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ステップ・バイ・ステップ

1 名前:すてっぷ 投稿日:2001年02月04日(日)22時54分31秒
はじめまして。

吉澤主人公の小説を書いていきます。
使い古されたネタかもしれませんが、おつきあいいただければと思います。
おかしな点などたくさんあるかと思いますが、よろしくお願いします。
2 名前:SIDE-A はじまり 投稿日:2001年02月04日(日)22時55分38秒
ピピピピ、ピピピピ………
んん…?ふぇ…もう朝?早いなぁ。
あたしは布団から右手だけ出して、枕元で鳴ってる目覚し時計を止める。AM6:30。
はぁっ、起きなきゃ…。
……………いかん、二度寝するとこだった。

「んーーーーっっ」
ズルズルと上半身だけ抜け出したあたしは、ベッドの上で大きく伸びをする。
今日は良い天気らしい。カーテンの隙間から光が漏れてる。
気持ちの良い朝。あーあ、このままこうしていられたらなぁ…。
なんて、まったりしてる場合じゃないや。早く起きなきゃ。
「よっ、と」
勢いつけて、ベッドから飛び降りる。
目を覚ますために、あたしは部屋のカーテンを一気に開けた。
次の瞬間、あたしの目に強い光が飛び込んできた。
「わっ」
眩しさに思わず目を閉じる。


「ひとみー、早く起きなさい!!」
下から、お母さんの呼ぶ声。気が付くとあたしはその場に倒れ込んでいた。
さっきの光のせいで、まだ目の前がぼんやりしてる。何度か目をこすると、だんだん視界が開けてきた。
「ひとみー、何してんの!?遅刻するよ!!」
下から、再びお母さんの声。あたしがまだ寝てると思ってるんだろう。かなりのボリューム。
「もう起きてるー!!」
お母さん以上に大きな声で、あたしは叫び返した。起こしてくれるのはありがたいんだけど、
寝てると決めつけられるのはちょっと悔しい。
それにしてもあんなに大きな声出さなくてもいいじゃんか。ちゃんと6:30に起きてるっつーの。
ふと、壁に掛けてある時計が目に入る。
………なっっ!?
「ひっ、ひちじぃぃ!?」
時計の針は間違いなく「7時」を指していた。念のため、ベッドの目覚し時計も確認するも結果は同じ。
起きた時は6:30だったはずなのに……。カーテン開けてそのまま……二度寝?
なんて考えてる場合じゃない。とにかく急がなきゃ。遅刻してしまう。
3 名前:SIDE-A はじまり 投稿日:2001年02月04日(日)22時57分09秒
「行ってきまーす」
テーブルの上に置いてあったカロリーメイトをカバンに放り込むと、あたしは玄関を飛び出した。
ダッシュで駅に向かう。真っ白な息を吐きながら、駅までの道をひたすら走る。うーっ、寒い。
ダッシュで改札を抜ける。ちょうどホームに入ってきた電車に飛び乗る。ふーっ、セーフ。
人に押されつつも、ホームとは反対側の窓際の場所を確保。ココが落ち着くんだよね、立ち寝できるし。
いつもだったらソッコーで寝に入るんだけど、今日はやけに目が冴えてる。
ドアにもたれて、走り出した電車の窓から外を眺めた。

考えてみると、こんな風に外を眺めてるのって本当に久しぶりな気がする。
モーニング娘。に入ってからずっと忙しくて、学校や仕事の行き帰りは必ず寝てたし。
まだ入りたての頃、移動中の車の中で騒いでて中澤さんに怒られたっけ。
『みんな疲れてるんやから静かにし!!今休まな、自分らがキツイんやからな!!』
それを理解するのに時間はかからなかった。
今じゃすっかり、3秒で寝るワザが身についてる。

人に押されるようにして電車を降りる。
…さむっ。暖かい車内から外へ放り出された瞬間のこの寒さがたまらん。
あーあ、サイパンは暖かかったよなぁ。
南の島に思いをはせながら、早足で学校への道を急ぐ。
今日は、午前中だけ学校行って、午後からお仕事。歌番組の収録。最近は仕事が忙しくてあんまり学校行ってない。
勉強はそんなに好きじゃないけど、たまに「これでいいのかな」って思う。
一応、受験生なワケだし。でも、そんなコト言えないしさ。
娘。は娘。で続けていきたいし、そうするとやっぱ、与えられた仕事をこなしてくしかないんだろうか…。

「ひとみー、おはよ!!」
なんて考え事してる間に到着。友達があたしを見つけて走ってくる。
「おっはー」
「今日は学校来れたんだ?」
「うん、でも午前中だけなんだけどね」
「そうなんだ。大変だねー」
一通りの挨拶を交わして教室に入る。

今日も、あたしの一日がはじまる。
4 名前:SIDE-A はじまり 投稿日:2001年02月04日(日)22時58分30秒
「こらー、加護、辻っ!!走りまわんないの!!」
楽屋。じゃれ合ってる加護・辻を注意する矢口さん。
飯田さんは鏡と向き合って自分の世界に浸っているし、中澤さんはまだまだメイク中。
保田さんは読書。何やら難しい顔で分厚いハードカバーの本を読みふけっている。
安倍さんとごっちんはそれぞれ、マネージャーさんが買ってきてくれたマンガ本を読みながらお菓子食べてる。
二人ともダイエット中だったはずなんだけどなー。

「よっすぃーってば、またベーグル食べてるの?」
梨華ちゃんがあたしの顔をのぞきこんでくる。
「うん」
あたしは即答。
「ほんっと、好きだよねー」
感心したように梨華ちゃんが言う。
「うん」
これまた即答。だって、好きなんだもん。

いつものあたし。いつものメンバー。いつもの風景。
平和だなー……。
おっし、今日も1日がんばるぞっ。
気合を入れつつ、さらにベーグルを頬張る。
矢口さんに怒られた加護・辻コンビは、遊び疲れたのかテーブルにて一休みしてる。
やれやれ、今度はお菓子タイムですか?ホント、平和だねー。
「酒や酒や。ののちゃん、どや、一杯?」
「いいれすねー」

「はーいよっすぃー、おひとつどーぞぉ」
加護があたしの目の前にグラスを差し出す。
「もう、早よ飲んでーな。せっかく注いだんやから」
「あ、うん。いただきまーす」
あいぼんってば、まだまだコドモだなぁ。ジュースを「お酒」なんて…。
あたしも小さい頃、よくやったっけ。
カワイイなぁ…なんて思いつつ、差し出されたグラスに口を付ける……
5 名前:SIDE-A 楽屋にて 投稿日:2001年02月04日(日)22時59分53秒
「ブッ!!」
一口飲んだ瞬間、あたしはその液体を吐き出した。
コレって……

「ほっ、本物じゃん、コレ!?」
「は?当たり前やん。何言うてんの、よっすぃー?」
驚くあたしに、あいぼんは不思議そうな顔をして言った。
あ、当たり前やん、って…。
「何でこんなモン持ってきてんの!?何考えてんだよ!!」
きっと、面白半分でお父さんのお酒でも持ち出したんだろうけど、ココは仕事場だぞ!?
冗談にしても程ってモノがある。
「ええやん。仕事の前に景気付けや」
しゃあしゃあと言ってのける。

「もぅ、加護ぉ」
鏡を見つめてた飯田さんが、何か言おうとこっちを向いた。
よっしゃ、言ってやって下さい。ビシッとね。
「ほどほどにしときなよ、本番前なんだからさぁ」
そうそう、本番前なんだから…って、違うだろっ!!
「あの、飯田さん、そういう問題じゃ……」
「えっ何?カオ何か間違ったコト言ってる?」
……このヒトに真っ当な答えを期待すること自体間違ってるのかも知れない。

「あーあ…」
メイク中の中澤さんがこっち見て大きな溜め息。
やばっ、中澤さん怒らせちゃったよぉ。
まぁ、未成年者が酒飲んでたら(しかも楽屋で)怒られるのも当然。
覚悟しなよ、あいぼん。
「えーよな、加護は。酒飲めて」
6 名前:SIDE-A 楽屋にて 投稿日:2001年02月04日(日)23時00分45秒
は………???

中澤さんの口から発せられた言葉は、全く予想もしなかったモノだった。
っていうか、何で加護のコトうらやましがってるワケ……?
「裕ちゃんも早くオトナになんなよ、そうすれば飲み放題じゃん」
「矢口ぃ、それを言いなや。アタシかてそれができたら苦労してへんっちゅうねん」
「でも、そんなにいいモンじゃないよ。あたしなんて5年前から飲み続けてるからさー。ゼッタイ内臓系やられてると思うもん」
保田さん…。あなたこないだハタチになったばっかりですよね?
「でもぉ、石川はぁ、病気になるからってお酒を飲まないとか、そういう考え方って
良くないと思うんですよー。だって、失敗を恐れてちゃ前に進めないじゃないですかー」
……何か違うと思うよ、梨華ちゃん。
「やっと石川もポジティブな考え方、できるようになったんだね」
だから違うと思うんですけどね、飯田さん。

「そういうワケで、石川はあえてテキーラで晩酌してますっ!!」
「えぇーっ!!すごいねー、なっちは日本酒派だよ」
「へぇー、みんなちゃんと飲むモノ決まってるんだー。アタシはそん時の気分によるなー」
へぇー、何かごっちんらしいね…って、そうじゃなくて。
あの……みなさんのおっしゃってるコトが、理解できないんですけれども。
みんなしてあたしをからかってるんだろうか?そうとしか思えない。

「あの…何の冗談ですか?」
あたしはとりあえず、隣に座ってる矢口さんに質問した。
他のみんなは、梨華ちゃんのテキーラ話で盛り上がってる。
中澤さんだけが会話に加わらず寂しそうにしてるのがちょっと気になったけど。

「冗談って、何が?」
「だから、テキーラとか日本酒とか」
「それが、どうかした?」
「いや、冗談ですよね。冗談なんですよね?」
「矢口はどっちかっていうとビール派だけど?」
どっちかって、もう片方はなんなんだ…って、そんなコトはどうでもいい。
どうも要領を得ない。
やっぱりからかわれてるんだろうなー。
ひどいよぉ、みんなしてさ。
7 名前:SIDE-A 楽屋にて 投稿日:2001年02月04日(日)23時01分52秒
番組の収録も無事終了。本日のお仕事もこれにて終了。
今日は早く終わったなー。
楽屋の壁に掛けてある時計は、夕方6時を指してる。

「ねーねー、よっすぃー。今日も行くでしょ?」
帰り支度を済ませたごっちんが、あたしの所へやってきた。
でも、今日ごっちんと何か約束してたかな?
「どっか行くって言ってたっけ?」
思い出せないのでとりあえず聞いてみる。
「何言ってんの、よっすぃー?行くでしょ、もちろん」
矢口さんまで。行くって一体どこへ…?
「いや、だからどこ…」
「あーっ、ウチも行く行く!!」
あたしの質問は、あいぼんに遮られる。
「わかったわかった。みんなで行こ。ね?」
と、矢口さん。
「へい!!」
と、あいぼん。
ま、いっか。ファミレスか何かだろ。おなかもすいてるし、ちょうどいいや。
あたしはとりあえずみんなについて行くことにした。


「つ、つぼ八ぃ!?」
「どうしたの、よっすぃ。早く入ろ?」
ていうか…矢口さん、
「何で…つぼ八なんですか?」
「天狗の方が良かった?」
「いや、そうじゃなくて…何で居酒屋なんですか!?」
8 名前:すてっぷ 投稿日:2001年02月04日(日)23時03分32秒
「SIDE−A はじまり」
「SIDE−A 楽屋にて」
終了です。

感想など教えていただければありがたいです。
よろしくおねがいします。
9 名前:ま〜 投稿日:2001年02月04日(日)23時22分01秒
面白いじゃないですか♪
何時の間にそんな状態(?)に・・。
続き期待してます。
10 名前:名無しさん 投稿日:2001年02月05日(月)00時59分56秒
うっわ!面白いっすー♪
かなり期待できそう。
石川のキャラがいい感じですね♪
11 名前:名無し読者 投稿日:2001年02月05日(月)04時40分12秒
面白いです。つぼ八に天狗って、そんなとこで飲んでんのか(笑)。
12 名前:SIDE-A(なぜか)居酒屋にて 投稿日:2001年02月05日(月)22時13分12秒
店の前でボーッとしてるあたしを置いて、みんなは先に中へ入ってしまった。
何でわざわざ居酒屋なんだろ…。そんなにおいしいのかな、ココ?
それ以前に入れてもらえるんだろうか、あたしたち?

「よっすぃー、何してんの?」
中に入ろうとしないあたしを、ごっちんが呼びに来た。入り口から顔だけ出してる。
仕方なく店内へ入ると、みんな既にお座敷に上がって上着を脱いでるとこだった。
「はい、よっすぃーはココ」
矢口さんが、お座敷の一番奥の席を指差した。
言われたとおり、その場所に腰を下ろす。
座ってからあたしは、自分がまだジャケット着てるコトに気が付いた。
座ったままそれを脱ぐと、自分の隣に置く。

「とりあえずナマでいいよね、よっすぃー?」
矢口さんがあたしの隣に腰を下ろしながら言った。
「えっ?ナマって…」
何がナマなんだろ?
「じゃ、生中4つで」
あたしの答えを待たずに矢口さんが注文する。
『ナマチュー』って………。

………………!!!
13 名前:SIDE-A(なぜか)居酒屋にて 投稿日:2001年02月05日(月)22時14分32秒
「ビ、ビールっっ!?」
思わず、あたしは叫んでしまう。

「どうしたの、よっすぃー!?大っきな声出して」
「何言ってんですか、矢口さん!!もう、冗談はいいですから!!」
あたしは矢口さんに抗議。
ホントにこの人たちは…まさかココまでやるとは思わなかった。
何も居酒屋まで来て本当にお酒注文しなくたっていいじゃないか。
楽屋での冗談がまだ続いていたとは…驚きを通り越してあきれた。

「よっすぃー、今日はビール飲まへんの?」
まだ言うか…。
「飲・ま・な・い!!」
あたしはきっぱり言い切った。かなりの怒り口調だったから、みんな少しは反省するだろう。


「えー、なんでー?よっすぃ具合でも悪いの?」
ごっちんが不思議そうにあたしの顔をのぞきこむ。
具合悪いのはみんなの方だよ、どうかしてる。冗談にしちゃタチ悪すぎだよ。
「あっ、もしかしてカード忘れたとか?」
カード?あのね、ごっちん…
「カードって…。それとお酒飲むこととどう関係あんの!?お金の問題じゃないよ!!」
あたしがこんなに怒ってるのを、3人は不思議そうな顔で眺めてるだけ。
誰一人謝ろうともしない。
注文取りに来てたお姉さんも、あたしたちのやりとりを困ったように見てる。

「あのさぁ」
矢口さんが口を開いた。やれやれ、やっと種あかししてくれる気になったか。
「よっすぃーは結局何が飲みたいワケ?」
「へっ?」
期待したものとはまるでかけ離れた言葉に、あたしは思わずマヌケな声を出してしまった。
「だから、ビールじゃなきゃ何が飲みたいんだよっっ!?」
コワイ…。何で矢口さん、そんな怒ってるんですか?
「お店のヒト待ってんだからさー、早く決めなよ」
「早よしてーな、よっすぃー!!」
ごっちんにあいぼんまで…。
怒ってたのはあたしの方だったのに、今度は逆にみんなに怒られてる。
さっぱりワケがわからない。

「よっすぃーー!!!」
「は、はいっ」
だから、コワイですって矢口さん…。
「何にすんの!?」
「……ウーロン茶」
思わず、フツーに注文してしまった。
14 名前:SIDE-A(なぜか)居酒屋にて 投稿日:2001年02月05日(月)22時15分18秒
「でもさー、よっすぃーがカード忘れんのなんて珍しいよねー」
「教科書忘れてもアレだけは忘れへんのに」
だからそれがビール飲むのと何の関係があるんだ?
現金じゃ払えないぐらい飲むってコトか?
まったく、いつまでくだらない冗談に付き合わされるんだか…。

ん?ちょっと待てよ?
さっきのお姉さん、普通に注文受けてたよね?
去り際に『生中3つとウーロン茶1つですね』って確認までしてたし…。
あのお姉さんもグルってコト…?
仲間内のイタズラにしちゃ、あまりにも手が込みすぎてる。

これはもしかして……『どっきり』ってヤツ!?
そうだ、そうに違いない。
他のメンバーが仕掛け人で、全員であたしをダマそうとしてるんだ。
………ちっきしょー、そうはさせるか!!

「ちょっと…よっすぃー、何してんの?」
矢口さんの問いを無視して、あたしはあたりを調べはじめた。
どこかに隠しカメラがあるはず。絶対に探し出してみせる!!
「よっすぃー、何捜してんのー?」
ふっ、ごっちん。そんな呑気な声出しちゃって…あたしがカメラ捜し始めたんで内心焦りまくってるクセに。
テーブルの裏、掛け軸、怪しげな置物…くまなく調べてみるけどなかなか見つからない。

「よっすぃーってば!!もー無視すんなよぉ」
「何か変やで?今日のよっすぃー」
矢口さんもあいぼんも、あたしを止めようと必死の様子。
でもムダですよ。吉澤さんは全ての謎を解き明かしてしまったのですから。
それにしても、一体どこに隠してあるんだか。
怪しそうな所は全部調べたけどカメラなんてどこにも見当たらない。
他に隠す所といったら……おっ、そうかそうか、そうきましたか。
あたしは、みんなの荷物に目をつけた。なるほど、こんな所に仕込んであったとは。
手始めに、矢口さんのバッグに手を伸ばす…
「よっすぃー!!いいかげんにしなさいっ!!!」


……結局、隠しカメラはどこにも無かった(捜索途中で矢口さんに強制終了させられた)。
『どっきりカメラ』のプレート持ったヒトが現れるコトも無いまま、あたしたちは居酒屋を後にした。
15 名前:すてっぷ 投稿日:2001年02月05日(月)22時18分27秒
「SIDE−A(なぜか)居酒屋にて」
終了です。

>ま〜さん
早速レスありがとうございます。いつも小説読ませていただいてたんで、めちゃうれしいっす。
これからもよろしくお願いします。
>10さん
ありがとうございます。暴走石川ともども(?)、これからもよろしくお願いします。
>11さん
ありがとうございます。仕事帰りといえば居酒屋っちゅーことで(笑)
16 名前:SIDE-A その日の帰り道 投稿日:2001年02月10日(土)21時41分50秒
居酒屋の帰り道、あたしは一人考えていた。
他のみんなはあたしの少し前を歩きながら何やら楽しそうに話してる。
お酒入ってるせいか、みんな声のトーンが少し高めな気がする。

楽屋にいた時は、みんなしてあたしをからかってるんだろうと思ってたけど、どうやらこれはそんな単純な問題じゃなさそうだ。
みんなが飲んでいたビールは、間違いなく本物だった(確認のために飲んでみた)。
もし『どっきり』なら、ニセモノのお酒を用意するはず。

ということは…どういうコトだろ?
居酒屋であんなに堂々とお酒注文して何も言われないなんて絶対おかしい(明らかに未成年者とわかる集団なのに)。
ましてや、あたしたちは『モーニング娘。』なんだから。
自分で言うのもなんだけど、あたしたちは超有名人。
注文とりにきたお姉さんだって、絶対気付いてたはず。
ていうか、ごっちんの口ぶりではあのお店、あたしたちの行きつけみたいだし。あたしは全く心当たりないんだけど。

…っていうか、そんなコトよりも!!
何でみんな普通にお酒なんか飲んでるワケ!?そっちの方が重大問題だ。
そりゃ、あたしだって飲んだコトないとは言いませんよ。
クリスマスとか誰かの誕生日とかに友達の家で飲んだコトはあるけど、それは興味本位というか面白半分であって、
さっきのみんなのようにお酒の味そのものを楽しんだり、酒の肴を味わったり、そんな渋い楽しみ方は知らない。
むしろ知ってなくて当然だと思うけど。
17 名前:SIDE-A その日の帰り道 投稿日:2001年02月10日(土)21時42分59秒
「よっすぃー……何かあったの?」
「えっ!?」
いつの間にか、あたしの隣には矢口さんがいた。
考え事してたんで全然気が付かなかった。
「何かさ、今日のよっすぃー、変だったから…」
「あ、あの……何でもない…です」
何から話せばいいのかわからなくて、思わずそう言ってしまった。
せっかく矢口さんが心配してくれてるのに……。

あっ、そうだ。
「矢口さん、さっきのお金、いくらですか?」
すっかり忘れてた。さっきのゴハン代、矢口さんが立て替えてくれてたんだった。

「いいよ、よっすぃー全然飲んでないしさ」
財布からお金出そうとするあたしを、矢口さんが制した。
「でも、ゴハン食べたし…」
「いいってばそれくらい。矢口のおごり…って、あれ?よっすぃー、持ってんじゃん」
あたしの財布を見て矢口さんが言う。
持ってる、って…?

「何ですか?」
「カード」
あたしは、自分の財布を確認する。
と、カード入れの一番手前にそれはあった。
おそるおそる、取り出してみる。

「何、コレ……?」
見た目はクレジットカードみたいだけど…。
あたし、こんなの、知らない。
18 名前:SIDE-A その日の帰り道 投稿日:2001年02月10日(土)21時43分59秒
『ADULT LICENSE』

カードには、そう書いてあった。
その下には『Hitomi Yoshizawa』の文字。確かにあたしの名前だ。
ADULT LICENSE ……大人の、免許…?なんのこっちゃ?

「何ですか、コレ?」
矢口さんに、素朴な疑問をぶつけてみる。
「は?何言ってんの?ホント変だよ、よっすぃー。風邪でもひいたか?」
あたしの質問に答えるかわりに、矢口さんがあたしのおでこに手を当てる。
「熱はないみたいだけど?」
残念。いっそ熱でもあってほしい。全てが高熱に浮かされた夢だったらどんなにいいか…。

「じゃーねー、やぐっつぁん、よっすぃー」
「矢口さん、おつかれさまでしたー!!」
「おつかれー」
そうこうしてる間に駅に到着。
ごっちんとあいぼんは、別の駅から地下鉄で帰るからここでお別れ。
あたしと矢口さんは、この駅から電車に乗る。
もっとも、乗る電車は違うから矢口さんともここまでなんだけど。

「また明日な、よっすぃー」
あいぼんが、あたしの肩を叩きながら言った。
「うん、また明日」
あたしは、とりあえず二人にあいさつ。
『また明日』か…。明日になったら覚めてるんだろうか、この悪夢は……。
あたしと矢口さんは、手を振って二人を見送った。


PM8:30。駅の中は、仕事帰りや飲んだ帰りらしいサラリーマンやOLの人達で混み合ってる。
券売機の前にも長い列ができてる。
あたしたちは、列の一番後ろに並んで順番を待つ。あたしの前には矢口さん。
こんなに人の多い場所ではすぐにバレちゃうから、あたしも矢口さんも、帽子を目深にかぶったまま一言も喋らない。

何か…こうして後ろから見るとホントにちっちゃいんだなー、矢口さんって。
19 名前:SIDE-A その日の帰り道 投稿日:2001年02月10日(土)21時44分40秒
5分くらい並んで、あたしの番が来る。
家までの切符を買って人ゴミを掻き分けると、矢口さんが改札口で待っててくれた。
この改札を抜けたら、矢口さんともお別れ。

明日もまた会えるんだけど……今日は、いつもとは全然違う一日で。
明日もまた昨日までとは違う明日が来てしまうかもしれなくて。
そう思ったら、不安でたまらなくなる。
誰かに話さなきゃ、誰かに聞いてもらわなきゃ、気が変になりそうだ。

「最近、ホント忙しいもんね。疲れてるんだよ、よっすぃー」
違うんです。そんなんじゃないんです。
「今日は早く寝た方がいいよ。メールもほどほどにしてさ」
違う。『誰か』じゃなくて、あたしは矢口さんに聞いてほしいんだ。
「じゃ、ね。おやすみ」
行かないで……独りに、しないでください。


「よっすぃー…?」
気付いたら…あたしは矢口さんのコートの袖を、掴んでいた。
20 名前:SIDE-A その日の帰り道 投稿日:2001年02月10日(土)21時45分16秒
「それって、記憶喪失…ってコト?」
「いや、昨日までの記憶はちゃんとあるんですよ。今日だって普通に起きて学校行ったけど別におかしなコト無かったし。
楽屋で矢口さんたちと会うまでは、全然普通でしたもん」
「じゃあ、矢口たちがイキナリおかしなコト言い出したように見えたんだ?よっすぃーには」
「……はい」

駅を出たあたしたちは、近くの公園に来ていた。
ベンチはカップル達に占領されており、仕方なくあたしたちは立ち話。
周りの人にバレないように、なるべく人気のない場所を選んだ。
…それにしても寒い。
こんな寒い所に矢口さんを連れ出してしまったコトを、あたしは今更ながらに後悔した。

どうしてもこのまま帰ることができなくて、矢口さんを引き止めてしまった。
矢口さんは、何も言わずについてきてくれて……あたしは、とりあえず全てを話した。
まだ自分の中でも全然整理できてないんだけど、とにかく今日あったコト全てを、矢口さんに話したんだ。

「でも、矢口たちにとっては別に普段と変わんないよ。昨日もよっすぃーと一緒につぼ八寄って帰ったし」
「えっ!?昨日も!?」
「うん。ごっちんと加護と、昨日は梨華ちゃんも一緒」
もちろん、あたしにそんな記憶は無い。
「コレって……夢、ですかね?はははっ、夢見てんですかねー、あたし?」
あたしは、ついに現実逃避。
祈るような目で矢口さんに問いかける。夢だって言って下さい、お願い…。

「よっすぃー…」
矢口さんが、あたしの顔をまじまじと見る。
あたしに向かい合うように立つと、そっとあたしの袖口を掴んで、踵を上げる。
矢口さんが背伸びをしても、まだまだ二人の身長差は埋まらないけど…。
いつもより間近で見る矢口さんの顔は、とても優しくて。
胸に抱えてた不安な気持ちが、少しずつ消えていく。

あたしの袖を掴んだままで、矢口さんは右手をゆっくり伸ばすと…あたしの頬に触れる。

矢口さんに触れられた頬が…熱い。
21 名前:SIDE-A その日の帰り道 投稿日:2001年02月10日(土)21時45分53秒
熱い……熱っつ!!

「い、痛い!!痛いです、矢口さんっ!!」
「夢じゃないみたいだね、とりあえず」
…そりゃあ、あたしにだって分かってましたよ。夢だったらいいのになーって思っただけじゃないですか。
何も力いっぱいつねることないのに…ひどいっす、矢口さん。

でも、本当に夢じゃないんだよな…。矢口さんにつねられた頬が何よりの証拠。
夢じゃないとしたら、一体何なんだろ?
あたしがおかしいのか、それとも矢口さんたちがおかしいのか、どっちなんだろうか?
もしかして本当に記憶喪失とか?
だとしたら、あたしが現実だと思ってた昨日までのあたしは?
矢口さんの手によって現実に引き戻されたあたしは、またもや不安に襲われる。
それより、どうしよ……これから。

自然と、涙があふれてくる。
目の前に立ってる矢口さんの顔が、だんだんぼやけて見えてきた。

「ええっ!?よ、よっすぃー!?ウソ!?そんなに痛かった!?」
「えっ?」
「ゴメン、ゴメンね、よっすぃー。あぁ、どーしよ…泣かないでよぉ」
あ…矢口さん、あたしが痛くて泣いてると思ってる。
あたしの頬をさすりながら、矢口さんもちょっと泣きそうになってるし。

「違います、違うんです。あたし、もう平気ですから」
「ホントに?」
矢口さんが、あたしを見上げて言う。その目にはいっぱい涙を溜めてる。
「はい」
「はぁ…良かったぁ。もー、びっくりするじゃんかよー!!」
「…すみません」
謝ってから気付く。何であたしが謝んなきゃいけないんだろ?
ふと矢口さんの方を見ると、下向いて何やら考え込んでる様子。
今のあたしの状況について考えてくれてるんだろうか?
あたしは、黙って矢口さんの言葉を待った。

「じゃあさ」
何か思いついたのか、矢口さんが顔を上げて言う。
「こういうのどう?今ココにいるよっすぃーは、どっか別の世界から来たよっすぃー……とかさ?」
「は…?」
「ほら、何だっけ……パラレルワールド、ってやつ?」
22 名前:SIDE-A その日の帰り道 投稿日:2001年02月10日(土)21時46分34秒
パラレルワールド……小説とかで読んだコトはある。

あたしたちが住んでる世界とは少しずつ違う世界が無数に存在してる…ってヤツ?
もしも、あたしがモーニング娘。のオーディションを受けていなかったとしたら。
もしも、バレー部に入っていなければ。
もしも、あの時食べてたのがベーグルじゃなくてゆでたまごだったら。
もしも、あたしのお父さんとお母さんが出会っていなかったら……
「もしも」の数だけそれぞれの世界が存在して、その「もしも」からさらに枝分かれした「もしも」があるとしたら、
モーニング娘。が仕事帰りに居酒屋で一杯、って世界が存在しててもおかしくない……んだろうか?

「ココでは、子供がお酒飲んでもOK…なんですか?」
矢口さんのパラレルワールド説を信じてみるとして、とりあえずこの世界のコトをもっと知っておく必要がある。
「それはダメだよ、絶対にダメ!!なになに?よっすぃーがいたところは、コドモでもOKなの!?」
矢口さんは、あたしの質問に目を丸くしてる。
「ダメ、って……飲んでたじゃないですか、矢口さん」
矢口さんだけじゃない。ごっちんや、あろうことか加護までもが、平気で飲んでたじゃないか?
「あたしたちはいいの。オトナなんだから。よっすぃーだってそうだよ?」
どういうコト?あたしも、大人?

ひょっとして、この世界では……
23 名前:SIDE-A その日の帰り道 投稿日:2001年02月10日(土)21時47分16秒
「あの、どういう人を『大人』っていうんですか?」
「試験に受かったヒト」

…やっぱし。『大人』の基準が違うんだ。
それにしても、『試験』って??
「試験って、何するんですか?ペーパーテスト?」
「うん。三ヶ月に1回あるんだけど…って、よっすぃーのトコは無いの?」
「はい。あたしがいた所では、20歳になると大人として認められて、お酒も飲めるようになるしタバコもOKです」
「えーっっ!?」
矢口さんはひどく驚いてる。
あたしにとってはごく当たり前のコトなんだけど、全く違う環境で生活している矢口さんには信じられないコトなんだろう。
あたしに、この世界の常識が理解できないのと同じ。

「じゃあ、その試験に受かれば、加護みたいな子供でもお酒が飲めたりするってコトですか?」
「だからぁ、加護はコドモじゃないんだってば。立派なオトナなの」
そんなコト言われても…どっから見たってお子様にしか見えないんですけど。
そうするとこの世界では、外見から大人か子供かってのを判別できないってコトだよね?

「オトナの試験にパスすると、カードがもらえんの。ホラ、よっすぃーがさっき持ってたやつだよ」
そう言った矢口さんの視線の先にはあたしの財布。
そっか、さっきのアレだ、『ADULT LICENSE』。コレ、大人であることの証明書だったんだ。
居酒屋のレジでお金払うとき、みんながお店の人に何か見せてたのを思い出す。
みんなは、このカードを見せてたんだろう。あたしはお酒飲まなかったから必要なかったんだ。

あたしは、どうにか理解した。
楽屋でみんなが話してたコトも、これなら辻褄が合う。
梨華ちゃんがテキーラで晩酌してるってハナシも、その話で盛り上がってたメンバーの反応も。

「みんな、持ってるってコトなんですね。その、オトナの免許ってやつ」
「うん、それがね…」
24 名前:SIDE-A その日の帰り道 投稿日:2001年02月10日(土)21時48分14秒
「裕ちゃんだけなんだ……まだ、受かってないの」
少し間を置いて、矢口さんが寂しそうに言った。

あたしは、楽屋でのみんなの会話を思い出していた。
『えーよな、加護は。酒飲めて』
みんなの話を一人寂しそうに聞いていた中澤さん……そういうコトだったんだ。

ココでは、加護・辻がオトナで中澤さんはまだコドモなんだ。
この世界では、試験に受かった者は誰でもオトナとして認められる。それは分かった。
でも…

「加護や辻がオトナっていうのは、やっぱり問題あるんじゃないですか?」
「うん…。普通はあの年で受験するコって珍しいんだけど、事務所が二人に家庭教師つけて猛勉強させたんだ」
良かった、やっぱり珍しいコトなんだ。あたしの常識も少しは通用するってコトが分かった。

「でも、二人をオトナにさせて何のメリットがあるんですか?」
夜遅くまで飲み歩いて・・・。
事務所的には、あの二人はコドモでいてくれた方がうれしいんじゃないかと思うんだけど。
「ホラ、コドモって夜9時以降働いちゃいけないって決まってんじゃん?でもオトナになっちゃえば、深夜にテレビ出てもOKだからさ」
「なるほど、そういうことかぁ」
あたしは妙に納得。

そして、(あたしの世界で言うところの)大人達に無理やりオトナにさせられた二人が可哀相になった。
まだまだコドモでいたかっただろうになぁ。コドモって楽しいこといっぱいあるのに。
深夜まで働けるように、か…。
ん?と、いうコトは……

「中澤さん、夜9時以降は働けないってコトですか?」
「そうだよ。だから事務所にもうるさく言われてんだよね。早く合格しろってさ」


…やっぱり、しっくりこないっす、この世界。
25 名前:SIDE-A その日の帰り道 投稿日:2001年02月10日(土)21時49分32秒
とりあえず、あたしが迷い込んでしまったらしいこの世界のコトについては、少しずつだけど分かってきた。
問題は、どうやって元の世界に帰ればいいのか、ってコトだ。
そもそも、何が原因でこんなコトになってしまったんだろう?

「ちょっと待って」
矢口さんの声で、あたしの思考は中断される。

「ねぇ、今ココに居るよっすぃーが別の世界から来たんだとしたらさ…今までココに居たよっすぃーは、どこに行っちゃったのかな?」
「そう、ですよね」
言われてみれば確かにそうだ。
今まで自分のコトしか考えてなかったけど、矢口さんがあたしを『吉澤ひとみ』だと分かったってコトは、この世界にも『吉澤ひとみ』は
存在してたってコトだ。
それも、モーニング娘。のメンバーとして。

「もしかしてさ、よっすぃーが今まで居た世界に行っちゃってたりして」
「入れ替わった、ってコトですか?」
ありえない話じゃない…かも。

「あっちゃー。大丈夫かな…よっすぃー」
「そぉーとー、パニクってるでしょうね、きっと」
あたしだって、理解するのにしばらくかかったワケだし。

「いや、そうじゃなくてさ……」
矢口さんは何やら含みのある言い方。
何だろ?めっちゃ気になるんですけど。


「…よっすぃーって、メンバー1の酒豪なんだよね」
は?酒豪?あたしが!?
「逮捕とかされてなきゃいいけど……」

だ、
「だぁーーーーーーっ!!」


つづく……
26 名前:名無しさん 投稿日:2001年02月11日(日)01時48分56秒
↑いいね、それって(笑)
27 名前:名無し読者 投稿日:2001年02月11日(日)06時20分03秒
熱いって・・・笑いました。
酒豪なよっすぃーは、こっちの世界でもメンバーをつぼ八に誘ったりしたんだろか(笑)。
28 名前:すてっぷ 投稿日:2001年02月11日(日)23時45分56秒
>26さん
ありがとうございます。これからも読んでいただけるとうれしいです。
>名無し読者さん
やば。読まれてる(笑)
もうひとりのよっすぃーは、次回登場の予定です。
29 名前:すなふきん 投稿日:2001年02月12日(月)18時37分18秒
もう、サイコーです!!
酒豪のよっすぃー期待してます^^
30 名前:すてっぷ 投稿日:2001年02月14日(水)21時33分56秒
>すなふきんさん
ありがとうございます。
すなふきんさんの小説は、更新早いですよねー。うらやましい今日この頃…。
31 名前:SIDE-B:こっちでも、はじまり。 投稿日:2001年02月14日(水)21時36分51秒
<SIDE−B>

「あー、終わった終わった。ねーねー、よっすぃー、帰りゴハン食べてかない?」
荷物を片付けながらごっちんが言う。

「うん、いいよ。行こ行こ」
あたしは即答。
「あっ、ウチも行くー!!」
あいぼんが身を乗り出す。

「どこ行こっか?」
どこってごっちん、仕事帰りといったらやっぱりアレっしょ。

「つぼ八ぃ!!」
「えっ……」
あれ?
なぜかごっちんは乗ってこない。どうしたんだろ?
ごっちんだけじゃない。他のみんなも不思議そうにあたしの方見てる。


何?あたし、何か変なコト言いました…?
32 名前:SIDE-B:こっちでも、はじまり。 投稿日:2001年02月14日(水)21時37分51秒
「どうしたの?天狗の方が良かった?」
「なんや、吉澤?居酒屋行きたいんか?よっしゃ、あたしが連れてったる」
「ゆうこっ!!」
当然のように矢口さんに怒られる。
そりゃそうでしょ、中澤さんが飲んじゃヤバイですよ…。

「なんや矢口ぃ、冗談やっちゅーねん。本気で言うワケないやろ?もー、アッタマ痛いねんから大っきな声出さんといて」
「裕ちゃんまた二日酔い?ほどほどにした方がいいよ、若くないんだから」
「何やて、圭坊!?ったく、あたしもストレス溜まっとるっちゅーねん。飲みたくもなるわ」

は??
何の冗談ですか、中澤さん?

あっ!!もしかして……!!!

「中澤さん、とうとう受かったんですね!?おめでとうございます!!」
もぅ、『今回も絶対落ちたわ。自信ないもん』とか言ってたクセに。謙遜してたんですね。コノコノ、憎いよ。

「はぁ?受かったって何が?」
当の中澤さんは、口をぽかんとあけてあたしの方見てる。
「何とぼけてるんですか?試験ですよ、試験!!」
何だかあたしだけテンション上がってて、バカみたいじゃんか?
嬉しくないのかな、みんな。もしかして知らなかったの、あたしだけ?

「だって、今二日酔いって…試験受かったから飲んだんですよね。まさか無免許で飲んだワケじゃないですよね!?」
なぜか必死に説明しているあたし。
だって、何だかみんな心配そうな顔であたしのコト見てるんだもん。
なんなんだよーーっ!?


「……よっすぃー、疲れてるんだよ。今日はやめにしよっか?」
ごっちんが言う。何で何で?寄ってかないの、つぼ八?
「そうだね、今日は早く帰って寝た方がいいよ」
矢口さんまで…どうしちゃったんですか一体??
33 名前:SIDE-B:こっちでも、はじまり。 投稿日:2001年02月14日(水)21時38分22秒
結局、誰もついてきてはくれなかった。
どうしよっかなー。一人で飲んでもつまんないし、今日はおとなしく帰るか…。
駅までの道を一人トボトボと歩く。

「よっすぃーっ!!」
聞き慣れた声に、あたしは振り返った。
「矢口さん?」
あれ?確か中澤さん達とゴハン食べて帰るって言ってなかったっけ?

「何かよっすぃー、変だったから。心配になっちゃってさ…」
「矢口さん……」
何か変だったのはみんなの方だと思うんだけど。
でも、あたしを心配して追っかけてきてくれたんですね……ありがとうございます。
面と向かって言えないあたしは、心の中で矢口さんにお礼。

「何か悩みでもあるんだったら、いつでも聞くよ?いちおう、教育係ってやつ…やってるワケだし」
最後の方はほとんど聞き取れないくらい小さい声だった。矢口さん、照れてるのかな?

「悩みっていうのは、特にないんですけど…」
せっかくの矢口さんの申し出だけど、今のところあたしはこの生活に満足している。
モーニング娘。に入ってから毎日忙しいけど、それはあたしがやりたかったコトだし、好きなコトやれてる今は充実してる。
何よりも、娘。に入ったからこそ矢口さんとも逢えたワケだし。

「矢口さん、やっぱり寄っていきません?どっか」
悩み事は無いけど、せっかく一緒にいるんだしこのまま帰るのも寂しいから、あたしは矢口さんを誘ってみた。
「うん、あたしはいいけど…よっすぃー、早く帰んなくて大丈夫?」
「はい」
矢口さんが一体何を心配してるのかあたしには分からなかったけど、とりあえず精一杯の笑顔で答える。
最近スケジュールきついから、それで心配してくれてるのかも知れない。

「矢口さん」
「ん?なに?」
「その…ありがとう、ございます」
それだけ言うのが精一杯だった。
感謝の気持ちは大きすぎて…とても全てを言葉に表すコトができない。

いつも、一生懸命ダンスや歌、教えてくれて。
いつも、あたしのコト、気にかけてくれて。
本当に…感謝してます。
34 名前:SIDE-B:こっちでも、はじまり。 投稿日:2001年02月14日(水)21時39分16秒
「イテッ!!」
いきなり、腕を叩かれる。それも力いっぱい。

「もー何だよー、急に改まっちゃってさー。やめてよぉ」
照れ隠しなのはわかるんだけど、もうちょっと手加減して欲しい…。
まだ鈍い痛みが残る左腕をさすりながら、ふと思い出した。
やっばー、切れてたんだ、アレ。
と、ちょうどいいタイミングで、自販機を発見。

「矢口さん、ちょっと待っててもらえます?」
「え?うん、いいけど…」
あたしは小走りでそこまで行くと、カバンから財布を取り出す。
矢口さんは、あたしの後ろから歩いてきてる。
あれ?おっかしーな…カードがない。
カード入れの一番手前に入れてあるはずのカードが、見当たらない。

「よっすぃー!?何してんの!?」
後ろを歩いてたはずの矢口さんに、突然背後から呼ばれて振り返る。
何、って…。
「タバコ、買ってるんですけど」
「ちょっ、もー、こっち来て!!」
そう言うと矢口さんは、あたしの腕を引っ張った。あたしは自販機から引き離される。
ひどく慌ててる様子。キョロキョロと辺りを窺ってる。

「矢口さん!?ちょっと…何なんですか一体?」
「何なんですか、じゃないよ!!誰かに見られたらどうすんだよっ!?」
え…?別に見られてもいいと思うんだけど……?
矢口さん、タバコ嫌いだからかな?

「矢口さんの前では吸いませんから、安心してください」
「そーゆーコトじゃないでしょ!!吸わないんじゃなくて、吸っちゃいけないの、矢口もよっすぃーも!!」
「はあ?」

さっぱりワケがわからない。
35 名前:SIDE-B:こっちでも、はじまり。 投稿日:2001年02月14日(水)21時39分48秒
「なに隠してるの、よっすぃー?矢口にも言えないコト?」

あたしたちは、駅前の喫茶店に来てる。
店内に人はまばら。照明も薄暗いから、おとなしくしてればあたしたちだってバレるコトはないだろう。

それにしても困った。
さっきから矢口さんとの会話がどうも噛み合わない。

矢口さんは、あたしがタバコ買おうとしたコトにすごく怒ってるし(ポケットに入れてたライターも没収された)、
理由を聞いても『法律で決まってる』の一点張り。
あげく、『矢口のコト、からかってんの!?』と怒鳴られる始末。
とりあえず落ち着いて話そうと、ココに来てるって次第。

「さっきは、矢口もつい怒鳴っちゃったけどさ…。話したくないんだったら無理にとは言わないけど、
あーゆーコトだけは、もう絶対しちゃダメだよ?」
あたしの顔をまっすぐ見ながら、矢口さんが言った。
『あーゆーコト』とは…タバコのコト言ってるんだろうな、やっぱり。
あたしは、再度『どうしてダメなんですか』って聞こうかと思ったけど、結果は見えてるからやめた。
ココで怒鳴られたら、周りの人達にバレちゃうし。
そんなコトより……


なにか、おかしい。
楽屋にいた時から、みんなの態度が気になってはいたけど、矢口さんのこの反応は明らかにおかしい。
この矢口さん、あたしの知ってる矢口さんとは……違うヒトのような気がする。
36 名前:SIDE-B:こっちでも、はじまり。 投稿日:2001年02月14日(水)21時40分19秒
とりあえず、二度とタバコは吸わないコトを約束させられた。
『お酒もですか?』と聞くと、矢口さんのカップ持つ手が小刻みに震えてるのが分かったんで、それも約束した。

でも、あたしは気付いていた。
ここにいる矢口さんは、矢口さんであって矢口さんではない。
ごっちんも、中澤さんも、みんな。

矢口さんの真剣な表情から察するに、みんなしてあたしをダマしているとは考えにくい。
今になって考えてみると、おかしなコトがいくつかある。
喫茶店まで歩きながら財布の中身を見てみたけど、いくら捜してもカードは出てこなかった。
自慢じゃないけど、オトナになってこのかた、アレを忘れたコトは一度も無い。もちろん、失くしたコトも。
そもそもあの自販機、カード入れるトコ無かったし。
あれじゃ、誰でも買えちゃうじゃん。いいのかなー?
考えれば考えるほど、謎は深まるばかり。

っていうか……あたし、一体どこにいるんだろう?
ココ、あたしが昨日まで住んでたトコじゃないよぉ、絶対。
矢口さんに全部話したいけど、何から話せばいいのか分からない。
話したところでまた怒られるだけだろうし。
何しろ、タバコを買おうとしただけであんなに怒られたんだ。
昨日まで普通に吸ってましたなんて言ったら……。
37 名前:SIDE-B:こっちでも、はじまり。 投稿日:2001年02月14日(水)21時41分02秒
「じゃ、よっすぃー。ホントに約束だからね」
念を押される。
「はい…」
とりあえず返事はしたものの、全然納得できない。

あたし、何にも悪いコトしてないんですよ?
どうして怒るんですか、矢口さん?
どうして、なんですか……。

不安な気持ちを抱えたまま、改札を抜ける。
ここからあたしたちは、別の電車に乗って、それぞれの家へ帰らなきゃいけない。

「じゃ…おやすみ」
「おやすみ、なさい」

あたしは、何だかその場から動くコトができなくて…矢口さんがホームへの階段を登っていくのをずっと見送っていた。
あたしがココに立ち止まってるコトに気付かないその背中は、あたしの方を振り返りもしない。
その姿がどんどん小さくなって……完全に視界から消える。
あたしは、まだそこから動けずにいた。


気付いたら、あたしは携帯を手に取ってた。
「あの…矢口さん、もう、電車乗っちゃいました?」
38 名前:SIDE-B:こっちでも、はじまり。 投稿日:2001年02月14日(水)21時41分38秒
「それ…本気で言ってる?」
「はい」
「うーん……」
矢口さんは頭かかえてうなってる。

あの後、まだホームにいた矢口さんは、あたしのところに戻ってきてくれた。
『すぐ行くから。すぐ行くから待ってるんだよ?』
電話口からそう聞こえた時には、階段の一番上に矢口さんの姿が見えた。
あたしたちは駅を出て、すぐ近くの公園に移動。
あたしは、今自分が置かれている状況について説明した。

「昨日も、矢口たちと一緒に居酒屋行ったっていうの?」
「昨日も、おとといも、その前の日は仕事で行けなかったけど…。行ける日はほとんど」
「う…そでしょぉ?」
矢口さん…そーとーショック受けてる。
ってコトは、あたしの話信じてくれてるってコトだよね。
「矢口さんなんて皆勤賞モンですよ。あたしの次にいいです、出席率」
「何だかうれしくないよ、よっすぃー…」
なんか矢口さん、どんどん落ち込んでいってる気がする。やばい…。

「あっ、でも矢口さんは酒呑みっていうよりも、その場の雰囲気を楽しむっていうか……
飲む量はそんなに多くないんじゃないかな。お酒より王様ゲームやってる方が楽しそうだし」
「王様ゲームっ!?なにそれ、合コンとかもやっちゃってるワケ!?」
「いや、メンバーしかいないのに酔っ払うと必ずやりたがるんですよ、矢口さん。
こないだも加護と辻に牛乳飲ませて、すっごいうれしそうでした」
「……もぅいいよ、矢口のハナシは」
フォローするつもりが、状況はますます悪化してしまった。


「…でもさ、それってどういうコトなのかな?」
ほんの少しの沈黙の後、矢口さんが口を開いた。
「あたしもずっとそれを考えてて……上手く言えないんですけど、あたし…どこか違う世界から飛ばされて
きちゃったんじゃないでしょうか?」
自分の言ってるコトがまともじゃない、ってコトはよく分かってる。
だけど、他に説明のしようがないんだから。

「そう、だよね。よっすぃーの言ってるコト、ホントっぽいし。本当に昨日までは、そういう世界にいたんだよね……」
矢口さんが、独り言のように呟く。

あーあ、えらいコトになっちゃったなぁ…。


つづく……
39 名前:名無し読者 投稿日:2001年02月16日(金)14時05分24秒
あ、こっちのよっすぃーは、それまで大丈夫だった酒もタバコも突然禁止されちゃうのか。
そりゃ辛いな(笑)。
40 名前:すてっぷ 投稿日:2001年02月17日(土)21時47分43秒
>名無し読者さん
いつもありがとうございます。
禁酒禁煙を余儀なくされたよっすぃーは、とりあえず1回休み(笑)

今回は、SIDE−A(未成年よっすぃー)です。
レス25の続きになるんですけど…って、あんまり行ったりきたりしてるとわかりにくいかも…。
ちょっと不安ですが、お付き合いいただけるとうれしいです。
41 名前:SIDE-A:一件落着? 投稿日:2001年02月17日(土)21時50分47秒
<SIDE−A>

矢口さんと別れた後、家に帰ってきたあたしは、とりあえずお風呂に直行。
一日の疲れを癒すには、やっぱりコレが一番。
湯船につかって、今日あったコトを思い出す。

楽屋での会話、居酒屋での一件、あたしの話を聞いてくれた矢口さん…。
不思議と、最初に感じてた不安や焦りは消えていた。
意外と冷静に受け止めている自分に驚く。
矢口さんに相談したからだろうか?
きっと、そうだ。


お風呂あがりに冷たいジュースでも飲むかと冷蔵庫を開けると、中には缶ビールがずらり。
よく見ると、一本一本にマジックで『ひとみ』と書かれている。
……我ながら自分の人格を疑う。
どんなヤツなんだ、この世界のあたし(オトナ)ってのは…。

当然ビールなんて飲む気になれないので、ビールの陰に隠れていたミネラルウォーターを手に取って、
2階の自分の部屋へ入る。
42 名前:SIDE-A:一件落着? 投稿日:2001年02月17日(土)21時51分46秒
見たところ、いつものあたしの部屋と変わらない。
そういえば、あたしはいつこっちの世界に来たんだろう?
朝起きた時はもうこっちにいたのかな?
だとしたら、この世界のあたしの部屋に入るのは2回目ってコトになるケド…。

見慣れた部屋の見慣れた机の前に座って、あたしはカバンから財布を取り出した。
そして 『ADULT LICENSE』が入っているコトを確認する。
ココではあたしはオトナなんだから…それを証明するものはこのカードしかないんだから、失くさないようにしなきゃ。
あたし(オトナ)がこっちの世界に戻ってきた時、コレがなかったらさぞ困ることだろう。
なにしろ無類の酒好きらしいから…考えただけでアタマ痛いけど。

この財布、財布自体はあたしが持ってたものと同じなんだけど、あたしが持ってたやつよりずいぶんとふくらんでいる。
きっと、カード入れに入ってる色んな種類のカードのせいだろう。
見るとポケットは全て埋まっている。
あたしも、お店でもらうポイントカード類は結構取っとく方だけど、このふくらみ方はちょっと…入れ過ぎなんじゃないか?

