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願い

1 名前:名無しさん 投稿日:2001年01月08日(月)02時59分34秒
あたしには、一つ下の妹・梨華がいる。
梨華は小さい頃から体が弱くて、入退院の繰り返しだった。
両親はあたしが12歳の時に亡くなってるから、別々のところに引き取られた梨華とあたしは名字が違う。
あたしは、市井さん。梨華は、石川さんという人に引き取られたから。
もちろん、住んでいる所も違う。でも、家はそんなに離れていなかったから、毎日のように
病院にお見舞いに行っていたけど。
でも、そんな梨華も4月から高校生。ちょっとずつ大人への階段へと登り始めた時、
弱かった梨華の体は、だんだんと良くなっていって、先生に「あと二週間で退院ですよ」と言われた次の日。

あたしは、事故にあった。
2 名前:名無しさん 投稿日:2001年01月08日(月)03時00分13秒
目を開けるとそこは、真っ白な世界。さっきまであたしが見てた世界とは全然違う。
「どこだ?ココ」
そうあたしが言おうとした時、後ろから声がした。

「天国と地獄のはざまの世界へようこそ、市井紗耶香さん」

バッと後ろを向く。
そこにいたのは、黒いスーツを着ていて、その黒スーツに似合いそうにない派手な金髪のオバサンが立っていた。

「オイ! 誰がオバサンやねんコラァ!!」
「ゲッ!」
なんで人が思ってること判ったんだ!? あたしは声に出してないぞ!
「フフン。アタシは人の心が読めんねん。こう見えてもエライからな」
得意げに笑う、意味不明な人。
「意味不明な人ちゃうわ。アタシの名前は中澤裕子。
職業は、エリート街道まっしぐらの死神。給料も、他の仕事の倍やぞ、倍」
いや、職業のことを聞いてるんじゃなくて…。
「なんや、じゃあ何が聞きたいねん」
「それは……って、人の心を読んで会話するなよ!」
「悪い悪い。常にスイッチオンにしとるから。まあええやん、だってもうクセやし」
……まったくと言っていいほど、中澤裕子さんの言っている事が判らない。
何をスイッチオンにしてるのか、何がクセなのかも。
「あ、裕ちゃんでいいよ。『さん』付けはあんま好きちゃう。
だから、心を読む“気”を、常にオンにしてるってことや。職業上、常に使うから、もうクセやねん」
「……じゃあようするに、“裕ちゃん”は、普通の人間じゃないってこと?」
「ま、あんたらから見たらな。こっちの世界では普通の人間やけど」
思ったことがひとつ。

「それじゃああたしはなんでこんなところにいんの? 裕ちゃんとあたしは、違う世界の人間なんでしょ?」
「え? そんなん簡単やん。あんたが、死んだからや」
「は?」
「だからぁ!……わかった、もう一回言おか。
………天国と地獄のはざまの世界へようこそ、市井紗耶香さん」

それを聞いたあたしは、卒倒しそうになった。
3 名前:名無しさん 投稿日:2001年01月08日(月)03時01分29秒
とりあえず座れや、と言われて、渋々腰を下ろす。
だんだんうる覚えだった記憶が、甦ってきた。

あの時、車に轢かれた時、あたしはたぶん死んだんだ。
その死に間際、走馬灯が駆け巡って、意識が薄れていく中あたしは見た。
目の前で能天気に手を振ったりなんかしてる、中澤裕子、この人を。

「あの時手ぇ振ってた人は、裕ちゃんだったんだね…」
「ん? そうやそうや。仮死状態やったから見えたんかな?」
「てか、自分何してたの? この世界の人なのに、なんであたし達の世界にいたの?」
「だって、あたしは死神やもん。魂をここに連れて逝くのは、死神の仕事やからなぁ」
「そっかぁ……」
変に納得。って、納得してる場合じゃない。

「ねえ、あたし、死んだんだよね? でもさ、死んだ後ってどうなんの?
あたし、梨華に…妹に会わなくちゃダメなんだけど」
「はあ? 何言うてんねん。アカンで、会われへんで。それに、今は判定待ちや」
立とうとするあたしの腕を掴まえて、裕ちゃんが言う。
「……判定待ち? 何のさ」

「天国か、地獄逝きかのや」

はい? 
一瞬、わけが判らなかった。

「だからぁ、なんぼ言ったらわかんねん! ここは、天国と地獄のはざまの世界って言うたやろが!
今は判定待ちやねん! あんたの今までの人生、天国逝きか地獄逝きかのな!」
「あ、あの…」
そんな逆ギレされてもですね。
「うっさい! 黙っとれ!!」
ムカッ。そんなこと言われちゃ、さすがに黙ってりゃいられませんぜ。
「しょうがないだろ、混乱してんだから! それに、判定なんか待ってらんないんだ!
あたしは梨華のお見舞いに行くつもりだったんだ! 昨日、梨華の好きな花買って来てやるって約束したんだ!
こんなとこなんかにいられない……。あたしは、戻んなきゃいけないんだ……っ……」

久しぶりに涙が出てきた。久しぶりに出た涙は、当分止まりそうにもない。
4 名前:名無しさん 投稿日:2001年01月08日(月)03時02分24秒
「梨華はちっちゃい頃から体が弱くて、自分で言うのもなんだけど、お姉ちゃん子だったんだ。
あたしがそばにいてやらないとすぐに泣いてたし。
それに、梨華の体は、あと2週間で治るってお医者さんに言われてて。
でもあんまり強い衝撃とか受けたら、また元に戻る可能性があるけどって…。
あたしが死んだって聞いたら、梨華のあと2週間間で治る体が、また元に戻っちゃう!
だから戻んなきゃ! 梨華のいる世界へ、戻んなきゃいけないんだ!」
もう、梨華のそばについててやれない。
一緒に、がんばっていくことができない。
梨華に、もう逢えない。

そんな気持ちが、更に涙を止まらせなくした。

「わ、悪かった。逆ギレして、言葉が荒くなったことは謝る。
だから、泣くのはやめようや。ほんまカンニンっす」
そんな事言われても、涙が止まってくれないんだよ。
そう心の中で答えを返すと、裕ちゃんは困った顔をした。

ピピッピピッピピッ

突然どこからか鳴り出す、電子音みたいな音。
裕ちゃんはその音を聞いて、「ラッキー!」と叫んで、胸ポケットから携帯を取り出しどこかにかけ始めた。
オイオイ、この世界の人達も、ケータイとか持ってんのかよ。
おさまりそうにない涙を拭いながら、あたしはそんなツッコミをしてみた。
5 名前:名無しさん 投稿日:2001年01月08日(月)03時03分06秒
 +++++++++

「え? ホンマですか?……ああ、はい。そうです、ええ。
じゃあオッケーなんですか? はいはい、わっかりました。本人にもっかい聞いてみます」
そうしてしばらく経った。
やっと電話が終わったのか、裕ちゃんがこっちに戻ってきた。

「あんた、戻らなとか言うてたよな?……いい話があんで」

だから泣き止んでくれ〜。
その“いい話”を聞いて、あたしは裕ちゃんの言うと通り、泣き止むことに成功した。

“いい話”の簡単な説明をすると、
裕ちゃんは上司の“つんくさん”という人に、あたしが元の世界に戻りたいと言ったことを伝え、
なんとかしてもう一度梨華に会わせてやろうと考えたらしい。
でも、その“つんくさん”という人は、とんでもないことを言い出した。

「何やったら、その妹が退院する2週間の間、生き返らせてやってもええで。
ただし、ほんまはそんなことしたら違反やから、天国逝きから地獄逝きに変更するけどな」と。

あんの逝き先は、天国やったからそんな事つんくさんが言ったんや。
裕ちゃんは言った。
地獄逝きの奴を連れて行った方が、給料ええからな。
とも。
ようするに、天国逝き(さっきの電子音みたいなのは、裕ちゃんに聞いた所、審査の結果天国逝きだったという音らしい)
案内をするよりも、地獄逝きの案内をする方が儲かるらしく、天国逝きのあたしの願いも聞き入れ、違法を犯し、
地獄に落として案内しようというのが“つんくさん”の考えらしい。
6 名前:名無しさん 投稿日:2001年01月08日(月)03時03分41秒
「どうする? ま、立場上こんなこと言うたらホンマはアカンねんけど、地獄はあんたに向いてない。
大人しく妹のことはあきらめて、素直に天国逝った方がいい」
あたしだって、そりゃ逝くなら天国に逝きたいさ。
でもさ、やっぱりムリだ。
あたしには、まだ心残りがある。
梨華が大人になるのを見届けてやらなきゃいけない。
かわいい妹の為なら、どんな苦しい所でも耐えてやるさ。

「……あんた」
あたしの心を読んで、裕ちゃんは渋い顔をした。
「……うん。裕ちゃんの給料アップに協力してあげようと思って」
「……ちっ」
髪を掻きあげて、祐ちゃんは軽く舌打ちをした。

「……ったく。しっかりつかまっとけよ」
「え?」
あたしの両肩を掴み、気を集中させている裕ちゃんに質問。
「送ってくれるの? っていうか、裕ちゃんも一緒に来んの?」
は?何を当たり前のこと。
そんな裕ちゃんの表情。
「じゃなきゃ誰がアンタ見張んねん。誰がもっかいココに連れていくんじゃ」
アタシは、アンタの担当やねん。
だから、あんま面倒と泣くことだけはせんといてくれよ?

その言葉と同時に、あたし達はそこから消えた。
7 名前:ま〜 投稿日:2001年01月08日(月)03時34分17秒
おお!続き期待♪
8 名前:名無しさん 投稿日:2001年01月08日(月)03時36分23秒
おぉっ 新しいのが始まってる!
面白いッスね! 期待してますぜ!!
9 名前:名無しさん 投稿日:2001年01月08日(月)13時33分20秒
もうすぐ学校が始まる…。
今のうちに、アップしとかねば。

>ま〜さん
早速のレス、ありがとうございます。
出来るだけ短期でアップするので、もしよければまた見てやって下さい。

>8さん
面白いと言ってくれて、とても嬉しいかぎりっす。
10 名前:残り14日 投稿日:2001年01月08日(月)13時33分55秒
ウィン!  ドンッ!

「いってぇ!!」
テレポートした直後、しりもちをついてしまった。
<あ、悪い悪い。足元気ぃ付けろって言うの忘れてたわ>
その言葉が妙にウソっぽいと思うのは気のせいだろうか。
わざと言わなかったんじゃないのか?

「……くそう、まあいいさ。……っていうか、裕ちゃんここって…」
看護婦さんがいる。先生もいる。
しかも全員、変な目であたしを見ている。
<梨華ちゃんが入院してる病院や。ホンマは病室にテレポートしてあげたかったけど、
梨華ちゃんにバレたら困るやろ? だから、廊下にしたんや>
「あ、ありがとう」
感謝の気持ちを込めて、握手を求める。
が、しかし。
握っているのは裕ちゃんの手じゃなく、自分の手。

「……あれ?」

どうなってんのさ。
それを口に出さなくても、裕ちゃんには伝わる。
勝手に人の心読むからね、この人は。
<ほら、アタシ違う世界の人間やん? だから、こっちの世界じゃ実体化せーへんねん。
ま、ユーレイみたいなもんや。アタシの喋ってる声も、あんた以外には聞こえへんしな>
あ、そーゆう事ね。
どうりでさっきから通るみんなが、白い目で見るわけだ。

「ねえ、あの子、一体誰と喋ってんの?」
「心療内科の子?」
「かっこいい顔してんのに……」

ねえ裕ちゃん、もうちょっと早く言って欲しかったな。
11 名前:残り14日 投稿日:2001年01月08日(月)13時34分34秒
「うぃ〜すっ!」
一旦病院を出て、約束の花を買ってから梨華の病室に。
一応念のため、服はもうチェックした。事故の時の血とか付いてないかとか。
ほんとは付いてたらしいけど、裕ちゃんが気を利かせて元に戻してくれたみたいだ。
もちろん、梨華にはあたしが一度死んだことを言うつもりはない。
2週間後には、いずれ判ることかもしれないけどさ。
それまでは、いつも通りに接するんだ。

「梨華元気か〜?」

いつも通りの男前スマイルを作ったつもりだった。
いつも通りに、梨華のそばの椅子に腰掛けるつもりだった。
でも、アイツがいたんだ。

「あ、市井さん。こんちは」

吉澤ひとみ。梨華の恋人。

<何? 梨華ちゃん恋人おったんか>
(そおだよ。あたしは認めてないけどね)
さっきのことで学習して、心の中で答えを返す。
裕ちゃんに答えを返しながら、あたしは一つオカシイことに気づいた。

「…吉澤ぁ」
「え、あ、はい」
「自分、何手繋いでんの?」
「え?」

あたしの視線は、吉澤の右手へ。
吉澤の視線も、あたしの視線を追って右手へ移った。

「あ……」

バツが悪そうに、あたしを見上げる。
梨華と半年以上になる吉澤は、梨華と自分がイチャついている所を見ると、
あたしがどんな態度に出るかわかっているのだ。
<なんやなんや、ヤキモチか自分?>
裕ちゃんの弾んだ声が頭に響くけど、あたしは無視して繋いだ手を引き離しにかかった。

「このバカヤロー! 梨華と手を繋ごうなんざ、一億万年早いんだよ!!」
12 名前:残り14日 投稿日:2001年01月08日(月)13時35分14秒
<シスコン>

絶対言われると思った。
今後の付き合いもあるから、ここは必ず否定しとかねば。
(違う。あたしはシスコンじゃない。ただ、まだ手を繋ぐの早いと思って。
あのタラシから梨華を守ってるだけっす)
<でもあの子は梨華ちゃんの恋人やろ?……あ、もしかして自分――>
(大丈夫。裕ちゃんが思ってるようなことは絶対ないから)
質問を先読みして、クギを打っておく。
たぶん、質問の内容はこうだろう。

<シスコン通り越して、梨華ちゃんのこと愛してるとか?>

裕ちゃんの顔を見たら、図星だという事が判った。
(いくらなんでも、それはないよ。あったら、ちょっと恐いっしょ)
<くそっ>
悔しがる裕ちゃん。
……もしかして、そんなのあって欲しかったの?
あたし、そんな風に見えた?
さすがにちょっと、恐くなった。


それから裕ちゃんに何度も「あたしは梨華をそんな風には見てないからね」と誤解を解く。
気づくと、梨華に追い出されてから、一時間近く経っていた。

追い出された原因はいつものこと。
病室で、大きな声を出したから。
吉澤に、文句を言ったから。
「手を繋ぐくらい、いいじゃない!」と怒鳴られたから。

(もうそろそろかな…?)
一時間くらい経ったから、梨華の機嫌ももう直っているだろう。
さっぱりしてるやつだから、機嫌が直るのも早いんだよね。
おっし。
(裕ちゃん戻るよ〜?)
13 名前:残り14日 投稿日:2001年01月08日(月)13時36分27秒
梨華の病室に戻る途中、裕ちゃんがソワソワして落ち着かなくなった。
(まあ、それまでも落ち着いてなかったけどね)

(どしたの?)
って聞いても
<ん? ああ……>
って言って答えを濁すし。
(ちょっと、ほんとにどうし――)
言葉を続けたかったけど、それは誰かの声によって遮られた。

「しつこいなぁ! 手術はしないって言ってんじゃん!!」
「何言ってんの! あんた、この前までは『する』って……」
「二ヶ月も前の話じゃん! 気が変わったの!」

なんだなんだ? あの突き当たりの部屋から聞こえたぞ。
「矢口さん! あんまり興奮しないで!」
看護婦さんが、その声のした部屋に入って行く。
“矢口”さん? 聞いたことないなぁ。ま、広い病院だから、当たり前だけど。
14 名前:残り14日 投稿日:2001年01月08日(月)13時37分00秒
<……そっか。あっこからやったんか…>
(え?)
<いや、嫌なオーラがしたからな。もうすぐ死んだりする人に出てくるやつ。
もちろん、普通の人には判らんで? 死神だけや。
病院は、そんなオーラがいっぱいでてるから嫌やねん>
さすが普通の仕事の給料倍だけあって、問題とかが色々あるんだな。

<まっでも、あの子の場合は手術したら助かるみたいやな。でも本人がさっきみたいに
手術せーへんて言ったまんまやったら、間違いないなく死ぬ。
死ぬの判ってんのに、手術せーへんあの子の気持ちがイマイチわからんけどな。
もったいない、かわいい顔してんのに。
そのうち、アタシがあんたを見張ってたように、あの子にも見張りがつくやろな。
………たぶん、アイツあたりが>
(え? じゃあさ、裕ちゃんって死に間際だけあたしのそばにいたんじゃなくて、
それまでにもあたしのそばにいたの?)
<そうや? 誰にジャマされるか判らんからな。
死ぬっていうても、100パーちゃうねん。もしかしたら奇跡が起きて、助かるかもしれんからな。
死神は、見張ってて確実に連れて逝かなあかんから>
という事は。
(じゃああの矢口っていう女の子が手術するとかって言う可能性があるわけだ)
看護婦さんたちに抑えられて、渋々ベットに横になってる金髪の矢口って女の子を見ながら。
<可能性大やん。だから、それを阻止するために、見張りが来んねん。
死者リストに載った子を連れて逝かな、給料パーやからな。
なんとしてでも、阻止すんで。説得してる相手の子の性格イジって、『やっぱすんな』とか
平気で言わしたりとか>

だから、あんたも変な事して、2週間しかない命減らすなよ?
あんたは、おせっかいそうやからな。

まだ矢口って子をずっと見てるあたしに、裕ちゃんは冷たく言った。
裕ちゃんの言葉が、なんだかずっと頭に残ってた。

15 名前:名無しさん 投稿日:2001年01月08日(月)23時58分54秒
おもろすぎ。
中澤が好きだ。
16 名前:wahaha 投稿日:2001年01月09日(火)07時51分18秒
おもしろいよ〜。
続きが読みたくなっちゃうね!
作者さん頑張れ!!!
17 名前:名無しさん 投稿日:2001年01月11日(木)08時55分51秒
続き期待してます。
18 名前:名無しさん 投稿日:2001年01月11日(木)13時46分34秒
どーでもいいけど、死体が突然消えて
事故現場は大騒ぎだろうなー。(w
更新、のんびりと待ってるッス。
19 名前:残り13日 投稿日:2001年01月13日(土)14時02分16秒
今日は梨華に、あたしを引き取ってくれた伯母さんから果物の差し入れ。
でも、その中に入っていたリンゴの皮をむいてるのはなぜか梨華。
普通は、あたしがむく役目なのに。ましてや、梨華がむくと…

「オイオイ、もうそれ以上はむくなって。
梨華がむいたら実がなくなるからやめた方がいい」
あたしが注意した時にはもう、リンゴは原形をとどめておらず、
「これ元はリンゴだったの!?」と疑いたくなるほどだった。
<へったくそやな〜、裕ちゃんの方がナンボか上手いぞ>
隣でだるそうに梨華を眺めながら裕ちゃんが言う。
(あのね、梨華は料理なんて今までアブなくてできなかったの。下手で当たり前!)
<けっ、このシスコンめ>
(……………)
言い返そうと思ってやめた。裕ちゃんの前に、梨華を止めなきゃ。

「ほら、もうあたしがむくから梨華は休んでなって」
「いいよぉ、私がむく。退院したら叔母さんにいっぱい料理教えてもらってよっすぃーに食べさせてあげたいんだもん。
それなのに、リンゴの皮もむけないようじゃ、よっすぃーに嫌われちゃうよ」
「でもさ……」
いくらなんでも、原形をとどめてないリンゴはひどすぎるぞ。
それに、吉澤が梨華を嫌うわけないじゃん。
でも梨華はあたしのそんなツッコミも知らず、言葉を続ける。
「それに、もしお姉ちゃんが病気が何かで寝込んだ時、いつもあたしにむいてくれたみたいに
私もお姉ちゃんにむいてあげれるでしょ?………その為の練習でもあるんだよ」
照れくさそうに、梨華は微笑った。
「梨華……」
そんな梨華がとっても愛しくて。
あたしは、そっと抱きしめた。

「お、お姉ちゃん…?」
肩に顔を埋める。出てくる涙を抑えようと必死だった。
梨華のその言葉が嬉しくて泣いた。
梨華のその言葉が哀しくて泣いた。

ごめんね?

