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「ひまわり」(完全版)

1 名前:ぺったんこ 投稿日:2000年09月27日(水)02時04分58秒
みなさまご無沙汰しております。いろいろありまして、しばらく筆を置いておりましたが、
また書き始めることにしました。で、まずは手始めに、この場所で、書きかけたまま放置
炸裂だった「ひまわり」を完成させました。皆様からあたたかいお言葉を頂戴しながら、
自分自身テンションが上がらず、なかなかご期待に応えられずにいましたが、少し精神状
態も持ち直しましたので、がんばってみました。すでにスレッドがあるので、そこに続き
をとも考えたのですが、再度、頭からきれいな形で読んでいただきたいと考え、タブーで
あるとは承知の上で、新スレを立てさせていただきました。尚管理人さま、問題ありまし
たら、ご指摘くださいませ。それでは、行きます。
2 名前:ぺったんこ 投稿日:2000年09月27日(水)02時06分41秒
それじゃいきます。いちごま小説四十五番煎じ(推定)。
みなさんの頭の中に、夏の景色がパーッと広がっていく事を祈りつつ…
3 名前:ぺったんこ 投稿日:2000年09月27日(水)02時07分23秒
≪夏休みぃぃぃっ まき≫
唐突にメールが入って、サヤカは苦笑い。
「なんだ、こりゃ」
しばらくディスプレイを見つめていると、また着信。
≪7がつにオフがあるらしい まき≫
「ほぉーっ」
サヤカは感嘆の声を上げ、ベッドに寝そべる。夏にオフがあるなんて、
今のモーニング娘。には考えられない事。サヤカは、自分がいた頃に
はそんなモノなかったのに。くそぅ…と、唇を尖らせる。
≪どっかいこーよ まき≫
「どっかって、ドコなんだよ…」
サヤカの顔が、なぜかほころぶ。そして、とうとうメールを返す。
≪仕事終わったら電話してこーい さや≫
なんと、メール打って1分。着メロ炸裂。
4 名前:ぺったんこ 投稿日:2000年09月27日(水)02時07分57秒
「もしもしぃ」
「はえーよ」
「ンハハハハ」
「仕事は?」
「今、終わったトコ」
「そっか。みんな元気にしてる?」
「うん。めっちゃ元気だよ、みんな」
「新メンバーは…」
「うん。だいぶ打ち解けてきたよ」
「そっか…」
なぜかちょっと、しんみりモードのサヤカ。
「ねー、メール読んでくれた?」
サヤカ、後藤の声に我に帰る。
「おー。夏休みあるんだって?」
「3日もだよ。スゴクない?」
「すげーよ。マジで。何?モーニングってそんなヒマなの?」
「なんかねー、これから先、ほとんど休みないんだって」
「マジで?」
「うん」
「じゃあ、この休みってメチャメチャ貴重じゃん」
「そーだね」
「じゃあさ、ゆっくり身体休めないとねー」
「ヤ」
「…ヤ。つっても…」
「いちーちゃんと旅行するんだもーん」
「え?決定なの?」
「うん。だいけってーい」
5 名前:ぺったんこ 投稿日:2000年09月27日(水)02時08分41秒
「…ワタシの都合とかは聞かないのかよ…」
「あ…」
「…で、日にちは?」
「えぇっとねー…七月の…いつかとむいかとななにち」
「ワルイ、後藤…」
「え?ダメなの?…」
「…バリバリあいてる」
「ムモーッ」
「…ンフフ…なんだよムモーって」
「いや…ただ、なんとなく…」
「フフフ…なんだそれ…」
「ねー、いいでしょー。いこーよー」
「…しょーがねーなー」
サヤカの表情が、一瞬曇った。
「…まぁ、いろいろ話したいコトもあるし…行っちゃうか」
「ぃえーい!」
「で…行き先は?」
「…え?行き先って?」
「怒るよ」
「ってゆーかー、いちーちゃん決めてよ」
「ワカンないよー、そんなの」
「…じゃあイナカ!」
「イナカぁ…?」
「そう。ワタシあんまりイナカって行った事ないし、どんなトコかなー
 って思って…」
「イナカかぁ…」
「…ダメ?…」
6 名前:ぺったんこ 投稿日:2000年09月27日(水)02時09分18秒
「…そうだ。うちのばーちゃん家行くか」
「え?いちーちゃんのおばぁちゃん?」
「そう。あそこならかなりイナカだし、知らない場所よりはいいかも知
 んないね」
「じゃーそこ」
「…マジで?」
「マジだよぅ。ってゆーか、いちーちゃんと一緒だったらどこでもいい」
「…そっか。解った。じゃあ、また連絡するよ」
「うんっ」
「それまで、仕事がんばんだぞ。あと…みんなにもヨロシク」
「わかった」
電話を切って、サヤカはおもむろに立ち上がる。そして、本棚の一番端
っこで窮屈そうにしている、薄紫色のアルバムを抜き出した。
「…あった」
アルバムの最後近くのページに貼ってある、1枚の写真。
思い立って見るたびに、サヤカの胸に鮮明に蘇る風景。
「…ひまわり、か…」
部屋の片隅には、久しぶりにクローゼットから出した、ブルーのスーツ
ケース。
「…後藤」

たった3日の夏休み。嬉しくて、楽しくて、そして切なくて…
でも、いつまでも忘れられない夏休みだった。
7 名前:削除済み 投稿日:2000年09月27日(水)12時18分04秒
削除済み
8 名前:ぺったんこ 投稿日:2000年09月27日(水)02時14分04秒