何をこんなにタメ込んでるんだ…?
あたし(オトナ)にはちょっと悪いと思いつつも、それらをそっと取り出してみる。
43 名前:SIDE-A:一件落着? 投稿日:2001年02月17日(土)21時52分29秒
整然と並べてあるのはいいんだけど……全部、居酒屋の割引券じゃないか。
こんなモノを後生大事に…どうしちゃったんだよ、吉澤ひとみ。
生ビール中ジョッキ無料券、おつまみどれでも1品無料券、etc...
ごていねいに種類別に並んでる。
几帳面な所はあたしと同じだけど、何だか情けなくなってくる。


…もう、寝よう。
朝になればいつも通りの生活に戻ってるかもしれないじゃないか。
そう、朝になれば……


ふと、今朝あったコトを思い出す。
今朝あたしは、いつも通り6時半に起きて、カーテン開けて……そうだ。
気付いたら7時になってたんだ。
二度寝?違う。あたしは、意識を失ってた。
カーテンを開けた時に突然飛び込んできた強い光に当てられて、その場に倒れてたんだ。
何かあったとしたら、あの時以外に考えられない。

と、いうコトは…明日の朝、もし同じコトが起こったとしたら……元に戻れるかも!?
44 名前:SIDE-A:一件落着? 投稿日:2001年02月17日(土)21時53分03秒
『ホント!?やったじゃん、よっすぃー!!』
「まだわかんないんですけど…可能性はあるかなって」

自分の大発見に、うれしくてつい矢口さんに電話してしまった。
矢口さんも、自分のコトのように喜んでくれる。

『寝坊しないようにしなきゃね。矢口が起こしてあげるよ』
確かに、時間とかも関係あるかも知れない。
なるべく今朝と同じ状況を作らなきゃ。

「お願いします」
あたしは、矢口さんの好意に甘えるコトにした。
明日は矢口さんのモーニングコールでお目覚めかぁ。
良い一日になりそうだなー…。

『よっすぃー?』
「あっ、すみません」
いかんいかん、別のイミで喜んでしまった。
『今日はもう寝た方がいいよ。矢口も寝坊しないように早く寝るね』
「矢口さん…ありがとうございます」
『いいよそんなの。お互い様ってやつ?』
お互い様、か…。
あたしは矢口さんに何もしてあげられないのに。
いつもあたしばっかり矢口さんに迷惑かけてるのに。

『じゃあ、おやすみ』
「おやすみなさい」
少し幸せな気分で電話を切る。

時計の針は12時を回っている。もう寝なきゃ。
明日のために…。
45 名前:SIDE-A:一件落着? 投稿日:2001年02月17日(土)21時53分36秒
ピピピピ、ピピピピ………
んん…?ふぇ…もう朝?早いなぁ。
あたしは布団から右手だけ出して、枕元で鳴ってる目覚し時計を止める。AM6:20。
はぁっ、起きなきゃ…。
……………いかん、二度寝するとこだった。

今日は何があっても起きなくちゃいけないんだから。
あたしは、眠い目をこすりながら上半身を起こす。
伸びをしようと両手を上に挙げかけた時、携帯の着メロが鳴った。
あっ、矢口さんだ。

「もしもし」
あたしは、すぐさま電話を取った。
『あっ、よっすぃー、起きてた?』
「今、起きたところです」
『そっか…。いよいよだね』
「はい」
『6時25分か…。カーテン開けたの、何時くらいだったの?30分ちょうどじゃないんでしょ?』
うっ……。
「正確な時間はわかりません。30分に起きて…しばらくベッドの上でボーッとしてたから、たぶん35分くらい、かなぁ」
かなり自信ないけど。
『よし。じゃ、6時35分にしよ』
「はい」

うまくいくかどうか分からないけど、とりあえずやってみよう。
計画実行まで、まだ10分ほど余裕がある。
その間にあたしは、昨日家に帰ってからのコトを話した。

『キャハハハハ!!ホントよっすぃーってお酒好きなんだよねー。でも普通缶ビールに自分の名前書くかあ!?
よっすぃー、サイコーだよー』

大爆笑している矢口さんの声を聞きながら、あたしは、あたし(オトナ)に対して少しだけ罪悪感を感じていた。
彼女の名誉のためにも、黙っておくべきだったかも知れない。
46 名前:SIDE-A:一件落着? 投稿日:2001年02月17日(土)21時54分12秒
『でもさ、もしかしたら今のよっすぃーと話すの、これが最後になるかも知れないんだね』
「そう、ですね」
元の世界に戻れば、また矢口さんに逢える。
でも、今あたしとしゃべってる矢口さんには、もう二度と逢うコトはないんだ。
何だか不思議な気持ちになる。

『帰っても…矢口のコト忘れないでね』
「…はい」
忘れるワケないじゃないですか。
『むこうの矢口にも、よろしくね』
「はい」
むこうの矢口さんか…説明すればわかってもらえるかな?
『よっすぃー、帰ってこれるかな…』
「えっ?」
『あっ、あの、こっちの…よっすぃーのコト』
そっか…。
あたしが元に戻れたとしても、こっちの世界のあたし(オトナ)が戻ってこれる保証はないんだ。
もっとも、あたし自身が元の世界に戻れる保証だってないんだけど。

『やばっ、よっすぃー、時間だよ!!』
言われてあたしは時計を見る。
6時35分、ちょうど。

ベッドに腰掛けてたあたしは、立ち上がると窓際にダッシュ。
途中、勉強机のカドに左足を思いっきりぶつける。かなり痛い。
でも、そんなコトに構っていられない。

「さよなら、矢口さんっ」
カーテンの端を掴むと、勢いよく全開っ!!
さぁ来い!!カモン、太陽光線(かどうかは分からないけど)!!!
『よっすぃー!?』



「矢口さん……外、雨降ってます」
『………』


……つづく。
47 名前:名無しさん 投稿日:2001年02月17日(土)23時37分01秒
いいですねー。ホント最高です(笑)
なんてゆーか面白いっ!!
両方のよっすぃーにとっては災難だけど、やぐっちゃんとはラブラブみたい
だから良しとしようよ。ねっ。よっすぃー?ダメかな(笑)
48 名前:名無し読者 投稿日:2001年02月19日(月)03時00分58秒
なんだかんだあっても、どちらの世界でも吉澤と矢口の絆がしっかりしてるのがいいですね。
あと、「名無し読者」ってのはsageで書き込んだときの名無しのデフォルトなので、
コテハンという訳ではないです。
もっともsageで書いてたのは自分だけみたいなので、少なくともここまでの
名無し読者は全部私ですけど。
49 名前:すてっぷ 投稿日:2001年02月21日(水)00時46分39秒
>47さん
ありがとうございます。そう言っていただけるとホントにうれしいです!!
ラブラブなのは良いんですが、お互い今まで会ってた矢口とは別の矢口なわけで…なんか複雑な関係ですね(笑)
>48(名無し読者)さん
あ、そうだったんですか…めっちゃ恥ずかしい(笑)
教えていただいてありがとうございます!!
とりあえず、どちらの世界もこの2人(吉澤・矢口)を中心に他メンバーも少しずつ出していきたいと思ってます。
50 名前:SIDE-A:中澤ゆうこ「第一章」 投稿日:2001年02月24日(土)00時37分51秒
<SIDE−A>

「おはよーございまーす」
楽屋。続々とメンバーが集まってくる。

昨日は午前中しか学校行けなかったケド、今日は夕方から仕事だからちゃんと最後まで居れた。
現在時刻はPM7:00。
マネージャーさんによると、終了予定時刻はAM0:00とのこと。
こっちの世界じゃあたしはオトナってコトらしいから、深夜営業もOKなんだよなー……仕事中眠くなりそう。

結局、あたしは…まだ元の世界に帰れていない。
今朝の作戦は見事失敗に終わった。
カーテン開ける時に机のカドにぶつけた左足の痛みだけが空しく残る。
矢口さんには『何で天気予報ぐらいチェックしとかないのさ!!』って怒られるし、もう最悪。
とりあえず、先に楽屋入りして矢口さんを出迎えようと、少し早めに来たんだけど…。

そーとー怒ってたもんなー、何て謝ろう…。
矢口さん、『しんみりして損した!!』って言ってたなぁ。
あたしには、それは本気で怒っているというより照れ隠しに聞こえたけど……。


(『帰っても…矢口のコト忘れないでね』)
今朝の矢口さんの言葉を思い出す。
51 名前:SIDE-A:中澤ゆうこ「第一章」 投稿日:2001年02月24日(土)00時38分39秒
ドアが開いて、誰か入ってくる。
…矢口さんだ!!
あたしは、慌ててイスから立ち上がる。
「やっ、矢口さん、おはようございます!!」
考え事して油断してたせいか、少し上ずった声になる。

「明日はもう電話しないからね。ちゃんと起きるんだよ、自分で」
矢口さん…第一声がソレですか?あいさつも返してくれないなんて…。
っていうか、今朝だってちゃんと自分で起きてましたよ、矢口さんの電話の前に。
もちろん、そんなコト恐ろしくて口には出せないから、あたしは心の中で抗議する。


「よっすぃー、見て見て」
いきなり後ろから声がして、あたしは振り返る。
「梨華ちゃん…なに?」
梨華ちゃんは、手に持っていた雑誌を嬉しそうにテーブルの上に広げた。
「おいしそうだよー、今度行ってみない?」
あたしは、梨華ちゃんが指さしているページに目をやる。

『地酒のおいしい店・百選』

ココでは、試験に合格すれば誰もがオトナとして認められて、お酒も飲める。
そして、中澤さん以外のメンバーはその試験に合格した、立派なオトナ。
あたしなりにこの世界のコト、理解しようと努力してるつもりだけど…。
梨華ちゃん…せめて『ワインのおいしい店』とかにしてほしかったな…。

地酒好きのアイドル、か…。
日本酒のCMとか出たりして、仕事の幅が広がるかも知れないね、ははははは。
あたしは、みんなのカラダが心配……。
52 名前:SIDE-A:中澤ゆうこ「第一章」 投稿日:2001年02月24日(土)00時41分04秒
「おつかれさまでしたぁー」
レギュラー番組の1本目の収録が終わったところで、中澤さんがあたしたちに言った。
一人、荷物を持って楽屋から出ようとしてる。

あれ?今日はもう1週分録るはず、だよね?
「じゃあ、みんながんばってなー」
あたしはハッとする。
楽屋の時計は、午後8時50分を指していた。
そうだった…中澤さんは夜9時以降、仕事しちゃいけないんだ。

「次、1時間待ちだってさー」
中澤さんがドアを開けようと手を伸ばしかけた時、ごっちんが楽屋に戻ってきた。
外でこの後のスケジュールを聞いてきたらしい。

「あっ、裕ちゃん。おつかれー」
ごっちんは、目の前で荷物持って立ってる中澤さんに気付き、声をかける。
「おう、おつかれ」
中澤さんは、ごっちんと入れ替わるようにして楽屋から出て行った。
53 名前:SIDE-A:中澤ゆうこ「第一章」 投稿日:2001年02月24日(土)00時41分46秒
1時間待ちか…何しよっかな。
誰かと話をしようにも、みんなの話題にはついていけないし、ヘタに会話に参加してボロが出ちゃうとまずいし。

昨日の夜矢口さんと話し合って決めたんだ。
他のメンバーにはあたしが違う世界から来たってコト、内緒にしておこう…って。
もし、加護・辻の二人に知れたら、あっという間に騒ぎが大きくなるだろうから、って。

『あたしが何とかするから』
帰り際、矢口さんはそう言ってくれた。
いつもは自分のコト『矢口』って言うのに…あたしのコト真剣に考えてくれてるんだなぁ。
ほんのちょっとした言葉にも、今のあたしは敏感になってる。

でも、今日の矢口さんは来た時からずっとフキゲンで、あたしとは口もきいてくれない。
あーあ…昨日はあんなに優しかったのになぁ。


「よっすぃー、どこ行くん?」
「トイレ」
あいぼんの質問に短く答えると、あたしは楽屋を出た。
54 名前:SIDE-A:中澤ゆうこ「第一章」 投稿日:2001年02月24日(土)00時42分55秒
次の収録が始まるまでとりあえず時間を潰そうと、あたしはテレビ局の中をウロウロと歩き回っていた。
一見、あたしが今までいた世界と変わらないように見えるこの場所も、現在時刻と照らし合わせて考えると
実に異様な光景がそこにはあった。

夜9時を回っているというのに…子供たちがいっぱいいる。
あ…えなりくんだ。
確かあたしと同じくらいの年だったと思ったケド、あの人も当然のように持ってるんだろーな、オトナの免許。

ロビーでは、まだ小学生と思われる集団(たぶん子役の人たち)がタバコ吸いながら談笑していた。
乱れまくってるなぁ、この世界……。


ふと、出番待ちの小学生たちの後ろの席で、真剣な顔をして机に向かってる女の人が目に入る。
あたしは、彼女の側まで近付くと、その名前を呼んだ。

「中澤さん」
55 名前:SIDE-A:中澤ゆうこ「第一章」 投稿日:2001年02月24日(土)00時43分30秒
「ん?…吉澤ぁ、あんた何してんの?」
中澤さんが、目の前に立ってるあたしを見上げて言った。

「中澤さんこそ、何してるんですか、こんなところで?」
何か読んでたみたいだったケド…。
「ああ…台本読んでたんや。明日、ラジオの収録あるからな」
そうだったんだ。でも、何もココでやらなくたって…家に帰ってからの方が落ち着いて読めるだろうに。

「家帰っても誰もおらへんしな。人がいっぱいおるとこの方が寂しなくてええわ」
あたしの疑問を察したのか、中澤さんは言葉を続けた。
ラジオの台本…そっか。
明日は…

「大変ですよね、生放送って」
ダイバーだったら録り直しってのができるケド、中澤さんの番組はそうはいかないもん。
毎週2時間も生放送なんて…今のあたしにはできない。

「は?何?生放送って」
尊敬のまなざしを向けるあたしを、中澤さんは怪訝そうな顔で見てる。

「え…?ラジオって、オールナイトニッポンのコトじゃ…」
そこまで言ってあたしは気付いた。
中澤さん、夜10時からのラジオなんて出られるワケない、よね?
それにさっき、ラジオの『収録』って言ってた。生放送なら『放送』って言うはず。
56 名前:SIDE-A:中澤ゆうこ「第一章」 投稿日:2001年02月24日(土)00時44分13秒
「吉澤…?」
あ…やば。中澤さん、不思議そうな顔であたしのコト見てる。

「な、何でもないです。ははは」
とりあえず笑ってゴマかす。
「あんた、疲れてんちゃうか?こんなトコうろついてんと、ちょっとでも休んどき」
「……はい」
中澤さんの言う通りだ。
元の世界に戻るまでは夜中も仕事しなきゃいけないんだから、少しでも時間見つけて休んどかなきゃ。

「じゃあ…お疲れ様でした」
「おつかれ。がんばってな」
あたしは中澤さんに一礼すると、その場を立ち去った。


少し歩いて振り返ると、中澤さんは再び机に向かって台本を読んでいた。
小学生たちの笑い声が、いつまでもロビーに響き渡っていた。
57 名前:SIDE-A:中澤ゆうこ「第一章」 投稿日:2001年02月24日(土)00時44分43秒
朝。外は、雨。
昨日みたいな小雨じゃない。ベッドの上からでも、外の暗さと激しい雨音ですぐに分かった。
昨日の晩、天気予報チェックしてたから期待はしてなかったものの、やっぱりがっかり。
でも、落ち込んでてもしょうがない。
今日は朝から仕事だし、がんばらなきゃ。

突然、携帯の着メロが鳴った。
誰だろ、こんなに朝早く…。手を伸ばし、枕元の携帯を掴む。
画面を見て、一気に目が覚める。
…矢口さんだ。

「もしもし」
『おはよ…よっすぃー、起きてた?』
「今、起きたところです」
『そっか…』
話しながら、あたしは昨日の朝と同じような会話をしてるコトに気付いて、少し笑った。

『よっすぃー?』
「あ、すみません。何か、あたし昨日と同じコト言ってるなぁって思って…」
『ああ…ははっ、そうだね』
矢口さんも、電話の向こうで笑った。
58 名前:SIDE-A:中澤ゆうこ「第一章」 投稿日:2001年02月24日(土)00時45分13秒
困ったな…言葉が続かない。
あたしも矢口さんも黙ったままで、しばらく沈黙が続く。
そもそも電話くれたのは矢口さんの方なのに、どうしたんだろ、一体…?

「あの…今日も、雨ですね」
沈黙に耐え切れなくなって、あたしは天気の話などしてみる。
普通の人にとっては世間話にしかならないけど、あたしたちにとっては重要な問題。

『うん。あのね、よっすぃー…』
「はい」
『昨日は…ゴメンね』
「えっ?」
『よっすぃーのコト、シカトしちゃって……一番辛いのはよっすぃーなのに、さ』
矢口さん、それで電話してきてくれたんだ…。

「あたしの方こそ、すみませんでした。何か、先走っちゃって」
『ううん。……はずかしかったんだ。よっすぃーともう逢えないかも、って思ったから…』


(『帰っても…矢口のコト忘れないでね』)
昨日、電話で矢口さんが言った言葉。


矢口さんは、どこに居てもやっぱり矢口さんなんだなー…。
同時に、あたしの世界の矢口さんの顔が浮かぶ。
優しくて、頼りになる……あたしの大切なヒト。
59 名前:SIDE-A:中澤ゆうこ「第一章」 投稿日:2001年02月24日(土)00時45分51秒
「モーニング娘。中澤裕子の…『純情カラスの行進曲ー!!』」

仕事帰りのタクシーの中で、ラジオから流れてくる中澤さんの声に耳を傾ける。

それにしても…なんちゅータイトルだろ。
中澤さんの曲のタイトルつなぎ合わせただけじゃんか。つなぎ方も何か変だし。

中澤さんは、夜11時からの枠でこの番組(『純情カラスの行進曲』)を一人で担当している。
あたしがいた世界では、この時間はタンポポの番組やってるはずなんだけど、ココの中澤さんは深夜の生放送に
出演できないため、タンポポが夜10時からの2時間、生放送をやってるってワケ。
昨日中澤さんが言ってた『ラジオの収録』ってのは、この番組のコトだったんだ。

「これはメールですね。えーっと…『中澤さんは、カレーライスの具では何が好きですか?』。
せやなー、じゃがいもかなぁ」

…何だかゆっるい番組だなぁ。
この世界の中澤さんはまだ「コドモ」。
あたしが知ってる中澤さんの番組と違ってお酒の話も出なければ、恋愛関係も当り障りのないハナシばかり。
ホント、なんか違うヒトみたいだなぁ…。
60 名前:SIDE-A:中澤ゆうこ「第一章」 投稿日:2001年02月24日(土)00時46分36秒
今日は朝からずっとプッチの仕事で、他のメンバーに会うコトはなかった。
朝から降り続いていた雨も、夕方にはすっかり上がってた。
天気予報によると明日は降水確率0%らしいから、例の作戦を再度決行する予定。

矢口さんとも今朝の電話で仲直りできたし、これで心置きなく帰れるってモンだ。
今度こそ元の世界に戻れるといいんだけど…。

ふぁ…眠い。やっぱりこの時間まで仕事すると疲れるなぁ。
着くまでまだ時間あるし、ちょっと寝ちゃおっかな。
あたしは、シートにもたれかかって窓の外に流れるネオンサインを眺めていた。
雨上がりの夜景は、いつもより何倍もキレイに見える。
ラジオから流れる中澤さんの声をBGMに、あたしはだんだん眠りに落ちて……


あれ…?今の…?

車がちょうど大きな橋を渡り終えたところで、あたしは後ろを振り返る。
橋の手すりに両腕をついて、夜景を眺めている女のヒト。
一瞬だけ見えた横顔は、たぶん…中澤さん?

「すみません、ここでいいです」
とっさにあたしは運転手さんにそう告げ、タクシーを降りた。
61 名前:SIDE-A:中澤ゆうこ「第一章」 投稿日:2001年02月24日(土)00時47分08秒
「中澤…さん?」
あたしは、彼女に近づくとおそるおそる声をかけてみる。

「うわっ!?…なんやぁ、吉澤かいな。びっくりしたわ、もー」
やっぱり中澤さんだ。良かった、人違いじゃなくて。
それはそうと、

「何してるんですか?」
「ん?ちょっとな…。吉澤は?仕事帰り?」
「はい。ちょうど帰るトコで、車の窓から中澤さんが見えたから…」
「そうか」

…しまった。声をかけたのはいいケド、何話せばいいんだろ?
普段から中澤さんとはあんまりしゃべったコトないから、話題が見つからない。

あっ、そうだ。
「あの、今タクシーの中で中澤さんのラジオやってましたよ」
「そうか」
…そうか。知ってるか、そんなコト。自分の番組だもんな。
再び、あたしたちの間に気まずい空気が流れる。

あたしは、手すりに両腕をついて中澤さんと同じ格好で夜景を眺めてみる。
橋の下を流れる川に映ってるネオンは本当にキレイだけど…こんなトコに一人で何やってたんだろ、中澤さん?


「あたしが、オトナやったらな…」
ふいに、中澤さんが独り言のように呟いた。
「え…?」
その横顔は何だかとても寂しげで…あたしが今まで見たコトのない、哀しい顔。
62 名前:SIDE-A:中澤ゆうこ「第一章」 投稿日:2001年02月24日(土)00時48分56秒
「なぁ吉澤、あたしがな…もしオトナになれたら、一番最初にやりたい事って何やと思う?」

中澤さんは隣にいるあたしに顔を向けると、突然言った。
その表情は、さっきまでの寂しそうなものじゃない、いつもの中澤さんの顔に戻ってる。
でも、『最初にやりたいコト』…?
そんなの、いきなり聞かれてもなぁ…。

「お酒を飲む」
とりあえず答えてみる。まぁ、無難な答えだよね。
「ブッブーッ!!」
あたしの回答に、中澤さんは両手で『バツ』のサイン。
え…違うの?

「じゃあ…あっわかった!!『平家さんと』お酒を飲む」
「…何で酒から離れへんの?そんなに飲みたそうに見えるんか?」
…見えます。すみません。
でも、お酒じゃないとしたら一体何だろう?
63 名前:SIDE-A:中澤ゆうこ「第一章」 投稿日:2001年02月24日(土)00時49分36秒
「ラジオ…やりたい。生でな」
中澤さん…。

「何て言うたらええんかな、ファンのコらと…同じ時間共有したいっていうか、あたしのしゃべってる事が
リアルタイムで伝わったらええのになぁー…って、何恥ずかしい事言わしとんねん、止めんかいアホ!!」
えーっ…せっかく途中までイイ話だったのに。ワケわかんないヒトだなぁ。
中澤さんは、あたしから目を逸らしてまた夜景見てる。その横顔は何だか照れているみたいだった。


「いっつも番組録ってるスタジオからな、東京タワー見えんねん。アレ、夜中に見たらキレイやろなー…」

遠くを見ながらそう呟いた中澤さんの横顔は、またあの哀しげな表情に戻っていて。
あたしはなんだか、すごく、胸が痛かった。
64 名前:SIDE-A:中澤ゆうこ「第一章」 投稿日:2001年02月24日(土)00時50分32秒
『よっすぃー、起きてた?』
「はい」
あたしがこっちの世界に迷い込んで、今日で4日目。
そして、今日も矢口さんからのモーニングコール。

『今日はいい天気だよ。うまくいくといいね』
矢口さんの言う通り、今日は快晴。
でも、あたしの心はちっとも晴れない。
昨日の中澤さんの言葉が、心に引っ掛っていた。

(『ラジオ…やりたい。生でな』)

どうして中澤さん、試験に受からないんだろう?
加護・辻の2人には、事務所が家庭教師つけて猛勉強させた、って矢口さんが言ってた。
当然、中澤さんも同じくらい勉強してるはず…だよね。
昨日の中澤さんの口ぶりだと、すごくオトナになりたがってるみたいだったし…。

中澤さんに足りないモノ、中澤さんの夢…。
早く帰りたいはずなのに、心の中がモヤモヤしてて何だか気持ち悪い。
こっちの世界のコトは、こっちの世界のあたしにまかせておけばいいのに。

『よっすぃー…?どうしたの?』
急に黙り込んだあたしに、電話の向こうの矢口さんが心配そうに聞いてくれる。


「あの、矢口さん…」
『ん?なに?』
「あたし…もうしばらくココに居たいんですけど…」
『は…?何それ?どういうコト?』


そしてあたしは、自分の決意を矢口さんに告げる。

「あたし、必ず中澤さんをオトナにしてみせます。それまでは…帰りません」


つづく……
65 名前:すてっぷ 投稿日:2001年02月24日(土)00時53分53秒
前回に引き続き、SIDE−Aをお送りしました。
なかなか帰れない2人(未成年&酒豪)ですが、もうしばらくお付き合いください…。
66 名前:名無しさん 投稿日:2001年02月24日(土)04時47分20秒
優しくて、頼りになる矢口、いいですねー。
>『あたしが何とかするから』
かっこいー!
67 名前:すてっぷ 投稿日:2001年03月02日(金)00時28分48秒
>66さん
ありがとうございます。
『何とかする』って言うからには、何とかしてくれるんでしょう…たぶん(笑)
これからも矢口は、吉澤の頼れる存在としてガンガン登場する予定(未定)です…。
68 名前:SIDE-B:ホワイト・バレンタイン 投稿日:2001年03月03日(土)00時31分18秒
<SIDE−B>

あたしがココへ来て、今日で4日目。

最初の日、夜の公園であたしと矢口さんは、どうしてあたしが突然この世界に来てしまったのか、考えた。
そして、朝起きてからのあたしの行動を振り返ってみて、思い当たるコトが1つだけあった。

それは…その日の朝、目覚めてすぐの出来事。

前の晩、矢口さんたちと居酒屋に寄って帰ったあたしは、シャワーを浴びてすぐに就寝。
翌朝、激しい頭痛で目覚し時計より5分早く目覚めたあたし。時刻はAM6:25。
二日酔いなんてほとんど経験ないのに、その日は朝から気分が悪くて…。

これは迎え酒で治すしか方法はないと考えたあたしは、ベッドから出るとすぐに自分の部屋を出て下へ降り、
冷蔵庫からビール(『ひとみ』ネーム入り)を1本取り出すと、ボーッとした頭でまた自分の部屋へ戻った。

缶ビールのプルタブを開け、一気に飲み干したあたしは、目を覚まそうと部屋のカーテンを勢いよく開けた。
すると突然窓から強い光が差し込んできて…そこから30分間の記憶がない。
気が付くとあたしは、ビールの空き缶を左手に握り締めたまま、その場に倒れていた。

それからは、いつも通り学校行って午後から歌番組の収録。
楽屋に戻ってごっちんをつぼ八に誘ったところ、一斉にみんなの注目を浴び…今に至る。
69 名前:SIDE-B:ホワイト・バレンタイン 投稿日:2001年03月03日(土)00時32分11秒
楽屋の時点では既にココの世界の住人になってたってコトは…怪しいのはやはり、あの空白の30分間しかない。
カーテンを開けた瞬間、窓から入ってきた強い光。
アレをもう一度浴びれば、元に戻れるかもしれない…。
そう考えたあたしたちは、翌日から帰還作戦を決行しようというコトになった。

しかし、その翌朝は雨。失敗。
そして、その次の日も雨。失敗。
で、今日。外は快晴。気分爽快。
あたしたちの考えが正しければ、今度こそ元の世界に戻れるはず…だったんだけど。

結果は…失敗。
時間だって、朝起きて下にビール取りに行ってた分の時間を考えてAM6:35頃に設定していたのに。

何がいけなかったのかなぁ…。
70 名前:SIDE-B:ホワイト・バレンタイン 投稿日:2001年03月03日(土)00時33分16秒
ま、何とかなるっしょ、明日には帰れるかも知れないし(根拠はないが)。
クヨクヨしててもしょうがないしね。
今日は朝から仕事だし、いっちょがんばりますか。

出かける準備を済ませて下へ降りると、キッチンからお母さんが顔を出した。
「ひとみ、今年は作らなかったのね、チョコレート」
「は?チョコレート?」

…あっ!今日はバレンタインデーじゃないか。
しまった、すっかり忘れてた。あっちゃー、どーしよ。

「ほら、早くゴハン食べちゃいなさい」
お母さんに急かされて、あたしはテーブルの上に用意されてたパンを口に運ぶ。


スタッフさんたちに配る義理チョコはコンビニで買えばいいとして…。
71 名前:SIDE-B:ホワイト・バレンタイン 投稿日:2001年03月03日(土)00時35分43秒
どーしよ、矢口さん…。
日頃の感謝の気持ちを込めて、矢口さんには何か特別なモノをプレゼントしようと決めていたのに…。

あっでも、これからあたしが会う矢口さんは、あたしが今までお世話になった矢口さんとは違う矢口さんなワケだよね。
でも…お世話になってるコトに変わりはないか。
ココの矢口さんは、何をあげれば喜んでくれるのかなぁ…。


そういえば…今年の矢口さんの誕生日には、知り合いのバーテンさんに手伝ってもらってオリジナルのカクテル、
その名も『矢口スペシャル』をプレゼントしたっけ。
矢口さん、『何か必殺技みたいな名前だねー』って笑ってたけど、すごく喜んでくれて…。

はしゃぎ過ぎて完全に酔っ払った矢口さんを家まで送ってったなぁ。
矢口さん、帰りのタクシーの中で王様ゲーム始めちゃって…あたしは運転手のおじさんとキスさせられそうになったっけ…。


…甘い思い出に浸っていたハズが、何だか嫌なコトまで思い出してしまった。
72 名前:SIDE-B:ホワイト・バレンタイン 投稿日:2001年03月03日(土)00時36分24秒
何かお酒のコト考えてたら…ムショーに飲みたくなってしまった。
考えたら、こっちに来てから3日間、一滴も口にしていないじゃないか。
オトナになって以来初めて…こんなに飲まなかったのは。

ふと、リビングの棚に仲良く並んでいるウィスキーたちに目が止まる。
次の瞬間、あたしの視線は携帯に便利なお手頃サイズのミニボトルに注がれていた。
幸い、この部屋にはあたししかいない。
お母さんはキッチンでお弁当を製造中。
となれば、選択肢はひとつ。


「行ってきまーす!!」
いつもより数倍明るい声で、あたしは家を出た。

…うーっ、寒い。今日はまた一段と冷えるなぁ。
こんな寒い日は、カラダの中から暖まるのが一番だよね。
あたしのカバンの中には…カイロよりも暖かい、幸せの小ビンがひとつ。
73 名前:SIDE-B:ホワイト・バレンタイン 投稿日:2001年03月03日(土)00時36分58秒
集合時間の30分前に楽屋に到着。
他のメンバーはまだ誰も来ていない。期待通りの展開。

とりあえず、コートを脱いで荷物を置く。
そうだ、先にトイレ行っとこ。お楽しみは後でね…。
幸せな気分で楽屋を出る。


トイレで手を洗いながらふと鏡をのぞくと…あたしの顔、ニヤついてた。
なんたって3日ぶりだもんなぁ…こんなにワクワクするものだったなんて。
元の世界にいた時は毎晩飲んでたからありがたみに気付かなかったケド…たまには禁酒もいいかもね。
やっぱり、『初心を忘れない』って大切なんだなぁ。歌にしてもダンスにしても、飲酒にしても。

…って、そんなコトより早く戻らないと。いつの間にか集合時間まで20分になってた。
トイレを出ると、あたしは足早に楽屋へと戻る。
74 名前:SIDE-B:ホワイト・バレンタイン 投稿日:2001年03月03日(土)00時37分42秒
「わあっ!?」
楽屋のドアを開けた瞬間、中から人の声。

「矢口さん!?」
何で…早過ぎですよ、矢口さん。何でもう来ちゃってるんですか…。
「よ、よっすぃー!?」
矢口さんは何やらあわててる様子。どうしたんだろ?

「やっ、矢口…トイレ行ってくるね、じゃあね」
「はあ…」
(聞いてもいないのに)行き先を告げると、モノスゴイ勢いで出て行ってしまった。
そんなに我慢してたのかな、トイレ…?


しめしめ。何はともあれ、これは好都合。
あたしは、カバンからおもむろにアレを取り出す。
今朝、リビングの棚からくすねてきた…茶色の小ビン。

左手にボトルを持ち右手でキャップを外すと…一気にあおる!!
懐かしい感覚があたしのノドを駆け抜け、体全体が心地よい熱に包まれる。
あったかい…何だかお母さんのおなかの中にいるみたいだなぁ。
ふーっ…幸せを実感。

まだ3分の2は残ってるケド、矢口さんが戻ってきたらヤバイからあと一口でやめとくか。
ふふふ…オニの居ぬ間に、ってね。

あたしは、再びそれに口をつける。
75 名前:SIDE-B:ホワイト・バレンタイン 投稿日:2001年03月03日(土)00時38分14秒
「よっすぃー…何それ」
イキナリ背後から声がして、あたしは振り返った。
そこに立っていたのは…

「おっ、オニ!?」
「はあ?何よ、鬼って?」
あっしまった。

「矢口さん…」
「何、飲んでんの?」

「これは…む、むぎ茶です」
「へぇーずいぶんキレイなビンに入った麦茶だねー…ってバカ!!」
ヤバイ、殺される…。
76 名前:SIDE-B:ホワイト・バレンタイン 投稿日:2001年03月03日(土)00時38分49秒
「ごっちん、おはよー」
「あ、オハヨー圭ちゃん」
部屋の外で声がした。保田さんとごっちんが来たらしい。

「やばっ、よっすぃー、それ隠して!!」
「あ、はいっ」
矢口さんに言われてハッとする。
あたしはウィスキーのビンを手に持ったままだ。
キャップを閉めると、あわててカバンの中にそれを放り込む。

「おはよーございまーす」
保田さんとごっちんがドアを開けて入って来る。
…よかった。2人のおかげで矢口さんに怒られずに済んだ…助かった。


ポンポン、と後ろから背中を叩かれる。
ギクリとして振り返ると、そこには満面の笑みを浮かべた矢口さん。
でも…目は笑ってない。
「後で話あるから」
小声でそう言うと、矢口さんはテーブルについて雑誌を読み始めた。

はぁ…早退しよっかなー。
77 名前:SIDE-B:ホワイト・バレンタイン 投稿日:2001年03月03日(土)00時39分26秒
「何であーゆーコトするかなー!?信じらんないよ!!」
「…すみません」
階段の踊り場。ココは非常口だから、めったに人が来るコトはない。
あたしたちが秘密の話をするときは、いつもココって決まってる。

飲酒の現場を矢口さんに見つかり、あたしは現行犯逮捕。
レギュラー番組の1本目の収録が終わって楽屋に戻ってきた直後、矢口さんはあたしに向かってアゴで『来い』のサイン。
あたしは、それに従っておとなしく連行されてきたってワケ。

「よっすぃーは、自分の立場ってモノが分かってないんだよ!!」
「…すみません」
「あそこに居たのが矢口だったから良かったケド、他のヒトに見られてたらどうなってたと思ってんの!?」
「…すみません」

さっきからあたしは『すみません』しか言ってない。あーあ、いつまで続くんだろ…。
だんだん、集中力が途切れてきた。耳がお説教を拒絶してるらしい。
矢口さんの声が、はるか遠くの方から聞こえてくる気がする。


「ちょっと!!聞いてんの!?」
「…すみません」
聞いてませんでした。
78 名前:SIDE-B:ホワイト・バレンタイン 投稿日:2001年03月03日(土)00時40分39秒
「もう!ちゃんと反省してよね!!」
…矢口さん、何もそこまで頭ごなしに言うコトないじゃないですか。

「あたし…こっちに来てからずっと我慢してました。さっきだって、ちょっとしか飲んでません…」
さすがにカチンときたあたしは、ささやかながら口ごたえ。

「そんなの関係ないよ!約束破ったコトには変わりないじゃん!!」
あっさりと矢口さんに言い返される。
「やっ、矢口さんだって、厚底のない世界にイキナリ飛ばされちゃったらどうします?我慢できますか!?」
あたしも負けじと即反撃。
「いいよ、別に。厚底ぐらい」
うっ。しまった、たとえが悪かったか…。

「じゃ、じゃあもし…」
「あーあ、ウチのよっすぃーはもっとスナオだったのに…」
「なっ!?」
『ウチのよっすぃー』だぁ!?
…ムカつく。何かわかんないケド、すっげームカつく!!

「あたしだって好きでこんなトコ来たワケじゃないし、それに…あたしの矢口さんはもっと優しかったです!!」
勝手に『あたしの』矢口さんにしてしまった。
すみません、(あたしの世界の)矢口さん…。
79 名前:SIDE-B:ホワイト・バレンタイン 投稿日:2001年03月03日(土)00時41分16秒
目の前の矢口さんは、下向いて両方のコブシを握りしめている。
これは…反撃の準備かなぁ。

突然、矢口さんが顔を上げた。
次のカミナリに備えて、あたしは身構える。さぁ、来るかっ。

「…あっそ。わかった」
あれ?

「矢口さん…?」
「…もういい。もう知らない。勝手にすれば?」
そう言って後ろを振り返ると、矢口さんは階段を一気に駆け上がる。
重い鉄扉を両手で開けると、振り返りもせずにその奥へと消えてしまう。


非常口の扉の閉まる音が、やけに大きく聞こえた。
80 名前:SIDE-B:ホワイト・バレンタイン 投稿日:2001年03月03日(土)00時41分46秒
…最悪。
矢口さんとケンカしてしまった。
あの後、番組の収録は問題なく終わったんだけど…楽屋では矢口さん、あたしと目も合わせてくれなかった。
午後からはプッチの仕事で、あたしたちは別行動になってしまった。

仕事の合間に何度か電話しようかと思ったケド、あたしからあやまるのは何だか納得いかなくて…。
そりゃ悪いのはあたしなんだけど、あんなに頭ごなしに怒んなくたっていいと思う。
大好きなモノを我慢するのがどんなに大変か、わかってないんだ。

矢口さん…あたしの気持ち、ぜんぜんわかってない。


暗い気分のまま家に帰ったあたしは、玄関で靴を脱ぐと2階の自分の部屋に直行した。
9時か…。ちょっと早過ぎるケド、今日はもう寝よっかな。

コートを脱ごうとボタンを外しかけたあたしは、右のポケットのふくらみに気がついた。
……何か入ってる。
あたしはポケットに手を入れると、それを取り出した。


すると出てきたのは…小さな包み。
リボンには、カードがはさんである。

『よっすぃーへ。
   お酒はあげられないから…コレでがまんしてね。
 矢口真里。』

リボンをとって包装を解くと、箱の中には……ウィスキーボンボン。

ぜんぜんわかってなかったのは…あたしの方だ。
81 名前:SIDE-B:ホワイト・バレンタイン 投稿日:2001年03月03日(土)00時43分05秒
これで5回目のコール。
矢口さんはなかなか出てくれない。

『…もしもし』
10回鳴ったところで、やっとつながる。
「あの…吉澤です」
『うん』
あ…名乗らなくても分かってるか。
電話の向こうの矢口さんの声は、まだフキゲンそう。そりゃそうだよね…。
早くあやまらなきゃ。


「矢口さん…すみませんでした。それから…ありがとうございます、チョコレート」
『あ…アレね。ケンカする前に入れちゃったから…ちょっとマヌケだったね』
そう言うと矢口さんは…ちょっとだけ笑ってくれた。
よかった、仲直りできそうかも。

「あたし、矢口さんとの約束破ってあんなコトして…」
『…いいよ、もう。あたしもちょっと言い過ぎちゃったし。それに…あたしがもし厚底はいちゃいけない世界に行っちゃったら、
よっすぃーみたくなってると思うもん』
なんだ…やっぱりそうなんじゃないですか。
82 名前:SIDE-B:ホワイト・バレンタイン 投稿日:2001年03月03日(土)00時44分01秒
「あと…もう1コ」
『ん?なに?』
「あたし…矢口さんにあげるモノ、何も用意してなくて…」
『ああ…いいよ、ホワイトデーにもらうから』
冗談っぽく笑う。

「でも、その頃にはあたし、ココにいないかもしれないですよ?」
『じゃあ…その時はもうひとりのよっすぃーにもらう』
「そっか…」
じゃあ、あたしが帰るときには、もうひとりのあたしに置手紙していかなきゃね。
あたしの代わりに、矢口さんにプレゼントを渡すように、って。


『あっ、よっすぃー、外見て!!雪降ってる!!』
「えっ!?」
ベッドに腰掛けてたあたしは、急いで窓際まで行くと…カーテンを開けた。

「ホントだ…」
どうりで寒かったワケだ。窓の外には、白いかけらがちらちらと舞ってる。
『キレイだねー』
「そうですね…」


降り始めた雪を見ながら、あたしたちはいろんな話をした。
もうひとりのあたしのコト、そして、あたしの知ってるもうひとりの矢口さんのコト。
あたしの世界の矢口さんも、どこかでこの雪を見てるのかなぁ…なんてコトを考えながら。

お酒飲めないのは辛いケド、矢口さんの怒った顔や哀しい顔を見る方がもっと辛いから……もう少しだけガマンしよう。


いろいろあったけど今日は…忘れられないバレンタインデーになった。


つづく。
83 名前:すてっぷ 投稿日:2001年03月03日(土)00時47分30秒
今ごろバレンタインデーの話なんて書いてしまいました。
次回もバレンタイン編(SIDE−A)の予定です…懲りずに(笑)
84 名前:名無し読者 投稿日:2001年03月03日(土)01時21分35秒
運転手とキスって、矢口も案外無茶な人だね。(笑)
sideBの吉澤もだけど、お酒を飲んでる世界の人達は、みんなちょっとずつやんちゃなのかな。
中澤だけは逆だけど。(笑)
85 名前:名無しさん 投稿日:2001年03月03日(土)12時58分58秒
やー、ほんわか温かくて良いですねぇ。
2種類ずつの矢口とよっすぃーを書き分けるのはむずかしいと思いますが
とても楽しく読んでますんで、これからも頑張って下さい♪
86 名前:けいすけ 投稿日:2001年03月03日(土)16時52分33秒
すてっぷさん こんにちは!
更新楽しみっす!
これからも応援してます。
87 名前:すてっぷ 投稿日:2001年03月03日(土)21時50分48秒
>84さん
ありがとうございます。『やんちゃ』ってなんかカワイイっすね。
良く言えば『やんちゃ』、悪く言えば…なんだろ、『酒乱』(笑)?

>85さん
ありがとうございます。ちゃんと書き分けられてるか、不安なんですけども(笑)
これからも読んでいただけるとうれしいです。

>けいすけさん
はじめまして。レスありがとうございます!!
また感想などいただけると、うれしいです。
88 名前:SIDE-A:必殺!矢口スペシャル 投稿日:2001年03月09日(金)22時37分04秒
<SIDE−A>

「よっすぃー、はいコレ」
「えっ?」
矢口さんは、バッグから何かを取り出すと、あたしの目の前に差し出した。

小さな紙袋と、その上にはさらに小さな箱がひとつ。
「…何ですか、コレ」
「いいから、開けてみて」
「…はい」
矢口さんに言われるまま、あたしはまず紙袋の上にちょこんと乗っかってる箱の方をそっと開けた。

「…チョコレート?」
「いちおう、手作りだからね」

手作りチョコレート?
…あっ!!

「もしかして…バレンタインデー?」
「…うん」
89 名前:SIDE-A:必殺!矢口スペシャル 投稿日:2001年03月09日(金)22時37分45秒
そっか…すっかり忘れてた。
こっちに来てからそれどころじゃなかったからなぁ…。
でも矢口さん、あたしのために手作りチョコを…ちょっと感動。
あ、そうだ。こっちの紙袋には何が入ってるんだろ?

あたしは、とめてあったテープを外して中を見てみる。
中に入ってたのは……紺色のマフラー。

「よっすぃー、寒がりでしょ?…って、あたしが知ってるよっすぃーはそうなんだけどさ。よっすぃーも…寒がり?」
何だかよくわかんない会話だけど、矢口さんの言う『あたしが知ってるよっすぃー』ってのは…今はココにいないあたし(オトナ)のコト。
つまりこのプレゼントは…あたしにじゃなくて、もうひとりのあたし(オトナ)にあげるために用意されてた、ってコトかなぁ。

「はい。コレ…すっごいカワイイ。ありがとうございます!!」
何にせよ、うれしいものはうれしい。
あたしは素直にお礼。
90 名前:SIDE-A:必殺!矢口スペシャル 投稿日:2001年03月09日(金)22時38分41秒
「でもあたし、何も用意してなくて…すみません」
あたしも手作りチョコレート…矢口さんにあげるつもりだったのになぁ。

「いいよ、そんなの」
そう言って矢口さんは笑った。

でもやっぱり、何もお返ししないのはすごく申し訳ない気がする。
何か喜んでもらえるコト、ないかなぁ…。


「矢口さん、これから何か予定とかあります?」
「え?別に…ないけど」
「じゃあ…ゴハン食べに行きません?あたしのオゴリで」
即席って感じはするけど、なかなかいい思いつきなんでないかい?
91 名前:SIDE-A:必殺!矢口スペシャル 投稿日:2001年03月09日(金)22時39分25秒
「ホント!?やったー!!行こ行こ」
あたしの期待以上に喜んでくれる矢口さん。

「どこ、行きましょっか?」
やっぱり、ここは矢口さんのリクエストに応えるべきだよね。
「うーん…」
矢口さんは、少し上を向いて考えてる。そーとー真剣に悩んでる様子。
だけど、なかなか答えは出てこない。


夕方6時。
あたしたちは駅前の広場に来てるんだけど、こうして話してる間にも周りにはだいぶ人が増えてきた。
仕事帰りのサラリーマンやOLさんたちがほとんどなんだけど、今日はバレンタインデーだから…これからみんなデートなのかなぁ。

隣を見ると、矢口さんはまだ考えてる。
仕方ない、ここはあたしが決めてあげますか。
とりあえず無難なトコロで…

「矢口さん、つぼ…」
「あのさぁ、あたし、どうしても行きたいトコあるんだけど…」
矢口さん、行きたいトコあるんだったら早く言ってくれればいいのに。
92 名前:SIDE-A:必殺!矢口スペシャル 投稿日:2001年03月09日(金)22時40分13秒
そして、矢口さんに連れてこられた場所は…何だかオシャレなバーだった。
そこはビルの5階にある小さなお店だけど、周りに高いビルが無いせいで、カウンターの目の前の窓からは夜景がきれいに見える。


『ココね…矢口の誕生日に、初めてよっすぃーが連れてきてくれたお店なんだ』
来る途中、エレベーターの中で矢口さんが言った。
矢口さんの誕生日…ちょうど一ヶ月くらい前かぁ。

『それからは、居酒屋行った後よく来てたんだよね…二人で』
駅でみんなと別れた後…なるほどね。

『ココは矢口とよっすぃーしか知らない秘密の場所なんだよ』
矢口さんはそう言うと照れくさそうに笑った。
93 名前:SIDE-A:必殺!矢口スペシャル 投稿日:2001年03月09日(金)22時41分03秒
「今日は、何をお作りしましょうか?」
バーテンのお兄さんが、優しく微笑む。
あ…どうしよ、あたしお酒飲めないじゃん。

「よっすぃー、ジュースにしなよ」
すかさず、隣に座ってる矢口さんが小声で教えてくれた。そっか、ジュースもあるんだ。
「あの、オレンジジュース…ありますか?」
矢口さんの言葉に小さくうなずくと、目の前のお兄さんに尋ねる。

「ええっっ!?」
クールだったお兄さんの表情が一変した。
何もそんなに驚かなくても…。

「よっすぃー、ノドの調子悪いからお酒控えてるんですよ」
「ああ…そうだったんですか」
矢口さんのフォローにお兄さんも納得してくれた様子。
でもその顔は、驚きからあたしに対する哀れみの表情に変わる。
きっと、あたし(オトナ)の酒豪ぶりは、このお店でも全開だったんだろう…考えただけでブルーになる。
94 名前:SIDE-A:必殺!矢口スペシャル 投稿日:2001年03月09日(金)22時41分58秒
「あたしは、『矢口スペシャル』で」
続いて矢口さんが注文する。
それを聞いたお兄さんは、にっこり。無言でうなずくと、シェイカーを取り出して何やら作り始めた。

「何ですか、『矢口スペシャル』って?」
お兄さんに聞こえないように、小声で質問する。
「矢口の誕生日に…よっすぃーがプレゼントしてくれたんだ。オリジナルのカクテルなんだよ、すっごいオイシイの」
小さな声でそう言った矢口さんは…ホントにうれしそうだった。
誕生日にオリジナルカクテルをプレゼントかぁ…さすがはオトナ、やるコトが違う。


「お待たせしました」
あたしの目の前にグラスが置かれる。中身は…オレンジジュース。
矢口さんの前には、小さなカクテルグラス。中には、薄赤色の液体。チェリーが1コ入ってる。
なんか、イチゴっぽい色だなぁ。何使ってるんだろ?

