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伝説の茶漬け

1 名前:名無しちゃむ 投稿日:2000年11月10日(金)04時39分29秒
夏の終わりにモー板でふと書いてみた短編小説。
久しぶりに読み返して、個人的に好きなのであぷさせて頂きます。
ちなみに処女作なので大目にみてね。
2 名前:名無しちゃむ 投稿日:2000年11月10日(金)04時40分22秒
「茶漬処」黒い暖簾にはただ大きくそう書かれていた。
ここは京都。四条河原町から歩くこと五十分、へとへとに疲れ果てた私を待っていた
のは、一軒の古ぼけた店。
3 名前:名無しちゃむ 投稿日:2000年11月10日(金)04時41分23秒
「京都行くんなら、ここ行かなくちゃ」

三日前、そう言って受話器の向こうで得意気に鼻を鳴らしたのは後輩の後藤だ。

「お茶漬けの店?」
「うん」
「へえ。有名なんだ」
「まーね。ひそかにっていうか、一部で」
「ふーん、私知らなかった」
「市井ちゃん案外こうゆうの、うといもんねえ」
「うるさい」
「にゃはは。とにかくさ、落ち着いた旅行なんて二年ぶりでしょ?ゆっくり羽のばし
てきなよ」
「うん、ありがと」
4 名前:名無しちゃむ 投稿日:2000年11月10日(金)04時42分25秒
というわけで、私はこの店にやって来た。やって来たはいいのだが、実はさっきから
ずっと入るのをためらっている。
なんていうのか、ちょっと異様なのだ。旧家をそのまま店舗として使っているらしく、
そういう年代物の建物が持つ独特の雰囲気なのだろうか。かと言って威圧してくるよ
うな感じでもない。ここに確かにあるのに、ないような…。今日もまた容赦無く降り
注ぐ真夏の光線のせいもあってか、店自体がまるで陽炎のように見える。それに、こ
の路地裏、人気がまったくない。というより、人が住んでいるという空気が感じられ
ない。この店だって、暖簾は下りているものの、営業しているようにも、先客が入っ
ている様子にも見えないし、やっぱどうにも入りにくいなあ……
5 名前:名無しちゃむ 投稿日:2000年11月10日(金)04時43分22秒
あたり一面を満たす蝉時雨。頭がぼーっとしてきた。優に三十五度は超えているだろ
う。こんなところでいつまでも突っ立っていてはぶっ倒れてしまう。あれこれ考えた
末、後藤には悪いが、今回は遠慮させてもらうことにした。後藤、ごめんね。話題の
お茶漬けは食べてみたいけれど、一人じゃ入りづらいよここは。また今度、一緒に来
た時にね…と、踵を返した瞬間だった。目の前に老人が立っていたのだ。ひゃっ、と
悲鳴を上げて私は思わず飛び退いた。しかし老人は微動だにしない。
6 名前:名無しちゃむ 投稿日:2000年11月10日(金)04時44分16秒
「お客さんかね」
「へ?あ…いや私」
「入りなさい」