「んーっ…やっとついたねー」
2両編成の空色の列車から降りて、後藤は大きく伸びをする。ホームの
アスファルトに、7月の太陽の光が反射する。梅雨もまだ明けきっては
いないというのに、すっかり、夏の日差しだ。
「あっちぃなーっ。ヤバイね、この暑さ」
サヤカは首に巻いたタオルで額の汗を拭う。
「でも、東京の暑さとはちがぁう。なんかカラっとしてるよ」
後藤は目深に被っていた帽子を脱いで、胸の前あたりでパタパタと扇ぐ。
「そぅかぁ?ってゆうか、暑すぎ。早く行こうよ」
「うんっ」
2人は持っていた切符を古びた木箱に入れ、改札を出た。一応は整備さ
れている駅前のロータリーだが、車も人もほとんどいない。
「ねぇ、いちーちゃんのおばぁちゃん家って、どこにあんの?」
後藤は駅前にある大きな観光地図を見上げる。
「…ここからバスで30分くらいかな」
「結構遠いんだねぇ」
「けっこうじゃない。カナリ遠いよ」
「でも、のんびりしてていい感じだよぉ」
「…そう?」
「それにいちーちゃんが一緒だし…」
「…おめぇ、ストレートだなぁ、感情表現」
「…ホントーに、いちーちゃんと二人っきりなんだね…」
「何言ってんの?」
「…なんか夢みたいだよ」
サヤカはちょっと照れくさくなって、思わず後藤の頭をポンと叩いた。
「…あ゛ーっ。にしてもあちぃよ。とりあえずは目的地まで行っちゃお
 うぜ」
「…うんっ」
9 名前:ぺったんこ 投稿日:2000年09月27日(水)02時14分55秒
セルリアンブルーの絵の具で描いたような青い空。そして、その中をゆ
っくりと流れて行く白い雲。全開にした窓から、少し生ぬるい夏の風が
吹きぬける。2人を乗せたおんぼろバスは、どこまでも続く田舎道を、
ただ淡々と進んで行く。
「…本当に、こんなトコで良かったのかぁ?」
一心不乱に窓の外を見つめ続けている後藤に、サヤカは声をかけた。
「…え?」
「本当はもっと違う場所の方が良かったんじゃないの?」
「いちーちゃん…」
「いくらワタシと一緒だって言っても、こんな何もないトコ…」
「…何言ってんだよぅ。イナカに行きたいって最初に言ったの、ワタシじ
 ゃん」
「それはそうだけど…」
「それに…いちーちゃんと二人っきりでいられるんだから、行き先はどこ
 だっていいの…」
「後藤…」
その会話を最後に、しばらくは無言のままだった二人を乗せたバスが、停
留所に着く。ディーゼルエンジンの大きな音と、灰色の煙を残して行って
しまったバスを、見送る二人。
「さぁ、少し歩くよ」
サヤカは後藤の両肩をポンと叩く。陽炎の中、二人はゆっくりと歩き出し
た。
10 名前:ぺったんこ 投稿日:2000年09月27日(水)02時15分55秒


「おじゃましまぁす」
「はい、いらっしゃい」
後藤は、サヤカの祖母の暖かい出迎えに、ちょっとはにかんだ。
「サヤカ、離れの部屋、好きに使ってええからな」
「うん。ありがと。ばぁちゃん」
大きな玄関を上がり、板ばりの長い廊下を抜け、広い居間へ。
「わぁっ!」
後藤が思わず声を上げる。縁側からは、キラキラと輝く海が見える。
「海だよ、いちーちゃん、海、うみ」
「そりゃ海くらいあるよー、イナカだもん」
「早く行きたいぃ」
「そんな焦んなって。荷物置いてさ、ちょっと休憩したら行こうよ」
「うんっ」
居間ほど強烈ではないものの、この離れにも小さな縁側が付いていて、そ
こから、海の景色は十分に楽しめる。後藤は、嬌声を上げながら、縁側に
仁王立ちになった。サヤカは扇風機のスイッチを入れながら、そんな後藤
の様子を笑顔で見つめている。
「…喜んでくれた?」
サヤカは後藤の横に立ち、後藤の肩を抱く。
「…もう最高ってゆー感じ」
「ってゆーかさ、とりあえず、カバンくらい置いちゃえよ」
「あ…忘れてた」
11 名前:ぺったんこ 投稿日:2000年09月27日(水)02時16分26秒
とりあえず、荷物をほどき、長旅の疲れを癒す。母屋に戻ったサヤカを見送
った後藤は、思わず横になり、大きく一つ伸びをする。相変わらずの忙しい
日々。睡眠時間もほとんどなく、いつも何かに追いまわされているように落
ち着かない毎日が、まるで嘘のように、今、後藤は緩やかで穏やかな時間の
流れの中にいた。目を閉じる。聞こえてくるのは遠くの波の音と、扇風機の
羽の音だけ。やがて、後藤は、安らかな夢の世界に誘われていった。
「後藤…」
麦茶の入ったボトルとグラスを持って帰ってきたサヤカは、後藤の、その子
供のような寝姿を見て、思わず微笑む。そして、テーブルの上にお盆を乗せ
ると、そっと、後藤の横に寝そべった。後藤の寝顔を見ながら、後藤と過ご
していた懐かしい日々を思い出す。
「後藤…がんばってるんだね…」
サヤカは、眠っている後藤の頭を、いとおしく撫でながら、そっと呟く。
『もう、私は前のように、後藤を毎日励ましたりする事はできないけど…
 疲れきってるこのコを癒してあげたい…』
そんな事を考えながら、いつしかサヤカも眠ってしまっていた。静かに、本
当に静かに、二人だけの時間は流れていく。
12 名前:ぺったんこ 投稿日:2000年09月27日(水)02時17分05秒
―――「ンフフフ…」
鼻のあたりにむず痒さを感じて、サヤカは目を開けた。目の前には、鼻の頭
を人差し指でつつきながら、悪戯っぽく笑っている後藤の顔。
「やっと起きたぁ。ていうか、なんでいちーちゃんが横に寝てんの?」
「おめーが寝てたからだろー」
そう言ってサヤカも、後藤の鼻をギュッとつまむ。
「…いちーちゃんさぁ、なんか、顔変ったよね」
「…そっかぁ?」
「なんかねー、オトナの顔になったよ」
「なんだよー、大人の顔って」
「わかんないけどさ。なんか…なんか、オトナっぽいっていうか」
「…そうかな…」
「…ひょっとして彼氏とか…」
「んなワケねーだろ」
「…そっか」
後藤は仰向けになり、大きな天井をじっと見つめた。
「…よかった…」
「へ?」
「…ううん。ねーそれより、海行こうよー」
「うーん…よっしゃ、行くか」
「ぃえーぃっ」
13 名前:ぺったんこ 投稿日:2000年09月27日(水)02時17分30秒
海沿いの道を少し歩いて、二人は海岸にやってきた。海水浴場という訳でも
なく、ただ、白い砂浜だけが延々と続く浜辺。まるで、二人だけのプライベ
ートビーチみたいだ。
「全然、人いないね」
「好き好んで、こんなイナカ来る人いないからねー」
そう言ってサヤカは髪をかきあげる。少し伸びた髪がサラサラと風になびく。
「泳ぎたいなー」
「じゃあ、明日は泳ぐか」
「もうね、ワタシ思いきり焼いちゃう」
「それはヤバイだろ。山本さんに怒られちゃうぞ」
「いいんだもん」
「大丈夫なのかぁ?」
「だって…夏休みの思い出…作りたいんだもん、いちーちゃんと」
「…後藤」
サヤカが後藤をじっと見つめた。後藤もサヤカをじっと見つめた。さっきよ
りも、二人の影が少し長くなっていた。
14 名前:ぺったんこ 投稿日:2000年09月27日(水)02時18分19秒