「おつかれ」
「おつかれさまでした」
ふたつのグラスが合わさって小さな音を立てる。
仕事の後のカンパイか…結構いいモンだなぁ。

「うん…オイシイ」
隣でおいしそうにカクテル飲んでる矢口さんの笑顔を見てると…一日の疲れが全部飛んでくような気がする。
95 名前:SIDE-A:必殺!矢口スペシャル 投稿日:2001年03月09日(金)22時43分05秒
あたしが、ココに残るって決めたのは…昨日の中澤さんのコトがどうしても気になったから。
今朝の電話でそれを話すと矢口さんは、自分も協力する、って言ってくれた。
中澤さんがオトナになったら一番やりたいコト…ラジオの生放送。
何とかしてその夢を叶えてあげたいケド、あたしが気になってるのは…どうして中澤さんが試験に受からないのか、ってコト。
そもそも『オトナの試験』ってやつがどんな内容のテストなのか、あたしはまだ知らない。
矢口さんに聞けばいいんだけど、ココで聞くわけにはいかないし…ま、ゆっくりやるしかないか。


「矢口さん、ほどほどにした方がいいんじゃないですか?」
考え事してたあたしは、お兄さんの声で我に返った。
隣を見ると…矢口さんのグラス、中に入ってるお酒の量が増えてる。
矢口さん、いつの間に2杯目注文してたんですか?

「もう5杯目ですよ?」
「えーっ!?」
お兄さんの言葉に驚いたあたしは、思わず叫んでしまった。
矢口さん、いつの間に…。

「まだまだ。ぜんぜんだいじょうぶっすよ…」
そう言うと矢口さんは、不敵な笑みを浮かべて5杯目のカクテルに口を付けた。

なんか…すごく嫌な予感。
96 名前:SIDE-A:必殺!矢口スペシャル 投稿日:2001年03月09日(金)22時43分49秒
「ねぇ、よっすぃー…」
突然、矢口さんがあたしのシャツの袖を掴むと上目遣いで言った。

「は、はい…」
お酒のせいで少し頬が赤くなってる矢口さん。
目もトロンとして、何だか…すっごくカワイイ。
あ、やば…ちょっとドキドキしてきた。

上気した頬、濡れた唇、潤んだ瞳。
そんな瞳で見つめられたら、吉澤は、吉澤は……。


「…1コ、聞いていい?」
あたしの目をじっと見つめたままで、矢口さんが言う。
もう、1コでも10コ100コでも、何でも聞いてくださいっ!!
97 名前:SIDE-A:必殺!矢口スペシャル 投稿日:2001年03月09日(金)22時44分35秒
「バカボンとはじめちゃんってさー、本当にパパの子供だと思う?」

「………は?」
なに、今の?聞き間違い?

あたしは、すがるような目でバーテンのお兄さんに救いを求める。
すると彼は、すかさずあたしから視線をはずすと急に思い立ったようにグラスを拭き始めた。
あれ?何で目合わせてくれないんですか?ねぇ、ちょっと…お兄さん?


「ねぇ、よっすぃーってば!!」
「は、はい…」
矢口さん…目が据わってる。
周りにいた他のお客さんたちも、横目でチラチラこっち見て…みんなあたしと目が合うとあわてて目逸らすんだけど。
絶対あたしたちだってバレてる……恥ずかしいよぉ。

「絶対オカシくない?あいつに子供の作り方なんてわかるワケないじゃん!!」
だれ…この酔っ払い?

「あれ、絶対不倫してるよ、ママ!!」
知るかよ…。
98 名前:SIDE-A:必殺!矢口スペシャル 投稿日:2001年03月09日(金)22時46分18秒
「ね?ね?よっすぃーもそう思うでしょ!?」
「っていうか、マンガだし…」
「えーっ、何だよもー!!夢がないんだからよっすぃーは…」
どっちが…。

「っていうかマジひどくない!?ママ!!」
だから、そりゃあんたの勝手な妄想だよ…。
ホント、もう勘弁してください、矢口さん。

「…かわいそう、パパ」
怒ってたかと思えば、いつの間にか落ち込んでるし…このヒトの思考回路はどうなってんだ?

「でも、バカボンとバカボンのパパは顔そっくりだと思いますけど」
バカバカしいと思いつつも、一応マジメに答えてみる。

「あ…そっか。じゃ、いいんだ。そっかそっか。『これでいいのだ』!!キャハハハハ!!!」
何だかよくわからないが、どうやら今のあたしの答えで納得してくれたらしい。
あたしの中の矢口さん像が、音を立てて崩れていく。


「ねぇ、よっすぃー…矢口、眠くなったので寝てもよろしいでしょうか?」
「…どうぞ」
矢口さんは、カウンターに突っ伏して寝てしまった。
99 名前:SIDE-A:必殺!矢口スペシャル 投稿日:2001年03月09日(金)22時47分14秒
「いつもいつも大変ですね、吉澤さん」
お兄さんが、あたしの目の前にカクテルグラスを差し出す。
少しオレンジ色に近い…黄色い液体。
このグラスに入ってるってコトは…カクテルなのかな、やっぱり。

「少し薄めに作ってありますから」
あたしのノドを気づかって(調子悪いってのはウソなんだけど)、お酒の量を少なくしてくれたらしい。

隣では矢口さんがすやすやと熟睡中。さっきまでの暴言がウソのような、カワイイ寝顔。
こんな夜は、酒でも飲まないとやってらんない…って、中澤さんみたいなコト言ってるな、あたし。

そっと、グラスに口を付ける。
あたしにはお酒の種類はわからないケド、割ってあるモノは…覚えのある味。
これは、ジュースの自販機にもよくある…栄養ドリンク?
栄養ドリンクで割ったお酒…カラダに良いんだか悪いんだかよくわかんないけど…味は悪くない。

「最後はいつもソレですもんね、吉澤さん」
お兄さんが優しく微笑む。

なるほど…こっちの世界のあたし(オトナ)も、ココに来るたび今日のような状態になってたってコトか。
いつもこのカクテル飲んでがんばってたってワケだ。
だけど、それは自業自得。
あんたが『矢口スペシャル』なんてモノ、開発したせいでこうなったんだから。
100 名前:SIDE-A:必殺!矢口スペシャル 投稿日:2001年03月09日(金)22時48分22秒
矢口さんはまだまだ爆睡中。一向に起きる気配はない。
はぁ…目が覚めたら送ってかなきゃ。

「外、雪になりましたね」
「えっっ!?」
お兄さんに言われて窓の外を見ると、真っ白な粉雪がちらちらと…げ、結構降ってるじゃん。

つかまるかな、タクシー…。
矢口さん、早く起きてくださいね。
あたし…帰れなくなっちゃいますから。


降り始めた雪を見ながら、あたしは考えていた。
あたしの世界の矢口さんも、どこかでこの雪を見てるといいなぁ…って。

矢口さん…元気ですか?
ココにいる矢口さんは、酔っ払って寝ちゃってます。
でも、その寝顔は…とっても幸せそうです。


いろんなイミで今日は…忘れられないバレンタインデーになった。
101 名前:すなふきん 投稿日:2001年03月09日(金)22時54分06秒
面白い!!
続き期待してます。
102 名前:名無し読者 投稿日:2001年03月09日(金)22時55分32秒
やっぱり酒乱だったか(笑)
103 名前:名無しさん 投稿日:2001年03月10日(土)00時03分20秒
やー、ホント読んでるこちらが幸せになります^^
よっすぃーってば大変だね(笑)
矢口へのメッセージも良い感じです♪
104 名前:名無しさん 投稿日:2001年03月10日(土)12時11分43秒
酒乱の矢口おもろいですね
続き楽しみにしてます。
105 名前:すてっぷ 投稿日:2001年03月10日(土)22時36分35秒
>すなふきんさん
ありがとうございます。頑張ります!

>102さん
ありがとうございます。矢口は…乱れちゃってましたね、見事に(笑)

>103さん
ありがとうございます。そう言っていただけると本当にうれしいです!!
苦労の多いよっすぃー…これからもよろしくです。

>104さん
ありがとうございます。これからも…酒乱をよろしくお願いします(笑)
106 名前:名無しさん 投稿日:2001年03月11日(日)12時29分43秒
作者さん中澤の SIDE A で中澤を大人にさせてあげてください
107 名前:名無しさん 投稿日:2001年03月11日(日)21時42分45秒
一気に読んでしまった・・・。
めっちゃおもろいので続きを楽しみにしてます。
ところでなっちも酒乱かな????????
108 名前:すてっぷ 投稿日:2001年03月13日(火)23時22分56秒
>106 名無しさん
ありがとうございます。中澤を大人に、ですか…それは吉澤さんの頑張り次第で(笑)。
どちらにせよ、幸せな結末にしたいとは思っております…。

>107 名無しさん
ありがとうございます。
なっちは今のところほとんど登場していませんが、少しずつ他のメンバーも出していきたいと思っています。
酒乱かどうかは…どうなんでしょう?でも、メンバー全員酒グセ悪かったら大変ですよね(笑)
109 名前:NCGB 投稿日:2001年03月23日(金)22時24分28秒
放置ですか。
勘弁してください。泣きそうです。
110 名前:NCGB 投稿日:2001年03月23日(金)22時27分25秒
放置ですか。
勘弁してください。泣きそうです。
111 名前:NCGB 投稿日:2001年03月23日(金)22時28分28秒
悲しさのあまり二重カキコかよ。
鬱だ。
112 名前:名無し読者 投稿日:2001年03月23日(金)23時06分08秒
まぁまぁ…10日しかたってないじゃないか…
113 名前:もんじゃ 投稿日:2001年03月24日(土)11時16分45秒
たぶん、緑板のほうの執筆に忙しいんだと思いますよ。
もうすぐ終るみたいなので、そしたらこちらの続きが読めると思います。
もう少し待ちましょう^^
114 名前:名無し読者 投稿日:2001年03月28日(水)00時03分12秒
緑の方もキレイに決めてくれましたねー。
そろそろ再開っすか?待ってますよん。
115 名前:すてっぷ 投稿日:2001年03月28日(水)23時42分31秒
なかなか更新できなくて、すみません…。

>109 110 111 NCGBさん
ありがとうございます。放置してるつもりはなかったんですが、事実そうなってましたね…すみません。
1話ごとにまとめて更新したいので…もう少しお待ちいただければと思います。
最後までお付き合いいただけるとうれしいです…。

>112 名無し読者さん
ありがとうございます。前回更新から、かなりあいてしまいました…。

>113 もんじゃさん
いつもありがとうございます。フォローまでしてもらって、何とお礼を言っていいやら…(笑)
緑の方が無事終了しましたので、ようやくこっちの続きを書き始めたところです。
これからも読んでいただけるように頑張ります。

>114 名無し読者さん
ありがとうございます。
まったく緑ばかりにかまけて…どうしようもないですね(笑)
こっちの話はなぜか書くのにとても時間がかかるんですが、なるべく早く更新したいと思っています。
116 名前:名無し。。。 投稿日:2001年03月31日(土)01時05分13秒
続きプリーズ。
未成熟のよしやぐって一番好きなので。

ワインは飲まないのかな。もし次の参考になれば。
カロン・セギュールを出す吉澤みたいな。↓参考
http://www.clio.ne.jp/home/kobayasi/varen.htm
117 名前:SIDE-A:梨華ちゃんと割引券 投稿日:2001年03月31日(土)23時48分34秒

<SIDE−A>


「はい、よっすぃー」

ごっちんが差し出した右手には、赤や黄色の小さな紙の束。
これはこれは…居酒屋の割引券じゃないですか。
コレをあたしにどうしろと?

「スタッフさんたちに頼んでたんだー」
なるほど、大の酒好きのあたしにくれるって言ってるんだね、ありがとう。
でもね、ごっちん…

「いいよ、ごっちんが持ってなよ。ほら、あたしいっぱい持ってるからさ」
「何遠慮してんの?よっすぃーにあげるために集めたんだからもらってよ」
だからホントにいらないんだってば。
これ以上入れたらパンクするよ、あたしの財布。

「あっ、あたしも何枚かたまったからあげるよ」
保田さんまで…いらないっつってんのに。

この世界に迷い込んでしまった最初の日、あたしは自分の財布の中身を見て唖然としてしまった。
パンパンに膨らんだカード入れの中には、つぼ八はじめ居酒屋各店の無料券・割引券の束、束、束…。
118 名前:SIDE-A:梨華ちゃんと割引券 投稿日:2001年03月31日(土)23時49分37秒
「ウチも持ってるで、ちょっと待っててな」
「あっ、ののも」
自分のカバンを漁りだすあいぼんとのの。

「なっちはこないだあげたモンね?」
あ、そうだったんですかー。
おかげであたしの財布、爆発寸前なんですけどね。

みんなが続々とあたしの所に集まってくる。
その手には色とりどりの紙切れ。
ここで断ったら、『どうしたの、よっすぃー変だよ?』とか言われるんだろうなぁ…。
仕方なく、あたしはみんなからそれらを回収する。

「すごいじゃん、よっすぃー。こんなにいっぱいだよ?」
安倍さんの賞賛を浴びながら、ひとりひとりの手から割引券を回収するあたし。

何だか…哀しかった。


「はあーい、よっすぃー」
…ヒドイ。
矢口さんはニヤニヤしながら、両手一杯の割引券をあたしに差し出した。

「どーも」
あたしは、ワザと無愛想に受け取ってやった。矢口さんはまだニヤついてる。

それにしても…どうやってあれだけため込んだのかと思ってたら、メンバーから徴収してたってワケか。
あたし(オトナ)ってヤツは…つくづく恥ずかしい奴。

ふと、少し離れたところに座っていた梨華ちゃんと目が合う。
あたしの顔を見ると、梨華ちゃんは何やら意味深な微笑を浮かべた。
あーあ、笑われちゃったじゃないか。
絶対許さんからな、あたし(オトナ)のヤロー…。
119 名前:SIDE-A:梨華ちゃんと割引券 投稿日:2001年03月31日(土)23時50分31秒
「おつかれさまでしたー」
PM8:30。
レギュラー番組の収録が終わり、あたしたちは楽屋に戻ってきた。
本日のお仕事はこれにて終了。さて、後は帰るだけ、と。

新曲が出たばかりの中澤さんは、最近別行動になるコトが多い。
今日の収録も、中澤さん抜きの9人で行われた。

(『中澤さんを必ずオトナにしてみせます』)
そう宣言したのはいいけど、本人に会えないんじゃ…ね。

今日あたりあらためて矢口さんに相談してみようかとゴハンに誘ったんだけど、二日酔いがヒドイらしくて断られた。
『今日は帰って寝る』って、荷物まとめてさっさと帰ってしまった。
昨日(悪夢のバレンタイン)、あんまり飲みすぎるから…。


「よっすぃー…」

自分の荷物を片付けてると、突然後ろから声を掛けられた。
手を止めて振り返ると、目の前には梨華ちゃんが立っていた。
梨華ちゃんは下向いて…何だか暗い雰囲気を漂わせている。

どうしたんだろ…?
120 名前:SIDE-A:梨華ちゃんと割引券 投稿日:2001年03月31日(土)23時51分31秒
「なに?」
「あの、今日これから…ヒマ?」
「へっ?」
何かと思えば…食事の誘い?
深刻なカオしてるから何かあったのかと思った。あーびっくりした。

「別に…ヒマだけど」
「…また、付き合ってもらっていいかな?」
少し間を置いて、梨華ちゃんがおずおずと切り出す。
別にそんな遠慮するコトじゃないと思うんだけど…何か変だな?

「付き合うって…ゴハンでしょ?いいよ、行こうよ、みんなで」
おなかもすいてるコトだし…あっ、でも居酒屋ってコトになったらまずいよな。
今日は矢口さんもいないし…。

「ううん、あの…二人っきりの方が、いいんだけど」
「え…?」
二人っきり??

「…ダメ?」
あ、そんな上目遣いで聞かれちゃ…
「…いい、けど」
OKするしかないじゃんか。


「石川ぁ」
突然の飯田さんの声に、梨華ちゃんが反応して肩を強張らせた。

「また、吉澤にグチ聞いてもらうつもり?」
121 名前:SIDE-A:梨華ちゃんと割引券 投稿日:2001年03月31日(土)23時52分31秒
「あ、あのっ、あたしは、別に…」
飯田さんを前にして、梨華ちゃんはしどろもどろ。

「いつもいつも…吉澤だって自分のコトで精一杯なんだから、あんたの悩みまで押し付けちゃ可哀相でしょ!!」
「飯田さん!!いいんです、あたしは。だから…」
あたしはとっさに梨華ちゃんをかばっていた。

だって飯田さん…何かヒドイ。
梨華ちゃんがおとなしくて何も言えないの知ってるのに…そんな言い方しなくたって。

「…ごめんなさい。でもあたし、誰かに聞いてもらいたくて…」
梨華ちゃんが、俯いたまま消え入りそうな声で言った。

「で、またお酒飲んで忘れるの?そんなの、逃げてるだけじゃん!!……バカ」
飯田さん…。
「バカ。大バカ。巨バカ。あんたのバカは……富士山5コぶんだよっ!!」
飯田さん…?


とんでもない捨てゼリフを残して、飯田さんは楽屋を出て行ってしまった。
荷物は置いたままだから、帰ったワケじゃないみたいだけど…。

「富士山、5コぶん…」
あ…梨華ちゃん、そーとー落ち込んでる。そりゃそうか…。
122 名前:SIDE-A:梨華ちゃんと割引券 投稿日:2001年03月31日(土)23時53分44秒
「梨華ちゃん、」
「梨華ちゃん、スゴイやん!!富士山って日本一の山なんやで。日本一が5コやで!!」
なぐさめようとしたあたしの言葉を遮って、あいぼんが発言する。
でもあいぼん…それフォローになってないよ。

「いいの、あたし…日本一のバカ、なんだよね。わかってるもん、自分でも…」
「違うって梨華ちゃん、日本一やなくて日本一5コぶんやって!!」
「でも、いくつ日本一をならべても日本一は日本一なのれす」
「あ…そうか。…ん?ほんなら5コぶんてどーゆーコト?」
おいおい…お前ら何のハナシしてるんだ?


「バカね、あんたたち」
あっ、保田さん…ナイスフォロー、期待してます!!

「富士山イコール『日本一』と解釈するからややこしくなるんじゃない。高さに換算するのよ。
富士山は標高3776mだから、かける5で18880m。どう?」
『どう?』ってそんな得意げに…。

「なるほど…高さでかんがえれば、かける数がふえるともとの数もそれにひれいしてふえるのれす」
「ホンマや、増えた!!さっすが保田さんやなー」
「あんたたちねー、学校で習ったでしょ?こんなの」
習わねーよ、習わねーよ、そんなの!!
123 名前:SIDE-A:梨華ちゃんと割引券 投稿日:2001年03月31日(土)23時55分15秒
まったく、みんなで寄ってたかって…これじゃ梨華ちゃん、ますます落ち込んじゃうじゃん。
まだ下向いてる梨華ちゃん、肩が少し震えてる。梨華ちゃん…泣いてる?
俯く梨華ちゃんの顔をそっと覗き込んでみると、梨華ちゃん…笑ってる。

「もぅ、あいぼんってば…保田さんも」
「大丈夫、カオリだって悪気があったワケじゃないと思うよ?」

保田さん…そういうコトだったんですか。
梨華ちゃんを笑わそうとして(加護・辻は本気で言ってたように見えたけど)…。

「はい。保田さん…ありがとうございます」
そう言うと梨華ちゃんは、顔を上げた。
とりあえず、一件落着…かな。
状況を見守ってた他のメンバーも、ホッとした様子で帰り支度を再開する。


だけど…あたしは、出て行ってしまった飯田さんのコトが気になっていた。
飯田さん、何で梨華ちゃんにあんなコト言ったんだろう…?

あたしは理由を聞こうと、彼女を捜しに楽屋を出た。
124 名前:SIDE-A:梨華ちゃんと割引券 投稿日:2001年03月31日(土)23時56分36秒
「飯田さん」
楽屋近くの廊下やトイレ、収録の終わったスタジオ…さんざん捜し回って、ようやく1つ下の階の渡り廊下で飯田さんを発見。
手すりに肘をついてぼんやりと下を眺めていた彼女に、あたしは声をかけた。

「ちょっと、言い過ぎたかな…」
声をかけられたコトに驚く様子もなく、肘をついたままで1階のロビーを見下ろしながら飯田さんが呟く。
「飯田さん…」
ちょっとどころじゃないですよ…。

「あのコ見てるとさ、つい言っちゃうんだ…でもさぁ、言った後でいっつも後悔すんだよね」
ずっと下向いてた飯田さんが、目線を少し上げて言った。
相変わらず肘は手すりについたままだけど、顔はまっすぐ前を向いて…どこか遠くを見ているような表情。

「いつも自信なさげでさ…入ったときからずっと、何かあるたびオドオドして、ビクビクしててさ。
そんで落ち込んだら、お酒なんか飲んで忘れようとして…。そんなのカオに言わせれば、逃げてるだけだよ。
何の解決にもなってない。忘れたって、なくなるワケじゃないのに。ぜんっぜん、分かってないんだよ、あいつは。
もっと、自信持ったっていいのにね…。ちゃんと…できるんだから」

あたしは、ただ黙って飯田さんの話を聞いていた。
今あたしに言ったコト、そのまま梨華ちゃんに言ってあげればいいのに…。
125 名前:SIDE-A:梨華ちゃんと割引券 投稿日:2001年03月31日(土)23時57分24秒
「お酒ってね…心の鏡なんだって」
さっきまでの独り言のような口調とは違う、あたしにもはっきりと聞き取れるくらいのトーンで飯田さんが言った。
「ココロの…鏡?」
意味がよくわからなくて、あたしはそのまま聞き返す。

「そう。よくさぁ『あいつは飲むと人が変わる』とかって言うじゃん?でもね、それは『変わった』んじゃなくて
その人が普段隠してる本当の姿が、表に出てきただけなんだって」
「へぇ…」
なるほど…って、あたしにはまだよくわかんないけど。

「でも、普段隠してる自分の姿なんて、そんなの自分じゃ見たくないから…ぜーんぶ、忘れちゃうの。
次の日には、もう全部忘れちゃってるんだよ。自分のコトなのに、自分だけが知らないの。
周りの人は次の日になってもちゃんと憶えてるのにね」
飯田さん、またさっきの独り言みたいな口調に戻ってる。
何だか、あたしが隣にいるコトも忘れちゃってるみたいな喋り方。

「あたしは…絶対にそんなコトしない。自分が知らない自分なんて、他人だけが知ってる自分なんて…そんなの嫌。
逃げたり忘れたりしてる間に、どうすれば抜け出せるかって考える方が絶対イイに決まってるもん…」
確かに、飯田さんの言ってるコトは正しい。正論だと思う。
だけど、飯田さんみたいに強くない人間だっているんだから…あたしだってそうだ。
嫌なコトからは逃げ出したいって思うし、面倒なコトはいつも後回しにしちゃったりしてる。

「でも、飯田さんみたくできないヒトだって…いると思います」
何だか、飯田さんが遠まわしに梨華ちゃんのコトを責めているような気がして…思わず話に割り込んでしまった。
あんまり強くは言えないところが、自分でも情けないんだけど。
126 名前:SIDE-A:梨華ちゃんと割引券 投稿日:2001年03月31日(土)23時59分47秒
「……わかってる。わかってるからさぁ、いっつも後悔するって言ったでしょ?」
そっか…。

「怒るのはカオリ、その後でなぐさめるのは…あんたの役目なんだからね」
飯田さんって、本当は誰よりも梨華ちゃんのコト心配してるんじゃないだろうか…そんな気がした。
ただ不器用なだけで、本当は…。


「あっ、そうそう…吉澤に渡すモノがあったんだっけ」
そう言うと飯田さんは何やらポケットをガサゴソと漁りだした。
何だろ…?何かくれるんですか?

「コレ、つんくさんから預かってたんだけどすっかり忘れてたよ…ハイ」
あたしの目の前に差し出された飯田さんの右手の上には…輪ゴムで束ねられた見覚えのある紙切れたち。
最悪…あたしのクーポンマニアぶりは、つんくさんも公認らしいコトが判明。
っていうか現実的なハナシ、こんなに集めてどうする気だろ…あきれるのを通り越してマジで気になってきたぞ?

「ありがとう…ございます」
飯田さんには一応お礼を言っておく…彼女はただ預かったモノをあたしに届けてくれただけなんだし。

「あっ、そうそう」
まだ何かあるんですか…もう、クーポン類はカンベンしてほしい。

「さっきの話だけど吉澤もさ、好きなヒトの本性が知りたければ、死ぬほど飲ませて酔わせちゃえばカンタンだよ?」
なるほど…。
飯田さんの話を聞きながらあたしは、昨夜の矢口さんの姿を思い出していた。
あれが矢口さんの本性、か…知りたくなかったな、なんとなく。
127 名前:SIDE-A:梨華ちゃんと割引券 投稿日:2001年04月01日(日)00時01分14秒
飯田さんと一緒に楽屋へ戻ると、梨華ちゃん以外はみんな帰った後だった。

『だっていつものコトじゃん。みんな先に帰っちゃってると思うよ?』
ココへ戻ってくる前、飯田さんが言ってた。
『そんなコトないですって!みんな心配してますよ、絶対!!』
自信を持ってそう言い切ったあたしを、みんなは見事に裏切ってくれた。

飯田さんの言う通り、梨華ちゃんが飯田さんに怒られてる場面は、ココじゃいつもの光景なんだろう。
あたしがいた世界では…あたしたちが入ったばっかの頃はそういうコトもよくあったけど、今は怒られるコトもあまりなくなった。
梨華ちゃんは、最初こそ何かあるたびあたしのところに来ては泣いてたけど、今ではそんなコトもないし。
ココの梨華ちゃんだって、何日か一緒にいるけど…飯田さんが言う程、ネガティブ思考の持ち主には見えない。
あたしの世界の梨華ちゃんもそうだけど、最初の頃に比べたら全然明るくなってると思うんだけどなぁ…。


「飯田さん、あの、あたし…すみませんでした」
たった一人楽屋に残っていた梨華ちゃんが、泣きそうな声で言った。
さっきは保田さんたちの冗談に笑っていたものの、飯田さんに言われたコトかなり気にしてたみたい。

「別に…いいけどね」
梨華ちゃんが謝ってるのに、彼女の方を見もせず飯田さんはそっけない返事。
ったく素直じゃないんだから…。

次の言葉を期待して、あたしは隣に立ってる飯田さんの顔を横目でちらりと見る。
何か言ってあげてください…横目で見つつ、テレパシーを送る。
あたしの鋭い視線に気付いたらしい飯田さんは、ワザとあたしから目を逸らした。

「さっきのは…取り消してあげてもいいよ。富士山5コぶん、ってやつ…4コにしといてあげる」
良かったね梨華ちゃん、1コ減ったよ…って違うだろ。
あたしが期待してたのはそんな言葉じゃなくてですね…。

「…ありがとうございます!!」
そう言って顔をあげた梨華ちゃんの表情には、再び笑顔が戻っていた。
イマイチ納得いかないけど、梨華ちゃんがそれでいいなら…まいっか。

「梨華ちゃん、ゴハン食べて帰ろっか?」
今度は、あたしから誘ってみる。
不本意ながら憎まれ役やってる飯田さんのためにも、梨華ちゃんの話はあたしがちゃんと聞いてあげなきゃ。

「うん!」
うれしそうに頷いた梨華ちゃんと一緒に、モーニング娘。定番のお店へと向かう。

さあ。いざ、つぼ八へ!!
128 名前:SIDE-A:梨華ちゃんと割引券 投稿日:2001年04月01日(日)00時02分16秒
「でね、あいぼんが言ったの。『3秒以内にぜんぶ飲む』って。3秒だよ!?3秒でお銚子1本だよ!?」
「へぇ…すごいね」
梨華ちゃん…そんな話しに来たの?

「危ないと思ってあたし、『やめて』って言ったの。『そんなコトしたら、急性アルコール中毒になっちゃうよ』って」
「へぇ…すごいね」
とても、13歳と16歳の会話とは思えない…あらためて、モノスゴイ世界に迷い込んでしまったコトを実感する。

飯田さんと別れて居酒屋に寄ったあたしと梨華ちゃんは、お店の一番奥のお座敷で仕事の後の一杯。
あたしはウーロン茶、梨華ちゃんは日本酒(熱燗)を注文。
「コレ、すっごくおいしい…よっすぃーも飲めたらいいのにね」
ノドの調子が悪いからお酒は飲めない…梨華ちゃんには昨日バーテンさんに使ったのと同じ、ウソの言い訳をしてある。

あたしはさっきから梨華ちゃんにお酌してあげてるんだけど…。
梨華ちゃん、あたしが注ぐとすぐに飲み干しちゃうから、また注いであげるんだけどあっという間におちょこは空っぽ。
注がれては飲み、注がれては飲み…ほとんど、わんこそば状態。
コレはさすがにやばいのでは…テーブルに転がる計3本のお銚子を見ながら思った。

それにしても梨華ちゃん、あたしに話したいコトがあるんじゃなかったのかなぁ?
まさか、『あいぼんの3秒でお銚子1本』の話で終わる気じゃないだろうな…。


「ぐすっ……っ…」
え……?

倒れているお銚子たちをテーブルの角に片付けていると、いきなり梨華ちゃんのすすり泣く声が聞こえてあたしは顔を上げた。
梨華ちゃんは、テーブルの上のおちょこを右手で持ったまま俯いて…泣いてる。

「梨華ちゃん、どうしたの!?」
さっきまであんなに楽しそうにしゃべってたのに、突然泣き出して…どうしちゃったんだよぉ。
129 名前:SIDE-A:梨華ちゃんと割引券 投稿日:2001年04月01日(日)00時04分42秒
「っ…飯田さんの言う通りだよ……あたし、逃げてばっかりで…」
まだ下を向いたまま、梨華ちゃんが泣きながら言う。
おちょこに添えられた右手が、少し震えてる。

「そんなコトないってば…梨華ちゃん、ねぇ、泣かないでよぉ」
「そんなコトあるもん…いっつもよっすぃーに甘えてばっかり…今日だってっ…」
「だからそんなコトないって言ってるじゃん。甘えたっていいよ、だから…」
「だからそんなコトあるって言ってるじゃん…何でそういうコト言うの?…ひっく、ひっく…」
梨華ちゃん、涙が止まらない上にしゃっくりまで(おちょこ片手に)…コレじゃホントに酔っ払いだよ。

「…ダメなの、あたし。いっつも、ちゃんとしなきゃって思ってるのに、前の日からちゃんと考えてるのに、
本番になるとうまくしゃべれなくて…ぜんぜん、みんなみたいに出来なくて…っ…ひっく」
こんなに、あたしの前で泣いてる梨華ちゃんを見るのは…すごく久しぶりな気がする。

梨華ちゃん…泣き上戸だったんだ。
お酒を飲んで酔っ払うコトで…普段抱え込んでるいろんな悩みとかストレス、ぜんぶ表に吐き出して。
そうすることで、心のバランスを保ってるのかな…。
だとしたら、もしかするとあたしたちみたいなコドモにも、お酒って必要なモノなのかも知れない。
全てを忘れられる何かが…あたしたちには必要なんだ、きっと。

飲むと暴れるヒト、明るくなるヒト、キスしまくるヒト、怒るヒト、笑うヒト、そして、泣いてしまうヒト。
みんな、そうやって嫌なコト忘れたり、普段できないコトやったり…周りから見たらバカバカしいコトなのかも
知れないけど、それって…すごく大切な気がする。
130 名前:SIDE-A:梨華ちゃんと割引券 投稿日:2001年04月01日(日)00時09分16秒
目の前で泣きじゃくる梨華ちゃんを見ながらあたしは、もう一人の…あたしの世界の梨華ちゃんのコトを考えていた。

まだ入ったばっかりの頃、『うまく歌えない』『ダンスが覚えられない』って、あたしの前で泣いてばかりいた梨華ちゃん。
でも最近の梨華ちゃんは、前みたいに泣くコトもなくなったし、悩みを打ち明けられるコトも少なくなったから…安心してた。
周りのみんなに、いつもポジティブ、ポジティブって言われて、自分でもその言葉ばかりを口にして、一人で頑張って。
だけど人間って、そんなに簡単に変われるものじゃない。

あたしの世界の梨華ちゃんも、ココにいる梨華ちゃんと同じように悩んでるのかなぁ…。
誰にも言えずに、一人ぼっちで泣いてるのかな…。

もとの世界に帰ったら、今日みたいにあたしから誘ってみよう。
きっと話したいコトが、たくさんあるはずだから…。
131 名前:SIDE-A:梨華ちゃんと割引券 投稿日:2001年04月01日(日)00時10分54秒
「先出てて。あたし払うからさ」
ひとしきり泣いたらすっきりしたのか、梨華ちゃんは泣き止んでまたいつもの梨華ちゃんに戻ってる。
あたしには、彼女の話を黙って聞いてあげるコトしかできないから…せめてものお詫び。

「ダメだよ、いつもいつも…悪いよ。それに、あたしから誘ったんだし…」
あたしの申し出に、梨華ちゃんはあわててバッグから自分の財布を取り出す。

「違うよ。最後に誘ったの、あたしじゃん。だからあたしが払うの!!」
あたしは、財布からお金を出そうとする梨華ちゃんを手で制して、きっぱりと言い切った。
オゴると決めたら、絶対にオゴってやるんだからな。

「……ありがと。じゃ…コレ」
ムキになるあたしに、梨華ちゃんも諦めたらしい。
あたしの目の前に差し出された彼女の右手には…『ADULT LICENSE』、オトナの免許証。
そっか、コレがないとお酒飲めないんだよね。

「オッケー。まかせてよ!!」
なんてったってあたしには、本当に心強い味方がついてるんだから。
そう、割引券という名の強い味方がね…。

「コレ、使えますよね?」
梨華ちゃんが外に出たのを確認すると、あたしは財布に入っている全ての割引券や無料券をレジの前にぶちまけた。
これでこの紙切れたちともさよならできる…悪霊退散、まさにそんなカンジ。
あっ、そうだ。つんくさんにもらったやつもあるんだった…。

「申し訳ありません…割引券は、おひとり様1回3枚までとなっておりまして」
「えっ…」
晴れ晴れとした気持ちで、つんくさんからのプレゼントをポケットから出した瞬間、店員さんの冷静な一言。

確かに、そうだよね…。
こんなのまとめて一度に使われたら…お店つぶれちゃうよね。そうだよね…。
「ははっ…そうですよね。すいません」
一度バラまいた紙切れたちを、再び回収する。
店員さんにも手伝ってもらって…どうしよ、かなり恥ずかしいんだけど。
132 名前:SIDE-A:梨華ちゃんと割引券 投稿日:2001年04月01日(日)00時11分57秒
「お待たせ」
レジで清算(と割引券の回収)を済ませて外に出ると、梨華ちゃんが寒そうに両手を合わせてあたしのコトを待っていた。

「よっすぃー…ありがとう。ホントにホントにいつも、ありがとね」
駅までの道を並んで歩きながら、梨華ちゃんが言う。
「もう、いいってば。割引券もたくさんあるコトだしさ」
6枚しか使えなかったけど。

「…なかなか、なくならないね。よっすぃーの割引券」
少しだけ笑って、梨華ちゃんが言った…あーあ、また笑われちゃったよ。

「梨華ちゃん、バカにしてるでしょ?」
「え?」
あたしの言葉に、梨華ちゃんはきょとんとしてる。
あれ?それで笑ってたんじゃないのかな?

「そっか。よっすぃーは…憶えてないかな?」
憶えてないって…何のコトだろ?
あたしがこの世界に来る前のコト言ってるんだったら、あたしにわかるワケはないんだけど。

「あたし、本当にうれしかったんだよ。よっすぃーが言ってくれたコト」
げ…どうしよ。まったくわかんないや…何言ったんだよ、もうひとりのあたし!!


「『コレ使い切るまでには、梨華ちゃんの悩みも全部消えてるよ』って、言ってくれたでしょ?
 『だから何回でも来ようよ』って」
133 名前:SIDE-A:梨華ちゃんと割引券 投稿日:2001年04月01日(日)00時14分06秒
うわ…けっこー、寒いコト言ってないか?あたし(オトナ)のやつ。
でも、あたしはちょっとだけ、ほんのちょっとだけだけど…感動していた。
いつも頑張りすぎて、酔っ払っては泣いてしまう梨華ちゃんと、そのためにせっせと割引券を集めていた、もうひとりのあたし。

ただのクーポンマニアじゃなかったってワケだ。
結構イイトコあるじゃん、あたし(オトナ)も。
ちょっとだけ見直してやる…ホントにホントにほんのちょっとだけ。


「あたし、頑張るから。頑張ってよっすぃーに迷惑かけないようにするから、もう少しだけ待ってて?」
また、そういうコト言う…。

「頑張らなくていいよ。だって…まだまだこんなにたくさんあるんだよ?たぶん、あと5年くらいはかかるね、使い切るのに」
なんせ使うそばから増えてくしね…みんなのおかげで。

「じゃあ、あと5年待ってて。それまでには何とかするから」
そう言って梨華ちゃんが笑う。

「オッケー。5年でも10年でも、何年だって待ってるって」
あたしたちの友情ってやつは不滅なんだから…この世につぼ八と割引券がある限り。
134 名前:すてっぷ 投稿日:2001年04月01日(日)00時17分01秒
ようやく再開しました。
また、これからも読んでいただけるとうれしいです。

>116 名無し。。。さん
ありがとうございます。今回は…矢口の出番はほとんどありませんでしたね(笑)
それと、ご紹介のサイトに早速行ってみました。
ワインということで教えてもらったのに、いきなりHOMEに戻って地酒のページ見てきました(笑)
参考にさせて頂くことがあるかも知れません…感謝です。
135 名前:もんじゃ 投稿日:2001年04月01日(日)22時38分06秒
再開とっても嬉しいですー♪
圭織の、富士山5コぶんって…(笑)
すてっぷさんのこの笑いのセンスってどこから生まれてくるのでしょう?
めっちゃツボにハマっちゃうんですけど(笑)

よっすぃーの優しさは梨華ちゃんにとって酷だよー。
でもそんな優しいここのよっすぃーが好きです。
136 名前:名無し娘。 投稿日:2001年04月04日(水)10時37分07秒
<133
この世につぼ八と割引券がある限り。って言うのが面白かったです。
137 名前:すてっぷ 投稿日:2001年04月04日(水)22時30分47秒
>135 もんじゃさん
ありがとうございます。
優しいよっすぃ…SIDE-Bのよっすぃーが単なる酒豪キャラになりつつあったんで(笑)
少しフォローするような話にしてみたんですが、いかがだったでしょうか?

>136 名無し娘。さん
ありがとうございます。
つぼ八がつぶれたらどうするんだ、って感じですが(笑)
138 名前:SIDE-B:ハタチの誓い 投稿日:2001年04月04日(水)22時34分38秒

<SIDE−B>


「よっすぃー…またやってんの?ホント飽きないよね」
目の前に座ってる矢口さんが言った。

休憩時間。楽屋のテーブルの上に置かれたあるモノを見つめて、あたしは真剣に考え中。
コレを今食べようか、それとも後のお楽しみにとっておこうか…どうしよう。

「もー、矢口が食べちゃうよ?」
「あっ、食べます!食べますから!!」
矢口さんの言葉に慌てたあたしは、さっきまで悩んでいたコトを忘れてあっさりとソレを一粒つまむと
口の中に放り込んでしまった。
あーあ…もっと味わって食べたかったのに。

口の中に広がる、深みのある味わい…ウィスキーの苦味とチョコレートの甘さがちょうどイイ感じに融合して。
まさに、オトナの味ってやつだなぁ…しあわせ。

「なんかじれったいんだよね…何でいっぺんに食べちゃわないの?なくなったらまた買えばいいじゃん」
「コレは特別なんです。矢口さんにもらったやつだから」
「…バカ」
そう言うと矢口さんはあたしから視線を逸らした。

バレンタインデーに矢口さんからもらったウィスキーボンボンを、あたしは毎日1コだけ食べることに決めていた。
コートのポケットに入るぐらい小さな箱の中には、計6コのチョコレートたち。
コンビニとかで売ってる普通のチョコレートとは違って、高級感の漂うそれらは…見た目だけじゃなく味も最高。
もらったその日から1コずつ食べ始めて、残りはあと2コになってしまった。
もうすぐ終わってしまう…次からは、2日に1コにしよう。
139 名前:SIDE-B:ハタチの誓い 投稿日:2001年04月04日(水)22時35分21秒
あたしがこんなに毎日楽しみにしてるのは…もちろん矢口さんにもらったチョコだからってのもあるんだけど、
コレがこの世界で唯一お酒を口にできる方法だから。
あたしがココへ来てちょうど一週間、というコトは禁酒生活もちょうど一週間。
途中、お父さんのお酒をくすねて一口だけ飲んだから(でも矢口さんに怒られた)、全く飲んでないワケじゃないけど。

矢口さんに迷惑かけたくないからガマンしようって決めたけど、そろそろ…本気で辛くなってきたなぁ。
仕事帰りに居酒屋行くのを楽しみに、毎日頑張ってたからな…。
飲むために仕事してたようなトコあったしな…。

「よっすぃーさ…かなり我慢してるでしょ、今」
「え?なにがですか…?」
矢口さんは両腕をテーブルの上で組んで、その上にアゴを乗せて…かなりくつろいだ格好。
あたしだけに聞こえるくらいの小さな声で言うから、つられてあたしも小声で聞き返した。

「アレだよ…お酒」
さらに小さな声で矢口さんが言う。
「そんなコト、ないです…ぜんぜん大丈夫ですよ?」
思いっきりウソだけど…本当のコト言ったら矢口さん、心配するだろうからなぁ。
140 名前:SIDE-B:ハタチの誓い 投稿日:2001年04月04日(水)22時35分59秒
「ウソだね。よっすぃー、めちゃめちゃ分かりやすいよ?ホント落ち着きないもん、最近」
矢口さんは自信満々に言う。あいかわらず声は小さいままだけど。
「え…そうですか?」
自分ではぜんぜん意識してなかったんだけど…そんなに落ち着きないかなぁ、あたし。

「ちょっと…っていうか、かなりツライです」
あたしは仕方なく白状する。
「やっぱり」
矢口さんはまたも自信満々。ったく、他人事だと思って…。

「ま、とりあえずはチョコレートで我慢しなきゃね。っていうか何で自分で買ってきて食べないの?」
「…あ、そうか」
別に矢口さんのチョコにこだわる必要はないんだよね。
コレはコレで1日1コ(次回からは2日に1コ)にして、自分で買って好きなだけ食べればいいんじゃん。

「そうか、って…いま気付いたの?けっこー抜けてるよね、よっすぃーって」
うるさいなぁ…。
よし、早速帰りにコンビニ寄って買って帰るぞ!!


「あ、やっぱダメだ」
せっかく意気込んでるあたしに、矢口さんが水を差す。

「何でですか?」
一週間分ぐらいまとめ買いしようと思ってたのに。

「太るから」
あ…そっか。
141 名前:SIDE-B:ハタチの誓い 投稿日:2001年04月04日(水)22時36分50秒
「うっしゃー!!終わった、終わった!!さあ、焼肉行くでぇー!!」
今日も一日の仕事が無事終わり、時刻はPM9:00。
楽屋に戻るなり、休憩中は『疲れた…』とか言ってぐったりしていた中澤さんが、再び息を吹き返した。

「やったー!!タン塩、タン塩!!」
同じく、矢口さんも死の淵より生還。

「ね、よっすぃーも付き合いなよ。明日休みなんだし」
「はい」
矢口さんの誘いに、素直に応じる。
焼肉なんて久しぶりだし、明日はオフだし、お酒飲めないぶん死ぬほど食ってやる!!


「おつかれさまでしたぁー!!」
帰宅組と焼肉組の2チームに分かれ、それぞれタクシーに乗り込む。

チーム焼肉のメンバーは…中澤さん、矢口さん、保田さん、安倍さん、ごっちん、そしてあたし、の計6人。
残りのメンバーは帰宅組、というのもタンポポとミニモニだけは明日もお仕事だから。
両ユニットかけもちのメンバーのスケジュールを考えて、午前はミニモニ、午後はタンポポの仕事が入ってるらしい。

っていうか焼肉部の中に一人だけ、どっちのユニットにも所属してるヒトがいるんですけど…大丈夫なんですか、矢口さん。
明日、起きらんなくても知りませんからね?


「へへっ…タン塩、タン塩」
緑色のタクシーが、夜の闇を切り裂きながら焼肉屋へと突っ走る…矢口さんの夢を乗せて。
142 名前:SIDE-B:ハタチの誓い 投稿日:2001年04月04日(水)22時37分35秒

「よっしゃ!今日は圭坊と朝までオールナイトで飲み明かすでぇ!!」
中澤さん、『朝まで』『オールナイトで』『飲み明かす』って何だか言葉が重複しまくってる…よっぽどうれしいんだろうなぁ。

「裕ちゃん、お手やわらかにね。あたし、ホントに初めてなんだからさ」
「ええーっ!?うっそぉー!?」
保田さんのはじめて発言に、異常に驚くみんな。
そんなに珍しいコトなのかな…オトナになるまでお酒は飲んじゃいけない、って当たり前のコトじゃん。

「矢口さん、飲んだコトあるんですか…?」
あたしは隣の矢口さんに、小声で尋ねる。まさかとは思うけど…そんな犯罪行為、するワケないよね?
「あるよ」
「ええーっ!?」
今度はあたしが驚きの声をあげてしまった。

「よっすぃー、驚くの遅いよ」
大声をあげたあたしに、ごっちんのツッコミ。
いや、あたしは保田さんの発言に驚いたんじゃなくて、矢口さんの違法行為の方にびっくりしたんだけど…。

「そんなに驚かなくたって…別に普通に飲んでるワケじゃないよ。面白半分で飲んだコトあるって程度だもん」
それにしたって…そんなコトして刑務所に入れられたりしないんだろうか?

「ははははっ。大げさだよ、よっすぃー。そんなコト言ってたら、圭ちゃん以外の国民みんな逮捕されちゃってるって」
あたしが尋ねると、矢口さんはそんなあたしの心配をあっさりと一蹴。
そっか…この世界では、そこらへんの取締りってやつが割とアバウトなのかなぁ。
何かそれって…わざわざ『オトナ』と『コドモ』を分けてる意味があんまりないような気がするけど?

