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マリオネット
- 1 名前:ミヤーン 投稿日:2000年10月24日(火)00時00分08秒
- けっきょくみんな、あやつられてた
- 2 名前:ミヤーン 投稿日:2000年10月24日(火)00時01分08秒
- サスペンスな感じの話しなので、人が死にます。
あしからず御了承ください。
- 3 名前:ミヤーン 投稿日:2000年10月24日(火)00時02分09秒
- ■ プロローグ
目の前に死があった。
その部屋に入ったとたん、鼻孔から肺へ侵入し胃を締め上げたそれは、間違いなく血の匂いだっ
た。淡色の部屋の床一面に広がった血液が、異常なまでの匂いを立ちのぼらせている。
「裕ちゃん…これ」
あたしのかたわらで、裕ちゃんは立ち尽くしたままだった。
メンバーの死。それを目の当たりにして、あたしたちはどうすることも出来ないでいた。
数秒開けて、裕ちゃんがあたしの声に反応を返した。視線がぶつかり合う。
あたしはどんな顔をしていただろう。恐怖。あるいはまだそれも表情に出来ていない、不安定な
ものだっただろうか。
「…どうしよう」
「死んでるか、…確認してみるしかないやろ」
裕ちゃんは抑揚無くそう言うと、無造作にその血液の出所へびちゃびちゃと足音を立てながら近
づいていく。
あたしは何度かもどしそうになりながら、裕ちゃんの背中を見ていた。
まだどんな感情も沸き上がってはこない。ただ裕ちゃんが機械的に手首を調べたり、首もとに手
をやったりしているその姿を、視界にとらえているだけだった。
背中とうなじを支えていったんそれを横に寝かせてから、裕ちゃんがこちらに振り返る。その両
手は真っ赤に染められていた。
「…裕ちゃん」
ゆっくりとうつむいていた顔を上げる。手でぬぐったのであろう、所々に血の跡が残っていた。
「あかん、…あかんわ。…死んでる」
どうしてだろう。裕ちゃんのその声を、ずいぶん遠くのように感じていた。
そのときあたしの耳に聞こえていたのは、心臓が悲鳴を上げるようにしてはやく打つ、その鼓動
だけだった。
- 4 名前:名無しさん 投稿日:2000年10月24日(火)00時02分22秒
- 2ちゃんでやってないか?すでに
- 5 名前:ミヤーン 投稿日:2000年10月24日(火)00時03分37秒
- >>2
dat逝きをくらいまして…。
- 6 名前:ミヤーン 投稿日:2000年10月24日(火)00時06分23秒
- ■ 中澤裕子 1
―― 平成12年5月初旬。
午前9時を少し過ぎたころ、中澤裕子は都内のあるビルの前にいた。
「中澤ゆうこ」としてである。
中澤はそのビルに見覚えが無かった。
モーニング娘。として各地を忙しく飛びまわっているのだが、そのじつ都内での仕事となると場
所はわりとかぎられている。レコーディングスタジオ、ダンススタジオ、記憶にあるかぎりのそ
のどれとも違う。
見知らぬ建物にいきなりひとりで呼び出される。そんなことは今回がはじめてだった。
そのビルは雑居ビルの中にあって見上げる程度に高く、灰色の壁面を伝うヒビも他に比べれば格
段に少ない。建てられてからあまり時間が経っていないのかもしれない。
前面に並んだ窓には張り紙も無く奇麗なままで、どの階にも企業が入っている雰囲気はなかった。
そのことは入り口でも確認することができて、埃にまみれたプレートが地下2階分を含めて10枚、
白いままで縦に並んでいた。
(ほんまにここで合うてんのかな)
もう一度ドアの上にあるプレートでビルの名前を確認する。間違い無かった。
タクシーに大体の場所とビル名を言って、その目の前で降ろされたのだから、中澤の方向音痴が
発揮される暇も無い。ここに呼び出されたのだ。
- 7 名前:ミヤーン 投稿日:2000年10月24日(火)00時06分54秒
- (いよいよあたしらも、来るとこまで来たんかなぁ…)
中澤の頭の中でモーニング娘。は、まだ「売れっ子」という状態に保護されていた。多少のミスも、
それひとつでは致命傷には至らないと。
しかし、それが必ずしも世間と一致しているとはかぎらない。
飽きられると落ちていくのもはやいこの世界だ。そろそろいろんな意味で体を張らなければなら
ない時期なのかもしれない。
そのビルを前にして、中澤はしばらくそんな考えをぐるぐると巡らせていた。定刻までまだ時間
の余裕があるのだ。
冷静になってみるとそれはおかしな話しだった。
見知らぬ場所に行きたくない。ただそれだけの些細なことで、いい大人が躊躇している。しかし
中澤には何かしら予感めいたものが働いていた。入ってはいけないと。
それは26年間の人生からつむぎ出された経験則なのかもしれないし、まったく違ったものなのか
もしれない。
けれどそれは確かにそこにあり、中澤の足を止めていた。
(でも結局は行くしかないねんけど)
市井紗耶香の脱退が公式に発表され、新曲も前の2曲に比べるとその出足は明らかに悪い。
失速感がまったく無いとは言いきれないこんな状況の中、中澤個人に行動と選択の自由があるは
ずはなかった。
結局リーダーであり年長者であることで自らを説得して、中澤はドアに手をかけていた。
- 8 名前:ミヤーン 投稿日:2000年10月24日(火)00時07分58秒
- ■ 中澤裕子 2
「あれ、裕ちゃん?」
意を決していたわりにいざとなるとなかなかドアを開けられず、そのまま固まっていた中澤は声
をかけられた。聞きなれた声。それは保田圭のものだった。
「なんや、圭坊か」
両手にコンビニのビニール袋を下げた保田のいつも通りの姿に、緊張が一瞬にして解けていくの
がわかった。それを小さな安堵のため息と一緒に体外へ吐き出す。
「なに、裕ちゃんもここに用あんの?」
中澤が手をかけたままになっていたドアを、ビニール袋をいったん持ち直してから、指差してそ
う言った。
中澤は「これ?」とビルに目をやって、
「なんか昨日きゅうに電話が入ってな。スケジュール変更、ここに来いて言われたわけ。あれ、
あんたもなん?」
「うん、呼ばれてるよ。プッチで」
数分前に中澤を悩ませたことは杞憂に終わったようだ。
プッチで呼ばれているということは少なくとも市井と後藤が来る、あるいは来ているはずだ。数
いれば安心ということでもないのだが、中澤にとっては心強い味方に違いなかった。
「紗耶香と後藤はもう来てんの?」
「中にいるよ。で、ほれ」
と言うと保田はヒョイと両手を持ち上げて、ビニール袋に詰まったお菓子を主張した。
軽めのスナックから箱入りのチョコレート、中澤の見たこともないような赤く着色されたスルメ
みたいな物まで入っている。おそらくは後藤のリクエストなのだろう。
「めずらしいね、あんたがパシリするなんて」
「や〜、今日財布の中身確認しないで家出ちゃってさ。紗耶香にちょっと借りてんだよね。その
かわりにってことで」
「ふ〜ん」
さきほどとはうってかわって軽い気持ちで、中澤は腕に力を込めた。
- 9 名前:ミヤーン 投稿日:2000年10月24日(火)00時09分00秒
- ―― ビルの中。
蛍光燈の明かりが通路全体を冷たく照らしている。そこは意外なほどせまく、そして何も無かっ
た。
ビル自体の壁面にあたる右側には一定の間隔をあけて小さな窓が取り付けられている。しかし左
側にはドアがひとつ、ちょうど通路の中点の位置にあるだけで、アイボリーの壁が奥まで続いて
いた。
「なんなん、ここ」
入り口に立ち止まり、保田が入ってくるのを待ってからそう言った。
ひと気の無い建物というのは、どれもこんな無機質な感じなのかもしれない。ただここが特別そ
う感じられたのは、人がいたという気配がまったく無かったからだった。
床にはゴミのひとつも落ちておらず、うっすら積もった埃に足跡が残っているだけだった。それ
もプッチの三人のものなのだろう、数は少ない。
ここにはビルとして使われていたという形跡がないのだ。
「さあ、なんか使われてなかったみたいでしょ? ずっと」
「うん」
歩く中澤のミュールからの残響音だけがやけに聞こえている。見ると保田は服装とのコーディネ
ートを一切無視した、ナイキのシューズをはいていた。
中澤がそれを不思議そうな目で見ていると、保田も気がついたようで、
「なに裕ちゃん? あ、これ? ちょっとさ、足首悪くしてんだよね。そういうのはくと少し痛く
てさ」
と言うと中澤の足元めがけて左手のビニール袋をブンと振った。
「大丈夫なん?」
「ああ、全然大丈夫。危なかったらパシリなんてしないって、普通」
わざとらしく肩をすくめると、保田はスタスタと奥に向かって歩きはじめた。保田は勝手がわか
っているのか、その行動には迷いが無かった。
「ちょっとちょっと、待ってや圭坊。」
急いで後ろ姿を追いかけた。
- 10 名前:ミヤーン 投稿日:2000年10月24日(火)00時10分19秒
- ■ 中澤裕子 3
通路を突き当たると、右手にエレベーターがあり、そのガラス窓の向こう側に明かりが点いてい
るのが見えた。左手には2階と地下1階への階段がある。
保田はそこで立ち止まっていて、
「裕ちゃんは何階に呼ばれてんの?」
「え、ああ。地下の2階やけど」
「ふ〜ん、それじゃうちらと一緒なんだね。じゃあこっちだよ」
と言ってくるっと反転し地下への階段の方に向かう。
「ちょっと圭坊」
中澤の声に保田が振り返った。
保田がこの階で留まっているエレベーターを無視してまで、階段で降りる必要があるのかわから
なかったのだ。足のことを考えればなおのことそれが疑問だった。
「エレベーター留まってんで、こっちで降りれば? 足も、ほら。悪いんやろ?」
保田は「ああそうか」という顔をすると、
「そのエレベーター地下には行かないんだよ。あたしたちも最初来たとき乗ってさ、地下の階の
ボタンがついてなかったんだ」
とあっさり返した。ここではどうやら保田の方が先駆者らしい。中澤は素直にそれに従うことに
した。
階段は半階降りると踊り場があり、折り返してまた半階おりるという、真横から見ればちょうど
「く」の字のかたちになっている。
踊り場の壁には上下の矢印を中心にして、その左右に1FとB1の文字が配置されていた。
さらに降りると、そこはさっき保田を呼び止めた真下にあたるのだが、1階とは違い通路が防火
用の開閉可能な壁で閉じられていた。
壁には踊り場より大きな文字でB1と描かれており、その下にドアがあった。
中澤が興味本位でノブを回そうとすると、
「そこ、カギかかってるよ」
と釘をさされた。
「裕ちゃんってさ、けっこう後藤と同じことするよね。後藤もさっきそこがちゃがちゃ回してた
んだけどさ」
「あ、…そう」
しかし中澤はノブを回してみた。確かに鍵がかかっているようで、二、三度前後にしてみたがド
アは開かなかった。
その様子を保田は踊り場から、「やれやれ」といった表情で見上げている。
「ね〜、開かないでしょ?」
「ああ、開かへんみたい」
- 11 名前:ミヤーン 投稿日:2000年10月24日(火)00時11分35秒
- ■ 中澤裕子 4
「ホンマや、こっちは開いてんねんな」
あっさりと回転したドアノブを引いて、中澤は地下2階へのドアを開いた。
ここの通路も地下1階と同様、防火用の壁とドアで閉じられていた。もしかすると閉じられてい
ないのは、逆に1階だけなのかもしれない。
「でしょ? は〜い、じゃあちょっと通してください」
両手に荷物を下げている保田を先に通して、中澤はドアを閉めた。
正面にはエレベーターが無く、通路はそのまま右へ90度に折れている。そこでふと、
「なあ、圭坊。ここって来たときから、この、電気ついてたん?」
天井に並んでいる蛍光燈を見上げながら言った。
それは中澤の中でさきほど感じた「使われていなかった」というこの建物への印象を真っ向から否
定する疑問であり、動いているエレベーターを見たときに生まれた違和感に他ならなかった。
「最初から点いてたんだけど…。ああ、そういえばそうだね。ヘンだね」
「やろ?」
中澤と保田、ふたりが横に並ぶとエコノミークラスの窮屈さがある。保田を先へうながした。
「う〜ん、来たときは後藤がずんずんひとりで先に行っちゃってたから、そんなに気になんなか
ったんだけど」
右に曲がる。
1階に比べるとさらに無機質な感覚は増しており、平面を折り曲げた谷折りのラインが四本奥ま
で続いていた。
窓が無いためか通路全体の色彩が薄く、蛍光燈の光りも黄色みが増しているようだった。
目についたものといえば行き止まり右側にあるドア。これは1階にあったものとほぼ同じ位置、
真下にあたるように思われた。
つまりこの通路は1階と比べ、ちょうど半分の長さということになる。
「あのドアも?」
「うん、開いてた」
(ずいぶん不用心な話しやな)
場所がらどんな人間に立てこもられてもおかしくない。開けられたのは今日、はやくても昨日だ
と考えていいだろう。
- 12 名前:ミヤーン 投稿日:2000年10月24日(火)00時12分11秒
- 保田の言うとおり、次のドアもあっさりと開いた。
そこはふたたび通路だった。おそらく長さはビル自体の横幅と同じ程度あるだろう、幅はさきほ
どからのものと変わり無い。
ただその両側に一定の間隔でドアがずらりと並んでいた。
「ほら、裕ちゃん。だったらこれもヘンだよね」
保田か一番近い位置のドアを指差す。そこにはセロテープで四方をとめられた白い紙に、ワープ
ロの文字で「モーニング娘。様」と書かれていた。
「モーニング、…娘。?」
そうつぶやいてから保田と顔を見合わせた。
中澤は電話でマネージャーからソロの仕事だと聞いていたし、その後送られてきたFAXにもビ
ルの住所と大まかな地図に加えて、「ソロの仕事です、遅れないように」という補足までついてい
た。保田もプッチで呼ばれていると言う。
「圭坊、マネージャーからなんか聞いてる?」
「え? ああ、電話で場所だけ聞いたかな。本人は遅れるとは言ってたけど。うん、それ以外はと
くに」
「あたしもそんな感じやった」
中澤がドアノブを回す。それを押すとと今までとは違う、ズッという感じの重さがあった。
5cmほど分厚いそのドアの形状には見覚えがあった。スタジオなどで防音設計されたものとほと
んど同じだったのだ。
- 13 名前:ミヤーン 投稿日:2000年10月24日(火)00時13分03秒
- ■ 中澤裕子 5
「あれ、裕ちゃん。なんで来てんのさ」
と言った市井紗耶香の顔は横向きだった。
どこにでもあるような会議用の折畳み式の長机とパイプ椅子が数脚、空調用なのか天井にはふた
つそれらしい装置が埋め込まれている。
部屋の中にはそれ以外何も無かった。そこはまさにアイボリーの立方体だった。
パイプ椅子を三つ横に並べ、市井はその上に寝転がっている。頭を後藤真希のヒザに乗せて。い
わゆる膝枕というやつなのだが、中澤にとっては見慣れた光景である。
最初のころは注意しようかとも考えていたのだが、見ていると意外にも照応の関係にあるふたり
に、今ではこのままでいいような気さえしている。
「圭ちゃん圭ちゃん、アレあった?」
「あったよ〜、ほれ」
後藤の声に保田がごそごそとビニール袋をまさぐってから、綿棒の円柱パックをポンと後藤に投
げてわたした。
「市井ちゃん、きたよ〜」
「うむ」
パクッとフタを開けて、中から一本取り出す。後藤はそれにふうと一息吹きかけてから、市井の
耳元の髪をかき分けて耳を露出させた。
「はいるよ〜」
「ふむ。…く、ひゃひゃひゃ。ご、後藤、もうちょい容赦無くやってよ。それじゃこちょばいだ
けだって」
市井と後藤がじゃれあっているのを眺めていた。こんなおかしな環境でも、いつも通りでいられ
るふたりに感心さえしている。
市井の卒業で、もうすぐこんな姿も見れなくなると思うと少しだけ感慨を覚えていた。
- 14 名前:ミヤーン 投稿日:2000年10月24日(火)00時13分34秒
- 「裕ちゃん、座んなよ」
テーブルにビニール袋の中身を広げていた保田に言われて、適当なパイプ椅子に腰掛けた。
「もらうよ」と、テーブルの上にあるのど飴をひとつ取り、袋をやぶいて口にほうり込んだ。よく
わからない味の飴を口の中でころがしながら、部屋の中をもう一度ぐるりと見まわす。
市井と後藤の周りのおかしな空気は別にしても、机と椅子があるというだけで受ける印象はずい
ぶんと違っていた。
ただそれは、そんなに広くもない部屋に四人集まっているという、人口密度からの安心感のせい
なのかもしれなかった。
座っている位置でもそうなのだが、中澤はいまだ後藤と親しく話すことはなかった。そうする必
要性もあまり感じなかったし、なによりひとまわり違う年齢の壁は意外に大きかったのだ。
矢口、保田、市井の追加メンバー三人とここまで馴染むのにも時間がかかった。そのころは妙な
プライドが邪魔していたのだが、これからまた新メンバー四人との関係を築いていかなければな
らないと思うと気が重くなる。
「あ、そや圭坊。新しく入った子らとなんか話しした?」
「ん?ああ、ひととおりは話したけど。まあ、当たり障り無いっていうか、うわべトークってい
うか、ね?」
「話せてるだけええ方やって」
中澤は自分とすれ違うだけで固まってしまっている四人を思いだす。
(あたして、そんなに恐いか?)
「裕ちゃん、恐いから」
「あ、…そう」
中澤は飴の袋を所在無げに指でのばしていた。すると保田がビニール袋をひとつ空にしてくれる。
「ゴミ袋」という意味なのだろうそれに、丸めて投げ込んだ。
- 15 名前:ミヤーン 投稿日:2000年10月24日(火)00時14分27秒
- ■ 中澤裕子 6
「なんだよ、今度は矢口?」
市井の声にドアを見ると、そこに立っていたのは矢口真里と飯田圭織、「タンポポ」のふたりだっ
た。おそらく中澤やプッチモニと同様に、タンポポとして呼ばれたのであろうことは容易に予想
ができた。
「あれ、ホントにモーニング娘。がいる」
飯田のその言葉がツボにはまったのか、後藤がナハハと笑いだした。飯田ににらまれていったん
はこらえるのだが、しばらくするとまた吹き出す。しばらくそれを繰り返して、いい加減飯田が
しびれを切らしたのか市井に、
「ちょっと紗耶香〜、後藤なんとかして」
「はいはい。後藤、つづき〜」
市井が上げていた頭をふたたび後藤の太股に乗せる。後藤はまだ物足りないという表情をしてい
たものの、市井からの要求にそれを諦めたようだった。
「あ〜裕ちゃん、おはよー」
中澤を見つけた矢口が、トトッとやって来た。余計な感情をはぶいてよく話してみると、中澤と
一番相性が良かったのが矢口だった。
石黒彩の卒業脱退から閉じられがちだった中澤の心の鎖を、上手にほどいてくれたのも矢口だっ
た。他のメンバーとの人間関係の潤滑油としても働いてくれている。これではどちらが年上なの
か分からない。
「矢口、おはよう」
関西弁のくだけたイントネーションの「おはよう」に矢口がニヒヒと笑う。中澤はこのイタズラっ
子っぽい笑顔が好きだった。
「なんだ〜、みんなでする仕事だったんだ。タンポポっていってもふたりだからさ、どうなるか
と思ってたんだよ」
「う〜ん、そうなんかなぁ。あたしも「ゆうこ」で呼ばれたんやけど…」
矢口がガリガリとパイプ椅子を引きずって来て、中澤の隣りに組み立てた。
部屋の中はテーブルを中心にして、入り口左わきに市井と後藤、そこから時計周りに保田、矢口
と中澤、飯田の順で座っている。
- 16 名前:ミヤーン 投稿日:2000年10月24日(火)00時14分58秒
- 矢口が菓子類をみつくろい、それをヒザに乗せるのを待ってから、
「なあ、矢口。エレベーター留まってたやろ? あれ乗ってみた?」
「うん」
「やろ? それやったら、B1のところのドア閉まってたやんか? あれのノブ回してみた?」
「回したよ」
(―― ふむ。さすがは矢口や)
中澤がひとりごちている横で、矢口は視線を移し、
「圭ちゃんもなに、プッチで呼ばれてんの?」
その声に保田がめくっていた雑誌のページをとめた。目を上げて矢口の方を見ると、唇をとがら
せて「そうだよ」と言った。矢口は両の黒目を右に寄せて、考えてますという仕種をする。
その様子を中澤はじっと見ていた。保田と目が合って、お互いに肩をすくめる。
最近の矢口は変わりはじめている。「ギャル」にというわけではない、今までの頼っていた自分か
ら頼られる自分へ、本当の意味で成長しようとしている。そんな気がした。
それは確かに頼もしいことだったが、中澤には少しだけさびしくもあった。
「や〜ぐち、どうしたん?」
「ん〜、こういうパターンは初めてだからさ。テレビの企画とかでもヤダなーって」
背もたれでグッとのびをする矢口の横顔を見ていた。それに気がついたのか「ん?」という表情で
言葉の帰りを待っている。中澤は少しだけ笑って、
「そやね」
と言った。
- 17 名前:ミヤーン 投稿日:2000年10月24日(火)00時17分03秒
- ■ 中澤裕子 7
安倍なつみがその部屋に入ってきたのは、それからしばらく経ってからのことだった。
「ゴメン、なっちまた寝坊しちゃったんだよ〜」
六人の視線が入り口に集まる。それから「おはよ〜」「おーす」という返事。ここまでメンバーが揃
っているのだから、安倍が来ないという方がおかしい。
しかし安倍はメンバーのリアクションに納得いかないのか、中澤のところまで来て、
「裕ちゃん、なっちまたなんか悪いことしたかなぁ。遅刻したのにみんな普通なんだよ、おかし
いよ」
本人は遅刻して文句を言われることを予想していたのだろう、物足りないという感じだ。確かに
普段なら中澤も注意ぐらいはしているだろう。
「まあ、いろいろあるわけよ」
さっきまで散々矢口と話していたことを、イチから説明するのは正直つらい。かなり要約してそ
う言った。
「え〜、なんだよぅ。それ」
安倍は「不服」を前面に押出した表情のまま、飯田の隣りに座る。
「ねぇ、圭織。聞いてぇ ――」
と始まった。飯田には気の毒だとは思ったが、安倍にお付合いする気にはなれなかった。
これで七人。新メンバーを除くモーニング娘。全てが集まったことになる。それも各々別の仕事
としてバラバラにだ。
安倍はおそらく「モーニング娘。」として呼ばれたのだろう。入ってきたときの反応と、その後の
行動があまりにもいつも通り過ぎる。
確認してみると「そうだよー」とあっさり返され、安倍はすぐにくるっと反転して飯田とのおしゃ
べりを再開した。
- 18 名前:ミヤーン 投稿日:2000年10月24日(火)00時17分42秒
- 「裕ちゃん、なっち、タンポポ、プッチモニ。なんで分けて呼ぶんだろうね?」
矢口が何回言ったか分からないほど繰り返された、そのセリフを言う。中澤の返事もさきほどか
ら変わらず、
「わからへん」
矢口とふたりだけで話していても、この問題に解決はない。それが結論と言えばそうなるだろう。
中澤は椅子から立ち上がった。
まずは、
「圭坊、ちょっとええか?」
保田が雑誌から顔を上げる。「なに?」と目と眉毛で返す。
「マネージャーから電話きた、て言うてたやろ? そのときのこともう一回話してくれへん?」
いったん雑誌を閉じて、思い出す仕種をしてから、
「う〜ん。いつも通りって言えば、まあいつも通りだったよ。スケジュール変わったから、って
時間と住所教えてもらった。あ、自分は遅れるって言ってたかな」
「そっ…か。次は、そしたら圭織 ――」
時刻はちょうど中澤が呼ばれた10時になろうとしていた。
- 19 名前:SOL 投稿日:2000年10月24日(火)01時49分42秒
- おおっさりげなく移転再開ですか。
もはやモ板はチャット板と化してますからなあ。
ぜひ完結目指してがんばってくださいね。
- 20 名前:宇宙船 投稿日:2000年10月24日(火)15時20分44秒
- これはいい流れですな。
- 21 名前:ミヤーン 投稿日:2000年10月25日(水)00時26分56秒
- >>19
いちおう頭の中では完結してます。文字化するのにひと苦労。
>>20
たぶん急変すると思います。
あと、再開するにあたって、抜けていた「プロローグ」を追加しときました。
- 22 名前:ミヤーン 投稿日:2000年10月25日(水)00時28分20秒
- ■ 中澤裕子 8
「―― で、駅で後藤と待ち合せて来たんだけど。ビルの前でちょうど圭ちゃんと合って、そんな
感じかなぁ」
最後に市井から話しを聞き終えて、中澤はまた元いたパイプ椅子までもどってきていた。
「裕ちゃん、なんか分かったの?」
矢口が期待を込めた視線をおくってくる。
とりあえず、カタチになっている結論はあった。しかし「誰が何のために」ということになるとま
だ今の段階でははっきりした答えは分からない。
「たぶんやけど」
全員に聞いて回るという奇行のおかげで、中澤に目が集まる。そこで照れくさそうに、
「たぶんやねんけどな…。あたしらをここに集めようとして ――」
ドガッと矢口からツッコミが入る。厚底ブーツでのキックの直撃に顔をしかめながら、とりあえ
ず続けた。
「ちょ、ちょっと待って矢口。言葉が足りてへんかった、あたしらを“同じ時間に”集めたかっ
た。っていうのはどうや? あたしらいつも、遅刻する子はするけど完全にしいひんて子もいてな
いやろ? 誰がどれだけ遅れるか、そんなん正確には分からへんやん」
矢口をはじめ、後藤、安倍、飯田は「何言ってんだ?」という顔をしている。保田、市井は「あ」と
いうちょっとした驚きのリアクションをしてくれている。
- 23 名前:ミヤーン 投稿日:2000年10月25日(水)00時29分24秒
- 「ん〜、たとえばなっち。あんた9時に呼ばれたって言うてたやろ? 紗耶香と後藤は9時20分。
矢口と圭織は9時45分で、圭坊とあたしは10時ちょうど。わかる? 普段遅刻が多い子はその分は
やい時間に呼ばれてるやろ? で、あたしらは全員10時にはここにいた」
保田と残りふたり、プッチの集合時刻にばらつきがあったこと。そのことを出発点に考えていっ
た結果、こんな仮説が生まれたのだが ――
「で?」
その保田の一文字のツッコミの返しは、しかし無かった。
そうなのだ。このことが分かってもなんの解決にもならない。定時にメンバーを集めてどうする?
そのあとが続かないのだ。
「それに、それだったらあたしたち別々に、違う集合時間言えばいーじゃん」
市井もすかさず保田に合いの手を入れてくる。中澤は少し考えて、
「それは…。そや、もしメンバー同志で集合の時間のこと話したとき、おかしなことになるやろ?
あたしだけはやく呼ばれてるー、って」
「それもちょっとヘンだよ。メンバーで話すとしたら、同じ場所ってほうがおかしいと思うはず
だよ、普通」
(確かにそうやねんなぁ。急な変更て言うても昨日の話しで、そのあとにメンバーとは電話でい
くらでも話せるわけやし…)
「…あれ」
それは中澤としても完全な思いつきだったのだが、ふいに生まれたその疑問を口にせずにはいれ
なかった。これもどうでもいいような物のひとつには違いないのだが、
「なあ、みんな誰から電話もらったん?」
- 24 名前:ミヤーン 投稿日:2000年10月25日(水)00時30分02秒
- 『キャシー ――』
軽くハモった数人の声が「キャシー」のところで止まった。言った者はお互い顔を見合わせている。
(やっぱり…)
中澤が電話を受けた相手もまた、「キャシー」の愛称で知られるかなり太めの女性マネージャーだ
ったのだ。
翌日に仕事があるとして、その変更の連絡を入れるのは普通その日同行するマネージャーという
ことになっている。いくら場所が同じとはいえ、四組のタレントをたったひとりで取り仕切ると
いうことはありえない。モーニング娘。での仕事のときでさえ、マネージャーは最低でもふたり
はついている。
「それじゃあさ、キャシーさんが犯人?」
後藤が市井を覗き込むようにして聞いた。このふたり未だに膝枕状態にあるのだが、それよりも
「犯人」という不用意なフレーズが全員の緊張感を高めた。言いようのない空気が、行き交う視線
から生み出される。
「それもピンとこないよねー」
フォローというわけでもないようなのだが、市井があっさりとそう言った。すかさず、
「あ、じゃあ裕ちゃんはどう思う?」
矢口もタイミング良く中澤に話しの行き先を向けてくれる。答えは決まっている。事実、真実よ
りも、優先すべきはこの場のまとまりだ。
「ま。今言うてもしかたないことやし、マネージャーが来たときに聞いてみよ。遅れてくるて言
うてたんやろ? 圭坊」
「ああ、うん」
「じゃあそれまで、このまま待ってみよ」
言い終えて椅子に座った。途中矢口と目が合うと、ニッと笑いかけてくれる。
その場はそれでなんとか落ち着き、それぞれがそれぞれに時間を潰すことになった。自分で言い
だしたことになんとかオチをつけ、その中澤のおかしな発表会はそこで終わってしまった。
- 25 名前:ミヤーン 投稿日:2000年10月26日(木)00時11分15秒
- …いよいよか。
- 26 名前:ミヤーン 投稿日:2000年10月26日(木)00時11分59秒
- ■ 中澤裕子 9
午前11時30分。しかしマネージャーはおろか、誰もこの部屋のドアを開ける者はいなかった。
「さすがに、ヘンだよね…」
矢口が弱音を吐くように言った。中澤としても、どう返していいのか分からない。ただ曖昧な表
情をして、
「…うん」
と相づちを打つことしかできないでいた。
全員が意図してそうしたのか、1時間半近く、誰もこの部屋を出ることはなかった。市井と後藤
は完全に別世界という雰囲気で、それは同様に飯田にも言えた。安倍は飯田に飽きたのか、保田
の開いている雑誌を横から覗き込んでいる。中澤は矢口と同じような会話を繰り返していた。
ふいに、
「みんな携帯持ってたら出して」
市井が後藤の膝枕から起き上がり、そう言った。後藤が「驚いた」という顔をしている。
「市井ちゃん、どうかした?」
「後藤も、ほれ。携帯持ってるよね? ちょっとここ、机のとこに出してみてよ。あたしのじゃ電
波入んないみたいなんだよ」
市井はそう言うと、コトっと机の空いたスペースに自らの携帯電話を置いた。言われて中澤も自
分の携帯の液晶を見てみる。アンテナは1本も立っておらず、「圏外」のマークが映し出されてい
た。
「あたしのもあかんわ」
「あたしも」
中澤に矢口がそう続け、次々と携帯電話が机に並べられてゆく。最後に安倍が「なっちも」と置い
たところで、全てが机上に置かれた。
「みんな繋がんない、か。電話できれば手っ取り早かったんだけどな」
市井がつぶやく。こういう一歩引いた「冷静さ」を持った子なのだ。時々ハッとするようなことを
言うのだが、本人はその自覚が無いのか大抵は言い捨てるだけで終わってしまう。
「う〜ん、ちょっとお手上げだね。仕事っていうんだから帰っちゃうワケにもいかないし」
と言うと、後藤の隣りに今度は普通に座った。机の上に置いたままになっていた、後藤の携帯を
「サンキュ」と言って渡す。
- 27 名前:ミヤーン 投稿日:2000年10月26日(木)00時12分30秒
- 「しょうがないね、いったんここ出てみようよ。ね、裕ちゃん」
矢口が立ち上がる。この状況に我慢できないのだろう、その語調よりはるかに切実な視線が中澤
に向けられていた。
「そやね、そしたらどうしよ。圭坊、ちょっとここに残っといてくれる?」
「えー、なんでさ」
「ひとりは残っといた方がいいやろ? 誰か来るかもしれへんし。スタッフさんとか、ほら新メン
の子とか」
しぶる保田の隣りで、事態への興味も無さそうに雑誌を読んでいた安倍が、
「じゃあ、なっちが待っとくよ」
と何心無くそう言った。中澤と目が合うと、「ん?」と目を大きめに開く。
「ええの?」
「だって、すぐ帰ってくるんでしょ? だったら残っとくよ、お菓子もまだあるし」
と言うと、周囲のおどろきの視線を感じていないのか、すぐに雑誌に目を落とした。安倍のこう
いう無造作な献身は、今にはじまったことではない。そしてそれは意識していないだけに、反感
をかうことが過去にもしばしばあった。
中澤は安倍の横顔を確認すると、
「じゃあ、なっちにお願いするわ。スタッフさんが来たら、話し聞いといてくれる?」
「うん、わかった」
中澤の声に顔を上げ、ニッコリと安倍が笑う。それは見様によってはだらしないともとれる、や
わらかな笑顔だった。
- 28 名前:ミヤーン 投稿日:2000年10月27日(金)00時05分58秒
- ■ 中澤裕子 10
「じゃあ、行ってくるねー。圭ちゃん」
矢口が最後にドアを閉める。結局保田も残ると言い出したのだ。安倍ではスタッフからの伝言も
覚えてられないから、とうそぶいてはいたが、年下の安倍にいいところを見せられて駄々をこね
るのが恥ずかしくなったというのが本音なのだろう。
先に部屋を出た中澤は来たときとは逆の方向に、ドアの並ぶ通路を奥へと向かっていた。
「裕ちゃん、こっちだよ」
と言う矢口に行き先を指差した。ドアの並んだ通路の先にドアがふたつ、その間にレッドとブル
ーの例のシンボルマークが描かれたプレートが取り付けられている。中澤がそのまま行こうとす
ると、
「あ、あたしも行くよ。ゴメン紗耶香、さき行ってて」
矢口が追いつくのを待ってから歩きはじめた。横に並ぶと矢口は、厚底ブーツをもってしてもま
だ小さく、さきほどの言葉に込められた「おいてかないで」というニュアンスが可愛くてたまらな
かった。
「トイレ行くだけやで?」
「あたしもちょうど行きたかったのっ」
と言って唇をとがらせている矢口を横目に、中澤はドアを数えていた。片側に五つ、それが線対
称にあるのだから、全部で10部屋ということになる。ひとつひとつ鍵がかかっているのか確かめ
たかったが、下手に矢口を心配させてもしかたがない、今はやめておくことにした。
中澤たちのいた、張り紙の部屋は廊下から入って一番手前、右側の部屋だ。トイレにはもっとも
離れた位置にある。一度振り返ると、飯田たちが廊下へ出て行くのが見えた。
- 29 名前:ミヤーン 投稿日:2000年10月27日(金)00時06分56秒
- 赤色の円と三角形を上下につなげた、女性用のプレートの方に入る。手探りでパチンと蛍光燈の
スイッチを押した。
薄いピンクのタイルが貼られたその空間には、相変わらず使われた形跡が無かった。ただ床の埃
にいくつかの足跡が残っていた。こういうはっきりとした「足跡」を残すには意図的でないかぎり、
ペタンと地面に足の裏すべてが密着するシューズをはいていなければならない。思い当たるの
は、保田と矢口。それ以外のメンバーは、カカトのついたブーツをはいていたはずだ。
「どうかした? 裕ちゃん」
あとから入ってきた矢口が身長を利用して、うつむいていた中澤の顔を覗き込む。
(やめやめ)
中澤は考えるのをやめた。自分がメンバーを疑ってどうする。そして何を疑う必要がある。この
ビルから出れば何もかもが解決するのだ。
「ん? いや、なんでもないよ」
「ヘンなの」と言うと、矢口は奥から二番目の個室に入った。個室は全部で四つ。一番奥にある他
よりも少し幅のせまいドアは、清掃用具かなにかを置いておくスペースなのだろう、そこと矢口
が入ったドアのみが閉じられていた。
洗面台にバッグを置いて、それほど必要もなかったのだが、化粧を少しなおした。入ってみるこ
とそれ自体が目的であって、「火急な用」があったわけではないのだ。
- 30 名前:ミヤーン 投稿日:2000年10月27日(金)00時07分27秒
- 水を流す音からしばらくたっても、矢口が出てくる気配は無かった。
「矢口? さきに出てるよ?」
「あ、ちょっと。裕ちゃん、わー待って待って」
やけに切迫した雰囲気の返事と、ドンドンという音に個室の方を振り返った。中からやかましい
ほどドアを叩いている。
「ちょっと矢口。なにしてんの」
ドアの前まで行き、二、三度ノックをする。しばらくして、
「あの。紙が、…無いんですけど」
思わず「は?」という顔をしたのだが、なるほどあるはずがない。見回してみても、このトイレに
は備品と呼べるものは何ひとつとして置かれていないのだ。
「あの、裕ちゃん聞いてる? トイレットペーパーが ――」
「わかったわかった。ほらティッシュ。これぐらい、いつでも持っときや?」
ドアの下の隙間から、ポケットティッシュを中に滑り込ませる。
「あ、ありがと。いつもは持ってるんだよ、今もおっきいほうのバッグには入ってるし。無いほ
うがおかしいんだよ、無いほうがっ」
恥ずかしいのかなんなのか、矢口はひとしきりそう言うと、バタンとドアを一気に開いた。
「ありがと」とティッシュを中澤に渡すと、さっさと手を洗って出ていってしまった。入れ違いに
保田とぶつかりそうになり、
「圭ちゃん、紙無いからね」
と釘をさしていた。
「なにあれ、裕ちゃんなんかしたの?」
「さあ…」
いちおう「いる?」と保田にもティッシュをすすめてみたが、「持ってるし」とあっさり返された。
- 31 名前:名無しさん 投稿日:2000年10月27日(金)02時24分39秒
- いまいち状況が…。
なっちと部屋にいるんじゃないのか保田。
- 32 名前:ミヤーンじゃないけど 投稿日:2000年10月27日(金)02時31分10秒
- 保田もトイレ行きたくなって来たんじゃないかな
で安倍が部屋に1人残ってるという状況じゃない?
- 33 名前:ミヤーン 投稿日:2000年10月27日(金)03時49分38秒
- >>31
いちおう「入れ違い」ってことを書きたかったわけなんです。
市後飯中矢のあとに、保田が部屋を最後に出たってことで…。
>>32
そのとおりです。
あと、絵に頼ってみました。↓こんな感じです。
ttp://www.geocities.com/miyaan01/files/map.gif
- 34 名前:名無しさん 投稿日:2000年10月27日(金)19時18分00秒
- もしかして「ゴリラーマン」好き?
- 35 名前:32 投稿日:2000年10月27日(金)21時38分17秒
- >>33
素晴らしい!推理小説の挿絵みたいでいいよ
俺はB2の様子がよく分からなかったので助かった
今1番期待してる小説なので頑張って欲しい
- 36 名前:ミヤーン 投稿日:2000年10月29日(日)00時12分31秒
- >>34
好き。
>>35
はぁ、頑張ります。
これでつながった、かな?