「サヤカ、お風呂沸いてるで、一緒に入って来ればええ」
食事を終えた二人に、サヤカの祖母が言う。
「一緒にお風呂入るなんて、めっちゃ久しぶりじゃない?」
着替えを持って、浴室に向かう長い廊下を歩く二人。遠くでは蛙の大合唱が
聞こえる。
「…あのほら、ツアー先の露天風呂で…」
「あぁ、後藤がのぼせて気分悪くなっちゃった時だ」
「ハハハハ、私、出口のところで、ハダカで寝てたんだよね。気持ち悪くって」
二人だと少し狭い脱衣場で、身体を擦りあわせるように服を脱ぐ。別に照れ
る間柄でもないのだけど、お互いの事をあまり見ることなく、さっさと二人
は浴室に入っていく。
「ぅわーっ」
後藤は思わず声を上げた。
「広いお風呂ぉ」
「余裕で泳げるぜ」
つま先で湯加減を確認してから、後藤はちゃぽんと湯船に入る。ちょっと熱い
けれど、豪華な風呂に少し興奮気味の後藤にはあまり感じない。軽くかかり湯
をしてから、サヤカも後藤に続いて湯船に浸かる。
「後藤」
湯船の一番端っこから、今まさに泳がんと身構えていた後藤を、サヤカが呼ん
だ。後藤はじゃぶんとけのび″をし、サヤカのそばに身を寄せた。
「今ちょっと思ったんだけどさ…」
サヤカは後藤の胸元に視線を落とす。
「おめー、おっぱい大きくなってないか?」
「…わかる?」
後藤は上半身だけ湯船から出し、胸を張って見せた。
「今まで付けてたブラがね、さいきん窮屈になってきた」
「…成長してんだね、確実に」
サヤカはしみじみと、後藤の胸の膨らみに手を添えながら呟く。
「…なに勝手に触ってんの?」
後藤はそう言いながらも、手を払いのけようとはせず、そのサヤカのしみじみ
ぶりを面白そうに眺めていた。
「…いちーちゃんは? おっぱい大きくなったの?」
「え?」
サヤカは、上目遣いに恐る恐る後藤の顔を見る。
「いちーちゃんのも見せてよ」
「…ヤだよ」
「ずるいよぉ。私のだけ見て触ってさぁ、私にも見る権利あるもーん」
「…しょうがないなぁ」
サヤカは湯船の中でひざ立ちになる。サヤカの上半身が湯船から浮かび上がる。
「…うーん…」
そう言って、サヤカと同じように、後藤もサヤカの胸の膨らみにそっと手を触
れた。
「…ていうかさ、前いちーちゃんがどんなおっぱいだったか、解んないからさ、
 よく解んないよ」
「怒るぞ、おめー」
そう言ってサヤカは後藤の脇のあたりをくすぐった。
15 名前:ぺったんこ 投稿日:2000年09月27日(水)02時19分02秒
「なにこれぇ?」
長い入浴を終え、ややのぼせ気味で部屋に戻った後藤は、その部屋の異変に目
を丸くした。
「…オリ?」
天井から得体の知れない緑色の物体が吊るされてあり、ぐるりと二人の眠る布
団の四方を囲んでいる。後藤には、理解しがたいシチュエーションだった。
「これは蚊帳だよ」
サヤカがコップに麦茶を注ぎながら言う。
「かや?」
「まぁ、早い話が虫除けだね。ほら、窓開けて寝るじゃん。だから蚊とかがバ
 リバリ部屋の中に入ってくんだけどさ、この中には入って来れないから。だ
 から、蚊に刺されないと」
「へぇ」
そう言って後藤は早速、蚊帳の中に入る。
「ぅわ、なんかお姫様の寝室みたい」
「なんだよ、それ」
サヤカは笑って麦茶を飲み干し、自分も蚊帳の中に入った。しばらく寝そべっ
てゴロゴロと動き回っていた後藤だったが、やがてその動きが遅くなり、つい
には動かなくなった。
「…後藤…眠いの?」
「…うーん」
「今日は長旅だったしな…よし、今日はもう寝るか」
そう言ってサヤカは電気を消し、布団に潜り込んだ。横では、早くも後藤が気
持ちよさそうに寝息を立てている。サヤカはそっと起きあがり、後藤の寝顔を
そっと見つめる。
『私が抜けて、いろいろ疲れる事も多くなったんだよね…ゴメンね…後藤…』
サヤカは少しブルーな気分で、でもいとおしい気持ちで、後藤を見る。
「…んー…いちー…ちゃ…」
心地よい夜の風が吹きぬけ、二人を優しく包み込んだ。
16 名前:ぺったんこ 投稿日:2000年09月27日(水)02時19分36秒


