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昼ドラ小説『紅緋色の花』第2章

1 名前:名無しさん 投稿日:2000年09月27日(水)01時26分55秒
http://www17.freeweb.ne.jp/diary/a156/967824853.html
↑過去ログです。

2chから来ました。あたたかい目で見守ってやってください。
2 名前:名無しさん 投稿日:2000年09月27日(水)22時28分16秒

広いエグゼクティブルームで、ふたりはシャンパンを飲んだ。
「モエ」というそのシャンパンは酒豪の裕子には物足りなかったが、辛口で咽越しが良かった。30分程、ふたりは談笑した。
90分35.000円が裕子の「値段」だ。普通ならば、もうベッドに入っている時間のはずだ。しかし、和田は楽しそうに話を続ける。
割と金に余裕のあるタイプなのだと思った。
警戒心はまだ完全には解かれてはいなかったが、
話題が豊富な和田を、イヤなタイプだとは思わなくなっていた。

「シャワー、浴びておいで」
太くて甘い声にそう言われたのは、話がふと途切れた時だった。
シャワーを浴びた裕子の肌は薔薇色に染まり、より一層彼女の色香が
際立つ。白いタオル地のバスローブを身に付けた後、潤滑油をそっと塗り、和田のいるソファーに向った。
しかし、さっきまでいたはずの和田の姿はそこにはなかった。
おかしいな、と思った瞬間、背後で物音がした。
「なんや、そっちにおったんですか」と言いかけて振り向いたと同時に、
裕子は左腕に激痛を覚えた。
咄嗟に肩を押さえてのけ反る。
裕子の目には、サバイバルナイフを持った和田の姿が映っていた。
3 名前:名無しさん 投稿日:2000年10月01日(日)04時20分06秒
「助けてー」出血している肩を右手で押さえながら、顔を歪ませて叫ぶ。
その直後、和田が後ろに周り込んで白い首筋に銀色の刃物を突き立てた。
「おとなしくしないと殺すぞ」耳元で聞こえた声は、
感情がこもっていないような、ぞっとする声だった。
「お願い、助けてぇ・・・」ぽろぽろと涙をこぼしながら、力なく懇願する裕子は、小動物のように無力だった。

目隠しをされ、手錠と足枷をつけられ、屈辱的に弄ばれた。
契約の90分はとうに過ぎている。
事務所からの電話のコール音は、もう何10回聞いただろうか。
その時間はとてつもなく長く感じられた。
どのくらい涙を流したのかもわからない・・・。
その最中、おそらくメスだと思われる刃物で軽くいたぶるように
何度も何度も切り付けられた。
そして、この一部始終はクローゼットから覗いているビデオカメラに
とらえられていた。

3回めの射精は、裕子の未開発の部位に放たれた。
「つぅっ・・・」その部分が痛い。苦しくてたまらない。
和田はもう裕子から体を離している。
カチャカチャという鍵を開ける音がした。裕子の足枷が外された。
すかさず裕子は逃げようとする。
しかし目隠しをされているのでうまく前に進めない。
ソファーにぶつかってしまった。
そんな様子を愉しそうに眺めるていた彼は、
おもむろにベッドサイドのナイフを手にし、獲物のほうに歩み寄る。
(この女、もっと怯えさせてやる・・・)
4 名前:名無しさん 投稿日:2000年10月01日(日)04時21分32秒
接近してくる気配を感じて、さらに怯えたように逃げまどう。
(あいつは頭がどうかしとるんや。このままじゃウチは殺される)
「こっちにおいで。もっともっとかわいがってあげるよ。」
そう言った声は、こちらに近付いて来ている。
頬に手が触れた。その一瞬の隙をついてナイフを奪う。
そして、わけのわからない言葉を叫びながらそれを振りかざす。
ナイフを取り上げようとした和田ともみ合いになり、
次の瞬間バランスを崩してふたりは床に倒れこんだ。
・・・和田がナイフを奪いかえした直後だった。

「うぅっ・・・希美ぃ」和田の胸の下で呻き声が響く。
その声を聞いて、ふと我にかえって床から起き上がった。
床を見下ろすと、そこには腹部をまっかに染めた裸の女がいた。
「はっ、ははははっ あはははぁ」
狂った笑い声が部屋にこだまする。
パニックになった和田は、腹に刺さっているナイフを抜き
苦しそうに呻くその身体を何度となく突き刺した。
返り血で汚れた顔と自らを傷つける刃物・・・
それが最後の情景だった。
5 名前:名無しさん 投稿日:2000年10月01日(日)04時23分42秒
***希美***

台所にあるオレンジ色の掛け時計を見上げて、少し心配な気分だった。
「お母さん、どうしたんだろう・・・」
針は11時を指している。裕子がこんなに遅くなることは、まずない。
『お母さんへ おかえりなさい 冷蔵庫にオムライスあるよ。』
メモをテーブルに置いて寝ることにした。
  
9時過ぎに目を覚ました。今日は日曜日なのだ。
狭いアパートのなかはとても静かだ。
裕子の寝室のふすまをそっと開けてみる。
そこにはただ母の残り香があるだけだった。母の姿はどこにもない。