そう言うと、老人はすたすたと店の中へ入っていった。
7 名前:名無しちゃむ 投稿日:2000年11月10日(金)04時45分00秒
どうしよう。こうなった以上、このまま帰るわけにはちょっといかない。まあ、とり
あえずこれで営業していることはわかったし、今のおじいさんの感じからして、ごく
普通の老舗みたいだ。安心した私は、それでも少しの不安を覚えつつ、重く分厚い暖
簾をくぐった。
8 名前:名無しちゃむ 投稿日:2000年11月10日(金)04時45分35秒
旧家特有の、ひんやりとした空気が肌に張り付く。老人はすでに奥の台所らしき場所
で湯を沸かしはじめているようだ。私は入口から一番近い場所にそっと腰を下ろした。
ごく普通の古い家という感じだった。高い天井、土壁、土間。木の机の冷たい感触。
少し薄暗いけれど、最低限の採光はなされていて、陰気な感じはしない。むしろ落ち
着いたいい感じかもね。やっぱり、他のお客はいないけれど。
9 名前:名無しちゃむ 投稿日:2000年11月10日(金)04時46分22秒
台所に湯気が立ちこめはじめた。老人はまだ一言も発しない。一分、二分としだいに
沈黙が重くのしかかってくる。耐え切れなくなった私は、質問をきりだしてみること
にした。
10 名前:名無しちゃむ 投稿日:2000年11月10日(金)04時47分04秒
「ここのお店、有名なんですねえ」
「そうかの」
「あの、私の後輩がそうだって…あ、私関東なんですけど」
「……………」
「……えっと、注文していいっすか?」
「茶漬けしか置いとらん」
「はあ、でも、サケ茶漬けとか、梅茶漬けとか」
「そんなものは無い。うちにあるのは、宇宙一の茶漬け、それだけじゃ」
「は?」
「聞いた通りじゃ。わしはここでかれこれ五十年間、宇宙一の茶漬けを研究しとる」
11 名前:名無しちゃむ 投稿日:2000年11月10日(金)04時47分47秒
やられた。後藤のやつ、私をからかったのだ。なあにが一部で有名だよ。近所の変わ
り者のじいさんが趣味で経営してる店なら、そりゃ確かにそうだろうよ。宇宙一の茶
漬け、だよ?こんな店で出されるのは、へんてこなダシやら具やら何やらお構いなし
にぶち込んだ、得体の知れないキワ物茶漬けに決まってるよお。こうなったら、何か
適当な理由をつけて、さっさと店を出よう。まだ口つけたわけじゃないし、だいいち、
半ば強引に店に入れられたようなもんなんだし…
12 名前:名無しちゃむ 投稿日:2000年11月10日(金)04時48分42秒
「できたよ」
「え」

見ると、テーブルにはすでに一杯の茶漬けが置かれていた。見たところ何の変哲も無
い、本当に只のお茶漬けだ。

「……あの、これが?」
「そうとも。宇宙一の茶漬けじゃ」
13 名前:名無しちゃむ 投稿日:2000年11月10日(金)04時49分21秒
意表を突くような演出は何も無く、具は控え目な量の海苔とあられだけ。美味そうに
も、不味そうにも見えなかった。
老人は、さあお食べなさい、と言わんばかりに、テーブルの前に立って私を見ている。
そのまなざしには、静かな微笑みと、何か言葉では表すことのできない大きな感情が
あった。良くわからないが、思いつめた何かがある。こんな目で見つめられたら、も
う食べるしかない。私は腹をくくった。後藤、私の命、あんたに預けたよっ!

「あの、い、いただきます」
「どうぞ」
14 名前:名無しちゃむ 投稿日:2000年11月10日(金)04時49分52秒
ずずずっ、と熱い一口目をすすった。平凡な味。
二口目。ずずず。可も無く、不可も無い。
三口目、ずぞぞぞぞ。味に変化は見られない。
15 名前:名無しちゃむ 投稿日:2000年11月10日(金)04時50分26秒
これが宇宙一のお茶漬け?ごく普通の、いつも食べる味と変わらないじゃないか。決
して不味くはないけれど、わざわざ京都の老舗まで来て食べるようなシロモノじゃな
い。後藤ってば、なんでまたこんな店を美味しいだなんて?私の舌が鈍いのだろうか。
いや、それにしても、あまりにも普通の味すぎる。あまりにも…。ところが、何故だ
かわからないが、食べているうち涙が溢れてしょうがないのだ。自分でも、なんで今
泣いているのかわからないまま、それでも、この平凡な味のお茶漬けをすすっている
と、どうしようもなく涙が止まらないのだ。
16 名前:名無しちゃむ 投稿日:2000年11月10日(金)04時51分04秒
いろいろな事を思い出した。娘。に入ったばかりの頃。泣き虫だった頃。キャラを出
したいと悪戦苦闘を繰り返しながらも空回りばかりだった頃。真夏のハイウェイで初
めて前に飛び出した頃。髪を切った頃。バリで水着の頃。後藤と出会った頃。じゃな
い!の頃。かあさんの頃。合宿で熱出した頃。マル、マルの頃。16回目の誕生日の頃。
映画決定、マジっすかの頃。青色売れない頃。でもピンでDUNKな頃。一人で考えるこ
とが多くなった頃。3rd伸び悩みの頃。海浜公園大疾走の頃。忙しさに死にそうだった
頃…
そして、決断に至るまでに考え、悩み、苦しんだ、ほんとうに様々な事。
そうしたこと全てが祝福されていくような、全ての後悔が洗い流されるような、胸の
奥深くまで透き通っていく、そんな味だった。食べ終えた時、私の顔は涙と鼻水でぐ
しゅぐしゅになっていた。
17 名前:名無しちゃむ 投稿日:2000年11月10日(金)04時52分16秒
「どうかね?」
「美味しいです、とっても」
「そうか、良かった」
「……」
「……」
「…えへへ、ぐしゅ」
「宇宙一じゃったろう?」
「うん、よくわかんないけど、このお茶漬けは宇宙一だよ。おじいさん、すごいっす
ね」
「ははは」
18 名前:名無しちゃむ 投稿日:2000年11月10日(金)04時53分19秒
老人はそう力なく笑うと、小さくため息をついた。しばらくうなだれていたが、やがて
顔を上げ、また私を見た。