スズメの鳴き声と、少しあいたカーテンからさし込む朝の光で、サヤカは目を
覚ます。かたわらには、ぴったりと身を寄せて眠っている後藤がいる。サヤカ
はなんとも言えない幸せを感じながら、少し微笑み、後藤の身体を包み込むよ
うに抱きしめる。目覚まし時計のいらない朝を、久しぶりに後藤に味あわせて
あげたくて、サヤカは、自らももう一度目を閉じた。どれくらいの時間が経っ
たのだろうか。古い木の扉のゴトゴトという開閉音に二人はやっと目を覚ます。
「よう眠れたかい?」
サヤカの祖母が蚊帳を外しながら言う。まだ布団の中でモゾモゾとしている二
人は、揃って
「うーん」
と呟き、寝転んだまま大きく伸びをする。
「…もう11時だよー」
「ヤバイね。寝すぎ」
「でもなんか、疲れ取れたぁって感じ」
起きあがった後藤は両手を上に挙げる仕草をして見せる。
「朝ご飯は?」
サヤカの祖母の問いかけに、両手を挙げたまま、後藤はサヤカの顔を見る。
「あ、このコ、朝はあんまり食べられないんだ」
「…すいません…」
「そうかい…じゃあ、西瓜でも切ろうかね」
「え?スイカ?」
「嫌い、かね…」
「あ、いや…スイカなら食べれます」
「そりゃあ良かった。じゃあ切ってくるな」
「裏の畑で取れたスイカだからな、マジうめーぞ」
サヤカは後藤の太もものあたりをポンと叩く。
「うそうそっ!早く食べたぁい」

今日もいい天気だ。
17 名前:ぺったんこ 投稿日:2000年09月27日(水)02時20分19秒
後藤は人差し指で種を器用にほじくり出し、種がほとんど見えなくなったと
ころで、シャリシャリと西瓜の実にかじりつく。
「いい食べっぷりだね」
「スイカ、いちばん好き」
一心不乱に赤い実をかじる後藤に、サヤカが微笑む
「さぁ、今日は何するかな」
半月型の西瓜を一切れ食べ終え、タオルで口の周りを拭いながら、サヤカ
は後藤を見た。後藤は早くも三切れ目に手を伸ばしている。
「ひょうはほひょふぅ」
口の中に西瓜が入ったまま話す後藤。
「はぁ?なんて?」
「…今日はね、泳ぐ」
「…そうだね。天気もイイし、海行って泳ぐか」
「うんっ」
「じゃあさ、スイカ食ってないで用意しなよ」
「うーん…コレ食べてから」
「…スイカ女だな、まさしく」
ようやく西瓜を完食し、後藤はバッグから水着を取り出す。
「おぉ、カワイイなぁ、水着」
サヤカは、後藤が広げて見せた水着を見ながら声を上げる。
「こないだ、なっつぁんと買い物行ったときにね、買ったの」
「じゃあ、なっちも買ったんだ。水着」
「ううん。なっつぁんはね、結局買わなかった。水着着る勇気ないんだって」
「…なっちらしいね」
「ハハハハ」
「ねー、それよりさ、ちょっと後藤、着替えて見せてよ」
「えー…なんか恥ずかしいな」
そう言って後藤は、下を向く。
「なんでだよー。ハダカは見せんのに、水着は恥ずかしいのかよー」
「だってさぁ…そうだ。いちーちゃんも着替えてよ。見せ合いっこしよ」
「え゛ーっ!なんでだよー」
「いいじゃんかー。ね、そうしよ」
「…しょーがねーなぁ。じゃあさ、ちょっとこのスイカ、向こう持ってって
 来るからさ、その間に着替えときな。ワタシも向こうで着替えてくるから」
「うん」
サヤカはバッグから水着を取りだし、スイカの皮の乗ったトレーの上に水着
を乗せ、部屋を出た。後藤は、おもむろにシャツとスウェット、それに下着
を脱ぎ去ると、ゆっくりと、コーラルピンクのワンピースの水着を身に付け
る。
「…なかなかイイかも…」
後藤がそうひとりごちた時、赤い水着を着たサヤカが戻って来た。
「ぉお」
二人はほとんど同じに声を上げる。
「メチャメチャかわいいよ、後藤。よく似合ってる」
「いちーちゃんの水着もカワイイよぅ」
お互い、褒め合って少し照れくさくなる。
「じゃあ行くか」
「うん」
18 名前:ぺったんこ 投稿日:2000年09月27日(水)02時20分58秒
このまま時が止まってしまえばいいのに…
ものすごくありふれているけれど、海へと向かう一本道を歩く後藤の背中
を見ながら、サヤカは心の底からそう思っていた。夢も大切だった。けれ
ど、後藤と過ごす時間は、もしかしてそれよりも、もっともっと大事な事
だったんじゃないか。今更ながらそんな事を感じたりして、サヤカは少し
ブルーになる。
「…いちーちゃんっ、早くぅ」
少し足取りの重くなったサヤカを、後藤が促した。サヤカはそんな無邪気
な後藤の笑顔が、いとおしくてしょうがなくなる。
「後藤…」

