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彼女と彼と彼女の事情
- 1 名前:名無しさん 投稿日:2000年12月16日(土)00時44分09秒
- 「モーニング娘。に入ってからの2年間は私にとって喜びや驚きの連続でした・・・」
あの頃とは全く違った、ゆっくりと流れる時間。
あんなに欲しかったOFFが今では何の新鮮味もない。
人は欲しい物を手に入れると、もう次のものへと目が向いてしまう。
『普遍』・・・こんな言葉、人の感情には全く意味を成さないんだろうな。
誰もいない静かな公園の芝生の上に横になる。穏やかな午後の風が優しく頬を撫で、
どこか懐かしい草の匂いが私を包み込む。そして、そっと呟いてみる。
「モーニング娘。に入ってからの2年間は私にとって喜びや驚きの連続でした・・・」
そこにはあの頃の声援は全くなく、ただ聞こえてくるのは遠くで響く、
ちょっと間の抜けた学校のチャイムだけだった。
- 2 名前:名無しさん 投稿日:2000年12月16日(土)00時44分45秒
- 「レコーディングディレクターの橋本さんです」
そう、マネージャーに紹介されて、軽く笑顔を見せ会釈する、色黒の若い男の人。
それがアイツとの出逢いだった。
「それじゃ、次、市井」
「あっ、ハイ」
私は自分の名前を呼ばれて、慌ててブースに入る。見るもの聞くものすべてが初めての経験で
14歳の私にとっては、とても冷静さを保つことなんて出来なかった。
ヘッドフォンから流れる昨日何度も家で聞いたメロディー。
私の心拍数はさらに早まり、あっという間に頭の中は真っ白になっていた。
「全然ダメ。悪いけど歌になってないんだよ。このままじゃ録れないから練習してきてくれ」
- 3 名前:名無しさん 投稿日:2000年12月16日(土)00時45分30秒
- 「歌になってないんだよ・・・」この一言が私の胸を深くえぐった。
今まで14年間生きてきて、自分の歌を否定された事なんて一度もなかった。
むしろみんな私の歌を褒めてくれたのに・・・なんだか自分の存在すべてを否定されたように感じた。
それがプロの世界の厳しさを初めて知った時だった。
ブースを出た瞬間、あんな酷い事を言われた悲しさと自分の能力のなさに涙が溢れてきた。
「大丈夫?」
圭ちゃんがそんな私を気遣い声を掛けてくれたけど、私はまともに返事も出来ず、ただ俯くだけだった。
- 4 名前:名無しさん 投稿日:2000年12月16日(土)00時46分20秒
- 長かった一日が終わり、ようやく帰宅する。
母の顔を見たら、なんだかほっとして、また涙が溢れそうになった。
「お帰り、ずい分遅かったね。疲れたでしょう、今日はさやの大好きなすき焼きだから・・・」
母はきっと今日あった出来事を聞きたいに違いない。
けれど私はその事には一切触れず、ただ黙々とご飯を食べ続け、母もそんな私に気を遣い
あえて聞いてはこなかった。
自分の部屋に入り、ベッドの上に横になる。一日の疲れがじわじわと私の体を襲いかかる。
「はぁ〜、モーニング娘。なんか入らなきゃ良かった。」
思わず口を突いてくる言葉。
あれだけやりたかった歌手という仕事、憧れていた世界。
それなのに、アイツのたった一言で私の抱いていた夢や希望はすべて掻き消されいった。
そして時間が経つにつれ、だんだん腹立たしくなってくる。
「なんてヒドイ奴なんだろう、大人のくせに。もっと言い方考えても良いじゃんか!」
いつの間にか私は自分の努力不足を棚に上げ、すべてアイツのせいにしていた。
「もう、大嫌い、あんな奴」
- 5 名前:名無しさん 投稿日:2000年12月16日(土)23時13分10秒
- これはひょっとして噂の。。。
期待してますよ!
- 6 名前:名無しさん 投稿日:2000年12月16日(土)23時48分10秒
- レコーディング2日目の朝を迎えた。スタジオが近づくにつれて私は逃げ出したい気分になってきた。
今日はアイツになんて言われるんだろう。
また皆の前でひどい事言われて、私は泣いてしまうのだろうか。
そんな事考えていると次第に足取りも重くなってくる。
今日は前回録り切れなかった、新メンバー3人のみのレコーディング。
まずは矢口からスタートした。ブースの外に響いてくる矢口の声は、明らかに成長を見せていて
その事が私を余計に焦らせる。
「じゃあ次、市井ね」
とうとう私の番がまわって来た。
「紗耶香がんばってね」
すれ違いざまの矢口の声が暖かく感じた。
「お願いします」
なんとなくアイツの目を見ることも出来ず、私はそのままヘッドフォンをした。
案の定すぐ曲を止められてしまう。
「練習してきた?へなちょこ過ぎ。歌えるようになってなきゃ、練習したって言えないんだぞ」
私は何も返せず、ただ俯いて涙を抑えるだけだった。
「もう辞めたくなった?」
尚も発せられる言葉に私は精一杯の力を振り絞り答える。
「いいえ」
私は前回と同様、後回しにされ練習を命じられた。
私は一人倉庫のような雑然とした場所で練習を始めた。
悔しかった。人の努力も知らずにあんな事言うなんて・・・
見返してやりたかった。アイツにぎゃふんと言わせたかった。
私は時間が経つのも忘れて、歌い続けていた。
突然ウォークマンのイヤホンを誰かに外され、驚いて振り返るとマネージャーが立っていた。
「ずい分、熱心にやってたなぁ。次そろそろ市井の番だから」
「はい」
- 7 名前:名無しさん 投稿日:2000年12月16日(土)23時49分08秒
- 再びブースに入りヘッドフォンをする。なんだか初日とは、また少し違った緊張感に襲われた。
Take3
私の歌入れしたテープを聞き返すスタッフ達。緊張がピークに達する。
「はい、OK、お疲れさん」
奥から聞こえたスタッフの声に私は初めて緊張感から解き放たれた。
そしてアイツが近づいてくる。再び緊張する自分がいた。何を言われるんだろう。
「よく頑張ったな。お疲れ」
今までとは全く違った優しい笑顔がそこにはあり、私の髪をポンと軽く撫でた。
予想もしなかった出来事に私は頭が混乱し、突然溢れ出してくる涙を見られるのが恥ずかしくて
思わずブースを飛び出してしまった。
- 8 名前:名無しさん 投稿日:2000年12月16日(土)23時49分43秒
- 気が付くとさっき散々練習していた倉庫に来ていた。
「よく頑張ったな・・・」
アイツの声が何度も頭の中を駆け巡る。
(何なの?一体なんで私はあんな一言でこんなに動揺してるの?
もう、訳分かんないよ、アイツあんなひどい事言った後に、なんであんな優しい顔で・・・・)
あんな風に男の人に頭を撫でられたのは初めてだった。
いや、もしかしたら昔、お父さんもよくああやって、優しく頭を撫でてくれたのかもしれない。
「お父さん・・・・」
ふと、お父さんの事を思い出し、余計に涙は止まらなくなっていた。
「紗耶香」
突然名前を呼ばれて、慌てて涙を拭った。
「紗耶香どうした?大丈夫?突然出てっちゃうから、みんな心配してたよ。」
「ごめん、矢口、もう大丈夫だから」
- 9 名前:名無しさん 投稿日:2000年12月16日(土)23時52分44秒
- 私達は新曲のプロモーション活動に入っていた。
雑誌取材、テレビ、ラジオ出演と分刻みのスケジュールが私達を襲う。
そして、あの日以来、アイツとは会う機会もなく、私があの日抱いた不思議な感情も徐々に風化されかけていた。
「じゃあ、みんな来週からのスケジュールざっと話すから集まって」
騒がしかった楽屋が、マネージャーの一言で一瞬、静まり返る。
「えー、とりあえず、今週でプロモーション活動も一段落するから、えー、来週からは
ボイトレとダンスレッスンがメインになるから、特に新メンバーの3人は5人に追いつくチャンスだから
一つでも多く吸収出来るように頑張る事と、えー、もちろん5人も気を抜いてる場合じゃないから
そのつもりで、各自動くように・・・えー、細かいスケジュールは・・・・・・」
「来週からも大変そうだね」
隣に座っていた圭ちゃんが話しかけてくる。
「そうだね」
私は少し苦笑気味に返事をした。
- 10 名前:名無しさん 投稿日:2000年12月17日(日)23時59分29秒
- その日は梅雨入りしたにもかかわらず、雲ひとつない晴天だった。
「おはようございます」
楽屋のドアを開けると同時に発する言葉。朝でもないのにと、最初は抵抗があったが、
最近はずい分慣れてきたのもだ。
「おはよう。相変わらず早いね、紗耶香」
「裕ちゃんこそ・・・」
最近やっと呼べるようになった名前。でも内心は少しドキドキしていた。
「今日はボイトレやから、紗耶香、覚悟しといた方がええよ」
「えっ!?」
「紗耶香たち初めてやろ?ボイトレ?」
「うん」
「橋本さん、ボイトレの時は、結構厳しいから。ホンマは優しい、ええ人なんやけど・・・」
目の前が真っ白になった。
最近私の中から姿を消していた名前。
その名前を聞いた瞬間、明らかに動揺している自分がいた。
アイツとまた会うんだ。
とてつもない不安と同時に、私の中では、その不安を待ち望むような不思議な想いも存在していた。
「紗耶香、どないした?急にボーッとして、顔色も悪いで」
裕ちゃんの声で、はっと我に帰る。
「えっ!?いや、なんでもない・・・」
私は慌てて、テーブルの上の雑誌を手に取った。
- 11 名前:名無しさん 投稿日:2000年12月18日(月)00時00分18秒
- ガチャッ
全員の視線が入り口に向けられる。
「おはようございます」
「おはようございます」
数週間ぶりに見るアイツは、少し髪を切っていて、あの時よりも若返っているように見えた。
私は楽器に関しては、無知な方だったけれど、アイツの弾くピアノは、なんだかとても心地よく
鍵盤を操るその長くてきれいな指に見惚れてしまっていた。
「紗耶香、紗耶香、次、紗耶香だよ」
矢口に声をかけられて、初めて自分の順番に気が付く。
成長した自分、あの時とは違う自分を見せたくて、私は必死に歌った。手応えはあった。
けれど、アイツの第一声は、私の思い描いていた物とは大きく違っていた。
「何回歌ってきた?」
私はすぐに答える事は出来なかった。
「10回やそこらじゃ、覚えられる訳ないんだからな。仕事や学校が忙しいなんていい訳にならないぞ。
みんなも同じ事やってるんだから」
「学校のクラブ活動とは訳が違うんだからな。プロに年齢なんて関係ないよ」
その言葉は、まるでみんなが出来ている事を私だけが出来ていないような、ものすごい挫折感を生んだ。
確かに最近、仕事が忙し過ぎて、家に帰っても練習する気は起こらなく、以前のような情熱はなくなっていた。
そんな自分を見透かされているようで、アイツの言葉の一つ一つが、深く私に突き刺さった。
悔しさ、恥ずかしさと共に他の7人の足を引っぱってしまった事が辛かった。
そして何より、あんな奴のことが少しでも気になっていた自分に腹が立っていた。
- 12 名前:名無しさん 投稿日:2000年12月18日(月)00時02分26秒
- レッスン後も、なかなか立ち上がることが出来ずに窓際の隅で座っていると、明日香がジュース片手に
声を掛けてきた。
「おつかれ。飲む?ジュース?」
「うん」
「やっぱ、仕事の後の1杯は最高だねぇ」
私が落ち込んでいるのを気遣い、わざとおどける明日香は私より1歳年下なのに、ひどく大人に見えた。
そんな明日香の優しさに、私は思わず甘えてしまう。
「ごめんね。みんなの足引っぱっちゃって。あぁ〜、私そうとう橋本さんに嫌われてるよね。
でも、なんかムカツクよ・・・・」
勢いにまかせ、投げやり気味に言う私。
明日香はジュースを一口含んだ後、静かに話し出した。
「まぁねぇ、結構きっついからね、言い方が、橋本さんって。でも音楽に関してはすごい人らしいよ。
学生時代独りで、ロンドンに音楽留学してたんだって、それで・・・・・・・・・・・。
私も最初、厳しい人だなぁって思ってたけどさ、歌に関して指摘される事とか、他の人とは全然違うの。
あ〜、そういう見方もあるんだぁって結構勉強になるよ。」
「ふ〜ん、で、なんで明日香はそんなに詳しいの?」
「そりゃぁ、情報屋だから・・・」
そう言って、エヘへと笑う明日香はやっぱり普通の13歳で私は少しほっとした。
「とにかくさ、あれだけ厳しく言ってくるっつーことは、
やっぱりうちらの事それだけ真剣に考えてくれてるんだと思うよ」
「うん」
私は大きく一つうなずき立ち上がった。
- 13 名前:名無しさん 投稿日:2000年12月18日(月)00時05分34秒
- 翌日はデビューしてから初めてのソロの雑誌インタビューの取材が入っていた。
ごく小さい記事みたいだけど、私はなんだか一人前になった気分で嬉しかった。
移動の車中、和田さんからいろいろ注意事項を受ける。今日は一人のせいか、和田さんはいつもより
優しい口調だった。
「どう?最近?調子の悪いところとかないか?」
「・・・いえ、特にはないですけど・・・・やっぱり、発声とかまだ全然ダメみたいで、
注意ばかりされてます。エヘへ」
信号が黄色から赤に変わり車はゆっくりと止まる。和田さんはいつもの癖で顎に右手を持っていきながらも
割りと真剣な口調で話し出した。
「まぁなぁ、レッスンしたからって、成果がすぐ出るようなもんじゃないからな、歌に関しては。
投げ出さずに、今は耐える時期だな。でも、橋本は、おまえの事一番褒めてたぞ」
「えっ!?」
「市井は、ものすごく努力してるって、声も甘くて素直だし、絶対あの子は伸びるって、あいつ珍しく
俺やつんくに嬉しそうに話し掛けてきたよ。
本当はこういうことを市井に言うと、調子に乗るから言いたくなかったけど、少しは自信を持つことも
大事な事だからな」
- 14 名前:名無しさん 投稿日:2000年12月18日(月)00時07分48秒
- 私はしばらく、和田さんの言っていることが信じられずに、ポカンとしていた。
信号が赤から青に変わり、ゆっくりと動き出す車。静かに伝わるその振動がそんな私を現実に呼び戻す。
アイツが私の事そんな風に見ていてくれてたなんて・・・・・
レコーディングの最後の日に褒めてくれたっきり、今まで私の気持ちなんか考えずに
厳しい事ばかり言ってたアイツ・・・・・
私の事を嫌っているのかと思っていた・・・・・
なのに、私のやってきたことを理解していてくれた。見ていてくれた。
急に涙がこぼれそうになる。慌てて窓の外を見る振りしてごまかした。
いったい、アイツに何回泣かされるんだろう・・・
でも今回の涙は今までのものとは全く違う。その時の私にもそれだけは分かっていた。
- 15 名前:名無しさん 投稿日:2000年12月19日(火)00時04分06秒
- 和田さんに、あの話を聞いてから始めてのボイトレを迎えた。
私はなんだか複雑な気持ちで、アイツの顔を見るのがなぜだか照れくさかった。
当然、アイツはこんな私を知る由もなく、いつもと全く同じように個人レッスンはスタートした。
でも、今日の私は今までとは違った。アイツはこんな私に期待していてくれるんだ。
そう思うと自然に声が出るようになってきた。自分でも驚いた。
いつもより、早く終わったレッスン。
アイツは私の目をまっすぐに見つめ話し掛けてきた。
「後半だいぶ良くなってきたな。きつく言われてだいぶ練習してきたか?」
そう言って優しく笑いかけてくるアイツの顔を見たら、なんだか今までの自分が嘘のように、
素直にアイツの目を見ることが出来た。
「橋本さんにこんなに褒められるなんて、明日嵐にならなければいいですけど、エヘへ・・・」
アイツは「何言ってんだよ」と笑いながら、私の頭を叩く振りをした。
私はこの時、今まで味わった事のない胸の高鳴りを全身で感じていた。
- 16 名前:名無しさん 投稿日:2000年12月19日(火)00時04分42秒
- あの日から、私はボイトレやレコーディングの日が楽しみでしょうがなくなっていた。
アイツに会える日は、どんなきついスケジュールでも、苦痛には感じなかった。
相変わらず、アイツは厳しい事も言ってくるけれど、それは愛情があるからこそのことだと分かっていたし
それ以上に、褒めてくれもした。
私の中に占めるアイツの大きさが日増しに膨らんでいくことに、その頃の私は少し戸惑いも感じていた。
- 17 名前:名無しさん 投稿日:2000年12月19日(火)00時05分34秒
- 「紗耶香さぁ、なんか最近変わったよね」
仕事帰りの電車の中、唐突に話し出す圭ちゃん。
「えっ、ど、どうしたの?急に圭ちゃん?」
突然の指摘に動揺する私の顔をまじまじと覗き込み、圭ちゃんはいじわるく続ける。
「な〜んか、好きな人でもできた?恋でもしちゃってるのかなぁ?紗耶香ちゃんは・・・・」
「・・・・っんなわけないじゃ〜ん!もぅ圭ちゃん変なこと突然言わないでくれるぅ」
「そう?私の勘って結構当たるんだけどなぁ。紗耶香、顔赤くなってるよ」
圭ちゃんはいたずらっぽく笑った。圭ちゃんのいじわるぅ・・・・
圭ちゃんと別れ、駅からの帰り道、ふとさっきの圭ちゃんの言葉を思い出した。
「恋・・・・かぁ・・・・・」
それと同時に浮かんできたのは、やっぱりアイツの顔だった。
- 18 名前:名無しさん 投稿日:2000年12月19日(火)00時09分47秒
- その知らせは突然の事だった。
和田さんに事務所の一室に呼び出された、圭ちゃんと私。
和田さんが今から何を話そうとしているのか、その時の私には見当もつかなかった。
「えー、次のシングルが実質、最後になるから」
「えっ!?」
思いもよらなかった和田さんの言葉に、思わず開いた口を閉じるのを忘れてしまったくらいだった。
圭ちゃんと顔を見合す。一瞬「解散」の文字が目の前を散らついた。
「えー、福田がモーニングを脱退することになったから」
私は突然何かハンマーのような物で、頭を思いっきり殴られたような衝撃を受けた。
(きっと、悪い夢でも見ているんだ・・・・)
「詳しい日程はまだはっきりしてないけど、来年の春のコンサートツアー終了と共に
卒業という形に決定したから」
和田さんのいつもとは全く違う、低いトーンの声が、これは夢なんかではなく、現実である事を
私に認識させた。
それと同時に私の感情のバロメーターは一気に針を振り切った。
何も考える事は出来なかった。カメラが回っていることも、周りにたくさんのスタッフがいることも
全く気にする事なんて出来なく、ただ涙がこぼれるのを感じているだけだった。
その日それから、圭ちゃん達ともあまり会話もなく、私は重い気持ちのまま帰宅した。
- 19 名前:名無しさん 投稿日:2000年12月19日(火)00時11分43秒
- 私は夕飯もとらず、部屋に閉じ篭もりベッドにうつぶせ、枕に顔をうずめ続けていた。
息がしずらくて苦しい。
一年分の涙を一気に流してしまったような気がした。
目のまわりがヒリヒリして痛い。
(なんでだよぅ。なんで勝手に一人で決めちゃうの?明日香ずるいよぅ。
あんなに何でも話し合ってたのに・・・・・・・)
加入したばかりで、誰とも話すことが出来ず、ただびくびくしているだけだった私に
最初に声をかけてくれたのが、明日香だった。
それからも、私達は同じ中学生だったという事もあって宿題を教え合ったり、ツアー先のホテルでは
明日香、圭ちゃん、矢口そして私の4人で、よく朝方までバカ話や、真剣に将来の夢を語り合ったりしていた。
休みの日には一緒に『ゴジラ』も観に行ったっけ・・・・・
私が落ち込んでいる時は、すぐに気付いてくれて、おどけて私を笑わせてくれた。
明日香との思い出が時間を忘れるくらい、次から次へと浮かんでは消えていく。
年下なのに今思えば、私は明日香に頼りっぱなしだったような気がする。
そんな明日香を私はすごく尊敬していたし、大好きだった。
それなのに・・・・・
「明日香のバカッ!」
裏切られた気がした。
結局その日は一睡も出来ず、私は真っ赤に腫れ上がった目のまま翌日の新曲レコーディングを
迎えることになった。
- 20 名前:名無しさん 投稿日:2000年12月20日(水)00時00分59秒
- 楽屋ではいつもと変わらない賑やかな声が響いていた。
けれど、どことなく淋しさを感じずにはいられなかった。
普段通りにメンバーと話をしている明日香を見ると、なんだか自分だけが苦しんでいるように思えてきて
少し悔しかった。許せなかった。
今までのように、明日香に話しかけることも出来ず、なんとなく私は明日香を避けていた。
レコーディングが始まり、明日香はブースに入っていく。
心なしか、他のみんなの表情がどこか物悲しく見えた。
私の気持ちは晴れることなく、そんな気持ちでいるから、レコーディングも順調に進む訳はなかった。
結局一番時間をかけてしまい、そんな自分が、そして何もかもが嫌になっていた。
レコーディングが終わっても、私はすぐに帰る気分にもなれなくて、みんなから離れ
一人ロビーの裏の小さな長椅子に座っていた。
私は何かを期待していたのかもしれない・・・・・・
誰かに自分の今の気持ちを聞いてもらいたかったのかもしれない・・・・・
でもやっぱり一番今、傍にいてほしい人は・・・・・・
- 21 名前:名無しさん 投稿日:2000年12月20日(水)00時01分44秒
- 「どうした?帰らないのか?」
そう、アイツだった。
私はなんて返事をしていいのか分からず黙っていた。
「具合でも悪いのか?」
私は俯いたまま首を横に振る。
アイツは私の横にゆっくり腰を下ろした。
「福田のことか?」
きっとアイツはレコーディングの時から気付いていたのだろう。
いや、気付かない方がおかしいくらい、私は態度に出してしまっていたに違いない。
「突然だったからなぁ・・・・」
アイツの優しい声を聞いたら、なんだか急に感情がこみ上げてきて、その気持ちを抑えることは出来なかった。
「・・・・だって、明日香全然そんな話してくれなかったんだもん・・・・今までずっとそばにいて
いろいろ話してきたのに・・・明日香、私の事裏切るんだもん・・・っく・・ひっく・・・・」
それ以上声にならなかった。
泣き顔を一番見られたくない人の前で、思いっきり泣いてしまった。
- 22 名前:名無しさん 投稿日:2000年12月20日(水)00時02分42秒
- その時だった。
アイツは静かに私の振るえている肩を抱いてくれた。
一瞬びっくりしたけれど、なんだか安心してすごく暖かく感じた。
しばらくアイツは何も言わず、ただ黙って私の方を抱き続けてくれた。
そして、少し落ち着いてきた私に、優しい声で話し始めた。
「そりゃあ、びっくりしちゃうよなぁ。突然そんなこと言われたら。
俺も昔バンド組んでた頃、何をするのも一緒で誰よりも信頼してた奴がいたんだけど、そいつが突然
医者を目指したいからバンド辞めるって言い出してさ、最初は今の市井と一緒で、
すごく裏切られた気持ちで、頭にきてさ、しばらく口もきかなかったんだよ。
でも、何のキッカケだったか、そいつとじっくり話したんだ。
そしたら、俺が思っていた以上に、そいつ真剣に考えてて、
その時やっと俺にもそいつの考えが理解できてさぁ。
今でもそいつとは、たまに会って朝までよく、バカな話をしたりしてるよ。」
アイツは少し私の方に向き直し、さらに続けた。
「福田もみんなとずっと一緒にいたかったっていう気持ちは絶対嘘じゃなかったと思うし
おまえ達を裏切った訳じゃないと思うよ。
でもさ、生きてる限りしょうがないんだよ。目指す目標は変わっても、それが良い方向に向かっていくなら
決して悪い事じゃないと思う。
福田もきっとものすごく苦しんで、おまえ達とずっと一緒にいたいって悩んで悩んだ結果、
出した結論だと思うよ。みんなのこと信頼してるからこそ決めれたんだろ。
だから、市井も頑張れ!福田に負けるな。
いつも傍にいなくても、親友でいられることなんて、たくさんあるんだぞ。」
アイツはゆっくり立ち上がり、目の前の自動販売機のミルクティーとコーヒーのボタンを押した。
ガチャン ガチャン
静まり返ったロビーに響く音。
なんだか急に気分がすっきりして、今なら明日香とまっすぐ向き合える気がした。
アイツのくれたミルクティーはとっても温かくて、なんだかいつもより甘く感じた。
- 23 名前:名無しさん 投稿日:2000年12月20日(水)00時03分26秒
- そして、1999年4月18日 東京厚生年金会館
「モーニング娘。は永遠に8人です」
会場に響く裕ちゃんの声。
みんな泣いていた。私も泣いていた。
淋しくはあったけど、お互いの新しい出発を心に誓うことが出来た。
『生きることは変わること』なんだよね、きっと・・・・・・・
前編終わり
- 24 名前:名無しさん 投稿日:2000年12月20日(水)00時04分53秒
- 以上で前編終了です。
次回からは後編、ある少女と出会い、一見順調だったはずの毎日が一転して
翻弄されてしまう市井の姿を描ければと思っています。
- 25 名前:名無しさん 投稿日:2000年12月20日(水)00時52分52秒
- 福田の出番はこれで終わりか?
- 26 名前:名無しさん 投稿日:2000年12月20日(水)06時41分12秒
- おもろい。続けたまえ。
- 27 名前:名無しさん 投稿日:2000年12月22日(金)01時24分55秒
- sageたまえ
- 28 名前:名無しさん 投稿日:2000年12月22日(金)01時32分34秒
- ついに連載はじめたのか・・・
陰ながら応援してるよ
- 29 名前:後編スターット!! 投稿日:2000年12月23日(土)00時00分03秒
- その日私は朝から、そわそわしていた。
明日香が卒業してから約4ヶ月。私はあの時から、ずい分変わっていた。
髪型もショートにした。周囲の評判も思っていたより良くて安心した。
でも外見以上に、私は精神的にずい分変わっていた。
一番の泣き虫だった、あの頃の私は、もう、ここにはいない。
- 30 名前:名無しさん 投稿日:2000年12月23日(土)00時01分06秒
- 「いや〜、どうしよう。矢口すっごいドキドキしてきたんだけど」
「なんで、矢口がドキドキしてんねん。堂々としとき」
「だって裕ちゃん達とは違って、矢口、初体験なんだもん」
「ちょっと、矢口、その言い方、問題発言なんじゃないの?」
裕ちゃんと矢口の会話に割って入る圭ちゃん。
やっぱり、何処となくいつもと違う雰囲気が漂うメンバー達。
「でもさ、なっちだったら、絶対に入れないよ、この中には、恐くて」
「ちょっと、なっち誰が恐いて?はっきり言いや。あやっぺやろ?」
「ちょっと、なんでこんな美少女を捕まえておいて、恐いはないでしょ」
「自分なに言うてんねん!」
新曲のジャケット撮影のため、スタジオに向かう車の中は、これから初めて会う
まだ、名前も顔も知らない人物の話題で盛り上がっていた。
そう、今日は新メンバーとの初対面の日だった。
- 31 名前:名無しさん 投稿日:2000年12月23日(土)00時02分01秒
- とうとう車は、その目的地に到着してしまった。
最近味わっていなかった緊張感。
エレベーターの階数が上がるにつれ、徐々に回りの会話が減っていく。
このドアが開けば、そこにはもう、その人物が立っているのだろうか。
ふと、一年ちょっと前の自分の姿を思い出した。
あの時私は、緊張のあまり、まともに目も見れず空を見ながら、自己紹介してたっけ・・・・・・
きっと今から出会う人物も、そういう気持ちでいるに違いない。
チン
しかし、そこには誰も立っていなかった。
さらにスタジオの奥へ進んでいく。どうやら、その人物は既に撮影に入っていたようだった。
「はい、OK」
その時ちょうど撮影は中断した。
再び心拍数が高まる。
- 32 名前:名無しさん 投稿日:2000年12月23日(土)00時02分50秒
- しかし、そこへ現れたのは、私の予想していた人物とは、正反対の金髪の少女だった。
「新メンバーになった後藤真希、13歳です。
これから一緒に活動させていただきますのでよろしくお願いします」
一瞬シーンと静まり返るスタジオ。
そして次の瞬間、
「え〜!!13歳!?」
見事にハモってしまった私達。
確かに年下には全く見えなかった。
(はぁ〜、この人が入って、モーニングは一体どうなっちゃうんだろう・・・・・)
想像していた人物との、あまりのギャップに、ふと最初にそんなことを思ってしまった。
しかし、まさか目の前にいるこの少女が今後、私の人生を狂わすほどの影響を及ぼすとは
この時の私には、まだ知る由もなかった。
- 33 名前:名無しさん 投稿日:2000年12月23日(土)03時11分13秒
- どうなるんだあ〜
- 34 名前:名無しさん 投稿日:2000年12月24日(日)11時31分37秒
- 続きが気になる
- 35 名前:名無しさん 投稿日:2000年12月25日(月)00時03分54秒
- 「ちょっと、矢口そうとうタイプなんだけど」
「てゆうか、なんなの?あの色気。13歳のくせに、圭織羨ましいよ」
楽屋に入るなり、やはりさっき出会った、あの子の話題でもちきりだった。
「でも凄いよね。13でパツ金っしょ。なっちの中学校なんてそんな子一人もいなかったよ」
「それは、なっつぁんの所が田舎なだけじゃないの?」
「ちょっと、圭ちゃん、室蘭を馬鹿にするんでねーよー!」
いつも以上に騒がしい楽屋。
私一人なんだか、浮かない顔で鏡に向かっていた。
「どないした?紗耶香、気分でも悪いん?」
隣に腰を下ろしながら、裕ちゃんが声をかけてくる。
(やっぱり、裕ちゃんには分かっちゃうのかな?)
「え?そんなことないよ。具合悪そうに見える?」
「いや〜、紗耶香が珍しく無口やから、具合でも悪いんかなぁ思うて。
でもあれやで、紗耶香より年下ってのもすごいなぁ。もぅ裕ちゃんビックリやわ〜」
「そうだよね。だって裕ちゃんといくつ違うの?」
「うっさいわ!」
裕ちゃんは、ジョーダンで私を叩く振りをしたけど、ちょっと目が本気で恐かった。
「でも紗耶香もお姉さんに見えてくるんちゃう?今まで末っ子イメージやったけど、もう甘えてられへんで」
「そうだね」
その時の裕ちゃんの言葉が、ずしりと重くのしかかってきた。
心のどこかに、ずっと皆の妹のように甘えていたいという感情があったのかもしれない。
いつまでもそれじゃいけないとは分かっていたけど、なんとなく淋しくなった。
- 36 名前:名無しさん 投稿日:2000年12月25日(月)00時05分30秒
- モーニングに入って初めてのジャケ写からセンターに立つ後藤は、驚くほど堂々としていた。
私の初めてのジャケ写なんて、おどおどしていて、何度も注意を受けていたのに・・・・・・
ふと、思い出したくない記憶が蘇ってしまう。
撮影の待ち時間、最初に後藤に声をかけたのは矢口だった。矢口は本当に人見知りしない子だ。
私はそんな矢口をいつも羨ましいと思っていた。
全然緊張の素振りも見せない後藤を見ていると、自分とは全く違うタイプの人間のような気がしてきた。
(はぁ〜、本当に仲良くやっていけるんだろうか・・・・・・)
後藤真希。彼女に対して抱いた第一印象は決して良いものではなかった。
- 37 名前:名無しさん 投稿日:2000年12月25日(月)00時06分21秒
- 結局その日、私は後藤とはほとんど、会話という会話もなく、帰宅しようとしていた。
「おー、ちょうど良かった。今、市井を呼びに行こうとしてた所だったんだ」
エレベーターに向かう廊下の途中で、私は和田さんに声をかけられた。
「へ?なんすか?」
「実はな、前にちょこっと中澤とかとも、話してたんだけど、お前達3人が入ってきた時に
中澤にいろいろ身の回りの事とか教わってただろ?」
「え、あぁ、はい」
「それを今度は市井が後藤に教えてあげてほしいわけ。
まぁ簡単に言うと後藤の教育係を市井にやってもらうから」
「へっ!?」
私は突然の事に声が少し裏返ってしまった。
「まあ、そんなに気負わなくていいから、分からない時は俺や中澤に聞いて構わないし。
とりあえず後藤は、まだ右も左も分からない状態だから、市井が教えてあげられる事を
彼女にやってもらいたいわけ。結果的に市井のためにも必ずなっていく事だから。頼んだぞ」
「あ、はい・・・・・」
この状況ではハイとしか返事のしようがなかった。
でも、内心ものすごい不安に襲われていた。先入観を持つのは良くない事だけど、
彼女はどうも私の苦手のタイプのように見えてしまっていたし、その子の教育係なんて
本当に私に務まるんだろうか?
そんなことを考えていたら、久しぶりに胃の痛みを覚えた。
- 38 名前:名無しさん 投稿日:2000年12月25日(月)00時12分47秒
- この日私たちは、後藤が加入してから初めての新曲プロモーションのため、
地方のレコード店に分刻みのスケジュールで移動することになっていた。
その頃の後藤は、全くといっていいほど敬語が使えず、私達メンバーはともかくとして、
スタッフに対してまでも、タメ口をきくような時があった。
おまけに遅刻もよくしていた。その度に私は「5分前には来ようね」と注意していたが、
一向に直る気配はなかった。
ここは本人のためにもビシッと注意しておいた方がいいと思い、移動の新幹線の中
私は隣に座る後藤に話し始めた。
「あのさ、後藤」
「うん?」
お菓子を食べていた後藤が、私の方に顔を向ける。
「なんてゆううかさぁ、まだ後藤は娘。に入ったばっかじゃん?」
「うん」
「だから、なんだろう・・・やっぱりスタッフとか年上の人にはきちんと敬語を使うべきだと思うのね。
当たり前の事だけどさぁ、まだ後藤は時々出来てない時があるからさぁ・・・・・」
私は言葉を選びながら話した。
「うん。分かった」
即答する後藤。
(うん。分かった)って、そこからして全然出来てないじゃんかと、私は心の中で思いつつも、
無邪気な顔でお菓子を食べ始める後藤を見ると、それ以上注意する事が出来なかった。
しかしそんな注意の仕方が後藤をダメにしてしまっていたことに気付いたのは、それから数日後のことだった。
- 39 名前:名無しさん 投稿日:2000年12月30日(土)01時00分45秒
- 「市井、後藤に何を教えてきた?この前もちゃんと後藤に注意しとけって言ったよな?」
つい最近収録した番組のスタッフから、後藤の言動、特に遅刻に関して何かクレームが入ったようで
どうやら、そのことで和田さんは怒っているようだった。
「後藤の行動の半分は、教育係の市井の責任でもあるんだからな。もちろんマネージャーの俺が
一番悪いわけだけど、毎回俺が出てって注意するようじゃ、市井が教育係になった意味ないだろ?
市井が一回り大きくなるチャンスなんだから、しっかり頼むぞ」
「はい、すみませんでした」
私は頭を下げ、部屋を後にした。
私はすごく後悔した。今まで何度も後藤に、厳しく注意しようと思えば出来たチャンスがあった。
けれど、私だけを頼りにしてくる後藤を見ていると、なんだか傷つけてしまうのが恐くて
どうしても強く注意することが出来ない自分がいた。
(このままじゃダメだ。ただの馴れ合いになっちゃうよ。)
私は少し考え、裕ちゃんに相談してみる事にした。
- 40 名前:名無しさん 投稿日:2000年12月30日(土)01時01分36秒
- 「やっと、裕ちゃんに相談しに来たんかぁ。紗耶香遅いわぁ〜。こんな良い先輩すぐ傍におるのに〜」
裕ちゃんの言葉にものすごく安心を覚えた。
「そやなぁ、あたしも最初は戸惑ったけど、言わなあかんことは遠慮してちゃあかんで。
自分が正しいと思ったことは、はっきり言った方が本人のためでもあるんよ。
紗耶香だって最初めっちゃ恐がってたやん?あたしのこと」
「うん。えへへ」
「そやろ。でも今は、ちゃんと仲良しやん?だからけじめをつけて、注意する時はビシッと鬼になって、
その代わり褒める時は、めっちゃ褒めたげれば、ええと思うで裕ちゃんは」
それから私は、裕ちゃんに具体的に、こういう言い方をしても良いかなど、アドバイスをもらった。
「ありがとう。裕ちゃん」
「大変やろうけど、がんばりや。後藤も分かってくれると思うで」
「うん。そうだね」
なんだか、すっきりした。やっぱり裕ちゃんに相談して良かった。
そうだ、きっと後藤なら分かってくれるはずだ。
私は軽い足取りで帰宅した。
- 41 名前:名無しさん 投稿日:2000年12月30日(土)01時02分15秒
- 翌日、案の定後藤は遅刻してきた。
「すみませ〜ん。遅刻しました〜」
走ってきたようで、後藤の息は切れていた。
「あ〜、また後藤遅刻?罰金取るよ〜」
矢口がふざけて後藤に声をかける。えへへと笑う後藤。
今までと何も変わらない雰囲気の楽屋。
でも私は変えなきゃいけないんだ。
後藤のためにも、娘。のためにも、そして何より自分のために・・・・・・
私は読んでいた雑誌を置き、後藤に近づいていった。
「おはよう、市井ちゃん」
私の顔を見て、安心したような笑顔になる後藤。
「後藤、ちょっといい?」
私は返事を待たずに、後藤の手を取り楽屋から連れ出した。
「ちょ、ちょっと市井ちゃん?どうしたの?」
いつもと違う私の様子に後藤は少し戸惑った声になっていた。
私はもう一つの誰もいない楽屋に後藤を連れて来た。
重い雰囲気が漂う。
その雰囲気を嫌ったのか最初に口を開いたのは後藤だった。
「今日ね、駅の階段ダッシュしてたのぉ、そしたら厚底が引っかかっちゃってさぁ」
「ごとぉ」
重く響くいつもと違う私の声に、後藤はビクッとした。
- 42 名前:名無しさん 投稿日:2000年12月30日(土)01時03分22秒
- 「後藤さぁ、何回遅刻してきてる?その度に私注意してきたよね?遅くとも5分前には来ようねって」
後藤の表情がみるみる暗くなっていく。
その表情を見たら、一瞬迷いを感じたが、私はその迷いを振り払うように少し強い口調で続けた。
「後藤はちょっと甘く考えてると思うんだよね。たとえ10分や20分でも、後藤一人が遅れたことによって
どれくらいの人に迷惑が掛かってるか分かる?
メイクさんとかカメラマンさん、次の収録現場のスタッフの人達とか、数え上げたらキリが無いほどだよ。
後藤はちょっと勘違いしてると思う。学校や部活とは違うんだからね。私達は仕事でやってるんだよ。
ちょっと後藤はプロ意識が足りな過ぎだよ」
そこまで言って、ふと、私はいつだったか、初めてのボイトレの時、アイツに全く同じような事を
言われたのを思い出した。
アイツが私に言ったことを今、私が後藤に話している。
なんだか不思議な気持ちになった。
そして、もう一度後藤に視線を戻すと、後藤は少しうつむき、涙を溜めているように見えた。
私は少し驚き、そして今度は優しい口調で話し始めた。
- 43 名前:名無しさん 投稿日:2000年12月30日(土)01時04分00秒
- 「周りの人たちだけじゃなくて、これは本当は一番、後藤のためでもあるんだよ。
例えば後藤がね、カメラマンさんだったとするじゃん。
一人は遅刻ばっかりして、あいさつもしっかり出来ない子と、
もう一人はまじめな態度で明るくしっかりあいさつする子の二人がいたら、後藤はどっちの子が好き?」
後藤は少し潤んだ瞳で私をチラッと見上げた。
「やっぱり、まじめで明るい子の方を、もっと可愛く撮ってあげようっていう気持ちにならない?」
後藤はこっくりと頷いた。
「でしょ!だから、自分のとった行動は結局また自分に返ってくるんだよ。後藤なら分かるよね?
後藤は絶対やれば出来るって私は信じてるからね」
後藤は抑えきれずに涙を零してしまった。
私は泣いている後藤の髪の毛を優しく撫でた。
私は泣いている時、こうされるとすごく安心する。
だから今泣いている後藤にも、そうしてあげるんだ。
「ひっく・・・っく・・・ごめんね・・・市井ちゃん、ふぇ〜ん」
やっぱり、後藤は理解してくれたんだ。私はすごく嬉しかった。
そして、そんな後藤がとても愛しく思え、
これからも後藤を守っていってあげるんだとその時、心の中で決心していた。
- 44 名前:読者R 投稿日:2000年12月30日(土)05時31分07秒
- マジでおもしろいっす。
作者さん頑張って。
- 45 名前:名無しさん 投稿日:2001年01月03日(水)23時38分56秒
- あの日以来、後藤の態度は一変した。もう遅刻する事もなくすべてが順調に進んでいくかのように見えた。
しかし、そんな私と後藤にとって、大きな壁がまた一つ訪れてしまった。
「あ〜、どうしよう、市井ちゃ〜ん」
圭ちゃんと話しているところに、泣きそうな顔で後藤は駆けつけて来た。
「ちょっと、あんたどうしたのよ?死にそうな顔して」
圭ちゃんがビックリして後藤に尋ねる。
「10日で13曲だって」
「はぁ!?」
私と圭ちゃんは顔を見合わせた。
「ちょっと、後藤、ちゃんと最初から話してくれなきゃ訳分かんないよ」
後藤は大きくため息をついた。
「10日後の茨城のコンサートから、後藤もフルで参加しろって。そんで、あと10日間で13曲全部
完璧にしろって和田さんに言われたの」
いつもは、のほほんとしている後藤のこんなに動揺している姿は、その時初めて見た気がする。
私の今までの経験上では、正直言って10日で13曲なんて、とうてい無理だと思ってしまった。
けれど、後藤の前でそんな素振りも見せる訳にもいかず、私はわざと冷静を装った。
「後藤、1日1.5曲ずつ憶えれば、余裕で間に合うじゃん。集中すれば出来ないことないよ。
私も時間がある時は、復習ついでに見てあげるから。大丈夫だってば」
私は後藤の肩をポンと叩いた。
「ありがとう、市井ちゃん」
そして翌日から、私と後藤にとって最もきつい10日間がスタートした。
- 46 名前:名無しさん 投稿日:2001年01月03日(水)23時39分50秒
- 私は集合時間の1時間半前にスタジオに着いた。
ドアを開けると、そこには既にビデオのリモコン片手に悪戦苦闘している後藤の姿があった。
「おはよう」
「あっ!おはよう市井ちゃん」
後藤は思ったより、明るい表情をしていた。昨日の様子からすると相当焦って、
空回りしているんじゃないかと心配していたので、思いのほか落ち着いている後藤の姿に私は少しほっとした。
「どう?順調?」
「う〜ん、メモリーって難しいね」
「あ〜、あれ結構移動が複雑なんだよねぇ。じゃぁ一緒にやってみよっか?」
「うん」
私達は、それから時間ギリギリまで練習した。
後藤はつっかえつっかえながらも、確実に振りを憶えていった。
娘。の仕事と二人きりのレッスンと家との往復で、私達の時間は、あっという間に過ぎていった。
忙しすぎる毎日に押し潰されそうで、その時の私には後藤の心の変化に気付いてあげれる余裕はなかった・・・
- 47 名前:名無しさん 投稿日:2001年01月03日(水)23時40分48秒
- ライブ2日前。
この日、娘。は久しぶりのオフだったけれど、私は昨日後藤と約束した通りにレッスンスタジオに来ていた。
しかし、スタジオのドアを開けると、そこには後藤の姿はなかった。
「あれ?まだ来てないのかなぁ?」
ふと、ソファーに目をやると、後藤のバッグが置いてある。
(なんだ、トイレでも行ってるのかな)
私はしばらく、柔軟やレッスンビデオを見直したりして、時間を潰していた。
でも、後藤は約束の時間を20分過ぎても、戻ってくる気配はなかった。
少し心配になり、トイレやロビーを探しに行ったけれど、やっぱりどこにも後藤の姿は見当たらない。
「あれ?おかしいなぁ・・・・どこいったんだろう・・・・」
私は携帯を取り出し、かけてみる事にした。4回発信音が鳴る。
「あっ、もしもし後藤?」
「おはよう市井ちゃん」
「おはようはいいけどさ、ちょっと、今どこにいるのよ?」
「市井ちゃん、珍しく遅刻だね。いつもは30分前には来てるくせに」
冷たく沈んだ後藤の声に、私は少し驚いた。
「ちょっと後藤、私はちゃんと時間に来てたのに、待ってても来なかったのは、後藤の方じゃん!」
「・・・・・・・・・・・」
「もしもし?後藤聞いてるの?つーか、今どこにいるんだよ?」
「・・・・そんなの決まってるじゃん。踊りの練習するんだから、踊り場に・・・・・・」
感情の全くこもっていない、乾いた後藤の声に私は不安を覚えた。
「ごとぉ、ふざけんなよっ!」
口では、そう言っていたけれど、内心後藤の異常さを恐く感じていた。
いや、後藤が恐いというよりも、そんな後藤にどう接していいのか分からない自分が恐かったのかもしれない。
とりあえず、私は電話を切り屋上に繋がる階段の踊り場へ向かった。
- 48 名前:名無しさん 投稿日:2001年01月03日(水)23時42分27秒
- 緊張と階段とで息が苦しくなる。
やっと辿り着いたそこには、窓の外を見つめている後藤の姿があった。
後藤は私の足音に気が付き、ゆっくり振り返る。
私は呼吸を整え、動揺を隠しながら、後藤に向かって言った。
「たくっ!つまんないよ、そんなギャグ」
私はいつもの「えへへ、そうだよね」という後藤の笑顔を期待していた。
しかし、今目の前にある後藤の顔は、私の期待とはかけ離れた、何の感情もない死んだ表情だった。
「こんなサボってる暇ないんだよ!ほら、行くよ後藤」
「・・・・・だよ」
後藤は俯きながら、何か言葉を発した。
「えっ?」
「無理だよ。どうせ失敗しちゃうんだよ、私。もう練習したって無駄だよ」
投げやり気味に言う後藤。
私はそんな後藤の態度に、一瞬カチンときたけれど、大きく深呼吸をして、そんな自分を落ち着かせた。
「無理じゃないよ。今まで頑張ってやってきたじゃん。あとちょっとだってば。さあ、行こう」
「市井ちゃんには、分からないんだよ!私の気持ちなんて・・・・・・・・
市井ちゃんは踊れるから、そんなこと言えるんだよ。もう時間がないし無理なの!」
後藤は乱暴に言葉を吐き捨て、私に背を向けた。
私はこらえきれず、言い返してしまった。
「勝手に決め付けんなよ!やってもないのに。とにかく私には後藤に教える義務があるの!さぁ行くよ」
私は後藤の手首を掴み、階段を降りようとした。
「もう、いいよ、ほっといてってば!」
そう言って、後藤が私の手を振りほどこうとしたその瞬間、私は階段から足を踏み外してしまった。
- 49 名前:名無しさん 投稿日:2001年01月03日(水)23時43分23秒
- 「いっづー」
私は腰を打ち、一瞬、咽喉の奥の方が熱くなった。
後藤は慌てて私のもとに駆けつけた。
「い、市井ちゃん!?大丈夫?」
ゆっくり目を開けると、そこには、おろおろして今にも泣き出しそうな後藤の顔があった。
「たくっ、後藤の馬鹿力!」
そして次の瞬間、後藤は大声で泣き始めた。
「ご・・・・っんね・・・い・・ちゃん・・・ひっく、ごめ・・・ねっ・・・いっ・・・ちゃん・・・」
言葉になっていなかったけれど、後藤は何度も何度も、私に謝り続けた。
私は体を起こし、そんな後藤の髪を優しく撫でてあげた。
「バカッ!もう泣くなってば、泣きたいのはこっちだよ」
「ひっ・・・・くっ・・・・・」
「後藤はダメなんかじゃないよ。絶対出来るから。市井がついてるんだから、もっと市井を信用しろよ」
しばらく後藤は私の胸に顔をうずめたまま泣き続けた。
後藤の泣き顔を見るのは、これで2回目だった。
後藤は見た目と違って、結構泣き虫だ。
案外あの頃の私とあまり変わらないのかもしれない。
それが私と後藤の初めての大きなケンカだった。
- 50 名前:名無しさん 投稿日:2001年01月06日(土)00時32分46秒
- 面白い
更新待ってます
- 51 名前:ティモ 投稿日:2001年01月06日(土)23時50分43秒
- かなり感動します
- 52 名前:名無しさん 投稿日:2001年01月07日(日)23時55分37秒
- 私の怪我も大したことなく、後藤もそれからは、死ぬ気で頑張った。そしてなんとか、13曲通して
踊れるようにまでなり、私達は茨城のコンサートの日を迎えた。
さすがに緊張しているのか、今日の後藤は楽屋でも無口だった。
「後藤は今日、初ライブで緊張してるかもしれへんけど、練習通りにやったらええからな。
それから、みんなは最後まで気を抜いたらあかんで。それじゃあ、がんばって〜いきま〜」
「しょい!」
明日香が抜けてから7人だった円陣。
たった一人抜けただけで、どことなく小さくて心細かった円陣に、今日は後藤が加わっている。
明日香がいた頃とは、また違う新しい気持ちだった。
私の上に置かれた後藤の手は、緊張のせいか、心なしか震えているような気がした。
- 53 名前:名無しさん 投稿日:2001年01月07日(日)23時56分14秒
- そして、開演5分前。
ステージ袖で、それぞれ気合いを入れているメンバー達。
さっきの後藤の手の震えが気がかりで、私は後藤の様子をうかがった。
後藤は目に涙を溜め、今にも消えてしまいそうな不安な表情をしていた。
こんな時どんな言葉を掛けてあげたらいいんだろう・・・・・・・・
その答えが浮かぶ前に私は思わず動いていた。
「どうした?後藤?」
掴んだ手は、やはり先程よりも震えている。
そして、後藤の目からとうとう涙が零れ始めた。
(このままじゃまずい。後藤は泣き出すと止まらないんだ。)
「泣くなよぅ〜、ごとぉ〜、イェイ イェイ」
私はとっさに、しんちゃんのモノマネをしてしまった。
後から考えると笑っちゃうけれど、あの時私が後藤にしてあげられる精一杯のことだった。
後藤は必死に涙をこらえながら、笑顔で頷いてくれた。
「ほらっ、大丈夫。後藤、信じろって言ったろ」
間一髪のところで後藤は踏ん張り、そして開演時間を迎えた。
さっきまで恐くて泣いていたとは思えないほど、ステージ上で見る後藤は堂々としていて、
何かオーラの様なものさえ感じた。
後藤は本番に強かった。そんな後藤が羨ましくも思えた。
そして大きなミスもなく無事コンサートを終え、私達は宿泊先のホテルの部屋で二人だけの反省会を済ませた。
- 54 名前:名無しさん 投稿日:2001年01月07日(日)23時57分35秒
- 「じゃあ、そろそろ寝よっか?」
「市井ちゃん」
ベッドに入ろうとした私に後藤が声を掛ける。
「ん?何?」
後藤の方に振り返ると、後藤は目をキョロキョロさせた。
「あっ、いや〜、やっぱりなんでもない」
「なんだよ、へんなの。後藤、電気消すよ?」
「うん」
柔らかいベッドのスプリングが私の疲れた体を包み込む。目をつぶろうとしたその時
「市井ちゃん」
再び隣のベッドで寝ている後藤が私の名前を呼んだ。
「ん?」
「ありがとね」
「何が?」
「今日コンサート始まる前」
暗くてよくは見えないけれど、後藤は天井に顔を向けたまま話し始めた。
「あの時市井ちゃんに、ああしてもらってなかったら、私たぶん失敗してたと思う」
「ほぇ?」
私は後藤の方に体を向けた。
「私、市井ちゃんに頭撫でてもらったら、なんかよく分からないけど、
すっごく安心して落ち着いた・・・・・・だから、ありがとね・・・おやすみ」
後藤はそう言うと恥ずかしそうに、私の方に背を向け、布団をかぶってしまった。
私はようやく、後藤が何のことを言っているのか理解が出来、そんな後藤が素直にかわいいと思えた。
いろいろあった11日間だったけれど、後藤の教育係になって本当に良かったと初めて心から思えた夜だった。
そして、こんな穏やかな気持ちがこれからもずっと続くものだと、その時は疑いもしなかった。
- 55 名前:桃色の蜘蛛 投稿日:2001年01月08日(月)04時13分58秒
- うわーなんかリアルっていう何ていうか
市井ちゃんと後藤のやりとりが目に浮かぶようですねー
いいっす、マジおもしろいっす
どきどき胸キュン♪
- 56 名前:名無しさん 投稿日:2001年01月09日(火)00時04分25秒
- 続き期待♪
- 57 名前:名無しさん 投稿日:2001年01月13日(土)00時20分14秒
- Loveマシーンの売上も、ものすごく好調で、娘。の仕事も益々忙しくなってきていた。
この日も雑誌取材、ASAYANの収録と、朝早くから仕事が入っていた。
「市井、保田、後藤、ちょっといい?」
楽屋に和田さんが呼びに来る。
「何だろう?」
3人で顔を見合わせた。
和田さんに呼び出される時は、あまり良い話じゃないような気がしてしまう。
3人並んでソファーに座る、このシチュエーションが明日香の脱退を聞かされた時とダブリ嫌な予感がした。
けれど、和田さんの言葉は私が全く予想していないものだった。
「えー、この3人で今度、ラジオ番組始めるから・・・・」
「えっ!?」
3人ぴったり声を合わせてしまった。
どうして、和田さんが急にそんな事を言い出したのか理由が分かったのは、それから3時間後の
ASAYANの収録の時だった。
私達3人が新ユニットを組み、来月にはCDデビューすることが告げられた。
- 58 名前:名無しさん 投稿日:2001年01月13日(土)00時21分16秒
- 「やぁ〜、矢口マジでビビッタんだけど。また増員でもするんじゃないかって一瞬思っちゃったよ」
「圭織ね、なんかおかしいと思ってたの。だっていつもと立ち位置違うんだもん」
楽屋に戻ってきても、みんな少し興奮気味だった。
私はまだ信じられなかった。
たんぽぽのオーディションで矢口に負けて、涙を呑んだ時から、ずっと今まで待ち望んできたことだけれど
こんなに急に言われると、少し戸惑いも感じていた。
「やぁ〜、紗耶香、びっくりしたね。でもすっごい嬉しいよ。どんなユニットになるんだろう?」
圭ちゃんの声は弾んでいた。
「そうだね。ずっと言ってたもんね、私達。あぁ〜、これから頑張らなくっちゃね。ねっ!後藤も」
「うん、えへへ」
後藤も突然のことで少し驚いていたみたいだけど、私が話しかけると満面の笑みを浮かべた。
3人で話していると、次第に実感が湧いてきて、私も自然と表情が緩んできた。
気が付くとしばらく、新ユニットの構想をああでもない、こうでもないとジョーダン混じりにも
私達は真剣に話していた。
『プッチモニ結成』
その頃の私達は希望に満ちあふれていた。
しかし、私と後藤の関係が少しずつ歪みかけたのも、ちょうどその頃からだった・・・・・・・・
- 59 名前:名無しさん 投稿日:2001年01月13日(土)00時21分53秒
- 私達はデビュー曲「ちょこっとLove」のレコーディングも終え、娘。の仕事、プッチモニの仕事、
そしてレッスンと目まぐるしい生活を送っていた。
そしてこの日は、プッチモニとしては初めてのボイトレの日だった。
「市井、ずい分、音域広がってきたな。だいぶ自信が付いてきたか?」
久しぶりのレッスンでアイツが私を褒めてくれた。なんだか、その一言だけで、ものすごく嬉しくて
私は益々自信が付いた気がした。
泣いてばかりいたあの頃は、アイツの一言一言にドキドキしていたけれど、今ではアイツと自然に話も出来、
アイツと話していると、疲れている自分がどんどん癒されていくのを感じていた。
その頃の私にとっては、数少ない安らぎの存在の1人だったのかもしれない。
「ちょっと、紗耶香。何か良いことでもあった?」
「えっ!?なんで?」
圭ちゃんに、ふいに声をかけられビックリして我に返った。
「だって、今、紗耶香、鼻歌歌ってから。ずい分ご機嫌だなぁって思って」
そう言いながら、圭ちゃんは私の顔を覗き込んだ。
「えっ!?べ、別に・・・あっ!私ちょっと、後藤が心配だから見てくるねぇ」
圭ちゃんは一体どこまで私の気持ちに気付いているんだろう・・・・・
もしかして・・・そう思ったら、なんだかその場にいられずに、私は慌てて立ち上がった。
圭ちゃんに、そう言ってしまった手前、私は後藤のレッスンを覗きに行かざるを得なくなった。
- 60 名前:名無しさん 投稿日:2001年01月13日(土)00時22分28秒
- 「全然ダメ。もう1回最初から・・・・・」
アイツの声が聞こえてくる。
しばらく、厳しく注意されている後藤の姿を見ていると、アイツに泣かされていたあの頃の自分を思い出した。
そして、アイツの後藤に向けられる真剣な眼差し、それを真っ直ぐに受け止める後藤の姿が、
なぜか私の胸を締めつけた。
なんでだろう。他のメンバーのこういう風景は、今まで何度も見てきた。
それでも別に何にも感じなかったのに・・・
なぜだかアイツと後藤だけは許せない自分がいた。
私は一体、何に対してこんなに嫉妬しているんだろう・・・・・・・
急に胸が苦しくなり、私はその場を立ち去った。
アイツに褒められて、有頂天になっていた自分が、なんだか馬鹿らしく思えてくる。
きっとアイツにとって私なんて、何十人と見てきた歌手の中の一人で、新しい人が入ってくれば
私のことなんかだんだん忘れていってしまうんだ。
久しぶりに涙が出そうになった。
アイツが悪い訳じゃない、もちろん後藤が悪い訳でもない。
でも、どうしても今は気持ちの整理がつかなかった。
後藤もアイツに対して、私と同じような感情をもっているのだろうか?
頭がくらくらしてきた。
私は、これから後藤のことを今までと同じように見れるだろうか。
仕事に私情を挟んではいけないことなんて当たり前だし、十分分かっていた。
でも自信がなかった。
こんな気持ちを払いのけたくて、私はトイレで思い切り顔を洗った。
- 61 名前:名無しさん 投稿日:2001年01月13日(土)00時23分12秒
- 翌日からも、プッチモニの活動は続き、私は圭ちゃん、そして後藤とほぼ1日中一緒に過ごす事になった。
アイツと後藤に対して抱いた感情を無理やり押さえ込み、私は今までと同じように
後藤に接しようと心に決めていた。
「後藤、テンション上げてくよ。よし!赤レンジャーごっこだぁ〜」
「あはは、市井ちゃんが赤レンジャーなら、私青レンジャー!」
雑誌の撮影の合間に、私達は異常なテンションで盛り上がっていた。
「ちょっと、後藤トイレに行ってきま〜す」
後藤はぴょんぴょん飛び跳ねるようにスタジオを出て行った。
後藤がいなくなり、急に静まり返るスタジオ。
「ちょっと、紗耶香、何かあったの?変だよ今日の紗耶香」
「えっ!?何で?」
「無理やりテンション上げてるみたい。なんか無理してない?」
圭ちゃんの言葉にドキッとした。
意識してるつもりはなくても、やっぱり私は後藤を意識してしまっているんだろうか・・・・
「それに、前から言おうと思ってたんだけど、紗耶香は何でも一人で背負いすぎだよ。
プッチには私と後藤もいるんだからね。もっと人に頼ってもいいと思うよ」
圭ちゃんの何気ない優しい言葉に、私の目は一瞬潤んだ。
そうだ、圭ちゃんになら、すべて正直に話せるかもしれない。
「圭ちゃん、実はね」
- 62 名前:名無しさん 投稿日:2001年01月13日(土)00時24分05秒
- 「青レンジャー、ただいま戻りました〜」
静かなスタジオに陽気な後藤の声が響く。
「な〜んてね。何もないよ、圭ちゃん、心配しないで。いつでもハイテンションの市井だから、へへへ。
でも、ありがとね」
私は走ってくる後藤を見つめながら、膝をパチンと一つ叩き立ち上がった。
「ちょ、さやかぁ」
圭ちゃんの心配そうな声が聞こえた。
(大丈夫。きっと今まで通り、うまくやっていけるから)
自分に暗示をかけるように、私は心の中でそう呟いていた。
- 63 名前:名無し読者 投稿日:2001年01月14日(日)12時51分10秒
- 頑張って、最後まで書いてください。
- 64 名前:名無しさん 投稿日:2001年01月18日(木)00時24分06秒
- それからも、毎日のように私は後藤と顔を合わせていた。
あの時抱いたアイツと後藤に対しての感情も、忙しすぎる毎日が忘れさせてくれていた。
そう、あの時までは・・・・・
- 65 名前:名無しさん 投稿日:2001年01月18日(木)00時24分46秒
- この日は娘。でもプッチでもなく師弟コンビということで、私と後藤だけの雑誌の撮影が入っていた。
実際には、もう教育係というのは解消していたので、後藤と二人っきりで行動するというのは久しぶりだった。
「おはよう、市井ちゃん」
「おはよう。あれっ、洋服買った?」
「うん。昨日衝動買いしちゃった。えへへ」
「いいじゃん。似合ってるよ」
「ありがとう。あは」
後藤はちょっと照れくさそうに笑った。
最近、後藤は私が前から愛用していたブランドの服を着てくることが多い。
ただ趣味が変わっただけだろうと、その頃の私は特に何も気には留めていなかった。
- 66 名前:名無しさん 投稿日:2001年01月18日(木)00時25分40秒
- 撮影のセット替えのため、私と後藤は狭い楽屋のような所で待たされることになった。
私はバッグから小説を取り出し、読み始めていた。
しばらくして、退屈になったのか後藤が話し掛けてくる。
「ねぇ、市井ちゃん、何読んでるの?」
「えっ、秘密」
私は小説に視線を落としたまま答えた。
「ブー、なんでよぉ〜、教えてくれたっていいじゃん」
「だから、秘密だってば」
「市井ちゃん、いじわるだね」
私は、なんだか後藤が可笑しくて、小説から目をはずし、後藤に向かって話した。
「だから、小説のタイトルが秘密っていうの。東野圭吾って知らない?ほんと後藤っておもしろいね」
私は笑ってしまった。
後藤はそれが気に入らなかったのか、ちょっとふてくされた顔をした。
「ごめんごめん。だって後藤マジでおもしろいんだもん。イケテルよ」
そう言って、私は再び小説に目を戻した。
- 67 名前:名無しさん 投稿日:2001年01月18日(木)00時26分31秒
- 「ねぇ、市井ちゃんさぁ・・・・・・」
「何?」
小説に集中していたので、ワンテンポ遅れて返事をした。
「あのさぁ・・・・・・」
「ん?」
「・・・市井ちゃんって、もしかして橋本さんのこと好き?」
一瞬、心臓が止まりそうになった。
私は思わず小説を閉じ、顔を上げてしまった。
まさか、後藤の口からアイツの名前が出てくるとは思ってもみなかった。
後藤は今までも突然突拍子もないことを言って、周囲の人間を驚かすことはあったけれど、
私は今日ほど驚いたことはなかった。
後藤は真っ直ぐに私の目を見つめてくる。
今日は、周りにフォローしてくれるメンバーもいない。
「そ、そんな訳ある筈ないじゃん。なんで突然そんなこと言い出すのよ!?」
目が泳いでしまった。
「いやぁ、何となくだけどぉ、市井ちゃん見てたら、そう思っただけ」
「もぉ〜、後藤、何バカなこと言ってんの!?びっくりさせないでよ」
「ごめん・・・」
私は完全に動揺していた。
その時の後藤の表情も見てる余裕はなく、もちろん後藤がどこまで私の気持ちに気付いているのかも、
そして、後藤が、どうして突然そんなことを聞いてきたのかも、その時の私には気付ける筈もなかった。
- 68 名前:名無しさん 投稿日:2001年01月18日(木)00時27分14秒
- そして、2日後。
私は、モヤモヤした気持ちのまま、プッチモニダイバーの収録を迎えていた。
「続いてのコーナーは、これっ!Dr.市井の恋愛診断しっつ」
私は精一杯テンションを上げた。
後藤がハガキを読み上げ、そして私は言葉を選びながら答え始めた。
「う〜ん、結構これは切ないですねぇ。好きな人から友達として見られてしまうってのはねぇ。
でも、なんて言うんだろう。きっと何かキッカケがあれば変われると思うんだよね、市井は」
「うん、そうだね。自分の気持ちをちょっとずつ出していくってのもいいかもね。好きっていう気持ちを。
なんか友達じゃない会話をしてみたりとかさ」
圭ちゃんがうまくフォローしてくれて、私は一安心した。
ところが、しばらく黙っていた後藤が突然、口を開いた。
「あっ、例えば軽くさぁ・・・紗耶香・・あれっ・・あれっ!・・・違うよ・・・・」
嫌な予感がした。
「なんだよ、頼むよ、後藤」
圭ちゃんが、すかさず突っ込みを入れる。
(後藤、お願いだから、変なこと言わないでね)
「今って、付き合ってる人いるのかなぁ〜とか」
(やっぱり・・・・・)
後藤はいじわるだ。
私の気持ちを知っていて、そんなこと言い出すんだ。何も収録中に言わなくてもいいのに・・・・
それとも、私の気持ちを試しているんだろうか・・・・・
- 69 名前:名無しさん 投稿日:2001年01月18日(木)00時27分46秒
- 「あぁ〜、直接的に聞かれると、なんかドキッとしちゃうかもね」
とっさに答えたけれど、その後の私はボロボロだった。
急に、あの日見たアイツと後藤の姿が頭の中に現れ、それがずっと離れなかった。
結局、最後までテンションが戻らず、納得のいかない収録で終わってしまった。
後藤のたった一言で、動揺し、ダメになってしまった自分が情けなかった。
どこにも追いやることの出来ない不安と、そんな弱い自分に対しての憤りとで、涙が滲んでくる。
そして、そんな姿を、スタッフにも、圭ちゃんにも、そして何より後藤に見られるのが嫌で
私はスタジオを飛び出した。
- 70 名前:名無しさん 投稿日:2001年01月18日(木)00時28分36秒
- 誰もいない小さな会議室。
椅子に座り、机に突っ伏し、私は声を押し殺して泣いた。
さっきの収録のことが頭の中に蘇る。
後半のトーク、テンション、声、どれも納得がいかなかった。
けれど、それだけが涙の理由ではない気がする。
私は後藤にアイツをとられたと嫉妬していたのかもしれない。
そして、きっと、後藤もアイツのことが好きだから、私にあんなことを聞いてきたんだ・・・・・・
頭がズキズキ痛んだ。
カツッ カツッ カツッ
誰かの足音が近づいてくる。
ガチャッ
誰だろう!?
