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リミット〜もしもなつみが〜

1 名前:ご挨拶 投稿日:2000年11月19日(日)18時08分03秒
以前放送されていたドラマとは、一切関係はありません。
2 名前: 投稿日:2000年11月19日(日)18時08分49秒
「な、なんやて!?なつみを誘拐した!?ど、どういうこっちゃ
 ねん!!なぁ!!な……クソッ!!」
受話器からはツーツーと言う無機質な音だけが聞こえてくる。つ
んくは、乱暴に受話器を元に戻した。
3 名前: 投稿日:2000年11月19日(日)18時09分57秒
ここは私立朝日奈学園。中高一貫教育の女子校だ。最近設立され
たばかりなので、歴史も伝統も情けないくらいまったくない。
この学園の理事長室で、一人の男が悩んでいた。朝比奈学園の理
事長つんくだ。
「校長先生、僕はホンマにどうしたらええんでしょうか?なつみ
 が…なつみが…」
つんくは先程から頭を抱えたまま動かない。そんなつんくに背の
高いヒゲの生えた男が近づいた。校長の石橋だ。
「まだ妹さんの身に何かが起こったわけではありません。とりあ
 えず警察への通報は避けましょう」
「ちょお待ってください!何呑気な事言うてるんですか!!」
「理事長、落ち着いてください。確かに妹さんの事も心配です。
 だが、我が校は私立高校です。この時期に生徒が誘拐されたな
 どと言う事が世間に知れたら、イメージダウンです」
「そんな…」
4 名前: 投稿日:2000年11月19日(日)18時10分53秒
石橋のあまりにも冷たい発言に、つんくは激しく失望した。もし
誘拐されたのが自分の妹でも、この男は同じ反応をするのだろう
か?つんくは激しく唇を噛んだ。
「とりあえず今は犯人からの要求を待ちましょう。行動を起こす
 のは、それからでも遅くはない。でしょう、理事長?」
「………わかりました」
「では私はこれで失礼します。会長のお嬢様との会食の予定があ
 りますので」
そう言うと石橋は静かに理事長室を後にした。石橋は、来年の春
に朝日奈グループ会長の娘と結婚する。ただの雇われ理事長であ
る自分とは、来年の春には立場は逆転するだろう。この椅子に座
っていられるのもあとわずか…。つんくはデスクの上に置いてあ
る写真立てに目を移した。そこには仲良く微笑んでいるなつみと
つんくが写っていた。
「なつみ…」
つんくは深い溜息を吐くと、そっと窓の外を見上げた。
5 名前: 投稿日:2000年11月19日(日)18時11分54秒
その頃、生物準備室の窓から同じ空を眺めている人物がいた。日
本史を教えている中澤だ。
「なぁみっちゃん…なんで空は青いやろか?」
みっちゃんと呼ばれた女は、中澤に興味を示す様子もなく生物の
資料を整理している。返事が返ってこない事を気にもせず、中澤
は続ける。
「なぁみっちゃん…なんで雲は白いんやろか?」
部屋には、資料をめくるペラペラと言う音だけが響いている。
「なぁみっちゃん…なんでナッチは最近学校来ぉへんのやろ?」
またか…と言う顔で、みっちゃんと呼ばれた女―― 平家は資料を
めくる手を止めた。
6 名前: 投稿日:2000年11月20日(月)19時02分22秒
「そんなん知らんっちゅーねん。風邪かなんかと違うんか?だいたいナッチが休
 んだんは昨日と今日だけやん。心配しすぎやで」
「何アホな事言うてんねん!ナッチは自他共に認める健康優良児やで!そ
 のナッチが学校休むやなんて…そんなんウチには信じられへん!!」
信じられないのはお前の思考回路だ。平家はぼんやりとそう思った。そんな
平家の冷たい視線ももろともせず、中澤は続ける。
「そや、お見舞い行こ!な、ええアイデアやろ?」
「アホかっちゅーねん。アンタは一応教師やねんから、生徒とそんな個人的に
 親しくなったらアカンやろ。担任でもないんやから」
「そんなん知らんわ!ナッチはな!裏庭にある聖なる鐘の前で静かに読書を
 するんが好きな子で、ウチは入学当初からずっと目をつけてたんや!!」
「目をつけてたやなくて、目をかけてたやろが!」
「うっさいわ!!ウチはウチのやりたいようにやる!みっちゃんは黙ってんか
 い!!」
そう叫ぶと、中澤は勢い良く生物準備室のドアを開けた。その時だった。
7 名前: 投稿日:2000年11月20日(月)19時03分01秒
「大ニュース大ニューーッスーー!!!」
大声でギャーギャーと騒ぎながら、小さな物体が室内に飛び込んできた。高
等部の矢口だ。中澤も平家も彼女のクラスの授業を受け持っている為、よく
知っている存在だ。
「おっ、矢口やーん!どないしてん?裕ちゃんに会いたくなったんか?」
「なんだよ裕子!やめろよー!いきなり何すんだよー!」
中澤は部屋に飛び込んできた矢口を力一杯抱きしめた。中澤も背はあまり
高いとは言いがたいが、矢口はそれよりも更に小さい。遠くから見ていると、
中澤がヌイグルミでも抱いているようにも見える。
「ええやん、ええやん。なぁ〜矢口ちゅーしよぉ〜。なぁええやんかぁ〜」
「やーめーろーよーー!!みっちゃんも見てるじゃんか!!」
さっきまでナッチナッチ言っていた女はどこに消えたのだろうか?しかも平家が
見てなかったらするのか!?矢口!!