やがて二人の目の前に、キラキラ光る青い海が見えてきた。
19 名前:ぺったんこ 投稿日:2000年09月27日(水)02時21分40秒
しばらく水遊びをして、少し疲れた二人は、砂浜に広げたビニールシート
に横たわる。真昼の太陽が、ジリジリと砂浜に照りつける。
「…本当に焼いちゃうの?」
サヤカは首だけ横に向け、後藤に聞く。屋外ロケやプライベートで日焼け
はご法度。スタッフが何度も何度も注意してきた事だった。サヤカも、そ
の注意をイヤと言うほど聞いてきた。だから、後藤の行動を気にせずには
いられない。
「うん」
「ホント怒られないか?グラビアとかもあるんでしょ?」
「いいの。おもいでなんだもん…」
「…後藤…」
「いちーちゃんと過ごした、夏のおもいで」
「でもさ…」
「もうこれが最後だって思うから…」
「え?…」
「いちーちゃんとさ、こんな風にいるのって、これが最初で最後だって。
 なんとなくね、そんな気がするんだ」
「……」
「だから。後のコトとか、なーんにも考えないで、いちーちゃんとさ、思
 いっきり楽しみたいんだぁ」
「……」
「…いちーちゃん、泣いてんの?」
もうサヤカには、言葉はなかった。後藤のその言葉に涙がこぼれる。
「…バカヤロゥ、泣いてねーよ。ちょっとゴミが入ったんだよ…」
「…ヘンなのー」
後藤がサヤカの方に顔を向ける。後藤が笑う。サヤカも笑う。サヤカは後
藤の鼻の頭に、自分の鼻の頭をピッとつける。

「…チュウしていい?」
サヤカが言う。

「…いいよ」
後藤が答える。

「…」
「…」

海風と波の音だけが、唇を重ねた二人を優しく包み込む。サヤカが後藤に
抱いたのは、恋愛感情なんていう簡単ものじゃなかった。そんなものを一
足飛びに超えてしまったところにある、もっともっと深い「愛情」。

だから、サヤカにとって、これは≪キス≫じゃなく、≪チュウ≫だった。

20 名前:ぺったんこ 投稿日:2000年09月27日(水)02時22分25秒


「じゃーん」
夕食を済ませ、部屋に戻ったサヤカが、スーパーのビニール袋から取り出
したのは、花火の詰め合わせ。
「はなびだぁ!」
後藤の目がらんらんと輝く。
「これからさ、浜行ってやろうぜ」
「うんっ」
「それと…」
サヤカは押入れをすっと開ける。
「ばぁちゃんにね、作っといてもらったの」
「ゆかただぁ!」
「でも、ちょっとサイズがね…昔の後藤の体型しか解んなかったから、合
 わないかも知れないんだけど」
「ねぇねぇ、早く着たいよぅ」
「解った。じゃあ、ばぁちゃん呼んでくっから、ちょっと待ってて」
「うん」
鏡の前。紺色に朝顔の柄。桃色の帯。とても嬉しそうな微笑み。少し大人
びた感じ。サヤカは浴衣を着付けてもらっている後藤のことを見ながら、
たまらない気持ちになる。

『今日言わなきゃ…辛いけど…今日言わないと…』
21 名前:ぺったんこ 投稿日:2000年09月27日(水)02時22分58秒
夜の海。波の音以外には何も聞こえない。街灯の薄明かりだけを頼りに、
砂浜を歩いてきた二人は、花火の袋を破る。着火用のろうそくに火を灯す
と、お互いの姿が暗闇にぼんやりと映った。
「どれからする?」
「そりゃやっぱ、これでしょう」
そう言って後藤は【スターマイン15連発】と書かれた筒型の花火に火を
つける。
「ひゃーっ!」
後藤は嬌声を上げながら、花火を自分の体からなるべく遠ざけるようにし
て持ち、波打ち際の方へと走って行く。筒の先から飛び散る火花に大喜び
の後藤。サヤカも大笑いしながら後藤のほうに駆け寄って行く。
「これヤバイよー」
「激しすぎって感じぃ」
ネズミ花火に煙だま。ロケット花火に落下傘。打ち上げ花火に仕上げはド
ラゴン。興奮と爆笑のうちに、大きな袋に満杯だった花火も、残りわずか。
せんこう花火をあと数本残すのみとなってしまった。花火の残りが少なく
なるにつれ、さっきまでの騒ぎが嘘のように、二人は静かになる。サヤカ
がゆっくりとせんこう花火に火をつける。後藤もそっと、花火をろうそく
に近づける。チリチリと火花を出しながら、健気に灯りを放つ花火を、し
ばらく二人はじっと見つめたままでいた。
22 名前:ぺったんこ 投稿日:2000年09月27日(水)02時23分34秒
「ねぇ、後藤…」
花火の火種が砂浜の上にポトリと落ちたとき、サヤカの声がした。すぐに
後藤の花火も火が消える。
「実はさ…」
さっきまではあまり感じなかったのに、今はやけに波の音が耳につく。
「ばぁちゃんがね…久しぶりに会ったんだから、もうちょいゆっくりして
 けって…」
「……」
サヤカは、ちょっと気まずそうに後藤の顔を見る。何も見えるはずはない
のに、後藤は真っ暗な海の向こうを見ている。
「…ほら、モーニングやってた頃はさ、こうやってゆっくりばぁちゃんと
 過ごすなんてなかなかできなかったしさ、それに…」
「いいよ」
「え?」
一点を見つめたままの後藤が、いつもの調子で言う。
「…いちーちゃんのおばぁちゃん、いちーちゃんに会えてなんか嬉しそう
 だったし。あー、久しぶりに会えたからかなーって思ってたんだ」
後藤はサヤカの方に顔を向ける。予想外にさばさばした感じの表情に、サ
ヤカは拍子抜けした。
「大丈夫だよー、ひとりで帰れるよぅ。だから心配しないで。ね、いちー
 ちゃんは、おばぁちゃん孝行してあげて」
「ありがと…後藤」
「でも、なーんか、あっという間だったなぁ…もうちょっとこうやってた
 かったな…」
後藤は唇を尖らせる。
「…でも、いちーちゃんとこうやって過ごせて、良かったよ。本当、心の
 底からねぇ、そう思うよ、後藤は」
「後藤……」
サヤカは後藤の顔をまともに見る事ができない。そして、言わなくちゃい
けなかった事のもう半分は、とてもじゃないけど言う事ができそうになか
った。
「花火、もう一本残ってるよ」
後藤は袋の中に残っていた、最後のせんこう花火を取り出し、火をつける。
チリチリと小さな音を立て、一生懸命に光を放つ。花火を持つ後藤の右手
に、サヤカはそっと自分の右手をそっと重ね合わせ、後藤を見つめる。
「ねぇ…後藤」
「なに、いちーちゃん?」
「……ね、見て、この花火」
「うん」
「…このせんこう花火のこと、いつまでも、いつまでも、二人だけの思い
 出にしようね」
「…いちーちゃん…」
「…約束…だからね…」
「…うん」
満点の星空の下、最後の花火は静かに燃え尽きていった。