(まさか・・・後藤?)
今は、一番後藤には会いたくなかった・・・・・
- 71 名前:名無しさん 投稿日:2001年01月18日(木)05時40分57秒
- 生々しくて最高(w
続き大期待!!
- 72 名前:名無しさん 投稿日:2001年01月18日(木)20時11分31秒
- これ、すごいね。
よっぽど、市井関連のテレビ&雑誌を見てプッチモニダイバーを聴かないと、
書けないよ。
市井の発言を忠実に再現しているところがいいね〜。
これからの市井と後藤がどうなるのかが、楽しみ。期待してます。
- 73 名前:名無しさん 投稿日:2001年01月19日(金)02時37分39秒
- 良ろ
余計な装飾が無くて
読みやすくて
狛犬さん以来の面白い
いちごま物です
- 74 名前:名無しさん 投稿日:2001年01月20日(土)00時09分52秒
- いちごまのようでいちごまでないかと思わせて
実はいちごまってのを期待
- 75 名前:名無しさん 投稿日:2001年01月20日(土)01時55分31秒
- これはいちごまではないとおもうんだけど。
だから面白い。
- 76 名前:名無しさん 投稿日:2001年01月22日(月)00時24分54秒
- 「もぅ、紗耶香、ここにいたの?」
声を聞いて、私は胸をなでおろし、顔を上げた。
「どうしたのよ?」
圭ちゃんは、私の隣に腰を下ろす。
「大丈夫?あっ、そうだ、後藤も心配して探してるんだった。呼んでこなきゃ」
そう言うと、圭ちゃんは部屋を出ようと、立ち上がった。
「あっ、圭ちゃん・・・お願い、後藤は呼ばないで」
反射的に出た自分の声が、あまりに震えていたことに、私は驚いた。
圭ちゃんもそんな私に、一瞬ビックリし、椅子に座りなおした。
「あんた、やっぱり、後藤と何かあったの?」
「・・・・・・・・・・」
「話してよ、紗耶香。私は今まで何でも紗耶香には話してきたつもりだよ。紗耶香に聞いてもらったら、
すごい気が楽になったこともずい分あったし・・・・・・
何でも一人で抱え込むのは、紗耶香の悪い癖だよ。私だっているんだからね、もっと頼ってよ」
再び、涙が溢れてきた。デビューからずっと一緒だった圭ちゃんが、なんだか今日はすごく大人に見える。
そして、私は圭ちゃんに、すべて正直に打ち明けた。
- 77 名前:名無しさん 投稿日:2001年01月22日(月)00時25分46秒
- 「そっかぁ、それで、橋本さんには紗耶香の気持ち伝えたの?」
私は、大きく首を振る。
「紗耶香がさぁ、今のままじゃ辛くてしょうがないならさぁ、
素直に自分の気持ち伝えてもいいんじゃないかな。紗耶香はいっつも、人にばっか気を使ってるけど
そういう気持ちまで遠慮することないと思うよ。
それに、後藤も本当に、橋本さんのことが好きって本人から聞いた訳じゃないんでしょ?」
「そうだけど・・・・・」
「だったら決まり!あっ、ちょうど明日レッスンじゃん。
ねっ、言わないで後悔するより、言って後悔した方が、私はスッキリして良いと思うよ」
そう言った瞬間、圭ちゃんは「あっ、ごめん」という表情をした。
「もぅ〜、圭ちゃんってばぁ〜」
私は笑った。そんな私を見て、圭ちゃんも安心して笑う。
「ありがとね、圭ちゃん。なんかスッキリしたよ」
「おぅ!健闘を祈ってるよ。あっ、あと、後藤には私がうまく話しとくから」
そう言って圭ちゃんは部屋を出て行った。
- 78 名前:名無しさん 投稿日:2001年01月22日(月)00時26分43秒
- そして、翌日のレッスン後、私はアイツを呼び出した。
「橋本さん、ちょっといいですか?」
アイツの視線が、今日は久しぶりに私をドキドキさせている。
「あの・・・ずっと好きでした・・・」
その一言で精一杯だった。
アイツは少し驚いた顔をして、しばらく黙っていた。
時計の秒針が、やけに大きく聞こえてくる。この沈黙に私は押し潰されそうになる。
そして、とうとうアイツの口が開いた。
「びっくりしたよ。ありがとうな、うれしいよ」
一呼吸あけ、アイツは続けて話し始める。
「俺も、市井のこと好きだよ。でも、俺は市井に歌手として成功してもらいたい。
今、市井と付き合う事は、その芽を摘んじゃうことになるから、俺は市井の気持ちに応えることは出来ない。
今俺が、市井にしてあげれる事は、音楽を教えてあげることだけだから。
市井には本当に期待してるんだからな」
優しい顔でアイツは私を見つめてくる。
「あ、それから、これからも気にせず、分からないこととかあったら聞きにこいよ。
変な遠慮する必要全然ないからな」
私は精一杯の笑顔で頷いた。
けれど、私の意識とは裏腹に、頬に熱いものが伝わってくる。
(なんで・・・お願い、涙止まって・・・・・)
その時だった。アイツは私を優しく抱きしめてくれた。男の人に抱きしめられるのはその時が初めてだった。
あったかくて、安心する。
もう、平気だから・・・・・アイツの胸の中で私はきっぱりと気持ちの整理をつけていた。
「もう、大丈夫だから・・・・」
今度は心からの笑顔で、そう言うことが出来た。
そんな私を見て、アイツも笑顔で頷いてくれた。
- 79 名前:名無しさん 投稿日:2001年01月22日(月)00時27分19秒
- 帰りの電車の中、先に帰っていた圭ちゃんに電話した。
圭ちゃんの声を聞いたら、少しだけ涙が出てきてしまったけれど、不思議とそんなにショックではなかった。
もしかして、私はアイツを男の人としてではなく、一人の人間として好きだったのかもれない。
これって前向きな失恋っていうのかな。
ごめんね、後藤。変なヤキモチ焼いちゃって・・・・・・
揺れる電車の中、ふと、そんなことを考えていた。
やっと、長かったトンネルから抜け出せた気分だった。
そして、自分を見つめ直し、留学を真剣に考え始めたのも、ちょうどその頃からだった。
- 80 名前:名無しさん 投稿日:2001年01月22日(月)00時28分03秒
- あのことがあってからも、アイツは私に今まで通り接してくれ、私も何も気を使うことなく
話せるようになっていた。
そして、イギリスに留学経験のあるアイツに、私はその頃よく相談しに行っていた。
けれど、まさか、その姿を後藤に見られてしまっていたとは、その時は全く気付くことは出来なかった。
- 81 名前:名無しさん 投稿日:2001年01月22日(月)00時29分06秒
- 私達は、この日、年明けのハロープロジェクトコンサートのリハーサルを行なっていた。
「ねぇ、市井ちゃん、ここの振りってこれであってるっけ?」
リハーサルを終え、楽屋に戻ってきても、後藤は何故か私によく話し掛けてくる。
「うん、それであってるよ」
「あぁ、あと、真夏の光線の途中、分かんなくなっちゃったんだけどさぁ」
私が帰る支度をしようとする度に、なぜか後藤はリハーサルでは出来ていた事を聞いてくる。
その都度、私は手を止め、後藤に教える。
「お疲れ。じゃぁ、また明日ね」
そんなことを繰り返しているうちに、リハーサルで疲れきっていたメンバー達は、次々に楽屋を出ていき
とうとう、私と後藤だけになってしまっていた。
「ねぇ、市井ちゃん、ラブマのさぁ」
「後藤、もう明日にしようよ。私もさすがに今日は疲れちゃったよ。
後藤も疲れてるんだからさ、今日はゆっくり休んで、また明日やろう」
私は後藤の言葉を遮り、バッグを取ろうとした。
「市井ちゃんって・・・・・嘘つき?」
恐ろしく低いトーンの声が、私の背中に浴びせられた。
それと同時に、これから起こり得るであろう出来事への不安が、一気に私に襲いかかる。
「はぁ?何?いきなり」
私は振り返り言った。
「だって、この前言った事と違うじゃん」
後藤の目は、今まで私が見たことのないような、挑戦的な目だった。
「だから、何のことよ?」
後藤は一瞬、私から視線を外し、そして、何かを思い切るように、再び強い目で私を睨んだ。
「市井ちゃん、言ったじゃん。橋本さんなんて好きじゃないって。でも付き合ってんじゃん。
私、二人でいるところ何回も見たんだから!」
頭の中が真っ白になった。不安が確実なものになっていく。返す言葉が見つからない。
- 82 名前:名無しさん 投稿日:2001年01月22日(月)00時29分54秒
- 「ねぇ、なんでメンバーにまで嘘付くの?」
後藤の声は更に強まっていた。
「嘘じゃないってば、橋本さんと付き合ってなんかないもん」
「じゃぁ、2人で何話してたの?ディレクターさんと、そんなに話することってある?」
本当の事を話したら、誤解は解けるかもしれない。
けれど、その事は同時に、私が脱退を考えている事を、後藤に伝えてしまう事になる。
それだけは絶対に出来ない。
私は奥歯を噛みしめた。
「やっぱり言えない話?市井ちゃんってひどいね。私のこと信用しろとか、かっこいいこと言っちゃって、
本当は大嘘つきだったんだね」
後藤の制圧的な声に、私は一瞬ひるんでしまった。
「それは・・・でも、本当に付き合ってなんかないんだってば・・・・」
今の私は、まるで、いじめられっ子だ。小学生の頃の嫌な思い出が、ふと頭の中をよぎった。
「じゃぁ、いいよ。市井ちゃんが、ハッキリ言わないんだったら、橋本さんに直接聞いてみるから」
そう言ったと同時に、後藤はポケットから携帯を取り出し、ボタンを押した。
(イヤダ。脱退の事が後藤に分かってしまうのも、そして橋本さんに迷惑を掛けてしまうのも、絶対にイヤ!)
- 83 名前:名無しさん 投稿日:2001年01月22日(月)00時30分46秒
- 「やめてぇ〜」
悲鳴に近い私の声に、後藤は一瞬ビックリし唖然とした。
そして、私は後藤の手から携帯を奪い取った。
『午後7時52分30秒をお知らせします』
静まり返る楽屋に、携帯から漏れる間の抜けた時報。
私はソファーに崩れ落ちた。膝がガクガク震えている。
考えてみれば、私だって知らない橋本さんの電話番号を後藤が知ってるはずなかった。
私は本当にバカだ・・・・・・
(後藤の考えてることが私にはさっぱり分からないよ)
「どうして・・・こんなことするのよぅ・・・・」
声の震えを抑えることは出来なかった。目に涙が滲んでくる。
「ひどいよ、後藤・・・っく・・そんなに私のこと困らせて楽しい?」
そう言ったと同時に涙が溢れ出し、私は我慢出来ず、大声で泣き出してしまった。
- 84 名前:名無しさん 投稿日:2001年01月22日(月)00時31分35秒
- 初めて見る私の泣き顔に、後藤は驚きを隠せずにいた。
そして、どうしたら良いのか分からず、さっきまで私を睨み付けていた顔から一転し、
おろおろした子供のような顔になっていた。
しゃくり上げるような涙で息が苦しかった。
「ごめんね、市井ちゃん。私、市井ちゃんを泣かすつもりなんて全然なかったのに。
何やってんだろう私・・・・お願い、泣かないで・・・・・」
次の瞬間、私の頭は、後藤の柔らかい両腕に包まれていた。
「ごめんね、市井ちゃん・・・・・・ごめんね・・・」
後藤の声も涙で震えていた。
後藤は私が泣き止むまで、ずっと頭を撫で続けてくれていた。
さっきまで、あれほど私を罵倒していた後藤が、今は私の髪を優しく撫でている。
私は、「どうして、こんなに後藤に振り回されなきゃいけないの」と思う反面、
まるでお母さんに抱かれているような不思議な温かさも感じていた。
(これじゃ、いつもと逆だよね・・・・)
「もう、大丈夫だから」
そう言って私は顔を上げ、ずっと握り締めていた右手を緩めた。
『午後8時20分ちょうどをお知らせします。ピッ ピッ ピッ ポーン』
相変わらず間の抜けた時報。
2人で顔を見合わせて笑ってしまった。お互い化粧の崩れ落ちた、誰にも見せられない笑顔だった。
それが私が初めて後藤に泣かされた、午後8時20分の出来事だった。
- 85 名前:名無し読者 投稿日:2001年01月24日(水)10時48分36秒
- わくわくどきどき
- 86 名前:名無し読者 投稿日:2001年01月27日(土)01時22分58秒
- 苺魔願
- 87 名前:名無しさん 投稿日:2001年01月28日(日)07時27分43秒
- 文章、上手いと思う
く〜、続き読みて〜
- 88 名前:名無しさん 投稿日:2001年01月30日(火)23時43分47秒
- あれから、ずい分いろいろな事があった。
紅白、16歳の誕生日、あやっぺの卒業、ちょこっとLove・恋のダンスサイトミリオン突破、CM、
ドラマ、映画、初めての後藤・圭ちゃんと別々のユニット、レギュラー番組・・・・・・・
こんな短期間に、これだけたくさんの事があったのは、後にも先にも、この時だけかもしれない。
けれど、この一つ一つの事が確実に私を変えていった。
- 89 名前:名無しさん 投稿日:2001年01月30日(火)23時45分16秒
- 私は、ある人に電話をしていた。
「あっ、もしもし明日香?」
久しぶりに聞く明日香の声は、少し大人っぽく感じた。
私達は、しばらく昔の話や、音楽の話を笑いながらも、懐かしくしていた。
「あのさぁ、明日香・・・・私ね、娘。辞める事にしたんだぁ」
電話越しに少し驚いている明日香の声が聞こえた。
「私さぁ、作詞とか作曲の勉強したいんだぁ。だから留学して、向こうの音楽や英語も勉強したいし。
それで、いつかは、シンガーソングライターとしてデビュー出来たらなぁ〜って思ってるの」
思い切って伝えてみた。明日香はどう思ってるんだろう。一瞬不安になった。
けれど、明日香は、最初さえ驚いたものの、私の気持ちをすぐに理解してくれて、応援してくれた。
なんだか、昔から明日香に認めてもらえると自分は正しかったんだという気持ちになれたことが多かった。
「これ言ったの明日香が初めてなんだからね。覚えてる?『ビッグになってやる』って」
私は、ちょっとクサイ言葉に、思わず照れ笑いをしてしまった。
「あの時、明日香と約束したから、一番最初に明日香に伝えたかったんだぁ」
最後に明日香は「良い曲じゃないと買ってやんないよ」と、彼女なりの心からの応援の言葉を送ってくれた。
「ありがとう、明日香」
私は自分の決心が、再び固まったのを確信していた。
- 90 名前:名無しさん 投稿日:2001年01月30日(火)23時45分58秒
- それから、私達は4人の新メンバーを迎えた。
その頃の後藤は、新メンバーの話題になると明らかに暗い表情をしていた。
私も後藤が入って来た頃は、不安で一杯だったから、しょうがないかと
その時は敢えて深くは考えていなかった。
私の脱退を知っている事務所は、当然私を誰の教育係にも付けなかった。
けれど、私の性格上、戸惑っている新メンバーの姿を目にすると、どうしても放ってはおけず、
ついついあれこれと世話を焼いてしまっていた。
そして、そんな私の行動が、後藤を苦しめてしまっていた事に気付いたのは、それから随分後のことだった。
最近後藤は直っていた筈の遅刻を再びするようになり、収録中も覇気が感じられずボーっとする事が多かった。
そして、どことなく私のことを避けているようにも感じていた。
(「後藤、どうした?何かあった?」)
のど元まで出かかった言葉。前だったら、何の躊躇もなく発することが出来た筈の言葉だった・・・・
後藤を救ってあげたい。
けれど、脱退の後ろめたさと、ここで声を掛けてしまったら、きっと後藤は変われなくなるという思いが
私の行動を寸前で止めていた。
- 91 名前:名無しさん 投稿日:2001年01月30日(火)23時46分42秒
- 「紗耶香、ちょっとええか?」
そんな後藤の態度に気付いたのは、やっぱり裕ちゃんだった。
「最近、後藤おかしなってへんか?」
いつになく、裕ちゃんの顔つきは真剣だった。
「おかしいって?」
「遅刻は急に増えとるし、全然やる気ないやん?紗耶香ちょっと注意してやった方がええんちゃう?
あたしが出てっても、ややこしい話になりそうやし」
裕ちゃんの意見はもっともだった。それだけに私は苦しかった。
「でも、私、もう後藤の教育係じゃないし。逆にあの子だって、もう加護の教育係任されてる立場だから
私の出る幕じゃないと思うよ」
自分の言葉に胸の痛みとそこはかとない淋しさを感じた。
「う〜ん、そうかぁ?前の紗耶香やったら、真っ先に気付いてガツンと注意しっとったと思うけどなぁ」
裕ちゃんは腕を組んだまま、しばらく考え込んでいた。
そんな裕ちゃんの淋しそうな顔を見ているのが辛くて、私は少し視線をそらした。
(ごめんね、裕ちゃん。私、もうすぐ脱退するんだぁ)
いつまでも、後藤の教育係じゃ後藤にとっても私にとっても、決して良いことじゃないと思うから・・・・
- 92 名前:名無しさん 投稿日:2001年01月30日(火)23時47分52秒
- そして、1週間後、メンバーに私の脱退は告げられた。
それでも、当然だけれど仕事は待ってはくれない。メンバーの泣き腫らしたような顔を見るのが辛かった。
明日香やあやっぺも、あの時こんな気持ちだったんだろうか。ふと、そんなことを思った。
でも、やっぱり一番気掛かりだったのは、後藤のことだった。
後藤の表情は、いつか、あの踊り場で佇んでいた時の、
まるで喜怒哀楽を放棄してしまったかのようなものだった。
私は、一体どうすればいいんだろう。
後藤にしてあげれる事は、今の私にはもう一つもないような気がしてしまう。
考えれば考えるほど、答えは遠のき、頭の痛みだけが残った。
こんな時、頼れるのはやっぱりあの人だった。
- 93 名前:名無しさん 投稿日:2001年01月30日(火)23時48分34秒
- 「圭ちゃん、ちょっといい?」
圭ちゃんはこの2~3日泣き腫らしたのか、目の周りが赤く腫れていた。
圭ちゃんのそんな顔が私の胸を締め付け、言葉を躊躇してしまった。
「どうしたのよ?紗耶香」
それでも、圭ちゃんはいつもと同じ口調で答えてくれた。
私が逆の立場だったら、こんな風に出来ただろうか。
(ずっと一緒にがんばろうね)ってたんぽぽに落選した時に誓ったのに、私はそれを裏切ってしまった。
ほんとは私の顔なんて見たくないのかもしれない。
それが、圭ちゃんの優しさだっていうのは十分分かっていた。
「後藤のことなんだけどさぁ・・・・・・」
それでも、私は圭ちゃんに甘えてしまった。
「ちょっと、紗耶香、少しは私の心配もしなさいよね」
そう言って圭ちゃんは笑った。いや、本当は泣いてるのかもしれない。
「ごめん・・・・圭ちゃん・・・・・」
「ジョーダンだってば・・・でもないんだけどね・・・まぁいいや。私も紗耶香に前から話そうと思ってたし」
「えっ!?何?」
「あのさぁ、新メンバー入ってきてから後藤って急に変わっちゃったと思わない?」
(やっぱり、圭ちゃんも気付いてたんだ。)
- 94 名前:名無しさん 投稿日:2001年01月30日(火)23時49分07秒
- 「でもさ、なんか無理して、わざと態度悪くしてたように見えるんだよねぇ」
圭ちゃんは遠くを見つめるような視線で言った。
「え!?無理してって?」
私は圭ちゃんの意外な言葉に少し驚いて尋ねた。
「紗耶香がさぁ、前に言ってたことあったじゃん。後藤に橋本さんとられちゃった気がしたって。
新メンバーが入ってきて、後藤も紗耶香に対して、そういうヤキモチって言ったら変だけど
同じような気持ちになっちゃったんじゃない?」
圭ちゃんは更に話を続けた。
「それなのに、紗耶香は新メンバーの面倒結構見てたから、余計に自分の教育係だった筈の紗耶香を
とられちゃったって思っちゃったんじゃないかな。
それで、無意識に紗耶香に注意を受けるような態度を取ってたんじゃないかなぁっていうのが
一応、一番身近で紗耶香と後藤を見てきた私の考え」
目から鱗が落ちた気分だった。
あの時、私がアイツと後藤に抱いた感情を、今、後藤は私と新メンバーに対して抱いている・・・・・
あの時あんなに苦しんでいた想いを、今まで、私が後藤にさせてしまっていたんだ。
- 95 名前:名無しさん 投稿日:2001年01月30日(火)23時49分39秒
- 「そこへきて、紗耶香が卒業しちゃうなんてこと聞いたから、もう後藤もどうしていいか、自分でも
分からなくなっちゃってんじゃないかな」
圭ちゃんはそう言った後、何かに耐えるように唇を1回噛みしめた。
そうだ、きっと、今の後藤は、あの頃の私の何倍も苦しんでいるに違いない。
後藤のことなら何でも分かってるつもりだった。それが教育係として当たり前だと思っていた。
けれど、私は一番大事なことに気付いてあげれていなかった。ごめんね、後藤・・・・・・・
さっき見た後藤の顔が頭の中に現れる。
とにかく、後藤に1秒でも早く会いたかった。
「圭ちゃん、ありがとね」
私はもしかして、今まで後藤から逃げていたのかもしれない。
ただ自分が傷つき、疲れるのが嫌で、後藤のために声を掛けない方が良いと思い込ませていたのかもしれない。
けれど、圭ちゃんのおかげで、私はやっと後藤とちゃんと話をする決心がついた。
会って何を話すのかは全く思いつかない。
それでも、私の体は勝手に後藤を探していた。
- 96 名前:名無しさん 投稿日:2001年01月30日(火)23時50分22秒
- 「後藤、ちょっと待って」
帰宅しようと事務所の玄関を出掛かった後藤を私は急いで呼び止めた。
後藤は私の声に驚き、ビクッと立ち止まった。
「ちょっとさぁ、私に付き合ってくれない?」
後藤の返事も待たず、強引に手首を掴み事務所の外へ連れ出した。
返事を待っていたら、きっと後藤は逃げてしまう気がしたから・・・・・・・
初めて後藤に説教したときの事を急に思い出した。
そういえば、こんな風に強引に腕を掴んで連れ出したっけ・・・・・・
一言も言葉を発しない後藤は、一体今、どんな表情をしているんだろう。
振り向くのが恐かった。今、後藤の顔を見たら私は立ち止まってしまう気がして、ただひたすら前を見続けた。
しばらくして、私達は、ある場所に着いた。
オフィスビルが建ち並び、生活感が全くしない場所に、ぽつんと存在する公園。
ここだけは時間の流れが止まっているような不思議な空間だった。
いつだったか、プッチの合宿でフラフープをしていた、あの公園に私達は来ていた。
暮れかけている夕日は、向こうのビルを恐いくらいオレンジ色に染めていた。
- 97 名前:名無しさん 投稿日:2001年01月30日(火)23時50分55秒
- 「ねぇ、ここ、すっごい懐かしくない?事務所から結構近いのに、あれ以来全然来てなかったもんね。
まぁ、忙しくて公園なんか来てる暇なかったけどね」
そう言って後藤に笑いかけてみた。後藤と仕事以外で話をするのは久しぶりな気がした。
けれど、後藤は私と目も合わそうとはしなかった。
私はブランコに座り、少しこいでみる。
「ねぇ、後藤もブランコ乗らない?結構気持ちいいよ」
「・・・・・・・・」
後藤は俯いたまま何の反応もしなかった。
このまま放って置いたら、後藤は消えてしまいそうな気がして、私は慌てて声を掛けた。
「後藤、寒くない?」
「・・・・・・」
「後藤、夕方に帰れるなんて久しぶりだよね」
「・・・・・・」
「後藤、立ったまんまじゃ疲れちゃうよ」
「・・・・・・」
「後藤・・・・」
「・・・・・・」
「ごめんね・・・・」
一番伝えたかった言葉。後藤に伝わっただろうか・・・・・
「・・・・つき・・・市井ちゃんの嘘つき・・・」
俯いたままの後藤の口から、この日初めて私に発せられた言葉。
私は急いでブランコを止めた。
(また、嘘つきって言われちゃった・・・)
後藤の目から、零れ落ちる水滴が渇いた地面に黒点をつけた。
- 98 名前:名無しさん 投稿日:2001年01月30日(火)23時51分40秒
- 「後藤」
「市井ちゃん、言ったじゃん。市井がついてるからって、信用しろって・・・・
困ったことがあったら、すぐに言うんだよって・・・これから、どうすれば・・っく・・いいの・・」
それ以上、言葉にはなっていなかった。
私は慌てて立ち上がり、後藤を抱きしめた。
「市井ちゃんなんてキライ・・・市井ちゃんなんて・・・ひっく・・・っく・・」
私の胸に顔をうずめたまま、何度も何度も後藤は繰り返す。
後藤の言葉が直に私の体に響いてきた。
「ごめんね、後藤。私さぁ、後藤のこと何でも分かってるつもりでいて、
一番肝心な事に気付いてあげれてなかったよね。ダメな教育係だよね」
後藤の震える肩を力一杯抱きしめた。
後藤の涙が、私のブラウスに染み込み、胸の辺りがひんやりとした。
「それにね、ほんとは後藤が思ってる程、私強くなんかないんだよ。後藤の前ではカッコつけて
強く見せてただけなんだぁ。ほんとは後藤より泣き虫なんだよ・・・知ってた?」
私の声は震えていた。涙が滲んできて、視界が歪んでいく。
- 99 名前:名無しさん 投稿日:2001年01月30日(火)23時52分34秒
- 「でもね・・・後藤の教育係やって、ちょっとずつ変わってこれたんだぁ。夢も見つけられたしね。
たぶん、後藤じゃなかったら、私ダメだった気がする・・・だから・・後藤に会えて本当に良かったよ・・
・・ありがとね、後藤・・・私も・・後藤が・・・大好きだよ・・・・」
最後は涙で、ほとんど言葉になっていなかった。
けれど、私の気持ちは後藤に伝わっているはずだと確信していた。
「ほんとに?」
後藤は私の胸から顔を上げ、潤んだ瞳で訊いてきた。
私は大きく一度頷いた。
後藤はいつまでも、私から離れようとはしなかった。
そして、私もそんな後藤が愛しくて、いつまでも抱きしめ続けた。
グゥ〜〜〜
後藤のお腹の鳴る音が直接私の体に響いてきた。
「ごとぉ!」
「だってぇ〜」
私達は泣きながら笑った。バカみたいにいつまでも・・・・・・・・
「よし!ラーメンでも食べてくか?」
「うん」
そう頷いた後藤の顔は、涙で化粧がボロボロのくせに、今までで、一番可愛く見えた。
- 100 名前:名無しさん 投稿日:2001年01月30日(火)23時53分04秒
- そして、2日後。
他の10人のメンバーが、私の脱退後にO.A.される歌番組を収録している中、私はある作業をしていた。
「それじゃ、このテープにお願いします」
「はい、分かりました」
若いスタッフは、私に1本のカセットテープを差し出すと、部屋を出ていった。
私はポケットから、昨日家で書いてきたメモ書きを取り出そうとして、1枚を床に落としてしまった。
「おっと、こっちは違うんだった」
落としたメモ書きを拾い上げ、もう一度ポケットに仕舞い込んだ。
「なぁ〜に?これ?この赤いボタンがそうなのかなぁ?録れてればいいけどなぁ」
一つ咳払いをして、声を整えた。
そして、もう一方のメモ書きを広げた。
カチッ
テープは回りだした。
- 101 名前:名無しさん 投稿日:2001年01月30日(火)23時53分49秒
- 「Dear タカさん、中居君へ」
私は、ゆっくりとメモ書きを読み上げていく。
「次、ごとぉ。後藤は、私の妹みたいだったよ。今度は新メンバーをあなたが教えるべきです。頑張ってね」
おととい、あの公園で見た後藤の涙でグシャグシャの笑顔が目の前に浮かび、一瞬涙が零れそうになった。
「以上、こんな10人ですが、タカさん、中居君よろしくお願いします。そして、ありがとうございました。
Fromかあさんこと市井紗耶香でした」
カチッ
停止ボタンを押した。
なんだか、緊張してしまい、一人で苦笑いをしてしまった。
けれど、どことなく満足感もあった。
メンバー、そして、後藤はこのメッセージを一体どんな顔で、聞くのだろう。
私はその頃、何をしているんだろう。
ふとそんなことを思った。
そして、私はさっきポケットに仕舞い込んだ、もう一枚のメモ書きを取り出し広げてみた。
きっと、誰にも見せることのない手紙・・・・・・・
- 102 名前:名無しさん 投稿日:2001年01月30日(火)23時56分18秒
- 『 Dear後藤
後藤、9ヶ月間、本当にありがとね。
覚えてる?私達が初めて会った日のこと。ラブマのジャケ写の日だったよね。
私は、昨日の事のように覚えてるよ。まさか、自分より年下だとは思わなかったよ。
正直言うとね、最初は後藤って私の苦手なタイプだなぁって思ってたんだぁ。
だって、金髪だったし・・・・(笑)
それに、初日から堂々としてたから、なんか自分とは正反対の強い人なのかなぁって思ってた。
でも、全然違って泣き虫だったね。私も人のこと言えないけど(笑)
そういえば、覚えてる?
私が後藤を楽屋から連れ出して説教した日のこと。後藤、急に泣き出すんだもん。
私、あの時内心「どうしよう・・・泣かしちゃったぁ」ってめちゃくちゃ焦ってたんだよ。
あと、後藤に階段から、突き落とされたこともあったね(笑)
マジでビビったよ。痛かったけどさぁ、あの時初めて、後藤と本気で分かり合えた気がしたよ。
あぁ、あと、後藤に初めて泣かされた、あの携帯の時報。あの時の私、カッコ悪かったよね(笑)
ほんとあの時はマジで頭キタけどさぁ、私が泣き止むまでずっと、
頭撫でてくれてた後藤はすごくあったかくて、お姉ちゃんみたいだったよ。
それと、この前の公園のこと。
あんなしんみりしてるところで、普通お腹鳴るかぁ?なんか、後藤ってマンガみたいだよね(笑)
でも、あの時の後藤って、めっちゃくちゃ可愛かったよ。
これから、ラーメン食べる度に、このこと思い出すのかなぁ?
なんか、今思い返すと私と後藤って、泣いてるか、爆笑してるかのどっちかだったと思わない?
後藤みたいな人、今まで一人もいなかったよ(笑)
なんか、おかしいよね、私達って。
でもね、この前も言ったけど、後藤には、すごく感謝してるんだよ。
私が後藤に教えてるんだけど、同時に後藤からも、たくさんのことを教わってたからね。
だから本当に後藤に出会えて良かった。
これからは、いつも傍にはいれないけど、後藤に何かあったら飛んで行くからね。
だから、困った時や、辛い時は、我慢しないでちゃんと言うんだよ。
市井がいつでも癒してあげるから(笑)
がんばれ!ごとぉ!(しんちゃん風)
市井もがんばるから。
本当に今まで、どうもありがとう。大好きだよ。
From 姉ちゃん 市井紗耶香 』
- 103 名前:名無しさん 投稿日:2001年01月30日(火)23時56分56秒
- 2000年5月21日 日本武道館
「モーニング娘。に入ってからの2年間は私にとって喜びや驚きの連続でした・・・・」
11000人の歓声に包まれ、私はモーニング娘。そして、プッチモニを卒業した。
正直、私の選択は正しかったのか、今でも不安に思う時がある。
けれど、本当に自分がやりたい道だと確信したから、私はこれからどんな辛い事があっても
乗り越えていこうと思う。
いつまでも、止まっていられないから。
そして
『生きることは変わること』だから・・・・・・・
- 104 名前:エピローグ 投稿日:2001年01月30日(火)23時58分09秒
- 『キーン コーン カーン コーン キーン コーン カーン コーン』
遠くから聞こえてくる、相変わらず間の抜けた学校のチャイムで私は目を覚ました。
(あれぇ?私いつの間に寝ちゃったんだろう)
気付けば、さっきは真上にあった筈の太陽が、今はだいぶ西へ傾き、
暖かかった公園の芝生が少しひんやりと感じる。
「はぁ〜」
大きくあくびをし、1回伸びをしてみた。
「けど、やけにリアルな夢だったなぁ。なんだったんだろう」
普通、予知夢ってのはあるけれど・・・・・
そんなことを考えていたら、少し可笑しくなり笑ってしまった。
横に置いといたギターを少し弾いてみる。
たまに私はこうして、家の近所の公園で日向ぼっこをしながら、ギターの練習をする。
腕時計に目をやった。
(あ、もうこんな時間かぁ。そろそろか・・・・・)
私はある人と待ち合わせしていた。
- 105 名前:エピローグ 投稿日:2001年01月30日(火)23時59分18秒
- 「市井ちゃ〜ん」
声のする方向を見ると、えらく派手な服装に厚底を履いた人が手を振りながら満面の笑みで走ってくる。
周りの風景とのアンバランスが可笑しかった。
「後藤、久しぶり」
「久しぶり〜!市井ちゃん」
「あれっ!?後藤ちょっと痩せた?」
「あはははは〜、市井ちゃんタモさんみた〜い」
そう言って笑い転げている後藤に(はぁ?そこまで笑えることかぁ?)と疑問を抱きつつも
私は後藤の笑顔に少しホッとしていた。
後藤は仕事のこと、メンバーのこと、新曲のことを目を輝かせて私に話し続けた。
「あっ、そういえば、この前うたばんの収録あったんだよ」
「へ〜、どうだった?またゲームでもやったの?」
後藤があの事を話そうとしてるのはすぐ分かったけれど、ちょっと気恥ずかしくなり私はわざとトボケてみた。
「ゲームもやったけど、て・が・み。市井ちゃんいつの間に録ってたのぉ?
みんなめちゃくちゃ泣いてたよ。私も泣いちゃった、あは」
私はなんだか、照れくさくなって、後藤から視線をはずした。
「でも、市井ちゃん、私への手紙短すぎるよ。圭ちゃんや裕ちゃんの方が全然長かった」
そう言って後藤はちょっとふくれた顔をした。
「だから、あれだよ・・・年功序列?っつーかさ、やっぱり年上の人を立てないといけないじゃん」
私はとっさにごまかした。
- 106 名前:エピローグ 投稿日:2001年01月30日(火)23時59分56秒
- そういえば・・・渡せないでいた、もう一つの後藤への手紙・・・私はポケットに手を入れてみた。
渡すつもりはないのに、いつもポケットに入れてしまう手紙。
一体この手紙を後藤に渡せる日は来るのだろうか。
後藤の結婚式にでも読んでやろうかなぁ・・・ふと、そんなことを考えたら少し可笑しくて笑ってしまった。
「あぁ、今市井ちゃん、思い出し笑いしたでしょ?ねぇ、何思い出したの?」
「別に何でもないよ、それより市井はお腹空いちゃった。とりあえずご飯でも食べに行こうよ」
そう言って私は立ち上がった。
「ねぇ、教えてってば、ずるいよぉ」
後藤はほっぺを膨らませた。
「もぅ、かわいいなぁ、ごとぉ」
後藤の顔がニヤケル。この一言で後藤はいつも何も言えなくなる。
- 107 名前:エピローグ 投稿日:2001年01月31日(水)00時01分05秒
- ふたり並んで歩くのは久しぶりだった。
「ねぇ、市井ちゃん」
ふいに後藤が話し掛ける。
「ん?何?」
「あ、あのさぁ・・・市井ちゃんにとって・・・私ってどんな存在?」
横を向くと後藤は少し照れ臭そうに、俯いて歩いていた。
「はぁ?どうしたの急に」
「べ、別に急にって訳じゃないんだけどね・・・前からちょっと聞いてみたかったんだぁ。やっぱり妹?」
私は少し考え、口を開いた。
「う〜ん、妹ともちょっと違うかなぁ」
「えっ!?じゃぁ、何?・・・ただの・・・友達?」
「友達とも違うかも」
「えっ!?じゃぁ・・・もしかして・・」
後藤の顔は急に赤くなった。
「おっと、恋人でもないからね」
私は後藤が可愛くて、ちょっといじわるを言ってしまった。
後藤は少し淋しそうな顔をして、訊いてきた。
「じゃぁ、何なの?」
- 108 名前:エピローグ 投稿日:2001年01月31日(水)00時01分43秒
- 私は立ち止まり言った。
「後藤はねぇ・・・・ごとぉ」
「はぁ?何それ?市井ちゃん答えになってないよぉ」
「だからぁ、私にとって後藤は他の人とは代えられない、ごとぉって存在なの」
「えぇ〜・・・それって、いいことなの?」
後藤は不安気に訊いてきた。
「当たり前じゃん。友達よりも恋人よりも特別な存在だよ。私の人生でたった一人のごとぉって存在なんだから」
そう言って私は再び歩き出した。
「じゃぁ、私にとっても市井ちゃんは、市井ちゃんっていう存在だぁ。あは」
しばらく考え、後藤は嬉しそうにそう言うと、走って私を追いかけてきた。
(かわいいなぁ、ごとぉ、マジで)
お互い年をとって、腰の曲がったおばあさんになっても、きっと、こんな風に私は言うんだろうな。
なんだか、可笑しいような、嬉しいような、そんな気持ちになった。
見上げた空は雲ひとつないきれいなオレンジ色をしていた。
〜おわり〜
- 109 名前:あとがき 投稿日:2001年01月31日(水)00時03分22秒
- こんな駄文にお付き合い下さった方々、本当にどうもありがとうございました。
私は、小説を書くことに関しては、全く知識0でしたが、下手くそながらも、一応最後まで、
書くことが出来て本当に良かったと思っています。
実は最初は、もっとドロドロした三角関係と、それが原因で傷害事件まで起こしてしまう狂気の後藤、
そして、そんな後藤に怯え続ける市井といったような、現実から遥かにかけ離れた構想を持っていました。
ところが、途中で実際に本人達が発言した言葉などを入れてしまったため、なんとなく書き辛くなり、
全く方向を変えてしまいました。
一番悩んだ所は、エピローグでした。
市井と待ち合わせしていた人物を後藤にするか、福田にするかで、ずい分悩みました。
悩みに悩んだ結果、アミダくじで決めました。(笑)
どちらが良かったのか、未だに迷うところですが・・・・・・
一応エピローグは時間が1の場面に戻り、本編はすべて、うっかり公園で寝てしまっていた市井が見ていた
長い夢だったという設定にしてあるんですが、分かり辛かったかもしれないですね。
最後にまとめて、書き込みして下さった方々に、レスしようと思っていたので、お礼が遅くなりましたが、
皆さんの書き込みが、書く上でとても励みになりました。
本当にありがとうございました。
読み返してみると、反省すべき点は多々ありましたが、なんとか無事、終えることが出来て、
ホッとしています。
本当にどうもありがとうございました。
- 110 名前:名無しさん 投稿日:2001年01月31日(水)00時05分31秒
- >5,26,27,28,33,34,44読者Rさん,50,56,63名無し読者さん
ありがとうございました。とても励みになりました。
>>25
私も、福田は市井にとって、キーパーソンの1人だと思っていたので、
本当は前編でもっと登場させたかったのですが、なかなか思うように書けませんでした。
あとがきでも書いたように、エピローグでも最後まで迷っていたのですが、すみませんでした。
>>51 ティモさん
感動していただけると、とても嬉しいです。
以前ASAYANで「絶対失敗しちゃうんですよ」と、伏し目がちで呟いていた後藤が印象的で、
このシーン(踊り場)を考えました。
暴走する後藤を決して責めない市井の寛容さや包容力が、少しでも描ければと思って書きました。
>>55 桃色の蜘蛛さん
ありがとうございます。あとがきの通り、最初は現実と掛け離れた展開にしようとしていたのですが、
途中で180°方向を変え、なるべく誇張せずに、少しでもリアルに描こうと考え直しました。
でも後半はちょっと臭すぎましたよね。
- 111 名前:名無しさん 投稿日:2001年01月31日(水)00時07分06秒
- >>71
生々しく感じて頂けると嬉しいです(笑)
本当はこの段階では、もう少し人間臭さというか、後藤に対しての嫉妬心のような市井の女心の部分を
表したかったのですが、やっぱり難しいですね。
>>72
最高の褒め言葉をありがとうございます。
実は途中で、会話が思い浮かばなくなり、だったら本人達の会話を使っちゃおうと安易に考え
何となく、今までテレビやラジオで見たり聞いたりしていたものの中から、
印象に残っていた会話などを使わせてもらいました。
その結果、最初の構想とは全く違う方向へ進んでしまいましたが・・・・・
>>73
ありがとうございます。
読みにくくないだろうか、といった点が一番気掛かりだったので、レスを頂いた時ホッとしました。
自分の場合は、ただボキャブラリーが乏しいので、装飾が出来なかったのですが、その点が
読み易いと言って頂けると、ありがたいです。
- 112 名前:名無しさん 投稿日:2001年01月31日(水)00時08分56秒
- >>74
今回私は、師弟・友達・ライバル・恋人とかではなく、お互いの存在そのものが、他の人では代役にならない
唯一の関係のような世界を描きたかったのですが、いざ文章にするとなると本当に難しいですね。
>>75
すみません。御期待に沿わなかったかもしれませんね。どうでしょうか?
何度も書いていますが、最初の構想では、もっと凶悪でエキセントリックな後藤と弱弱しい市井
といった感じのちょっと異色ないちごまを描きたかったのですが、申し訳ないです。
>85名無し読者さん,87名無し読者さん,88さん
更新が遅れてすみませんでした。
甘いいちごまシーンを書かなかったので、ご期待に答えられなかったかもしれませんが、どうでしょうか?
今こうしてレスしていると、何か言い訳がましい気が自分でもしてきましたが、
本当に皆さんのレスがありがたかったです。
どうもありがとうございました。
- 113 名前:名無し読者 投稿日:2001年02月01日(木)04時14分23秒
- 作者さん、お疲れさまでした。
そして、良い小説を読ませて頂き有難うございました。
大変だとは思いますが、また次回作を書いて欲しいです。
- 114 名前:74 投稿日:2001年02月01日(木)22時41分15秒
- ここのいちごまは単に甘々(それはそれでまたよいが)
ではなくて、ほんと今までにない感じでグーです。
作者さん、次に書く予定は??ストーカーばりのごま希望。
- 115 名前:作者です 投稿日:2001年02月03日(土)01時29分54秒
- >>113
>>114
ありがとうございました。
実は次の話が思い浮かんで、書き始めているんですが
市井吉澤中心(後藤も出てきますが)にしようと思っているんですが
やっぱり、市井後藤中心の方がいいですかね?
もし、キャスティングを変えると
市井後藤中心で(安倍も出ますが)って感じになっちゃいます。
どっちにしても( )の中の人物もかなり重要な感じにしようと思っているんですが・・・
「彼女と彼と彼女の事情」とは掛け離れたちょっとアウトロー?で男っぽい市井
の感じで書いています。
吉澤が市井に想いを寄せるっていう感じはあまり興味ないですか?
- 116 名前:名無し読者 投稿日:2001年02月03日(土)03時58分43秒
- 作者さんの書きたいものを書かれるのが一番だと思います。
どうなるにせよ、結局読んでる方もそれが一番楽しめるんじゃないかな。
内容は問わないので、ただここの作者さんの新作が読みたいです。
- 117 名前:名無し読者 投稿日:2001年02月03日(土)06時52分40秒
- 自分は、男っぽい市井大好きなんで、相手は誰でも構わないです。
別に、吉澤が市井に想いを寄せているという設定はいいと思いますよ?
- 118 名前:名無し読者 投稿日:2001年02月03日(土)12時30分28秒
- いちよし、大歓迎です。
是非書いてください。
- 119 名前:名無しさん 投稿日:2001年02月03日(土)17時22分40秒
- いちよし、ええんちゃう。
作者さんに期待。
- 120 名前:すなふきん 投稿日:2001年02月03日(土)21時18分07秒
- いちよし、読んでみたいですね〜。
期待してます。
- 121 名前:名無し読者 投稿日:2001年02月03日(土)23時11分42秒
- いしよし読みたいですね
なっちも出るなんて興味がかなりひかれます
作品楽しみにしてます!
- 122 名前:作者です 投稿日:2001年02月04日(日)00時16分41秒
- >>116-121
みなさん御意見ありがとうございました。
みなさんのおっしゃる通り最初に書こうと思っていた市井吉澤中心でいこうと思います。
>>121
名無し読者さん
なっちは後藤主人公の場合の時の登場予定だったので、たぶん出ないと思います。
もし書けるようでしたら出てくるかもしれませんが、おそらくないと思います。
すみません。
明日あたりから始める予定です。
設定(特に市井)は、かなり現実離れしてしまっています。
内容は決して爽やかなものではないと思いますが
タイトルは「水色パーカーの君(きみ)」です。
- 123 名前:水色パーカーの君 1 投稿日:2001年02月04日(日)23時39分27秒
- 「おい、何やってんだよ!早く逃げるぞ」
「あっ、はい、で、でも腰が・・・・・」
「バカ、それくらいの血見て、腰抜かしてどうすんだよ!たくっ、しょうがねぇなぁ」
そう言って市井さんは私の肩を抱きかかえるようにして、立ち上がらせてくれた。
ピーポー ピーポー ピーポー ピーポー
パトカーのサイレンがすぐそこまで近づいていた。
「たくっ、おまえのせいで走るはめになっちゃったじゃんかよ」
そう言いながらも市井さんは私の手をしっかり掴んで、ひっぱってくれた。
相変わらず言葉は悪いし乱暴だけれど、私の手を握る市井さんの手はとてもあったかくて安心する。
例えこの先がどんなに危険な道だとしても、絶望しか待っていないとしても、
それでも私は・・・・私は、市井さんの傍から離れたくなかった・・・・・・・
- 124 名前:水色パーカーの君 2 投稿日:2001年02月04日(日)23時40分35秒
- 私達は雑居ビルの隙間を抜けうまくパトカーをかわした。
市井さんはこの辺の土地にも明るく、例えすぐそばまで警察が迫ってきたとしても
決して捕まるような人じゃなかった。
「なぁ、お腹空かない?」
「ラーメンでいいよな?」
市井さんは私の返事も聞かず、古ぼけたラーメン屋ののれんをくぐった。
私も慌てて市井さんについて入った。
「ネギラーメン2つ」
ろくにメニューも見ず、ぶっきらぼうに注文すると、市井さんはセブンスターを1本くわえた。
市井紗耶香。
私より2歳年上、本人は家族はなく天涯孤独の気楽な身分だと言っていた。
職業は・・・・・なんでも屋といったところだろうか。
昔は○○組といった感じのちょっと恐い組織に所属したこともあったようだけれど、
もともと人と群れることは好きじゃないらしく、もっぱらその手の人からの依頼により
時には借金の取り立て代行、時には運び屋、時にはお偉いさんのSPといった感じだろうか。
とにかくケンカが強く、そして何より頭がものすごくキレる人だ。
それに比べ私はというと・・・・名前は吉澤ひとみ。市井さんとは全く逆のタイプの人間という感じ。
ケンカは弱く度胸もないし、おまけによくヘマをやっては市井さんに怒鳴られる毎日。
それでも私が市井さんから離れたくない理由はというと・・・・・・・・・
- 125 名前:水色パーカーの君 3 投稿日:2001年02月04日(日)23時42分22秒
- それは1年前のことだった・・・・
その頃、私の父は外に女を作り、母にそのことがバレ我が家は修羅場を迎えた。
そんな家にいるのがうんざりで、私は置き手紙を残して夜の街を一人彷徨っていた。
あんなにお酒を飲んだのは生まれて初めてだった。
酔いつぶれて公園のベンチで眠っていると、何かが足に触れた気がして私はハッと目を覚ました。
「キャ〜!な、何するんですか!やめてください」
3人の男の影が私に覆い被さろうとしていた。
「ちっ、目覚ましやがったか」
「へ〜、結構べっぴんさんじゃん。ラッキー」
そう言うと1人の男が私の上に跨ってきた。
「いやぁ、やめてぇ〜」
渾身の力で抵抗したけれど、男3人に敵う筈はなかった。
「騒ぐんじゃねぇよ。ケガするぜ」
男は私の手首をぐっと掴み思い切りひねった。
腕の痛みと恐怖とで涙が溢れてきた。
そして男は私のブラウスを乱暴に破いた。
ボタンが飛び散っていくのがまるでスローモーションのように見えた。
気を失いかけた瞬間だった。
- 126 名前:水色パーカーの君 4 投稿日:2001年02月04日(日)23時43分15秒
- 「おい、何やってんだよ!」
向こうの方から男の人・・・・いや、女の人の声が聞こえた。
覆い被さっていた男達が一瞬手を緩め、一斉に声の主の方を見た。
公園の電灯が逆光になり、その顔は見えなかったけれど、その影はだんだん近づいてくる。
(誰だろう?・・・・とにかく・・・助けて下さい)
「はぁ?女の子がそんな乱暴な言葉使っちゃいけませんよ〜」
そう言って1人の男がニヤニヤと笑いながら彼女に近付いていった。
「へ〜、君もスゲェ美人じゃ〜ん。今日はツイてるなぁ。まとめて犯っちまおうぜ」
そう言って男が彼女に手をかけようとした時だった。
彼女はまるでボクサーのように素早く身をかわし、男の顔面を思いきり一発パンチした。
男は弧を描いて地面に倒れ込んだ。
「貴様、なめたマネすんじゃねぇぞ。痛い目に遭わないと分からないようだな」
私に覆い被さっていた残りの2人の男達も一斉に彼女に襲いかかろうとした。
彼女はまるでシャドウボクシングを楽しむかのように、次々に男を殴り倒していった。
「女は泣かしながら犯るもんじゃないだろ。喜ばせて抱くもんだ」
彼女は全く息も乱さず、そう言った。
「ち、ちくしょう。今度会ったら、ただじゃおかなねぇからな」
三流ドラマのセリフのような情けない言葉を吐き、男達は腰を抜かしたような格好で逃げていった。
(一体この人・・・・何者なの?・・・・)
- 127 名前:水色パーカーの君 5 投稿日:2001年02月04日(日)23時44分05秒
- 徐々に彼女は私に近づいてきた。
そして私の目の前へ来て、まだ倒れたまま茫然としていた私に向って言った。
「あんたも悪いよ。こんな時間に女1人でいるなんて、犯ってくれって言ってるようなもんだよ」
涼しげな目元、スーッとした鼻すじ、キリッとした口元、あまりに整った顔立ちに私は一瞬ドキッとした。
しばらく、ボーッと顔を見つめてしまっていると、彼女はおもむろに、着ていた水色のパーカーを脱ぎ
私に差し出した。
「その格好じゃ帰れないでしょ?」
彼女の言葉にハッと我に返り、胸がはだけてブラが見えてしまっていることに気付いた。
(いやっ、恥ずかしい・・・)
私は赤面し、渡されたパーカーで前を隠した。
「それじゃぁ、気を付けて帰りなよ」
そう言って彼女は私に背を向け歩き出そうとした。
「あ、あの、ちょっと待って」
私はとっさに声をかけていた。なぜかこのまま別れてしまうのがイヤだった。
- 128 名前:水色パーカーの君 6 投稿日:2001年02月04日(日)23時45分20秒
- 「何?」
彼女は振り返り私を見た。心臓がドキドキした。
「あ、いやぁ、あのぉ・・・あっ!お礼言ってなかったんで、本当にありがとうございました」
私はペコリと頭を下げた。
「別に。最近運動不足だったから、ちょうどいい運動になったよ。それじゃ」
彼女はそっけなくそう言い、もう一度私に背を向けようとした。
「あ、あの・・・あぁ、お名前聞いてなかったんで・・・」
(何言ってるんだろう私・・・)
「つーかさぁ、いい加減、服着たら?」
そう言って彼女は初めて笑顔を見せた。
その笑顔はさっき男を3人も殴り倒した人とは思えない程、優しいもので私は再びドキッとしてしまった。
(あっ、そういえば、私こんな格好してたんだ)
私は慌てて彼女のパーカーを着た。
「名前は市井紗耶香」
それが市井さんとの出逢いだった。
初めて会ったにもかかわらず市井さんに対してなんだか今まで経験したことのない安らぎを感じ
私は家庭のこと、家出したことをすべて話した。市井さんは黙って最後まで聞いてくれた。
結局、市井さんの家に転がり込む形になり現在に至っている。
そして、それは私にとって恋の始まりでもあった。
- 129 名前:名無し読者 投稿日:2001年02月05日(月)00時39分03秒
- 面白いですー。続き期待してますねーー!!!
- 130 名前:名無しさん 投稿日:2001年02月05日(月)03時41分57秒
- 市井ちゃむカコイイ・・・(クラッ
- 131 名前:名無しさん 投稿日:2001年02月05日(月)21時45分01秒
- おっ、はじまってるやん。
- 132 名前:名無し読者 投稿日:2001年02月06日(火)00時00分01秒
- 市井素敵だ!!
- 133 名前:名無し読者 投稿日:2001年02月06日(火)02時41分28秒
- いちよしは新鮮で良いね
- 134 名前:水色パーカーの君 投稿日:2001年02月07日(水)23時28分55秒
- 「おい、何ボーッとしてんだよ。早く食べちゃいなよ」
ラーメンをすすりながら市井さんは言った。
私は未だに人の血を見るのに慣れていなく、どうしてもさっき取り立てに行った男の顔が頭から離れずにいた。
「食べないと倒れるぞ。今夜は会長のとこ入ってるんだから」
市井さんの言葉で気が重くなった。
そういえば、今日は北村会長の船上パーティーの護衛の仕事が入っていたんだ。
北村会長といえば・・・愛人の飯田圭織という曲者がいたんだった・・・・
今までも何度か依頼がありお世話になっていたけれど、この圭織という人がどうやら市井さんに
気があるらしく、仕事の度に変な色目を使って市井さんを誘惑しようとする。
市井さんにはたぶん、その気はないだろうけど・・・やっぱり心配だし愛人の分際で腹が立つ。
結局私はラーメンを半分残し店を出ることになった。
- 135 名前:水色パーカーの君 投稿日:2001年02月07日(水)23時29分54秒
- 「こんばんは」
「おぉ〜、久しぶりだな、今日もよろしく頼むよ」
北村会長はそう言って市井さんの肩に触れた。
私も慌てて頭を下げる。
「こんばんは。今日もステキなスーツですね」
会長の傍らにいた圭織が市井さんに微笑みながら言った。
「あ、どうも」
そう言って軽く会釈する市井さんの顔もまんざらでもなさそうで、
私は早くこの仕事が終わればいいのにと思っていた。
パーティーは賑わい、会長もかなり飲んでいて上機嫌だった。
何もなく終盤に差し迫ろうとした時、圭織が市井さんの脇へ行き、何やら耳打ちし含み笑いを浮かべた。
胸元が大胆に開いたドレスはいかにも挑発的なものに見え、私は少し不安になり市井さんを見つめていた。
市井さんは一瞬少し困った顔をし、何か一言二言話し、圭織はトイレの方向へ消えて行った。
するとその1分後くらいに市井さんが私に近づいてきた。
「ヨシ、ちょっとトイレに行って来るからしばらく頼むね」
ショックだった。
久しぶりに私のことを「ヨシ」って呼んでくれたのは嬉しかったけれど、やっぱり市井さんは圭織と・・・・
これからトイレで行なわれるであろう市井さんと圭織の行為を思い浮かべると胸が苦しくなった。
(私の気持ちも知らないで!市井さんのバカッ!)
いや、きっと市井さんは優しいから、圭織に恥じをかかせまいとしてるだけだ。
そもそも別にそんな行為なんてある訳ない。丁寧に断りに行くだけなんだ。きっとそうだ。
私はバカみたいに自問自答を繰り返した。
- 136 名前:水色パーカーの君 投稿日:2001年02月07日(水)23時30分41秒
- 15分後、市井さんは戻ってきた。
少しずれて圭織も戻り、チラッと市井さんに目をやりながらも会長の隣に座った。
「悪いね。ちょっと、お腹の調子が悪くてさ、さっきのネギラーメンが中ったかな」
そう言って笑う市井さんは明らかにおかしかった。
仕事中はいつも笑うことなんてなく、仕事以外のことを口にすることもなかったのに・・・・・
嫉妬と怒りが込み上げてきて私は思わず嘘を付いてしまった。
「市井さん、首のところに口紅がついてます」
市井さんはビックリしたように慌てて首に手をやった。
市井さんのこんな動揺している姿は珍しかった。
(やっぱり・・・・・)
自分で言っておきながら私はものすごいショックを受けた。
市井さんの気持ちが知りたい。
もう1年も一緒に住んでいるのに私には何もしてこない。
そりゃぁ、私なんて市井さんにとっては、ただの居候もしくは舎弟に過ぎないのかもしれない。
けれどちょっと寂しかった。
今、市井さんと一緒にいる時間が一番長いのは間違いなく私のはずなのに・・・・・
市井さんは人を愛したりするんだろうか。
人と群れるのが嫌いで今まで1人で仕事もしてきた市井さんがどうして私を受け入れてくれたんだろう。
こんな足手まといの私を。ただの同情だろうか・・・・・
市井紗耶香・・・・・
考えれば考えるほど分からなくなる人。こんなに近くにいるのに、ものすごく遠い人だった・・・・・
- 137 名前:作者です 投稿日:2001年02月07日(水)23時44分47秒
- >>129-133
レスありがとうございます。
少なめですが更新しました。(載せようか迷ったシーン)
ちょっとドロドロする場面も今後出てくるかもしれませんが・・・・・
- 138 名前:名無しさん 投稿日:2001年02月08日(木)00時09分39秒
- もうドロンドロンでお願いします。
- 139 名前:名無し読者 投稿日:2001年02月08日(木)18時35分22秒
- 続き期待してます。
- 140 名前:名無しさん 投稿日:2001年02月09日(金)05時07分06秒
- 最高っす。最高っす。
続き期待!!