8 名前: 投稿日:2000年11月20日(月)19時03分49秒
しばらくじゃれついている2人を見ていたが、いい加減飽きてきた平家は口を
開いた。
「で、矢口。何がそんな大ニュースなん?」
「そうなんだよ!も、すっごいんだってマジで!ちょっと聞いてよ!!」
まだしがみついてくる中澤の手を振り払いながら、矢口は空いている椅子に
腰掛けた。そして、デスクの上に置いてあったコーヒーを一気に飲み干す。
「あ…それアタシの…」
平家の訴えも虚しく、一息ついた矢口は、勢い良くしゃべり出した。
「あのさー、3年の安倍なつみって知ってる?あの理事長の妹の!」
「なんやて!?ウチのナッチがどないしてん!!?」
『安倍なつみ』と言う言葉に過剰反応している女を無視して矢口は話を続
ける。もういつもの事なので、矢口も平家も慣れっこなのだ。突っ込む気力も
ない。
9 名前: 投稿日:2000年11月20日(月)19時04分31秒
「実はね、さっき理事長が話してるの聞いちゃったんだけど、安倍なつみ誘拐
 されたんだって!!」
「ホンマに!!?」
「マジだって!だって矢口ちゃんと聞いたもん!いや〜、びっくりだよね。やっぱ
 理事長の妹とかだと金目当てで誘拐とかされちゃうのかな?矢口普通の
 子で良かった…ってあれ?裕子?」
「ナッチが…ウチのナッチが誘拐…」
中澤はうつろな目で空中を見つめている。まさに末期症状だ。
「裕ちゃん!しっかりして!!裕ちゃん!!」
慌てた平家がガクガクと中澤の身体をゆするものの、中澤は何の反応も示
さない。ただブツブツとナッチが…ナッチが…と呟くだけだ。
10 名前:名無しさん 投稿日:2000年11月20日(月)22時44分19秒
中澤・・・なんかアホでかわいいぞ
11 名前:名無しさん 投稿日:2000年12月10日(日)03時06分10秒
なつみはどうなったんだ〜?
12 名前:名無しさん 投稿日:2000年12月10日(日)03時53分37秒
以前放送されていたドラマとは、みちごまのあれかな?
13 名前:作者 投稿日:2000年12月12日(火)09時50分02秒
>>12
前に日テレ系で放送されていた「リミット〜もしもわが子が〜」の事です
随分長い間放置してたけど、何事もなかったかのように続けさせてもらいます
なんか書きたくなったんで・・・ま、ぼちぼちと
14 名前: 投稿日:2000年12月12日(火)09時50分59秒
「それはホンマの話なん?またいつもみたいにガセとちゃうんやろな」
「ひどいよ!今回はマジだって!!」
平家が疑うのも無理はない。自称学園の情報屋の矢口だが、その情
報と言えば約半数はデマなのだ。
「ゴメンて、アタシが悪かったわ。そんな怒らんといてぇな。で、その話は他
 に誰が知っとるん?」
「えーと、石川かな。さっき廊下で会ったんだ」
口が固そうに見えて結構おしゃべりなあの子の事だ、もうすでに生徒の
半数以上は知っている…平家は直感的にそう思った。
15 名前:10 投稿日:2000年12月12日(火)09時51分33秒
コンコン
ふいにドアがノックされた。平家が声を掛けると、中に入ってきたのはなん
と学園長のつんくだった。
「が、学園長!?どうされたんですか…」
「いや…ちょお話があって…、さっき社会科準備室に行っても誰もおらん
 かったからここかなて思うて…」
「あ、ああ…裕ちゃんやったらそこに…」
そう言うと平家は、虚ろな目でブツブツと呟いている中澤の方に目をやっ
た。
「ちょっとちょっと!やっぱ学園長と裕子って付き合ってんの!?」
「しっ!大きい声だすな!アタシはよぉ知らんわ!」
つんくは矢口の平家の方を少し気まずそうな顔で見つめると、そのまま中
澤に近づいていった。
16 名前:11 投稿日:2000年12月12日(火)10時12分34秒