23 名前:ぺったんこ 投稿日:2000年09月27日(水)02時24分17秒


「…いちー…ちゃん?」
不意に伸ばした手の先に、そこにあるはずのぬくもりがない。寝ぼけマナ
コの後藤は、身体を起こし、不安げにキョロキョロと辺りを見回す。白々
と明け始めている空。サヤカは小さな縁側に一人腰を下ろして、ただじっ
と、遠くの空を見つめていた。後藤は反射的に枕もとの時計に目をやる。
5時ちょっと過ぎ。早起きというには、あまりに早過ぎる時間だった。
「あ、起きちゃったんだ。ゴメン…」
サヤカは、少しうつろな瞳で後藤の事を見た。
「…もしかして、寝てないの?」
「…なーんか、目が冴えちゃってね。花火やりすぎて興奮しちゃったのかな」
「そっか…ふぁ〜…」
後藤は、一つ大きなアクビをする。思わず苦笑するサヤカ。
「…眠い?」
「そりゃ眠いよぉ、だって、まだ5時だよ」
「ねぇ、後藤…」
「なに?」
「ちょっとさ、後藤に見せたいものがあんだよね」
「えー、なになに?」
「もうちょっと明るくなったらさ、付き合ってくれない」
「え?どっか行くの?」
「…うん。後藤にね、見せてあげたいの。ワタシの、大事な思い出」
「じゃあ、今行こうよ」
「え?」
「せっかく早起きしたんだし」
「…そーだね。じゃ、行くか」
「うんっ」
24 名前:ぺったんこ 投稿日:2000年09月27日(水)02時24分51秒
起きたままの姿で家を出た二人は、早朝の静かな田舎道を、二人並んでゆっ
くりと歩いて行く。途中、後藤は何度かサヤカに話しかけようとしたが、サ
ヤカのシリアスな表情が、それを思いとどまらせていた。だんだんと姿を現
してくる夏の太陽の下、10分ほど歩いた頃、不意にサヤカが立ち止まった。
「後藤、ちょっと目つぶってくれる」
「え?」
「いいからホラ」
後藤はサヤカの言うままに、両目を閉じる。
「ワタシがイイって言うまで明けちゃダメだよ」
サヤカは目を閉じたままの後藤の両腕を支え、一歩、二歩と歩を進ませる。
「こわいよー、いちーちゃん!」
「だぁいじょうぶだから。ほら、もうちょっと」
やがて、サヤカの誘導が止まり、両腕が自由になった。
「…目、明けてイイよ」
サヤカの言葉に、後藤は恐る恐る目を開ける。一瞬、視界が真っ白になっ
て、そして、すーっと景色が見え始める。
「うわぁーっ!」
嬌声を上げた後藤の目の前には、朝の風に揺れている、たくさんのひまわり。
「ひまわりだぁ」
「どう…キレイでしょ」
サヤカは後藤の肩を抱いて、ひまわり畑を指さす。まるでサヤカと後藤の事
を歓迎するかのように、ひまわりたちはザワザワと音を立てた。
25 名前:ぺったんこ 投稿日:2000年09月27日(水)02時25分46秒
「ここが、いちーちゃんの思い出の場所なの?」
「そうだよ。ワタシの、大事な、大事な…思い出」
そこまで言って、サヤカは鼻の奥のほうがジーンとするのを感じていた。涙
がこぼれそうになるのを隠すために、サヤカはくるりと後ろを向く。ひまわ
り畑の方を向いている後藤と、ちょうど背中合わせになるような格好になり、
鳴き声を悟られないように、鼻をすすり、ひとつ咳払いをする。
「後藤」
「…ん?」
「いいからっ!そのまま。そっち向いたまま」
サヤカの声に思わず振り返りそうになる後藤を、サヤカが強く制する。
「…ワタシね、後藤に、ワタシの事忘れて欲しくないの…」
背中越しで、後藤は訳が解らないという表情を作る。
「後藤の中で、ずっと…ずっと…ワタシの事が残っていきますようにって…」
「何言ってるの?いちーちゃん。よく解らないよ」
「…このひまわりの事…ワタシの大事な思い出を、後藤に分けてあげたかっ
 たの。そうする事で、後藤はワタシの事、忘れなくなるって思ったの…」
二人を照らしていたお日様が、雲の陰に隠れる。そして、二人の足元を、強い
風が吹きぬけた。また、ザワザワとひまわりが音を立てる。
「…後藤…後藤はずっと後藤のままでいてね…」
「…い、いちーちゃん…」
後藤が不安げな声をあげたとき、不意にサヤカが振り返る。真っ赤になった瞳
に後藤は一瞬ギョッとする。構わずにサヤカは、後藤の身体をギュッと抱きし
めた。
「…ありがとう…ありがと…」
「…どうしたの?いちーちゃん、なんか変だよ?」
「…変だよね。ごめんね…ごめんね…」
暗くなった空から小雨が落ちてきた。まるで、サヤカの涙とシンクロするかの
ように…
26 名前:ぺったんこ 投稿日:2000年09月27日(水)02時26分35秒