- 141 名前:水色パーカーの君 投稿日:2001年02月09日(金)23時33分15秒
- 翌日も、ある貸し金融からの依頼で返済催促の仕事が入っていた。
細い路地を入り古びたアパートの2階に、その目的地はあった。
ドンドンドンドン
市井さんが強めにドアをノックする。
しばらくして、額が禿げ上がりお腹のかなり出た中年の男が怯えたような目をしてドアを開けた。
男は市井さんと私の顔を見て、少し驚いたようだった。
「あれ?いつもの人じゃないねぇ」
突然、男は表情を変えて言った。
「えぇ、こちらもいろいろ忙しくて、今日は代理で来ました」
市井さんは淡々と答える。
「今日は用意出来てるよ」
そう言って男は懐から茶封筒を取り出し、市井さんはそれを受け取ろうと手を出した時だった。
男は一瞬、封筒を自分の手元に引き戻し言った。
「へ〜、女でこんなクズみたいな仕事してる奴なんているんだ。
いつものアンチャンには随分可愛がってもらったよ」
油でギラギラしたその顔はニヤリと不敵な笑みを浮かべていた。
- 142 名前:水色パーカーの君 投稿日:2001年02月09日(金)23時35分03秒
- 「どうせ同じクズならよ、ソープかどっかで働いた方がマシじゃねぇのか?」
男は今までされてきたことのうっぷんをすべて吐き出すかのように言った。
私はカチンときた。
後ろにいる私には、市井さんの背中しか見えなくて、市井さんが今どんな表情をしているのか、
どんな思いをしているのかは分からなかった。
「すみません。その封筒を頂けますか?」
市井さんは全く調子も乱さず、いつものように冷静な口調だった。
「あぁ、くれてやるよ。女のクセにゴキブリみたいな仕事しやがって、さっさと持って帰れ!」
そう言うと男は、市井さんに向って茶封筒を思いっきり投げつけた。
それは市井さんの胸に当たり、一万円札はハラハラと空中を舞った。
私は、今目の前で起きた出来事に一瞬唖然としたけれど、徐々に怒りが込み上げてきているのを感じていた。
(女だと思ってバカにして・・・市井さんの強さを知らないでそんなこと言うなんて・・・・
そんなこと言ってられるのも今のうちだけなんだから!!)
けれど、市井さんは何も言い返さず、男に殴りかかることもなく、黙ってしゃがみ込み
散らばったお札を拾い始めた。
(どうして?・・・・・市井さん・・・・)
私は茫然と立ち尽くしていた。
- 143 名前:水色パーカーの君 投稿日:2001年02月09日(金)23時37分13秒
- 市井さんはすべて拾い集め立ち上がると、現金を数え始めた。
男は感情の昂ぶりを抑える事が出来ず、更に鼻息を荒くらしながら市井さんに向って罵った。
「社会のクズだな。ゴミだよ。え?本当の事を言われて言い返すことも出来ねぇのか?
そんな金が欲しいのかよ。なんなら2万で一晩おまえを買ってやろうか?」
私は完全にキレた。
これ以上市井さんをバカにするのは絶対に許せない。
我慢出来ず、男に向っていこうとした瞬間だった。
市井さんは、そんな私に気付いたのか、すばやく私の胸の前に腕を出して言った。
「吉澤、領収書」
(どうしてですか?何で言い返さないんですか?あんな奴こそクズですよ。なんで殴らないんですか?)
市井さんのことが理解できなかった。
怒りに震え動けずにいる私のポケットから、市井さんは領収書を取り出すとサラサラとサインをし、
男に差し出した。
「確かに受け取りました」
全くいつもと変わらない市井さんの声だった。
男は市井さんの手から領収書をひったくるように受け取ると、バタンと思いきりドアを閉めた。
- 144 名前:水色パーカーの君 投稿日:2001年02月09日(金)23時38分53秒
- 私は今までこんなに悔しい思いをしたことはなかった。
私のことなんてどうでもいい。でも市井さんのことをあんな風に言うのなんて絶対に許せなかった。
あんな奴市井さんのパンチ一発で気絶するに違いないのに・・・・・・・
涙が滲んできていた。
「ほら、行くぞ」
立ち尽くしている私の腕を市井さんは掴んで階段を降りた。
「どうしてですか?市井さん・・・あんなこと言われて悔しくないんですか?」
私の声は震えていた。
市井さんは私に背を向けたまま言った。
「そりゃぁ悔しいよ。けど、いちいちそんなこと気にしてらんないよ」
「私は・・・・私は、ものすごく悔しかったです。市井さんのこと何も知らないくせに、あんなこと・・・
・・っく・・言われて悔しかったです・・・市井さんに・・ひっく・・・あんな奴殴ってほしかったです」
私の目からは恥ずかしいくらい涙が溢れ出していた。
市井さんは振り返った。
「バカッ!泣くなよ、そんなことで。私の仕事は人を殴ることじゃないんだよ。
お金を返してもらうことなんだよ。だからちゃんと返してもらった客にすることなんて何もないよ。
まぁ、いつまでも返さない奴は殴ることもあるけどな」
そう言って市井さんは優しく笑った。
- 145 名前:水色パーカーの君 投稿日:2001年02月09日(金)23時39分57秒
- 「まぁさ、世間じゃクズみたいな仕事に見えるかもしれないけど、これでも一応プライド持ってやってんだよ。
別に誰かに認めてもらいたいわけじゃないしさ、自分が信じて、やりたい事やってるだけ」
そう言った市井さんは私には眩し過ぎ、今の自分はちっぽけ人間のように感じた。
市井さんは本当に強い人だ。
「だから、ヨシも無理して私について来ることないんだよ。自分がやりたいことをやれよ」
突き放すような、それでいて優しく私を包み込むような、市井さん特有の声だった。
私のやりたいこと・・・・市井さんについて行きたい、ずっと一緒にいたい。
市井さんに少しでも追いつきたい、そう思った。
「私もこの仕事にプライド持ってます」
本当の気持ちは言えなかった。
「だったら、そんなことで、もうメソメソ泣くな。ほら、行くぞ」
そう言って市井さんは私の頭をガシッと一回掴んだ。
市井さんの手から何か温かいものが伝わってくるのを感じた。
この人に一生ついていくんだ、そう心に決めた。
私は涙を拭い、市井さんの華奢だけど大きく見えるその背中を追いかけた。
- 146 名前:作者です 投稿日:2001年02月09日(金)23時46分45秒
- >>138-139
ありがとうございます。
出来る限り更新を早めに頑張ろうと思います。
>>138
次回あたりからドロンドロン?になっていく予定です。
- 147 名前:名無し読者 投稿日:2001年02月10日(土)00時00分54秒
- 後藤待ち。
- 148 名前:名無し読者 投稿日:2001年02月10日(土)02時21分14秒
- 同じく。
でも作者さんの思うようにやって頂ければそれでいいっす。
とにかく続き期待
- 149 名前:水色パーカーの君 投稿日:2001年02月11日(日)23時25分12秒
- 今日は久しぶりに1件も仕事が入っていなかった。
休日は私にとって、仕事が休みなだけでなく、市井さんを1人占め出来る日だから、ものすごく嬉しかった。
「市井さん、今日映画観に行きません?」
昼過ぎに寝ぐせをつけながら起きてきた市井さんに向って私は思い切って提案してみた。
仕事の時はいつでもキリッとしていて、カッコ良過ぎるくらいカッコ良いのに、家にいる市井さんは
寝ぐせなんかつけちゃって、なんだか可愛く見える。
私しか知らないもう1つの市井さんの顔。ものすごい優越感だった。
「映画なんてかったるいよ」
市井さんは新聞を広げながらそう言った。
予想していた答えだった。
いつも市井さんは素直に「うん」とは言ってくれない。
けれど、必ず私のお願いは聞いてくれる優しい人だっていうことは1年も一緒にいれば十分分かっていた。
しばらくして市井さんは新聞に目をやりながら言った。
「あぁ、タバコ切れてたんだ。タバコ買いに行くついでに別に行ってやってもいいよ」
素直になればいいのにと思いつつも、そんなシャイな市井さんにも惹かれている自分を感じていた。
私は市井さんに、あの水色のパーカーを着るようにお願いした。
別になんだっていいじゃんと文句を言いつつも市井さんは私の言う通りにしてくれた。
水色パーカー。
初めて出会った日に市井さんが着ていたパーカー。
私を男達から守ってくれ、そして私に着せてくれたパーカー。
とにかく私はこのパーカーを着ていた市井さんが、あの時、本当に正義の味方に見え、大好きだった。
- 150 名前:水色パーカーの君 投稿日:2001年02月11日(日)23時26分47秒
- 「良かったですね、あの映画」
平日の夕方の割りにはレストランは思ったより混雑していた。
「そうか?恋愛映画なんてどれも一緒に見えちゃうよ」
市井さんはそう言って好物のハンバーグを口へ運んだ。
でも市井さんが映画のクライマックスで少しうるうるきてたのを知っていたのでなんだか可笑しかった。
「じゃぁ、市井さんはどんな映画が好きなんですか?」
「う〜ん、あれが良かったなぁ・・・パーフェクトワールド」
「あぁ、それ私も観たことありますよ。優しい誘拐犯と少年の話ですよね?」
「そう」
「でも、あのケビンコスナーの役って市井さんみたいですよね」
「はぁ?どこが?」
市井さんはきょとんとした顔で訊いた。
「いやぁ、なんてゆうか、誘拐とかぁ、やってる事は人の道から外れてるけど、
本当は純粋で心のきれいな人みたいな・・・・・・」
自分で言っておきながら、照れ臭さを感じた。
「バカにしてんの?」
市井さんは少しばつの悪い顔をしていた。
「そんなことないですよ。尊敬してます」
好きですって言葉がのど元まで出かかった。勢いに乗って気持ちを伝えるチャンスだったかもしれない。
でも、自分に自信がなかった。
市井さんに拒絶され「出ていけ」って言われるのが恐かった。
- 151 名前:水色パーカーの君 投稿日:2001年02月11日(日)23時28分18秒
- それでも、今日一日は市井さんのことをまた少しだけ知れたような気がして、それだけで私は浮かれていた。
市井さんが会計を済ませ、お店を出ようとドアを開けた瞬間、ちょうど、
お店に入ってこようとした一人の少女と市井さんは思いっきりぶつかってしまった。
「痛っ」
「痛〜い」
二人は同時にしりもちをついた格好になり、少女のバッグからは携帯や財布が転がり落ちた。
「大丈夫?」
「あっ、すみませ〜ん」
二人の視線が初めて出逢ったその瞬間、ものすごい衝撃を感じた。
誰も入り込めないような、不思議な二人だけの空間。
まるで、この二人だけは時間が止まっているかのように見えた。
嫌な予感がした。
なぜか分からないけれど、私は初めて見るこの少女に、ものすごい嫌悪感を抱いていた。
今後、私と市井さんの間に何か良くないことが起きそうな、そんな胸騒ぎがした。
あぁ・・・レストランなんて入らなきゃ良かった・・・・
たった3分前の気持ちとは正反対の場所に、私の気持ちは位置していた。
- 152 名前:水色パーカーの君 投稿日:2001年02月11日(日)23時31分51秒
- ————ピンポーン
レストランで、あのことがあってから2日目の朝だった。
こんな朝早くの訪問者といえば、新聞の集金、もしくは宗教か何かの勧誘だろうと私はたかをくくり、
確認もせずにドアを開けた。
「どうも」
そう言って軽く会釈をし、すっきりと笑うその少女を見て、私は愕然とし口をポカンと開けてしまった。
「ここって、市井紗耶香さんのお宅ですよね?」
そんな私の様子も全く気にも留めないといった感じで、彼女は訊いてきた。
「そ、そうですけど・・・どちらさまですか?」
私はわざととぼけた風に言った。
「あっ、ごめんなさい、言うの遅れちゃって。この前レストランで市井さんにぶつかっちゃって
その時、間違って市井さんの免許証を私のバッグに入れちゃったみたいで。今日は届けに来たの」
どうやら、彼女は私の顔を全く憶えていないといった風だった。
というよりも、あの時きっと彼女は市井さんの顔しか見ていなかったのだろう。
「あっ、言うの忘れちゃった。私、後藤真希っていいます、よろしくね。で、市井さん、います?」
彼女は初対面(正式には2回目だけど)にもかかわらず、何も臆することなく真っ直ぐな目で尋ねてくる。
- 153 名前:水色パーカーの君 投稿日:2001年02月11日(日)23時33分19秒
- 「今寝てます」
私は何となく虫の居所が悪く、つっけんどんにそう言った。
「そうなんだぁ・・・・あなた、妹さん?」
彼女は一瞬沈んだ顔をし、それでもすぐに元の顔に戻り訊いてきた。
「いえ、違いますけど」
無意識に強い口調になっていた。
「へ〜、じゃぁ誰?」
こともなげに訊いてくる彼女に私は少し困惑してしまった。
「誰って・・・その・・・市井さんのルームメイトっていうか・・仕事のパートナーっていうか・・・」
だんだん弱気になっていく。
「ふ〜ん、まいっか。で、市井さんって普段何時ごろだったら会えるの?」
彼女はものすごく重要なことをさらっと言った。
(何時頃会えるの?って、この人市井さんと会うつもりなわけ?)
「何時頃って言われても、その日によって仕事の時間も違うし・・・」
ここは私と市井さん家の筈なのに、なぜかこの訪問者の勢いに負け、私はモゴモゴとした口で答えた。
「ふ〜ん、分かった。ありがとね」
無邪気な笑顔でそう言うと、市井さんに渡しておいてと免許証を私に差し出し、
彼女は跳ねるような、独特な歩き方で帰って行った。
- 154 名前:水色パーカーの君 投稿日:2001年02月11日(日)23時34分14秒
- 一体何なのよ、今のは・・・・・・
狐につままれるとは、こういうことだろうか。
リビングに戻り、市井さんの免許証を弄びながら、ボーッと先程の不思議な少女のことを思い出していた。
「あれっ?なんで私の免許証持ってんの?」
市井さんの声でふと我に返った。
シマッタ!!
見られてしまったからには、さっきの真希っていう子のことを話さざるを得なくなり、
私は渋々先程の出来事を話した。
市井さんはやっぱり少し驚いていた。
「へ〜、来てたんだぁ」
しかし、明らかに市井さんは彼女に関心を持っていた。
そして、そんな市井さんの顔が、私を更に不安にさせた。
- 155 名前:作者です 投稿日:2001年02月11日(日)23時48分05秒
- >>147-148
レスありがとうございます。
やっぱり後藤は人気あるんですね。
最初からこの段階で後藤を出すつもりだったので問題ないです。
今後も後藤はかなり出すつもりでいます。
- 156 名前:名無し読者 投稿日:2001年02月12日(月)00時04分12秒
- 溜息が出ちゃう。オモロイ・・
頑張って下さい
- 157 名前:名無し読者 投稿日:2001年02月12日(月)22時34分33秒
- ほう…よし対ごまですか。
市井を巡る戦い、おもしろそうっす。
どうでもいいんですけど、この小説の中の市井とかは
年齢っていくつぐらいなんでしょうか?
- 158 名前:名無し読者 投稿日:2001年02月13日(火)01時51分17秒
- ( ´ Д `)<お仕事してるしねぇ・・何歳なのかなぁ
- 159 名前:名無し読者 投稿日:2001年02月14日(水)19時14分50秒
- 免許持ってるしね まあシアターの吉澤も18じゃないのに
持っているから、どうとでも・・・
- 160 名前:水色パーカーの君 投稿日:2001年02月14日(水)23時56分03秒
- そして翌日、私の不安は悲しいほど見事に的中してしまうことになった。
お風呂上りの市井さんは冷蔵庫からジンジャーエールを取り出すと、華奢な喉をゴクゴク鳴らしながら、
一気に飲み干した。そしてセブンスターに火を点ける———— 毎晩繰り返される市井さんの決まった行動。
私は市井さんが吸うセブンスターの匂いも、タバコを持つ、その細くて長い指も好きだった。
なんとなくついているテレビのプロ野球ニュースからは、甲高い女子アナの声が響いていた。
市井さんは、まだ少し濡れている髪を掻きあげながら夕刊に目を通していた。
その湿った髪が市井さんを更に大人びて見せ、私はいつもドキドキしてしまう。
—————ピンポーン
インターフォンの音に反応し、市井さんは新聞から視線を外すと私の方を見た。
私は慌てて市井さんから視線をそらし、すぐに立ち上がり玄関へ向かった。
廊下を歩いてる途中、一体こんな時間に誰だろうと当然の疑問が浮かんでくる。
穴から覗くと、そこには真希が立っていた。
やっぱり・・・
私は何故か、あまり驚きもせずドアを開けた。
- 161 名前:水色パーカーの君 投稿日:2001年02月14日(水)23時57分01秒
- 「こんばんは」
すっきりと笑って真希は言った。
「夜遅くにゴメンネ。ひょっとしてもう寝ちゃってた?」
「寝てはないけど・・・・・」
私はわざと戸惑いのあらわな声で答えた。
「じゃぁ、起こしちゃったわけじゃないよね?よかったぁ」
真希はホッとしたような表情をした。
「市井さんもいるよね?」
私は少し不機嫌な顔をして頷く。
「良かったぁ〜、この時間にいなかったらどうしようかと思っちゃった。ねぇ、あがってもいい?」
上目使いでそう尋ねると、真希は私の返事も待たずに、まるで自分の家のように、おそろしく自然な動作で
部屋に入った。
私も慌てて追いかける。
真希は迷いもなく、突き当たりのリビングのドアを開けた。
- 162 名前:水色パーカーの君 投稿日:2001年02月14日(水)23時57分44秒
- 市井さんは驚くというより、よく分からないといった感じの顔で私と真希を交互に見る。
茫然としている市井さんの目の前に、真希はまるで飼い主を見つけた子犬のように駆け寄った。
「こんばんは。この前はごめんなさい。私うっかり市井さんの免許証持って帰っちゃったみたいで、
でも、良かったぁ、こうしてまた会えたから。私、後藤真希っていいます」
あっけにとられるような自然さだった。
私は改めて真希を観察した。
光沢のある綺麗な栗毛色の髪、意志の強そうなそれでいて決して制圧的ではない瞳、
形の良いふっくらとした唇、そしてミニスカートから伸びるしなやかな素足。
一見どこにでもいそうな、けれども何か不思議なオーラのようなものが彼女の周りを包んでいた。
市井さんは戸惑いの表情を隠し切れずにいたけれど、その視線は確かに真希を捉えていて
しかもそれは何か好意的なようにさえ見えた。
私はこの空気が嫌になり、キッチンへコーヒーを入れに行った。
コーヒーの香りが私の気持ちを幾分落ち着かせてくれる。
お盆にコーヒーカップを3つ並べ再びリビングへ戻ると、真希は市井さんの真横に座り、
それはまるで初めからこの家の住人であるかのような光景だった。
- 163 名前:水色パーカーの君 投稿日:2001年02月14日(水)23時58分18秒
- 「ねぇねぇ、市井ちゃんって呼んでもいい?」
真希は市井さんの顔を覗き込むように、上目使いで言った。
私は飲んでいたコーヒーが器官に入りそうになり、慌てて深呼吸する。
「なんだよ、それ」
そう言って笑う市井さんの表情は、今まで私が見たことのないようなもので、
そんな顔をほとんど初対面のこの子に見せる市井さんが私の胸を強く締め付ける。
「だってぇ・・・市井ちゃんって感じなんだもん」
ふふふと無防備な笑顔を見せる真希と、勝手にすればと呆れつつもどことなく嬉しそうな市井さんは
まるで10年も昔からの知り合いのように見え、なんとなく癇にさわった。
真希は何でも訊いてきた。
仕事の事、趣味の事、今までのすべてを知りたいといった感じで————好奇心旺盛な小学生のように・・・
容赦のない、それでいて穏やかな調和のとれたその話し方は決して周りを不愉快にするものではなかった。
そして、どういう訳か、この日、真希はうちに泊ることになった。
(なんでこんなことになるのよ)
私は布団を頭まで被り、無理やり目を瞑る。
真希は本当に不思議な子だった。
発する言葉、しぐさ、すべてが人と違っていて、けれどもそれは確実に周りを魅了するものだった。
- 164 名前:水色パーカーの君 投稿日:2001年02月14日(水)23時59分37秒
- 結局昨夜、十分に眠ることも出来ず、まだ少し眠い目を擦りながら、それでも私はいつもの時間に
ベッドを出てリビングへ向かう。
昨夜ソファーで眠っていた真希もちょうど今起きたようで、大きくあくびをしながらも、
私に気付いて声を掛けてきた。
「おはよう、よっすぃ〜」
昨夜から何故か私はよっすぃ〜と呼ばれていた。
まだ自分の部屋で眠っている市井さんのために、真希は朝食を作ってあげるんだと言ってキッチンへ向かった。
「市井さん、朝は何も食べないよ」
自分の声があまりにトゲトゲしく苛立っていて、私はますます不愉快になった。
「大丈夫だって、後藤のスペシャルサンドウィッチを食べない人なんて今までいなかったんだから。
ちゃんとよっすぃ〜の分も作ってあげるからね」
なぜかこの人の発言は意地悪く聞こえない。
それ故に私はやり場のない気持ちでいた。
ちょうど、スペシャルサンドウィッチとやらが出来上がり、コーヒーも香ばしい独特の香りを立てはじめた頃、
市井さんはいつものように寝ぐせをつけながら起きてきた。
- 165 名前:水色パーカーの君 投稿日:2001年02月15日(木)00時00分17秒
- 「市井ちゃん、かっわい〜い。なんかアトムみた〜い」
私が一年かけても言えなかった言葉をさらっと言い、人懐っこく笑いながら、真希は市井さんの髪に触れた。
市井さんは少しばつの悪そうな顔をして髪を押さえる。
「後藤特製のスペシャルサンドウィッチだよぉ、ねぇ、市井ちゃん食べてよ」
そう言って真希はテーブルの上にお皿を置いた。
市井さんが朝から食べるわけない。
朝食をとっている市井さんなんて今まで一度も見たことないんだから。
(うそでしょ!?)
私は目の前の光景を疑った。
「どう?おいしい?」
特有のいやらしさのない上目使いで、真希は市井さんに訊いた。
市井さんは2〜3回咀嚼した後、一度頷く。
「でしょっ!よかったぁ〜。ほら、よっすぃ〜も食べてよ」
市井さんと一瞬視線が合い、私は慌ててサンドウィッチにその視線を移し手を伸ばした。
悔しいけど、おいしかった・・・・
私が一年かかっても出来なかったことを真希はたった一日で、こともなげにやってしまう。
今まで見たことのなかった市井さんのいろんな表情が私を哀しくさせた。
- 166 名前:水色パーカーの君 投稿日:2001年02月15日(木)00時00分49秒
- スーツに着替え髪もちゃんと整えた市井さんを見て、真希は案の定カッコイイと目を輝かせて言う。
駅まで三人並んで歩いた。
複雑な気分だった・・・・・
駅で真希と別れ、電車に揺られながら、まるで独り言のように市井さんは呟いた。
「変わったヤツだよなぁ」
目には少し微笑みを浮かべ穏やかなその口調に、私は圭織の時とは全く異質なジェラシーをはっきりと覚えた。
そして、空気が確かに歪み始めていることをその時私はなんとなく感じていた。
- 167 名前:水色パーカーの君 投稿日:2001年02月15日(木)00時01分27秒
- それから真希はしょっちゅう、家にくるようになっていた。
今までずっと市井さんと私の二人きりだった筈の空間に、突然、真希という存在が現れる。
しかし不思議な程、真希は自然で初めからそこには彼女の居場所があったかのような————まるで私が引っ越して来る前からリビングに置いてある観葉植物のような—————錯覚さえ覚えた。
「ねぇ、市井ちゃん、そんな新聞ばっか読んでて楽しい?」
新聞の隅々にまで目を通す、それは市井さんの一日も欠かした事のない習慣だった。
真希はそんな市井さんに退屈を感じたのか、フローリングにうつ伏せの格好でその顔を覗き込んだ。
「後藤は全然興味ないよ〜、ニュースも新聞も!それに漢字ってキライ。
漢字ってさぁ、カクカクしてて、怒った顔して腕組んでる学校の先生みたい」
突然不思議な事を言い出す真希に市井さんは、ふと顔を向けた。
「はぁ?なんだよ、それ?」
「ひらがなはさぁ、丸くて優しいお母さんみたい。だからぜ〜んぶひらがなになればいいのに。
そしたら、恐いニュースや悲しい話も優しく包んでくれるでしょ?」
彼女にとって、それは決して不思議な事じゃないのかもしれない。むしろ当然のことなのだろう。
真希はそういう子だった。———————カラリと明るく、そう話す真希に市井さんは思わず吹き出す。
そして真希は広げた新聞紙の上に横になり、こうしてると焼きいもになった気がすると言って、あははと笑う。
そんな真希を見て、市井さんもとうとう新聞を諦め、優しい目で笑う。
- 168 名前:水色パーカーの君 投稿日:2001年02月15日(木)00時02分04秒
- 私は一体何してるんだろう・・・・・
少し離れた所から二人のそんな光景を眺めていると、微笑ましいと思う反面、ものすごい焦燥感と疎外感が
私の上に重くのしかかってくる。
そして、決まって最後は耐えきれなくなり、私は逃げ出す。
「あっ、私ちょっと買い物に行ってきます」
「なんで?昨日買い物してたじゃん」
市井さんは視線を真希から移し言った。真っ直ぐな市井さんの視線が痛かった。
「ちょっと、今日は見たい洋服があるんで・・・」
市井さんは次の言葉が見つからないのか、まるで捨てられた子犬のような淋しい目をして、
ただ私を見つめるだけだった。
そんな目で見ないでほしかった。捨てられた子犬は私の方なのに・・・・・
急に涙が出そうになり、私は慌ててバッグを取り、家を出た。
さっきの市井さんの淋しそうな表情が頭の中に浮かんできた。
ひょっとして私のこと少しは気に掛けてくれているんだろうか。
もしかして、私のことを追っかけてきてくれるんじゃないかと期待した。
けれど、その微かな期待はすぐに掻き消される。市井さんが追いかけてきてくれるはずないか・・・・
- 169 名前:水色パーカーの君 投稿日:2001年02月15日(木)00時02分40秒
- 結局私は行く所もなく、隣町の決まった公園に辿り着く。
ここには私の居場所がいつも、ちゃんとあるんだ。ジャングルジムの横にあるブランコが私の指定席だった。
私も真希みたいになれば、市井さんは振り向いてくれるんだろうか。
でも、私が真希みたいになれるはずない・・・・・
自問自答を繰り返していると、急にまた涙が溢れそうになり、私は急いでブランコをこいだ。
小さい頃、お母さんに怒られた時や、友達とけんかをして泣きそうになった時、私はいつもブランコをこいだ。
ブランコをこいでいる間は不思議とすべて忘れられるから・・・・
そして、私は歌を歌うんだ。
ほーんのちょこっとー なーんだけどー かみがたを かえてみーたー
ほーんのちょこっとー なーんだけどー そこにきがついてー ほしーぞー
いとしのマママ マイダリーン
自分がひどく無力な気がして情けなくなった。
ブランコをこいでいるのに、今日は何故か涙が出てくる。
きっと今日は疲れているんだ、そう自分に言い聞かせ慰めることしか、その時私は出来なかった。
- 170 名前:作者です 投稿日:2001年02月15日(木)00時12分10秒
- いつもよりちょっと長めですが、きりの良いところまで載せました。
予め言ってしまうと、後藤が新聞紙の上に横になり焼きいもみたいと言うところは
かなり昔にテレビで見た映画でやってたシーンです。
なんとなく印象に残っていて使ってみたくなり、やっちゃいました。あしからず。
そういえば年齢に関しては市井が吉澤の2歳年上ということしか触れてませんでしたね。
一応こちらとしては、市井は成人していて、吉澤後藤は同い年のイメージで書いていますが、
みなさんのご想像にお任せします。
>>158
ヽ^∀^ノ <タバコは20歳からだね。ヤバイ仕事してるけど、そういう所はキッチリしたいんで
市井は20歳になりました。
ということは、吉澤と後藤は18歳の背伸びしたい年頃だねぇ。
- 171 名前:名無し読者 投稿日:2001年02月15日(木)00時23分25秒
- ( ´ Д `)<ちょこらぶってせつないうただったんだねぇ・・・・・
- 172 名前:名無し読者 投稿日:2001年02月16日(金)14時19分28秒
- 吉澤と後藤のキャラクターの、対照的な描写が鮮やかですね。
吉澤のどうしようもない焦燥感が伝わってきます。
- 173 名前:名無し読者 投稿日:2001年02月18日(日)06時17分04秒
- 続き大期待
- 174 名前:名無し読者 投稿日:2001年02月18日(日)23時10分18秒
- いちごまが大好きだけど、よっすぃーに頑張ってほしいなぁ。
- 175 名前:水色パーカーの君 投稿日:2001年02月18日(日)23時31分23秒
- 「ねぇ、みんなで遊園地に行こうよ」
真希のたったその一言で、この日、私たちは三人揃って出掛けることになった。
正直、市井さんが遊園地に付き合うなんて思ってもみなかったので、私はひどく驚いた。
それとも、市井さんは本当に変わってしまったのだろうか。
真希という存在によって・・・・・
けれど、この日は違った。
屋外という開放的な空間、そして遊園地というファンタジックな世界が今までのモヤモヤしたワダカマリから
私をすっきりと解放してくれていた。
ここじゃ大人も子供も変わらない。嫌な日常をすっかり忘れさせてくれるんだ。
真希は本当に子供みたいだった。
左手に市井さん、右手に私の手をとリ走り出そうとする。
私は市井さんと目を合わせ、やれやれといった感じで笑い合う。
ジェットコースターに3回も乗った。
真希はもう一回乗ろうよと私達を誘ったけれど、さすがに私達は少し休みたいと言って、
下で待つことにした。
「しかし化け物だね、あいつは」
そう言って市井さんはふっとほどけるような微笑を浮かべた。
私も真っ直ぐに市井さんを見つめ素直に笑う。市井さんは、そんな私を見て、少しほっとした顔をする。
それだけで幸せだった。
なんだか今まで悩んでいた事が馬鹿らしく思え、そして、この時間がいつまでも続けばいいのにと
心の中で、そう願っていた。
- 176 名前:水色パーカーの君 投稿日:2001年02月18日(日)23時32分21秒
- 「次、お化け屋敷行こうよ」
真希は私と市井さんの手を引こうとした。
「あ、市井はいいよ。お化け屋敷なんて子供騙しでつまんないし、二人で行ってきな」
市井さんは急に足を止めた。
あぁ〜、本当は恐いんだぁ、かっこわる〜いと真希と二人で市井さんをからかう。
そんなんじゃないよとモゴモゴ言う市井さんを笑いつつ、二人でお化け屋敷に入った。
真希と出会ってから、今日初めて私は心から笑った気がする。
そして、真希がいたから、市井さんをこんな風にからかったりも出来たのかもしれない。
とにかく、この雰囲気がとても居心地良く、ほっとしていた。
コーヒーカップ、観覧車、トップスピン、私達はほとんどの乗り物を制覇し、
楽しい時間は本当にあっという間に過ぎていった。
「ちょっとトイレ行ってくるよ」
市井さんは強い西日を背中に浴びながら歩いていった。
- 177 名前:水色パーカーの君 投稿日:2001年02月18日(日)23時33分25秒
- 「楽しかったぁ、私、久しぶりに遊園地に来たんだぁ」
真希は満足げな顔で言った。
「そうだね、私も遠足で来た以来かな」
声に微笑を含ませ、私も答える。
私は、絵の具で塗ったようなきれいなオレンジ色の空を見上げ、大きく息を吸い込んでみる。
「ねぇ、よっすぃ〜は市井ちゃんのこと好き?」
あまりにも唐突過ぎて、吸い込んだ空気はしばらく出口を見つけられずにいた。
ストレート過ぎる質問。それ以外に何の意図も含みも感じられない。
私は返事に詰まってしまった。
「べ、別に、尊敬はしてるし、こんな私の面倒を見てくれるのはすごく感謝してるけど、その・・・
好きとか、そういうのじゃなくて・・・・」
今ここに、嘘発見器があったなら、間違いなくその針は振り切っているだろう。
「そっか」
真希は柔らかく微笑んだ。『じゃぁ、いいよね?』と微かに聞こえたような気がした。
けれど、それは真希の笑い声だったのかもしれない。錯覚だったのかもしれない。
心がグラグラと音を立てて動揺していた。
- 178 名前:水色パーカーの君 投稿日:2001年02月18日(日)23時34分45秒
- 「お待たせ。じゃ、帰ろっか」
市井さんの声がようやく私を現実に引き戻す。
市井さんは、どうかした?と私に訊きたげな顔をしていた。
きっと今、私はものすごい顔をしてしまっているんだろう。
慌てて笑顔を作る。あまりにも不自然な笑顔だった・・・
帰りに三人で、おそば屋さんで夕食を済ませると、真希は今夜泊りたいと誰に言う風でもなく
子供じみた口調で呟いた。
市井さんは何も答えなかった。もちろん私も。
けれど、市井さんの無言は『いいよ』というのを意味していることを真希は知っていたし、
何より私は痛いほど分かっていて、その無言が私の気持ちに重く暗い雨雲をもたらした。
帰る場所もまた遊園地でありますように—————そう心の中で私は懇願していた。
- 179 名前:水色パーカーの君 投稿日:2001年02月18日(日)23時36分20秒
- 家に着くと、市井さん、私、真希の順でお風呂に入り、ボーッと三人でつまらないお笑い番組を見ていた。
私は、いつものように細い喉をゴクゴク鳴らしてジンジャーエールを飲んでいる市井さんの横顔を眺めていた。
————その時だった
「ねぇ、市井ちゃんは、よっすぃ〜のことどう思ってるの?」
静かな、奇妙に明るい声だった。
市井さんの喉の動きが一瞬止まる。
「どうって?」
答えあぐねる市井さんに、今度はきっぱりと真希は言う。
「よっすぃ〜のこと好きなの?」
市井さんの視線が一瞬私に向く。心臓が止まりそうになった。
どうして真希はそんな残酷なことをするんだろう————そんな無邪気な明るい声で、あっさりと。
逃げ出したい気分だった。
今まで一番訊きたかったことだけれど、一番聞くのが恐いことでもあった。
それに、こんな場所で、真希の目の前で・・・・聞きたくなかった・・・・
どこを向いていればいいのか分からなくなり、私は場違いに流れ続けているテレビの若手お笑いタレントに
目を向けた。
- 180 名前:水色パーカーの君 投稿日:2001年02月18日(日)23時37分09秒
- 「別に、好きでも嫌いでもないよ。ただ、ヨシがいないと困る仕事も最近は増えてきたかなって思うよ。
でも、なんでそんなこと訊くんだよ?」
真希はひどく冷静な声でべつにと言った。
私は無理やり平静を装ったけれど、きっとものすごい惨めな顔をしてしまっているんだろう。
恐くて、恥ずかしくて二人の方を見ることは出来なかった。
分かっていた。知っていた。市井さんが私に何の感情も抱いていないことなんて。
この前、家を出ようとした私に見せた、あの市井さんの淋しそうな表情もきっと私の思い込みだったんだ。
ショックだった・・・・
知っていたけれど、今まで知らない振りをして、ごまかしてきた————————あまりにも悲しいから。
その隠れ蓑を最悪なシチュエーションで、私は無理やり引き剥がされたのだ。
- 181 名前:水色パーカーの君 投稿日:2001年02月18日(日)23時38分43秒
- ベッドに入り、布団を頭から被っても、さっきの市井さんの言葉、声が耳から離れずに、
何度も何度も繰り返していた。
『別に、好きでも嫌いでもないよ・・・』
やっぱり、私のことなんて、ただの同居人で、私が市井さんのちょっとした仕草にドキドキしている間も
市井さんの頭の中には私のことなんて、これっぽっちもなかったんだ・・・・
市井さんは悪くない。言わせた真希が悪いわけでもない。
真実なんだから、そう自分に言い聞かせようとしたけれど、心臓をプレスのような物でギューっと
押し潰されそうな痛みを感じていた。
深夜になっても眠ることが出来ず、私はキッチンへ水を飲みにいった。
(あれっ!?)
リビングのソファーに、いつもあるはずの真希の姿がなかった。
次の瞬間、私は迷わず市井さんの部屋の前まで来ていた。
どうして、自らそんなバカなことをしてしまったのか、自分でも分からなかった。
ただ、無意識に、勝手に、私の足は動いていた。
ドアの向こうから、微かに聞こえてくる声・・・・・・
- 182 名前:水色パーカーの君 投稿日:2001年02月18日(日)23時41分02秒
- 『あぁ〜、市井ちゃん、土踏まずがな〜い。あはは〜』
『くすぐったいって、やめろよ 後藤 』
『いや、やめないよ 』
『市井ちゃんは、漢字じゃなくて、ひらがなみたいだね 』
『ねぇ、市井ちゃんと私の心臓、今同じ速さで動いてるよ 』
『市井ちゃんって、あったか〜い 』
『市井ちゃん・・・大好きだよ・・・』
こうなることは分かっていた。
最初から分かっていたんだ—————————たぶん、あのレストランで二人が出会ってしまった時から・・・
自ら自分を痛めつける私をもう一人の私が嘲笑している。
- 183 名前:水色パーカーの君 投稿日:2001年02月18日(日)23時42分26秒
- 水も飲まずに自分の部屋に戻った。
自分の温もりがまだ微かに残っているベッドに入り、ようやく私の呼吸器系は再び作動する。
それと同時に現れるのは、さっきの二人の会話、真希の言葉、ベッドの軋む音、
その後に聞こえた真希のいやらしく喘ぐ声、そして・・・一番聞きたくなかった市井さんの息使い・・・・
遊園地で、あの時、『じゃぁ、いいよね?』って真希は言った。あれは錯覚ではなく、確かに言っていたんだ。
私はバカだ、ほんとにバカでどうしようもない弱虫だ。
あの時、はっきりと市井さんが好きって言えてたら・・・それでも真希は・・・もう何も考えたくなかった。
声を上げて泣きそうになり、私は慌てて枕に顔を押し付ける。
ものすごく息苦しくて、意識が遠退いていく。いっそのことこのまま窒息死しちゃえばいいのに・・・
市井さんと出会ってから、私の人生は救われた。それなのに—————出会ってから初めて死にたいと思った。
遊園地の続きは、最悪の結末になった。
- 184 名前:水色パーカーの君 投稿日:2001年02月18日(日)23時43分37秒
- いつの間に眠っていたんだろう。
気付くと目覚まし時計は、セットしていた時刻を30分過ぎていた。
目の周りがヒリヒリしているのを感じながらも、私はリビングへ向かう。
「おはよー、よっすぃ〜」
いつもと変わらない、すっきりとした声の真希。
真希の声で気付き私の方を向き、おはようと言う市井さん。
まるで、何事もなかったかのような、全く変わらない日常に私は少し苛立ちを感じながらも、
おはようと挨拶を交わし、洗面所で顔を洗う。
まだ少し、目の周りが熱く、いつもより冷たく水を感じる。
そして、重い気持ちに鞭を打ち私はリビングへ戻った。
- 185 名前:水色パーカーの君 投稿日:2001年02月18日(日)23時46分13秒
- 「どうした?目、腫れてる」
心配そうな顔で市井さんは訊いた。
「あっ、本当だぁ。よっすぃ〜どうしたの?」
そう言って真希は私の瞼に触れようとした。
「やめて!触らないで!」
無意識に発してしまった語気の荒々しさに驚き、一瞬の静寂の後、真希はビクッと手を引っ込める。
市井さんも驚きの表情を浮かべ、ただ黙っていた。
しかし、一番驚いていたのは張本人の私だったかもしれない。
「あっ、ごめん。昨日ちょっと恐い夢見て泣いちゃったの。子供みたいでバカだよね私。疲れてるみたい」
私は慌てて取り繕うと笑顔を見せたけれど、内心、本当に昨夜のことが悪い夢であってほしいと願っていた。
同情するように、気の毒そうに、私を見る市井さんと真希の顔が私の胸をチリチリと痛める。
そして、そんな二人の顔が、昨夜のことを再び鮮明に思い出させた。
真希は私の知らない市井さんの体を見て、触れて、心まで奪っていこうとするんだ。
そして、市井さんの、その唇は昨夜、真希の唇に触れ、胸に触れ、そして・・・・・
不潔だ!そんなことしておいて、今こうして平然としていられるなんて。
私が何も知らないと思って、二人して心配なんてしちゃって・・・・
きっと今までも、二人だけの世界があって、ずっと私に秘密にしてきていたに違いないんだ。
・・・許せない。絶対に許せなかった。
そして現実が奇妙にねじれていった・・・・・
- 186 名前:作者です 投稿日:2001年02月18日(日)23時55分56秒
- たぶん、次回もしくはその次辺りで終わると思います。
>>171
ヽ^∀^ノ <明るいメロディーだから余計に切なく聴こえる時があるよね。
5・15ダイバーのちょこラブは切ないねぇ・・・
>>172
ありがとうございます。
天真爛漫な後藤にコンプレックスを抱き悩み続ける吉澤のイメージだったんで
そう言って頂けるとものすごく嬉しいです。
>>173
ありがとうございます。
結末は頭の中では決めているんですけど、まだ書いていません。
とにかくがんばります。
>>174
よっすぃ〜ちょっと可愛そ過ぎちゃいましたね。
次回最終回になるか分かりませんが、壊れゆくよっすぃ〜の予定です。
- 187 名前:作者です 投稿日:2001年02月19日(月)00時00分41秒
- 誤字がありましたね。本文でないのでわざわざ書くのもなんですが
>>186
>よっすぃ〜ちょっと可哀そ過ぎちゃいましたね。
の間違いでした。あぁ恥ずかしい・・・
- 188 名前:名無しさん 投稿日:2001年02月19日(月)00時06分33秒
- あぅ〜・・壺だ・・見事に壺を抑えられた・・・
やぱいちごまサイコー・・・
- 189 名前:名無し読者 投稿日:2001年02月19日(月)00時08分12秒
- やべっ!!!!
あげちゃった・・・ゴメンサイ・・・
マジ逝って来ます・・・・・俺氏ね・・
- 190 名前:名無し読者 投稿日:2001年02月19日(月)03時16分15秒
- 最終回ですか。それで壊れゆく吉澤? うう〜、うむ。
とにかく期待して待ってます。
- 191 名前:名無し読者 投稿日:2001年02月19日(月)05時43分02秒
- sageでこんな名作が出来ていたとは…
188の方に感謝
吉澤ファンとしてはかなり痛めの話しですがすごく面白い。
自分は後藤よりむしろ市井の方にゴルァと言ってやりたい。(w
頼むからよっすぃーを好きだと言ってやってくれ…後藤は遊びでいいからさ…
- 192 名前:名無し読者 投稿日:2001年02月19日(月)12時24分37秒
- おぉ・・・。振られたときの胸の痛さを感じます・・・。
- 193 名前:名無し読者 投稿日:2001年02月19日(月)12時49分29秒
- 私も読みました。
後藤の天真爛漫さは、恋敵になったらホント脅威っすね。
あんな風に無防備に来られたら、誰でも好きになっちゃいそうだもん。
いちごま推奨派なんですが、ここのよっすぃーいい子だから読んでて胸が苦しいです。
- 194 名前:188 投稿日:2001年02月19日(月)14時53分49秒
- 下がってるオモロイの結構あるよ
レス数が何気に伸びてるのをチャケキラッ
- 195 名前:名無し読者 投稿日:2001年02月23日(金)21時22分13秒
- そろそろ、また下がってきたので更新お待ちしております。
メインの2人の間に割って入るキャラってクロいのが定番ですが、それに当る後藤が
天真爛漫で必ずしもクロキャラじゃない所がいいですね。
自分もいちごま派なんですが、ここのよっすぃ〜は応援したくなりますね。
- 196 名前:水色パーカーの君 投稿日:2001年02月23日(金)23時43分29秒
- あの日以来、真希はよく泊っていくようになっていた。
ここにいるのが辛かった。二人の顔を見るのが辛かった。
もう、ここには本当に私の居場所はなくなってしまったんだ。
そして、無意識に自己防衛するように、私は夜中、当てもなくフラフラと外出し二人が寝静まった頃、
帰宅するようになっていた。
それでも私が、ここに帰ってきてしまうのは・・・やっぱりどこかで市井さんと繋がっていたいからだった。
あれほど許せなかった市井さん、今でも許せない市井さんなのに・・・・・
自分でも嫌になる程の女々しさを感じながらも、それでも私は市井さんと、
このままキッパリ離れてしまうことが出来なかった。
- 197 名前:水色パーカーの君 投稿日:2001年02月23日(金)23時44分57秒
- 「あっ、よっすぃ〜 お帰り」
思いがけない呼び掛けに私の心臓は停止しそうになった。
「ごめん、驚かせちゃった?」
うっすらとした月明かりが、リビングの窓際に佇むその影をかろうじて映し出している。
私は慌てて電気のスイッチを点けようとした。
「よっすぃ〜、点けないで」
あまりに弱々しく低いトーンのその声は、いつもの清々しく弾むような声とはまるで別人だった。
「お餅ばっかりで飽きないのかなぁ・・・ウサギは・・」
月を見上げながら、そう言う真希の声は、やはりどこかいつもとは違い、私は余計にどう反応していいのか、
分からなかった。
斜め後ろから僅かに見える真希の顔は月明かりに青白く照らされ、その頬は少しだけ濡れているようにも見えた。
市井さんと喧嘩でもしたんだろうか・・・
- 198 名前:水色パーカーの君 投稿日:2001年02月23日(金)23時46分52秒
- 「よっすぃ〜、星なら、わざわざ外に行かなくても、ここからだって見えるよ」
今度はすっきりとしたいつもの声で真希は言う。
なんだか自分がこの家に居辛くて、ただ当ても無く街をふらついていることをすべて見透かされているような気がして、私は憂鬱になった。
「別に星なんか見に行ってる訳じゃないよ。子供じゃあるまいし」
少し興奮した声で私は言った。
「市井ちゃんに会わなかった?」
そんな私の声をまるで聞いていないかのように、何の感情もこもらない声で真希は言う。
「えっ!?市井さんいないの?」
真希の意外な言葉に私は驚きを隠せなかった。
「タバコ買いに行くって出てったけど、たぶんよっすぃ〜のこと心配で探しに行ってるんだと思う」
私は一瞬動揺した。
市井さんが私のことを心配して・・・?
いや、そんな訳ない。愛情も友情も人も自分も信じない。
私はあの日—————市井さんと真希の関係を知ってしまったあの日から、もう何も信じないって決めたんだ。
- 199 名前:水色パーカーの君 投稿日:2001年02月23日(金)23時48分29秒
- 「市井さんが人のこと心配する訳ないじゃん」
自分の声のとげとげしさに、私はますます苛立ちを感じた。
真希は悲しい顔をして、それから呆れたように言う。
「本気で言ってるの?よっすぃ〜は市井ちゃんのこと全然分かってないんだね」
私は息苦しくなった。
沸き上がる怒りのような感情が、真希に対してのものなのか、市井さんに対してのものなのかは、
さっぱり分からない。
けれど、その言葉だけは聞き流せず言い返そうとしたその時、
「私、市井ちゃんのこと好きだよ。こんなに人を好きになったことないくらい愛してる」
真希は躊躇のない口調で言った。
酷く残酷に響いた愛の告白。
そんなこと言われなくても、知りたくなくても、分かっていたのに・・・
「市井さんなんて、誰とでも簡単に寝ちゃうような人だよ。バッカみたい」
反射的に出てしまった言葉。
自分の荒々しいその言葉に、底知れない虚無感と幼稚さと、そして憤りを感じ、
私はこれ以上その場にいることが出来ず、自分の部屋のドアをバタンと思いきり閉めた。
そのドアの閉まる音が、いつだったか市井さんを罵倒した中年の男を思い出させた。
あの時、あれ程腹が立って悔しくて涙を流したのに、今の私はアイツと同じような人間になってしまったんだ。
そして、私の中に残った物は、ただ絶望的な自己嫌悪だけだった。
もう、疲れちゃったよ・・・
そして、次の日私は二人に気付かれないように、静かに家を出た。
- 200 名前:水色パーカーの君 投稿日:2001年02月23日(金)23時49分17秒
- 朝から延々と山手線を2周していた。
一駅一駅入れ替わる人ごみに、慌ただしく流れていく日常に、私の周りだけは違った時間が流れている。
これだけ人がいるのに、私の知っている人は誰もいない、誰一人私のことも知らない。
もうこのまま自分の存在が消えてなくなってしまうんじゃないかという、
どうしょうもない孤独が、私を押し潰そうとする。
その孤独から逃れるために、私が想うことは、やっぱり市井さんのことだった。
無断で仕事を休んだりして、今頃市井さんは怒っているんだろうか、呆れているんだろうか。
それとも、私のことなんて何も気にせず、いつも通り仕事をしているんだろうか。
あの時もそうだった。
両親に失望し悲しみのどん底に一人ぼっちでいた私を救ってくれたのは、水色のパーカーを着たあの人だった。
暗闇に光る一匹のホタルのように、真っ暗で何も見えなかった私に、優しい光を与えてくれた人だった。
- 201 名前:水色パーカーの君 投稿日:2001年02月23日(金)23時50分00秒
- 一人で映画館に入った。前に二人で来た映画館。
私は今、目の前で上映されている映画とは別のものを見ていた—————市井さんと一緒に見た映画。
恋愛映画なんてどれも一緒だと文句を言いながらも、クライマックスで涙ぐんでいた市井さん。
ふと、横を見ると、その市井さんが今はいない。
きっと、あの映画を観た帰り、レストランで真希と出会ってしまった時から、私の知っている市井さんは、
もういなくなってしまっていたんだ。
忘れたい。そのために家を出たのに・・・まだ半日しか離れていないのに・・・
「淋しいよぅ」
ため息のような、くぐもった声だった。
- 202 名前:水色パーカーの君 投稿日:2001年02月23日(金)23時50分59秒
- 映画館を出ると小雨がぱらついていて、埃くさい雨のにおいが余計に私を憂鬱にさせた。
こんな思いをするくないなら、いっそのこと市井さんに出会う前に戻りたい。
私の中にある市井さんの記憶と思い出を抹消したい・・・
今度こそ、きっぱりと忘れよう—————憂鬱な雨がそうさせたのか、私はそう決心していた。
めちゃくちゃになりたかった。気付くと私は家の近くのショットバーで、無理やりまずいお酒を飲んでいた。
気持ちが悪くなりながらも、頭がクラクラしながらも、私はただ無心に飲み続けた。
お店を換えようと、ふらつく足で表に出ると、すっかり外は真っ暗になっていて、一体何時なのか、
腕時計もボヤケて見えなくなっていた。
知らない男の人達が、何人か声を掛けてくる。私はそれを無視してフラフラと次のお店を探していた。
———————— その時、後ろから誰かに腕をガシッと強く掴まれた。
「もぅ〜、しつこいなぁ、私は一人で飲みたいんだってばぁ」
ろれつが回らない声で振り返ると、そこには、今一番見たくなかった顔があった。
- 203 名前:水色パーカーの君 投稿日:2001年02月23日(金)23時51分54秒
- 「バカッ!なにやってんだよ」
見たくなかった顔・・・けれど、心のどこかで待ち望んでいた顔。
「もう、ほっといてください。市井さんには関係ないじゃないですか。
私もう一軒飲みに行かなきゃいけないんですぅ」
フラフラで歩き出そうとする私の腕を市井さんはもう一度掴み歩き出す。
末端神経にまでアルコールが行き渡っているのか、足の先の感覚はなくなり、
まるで、ふわふわと浮いているようだった。
薄れゆく意識の中、しばらくして私の目の前に現れたのは、滑り台、砂場、ベンチ・・・・
あれっ!?ひょっとして、ここって公園?
そして次の瞬間、私の頭は、ものすごい衝撃を受けた。
「キャ、冷たーい!」
一気に私の全身は覚醒する。
ここは、市井さんと初めて出会ったあの公園だった—————男達から私を守ってくれたあの公園。
「目、覚めたかよ?」
突き放すような、それでいて優しく包み込むような、あの時と同じ声でそう言うと、市井さんは水道の蛇口をキュッと締めた。
いつの間にか止んでいた小雨が、公園に独特な、あの草のアオイ匂いを残していた。
- 204 名前:水色パーカーの君 投稿日:2001年02月23日(金)23時52分44秒
- 「未成年のくせに、派手に酒なんて飲むなよ、バカ。おまけに仕事までサボって」
市井さんは真っ直ぐに私を見つめて言った。
私を今まで散々悩ませてきた、その人の視線が私の胸を針で突付き、穴を開ける。
そして、今まで堆積してきた想いは一気にその穴から流れ出す。
「イヤです。水色のパーカーを着ていない市井さんの言うことなんて聞きたくないです」
初めて市井さんに反抗した。自分でも何を言ってるのか分からなかった。
もしかしたら、まだ酔いが覚めていないのかもしれない。
市井さんは、よく分からないといった感じのきょとんとした顔で私を見ていた。
「私の知っている市井さんは水色のパーカーを着ているんです。でも市井さんは変わっちゃいました。
今はもう水色のパーカーを着ていないんです」
何だか言っていることが自分でもおかしくて—————まるで今の私は皮肉にも真希のようで—————
自分で苦笑してしまった。絶望的な苦笑を・・・
「言ってることが分かんないよ。とにかく帰るぞ」
市井さんは背を向け歩き出そうとする。市井さんがまたどんどん遠くへ行ってしまう・・・・
気付くと私は声を荒げて叫んでいた—————行かないでという想いを込めて。
「市井さんは本当に変わっちゃったんですね。前の市井さんは未成年がお酒飲むなとか、
そういう頭の固い大人みたいなこと言う人じゃなかったです。
なんか市井さんまるくなっちゃってカッコ悪いです。つまらないです、そんな市井さん・・・・」
なぜこんなこと言ってしまったのか自分でも分からなかった。
ただ、市井さんの足を止めたくて、振り向いてもらいたくて、咄嗟に出てしまった言葉だった。
そして、胸にあいた穴から流れ出す感情をもう止めることは出来なかった。
- 205 名前:水色パーカーの君 投稿日:2001年02月23日(金)23時53分44秒
- 「それを真希が望んだからですか?ひらがなみたいな市井ちゃんですか?
私は・・・私は、そんな市井さんは・・・大きらいです」
濡れている頭からポタポタと顔に伝う冷たい水と、目から急に溢れ出したあたたかい水が、
私の頬の辺りで混ざり合う—————ひどくいじわるな、カサカサに渇いた私の気持ちとは対照的に—————
立っていられなくなりそうになり、思わず俯いた私は、次の瞬間、温かくて優しい腕に包まれ支えられていた。
初めての感覚に、私の思考は停止し、全身は硬直する。
早く帰らないと風邪引くぞ、限りなく優しい声でそう囁くと、市井さんは自分の袖で、
私の濡れた髪を何度も何度も拭き取ってくれた。まるで優しく頭を撫でるように。
市井さんのバカ・・・私の気持ちも知らないで・・・
優しくされればされる程、私の胸はチリチリと痛みを増していった。
市井さんを忘れるために飲んだお酒が私をますます苦しめることになった。
そして、きっとこの時、私はボタンをどこか、かけ間違ってしまったんだ・・・
- 206 名前:作者です 投稿日:2001年02月24日(土)00時27分43秒
- 本当は今回最終話にしようとしたんですが、まだ最後まで書き終わってなくて
あまり間隔を空けてしまうのも良くないと思い、途中で区切って載せました。
次回が本当に最終話です。
>>188-189
ありがとうございます。
やっぱりいちごまの方が人気があるみたいですね。
別にsageとかageとかは全然気にしてませんから大丈夫ですよ。
むしろ今回初めて読んで下さった方もいたようで感謝しています。
age.sageは皆さんにお任せします。
>>190
壊れゆく吉澤は次回に繰り越しになってしまいました。すみません・・・
>>191
ありがとうございます。
今まで吉澤はかなり可哀想な流れだったので、吉澤ファンの方には申し訳ないです。
いまいち市井の気持ちをはっきりさせてなかったので、市井ゴルァってなりますよね(w
>>192-195
ありがとうございます。
後藤の天真爛漫さと吉澤のひた向きさを対照的に出したかったので
そう言って頂けると嬉しいです。
悪い役はここでは作りたくなかったのですが、いろいろと難しいです。
- 207 名前:名無しさん 投稿日:2001年02月24日(土)01時20分11秒
- じゃー上げます。これは上げねば。
マジで最高です。次回楽しみにしています!
- 208 名前:名無しさん 投稿日:2001年02月24日(土)01時38分49秒
- 良い小説はぜひ上げて欲しいです♪
1人でも多くの人が読んでなにか心に残るのって素敵じゃないっすか。
って、自分で書いてて砂吐きそうな文章だ(汗
次回で最終回とは残念です。
よっすぃーは壊れてしまうんですか。壊れないで欲しいっす。
タフになってくれ!よしこっ!
- 209 名前:名無し読者 投稿日:2001年02月24日(土)05時03分58秒
- こっから壊れていきますか、ううむ。
最終話、期待して待ちます。
- 210 名前:名無しさん 投稿日:2001年02月24日(土)20時56分33秒
- 次回、最終回なのかぁ。
期待5割、終って欲しくない気持ち5割。
何か複雑な気持ちです。
- 211 名前:名無しさん 投稿日:2001年02月27日(火)01時27分14秒
- う〜ん、一気に読んでいたから何かおあずけをくらってるみたいだ。
- 212 名前:水色パーカーの君 投稿日:2001年02月28日(水)23時20分08秒
- それから三日程、真希は家に姿を現さなかった。
ホッとしている自分と、もしかしたら、この前、私が言ってしまったこと、態度のせいで
私に会い辛くなっているんじゃないかと少し心配している自分とがいた。
そういえば、この前は少し言い過ぎてしまったかもしれない。
なんとなく奥歯に物が挟まったままのような不快を感じ、今度真希が来た時には、一度謝ろう、
午後の穏やかな陽の当たったベランダを見つめながら、私はそう決心していた。
- 213 名前:水色パーカーの君 投稿日:2001年02月28日(水)23時21分47秒
- —————————ピンポーン
それが真希だということは、予感ではなく、私はどこか確信していた。
三日ぶりに見る真希の顔は、初めてここを訪れた時と全く変わらない、一つも警戒心のない無防備な笑顔だった。
「おはよ〜、よっすぃ〜」
ごく自然な、それでいて、ひどく子供じみた表情に私は少しほっとした。
そうだ、ひとこと謝ろう。こういうことは、早い方がいいから。
「市井さん、今コンビニに行ってるよ」
けれど、やっぱり何となく言い出せず、私は訊かれてもいないトンチンカンなことを言ってしまうと、
そう、と真希は咳をするような小さな声で言った。
やっぱり真希はこの前の事を気にしているんだろうか。
私は切り出すタイミングを失い、とりあえずコーヒーを入れにキッチンへ向かった。
コーヒーの、あの特有の香ばしい香りを嗅げば、迷いや心細い気持ちが消えるような気がしていた。
あまりごちゃごちゃ考えてもしょうがないんだ。
そうだ、笑って一言ごめんねって言えば、きっと真希もいつものように、すっきりとした笑顔で
応えてくれるに違いない。
私はカップから沸き立つ蒸気を大きく一度吸い込んだ。
しかし、再びリビングへ戻った私が目にしたものは予想も出来なかった光景だった。
- 214 名前:水色パーカーの君 投稿日:2001年02月28日(水)23時22分55秒
- 「市井ちゃんの、このパーカー、私すっごい好きなんだぁ〜。帰って来たら、おねだりしちゃおうかなぁ」
楽しそうに、歌うように、真希はそう言った。
私はあまりの出来事に、しばらく状況を飲み込めず、沈黙が部屋に流れる。
真希が嬉しそうに、両手で広げ、眺めているものは間違いなく、あの水色のパーカーだった。
“ 市井ちゃん、 パーカー、 好き、 おねだり ”
その四つの単語を私は頭の中で反芻した。
けれど、その言葉はどうしても、等号で結び付かない。いや、結び付けたくなかっただけなのかもしれない。
水色のパーカーの市井さんは、私だけのものなんだ。
なぜ、あのパーカーに、こんなに私はこだわっているのか自分でも分からなかった。
けれど、それを失ってしまったら、私はすべてを失う気がして・・・・
そして、堰を切ったように今までのことが蘇る。
レストランで初めて出会い、市井さんを見つめていた真希の顔
市井さんに甘える無邪気で、ひどく子供っぽい真希の仕草
あの晩、いやらしく喘いでいた真希の声
そして、この前の『私、市井ちゃんのこと好きだよ』という真希の言葉
ドーンと底に重たく沈んでいくのを感じ、私の頭の中は真っ白になっていた。
『イヤァーーーー、市井さんを連れて行かないでぇーーーーーー』
大声で叫んでいるのか、それとも心の中で叫んでいるのか、自分でも分からなかった。
そして次の瞬間、私の中で、何か大切なものが、プチンと切れてしまったような音がした。
—————それから、しばらく私の記憶はとんだ。
- 215 名前:水色パーカーの君 投稿日:2001年02月28日(水)23時24分07秒
- 数秒なのか、それとも数分なのか自分でもどれくらいの時間が流れたのか分からない。
私は自分の腕に、何か重さを感じ、ふと意識が戻り視線を下に下ろす。
そこには私に、もたれかかり、艶のある栗毛色の髪をサラサラと垂らした真希の頭があり、
そして私の右手には、その先端にイチゴジャムのような赤いものが付いた果物ナイフが驚く程強く握られていた。
フローリングに、みるみる広がっていく真っ赤な液体————————まるで絵の具の赤を水に溶かしたような美しい真希の血だった。
私は恐ろしいほど冷静だった。
私は勝ったんだ。
人が殴られて流す鼻血さえ、まともに見ることの出来なかった弱虫で臆病な私が、今、真希に勝ったんだ。
これで市井さんは私だけのものになったんだ。
きっと私は狂っている。完全に狂っているんだ。
そして、私の体は急に脱力し、真希の重さに耐えきれず、そのまま崩れ落ちた。
- 216 名前:水色パーカーの君 投稿日:2001年02月28日(水)23時24分46秒
- 「痛いよぅ・・・よっすぃ〜・・痛いってばぁ・・・」
弱々しく蚊の鳴くような声で、その焦点も合わず潤んだ瞳で————————私の腕の中にいる真希は、
悲しいほど美しく、そして、官能的にさえ見えた。
いや、これは真希ではない。あの快活さも、清々しさも微塵も感じられない小さな小さな、まるで別人だった。
私は狂っている・・・
弱々しく、震えながら泣いているようにも見える、その目の前の人物を私はただ茫然と見つめていた。
フローリングに広がる赤とは対照的に、みるみる蒼白になっていく真希の顔。
その震えも徐々に鈍くなっていく真希の小さな体。
そして、消えそうな真希の唇がまるで最期を遂げるように微かに動く。
『ご・め・ん・ね 』
錯覚ではない。確かに真希は消えるような声で、そう言った。
それきり、真希の器官はその作動をすべて放棄し、再び私の腕はずしりと重さを感じる。
真希は死んだ。
- 217 名前:水色パーカーの君 投稿日:2001年02月28日(水)23時25分35秒
- ぞっとした。
真希の死が、ようやく現実のものとして、意識のどこかをかすめた。
ワタシガ、マキヲ、コロシタ?
「イヤァーーーーーーー!」
どうして?どうして真希は動かないの?
ごめんねって何よ?
謝ろうとしたのは私なのに・・・どうして真希が謝るの?