いくらのんびりしていると言ってもさすがに心配になる。
電話に手を伸ばした。
コール音を4回聞いてから、相手は電話に出た。
明らかに寝起きの声だった。
「はい、保田です。・・・え、裕ちゃんが?・・・ちょっと!泣かないの!!会社には電話した?
いいわ、私がかけてみるから。・・・じゃ、かけ直すね!」
希美に聞いたばかりの電話番号をプッシュする。
しかし、保田が聞いたのは
「お客さまのおかけになった電話番号は・・・」というアレだった。
何度かけてもやはりつながらなかった。
(裕ちゃん、なんでウソの番号なんか・・・)

6 名前:名無しさん 投稿日:2000年10月01日(日)04時25分17秒
二間きりのアパートに、携帯の着信メロディが響いた。
それは裕子の部屋から聞こえる。
「桜坂」・・・。母は携帯を忘れて出掛けていたようだ。
「もしもし」恐る恐る出てみた。
「あっれ〜?ユウコさんの携帯だよね??」
素頓狂な声が聞こえてきた。
「私は・・・裕子の娘です。お母さんは今いません。
どちら様ですか?」
「あぁ、あたしはサヤカ。お母さんのお友だちだよ。」
急におどけた口調になった。
「ところで!お母さんはきのうおうちに帰って来たかなぁ?」
(・・・なんでこの人、そんなこと聞くの?)
押し黙ってしまった。
「もしかして・・・、まだ帰ってきてないなんてこと、ない、よね?」
そう言った声はさっきとはがらりと変わって、か細くなっていた。
「まずいよ・・・それって」
「あんたに話があるんだ。これから会おう。」
真剣な声に気押されて、希美はイヤとは言えなかった。
7 名前:名無しさん 投稿日:2000年10月01日(日)04時28分46秒
わけが分からなかった。
会ったこともないサヤカを警戒する気持ちもあった。
しかし、サヤカは母の何かを知っている。
そんな確信があった。
中央線に揺られながら、てのひらの切符をぎゅっと握りしめた。

待ち合わせた喫茶店。
指定された窓際の席にいるサヤカを見付けた。
Vネックのノースリーブに革のパンツを合わせているまだ若い彼女は、
裕子とどのような接点があるのだろう。
あいさつを済ませるとすぐ、サヤカが口を開いた。
「あんたのお母さんさ。私と同じ仕事をしてるんだ。
でさ、その、仕事ってのがさ・・・あぁ言いにくいなぁ」
そう言って頭を掻く。その仕草はまるで少年のようだった。
8 名前:名無しさん 投稿日:2000年10月01日(日)04時31分02秒
「あのー、お母さんの仕事って、派遣会社ですよね?」
サヤカの様子が理解できない。
「あ、うん。・・・実はそれ、嘘なんだ。お母さんのお仕事はね、デートクラブッ。」
幼い希美をなるべく傷付けまいと、さらっと早口で言った。
何かをごまかすかのように、煙草に火をつける。
「えっ・・・」言葉がでない。硬直してしまったかのようだ。
「びっくりするのは仕方ないけどさ、ねぇしっかりしてよ!
ここからの話が大事なんだから。」
テーブルの上の希美の手をしっかりと握り、揺さぶる。
「ごめんなさい・・・」我に返った。
きのう裕子と同じシフトだったこと、仕事に行ったまま裕子が戻って来なかったこと、
ホテルの部屋に電話を何度しても客の応答がなかったことを話した。
そして通常こういう場合、客と外に呑みに行った等のケースが予想されるので、
朝になって冷やかしの電話をかけてみたことも説明した。
「そしたら、ユウコさんまだ帰って来てないって言うんだもん。
もしかしたら、最悪の場合・・・」
そこまで言うと黙ってしまった。
「最悪の場合って、何ですかっ?」希美が身を乗り出す。
「うん、だから、ホント最悪の場合なんだけどさ・・・
客に監禁されてるとか、客に殺された、とか。」ぼそぼとそう言った。
「そんなぁ・・・」
希美の頬は赤く染まり、目からは大粒の涙が溢れていた。
「ごめんごめん!だから最悪の場合なんだから。
家に帰ったら、お母さんいるかもしれないよ?」
サヤカは時分の顔の前で両手を大きく振って希美をなだめた。
ひとしきり泣くと、大分落ち着いてきた。
「サヤカさん、教えてくれてありがとう。それじゃ。」
ぺこっと頭を下げ、足早にその場を離れた。
9 名前:名無しさん 投稿日:2000年10月01日(日)04時32分47秒
アパートの階段を駆け上がると、そこには懐かしい姿があった。
保田だった。
「希美ちゃん!」希美を抱き締めた。
希美も黙って保田にしがみついた。
静かな声で話しはじめた。
「希美ちゃんから電話があった後、
ニュースで身元不明の女性の死体が発見されたって言ってて・・・
なんだかいてもたってもたまらなくなって、来ちゃった。」
胸のなかで、希美がしくしくと泣きはじめた。
「お母さん、デートクラブで働いてるって・・・」
死体の発見現場がホテルだったことを思い出した。
泣きそうになったが、希美のためにもしっかりしなくてはいけない。
一層強く小さな体を抱き締めてから、深呼吸をして
「警察に行こう」と、しっかりとした声で言った。