- 37 名前:ミヤーン 投稿日:2000年10月29日(日)00時13分08秒
- ■ 中澤裕子 11
生活の大部分をともにしてきたはずなのだが、中澤が矢口の悲鳴を聞いたのはこの時がはじめて
だった。しっかりボイトレをしているのであろうその声は、まさに空間を切り裂いた。
(矢口!)
中澤がトイレのドアを開くとほぼ同時に、遠く反対側のドアも開いた。出てきた市井と距離は開
けていたが、緊急の表情を確認し合う。そのままスライドした市井の視線が、さきほどまで中澤
たちがいた部屋の開かれたドアのところでピタリと止まった。
「驚愕」、市井のすべてが一瞬にしてそれにかわる。
(紗耶香、何が見えるん? そこから何が見えてんの?)
矢口の体がドアの枠から数歩さがるのを見た瞬間、中澤は駆け出していた。
- 38 名前:ミヤーン 投稿日:2000年10月29日(日)00時13分45秒
- ■ 矢口真里 1
恐慌状態におちいっていた矢口の肩を、市井がしっかりとつかんでいてくれた。放されたらもう
戻ってはこれない、そんな気がした。
矢口の瞳は依然として、中澤と保田が入っていったドアに向けられている。一瞬でも目を閉じて
しまうと、あの光景をまたまぶたの裏に見てしまう。
そこにいたのは安倍だった。いや、安倍“だった”モノだ。
部屋のドアを開け、一歩踏み出したその足が立てた音。
―― ぴちゃ。
矢口の視界を支配した赤い床と、その中央にうずくまるようにして折りたたまれた安倍の体。そ
こからなおも湧き出してくる液体は、いやになるほど床の上でその面積を広げていた。
そこで矢口の意識と体を繋いでいたラインがプツリと切断された。明滅を繰り返す視界は徐々に
狭まり、そして完全に闇に放り出される。どこかで自分の悲鳴が聞こえた。けれど最後に感じた
のは、予想外のやわらかな感触だった。
「紗耶香、矢口を見といてな」
おぼろげな意識の中、その声で目覚めた。中澤は市井にそう言うと、矢口が止める間もなく保田
に声をかけ、ふたりで部屋の中に入っていった。
すぐに市井がかたわらに来て、肩を抱きしめてくれた。
「モーニング娘。様」と貼られたドアの前、正面に矢口と市井が壁を背にして座っており、右手に
飯田、左手に後藤が立っている。
- 39 名前:ミヤーン 投稿日:2000年10月29日(日)00時14分30秒
- 「矢口…」
何度目かの市井のその言葉がきっかけになった。矢口の停止したままだった視線が、すとんと自
らの足元に落ちる。
「あ…、あ…、あ…」
(あ、ヤダ…、ヤダヤダ。とらなきゃ、早くとらなきゃ)
ブーツの裏にべっとりとついた、すでに凝固が進んだ赤い液体を素手でぬぐおうとする。市井が
ぎょっとして、
「ちょっ、矢口なにしてんの!」
両手を押え込もうとする。飯田にヘルプを求めたが、事態が把握できていないのか、焦点の合わ
ない目が向けられていた。
「後藤! あたしが押さえとくから、この、矢口のブーツ。脱がしてっ」
「あ、うんっ」
市井が壁と矢口の間に体を滑りこませ、両手の上からまるで恋人がそうするかのように抱きしめ
る。後藤は上下する足をなんとか押え込んで、編み上げられた縄をほどきにかかった。
- 40 名前:31 投稿日:2000年10月29日(日)02時50分00秒
- >32、33
なるほど。
とうとう最初の犠牲者が…。なっち…(悲)
- 41 名前:32 投稿日:2000年10月29日(日)03時41分56秒
- >>36
ちょっと名作集版っぽくレスつけてみたかっただけだから
気にしないでくれ(ニガワラ
ご愁傷様、なっち……
- 42 名前:ミヤーン 投稿日:2000年10月30日(月)00時03分46秒
- ■ 矢口真里 2
厚さ10cmは確実にこえているであろうその厚底ブーツがはね返り、壁に赤い跡を残した。後藤が
へたり込み、「はぁ〜」と大きなため息をつく。
体中がじっとりと汗ばみ、市井からの激しい鼓動が背中に伝わってくる。耳元でささやかれる、
強くてやさしい声、
「ね? もう大丈夫だから。矢口、もう大丈夫だから…」
そんなやけに現実的な三つの感覚が、矢口の心をなんとか沈静させてくれていた。
「…紗耶香、ありがとぉ」
「矢口…」
横目で確認できた市井の顔が、やわらかな笑顔にかわる。そしてすぐにいつも通りの、ちょっと
生意気そうな表情で「よかった」とつぶやいた。
矢口の呼吸もしだいに落ち着き、市井の両手をゆっくりほどいて立ち上がった。軽いめまい。血
液が首から上までのぼってきていないような、そんな感覚だった。
手をさしのべてくれる市井を「大丈夫」と制して、後藤の脱がせてくれたブーツを取りにいく。
(洗ってこないと…)
- 43 名前:ミヤーン 投稿日:2000年10月30日(月)00時04分18秒
- ガチャリというノブが回転する音に、矢口の拾おうとのばした手がビクッと止まる。そのまま振
り向くと、保田がドアのところに立っていた。
保田はそのまましゃがみ込むとシューズのヒモをほどき、裸足になって廊下に出た。片手に持っ
たシューズは、まるで最初からそうデザインされていたかのように、靴底から数センチが赤く染
まっていた。
「圭ちゃん…、どうなってんの?」
市井はまだしゃがみ込んだまま、保田を見上げるようにしてそう言った。ドアの正面に座ってい
るその位置なら、部屋の中の状況は確実に見えていたはずだ。
これは矢口たち、他の三人への報告を要求しているのだ。
「なっち、…もう駄目みたい。何かわかんないけど、ここんところ、おっきな傷ができてて。血
がすごく出てて…」
左の脇腹より少し上を余った手で押さえていたが、言うにつれて、こらえきれないのか目じりを
ぬぐった。
「ダメって、なにそれ? どういうことよ!」
そのあと続いた長い沈黙をやぶったのは、その瞬間にはじめてスイッチが入れられたような反応
をした、飯田の声だった。
言って涙がボロボロとこぼれ落ちているのだが、表情が感情に追いついておらず、困ったような
顔のままだった。
「圭織…」
「なんで? なんで? なんでなっちなの? なに? 傷ってなんなのよ? なんでそんな、ダメとか
って、…言われなきゃなんないのよ!」
- 44 名前:ミヤーン 投稿日:2000年11月01日(水)00時02分12秒
- ■ 矢口真里 3
「あ、…裕ちゃん」
中澤は部屋を出ると保田と同様にミュールを片手に持ち、何も言わずにトイレに向かった。誰も
何も言わなかった。その両手は真っ赤に染まっており、保田のそれと比べると中澤が“確認”し
たことは明らかだった。
飯田も言葉を止め、その中澤の動きを目で追っている。その姿がトイレに消えた。
いったん黙った飯田は、憑物が落ちたかのように一転して泣きじゃくっている。保田がフォロー
に入ろうとするのだが、飯田はそれをかたくなに拒否していた。
しばらくしてトイレのドアが開き、中澤がゆっくりと出てきた。思わず矢口が駆け寄ろうとした
が、ほとんど距離が縮まらないうちに立ち止まってしまう。中澤の青ざめた顔が見えたのだ。
「裕ちゃん大丈夫、…なの?」
中澤のことは十分に分かっているつもりだ。「リーダー」「最年長」などの扱いをうけているため、
責任感がありメンバーを統制する力があるようなイメージができ上がってしまっている。しかし
そんなものは勝手なイメージ、虚像にすぎない。
中澤はそのイメージを「キャラクター」として演じているだけで、その殻の中身は極端に繊細でも
ろく、傷つきやすい。
「ん? ああ、大丈夫や。矢口のほうこそ、しんどかったね」
たとえるなら病床の母親からの笑顔、そんな不安定な安堵の感情でじわりと湧き出た涙を、矢口
はグイッとぬぐった。泣いている場合ではないのだ。
矢口は「頑張れるよ」という意志を込めて、笑ってみせた。涙がうまく止まってくれず、泣き笑い
になってしまったが、近づいた中澤が頭をそっと撫でてくれた。
「圭織も、大丈夫?」
保田からのすべてを拒絶していた飯田が、その声には反応して顔をこちらに向ける。化粧がほと
んど落ちて眉毛の先が欠けてはいたが、整ったその面立ちには何の損傷も無く。赤みがさしたほ
ほと潤んだ瞳が、いつもの飯田の持つつかみ所の無い印象とはまったく違った、現実的な美しさ
を見せていた。
「話して…。カオリに、も。ぅぐ、分かるように、話して、よ」
鳴咽がまだぬけきらないのか、飯田はしゃべりづらそうに言う。
中澤は矢口の肩に手をやると、「行こ」と小声で言ってから三人のもとへ歩き出した。矢口は何度
か中澤の顔を見上げたが、そこにはやはり今にも倒れそうなほど不安定なものしか見て取れなか
った。
- 45 名前:ミヤーン 投稿日:2000年11月02日(木)00時10分01秒
- ■ 矢口真里 4
「うん、開いてるみたい」
中澤に言われて、保田がドアを開けた。あの部屋のちょうど向かいの部屋、中澤がいったんそこ
に入ろうと提案したのだ。
五人が部屋に入り、中澤がドアを後ろ手に閉じる。真剣すぎる、壊れそうな危うさを漂わせた表
情だった。
(聞きたくない。…聞きたくないよ)
中澤の唇が動くのが恐かった。自らが見た光景が夢や幻覚であってほしいと、最後の抵抗が心の
奥で起こっていた。
何も無い部屋だった。誰もが壁を背にしている。矢口も何かによりかからなくては、これからの
中澤の言葉を受け止められないような気がしていた。
「圭坊から聞いてると思うけど。隣りの部屋で、なっちが死んでる」
わざとそうしたのだろう、最後のフレーズはいつもの中澤の言う関西弁の抑揚は無く、突き放す
ような印象だった。
中澤のつややかな声はすぐに壁に吸収され、いやになるほどの静寂があとに続いた。
「…それ、だけ?」
飯田がまるで子供がそうするかのように小首をかしげ、壁から背を離す。眉をひそめるその表情
のまま、
「それだけ? 話してくれるって言ったじゃん。ねえなんで? なんでなっちの傷ってなんなの?
わかんないよ、ぜんぜんわかんない。なんでちゃんと話してくれないの? ねえ!」
と言って中澤に詰め寄ろうとする。しかしそこには何か見えない境界線があり、飯田がそれを踏
み越えてしまったとでも言うのか、中澤の目つきが急に変わる。
「それだけて、それ以上知ってどうすんの? 知ってどうすんのよ?」
「だって、話してくれるって言ったじゃん! ちゃんと教えてよ、なっちは ――」
「圭織、そんなに聞きたいやったら言うたるわ。なっちは刺されてた。周りには刃物はなんにも
落ちてなかった。ほら言うたで、これがどいう意味か分かるか? なあ、分かるんか! 自分で刺
したんと違う、誰かに刺されたんや。自殺とは違うんやで!」
- 46 名前:ミヤーン 投稿日:2000年11月02日(木)00時10分48秒
- 「裕ちゃんもういいよ! もういいから!」
市井が間に割ってはいる。中澤の顔からはさらに血の気が失せていた。
「裕ちゃん!」
緊張の糸が切れたのか、その場にガクンと崩れ落ちる中澤。矢口が駆け寄る。
安倍は決して自殺をするような人間ではない。それはある程度の過去を知るメンバーなら、誰も
が認識していることだ。
それゆえ、安倍が死んだとするならそれは明らかに、他者によるものか、あるいは事故死。あの
状況で事故が起こりえるのかと考えれば、前者の確率のほうが高いはずだ。
そこまで考えが行き着いた者にとっては、中澤の話しは聞くまでもないことだった。
しかしそれが言葉として発されたことで、手を朱に染めた「犯人」がこのビルの中に存在する、そ
のことが現実的な、目前に迫る脅威として認識されたのだ。
そしてそれがこの六人の中にいるかもしれない、ということも。
- 47 名前:名無しさん 投稿日:2000年11月02日(木)05時23分09秒
- おっと更新してる。
それぞれのキャラがいい味だしてる。けなげな姉さん・・・
- 48 名前:ミヤーン 投稿日:2000年11月03日(金)00時02分38秒
- いちおう更新は毎日するようにしてるんですけど。
やっぱりageたほうがいいのかな…。
- 49 名前:ミヤーン 投稿日:2000年11月03日(金)00時03分46秒
- ■ 矢口真里 5
矢口は中澤の体をいったん壁際に寄せてから横にして、額にエビアンで濡らしたハンカチを折り
たたんでのせた。市井と後藤が手を貸してくれたが、ふたりとも何もしゃべらず作業は淡々とし
ていた。
(―― そうだ)
「紗耶香、はやく警察に連絡しないと。あ、でも事務所が先だっけ」
その言葉に市井は、めずらしく曖昧な表情になった。
「開いてないんだよ、ドアが。廊下には出れたんだ。でも、その先のドアに鍵がかかってたんだよ」
矢口の視線が市井、後藤、飯田、あのとき先に出ていった三人の顔を往復する。よほど不安な顔
をしてしまったのだろう、後藤が市井の手をぎゅっとにぎりしめた。
「え? なに? じゃあ出れないって、こと?」
「…うん」
「だってヘンだよ。こっちが内側なんだから、出れないなんておかしいよ!」
思わず大きな声になってしまう。入ってくるときは気にも留めなかったが、ディスクシリンダー
タイプの鍵がついていたはずだ。それなら、内側からなら半月型のつまみをひねれば鍵は簡単に
開くのではないのか。
「見てくればわかるよ。こっち側にもキーを入れるとこがついててさ、たぶん、めずらしいんだ
ろうけど、どっちからも鍵が必要なんだ」
(…そんな)
矢口がふらふらと壁際まで後ずさり、その小さな体を壁にあずけた。
混乱していた。閉じ込められたのだろうか? それなら何故? 安倍があんなことになって、じゃ
あ自分たちもそうなるのだろうか?
―― そして「犯人」は本当に存在するのか?
- 50 名前:ミヤーン 投稿日:2000年11月03日(金)00時04分40秒
- 「圭ちゃん、あのとき最後に部屋出たんだよね?」
飯田の鳴咽が突然止まり、はっきりとした口調でそう言った。保田がハッとして顔を上げる。
「…そうだけど」
「じゃあ、そのときのことちゃんと教えてよ」
「なに圭織、あんたまさかあたしがなんかしたって ――」
「いいから話して! みんなだってそうでしょ? 圭ちゃんが最後だったんだもん、誰だって疑う
よ!」
保田は飯田に気おされるかたちで話しはじめた。しかしそれは矢口のあとに部屋を出たというだ
けで終わってしまい。それが保田自身を弁護してくれるようなことはなかった。
「信じられない」
「ちょっと圭織! いい加減にしなよ」
市井がついに「我慢できない」という感じで飯田に詰め寄る。しかし飯田は真っ向からそれを受け、
にらみかえしていた。
膠着状態がしばらく続いたそのとき、矢口が一歩前に出て、
「圭ちゃんは、やってないよ」
自分のできることからやってみようと思っていた。それはかぎられたことなのかもしれないけれ
ど、今この保田への疑念を晴らせるのは自分しかいないのだから。
- 51 名前:ミヤーン 投稿日:2000年11月04日(土)00時02分47秒
- ■ 矢口真里 6
「なに? 矢口」
市井のその言葉に笑顔でこたえる。
「圭ちゃんはそんなことしてないし、ここにいるみんなもやってないよ」
「なんでそんなこと」という飯田を制して、矢口は話しはじめた。
まず安倍が刺されたと仮定して、考えるべきことはそれがいつだったかということだ。少なくと
も矢口が部屋を出たときにはいたわけだし、保田を信じればそのときまでは生きていたというこ
とになる。
あのとき、中澤を追いかけて行った矢口がトイレに入るまでに、市井たち三人はすでにドアから
廊下に出ていたわけだから、三人が意図的に口裏を合わせていないかぎり、この三人には不可能
だ。
部屋が防音されていたとすれば、いったん通路にでれば中の悲鳴は聞こえないと思っていいだろ
う。
そして矢口がトイレに入る。このとき保田はまだ部屋だ。
矢口が用をたし、個室を出る。実際つねに確認していたというわけではないが、中澤はかたわら
にいたはずだから、中澤にも犯行は不可能だ。
トイレを出る矢口とすれ違いに保田が入ってくる。
そう、時間的に考えれば、保田には十分安倍を殺害することはできた。
決定的なことを除けば、だ。
- 52 名前:ミヤーン 投稿日:2000年11月04日(土)00時03分25秒
- 「なに矢口、その絶対無理な条件って?」
たとえば安倍が絞殺、あるいは薬殺などであればその条件は成り立たない。しかし刺殺であるか
ぎり、絶対的に保田を犯行不可能にする。至極簡単なもの。
それは「返り血」だ。
安倍は腹部のやや上を刺されている。あれだけの血溜りができるのだから、出血の勢いはかなり
のものだったのだろう。何らかの刃物を刺し引き抜いた場合、中澤のように両手両腕、さらに密
着したとすればその服にも、安倍の血液が付着したはずだ。
保田はあのとき、一瞬ではあったのだが、そんな目立つものはいっさいなかった。当然服装も変
わっていない。
そう、保田にも犯行は不可能なのだ。
それは、中澤も同じものを見ていたのだから ――
「ね? 裕ちゃん」
矢口が中澤に同意をもとめる。しかし、中澤からそれが返ることはなかった。
- 53 名前:名無しさん 投稿日:2000年11月04日(土)13時45分27秒
- も、もしや中澤も・・・?
- 54 名前:名無しさん 投稿日:2000年11月05日(日)21時12分12秒
- 参ったな 今知ったよ
更新してたんだ……
- 55 名前:54の追加 投稿日:2000年11月05日(日)21時20分48秒
- >>48
ageかsgeかは好きにすればといいと思うけど
小説書いている人は、多くの人に読んでもらいたいと
考えているのかと思ってた。
- 56 名前:ミヤーン 投稿日:2000年11月06日(月)00時02分16秒
- >>55
この手の話しは受けつける人とそうでない人、けっこう差があるような気がするんですよね。
受けつけられないからsageで書いてる、というわけでもないんですけど。
名作板ヘッドラインの恋愛恋愛した雰囲気も別に嫌いじゃないし、そこにへたな血なまぐさい話
しが毎日ageられてくるというのもなんだかな、と思うわけです。
あと、誰かに見てもらいたいとか、まだそういうレベルにはないです。
度胸だめしというか、自分の書いた物が人の目につく位置にある、というだけでけっこうドキド
キして、それを楽しんでるという感じです。
- 57 名前:ミヤーン 投稿日:2000年11月06日(月)00時03分21秒
- ■ 飯田圭織 1
無心に中澤の名前を叫びながら、その体にすがりつく矢口を見ていた。
さきほど矢口の言っていたことは理解できたし、安易に保田を疑ってしまった自分はバカだった
と思っている。しかし、この事態は理解の域を越えていた。
「ちょっ矢口!」
保田が矢口を引き剥がす。ふたりが中腰の姿勢になったとき、ゴボッと中澤の口から赤い塊のよ
うになった液体が吐き出された。ぎょっとして動きが止まる。
「ぃやぁあああ!」
その後藤の叫び声までたっぷり数瞬の間、飯田のすべてが停止し、高まっていく鼓動だけが聞こ
えていた。視界の中で中澤がビクッビクッと、魚のように痙攣しはじめている。
「圭ちゃん、矢口をお願い!」
保田の返事を聞かずに市井は後藤の二の腕をつかむと、飯田のところにもやって来て、
「圭織も、ほら!」
と言うと後藤とは逆のほうの手を飯田の腕にからめて、ドアに向かう。飯田は何度もまばたきを
して、現状を把握しようと試みていた。
- 58 名前:ミヤーン 投稿日:2000年11月06日(月)00時03分57秒
- たしかにこの部屋に入るとき、中澤の顔色は悪かった。しかしそれは安倍と対じしたという、精
神的なダメージのためではなかったのか? それもあのとき矢口への笑顔を見れば、回復しつつあ
ったのではないのか?
なにより、この症状はそんなレベルのものではない。吐血して、全身が痙攣して ――
(…あ!)
からまりそうになる長い脚を踏ん張って、飯田はドアノブへと伸ばされた市井の手をつかんだ。
「なによ?」という表情で振り向く市井に対して、
「触っちゃだめだよ!」
と叫んでいた。市井の目が驚きのためか、一瞬大きく見開かれる。
(あのとき、裕ちゃんだけがしたこと。トイレに行った? 違う、だったら圭ちゃんだって、あの
あとクツを洗いに行った。裕ちゃんがあのときしたこと。それは ―― このドアを“閉めた”ん
だ!)
飯田はノブの上部を慎重につかむと、ゆっくりと回転させた。しだいにそれが見えてくる。ちょ
うど45度で回転を止めたとき、そこには1cmにもみたない針がわずかに光りを反射していた。
- 59 名前:名無しさん 投稿日:2000年11月06日(月)00時37分33秒
- 各人の視点から疑問符を投げかけながら話を進めると
容疑者が限定されて苦しくならない? 意外性に期待。
プレッシャーかけるつもりは無いけど…
作者さん頑張ってください。 大期待!!
- 60 名前:55 投稿日:2000年11月06日(月)01時34分44秒
- >>56
了解、わかりました。頑張ってくれ
ちなみに最後に読者に挑戦してくれると嬉しいんだが?
- 61 名前:ミヤーン 投稿日:2000年11月07日(火)00時03分28秒
- >>59
頑張ります。
>>60
頑張ってみます。
- 62 名前:ミヤーン 投稿日:2000年11月07日(火)00時04分11秒
- ■ 飯田圭織 2
「これ…」
針の周囲はノリが固まったような、透明な“何か”が付着していた。これがそうなのだろうか?
しげしげとそれを見つめている飯田に、
「圭織、わかったからはやくドア開けて」
後藤を抱えるようにして言う市井の言葉は、かなり切迫していた。
ノブを引き、少し隙間ができたところで指を入れ、いっきに開いた。市井と後藤、飯田が部屋を
出る。
後藤がその場でガクンとヒザをおった。その仕種が中澤のそれとうりふたつだったため、あわて
て市井が顔を覗き込む。飯田の視線に気づいて、「泣いてるだけ」と市井が返してくれた。
あれが何らかの毒物だったとしたら、中澤は絶望的だと言わざるをえない。すでに安倍を手にか
けているのだから、下手に中途半端なことはしないだろう。そこにあるのは「生か死か」、それだ
けだ。
このとき飯田の中に、それは明確に生まれていた。
「犯人」に対する憎悪だ。それで心を埋め尽くして、飯田は平常を保とうとしていた。それがこの
状況で唯一、吹き出してくる感情の逃げ道だったのだ。
- 63 名前:ミヤーン 投稿日:2000年11月07日(火)00時04分45秒
- しかしいっぽうでそれを否定する意志が存在することもわかっていた。
すじ道たてて考えれば、「犯人」は決して存在しえない。それは矢口の話しを聞いたとき、すでに
飯田の中にあったものだ。
矢口は保田への嫌疑を晴らすことにウェイトを置きすぎていた。たしかにメンバーは誰も殺害は
できなかったのだろう。しかし、それは同時にメンバー以外の「犯人」が犯行を行った、という可
能性さえも消してしまったのだ。
再考してみると。
保田が部屋を出てトイレに到着する。その時間は1分もかからなかっただろう。今日保田は足音
の立ちにくいシューズをはいていた。背後からの音には多少だが、いつもよりは敏感になってい
たはずだ。ドアの開閉程度の音なら、問題なく聞こえただろう。
そこで矢口と入れ違いになる。矢口の視線は保田の背後に向けられたはずだから、もうすでにそ
の時点で犯行が終えられ、「犯人」は部屋を出ていなくてはならない。
なぜなら、矢口はそのまま部屋へ向かったのだし、ドアを開けた矢口の悲鳴の直後、市井が部屋
の中を確認している。
これではどうしようもない。1分で音も無くあらわれ、そして犯行後消える。そんな魔法めいた
ものでも使わないかぎり、「犯人」による犯行は絶対に不可能で ――
「―― おりっ、圭織! 圭織、聞いてるの?」
シャットアウトしていた視覚が二、三度のまばたきで色を取り戻し、同様に聴覚が市井の声をと
らえる。
「圭織こっちの部屋、開いてるから」
安倍の部屋の隣り、市井がドアを開け後藤と中に入っていった。
- 64 名前:ミヤーン 投稿日:2000年11月08日(水)00時00分57秒
- 今週中には完結しそう…。
- 65 名前:ミヤーン 投稿日:2000年11月08日(水)00時01分34秒
- ■ 飯田圭織 3
保田たちのためにドアが開けはなたれたままのその部屋は、さきほどまでいた部屋と同様に、天
井に空調装置がふたつ埋め込まれているだけの何も無い部屋だった。
市井は壁際に後藤を座らせると、入り口に引き返してドアノブを見てから。飯田を振り返って「針
ついてないよ」と言った。
考えるべきことはまだあった。あの針がいつ取りつけられたのか、ということだ。
「ずっと、あたしと矢口がドアの前に座ってたからね」
ということは、安倍が殺害されるより以前から、取りつけられていたということになるのではな
いのか?
「へ〜、圭織けっこう考えてるんだ。そうだね、1分の犯行…か。無理なんじゃないかなそれは。
それになっちからの流れじゃ、ドアに針をつけるのも無理だよ。うん、針はそれより前って考え
たほうが自然だね」
それでは、計画性があった、つまり最初から自分たちは“殺されるために”ここに来たというこ
とになる。
「…考えたくないけどね。なっちは分からないけど、針は確実に誰かがあたしたちをねらってや
ったんだと思う。裕ちゃんだけをねらったってことはないんだろうけど。そうでしょ? あの状況
じゃ、誰に当たってもおかしくなかったんだから」
あの部屋自体に入ろうと言い出したのは中澤だったし、部屋を出るときになってはじめて誰かに
刺さっていたということも十分に考えられる。
「うん。誰でもよかった、って言うと、ほんとムカツクんだけどさ…」
- 66 名前:ミヤーン 投稿日:2000年11月08日(水)00時02分18秒
- おかしなことはまだある。知識がないのでよくは分からないのだが、針に塗られていたノリ状の
ものはおそらく毒物だ。中澤の症状を素人目に見ても、かなりの即効性のあるものだとわかる。
そんな確実に人を死に至らしめるようなものを所有していながら、なぜ安倍をあんな方法で殺害
したのか?
なぜ全員をねらうなら、あんな不可能な状況で犯行を行ったのか?
「スタッフだって言って、ジュースの中にでも入れとけば、もっと簡単にすむはずなのに…」
考えたくはなかったが、「犯人」は“ひとりずつ”殺害していくつもりなのだろうか。
「ホント、考えたくないね…。でもだったらまだチャンスはあるはずだよ。ひとりづつなのは、
ひとりづつしかできないから。こっちは五人いるんだもん、相手がひとりだったら何とかなるん
じゃないかな、逆にさ。まあ、ひとりだったら、だけど…」
安倍への犯行において「犯人」は存在しえない。しかし中澤への犯行においては、確実に「犯人」は
存在する。
「あたしは、その「犯人」はいると思う。現に裕ちゃんのこともあるし、…メンバーは疑いたくな
いし、ね?」
そうなると、安倍を殺害できる何らかの方法があったのではないだろうか。
あるいは「犯人」とは言えないまでも、何らかの理由で嘘をついているメンバーがいたとしたら。
「嘘? なに圭織、まだ圭ちゃん疑ってんの?」
飯田と市井の会話は、その保田の入室によって中断された。
- 67 名前:ミヤーン 投稿日:2000年11月08日(水)23時32分54秒
- ■ 飯田圭織 4
「矢口、もうちょっと一緒にいたいって」
「…ダメだったんだね。裕ちゃん」
「うん…」
そのやりとりから10分ほど、誰も何もしゃべらなかった。安倍のときとは違う、ここにいる誰も
が中澤の最後を見ているのだ。
しかし、不思議と飯田には「悲しい」「さびしい」といった感情は生まれてこなかった。いや、正確
にはそれが生まれるべき感情の余地をすべて、憎悪で黒く塗りつぶしていたといったほうがいい。
安倍への犯行の方法はまだ考えつかなかったが、それはもういい。市井に感化されたわけではな
いが、このまま何もしないでいて自分が助かるとは思えない。
相手はすでにふたりを手にかけている。だったら自分が相手の命をうばって何が悪い?
中澤は安倍のいる部屋には刃物はなかったと言っていた。「犯人」がまだそれを持っているなら好
都合だ。刺されたときには少なくとも相手と密着するはず、そこで目玉ひとつとでも引き換えに
死んでいくのも悪くない。
(このまま何もしないより、ずっとあたしらしいよ)
それは狂気だった。しかし飯田は恐怖とそれを比較したとき、まよわず狂気を選んだ。安倍、中
澤がいなくなったモーニング娘。に、未来を見出せなかったのだ。
- 68 名前:ミヤーン 投稿日:2000年11月08日(水)23時33分39秒
- 飯田が顔をあげ部屋を見回すと、他の三人はそれぞれが中澤のことを心の中で処理しているよう
だった。
バッグの中から手帳を取り出し、ビリビリやぶいて床に置いていく。15枚並べたところで一枚一
枚折りたたむと、その片面にだけ自分のサインを書いた。それを束にして両手で持つ。
そんな飯田の行動に対して向けられた目は、どれも涙で濡れていた。
いい子ばかりだと思う。確かにとっつきにくかったり、ワガママだったり、自分とは絶対にあわ
ないという子もいた。しかしそれも全部含めて、彼女たちは飯田の仲間だった。
こんな状況になってはじめて、それに気がついていた。
「後藤、動ける?」
飯田の言葉に、後藤は「困惑」の表情を浮かべている。市井がかわってそれにこたえて、
「圭織、なに? この部屋から出るの?」
「うん…。一緒にいたほうが安全かな〜、って思って」
嘘だった。飯田は保田への嫌疑をまだ捨て切ってはいない。違う。疑いがあるからこそ、それを
晴らすためにも、保田の行動にはつねに目を光らせておきたかったのだ。
「…でも、なにするつもりなの?」
保田からのその問いに、飯田は「まあね」とだけこたえておいた。
- 69 名前:ミヤーン 投稿日:2000年11月08日(水)23時34分19秒
- ■ 飯田圭織 5
部屋から四人が出たことを確認すると、飯田は手に持った束の中から一枚取り出した。開いたま
まだったドアを閉じ、背伸びをして上部にあるドアと壁との隙間にそれを滑り込ませた。
「なにしてんのさ、圭織」
保田の目には奇行として映ったらしい。
「これはね、カギなんだよ。こうしとけばさ、この部屋に入るにしろ出るにしろ、まあ今は中に
誰もいないからいいんだけど、ドアを開けたときに、ほら ――」
飯田がドアを押すと、パラリとその紙は部屋の外側に落ちた。
「―― 入ったのが分かる」
それをもう一度セットし直していると市井が、
「それじゃ、部屋の中に入ったやつにはバレバレなんじゃないの?」
紙の束の中から新しい一枚を取ると、市井に渡して「入れてみて」とドアの隙間を指差した。折っ
た側から慎重に入れていくと、市井の手がピタリと止まる。
市井の驚きの視線に、「ね?」とこたえて、
「このドア、造りがちょっと違うんだよ。普通のドアに、内側からひとまわりサイズの大きい板
がはってあるみたいでさ。だから内側からじゃ、うまくこの紙ははさめないんだよ。それにほら、
落ちてからじゃ、どっちが上だったかわかんない」
と言うと、ペラペラと紙を裏表にしてみせた。「この部屋はサインが上ね」とつけくわえる。
- 70 名前:ミヤーン 投稿日:2000年11月08日(水)23時34分53秒
- 「へ〜、圭織ってたまにスゴイね」
紙を引き抜きながらの市井の言葉に、飯田は力無く笑った。これは「犯人」追いつめるための罠だ。
それはすなわち、「犯人」との対じを意味している。結果的に仲間を兵隊や駒として考えている自
分がいやになった。
「あ、じゃあ矢口にも教えたげようよ。あたしちょっと呼んでくるね、後藤も行こ?」
「うん」
市井と後藤が手を繋ぐ、その後ろ姿を見送って。飯田は正面の部屋のノブをチェックしてから、
ドアを開いた。
「矢口〜、大丈夫〜? ドア開けるよ〜?」
スイッチをパチンと押す、この部屋の中も何も無い。いちおうドアの後ろも確認してから、例の
紙を、今度はサインを下にしてセットしようと ――
「矢口!」
市井のその声に隣りのドアを見た。後藤が数歩後ずさり、市井がそれに気がついて振り返る。返
ってきた市井の視線が飯田とぶつかる。
飯田が駆け出すとほぼ同時に、後藤がこちらに向かって走り出す。市井もそれを追い、すれ違い
ざまに「圭織、お願い!」とだけ言って走っていく。
その閉じられたドアを開けたとき、飯田は意外なほど冷静だった。
- 71 名前:ミヤーン 投稿日:2000年11月08日(水)23時35分33秒
- ■ 市井紗耶香 1
「矢口〜、大丈夫〜? ドア開けるよ〜?」
市井はドアノブをつかむと回転させ、ズッとドアを押した。飯田の言ったとおり、内側には一枚
大きめの板がはられていた。
矢口はメンバーの中では要領がいいほうだ。感情の切り替えがちゃんとできているし、頭の回転
もはやい。だから中澤のもとにいたいと聞いたとき、正直ちょっと意外だった。
(矢口にとって、裕ちゃんは特別な存在だったのかな…)
そんなことを考えながら、ドアを開けきった。
目の前に、たしかに矢口はいた。
中澤におおいかぶさるようにして、その体は動かない。こちらに足をむけたかっこうの中澤に、
抱きつくようにしているため、それはいやでも目に入ってくる。
「やっと思い通りの色に染められた」と自慢していたライトブラウンの髪が、後頭部のあたりから
半分以上、どす黒く変色した紅色に染まっていた。
「矢口!」
思わず叫んでしまってから、うしろを振り返る。後藤は背中を壁にピタリと密着させて、なおそ
の両足は後ろに行こうと壊れたロボットのように動いていた。
今の後藤は危うい。もともと矢口などとは比べ物にならないほど、感情のコントロールが苦手で、
人の死を納められるほどの心の容量もない。これまで接してきて、市井はそのことを十分に承知
しているつもりだった。それだけに、自分が取り乱してしまったことが後藤にあたえるダメージ
を考えれば、それはあまりにも軽率な行為だった。
- 72 名前:ミヤーン 投稿日:2000年11月08日(水)23時36分07秒
- (圭織っ)
視線を隣りの部屋向ける。飯田と目が合ったそのとき、市井の視界のはしを後藤が駆けぬけてい
くのが分かった。
(…あ)
後藤へのばした手はとどくはずもなく、市井はそれをきっかけに走りだした。飯田とすれ違いざ
まに「圭織、お願い!」とだけ言い残す。
「ちょっ後藤! 待って!」
市井のその言葉に保田が反応して、強引に後藤の腕をつかむ。いきおい余ってふたりが倒れこん
だ。
後藤はまるで子供がするように、手足をバタつかせている。市井は追いつくと、うしろから後藤
を抱きしめていた。
- 73 名前:ミヤーン 投稿日:2000年11月08日(水)23時36分39秒
- ■ 市井紗耶香 2
飯田がそのまま部屋へ入り、三人はそのまま立ち上がることもなく、市井を真ん中に並んで壁に
背をあずけていた。
ノースリーブの露出した肩に、後藤が頭をのせている。こんな短時間で後藤が落ち着きを取りも
どせるとは思えない、微妙な位置で必死に精神のバランスをとっているのだろう。市井はその頭
にほほをよせた。
それからどれぐらいの時間が経っただろう。実際はほんの数分のことなのかもしれないが、後藤
を注視し続けていると、それはずいぶん長かったようにも思われた。
まるで現実味がわいてこない。
安倍が刺され、中澤が毒の塗られた針を受けた。そして今度は矢口だ。
ことが連続しすぎているからだろうか、その重みはほとんど感じることができないでいた。
(メンバーが死んだのに、泣かないあたし、…か)
素直に衝撃を受け素直に泣いている後藤が、なんだかうらやましく思えた。
市井の涙を止めているもの、それは「自分が何とかしなければならない」という、ある種の責務に
似た感情だった。
頼るものはたくさんあるはずだ。今日の飯田はいつもと違うし、保田もかたわらにいてくれる。
しかしそのどれにも、市井は完全に身をあずけることができないでいた。
ひとつため息をついて、後藤の頭を撫でる。
- 74 名前:ミヤーン 投稿日:2000年11月08日(水)23時37分27秒
- 矢口にも分かるよう部屋のドアはずっと開け放たれていた。市井もずっとそこを見ていたという
わけではないから断言はできないが、誰も目の前の通路は通らなかったはずだ。
その部屋から左、廊下へ行くドアまでは向かいあった中澤の部屋と安倍の部屋しかない。そして
中澤の部屋を市井が出たとき、そこには保田と矢口の他に誰もいなかった。
安倍の部屋は出入口の辺りまでその血が広がっていて、中澤や保田がそうしたように靴をぬがな
いかぎり足跡が床に残ってしまう。
とすると、犯人は廊下に出るドアの向こう側にいた、ということになる。それは犯人とすれば、
かなり危険な賭けだったのではないだろうか。
(そうでもない、か)
相手はこのビルの鍵を持っているのだから、廊下の先のドアも開閉自由だ。そこからいつでも外
に出ることができる。
(…あれ?)