「あんたで、最後じゃ」
「え?」
「あんたで、五万人目。五十年前、五万人の人々を幸せにするべくこの世界に送り込
まれた、茶漬けの使者。それがわしじゃよ」
19 名前:名無しちゃむ 投稿日:2000年11月10日(金)04時53分58秒
そう言うと、老人の体が青く光った。老人だけではない。テーブル、壁、今食べ終わ
ったばかりの茶碗、私以外の店の中あらゆるものが青色の光に包まれた。

「あ、あの」
「さらばじゃ!」
20 名前:名無しちゃむ 投稿日:2000年11月10日(金)04時54分43秒
全てが光の粒子に変わった。思わず目を伏せる。溢れる光、また光の風景。
21 名前:名無しちゃむ 投稿日:2000年11月10日(金)04時55分27秒
再び目を開けた時、私は何もない空き地に一人佇んでいた。

「…マジっすか」
22 名前:名無しちゃむ 投稿日:2000年11月10日(金)04時56分16秒
東京。旅から戻った私は、後藤に電話をかけた。

「あ、市井ちゃん?どうだった、お店」
「うん、良かった。すっごい良かったよ」
「そっかあ、良かったあ。紹介した甲斐があったよ」
「あのさ、後藤」
「ん?」
「また今度、一緒にご飯食べよっか」
「え?うん、いいよ。どしたの?改まって」
23 名前:名無しちゃむ 投稿日:2000年11月10日(金)04時58分06秒
電話を切り、私はお茶漬けをこしらえて、食べた。
ありふれた、いつもの味。
いつの日かビッグになった時も、私はこのお茶漬けを美味しいと思うんだろうか…
…きっと、そう思いたい。
24 名前:名無しちゃむ 投稿日:2000年11月10日(金)04時59分41秒
って、なーに言ってんだか。
まだまだこれからビッグにならなきゃいけないってのに。
市井は負けてらんないっすよ。
うふ、おいしー。

さサヤカな幸せ…なんつって。私はお茶漬けを噴いた。



おしまい
25 名前:名無しちゃむ 投稿日:2000年11月10日(金)05時02分41秒
今にして思うとなんで京都?なんでお茶漬け?
って自分でもよくわからんのですが、まあいいやってことで。

もし読んでくれた人いたらありがとう。
26 名前:名無しさん 投稿日:2000年11月10日(金)21時35分54秒
これ、あっちで見た時からめっちゃ好きでした。
ぐわあっ、とイメージが広がって行く 
>>16
のあたりがうまい。
また書いてください。あるいはすでに何か書いてたら教えてくれるとうれしいっす。
27 名前:名無しさん 投稿日:2000年11月11日(土)01時43分23秒
おお!!この板でまた読めるとは
これからも気が向いたら是非書いてください
28 名前:名無しちゃむ 投稿日:2000年11月11日(土)04時58分32秒
>>26-27
どうもありがとう!
まだコレしか書いてないけど、またそのうちなんか書くと思います。

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