通された霊安室には、裕子が眠っていた。
希美は裕子に覆いかぶさるようにして、わんわんと泣いた。
保田も俯いて声を殺して泣いている。


10 名前:名無しさん 投稿日:2000年10月02日(月)02時27分27秒
「ほんまに・・・どこ行ってしまったんやろ。こっちにも戻ってないし、
亜依ちゃんとこにもウチのとこにも行かんと、どこに行くあてがあるんやろ?」
「そうですよね。ほんと、どうしているんだか心配で・・・。
裕ちゃんの初七日が終わった次の日からだから、もう半月。」
京都の街は、大分秋めいてきた。
裕子が殺された事件は、週刊誌を連日賑わせていた。
希美が突然いなくなってからずっと、叔母のみちよや保田が
懸命に探したのにも関わらず、行方はつかめなかった。

「お母さん・・・」
窓越しに見える下弦の月を眺め、呟く。
冷たい涙が頬をつたう。
この土地は京都よりも1ヶ月は秋が早い。
「寒い・・・」
(でも、東京にいるよりもここにいるほうがずっといい。
ののを知らない人たちのなかにいたほうが・・・)
(もう、のののせいで、誰かが傷付くのみたくない。
お父さんもお母さんも、ののがいなかったら死ななかったんだもん)
「赤ちゃんとふたりだけで生きていくんだ」



11 名前:名無しさん 投稿日:2000年10月07日(土)14時45分23秒
こっちに移動したんですか。もう終わっちゃったのかと思ってましたよ。
頑張って下さい。つーか中澤死んじゃったんか・・・。
12 名前:11さんへ 投稿日:2000年10月07日(土)16時02分12秒
うぅ〜、嬉しいです〜。
ここに来てはじめてのレスが・・・。
おひとりでも見て下さる方がいるのなら、頑張りますぅ。

裕子ママは殺してしまいました。すみません。
でも、最初は中澤が主人公だったんですよ。
13 名前:名無しさん 投稿日:2000年10月07日(土)17時34分06秒
「希美ちゃん、お風呂行こう」
ノックの音と一緒に、高くて細い声が扉の外から聞こえる。
「あ、うん。ちょっと待ってて」
ごしごしと涙を拭ってから、薄いベニヤの戸を開けた。

誰もいない深夜の温泉は、哀しいほどに静かだった。
ふたりはあまりしゃべらず、白濁した湯に映る月を眺めていた。

「希美ちゃん、東京から来たんだよね?」
静かな白い空間を、細い声が彩る。
「うん・・・」
「お父さんやお母さん、心配してるよ。
16って言ってるけどほんとは中学生なんでしょ?
おうちに戻ったほうがいいよ。
それに・・・希美ちゃんのおなか・・・もしかして・・・」
お姉さん口調でそう言われると、矢口先輩を思い出して
泣きそうになった。
「いいの。お父さんもお母さんも、死んじゃったから。」

   ・・・ちゃぽん・・・

「出よっか」
「うん・・・ごめんね」
前を歩く希美の右手をぎゅっと握りしめた。
14 名前:名無しさん 投稿日:2000年10月07日(土)17時35分08秒

『大好きなお父さんへ

旅館での仕事は、だんだん慣れてきました。 
秋田は京都よりも寒いんだよ。
もう、もみじはまっかになってるの。
お父さん、秋田に来たことある?
ここはちょっとだけ、京都に似てるよ。
お父さんのにおいがするの・・・   』

出す宛のない手紙・・・こちらに来てもう何通書いただろう。
書きかけのまま眠ってしまった。
明日も朝は早い。
15 名前:名無しさん 投稿日:2000年10月07日(土)17時35分57秒
希美のお腹の子どもは、もう7ヶ月になっていた。
骨盤がしっかりしているので普通よりはだいぶ目立たないが
それなりに腹部がふくらんでいた。
女中の制服・・・着物を着るのは少し苦しい。
「ごめんね、ののの赤ちゃん」
海老茶色の帯を撫でながら、すまなそうに言う。

忙しいせいか、着物のせいか、最近腹が苦しくなることがよくある。
つわりとは違うその苦しさに、希美は一抹の不安を感じていた。
16 名前:名無しさん 投稿日:2000年10月07日(土)17時37分08秒
「ねぇ希美ちゃん、あのいちばん若い板さんがね。」
宴会前の配膳をしながら、こそこそ声で梨華が話掛けてくる。
「あ、うん」
忙しいので生返事を返す。
いちばん若い板さんってかっこよくて、女中たちがキャーキャー騒いでたっけ。
しかし梨華は、ニヤニヤしながら続ける。
「希美ちゃんのことが好きなんですって」

「!」
「あ、あたし〜!?」
思わず ”大きな”小声を出してしまう。
「それでね、今夜、夕顔瀬橋のところに来て欲しいって」
楽しそうに梨華は続ける。うきうきしているように見える。

「そ、そんなぁ・・・」
(ののが好きなのはお父さんだけだもん。
板さんのことなんて考えられないよぉ。)
17 名前:名無しさん 投稿日:2000年10月07日(土)17時38分04秒
旅館から歩いて3分のそこは、古い吊り橋だった。
この辺りでは観光スポットになっていて、夜はライトアップされている。
彼はまっすぐ立って、じっと河を眺めていた。
今まで意識したことはなかったが、
こうやって見るとやはり美少年だ。

「あ、あの・・・」
軽く握った左手を口元に当てながら、おずおずと声を掛けた。
「ありがとう!来てくれたんだ」
子犬のような屈託のない笑顔・・・なるほど女中たちが騒ぐわけだ。