お姉ちゃん、病気で寝込むより先に死んじゃったよ。
お姉ちゃん、梨華がむいたリンゴを食べるより先に死んじゃったよ。

ほんとごめん。
でも、すっごく嬉しいよ。


ねえ裕ちゃん?
あたし、この時だけは裕ちゃんに賛成するよ。
あたし、シスコンだわ。
裕ちゃんは、それを聞いて微妙な顔で微笑った。
20 名前:残り10日 投稿日:2001年01月13日(土)14時03分01秒
それから順調に日は過ぎて行って、梨華の退院の日まであと10日になった日。
検査に行った梨華を待つ間病院をウロウロしていると、あの時の“矢口”って人を見つけた。
あんまり看護婦さんとかが通らない所で、一人胸を押さえてうずくまっていた。

<あらら。もうそろそろヤバイみたいやな>
呑気にタバコを吹かしながら矢口を見ている裕ちゃん。
(よくそんな落ち着いてられるね!)
あたしは、急いで矢口に駆け寄った。


「ちょっと大丈夫!? 今看護婦さん呼んでくるから!!」
そう言って大声で看護婦さんを呼ぼうとした時、手を掴まれた。
「っいい!……よばなく…て、いーから……!
呼んだら、そのまま手術室に運ばれちゃう……」
「な、何言ってんだよ! そんな事言ってる場合か? すっげえ苦しそうじゃん!」
「…だいじょぶ。……すぐ治まる……くっ…はぁ……」
ちょっとはマシになったのか、顔から汗がひいた。
今は、胸を押さえて息を整えている。

「ダイジョーブ……?」
改めてあたしは聞いた。返ってきたのは
「……おう。オイラはそう簡単にはくたばらないぞ」
とってもお茶目な答えだった。
21 名前:残り10日 投稿日:2001年01月13日(土)14時04分56秒
「アリガト。心配してくれて。
時々こういう発作が起きるんだよね。場所わきまえないから困っちゃってさ。
ほんとはそんな時誰かにいてくれた方が助かるからよかったよ。ほんとアリガト」
「あ、いや、そんな礼言われる程じゃ……」
「照れてんだ? かーわいー!」
抱きしめられる。全身真っ赤になった。
「や、やめろよ!」
それを悟られたくなかったあたしは、離れようと思って押してしまった。

「った!」
「あ、ご、ごめん!!」
急いで抱き起こす。
何てことしたんだ。あたしって奴は、さっきまで苦しんでいた子を押してしまった。
裕ちゃんはおもしろそうにあたし達を眺めている。
<そこでそのままチューしたったらええねん>
………後で覚えてろよ、裕ちゃん。

「にしても大丈夫? どっか打ってない? また苦しくなったりとか……」
「ダイジョーブだよ。こんな程度じゃ、死んだりなんかしないよ。
……それより、この構図はヤバイと思うんですけど……」
言われて気づいた。確かにかなりヤバイ。
まるで映画のワンシーンのように、あたしは矢口を抱きかかえ、今にもキスをしそうだったのだ。
「わっ! ごごごごごめん!!」
今度は押さないように、気をつけて離れる。
矢口は、裕ちゃんと同じで、おもしろそうにあたしを見ている。
無邪気に笑う矢口を見て、あたしはまた顔が赤くなった。
22 名前:残り10日 投稿日:2001年01月13日(土)14時05分37秒
「ね、名前なんて言うの? 矢口は…ってもう言ってるけど、矢口真里。
自分も自分のこと矢口って呼んでるし、あなたも矢口でいいよ」
言われる前に、もう矢口って呼んでました。看護婦さんが矢口さんって呼んでるの聞いてたから。
「あ、うん。あたしは市井紗耶香っす」
「じゃあ紗耶香か。おもしろいよね、紗耶香って」
「いや、別にあたしは何も……」
「いやあ、おもしろいよ。ね、紗耶香は何で病院にいんの?
患者ってわけじゃなさそうだよね」
「うん。妹が入院してて。そのお見舞い。あと、2週間で退院だけど…」
「そっかぁ…妹いるんだ。いいなあ、その妹。こんな男前な姉ちゃんいてさ」
「いや、そんなおだてても何も出ないよ…」
かなり恥ずかしい。自慢じゃないけど、そんな事はよく言われる。
その度にあたしは笑って返すんだけど、矢口の前じゃあそれは出来なかった。

それから梨華の検査が終わるまで、あたし達は話をしていた。
その時間は夢のような時間みたいで、こんな時間がずっと続けばいいと思っていた。
胸の鼓動は、早くなっていくばかりだった。
23 名前:名無しさん 投稿日:2001年01月13日(土)14時06分11秒
まだ半分もいってない…。
それなのにこんな遅いペース。大丈夫なのか?俺。

>15さん
中澤は書きやすいんです。
自分も中澤が一番好きだったりする(w
>wahahaさん
おもしろいと言ってくださってよかったです。
これからもっとややこしくなっていくんで、それでもよければ見てやって下さい。
>17さん
ありがとうございます。
励みになります
>18さん
そうだ。すっかり忘れてました、それをフォローするのを(爆
そうだよ、ほんと大騒ぎですよね。反省……。

24 名前:名無しさん 投稿日:2001年01月13日(土)14時18分29秒
いやー待ってました
続き期待してます。
25 名前:名無しさん 投稿日:2001年01月13日(土)20時32分27秒
こんなお姉ちゃん欲しい〜〜
楽しみにしてます。
がんばって下さいね
26 名前:名無しさん 投稿日:2001年01月14日(日)00時39分00秒
学校が休みの日は、頑張って更新するぞ!
できる時にしとかなきゃね…。

>24さん
待たせてごめんなさい。頑張って早めにアップします。
>25さん
こんなお姉ちゃん欲しいっすねぇ、ほんとに。
でもお兄ちゃんでもいいかも…(自爆
27 名前:残り9日 投稿日:2001年01月14日(日)00時39分48秒
「久しぶりだな〜外。やっぱり桜咲いてるんだね〜」
最近ずっと病院の中にいたからか、梨華が中庭に出たいと言い出した。
なので、一応念の為あたしと吉澤も梨華に付き添っている。
庭には梨華が言った通り桜が咲いていて、とっても綺麗だ。
ボーッと桜を眺めていたら、梨華が不意によろけた。

「梨華!!」 「り――」

姉のあたしより先に梨華の名を呼び、姉のあたしより先に梨華に駆け寄り受け止めた吉澤。
同時に、梨華を支えようと思って出した右手の行き先が虚しくなって、
あたしはそのまま右手をポケットに突っ込んだ。
その時、軽く奥歯を噛み締めた。

目の前にいるハズなのに、遠くにいるような感じで聞こえる二人の会話。
たぶん、「ありがと」か何か言ってるんだろう。それを、柔らかい笑みで返す吉澤。
なんだか、少し妬けてしまった。
なんか、あたしが入り込む余地ないよ。
すっごい、絵になってる。
28 名前:残り9日 投稿日:2001年01月14日(日)00時40分22秒
<……紗耶香>
あたしの気持ちを読んだのか、二人の様子を黙って見ていた裕ちゃんが声をかけた。
<なに落ち込んでんねん! アイツやったら、安心して梨華ちゃん任せられるやん!
………あんたが、おらんようになってもな>
おらんようになっても……か。ハハ。
(……だね)
<………やろ? シスコン紗耶香さん?>
(だ〜か〜ら〜、シスコンって認めたのはあの時だけだって!)

言葉ではそう言ったのに。やっぱりどこか淋しかった。
29 名前:残り9日 投稿日:2001年01月14日(日)00時41分35秒
その後、さすがにちょっと居心地が悪くなったあたしは、今だラブラブ中の二人に断わりを
いれて帰ろうした時、何者かに後ろから飛び蹴りされた。

「キャハハッ、悪い悪い。痛かった?」

何回か聞いた事のある独特な笑い声。ちょっと舌ったらずな喋り方。
<あ、矢口やん>
そう、矢口だ。

「って、どうしたのさ、なんでここに」
ほんとはかなり痛かったけど、無理して顔を作って平気なフリ。
「いやあ、ちょっと気分転換。あの部屋ん中にいたら、センチメンタルなことばっか
思い出しちゃうからね。それに、部屋から紗耶香が見えたから。だから来た」
………頭が、クラッときた。
何か、矢口のそんな何気ない一言で、あたしはかなりまいってる気がする。
「ねね、あそこにいるのが紗耶香の妹?」
「ん? あ、うん」
「へ〜、似てるね、二人」
「よく言われる」
嘘じゃなかった。自分でもそれは思う。
「でもさ、矢口外出てて大丈夫なの? 昨日発作起きてたのに…」
「ん〜? ああ、ダイジョーブダイジョーブ。オーケイオーケイ」
何がどうダイジョーブでオーケイなんだろうか。全然答えになってないような気がする。
それに、そんな元気に言う矢口の後ろに、誰かいるのは気のせいじゃないだろう。

<圭坊や……>

裕ちゃんの声が耳に入った。
裕ちゃんがあの人を知っている。黒服のスーツは、裕ちゃんと同じ。
ということは。
あの人は、裕ちゃんと同じで死神だ。
矢口を、案内するために来たんだ。
矢口の手術を、しろと言う人を阻止しに来たんだ。
もうすぐ、矢口は死ぬんだ。

あたしは、唾を飲み込んだ。
ゴクッて音が、とても大きく感じた。

30 名前:名無しさん 投稿日:2001年01月14日(日)00時53分39秒
おもいろいっす。
ちょっとさやまりってとこがなおよいね。
続き期待します。頑張ってください。
31 名前:名無しさん 投稿日:2001年01月17日(水)22時46分59秒
催促あげ
続き期待!
32 名前:名無しさん 投稿日:2001年02月02日(金)18時32分09秒
続きが気になるよー。
33 名前:名無しさん 投稿日:2001年02月13日(火)23時13分47秒
続きー!!
34 名前:残り9日 投稿日:2001年02月19日(月)14時38分20秒
なんだか、あの人は恐い。
目が合った時、そう思った。
顔が恐いとか、そうゆうことじゃなくて。
裕ちゃんと違うということだけは判った。

<紗耶香>
(え?)
圭坊って人と視線を合わせないように下を向いていたら、急に声をかけられた。
<いいか? 寿命縮められたくなかったら、もう矢口とあんま関わんな。
アイツは、自分の仕事を邪魔したりするようなヤツは、どんな手を使ってでもアンタを殺す。
例えば、矢口を説得して手術させようと考えてたりとか。
そんなことしようもんなら、タイムリミットまでに、地獄逝きになる>
裕ちゃんがそう言ったと同時に、圭坊って人が、微笑った気がした。
嘘じゃない。裕ちゃんが言ったこと。
この人は、絶対にあたしを殺す。

(………判ったよ)

だからあたしは、矢口から逃げたんだ。
35 名前:残り6日 投稿日:2001年02月19日(月)14時39分33秒
あの事を聞いてから、矢口とは会ってない。
ほんとは、何回か病室の前をウロウロしたりしたんだけど、やめた。
恐いんだ。あの人の目を見るのが。
あたしの弱い心、全部見透かしているようで。
まだ死にたくないんだ。梨華のそばにいたいんだ。

なのに、あたしは矢口のことばかり気にしてる。


「……ちゃん、お姉ちゃん」
「………へっ?」
梨華の独特な声が流れてくる。
「わ、悪い。ちょっと考え事してた」
顔を見ると、何やら怒ってるみたいなので、ここは素直に謝っとこう。
「ホントごめん」
ついでに、頭も下げる。
「……もう。いいよ、頭まで下げなくても。
……それより、何考えてたの? ここ最近、ずっとそんなだよね」
「え、そうか? いや、別に何も考えてないよ」
嘘です。
でもそれは、やっぱり見抜かれた。

「ダメだよぉ、隠し事は。姉妹に隠し事はナシって、小さい頃約束したでしょ〜?」
「あはは……そうだったっけ」
言葉ではそう言ったけど、ほんとは覚えてる。
「そうだよぉ。だから、何悩んでたか言いなさい!」
なんかお母さんみたいにしながら梨華が言う。
「……………」
でもあたしは言わない。
36 名前:残り6日 投稿日:2001年02月19日(月)14時40分16秒
「じゃあ、梨華も言ってよ。隠してること」
「え?」
案の定ビックリしたような顔。
「べ、別に何も隠してることなんかないよ?」
嘘だね。
だって梨華は嘘つく時、髪の毛を何回も撫でるもん。
姉妹に、隠し事はナシ。
そんなの、守れるワケないんだ。

「鎖骨んトコ、キスマークついてる」

慌ててソコを鏡で確かめる梨華。
はは。やっぱりね。
「ジョーダンだよ。ついてないって」
「……お姉ちゃんっ!!」
顔を真っ赤にさせて怒鳴る梨華。
別に、エッチしたことを言って欲しかったワケじゃない。
あたしだって、もし誰かとエッチしたんなら、梨華に言わず隠すだろう。
エッチするたんびに梨華に「しました」って言うのも嫌だもんね。
だから。あたしが言いたいのは。

「もう、姉妹に隠し事はナシってやつ、解消しようよ」

ただ、これだけ。
だって、守れないから。

「あたし、実は一回死んでるんです」って言えないから。
「そして、またあなたの前から消えるんです」って言えないから。

守れない約束は、しない方がいいんだ。
37 名前:残り6日 投稿日:2001年02月19日(月)14時40分54秒
その後、二人の間に嫌な空気が流れたから、部屋を出た。
どっちにしても、もうすぐ吉澤が来るから、部屋を出るつもりだったし。
それが少し早まっただけ。

(さあ、裕ちゃん何処行こうか)
あたし達姉妹の話をじっと聞いて、あたしと一緒に部屋を出てきた裕ちゃん。
<あ〜? とりあえず、外でーへん? 前も言ったけど、病院ん中、あんま好きちゃう>
あ、そっか。
もうすぐ死ぬ人とかのオーラが病院の中はいっぱいあるから嫌だって言ってたね。
思い出したあたしは、裕ちゃんの言う通り外に出ることにした。


でもそれは失敗で。
外に出た瞬間、後ろから服の裾を掴まれた。

「やっと見つけた…。ずっと、探してたんだからね……」
コツンと、背中に頭が当たる感触。
たったそれだけで、あたしの心があったかくなった気がした。
なんなんだろう、この気持ち。

<紗耶香ぁ、何してんねん。行くぞ>
関わるな、といった感じの裕ちゃんの声。
前にも一回感じたことがある何ともいえない感じが、後ろからも感じる。
あの人の視線だ。

「……は、離してくれないかな。ちょっと急いでんだよね」
その視線が恐くてどうしようもなくて。
あたしは、突き放した。

「…………判った。ごめん」
言葉が胸に突き刺さる。
背中に感じるぬくもりが消えた。
「なんかさ、矢口、どーかしてて。あん時、紗耶香急にどっか行ったじゃん?
なんか矢口変なこと言ったかな〜とか、嫌われるようなこと言ったかな〜って。
そう思っただけ。………でも、ほんとは、逢いたかったんだ」
じゃあね、という消え入りそうな声が遠くに聞こえる。
何してるんだろ。これでいいのか?
よくないよ。じゃあどうすればいい?

