に・・・)
- 15 名前:まいのすけ 投稿日:2000年08月08日(火)10時39分54秒
- 家を出た途端のむせ返る様な暑さで、風を感じたくなった矢口は
自転車で出掛ける事にした。思いっきり漕いでその加速で進む、というのを
何度となく繰り返し、思う存分風を浴びた。
途中本屋の前で加護を見つけた。
「加〜護っ!何してんのー?」
ブレーキをかけながら追い抜き様に声を掛ける。足を地面に着けてから
振り向くと、驚いた様子の加護が紙袋を両手で抱え走り寄って来た。
「矢口さんも、なかざわさん家に行くトコですか?」
「そうだよ〜。加護も?」
「はい、本買ってから行こうと思って・・・」
「漫画?」
持っている紙袋の大きさから、矢口は聞いた。加護は
「そうです。」とニコニコ笑顔を振りまきながら、がさがさと紙袋を開ける。
中から出てきたのは、眼鏡を掛けた少年が事件をといて行く探偵漫画だった。
「・・・好きなの?」
「はい!面白いじゃないですか」
(・・・やっぱり、なんだ。)
笑顔を向けてくる加護に笑顔を返し、後ろに乗るよう進めてみる。
「いいんですか?」
「だって行くトコ一緒じゃん?」
加護はぺこりと頭を下げると矢口の肩に手を掛けた。加護が足を乗せるのを
確認すると、矢口は地面を蹴った勢いにまかせて漕ぎ出した。
- 16 名前:まいのすけ 投稿日:2000年08月08日(火)10時43分20秒
- 中澤の部屋に着くなり二人はまず窓を開けた。
「あっちぃ〜!クーラー買えっての!!」
熱くなったサッシを慌てて引いて、矢口は愚痴っている。
中澤の部屋はクーラーが無いわけではないのだが、あまりに年代もの過ぎて
ぬるい、埃っぽい息を吐くばかりなのだ。そのくせ、電気だけは大量に食うので
部屋の片隅で、存在から無くされて居る。
床に座り込み、手近にあった団扇で顔を煽いでいるでいると
加護も何処からか団扇を持って来て、矢口を煽ぎ出した。
「おー、ありがと〜!」
暫く煽いでもらうと、今度は矢口が加護の団扇を奪って煽ぎ返す。
「お返し〜〜!!」
そうやってお互いに煽ぎ合って居る内に、辻が到着した。
「・・・なんで、汗だくなんですか??」
煽ぎ合ってる内に、団扇で煽いでる意味をなくす程動いて居たらしい。
「なんでだろ・・・?」
とりあえずは加護と目を合わせて苦笑い。
部屋を出た所でチャリンという音を立て、辻が何かを落とした。
矢口が拾い上げると、小さな鈴が付いた自転車の鍵だった。
「何、もしかして辻も自転車で来たとか??」
鍵を返しながら、聞いてみると以外にも辻は頷いた。
「じゃあさ。加護はまたあたしの後ろ乗って、自転車で行こうよ?」
中澤の部屋で涼をとれなかった矢口は、少しでも涼しくなりたかった。
辻と加護も賛成して、一行は自転車での出発となった。
「だいじょぶですか?・・・」
先に走り出した辻に続いて走り出そうとした矢口が、少々よろめくと加護が
心配そうに、後ろから顔をだす。
「たぶん・・・オイラ力無いからさ〜、」
しかし、先刻走った時の様に上手く走り出してしまえば
勢いで走り抜ける事が出来た。
- 17 名前:まいのすけ 投稿日:2000年08月08日(火)10時54分09秒
- 辻達の通う中学校は、矢口の通った中学とは学区が違う。
(裏山って・・・ホントに山なんだ〜)
辻の案内で見えてきた校舎の裏には、矢口が想像していたものよりも
しっかりとした山があった。
「矢口さん、こっちです。」
辻が振り返りながら校門をくぐり、そのまま自転車置き場へ連れて行ってくれる。
「ねぇ・・・部外者入って平気なの?」
自転車を止めてから不安になる矢口。
「だいじょぶですよ! ・・・ねぇ?」
加護が辻に同意を求め、語尾を強調しながら顔を合わせる。
辻は頷き、真面目な顔で矢口に返す。
「中学生っていえば、へいきですよ。」
勿論、二人とも悪意は無い。
- 18 名前:まいのすけ 投稿日:2000年08月08日(火)11時17分38秒
- 先ずは一階女子トイレに向かってみる。上履きの無い矢口が
職員玄関から借りてきたスリッパの音が、二つの靴音に紛れず妙にはっきりと
廊下に響く。校庭から、掛け声やらが聞こえては消える。
「校舎ん中は人、居ないんだね〜・・・」
矢口は珍しいそうに掲示板やらを覗く。
「文化部は夏休み中、めったに活動しないんですよ」
「へ〜・・・そう言えば二人って何部なの?」
「ののちゃんは、バレー部ですよ!」
「あ、きょうはお休みなんです、」
加護が応えて辻が付け足す。そのまま、二人は学校生活について話し出す。
小学校は違った事、今は同じクラスである事、自分達の毎日を延々と。
「あ、トイレってココ?」
「そうです、そこです。」
「はい。」
半分ほどは聞き流して居た矢口は、別の関心事を持ってきて
話を終了させる事に成功した。
扉を開けてみると普段使われて居ないのか、以外にキレイだった。奥に
窓を見付けると、矢口は側まで行って開けて見る。
目の前に届きそうで、届かない裏山の木々が聳え、ひんやりとした空気を
作って居る。
(う〜ん・・・ちょっと怖いのかも)
- 19 名前:まいのすけ 投稿日:2000年08月08日(火)11時52分07秒
- 「花子さんって知ってますか・・・?」
何時の間にか、矢口の傍らに来ていた辻が服の裾を引っ張り聞いてくる。
「トイレの?・・・どこの学校にもあるんだね〜」
誰か一人が言い出せば、何年も昔から在ったかの様に語り継がれる。
在りもしない噂はあっと言う間に、大きくなる。
「ウチ、呼び出し方知ってるよ?」
入り口から三番目の個室を指差すと、加護が妙に興奮した表情で話し出す。
「3番目のトイレに入って、カベを30回叩いて名前を呼ぶ・・・」
辻の矢口の服の裾を掴む力が強くなる。
「そーすると、こうば――!!っと、」
ば――!!の所でわざと声を大きくし、手を頭の上に持って行く。辻が一瞬
びくっと頭を振るわせる。
(お? こーゆートコは、カワイんじゃないの。)
俯いている辻の肩に手を置く。
「辻?・・・」
辻は声を掛けると、ばっと顔を上げ好奇心に満ちた眼差しを向けた。
「やりましょう、矢口さん!」
(怖いんじゃ無かったんかい!)