まず沈黙を破ったのは平家だった。
「ちょ、ちょお裕ちゃん!何言うてんねん!!そんなん…なぁ?」
「そうだよ!どこにいるかもわかんないのに…ねぇ?」
「そ、そうや!やっぱ警察に通報した方が…なぁ?」
2人は思った。中澤は一体何を考えているのだろうか?そしてつんくも思
った。やはり中澤に相談するべきではなかったのではないだろうか?しか
しもう遅い。走り出した中澤は止まらない。
「うっさいわ!自分らアホちゃうか!?ナッチが誘拐されたんやで!?警
 察なんかに任せてられっかい!ナッチは…ナッチはウチが助け出す!」
そう叫ぶと、中澤は勢いよく部屋を飛び出していった。
「な、中澤先生!待ってください!!」
つんくの悲痛な叫びが、冷たい空気の生物準備室に響き渡った。
「ねぇねぇ、やっぱこの2人付き合ってないのかな?」
「しっ!いらん事言わんときぃ!」
明らかに後悔の色の濃いつんくに、かける言葉は見つからない。
17 名前:お詫び 投稿日:2000年12月12日(火)10時14分35秒
間違えた・・・上の11はなかった事に
18 名前:11 投稿日:2000年12月12日(火)10時15分06秒
「ちょっとちょっと!今のは肯定と見ていいのかな?」
「知らんがな!」
隅の方でコソコソ言っている二人を無視して、つんくは口を開いた。
「中澤先生…実は相談があるんや…」
「ナッチが…ナッチが…」
「実はその…こんな事相談してええんか俺も悩んだんやけど…でもこん
 な事相談できるんは中澤先生しかおらんくて…」
「ナッチが…ナッチが…」
「そうナッチが…な、なんで知っとんのや!!?」
このちまいのがそこら中でしゃべりまくっているからだ…平家は喉元まで出
かかった言葉を飲みこんだ。
つんくの言葉に答える代わりに、中澤が勢いよく立ちあがった。
「ウチはナッチを探しに行く!!」
中澤の突然の発言に、皆は一瞬固まった。しばらくの間沈黙が部屋を
支配する。
19 名前:12 投稿日:2000年12月12日(火)10時15分37秒
まず沈黙を破ったのは平家だった。
「ちょ、ちょお裕ちゃん!何言うてんねん!!そんなん…なぁ?」
「そうだよ!どこにいるかもわかんないのに…ねぇ?」
「そ、そうや!やっぱ警察に通報した方が…なぁ?」
2人は思った。中澤は一体何を考えているのだろうか?そしてつんくも思
った。やはり中澤に相談するべきではなかったのではないだろうか?しか
しもう遅い。走り出した中澤は止まらない。
「うっさいわ!自分らアホちゃうか!?ナッチが誘拐されたんやで!?警
 察なんかに任せてられっかい!ナッチは…ナッチはウチが助け出す!」
そう叫ぶと、中澤は勢いよく部屋を飛び出していった。
「な、中澤先生!待ってください!!」
つんくの悲痛な叫びが、冷たい空気の生物準備室に響き渡った。
「ねぇねぇ、やっぱこの2人付き合ってないのかな?」
「しっ!いらん事言わんときぃ!」
明らかに後悔の色の濃いつんくに、かける言葉は見つからない。
20 名前:13 投稿日:2000年12月13日(水)23時09分54秒
「はぁ…俺は一体どうしたらええんや…」
つんくは椅子に腰を下ろすと頭を抱えた。
中澤とは同じ関西方面出身だし年も近いと言う事もあり、教師陣の中
では割と仲がよかった。生徒達から見れば中澤はババアかもしれないが
つんくから見ればまぁかわいい女の部類に位置する。雇われ理事長と言
う立場もあり皆から孤立していたつんくにとっては、唯一気の許せる同僚
であったのだ。ちなみに、中澤と同期で仲の良い平家とは特に接点はな
い。ま、人間関係なんてそんなものだ。
「学園長、そんな落ち込まないでください。裕ちゃんはいつもあんな感じ
 ですし…。それよりも妹さんの方が…」
「あぁ…」
平家の声にもつんくは無反応だ。