ということは ――
「ねぇ、圭ちゃん」
「なに?」という保田の返事に、市井は笑顔でこたえた。
「今ってさ、チャンスなのかも」
- 75 名前:ミヤーン 投稿日:2000年11月10日(金)00時00分59秒
- 今日はじめて、「全角スペース」なるものの存在を知りました。
ということで、次回更新で完結予定です。
- 76 名前:ミヤーン 投稿日:2000年11月10日(金)00時01分45秒
- ■ 市井紗耶香 3
「だから、「犯人」はこの向こう側にいるはず。いないとおかしいんだよ」
そのドアを前にして、後藤、保田、飯田に市井は説明した。
飯田によれば、矢口は何か鈍器のような物で後頭部を一撃され、絶命していたらしい。このさい
その方法よりも、犯人が市井たちのいた部屋よりトイレ側へは行けなかったという方が重要だ。
中澤の部屋にいた飯田を呼んでから、いったん安倍の部屋も調べてみた。
床に広がっていた液体は変色して表面が凝固していた。上から踏んだ跡などは無く、通路の床に
も安倍を発見したときに矢口がつけたものとおぼしき足跡が残っていただけだった。部屋の中も
確認してみたが、安倍の体が横たえられているだけで、入った形跡も、もちろん出た形跡も無い。
つまり、矢口を殺害した犯人は、廊下からやってきて再び廊下へ戻っていった、ということにな
る。
「それは分かったけどさ〜、紗耶香ぁ。この向こうにいるんじゃ、カオリたちヤバくない?」
「なに言ってんの、この向こうにいるから大丈夫なんじゃない。いい? 犯人があたしたちが一
緒にいるときに出てきたこと無いんだよ? まあ、どんな理由があるのかは分かんないけどさ。
で、たぶん犯人はこの向こう、廊下にはいないと思うんだ。いるとすれば廊下の先、鍵のかかっ
たドアの向こう側だと思うんだよ」
と言うと市井はあっさりとドアを開く。三人が同時に「あっ」という驚きの表情になった。
- 77 名前:ミヤーン 投稿日:2000年11月10日(金)00時02分22秒
- 「ほらね?」
廊下に出て左右を確認してみたが、それらしい姿は無かった。予想通りだ。
市井を先頭に、後ろ手に手を繋いで後藤、飯田、保田とつづいて廊下を進んでいく。それは安全
地帯を広げていくための、大事な一歩のように感じられた。
道が左に折れる。その瞬間はさすがに緊張していたがそれも杞憂に終わり、市井たちは閉じられ
たドアの前にいた。
「ホントにこっち側も鍵、いるんだね」
保田がめずらしそうに、そのディスクシリンダー錠をジロジロ見ている。すると唐突に、ガンッ
とドアを足蹴にした。
「ッテテ。開かない、か」
「ちょっ圭ちゃん。なに蹴ってんだよ。足、悪いんじゃないの?」
「うん? ああ、逆の方だよ。痛めてるのは」
と言うと、また軽く二、三度ドアを蹴る。そういえば、最初三人でここに来たとき、飯田も同じ
ようなことをしていた。最後には体ごとぶつかっていこうとするのを、後藤とふたりで何とか止
めたのだが、またこういう光景を見ると極限状態であることを再確認させられる。
「で紗耶香ぁ。ここに来て何するの? 閉まってるじゃん」
「何? って言われると、まあ、何にもすることないんだけどさ。みんな冷戦に、ちゃんと落ち
着いてみよ? ほら、整理するって言うかさ」
市井はそう言うと、ドアを背にして腰を下ろした。
- 78 名前:ミヤーン 投稿日:2000年11月10日(金)00時03分05秒
- ■ 市井紗耶香 4
今までの経緯を整理することで、みんなが落ち着いてくれるとは正直思えない。とくに後藤には
逆効果だ。しかしそれ以上に、市井は誰かに話しを聞いてもらうことで、自分の中で何らかの新
しい展開を見せてくれるような、そんな期待感を抑えられなかった。
まずはどこから話そう。はじまりからと言うなら、市井たちがバラバラに呼ばれたところからだ
ろうか?
「それは裕ちゃんが言ってたじゃん。なるべく「同じ時間」に集めるためだって、だからカオリた
ちみんな閉じ込められたんでしょ?」
そう、そのとおりだ。市井たちが部屋に全員集まったそのとき、犯人はこのドアを閉じると同時
に「こちら側」に入ってきた。これは中澤の考えで正解のように思われた。
次に起こったのは、安倍への犯行だ。おそらく死因となったのは、多量の出血によるショック症
状だろう。あれだけの血液が一気に出たのだ。中澤は結局その詳細を語らなかったが、大体予測
はできた。
そして、矢口による「保田の犯行の不可能」と飯田による「犯人の存在の不可能」という二点、これ
は未だ消化不良のままだった。
「…あたし、矢口のあとに出て、そんな殺してなんかないよ。絶対っ」
それは分かっているし、そう信じたい。なにより飯田の説もそれを前提にしているのだ。
「あのとき、あたしもトイレに行きたくなってさ。部屋を出たんだよ。みんなが出たちょっとあ
とだったかな、なっちに「トイレ行ってくるよ」って言って」
そのとき安倍の部屋での位置はどうだったのだろう? もしドアの近くにいたとしたら、犯行の
短縮になるのではないか?
「なっち? なっちはみんながいたときとかわんないよ。イスに座って雑誌読んでた。あたしの
話しも聞いてないって感じでさ」
「そのあと、圭ちゃんはトイレに行ったんだよね?」
「う、うん、そうだよ。時間? 時間はホント30秒か、1分もかかんなかったと思う。音も、気
にはならなかったけど」
「30秒か1分ぐらい…。紗耶香ぁ、やっぱり無理だよぉ。なんかこれじゃあ、返り血? 浴びな
いで、なっちを刺しちゃう方法考えたほうが、ずっと楽だよね?」
「ちょ、圭織…?」
「じょーだん、冗談だって。」
- 79 名前:ミヤーン 投稿日:2000年11月10日(金)00時03分46秒
- そのこともたしかに問題ではあるが、市井が疑問に感じた点はそこではない。
それは、どうやって犯人が“部屋の中に安倍がひとりでいること”を知ることが出来たのか?
ということだ。
これはあくまで結果だ。もしかしたら全員を殺すつもりで部屋に入り、そこにたまたま安倍がひ
とりだっただけなのかもしれない。しかしそれならば、メンバー全員をこのビルに閉じ込めてい
るのだから、そのまま部屋で待ち、帰ってきたところを狙えばよいのではないか?
それこそ中澤に用いた毒物を使えば、さらに犯行は「楽」になる。
「持ってる毒の量が少ししかなかったとか?」
犯人に他の目的がまだあったのか、それとも本当に少量しかなかったのか。それは完全に憶測の
域を出ない。
そういえば、犯人はこの10室の部屋のどれかに隠れていたのだろうか? だとすれば、かなり危
険をおかしていたことになる。
「それってさぁ、なんかヘンだよね。紗耶香の考え方じゃさ、犯人ってカオリたちが一緒にいる
ときは出てきちゃダメ、みたいになってない?」
そのことに固執しているつもりはなかったが、犯人を不特定多数の「誰か」にしてしまいたくはな
かった。なぜなら ――
「キャシーさんが、一番、ぅぐ、怪しいよ」
「…後藤」
「だってそうでしょ? ぅん、みんなキャシーさんに呼ばれた、んだよ?」
そう、マネージャーのことが市井の中で宙ぶらりんのままになっていたのだ。彼女本人か、彼女
を指示できる人物。つまり事務所関係者だとすれば、顔を見せないということも納得できる。
「そうかなぁ…? 今マネージャーさんが来たら、カオリ「助かった」って思っちゃうけどな」
「この鍵をあけて?」
「あ、そっ…か」
いくら事務所関係者と限定してみても、まだ範囲が広すぎる。
事務所関係者かそうでない第三者か、動機めいたものが未だ見えてこない今の段階では、その判
断は難しかった。
- 80 名前:ミヤーン 投稿日:2000年11月10日(金)00時04分28秒
- 「その次は裕ちゃんだよね?」
犯人は中澤を殺したあの針を、いつセットしたのか? これは安倍殺害以前と考えていいだろう。
この階に侵入した直後にセットしたのかもしれないし、それより以前にすでに取り付けられてい
たのかもしれない。ただし、安倍への犯行後は、市井と矢口がドアの前にいたため完全に不可能
だ。
「でもさ、あのとき裕ちゃんがあたしにさ、この部屋だって言わなかったら、あんなことにはな
ってなかったんだよね?」
たしかにおかしい。どうしてあの部屋に取り付けられいたのだろう?
「だね〜。カオリもまだ2部屋しか見てないから、他の部屋が全部って言いきれないんだけど、
たぶん無いんじゃないなぁ?」
あの針は言ってみれば、一回きりの切り札だ。さすがに市井たちも同じ手にかからぬよう、今も
注意は払っている。そういう意味で、ひとつしかセットしていなかった、ということには納得が
できる。
(あれ…?、ちょっと待って)
本当に中澤は、その毒針によって殺されたのだろうか? そう、なぜ今までそのことを疑問に感
じなかったのだろう。
中澤の症状はたしかになんらかの毒物によるものだった。そして飯田によってドアノブから針が
見つけ出された。市井は何も考えずこのふたつを結びつけていたが、本当にそうなのだろうか?
「ドアのところで、圭織と紗耶香がさわいでたよね。あのあと、矢口が落ち着いたから見てみた
んだけど。裕ちゃんの、この、右手の中指のところにさ、血のあとがちょっと残ってた」
「ほら、カオリの言ったとおりじゃん。あれ以外に裕ちゃんが、特別やったことなんて無かった
もん」
となると、やはりなぜあの部屋が選ばれたのかが問題になる。
「あたしたちがいた部屋に一番近かったから、でいいのかな?」
「う〜ん、他にはちょっと浮かばないよ。でもさー、隣りの部屋だって近いって言えば近いよね」
安倍の殺害方法、毒針がなぜあの部屋に取りつけられたのか。結局、疑問は未だ疑問のまま、そ
のディテールを少し細かくしたにすぎなかった。
- 81 名前:ミヤーン 投稿日:2000年11月10日(金)00時05分15秒
- ■ 市井紗耶香 5
「次は矢口のことなんだけど。圭織、話してくれる?」
市井のその声に飯田はこともなげに、
「頭の後ろ、ここ、ここね? ここをガーンって殴られたんじゃないかな。血がすごく出てたし、
もう心臓も動いてなかった」
「え? 「かな」って、しっかり確認したんじゃなかったの?」
「だって、やじゃない?」
市井と保田が、「あきれた」とため息をつく。まだ死亡を確認してくれただけ、よしとしておくべ
きなのかもしれない。
「あ、そうだ、カオリの推理も聞いてみてよ。いくよ、じゃあみんな持ってるもの全部出して」
(え…?)
やはり飯田は保田への疑いを、まだ晴らしていないのかもしれない。いったんはそう考えたのだ
が、しかしこれもひとつの可能性として見てみたくもあった。
市井はけさがけに小さめのバッグをひとつ、後藤もそれとサイズ自体はさほど変わらないバッグ
を下げている。飯田と保田はそれより大き目のバッグを手にしていた。その他にも各人持ってき
た物はあったのだが、すべて安倍の部屋に置いてきたままだった。
座っている四人の真ん中に、飯田がバックの中身を床に広げる。
携帯電話、手帳、化粧道具、500mlペットボトル、―― これまでの犯行と繋がるような物は何
も無いように思われた。
「カオリはこれ以外は、この、…ガムと飴、それだけだよ。じゃあ次、紗耶香は?」
市井も中身を広げたが、飯田と同じ程度の物しか入っていなかった。
「他には何も無いよね? じゃあ後藤」
後藤もそれに従う、中身は同じで駄菓子類が少し入っていただけだった。
「最後は圭ちゃんだね。ほら、見せてみてよ」
飯田はいつもそうするように、アゴを少し引いた上目遣いで保田を見ている。たしかに、これは
矢口のことだ。
矢口と中澤の部屋には何も無かった。安倍の部屋にも入った形跡は無い。つまり、矢口を殺害し
た犯人は、“何らかの凶器”を未だ所持している可能性はかなり高い。あのときもし保田が犯行
を行ったとしたら?
凶器はこのバッグの中、ということになる。
- 82 名前:ミヤーン 投稿日:2000年11月10日(金)00時05分54秒
- 「…い、いいよ。もちろん」
保田はそう言うと、バッグをいきなり逆さにした。中身がバラバラと音を立てて落ちる。
携帯電話、手帳、化粧道具、500mlペットボトル、他とかわりない。目立ったものといえばデジタ
ルカメラ、足のためなのか薬用のシップがあった程度だろう。
「ほら、何にも入ってないでしょ?」
「う〜ん」とうなっている飯田を横目に市井は、
(これじゃ、ホントは足りないんだよね)
重要なアイテムは凶器ではない。このビルの鍵だ。それさえあれば保田でも、この廊下を往復す
ることで、鍵のかかったドアの向こう側に置いておいた凶器を使い、それをもう一度隠しておく
ことも出来たはずだ。
(いかんいかん)
すぐに考えを修正する。
頭から保田を信頼しているというわけでは、もちろん無い。ただ今のところ、矢口の言っていた
ことと、仲間を信じていたいという気持ちがあれば、その嫌疑は晴らせるような気がしていた。
- 83 名前:ミヤーン 投稿日:2000年11月10日(金)00時06分56秒
- ■ 市井紗耶香 6
「ちょっとカオリさぁ、やっぱり行ってくるよ」
しばらく何をするでもなく15分ほど時間が経とうとしたころだろうか、飯田が急に立ち上がって
そう言った。
「えっ? なに圭織。行くってどこによ」
市井の問いに、飯田は「これこれ」と自らの両手にある、例の紙の束を主張した。
「だって、さっき言ったじゃん。向こうには誰もいないんだよ?」
「紗耶香ぁ、それってさ。犯人がひとりだけだったら、でしょ? 他にもいるんだっら、向こう
にいるかもしれないしさぁ」
(それは、…無いとは言いきれないけど)
犯人が、マネージャーと誰か、あるいはさらに複数人いるという可能性はたしかにある。しかし
それならなぜ、明らかに個人の趣向が反映されたような、ひとりづつ連続して、という犯行方法
がとられているのだろうか。
「圭織待って、ここにいたほうがいいよ。ひとりで行かないで」
「ここにいたってかわらないと思うけどなぁ。だって犯人、そこから入ってくるんでしょ?
だったらどこで会っても一緒だよ」
ここにいるということは、そういう意味ではない。このドアだけは“防音されていない”のだ。
部屋の中のドアはすべて防音加工が施されており、たとえ耳をつけても外はもちろん内側からで
も、犯人の足音は聞くことはできない。
突然目の前に現れるのと、事前に察知しているのでは雲泥の差だ。
通路のドアは、内側からすれば引き戸になる。それでは犯人に先手を取られる危険性があった。
「それに、誰もいないって言うんだったら、安心じゃん? まあ、とにかく行ってくるよ」
とだけ残して、飯田は振り返りもせずに歩き出していた。
- 84 名前:ミヤーン 投稿日:2000年11月10日(金)00時07分27秒
- 「ちょ圭織っ!」
その声に振り向いた飯田は、見たこともないほど真剣な顔つきで、けれど優しい声で言った。
「カオリにとってはね。やっぱりさ、なっちも裕ちゃんもいない「娘。」は、「娘。」じゃないんだ
よ。…ごめんね」
足早に行く飯田を追おうと、市井が立ち上がる。しかし今飯田を追って背後に隙を作るのは、何
より危険な行為だ。
もしものとき、ふたりで対処できるのだろうか? 三人で行くべきではないのか? このまま自
分ひとりで行って、後藤は混乱しないだろうか?
様々な考えが頭をめぐる。
「圭ちゃん、後藤とここに残っといてくれる? 後藤も圭ちゃんの言うこと聞くんだよ。それと、
…気をつけるんだからねっ!」
それが市井の出した答えだった。
廊下の先、飯田はドアを開けようとノブに左手をかけていた。それを回転させて左足を一歩通路
に出す。体が半身、ドア枠に隠れて消えた。瞬間、ビクッと全身が大きく弾けて、その動きを止
める。
そのままゆっくりとあとずさる。こちらに向けられた顔はまだ、いつもの困惑したような表情の
ままだった。
その胸に、垂直に立った矢柄とその先の矢羽が見えた。
市井は曲がり角の壁に手をついたまま動けなかった。
- 85 名前:ミヤーン 投稿日:2000年11月10日(金)00時08分10秒
- ■ 市井紗耶香 7
「圭織っ! ねぇ圭織っ!」
保田がぐったりとした飯田の体を何度もゆする。口内に溜まった赤い液体が、ダラダラとこぼれ
落ちた。
飯田の左胸、驚異的な正確さでその心臓の位置を、ボーガン用と思われる短めの矢が貫いていた。
市井は何もできなかったのだ。
追ってやって来た保田に声をかけられるまで、曲がり角を動くことができなかった。倒れこんだ
飯田の口がパクパクと動き、それが完全に止まるまで、動けなかったのだ。
(なにが、「チャンス」だっ!)
(なにが、「犯人は向こう側にはいない」だっ!)
(あたしのせいで圭織が死んだ!)
(あたしが圭織を殺したのと同じゃないかっ!)
叫び出したいという衝動が市井の頭の中を埋め尽くす。他人に無責任に自分の憶測を押しつけた、
その結果がこれだ。
行き場を失った感情を抑えきれない。後藤に隠す間もなく、市井は吐いた。さきほど口にした菓
子類から朝食べてきたコーンフレークまで、胃にある大概の物を吐き出した。
涙がこぼれ落ちる。しかしそれは、市井が期待していたような心理的なものではなく、あくまで
生理的な、反応としての涙だった。
「ちょっと、紗耶香? 紗耶香! 後藤、紗耶香を見てあげ ――」
後藤も、もう限界だった。目の前でふたり人が死んでいるのだから、当然といえば当然だが。他
にも理由があることを、市井は後藤から聞いていた。
後藤の焦点のずれた瞳が、フワフワと宙を泳いでいる。
- 86 名前:ミヤーン 投稿日:2000年11月10日(金)00時08分41秒
- 「…ぁやか、紗耶香、紗耶香ぁ。あたしもう、やだよぉ」
突然、腕を引張られる。おぼろげな視界で見上げた先には、保田の泣き崩した顔があった。
「後藤も…」
そう言って、保田はふたりの手を取ると強引に引いてドアを抜け、ドアの並ぶ通路に出た。
(そっちは、危ないよ。圭ちゃん…)
飯田は正面から矢を受けているのだから、この10の部屋のどれか、あるいはトイレに犯人はいる。
下手に出て行くのは自殺行為だ。
しかしそれを知ってか知らずか保田は、四人がもといた部屋まで来るとそのドアを開いた。パラ
リと飯田がセットしていた紙が落ちる。
誰もいない部屋にふたりを押し込んで、保田はドアの鍵を閉めた。
「最初から、こうしとけば良かったんだ」
(これじゃ、犯人の足音も聞こえない。犯人は、あのドアの鍵を閉めれたんだよ? このドアも
開けられるに決まってるよ…)
市井は壁にもたれかかったまま、消えそうになる意識を何とかつなぎとめようとしていた。嘔吐
しただけでこんな症状がおきるのだろうか?
かすむ目で後藤を確認する。
ぐったりして動かない。「まさか」と腕をのばしたところで意識は完全にとぎれ、カクンと全身が
力を失って、その場に倒れ込んだ。
(…後藤)
- 87 名前:ミヤーン 投稿日:2000年11月10日(金)00時09分34秒
- ■ 市井紗耶香 8
壊れた蛍光燈のように、明滅を繰り返している。
背中の冷えた感覚であお向けに寝ていることが確認できた。あまり時間は経っていなのだろうか?
強くまばたきをすると、ピントのぼけたままだった視界がその世界を取り戻し、見覚えのある空
調装置が見えた。あの部屋の中なのだ。
体は ―― 動く。両の手のひらを開いて、目の前に持ってくる。ひらひらと裏表にしてみた。
異常は無い。体も拘束などはされていない。
そこまでゆっくりと考えて、市井はハッと上体を起こした。
(後 ―― とう?)
コーディネートを無視した、あのシューズが最初に目に入った。
「圭ちゃんっ!」
とっさに部屋を見回す。後藤の姿はそこには無い。一周して戻った視線の先には、胸元を朱に染
めた、保田の体が横たわっていた。
駆け寄って腕を取った。脈の取り方ぐらいは心得ている。しかしそこには期待した律動は刻まれ
てはおらず、口元からひとすじ赤い線を引いた、保田の蒼白の顔が宙に向けられていた。
ぽたり、と、手の甲に微弱な触感があった。
(あ、…泣いてるんだ、あたし)
ほほを伝い次々と落ちる涙は、予想していたよりもずっとあたたかかった。
こんなかたちでしか、完全に保田を信用することができなかった自分がいやになる。なにより、
守れなかった自分が、守れる自信を持っていた自分がいやになった。
- 88 名前:ミヤーン 投稿日:2000年11月10日(金)00時10分26秒
- もはや、自分のできることはかぎられている。後藤を守ること。今はそれしか思いつかない。
後藤が犯人であることはありえない。後藤とはずっと一緒にいたのだ。犯人の共犯者という可能
性すら、市井には考えられなかった。
今日起こったすべての犯行に、後藤はまったく関係していないのだ。安倍への犯行時は市井とふ
たりで飯田をなだめていた。中澤が倒れたときも、市井の横で震えていた。矢口のときもそうだ。
唯一離れていた飯田が狙撃されたときも、保田のあとにフラフラとやって来た。
(あたしは、ずっと後藤といっしょにいたんだから!)
市井は勢いよく立ち上がった。グラリと一瞬平衡感覚を失ったが、そこは踏ん張って、
(後藤を、…助ける)
ドアを開け、通路に出た。
方法を考えている余裕はない。ようは手当たりしだいだ。市井は目の前のドアから開けて、蛍光
燈のスイッチを入れていく。
中澤と矢口、飯田、安倍。動かなくなったメンバーを視線は通りすぎる。
(後藤!後藤!後藤!)
いったん流れ出した涙は、なかなか止まってくれなかった。視界がぼやける。
(今は、邪魔なんだよっ!)
市井は駆け抜けた。
そして最後に残ったのは、女子用トイレの横の部屋だった。市井はゆっくりとそのドアノブを回
転させる。
ズッという抵抗感。ドアを一気に開け、スイッチを入れる。
そこに立っていたのは、後藤真希、ただひとりだった。
- 89 名前:名無しさん 投稿日:2000年11月10日(金)00時30分06秒
- 市井は後藤に一生懸命だなあ
そしてトリックはさっぱりわからん
犯人もさっぱりわからん
- 90 名前:名無しさん 投稿日:2000年11月10日(金)02時42分08秒
- 自分にもさっぱりわからん。<トリック
でも、推理するよりも作者さんがどう終わらせるのかが楽しみ。
- 91 名前:ミヤーン 投稿日:2000年11月11日(土)00時01分41秒
- 結末編、スタート。
- 92 名前:ミヤーン 投稿日:2000年11月11日(土)00時02分11秒
- ― カーテンコール ―
- 93 名前:ミヤーン 投稿日:2000年11月11日(土)00時02分46秒
- ■ 中澤裕子 12
矢口を支えたときにひねったのかな、手首がなんだか痛い。
何回かふるふると右手を振りながら、あたしはその部屋に入った。あとから入ってきた圭坊がド
アを閉める。
(…やっぱりか)
足元まで来ている赤い液体。あたしは一度、圭坊と顔を見合わせた。
その池の中央でうずくまっているなっち。あたしはびちゃびちゃと音を立てながら、そこによっ
て行った。
「ゆ、裕ちゃん」
圭坊の言葉はいっさい無視して、なっちの顔を覗き込む。
「はぁ〜」とひとつ、大きめのため息をついた。
それからしゃがみ込むと、あたしはのばした手をなっちの鼻へ。そして指先できゅっとつまむ。
10…、20…、30…、よんじゅ ――
「ぷは〜っ、なんだよ裕ちゃん、殺す気!」
案の定、なっちがこらえきれなくなって、顔を上げる。その顔は真っ赤になっていて、けっこう
笑えた。
「は〜い、ご苦労さん」
大体の見当はついていたわけ。
- 94 名前:ミヤーン 投稿日:2000年11月11日(土)00時03分25秒
- 最初から話すと…。え? あたしたちがへんな呼ばれ方をされたところ? 違う違う。その前、
そう、このビル。
都内で何の企業も入っていないビル。そんなのあるわけない。じゃあこのビルは何なのか?
企業が“入っていない”んじゃなくて、“入る前”の状態なんじゃないのか。それがあたしの最
初の考えだった。
では、なぜまだ入ってないのか、これは地下に来て簡単に分かった。
ヒントは防音設計されたドアとせますぎる通路。そう、“入ってない”んじゃない、“入れなか
った”んだ。
少し前のワイドショーで、カラオBOXを建てて、入り口がせまくてカラオケ器材が入らなかっ
た。というオバカな話しを見たんだけど、まさにそれなんじゃないかって思った。
じゃあ、これだけの防音された部屋を使う企業ってなんだろう。ワイドショーのようなカラオケ
BOX? それも考えたんだけど、ちょっとピンとこなかった。
そのあと、部屋の中に入ったらほとんど何も無い。「ああ、やっぱりね」って。
メンバーをずらして呼んだ。その理由は、今になっては簡単に分かるんだけど、そのときはちょ
っと気がつかなかった。
でもさ、後藤だっけ? キャシーさんが犯人だって言ったの。あれでなんとなく分かった。
急なスケジュール変更。その変更する前は? あたしたちは“オフ”が入っていた。
オフの日にみんなで集まろうと言っても、それぞれプライベートがあるんだから、全員が集まる
とはかぎらない。だから、マネージャーにたのんで、「仕事」にしてもらったとしたら?
呼んだのはメンバーの誰かで、ここは事務所の持ち物ってことにならないかな。アップフロント
ミュージックスクール10月生募集って、そういえば言ってたし、その建物なんじゃないのかな。
と、ここまで考えたんだけど、正直あたしにはいまひとつ確証がなかった。だから全部の部屋を
見て回りたかったし、トイレも見ておきたかった。
事務所が娘。を売っちゃったとか、そんな最悪の可能性だってまだ十分残ってたから。
- 95 名前:ミヤーン 投稿日:2000年11月11日(土)00時03分55秒
- けどその確証をあっさりくれたのは、他でもない、この部屋。この赤い液体だった。
「これって、「血のり」ってやつやろ?」
あたしは振り返って、「あいたー」という表情をしている圭坊に確認する。
「裕ちゃん、なんでわかったのさ」
逆に聞いてくる圭坊に、
「なんで、って“匂い”に決まってるやん。こんだけの血の量やったら、息できひんくらいにな
ってなおかしいって」
「はぁ〜」と大きなため息をついてから、
「ほら、言ったじゃんなっち。量多すぎだって。こんなに出るわけないじゃん。水も無くなっち
ゃうしさ、くんでくるのあたしなんだからね」
なっちはしゅんとして、その場に立ち上がる。それで圭坊がトイレに来たわけか。
「だってぇ、多いほうがインパクトあるって思ったんだよ。もう〜、そんなに言わなくてもいい
じゃん」
「あ〜、あとそれから。なっち顔が健康的過ぎ。こんだけ血出したら、普通そんな赤い顔してへ
んて」
「もう〜」
とふくれたままのなっちと圭坊。あたしは駄目押しにと続ける。
「ここへ別々に呼んだのは、たしかに同じ時間に呼ぶためやとは思う。けど、それだけやないん
やろ? そう、七人全員がこの部屋にいながら、このビルに施錠できる。つまり、外にはキャシー
さんか誰かが、鍵を持って待ってるんやろ?」
あたしは圭坊の方を見る。と、唇をとがらせて、
「石川が、外で待ってる。もうカギかけたんじゃないかな? 10時って言っといたから」
あたしはニッと笑ってから、
「そしたら、話してもらおか? なんでこんな手の込んだことしたんか」
- 96 名前:ミヤーン 投稿日:2000年11月11日(土)00時04分27秒
- ◇
「最初はね、後藤が言ってきたんだけどさ」
圭坊が話しはじめる。なっちもこのことは初耳だったのか、珍しく興味を引かれているみたい。
「紗耶香、いるでしょ? あの子さ、卒業するって言ったとき、なんか全部ひとりで決めちゃっ
てて。なんか、さびしいっていうか、くやしいっていうか。そんな話し、してたんだ」
たしかに、メンバーがそのことを聞いたのは、紗耶香が完全に決心を固めたあとのことだった。
あたしも「一言ぐらい相談しろよな」とは思っていたんだけど。
「そしたら後藤が、こんなのどう? って今回のこと話しはじめたんだ」
「てことは、後藤が考えたわけ? こんだけのこと」
「え? あ、それはあたしたちふたりでそのあと決めたんだよ。後藤が言ったのは、「市井ちゃ
んをビックリさせてやろう」って感じで」
それから圭坊は、ざっとことの経緯を話してくれた。要するに、この大掛かりな計画は、紗耶香
ひとりを驚かせるためのものだったらしい。
あたしはため息まじりに、
「〜ぁ、そういうことは、プッチモニの三人だけでしてほしいわ。あたしの貴重なオフを…」
「だって、ほら。最近、メンバーの繋がりが薄くなってるっていうか、みんなけっこう自分勝手
やっちゃってるし。こういう緊張感が、なんかの刺激になればな、…と、あたしは」
「まあ、そうなればええんやけど…」
とりあえず、あたしはこの話しにのることにしたのだ。
- 97 名前:ミヤーン 投稿日:2000年11月11日(土)00時05分03秒
- ■ 矢口真里 7
やだやだやだやだ! 裕ちゃん死んじゃヤダよぅ。
涙、止まらない。裕ちゃんが死んじゃうなんて考えたこと無かった。こんなに子供みたいに抱き
ついたのも、これが初めて。
初めてが最後になっちゃうなんて、…ヤダよ。
あたしは裕ちゃんの胸で泣いてる。横にいるのは、たぶん圭ちゃん。紗耶香たちは出て行っちゃ
った。
それから、裕ちゃんは…、やだやだやだやだ、死んじゃヤダよぅ。
「裕ちゃん、いい加減にしなよ…」
え? 圭ちゃんなに言ってんの。裕ちゃんは ――
「いや、これはこれで、けっこう…」
あれっ? あたしの目の前で裕ちゃんの口が動いた。今動いた。
「裕ちゃんて、…けっこう趣味悪いよね」
- 98 名前:ミヤーン 投稿日:2000年11月11日(土)00時05分33秒
- ◇
「ちょっと矢口〜。なぁ、機嫌直してて」
裕ちゃんが生きてたのはよかった。それは、まあ、よかった。よかったんだけど、やっぱりよく
ない。
「なんで、人をだますみたいなこと、するんだよ」
「えっと、矢口。それはね、裕ちゃんが言い出したんじゃなくて、あたしと後藤がさ」
圭ちゃんがフォローを入れる。それもなんだか腹立たしい。
「誰が言い出したとか、そういうことじゃないの。裕ちゃんはリーダーなんだよ? メンバーを
だましていいわけないでしょ?」
うん、そうだよ。リーダーのくせに、あたしをだますなんて。
「あ、いや、これを期にな。こう、団結がよりいっそう固まるかな、と」
「固まんないよ! もうなんでだますかなぁ〜」
そう、裕ちゃんのくせに、あたしをだますなんて。…あれ? それは違うか。
「そやったら、なに? もう、ここでやめにする?」
「―― え? そんなわけ…ないじゃん」
- 99 名前:ミヤーン 投稿日:2000年11月11日(土)00時06分13秒
- ■ 飯田圭織 6
そのドアを開けたとき、カオリは冷静だった。だって、分かっちゃったんだもん。
「こら〜、裕ちゃん! 矢口〜!」
矢口の上からズベ〜っと、体を乗っけてやった。
「う〜う〜…死ぬぅ」
サンドイッチされた矢口が一番苦しそう。分かったならゆるしてやるか。
カオリがなんで分かっちゃったか、それは簡単、気がついたんだよ。なんで毒針があの部屋につ
けられたのか。
最初はこんなこと考えてたんだよね。
裕ちゃんと圭ちゃんでなっちを殺しちゃって、それで圭ちゃんが裕ちゃんを毒針で…。
そこで、アレ?って思ったの。なっちって死んじゃったのかなって。
だってそうでしょ? 裕ちゃんと圭ちゃん、あと矢口と紗耶香。その四人が「死んだ」って言った
ら、なっちは死んだことになるのかな、カオリは見てないのに、そう決まっちゃうのかな、って。
でさ、紙をセットするとき確かめてみたんだよ。部屋の入り口から中がそんなに見えるのか。
見えなかった。矢口と紗耶香はちゃんと見えてなかったんじゃないのかな? じゃあ、裕ちゃん
と圭ちゃんが残るでしょ? その裕ちゃんも死んじゃった。
って言ったのが、圭ちゃんだったんだよね。
あの部屋を選んだのは裕ちゃん。あのドアを閉じたのも裕ちゃん。
じゃあ、あの針を“つけれた”のも裕ちゃんってことにならないかな〜。
そこまで考えたら、もう楽勝。裕ちゃんと圭ちゃんとなっち。この三人が嘘ついてたんだ。だれ
も死んでなんかいないって、分かっちゃったんだ。
は〜、でもさぁ。カオリがせっかく考えた「推理」ってなんだったんだろうね〜? なんかすっご
く損した気分だよ
- 100 名前:ミヤーン 投稿日:2000年11月11日(土)00時06分58秒
- ◇
「裕ちゃんこれさぁ、髪に色残んないよね?」
「さぁ? わからんわ」
死に顔メイクのふたりは、なんだか楽しそうにおしゃべりしてる。
「カオリも、それしたい。そのメイク」
「あ〜わかるわ。カオリ泣いたやろ? 今ノーメイク状態やもん」
う〜。
◇
「カオリ、毒リンゴで死にたい」
裕ちゃんたちからやっと話しが聞けたよ。くやしいからワガママ言ってやる。
「毒リンゴて、そんなん一発でばれるで」
「そうだよ。矢口だって、これしかないって言われたから、こんな、髪赤くなっちゃってるんだ
よ?」
「だって、裕ちゃんだってさ。ほら、針って小道具つかってるし〜。あ、そうだ、あのノリみた
いのってさ、やっぱり ――」
「そ、ボンド。けっこう苦労してんで、後ろ手でくっつけるの」
やっぱりね〜。
◇
「小道具うんぬんの問題やないやろ? 毒リンゴは。まあ、小道具は圭坊に聞いてみるしかないん
やけど」
「圭ちゃんが持ってるの?」
「ああ、なんか映画のときの小道具さんに頼んだって言ってたけど。ほら、この血のり。けっこ
うすごいんやで〜」
裕ちゃんは、明らかにスルメに見える切れ端を、口の中に入れる。もごもごしてから、ベッと吐
き出すと、それはさっき見たのと同じ、血の塊に見えた。
「これ、溶かす水の分量で、こんなふうになるねんて」
「矢口のもそうだよ」
今度は矢口が、真っ赤になったエビアンのペットボトルを見せてくれる。
「それは、…使ってみたいかも」
「やろ? これにしときって」
なんかの勧誘されてるみたいな気がする…。やっぱりダメ。
「小道具使いたい!」
- 101 名前:ミヤーン 投稿日:2000年11月11日(土)00時07分31秒
- ■ 保田圭 1
「いっ、テテ」
何も敷いてない床の上に寝てるのもけっこうつらいもんなんだ。あたしはそんなことを考えなが
ら、上体を起こした。
固まった血のりがパリパリと音を立てる。ホントに良く出来てる。
部屋を見回して、紗耶香が出て行ったことを確認した。
(ちょっと酷いことしすぎたかな?)
紗耶香がもどしてる姿を見たときは、さすがに心がチクチク痛んだ。
両脇にはさんでいた丸めたシップを取る。古い手品のようなやりかただったけど、うまくいった
みたい。
腕時計で時間を確認する。といってもそれは紗耶香しだいで正確にはわからないんだけど、とに
かく部屋を出てみることにした。
廊下と通路をつなぐドアを二、三度たたくと、圭織がにゅっとドアの隙間から顔をのぞかせる。
「紗耶香たち、もう行ったかな?」
「圭織、そんなにはやく開けちゃだめだって」
「わかってる。でもさ、一回開けたんだよね、紗耶香。あ、あと、それとさ。見てくれた?
カオリと矢口の連携プレー。あのドアを開けた一瞬で、矢口から、この、矢を受け取る。へへ〜
すごかったでしょ?」
なんだか興奮気味の飯田を連れて、今度はなっちの部屋のドアを開ける。
「なっち〜、起きてる〜」
おっきなため息。やっぱり寝てた。さすがに血のりの真ん中はいやなのか、紗耶香がしていたよ
うに、イスを三つくっつけてその上で寝ている。
「ほれ、起きて起きて。時間ですよ〜」
「あれ? 圭ちゃん。さっきさ〜、急に紗耶香が入ってきたんだよね〜。驚いたよ〜」
「あ、そうなんだ」
ということは、まだ寝ついたばっかりだったのね。
- 102 名前:ミヤーン 投稿日:2000年11月11日(土)00時08分04秒
- 次は裕ちゃんと矢口。ドアを開ける。
またおっきなため息。
「な〜にしてんの、ふたりとも」
「あ、や、これは、その。裕ちゃんがさ、さっき紗耶香たちがやってて、うらやましいって言う
からさぁ」
裕ちゃんと矢口は、紗耶香と後藤がしていたような膝枕状態で、どうしてなのか裕ちゃんが矢口
のヒザに頭をのせていた。それを矢口がそっと撫でている。
「なんか疲れてるみたいでさ、ちょっと寝ちゃってるんだよ」
矢口が申し訳なさそうに言うのが、なんだかおかしい。
「しょうがない、裕ちゃん、裕ちゃ〜ん」
矢口に起こされた裕ちゃんを入れた四人を連れて、あたしはとりあえず手当たりしだいにドアを
開けていった。
最後に残ったのは、女子用トイレの横の部屋。
「なあ、掛け声どうする? やっぱりアレかな、ほら「大成功〜」っていうの」
「あ〜、それでいいんじゃない?」
「じゃあそれで決定。いくよ〜」
『せ〜のっ』
- 103 名前:ミヤーン 投稿日:2000年11月11日(土)00時08分50秒
- ■ 後藤真希 1
(あれ、どうして市井ちゃんがそこに立って
るの?そこから入ってくるのは犯人さんだけ
なんだよ?もうここの中にはあたしと市井ち
ゃんしかいないの?圭ちゃんは?じゃあ市井
ちゃんが犯人?だったらいいな。あたし市井
ちゃんと最後まで一緒にいれたんだよね?)
「市井ちゃんが、犯人だったの?」
(あたし市井ちゃんとね、これからやりたい
こと、してみたいこと、いっぱいあった。一
緒にずっといたかった。ねぇそれじゃダメ?
それだけじゃダメなの?みんなと一緒じゃど
うしてダメなの?あたしと一緒じゃ夢見れな
い?夢、かなえられない?あたしが一緒だか
らダメなの?だったらあたし直すよ、頑張る
よ。だから一緒にいよぅ?ずっと、ずっと、
ずっと、いっしょに。ねぇ市井ちゃん覚えて
るかな、きっと忘れちゃってるよね。そう、
市井ちゃんにとってはあたしとのことなんて、
きっと全然重くないんだよね。すぐに忘れち
ゃうんだよね。でもあたしにとっては、全部
大切な、すっごく大切なことなんだよ?分か
る?どうしてそんな顔してるの?あたしのこ
と嫌いになった?あたしがこんなこと考えな
い子だと思ってた?ダメだよちゃんと見てて
くれなきゃ、あたしも辛いこと、苦しいこと、
全部見せてたわけじゃないんだよ。あたし言
ったよね?新メンバーが入ってきて、すっご
く不安だって。すっごく不安で、どうしてい
いかわかんないって。どうしてさ、あたしが
つらくって、不安なときにいなくなっちゃう
の?卒業しますなんて平気で言えるの?あた
しがどんな気持ちになるか考えたことある?