違うんだってば、私は今日、ただ、真希に謝ろうとしてただけなのに・・・どうして?・・・
お願い、何か喋ってよ、返事してよ。
私は、小さく、蒼白になってしまい、まるで精巧に出来た人形のような真希の体を何度も何度も揺すり続けた。
しかし、そのすらりとした手足は、いつものように伸びやかに動くことは無く、すっきりと笑う真希の顔も
そこには、もう無かった。
それから、どれくらい時間が経ったのだろう・・・
私は腕の中に、冷たくなっていく真希を抱きながら、まるで置物のようにピクリとも動くことは出来なかった。
「立ちなさい」という脳からの指令を私の中にいる何者かが遮断しているような・・・
金縛りにあっているような・・・
そして、不思議なくらい涙は出なかった。
- 218 名前:水色パーカーの君 投稿日:2001年02月28日(水)23時26分26秒
- ————————ガチャッ
微かに聞こえる玄関のドアを開ける音。
徐々に近付いてくる足音。
ようやく、脳からの指令は、その目標まで辿り着き、私はゆっくりと振り返る。
意識のどこかで予想していた市井さんの顔、何が起こったのかさっぱり分からないといった感じの表情が、
私をじっと見つめている。
そして、その市井さんの顔を見た途端、私の中に何かが走り、目の中にあった防波堤は音を立てて崩れ、
一気に洪水となって溢れ出す。
歪む視界を袖で拭うと、市井さんの視線は、私の顔から徐々に下に下りていき、
ある一点————————握りしめたままになっていたナイフ————————で止まる。
その瞬間、市井さんの手からコンビニの袋が、まるでスローモーションのように落ちて行き、
ゴツンと床を鳴らした。
袋から転がり落ちたものは、セブンスター、ジンジャーエール、それに真っ赤なリンゴが一つだった。
再び沈黙が部屋を流れ、ブーンという冷蔵庫の音がやけに大きく聞こえる。
まるで映画を観ているような、恐ろしく他人ごとのように、時が流れていくのを感じていた。
- 219 名前:水色パーカーの君 投稿日:2001年02月28日(水)23時27分02秒
- 市井さんは何も言わずに、眠っているような、それでも冷たくなってしまっている真希の体を
私から離し、膝の上に抱きかかえた。
市井さんに抱きかかえられても、真希は決して起きることはなく、いつものように『市井ちゃ〜ん』と言って
嬉しそうに目を輝かせることもなかった。
「バカ・・・いつまで寝てんだよ。いい加減起きろよ・・・」
市井さんが初めて発した言葉—————ひどく頼りない声でそう言うと、弱々しく苦笑した。
そして、変わり果ててしまった真希の顔を見つめていた市井さんの目から零れ落ちる透明な水滴が、
真希の頬を悲しく濡らした。
初めて見る市井さんの涙—————こんなに弱々しく、小さく、心細い市井さんを見るのは初めてだった。
それから、市井さんは真希のサラサラとした髪を何度か優しく撫で、蒼白になり生気を失ってしまったその頬に触れ、そして、もう何も喋ることのないその唇にそっと口づけをした。
あまりにも、哀しくて美しすぎる口づけに、私の壊れてしまった心はもう何も反応することはなかった。
しばらく市井さんは真希の体を慈しむように、優しく、そして強く抱きしめると、ゆっくりと真希を
自分の体から離し寝かせた。
- 220 名前:水色パーカーの君 投稿日:2001年02月28日(水)23時27分48秒
- 「ヨシ・・・なんでだよ・・・」
どこを見る風でもなく、力なく市井さんは言った。
市井さんの言葉には何の非難も込められていなく、そのことで尚更私の胸はギューッと押し潰されそうになる。
私は何も答えることは出来なかった。
そして、強く握りしめたままになっていた私の右手を細くて長い市井さんの指が、一本一本はずしていく。
市井さんの指に触れられ、私の右手には、ようやく血液が行き渡る。
市井さんは私の手からナイフをゆっくり取ると、静かに、それでいてどこか力強く言った。
「私がやったことにするから、おまえは目の前で人が殺されたって今すぐ警察に電話しろ」
私は混乱した。市井さんは何を言い出すんだ。
疑問というよりも、そんなことは絶対に出来ないという激しい嫌悪の方が沸き上がっていた。
「どうしてですか?」
恐る恐る私は訊く。どんな答えにも納得いかないと知りながらも。
「いいから、命令だ。早くしろ」
表情の読み取れないような声で、市井さんは答えにならない答え方をした。
- 220 名前:水色パーカーの君 投稿日:2001年02月28日(水)23時28分42秒
- イヤだ!そんなの絶対いやだ。
どうして、私が犯した罪を市井さんが被らなきゃいけないんですか・・・
市井さんと離れたくない。矛盾する想い。
「イヤです」
情けないほどの涙声で私は言った。
市井さんは一瞬困ったように両方の眉を少し上げ、それから私を睨みつけるような格好で言った。
「私にさからうなんて10年早いんだよ!早くかけろよ」
乱暴な言葉を使っても、なおも充分に優しい市井さんの声だった。
「絶対にイヤです!」
私はまるで、ただのダダッコだ。
「だったら、私は今日からおまえと縁を切る」
そう言うと市井さんは私に背を向けた。
なんでですか?どうしていつも市井さんは一人で決めちゃうんですか。
涙と鼻水が一生分出た。
イヤだ。絶対いやだ。死んでもそんなことしたくない。
私は立ち上がり、市井さんの背中に追いすがるような格好で絶叫していた。
「イヤ!市井さんと離れるなんて、絶対にイヤァーーーーー!」
市井さんはしばらく、黙ったまま動かなかった。市井さんの背中に私の涙が吸い込まれていく。
そして次の瞬間、市井さんはゆっくりと振り返ると、私の胸ぐらを掴み、俯いたまま私の頬を思い切り殴った。
初めて市井さんに殴られた。ものすごい衝撃に私の目の前は一瞬真っ白になる。
「いつまでも甘えてんなよ、バカッ!止めようとしたら殴られたって、そう証言しろ」
それが、殴られた痛みからくるものなのか、絶望的な悲しみからくるものなのか、私は火のついたように、
まるでミルクを欲しがる赤ん坊のように大声で泣いた。
それから市井さんは、これは後藤の分だと言って目から涙を零しながら、もう一発私を殴った。
- 221 名前:水色パーカーの君 投稿日:2001年02月28日(水)23時29分40秒
- 『落ち着いてください。すぐに向かいますから、もう大丈夫ですよ』
確か、そんな言葉を受話器越しに聞いてから、10分も経たないうちに3〜4人のスーツを着た男の人達と
4〜5人の制服を着た警察官が部屋にズカズカとあがり込んで来た。
それからのことは、あまりよく憶えていない。
まるで夢を見ているような、ひどく現実味のない光景だった。
真希の上に被されたブルーのビニールシート、部屋中に張りめぐらされる黄色のテープ、
部屋のあちこちをひっくり返すたくさんの白い手袋—————ただ、それらの色だけが私の脳裏に焼き付いていた。
そして、ますます小さく華奢に見える市井さんの、その白くて細い手首にはきらきらと光る銀色の手錠が、
かけられていて、体の大きなスーツの男が二人、乱暴に市井さんの両脇を抱えるように立ち上がらせた。
その瞬間私は無意識に立ち上がっていた。
どうして?どうして市井さんを連れて行こうとするんですか?
もう少しで、そう叫びそうになった。
市井さんは悪くない。悪いのは全部私なのに・・・
—————その時、市井さんは両脇を捕まれたまま、一瞬私の方に振り向き、『心配するな』と微かに唇を動かし、
俯いて微笑んだ。弱々しい微笑み方だった。
私は再び床へ崩れ落ちた。
もう涙は枯れ、私は、遠のいていく市井さんの、壊れてしまいそうなくらい華奢な背中を
ただ茫然と見つめるだけだった。
- 222 名前:水色パーカーの君 投稿日:2001年02月28日(水)23時30分49秒
- それから私は第一発見者ということで、警察署で事情聴取を受けていた。
市井さんと真希は、いつ頃からの知り合いだったのか、真希は何時頃訪ねてきて、市井さんとどんな話をしていたのか、その時、何か揉めているような様子はなかったか。
質問は形式的に淡々と流れていき、私は自分の身に起きていることが信じられないまま、
それでも市井さんに言われた通りに答えていた。
事情聴取を終え外に出た頃には、すっかり日は暮れていて、春とは思えない肌寒さだった。
- 223 名前:水色パーカーの君 投稿日:2001年02月28日(水)23時31分38秒
- 誰もいない部屋に戻り、リビングのソファーに沈み込むと、何か目に見えないものが
一気に私の背中に覆い被さり、私は軽いめまいを起こした。
しばらくして、ゆっくり目を開き、ふと視線をフローリングに向けると、
そこには真っ赤なリンゴが一つ転がっていた。
市井さんが、さっきコンビニで買ってきたリンゴだ。
セブンスターとジンジャーエールと一緒になぜか買ってきたリンゴ。
市井さんとリンゴのミスマッチが、なんだか少し可笑しくて、私はそのリンゴを拾い上げてみた。
袖のところで少し拭き、一口かじってみると、少し渋くて、それでいて甘酸っぱい味が口の中に広がっていく。
なんだか、市井さんみたいな味だ・・・
渇ききったはずの私の目から急に涙が溢れてくる。
私は大声で泣きそうになり、慌てて口いっぱいにリンゴを頬張った。
はやく今日一日が終わり、新しい日が始まればいい、明日になれば今日のことがみんな嘘で、
今まで通り元に戻っていればいい、そればかりを考えていた。
一人ぼっちの夜は濃く、深く、恐いくらい静かだった。
- 224 名前:水色パーカーの君 投稿日:2001年02月28日(水)23時32分32秒
- その手紙が届いたのは、それから二日後のことだった。
私宛てのクリーム色の可愛らしい便箋。
裏を見ると、差出人に後藤真希と書かれてあった。
消印はちょうど二日前。
きっと真希は、あの日、うちに来る前にポストに投函したのだろう。
私は慌てて封を切った—————————。
- 225 名前:水色パーカーの君 投稿日:2001年02月28日(水)23時33分24秒
- 『 おはよ〜、よっすぃ〜。
本当は市井ちゃんへのラブレターのはずだったんだけど、後藤は見事にフラれちゃいました〜、あは。
この前ね、市井ちゃんに、二人きりで住みたい、二人でどっか行こうって誘ったの。
そしたらキッパリ断られちゃった。
「後藤とは一緒に行けないよ」って、よっすぃ〜を置いて行くことなんて出来ないってさ。
もぅ、うらやましいなぁ、よっすぃ〜。
市井ちゃんはよっすぃ〜のこと好きだよ。よっすぃ〜も市井ちゃんのことメチャクチャ好きなんでしょ?
私、本当は初めから知ってたんだぁ。
でもね、私もよっすぃ〜に負けないくらい市井ちゃんのこと好きだったから、キスもしたし一緒にも寝たの。
でも、キスしてる時も、抱き合ってる時も、市井ちゃんいつも違うとこ見てた。
すごく淋しかったなぁ。こんなことよっすぃ〜にグチってもしょうがないんだけどね(笑)
二人とも好き同士なのに、どうして素直に言えないのかなぁ?
よっすぃ〜も素直になればいいのに。絶対市井ちゃん受け止めてくれるよ。
今までごめんね、よっすぃ〜
後藤は、今度は恋じゃなくて、夢を追いかけることにしました。
一度諦めてたんだけど、もう一度、美容師目指してがんばります!
将来、カリスマ美容師になって、よっすぃ〜と市井ちゃんの髪の毛も切ってあげるからね。
だから、よっすぃ〜もがんばって市井ちゃんの胸に飛び込んじゃえぇ〜。
今までありがとうね。これからも友達だよね?
P.S. この手紙、市井ちゃんには内緒だよ。市井ちゃん知ったら顔真っ赤にして怒るから(笑) 』
- 226 名前:水色パーカーの君 投稿日:2001年02月28日(水)23時34分19秒
- あの日、真希は市井さんにお別れを言いに来たんだ。
それで思い出に、あの水色のパーカーがほしいって最後のお願いをしようとしたんだ。
それなのに、それなのに、私は・・・・
「あぁああああああ」
恐ろしいほどの絶叫と共に私は崩れ落ちた。
とんでもないことをしてしまったんだ。
真希、ごめんね、ごめんね・・・・
私は苦しくて、嗚咽のような息をしていた。
今までの三人の思い出が、走馬灯のように蘇る。遊園地、おそば屋さん、そしてリビング。
けれど今ここには、あははと子供のように無邪気に笑う真希の声も、
ジンジャーエールをゴクゴクと喉を鳴らして飲む市井さんの姿もないんだ。
私は自分で、親友になるはずだった人と、人生で最愛だった人を同時に失ってしまったんだ。
本当に一人ぼっちになっちゃったんだ。
溢れる涙は決して底をつこうとはしなかった。
そして見上げた窓には、ハンガーにかかった水色のパーカーが、五月の透明な風に吹かれ穏やかに揺れていた。
- 227 名前:エピローグ 投稿日:2001年02月28日(水)23時35分24秒
- ——————7年後—————
今日は、無期懲役の判決が下された市井さんが仮出所を迎える日だった。
私は、この七年間一度も面会には行かなかった。
市井さんに会う自信がなかった。
どういう顔をして、どういう言葉をかけていいのか分からなかった。
ただ、逃げていただけだったのかもしれない。
その代わり、私は毎週一通ずつ、市井さんに手紙を送り続けていた。
新聞ばかり読んでいた市井さんに、その時あった出来事を毎週毎週書き続けた。
もちろん、私自身のことも書いた。
ある日、手紙に、ずっと市井さんのことが好きだったこと、真希と市井さんに嫉妬していたこと、
今までの自分の想いをすべて書いたこともあった。
けれど、市井さんからの返事は一通もこなかった。
市井さんは読んでくれていたのだろうか。
たとえ読んでくれていなくてもいい。一方通行のラブレターでもいい。
なぜか、私の気持ちはすっきりとしていた。
- 228 名前:エピローグ 投稿日:2001年02月28日(水)23時36分20秒
- 七年ぶりに見る市井さんは、少し痩せていて、肌も青白く感じたけれど、その表情は以前よりも精悍さを増し、
私は少しドキドキしていた。
そして、私をもっとドキドキさせたのは、市井さんの着ているパーカーだった。
先週手紙と一緒に送っておいた、あの水色のパーカー。
あの事があってから、心のどこかで避けていて、ずっとクローゼットの奥に仕舞い込んでいた。
それでも、市井さんに出会った頃に戻れるような気がして、
それにきっと真希もそう望んでいるに違いないと思い、先週送っておいたのだ。
「ただいま」
余計な感情が1ミリグラムもついていない市井さんの声。
「おかえりなさい」
私も真っ直ぐに市井さんを見つめ応える。
- 229 名前:エピローグ 投稿日:2001年02月28日(水)23時37分04秒
- そのまま私達は真希のお墓参りに行った。
子供の頃から、真希は星空が好きだった。うさぎのいる丸いお月さんが好きだった。
真希の御両親は、だから少しでも近くで見れるようにと、小高い丘の上に真希のお墓をたててあげたそうだ。
お線香をあげ、お参りをすませると、市井さんはゆっくりと、瞑っていた目を開き、
穏やかな、まるで風のない海のような声で、呟くように言った。
「今頃、ジェットコースター乗りまくってるんだろうな」
その小さな白い端整な顔にゆっくりと微笑みが広がっていく。
淋しさの底に別のものが潜んでいることも知っていた。
真希のお墓を後にし、午後の穏やかな陽に照らされながら、二人並んで濃い緑の中を歩いていると、
ふと、市井さんは思い出したように言う。
「ヨシ、おまえ漢字知らな過ぎ。新聞読んでもっと勉強しろ」
太陽を眩しそうに見て、市井さんは優しく微笑んだ。
(えっ!?)
思わず立ち止まってしまった。
市井さん、手紙読んでいてくれたんだ!
「だって、漢字よりひらがなの方が優しく包んでくれるじゃないですか、市井さんのこと・・・」
一瞬ハッとした。けれど、そんなに驚きもなかった。自然に出た言葉。
市井さんは振り返り、ほんの少し淋しそうに俯いて笑うと、そっと私を抱きしめた。
- 230 名前:エピローグ 投稿日:2001年02月28日(水)23時39分11秒
- 七年前、あの公園で同じように優しく抱きしめてくれたことを思い出した。
ドキドキしているのに、とても安心する。
今までずっと待ち望んでいたこと・・・・だけど・・・・
市井さんは私を抱いているんだろうか。
それとも、私の中に真希を見て、真希を抱いているんだろうか。
そうだ、市井さんに言っていなかった言葉。私は謝らなければいけないんだ。
今までのすべてを・・・真希を殺してしまったことを・・・
「市井さん・・・ごめんなさ」
( !? )
そんな私の言葉を消すように、市井さんの唇が私の唇を塞いだ。まるで私の気持ちを解きほぐすように。
私の思考は完全に停止し、まるで言葉は出なくなる。
そして時は止まった。
市井さんはゆっくりと唇を離し、再び私に背を向け歩き出した。
私は一気に熱くなってしまったほっぺたに両手を当てた。
きっとこれからも、私は真希の影に怯えながら生きていくんだろう。
私は自分が犯してしまった罪を一生かけて償っていくんだ。
それでもいい。
だって、こんなに愛してしまったんだから・・・・
水色パーカーの君を・・・
〜おわり〜
- 231 名前:あとがき 投稿日:2001年02月28日(水)23時42分19秒
- 最後までお付き合い下さった方々、本当にありがとうございました。
最終話がちょっと長くなりすぎた気もしますが、一番最初にこういう結末にしようと考えていたので
自分の好きなように書きました。
納得されない方もいらっしゃるかもしれませんが。あしからず。
今回は途中でレスを頂いたように、誰が悪いとかいうのではなく、たまたまタイミングが悪かったり
すれ違ってしまう心のような話にしたかったのですが、
やっぱり頭の中にあるものを文章にするのは難しいです。
読み返してみると、ボキャブラリーが乏しいというか、『彼女と彼と彼女の事情』から
あまり成長してない気がします。
一応最後まで書き終わったという自己満足はあるのですが、期待を裏切っていたらすみません。
とにかく、みなさんのレスに励まされながら、書き終えることが出来ました。
本当にどうもありがとうございました。
『水色パーカーの君』
>>123-230
駄作ですが、今後もし読んで下さる方がいらしたらありがたいです。
- 232 名前:作者です 投稿日:2001年02月28日(水)23時58分53秒
- >>207
ありがとうございます。
結末は御期待に添えれたか不安ですが、読んで頂けるとありがたいです。
>>208
すごく嬉しい誉め言葉に感激しました。
よっすぃ〜壊れるというのは、最初に決めていたことだったので、思う通りに書いてしましました。
ごめんなさい。
でも、最後は前向きに現実を捉え生きていくという感じにしたつもりではいます。
>>209
なんか最終話はだらだらと長い割りには、それぞれの心理描写が、なかなかうまく書けないもどかしさが
残りつつという感じですが、どうでしょうか・・・
>>210
最初にキャスティングをみなさんに相談した時に、なっちを楽しみにされてた方がいたので
市井の過去を唯一知る人という設定で、もう少し話を膨らまそうかと考えたのですが
時間も頭もいっぱいいっぱいでした。
自分でも複雑な気持ちです・・・
>>211
すみません、更新遅れてしまいました。
いろいろと手間取ってしまいました。
最後まで読んで頂けると嬉しいです。
- 233 名前:名無しさん 投稿日:2001年03月01日(木)00時18分48秒
- 死人が出るとは…
前作同様おもしろかったです。
やっと終わってほっとされてることでしょうが、
次回作期待してます
- 234 名前:名無し読者 投稿日:2001年03月01日(木)01時10分30秒
- いちよし・・・ハマリました。
マジ面白かったです。
次は何を??
また市井絡みがいいなぁ・・・。
- 235 名前:名無しさん 投稿日:2001年03月01日(木)01時44分38秒
- お疲れ様でした。面白かったです。
なんか、切ないけども最後に救いがあったのがめちゃめちゃ良かったっす
っつーか市井サイコー。カコヨカッタ
- 236 名前:名無しさん 投稿日:2001年03月01日(木)04時14分13秒
- この話しにもしエピローグが無かったら俺しばらく本当に鬱状態になるところだった。
ラストは市井の危険な仕事絡みでなんかひと波乱あるんじゃないかって予想してたから
三人の悲劇はかなり衝撃的でした。
水色パーカーがよっすぃーを狂気にまではしらせてしまうとは…
どの場面も最高に面白かったです、楽しませてもらってありがとうございました。
- 237 名前:名無しさん 投稿日:2001年03月01日(木)12時46分02秒
- 作者さん、ご苦労さまでした。
そして、心にズッシリ残るいい小説を読ませて頂きありがとうございました。
特に身を引こうとしていたごっちんが殺されてしまうシーン、2日後に届くごっちん
の手紙、もう何も喋ることのないその唇に口づけする市井さん。
いちごま好きの自分には、もう切なくて切なくて胸が張り裂けそうでした。
- 238 名前:すなふきん 投稿日:2001年03月01日(木)23時10分38秒
- 感動。。。。
切ないですねぇ〜。
- 239 名前:名無し読者 投稿日:2001年03月03日(土)01時03分11秒
- お疲れ様でした。
それぞれの重要なシーンの描かれかたが鮮やかで、その情景や、回りの音(無音)が
手にとるように浮かび上がって、印象に残っています。
ラストはなんというか、壮絶な話になりましたね。それぞれに重いものを背負ってしまって。
見方によっては救いがないようにも思えるし。ただ、それだけに、描写の鮮やかさや、
全体の文章の雰囲気と相俟って、凄く美しい物語だと感じました。
- 240 名前:作者です 投稿日:2001年03月04日(日)23時49分58秒
- >>233
ありがとうございます。
前作とは、設定(年齢・職業など)からして掛け離れていたので、前作読んで頂いた方は
引いてしまうんじゃないかと心配していましたが、最後まで読んで頂いて本当にありがとうございました。
>>234
ありがとうございます。
いちよしの絡みっていうのはテレビでもそんなに見たことがなかったので、最初はまず呼び方から悩みました。
市井さんっていうのはありとして、市井に吉澤を何て呼ばそうか考え、とりあえず吉澤にしようとも思ったのですが、もうちょっと親しい間柄というか舎弟っぽく?と考え「ヨシ」にしてしましました。
ちょっと変かもしれなかったですが・・・
>>235
ありがとうございます。
前作は、年齢も置かれている状況も実際のものと、近づけて書いたつもりだったので、
今回は敢えてとことん違う方向にと心がけて書き始めました。
とにかく市井は、強い、優しい、男前というスローガンの下で書きました(笑
自分でもあのまま終わるのは、気分が悪かったのでエピローグを付けたのですが、
付けてあって良かったと感想を頂いて、ほっとしました。
>>236
ありがとうございます。
本当は途中、仕事絡みで市井が怪我をして入院するといった内容をいれる予定でしたが
なかなか技術もなく、うまく繋がらず断念してしまいました。
その結果、仕事のエピソードが二つくらいしか出せずに、企画倒れになってしまいました。すみません。
タイトル通りですが、市井の象徴(仕事とは違う本来の人柄)として水色パーカーというイメージを
心掛けつつ書きました。
エピローグ書いておいて良かったです(笑
- 241 名前:作者です 投稿日:2001年03月04日(日)23時56分30秒
- >>237
その3つのシーンは自分でも、一番力を入れて書いたつもりだったので、そう言って頂けると
めちゃくちゃ嬉しいです。
やっぱり、いちごま好きな方々は凹みますよね・・すみません。
書きながらも少々良心が痛みました。
ただ今回のいちごまは、お互い刹那でも深く残るといった感じで書きたかったので、それが少しでも
伝わっていれば良いのですが、やっぱり文章にするのは難しいですね。
>>238
すなふきんさん
ありがとうございます。
やっぱり内容的にも一人死んでるし、全体としても暗いトーンになってしまいました。
特に吉澤は終始苦悩してる感じになってしまい、最後に一応希望の光を書きたかったのですが
それでも、何か重い感じになってしまいました。
>>239
ありがとうございます。
粗削りのこんな文章を美しい物語なんて言って頂けると、気が引けますが本当に嬉しいです。
特に後藤が刺されるシーンから警察が駆けつけるまでのシーンは、本当に難しくて変な箇所が
結構あったような気がしていたのですが、そう言って頂けると本当に救われます。
「すれ違い」というのをテーマとして書いていたので、その歪からくる傷跡のようなものを
表したかったので少しでも伝わっていれば幸いです。
本当に最後まで読んで下さった方々、感想まで書いてくださった方々ありがとうございました。
>>233-234
これからの予定は未定です。
『水色パーカーの君』の続編として、その後のいちよしに今回出せなかったなっち、もしくは矢口が絡む話も
一瞬考えてみたのですが、やっぱりこれはこれで終わっておいた方が良いかなと思いました。(技術もないですし)
また何か書く内容が思いつき、その時余裕があれば書かせて頂きたいなと思っていますので、
その時はまたお付き合いして頂けると嬉しいです。
- 242 名前:作者です 投稿日:2001年03月05日(月)03時40分17秒
- リンクが間違ってました
『水色パーカーの君』
>>123-231
- 243 名前:名無し読者 投稿日:2001年03月20日(火)00時05分41秒
- 次の作品は書かないんですか?
- 244 名前:作者です 投稿日:2001年03月20日(火)01時59分45秒
- >>243
実は少し前に書き始めてみたんですが途中でつまってどうしようか迷ってるところです。
一応市井矢口後藤が中心の話で、市井の役柄が豊川悦司が出演していた某ドラマに似ている?感じで
書き始めてはみたのですが・・・
続けられそうだったら始めたいと思っているので期待しないで待っていて頂けると嬉しいです。
- 245 名前:名無し読者 投稿日:2001年03月20日(火)04時06分50秒
- トヨエツ?
青い鳥?それとも愛してるといってくれ(だっけ?)
喋れないのは小説じゃ難しいか。
とにかく矢口後藤市井の三角関係はメチャクチャ好きなんで大期待っす!!!
- 246 名前:名無し読者 投稿日:2001年03月20日(火)23時26分16秒
- さやまり?いちごま?それともまきまり?
どれにせよ、作者様の文章最高に好きなんで、待ってます。
- 247 名前:作者です 投稿日:2001年03月21日(水)00時03分57秒
- >>245-246
本当は諦めようとしたんですが待っていてくださる方がいる限りがんばってみます。
愛していると言ってくれの方です。でも難しい・・・
さやまり、いちごま、いちなちで自分の中で葛藤しています。
自信は全くないですががんばってみます。
- 248 名前:名無し読者 投稿日:2001年03月21日(水)02時52分44秒
- おぉぉ・・頑張って下さい
- 249 名前:名無し読者 投稿日:2001年03月21日(水)20時51分28秒
- 自分も、市井中心のさやまり、いちごまの三角関係がいいなぁ〜。
作者さんの次作が読めるなら、いつまでもいつまでも待ち続けたいと思います。
がんばってください。
- 250 名前:名無し読者 投稿日:2001年03月21日(水)21時23分48秒
- 意表をついていちごま、まきまりってどうですかねぇ〜?
いや、たんに自分の好みなんですけどね(w
- 251 名前:わたげ 投稿日:2001年03月27日(火)00時17分54秒
- 朝から憂鬱だった。
毎朝同じ時刻に起き、同じ鞄を持ち、同じ電車に乗る。
私の身の回りで起きる出来事は、何一つ変わることなく、唯一変化があるものといえば、
この空模様くらいだった。
際限なく単調で柔らかな音を立てている雨が、余計に苛立ちと憂鬱をもたらしていた。
『あぁ、こんな生活から抜け出したい』
確かに私はそう思っていた。
それでも私は駅へ向かって傘を片手にペダルをこいでいた。
習慣というか、遅刻だけはしたくないという変なこだわりが、私の足を勢い良く回転させていた。
緩やかに下る傾斜を快調に飛ばすと、傘がパラシュートになって、なんだか飛べるような気がしてくる。
たったそれだけのことが通学途中のちょっとした幸せだった。
- 252 名前:わたげ 投稿日:2001年03月27日(火)00時19分00秒
- そんな私の目の前に突然飛び込んできたのは、鮮やかな青色の傘だった。
南国の海のようなセンスのいいコバルトブルーが私の視界を一気に覆う。
ちょっと、危ない!どいてよ。
私は急いでベルを鳴らす。2回、3回—————チリリリリーン
けれどその青い傘は一向に道を空けようとしない。傘までの距離はみるみる縮まっていく。5m、3m・・・
ちょっと、ほんとに危ないってば!
反射的に今度はブレーキを力一杯握る。
『キャー!ぶつかるー』
そして次の瞬間、私は目を瞑り、夢中でハンドルを切った。
「いった〜い」
私は派手に転んでしまっていた。
散乱する教科書、ノート、お弁当の包み、それに骨が一本曲がってしまった傘が私を余計に惨めに映し出す。
幸い周りには、その青い傘の人物しかいないのが救いだった。
規定違反のスカート丈が災いし、恐る恐る覗き込んだ膝は、案の定擦り剥いていて少し赤く血が滲んでいる。
その膝を抑えながらようやく立ち上がった頃には、目の前にあった青い傘はまるで何事も無かったかのように
振り向きもせず既に遠退いていた。
ちょっと、なんなのよ!
一瞬にして頭に血が上っていた。
人を転ばせといて無視して行くってどういうことよ!
私は散乱した荷物や自転車もそっちのけで、思わずその青い傘の人物を追っていた。
- 253 名前:わたげ 投稿日:2001年03月27日(火)00時19分47秒
- 「ちょっと待ちなさいよ!」
激しい抗議を込めた声で、私はその人物の肩を引いた。
しかし、振り返った顔は全く予想していないものだった。
透き通るような白い肌、つぶらな瞳、整った鼻、キュッと締まった唇。
その小さく端整な顔がひどく驚いた表情を作り出し、私を真っ直ぐに見つめている。
—————ドキリとした。
女の私から見ても、潔い美しさだった。
思わず見とれてしまい、私は次の言葉を見失ってしまう。そして奇妙な間が私の立場を悪くする。
そのばつの悪さを振り払うように今度は意識的に声を荒くした。
「ちょっと、人を転ばせといて無視して行くってどういうことよ!」
彼女の表情はみるみる怯えたものになり、強く掴んだままになっていたその華奢な肩が微かに震えているのを右手に感じる。
まるで、子犬を虐めているような錯覚さえ覚えた。
全く訳が分からなくなった。被害者は私のはずなのに、どうしてこの人はこんなに驚き、怯えているの?
- 254 名前:わたげ 投稿日:2001年03月27日(火)00時20分43秒
- —————その時だった。
「ちょっと何してるのよ!」
背後からのトゲのある声と同時に、私の右手は何者かに思い切り振り払われた。
本当にびっくりして、今度は私が振り返る。
すると、そこには私の前にいる人物とは正反対の健康的に日焼けした、いかにも挑戦的な顔があった。
「お姉ちゃん、大丈夫?」
その少女は視線を私から彼女に移すと、その挑戦的だった表情も一変させ、今度は柔らかい声で
本当に心配そうに尋ねる。すると彼女はコクリと小さく頷いた。
お姉ちゃん??この二人って姉妹なわけ??
そんなことを漠然と考えていると、今度は‘お姉ちゃん,と呼ばれる人を全身でかばうようにして
私の前に立ちはだかり、少女は私を睨みつけるような格好で言う。
「今度、お姉ちゃんに何かしたら、私が許さないからね」
あまりの強い視線、勢いに圧倒され、私は口をポカンと開くだけで何も言い返すことは出来なかった。
「行こう、お姉ちゃん」
少女がくるりと私に背を向け歩き出そうとしたその瞬間、未だに一言も発していない‘お姉ちゃん,が
突然私に一歩近づき、その青い傘を何も言わずに私へ差し出した。
憂いに沈んでいるような、それでいてとても透き通った真っ直ぐな瞳で。
えっ!?
再び私はドキリとする。
そして、ようやく自分の頭が小雨に濡らされていたことに気付き、思わずその傘を受け取ると、
彼女は妹の傘に入り二人寄り添うようにして去って行った。
私は何故か二人の姿が見えなくなるまで、ただじっとその後ろ姿見つめ続けていた。
まるで魂を抜かれたような、ほとんど放心状態で・・・
- 255 名前:わたげ 投稿日:2001年03月27日(火)00時21分44秒
- —————カーン カーン カーン カーン
微かに聞こえてくる遮断機の降りる音でようやく私は再び時を刻み始める。
『あっ、いけない!』
そして、時間が経つにつれ、だんだんと先ほどの出来事への疑問と怒りが沸き上がってくる。
たくっ!なんなのよ!もともと向こうが悪いのに、なんであんな言われ方しなきゃいけないわけ?
私が何したっていうのよ!一体何なのよ、あの姉妹は!!
「あぁー、もうムカツクー!」
雨に濡れ少しふにゃふにゃになってしまった教科書とたぶん中身はぐちゃぐちゃになってしまったであろうお弁当を拾い上げると、忘れていた膝の痛みが再びぶり返してきた。
「あぁ、電車1本遅れちゃうよ・・・」
なんだか、とても無様で惨めな気がしてきて溜息が出る。
しかし、それと同時に、今右手に持っている傘の持ち主のことが頭から離れないでいることに、
私は何となく気付いていた。
この傘を差し出した彼女の瞳、掴んだ肩の震え・・・・
今まで経験したことのない妙な胸騒ぎを感じていた。
そして、淡々と流れていた私の日常は、この時から大きく動き出そうとしていた。
- 256 名前:作者です 投稿日:2001年03月27日(火)00時26分54秒
- 待っていてくださった方、遅くなってすみません。
タイトルのわたげはたんぽぽのわたげのことです。
はっきりと先が見えた訳ではないですが、とにかく頑張ります。
後藤が「市井ちゃん」と呼ばなくていいものなのか・・・
それより何より姉妹でいいのか・・・余計に危険な話になってしまいそうで不安です・・・
- 257 名前:名無し読者 投稿日:2001年03月27日(火)00時38分32秒
- 待ってましたー!!
姉妹・・・。ほんと危険な香りがしますね(ニヤリ)
- 258 名前:名無し読者 投稿日:2001年03月27日(火)10時17分51秒
- くぅ…あなたの作品、俺のツボをくすぐる…。
素晴らしいです。
- 259 名前:名無し読者 投稿日:2001年03月30日(金)23時05分09秒
- さやまりかな?
でも、おもしろいから、いちごまでもどっちでもいいんですけどね(笑
- 260 名前:名無し読者 投稿日:2001年04月02日(月)08時55分04秒
- 危険な話大歓迎です。
- 261 名前:わたげ 投稿日:2001年04月02日(月)23時52分13秒
- —————
「あれっ?矢口休みかと思ったよ。珍しいね、遅刻なんて」
1限は諦めて図書館で過ごしていた私が教室へ入るなり、圭織はおもしろそうに声を掛けてきた。
まぁねと軽く照れ笑いを浮かべ私は席につく。
圭織とは中学からの付き合いで、過去4回も同じクラスになったことのある腐れ縁だった。
でも、お互い何でも隠さず話せる一番の親友だ。
「何?寝坊?」
「いや、違う、そんなんじゃないって。ちゃんと目覚ましで起きたもん」
「じゃぁ、なんで?」
間髪を入れずに圭織は訊いてくる。『なんで?』はこの人特有の口癖。疑問に思ったことはすぐに口に出す。
「ちょっと自転車でコケちゃって電車1本乗り遅れちゃった」
そこまで言って、ふと今朝の出来事、彼女達のことが頭に浮かんだ。私の表情は、おそらく曇っているだろう。
「矢口も相変わらずドジだね」
ふふふと圭織は笑う。
私は内心、それ以上突っ込まれなくて、私の表情を読み取られなくてほっとしていた。
別に隠すことでもないけれど、なんとなくあの二人のことは圭織にも話す気持ちにはなれなかった。
- 262 名前:わたげ 投稿日:2001年04月02日(月)23時53分03秒
- 淡々と流れる古典の授業。
古典はあまり得意ではない。
けれど、この一定のリズムは私の鼓膜を心地良く刺激し、そしてどこか物悲しい内容のその物語は、
まるで、昔好きだったCDを聴いているような懐かしさを覚える。
「・・・ぐち、矢口」
急に流れ込む不協和音に私はハッと目を覚ました。
「たくっ、矢口も大胆に寝てたよね。こっちの方がハラハラしちゃったよ」
呆れたように微笑む圭織に対し、無論、私に反論の余地はない。
夏休みを目前に控えた受験生の自覚は、私には全くなかった。
というより、何をすればいいのか、私は何を目指しているのか、さっぱり分からなかった。
「ねぇ、今日、圭ちゃんとカラオケ行く約束したんだけど、矢口も行くでしょ?」
「うん、行く行く」
圭織の一言で、単純にも私の心は晴れる。
私は歌うことが好き。そのことだけは、はっきりと見える真実だった。
- 263 名前:わたげ 投稿日:2001年04月02日(月)23時54分03秒
- 校舎を出ると、今朝の雨雲は、影も形もなくなっていて、背中を差す強い日差しは、
もうそこまで夏が迫って来ていることを知らせていた。
「あっ!?いけない!傘置いてきちゃった」
私は引いていた自転車ごと歩みを止めた。
私の突拍子もない声に圭織と圭ちゃんは同時に振り返る。
「あ、私も忘れた!まぁいっか、明日持って帰れば」
圭ちゃんが言い、圭織はうんうんと頷く。
私の場合それはまずい。
名前も知らない人の傘だけれど、なぜか私は、その傘を一晩でも置いて帰ることは出来ないと思っていた。
「あっ、じゃぁさ、私、二人のも取ってくるから、圭織、ちょっと自転車お願い」
いいじゃん傘ぐらい明日で、と言う圭織に無理やり自転車をまかせ、私は来た道を急いで50m引き返した。
圭織のモスグリーンの傘と、圭ちゃんの蛍光オレンジに象形文字のような怪しい模様が入った傘と、
最後にあの青い傘を手に取ると、私は三たび同じ道を折り返した。
傘を4本持っていたら、必ず圭織は「なんで?」と訊いてくるに違いない。
だから自分の傘は、そのまま傘立てに置いておくことにした。
- 264 名前:わたげ 投稿日:2001年04月02日(月)23時55分03秒
- ゆっくり歩いていた二人に、私はすぐに追いついた。
「あ、サンキュー。よく分かったね、私の傘」
「う、うん・・・」
感心するような顔をした圭ちゃんに、私は無理やり笑顔を作って頷いた。たぶん引き攣った笑顔。
「そんなん、圭ちゃんのこの変な傘だったら、誰だって一度見たら忘れられないってば」
ズバっと切り裂く圭織の言葉に、私の作り笑いは何の意味も持たなくなってしまった。
本人は決して悪気はないのだろうけど、圭織は正直というか、物事をストレートに言い過ぎる所があって、
私は時々ひやひやする。
「何よ、それ!もう、ムーカーツークー!」
圭ちゃんの顔は、本気では怒っていなく、私は一安心した。
「あれっ?矢口、傘変えた?」
ほっとしたのも束の間、圭織の言葉に再びドキリとする。
「あ、いや・・・お母さんのをちょっと借りてきちゃった」
私の動揺ぶりに、さすがに変だと思ったのか、圭織が口を開こうとした瞬間、
「でも、すごいきれいな色だね」
圭ちゃんはしみじみとした声で言った。
「圭ちゃん、普通のセンスしてるじゃ〜ん。じゃぁ、なんでその傘使ってるのよ」
圭織はあははと笑い、私へ払っていた注意は、もうどこかへ行っていた。
(圭ちゃん、ナイス!)
も〜、と言って口を膨らます圭ちゃんを気の毒に思いながらも、私は内心感謝していた。
- 265 名前:わたげ 投稿日:2001年04月02日(月)23時56分05秒
- —————
翌日から、私は目覚まし時計を30分早くセットするようになった。
彼女に傘を返すためだ。
名前も住所も全く知らない彼女に、もう一度会うためには、出会ったあの場所で待ち伏せするしかなかった。
遅刻しないギリギリの時間まで、ただひたすらと。
カンカン照りの日にも関わらず、私は馬鹿みたいに毎日傘を持ち歩いていた。
不審なその行動を圭織が見逃すはずはなく、案の定、詰問される的となり、
結局私は彼女との出来事を話すはめになった。
ふ〜ん、別に隠すことでもないのにと圭織はそれ以上あまり興味を示すことはなかった。
もう、1週間もこれを繰り返している。
そこまですることなのかと疑問に思いながらも、一方で、彼女のことが、この傘を差し出した時の彼女の瞳が、
日増しに気になりだしていた。
あの時抱いた二人に対しての怒りや不信感は不思議と消えていて、ただ、もう一度あの人に会いたいという想いだけが募っていた。
けれど、その面影も10日もすれば、徐々に薄らいでしまっていた。
この辺に住んでる人じゃなかったのかな・・・
もう会うことは出来ないのかもと諦めかけた11日目の朝、待ち人はようやく私の前に現われることになった。
- 266 名前:わたげ 投稿日:2001年04月02日(月)23時56分59秒
- 朝日をバックにし、細いシルエットが緩やかな傾斜をゆっくりと降りてくる。
顔もはっきりと見えない距離だったけれど、その人物が、青い傘のあの人だということは心のどこかで確信していた。
私は緩やかな傾斜を逆に登り始める。駅とは逆方向に。
50m、30m、10m・・・
彼女との距離が、だんだんと縮まっていくのに反比例して私の鼓動は、その速さを増していく。
どうして?
予想していなかった動揺に、私は一瞬戸惑った。
(何て言えばいいんだろう?)
落ち着け矢口!ただ傘を借りたから、返すだけなんだ。それは当然のことで、別に何でもないことなんだ。
そう自分に言い聞かせ、大きく深呼吸して私は彼女の前で立ち止まった。
- 267 名前:わたげ 投稿日:2001年04月02日(月)23時57分55秒
- 「あっ、どうも」
私の声は上ずっていた。
彼女は一瞬、表情を強張らせたけれど、何かを思い出す時特有のポーズ———視線を斜め上に少し上げる———をとると、ああ、こないだのといった表情で、私の方を向き微笑んで会釈をした。
ちっとも気持ちが揺れていない美しい微笑みだと思った。
この前は見ることのなかった、その表情に私は意味もなく動揺した。
「あ、あの、この前は傘ありがとうございました。ほんと良かった、今日傘持ってて、すっごい偶然!あはは、
高そうな傘だし、なんてゆーか、ずっと私が持ってるのも悪いなと思って・・・」
動揺を隠すため、私は勢いまかせに捲くし立てた。
そんな無意味な嘘を付いてしまってから、雲一つない日本晴れを思わす今日の天気が頭をかすめる。
こんな日に傘なんて普通、持ち歩く人なんていない。
私は急に気恥ずかしくなり、照れ笑いを浮かべたのに、彼女はもう微笑んではいなかった。
私のこと、変な子って呆れているんだろうか。軽蔑してるんだろうか。
それにしたって愛想笑いくらいしてくれたっていいのに。
「そんな気を使わなくてもよかったのに」とか言ってくれたって、別にバチは当たらないのに。
想像していた人柄とは大きく違っていたようで、少しショックだった。
沈黙に耐え切れず、私は彼女に傘を押し付けるように渡すと足早に坂を登った。駅とは逆方向に。
数メートル歩いてから、そういえば彼女が小脇に挟んでいたスケッチブックみたいなものを開こうとしていたような気がしてきて、私はもう一度振り返ってみた。
しかしもう彼女は坂を中腹まで降りていて、私に突き付けられた事実はまた遅刻するという事だけだった。
私のこの10日間はなんだったんだろう。
出会ったあの日、運命のような胸騒ぎを感じ、それから一人膨らませてきた妄想という風船は、
空しい再会という針によってパチンと音を立てて壊れて消えていった。
- 268 名前:作者です 投稿日:2001年04月03日(火)00時07分06秒
- 更新を1週間も空けてしまいました。
なまけ心に負けました・・・すみません。
一応、結末は頭の中には浮かんでいるので気合いを入れて頑張ります。
さやまりなのか、いちごまなのか、(もしくは、○○○○なのか)は
読んでくださった方々に判断して頂きたいと思います。
- 269 名前:名無し読者 投稿日:2001年04月04日(水)00時58分10秒
- 更新待ってました!
矢口が市井の事情を知ってどうでるか。
今はまだ耳が聞こえないって知らないんですよね。
期待sage。
- 270 名前:名無し読者 投稿日:2001年04月04日(水)05時49分55秒
- 新しく始まってたんですね。
これもすごく面白そうなんで期待してます。
- 271 名前:わたげ 投稿日:2001年04月05日(木)23時53分36秒
- —————
何よそれ、と圭織は興奮気味な声を出した。
梅雨明けを思わせる、カラッと晴れ上がった7月はじめのグラウンド。
「じゃぁ、まるで、わざわざ傘を返した矢口のことは無視ってわけ?」
体育教師の笛に合わせ、すらりとした長い足を屈伸させながら、真面目な声で圭織は言う。
「いや・・・無視っていうか、何の反応もなかった」
私は妙に穏やかに苦笑する。
「だから、それを無視っていうんじゃない。けどさぁ、10日も待ってその仕打ちって酷い話ね。
どうせ、そういう人って意地悪そうな嫌な顔してるんでしょ?」
低い調子の声で圭織は訊いた。
「ううん」
「ううんって、じゃぁ、美人なの?」
うん、と私は即答していた。実に自然に。
圭織は一瞬黙ってしまい、ようやく言葉を探し当て言った。
「でも、そういう女って、大抵、性格悪いと思うよ。こんなんだったら、あの傘返さずに貰っとけば良かったのに」
圭織の顔は不満そうだった。
「でも、やっぱり人の物をいつまでも持ってるのも気分いいもんじゃないし、まぁ、スッキリしたよ、これで」
ちっともスッキリはしていなかった。
あの雨の日、私に傘を差し出した、あの人の憂いに沈んでいるような、それでいて透き通った瞳、
再会した時の包み込むような優しい微笑み、
その後の無反応な表情と無言、
それらが、私の中で、ひとまとまりにはならず、彼女に対しての疑問は深まるばかりだった。
不快に響く笛の合図で、私は重い足取りのまま列についた。
- 272 名前:わたげ 投稿日:2001年04月05日(木)23時54分48秒
- その疑問が晴れたのは、それから3日後のことだった。
その日、私は何となく、海沿いの少し遠回りになる道を帰っていた。
どこか予感めいていたのかもしれない。
コンクリートの石段に、見おぼえのある華奢な背中を見つけた私は、不思議な程自然に、吸い寄せられるように、自転車を降り近付いていた。
夕方の海の風は、その人の髪をサラサラと優しく撫でるように通り抜け、私の所まで辿り着く。
海の匂いと少しの湿気を帯びていたけれど、決してその風は不快なものではなかった。
「こんにちは」
ごく自然に私は声を掛けていた。
波の音に掻き消されたのだろうか。その人は振り向かない。私はもう一度、今度は大きめな声で言う。
「こんにちは」
その人は何かに夢中になっているようで、私の声には気付いてないようだった。
- 273 名前:わたげ 投稿日:2001年04月05日(木)23時55分45秒
- 私はその人の真横まで近付いた。
そして私は驚いた。覗き込んだ彼女の描いていた絵に。
すみれ色の夕空と、どこまでも透き通った海の青は、その水平線で驚くほど自然に混ざり合い、私はどちらが現実なのか区別が付かないほどだった。
「うわぁー、きれい」
思わず言葉が口からこぼれていた。
彼女は真横に立った私の気配にようやく気付いたようで、少し驚いた表情で私を見上げた。
「あっ、ごめんなさい。覗き見しちゃったみたいで」
そう言った私から彼女は視線を落とすと、羽織っていた薄手のパーカーのポケットから小さなメモ帳を取り出し、さらさらと何かを書き付け、そっと私の目の前に差し出した。
『私、耳が聴こえないの』
小さくきちんと整った文字で、そう書かれてあった。
(うそ!?)
今日、2度目の驚きだった。
もちろん彼女について、どんな人なのかなんて全く知らない。
けれど、目の前にいるこの人が耳が聴こえないなんて信じられなかった。
- 274 名前:わたげ 投稿日:2001年04月05日(木)23時56分48秒
- それでも、耳が聴こえないという事実は、今までのすべての辻褄を順次に合わせていく。
初めて会った日の怯えていた顔と肩の震えも、傘を返した日の無反応な表情と無言も。
この前、私が言ったお礼も、きっとちゃんと伝わってなかったんだ。
私は彼女の横に座り、ゆっくりと大きく口を開け、身振り手振りを交えて言った———まるで、端から見たら海外旅行へ行った全く英語が話せない日本人のように。
「コノマエハ カサ ドウモ アリガトウゴザイマシタ」
すると彼女は、ふいに目をほころばせ、くすっと笑い、再び文字を書き始めた。
『そんな風にしなくても、普通に話してくれれば唇の動きで大体は分かるよ』
なんだか私は恥ずかしさで顔が急に熱くなり、思わず俯いてしまった。
そんな私の肩にそっと触れ、彼女は心配そうに私の顔を覗き込む。
たった3回しか会っていないにも関わらず、私を抱きしめるような優しい安心できる目だった。
不思議な感覚だった。まるで昔から知ってる人のような、どこか懐かしいあたたかさを私は彼女に感じていた。
- 275 名前:わたげ 投稿日:2001年04月05日(木)23時58分02秒
- 『私、市井紗耶香っていいます。あなたの名前、教えて』
ぼーっとしてしまっていた私の目の前に、再びメモ帳が差し出される。
(紗耶香っていうんだ)
珍しい字だけど、とてもきれいな名前に感じた。
私は彼女にペンを借り、「矢口真里」と丁寧に書いた。意識して丁寧に書いたのに、丸くてどこか不恰好な字。
彼女はメモ帳を受け取ると、私の名前のすぐ脇に再び何かを書き始める。
『可愛い名前だね。うちの妹と名前似てる。妹、真希っていうの』
「妹ってこの前の!?」
妹という文字を見て、瞬時にこの間の挑戦的なあの少女の顔が浮かび、私は思わず苦々しい声を上げてしまった。
(しまった!今の言い方って感じ悪いよね)
けれど、彼女はにっこりと微笑み頷いていた。
(そっか、声は聴こえてないんだった)
耳の聴こえない人と話したことなんて、18年間生きてきて一度もなかった。
だからこういう感覚には、全然慣れていなく違和感を感じた。けれど、同時に私は、彼女に対し深い関心を持っているのことも事実だった。
- 276 名前:わたげ 投稿日:2001年04月05日(木)23時59分26秒
- 「絵、すごく上手だね。もしかして絵描きさん?」
私は彼女の肩をとんとんと軽く叩いてから、そう言った。
彼女は慣れた手つきでペンを走らせる。
『ありがとう。でも全然有名じゃないし、私の絵ってつまらないみたい』
微笑んではいたけれど、ひどく淋しそうな横顔だった。
「ううん、そんなことないよ。素敵な絵だと思う。絵の具でこんな色が出せるなんて私驚いたもん。
私、絵のこと全然詳しくないけど、この絵すごく好き」
そう言ってから、私は自分がかなり興奮していることに気付いた。
彼女は弱々しく笑い、小さく会釈をした。
- 277 名前:わたげ 投稿日:2001年04月06日(金)00時00分56秒
- 彼女は私が話す度、私の唇をじっと見つめる。
耳が聴こえない人にとっては、それはごく当たり前のことなのかもしれないけれど、なぜか私は唇を見つめられる度、ドキドキしてしまう。
その時の私にはよく分からなかった。
それが、唇をじっと見つめられるという初めての経験からなのか、それとも彼女に見つめられているという意識からなのか・・・
『そろそろ帰らなきゃ。うちの妹、心配性だから、少しでも遅くなると慌てて探しまわるの』
彼女は私にメモ帳を見せ、ゆっくりと立ち上がった。
「また会えるかな?」
そうだ!携帯の番号教えて。
もう少しで、そう続けそうになった。
電話なんて出来るわけないか・・・
彼女は立ち上がっていて、私の言葉には気付いていなかった。私も立ち上がり、彼女の肩をポンと叩き振り向かせ、もう一度訊いた。
「明日もここで描くの?」
小さく端整な顔に柔らかい微笑みを広げながら、彼女はゆっくりと頷くと、私に背を向け歩いていった。
その後ろ姿が、あまりにも頼りなくて、夕方の空気に紛れてしまいそうに見えた。
- 278 名前:作者です 投稿日:2001年04月06日(金)00時18分55秒
- 心機一転して更新はあげることにしました。
たぶん今回は人が死んだりとかはないと思うので大丈夫かなと思ったので。
また新しく読んで頂ければ嬉しいです。
>>269-270
ご期待に応えられるか分かりませんが、最後までがんばります。
今回初めて市井の事情を知った矢口ですが、今後その壁のようなものを感じてしまうと思います。
もう一人の存在も今後大きく関わってくる予定です。
- 279 名前:名無し読者 投稿日:2001年04月06日(金)09時45分27秒
- こ、これから三角関係の突入っすね…
ドキドキ。
- 280 名前:名無し読者 投稿日:2001年04月06日(金)19時26分06秒
- いちごま好きだけど、このさやまりもいいですね。
もう一人がどう関わってくるか楽しみです。
- 281 名前:名無し読者 投稿日:2001年04月07日(土)06時28分11秒
- あ、新しいの始まってる。ちょっと遅れたけど、
いちごまでも、さやまりでも、危険でもそうじゃなくても、どちらでもいいです。
作者さんの新作なら。待ってました。
相変わらず、その場の空気が感じられるような文章がすごくいいです。
- 282 名前:名無し読者 投稿日:2001年04月10日(火)03時33分40秒
- 前作に続き今作も、傑作の予感!!
あいかわらず、作者さんの文章力はすばらしいですね。
その場の雰囲気や情景が浮かんでくるようです。
この先、はたしてどの組み合わせになるのか非常に楽しみです。
- 283 名前:わたげ 投稿日:2001年04月11日(水)00時26分48秒
- 翌日から、私は図書館へ行き手話の本を借りまくった。
紗耶香に近付きたかったからだ。紗耶香を理解し、私を知ってもらいたかった。
何より、手話を使いこなす私を見せ、紗耶香を驚かせたかった。
私は他の人達とは違うんだっていうところを見せたかった。
その考えは、まるで、好きな子の気を引こうとする小学生のようで、私は自分で苦笑してしまう。
それとも、人には、ただのエゴだって映ってしまうんだろうか。
気付けば、私の部屋には10冊程も似たような本が並んでいた。
試験勉強でさえも、こんなに頑張らないという程に、私は勤勉と化していた。
都合が良いことに、そんな私の姿を見て、母は、とうとう私にも受験生の自覚が芽生えたのかと勘違いし、
今まで散々言ってきた小言を言わなくなっていた。
むしろ、そんな私を父に賞賛するほどになっていた母に対し、私は少なからず後ろめたさを感じていた。
- 284 名前:わたげ 投稿日:2001年04月11日(水)00時28分11秒
- —————
『なんとかなるもんだよ、いざとなれば』
紗耶香の書いたその文字は、どことなく力強く見えた。
紗耶香と2歳年下の真希の両親は、紗耶香が小学3年生の時に離婚し、女手一つで二人を育ててきた母親も、中学2年生の時に病気で亡くなったらしく、それからは、親戚の方の援助を受けながら、姉妹二人きりで、
なんとか暮らしてきたそうだ。
そして、2ヶ月前、紗耶香は妹と二人きりで、この街に引っ越してきたらしい。理由は訊かなかった。
私とは、まるっきり違う人生を紗耶香は送ってきていたのだ。
全然何でもない顔で、そんな話をする紗耶香は、今までどうやって、その悲しみを乗り越えてきたんだろう。
『耳は生まれつき聴こえなかった』
紗耶香の明るい表情に、そう、としか答えることが出来ず、私はしばらく無言で座っていた。
耳が聴こえないってどんな感じだろう。
紗耶香の描く絵を隣で見つめながら、私は、ふと、そんなことを考えていた。
両手で耳を塞いでみる。けれど、規則正しい波の音も、通り過ぎる車のエンジン音も、私の塞いだ手をうまく潜り抜け、微かに鼓膜を振動させる。
紗耶香はこういうことも感じることは出来ないんだろうか。
見つめた紗耶香の横顔は、まるで今日の空のように穏やかで温かくて、私の胸は何故だか、しわしわと軋んだ。
- 285 名前:わたげ 投稿日:2001年04月11日(水)00時29分33秒
- 『どうしたの?』
私の視線に気付いたのか、紗耶香は、すみれ色がついた筆を置き、右の人差し指を立て、小さく左右に振る。
「ううん、何でもない」
今度はメモ帳を取り出し、さらさらと何かを書く。
『ごめん、つまらないよね?』
私は慌ててブルブルと、大きく左右に首を振った。
実際、紗耶香の隣に座って、紗耶香の描く絵を眺めていることに、私は微塵も退屈を感じていなかった。
むしろ、こうして、ずっといつまでも、隣で見続けていたい、そう思っていた。
- 286 名前:わたげ 投稿日:2001年04月11日(水)00時31分15秒
- 気が付くと、私はほぼ毎日のように学校帰りに、急いであの海岸へ向かうようになっていた———圭織に誘われるカラオケまで断って。
「今日はいい天気だね」
私が初めて覚えた手話を見て、紗耶香は少し驚き、それから柔らかく微笑し、そうだねというふうに頷いた。
『手話出来るの?』
紗耶香の繊細な指が流れるように動く。
「最初にここで会った日からちょっとずつ本見て覚えたの。まだ全然だけどね」
ぎこちないながらも、覚えてきたことを反芻するようにして、私は何とか手話をした。次の紗耶香の言葉を期待して。
しかし、返ってきた紗耶香の言葉は、私の期待していたものとは大きく違っていた。
『無理して覚えることないよ。矢口は耳が聴こえるんだから、手話なんて必要ないよ』
メモ帳を見せ、弱々しく笑った紗耶香の横顔が、あまりにも静かで、私は泣きたくなってしまう。
「無理なんてしてないよ!矢口が勝手に好きで覚えたことなんだから・・・」
私の声は震えていた。
(私が手話を覚えようとしたことを紗耶香は同情や興味本位からだと思っているの?
そんなんじゃないのに・・・)
それが期待していたものとは正反対の言葉だったからなのか、それとも、紗耶香を傷つけ、誤解されてしまっているんじゃないかという恐れからなのか、私の胸はチリチリと焼けるように痛み、急に涙が溢れそうになって、思わず俯いてしまった。
- 287 名前:わたげ 投稿日:2001年04月11日(水)00時32分28秒
- そんなふうに突然、私が俯いてしまったから、紗耶香はびっくりしたようで、心配そうに、少し困ったように私の顔を覗き込んだ。
『ごめん、矢口。ありがとね、覚えてくれて。大変だったでしょ?』
紗耶香の手が、ゆっくりと、私のも分かり易いように、そう言うと、包み込むような優しい笑顔で、そっと私の髪を撫でてくれた。
ハッとした。こういうことを今まで誰にもされたことがなかったから。(小さい頃、両親にされた以外は)
私より一つ年下の紗耶香がひどく大人に見え、なんだか自分が弱くて幼い子供のように思え、少し情けなくなった。
けれど、この時私は、何となく気付いていた。
紗耶香をどうしようもなく、好きになり始めていることに。
- 288 名前:作者です 投稿日:2001年04月11日(水)00時55分08秒
- 少なめですけど更新しました。
もたついてしまって、まだ妹さんを出せませんでした。
次こそは・・・
>>279
ありがとうございます。
もうちょっとだけ待ってください。
ドキドキしてもらえるか自信ないですけど、がんばります。
>>280
このさやまりいいですか?
ありがたいお言葉です。いちごまもさやまりも好きな方って結構いるみたいですね。良かった。
>>281
そんなに褒めてもらっちゃうと気が引けますがすごく嬉しいです!
いちごまでもさやまりでもどちらでもOKですか?
一応結末は決まっているので、なるべく早く完結できるようにがんばります。
>>282
これまた、ものすごい褒め言葉を・・・
ちょっと焦っちゃいました(w
でも感涙しそうなくらい嬉しいです。ありがとうございます。
組み合わせは、良い意味で最終的に裏切れたらなぁと思っているんですけど
筆力がないので、不安です。でも完結はさせますので最後まで読んでいただけると嬉しいです。
- 289 名前:名無し読者 投稿日:2001年04月11日(水)01時03分30秒
- 待ってましたー。
心暖まる感じですねぇ。
次回、更新楽しみです。
- 290 名前:名無し読者 投稿日:2001年04月11日(水)03時35分48秒
- いい感じの話ですね。
いちごまもさやまりも、どちらも大好きなんでとても楽しみです。
- 291 名前:名無し読者 投稿日:2001年04月11日(水)07時08分05秒
- そうそう、何かを期待して、そのことばかり考えてたら、帰ってきた反応は
予想してたものと違って、悲しくなっちゃうことってあるよね。
そういう気持ちを、黙って包んであげられる紗耶香がかっこいです。
矢口が惚れちゃうのも仕方ない。
- 292 名前:名無しさん 投稿日:2001年04月13日(金)03時24分16秒
- 前回と正反対の雰囲気の市井がいっすね。
両方シックリくるのが市井キャラのすげーとこだ。
めちゃめちゃ楽しみにしてるんでガンバテ
- 293 名前:わたげ 投稿日:2001年04月13日(金)23時30分24秒
- —————
「それでね、その体育教師がむかつくの。私がちょっと爪を伸ばしてたからって、目の仇にしてさぁ・・・」
紗耶香と毎日こうして話しているせいか、こんな日常会話が何でもなく手話で出来るようになっていた。
こんなに覚えの悪い私がと、自分でも驚いた。
細くて長い人差し指を1本立て、顔の前で小さく左右に振る———紗耶香の癖。
学校で嫌なことがあって沈んでいる時も、逆に良いことがあって顔をほころばせてしまっている時も、少しぼーっとしてしまい会話が途切れた時も、紗耶香は、きまっていつも私にそれをする。
必ず1日に1回は。(多い日には2回も3回も)
もし、紗耶香が喋れたなら、口癖は間違いなく「どうしたの?」だ。
紗耶香は、私のちょっとした心の変化に、いつも素早く気付いてくれる。
だから私は『どうしたの?』とされる度に、なんだか少し嬉しくなる。
でも・・・紗耶香には私以外に『どうしたの?』と優しい顔を向ける人はいるんだろうか。
そういえば、いつも私ばかり一方的に話していて、紗耶香はにこにこと私の話を聞いてるだけのような気がする。本当は紗耶香について私は何も知らないのかもしれない。
- 294 名前:わたげ 投稿日:2001年04月13日(金)23時31分35秒
- 「ねぇ、紗耶香」
水平線の下に、半分姿を消してしまったオレンジ色の半球を眩しく感じながら、私は言った。
『ん?』といった表情で紗耶香は私の顔を真っ直ぐに見つめる。
「そのさ・・・いたの?」
私の日本語はまるでめちゃくちゃだ。
『何が?』
紗耶香は、よく分からないといった表情で私を見つめ続けていた。
「いや、いたの?じゃなくて・・・いるの?」
気持ちがグラグラと揺れ、恐る恐る訊く私の手話は、どことなく震えてしまっている。
『だから何が?』
本当に分からないよ、といった表情で紗耶香は笑った。
好きな人いるの?