「なになに、逮捕って?」
あたしたちの正面に座ってる安倍さんが話に割り込んでくる。
やば…今の話、聞かれちゃってたかな。

「え?ああ…よっすぃーがね、昔無免許でバイク乗ってて逮捕されたんだって」
矢口さん、ひっでー…もう少しマシな言い訳考えてくださいよぉ。

「うっそぉ!?」
安倍さんがテーブルに両手をついて身を乗り出す。
「ウソです」
あたしは即否定。なんか安倍さんって、ホントに信じちゃいそうだからな…。
143 名前:SIDE-B:ハタチの誓い 投稿日:2001年04月04日(水)22時38分54秒
本日のお食事会の席順は…お座敷の入口からあたし、矢口さん、一番奥に中澤さん。
そして中澤さんの真向かいには保田さん、その隣が安倍さん、さらにその隣、あたしの真正面にごっちんの順。
向かい合う中澤さん・保田さんと、その隣の矢口さん・安倍さんとの間にはちょっとだけ距離が空いて、
この世界で言うところの成人組と未成年組とで2チームに分かれたかっこうになっている。

冒頭の宣言どおり、保田さんは中澤さんにマンツーマン体勢でお酒に付き合わされてるって次第。
保田さん…ご愁傷様です。
それにしても、ビールや日本酒をあおる中澤さん…あたしから見ると、かなり違和感あるんだよなぁ。
ココじゃ、普通の光景なんだろうけど…。

「おーし!今日は圭坊に、酒のなんたるかっちゅーやつをトコトン教えたるからなー!!」
お店に入ってから約1時間が経過し、空腹も満たされてきたせいか…お座敷にはどこかまったりとした空気が流れ始めていた。
ただ一人、中澤さんのテンションだけは上昇を続けている。

「裕ちゃん、逆にトコトン教えられちゃったりしてね…」
やめときゃいいのに、矢口さんが余計な一言で水を差す。

「何やて矢口ぃ…」
ユラリと立ち上がった中澤さんが、ふらふらとした足取りでこちらへ近づいてくる。
「うそっ…聞こえてたのかな?」
あーあ、知ーらないっと。

「あーあ、うるさいうるさい!!矢口はうるさいよぉぉーーチェケラッチョォーッッ!!!」
「イテッ!!」
突然、おでこに鋭い痛みを感じて目の前がまっくらになる。

「よっすぃー、大丈夫!?」
右手に箸を持ったまま、おでこを押さえてうずくまるあたしを心配して、矢口さんが声をかけてくれる。
中澤さんの人差し指の、長くて鋭い爪が放った『要!CheckItOutYo!』は、あたしの眉間に見事ヒット…かなり痛いんですけど。


「あ、ゴメンゴメン、よっすぃーちゃん。まあアレやな、狭い場所でのチェケラッチョは危険やっちゅーコトでな」
痛い…。

「よっすぃー、大丈夫?ちょっと見せて……って、うわぁー!もーやめてよ、裕ちゃん!?」
矢口さんの悲鳴に、とっさに顔を上げる。
144 名前:SIDE-B:ハタチの誓い 投稿日:2001年04月04日(水)22時40分13秒
「ええやんかー。おわびのチューやん。謝罪のチューやで?」
「何で矢口にお詫びすんだよ!?」
な、何やってんだよ、このヒトは!?
痛みをこらえつつ顔をあげるとそこには、嫌がる矢口さんにムリヤリ顔を近づけてキスしようとしている中澤さんの姿。
とっさにあたしは右手を伸ばす。

「ん?なんや、矢口の唇ってこんな硬かったっけ…ってコレ、わりばしやん!!」
よかった、何とか間に合った…。
二人の唇の間に素早く、持っていた割り箸を滑り込ませたあたしの機転のおかげで、矢口さんの唇は酔っ払いの魔の手から守られた。


「なんやねん、シラケたわ…。圭坊、飲みなおしや、飲みなおし!!」
何だったんだろう…あたしのおでこに赤い爪あとを残し、悪魔は去っていった。

「大丈夫ですか、矢口さん?」
あんなコトされて(されそうになって)さぞかし落ち込んでいるかと思いきや、意外にも平然としている矢口さん。
おなかがすいたのか、再び網の上でタン塩を焼き始めている。

「ああ、へーき、へーき。いつものコトだし」
「はあっ!?」
いつものコト!?

「ああ…裕ちゃんって、キス魔なんだよ。酔っ払うとみんなにキスしまくんの。っていうか酔ってない時もだけどね」
安倍さんやごっちんに聞こえないように、あたしに耳打ちして教えてくれる。
この世界の中澤さんって…ワイルドすぎる。まるでケダモノじゃないか…。
っていうか…酔ってない時も、って!?

「矢口さん…しょっちゅう、してるんですか?中澤さんと」
「まあね。してるっていうか、されてるって言った方が正しいけどね」
なんてこった…。
145 名前:SIDE-B:ハタチの誓い 投稿日:2001年04月04日(水)22時41分37秒
「それでいいんですか!?したくてされてるんですか!?されたいからされてるんですかっ!?」
小声で矢口さんに問い詰める。
別にあたしの世界の矢口さんが何かされてるワケじゃないんだけど、やっぱり何となく気に入らない。

「何か言ってるコトがワケわかんなくなってるよ?別にしたくてしてるワケじゃないけど…いいじゃん、あいさつだと思えば」
「あいさつって…!?」
ホッペとかにならともかく…。

「なに、ムキになってんの…あっ、もしかしてよっすぃー、妬いてる?」
「なっ!?」
一瞬、大声を出しそうになってあわてて引っ込める。
幸い、安倍さんとごっちんは自分たちの話に夢中になってて、あたしたちの会話は聞かれていないようだ。

「何で!!あたしの世界の矢口さんにならともかく…っていうか、あたしのトコの矢口さんは絶対そんなコトしません」
何とか冷静さを取り戻して、言ってやった。
「あっそ。そりゃよかったですねー。あ、タン塩焼けてる」
くっそー…。


「ホラ、裕ちゃん!!しっかりしなよ!!」
「なんやぁ圭坊…ウチはしっかりしとるで。しっかり者選手権出たら優勝するぐらいしっかりしとるでぇ…へへへ」
うっかり者選手権の間違いじゃないの…?

保田さんの真向かいで飲んでたはずの中澤さんは、いつの間にか保田さんの隣に移動していた。
おちょこ片手に保田さんの肩にしなだれかかって…ほとんど泥酔状態。
146 名前:SIDE-B:ハタチの誓い 投稿日:2001年04月04日(水)22時42分41秒
「あーあ…矢口はチューさせてくれへんし…仕事は忙しいし…矢口はチューさせてくれへんし…休みは少ないし…
矢口はチューさせてくれへんし…明日休みやのにみっちゃんつかまらへんし…矢口は…ZZzzz…」
中澤さんは心に溜まった不満を呪文のように繰り返しながら、保田さんの肩にもたれたまま眠ってしまった。

「ったくもー、飲み明かすんじゃなかったのかっつーのよ」
自分の左肩にもたれて眠る中澤さんを横目で見ながら、保田さんが言う。
確かに、飲み始めてまだ二時間も経っていないのに…中澤さん、はっきり言って弱い。

「矢口はさせてくれへんし…させてくれへんし…させてくれへんし…Zzzz」
爆睡する中澤さんとは対照的に、保田さんはまったく酔っている様子もなく平然としている。
あんまり飲んでないのかな…?

「ったく、弱いクセに調子乗って飲むからこうなるんだよ…」
言いながら保田さんは手酌酒。
テーブルに置いたおちょこに、とくとくとお酒を注ぎ込み…そして一気に飲み干した。

見ると、保田さんの前にはゴロゴロと転がる空のお銚子、計6本…マジっすか?
中澤さんがさっきまで座っていた席にも2本、空っぽのお銚子が転がっている。
2人で8本(現在9本目)飲んでいるコトになるが…今の保田さんの飲みっぷりから想像するに、確実に8割は
保田さんが空けたものと思われる。
あたしも負けてられない…強くそう思った。

「よっすぃー、ガマンしてよね」
「えっ」
よっぽどあたし…保田さんのコト、モノ欲しそうな目で見ていたのだろう。
矢口さんに釘を刺され、我に返る。


「保田さん、あたし注ぎます!!」
延々と手酌を続ける保田さんに、あたしはたまらず声をかけた。
立ち上がるとさっきまで中澤さんが座っていた場所、保田さんの真正面の席へ移動する。

「ん?ああ…じゃあ、お願い」
少し照れくさそうに、両手で持ったおちょこをあたしの前に差し出す保田さん。
147 名前:SIDE-B:ハタチの誓い 投稿日:2001年04月04日(水)22時44分26秒
「圭ちゃん、スゴイじゃん。そんなに好きなのに何で今まで飲んだコトなかったの?」
今日はじめて好きだったコトに気付いたんじゃないの?飲んだコトなかったんだから。
矢口さんは、いつの間にかこっちに移動してきてる。

「ガマンするんだからね」
保田さんが飲んでいる隙に、あたしに素早く耳打ちしてくる。
なるほど、あたしが飲まないように見張りに来たってワケか。
あたしってそんなに信用ないのかなぁ…確かに自分でも自信ないから見張っててもらった方がありがたいけど。


「あのさぁ、何でお酒が大人だけに許されてるかわかる?」
テーブルに置いたおちょこの淵を指でなぞりながら、保田さんが言った。

「え…カラダに、悪いから…かなぁ」
自信なさげに矢口さんが答える。
「オトナの味だから…ですか?」
あたしもとりあえず答えてみるが…あんまり答えになっていないような気もする。

「バッカだねー、あんたたち。大人は、責任取れるからでしょうが」
いいながら、手を伸ばしてあたしの目の前にあるとっくりを取ろうとする保田さん。
あたしはあわててその手を制し、彼女にお酌する。

「さんきゅ…酒飲んで暴れても新聞にも載れないようなヤツに、酒飲んで暴れる権利なんかないのよ」
つまり、保田さんが言いたいのは…たぶんこういうコト。
オトナはコドモ時代にはもらえなかった楽しみを与えられる分、常に責任ってやつが付きまとう。
悪いコトすればそれなりの責任をとらされるし、犯罪を犯せば新聞に名前も出てしまう。

お酒飲んだり、タバコ吸ったり、そういうオトナだけに許されてる特権ってやつは…毎日いろんなリスクを背負って
がんばってるオトナだけに与えられたごほうびなワケで…そういうコトを言ってるんじゃないだろうか、保田さんは。

「え…何で?新聞に載んない方が得じゃん」
タン塩を頬張りながら矢口さんが言う。
やっぱりわかんないだろうなぁ、矢口さんには…コドモだから。
148 名前:SIDE-B:ハタチの誓い 投稿日:2001年04月04日(水)22時45分47秒
「…っしゃー、がんばって…いくでぇ…かごつじぃ…ちゃんと聞きぃ…ZZzzz」
中澤さんは…夢の中でも忙しそうだ。

毎日がんばってるオトナのためにある、ささやかな楽しみ。
許された自由と引き換えに課せられる義務と責任。
オトナになる時、嫌ってほど勉強したはずなのに…いつの間にか忘れてしまっていた大切なコト。

ココに来る前、やみくもに飲んでいたあたし。
酒豪の名を、欲しいままにしていたあたし。
あまり人には言えないが、目が覚めたら昨夜の記憶がまったく無い…なんてコトもたまにあったりして。

だけど、本当の酒豪とは…飲む量じゃなくて飲み方なんだ。
どれだけ飲めるかじゃない、どう飲むかなんだ。

自由には責任が伴う、オトナとして当たり前のコトなのに。
まさか新成人の保田さんに教えられるとは…。


「保田さん、スゴイ…」
「うん。ホントに初めてだったのかな…」
あたしの世界の保田さんも、強い方だとは思うけど…まだまだあたしにはかなわない。
だけどココの保田さんは違う…せひ一度、飲み比べしてみたい!!

「あたし、ハタチになるまでココに残ろっかな…」
「…バカ」
隣で矢口さんが呟く。


「ホラ、裕ちゃん、起きな!!朝まで飲むんでしょ!!起きろ、裕子!!」

とりあえず今夜は…なるべくしてオトナになられた保田さんに、カンパイ。
149 名前:すてっぷ 投稿日:2001年04月04日(水)22時49分36秒
相変わらず、あっちとこっちの世界を行ったり来たりでわかりにくいかと思うのですが
これからもお付き合いいただけるとうれしいです…。
150 名前:名無しさん 投稿日:2001年04月05日(木)01時07分33秒
酒豪のよっすぃ〜が出る度顔がにやけてる…
どうやら俺は酒豪よっすぃ〜萌えらしい(w
151 名前:ポルノ 投稿日:2001年04月05日(木)09時52分27秒
今、全部いっきによみました。
なんか『世にも奇妙な物語』みたいですね
続きに期待
152 名前:もんじゃ 投稿日:2001年04月05日(木)23時11分13秒
なんか妙に勉強になる…。
あんま大人とか子供って考えてなかったからかな。
とはいえ、私もつい最近記憶を無くすほど飲んでしまいました。
友人に大迷惑かけた私は、圭ちゃんに説教されても甘んじて受けます(笑)
153 名前:名無しさん 投稿日:2001年04月06日(金)03時21分40秒
あーなんかふたりとも(一人か)帰れるのだろうか?
妙に馴染んできてるし。
あっ!二十歳までがまんできないか(笑
154 名前:名無し読者 投稿日:2001年04月07日(土)05時56分35秒
おー、一週間ほどあけてたら、結構な量の更新が。(嬉
端々にかいまみえる笑いのセンスもすごいし、しかもそれだけじゃなく、
どちらの吉澤も違う世界にいって、それまで見えてなかったことが見えてきて、成長してる。
ほんと、面白いなあ。毎回更新楽しみです。
全然、読みにくくなんか無いですし、もちろん、これからもずっと付いて行きまっせ。
155 名前:すてっぷ 投稿日:2001年04月07日(土)19時26分02秒
>150 名無しさん
ありがとうございます。酒豪萌えですか…(笑)
SIDE−Aの吉澤は、中澤をオトナにするという大義名分(?)があるのに対して
特に目的のないSIDE−Bではどうしても酒がらみの話になってしまい…その結果、こんなキャラに(笑)

>151 ポルノさん
一気に読んで下さったんですか…ありがとうございます。そしておつかれさまでした(笑)
以前『世にも奇妙な物語』で、試験に受からないと大人になれない世界の話をやってましたよね。
結局、本編見れずに予告しか見れなかったんですけど…。

>152 もんじゃさん
ありがとうございます。
記憶、やっちゃいましたか…そういう時、持つべきモノはやっぱり友ですよね(笑)
思う存分、保田さんにお説教されて下さい(笑)

>153 名無しさん
ありがとうございます。
おっしゃる通り、お互いの世界に馴染みつつある2人ですが…そろそろ話を進めなくてはと思いつつ、
いろんなエピソードを入れているうちに、こうなってしまいました(笑)

>154 名無し読者さん
ありがとうございます。
そこまで細かく読んでくださってるんだなと思うと、本当に嬉しいし励みになります。感謝です。
更新ペースはあまり一定してませんので、気が向いた時に見ていただけると…
いつの間にか更新してるかもしれないし、してないかもしれないです(笑)
156 名前:名無し読者 投稿日:2001年04月11日(水)00時32分50秒
あぁっ!また緑の方へ行かれたのですね…(大泣)。いや、ナカザワ一家かなり嵌ってますんでいいのです。いいのです。
大酒のみのよっすぃ〜を一目見れれば幸せです。バーボンをグイグイ呑んで欲しい。
157 名前:アリガチ(HN) 投稿日:2001年04月12日(木)01時29分22秒
緑の方と一緒で今日、全部読みましたー。
酔ったねーさんがツボ!(笑)
相変わらず、よっすぃーのツッコミも好きッス!
158 名前:すてっぷ 投稿日:2001年04月14日(土)15時21分22秒
>156 名無し読者さん
ありがとうございます。緑行ってました、すいませんでした…ってお礼言ったり謝ったり。
酒豪よっすぃーが、本当に飲んでるだけのキャラになりつつあるのが頭の痛いところです(笑)

>157 アリガチ(HN)さん
ありがとうございます。かさねがさね…お疲れさまでした(笑)
酔っぱらいねーさん、実際はどんな感じなんでしょうかね。
こっちは緑ほどテンポ良くはないですけど(ドタバタって感じじゃないんで)、最後まで読んでいただけるようにがんばります!
159 名前:SIDE-A:あいぼんはオトナかコドモか 投稿日:2001年04月14日(土)15時23分18秒

<SIDE−A>


「で?で?その後どうなったワケ!?」

楽屋のドアを開けて中へ入ると、最初に聞こえてきたのは矢口さんの声。
集合時間15分前、既に来ていたメンバー全員がテーブルを囲んで何やら盛り上がっている。
矢口さん、保田さん、梨華ちゃん、のの、あいぼん…計5名。


「おはよーございまーす…」
誰も聞いていないコトは分かっていたが、一応あいさつなどしてみる。

「おはよーさん」
「あっ、おはようございます」
まさか返事が返ってくるとは思ってなかったから、驚いてもう一度あいさつしてしまった。
一人だけ、みんなの輪の中に入っていないヒトがいた…中澤さん。

「おぅ」
「どーも…」
意味の無いあいさつを繰り返すあたしと中澤さん。
なんか…気まずいんだよなぁ。
160 名前:SIDE-A:あいぼんはオトナかコドモか 投稿日:2001年04月14日(土)15時24分28秒
あたしがこの世界に迷い込んで、約一週間。
最初の頃は、楽屋にて繰り広げられる飲酒トークに驚きの連続だったけど…一週間もいるとすっかり慣れてしまった。
メンバーもみんな、基本的にはあたしが元いた世界とあんまり違和感ないし…ただ一人を除いては。

お酒を飲まない中澤さん。
下ネタに走らない中澤さん。
矢口さんにキスを迫らない中澤さん。

あたしの知ってる中澤さんとはまったく正反対の、この世界の中澤さん。
違和感がありすぎて…何だか別人みたい(っていうかみんな別人には違いないんだけど)。


「そのあと2人でおふろにはいったんですけど…」
「わっ、ちょっ…のの!!恥ずかしいやん!?その先は言わんとってぇな!!」
なんとなく気まずい雰囲気のあたしたちをよそに、異様な盛り上がりを見せるみんな。

「ダメだよ!?そこまで喋っといて途中で止めたら許さないからね!!」
矢口さん、かなりヒートアップしてる…そんなに面白い話だったのかな。
惜しいコトしたなぁ…もっと早く来るべきだった。


「それでぇ、辻がさわるとぉ、あいちゃんの××…」

えっっ!?のの!?
あたしは自分の耳を疑った。
辻の口からそんな過激な下ネタが飛び出すハズはない…絶対にない。

「なっ!?何言うてんねん!?もぅ、やめてぇや、そういうハナシは…」
見ると、中澤さんが顔を真っ赤にして俯いている。
というコトは、さっきの放送禁止スレスレの発言はやっぱり聞き間違いじゃない!?
161 名前:SIDE-A:あいぼんはオトナかコドモか 投稿日:2001年04月14日(土)15時25分14秒
「なかざわさんには、少ししげきがつよすぎたみたいですねぇ…」
「せやからやめてって言うたやんかぁ」
下を向いて顔を赤らめる中澤さんとは対照的に、過激トークの中心人物だった当の2人は平然としている。
それにしても、一体どうしちゃったんだよ…2人とも。

「辻ぃ。さっきの続き、メールで送ってよ」
何言ってるんですか、保田さん!?

「…あたしも」
「なっ!?」
梨華ちゃんまで!?
思わずあたしは声をあげてしまう。

「あっ、よっすぃー。いつの間に来てたの?」
あたしが発した驚きの声に、矢口さんはやっとあたしの存在に気付いてくれた。
「…さっきからいました」
ちゃんとあいさつしたのに…やっぱり聞いてなかったな。

「よっすぃーにもメールするね?」
あたしに向かって無邪気な笑顔で問いかけてくるのの。

「いっ…いいよっ、あたしは!!」
誰が辻の下ネタメールなんて…。

「よっすぃー?」
断ると、ののは不思議そうにあたしの顔をのぞきこんでくる。

まさか、今みたいな楽屋トークもこの世界じゃ当たり前の光景なんていうんじゃないだろうなぁ…。
今さら言うのもなんだけど…なんなんだこの世界は。


「よっすぃー…ちょっと」
後ろから矢口さんに袖をひっぱられて、あたしは楽屋の外へ連れ出された。
162 名前:SIDE-A:あいぼんはオトナかコドモか 投稿日:2001年04月14日(土)15時26分35秒
「よっすぃー、反応しすぎ」
「だって…」

あたしは矢口さんに連れられて、非常口の階段の踊り場に来ていた。
めったに人の来ないこの場所は、あたしと矢口さんの秘密の場所。

「あんな風にいちいち驚いてたら、怪しまれちゃうでしょ?」
「だって、フツー驚きますよ!楽屋で…しかも加護と辻があんなっ…」
そりゃあ、2人とも中学生だし、そういうハナシに興味があるのもわかる。
だからって楽屋であんな堂々と披露されたら、普通はびっくりするよ…。

「だから、あんなのココでは…」
「普通の光景、なんですよね」
あいぼんもののも、ココでは立派なオトナなんだから…って、頭ではわかってるんだけど。

「わかってんだったらいちいち反応しないの」
「だって…」
あたしのいた世界じゃ、そのテの話は中澤さんの担当だったし…。

「安心しなって。あんなコト言ってても、どーせ知識だけなんだから。あの2人は」
それを聞いてちょっと安心。
でも、『あの2人は』ってコトは…。
163 名前:SIDE-A:あいぼんはオトナかコドモか 投稿日:2001年04月14日(土)15時27分53秒
「矢口さんは…知識だけじゃないんですか?」
余計なお世話だとは思うけど、気になるので聞いてみる。

「あたし?ああ…それはさぁ、もうひとりのよっすぃーに聞いてみてよ?」
「はあっ!?」
驚きで裏返ったあたしの声が、非常階段に響き渡る。
もうひとりのあたしに聞け、って…。

「それってそれって…どういうコトですか!?それってやっぱりそーゆーコトなんですか!?」
自分でも言ってるコトがわかんなくなってきた…。

「よっすぃー、反応しすぎ」
「だって…」

「冗談だよ。バカだねー…」
「え…」
冗談って言われても…微妙すぎて笑えないんですけど。

「はい。おこさまはコレでも食べて元気にがんばりましょうねぇ」
からかうような口調で、矢口さんがポケットから何かを取り出す。
「コレ…」
目の前に差し出されたモノは…ぺコちゃんのアメ(棒つき)。
ったく子供あつかいしやがって…でも、イチゴ味でちょっとうれしい。
あたしは、素直に受け取るとポケットにそれをしまった。あとで食べよう…。

「さ、お仕事、お仕事」
あたしは、くるりと向きを変えて階段を駆け上がる矢口さんのうしろ姿を見送っていた。
そっか、冗談か…。
ココにいる矢口さんは、あたしの知ってる矢口さんとは違うヒトなのに…なぜか安心してる自分がいたりして。


「なにしてんの?行くよ?」
階段を上りきったところで、矢口さんが振り返る。
「あっ、はい」
矢口さんの声に応えると、あたしは一段とばしで階段を駆け上がった。
164 名前:SIDE-A:あいぼんはオトナかコドモか 投稿日:2001年04月14日(土)15時29分04秒
「あっ、よっすぃー。ねーねー、またアレ買うてきて?」
「は?」
楽屋に戻るなり、あいぼんがあたしの元へ駆け寄ってきた。

「ねぇねぇ」
オトナとは言っても、あたしにまとわりついてくる姿はコドモみたいでやっぱりかわいい。
だけど、アレって…一体何のコトを言ってるんだろうか?

「アレって?」
「いやーん、とぼけちゃって。アレやん、限定本やん。もぅ…」
言いながら、あたしの脇腹を肘でつつくあいぼん…なんか照れてるみたいなんだけど。

それより…『限定本』って、一体なに?
たすけてください…あたしは矢口さんに目で訴える。

「加護ぉ、あんまし『オトナ限定本』ばっか読んでるとロクなオトナになんないよ?」
矢口さんが、さりげなく(でもないか…)教えてくれる。
教えてくれたのはいいけど、『オトナ限定本』…?
わかりません…あたしは再び矢口さんに目で合図。


「ったく、エ○本なんか読んでるヒマあったら…教科書でも読みなさい!!」
矢口さんが、さりげなく教えてくれる……って、えーっっ!?
「いやーん、矢口さん。エ○本てそんなストレートな…」
あいぼん、誰かに似てると思ってたら…あたしは、異世界で『小さな中澤さん』を見つけた気がして何だか懐かしい気持ちになった。

オトナ限定、か…たぶん、あたしの世界で言うところの『18歳未満おことわり』ってのと同じ意味なんだろう。
だけど、いくら許されてるからってそれを買うのにはそーとー勇気がいるはず。
ましてやあたしたちはモーニング娘。なんだから…お店の人にバレた時のコトとか考えないのかな、あいぼん。

あ…そうか、だからさっきあたしに『買ってきて』って頼んできたんじゃん。
自分で買うのが恥ずかしいからって…あたしだって恥ずかしいっつーんだよ。
165 名前:SIDE-A:あいぼんはオトナかコドモか 投稿日:2001年04月14日(土)15時30分20秒
「何であたしが買わなきゃいけないんだよ?そんなの自分で買ってよね!!」

あたしは、腰にまとわりつくあいぼんにきっぱりと言ってやった。
そんなあたしを、あいぼんは泣きそうなカオで見上げている。
うっ…ちょっとかわいそうだけど、ココで甘やかしたら彼女のためにならない。
あたしは心を鬼にして、あいぼんから視線を逸らす。

「…なんで?よっすぃー、いっつも買うてきてくれるやん?なんでや…」
いつも…?ウソでしょ?
あいぼんは、あたしの袖をつかんで左右に揺さぶっている。

「どうしたの、いつもは安請け合いするクセに…やっと羞恥心ってモノが芽生えた?」
保田さん、ヒドイ…あたしにだって羞恥心ぐらいありますよ。
「よっすぃー、『慣れてるからまかせて』っていっつも言ってるじゃん?」
矢口さんが、さりげなく教えてくれる…って、んなコトわざわざ教えてくれなくていいですよ。

それにしてもあのバカ(もうひとりのあたし)…どこまであたしに迷惑かければ気が済むんだか。
とにかく、この状況から逃れられる良い手を考えなきゃ…。

「あっ、あたし今日、アレ忘れちゃったからさ…カード」
カードとはもちろん、オトナの免許証のコトで…アレがなければオトナの行為(飲酒・喫煙・エ○本購入etc..)もできないもんね。
これはなかなか上手い言い訳なんでないかい?


「「「えーっっ!?うっそぉー!?」」」
はいはい。
あたし(オトナ)がアレを忘れるのは非常に珍しいコトなんですよね。
一週間生活してみてよぉーくわかった…あいつはアレ(免許)がないと生きていけない。
きっと今頃、あたしの世界でそーとー辛い思いをしてるに違いない…イイ気味だ。

「オイ!!そろそろ時間やで、みんな準備し!!」
中澤さんに一喝されて、あたしたちはそれぞれ鏡の前に座った。
166 名前:SIDE-A:あいぼんはオトナかコドモか 投稿日:2001年04月14日(土)15時31分34秒
「あれ?あいぼん、みんなは…?」
休憩時間、途中でトイレに寄って楽屋に戻ってくると…そこにいたのはあいぼんただ一人。

「あ…よっすぃー。みんななぁ、コンビニ行ったでぇ…」
ドアに背を向けてイスに座っていたあいぼんが、ゆっくりと振り返りながら言った。
でも、その目は何だかトロンとして…眠いのかな?

眠そうな目をしたあいぼんは、ジュース片手にお菓子をつまみながら…とっても幸せそう。
あれ…?
違う。アレはジュースじゃない……酒!?缶チューハイ!?

「あいぼん、なに飲んでんの!?」
「イチゴ味」
いや、そーゆーコトじゃなくてさ…。

「そうじゃなくて!!今、仕事中なんだよ!!なに考えてんの!?」
ノンキなあいぼんに、つい声を荒げてしまう。
「なに怒ってんの…?よっすぃーかていっつも飲んでるやん?」
またか、あのバカは…。

「いいの、あたしは!!強いから!!」
そういう問題じゃないとは思いつつも他にフォローのしようがない。

「なんや!ウチかて強いモン!よっすぃーには負けへんもん!!」
そんなコト言ってあいぼん、今にも寝ちゃいそうなカオしてるじゃないか…。
半開きの目でなに言われても、全く説得力がない。
167 名前:SIDE-A:あいぼんはオトナかコドモか 投稿日:2001年04月14日(土)15時33分03秒
「ダメだよ。没収!!」
「あっ、なにすんねん!?」
あたしは半目のあいぼんから、缶チューハイ(イチゴ味)を取り上げた。

「返せ!!」
「やだ」
あいぼんはイスから立ち上がると、あたしが右手に持ったそれを取り返そうと必死で手を伸ばす。
あたしも、それに合わせてさらに右手を高くあげた。

「返せ!返せ!返せ!返せぇぇーーっっ!!」
コイツ…なんでこんなにワガママなんだ!?

確かにあたしの知ってるあいぼんも、かなりワガママだしあたしも毎日それに付き合わされてた。
でも、このあいぼんは…何か違う気がする。
子供らしくないっていうか…まあココのあいぼんは立派なオトナなワケだから当たり前のコトなのかも知れないが。
うまく言えないけど、とにかくすごく不自然で…あたしはすごく嫌な気持ちになった。

「子供が…子供のクセにこんなの飲んじゃダメだっつってんの!!」
あたしが言ってるコトは、この世界じゃ通用しないってコトぐらい、よくわかってる。
だけど、言わずにはいられなかった。

「なんで!?ええやんか!?ウチ、オトナやもん!!オトナはなにしてもええねんで」
違う、そんなの…絶対間違ってる。

「違うよ!!あいぼんもののも、それからあたしだって…みんな子供なんだよ!?」
「なんでやねん!?オトナの試験受かってんからオトナやないか!!ウチはオトナや!!」
だから、そーゆートコが子供だって言ってるんだよ、もう…


「試験なんかでオトナになれるワケないだろっ!!」
ぜんぜん聞き分けのないあいぼんに、あたしは思わず大声で怒鳴ってしまった。
しまった…ちょっと強く言い過ぎたかなぁ?
168 名前:SIDE-A:あいぼんはオトナかコドモか 投稿日:2001年04月14日(土)15時34分57秒
「なんやっ!!なんやねん、よっすぃーのアホ…ウチかて好きでオトナになんかなったワケやない!!
もっと友達とも遊びたい…せやけどもう戻られへんねん。戻られへん…戻られ…っ」
あいぼん、肩が震えてる。泣いてるんだ…。

「ごめん、あいぼん。ごめんね」
あたしは、目の前で泣きじゃくるあいぼんの震える肩を抱きしめた。
あたしには、泣いている彼女をなぐさめる言葉も見つけられない。
それはやっぱり、あたしがまだ子供だからなのか…その答えはわからなかったけど。


「はい、コレあげる」
あたしはポケットに入れていたそれを、あいぼんに手渡す。
せっかく矢口さんにもらったやつだけど、コレはあたしではなく目の前にいるこのお子様にこそふさわしいモノだから…。

「なんや…アメやんか」
泣いていたあいぼんが、少しだけ顔をあげて言った。

「でも、イチゴ味だよ?」
「あ…ホンマや」
あたしの位置からその表情はよく見えなかったけれど…ちょっとだけ、笑ってくれたような気がした。

「ま、せっかくくれたんやから…もらっといてあげる」
素直じゃないなー…本当はうれしいクセに。

この世界では、あいぼんもののも立派なオトナ…だけどそれは、決して自分から望んだコトではなくて。
心はコドモなのに、オトナと同じように扱われて、オトナと同じコトを許されて。
でも、それはあたしが住んでいた世界でも同じコトなんだ。
あたしの世界でも、ハタチになれば誰もが嫌でも『大人』と呼ばれてしまう…たとえそれが自分で望んだコトじゃなかったとしても。

あいぼんもののも、今はそのバランスがうまく取れてなくても…きっとそのうちココロが追いついていくんだと思うから。
たいせつなのは、オトナとかコドモとかじゃなくて…あいぼんはあいぼんらしくいるってコトなんじゃないだろうか。


「ねぇねぇよっすぃー、早よ買うてきてよ!限定本!!」
「自分で買って来い」

そう、あくまで、あいぼんらしく…。
169 名前:名無し読者 投稿日:2001年04月14日(土)17時00分12秒
小さな中澤さん…ははは
170 名前:すてっぷ 投稿日:2001年04月14日(土)21時23分58秒
>169 名無し読者さん
ありがとうございます。思いがけずあのようなキャラになってしまいました(笑)
171 名前:ポルノ 投稿日:2001年04月19日(木)19時39分18秒
加護、、そんなにエロ本見たいんか、、、(w

続き期待
172 名前:もんじゃ 投稿日:2001年04月27日(金)23時29分34秒
すてっぷさん、お忙しそうですね。
勝手なことを言うようで申し訳ないと思いつつ一言。
『ここもあっちも更新楽しみにしてまーす♪』
173 名前:すてっぷ 投稿日:2001年04月28日(土)02時17分26秒
>171 ポルノさん
ありがとうございます。HNにぴったりのレスで、ちょっと笑いました。すいません(笑)
続きも、読んでいただけるとうれしいです。

>172 もんじゃさん
ありがとうございます。そして…すいません(笑)
夜中にせっせと書いてました。ニアミスでしたね(でもないか…)。
『あっち』は…もうすこしお待ちください(笑)
174 名前:SIDE-B:ふるさと 投稿日:2001年04月28日(土)02時19分01秒

<SIDE−B>


「おはよーございまーす」
ドアが開いて矢口さんが入ってくる。
「おはようございます」
今日も一番乗りで楽屋入りしたあたしは、イスに座ったままで矢口さんにあいさつ。

「今日も…ダメだったみたいだね」
矢口さんがあたしの顔を見るなり言った。
『ダメだった』ってのは、今日もあたしが元の世界に戻れなかったってコトを意味している。
だけど矢口さん、何であたしがあたしだってコト(つまり、もうひとりのあたしじゃないってコト)が分かるんだろ?

「だって落ち着きないんだもん、よっすぃー」
あたしが尋ねると、矢口さんは『それ』と言いながらテーブルの上を指さす。
矢口さんが指し示した先は、テーブルに乗せたあたしの右手。
あたしは自分でも無意識に、人差し指でテーブルをコツコツと叩いてリズムをとっていた。

「お酒ガマンしてるせいでしょ?」
からかうような口調で矢口さんが言う。
「ちがっ…ちがいます!」
ったく、人をアル中みたいに…。
あたしが最近落ち着きないのは、何もお酒が飲めないからじゃなくて(それもあるけど)、いつまでたっても自分の世界に帰れないから。

「悩んでるんです、いろいろ。別にお酒のコトばっか考えてるワケじゃないですから」
「へぇー、それはそれは」
くっそー…。
175 名前:SIDE-B:ふるさと 投稿日:2001年04月28日(土)02時20分19秒
だけど現実的なハナシ、あたしはいつになったら、どうすれば元の世界に帰れるんだろう?
あたしがココに迷い込んだ翌日から日課になっている、例の帰還大作戦。
って言っても、毎朝6:35に部屋のカーテンを勢いよく開けるっていうだけのシンプルな『大作戦』なんだけど。
始めてから1週間以上になるけど全く成果なしだし、日々の習慣もそろそろマンネリ化しつつある。
矢口さんなんて、最初の何日かは毎朝電話で起こしてくれてたけど、最近はそれもさぼりがち。
時々思い出したようにかかってくるって程度な上に、6:35をとっくに過ぎた頃にかけてきたりして全く意味が無い。

「あのさ、矢口思ったんだけど」
いつの間にか、矢口さんはテーブルのあたしの真ん前の席に座っている。
テーブルの上で頬杖をついて楽な姿勢を取りつつも、表情は真剣そのもの。

「よっすぃーだけが帰りたいと思っても、ダメなんじゃないかな」
あたしのコトからかって楽しんでただけかと思ってたけど、どうやら矢口さんも真剣に考えてくれていたらしい。
「どういうコトですか?」
あたしは素朴な疑問をそのまま矢口さんにぶつける。

「だから…もう一人のよっすぃーも同じ気持ちじゃないとダメなんじゃないかな、ってコト」
もう一人の、あたしも…?

あたしがココへ来て、自分が異世界から迷い込んでしまったコトに気付いた時、最初に抱いた疑問。
もともとこの世界の住人だった、もうひとりのあたしは…一体どこへ行ってしまったんだろう?
矢口さんの考えた説によると、あたしたちはお互いに入れ替わってしまったんじゃないか、とのコト。
そう考えるのが自然…なのかどうかはわからない。
だけどそう考えるコトで、矢口さんはもうひとりのあたしがちゃんと無事でいるんだって思いたいんだろうなぁ…。
矢口さんが力説するのを聞きながら、他人事のようにあたしはそう思っていた。

「もう一人のあたしは、帰りたくないって思ってるとか?」
矢口さんの言ってるコトが正しいとすれば、あたしともうひとりのあたしが同時に帰ろうとしない限り、お互いの世界に戻る
コトはできないってコトになるけど…。

「そうは言わないけど…帰り方がわかんないとかさ。いろいろ事情があるんじゃない?」
そう言った矢口さんは、自信なさげに少し俯いた。
176 名前:SIDE-B:ふるさと 投稿日:2001年04月28日(土)02時21分33秒
「ホントに帰りたくないのかも知れませんよ?こっちより居心地よかったりして…誰かさんに怒られなくて済むし」
あたしは、ここぞとばかりにさっきお酒のコトでからかわれた仕返し。
目の前で俯く矢口さんに先制パンチをお見舞いする。
あたしの言葉を受けて、矢口さんがすぐさま顔を上げた。

「へぇー…そーゆーコト言うんだ。じゃあこっちも言わせてもらいますけど…ウチのよっすぃーって優柔不断なトコあるから、
向こうの矢口にフラフラ行っちゃってるかもしんないよ?」
「なっっ!?」
なんてコト言うんだ、このヒトは!?
そんな縁起でもない…って、ちょっと待てよ。

「それって、矢口さんも困るんじゃないんですか?」
いいのか?もうひとりのあたしがあっちの世界でそんなコト…ってよくわかんない日本語だけど。
「あ…そうじゃん!!どうしよ、よっすぃー!?」
「いや、あたしに言われても…」

「「うーん…」」
テーブル越しに向かい合ったあたしたちは、2人して頭を抱えてしまった。
そして数秒後、突然顔を上げた矢口さんは…何かを決意したような表情。

「よっすぃー、がんばろ!!がんばって一日でも早く帰ろ!!」
「はい!!」
緩みがちだった気合を入れなおし、帰還を誓ったあたしたちの決意は固い。

「でも…いくらこっちががんばっても、あっちが帰る気なかったら一緒なんですよね」
矢口さんの説を信じればの話だけど。
「だから帰る気がないんじゃなくて!!帰り方がわかんないだけかもしんないって言ってるじゃん!!」
矢口さんにとってはそっちの方が重大問題なんですね…あたしが帰れるかどうかってより。
177 名前:SIDE-B:ふるさと 投稿日:2001年04月28日(土)02時22分46秒
「おはよーございまーす…」
あたし、矢口さんに続いて楽屋に到着したのは…安倍さん。

「おはようございます」
「おっすー、なっち」
入口のドアに向かって座っていたあたしのあとで、入口に背を向けて座っている矢口さんも振り返ってあいさつ。

「おっすー…」
矢口さんの声に応えながら、あたしたちとは少し離れた席に腰掛ける安倍さんは…何だか元気がない。
「はあ…」
座るなり、遠い目をして大きなタメ息をつく安倍さん…どうしたんだろ?

「なっち!見たよ、っていうかまたなまってたねー」
テーブルの端の方に座る安倍さんに、矢口さんが少し大きめな声で話しかける。
『なまってた』ってのは、昨日やってた、安倍さんが出てるドラマのコトだと思うんだけど…。

「そっか…またなまってたかぁ」
矢口さんの言葉に応えながらも、心ココにあらずって感じの安倍さん。
左手で頬杖をついて、相変わらず遠い目。

「どうしたんですか?なんか…元気ないですね」
明らかにいつもとは様子の違う安倍さんに、あたしは尋ねる。


「うん…。昨日の夜さぁ、お母さんから電話かかってきてね…」
178 名前:SIDE-B:ふるさと 投稿日:2001年04月28日(土)02時23分34秒
「でさぁ、お母さんにも言われた…なっち、なまってたよーって」
「あ、やっぱりぃ?」
安倍さんの言葉に、矢口さんは得意げ。

「ちゃんと東京のコトバ喋んなきゃダメだよーって言ってさ、しょーがないなーって言って、
そんでいろいろ喋ってるうちにさ…お母さん、泣いてた。なっちのコト、いろいろ思い出しちゃったんだろうね」
今、目の前で喋ってる安倍さんのコトバは、あたしたちが普段使ってるものとは少し違ったイントネーションで…
それが矢口さんの言う『なまってる』ってコトなんだろうけど。

「なっちも、ちゃんとしなきゃって思ってるんだよ?でも、なまってるって言われても何がまちがってんのか自分じゃ
わかんないしさ。それに…東京のこと1コ覚えると、北海道のこと1コ忘れてっちゃうような気がするし。
東京のコトバ、すらすら喋ってるなっち見たら…お母さん、悲しくなんないかなぁーって」

安倍さんの話を聞きながら、あたしは『ふるさと』って曲を思い出していた。
あたしたちも、それからごっちんも、まだいなかった頃の曲。
あの曲の主人公そっくりの安倍さんは、きっとあたしたちにはわからない気持ちを抱えて、毎日を暮らしてるんだ。
考えてみれば今のあたしも、ふるさとを離れて暮らしてるのと同じような状況にいるんだよな…。
周りにいる人たちの外見はみんな同じだから、気が付かなかったけど。


「忘れるんじゃなくて、使い分けられればいいワケでしょ?要するに」
矢口さん、そんな簡単に…それができないから苦労してるんじゃないですか。
「矢口さ…なっちの、方言ってやつ?好きだよ、なんかあったかい感じしてさ?なっちは10年以上も住んでたワケでしょ?
だったらそんな簡単に忘れるワケないじゃん。ちょっと東京のコトバ喋ったくらいで、北海道のコト忘れたりしないって!!」
矢口さん…。

「ありがと、矢口…。でもさ、覚えらんないモンは覚えらんないんだよね…」
矢口さんの励ましもむなしく、問題は全く解決していなかった。
「そっか…」
矢口さん、ちょっとかわいそうかも…。
179 名前:SIDE-B:ふるさと 投稿日:2001年04月28日(土)02時25分05秒
「大丈夫だって!なまってたって、なっちはカワイイんだから!!ね、よっすぃー?」
「そっ、そうですよ!!っていうか、なまってる方がカワイイと思います、なんとなく!!」
いきなり話を振られて焦ったあたしは、自分でも意味不明な理由で矢口さんに賛同していた。

「………」
あーあ、『かわいけりゃいい』みたいなコト言うから(あたしもつられて言ったけど)…安倍さん、ますます沈んじゃったじゃないか。

「もー、元気出しなって!よっすぃーが得意のモノマネ披露するから!!ね、よっすぃー?」
「そっ、そうですよ!!って、はあ!?」
モノマネ?しかも何であたしが?

「お題は、北海道にちなんだモノでーす!!」
「ちょっ、勝手に…!!」
矢口さんの横暴ぶりにキレたあたしは、思わず立ち上がる。
その勢いで、座っていたイスがバタンと後ろに倒れた。
ふと、あたしたちから離れて座っている安倍さんを見ると…その視線はあたしに向けられていた。
そしてその目は…何かを期待している目ですか?ひょっとして。

「じゃあ…カニ、やります!!」
かなり恥ずかしいけど、安倍さんのためだ…コレで安倍さんが元気になってくれるなら。
「ははははは!!カニって!!ベタだね、よっすぃー!!」
ベタも何も…北海道にちなんだモノ、っていうお題自体がベタベタじゃんか。
安倍さんのためにやろうとしてるのに、やる前から矢口さんに爆笑されて、あたしは少し沈んだ。


「おはよーございまーす」
あたしが入口の方を向いたまま深く腰を落としたのと、ごっちんがドアを開けて入ってきたのとは、ほぼ同時だった。
180 名前:SIDE-B:ふるさと 投稿日:2001年04月28日(土)02時26分40秒
「はははははは!!なにやってんの、よっすぃー!!」
「あっ、コレは…」
あたしに言い訳する間も与えず、ごっちんは既に笑いの渦の中にいた。
あたしは、両足を大きく開いた状態で両手(チョキ)を頭の高さに挙げたままのカッコウで、爆笑するごっちんを見ていた。

「ははははは!!よっすぃー、サイコー。次タラバガニやって、タラバガニ!!」
別に種類とかは考えてやってないんですけど…。
矢口さんは、安倍さんを元気づけるという当初の目的をすっかり忘れている。

「カニ、か…」
そして、あたしがいちばん笑って欲しかったヒト…安倍さんは、『カニ=北海道』を思い出してさらに沈んでしまった様子。
コレじゃ逆効果じゃないか…。
「えっなに?もう終わり?」
倒れたイスを起こして腰掛けようとするあたしに、物足りなさそうな顔で矢口さんが言う。
安倍さんが笑ってくれないんじゃ意味がない(と言うより逆に落ち込ませてしまった)…別に矢口さんのためにやったワケじゃないし。


「あっそうだ。なっち!見て見て、コレ!!」
さっきまで笑い転げていたごっちんが、復活して安倍さんの側に駆け寄った。
その手には、長方形の箱。何だろ…ケーキの箱みたいだけど?