あたしのことちゃんと考えてくれたことある
?今まで一度でも、あたしのことで、心をい
っぱいにしてくれたことある?そんなこと…
「あたしを置いていく市井ちゃんなんか、死んじゃえばいいんだ」
…なかったよね)
- 104 名前:ミヤーン 投稿日:2000年11月11日(土)00時09分27秒
- ■ 市井紗耶香 9
あたしの目の前に後藤がいる。
てっきり、犯人に羽交い締めにでもされて「助けて〜」とでも言ってくれるかと思っていたのに、
「なんで後藤がひとりでいるんだよっ! なんでそんなもん持ってるんだよっ!」
怒鳴っていた。
後藤を本気で怒鳴るなんて、たぶん初めてだと思う。ダンスでトチったときとか、そりゃあ怒る
けど。本気じゃない。
「なんで、…そんなの持ってるんだよ」
後藤は両手に大事そうにして、大ぶりのナイフをにぎっていた。
その血のついた刃先は、ピタリとあたしに向けられている。
(後藤がやったはずなんて無いっ! 後藤はずっとあたしといっしょにいたんだ。ずっとずっと、
いっしょにいたんだっ)
「市井ちゃんが、犯人だったの?」
心のまったくこもっていない、後藤の声。
(なに言ってんだよ、わかんないよ後藤。その血はなんなんだよ)
あたしは後藤に一歩ずつ近づいていく。不安とか、恐怖とか、そういう気持ちよりも、「どうして」
という疑問符が頭の中をぐるぐると回っていた。
一歩進むと一歩下がる。そのおかしな行進は、後藤の背中が壁についたところで終わった。
「後藤? なんでナイフなんて持ってるの? どうして? その血は、なに?」
後藤はポツリとつぶやいた。
「あたしを置いていく市井ちゃんなんか、死んじゃえばいいんだ」
- 105 名前:ミヤーン 投稿日:2000年11月11日(土)00時09分59秒
- ―― あ。
後藤が体ごとこちらにぶつかってくる。体力でも腕力でもあたしが後藤に勝てるところなんて無
い。抵抗すること自体、無駄なのかもしれない。
でもあたしは、迫ってくる後藤の両手をなんとか押え込もうとしていた。両手を後藤の両手の上
に合わせる。
ふたりの間でナイフがぶるぶるとその刃先を震えさせていた。
「後藤、落ち着いてっ! 落ち着いてよ!」
後藤の目をにらみつける。しかしそこには何も映ってはいなかった。
『あっ』
バランスを崩す。倒れ込むふたり。
ドラマで何回も見たシーン。それはたぶん、こんな終り方が一番多かったような気がした。
あたしの両手には、真っ赤でいやになるほどあたたかな血。
そして、ナイフ。
後藤のキャミソールの中央から、あふれてくるのは血。
そして、
「市井ちゃん、…痛いよぅ」
後藤の声。
あたしは何も考えれない。
後藤の瞳が曇り、ガックリとその体が落ちたとき、あたしは両手に握ったナイフを、のどに突き
立てた。
―― あたし、また泣いてた。
- 106 名前:ミヤーン 投稿日:2000年11月11日(土)00時10分37秒
- ■ 保田圭 2
ドアを開けたとたん、全員の表情が強張った。何かが、…おかしい。
裕ちゃんがすぐにドアを閉じる。両肩で息をするその顔は、メイクを抜きにしても、極端に青ざ
めていた。
「圭坊…、だけ。ついておいで」
その声の絶望的とも思える響きに、矢口が泣きそうな顔をして裕ちゃんにすがろうとする。裕ち
ゃんはあっさりそれを拒絶するともう一度、
「圭坊、ついてきて」
その部屋に入ったとたん、鼻孔から肺へ侵入し胃を締め上げたそれは、間違いなく血の匂いだっ
た。淡色の部屋の床一面に広がった血液が、異様なまでの匂いを立ちのぼらせている。
「裕ちゃん…これ」
あたしのかたわらで、裕ちゃんは立ち尽くしたままだった。
メンバーの死。それを目の当たりにして、あたしたちはどうすることも出来ないでいた。
数秒あけて、裕ちゃんがあたしの声に反応を返した。視線がぶつかり合う。
あたしはどんな顔をしていただろう。恐怖。あるいはまだそれも表情にできていない、不安定な
ものだっただろうか。
「…どうしよう」
「死んでるか、…確認してみるしかないやろ」
裕ちゃんは抑揚無くそう言うと、無造作にその血液の出所へびちゃびちゃと足音を立てながら近
づいていく。
あたしは何度かもどしそうになりながら、裕ちゃんの背中を見ていた。
まだどんな感情も沸き上がってはこない。ただ裕ちゃんが機械的に手首を調べたり、首もとに手
をやったりしているその姿を、視界にとらえているだけだった。
背中とうなじを支えていったんそれを横に寝かせてから、裕ちゃんがこちらに振り返る。その両
手は真っ赤に染められていた。
「…裕ちゃん」
ゆっくりとうつむいていた顔を上げる。手でぬぐったのであろう、所々に血の跡が残っていた。
「あかん、…あかんわ。…死んでる」
どうしてだろう。裕ちゃんのその声を、ずいぶん遠くのもののように感じていた。
そのときあたしの耳に聞こえていたのは、心臓が悲鳴を上げるようにしてはやく打つ、その音だ
けだった。
「裕ちゃんっ! こっち! まだ生きてるっ! 生きてるよ!」
あたしは思わずさけんでいた。
- 107 名前:ミヤーン 投稿日:2000年11月11日(土)00時11分14秒
- ■ すこしはやめのエピローグ
夕暮れどき。瀟洒なマンションの前に止まるタクシー。
後部ドアがバクッと開き、丁寧に、けれどいそがしくお辞儀をして、おつりをジーパンのポケッ
トに押し込みながら降りる。
数段しかない階段を軽やかに駆け上がると、オートロックを解除する。このマンションの一室は、
彼女の物なのだ。
下りてくるエレベーターをわずらわしそうに待っている。
事務所にもずいぶんと無理を言って、このマンションを買った。仕事もいそがしくなるかもしれ
ない。
入れ違いになった主婦に頭を下げる。機嫌が良かった。
結局市井紗耶香の家族は、彼女を引き取ることを拒否した。使い物にならなくなったとでも言う
ように。
どんどん上がって行くデジタル表示を眺めている。だから自分が引き取った。これからふたりの
生活がはじまるのだ。
エレベータが止まる。最上階、とまではいかないが、満足はしている。なにより彼女がいるのだ
から。
目的のドアまで一気に駆け寄ると、鍵を開ける。両側に鍵穴のついたディスクシリンダータイプ。
なんだかなつかしい。
リビング。少し開いたカーテンの隙間から入った夕日が、ベッドに横たわる市井紗耶香と、彼女
を生かすための巨大な装置をオレンジに染めていた。
「ただいま」
市井の胸に顔をうずめる。喉元にできた大きな傷痕。
「ただいま、紗耶香」
それはほんのすこし、もしかしたら誰かの見た幻想だったのかもしれない。しかしたしかに市井
の唇は刻んでいた。
『けっきょく、みんなあやつられてたんだね。けいちゃん、あなたに』
- 108 名前:ミヤーン 投稿日:2000年11月11日(土)00時11分50秒
- ■ 保田圭 3
あたしのしたことは、ほんのわずかなことにすぎない。
回し飲みしたペットボトルの中に睡眠薬を少し入れ、眠った後藤を部屋から移動させる。
そこに血のりをつけたナイフを置いておいた。ただそれだけだ。
当初の計画通りにことが進んだわけでは、もちろんない。
予定では最初に死体役を演じさせるのは、中澤のはずだった。中澤はずっとメンバー同士のつな
がりに不安を持っていた。そこをうまくつけばのってくると思った。
しかし、難関と思われた安倍が最初にあっさりところび、意外なほど「やりたい」と返してきたと
きには、正直驚いた。紗耶香との間になにか確執があったのかもしれないが、そんなことはどう
でもよかった。
矢口は「やられたらやりかえす」ほうだし、中澤の次にすればあっさりと同意してくれるだろう。
それは的中した。
飯田も、多少あつかいづらいところはあるが、それも許容範囲内に収まってくれた。
もちろん、あたしは後藤から「紗耶香を驚かせよう」なんて話しは聞いていないし、この計画を言
う必要もどこにもなかった。
あの子は本当に“最初から何も知らなかった”のだ。
そして、紗耶香は後藤のいる部屋へと入って行った。
そこからは、結局賭けだった。
もしかしたら、ふたりとも何事も起きなかったかもしれないし、あるいは紗耶香が死んでいたか
もしれない。
その確率は誰にもわからない。
だが、
あたしは勝ったのだ。
その賭けに勝ったのだ。
紗耶香は後藤を殺してくれた。
そして、自分の夢を自ら断ってくれた。
“あたしのために”
―― 了 ――
- 109 名前:ミヤーン 投稿日:2000年11月11日(土)00時12分26秒
- え〜と、終了です。
いわゆる推理小説を期待された方には、かなり肩すかしな内容だったとは思います。
ここ↓に若干手を加えたtxtファイルと、地図を置いておきます。ご入用の方はどうぞ。
ttp://www.geocities.com/miyaan01/files/
ここまでお付合いいただき、ありがとうございました。それでは。
- 110 名前:名無しさん 投稿日:2000年11月11日(土)01時45分23秒
- かなり読み応えのある作品でした。
全く先の読めない展開で、すごくスリルがあった。
名作集板小説の雰囲気を変えるような面白いラストだったと思います。
次回作も期待してます。
- 111 名前:名無しさん 投稿日:2000年11月11日(土)03時48分04秒
- 驚愕のラストですね、久々に鳥肌ものでしたよ!
いつかまた新たな作品を書いて下さい。
- 112 名前:名無しさん 投稿日:2000年11月11日(土)12時11分54秒
- 結局どっきりオチなのかぁ〜とか思ってたら・・・。
裏の裏をかかれたってカンジ。すごい面白かった。
飽きることなく最後まで読めたよ。
次回作、期待してるぞ!
- 113 名前:名無しさん 投稿日:2000年11月11日(土)17時48分27秒
- なんか…103〜105の部分、泣いちゃった…。
- 114 名前:名無しさん 投稿日:2000年11月11日(土)20時15分36秒
- なんだ結局いちごまかよ、と思ったら大ドンデン返し!
面白かったです。
- 115 名前:ミヤーン 投稿日:2000年11月12日(日)02時11分53秒
- いちおう話しはこれで終りなんですが、必要とされる方(いるのかな?)向けのあとがきです。
おもいっきり、蛇足です。自分で言うのもなんですが…。
- 116 名前:ミヤーン 投稿日:2000年11月12日(日)02時12分39秒
- ■ あとがきとしてのふたりの会話
ふぅ、とひと息ついて、目の前のテーブルにプリントアウトした用紙の束をバサリと置く。
それからあたしの方を見て、
「ヒトコトで言うと…」
ごくっとツバを飲んで、あたしも覚悟を決める。
「あっ、はい、ヒトコトで言ってください。お願いします」
というあたしのかなり真剣な言葉に、シリアスに決めすぎたとでも言うのか、相手はプッと吹き
出してから、
「まあ、前半が長すぎるよね。これじゃ飽きちゃうんじゃないかな、読んでる人は」
「そ、そうですか。んー、ですよね〜。長い、ですよね」
あたしは紙の束を手に取ると、パラパラとめくってみた。
「中澤裕子」とした、あたしとしては導入部にしたかった部分だけでも、11もある。それも結果
的に全然役に立っていない、ビルの説明がほとんどだ。
「あとさぁ、まあ言いたくはないんだけど。結構伏線死にまくってるよね。足首痛めてることと
か、紙の束セットすることとか」
「は、はひ…」
「そうだ、あれ気になったの。あの小道具。どっから持ってきたことになってんの? 鍵かかっ
たドアの外、っていうのは無理だよね?」
「あれはですね。いちおう、トイレの清掃用具入れの中にまとめて入っている、ってことで…」
「あ〜、そうなんだ」
ひゃ〜、あたしはすでにかなりの量の汗を手に握っていた。
まわりに見せる人がいないからって、この人に見せたのは間違いだったのかも…。
「ん〜、構成もね〜。なんで「カーテンコール」ってあとに、突然一人称になるわけ?」
「それは、その。我孫子武丸さんの「0の殺人」って知ってます?」
「うん」
ひとくちジュースで湿らせてから、
「その、小説の…。模倣っていうか、なんっていうか。とにかく、このマリオネットはぁ、それ
がしたかったんですよ。後半でいっきに話しを終わらせるっていうか…」
「なんだー、それじゃパクリじゃん」
「そう言われるとっ、…そうなんですけどね」
ちょっと考える仕種をして、あたしを上目遣いに見てから、
「てことはなに? この10部屋あるっていうのは…」
「…はい。「十角館」です。結局使い切れなかったんですけど」
一気に読んで疲れたのか、ぐっとのびをしてから、わかりやすい笑顔で、
「まあ、吉澤にしては良く書けてる方なんじゃないかな」
- 117 名前:ミヤーン 投稿日:2000年11月12日(日)02時13分09秒
- ◇
「あとさぁ、なんか市井モテ過ぎだよね〜。こんなのどっから調べたわけ?」
「それは…、その…。保田さんに聞いたらぁ、インターネットではそれが常識になってるって」
「じゃあなに? この矢口とかのも?」
「はい、保田さんに聞いたらすっごく詳しく教えてくれて…」
なんか小説のネタないですか? と聞いたあたしに嬉々として話してくれた、保田さんを思い出
した。なんだウソだったのか。
「でもまあ、それが動機っちゃあ、動機になってるわけだし。でもなぁ、この市井のあつかいは
なぁ」
「…スイマセン」
あたしはうつむいて、ジュースをずずっと吸い込んだ。すると、
「ねえ、市井と後藤のこういうのってさ、かなりネットで蔓延してるのかなぁ?」
「じゃないんですか? 保田さんによると…、ですけど」
そこでふとあたしは、
「市井さんって、自分のこと「市井」って普段言うんですかね?」
「え? インタビューとかでキャラ出すために言ってたけど」
「じゃあ、なんでさっきから、自分のこと市井って言うんですか?」
◇
つまり、こういうこと。
あたしはモーニング娘。をネタに、小説を書いた。でも内容がヘンな方向にいっちゃって、ごっ
ちんが死んじゃったりして、他のメンバーに見せれなくなってた。
でもなんでか、たぶん保田さんがどうせ言ったんだろうけど、市井さんからヒマだから見せてよ
っていう連絡が入った。
卒業した市井さんなら見せても大丈夫かなぁ、って。オフの日に都合をつけて、ここで待ち合せ
たってわけ。
「後藤、元気でやってる?」
ふいの市井さんの質問に、あたしは最初なにをきかれてるのかちょっと迷った。
「ごっちんですか〜? え、あれ。会ってないんですか? 最近」
「ん? いんや、会うけどさ。そのときあたしが会ってる後藤は、モーニング娘。の後藤じゃな
いからね。仕事してる後藤をちょっと知りたいな〜って思ってさ。もうあたしは中からは見てや
れないからねぇ」
「え〜っと、普通ですよ。いつもどおりって言うか、なんて言うか」
「そっか、そんならいいや」
なんとなくわりきれないような表情のまま、市井さんは、
「じゃあ、そろそろはじめよっか」
と続けた。
「は? なにを、…ですか」
「その話し、マリオネットの解決編、だよ」
- 118 名前:ミヤーン 投稿日:2000年11月12日(日)02時14分00秒
- ■ あとがきをこえたふたりの会話(あるいは解決編)
「ヒントになったのは ――」
あたしは用紙の束の中から、数枚ぬいてテーブルの上に置いていく。
「―― 中澤裕子の7と9と12、市井紗耶香の8、保田圭の1と2、当然3もね。これぐら…い、
かな」
吉澤は邪魔にならないようにと思ってか、ジュースとグラスをわきにどけてくれる。そこに7枚
の紙を並べた。
「ではいきますか」
オヒヤでいったん口をぬらしてから、
「劇的に言うなら、まあ、犯人はこの中にいる! って言ってみたかっただけなんだけど。いる
んだよ、圭ちゃん以外にさ」
そう、吉澤が意図的にそうしたのかはわからないんだけど、あたしには見えちゃったんだ。
「最初に言うね。後藤真希を殺害した、その犯人は、「■」の横に一度も名前が出てこなかった
人。つまり、なっちこと安倍なつみさんですっ」
コナンくんほどうまくは言えてなったけど、とりあえずはヨシとしよう。吉澤が驚いてるから。
で、あたしは話しはじめた ――
どうしてあたしがなっちという結論にいたったのか、単純に言ってしまえば、それは動機がある
からだ。後藤からメインを奪われた(って考える子じゃないんだよ、ホントは)それは一度でも
スポットライトの中心にいた人なら、すごく屈辱的なことだと思う。まあ、3色ユニットのとき
結果としてあたしも負けたんだけど…。
まあ、それはいいや。で、圭ちゃんはたしかに計画を立て、それを実行した。でもホントにそう
だろうか?
もし中澤裕子9で、なっちが部屋に残っていたくないと言っていたら?
たぶん残っていたのは、裕ちゃんだっただろう。圭ちゃんもそれを予測して、最初の死体役は中
澤はずだったって言ってる。
裕ちゃんが最初に計画の話しをされてたら、断る可能性だって十分ある。
次に。もし中澤裕子12で、血のり用の水を使いすぎなかったら?
圭ちゃんはトイレに水をくみに行かなくてすんだだろうし、飯田説だっけ? あの「犯人の存在
の不可能」というのは無くなっていたはずだ。
当然、矢口説も無くなって、あっさり圭ちゃんが犯人。計画は頓挫してしまったかもしれない。
- 119 名前:ミヤーン 投稿日:2000年11月12日(日)02時14分36秒
- つまり、圭ちゃんの計画は、なっちによって開始され。なっちによって、より強固なものになっ
た。
じゃあ、なっちによって終了しても、おかしくはないんじゃないのかな?
厳密に書いてないから、こっからは憶測で妄想でなんだけど。保田圭1で、腕時計で確認したっ
てある。ここがちょっと微妙なんだけど、けっこう時間を取っていたと考えればどうかな。
市井紗耶香8であたしが部屋を出て、一回りして後藤の部屋に行く。なっちの部屋はメンバーの
中では最後に開けられたことになっている。
そのときそのままあたしのあとについてきたとしたら、どうだろう?
あたしが後藤を刺しちゃって(やだなぁ)、自分のノドも刺す(やだって)。
ここは保田圭の2。プロローグにもなってるんだけど。
ね、おかしいでしょ?
一回刺された人と、ノドにナイフが刺さった人。この状態のふたりから、そんなに血って出るも
のなのかな。びちゃびちゃとかって音が出るほど。
あたしは(って言うのもヘンだけど)エピローグでノドの傷痕っていうのがあったけど。後藤は
どうだったんだろう。
何度も刺されたんじゃないのかな。血溜りが広がるくらい。あとから来たなっちにさ。
だって、そうでしょ? あのとき(これもヘンか)なっちは全身血のりだらけで、どれだけ返り
血がついてても平気だったんだから。
「―― ってのはどうかな?」
あたしは一気にそれだけしゃべってから、またグラスを口に持ってきた。吉澤はまだ驚いた表情
のままだ。
「ちょっと…、すごいですよね。市井さんて」
「や〜、それほどでも」
「…いや、妄想が」
―― ホントに終了 ――
- 120 名前:名無しさん 投稿日:2000年11月13日(月)02時02分25秒
- オチに気持ちよく笑わせていただきました(w
- 121 名前:名無しさん 投稿日:2000年11月13日(月)16時08分11秒
- 自分的にはあとがきはいらないな。
- 122 名前:名無しさん 投稿日:2000年11月13日(月)17時53分36秒
- 109のやつ見れないんだけど…どーすればいいんでしょ?
- 123 名前:ミヤーン 投稿日:2000年11月13日(月)18時14分19秒
- >>121
次の話しになんとかつなげようとした、苦肉の策なんですけど。
やっぱりそのまま終わっといた方がよかったのかも…。
>>122
地図:
http://www.geocities.com/miyaan01/files/map.gif
テキスト版:
http://www.geocities.com/miyaan01/files/marionette.txt
これでどうですか?
- 124 名前:名無しさん 投稿日:2000年11月13日(月)21時34分41秒
- これで確信した。
俺はハッピーエンドが好きだって。
だからあとがきあってよかった。
ありがとう。お疲れ様。
- 125 名前:122 投稿日:2000年11月13日(月)23時41分23秒
- いやー。ありがとー。
おもろかったよ。
- 126 名前:名無しさん 投稿日:2000年11月15日(水)09時43分59秒
- 2にだまされてどんでん返しに気づかなかった。
あくまでも自分がだまされてたのですが。
ひさびさに館シリーズ読み返したくなりましたよ。(特に迷路館や時計館が)
- 127 名前:ミヤーン 投稿日:2000年11月23日(木)01時46分09秒
- 「時を駆ける少女」読んだ。花*花の新曲きいた。
……涙とまんねぇ。
ということで、続編です。
やっぱり人が死にます。
- 128 名前:ミヤーン 投稿日:2000年11月23日(木)01時47分15秒
- 『フィクション』
この物語はフィクションです。
- 129 名前:序 投稿日:2000年11月23日(木)01時48分09秒
- 雨
何日も前から、ずっと降り続いている雨
昨日までは、私を癒してくれたのに
今夜は違った
まるで私を急き立てているみたい
心がざわめく
心がざわめく
どうしてだろう、体中の血管が不愉快なほど踊り立てる
すべてはあの子のせい
あの子が私の記憶の中に、触れてはいけないものを造ったから
あの子が私の記憶の中で、いやになるくらい大きな存在だから
それが今日の出来事
今日起こった出来事
私は絶対に忘れない
今日を絶対忘れない
寒くもないのに震えている
恐いから?
後悔してるから?
違う、理由はわかってる、記憶もまだはっきりと残ってる
両手に感じたあの感触
途切れていくあの子の呼吸
消えていくあの子の命
私があの子を殺しました
私はあの子を殺しました
嫌いだったわけでも、憎かったわけでもない
ただその瞬間、あの子が死ぬのを見たかった
目の前にぶら下がったリンゴ
それがとても赤かったから、私は思わずもぎ取ったんです
私があの子を殺したんです
- 130 名前:1 投稿日:2000年11月23日(木)01時48分55秒
- *
「ひとみちゃん、どうだったの?」
あたしがメンバーのいる部屋にいったん返されたとき、最初にそう言葉をかけてくれたのは梨華
ちゃんだった。
知り合ってまだ半年も経ってないはずなのに、その言葉はすごく優しくて、懐かしくて。ずっと
前からの親友の声みたいに聞こえた。
「マネージャーさんと、事務所の人がいて。あたしが楽屋に入ったときのこと、話した」
梨華ちゃんが持って来てくれたパイプ椅子に座る。頭の中はまだ混乱していて、ぜんぜん整理な
んてついてなかった。
たぶんこのまま泣いちゃっても、誰も文句は言わないと思う。でもそんなことしても、この状況
が良い方に向かわないことぐらい、あたしもわかってる。
「え? どんなこと……?」
「あたしが楽屋に最初に戻ってきて、ドア開けたら ――」
「吉澤うるさいよ!」
保田さんの声。涙のまじった声。
そうですよね。簡単に口にしちゃ、いけないですよね。
『市井さんが死んだ』なんて……。
- 131 名前:ミヤーン 投稿日:2000年11月23日(木)01時49分59秒
- 更新はゆっくりしよ。
- 132 名前:2 投稿日:2000年11月24日(金)00時03分43秒
- 「夜の部は中止。みんな、今日はもう帰っていいって。吉澤も、今日は帰り」
事務所の人に、ひとり呼び出された中澤さんは、帰ってくるなりそう言った。
そしてさっさと自分バッグを持つと、部屋を出ていこうとする。
「裕ちゃん待ってよ! あたしにも教えてよ。市井ちゃんどうなったの? 死んじゃったなんて
ウソでしょ? ウソだよね?」
中澤さんが振り返る。どうしていいかわからない、そんなあいまいな表情。
ごっちんは返ってこない返事を待ちきれなくて、一度ズッと鼻をすすると、その場にヒザをかか
えてしゃがみ込んだ。
ごっちん、……泣いてるんだ。
「裕ちゃん、あたしも知りたい。紗耶香、どうしたの?」
矢口さんも立ち上がる。
誰もなにもしゃべらない。ふたりだけの視線のやりとりが、しばらく続いた。
「あたしも詳しくは聞いてないけど……。とにかく紗耶香は今、病院に運ばれてる。あたしたち
はファンが騒ぎ出す前にはやく帰れ、って」
「え? じゃあ助かるの? よかっ ――」
「助かる見込みがあるなら、……中止なんて言うはずない」
静まり返った部屋に、中澤さんの声だけが響く。
「警察には、まだ連絡してないって言うてた。事務所としてはコンサート会場で、っていうのは
避けたいんやろ。だからとりあえず病院へ運んでる、そんな感じやった」
「そんな……」
「よっすぃー、ホントにそうなの? 市井ちゃん、死んじゃうの?」
ごっちんの涙まじりの視線を受けとめた。けど、あたしはただ、うなずくことしかできなかった。
「そんなの信じない!」
ごっちん……。
「あたしそんなの、絶対に信じない!」
そう言うと、ごっちんは保田さんをふりはらって、部屋を飛び出した。
「あたしが行きますっ」
とだけ残して、あたしも急いで部屋を出る。
ごっちんには聞く権利がある。
あたしには伝えなきゃいけない義務がある。
そんな気がしていた。
- 133 名前:ミヤーン 投稿日:2000年11月24日(金)00時04分37秒
- あとがきの続編ということで。
- 134 名前:名無しさん 投稿日:2000年11月24日(金)01時06分52秒
- sageでさりげなく続編が始まってる…。
前作楽しませてもらったので、今回も期待しております。
- 135 名前:3 投稿日:2000年11月25日(土)00時04分16秒
- 「市井ちゃんは自殺なんて絶対にしないんだから! 絶対にそんなこと……、しないんだから!」
ごっちんを追いかけ、追いついた。
そして、あたしはあのときのこと。見たままに伝えた。
あのとき。
あたしが楽屋のドアを開けたとき。
そこには天井からぶら下がった、市井さんの体があった。
ぐらぐらと揺れている、市井さんの足。
それがずっとまぶたの裏から離れない。
「あたしだって、……そんなのわかってるよ。市井さん言ってた。あたしの書いた小説、また読
みたいって……。犯人わかっちゃったって……。笑って……。だから、絶対ないって信じたいよ」
「だったら、なんで自殺とか言うのよ! 市井ちゃんがなんで自殺なんてするのよ。よっすぃー
に、市井ちゃんのなにがわかるんだよ!」
「わかんない! あたしにはわかんないよ! でもしょうがないじゃん、あの状況だよ? それ
ともごっちん、誰かが殺したって言うの?」
「それは ――」
「あの……」
その声に、ごっちんの視線があたしからそれる。
「あ、……梨華ちゃん」
見るとそこには、梨華ちゃんがもうしわけなさそうに立っていた。
- 136 名前:4 投稿日:2000年11月25日(土)00時05分11秒
- 「ごめんなさい、あたし市井さんがそんなことになってたなんて、知らなくて……。よっすぃー
走って出ていっちゃったし、……心配で」
「いや、いいよ。いいよ別にあやまんなくても。ありがと、来てくれて」
あたしと梨華ちゃんは、廊下の壁に背中をつけて座っている。ごっちんが「病院行ってくる」と、
また走っていってしまった方向をなんとなくながめながら。
「大変なことに、なっちゃったね」
「……うん」
コンサートの急きょ中止で、目の前をスタッフの人がいそがしく通り過ぎていく。
あたしの声も梨華ちゃんの声も、それにかき消されるようにして、すぐに途切れてしまう。
「あのさ、梨華ちゃん。市井さんてさ、どんな人だったか覚えてる?」
「え? ……ちょっと覚えてないなぁ。そんなに一緒にいたわけじゃないし、あたしたちが入っ
てすぐ、卒業しちゃったでしょ?」
「そっか……」
「あ、でもよっすぃーは知ってるんだよね? さっき後藤さんと話してた」
「うん……。何回かね、会ったんだ。最近なんだけどね。そのときあたしの書いた小説、読んで
くれて。「面白かった」「また読みたい」ってさ……。ほめて……、くれたんだ。……うれしかった
なぁ」
どうしてかな、涙が出てくる。
「ぜんぜんさ、仕事で会ってたときと違うんだよね。優しくて、笑ってくれて。ホントにさ……、
ぜんぜん、違うんだよ。ぜんぜん……、やさしくて……、わらっててさ」
……思いが止まらない。
泣き顔を見せるのがなんだか恥ずかしかったから、うつむいた。
「こんなの、やだ……。やだよ……」
「……ひとみちゃん」
あたしはようやく、泣くことができた。
- 137 名前:ミヤーン 投稿日:2000年11月25日(土)00時05分53秒
- >>134
がんばってみます。
今回、やりたいことが決まっているので、前よりは短くなる。はず。
- 138 名前:5 投稿日:2000年11月27日(月)00時03分01秒
- 「あれ吉澤、後藤は?」
中澤さんはやっぱり心配してくれてたみたいで、ひとり部屋で待っていてくれた。
「病院に行くって……。たぶん、市井さんが運ばれた病院だと思います」
「そっ……か。圭織と圭坊も行くて言うてたけど、あの子ら場所わかってんのかな……。あんた
らも家の人に来てもらうかなんかして、はよ帰りや?」
「あ、はい。……あの、中澤さん?」
「うん?」
なんの疑いもなく、無造作に向けられた視線。中澤さんがいつもより優しく見えた。
「市井さん、自殺なんてしないですよね?」
「アホ、あたりまえやろ」
怒ってるようで怒ってない。子供をしかりつけるみたいに、中澤さんはそう言った。
あたしたちが部屋を出るときも、中澤さんはずっとそのときの悲しそうな表情のままだった。
- 139 名前:ミヤーン 投稿日:2000年11月27日(月)00時03分39秒
- 本家の板が、なんか大変そう……。
- 140 名前:名無しさん 投稿日:2000年11月27日(月)19時18分08秒
- >>139
あーそれねえ。結局大丈夫だと思うけど、うーん、どうなんでしょう
- 141 名前:6 投稿日:2000年11月28日(火)00時04分30秒
- 部屋を出てすぐ、あたしはマネージャーと出くわした。
どうやらあたしを探して走り回っていたみたいで。あたしの両肩に手を置くと、へなへなと座り
込んでしまった。
しばらく待って、落ち着いてから話しを聞くと。「警察の人」があたしに聞きたいことがあるとの
ことだった。
「警察って、……よっすぃー」
梨華ちゃんの声が、少し緊張しているように聞こえた。見ると案の定、その顔も不安でいっぱい
という感じだ。
「も〜梨華ちゃん心配しすぎだよ。べつにあたしが捕まるってわけじゃないし。市井さんのこと
はやく調べてほしいじゃない?」
「うん……。そうだね」
梨華ちゃんがそんなふうに心配していてくれる。それだけで、あたしはちょっとだけ強くなれる
ような気がした。
- 142 名前:ミヤーン 投稿日:2000年11月28日(火)00時05分07秒
- >>140
文字数、行数制限って解除されてますか?
わけあって、更新がさらにゆっくりになります。
- 143 名前:140 投稿日:2000年11月29日(水)17時39分31秒
- それはどこ見たらいいのか俺には分からないのでなんとも言えない
だがぉgは昨日14行で更新していたからそれが限界じゃないかな、たぶん
- 144 名前:140 投稿日:2000年11月30日(木)00時07分14秒
- 失礼
解除だそうだ
- 145 名前:ミヤーン 投稿日:2000年12月01日(金)00時01分14秒
- >>144
ですね。
気にせず書き込んだら、20行ちょいでも大丈夫でした。
今回の更新はないんですが、別ハンで本家に書いたやつのtxt版をあげときます。
読みたいという奇特な方は ↓
http://www.geocities.com/miyaan01/files/soccer.txt
人も死ななければ、エロくもない。はっきり言って、ヌルイ話しなんですけど・・・
- 146 名前:名無しさん 投稿日:2000年12月01日(金)00時52分06秒
- 俺がその奇特な奴第一号かな
あのスレは前半で見てこりゃダメだと思っていたんだが、書いている人いたのか
エロ有り、青春有りで楽しくなっていたな
ヌルイのは嫌いじゃないし
このスレ-ズ、いつか私生活で使いたいものだ
『だったらあたしを、追いかけてくればいい』
- 147 名前:146 投稿日:2000年12月01日(金)00時59分33秒
- ダサ・・・
スレ-ズだってさ(恥
- 148 名前:7 投稿日:2000年12月02日(土)00時03分13秒
- 「じゃあ、そこに掛けてください」
控え室なんだろうその部屋には、スーツ姿の見たことのない人がふたりと、事務所で何回か見た
ことのある人、その3人しかいなかった。
あたしは言われたとおりにパイプ椅子に座る。
組み立て式の長机をはさんで、正面に座っている若い男の人と、そのわきで腕を組んでいる中年
の男の人がたぶん警察からの人なんだろう。ドラマによくある、コンビというやつだ。
「え〜と、吉澤ひとみさん」
「はい」
「本名ですよね?」
「あ、はい。もちろん」
「えっと、僕は**署の ――」
若い刑事さんは名前を言うと、胸ポケットから警察手帳を取り出し表紙を開く。それをあたしが
見える位置まで持ってくると、写真を指差して「僕です」と丁寧に説明してくれた。
中年の刑事さんのわざとらしい咳払いに、ビクッと反応していそいで手帳をしまうと、居住まい
を正してから、
「でも、大変でしたね。市井さん助かるといいですよね〜」
みょうにのんきな口調のまま、あっさりそう言った。とっさにあたしは事務所の人を見る。
スッと外された視線がなにを意味してるのかぐらい、あたしにもわかった。
中澤さんの言ってたこと、ホントだったんだ。
「じゃあ、いちおう形式的なものになるんですが ――」
とはじまり、そのいわゆる事情聴取がひととおり終わったころ、場違いな着メロが室内に響いた。
『バイセコー大成功!』
目の前の刑事さんがあわてて携帯を取り出す。いっそう大きくなるメロディーに顔を真っ赤にし
て、ドタバタと部屋から出ていってしまった。
中年の刑事さんの大きなため息に、この若い刑事さんもたぶん新人なんだろうなぁ、とへんな親
近感を覚えていた。
- 149 名前:8 投稿日:2000年12月02日(土)00時03分58秒
- もどってきた新人さんは、中年の刑事さんにヒソヒソと、これもドラマみたいに耳打ちをした。
その表情はさっきよりぜんぜん真剣で、それを聞いた中年の刑事さんも顔色をかえる。
中年の刑事さんは事務所の人に目配せして、ふたりいそいで部屋から出ていってしまった。
新人さんがまた目の前の椅子に座る。
「その……。残念、なんですけど」
そこで一度ためらいを消してから、
「市井さんの、……死亡が確認されました。病院に着いたときには、もうダメだったみたいです」
と続けた。
死亡が確認された、か。たしかにそのとおりなんだろうけど。
確認なんて医者でなくても、誰でも出来たはずなのに。最初に見つかったとき、事務所の人でも
出来たはずなのに。
市井さんが、……かわいそうだ。
「あの、そんなことあたしに言っても大丈夫なんですか?」
「どうせ明日の新聞か、ニュースには載るでしょうから、いつ言っても同じですよ。それに先輩
も出ていっちゃいましたし」
「先輩、なんですか?」
「あ〜、ちょっと呼びづらいんですよね。いちおう階級でいうと僕が警部ってことで、あの人よ
り上になっちゃうんですよ。ほら、踊る大捜査線ってあったでしょ? あれでいうキャリア組っ
てやつで。え〜と、ほらユースケ・サンタマリアがやってた役みたいなもんですよ。先輩は、織
田裕二っていうにはちょっと年くってますけどね」
「……はあ」
あたしに気を遣ってか、新人さんはやけに明るい口調だった。はげまそうとしてくれてるのかも
しれない。
あたしはその好意にあまえて、思い切ってきいてみた。
「市井さん、これからどうなるんですか?」
新人さんは少し迷ってから、
「え? あ、う〜ん。たぶん自殺ってことで処理されるんじゃないですか。現場の状況もそうだ
し、遺書もあったみたいですから ――」
「……遺書?」
「聞いてませんでした? 現場に、楽屋って言うんでしたっけ、とにかくそこにあったバッグの
中からそれらしい物が見つかったみたいで」
「市井さんの、ですか?」
「はい、いちおう筆跡鑑定はするみたいですけど。おそらくは本人の物かと……」
遺書……。
- 150 名前:ミヤーン 投稿日:2000年12月02日(土)00時04分41秒
- >>147
読んでいただいたみたいで、どうもありがとうございました。
話しの中に娘。以外の「刑事」という役を登場させてみました。ちょっと迷ったんですが、キャラ
を薄くして、名無しでやってみようと思います。
- 151 名前:名無しさん 投稿日:2000年12月03日(日)16時12分41秒
- 保存屋で読んで感想書こうかなって来たら新作が・・・ラッキー。
ついでにあのスレで一番気になる話もミヤーンさんの作品としってラッキー。
最初のやつ、随分楽しく最後まで読めました。あとがき、サービス精神よすぎっす。
ではでは。
- 152 名前:名無しさん 投稿日:2000年12月03日(日)16時22分29秒
- >>150
着メロが「バイセコー大成功!」って時点でキャラ濃い気が(w
いいんじゃないっすか?好きなように登場させて
あなたの作品ですから
- 153 名前:9 投稿日:2000年12月04日(月)00時01分45秒
- 「あ、よっすぃー」
ドアの横でしゃがんでいた、梨華ちゃんが顔を上げた。あたしはその笑顔でちょっと安心する。
「ゴメン、待たしちゃって」
「いいよ〜、よっすぃーの方がたいへんなんだから」
梨華ちゃんは服をぱたぱたとはたいて立ち上がり、
「もういいの?」
と、ドアを指差す。そこでタイミングばっちりにドアが開くもんだから、梨華ちゃんはキャッと
あたしのカゲに身を隠した。
「あ、ども。お疲れ様でした、じゃ僕はこれで」
新人さんはまたなにかあったのか、梨華ちゃんにかるく会釈すると、いそがしく行ってしまった。
「あれが刑事、さん?」
「うん。なんかね、プッチのファンなんだって。あたし警察手帳にサインしちゃったよ」
「ホントに?」
「ホントホント。手帳の中はじめて見た」
「あ、なんかうらやましい」
「でしょ〜?」
- 154 名前:10 投稿日:2000年12月04日(月)00時02分20秒
- 顔見知りのスタッフさんからも、「はやく帰ったほうがいいよ」とせかされはじめ、梨華ちゃんと
「帰ろっか」と話していた。
和田さんに声をかけられたのは、そんな時だった。
「吉澤、待った待った。おいストップしろって」
あたしたちに追いつくと、和田さんは相変わらずフランク、というよりなれなれしい口調で、
「いや、たいへんだな」
と切り出した。
「コンサート、中止だって? ……っとと、こりゃホントにたいへんだな」
行き交うスタッフさんとぶつかりそうになりながら、
「お前ら今から帰るんだろ? ここじゃ話しってわけにもいかないしさ、おくっていってやるよ、
家まで」
「え? 別に話しなんて……、ないですけど」
「そっちになくてもな、こっちにはちょっとあるわけ。ま、いいからいいから、そっちの通用口
で待っとけって。車まわしてくるから」
「……はあ」
「おし、じゃあホレ、行った行った。」
ポンとあたしの肩を押すと、そのまま和田さんは「絶対待っとけよ〜」と走り去ってしまった。
「話しってなんなのかな?」
「さあ、でもたぶん ――」
いや絶対に、市井さんのことなんだ。
- 155 名前:ミヤーン 投稿日:2000年12月04日(月)00時03分01秒
- >>151
あれのあとがきは、今書いてる話しになんとかつなげようとした、苦肉の策だったんですけど。
やっぱり人が死なない話しの方がいいのかなぁ。とか思ったりしてます。
>>152
調子にのって和田マネ登場・・・
「さん」をつけられると、なんだか恥ずかしい・・・
- 156 名前:11 投稿日:2000年12月05日(火)00時02分41秒
- 「雨、降ってたんだ」
午前中、ここに来たとき曇っていた空は、静かに雨を降らせていた。
途中にいい雨宿りの場所も見つけられず、あたしたちは通用口までもどって、ガラス戸ごしに和田
さんの車が来るのを待つことにした。
「梨華ちゃんさ、和田さんの車、知ってる?」
「え……、よっすぃー知ってるんじゃなかったの?」
「知らないけど……、高級車だって、矢口さん言ってた」
「え〜、あたし車の違いなんて、ちょっとわかんないよ」
「あたしだって、……そうだよ」
車が通過するたび、梨華ちゃんがいちいちそれに「あ〜行っちゃった」とリアクションをとってる。
それがなんだか面白い。
「ちょっと、よっすぃーも真面目に見てる?」
「うん、見てる見てる」
その真剣な表情に、
「梨華ちゃん大丈夫だって、きっと呼びに来てくれるよ〜」
と言ってみたけど、あんまり効果はなかった。
「あっ、あれそうじゃないかな。ほらよっすぃー、あれ」
梨華ちゃんがガラスにぴとっと指をつける。その先にはいかにもそれっぽい、和田さんぽい車が
止まっていた。
ほどなく、クラクションがひとつ、大きく鳴った。
- 157 名前:ミヤーン 投稿日:2000年12月05日(火)00時03分12秒
- 更新しよう、そうしよう。
- 158 名前:158 投稿日:2000年12月05日(火)04時44分12秒
- 遅れ馳せながら145の作品読ませていただきました。
マリオネット読み終わった直後だったので、めちゃ意外でしたが
自分こういうのならヌルイの大歓迎っす、中学ではボール蹴ってたもので。
あぁなんか、さわやかでした。
気が向いたらでいいんで、またいつかサッカーもの希望っす・・・。
では。。。
- 159 名前:12 投稿日:2000年12月06日(水)00時06分29秒
- 夕方から夜。なんて言ったかな、そう、たしかホウマガコク。
そんな特別な世界を、あたしたちを乗せた車は雨を切って走っている。
「刑事、来てたんだって? 吉澤は、当然会ったよな」
「……はい」
「まあ、そうだな。こっちから連絡入れなくても、あっちから連絡が入ったんじゃ、正直にこた
える以外ないわな」
「そう、なんですか?」
「救急車が来てるからな。心配したファンが警察に通報して、って感じだろ」
ハンドルが大きく切られる。後部シートのあたしと梨華ちゃんは、横からの力に「わっ」とバラン
スをくずした。
「でもやっぱりあれか? 自殺ってことになってるのか?」
「あ、はい。……そんなこと、言ってましたけど」
そこであたしは覚悟を決めて、
「あの、ちょっと聞いていいですか?」
「うん?」
「和田さん、どうして市井さんのことに、なんって言うか、その。……関わってるんですか?」
スピードが出ているせいなのか、窓から聞こえる雨音が、少し強まったような気がした。
「明日香、福田明日香。知ってるよな?」
「え? あ、はい」
テレビの中の姿しか知らない、モーニング娘。の元メンバー。どうして今、その人の名前が出て
くるんだろう。
「あいつが卒業するってまぎわにさ、同じようなこと、あったんだ。まあ、命に別状はなかったし、
本人も「疲れてただけだ」って言ってたから、それはそれで決着はついたんだけどな」
信号や対向車のライト、街の明かりにうつしだされた和田さんの横顔は、どこか真剣だった。
「そのとき、まあ調べてたってほどじゃないにしろ、動いてたのが。俺と、ほら会ったろ? あの
事務所のヤツ。他にも何人かいたかな」
「でもそれって市井さんとは ――」
「そこの封筒、中見てみ」
事務所の名前が書かれた大きめの封筒。それをさかさにするとコピー紙の束が、バサリとあたし
のヒザに落ちた。
いそいでいたのか、全体的にナナメになって印刷されている。
そこには手書きで ――
- 160 名前:13 投稿日:2000年12月06日(水)00時07分24秒
- 雨
何日も前から、ずっと降り続いている雨
昨日までは、私を癒してくれたのに
今夜は違った
まるで私を急き立てているみたい
心がざわめく
心がざわめく
どうしてだろう、体中の血管が不愉快なほど踊り立てる
すべてはあの子のせい
あの子が私の記憶の中に、触れてはいけないものを造ったから
あの子が私の記憶の中で、いやになるくらい大きな存在だから
それが今日の出来事
今日起こった出来事
私は絶対に忘れない
今日を絶対忘れない
寒くもないのに震えている
恐いから?