簡単だよ。追っかければいいんだ。
38 名前:残り6日 投稿日:2001年02月19日(月)14時41分38秒
<………アンタには、何言っても無駄ってか?>
冗談めいた、裕ちゃんの皮肉。
(……かもね)
<何が『かもね』やねん! アタシは知らんからな、どうなっても!>
(判ってるよ。いいんだよ、もう。覚悟したから)
やっぱり、あたしはこう思うんだ。

(好きな人を、守ってやりたいんだよ)

たとえ、片思いでも。
たとえ、ちょっとしかそばにいてやれなくても。
たとえ、あたしのことを忘れても。

あたしは、矢口を守ってやりたい。
死んだって、何もいいことはないんだよって。
あたしが、説得する。
恐くなんかない。そりゃ、ちょっとはビビッたりもするかもしれないけど。

矢口と出逢って、初めて判ったんだ。
なんで、矢口といるだけで、こんなドキドキするんだろう。
ちょっと触れられただけで、そばにいるだけで、心が温かくなるのはなんでだろう。
ちょっと、判るのが遅すぎたけど。
出逢うのが、遅すぎたかもしれないけど。

あたしは、矢口に“恋”をしたんだ。
39 名前:名無しさん 投稿日:2001年02月19日(月)16時09分44秒
更新待ってましたっ♪
続き楽しみにしてます。
40 名前:名無しさん 投稿日:2001年02月19日(月)17時14分51秒
あーっ、更新されてるぅっ♪
やっぱりいいっすね!
最高っす。
41 名前:名無しさん 投稿日:2001年02月20日(火)16時28分46秒
なんか、すっごい好きです。
頑張ってください。
42 名前:名無しさん 投稿日:2001年02月20日(火)22時14分24秒
更新すごく楽しみに待ってましたー。
さやまり最高っす!!
続きも楽しみにしてまーす。
43 名前:名無しさん 投稿日:2001年03月06日(火)13時41分10秒
続き待ってまーす
44 名前:残り5日 投稿日:2001年03月10日(土)22時16分23秒
「ね、紗耶香。リンゴ剥いて?」
「あ、うん」
命令された通り、素直にあたしはリンゴを剥く。
梨華の時にいつもやってるから、手慣れたものだ。
それを、おいしそうに頬張る矢口。
「うん。お母さんに剥いてもらうヤツより、何百倍もおいしい」
「あははっ、ありがとう」
矢口の笑顔に、つられてあたしも笑う。
<バカップルめ>
裕ちゃんの嫌味も無視して、笑った。


――昨日、あのあと追いかけて、あたしは矢口に必死で謝ったんだ。
無視してごめん。冷たくしてごめん。
一生懸命謝った。矢口が許してくれなくても謝った。
そしたら矢口が、涙を流して言ってくれたんだ。
『紗耶香に嫌われたら、どーしようかと思ったんだからね……』って。
その姿がとっても儚くて小さくて、あたしは誓ったんだ。
何があっても、どんなツライことがあっても、守ってあげようって。
矢口は絶対に生かすんだって。
…………誓ったんだ。
45 名前:名無しさん 投稿日:2001年03月10日(土)22時17分14秒
「…でも紗耶香ってさ、なんか女の扱い慣れてるよね」
「はあっ!?」
いきなり突拍子もないことを…。
せっかく再度気持ちを確認してたのに、ぶち壊しだ。
「あ、あのねぇ…」
「だってぇ…そーじゃん」
「どこが」
あたしは矢口の前じゃ、ドキドキしっぱなしだってのに。
よくそんな事が言えるねえ。
……つっても、まだ気持ち伝えてないから、判んないだろうけど。
でも、女の扱いに慣れてるって言われるのは心外だ。

「妹がいるからだよ。慣れてるってワケじゃない」
「いや、妹がいるってだけで、こんな他人に優しくできない。
……判った! 遊んでたんだ、過去に」
……おい。
ほんと心外だぞ。そりゃ、ちょっとは遊んでたけどさ…。
<なんや、ほんまなんかい>
(で、でもちょっとだよ…)
力なく言い分けをしてみる。
「ほら、否定しない。やっぱ遊んでたんだ」
「う…」
なんか、立場悪いぞ。
なんで矢口の前だと、こんなになるんだ。
「でも、遊んでたって言っても二、三人くらいで…」
「いや、そりゃ多いよ」
と言って、漫才の人がやってるような突っ込みを入れられる。
「タラシだ。紗耶香、タラシだ」
ついでに冷やかしも。
うぅ、このままじゃマズイ。
「じゃ、じゃあ、矢口はなかったのかよ。誰かと付き合ったりとか、告白されたりとか」
「………」
あれ? なんか急に静かになったぞ。
………もしかして、更にマズクなっちゃった…?
46 名前:名無しさん 投稿日:2001年03月10日(土)22時18分15秒
「あるよ、告白されたこと…」
「え、そ、そうなんだ。ふ〜ん……」
暗くなったから、もしかしてなかったのかと思ってあせったけど、
こんなに可愛い矢口が告白とかされたことないってのがオカシイよね。
でも、少しショックだった。
「その子は矢口より1歳年上で、よく小さい頃からずっと遊んでたんだよ。
名前は安倍なつみって言って、矢口はなっちって呼んでた」
嬉しそうにそのなっちの話をする矢口。
……正直、あんまり聞きたくなかった。
他の人を想って、矢口が笑顔になるのが、なんか嫌だった。
矢口の話は、まだ続く。
「でもね、矢口全然なっちの気持ちに気づかなくて。
言われるまで、気づかなかったの。遅すぎた…もうどうしようもない」
「…なんでどうしようもないの? 返事は?」
引越した、とかで出来ないのかな?
「返事はするよ。だから、矢口は手術しないの」
………言ってる意味が判らない。
<簡単やん。何言ってんねん>
裕ちゃんはそう言うけど、あたしは判らなかった。
矢口に言われるまで。

「……なっちは、遠いトコに逝っちゃったの。
だから矢口は、そこに返事をしに行かなくちゃいけない」

………そうか。
なっちは、あの世界に逝ったんだ。
判定を受けて、あの世界に逝ったんだ。
……でも何で?

「矢口が、なっちを殺したからだよ」

何の感情もこもってないような声で、矢口は静かにそう言った。

47 名前:名無し読者 投稿日:2001年03月12日(月)02時31分55秒
んんっ、衝撃の告白。市井が決心したとたんにこれかあ。
自分も大変なのに、いろいろと重いものを背負っちゃうねえ。
続き期待してます。
48 名前:名無し読者 投稿日:2001年03月28日(水)08時47分48秒
期待sage
49 名前:名無しさん 投稿日:2001年04月05日(木)15時34分47秒
期待age

50 名前:名無しさん 投稿日:2001年04月07日(土)15時19分02秒
まだっすか……。
51 名前:名無し読者 投稿日:2001年04月15日(日)09時13分41秒
作者しゃん〜
52 名前:残り4日 投稿日:2001年04月21日(土)23時07分31秒
「………ちゃん、お姉ちゃん。……お姉ちゃんってば!」
「へ?あぁ、ごめん、何?」
梨華の声で我に返る。
どうやらあたしはまたボーッとしていたみたいだ。
「で、何?」
組んでいた足の上に置いていた雑誌をベッドに置き直し、梨華を見る。
でも自分から呼んだくせに、なぜかあたしから目を反らしている。
なんだか、泣きそうな雰囲気。
「ちょっと、どーしたんだよ」
梨華に泣かれるのには弱いんだ。どうしても慌ててしまう。
「……だって、お姉ちゃん……」
「あ、あたしが何?な、何か傷つけるような事言ったっけ?言ったんなら謝るから!」
頼むから泣くな! 
手を合わせてゴメンと何度も頭を下げる。
後ろにいる裕ちゃんのおもしろそうな視線が気になったけど、そんなこと言ってられなかった。
梨華に泣かれる方が、あたしにとってはマイナスなんです。

「ほんとにゴメンって。梨華が呼んでんのに無視した姉ちゃんが悪かった」
「違う。そんなことじゃない」
失敗。じゃあなんだ?
「………さっき、何考えてたの?」
「え、さっきは……」
思い出してしまい、言葉がつまる。
言葉につまってしまったあたしを見て、梨華は自分なりの解釈をしだした。
「やっぱり、私が悪いんだよね。お姉ちゃんに隠し事なんかしたりしたから…。
だから、お姉ちゃん怒ってるんだよね」
「え、いや……別にそんなんじゃ」
「じゃあなんで昨日来てくれなかったの? やっぱり、一昨日の事が原因で……」
違うよ。そんなことが原因なんかじゃないよ。
昨日は……

――『矢口が、なっちを殺したからだよ』

頭の中で一瞬、その言葉が回った。
泣きながらその理由を言ってくれた矢口の顔が浮かぶ。
慌てて首を振った。
53 名前:残り4日 投稿日:2001年04月21日(土)23時09分34秒
「昨日は、ちょっと色々あったんだ。決して、その前の日嫌な帰り方したからってわけじゃないよ。
あん時はあたしも言いすぎたし。変に梨華の気を使わしちゃったね」
「…………」
半泣き状態の梨華の頭を優しく撫でる。
まだ少し疑っていたようだったが、それもすぐに戻った。
いつもの笑顔を見せてくれる。
その笑顔を見たら、さっき考えていた事を一瞬でも忘れることが出来た。


「じゃあ、もう一昨日言った“姉妹に隠し事はナシ”ってやつは元通りだね」
嬉しそうに梨華は言う。
「別に、言いたくない事は無理して言わなくていいよ。大体、毎回吉澤とエッチした日を
報告されるのとか聞きたくないし」
「そ、そんなの報告するわけないじゃん!」
バシッと梨華に叩かれる。痛い。
「じゃああれじゃん。隠し事はナシってやつに矛盾してるじゃん」
「う〜……」
しばらく唸ってた梨華だけど、いきなり開き直り
「やったやらないとか、そういうのは隠し事してもオッケーってことにしようよ」
そんな事を言い出す。
「なんだよそりゃあ」
すかさず突っ込むも、いいの、と唇を尖らせ照れている梨華に何も言えなくなる。
ただ笑って、梨華を見ていた。

しかしあたしの妹鑑賞は長く続かないわけで、学校が終わったあいつがやって来た。
「どうも」
頭を下げて挨拶して。
ちゃんと育てられたんだな、といつも感心する。
「おっす」
「……あは」
「な、なんだよ」
挨拶されたからし返しただけなのに、なぜか笑われた。
「いや、市井さんがそんなすぐにちゃんと挨拶してくれるなんて、初めてだって思って」
「お姉ちゃん、毎回よっすぃ〜に何か言ってから最後に挨拶だもんね」
「………そうだっけか」
なんだか照れくさくなって、頭を掻いた。
54 名前:残り4日 投稿日:2001年04月21日(土)23時10分43秒
「そんじゃそろそろ邪魔者は消えるので」
ヒラヒラと手を振って、病室から出て行く。
後のことは吉澤に任せておけば大丈夫だ。
暇になったあたしは、また裕ちゃんと一緒に病院内をウロウロすることに。

<なあ>
(ん〜?)
裕ちゃんと二人になった途端、急にテンションが下がる。
それは別に裕ちゃんが嫌いとかそんなんではなくて、さっきの考えてたことの続きを考えてしまうからで。
<………あんま、深入りすんなってあれほど言うたのに>
あたしの心の中を読める裕ちゃんは判るんだよね。
あたしが、何を考えてたかってこと。
<矢口を好きな気持ちは、そりゃもうどうしようもないかもしれん。
けど、もうあと4日やねんで?あんたに何が出来るん?>
(…………一つだけ出来るよ)
<なに?>
意外そうな顔であたしを見る。
あたしは得意な笑みでこう言ってやったんだ。
(それはね……)


矢口を救ってあげるんだ。

55 名前:残り4日、昨日の回想 投稿日:2001年04月21日(土)23時12分48秒
――『矢口が、なっちを殺したからだよ』

確かに、本人が言うからにはそうかもしれない。
けど、それは間違ってる。
本当は違うんだよ。
昨日は黙って話を聞いているだけだったけど、今なら言える。

 +++++++++

『矢口さ、つい2ヶ月前までは、手術する気満々だったんだよ。
そりゃあもっと生きたいし、色んな恋とかも経験したかったし。
けど、その手術するまでの間、親が『家から出るな』とか『万が一の時の為に、もう入院しておいた方がいい』
とかムカツクことばっか言いやがってさ。心配で言ってくれてるのは判ってたんだけど、
それがすっごいウザかったんだ。

それで、もう我慢できなくて、なっち誘って自転車に二人乗りしながら遊んでたの。
そうやってしばらく走ってたら、ほら、矢口が紗耶香に初めて会った時、苦しんでいた時あったじゃん。
あれがそん時にも起きて、後ろに乗ってた矢口倒れちゃったんだよね。
したらさぁ、そこちょうど道路の真ん中でさ。左折しようとしたワゴン車が、倒れてた矢口に気づかず
向かって来たんだんだよ。
…………覚悟した。目も瞑った。そして、ドンッ!っていう衝撃の音……。

意外と痛くなかったな。そう思って目を開けたの。
でも目を開けたそこは天国でも地獄でもなくて、さっきまで見てた世界。
ただ違うのは、さっきまで見てたなっちの服の色。
なっちは、真っ白な服を着てたんだ。けど、目を開けた見たなっちの服の色は赤。
キャーッていう悲鳴が遠くで聞こえた。実際近くだったかもしれない。
けど、矢口はもうなっちの声しか聞こえなくて。
救急車が来たのも全然気づかなかった。

救急車の中でなっちは、弱々しく矢口の手を握って笑ってた。
なんでこんな時に笑えるんだろうって思ったよ。心底。
矢口は、笑うことなんかもちろん出来なくて、ただなっちの名を泣き叫ぶだけだったのに。
なっちは違った。
笑顔で、こう言ったんだよ。

『なっち、ずっと矢口のこと好きだったんだよ……知ってた?』

って……。
矢口、言われるまで気づかなかった。ずっと一緒にいたのに、気づかなかった。
それに、返事も出来なかったんだよ。
だから矢口は、せめてもの罪滅ぼしに、その返事をしに行かなきゃ行けないの。
なっちがいる世界に、矢口も行くんだ』

 +++++++++
56 名前:残り4日 投稿日:2001年04月21日(土)23時14分05秒
それは、ただの“自己満足”だって。
なっちは、矢口にそんなことをして欲しいんじゃない。
なっちは、矢口に生きて欲しかったからそんなことをしたんだ。
なのに矢口がなっちと同じ世界に来たら、なっちは悲しむよ。
何のために、なっちが命懸けで助けたのか判らないじゃないか。

矢口だって本当は生きたいんだ。
けど、そのなっちとのことがあって、素直になれないでいる。

本当は誰かに助けて欲しいのに。
本当は生きたいって心の中から叫んでいるのに。
本当に死にたかったら、あたしにそんな話なんかしないよ。

矢口には、生きる使命があるんだ。
なっちの分まで、生きる使命が。
だから、あたしは死なせない。
矢口を、救ってあげるんだ。
助けてあげるんだ。



――夜。
あたしは看護婦さんに見つからぬよう、こっそりとある部屋に向かう。
その部屋の主(っていうか患者さん)はもう寝ていたのだが、今回用があるのはそっちじゃない。
もう一人、こっちを相変わらずの冷たい視線で眺めてる人。

保田圭。

「あんたに、用があるんだよ」
57 名前:遠藤@石川娘・・。 投稿日:2001年04月21日(土)23時43分24秒
市井っ!矢口を救えっ!
58 名前:名無し読者 投稿日:2001年04月22日(日)00時02分37秒
市井ちゃんも作者さんも応援します
59 名前:名無しさん 投稿日:2001年04月22日(日)00時26分03秒
待ってましたっ!
60 名前:名無しさん 投稿日:2001年04月22日(日)00時45分26秒
お、ついに保田登場か!
盛り上がりまくりだ
61 名前:Oー150 投稿日:2001年04月22日(日)05時12分46秒
おぉぉぉ初めて読んだ。。すっげぇ〜おもしれぇっす!!
最後どうなんのか楽しみです!ガムバッテ
62 名前:名無しさん 投稿日:2001年04月22日(日)05時16分59秒
ってヤベッコテハン晒しちゃった・・・すいません・・・・・・・・・
63 名前:名無しさん 投稿日:2001年04月23日(月)02時28分39秒
頑張って!!市井ちゃ〜ん!!
64 名前:残り4日 投稿日:2001年04月24日(火)16時23分05秒
気合を入れて、思い切って言ったあたしとは正反対に、保田圭はあっさりと言い放つ。
<ここじゃなんだから、屋上行かない?>
不敵な笑みは崩さぬまま、天井を指差して。
あたしは小さく頷いた。

ビュンッ、という音がして目を開ける。
そこはさっきまでの病室なんかじゃなくて、辺りの景色がよく見える屋上。
テレポートをしたんだ。
<ここだったら、アンタも思う存分声出して喋れるでしょ?>
「ありがとう」
向こうに負けないように、あたしも不敵に笑った。

あたしの隣には、今裕ちゃんはいない。
たぶん、もう愛想が尽きたんだろう。あれだけ裕ちゃんに関わるなと言われてたのに、
あたしは関わることを選んだ。
期限を縮めることを選んだんだから。
それでもいい。矢口を救えたら。

<やっぱり来ると思ったよ>
保田圭は言う。
<ずっとマークしてたからね。いつ来るか、いつ来るか。待ちくたびれそうだった>
「そりゃどうも」
待たせてごめんなさいね。
皮肉を込めて返す。
「……悪いけど、矢口は死なせないよ」
<それを聞くのも待ってたの>
チッ。
ペースを崩そうとしないこの人に、苛立ちを感じる。
それと同時に、怒りも込み上げてくる。
「じゃあ、アンタのそれに対する答えも決まってるんだ?」
<……そうね>
それらを抑えながら、冷静に顔を見据えて。
言葉を待つ。


<死んでもらう>

65 名前:残り4日 投稿日:2001年04月24日(火)16時24分41秒
抑揚のない声で。けれど、すごく重く。
予想していた答えだったけど、やっぱりここに来て少し震えてしまった。
別に、もう一回死んでるんだからいいじゃないか。
そう自分に言い聞かせても、恐さは拭い切れない。
それをクスクス笑いながら、見ているアイツ。
こんな時、死神の心を読む能力が疎ましい。
弱い自分の心を、すべて見透かされてる。
けど、あたしは負けてられない。