やっぱり理解出来ない目の前の辻に、心で突っ込み顔で笑う。
「で? ・・・何で3人で入るの?」
例の三番目の個室に小さな体が三つ、寄り添うように入っている。
「だって、怖いじゃ無いですか!」
何故か自信たっぷりに応えた加護が、扉に背を預けると
「どうぞ、」と手で壁を示す。
「あたしがやるんかい!」
「おねがいします。」
今度こそはと声に出して突っ込んだ矢口に、辻が真剣な表情で頷く。
「・・・壁を20回、だっけ?」
「30回です・・・そこのカベは魔界につながってるんです。」
何処で得たのか、妙な確信を持って説明する加護。
「1,2,3,4,5,6,7,8・・・・・・」
コツコツと壁を叩き出す矢口、二十回も叩くと手が痛くなってきた。
「・・・・・・27,28,29,30!」
クルッと振り向き次はどうするのか、加護に向く。
「名前を呼んで下さい。」
加護は耳元で声をひそめた。矢口は壁に向き直ると、口をしっかりと開け呼ぶ。
「はーなこさ〜ん・・・」
多数の蝉の声だけが聞こえる。
「はーなーこーさ〜ん・・・?」
やはり返ってくるのは、蝉の声と校庭からの掛け声のみ。辻が肩を落とし
安堵の息を洩らしている。加護の方は、不服そうに口を尖らせ壁を
見つめている。
「出なかったね〜」
「はい。」
「・・・はい」
「まぁ、とりあえずは出よ?」
矢口が促すと、加護が取っ手に手を掛け押す。
「・・・あれ?」
- 20 名前:まいのすけ 投稿日:2000年08月08日(火)12時24分32秒
- 「何やってんの〜?」
もたもたとしている加護の後ろから、矢口が手をのばし扉を押す。
(あれ?・・・)
二人がかりで押しても扉が、ピクリともしないのだ。
「・・・・・・?」
「・・・あ、開かずの間や!!」
加護の一声で三人は混乱に陥った。辻は足踏みを始め、加護は扉を叩き出す。
矢口は取り敢えず扉を押してみる。
(あ・・・あかずの間って・・・?!)
「いややぁ、こんなトコに閉じ込められるなんて・・・」
「矢口さぁぁん・・・」
二人の潤んだ瞳が矢口に向けられる。当の矢口は身体全体で扉を押しているのだが
キシキシと言うだけで、開く気配は無い。
「ちょっ、泣かないで・・・上から出よ?」
扉を開ける努力を一旦やめ、二人の肩に手を回す。
「上・・・ですか?」
矢口達の身長だと少し辛いのだが、扉を乗り越える以外に手段が思い付かないのだ。
「ホラ、この取っ手に手を掛ければ・・・」
矢口が扉の取っ手に手を掛けた途端、扉は難なく開いた。
内側へ。
「・・・・・・、」
三人とも絶句である。
- 21 名前:まいのすけ 投稿日:2000年08月08日(火)12時55分52秒
- 夕方まで待つ気が失せた三人は、とりあえずは今日は解散する事にした。
トイレの一件で体力を消耗した矢口を気遣ってか、加護が
自分から漕ぐと言い出したので、甘える事にした。
「いい?」
加護の肩に手をのせ声を掛けると、自転車のステップに足を乗せる矢口。
片足を乗せただけでグラグラと揺れ、倒れそうになった。
「ちょっ・・・やっぱさぁ、あたし漕ぐよ?」
矢口が交代しようとすると、辻が声を掛けてきた。
「矢口さ〜ん、辻の後ろのりますか?」
「辻の?! ヘーキかぁ〜?」
「だいじょうぶですよ!」
辻が頬を膨らませて見せる。試しに乗って見ると、以外に安定した走りを見せ
三人はそのまま帰路につく事にした。
「風が気持ちいいね〜〜!」
目を細めまだ暑い街を眺め、辻の肩口から声を掛ける。辻も気持ち良さそうに
頷く。
「明日こそ解決しましょうね、矢口さん!」
加護が横に来てニコニコと言う。
「そうだね〜。」
矢口は応える。事件解決位なら付き合ってもいいと思い始めて居た。
(でも、今日って結局何にも進んでないんじゃ・・・)
事件解決を遠い日に感じた午後だった。
- 22 名前:まいのすけ 投稿日:2000年08月08日(火)13時00分06秒
- とりあえず、もうちょい続きます。
長々とすいません。
- 23 名前:名無し中 投稿日:2000年08月09日(水)02時32分57秒
- 長い話好きっす。
そしてミニモニも好きだから問題なしっ!
- 24 名前:まいのすけ 投稿日:2000年08月10日(木)19時27分50秒
- トイレの一件があった翌日、矢口・加護・辻のちびっこ探貞団の面々は
またしても中澤の部屋に集合している。外はつい先刻まで降っていた
雨のお陰で、涼しい風が吹いている。
「雨・・・やんだ。」
辻が嬉しそうに呟きながら窓を開ける。加護もその後ろから外を覗くと
矢口へ振り向く。
「ん〜!じゃ、行こっか?」
外に出れる開放感から伸びをして問いかける。
今日は辻の部活があった為、集合を夕方にして出発しようとした矢先
雨に降られ、一時間程足止めをくっていたのだ。
「さっきの雷、こわかったなぁ・・・」
加護がポツリと呟くと、辻も不安そうに窓の外を見やる。
「大丈夫だって。ほら、星見えてんじゃん?」
晴れ渡った夜空を見て、いくらか不安を和らげた二人を引き連れ
今度こそ出発するちびっこ探貞団。
(今日こそ解決するぞー!!)