思い切って、そう訊こうとして、もう一度顔を上げると、紗耶香はもう笑っていなく、視線も私には向けられていなかった。
なんだかタイミングを逃してしまいホッとしている自分と、やっぱり訊きたいという複雑な自分とを感じながら、紗耶香の視線の先を振り返ると、そこにはこちらへ向かってくる人影があった。
肩にかかる茶髪を潮風にさらさらと揺らした真希だった。
- 295 名前:わたげ 投稿日:2001年04月13日(金)23時32分42秒
- 「もう、お姉ちゃん、ずいぶん探したよぉ」
頬を膨らませ、真希は拗ねた顔で紗耶香に駆け寄った。
『紹介するね、妹の真希。それで、こっちが矢口』
紗耶香は交互に私と真希を見て、にこやかに笑った。
真希は何も言わず怪訝そうな顔つきで私を見つめている。
見つめているというより観察しているような鋭い視線に、私は息苦しさを感じた。
———奇妙な沈黙。
その重い雰囲気を察知したのか、紗耶香は真希の頭を軽く押さえるようにして、私に向かってお辞儀をさせた。
「あっ、矢口真里です。よろしく」
私も慌てて会釈をする。
- 296 名前:わたげ 投稿日:2001年04月13日(金)23時33分40秒
- 真希はすっと視線を私から紗耶香に移すと、緊張で強張らせていた表情もふっと緩め、ひどく子供じみた口調で言った。
「ねぇ、お姉ちゃん、早く帰ろうよぅ。ケーキもちゃんと焼けたんだからさぁ。あっ!ローソク買うの忘れちゃった」
ケーキ?ローソク?
その二つの単語が何を意味しているのかは、私でも容易に理解することが出来た。
しかし、それと同時にドオンと海の底へ重たく沈んでいく自分を感じた。
私は紗耶香を振り向かせ恐る恐る尋ねる。
「もしかして、今日、紗耶香の誕生日だったの?」
紗耶香の小さな頷きが、私にトドメを刺し、痛く胸を締め付けた。
私は、こんなことも知らなかったんだ。
大きな口を開けて、底知れない虚無が私を飲み込もうとした。
『そうだ、矢口もうちへおいでよ。夕飯一緒に食べようよ』
紗耶香は、そんな私の顔を覗き込み、優しく笑いかける。
「でも・・・私、今日が紗耶香の誕生日だって知らなかったし・・・プレゼントも用意してないし・・・」
情けないことに、私は涙声になっていた。
『プレゼントなんていらないってば。ご馳走かどうかは分からないけど、一応、真希が料理作ってくれたみたいだし、おいでよ、ねっ』
小さな子供に言うような、静かな穏やかな笑顔で、そう言うと紗耶香は私の手をそっと引いた。温かい紗耶香の手に余計に泣きたくなってしまう。
- 297 名前:わたげ 投稿日:2001年04月13日(金)23時35分27秒
- 途中コンビニでローソクを買い、紗耶香の家に着いた頃には、ちょうど7時をまわったところだった。
この頃は、ずいぶん日が延び、まだうっすらと、重い黄色がかった、夏の夕方特有の、あの明るさを残していた。その奇妙な明るさが私はなぜだか恐かった。ほとんど鳥肌が立つくらいに。
築10年といった感じの少し古びた外装だったけれど、二人で住むには充分広すぎるといった感じの2階建。
玄関のドアの所には、『いちいさやか・まき』と可愛らしい木細工の表札が掛かっていた。
「おじゃまします」
仕切りのない一望に見渡せるLDKが、より一層部屋の広さを感じさせる。
『ちょっと待ってて』
紗耶香はそう言い、真希と二人で何やらキッチンで食事の盛り付けなどの準備を始めた。
私は通されたリビングのソファーに座り、やることもなく、部屋の観察をしてみた。
隅々まできちんと整頓されているリビングは、その住人の几帳面さを窺わせる。
そして、部屋のあちこちにある見慣れない物体。
どうやら、玄関のインターホン、ガスコンロ、お風呂、それらの状態を耳の聴こえない紗耶香に、ライトの点灯や振動で知らせる装置のようだった。
そして、テレビの上のフォトスタンドに目が止まり、私は、ふと手に取ってみる。
それは絵に描いたような幸せな家族の写真だった。
おそらく5歳くらいであろう紗耶香が、しっかりとその左手に小さな真希の手を握り、満面の笑みでカメラに向かってピースをしている。そして、二人の両脇を御両親らしき人が温かい笑顔で包んでいた。
大人っぽい今の紗耶香の顔立ちに比べると、ずいぶんあどけなく、やんちゃっぽく見えたけれど、その面影は、どことなく残っていて、私は何だか自然に顔がにやけてしまう。
(可愛いなぁ、ほんとに)
どちらかというと、紗耶香は母親似で真希は父親似といった感じだろうか。
- 298 名前:わたげ 投稿日:2001年04月13日(金)23時36分57秒
- ———トントントントン
何かを包丁で切っている音で、私はふと我に返り、何となくキッチンに視線を向けた。
その時だった。
「痛っ」
真希の背中から、かすれた小さな悲鳴が聞こえた。
そして次の瞬間、隣でお皿を用意していた紗耶香は素早く真希の左手を取ると、その傷口をそっと自分の唇で覆った。しばらくして、紗耶香は真希の指を口から離し、限りなく優しい横顔でポンポンと真希の頭を軽く叩くと、真希はエヘヘと甘ったれた声で笑った。
それはあまりにも自然な光景だった。けれど、なぜだか私にとっては不穏な光景にも映った。
思わず強く握りしめてしまっていたフォトスタンドを元の場所に戻すと、弱い頭痛が湧きあがり、私は息苦しい胸の痛みを感じた。バカバカしいことに私は二人に嫉妬していたのだ。
- 299 名前:わたげ 投稿日:2001年04月13日(金)23時38分35秒
- そして、何やら二人の間で交わされる手話。
二人の手は流れるように滑らかで、早くて、私には何を言っているのか分からなかった。
真希に見せる紗耶香の、その手話は、私に見せるものとは全く違っていたのだ。
本来の紗耶香の姿を垣間見た思いがした。
紗耶香は無理をして、わざとゆっくりと私にも分かり易いような手話をしていたんだ。
それなのに、私は、すっかり紗耶香と自然に手話で会話が出来ていると思い込んでいて、一人バカみたいに浮かれていたんだ。
私はずっと紗耶香に気を使わせてしまっていた・・・
押し寄せるのは、どうしょうもない疎外感と自分の無力さだけだった。
弱い頭痛は、その痛みを増し、少し気持ちが悪くなる。
そして、たまらず私はキッチンへ向かった。
「ごめん、急用思い出した。帰らなきゃ、本当にごめんね」
ほとんど無感覚になりながらそう言うと、きょとんとした顔の紗耶香の返事も待たず、私は家を飛び出していた。
「お誕生日おめでとう」の一言も言えずに。
- 300 名前:作者です 投稿日:2001年04月13日(金)23時51分45秒
- やっと、妹を再登場させられました。
真冬の誕生日の人を正反対の季節の誕生日にしてしまいましたが御了承ください。
>>289
ありがとうございます。
心温まる感じなんて、今まで言われたことなかったんで本当に嬉しいです。
それを励みに頑張ります。
>>290
ありがとうございます。
やっぱり、どちらかに激しく偏ることなく両方好きって方多いですね。
書いてて気持ちが楽になりました。
ご期待に応えられるか分かりませんが、頑張ります。
>>291
激しく同意。
好きなほど期待が膨らんでしまって、思い通りの答えを求めてしまって、ギャップで自爆してしまう悪循環ってありますよね。
本当に好きなら、無償の精神でいないといけないのかもしれないけれど、好きだからこそ求めてしまうような・・・自分で書いていて良く分からなくなっちゃいましたけど(w
>>292
ありがとうございます。
今回のを書いている上で、一番気を使っていたつもりの部分だったので、その点に気付いて頂けるのは、
ものすごいうれしいです。感涙!
前回は強くて男っぽい優しさを(目指して書いていたつもりです)今回は繊細な優しさを市井キャラとして
少しでも出せたらと思っています。
市井本人に多面性があるように見えるので、筆力の無さは本人のイメージで補ってもらえそうなので
救われます。
- 301 名前:名無し読者 投稿日:2001年04月14日(土)00時22分09秒
- 穏やかな空気の中のちょっとした感情の起伏がバランスいいっすね。
これからどうなるのか楽しみ
- 302 名前:名無しさん 投稿日:2001年04月14日(土)00時45分53秒
- 気のきいた感想は書けませんが。
今、一番気になる読み物です・・・。
301さんと一緒でこれからどうなるのでしょうか。ほんと気になる・・・
- 303 名前:名無し読者 投稿日:2001年04月14日(土)03時23分55秒
- 真希は紗耶香の妹ってことは市井真希ってことですよね?
なんか妙にこそばゆい感じがする〜。って俺だけか!!(w
- 304 名前:名無し読者 投稿日:2001年04月14日(土)03時29分54秒
- 市井真希か……
も、萌える!!
後藤紗耶香でもいいけど
- 305 名前:名無し読者 投稿日:2001年04月14日(土)04時05分41秒
- じゃあ後藤もいちーちゃんなのか・・・
- 306 名前:わたげ 投稿日:2001年04月18日(水)23時13分49秒
- 夜中じゅう、紗耶香のことを考えた。
紗耶香が真希に見せた優しい横顔、流れるような手話。
確かに、あの時、私はバカみたいに嫉妬し、ものすごい疎外感を感じた。
けれど、落ち着いて考えてみると、それは極当たり前のことだった。
優しい紗耶香が、逆に妹に冷たかったらおかしいことだし、15年近くも一緒にいる真希と、たった数週間しか接していない私に、同じような手話を見せる方が間違っているのかもしれない。
せっかく紗耶香が誘ってくれたのに、紗耶香の記念すべき日なのに、私はあんな子供みたいな行動をとってしまった。
紗耶香は嫌な思いをしてしまったのだろうか。
「ごめんね、紗耶香」
くぐもった私の声。
謝りたい、お誕生日おめでとうって心から祝ってあげたい、そう思った。
- 307 名前:わたげ 投稿日:2001年04月18日(水)23時14分35秒
- 翌日、私は学校帰りに、急いで紗耶香のプレゼントを買いに行った。
ゆうべ一晩考えて、プレゼントは、いつも身に付けてもらえる腕時計にしようと決めていた。
それに、紗耶香の白くて細い手首には、いつも何もついていなかったから。
私は小さな時計専門店のショーウィンドーに飾られてあった、ひとつの腕時計——リストがシルバーのブレスレットになっていて、きれいな調和のとれた楕円形、その文字盤は、うすむらさき色に輝いている——に惹かれた。
紗耶香の趣味が分からなくて、気に入ってもらえるか不安だったけれど、きれいに包装してもらい、ネイビーブルーの涼やかなリボンを付けてもらうと、自然と私の胸はおどっていた。
駅から海岸まで、夢中で自転車を漕ぐ。いつもより、だいぶ時間が遅くなってしまい、紗耶香は絵を描き終え、帰ってしまっていないか不安になりながら。
息を切らし、着いたいつもの石段に、見慣れた横顔を見つけ、私は胸を撫で下ろした。
- 308 名前:わたげ 投稿日:2001年04月18日(水)23時15分49秒
- 紗耶香は私を見上げると優しく微笑んだ。いつもと変わらない、ちっとも気持ちが揺れていない美しい微笑み。
私は紗耶香の隣にゆっくりと座る。
『どうしたの?息切れてる』
肩で息をしてしまっていた私を見て、不思議そうな顔をして紗耶香は訊いた。
「駅からダッシュで自転車漕いできたの」
そう言って、私は潮風を大きく吸い込んだ。
『矢口、年なんじゃないの?』
ちょっと馬鹿にしたように、でも愛にあふれたように紗耶香は言う。
「もう!ひっどーい」
私が口をとがらせると、紗耶香は、ふふふと小さな声を出して、優しげな目で笑う。
紗耶香とこうして海にいると、なんだか時間が穏やかにゆっくりと流れていき、たとえ会話が途切れてしまっても、繰り返し聴こえる波の音のせいか、二人の間の沈黙は、ちっとも窮屈に感じない。
- 309 名前:わたげ 投稿日:2001年04月18日(水)23時17分10秒
- 紗耶香は、昨日私が急に帰ってしまったことを何も訊いてこない。ましてや、責めたりもしない。
それは、私の答えにくいことだと知っているからだろうか・・・
「紗耶香」
私は風に掻き消されるような小さな声で、紗耶香の肩にそっと触れた。
「昨日はごめんね。急に帰っちゃって・・誕生日、お祝いしてあげれなくて・・・」
紗耶香は静かに首を振る。
「あのさ、一日遅れちゃったけど、これ。お誕生日おめでとう」
そう言って、私は鞄の中から、ネイビーブルーのリボンの包みを取り出し、紗耶香の前にそっと差し出した。
紗耶香は少し驚いた顔をし、私に?と訊く。
「うん、紗耶香の趣味が分からなかったから、気に入ってもらえるかどうか分からないけど・・」
照れ臭さと不安とで私は少し俯きながら言うと、紗耶香は私の顔を下から覗き込み、開けてもいい?とひどく子供っぽい目で尋ねる。
「うん」
紗耶香の細い指が、丁寧に包みを広げていく。
私はじっと息をひそめ、紗耶香の横顔を見つめていた。ドキドキ胸を高鳴らせながら。
『あっ!!腕時計だぁ、きれいな色!ありがとう矢口』
そう言うと、紗耶香は、早速、手首にそれをつけ、すみれ色に染まった夕空にその腕を掲げ、嬉しそうに頬を緩めながら見上げる。
(あー、良かったぁ)
『今の空の色と似てるね、この時計の色』
そう言って、目を輝かせながら紗耶香は微笑む。本当に子供みたいに。
『でも、いいの?こんな高そうな時計』
紗耶香が心配そうに訊くので、「その代わり倍返しね」と、からかうような口調で言ったのに紗耶香はもう笑っていなく、ひどく真剣な顔で、少し潤んだ瞳で、『本当にありがとう、矢口』と言った。
紗耶香のそんな姿が、いとおしく思え、なぜだか、私は紗耶香を抱きしめたい衝動に駆られた。
- 310 名前:わたげ 投稿日:2001年04月18日(水)23時17分50秒
- —————
喫茶店に入るなり、奥のテーブルに座っていた真希は立ち上がり、「ここ」というように軽く手をあげ、会釈をした。
「ごめんなさい、急に呼び出したりして」
真希は申し訳なさそうに、そう言った。
「お姉ちゃんの手帳を勝手に見て、それで番号見て、かけたの」
私が訊く前に真希は、そう答えた。
以前、紗耶香に、何かの時のためにと、私の携帯の番号を教えておいたのだ。
ウェイトレスに紅茶を注文すると、冷房のきき過ぎた店内に、私は少し身震いを感じた。
単刀直入に言うけど、そう前置きをして真希は口を開いた。
「もう、お姉ちゃんには会わないでほしいの」
はっきりと、あっさりと、真希はそう言うと、ミルクティーの入ったカップをかきまわした。
小さなスプーンは、カップに触れると空々しい、渇いた音を出す。
「は?どういうこと?」
冗談じゃないと思った。どうして、そんなことをいきなり妹の真希に言われなきゃいけないのかと、私は納得のいかない声を出した。
真希は探るような目で私をじっと見つめている。息苦しい視線に私は思わず目をそらす。
「みんなそうなの、お姉ちゃんに近付く人は」
ひどく落ち着いた穏やかな口調だった。
- 311 名前:わたげ 投稿日:2001年04月18日(水)23時18分59秒
- 「お姉ちゃん耳が聴こえないから、最初はみんな珍しがって、同情して、憐れんで近付いてくるの。お姉ちゃん口利けないし、何言っても怒ったり、言い返したりしないし、だからそのうち、みんなお姉ちゃんに日頃のストレスぶつけて、それでスッキリして、自分の都合で利用するだけ利用して、お姉ちゃんから離れていく。その度にお姉ちゃんは傷つく。もう、お姉ちゃんが傷つくところ見たくないの。
だから、お姉ちゃんに興味本位でちょっかい出すのは、もうやめてほしいの」
真希は淡々と言い、コーヒーカップを静かに口へ運んだ。
冗談じゃない!心底心外だと思った。
「私は、紗耶香を同情の目でなんて見てないし、利用してるつもりなんてこれっぽっちもない!」
紅茶を運んできたウェイトレスの、ごたごたを察するといった表情で、私は自分の声の大きさに気付いた。
伝票をテーブルに置き、ごゆっくり、というウェイトレスの事務的なセリフが冷え切った店内に空しく響いた。
「それじゃあ、今まで、お姉ちゃんの話を聞こうとしたことがある?」
私の心を見透かすような目で真希は言った。
「・・・・・」
私は押し黙ってしまう。
確かに、私は紗耶香のことをあまり知らないのかもしれない。
誕生日も知らなかった。
知らないうちに紗耶香の優しさに甘えてしまっていたのかもしれない。
でも・・・紗耶香を憐れんだり、利用しようなんて、これっぽっちも考えたことはない。
- 312 名前:わたげ 投稿日:2001年04月18日(水)23時20分10秒
- 私は体じゅうの理性をかきあつめ、つとめてゆっくりと冷静に言った。
「私は、あなたが思ってるような気持ちで紗耶香と接してるわけじゃないわ。それに、どうして、あなたにそんなこと言われなきゃいけないわけ?」
自分の声があまりにもとげとげしく苛立っていて、私はますます不愉快になる。
真希はカップに視線を落とし、そんな私の動揺とは対照的な、穏やかで全く心が揺れていないといったふうに静かに話し始めた。
「私が5歳の時の夏休みに、家族で川へキャンプに行ったの。すごく暑い日で、お姉ちゃんと一日中、川で遊んでた。お姉ちゃんが、川の中から私にきれいな石をとってくれて、私がすごく喜んだものだから、お姉ちゃん‘もっときれいなの見つけてあげるからね,って言って、気付いたら私たち、お父さんとお母さんのいる河原からずいぶん離れたところまで来てた」
私には真希が何故そんな思い出話をしだすのかさっぱり分からなく、相槌さえ打つことが出来なかった。
それでも真希は、まるで独り言のように続けた。
「しばらくして、私、すっごくきれいな石を見つけたの。白っぽく光ってて、他の石とは全然違ったの。
どうしても、それが欲しくて、お姉ちゃんに内緒でとって、驚かせたかった。それで一瞬、お姉ちゃんの手を離して、水の中にかがんだの。そしたら、急に深くなってるところがあって、気付いたら私溺れてた。
私の名前を叫んでいるお姉ちゃんの声が一瞬聴こえて、でもどんどん流されていって、5歳ながらに、私死んじゃうのかなって思ってた。そしたら、お姉ちゃん慌てて飛び込んで、気付いたら私は、お姉ちゃんの腕に、しっかりと抱えられて助かってた」
真希は目の前のカップから沸き立つ湯気を見つめながら、「でも・・・」と一瞬、苦しそうに息を飲んだ。
- 313 名前:わたげ 投稿日:2001年04月18日(水)23時21分34秒
- 「お姉ちゃん、私を助けようとした時、大きな岩に頭を強くぶつけてて・・・
私を助けた後、急に具合が悪くなって、お父さんとお母さんが慌てて病院に連れて行ったの。
そしたら・・頭を強くぶつけた時に聴神経がおかされてて、それきりお姉ちゃんの耳は聴こえなくなってた。
お姉ちゃんの耳が聴こえなくなったのは私のせいなの・・・
それからは耳の聴こえないお姉ちゃんのことで、しょっちゅうお父さんとお母さんが喧嘩するようになって、
その度、泣き出す私の手をお姉ちゃんは優しく引いてくれて、外へ連れ出し、私が泣き止むまで、ずっと頭を撫でてくれてた。結局2年後、両親は離婚したの。全部私のせいなの、私はお姉ちゃんから、すべてを奪ってしまった・・・だから私、決めたの。お姉ちゃんを一生守っていくんだって」
微笑んではいたけれど、ひどく淋しそうな言い方だった。淋しそうで、どこか野蛮な。
私は絶句した。信じられなかった。
紗耶香は、生まれつき耳が聴こえなかった、そう、確かに私に言った。
だからこれは、きっと真希の作り話なんだ、そう思っていた。いや、思い込みたかっただけなのかもしれない。
「でも、紗耶香は私に、生まれつき耳が聴こえなかったって言ったわ」
あまりにも空しく響く自分の声に私は、ますます心細くなる。
「お姉ちゃん、いつもそうなの。あの時から一度も私を責めない。それどころか、私をいつもかばってくれる。
余計に悲しくなっちゃうよ・・・
私はお姉ちゃんが好き。
だから、どんなことしたって、私はお姉ちゃんを一生守っていくの」
真希は話をうち切るように、そう言って、怖いほど静かに微笑した。本当に鳥肌が立つくらいに。
- 314 名前:わたげ 投稿日:2001年04月18日(水)23時22分28秒
- 伝票を持ち、真希が店を出ていった後も、私は、なんだかひどくくたびれてしまい、しばらくぼんやりとコーヒーカップを見つめていた。
紗耶香は幼い頃、耳が聴こえていた・・・話すことも出来ていた・・・
紗耶香は私に嘘をついていた?
真希をかばうため?
私と出会う前からずっと、そうしてきたの?
私は信用されていなかった・・・紗耶香は私に心を開いてくれてはいなかった・・・
その疑問は、ぐるぐると私の胸のまわりを、まるで大蛇のトグロのように痛くしめつけた。
そして、その時、私は何も分かっていなかったのだ。
真希の言った『お姉ちゃんが好き』という言葉の意味を。
『どんなことしたって、私はお姉ちゃんを一生守っていくの』という意味を。
- 315 名前:作者です 投稿日:2001年04月18日(水)23時36分35秒
- セリフの部分が長くなってしまって読みにくかったらすみません。
>>301
ありがとうございます。
矢口のテンションが上がったり下がったり難しいです。
ご期待に応えられるようにがんばります。
>>302
気のきくどころか書いてる上でものすごく励みになるお言葉です。ありがとうございます。
おもしろいかどうか分からないですけど、最後まで読んでいただけたら嬉しいです。
>>303-305
読んでくださってありがとうございます。
一応、市井紗耶香、市井真希姉妹です。
「市井さーん」
ヽ^∀^ノ<はーい!
( ´ Д `)<はーい!
- 316 名前:名無し読者 投稿日:2001年04月18日(水)23時46分08秒
- いえいえ違和感無く読めましたよ。
少しずつ盛り上がってくるこの感じがたまんねーっす。頑張って下さい
- 317 名前:名無しさん 投稿日:2001年04月19日(木)01時29分37秒
- とても引き付けられました。
作者殿のペースでゆっくりとお仕上げくだされ。
続き期待しております。
- 318 名前:名無し読者 投稿日:2001年04月19日(木)03時27分02秒
- 読みにくい所なんて何処にもありませんでしたよ。
それにしても、この作品の中に流れる雰囲気がたまらなく良いです!!
- 319 名前:名無し読者 投稿日:2001年04月19日(木)04時11分54秒
- 市井真希がなんでこんな萌えるか分かった・・
まるでまるで・・・ふう(略
作者さんファイト
- 320 名前:わたげ 投稿日:2001年04月23日(月)23時54分24秒
- —————
どういう風の吹き回し?と、圭織は訝しげな声を出した。
風のない、ひどく蒸し暑い午後の教室。
「矢口からカラオケに誘うなんて珍しいね。ひょっとして、例の青い傘の人と何かあった?」
ドキリとした。圭織は変なところに勘が鋭い。
圭織には以前、紗耶香のことを少しだけ話したことがあった。
絵がすごくうまいこと、1つ年下ということ、そして、耳が聴こえないということ。
最近の私の付き合いの悪さが、紗耶香と会っているためだということくらい、圭織にはお見通しのようだった。
ダテに‘腐れ縁,をやってるわけじゃないよ、という圭織の顔にほっとするような、少しばつの悪いような複雑な気分になった。
「べ、別に何もないよ。久しぶりに歌いたくなっただけ」
私は平静を装い穏やかに苦笑する。
「ふーん、まぁいっか、んじゃ、行こう」
じとーっと体に纏わり付くような蒸し暑さのせいなのか、担任から催促されている進路志望調査が一向に白紙のままであるためからなのか、それとも・・・あの喫茶店での出来事のせいなのか、私はなんだかイライラしていた。
カラオケで歌いまくれば、モヤのかかった私の心は、幾分晴れるんじゃないかという安易な発想だった。
結局この日、私は海岸には行かなかった。
- 321 名前:わたげ 投稿日:2001年04月23日(月)23時55分26秒
- その翌日、気付けば、やっぱり私は海岸に来てしまっていた。
別に「お姉ちゃんには、もう会わないで」という真希の言葉のせいではなく、紗耶香が真希を助けるために、耳が聴こえなくなってしまったというせいでもなく、ただ、紗耶香が私に嘘を付いていたという事実が、私の足を寸前で止める。
私はしばらく、少し離れた所から紗耶香を観察していた。
昨日のような蒸し暑さはなく、夕方の風は穏やかに涼しく吹いているのに、波の音だけは——まるで私の今の気持ちを察知しているように——不穏だった。
海とスケッチブックとを交互に見つめ、紗耶香は筆を動かす。
時々、風で乱れた前髪をかき上げたり、筆を置いて両手を後ろにつき気持ち良さそうに空を仰いだりする。
まるで、海岸と一体化している、その細い背中をこんな風に見つめているのは、すごく淋しい。
紗耶香の生活には、全く私の入る隙間はなく、紗耶香は今この瞬間も私のことなんてまるで考えてなく、必要ともしていない、そんな気持ちになってしまう。
それでも私は、紗耶香の左手首に付けられている腕時計を頼みの綱に、再び足を動かした。
「さーやか」
不安な気持ちをごまかすように、私は紗耶香の首を軽くチョップする。
紗耶香は少し驚き、私の顔を確認すると安心した目で微笑んだ。
今までと何ら変わらない風景、でもどことなく心細く見えた。
- 322 名前:わたげ 投稿日:2001年04月23日(月)23時56分15秒
- 『矢口が無事で良かった』
突然、紗耶香はそんなことを言い、全く邪気のない笑顔を見せる。
「え!?」
『いや、2日も矢口が来なかったから、病気や怪我でもしたのかなって思って・・・』
「ひょっとして、心配してくれてた?」
紗耶香は俯きながら小さく頷いた。
「私に会えなくて淋しかった?」
冗談のつもりで訊いておきながら、私はたちまち心から怯えた。なんとなく、答えが怖かったから。
「ジョーダン、ジョーダン、答えなくていいよ」
『淋しかった・・・』
そう言って、紗耶香は弱々しく笑った。
「へ!?」
紗耶香のストレート過ぎる言葉に、私は動揺した。
そんな言葉をあっさりと言っておきながら、直後にこんな風に淋しそうに笑うものだから、私は完全に言葉を失ってしまう。
紗耶香はずるい。いとも簡単に私の気持ちを支配する。
『どうしたの?』
心配そうに紗耶香は私の顔を覗き込む。
- 323 名前:わたげ 投稿日:2001年04月23日(月)23時56分47秒
- でも・・・今、目の前で優しく微笑んでいる紗耶香は、私に隠し事をしている。嘘を付いている。
紗耶香が真希に見せた優しい顔と同じような顔をするものだから、私にそんなことを思い出させてしまう。
私が真実を知ったら、紗耶香のことを憐れみの目で見ると思ったから嘘を付いたの?
それとも、私が真希のことを批判の目で見ると思ったから、真希をかばったの?
普通の人は、そういう目で見るかもしれない。
でも私は違うよ、信じてよ、紗耶香・・・
ぼんやりしながら、心の中では、何度も同じことを考えていた。
- 324 名前:わたげ 投稿日:2001年04月23日(月)23時57分54秒
- 『矢口、どうしたの?』
今日、二度目の沈黙と紗耶香の二度目の『どうしたの?』。
「矢口は・・・紗耶香のこと、何も知らないのかもしれないね」
言葉が勝手にとげとげしく響いて驚いた。
『ん?』
紗耶香は心もち首をかしげる。
「いっつも、矢口ばかり話してて、自分のことばかり押し付けてて、紗耶香の話、全然聞こうとしてなかったのかな?」
投げやり気味に、自嘲気味に私は苦笑した。バカみたいなことに、この前、真希に言われた言葉と同じ言葉を私は口にしていた。
『何かあったの?』
不思議そうな顔をして、紗耶香は私に、そう訊き返した。
私は返事をしなかった。紗耶香もそれ以上は訊いてはこなかった。
三たびの沈黙。
聞こえてくるのは、一定のリズムを刻む波の音——今日はどことなく不穏に聞こえる——と、ゴォーっと一瞬怖いくらい大きな音を出し夕焼けを切り裂いていくジェット機の音だけだった。
- 325 名前:わたげ 投稿日:2001年04月23日(月)23時58分34秒
- 『私さぁ・・・』
別に沈黙を恐れたようでもなく、ごく自然に独り言のように紗耶香の手が話し出す。
『私ね、小さい頃、海が怖かった』
粉々に砕けて散らばった鏡のように、キラキラと乱反射する遠くのさざなみを眩しそうに見ながら、紗耶香の手がそう呟いた。
『まだ小学校にあがってもいない頃にね、おばあちゃんが私に、水平線の向こう側は断崖絶壁になってるんだよって言ったの。そこから落ちたら二度と戻って来れないんだよって。それで、悪い子はそこから落とされちゃうんだよって、おばあちゃんが私に話したの。まだ小さかったから、私、本気で信じちゃってて、だから本当に海が怖かった』
紗耶香は懐かしそうに微笑む。
『小学校の社会の時間にガリレオの発見のことを教わって、そんなのおばあちゃんが私に悪いことしちゃだめだよっていう単なる脅しだったんだって、すぐ分かったんだけど・・・』
ふと、紗耶香は視線を落とし、咳をするように小さく息をした。
『でも、未だにね・・・独りで海にいると、すごく怖くなる時があるんだぁ。いい歳して恥ずかしいけど、なんでだろう・・・』
そう言って、紗耶香は笑った。泣き顔よりも淋しそうな顔で。
紗耶香がそんな風に笑うから、私の胸はぎゅーっとつぶれてしまうくらい苦しくなる。
- 326 名前:わたげ 投稿日:2001年04月23日(月)23時59分10秒
- そして、気付いたら、私の右手は、横に置かれていた紗耶香の左手の甲を驚くほど自然に握りしめていた。
私の方が小さい手だから、なんだか少し不恰好だ。
紗耶香は一瞬ビクッと肩を震わせ、私の方を見つめると、柔らかく微笑んだ。
「矢口が紗耶香の傍にいれば、怖くないでしょ?」
そう言いながら、自分の顔がみるみる熱くなっていくのが分かり、私は思わず視線をそらし、俯いてしまった。
恥ずかしいことに、紗耶香の前では、まるで‘中学生の初恋的気分,になってしまうのだ。
紗耶香は『うん』という返事の代わりに、左手をゆっくりと返し私の右手を優しく包むように握り返してきた。
私はハッとする。
やっぱり紗耶香はずるい。何でもない顔をして、私の気持ちを簡単にコントロールしてしまう。
きっと紗耶香は、私の不安な気持ちに気付いて、そんな秘密の話をしてくれたんだ。ふと、そんな気がした。
そして、私はそんな紗耶香の優しさに、ゆっくりと、静かに包まれていった。
- 327 名前:作者です 投稿日:2001年04月24日(火)00時08分40秒
- 水平線を見ていたら、船の帆先が最初に見え出したことから、地球は丸かったことを発見したのって、
ガリレオ・ガリレイで良かったでしたっけ?いまいち自信がありません。間違っていたら申し訳ないです。
>>316
ありがとうございます。
違和感なく読んで頂けたようでほっとしました。
今後盛り上がるような展開を目標にがんばります。
>>317
ありがとうございます。
そういって頂けると本当に気が楽になります。自分のペースでがんばります。
>>318
ありがとうございます。
単調過ぎてつまらないかなと思っていたので、雰囲気が良いと言って頂けると救われます。
>>319
ありがとうございます。
( *´ Д `)<いちーちゃんのお嫁さんになったら、私、ゴマキじゃなくてイマキになるのかな?
ヽ;^∀^ノ<・・・
- 328 名前:名無しさん 投稿日:2001年04月24日(火)03時41分45秒
- この作品の市井ちゃんは、本当にズルイ!!
俺の気持ちも簡単にコントロールされてしまいました。(w
- 329 名前:名無しさん 投稿日:2001年04月24日(火)06時26分17秒
- 零式市井っぽいすねぇ〜零式ヲタにはたまんないだろな(w
矢口頑張れ!
作者さんもガムバテ
- 330 名前:名無し読者 投稿日:2001年04月24日(火)18時40分50秒
- 市井ちゃんにとって、何気ないことでも矢口にとっては・・・。
心をギュッと締め付けられて、初恋を思い出します。
イマキ。(笑)ちょっと、違和感。(笑)
- 331 名前:名無しさん 投稿日:2001年04月24日(火)21時40分11秒
- (〜^◇^〜)<ごっちん! 紗耶香のお嫁さんは矢口だよ!
- 332 名前:名無し募集中。。。 投稿日:2001年04月24日(火)23時08分23秒
- 市井真希 後藤紗耶香 市井真里 矢口紗耶香・・・
どれがいいかな・・・(w
- 333 名前:名無し読者 投稿日:2001年04月28日(土)17時57分38秒
- 語感で市井真希に一票
- 334 名前:わたげ 投稿日:2001年04月29日(日)20時47分12秒
- —————
『矢口、何かあった?元気ないね』
その日、私は学校で進路のことについて、担任から小言を受けていた。
もちろん、私がいつまでたっても、志望調査を提出しなかったことが原因だったけれど、変な所にバカ正直な私は、自分の将来について適当に書いて提出するということが出来なかった。
漠然としていて、何も見えてこない自分の将来について、ぼーっと考え事をしていた時に紗耶香は、そう話し掛けてきた。
「ううん、何もないよ。矢口はいつも通り元気だよ」
私は無理やり笑ってみせた。
『ほんとに?』
紗耶香は、私の顔を覗き込み訊く。
「ほ、ほんとだってばぁ」
紗耶香の顔が、あまりにも近くに迫ってきていたので、私は余計に動揺した。
『それじゃ、遊園地行こう』
紗耶香は、さっと私から離れると、軽やかに、全く清々しい顔で、そんな突飛なことを言う。
「えっ!?遊園地って、今から?」
うん、そうだよ、と、あっさり言って紗耶香は立ち上がり、唖然としている私の両手を掴むと一気に起き上がらせた。
全く、紗耶香の考えていることは分からない。
けれど、時折見せる紗耶香の強引さは、決して私を不愉快にするものではなく、むしろ心地よく、ますます私は、紗耶香の世界に溺れていってしまった。
- 335 名前:わたげ 投稿日:2001年04月29日(日)20時47分58秒
- さすがに、平日の夕方だけあって、人はまばらで、何一つ並ぶことなく、私達は次から次へとアトラクションを楽しみ、気付けば、もう辺りは暗くなっていた。
「紗耶香、最後に観覧車乗らない?」
私がそう言うと、紗耶香は頷き、私の手を取り走り出した。
別に走らなくても、じゅうぶん時間はあるのに、なぜか私達は本当に子供みたいに、夢中で走っていた。
紗耶香にしっかりと握られた右手に、頼もしさと安心感を覚えながら。
係員に扉を閉められ、観覧車はチリンチリンという鐘の音と共に動き出す。
それと同時に、私の心臓は徐々に鼓動を早めていった。
それは、決して、地上からの高さが増していったからではなく、紗耶香とこんな狭い空間で二人っきりでいるという意識からだということは、明白な事実だった。
- 336 名前:わたげ 投稿日:2001年04月29日(日)20時49分01秒
- 紗耶香は身をのり出すようにして、本当にこれっぽっちも邪気のない子供のような笑顔で夜景を見つめている。
そんな純白のように美しい紗耶香の横顔から、私は目をそらすことを忘れてしまっていた。
紗耶香は、ふと私の方を向き、楽しそうに指を指し言う。
『矢口、見てあそこ、ランドマークタワー』
ドキリとした。
ほとんど毎日会っているのに、紗耶香と一緒にいると、未だに私は、こんなことでもドキドキしてしまう。
「あ、ほんとだぁ、きれいだね」
上ずった私の声。
紗耶香に、この動揺を気付かれまいと、落ち着くために大きく深呼吸をしたその時、
『なんか、デートしてるみたいだね、私たち』
そう言って、いたずらっぽく紗耶香は笑った。
まるで、私の気持ちを見透かされているようで、余計に私の心臓は耐えきれない程、鼓動を早めていた。
紗耶香の言葉に返す、うまいジョークを考えることなんて、今の私には出来る訳がなく、言葉を失ってしまい、
ドキドキしながら、もう一度、紗耶香の方を見ると、既に紗耶香の視線は夜景に戻っていた。
『東京タワーは見えないのかなぁ』
まるで独り言のような紗耶香の手話に、私はひどく脱力し、心から苦笑してしまう。
一つ年下の、しかも同性の紗耶香に、私は悲しいほど翻弄されてしまっていたのだ。
結局、私にとっては、夜景どころではないままに、観覧車は再び地上に降りていた。
- 337 名前:わたげ 投稿日:2001年04月29日(日)20時50分00秒
- 「あー、楽しかった。遊園地って、なかなか思い切らないと来れないし、今日は本当に来て良かった」
心からの言葉だった。現に、もやもやしていた私の心は、すっかり晴れきっていた。
紗耶香は、そんな私の顔を見て、優しげな目で笑う。
「なんかお腹空いてきちゃったよ。ねぇ紗耶香、ご飯食べて帰らない?」
そう言って覗き込んだ紗耶香の顔は、もう笑っていなく、突然、影を差したように暗くなっていた。
『市井は、お腹空いてないし、いいや』
苦笑気味に紗耶香は言った。
「ちぇっ」と、私は頬を膨らまし、しばらく二人で無言のまま歩いていると、紗耶香は意を決したように立ち止まり、『分かった、どっかで食べていこう』と、さっきまでの苦々しい顔が嘘のように頬を緩める。
「もう、なんだよぉ、紗耶香」
拗ねたように私が言うと、紗耶香は、ふと目をほころばせた。
- 338 名前:わたげ 投稿日:2001年04月29日(日)20時50分57秒
- 冷房が心地よくきいた店内は、ちょうど夕飯時ということもあって、スーツ姿のサラリーマンや、おそらく学校帰りにずっと遊んでいたであろう(私もそうだけれど)制服姿の女子高生達、それに小さい子供達を連れた主婦の集団と、さまざまな年齢層で、ほぼ満席になっていた。
私達は、中央近くの二人掛けの小さな丸いテーブルに案内された。
「ホタテのドリアとアイスレモンティー」
私が注文すると、20代半ばくらいの眼鏡をかけたウェイトレスは、全く営業スマイルも見せず、事務的に伝票にペンを走らせる。
「紗耶香は?」
『同じもの』
俯いた紗耶香の表情は、どこかおどおどしていて、具合でも悪いのだろうかと、少し心配になった。
「同じものお願いします」
そう言って、再びウェイトレスを見上げると、彼女は、まるで不可思議なものでも見るかのように、紗耶香を凝視していた。
(たくっ!なんなのよ!そんなに手話が珍しいってわけ?)
不愉快になりながら睨みつけると、ウェイトレスは、いそいそとホールの方へ歩いていった。
「たく、無愛想な店員だね。これじゃ、マックの店員の方が全然マシだよね」
私は、つとめて軽い口調で言った。
けれど、紗耶香は、どこか空を見ているようで、その表情からは全然何も読み取れなかった。
メニューが運ばれてきても、紗耶香はどこか元気がなく、まるでいつもの清々しさは消えてしまっていた。
- 339 名前:わたげ 投稿日:2001年04月29日(日)20時51分52秒
- 「あ、そういえば、さっきのお化け屋敷の最後の所、あれって絶対タイミング間違えてたよね?私達が過ぎちゃってから出てきてなかった?バイトさんかな。あとで怒られてそうだね」
自分で思い出しながら笑ってしまった。
紗耶香は力なく笑い、スプーンでドリアを弄ぶようにしてかき混ぜていた。まるで心ここにあらずといった感じで。
「最後にもう一回、ジェットコースター乗っとけば良かったかな?やっぱり最後は絶叫マシーンでしめるものだよね」
やっぱり紗耶香は、どこか変だ。さっきから、私ばかり話していて、ちっとも話そうとしてくれない。
「紗耶香、どうしたの?もしかして、具合悪いの?」
たまりかねて私が訊くと、紗耶香は弄んでいたスプーンを静かに置いた。
スプーンは、陶器の皿にあたり、空々しく女々しい音を出した。
『ここで手話は、やめようよ』
そう言った紗耶香の目は、ちっとも笑っていなく、私はひどく驚いた。
こんなに沈んだ目をした紗耶香を私は初めて見た気がした。いや、紗耶香と初めて出会ったあの雨の日もこんな目をしていたかもしれない。
「どうして?」
『みんな見てるよ。だから、もう、よそう。矢口まで変な目で見られるよ』
俯いた紗耶香の顔がひどく心細く、私は胸が苦しくなった。
「どうして?別に誰にどう見られたって、矢口は気にしないよ!紗耶香は気にし過ぎだよ」
悲しい気持ちになりながら、私は言った。
『矢口には分からないんだよ。耳が聴こえない私と聴こえる矢口の手話は、意味が違うんだよ』
苦しそうに紗耶香は言う。
心臓がずきりとし、包丁を刺された魚のようにぴくぴくと引き攣るのが分かった。
「矢口はただ・・・紗耶香と話したかっただけだよぅ。紗耶香が今日、誘ってくれたことが矢口はすごくうれしかったから・・・本当に楽しかったから・・・」
みるみる涙がふくらんで、溢れ出そうになったその時、紗耶香は私の手をさっと掴み、伝票を持ち立ち上がった。
- 340 名前:わたげ 投稿日:2001年04月29日(日)20時53分14秒
- 私達は、一言も会話を交わさず、ただ黙々と夜の暗闇を家路へと歩いていた。
数歩前を歩く紗耶香の後ろ姿を見つめながら、私の頭の中では、さっきの紗耶香の言葉が何度も何度も繰り返されていた。
゛矢口には分からないんだよ・・・・
耳が聴こえない私と聴こえる矢口は違う・・・・″
私は何も分かっていなかった。
何も分からず、無神経に紗耶香を傷つけてしまっていたんだ。
紗耶香が夕飯を食べて帰ることに、少し渋っていた理由が今更だけれど、なんとなく分かった気がして、私はたまらなくなった。
気温は高いけれど、風のある闇の濃い夜に、紗耶香の華奢な背中が消えてしまいそうで、私はどうしようもなく心細くなった。
- 341 名前:わたげ 投稿日:2001年04月29日(日)20時54分05秒
- 『それじゃ』
紗耶香は、いつもの海岸の石段の辺りで立ち止まると、振り返り言った。
「へ?紗耶香、帰らないの?」
『私は、ここでちょっと涼んでから帰るよ』
紗耶香はガードレールを軽く跨いだ。
私はなぜだか、ここで紗耶香と別れてしまうのが怖かった。理屈ではない何かが、とても怖かった。
「じゃあ、私も涼んでから帰る」
ガードレールを跨ぎ、私もそう言っていた。
紗耶香は困ったように、眉を少し上げ私を見つめている。
「だって、紗耶香、一人で海にいるの怖いんでしょ?だから・・・矢口もいる!」
私をじっと見つめていた紗耶香は、もう困った顔はしていない。ふっと表情を緩め、優しい安心な、いつもと変わらない顔に戻っていて、私は心から安心した。
- 342 名前:わたげ 投稿日:2001年04月29日(日)20時55分02秒
- 夜の海は、黒くて波があって、不気味だ。
昼間のような景色がひらける感じは、まるでなくて、重たく底に沈んだ感じ。
けれど、まばらな星空は、広々として気持ちが良かった。夜は海より空の方が好きだ。
『月って、1年に3cmずつ地球から遠ざかってるんだって。だから、月が生まれた45億年前は、今よりずっと近くにあって、もっと大きく見えたんだってさ』
石段に座り、紗耶香は暗闇にひときわ輝く、満月に近い月を見上げながら言った。
「ほんとに?どれくらい大きく見えたんだろう」
改めてこうして月を見上げることなんて、今まであまりなく、紗耶香の言葉のせいか、意外と小さく感じる。
『4倍だって』
「へー、見てみたかったなぁ、そんな大きな月」
『そうだね』
「でも、ちょっとずつ遠ざかってるって、なんだか淋しいね。そのうちピンポン球くらいになっちゃうのかな」
言いながら、なんだかひどく淋しくなってしまった。どんどん離れていくという事実に。
波の音は怖いくらいに大きく荒々しく、二人の沈黙をのみ込んでいった。
- 343 名前:わたげ 投稿日:2001年04月29日(日)20時57分08秒
- 『さっきはごめん』
闇に消えそうな紗耶香の手が言う。
「なんで紗耶香が謝るの?謝らなきゃいけないのは矢口なのに・・・そんなことしたら矢口の立場なくなるよ」
そんな風に、本当に申し訳なさそうに謝られると、私は再び泣きたくなってしまう。
このままだと、夜の海に沈んでしまうような気がして、私は慌てて話し掛けていた。
「ねぇ、紗耶香は小さい頃、何になりたかった?」
私が訊くと、紗耶香は思い出すように少し考え、ゆっくりと微笑んだ。
『電車の運転手』
「えっ!電車の運転手?」
思わずバカみたいにオウム返しをしてしまった。あまりにも意外な答えに。
『そう。小さい頃、電車が大好きで、近所の踏み切りまで行って、よく一日中見てた。うち、田舎だったから、電車もそんなに通ってなかったんだけどね。これに乗ったらどこまでも行けそうな気がして、ずっと見てた』
紗耶香は透き通った、全く汚れていない目で言う。
紗耶香が、紺の制服を着て、運転帽をかぶっている姿を想像し、私は思わず一人で微笑んでしまった。
でも、案外似合っているかもしれない。
『そういう矢口はどうなの?何になりたかった?』
紗耶香はそんな私の態度を少し不服そうな顔で頬を膨らます。
「私は・・・」
言葉につまってしまう。
私の将来、夢——何度も担任に訊かれた言葉。その度、私は答えにつまってしまっていた。
- 344 名前:わたげ 投稿日:2001年04月29日(日)20時57分52秒
- 「言っても笑わない?」
恐る恐る訊くと、紗耶香は、うんうんと頷き、興味深々な目で私の顔を覗き込む。
「えっと、歌手。いや、でもね、ほんとに小さい頃の夢で、そんなのなれるわけないし、こんな風に人に言うのも幼稚園以来だし・・・」
私の言い訳がましさと現実味のない夢に、きっと紗耶香は呆れて笑っているだろうと思いながら顔を上げると、紗耶香は、これっぽっちも笑っていなく、ひどく真剣な顔で私を見つめていた。
『歌手かぁ。矢口の歌聞いてみたい。ねぇ歌ってみてよ』
そう、お願いする紗耶香の表情には微塵も邪気がなかった。
むしろ、真摯に心から懇願するような視線に私は、戸惑ってしまう。
「歌うって・・・今ここで?」
『うん。市井が審査員になるから、歌って』
審査員って紗耶香、聴こえないじゃん、もう少しで、そう言ってしまいそうになった。
「マジっすかぁ?」
わざとおどけて言ってみたのに、紗耶香は真剣な眼差しのままだった。
どうやら、冗談で言っているのではないようだ。
私は心もち上を向いて息を吸い、一つ咳をして声を整え歌い始めた。
そらーのたいよう ちょっとまーぶしーけどー はじまるわ こーのばーしょーでー
あなたとの あーたらーしいー ゆーめーとか みーらいとか むねが とーきめくー
そこまで歌って、なんだか急に恥ずかしく、バカらしくなってしまった。
- 345 名前:わたげ 投稿日:2001年04月29日(日)20時58分24秒
- 「やっぱりダメダメ。矢口、歌うまくないし、恥ずかしいよぉ」
熱くなってしまったほっぺたに両手を当てながら苦笑したその瞬間、私は紗耶香に抱きしめられていた。
(えっ!?)
全く予期に反する出来事に、私の体は、まるでマネキン人形のように硬直し、すべての思考はシャットアウトされる。紗耶香に抱きしめられている体は、自分の体であって、自分の体ではないような奇妙な感覚。
沈黙がすり抜けていく。
波の音すらも、その時の私の耳には届きはしなかった。
ただ感じるのは、紗耶香のつけているウルトラマリンのほのかな香りと、私の首の辺りにくすぐったく触れるサラサラとしたやわらかい紗耶香の髪、そして、激しく高鳴っている鼓動だけだった。
それが私の鼓動なのか、紗耶香の鼓動なのか、それとも二人の鼓動の共鳴なのか、この時の私には冷静に判断することなんて、到底無理な話だった。
こんな風に動揺している私を紗耶香に気付かれるのは、死ぬほど恥ずかしい。
けれど、意に反して私の心臓は、壊れてしまいそうな程、けたたましい音を鳴らしていた。
- 346 名前:わたげ 投稿日:2001年04月29日(日)20時59分08秒
- 『こうすると、直接、矢口の歌が私にも聴こえてくるから。もう一度歌って』
一度離れ、すがるような目で、そう言うと、再び紗耶香は私を強く抱きしめた。
一体、紗耶香は何を考えているの?
私は、からかわれているのだろうか、それとも・・・
紗耶香の細い体に再び力が入る。
全く不思議な感覚。ドキドキしているのに、どこか心地よく、華奢な紗耶香の体なのに、力強く安心する。
トリップするような感覚の中、私は、それでも紗耶香の言いなりになってしまっていた。
どこにだってー あるーはなーだーけどー かーぜーが ふいてーもー まーけーないーのーよー
どこにだってー さくーはなーみーたくー つーよいー あーめーがふってもー だいじょーぶー
ちょっぴりー よわーきだってー あるかもー しれないけどー たんぽぽーのよーに ひーかーれー
こんな風にされながら歌を歌うなんて思ってもみなかった。
今の私は、ものすごくマヌケな格好をしているのかもしれない。
- 347 名前:わたげ 投稿日:2001年04月29日(日)21時00分04秒
- 『矢口、歌うまいよ、ほんとに。絶対歌手になれるよ、市井が保証する』
紗耶香は、ふっとほどけるような優しい目で言う。
お世辞でもうれしい、私がそう言うと、紗耶香はえらく真剣な顔で言った。
『お世辞なんかじゃない!ちゃんと矢口の歌は市井にも聴こえたから』
私は、しばらく動くことも出来ずに、ただ紗耶香の腕の中で、快楽のような不思議な感覚に浸っていた。
それは、今まで経験したことのないような、優しくてやわらかい抱擁だった。
まるでたんぽぽのわたげにふわりと包まれているような、あたたかくて幸せで、それでいて、どこか、ふと飛んで消えていってしまうような脆さと儚さも感じる不思議な抱擁。
この時私は、はっきりと感じていた。私の中の紗耶香の存在の大きさを。
そして、紗耶香の腕の中で、私は完全にコントロールを失ってしまうのだ。
- 348 名前:作者です 投稿日:2001年04月29日(日)21時20分03秒
- 前の話でも遊園地を出していたのに、この話でもつい出してしまいました。
さやまりといえば遊園地のような気がして、似たような話で面白みがないかもしれないですが
書いてしまいました。
>>328
ありがとうございます。
そう言って頂けると、書き甲斐があります。
ズルイ女・市井紗耶香を表せるように頑張ります(w
>>329
零式っぽいですか?
そう言われると、ちょっとおどおどしていて、そんな感じもするかもしれないですね。
やっぱり相手が年上だと、書いてる上でそうなってしまうのかもしれないです。
>>330
今のところ完全に矢口は振り回されてしまっているかもしれないです。
イマキ・・・確かに違和感ありますね(w
>>331
( ´ Д `)<いちーちゃんのお嫁さんは後藤だよね?それとも、やぐっつぁんなの?ねぇ、どっちよぉ?
ヽ゜∀。ノ<
( ´ Д `)<いちーちゃん、死んだフリしても無駄だよ(冷たい視線)
ヽ゜∀。ノ<・・・
( ´ Д `)<だからバレてるってば
ヽ;^∀^ノ<にゃはーん
>>332-333
どれがいいのでしょうか?
関係ないですけど、市井という苗字はすべてイ段、紗耶香という名前はすべてア段ですよね。
大穴でAYAKA(すべてア段)で、ICHII AYAKA!とかってダメですよね・・・
- 349 名前:ぷち 投稿日:2001年04月29日(日)22時26分57秒
- 切ね〜〜!!
矢口がんばれ〜〜!!
AYAKAだったら、かなりビックリかも・・・(w
- 350 名前:名無しさん 投稿日:2001年04月30日(月)00時33分26秒
- 浅草花やしきでしたっけ、あの話を思い出しちゃいました…(シンミリ
紗耶香(なんか違和感があるな…)は、
ただ傷つきやすく純粋なだけなんだろうか……
- 351 名前:名無し読者 投稿日:2001年04月30日(月)00時38分57秒
- このゆっくり感がたまらんのです・・・
どうなることか、私にはさっぱり予想ができん。
たくさんの更新お疲れ様っす。
- 352 名前:名無し読者 投稿日:2001年04月30日(月)01時01分43秒
- なんかキュ〜ンとなりますね・・
それにしてもホントに儚い感じの雰囲気も市井似合うなぁ〜・・・
俺の中ではふるさとのPVっポイ感じ。
- 353 名前:名無し読者 投稿日:2001年05月01日(火)03時10分42秒
- 市井ちゃんに抱きしめられながら歌う「たんぽぽ」・・・
なんかすごくいい情景ですね。
- 354 名前:331 投稿日:2001年05月05日(土)16時46分51秒
- (〜^◇^〜)<……紗耶香がはぐらかすなら、ごっちんと二人で決着つけるしかないね…
矢口の叫びに答えてくれて嬉しかったです(w
相変わらず上手い文章で感動。
- 355 名前:わたげ 投稿日:2001年05月07日(月)21時35分01秒
- 62
—————
夏休みに入っていた。
夏休みといっても、受験生である私にとっては、補習だのなんだのと、なにかと忙しくはあったけれど、
それでも、紗耶香と会っている時間は確実に増えていた。
この日、紗耶香はとても陽気だった。
雲ひとつない今日の天気のように。湿気を帯びていないカラリとした気持ちの良い暑さのように
清々しい明るさだった。
紗耶香は、私に夕飯をご馳走してあげると誇らしげに言い、私達はスーパーに買い物に来ていた。
紗耶香の押すショッピングカートが、冷房のきき過ぎた店内——キャミソールの上に何も羽織っていない私
には、ひどく寒く感じる——にカラカラと軽やかな音を響かせていた。
『矢口、乗る?』
ショッピングカートの幼児用の座席を指差して紗耶香は、くすくすと笑う。
「そんなとこ乗れるわけないじゃんか!矢口は子供じゃないっつーの!」
『矢口なら、ちっちゃいから乗れるよ』
いつもの大人びた表情を一変させ、ひどく子供じみた、いたずらっぽい目で、
紗耶香は私を捕まえようとする。
「ちょ、やだ、やめてよぉ。紗耶香きらいっ!」
私は紗耶香から逃げるように背を向けた。一方では、つき上げる喜びに胸を熱くしながら。
- 356 名前:わたげ 投稿日:2001年05月07日(月)21時36分52秒
- 「ねぇ、紗耶香、何を作ってくれるの?」
私が訊くと、紗耶香は『ヒミツ』と、にっこり微笑んだ。
たまねぎ、にんじん、牛肉と、かごに入っていく材料を見れば、何となく予想はつく。
「分かった。カレーでしょ?」
得意げに私が言うと、紗耶香は首を振りながらひっそりと笑う。
「えー、じゃあ、シチューだ!」
なおも紗耶香は楽しそうに首を振る。
「えー、じゃあ、なーに?」
『教えなーい』
紗耶香はとぼけた顔をしながら、カートを押し、歩き出した。
「紗耶香のケチ」
紗耶香の背中に、そう呟きながらも、私はうれしさでたまらなくなっていた。
こうした何気ないことが、紗耶香というフィルターを通すと、まるで遊園地にいるような
わくわくドキドキした夢の世界に映るのだ。
- 357 名前:わたげ 投稿日:2001年05月07日(月)21時37分24秒
- カートを押していた紗耶香の足が、果物売り場で、ふと止まった。
棚に並ぶ、沈んだ緑色のしま模様の実を紗耶香は、うれしそうな目で見つめている。
『真希が大好きなんだぁ、スイカ』
そう言って、紗耶香は、まるまるとした実——見るからに重そうだと思った——を両手で持ち上げかごに入れた。
紗耶香のその言葉で私の動きは一瞬止まる。
あの日以来、真希とは会っていなかったのだ。
あの喫茶店で「お姉ちゃんに、もう会わないで」と言われた日以来。
真希は、私が訪ねて行ったら何て言うだろう。
「私が言ったことが分からないの?出ていってよ」と、私を追い出そうとするのだろうか。
その時、紗耶香はどうするんだろう・・・
困った顔で立ち尽くしてしまうのかな。私の味方でいてくれるんだろうか。
頭の中でシュミレーションした修羅場に、私は軽い頭痛をおぼえ、ため息と共に
体がずーんと重くなるのを感じた。
- 358 名前:わたげ 投稿日:2001年05月07日(月)21時38分01秒
- 『どうかした?』
私が、ついて来ていないことに気が付いた紗耶香は、カートごとそのまま数歩バックして、心配そうに尋ねた。
「ううん、なんでもない」
そうだ、別に私は悪いことをしているわけじゃないんだ。
びくびくしないで、堂々としていればいい。
自分に、そう言い聞かせるようにして、私は再び歩き出した。
『あっ、花火やろうか?みんなで』
レジの横の棚にかかっていた手持ち花火の袋を見て、紗耶香は急にはしゃいで言った。
「うん、やろうやろう」
カラフルな原色の詰まったその袋に、私の胸は踊っていた。
単純にも、まるで明日に遠足を控えた小学生のように。
- 359 名前:わたげ 投稿日:2001年05月07日(月)21時38分47秒
- 店を出ると、その温度のギャップに一瞬、立ちくらみがした。
けれど、風があり心地よく、徐々に夕方の空気に体が馴染んでいく。
夏の夕方は草の匂いがする。草と土が混ざり合ったような匂い。
ひどく子供っぽく、懐かしい匂いだ。
重いから一緒に持つよ、という私の言葉も聞き入れず、紗耶香はスイカの入ったビニールネットを
背中に担ぐようにして歩いていた。
急な坂道をズンズン登る紗耶香は、華奢なくせに、たくましくも見える。
「やっぱり、そろそろ代わろうか?重いでしょ?」
私は立ち止まり、右手に持っていたビニール袋二つ——ひとつは野菜と牛肉とスープの素、
もうひとつは、花火の入っている——を差し出して言った。
『ううん、大丈夫だってば』
一度スイカを地面に置き、腰に手をやりながらも、涼しげな顔を作り紗耶香は言う。
「嘘だぁ。やせ我慢してるでしょ、紗耶香、汗かいてるよ」
紗耶香の首すじに光るものを見ながら、そう言うと、紗耶香は少し慌てた表情をして、
『そ、そんなことないってば。これくらい、かるーいかるーい』
と言って、スイカを2〜3度ウェイトリフティングのように持ち上げた。
なんだかムキになっている紗耶香が少し可笑しくて、くすっと吹き出してしまうと、
『矢口が持ったら、ひっくり返っちゃうよ』と、精一杯の抵抗を見せ、
紗耶香は再びスイカを背中に担ぎ上げた。
本当に紗耶香は不思議だ。ひどく大人びて見え、時々こうして、子供に戻ってしまう。
大人と子供が心の中に一緒に棲んでいる人。
本人に自覚があるのかは分からないけれど、私は間違いなく、そんな紗耶香に惹かれていた。
- 360 名前:わたげ 投稿日:2001年05月07日(月)21時39分53秒
- 紗耶香の家に来るのは、今日で2度目だった。(1度目は誕生日のとき)
やはり、玄関の前まで来ると、真希の存在が目の前にちらつき、私は2〜3歩後退してしまいそうに
なるのをぐっと堪えた。
紗耶香がドアを開けると、まず玄関の靴が目に入った。
白い厚底のスリップオン。余計な飾りが付いていなく、その白さはとても大人っぽく女性らしく見えた。
とたんに緊張が走り、私の頬は引きつってしまう。
「おじゃましまーす」
紗耶香の背中に隠れるようにして、私は玄関をあがった。
(紗耶香、何かあったら守ってね)
真希はリビングのソファーで昼寝をしていたらしく、ダイニングテーブルに買い物袋を置く音で、目を覚まし、
「お姉ちゃん、お帰りなさぁーい」と、伸びをしながら、まだ眠たそうな声を出した。
その声に私の背すじはピンと伸びる。
子供の頃、いたずらが親に見つかってしまった直後と同じような気持ちだ。
淡いふじ色のワンピースからのぞくすらりとした手足をのびやかに動かし、
真希はリビングを横切り近付いてくる。
私の胸は鼓動を早め、情けない震えのようなようなものを感じた。
『矢口つれてきた。今日は、お姉ちゃんが夕飯作るから』
紗耶香が言うと、真希の視線が、ようやく後ろに隠れていた私を見つけ出した。
私は思わず俯いて、ぎゅっと目を瞑る。
- 361 名前:わたげ 投稿日:2001年05月07日(月)21時40分48秒
- 「あっ!スイカだぁ〜」
真希のゆるんだ声。
(あれっ?)
恐る恐るまぶたを開くと、真希はにこやかな表情で、シマシマの実をコンコンとうれしそうに
軽く叩いたりしている。
意外だった。
てっきり、目をつり上げて文句のひとつでも言われ、最悪の場合追い出されるかと覚悟していたのに、
真希は、全く何事もないように、私の存在で気持ちを揺らすことなくスイカを持ち上げようとした。
「うわっ、おもーい」
真希の表情からして、やはりそうとう重いようだった。
『あとで、みんなで食べようね』
慈愛に満ちた目で真希を見つめながら紗耶香は言う。
重かったでしょ?と、訊き、真希は紗耶香の手をとり広げさせた。
真っ赤に深いスジのような線がついてしまった紗耶香の手。
その赤い線を真希の指が2〜3度、撫でるようにゆっくりと往復する。
「ありがとね」
上目使いで、真希が言うと、紗耶香は満足げな顔で真希の頭をポンポンと軽くたたいた。
- 362 名前:わたげ 投稿日:2001年05月07日(月)21時41分27秒
- 私は変な気分になってしまった。
紗耶香の手のひらをなぞる真希の指が、私の目には、とてもいやらしく映り、
二人の交じり合う視線が、まるで姉妹には見えなかったからだ。
(私は何をバカなこと考えてるんだ!)