「来る途中で買ってきたんだけど。札幌のりんごなんだって、コレ」
そう言ってうれしそうに箱を開けるごっちん…中身は、アップルパイ。
「札幌って聞いてなっち思い出してさぁ…ねー、食べよ?」
札幌っつったら飯田さんだろ…。
はしゃぐごっちんに誰もつっこめなかったが、そんな細かいコトはどうでもいいや。

「うわっ、おいしそー。さんきゅー、ごっちん!!」
安倍さんもなんだかうれしそうだし。
181 名前:SIDE-B:ふるさと 投稿日:2001年04月28日(土)02時28分29秒
「なんか…全部ごっちんに持ってかれたカンジだね」
「そうですね…」
矢口さんの必死の励ましも、あたしの決死のモノマネも、ごっちんの買ってきたアップルパイの前にもろくも崩れ去った。

「ほんっと、オイシイねー。コレ」
アップルパイを口に運びながら、本当に楽しそうに笑ってる安倍さん。
きっと、自分の生まれた場所のこと、ふるさとのことを…思い出してるんだろうなぁ。

そう思ったら、あたしは急に寂しくなった。
今ごろどうしてるかなぁ…。
あたしの世界の安倍さんやごっちん、そして…矢口さん。


「よっすぃーも、そろそろママが恋しくなったんじゃない?」
しみじみとふるさとへ思いを寄せているあたしに、矢口さんが横やりを入れる。
「別に。こっちにもお母さんはいますから」
「またまた、無理しちゃって」
ちょっと離れてたぐらいでお母さんが恋しくなるほど、あたしはコドモじゃない。
182 名前:SIDE-B:ふるさと 投稿日:2001年04月28日(土)02時29分47秒
だけど…。
「お母さんってより、矢口さんのコトは恋しいですけどね」

「…よくそんな恥ずかしいコト、平気で言えるよね」
目の前に座ってる矢口さんが、照れくさそうに目を伏せた。

「『矢口さん』って、あたしのトコの矢口さんのコトですよ?」
さすがのあたしも、本人の前では『恋しいです』なんて言えないし。
「わっ…わかってるよ。っていうか紛らわしいんだよ、おんなじカオしてんだからさ、よっすぃーと。変なコト言わないでよね。
よっすぃーに言われてるような気になっちゃうじゃん!!」
矢口さん、ワケわかんないコト言ってるなー…あたしたちにしか通じない日本語ですよ、それ。

あーあ…。
あたしのふるさとも、北海道みたく飛行機に乗って帰れたらいいのになぁ…。

「よっすぃー…また震えてるよ」
矢口さんに指摘されるまで気がつかなかったが、考え事しながらあたしはまた右手の人差し指でリズムを刻んでいた。
っていうか、別に酒が切れて『震えてる』ワケじゃないんですけど…あたしのコト何だと思ってるんだろうか、このヒトは。
矢口さんは少し身をかがめて、小声でさらに言葉を続ける。

「ちょっとだけなら…飲んでもいいよ?」
…だから違うんだってば。
183 名前:すてっぷ 投稿日:2001年04月28日(土)02時32分42秒
久しぶりの更新です。
週1ぐらいのペースで更新したいと思ってはいるのですが…。
ゆっくりお付き合いいただけるとうれしいです。
184 名前:Hruso 投稿日:2001年04月28日(土)03時21分50秒
はい、ゆっくりと待ってます。(笑
185 名前:名無し読者 投稿日:2001年04月28日(土)03時47分44秒
なっちに震えてるって…アル中だとでも思ってんのか。(笑) あとなっちにはやっぱり食べ物なのか。(笑)
あっちじゃ吉澤は失恋(?)してしまったので、こっちの吉澤と矢口にはこのままいい関係でいてほしいな。
とはいえ、こっちも本来仲がいいのはこの吉澤とこの矢口ではなく、この吉澤とあっちの矢口で…、うーむ。(笑)
いろんな障害がありますな。
ゆっくりと、続き期待して待ってます。
186 名前:名無し読者 投稿日:2001年04月28日(土)08時56分41秒
ほんとは、アル中じゃないの……(ボソッ
187 名前:すてっぷ 投稿日:2001年04月29日(日)19時40分11秒
>184 Hrusoさん
ありがとうございます。ではお言葉に甘えて…と言いたいところなんですが(笑)
がんばって更新したいと思いますので、最後までよろしくお願いします…。

>185 名無し読者さん
ありがとうございます。
なっちに関しては、決してなっち=食べ物という発想ではなくてですね、これは本当に。(笑)
故郷を思い出すときのきっかけとしてよくあるのが、その土地の食べ物を口にした時だろうと思ったからです…ちょっと苦しいですか?(笑)
あと吉澤と矢口ですが、考えてみるとどれ一つマトモな設定で書いたことがないんですよね(どっちかが「モノ」だったりとか)。

>186 名無し読者さん
ありがとうございます。
ささやかなツッコミ、ありがとうございました(笑)
188 名前:名無し読者 投稿日:2001年05月11日(金)18時27分52秒
待ってまーす♪
189 名前:すてっぷ 投稿日:2001年05月13日(日)03時41分14秒
>188 名無し読者さん
ありがとうございます。
これからはお待たせしないように頑張るつもりです…できる限り、なるべく(笑)
190 名前:SIDE-A:中澤ゆうこ「第ニ章」 投稿日:2001年05月13日(日)03時42分49秒

<SIDE−A>


「裕ちゃん、ちょっといいかな」
「ん?なに?」
仕事が終わって楽屋を出て行こうとした中澤さんを、矢口さんが引きとめる。

「あ、何か用事あった?」
「いや、別にないけど…?」
「あのさぁ…これから裕ちゃんち行っていい?よっすぃーと2人で」
「はあ?今から?」
矢口さんの突然のお願いに、中澤さんは少し驚いている様子。

「ダメ?」
「いや、別にええけど…」
「ホント?よっすぃー、いいって!」
少し離れたところで2人の会話を聞いていたあたしに向かって、矢口さんが言う。

「あの…おじゃまします」
交渉が成立したところで、あたしは中澤さんに歩み寄ってお礼。
「ああ…。そんなら行こか」
半信半疑といったカンジで頷く中澤さん。

たぶん中澤さんは、矢口さんだけじゃなくあたしも一緒、ってコトに驚いてるんだと思う。
この世界のあたし(オトナ)が中澤さんちに行ったコトは一度もない、って矢口さんが言ってたし。
もっともあたしも、元の世界で中澤さんの家におじゃましたコトは一度もないんだけど。
191 名前:SIDE-A:中澤ゆうこ「第ニ章」 投稿日:2001年05月13日(日)03時43分53秒
「しっかし珍しいなぁ、吉澤があたしんちに来るって…急にどうしたん?」
「えっ、えっと…あの、おっ、大人の女のヒトの部屋って、どんなカンジかなーって…」
帰りのタクシーの中で突然中澤さんに質問されて、あたしはしどろもどろ。

「はあ?オトナぁ?」
助手席に座っていた中澤さんが、不機嫌そうに後ろを振り向く。
うそっ…あたし、なんかまずいコト言っちゃったのかな。

「なんやそれ、嫌味かいな?」
中澤さん、どうして怒ってるんだろう……あっ!!
あたし、『大人の女のヒト』って言っちゃったんだ…中澤さんのコト。
ココの中澤さんは、試験に落ち続けて未だオトナになれずにいる、メンバー唯一のコドモ。
中澤さんはさっきのあたしの言葉を、そんな彼女に対する嫌味と受け取ってしまったらしい。

「ああっ、そうじゃなくて!!中澤さんって、オトナじゃないのにすごくオトナっぽくて、いいなぁーって、
あたしも見習いたいなーって思ってたんで、だから、えっと…」
自分でも何が言いたいのかよくわからなかったが、とりあえず思いつくままに言い訳を並べ立てる。
「…悪かったな。オトナでもないのにオトナぶってて」
「ああっ、そうじゃなくて…」
あたしの努力もむなしく、状況はますます悪化するばかり。

「もぅ…裕ちゃん、そんなコトで怒んないでよ。矢口がよっすぃーのコト誘ったんだよ。2人にもっと仲良くしてもらおうと思ってさ」
あたしの隣に座っていた矢口さんがフォローしてくれる。
「なんや『仲良く』って。別にあたしら仲悪ぅないやん。なぁ?」
「そうですよ」
あたしは、中澤さんの問いかけに素直に同意。

「でもっ…特別『なかよし』ってワケじゃないじゃん!!2人に親友になってもらいたいの、矢口は!!」
「親友って…なに言うてんの、矢口」
「そうですよ」
矢口さん、フォローしてもらっといてなんだけど…自分でもちょっとワケわかんなくなってません?

「なんだよー、もういい!!」
そう言うと矢口さんは、ぷいっと窓の方へ顔を向けてしまった。
「なに怒ってんの?ワケわからんわー。なぁ?」
「そうですよ」
いつの間にか、あたしの中澤さんに対する失礼な発言はうやむやになっている。
もしかして矢口さん、コレが狙いだったのかな?

「なんだよ、2人して…。マジむかつく…」
あ、ホントに怒ってたんだ…。
192 名前:SIDE-A:中澤ゆうこ「第ニ章」 投稿日:2001年05月13日(日)03時45分06秒
「「おじゃましまーす」」
「何もないトコやけどな。ゆっくりしてって」
玄関先で靴を脱ぐと、あたしたちは中澤さんの後に続いて部屋の中へ足を踏み入れた。
黒を基調としたシンプルで落ち着いた感じの部屋は、中澤さんの雰囲気によく合っていて…。
本人に言うとまた怒られそうだから口には出さなかったけど、『大人の女のヒト』の部屋ってカンジがした。

「あ、ソファーの位置変えた?」
部屋に入るとすぐに、矢口さんが言った。
「ああ…もうだいぶ前やけどな」
あたしたちをリビングへ通すと、中澤さんはそのまま奥のダイニングへ。
ダイニングテーブルの上に部屋のカギを無造作に放り投げる。
木製のテーブルと硬い金属がぶつかって、無機質な音を立てた。

矢口さんの言った問題のソファーは、ダイニングとリビングを区切るように置かれていて…目の前にはテーブル、そして正面にはテレビ。
ソファーに寝転んで、テーブルの上の缶ビールとおつみまを交互に楽しみつつリモコン片手にテレビを見る中澤さんの姿が浮かんだ。
あっ、でもココの中澤さんの場合、ビールにおつまみはマズいんだよな…お茶にお菓子なんだろうか、やっぱり。

「最近ぜんっぜん来てくれへんモンなぁ、矢口。2人とも、コーヒーでええか?」
キッチンで、食器棚からカップを取り出しながら中澤さんが言う。
「はい」
「うん。ホント久しぶりだなー…最後に来たのいつだっけ」
キッチンの中澤さんに答えつつ、矢口さんは持っていたバッグを側に置くとソファーに腰掛けた。
あたしも矢口さんの隣に腰掛けると、両手をヒザの上に乗せて中澤さんが来るのを待つ。
初めて入った中澤さんの部屋…緊張して何となく落ち着かない。
手持ち無沙汰のあたしは、さっきからヒザに置いた両手を意味もなく組んだり離したり。
そんなあたしとは対照的に、矢口さんはソファーの上に置いてあったクッションを抱え込むとその上にアゴを乗せてすっかりリラックスムード。

「『よっすぃー』と遊んでる方が楽しいんやろ?矢口は」
後ろから聞こえた声に振り返ると、中澤さんはちょうどやかんを火にかけているところだった。
「なっ…なんだよ、それ」
矢口さんは、胸に抱いたクッションに顔を埋めて目だけのぞかせてる。
その様子を横目で見ていたあたしと目が合うと、矢口さんはあわてて視線を逸らした。
193 名前:SIDE-A:中澤ゆうこ「第ニ章」 投稿日:2001年05月13日(日)03時45分53秒
「そういや、なっちも圭ちゃんもあんまし来んようになったなぁ…。ま、みんな忙しいんやろけどな」
さっきのからかうような口調とは打って変わって、少し寂しげに呟く中澤さん。
矢口さんに安倍さん、保田さん…このメンツって、思いっきしいつものつぼ八メンバーじゃんか。
中澤さんの言う『忙しい』とは別のイミで忙しいんじゃないの…?

この世界の中澤さんは、夜9時までしか仕事できないせいであたしたちとはなかなか帰る時間が合わない。
それでなくても最近は、中澤さんの新曲が出たばっかりで1度も顔を合わせるコトが無い日だって多いし。
たまに仕事が早く終わった日だって、中澤さん以外のみんなはここぞとばかりに居酒屋に繰り出す始末。
一緒に行ってもお酒さえ飲まなければ入店拒否されるコトもないのに、どうしてみんな中澤さんのコト誘ってあげないんだろう…
あたしはいつも不思議に思ってた。

「っていうか、みんな気ぃ使ってんだよ。裕ちゃん、もうすぐ試験でしょ?」
クッションから顔を上げて矢口さんが言った。
なるほど…試験が近い中澤さんに勉強に集中してもらおうと、みんなは気を使って誘わなかったってコトか。
「なんやそれ、カンジ悪っ。ヘンな気ぃ使うなっちゅーねん…」
矢口さんの言葉に、中澤さんが低い声で独り言のように呟く。
中澤さん、なんか冷たい言い方だなぁ…照れ隠しなんだろうか?

「ちょっとー!!そーゆー言い方ないんじゃない!?」
矢口さんが立ち上がったのと同時に、やかんがピーッとけたたましい音を立ててお湯が沸いたコトを知らせる。
中澤さんは矢口さんの様子を気にするでもなく火を止めると、用意してあったカップにお湯を注いでいる。
「矢口さん」
その隙にあたしは、立ち上がった矢口さんの袖を引っ張って座るように促す。
矢口さんの怒りたい気持ちはよく分かるけど、ケンカにでもなっちゃったら今日ココに来た意味がなくなってしまう。
ガマンしてください…目で訴えるあたしのテレパシーを感じ取ってくれたのか、矢口さんは渋々とソファーに腰を下ろす。
194 名前:SIDE-A:中澤ゆうこ「第ニ章」 投稿日:2001年05月13日(日)03時46分49秒
「でさぁ、進んでんの?勉強の方は」
ソファーに座って冷静さを取り戻した矢口さんは、ようやく今日の本題に入ってくれる。

今日あたしたちがココに来た目的は、例の試験のコト。
中澤さんに早くオトナになってもらいたくて、あたしはこの世界に残った。
『ココまで落ち続けてたら、もうやる気なくしちゃってるかもね』
そのコトについてあたしが相談した時、矢口さんはそう言ってたけど…あたしにはそうは思えなかった。
(『ラジオ…やりたい。生でな』)
中澤さんがあたしに話してくれた、『オトナになれたら一番最初にやりたい事』。
あの時の中澤さんの表情は真剣そのもので、決してオトナになるコトをあきらめたりなんかしてない。
あたしはそう確信していた。だからこの世界に残るって決めたんだ。


「せやなー…進んでんのか進んでへんのかなぁ。進んでるようで進んでないようななぁ…。進んどるっちゃー進んどるんやけどな。
進んでへんっちゃー進んでへんわなぁ」
「はあ?なに言ってんの?ぜんっぜんわかんないんだけど」
…同感。

「いやー、十分合格点いってるハズなんやけど…何で受からへんのかなぁ。はい、どうぞ」
言いながら中澤さんは、あたしたちのコーヒーをトレーに乗せて運んできてくれた。
テーブルに置かれた3つのカップからは、白い湯気が立ち昇っている。
ソファーはあたしたちが占領しちゃってるから、中澤さんはソファーのすぐ側に足を崩して座っている。
あたしは中澤さんにお礼を言ってから両手でカップを持つと、ゆっくりと口をつけた。

「それって、原因がわかんないってコト?」
中澤さんが持ってきてくれたコーヒーを一口飲んでから、矢口さんが言った。
「うん…マークシートの方は、いっつも300超えてんねんけどなぁ。350いった時もあったんやで?」
「えっ、それで?じゃあ…プラス、記述問題で400から450か。えーっ、それ絶対オカシくない?」
矢口さんは、ソファーの背もたれから上半身を起こして身を乗り出す。
その振動であたしは、飲みかけのコーヒーをこぼしそうになってあわててテーブルの上にカップを戻す。
一口飲んでカップの中身が少し減っていたせいで、何とかこぼさずに済んだ…よかった。
195 名前:SIDE-A:中澤ゆうこ「第ニ章」 投稿日:2001年05月13日(日)03時49分32秒
「450なら、絶対合格してるはずですよね」
あたしも、知ったかぶりして2人の会話に参加してみる。
試験制度については昨日の夜、矢口さんに電話で教えてもらってバッチリ予習済み。

矢口さんに聞いたところによると、中澤さんが苦戦しているオトナの試験ってやつは…5つの選択肢から1つだけ答えを選択する
マークシート方式の問題と、全部で10問ある設問に自分の考えた答えを記述していく記述式の問題の2つに分かれている、とのこと。
点数の配分は、マークシート問題が400点満点で記述問題が100点満点の、計500点満点。
合格ラインは公表されていないが、合計で400点以上と言われている。

そして問題の内容はというと、マークシートの方は国数英社理の5科目から出題される。レベルは中学卒業程度。
もう一つの記述式の方は、オトナになるための心得というか、オトナの定義に関する問題が全部で10問。
ただ、コレに関しては毎回ほとんど同じ問題が出題されるため、問題集等の模範解答をそのまま暗記してしまえばOKらしい。
大抵の人はこの記述式問題で満点の100点を確保しておいて(解答丸暗記)、残りの300点をどうにかしてマークシートの方で稼いでいる。
中澤さんの場合も当然100点分は暗記で稼いでるだろうから、マークシートで常に300点以上を取ってるってのが本当ならとっくに合格していても
おかしくないんだけど…。
196 名前:SIDE-A:中澤ゆうこ「第ニ章」 投稿日:2001年05月13日(日)03時50分47秒
「裕ちゃんさぁ、ホントに300超えてんの?自己採点まちがってんじゃないの?」
中澤さんには申し訳ないけど、あたしもそう思う。

「こら、なんちゅーコト言うねん!?せやったら証拠見したろやないかい!!」
中澤さんはテーブルに両手をついて立ち上がると、部屋の奥に置いてある棚を漁り始めた。
あたしたちは、コーヒーをすすりながらその様子をじっと見守る。

「ホラ!!こないだのやつ。ちゃんと見てみぃ、ちゃんと!!」
しばらくしてこっちに戻ってきた中澤さんは、薄っぺらい3冊の冊子をあたしたちの目の前に差し出した。
コレが実物の問題用紙か…。

1冊はマークシート方式の問題、1冊は記述式の問題が収められており、そして残りの1冊は全ての問題の解答集。
試験後に自己採点できるように、2冊の問題用紙には手書きで解答用紙に書いたものと同じであろう中澤さんの回答が
書かれてある。
そして手書きの回答の上からは、赤で○×の印がつけてあった。コレは中澤さんの自己採点の跡だろう。
記述式の方の問題用紙には採点の跡がないところをみると、中澤さんも例に漏れず模範解答丸暗記作戦なのだろう。
採点の必要もないってコトか…。
197 名前:SIDE-A:中澤ゆうこ「第ニ章」 投稿日:2001年05月13日(日)03時52分10秒
「どれどれ…」
矢口さんは受け取った問題用紙の、マークシートの問題と解答集を見比べて、中澤さんの自己採点に誤りがないかをチェックし始めた。
あたしはそれを横から覗き見する。

うわっ、なにコレ…さっぱりわかんないんですけど。
確か中3レベルの問題が出題されるんだったよな…。
あたし、いま中3だよな…。
なんか、中澤さんの面倒見てる場合じゃないような気がしてきたのは気のせいだろうか。

落ち込んだのと同時に、あたしは更に恐ろしいコトに気がついた…それは、辻と加護。
あの2人は、中3レベルのこの試験をクリアしたってコトだよね!?
矢口さんによると、あの2人は家庭教師付きで猛勉強させられたって話だったけど…。
人間、頑張ればいくらでも限界を超えられるモノなんだなぁ…あたしも頑張ろう、イロイロと。


「ちょっ…なにコレ!?」
マークシートのチェックが終わり(どうやら中澤さんの自己採点に間違いはなかった様子)、記述問題に目を通し始めたところで
矢口さんが突然声を上げた。
「どうしたんですか…?」
あたしは隣に座っている矢口さんに尋ねるも、返答はなし。
中澤さんは、何が起こったのかわからないといった顔であたしたちの様子を窺っている。
あたしは、矢口さんが見ていた問題用紙を再び覗き見する。

設問1 >成人すると許される事柄のうち、二つを挙げなさい。
模範解答>飲酒、喫煙、投票(選挙権が与えられる)、成人限定の場所への立ち入り、成人限定書籍の購入、など。
中澤さん>酒、タバコ

うーん、コレは…。間違いじゃないんだろうけど、微妙だなぁ。
『酒を飲むこと』『タバコを吸うこと』だったら正解なんだろうけど、『酒』『タバコ』じゃなぁ…実際にマルになってるか
バツになってるかは、あたしたちにはわからない。採点者のみぞ知る、ってやつ。
それにしても、矢口さんはコレ見てあんなに驚いてたんだろうか。
ちょっと暗記の仕方が乱暴な気はするけど、そこまで驚くような答えじゃないと思うんだけど…。
198 名前:SIDE-A:中澤ゆうこ「第ニ章」 投稿日:2001年05月13日(日)03時53分41秒
設問2 >飲酒の際、最も気をつけなくてはならない事柄は何か。
模範解答>節度をわきまえ、周囲の迷惑になるような行動を取らないよう心がける事。
中澤さん>パーッと飲んで、嫌なことを忘れる。

おいおいおいおい。模範解答完全無視しちゃってるよ、このヒトは。
暗記の仕方が乱暴、じゃ済まないなコレは。模範解答1ミリもかすってないし。
矢口さんが驚いてたのはこの答えだったか…。

以降の問題も、中澤さんはことごとく模範解答とは遠くかけ離れたナカザワ流オトナ論を展開。
全10問のうち、設問1を正解とするならば10点、正解としなければ0点。
どっちにしろ、合計しても400点には満たない(ちなみに、今回のマークシート問題の採点結果は320点でした)。
コレじゃあ、受かるワケないよなぁ…。

「中澤さん、こっちの記述式の方って…解答集見たコトあります?」
中澤さんの回答を見る限り、模範解答を見たコトがあるとはとうてい思えなかったが、一応聞いてみる。
「解答?ないけど?」
やっぱり。
しかも『ないけど?』って当たり前みたいに…何でこんなチャンスをみすみす逃すようなマネするかなぁ、丸暗記で100点稼げるってのに。


「裕ちゃんさぁ、ホントに受かる気あんの?」
問題用紙をヒザの上に広げたまま、矢口さんが呆れ顔で言う。
「…どういう意味や、それ」
そう言った中澤さんの声が、低くて怒気を含んでいたコトにあたしは驚いた。

「だから、やる気あんのかっつってんの!コレさえちゃんと覚えれば、すぐ受かるんじゃん!!なんで見てもいないんだよ!!」
中澤さんの怒り口調に煽られてか、矢口さんは声を荒げて中澤さんを怒鳴りつける。
ああああ、どうしよー…このままじゃケンカになっちゃうよぉ。

「コレは学校の勉強とは違う。人に答え教えてもろて解けるような問題やない…自分が正しいと思った答えが正解や」
興奮する矢口さんとは対照的に、中澤さんは怒ってはいるものの、その口調は冷静そのもの。
199 名前:SIDE-A:中澤ゆうこ「第ニ章」 投稿日:2001年05月13日(日)03時55分06秒
「はあ?なにそれ?何でそうやってヘンな意地張るワケ!?素直に覚えた答え書けばいいじゃん、キレイ事なんか言ってないでさ。
そんなんじゃいつまでたってもコドモのまんまだよ!!」
どうしよう…心配するあたしをよそに、矢口さんはさらにヒートアップ。
これじゃ、中澤さんがブチ切れるのも時間の問題かも知れない…どうしよ、どうしよ。
かといって、あたしは2人の間に割って入るコトもできずにオロオロ…一触即発のこの状況をただ見守っているだけ。

「矢口は…それでええんか?」
中澤さんは、なおも静かに言葉を続ける。あたしは、とりあえずホッと胸をなでおろした。
「何が」
不機嫌そうな声で、矢口さんが短く応える。

「他人が考えた答え、まるまる暗記して…それでオトナになって嬉しいんか?」
中澤さんが話しているのを聞きながらあたしは、矢口さんのヒザに乗っかってる問題用紙を眺めていた。


設問10>あなたは、何のために大人になるのですか。
模範解答>自立して社会に貢献するため。
中澤さん>夢を叶えるため。


「なにそれ…バッカじゃないの!?みんなも、よっすぃーだって裕ちゃんのコト心配して…なのに何なんだよ!!裕ちゃんは、」
「ゴメンな矢口。コレだけは譲られへんねん」
矢口さんの言葉を遮って、中澤さんはきっぱりと言い切った。
だけどそれはさっきまでの冷たい言い方ではなくて、少し寂しげな口調に変わっていた。

「矢口さん!!」
持っていた問題用紙を中澤さんに向かって投げつけると、矢口さんは荷物も持たずに部屋を飛び出してしまった。
「ゴメンなぁ、せっかく来てくれたのに」
中澤さんの言葉に、あたしは首を横に振る。中澤さんは悪くない、そして矢口さんも。
一番悪いのは…何も言えなかった、何もできなかったあたしなのかも知れない。
中澤さんをオトナにしてみせる、そう言い出しのはあたしなのに。

「コレ、あいつに持ってったって。ったく、財布も持たんとどうやって帰る気やっちゅーねん…」
「あたし、また戻ってきます。矢口さん連れて」
あたしは、矢口さんのバッグを差し出す中澤さんの手を遮ると、矢口さんを追って玄関を飛び出した。
200 名前:SIDE-A:中澤ゆうこ「第ニ章」 投稿日:2001年05月13日(日)03時56分22秒
「矢口さん!!」
エレベーターを降りてマンションから出るとすぐに、あたしは矢口さんの後姿を発見して声を掛けた。
矢口さんはあたしの声に振り返るとすぐに、その場から逃走した。
ひどい…せっかく追っかけてきたのに何も全力疾走で逃げるコトないだろーっっ!!

「矢口さん、待ってくださいよ!!」
2人の距離がそう遠くなかったコトもあって、あたしはあっさり矢口さんの捕獲に成功。
昔から走りには自信がある…かけっこだって誰にも負けたコトなかったんだから。

「なに?あ、もしかしてバッグ持ってきてくれたの?」
あたしが掴んでる右手を振りほどきながら、矢口さんが言う。
「いや、そうじゃなくて…戻りましょうよ、中澤さんのトコ」
「やだ」
即答した矢口さんが再び逃走しようと足を踏み出したところで、あたしは素早く右手を掴む。
「わかった、わかったから離してよ」
少し強く掴んでいたせいで痛がる矢口さんの右手を、あたしは仕方なく解放した。
そのかわり、いつ逃げられてもいいように両足を踏ん張って身構える。

「でも、戻りたくない。っていうか戻れないよ…裕ちゃんにひどいコト言っちゃったし。サイテーだよ…」
部屋にいた時の強気な姿勢はどこへやら、矢口さんは下を向いて今にも泣き出しそうな声。
「サイテーじゃないですよ。矢口さんは中澤さんのために…」
「違うよ」
フォローしようとするあたしの言葉を、矢口さんが遮る。

「悔しかったんだよ、たぶん」
悔しい…?
「裕ちゃんは、オトナになるってコトがどういうコトかってちゃんと考えててさ、でもあたしは裕ちゃんみたく
何のためにオトナになるのか、なんて考えたコトもなくてさ。ただ周りのヒト達に言われたから、なっただけだもん。
なんかあたしってさ、あんまり波風とか立てたくなくていつも周りに流されちゃうみたいなトコあるから…。
そういうの、全部言い当てられたみたいで、悔しくてあんなコト言っちゃったんだよ。
ぜんぜん、裕ちゃんのためなんかじゃないよ…ホント、サイッテー」
201 名前:SIDE-A:中澤ゆうこ「第ニ章」 投稿日:2001年05月13日(日)03時58分23秒
「そんなコト、ないと思います」
自分を責めて苦しんでる矢口さんの姿を見ていられなくて、あたしは思わず声をかけた。
「無責任なコト言わないでよね、理由とか何も考えてないクセに」
うっ…キッツイなぁ。
でも理由というか、言いたいコトはちゃんとあるんですからね。ちゃんとまとまってないだけで。

「矢口さんは、娘。やりたいからオトナになったんですよね?」
「え…?」
「娘。やるために必要だと思ったからオトナになったんですよね。そうですよね。ね?ね?」
「え…うん。まあ、ね」
なんか、強引に頷かせてるような気がしなくもないけど、一度言いかけたコトはちゃんと最後まで言わなきゃ…。

「えっと…それって、夢のために、夢を叶えるためにオトナになったっていうコトになりませんか?
だから、えっと、何が言いたいかっていうとですね…」
さっきまでちゃんとあたしのカオを見ながら話を聞いてくれていた矢口さんは、いつの間にか下を向いてしまっている。
しどろもどろになってるあたしの様子がおかしくて、笑いをこらえているんだろうか…あーあ、情けない。
でもやっぱり、言いかけたコトはちゃんと最後まで言おう。

「だから…矢口さんがオトナになったのには、ちゃんと意味があったんだと思います」

言い終わったのと同時に、矢口さんがあたしの胸にコツンと頭を乗せて寄りかかった。
その小さな肩は、小刻みに震えている。
下を向いていたのは、笑ってたんじゃなくて…泣いてたからだったんだ。

「さんきゅー…よっすぃー」
あたしの胸でそう呟いた矢口さんの小さな肩を、あたしはそっと抱きしめた。
矢口さんの目から零れ落ちる涙が、あたしのセーターを濡らしていく。

あたしは、矢口さんを抱く手に力をこめた。
あたしのセーターが、矢口さんの涙をぜんぶ吸い取れますように。
あたしの体温で、矢口さんの涙がはやく乾きますように。


「おしっ。戻ろっか、よっすぃー」
よく笑うし、すぐに怒るし、かと思えば突然泣き出したり、そんでまたすぐ泣きやんだり。
この矢口さんって、あたしのトコの矢口さんよりもコドモっぽいような気がするのは気のせいだろうか…まいっか。
202 名前:すてっぷ 投稿日:2001年05月13日(日)04時05分19秒
ちょっと間があいてしまいましたが、久しぶりに更新しました。
お互いの世界にすっかり溶け込んでいた吉澤たちですが、今回は少しだけ進展がありました。
こんな調子でのろのろ進んでいくと思いますので、もうしばらくお付き合いいただければと思います。
203 名前:名無し読者 投稿日:2001年05月13日(日)10時18分42秒
中澤さんの「どうしても譲れない」部分。
よくわかります。自分もよくやってしまうもので(汗
目的のために、自分を曲げる。っていうことも、
たしかに「大人になる」ってことなんだろうけど…
次の更新気長に待ってます。(w
204 名前:ポルノ 投稿日:2001年05月13日(日)12時39分10秒
やった♪やった♪更新されてる♪
やっぱり姐さんは、考えてることが違うねえ
でも、それじゃ大人になれないし・・
続き期待。
205 名前:アリガチ(HN) 投稿日:2001年05月14日(月)01時08分56秒
ねーさん素敵ッス!
らしい解答で笑えるけど、それじゃこの世界じゃ大人になれないんですよね。
難しい・・・。
206 名前:名無し読者 投稿日:2001年05月14日(月)01時51分48秒
そーかあ、中澤さんは本当に精神的に「大人」だからこそ大人になれなかったのかな。
それじゃあもう周りは何にも言えないし、それでも、うーん。吉澤は何ができるだろう。
最後のやぐよしは……もっ…萌え…ってああっ…いい話なのに。
毎回更新が楽しみです。続き期待してます。
207 名前:すてっぷ 投稿日:2001年05月16日(水)00時08分45秒
>203 名無し読者さん
ありがとうございます。今回は中澤ねーさんの、良い意味で頑固者な
部分を出したかったのですが、いかがだったでしょうか…。
次回も引き続きSideAの予定ですが、自分を曲げずにどうやって大人に
なるかについても、次回…あくまで予定ですが(笑)。

>204 ポルノさん
ありがとうございます。
>やっぱり姐さんは、考えてることが違うねえ
ねーさん、単に問題がわかんなくて落ち続けてたわけではなかったのです(笑)。

>205 アリガチ(HN)さん
ありがとうございます。解答、ねーさんっぽかったですか?
今回は試験制度やら問題の内容やら、無い知恵を絞って考えたので
そう言っていただけてうれしいです。後々ボロが出そうな気もしてますが(笑)。

>206 名無し読者さん
ありがとうございます。前回の、中澤さん主役の話(中澤ゆうこ「第一章」)から
だいぶ間が空いてしまいましたが、やっと彼女が大人になれない理由が明らかに
なりました…ちょっと長かったですね、ここまで来るのに。
最後は、結構前から考えていてずっと入れたかったシーンだったので、
萌えていただけて…良かった良かった(笑)。
208 名前:SIDE-A:忘れてました。 投稿日:2001年05月18日(金)22時27分33秒

<SIDE−A>


「忘れてました」
「え?」
中澤さんとケンカして部屋を飛び出した矢口さんを連れ戻す途中、あたしは大変なコトに気がついてしまった。

「あたし…受験生なんですよ」
「…知ってるよ。っていうか忘れんなよ、そんなコト」
うっかりしてた…中澤さんのコト心配してる場合じゃない、このままではあたしが浪人してしまう。

「いつなの?試験」
あたしたちは、中澤さんのマンションの前で立ち話。
中澤さんの部屋に戻ってからできる話じゃないもんね、コレは。
「再来週です」
「じゃあ、あと2週間あるじゃん」
矢口さんはあっさりと言い放つ。
『2週間ある』じゃなくて『2週間しかない』んですけどぉ…。

「どーすんの?やっぱり、こっちで受けるんだよね?」
「ですね…中澤さんの試験より前だし」
あたしの入試の日は3月5日、中澤さんの試験は3月12日。
中澤さんの試験の日までこの世界に残るとすれば、必然的にあたしもこの世界で受験しなきゃいけなくなる。
ココに来たばかりの時に学校で知ったんだけど、幸い、もうひとりのあたし(オトナ)の志望校はあたしと同じだった。
その時はまさかこっちで受験するなんて思ってなかったから、大して気にも留めてなかったけど。

「でも、楽勝なんでしょ?」
「え?」
矢口さん、一体なにを根拠に…?
「だって、よっすぃー言ってたよ。二日酔いでも受かる自信あるって」
「何だかよくわかんない目安なんですけど」
しかもそれって、もうひとりのあたしの話でしょ?
あたしともうひとりのあたし(オトナ)は別の人間であって、学力とかも多少違うはずだし…。

「よっすぃーが二日酔いになるなんてそうとう飲まない限り、絶対にないコトなんだよ。どんなに飲んでも次の日ピンピンしてるし。
だから、前日にどれだけ飲もうが絶対受かるって、それだけ楽勝だって言いたかったんだろうね」
「そんなにアタマ良いんですか?」
信じられない…缶ビールにマジックで名前書いてたり、居酒屋の割引券を山ほど溜め込んでたり、とても秀才さんの
やるコトとは思えない行動ばかりが目につくのですが。
209 名前:SIDE-A:忘れてました。 投稿日:2001年05月18日(金)22時28分27秒
「少なくとも、中3レベルだったら完璧だと思うよ。試験の時、すごいがんばってたもん、よっすぃー」
試験…あ、そっか。
あいつも合格してるんだ、オトナの試験。
中3レベルの問題が出題されるマークシート問題を完璧にクリアしているのであれば、高校受験だって楽勝なはず。
それにひきかえあたしは…さっぱりわかんなかったもんなぁ、中澤さんの部屋で見たマークシート。

「楽勝…じゃないの?」
「はい」
あたしは、矢口さんの問いにきっぱりと答える。
もうひとりのあたしには大変申し訳ないけど、かなりギリギリの状態です。

待てよ。と、いうコトは…。
「このままあたしがこっちに残れば、あたしの世界ではもうひとりのあたしが、あたしの代わりに受験するんですよね」
「うん、そうだねぇ」
やったね…もうひとりのあたしならば、あたしの世界で志望校合格まちがいなし。
中澤さんのためにも、そしてあたし自身のためにも、もうしばらくココに残る必要がありそうだ。

「替え玉受験、か…。でも、替え玉の方が成績悪いってのは聞いたコトないよね」
ひどい…それってあたしのコト言ってます?
否定できないトコが自分でも哀しいけど。


「じゃあ、よっすぃーも裕ちゃんと一緒に居残り勉強だね。明日から」
「え…」
「あったりまえじゃん!!よっすぃーが高校受かんなかったら、もうひとりのよっすぃーが帰ってきた時困るでしょ!!」
「…はい」
どっちにしろ受験勉強からは逃れられないんだなぁ…そりゃそうか。
あたしも精一杯がんばるつもりだけど、もしダメだった時は…ゴメンね、もうひとりのあたし。
だから、そっちはそっちでがんばってください。

それはそうと、さっき矢口さん、中澤さんも一緒に居残り勉強って言ってたけど…どういうコトだろ?
マークシートの方はとっくに合格点いってるはずだし、勉強よりも記述問題を暗記するように説得する方が先だと思うんだけど…。
「ムダだよ。裕ちゃんがあたしたちの言うコト聞くワケないじゃん。ほんっと、ガンコなんだからあいつは…」
あたしが聞くと、矢口さんはそう言った。
矢口さん、中澤さんに一体何を勉強させるつもりなんだろう…?
210 名前:SIDE-A:忘れてました。 投稿日:2001年05月18日(金)22時31分02秒
「ええーっっ!?無理やで、そんなん!!絶対、無理やってぇー!!」
部屋に戻ったあたしたちが、中澤さんオトナ化計画を発表したところ…中澤さんは思った通りの反応を示してくれた。

「しょうがないじゃん!!だったら記述問題ぜんぶ暗記する?」
「せやから、それはできんって言うてるやろ!!」
「だからコレしか無いっつってんの!他に方法あるんだったら言ってみなよ!!」
「うるさい!!アンタの声、うるさいねん!カラダ小っちゃいんやから、もっと小っちゃい声でしゃべらんかい!!」
「なにそれ、カンケーないじゃん。マジむかつく!!」
もぅ、帰ってきた途端に…カンベンしてくださいよぉ。

「もーっ、やめてください!!ケンカしてる場合じゃないですよ!!」
あたしは、取っ組み合い寸前の2人の間に割って入る。

「…せやな。ちょっと大人気なかったな」
あたしが仲裁に入ると、中澤さんは素直に引き下がってくれた。
中澤さんが大人気ないのは許そう。だってコドモなんだから。
「バカ裕子!!」
だけどこのヒトがこの態度なのは、少々問題があると思う…矢口さん、あなたは立派なオトナなんですから。


「…満点かぁ。ちょっとキツイけど、確かにそれしかないもんなぁ」
矢口さんの暴言に顔をひきつらせながらも、中澤さんは話を先に進めてくれる。

中澤さんがオトナになるための試験は、400点満点のマークシート問題と、100点満点の記述式問題に分かれて出題される。
合格ラインは公表されていないが、この2種類のテストの合計で400点以上と言われている。
マークシートの方は中学卒業レベルの学力が必要とされるが、記述式の方は毎回ほとんど同じ問題が出題されるため、
模範解答の丸暗記で記述式問題の100点を稼ぎ、マークシート問題で残りの300点を取る…ってのが普通のヒトのやり方。
211 名前:SIDE-A:忘れてました。 投稿日:2001年05月18日(金)22時32分40秒
しかし中澤さんは、マークシート問題では常に300点〜350点を稼ぎ出しているものの記述式問題の模範解答を覚えようと
しないため(しかも自分で考えた答えはほとんど間違っている)、合格ラインである400点に届かない…ってのが現状。
しかも恐ろしいコトに中澤さん、自分で考えた答えがほぼ全滅だったってコト、今日の今日までまるで気が付いていなかった。
どっからその自信が沸いて出たのか知らないが、記述問題では毎回ほぼ満点をキープしていると思い込んでいたらしい。
それであたしたちに、落ちる原因がわからない、って言ってたってワケ。

そんな中澤さんが、立派なオトナになるための道は…ただひとつ。
それは、マークシート問題で満点の400点を取るコト。
400点で合格、ってのは正式に発表されてるコトじゃないんだけど、問題集等によると自己採点で400点以上を取れば
(400点を含む)ほぼ合格間違いなしとのこと。


「だから、この設問1の『酒、タバコ』ってやつをさ、『飲酒』と『喫煙』に代えるワケよ。そんでマークシートで満点取れば、確実だね」
アタマを抱える中澤さんに、矢口さんから更なるアドバイス。
設問1ってのは、中澤さんが解いた記述式問題で唯一正解に近かった問題。

設問1 >成人すると許される事柄のうち、二つを挙げなさい。
模範解答>飲酒、喫煙、投票(選挙権が与えられる)、成人限定の場所への立ち入り、成人限定書籍の購入、など。
中澤さん>酒、タバコ

この問題の、『酒、タバコ』というぶっきらぼーな答えを『飲酒、喫煙』に代えるコトで、とりあえず10点は確保できる。
これでマークシートが満点ならば合計で410点となり、オトナの仲間入りは確実ってコトになる。


「しゃーないなぁ…頑張って満点とるかぁ」
テーブルに頬杖をついて考え込んでいた中澤さんが、静かに呟いた。
212 名前:SIDE-A:忘れてました。 投稿日:2001年05月18日(金)22時33分29秒
「ほな、また明日な」
玄関で靴を履くあたしたちを、中澤さんが見送ってくれる。
「うん。じゃあね」
「おじゃましました」
中澤さんに短くあいさつすると、あたしたちはドアのカギを開けて部屋を出る。


「さてと、明日からビシビシいくからね!!覚悟しろよぉ、よっすぃー」
「…はい」
マンションを出てタクシーが拾える大通りまで、あたしたちは並んで歩く。
いつの間にかすっかり日も暮れて、辺りは真っ暗。
薄暗い街灯の灯りに、あたしたちが吐く真っ白な息だけがくっきりと浮かび上がる。

明日から、仕事の後は中澤さんと仲良く居残り勉強。
こっちに来てからというもの、夜遅くまで働かなきゃいけなくてタダでさえ寝不足ぎみなのに、この上居残りかぁ…。

「問題集とかは、よっすぃーの家にまだあるんじゃない?あたしも持ってくるからさ、いろんな問題やろうね」
「はい」
落ち込むあたしとは対照的に、隣で一人はりきってる矢口さん。
自分のコトじゃないのに自分のコトみたいに中澤さんやあたしのコト、考えてくれて。
矢口さん、いつも自分のコト『おせっかい』だなんて言ってるけど…こんなうれしいおせっかいなら、ぜんぜんオッケーだと思った。

「あっ、来た来た」
大通りに出たところでちょうど一台のタクシーが通りかかって、矢口さんが手をあげて止める。
ドアが開いて矢口さんが先に乗り込み、あたしもそれに続いた。
駅までタクシーで約10分の道のり、そこから先は別々の電車でそれぞれの家に帰らなきゃならない。
213 名前:SIDE-A:忘れてました。 投稿日:2001年05月18日(金)22時35分33秒
「でも聞いてみるもんだねー。あのままじゃ裕ちゃん、一生受かんなかったよ、たぶん」
車が走り出すとすぐに、矢口さんが口を開いた。
「そっかなー、いつかは気付くんじゃないですか?いくら中澤さんでも」
確かにあたしたちが答え合わせしたからこそ、記述問題が全滅してたコトが判明したワケだけど…まさか一生気付かないってコトはないでしょ。

「いや。気付かないね。気付かずにクレームとか付けて恥かいてたよ、絶対」
「ああ…それはやりそう」
『採点まちがってんちゃうか!?』とか言って怒鳴り込みそうだもんなー…良かった、そうなる前に真実が判って。


「あのさ、よっすぃー…」
「はい?」
突然呼ばれて隣に目をやると、矢口さんは下を向いて何か言いたそうに口をモゴモゴ…どうしたんだろ?

「さっきは…ありがとね。あの…追っかけてきてくれたとき」
「えっ?」
「泣いちゃって、ちゃんとお礼言えなかったから。よっすぃーが言ってくれたコト…すごい、うれしかった。ありがとうございました!!」
そう言ってぺこりと頭を下げる矢口さん…最後のは照れ隠しみたいだったけど。
「どういたしまして!!」
矢口さんのマネをして、あたしも深々と頭を下げる。そして、2人して笑った。

本当は、お礼言わなきゃいけないのはあたしの方。
ある日突然、異世界から迷い込んできたあたしの突拍子もない話を真剣に聞いてくれて、そして信じてくれた。
もうひとりのあたしに早く会いたいはずなのに、中澤さんをオトナにするためにココに残るっていうあたしのワガママを聞いてくれた。
そして今度は、受験を控えた中澤さんとあたしのために一生懸命協力しようとしてくれてる。

そんな矢口さんの気持ちに応えるために、あたしと中澤さんがやらなきゃならないコトはただひとつ…結果を出すコト。
その時が来たら、ちゃんと言おう。
感謝の気持ちを言葉にして、ちゃんと伝えて…そしてあたしは、あたしの世界に帰るんだ。
それまでに、何て言おうか考えとかなきゃ。
あたしって、頭の中ではわかってても口に出そうとすると上手く言えなかったりするから…。
原稿用紙にまとめといた方がいいかなー…あああ、どんどんやるコトが増えてくよぉ。
214 名前:SIDE-A:忘れてました。 投稿日:2001年05月18日(金)22時37分44秒
「えっ!?」
突然、右肩に重みを感じて隣に目をやると、あたしのすぐ側には矢口さんのサラサラの髪。
あたしの肩にアタマを乗せて寄りかかったまま、矢口さんは一言も喋らない。
矢口さん、一体どうしたっていうんだろう…酔っぱらってるワケでもないのに、こんなコトして。
ココにいるあたしのコト、もうひとりのあたしと重ねてるんだろうか。

あたしともうひとりのあたしとは別の人間であって、いや、別の人間ってコトはないかもしれないけど、とにかく、こういうのは
もうひとりのあたしにも悪いし、タダでさえ、せっかく頭良いのにあたしの世界であたしの代わりに受験しなきゃいけないハメに
なった上に、自分の運命は勉強があまり得意じゃないあたしなんかが握ってるなんてサイアクの状況に追い込まれてる、
もうひとりのあたしに申し訳ないっていうか、とにかく、とにかく……どうしよう、なんかドキドキしてきた。

「…すぅ…すぅ」
…なんだ、寝てただけか。紛らわしいなぁー…。
今日はいろんなコトがあったから、きっと疲れちゃったんだろうなぁ。
駅に着くまで、このまま寝かせといてあげよう。



「矢口さん、矢口さん、着きましたよ!起きてくださいよ!矢口さん!!」
「ん…?ダメ…起きれそうにない」
「いや、ダメって…」
揺り起こすあたしの手を振り解くと、矢口さんはあたしのヒザにアタマを乗っけて横になった。

「すいません、行ってください…」
あたしは、運転手さんに行き先の変更を告げる。
矢口さんを家に送り届けた後で自分の家に帰る…今日はお酒飲んでもいないのに、結局同じコースをたどるのか。
お金、いっぱい下ろしといてよかった…。
215 名前:すてっぷ 投稿日:2001年05月18日(金)22時40分20秒
今回は、前回書ききらなかった話ということで少し短めの更新となりました。
次回は、SIDE−Bの予定です…。
216 名前:名無し読者 投稿日:2001年05月18日(金)23時23分24秒
更新ありがとうございます。
やはりそうきましたか。
意地を通そうとすればそうなりますよね。不安ではありますけど…
そういえば、むこうの吉澤くんのことをすっかり忘れてました。(汗
次回の更新楽しみにしています。
217 名前:名無し読者 投稿日:2001年05月19日(土)02時40分30秒
本当に頭がイイのか、嘘っポイぞ飲んだくれヨッスィー?
218 名前:SIDE-B:会えなくても幸せになれる方法 投稿日:2001年05月19日(土)19時11分12秒

<SIDE−B>


『今日も、ダメだったね』
「…はい」
ウソ。帰れなくて当たり前だったんだ、今日は。

今朝は矢口さんに電話で起こしてもらって、いつも通り6時35分ちょうどにカーテンを開けるために窓際で待機してた。
そして、6時35分。
あたしは、カーテンを開けるコトができなかった。
電話の向こうで待っててくれた矢口さんには、『ダメでした』ってウソついて。
矢口さんもあまり期待はしてなかったらしく、『そっかぁ』って言ってそれで今朝の電話は終了。

昨日と今日の2日間、あたしたちは別々の仕事で会うコトができなかった。
いつも、会えない日は決まって仕事の後で矢口さんが電話してきてくれる。
今日も一日会えなかったから、こうして寝る前に矢口さんが電話くれてるってワケ。

『でも、毎日続けてればいつか帰れるよ。これからは矢口もなるべく毎朝起こすようにするからさ?』
「…はい」
せっかく、あたしが元の世界に帰るのに協力してくれてる矢口さんにウソついたコト、あたしは今更ながらに後悔した。

今日みたいなコトは、はじめてだった。
どうしちゃったんだろう…あたし。
矢口さんと話しながら窓際に立ってた時は、どうせ今日もダメだろうなぁ…って思いながら、その時間が来るのを待ってた。
そしてその時が来てカーテンの端に手を掛けた瞬間、もしホントに帰れちゃったらどうしよう…って思ったら、急に恐くなったんだ。

早く、自分の世界に帰りたい。
早く、自分の世界の矢口さんに会いたい。
その気持ちにもちろん変わりはない。
だけどそれとは別に、あたしの中に少しずつだけど確実に入り込んできているモノ…この世界の矢口さんへ対する気持ち。
コレがどういう感情なのかは説明できないけど、それがちゃんとわかってしまう前に、あたしは自分の世界に帰るべきなんだと強く思った。
明日は、明日こそは、きっと。
219 名前:SIDE-B:会えなくても幸せになれる方法 投稿日:2001年05月19日(土)19時12分07秒
『でもさぁ、この世に電話があって良かったよねー、矢口ホントそう思うよ』
「え?」
2人の会話にほんの少し間が空いて、次の言葉を切り出したのは矢口さんだった。

『だってさ、会えなくても会えるんだよ?離れた場所にいるのに話ができるって、考えたらすごいコトじゃん』
「うん…そうですね」
電話なんて生まれた時から(ってのは言い過ぎだけど)普通に使ってるからあんまり考えたコトなかったけど、言われてみると
確かにすごいコトなのかもしれない。
会えなくても会える、か…。

「でも、電話の方がなんか相手が近くにいるような気がしません?会って話すより」
『そだね。相手の声がすぐ側で聞こえるってのもあるんだろうけど…電話だとずっと喋ってなきゃいけないもんね、顔見えないし』

相手の顔を見ながら話してるときは少しぐらい会話が途切れてもどうってコトないけど、電話で話してる時ってちょっとでも沈黙の
時間があると不安になる。
電話だと自分が伝えたいコト、顔の表情とかに頼らずに全部コトバだけで伝えなきゃいけない。
相手の言いたいコトが、表情から読み取るんじゃなく直接言葉で伝わってくるから…余計に身近に感じれるのかも知れない。

「目ぇつぶっちゃえば同じですもんね。相手がそこにいてもいなくても、言いたいコトがちゃんと伝わればいいんだし」
『おっ、良いコト言うねー』
「あっ、でも触ったりとかできないか…」
やっぱり、すぐ近くにいてくれた方がいいなぁ…声だけ聞こえるよりも。

『触る、って…何かやらしーなぁ。オヤジみたいなコト言ってるね、よっすぃー』
「ちがっ、そーゆー意味じゃなくて!コミュニケーションっていうか、スキンシップのコト言ってるんじゃないですかー!!」
『スキンシップってのも、ちょっとオヤジっぽいんだけど…』
「…もういいです」
あたしは不本意ながら、矢口さんによって与えられたオヤジの称号を受け入れた。
220 名前:SIDE-B:会えなくても幸せになれる方法 投稿日:2001年05月19日(土)19時13分21秒
『あっそうそう、よっすぃー忘れてんじゃないかと思って』
「何ですか?」
『勉強。してる?もうすぐ入試だよね?』
「ああ…」
すっかり忘れてた…再来週だったかな、確か。
もうひとりのあたしも志望校はあたしと同じみたいだったけど、あと2週間もあるしそれまでには帰れるでしょ…たぶん。

『やっぱ忘れてたか…そんなんで大丈夫?』
「はい、ぜんぜん。二日酔いでも余裕でイケますよ」
『なんだそれ。ホントに二日酔いで行かないでよねー』
「中学卒業程度の学力、ってやつは完璧に身についてますからね」
『なにそれ…あっ、アレだっけ。オトナの試験ってやつ?』
「はい」
オトナになる時、ちょっとマジで頑張っちゃったもんね。
人生、どっかで苦労してれば後になってから必ず楽できるんだよね…良かった、先に苦労しておいて。

『へぇ…。アタマ良いよっすぃーって、なんかすっごい違和感あるなぁ。やっぱ違うヒトなんだなーって思うよ、つくづく』
もうひとりのあたしへ。キミのトコの矢口さん、かなりひどいコト言ってるぞー…。
「アタマ悪いんですか?この世界のあたしって」
『そこまでは言わないけどさ…あんまし得意じゃないみたいよ』

「そうなんだ…やばいなぁ、早く帰んないと」
ちょっと聞き捨てならない情報だな、コレは。
『どうしたの?』
「いや…試験までに帰らないと、向こうであたしの代わりにもうひとりのあたしが受験するコトになっちゃうじゃないですかぁ」
『あ、そっか』
「もし落ちちゃってたら、帰った時すっごい困るんですけど、あたし」
『ああ、だよねー。っていうか、それが狙いだったりして』
「え?」
『だからさ、自分の代わりにアタマ良いよっすぃーに受験してもらおうと思ってんじゃない?もうひとりのよっすぃーは』
「ええーっ!?マジでぇ!?」
『いや、わかんないけど。もしかしたら、だよ』
221 名前:SIDE-B:会えなくても幸せになれる方法 投稿日:2001年05月19日(土)19時14分20秒
なるほど、どうりでなかなか元の世界に戻れないワケだ。
矢口さんの説によると、あたしが元の世界に帰るには向こうのあたしも同じタイミングで帰ろうとする必要があるんじゃないか、とのこと。
あたしの方は毎日帰ろうとしてるにも関わらず(今朝はさぼっちゃったけど)失敗に終わってるってコトは、もうひとりのあたしに帰る気が
ないってコトになる。矢口さんの説を信じれば、の話だけど。

ココより向こうの世界の方が居心地が良いのだろうか…なんて憶測があたしと矢口さんの間で飛び交っていたが(矢口さんは否定)、
こんなにどす黒い真実が隠されていようとは。
間違いない、もうひとりのあたしは…替え玉受験を企てている!!