後悔してるから?
違う、理由はわかってる、記憶もまだはっきりと残ってる
両手に感じたあの感触
途切れていくあの子の呼吸
消えていくあの子の命
私があの子を殺しました
私はあの子を殺しました
嫌いだったわけでも、憎かったわけでもない
ただその瞬間、あの子が死ぬのを見たかった
目の前にぶら下がったリンゴ
それがとても赤かったから、私は思わずもぎ取ったんです
私があの子を殺したんです
- 161 名前:14 投稿日:2000年12月06日(水)00時07分59秒
- 「―― さやか。……これって」
「ああ、市井のバッグに入ってた、まあ、遺書ってことになるんだろうな」
「……でも、鑑定にまわすって」
「ん? 警察にわたす前にコピーとったんだろ。事務所に戻ってこなかったときのためのホケン
か、……マスコミに流すためか」
「そんな ――」
「だ・か・ら、俺んとこにいったん全部集めたんだって。とりあえず、流出は俺んとこで止まっ
てるってわけだ」
よく見ると、すべて中身は同じ物だった。
「ま、俺も権力にはめっぽう弱いからな、期待はするなよ?」
熱帯ジャングルの怪鳥みたいな笑い声を上げてる和田さん。この人がいまだにメンバーから信頼
されてる理由が、ちょっとだけわかった気がする。
- 162 名前:ミヤーン 投稿日:2000年12月06日(水)00時08分54秒
- ( `.∀´)<更新するわよっ!
>>158
読んでいただいたみたいで、ありがとうございます。
あの手の話しは・・・、もう書かないでしょうね。たぶん。
いちおうストックはあるんですけど。
20周年だそうで、おめでとうございます。
- 163 名前:名無しさん 投稿日:2000年12月07日(木)03時05分18秒
- ( `.∀´)< そうよ。二十歳になったわよ!
そんな事より、私を活躍させなさいと
許さないわよ!
- 164 名前:15 投稿日:2000年12月08日(金)00時06分24秒
- 「福田さんの事件、市井さんがやったって言いたいんですか?」
「文面を見る限りは、だけどな」
“私があの子を殺したんです”―― でも、
「福田は死んでない、と」
「はい」
「ま、俺にもわからんよ。それにこれを疑問に感じるのも、福田の件を知ってればコソだからな」
あたしはまた、その紙に目を落とす。と、わき腹をつつかれた。
「梨華ちゃん?」
「(どうしてこんな話し、するんだろうね)」
自分できけばいいのに……。
「あの、和田さん?」
「ん?」
「どうして、あたしたちにこんな話ししたんですか?」
「ん〜、なんでだろうな……」
横顔だったから、ホントにそうだったとは言いきれないけど、そのとき和田さんは笑っていた。
さっきまでとは違う、すごくさびしい笑顔だった。
- 165 名前:16 投稿日:2000年12月08日(金)00時06分59秒
- たしかに、あたしたちはウチの前でおろされた。うん、それは間違ってない。
でもなんで梨華ちゃんのウチの前に、あたしまでおろすんだ。
「あの、和田さん? ウチまでおくってくれるんじゃないんですか?」
「吉澤、お前ウチって埼玉だろ? 埼玉って何県だよ」
「埼玉県です」
「な? どうせ明日も収録かなんかなんだろ? 泊まっとけ、ここにお邪魔しとけ」
と言うと雨の中、マンションの前にあたしたちを残して行ってしまった。明らかに「用済み」とい
う感じだ。
「……どうしよ」
なかば自問するようにつぶやいた。はずなんだけど、
「え? よっすぃー、泊まってかないの?」
というさっそくの返事をいただき、あたしは梨華ちゃんのウチにお世話になることとなった。
- 166 名前:17 投稿日:2000年12月08日(金)00時07分42秒
- ひとり暮らし。それは親や姉弟の介入のない、その人だけのオリジナルの空間なんだと思う。梨
華ちゃんの場合、ひとことで言って、「ピンク」だ。
「はぁ……、よっすぃーが来るなら片づけとくんだったなぁ」
と梨華ちゃん自身が言うように。雑然、は言いすぎかもしれないけど、部屋はあいかわらず混雑
していた。
あたしは上着を脱いで、ベッドのわきに座る。それからいつものくせで、手近に散らばっていた
雑誌をひとまとめにしていく。
梨華ちゃんはキッチンに立って、
「えっと。コーヒー、紅茶に、ホットミルク。よっすぃー何にする?」
「一番おいしく作れるのでいいよ〜」
「じゃあ、ホットミルクだね。あたしもそうしよっ」
回る換気扇の音。
ミルクを沸かすだけなのに、なんだか楽しそうな梨華ちゃんの後ろ姿。
前に来たときも、こんな感じだった。
夏の終り、買い物ついでに立ちよった。あのとき以来になるのかな。
お昼をごちそうしてくれるって、やけにコシのない冷やしうどんが出てきたんだっけ。
「おいしかったけどね」
「え? なによっすぃー、ゴメン聞こえなかった〜」
「テレビのリモコンって、これでよかったよね〜?」
「あ、うんっ」
ホットミルクに夢中になっている、梨華ちゃんの背中にため息をひとつ吹きかけた。
- 167 名前:18 投稿日:2000年12月08日(金)00時08分39秒
- アニメ、バラエティ、あとよくわからないオバサンが大量に出ている番組がふたつ。
「ニュース、やってなみたい」
カップを両手にやって来た、梨華ちゃんにそう告げる。最初「?」という顔をしていたけど、気が
ついたのか、
「まだちょっと時間、はやいんじゃないかな」
と少し緊張した表情になった。
大きめのカップを受けとると、あたしは両手でそれを包んだ。じんわりと熱が手に伝わってくる。
梨華ちゃんはそのままベッドに座り、いつもそうしているのか、わきにあったちょっとした台に
カップを置いた。
「ニュースに、やっぱり出ちゃうんだろうね」
「……たぶん」
しぼり気味のボリューム。小さな笑い声がテレビから聞こえている。
いつもだったら、笑ってるのかな……。
振り返ると、梨華ちゃんと視線が合った。カップを口につけて、上目遣いにあたしを見てた。
「これ、甘くしすぎちゃった」
「いいよ。これぐらいで、……ちょうどいい」
ホットミルクは梨華ちゃんがわざとそうしたのか、すごく甘かった。でも今のあたしは食事なん
かできそうもなかったから、それがありがたかった。
「あったかい……」
- 168 名前:ミヤーン 投稿日:2000年12月08日(金)00時09分48秒
- >>163
ヽ^∀^ノ<なんとか「登場」させてみるよ!
ということで更新です。
いちおう学生なもんで、季節がら更新のペースはゆっくりになるかも・・・
- 169 名前:名無しさん 投稿日:2000年12月08日(金)01時29分06秒
- ( `.∀´)< さすが私の永遠のライバルだけあるわね!
- 170 名前:名無しさん 投稿日:2000年12月08日(金)01時31分52秒
- ( `.∀´)< でもあんた氏(略
- 171 名前:19 投稿日:2000年12月09日(土)00時07分04秒
- 夜11時過ぎまでねばってみたけど、結局市井さんのニュースが流れることはなかった。
「明日になっちゃうのかな……?」
「たぶん」
明日になったのか、事務所が明日にしたのか。とにかくあたしたちの明日は、とんでもなくいそ
がしくなるはずだ。
2杯目のホットミルクを飲み終えて、流しにカップを持っていってもどると、梨華ちゃんの姿が
なかった。トイレなのかな。
あたしはもといた場所にまた座ると、バッグの中からそれを取り出した。
和田さんとの別れぎわ、やっともらった市井さんの「遺書」のコピー。ヒザの上でもう一度、折り
たたまれていたものを開いてみる。
普通の人が見れば、これは遺書にも見える。
和田さんや事務所の人、福田さんの事件を知る人には、これは間違いなく遺書に見えるだろう。
でも ――
あたしには、あたしだけには、これは絶対に遺書には見えない。
これが遺書であるはずがないのだ。
普通の人には、何の情報もない。
和田さんたちは、「福田さんの事件」という情報がある。
そしてあたしには、「福田さんの事件」という情報に加えて ――
「よっすぃー。お風呂、入るでしょ?」
あたしの考えをさえぎるようにドアが開き、腕まくりをした梨華ちゃんがやってきた。考えはそ
こでストップする。
いや、ずっとそこでストップしたままなんだ。
- 172 名前:20 投稿日:2000年12月09日(土)00時07分46秒
- お客さんだから先に入って、という梨華ちゃんの申し出を受けて、脱衣場にいるんだけど。
カゴの中にデンっと置かれた、バスタオルとピンクのパジャマ。と、……その、……下着。
……使えってことなのかな。
「梨華ちゃん、このパジャマとか使っていいの〜?」
入ってきたドアを開けて、確認する。
「うん。どっちも着たことないやつだから、キレイだよ〜」
……あ、そう。
それ以上深くは考えず、浴室に入った。
体をひととおり洗い、湯船につかる。昼の部だけだったとはいえ、今日はコンサートだったのだ。
市井さんの騒ぎで忘れていた疲れが、どっと体をおそう。
けど頭だけははっきりしていて、さっきの考えを何度も繰り返していた。
推理小説なんかで、事件をジクソーパズルにたとえることがある。最後のピースが足りない、だ
とか。
あたしの頭の中では、最後のピースどころか、まだ全体もわかってない。ただ、ふたつの大きな
かたまり。市井さんの持っていた物は遺書ではないということと、福田さんの事件が過去あった
ということが、つながりなく放置されている。
そしてそれは、どうやっても上手くつながってくれそうになかった。
「わから〜ん」
鼻の下までつかると、ぶくぶくと口から息をはいた。それはやっぱり、ため息だった。
- 173 名前:ミヤーン 投稿日:2000年12月09日(土)00時08分27秒
- >>170
ヽ^∀^ノ<圭ちゃん・・・
更新なんですが、来週は更新できるかどうか、ちょっと微妙です。
感想1> 悪くないと思う。でも、ラップ長すぎ。イントロは好き。
感想2> 「アロハだよ」のほうが水着よりよかったと思った。それだけ。
・・・。
いや、訂正。両方よかった。
- 174 名前:ミヤーン 投稿日:2000年12月11日(月)01時01分32秒
- 1時間経過。
閉鎖はまぬがれた、って思っていいのかな・・・
- 175 名前:ミヤーン 投稿日:2000年12月11日(月)23時15分04秒
- 閉鎖しないのか・・・
衝突した。
エアバッグの野郎、肝心なときに・・・
- 176 名前:名無しさん 投稿日:2000年12月12日(火)03時30分05秒
- (-_-)< 良かったね。生きていて・・・
(∩∩)
- 177 名前:21 投稿日:2000年12月13日(水)00時49分56秒
- バスタオルで頭をわしゃわしゃとふいた。
体の芯はまだほわっとあたたかい。考える時間は少しはあるってことだ。
脱衣場のカゴの前。あたしはバスタオルを体に巻いて、しばらく考えた結果、下とパジャマは借
りることにした。
上は……、その。とりあえず着けてはみたんだけど、上から手で押さえるとパフッとヘコんじゃ
って……。ついでにあたしもヘコんだ。
梨華ちゃんの胸がおっきいんだ。絶対そうだ。きっと、たぶん、……そうなんだ。
ちょっとタケの短い、うすピンク色のパジャマ。これもあたしとしては、似合ってるとは思えな
いんだけど、
「きゃ〜、よっすぃーカワイイ〜。似合ってるよ〜、うん。やっぱりそれ選んでよかった〜」
という、予想通りというかなんというか。まあ、喜んでいただけたみたいだった。
そんな梨華ちゃんには悪いと思ったけど、
「あの、梨華ちゃん? 市井さんのこと、テレビでやってなかった?」
と、きいてみた。
梨華ちゃんは少し沈んだ表情になり、首を振った。
「……そっか」
いやな沈黙だ。こんなのが、これからも続くのかな……。
- 178 名前:22 投稿日:2000年12月13日(水)00時50分49秒
- 「あれ、梨華ちゃんは入んないの?」
「え? あ、うん。あとで、入るよ」
あたしは「ふーん」と、雑誌に目を落とした。テレビはまだ点けたままで、深夜番組が続いている。
ニュース速報のテロップが入るかもしれない、という危惧もあったけど、それよりなにより今は
音が途切れるのが恐かった。
気持ちを誤魔化してくれる物がなくなると、市井さんの死と向かい合わなければならなくなる。
それはまだ、できそうにもなかった。
あたしが「遺書」のことや福田さんのことを、頭の中でジクソーパズルにしてるのも、本当はそん
な理由からなのかもしれない。
現実から離れた、推理小説のように考えることで、あたしは逃げているんだ。
一番最初に見なければならないものから、目をそらしているだけなんだ。
またそれを誤魔化すために、
「明日、はやいからさ。ホントにはやく入っちゃったほうがいいよ?」
なんて言ってしまう。梨華ちゃんは関係ないのに、ちょっとイライラしてさ。
駄目だね、ホントに。
- 179 名前:ミヤーン 投稿日:2000年12月13日(水)00時51分43秒
- >>176
( ´D`)<くびのうしろがやんわりいたいれす。。。
アシがなくなってヒマになったので更新です。
感想> 買った。シングルで2曲ともよいのってはじめてかも・・・
- 180 名前:名無しさん 投稿日:2000年12月13日(水)05時12分48秒
- 初めて読ませて頂きました。題名が気になって。。
感想は一言『やられた!!』って感じです・・(w
こんな名作、ageないの勿体無い気するんすけどね〜・・。
- 181 名前:23 投稿日:2000年12月15日(金)23時03分39秒
- 楽屋に帰ってきたのは、たぶんあたしが一番最初だったと思う。だって、そこには市井さんがあ
の状態でいたわけだし、“その人が犯人でないかぎり”あたしがそうしたように、事務所の人か
スタッフさんか、とにかく連絡を入れているはずだ。
市井さんは死んでいた。それは間違いない。
吊るされた市井さんの体と張られたロープが、ちょうど直角三角形を描いていた。近くにイスが
転がっている以外、荒らされた様子もない。
ほんの数時間前にあたしたちがいた場所に、市井さんの動かなくなった体がぶら下がっている。
それは、あたしが今までに見たこともない、異様な光景だった。
それからはもう、無我夢中だった。
近くを通ったスタッフさんにすがりついて、事務所の人を呼んでもらう。廊下でふるえていたら、
マネージャーさんと顔見知りの事務所の人がやって来た。しどろもどろに状況を話すんだけど、
みんな聞いてくれなくて、ドアの中にさっさと入って行ってしまった。ただ、マネージャーさん
はあたしの肩を抱いていてくれて、そのまま別の部屋に連れていかれた。
そんな感じだ。
事件の一番近くにいるはずなのに、あたしにはどうすることもできない。
頭の中を整理してみても小説のようにはいかないんだ。あたしにはなにもわからない。結局は、
なにもわからないんだ。
- 182 名前:24 投稿日:2000年12月15日(金)23時04分28秒
- 「―― う、……あれ?」
テーブルから体を起こした。いろいろ考えていたつもりが、どうやらそのまま寝てしまっていた
らしい。
肩から毛布がずり落ちた。梨華ちゃんがかけてくれたのかな。
部屋の照明も薄暗く、豆球がオレンジ色の光りを弱く放っているだけだった。
時間は……、1時を少しまわっている。
あれ、梨華ちゃん……?
いるものと思って振り返ったベッドに、梨華ちゃんの姿はなかった。薄暗いとはいえ、部屋全体
は見わたせる。ここにはいないみたいだ。
お風呂、やっと入ったのかなぁ。
あたしは立ち上がると、キッチンへ向かった。のどが渇いていた。
キッチンに行くとちょうど角度がかわって、バスルームから光がもれているのが見えた。やっぱ
りお風呂か。
あたしはグラスを手に持ったままもどってくると、ベッドに腰掛けた。さてと。
イソウローはソファで寝るとしますか。
水を飲み干してから、ばふっとソファに体をあずける。
明日、ホントにどうなるんだろう……。会見とかするんだろうね。あたしも話さなきゃいけない
のかな、市井さんのこと。
ちょっと、やだな……。
毛布を頭の上からかぶった。
- 183 名前:25 投稿日:2000年12月15日(金)23時05分03秒
- 毛布の中の、静かな時間が流れた。
……ヘンだ。
ふいに生まれた疑問が、あたしを眠りの世界から引きずり出した。ヘンだ、静かすぎる。
この部屋とバスルーム。間には壁一枚しかない。誰かがお風呂に入っているのに、なにも聞こえ
ないなんて絶対におかしい。
あたしは思わず毛布を跳ねのけて、ドアの前に向かった。
市井さんのことがあったからなのかな……?
確かにそうかもしれない。そのことで、必要以上に敏感になってしまっているのかもしれない。
けどそれでもよかった。あんなことは、もう絶対にいやだ。
ドアノブに手をかける。そこで一瞬ちゅうちょした。
もしも。もしも梨華ちゃんが、市井さんと同じようなことになっていたとしたら? この中で、
市井さんのようになっていたとしたら?
あたしはたぶん、立ち直れないだろう。つかんだままの手のひらが、じっとりと汗ばんでいた。
そんなことありえない。
絶対にありえない。梨華ちゃんが……。そんなこと……。
あたしはいきおいよく、ドアノブを引いた。
- 184 名前:26 (1) 投稿日:2000年12月15日(金)23時06分31秒
- 閉じられたドア。あたしはぴったりとそれに背中をくっつけている。もちろんバスルームの外だ。
とりあえず。梨華ちゃんは大丈夫だった。
というより、大丈夫じゃないはずがない。よく考えればあたりまえだ。
ただ、……その。
ハダカだったことをのぞけば。ってことになる。
同性のハダカを見慣れてないってわけじゃあ、もちろんない。お風呂場で鏡の前に立てば、そこ
にあたしがいるわけで。いちおう、あたしだってオンナノコだ。
学校でも着替えるときには、盗撮なんかには気をつけてるけど、べつに気がねなんてしてないし。
もちろんメンバー同士でだって、楽屋で着替えるときなんかはほとんど下着だけってこともある。
地方にいったときは、大浴場とかで会うことだってあるから。
べつに驚く必要もない、はずなんだけど……。
「ごめんっ!」
っと。まあ、あたしはとにかく謝ってドアを閉め。スパイみたいにドアにはりついていた。
どうしてなのか理由ははっきりしないが、胸が、ドキドキをあっさりとおり越して、バクバクと
鳴っている。
せっかく借りたパジャマなんだけど、すでにかなりの汗を吸っているはずだ。
ノドがカラカラに渇いていて、ゴクリと飲んだツバのその音が聞こえそうだった。
- 185 名前:26 (2) 投稿日:2000年12月15日(金)23時07分03秒
- 梨華ちゃんはハダカだった。そりゃあ、お風呂だ。ハダカにもなる。
いきなりドアを開けたあたしと視線が合って、そのままあたしの視線は……、その……。下に、
下がっていっちゃって。
いや、そりゃあキレイだった。うん。出るトコは出てるっていうか、ちゃんと女のヒトのカラダ
してるっていうか。やっぱりあたしとは違うなぁ、って。
「はぁ〜、なにやってんだろ」
いまさらながら、あたしのあの対応はおかしい。というか今こうしてるのもかなりおかしな行動
だとは思う。けど、動けない。
「よっすぃー。そこにいる?」
梨華ちゃんのその声に、ビクンッと体が反応して、後頭部がドアにぶつかる。ゴンとにぶい音が
した。
はい……、いますです。
ガチャガチャとドアノブが何度か回転するんだけど、ドアは開かない。……ん?
「ねぇ、よっすぃー。もしかしてドア、押さえてない?」
……バカだ。
「わっ、ごめん」
ドアから飛びのいて、開くのを待った。あいかわらず胸はバクバクしたままで、まともに話しが
できるのか、ちょっとわからない。
けど。
出てきた梨華ちゃんは、いつも通りの笑顔で、
「も〜、よっすぃー。ビックリした〜」
と、拍子抜け、って言ったら自分勝手なのかもしれないけど、かわらない態度のままキッチンへ
と向かう。
グラスに水をくむと、一気に飲み干した。
そこで、あたしと目が合うと、「なに?」という表情でまた微笑みかけてくれる。
たぶんこういうのを、世間一般、ひとり相撲っていうんだろう。
- 186 名前:27 投稿日:2000年12月15日(金)23時07分38秒
- 「梨華ちゃんてさ。お風呂入ってるとき、静かだよね」
毛布をぐいっと胸のあたりまで引きあげた。
「う〜ん、そうかな〜。自分じゃ、ちょっとわからないよ」
暗闇の中。梨華ちゃんの声がベッドのほうからする。
「静がすぎるよ〜、心配したもん。溺れたんじゃないかって」
目はもうずいぶん前からなれていて、部屋の輪郭がぼやっとわかった。
「そうかな〜?」
結局あたしはもう一度お風呂をかりて、ひとり相撲でかいた汗を流した。
「え〜、悪いよ〜」という梨華ちゃんを制して、ソファにまた横になって数十分。どうでもいいよ
うな会話を続けている。
それももう、いい加減ネタ切れで。「寝よう」っていう雰囲気だった。
「じゃあ、梨華ちゃん。オヤスミ……」
「うん……」
ベッドとは反対のほうへ体を向け、肩に毛布をかけた。
明日……。
まだなにもわかっていない。わかる必要があるのかさえ、あたしにはわからない。
不安がほんの少し、頭をよぎった。
- 187 名前:28 投稿日:2000年12月15日(金)23時08分27秒
- 「……ひとみ、ちゃん?」
「ん? なに……?」
「あたし、ヘンじゃなかったよね?」
聞き取れないほど、小さな声。
「見たよね? あたしのカラダ。……ヘンじゃないよね?」
不安? 違う、恥ずかしいのかな? 梨華ちゃんの声にはそんな、微妙というか繊細というか、
あたしのこたえひとつで泣き出してしまいそうな、そんなニュアンスがあった。
だから、
「ヘンなんかじゃないよ。キレイだった。……すっごく」
「ホントにっ?」
嬉々とした声。ほらね? ベッドの上でたぶん飛び起きてるんだよ。
「ホントホント」
「よかった〜。ヒトに見られたのはじめてだったから、ヘンって言われたら、どうしようかって
思ってた」
「は? はじめてって。オヤとかほら、家族は?」
「う〜ん、家族じゃちょっとダメだよ。あたしのことを思ってとか、ウソついても言い訳できる
から」
「じゃあ、ほら。友達は? メンバーのヒトだってさ」
「え? そうだな〜、遠慮してちゃんとこたえてくれないかも……。だから、だからさ。ひとみ
ちゃんにきいたんだよ?」
「……そっか」
「キレイって言ってくれて、……うれしかった」
……そうだったんだ。
- 188 名前:29 投稿日:2000年12月15日(金)23時09分04秒
- 「や〜、自信ついちゃうな〜。「キレイ」か〜」
梨華ちゃんはよっぽどうれしかったんだと思う。あれから30分近く、ずっと同じこと言ってる。
「う〜、梨華ちゃんもうねようよ〜」
「うん。……そっか〜、キレイかぁ」
あたしは短くため息をつくと、ごろんと横を向いた。ごめんなさい。付き合いきれない。
「……オヤスミ」
目をつぶる。不安はもう頭の中にはなかった。
「……ん?」
静かなマドロミの中、寝返りをうとうとした体が途中でとまる。……あれ。
ぐにゃっとした感触が背中に、
「やっ……」
梨華、ちゃん?
……う、
「うわっ! ちょっ、梨華ちゃんなにしてんの。ちょっと待って待って、なに、なんでハダカなん
だよ! なんで、ちょっ! うわっ、うわあ!」
……はぁ、なにやってんだろ?
謎がやっととけたっていうのに……。
- 189 名前:ミヤーン 投稿日:2000年12月15日(金)23時09分49秒
- >>180
読んでいただいたみたいで、ありがとうございます。
この話しが終わったら、いったんageてみます。
で、
次回更新でたぶん最終になると思います。
- 190 名前:名無しさん 投稿日:2000年12月16日(土)00時04分11秒
- ( `.∀´)< 私は謎がとけてないわ。吉澤、教えなさいよ!
(0^〜^0)< そ、それは・・・・・・
- 191 名前:ミヤーン 投稿日:2000年12月17日(日)03時44分14秒
- 不運の年末総決算。
車両事故に続き、PCが逝かれました・・・
いちおう「マリオネット」「サッカー」「フィクション」の3つはサルベージできたので、
更新自体にはさしつかえないとは思いますが、遅れるやもしれません。
はぁ・・・。
- 192 名前:名無しさん 投稿日:2000年12月19日(火)23時51分26秒
- それはそれは・・
来年の運に懸けましょう(祈
更新楽しみにしています。
- 193 名前:30 投稿日:2000年12月22日(金)00時03分33秒
- スタジオの楽屋。あたしと梨華ちゃんは、それぞれパイプ椅子に座っている。
あたしはかけていた携帯を切った。横目同士、梨華ちゃんと視線が合う。
いちおう言っとくと。昨日の夜は、あれからなんとか梨華ちゃんの説得に成功して、あたしの「ミ
サオ」は守られたのだ。……よかった。ホントに。
まだ定刻には時間があった。あたしは梨華ちゃんとヒザを合わせるかたちに、椅子を移動させる。
確認? 覚悟? たしかにそうかもしれない。
真剣な表情だった。梨華ちゃんにはもうすべて話したから。
「ホントにするの? ひとみちゃん」
「……うん」
梨華ちゃんの顔がぎゅっとよってくる。
「おかしいよ、同じメンバーだよ? いっしょにお仕事してる、仲間だよ?」
「……うん」
梨華ちゃんを巻き込むつもりは、……正直言うと、あった。相手とふたりきりでは、ダメなんだ。
「傍聴者」、ちゃんと見ていてくれる人が必要だった。
「ねえ、やめよう? ひとみちゃんがする必要なんてないよ。警察が、ほらあの刑事さんに言えば
きっと ――」
梨華ちゃんの言葉をさえぎるように、楽屋のドアが開いた。
あたしは結局、この方法しか思いつかなかった。
梨華ちゃん、ごめんね……。
- 194 名前:31 投稿日:2000年12月22日(金)00時04分17秒
- 「あれ? 石川に吉澤。はやいねぇ〜」
「あっ、……安倍さん。おはようございます」
「おはようございます」
安倍さんは鏡の前で軽く髪をなおしたあと、そのまま鏡の前にあった椅子に座った。カバンから
雑誌を取り出すと、もくもくとそれを読みはじめる。いつもどおりの光景。
立ち上がろうとすると、わずかな抵抗を感じた。梨華ちゃんがあたしの服のはしをつかんでいた。
振り返ると、今にも泣き出しそうな顔をして、首を横に振っている。
……ごめん。
あたしはその手をゆっくりと払い除けた。
安倍さんのわき、ちょうど鏡にふたりがうつる位置。あたしはバッグの中から、あのコピー用紙
を取り出した。
そっと、鏡台の上をすべらせ、安倍さんの視界にそれを入れる。
あたしを見上げた安倍さん。
その表情は、やっぱり「驚愕」をあらわしていた。
- 195 名前:32 投稿日:2000年12月22日(金)00時04分58秒
- 市井さんは自殺していなかった。
出発点をそこにした以上、犯人が必要になる。では誰か? あたしたちメンバー、コンサートス
タッフ、事務所関係者、そしてファン。
コンサートスタッフ、事務所関係者。
あたしはこの人たちと市井さんとのつながりをまったく知らないし、あったとしてもそれが殺人
にいたる理由になるとは思えなかった。
ファン。
楽屋に入ること、それ自体困難だし。娘。のコンサートに市井さん目的に来るファンはそういる
とも考えにくい。
だから、
だからあたしは犯人をメンバーの中に置いた。
ここからは和田さんの言っていた、福田さんの事件の情報が必要になる。福田さんが娘。にいた
ころの話しだから、当然新メンバーの、梨華ちゃん、辻ちゃん、加護ちゃん、あとごっちんも対
象外だ。
そして当時新メンバーとしてあつかわれていた、保田さん、矢口さん。このふたりの可能性もう
すいとあたしは判断した。
残ったのは、安倍さん、中澤さん、飯田さん。
ここからは ――
- 196 名前:33 投稿日:2000年12月22日(金)00時05分35秒
- 「消去法です。それでたまたま最初に来たのが、安倍さんだった」
あたしはなるべく感情を殺して続ける。
「犯人も、……あなただった」
ガタンと椅子を鳴らして中腰になり、安倍さんは梨華ちゃんの方へ視線を飛ばす。
「梨華ちゃんも知ってます。話しましたから」
「安倍さんが……? うそ……」
梨華ちゃんはあいかわらず悲しそうな表情のままだった。
- 197 名前:34 投稿日:2000年12月22日(金)00時06分08秒
- 動機。それが最大の疑問だった。
福田さんの事件と市井さんの遺書、そのふたつのかたまりの間にあいたミゾ。それはもうすでに
ピースで完全にうまっている。
これに必要になったのは、あたしだけが持っている情報。あの紙に書かれたものは何だったのか、
ということ。
それは笑ってしまうほど場違いな、だからこそ、そこに偶然が重なって市井さん殺害への動機に
なった。
あれは、“あたしが書いた小説のプロローグだ”。
- 198 名前:35 投稿日:2000年12月22日(金)00時06分55秒
- 安倍さんはうつむいたまま、あたしの言葉を受け入れている。
あたしは続けた。
「正確には、あたしの小説のために、市井さんが書いてくれた物なんですけど。たぶんあれを見せ
られて、あなたは告発文だと思ったんでしょうね」
あたしはコピー用紙を手元にもどし内容を見てから、バッグにしまいこんだ。
「だって、あなたがやったんですから、福田さんの事件は」
遠くでガタンと鳴った。たぶん梨華ちゃんがさせたのだろう、ここからは梨華ちゃんにも話して
ないことだったから。
- 199 名前:36 投稿日:2000年12月22日(金)00時07分26秒
- たぶん、偶然が重なったんだと思う。悲しい偶然が。
市井さんが安倍さんに見せたのは、告発なんて理由からじゃない。昨日の夜、梨華ちゃんが言っ
ていたことと同じだ。
『……ひとみ、ちゃん?』
『ん? なに……?』
『あたし、ヘンじゃなかったよね?』
聞き取れないほど、小さな声。
『見たよね? あたしのカラダ。……ヘンじゃないよね?』
不安? 違う、恥ずかしいのかな? 梨華ちゃんの声にはそんな、微妙というか繊細というか、
あたしのこたえひとつで泣き出してしまいそうな、そんなニュアンスがあった。
そう、ただ確認したかっただけなんだ。
自分の書いた文章がヘンじゃないか、おかしくはないか。知ってたから、安倍さんのことをよく
知っていたから、市井さんはただ確認しただけなんだ。自信がなかったから。
あたしに見せる前に、ただ確認を……。
笑っちゃうよ……、ホントに。
- 200 名前:37 投稿日:2000年12月22日(金)00時07分59秒
- 「偶然、だったんです。あなたに見せたのは。なのにあなたは……」
あたしは泣いていた。
悲しい。悔しい。いろんな感情が混ざり合って、目からこぼれおちた。
「市井さんを殺した!」
おさえていた感情が爆発した。そんな感じだった。
その声に安倍さんの体がビクンと一度、大きく打った。
あたしは安倍さんのもとを離れると、入り口ドアのところまで歩いた。涙は止まってはくれず、
視界はずっとゆがんだままだった。
「自首、してください」
反転して、ドアに背中をくっつけた。
「市井さんを殺した罪を、つぐなってください」
……月並みな、ホント月並みなセリフだけど。
うつむいていた安倍さんが顔を上げ、ゆっくりと立ち上がった。ふらふらとこちらに歩いてくる。
それはささやくような声だった。
「なっちは、なっちはね。ずっと娘。の真ん中にいなきゃいけないの。ずっと真ん中で輝いてな
きゃいけないの。明日香も邪魔だった。紗耶香も邪魔だった。どうして邪魔をするの? なっち
はただ輝いていたいだけ。みんなが言うんだもん。なっちはセンターがいいって。センターじゃ
なきゃダメだって。ずっとずっと輝いてなきゃダメだって。だからそうしたんだよ。みんながや
れって言うから!」
机の上に果物が置かれていた。リンゴ、オレンジ、輪切りのパイナップル。その皿にそえるよう
に、果物ナイフが置かれていた。
そしてそれは今、安倍さんの手に握られている。
- 201 名前:38 投稿日:2000年12月22日(金)00時08分33秒
- あたしに向かって突進してくる安倍さん。瞬間、あたしの体重がふっと消えた。
背後にしていたドアが開けられたのだ。
そこからは、すべてがスローモーションだった。
あたしは安倍さんとぶつかるより先にうしろに倒れこむ。あたしのうしろにいたのは、あの刑事
さんだった。
ガーンという音、衝撃とともに、安倍さんの胸にパッと血の花が咲いた。
撃ったんだ。
調子にのって見せてくれた拳銃。あたしを守ってくれるって言っていた。
本当に撃ったんだ。
安倍さんがその場に崩れこんだ。
梨華ちゃんの悲鳴で、またすべてが動き出した。
ただあたしだけは動けずに、その場に座ったままだった。
こんな結末でよかったのかな。
そんな疑問だけを残して。
―― 了 ――
- 202 名前:39 投稿日:2000年12月22日(金)00時09分13秒
- *
ふぅというため息一緒に、市井さんはプリントアウトした紙の束をテーブルに置いた。
いつもの喫茶店。いつものテーブル。この店は市井さんとごっちんと保田さん、3人で見つけた
そうだ。
アイスティーで口元を一度ぬらしてから、
「あたしを殺すか……」
「う、スイマセン! それは……、その。今度はみんなにも見せたいって思ったから。メンバー
以外のヒトに……」
「いや、まあいいんだけどさ。う〜ん、今回のは短いんだね」
「あ、はい。がんばってみました!」
前回の失敗をふまえて、あっさりとした一人称の文でとおしてみた。トリックらしいトリックも
なく。ただ読みやすく、それに重点を置いたのだ。
「でもさ。なんか、軽く感じるんだけど?」
「は? 軽い、ですか?」
「推理小説って感じではないよね。なんていうか、う〜ん。なんて言うんだろ? こういうの。
こういう感じの話しならさ。あたし死ななくてもべつにいいよね……?」
市井さんは紙をまた手に取ると、パラパラとめくっていく。
「……軽い」
だって、市井さんがダラダラ長いって言ったから、いろいろあった文章を削ったのに……。軽い
のかなぁ……。
「まあ、やっぱり及第点。吉澤にしては良くやった。ってとこかな」
「……はぁ、そうですか」
「で、あとさぁ。刑事ってこんなに簡単に銃撃つか? あと血の花ってなんだよ」
「そんなの……、わかんないですよぅ。撃ったところなんて見たことないし、ヒトにあたったと
ころなんて、想像でしか無理ですよ」
「……妄想か」
前にあたしが言ったのが相当悔しかったのか、市井さんは勝ち誇ったようにそう言った。
- 203 名前:40 投稿日:2000年12月22日(金)00時09分48秒
- 「でわでわ、はじめましょうか」
「は?」
「恒例のやつ。フィクションの解決編だよ」
市井さんは嬉々として、紙をテーブルに広げていく。
「またですか?」
「だって、今回はわかりやすいでしょ。ああ、もちろん犯人はなっちってことでさ。共犯者がいる
じゃない」
「え? なんですか、それ」
「だって、なっちひとりでさ。あたしのカラダ、持ち上げられると思う?」
「あ、ですよね……」
「だから ――」
カランと、入り口のドアに取りつけられているカウベルが鳴った。その不思議なタイミングに、
あたしと市井さんは言葉を止める。
「あ〜、やっぱりいた〜。ほら圭ちゃん圭ちゃん。市井ちゃんとよっすぃーいたよ〜」
- 204 名前:41 投稿日:2000年12月22日(金)00時10分23秒
- 市井さんの隣りにごっちん。あたしの隣りに保田さん。なんでもこの座り位置が、ここの基本ら
しい。
「吉澤また小説書いたんだ〜?」
「よっすぃーのって字ばっかりでさぁ、絵がかいてないんだよね」
というさっそくのお言葉をいただき、あたしはそそくさと紙をバッグの中にしまいこんだ。
「後藤、今度の曲でメインなんだろ? やったじゃん」
「そうだ、きいてよ紗耶香ぁ。後藤がメインでさ、あたしら「オリジナル」メンバーってバックコー
ラスみたいなんだよ、今回はさぁ」
「え〜、あたしだけってことはないよ。新メンバーがメインってだけでぇ、よっすぃーだってさ、
歌ってるよね。ね?」
「あ、うん。まあ……」
「吉澤、歌ヘタだからなぁ〜。あたしに歌わせろっての」
「あ、そうなの? 後藤より?」
「市井ちゃん、ヒド〜イ。あたしだってけっこう上手くなんたんだからね〜」
なんかいいな……。
話しにはうまく入っていけないんだけど。近くにいる、ただそれだけで感じる、3人のつながり。
3人のキズナ。
なんか、こういうの好きだ。
「ちょっと吉澤。なにニヤニヤしてんの」
ニヤニヤなんてしてたかな? してたかも。だって、単純にうれしかったから。
こうしていられることが、うれしかったから。
「あ、そだ。吉澤の小説じゃないんだけどさ。あたしってまだ娘。のコンサートに行けるのかな」
市井さんのその言葉に、ふたりの視線が集中する。あたしも遅れながら、市井さんを見た。
「なに紗耶香。もどってくる気になった?」
「ホントに?」
市井さんは一瞬、「しまった」という表情をしてから、
「ちがうちがう、ほら、楽屋とかに入れてもらえるのかな〜って思ってさ」
と、つなげた。
ふたり、とくに保田さんはガックリきているみたいだった。
「来れるんじゃないかなぁ、元娘。ってことでさ」
「あ、ホントに? じゃあ今度行こっかな。またみんなにも会いたいし。後藤の歌も聞きたいしね」
市井さんが横目でスッとごっちんを見た。視線が合って、ごっちんはニヒヒって笑う。
笑うんだね、ごっちんも。こんな風に。
「ぜったい、上手くなってるんだから」
「うん。期待してるよ」
- 205 名前:42 投稿日:2000年12月22日(金)00時10分58秒
- 市井さんたち3人を残して、あたしはひとあし先に喫茶店の外に出た。なんだかお邪魔みたいだ
ったから。
カランとうしろでベルが鳴る。むっとする外気で、「まだ夏なんだなぁ」って実感した。
サングラスをかけ、空を見上げた。
「買い物でもしよっかな」
あたしは歩き出す。街の雑踏めがけて。
- 206 名前:43 投稿日:2000年12月22日(金)00時11分30秒
- それから何ヶ月か経った。ごっちんとあたしたち新メンバーがメインの曲「I WISH」も発表され、
仕事はきつくなったようにも思う。いそがしい毎日が続いていた。
「ちょっと吉澤っ、プッチの反省会まだ終わってな ――」
コンサート終了直後の混雑している中、あたしは「スイマセン」と、心にもない言葉を残して走り
出す。背中に投げかけられる、保田さんの悪態が痛い。
電話があったのが昨日。
『あ、吉澤? あたしあたし。あしたのコンサートさ、行くから』
なんでかな。ドキドキしてる。
コンサートの直後で興奮してるだけなのかもしれないけど、悪くない。こんなドキドキ、本当に
久しぶりだった。
ごっちんや保田さん経由じゃなく、直接あたしに電話してきてくれた。それがうれしかった。
『そんときさ、イイモノ持ってくから。期待してろよ?』
何かな? 何なのかな? 期待してます。すっごく。
『吉澤の小説が、ずっとおもしろくなるモノだよ』
勢いをつけてカーブを曲がり、「そこで待ってるから」と言っていた場所を目指す。
そしてあたしは、
“楽屋のドアを開けた”。
*
- 207 名前:エピローグ (1) 投稿日:2000年12月22日(金)00時12分46秒
- あたしは大きなため息をひとつ、持っていた用紙の束をテーブルに置いた。上目遣いに向かいの
椅子を見る。やっぱり市井さんは、感想を期待してるみたいだ。
「あの……」
「なになに? どうだった? それ」
食いつくように身を乗り出す市井さん。
とりあえず、これだけは言っておこう。いや、言っとかなきゃいけない。あたしは覚悟を決めて、
「あのですね。あたしと梨華ちゃんは、ぜったいに! こんなことしません」
市井さんはわざとらしく驚いてみせると、
「吉澤、あんた「いしよし」を否定するの? いしよしはあった! あったのよ! ぜったいに!