「お世話になりました」
見送るサヤカの祖母に、後藤はぺこりと頭を下げた。朝降り出した雨は本降り
になり、屋根を叩いている。テレビでは台風が接近している事を伝えていた。
後藤は軒先で傘を広げると、もう一度祖母に頭を下げた。バス停までの道。無
言のままで、見送りのサヤカと並んで歩く。朝のサヤカの涙が心に引っかかっ
たままの後藤は、サヤカに上手く声をかけられずにいたのだった。まるで空の
ように、後藤の心もどんよりとしたままだった。古びたバス停の待合所。傘を
畳んで、二人並んで座る。それでもやっぱり、言葉は出ない。
「後藤、これ…」
そう言って、サヤカは薄ピンクの封筒を差し出した。
「…まだ、読まないで。後でさ、私と別れた後に…」
「…………」
ようやく、後藤の中で、サヤカの考えている事がイメージできた気がした。終
始、晴れやかではなかったサヤカの表情、ひまわり畑でのサヤカの言葉、渡さ
れた手紙の意味…
「…いちーちゃん…またすぐに会えるよね?…来年の夏もまた、二人でここに
 来れるよね?…ね?いちーちゃん…」
「…………」
「ねぇ、ねぇってば、いちーちゃん!」
泣きそうな後藤の声にも、サヤカは反応せず、黙ったままで、落ちてくる雨粒
を見つめていた。
「…どうして何も言ってくれないの…?」
言葉を出せば泣きそうだった。3日間の後藤との思い出を、涙で汚したくなか
った。だからサヤカは黙ったままだった。でも、後藤にその想いが届く事はな
い。それでもサヤカは、涙をこらえる為に黙っていた。
27 名前:ぺったんこ 投稿日:2000年09月27日(水)02時27分29秒
やがて、乾いたクラクションの音とともに、停留所にバスが滑り込んだ。カバ
ンを肩から下げ、淡々とバスに乗り込む後藤。サヤカも続いて乗り込もうと、
片足をステップに載せる。
「ここでいいよ。どうもありがとう」
不意に後藤が呟いた。
「私、もう一人で大丈夫だから。いちーちゃん、おばあちゃんのところ戻って
 あげて」
「後藤…」
「いちーちゃんはその為に、帰らないんでしょ。だから…」
「でも…」
「……いいからほら、早く降りてっ…」
強引にサヤカをバスから下ろし、後藤は中ほどの座席にドサッと座り込んだ。
サヤカは傘もささず、窓際に座った後藤の横顔をじっと見つめたままだった。
ドアが閉まる。そして、エンジンの音が大きくなって、バスがゆっくりと動
き出した。サヤカは、自分が黙っているせいで後藤の機嫌を損ねてしまった
事を激しく後悔していた。
「後藤…ごめん…」
濡れた身体も厭わず、サヤカは立ち尽くしていた。そして、行ってしまった
バスを見送る。涙で滲んだサヤカの視界に、バスの後ろの窓から大きく手を
振る後藤の姿が映る。後藤は笑っていた。
「後藤…」
気がつくと、サヤカは走り出していた。追いつくはずもないのに、バスの後
ろを追いかけて走っていた。後藤の姿がだんだんと小さくなっていく
≪あ・り・が・と・う≫
後藤がそう口を動かしていた。気のせいかも知れないが、サヤカにははっき
りそれが見えていた。サヤカは泣いた。声を上げて泣いた。

雨はまだ降り続いている。
28 名前:ぺったんこ 投稿日:2000年09月27日(水)02時28分09秒
―――――
Dear 後藤

まずは旅行、おつかれさま。
何にもない田舎で、退屈だったとは思うけど、まぁいい思い出はできたんじ
ゃないかな。なかなか東京じゃああいう雰囲気って味わえないと思うし。
ばあちゃんも、後藤の事すごい気に入ったみたいで、また絶対連れて来いっ
て言ってたよ。でも…その約束は当分果たせそうにない…

あのね、来週からアメリカに行く事になったんだ。ずっと言いつづけてた留
学の夢が叶う事になったの。本当は、もう少しいろいろ考えて、みんなにも
アイサツをちゃんとしてから行こうって思ってたんだけど、ホームステイ先
の都合もあったし、それに、みんなと会っちゃうと決心とか鈍るかなって思
って…でも、後藤にだけは会っておきたいって思ったから。たまたま、後藤
がどっか旅行行きたいって話をしたから、じゃあ、しばらく日本に戻って来
れないし、大好きなひまわり畑見に行きたいなって思ったんだ。本当は、3
日間の旅行の間にアメリカ行きの話をするはずだったの。でも、できなかっ
た。後藤の楽しそうな顔見てたら、なんか言い出し辛くって…それで、こう
やって手紙に書いて渡す事にした。今、夜中。隣で後藤が寝てる。かわいい
寝顔だよ(笑)

ごめんね。
こんな形でお別れなんて。
正直、一人ぼっちで留学に行くのはさびしいよ…自分で決めた道だけど、す
ごく不安でさびしい…
でも、最後に後藤と過ごせて、ちょっとホッとした気がする。後藤の楽しそ
うな顔とか声とか、私の中でものすごくパワーになったよ。これからいろい
ろあるだろうけど、夏の太陽の下で見た後藤の笑顔が支えになっていくと思
う。