「くっそぉー…マジむかつく、あのバカ!!」
『ちょっとー!!バカとか言うなよ、バカ!!』
「あ、すいません…」
矢口さん、あいつのコトになるとすぐ怒るんだから…。

『たぶん、何か事情があって帰れないんだよ。そんな卑怯なコトするコじゃないもん』
っていうか、先に言い出したの矢口さんじゃないですか…。
口に出すと怒られそうなので、ツッコみたい気持ちをそっと胸にしまった。


『何で帰ってこないんだろ…あいつ』
矢口さんが、ぽつりと呟いた。
『ホントはさ、ホントは…すっごく心配なんだ。今頃どこで何してんだろうってさ、考えないようにしてても…ね』

あたし…何てコトしちゃったんだろう。
もしかしたら今日、もうひとりのあたしも6時35分に窓際に立ってたかもしれない…帰ろうとしてたかも知れないのに。
もしかしたら今頃、矢口さんはもうひとりのあたしとこうして電話で話せていたかも知れないのに。
あの時あたしがカーテンを開けてれば、もしかしたら…。

「…ごめんなさい」
『えっ?何だよー、何で謝んの?別によっすぃーのせいじゃないって。気にしないでよぉ、ゴメンね。忘れて?』
違う、あたしのせいだ。
だけど謝った理由については…矢口さんと離れたくなくて帰れなかった、なんて言えないし、言っちゃいけないコトだと思う。
222 名前:SIDE-B:会えなくても幸せになれる方法 投稿日:2001年05月19日(土)19時15分27秒
そして、あたしたちの間に沈黙が流れる。
電話の向こうの矢口さんは、今なにを考えているんだろう?
あたしは、向こうの世界にいるもうひとりの矢口さんのコトを考えてる。
あたしの世界の矢口さんも、電話の向こうの矢口さんみたいにあたしのコト心配してくれてるのかなぁ…。
そうだといいな…。

「もうひとりのあたしも、元気にしてると思いますよ?今は、どうしても帰れない事情があるのかも知れないけど…絶対、
矢口さんに会いたいと思ってると思うし」
沈黙を破ったのはあたし。
だけど、あたしの励ましもむなしく矢口さんは依然として沈黙を続けている。

「絶対戻ってくると思うんですけど、もしホントに万が一ダメだったら、その時は…あたしが、ずっと矢口さんの側に居ますから」
あー…言っちゃった。
コレで矢口さん、元気になってくれるといいんだけど…勇気出して言ったんだ、元気になってくれなきゃ困る。
しかしあたしの期待とは裏腹に、矢口さんはまだ黙ったまま。
やっぱりさっきのあたしのセリフ、ちょっと寒かったんだろうか…言わなきゃ良かったかも知れない。


『もしもし?あ、ゴメンゴメン。何か言った?ノド乾いちゃってさー、お茶飲んでた』
おいっ…電話置くなら置くで、何かひとこと言ってからにしろよなー!!
『もーっ、このペットボトルのフタがさー、超カタイの!!パジャマの裾のトコで開けてさー、やっと開いたよぉ』
「へぇー…」
それはそれは、どうもごくろうさまでした。おつかれさまでしたー…。

だけどあたしは、さっきのセリフを矢口さんに聞かれていなかったコトに少しだけホッとしていた。
勢いであんなコト言っちゃったけど、あの言い方じゃあたしが矢口さんに特別な感情を抱いてるように取られてしまうかもしれない。
それも間違いとは言い切れないけど…やっぱり、そういうのは良くないと思うし。
223 名前:SIDE-B:会えなくても幸せになれる方法 投稿日:2001年05月19日(土)19時17分36秒
『向こうの世界ともさ、電話でつながってればいいのにねー。そしたらもうひとりの矢口とかよっすぃーとも喋れるしさ。
それによっすぃーが帰った後でも、またいつでも電話で話せるもんね』
矢口さん、とんでもないコト言い出したなー…。

「つながってますよ。糸電話で」
『糸電話?どーゆーコト?』
「赤い糸」

『…さっむぅー。よっすぃーって、いっつもそーゆーコトばっか言ってんの?』
「…たまに。矢口さんがちょっとだけ酔ってる時とか」
『なるほどね。そーゆー時に言われるとグッとくるかもねー…。うん、ダマされちゃうかもしれない』
もっとも矢口さん、その後は決まって泥酔して次の日には憶えてないから…全く意味ないんだけど。


『とりあえず信じてみるしかないか、その…赤い糸の糸電話、ってやつ?』
「はい」
顔も見えない、声も聞こえない電話だけど…きっとぜったいつながってる。
矢口さんは、もうひとりのあたしと。
そしてあたしは、もうひとりの矢口さんと。

『ま、気長に待ちますか。それまで矢口の側に居てくれるんでしょ?よっすぃーは』
「え…?」

(『あたしが、ずっと矢口さんの側に居ますから』)

「あーっ!!ひどっ…矢口さん、聞いてたんですか!?」
お茶飲んでたとか言ってたクセに…!!

『うん。しっかり聞いてたよ。ちょっとカッコ良かったし、よっすぃー』
「えっ…そう、ですか?」
良かったぁ…かなり恥ずかしかったけど、言って良かったかもしれない。
やっぱり電話っていいなぁ。
相手が黙っちゃうのが恐くて、面と向かって言いにくいコトでも電話だと言えちゃったりするもんなー…2人の沈黙に乾杯。

『でも、ホントにホントにほんのちょっとだけだからね。調子のんなよ』
「…はい」
もうひとりのあたしへ。キミのトコの矢口さん、ホントにホントにほんのちょっとだけだけど、むかつくよね…。
224 名前:すてっぷ 投稿日:2001年05月19日(土)19時20分49秒
今回は電話をテーマに(?)、Side-Bらしくマイペースな感じの話になりました。
こっち側でも少しだけ進展があったような、なかったような…。

>216 名無し読者さん
ありがとうございます。そうですね…かなり不安(笑)。
この先どうなるか、最後まで見届けていただけれるとうれしいです。
もうひとりの吉澤は…やっぱり忘れられてましたか(笑)。

>217 名無し読者さん
ありがとうございます。
ただ飲んだくれてるだけじゃないみたいなので、信じてみてください(笑)。
225 名前:名無し読者 投稿日:2001年05月20日(日)00時48分58秒
言われてみれば、ずいぶんマイペースなふたりですね。(w
中澤さんを含めて、受験っていうものは、ずいぶん人にプレッシャーを与えているんだな〜
226 名前:もんじゃ 投稿日:2001年05月20日(日)01時01分23秒
ホントにホントにほんのちょっと、っていうところが
なんか微笑ましいですね^^
すてっぷさんの描く娘たちって、よっすぃーに限らずみんな優しいから
読んでるとこちらまでほんわかした幸せな気分になれるんです。
これからも、もっともっと伝染させて下さいね♪

227 名前:名無しさん 投稿日:2001年05月20日(日)16時10分25秒
SIDE-Bの吉澤、すっごい好きなんですけど。
話がSIDE-Bだと、顔がにやけてくる。。
228 名前:すてっぷ 投稿日:2001年05月23日(水)00時29分45秒
>225 名無し読者さん
ありがとうございます。頭の痛い問題が山積みのSide-Aに比べて
特に悩みのない(帰れないという悩みはありますが)こっち側は、
かなり遊んでます…書いてる方も(笑)。

>226 もんじゃさん
ありがとうございます。そう言っていただけると本当にうれしいですねー…。
たまに、書きながら『さむーっ』と背筋が凍りそうになるセリフもあったりするので。
そういう時は決まって最後にオチつけちゃうんですけどね(笑)。
これからも幸せになってもらえるように頑張ります。伝染して蔓延するといいなー(笑)。

>227 名無しさん
ありがとうございます。酒豪というハジケたキャラのせいか、Side-Bの吉澤の
方が(Side-Aに比べて)登場回数が少ない割には好評(?)のようで…。
働きの割にオイシイ役どころですね(笑)。
229 名前:SIDE-A:はじめての、×××× 投稿日:2001年05月26日(土)18時14分20秒

<SIDE−A>


「よっすぃー、行くよね?今日も」
「今日はダメ!!」
あたしの代わりにごっちんの誘いを断ったのは、矢口さんだった。
お誘いってのはもちろん居酒屋、仕事帰りの一杯ってやつ。

「えーっ、なんで?」
「ゴメン、ごっちん。これから残って勉強だから…」
「勉強って…何の?」
「受験勉強」
あたしからも、泣く泣くごっちんに断りを入れる。

本日のお仕事は全て終了し、時刻は午後八時。
あたしは高校受験、そして中澤さんはオトナ受験に向けて今日から仕事の後は居残り勉強。
毎回誰かの家に集まってやるワケにもいかないので、みんなが帰った後の数時間、控え室をそのまま使わせてもらえるよう
スタッフさんに頼んである。
今日はその記念すべき第一日目。

矢口さんは言うまでもなくやる気満々だし、中澤さんもあまり表には出さないものの、持参してきた問題集や参考書の量を
見る限り、内に秘めた闘志はかなりのモノと見た。
あたしはと言うと…あたしたちのために協力してくれてる矢口さんの気持ちに応えたい、っていう思いはもちろんある。
でも、基本的に勉強嫌いだから…その気持ちを持続させる自信がないんだよなぁ。

「何で今さらそんなコトすんの?よっすぃー、楽勝だって言ってたじゃん」
よっぽど飲みに行きたいのか、ごっちんはなかなか引き下がってくれない。
「いや、念のためっていうかさ…ごっちんも付き合う?」
「え…いいよ、アタシは。そんなの必要ないもん」
すっげー…ごっちんからこんな頼もしいお言葉が聞けるとは。

「矢口もよっすぃーも、当分付き合えないからね」
なかなか帰ろうとしないごっちんに、矢口さんは冷酷な一言を浴びせる。
「えーっ」
「『えーっ』じゃなくて!ホラ、勉強しない悪いコは帰った帰った!!」
矢口さん、そーっとー気合入ってんなー…。

「なんだよー…」
矢口さんに追い出され、ごっちんは渋々控え室を出て行った。
230 名前:SIDE-A:はじめての、×××× 投稿日:2001年05月26日(土)18時15分09秒
「さ。じゃあ、始めよっか」
「「はーい」」
矢口さんの開始宣言により、勉強会はスタート。
あたしと中澤さんは、それぞれ持参した問題集やら参考書をテーブルの上に広げてお勉強開始。
あたしと中澤さんがイス1個ぶん間を空けて隣同士に座り、あたしたちと向かい合った席に矢口さんが座っている。

「よっすぃーは数学かぁ…分かんなかったら聞いてね」
「はい」
矢口さんのありがたいお言葉に応えつつ、早速数学の問題集を開くが…予想通り、いきなり分からない。
あー…どうしよっかなぁ。
だけどいきなり聞くのも怒られそうだし…『ちょっとは自分で考えてから聞きなよ!』とか言われそうだもんなぁ。
しばらく考えてるフリでもしておくか…。

とりあえずもっともらしい数式でも書いてみようかと、あたしはシャーペンを取り出した。
まずは、広げたノートに問題番号を書く…『問1』っと。
「あっ」
ノートに『問』の文字を書き終えたところで、ポキッと小さな音を立ててシャーペンの芯が折れてしまった。

あーあ、芯折れちゃった…折れちゃった、た、た…タイヤ、ヤ、ヤ…やぐちさん…のカミナリ。
おーっ、セーフ。『ん』で終わっちゃうトコだった…。
カミナリ、リ、リ、リ…リンボーダンスに熱中する矢口真里…

「ぷっ、くくっ…」
やばい。想像しちゃったよ、どうしよう…。
「よっすぃー…?」
あああ、矢口さん…そんな原住民みたいなカッコで、すっげー背中反っちゃってるし…くくくっ…。
「くくくっ…ぷぷっ…」
うわあ、どうしよう…妄想が一人歩きしてるよ、ガマンできない…くくっ…。
うっそ、矢口さん、鼻に人骨みたいのさしてるよ…もうカンベンしてよぉ。

「よっすぃー、どうしたの…大丈夫?」
俯いたまま小刻みに肩を震わせているあたしの顔を、矢口さんが覗き込む…もぅ、ダメだーーっっ!!
「ぷっ…あっははははは!!矢口さん、話しかけないで!!ははははは!!うぅ、おなか痛てー!!くくくくっ…!!」
笑いすぎておなかが、おなかが痛い…うぅぅ。

「ちょっと、よっすぃー!?もーっ、マジメにやれよーっっ!!」
「ははっ、ははははは!!すいません、すいません、くくくっ…」
自分でも一体何がおかしいのか分からなくなってきた…。
231 名前:SIDE-A:はじめての、×××× 投稿日:2001年05月26日(土)18時16分04秒
「ん?どこ行くん?」
「買い出し。コンビニ行ってくる」
勉強中に突然笑い出したあたしにどっぷりお説教した後で、矢口さんが席を立つ。

「あっ、あたしも行きます」
あたしも矢口さんに続いて立ち上がる。
怒られた後だし、荷物持ちぐらいはしないとね…。

「ダメ!!よっすぃーはさっきの問題の続き。矢口が戻ってくるまでに出来てなかったら、腕立て30回だからね」
「えーっ!?」
無理ですよぉ…。
「はははは!!ヒサンやなー、30回やて。良かったやん、筋トレにもなって一石二鳥やなぁ」
中澤さん、他人事だと思って…。

「裕ちゃんもやるんだよ?」
「はあっ!?なんで!?何であたしが!?」
「連帯責任。じゃ、がんばってね、よっすぃー」
矢口さんは財布だけ持つと、すれ違いざまにあたしの肩をポンポンと叩いて楽屋を出て行った。

「ったく、何であたしまでやらされなあかんねん…」
矢口さんが出て行った直後、中澤さんの鋭い視線と抗議の声。
「すいません…」
居たたまれない気持ちで席につく…今度こそマジメにやらなくては。


「せやけど、えらい笑ろとったなぁ。なに思い出してたん?」
中澤さんはあたしのせいで罰ゲームやらされそうになってるコト、思ったほど気にしていない様子。
普段通りの穏やかな口調に戻ってる。
「いや、大したコトじゃ…」
冷静になって考えてみるとホントにつまんないコトなのに、何であんなに笑えたんだろう…あたし、よっぽど疲れてるのかなぁ。
232 名前:SIDE-A:はじめての、×××× 投稿日:2001年05月26日(土)18時16分53秒
さて、いよいよ本気で取り組まなければならない…矢口さんが戻ってくるまでに、この問1を解いておかなければ。
あたしは再び机に向かい、シャーペンを手にする。

…そして10分後、目の前に広げたノートは依然として白紙のまま。
正確に言うと、新しいページの1行目に『問1』の文字だけが寂しく躍っている状態。
何となく正解に近付いているような気がするんだけどなぁ…あたしの頭の中では。
矢口さんが戻ってくるまでに、どうにかして答えを導き出さなくては…。

ま、いざとなったら隣にいる中澤さんに聞けばいいんだよね。
この世界の中澤さんはあたしよりずっと頭イイはずだし、あたしができなかった場合、彼女も連帯責任とらされて一緒に
腕立てやるハメになるんだから…聞けば快く教えてくれるはず。
めんどくさいから、今聞いちゃうか…。

「あのー、中澤さん…」
あたしが言いかけたと同時に、入口のドアが開いて誰かが入ってくる…やばっ、矢口さん!?
あたしはとっさに机の下に潜り込む。

「ごっちんやんか。どないしたん?」
え…ごっちん?
「なにしてんの、よっすぃー?」
机の下に隠れていたあたしは、あっさりとごっちんに見つかる。
「いや、矢口さんかと思ってさ…」
地面に這いつくばっている自分が、急に情けなく思えてきた。
あたしは、ゆっくりと机の下から這い出して立ち上がった。

「やぐっつぁん、いないの?」
ごっちんは、両手にコンビニ袋を提げて仁王立ち。
一体なにをこんなに買い込んできたんだろうか?
両手に提げた袋は、パンパンに膨らんでいてかなり重たそう。

「うん。買い出し行ってる」
「マジ?ラッキぃー」
言いながらごっちんは、コンビニ袋をテーブルの上にどさりと置いた。
「ごっちん、帰ったんじゃなかったの?」
矢口さんに追い出されて、てっきりそのまま帰ったのかと思ってたのに…。


「何かつまんなくてさー…ねぇ、よっすぃー、さぼろ?」
233 名前:SIDE-A:はじめての、×××× 投稿日:2001年05月26日(土)18時17分51秒
「はあ?」
さぼろ、って…なに言い出すんだよ、いきなり。
「すっごいイイ場所あるからさ、飲もうよ。ホラ、いっぱい買ってきたし」
ごっちんはテーブルに置いたコンビニ袋の口を、あたしに見えるように広げてみせた。
見ると袋の中には、無造作に放り込まれたいろんな種類の缶ビールとおつまみ各種。

「ダメだよ、矢口さんにバレたら怒られるもん」
さっき怒られたばかりなのに、この上抜け出したりしたら…たぶんあたし、生きて帰れないと思う。
「大丈夫だって。やぐっつぁん、優しいから」
ったくコイツは…自分が飲みたいからって適当なコト言いやがって。

「ね、脱獄しようよ、脱獄!!」
「脱獄って…」

(『矢口が戻ってくるまでに出来てなかったら、腕立て30回だからね』)
確かにある意味、監獄みたいなモンか…。

「行ってきたらええやん。矢口には上手いコト言うといたるで?」
さぼる方向に心が揺らぎ始めたところで、中澤さんがさらに後押ししてくれる。
「いいんですか…?」
今さら撤回しないでくださいよ…かなりその気なんですから、あたし。

「勉強にしても仕事にしても、息抜きは必要やからなぁ。そのかわり…オトナになったらあたしも混ぜてな」
そう言うと、中澤さんはイタズラっぽく笑った。
「オッケー。さっすが裕ちゃん!」
あたしの返事も聞かずに、ごっちんは既に出かける準備。
テーブルに置いたコンビニ袋を両手に持つと、そのうち一つをあたしに差し出す。

「じゃあ…お願いします」
差し出された袋をごっちんの手から受け取ると、あたしは中澤さんに一礼。
「まかしとき」
中澤さんに見送られて、あたしたちは缶ビール満載のコンビニ袋を手に楽屋を後にした。
234 名前:SIDE-A:はじめての、×××× 投稿日:2001年05月26日(土)18時18分36秒
「あ、ちょっと待って」
あたしは、楽屋を出てすぐに立ち止まると携帯の電源をオフ。
こうしておけば、逃亡しても矢口さんにつかまらずに済むもんね。
「あ、アタシも」
続いてごっちんも、バッグから自分の携帯を取り出す。

仕事も勉強も息抜きが必要、か…確かにそうだよね。
初日から抜いてていいのかって気がしないでもないけど、きっと気のせいだろう。
遊ぶ時は遊んで、やるべき時はちゃんとやる…大切なのはメリハリってやつだもんね。
というワケで吉澤は、今日は思いっきり遊ぶコトに決めましたので。


「んで、どこ行くの?」
エレベーターに乗り込んだところで、操作盤の前に立つごっちんに尋ねる。
「いいトコ」
イタズラっぽい笑みを浮かべながらごっちんが操作パネルのボタンを押したのと同時に、ドアが閉まる。
一体どこへ行くつもりなんだろう…近くの公園とか?
だけど、あまり人目につく場所だとさすがにマズイはず。
いくらあたしたちがオトナだっていっても、アイドルが夜中に酒盛り…なんてコトになったら、やっぱり、ねぇ?

ふと、扉の上に表示されている階数を見ると…このエレベーター、上の階に向かってないか?
「ごっちん…コレ、上行っちゃってるよ?」
外に出るんだから下に下りてかなきゃダメでしょ。
「大丈夫、あってるあってる」
合ってる、って…どこに行くつもりなんだろ、ホントに。


「屋上!?」
「あったり、ピンポーン!!」
あたしたちを乗せたエレベーターが、階数Rのところで止まる。
235 名前:SIDE-A:はじめての、×××× 投稿日:2001年05月26日(土)18時19分39秒
「わぁーっ…すっごいキレー!!」
カギを開けて屋上に出た瞬間、ごっちんは一目散に手すりの側に駆け寄った。
手すりに両手をついて、周りに広がる景色を眺めている。

「ねぇごっちん、ホントに大丈夫?勝手にこんなトコ入ってさぁ」
「勝手にじゃないよ。ちゃんとカギ借りて入ったんだから」
心配するあたしに、ごっちんはあっさりと言い返してくる。
「そりゃそうかもしんないけどさぁ…」
なんでも、仲の良い守衛さんに頼んで屋上のカギを借りたらしいんだけど…変わった人脈持ってるよなー、ごっちんって。
「だいじょぶ、だいじょぶ。ドンマイ、ドンマイ」
ったくコイツは…楽天的というか、なんというか。

テレビ局の屋上なんて初めて来た…歌番組なんかでココから中継してるのは何回か観たコトあったけど、実際に来るのは初めて。
あたしも、ごっちんの隣に立ってしばらく景色を眺めていた。
すこし遠くの方には、ライトアップした東京タワーが見える。
中澤さんが、この場所から見てみたいって言ってた…夜の、東京タワー。


「ハイ、よっすぃー」
ごっちんが、持参したコンビニ袋から缶ビールを取り出してあたしの目の前に差し出す。
「あ…いいよ、あたしは。なんか、調子悪くてさ…控えてんだよね」
そろそろこの言い訳も苦しくなってきたけど、他に思いつかないのでとりあえず定番の『飲めない理由』をごっちんに告げる。
「ふーん…つまんないの」
下を向いて明らかにがっかりしている様子のごっちんを見ていると、多少胸が痛んだが…コレばっかりはしょうがないもんね。

「お酒しか買ってないの?」
ノドが乾いていたあたしは、あまり期待はしていなかったもののとりあえず聞いてみる。
飲む気満々だったみたいだから…たぶん、買ってないとは思うけど。
「ウーロン茶ならあるよ。酔い覚ましに買っといた」
ああ、なるほど…酔い覚ましね。
あたしは本来ビールの後の酔い覚ましに使われるはずだったウーロン茶を、ごっちんの手から受け取る。
236 名前:SIDE-A:はじめての、×××× 投稿日:2001年05月26日(土)18時20分38秒
「「おつかれー」」
ごっちんは缶ビール、あたしはウーロン茶で乾杯。
手にしたビールを本当においしそうに飲むごっちん…『ゴクゴク』って、ノドを鳴らしながら一気にあおってる。
なんでそんなにおいしそうに飲むかなー…あたしには、まだビールのおいしさってやつがまったく分からない。
ただ苦いだけじゃんか、あんなの…。

「くぅーっ!うまいっ!!」
ごっちんは、腰に手を当てて缶ビールを一気に飲み干した…オヤジかお前は。
「ねぇごっちん、寒くない?」
真冬の夜中にビルの屋上で冷えたウーロン茶…いくら厚着してるとはいえコレは、一歩間違えば凍死してもおかしくない状況だと思う。

「え?ぜんぜん」
2本目のビールを袋から出しながら、ごっちんはあっさりと言い放つ。
ビールってカラダ暖まるんだろうか…体温が上がったというよりは、感覚がなくなってるって言った方が正しいのかも知れない。
さすがに2本目からはゆっくりペースで飲むつもりなのかプルタブを開けてちょっとだけ口を付けると、ごっちんはまた手すりに
両手をついて景色を眺めてる。

「やっぱいいよねー…ヤなコトぜんぶ忘れられるもんね」
ここから見える夜景のコト言ってるんだろうか、それともお酒のコトなのか…後者だろうな、やっぱり。
「うん…そうだね」
あたしにはお酒の素晴らしさってやつはまだよく分からないけど、とりあえず相槌だけは打っておく。

「あーあ…ぜーんぶ消えちゃえばいいのになぁ…」
ごっちんが、景色を見ながら独り言のように呟いた。
やっぱりごっちんでも、忘れたいコトとか悩みとかってあるんだろうか。

普段からそういうコト、あたしたちに絶対言わないもんなぁ…聞いても話してくれそうにないし。
怒ったり悩んだり苦しんでたり…ごっちんのそういう姿って今まで見たコトないし、たぶんこれからもないんだろうと思う。
いっつも何でもないようなカオして、いっつもマイペースみたいなフリしてるけど…きっと、彼女なりにいろんなコト抱えてるんだ。
だけどそういうトコを絶対他人に見せないのが、何となくごっちんらしいと思った。
237 名前:SIDE-A:はじめての、×××× 投稿日:2001年05月26日(土)18時21分23秒
「よし!あたしも付き合う!!」
あたしは意を決して飲みかけのウーロン茶を手すりの上に置くと、コンビニ袋の中から缶ビールを1本取り出した。
「え…いいの?」
さっきは残念そうにしてたもののあたしの体調を気遣ってくれてるのか、ごっちんは心配そうにあたしの顔を覗き込んでくる。

「うん。へーきへーき」
悩みとかストレスとか、いろんなプレッシャーとか、たぶん、そういうのをぜんぶ一人で抱え込んでるごっちんにあたしが
してあげられるコト…それは、ごっちんが楽しいと思ってるコトに『付き合う』コトなんだと思うから。
「よし、じゃあ…」

「「かんぱーい!!」」
ごっちんは缶ビール、あたしも缶ビールで乾杯の仕切り直し。
イキオイ良く乾杯したまでは良かったけど、いざ飲むとなるとやっぱり気が進まない。
あたしは、右手に持った缶ビールにおそるおそる口を付けた。
うわ、にがっ…友達と遊び半分で何度か口にしたコトはあったけど、やっぱりおいしいとは思えないんだよなぁ。
あたしには、ジュースみたいな甘いお酒が口に合ってるみたい。

隣を見ると、またもごっちんは1本目と同じような調子で、手にしている2本目の缶ビールを一気飲みしていた。
「っかぁーっ!!はぁ…シアワセ」
ホント、おいしそうに飲むよなー…なんでだろ、ぜんっぜんわかんないんだけど。
もしかして、あたしの飲み方が悪いんだろうか。

あたしは試しに、ごっちんがやってるように腰に手を当てると思い切って手にしたビールを一気にあおってみる。
うおぉっ、きたっ…あたしのノドに、弾けるような炭酸系の刺激が駆け抜ける。
味わうコトなく一気に流し込んだためか、ほとんど苦味は感じない。
なんだろう、ノドに感じるこの心地よい刺激は…。

「っかぁーっ!!キクーっ!!」
次の瞬間、声を上げていたのは…ごっちんではなく、あたしの方だった。
そっかぁ、こうやって一気に飲めば苦くないんだ、後味もなんだかスッキリしてて気持ちイイし…開眼、まさにそんなカンジ。
「おっ、ノッてきたね。よっすぃー」
声を上げたあたしを、ごっちんはうれしそうに眺めている。
あたしも、寒さを忘れてなんだか楽しくなってきた。

「おーっし、今日はガンガン飲む!!」
お酒の楽しみを知ってしまったあたしに、もはや恐いモノなどない。
いざとなったら、一生こっちの世界で生きていくコトだってできるような気がしてきた。
238 名前:SIDE-A:はじめての、×××× 投稿日:2001年05月26日(土)18時22分35秒
「くっそぉ…受験なんて、受験なんてやめてやるぅーーーっ!!」
だんだんハイになってきたあたしは、酒のイキオイにまかせてストレス発散。
缶ビール持った右手を上に掲げて大声で叫ぶ。
「おおーっ、やめちゃえ、やめちゃえ!!」
ごっちんは地面に座り込んで飲みながら、あたしの雄叫びに合いの手を入れてくる。

「あたしのバカヤローっ!!ザマーミロ、あたしーっ!!」
ますます調子付いたあたしは、さらにストレス解消の雄叫び。
「は?なにそれぇ?」
「いやぁホラ、あたしってのはさぁ、もともとこの世界のヒトだったあたしのコトでさ、今はあたしの世界に行っちゃってる
あたしのコトでさぁ。あれ?コレってごっちんに喋っちゃって良かったんだっけ…ねぇ、ごっちん聞いてる?」

「え?聞いてないよぉー。ハハハハハ」
「聞けよ、バカ!!ハハハハハ」
「「ハハハハハハハハハ!!」」
なんだろう…すっごい楽しくなってきたんだけど。


「あーあ…ずーっと、こんなんが続けばいいのになぁ」
「うん…そうだね」
ずーっと、ずーっと、こんな楽しい時間が続いてけばいいのにね。
そんでごっちんの悩みも、ついでにあたしの悩みだって…ぜんぶぜんぶ、どっかに飛んでっちゃえばいいのにね。

「よーっし!!アタシ、歌う!!お台場に捧げる!!」
「おーっ!!捧げとけ、捧げとけ!!」
ごっちんは缶ビールを傍らに置くと、あたしの声援を受けて立ち上がった。

「ベイベー!!こいにノーォックアーウッ!!」
「ノックアーウッ!!」
「すっべぇってぇーがぁ、ラーヴぅねぇぇーーっっ!!」
「らぶぅーねーーっっ!!」
真冬のビルの屋上に、ごっちんの歌声(とあたしの掛け声)がこだまする。
239 名前:SIDE-A:はじめての、×××× 投稿日:2001年05月26日(土)18時23分52秒
「すっげー、まだ発売前なのに!!聞いたヒト超ラッキーじゃーーん!!」
「ハハハハッ、誰も聞いてないって!!よっすぃー、バカだねー」
「あ、そっかぁ。ハハハハハハ!!」
「「ハハハハハハハハハ!!」」

なんだろう、この感覚…ふわふわしてて、とにかく、ふわふわしてて。
言葉では上手く説明できない、不思議なカンジ。
これが酒の魔力ってやつなのかぁ…缶ビール最高。

「よっすぃーのばーか」
「ごっちんの超ウルトラバカ」
立っていたはずのごっちんは、いつの間にかあたしの隣に座り込んでる。

「何だよ!よっすぃーの超超超超スペシャルサンクス」
「サンクスって何だよ!!悪口になってないじゃんよー!!超バカだよ、コイツ!!」
「違うもん、そのまんまのイミだもん」
「はあ?」
なに言ってんだ、コイツ?

「感謝してるって言ってんのー、バカ!!」
あー…隣にいるはずのごっちんの声が、すごく遠くの方から聞こえたような気がする。
やばい、まぶたが…超超超超、おもたいよぉぉ。

それからどれくらいの時間が流れたのかはわからないが、眠気と格闘し続けたあたしにもそろそろ限界がやってきた。
異常に重たく感じられる自分のアタマを、隣に座るごっちんの肩に預ける。

「…ごっちん、あたし…ねむい。すごい眠いんだけど、ねぇ…普通じゃないんだけどさー」
「え?ダメだよ、よっすぃー。まだ早いってぇ」
「ねむ…死にそう…死ぬかもしれない…」
「え?ダメだよ、よっすぃー。まだ早いってぇ」
「死ぬ前に……ごっちん、大好き…」
「え?ダメだよ、よっすぃー。まだ早いってぇ」

「おやすみぃ…」
「え?ダメだよ、よっすぃー。よっすぃー?よっすぃー!?よっすぃーーーっ…」
そこで、あたしの思考は…完全に途切れた。
240 名前:SIDE-A:はじめての、×××× 投稿日:2001年05月26日(土)18時24分48秒
「ひとみ、ひとみ!!起きなさい、ひとみ!!」
「んー……?」
いきなり目の前が明るくなって、閉じていた目をさらに強く瞑った。
どうやら、アタマから被っていた布団をお母さんに剥ぎ取られたらしい。

「早く支度しなさい!遅刻するよ!!」
「はーい…んぐっ!?うわぁぁ…ぐぅぅぅ、おぉぉぉぉ…うぅぅぅ」
なっ、なにコレっ!?
アタマが、アタマがっ…痛い、痛いっつーか、なんなんだコレは!?
お母さんに急かされてベッドから抜け出そうとした瞬間、あたしは頭に激痛を覚えて倒れこんだ。

「うぅぅぅ…あっ、ああっ…きもち、わるいぃぃ…うぅぅ、あぅぅ」
「なんて声出してんの…情けない」
娘の姿を嘆いているお母さんに構ってる場合じゃない…激しい頭痛に続いてあたしを襲ったのは、これまた激しい胸やけ。
なんだろう、この…サイアクなカンジは。

次の瞬間、あたしは全てを悟った。
ああコレが…コレが噂の『二日酔い』ってやつなのね。
15歳にしてはじめて知った、お酒のたのしみと二日酔いの苦しみ。

昨日はあんなに楽しかったのに、それと引き換えにまさかこんな罰を受けるコトになろうとは。
昨日はあんなに…って、あれ?
あたし、昨日ごっちんと屋上で飲んで騒いで眠くなって…そこまではちゃんと憶えてる。
昨日の夜は屋上にいたのに、今朝目が覚めたらあたしはベッドの上にいた…ってことはつまり、どういうコトだ?
うそ、あたし、どうやってココまで帰ってきたんだっけ…。
記憶がない、まったくない…コワイ、そんな自分がコワイ。


「あんた、矢口さんにちゃんとお礼言っとくのよ」
「え…矢口さん?」
なんでそこで矢口さんの名前が出てくるの…??
241 名前:SIDE-A:はじめての、×××× 投稿日:2001年05月26日(土)18時26分15秒
お母さんに聞いたところによると…昨日の夜、あたしは矢口さんに送ってもらって帰宅したとのこと。
どうして矢口さんにあたしたちの居場所が分かったのかは疑問だけど、もしかしたらごっちんが連絡してくれたのかも知れない。
矢口さんはタクシーであたしを家まで送り届けると、そのまま自分の家に帰っていったらしい。
いつもとは逆のパターンだ…やっちまったぁ。

「ホラ、急ぎなさい。遅刻するよ」
「…はい」
そっか、今日は朝から仕事だったんだぁ…学校なら迷わず休むのに。
仕事じゃあ、行かないワケにいかないよなー…二日酔いだからってサボったりしたら、クビになっちゃうかも知れないし。
矢口さんにも会わなきゃいけないんだよなー…昨日勉強サボった上に泥酔して家まで送ってもらったなんて、絶対怒られるよぉ。
もぅやだ…今日限り絶対お酒なんか飲まない。2度と。一生。

「うぅぅぅ…おぉぉぅ…おぇぇぇ」
うめき声をあげながらも何とかベッドから這い出したあたしは、カメのような動きでどうにか支度を終えて家を出た。



「おはよう、ございまーす…」
小声であいさつしながら身をかがめて楽屋のドアを開けるあたし…その姿はまるでどっきり番組の寝起きレポーターのよう。
「おっ、来たな、酔っ払い。ちゃんと起きれたんか?」
少し早めに到着したあたしより先に来ていたのは、中澤さんただ一人。
矢口さんはまだ来ていないらしく、とりあえずホッと胸をなでおろす。

「おはようございまーす…あっ、よっすぃー」
安心したのも束の間、あたしに続いて入ってきたのは…矢口さん。
「おはようございます」
矢口さんと向かい合わせに立って、あたしは深々と頭を下げた。あいさつはもちろん小声。

「もーっ、大変だったんだからね!!」
「ひぃぃっ…ひゃ、ひゃぐちさん…大っきな声、ださない、で…アタマに、ひびくぅぅ…ぅぅぅ」
矢口さんの声が脳を直撃して、あたしは思わずその場にしゃがみ込む。
「なんや吉澤、二日酔いか?珍しいなぁ」
今のあたしに、中澤さんの言葉に応える余裕はない。
242 名前:SIDE-A:はじめての、×××× 投稿日:2001年05月26日(土)18時27分31秒
「ホントびっくりしたよぉ。ごっちんがいきなり携帯かけてきてさー。『よっすぃーが起きない!!』って泣いてんだもん…。
ま、確かに爆睡してて起きなかったけどねー」
あたしのあまりにヒサンな状態に同情してくれたのか、矢口さんはそれ以上怒るコトもなく昨日あった出来事を説明してくれる。

「あの、あたし…どういう状態になってました?なんか、やばいコトとかしてませんよね?」
あたしは、矢口さんにおそるおそる尋ねてみる。
自分が知らない自分について聞くのは恐いけど、このまま何も知らないよりはよっぽどマシ。

「ホントに、憶えてないの?」
「…はい」
「ぜんぜん?」
「ぜんぜん」
きっぱりと答えるあたしに、矢口さんはあきれたようにタメ息を一つついた。

「ひどい…。矢口にあんなコトしといて…タクシーの中で」
「ええーっ!?おあうっ…うあああああ…あぅぅぅぅ…ぅぅぅ」
自分が上げた驚きの声が、アタマの中で反響する…痛い。

「あーもぅ、しょうがないなー…。ウソだよ、ずっと寝てました。矢口のひざで」
「なんだ…。もー、やめてくださいよぉ。マジあせった…」
矢口さん、ひどい…こんなボロボロになってるあたしをからかうなんて。

「だから、『酒はのんでものまれるな』。わかった?」
のまれっぱなしの矢口さんにだけは、言われたくなかったなぁ…。

「返事は!?」
「わあっ!?あああぅぅぅ…は、い」
だから、大っきな声出さないでって言ってるのにぃぃぃ………。


やっぱり、15歳のあたしにお酒はまだ早いと思った。
『お酒は二十歳をすぎてから』
結論。あたしの世界の法律は、すごく正しい。
243 名前:すてっぷ 投稿日:2001年05月26日(土)18時30分02秒
今回ついにやってしまいました、はじめての…。
Side-Aにしてはめずらしく、最初から最後までダメな感じの吉澤で
先行き不安ですが、もうしばらくお付き合いいただければと思います…。
244 名前:名無し読者 投稿日:2001年05月26日(土)21時55分53秒
自分がよく使う現実逃避の口実をよっすぃーが使ってる(w
次回も楽しみにしてます。
245 名前:名無し読者 投稿日:2001年05月26日(土)22時42分57秒
やたっ!とうとう見れたぞ!
でもヘナチョコなのね・・・。それもまた自然で良いのですが。
楽しみに待ってますよー。
246 名前:すてっぷ 投稿日:2001年05月27日(日)11時50分59秒
>244 名無し読者さん
ありがとうございます。仕事も勉強も…という部分でしょうか?
楽しく逃避した後には必ず哀しい現実が待ってるんですよね…今回のよっすぃーのように(笑)。

>245 名無し読者さん
ありがとうございます。お酒に関しては、Side−Bの吉澤に比べるとかなり情けない姿を
さらしてましたが(当たり前か)…確かにこれが自然な姿なんですよね(笑)。
247 名前:もんじゃ 投稿日:2001年06月03日(日)10時34分54秒
やはり、15歳でも二日酔いになるのですな^^;
どうやって家まで帰ってきたのか不安なよっすぃーの気持ちが
とてもよくわかります(笑)
なかなか最近忙しく感想書けませんが、いつも更新楽しみにしています♪
248 名前:すてっぷ 投稿日:2001年06月06日(水)21時14分46秒
>247 もんじゃさん
ありがとうございます。
深酒すれば15歳でも二日酔いになれるのではないでしょうか、たぶん(笑)。
感想はお気になさらずに…読んでいただけるだけで感謝です!
249 名前:SIDE-A:最強のおまもり 投稿日:2001年06月10日(日)21時38分31秒
<SIDE−A>


「すいませんでした!!」
すっかり収録準備の整ったスタジオに、息を切らせて駆け込んでくる矢口さんは…30分の遅刻。

「遅いで、矢口!なにしてたん!?」
メンバーのみんなやスタッフさんたちを待たせてしまった矢口さん、当然のコトながら中澤さんに怒られる。
「ゴメン…ちょっとね」
「ちょっとて、自分なー…まぁええわ、早よ着替えてき」
これ以上収録を遅らせないようにとの配慮なのか、中澤さんはあっさりと矢口さんを解放。
矢口さんはスタッフさんたちにもう一度謝ると、慌ててスタジオを出て行った。

それにしても、矢口さんが遅刻してくるのなんて初めてだなぁ…。
元の世界でも一度も見たコトないし、ココへ来てから3週間近くになるけどこっちの世界でも一度もなかった。
ほとんど毎日、あたしと中澤さんの受験勉強に付き合ってくれてるから…疲れが溜まってるのかも知れない。


ごっちんと飲んで騒いで記憶を失くしたあの日から、あたしはすっかり改心して連日ひたすら受験勉強に没頭した。
中澤さんは、あたしと違って道を踏み外すコトもなく黙々と自分の勉強を続けている。
ただでさえ忙しい日々を送る上に、この世界ではオトナってコトになってるあたしは深夜でも仕事してOKだから
(中澤さんはNG)勉強する時間がなかなか取れなくて大変だった。

昨日だって夜11時に仕事終わって、先にあがってた中澤さんと合流してそのまま深夜1時まで勉強会。
それにいつも付き合ってくれてる矢口さんは、何だかあたしたちよりもはりきって勉強見てくれたり買出し行ってくれたり
してるから…そろそろ疲労もピークに達してるんじゃないだろうか。

そんな矢口さんのおかげであたしも中澤さんも、特にスタート時がヒサンだったあたしは驚くべき成長を遂げた。
最初はチンプンカンプンだった数学の問題も今ではスイスイ…とまではいかないけど、『スイ』ぐらいは行ってんじゃないかな。
短期間でココまで成長するなんてもしかするとあたし、元々はアタマの良いコだったのかも知れないなー…隠れた才能ってやつ?
250 名前:SIDE-A:最強のおまもり 投稿日:2001年06月10日(日)21時39分45秒
だけど昨日までの地獄の日々からも、ようやく明日で解放される。
いよいよ明日は、あたしの高校入試。
それが終わればあたしも思う存分、中澤さんに協力できるってモンだ。
勉強教えるのはムリだから(中澤さんの方がアタマ良いし)、自分でも情けないけど買出し係に徹するつもり。

とりあえず今のあたしが一番に考えなきゃいけないのは、明日の試験を無事に乗り切るコト。
今日は仕事が終わったらさっさと帰って、明日に備えて早く寝るんだ。
あ、でも寝る前に明日持ってくモノとか準備しとかないとな…。
筆記用具でしょ、上履き、おべんとう…あっ、おべんとうは今日用意するワケにはいかないか。
お母さんに頼んでゆでたまご入れてもらおう…それから後は、時計でしょ、財布、ハンカチ…それぐらいかな。よし、完璧。


「すいません、お待たせしました!!」
着替えに行っていた矢口さんがスタジオに戻ってきて、ようやくレギュラー番組の収録が始まった。

収録が始まると、遅れてきた矢口さんも、楽屋では連日の勉強会の疲れでぐったりしていた中澤さんも、そんな様子は
少しも見せずに仕事に集中している。
それはプロとして当然のコトなんだろうけど、やっぱりすごいと思った。
あたしなんて、疲れてくるとたまにトーク中にぼーっとしちゃってる時とかあるし…ダメだよなぁ、そんなコトじゃ。

「ちょっとー、また人の話聞いてないよ、コイツは」
「えっ?」
保田さんの言葉にはっと我に返ると、みんながあたしを見て笑っている。
本番中なのに…言ってるそばからまたやってしまった、ホントどうしようもないなぁ。
251 名前:SIDE-A:最強のおまもり 投稿日:2001年06月10日(日)21時41分08秒
「おつかれさまでしたぁー」
番組の収録が終わって楽屋に戻ってきたあたしは、休憩することもなくさっさと帰り支度。
いつものごっちんの誘い(仕事帰りの一杯)も断って、真っ先に楽屋を後にする。

「よっすぃー!」
楽屋を出てエレベーターの前まで来たところで、いきなり後ろから呼び止められて振り返る。
「待って、よっすぃー」
廊下の向こうから走ってきた矢口さんはあたしの前まで来ると、ひざに両手をついて乱れた息を整えている。

「どうしたんですか…?」
あたしは、前かがみになって呼吸を整えている矢口さんに尋ねる。

「よっすぃー、帰んの早すぎ…。はい、コレ」
顔を上げた矢口さんがあたしの目の前に差し出した右手の上に、ちょこんと乗っかっていたモノ。
「それ…あたしに?」
「今日もらってきたばっかだからね。絶対、ご利益あるから」

矢口さんのちいさな右手の上に乗っかってる、それよりさらに小さい真っ赤なお守り袋。
今日もらってきた、ってもしかして矢口さん…。

「矢口さん、今日遅刻したのって…」
「ああ、違う違う。遅刻は…ホラ、違う電車乗っちゃってさぁ」
ああ…ウソだな。

「ありがとうございます」
あたしは、矢口さんが差し出した右手からそれを受け取る。
矢口さんがくれたそれは、ホントにホントにちいさなお守りだけど…すごく大きくてあったかいモノみたいに感じた。

「どういたしまして。がんばってね、試験」
「はい!!」
矢口さんの笑顔とこの小さなお守り袋があれば、何だってがんばれるような気がした。

「それもらう時にね、巫女さんに願かけてもらったから。カンペキでしょ?」
「え…」
せっかく神主さんがかけてくれた願の上から、さらに巫女さんの…?いいのかなぁ、それって…。
巫女さんって、まさかバイトの人じゃないよね…ご利益、吸い取られちゃってないよね。
なんか不安だなぁ…。
252 名前:SIDE-A:最強のおまもり 投稿日:2001年06月10日(日)21時42分37秒
「ねっ?」
「あ、はい。そうですね…」
そうだ、神様なんて関係ない。

ご利益があろうとなかろうと、大切なのはあたしのコトを想ってくれてる矢口さんの気持ちなんだ。
それがたとえお守り袋だろうと、近所のスーパーのビニール袋だろうと、矢口さんの気持ちさえ詰まってれば
あたしにとっては最強のお守りになるんだから。
…そう、思うコトにしよう。

「そうだ、明日起こしてあげよっか?ひさしぶりに」
「えっ、ホントですか?」
中澤さんの試験が終わるまでココに残るって決めてから、矢口さんのモーニングコールもお休みしてたから…
あたしは素直にうれしかった。

「うん。遅刻したら大変だもんね、矢口がたたき起こしてあげるよ」
「はい…」
できれば優しく起こしてもらいたいトコだけど…寝起きの悪いあたしには、それくらいがちょうど良いのかも知れない。