強く決意を固め辻の自転車の後ろに乗りこむ矢口、矢口の自転車に一人で
乗りこむ加護。二台の自転車は、加護を先頭に乾きかけた舗道を学校へ向かった。
- 25 名前:まいのすけ 投稿日:2000年08月10日(木)19時49分48秒
- 学校へ着くと閉まっている校門を通り過ぎ、近くの路上に自転車を留める。
「どーすんの?入れないよ」
「だいじょうぶですよ。」
辻が得意げに手招きし、歩き出した、矢口と加護は顔を見合わせると
慌てて後を追う。辻は校庭を囲むフェンスづたいに進み、矢口と加護が
暗がりにはぐれていないか、時々後ろを確認すると又歩き出す。
辻が立ち止まった所はフェンスが破られていて、調度子ども一人が通れる位の
穴になっていた。
「すごいなののちゃん、なんでこんなトコ知ってんの?」
「てへへへへ・・・こないだネコが通ってるの見たんだ」
加護の感嘆の言葉に辻は照れ笑い。
溜まっていた雨水が懸からない様、気を付けながらフェンスを抜けると
校庭を突っ切り、教員玄関から校舎へ侵入する。
「何か、怪盗みたいですね・・・」
スリッパに履き替えながら、加護が矢口に囁く。
「加護、そーゆーの好きだね〜」
「・・・そうですか?」
苦笑いする矢口の真意を量りきれず、加護は首を傾げた。
- 26 名前:まいのすけ 投稿日:2000年08月10日(木)20時22分49秒
- 「今日はさ、二階から見てみようよ?」
非常灯の明かりを頼りに歩き、階段の前まで来た時
矢口が二人に声をかけた。
「図書室の前も、出るんでしょ?」
二人は頷き駆け足気味に階段に近寄る。加護が辻に何か耳打ちすると
辻が階段の段数を数えながら、昇り出す。
一階と二階を繋ぐ踊り場に出た時、足音が聞こえてきた。
警備員だと厄介なので、矢口は辻と加護の手を引き下に下りる様促す。
おそらくゴム製の底だと思われる靴音が、二階から響き渡り
頭上で止まった。階段を降りてくる様だ。
靴音の主は何段か降りると、矢口達の気配に気付いたのか足を止めた。
「・・・誰か居るの?」
少々間の抜けた特徴ある声が、降ってきた。
肩を強張らせていた辻が、その声に弾かれた様に顔を上げる。
「ひとみちゃん?」
靴音の主は辻の知り合いの様で、辻は階段を一気に昇り話かけている。
とりあえずは、矢口達も階段を昇る。
「なにしてるの?」
「教室にジャージ忘れちゃってさぁ〜、そっちこそ何してんの?」
「え!?・・・ちょっと・・・あ、今日教室で着替えたんだもんね」
「明後日だっけ?更衣室使えるようになるの、」
「う〜〜ん・・・たぶん。」
「部長連絡聞いてなかったの〜?」
「ちょっと、わすれちゃったの!」
頬を膨らませながら抗議している辻の後ろから、矢口が頃合を見計り
声をかける。
「友達?」
「あ!バレー部の先ぱいの、吉澤ひとみちゃんです。」
「どうも。」と頭を下げた吉澤の身長の高さに驚きながらも、矢口も頭を
下げ返す。
「先輩って割には親しげだね、」
話を続け出した辻達を傍目に、矢口が小声で加護に聞く。
「小学校からの、トモダチみたいですよ」
成る程、と納得する。
「そう言えば、幽霊の正体解ったんだって!」
吉澤が思い出した様で、声を荒げる。
「しょうたい?」
「うん、夕陽が反射して曇りガラス越しに見えるのが
幽霊の正体だったみたいだよ。」
「・・・そうなんだ。」
辻は肩を落とし応えた。何とも簡単な終わり方である。
とりあえずは、吉澤を見送るちびっこ探貞団。
- 27 名前:まいのすけ 投稿日:2000年08月10日(木)21時03分17秒
- 「・・・・・・。」
無言のまま数十秒が過ぎる。辻が耐えられなくなったのか、矢口の顔色を
伺い出した。どうしたらいいのか、判らない様だ。
「・・・帰ろっか?」
矢口はそう言うと、二人の背中を押し階段を降りる。黙ったまま降りていた加護が
一階に着いたトコロで、矢口に満面の笑みを浮かべ振りかえった。
「まだですよ!事件は終わってません!!」
(どっかで聞いた台詞だな・・・)
「―って言うと?」
突っ込みは心の中に留め、加護の話を聞く。
「太陽は橙色になっても、黄緑色にはなりません。」
「あ・・・そっか。」
「つまり太陽じゃない光は、まだ解決されてないんです。」
加護の話によると、橙色光は二階でしか目撃されておらず
逆に、黄緑色の光は一階でしか目撃されていないらしい。
「じゃぁ、トイレ見に行くか?!」
とりあえず、未だ解決してない事に嬉しさが一杯なのか
辻と加護は矢口の言葉を聞くと、大きく頷き笑顔で歩き出した。
トイレに着くと明かりを点けず、窓からの薄明かりの中に入り
ただ、窓を見つめた。
数分間黙って窓を見つめて居たが、何も起こらない現状に疲れた加護が
辻にちょっかいを出し始める。
辻に気付かれない様、後ろから肩を回し叩きそ知らぬ振りをする。すると
今度は加護の悪戯に気付いた辻が、同じ事をそっくり加護に返す。
何度も繰り返し、声を殺して笑う。それが、さらに笑いを呼ぶらしく
仕舞いには二人して、口に手をあて笑いを堪えていた。
矢口は、と言うと内側に開いた個室の扉を恨めしそうに見つめている。
「あ・・・」
目線を移した矢口の瞳に、黄緑と言うよりは黄色い小さな光が映った。
矢口の声に気付いた二人も口から手をはずし、矢口の目線の先に顔を向ける。
「・・・あ」
「・・・!!」
曇り硝子の向こうに、たしかに黄色っぽい光が四つ五つ浮かんでいる。
(何だろう・・・ライト?)
光はそれぞれに点滅を繰り返している。
硝子越しにはっきりと見えない分、得体の知れないものへの恐怖が
喉元までせりあがってくる。
(・・・どっかで見た事ある・・・思い出せ・・・)
確かめたいのだが、躊躇してしまってるのも確かだ。
「やぐちさぁん・・・」
辻がゆっくりと矢口の名前を呼ぶ。
「・・・うん。」
- 28 名前:まいのすけ 投稿日:2000年08月10日(木)21時14分41秒
- 矢口は、辻達に頷いて見せると窓へ向かう。
(・・・やっぱり思い出せない・・・なんだっけ・・・)
鍵ももどかしく窓を開けると、涼しいと言うよりも冷たい風が流れ込んで来る。
目の前に真っ暗な裏山が聳え、親指の爪ほどの小さな光がちらほらと
宙を泳ぐ。
(あ!・・・これって)
「・・・蛍!?」
矢口が小さな頃、親に連れられて植物園で見たそれだった。
「ホタル・・・?」
加護は辻の手を引っ張り矢口の傍らに来ると、物珍しそうに窓の外へ顔を出す。
「蛍だよ。コレ」
「ほたる・・・」
辻も蛍を確認する様に窓の外へ顔を出す。
「キレ―ですね・・・」
「ね、」
三人は二言三言交わして、蛍が点滅するのを暫く見ていた。
- 29 名前:まいのすけ 投稿日:2000年08月10日(木)22時05分32秒
- 「あれ多分、ヘイケボタルだよ。」
辻の背中越しに矢口が話し掛ける。帰路についたちびっこ探貞団は、行きと同じ様に
自転車に乗っている。横には加護もついて来ていて、矢口は二人に話し掛けたのだ。
「くわしいんですか?」
辻が一瞬振り向いて尋ねる。加護も興味深げに聞いている。
「前ね、自由研究でやったの・・・蛍について
そん時は川に蛍を見に行ったんだけど、結局見れなくてね〜」
悔しい思いをしたと、今思い出しても苦い顔になる。
「何はともあれ、ちびっこ探貞団事件解決!ですね、」
加護が嬉しそうに言うと、辻も頷いている。
「ふぅ〜〜!終わったねぇ〜〜!!」
矢口が開放感一杯に言うと、辻が控えめな声で話し出す。
「矢口さんはもう、辻たちと遊んでくれませんか?」
「え?・・・」
事件解決とはそう言う事だ。たった二日と言えども、正直三人で過ごしていて
楽しかった。振りまわされながらの、探偵ゴッコも飽きない時間を作ってくれた。
「そや!ホタルの事教えてくださいよ、矢口さん」
加護が提案する。辻も後ろを振り向く。
「蛍の事?・・・あたしあんまり知らないよ?」
「辻より知ってます。」
「あははは!うん、いいよ矢口でいいんだったら・・・」
「ホントですか?!」
加護があまりに大きく声を出したので、矢口は目をみはった。
とりあえずは、未だ活動する様子のちびっこ探貞団。
もうすっかり乾ききった舗道を二台の自転車が走り抜けて行く。
「矢口さん、事件です。」
宿題を見て欲しい、と中澤の部屋に呼び出された矢口は
辻の一言に言葉を失う。
「川にかっぱがいるらしいんです!」
大変切実そうに矢口に訴える辻の横から、加護も加勢する。
「知ってますか? カッパ伝説!」
「・・・知らない・・・」
それを聞いた加護が説明を始めた。今度も既に引き返せないようだ。
のこのこと出てきた自分に後悔した。
加護の説明が終わったのか、辻が手を引いている。
「?」
「つづきは川で、説明しますから。行きましょう。」
今日二台の自転車で、事件へ向かうちびっこ探貞団。
(・・・裕子の奴〜ホント覚えとけよ〜〜!!)