夢をこわさないで!」
いしよし……?
「いしよし……って! あ! あ〜っ! 梨華ちゃんとってことですか? うわっ、ぜったいに
ないですよ、そんな。なんで梨華ちゃんと、あたしが……」
顔が赤くなってくのが自分でもわかる。
梨華ちゃんと、……その、そんなことするなんて。いや、まあ考えたことないとは言い切れない
けど、そういうふうに言われると否定したくもなる。
「はぁ。吉澤本人までいしよしを否定するなんて、ガッカリだな……」
市井さんはうつむくと、テーブルにのったアイスティーのグラスの中を、ストローで一周させる。
こっちをチラチラと見ながら。
……くそう。
「そんなヘンなことばっかり言ってるから、いまだに「いちごま」とかって言われるんですよ」
市井さんがバッと顔を上げた。
「なっ! 吉澤っ。いちごまはなかった! いちごまはなかったのよ!」
と言ってるけど、それもいちいち芝居じみている。
「だって、だいたい今だって、ごっちんを待ってるんじゃないですかぁ。市井さんが呼べ呼べって
しつこいから電話したんですよ?」
そう言い切るまで、あたしの怒ったふりは続かなくって、ふたりして吹き出していた。
- 208 名前:エピローグ (2) 投稿日:2000年12月22日(金)00時13分27秒
- 「でもヘンな話しですよね、これ。はじめと終わりがないっていうか。ただぐるぐる回ってるだけ
っていうか」
「まあ、読む人がみんな吉澤みたいに読んでくれれば、だけどね」
「ですね」
そこで。不思議なタイミングで、入り口のカウベルが鳴った。
あたしたちは言葉を切る。
なんなんだろう、この感じ。このイヤな感じ。
ふいに、頭をよぎった。もしかしたら、ここで話しているあたしと市井さん。それもまた、小説
の中の一部なのではないのか。
もしかしたら、市井さんはまた小説のように安倍さんに殺されてしまうのではないか?
バカなことだとは、自分でも思っている。でも、その根拠のない不安は、瞬く間にあたしの頭の
中をいっぱいにした。
どうすればいい? どうすればいいんだろう。
店内に入ってきたごっちんに手を振っている市井さん。あたしは、
「市井さんあの……、共犯者って、この共犯者って誰なんですか?」
身をのりだして、そうきいた。
あたしができるのは、たぶんこれぐらいだ。
安倍さんと、その共犯者。ふたりを一緒にしておかないことで、事件は未然にふせげるんじゃな
いんだろうか。
共犯者は、誰なんですか ――
- 209 名前:エピローグ (3) 投稿日:2000年12月22日(金)00時14分09秒
- 先に喫茶店を出た後藤が、なにがそんなに楽しいのか手をぶんぶんと振っている。
「お〜い、いちぃ……」
思わず名前を言ってしまいそうになり、「あわわっ」と口をおさえている。
(はぁ……、あのバカ)
けれど市井も、こそっと手を振りかえした。
カランとうしろでカウベルが鳴る。吉澤は店においてきた。今もたぶんうらめしそうに、こっち
をにらんでいるはずだ。
結局、共犯者が誰なのか、市井はそれを教えなかった。
市井はため息をひとつつくと、空を見上げた。
「さすがにこれは……、吉澤には見せれないよな〜」
バッグから一枚、プリントアウトした紙を取り出した。内容を見て、またため息をつく。
それからグシャッとそれを一気に握りつぶして、わきにあった植え込みに投げ捨てた。
「いち〜ちゃ〜ん」
こらえきれないのか、後藤がとうとう名前を呼び始めた。
市井は苦笑まじりに歩き出す。街の雑踏めがけて。
- 210 名前:44 (捨てられた最後のページ) 投稿日:2000年12月22日(金)00時15分09秒
- *
「安倍……、さん?」
楽屋。あたしは目の前に映し出された光景が、まだ頭の中で処理できていなかった。
パサリと、市井さんの首に巻きついていたロープが、安倍さんの手からすべり落ちる。なんで?
え? なんで?
「紗耶香が悪いんだよ……。紗耶香が、こんなの見せるから。なっちにこんなの見せるから!」
あたしはドアを閉めると、床に落ちていた紙を拾う。
これ……。
「安倍さん。これ見たんですか? 市井さんがこれ、見せたんですか? 安倍さんに見せたんです
か?」
不器用な笑顔を浮かべながら、安倍さんはうなずいた。
「なんで……」
それからあたしはいったん部屋を出ると、わきに山積みにされていたロープの中から、長いもの
を選ぶと、楽屋にもどった。
市井さんの変色した首すじに触れ、確認をする。
ロープの先を輪にして、市井さんの首をそこに入れた。
もう一方のはしに丸めた衣装を重りとして取り付けると、天井と剥き出しのパイプの隙間めがけ
てそれを投げた。
3回目でうまく入ってくれた。あたしは衣装をはずすと、安倍さんに指示して一気にロープを引
いた。市井さんの体がぐっと持ち上がる。
戸惑うようにしている安倍さんを無視して、作業を続ける。市井さんの体が完全に宙に浮いたと
ころで、壁に取り付けられていた空調装置に結びつけ固定した。
安倍さんを部屋からおい出した。紙を、あの紙をバッグの中にもどした。
どうして……。
市井さん、どうして……。
あたしに、あたしのために。あたしのためだけに持って来てくれたんじゃなかったんですか?
あたしに会いに、来てくれたんじゃなかったんですか?
なのにどうして……。
どうして、安倍さんなんかに見せたんですか?
ごっちんや保田さん。ふたりなら、あたしもまだあきらめれるのに。あのふたりなら、まだゆる
せるのに。
なんで、安倍さんなんですか?
なんで、安倍さんなんかに見せたんですか?
なんで、安倍さんなんかに……。
ゆるさない……。絶対にゆるさない。
市井さんを殺した安倍さんも。
そしてあたしを裏切った市井さんも。
あたしは絶対に、ゆるさない。
死ねばいいんだ。安倍さんも、市井さんも。
あたしは市井さんの“死体”を見上げていた。
―― おわり ――
- 211 名前:ミヤーン 投稿日:2000年12月22日(金)00時17分20秒
- >>190
(0^〜^0)< 保田さんにとっての謎と、あたしにとっての謎。きっと別のモノなんですよ。
え〜と。これで終了です。またNGワードの多い話しだったので、中盤以降おそろしいほど文章
の量が減ってます。
そしてせっかく登場させた刑事が、あんまり活躍してません。というか、まあ刑事はアレさせる
ためにだけ登場させたんですけどね。
あと、東京近郊でコンサートってあんまりやってないんですね。作中のコンサートも架空のもの
ってことでひとつ。
それでは、
いままで読んでいただいた方、あとsageにつきあっていただいた方。ありがとうございました。
ミヤーンでした。
- 212 名前:ミヤーン 投稿日:2000年12月22日(金)00時21分34秒
- age
- 213 名前:名無しさん 投稿日:2000年12月22日(金)01時02分44秒
- お疲れ様
結末は期待していたどおりで良かったよ
- 214 名前:名無し 投稿日:2000年12月22日(金)01時16分32秒
- ひっそりとやっていたなんて……。
ageてくれるまで全然気づかなかったっす。
ループしているとこがなかなかよかったな、自分は。
あと、さりげに入ってるよしいしが(w
- 215 名前:名無しさん 投稿日:2000年12月22日(金)01時23分08秒
- 自分の頭の悪さに腹が立ちました(w
う〜ん・・頭が冴えてる時にも一回読もう・・・。
とにもかくにも作者さん天才です。
作家目指してらっしゃる・・?
- 216 名前:ネタばらしの内容になっています 投稿日:2000年12月22日(金)01時31分17秒
- 作者さんに質問なんですが・・・
これは市井が書いた小説の中で吉澤が小説を書いて
市井に見せているという設定でいいんでしょうか?
どうも頭の中がごっちゃになってしまって
- 217 名前:名無しさん 投稿日:2000年12月22日(金)06時13分08秒
- 新作をやってたなんて、全然知らんかった。
まあお蔭で一気に読めましたけど。
前作のときは、あとがきについては?、という感じだったけど、
なるほど、こうつながるんですね。これならまた続編も?
これからは定期的にチェックしますけど、新作始めるとき位
あげてもらえると嬉しいんですが・・・
- 218 名前:ミヤーン 投稿日:2000年12月23日(土)00時07分10秒
- 読んでいただいたみたいで、ありがとうございました。
>>213
ふむ・・・。もうちょっとヒネれってことかな。
>>214
「いしよし」←このヘンに若干手を加えたtxt版をいま書いてます。
そのうちあげる予定。
>>215
楽しいから書いてるだけって感じです。まあ、楽しいって内容でもないんですけど。
>>216
それでいいです。たぶん。
>>217
そうします。
新作ですか・・・。書いてたけど消えたんですよね。半分ぐらい。 >>191
元ネタ、になるかどうかわからないんですけど、最近読み返した本。
「匣の中の失楽」 「殺戮にいたる病」 などなど。
「殺戮〜」が入り口だったから、こんな話しばっかり書いてるんですけどね。
- 219 名前:213 投稿日:2000年12月23日(土)03時21分54秒
- いや、もうヒネらなくていいよ
これ以上捻られたらついていけないかもしない
通し番号無かったらわかんなかったもんなあ、きっと
ただ前回のにさらに何か加えてくるだろうなと思ったから
- 220 名前:あるみかん 投稿日:2000年12月23日(土)07時41分40秒
- おつかれさまでした。大変楽しく読ませていただきました。
前半に複線を貼って後半で一気に収束するスタイルは読んでてドキドキします。
推理モノ(でいいのかな?)ってほんと難しいと思うので作者さんにただただ敬服。
安孫子武丸とか竹本健二って面白いですよね。我孫子作品の中では「殺戮〜が一番好き。人形シリーズはどうも・・・
有栖川とか綾辻ももしかしてお好きなのでは?
- 221 名前:名無しさん 投稿日:2000年12月24日(日)01時32分03秒
- なるほど、この構成は、『ハコの中〜』でしたか。だとするとこのまま反転しながら
続いていくのかな。
『殺戮〜』が入り口ってのも何というか、すごいですね。
- 222 名前:名無しさん 投稿日:2000年12月24日(日)03時51分22秒
- ハコといえば、『魍魎のハコ』は?
- 223 名前:ミヤーン 投稿日:2000年12月24日(日)13時26分00秒
- >>219
加えられたのかどうか・・・。今回はけっこういきおいだけで書いてましたから。
>>220
我孫子、綾辻、有栖、あと西澤、森、篠田、ぐらいかな。そっち系で読んだの。
だからそれほどアツイ話しはできないです。目をとおしただけって感じで。
綾辻でよかったのは「殺人鬼」、かな。
>>221
続きません。市井−吉澤の話しはたぶんこれで終了です。
「入り口〜」、う〜む。最初から「当り」を引いたって言われるんですけどね。
>>222
読みました。けど内容おぼえてない・・・。
娘さんが「みっしり」でしたっけ? いや「ぴったり」だったかな。
次の話し。年明けになるかな。とりあえず書く予定です。
それでは。
- 224 名前:222 投稿日:2000年12月25日(月)05時46分07秒
- 「みっしり」ですね
ところでたまたまうちに京極シリーズがあってミステリー系?はそれしか読んだこと
ないのですが、我孫子とか綾辻ってそういう系なんですか?いったいどういうのが、
おもしろいのですか?
- 225 名前:ミヤーン 投稿日:2000年12月26日(火)00時05分45秒
- >>224
系統立ては読んだ人によって違うと思うので、一概には言えないんですが。微妙に違っていると
思います。
おもしろい、おもしろくないも人によって違うとは思うんですが。綾辻行人なら「殺人鬼」、我孫
子武丸なら「殺戮にいたる病」がおもしろいと感じました。でもあまりオススメはできませんけどね。
「バトル・ロワイアル」やっと読んだ。う〜ん。どうなんでしょう。
でも、“もうひとことオーケイですか、神様?”は、ちょっとスゴイと思った。
それだけ・・・、かな。
ダイバーも分割ですか。
ひとり喋り×3なら、まだアリかも。いや、それはそれでツライか・・・。
- 226 名前:222 投稿日:2000年12月26日(火)04時37分50秒
- わざわざありがとうございます。バト・ロワは小説読まずに映画を見に行こうと思ったけど,姉に落ちを聞いて行く気なくしました。まさかそうなるとは・・・。
- 227 名前:ミヤーン 投稿日:2000年12月31日(日)00時44分50秒
- え〜っと。
ここに書くようなことでもないかもしれませんが、17回目だそうで。
おめでとうございます。それだけです。
- 228 名前:ミヤーン 投稿日:2000年12月31日(日)04時06分46秒
- http://www.geocities.com/miyaan01/files/ichigoma.txt
↑あげてみたけど、どうかな・・・。
板違い、すいませんです。
- 229 名前:名無しさん 投稿日:2000年12月31日(日)04時15分12秒
- ヽ^∀^ノ < ありがとう!
でも私偽装解除できなかったりして・・・
- 230 名前:名無しさん 投稿日:2000年12月31日(日)23時14分25秒
- ヽ^∀^ノ <思わず猫缶検索しちゃったわ
もうすぐ21世紀だね!
- 231 名前:ミヤーン 投稿日:2001年01月01日(月)00時07分39秒
- >>229-230
( ´Д`)< ビッグになれそう?
猫缶↓
http://www.google.com/search?q=%94L%8A%CA%81@TOOL&hl=ja&safe=off&btnG=Google+%8C%9F%8D%F5&lr=
おめでとうございます。詣でてきます。
- 232 名前:ミヤーン 投稿日:2001年01月01日(月)00時09分43秒
- >>231
新年そうそうミスった。・・・鬱々。
- 233 名前:名無しさん 投稿日:2001年01月01日(月)22時14分05秒
- ヽ^∀^ノ < 缶切り手に入れたから大丈夫!
もちろんビッグになって帰ってくるよ!
今世紀中には・・・
- 234 名前:名無しさん 投稿日:2001年01月01日(月)22時51分01秒
- (`.∀´) <sageでも他が上がらないからさがらないじゃないのよ!
ちょっと恥かしいわよ!
- 235 名前:ミヤーン 投稿日:2001年01月02日(火)00時00分52秒
- >>233-234
( ´Д`)< ちゃんと見れたかなぁ・・・。
木村のドラマが面白かったらしい。集まってた3親等内の親戚全員に言われた。
風呂入ってたっつーの。
感想> 吉澤のセーラー服につきる。
いや、弱った後藤もよかた。
- 236 名前:ミヤーン 投稿日:2001年01月03日(水)04時40分11秒
- ぬるいの書いた。
http://natto.2ch.net/test/read.cgi?bbs=morning&key=978346621&st=263&to=276&nofirst=true
ヤッスー・・・。
- 237 名前:名無しさん 投稿日:2001年01月03日(水)11時49分28秒
- >>236
見てきたかのような風景だ。涙。でも追悼スレッドに書かないでくれよ…(ニガワラ
- 238 名前:名無しさん 投稿日:2001年01月03日(水)12時49分29秒
- 遅ればせながら感想です。二回も読んじゃった。
メッチャメチャ面白かったっす。
最高です。大好きな作品の一つになりました。マジで。
( ´Д`)<ちょっと深くて難しかったけど・・・
- 239 名前:名無しさん 投稿日:2001年01月03日(水)13時04分23秒
- >>236
ヽ^∀^ノ<こっちも見てきたよ!生々しくてイイ感じ!!作者さん私のファン!?
- 240 名前:ミヤーン 投稿日:2001年01月04日(木)01時15分10秒
- >>237
スレの前のほうに別のを書いてた人がいて、そのパクリだったんですけど。
いちごまよしにもってくのはちょっと無理でした。
>>238
ありがとうございますです。
>>239
ヽ^∀^ノ <母さん、プッチモニが好き!
未アップ分を含めたtxt版↓
http://www.geocities.com/miyaan01/files/kei.txt
でも未完です。
- 241 名前:ミヤーン 投稿日:2001年01月09日(火)00時32分18秒
- え〜と、headlineから落っこちたみたいなんで、いちおう告知。
狼の方のさがってるスレで、しょ〜もない話しを書いてます。見たい人は探してください。
ちなみに保田スレで、あいかわらず43文字で折り返しです。
あと、たぶんこのスレにはもう書かないと思いますので、適当に面白い話しを思いついた方、利
用していただいて結構です。
それでは。ミヤーンでした。
- 242 名前:チャムヲタ 投稿日:2001年01月16日(火)03時42分30秒
- 書くの辞めちゃうの・・・?影から応援してるよ・・
- 243 名前:名無し読者 投稿日:2001年01月18日(木)23時56分39秒
- >>241
そのスレ消えてませんか??
再開したとき、再度告知してくれると嬉しいです。。
- 244 名前:名無しちゃむ 投稿日:2001年01月20日(土)17時05分34秒
- 苺魔マテルヨ
- 245 名前:ミヤーン 投稿日:2001年01月25日(木)00時28分17秒
- とりあえず、自分を追い詰めるためにアップしてみる。。。
- 246 名前:ミヤーン 投稿日:2001年01月25日(木)00時28分49秒
- 「長い秘密」
- 247 名前:ミヤーン 投稿日:2001年01月25日(木)00時29分44秒
- 市井ちゃんがロマンティック 〜 後藤真希「ネプランチ」より
- 248 名前:ミヤーン 投稿日:2001年01月25日(木)00時30分18秒
- Burnet - ワレモコウの憂鬱
それは、私が(モーニング娘。)を辞めて、はじめて迎えた夏のことだった。
日増しに強まる陽光が、カーテン越しに部屋に朝を伝えていた。
ベッドの上で片ヒザを抱えた姿勢で、私はひとつまばたきをする。わずかに呼吸は荒い。
―― まただ。
体中に火照るような熱と汗がまとわりついていた。
見慣れた家具、壁紙、天井、すべての色彩は薄く、湿気を含んだ空間は深海を思わせた。
もう一度まばたきをすると、こめかみのあたりからひとすじ、また汗が落ちた。
- 249 名前:ミヤーン 投稿日:2001年01月25日(木)00時30分58秒
- 夢をみていた。
ここ数日続けて見る夢。
それは明確な記憶として頭に残っているわけではなく、ただの印象として、漠然と物悲しげな色
だけを、私の心に塗りつけて終わる。それぞれが一致するものではなく、個々に別の内容なのか
もしれない。しかしこの感覚だけは、心に残ったこの感情だけは、間違いなく同じものだった。
手の甲で二、三度首筋をこすり、そのまま寝癖ではねている髪を無造作になでつけた。
切りに行くのもおっくうで、中途半端な長さにのびた髪は汗を吸い、べっとりとしていた。
―― あれは、嫌な夢だったのかな?
ふと考える。自分をこんなにまでする夢、それはやはり悪夢なのだろうか。
眠りから覚めてもいっこうに疲れはとれておらず、むしろ増しているようにも思える。朝目覚め、
ベッドの上で体を起こした私に残っているのは、そう、悲しいというだけの記憶。やはりそれだ
けでは、答えは導き出せそうにもなかった。
そのとき無意識に唾を飲み込んではじめて、のどが渇いていることに気がついた。
Tシャツのすそをつかむと、キッチンへ歩きながら、のびをするついでにべたつくそれを脱ぎ捨
てた。
- 250 名前:ミヤーン 投稿日:2001年01月25日(木)00時31分30秒
- 冷蔵庫を開けると、カランとビンが触れ合い冷たい音を立てた。作り置きしておいた麦茶の入っ
たビン取り出すと、グラスに注ぐ。
さっそく口をつけた。
熱くなった体内に、すっと染み入るそれは心地よく、半分ほど空けてからビンを冷蔵庫へ戻した。
振り返る。そこは誰もいない部屋だった。流し台に両手をついて体重を乗せた。薄暗い部屋だ。
ここからではカーテンの輪郭だけが白く、輝いて見えた。
―― さびしいの?
不意に生まれたその疑問はしかし、あれ以来何度も自分自身に投げかけたものだった。
私が(モーニング娘。)だった日々。
あのとき、あの瞬間こそが常軌を逸した夢。幻だったのではないかと、最近では思うようになっ
ていた。
後悔は今のところしていない。
―― さびしくなんか、ないよ。
カーテンのかけられていない小窓から入った光が、かたわらに置いたグラスをべっ甲のように輝
かせていた。
- 251 名前:ミヤーン 投稿日:2001年01月25日(木)00時32分03秒
-
喫茶店に入っても目深にかぶった帽子はそのままに、私はアゴを少し上げるかたちで、矢口の姿
を探した。
正午を過ぎたころに、矢口真里から電話があった。それまでにも連絡はわりとまめに取り合って
いたし、こうして場所を指定して出てくることもしばしばあった。なにより、それが彼女にとっ
て本当に貴重なオフであり、私のためにその時間をさいてくれるというのは、悪い気持ちはしな
かった。
金髪に近い髪を二つ結びにした小さな顔が、ちょうどぴょこんとはね上がり、潜望鏡のようにあ
たりを見渡している。
視線が出会い、自然と笑みがこぼれた。矢口もつられたように笑い。こっそりと手を振った。
ウェイトレスを「待ち合わせてます」と断って、二人がけのテーブルに着いた。肩から下げていた
バックは足元に置いた。
- 252 名前:ミヤーン 投稿日:2001年01月25日(木)00時32分48秒
- 「ごめん待たしちゃった?」
レトロ調の店内は夏の日差しに照らされ、その古びた印象だけを醜く露呈させていた。夕方にで
も来ればまた違った雰囲気なのかもしれない。なんにせよ、私も矢口もこの服装では、場違いに
は違いないのだが。
「ぜんぜん大丈夫だよ。あたしが無理言って来てもらったんだからさぁ、紗耶香があやまること
ないじゃん」
そう言って見せた矢口の笑顔が、なぜか懐かしく思えた。
私が(モーニング娘。)を辞めて2ヶ月が経とうとしている。
何が変わったわけでもない、ただ自由になっただけだ。
しかし持て余すほどのその自由は、また私を縛りつけはじめていた。
飛ぶ勇気のないヒナ鳥に、明日はない。
最近では、かすかな焦燥感だけが話し相手だった。
- 253 名前:ミヤーン 投稿日:2001年01月25日(木)00時33分18秒
-
「ん? なに、なんかついてる?」
テーブルをはさんで正面、矢口はグラスにさしたストローを口にふくみ上目遣いに、下ろしてい
る前髪を少しいじった。そこでとまっていた私の目が気になったようだ。
「や〜、金色だなぁって思ってさ。見るたびに色、抜いってちゃうから」
「そうかなぁ、キレイじゃない?」
そう言うと口をとがらせ、ふるふると子犬のように頭を振った。
窓際に座ってはいなかったが、日差しはテーブルの上まで届いてきており、矢口の髪もまたそれ
に照らされる。限りなく金色に近い髪だ。
「キレイって、まあ、キレイ……、かな?」
私は苦し紛れに、グラスの中のアイスティーをストローでぐるぐるかき混ぜた。顔を上げると、
矢口が下唇を出して不機嫌そうににらんでいる。
私は誤魔化すように笑う。
それでも矢口はゆるさない、という顔のままだった。
- 254 名前:ミヤーン 投稿日:2001年01月25日(木)00時34分02秒
- 「はは、え〜っと、あ、そだ。タンポポ、タンポポどう? 新メンのコ、がんばってる? 加護
と石川だっけ?」
「がんばってるけど」
思わず口をついて出た言葉に、矢口は表情はかえず口元だけでこたえた。
プライベートに仕事のこと持ち出してしまったことで、言ってから一瞬躊躇したが、そんな私を
よそに矢口は続ける。
「最初はどうなるか心配だったんだけどさ、二人ともがんばってるよ。CDもね、今までで一番
売れてるみたい。ハロプロでもウケ、悪くないし」
「ふ〜ん」
「衣装もね、前とはぜんぜん変わってるんだ。あたしウィッグ付けて歌ってるんだよ? 傘とか
帽子とか小道具もけっこうあってさ」
「へ〜」
「曲調も変わって、それがウケたのかな。雑誌とかのさ、評価もいいんだ」
- 255 名前:ミヤーン 投稿日:2001年01月25日(木)00時34分37秒
- 「そっか、よかったじゃん」
私のその言葉に、矢口の声が途切れた。眉間にあったしわがパッとほどける。驚き、あるいは失
望か、矢口の瞳にはそんな負の感情が映っていた。
「……よくないよ」
見覚えのある表情だった。2年前、私たちがまだ幼く、弱かったころ、矢口が私たちに何度か見
せた、三人だけの秘密の表情。
それは、悲しい表情。
せきを切ったように矢口が言う。
「ぜんぜん……、よくないよ。彩っぺと圭織、三人でさ、一生懸命作ってたんだよ。大人の女の
人ってイメージ。詞の世界も、曲の世界も、作ってたのに。それがあんなのに変わっちゃって、
変えられちゃって。そしたらそれが売れて……」
―― 矢口。
- 256 名前:ミヤーン 投稿日:2001年01月25日(木)00時35分08秒
- 「今タンポポって言ったら、みんなあの曲のことしか言わないんだよね。それまでに4曲も出し
てるのにさ。圭織あんなでしょ? いつもあたし一人で考えちゃうから。あたしたち三人でやっ
てきたことって、なんか無駄だったのかな、とか。作ってきたものも全部無駄になるのかな、と
かさ……。ねえ紗耶香ぁ、どうなのかな無駄なのかなぁ。あたしたちのタンポポって、彩っぺと
圭織とあたしと、三人のタンポポって、このまま消えてなくなっちゃうのかなぁ」
そこまで言って、矢口はぐっと背もたれに体重をかけた。窓の方を向き二、三度強くまばたきを
すると、目のはしを指先でぬぐった。
「はは……、こんな話し、するつもりなかったのに……」
そのとき私は気がついた。矢口にもあるのだと。
両手から、歩くたびに水がこぼれ落ちていくような感覚。
自分ではどうすることもできない、とめられない時間と記憶の関係。
あるいは、長い喪失感。
私がそう感じるのは、私にもそれがあるからなのかもしれない。
- 257 名前:ミヤーン 投稿日:2001年01月25日(木)00時35分45秒
-
嫌になるほど静かな沈黙だった。さっきまで耳についていた、店内に流れるメロディも、今はき
こえてこない。
私はふと、矢口のその小さな体を抱きしめたい衝動にかられた。ほんの数ヶ月前なら、間違いな
くそうしていただろう。
「あたし、気持ちの切り替え、できてなかったね。ごめん」
しかし私はためらい、あいまいな笑顔を浮かべたまま矢口のその言葉をうけた。
私がどんなことをしても、今の私では、蚊帳の外にいる今の私では、矢口を本当になぐさめるこ
とはできない。そんな言い訳が頭の中をいっぱいにしていた。
一人持ち直したように矢口はすぐに微笑むと、「失敗、失敗」とうつむき呟いた。
矢口が私を頼りにして心を開いてくれているのに、私は何もできない。何の言葉もかけてあげる
ことができない。
矢口は私を必要としてくれているのに。信頼してくれているのに。何もできない。何もできない。
私は、なんなんだ ――
- 258 名前:ミヤーン 投稿日:2001年01月25日(木)00時36分23秒
-
矢口がアイスティーを飲み終えるのを待って、「そろそろ行こっか」と声をかけた。もともとが服
を選びたいから付き合って、という矢口からの申し出だったのだ。
「うん」と矢口も席を立つ。完全に持ち直したのか、「ここ紗耶香のおごりね〜」と笑った。
そのとき不意に、窓の外を行く車のフロントガラスにでも反射したのだろうか、店内を陽光が駆
け巡った。それは矢口を逆光の中へと包み込み、私の視界を真っ白にする。
その瞬間だった。
逆光、影、輝く金色の髪。
イメージの連続が、純白に飲み込まれた私の目に飛び込んできた。いや、瞳に刻み込まれたのか。
逆光、影、輝く金色の髪。
私は立ち尽くす。一瞬の光は消えても、そのイメージだけが頭の中をぐるぐると何度も繰り返し
巡っていく。3つのイメージ、その繰り返し。
「紗耶香?」
矢口のその声にわれにかえった。店内はさっきよりさらに静まり返っているように思えた。空調
はちゃんととれているにもかかわらず、握った手のひらは汗でびっしょりと濡れていた。
「ねえ紗耶香、ほんとに大丈夫?」
ふたたびのその言葉に何とか笑顔を作ると、「たはは」とわけもわからないまま誤魔化した。
- 259 名前:ミヤーン 投稿日:2001年01月25日(木)00時37分04秒
-
矢口御用達の109、その他にもいろいろとまわってはみたが、矢口のセンスはともかく、サイ
ズに合う服はなかなか見つからなかった。結局3着ほどを妥協して購入し、てきとうなところで
タクシーをひろうと、矢口とはそこで別れた。
最後まで、喫茶店でのことを気にかけてくれていた。
しかし、いまだに私の脳裏にはあのイメージがこびりついている。わずかにだが時間をおいても、
それは歪曲されることなく、あの3つのイメージははっきりと思い出せた。
夕刻から夜へ、夏の空はゆっくりとその色を変えてゆく。しかし深くかぶった帽子ごしに見えた
のは、雑然とした人ごみ。熱気に包まれ、どこへ行くのか、どこへ流されていくのか、私はその
中にいるというだけで軽いめまいを感じた。
人の間をぬって横道にそれると、(BOOKS)の看板のあるビルに滑り込んだ。背後でドアが閉まり、
そこで熱気が遮断されたことを確認すると、私は肩の力をぬいた。汗がひいていくのがわかる。
一息つくと、階段を上った。
- 260 名前:ミヤーン 投稿日:2001年01月25日(木)00時37分45秒
- クーラーのきいた明るい店内は、私と同い年ぐらいの女の子から中年のサラリーマンまで、しか
しその数は数えるほどしかおらず、私の気持ちを軽くしてくれた。
量販型の書店らしく、ずらりと並んだ本は読んだこともないハード―カバーの専門書から雑誌ま
で、色とりどりの背表紙を見せていた。もちろん私のお目当てのコミックコーナーも例外なく、
その種類は充実している。
探していた新刊を見つけたころには、この店をお気に入りのひとつにすることに決めていた。
ジュニアの文庫本も適当にみつくろい両手にかかえて、私は平積みにされたハードカバーの新書
に目をやりながらレジへと向かっていた。そのとき(北欧の文化と芸術)と書かれた手書きの小さ
なポップが目に入った。特別興味があったというわけではないが、なぜだか気を引かれた。
しかしちょうどその前に、会社帰りのOL風の二人が、そこに旅行にでも行くのか、楽しそうに
話しをしていた。あの調子では、当分はどいてはくれないだろう。私はほんの少し生まれた興味
を殺して、そのまま通り過ぎようとした。
- 261 名前:ミヤーン 投稿日:2001年01月25日(木)00時38分18秒
- その二人とすれ違う、私はどいてくれるよう「すいません」と一声かけて小さく会釈をした。また、
小さなポップが見えた。視線は移る。ちょうどポップの台が上に置かれた、A3版ほどのサイズ
の、あれは画集か。
OL二人が不信そうに振り返った。しかし私は動けない。その画集の表装、その絵から目が離せ
ないでいた。心までその絵につかまれている、そんな感覚だった。
―― どうして。
不思議な感情が私を支配していた。とても不安定な感情。左胸のはやまる律動にあわせて、喜び
と悲しみの間をやじろべえのように行ったり来たりする。しかしその根底にあるものは、今まで
に感じたこともないような、大きな安堵感だった。
そしてそれが私に求めたものは、ほほを伝ったひとすじの涙、ただそれだけだった。
- 262 名前:ミヤーン 投稿日:2001年01月25日(木)00時38分50秒
- *
- 263 名前:ミヤーン 投稿日:2001年01月25日(木)00時39分23秒
- ゆれる視界、手馴れた手綱さばきで草原を駆け抜けてゆく。
信じられないほど澄んだ空気と、青白く輝く雲を従えた空。緑の丘陵はどこまでも続き、ひづめ
が土をえぐる音さえも美しく響いていた。
彼方に見える古城、そこめがけて一組の人馬は猛然と走り抜けた。
城下の町並みは古く、しかしその活気は失われてはいなかった。門をくぐったとたんに雑多な喧
騒に包まれる。歩をわずかにゆるめ、視線を巡らせた。
花売りの姿を見つけるとかけより、一声かけると馬上から一輪のその美しく咲く花を受け取った。
名残惜しげな花売りの娘を目のはしにとめながら、ふたたび馬を走らせた。
この先は城門まで一直線の道のりだ。期待、希望、そんなすべての感情が、一気にわき上がった。
門をくぐろうとした瞬間、その声に空を見上げた。聞き覚えのある声。なにより聞きたかった声。
夢にまで見たその声の主はしかし、城門の上、逆光の中に包まれていた。金色のその髪だけが、
美しく輝いていた。
しかしその影を見つめている、ただそれだけで、ほほに熱いものを感じた。
私はこの人を、愛しているのだ。
- 264 名前:ミヤーン 投稿日:2001年01月25日(木)00時40分03秒
-
祝いの席だった。すべては美しく彩られ、見上げた紅の空さえも、このときを祝福しているかに
思えた。
純白のクロスの上にならべられた色とりどりの料理。楽隊の指揮者もその顔を真っ赤にして緊張
の面持ちだ。給仕の子らもせわしくかけまわり、次から次へと空になるグラスを満たしていく。
豪奢に着飾った人々の談笑と、ときおり上がる歓声。誰もが喜び、彼の到着を心待ちにしている
のだ。
ひとつの嘶き、瞬間場が水を打ったように静まる。門をくぐる一組の人馬。金地のとりどりの装
飾をのせた白馬にまたがるのは、その馬と同様白い甲冑をまとった黒髪の騎士だ。
次の一瞬、爆発的な歓声が上がった。彼が来た。彼がやって来たのだ。
そしてふたたびの歓声。
城内からのびた階段を足早に下りてくる美しい女性。純白のドレスとその金髪をなびかせ、白い
騎士のもとへとかけよった。
そして二人は抱きしめ合う。割れんばかりの歓声。すべてが二人を祝福し、すべてが二人の希望
に酔いしれていた。ただ移りゆく空の下で。
- 265 名前:ミヤーン 投稿日:2001年01月25日(木)00時40分39秒
- ・ ワレモコウ(吾木香) バラ科ワレモコウ属
花言葉:移りゆく日々
- 266 名前:ミヤーン 投稿日:2001年01月25日(木)00時41分26秒
- つづく・・・
けど、次回更新は本気で未定。。。
- 267 名前:ミヤーン 投稿日:2001年01月25日(木)00時44分08秒
- ageとくか。
何日か前の某スレにも書いたけど、コレいちごまね。
- 268 名前:名無し読者 投稿日:2001年01月25日(木)01時41分44秒
- お、あげてくれたんで、今度はチェックしとくよ。
といったところで次回は未定か。
なんにせよ凄いいちごまだ。
- 269 名前:名無し読者 投稿日:2001年01月25日(木)11時45分28秒
- あげていいのかな?、、一応さげとこ
すげ〜〜〜気になる感じなんですが・・(w
とにかくマタ〜リ待ってます
- 270 名前:名無しちゃむ 投稿日:2001年01月26日(金)00時00分54秒
- まさか放置なんかしないよね……
- 271 名前:ミヤーン 投稿日:2001年01月28日(日)23時07分10秒
- Epiphillum - エピフィルム/願い
二、三度渋滞につかまりながら、私たち7人を乗せたマイクロバスはスタジオへ向かっていた。
8月の中旬、夏の終わりもまだ見えないころの強い日差しが、窓に張られたブラックフィルム越
しにもわかった。
―― 私は後藤と出会うんだ。
ASAYANのスタッフがカメラを回し、新メンバーと初顔合わせを目前にした私たちをテープ
に収めていく。不安を表に出す者はいない。
「え、若いですか?」
「かたまって中に入るの?」
「ひくと思う。へって」
私は後部シートに座ってそんな声を聞きながら、オレンジのTシャツのすそをぎゅっとにぎりし
めていた。
- 272 名前:ミヤーン 投稿日:2001年01月28日(日)23時07分54秒
- まわりにあわせて驚き、笑う。このときカメラ目線はNG。そんなことはわかっている。しかし
そんな私の意志に反して、胸の鼓動だけはそのリズムをはやめていた。気を抜いてしまうともう
何も考えていられないほど、それはすでに耳の裏から指先にまで広がっていた。
―― なんで私、こんなにどきどきしてるの?