「あたしの命、奪ってもいい。けど、矢口の命だけは勘弁してよ…。
矢口は、生きなきゃいけないんだ。あんないい子を、死なせちゃいけない」
どうせ、あたしの命はあと4日。
けど矢口の命はまだまだ続く。
<好きなんだね、矢口のこと>
「………そうだよ」
嘘ついたって仕方がない。
正直に言う。
<けどね、あたしは裕ちゃんみたく甘くない。
好きとか愛してるとかどうでもいいの。残念だけど>
そう言うと、保田圭は静かに右手をあたしの方へ向け、何やらブツブツと呪文みたいなのを唱え、
あたしの頭に右手を合わせた。
「な、なんだよっ」
逃げようとするものの身体が動かない。
しまった。
もっと、注意しとくべきだったんだ。
テレポートも出来るんだから、金縛りくらい簡単なのかもしれない。
まして、裕ちゃん曰くエリートの死神なんだ。
迂闊だった。

<バイバイ>

だんだんと薄れていく意識の中で聞こえる声。
死ぬんだ。
あたし、死ぬんだ。
何もしてないのに、あたし死ぬんだ。

ごめん、矢口。
あたし、矢口救えなかったよ。

ごめん、なっち。
あたし、なっちの代わり、無理だったみたい。

情けなくて情けなくて、意識が真っ白になる直前、涙が出た。
それとほぼ同時に、さっきまで笑っていた保田圭が吹き飛ばされた。
金縛りが解けたことを確認し、すぐ隣を見る。

そこには、裕ちゃんが立っていた。
66 名前:残り4日 投稿日:2001年04月24日(火)16時26分06秒
「な、んで…?」
頭を押さえながら、裕ちゃんを見る。
<あれ? アタシ言わんかったっけ? 泣くのはほんまカンニンっすって。
どうやら、人が泣いてんのん見ると、助けたくなるらしいわ>
けど、けど。
「裕ちゃん、『どうなっても知らん!』って……」
<そんなこと忘れた>
「裕ちゃん……」
ほんと馬鹿だよ。
そんな格好よく登場されて、そんな格好いいこと言われたら、涙止まらなくなるのに。
でも。
「ありがとう…」
こんなに、感動したことなんかないよ。
心の中で言葉を繋げると、裕ちゃんは照れ臭そうに笑った。

<感動する場面を邪魔して悪いけど>
そう言った保田圭の顔はもう笑っていなく、裕ちゃんの顔を怒りで見ている。
吹き飛ばされたせいか、口から少し血が出ていて、死神の制服の黒服スーツには砂が付いていた。
<なんや、もう少し寝ててもよかったのに>
裕ちゃんが少し残念そうに言う。
<悪いけど、寝てられないの。早くその子、地獄送らなきゃいけないから>
<あっそう。じゃあ尚更寝てもらわな>
しょうがないな、と言いながら、タバコを取り出して火を点け吸う。
そして、真正面から対立するように保田圭を睨んだ。

<やる気、なんだ>
驚いた様子で、保田圭が裕ちゃんを見る。
<別に、やる気じゃない。……ただ、紗耶香の味方なだけ>
<…この子の考えに従うってこと?>
<従うっちゅーか……信じる>
<はあ? バッカじゃない? なんでこんなガキのこと信じるの?
ただのワガママじゃない、好きな人死なせたくないっていうワガママ。
そんなワガママのために逆らって、クビになってもいいわけ?
………場合によっては、クビだけじゃ済まないわよ>
驚いて裕ちゃんの顔を見る。
けど裕ちゃんは笑顔で、あたしに安心させるかのように笑顔を作る。
<大丈夫や。圭坊の言ってることは嘘やから>
それが、本当か嘘かなんて、裕ちゃん達の世界に住んでない、死神じゃないあたしには判らない。
けれど、あたしには義務があるんだ。

裕ちゃんの言葉を“信じる”という義務が。

裕ちゃんがあたしを信じてくれたように、あたしも裕ちゃんを信じる。
たとえ、それが嘘でも…。
67 名前:残り4日 投稿日:2001年04月24日(火)16時27分25秒
<………ほんと、馬鹿ね>
ポツリとこぼれた言葉。
<どうかしてるよ、裕ちゃん。この子の担当になってから変わったね>
<…………そうかな>
<そうだよ。少なくても、この子の担当になるまでは、『信じる』なんて言葉、
絶対使わなかったと思う>
おかげで、戦闘意識が無くなっちゃった。
保田圭は笑った。
<…………じゃあ言わせてもらうけど、そういう圭坊も変わったで>
<は? あたしが?>
<うん。だって、ほんまやったら誰が止めようが、紗耶香殺してたやん? それが、なぜか殺さん>
<……それは簡単。だってこの子殺したら、あたしが裕ちゃんに殺されるもん。
裕ちゃんがそれだけ覚悟してるんだから、こりゃいくらあたしでも負けると思ったからね。
変わったんじゃなくて、勝算を考えて決めただけよ>
<…………ありがとう>
礼を言う裕ちゃん。
あたしはなんで礼を言うかよく判らなかったけど、黙って話を聞いていた。


しばらくして、裕ちゃんと保田圭、向こうで二人話していたのも終わり、保田圭は帰ることとなった。
最後、あたしは保田圭に「ごめんなさい」と頭を下げ、謝る。
だって本当にあたしのワガママでこんなことになったから。
それでも信じてくれた裕ちゃんに負けた保田圭に、謝らなければならない。
<……あーぁ、減俸かなぁ>
けれどもそれに対する返事はなく、誰に聞かせるでもなく呟き消えて行った。
68 名前:残り3日 投稿日:2001年04月24日(火)16時29分12秒
朝。
あたしはそれから眠ることなく、矢口の傍にずっといた。
すぅすぅ寝息をたてて眠っている矢口。
すごくいとおしくて、思わずその小さな唇にキスをしてしまった。
「んぅ……」
それが目覚めのキスでもあるかのように、矢口の眉がピクリと動き、ゆっくりと身体が起こされる。
そして、ゴシゴシと目をこする。
金髪でサラサラな髪が、寝起きで乱れていて少しオカシかった。

「おはよ」
笑顔で声をかける。
「んん?」
まだぼやけたまま向けられる瞳。
それが驚きの瞳に変わる。
「な、なんでいるのぉッ!?」
慌てて布団で全身を覆い、あたしの視線から隠れる。
「なんだよ、寝起きの矢口、可愛かったのに」
「……バカッ!」
起き上がって、肩を押された。
あんまり痛くない。
むしろチャンスとばかりに、肩を押した手を掴み、再び布団に逃げれないように固定する。
「朝1番に、矢口の顔が見たくなって逢いに来た」
「…………ウソだぁ」
「ウソじゃないよ。ホントだよ」
真っ赤になってる矢口の顔に手を添える。
思った通り熱かった。

生きている、という実感がした。

69 名前:名無し読者 投稿日:2001年04月25日(水)00時06分18秒
裕子、エラいッ!
70 名前:残り3日 投稿日:2001年04月25日(水)00時29分09秒
それからは楽しく(といっても途中まで矢口は怒っていたけど)お喋り。
くだらない話して、聞いて。
なんでもないそんな会話がとても楽しかった。
けれど、1番大事なことをまだ言ってない。

「ねえ矢口」
「ん〜?」
「こないだの、なっちの話だけどさ」
「………うん」
“なっち”という言葉に、あからさまに反応。
瞳も動揺の色に変わり、顔も一気に暗くなる。
けどあたしは構わず話を続ける。
「あれさ、あたし思うんだけど。矢口、間違ってるよ」
「………」
矢口は無言。
でもたぶん聞いてると思うので、続ける。
「なっちは、返事をして欲しかったんじゃないと思うんだ。
ただ、気持ちを伝えたかった。矢口の傍を離れる前に」
「………けど」
「けど、矢口はそれじゃ納得出来ない。だから、なっちがいる世界に返事をしに行かなきゃいけないと思ってる。
でもそんなことしたら、なっち喜ばないよ。むしろ、悲しむよ」
自分の命を放ってまで助けたかった矢口の命。
「どんな思いをしてなっちが矢口を助けたと思う? 矢口だってわかってるよね。
矢口に生きて欲しいから、助けたんだよ。好きだから、命をかけても守りたいと思ったから。
なのに、矢口が後を追って来たら、なっちは絶対悲しむよ…。
だから、矢口には生きていて欲しいんだ……」
「紗耶香……」
矢口に呼ばれて気づいた。
あたし、泣いてる。

これは、なっちの涙なのかもしれない。

あたしはふとそう思った。
71 名前:残り3日 投稿日:2001年04月25日(水)00時30分38秒
そんなあたしとなっちの気持ちが判ったのか、しばらくじっと考え込んでいた矢口が
妙にすっきりとした顔で笑顔で言った。
「矢口、手術するよ」
「ほ、ほんとにっ!?」
「…うん。なっちの悲しむ顔見たくないし」
「………よかったぁ」
これで、少なくてもなっちの願いは叶えてあげれた。
ほっとしているあたしに、矢口は何やら何か言いたそうな目。
「……けどね、それだけじゃないんだ」
「……ん?」
「それだけじゃなくて、本当はこうやって誰かに指摘してほしかったのかもしれない。
矢口間違ってるよ、そんなことで死んでどうするんだって。
…………でも、この理由話したの、紗耶香だけだけどね」
「矢口…」

これって、自惚れていいのかな。
矢口も、あたしのことが好きって。
そう思っていいのかな。

「紗耶香といると、すっごい心が落ち着いて、穏やかになって。
なっちとは違う安心感を感じるの。傍に、もっといたいって。
誰かの傍にいたいって思ったのは初めてだよ。紗耶香が。
…………手術するって決めた1番の理由は、紗耶香の傍にもっといたかったからかもしれない…」
「………」
そっと頬に手をやる。
嬉しそうに目を細める矢口。
我慢が出来なくてとうとう、最後まで言わないでおこうと決めた気持ちを破ってしまった。

「………あたし、矢口が好きだ……」
72 名前:残り3日 投稿日:2001年04月25日(水)00時32分08秒
もうどうしようもないくらい愛してる。
矢口の笑顔を見るだけで胸がいっぱいになる。
こんな気持ちを味わせてくれたのは矢口が初めて。
「これからもきっと、あたしは矢口が好き。
離れても、矢口があたしを忘れても、あたしは矢口が好きだよ」
一度気持ちを吐き出してしまったらもう止まらなくて。
泣きながら気持ちを伝える。
それを、微笑みながらちゃんと、矢口は受け止めてくれる。
単純に嬉しかった。

何十分か矢口に抱き締められた感じで泣き、大分落ち着いてきた。
矢口から離れ、時計を見ると、時計の短針は7の針を指している。
「そろそろ帰るよ」
まだ少し出ていた涙を強引に拭き、立ち上がる。
「え…でももうちょっと…」
「嬉しいけど、看護婦さん来るし」
「うぅ…」
膨らませてしまった矢口の頬を軽くつねる。
元通りになる頬。
「………じゃ、今日お母さんにちゃんと伝えるんだよ?」
「……うん。早く手術してもらえるようにする」
「よし」
数回頭をナデナデして、手を離す。
そしてドアに手をかけた。

「あっ…」
「ん? まだ何かある?」
「……さっきの、紗耶香の返事まだしてない…」
今日でもう何度目だろう。矢口が赤くなるのは。
「いいよ。返事は、手術した後に聞かせてよ」
「でも…」
「大丈夫。傍にいるから」
返事聞かずに、いなくなったりしないよ。

「……わかった。じゃあ、目を覚ましたら真っ先に言うね」
「待ってる」
じゃあ、と言って、あたしは部屋から出た。
73 名前:残り3日 投稿日:2001年04月25日(水)00時34分09秒
――廊下。
裕ちゃんがドアのすぐ側に立っていて、あたしが出てきたのを確認するとタバコを吸うのをやめ
あたしの横に並んで興味しんしんといった感じで訊いてくる。
<な、な、チュウとかしたんか? まさか、その先まで?>
(……なんでそーゆう話になるんだ)
<いやぁ、ちょっとした好奇心>
その年で好奇心って…。
(……まぁ好奇心の内容は置いといて、矢口、手術するってさ)
<あ、そーなん?>
(うん。これも裕ちゃんのおかげだよ)
裕ちゃんがあの時保田圭からあたしを庇ってくれたから。
あたしを信じてくれたから。
全部、裕ちゃんのおかげ。
裕ちゃんが矢口を救ったんだよ。

<………ちゃうよ>
(…え?)
<あたしのおかげなんかとちゃう。紗耶香のおかげやで。
紗耶香が矢口を助けようと思ったから。真剣に、そう思ったから。
だから、あたしは紗耶香を信じたんや。紗耶香が矢口を助けようと思わんかったら、
あたしだって圭坊の邪魔なんかしてない。
それに矢口は、紗耶香やから手術するって言うてんで?
他の誰でもない、紗耶香やからや。

矢口を救ったのは、紗耶香やよ>

なんで、なんでこの人はこうも人を泣かすのが上手いんだろう。
泣いてる人を見ると助けたくなるとか言いながら、自分が泣かしてるんじゃん。
ほんと意味判んない。
けど、そんな裕ちゃんがあたしは好きだよ。

<あー、矢口にチクったろ。この人、誰にでも好きって言いよるって>
(………あんたねぇ)

やっぱり、前言撤回です。
74 名前:名無し読者 投稿日:2001年04月25日(水)01時22分43秒
くぅーーーッ!
シビれる展開っす!

ただこの後いろいろとどうなるのか気になる・・・
75 名前:名無し読者 投稿日:2001年04月25日(水)02時30分10秒
ええ話ですな〜!!
あと残り3日。紗耶香は矢口の返事を聞くことが出来るのかな・・・。
76 名前:名無し読者 投稿日:2001年04月25日(水)07時28分24秒
ん〜最後どうなんのかな・・・・・・・
どう・・なんのかな・・・
77 名前:ぷち 投稿日:2001年04月25日(水)13時50分16秒
裕ちゃんカッコイイ〜〜!
メチャメチャ面白いです!!
78 名前:残り2日 投稿日:2001年04月26日(木)13時40分01秒
「うぃーす」
「あ、お姉ちゃん。おはよう」
夕方の面会時間開始と共に梨華の部屋へ直行。
今日は日曜日なんで吉澤も来てると思ったんだけど、どうやらまだみたいだ。
「調子どう?」
挨拶の後に、毎日欠かさず訊く言葉。
もうそれは一つのクセみたくなってて、言わなきゃいられない。
「うん。絶好調とまではいかないけど、好調だよ」
そう言って笑う。
その笑顔に、一点の曇りも見えない。
「明日、退院だね」
「うん!」
この笑顔のためなら、どんなことだってしてやる。
してやるつもりだったのに……。

「ちょ、ちょっとお姉ちゃん? どうしたの?」
「………なんでもない…」
最近、どうも涙もろいみたいだ。
前まで、何があっても梨華の前で泣くことなんかなかったのに。
心配かけちゃいけない。お姉ちゃんが泣いちゃいけない。
…………それなのに。
「お姉ちゃん、オカシイよ最近…。隠し事はしちゃダメだよぉ…」
「……ぅ…っく…」
なんでこんな情けないんだろう。
妹に心配されて、優しく頭を撫でなれて。
自分が決めたことじゃないか。
『梨華が退院するまでの2週間の間だけ』って。
けどやっぱり。


離れるのは嫌なんです。

79 名前:残り2日 投稿日:2001年04月26日(木)13時41分07秒
いくら退院するまでって言ったって、それからも心配なのは当然なんだ。
いくら吉澤がいたって、石川さん夫妻がいたって。
姉だから、心配なんだ。
姉だから、梨華の傍にいたいんだ。
傍にいて、見守ってやりたい。

あの時、2週間なんて言わなきゃよかった。
あのまま、天国に逝っていたらよかった。
そしたら、こんな思いしなくて済んだのに。
そしたら、矢口に逢わなくて済んだのに。

嫌なことばかり頭に浮かぶ。
最低だ、最低だ、判ってはいるんだ。
けれど、思わずにはいられない。
残り2日という重圧が、頭に重く圧し掛かってくるんだ。

なんで死んだんだろう。
なんで泣いてるんだろう。

あたしは何がしたいんだろう。


<紗耶香……>
気持ちを読んで、裕ちゃんがためらいがちに声をかける。
<……ごめんな、アタシがあんな提案なんかしたから…>
(違う。裕ちゃんのせいなんかじゃない)
こんなことを思ってしまう、自分のせい。
(裕ちゃんは、あたしの願いを叶えてくれたんじゃん。あたしの神様なんだよ。
あたしにとっては、死神なんかじゃなくて、神様なんだよ)

ピンチの時には助けてくれて。
あたしのことを信じてくれて。
あたしの願いを叶えてくれた。

そんなあたしの神様に、なんであたしは謝らせているんだろう。
それこそ最低じゃないか。
80 名前:残り2日 投稿日:2001年04月26日(木)13時42分14秒
考え方の違いなんだ。

この2週間の間、幸せだった。
そりゃ残り2日になって、ちとへこんじゃったけど。
けれど、その分梨華の笑顔が多く見れたじゃないか。
こうやって2週間の命をもらわなきゃ、さっきの笑顔も見れなかったじゃないか。
考え方の違いなんだ。

リンゴの皮むきの話だってそう。
あの時天国に逝ってたら、その話を聞けなかった。
たしかにひどく不恰好で、実なんかほとんどなかったけど。
あたしの心を満たしてくれた。
考え方の違いなんだ。

その2週間のおかげで、初めて“恋”もできた。
誰かの傍にいれるだけで、あんなに安らぐことが出来るなんて知らなかった。
矢口と出逢えて、初めて知ることが出来たんだ。
人を愛するという気持ちを教えてもらった。
2週間だけの“恋”だけど、あたしは一生忘れない。
考え方の違いなんだ。


「ねえお姉ちゃぁん…」
頼りなさげな梨華の声。
………そうだよ。あたしは、梨華のお姉ちゃんなんだ。
「あは、ごめんごめん。ちょっと梨華の退院が嬉しくて泣いちゃった」
「はあ? 何それぇ〜!」
「いやあ、ちょっと感傷深くなっちゃって…」
「…………」
ブスっとしてしまった。
まあね、それは当然だと思う。
いきなり泣いたと思ったら、いきなり何事もなかったかのように振舞われたから。
「悪かったって〜。怒るなよ〜」
「知らないっ!」
「梨華〜」
「フンだ、心配した私がバカみたいじゃない」
「あれ、バカじゃなかったの?」
「……………」
マジ切れ寸前5秒前。