夏の青空を睨み付けた矢口の受難の日々は、もう暫く続く様だ。
- 30 名前:まいのすけ 投稿日:2000年08月10日(木)22時10分11秒
- 何とか、終わらせましたっす。
見苦しいとこもあったと思います、すいません。
とりあえず、ミニモニは可愛いぞって事で・・・
- 31 名前:名無しさん 投稿日:2000年08月10日(木)23時25分48秒
- 探偵団の「偵」を「貞」にしたのは、なぜですか?
- 32 名前:名無しさん 投稿日:2000年08月11日(金)00時42分23秒
- >31
作者さんじゃないけどたぶんへそで加護が考えたミニモニのユニット名(お蔵入り)
からきてるんだと思うよ。
- 33 名前:まいのすけ 投稿日:2000年08月11日(金)08時18分41秒
- >31
細かい所によくぞ気付いて下さいました。
>32
その通りでございやす。加護の、ちびっ子探貞団から来てます。
ちびっ子は勝手にひらがなにしました。
- 34 名前:名無しさん 投稿日:2000年08月12日(土)01時47分20秒
- 31の人です。
ほ〜・・そうなんですか。
私のところは見れないんです。だから、最近「愛物語」からダウンロード
できるページを見つけて。少しずつ見てます。
- 35 名前:黄色い狛犬 投稿日:2000年08月13日(日)23時35分12秒
- ああ……。
オチも、ミニモニっぽくて可愛いですね。
ほのぼのしちゃいました。
- 36 名前:Hruso 投稿日:2000年08月13日(日)23時35分20秒
- >34さん
それってうわさには聞いたことあるんですけど、どこですか?
是非教えていただきたいです。
ここで公開がまずかったら、メールでもかまわないんで・・・。
お願いします。
- 37 名前:PJの 投稿日:2000年08月14日(月)03時01分32秒
- >>36
画像板のリクスレとか探してみて
34さんのゆってるとこと違うかもしれんけど
へそものではかなりの有名どころス
- 38 名前:Hruso 投稿日:2000年08月15日(火)01時31分37秒
- >37さん
黄色い狛犬さんに教えていただきました。
ありがとうございます。>37さん、狛犬さん
- 39 名前:あいぼんです 投稿日:2000年08月17日(木)14時49分11秒
- みんな「探偵団」の「てい」が間違ってるとか言ってるけどそんなことないで。
飯田さんが「ミニモニ入りたい」って言ったから「貞子」の「貞」をつかって
「ちびっこ探貞団」にしたんや。
- 40 名前:コイタ 投稿日:2000年08月24日(木)05時58分31秒
- 私的なごたごたで、すっかり読むの遅くなってしまいました。すみませぬ。
いやあ、とってもいい感じでした。またこの3人の活躍(?)が見てみたい
ですね。作者様、お疲れ様でした。
- 41 名前:まいのすけ 投稿日:2000年08月24日(木)15時13分05秒
- 読んで下さった方々、どうもです。
更に、続けてみたり・・・。
>39
気ィ使ってる割に嫌われてんのな・・・。
- 42 名前:まいのすけ 投稿日:2000年08月24日(木)15時16分39秒
- 時折響くバイクの音が耳に残る静まり返った朝の街。今日の天気を窺うには少々
早い時間帯、矢口はそっと家を出た。
玄関の扉を閉めると、エレベーターに乗りこむ迄息を殺して早足で歩く。
エレベーターに乗りこみ、階下に降り始めてからやっと声を出す。
「――っぷは!・・・ん〜静かだなー」
伸びをすると少し頭がすっきりする。学生の夏休みらしく
昨晩は旅行から帰って来た友達と電話で話し続けうっかり夜を
越してしまったのだった。
電話を切ってから、眠る気もしなかったので、コンビニに行く事にしたのだ。
エレベーターを降りた矢口は、自転車置き場に置いてある自分の自転車を見て
夏休みに入る前のちょっとした騒動を思い出した。
(そー言えば、ここんトコ加護達に会ってないなぁ・・・)
河童探しに河まで行ったはいいが、バーベキューに来ていた人々に紛れ
辻が迷子になり挙句、加護の「カッパはキレイな川にしか、住まないんですよ」
と言う一言で何故かゴミ拾いをして帰って来て以来、会っていないのだ。
(たしか、夏休み前だったもんね)
別れる時に苦い表情をしていた二人を思いだし、笑う。
(・・・気にしてたのかな・・・あたしを無理矢理連れまわした事・・・)
強引に巻き込む割に、すぐ気にする。矛盾した様な二人の行動は
見届けなければ不可ない気にさせられる。
「! ・・・そーだ。」
片手に持っていた携帯電話から、加護のメモリ番号を呼び出す。
何時だったか連絡用にと、加護と交換して以来一度もかけていなかった。
繋がると一度だけコール音を鳴らして切ってしまう。
(さすがに、寝てるだろ〜・・・)
イタズラが成功した時の感覚に、矢口は頬を緩ませた。
- 43 名前:まいのすけ 投稿日:2000年08月24日(木)15時19分59秒
- 何処からともなく数種の鳥の声が聞こえ、シャッターの降りた商店街を抜けると
普段は行かない、遠めのコンビニへと向かってみる。
意味もなく歩道に敷かれたタイルのオレンジ色だけを飛び越えて行く。
コンビニに入ると店内は早朝の所為か、カウンターの商品棚が空の状態で
明かりも点いていない。サンドウィッチとペットボトルのお茶を選んで
雑誌の棚の辺りをうろつく。店員が雑誌棚の整理を始めた為
避けようとした矢口はその店員が幼馴染の市井である事に気付いた。
「・・・紗耶香ぁ?」
「あっれぇ、ヤグチじゃん!」
「何〜? バイト?」
「そだよ。言ってなかったっけ? ココでバイトしてるって」
矢口は頭を振る。同じ団地の隣人同士でよく遊んだりもするのだが
今年に入った頃から、市井がバイトを始める様になったので
久しく会って居なかったのだ。
「だって、紗耶香連絡くれないんだもん。」
「そだっけ? ・・・ごめんごめん!」
「てか、こんな時間にやってるなんて頑張ってるね〜」
関心顔の矢口に顔を近づけると、市井は小さな声で話し出す。
「年ごまかしてんだよね・・・」
驚き眉を顰めた矢口に、何か企んでいる様な表情の市井は
「バイト代いいしね!」と、親指と人差し指で丸を作りさらに笑う。
(しばらく会わない間に変わる友達って居るよな〜)
自分よりも先に進んで居る様に見える市井に、少し憧れを覚えた。
六時まで一人だとぼやく市井に「ガンバレ!」と声を掛け
矢口は帰路に着いた。
- 44 名前:まいのすけ 投稿日:2000年08月24日(木)15時20分40秒
- 家に着き買って来たサンドウィッチを食べ
暫く雑誌を読んだりしていた矢口は、何時の間にか、眠っていた様だった。
左耳から微かに聞こえて来る音が、携帯電話の着信音だと気付き
自分が眠っていた事にも気付いたのだった。
「・・・ん〜〜・・・」
重い瞼は閉じたまま、手探りで音の発信元を探す。
布団の中から聞こえている様なので、一気に半身を起こすと
なんとか目も開け布団を剥がす。腰の辺りに転がって居た携帯電話を取り上げると
ディスプレイを見る。加護からの様だ。
「・・・もし?」
寝起きの為少々重いトーンで出る。
『あ!おはよーございます。』
「おはよ・・・どしたの?」
『あ、あの矢口さんからデンワあったみたいなんで・・・』
「・・・?!」
今朝何の気無しにかけた電話が返ってきたのだ。
(・・・リチギな奴め〜、かけ直さんでいいっての!)