バスが止まり、私たちはそれぞれが肩から大きめのバッグを下げて、スタッフに誘導されるまま
エレベーターに乗り込んだ。カメラは依然回されている。
複雑な感情の入り混じった箱は静かに上がっていく。新メンバーの加入を望む者、嫌う者。ある
いは初めての出会いに期待する者、戸惑う者。私はそのどれでもなかった。
私は誰が、どんな子がそこで待っているのか知っていた。いや、彼女がそこで待っていてくれる
と信じて疑わなかった。
- 273 名前:ミヤーン 投稿日:2001年01月28日(日)23時08分43秒
- 「着いた?」
その声にざわめいた。
カメラをかまえたスタッフ、ディレクター、マネージャーを先頭に、黄色く照らされた通路をぞ
ろぞろと歩く。曲がり角ひとつに、その向こうに彼女がいるのではないかと声が上がった。けれ
どそれもすぐに、いつもどおりの「おはようございまーす」という挨拶の言葉に変わり、撮影用の
敷居の手前で私たちは止められた。
そこでスタッフサイドから細かな説明を受け、いったんは邪魔になるであろう荷物を先に、控え
室に置きに行くこととなった。それからふたたび敷居の前、用意された初対面の立ち位置に並ぶ。
「じゃあ、撮影が一区切りつくまで、そのままでお願いしま〜す」
というディレクターからの言葉に、わずかにはった緊張が和らいだ。
- 274 名前:ミヤーン 投稿日:2001年01月28日(日)23時09分24秒
- この向こう側に彼女がいる。わけもわからない感動が、私をおそう。目じりが熱くなった。隣り
に立った矢口が、「どうかした?」と不思議そうな顔をしていた。
私は両手で鼻と口を包むと、何度も深呼吸を繰り返す。それでも、胸の高鳴りとあふれ出す衝動
は抑え切れなかった。
―― なんで、こんなに。
「声、きこえた?」
隣りからのその声に、反射的に横を向き、思わず「きこえた」と私はかえした。そしてまた視線を
正面にもどしたそのとき、彼女、後藤真希はそこにいた。
敷居から、少し顔をこちらにのぞかせているのが見えた。ひとつ左胸が大きく打つ。
金色の髪と、そこからのぞくまだ不器用な笑顔。
―― ああ ―― 後藤だ。
私の中のすべての枷がくずれおちる。この瞬間、この一瞬を待ちわびていたとでもいうように、
つま先からノド元まで一気に感情がこみ上げてくる。
こらえきれない。彼女を見ている、ただそれだけで涙があふれた。それはまるで失っていた半身
を、ようやく取り戻したかのような感覚。今まであった喪失感、そのすべてを彼女は瞬く間に満
たしていった。
- 275 名前:ミヤーン 投稿日:2001年01月28日(日)23時10分02秒
- カメラが回っていることに気がつき、私はいそいで目じりをおさえた。
マネージャーの言葉をうけ、後藤が言う。
「新メンバーになりました、後藤真希13歳です」
まだ幼い、緊張の混じった声だった。ざわめきの中、後藤の視線が私たちを一周して止まる。
私の瞳に。
そして後藤はそのまま視線を外さず、誰の言葉を気にかけることもなく言った。
「これから一緒に活動させていただきますけど、どうぞよろしくお願いします」
そして、頭を下げた。
OKが出ると私たちも撮影に入るため、メイク室へ向かった。ディレクターはまずまずの演出が
できたと、声をあげて笑っていた。それを横目に足早に行く。
「あの」と、最後尾を歩いていた私は声をかけられた。聞いたばかりのその声に足をとめ、振り返
る。後藤がそこに立っていた。
なんら臆することなく、さっきとは一変した自然な笑みをうかべて、後藤が言う。
「はじめまして、やっと会えた……」
―― 違う。
そして私はかえす。
「うん、やっと会えたんだね」
―― 違う!
- 276 名前:ミヤーン 投稿日:2001年01月28日(日)23時10分40秒
- *
- 277 名前:ミヤーン 投稿日:2001年01月28日(日)23時11分23秒
- 私は叫んでいた。そこは一人きりの部屋。一人きりのベッドの上。私は肩で息を切らせながら、
目を閉じることができなかった。閉じればまた、あの夢にもどってしまう、そんな気がした。
背中にはりついていたTシャツはすぐに冷たくひえ、悪寒にかわる。クーラーが低いうなり声を
上げ、開いたままにしたカーテンの外はすでに夜の闇に包まれていた。
ごくりとのどが鳴った。息を吐き出すとそのまま力が抜け、前のめりに倒れそうになり両手をベ
ッドについた。
そこでようやく私は、ひとつまばたきをする。
とっさにかたわらのテーブルの上に目をやった。ぼんやりとした視界の中に、あの画集がうかび
あがる。あの日あの書店で買った画集。あれ以来、数日の間続いていた夢はぱったりと止まって
いた。しかし。
―― 夢、覚えてる。
今も記憶に残っている夢。けれどそれは私の記憶とは違う夢だ。私はまだ混乱していた。
私が後藤真希とはじめて会ったのはもちろん「LOVEマシーン」のジャケット撮影、そのときだ
った。たしかに初めて体験する新メンバーの加入に、期待もしていただろうし、不安もあったか
もしれない。ただあれほどまでの感情を、私は抱いていたのだろうか。
夢の中で後藤が言った。
「やっと会えた」
そんな言葉、私は聞いてない。私は知らない。覚えていない。
- 278 名前:ミヤーン 投稿日:2001年01月28日(日)23時12分01秒
- ―― 違う。
あのときの記憶、それ自体がなかった。本来は夢以上に明確であるはずの、半年前の記憶。それ
が今、曖昧模糊として思い出せない。
私はあのとき何と言ったのだろう。本当に「きこえた」と言葉をかえしたのだろうか。ましてや後
藤に「やっと会えたね」などと言ったのだろうか。
―― わからない。私にはわからない。
後藤との出会い。その記憶が、今の私にはなかった。
突然の不安におそわれ、私は両肩を抱きしめた。この部屋は寒すぎる。テーブルへのばした手が
クーラーのリモコンにとどく前に、こらえきれず涙がぼろぼろとこぼれた。
ただ、誰かにすがりたい、誰かに助けてほしい。それが自分の悪いところだとは十分わかってい
たが、どうすることもできない。不安定な感情を体の外へ吐き出そうと、涙はしばらく止まって
くれなかった。
私はすがるように画集に、あの絵に目をやった。そこには緑の丘陵と、その果てに見える古城が
描かれていた。
- 279 名前:ミヤーン 投稿日:2001年01月28日(日)23時12分42秒
- *
- 280 名前:ミヤーン 投稿日:2001年01月28日(日)23時13分16秒
- 私の体の中に大きな熱い塊がひとつある。耳の奥がじんじんとリズムをきざみ、組んだ両手の平
は驚くほど熱い。ひたいに貼ったシートも、とうの昔に冷気を失っていた。
両目のまわりも熱を持っていて、まばたきひとつするのも疎ましかった。
―― これ、プッチの合宿のときだ。私、熱出してたんだっけ。
ゆれる車内、時折街の灯りが私たちの横顔を照らし出す。
私のコメントを撮りおえたASAYANのスタッフは、せまい車内を移動して、次に後藤のコメ
ントの用意をしている。それで三人、全員分だ。
こちらを心配そうに見ている後藤と目が合った。私は笑顔をかえした。
―― このとき私は何て言ったんだろう。たしか「体力づくり」「自己管理」、そんな言葉を言った
ような記憶がぼんやりとある。プッチモニの合宿の記憶がはっきりしないのは、そのときひいて
いた風邪のせいだとばかり思っていた。
それは今考えるとおかしな話しだ。私が新ユニットの、それもデビューシングル初披露の直前に
風邪をひくなんて。
- 281 名前:ミヤーン 投稿日:2001年01月28日(日)23時13分47秒
-
マンションの一室、ひととおりフリを練習しているところをテープに収めると、私たち三人はひ
と息ついた。
後藤がテープの確認をしているうしろ姿を、私はキッチンからながめていた。ダンスで動き回り
すぎたせいか、体中から汗が噴きだし、まともに立っていらる状態ではなかった。ずきずきと首
筋が痛む。呼吸も、普通にしているつもりが気がつくと、両肩が大きく上下していた。
それがよほど辛そうに見えたのか二人が気を使ってくれて、就寝をはやめることとなった。
私以外の二人がシャワーをあび終えるのを待って、三人一緒に布団に入る。体は依然熱く、二、
三度寝返りをうったあとしばらくして、ようやくとろとろと眠気がおとずれてくれた。私はそれ
に身をゆだねる。
―― このあと私は後藤に起こされて、練習につき合わされるんだ。そう、風邪で立ってもいら
れないはずなのに。
- 282 名前:ミヤーン 投稿日:2001年01月28日(日)23時14分20秒
- 「市井ちゃん、大丈夫?」
ちょうど寝返りをうったとき、暗闇の中、後藤と向かい合うかたちになった。ずっとこちらを見
ていてくれたのだろうか。私は熱くなった口内に息を大きく吸い込むとこたえた。
「だいじょぶ、まだ。……あ、そだ。後藤さ、ちょっといい?」
私は思い出したようにそう言うと、体を起こした。
「なに?」と後藤も身を起こす。私はわずかに光のもれる方向を指差した。後藤はまだ「ハテナ」と
いう顔をしている。
私はじれて後藤の手を取ると、そのままダイニングに出た。
「悪いね、つき合わしちゃって。ほら、秘密の特訓でもしとけばさ、本番でミスっても言い訳つ
くじゃない? つかないかな……」
後藤の返事を待たずに、三脚の上に置かれたカメラの録画ボタンを押した。テープが回り始める。
「ほら、はじめよ?」
―― 違う。また違うんだ。
- 283 名前:ミヤーン 投稿日:2001年01月28日(日)23時14分50秒
-
ひととおりのフリを確認したあと、テープを止めた。体を曲げたとき、どくんと心臓が悲鳴を上
げる。視界がぶれ、カメラを落としかけた。不安げな「市井ちゃん」といううしろからの声に、な
んとか笑顔をつくった。
―― どうして私はこんなに、どうしてこんなにまで、後藤を一生懸命に思っているのだろう。
私にとって後藤はなんなんだ? 他のメンバーと同じ存在、とくに気にもかけていなかった存在
じゃなかったのか?
何か言いたそうに後藤は口を開いたが、それを誤魔化すように少し笑うと、ぶらぶらと窓際まで
歩いていった。そこでしゃがみ込むと、窓の外を見上げるようにして、顔をかたむけた。
そしてこちらを振り返って言う。
「市井ちゃんほら、月。月が出てるよ」
おいでおいでと手を振る後藤の隣りに私も座ると、同じように空を見上げた。美しい満月、ただ
それだけが闇の中に煌々と照っていた。
- 284 名前:ミヤーン 投稿日:2001年01月28日(日)23時15分21秒
- 私はそれをまるで最後通告のように受け取ると、抑揚無く言う。
「じゃあ、そろそろなのかもね」
その言葉の意味に気がついたのか、後藤がうつむいた。それがどんなに残酷な意味を持っている
のか、私も後藤も知っている。
「だってさ、変じゃない? あたしがこんな熱とか出すなんてさ。あ〜あ、おかしいとは思って
たんだよね〜。そっか、もうすぐなんだ。はは……」
私は一気にそこまで言って、自嘲気味に笑った。
自分に迫りつつある何か。私はそれを悲しみこそすれ、恐れてはいない。受け入れる覚悟、それ
はもうずいぶん前から出来上がっているのだ。
「やっぱりさ、やだね。なんか、……やだね」
後藤の声は弱く、途切れたあとしばらくの沈黙が続いた。その間私がずっと夜空を見上げている
と、後藤もまねてそうする。
月だけに照らされた後藤の横顔。月光だけの輝きを秘めた、後藤の瞳。私は思わず声をかける。
「なあ、後藤。ちょっとベランダ、出てみない?」
半月型のカギを指先でコツコツと叩いた。
「大丈夫なの?」
「うん」とこたえて私は、窓を開けた。晩秋、いやもう初冬か、冷えた風が私のひたいの熱を少し
持っていってくれるような、そんな気がした。
―― 私の知らない記憶。私の知らない私。私は、誰なんだ。
- 285 名前:ミヤーン 投稿日:2001年01月28日(日)23時15分51秒
- *
- 286 名前:ミヤーン 投稿日:2001年01月28日(日)23時16分27秒
- 『今までいいなって思って見てたグループに自分が入ったから、なんか不思議な感じがした』
ブラウン管の中で吉澤がそう言い終えてようやく、私はわれにかえった。
電源を切ったテレビがひくわずかな余韻が終わるころには、うつぶせ寝をしていた背中に大きな
虚脱感がのしかかっていた。ベッドによせたほほはずいぶん前から涙で濡れたままだ。
私は顔を枕にうずめると、自分に起きた出来事をなんとか噛み砕こうとした。何が起こったのか
はわかっている。ただ私自身がそれに納得していないだけだ。
「プッチモニスペシャル」と銘打ったASAYANの企画。見るつもりなんてなかった。ただ何か
音が欲しくてつけたテレビ、そこに後藤の顔が映し出された瞬間。後藤が言葉を吐いたその瞬間。
立ったまま私は、体を動かすことができなかった。
『悲しい悲しいって感じじゃなくて ――』
ぶぅーんという音にのせて後藤が言う。それは私の知らない後藤。出会ったころでも、プッチモ
ニのころでも、3色ユニットのころでも、ピンチランナーのころでもない。今までに私が見た、
どんなときの後藤でもない、私の知らない後藤真希。
『なんでなんで、なんで辞めちゃうなかなぁ、って感じですよ』
後藤が続ける。私の心の中で何かが傷つき、誰かが悲鳴を上げた。
体中から力が抜け、私はベッドに倒れこんだ。
- 287 名前:ミヤーン 投稿日:2001年01月28日(日)23時16分59秒
-
そして私はまた、夢を見た。いや、見せられたといったほうがいいのか。それはプッチモニの合
宿のときのものだった。
「LOVEマシーン」のジャケット撮影のときとまるで同じに、私は私の記憶にない行動をし、私
の過去を無視したようにその夢は終わる。数日前まで私を悩ませていた夢とは明らかに違う、嫌
になるほど現実味のある夢だった。
ふと考える。もしあれが現実のものだったとしたら? 私と後藤の間に、私の知らない関係があ
ったのだとしたら?
私はチラッと本棚に目をやった。並べた「多重人格探偵サイコ」の背表紙が見えた。
―― まさかね。
多重人格なんてありえない。すべては漫画の中の世界の話しだ。私は考え方をかえる。
フロイト、ユング、どちらが言ったかは忘れてしまったが、確か夢は当事者の願望を反映すると
あった。当事者の願望、私の願望。
―― 私は、満たされたい。
確かに今の私には大きな喪失感がある。喫茶店で矢口を見て感じたような、長い時間をかけて何
かを失った、そんな感覚だ。両手からこぼれ落ちた、大切な物。それは私の記憶の中に本来ある
べき何か、確かに過去に存在したそれが、今はなくなってしまっている。
それを求めようとする私が、私の根底にある願望が、一連の夢を見せたのではないだろうか?
―― 私が求めていたもの、それは何だったのだろう。
- 288 名前:ミヤーン 投稿日:2001年01月28日(日)23時17分29秒
- *
- 289 名前:ミヤーン 投稿日:2001年01月28日(日)23時18分13秒
- 傍らを吹きぬけた、短い夏の訪れを告げる風。新緑に萌える枝葉はわずかにざわめき、胸元に一
葉ふわりと落ちた。
お気に入りの太い枝の上だ。背中は幹にあずけたまま脚を一度組みなおすと、それを拾い上げた。
ひらひらと指先でもてあそぶ。
日にかざすと葉脈がうかび上がり、それは何か奇跡的な業を施された細工のようにも見えた。
うごめく雲。様々な色を見せる一葉の葉。静かに流れる時。
それをにわかにかき乱すように、小鳥のさえずりにも似た声が響く。枝の上からゆっくりと、大
きく落ちたその樹木の影を見下ろした。そこには少女が一人、こちらを不思議そうに見上げてい
た。
幾すじもの木漏れ日にその黄金色の髪を、そして瞳を輝かせたその少女。見つめているだけで、
思わず笑みがこぼれた。それにこたえるように、少女もまた微笑む。
静かに流れる時。
私は彼女と出会い、そしてその瞬間に、恋に落ちたのだ。
- 290 名前:ミヤーン 投稿日:2001年01月28日(日)23時18分50秒
-
窓から入る月光に、彼女のほほが照らされていた。双頭の塔の最上階、月にもっとも近い場所。
その部屋は四方石壁に囲まれ、夜の闇が満たされていた。
彼女の髪は月の露に輝き、その潤んだ瞳は私に向けられている。しかしなぜだろう、私にあるの
は悲しみ。まるで心を麻でくるまれたような、にぶい痛みだった。
それが次第に強まっていく。これが最後の夜。
透きとおるような青白い月光だ。すべてはその色を失う。それはまた彼女の瞳からこぼれ落ちた
涙さえも。
私はその雫を指先で掬い取ると、町で目にとめた一輪の美しい花を彼女の髪に刺した。はにかん
だように彼女は微笑む。
どれくらい私たちはそうしていただろう。青い静寂の時は、突然の炎に照らし出された。彼女の
眼に赤い炎が反射する。
私は振り返った。開かれた戸、そこには白磁の甲冑を身まとった、黒髪の騎士が立っていた。鎧
が擦れ合う幾つもの音がきこえる。
ロウソクに照らされた、烈火の如き彼の表情。私は窓を開くと、その際に立った。
彼女が流す大粒の涙。ありがとう。私にはそれで十分だよ。
「私たちのいた時は一瞬、けれど二人の魂は決して別つことなく、永遠にひとつ。さようなら、
私の愛しい人」
私は窓の外に身を投げた。
右の目はもう見えない。うすれゆく視界。ただ輝くのは満月。遠く彼女の姿が見えた。
―― さようなら ―― 私の愛しい人。
- 291 名前:ミヤーン 投稿日:2001年01月28日(日)23時19分23秒
- ・ エピフィルム(月下美人の仲間) サボテン科エピフィルム属
花言葉:ただ一度だけ会いたくて
- 292 名前:ミヤーン 投稿日:2001年01月28日(日)23時20分49秒
- つづく・・・
次回最終回、でも更新は未定。。。
- 293 名前:名無し読者 投稿日:2001年01月29日(月)00時12分50秒
- なんか恐いな・・・。ちょっと感想を書けない。まあそれは次回を読んで。
それにしても多芸というか、いろんなネタを持ってますね。
最終回、期待してます。
- 294 名前:名無し読者 投稿日:2001年01月29日(月)00時17分39秒
- 新作書いてるじゃん。
気付かんかった…。
やっぱり面白い、引き込まれる。
ゆっくり待ってます。
- 295 名前:ミヤーン 投稿日:2001年01月29日(月)03時21分50秒
- 過去作置き場作ったので、いちおうリンク。ログの米塩にある分は消しました。
http://epce-5065.hoops.ne.jp/
- 296 名前:ROM 投稿日:2001年01月29日(月)05時34分45秒
- やたっ
これでミヤーンさんの書いたやつで知らなかったの読める。
>ログの米塩にある分は消しました。
なぜー、納得できなかったから?
- 297 名前:ミヤーン 投稿日:2001年02月06日(火)17時45分18秒
- Diamond lily - ダイヤモンド・リリーをあなたへ
活字がにじむように暗くなり、私は文庫本から顔を上げ窓の外へ目をやった。夕立か。どんより
とした雲が空一面に広がっていた。おそらくそれは錯覚なのだろうけど、この喫茶店の中もいく
ぶん雨の匂い、湿気が増したように思えた。
人の流れもどこか足早で、雨から逃れようと皆背中を押されているようだった。私はふたたび視
線をページへもどす。けれど意識はその小説の中からは離れていた。
ここ数日の間もまだ、あの夢は続いていた。
後藤と出会った「LOVEマシーン」のジャケット撮影からはじまり、私が熱を出して倒れたプッ
チモニの合宿の夜までの日々。それは眠りの中だけでなく、白昼私の意識が完全に覚醒いるとき
でさえ訪れることがあった。
はじめこそ私はそれを恐れていたものの、重ねるごとにむしろ、私の記憶とは違うその夢がいっ
たい何なのかという疑問に、純粋に心をうばわれつつあった。あれはただの幻なのか、それとも
現実なのか。
ついに私はこらえきれず矢口に連絡を入れた。
- 298 名前:ミヤーン 投稿日:2001年02月06日(火)17時46分00秒
- 保田圭、圭ちゃんに合宿の日の出来事を聞くことが一番の近道だとは思う。しかし「新生プッチ
モニ」として駆け回っている彼女を、たとえひと時でも、個人的な理由で足止めしてしまうこと
は、私にはできなかった。
そしてなにより、私が知りたかったのが後藤との出会い、あのジャケット撮影のときのことだと
いうことだ。
「はじめまして、やっと会えた……」
本当に後藤はそう言ったのだろうか?
「うん、やっと会えたんだね」
本当に私はそう言いかえしたのだろうか? どうして二人はあたかも再会をはたしたかのような
言葉をかわしたのだろう? あのとき隣りにいた矢口なら何か知っているかもしれない。矢口と
話せば何かがわかる、そんな確信めいたものが私にはあった。
- 299 名前:ミヤーン 投稿日:2001年02月06日(火)17時46分34秒
-
店内に流れているメロディにあわせて、雨音がきこえはじめた。見上げると、いよいよ街は色を
失い、原色の傘だけがやけに目についた。それとは反して店内は、白熱球のオレンジ色に温かく
照らされ、本来この店に来るべきときは今なんだと思わせた。レトロ、アンティーク、そんな言
葉のよい部分だけがそこにはあった。
そのときいそがしく入り口のカウベルが鳴り、ぴょんとはねる髪と「サイテー」という聞きなれた
声がした。
私は立ち上がる。さすがに深い帽子は季節がゆるさないのか、矢口はサングラスをかけていた。
けれどそれが似合っているのかどうか、私は少し微笑むと、やはり以前は矢口がそうしたように
手を振っていた。
「ん? なにかついてるかな」
矢口はそう言うと、サングラスとひたいの隙間から髪を見た。前にも同じようなことがあった。
私が矢口の髪、その金色の髪を見つめ、矢口がそれを気にして髪をいじる。金色の髪。記憶が何
かをうったえる。
「いやまたなんかさ、金色に近づきつつあるなぁ、と」
「そぉかなぁ、キレイじゃない? って紗耶香それ、前にも言ってなかった?」
不思議そうにこちらへ向けられた矢口の視線。そして私は気がつく。もう私たちの時間が違って
しまっているということを。
- 300 名前:ミヤーン 投稿日:2001年02月06日(火)17時47分05秒
- 以前この喫茶店に来たときのことはまだ、私の頭の中に鮮明に残っている。しかし矢口は違うの
だ。矢口にとってはここでのことも、日々に埋没した出来事のひとつでしかないのかもしれない。
それは、時間の密度の差にほかならなかった。
とたんに不安になる。私は誤魔化すように笑うと思わず言った。同じ内容、同じ言葉。
「あ、そだ。タンポポ、タンポポどうなの?」
「やっぱり同じこと言ったよ紗耶香。まあ、でも……。う〜ん、タンポポはねぇ。もうやるしか
ないって感じかな。あたし一人がこだわってても、しょうがないからさ」
そして、こちらに向けられたのは笑み。矢口は二、三度厚底を床にトントンと打ちつけると、恥
ずかしそうに言った。
「でもね、紗耶香に言ってよかったと思うんだ。一人で考えてるとさ、やっぱり辛いからね〜」
やはり違うのだ。今の私は矢口ほど、心の処理をはやめることはできない。
傷口は誰にも触れられたくないし、誰にも見せたくはない。
そんな気持ちが私の唇を重たくする。夢想と現実を混同させて、つまらないことに固執している、
そんな自分がひどく汚れて見えた。
- 301 名前:ミヤーン 投稿日:2001年02月06日(火)17時47分36秒
-
「やっぱりね、やるしかないんだよ。どんなカタチでもさ、タンポポって残したいじゃない?
今はあたしができること、やるしかないんだよ」
「そうだね」
言い終えた矢口がストローに口をつける。私はじっとそれを見ていた。
矢口は強い。強くなった。
ならんで歩いているときには見えなかった矢口の背中、今立ち止まってみて、追いかけてみては
じめて、その広さを見せつけられた。
ストローの中の境目が静かに下がり、矢口は思い出したように言う。
「そう圭ちゃんもね、やっぱりこだわってたみたいなんだ。プッチモニ。紗耶香ぬけたでしょ?
プッチモニはそれで一回終わったんだって言ってた」
「うん、それ見たよ、テレビで」
はじめてプッチモニの合宿の夢を見たときだ。
「あたしはね、そこまで割り切れないし、割り切っちゃいけないと思う。割り切っちゃったら、
彩っぺがいたタンポポも、紗耶香がいたプッチも、終わっちゃうから。そこで全部終わっちゃう
から。あたしはタンポポもプッチも、ずっと続いていってほしいって思うんだ。彩っぺも紗耶香
も頑張ったんだから、そこにいたんだから。ね?」
- 302 名前:ミヤーン 投稿日:2001年02月06日(火)17時48分06秒
- 「うん、ありがと。でも、……ごめん。あたしは……、あたしは、何とも言えないよ。辞めちゃ
ったんだからさ。今さら、何も言えないよ」
辞めたという言葉に、矢口の表情がわずかに曇る。それを見て私は、とりつくろうように続けた。
「でもさぁ、大変なんだろうね、圭ちゃん。今新曲のプロモとかやってんでしょ?」
「あー、うん、たぶんね。吉澤と二人だから、ラジオとか大変だって言ってた。何しゃべってい
いかわかんないんだって」
―― え。
「なんで? 後藤は? 後藤いるじゃん」
「そっか、紗耶香は……、そっか。知らないよね。なんか後藤今ちょっと体調くずしてるみたい
でさ、休んでるんだ。テレビの収録もラジオも全部。あたしも詳しくはきかされてないからわか
んないんだけど、ストレス? なんだって」
私の中で、そのとき確かにきこえた。何かが弾ける音。そして誰かの叫ぶ声。
もう時間がないのだと。急がなければ、間に合わないのだと。それは幾度も頭の中を反響して、
私にただひとつの意思をあたえる。
―― 走りだせ。
- 303 名前:ミヤーン 投稿日:2001年02月06日(火)17時48分39秒
-
私は思わず身を乗り出した。それはまるで誰かにうしろから背中を押されたかのように、気がつ
くと私はテーブルに両手をついていた。
目前にした矢口が目を丸くしている。
「後藤、後藤は、その……、今病院とかにいるのかな。入院とかしてるの? どこの病院?」
言葉がうまく出てこない。ただ焦燥感に流されるまま、乱暴に思いつく言葉を吐いた。
どうかしている。
後藤がなんだというのだろう。ストレスをためるような子ではなかったから、意外には感じた。
ただそれだけだ。それだけのはずなのだ。
まるであの夢のようだった。自分の意思とは反して動こうとする体。私はそれを抑えつけている
だけで精一杯だった。
「マネージャーにきけばわかると思うけど……、うん。きいてみるよ」
矢口は開いた瞳をゆっくりと細めながら言った。何かに気がついたという、矢口のいつもの少し
意地の悪い表情に、気恥ずかしくなりうつむいた。爆発的に起きた感情が、わずかに萎える。
「あの、……ありがと」
私はそのまま席に着いた。しかし胸はざわめき、駆け出したいという衝動は発作的に訪れた。矢
口が携帯片手に話している姿を、私はいらいらと見つめていた。
- 304 名前:ミヤーン 投稿日:2001年02月06日(火)17時49分11秒
-
「えっと、はいじゃあ病院の場所がここね。病室は行ってきいてみないとわからないって」
「あ、うん」
手帳の切れ端を受けとり、急いで腰をあげた。ガタンと椅子が鳴る。そこで走り出そうとする体
を、私はなんとか引き止めて振り返った。矢口と視線が合う。
「どうかした? 紗耶香。あ、いいよ、ここあたしのおごりで」
どうしても、きいておきたかった。
「違う……、その。矢口、ラブマのジャケ写のときのこと覚えてる? あのときのあたしって、
どうだった? 今と違ってる?」
小首をかしげる矢口は、しばらくの沈黙のあと、少しもったいつけるように言った。
「覚えてるけど……、そうだね。なんかねぇ、あのときの紗耶香は……」
好きな人を待ってるみたいだったよ。ずっと顔、真っ赤にしてさ。
- 305 名前:ミヤーン 投稿日:2001年02月06日(火)17時49分42秒
- 前言撤回、もう少しだけつづきます。。。
- 306 名前:名無し読者 投稿日:2001年02月07日(水)03時29分05秒
- 続くのか。長く読めるのは嬉しい。
しかし今回は、全体に張り詰めた雰囲気がすごい。読み終わっても抜け出すのに難儀する。
あとこの物語の結構をどう締めくくるのか、期待して待ってます。
- 307 名前:ミヤーン 投稿日:2001年02月10日(土)23時28分56秒
- *
- 308 名前:ミヤーン 投稿日:2001年02月10日(土)23時29分41秒
- 螺旋状の階段に足をとられながら、それでも歩をゆるめることなく、小窓からの月明かりだけを
たよりに駆け上がっていく。何度か打ちつけたつま先は血でにじみ、爪が割れてからは痛みそれ
さえも感じなくなっていた。
さきほどまであった、臓腑をわしづかみにされるような鈍痛もまたどこかに消え去り。ただある
のは急げという意思だけだった。
一刻も無駄にはできない。もういくばくも時間は残されてはいないのだ。
この国にはすでに、自ら立ち上がろうとする意思も力もなかった。新たにおしよせる波。それを
乗り越えるための選択。列国との政治的な結託。そして婚姻。
今日あの男がやって来た。もはや明日にでも彼女は彼女でなくなり、どこか見知らぬ土地で見知
らぬ男に抱かれるのだろう。
祝宴の熱狂の中で見た、絶望的な光景。二人の抱擁。それは彼女の意思だったのだろうか。しか
し、開錠された双頭の塔の門をくぐったときには、一切の疑念は捨て去っていた。
彼女に会いたい。ただその感情だけを見方につけて、階段を駆け上がった。片手には一輪の花を
握りしめて。
- 309 名前:ミヤーン 投稿日:2001年02月10日(土)23時30分28秒
-
ついに最上階にいたり、細かに造形された木戸を開いた。
月明かりの中の、白のドレスに身をつつんだ女性。美しく成長した、あの木漏れ日の中の少女。
両手に飛び込んでくる、彼女の柔らかな感触。強く、ただ強く抱きしめた。
―― ああ。
たとえ一瞬でも長すぎる。彼女とならば、私はその一瞬でさえも永遠だと感じるだろう。
―― 私たちの魂は別つことなく、永遠にひとつ。
―― 永遠に、ひとつ。
- 310 名前:ミヤーン 投稿日:2001年02月10日(土)23時31分05秒
- *
- 311 名前:ミヤーン 投稿日:2001年02月10日(土)23時31分38秒
- いつまでも降りてこないエレベーターをあきらめて、私は階段へと向かった。
その病院に到着したときすでに雨はやんでおり、夜のとばりがおりていた。
ナースステーションの前でマネージャーと出会ったのはまったくの偶然で、あるいはどこかで運
命的な何かが作用ていたのかもしれないが、ともかく私にとって幸運には違いなかった。
看護婦と話しをつけてくれた少し太ったそのマネージャーは、そこで後藤のことも私にきかせて
くれた。
ここひと月ほど体調をくずしていたこと。数日前に高熱を出して倒れたこと。そして走って行こ
うとする私の背中に、「紗耶香も前に、こんなことあったね」とつけくわえた。
蛍光灯に冷たく照らされた壁のゴチック体だけをたよりに、私は一気に階段を駆け上がっていく。
さすがに運動不足がひびいてか、すぐにわき腹がズンと重くなった。
それでも歩をゆるめない。
デジャ・ヴがあった。とても遠い既視感だ。果てることなく続く階段、私はそれがはやく終わっ
てくれと願ういっぽうで、永遠に続いてくれとも願っている。なぜならその先に待っているもの
を知っていたから。その先にある運命を、私は知っていたから。
ぐらりと視界が歪む。それはあの夢をみる予兆だった。
―― こんなときに!
バランスをくずして床に手をついた。体重が腕にかかり、ぎしりと関節が悲鳴を上げる。ちょう
ど良い。その痛みでなんとか意識をたもってまた、前への一歩を踏み出した。
- 312 名前:ミヤーン 投稿日:2001年02月10日(土)23時32分13秒
-
私はようやく気がついていた。私の中にもう一人、誰かがいる。それが今、葛藤をしているのだ。
走れという意思と、止まれという意思。そのふたつが、私とは別の場所で必死にせめぎ合ってい
た。
―― ふざけんなよ。
喫茶店では走れと叫び、ここでは止まれと、夢の中に引き釣り込もうとする。身勝手に私をもて
あそんだあげく、この土壇場になって躊躇しているのだ。
―― ホントに、ふざっけんな!