「あ、あのね。あたし、好きな人がいるの。だ、だから・・・」
彼の顔は見られない。下を向いて、たどたどしく言う。
はじめから断るつもりでここに来たんだ。
ちゃんと言わなきゃ・・・ちゃんと・・・

「・・・それでもいい。
これから僕のことを好きになってくれればいい。
だから・・・友だちってことで、これから色々話をしていこうよ。」

ゆっくりと噛み締めるような、でも力強い口調・・・
気押されて
「うん・・・」
こっくりとうなずいた。
18 名前:名無しさん 投稿日:2000年10月09日(月)13時24分16秒
レスとかそんな気にすることないっすよ。
読んでもレスしない人も結構いるし。現に2chでやってた頃は自分もほとんどレス
しませんでしたもん。
19 名前:18さんへ 投稿日:2000年10月09日(月)17時53分52秒
うぅ、そうっすね。
そういえば「アナザー」さんはどうしてるんでしょうね・・・。
20 名前:名無しさん 投稿日:2000年10月10日(火)00時35分31秒
この小説にマジ泣きです。続き期待。
21 名前:21さんへ 投稿日:2000年10月10日(火)00時41分55秒
御期待に添えればよいのですが、なんせ稚拙な文章なので・・・(汗

更新しまーす
22 名前:名無しさん 投稿日:2000年10月10日(火)00時46分28秒

「ふぅー、断るつもりだったのになぁ」
机に頬杖をつきながらためいきをつく。
(誰にも迷惑かけないで、生きていくって決めたのに・・・
でも、ただの「ともだち」だもんね。いいよね、そのくらいは。)


(お母さんに相談できたらなぁ・・・)
机の前には窓がある。カーテンを開けて夜空を眺める。
「お母さんは、どういう恋をしてきたの?」
「ののが生まれた時、どんなだった?」
「のの、もっとお母さんの話、聞きたかったな。」
もう涙は出ない。
ただそこには、母との美しい思い出があるだけだった。  
ひとりぼっちになった希美は、少しずつ成長していっていた。
23 名前:名無しさん 投稿日:2000年10月10日(火)00時47分55秒
板さんは2日に1度くらい、希美の部屋にやってきていた。
こっそりと作った希美が好きそうな料理やお菓子を持って来ては、
それを食べる希美の顔を嬉しそうに見つめ、
他愛もない話を少しして、帰っていくだけだった。

彼は希美のほんとうの歳も、どうしてここに来たのか、
そしてもちろん、妊娠していることも知らない。

親しくなるにつれて、希美は罪悪感を覚えるようになった。
「のの、あんなにいい人を騙してる・・・?」
ずきん・・・胸が痛んだ。
24 名前:名無しさん 投稿日:2000年10月10日(火)03時58分50秒
「ねぇ、希美ちゃん。どう?カレとは・・・」
風呂の中、少し上気した顔の梨華はだしぬけに尋ねた。
「どうって・・・」
「いい人だよ。優しいし。」
梨華のほうを見ないでぶっきらぼうに言う。照れているのだ。
冷やかされるのかと思った。

「じゃあ、話したんだ」
ぽつりと梨華は言った。
「えっ・・・」
希美は言葉を失った。
梨華の「話した」は、年齢と妊娠のことを指しているのだろう。
しかし希美には母親の事件についても含まれているように思われた。
痛いところを突かれてしまった・・・。
「ううん、まだなの。」
「巻き込みたくないし・・・」
うつむいて乳白色の水面を凝視する。

「でも、それってさ。かえって彼に悪いんじゃないかな。
言い方悪いけど、騙してるってことになるよ。」
重々しく梨華は言った。目が真剣だった。

「そうだね」
小さく答えた。
それしか言えなかった。
25 名前:名無しさん 投稿日:2000年10月10日(火)03時59分41秒
白い霧のなか、何も見えない。
音も色もない世界。さまよい続けてもう疲れてしまった。
・・・どうして私は歩かなきゃいけないの?
・・・どうして私はここにいるの?
「おかーさん」
自分の声だけがこだまする。

こちらに向って来る白い影が見える。
姿はよく見えない。
「希美」
なつかしい声が聞こえた。

白い影にはあと少しというところで手が届かない。
「お母さん、私、どうしたらいいの?」
泣きながら言った。

「あんたが思うようにしたらえぇ」

希美は泣きながら目を覚ました。
でも、どうしてだか吹っ切れた気分だった。

26 名前:名無しさん 投稿日:2000年10月10日(火)04時29分33秒

「話しがあるの」
自分から彼を呼び出すのははじめてだった。
はじめて話をした場所、夕顔瀬橋を希美は選んだ。

砂利を踏む音が近付いてくる。
目を閉じて深呼吸・・・。

「希美ちゃん、どうした?」
低くて甘い声が聞こえた。

「うん」
「言わなきゃいけないことがあるの」
しっかりとした口調で、まっすぐと彼を見つめて言った。
そして、自分が13歳だということ、母親の事件のこと、父親との関係、
自分が妊娠していることを告げた。
彼は黙って聞いていた。