自分の行為を棚に上げ、加護を責める矢口。
『何か、用だったんですか??』
「ごめ〜ん、今朝暇だったからつい、さ。」
『矢口さんとしゃべるの、久しぶりですね・・・』
数秒しんみりとした沈黙を過ごす。
「・・・そだね・・・今日遊ぶか?!」
『ホントですか!?』
「うん、遊ぼ。―じゃぁ・・・裕ちゃん家に・・・」
『お昼過ぎに』
「1時頃?・・・おっけ〜!」
電話を切ってから、もう一度横になる。少々寝足りない気がする。
(昼過ぎでしょ・・・も少し寝るか・・・)
枕元に置いてある目覚まし時計を目の前に持ってくる。
(12時23分か・・・)
矢口の家から、中澤の部屋まで十五分。気合を入れないで
急いで出掛ける準備をして十五分。
「・・・・・・・・・」
暫く目を閉じ考える。眠ってしまう前に、矢口は飛び起きた。
- 45 名前:名無し 投稿日:2000年08月24日(木)20時30分39秒
- 続行大歓迎!歓喜!
- 46 名前:名無しさん 投稿日:2000年08月25日(金)02時39分52秒
- おっ!続いてる!やった!がんばって!
- 47 名前:まいのすけ 投稿日:2000年08月26日(土)13時03分59秒
- 十三時五分、走ったり早歩きを繰り返した矢口は
何とか中澤の部屋に着いた。
「―ごめん! 遅れました!!」
扉を開けると先ず両手を合わせ、頭を下げる。すると、扉の前でヘラヘラ
笑っている辻に出迎えられた。
「こんにちわ、矢口さん。」
袋に入ったままのアイスキャンディーを両手に持ち挨拶すると、
「どっちが、いいですか?」
と目の前にアイスを掲げる。ピンク色の方を貰い部屋に入る。
後ろから水色のアイスを齧って辻も続く。
「お〜っす、暑いねぇ。」
「あついですねぇ〜・・・」
ダルそうに床に寝転び、冊子を開いている加護が首だけ上げ挨拶する。
どうやら宿題の様で、同じ様な冊子がソファの上にあり‘1−3辻 希美’と
書いてあるのが見て取れる。矢口はソファに座るとアイスを齧りながら
冊子の中を覗いてみる。
「・・・って、全然やってないじゃん、」
どうやら、数学の問題集の様なのだが一ページ目の三問目から先が
続いていない。
「これから、やるんですよ!」
辻が自信有り気に応える。しかし、問題の解き方を見た限り
数学は得意そうではない。
「まぁ、困ったらウチが助けたげるから。な!」
加護が辻にウインクをしてみせる。
どうやら順調らしい加護の方をみせてもらうと答えだけが、書いてあり
途中の計算式が省かれている。
「途中式も書かないとダメなんじゃないの?」
ほぼ終わっていると言っていい、加護の宿題を返しながら矢口が言うと
加護は少々困った顔をしてから直ぐ、笑顔になる。
「・・・もっかい、見してもらって来ます。」
(写してんのかい!)
折角の夏休みなのだから、宿題を写す事位咎めはしないが
未だ今年の夏休みは二週間しか経ってないのだ。
随分と準備のいい加護の要領の良さを垣間見た気がした。
「ダメだよ、じぶんでやらなきゃ」
辻も注意はするものの、本気で止める気は無いらしい。
「辻は解んなかったら、あたしに聞きなよ。」
矢口の申し入れに、辻は満足げに頷いた。
- 48 名前:まいのすけ 投稿日:2000年08月26日(土)13時09分19秒
- 「ーって、宿題しに来たのか? キミタチは??」
たしか「遊ぼう。」と、声を掛けた筈がいつの間にか宿題を教えていた矢口は
はっと気付く。
「そーいえば・・・」
心を入れ替えたのか、おとなしく途中式を習っていた加護も気付く。
辻だけは矢口の声も聞こえない様で、一心不乱に式を解こうとしている。
「でも、遊ぶったってねぇ・・・」
矢口は二人が普段どんな生活をして居るか知らない。何にどんな価値があるのか
見当もつかない。
(ここんち、ゲームも置いてないしなぁ)
「じゃぁ、事件探しましょうよ!」
悩んでいる矢口の横から、加護が声を出す。
「事件・・・?」
「そーですよ、ウチら‘ちびっこ探貞団じゃないですか?!」
「・・・ちびっこ、ね・・・」
何時の間にか辻もペンを置き、楽しげな表情をしている。
「どうやって、探す?」
二人がの乗り気の時には、逆らわず乗ってみる。最近覚えた矢口の手段だ。
「んん〜・・・事件ジケン・・・。」
加護は腕を組み宙を見上げる、何か少しでも事件になりそうなものを
捜しているのだろう。
辻も目線を泳がせ、同じ探し物をしている様だ。右から左へ辻の目線が泳いでいた
と思ったら、不意に矢口を見つめる。
「・・・?」
「・・・矢口さん、事件です。」
どうやら、探し物は見つかった様だ。
- 49 名前:まいのすけ 投稿日:2000年08月26日(土)13時14分02秒
- とりあえず見せたいものがあるから、と一旦帰宅した辻。
「事件ねぇ・・・加護は何か知ってる?」
「ののちゃんのゆってる事件ですか? 全然聞いてないです。」
「・・・そか。」
(また迷信じみた事件でも、持ってくるのかぁ・・・?)
半分疲労、半分期待。
そうこうしている内に、辻が戻って来た。行く時と同じ様に肩から鞄を提げている。
違うのは中から宿題が消え、代わりに色褪せ丸まれた画用紙が出てきた事だ。
「ガヨーシ??」
加護が首を傾げると、頷いた辻は画用紙を加護に手渡す。丸まった画用紙を加護が
広げると、横から矢口も覗く。
画用紙には、青いクレヨンで大きく文字が書かれていた。
「え〜っと・・・ひみつの あんごうぶん・・・」
平仮名が多い所為か、読み上げる加護が時折しかめ面をする。
「はじまりは いたがたくさん、いくさきはどっち・・・まよわないで みぎ。
・・・ふたつのおおきなめだま ぐるぐるまわる、こわがらないで・・・
はしりぬけて。こんどは けむりがたくさんでてくる・・・ひだりにいけるよ。
おとなが わらうまほうのみずがおいてある・・・うしろはなーんだ?