5。
4。
3。
2。
1。

「それはお姉ちゃんの方じゃない!!」

………ゼロ。
81 名前:残り2日 投稿日:2001年04月26日(木)13時43分48秒
その時投げられた枕をひょいと避け、代わりに当たってくれた、ただ今到着の吉澤とバトンタッチ。
うん。あれだけ元気なら、絶好調だな。
(さぁて、矢口の所でも行こうか)
まだ少し残っていた涙をふき取って、矢口のいる階へのエレベーターのボタンを押す。
<ちょお待ってや>
慌てて駆け寄って来る裕ちゃん。
個室に二人。なので、今回は口に出して喋ることにする。
<なあ、ほんまに吹っ切れたんか? 後悔はないんか?>
「ん〜?」
<だから、2週間だけっていう期限について>
「………そりゃあ吹っ切れたって断言はできないし、後悔はあるよ。
けど、せっかくチャンスをもらったんだ。そのワガママに、裕ちゃんだって付き合わせてる。
さっきはちょっと卑屈になってたんだよ。最低だった。考え方が違っただけで、あーなるとは。
………自分の発言に、責任はちゃんと持たなきゃいけないのにね」
<……………>
「あ、着いた」
チン、と音がして、ドアが開く。
そのまま二人は黙って、矢口の病室まで歩く。
するとそこには何人かの人がいて、ちょうど手術室へと向かう所だった。

「紗耶香!」
あたしの姿を見つけると、嬉しそうな声をあげてくれる。
けれど、それと同時に向けられる視線。
あたしは慌てて頭を下げる。
矢口のお母さん以外、顔見知りはいないのだ。

「よかった、始める前に逢えた」
「だから言ったじゃん。来るって」
「えへへ」
手術室まで、そんな会話をしながら。
といっても、話をしたのはそれぐらいだったけど。
やっぱりこういう所じゃ他人のあたしがずっと手を握るわけにもいかないし。
手術室のランプが灯る。
あたしは、家族の人達と少し離れた椅子に座って待つことにした。

針はどんどん刻み、もうすぐ時計の針は頂点を迎える。


あたしのタイムリミットまであと少し……。


82 名前:名無し読者 投稿日:2001年04月27日(金)00時37分09秒
なんか・・切ないねぇ・・・・
83 名前:名無し読者 投稿日:2001年04月27日(金)02時25分04秒
市井、生き返れぇ!
84 名前:名無し読者 投稿日:2001年04月27日(金)02時33分19秒
何とかならないのかな〜・・・
このままじゃ辛すぎる・・・。
85 名前:名無し読者 投稿日:2001年04月27日(金)15時13分05秒
市井ちゃむ・・・頑張れ・・・・・・
86 名前:名無し読者 投稿日:2001年04月27日(金)21時45分55秒
ちゃむ、未来を開拓しろ〜〜!!!
87 名前:残り1日 投稿日:2001年04月28日(土)23時48分15秒
午前9時。
長い間お世話になった梨華の担当の先生にご挨拶。
「本当に、ありがとうございました」
「いやいや。梨華ちゃんが頑張ったからですよ」
人当たりがすごくいい先生で、梨華もとても懐いていた。
そんな梨華は、今、俯いて必死に涙を堪えている。
「バイバイ」
先生に優しい笑顔で頭を撫でられ、必死に堪えていた涙が零れる。
あたしは、梨華の肩に手を添えて、もう一度先生に礼を言ってそこから去った。

受け付けロビーに出ると、石川さん夫妻がいた。
「わざわざすいません」
頭を下げて、迎えに来てくれた礼を言う。
「もう、来なくていいって言ったじゃない」
「馬鹿。病み上がりの娘、放っておけるか」
「心配性だから。この人」
フフフ、という上品な笑い方。
それに対し、照れるおじさん。
ああ、梨華を引き取ってくれた人が、こんないい人達でよかった。
心底感謝する。

「あ、そうだ」
ポンと手を打って、くるりと向きを変えておじさんがあたしの方を見る。
「今日、梨華の退院祝いのパーティーするんだけど、紗耶香ちゃんも来るよね?」
「パーティーっていっても、私とこの人だけだしね」
「えぇ、よっすぃ〜は?」
「ちゃんと招待してるわよ。『学校終わったら速攻行きます』だって」
それを聞いて、満足気に微笑う梨華。
別に、あたしなんか行かなくても吉澤が行けば充分じゃないか?
けど、

「お姉ちゃん、今日は日頃頑張って練習したリンゴの皮むきの成果見せてあげるからね」

あたしはシスコンだから。
梨華の、ちょっとした言葉だけで、嬉しくなっちゃうんだ。
だから、

「じゃあ、ちょっとだけ」

もうちょっとだけ、梨華の傍にいさせてください。

88 名前:残り1日 投稿日:2001年04月28日(土)23時49分34秒
午後7時。
おばさんが作った豪華な食事も、あらかたなくなってきた。
おじさんはワインを飲んでかなり酔ってるし、隣に座ってるおばさんもほろ酔い加減。
<いいなぁ…アタシも酒飲みたい……>
裕ちゃんの切実な願いも叶わず、酒を取ろうとした手は宙をきる。
(もうちょっとで飲めるじゃん。それまで我慢)
あと何時間で、裕ちゃんのいる世界に戻る。
そう、あと何時間かで。

<わ、悪い。そ、そうやな、我慢しよ我慢>

ブルーになってしまったあたしを見て、裕ちゃんが必死に取り繕う。
(なんか、変に気を使わせちゃったね)
<……いや、別にいいよ>
そう言う裕ちゃんの笑顔が、何だかとても痛々しかった。


「市井さん、ちょっと、話があるんですけど」
「ん?」
時計の針は、午後9時。
手術が終わった矢口の麻酔がそろそろ覚める頃。
あたしは吉澤に呼び出された。
89 名前:残り1日 投稿日:2001年04月28日(土)23時51分53秒
「なんだよ、話って」
「あ、いや、大したことじゃないんスけど…」
口ではこんな冷たい口調で言ってるけど、実は嬉しかったりする。
吉澤と話が出来て。
<なんで? まさか、妹のカレシにまで手を――>
(違うよ! しかも『カレシにまで』の『まで』ってなんだよ!
…………嬉しかったのは、一度、こうやって面と向かって話したいって思ってたからだよ)
いつも一方的に怒ってばっかりで、怒られてばっかりの二人だったから。
最後に、そういうのをナシで、話したかった。

「吉澤は、変にエンリョするところがあるから。言いたい事があったら、はっきりと言わなきゃ。
あたしは、いつまで経っても吉澤のことがわからないままだよ」
さっきとは正反対に、優しくゆっくりと。
「……そうですよね」
それで少しは緊張が解れたのか、吉澤も笑顔を見せ話し出した。
「やっぱり、ちゃんと市井さんの許可もらわなきゃって思って。
…………梨華ちゃんと、あたしのこと」
「うん」
それで?と促す。
「……あたしは、梨華ちゃんを愛してます。ずっと、大事にします。
泣かせたりしません。梨華ちゃんの傍に、ずっといたいと思ってます」
「うん」
「だから、だから……許してもらえないですか?」
そんなの当然、

「いいよ」

って言うに決まってるじゃん。
90 名前:残り1日 投稿日:2001年04月28日(土)23時52分45秒
「別に、許してなかったワケじゃないんだ。ただ、ちょっとしたヤキモチでね。
けど、それも今日で終わりだ」
「市井さん……」
「梨華のこと、よろしく頼むよ。
あー見えて、強情だし泣き虫だから」
「知ってます」
「そうか、それは失礼」
「ブッ」
あたしのその言葉に、吉澤が吹き出す。
「なんだよ汚いなぁ」
「あ、ごめんなさいっ」
慌ててハンカチを取り出して、服を拭こうとする。
それを、吉澤と同じく、慌てて制止する。
「ジョ、ジョーダンだよ。そんなのしなくていいって」
「ごめんなさい」
………前から思ってた。
吉澤は、謝り過ぎだ。

「ご、ごめんなさい…」
思ったことを口にすると、またしても謝る。
ついさっき『謝り過ぎ』と言ったばかりなのに。
「だーかーらぁ」
「あ、そうですよね。すいませ…あ」
「ったく」
「ははっ」
「………バカ」
「うわ、ひどいですよ市井さん」
「へへっ」
「なんで笑うんですかっ」
「吉澤がバカだから」
「だからなんでそーなるんですか」
そうやってしばらくじゃれ合ってると、明らかにどちらの声でもないアニメ声が混ざってくる。

「あー、二人で何してるのよぅ。私だけ仲間外れにしないでよー」

二人のお姫様、梨華姫だ。
「仲間外れになんかしてないよー」
「今そっち行くから」

二人の王子は、仲間外れにされて拗ねているお姫様の元へ向かった。
91 名前:残り1日 投稿日:2001年04月28日(土)23時54分15秒
午前11時。
予定より大分時間がくってしまった。
矢口は、もう起きているだろうか。
目が覚めて傍にいないあたしを、怒っているだろうか。
酔っている石川さん夫妻に対する挨拶もそこそこに、あたしは外に出る。
梨華は、玄関まで送ってくれた。
そこで、最後の挨拶をする。

「………じゃあ」
「うん」
笑顔で見送ってくれる梨華。
この笑顔を見るのがこれで最後かと思うと、涙腺が潤んでくる。
泣いちゃダメ、泣いちゃダメ。
ここで泣いたらダメだよ。
もう梨華の前で泣きたくないのに。
「じゃ、ね」
「あ、待って!」
「……ん?」
一生懸命普通を装って振り向く。
すると梨華はこう言った。

「来年は桜、病院じゃなくて、公園で見ようね」

お姉ちゃんいつも予定詰まってるから、一年先の4月いっぱいは、私が予約しとく。

今まで見た中の最高の笑顔で。
梨華は言った。

手を梨華の両肩にやって、顔を地面に向けて。

「……分かった。一年後、楽しみにしてるよ」

スケジュール空けとくからね。

それだけ言って、あたしはその場から逃げるように去った。
泣いてることがバレてないかどうかは気になったけど。
それを忘れるかのように、病院までの道を、ひたすら走った。


スケジュールは、空っぽだよ。
あたしにはもう、未来がないから。
一年後、約束を破ってしまったあたしを、梨華はどう思うだろうか。
怒るよな、怒るんだろうね。


こんなダメなお姉ちゃんを、許してください。



92 名前:名無し読者 投稿日:2001年04月29日(日)01時15分34秒
・・・なんだか切ない・・・桜かぁ・・・
93 名前:名無し読者 投稿日:2001年04月29日(日)02時15分35秒
市と吉の和解マンセー
>作者
↓フジHPにのってた栗原のインタビュー(画像は劣悪)
http://www.fujitv.co.jp/jp/sports/haruko2001/movie/36yamaguchi.ram
94 名前:名無し読者 投稿日:2001年04月29日(日)02時48分15秒
まじで切なすぎる・・・
胸が締め付けられるっす。
95 名前:名無し読者 投稿日:2001年04月29日(日)08時05分00秒
セツナすぎる・・・・・・・・
・・・・市井氏ぬな!!
96 名前:作者 投稿日:2001年04月29日(日)08時49分05秒
大きな間違いを発見。
>>91 の1番最初。
>午前11時
となってるけど、『午後』の間違いです。

もうすぐで終わりなのに、大事なトコで間違ってしまった…鬱だ。
97 名前:ぷち 投稿日:2001年04月29日(日)11時00分01秒
市井〜〜〜!!(号泣)
めちゃくちゃ切ないです・・・
98 名前:名無しさん 投稿日:2001年05月01日(火)13時53分49秒
「はぁ……はっ……はぁっ」
病院までの道のりを、ひたすら走る。
走らなきゃやってられなくて。
「って!」
途中足がもつれて何度もコケたけど、立ち上がってまた走った。

ポツ……ポツッ…

一生懸命走ってると、額や肩に落ちてくる冷たい液体。
雨だ。
<最悪やな…>
(………)
止まってしばらく降ってくる雨を見上げる。
その雨は段々激しさを増して、『どしゃ降り』という言葉がピッタリになった。
瞬時にビシャビシャになる髪、服。
けれど、なぜか一つも嫌な気はせず、反対に嬉しかった。

「11時15分か…」
なら、ここから歩いて行っても充分間に合うよね。
もうちょっと雨に濡れていたいから。
走るのをやめて、あたしは歩いて病院に向かうことにした。


もうこうやって、肌で雨を感じることが出来ないかもしれないから。
最後に、雨を肌で感じることが出来て、嬉しかった。
99 名前:名無しさん 投稿日:2001年05月01日(火)13時54分43秒
着くと、看護婦さんに貸してもらったタオルで身体を拭きながら、
エレベーターに乗り矢口のいる階を押す。
でもせっかく貸してもらったタオルも特に役目を果たすことなく、服と一緒にビショビショに。
「やっべ〜…おばさんとか入れてくれるかな…」
<大丈夫やろ。たぶん>
「はは、たぶんね……」
内心ドキドキしながら、病室までゆっくり歩いた。


午後11時35分。

コンコン。
深呼吸して、ノックを二回。
今頃になって雨に濡れた身体が寒くなってきたけど、我慢。
あとちょっとだけだから。
「はい?」
中から、何度か聞いた矢口のお母さんの声。
「あ、市井なんですけど…」
「ああ」
名前を言うと、納得したように声をあげ、ドアへと近づく足音。
無駄なあがきみたいだけど、濡れた髪で、とりあえずセットはしといた。
「ど、どうも。遅くにすいません。どうしても逢いたくて…」
開けた瞬間、濡れたあたしを見て驚いた顔をしたけど、すぐに顔を元に戻し、
笑顔であたしを招いてくれた。

「はい、タオル」
「あ、すいません。お手数おかけしてしまって…」
「いいのよ。それに、これだけ濡れたままじゃカッコ悪いでしょ」
「は、はぁ…」
おばさんの親切を受け取って、タオルで拭く。
一枚だけじゃさすがに無理だったけど、何枚も貸してもらったから、多少はマシになった。
「帰ってから、熱いシャワーを浴びた方がいいよ?」
「………はい」
心配してもらって、本当にありがとうございます。
けど、それには及ばないんです。
あと、何十分かで、いなくなるから。
「ちゃんと帰りは、傘も買って帰りますね」
それもまったく、無意味なんだけど。
100 名前:名無しさん 投稿日:2001年05月01日(火)13時55分25秒
「矢口は…?」
そういえば、さっきから静かだ。
まだ、目が覚めてないのかな?
「ついさっきまで起きてたんだけどね。私が寝かせたの」
「え」
「『紗耶香が来るまで起きてる!』ってきかなくて…。
けど、まさかこんな時間に来るなんて思ってなかったから、明日にしなさいって」
「そうですか…」
「ごめんなさいね」
「いや、いいっす」
笑顔を作るものの、やっぱちょっと悲しい。
12時まで、あと10分か…。
最後のワガママ、言わせてください。

「あの、本当に自分勝手で悪いんですけど、少しの間、彼女と二人っきりにさせてくれませんか?」
「え?」
「ほんとに、少しでいいんです。お願いします」
思いっきり頭を下げる。
「………いいよ」
「えっ」
「じゃあ、私は外で待ってるから」
「あ…」
あっさり。
もっと、理由とか聞かれるかと思ってたのに。
おばさんは、あっさりと許してくれた。

「真里の心を変えてくれて、ありがとね」

笑顔でそう言って、部屋の外へと消えて行った。
101 名前:名無しさん 投稿日:2001年05月01日(火)13時56分17秒
<さあ、お姫様を起こさなな>
(うん)
可愛らしい顔で眠っている矢口。
規則的な寝息を立てているその唇に、キスを落とす。
「んっ…」
おてんばで笑顔が素敵な姫は、王子のキスで目覚めるんだ。

「遅くなってごめん」
まず第一声。
「傍にいるって言ったのに、いなくてごめん」
怒っているだろう矢口に、一生懸命謝る。
「返事、聞きに来たんだ」
そして、本日最後のイベント。

「…………」
矢口は、一言も言葉を発しない。
まあ、当然と言えば当然かも。
「………から」
「え?」
ボソッと矢口が何かを言った気が。
慌てて聞き返す。
「……怒ってんだから。本気で」
「あ、うん…」
その顔は笑ってなくて、こっちを見てる視線が痛い。
「目が覚めた時、1番最初に逢いたかったの、紗耶香だったのに。
目が覚めた時、1番傍にいて欲しかったの、紗耶香だったのに。
………………ヒドイよ」
矢口の目から、涙が零れる。
「……ごめん」
あたしは、謝ることしかできない。
必死に涙を堪えて、もう一度頭を下げた。
102 名前:名無しさん 投稿日:2001年05月01日(火)13時57分40秒
残りあと5分、その短い間に許してもらえるかどうかは分からないけど、
それでも許してもらおうと、必死に頭を下げた。
すると矢口は、ふぅ、と息を吐いて、こう言った。
「……けどね、その話には続きがあって…」
「…え?」
「目が覚めた時、傍にいてくれなくてすっごいムカついたんだけど、
やっぱり紗耶香は来てくれるって思ってたんだ。絶対今日中に」
「……うん」
「……ねぇ、お願い聞いてくれる?」
「え、お願い?」
「うん。聞いてくれたら、許してあげるよ」
なんだろう……すっごい真剣に考えたけど、それはすっごく簡単。

「ちゃんと、矢口が起きてる時にキスしてよ」

その真剣な眼差しに、吸い込まれるように唇を重ねた。



1分ほど、そうしてただろうか。
ゆっくりと、唇を離す。
そして……

「……矢口も、紗耶香が好きだよ」

照れたように、矢口は笑った。

「矢口…」
「へへ」
心が満たされていく。
抱きしめたら、ちゃんと矢口はそこにいて。
しっかりとあたしを抱き返してくれる。
「もう、約束破っちゃヤダ。ずっと、矢口の傍にいてよね…」
「……」
その返事は出来なかったけど、抱きしめた腕に、更に力を込める。
涙が頬をつたった。

103 名前:名無しさん 投稿日:2001年05月01日(火)13時58分53秒
<紗耶香。……時間や>

タイムリミット。

けれど、最後の最後は、やっぱ笑顔でいたいから。

抱きしめた腕をゆっくり解いて、もう一回軽くキスをする。
「バイバイ」
「え? 紗耶香?」
そのまま、戸惑ってる矢口にもたれかかるように。
どんどん力は抜けていって、思考もどんどんなくなって。

ああ、不思議と、全然恐くないや。

なんで?
裕ちゃんがいるから?
違う。
じゃあなんで?