頭の中で、今の考えを否定するに及ばず、二人はすぐに姉妹に戻っていた。
何作るの?と、真希は野菜の入った方の買い物袋を覗き込むと、
「あっ!ハヤシライスだぁ」
と、目をほころばせた。
『せいかーい』
紗耶香は頭の上で大きなマルを作った。
カレーでも、シチューでもなく、ハヤシライスだったのだ。
いとも簡単に当ててしまった真希に、私は少なからず劣等感を抱きながらも、
寝食を共にする姉妹なんだから、それくらい分かって当たり前か、と自分を慰めた。
『さぁ、ふたりは向こうでゆっくりしてて』
腕まくりをしながら、紗耶香は私と真希の肩をポンと叩く。
『あ、真希、庭のタライでスイカ冷やしといて』
紗耶香が言うと、真希は、うん、と返事をしてスイカを持ち上げようとした。
しっかり紐を持っていなかった真希の手から、スイカが床へ落ちそうになる。
反射的に、私はスイカをキャッチするようなかたちになり、そのまま真希を手伝うことにした。
- 363 名前:わたげ 投稿日:2001年05月07日(月)21時42分00秒
- 私達はリビングを横切り、庭につながる縁側に出た。
今時珍しい、その縁側は、わりと広く、しっかりとしていて、ひんやりとしたひのきが
足の裏に気持ちよく感じた。
縁側の下の犬走りには、可愛らしいブルーとピンクのサンダルが二足きちんと揃えられていて、
改めて二人暮しを実感させられる。
真希はピンクのサンダルを履き、私は残ったブルーのサンダル——おそらく紗耶香用——を履き庭に降りると、
そこはちょっとした植物園のような、きれいに手入れされた花々で埋め尽くされていた。
「うわぁ、きれい」
思わず声を上げると、真希は振り向かずに「お姉ちゃんが面倒みてるの」と、淡々とした声で答えた。
真っ赤なサルビア、むらさき色のトルコギキョウ、かき色のマリーゴールド、
ローズ色のインパチェンス、そして白いダリアと月見草。
分かる範囲でも、それくらいはあった。
これだけ色がありながら、うるさすぎることなく、不思議と調和が取れていた。
水道の下に置いてあるタライにスイカを入れると、真希は勢い良く蛇口をひねった。
すると小さな虹が現われ、七色に飛び散る水玉は、私の足にも冷たくかかった。
気持ちの良い冷たさ。
- 364 名前:わたげ 投稿日:2001年05月07日(月)21時42分50秒
- 「紗耶香って、花が好きなの?」
私は真希から少し離れ、サルビアの甘い蜜を吸いに来ているミツバチに目をやりながら訊いた。
「さぁ、どうだろう。花にまるわる神話はよく聞かせてくれるけど。
お姉ちゃんロマンティックなところがあるから」
背中越しに、真希が水道の蛇口をきゅっとしめる音が聞こえた。
やっぱり、真希は私を咎めようとはしない。
ひょっとして、この前の喫茶店でのことを忘れているのだろうか。
けれど・・・
お腹いっぱいになったミツバチが飛んでいってしまうと、私は背中に真希の視線を痛いくらい感じた。
「ここって波の音が微かに聴こえるね。そういえば、海のにおいもする」
振り向くことが出来ないまま、私は独り言のように言った。
「やっぱり会っていたのね。まぁ、会うだろうなとは思ってたけど」
少しかすれた声で、真希は屈託なく言う。
真希は忘れてなんていなかったのだ。
- 365 名前:わたげ 投稿日:2001年05月07日(月)21時44分26秒
- 「で、今日はお姉ちゃんが誘ったわけだぁ」
奇妙に明るく自信に満ちた声。
そうよ、と答えて振り向き、真希の顔を見た。
雨どいに背中をもたれさせながら、真希は微笑んでいた。影のある微笑みに、私は一瞬怖さを感じた。
真希の斜め後ろ、大きな窓ガラス越しのずっと向こうに、一人料理を作っている紗耶香の背中が見える。
「どうしてお姉ちゃんなの?他にいっぱい友達なんているでしょ?」
とても尋ねているとは思えない、語尾の下がった口調だった。
「紗耶香といると楽しいから」
できるだけ普通に言ったつもりなのに、声は既に身構えていた。
真希は目をそらさない。
「お姉ちゃんが好きなの?」
あっさりと何の感情もこもらない声で訊く。
私はもう一度、紗耶香の背中を見た。
かいがいしく、何かを包丁で刻んでいる。こんな会話がなされているなんて、ちっとも知らずに。
- 366 名前:わたげ 投稿日:2001年05月07日(月)21時45分12秒
- 「好きよ」
私は自分でも意外なほど穏やかに言った。
本人にも伝えていない想いを私は、こともあろうに、その人の妹に告げているのだ。
なんだか、おかしくなってしまう。
真希は私から視線をそらすと、雨どいにもたれかけていた背中をゆっくり起こし、タライの前でしゃがんだ。
ぴちゃぴちゃ音を立てながら、スイカを弄んでいる背中からは、何も表情が読み取れない。
「みんな同じことを言うのね」
真希は独り言みたいにぽつんと言った。
私はきょとんとしてしまった。どういう意味なのか分からなかった。
「みんな同じことを言う?」
訊き返すと、真希は弄んでいた手を止めた。
「後悔するくせに・・・」
咳をするような小さな声だった。錯覚とも思われるような。
真希はすくっと立ち上がると、胸の下の辺りで手を軽く拭き、私の前をすっと横切るようにして、
部屋へ上がった。
紗耶香と同じウルトラマリンの微かな香りを残しながら。
- 367 名前:わたげ 投稿日:2001年05月07日(月)21時45分47秒
- テーブルの上には、おいしそうなにおいと湯気を立てているハヤシライスと、サニーレタスに
囲まれたポテトサラダと、クリスタルグラスに上品に注がれたアイスティーが並べられていた。
心配そうな紗耶香の視線がじっと私に向けられている。
そんな風にじっと見つめられて、食べ難さを感じながらも、私はハヤシライスを口へ運んで、
何度か咀嚼する。
「おいしい」
私はOKサインを指で作った。
『よかった』
紗耶香の顔から、安堵の笑みがこぼれた。お世辞ではなく、本当においしかった。
テレビのついていない食卓は、とても違和感があった。
家では食事中でも必ずといっていいほど、テレビはついていた。
全く音のないこの空間に、ご飯を飲み込む音が響いてしまいそうで——聞こえてしまうのは、
真希にだけだろうけれど——少しだけ気を使った。
- 368 名前:わたげ 投稿日:2001年05月07日(月)21時46分43秒
- 『矢口、おかわりは?』
「あ、じゃあ少しだけ」
それでも私は、差し出す紗耶香の手にお皿を渡していた。
断ってしまったら、紗耶香が淋しく感じてしまうような気がしたし、何よりおいしかったからだ。
紗耶香が真希にも同じように訊くと、「私はいい」と静かな声で真希は言った。
『真希がハヤシライスをおかわりしないなんて珍しいね。お客さんが来てるからって、
かっこつけることないのに』
そう言うと、紗耶香は私に視線を向け、めくばせするようにして笑った。
別にそんなんじゃないもん、と拗ねたように頬をふくらますと、真希はお皿を流しに置き、
リビングへ行ってしまった。
紗耶香は、やれやれといった表情で笑っている。
私も紗耶香に合わせて笑顔を作ってはいたけれど、心の奥の方では、淋しさを感じていた。
紗耶香の言った ″オキャクサン≠ニいう言葉に。
紗耶香にとっては、私は ″オキャクサン≠ネのだ。
それは、当たり前なことだし、別に深い意味などないことは、頭ではじゅうぶん分かっていた。
ただ、とても孤独な気がしたのだ。
なんとなく、紗耶香が私の味方ではなくなってしまったような気がして・・・
- 369 名前:わたげ 投稿日:2001年05月07日(月)21時47分32秒
- それから私達はリビングでスイカを食べた。
真っ赤に熟した三日月形の果実は、とても甘くてシャリシャリと瑞々しい音を立てる。
好物のスイカを目の前に、真希の機嫌もすっかり直っていて、本当にうれしそうに、
小さい子供みたいに目をきらきらさせて、スイカをほお張っている。
今まで、生意気そうに見えていた真希が、初めて可愛いと思えた瞬間だった。
部屋の中は、蚊取り線香の匂いがしていた。そして、チリリンという風鈴の音が涼しげに部屋に響く。
とても静かで穏やかな夜。
ここに似た場所を私は知っていた。
どこか懐かしく、時間がゆっくり流れていく場所。
田舎のおばあちゃんの家にそっくりだ。
- 370 名前:わたげ 投稿日:2001年05月07日(月)21時48分05秒
- 「紗耶香は料理がうまいね」
私が言うと、紗耶香は照れ臭そうに笑った。
『別にうまくないよ。ハヤシライスくらい誰でも作れるよ』
「そうかな、でも、なんてゆーか、手際がいいよ」
紗耶香は手をひらひらと振り、
『うち、親がいないから、どうしても自分達で作らなきゃいけないでしょ?だから、ただの慣れだよ』
と、言った。
「そっかぁ。矢口は料理は全然ダメ。カレーライスもろくに作れないよ。
今度、紗耶香に教えてもらおうかなぁ」
そう言うと、紗耶香は『その代わり、授業料高いよ?』とふざけて笑った。
真希は膝を抱え床に座り、そんな私達をじっと見ていた。
- 371 名前:わたげ 投稿日:2001年05月07日(月)21時49分04秒
- 帰りは、暗くて危ないからと、紗耶香が送ってくれた。
なぜか真希も「送った帰りに、今度はお姉ちゃんが一人で危ないから」と言って、
一緒について来ていた。
三人でこうして歩いていることに、私は奇妙な窮屈さを感じた。
たった一人、真希が入ることによって、紗耶香が歪んだ別の人に見えてしまうような。
気のせいかもしれないけれど・・・
『あっ!花火やるの忘れた。今度やろうね』
家の前まで来て、紗耶香が思い出したように言った。
そういえばそうだ。すっかり忘れていた。
私は「うん」と頷き、二人にお礼を言い別れた。
なんとなく、紗耶香がまだ待っていてくれているような気がして、私は、ただいまも言わずに、
急いで2階の自分の部屋に駆け上がった。
けれど、カーテンを開けた向こうに見えたのは、紗耶香の笑顔で手を振る姿ではなく、
二人の遠退いていく後ろ姿だった。
真希は、紗耶香の左腕に自分の右腕を絡めるようにし、頭を紗耶香の肩に、もたれるように預けていた。
まるで恋人同士のようなシルエットだった。
ショックとか、そういう気持ちではなく、ただこの時、私の中には二つの疑問が浮かび上がっていた。
姉妹ってそういうものなんだろうか・・・
そして、本当にふたりは姉妹なんだろうか・・・
心の中で、そう呟き、私は力なくカーテンを閉めた。
- 372 名前:作者です 投稿日:2001年05月07日(月)22時00分42秒
- 長過ぎかとも思ったんですけど、キリの良いところまで更新しました。
>>349 ぷちさん
ありがとうございます。
矢口にもこれからがんばってもらう予定です。
AYAKAは真剣に考え中です(w
>>350
花やしきだったと思います。
1時間?かそこらしかない空き時間に遊園地ってすごい発想というかエネルギーを感じてしまいました。
>紗耶香(なんか違和感があるな…)は、
>ただ傷つきやすく純粋なだけなんだろうか……
驚!!
閉口・・・ドキドキ・・・
>>351
ありがとうございます。
単調で退屈かなと心配していたので、ゆっくり感がいいと言って頂けるのは、とてもありがたいです。
この先は少しテンポアップさせて、波乱ある内容にしていけたらと思っています。
話がごちゃごちゃになってしまいそうで不安ですけど・・・
>>352
ありがとうございます。
ふるさとのPV好きです。
なで肩の市井ちゃんは浴衣が似合っていて、一次追加の三人で花火を見つめている姿も良かったです。
>>353
ありがとうございます。
この話を書こうと思った最初に浮かんだシーンだったので褒めていただけると最高にうれしいです。
>>354 331さん
( ´ Д `)<やぐっつぁん、のぞむところよっ!
ありがとうございます。
次の次あたりで矢口が動き出す予定です。
これからも読んでいただけるとうれしいです。
- 373 名前:名無し読者 投稿日:2001年05月07日(月)23時18分07秒
- いえいえいえ読んでる方はいくら長くても全然OKっす。
もう幾らでも読めますよ(w
これからどう展開していくのか楽しみです
- 374 名前:名無し読者 投稿日:2001年05月08日(火)01時16分33秒
- ドキドキが止まらないのです
何度も読み返してしまいました
ところで、真希ちゃんが市井ちゃんのことをお姉ちゃんと呼んでるのも
とてもドキドキ・・(笑)(いまさらですが・・)
- 375 名前:名無し読者 投稿日:2001年05月08日(火)02時49分48秒
- 相変わらず、この田舎な雰囲気がとてもいいですね!!
都会に住んでると、まずこんな景色ありえないですからね〜〜
それはそうと、矢口がなにやら行動を起こすようなんで非常に楽しみです。
がんばれ〜、矢口!!
- 376 名前:名無しさん 投稿日:2001年05月08日(火)04時43分12秒
- 情景描写がホント上手だね。読んでて飽きない
- 377 名前:名無し読者 投稿日:2001年05月08日(火)17時46分24秒
- 波乱...が待ち受けているのですか...
恐いのいや...(笑
- 378 名前:名無しさん 投稿日:2001年05月08日(火)21時14分51秒
- 姉妹を越えた関係って無理なんでしょうか・・・?
- 379 名前:名無し読者 投稿日:2001年05月08日(火)21時59分24秒
- 文章うまいなあ、感心する。すごく丁寧に書いてるのが端々からにじんでて、
誠実ないい文だと思います。て、えらそうだ。
江國香織さんお好きですか? 描写の温度が近い感じがする。
なんてことはさておき、静かな混乱になだれ込んでいきそうな今後に期待。
- 380 名前:わたげ 投稿日:2001年05月12日(土)23時46分19秒
- —————
あなたは何も分かってないのね、と、真希は同情をふくんだ口調で言った。
ジリジリと地面から蒸し暑い熱気が立ち込める昼下がり。
私は紗耶香の家を訪ねていた。
真希が言うには、紗耶香は東京まで画材を買いに行っているらしく、それで私は、
少しの間、待たせてもらうことにした。
「お姉ちゃんは、太陽みたいな人」
縁側に座り、直視出来ない程ギラギラと輝く太陽に、小麦色に日焼けした顔を向け、
眩しそうに目を細めながら、真希は言った。
太陽?
私は心の中で復唱した。
紗耶香は太陽というよりも月だ。少なくとも私にとっては。
ギラギラとした強い光ではなく、優しくて柔らかい光を放ち、そしてどこかミステリアスな。
「いつも明るく輝いているけど、飽きると突然、冷たく曇ってしまうの。
気に入られている間は、きっと誰よりも大切にしてくれるわ・・・新しい人が現れるまではね」
その声には、いつもの力はなかった。
はぁ?
一体この子は何を言い出すんだ。
それは私がすぐに飽きられて、紗耶香が私から離れていくとでも言いたいのだろうか。
まったくおかしなことを言う。
だいたい、「利用するだけ利用して、みんなお姉ちゃんから離れていく」と、あの喫茶店で、
言ったのは真希の方だ。
それなのに、今は正反対なことを言っている。
- 381 名前:わたげ 投稿日:2001年05月12日(土)23時48分38秒
- 「お姉ちゃんを取られるのが、淋しいの?」
私は、つとめて落ち着いた口調で言った。
太陽がギラギラと肌を差して、痛さのようなものを感じる。
「そんなんじゃないわよ!」
途端に真希は荒々しい語気に変わっていた。
私を睨みつける瞳には、明らかに嫉妬と思われる影が映り、それは単なるシスターコンプレ
ックスの域を越える、何かもっと深いものを私に強く伝えた。
ここで動揺するわけにはいかない。
真希のペースに、そうそう乗るわけにはいかない。
私は、きゅっとスカートの脇の縫い目を両手で押さえ、自分を落ち着かせた。
「なんだか、あなた達、姉妹じゃないみたい。本当は赤の他人だったりして」
言っておきながら、私は真実をついてしまったんじゃないかという怖さと焦りを感じた。
ジージーとけたたましい声で鳴くあぶらゼミが、余計にそんな私の心を掻き乱していく。
- 382 名前:わたげ 投稿日:2001年05月12日(土)23時49分11秒
- 「おもしろいこと言うのね。最高にウケるぅ。あはははは」
真希は茶髪をハラハラと揺らし、お腹を抱えて大袈裟に笑った。
そうとう馬鹿げた発想に聞こえたのだろうか。真希は笑い続けている。
そんな真希の姿に、私はほっと胸を撫で下ろす。
真希があまりにも笑うものだから、私もついつい可笑しくなってきて吹き出し、しばらく
二人で笑っていると、ようやく落ち着いた真希は、その茶髪を掻きあげるようにして天を仰いだ。
「赤の他人だったらどうする?」
うって変わって冷酷に響く真希の声だった。嘘とも本当とも取れるような。
そう言い残し、真希は膝に手を当て立ち上がると、すたすたと部屋の中へ消えていった。
(え!?)
ワンテンポ遅れて、私は真希の言葉を実感した。
まるで、怪談話を聞いたような寒気がじわじわと湧き起こり、私の視界は歪んでいく。
カラカラに干からびてヒビの入る白い地面に、どこまでも伸びる一本の蟻の行列の黒い線だけが、
はっきりと私の瞳には映り、ジージーと樫の木から五月蝿く聞こえていたあぶらゼミは、
いつの間にか鳴き止み、どこかへ飛んで行ってしまった。
- 383 名前:わたげ 投稿日:2001年05月12日(土)23時49分43秒
- —————
「冷たっ」
頬に触れる冷たい感触で私は目を覚ました。
ゆっくりと瞼を持ち上げると、そこには優しい目をした紗耶香が微笑んでいた。
『ずいぶん気持ち良さそうに寝てたね』
にっこり微笑んで、紗耶香は柄の長い、丸い棒状のアイスキャンディーを私に差し出した。
(いつの間に寝ちゃったんだろう)
私はゆっくり上半身を起こし、縁側に座り直すと、まだハッキリとしない意識のまま、
アイスキャンディーを受け取った。
紗耶香は、いつ帰って来たんだろう。
袋を破り、アイスキャンディーを口に含むと、カラカラに渇いていた私の器官に、
直接、ソーダ味がひんやりと染み渡っていくのを感じる。
その冷たい液体の浸入で気管支の辺りに鈍い痛みを感じると、寝顔を紗耶香に見られていた
という認識が徐々に湧き上がり、たちまち恥ずかしくなってしまった。
無防備な寝顔。きっと私はまぬけな顔をしていたんだろう。
隣に座る紗耶香をそっと覗き見た。
私と同じ水色のアイスキャンディーを口に含み、幸せそうな横顔をしていた。
なんだかほっとする。
紗耶香の静かで穏やかな横顔を見ると、私は不思議なくらい安心するのだ。
真上にあった太陽はだいぶ西へ傾き、オレンジとも赤とも言えないような色に空気を染めている。
夕方の風が吹きはじめていて、とても気持ちよく髪を揺らした。
こんな穏やかな景色の中で、紗耶香とこうして縁側に座り、足をぶらぶらとさせながら、アイス
キャンディーを舐めている——何でもないような、この日常が私にとって至福の時なのだ。
- 384 名前:わたげ 投稿日:2001年05月12日(土)23時50分17秒
- 「真希ちゃんは?」
私はふと思い出し訊いた。
『学校で集まりがあるって言って出掛けた』
「そう」
アイスキャンディーを食べ終えると、紗耶香は立ち上がり、水道にホースを繋ぎ水を撒き始めた。
紗耶香の帰りを待ち侘びていたように咲く花たちは、全身で気持ち良さそうに水を浴びている。
夕方の紗耶香の習慣なのだろう。一目で、そう分かった。
昼間のジージーと鳴いていたあぶらゼミとは代わって、ヒグラシがカナカナカナと、
心地よいリズムを刻むと、それに応えるように風鈴がチリリーンと唄うように鳴っている。
とてもゆっくりとしていて穏やかな時間。
こうしてずっと紗耶香を眺めていたい、そう思わずにはいられなかった。
紗耶香は私の視線に気付いたのか、ふと、こちらに顔を向けると、微笑みながら手招きをした。
(なんだろう)
私は立ち上がり、紗耶香のいる花壇に近付くと、紗耶香は右手に隠していたホースを
急に私の方へ向けた。
「ちょ、つめたーい」
水が私の肩に気持ちよくかかると、紗耶香は、してやったりといった顔でくすくすと笑った。
「もー!紗耶香のバーカ」
私の声はわきあがる嬉しさに上ずっていた。
- 385 名前:わたげ 投稿日:2001年05月12日(土)23時51分01秒
- 「あっ、そう言えば真希ちゃんから聞いたんだけど、紗耶香がよく花にまつわる神話を
聞かせてくれるって。ねぇ、私にも聞かせて」
紗耶香は水道の水を止めると、周りを少し見渡し、手前にあったかき色のマリーゴールド——小ぶり
で可愛らしい花をたくさんつけている——に軽く手を当て、物語をするように静かに話し始めた。
『カルタという乙女がいました。カルタは太陽神に恋をしてしまい、
とても深く恋い慕うあまり、彼女は夜も帰らず、朝一番の太陽を待つ日々を過ごしました。
けれど、恋の炎が強すぎて、彼女は次第に痩せ細っていき、とうとう肉体がなくなり、
魂だけの存在になってしまいました。
かげろうの様に立ち上った魂は、太陽の周りに輝く光の中に吸い込まれていき、
そして、彼女が長い間立っていた場所には、一本のマリーゴールドが生えていました』
なんだか悲しい話だと思った。
それから、紗耶香は、ふと私に視線を向け、
『花言葉は、″可憐な愛情″、″嫉妬″、えっと、あと″別れの悲しみ″だったかな。
そういえば、矢口と同じ名前だね、マリーゴールド。小さくて可愛い花だし、矢口みたいだね』
そう言って微笑んだ。
途端に私は、どうしようもなく淋しくなってしまった。
本当は、私のことを小さくて可愛いと言ってくれた紗耶香の言葉に、胸をときめかせても良いはずなのに。
それなのに・・・
深い海の底へ沈んでいくような鈍い胸の痛みと悲しみを感じ、目の前がどよーんと暗くなっていく気がした。
それは、ただ悲しげな物語だったからではなく、「お姉ちゃんは太陽みたいな人」という真希の言葉と、
『矢口みたいな花だね』という紗耶香の言葉がシンクロし、まるで、その神話が私の運命を暗示してい
るかのように思えたのだ。
″別れの悲しみ″・・・ただ、その花言葉だけが、私の頭の中に何度も何度もこだましていた。
- 386 名前:わたげ 投稿日:2001年05月12日(土)23時51分57秒
- 『どうしたの?』
紗耶香は心配そうな顔で私の肩に、そっと手を置いた。
いつもと変わらない包み込むような紗耶香の『どうしたの?』
「私・・・嫌われてるのかな・・・」
そう言うと、紗耶香は余計に分からないといった表情をした。
「真希ちゃんに嫌われてるみたい」
(私は、なんでこんなことを言っているんだろう)
気を抜いたら、泣き出してしまいそうで、私は無理やり笑顔を作った。
不自然な笑顔だったと思う。
『何か言われた?』
紗耶香は少し困ったような顔をして尋ねた。その顔は珍しく動揺しているように見える。
きっと紗耶香は今、心から困っているんだ、そう思った途端、なんだか自分がひどく無力で弱い人間
のように思え、情けなくなった。
まるで、お母さんや先生に人の悪事を言い付けている子供のような気がして、私はそれ以上
何も話すことが出来なかった。
紗耶香は、そっと私の肩から手を離すと、少し遠くを見つめるような目で言った。
『無愛想だし、ちょっとひねくれてる所もあるけど、根は悪い子じゃないんだぁ。
姉の私が言うのもなんだけどさ・・・
矢口が気を悪くするようなこと言ってたら、ごめんね』
そう言って紗耶香は私に深く頭を下げた。そんなこと望んでいなかったのに。
『もし、今度、そういうことがあったら、遠慮なく私に言ってね』
優しくて淋しげな顔だった。
私に気を使ってくれながらも、それは必死に妹を守る姉の姿だった。
途端に私は嫉妬した。
そして、紗耶香がスーッと遠くへ行ってしまったような、どうしようもない虚無を
その時私は、感じていたのだ。
- 387 名前:わたげ 投稿日:2001年05月12日(土)23時53分23秒
- —————
はぁ?と、圭織は下敷きで扇いでいた手を止め、すっとんきょうな声を出した。
窓から風が全く入ってこない、座っているだけでじとーっと汗が湧いてくるような午後の教室。
夏休みの真っ只中、私は補習を受けに来ていた。
「シスターコンプレックス?」
大きな目を更に大きくまん丸にして、1オクターブも高い声を出した圭織に、周囲の視線が集まる。
「ちょ、ちょっと圭織、声がでかいってばぁ」
私は周りを気にしながら、小声で囁くように言った。
「ごめーん。だって矢口が急に変なこと言うんだもん。勉強のし過ぎで頭おかしくなっちゃったん
じゃないの?あ、矢口の場合、勉強じゃなくて、この暑さのせいでか」
圭織は茶目っ気たっぷりな顔で言った。
私は口を尖らせながらも、久しぶりの親友との再会に懐かしい喜びを感じていた。
「でさ・・・どう思う?そういうの・・」
なんとなく気恥ずかしさから、私は俯いたまま訊いた。
「俺はお姉ちゃんのことが、前から好きだったーって?矢口、ドラマの見過ぎだよ」
茶化すように圭織は笑う。
いや、と言って私は口ごもった。
「何?言ってみぃ」
「そうじゃなくて、その・・女同士で。だからその・・姉妹でそういうことってあると思う?」
私があまりにも真面目な顔をしていたせいか、圭織はもう笑うのをやめ、眉間に皺を寄せながら、
考える格好をした。
- 388 名前:わたげ 投稿日:2001年05月12日(土)23時54分25秒
- うーん、と、しばらく唸っていた圭織が思い出したかのように口を開いた。
「そういえば、前に何かで読んだことあったわ。海外で実際にそういう事件あったらしいよ」
圭織は急に深刻そうな顔つきになった。
「事件って?」
「一見どこにでもいるような姉妹がいたんだけど、妹の方がね、姉に昔から恋愛感情みたいな
ものを抱いてたんだって。でも姉には付き合っている彼氏がいて、結婚することになったっ
ていう報告を受けた次の日、その姉の彼氏を・・・」
「彼氏を?」
私は身を乗り出してオウム返しをすると、圭織は更に真剣な顔になった。
鼓動が速まる。
「その彼氏を・・・グサーッとナイフで一刺しだってさ」
グサーッと、に大袈裟にアクセントを置き、圭織は持っていたペンをナイフに見立てて、
私の胸に突き刺すフリをした。
私は心臓が止まりそうになり、思わず後ろに椅子ごとひっくり返りそうになった。
「ちょ、ちょっと矢口、驚き過ぎだってば。大丈夫?」
圭織は心配そうな顔で言う。
「もー、圭織びっくりさせないでよぉ」
「ごめーん。まぁ、私にはさーっぱり理解できない心理だけどねー」
両手のひらを上に少し持ち上げ、分かりませんのジェスチャーをすると、圭織は前を向いて
座り直し教科書を広げた。
「もー、マジでびっくりしたんだからぁ」
顔では笑っていたけれど、内心、私は背すじの凍るような怖さを感じていた。
その時、私の目の前には、はっきりと真希の顔が浮かんでいたからだ。
- 389 名前:わたげ 投稿日:2001年05月12日(土)23時55分39秒
- —————
湿度の高い蒸し暑い夜だった。
私はのどの渇きで目を覚ました。
枕元の目覚まし時計を見ると、ちょうど午前0時を回ったところだ。
ベッドから起き、水を飲みに行こうとして、私はあることに気が付いた。
「あれっ!ここ、紗耶香の家だ。そういえば今日、泊りに来てたんだっけ?」
(私、まだ寝ぼけているのかな)
階段を降りると、廊下を照らす深いオレンジ色の電球は、夜中一人では少し怖く感じる。
私は小走りにキッチンへ向かおうとし、手前の左手の方向に階段を見つけた。
(ん?階段?紗耶香の家に地下室なんてあったわけ?)
おかしい。地下室があるなんて聞いたことなかった。
(てゆーか、普通の家に地下室なんてある?ここって本当に紗耶香の家?)
私の頭の中は、次々と浮かび上がる疑問で一杯になった。
でも、ずっと向こうには見慣れたリビングがある。
やっぱり間違いなく、ここは紗耶香の家だ。
地下室には、紗耶香のアトリエか何かがあるんだろうか。
- 390 名前:わたげ 投稿日:2001年05月12日(土)23時56分15秒
- 私はのどの渇きをすっかり忘れるほど、その地下室が気になってしょうがなくなっていた。
勝手に人の家の中を見て回る後ろめたさを感じつつも、ただ好奇心に任せ、吸い寄せられる
ようにして、私はその階段に近付いていた。
真っ暗闇で、ほとんど何も見えなく、電気のスイッチも見当たらない。
なんだか急に怖さが、ぶり返してくる。
(やっぱり、やめとこうかな・・でも気になるし・・・)
私は決心するように、大きく深呼吸して再び歩みを進めた。
ゆっくり、段差を一つ一つ足で確認するようにして、十数段降りていくと、しばらくして、
うっすらと灯りが漏れている部屋が目に入った。
まだ起きているのかな。誰の部屋だろう。紗耶香かな?真希かな?やっぱりアトリエ?
漠然とそんなことを考えながら徐々に私はその灯りのもとへ近付いていった。
窓のない地下室は、ひどく息苦しく重く感じる。
じっと息をひそめ、その薄暗い地下室を覗いた私は、その後、信じられない光景を目にす
ることになった————
- 391 名前:わたげ 投稿日:2001年05月12日(土)23時56分49秒
- 部屋の中央に置いてあるベッドに、もぞもぞと動く人影が見えた。
次第に目が暗さに慣れていき、その実体が浮かび上がってくるのと同時に、私は、まるで
頭を鈍器で殴られたような衝撃を感じた。
ひとりではない。ふたりだ。
それは、何も身に纏っていない、生まれたままの姿をした紗耶香と真希だった。
私は自分の目を疑った。そんなことがあり得る筈がないと。
しかし、そんな私の虚しい抵抗は、すぐに木っ端微塵に打ち砕かれた。
真希は紗耶香の上に跨ぐように馬乗りになり、紗耶香の顔をじっと見下ろしている。
紗耶香も、そんな真希から視線をそらすことなく、ふたりの視線が絡み合ったかと思うと、
ゆっくりと真希の顔が、紗耶香の顔に下りていき、真希の茶髪が紗耶香の顔を隠した。
ふたりはキスをしたのだ。
- 392 名前:わたげ 投稿日:2001年05月12日(土)23時57分34秒
- クチュッと湿ったイヤラシイ音だけが、怖いくらい静まり返った地下室に響くと、
私は、まるで金縛りにあったかのように、全く身動きが取れなくなってしまった。
信じられないことに、紗耶香の手が拒むことなく、受け入れるようにして、真希の背中に
回っていたのだ。
(うそだ・・・)
「いちーちゃんは、私だけのもの。ほかの誰にも渡さないんだからね」
真希はそう言うと、紗耶香の脇腹をつねるようにしてキスをした。
「うっ」と痛みを感じているような、快楽を感じているような、紗耶香の苦しそうな声に
私の心臓がズキリと悲鳴をあげた。
ちょっと待って・・・
いちーちゃん?
今、そう聞こえた気がした。
私はさっぱり分からなくなる。
幻聴?
(私、圭織の言うように、頭がおかしくなっちゃったのかな)
もう何も考えられない。考えたくない。
目の前で起きた出来事に私は耐えられなくなり、自ら思考を停止させていった。
- 393 名前:わたげ 投稿日:2001年05月12日(土)23時58分10秒
- それから、ふたりはキスをしたまま転がるようにして、今度は紗耶香が上になると、
真希の胸の間に顔をうずめいった。
胸からおへそ、脇腹、太もも、そして信じられない場所まで紗耶香の唇が下りていくと、
真希はピクンと痙攣を起こし、思わず喘ぎ声を漏らした。
キシキシとベッドが軋む。
うわずる真希の声は、もう言葉にはなっていなかった。
そして、恍惚とした表情で、ふたりの体が同時に震えたかと思うと、ふたりはぐったりと
ベッドに深く沈んでいった。
頭蓋骨のずっと奥の方で、羽虫が飛んでいるブーンという音が聞こえると、私は激しい頭痛と共に、
気を失いかけた。
- 394 名前:わたげ 投稿日:2001年05月12日(土)23時59分41秒
- ——その時だった。
「いちーちゃんのぜーんぶが好きだよ。唇も、指も、胸も、足もぜーんぶ私だけのものだからね」
鼻にぬけるような真希の声だった。
はっきりと聞こえてしまった。
間違いなく、今、″お姉ちゃん″ではなく、″いちーちゃん″と言った。
幻聴ではなかった・・・
私はずっと騙されていたんだ。
ふたりは姉妹なんかじゃなかったんだ。
遠退いていた意識が急に蘇ると、みるみる涙が溢れ、自分の顔がぐにゃぐにゃに
歪んでいくのが分かった。
「やめてぇ」
気付くと私は大声で叫んでいた。
そして、その自分の声で私は再び目を覚ました。
- 395 名前:わたげ 投稿日:2001年05月13日(日)00時00分14秒
- (あれ?何?一体どうなってるの?)
目を開けると、真上には見慣れた自分の部屋の天井があった。
ベッドの脇には、プーさんのぬいぐるみがいる。
私は慌てて辺りを見回した。
出窓、淡いピンクのカーテン、シルバーのミニコンポ、丸い鏡台。
どれも私の部屋の物だ。
急いで、豆電球から蛍光灯に切り替えると、そこはあの暗くて息苦しい地下室ではなく、
紛れもなく私の部屋だった。
- 396 名前:わたげ 投稿日:2001年05月13日(日)00時00分56秒
- 「私、夢をみてたんだ・・・」
急に脱力し、私はベッドに崩れ落ちた。
頬に何かが触れるのを感じると、私は涙を流していたことに気付いた。
何だかとてもくたびれてしまい、しばらく茫然と横になっていると、静まり返る部屋に時計の
秒針の無機質に響く音が聞こえてきた。
私はハッと起き上がり枕元の目覚まし時計を見た。ちょうど午前0時を回ったところだった。
嫌な予感がした。
そして秒針の音に合わせて、さっき見た悪夢が徐々に蘇ってくる。
(夢なんだ。夢に決まってる)
そう言い聞かせても、あの地下室の悪夢は姿を消すことはなく、私は耐えられない不安に襲わていた。
そして、気付くと私は、涙を拭い家を飛び出し、全速力で紗耶香のところへ向かっていたのだ。
- 397 名前:作者です 投稿日:2001年05月13日(日)00時17分01秒
- いまいち区切り方が、これで良いのかいつも迷ってしまうのですが、一応更新しました。
あるビデオをたまたま観てて、セリフを一つ参考にさせてもらっちゃいました。
>>373
良かったです。あまり一定した量が更新できず、バラバラになってしまうと思いますが
これからも読んで頂けると嬉しいです。
>>374
ありがとうございます。
何度も読み返されると、粗がぼろぼろと見つかってしまうかも・・・
でも嬉しいお言葉を感謝します。
少しでもドキドキしてもらえるような展開を心掛けます。
>>375
ありがとうございます。
田舎な雰囲気が出てますか?良かったです。
ちょっと重い空気が流れ始める矢口なので、風景だけでもほのぼのとさせていきたいです。
>>376
すごく嬉しい褒め言葉をありがとうございます。
今後はうまく書けるか分からないですが、読んでみて下さい。
- 398 名前:作者です 投稿日:2001年05月13日(日)00時18分32秒
- >>377
矢口にとっては、ちょっとした波乱かもしれないです。
恐くはないはず?です・・・
血が流れたりとかは、今のところない予定です(w
>>378
姉妹を越えた関係・・・
どうなんでしょう・・・
今後の矢口を見守ってください。
>>379
ありがとうございます。
なんかすごく褒めて頂いて恐縮です。
最近あまり時間がかけられなくて(頭もついていかなくて)雑な部分も多くなってしまっている
かもしれないです・・・
江國香織は読んだことあります。でもどちらかというと、柴田よしき、西澤保彦(ジャンルは江國さん
とは違いますが)とかをよく読んだりするので影響を受けているかもしれないです。
矢口が徐々に混乱に陥っていく様子が描ければと思っているので、今後もお付き合いして頂けると
ありがたいです。
- 399 名前:331 投稿日:2001年05月13日(日)00時36分23秒
- (〜^◇^〜)<よぉし、今から行くから待ってなよ!
紗耶香と二人きりになんかさせるもんですか!
夢という事を祈るばかりです・・・。
- 400 名前:名無し読者 投稿日:2001年05月13日(日)03時14分37秒
- 先をいろいろ想像するより、矢口さんになって読むほうが楽しめそう。
とりあえず400get(w
- 401 名前:名無し読者 投稿日:2001年05月13日(日)03時46分43秒
- マリーゴールドの神話の話しからつながって矢口の漠然とした不安感を表現した
部分とか読んでて作者さんのテクニックにちょっと感動してしまいました。
いちごま派の自分としては矢口の夢が夢じゃなくてもそれはそれでアリです(w
- 402 名前:名無し読者 投稿日:2001年05月13日(日)05時17分18秒
- さやまりもいちごまもあるなんて(感涙
不謹慎にも萌えてしまった・・・(w
やっぱりごまのいちーちゃんはいいですね。
しかし続き楽しみでしょうがないですホント。
- 403 名前:ススキ 投稿日:2001年05月14日(月)00時18分51秒
- 関係ないのですが
スレを赤坂で建てる
方法が分からないのですが
だれかおしえて
- 404 名前:名無し読者 投稿日:2001年05月14日(月)01時50分40秒
- >>403
赤板はもうこれ以上新しいスレはたてられないと思います
あとこういった質問は案内板の方が向いてますよね
- 405 名前:名無し読者 投稿日:2001年05月14日(月)03時01分05秒
- 矢口の精神状態が、かなりやばそうですね。
あのシーンは、俺的にも夢であって欲しいぞ〜!!
- 406 名前:かんかん 投稿日:2001年05月14日(月)11時06分16秒
- 一気に全部読みました。
私的には吉澤ファンなので「水色パーカーの君」が凄く良かったです。
真希の手紙は涙ものです。
現在進行中のお話はいちごま派の私ですが矢口を応援したくなりますよ。
これからも頑張ってくださいね。
- 407 名前:わたげ 投稿日:2001年05月21日(月)23時57分38秒
- 私は夢中で走っていた。
月明かりだけが頼りの薄暗いジャリ道は、ひどく不安定で、途中で何度も転びそうになった。
湿り気のある闇に、ジージーと鳴く虫の声だけが、走っても走っても、どこまでもついて
くるように、耳に鬱陶しくこびり付いて離れなかった。
5分も走ると呼吸が乱れ、あの息苦しい地下室を思い出した。
(嘘だ。あんなのただの夢に決まってる!)
5m先の角を左へ曲がれば紗耶香の家だ、そう認識した途端、私の足は突然動かなくなった。
とても怖くなったのだ。
あれだけ勢い良く飛び出しておきながら、目前まで来て、私は得体の知れない恐怖に心から
震えていた。
直感的に、紗耶香と真希が本当の姉妹ではないように感じた。
それは、初めて紗耶香の家を訪ねたあの日、包丁で切った真希の指を紗耶香がそっと、
口で癒した姿を見た瞬間に、既に感じていたのかもしれない。
私は時々、予言者のように、その日に起こる出来事を当てることがある。
今感じるこの直感に、私はその時と同じような胸騒ぎを感じていた。
もしこれが夢じゃなかったら・・・・
あの地下室が真実だったら・・・・・
私はどうなってしまうんだろう。
とても平常心ではいられないということだけは確かだ。
- 408 名前:わたげ 投稿日:2001年05月21日(月)23時58分21秒
- やっぱり引き返そうかと思ったその瞬間、微かにうねる波の音が聞こえた。
夜の海——遊園地の帰りに紗耶香と二人で見た。
今日よりも、もうちょっと大きくて満月に近い青白い月の晩だった。
『ちゃんと矢口の歌は、市井にも聴こえたから』そう言って私を抱きしめた紗耶香の澄ん
だ目は、決して嘘をついている目ではなかった。
少しの間、私は、あたたかい記憶の中に心を泳がせていた。
確かに、あの時の紗耶香の顔には何のかげりもなかった。
そう思うと、なんとなく逃げ出すことがバカげているように思えてきて、私は再び走り出した。
窓からは全く灯りがこぼれていなく、家全体が重く沈み、闇と一体化しているようで、
不気味にさえ思えた。
二人とも、もう寝てしまったんだろうか。
さっきから、うねり狂う夜の黒い波のように、寄せては返す不安が、いよいよ高波になって
私を飲み込もうとする。
気付くと私はインターフォンを何度も押していた。本当に怖くてドキドキしながら。
7〜8回鳴った辺りで、ようやく玄関の奥の方に灯りがともり、ドアの脇のくもりガラスが
パッと明るくなった。
- 409 名前:わたげ 投稿日:2001年05月21日(月)23時59分51秒
- 「紗耶香」
ドアが開くなり、私は叫ぶように言っていた。
大きめのパジャマをすとんと着た紗耶香は、眠たそうに目を擦りながら私の顔を確認すると
ひどく驚いた顔をした。
『矢口、どうしたの?』
本当に不思議そうに紗耶香は訊く。
当然だと思った。
こんな夜中に息を切らした私が、すごい顔をして立っていれば、眠気も覚めてしまうほど
驚くだろう。
「ごめん、寝てた?」
私はバカみたいな質問をした。
『あ、いや、そろそろ寝ようかなって思ってたところ』
こんな時にでも、紗耶香は私に優しく気を使う。
急に自分がひどく身勝手で、傲慢な気がしてきて、私は憂鬱になった。
『入れば?』
紗耶香は、そう言うとキッチンの方へ歩いていった。
- 410 名前:わたげ 投稿日:2001年05月22日(火)00時00分43秒
- クリスタルグラスに注がれた氷入りの麦茶は、その縁が淡いブルーに光っていて、
とても涼やかに見えた。
一気にそれを飲み干すと、氷がグラスに当たる清涼感ある音が、
熱くなっている私の体をより一層冷ましてくれた。
『何かあった?』
真夜中の迷惑な訪問者に対し、一言も非難することなく、紗耶香はいつもと同じ穏やかな
表情で訊いた。
私は何も答えることが出来なかった。
無理して言うことないよ、と紗耶香は微笑み立ち上がると、リビングの窓を少し開けた。
夜のしっとりとした匂いが流れ込んでくる。
「真希ちゃんは?」
私は心の中で精一杯警戒しながら、そう尋ねた。
『学校のキャンプで、今日から山中湖に行ってる』
窓辺に立ち、夜を背にしてそう言うと、紗耶香は再びソファーに深く座った。
今、ここには真希はいない。
その事実で私は初めて胸を撫で下ろした。
- 411 名前:わたげ 投稿日:2001年05月22日(火)00時01分20秒
- 「ねぇ、紗耶香の家に地下室なんてないよね?」
何でもないように言ったつもりなのに、私の声は、おかしいほど震えていた。
紗耶香は、吹き出しそうになるのを必死でこらえ、口に含んだ麦茶をゴクリと飲み込むと
ふっと頬を緩めて笑った。
きっと、私が突然真面目な顔で、こんな滑稽な質問をしたからだろう。
『どうしたの?うちに地下室なんてないよ』
「そ、そうだよね。ごめん、変なこときいて」
紗耶香が注ぎ足してくれた麦茶を一口飲むと、全身の緊張がようやくほどけ、
重い足の疲れを感じた。
沈黙が流れる部屋に、かとり線香の匂いが穏やかな海流のように漂っている。
その沈黙を破ったのは、紗耶香の方だった。
- 412 名前:わたげ 投稿日:2001年05月22日(火)00時02分20秒
- 『矢口は氷を舐める派?それとも噛み砕く派?』
氷を一つ口に含むと、突然、紗耶香はそんな質問をした。
「えっ・・・私は噛み砕く派かなぁ」
思い出すように少し考え、私は、そう答えた。
『私と一緒だ。じゃあ、アメ玉は?』
「えー・・・アメはさすがに舐めるかな。噛んじゃうと、すぐ無くなっちゃうし、
楽しみがすぐ消えるのは嫌だから」
私は再び、青く光ったクリスタルグラスに目をやった。
上の方が丸く膨らんでいる曲線は、どことなく金魚鉢を連想させ、なんだかとても
ノスタルジックなしみじみとした気持ちになった。
『私はアメも噛み砕く派』
きっぱりと言って、紗耶香は嬉しそうに氷を噛み砕いた。
氷なのに、不思議と美味しそうな音が響く。
「あー、紗耶香せっかちなんだぁ。アメを噛んじゃう人って、せっかちな性格なんだって」
私は、からかうような口調で言った。
紗耶香は、すっと視線を私からそらすと、とても穏やかな、ちっとも気持ちの揺れていない
目で、グラスの中の氷を見つめた。
『私は楽しいから噛んでるよ。噛み砕くバリッバリッていう音は私の耳にも
直接響いて聴こえるんだ』
紗耶香は、もう一つ氷を口に含むと、愛くるしい顔で、本当に楽しそうに噛み砕いた。
- 413 名前:わたげ 投稿日:2001年05月22日(火)00時03分23秒
- 胸がきゅんとした。
紗耶香は、そんな些細なことに幸せを感じているのだ。
紗耶香の健気な明るさに、私は自分が健常者としての憐れみではなく、尊敬とも言える
感情を抱いた。
そして、心の底から、紗耶香を愛しいと思った。
紗耶香を抱きしめたくなる想いに耐えながら、私はグラスの中の氷を一つ口に含み、
同じように噛み砕いてみた。
確かに耳の奥に心地よい振動が伝わる。
「本当だぁ、バリッバリッて聴こえるね」
紗耶香は、うん、と頷きにっこりと微笑んだ。
紗耶香のためなら、どんなことでもしてあげたい、その時私はそう思った。
私が出来ることであれば、紗耶香を喜ばすためには、どんな努力も惜しまないと。
そう心の中で呟いた途端、私は気が付いた。
真希も紗耶香に対して、こんな想いを抱いているんじゃないだろうか。
- 414 名前:わたげ 投稿日:2001年05月22日(火)00時04分03秒
- あの喫茶店で真希は、こう言った。
″どんなことをしたって、私はお姉ちゃんを一生守っていくの″
紗耶香のすべてを完全に引き受けるといった強い意志を示すように、冷たく光った目だった。
真希にとっては、紗耶香と二人の世界に侵入してくる者は、すべて邪魔者で、
だから、どんな手段を使っても、今まで、その侵入者を排除してきたんじゃないだろうか。
そして、今その矛先が私に向けられているのかもしれない。
でも、その想いはどこか歪んでいるような気もした。
(独占欲?)
そこまで激しい想いを実の姉に対して抱くものだろうか。
″いちーちゃんは私だけのもの。ほかの誰にも渡さないんだからね″
鼻にぬける真希の声が聞こえたような気がした。
私はひどく混乱した。夢と現実の境界線が全くつかなくなっていたのだ。
地下室なんてない、紗耶香はそう答えたのに、私の胸から不安の雲はすっきりとは、
取り除かれていなかった。
窓の風鈴が風に鳴った。
時計の針は既に午前1時を回っていた。
- 415 名前:わたげ 投稿日:2001年05月22日(火)00時05分21秒
- 『どうかした?矢口、こわい顔してるよ』
紗耶香は眉間に微かに皺を寄せながら、心配そうな顔をした。
きっとこの時、私は少しおかしくなり始めていたのかもしれない。
「あっ、そうだ。ねぇ、紗耶香、この前の花火やらない?」
不安に押し潰されそうで、このままでは、本当に私はどうにかなってしまいそうな気がして、
必死に気持ちを誤魔化そうとした。
けれど、紗耶香は、少し困った顔——特有の眉を少し上げた感じ——をした。
『ごめん。昨日、真希がやりたいって言ったから、二人でやっちゃったんだ。
今日買っておこうと思ってたんだけど、つい忘れちゃって・・・』
紗耶香は、申し訳なさそうに苦笑した。
真希と二人で、その言葉が鋭利な刃物に成り代わり、私の左胸をグサリと突き刺すと、
喪失感や欠落感といったものが、生温かい血流となって全身を駆け巡った。
「・・・・・」
『ごめんね、矢口。今度買っておくから一緒にやろう』
「・・・・・」
『矢口?』
「・・・紗耶香、ひどいよ。約束してたのに・・・」
悲しみや淋しさではなく、怒りに似た気持ちで私は言った。
- 416 名前:わたげ 投稿日:2001年05月22日(火)00時06分12秒
- 『ごめん。でもこんな時間だし、今度もっと早い時間にやろうよ』
紗耶香はいつもの穏やかな顔で言った。
その顔を見た途端、私は修復出来ないような、深い悲しみや疎外感、そして孤独を
感じずにはいられなかった。深い深い、全く光の差し込まない海の底へ沈んでいくような。
紗耶香にとっては他愛のないことなのかもしれない。
けれど、私にとっては、このどうしようもない不安を押し隠すための、頼みの綱の浮き袋だった。
その浮き袋が、目の前でパッと消えてなくなってしまったのだ。
溺れていく私をずっと遠くで、ただ茫然と見ている紗耶香と真希の顔が浮かんだ。
- 417 名前:わたげ 投稿日:2001年05月22日(火)00時06分52秒
- 「紗耶香約束したじゃん!一緒にやろうねって言ったじゃん、今すぐ買ってきてよ!」
あまりにも激しく心を動かされているので、感情に流されまいと、私は極めて強い
口調で言った。たった3分前に紗耶香を愛しいと思った気持ちなど忘れて。
『矢口、どうしたの?やっぱり今日おかしいよ』
紗耶香は慰めるようにして、そっと私の肩に手を置いた。
確かに今日の私はおかしい。
とても平常心ではない。
そんな私の心を見透かすような紗耶香に私は余計に動揺し、憤りを感じた。
私は、紗耶香の手を払い、大声で叩きつけるように言った。
「いいから、コンビニでもどこでも行って買ってきてよ!」
心がひどくカサついて渇いてしまっているような、荒々しく響く自分の声に、
私は、ますます苛立ちを覚えた。
紗耶香は驚いた表情でしばらく私を茫然と見つめ、それから怪訝そうに、
不愉快そうに顔を歪めた。
『そんな無理言わないでよ。さっきから謝ってるじゃん。それに花火なんていつでも
できるよ』
こんなに乱暴な紗耶香の手話は、今まで見たことがなかった。
何より紗耶香が怒っている姿を私は、この時初めて見たのだ。
- 418 名前:わたげ 投稿日:2001年05月22日(火)00時07分40秒
- 「うそつき・・・」
悲しい気持ちになりながら、私は言った。泣きたい気持ちをぐっとこらえて。
逃げ出したいような、とても息苦しい沈黙に、いつの間に降りだしたのか、
軒先を激しく叩く雨音が憂鬱に響いていた。
『分かったよ』
苦しそうに紗耶香は言うと、力なく立ち上がり、リビングの奥の方へ行き、
私に背を向け着替え始めた。
ハッとした。
紗耶香の白くて華奢な背中を見た途端、私はとりかえしのつかないような自己嫌悪に
襲われていた。
真夜中に、突然勝手に訪れ、私はとても大切な人を困らせ、怒らせ、
挙句の果てに、たった今、傷付けてしまっているのだ。
そう自覚すると同時に、私は立ち上がり、気付くと紗耶香の背中にしがみ付くようにして、
抱きついていた。
その背中は驚くほど、細くて頼りなく——壊れて、すっと消えてしまいそうなほど——私は、
ますます悲しくなった。
「ごめんね、紗耶香・・・ごめん・・・め・・っん」
私は背中越しにしゃくり上げながら、何度も何度も謝っていた。紗耶香の耳には届かない声で。
とうとう堪えきれず、私の涙は頬を伝って紗耶香の背中に垂れ落ちてしまうと、紗耶香は
一瞬ビクッと体を震わせ、ゆっくりと振り向いた。
私は、どこを見ていいのか分からず、俯いてしまうと、紗耶香はタンクトップを上から被り
そっと私の頬に手を当てた。
ドキリとした。私の涙を優しく拭ってくれる細い指に。
- 419 名前:わたげ 投稿日:2001年05月22日(火)00時08分29秒
- 私はひどく混乱した。
こんなに酷いことをした私に、それでも優しく接する紗耶香の気持ちが分からなかった。
そして、何だかとても怖くなった。
私の気持ちが紗耶香に伝わってしまいそうで。
伝えたいと思う反面、それを知られるのがとても怖かった。
それ以前に、既に紗耶香は私の気持ちに気付いてしまっているような気がして、
どうしようもない焦りを感じた。
「私に無断で花火をやった紗耶香をちょっと、とっちめてやろうと思ったの。
迫真の演技だったでしょ?」
私は紗耶香から離れると、涙を拭き取り無理やり笑ってみせた。
けれど紗耶香は、ちっとも笑っていなく、怒ってもいなく、表情の読み取れない真剣な顔で、
ただ私を見つめているだけだった。
「もう、ちょっとヤダなぁ。これでおあいこだから、恨みっこなしね。
それより、紗耶香は人がいいから、すぐ騙されちゃうタイプだね」
そう言い終わるか、終わらないかのうちに、私は紗耶香に抱きしめられていた。
一瞬にして、頭の中が真っ白になった。
そして、私は考えることをやめた。せめて、こうされている時くらいは。
閉ざされた瞼の裏では、やわらかな光がゆっくりと動き、体がふわっと浮かんでいくような
不思議な感覚に包まれていた。
思い出したかのように窓の風鈴が鳴ると、ほこりくさい雨の匂いが部屋に流れ込んできた。
やっぱり、紗耶香は人間の姿をした、たんぽぽのわたげだ。
紗耶香の腕の中で、私は、ふと、そんなことを思っていた。
- 420 名前:作者です 投稿日:2001年05月22日(火)00時16分53秒
- 更新遅れてすみません。
>>399 331さん
ヽ;^∀^ノ<や、やぐち落ち着いて・・・まぁ、一杯飲んでよ
>>400
今後は、ちょっと暴走気味の矢口の展開が早くなってしまうかもしれないです。
次回、続・矢口の暴走?
>>401
マリーゴールドの神話は調べていたら、偶然一致するような部分が結構あって、
私のテクニックではなく運が良かっただけかもしれない・・・
でも褒めていただけるとすごく嬉しいです。ありがとうございます!
>>402
萌えていただけるのは何より嬉しいです(w
楽しみと言って頂けると、本当にやる気出ます。ありがとうございます。
>>403 ススキさん
今さら遅いかもしれませんが、赤板に立てられるようになったみたいです。
>>404
フォローありがとうございます。感謝!!
>>405
矢口は浮いたり沈んだり、精神状態はかなりやばいです。
次回か、その次あたりで、矢口はあることに気付いて賭けに出る予定です。
>>406 かんかんさん
全部一気に読んで頂いたとは、感激です。
「水色〜」は、ほとんどのシーンで可哀相な吉澤という感じになってしまったので、
吉澤ファンの方に良かったと言ってもらえると、ほっとします。
かんかんさんのいちごま駆け落ち話も楽しく読ませてもらっています。
- 421 名前:名無し読者 投稿日:2001年05月22日(火)00時30分35秒
- う〜んやっぱこの独特の空気感好きですね〜
なんか文章に凄く落ち着きがありますね。読んでて心地良いです。
何時間でも読んでいれそうな(w
続きが待ち遠しぃ
- 422 名前:名無しさん 投稿日:2001年05月22日(火)00時45分42秒
- や..矢口が..心配すぎる...
作者殿、更新お疲れ様です。私もいつも楽しみにしております。
がんばって下さい。
- 423 名前:名無し読者 投稿日:2001年05月22日(火)03時39分03秒
- 更新楽しみに待っておりました。
矢口を抱きしめる紗耶香、たまりませんな〜!!(w
紗耶香が脱退してから1年・・・元気に頑張っているのかな・・・?
- 424 名前:331 投稿日:2001年05月22日(火)10時20分24秒
- (〜^◇^〜)<そんな、飲んでって、飲ませてどうすんのさ。
………わかった、そうやって酔わせて、ホテルに連れ込む気だ!
矢口、紗耶香だったら………いいよ(ポッ
そうか…ちゃむは、わたげだったんだね…。
- 425 名前:かんかん 投稿日:2001年05月23日(水)18時44分34秒
- いやー、マジでこの話好きだなーってか作者さんがいい感じっす。
どの話も好きだなー。
矢口の「今すぐ買ってきてよ」の
心理わかる気がするようなしないような・・・・・
- 426 名前:名無しさん 投稿日:2001年05月24日(木)07時37分04秒
- ほんとに姉妹なのかな?気になる。。。
- 427 名前:わたげ 投稿日:2001年05月29日(火)00時38分00秒
- 私は、ぼーっと、ただ天井を見つめていた。
豆電球に照らされ、うっすらと浮かび上がる檜の木目。
時折、通り過ぎる車のヘッドライトの照り返しが、壁やその木目を一瞬明るくなでていく。
あれから、紗耶香は私が落ち着くまで、ずっと抱きしめてくれていた。
私のすべてを黙って受け止めてくれるように。
その紗耶香が、今、隣の布団で穏やかな寝息を立てている。
私は眠ることなんて出来なかった。
花火どころか、今日一日は、あわやお別れとなるところだった。
『花火なんていつでも出来るよ』紗耶香の怒った手話。とても想像もしていなかった。
結局、すぐに仲直りしたけれど、もし、あのまま紗耶香を止めずにいたら、
もしくは、私が家を飛び出していたらと思うと、ぞっとする。
あんな風に言わなければ良かった。
それでも紗耶香は、私を許してくれるって・・・
静寂な暗闇に現れるのは、ただ後悔と反省ばかりだった。
- 428 名前:わたげ 投稿日:2001年05月29日(火)00時38分58秒
- 私は、そっと、紗耶香の方へ体を向けた。
規則正しい寝息に、タオルケットは小さく上下する。
とても綺麗で穏やかな寝顔に、私はドキリとした。
そして、この時私は、はっきりと再認識したのだ。
紗耶香に対し、友人としてではなく、恋人のような恋愛感情を抱いてしまっているということを。
恋にもいろいろあると思うけれど、紗耶香と出会うまでは、同性同士の恋愛なんて、
全く理解が出来ず、ましてや女同士でキスをしたり、肉体関係を結んだりすることに、
私は、ものすごい嫌悪を抱いていた。
けれど、今、手を伸ばせば届く場所に紗耶香が眠っている。
そう思うと、脾臓のもっと深い辺りから、ぎゅーっと音を立て、熱く湿った欲望が湧き上がる。
紗耶香を手に入れたい。
私のものにしたい。
キスがしたい・・・
でも、そんなことをして、もし紗耶香に気付かれたら、きっと彼女は私を軽蔑し、
忌み嫌い、もう二度と会ってはくれないだろう。
私は、理性の毛布で、その欲望の炎に飲み込まれまいと、必死に抵抗していた。
- 429 名前:わたげ 投稿日:2001年05月29日(火)00時39分36秒
- けれど、意識とは裏腹に、私はゆっくりと体を起こし、紗耶香の上下するタオルケットに、
近付いていた。
改めて、私は間近で紗耶香の顔を観察してみた。
シルクのようにきめの細かい白い肌、すーっと通った鼻すじ、長いまつげ、
今まで気付かなかった小さなホクロ、そして私の視線は、きゅっと締まった色づきの良い唇で止まった。
この時、きっと、私は抵抗も虚しく、その熱く湿った欲望に飲み込まれてしまっていたんだ。
速まる鼓動を精一杯押さえるようにして、私は一度深呼吸をした。
そして、全身の警戒心を右の人差し指の一点に集中させ、紗耶香の頬を軽く突付いてみる。
やわらかな寝息は、少しも乱れることなく、一定のリズムを奏でていて、私は、ほっと胸を撫で下ろした。
そして、徐々に顔を近づけていく。
髪が紗耶香の顔に触れそうになり、私は慌てて両手で束ねるようにして、髪の毛を押さえた。
まるで汚れていない透き通った紗耶香の顔に、ハッと我に返った。
(私は一体何を考えているんだろう。どうかしてる)
もう一人の冷静な自分が、懸命に止めようとした。
けれど、私の頬に紗耶香の寝息がくすぐったくかかると、もう自分自身を抑制することなんて
出来なくなっていた。
- 430 名前:わたげ 投稿日:2001年05月29日(火)00時40分13秒
- 気付くと私の唇は、紗耶香の唇に触れていたのだ。
急に怖くなり、私は慌てて紗耶香から離れた。
恐る恐る瞼を持ち上げると、紗耶香は穏やかな寝顔のままで、全く起きる気配もなく、
私は心からほっと息をついた。
罪悪感を感じながらも、それでも私は、気付くと、もう一度呼吸を整え、顔を沈めていた。
紗耶香の唇が、あまりにもあたたかいことに、私は驚いた。
普通、こういう感じなんだろうか。
私にとって、この一方的な口づけがファーストキスだったのだ。
ドキドキするとか、そういう気持ちではなく、私は、ただ不思議なほど感動していた。
手を繋いだり、抱きしめられる時とも違う、紗耶香の体温を感じられたような気がしたからだ。
紗耶香を失いたくない、自分でも驚くほど激しい気持ちで、この時私は思っていた。
- 431 名前:わたげ 投稿日:2001年05月29日(火)00時40分50秒
- 頬の辺りにくすぐったさを感じ、私は目を覚ました。
真上には、筆を手にして微笑んでいる紗耶香の顔があった。
『おはよう』
私は、まだはっきりしない意識のまま、それでも条件反射で、おはようと返していた。
(あっ、そうだ。紗耶香の家に泊まったんだ。いつの間に寝ちゃったんだろう)
『全然起きないから、死んじゃったのかと思ったよ』
紗耶香は、ふふふと小さな声を出して優しげな目で笑った。
「ちょっと、勝手に人を殺さないでよぉ!」
私の声はつき上げる幸福感に上ずっていた。
今、私は、とてもだらしのない笑顔をしているのだろう。
日常のささやかな、それでいて、この上ない幸福。
きっと人は、とても幸せを感じている時、こんな風に、だらしのない笑顔をこぼしてしまうんだ。
- 432 名前:わたげ 投稿日:2001年05月29日(火)00時42分34秒
- 食卓に立ち込める白い湯気、表で鳴くスズメの声、新聞配達のバイクの音、
他愛のないすべての物事が、今の私には、幸せの象徴に映る。
「普通、トーストにはコーヒーじゃない?パンに味噌汁って・・・」
『味噌汁は体にいいんだよ』
紗耶香のふくれた顔が、私の胸の奥をくすぐるので、私は、ついついからかいたくなる。
「でも、なんてゆーか、食べ合わせってものがあるし・・・」
『じゃあ、無理して食べなくてもいいよ』
予想通りの拗ねた紗耶香の顔に、私の頬は、自然と緩んでしまう。
昨日の喧嘩が嘘のように、私の心は、とても穏やかだった。
ジージーと表で鳴き始めたあぶらゼミが、今日一日もひどく暑くなることを知らせていた。
好きな人に起こされ、好きな人の作った朝ご飯を二人で食べる至福。
死んでもいい、大袈裟ではなく、確かにそう思っていた。
- 433 名前:わたげ 投稿日:2001年05月29日(火)00時43分22秒
- 『そういえば、なんで?』
紗耶香は、食べていたトーストを置き、思い出したように顔を上げた。
「え?」
『ゆうべ』
躊躇なく言い、紗耶香は自分の唇を指差すように触れた。
心臓がドクンと脈打つのが分かった。私の中で一瞬、時が止まる。
紗耶香は気付いていたんだ。
「ゆ、ゆうべって?」
咄嗟に私はとぼけてしまった。紗耶香を失うのが、とても怖かったから。
『ゆうべ、キスしなかった?』
何でもない顔で、まるで、おはようとあいさつでもしているかのような自然さで、
紗耶香は、そんなことを言う。
背中を強く打ちつけたような衝撃が走り、私の体からすべての息を追い出していく。
私は、しばらく呼吸が出来なかった。
紗耶香の考えていることがさっぱり分からない。
いや、自分自身の考えていることでさえ、混乱して分からなくなっていたのだ。
「キスなんてするわけないじゃん。紗耶香、変な夢でも見ていたんじゃないの?」
私は意味のない嘘をついた。
とにかく、このまま押し通すんだ。押し通すという言葉が頭に浮かんだけれども、
一体、何をどうやって押し通すのかなんて、自分でも分からなかった。
『そっか、夢だったのかな』
いぶかし気に言った後、紗耶香は息を吐くみたいに笑った。
錯覚だろうか、紗耶香の笑った顔が、少し淋しげに見えた。
- 434 名前:作者です 投稿日:2001年05月29日(火)00時56分40秒
- 実は今回の部分は、カットしようと思っていた部分です。
更新した今でも迷っています・・・ので気持ち的にsageました。
読んでくださっている方々を混乱させてしまって申し訳ないです。
明日か明後日には、正規の更新を致します。
>>421
読んでいて心地良くなって頂けるとは、本当に嬉しいです。ありがとうございます。
一日でも早く更新できるように頑張ります。
>>422
矢口の奮闘を見守って下さい。
楽しみに待っていてくださる方が、書いている上で支えになっています。
ありがとうございます。
>>423
ありがとうございます。
前回は海、今回は市井宅での抱擁でした。
卒業から1年早いですね。自作曲がいくつか出来てるのかな。楽しみです。
>>424 331さん
∧_∧
∧_∧? (;´ Д⊂ヽ <いちーちゃんひどーい
ヽ^∀^ノ<あ ⊂) y ノ
/ | /_/ Y
〜(,_,,ノ し (_)
>>425 かんかんさん
すごく褒めて頂いて恐縮です。
矢口の微妙な心理状態は、なかなか巧く描けないのですが、
なんとか最後まで頑張ろうと思います。
>>426
ヽ^∀^ノ( ´ Д `)<ひ・み・つ
次の次の更新で、真実が明らかになると思いますので読んで頂けたらありがたいです。
- 435 名前:名無し読者 投稿日:2001年05月29日(火)04時11分45秒
- 今回の更新分のどこが納得いかないのかはよくわかりませんが、個人的にはすごく気に入ってます。
特に矢口が紗耶香にキスするあたりの矢口の心理描写なんかは素晴らしいと思いました。
正規の方はどんな展開になるのか楽しみにしております。
- 436 名前:331 投稿日:2001年05月29日(火)22時08分58秒
- (〜^◇^〜)<よ〜し、これでごっちんはいなくなったね。
紗耶香のお嫁さんの座は矢口に決まりだ♪
ここの市井、全然掴み所がない…。
そう思うのは、自分だけでしょうか?