「…あーっと、矢口ちょっと裕ちゃん心配だから見てくるね」
「あっ!矢口!!ちょお待って!!」
平家の制止を無視して、矢口は慌てて生物準備室を出ていった。この
重苦しい空気に耐えきれなくなったのだろう。残されたのは平家1人、貧
乏くじとはまさにこの事だ。
21 名前:14 投稿日:2000年12月13日(水)23時10分34秒
放課後と言う開放感からかにぎわう廊下に、生徒達を蹴散らす様に走
りつづけている女がいた。中澤だ。『廊下は走らない』などと言うどこにで
も見かけるような張り紙など、もちろん目に入っていない。
「あ、中澤先生。そんなに急いでどうした…キャッ!」
高等部の大谷を突き飛ばし、中澤は更に走りつづける。その時、ある
女が中澤の腕を勢いよく掴んだ。
「誰じゃコラァ!離さんかい!!」
中澤裕子27歳。仮にも教職と言う立場に就きながらも、その発言はほ
とんどヤクザである。
「裕ちゃん!何してんのよ!危ないじゃない!!」
「け、圭坊…」
中澤の暴走を止めたのは、古文を担当している保田だった。中澤と同
じく、いや、冗談の通じないと言う点では中澤以上の鬼教師として有名
だ。
22 名前:15 投稿日:2000年12月13日(水)23時11分09秒
「お願いや!離してぇな!ナッチが…ナッチが…!!」
「知ってるわよ、そんな事!でも落ち着きなさい!」
「落ち着け!?そんなん落ち着けるわけないやろが!ウチのナッチが誘
 拐されたんやで!?なんで自分はそんな落ち着いてんねん!!」
「アンタが焦ったってどうにもなんないでしょ!そりゃ5億なんて身代金、
 簡単に払えるわけないけど…。でも今はどうにもなんないでしょ!?」
「は?身代金?5億?」
保田の発言に、中澤はポカンとした顔をしている。
「何?知らなかったの?ま、アタシも今そこで後藤に聞いたんだけど…ち
 ょっと!あれ?裕ちゃん!!?」
気がつくと中澤はすでに階段を駆け下りようとしている。ダンスの時もこの
くらい機敏に動く事ができればババアなどとは言われないだろう。
「裕ちゃん待ちなさい!どこ行くのよ!!」
「ノーロォーーン!!!」
「ノーローンて…5億も貸してくれるわけないでしょ!待ちなさい!!」
かくして、暴走トレインは2台となった。
23 名前:名無しさん 投稿日:2000年12月14日(木)09時09分23秒
>「ノーロォーーン!!!」て笑えた
24 名前:名無しさん 投稿日:2000年12月24日(日)11時21分58秒
マターリ待ってるよ
25 名前:名無しさん 投稿日:2001年01月09日(火)00時03分18秒
催促あげ
待ってるっす
26 名前:名無しさん 投稿日:2001年01月09日(火)02時36分12秒
同じく催促揚げ〜。
おもろしっすよ〜、作者さん続き求む!
27 名前:16 投稿日:2001年01月09日(火)15時30分58秒
その頃矢口は驚いていた。きっかけは通りすがりに聞いたこの会話だった。
「ねぇあさみ、聞いた?」
「何を?」
「ほら、理事長の妹が誘拐されたって話じゃん?なんかね、理事長が報奨
 金を出すんだって」
「ウソー!?ホントなのりんねちゃん!?で、いくら?いくら!?」
「さぁ、そこまではわかんないけど…でも理事長が出すんだから結構な額じゃ
 ないかな?」
(報奨金!?初耳だよ…つーか理事長はずっと準備室にいたんじゃん。誰
 がそんな事言ったんだよ)
どうやら自分が流した話が随分大きくなっているようだ。噂に尾ひれがつくの
は当たり前だが、これでは大きすぎだ。
とりあえず理事長に真偽を確かめよう、そう思った矢口は生物準備室へ向か
おうとした。その時、向こうから矢口を手招きしている人物がいる。恐らくこの
とんでもない噂を流したであろう張本人、石川だ。
28 名前:17 投稿日:2001年01月09日(火)15時31分32秒