好きな人に抱かれて死ぬのって、こんなに気持ちいいから。


昔、流れ星に願ったことがあるんだ。

『死ぬ時は、好きな人に抱かれて死にたい』って。


願いは、叶ったんだ。


そう、恐くない。
けど、こんなに哀しいのはきっと気のせいだよね……。


そこで、あたしの思考は完全にストップ。


二度目の死を、好きな人に抱かれて迎えた。


104 名前:名無し読者 投稿日:2001年05月01日(火)16時03分30秒
やだ・・・!!!
悲しすぎる。いちいちゃん、いかないでくれ。
105 名前:名無し読者 投稿日:2001年05月01日(火)18時01分06秒
・・・会社で涙目になってる俺の存在はハズいでしょうか?

市井よ、罪な女だ。
106 名前:名無し読者 投稿日:2001年05月01日(火)20時41分35秒
くう〜〜(涙
107 名前:名無し読者 投稿日:2001年05月02日(水)01時08分41秒
どういう結末を迎えるのだろう。。。
108 名前:名無し読者 投稿日:2001年05月02日(水)02時39分17秒
奇跡よ起きてくれ〜!!(涙
109 名前:名無し読者 投稿日:2001年05月02日(水)13時57分22秒
いち〜〜〜〜〜〜逝くなぁ〜〜〜〜!!!!(号泣
全くどうして市井ってこういう・・・・
作者さんガムバテ・・・・・
110 名前:ぷち 投稿日:2001年05月02日(水)17時19分19秒
市井〜〜〜〜!!(号泣)

今、マジでメチャメチャ泣いてます。

逝くなよマジで!矢口の傍にいてやれよ!!
111 名前:遠藤@石川娘・・。 投稿日:2001年05月02日(水)23時05分22秒
なんでこんなに切ないんだぁ・・・。
112 名前:天国と地獄のはざまの世界 投稿日:2001年05月04日(金)11時21分51秒
ボーンボーンボーン………

鐘の音。
12時を知らせる音。
きっちりその音は12回鳴って、あたしの思考を呼び戻してくれる。

「天国と地獄のはざまの世界へようこそ、市井紗耶香さん」

裕ちゃんの声。
つい2週間前に聞いたセリフと、まったく同じセリフ。
不思議と、おかしかった。
「なんでかなぁ…」
「ん?」
「なんでこんなにも、裕ちゃんの顔を見たら落ち着くんだろ。
本当なら、恐いハズなのに。………なんでだろうねぇ」
こうやって裕ちゃんに出逢う前は、よく漫画とかで死神とかの話のやつ見てたけど、
死神=恐い。
だったのに。
本来の死神は、マントみたいな服じゃなくて、黒服スーツで。
骸骨っぽい顔じゃなくて、化粧した顔で。髪も、金髪。
そして、こんなに変な性格の持ち主。
「……変な性格は訂正してくれ」
「やだよ、だってホントのことじゃん」
軽く裕ちゃんの足を蹴る。
裕ちゃんは大げさに痛がってみせた。
113 名前:天国と地獄のはざまの世界 投稿日:2001年05月04日(金)11時22分52秒
「じゃあ、そろそろ連れてってよ」
しばらく追いかけっこを楽しんで、息を切らせてへばってる裕ちゃんに言う。
どこに連れて逝くか、なんてことは言わない。
お互い、判ってるから。
「いやぁ、でも緊張してきた。どんなトコなんだろうね」
不安定な気持ちを紛らわすように、早口で喋る。
けれど、裕ちゃんからの答えは返ってこない。
下を向いて、黙っている。
「ちょっとちょっとぉ、一人で喋ってバカみたいじゃんかぁ。
ねえ、お願いだから早く連れて逝ってよ」
こんな所にいつまでもいたんじゃ、せっかくの覚悟が台無し。
裕ちゃんといつまでも一緒にいたんじゃ、余計辛くなるんだよ。
判ってよ。お願いだから判ってよ。
心を読んでいるであろう裕ちゃんに訴える。
けど裕ちゃんは。

「…………やっぱり、アタシには無理や。
紗耶香を連れて逝くことなんか出来へん……」
「ゆ、裕ちゃん……?」
「なんで、なんで友達になった奴、連れて逝かなアカンの?
なんで、こんないい奴、連れて逝かなアカンの?
なんで、なんでっ………」
「ゆう…ちゃん……」

初めて見た、裕ちゃんの涙。
ずっと強いと思ってた。けれど、本当は全然違くて。
本当は、こんなにも弱いんだ。
こんな、こんなワガママな奴の為に泣いてくれる。
すっごい優しい人。

あたしの神様は、最高の人だよ。
114 名前:天国と地獄のはざまの世界 投稿日:2001年05月04日(金)11時24分03秒
……けどさ、世の中はそう簡単にはいかない。
約束したことは守らなきゃならない。

「そう言ってくれるのは、すっごい嬉しいよ。
でも、これは、あたしがした約束だから」
ワガママを聞いてくれた裕ちゃんの上司、“つんくさん”とした約束だから。
2週間が過ぎたら、地獄に逝く。
それに頷いたあたし。
…………約束なんだ。
「だから、早く連れてってよ…」
これ以上裕ちゃんと居たら、落ち着くどころかオカシクなっちゃう。
今でも、離れたくないって全身で叫んでるんだ。
けれどもそれを必死で押さえてる。
「早く!!」
怒鳴る。
もう裕ちゃんを見ないように、目を瞑って。
「早く! 裕ちゃん!!」
もう一回、怒鳴る。

その時、どこからともなく泣き声が聞こえた。

<紗耶香ぁ……ねぇっ起きてよ……ック…紗耶香……ンンッ>

矢口の声だ。

115 名前:天国と地獄のはざまの世界 投稿日:2001年05月04日(金)11時25分16秒
「……めろ…」
なんでこんなの聞かせるんだ。
「裕ちゃんやめろよ! やめてくれよ!」
そう言ってる今も、頭の中には矢口の声が離れない。
「……もうやめてくれよぉっ……」
こんなの聞かされても、あたしにはもうどうすることも出来ないんだ。
こうやって想い出して、矢口に対する罪悪感を感じるだけ。
その場にうずくまって泣いた。
すると、矢口の声は消え、今度はあたしが1番聞きたくなかった…

<………お…姉ちゃん……?>

梨華の声。

病院から連絡を受けて駆けつけて来たばかりなのか。
息を切らせてる。
その梨華の声と一緒に、矢口の泣き声も聞こえる。
「……もういいよ、もういいから…」
けどその願いは叶わず、声は聞こえ続ける。

<なんで? 桜見に行こうって、約束したじゃない。なんでお姉ちゃん約束破るの? 
…………っ……嘘吐きだよお姉ちゃんっ!>

何も言い返せない。
その上、梨華を泣かせてしまった。
梨華が泣くのが、あたしにとって1番嫌なことなのに。
ごめん。ごめん。
謝ることしか出来ない自分。けれど、謝っても梨華には届かない。
もう泣くしかなかった。
116 名前:天国と地獄のはざまの世界 投稿日:2001年05月04日(金)11時26分18秒
「紗耶香」
泣いてるあたしの頭を撫でながら、優しく語りかける。
「あんた、前に言ったやん? 『裕ちゃんは神様』や、って。
アタシあん時、すっごい嬉しかってん。神様って言ってもらえて。
こんなどうしようないダラけた奴、神様って言ってもらえて。すっごい、嬉しかった」
「………うん」
「だからな、お礼させて欲しいねん」
「………やだ。お礼なんかいらない」
ここで「いる」って言ったら、なんだかすっごい嫌な予感がしたから。
「そんなのいらないから、早く連れてってよ、地獄に」
「…………じゃあ、お願い」
「は?」

「元の世界に、戻ってください」

「ゆ、裕ちゃん?」
な、何言ってんだよ。
そんな、真顔で真剣な眼差しで言われても。
お願いされたって、出来ないよ。
「アタシは、紗耶香の願いを叶えてあげた。
なのになんで、紗耶香はアタシの願い叶えてくれへんの?
………紗耶香は、色々アタシに与えてくれた。
人を想う気持ち、人を信じる心、そして……友情」
「でもそれが……」
元の世界に戻ることと全然…
「関係あんねん!……あんたは、アタシの神様やから。
アタシはぁ、紗耶香の願い叶えてあげたやん、だから、紗耶香もアタシの願い叶えてよぉ…」
「裕ちゃん…」
「お願いします、アタシの願い、叶えてください!」
肩に顔を埋めて、ひたすらお願いします。
あたしは……

「……やっぱり、叶えられないよ…」

117 名前:天国と地獄のはざまの世界、そして…… 投稿日:2001年05月04日(金)11時28分24秒
だってそこであたしが「うん」なんて言ったら、裕ちゃんはどうなる?
あの時、“信じる”って言ったけど、本当は……。
「そんなことなんかしたら、クビだけじゃ済まない。
じゃあ、裕ちゃんどうなっちゃうんだよ!」
もうこれ以上、裕ちゃんに迷惑かけることなんか出来ない。
あたしの為なんかで、迷惑かけることなんか出来ないよ…。
「だから、早く……」
地獄に連れて逝ってください。

「…………まったくアタシの神様は、優しすぎて困るわ。
こうなったらしゃーないなぁ……」
そう言って、保田圭がしてたみたいに右手をあたしの頭に向け、金縛りをかける。
「ゆ……」
裕ちゃん、て言おうとするんだけど、声が出ない。
声が出ないんなら、心で話すまで。

まさか、そんなわけないよね?
そんなこと、裕ちゃん一人で決めれるワケないじゃないか。
ねぇ、この金縛りと右手どけてよ。

あたしの問いに、裕ちゃんは笑顔で返す。
「ホンマはな、あん時圭坊の邪魔した時から、決心しててん。
どうせ、クビになるんや。そやったら、最後に好きなことしたろうやないかって。
心配すんな。これであんたが戻っても大丈夫なように、死神リストのファイルとかはいじっとくから」

なんだよ。
何言ってんのか、判んないよ。
思考が、どんどんなくなってくよ。
ヤだよ。
裕ちゃんともう逢えなくなるのヤだよ。

「………神様は、あんたの見えんとこで見守っとくんや」

ヤだ。
神様なら、願い聞いてよ。

「聞いたやん。だから、今度は紗耶香が願い聞く番」

元の世界に、戻ってください。

泣きながら精一杯の笑顔で、裕ちゃんは言った。


そこからまた意識はなくなって………

目が覚めた時あたしは、病院のベッドで横になっていた。



118 名前:ぷち 投稿日:2001年05月04日(金)22時23分38秒
裕子ぉぉぉおおお!!
いい人すぎる・・・・(涙)

あぁ・・作者さんには泣かされっぱなしです(笑)
119 名前:名無しさん 投稿日:2001年05月05日(土)00時52分27秒
裕ちゃんはどうなった???
痛いよー
120 名前:名無し君 投稿日:2001年05月05日(土)01時44分32秒
裕ちゃん〜
作者さん今一度ミラクルを・・・
信じる事を知って天使に・・・とかダメ?ですか??
お・ね・が・い・・・
つんく〜なんとかしろよ オイ!!!
121 名前:名無しさん 投稿日:2001年05月05日(土)03時32分51秒
裕ちゃ〜ん!!(号泣)
あんたは死神なんかじゃなく最高の神様だよ!!

122 名前:名無し読者 投稿日:2001年05月05日(土)10時33分19秒
俺はどんなラストでも受け入れるぞ。
市井、未来を開拓するならいろいろ背負うのを覚悟しろよ!

>>119-121
sageスレあげるな。
123 名前:名無し読者 投稿日:2001年05月05日(土)12時11分13秒
終わりが近いんですね。1月からずっと見てました。
最後までちゃんと見てますのでがんばって下さい。>>作者さん

こちらはsageオンリ−じゃなかったよ。>>122
124 名前:名無しさん 投稿日:2001年05月07日(月)02時18分43秒
裕ちゃんの未来を!!!
125 名前:名無し読者 投稿日:2001年05月07日(月)17時40分19秒
裕ちゃんの今後の就職先案
・酒の神バッカスの使い  給料が下がろうとまさに天職
・生殖の神シヴァの使い  死に神と対照的なお仕事を
・天使          そうすると女神はカオリがいいなあ
・死神バスター      裏稼業っぽいけどそれだと紗耶香のそばにいれないよな
・死神          (  ` ◇´)<絶対にリストラせえへんでな
126 名前:裕ちゃんがいない、元の世界 投稿日:2001年05月09日(水)17時01分07秒
それからあたしは、裕ちゃんの願い通り、元の世界に戻って、元の生活に戻った。
梨華の、石川さん夫妻が出してる入院費用の足しにしてもらおうと、高校に進学せず
以前働いていたところにも戻った。
そして、今まで以上に一生懸命働いた。
ちょっとでも気を緩めると、裕ちゃんのこと考えて寂しくなっちゃうから。

別に、考えたくないわけじゃないんだ。
けどやっぱりツライから。
裕ちゃんがあたしの隣にいたのはたった2週間の間だったけど。
なんか、もう、小さい頃からずっと一緒にいたような錯覚さえ覚えるんだ。
なんでだろうね。
いつも二人で、しょうもないこと言って笑ってた気がする。

そんなことを思い出すの、やっぱツライから。

仕事が休みの日は矢口とデートしたり、家族サービスならぬ妹サービスしたり。
極力一人にならないように。
寂しくならないように。

胸にポッカリ開いてしまった穴。
その穴は、なかなかどうして。
全然埋まらない。
127 名前:裕ちゃんがいない、元の世界 投稿日:2001年05月09日(水)17時02分33秒
嬉しいんだよ?
またこうやって、戻って来られて。
嬉しいんだよ?
もう見れないと思ってた梨華の笑顔、また見ることができて。
嬉しいんだよ?
今度こそ、矢口との“傍にいる”って約束、守ることができて。

けどね、やっぱりさ。
何か一つ、足りないんだよ。
何だと思う?

簡単だよ。

裕ちゃんがいないんだ。
隣に、裕ちゃんがいないんだ。

全然、嬉しくないよ。

128 名前:裕ちゃんがいない、元の世界 投稿日:2001年05月09日(水)17時03分37秒
――――――
――――
――

それから季節は巡って、春がやって来た。
去年からの梨華との約束、『桜を見に行こう』。
今日がその日だ。
二人じゃ寂しいので、矢口や吉澤も誘って、四人でお花見。
けど行った日がちょうどお花見日和で、周囲には人がいっぱい。
会社の人同士で宴会してる人達、家族連れ。色々。

とりあえずどこか空いてるところを探して、持ってきたシートを敷き座る。
「よし、お弁当食べようよ!」
座った途端、いきなり矢口のそんな言葉。
「矢口さ〜ん、お花見に来ての第一声は普通『綺麗だね〜』とかにしましょうよぉ」
それに対し、梨華が突っ込む。
「え〜、だって早く弁当…」
何をそんな急いでいるのか。あくまで弁当に拘る矢口。
その弁当に拘る理由を、吉澤がこっそり教えてくれた。

「今日のお弁当、矢口さんが作ったんですって。
なんか、前矢口さんの手料理ごちそうになった時、あんまり美味しくなかったじゃないですか。
今日はそれのリベンジで、今度こそ市井さんに『おいしい』って言ってもらえるよう頑張ったみたいっすよ?」
羨ましいっすねぇ、コノ、コノ、と腕をぐりぐりされる。
今時、こんなことする奴いるか?と思いながら、改めて矢口の方へ目をやる。
見ると、まだ一人で「弁当…弁当……」とブツブツ言っている。
そんな矢口を最初は突っ込んでいた梨華も、もう突っ込むのはやめて自分の上に咲いている桜を見ながら、
「綺麗……やっぱ第一声はこれよね」
と、一人の世界。
まったく違うことを考えている二人見て、なんだかとてもおもしろかった。
129 名前:裕ちゃんがいない、元の世界 投稿日:2001年05月09日(水)17時04分49秒
梨華の桜見も満足したのか、矢口が待ってましたの弁当タイム。
嬉しそうにお弁当箱のフタを開けて、今日の出来を語る。
「ほら見て、このリンゴ。うさぎさんだよ? 矢口だって出来るんだよ」
「わぁほんとだ。じゃあそのうさぎさん、ウチ食べていいっすか?」
「あ、よっすぃ〜ダメぇー! そのリンゴ、紗耶香の!」
今まさに口に入れようとしたうさぎさんの形をしたリンゴ。
そのリンゴを、矢口が素早い動きで向かい合って座っていた吉澤から奪う。
「わ、わ、わ、」
が、奪った体制が悪かった。
そのままうつ伏せに寝っころがるようにして、倒れる。

「「「あー!!!」」」

矢口以外の三人の声が見事にハモる。
矢口と吉澤の間には、矢口の会心の出来の弁当があったのだ。
「うっ…」
自分の身体を起こして、お腹の辺りに付いている弁当の具やケチャップなどを見る。
それを見て、涙目になる矢口。
「や、矢口さん、泣かないでください。ほら、まだ食べれるやつとかいっぱいありますから!」
「そうですよ矢口さんっ、服はこの際置いておいて…」
「ほら、リンゴも無事だしさ…」
みんな必死になだめる。
この四人の中じゃ1番年上のハズなのに、なぜか1番子どもっぽい矢口。
「ぅひっく…んっく……」
「わーっ!」
機嫌を取ったり、服を丁寧に拭いたりしてあげたりしても、一向に元には戻らず。
反対に、どんどん悪化していくような。
こうなったら最後の手段、近くにぬいぐるみ屋があったハズだ。