- 437 名前:わたげ 投稿日:2001年05月30日(水)23時35分29秒
- —————
ある日、私は、思い切って真正面から、紗耶香に訊いた。
紗耶香と二人で、ぼんやりと縁側に座っていた午後5時過ぎ。
昼間の空気から、夕方の空気に切り替わる、どこか不安定な時間。
蒸し暑い日が続き、夕方には決まって突発的な雷雨となる、8月の初旬の頃だった。
「紗耶香と真希ちゃんって本当の姉妹だよね?」
なぜ突然そんなことを訊くの、といった感じのきょとんとした顔で、『当たり前じゃん』と、
紗耶香は一度頷いた。
本当だ。なぜ私は、突然こんなことを言っているんだろう。
ただ、この蒸し暑さが、私をどこか、おかしくさせているんだろうか、自分でも分からなかった。
「本当は、血の繋がらない赤の他人ってわけないよね」
不安定な自分の心を誤魔化すように、私は軽やかに、全く何でもない風に言った。
紗耶香は、一瞬、真顔になり、それから、ふっと吹き出すように頬を緩め、
珍しくお腹を抱えるようにして大袈裟に笑った。
ひとしきり笑った後、
『急におもしろいこと言うから、お腹攣りそうになっちゃったよ』
と、脇腹を押さえながら紗耶香は言った。いつかの真希と同じように。
- 438 名前:わたげ 投稿日:2001年05月30日(水)23時36分15秒
- 「真希ちゃんと同じこと言うのね」
私は、手話をせず、ほとんど独り言のように言った。
自分の心の中にある何かが、少しずつずれて行くような気がした。
『なに?』
紗耶香は心持ち首を傾げたけれど、大して気にする素振りもなく、ゆっくりと視線を
真っ赤なサルビアに移した。
真希と同じことを言う。同じように笑いながら。
くすぶっていた疑惑の炎が再び熱をもち始めていることに、私は何となく気付いていた。
紗耶香は、ふと立ち上がると、いつものように水道にホースを繋ぎ、水を撒き始める。
私はぼんやりと、時折、姿を現す小さな虹を見つめていた。
いつもと変わらない穏やかな風景のはずなのに、今日はなぜだか、押し退けることの出来ない不穏な
モヤが、かかって見える。
北の空には、不気味なほど真っ黒な雷雲が姿を現し始めていた。
- 439 名前:わたげ 投稿日:2001年05月30日(水)23時36分52秒
- 「まだ疑ってたんだぁ」
微笑を含ませたその声に、私の体はビクッと反応した。
振り返ると、テーブルの上のさくらんぼをちょうどつまもうとしている真希の姿があった。
「盗み聞き?」
つとめて穏やかな口調で言ったつもりだったのに、私の声は、どこか意地悪く響いた。
「やだなぁ。聞き捨てならぬでごわす。たまたま聞こえてしまったのでごわす」
真希は、おどけて言うと床に足を投げ出して座った。
大人びた顔と、その言葉使いのギャップに私は思わず吹き出してしまった。
「いつの時代の人よ?」
「ねぇ、さくらんぼの蔓を舌で結べる人はエッチなんだって」
私の言葉など、まるで耳に入っていないかのように、真希は何やら口の中で、
もごもごと悪戦苦闘している。
「ふ〜、やっぱりダメだ。ずっと練習してるんだけどなぁ。ねぇ、やぐっつぁんは結べる?」
真希は、すっと立ち上がると、私にさくらんぼの入ったお皿を差し出した。
いつからか、真希は私のことを″やぐっつぁん″と呼ぶようになっていた。
この彼女独特な呼び方が、私はなぜだか嫌いではなかった。
- 440 名前:わたげ 投稿日:2001年05月30日(水)23時37分37秒
- 一つ受け取り、口の中へ入れると、私は真希と同じように、舌を懸命に動かしてみた。
なんとか結ぼうと、いい線までいくのに、最後の最後で蔓は元に戻ってしまう。
4〜5回挑戦した頃、ふと、外に視線を投げると、紗耶香は一人で黙々と庭の雑草を抜いていた。
途端に私は、バカバカしくなってしまった。
何をムキになって、私は、こんなバカげたことをしているんだろう。
急に冷静になり、蔓を口から出そうとした時だった。
「お姉ちゃんが信じられない?」
一転した低いトーンの口調。その声は、まるで何かを企んでいるような、
巧妙な罠を仕掛けるような、奇妙な明るさを含んでいた。
さくらんぼの蔓は、出口を見失い、虚しく私の口内にとどまった。
「紗耶香は、二人が赤の他人であることを否定した。本当の姉妹だよって。信じたい。
でも何か確証がない限り、どうしても私の心から疑惑の炎が消えることはないの・・って感じ?」
茶化すような、それでいて、どこか真剣めいた口調で、真希は私の気持ちを言い当てた。
動揺なんてするもんか、ひるんだりするもんか、そう心の中で私は何度も呟いていた。
「残念でした。不正解。そうやって、でたらめなこと言わないの!」
小さい子を諭すような穏やかな口調で——いっぽうでは自分自身を落ち着かせようと、
必死になりながら——私は言った。
でたらめ、と言われて真希はニヤリと笑った。
恐ろしく虚無的な表情をすることもあるのに、時には目がギラギラと光って、
妙に動物的な印象を私は、彼女から受けることがある。
- 441 名前:わたげ 投稿日:2001年05月30日(水)23時38分08秒
- 「そう?でも疑惑の姉妹っていう響き、なんだかワクワクしちゃうね」
しなやかな体を少し前かがみにして、真希は、ふふふと楽しそうに笑った。
ワクワクしちゃうね、真希のその言葉に私はゾクゾクした。
ひどい不安にかられ、私は、すがるように紗耶香の背中に再び視線を投げかけた。
しゃがみ込み、何やらスコップで土を掘り起こしている紗耶香の細い背中。
(紗耶香、信じていいんだよね?いいんだよね?)
そう何度も心の中で同じ言葉を繰り返していると、次第に言葉は意味をなさなくなり、
ついには、自分でも疑わしく思われてくる。
何も言ってくれない紗耶香の背中では、今のこの不快な動揺は、完全には拭い去られなかった。
「あっ、そういえば、さっきのやぐっつぁんの顔、なかなかセクスィーだったよ。
結べる人がエッチなんじゃなくて、結ぼうとしている顔がエッチっぽいのかねぇ」
真希は独り言のようにポツリと呟くと、ぴょんぴょん飛び跳ねるような足取りで、
リビングを後にした。
すっかり忘れていたさくらんぼの蔓を舌で探し当てると、苦くて嫌な味が、
口の中へじわーっと広がった。
夕立ちの前触れを感じたのか、鳥たちが一斉に低く飛びはじめていた。
- 442 名前:わたげ 投稿日:2001年05月30日(水)23時38分44秒
- —————
ベッドに入り眠りにつくまでの数分間が最近とても怖い。
暗闇の5分間は、1時間にも2時間にも感じられ、余計な考えが浮かんでは消えていく。
今の私にとっては、最も苦痛な時間だった。
ジージーとひっきりなしに鳴く煩わしい虫の声が、そんな私をまるで嘲笑っているようで
ますます憂鬱になる。
当たり前じゃん、確かに紗耶香は、そう言った。二人は姉妹だと。
けれど、その言葉で、私の心にかかったモヤが完全に晴れることはなかった。
紗耶香は以前、耳が聴こえないのは生まれつき、と私に言った。
でも、彼女は嘘をついていた。
紗耶香は、川で溺れた真希を助けようとして事故に遭い、聴覚を失った。
だから幼少の頃は、ちゃんと聴こえていたのだ。
それは、真希に負い目を感じさせまいとする紗耶香の優しさだということは、
じゅうぶん分かっている。
けれど、事実として、彼女は私に嘘をついたのだ。そして今でも、それをつき通している。
一度植え付けられた紗耶香への根深い不信感は、拭い去ることが出来ないまま、
こんな風に、何かちょっとしたキッカケで簡単に蘇ってしまう。
こんな時、すぐに電話して、その人の声を聴けたなら、どんなに救われることだろう。
紗耶香の声が聴きたい、今日ほど痛切に感じたことはなかった。
閉めきった部屋の中は、ひどく蒸し暑く、息苦しい。
- 443 名前:わたげ 投稿日:2001年05月30日(水)23時39分20秒
- 目の前にある何か重大な真実を見落としている。
小さな声が、心の奥から、私に向かって絶えず、そう囁き続けていた。
二人は本当に血の繋がった姉妹なんだろうか。
ひょっとして、二人の両親は再婚し、紗耶香と真希は連れ子同士ではないだろうか。
ふと、そんな思いがよぎった。
それとも、そんなこともすべてが嘘なんだろうか。
私は以前見たテレビ番組のことを思い出した。
同性同士のカップルは、今の日本では法律上、婚姻が認められない。
けれど、どちらかが一方の家に養子として縁組みされれば、形式上何の問題もなく
同じ戸籍に入ることができる。
確か、そんな内容だった。
つまり、紗耶香と真希は、姉妹うんぬん以前に、どこかで知り合い、お互い惹かれ合った。
けれど、二人は同性で、しかも未成年だ。
そこで二人は考え、真希が市井家に養子縁組みされることによって、何の問題もなく二人は、
同じ戸籍に入り、今までずっと一緒に暮らしてきたのではないだろうか。
急に、あの暗くて息苦しい地下室が鮮明に思い出され、私は、心の底から湧き上がる震えを
押さえることが出来なくなっていた。
ジージーと、まるで耳元で鳴いているように、虫の声が大きく感じる。
- 444 名前:わたげ 投稿日:2001年05月30日(水)23時39分56秒
- そんなことがあるだろうか。
思いついた、この突飛な考えを自分自身信じられないでいた。
いや、信じたくなかっただけなのかもしれない。
けれど、一度生まれた疑惑は、否定しようとすればするほど、その意思に反して、
勝手にふくれ上がっていく。
疑心暗鬼で歪み切った、今の自分の心が嫌だ。
(助けてよぅ、紗耶香)
紗耶香を信じたい。
皮肉にも真希の言う通り、何か確証的なものが、私はとても欲しかったのだ。
先走り過ぎたのかもしれない。
ひどい不安に駆られ、気持ちが追い込まれ過ぎていたのかもしれない。
だから本当に、私は、おかしくなってしまっていたのかもしれない。
それでも、わずかに残された自分を救う光の糸口に、私は必死にしがみつこうとしたんだ。
「戸籍謄本・・・・」
ほとんど無感覚になりながら、蒸し暑い暗闇の中、私は、そう呟いていた。
- 445 名前:作者です 投稿日:2001年05月30日(水)23時44分48秒
- 更新しました。矢口さんの暴走@。
>>435
今回の更新分との繋がり方が不自然で分かり難いかなと(内容もあまりパッとしなく)悩んでいたのですが、
そう言って頂けると載せて良かったと安心しました。ありがとうございます。
>>436 331さん
<寝たフリしよう・・・
市井は謎めいた感じにしたかったのですが、どうでしょうか?
難しいです・・・
- 446 名前:名無し読者 投稿日:2001年05月31日(木)01時54分27秒
- いや問題なく繋がってると思いますよ
矢口が必死になる動機として、あってよかったと僕は思いますが・・
何にせよ続き楽しみです
- 447 名前:名無し読者 投稿日:2001年05月31日(木)03時36分59秒
- 矢口は完全に大暴走ですね!!
紗耶香に対してそんな疑心暗鬼にならなくても・・・
まあ、それだけ紗耶香が好きっちゅうことなんだろうね。
しかし、暴走@ってゆうことはこの先も・・・(w
- 448 名前:わたげ 投稿日:2001年06月07日(木)22時40分45秒
- —————
日差しは強いけれど、湿度の低いカラリと気持ちよく晴れた朝だった。
こんな日は海へ行きたい。
何も考えずに、ただ、波に体を預けるようにして泳ぎたい。
ギラギラする太陽で、とても明るく透き通った海の中を。
泳いだ後は、海の家で、すだれ越しに潮風を感じながら、焼きトウモロコシ——醤油の焦げた
あの特有の香ばしい味が口の中いっぱいに広がるような——が食べたい。
隣では、紗耶香が満足気に、トウモロコシを頬張っていて、『もう一本食べたい』と
私の食べているトウモロコシをふざけて奪おうとする。
こういう時の紗耶香は、本当に子供みたいな顔になっていて・・・
- 449 名前:わたげ 投稿日:2001年06月07日(木)22時41分19秒
- けれど、私は今、そんな世界とは、全く掛け離れた場所に来ていた。
窮屈そうにきつくネクタイを締め、きっちりとした七三分けをした男性職員達と、
強すぎる冷房対策のためか、紺色の地味なカーディガンを羽織った女性職員達が、
忙しそうに仕事をこなしている——私は市役所に来ていた。
空調まで清掃が行き届いていないのか、何となく埃臭いような、カビ臭いような、
鼻に付く臭いが漂っていた。
一階ロビーを通り抜け、保険年金課と税務課を過ぎた、奥まった場所に、
目的の市民課はあった。
市役所なんて、どれくらいぶりに来ただろう。
久しく訪れていなかったことが、尚更私を不安にさせていた。
- 450 名前:わたげ 投稿日:2001年06月07日(木)22時42分36秒
- 待合席には先客が4人ほどいた。
背中を丸めてこじんまりと座る老夫婦のほかは、特にこれといった特徴のないサラリー
マン風のスーツを着た男性と、20代前半と思われる派手なチェック柄のミニスカートを
履いた女性——何やらイライラした様子で携帯電話を弄っている——がいた。
同じ街に住んでいながら、全く知らない人たちばかりだ。
そのことが、かえって私を落ち着かせたのか、この時、私は妙に冷静になっていた。
それに、きっとどこか、覚悟が出来ていたんだろう。
私は中央の丸いテーブルに置いてある薄い紙に、そっと手を伸ばした。
『戸籍謄本申請書』
はっきりと、そう記されている。
これを記入して提出すれば、すべての答えが出るのだ。
今までのモヤのかかった不透明な自分の心が、きっと、すっきりと晴れるに違いない。
私は、迷わずボールペンを強く握りしめた。
- 451 名前:わたげ 投稿日:2001年06月07日(木)22時44分11秒
- 筆頭者名、現住所と、そこまでは、すらすらと進んだペンが、申請者名の欄へ来て
突然ぱたりと止まってしまった。
私は、今、とんでもないことをしようとしているんだ。
紗耶香に成り済まし、文書を偽造し、情報を盗み取ろうとしている、という思いが
一瞬私の心をよぎり、自分自身が、とても怖くなった。
冷房が寒い程きき過ぎている中、いつの間にか、私の額には汗がにじんできていた。
けれど、このまま心の中で、ずっと紗耶香を疑ったまま、彼女に会うのは、とても辛い。
地下室の悪夢にうなされたことを思い出すと、みぞおちに重い痛みを感じた。
こんな風に悩むことに、私は、もう疲れてしまったんだ。
だから、はっきりさせたい。
こんな時、自分を救う光に、飛びつかない人間なんているだろうか。
今の私には、希望の可能性を振り捨てるだけの勇気がなかった。
- 452 名前:わたげ 投稿日:2001年06月07日(木)22時44分59秒
- いや、違う。
これは、紗耶香を信じるためなんだ。
紗耶香がこんな大事なことを嘘つくはずがない。
私を騙し、裏切るはずがない。
だから、それを証明するためなんだ。
一方では、そう心のどこかで言い訳の言葉を用意している自分がいた。
『市井紗耶香』
私は、一度深呼吸し、静かにペンを走らせた。
カウンターの脇に置かれている、ガーベラが冷房の寒さに耐えながら、
ひっそりと赤い花を咲かせていた。
- 453 名前:わたげ 投稿日:2001年06月07日(木)22時45分33秒
- それからの記憶は、どうもぼやけていて、はっきりと憶えていない。
ただ、私は、とてもおどおどし、ビクビクしていた。
受け付けカウンターの白髪混じりの中年の職員が、差し出された申請書を受け取ると、
一度、じろりと、私の顔を覗き込むようにして見上げた。
まるで私の嘘を見透かしているような視線が、胸をチクリと痛くさせる。
私は、ひどく動揺し、3秒と、彼の顔を見ることは出来なかった。
それからしばらくして、「市井さん」と、カウンターから3〜4回呼ばれ、
ようやく、私は、自分が呼ばれていることに気付き、慌てて立ち上がった。
きっと、今の私は挙動不審で怪しく映っているだろう。
上着を持ってくれば良かった、とても寒くて風邪を引きそうだ。
私は、こんな状況の中、そんな変なことを考えていた。
- 454 名前:わたげ 投稿日:2001年06月07日(木)22時46分21秒
- —————
来る時は雲一つない青空だったのに、見上げると、灰色の空に変わっていて、
太陽は顔を見せてはいなかった。
私は何となく行き場を失い、市役所の近くの公園に来ていた。
みんな、この暑さでプールにでも行っているんだろうか。
公園には、子供達の遊ぶ姿は、全く見られなかった。
私は、ぼんやりとブランコを漕ぎだした。
自ら作り出す風が、髪を心地よく撫でていく。
冷房なんかよりも、よっぽど涼しくて気持ちがいい。
あれだけ、執着していた一枚の紙切れに、私は目を通すことが出来ないでいた。
真実を知ることが、ここへ来て急に怖くなったのだ。
紗耶香を信じている一方で、私は、どうしようもなく、彼女を疑っていた。
もし、紗耶香と真希が本当の姉妹ではなかったら、赤の他人だったら、
そして、私がゆうべ考えていたことが真実だったとしたら、私は、一体どうなってしまうんだろう。
もう、今までのように、紗耶香と会う自信はなかった。
何より、私は、彼女に対して、憎しみを覚えてしまう気がして怖かった。
錆び付いたブランコの鎖が、ギーギーと耳障りな音を出す。
どうして悪いことばかり考えちゃうんだろう。
そうだ!紗耶香を信じるためにとった行動のはずだ。
私は、急いでブランコを止めた。
- 455 名前:わたげ 投稿日:2001年06月07日(木)22時46分57秒
- 四つ折りにされた紙を恐る恐る広げていく。
大丈夫、大丈夫、と、私は意味もなく自分に言い聞かせていた。
雲の切れ目から、再び太陽が現れたのか、急に目の前がパッと明るくなり、
白い紙に、真っ黒な私の影が浮かび上がった。
カラカラに渇いた喉に、無理やり一度、ゴクリとツバを飲み込む。
心臓は異常な程、早く動いていた。
まず目に入ったのは、筆頭者名——紗耶香の父親の名前だった。
そして、そのすぐ隣には、大きくバツ印の付けられた母親の名前。
やっぱり、母親は3年前に亡くなっていた。
けれど、驚いたことに、二人は離婚してはいなかったのだ。
子供には、離婚したと言いながら、本当は別居していただけだったようだ。
子供の将来のために籍は入れたままにしておいたんだろうか、ふと、そんなことを
思いながら、私は視線を徐々に左へ移していく。
全身が緊張していくのが分かった。
私は一度、目を瞑り、本当に怖くてドキドキしながら——まるで合格発表の掲示板を見
るように——ゆっくりと瞼を開いていった。
- 456 名前:わたげ 投稿日:2001年06月07日(木)22時47分47秒
- パッと紗耶香という文字が目に入った。
そして、すぐ左には、真希という文字が、間違いなく、はっきりと書かれてあった。
養子ではなく、実子だった。二人は紛れもなく血の繋がった姉妹だったのだ。
一気に全身の緊張が解け、私は、ぐったりとブランコに、もたれるようにして座り込んだ。
「よかったぁ」
思わず、口から言葉がこぼれていた。
紗耶香も真希も、嘘なんてついてなかったんだ。
本当の姉妹だから、私が言った、あんな突拍子もない言葉に、あれほど大袈裟に笑っていたんだ。
それなのに、私はバカみたいに、ずっと疑い、独りで悩んでいた。
自分自身に対し、私は苦笑してしまった。けれど、どこか清々しい苦笑。
空には、本格的に姿を現し始めた太陽が、ギラギラと輝いていた。
私は心から安心した。
ザーっと音を立てて引いていく波のように、私の心にかかっていたモヤは
嘘のように消えてなくなろうとしていた。
けれど、同時に、取りかえしのつかない、後ろめたさのようなものを感じ、
私は、その紙をもう一度、折りたたみ、封印するようにして、バッグの奥の方へ仕舞い込んだ。
このことは、誰にも知られてはいけない秘密。本能的に私は、そう感じていた。
紗耶香に今すぐにでも会いたい、とてつもなく強い想いに、この時、私の体は支配されていた。
- 457 名前:わたげ 投稿日:2001年06月07日(木)22時48分37秒
- —————
なんだか今日は、よく喋るね、と、紗耶香は優しげな目で笑った。
風通しの良い紗耶香の家は、真夏にも関わらず、まるでクーラーの必要なんてないくらい
心地よく、風に鳴る窓の風鈴は、今日もその部屋をより一層涼やかにしていた。
「そうかな?矢口って普段は、そんなに無口に見える?」
確かに今日の私は、いつも以上によく喋っている。
学校の補習のこと、この前買った洋服が大きすぎて失敗したこと、髪型を変えようか迷って
いること、そんな他愛のないことをずっと一人で喋り続けている。
そう、自覚していながらも、私は、とぼけて紗耶香に訊いた。
『いや、そうは思わないけど、何かいいことでもあったのかなって思って』
ウーロン茶の入ったグラスの、底の方に沈んだ氷を、うまく口に含み、
バリッバリッと軽快な音を立てながら、紗耶香はにこやかに言った。
- 458 名前:わたげ 投稿日:2001年06月07日(木)22時49分14秒
- 「いいこと?うーん、あるといえば、あったかなぁ」
私の心は晴れていた。
久しぶりにこんなに、清々しい気持ちで紗耶香と話しているような気がした。
だから、今までの分も埋めるように、少しでも、紗耶香と多く話したかったのだ。
けれど、一方では、紗耶香に対する後ろめたさを誤魔化そうとして、喋り続けている自分にも
気付いていた。
『何?いいことって』
紗耶香は心持ち首を傾げながら訊く。
私も紗耶香と同じように、氷を一つ口に含み答えた。
「紗耶香と、こうして話していること」
自分で言っておきながら、顔が熱くなっていくのを感じていた。
『なんだ、それ?』
紗耶香は少し照れ臭そうに笑った。
- 459 名前:わたげ 投稿日:2001年06月07日(木)22時50分11秒
- 私は、今、とても幸せだよ、紗耶香。
私の中に久しく忘れかけていた感情が蘇ってきた。
それが暖かく体の中へ広がってくる。
そうだ、私は、ずっと今まで、こうして穏やかな気持ちで紗耶香と話がしたかったんだ。
今までの分も取り戻すように、私は、紗耶香との時間を大切にしたい。
「矢口は、紗耶香と一緒にいる時間が、一番楽しいよ」
だから、私は素直になるんだ。
紗耶香は、ぷっと、吹き出し、今日の矢口は、やっぱり変だ、と笑った。
「なんでだよぉ!紗耶香は、私と一緒にいても楽しくないの?」
口ごたえする子供のように、自分のほっぺたが膨らんでいくのが分かった。
『楽しいよ、小さい子と遊んでるみたいでね』
ちょっとバカにするように、それでいて愛情に溢れたような顔で、そう言うと、
紗耶香は、私のほっぺたをつんつんと、軽く突付き、庭へ出て行った。
「紗耶香、好きだよ」
夕方の空気に紛れ込む紗耶香の後ろ姿に向かって、私は、そう囁いていた。
微かに聴こえてくる波の音は、一日の終りを告げるように、とても静かで穏やかだった。
- 460 名前:作者です 投稿日:2001年06月07日(木)22時55分54秒
- 更新が遅れてしまい、すみません。
書き始めた当初の予定では、5月中に終わっているはずだったのですが、大分長くなってしまいました。
>>446
やっぱり書いておいて良かったと安心できました、ありがとうございます。
更新が大分遅れてしまい、申し訳ないです。
出来るだけ早く更新できるように気合い入れます。
>>447
ありがとうございます。
矢口の疑心暗鬼は異常過ぎたかもしれない・・・
ただ、おっしゃる通り、好きだからこそ疑ってしまう心理が少しでも
伝わって頂ければ嬉しいです。
矢口の暴走Aは以上です(w
- 461 名前:名無し読者 投稿日:2001年06月08日(金)00時23分02秒
- ほぉ〜・・・
なんかますます先が読めなくなってきた感じです。
今後どうなっていくか楽しみです。作者さんファイト〜〜
- 462 名前:名無し読者 投稿日:2001年06月08日(金)03時36分06秒
- 本当の姉妹だったんですね。
なんか少しホッとしたような・・・
それにしても、矢口が戸籍謄本を見るシーンはこっちまでドキドキしましたよ!!(w
- 463 名前:わたげ 投稿日:2001年06月10日(日)19時41分39秒
- —————
飼っていた犬、シェリーが死んだ。午後1時頃。
今年一番の暑さが記録された、8月中旬のことだった。
最期は、口から泡を吐き、少しうめき声を上げた。
喉の所を優しく撫でてあげたけれど、目が霞んできてしまい、たまらなくなって、
私は、部屋へ上がってきてしまった。
その後、すぐに息が絶えてしまったらしい。
- 464 名前:わたげ 投稿日:2001年06月10日(日)19時42分13秒
- おととしの3月に生まれ、5月頃だったか、母と二人で人間よりも高い運賃を払い、運んできた。
小さなカゴに入っていたシェリーは、ホームでクンクン鳴き出したけれど、
私が、カゴを揺すってやると、大人しく鳴き止んだ。
最初の日は、玄関に藁を敷いて寝かせ、まだ本当に小さい犬だった。
それが、いつの間にか、大人でも持ち上げることが出来ない位、大きくなっていた。
いくら遅く帰った日でも、私が小屋の脇を通れば、撫でてもらいたくて、寝ていたところを
起き上がり、金網に身を寄せてきたものだった。
元気な頃は、私が一歩、小屋に入ると、もう立ち上がり、私の首の辺りの所まで手をやり、
暴れたりもした。
それが自分自身では、四つん這いにもなれない位に弱ってしまった今日、シェリーは旅立った。
少し経って、涙もおさまった今、私は、シェリーはまだ生き返ってくるんじゃないかという変な気持ち
になっていた。
生きているものは、いつかは、こうなってしまうのが自然なことかもしれないけれど、
自分が愛しているものが、こうなることは、とても辛くて悲しい。
- 465 名前:わたげ 投稿日:2001年06月10日(日)19時42分50秒
- 紗耶香は何も言わず、ただ黙って、ずっと傍にいてくれた。
太陽が半分だけ海に隠れ、オレンジ色に眩しく染まる波は、穏やかな律動を繰り返している。
「まだ信じられないよ・・・シェリーは、またどこへ行っても可愛がられるよね?」
声が詰まってしまい、最後まで、はっきりとは言えなかった。
やわらかい潮風が、そっと私の髪を撫でていく。
『シェリーは、どこへも行ってないよ』
紗耶香は、ずっと遠くの方の三角波を見つめたまま、とても静かな横顔をしていた。
「どこへも?」
私は訊き返した。あまり泣いてばかりいたので、目玉が痛く感じる。
『そう、どこへも行ってないよ。前にね、本で読んだことがあるんだぁ。
人の死ってね、その人が単に眼に見える世界から、見えない世界へ姿を移すだけのことなんだって。
例えば、薄い白いカーテンの向こう側に行くだけのこと。
眼にこそ見えないけれど、その人は厳として、そこに生きてる。
私たちが見聞きすることの代わりに、思い出すっていう方法を採れば、
いつでも、永遠に、その人に会うことが出来るって書いてあった。
だから、シェリーも、どこへも行ってなくて、ずっと矢口の傍にいるよ。
私のお母さんも、ずっと傍にいてくれて、思い出すと今でも、すぐ目の前に現われてくれるんだ』
そう言って、紗耶香は私を慰めた。
紗耶香の言葉の中に、まるで殉教者のような強さと美しさを感じ、私は、ただ、黙って頷いた。
- 466 名前:わたげ 投稿日:2001年06月10日(日)19時43分54秒
- 紗耶香も、こうやって母親の死を乗り越えてきたんだろうか。
そんな紗耶香の強くて綺麗な横顔を見ていたら、一度おさまっていたはずの涙が、
何故だか急に溢れてきて、そして一旦溢れ出すと、もうどうすることも出来なくて、
私は小さな子供のように、声を上げて泣き出してしまった。
「どうしたんだろう、私・・急に・・・ごめっ・・んね・・紗耶香」
とても息が苦しく、恥ずかしいほど私の体は震えていた。
尚も吹き続ける潮風に、目のまわりがヒリヒリと、しみるように痛んだ。
『泣いてもいいんだよ。全然恥ずかしいことじゃないから』
涙で目が霞み、はっきりとは見えなかったけれど、紗耶香はそう言うと
そっと私の頭を肩に抱き寄せてくれた。
とても温かい紗耶香の体温。
私はもう我慢することなく、紗耶香に体を預ける様にして、思いきり涙を流した。
紗耶香の前で泣いてしまうのは、もう何回目だろう。
私は紗耶香の前だと、とっても弱くて醜い人間になってしまう。
こんなに華奢な肩なのに、この時、不思議なことに、紗耶香がとても大きな人に感じた。
いや、人とかではなく、まるで海に浮かんでいるような、草原に寝転んでいるような、
安心した心地よさを私は感じていた。
- 467 名前:わたげ 投稿日:2001年06月10日(日)19時45分03秒
- どれくらい、こうしていただろう。
ずいぶん長い時間、透明な波の音色を耳にしていたような気がする。
私は大分落ち着きを取り戻し、紗耶香に寄りかかっていた体を起こした。
そして、改めて紗耶香の横顔を見つめた。とても潔い美しさだった。
紗耶香は私の視線に気付いたのか、静かに私を見返した。
恐ろしいほど澄んだ瞳に、微かに涙が走っているのが見える。
ハッとした。とても信じられなかった。紗耶香の涙を、この時、私は初めて見たのだ。
(私のために一緒に泣いていてくれたの?)
「どうして?」
ひどく混乱していて、私の指は、うまく動かなかった。
紗耶香は一瞬困った顔をして、
『よく分からないけど、矢口が悲しんでるのかなって思ったら、市井も急に悲しくなった』
と言って、それからにっこりと笑った。
笑ったその瞳からは、ぽろりと涙が一筋こぼれた。
私は何か、胸のしめつけられるような思いがして、たまらなくなり思わず俯いてしまった。
- 468 名前:わたげ 投稿日:2001年06月10日(日)19時46分55秒
- そして次の瞬間、紗耶香は私の涙を細い指で拭うと、そっと私の唇に口づけをした。
一瞬、何が起こったのか分からなくなった。
けれど、確かに私の唇には、やわらかな感触とあたたかい温もりが残っていた。
紗耶香の家に泊まった、あの晩に感じたものと同じ感覚。
驚いて、私は紗耶香の方を見た。
『シェリーがね、私に今、乗り移ったの』
紗耶香はカラリと言い、優しげに微笑んだ。
既に止まってしまっていた私の思考回路からは、何も言葉は生まれてこなく、
私は、ただ、口をぽかんと開けたまま、固まってしまった。
まるで、耳に海水が入ってしまったかのように、波の音は遠のいて、
自分の体で鳴っている呼吸や、激しい脈拍の音しか聞こえなくなっていた。
- 469 名前:わたげ 投稿日:2001年06月10日(日)19時47分50秒
- 私が何もリアクションを取れないでいたからだろうか、しばらくの沈黙の後、
紗耶香は一瞬、心配そうに私を見つめた。
『嘘だよ。ほんとは、泣いてる矢口が、とても綺麗だったから』
そう言って、いたずらっぽく笑った。
近くの電柱で、カナカナと鳴き始めたひぐらしゼミの声で、私の遠退いていた意識が
ようやく戻ってくると、体の奥の方から突き上げてくる感情に、私の胸は耐え切れない程、
熱くなっていた。
うぬぼれかもしれないけれど、この時、紗耶香も私と同じ気持ちでいてくれているような、
そんな気がした。
太陽は、いつの間にか、その姿をほとんど海に隠し、東の空には、ぼんやりと
星が幾つか涼しげに輝きはじめていた。
全く途切れない波の音のように、今のこの気持ちが永遠に変わることはないと、
この時、私は紗耶香の静かな横顔を見つめながら、そう信じていた。
- 470 名前:作者です 投稿日:2001年06月10日(日)19時51分52秒
- 更新しました。
>>461
ありがとうございます。
話も大分終わりに近付いてきてるので、あと少しお付き合い頂けるとうれしいです。
今後は、ちょっと早い展開になってしまうかもしれないです。
更新の方もなるべく早く出来るように頑張ります。
>>462
緊迫したシーンとかは、とりわけ書くのが苦手なんですが、ドキドキしていただいたことは
こちらとしては、すごく嬉しいお言葉です。
ありがとうございます。
- 471 名前:名無し読者 投稿日:2001年06月10日(日)21時55分42秒
- しずかな、おだやかなシーンのはずなのに胸騒ぎが止まらない…
- 472 名前:名無し読者 投稿日:2001年06月11日(月)04時46分48秒
- 二人の世界がずっとこうしてゆっくりと流れ続けて欲しいと思えてくるシーンでした。
- 473 名前:名無し読者 投稿日:2001年06月11日(月)20時59分51秒
- シェリー・・よく知らないのにやたら悲しい・・・・
しかしなんか物語のこの静けさが逆に怖いっすねぇ・・
- 474 名前:名無し読者 投稿日:2001年06月11日(月)22時54分45秒
- 素晴らしい!以上!!
- 475 名前:名無し読者 投稿日:2001年06月12日(火)01時32分36秒
- 矢口のやったことがばれない事を祈りたい。
それでもなおかつ、後藤が気になるんだよねぇ。。。
でも、姉妹だったんだよね・・・そうか・・・ちょっとがっかり(笑)
- 476 名前:わたげ 投稿日:2001年06月22日(金)19時26分57秒
- —————
3年ぶりに浴衣を着た。
中学3年の夏休みに、圭織と夏祭りに行った以来、浴衣なんて着ることはなかった。
近くの神社で毎年恒例として行なわれるこの盆踊りに、高校に入学してからは、
一度も行っていなかった。
その昔、海岸地方が干ばつに見まわれた際、人見御供として、『シマ』というひとりの
少女が身投げをし、干ばつから住民を救った。
数日後、『シマ』の遺体が海岸に打ち上げられて以来、旧暦の7月19日(現8月20日)に
少女の霊を慰め、また五穀豊穣を祈願するために、年中行事として伝承されているそうだ。
幼い頃、祖母にそんな話を聞いたことを思い出した。
- 477 名前:わたげ 投稿日:2001年06月22日(金)19時27分40秒
- 昨日突然、紗耶香は『盆踊りへ行かない?』と、私を誘った。
本当は夕方から予備校の夏期講習会が入っていたけれど、
それでも、私は「行く」と、即答していた。
やっぱり、どんな場合でも、どんな条件の下でも、私を誘ってくれ必要としてくれることは、
とてもうれしい。
たとえ、どんな無理を言われたとしても、それが無理なら無理なほどうれしい。
この気持ちは、恋をしている者にしか分からないのかもしれない。
とにかく私は浮かれていた。
大きな花の模様の黄色地の浴衣に袖を通すと、なんとなく大人になったような不思議な
気持ちになった。
普段履き慣れないゲタが少し歩き難く感じる。
- 478 名前:わたげ 投稿日:2001年06月22日(金)19時28分12秒
- 待ち合わせの公園へ早く着きすぎた私は、手持ち無沙汰を感じ、なんとなくブランコに
座り少しこいでみた。
そういえば、市役所へ行った帰りも、こんな風にブランコをこいでいたっけ。
けれど、あの時とは違う。今は、愛しく想う人を待っているのだ。
シェリーが死んだあの日、海岸で紗耶香は私に口づけをした。
結局のところ、悲しみに沈んでいた私を慰めようとしてとった行動なのか、それとも
私が彼女に抱いているものと同じような感情からとった行動なのかは、私には分からない。
けれど、私の唇には確実に、あたたかいぬくもりが残っている。
私は、そっと唇に指を触れてみた。
離れていても、こうして彼女のことを感じられるのは、どんなに幸せなことだろう。
ところどころ点き始めた街灯が、住宅地に一日の終わりを告げると、和やかな風に乗って、
遠くの神社からは、賑々しい御囃子(おはやし)の音色が聞こえはじめていた。
- 479 名前:わたげ 投稿日:2001年06月22日(金)19時30分34秒
- 『ごめん、お待たせ』
うちわと朝顔の柄がクラシカルな雰囲気の浴衣に濃紺の帯をしめる紗耶香は、本当に綺麗で、
ひどく大人っぽく、私はしばらく言葉を失ってしまった。
「紗耶香きれい」
たっぷり時間をとったわりに、私の口から出てきたのは、小学生のような単純な言葉だった。
紗耶香は少し照れ笑いをし、頭を掻くような仕草をした。
「やぐっつぁんだって可愛いよ」
紗耶香の後ろから顔をひょっこり出し、真希は嫌味のない声で言った。
赤地に丸文と跳び回るトンボ柄が愛らしい浴衣に、サクラの花をあしらった赤い帯。
それは、とても若々しく少女っぽくて紗耶香とは対照的な魅力を醸し出していた。
(そりゃあ、真希だって来るよね・・・)
紗耶香と二人っきりではないことに、ほんの少し落胆は感じたけれど、決して嫌ではなかった。
この頃、真希は私にも、なつくようになり、私自身も今までの気持ちが嘘のように、
彼女を本当の妹のように愛しく思うことがある。
ふたりが本当の姉妹だと知り、妙な偏見が私の中から取り払われたからだろうか、
それとも私に対する真希の警戒心が取れたからだろうか、とにかく最近、よく三人で過ごすことが
多くなっていた。
- 480 名前:わたげ 投稿日:2001年06月22日(金)19時31分27秒
- 青葉が生い茂る木々には商店街の名前の入ったちょうちんがぶら下がり、
境内のずっと奥の方まで、長い2本の光の線を作り出している。
ちょっとした雑誌にも紹介されるほど、由緒のあるお祭りのせいか、境内は人ごみで
あふれかえっていた。
中央の3mは高さのある矢倉の上で、木製の能面を被り、古来の装束をつけた舞い手が
太鼓、笛、鈴の御囃子に合わせ舞う姿は、とても幻想的なものだった。
矢倉の周りには幾重にも踊りの輪が作られていて、これだけの人数が少しもずれることなく
踊る姿は華やかさを通り越し、感動すら覚える。
『すごい人だね』
私の目線に合わせ、少し背を屈ませながら、紗耶香は楽しそうに微笑んだ。
「うん。昔はこんなにたくさんいなかったんだけど、いろいろ雑誌にも載ったみたいだし、
2年前からお祭りの終わりには、打ち上げ花火がされるようになったから、
それで人が増えたのかも」
ふうんと、紗耶香は納得したような顔をした。
「ねぇねぇ、あっちで何か買おうよ」
真希は、間に割り込むように顔を出し、境内の脇に軒を並べる夜店を指差した。
- 481 名前:わたげ 投稿日:2001年06月22日(金)19時32分06秒
- かき氷、たこ焼き、焼きそば、綿菓子、といった数々の食べ物屋が並び、それに加えて
射的や金魚すくい、と細い道の両脇には既に人の塊が出来上がっていた。
「ねぇ、お姉ちゃん、かき氷買って」
『氷』ののれんが垂れ下がる店先で、真希は立ち止まり紗耶香の袖を掴んだ。
ゴーというかき氷機の音が、場違いなほどけたたましく鳴っている。
「いいこと思いついた!みんな、浴衣の色のかき氷を食べるの。
お姉ちゃんはブルーハワイ、やぐっつぁんはレモン味、で、私がイチゴ味。
ねっ!いい考えでしょ?」
良いのか悪いのか良く分からない論理を真希は自信たっぷりに言うので、
私は、なんだか可笑しくなってしまった。
- 482 名前:わたげ 投稿日:2001年06月22日(金)19時32分45秒
- 私たちは人ごみから少し離れた楢の木の下の石段に腰をおろした。
樹齢何百年もの大きな木が公園の木立のように美しく見える。
さすがに業務用のかき氷機で削っただけあって、家で食べるそれよりも、
全然氷が細かくて、まるで粉雪のようなふわふわとした柔らかさが目からも伝わってくる。
ひとくち口に入れると、頭にキーンとくるような冷たさが、人ごみで汗ばんだ体を
ひんやりと冷やしてくれた。
「お姉ちゃんのちょっとひとくちちょうだい」
真希は言うなり、紗耶香の食べかけのブルーハワイに透明なプラスティックのスプーンを入れた。
「うん、おいしい」
満面の笑みを浮かべると、今度は私の顔色を少し窺うようにして、
「やぐっつぁんのも、ちょっこっとだけちょうだい」
と、子犬のような人なつっこい目で言った。
いいよ、と差し出してあげると、真希は、うーん、レモンもおいしいねぇ、とスプーンを
くわえながら満足げに微笑んだ。
その微笑みには微塵も邪気がなく、何よりも透明で、私の目には純粋で可愛らしい少女に映った。
『何がいい考えだか。結局、全種類食べたかっただけじゃん』
紗耶香は呆れながらも、目をほころばせ、真希の頭をポンと叩いた。
エヘヘと鼻に抜ける、それでいてカラリと明るい声で真希は笑う。
笛太鼓のリズムは軽快でテンポが速く、音色は高く弾み、かけ声と共に繰り返し演奏されていた。
- 483 名前:わたげ 投稿日:2001年06月22日(金)19時33分38秒
- 真希は本当によく食べる。
たこ焼き、フランクフルト、そして真っ赤なリンゴあめ。
一体どんなに消化の早い胃袋を持っているんだろう。
それでも、真希は本当に珍しいものでも見るかのように、目を輝かせながら、
一軒一軒夜店の人垣を覗き込むように歩いていく。
「ねぇ、お姉ちゃん、綿菓子が食べたい」
『もうダメだよ。太るよ?』
「いいんだもん、成長期だから」
『ダメ。これ以上食べたらお腹壊すよ』
「けち」
真希は、ぷくっと頬をふくらますと、紗耶香にあっかんべをした。
「私が買ってあげようか?」
たまらず私がそう言うと、真希はふっと頬をゆるめ、にっこりと笑い、うんうんと私の腕に
しがみついてきた。本当に子犬みたいに。
『ダメだってば、矢口。甘やかしちゃ』
紗耶香は、ばつの悪い顔をしたけれど、私は、ついうれしくなってしまう。
なぜだか、この時、私たち三人がずっと昔から知ってる親友のように、そして姉妹のように感じ、
どこか懐かしい穏やかな幸せの中で私の心は満たされていたのだ。
それは、仲間意識とか友情以上の相手に対する愛着といったものを超えたものだった。
けれど、その一方で私の心の奥底には、紗耶香と二人っきりになりたいという微熱めいた
想いもあった。
- 484 名前:わたげ 投稿日:2001年06月22日(金)19時34分44秒
- 「あ〜、金魚すくいだぁ」
真希は綿菓子を右手に持ったまま、はだか電球が、柔らかいオレンジ色に照らす水槽に
駆け寄っていった。
なんだか、さっきから私と紗耶香は、真希に振り回されっぱなしだ。
それでも彼女が自分勝手に映らなく、周りを不愉快にもさせないのは、真希特有の純粋さや
無邪気さのためだろうか。
それが、彼女の特異な才能なのかもしれない。
そして、どこかで私は、その才能に嫉妬していた。
「お姉ちゃん、お願い!」
水槽の前にしゃがみ込んでいた真希が両手を顔の前で合わせ、上目遣いで紗耶香に哀願する。
紗耶香は、しょうがないなぁという顔をしながなも——もし彼女が喋れたなら、きっと不機嫌そうな
声を出し——とても愛しいといった目で真希を見つめながら小銭を取り出した。
ごった返す人の群れに、ふたりと私がはぐれてしましそうな、そんな感覚になり、
私は慌てて水槽に近付いた。
- 485 名前:わたげ 投稿日:2001年06月22日(金)19時35分54秒
- 赤やオレンジ色の小ぶりの金魚、そして真っ黒な出目金がブルーの底にくっきりと浮かび上がり、
まるで紗耶香の絵の具の色のように、とても鮮やかだった。
時折浸入してくる異物をうまくかわしながら、金魚は入れ代わり立ち代わり
水面に浮かびあがっては、口をパクパクさせる。
「お姉ちゃん、手つきがいいねぇ」
褐色に日焼けした顔に深い皺を刻んだ、人の良さそうな店のおじさんが真希に声をかける。
真希は、そんな声も耳に届いていないくらい真剣な顔つきで、狭い水槽を泳ぎ回る金魚から
目を離さなかった。
「ねぇ、紗耶香、ちょっと歩かない?」
真希の後ろに立ち、腕組みをしながら水槽を覗き込んでいた紗耶香に、私は声をかけた。
紗耶香が、うん、と頷いてくれたので、私は真希の肩をとんとん、と軽く叩き
「ちょっと、紗耶香と向こうの方見てくるね」
と、周囲の喧騒に負けじと、大きめの声を出した。
「うん、分かった」
真希は夢中になっていて、視線を水槽に向けたまま返事をした。
- 486 名前:わたげ 投稿日:2001年06月22日(金)19時36分49秒
- 紗耶香とふたりで再び矢倉の方へ向かって歩いた。
盆踊りの輪が近付くにつれ、人ごみは激しさを増し、すれ違いざまに肩がぶつかって
よろめいたりする。
背の低い私は、余計に圧迫感を感じ、群集に対して少し恐怖を覚えた。
紗耶香は、そんな私に気付いたのか、はぐれないように、そっと手をつないでくれた。
とたんに私の体の中には、何かあたたかいものが流れ、それが全身に心地よく行き渡ると、
嘘のように恐怖感は消え去っていた。紗耶香の手には、私を安心させる不思議な力がある。
太鼓浮立もいよいよ佳境に入ったらしく、笛、太鼓を打ち鳴らす様は、まさに浮立合戦さな
がらの様相を呈し、矢倉では、おどろおどろしいお面をつけた獅子が激しく舞を舞っていた。
暗闇に浮かび上がるその様は、不気味でもあるけれど、古式ゆかしい神事は、どこか幻想的で
太鼓の軽快なリズムは、体の中にまで強く振動を伝えていた。
- 487 名前:わたげ 投稿日:2001年06月22日(金)19時37分46秒
- 踊りの輪から少し離れた石段に寄りかかると、ひんやりとした石の壁が浴衣越しに
気持ちよく感じた。
「なんか、あのお面怖いね。夢に出てきそう」
私は少し首をすくめて言った。
『うん。でも中に入ってるおじさんは、すごく優しい顔してるよ』
「どうして分かるの?」
『さっき、ちらっと見えたよ』
「えっ!ほんとに?」
この距離から見えるってことは、そうとう顔が出てしまったんだろうか。
『うそだよ。ここから見えるわけないよ』
紗耶香は肩を震わせながら、くすくすと笑った。
「なんだよぉ、信じちゃったじゃんか!」
私は頬をふくらませながらも、全身に湧き上がるうれしさで、たまらなくなっていた。
この喧騒の中、手話で会話する私たちには、ふたりだけの世界があった。
どんな五月蝿さや騒がしさも邪魔できないふたりだけの世界。
隣りで矢倉の舞を見つめる紗耶香の横顔を、そっと盗み見た。
その目があまりにも優しくて寛大だったので、私の中には静かに欲望が渦巻き始めた。
ずっとこの世界に浸っていたい。
しばらくこのまま、ふたりっきりの世界にいたい。
紗耶香とふたりで・・・
そして、私はあることを思いついた。
- 488 名前:作者です 投稿日:2001年06月22日(金)19時44分06秒
- かなり更新遅れてしまいました。本当にすみません。
無理やりですけど「もうひとつの三人祭り」前編です。
後編はたぶん明日更新できると思います。
>>471
ありがとうございます。
嵐の前の静けさ・・・
終わりが近づいてきているので、是非最後まで読んでいただけると嬉しいです。
>>472
ありがとうございます。
海のシーンは悲しい中にも、穏やかな温かさを表現したかったので
そう感じて頂けると本当にうれしいです。
>>473
矢口の悲しみを感じてとって頂けたようで、ありがたいです。
平穏とか日常の中の恐怖みたいなものを実はいちばん書きたかったので(全然描けてないですけど)
本当に嬉しいお言葉です。ありがとうございます。
>>474
ありがとう!!カッコイイ!!
>>475
ありがとうございます。
後藤の存在は今後いろんな意味で影響大になっていく予定です。
ご期待に応えられるか分からないですけどがんばります。
- 489 名前:名無し読者 投稿日:2001年06月23日(土)00時44分50秒
- 思いついた事ってなななんだぁ!
ところで三人祭りと聞くとボンと浮かぶもんがありますね(w
加護の位置にちゃむが入ったら凄いビジュアルだったろうに・・(ブツブツ
明日を楽しみに待ってます。
- 490 名前:名無し読者 投稿日:2001年06月23日(土)01時40分28秒
- いちごの氷が無性に食べたくなった(笑)
にしても・・・。矢口・・いったいなにを・・・。
- 491 名前:名無し読者 投稿日:2001年06月23日(土)04時09分27秒
- 矢口がまた暴走しなければいいのですが・・・(w
それにしても、後藤の変わりっぷりが逆に少し怖いですね〜。
- 492 名前:わたげ 投稿日:2001年06月23日(土)22時52分43秒
- ねぇ、紗耶香、私はそう言って紗耶香の肩にそっと手を触れた。
「ちょっと人酔いしちゃったみたい」
予想以上にくぐもった私の声。
『大丈夫?』
紗耶香は本当に心配そうな顔をして、私の肩に手をかけた。何の疑いもせず。
「うん、大丈夫。静かな所で少し休めば、すぐ治ると思うから。あっ、そうだ、海へ行かない?
少し風に当たりたい」
言いながら胸が少し痛んだ。
不気味な能面の舞は、けたたましい笛太鼓の音と共に、更に激しさを増していった。
『じゃあ、真希を呼んでくるから、ちょっと待ってて』
それは困る。それじゃ意味がない、そう思った。
「あっ、いいよ、矢口が行ってくる。紗耶香はここで待ってて」
咄嗟に出た言葉は、よくよく考えると、ものすごく矛盾していて自分でも少し焦りを
感じたけれど、紗耶香は私の勢いに圧倒されたのか、それ以上、何も言ってはこなかった。
- 493 名前:わたげ 投稿日:2001年06月23日(土)22時53分58秒
- —————
真希は、まだ水槽の前にしゃがみ込んでいた。
襟足の後れ毛が、妙に色っぽく、女性らしい後ろ姿。
「どう?とれた?」
「ううん、さっき、とれそうだったんだけど・・・あっ」
突然破れて穴の開いてしまった網を真希は呆然と見つめた。
オレンジ色の裸電球の周りには、小さな羽虫が吸い寄せられるように飛んでいる。
「あれ?お姉ちゃんは?」
真希は、ようやく視線を私に移すと、急に心もとない顔になった。
「うん・・向こうで休んでる」
私は適当に社の方を指差した。
真希が何かを言おうと、口を少し開きかけたので、私はそれを制するように
急いで言葉を発していた。
「ねぇ、金魚すくい、もっとやりたくない?」
私の不自然な質問に、真希はきょとんとした顔でしばらく私を見つめ、
それからコクリと一度頷いた。
別に真希が嫌いなわけじゃない。むしろ最近は愛おしい妹のように感じている。
けれど、少しだけ、紗耶香とふたりっきりになりたかった。ほんの少しだけ。
- 494 名前:わたげ 投稿日:2001年06月23日(土)22時54分39秒
- 「紗耶香には内緒だよ」
そう言って、私は真希に千円札を渡した。
私は、この時ほど、お金が汚く思えたことはなかった。
「え!?いいの?」
「今度はとれるといいね。楢の木の辺りにいるから」
「うん。ありがとう、やぐっつぁん」
透き通った瞳を更に輝かせ、真希はにっこりと微笑んだ。
その真希の顔を見た途端、胸がしわしわと軋むのが分かった。
透き通った真希の瞳に、乾いて荒涼とした私の心が、まざまざと映し出されたのだ。
太鼓の音が急に大きく聞こえ、みぞおちに重い振動をもたらすと、本当に気分が悪くなっ
てきたような気がした。
ほんのちょっとの時間だけ。
こうすれば、誰も不都合はないんだ。
真希だって、楽しい時間を過ごせるはずなんだ。
別に悪いことをしているわけじゃない。
私は、その言葉にしがみついた。
- 495 名前:わたげ 投稿日:2001年06月23日(土)22時55分31秒
- —————
あれだけ激しく聞こえていた笛太鼓の音色は、はるか遠くに聞こえ、群集のざわめきの代わ
りに聞こえてくるのは、何の感情も持たない律動する低い波の音だった。
『大丈夫?』
いつもの石段のいつもと同じ位置に腰をかけ、紗耶香は私の顔を覗き込み、
心配そうに眉を少し持ち上げた。
「うん、大丈夫」
大丈夫。心の中で私は反芻した。
それは体調のことではなく、私のとったこの計画が。
紗耶香には、真希はまだ金魚すくいをやっているから、終わったらこの海岸に来る、と、
嘘の伝言をしておいた。
真希の性格からして、きっと時間が経つのも忘れて金魚すくいに夢中になっているに違いない。
だから、しばらくして、紗耶香に神社へ戻ろうと促せば、誰にも何も気付かれずに
すべてうまくいくんだ。
これで、しばらく紗耶香とふたりっきりになれる・・・
私は、とても冷静だった。
- 496 名前:わたげ 投稿日:2001年06月23日(土)22時56分10秒
- 紗耶香には、いっぱい聞きたいことがあった。
いっぱい話したいことがあった。
ふたりでいる時じゃないと話せないこと。
真希の前では、決して話せないこと。
あの日、口づけをしたこと。
もしかしたら、私は少し焦っていたのかもしれない。
これから、ふたりで話せる機会はいくらでもあったはずなのに・・・
それでも、私がこんな行動をとったのは、恋も知らずに住民のために身投げをした『シマ』の
怨霊のせいだろうか。
夜の海のうねりが、より一層黒くて不気味に見えた。
- 497 名前:わたげ 投稿日:2001年06月23日(土)22時57分14秒
- 『盆踊りに来たのって、実は小学1年生の時以来なんだぁ』
紗耶香は真夏の夜空を見上げながら言った。
星がいくつか夜空を冷やすように輝いていたけれど、月は見えなかった。
小学1年生・・・川でふたりが事故に遭った年だ。紗耶香が聴覚を失った年。
事故に遭う前に行ったんだろうか。
『あの頃はね、真希っていつも私の後ろにくっついて歩いてた。あの日も。
盆踊りの輪に入って踊っている時も、ずっと私の浴衣を掴んでついてくるの。
正直言って、踊りの邪魔だったよ』
紗耶香はしみじみと懐かしそうに笑った。
なんとなく二人の幼い頃の様子が想像できた。きっと、仲の良い姉妹、と評判だったんだろう。
『ほんと、あの頃は、いっつも私の後ろばっかついてきてたんだぁ』
もう一度見つめた紗耶香の横顔は、もう笑っていなく、どこか憂いに沈んだ青白い顔を
していた。
あの頃は?ついてきていたんだ?
聞き流そうとしたその言葉が、なぜだか私の心に引っ掛かった。
紗耶香の言葉は、すべて過去形で、まるで今の真希はあの頃とは全く別人に変わってしまったと
言っているように聞こえた。
どうして突然そんなことを言うんだろう。
今だって、真希は紗耶香の後ろをくっついて離れないといった風に見える。少なくとも私には。
紗耶香の言っていることが、その時の私にはよく分からなかった。
私たちは、なんだか会話を失い、遠くの御囃子の音色をBGMにして、重たげな波の音が
深い沈黙を如実に表していた。
- 498 名前:わたげ 投稿日:2001年06月23日(土)22時58分38秒
- 『真希遅いね。ったく、何やってんだろう、あの子は』
紗耶香は、ふと立ち上がり、海岸沿いの真っ直ぐ来た道のずっと遠くに目を凝らした。
所々にある街灯は、ぼんやりと歩道を照らしてはいるけれど、深い闇には、ほとんど意味を
成していなかった。
「金魚すくいにそうとう嵌まってるんじゃないかな。おじさんに手つきがいいって
褒められてたし」
私は慌てて取り繕った。
『それにしても遅すぎない?変な人について行っちゃったりしてないかな』
紗耶香は腕時計に目をやり、とても心細そうに眉をひそめた。
私が誕生日にプレゼントした、文字盤が薄むらさき色の腕時計。
紗耶香はあの日以来、毎日腕に付けていてくれた。浴衣を着た今日も。
けれど、今その腕時計を見つめながら紗耶香が思っているのは、隣にいる私ではなく、
真希のことだった。
ここまでして、ようやくふたりっきりになったのに、結局どこへ行っても、
真希はついてきてしまう。私は、なんとなく、そう悟った。
そしてバカみたく嫉妬し、絶望的に悲しくなった。
- 499 名前:わたげ 投稿日:2001年06月23日(土)22時59分34秒
- 「もー、紗耶香は心配しすぎだよ!大丈夫だってば、真希ちゃんはそんなバカな子じゃないから」
私は立ち上がり、紗耶香を抑えるような口調で言った。
それからも、紗耶香は時折ちらちらと時計を気にしていた。
その姿を見る度に、私の心は掻き乱された。
そんな自分の心を誤魔化すように、私はひとりで喋り続けていた。
沈黙が起こると、紗耶香が真希を探しに行ってしまいそうな気がして、とても怖かった。
けれど、しばらくすると、話の種も尽き、再び沈黙がふたりの間を流れ始めようとしていた。
- 500 名前:わたげ 投稿日:2001年06月23日(土)23時01分51秒
- 「ねぇ、紗耶香。このまえはありがとね」
沈黙を恐れ、咄嗟に出た言葉は、私が一番話したかったことだった。
一番話したくて、一番話し難かったこと。
『このまえ?』
「うん。シェリーが死んだ日・・・」
口づけをしてくれたこと。
その言葉は、さすがに躊躇して言えなかった。
けれど、きっと紗耶香も今、思い出してくれているに違いない、そう思った。
『別に気にしなくていいよ』
静かで穏やかな紗耶香の顔。全く心の揺れていない顔。
気にしなくていい?