私の中のもう一人の存在。今私はそれを越えて、自分の意思だけで後藤に会いたいと願っている。
後藤に会いたい。会って話したい。二人のこと。本当の二人に起きたことを。
私の心には、誰かの入る余地など残されてはいないのだ。
ライトグリーンの細長い空間。その廊下は真新しい蛍光灯の光を反射して、清潔に輝いていた。
事務所がそうしたのか、後藤の病室は入院病棟の最上階、個室がずらりと並んぶ特別病室のひと
つだった。
- 313 名前:ミヤーン 投稿日:2001年02月10日(土)23時32分52秒
- 息を整えるのもわずらわしい。私はごくりと唾を飲み込むと、マネージャーに言われた番号の貼
られたドアの前に立った。ネームプレートは空だ。
体を反転させ、窓ガラスと夜の闇がつくった鏡で自分の姿を確認する。髪を二、三度なでつけた。
―― 切ってくればよかったかな、髪。
そう考えてみて、思わず吹き出した。何を考えているんだ。恋人に会うでもあるまいし。後藤に
会うのに何の気兼ねがいるというのだろう。
けれど一度それに気がついてしまうと、階段を駆け上がってきた以上に動悸がはやまった。あの
夢を思い出す。ラブマのジャケ写。あのとき敷居の向こう側に後藤がいた。今壁を一枚へだてた
向こうに、後藤真希がいる。
私はゆっくりとひとつまばたきをすると、振り返る。ノブを回転させ、ドアを開いた。
不思議な光景だった。ふたたび既視感がわき上がる。私は以前にも一度、見たことがあるのでは
ないだろうか。
暗闇の中、開け放たれたカーテン。そこにたたずむ白い入院着を着た女性。いや、後藤か。その
うしろ、彼方に見えるのは満月。その光だけを光源に、すべてが青白く輝いていた。
夢で後藤と出会うたびに、何度も感じたあの感覚がよみがえる。
私は言葉を失っていた。
- 314 名前:ミヤーン 投稿日:2001年02月10日(土)23時33分44秒
- 「―― だれ?」
後藤のその声にわれにかえった。たしかに後藤の方向からでは、私の姿は影にしか見えていない
だろう。私は空いた右手で照明のスイッチを探した。
パチンと鳴り、天井に取り付けられたふたつの蛍光灯が明滅して、部屋の中を照らした。病室と
は思えない、ちょっとしたホテルのような内装だった。
「はは……、後藤も出世してんだ」
顔を上げて後藤を見た。ぎょっとする。
後藤の曇った瞳。何も映していないその目は、あのテレビの中に見た後藤と同じものだった。
不安がよぎる。すべては私の夢だったのだろうか。この感情は嘘なのだろうか。あるいは、間に
合わなかったのだろうか。私は思わず目をそらした。
かすれるような声で後藤が言う。
「市井 ―― ちゃん?」
しばらくの沈黙のあと、後藤は一度うつむくとゆっくりとその顔を上げた。おろした髪がほほを
かすめた。つながる視線。
―― はは。
「……遅いよ、もう。ずっと待ってたんだから」
後藤は少しすねたようにそう言うと、小首をかしげる。その仕草。
―― ああ、後藤だ。後藤なんだ。
熱のためか潤んだ瞳は、さっきまでとはまるで別人のものだった。夢の中の後藤。本当にそれが
今目の前にいる。
- 315 名前:ミヤーン 投稿日:2001年02月10日(土)23時34分21秒
- 一歩後藤に歩み寄ろうとしたとき、私は幻を見た。私の体を誰かがすりぬけた。ほんの一瞬のこ
とではあったが、たしかに私にはその背中が見えた。足を止めるまもなく私たちは重なる。それ
は本当に一瞬の出来事だった。
心がゆれる。重なり合った存在から、流れ込んできた。頭の中でカチカチと音を立てて、記憶の
断片が組み合わさり、形作っていく。
時とともに私がなくしていたもの。両手からこぼれ落ちた、私の大切な宝物。
それは、私と後藤の記憶だ。
- 316 名前:ミヤーン 投稿日:2001年02月10日(土)23時35分06秒
- *
- 317 名前:ミヤーン 投稿日:2001年02月10日(土)23時35分38秒
- 「はじめまして、やっと会えた……」
「うん、やっと会えたんだね」
私たちはそれ以上の言葉を失ってしまい、二人、通路の真ん中でうつむいたまま動けないでいた。
そのとき機材をかついだスタッフが通り過ぎようと、私たちの間に割って入った。
「あっ」と顔を上げた二人の視線が出会う。私は反射的に後藤の手を取っていた。後藤の手の甲に
のせた私の指先。スタッフが行っても、私はそれを離すことができなかった。
二人の間にある結ばれた手。私はふいに思い出す。
「あの」
「あの」
言葉がぶつかり合い、私たちは顔を見合わせた。そして自然、笑っていた。
- 318 名前:ミヤーン 投稿日:2001年02月10日(土)23時36分25秒
-
「あたしこんな夢見たことあるんだ。二人で手、つないでる」
後藤の言葉に私も「うん」と相づちを打った。
私の撮影もひと区切りつき、通路で二人ならんで座っている。遠くシャッターの切られる音がき
こえていた。
片腕で抱き寄せたヒザ。あまった手は、同じようにした後藤の手の上にある。ほんの少し上がっ
た体温が、重なり合っていた。
「最初はね、サマーナイトタウン? だったっけ。テレビで見たときだったんだ。知ってる、あ
たしこの人知ってるって、思った」
後藤はヒザの上に横顔をのせて、こちらをのぞき込む。私は笑顔をかえした。
「そしたらさ、毎晩見るんだよね、その夢。ぜんぜん知らない外国の話しなんだけどさ。相手が
その……、相手だけは、わかってるんだ。テレビの中にいる ――」
「あたしだった?」
「うん」と後藤はうれしそうに笑う。そして早口に言った。
「そしたらさ、会わなくちゃって。絶対に会わなくちゃいけないって思って……。なっちゃった。
モーニング娘。」
私も後藤と同じように、2次のメンバー追加が放送されていたASAYANを偶然見て、そこに
後藤が映し出されたそのときから、その夢を見ようになっていた。悲しい夢だった。二人の男女
が出会い、そして別れる。自分が男だったことには釈然としなかったが。その相手がやはりテレ
ビの中の金髪の少女、後藤真希であることははじめからわかっていた。
- 319 名前:ミヤーン 投稿日:2001年02月10日(土)23時37分04秒
- 「その髪」
私は後藤の黒と金がまばらに交じり合った髪に目を移す。後藤は照れたように、つないだ方とは
逆の手で髪をいじった。
「だって……。あたし夢の中で金髪だったから、そうした方がわかってくれるかなって、気がつ
いてくれるかなって。してみたんだ」
「そんなことしなくても ――」
その少し傷んだ髪に触れる。
「―― わかるよ。……わかったよ。見た瞬間に。会った瞬間に。ああ、この子なんだって、わか
ったよ」
見つめ合う。静かに流れる時。敷居からもれたフラッシュの光が、ときおり通路の先まで照らし
出した。
「うん、あたしも、……わかった。―― はは、あれ? へんだな。あれ?」
笑み、それをうかべた後藤。その目から大粒の涙がこぼれ落ちた。
そう、運命、その言葉の意味するものが本当にあるというのなら、私はそれを信じよう。
―― 私たちがいた時間は一瞬、けれど二人の魂は、永遠にひとつ。
夢が私たちをつなぎ、私と後藤は出会うべくして出会った。そしておそらく、その別れもまた最
初から定められていたのではないのだろうか。
- 320 名前:ミヤーン 投稿日:2001年02月10日(土)23時38分05秒
- まだ少しつづきます。。。
- 321 名前:名無し読者 投稿日:2001年02月11日(日)00時19分31秒
- うわーい
続きが気になるよぅ!!
ミヤーンさん最高です!
- 322 名前:名無し読者 投稿日:2001年02月11日(日)07時31分04秒
- うん、まだ終わらないんじゃないかとは。どんどん続けちゃってください。
でもそろそろ終わりが見えてきたのかな。
とにかく楽しみに次回の更新待ってます。
- 323 名前:ミヤーン 投稿日:2001年02月15日(木)19時42分16秒
- *
- 324 名前:ミヤーン 投稿日:2001年02月15日(木)19時42分51秒
- 後藤に近づくたびに、私たちは重なり合い。そして記憶の空白は埋められていく。喪失感を取り
去ってくれるその存在。私は気がつく。それが何なのか。それが誰なのか。
―― あなたは私。私の中にずっといた、ずっと後藤とつながっていた、私自身なんだ。
後藤を目の前にして、私の記憶はようやくすべて満たされた。
- 325 名前:ミヤーン 投稿日:2001年02月15日(木)19時43分23秒
- *
- 326 名前:ミヤーン 投稿日:2001年02月15日(木)19時43分56秒
- ベランダへ出ても私たちは何を話すでもなく、鉄柵に二人ならんでもたれかかりながら、ただ空
にある満月を見つめていた。熱をもった体に夜風は心地よく、いく分意識もはっきりとしてきた。
月が半分ほど流れる雲に隠れたそのとき、私はようやく話すことができた。それはもしかすると
月の魔力から開放された一瞬だったのかもしれない。
「なんかさ、だんだん忘れてっちゃうんだよ。後藤と、一緒だったときのこと」
ハッとして後藤がこちらを向くのがわかった。それでも私は続ける。
「もうあんまり思い出せないんだ。後藤とはじめて会ったときのこととか。はじめて話したとき
なんて言ったかとか」
「あの夢のことも?」
後藤が不安そうにきく。二人の間にあったわずかな隙間がうまる。間近までよった後藤の顔を、
私は正面から見ることができなかった。
「―― うん。もう、ぼんやりしか思い出せない」
いつまでも向けられない私の視線をあきらめたのか、後藤はうつむいた。そしてつぶやく。
「なんか、市井ちゃんさめてるよね。あたしは、すごく……、悲しいんだけど」
その声は聞きとれないほど小さく、不安でさびし気だった。私が一番ききたくなかった、後藤に
は言わせたくなかった言葉だ。
- 327 名前:ミヤーン 投稿日:2001年02月15日(木)19時44分27秒
- 「悲しい、悲しいっていうか……。そうだね、悲しくはあるかな」
それから私はつとめて明るく言う。
「でも知ってるから。きっとまた全部、今までのこと全部思い出せるって。きっとまた今の私に
もどれるって、知ってるから。そんなに悲しくないんだ」
私は笑顔で、笑顔をつくって、後藤の顔を見る。今にも泣き出してしまいそうな、後藤の顔を。
「きっと?」
「……絶対」
「絶対だよ」
「……うん」
手のひらを上にして、右手を後藤へ差し出した。それに後藤も左手を重ねる。
まだ記憶に残っている、後藤との出会い。ラブマのジャケ写。重ねられた二人の手。今の後藤の
手は少しだけ冷たく感じた。
「あったかいね。市井ちゃんの手」
「はは……、熱、出してるからね」
指をからめた。手のひらから、指の間から、後藤の鼓動が伝わってくる。
それは、やさしい律動。
- 328 名前:ミヤーン 投稿日:2001年02月15日(木)19時44分58秒
-
ふたたび満月がその姿をあらわし、私は「ちょっと待ってて」と後藤をのこして、部屋へもどった。
バッグからプラスティックのケースを取り出す。それは昼間偶然に見つけたものだったが、ある
いはそれも運命だったのかもしれない。
ベランダで一人立っている後藤。私はまた彼女に魅了される。ケースの中から、その花を取り出
した。
「あ……、それ」
私は「うん」とうなずくと、まだ短い後藤の髪、その耳元にその花を挿した。
「ほんとに、……おわかれなんだね」
月の光を反射したその花びらは輝く。それは悲しいくらい、美しかった。
「やっぱりあたしは、……あたしは。市井ちゃんと離れちゃうの、悲しいよ。やだよ、……いや
だよ」
―― そんなの、決まってるじゃないか。
- 329 名前:ミヤーン 投稿日:2001年02月15日(木)19時45分35秒
-
押入れから引っぱり出した毛布をふたり体に巻きつけ、顔だけ出して座っていた。さすがにベラ
ンダというわけにはいかず、部屋の中、月光の入る窓際だった。
私の肩にのせられた後藤の頭。私はそれにほほをよせている。
「忘れちゃったら市井ちゃん、どうなるのかな。やっぱり今とは変わっちゃうんだろうね」
後藤がしゃべるたびに、その振動が私にも伝わる。
「わかんない、けどさ。たぶん、そのことだけ、後藤とのことだけ忘れちゃって。他はけっこう
普通なのかも。今もそんな感じだし」
記憶のつながりが弱まっていた。後藤との記憶だけが、私の中から切り離されようとしている。
そんな感覚だった。
「そっか、じゃあさ。今度思い出したときはどうなるんだろうね」
「それは……、わかんない」
私の言葉に、後藤がわずかに反応した。
本当に思い出すことなどできるのだろうか。私が信じるのはただひとつ。夢の中で彼が言ったあ
の言葉だけだ。
―― 魂は決して別つことなく、永遠にひとつ。
そして私と後藤は出会うことができた。だからこの別れもまた、次の出会いにつながるひとつの
過程にすぎないのではないのだろうか。
「……わかんないよね。はじめてだもんね」
毛布の中で後藤の手が動くと、私の手を探り当てた。さっきより少し強く、ぎゅっと握りしめて
くる。
「じゃあ、思い出したら。あたしのこと思い出したら、ご褒美あげる」
「なに……?」
顔を上げると、後藤はこちらを向いて、笑った。
「―― キス」
- 330 名前:ミヤーン 投稿日:2001年02月15日(木)19時46分22秒
- それが、私が私として見た、後藤の最後の笑顔だった。翌日私は高熱のため病院へとはこばれ、
そこをあとにするころにはもう、すべてを忘れてしまっていた。
後藤と出会い、一緒に笑い、泣いたこと。
まだ仕事になれていない、すぐに不安をおもてに出してしまう後藤。
化粧もうまくできなくて、ノーズシャドーをやたらつけていた後藤。
「笑顔の練習」と私に向かってずっと、1時間近くも笑っていた後藤。
振り付けのミスを言われて、本番前に必死にその練習していた後藤。
コンサートでの客のリアクション、それを私に楽しそうに話す後藤。
TV番組。どうせもらえもしない賞品を本気で欲しがっていた後藤。
オフの日に一緒に服を選ぼうと出かけ、腕を組みたがっていた後藤。
そして、「ホントの恋人みたいだね」と、恥ずかしそうに笑った後藤。
私が見てきた後藤。私が知っている後藤。私が大好きだった、後藤真希。
私はそのすべてを、忘れてしまっていた。
- 331 名前:ミヤーン 投稿日:2001年02月15日(木)19時46分56秒
- ・ ダイヤモンド・リリー(ネリネの別称) ヒガンバナ科ネリネ属
花言葉:また会う日を楽しみに
- 332 名前:ミヤーン 投稿日:2001年02月15日(木)19時48分27秒
- つづく。。。次こそ最終回。
- 333 名前:ミヤーン 投稿日:2001年02月19日(月)03時51分30秒
- FORGET ME NOT - アローン・アゲイン
少しのびた髪、少しのびた背。けれどかわらない。あのときとかわらない後藤の笑顔。両手は胸
元で結んでいて、白い入院着がしわをつくっていた。すそが持ちあがって見えた足元は、素足の
ままだった。
私は短く息をはくと、呼吸を落ち着かせる。
「ごめん、ちょっとおそくなっちゃった」
そう言ってうまく笑えていたかどうか、私はゆっくりと進む。
視線は外せなかった。私が病院へはこばれたあのとき一瞬ですべてを忘れ去ってしまったように、
後藤もまた同じように忘れてしまうのではないか。今の後藤を一刻でもとらえておきたかった。
目に焼きつけておきたかった。
「やっとさ、思い出せたんだ。はは……、ちょうど今なんだけどね。後藤のこと、あの夢のこと
全部思い出せた」
こらえているのか、何度も後藤の眉間にしわがより、そしてほどける。口元はきゅっと結ばれ、
何か言いたそうに動くのだが、ためらってすぐに唇をかむ。
「ほんとに、ごめんね」
私がそう言い終える前に、もう限界なのだろう、後藤は顔をくしゃくしゃにしてとびこんできた。
私の両腕の中に。なびいた後藤の髪が、私のほほに触れた。
やわらかな感触だった。後藤の背中にまわした両手にほんの少し、こわれてしまわないように力
をこめる。まだ下手くそな後藤の泣き方。鼻をズッと鳴らすたびにその肩がゆれた。
「待ってたんだから、……ぅぐ。ずっと……、待って、たんだから」
「……うん」
涙で濁り、ほとんど聞きとれないその声は、けれど私の心までしっかりと届いていた。
- 334 名前:ミヤーン 投稿日:2001年02月19日(月)03時52分04秒
-
後藤の体はやはり熱をもち、こうしているだけでも、しだいに疲労していくように思えた。少し
落ち着くのを待って、私は一度両手をほどくと後藤から体をはがした。入院着をぎゅっと握りし
めうつむいている。
私はその肩にそっと手をおくと、ベッドへとうながす。後藤は少しそれに抵抗してみせたが、顔
を上げ私と目を合わせると、あきらめたのかそれにしたがった。
シーツを後藤の胸元まで上げて、そこから出た手を私は両手で包み込む。少しあたたかい後藤の
手。私はそのままかたわらにあった椅子にこしかけた。
「せっかく市井ちゃんが思い出してくれたに、今度はあたしがこんなことになっちゃって。ダメ
だね、あたし」
「後藤は悪くないよ。あたしがもっとはやく思い出してたら ――」
「そんなことない。市井ちゃんは……、なんにも……、悪くない」
そこで二人、言葉が途切れてしまう。話したいことがたくさんあった。今までの空白だった時間、
そのすべてを埋めたかった。
何を言えばいいのだろう。何を言えば、私はこの思いを伝え、共有できるのだろう。
階段を駆け上がってきたとき用意していた言葉達は、しかしいつまで経っても出てきてはくれな
かった。
- 335 名前:ミヤーン 投稿日:2001年02月19日(月)03時52分35秒
- そのとき、フッと後藤が微笑んだ。そしてゆっくりと目を閉じる。
「市井ちゃん、プッチの合宿のあとのこと、覚えてる?」
「……あ、いや。そういえば、あんまり覚えてないかな」
私は言葉を濁した。たしかに後藤との思い出を得ることで、私の中の記憶のバランスはくずれて
いた。後藤との出来事が鮮明であるいっぽうで、合宿以降のことが今はおぼろげになっている。
「あたしね。必死に思い出してもらおうとしたんだよ? いろんなこと話して、抱きついたりも
したかな。……でもだめだった」
そこで大きくひとつ息をはく。それはため息なのか。
「そういうのって、やっぱり自分で何とかしなきゃだめなんだね。今も市井ちゃん、自分で思い
出してくれたんだよね? 一生懸命、あたしのこと思い出してくれたんだよね? だから、おそ
くなんて、……ないんだよ」
そう言って開かれた後藤の瞳に瞬く間に涙がたまり、ひとつのまばたきで、そのすべてがこぼれ
落ちた。
「でもね、あたしが市井ちゃんのこと忘れちゃったらさ。ちょっとだけでいいから、ほんのちょ
っとでいいから。あたしのために必死になってほしいな。いろいろ話しして、抱きついきてほし
いなぁ……。なんてね……」
後藤の手は片手で握りしめたまま、私はそっとその涙をぬぐう。「うん」と返事をしたとき不覚に
も私もヒザに一滴、ぽたりと落としてしまった。
後藤が悪戯っ子ぽく笑う。
「今度は市井ちゃんの番だからね。髪、金髪にするの。そんでまた、テレビに出てくるんだから
ね?」
「はは……、うんわかった。そうするよ」
「約束だよ?」
心なしか、後藤のまばたきの間隔が長くなってきているような気がする。話す言葉もどこか抑揚
がなく、感情がうすれてきているように思えた。
- 336 名前:ミヤーン 投稿日:2001年02月19日(月)03時53分10秒
- 「うん。……あ、そだ。後藤覚えてる? プッチの合宿のとき、あんた言ったよね。思い出した
ときに、ご褒美くれるって」
冗談めかして私は言う。
「それは、うん。まだ忘れてない、覚えてるよ」
重ねた手を後藤が誘導して、自ら左胸の上にのせる。おどろくほどはやく打つその鼓動に、思わ
ず後藤の顔を凝視した。
そんな私を気にもとめずに、後藤は瞳を閉じる。口元がゆっくりと動いた。
「しても、いいよ」
「ホントに、……いいの? あたし達、……その、女同士だよ?」
後藤はうなずく。
「市井ちゃんにあげるよ、あたしの初めてのキス」
頭の芯が、ジンとしびれた。
「はやく」とつぶやいた後藤の唇。私はそこから目が離せなかった。枕との間に手を挿しこむと、
少し後藤の頭を持ち上げる。指にからむ髪は汗でぬれていた。
わずかに見えた白い歯。熱のためか、あたたかな吐息が私のほほにかかる。
「じゃあ、その。いただきます」
「めしあがれ……」
そっと、唇が重なった。
- 337 名前:ミヤーン 投稿日:2001年02月19日(月)03時53分51秒
-
顔を離したそのとき、ガクンと後藤の重さが増し、首が枕に落ちた。椅子から立ち上がり、私は
いそいで後藤の顔をのぞき込む。
「後藤!」
「はは……、あたしちょっと、ダメかも」
口元だけで引きつらせるように弱く笑うと、後藤は私から視線をはずして、窓際に置かれた一輪
挿しの花瓶を見た。
「……あれ。今度は、あたしから、市井ちゃん、に」
そこには、見覚えのある花が月光に輝いていた。
「けっこう、たいへん、だったんだ、から、さがすの、なまえも、しらなかったし……」
花瓶を指した後藤の手を、私は握りしめる。
「もういいよ後藤! しゃべんなくていい! しゃべんなくていいから ――」
―― もう少し、私と一緒にいて!
「こんど、あった、ときは、……きんぱつ、なんだから、ね、……やくそく」
ほとんど聞きとれない、ささやくようなその声。私は口の中だけで叫ぶ。「いやだ、いやだ」と。
涙が幾すじもほほをつたった。
「……また、こんども、……ちゅう、しよーね」
後藤のためにと、心の中に閉じ込めておいた言葉。吐きたくなかった弱音。
「いやだ、いやだよ後藤。離れたくないよ、一緒にいたい。ずっと一緒にいたいよ。行かないで!
あたしを一人にしないで! 後藤!」
止められなかった。
そのとき後藤の表情が少しゆるんだ気がした。笑っているのか、その顔に今までの、出会ったこ
ろからの後藤が次々と重なった。なぜかどの後藤もみな、笑顔でこちらを見ていてくれた。
「―― いちーちゃん ―― ばいばい」
- 338 名前:ミヤーン 投稿日:2001年02月19日(月)03時54分30秒
- 後藤がゆっくりとその瞳を閉じた。最後に一度、私の手を強く握り返した後藤の手が、すり抜け
てパタリとベッドに落ちる。
後藤の呼吸がしだいに落ち着いていくのがわかった。
空になった手をぎゅっと握りしめたまま、私は泣いていた。ただ涙が止まらなかった。
私が私でなくなったとき、後藤もまたこんな思いをしたのだろうか。私はこんな思いを、後藤に
させてしまったのだろうか。
一生懸命、あたしのこと思い出してくれたんだよね? だから、おそくなんて、……ないんだよ。
後藤の言葉を思い出す。
―― そんなの、嘘だよ。つらくないわけないよ。
「後藤……、ごめんね」
つぶやくようにそう言って立ち上がる。うつむくとぼたぼたと涙がシーツに落ちた。
私は後藤の腕をシーツの中にしまい、窓際まで歩く。花瓶からあの花を引き抜いた。開けたまま
のカーテンから入る月明かりに、その花びらは輝いていた。
「いちーちゃん」
ハッとして振り返る。後藤が体を起こしてこちらを見ていた。
「ご……、とう」
しかし私は気づく。それがもうあの後藤はでないことを。
きょとんとした顔でこちらを見ている後藤。そこからは何かが失われていた。私は手の甲でごし
ごしと目をこすると、笑顔を作った。
- 339 名前:ミヤーン 投稿日:2001年02月19日(月)03時55分03秒
- 「お見舞い、来てくれたんだね〜」
後藤は後頭部のあたりをかくと、気だるそうに言う。声のトーンが少し低いのか。
「あ、うん。でもなんか寝てるからさ、カーテン閉めて帰ろうかなって」
「そっかぁ、ありがとね」
そう言うと後藤は、バタンと勢いをつけてベッドに寝転がった。そしてぐっとのびをする。
私がそれを見つめていると、後藤もそれに気がついたのか、こちらを向いてヒジをつき、片手で
頭を支えて言う。
「なんていう花?」
「え? あ、これ? ダイヤモンド・リリーっていうんだって。綺麗だろ?」
ベッドの横まで行って後藤に差し出す。
「へ〜、ダイヤモンドね〜」
後藤はしげしげとそれを見つめていたが、すぐにあきたのか「きれいだね」とだけ言って私に返し
た。そして大きくあくびをする。
「ごめん、あたしなんか眠いからさ……」
「あ、そっかごめん。あたしももう帰るね。あんまり無理、すんなよ」
「うん」という返事を聞くと、私は花を花瓶へもどしドアのところまで振り返らずに歩いた。ノブ
に手をかけたそのとき。
「あ、市井ちゃん」
背後からの声に手の回転を止め、顔だけを向けた。発した後藤自身、自らの言葉に驚いている、
そんな表情だった。
「あの……、また。―― また会えるよね?」
そのときほんの一瞬だけ見えた、あの後藤の影。ガチャンと音を立てて、私の手を離れたノブが
もとに戻った。
私はしばらくライトグリーンの床を見つめたあと、顔を上げることなくドアを開いた。そして、
病室を出てドアを閉じる直前に、顔だけのぞかせて言った。
「あたりまえだろ、後藤!」
- 340 名前:ミヤーン 投稿日:2001年02月19日(月)03時55分34秒
- ・ ワスレナグサ(英名forget-me-not) ムラサキ科ワスレナグサ属
花言葉:私を忘れないで
- 341 名前:ミヤーン 投稿日:2001年02月19日(月)03時56分04秒
- ヽ^∀^ノ
- 342 名前:ミヤーン 投稿日:2001年02月19日(月)03時56分37秒
- エピローグ
その夏最後の、夕立があがった。オレンジから薄紫色へとかわりつつある空のグラデーション。
けれどそれを見上げる暇もなく流れ続ける人の波。
私はその中で立ち止まると、ショーウィンドウのガラスに映った自身の姿を、もう何度目になる
のか、じっと見つめる。
昨日ようやくすべての夢を見た。
記憶に残らなかったあの夢だ。内容はやはり、画集の表紙とよく似た外国の話しだった。見たこ
ともない国、見たこともない人々。ただその中で、相手が誰なのか、それだけはわかっている。
もちろん、後藤だ。
私達は出会い、そして別れる。
この夢が続くかぎり、私はまた後藤に会えると信じている。いや、この夢をたとえ見ることがで
きなくなったとしても、私はかわらず後藤を思い続けているだろう。
きっと、かわることなく。
しばらくそうしたあと、色をかえたばかりの髪を少しいじり、私はまた歩き出した。
BGM Gilbert O'sullivan / Alone again (Naturally)
- 343 名前:ミヤーン 投稿日:2001年02月19日(月)03時57分54秒
- え〜と、終了です。いちごまというより、市井の話しになってしまいました。
元ネタ、というかこの手の話しは出尽くしてる感あるんですが、あえてあげるとすれば。
村上由佳『もう一度デジャ・ヴ』
恩田陸『ライオンハート』
とくに年始に読んだ後者の影響はかなりデカイです。中でも「エアハート嬢の到着」がかなりよか
たです。
あとタイトルは、ホフディランのシングルCD『長い秘密』から。「朝がくるまで僕はこのまま
君を待ち続けて」というフレーズが、2ch市井スレをあらわしてるな〜と思ってのチョイスでした。
もともと、あそこで書くっていったのがはじまりなんですよね。
あとレスしたくださった方々、何の返事もせず、すいませんでした。思うところあっての行動だ
ったんですが、まあ、身勝手でしたね。
↓txt版
http://epce-5065.hoops.ne.jp/file/nagai_himitsu.txt
それでは、ミヤーンでした。
- 344 名前:名無し読者 投稿日:2001年02月20日(火)01時22分46秒
- お疲れさまでした。
何て表現したらいいのか分かんないけど素晴らしかったです。
こういう雰囲気の話し大好きでとても楽しませてもらいました。
- 345 名前:名無し読者 投稿日:2001年02月20日(火)04時04分24秒
- 個人的な意見ですが、
レスへ返事するかどうかなんて、作者の好みによるものでしょうから
別になくても全然良いと思いますけどね。
ミヤーンさんの小説の雰囲気ってどれもすごく好きだから、終わってしまうのは寂しいっす。
またなんか思いついたら書いて下さいな。
あ、某所で言っていた○○○○ものとかは?(w
- 346 名前:名無し読者 投稿日:2001年02月20日(火)07時42分07秒
- お疲れ様でした。
この作品は、それぞれの描写があわさって醸し出す全体の雰囲気が、すごく好きでした。
何より文章自体が素晴らしい。
恩田陸かあ。なるほど、そんな雰囲気をもってますね。
『ライオンハート』はまだ読んでないけど。読まなきゃな。
- 347 名前:ミヤーン 投稿日:2001年02月22日(木)17時16分54秒
- 読んでいただいてありがとうございます。
>>344
そう言っていただけるとうれしいです。
>>345
バトロワですか? ちょっと書いてみたんですが、緑板に今書かれているモノと出だしからいき
なりかぶってしまったので断念しました。
>>346
恩田陸作品は、それしかまだ読んでないんですよね。次は『月の裏側』を読もうかと思ってます。
あと、保存庫移転です。
新アド→http://www.geocities.co.jp/Bookend-Shikibu/7945/
- 348 名前:ミヤーン 投稿日:2001年02月25日(日)01時40分57秒
- 娘。小説を書きはじめて半年。文章を書いた期間もたぶん同じぐらいなんだけど、やっぱり絶望
的に文章に魅力がない。
って素人がそんなこと考えてること自体、オコガマシイことなんだけど、やっぱりちょっとぐら
いは上手くなっていたいなぁとは思うわけで。。。
かといって「勉強だ」って、本をそういう目で読むのもなんだか違うような気がするし。まあ、どうにもならんことなので、当座だらだらしてようかなと思ってます。
ということで、またこのスレから旅立ちます。今後いかようにもお使いくださいませ。。。
- 349 名前:ミヤーン 投稿日:2001年02月25日(日)01時41分48秒
- 改行ミスった!
- 350 名前:名無し読者 投稿日:2001年02月26日(月)02時49分25秒
- むう、二度目だな。
うまくなりたいのなら、とにかく書き続けるのが良いと思うが。
- 351 名前:名無し読者 投稿日:2001年02月26日(月)03時12分59秒
- ヽ^∀^ノ <ブラボ〜〜〜〜!!!!!
あの、上げちゃダメですかねぇ・・
こんな凄いの埋もれたままなの寂しい気がします。
文章のレベルがメチャメチャ高いんで本とか読まない僕はちょっと難しかったけど、でもホント最高でした。
読後感が・・もう・・浸りまくりで抜けられない・・
しかも、、
>「朝がくるまで僕はこのまま君を待ち続けて」というフレーズが
>2ch市井スレをあらわしてる
これで更に泣けた・・(w
市井ヲタ感動・・・(ゴウキュウ
次回作、もし書けたら書いてくれたら嬉しいっす。。
- 352 名前:ミヤーン 投稿日:2001年03月08日(木)00時20分20秒
- 旅立ってみて、着地を狼にするか羊にするか思案中。
まだぼんやりだけど、血なまぐさいやつが1コ、かたまりかけてる感じ。出来上がったらどちら
かの板の下がってるスレではじめようと思ってます。内容は。。。原点にもどってアイデア勝負
って感じですかね。
春休み中にカタチになればいいなぁ、と思ってます。
>>350
もちろん、書いてはいますよ。でもいったん書きはじめると、他の本が読めなくなるタチなんで、
今はもっぱら読んでばっかりです。血なまぐさいのを。
>>351
読んでいただいて、ありがとうございます。
いまだにこれ(>>56)から変わってないんですよね。headlineにこのスレのタイトルがあるとドキ
ドキします。
次回作は、だから血なまぐさいですよ。
と、レスを血なまぐさくしてみる。。。
- 353 名前:名無し読者 投稿日:2001年03月10日(土)03時54分30秒
- 下がってるスレでやるんだったら、せめてここで告知してくれると嬉しいけど。
- 354 名前:名無し読者 投稿日:2001年03月13日(火)03時10分47秒
- 羊でやった方がいいと思う。
狼には需要がないきが・・
Sなら狼行くべきですが・・(w
次回作楽しみにしています
- 355 名前:名無し読者 投稿日:2001年03月13日(火)03時11分52秒
- あ、Mの間違い
- 356 名前:名無し読者 投稿日:2001年03月21日(水)03時28分26秒
- 勝手に投票させて頂きました。
題名は「長い秘密」であってますか・・?
違ったらすいません!!
- 357 名前:ミヤーン 投稿日:2001年03月25日(日)00時39分20秒
- 冬の終わりの空。青く光った雲間を、飛行機雲が縦に切り裂いた。
明日は雨なのかな。
窓枠のサッシに両手をついて、もうずっと眺めている。手のひらが少し痛くなってたんだけど、
そのままで。
今日はあたたかい。日差しも、風も。
窓際でカーテンを開け放って座っていた午前中。午後になって窓を開けた。最初の一瞬は、それ
はまあ、寒かったけど、あとはすぐに慣れてこうしている。
たぶん何もしない、いち日の無駄使いなんだと思う。
こんな休日がずいぶん長い間、続いているような気がする。何かをしてもその結果が見えていて。
もちろん、それは悪い方で、そうすることに意義なんていうのも無くて。
自分を満足させるためにならやってもいいけど、違うか、それはもうやったんだ。必死になって
やってみたんだけど、何にもならなかった。
私自身にも、私の周りにも。
飛行機雲がよろよろ消えていくのを見ていた。それは雲の中に消え、次に見えたときにはただの
青空にかわっていた。
- 358 名前:ミヤーン 投稿日:2001年03月25日(日)00時39分52秒
- 「―― ゃかぁー、ちょっと、聞こえてるー? おきゃくさーん」
遠くからのその声でわれに帰った。視線がぐるぐると旋回して、部屋の入り口のドアでとまる。
トントンと廊下を歩く音が聞こえた。
軽いステップだった。
ドアの向こうでそれはとまり、少しタイミングを空けたあと、ノブがガチャリと回転した。ドア
が開いて空気の流れがかわったのか、背中にした窓から風が吹き込んできた。
「あれ、……ひさしぶり」
見慣れた友達の顔を期待してたんだけど、それは外れて、ほんの少し古い記憶に残っていた顔が
こちらに向けられていた。
「ひさしぶりだね」
ほんとうに久しぶりだった。最初のころは、よくメールがきた。もちろん、こっちから出すこと
もたまにはあったけど、ほとんど返信ばかりしていた。
それもそのうちこなくなり。こないことにも慣れてしまった。
忘れるということは、たぶんそういうことなんだと思う。思い出せないんじゃなくて、思い出す
必要がない。
ツナガリなんてそんなものだ。
いつの間にか私は、自分の中から切り離していたんだ。彼女、後藤真希を。
- 359 名前:ミヤーン 投稿日:2001年03月25日(日)00時40分44秒
- 「こんど、ひとりでね。ソロデビュー、するんだ」
窓をスライドさせて、閉じた。部屋の中の空気が止まった。
私の背中めがけて発せられた、後藤の言葉。私はなんと言えばいいだろう。言うべきなのだろう。
悩んだけど、私は返事の言葉は選ばなかった。
「そっか、よかったじゃん」
そのかわりに、どんな顔をして振り返ろうかとしばらく考えてた。結局、首すじをぽりぽりかき
ながら、ちょっとだけ笑ってみた。
でも、視線が出会わない。
喜んでいる後藤を想像していた。私の知っている後藤真希は、そんなコだったから。けどそれは
裏切られて、ずいぶんカッコよくなったその顔は、うつむいていた。
「後藤?」
私の声に顔を上げる。
「はは……、なんかさ、そう言ってくれたのって……、はじめてかなって、思って」
見たことのない。
私が今までに見たことのない、後藤の笑い方。私は言葉を失っていた。
- 360 名前:ミヤーン 投稿日:2001年03月25日(日)00時41分14秒
- 「みんなさ、がんばれって、応援するって、言うんだけど……。誰も、よかったねとか、おめで
とうって、……ほめてくれなくて」
私の顔と足元を何度も往復する後藤の視線。不思議な重力でも働いているみたいだった。そんな
に重たい? 足元になんて何もないのに。
私の目だけ、見てくれればいいのに。
「あ、でも、そういうのを期待してたわけじゃないんだよ……。でもやっぱり、やっぱりさ、私
がんばったから、がんばったんだから、言ってほしかったなぁ……。よかった、って」
「そっか……」
後藤には、今なんだと思う。
過去にしがみつくとか、未来への励ましとかじゃなくて、今の自分を満たしたい、満たしてほし
いんだと、勝手に私はそう思った。
だって、私がそうだから。
後藤がうつむくタイミングをみはからって、その頭にポンと手をのせた。「?」って表情で、私を
見上げてる。
さっきよりずっと自然に、私は笑っていた。
「よしよし、よかったな、よくやったよ、後藤は」
思い切り、というのもなんだかおかしいんだけど、私は後藤の頭をなでた。たぶん、子供にそう
するみたいに。
ちゃんとセットした髪型が、すぐにくずれた。
「……いちーちゃん」
ようやく後藤が私の知っている顔をしてくれた。ただ、ちょっと涙ぐんではいるんだけど、私の
よく知っている、笑顔に。
- 361 名前:ミヤーン 投稿日:2001年03月25日(日)00時42分27秒
- ちょっと不時着陸。
ぐふぅ。
歯を一本抜いただけで、熱出して倒れた。親知らず。。。恐ろしいヤツだ。
>>353
告知はします。でも、まだもうちょっと時間がかかるかも、です。
>>354
羊ってあんまりいったことないんですよね。小説スレをちょっとのぞく程度で。まあ、少し先の
話しなので、(狼)の事態が好転するのを期待してます。
>>356
ありがとうございます。あってます。
投票、はしたいんですけど、感想を書くのが苦手なんですよね。簡潔に文章をまとめるっていう
のが。
CHEMISTRY 「PIECES OF A DREAM」の中の、
"あれからキミはどう生きてるの? 変わったのかな……。キミが最後に詰めた夢のカケラたち
は 今どうしてる? ぼくは……。二度とは戻れない時代(とき)なんだと 気づいた"
というフレーズを聴いて、市井のことを思い出したんで、ちょこっと書いてみました。
続くかも。。。
- 362 名前:名無し読者 投稿日:2001年03月25日(日)01時29分28秒
- 偶然ですねぇ。
自分もあの歌聞いてなんとなく市井さんが
頭に浮かびましたよ。
頑張って下さい。
- 363 名前:名無し読者 投稿日:2001年03月25日(日)01時50分51秒
- あー俺もだ
まあ何につけても市井を思い出さずにはいられないんだけども
二度とは戻れない時代なんだよな。頭ではわかっているつもりさ
- 364 名前:名無し読者 投稿日:2001年03月26日(月)04時01分41秒
- 続くとしたらメチャメチャ×2嬉しい。
簡潔に文章まとめるの、僕も苦手っす。
ケミストリー歌詞ちゃんと聞いた事無かった。聞いてみよう。
嗚呼市井・・・・・・・
- 365 名前:名無し読者 投稿日:2001年03月26日(月)23時16分54秒
- 自分はhiroのIn Seasonがいちごまに
聞こえて...おすすめです。
”諦めないでいてあなただけの夢”とか全体的に。
- 366 名前:ミヤーン 投稿日:2001年03月30日(金)01時11分23秒
- ゆかり板にしました。
http://www.ah.wakwak.com/cgi-bin/sbox/~yosk/hilight.cgi?dir=purple&thp=985882175&ls=50
- 367 名前:名無し読者 投稿日:2001年05月20日(日)01時35分58秒
- ここはもう終わり?
- 368 名前:ミヤーン 投稿日:2001年05月20日(日)13時04分46秒
- 消去可です。
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