「矢口さん聞きました!?安倍さんを探し出した人には理事長が300万円
 くれるんですって!!私達も探しに行きましょうよ!!」
甲高いアニメ声が廊下中に響き渡る。300万と言う明確な金額に、廊下
にたむろしていた連中の目の色が変わった。きっとこの子は今みたいな感じ
で、いろいろな所に噂を振りまいていったのだろう。ひたすら喋りつづけるこの
少女を前に、矢口はぼんやりとそう思った。
「いや石川ちょっと待ってよ。安倍なつみが誘拐されたのは知ってるけど、その
 300万てのはどこから出てきたんだよ」
「さっきよっすぃーが言ってましたよ。誰から聞いたかは知りませんけど」
「そう…」
「ねぇ矢口さん、一緒に300万目指して頑張りましょうよ!中澤先生達は
 もう出たらしいですよ」
「はぁ?何それ!?」
「なんかよく分からないんですけど、さっき『ナッチはウチが助け出すー!』とか
 言ってどっか行きましたよ、保田先生と一緒に」
「圭ちゃんも!!?」
矢口は思わず声を荒げた。あまりの大きさに、周りの視線が一気に矢口に
集中する。矢口の知る限り、保田が確証のない噂に振りまわされる事はな
い。あの教師陣の中では一番まともな人間だと思っている。その保田も一緒
に行ったと言う事は…矢口の中で、例の300万の報奨金は急激に真実味
を帯びてきた。
29 名前:18 投稿日:2001年01月09日(火)15時32分11秒
その頃後藤はぶらぶらと渡り廊下を漂っていた。学園中に広がりつつある報
奨金の噂は、もちろん彼女の耳にも届いている。お金は欲しい、だがどうす
れば安倍を助け出す事ができるのか?その方法がさっぱり浮かばないのだ。
その時、向こうから走り来る少女が目に入った。クラスメイトの吉澤だ。
「あれ、ごっちん。こんな所で何してんの?」
「ん〜、別に…。よっすぃーこそ何急いでんの?」
後藤は直感的に吉澤に自らの野望を知られる事を恐れた。案外真面目な
彼女の事だ、金目当てで安倍を探しているなどと知ったらきっと怒るだろう。
「なんかわかんないんだけど、急に矢口さんに呼び出されちゃって」
「やぐっちゃんに?…ふーん」
「じゃあ急ぐから。またね」
そう言うと吉澤はスカートをひるがえしながら走り去って行った。すらっと伸びた
足がまぶしかったりなんかするが、後藤にとってはどうでもいい事である。
30 名前:19 投稿日:2001年01月09日(火)15時32分45秒
所変わって音楽室。壁に貼られた音楽家達の新しさが歴史の浅さを物語っ
ている。前方に設置されているグランドピアノからテンポの悪い音楽が聞こえ
てくる。いや、壁の人物達から見たら、それはとても音楽などとは呼べる代物
ではなかったのだが。
「ねこふんらった〜ねこふんらった〜♪」
「ののちゃん、全然音ちゃうやん。ウチに貸してみ」
「ダメー!もうちょっとだけひく!」
「ウチの方がうまいねん。貸してみ!」
「ヤダー!今はののの番だよ。あいちゃんは後で!」
「ええもん。ほなウチは勝手にひくもん」
「なんで一緒にひくの!?ダメ!今はののの番!!」
「ええやんか別に。ほれ、ねこふんじゃった〜ねこふんじゃった〜♪」
中等部1年の加護、辻コンビの奏でる不思議なピアノの音は、更に不快感
を増していった。壁から睨みつけているベートーベンの顔が更に険しくなったよ
うに見えたのは、恐らく気のせいであろう。
31 名前:名無しさん 投稿日:2001年01月10日(水)12時11分10秒
待ってました!続き期待♪
32 名前:作者 投稿日:2001年01月10日(水)21時10分49秒
メチャメチャお待たせしてしまいすいません。
不定期で書いてきます。でも、これからはなるべく毎日更新目指します!
多分・・・
33 名前:20 投稿日:2001年01月10日(水)21時11分31秒
ガラッ!