後藤、本当にどうもありがとう。
しばらく会えなくなっちゃうけれど、私の事、忘れないでいて欲しい。
一緒に見たひまわりの景色と一緒に、私の顔とか私の声とか、私と過ごした
日々を、忘れないでいてね。
市井は、がんばるから。後藤も、がんばれ。

ふろむ 市井紗耶香
―――――
29 名前:ぺったんこ 投稿日:2000年09月27日(水)02時29分45秒
頬を伝って落ちた涙が、便箋に水玉模様を作って行く。

ターミナルまでの各駅停車。車両には後藤以外の客の姿はない。別れ際にサ
ヤカから託された手紙を読み、後藤は涙に暮れていた。気がついていた。最
後、バスに乗る時にはサヤカの考えている事が、なんとなく解っていた。で
も遅すぎた。それが後藤にとって心残りだった。便箋をたたみ、封筒に戻す。
そして、封筒を握り締めたままで、後藤は瞳を閉じた。脳裏に浮かぶのは、
つい数時間前に見た、畑一面のひまわり。そして、やさしく微笑むサヤカの
表情。
「…いちーちゃん…」

こうして、後藤とサヤカの短い夏休みは、静かに終わりを告げた。
30 名前:ぺったんこ 投稿日:2000年09月27日(水)02時30分47秒


「…おっ、後藤。めっちゃ焼けてるやん」
頭にカーラーを巻いた矢口が、控え室に入った後藤を珍しそうに見る。
「大丈夫なの、後藤? 怒られんじゃないの?」
保田が心配そうに後藤に近寄ってきた。後藤は、バッグを机の上にドサッと
置くと、テーブルの上のフルーツタルトに手を伸ばした。
「いいんだもーん。大事な大事な、夏の思い出なんだもんっ」
イチゴの部分をかじった後藤は、そう言って悪戯っぽく笑った。

FIN.
31 名前:ぺったんこ 投稿日:2000年09月27日(水)02時37分43秒
調べてみましたら、書き始めが6月28日。なんと3ヶ月もかかってしまいました。
梅雨どきという事もあり、少しでも夏の爽やかな雰囲気が出せれば・・・との思いで書き出したはず
なのですが、気がつけば秋です。いーみなーいじゃーん(ワラ
32 名前:ぺったんこ 投稿日:2000年09月27日(水)02時40分14秒
まぁ、その間、この板や2ちゃんねるでさまざまな動きがあったりして、また、「何とか
仕上げなければ」という重圧めいたものに、多少のイヤ気というか虚脱感を感じていた事
もあって、全く筆を取る気にはなりませんでした。
33 名前:ぺったんこ 投稿日:2000年09月27日(水)02時45分45秒
しかしながら、自分の拙文に対してレスを付けてくださる方がおられるのを見るにつけ、
あぁ、こんな事ではいかんのかなぁ…と、思い直しはじめました。そして、読んでくだ
さる人がいる以上、最後まで書き続ける事こそ、いろいろな状況を打破していく唯一の
方法なのではないか? ようやく目覚めた訳です。
34 名前:ぺったんこ 投稿日:2000年09月27日(水)02時46分57秒
相変わらずの拙文ではありますが、ご一読の上、また感想などいただければ幸いです。
35 名前:ぺったんこ 投稿日:2000年09月27日(水)02時48分34秒
今、サイトを立ち上げる準備をしていたり、何かと忙しい日々です。以前のように小説を
じっくり書くというのはキツイかも知れません。
36 名前:ぺったんこ 投稿日:2000年09月27日(水)02時51分07秒
しかし、またいずれ、新作を書き始める日がきっとくるはずです。その日まで、またしばらく
のご猶予を頂戴するかも知れません。でもまぁ、私は風来坊ですから、ひょっと明日あたりか
ら新作を書き始める事だって十分ありえますが(ワラ
37 名前:ぺったんこ 投稿日:2000年09月27日(水)02時52分03秒
その時はまた、かわいがってやってくださいませ。
それでは。
38 名前:ミラクルン 投稿日:2000年09月27日(水)07時49分04秒
お疲れ様です。
気になっていた続きを読むことができて、嬉しいです。
しかし、せつないなぁ・・・
いちごまとは(私的に)甘くせつないものだと、改めて思いました。
新作を読めることを願っています。
39 名前:Hruso 投稿日:2000年09月28日(木)01時01分05秒
お疲れさまでした。
ラスト近くのところで止まってて、もう更新されないのかと
がっかりしていたら続きが・・・。
甘さと切なさが両方あってすごい好きな小説です。
小説とか娘。とかに関係のあるサイトを作るのでしたら、
是非URLを教えて下さい。
40 名前:名無しさん 投稿日:2000年09月29日(金)00時43分28秒
本当にすごく良かったです。
せつなくて。なんか2人が目の前に浮かんできます。
また小説書いて欲しいです。
41 名前:名無しさん 投稿日:2000年09月29日(金)02時21分57秒
よかったです。面白かったです。
てきとーに書きたい時に書けばいいですよ、てきとーに。
それを「おおっ!」って読むだけだし。
良い作品に出会えると嬉しいね。
少なくとも俺には価値がある作品でした。謝々。
42 名前:名無しさん 投稿日:2001年02月21日(水)17時09分40秒
久しぶりに読んだらなかなか…
43 名前:名無しさん 投稿日:2001年04月08日(日)20時34分13秒
感動しました。その続き期待してます!!
44 名前:名無しさん 投稿日:2001年04月16日(月)22時31分10秒
初めていちごま読んだ。
ハマッてしまいそうだ…。

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