「よ、よぉし矢口、今からプーさんのぬいぐるみ買ってきてあげるから」
ピク。
反応あり。
「だから、泣くな。泣いちゃダメだぞ?」
「………ぅん」
上目使いであたしを見て、小さく頷く。
あぁ、マジで可愛い。
何回見ても、やっぱり可愛いものは可愛い。
所詮どうあがいても、あたしは矢口には敵わないのだ。

130 名前:裕ちゃんがいない、元の世界 投稿日:2001年05月09日(水)17時06分52秒
「じゃ、ちょっと行ってくるわ」
残りの二人には矢口のなだめ役を頼んで、行く時に見たぬいぐるみ屋さんに。
ちゃんとそこにプーさんのぬいぐるみがあるのも確認済み。
帰りに、プーさんのぬいぐるみが大好きな矢口に、買ってやろうと思ってたから。
買ってやる予定がちょっと早まっちゃったけど。
「すいません、これください」
定員さんに言って、包んでもらう。
そして、矢口達がいる場所に戻ろうとした時だった。

「なんやねん、もっとおもしろい芸とかできひんのかー」

関西弁が聞こえたんだ。
悲しいかな、反応しちゃう自分。

判ってるのに。裕ちゃんはこんな声じゃないって。
判ってるのに。裕ちゃんは黒髪なんかじゃなくて金髪だって。
判ってるのに。裕ちゃんはここにいないってことくらい。

あの後、どれだけ願っても、裕ちゃんは叶えてはくれなかった。

また一緒にいたいよ。
隣で笑っていて欲しいよ。

あたしの神様は、もう力なくなっちゃったのかな。
それとも、もうあたし、飽きられちゃったのかな。
あたしは、まだ裕ちゃんの神様でいたいのに。
裕ちゃんの願い、もっともっと叶えてあげたいのに。
もう、無理なのかな。
131 名前:裕ちゃんがいない、元の世界 投稿日:2001年05月09日(水)17時08分01秒
「……ふぅ…」
またちょっとブルーになってしまった。
最近はずっと考えないようにしてたんだけど、どうも関西弁や裕ちゃんに似た人とかを見ると、こうなってしまう。
ダメだね。
裕ちゃんのこととなると、どうも涙腺が緩む。
「……っ」
涙が出ちゃうんだ。


そんなあたしを可哀想に思ってか、後ろからハンカチが差し出される。
派手な小柄のハンカチ。
「…大丈夫です」
慌てて涙を手の甲で拭って、差し出されたハンカチを断わる。
顔は見れない。
だって泣き顔なんか見られたくないし、気まずいし。
「いいですよ、使ってください」
でもそのハンカチの人もしぶといらしく、なかなか手を引っ込めようとはしない。
「だから、いいですって」
本当は放っておいて欲しかった。
なのに。

「てか、人の親切は素直に受け取るもんやぞコラァ!」

逆ギレ。
なんなんだこの人は。
後ろからあたしを羽交い絞めにして、無理やりハンカチで目を拭かす。
「わっ、なんだよやめろよっ」
なんで見ず知らずの人に羽交い絞めまでされて、顔を拭かれなきゃいけないんだ。
そう思って、その人の顔を見ようと後ろを向く。
でもその人の顔はあたしのちょうど真後ろにあるため、見えない。
代わりに見えたのは、サラサラの金髪と、その金髪に全然似合わない黒服スーツ。
とうとうあたし、オカシクなっちゃったのかな。

そんな事を思っていると、ゆっくり羽交い絞めにされていた身体が離される。
自由になる身体。
ゆっくりと、振り向く。
そこにいたのは、一年前と何一つ変わらない、あたしの神様。

「遅くなったけど、紗耶香の願いを叶えにやってまいりました」

裕ちゃんが、いたんだ。

132 名前:裕ちゃんがいない、元の世界、そして… 投稿日:2001年05月09日(水)17時09分25秒
落ち着いた関西弁。
外人のような色の目をしたカラーコンタクト。
スーツの胸ポケットには、タバコ。
オカシクなんかなっちゃいない。
あたしは、オカシクなんかなっちゃいない。
本物の、ちゃんとここに存在する裕ちゃんだ。

「裕ちゃんっ!」
抱きつく。
空振りなんかしたりしない。
ちゃんと、抱き返してくれる。
「なんや紗耶香ぁ、一年逢わん間に、甘えたになったんかぁ?」
「…うるさいっ」
「生意気なんは相変わらず、と」
「………そっちこそ、口が減らないのは相変わらずじゃんか」
「アホぅ。もう27年も生きとんねん。そうそう変われるか」
「変われ、バカッ」
「な、バカッって言うな!」
「……へへ」
こんな喧嘩も一年ぶり。
裕ちゃんの感触も一年ぶり。
何もかも、一年ぶり。

「でもな、あれからすっごい大変やってんやぞ。
約一年かけて裁判にかけられて、ずーっと薄暗い牢屋に入れられて。
で、一年かけて出た判決が有罪で、あの世界から永久追放や。
当然エリート死神もクビで、永久追放やからあの世界にはおられへん。
だから、つんくさんの意向で、この世界に飛ばされたんや。
正確に言うと、さっきの『願いを叶えにやってまいりました』やのうて、『願いを叶えさせられにやってまいりました』やな」
本来ならそれはすごい罰なんだろうけど、あたしにはすごいいい罰に思えてしょうがない。
その上、その罰を受けた張本人が笑顔なのだから。
133 名前:裕ちゃんがいる、元の世界 投稿日:2001年05月09日(水)17時12分54秒
「あーあ、くっそぉ。こっちの世界に来たんはいいけど、今まで持ってた力は封印されるし、おまけに金も家もない。
しかも、服だってこの死神のスーツしかないねんで!? どうしろっていうねん!」
「そ、そんなのあたしに言われても…」
ガタガタと身体を揺さぶられる。
「なんでやねん! じゃあ願い言うわ。しばらくあんたん家で面倒見てくれ」
「は、はぁ!?」
いきなりそこまで話が飛ぶか!?
やっぱりこの人の思考回路はまったく読めない。
「いいか紗耶香。アタシは紗耶香の願いを叶えにやってきた。
だから今度は、あんたがアタシの願いを叶える番や」
「…ちょっと待て。叶えにやってきたんじゃなくて、さっき叶えさせられにやって来たって言ったじゃんか。
しかもその願い、あたしだけで決めれる問題じゃ…」
「そんなん親脅して無理やりオッケーもらったらいいねん」
「なんで育ててもらった親を脅さなきゃならないんだっ!」
まったくこの人は…。
人の都合ってもんを、まったく理解してない。
それともあっちの世界じゃこんな人ばかりだったのか?
疑問は尽きない。

「まあ、とりあえず腹ごしらえが先やな。その話は後にしよ」
ポンポンと頭を叩き、あたしの手を引っ張ってどこかに行こうとする裕ちゃん。
「アタシ、こっち来てから、何も食ってないねん。つんくさんが紗耶香の家の前にテレポートしてくれたんはいいけど、
おばさんに聞いたら『花見行った』とか言うねんもん。探したで」
「それは悪かったよ……けど、あたし矢口達待たせてあるから、腹ごしらえはもうちょっと待ってよ。
一度梨華達に了解取ってから、ご飯奢ってあげる」
「は? なんで、アタシも一緒に梨華ちゃん達とお花見すんで。弁当とか持ってきてんねんやろ?」
「…矢口が作ってきたけど?」
………まさか。
「じゃあアタシもそれ食べる」
そのまさかだった。
134 名前:裕ちゃんがいる、元の世界 投稿日:2001年05月09日(水)17時14分05秒
「あ、あのさ、裕ちゃんと梨華達、面識ないわけじゃん? それなのに同席するわけ?」
「だからその分は愛情でカバーや。しかもこれから色々お世話になるんやし、今の内に仲良くしといた方がいいやろ」
いや、間違ったことは言ってないけど。
梨華達になんて説明したらいいんだ。
あたしが死んだ時お世話になった、元死神の中澤裕子さんです。
なんて、言えるハズがない。

「さぁ、ほらみんな待ってんで。行こうや」

……ま、いいか。
いざとなったら、裕ちゃんの言う通り、愛情でカバーすりゃいいしね。

「なんで裕ちゃんが仕切ってんだ!」

仕切るな!と言いながらも、差し出された手をしっかり握る。
もう離れないように。
しっかりと、握った。

135 名前:裕ちゃんがいる、元の世界 投稿日:2001年05月09日(水)17時16分12秒
「おっ、あっこにおんのってよっすぃ〜やんな?」
「ああ、うん」
遅いあたしを心配してたんだろう、キョロキョロとあたしを探している。
そんな吉澤に裕ちゃんを連れて駆け寄り、謝る。
「ごめん、ちょっと知り合いと会っちゃって…」
「中澤裕子ですっ! ピチピチのセブンティーンでーす」
いい言い訳が思いつかなかったあたしは、裕ちゃんを知り合いと紹介。
素直な吉澤は、裕ちゃんの凄まじいウソも何も疑わず突っ込まず、笑顔で返す。
梨華にも同じ説明をすると、またしても納得してくれ、その上一緒にお花見しましょうと言う始末。
なんてお人好しで、素直な人間なんだ。

「よぉーし、じゃあいただきます」
楽天家で大嘘つきなあたしの神様は、そう言って矢口の手に収まってたリンゴをパクリ。

「「「あーっ!!!」」」

矢口と裕ちゃん以外の三人の声が、また見事にハモる。

そして、せっかくプーさんのぬいぐるみをプレゼントして笑顔になった矢口の顔が、またしても泣き顔に変わってく。

「〜〜〜裕ちゃんっっ!!」

……やっぱり、願い取り消そうかな。
矢口が泣くのを見て、うろたえる裕ちゃんを見ながら、そんなことを思った。

あたしの神様は、とってもデリカシーがなくてすっごい余計な事しいで。

……けれど、そんな裕ちゃんが好きで好きでたまらないあたし。

やっぱり、オカシイのかもしれません。

「まったくどうしてくれんだよ〜、また泣いちゃったじゃんか〜!」

これから起こる色んな事を想像しながら、とりあえずあたしは、裕ちゃんがここに来て涙目で願った、
矢口が泣くのを止めさせてくれ〜、という願いを叶えることにした。



 END

136 名前:名無しさん 投稿日:2001年05月09日(水)17時17分40秒
ラスト隠し。
137 名前:名無しさん 投稿日:2001年05月09日(水)17時20分38秒
何を書こう。
138 名前:名無しさん 投稿日:2001年05月09日(水)17時22分01秒
もうほとんどさっき書いたしなあ。
139 名前:名無しさん 投稿日:2001年05月09日(水)17時23分55秒
しまったなぁ。
メール欄に書くんじゃなくて、ここに書くんだった。
140 名前:名無しさん 投稿日:2001年05月09日(水)17時25分46秒
#~∀~#从<フフン♪次の主役は紗耶香やなくて、このアタシや!

141 名前:名無しさん 投稿日:2001年05月09日(水)17時26分41秒
失敗失敗。
くそ、台無しだ。
142 名前:名無しさん 投稿日:2001年05月09日(水)17時28分50秒
ちょうどで終わるはずだったのに…。
143 名前:名無しさん 投稿日:2001年05月09日(水)17時30分03秒
何をしたいか判らなくなってきた……。
144 名前:名無しさん 投稿日:2001年05月09日(水)17時31分16秒
最後に、本当にありがとうございました!
ではこれにて失礼します……。
もうこれ以上恥はかきたくないので…。
145 名前:名無し読者 投稿日:2001年05月09日(水)18時54分39秒
何荒らしとんねん!と思ったら作者だったのね。

冒頭読んで、ず〜っと完結するまで待っていたので、今から一気に読ませて
もらいます。おつかれさまでした。
146 名前:ぷち 投稿日:2001年05月09日(水)21時23分16秒
おつかれさまでした〜♪

かなり感動しました。
ホント、何回泣いたことか・・・(w
最後、ハッピーエンドで良かったぁ・・・。

本当に、お疲れ様でした〜♪
147 名前:名無し読者 投稿日:2001年05月10日(木)01時03分44秒
お疲れ様でした。
爽やかぁな感じですね。
発想がシティーオブエンジェルとかジョーブラックをよろしくとか彷彿させて面白かったです。
あれ系かなり好きなんで。。
あと、矢口がか〜なり可愛かった!!
次回作、もし書くのであれば期待してます
148 名前:名無し読者 投稿日:2001年05月10日(木)01時44分07秒
裕子、おかえり!
そして作者さん、お疲れ様でした。
149 名前:名無し読者 投稿日:2001年05月10日(木)01時48分01秒
いや〜、よかったです!!
みんなの願いが叶った最高のハッピーエンドでしたね。
こんなに感動する作品に出会ったのはかなり久々です。
本当に最後までお疲れ様でした。
150 名前:Hruso 投稿日:2001年05月10日(木)01時51分44秒
お疲れ様でした。
なんかいろんなカップリングがでてきて面白かったです。
個人的にはやぐなちが好きでしたね、この作品の中で。
次は誰が主役なのでしょうか?(笑
151 名前:想い 投稿日:2001年05月29日(火)23時29分43秒
――ずっと願っていれば、いつかきっと願いは叶うんだよ――


小さい頃、空に舞ったお星様を見ながら、お母さんが言った言葉。
その時はただ頷くだけで、何も言わなかったけど。
けれど今、お母さんが、そのお星様になった今、私は言いたいことがある。
決して、返事は返ってくることはないのだけれど。


――ずっと想っていれば、いつかきっと想いは届くのですか?――


答えは……?

お星様は、ただ光っているだけ。


決して、返事は返ってはこないのだけれど。


――………想い続けていても、いいのでしょうか?――

152 名前:想い 投稿日:2001年05月29日(火)23時31分16秒
― ― ―

「行ってきまーす!」
「ああ、気をつけてな」

今日は、ちょっと朝ご飯を頑張って作りすぎてしまい、予定の時間より5分オーバー。
急いで出て行く私を、お父さんは笑いながら見送る。

こうして、お父さんに見送られるようになって、もうすぐ10年。
初めは照れくさくてちょっと嫌だったけど、慣れってのはすごい。
そして、私が朝ご飯を作るようになってもうすぐ10年。
初めはそれこそ料理って呼べるようなんかじゃ全然なくて。
食べ物とも呼べなかったのかもしれない。
けど、一生懸命、お星様になったお母さんの代わりをしようと必死だった私。
代わりなんか出来るはずないんだけど、それでもお父さんは、黙って食べてくれた。
失敗しても、どんなに不味くても。
10年経った今は、もちろんちゃんと料理と言えるようになってます。

「あぁ、そのバス、ちょっと待ってください!」

そんなことを考えていて、ボーッとしていたら、バスに置いて行かれてしまった。
いつまで経っても乗車しない私を、乗らないと勘違いしたんだろう。
慌てて動き出そうとしたバスを、引き止めた。

153 名前:想い 投稿日:2001年05月29日(火)23時32分37秒
「一瞬、ビックリしたよ。なんか、すごい勢いで乗り込んできたから」
「だ、だってしょうがないじゃないっ。あぁ、もう、恥ずかしい…」

同じ学校で、私より一つ下の、吉澤ひとみちゃん。
そのひとみちゃんが座ってる座席の横に、私も座る。
座った途端、笑いを堪えてるのか、口を押さえながら言うひとみちゃんに、私はぶっきらぼうに言った。

ひとみちゃんとは、部活動の集まりで知り合った。
ひとみちゃんはバレー部、私はテニス部。
その時、たまたま席が隣になって、仲良くなった。
それを友達に言うと、すっごい羨ましがられたりもしたりした。
私は全然知らなかったんだけど、どうやらひとみちゃんは人気があるらしい。

「……あ、そういえば、この前、中等部の子に告白されたって聞いたよ?」
「…ん?うん」
「やっぱり断わったの?」
「………当然じゃん。だってウチ、好きな人いるし」

そういえば、そうだった。
けれどその好きな人の名前は、未だに教えてはくれない。

154 名前:想い 投稿日:2001年05月29日(火)23時33分59秒
ブシュッとそんな音がして、バスが止まる。
もう停留所に着いたのか。
少なからず、緊張が体全体に走る。
毎日会っているけど、いつまで経っても緊張。

「おっ、おはよう、石川」
「お、おはようございます、市井さんっ!」

目が合った瞬間、にっこり笑って挨拶してくれる。
私は周りに人がいることを忘れて、大声で、しかも頭を思いっきり下げて、市井さんに挨拶。

「……いったぁー……」
「だ、大丈夫?梨華ちゃん…」
「ぷっ、あははっ」
「う〜……」

頭を思いっきり下げたことにより、前の座席にオデコをぶつけてしまった私。
ひとみちゃんに心配され、市井さんに笑われ、他の人に「なんだこの子は」という視線で見られてる。

いっつもこうだ。

なんでこんなバカな失敗をしちゃうんだろう。
市井さんには、こんなドジな私しか見せてない気がする。

市井さんから乗った停留所から、私の学校までに着くまでの5つの停留所の間だけど。
私にとっては、すごく大切な時間。
一目惚れっていうのを初めて経験して1週間後。
市井さんがバスの中で読んでいた本を口実に、自分もその本を持っていて好きだ、と話し掛ける事に成功。
その後名前を聞いて(下の名前は、紗耶香という)遊んだりもした。
仲良くなって早半年。
その間ずっと、私は片想い。

155 名前:想い 投稿日:2001年05月29日(火)23時35分15秒
「ほんと、キミは退屈させないね」

こないだ、デート(私はそう思っている)した時も、そう言われた気がする。
それは、褒め言葉として受け取っていいものか。
………やっぱり、受け取る。

またブシュッと音がして、ドアが開く。

「ほら、着いたよ。下りなくていいの?」
「あ、下りますっ」

指摘されたことがなんだか恥ずかしくて、つい慌ててしまった。
梨華ちゃん危ないっ、というひとみちゃんの声もそこそこに、私はバスの床とキスしてしまった。
ファーストキスは、土の味。