突然の訪問者にピアノの音はぴたっと止まる。2人が入り口のドアを見ると、
そこに立っているのは吉澤だった。
「あれ?2人ともこんな所で何してるの?」
「あ、よっすぃー!聞いてよ、あいちゃんひどいんだよ!ののがひいてるのにあ
 いちゃんがとっちゃったんだよ!」
「は?」
「ののちゃんがヘタやから代わりにウチがひいたってんねん。どやよっすぃー、ウ
 チうまいやろ?」
ただ無秩序に鍵盤を叩いているだけにしか見えないその音に、吉澤はひきつ
ったような笑いを浮かべるしかなかった。とりあえず加護への返事は保留と言
う事にして吉澤は口を開いた。
「ねぇ2人とも、矢口さん見なかった?」
「矢口はん?なんやよっすぃーも矢口はんに呼ばれたんか?」
「え?じゃあ2人も?…一体何の用なんだろ?なんか聞いてる?」
「ののはなんにも聞いてない」
「ウチもや。ただ今すぐ音楽室に来いてメール入っただけやねん」
「そっか…なんなんだろ?」
かくして、矢口の到着するまでの数十分、吉澤にとっては苦痛の演奏会が
開かれる事となるのだが、それもまた一興。
34 名前:21 投稿日:2001年01月10日(水)21時12分05秒
「ほな平家先生、俺はこれで失礼します…今後の事も考えなアカンし…」
「はぁ…あまり気を落とさんといてください…きっと見つかりますから」
つんくは激しく肩を落として生物準備室を後にした。ここまでくると、見ている
方が気の毒になってくる。
つんくの姿が消えたのを確認すると、平家はゆっくりとドアを閉めた。生徒1人
が誘拐されたのは一大事だが、だからと言って自分に何ができるわけでもな
い。自分に直接関係のない事には結構あっさりである。
「さて…する事ないしコーヒーでも飲もかな………ってなんでや!!」
平家の視界に飛びこんだのは、一体どこから入ったのか、ダルそうに椅子に
座っている中等部の後藤だった。ちらりと平家の方に目を向けると、後藤は
おもむろに口を開く。
「先生、お金欲しくない…?」
「ちょ、ちょお待ってぇな!アンタどこから入ったんや!!?」
「そんなのどーでもいいじゃん。お金欲しいの?欲しくないの?」
35 名前:22 投稿日:2001年01月10日(水)21時12分51秒
「い、いや…何言うとんの?」
「先生、アタシね、お金が欲しいの」
「ア、アタシに払えと…?」
「は?何ワケわかんない事言ってんの?先生も知ってんでしょ、理事長がお
 金くれるって話」
「そ、そ、それは世に言う援助交際…!?まさか!あの理事長が…いや、あ
 の人ならありうる…。なんや昔はニューハーフにも手ぇ出しとったらしいし…
 でもそんな中学生に…いや…そんな…」
「ウソ!?マジ!?理事長って男もオッケーなの!?マジで!?」
「ちゃうちゃうちゃう!う、噂や噂!アタシもよぉ知らんねん!!」
先程のダルそうな様子とは一変して、後藤の顔は輝きに満ちている。動揺の
あまり余計な事を口走ってしまった…平家は自らの甘さを悔いた。理事長が
両刃と言う噂は、近日中には学園内において公然の事実として知られる事
となるだろう。女の口程軽いものはない。
36 名前:23 投稿日:2001年01月11日(木)22時23分09秒
「そ、そんな事はどうでもええねん。ところでそのお金って何の話なん?」
「ほら、3年の安倍なつみが誘拐されたって話じゃん?そんで理事長が報奨
 金出すんだって」
「理事長がそう言うたん?…ホンマなんか?理事長やったらついさっきまでこ
 こにおったけど、なんも言うてへんかったで」
「なんだ、デマか」
あっさりそう言うと後藤は部屋を出て行こうとした。
「ちょ、ちょお待ってぇな。もうええの?」
「うん。お金くれないんなら別にいいや」
最近の子と言うものはお金にしか興味がないのだろうか?平家は思わず絶
句した。何をする事もできなくても、心配くらいはするものではないだろうか?
自分も大して気にはしていないものの、人の態度は妙にカチンとくる。そろそ
ろ感覚がオバサンに近づきつつある事には、まだ気付いていない。
37 名前:24 投稿日:2001年01月11日(木)22時23分52秒
「じゃあね」
ガチャリとドアの閉まる音と共に、後藤は部屋を出て行った。平家は、先程
矢口に飲まれてしまったコーヒーを淹れ直すとゆっくりと椅子に腰を下ろした。
後藤の言っていた報奨金と言う話が気になる。かなり確信を持っていたよう
である事から、矢口の漏らした話にかなりの尾ひれがついている事は間違い
ない。
「ちょお気になるな…」
ぼそりと呟くと、平家は廊下に向けて歩き出した。やはり女性と言うものは、
噂話が大好きなのである。