話終わってから2分ほど沈黙があった。
最初に口を開いたのは彼だった。
「一緒に、暮らすか?」
優しい微笑みがそこにあった。
希美は泣きそうになった。
こんなにも惹かれていたことに、今まで気付かなかった。
(好き・・・お父さんよりも、あなたが好き・・・)

涙が溢れないようにこらえている桃色の頬に、彼はキスをした。
27 名前:名無しさん 投稿日:2000年10月11日(水)02時16分55秒
いや〜ノンちゃん可愛いな〜。マジおもろいです。
28 名前:名無しさん 投稿日:2000年10月11日(水)10時10分30秒
お母さん・・・
29 名前:作者。 投稿日:2000年10月13日(金)02時13分01秒
今週中は忙しくて更新できそうにありません。
来週また書きますんで、少しだけお待ちくださいな。
30 名前:作者。 投稿日:2000年10月13日(金)06時11分57秒
29↑を書いたばかりなのですが、更新します・・・藁
終わりそうになかった課題が、思いがけず進んだので。
31 名前:名無しさん 投稿日:2000年10月13日(金)06時12分42秒
「でもさぁ、やっぱり居場所くらい知らせないとダメだぞ」
裕子直伝のロールレタスを食べながら、ふいに彼は言った。
諭すような口調は、希美の耳に心地よい。

旅館の近くに部屋を借りて、もう10日がすぎた。
希美が周りの人たちに黙って秋田に来たことについて、彼は気になっていた。
無論、それは希美も同じだが・・・。

「希美は、自分のせいでみんなに迷惑がかかるって言うけど、
まわりの人間、もっと信じていいんだよ。
大事な人に迷惑かけられるのも、嬉しいもんだ。」
そう続ける彼は20歳とは思えないほど、大人に映った。

「うん、御飯食べたら福ちゃんと保田さん、それからみちよおばちゃんにも
電話するね。・・・ねぇ、今度一緒に京都に行ってくれる?」
もじもじして、上目遣いになる。

「そうだな、希美の叔母さん・・それからお母さんにも挨拶しないとな。」

「嬉しい。」とびっきりの笑顔だ。
「あの、ね。お母さんのお墓、ふたりで行きたかったんだ・・・。」
恥ずかしそうに言う姿を見て、彼は思わず「お鼻すりすり」をした。

32 名前:名無しさん 投稿日:2000年10月13日(金)08時53分49秒
みちよおばちゃんて・・・本当はまだ21歳なのに、なんか妙に似合ってる。
笑う所じゃないのに笑っちまったよ・・・。
33 名前:作者。 投稿日:2000年10月14日(土)00時24分01秒
永遠のおばちゃんキャラ、永遠の不幸キャラ、平家みちよ21歳。
34 名前:名無しさん 投稿日:2000年10月14日(土)01時47分55秒
希美からの電話を受けたみちよは泣いていた。保田と明日香は怒っていた。
それでもやはり、三者三様に希美の無事に安堵し、連絡を喜んでくれた。
だから、保田に怒鳴られながらも、希美の顔は終始笑顔だった。
そんな様子を見て、彼も安心した。

(私の居場所は、ちゃんとある)

裕子が亡くなって以来、閉ざしていた心のあたたかい部分が
彼やみちよたちの存在によって、甦ってきていた。

「・・・うん、・・・そうだよ、もう8ヶ月。・・・もちろん連れてくよ。」
みちよは、希美の子どもが生まれてくることを楽しみにしているようだ。
35 名前:名無しさん 投稿日:2000年10月14日(土)01時49分27秒


「・・・うーん、やっぱり生まれてからかなぁ。」
だいぶ大きくなったおなかをさすりながら、京都に行く予定について話す。
「当たり前だろ。こんなに大きい荷物持って旅行すんのは無理だって。」
彼は話しながら膨らんだおなかを人さし指で軽くつつく。

「そうだね。あっ、そうそう、みちよおばちゃんと保田さん、
赤ちゃん産まれる時にこっちに来てくれるって。
ふたりとも赤ちゃん産んだことないのにね、
『いろいろ世話してやらなきゃ』ってね。」
くすくすっと笑う。
保田が見たらきっとこう言うだろう、「ムーカーツークッ」と。




36 名前:保田 投稿日:2000年10月14日(土)21時41分43秒
ムーカーツークッ!!!
37 名前:名無しさん 投稿日:2000年10月14日(土)22時59分16秒
2ヶ月後。

「希美ちゃん、大丈夫やろか?なぁ、大丈夫やろか・・・」
おろおろと、保田に話しかけるみちよ。
「んもぅー、ウルサイよ!!私にだってわかんないわよ!」
イライラして、みちよにあたる保田。
小姑・・・いや、希美の保護者たちは、不安な夜を分娩室前のベンチで明かすことになった。

「ヒッヒッフゥー」
希美の手を握りしめ、空いている手で汗を拭いてやる彼。
呼吸を整えるため、一緒に呼吸法をやっている。
「っくぅ・・・苦しいよ。はぁっ・・・もぉダメだよぉ。」
彼の手を強く握り返す汗ばんだ手。
「もうすぐ赤ちゃんが産まれてくるんだぞ!お母さんになるんだろ?」
何度も、そう言って彼に励ましてもらい、数時間が過ぎた。
そして・・・