「うわっ、何、梨華ちゃんどうしたの」
「あ、矢口」

下車する私達とは反対に、乗車してくる、(最近知ったのだけど、どうやら市井さんより年上らしい)
ちょっと最近のギャル風な格好をした、矢口真里さん。
彼女は今年高校をして、今はフリーター。
市井さんが働いている楽器店で、バイトをしている。
市井さんとは小さい頃からずっと一緒らしく、仲がいい。

その上、恋人ときた。

だから私は、未だに片想い。

156 名前:想い 投稿日:2001年05月29日(火)23時36分21秒
「な、なんでもないです。ごめんね、ひとみちゃん、行こっ」

手を床について、立ち上がる。
そしてそのまま後ろにいたひとみちゃんの手を掴んで、バスから降りた。

降りてから改めてバスの中を見たけど、市井さんはもう私を見てはいない。
市井さんの笑顔はもう、矢口さんに向けられている。
途中、そんな私の視線に気づいたのか、矢口さんが手を振ってくれたけど、
私は無視して、歩き出してしまった。

「梨華ちゃん、今のは矢口さんに失礼だよ」
「わかってるっ」

けど、私だって、嫉妬くらいしたいんだもん。
市井さんは私のモノじゃないけど、嫉妬はする。
その嫉妬の相手は、れっきとした彼女なんだけど。
そして私は、一方的に片想いしてるだけの女の子だけなんだけど。


――ずっと願っていれば、いつかきっと願いは叶うんだよ――

じゃあお母さん、

――ずっと想っていれば、いつかきっと想いは届くのですか?――


空には、お星様はおらず、太陽が私を照らしてる。


決して、返事は返ってこないのだけれど。


――………想い続けていても、いいのでしょうか?――


私には、その答えがわかりません………。


157 名前:まちゃ。 投稿日:2001年05月30日(水)00時45分27秒
>彼女は今年高校をして、今はフリーター。
高校を卒業して〜かな?
158 名前:LVR 投稿日:2001年05月30日(水)02時06分22秒
再開しましたね。
嬉しいです。
吉澤は誰のことが好きなのかな?
159 名前:名無し読者 投稿日:2001年05月30日(水)03時57分05秒
新作、待っておりました!!
「願い」は大好きだったんで「想い」もすごく期待しております。
梨華ちゃんの想い届くといいな〜。
160 名前:想い -2- 投稿日:2001年05月31日(木)15時40分16秒
さわやかなチャイムの合図で、お昼休みがやって来た。
こんな悩んでる日は、外に出て食べるに限る。
机をひっつけ始めてる友達に断わって、私は庭へと急ぐ。
そして、適当な場所を見つけて、お弁当を広げた。

「いただきます」

ちゃんと手を合わせて、行儀よく。
まずは、何から食べようかな。
………う〜ん、やっぱウィンナーから。

お箸を2個ある内の1個のウィんナーにさして、口に運んだ。

「うん、やっぱおいしいね」

と、そう言ったのは私じゃなく、犬猿の仲の猿役の人だった。

161 名前:想い -2- 投稿日:2001年05月31日(木)15時42分33秒
「別に、想ってても、いいんじゃないの?」

相変わらずの、興味なさそうな投げやりな言葉。
せっかく、悩んでる私を見て「どうしたの」って聞くから、答えたのに!

「だから、ごっちんには言いたくなかったの! もう、早く中等部戻りなよ!」
「いいじゃん別にぃ〜。だって今昼休みだし?」
「でもここは高等部の庭なの!」

はいはい、と適当に返事をして、寝転ぶごっちん。
このごっちんこと後藤真希は、中等部でも超問題児で、私とは犬猿の仲(私は犬役ね)。
授業をサボることは常識で、その他髪を一時期いきなり金髪にしたりだとか、先生の言う事一つも聞いたことがない。
その上、先輩の私までナメたような態度だし。
中等部で風紀委員をしてた頃から、何度も注意する私の言う事に耳も貸さない。
ほんとに、何なのよもう!

「やっぱ、気持ちいいわ。ココ」

そんな私の気持ちはお構いナシに、ごっちんは寝心地がいい高等部の庭を褒めている。

「いくら気持ちいいからって、寝ちゃダメだよ? ちゃんと、五時間目出なきゃ」
「わかってるよぅ」
「わかってないよ、ごっちんは」
「……わかってるよ、ちゃんと。梨華ちゃんが嫉妬する気持ちとか、その人に手を振り返さなかった事とか。
ちゃんと、わかってるよ」
「ごっちん……」

ひとみちゃんは、わかってはくれなかった。
いや、わかってもらおうとする方が、悪いんだろうけど。

なんでだろうね。
なんだかんだ言いながら、ごっちんは私の思ってること、わかってくれてる。
そして私は、思っていることを、なんだかんだ言いながら、ごっちんに言っている。

ほんとに、何なのよ私。

162 名前:想い -2- 投稿日:2001年05月31日(木)15時43分53秒
「ねぇ、今日一緒に市井さんが働いてる楽器店行かない?」
「はあ!?」

どっからそんな話が出てくんの、そんなごっちんの表情。
まぁね、それは私にもわからないわ。
気づくと、そう言ってたから。

「やだよ。なんであたしが。よっすぃーと行ってきなよ」
「ひとみちゃんは部活でしょ?」
「あ、あたしだって部活入ってるもん!」
「何部?」
「…………帰宅部」

本来、そんな部はない。
けれど、言った手前、引けなくなったみたいで。
恥ずかしいのか、俯いてボソッと言った。

「……じゃ、授業終わったら、中等部の門の前で待ってるから」
「は、はあ!? ちょっ…」

格好よく決めて、まだ何か言いたそうなごっちんを置いて校舎に戻る。
そこまでは良かったのに。

「…………こっちは、中等部だった」

向かった校舎は、中等部の校舎。
くるりと反転し、再びごっちんの元に。
チラッとごっちんを見ると、呆れた顔で私を見ている。
そして、すれ違い様、またボソッと呟いた。

「一体、梨華ちゃんは何がしたいの…?」

ごもっともです……。

163 名前:想い -2- 投稿日:2001年05月31日(木)15時45分07秒
「で、どれが市井さん?」
「ん〜……」

いきなり場面は展開して、楽器店の前。
言った通り私は門の前で待ち伏せして、ごっちんを無理やり連れてきた。
テニス部は、今日は顧問の先生が出張で休みだから、こんなことが出来る。
いつもは練習があるからこうやって来れないし。
まさか、練習サボってまで会いに行くことも出来ないし。
それがバレたら、顧問の先生や市井さんにまで怒られるから。

「ねぇ、だからどれが市井さんなんだってば」
「え?あ、あぁ」

しびれを切らしたように、ごっちんが急かす。
慌てて外からレジや店内を見てみたけれど、市井さんの姿がない。
おかしいなぁ、今日は朝会ったから、休みじゃないハズなのに。
それにもし休みか早くあがったんだとしたら、会いにきた意味がない。
まさか、ライバルの矢口さんと2人っきりで話すのも嫌だし。
というか、何の話をしたらいいのかもわからない。
そんな事を思っていると、後ろから声をかけられた。

「何やってんの、怪しいよキミら」

…いや、MD聞いて、かなり大きめの赤のカラーサングラスをして、真っ赤なジャケットを羽織ってる
あなたの方が十分怪しいと思います……矢口さん。

164 名前:想い -2- 投稿日:2001年05月31日(木)15時46分36秒
「紗耶香はねぇ、ついさっきお客さんに届け物に行ったんだよ」

店の中に戻って着替えてきた矢口さんの後についていき、私達も中に入る。
さっきいた人は矢口さんと交代で、奥へと消えて行った。
お客さんも目的の物がなかったのか帰って行って、店内には私とごっちんと矢口さんの3人だけ。
自分で言うのもなんだけど、異色の組み合わせ。

「市井さんって、どんな人?」
「えっ?」
「やぐっつぁんから見て、市井さんってどんな人?」

いきなり何を言い出すんだか、この問題児さんは。
しかも初対面で矢口さんのこと「やぐっつぁん」って。
誰も、そう呼んでとは言ってなかったのに。
見ると、矢口さんも少々困っていた。

「や、矢口さん、この子の言ってる事、あんまり気にしないでやってくださいね」
「むっ、何それ。人が質問してるのに」
「突拍子過ぎるの、ごっちんはっ!」

しかも、ごっちんはやっぱわかってない。
ごっちんの口から「市井さん」の名前が出るの、どう考えても不自然じゃない。
ここに誘ったのも初めてで、当然会ったことがないのに。
私が、市井さんのこと話してるっていうの、バレバレじゃない。
けれど矢口さんはそれに気づかないのか知らん振りしてるか、ごっちんの質問に答えた。

165 名前:想い -2- 投稿日:2001年05月31日(木)15時48分03秒
「紗耶香はね、ああ見えて、すっごい寂しがり屋なの。
それにね、昔はよく泣いてたし、いっつも矢口の後ろにひっついてた。
今はなんかちょっと冷たくて謎めいた感じなんだけど、ほんとは、すっごい甘えんぼなんだよね」

照れくさそうに頭を掻いて、矢口さんは言う。
その話を聞いて、私はやっぱり思った。

この人には、どうやっても勝てない。

小さい頃からずっと市井さんの傍にいて、小さい頃からの市井さんを知っている。
私は、市井さんが甘えてるところなんて想像出来なかった。
私の市井さんのイメージは、どこか冷たくて、謎めいたイメージしかなかったから。
その奥の、泣き虫で矢口さんの後ろにひっついてた市井さんなんて、考えられなかった。

「私、帰ります」
「えっ、もうすぐ紗耶香帰ってくるよ?」
「いいです」

さよなら、と矢口さんの顔を見ず、私は店を飛び出した。

166 名前:想い 投稿日:2001年05月31日(木)15時49分34秒
「った!」

前を見ず、下を見てたからだろうか。
前方不注意で、人とぶつかった。

「あれ、石川…?」
「っ!」

顔を上げると、そこには市井さん。
会いたかったけど、会いたくなかった。
だって、こんな嫉妬に満ちた顔、見せたくなんかなかったから。

「……失礼しますっ」
「ちょっ、どうしたんだよ」

引き止められた手を振り解く。
ちょっとして、ごっちんが出て来た。

「……市井さん?」
「え?あ、はい…」
「…ふぅん」
「…………?」

訊ねて、一瞥したと思ったら、あっそ、といった感じで目を反らす。
ある意味それは、ごっちんのクセ。
訊いといてそりゃないよ、と突っ込みたくなる。

「帰ろう、梨華ちゃん」
「う、うん」

ごっちんに手を引かれ、そこをあとにする。
数歩歩いた所で、ごっちんが市井さんの方に振り返った。
そして……

「話で聞いてたより、あんまカッコよくないね」

ごっちんは吐き捨てるようにそう言った。

167 名前:名無し読者 投稿日:2001年05月31日(木)18時23分01秒
新作じゃぁないですか!期待!

カッコいいもん!>hoi
168 名前:名無し読者 投稿日:2001年06月01日(金)00時44分55秒
後藤の言葉にグサッ・・・
これからの展開が楽しみです。がんばって下さい!
169 名前:名無し読者 投稿日:2001年06月02日(土)23時49分59秒
なに!?後藤が市井をあんまカッコよくないだとぉ!?(w
初めての展開だ(w
いちいし今一番気になってる組み合わせなんで楽しみにしてます。
sayarin<あんまカッコよくない・・・(ガーン
170 名前:想い -3- 投稿日:2001年06月05日(火)14時14分59秒
想い続けていれば、いつかきっと想いは届く。

そんなものは、ただの、ホントにただの夢で。

届かないことなんかわかってる。


でも誰かに「届くよ」と言って欲しくて。


私はいつもお星様―お母さん―に訊くんだ。


………想い続けていても、いいのでしょうか?

171 名前:想い 投稿日:2001年06月05日(火)14時16分33秒
「あれだねー、あたしちょっと、想像大きく作りすぎたかなぁ」
「?」
「いや、市井さん」

途中寄り道した公園で缶ジュースを買って、ほっと一息。
外はもう暗くて、公園には私達2人だけ。

「さんざん梨華ちゃんが『カッコいい』『カッコいい』言うもんだから。
なんか目つき悪くて、めっちゃ冷たそうじゃん」
「そ、そんなことないよ! 市井さんはカッコいいもん!」
「人には好みがあります。あんまり自分の好みを人に押し付けないでください」
「なっ…」

口喧嘩じゃ、ごっちんに勝てない。
それはここ数年付き合ってて、よくわかってる。
でもここは譲るもんか。

「大体自分だって、その自分の好み、直接市井さんに言う!?
失礼だって思わなかったの? 絶対傷ついてるよ!」
「傷ついてるかどうかは、わかんないじゃん」
「だからって、押し付けてよかったのかって言ってんの!」

だんだんマジになってきた。
私はずっと、市井さんのことカッコいいと思ってたから、それを否定されたみたいで嫌だった。
人には好みがある。
そんなもの言われなくてもわかってる。
だから、市井さんのことカッコよくないっていう人もいるのだってわかってる。
でもそれでも私の前では、カッコいいって言って欲しかった。
ただの、ワガママなんだけど。

172 名前:想い -3- 投稿日:2001年06月05日(火)14時18分15秒
「ほんと、ヒステリックだね。恐い、恐い」
「茶化さないでよ!」
「茶化してなんかないよ。梨華ちゃんの性格を言い当ててるだけだよ」
「全然当たってないよ。私、ヒステリックでもないし、恐くもないもん」
「………認めたくないんだ?」
「はぁ?」

結局、何もわかってないのは梨華ちゃんの方。

ごっちんは寂しそうに呟いた。


「梨華ちゃんは何でも押し付け過ぎなんだ。さっきだってそう。
梨華ちゃんはあたしが押し付けてると思ってるかもしれないけど、ホントは違う。
『市井さんのことカッコよくないって言うな』って梨華ちゃんが押し付けてるんだ」
「ち、ちが…」
「違くないよ。気づいてないだけ。
ワガママなんかじゃない。それは押し付けっていうんだ」
「っ!!」

カッとなって、つい我を忘れ、殴ってしまった(もちろんパーで)。

「ご、ごめん……」
「…………」

ごっちんは顔を殴られた体制のまま動かそうとはしない。
そのまま、話を続ける。

173 名前:想い -3- 投稿日:2001年06月05日(火)14時19分50秒
「………ホント、人の気持ち考えないで、自分の気持ち押し付けてばっか。
想っててもいい? そんなの知らないよ! 好きなんだったら、想ってればいいじゃん!
届く届かない別にして、なんで素直に想ってられないの!?
絶対にはっきりさせないとダメなの!? 純粋に想ってたらダメなの!?
いちいちそんなこと、人に聞かないでよ!!」

初めて見た。感情をこんなに露わにしたごっちんを。
そういえば、そうだね。
私、いつも押し付けてばっかだったね。
答えを求めて、望んでる答えを無理やり。

「前にも言った通り、別に、想ってても、いいと思う。
それは、梨華ちゃんの勝手だし、自由だから。
でも、それを押し付けて、傷つく人がいるってことをわかってよ。
さっき梨華ちゃんも言ったじゃん。
自分の好み押し付けて、市井さんに対して失礼だ、って。傷ついてる、って」

そうだ。
確かに言った。
私はそれを自分で言ったのに、自分じゃ全然気づいてなかったんだ。

174 名前:想い -3- 投稿日:2001年06月05日(火)14時20分54秒
「…………知ってた? よっすぃーの好きな人」
「………え?」

それに、よっすぃーの気持ちにも。

「よっすぃーは、梨華ちゃんが好きなんだよ」

私はまったく、気づいてなかったんだ。


そんなことも知らず、私は市井さんの話ばかり。
よっすぃーの気持ちも知らず、考えず、自分の市井さんのことが好きという気持ちを押し付けていた。
傷つけていた。


「答えは、一つじゃないんだよ。
答えがわからないなら、無理して答えを出す必要なんかない。
………………どうして一つにしようとするのかな……」

ごっちんの言葉が、ずっと頭に残ってた。

175 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月06日(水)03時18分30秒

ごっちん、かっこいい……
176 名前:名無し読者 投稿日:2001年06月06日(水)04時41分01秒
う〜んかなり複雑な人間模様ですね
どうなってくか予想つかないっす
177 名前:名無し読者 投稿日:2001年06月06日(水)19時09分13秒
後藤がなんだか哲学的に頭イイ・・・(?
178 名前:私見 投稿日:2001年06月08日(金)22時23分32秒
後藤って勉強は出来ないけど、ためごとを見てると
人との係わり合いの本質をわかってるってイメージだったから
俺的にはここの後藤はリアリティに近い
ただ人に厳しい事言わなそうだけど
179 名前:名無し読者 投稿日:2001年06月22日(金)02時53分52秒
忙しいのかな?
続き待ってますよ〜!!
180 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月30日(土)05時14分14秒
こ、更新を・・・ガクッ
181 名前:名無し読者 投稿日:2001年07月10日(火)23時12分10秒
いちいし、めっちゃ貴重なんで楽しみにしてます!作者さんガンバテ!
182 名前:名無し読者 投稿日:2001年07月18日(水)14時54分09秒
作者さん更新はもうないのですか?
183 名前:名無し読者 投稿日:2001年07月26日(木)02時26分25秒
前作も更新遅かったですもんね・・・(w
待ちますよ、気長に。
184 名前:名無し読者 投稿日:2001年08月04日(土)23時37分20秒
それにしても遅すぎる・・・放棄かもな
185 名前:王大人 投稿日:2001年08月09日(木)04時22分18秒
死亡確認!!
186 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月23日(木)00時15分38秒
復活期待age
187 名前:パク@紹介人 投稿日:2001年09月26日(水)14時11分58秒
こちらの小説を「小説紹介スレ@青板」に紹介します。
http://mseek.obi.ne.jp/cgi/hilight.cgi?dir=blue&thp=1001477095&ls=25

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