「今日は早く寝るんだからね?わかった?」
「はい。じゃあ…」
近くにいた人がボタンを押したらしくエレベーターがあたしたちのいる階で止まり、ドアが開く。

「うん、おつかれ。がんばれ、よっすぃー!!」
そう言って大げさに手を振る矢口さんの姿に、あたしは思わず笑ってしまった。

ドアが閉まってエレベーターが動き出しても…しばらくの間あたしは、あたしに向かって手を振る矢口さんの姿を思い出していた。
ポケットに入れたお守り袋の中には、何だか矢口さんが入っているみたいな気がしてうれしい。
そして、お守り袋から顔を出してるちいさな矢口さんを想像したりして、また一人で笑ってしまった。
何だかよくわかんないけど、こういうのってすごく…しあわせなカンジだなぁ。
253 名前:SIDE-A:最強のおまもり 投稿日:2001年06月10日(日)21時43分46秒
『おはよう。もしかして起きてた?』
「起きてましたよ、ちゃんと」

そして入試当日。
緊張のせいかあたしは、矢口さんの電話より20分も早く目覚めてしまった。
おかげで今日持っていくモノのチェックもカンペキ。
何だっけ、こういうの…そうそう、『早起きは三文の得』ってやつだよね。

『よっすぃー、ちゃんと持ってくモノ用意した?忘れ物ないよね?』
「大丈夫ですよぉ、ちゃんと確かめたもん」
矢口さんの問いに、自信を持って答えるあたし。
昨日寝る前にもちゃんと確かめたし、さすがのあたしでも2回チェックすれば大丈夫っしょ。

『ホントかぁ?なんか心配なんだよねー…よっすぃー、けっこう抜けてるからさ』
「ひどっ…、っていうか抜けるとか落ちるとか言わないでくださいよぉ。これから試験なのに」
『落ちるなんて一言も言ってないじゃん。自分で言ってどーすんだよ』
「あ、そっか」
矢口さんと話してると、緊張や不安な気持ちもぜんぶどっかへ飛んでっちゃうような気がしてくるから不思議だ。

『時間だいじょうぶ?早めに出た方がいいんじゃない?』
矢口さんに言われて時計を見る…確かに、もう下へ行って朝ゴハン食べた方がいいかも知れない。

「じゃあ、行ってきます」
『うん。がんばってね』
「はい」
『緊張しないで、いつも通りにやれば絶対だいじょうぶだから。わかった?』
「はい」
『ホントに忘れ物とかない?』
「…はい」
時間だいじょうぶ?って言ったのは矢口さんなのに、何だか話がふりだしに戻ってるような気がするんですけど…。
254 名前:SIDE-A:最強のおまもり 投稿日:2001年06月10日(日)21時45分17秒
『筆記用具は?』
「持ってます」

『時計は?』
「だいじょうぶです」

『おべんとうは?』
「下でお母さんが作ってます」
ちゃんとゆでたまごも入れてもらえるように頼んであるし。

『じゃあ、あとは…』
「あーっ、もぅ大丈夫ですって!!ちゃんと確かめたんだから、2回も!!」
ホント心配性なんだから…っていうか、そんなに抜けてるように見えるのかなぁ、あたしって。

『受験票は?』
「……あっ」
やばい、いちばん大切なモノ忘れてた。

『うそでしょ…大丈夫かよ、よっすぃー。しっかりしてよぉ』
「矢口さん、ホントにもう切りますね。出る前に、もっかい確かめます」
『うん…そうした方がいいよ』
「じゃあ…ありがとうございました」
本当に、大切なコトに気付かせてくれて…。

『がんばれ、よっすぃー…いろんなイミで』
「…はい」
こんなんで大丈夫かなぁ、あたし…かなり不安になってきたんだけど。


複雑な心境のまま電話を切ったあたしは、すぐさま引き出しの奥にしまってあった受験票を取り出した。
さて。朝ゴハンの前にもう一度だけ、持っていくモノ確認しておこっと…。
255 名前:すてっぷ 投稿日:2001年06月10日(日)21時47分54秒
少し短めですが、更新しました。
このところSide-Aが続いていますが、次回も引き続きSide-Aの予定です…。
256 名前:名無し読者 投稿日:2001年06月11日(月)03時58分28秒
本当に大切なコトに気づかせてくれた矢口
のためにも、ガンバレよっすぃ〜!!
257 名前:ポルノ 投稿日:2001年06月11日(月)16時59分20秒
がんばれ!よっすぃー!
試験なんて屁のかっぱだ!
258 名前:名無し読者 投稿日:2001年06月16日(土)15時40分21秒
よっしー受験頑張れ!
すてっぷさん更新頑張れ!宜しくお願いします。
259 名前:すてっぷ 投稿日:2001年06月17日(日)03時02分33秒
>256 名無し読者さん
ありがとうございます。本当に最も重要なモノを忘れていたよっすぃーですが(笑)、
最後まで見守って頂けるとうれしいです。

>257 ポルノさん
応援、ありがとうございます(笑)。
試験の方はかなり不安な感じですが、最後までお付き合い頂ければと思います…。

>258 名無し読者さん
ありがとうございます。更新頑張ります!!
…と言いたいのですが、次回更新は来週になってしまいそうです。すいません…。
260 名前:要チェキ 投稿日:2001年06月20日(水)14時40分54秒
今、一気に読ませてもらいました。すてっぷさん、最高です!!!!
更新大変だと思いますが、マイペースでがんばってね!!
あーでも続き読みてぇー!!!!!!!!!
261 名前:すてっぷ 投稿日:2001年06月24日(日)17時06分05秒
>260 要チェキさん
ありがとうございます。一気に読んでいただけたとは…本当に心から感謝です!!
本当に、マイペースすぎるほどマイペースで、更新遅れまくってまして…すいません。
これから書き始めますので(おいおい)、もうしばらくお待ち頂ければと思います…。
262 名前:読者 投稿日:2001年06月25日(月)05時36分57秒
おいらもイッキに読んじゃいました。
読んでいる最中は顔が超微笑みっぱなし。まじ面白い。
更新期待っす。 今後の「やぐよし」には目がはなせんばい〜(a・b)
263 名前:名無し読者 投稿日:2001年06月25日(月)22時33分33秒
ラジオで矢口が「吉澤の宿題をみてあげてる」って言うのが
なんかもーココのお話とめちゃオーバーラップします(笑)ほほえますぃー。

すてっぷさんの書かれるよしやぐ大好きです。
マイペースで頑張ってくださいね。よっすぃーもがんばれっ!
264 名前:すてっぷ 投稿日:2001年06月27日(水)01時30分54秒
>262 読者さん
読者さんも、一気に読んでいただいたのですね。結構、時間かかったんじゃないですか?
本当にありがとうございます!!
この感謝の気持ちを、更新で表したいのですが…まだ無理そうです(笑)。
もう少しお待ちいただければと思います…。

>263 名無し読者さん
ありがとうございます。そういう風に読んでいただけているとは、うれしい限りですね。
でも実際の2人の勉強風景ってどんなカンジなんでしょうかね…矢口はちゃんと教えられるのだろうか(笑)。
頑張って更新したいと思いますので、どうぞ最後までよろしくお付き合いください…。
265 名前:SIDE-A:中澤ゆうこ「最終章」 投稿日:2001年07月04日(水)02時42分25秒

<SIDE−A>


「よっすぃー!!」
廊下の角を曲がるとすぐに、楽屋の前で待っていてくれたらしい矢口さんがあたしを見つけて駆け寄ってきた。
「ねー、どうだった!?」
あたしのコートの袖を掴んで矢口さんが言う。
『どうだった!?』とはもちろん、さっき終わったばかりのあたしの高校入試の出来についてだと思う。

「おはようございます」
どんなに急いでいる時でもあいさつを忘れない、あーなんて礼儀正しい子なんだ、あたしは。
「もー、そんなんどーでもいいからさぁ。どーだったのよ、試験は!!」
矢口さんは、そんなあたしをあっさり無視して試験の出来についてさらに問いただしてくる。

「やー…どうだったかなぁ。でもまだ先だし、発表」
「そーゆーコトじゃなくてさー、手応えっつーの?わかるじゃん、自分で!!ねぇ、楽勝?ねぇねぇ!!」
「やー…どうだったかなぁ」
矢口さん、あたしの口ぶりから察してくださいよぉ…。
さりげなく視線を逸らしたあたしを、矢口さんは期待に満ちた目で見上げている。
あー…困ったなぁ。


受験票を忘れかけるという不吉なスタートを切ったあたしの入学試験も、なんとか無事に終了したものの
それはあくまで『なんとか無事に』ってレベルであって…『楽勝』なんて呼べたモンじゃない。
この2週間みっちり勉強したおかげで何とかギリギリ大丈夫だとは思うけど、逆にこの2週間ココで矢口さんに
勉強教えてもらわずに今日の試験に臨んでいたら、って考えると…ゾッとする。

「ねーってば!!どーだったんだよ!!」
どーしよっかなー…もぅ。
ココで、胸張って『楽勝です!!』とか言えたらカッコイイんだろうけどなぁ…ウソは良くないよなぁ、やっぱり。
266 名前:SIDE-A:中澤ゆうこ「最終章」 投稿日:2001年07月04日(水)02時46分07秒
「もしかして、ダメだった…の?」
「えっ」
やっとあたしの様子がおかしいコトに気付いてくれたらしい矢口さんは、さっきの期待に満ちたまなざしから一転して
あたしに対して今度は疑いの視線を浴びせてくる。

「そう、なの…?」
そう言ってあたしを見上げる矢口さんの目には、うっすらと涙が浮かんでいる。

「ねぇ、よっすぃー…?」
げ、そんなカオしないでくださいよぉ…。
あたしを見つめる矢口さんの目には既に涙がいっぱいたまってて、今にも零れ落ちてしまいそう。
こんな状況で『ダメかもしれません』なんて言えるワケがない。
矢口さんの泣き顔って、脅迫に近いモノがあるなぁ…。

「えーっと……。ら、ららっ、楽勝ですっ!!」
矢口さんの脅し(泣き顔)に負けたあたしは、ついに禁断の楽勝宣言。
どうせウソならせめてカッコ良くキメようと思ったのに、どもった上に声まで上ずって超超超超カッコ悪いカンジになってしまった。
「ホントっ!?ホントに!?」
あたしのバレバレのウソを、矢口さんはいともカンタンに信じてくれる。

「やー、もー時間あまっちゃって。どーしよっかなーって」
ウソとはいえ、ちょっとだけアタマ良いヒトになったみたいで気分良くなってきた…。
「うっそぉー!?すごいじゃん、よっすぃー!!」
ああ、矢口さん…ちょっとは疑ってほしい。そこまで素直に信じられると、ものすごい罪悪感なんですけど…。

「良かったぁ…。ホント、がんばって良かったね」
この世界の矢口さんって、なんだか素直でカワイイなぁ…。
こういう時あたしの世界の矢口さんなら、『ホントかぁ、よっすぃー』とか言ってなかなか信じてくれないのに。
ウソついてもすぐバレちゃうし。
267 名前:SIDE-A:中澤ゆうこ「最終章」 投稿日:2001年07月04日(水)02時47分13秒
「おめでと、よっすぃー」
「えーっ…」
そんな…発表まだなのに。受かってるかどうかも、すっごくアヤシイのに…。

「ねっ?」
「…はい」
あたしの勝利宣言が現実のモノになるかどうかは、合格発表のその日までわからないけど…それまで矢口さんの
笑顔を見てられるなら、まあいいや。
あとはその時が来て、矢口さんを悲しませるような結果になってないコトを祈るのみ。

それにあたしの合格発表って中澤さんの試験の後だし、もしかしたらその頃にはもうあたしはココにいないかも知れないし。
すべては、中澤さんの試験の結果次第。
中澤さんの試験が終わって、自己採点でもし合格してるコトがわかったら…その時は、元の世界に帰るって決めてる。
あたしだって自分なりにせいいっぱいやったんだから、発表後のコトはもうひとりのあたしにまかせよう。うん、そうしよ。
もし落ちてても、もうひとりのあたしは既に立派なオトナなんだから…オトナは学校なんか行かなくたって平気だよね?
そうだよね?ね?ね?


もうひとりのあたしへ。
たぶん大丈夫だとは思うけど…いちおう、覚悟だけしといて。
268 名前:SIDE-A:中澤ゆうこ「最終章」 投稿日:2001年07月04日(水)02時48分04秒
「おはようございまーす」
廊下で矢口さんに試験の報告を済ませ、あたしはようやく楽屋へたどり着いた。
今日は大事な高校入試だってのに、その後にはしっかりとお仕事が待っている。
こんな日ぐらい休ませてくれたっていいのに、って思うけど…ま、試験の前に仕事入ってるよりはマシか。

「「どうだった、よっすぃー!!」」
ドアを開けて中に入るなり、ごっちんと梨華ちゃんの声がキレイにハモる。
ごっちんも数日後には受験するはずなんだけど、オトナの試験にパスした彼女は今さら勉強の必要もないらしい。
この2週間、時々誘ってはみたものの、ごっちんがあたしたちの勉強会に参加したコトは一度もなかった。
自分の受験よりも、(ごっちんにとっては)なぜか必死になって勉強していたあたしの結果の方が気になるんだろうか。

「やー…もー楽勝でさぁ。時間あまっちゃってどーしよっかなって」
せっかくなんだからもっとアタマ良いヒトっぽく発言しようかと思ったけど、アタマ良いのはあくまで気分だけであって
ホントにアタマ良いワケじゃないから…さっき矢口さんに言った言葉をつなぎ合わせて言うコトぐらいしかできなかった。
「「へぇー」」
またもや反応の重なり合った2人は、あたしのビクトリー宣言に当然といったカンジで特別驚きもしない。
この世界のあたしは受験なんて二日酔いでもクリアできるなんて大きなコト言ってたらしいから、それも当然なんだろうけど。

「あれ?裕ちゃんは?」
矢口さんの言葉にあらためて部屋の中を見回すと、確かに中澤さんの姿はどこにもない。
「ああ、さっき出てったよ」
イスに座って雑誌を読んでいた安倍さんが言った。

「えーっ、もー、ドコ行っちゃったんだよぉ。せっかくよっすぃー来たのに」
「え?」
あたしが来たコトと中澤さんがココにいないコトと、一体何の関係があるんだろ…?
「よっすぃー、探しに行こ!裕ちゃんに早く知らせなきゃ、よっすぃーが受かったコト!!」
「はあ!?」
受かった、ってちょっと…。

「ホラ、行くよ!!」
着いたばかりでコートもまだ脱いでいないあたしの袖を引っ張りながら、矢口さんが急かす。
「だってまだ受かったワケじゃ…」
「いいから、早く!!」
ささやかな抵抗もむなしく、あたしはムリヤリ楽屋の外へ連れ出される。
269 名前:SIDE-A:中澤ゆうこ「最終章」 投稿日:2001年07月04日(水)02時49分15秒
「じゃあ、よっすぃーは向こうから探して。あたしはこっち行くから」
楽屋を出るなりそう言うと矢口さんは、あたしの返事も待たずにさっさと走り去ってしまった。
仕方なくあたしは、廊下を矢口さんとは反対方向へ向かって歩き出す。

探すったって、この広いテレビ局の中を一体どうやって探すつもりなんだろう。
素直に中澤さんが戻ってくるの楽屋で待ってた方が確実だし、その方が早いような気がするんだけどなぁ…。
だけどあたしの試験の出来が良かったのを(ウソだけど)、まるで自分のコトのように喜んでくれてる矢口さんに
そんなコト言えるはずもなくて…とりあえずあたしは、この広い局内で中澤さんを見つけるべく、ただ歩いた。


とりあえず、真っ先に探しに行くべき場所は…トイレだろう。
そう考えて楽屋近くのトイレに行ってみたものの、中澤さんの姿はなし。
他に思い当たるような場所もなくフラフラとさまよい歩いていると、渡り廊下にさしかかったところで見覚えのある
後姿を発見して立ち止まる。
手すりに肘をついて下を見下ろしているのは…あたしが探していた、あのヒト。

「中澤さん」
「んっ!?」
突然後ろから声をかけられて驚いた様子の中澤さんは、手すりから肘を離してこちらへ振り返る。
「吉澤ぁ…なにしてんの?」
「いや…中澤さんのコト探してたんですけど」
「うそおっ、もうそんな時間!?」
「あ、そうじゃなくて」
あたしはあわてて否定する。
どうやら中澤さんは、もうすぐ収録が始まるんであたしが呼びに来たと思ったらしい。

「なんやぁ、焦ったやんか」
「すいません」
「で、なに?なんであたしのコト探してたん?」
「ああ…そんな大したコトじゃないんで」
「ふーん」
自分の腕時計で時間を確認すると、中澤さんはまた元の体勢に戻ってぼんやりと下を眺めている。
すぐ下に1階のロビーを見下ろせるココは、前に梨華ちゃんに暴言を吐いて楽屋を飛び出した飯田さんを発見したのと
同じ場所だった。
飯田さんも中澤さんも、時間が空いたりするとよくココへ来るんだろうか。
270 名前:SIDE-A:中澤ゆうこ「最終章」 投稿日:2001年07月04日(水)02時50分21秒
ココからいったい、なにが見えるんだろう…。
あたしも隣に並んで中澤さんと同じ格好で、下の様子を眺めてみた。

入口の自動ドアは、これから仕事なのか入ってくる人たちと、仕事を終えて出て行く人たちとがひっきりなしに
出入りするので閉まるヒマもなくほとんど開け放たれたような状態になってる。
ロビーには、例によってタバコ吸いながら楽しそうに笑ってる小学生たちの姿もあって…あたしたちはただぼんやりと
彼らや、次々と入口を出て行く人や入ってくる人たちの姿を眺めていた。

そういえば…前にもあったなぁ、こういうの。
あたしがココへ残るコトを決めた、あの夜。
橋の手すりに肘をついて、ひとり寂しそうに夜景を眺めていた中澤さん。
その隣にならんで中澤さんと同じ景色を見た、あの夜のあたし。

(『あたしが、オトナやったらな…』)
そう呟いた中澤さんの寂しそうな顔が忘れられなくて、そのワケを知りたくてあたしは…ココへ残るって決めたんだ。
あれから、もう3週間になるけど…あたしは、中澤さんのために何かしてあげられたかな。
あたしがココに残った意味って…あったんだろうか。


「あのコら…みーんな、オトナなんやで。みんな、今から仕事すんねんな」
目線は下に向けたままで、中澤さんが言った。
その視線の先には、タバコをくわえながら出番を待つ小学生たちの姿。
9時以降働いてはいけない中澤さんは、あと2時間足らずで今日の仕事も終了だけど、ロビーで待つ彼らは
きっとその後も仕事なんだろう。あたしや矢口さんや、他のメンバーもそれは同じ。

「あんな年でオトナになったかて、なんもええコトあらへんのにな…って、オトナでもないあたしが言うコトちゃうか」
そう言うと中澤さんは、少しだけ笑った。
笑ってるのにちっとも楽しそうじゃないその笑顔は…あの夜にあたしが見た、とても寂しそうな横顔と同じ。
中澤さん、どうしてそんな寂しそうなカオするんだろう。
試験で満点とるために、オトナになるために、夢をかなえるために…毎日必死でがんばってるのに。

どうしちゃったんだろう…中澤さん。
271 名前:SIDE-A:中澤ゆうこ「最終章」 投稿日:2001年07月04日(水)02時51分51秒
「正直な…ちょっと迷ってんねん」
大きな声で笑う小学生たちから視線を外して、中澤さんがぽつりと呟いた。
「迷ってる…?」
あたしは、手すりから肘を離すと中澤さんの方へ向き直って聞き返す。

「あたしも…えーかげん、オトナになりたいわ。みんながあたしのコト心配してくれてんのも、ようわかってるし。
これ以上みんなに、迷惑かけられへんやろ?」
中澤さん、一体なにが言いたいんだろ…?

「だって中澤さん、めちゃくちゃ勉強してるじゃないですか。大丈夫ですって、絶対!!」
試験を前にして少し弱気になってるのかもしれないけど、毎日あんなに勉強してるんだ。絶対に大丈夫なはず。
あたしは、そう信じてる。

「ありがとう。そうやって言うてくれんのはうれしいけどな、あたしもちょっと甘かったかなぁって思ったりしてんねん。
夢とか希望とか、なんやカッコええコトばっかし言うてたけど…オトナってさぁ、ホンマはそんな甘いモンやないんちゃうかなって。
オトナになったら、ホンマに夢って叶えられるモンなんか?なぁ、あんたやったら分かるやろ?」

あたしは、何も言えなかった。
だってそんなの、あたしにだってわからないから。



小学生の頃、将来なりたいモノっていっぱいいっぱいあって。それは数え切れないくらい、たくさんたくさんあって。
先生とか親とか友達とか、周りの人に聞かれるたびにそれはコロコロ変わって。
だけどあれだけたくさんあったのは、きっとどんな夢も全部かなえられると思ってたからなんだ。
いつかオトナになったら、今描いている夢は必ずかなうって信じてたからなんだ。
今はコドモだから無理だけど、いつかオトナになったら必ず…って。
夢を現実に変えられるチカラを持ってるのが大人なんだ、って信じてた。少なくとも、小学生の頃のあたしは。

じゃあ今は、今のあたしは…どうなんだろう。
272 名前:SIDE-A:中澤ゆうこ「最終章」 投稿日:2001年07月04日(水)02時53分20秒
「矢口の言う通り、やっぱヘンな意地張ってる場合ちゃうかなぁ…って思ったりしてなぁ。
試験の間だけ、ほんの何時間かだけ自分にウソついたら…それでオトナになれるんやったらって」

あたしだってもう15歳だし、小学生の時みたくどんなコトも全てかなえられるなんて思ってない、だけど…。

「せやから……記述問題、暗記しようかなぁって」
中澤さんの表情は、頬杖をつく左手で隠れてしまっていてあたしからは見えない。

「や、です。そんなの…ぜったい、やだ」
そう言った自分の声が微かに震えていたコトで、はじめてあたしは自分が泣いているコトに気がついた。

「吉澤…?」
「そういうの、そういうのって…ぜったい、良くないって思います。ちゃんと、中澤さんが正しいって思うやり方で
やらなきゃ…っ、意味ないって思うし…っ、っく、っ…」
一つ言葉を伝えようとするたびに、あたしの目からは泉のように涙があふれてきて上手く言えない。
こんなとき、矢口さんがいてくれたら…あたしが言いたいコト、代わりに言ってくれるのに。

「吉澤…なぁ、泣かんとってよ。ごめんな、そんなやばいコト言うたか?あたし」
下を向いてしゃくりあげるあたしの背中をさすりながら、中澤さんが言う。
何か、何か言わなきゃ。
とにかく考え直してもらわなきゃ、そんなコトしてオトナになんかなったら中澤さん…きっと後悔する。

「そんなんでっ、そんなんでオトナになったら…くっ、くっ、くっ、くっ」
「あはははっ!!『くっくっ』ってなに言うてんのあんた?ちょっとおもろいやんか」
涙も止まらないけど、しゃっくりも止まらない。
そんなあたしの様子を見て、中澤さんは楽しそうに笑っている。
ひどい…こっちは一生懸命説得しようとしてるのに、なにも笑うコトないじゃんか。

だけど、今あたしが見ている中澤さんの顔は、さっきみたいな泣きそうな笑顔じゃなくて。
本当に心から楽しそうに笑ってる…ホンモノの笑顔だった。

「くっ、くっ、くっ、く、くにがっ…国が、ゆるしてもっ…あたし、あたしがっ、ぜったいに、ゆるしませんからっ!!ひ、っく」
ふぇーっ…疲れた。やっと言えたぁ…。

「あ、まだ続きあったんか」
ひどい…。
273 名前:SIDE-A:中澤ゆうこ「最終章」 投稿日:2001年07月04日(水)02時55分05秒
「とっ、とにかく、とにかくっ…ひっ、く」
あまりマジメに聞いてくれていない様子の中澤さんをどう説得すれば良いのかわからなくて、あたしは焦っていた。
そんなあたしの姿を、とても楽しそうに眺めている中澤さん…あー、我ながら情けなくなってくる。

「もー、わかったって!!わかったから、もう泣かんとって。な?」
泣きじゃくるあたしの言葉を遮って、中澤さんが言った。
「え、わかったって…?ひっ、くっ」
その言葉の意味がわからなくて、あたしは中澤さんの顔をまじまじと見る。

「わかったから…語尾にしゃっくりつけんの止めて。な?」
「っ、わっわざっ、わざとっ、やってるワケじゃっ…っ。ひっ、ひっく」
なんだよ、あたしのコトからかいたかっただけ…?

「わかったから…そんな、ズルせえへんから。ちゃんと、あたしのやり方でやるから」
さっきまでの楽しそうな表情から一転、中澤さんの顔は真剣そのもの。
「ホント…ですか?ひっく」
語尾にしゃっくりつきで中澤さんに問いながらあたしは、右手で自分の涙を拭う。

「ホンマやって。裕ちゃんのすごいトコ、あんたにも見したる!!そんけーするで、いやマジで」
そして一瞬だけ真剣な表情を見せた中澤さんは、またいつもの中澤さんに戻って笑った。
「へへっ、へへへっ…ひっく」
そして、あたしも一緒に笑った。

「自分…笑うかしゃっくりするかどっちかにし」
「どうしよう…っ、っく。とまっ、とまんなくっ、なっちゃいましっ、たっ、ひっく」
「鼻からトマトジュース飲んでみ。とまんで」
ぜってー、ウソだ。
274 名前:SIDE-A:中澤ゆうこ「最終章」 投稿日:2001年07月04日(水)02時57分26秒
「ああーーーーーーっっ!!」
「へっっ!?」
楽屋へ戻ろうと並んで歩き出した直後、中澤さんが突然大声を上げて立ち止まった。
つられてあたしもその場に立ち止まる。

「どうしたんですかっ!?」
少し先を歩いていたあたしは、振り返って中澤さんに尋ねる。

「あんた、今日試験やったやろ?どやった、なぁ、どやった!?」
中澤さん、それ思い出してあんな大っきな声出したのか…っていうか、今頃気づくなんてちょっとヒドくないですか?

「やー…どうだったかなぁ」
例によってあたしは、矢口さんにやったような歯切れの悪い回答。
楽屋でごっちんたちに聞かれたときは、矢口さんの前だったから『楽勝』なんてウソついちゃったけど…ココには
矢口さんもいないコトだし、無理してウソつくコトもないっしょ。

「なんや自信なさげやなぁ…あかんかったん?」
矢口さんと違って勘の鋭い中澤さんは、あたしの異変にすぐ気付いてくれた。
「やー…たぶん、大丈夫だとは思うんですよぉ。たぶん」
たぶん大丈夫だろうとは思うけど、少なくとも『楽勝』ではない。
もしかしてもしかするとダメかもしれないけど、たぶん大丈夫なんじゃないかなーって思う。
そういう、びみょーなカンジ、中澤さんならわかってくれるかなぁ…。

「ふーん…意外やなぁ。ま、もしあかんかってもそん時はそん時やん。『ぜったい落ちてるわ』って思っといたら?
そしたら、受かってたときめっちゃうれしいで?」
「…そうします」
中澤さんにだけ、ホントのコト話したら…ちょっとだけ楽になったような気がした。

「あっでも、矢口さんには内緒にしててくださいね?楽勝だった、ってコトになってますから」
あたしは、楽屋へ向かって再び歩き出した中澤さんの後ろを歩きながら言う。
「何でそんなウソついたん…って、なんとなくわかる気ぃするけどなぁ。ムリヤリ言わされたんやろ?」
「矢口さん、なんか泣きそうになってたから…つい」
ムリヤリといえば、いえなくもないなー、あの泣き顔は。

「あんたも、いらん気ぃ使てるなー…」

気がつけばいつの間にか…あたしのしゃっくりは、止まっていた。
275 名前:SIDE-A:中澤ゆうこ「最終章」 投稿日:2001年07月04日(水)02時58分46秒
そして、それから一週間がすぎ…ついに、その日はやってきた。

「よし。じゃあ、始めるからね」
矢口さんの言葉に、中澤さんもあたしも黙って頷く。
静かな部屋に、矢口さんが問題用紙をめくる音がやけに大きく響いた。

あたしの入試が終わってからの一週間、さらに勉強時間を増やした中澤さんは見てるこっちがつらくなりそうなくらい
本当にがんばってた。
昨日の夜も、試験の前日だってのに遅くまで残っていつも通りの勉強会。
寝不足で試験に臨んだ中澤さんのコト、矢口さんもあたしも心配しながら待ってたんだけど…試験を終えて帰ってきた
中澤さんが言うには、『体は眠くても頭は冴えてた』とのこと。
何だかわかんないけど中澤さん…よくそんな器用なコトできるよなぁ。

中澤さんの試験の間も仕事だったあたしと矢口さんは、仕事が終わるとすぐに中澤さんのマンションへと駆けつけた。
試験を終えて部屋に帰っていた中澤さんは、あたしたちが到着するまで採点するのを待っていてくれた。
中澤さんが受験してきたオトナの試験というやつは、試験が終了するとすぐにその場で全ての問題の解答集を
配ってくれるらしい。
家に帰るまで待ちきれなくて、その場で自己採点はじめちゃう人もいるって話だけど、中澤さんはそれを持ち帰って
あたしたちが部屋に来るまでずっと待っていてくれたってワケ。


さっきから、誰も一言も口をきかない。
あたしも中澤さんも…矢口さんが採点してるのを、ただ見守るのみ。

「矢口さん…なんで隠すんですか?」
そして沈黙を破ったのは…他の誰でもない、あたしだった。
右手に赤ペンを持った採点係の矢口さんは、なぜかあたしたちに見えないように左手で問題用紙を隠しながら
作業に没頭している。

「いいじゃん、別にぃ。みんなで一斉に見てたら、つまんないでしょ?」
「あんたなぁ、そういう問題とちゃうやろー?ちょっとは見せろや」
確かに、中澤さんには文句の一つも言う権利、大いにあるよなー…本人なんだから。

「ダメ!!矢口がちゃんと発表してあげるから、おとなしく待ってなよ」
「コイツめっちゃムカつくー…」
確かに。
276 名前:SIDE-A:中澤ゆうこ「最終章」 投稿日:2001年07月04日(水)03時00分36秒
「よし」
そう言った矢口さんの声と、その手に持っていた赤ペンをテーブルの上に置いた音は、同時にあたしの耳に入ってきた。
結局、最後まで採点の途中経過を見せてもらえるコトなくただじっと待っていたあたしたちは、緊張しながら矢口さんの
次の言葉を待った。

「発表します…」
ごくっ。
自分のつばを飲み込む音がとても大きく響いたような気がして、あたしは隣を見るも…中澤さんには聞こえていない様子。
目の前に座る矢口さんを、真剣なまなざしでじっと見つめている。


「裕ちゃん……おめでとーーーーっっ!!!」
そう叫んで矢口さんが天井に向かって放り投げた問題用紙が、ばさばさと音を立てて宙を舞った。

「「うっそぉーーーっっ!?」」
結果を聞いたあたしと中澤さんの第一声が、キレイにハモる。
やった…やったね、中澤さん!!!

「うそってなんや、うそって。あー?あんた、ウソぉ言うたやろ!?どーゆーコトやねん!!なんや、あたしが受かったんが
そんなに信じられへんか?そーなんか!?」
「えーっ!?」
そんな…言いがかりですよぉ。

「あー?裕ちゃんはすごいねんで?わかってんのか!!」
中澤さんは、隣に座るあたしの両肩をつかんで揺すりながら、なおも妙な言いがかりをつけてくる。
「ちょっとやめなよ、裕ちゃん!!」
矢口さんが止めるのも聞かず、中澤さんはあたしの両肩をつかんだ手を離さない。


「…っ!!」
次の瞬間、あたしは…中澤さんに、抱きすくめられていた。
「中澤、さん…?」
そしてあたしは、あたしよりもずっとずっと細い中澤さんの肩が、小さく震えているのに気がついた。

「矢口には、内緒やで」
あたしだけに聞こえるくらいの小さな声で、中澤さんが言った。
言われたとおり内緒にするけど、矢口さんには全部わかっちゃうんじゃないかな…そんな気がした。
中澤さんが、泣いてしまうくらい本当に…うれしかったコト。
277 名前:SIDE-A:中澤ゆうこ「最終章」 投稿日:2001年07月04日(水)03時02分17秒
「じゃあね、裕ちゃん」
「ん。またな」
あたしより先に、矢口さんがドアを開けて外へ出る。

「…おじゃましました」
「うん、また来てな」
どうしよう、早く言わなきゃ…。

「ん?どした?」
玄関に突っ立ったままなかなか外へ出ようとしないあたしを見て、中澤さんが言った。
「あの…えっと、あっ、ありがとうございました!!」
あたしは、目の前の中澤さんに一礼する。
「はあ?」
突然あたしにお礼言われて、中澤さんはきょとんとしてる…そりゃそうか。

「あー、えっと…、いっ、いろいろお世話になったから、だから…ありがとう、ございました」
この世界へ来て中澤さんと一緒に受験勉強したり、いろんな話をして…大切なコトたくさん、教えてもらった。
だからずっと…ちゃんと、お礼が言いたかったんだ。

「こちらこそ。ありがとな、吉澤」
ずっとずっと、忘れないでいよう。
中澤さんがあたしの前で泣いたコト、そして…あたしの前で、笑ってくれたコト。

「じゃあ…」
「うん、またな」

さよなら…中澤さん。
278 名前:SIDE-A:中澤ゆうこ「最終章」 投稿日:2001年07月04日(水)03時03分40秒
「やっぱ、夜はまだ寒いねー」
小さなカラダをさらにちぢこませて、矢口さんが言った。

マンションを出ると、外はもう真っ暗だった。
大通りへ出てタクシーを拾うために、あたしたちは並んで歩く。
前に来たときも、こうして2人で帰ったっけ…矢口さん、タクシーの中で寝ちゃって、あたしが家まで送ってったんだよなぁ。

「ねぇ…なんであんなコト言ったの、さっき」
「えっ?」
考え事してたあたしは、思わず隣の矢口さんに聞き返す。

「ありがとうございました、って。お世話になりました、って」
ひとりで勝手に決めて、って怒られるかもしれない。
だけど勝手に決めたワケじゃなくて、言いたかったけど言えなかっただけなんです。


「あたし…明日、帰ります」
あたしがココにいる理由なんて…もう、どこにもない。

「…そっか」
矢口さんの言葉に、あたしはすこしだけ傷付いていた。

あたしは、一体なにを期待していたんだろう?
もしかしたら、引き止めてくれるかもしれないって…思ってたのかな。
そんなコト…あるはずないのに。
279 名前:SIDE-A:中澤ゆうこ「最終章」 投稿日:2001年07月04日(水)03時05分26秒
「あっ、来た」
通りに出るとすぐ、1台のタクシーが向こうからやってきて…矢口さんが手を上げて止める。
ドアが開いて先に乗った矢口さんに続いて、あたしも乗り込む。

ドアが閉まって車が走り出しても、あたしも矢口さんも黙ったままで一言も喋らない。
言いたいコトは、伝えたいコトはたくさんあったはずなのに、いざとなると何も言えない。
明日の朝にはもう帰らなきゃいけないのに、いま隣に座ってる矢口さんとは…もう、お別れなのに。

なんだか落ち着かなくて、窓の外を見たり隣の矢口さんを見たり、あたしの視線は行ったり来たりを繰り返してる。
こうしてる間にも時間はどんどん過ぎていくのに…わかってるのに、どうしても言葉が出てこない。
隣に座ってる矢口さんは、ただ黙って窓の外の景色を眺めている。

やっぱり、明日帰るなんて勝手に決めちゃったコト…怒ってるのかな。
そんなはずないか…あたしが元の世界に帰るって言ったの、『怒ってる』なんて思うコト自体、あたしの自惚なのかもしれない。
矢口さんが会いたいと思ってるのは、ココにいるあたしなんかじゃなくて…もうひとりの、あたしなんだから。


「あ、ココでいいです」
矢口さんが運転手さんにそう告げ、後ろのドアが開いた。
あたしは先に降りて、矢口さんがお金を払っている姿をぼんやりと眺めていた。
280 名前:SIDE-A:中澤ゆうこ「最終章」 投稿日:2001年07月04日(水)03時08分02秒
「いくらでした?」
「いいよ、そんなの」
矢口さんが、財布からお金を出そうとするあたしの手を制して言う。

「…ありがとうございます」
「いいえ。どういたしまして」
そう言って冗談っぽく笑う矢口さんの笑顔は、いつも通り、なにひとつ変わらない。

「ありがとうございます」
「だからいいってば」
「あ、そうじゃなくて…」
「ん?」
いつも通りの矢口さんの笑顔を見て…普通に家に帰るみたく、いつも通りにお別れしようと思ったけど、
やっぱりこれだけは、言わせてください。

「今まで本当に…ありがとうございました」
「いいえ。どういたしまして」
それでも矢口さんの反応は、やっぱりさっきと同じモノ。
矢口さん、気持ち良いほどさっぱりしてるなぁ…もうちょっと名残惜しそうにしてくれたっていいのに。

「よっすぃーの感謝の気持ちはありがたく受け取ったけどさー、誰が明日帰すなんて言った?」
「へっ?」
思いがけない矢口さんの言葉に、あたしはマヌケな声で反応してしまった。


「明日休みでしょ?デートしよ、最後に」
少しだけ迷ったけど…その言葉に、あたしは黙って頷いた。

そして、矢口さんの言った『最後』って言葉が…胸に深く突き刺さったような気がした。
281 名前:すてっぷ 投稿日:2001年07月04日(水)03時11分20秒
ようやく、再開しました。
更新遅くなりまして、本当にすいませんでした…。
あと数話で完結する予定ですが、最後までお付き合いいただけるとありがたいです。
282 名前:名無し読者 投稿日:2001年07月04日(水)03時33分16秒
やっぱ、ここ最高!!
やぐよし最高。
付き合いますよどこまでも。
作者さんぐぁんば!!
283 名前:名無し読者 投稿日:2001年07月04日(水)08時34分52秒
なんだかんだ言ってもやっぱり中澤は大人だなあ。
とりあえず試験については二人ともうまく行ったのかな?後は・・・
しかし試験の結果を聞くときは、早とちりで子供っぽいのに
中澤の家から二人で帰るときの矢口はかっこいいなあ。
最後の台詞は読んでる方も胸にくるものがありました。
いよいよ最終章、期待してまってます。
284 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月05日(木)01時20分59秒
おお、再開されててうれしー。
酒豪吉澤の近況も気になります。(笑
285 名前:名無し読者 投稿日:2001年07月07日(土)19時06分37秒
緑の方でも何度か思ったんですけど、すてっぷさんの書くよっすぃーは泣き方がカワイイ(笑)
まるで子供でなんかとってもヨイですね。

タイトル通り、ちょっとずつ進展してきたように思われる矢口とよっすぃー(AもBも)が最後どうなるのか。
デートの方も期待してます(w 
終わりが見えてきて寂しいけど…最後まで頑張ってください!期待してま〜す。
286 名前:すてっぷ 投稿日:2001年07月15日(日)02時26分27秒
>282 名無し読者さん
ありがとうございます。
ラストでもそう感じていただけるよう、頑張って更新しますので
最後までよろしくです…。

>283 名無し読者さん
ありがとうございます。今回は中澤の『最終章』ということで
一番書きたかった話でもありましたので、感想いただけて本当にうれしいです。
矢口の子供っぽい性格は、書いてる途中からだんだん
はっきりしてきて…今に至る、という感じです。
最初とキャラ違っちゃってるかもしれないですね(笑)。

>284 名無しさん
ありがとうございます。気になって読み返してみたのですが、
酒豪吉澤、2ヶ月ぐらい登場していないんですよね。びっくりしました(笑)

>285 名無し読者さん
ありがとうございます。
吉澤の泣き方…意外なところで楽しんでいただけて、うれしいです。
今回、ちょっと多めにしゃっくり入ってました(笑)。
A、Bともに間違った相手と進展してるような気がしなくもないですが(笑)、
最後までよろしくお付き合いください…。
287 名前:SIDE-A:最後の帰り道 投稿日:2001年07月15日(日)02時28分57秒

<SIDE−A>


「あーっもぉ、さいっこー!!ねぇ、ねぇ、もっかい乗ろ?」
「え…また?」

「いーじゃん!!ねー、乗ろうよ!!」
「だってもう3回目ですよ?違うやつ乗りましょうよ」
「えーっ、あと1回だけだって!!ねっ、乗ろ?」
あたしの服の袖を掴んでダダをこねる矢口さんの様子は、幼稚園児のそれと大して変わらない。
このヒトにオトナの免許を与えてしまったこの国のシステムは、絶対に間違っていると思う。

「…いいですけど」
「やったー!!」
やっぱりどこの世界でも、矢口さんのジェットコースター好きは変わらなかったか…。

平日昼間の遊園地は、人もまばら。
まだ春休み前ってコトで家族連れの姿はまったく見当たらない。
あたしと同じくらいの年のコたちや、もうちょっと上の大学生らしき人たちの姿がちらほらとあるぐらい。
アトラクションは、土日なら90分待ちは固いジェットコースター(矢口さんがハマってるやつ)も含め、ほとんどが
待ち時間ゼロで乗れるって状態。

3月に入ってからほとんど授業もなく、卒業式を間近に控えた今日も学校はお休み。
もちろん休みじゃなくてもサボるつもりだったけど…今日はこの世界の矢口さんと過ごす、最後の日なんだし。


「ねぇよっすぃー、この後もっかい乗っていい?」
「え…」
まだ3回目乗る前から…『あと1回だけ』って言ってたクセに。

あたしの返事も聞かずに、矢口さんは乗り口の方へ向かってさっさと歩き出してしまった。
あーあ、あと何回ココを往復するんだろう…。
288 名前:SIDE-A:最後の帰り道 投稿日:2001年07月15日(日)02時31分37秒
計4回の過酷なドライブの間、あたしはずっと隣の矢口さんの顔ばかり見ていた。
さすがに頂上から急降下するときはそんな場合じゃなかったけど、それ以外はずっと。
コースターが上に向かってゆっくり上っていくときの、ちょっとだけ恐がってて、ちょっとだけワクワクしてるみたいな顔も、
コースターが一気に降下したあとの、すごく驚いてて、だけどすごく楽しそうな顔も…どんな表情も、ぜんぶ。
忘れないように、消えないように、胸に焼き付けておきたくて…ずっと見ていた。


「はあーっ…さすがに疲れた。ね、ちょっと休憩しよ」
4回目のフライトを終えて出口から出る頃には、さすがの矢口さんもぐったりした様子だった。
完全に脱力しきったカンジで、あたしにつかまりながら出口の階段を一段ずつゆっくり降りる。
しっかし、何でこんなになるまで乗るかなぁ…。

「あっ、ベンチ空いてますよ」
出口の階段を下りてしばらく歩くと、木でできた温かそうなベンチを発見。
2つ並んだベンチは2つとも空いていて、すぐ近くにアトラクションがないせいか周りにはほとんど人がいない。
いちおう有名人ってやつであるあたしたちにとっては、絶好の休憩場所だ。
「ホントだ…休も」
言いながら手前のベンチに雪崩のように崩れ落ちる矢口さん。

「矢口さん、何がいいですか?飲み物」
「あ、買ってきてくれんの?」
「はい。何にします?」
「えっとね…ウーロン茶。冷たいの」
えっ…ホットじゃなくて?

「ホントに冷たいのでいいんですか?」
天気が良いとはいえ、3月半ばの今はまだ肌寒い。
普通だったら迷わずあったかい飲み物を選択するところだけど、さっきまでジェットコースター乗りまくってたから
そのせいで体があったまってるんだろう。
でも、少し休んだらまた寒くなると思うんだけど…いいのかなぁ。

「いいよ」
しかし矢口さんは、そんなあたしの心配をあっさり一蹴。
ま、本人がそう言うんだから言われたとおりにするしかないか…後で後悔したって知りませんからね。
289 名前:SIDE-A:最後の帰り道 投稿日:2001年07月15日(日)02時33分13秒
「あれ…?」
少し離れたところでようやく見つけた自販機でウーロン茶(アイス)と缶コーヒー(ホット)を買って戻ってきたあたしは、
ベンチに座って待っていたはずの矢口さんがいないコトに気付いて思わず声に出して言った。
さっきまでココに座ってぐったりしてたのに…トイレにでも行ったのかな?
とりあえずあたしは、先に座って矢口さんが戻ってくるのを待つことにした。


「どこ行っちゃったのかなぁ…」
そしてあたしが戻ってきてから約10分、矢口さんはまだ現れてくれない。
どうしたんだろう…。

ひょっとして、どっか具合悪くなっちゃったとか!?
ジェットコースター4回も連続で乗ったんだ、ありえない話じゃない。
まさかまさか、どっかで倒れてるんじゃ…!!

行かなきゃ、探しに行かなきゃ。
どこにいるのかわからないけど、このままココで待ってたって矢口さんは戻ってこない。
あたしは、立ち上がるとすぐにその場から駆け出した。

だけど走っても走っても、矢口さんの姿はどこにもない。
途中で見つけたトイレにもレストランにも、まさかとは思いつつも一応のぞいてみたジェットコースターの入口にもいない。
矢口さん、どこ行っちゃったんだよぉ……。

あっ、そうだ!!
園内放送で呼び出してもらえばいいんだ、そうしよう。
あっでも、もしどこかで倒れちゃってるんだったら呼び出されても分かんないよね…あー、どうすればいいんだ。
しかも、『矢口様、吉澤様がお待ちです』とか言われちゃったら…お客さんにあたしたちだってバレちゃうかもしれないし。
あああああ、どうすればいいんだぁぁーーー………。

あたしが途方に暮れていると、突然ポケットの中で携帯が鳴った。
そうだ…携帯!!
どうして気がつかなかったんだろう、矢口さんにかけてみれば良かったんだぁ…。
ポケットから出した携帯の画面には『矢口さん』の文字。
良かったぁ…とりあえず電話かけられる程度には無事だったんだ。

「矢口さん、大丈夫ですかっ!?」
『もー、どこまで買いに行ってんだよー』
電話口から聞こえた矢口さんの声は、意外にも元気そうなモノだった。
290 名前:SIDE-A:最後の帰り道 投稿日:2001年07月15日(日)02時34分51秒
「矢口さん、どこにいるんですか!?」
『なに?大丈夫ですか、って』
「具合は!?もう良いんですか!?今どこですかっ!?」
『よっすぃー…だいじょうぶ?』
逆に心配されてしまった…何か様子が変だな。
『ねぇ、今どこ?』
それはこっちが聞きたいよ…一体どこ行っちゃったんですか、矢口さん。

「えっと…さっきのジェットコースターの近くです」
『はあ?ジェットコースター…?』
「矢口さんこそ、」
『あーーっっ!!』
「うあっ…!!」
突然耳元で大声で叫ばれて、あたしはとっさに携帯を耳から離した。

「ちょっ…なんですか!?」
『ずっるーい!!一人でまた乗ったんでしょ!?何でそーゆーコトすんの、矢口も誘えよ!!』
「なっ!?」
なにぃぃーっ!!

「なんですか、それ!?そんなワケないでしょー!!」
誰が好き好んで5回も…しかも一人で乗るワケないだろー、どういうアタマの構造してんだ、このヒトは。

『じゃあ何で!?何でそんなトコいんのよ!!ずっと待ってんのに!!』
「矢口さんが勝手にどっか行っちゃうからじゃないですかー!!っていうか、今どこにいんだよっ!!」
『何だよ、タメ口かよー…さっきからずっとココにいるよ!!バカ!!』
「はあっ!?バカって……え?ココって?」
確かに矢口さん、『さっきからずっとココにいる』って言ったよな。
ココって…どこ??

『ココはココでしょ。よっすぃーが買いに言ってる間ずーっと待ってたんだから』
「うそだっ、だっていなかったじゃないですかー!!あたしだって、戻ってきてからずっと待ってたんですよ!?」
『はあ?よっすぃー…どこで待ってたの?』
「どこって、そこですよ。矢口さんがいるトコですよ。っていうかウソですよね、何でそんなウソつくんですか!?」
ずっと待ってた、なんて…あんなに探したのに、あんなに心配したのに。

『もー、わかったからちょっと戻ってきなよ。さっきのトコにいるから』
「…はい」
あたしは矢口さんの言葉にしぶしぶ頷くと、いったん電話を切ってもときた道をまた戻った。
291 名前:SIDE-A:最後の帰り道 投稿日:2001年07月15日(日)02時36分27秒
再び問題の場所に舞い戻ってきたあたしを待っていたのは…さっきと同じく、2つ並んだ木製のベンチ。
誰も座ってない、無人のベンチ。

くっそー…一体どういうつもりなんだ、矢口さん。
あたしをからかって遊んでるんだ、そうに違いない。
ココは矢口さんの遊園地じゃないんだぞ、みんなの遊園地なんだぞ。
矢口さんだけ楽しんでどーすんだぁーーっっ!!