38 名前:25 投稿日:2001年01月11日(木)22時24分24秒
薄暗い部屋の中、一人の少女が床に座っている。部屋にはユニットバスが
一つ設置されているだけで、他には何もない。剥き出しのコンクリートの壁が
妙に痛々しい。暖房装置も付いていない小さな部屋の中、冷たいコンクリー
トの感触がスカートから伸びた柔肌を容赦なく攻めたてる。
少女は虚ろな目で虚空を見つめていた。ここに監禁されてもう何日になるだ
ろうか?既に時間の観念すらなくなりかけている。
ガチャリ。
ドアの向こうから鍵を開ける音が聞こえた。一呼吸おき、ゆっくりとドアが開く。
「よお、気分はどうだ?」
少女――安倍は目の前に立つ男をキッと睨みつけた。
「そんなに睨むなよ。俺も好きでやってるんじゃねぇんだからよ」
安倍は何も答えない。ただ男の顔を睨み続けるだけだ。
「そんなに睨んでも全然恐くないぞ〜。おじさんもうゾクゾクしちゃう」
男はおどけた様子でその幅の広い肩を震わせた。だが安倍は決して視線を
逸らさない。
「ちっ、かわいくねぇな。ま、いいや。ほら飯だ、食っとけ」
男はパンをひとつ放り投げると静かに部屋を後にした。ドアが閉められた後、
鍵のかかる音が部屋中に重く響いた。
39 名前:名無しさん 投稿日:2001年01月12日(金)03時56分34秒
わわ、なんか安倍の状況は、思ってたより深刻そうだな。
40 名前:26 投稿日:2001年01月12日(金)22時35分05秒
「なんでや!なんで貸してくれへんねん!!」
清潔感のある店内に、女の声が響き渡る。周りの視線が一気に集まるが、
彼女はまったく気にする様子はない。
「ウチは公務員やで!それに他で金借りたこともないねん!なのになんでアカ
 ンのや!!」
「申し訳ございませんが金額が金額なのでちょっと…」
「ちょっとなんや!はっきり言わんかい!!」
「裕ちゃん待ちなさい!ごめんなさい、この人ちょっとおかしいんです。すいませ
 ん。ほら、こっち来なさい」
カウンターの女性はいぶかしげな視線を投げかけたが、自動ドアの開く音と
共に、すぐに営業スマイルを作りだし2人には興味を失った。こういう場所で
はよくある光景だ。特に気にする事もない。
41 名前:27 投稿日:2001年01月12日(金)22時35分37秒
「まったく、何考えてんのよ。まさか本気だとは思わなかったわよ」
「うっさい、ウチはいつでも本気や!」
「いいからちょっと落ち着いてよ、ね?」
放課後のひとときを楽しむ学生達や帰路を急ぐ人達で、夕方の駅前は混
み合っている。保田と中澤は噴水前のベンチに腰を下ろすと、深い溜息をつ
いた。
「裕ちゃん分かった?どうあがいても1個人に5億なんてお金作るのは無理な
 のよ。しかもたかが公務員にはね」
「クソッ!金貸すんが仕事のくせになんやあの態度は!」
「だからぁ、あれが普通の対応なの!不満があるなら他のとこも当たってみれ
 ば?同じ反応が返ってくるわよ」
保田の冷徹ともとれる発言に、中澤は下を向いた。確かに保田の言う事は
もっともだ。一介の公務員に5億などと言う大金を貸してくれる会社があるの
なら見てみたいものである。冷静に考えれば簡単に分かる事である。だが、
それで諦めるわけにはいかない。なんとしても安倍を助け出したい。今の中
澤にはそれしかなかった。
42 名前:28 投稿日:2001年01月12日(金)22時36分07秒
「ナッチ…今どうしてるんやろか…」
「…無事である事を祈るしかないわよ」
「ナッチがおらんようになったらウチは…ウチは……くっ、なんでや!なんでナッ
 チがこんな目にあわなアカンねん!なんでや!なんでやねん!!」
中澤は耐えきれずに顔を覆った。彼女に何の罪があるというのだろう。
「裕ちゃん、落ち着いて。とりあえず学校に戻ろ。ね、なんか分かったかもしれ
 ないし」
「…うん。ゴメン、取り乱して」
「大丈夫、きっともうすぐ戻ってくるよ」
恐らく安倍を誘拐したのは学園関係者であろう。安倍なつみ誘拐の一報を
聞いた時から、保田はずっとそう考えていた。安倍が裏で何か事件に関わっ
ていたとは考えにくい。もっとも確率が高いのは、兄である理事長の問題だ。
それしかない。学園に行けばきっと何か分かる、保田はそう思った。
43 名前:29 投稿日:2001年01月14日(日)01時41分29秒
「はぁ!?誘拐犯が身代金5億要求してて、ほんでナッチを見つけた人には
 報奨金500万!!?な、なんやそれ!!?」
渡り廊下に平家の大声が響き渡る。幸い周りに人がいなかった為、これ以
上余計な噂を広げる事にはならなかったが、目の前にいたソニンは飛んで来
た唾に顔をしかめた。