「ふっ ふぎゃー!ふぎゃー!」
元気な産声が廊下にも響いた。

看護婦が分娩室から出てきて
「元気な女の子さんですよ。」と、ふたりに笑いかけた。

病院の外では、朝日が昇りはじめていた。
むこうに見える山の稜線は、美しい緋色に染まっていた。
38 名前:名無しさん 投稿日:2000年10月15日(日)19時51分06秒

「あばばー。みちよお姉ちゃんでちゅよー。」
そう言いながら赤ちゃんをだっこする。
「きゃはっ」
「圭ちゃん、聞いた?「きゃはっ」やて。「きゃはっ」、言うたで!」
「・・・・ウルサイ。」
不機嫌な保田。
保田がだっこした時には、赤ちゃんは火がついたように泣き出してしまった。
・・・理由は、言わなくてもいいだろう。

「ところでさ、」
話題を変えよう、保田は思った。
「この子の名前は?早くつけてあげなくちゃ。」
「それがね」
ベッドのうえの希美が、彼に目配せをする。
「決まったんっすよ。な?」
「うん」
希美は「こほん」と咳払いをしてから
「発表します。この子の名前は” 紅 ”です。」と言った。
「コウ。紅花の紅でコウって読むんですよ。」彼も続いた。
「そっかー、なんやええ名前やないのー。」
感心するみちよ。
「由来は?」保田は、パイプ椅子から身を乗り出している。
「・・・名付け親は、希美のおふくろさんなんすよ。」
見つめ合う新米パパとママ。
39 名前:名無しさん 投稿日:2000年10月15日(日)19時51分53秒
「これを、見て。」
枕の下からごそごと何かを取り出し、みちよに差し出す。
えんじ色というか赤というか、そんな革カバーの日記帳だった。
「これ、もしかして、裕ちゃんの?」
希美がこっくりと頷く。
みちよは、開いてあるページを声に出して読んでみる。

”希美の赤ちゃんは、女の子がええな。” 
”もし女の子が産まれたら、紅(こう)って名前をつけることにしよう。”
”紅緋色は、ウチが・・・ウチと桔平さんが、いちばん好きな色や。”
”紅には、空や海を染めあげる日輪のような、そんな強さを持って育って欲しい。”

途中から涙をこらえて読んでいるみちよを見て、保田も切なくなった。
日記は、それで終わりだった。
ページの右上に打ってある日付けは、裕子が殺された前の日になっていた。

「早く、裕ちゃんに紅を見せてあげなくっちゃね。」
しんみりとした空気を断ち切るように、保田は大きな声で言った。
40 名前:名無しさん 投稿日:2000年10月15日(日)19時53分04秒
「ほんとに忘れ物はないんだな?」
もう何度めの質問だろう。彼は、大きなボストンバックを2つも持っている。
「うん・・・あ、ガス栓、大丈夫かな」
そう言って希美は台所にぱたぱたと走っていく。
「もー、新幹線出ちゃうってば!早くしろよー。」
後ろ姿に声をかける。
紅が産まれてからもう3ヶ月になった。
裕子の墓参りのため、今日3人は京都へ発つことになっている。

「ごめんね。ガス、大丈夫だった。」
玄関口に戻ってきた希美。やっと出発だ。
希美の胸のなかでは、何も知らない紅が、すやすやと眠っている。

京都の街は、冬枯れ色に染まっていた。
ひとりの長身の女が、電車で嵯峨野へと向っていた。
「先生・・・」
かすれた声でぽつりと言った。冷たい涙が膝を濡らした。
女は、濃紺のスノッブな感じのベルベットのワンピースを着ている。
足下にはパジャマや歯ブラシなどの生活用品が入った鞄がある。
まるで退院して家に帰る人のように・・・。
「会いたい」
さっきよりも大きな声で、カオリは言った。
41 名前:名無しさん 投稿日:2000年10月15日(日)20時26分32秒
よっ!待ってました!飯田さん!!!
42 名前:名無しさん 投稿日:2000年10月15日(日)23時06分31秒
「それじゃ、最初におふくろさんのお墓に行くんだな?」
「うん。嵯峨野がいちばん遠いから、最初なの。
その後、みちよおばちゃんのお家に行って、次は矢口先輩のところ。」
見なれている京都の路線図を眺めながら、希美が彼に教えてやる。

東海道新幹線を降りた親子は、喫茶店でひと休みをしている。
彼はコーヒー、希美はリンゴジュース、・・・紅は哺乳瓶でミルクだ。

(お母さんのお墓、お父さんの工房の近くなんだよね・・・。)
(少し寄って行っても、いいよね。)

希美はひとりで計画をたてていた。
43 名前:名無しさん 投稿日:2000年10月15日(日)23時07分12秒
何度となく歩いたその道を、一歩一歩ふみしめながら歩く。
こつこつというカオリの靴音だけが響いている。
空からは、暖色系の落葉が、雪のようにはらはらと舞っている。
8ヶ月前よりも少しやつれてはいるが、
そのしなやかな美しさは健在だ。
むしろ、狂気にも似た怪し気な艶っぽさには、一層磨きがかかっていた。