きょうは いちにちたのしかった。おわかれの ちゃいむがなったら・・・
ひとりで、さかみちおりて・・・めのまえが あかるくなるから。
・・・・・・そこにむかって・・・いけば わすれものみつかるよ・・・・・。」
- 50 名前:まいのすけ 投稿日:2000年08月26日(土)13時14分56秒
- 「・・・それだけ?」
黙って聞いていた矢口は、理解出来ない文章にもう少し解りやすい言葉がないか
聞いてみる。加護は渋い顔をして首を振る。
「これ何??」
渋い顔のままの加護は辻に聞いてみる。
「んーと、前となりにすんでたお姉さんと作ったの。」
「ののちゃんが?」
頷く辻に加護が不思議そうな顔をして言う。
「だったら、解けるんじゃないの・・・?」
「・・・う・・・。」
辻は叱られた時の様な顔をして首を振る。
「・・・あんまり、おぼえてないんだもん。」
小さな声で、それでもはっきりと言いきる。
「忘れ物ねぇ・・・全然覚えてない?」
流石にもう少し手がかりが、欲しい矢口も聞いてみる。
「お姉さんも、ひっこしちゃって・・・たぶんタイムカプセルをうめたんですけど」
「じゃぁ、今回はののちゃんのタカラ探しやな!」
だんだん、気まずそうになって行く辻に加護が気を使ったのか応える。
「よし捜査開始だ!」
矢口も辻を気遣い声を掛ける。少し笑顔を取り戻した辻を先頭に
暗号解きに部屋を出た‘ちびっこ探貞団’。
- 51 名前:I&G 投稿日:2000年08月26日(土)13時38分21秒
- やはりミニモニはいいです。
- 52 名前:ぺるそな 投稿日:2000年08月27日(日)03時36分21秒
- がんばって、面白く読んでいるから!
いつのまにか続行しているので、少し驚いた(笑)
- 53 名前:まいのすけ 投稿日:2000年08月27日(日)15時35分15秒
- 太陽が頭上から差す時間は過ぎ、流れる汗はさほど気にならなくなってくる。
暗号解読に乗り出した‘ちびっこ探貞団’は、暗号文の最初の一文【はじまりは
いたがたくさん】の場所を探している。
「最初の場所がわからんとなぁ・・・」
加護が辺りを見回しながら呟く。
先ずは暗号解読の為、辻が小さい頃遊んでいたと言う地域に来たのだ。
矢口の家からは少し遠い距離にある商店街である。足元をみると、見覚えのある
オレンジのタイルが敷かれている。今朝通った歩道だ。
(まさか、こっちの方でバイトしてるとはな〜)
今朝の予期せぬ出来事を思い出す。
(昔は何するんでも、あたしにひっついてたのに・・・)
小さな頃の自分達を思い出す。今の辻達の様だったかも知れないと思う。
「なぁなぁ。板がたくさんやのうて、イカがたくさんとかじゃない?」
寿司屋の店前水槽に泳ぐ烏賊を指差し、加護が辻に聞く。しかめ面で
少し考え込んだ辻は、首を振る。
「板が沢山て事は、工事現場とかじゃないよね・・・?」
今度は矢口が辻に聞く。もし工事現場だったとしたら、それは暗号作成当時の話。
今となっては、全く見当がつかなくなってしまう。
「・・・ちがいます。カンバンみたいなのが、たくさんあったような・・・。」
矢口の問い掛けに首を振り辻が応える。話を聞いていた加護が、閃いた顔をした。
「カンバンやったら、カンバンやさんやないの?!」
「看板屋?」
この辺りに看板屋等が在ったのかと、矢口は首を傾げる。
「そーです、たぶんアレですよ。 −来て下さい、こっちです!」
- 54 名前:まいのすけ 投稿日:2000年08月27日(日)15時39分36秒
- 加護に連れられ着いた先は、看板屋と言うよりは骨董屋だった。古めかしい
ブリキの玩具や、最近は見かけなくなった薬屋の店頭人形等が並んでいる。
そして、店の建物自体には無数の看板が引っ掛けられている。
その昔流行った映画の看板から、電車の先端に付いてるような看板まで
ありとあらゆる看板が壁狭しと引っ掛けられている。
「どや、ののちゃん。」
加護が辻に振り返る。辻は口を開けてコクコクと何度も頷いて居る。
「じゃぁ、ココを右か・・・」
画用紙を広げ矢口は確認すると、次の暗号文を読み上げる。
「いくさきはどっち、まよわないでみぎ。次は・・・
ふたつのおおきな・・めだま、ぐるぐるまわるぅ?・・・」
恐らくは何かの例えなのだが、想像すると少し怖い二つの目玉。
「めだま・・・メダマ・・・あ!今日ウチ、朝ゴハン目玉焼きだったよ!」
加護の朝食の事よりも、暗号解読の方が大事そうな辻は
うんうんと頷くと黙り込んでいる。矢口も目玉に見える物がないか辺りを見回す。
- 55 名前:まいのすけ 投稿日:2000年08月27日(日)15時41分30秒
- 時間帯が夕方になって来た為か、商店街が人で込み合い出す。先刻まで
矢口の隣に居た加護が、不意に横切った自転車にぶつかりそうになりよろける。
「ゎわっ!!」
矢口が手を伸ばし支えたので、何とか転ばずに済んだものの随分と驚いた様で
ほうっとして居る。
「何だー!あのおばちゃん。ぶつかりそうになったんだから、謝れよな〜!」
代わりに矢口が文句をたれる。今度は黙り込む加護。。
「加護ー、大丈夫?」
加護の目の前に手を往復させる矢口。暫くしてやっと気付いたのか
加護は何度か瞬きをする。
「だいしょぶ、です。・・・それより、わかりましたよ・・・!」
矢口が聞き返す間もなく、加護が前方を指差す。
指差した先は自転車屋。店番らしい爺さんが裏返した自転車の
タイヤチュ−ブを交換している。
(なるほどねー・・・)
自転車のタイヤがグルグル回されている。【ふたつの
おおきなめだま】とは自転車のタイヤの事だろう。
「どう、辻? あってる?」
必死に何かを思い出そうとしていた辻。暫くすると思い出した様で
表情を明るくさせ頷いた。
「え〜・・・っと、こわがらないで
はしりぬけて――ってぇ事は通り過ぎろって事か・・・」
ゆっくり歩きながら、矢口は次の文を読む。【こんどは
けむりがたくさんでてくる ひだりにいけるよ】となっている。
「煙が沢山出てくるって言ったら・・・」
「−あっちの工場の方じゃないですか?」