それは、紗耶香の前で取り乱し泣いてしまったことをだろうか。
それとも、口づけをしたことを?
どっちにしても、私はとてもショックだった。
そんな冷静な顔で、そんな言葉を言ってほしくなかった。
私がこれほど心を乱し、気にしていたことを、まるでこれっぽっちも気にしていないと
いった紗耶香の顔。
それがとても悲しかった。
- 501 名前:わたげ 投稿日:2001年06月23日(土)23時05分03秒
- 優しさから発したであろう紗耶香の言葉は、私の胸にはひどく冷酷に響き、
欠落感のようなものを植え付けた。
気にしなくていいと言われて、気にせずにいられるほど私は器用な人間じゃない。
それに私にとって、あんなに大切な思い出を忘れられるはずがなかった。
私は、もっと別の言葉をどこかで期待していたのかもしれない。
「やっぱり、泣いてないと、してくれないのかな」
私の口調はひどく投げやりだった。投げやりでイライラしていて。
『何?』
きょとんとする紗耶香。
「泣いてて同情されないとキスしてくれないのかな」
勢いまかせに言ってしまった途端、私は気がついた。
私は別に紗耶香と話がしたかったわけではなく、私が最も望んでいたことは、
紗耶香とのキスだったのだ。
あの日からずっと、私は心の奥底で、紗耶香にもう一度キスしてもらいたいと、
潜在的に思い続けていたんだ。
そして、そう気付いた途端に私はひどく後悔した。
紗耶香はきっと困っている。
私は、どうすることも出来なく途方に暮れてしまった。
- 502 名前:わたげ 投稿日:2001年06月23日(土)23時06分08秒
- 息の詰まりそうな沈黙の後、紗耶香は静かに言った。
『同情でキスなんてしないよ。この前言ったことが私の本心だよ。
矢口が綺麗だったから・・・』
夜の闇と同化してしまいそうな、頼り気ない紗耶香の顔が徐々に近付くと、
私は自然と目をつぶっていた。
消えてしまいそうな紗耶香から、私の唇に伝わる確かなぬくもりに、
カサカサに渇いて酷くささくれだった私の心は癒されていた。
潮風とウルトラマリンの混ざり合う不思議な香り。
2度目(本当は3度目だけど)のキスは、とても静かで長かった。
紗耶香は、ゆっくりと唇を離すと、
『矢口が、また余計なこと考えそうだから先に言っておくね。
今のは・・・拗ねてる矢口が可愛らしかったから』
そう言って、優しく微笑みながら私を見つめた。
私は、なんだか恥ずかしくて、紗耶香の顔をまともに見ることは出来なかったけれど、
私たちは、しばらくこのあたたかい余韻に時間が経つのも忘れて浸っていた。
- 503 名前:わたげ 投稿日:2001年06月23日(土)23時06分57秒
- いつの間にか、微かに聞こえていた御囃子は、ぴったりと止んでいて、
低い波の音の隙間に、近付く誰かの足音が耳に入った。普段は聞き慣れないゲタの音。
私はハッと気が付き、紗耶香の肩に乗せていた頭を持ち上げ、急いでその足音のする暗闇へ
目を凝らした。
紗耶香も私の様子に気付いたのか、歩道の方をゆっくりと振り向く。
街灯が逆光となり、その顔は見えなかったけれど、私は、はっきりとそれが真希だと確信した。
(しまった!)
急激に速まる脈拍に、私は軽いめまいを起こした。
私のついた嘘を知ったら、紗耶香は何て言うだろう。
不快な動揺に、私は心から震えていた。
そして、私は恐る恐る顔を上げた。
(やっぱり・・・)
薄暗い街灯に照らし出される真希は少し息を乱していた。
額には、ひどく汗をかき、履き慣れないゲタで足を痛めたのか、
右足を少し引きずっていた。
その姿からは、あちこちを必死になって私たちを探し回っていた様子が
容易にうかがえる。
- 504 名前:わたげ 投稿日:2001年06月23日(土)23時07分50秒
- 『ったく、こんな時間まで何やってたんだよ。心配かけて』
紗耶香は立ち上がると、眉間に少し皺を寄せた。
万事休す・・・その四文字が絶望的に私の頭の中に浮かび上がった。
湿った海の風が気持ち悪く体に纏わりつく。
「金魚すくいやってたら、こんな時間になっちゃった。でもね、ちゃんととれたんだよ、ほら」
エヘヘ、と汗ばんだ顔で屈託なく笑うと、真希は右手に持ったビニール袋を紗耶香に掲げてみせた。
オレンジ色の2匹の金魚と赤と白の斑の1匹の金魚が、小さな袋の中でゆらゆらと揺れていた。
『なに呑気なこと言ってんの!ちょっとお姉ちゃんジュース買ってくるから』
紗耶香は真希の頭をポンと軽く叩くと、反対側の歩道の自動販売機へ歩いていった。
- 505 名前:わたげ 投稿日:2001年06月23日(土)23時08分36秒
- 「どうして?なんで本当のことを言わなかったの?」
鼻緒の辺りが、少し血で滲んでいる真希の足に目をやりながら、私は尋ねた。
真希はビニール袋を街灯に照らすように持ち上げ、とても穏やかな顔で、
ゆらゆら揺れる金魚を見つめていた。
「だって、本当のことを言ったら、お姉ちゃんきっと悲しむから・・・
それに、やぐっつぁんのおかげで金魚もとれたし」
そう言って、真希は淋しそうに弱く微笑んだ。いつかの紗耶香と同じような顔で。
胸が重たく軋んだ。
自分の体の中が、金属のように錆びていくのを感じた。
真希の、姉——紗耶香へ対する想いは、どこまでも透明で、ひたむきなんだと思い知った。
この時の私には何も分かっていなかったのだ。
紗耶香が今どんな場所にいて、真希がどこにいて、そして自分自身がどこにいるのかについて。
ドンという爆音と同時に、夏祭りの終わりを告げる打ち上げ花火が、
真っ黒な夜空に一瞬パッと鮮やかな色をつけた。
- 506 名前:作者です 投稿日:2001年06月23日(土)23時15分35秒
- 「もうひとつの三人祭」後編更新しました。
>>489
ありがとうございます。
三人祭に市井ちゃんが入っている姿は想像しにくいですけど、すごく見てみたい気もします(w
一番年上だからと、いつも以上に気負ってハリキリ過ぎる市井ちゃん。
>>490
ありがとうございます。
ソニン「Ah カキ氷には 練乳かけよう!」
いちご練乳お勧めです。
>>491
ありがとうございます。
(〜^◇^〜)< もう矢口は止まんなくなっちゃったよぉ〜
ヽ^∀^ノ <ストーーップ!!
( ´ Д `)<私は怖くないよね?怖いのかな・・自分じゃ分からないよぉ
ヽ;^∀^ノ <こ、 怖くない、怖くない
- 507 名前:名無し読者 投稿日:2001年06月25日(月)00時52分09秒
- 本当いいなぁ。がんばってください。
- 508 名前:名無し読者 投稿日:2001年06月25日(月)03時59分28秒
- お姉ちゃんを一途に想ってる真希がめっちゃかわいい!!
この先どうなるのでしょうか?非常に気になります。
- 509 名前:名無し読者 投稿日:2001年06月26日(火)09時14分07秒
- 毎回どきどきしながら読んでいます。
ホントこれからどうなるんだろう?
楽しみにしています。作者さん、頑張ってくださいね!!
- 510 名前:削除済み 投稿日:削除済み
- 削除済み
- 511 名前:ダメ経営者 投稿日:2001年07月01日(日)09時59分26秒
- >>510
すいません!
間違って載せてしまいました!!
本当にごめんなさい、削除依頼出してきます……。
スレ汚しごめんなさい…。
- 512 名前:わたげ 投稿日:2001年07月05日(木)00時04分55秒
- ————
夏休みの終わりの方は、あっという間に過ぎていき、既に2学期が始まっていた。
相変わらず残暑が厳しく、未だに3日に1度は30度を超える真夏日を記録していた。
文化祭を間近に控え、最近は遅くまで学校に残ることが多くなり、それに加え、
予備校の授業も本格的に始まり、今までのように紗耶香と毎日会うことも出来なくなっていた。
あんまり長い間会っていないと、なんだか喧嘩をしているような、嫌われたような、
また、嫌いになってしまったような不思議な気持ちになって、何となく遠ざかってしまう。
私はとても不安だった。
中途半端な気持ちってデパートの屋上から吊り下げられているような感じ。
だから、予定時間より早めに終わったこの日、私は学校帰りに紗耶香に会いに行こうと
決めていた。
- 513 名前:わたげ 投稿日:2001年07月05日(木)00時05分39秒
- ————
『久しぶり、元気だった?』
紗耶香は嬉しそうに尋ねた。
例えば、半年ぶりに会いにきた遠くの親戚を迎えるように、しみじみと懐かしそうに。
『あがってよ』
紗耶香の変わらない様子に、私はほっとした。
リビングの大きな窓に垂れ下がる少し日に焼けた簾、窓の風鈴の音色、
漂う蚊取り線香のにおい、氷が揺れるクリスタルグラス。
何一つ変わらない風景。とても心の休まる場所が、そこにはあった。
真希はフローリングにうつ伏せになりながら、淡いさくら色の薄手のスカートから伸びる
すらりとした足を膝で折り曲げ、ぶらぶらと弄ぶようにして少女漫画を読み耽っていた。
ふと、その視線を上げると、
「いらっしゃい、やぐっつぁん」
と、愛想の良い笑みを浮かべた。
夏休みと何も変わらない私たち3人。
それがとても心地よく、癒される自分を感じていた。
- 514 名前:わたげ 投稿日:2001年07月05日(木)00時06分15秒
- 『忙しそうだね、学校』
「うん。もうすぐ文化祭だから、準備がいろいろとね」
『何やるの?』
「プラネタリウム」
『すごいね。そりゃ大変そうだ』
なんだか久しぶりに手話をしたような気がした。
たった4〜5日、紗耶香と会っていなかっただけなのに。
「暑い中、暗幕で覆ったり大変だよ。まだ全然出来てないけどね」
『ふ〜ん』
妙な間が出来た。
けれど、決して重苦しい窮屈な間ではなく、心地よい間。
紗耶香と話していると不思議と感じる安心感や、ゆったりとした時間。
無理に喋らなくても構わないといった風な、妙に満ち足りた空気を感じていた。
まるで紗耶香の肩にもたれかかり、身を委ねているような。
- 515 名前:わたげ 投稿日:2001年07月05日(木)00時07分44秒
- 「あっ、紗耶香も真希ちゃんと一緒に遊びに来てよ」
この間をもうちょっと楽しみたいと思いつつも、私は自ら沈黙を破る。
自分の名前を呼ばれ、真希は、きょとんとした顔をあげた。
漫画に集中していて、話の内容は聞こえていなかったのだろう。
「文化祭やるから、紗耶香と一緒に遊びに来てね」
もう一度言うと、パッとその表情に日が差し真希はにっこりと頷いた。
昼間は真夏のようなギラギラとした強い太陽が輝いているけれど、それでもこの頃は、
夕方になると急に気温が下がり、夏服の半袖Yシャツ一枚では心持ち寒く感じるほどだった。
この時間になると決まって鳴き始める鈴虫の声に、季節は夏から秋へ変わったんだと
実感させられる。
夕方特有の澄みきった深いオレンジ色の空気と、鈴虫の涼やかな音色。
一日のうち唯一、郷愁といった想いを感じられるこの束の間の時間が、
私はとても好きだった。
そんなゆったりとした夕刻を瞬時に一変させる出来事が起こったのは、
それから30分もしないうちだった。
- 516 名前:わたげ 投稿日:2001年07月05日(木)00時10分29秒
- どこか遊びに行かない?と、紗耶香は子供っぽい顔で言った。
「今から?」
私は柱にかけられている古びた鳩時計に目をやった。
長針と短針がちょうど重なり合おうとしている6時半ちょっと前だった。
『いや、違うよ。最近あまり矢口とどこかへ遊びに行ったりとかしてなかったからさ、
矢口の都合のいい日にでも、どこか遊びに行きたいなって思って・・・』
遠慮がちに紗耶香は言った。
「あ、そういうことね」
冷静に言いながらも、頬がつい緩んでしまっていることに、私は気が付いていた。
紗耶香が最近私と会っていないことを気にかけ、私を誘ってくれていることが
たまらなく嬉しかった。まるでデートの誘いを受けているようで。
紗耶香と出会って数ヶ月が経つというのに、未だに私は紗耶香のちょっとした気遣いにも
胸がドキドキしてしまう。
『やっぱり忙しいよね?文化祭とか終わってからの方がいいのかな・・・』
一人舞い上がり、返事をするのを忘れていた私を見て、紗耶香は真面目な顔で言う。
ううん、と私は慌てて首を大きく左右に振った。
どんなことよりも紗耶香を優先するに決まっている。
私は急いで鞄の中から手帳を取り出した。
動物園、ショッピング、それとももう一度遊園地?
頭の中は夢の世界でいっぱいだった。
- 517 名前:わたげ 投稿日:2001年07月05日(木)00時11分34秒
- 「ちょっと待ってね、確か今週末辺りは大丈夫だったはずなんだぁ」
声を弾ませ、勢い良くページをめくる。
四つ折りに小さく折られた一枚の紙きれが、アドレス帳のあたりから落ちたのは、
その直後だった。
まるでスローモーションのように、サクラの花びらが舞い落ちるように、
ひらひらと優雅に舞い、テーブルを避け、紗耶香の足元に、それは辿り着く。
その紙きれが何なのか、頭の片隅にもなかった記憶が蘇るには、たっぷり10秒は
かかったような気がする。
紗耶香は足元のそれを拾うと私の顔を不思議そうな顔で見つめた。
きっと今、私は硬直し、ものすごく強張った顔をしているんだろう。
『何これ?ひょっとして矢口の答案用紙?』
紗耶香はいたずらっぽく笑い、その薄いペラペラの紙をゆっくり広げていく。
止めようと思えば、止められたのかもしれない。
ダメ!と言って、紗耶香からそれを取り返すことは容易に出来たはずだった。
けれど、私は動けなかった。これっぽっちも。頭の中が真っ白になっていたのだ。
何かが背中に強くぶつかったような衝撃を受け、それが全身の息を追い出し、私は
しばらく呼吸が出来なかった。
- 518 名前:わたげ 投稿日:2001年07月05日(木)00時12分29秒
- 紙を広げた紗耶香の手は、明らかに震えていた。
私は思わず目を瞑ってしまった。今、目の前で起こったこの出来事を、
私は受け入れたくなかった。嘘であってほしいと。
そして、本当に怖くてどうしようもなくなりながら——まるでホラー映画の
クライマックスを見るように——私はゆっくりと瞼を持ち上げた。
(全部、夢でありますように・・・)
紗耶香はものが言えないほど怒っているのか、また、気味悪がっているのか、
口を少し開いては、また閉じた。
そして、とても怯えた目で私を見つめた。
その眼差しは決定的な不信と失望以外の何ものでもなかった。
途端に私の体には、どこか撃たれたような鋭い痛みが走り、粉々に砕け散って、
黒くて深い海の底へ沈んでいく。
——決して知られてはいけなかった秘密(戸籍謄本)を、私はたった今、
紗耶香に知られてしまったのだ。
- 519 名前:わたげ 投稿日:2001年07月05日(木)00時13分25秒
- 寒気を感じているにも関わらず、私の首筋には汗がわき上がっていた。
紗耶香は一言も私を責め立てようとはせず、また、なぜこんなことをしたのかと、
問いただすこともなかった。
私には怒鳴られたと同じくらい、いや、それ以上にものすごく、それがこたえた。
紗耶香のまるで黙殺するかのようなこの行為は、私たち二人の関係を根底から
揺るがすような気がして、私はとても恐ろしくなった。
息苦しい沈黙の中、思い出したかのように、カッコウと間の抜けた鳩時計の
鳴き声が一度響いた。
- 520 名前:わたげ 投稿日:2001年07月05日(木)00時14分22秒
- 『なんで・・・』
決して尋ねるという風ではなく、まるで独り言のように紗耶香は俯いたまま、
指を微かに動かす。
みるみる涙がふくらみ、歪んでいく視界の片隅に、場違いに広げられた戸籍謄本を
ゆっくり元の四つ折りに畳む紗耶香の姿が映った。
それから紗耶香は、静かに立ち上がろうとした。
「ちがっ、違うの紗耶香、聞いて」
ようやく発することの出来た私の声は、恐ろしく震えていた。
今、紗耶香とちゃんと話さなければ、取り返しのつかないことになる、と、
私はどこかで予感していた。
けれど、紗耶香は微かに潤んだ瞳で私を一べつすると、そのまま立ち上がり背を向けた。
私に向けられたその視線は明らかに今までのものとは違っていた。
懐疑と絶望に満ち、重く沈んだ瞳。今までの関係をすべて否定するような視線。
私をあたたかく包み込むような紗耶香の優しい眼差しは、そこにはなかった。
紗耶香は私を軽蔑したのだ。
そう認識すると同時に、ずきりとした激しい痛みが走り、私の心臓は悲鳴を上げた。
- 521 名前:わたげ 投稿日:2001年07月05日(木)00時15分17秒
- 「おねがい!紗耶香聞いて」
バタンと閉まるドアの音で、私の言葉は途切れた。
私は反射的に立ち上がり、紗耶香の後を追おうとした。
紗耶香を失いたくない。絶対に。
「ダメだよ。今は何を言ってもダメ。お姉ちゃんが、ああなった時は、
しばらく何を言っても無駄だよ」
今まで一言も発せず、ただじっと目の前の光景を見つめていた真希が、
私を制するような口調で言った。
- 522 名前:わたげ 投稿日:2001年07月05日(木)00時17分35秒
- 「でも・・・」
私は強い口調で言い返そうとした。
この時ばかりは真希に懐柔されるわけにはいかない、そう思った。
「今は何を言っても逆効果になるだけ。そっとしておいてあげてよ。
・・・お姉ちゃんのことは私が一番よく分かってるから・・・」
落ち着いた低い声で真希は言った。
静かな口調なのに、どこかものすごく強い意志を感じる声。
真希の目に同情の色が浮かんだような気がしたけれど、錯覚だったのかもしれない。
(どうしたらいいの・・・)
私はもう何もすることが出来なくなり、急にくたびれてしまい、気付けば真希の
体にもたれかかるようにして崩れ落ちていた。
同じオーデトワレの香りのせいだろうか。
私の体を支える真希が紗耶香に思えた。
(なんだか、紗耶香に抱かれてるみたいだよ・・)
底知れぬ虚脱感と涙の中、私の中にあった何かの位置が、少しずつ変わり始めているような気がした。
- 523 名前:作者です 投稿日:2001年07月05日(木)00時23分34秒
- 終わりが近づくにつれて更新が遅れてしまっている・・・
読んでくださっている方、本当に申し訳ないです。
>>507
ありがとうございます。
レスを頂く度に本当にやる気が出ます。
あと少しなんで何とか頑張ります。
>>508
ありがとうございます。
お祭りシーンは真希の純粋さと天真爛漫なところを強調させたかったので
そう言って頂けると、ホントありがたいです。
>>509
ありがとうございます。
楽しみにしてくださっている方がいると思うと本当にやる気が出てきます。
今後はちょっと展開が早くなると思います。内容が薄くならなければよいのですが・・・
結末は御期待に添えられるか不安ですが頑張ります。
>>511 ダメ経営者さん
全然気にしないで下さい。大丈夫ですよ。問題ないです!
- 524 名前:名無し読者 投稿日:2001年07月05日(木)04時47分05秒
- ついに、恐れていたことが起こってしまった。
矢口〜、そんなもの持ち歩くなよな〜(w
嗚呼、どうなってしまうんだ〜!!
作者さん、ゆっくりで構わないんで頑張って下さいね。
- 525 名前:名無し読者 投稿日:2001年07月07日(土)02時23分39秒
- かなり痛いですね。
二人の関係はどうなってしまうの・・・
- 526 名前:名無し読者 投稿日:2001年07月07日(土)23時16分28秒
- あああああ・・・耐えられない。
続きお願いしまっす!!
- 527 名前:名無し読者 投稿日:2001年07月08日(日)03時13分55秒
- 恥ずかしながら、わたくし『アレ』が落ちた
瞬間「あぁ」と声をもらし
ウィンドウを閉じてしまいました。
ここまでハマっているとわ…
- 528 名前:わたげ 投稿日:2001年07月15日(日)23時21分03秒
- —————
寝苦しい長い夜だった。
部屋の中がひどく蒸し暑く、息苦しいような気がしたので、私は部屋の窓を開けた。
夜つゆに晒されて、しっとりとした草の匂いが流れ込んでくる。
青白く冷たい光を放つ大きな月が、周りの薄雲をうっすらと浮かび上がらせ、
なんだかウロコのような雲が薄気味悪く感じた。
- 529 名前:わたげ 投稿日:2001年07月15日(日)23時21分56秒
- なんてバカなんだろう、私は。あんなものをいつまでも持っているなんて。
すぐに処分しておけば良かった。
いや、今まで何度も捨てようと思ったことはあった。
けれど、私はそれを捨てることが出来なかった。
最初に彼女たちを姉妹ではないんじゃないかと疑った時から、
あの息苦しい地下室の夢を見た時から、私の心が完全に晴れることは、
なかったのかもしれない。
いくら事実(戸籍謄本)を知ったところで、いったん染みついた感覚が
完全に払拭されることなど、きっとなかったんだ。
- 530 名前:わたげ 投稿日:2001年07月15日(日)23時23分00秒
- 毎日のように彼女たちに会っていた日常の中で、ちょっとした真希の言葉や
紗耶香の仕草に、私は、よりどころのない嫉妬やコンプレックスを感じていた。
それに押し潰されそうになる自分に気付き、私は知らないうちに、あの紙に
すがっていたのかもしれない。二人は血の繋がった姉妹なんだと。
そして気付けば、それは時折押し寄せる黒い疑惑の波から自分を守る、
防護物になっていた。
これは弱くて卑怯な自分が引き起こした当然の報いなんだ。
「紗耶香・・・」
ひどくくぐもった私の声。
紗耶香に本当の気持ちを正直に伝えたい。
失った信頼が、それで元に戻るとは限らないけれど。
よく通る鈴虫の声が暗闇の中、より一層際立っていた。
- 531 名前:わたげ 投稿日:2001年07月15日(日)23時24分07秒
- ふと、真希のことを思い出した。
あの時、彼女に抱いた奇妙な感情。
もたれかかった真希の体を、私は確かに紗耶香と錯覚し、胸がドキドキした。
真希に対して、こんな感情を抱いたのは初めてだった。
紗耶香とは何もかもが正反対のように見える真希に、
私は惹かれ始めているんだろうか。
ますます不透明になっていく自分自身の心の中で、唯一一貫して見えるものは、
紗耶香を失いたくないという強い想いだけだった。
そうだ、やっぱりちゃんと紗耶香と話そう。
きっと紗耶香なら分かってくれるはずだ。
結局その晩、私はろくに眠ることが出来なかった。
- 532 名前:わたげ 投稿日:2001年07月15日(日)23時25分06秒
- ————
2日後の朝、私は学校へ行く前に紗耶香の家に立ち寄っていた。
玄関の脇の台所の高窓からは、水道の水が勢いよく流れる音がし、
換気扇からは焼き魚の美味しそうな匂いが漂っている。
私は玄関の横の壁に、そっと手を当てた。
この壁の向こう側には、いつもと変わらず生活する紗耶香がいる。
私は、それを全身で感じるように、背中を壁に寄り掛けてみた。
目を瞑ると、幸せそうな顔をして食事をする紗耶香の姿が、まるで目の前に
座っているように、ありありと思い描ける。
まず焼き魚の身を箸で丁寧にほぐし、それからひとくち口に入れ、美味しそうに
咀嚼する。そして今度は白いご飯を口へ運ぶ。
先にご飯に手をつけることはなく、必ずおかず、ご飯の順番で・・・
紗耶香は食事の合い間に、お味噌汁を飲むことは一度もなかった。
他のすべてを食べ終わってから、決まって最後にお味噌汁をのみ始める。
不思議に思い、私は一度、紗耶香に訊いたことがあった。
「どうして、いつもお味噌汁を後回しにするの?」と。
紗耶香は、ちょっとばつの悪そうな顔をして、
『猫舌だから、熱いの苦手なんだよね。だから最後に飲むのがちょうどいいんだ』と、
照れ臭そうに笑った。
- 533 名前:わたげ 投稿日:2001年07月15日(日)23時26分11秒
- こんな風に紗耶香を空想するだけで、なんだか胸が満たされていく。
私はゆっくり壁から背中を離すと、郵便ポストに一通の手紙を入れた。
手紙というよりも伝言というべきだろうか。
白いポストの上にとまっていた一羽のすずめが勢いよく飛んでいった。
『 紗耶香へ
紗耶香とちゃんと話がしたいです。
今日の5時に、いつもの海岸に来て下さい。
矢口は紗耶香が来てくれるまで、ずっと待ってます。
矢口のおねがい、きいてちょんまげ 』
- 534 名前:わたげ 投稿日:2001年07月15日(日)23時27分08秒
- ————
ちょっと、矢口なんで帰るのよ、と、圭織は少し興奮気味の声を出した。
蒸し暑い放課後の教室の中は、ダンボールやガムテープが散乱し、
文化祭が間近に迫っているプレッシャーのせいか、クラス内には少し苛立った
雰囲気が漂っていた。
「ごめん、今日はちょっと大事な約束があるの。今日だけお願い」
私は顔の前で両手を合わせた。
「ったく、その代わり明日は倍働いてもらうからね」
圭織は憤慨した素振りを見せたけれど、本気では怒っていなく、快く手を振ってくれた。
外は曇り始めていて、北の空には真っ黒な積乱雲が気味悪い姿を現していた。
ザーっと夕立になりそうな、そんな嫌な予感がした。
- 535 名前:わたげ 投稿日:2001年07月15日(日)23時28分07秒
帰宅ラッシュ前のこの時間は、人もまばらで、電車内はドア付近に2〜3人立って
いたけれど、座席はだいぶ余っていた。
これが、あと2時間もすれば会社帰りのサラリーマンやOL達、それに部活帰りの
学生で溢れかえり、殊に背の低い私にとっては、知らない背中や胸に視界が遮られ、
それがとても苦痛だった。
私は誰も座っていない3人掛けの座席の端に腰を下ろした。
紗耶香は来てくれるだろうか。
徐々に広がり始める真っ黒な雷雲が、一抹の不安をもたらす。
いや、紗耶香ならきっと来てくれるはずだ、私は自分自身に言い聞かせるように
心の中でそう呟いていた。
緊急停車の車内アナウンスが流れたのは、それから5分後のことだった。
- 536 名前:わたげ 投稿日:2001年07月15日(日)23時28分57秒
- 駅とは程遠い地点にも関わらず、車両は急に速度を緩めだした。
それと同時に、お急ぎのところ大変申し訳ありませんが、と前置きをして、
たった今、一つ先の駅の踏み切り内でトラックの横転事故が発生したことを
そのアナウンスは告げた。
そして車両はシューっという情けない音と共に、完全に停車してしまった。
(ちょっと・・・うそでしょ・・)
私は急いで携帯を取り出し時刻を確認した。
液晶の文字は、ちょうど4時半を示している。
普通にいけば、あの海岸まで約束の5時に余裕をもって着くはずだった。普通にいけば・・・
ふと、前に視線を向けると、向かいに座っていた女子高生が首から下げて
いた携帯を右手に持ち、どこかへ電話をかけはじめていた。
しばらくして、「事故」「遅れるかも」という彼女の発する単語が私の耳にも入ってくると
もしかしたら、5時に間に合わないかもしれない、という不安が私の頭をよぎり始めた。
10分が過ぎ、20分が過ぎても、一向に動き出す気配はない。
徐々に車内がざわつきだし、電話口で不満を漏らす人など乗客は苛立ち始めていた。
- 537 名前:わたげ 投稿日:2001年07月15日(日)23時30分18秒
- いなびかりと共に、とうとう雨が降り始めたのは、5時5分前だった。
私は右手に握りしめていた携帯電話をじっと見つめた。
紗耶香が電話を使うことが出来たら・・・
便利なはずの携帯が、紗耶香の前では何の意味も持たなくなってしまう。
(どうしよう・・・紗耶香はこの雨の中、あの海岸で待っているんだろうか)
あっという間に、叩きつけるような強い雨足に変わっていた。
窓は割れんばかりに、けたたましい音を立てている。
- 538 名前:わたげ 投稿日:2001年07月15日(日)23時31分05秒
- その時だった。
車内が一瞬ピカッと明るくなると、ドーンという地響きまで伝わる程の
ものすごい爆音がした。
私は思わず悲鳴を上げそうになった。きっと近くに落雷したに違いない。
斜向かいの7人掛けの座席に母親と座っていた3歳くらいの男の子が、
とうとう、すごい声を上げ泣き出してしまった。
激しく降り続ける雨が、真っ暗な闇の中で白いモヤのように見える。
車内に響く男の子の甲高い泣き声が、私の胸をしめつけた。
(紗耶香・・・大丈夫かな・・・)
極度の不安と緊張から、私は軽い頭痛を起こした。
緊迫する不安と、一向に復旧のアナウンスが流れない苛立ちとで、その時の私には
紗耶香の自宅に電話し、真希に事情を話す機転などきかせることは出来なかった。
ようやく電車が動き始めたのは、それから約30分後の午後5時半だった。
- 539 名前:わたげ 投稿日:2001年07月15日(日)23時32分15秒
- 駅に着く頃には真っ黒い積乱雲も南の空へ抜けていき、小雨がぱらつく程度になっていた。
ホームの時計は午後5時45分。
ここから海岸までは、どんなに急いでも10分はかかる。
もう紗耶香は帰ってしまったかもしれない。
それ以前に、来てくれていないのかもしれない。
不安と落胆の中、それでも私は必死にペダルを漕いでいた。
- 540 名前:わたげ 投稿日:2001年07月15日(日)23時33分17秒
いつもの海岸のいつもの石段に、傘も差さずにその細い背中はあった。
(よかった・・・)
彼女が来てくれていたことと、無事だったことに私は、ほっと胸を撫で下ろした。
けれど、なんだか、とても細い後ろ姿が、いつもよりひどく頼りなく見える。
私は自転車を乗り捨て息を整える間もなく彼女のもとへ駆け寄った。
「紗耶香、ごめん」
指が震えて、どうにもうまく手話が出来ない。
ずぶ濡れの紗耶香は、とても穏やかな顔をしていた。それが余計に悲壮感を漂わせている。
「本当にごめん・・・踏み切りで事故があって・・」
別に気にしなくていいよ、と、紗耶香は首をゆっくり振り、静かに微笑んだ。
そんなことは、どうでもいいのだというふうに。
頭のてっぺんから足の先までびっしょりの姿からは、あのものすごい雷雨の中、
ずっと待ち続けていたことが容易に窺える。
私は紗耶香に対する申し訳なさで胸がいっぱいになり、なんて声をかけていいのか、
次の言葉を探し出すことが出来なかった。
- 541 名前:わたげ 投稿日:2001年07月15日(日)23時35分07秒
『時計・・・止まっちゃった・・・』
紗耶香は体をやや前にかがめて、生気のない表情で微笑した。
毎日つけていた腕時計、私がプレゼントしたその腕時計は、この大雨に晒されて
ぴったりと動きを止めてしまっていたのだ。
なんだか、それが、まるで私たち二人の運命を暗示しているかのようで
私はどうしようもなく悲しくなり、思わず身をかがめ紗耶香を抱きしめた。
とても細くて、冷たくなってしまった濡れた紗耶香の体。
これほど彼女をいとおしく思ったことも、激しい欲望を感じたこともなかった。
そして皮肉なことに、これほど信用を無くしたこともなかった。
嵐の後の海岸は、すべてが沈んだ重苦しい色で、ひどく荒涼としていた。
- 542 名前:わたげ 投稿日:2001年07月15日(日)23時35分44秒
- 『矢口、濡れちゃうよ?』
抱きつく私の腕に軽く手を触れ、紗耶香は静かに言った。
「紗耶香・・・」
私は一度体を離し、彼女の名前を呼んでみた。
呼んでみたものの、私は何て声をかけていいのか分からず、言葉に詰まってしまう。
紗耶香は、ただじっと黒くうねる高波を見つめていた。
雨で空気が冷やされたのか、風が少し肌寒く感じる。
『なんか、海の中で、すごく大きな何かがぐるぐる回ってるみたい。
海ぼうずっていうのかな』
重苦しい色の海面に、絶えることなく立つ三角波を見つめ、独り言のように、
紗耶香は言う。
彼女は私が遅れてきたことを、ちっとも咎めようとはしない。
それに、この前の件に関しても。
沈黙する私たちとは対照的に、黒い海は荒々しい波音を立てていた。
- 543 名前:わたげ 投稿日:2001年07月15日(日)23時36分43秒
- 「紗耶香、この前はごめん・・・本当にごめんなさい」
ひどく震えた私の声と指。どこを見ていいのか分からず、私は顔を上げることが
出来なかった。
紗耶香は私の手話を止め、静かに首を振った。
『ここで矢口のこと待ってる間、ずっと海を見てたんだぁ。
ほんとに大きな吹子が沈んでるんじゃないかって思えるくらい波が、
ずっと繰り返されてるの。同じリズムでずっと・・・
なんだかそれ見てたら、もうどうでもよくなっちゃったんだよね。
だから、もう矢口も気にすることないよ』
紗耶香は、そう言って微笑した。優しくて、どこか弱々しい、陰のある横顔で。
何だか急に肺の辺りがスーっとしまるように感じた。
そして、とうとう私は言ってしまった。
「好きなの・・・矢口は紗耶香のこと、ずっと好きだったの・・・」
私は、こんな告白の仕方を望んでいたのだろうか。
自分でもよく分からなかったけれど、とにかく私は無我夢中だった。
紗耶香は一瞬驚いた顔をしたけれど、すぐに元の顔に戻り、はは、と小さく笑い、
それから、ありがとうと言った。
ひどく興奮しているせいか、私は何も考えることが出来ず、しばらく沈黙が続いた。
とても不安にさせる息苦しい沈黙。
- 544 名前:わたげ 投稿日:2001年07月15日(日)23時37分43秒
- 『そんなこと言われなくても知ってたよ』
私の気持ちを察したのか、沈黙を嫌ったのか、紗耶香はいたずらっぽく笑う。
私が茫然としていると、
『ごめん、怒った?』
と、わざとからかうように訊いてくる。
「もぉ!紗耶香のバカッ!」
おどけた紗耶香のこの行動が、なんだか私にすごく気を遣っているように思え
たまらなくなり、私は思わず彼女に抱きついた。
『だから濡れちゃうってば』
「いいもん!濡れたって」
絶対に離れるもんか!
私はぎゅっと彼女に抱きついた。
とても冷たくなってしまっている紗耶香の体は、壊れてしまいそうな程華奢に感じた。
腕の中にいるのは間違いなく私の大好きな紗耶香だった。
けれど、何か今まであったものがなくなってしまっているような気がした。
その何かが、彼女からなくなってしまったのか、それとも私からなくなって
しまったのかは分からない。
ただ、それはもう決して元には戻らないような気がした。
そして、その晩、紗耶香が熱を出したことなんて、私には知る由もなかった。
- 545 名前:わたげ 投稿日:2001年07月15日(日)23時39分35秒
◇◇◇
真希は一晩中紗耶香の看病をした。
薄暗い部屋の中、紗耶香はベッドに横たわっている。
真希はタオルを何度も氷水に浸しては絞り、紗耶香の熱くなった額に
優しく置いてやった。
『ありがとう、もういいよ。大丈夫だから。そっちが具合悪くなっちゃうよ』
額に置かれた真希の手を、そっと取り紗耶香は言った。
「いいの、私は具合悪くなったりしないよ。ずっと傍についてるから、
安心して眠っていいよ」
真希は紗耶香の髪の毛を優しく撫でる。慈愛に満ち溢れたように。
「こうすると気持ちよくない?」
真希は、まだ少し熱い紗耶香の頬にそっと指を触れた。
『・・・うん、冷たくて気持ちいい・・ありがとう』
紗耶香は安心したのか、いつの間にか深い眠りについていた。
真希は、そんな穏やかな紗耶香の寝顔をじっと見つめた。
吸い込まれそうな、白くて端整な顔に、そっと指をなぞらせていく。
額から頬、そして唇へ・・・
「・・・好きだよ・・・もうどこへも行っちゃヤダよぉ・・・」
まるで心音を聞くように、紗耶香の胸の辺りに耳を当てると、
真希もそのまま静かに眠りについた。
- 546 名前:作者です 投稿日:2001年07月15日(日)23時48分20秒
- お待たせしまして申し訳ないです。ちょっと長いですけど区切らず更新しました。
やっぱり前回痛すぎたみたいで・・・すみません。
痛いの好きでない方々には本当に申し訳ないです。
>>524
(〜^◇^〜)<紗耶香が写真撮らせてくれないから、写真代わりに持ち歩いてたの!!
無理がある・・・
優しいお言葉感謝します。
なるべく早めに更新できるように頑張ります。
>>525
やっぱり痛すぎましたよね。ごめんなさい。
2人の関係というか、結末は最初から決めていたのですが、ちょっと手前で苦戦してます。
最後まで読んで頂けると嬉しいです。
>>526
ああ・・やっぱりみなさん・・ごめんなさい。
散々悩んだあげく今回も痛いかもしれないです。
>>527
なんていうか、申し訳ないという気持ちと、そこまで嵌まって頂けるのは
書いている上でめちゃくちゃ嬉しいという気持ちで複雑です。
御期待に添えられる結末かは不安でいっぱいですが頑張ります。
- 547 名前:名無し読者 投稿日:2001年07月16日(月)00時49分52秒
- いえいえ僕は「あっちゃ〜矢口頼むよ・・」って思ったけどそんな痛くはなかったですよ。
作者さんの前回のいちよしの話に比べたら全然(w
それにしても後藤の「どこへも行っちゃヤダよ・・」は・・最強ですね・・・そして最高です・・・
俺は・・誰を応援してるんだろう・・(ニガワラ
続きききき期待っ!
- 548 名前:名無し読者 投稿日:2001年07月17日(火)02時51分39秒
- 作者さん、気の使い過ぎですよ。
もし、痛い部分があったとしても、それがこの小説に必要不可欠な部分であるなら、
自分は耐えて見せます!!(w
- 549 名前:名無し読者 投稿日:2001年07月17日(火)14時32分41秒
- なくしてしまったものを取り戻すことは容易ではないけど・・・・・・
それでも、矢口には頑張って欲しい!!
- 550 名前:わたげ 投稿日:2001年07月22日(日)23時37分58秒
―――
紗耶香の出てくる夢をみた。
二人で広々とした何もない公園で、キャッチボールをしている夢。
紗耶香の投げてくるボールは毎回違った色をしていて、まるでマジッ
クを見ているようだった。
「あれ?ねぇ紗耶香、さっきの黄色のボールは?」
「何言ってるの?矢口が今、手に持ってるじゃん」
予想外の返答に私は驚いて、手に持っているボールを確認する。
紛れもない正真正銘のピンク色だ。
誰の目からも一目で分かるはっきりとしたピンク。
「どう見てもピンクじゃん!紗耶香、矢口のことからかってるでしょ?」
「からかってなんてないよ。矢口こそどうしちゃったの?」
とぼける紗耶香。
いいよ。騙されたフリをしてあげる。
紗耶香といつまでもこうしていたいから。
私はボールを投げ返した。
黄色、ピンク、黄緑、青、白、と次々にボールの色は変わっていく。
私は、その度にわくわく、どきどきしていた。
- 551 名前:わたげ 投稿日:2001年07月22日(日)23時38分39秒
- 「ねぇ、紗耶香、もうちょっとゆるく投げてよ。矢口、手が痛いんですけどぉ」
私がそう言うと、
「矢口の手が小さいからいけないんだよ」
と、よく分からない的外れな答え方をして、紗耶香はにっと笑った。
とても清々しい晴れやかな笑顔で。
夢の中の紗耶香は、手話も使わず、普通に話していたような気がしたけれど、
どんな声だったのかは覚えていない。
けれど、とても気持ちの良い目覚めだった。
目が覚めてからも、夢の場面を思い出し、私はしばらくベッドの中でその余韻に浸っていた。
不思議な夢だったけれど、久しぶりに見たいい夢だった。
- 552 名前:わたげ 投稿日:2001年07月22日(日)23時39分33秒
―――
私は紗耶香の絵が好きだ。
紗耶香の絵というより、絵を描いている時の彼女の真剣な横顔が好きなのかもしれない。
真剣で、透明で、優しい横顔。
「描くの久しぶりだね」
私は膝を抱えながら言った。
雲ひとつない、恐ろしいほど真っ青な空をしていて、私たちは海岸にいた。
『真夏は熱中症になっちゃうからね。涼しくならないと昼間に外では描けないよ』
紗耶香は白い布で、青の付いた筆先をごしごしと拭き取りながら言った。
「紗耶香は、もやしっ子だからね」
ふふふ、と、からかうように笑い、私は彼女の顔を覗き込む。
紗耶香は少し口を尖らせ私を睨むと、おもむろに筆を置き、突然、腕立て伏せを
始めた。
- 553 名前:わたげ 投稿日:2001年07月22日(日)23時40分35秒
- 突拍子もないその行動に、私があっけにとられていると、きっちりと
10回こなし、涼しげな顔で、『これでも、もやしっ子?』と、手についた砂を
払いながら得意気に彼女は尋ねる。
でも少し無理をしたようで、肩で息をしている。
私は、何だか可笑しくなって、ぷっと吹き出してしまった。
意外と負けず嫌いな紗耶香が、子供のようにムキになっていて、とても可愛ら
しかったから。
「もぉ、可愛いなぁ、おまえ」
よしよし、と、紗耶香の頭を大袈裟に撫で、私は彼女の肩に寄り掛かった。
『なんだよ、それ』
紗耶香は少し照れ臭そうに笑い、気持ち良さそうに天を仰いだ。
真っ青な空に飛行機雲が白い毛糸のようにモクモクとし、海はきらきらと小波が
揺れていた。
それは、まるで今までと何ら変わりのない風景のようだった。ある一点を除けば。
決定的に違う一点――彼女の手首には、もう腕時計はされていなかった。
- 554 名前:わたげ 投稿日:2001年07月22日(日)23時41分14秒
- 海から吹く風が、夏から秋の匂いに変わっていた。
トパコーンの匂いではなく、しっとりとした秋特有の匂い。
分かり易い夏の海も好きだけれど、シーズンを過ぎた、どこか物淋しげな秋の
海も、私は好きだった。
ねぇ、矢口、と紗耶香は急に真面目な顔をして私に呼びかけた。
風は頬をくすぐるように心地良く吹いている。
『もしも、私が・・・いや、やっぱり、いいや。何でもない』
途中で言い止め、彼女は俯いた。
俯いたその表情が心なしか曇っていたような気がする。
「なぁに?紗耶香」
心を開いてほしい。紗耶香の本心が聞きたい。
紗耶香が今、何を考えているのか。
私の事をどう思っているのか。
彼女は、言いかけたことに関して、それ以上話そうとはしなかった。
何となく、それが胸に引っ掛かったけれど、私も無理には訊かなかった。
訊きたい反面、何か良くない事のような気がして、聞くのがとても怖かったから。
誰もいない秋の海岸は、とても静寂だった。
- 555 名前:わたげ 投稿日:2001年07月22日(日)23時42分29秒
- 『ねぇ、矢口、私のどこが好き?私に良い所なんてあるのかな・・・』
突然紗耶香は独り言のように呟いた。
柔らかい風が、紗耶香のまつげを震わせる。
とても淋しそうで、とても孤独な横顔だった。
「えっ!?」
唐突にそんな質問をされて、私はひどく動揺した。
『お願い、矢口・・・私の良い所を教えて』
すがるような目で彼女は私を見つめている。胸がドキドキした。
「紗耶香の良い所いっぱいあるよ。紗耶香は絵が上手い。それに優しい。
紗耶香は綺麗だし、かっこいいし、それに・・・」
『矢口は嘘つきだね』
私の言葉を遮るように紗耶香は言い、とても弱々しく笑った。
笑ったその顔が、まるで泣いているように、痛々しく見えたのは気のせいだろうか。
紗耶香は自分の心を分厚い壁で覆っているような、私には決してその内面を
見せてはくれないような気がして、悲しくなった。
今まで彼女が心の奥底をさらけ出したことがあっただろうか。
紗耶香は何を隠しているの?
紗耶香の考えてることが分からない。でも怖くて訊けない。
倒錯する思いに、私はどうすることも出来なかった。
今日、何度目かの沈黙に、私は少し不安を覚えた。
- 556 名前:わたげ 投稿日:2001年07月22日(日)23時44分10秒
『ねぇ矢口、前に歌ってくれた、あの曲何ていう曲?』
閑寂で不安な空気を、先に破ったのは紗耶香の方だった。
「あの曲?」
『うん。前にここで歌ってくれたでしょ?私、あの歌1回聴いただけで、
すごく好きになったんだぁ』
私は、すぐに思い出した。
彼女に初めて抱きしめられながら歌った曲だ。ちょうど、この場所で。
幼い頃は歌手になりたかったという話をしていたっけ。
たった数ヶ月前の出来事が、遥か昔のように感じる。
「たんぽぽっていう歌だよ」
『ふーん。いい歌だよね』
『ねぇ、もう一度歌ってくれない?』
「えー、ヤダよぉ。あの時だって、めっちゃ恥ずかしかったんだから」
『一生のお願い!』
両手を合わせ、紗耶香は哀願する。
そんな切ない目で見つめられたら、私には断ることなんて出来なかった。
- 557 名前:わたげ 投稿日:2001年07月22日(日)23時44分57秒
そらーのたいよう ちょっとまぁーぶしぃーけぇーどぉー
はじまるわ こーのばーしょーでぇー
あなたとのあーたらーしぃー
ゆーめーとかみーらいとか むねがとぉーきめくぅー
紗耶香は私のお腹の辺りに耳を当てるようにして顔をうずめた。
私は全身が硬直し、思考が停止し、一瞬歌に詰まりそうになった。
いつもの清々しさが微塵も感じられない、とても脆弱な紗耶香が、そこにいたのだ。
どこにだってー あるぅーはなぁーだーけどぉー
かーぜぇーがふいてーもぉー まーけーないーのぉよぉー
歌いながら、お腹に押し当てられた彼女の頭にそっと手を触れてみた。
何があったのかは分からないけれど、今日の紗耶香は少し変だ。
頼りなくて淋しげで、ひどく甘ったれていて。
いつもの冷静な紗耶香は、そこにはいなく、とても壊れやすく不安定な彼女を見た気がする。
そんな紗耶香の頭を、私はいつまでも撫でていた。
彼女を抱きながら私はその時、薄々気が付いていた。
マリーゴールドの花――別れの悲しみ――が、つぼみを開いてしまったことを。
- 558 名前:わたげ 投稿日:2001年07月22日(日)23時45分47秒
◇ ◇
彼女を初めて見かけたのは、その2日後だった。
安倍なつみ。彼女によって、私と紗耶香、そして真希の関係は大きく変わってしまった。
◇ ◇
- 559 名前:作者です 投稿日:2001年07月22日(日)23時53分22秒
- 更新しました。
>>547
ありがとうございます。
そう言って頂けると少しほっとしました。矢口やらかしてしまいました・・・
前回の話も読んでくださってありがとうございます。
やっぱりあれは痛すぎましたね(苦笑
( ´ Д `)<547さん、もうどこへも行っちゃヤダよぉ
(〜^◇^〜)<547さん、矢口を応援してくださいね!!
ヽ;^∀^ノ<・・・
>>548
ありがとうございます。
力強いお言葉カッコイイ!!
おかげで素直に思い描いた通りに書けそうです。
最後まで読んで頂けたら嬉しいです。
>>549
ありがとうございます。
ちょっとネガティブな矢口になってきてしまいましたが、
今後ポジティブで強気な矢口になれるかどうか見てくださるとありがたいです。
- 560 名前:名無し読者 投稿日:2001年07月23日(月)01時24分31秒
- どう変わっていくんだ・・・不安です(笑)
市井姉妹の幸せを願います!!
- 561 名前:名無し読者 投稿日:2001年07月23日(月)03時43分55秒
- ここにきて新キャラ登場ですか〜・・・。
どう3人に関わってくるのか楽しみでもあり心配でもあり・・・。
- 562 名前:名無し読者 投稿日:2001年07月23日(月)22時06分11秒
- なっちは小悪魔っぽそう…
- 563 名前:名無し読者 投稿日:2001年07月24日(火)21時15分10秒
- ( ● ´ ー ` ● )<そんなことないべ。なっちは天使だべさ。
でも小悪魔きぼん。
- 564 名前:ななしむすめ 投稿日:2001年08月06日(月)16時01分53秒
- まだかな〜〜更新わくわくsage
- 565 名前:わたげ 投稿日:2001年08月11日(土)00時01分19秒
―――
紗耶香と彼女を初めて見かけたのは、オレンジ色をした夕暮れ時の公園だった。
賑やかな子供達の息吹は消え、どことなく淋しげな昼間とは違う公園。
この日、風が少し強かったせいもあって、私は海岸沿いの道ではなく、
住宅地の、この道を家路へと向かっていた。
紗耶香に近づこうとして、私は思わずはっと息をのんだ。
私の知らない人と紗耶香がいる。
そういう認識が、なんとなく声を掛け辛くし、思わず入り口付近の大きな樫の木に
身を隠すような格好になった。冷静に考えると、別に隠れる必要なんてなかったの
かもしれないけれど。
初めて見る名前も知らない女の人。
ジーンズのロングスカートと胸のところにシンプルなロゴの入った長袖Tシャツ、
それにスニーカーといったさっぱりとした軽装。
やわらかいシルエットのボブが、風にさらさらと揺れている。
顔までは、はっきりと見えないけれど、全体的に少女っぽい風貌からして、どうやら
私よりも年下みたいだ。
「誰だろう」
この辺では見たことのない人だった。
(友達かな、それとも絵の関係の人?)
私は、しばらく二人を観察し続けた。
- 566 名前:わたげ 投稿日:2001年08月11日(土)00時02分15秒
- ぱっと見た感じでも、二人は昨日今日知り合ったという間柄ではなさそうだ。
ブランコに座り、親しげに話し、時々微笑み合う。
そして、何より彼女は手話を使いこなしていた。それも私より流暢に。
今まで、紗耶香の友達の話なんて聞いたことがなかった。
もちろん紗耶香にも友人はいるだろうけれど、彼女はそういった自分の
周囲の人間関係について話をすることはなかった。
一度、そういう話になったことがあり、それとなく訊いてみたけれど、
私が普段、学校のことや圭織のことについて話すのと比べ、彼女は具体的
な話はせず、なんとなくお茶を濁されたような印象を受けた。
紗耶香は、あまりオシャベリな方ではないからかもしれないけれど、
とにかく彼女は自分の知人や友人、ましてや恋人についてなどを
匂わすようなことは決してなかったのだ。
まるで自分の過去を消し去っているような――謎めいて、ミステリアスで。
- 567 名前:わたげ 投稿日:2001年08月11日(土)00時02分53秒
- それだけに、紗耶香の、その人に向けられる安心した、馴れ過ぎた目が、
なんとなくショックというか、不思議な気持ちだった。
こんなに楽しそうに話す紗耶香を私は最近見ていないような気がした。
もしかしたら、初めからそんなものは見えていなかったのかもしれない。
そう思うと、なんだか急に淋しくなり、胸の辺りがきゅっとしまる思いがした。
私の知らない紗耶香の顔。
見知らぬその少女は、それを知っているのだろうか。
結局その日、私は声を掛けずに公園をあとにした。
- 568 名前:わたげ 投稿日:2001年08月11日(土)00時03分29秒
―――
どうかした?と、紗耶香は私の顔を覗き込んだ。
真夏の強い日差しは弱まり、秋のやわらかい優しい日差しに変わったせいか、
リビングの大きな窓に垂れ下がっていた簾は取り除かれていた。
私は、それになんとなく淋しさを感じつつも、頭の中では昨日公園で見た光景を
思い出していた。
気になっていることは、ただ一つ。
今まで一度も話題にすら出ていなかった紗耶香の知り合い――その人が一体誰なのか。
- 569 名前:わたげ 投稿日:2001年08月11日(土)00時04分27秒
「あのさ・・・昨日どっか出掛けてた?」
恐る恐る私は尋ねる。
『昨日?どこへも出掛けてないけど』
紗耶香は躊躇なくさらっと答え、ミルクティーに砂糖を2杯入れ、スプーンで
かき混ぜた。スプーンがコーヒーカップにぶつかる渇いた音が、何となく耳に障った。
「1日中?ずっと家にいた?」
言いながら、まるで浮気を追及する倦怠期を迎えた夫婦の会話のようで憂鬱になった。
『出掛けてないけど、なんで?』
ちっとも動揺せず、無表情に紗耶香は言う。
確かに私は昨日公園で紗耶香を見かけた。
彼女は嘘をついているんだろうか。それとも出かけたことを忘れてしまってるんだろうか。
「いや、あのね、昨日学校の帰りに寄ってみたんだけど、いなかったみたいだから・・」
咄嗟に、あまり意味のない嘘をついてしまった。
『ふーん、チャイム鳴らした?おかしいなぁ、家にいたはずだけど』
紗耶香があまりにも真顔で言うものだから、ひょっとしたら私が見間違えたのかもしれない
とさえ思え、急に自信がなくなってきた。他人の空似というやつだろうか。
けれど、灰色の厚い雲に覆われた今日の天気のように、私の心はどこか
釈然としなかった。
- 570 名前:わたげ 投稿日:2001年08月11日(土)00時05分12秒
その少女がどこの誰で、紗耶香とどういう関係なのか知ったのは、
その2、3日後だった。
ひょんな事から遊園地の割引きチケットを手に入れた私は、週末にでも
一緒に行かないかと誘いに、紗耶香の家を訪ねた。
久しぶり、と、玄関のドアを開けた真希は小さく微笑んだ。
「あ、お姉ちゃんなら出かけてるよ」
申し訳なさそうに真希は付け加える。
「そう。すぐ帰ってくる?」
「・・・分からない」
そう言って俯いた真希の沈んだ顔に、私は胸騒ぎを感じずにはいられなかった。
もしかしたら、紗耶香は公園で見かけたあの人と会っているのかもしれない。
一瞬そんな思いが頭をよぎる。
「どこへ行ったの?」
一呼吸空け、公園、と、真希はぽつりと言った。
やっぱりそうだ。紗耶香はこの前も出かけていたんだ。家にいたなんて嘘だったんだ。
「ありがとう」
言葉が勝手にとげとげしく響いていて驚いた。
「行かない方がいいと思う」
立ち去ろうとする私を真希は慌てて止めようとした。胸がドキリとした。
真希は何かを知っている。それが良くないことだということを、私はどこかで、
薄々感じていた。
- 571 名前:わたげ 投稿日:2001年08月11日(土)00時06分19秒
「実はね、私このあいだ紗耶香が公園で誰かと話してたのを見かけたの」
部屋にあげてもらい、私は単刀直入に言った。
真希は一瞬驚いたように顔を上げ、私を見つめる。
「もしかして、今日もその人と会ってるのかな?」
私はつとめて冷静な口調で言った。別に友達と会うくらいいいじゃないか、と自分自身に
言い聞かせるように。
「知ってたんだ・・・」
明らかに何かを含んだような真希の言い方に、私の胸を一瞬チクリと痛みが走る。
「この辺じゃ見かけない子だったけど、田舎の友達か何か?
高校生っぽかったし、夏休みも終わってるのに上京してきて大丈夫なの?」
余計なことを言ってしまった、とすぐに後悔した。
今の私はまるで冷静なんかじゃない。ひどく動揺し、おそらく真希がこれから
話そうとすることを、とても恐れていた。
- 572 名前:わたげ 投稿日:2001年08月11日(土)00時07分07秒
- 「高校生じゃないよ」
たっぷり10秒近く間を置き、真希は呟くように言った。
「そうなの?若く見えた」
アベナツミ、消えそうな声で真希は言う。
「え?」
「アベナツミっていうの。大学生。お姉ちゃんの幼馴染」
伏し目がちのまま、今度は心持ち大きな声で真希は言った。
幼馴染・・・
以前、紗耶香と真希は四国の高松の方で育ったと聞いたことがあった。
その幼馴染は四国からはるばる何をしにやって来たんだろう。
漠然とそんなことを考えながら、私は視線を窓の外へ投げた。
相変わらず手入れの行き届いた美しい花に、吸い寄せられるようにして二匹の
トンボが飛んでいる。今年初めて見るトンボに、私は少しだけしみじみとなった。
- 573 名前:わたげ 投稿日:2001年08月11日(土)00時08分26秒
「私、あの人嫌い」
子供じみた真希の口調に、再び私は現実に引き戻される。
「あの人はお姉ちゃんを連れていこうとするの」
私は、はっとし、目を見開き真希を見た。抱え込んだ膝の上に顎を乗せ、
唇をきゅっと締め視線は床に落としたままになっている。
「連れていく?」
彼女の言っている意味がよく分からなくて、私はすぐに訊き返した。
「2年前、駆け落ちをしようとしたの・・・」
苦しそうに真希は言った。
「駆け落ち?」
私はバカみたいにオウム返しをする。頭の中がひどく混乱し、彼女の言葉を
うまくのみ込むことが出来なかった。
真希は少しだけ視線をあげ、中空を見据えるようにして静かに話し始めた。
- 574 名前:わたげ 投稿日:2001年08月11日(土)00時09分07秒
- 「お母さんが死んで2ヶ月くらいした頃だった。お姉ちゃんが出掛けたっきり
帰ってこない日があって、私、心配でずっと寝ずに待ってた。
そしたら明け方になって目を真っ赤に腫らしたお姉ちゃんが帰ってきたの。
あんなに弱々しくて小さくなったお姉ちゃん見たことなかった。
お姉ちゃん、東京行きのチケットを2枚持ってた。
あの人は約束の場所に来なかった・・・お姉ちゃんを連れて行こうとして、
そして、お姉ちゃんを裏切って傷つけたの」
生気のない真希の目はとげとげしく、決意を示すように冷たく光っていた。
この眼差しは以前にも見た覚えがある。彼女と初めて喫茶店で会った時だ。
「どんなことをしてもお姉ちゃんを守っていくの」そう言った時と同じ目をしていた。
初めて耳にするその話に私は動揺を隠すことが出来なかった。
紗耶香が駆け落ちをしようとしていた。それも女の人と。
膝に置いていた自分の手がショックで震えているのが、はっきりと分かった。
真希の言葉を頭で理解するには、ずいぶん時間がかかったと思う。
長い沈黙の中、鈴虫の鳴き声だけが、騒がしいほど五月蝿く耳にこびり付いていた。
- 575 名前:わたげ 投稿日:2001年08月11日(土)00時10分03秒
- 一体どういう気持ちで、紗耶香は駆け落ちなんてしようとしたの?
ふたりはどういう関係なの?
なぜ、今更ふたりは会っているの?
紗耶香に対する不信に近い疑問が次々と浮かび上がってくる。
ふと、真希に視線を戻すと、彼女は前歯で下唇を噛みしめ、何かに怯えるように
小さく震えていた。
真希の気持ちを思うと、私は激しい憤りを感じずにはいられなかった。
母親が亡くなってすぐに、しかも父親もいなく姉妹たった二人っきりで
暮らしていかなければいけないという状況で、まだ幼い妹を一人残して
紗耶香は行こうとした。
そう考えると、ミゾオチの辺りがむかついて空っぽな感じがした。
どんな理由があるにせよ、あんまりだ。酷すぎる。
とてもショックだった。紗耶香が許せないと思った。
悲しみや失望は憎しみに似ている。憐れで、惨くて、それらは確実に人を醜くする。
だから私は、今まで誰かを心から憎んだことはなかった。そうしないように自分を戒めてきた。
けれど、まさに今、私はその憎しみの波に飲み込まれそうになり、必死に耐えているのだ。
大好きだったあの人が、憎しみの対象に変わってしまわないように。
- 576 名前:わたげ 投稿日:2001年08月11日(土)00時10分59秒
「また、お姉ちゃん私を置いてどこかへ行こうとしちゃうよ・・・」
真希は、すがるような目で私を見つめた。
おねがい、助けて、と、私に訴えかけるような目は心持ち潤んでいるように見える。
その途端、耐え続けてきた私の中の何かが、ゆっくりと壊れてゆくのを感じた。
壊れて、どんどん位置がずれてゆき、前にはそれがどこにあったのかさえ、
もう思い出せない程に変わってしまう。
私は茫然と真希を見つめていた。
私に一体何ができるんだろう。
助けてもらいたいのは、むしろ私の方だったのかもしれない。
この話だって、もしかしたら真希の作り話かもしれない。
心のどこかで、そう思いながらも私は悲しいほど真希に懐柔されていたのだ。
- 577 名前:作者です 投稿日:2001年08月11日(土)00時18分59秒
- 大変更新が遅れて申し訳ありません。
家の方でバタバタと色々ありまして、10日ほど机に向かうことが出来ませんでした。
読んでくださっている方、本当にすみません。
たぶんあと2回か3回で終わります。
ヽ^∀^ノ<なっち
( ´ Д `)<お誕生日
(〜^◇^〜)<おめでとう
( ● ´ ― ` ● )<したっけ、間に合ってないべ
>>560
ありがとうございます。
市井姉妹の幸せ・・・
書いている私が言うのもなんですが、すべての幸せを願います。
>>561
ありがとうございます。
遅すぎる登場かもしれないですけど、ひとつの鍵を握る人物です。
中澤さんと迷ったのですが。
>>562
ありがとうございます。
小悪魔なっちいいですね(w
どんな人かは続きをご覧下さい。
>>563
ありがとうございます。
ヽ;^∀^ノ<なっちは天使だよ・・・
小悪魔なっちの御期待に添えられるかどうかはちょっと自信ないですが
最後まで読んで頂けたら嬉しいです。
>>564 ななしむすめさん
更新が遅れて本当に申し訳ありません。
もう少しで終わりますので気合い入れてがんばります。
- 578 名前:名無し読者 投稿日:2001年08月11日(土)03時29分00秒
- 完結まで間近ですか…後藤はどうなるのかな
だいたいの流れはもう決まってるんでしょうね
マジですごく楽しみにしてます
- 579 名前:名無し読者 投稿日:2001年08月11日(土)04時04分27秒
- なにやら雲行きがかなり怪しくなってきましたね。
もう少しで終わりとのことですが、どうなってしまうのか不安でしょうがないです。
- 580 名前:名無し読者 投稿日:2001年08月29日(水)03時01分07秒
- 続き、お待ちしてます……
- 581 名前:名無し読者 投稿日:2001年09月02日(日)20時28分50秒
- もしかしてもう引っ越ししてしまいましたか?
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