「今は秋だから、きっと先生、銀杏をコンセプトにした作品を作ってるわ。」
「早く行ってお手伝いしなきゃ。」
右手に持った鞄からは、薄紅色の作務衣が覗いている。
電車のなかでは泣いていたカオリは、今は変にうきうきしている。
それに、桔平は失踪したことになっている。工房にいるはずもないのだが・・・。
カオリの病はまだ完治していなかったのだ。
44 名前:名無しさん 投稿日:2000年10月19日(木)12時44分16秒
カオリ・・・なんか似合ってる
45 名前:作者。 投稿日:2000年10月19日(木)22時43分25秒
44さん。
感想ありがとうございます。
カオリは、結核にかかって蔵に幽閉されてるとか、精神を病んでるとか
そういう役をやらせたいな、と思ってました。
ちなみに更新は週末になりそうっす。
46 名前:名無しさん 投稿日:2000年10月22日(日)01時16分18秒
手持ちぶさたなので、とりあえず墓前にお供物をすることにした。
ポケットから出したのは、裕子が好きだったタバコ、ヴォーグだ。
紅から顔を背けて、一口吸ってから供える。
「どうっすか?久々の一服は。」
会ったことのない義理の母との対面だった。
墓の周りには、一面に月見草が咲いていた。

「じゃぁ、お水くんで来るから紅をお願いね。」  
そう言ったっきり、希美はもう30分も帰って来ない。
裕子の墓を前にして夫は悪態をつく。
(・・・ほんっとにトロいんだよなぁ、希美は。)
「なぁ、紅もそう思うだろ?
ママはどうしちゃったんだろうね?」

「こんにちわ」
紅をあやしていたところを、ふいに声をかけられた。
ふりむくとそこには大学生くらいの女がいた。
人形のように大きな目をした美人・・・。
吸い込まれそうなその瞳に見入ってしまい、しばし硬直していた。

「かわいい赤ちゃん」
美人は、紅を見てにこっと笑う。
「あ、あぁ、どうも。」
やっと一言言葉を発した。
彼女は腕を伸ばしてきて、
さも当たり前のように紅を父親の腕から受け取る。

彼女が紅に頬擦りをする様子を、ぼんやりと眺める。
その表情は菩薩のように神々しかった。
「この子、なんだか・・・」
紅の顔を凝視すると、みるみるうちに彼女の表情がこわばっていった。

47 名前:名無しさん 投稿日:2000年10月22日(日)01時18分37秒

「カオリさん・・・?」
工房に寄り道をしていた希美が戻ってきた。
かつての恋敵、とでも言うのだろうか。
自分の目の前で紅を抱いている女には見覚えがあった。
精神病院に入院したと聞いていたが・・・。

カオリが抱いている赤ん坊は、
かつての恋人である桔平と、
その桔平を死に追いやった希美との間にできた子どもだ。

「のの、ちゃん?」
希美の声に気付き、紅の顔から視線を移した。
まっすぐで挑戦的な視線が希美に刺さる。

こんなところで偶然に出会うなんて、希美もカオリも思っていなかった。
運命、いや因縁とも言える再会だった。

冷たい秋風に吹かれ、
墓の周りの月見草がざわざわと揺れていた。
48 名前:名無しさん 投稿日:2000年10月23日(月)03時47分44秒
「ねぇ、この子先生の子どもでしょう!?」
「カオリわかるもん!!」
「先生をどこに隠したの!?」
「先生を返してよぉ!」
ものすごい勢いで希美のもとに走り寄ってきて、
右手で紅を抱き、左手で希美の肩を掴む。

希美は何も言わない。
カオリから顔を背けて、じっと何かに耐えるような表情をしている。

希美の目の前には、
髪を振り乱し大粒の涙で頬を濡らす、嫉妬に狂った女の顔があった。

「やめてください!」
カオリの行動でおおまかな事情を理解した夫が止めに入る。

周りの大きな声に驚いて、紅が泣き出した。
「あなたがいるから、先生はカオリのところに帰って来ないのよ・・・」
急に希美の肩から手を離すと、胸の中の紅を睨み付け、
さっきまで、愛おしそうに頬擦りしていたとは思えないような冷たい声で、囁く。
そして次の瞬間、紅を抱いたままどこかへ走りだした。

希美と夫はカオリを追うが、なかなか追い付かない。
やっとカオリが走るのを止めたのは、
希美とカオリ、各々の思いでの場所。桔平の工房の前だった。
建物に背を向けて希美たちと向かい合う形で、カオリは立っている。
その左手には、きらきらと光るノミが握られている。
希美は固唾を飲んでその姿を見つめるしかなかった。

「カオリと先生の邪魔をする人は許さない!」
「この赤ちゃんとあなたを殺してやる!」
涙でぐしゃぐしゃの顔で叫ぶ視線の向こうには、もちろん希美がいる。
49 名前:名無しさん 投稿日:2000年10月23日(月)03時49分20秒
たまらず、夫がカオリからノミを奪おうとする。
後ろから羽交い締めにしようとするが、かわされ、
カオリに突き飛ばされて、地面にうつ伏せに倒れこむ。

ノミはカオリの手から離れ、宙を舞った。
その鋭利な刃物は、ゆっくりと地面へと落下していった。
そして、倒れている夫の腰へと吸い込まれていった。
まるでスローモーションを見るように、ゆっくりゆっくりと時間が流れた。