「もう学園中の噂ですよ。先生知らなかったんですか?」
矢口が最初に準備室に現れてからまだ数時間しか経っていないのに、この
噂の進み具合は一体何なのだろう。さすが石川、としか言いようがない。しか
し金額が全て切りのいい数字と言う所が噂のかわいい所だ。最近の若い子
達の情報の早さに驚きつつも、平家はぼんやりとそんな事を考えていた。
「えぇ!?500万!?300万じゃなかったのぉ!!?」
突然横から聞こえてきた大声に、平家とソニンは思わず振り向いた。するとそ
こには渡り廊下の手すりにしがみついた後藤がポカンとした顔をしている。
44 名前:30 投稿日:2001年01月14日(日)01時42分08秒
「…アンタ帰ったんと違うんか?」
「ね、ね、ね、ね!マジ500万なの?マジで!?」
平家の問いを無視して、後藤はずいとソニンに詰め寄った。まるで猿のように
手すりに掴まっている後藤に、ソニンはかなり引いている。
「ほ、本当ですよ。さっき矢口さんが言ってましたもん」
「ほら先生、やっぱデマじゃないんじゃん!なんであんなウソつくのさ」
あぁ、やはりこの子はアホだった…、平家は軽いめまいを堪えながらゆっくりと
口を開いた。
「せやから全ての話がデマやねん。矢口の流した噂に尾ひれがついただけや」
「え?じゃあ安倍さんが誘拐されたって話も噂だったんですか?」
「それはホンマや。でも後の話は知らん。身代金はホンマかもしれへんけど、と
 りあえず報奨金に関してはウソや。それは自信あるで!!」
自信を持っても何にもならない発言に、平家はその小さな胸を力一杯張っ
てみせた。そんな平家の様子に、後藤はもちろん、ソニンまでもが呆れ顔で
見つめている。無論、平家は気付いていない。
45 名前:31 投稿日:2001年01月14日(日)22時01分19秒
「でもさ、仮に安倍なつみを助け出したら、きっと理事長もなんかお礼とかし
 てくれずはずだよね…」
後藤の目が怪しく光る。早くこの場から離れた方がいい、平家の本能はそう
告げていた。
「ね、そう思わない?」
平家と同じ事を考えているのだろう、ソニンも決して後藤とは目を合わそうと
しない。目を合わせたら最後、きっと家に帰ってのんびり酒を飲むこともテレビ
を見ながら笑い転げる事もできないだろう。あぁ、そう言えばHEROは前評
判ほどおもしろくなかったな、平家は途中でチャンネルを変えた事を思い出し
た。確か上沼恵美子もそんな事を言っていた。自分だけではなかった、そん
な思いが何故か平家を安心させる。そうだ、愛犬ロシナンテの災難も見なかった。
確かその時間は土曜ワイド劇場を見てしまったのだ…。
46 名前:32 投稿日:2001年01月14日(日)22時01分59秒
「ねぇ、なんで無視すんのぉ!?」
不機嫌そうな後藤の声で平家ははっと我に帰った。そうだ、今はそんな事を
考えている場合ではない。この状況をなんとかしなければ!
「い、いや。そんな事ないやろ。確かに表彰とかはされるかもしれへんけど、金
 一封言うんはちょお考えにくいんとちゃうんか?」
「そ、そうですよ。仮に貰えたとしても500万はちょっと…」
「……やっぱそうなのかな〜」
その調子。そのままこの件に関しては諦めて!年齢も国籍も何もかも違う平
家とソニンだが、この時ばかりは2人の心はひとつになった。世界に広げよう友
達の輪!
「う〜ん…ま、いいや。もう帰ろ。じゃ〜ね〜」
そう言うと後藤は、ふらふらと2人の傍を離れていった。去り行く後藤の後姿
に手を振る2人の心には、いい事をした!と言う充実感が満ち溢れていた。
47 名前:32 投稿日:2001年01月14日(日)22時03分20秒
図書室――同じ学園内にありながら、まるでそこだけ時が止まっているかの
ような錯覚を覚える。古びた本の臭い、窓から射しこむ木漏れ日、全てが日
常の喧騒とはかけ離れていた。
一番奥の机に、一人の少女が腰掛けている。高等部3年の飯田だ。長く
伸びた黒髪に光りが当たり、きらきらと輝いている。チャパツの若者が増えた
昨今、黒髪をこれ程までに美しいと感じられる機会は滅多にないだろう。
「うっ……うぅ………」
彼女の喉の奥から、かすかに嗚咽のようなものが聞こえる。泣いているのだろ
うか?
「可哀相…お母さんに苛められるなんて、シンデレラさんは可哀相だよぉ…ぐ
 すっ…」
…今時珍しい少女である。純粋な心を失わないのは素晴らしいが、世の中
の女性が皆このようだったら、さぞかしうっとおしいであろう。いや、こ
のような事を言っては失礼だ。きっと彼女は真剣なのだから。

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