矢口の言葉に加護が続く。
「やっぱ?・・・だよね、行こう!」
- 56 名前:まいのすけ 投稿日:2000年08月27日(日)15時42分53秒
- 一般に工場地帯と呼んでいる場所まで来ると、煙を吐き出す様な建物を探す。
しかし、煙を吐き出す様な建物は見つからない。
閉鎖されている工場の空き地で遊んでいる子ども達の声が聞こえる。
「矢口さぁん・・・」
辻が控えめに、矢口を呼ぶ。
「何、どしたの?」
首を傾げて次の言葉を待つ矢口に、少し黙りこくって考える様な表情をした辻は
言葉を選ぶ様に話し出す。
「たぶん、こっちの方じゃないです。
暗号はしょうてんがいから出ないで作ったんです・・・。」
(言うのがちょ〜っと遅かったかも・・・)
矢口が辻に苦笑いをよこすと、調度よく夕方のチャイムが流れ出した。
夏は十八時・冬は十七時になると流れる、児童の帰宅を促すチャイム。
「今日は、引き上げるか?」
矢口の提案に頷く二人。三日後の午後にもう一度調べに来る、と言う事で
話はまとまった。
先程まで空き地で遊んでたであろう子ども達に混じり、それぞれ帰路に着いた。
- 57 名前:まいのすけ 投稿日:2000年08月27日(日)15時48分23秒
- 読んで下さってる方々、ありがとうございます。
暗号解読事件(なのか・・・?)は夏休み中に終わらせたいと思ってるんで
ちょっと、ペースが早くなっちゃいますが、どうかお気にせず・・・。
- 58 名前:まいのすけ 投稿日:2000年08月28日(月)16時23分01秒
- 日の夕立を引きずっているのか、どんよりと重たげな空色。
‘ちびっこ探貞団’は、前回辿りついた自転車屋から斜め向かいに位置する
駄菓子屋に来ている。加護の提案による、‘聞き込み’をする為だ。
先ず店番のおばちゃんに声を掛ける加護。その間
辻が店に来ている中学生位の少女達に声を掛ける。
「あの・・・このへんに、ケムリをだすトコってありますか?」
「煙? ・・・ちょっと知らないです・・・。」
明らかに不審そうな目をして応える少女を見ると、何だか矢口は帰りたくなった。
(だいたい、何で煙探してんのかって思うもんねぇ・・・)
宿題で公害問題を調べてるとでも言おうかと、考えている所に
加護の声が飛びこんで来る。
「ケムリが出てくるトコ、わかりましたよ!!」
小さな店内に響く声。小人数とは言え店中の人間に注目されてる気がして
恥ずかしくなった矢口は苦笑いのまま黙って頷くと、二人を店の外へ連れ出した。
- 59 名前:まいのすけ 投稿日:2000年08月28日(月)16時24分16秒
- 「で? 煙が出てくるトコって何だったの?」
「セントウですよ!」
「なるほど・・・銭湯の煙突か。」
この街に銭湯が在る事を知らなかった矢口は、煙突を見てみたいと思った。
思い出そうとしているのだろうか、辻の方はしかめ面をして首を傾げている。
加護が店番のおばちゃんに教えてもらった道を行く。
「ちょっと、遠いみたいです。」
加護がそう言ってから、約十五分歩き続けたが一向に
それらしい建物は見付からない。
「・・・あれ?」
銭湯を見つけたのか辻が訝しげな顔をして、前方の建物を指差す。
指差された方を見ると三階分は優に在りそうな、煙突のない銭湯。
「・・・健康ランドって書いてあるんだけど・・・?」
矢口の問い掛けに加護も困った顔をする。
‘銭湯’ならば煙突があって煙が出ているものだ。しかし
‘健康ランド’となると、煙突よりも何種もの風呂があったりする。
「・・・おばちゃんウチの話、よぉ聞いとらんかったもんなぁ・・・。」
自転車屋まで戻る道々、加護は何度も溜め息を突いた。
何時の間にか雲間から陽の光が差し、舗道を照らし始める。
舗道を照らした光は暑さとなり体にまとわりついた。
「・・・・・・ね。」
「はい?」
時折思い出した様に一人、目の前にツッコミをいれ歩いている加護を傍目に
矢口が辻へ声を掛ける。
「何か思い出せた?」
「・・・なんとなくしか、うかんでこないんです」
ここのところ常にすまなそうにしてる辻が、更にすまなそうにする。
「そだ、この辺で休憩すっか!」
辻の気負いを何とかしてやりたくなった矢口は、近くにあった
コンビニを指差すと提案した。
- 60 名前:まいのすけ 投稿日:2000年08月28日(月)16時25分23秒
- ‘特製かき氷’の幟を駐車スペースに並べているコンビニは矢口の家からは
少し遠い‘市井がバイトしている’コンビニだった。
「いらっしゃいませ〜〜。」
其処で満面の笑みを作り迎えてくれた店員は、やはり市井だった。
仕事中の市井を気遣い、カウンターで‘特製かき氷’を頼むと飲食コーナーで
かき氷の出来あがりを待つ。一度は席に着いたものの
雑誌棚を指差した加護に連れられ、辻達は席を立った。
「落ちつきのないやっちゃの〜・・・」
かき氷を席まで持って来てくれた市井に苦笑いをする。
「何々、あの娘達オトモダチ??」
市井が興味深げに聞いてくる。
「んん・・・まぁ、そんなトコ。・・・宝探ししてんのさ、」
「ふぅん?」
矢口は手に持っていた暗号文を見せてみる。たいして面白くもなさそうに
一瞥すると、市井は持ってきたかき氷を一口食べる。
「ちょっ・・・仕事中でしょー?」
「五分休憩ってコトで・・・」
尤もな注意をする矢口を流すと、棚の整理をしているもう一人の店員に
視線を送り頷く市井。
「一人でやらせたら、悪いじゃん!」
「いーの、いーの。今は客来ない時間だしさ、」
もう一口かき氷を食べる。矢口は方を竦めると、市井からかき氷を取り返した。
- 61 名前:まいのすけ 投稿日:2000年08月28日(月)16時26分55秒
- 「矢口さん!思い出しましたよ、ケムリ!!」
大声をあげると、笑顔で店内を小走りに駈けてくる辻。
「タバコですよ、タバコ!」
カウンターの置くに並べてある煙草を指差し、更に続ける。
「煙草ぉ?」
少し考える矢口。【けむりがたくさんでてくる】が煙草の事となると
次に続く【ひだりにいけるよ】の意味が解らなくなる。
(煙草から、左に行ける・・・?)