「いやぁ!」
希美の叫び声で、時間の流れはもとに戻った。

「あ・・・・あっ・・・」
カオリは口をぱくぱくさせて、足下で血を流している男を見ていた。
紅をそっとその場に置いて、その場から逃げるように去って行った。

「ねぇ、死んじゃやだー!」
希美は夫の患部に手を当てて抱き締める。
どくどくと血が溢れて、止まらない。

「うっ・・・希美っ」
夫は苦しそうに呻くだけだった。

「あ、救急車・・・呼・・ばなきゃ」
やっと割れにかえった希美は携帯を取り出した。
血まみれの手で番号を押した。
50 名前:名無しさん 投稿日:2000年10月23日(月)08時39分05秒
あわわわわわわ!!
51 名前:作者。 投稿日:2000年10月28日(土)03時49分00秒
物語は終局を迎えます。
それでは、どうぞお読み下さい。
52 名前:名無しさん 投稿日:2000年10月28日(土)03時49分37秒
「置いてかないでぇ・・・。ひとりぼっちはもういやだよ?」
希美の啜り泣きが静かな救急車のなかで聞こえる。
しっかりと夫の右手を両手で握り、その手を自分の頬にあてている。
まるで自分の温もりを、分かつように。

病院に着き、手術室の灯りが点る。
急に怖くなって希美はぶるぶると震え出した。
腕の中にいる紅をぎゅっと抱き締める。
何かにすがっていないとやりきれない気分だ。
ふと、昔、裕子に連れられて通った教会のお祈りを思い出した。
おもむろに長椅子から離れ、膝まづく。
そして、ゆっくりと手を組んだ。
(・・・我らに罪を犯す者を我らが赦すごとく、我らの罪をも赦したまえ)

数えきれないほど「主の祈り」を唱えた頃、手術室の灯りが消えた。
扉が開き、無表情な医者がこちらに向ってくる。
「手術は成功しました。しかし・・・」


53 名前:名無しさん 投稿日:2000年10月28日(土)03時50分32秒
    〜6年後〜

「おかーさん!」
海辺でまどろみかけていたところを起こされる。
目の前には、ちいさい頃の自分にそっくりの女の子がいる。

「みてっ。これ、おとーさんにあげるのっ。」
舌っ足らずなところもそっくりだ。
ちょこんっと顔にくっつけたような鼻は、裕子にそっくりだった。
ちいさなちいさなその手には、きれいな桜貝が光っていた。

「うわぁ、きれい!早くお父さんに見せてあげようね。」
ちいさなその子を抱き締めると、希美はそう言った。
そして、ふたりは手を取り合って歩き出した。

54 名前:名無しさん 投稿日:2000年10月28日(土)03時51分31秒

  ----がちゃ----

「あなた、今日は紅が桜貝を拾ったのよ。」
「いいお天気だから海は気持ちよかったわ。」
ひとつひとつ夫の反応を見るように、ゆっくりとたたみかける。

機械音が支配するその部屋で、
希美の声と紅がおもちゃをいじる音だけが生を感じさせる。

「窓を開けましょうね。」
そう言って希美は椅子から立ち上がる。
窓の外には、さっきまで紅と遊んでいた海が広がっている。
「潮風が気持ちいいでしょ?」
窓を開けて、希美は振り返る。
夫は答えない。
55 名前:名無しさん 投稿日:2000年10月28日(土)03時53分09秒

「おかーさん、なんでおとーさんはおはなししないの?」
「おねんねしてばっかり。べに、おとーさんにあそんでほしいよ。」
いじけたような顔をして、希美のロングスカートの裾を引っ張る。

「あのね」
紅の目線に合わせてしゃがみ込む。
「お父さんはね、おしゃべりはしないけど、心でお話してるの。
それから、お父さんはいつも紅のことを考えているんだよ。
だから、紅はさみしくなんかないんだよ?」
にこっと笑って、紅の口の中にキャンディを入れてあげる。

「ふーん」
飴玉でほっぺたをふくらませながら、ベッドに横たわる父を見つめる。

人工呼吸機と点滴で生きている希美の夫。
医者からは、もう目を覚ますことはないだろうと宣告されている。
それでも希美は幸せだった。
夫がそこにいてくれるだけで、ただそれだけでよかった。
親子3人つつがなく一緒にいられる幸せを、希美ははじめて味わっていた。

窓から届く爽やかな海風が、3人を優しく包んだ。

 〜完〜
56 名前:名無しさん 投稿日:2000年10月28日(土)07時03分57秒
素晴らしいっす。
言葉が足りないかもしれませんがそれ以外のコトバは浮かんでこないです。
しかし6年後といっても希美は19・・・
57 名前:名無しさん 投稿日:2000年10月29日(日)06時27分17秒
作者さんお疲れ様でした
良かった…
58 名前:作者。 投稿日:2000年10月29日(日)15時42分23秒
応援してくださった方々に感謝です。
最後まで読んでくれてありがとう。
59 名前:あなざあ作者なのれす 投稿日:2000年11月13日(月)23時25分00秒
遅ればせながら読破させていただきました。
アナザーのほうはあのあと続きを書いたのですが、話がまとまりそうにないのでまだアップできません。
それにしても石川よりも平家さんよりも不幸な辻・・・
60 名前:作者。 投稿日:2000年11月13日(月)23時40分17秒
あなざあの作者さんへ

お久しぶりです。
2chで続きをアップするのでしょうか?
楽しみにしております。

ちなみに、やはり昼ドラはハッピーエンドはないかな・・・ということで、
最初から辻には不幸になってもらう計画でした。

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