「・・・煙草屋、とか?」
「そーです。メガネをかけたオジさんがいる、タバコやさんです。」
辻はしっかりと思い出している様で、確信を持って応える。
「このヘンにタバコやさんて、なかったよ?」
何時の間にか席に着き、かき氷を食べ始めた加護が言う。
「うそだぁ・・・」
口を尖らせ辻が応えると、加護は得意そうに続ける。
「だってウチ、おかーさんタチのタバコ買いにこっち来るもん。
このヘンは自販機だらけやん。」
一気に行き止まってしまった、暗号解読。
- 62 名前:まいのすけ 投稿日:2000年08月28日(月)16時27分53秒
- 「煙草屋ってさぁ・・・ココじゃなくて?」
聞いて居たのか、横から市井が口を挟む。矢口が首を傾げると、加護も首を傾げる。
辻は市井を不安げに見上げて居る。
「ココ、一昨年まで煙草屋だったんだよ。煙草屋から、コンビニになったの。
眼鏡かけたおっちゃんが店長でさ。」
言いながら市井は暗号文を指差すと、更に続ける。
「ココから左に【おとながわらう まほうのみずがおいてある】所
って言ったら、裏の酒屋じゃないかな。」
「自転車屋さんから、このコンビニを左に曲がったら
酒屋さんがありますよ!」
興奮顔の加護は頷くと、矢口に説明する。
「よっし!じゃぁ、これ食べて出発しよう!!」
矢口は半分溶けてしまったかき氷を、一気に体に流し込んだ。
- 63 名前:まいのすけ 投稿日:2000年08月29日(火)13時43分04秒
- 自主的な休憩を切り上げた市井に見送られて、酒屋に向かう。
ここまで来ると思い出しているのか辻が先頭を切る。
「ここのさかやさんのウラに・・・」
「・・・公園だぁ」
「はい、サンカクこーえんです。」
辻に連れられた先は公園。特に珍しい遊戯物も無く、滑り台・砂場・ブランコ
が真ん中にスペースを譲り配置されている。全体的に
三角形に近い形をしている事から、‘サンカク公園’と呼ばれているのだろう。
「でもさぁ、【ひとりで さかみちおりて】
ってなってるけど、見たトコ坂道なんかないやんかぁ・・・?」
加護が指摘すると、口の端から八重歯を覗かせた辻は意味ありげに微笑む。
「あるよ、坂道。」
勿体ぶる気なのか、辻は楽しそうに公園中を見回している。
「・・・あ・・・判った!」
矢口は声をあげると、滑り台を指差した。
「せーかいで〜す!」
更に楽しそうに応えた辻は、駈け気味で滑り台へ向かう。
慌てて追いかける二人を滑り台の上で待った辻は、滑る方を指差す。
「‘めのまえが あかるく’なりました。」
辻の言う通り、滑り台に西陽が差している。呆気にとられた二人に笑いかけ
辻は滑り台を一気に滑り降りると、そのまま先に在る植え込みに入って行く。
「ココにうめたんです、タイムカプセル。」
ポプラの木に手をついた辻が根元を示す。よく見ると、ポプラの木にバツ印が
付けてある。
- 64 名前:まいのすけ 投稿日:2000年08月29日(火)13時45分14秒
- 「じゃぁ、ほりおこそか!」
加護はやけに張り切り、砂場から‘忘れ物のシャベル’を持って来た。
辻も張り切り、その辺に転がっていた枝を拾うと掘り始める。出遅れた矢口は
とりあえずしゃがみ込み、二人が掘っているのを眺める。
「・・・!」
シャベルが‘カンッ’と言う音を鳴らす。何かにぶつかった様だ。
固くなっている土を、無理矢理掘り起こしていた加護の手が止まる。
「これ・・・?」
加護が最後まで聞く迄もなく、辻が頷く。二人は一気に手を早め
所々錆びついたA5サイズの缶を掘り出した。濃い赤色をしたその缶には
白抜きで何か横文字が書かれている様だ。しかし、土と錆で読み取る事は
出来なかった。
辻が缶を開けると、中からビニール袋に入れられた紙が出てきた。
「手紙か何か?」
矢口の声に頷いた辻は袋の中に手を入れる。
袋から引き抜いた辻の手には一通の手紙があり、辻に宛てられた物の様だった。
「お姉さんが辻に書いてくれたんです。」
矢口に説明すると、辻は文面に目を走らせる。
気を利かせた矢口は、加護の手を引くと辻から離れた。
- 65 名前:まいのすけ 投稿日:2000年08月29日(火)13時47分31秒
- 「何で、見してくれないのぉ〜?」
帰り道、大事そうに手紙を抱えた辻に加護が絡む。
「やめなよ加護〜、あんただって手紙とか読まれたくないでしょ?」
矢口に注意されると、眉を顰め渋い顔を辻に向ける。
暫く加護を見つめていた辻は、溜め息を突くと手紙を差し出す。
「ちょっとだけだよ〜・・・」
辻に手招きされ、矢口も手紙を覗き込む。
「これ・・・何て読むんですか?」
声をひそめ手紙の漢字を指差した辻は、苦笑い。
「あははは、見せて。・・・――
【希美へ
私は明日引っ越してしまうから、こうして手紙を残す事にしました。
家が近かったから、小さいころからよく遊んだね。
希美は初めて会った時から、私の事をお姉さんって呼んでくれて
嬉しかったです。
でもきっと、会えなくなったら希美は私の事を忘れちゃうと思います。
(私もちいさい時の事は忘れてるから)
だから忘れちゃっても、思い出してもらえるように手紙を書きました。
どう?思い出したかな。
予定だと希美は14才、今の私と同い年になってると思うんだけど。
とにかく、たくさん楽しかったね。
またいつか遊べるといいな。
――――――――圭織より】」
黙って聞いていた辻は、何か言いたげな顔をしてやめた。
「ー忘れちゃってたの?」
手紙を返しながら、矢口は控えめに聞き出す。辻は首を振ると応えた。
「そんなコトないです!暗号文のコトは忘れてましたけど・・・。」
そう言われると、確か辻は十三歳だった筈だ。文面に十四歳と言う文字が在った
手紙は、後一年先に読まれる予定になっていたのだろう。
「・・・だから、忘れてないです!って手紙を書きます。」
「おぉ!ナイスな考えだね!」
「だったら、レターセット買ってこうよ!」
調度良く文房具屋を発見した加護の提案に辻は頷き、矢口も頷く。
三人は仲良く店内に入ると、涼しい風に迎えられた。
- 66 名前:まいのすけ 投稿日:2000年08月29日(火)13時48分58秒
- 「辻とお姉さんは、いつまでたっても‘おさななじみ’なんです。」
鮮やかな色が並んだ、ペン売り場の棚の前でペンを選びながら辻がそっと呟く。
「・・・そーだね。」
矢口頷くと、市井を思い出していた。
(今度の休みを聞き出して、買い物に付き合せてやろう・・・。)
密かな企てに一人笑ってしまった矢口を加護が不思議そうに見る。
「・・・こ、この際、お揃いのペンでも買っとく?」
その場を誤魔化す為に、矢口はペン片手におどけて加護に振る。
「ハイ!」
言葉のままを受けとめ、乗り気にペンを選びだす加護。辻も加わり
慎重に選んでいる。
‘イルカマーク’の付いたお揃いの水色のペンを
それぞれカウンターで受け取ると、今回の事件は無事解決と言う事になった。
「まぁ、また遊びたくなったら連絡してよ。あたしもするし。」
「ハイ。ウチら‘ちびっこ探貞団’ですもんね!このペンがあかしですよ。」
加護はペンの入った袋をがさがさ鳴らす。
「そだね。
・・・物で表せるものもあるけど、何にもなくてもあるものってあるよね!」
最後は殆ど辻に向け言う矢口。辻も意味を察したのか、八重歯を覗かせ頷く。
「何はともあれ、事件解決!やね。」
矢口と辻の間に割り込んで来ると、ウインクを振りまく加護。
今日もまた、夕方のチャイムで帰路に着いた‘ちびっこ探貞団’。
- 67 名前:名無し中 投稿日:2000年08月30日(水)01時44分03秒
- なんか、小学生の時に読んでた本を思い出します。
ほのぼの感がありますねぇ。
すごくかわいくていいです。
圭織からの手紙にはちょこっと感動。
- 68 名前:Hruso 投稿日:2000年09月17日(日)03時12分14秒
- いいですねぇ、ちびっ子たんていだん。
仲良し3人組って感じで。
続編、また書いてくださぁい。
- 69 名前:RA-MK 投稿日:2000年09月19日(火)02時58分11秒
- 僕も続編希望。
Converted by dat2html.pl 1.0