怒鳴りつけてやろうと携帯を手にした瞬間、あたしがかけるよりも先に矢口さんからの着信。
ちっきしょー…絶対どっかで見てやがる。
そう思ってキョロキョロと辺りを見回したが、矢口さんらしい人物は見当たらない。

「どこにいるんですか…怒りますよ、マジで」
『第一声がそれかよ…だからさっきのトコにいるって言ってんじゃん。そっちこそドコにいんだよー?』
「こっちだってさっきのトコにいますよ!!もーっ、いいかげんにっ」
『あっ。なんだ…そーゆーコト?』
「矢口さん!!聞いてます!?」
『よっすぃー、まわれ右』
そう言われて、とっさに後ろを振り返ってしまった自分の反射神経が憎い。

「あっ」
そして振り返ると、ベンチの側の茂みの向こうから…矢口さんが顔を出していた。


「戻ってこないと思ったら…場所間違えてたんだね」
「…そうみたいです」
あたしの胸の高さぐらいある植木の間から顔だけ出してる矢口さんは、森のリスみたいだった。

あー…疲れた。
292 名前:SIDE-A:最後の帰り道 投稿日:2001年07月15日(日)02時37分48秒
「おつかれ、よっすぃー」
「お待たせしましたぁ」
ようやく矢口さんを発見したあたしは、あたしが間違えたベンチの上に置きっぱなしにしていたウーロン茶(アイス)と
缶コーヒー(ホット)を持って、植木を隔てて隣に位置している矢口さんの待つベンチへ移動した。

この場所に矢口さんを残してお茶を買いに行ったあたしは、戻ってきてすぐに目に入ったベンチをこの場所と間違えて
ひたすら待ち続け、そして戻ってこない(その頃、矢口さんは茂みの向こう側のベンチであたしを待っていたんだけど)
矢口さんを探してあちこち走り回った上に、電話くれた矢口さんにからかわれてるって思い込んで一人で怒って
…こうやってさっきまでの自分の行動を振り返ってみると、かなり恥ずかしいモノがあるなぁ。


「そっかー、左行っちゃったんだ。こっち来ればすぐ見つかったのに」
「それはそうなんですけどぉ…」
矢口さんがずっと待っていた場所は、あたしが間違えたベンチの右側にあった。
あたしが矢口さんを探しに走ったのは、それとはまったく逆の方向…コレじゃ、どこまで走ったって会えるはずがない。
地球を一周すれば会えるんだろうけど、矢口さんの方が待ちきれなくて帰っちゃうだろうな…きっと。
293 名前:SIDE-A:最後の帰り道 投稿日:2001年07月15日(日)02時39分47秒
「うわっ、冷たっ」
あたしの手から冷たいウーロン茶を受け取った瞬間、矢口さんが言った。
受け取った缶を自分の隣に置くと、寒そうに両手を温めてる。

「冷たいのがいいって言ったじゃないですかぁ」
「言ったよ。誰も飲まないなんて言ってないじゃん。ちょっとびっくりしただけですぅ」
あたしの言葉に、矢口さんは口をとがらせて反論する。

「交換しましょっか?ちょっとぬるくなっちゃったけど」
矢口さん、寒い中あたしのコトずっと待ってたせいできっとカラダが冷えちゃったんだろう。
あたしは自分の缶コーヒーを矢口さんに差し出した。
「だからー、冷たいのが飲みたかったんだってば」
そう言うと矢口さんは、隣に置いていたウーロン茶のプルタブを開けて口をつける。

「…やっぱさむい」
だから言ったのに…。


「よっすぃー、寒くないの?」
「大丈夫ですよ、さっきいっぱい走ったから」
「そっか」
強がってはみたものの、寒いところにじっと座って飲むウーロン茶(アイス)は…やっぱり、つめたかった。

それからあたしたちはまるでコドモみたいに、日が暮れるまで遊んだ。
そして日が暮れたら…コドモは、お家に帰らなきゃいけない。
294 名前:SIDE-A:最後の帰り道 投稿日:2001年07月15日(日)02時41分17秒
「やっぱ最後はコレでしょ」
そう言った矢口さんが見上げているのは、大きな観覧車。

矢口さん…また、『最後』って言った。
もちろん、そういう意味で言ったんじゃないってコトはわかってる。
あたしだってこんな状況じゃなければ、矢口さんの言葉に笑って頷くコトもできたろう。
だけど今のあたしにとって『最後』って言葉の意味するモノは、たったひとつ…矢口さんとの、永遠のお別れ。

この観覧車が一周してまたココへ戻ったら…あたしたちと矢口さんの遊園地は、終わっちゃうんだ。


「おおーっ、すごいすごい!!どんどん小っちゃくなってくねー…みんなアリみたい」
「矢口さんなんか見えなくなっちゃうんじゃないですか?もとがちっちゃいから」
「うるさいなー、ちょっとデカイからっていばんないでよね!!」
「いや、べつに…」
ちょっとからかっただけなのに、すぐムキになって…今日の矢口さんはいつにも増してコドモっぽい気がする。
遊園地っていうやつには、オトナをコドモに戻してしまう不思議なチカラがあるみたい。

あたしたちを乗せた観覧車は、すこしずつ確実に上へと上っていく。
眼下には、沈みかけた夕陽に照らされて真っ赤に染まった街並みが広がっている。
あたしと向かい合わせに座っている矢口さんは、少しずつ小さくなっていく街並みや人たちを見てはしゃいでいる。
そしてあたしは、ジェットコースターに乗ったときと同じように、景色でも人たちでもなくて…ただ、矢口さんだけを見ていた。
観覧車の壁にもたれながら、はしゃぐ矢口さんの姿をただぼんやりと眺めていた。

「ん?」
そんなあたしの視線に気付いたのか、矢口さんが景色を見るのを止めて不思議そうにあたしの顔を覗き込む。
あたしは、とっさに矢口さんから視線を逸らして窓の外に目を向けた。
あたしが目を離していた間に下の景色はさっきよりもさらに小さくなってて、園内を歩いてる人たちなんてまさにアリさん状態。
295 名前:SIDE-A:最後の帰り道 投稿日:2001年07月15日(日)02時43分34秒
「あー…楽しかったぁ」
目の前の矢口さんが、両手を上げて思いっきり伸びをしながら言った。
「ねっ?」
窓の外を見ているあたしの顔を、下から覗き込むようにして聞いてくる。

「そうですね…ホント、楽しかった」
本当はそんな気分じゃなかったけど…あたしは、無理に笑顔を作ってそう答えた。

「嘘」
さっきまでのハシャギ声とは正反対の低いトーンで矢口さんが呟く。

「よっすぃー、ぜんぜん楽しそうじゃない。朝からずっと、ぜんぜん楽しそうじゃなかった」
「そんなコト…ないです」
心の中をぜんぶ見透かされたみたいな気がして、矢口さんの顔をまともに見ていられなかった。


矢口さんは…楽しいですか?
ホントにホントに朝からずっと、楽しかったんですか?
楽しい時間を刻めば、それと同じだけ、一緒にいられる時間は減ってっちゃうのに?

「もっとうれしそうなカオしろよぉ…せっかく来たのに」
独り言みたいに小さな声で、矢口さんが言った。

コドモみたいにはしゃいでたかと思えば、急に暗くなったりして。
いつもは鈍感なくせして、妙なトコ鋭かったりして。
昇ったり沈んだり、ときどき雲に隠れたり…まるでお日さまみたいに気まぐれで、だけどお日さまみたいにあったかくて。

お願いだから。
これ以上いろんなカオ、見せないでください。
もっともっと矢口さんのコト知りたいと思う自分と、知っちゃいけないってブレーキかける自分とが心の中で戦ってる。

このままじゃ、あたし…本当に、帰れなくなる。
296 名前:SIDE-A:最後の帰り道 投稿日:2001年07月15日(日)02時46分38秒
「夕方ってさぁ…夜中より寂しいカンジしない?」
あたしたちの間に気まずい空気が流れて…沈黙を破ったのは、矢口さんだった。

「そっかなー…どうして?」
「灯りがないからかなぁ…」
日が落ちてしまう前の夕方は街灯もまだ点いていなくて薄暗いから、イルミネーションに彩られる夜の街よりも
寂しく感じるのかも知れない。

矢口さんもこのまま、夕陽みたいに沈んであたしの前から消えてっちゃうのかな。
違うか…消えなくちゃいけないのはあたしの方だ。
もうすぐ矢口さんの前から消えなくちゃいけないのは、あたしの方なんだ。


「夜景も見たかったね」
「そうですね…暗くなってから乗ればよかったかなぁ」
夜景に包まれて明るくなった夜なら、こんな寂しい景色、見なくて済んだのに。

「見て、よっすぃー。もうてっぺんだよ?」
窓の外を見ながら、矢口さんが言った。
はしゃぎ疲れたのか、それとももうすぐ今日が終わっちゃうコト、矢口さんも寂しいって思ってるのか、
さっきまでの楽しそうな表情は影をひそめてる。

そしてあたしたちを乗せた観覧車は、頂上へとさしかかる。
いちばん上から見るこの景色は…この世界の矢口さんと見る、最初で最後の景色。

「窓開いたら気持ちいいだろうなぁ…」
「えーっ、寒いってぇ」
「あ、でも空気とか薄いのかなぁ。息できないかもしれないですね」
「ははっ、バカだね、よっすぃー。コレくらいで息できなかったら、富士山とかどーやって登るんだよ」
「あ、そっか」
あたしと矢口さんの笑い声が、狭い観覧車の中に響く。
なんだか、ちいさな箱の中に2人して閉じ込められてるみたい。

いろんな思い出がいっぱい詰まったちいさな箱は、頂上をすぎてもうすぐ地上へと降りる。
そしてまた、違う誰かを乗せて廻るんだ。


このまま、時間が止まっちゃえばいいのに。
ちょっとだけ、そう思ってしまった。
297 名前:SIDE-A:最後の帰り道 投稿日:2001年07月15日(日)02時49分58秒
観覧車を降りて遊園地を出る頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。
あたしたちは、駅までの道を並んで歩いてる。
駅に着いたら、あたしたちは別々の電車に乗ってそれぞれの家へ帰る。
駅に着いたら、あたしたちは…そこでお別れ。

「ねぇ、こっち通って帰ろ?」
隣を歩いていた矢口さんに腕を引っ張られて、道路沿いの小さな公園に入る。
ココを通り抜けて帰ると遠回りになっちゃうけど、そのぶん少しでも矢口さんと一緒にいられるコトがうれしかった。

「矢口さん…?」
公園に入ると、いきなり矢口さんが駆け出した。
あたしとの距離が広がっていくにつれて、その背中はみるみる小さくなっていく。
「どうしたんですかー?」
矢口さんの後を追いかけて、あたしも走る。
そしてあたしが捕まえるより一瞬早く、矢口さんは側にあったベンチの上に立ち上がった。

「へへ、一回やってみたかったんだー」
「はあ?」
矢口さんは、ベンチの上からあたしを見下ろして何やらうれしそう。

「だって、いっつもよっすぃーのコト下から見上げてるからさー、一回見下ろしてみたかったんだよ。
どう?何かセンパイっぽくない?矢口」
そんなコドモみたいなコトする先輩なんて、世界中のどこ探しても見つかんないと思うけど…ま、いっか。

「うん。センパイっぽいです」
「でしょ?」
腰に両手を当てて先輩ぶる矢口さんのおどけた表情が、街灯に照らし出される。


忘れないように、消えないように、胸に焼き付けておこう、って思ってた。
だけど、それは間違いだった。
だって、そんなの無理に決まってる。

覚えておこうとする必要なんかなかった。
忘れたくても消したくても…そんなの、はじめっから無理だったんだ。
298 名前:SIDE-A:最後の帰り道 投稿日:2001年07月15日(日)02時52分09秒
「明日も、ちゃんと起こしてあげるからね」
「はい」
駅に着いて、切符も買って、後はこの改札を抜ければ明日には…あたしは元の世界に帰る。

これは寂しいコトじゃない、悲しいコトなんかじゃない、明日になれば元の世界に帰れるんだから。
ずっとずっと会いたいと思ってた、もうひとりの矢口さんにまた会えるんだから。
必死にそう思おうとしたけど、それがあたしの本心なのかどうかは自分でも自信がない。

「あ、そうだ。天気予報ちゃんと見た?ココまできて明日雨だったら…」
「大丈夫ですよぉ、ちゃんと見ましたって」
「そっか…じゃあ、大丈夫だね」
てるてる坊主、逆さにつるしたら…雨、降ってくれるかな。

改札口のいちばん端で、あたしたちはなかなか帰るコトができずにいた。
さっきから、どうでもいい話ばかりを繰り返してる。
だけどもう電車の時間も迫ってるし、いつまでもココでこうしてるワケにはいかないんだよね…。


「もう、行かなきゃ」
そして勇気を出して切り出したのは、あたしの方だった。
「そっか…そうだね」
あたしの言葉に、矢口さんが頷く。

矢口さんの後ろ姿を見送りたくなくて、あたしは矢口さんより先に改札を抜ける。
後ろから来た矢口さんを待って少し歩くと、あたしが乗る電車のホームへと続く階段が見えた。
299 名前:SIDE-A:最後の帰り道 投稿日:2001年07月15日(日)02時54分59秒
「じゃ、ね。おやすみ」
最後なのに、『おやすみ』って…へんなの。

「…おやすみなさい」
だけどあたしも、矢口さんに同じ言葉を返した。
『さよなら』は明日の朝、矢口さんからかかってくるはずの電話で言おう。

「じゃあ…」
「…うん」
帽子を目深にかぶってる上にあたしより身長の低い矢口さんの表情は、よく見えなかった。
最後に矢口さんの笑った顔、見て帰りたかったけど…そうするとまた決心が鈍りそうだから、やめとこう。
あたしは思いを断ち切るようにくるりと振り返ると、ホームへ向かって足を踏み出した。


「えっ…」
階段を一段上ったところで、後ろから何かにひっぱられて振り返る。
すると後ろには、俯いたままであたしの上着の裾をつかむ矢口さんがいた。

「やっぱり…ちゃんとお別れする」
いつもより階段一段ぶん、高い位置から見下ろす矢口さんは、なんだかいつもよりすごく小さく見えた。

「よっすぃーのコト、見送りたい…朝になるまで、いっしょにいる」
小さな声でそう言った矢口さんを見ながらあたしは、ココへ来た最初の夜のコトを思い出していた。

あの時は、帰ろうとする矢口さんをあたしが引きとめた。
そして今は、矢口さんがあたしの服をつかんではなさない。

「じゃあ、帰りましょっか」
「…うん」
これ以上いっしょにいたら、別れがつらくなるだけなのに…どうしてもその手を振り解くコトができなかった。

矢口さんと同じ電車に乗って、同じ道を歩いて、同じ部屋に帰る。
本当ならすごくうれしいはずなのに、どうしてこんな気持ちになるんだろう。


こんなに暗くて、こんなに寂しい帰り道は…生まれてはじめてかもしれない。
300 名前:すてっぷ 投稿日:2001年07月15日(日)03時01分11秒
次回は、本当に久しぶりですが…SIDE−Bの予定です。
301 名前:名無し読者 投稿日:2001年07月15日(日)08時20分49秒
>植木の間から顔だけ出してる矢口さん
カワイイ・・・情景がぱっと浮かびました。
でも今回は最後の日で、さすがに全体的に寂しい雰囲気に感じましたね。
まあ展開から読んでるほうの主観もあるでしょうけど、ジュースを買いに行ったあと
なかなか矢口を見つけられない吉澤も、妙にもどかしくて。
次回は久々のSIDE-Bですか。SIDE-Aのほうが最後のクライマックスにさしかかろうか
という感じですけど、Bのほうでもどう展開していくのか、二人の吉澤はお互い気持ち
をあわせてちゃんと元の世界にもどれるのか、楽しみにしています。
302 名前:名無し読者 投稿日:2001年07月15日(日)14時00分55秒
よっすいーも矢口も口の悪さ炸裂(笑)
いいっす。口の悪い子だいすっき(w
でも、それでもお互い「寂しい」と口に出さないのが健気というか素直じゃないというか。
微妙なふたりの関係とお互いをすごく大事にする気持ちが、
つくづくあったかくて、ちょっと歯がゆいカンジ。もぅ、絶妙です(w

今回は最初から最後まで矢口の可愛さ炸裂ってかんじでしたね。御馳走様でした。
SIDE-Aの続きもめちゃ気になりますが、SIDE-Bの酒豪よっすぃの久々登場、楽しみに待ってます。
303 名前:すてっぷ 投稿日:2001年07月24日(火)01時22分14秒
>301 名無し読者さん
ありがとうございます。
>なかなか矢口を見つけられない吉澤
今回は、すれ違いというか、何となくタイミングが悪くてかみ合わない2人の関係を
描きたかったので、このシーンが印象に残ってもらえたのならうれしいです。
もう少し必死に探してるカンジを出した方が良かったかな、とも思いますが…。

>302 名無し読者さん
ありがとうございます。SIDE-Bの2人は、お互いに割と言いたい放題
なのに対してAの方は少々押さえ気味だったので、ここへきて一気に
爆発させました(笑)。
今回更新分のSIDE-Bはさらに暴言吐きまくっていますので、
読んでやってください…(笑)
304 名前:SIDE-B:告白 投稿日:2001年07月24日(火)01時24分38秒

<SIDE−B>


矢口さんとの待ち合わせ場所に向かう電車の中であたしは、1ヶ月前に突然この世界に迷い込んでから
今日までのコトを思い出していた。
ドアにもたれるように立って、ポケットから携帯を取り出す。

2月10日にあたしがココへ来てから3月13日の今日まで、あたしたちは1日も休むコトなくメールか電話をやりとりしてる。
発信と着信の時刻や、メールの内容を見るだけで何となくその日の出来事を思い出すコトができてまるで日記みたい。

2月9日までのメールは、あたしの世界の矢口さんにもらったもの。
そして2月10日から今日までのメールは、この世界の矢口さんにもらったもの。

メモリから『矢口さん』の番号を呼び出してみる。
今ココで発信ボタンを押しても、出るのはこの世界の矢口さんなんだ。
もう1ヶ月も会っていない、もうひとりの矢口さんにはどんなにがんばったってつながらない。

だけど今あたしは、どっちの矢口さんと話がしたいんだろう…。
自分の中で答えを出すのが恐くて、あたしはまたポケットにそれをしまった。


窓の外に目をやると、スーツを着たサラリーマン風の人や小さい子供を連れたお母さんの姿が見える。
平日の昼間ってコトで学生の姿はほとんどない。
たぶん今日みたいな日に出歩いてるのは、あたしのように卒業を控えた3年生ぐらいのものだろう。
あとは、ホントは行かなきゃいけないのにサボってる人たち。
だけどもし今日が登校日だったとしても、あたしはきっと学校サボって矢口さんを呼び出していたと思う。

今日はどうしても、会わなきゃいけないような気がしたから。
305 名前:SIDE-B:告白 投稿日:2001年07月24日(火)01時26分09秒
数日前から、なんとなく落ち着かなかった。
あたしの中で日に日に大きくなっていく、今までに感じたコトのない、『予感』。
それはたぶん…ココにいるあたしだけにわかる、もうひとりのあたしからのサイン。

久しぶりのオフだっていうのに朝からずっとドキドキして、家にいてもぜんぜん落ち着かなくて。
矢口さんに相談すべくあたしは、駅の近くの公園に矢口さんを呼び出した。
用件は言わずに『大事な話がある』とだけ伝えると、矢口さんもそれ以上は聞かなかった。
あたしたちは待ち合わせの時間と場所を決めると、すぐに電話を切った。


いよいよ本当に、矢口さんにお別れを言わなきゃいけないのかな…。
そう考えると、せっかくの待ち合わせも気が重くなってくる。

あたしを乗せた電車が、目的の駅に到着する。
あたしは重い足取りでゆっくり階段を降りて改札を抜け、矢口さんとの待ち合わせ場所である近くの公園に向かって歩いた。
約束の午後3時より15分早くその場所へ着くと、木陰のベンチに腰掛けている矢口さんの姿が目に入った。
小走りに近付くと、あたしに気付いた矢口さんが立ち上がって手を振る。
306 名前:SIDE-B:告白 投稿日:2001年07月24日(火)01時29分23秒
「いつ来ました?」
あたしは矢口さんの方へ走りながら問う。
「2時間前」
あたしがベンチの前までたどり着いたところで、矢口さんが冷やかに言った。

「うそーっ!?」
矢口さんの答えに、あたしは思わず声を上げてしまった。
もし周りに誰かいたら、間違いなくあたしたちだと気付かれていただろう。
「うそ。さっき着いたばっかだよ」
「…なんだぁ」
びっくりした…からかわれていたんだと分かって、あたしはホッと胸をなでおろした。

「何か、飲み物買ってきましょっか」
あたしは、再びベンチに座ろうとする矢口さんに向かって言った。
待ち合わせより15分早く着いたとは言え、矢口さんを待たせてしまったコトに変わりはない。
おわびにコレぐらいはしとかないと、後で何て言われるか…。

「おー、気が利くね。じゃあねぇ…」
あたしの申し出に矢口さんは満足げ。
さっそく、自分が飲みたいモノを考えている様子。
「ウーロン茶。あったかいやつね」
しばらく考えた後で、あたしを見上げて矢口さんが言った。

「じゃ行ってきます」
「あっ、よっすぃー」
歩き出したところで矢口さんに呼び止められて振り返る。

「ホットだからね、間違えんなよ」
「…わかってます」
なんかむかつくなー…さっきから。
あたしは、矢口さんを残して再び歩き出す。
307 名前:SIDE-B:告白 投稿日:2001年07月24日(火)01時31分06秒
飲み物を買って戻ってくると、矢口さんは携帯を覗き込んでいてあたしが来たことに気付いていない様子。
さっきからかわれた仕返しにおどかしてやろう…あたしは矢口さんの背後に回って後ろからそっと近付く。
足音を立てないようにそーっと近付くと、あたしは矢口さんの首筋に右手を伸ばした。

「ひゃああっっ!?」
いきなり首筋に冷たいモノを当てられた矢口さんは、びっくりして座っていたベンチから飛びのいた。
それでも右手に持った携帯は決して手放さないところが矢口さんらしい。

「ははっ、やりぃ!!」
「なにすんだよっ!!」
左手で自分の首をさすりながら、矢口さんがあたしに向かって抗議する。

「ホットって言ったでしょー!?何で冷たいの買ってんだよ!!」
猛抗議する矢口さんの視線の先には、あたしが右手に持っているウーロン茶の缶。
あたしが背後から矢口さんの首にくっつけておどかした、恐怖のアイスウーロン茶。

「ちゃんとあったかいの買いましたよ?コレはあたしのです」
言いながらあたしは、もう一本のウーロン茶(ホット)を矢口さんに手渡す。
「くっそぉー…」
あたしからそれを受け取ると、くやしそうなカオで再びベンチに腰を下ろす矢口さん。
やった…見事リベンジ成功のあたしは、くやしがる矢口さんを見るコトができて大変気分が良い。
308 名前:SIDE-B:告白 投稿日:2001年07月24日(火)01時33分01秒
「で、なに?大事な話って」
「ああ…えーっと」
座ってお茶を一口飲んで落ち着いたところで、矢口さんが言った。
どうしよう…せっかくの休みにわざわざ来てもらったんだから言わないワケにいかないんだけど、いざとなると
なかなか言い出せない。うまく説明できる自信もないし…。

「何だよ、はっきりしないなー…。あっ、ひょっとして矢口に愛の告白でもするつもりなんじゃないのぉ?」
「ちがいます」
「早やっ…即答かよ」
「そうじゃなくて…」
矢口さんの冗談のおかげで少し気が楽になったあたしは、今日ココへ矢口さんを呼び出した理由について
説明しようと口を開いた。


「なんか…帰れるような気がするんですよ」
「なにそれ?どーゆーコト?」
あたしの真剣な口調を受けて少しはマジメに聞いてくれる気になったのか、矢口さんは持っていた缶を
自分の隣に置くとあたしの方へ向き直った。

「根拠とかはないんですけど、なんとなく…もうひとりのあたしも帰ろうとしてるんじゃないかな、って」
「ふーん」
あたしの言葉に、矢口さんは素っ気ない返事。
確かに今のあたしの説明じゃ信じられないのもわかるけど…驚くとか悲しむとか、もう少し反応してくれるかと思ったのに。
309 名前:SIDE-B:告白 投稿日:2001年07月24日(火)01時34分38秒
「そっかぁ…アレだね、以心伝心ってやつ?双子ってさ、そーゆーのあるって言うじゃん」
双子、か…ちょっと違うような気もするけど、まあ似たようなモンか。

「すごい、よっすぃー!!ちゃんと通じ合ってんだよ、もうひとりのよっすぃーと。ねぇ、元気かな、よっすぃー」
「…知りませんよ、べつに見えるワケじゃないし」
あたしは…もうひとりのあたしも元の世界に帰ろうとしてるんじゃないかって気がしてるだけであって、あいつの顔が
見えるワケでも声を聞けるワケでもない。
ただ、この不思議な予感みたいなモノが少しずつあたしの中で大きくなっていくのが恐くて…それで矢口さんに
相談しようと思ったのに、当の矢口さんはココにいるあたしのコトなんかより、もうひとりのあたしの方を気にかけてる。

「うわっ、つめたーっ。もっと心配してあげなよ、相方なんだから」
「相方って…」
双子って言ったり相方って言ったり…もうちょっとマシな言い方できないんだろうか。
真剣に聞いてくれるのかと思ったのに、やっぱり茶化された…この世界の矢口さんと会うの、これが最後かもしれないのに。

「もういいです。明日帰りますから。それだけ言いたかったんで」
少し寂しかったけど、しんみりしちゃうのもそれはそれで辛いし、別れられなくなると困るから…あたしは素っ気ない口調で言った。
「えっ…明日?」
あたしが何気なく言った『明日』って言葉に、矢口さんが反応する。

「なに、明日って…なんで明日なの?ねぇ」
『明日』ってコトに特に根拠があるワケじゃなかった。
そもそも元の世界に帰れるっていうのも、単に『そんな気がする』ってだけで確証があるワケじゃないし。

「明日かどうかはわかんないけど、もうすぐ帰れちゃうような気がするから…」
だから、いつ会えなくなってもいいように、ちゃんとお別れ言おうって思ってたのに…。
310 名前:SIDE-B:告白 投稿日:2001年07月24日(火)01時36分40秒
「ふーん」
「はあっ!?」
さっきまでとまったく変わらない矢口さんの態度に、あたしは思わず声を上げてしまった。

「なに、大っきな声出して」
取り乱すあたしとは対照的に、矢口さんは隣でのんびりお茶なんか飲んでる。
「…何なんですか、それ」
あたしは、ゆっくり立ち上がると矢口さんの目の前に立つ。

「あたし、明日帰るんですよ!?そしたらもう会えないんですよ!!ずっとずっと、一生会えないんですよっ!?」
一気にまくしたてるあたしを、矢口さんはウーロン茶片手に見上げてる。
そして一瞬真剣な表情になったかと思うと、急ににっこり笑ってこう言った。

「良かったね、よっすぃー」
良かった?なにが?
良かったのはあたしじゃなくて、もうひとりのあたしに会える矢口さんの方じゃんか!!もー、なんなんだよーっ!!

「そりゃあ…矢口さんにとっては良かったかもしれないけど、あたしは、あたしは」
あたしが知ってるもうひとりの矢口さんと違って、かなりイジワルなこの矢口さんがあたしのために泣いてくれるなんて、
そんなコトはじめっから期待してなかった。
だけど少しぐらいは…寂しそうにしてくれると思ってたのに。

「うるさいなー、もー…早く帰っちゃえよ」
「………」
ホンっトにこのヒトは、最後の最後まで…。

「なんでそういうコト言うんですか?最後ぐらい…最後ぐらい、優しくしてくれたっていいじゃないですか!!」
矢口さんの態度にカチンときたあたしは、つい声を荒げてしまう。
あたしが怒鳴ったせいか、矢口さんは下を向いて黙り込んでしまった。
本当に最後になるかもしれないのに、何だかケンカ別れみたくなっちゃいそうだけど…あたしのせいじゃないからな。
311 名前:SIDE-B:告白 投稿日:2001年07月24日(火)01時39分17秒
「やだ」
「はあっ!?」
下向いて少しは反省してるのかと思えば…どこまで暴言吐けば気が済むんだろう。
きっと、ムキになってるあたしのコト面白がってるんだ。
座っている矢口さんを上から見下ろしているあたしには、その表情を窺い知るコトはできない。

「優しくなんかしないよ…離れらんなくなるもん」
「え…」
思いがけない矢口さんの言葉に、あたしは自分の耳を疑った。
それってもしかして…矢口さんも、あたしと別れるのが寂しいって思ってくれてるってコトですか?

「よっすぃーが」
「え…」
あたしかよ。当たってるけどむかつく…。当たってるからむかつく…。

「うそ」
「えっ…?」
なにが…『うそ』?

「もー、わかんないからさぁ…自分の気持ちがわかんなくなっちゃうからさ。だから…早く帰って」
「…勝手なコト言わないでください」
あたしだって、元の世界に早く帰りたいって思ってた。
帰ってあたしの世界の矢口さんに早く会いたいって、ずっとそう思ってた。
だけどそれと同時に、いつか帰れる日が来るのが…とても恐かった。

「あたし、帰りたいんです」
「うん」
「でも、帰りたくないんです」
「うん」
どうしてこんな気持ちになるんだろう、ってずっと考えてた。
そして、本当はわかってたクセにわかんないフリしてた。
ずっとずっと、ずっと前から…わかっていたくせに。
312 名前:SIDE-B:告白 投稿日:2001年07月24日(火)01時41分57秒
「矢口さんには会いたいけど、矢口さんとも離れたくない。言ってるコト、わかりますか?」
「うん…わかるよ」
「矢口さんのコト、連れて帰りたい。矢口さん、」

「ね、ちょっと待ってよ」
その後に続く台詞を察知したのか、矢口さんが立ち上がってあたしの言葉を遮る。
ひざの上に乗せていた矢口さんの携帯電話が、地面に落ちて転がる。
裏返しになったそれには、矢口さんと、そしてもうひとりのあたしが楽しそうに笑う写真が貼ってあった。


やっぱ、おんなじカオしてんだ…なんてコトを考えながらあたしは、

「好きです」

決して口に出してはいけない言葉を、言ってしまっていた。
313 名前:SIDE-B:告白 投稿日:2001年07月24日(火)01時44分05秒
「そーゆーのさぁ…カンタンに言うなよ、バカ」
案の定、矢口さんに怒られる。
だけど告白されて怒ってるヒトって…はじめて見た。

「…すいません」
素直に謝るあたしもあたしだけど…なんとなく、謝らなきゃいけないような気がした。
目の前にいる矢口さんにも、もうひとりのあたしにも、そして…あたしの世界にいる、もうひとりの矢口さんにも。


「よっすぃーと初めて会った時さ、最初はすっごいびっくりしたけど…嘘ついてるようには見えなかったからとりあえず
信じて、毎日よっすぃーの顔見て、会えない時は電話したりしてさ、いろんな話したじゃん?」
矢口さんの言葉に、あたしは黙って頷く。
地面に投げ出された携帯電話を拾いながら、矢口さんはさらに言葉を続ける。

「で、いろいろ話してみてさ。顔とか声とか、見た目はぜんぶ一緒だけど…性格とかさ、全然違うんだなぁって思った」
あたしはその場に突っ立ったまま、ただ黙って矢口さんの言葉に耳を傾けていた。

「よっすぃーはさ…さっきみたく自分の気持ちとか、普通だったら照れくさくて言えないようなコトとかも、割と平気で
言えちゃったりするでしょ?」
「平気でも…ないけど」
確かにさっきのは、イキオイで言っちゃったみたいなとこあるけど…一応、自分なりに勇気出して言ったつもりだったのに。

「そっか、ゴメンゴメン」
謝罪の言葉とは裏腹に、その口調に全く反省の色は見えない。
314 名前:SIDE-B:告白 投稿日:2001年07月24日(火)01時47分47秒
「でもさぁ、あたしが知ってるもうひとりのよっすぃーは…ぜんぜん逆なんだ」
地面から拾い上げた携帯電話を見ながら、矢口さんが言った。
「逆?」
その視線の先にあるモノは矢口さんの手に隠れてよく見えなかったけど、きっとさっき見た2人の写真だろうと思った。

「うん。いっつもね、言いたいコトの半分も言えてないようなコなんだ。自分の言いたいコトさぁ、まとめんのが
すっごいヘタなの。だけど、一生懸命伝えようとしてくれてる気持ちはすっごいわかるから…矢口は、いつもいつも
先回りして考えんの。よっすぃーは何を言おうとしてるのかなーって。どんなコト考えてんのかなーって。
それがわかるのは矢口しかいない、って…コレは単なる自惚れなんだけどね」
そう言うと矢口さんは、照れくさそうに笑った。

「同じ顔で同じ声してても、よっすぃーともうひとりのよっすぃーは全然違うよ?
この矢口と、もうひとりの矢口だって、見た目は一緒でも全然違うはずだしさ。
だからさぁ…間違えちゃいけないんだよ、あたしたちは」
矢口さんは、あたしなんかよりもっともっといろんなコト考えてて…あたしなんかより全然、オトナだと思った。

「よっすぃー、自分で言ってたじゃん。赤い糸、って。すっごく大切なヒトに、自分だけがしてあげられるコトって…
あるんじゃないかな。『好き』って、そーゆーコトだと思うよ?」
その言葉にあたしは、黙って頷いた。

大切なヒトに、自分だけがしてあげられるコト…それが何なのかは、まだよくわからないけど。
元の世界に戻って矢口さんに会えば、その答えが見つかるだろうか。
315 名前:SIDE-B:告白 投稿日:2001年07月24日(火)01時50分22秒
「ホラ、元気出せ、よっすぃー!!ドンマイ、ドンマイ!!」
もうひとりの矢口さんに思いを馳せていると、いきなり矢口さんに左腕を叩かれた。
手加減知らずのパンチは、初めて会ったときと同じ。

「…誰のせいで落ち込んでると思ってんですか」
今となってはあんまり気にしてないけど…せっかくの告白をかわされた(しかも怒られた)コト、嫌味のひとつでも
言っておかないと気が済まない。

「しょーがないなー…もぅ」
タメ息混じりにそう言うと、矢口さんはくるりと後ろを振り返った。
あたしに背中を向けて何かやってる。

「なにやってんですか?」
「ダメ!!」
矢口さんは顔だけあたしの方へ向けると、後ろから覗き込もうとするあたしを厳しく制する。

「あっ」
矢口さんの背中を見守っていると、突然ポケットの中で携帯が震えた。
たった今届いたばかりのメールは…あたしの目の前にいる、この世界の矢口さんから。

『よっすぃー、早く帰ってこい。やぐち』

「…なんですか、コレ」
早く帰ってこい、って…なんのこっちゃ。
316 名前:SIDE-B:告白 投稿日:2001年07月24日(火)01時55分17秒
「代理発信、ってやつ?もうひとりの矢口の代わりにさ、送っといてあげた」
矢口さんは、自分のアイディアになんだか得意げ。
「ふーん」
ホントはちょっとうれしかったけど、さっき散々からかわれた仕返しに、あたしはワザと素っ気ない反応。

「ちょっとー、なに?何でそんなつまんなそーなカオしてんの?ちょっとは喜べよー!!」
「だって、あっちの矢口さんは『帰ってこい』とか言いませんよ。コレって、まんま矢口さん口調じゃないですか」
「うるさいなー!!そのくらい言わなきゃ帰んないでしょ、よっすぃーは!!」
結局、最後まで『涙のお別れ』ってぐあいにはいきそうにないけど…それもあたしたちらしくて良いのかも知れない。


「なにしてんの?」
「ダメ!!」
突然くるりと背を向けたあたしの手元を、矢口さんが覗き込む。

「ん…どれどれ」
あたしが超高速で打ったメールが、矢口さんのもとに届く。

「『そんなに怒るとツノ生えますよ。よしざわ』…って、おい!!」
「あたしじゃないですよ。代理発信です」
「ほんっと、かわいくないんだから…」
「おたがいさまです」

あたしは、もうひとりの矢口さんと。
そして矢口さんは、もうひとりのあたしと。
きっとぜったいつながってる、って…そう言ったのは、あたしだった。

あたしが次に送るメールは、きっともうひとりの矢口さんのもとへ届きますように。
心から、そう思った。
317 名前:すてっぷ 投稿日:2001年07月24日(火)02時00分36秒
残り、1話か2話で完結するかと思います。
更新ペース遅いですが、最後まで読んで頂けるとうれしいです…。
318 名前:LVR 投稿日:2001年07月24日(火)02時03分33秒
初リアルタイムです。
マジでおもしろいっすね。
同じ設定の人物をここまで書き分けられるのはすごいと思います。
よく考えたら、Aの方はまだ二人の気持ちがはっきりしてないんですよね。
どうなるか楽しみ。
319 名前:もんじゃ 投稿日:2001年07月24日(火)21時50分23秒
感想なかなか書けなかったけど、ずっと読んでいました。
もうすぐ終わってしまうのは寂しいですね。
こんなに長編になるとも思ってもいなかったけど…(笑)

SIDE-Bの2人の暴言コンビも私的にかなり捨てがたいです(笑)
ラストどんな風に着地するのか楽しみにしています。

320 名前:名無し読者 投稿日:2001年07月24日(火)22時00分51秒
・・・なんか・・・せつねー!!今回。
面白い。期待。頑張って。
321 名前:名無し読者 投稿日:2001年07月25日(水)02時47分48秒
ああ、今回はそれぞれの吉澤にとって、いかに矢口サンが大事な、本当に必要な人なのか
ということが感じられますね。どちらの吉澤も、もしずっと自分のことを見てくれて、
理解しようと努めてくれる矢口という存在が無かったら、ずっと大変なことになっていただろうし、
そういう二人の結びつきの強さが感じられました。
さて、そんな二人の、それぞれの世界での結末、期待して待ってます。
322 名前:すてっぷ 投稿日:2001年07月25日(水)23時11分21秒
>318 LVRさん
リアルタイムでの感想、ありがとうございます!
A・Bそれぞれの人物の性格については、書いている途中からだんだんはっきり
してきた感じなので、最初からきちんと性格付けをしておけば良かったというのが
心残りではありますね…。
次回はたぶんAの方になると思いますので、もうしばらくお待ちください…。

>319 もんじゃさん
ありがとうございます。
書いてる本人も、こんなに長くなるとは思っていませんでした(笑)。
特にBの方は、当初ここまでふくらますつもりはなくて1・2話で終わらせるつもりが、
気付いたらAと交互にやってたりする時期もあったりして…。
暴言コンビ(笑)、気に入っていただけて良かったです。

>320 名無し読者さん
ありがとうございます。今回はさすがのSIDE-Bも、最後だけあって少し寂しいカンジに
なってしまいましたが、ご期待に添えるような結末になればと思っております…。

>321 名無し読者さん
ありがとうございます。改めて、登場人物それぞれの関わりについて考えました。
Bの矢口以外の3人(Aの吉澤・矢口、Bの吉澤)がお互いの間で何となく気持ちが
揺れているのに対して、Bの矢口は割と冷静に見守っているという設定にしました。
そうしないと誰も帰れなくなるというのもあるんですが(笑)、おっしゃる通りもうひとりの
吉澤との絆みたいなものを表したいというのもありまして。
Bの矢口では、『待つ』立場の気持ちを強調してみようと思ったのですが、なかなか難しいですね…。
323 名前:名モ無き読者 投稿日:2001年08月05日(日)20時46分33秒
SIDE-B良すぎです。
更新、期待して待っています。
324 名前:すてっぷ 投稿日:2001年08月12日(日)16時22分02秒
>323 名モ無き読者さん
ありがとうございます。当初、SIDE-Bの方はこんなに続けるつもりはなかったので
そう言っていただけると本当に書いて良かったと思います。最後までよろしくお付き合いください…。
325 名前:SIDE-A:あたしの居場所 投稿日:2001年08月12日(日)16時24分06秒

<SIDE−A>


「ただいまー」
家に帰ると予想通り、玄関のカギは開いていた…ったく、無用心な家だなぁ。

「おかえり…あらー、いらっしゃい」
あたしの声を聞きつけて玄関に現れたお母さんが、あたしの後ろに立っている矢口さんの存在に気づいた。
「あっ、すいません…いきなりおじゃましちゃって」
言いながら、矢口さんが一礼する。

「いえいえ。ひとみがいつもお世話になってねー、もう。ごめんなさいね、この間は…酔っ払って、この子が」
そう言うとお母さんは、矢口さんに深々と頭を下げた。
『酔っ払って』ってのは、受験勉強さぼってごっちんとビール飲んで記憶なくした日のコトを言ってるんだろう。
確かにあの時はお世話かけちゃったもんなー…矢口さんが家まで送ってくれたらしいし。まったく憶えてないけど。

「「ありがとうございました」」
お母さんとあたしは、2人並んで矢口さんに深々とおじぎ。
「あ…どういたしまして」
そして矢口さんも、あたしたちに向かっておじぎする…なんかヘンな空気。
326 名前:SIDE-A:あたしの居場所 投稿日:2001年08月12日(日)16時25分12秒
「ほら、上がって上がって二人とも。ひとみ、ゴハンは?」
一通りのあいさつが終わって、お母さんが矢口さんのためにスリッパを出す。
矢口さんは軽くおじぎして靴を脱ぐと、出されたスリッパを履いた。

「食べてきた。もう、上あがるから」
お母さんに短く答えると、2階への階段を上る。

「そう。じゃあ、ゆっくりしてってくださいねぇ」
「はい。おじゃましまぁす」
あたしの後に続いて、矢口さんも階段を上る。


「相変わらずキレイな部屋だねー…えらいえらい」
部屋のドアを開けて中に入ると、ぐるりと部屋の中を見回して矢口さんが言った。
327 名前:SIDE-A:あたしの居場所 投稿日:2001年08月12日(日)16時27分10秒
「矢口さん、来たコトあるんですか?」
しかも『相変わらず』ってコトは、1度や2度じゃなさそうだけど…。

「え?あ…そっか。よっすぃーがこっち来てからは初めてだもんね」
そう言うと矢口さんは、部屋の中央に置いてあるテーブルの前に腰を下ろした。
すぐ後ろにあるベッドを背もたれにして、すっかりくつろいでいる様子。

「…そうなんだ」
向こうの世界の矢口さんがあたしの家に来たコトは、まだ1度もない。
同じ新メンバーだったら普通に誘えるんだけど、矢口さんには何となく言い出せなくて…まだ1度も、誘えずにいた。
だけどこっちの世界では、矢口さんがウチに来るのはそんなにめずらしいコトじゃないみたい。
そんな幸せな状況にいるもうひとりのあたしが、少しうらやましかった。

「ん?」
部屋に入るなり当然のように席に着いた矢口さんは、ドアの前に突っ立ってるあたしを不思議そうな顔で見上げている。

「あっ…あの、コーヒーでいいですか?」
「ああ…うん」
あたしに返事すると矢口さんは、座ったまま両手を上げて大きく伸びをした。
あたしはドアの側に自分の荷物を置くと、矢口さんを残して部屋を出た。
328 名前:SIDE-A:あたしの居場所 投稿日:2001年08月12日(日)16時28分23秒
「部屋行ってれば?お母さんが持ってってあげるから」
キッチンへ入ると、ちょうどお母さんがやかんを火にかけているところだった。
「いいよ、自分でやる」
あたしは、食器棚からマグカップを取り出しながら答える。

「矢口さん待ってるでしょ。ほら、いいから部屋行って…」
「だからいいって言ってんじゃん!!」
お母さんの言葉に、あたしは思わず怒鳴り返してしまった。

「どうしたの…あんた」
いきなり声を荒げたあたしを、お母さんはきょとんとした顔で見てる。

「…ゴメン」
あたし…なにイラついてんだろ。
329 名前:SIDE-A:あたしの居場所 投稿日:2001年08月12日(日)16時29分38秒
結局、矢口さんとあたしの分のコーヒーは自分で淹れた。
お母さんに八つ当たりしちゃったのには胸が痛んだけど…さっきのコトであたしは、自分が考えていた以上に
この世界の矢口さんとの別れに怯えているんだとわかった。
やっぱり…駅であのまま、お別れしとけばよかったんだ。

一体、どうすればいいんだろう。
あたしは、どうしたいんだろう。
いくら悩んだところで、選択肢なんか無いコトはわかってる。
次の朝が来たら…あたしは、ココからいなくならなきゃいけないんだ。

そして元の世界に帰れば…ずっと会いたいと思ってた、もうひとりの矢口さんに会える。
だけど元の世界に帰れば…ココで一緒に過ごした矢口さんとは、もう2度と会えなくなる。
さっきまで普通に喋ったり笑ったり、そして今だって2階であたしのコト待ってる矢口さんの顔……
明日から見れないなんて何だか信じられない。
さっきまで普通に喋ったり笑ったりしてたのに…普通が、普通じゃなくなっちゃうんだ。
考えれば考えるほど、アタマの中がぐちゃぐちゃになってく。


どうしよう…ホントに、わかんないや。
330 名前:SIDE-A:あたしの居場所 投稿日:2001年08月12日(日)16時30分58秒
階段を上がって部屋の前まで来たところで、大きく一回深呼吸した。
ホントは泣きそうなくらい寂しいけど…最後に矢口さんの笑顔、いっぱい見て帰りたいから。
だからあたしも、笑わなきゃ。


「お待たせしましたぁ」
無理に笑顔を作って、矢口さんの待つ部屋のドアを開ける。
「さんきゅー」
部屋に入ると、矢口さんがいつもの笑顔で迎えてくれた。
持ってきたコーヒーをテーブルの上に置くと、あたしはベッドの上に乗って枕元へ手を伸ばす。

「なにやってんの?」
ベッドを背もたれにして座っていた矢口さんが、顔だけあたしの方へ向けて言う。
「目覚まし。明日起きらんないと困るから」
ベッドの上に座って、目覚し時計のアラームをセットする。
起床予定時刻は、AM6:00ちょうど。

「いいよー、そんなコトしなくて」
アラームをONにしようとしたところで、矢口さんに止められる。でも…どうして?
「だって…明日は寝坊できないじゃないですかぁ」
明日に限らず寝坊は良くないけど、明日は特別。絶対に寝坊しちゃいけない日なのに…。
331 名前:SIDE-A:あたしの居場所 投稿日:2001年08月12日(日)16時32分29秒
「だいじょうぶ。朝まで起きてるんだから、今日は」
「えっ…そうなんですか?」
「うん」
あっさりと言い放ち、ベッドに寄りかかったままの姿勢でテーブルに手を伸ばす矢口さん。
カップを両手で包み込むようにして持つと、そっと口をつける。

「だって、眠ったらすぐ朝になっちゃうじゃん。そんなんヤだし」
「そりゃあ…そう、だけど」
そうは言っても、時刻はまだ10時。
矢口さんもあたしも、タダでさえ遊園地で遊び疲れてるのにこれから徹夜なんて…絶対無理に決まってる。
矢口さんがコーヒー飲んでる隙に、目覚し時計をセットする。

「あーっ!!いいって言ってんのに!!」
「わっ!?」
いきなり振り向いた矢口さんにびっくりしたあたしは、持っていた目覚し時計をベッドの上に落としてしまった。

「あ、ああ…ははっ」
むくれる矢口さんに笑ってごまかすと、あたしは逃げるようにベッドから下りて矢口さんと向かい合わせに座った。
置き去りにされた目覚し時計が、ベッドの上にぽつんと転がっている。
332 名前:SIDE-A:あたしの居場所 投稿日:2001年08月12日(日)16時35分07秒
「………」
「………」

時計の針は、10時10分を指している。
あたしがココに座ってからの5分間、あたしたちの間には一つの会話もない。
たったの5分がこんなに長く感じられるなんて…あー、気まずいなぁ。
やっぱり、こんなんで朝までもつワケないよ…目覚ましセットしといて正解だった。


「なんかさぁ…いざとなると何話していいかわかんないよね」
壁掛け時計の針がちょうど10時11分を指したところで、ようやく矢口さんが口を開いた。
「うん…そうですね」
あたしが同意したコトで、2人の会話はあっさり終了してしまった。
やばい、せっかく矢口さんが話振ってくれたのに…。
再び黙り込んでしまった矢口さんは、テーブルに置かれた飲みかけのコーヒーに手を伸ばした。
333 名前:SIDE-A:あたしの居場所 投稿日:2001年08月12日(日)16時35分50秒
「あっ、じゃあ…しりとりとかします?」
やるワケないじゃん、なに言ってんだあたしは…。
マヌケな提案をしてしまったあたしを、矢口さんはカップに口をつけたまま上目遣いでじっと見ている。

「よっすぃー…やりたいの?しりとり」
「いや…あんまり」
「じゃあ言うなよー」
「…そうですよね」
あたしのとっさの思いつきも、単なる時間稼ぎにしかならなかった。
2人の間に再び沈黙の時が流れる。
334 名前:SIDE-A:あたしの居場所 投稿日:2001年08月12日(日)16時38分03秒
「そうだ」
何となく落ち着かなくてまた壁の時計を眺めていると、目の前の矢口さんが突然言った。
何を思いついたのか、やけにうれしそうな顔してこっちを見てる。


「ねぇ知ってる?『十字架お月さま』」
「は…?」
初めて聞く言葉に、思わずマヌケな声で聞き返してしまう。

「そっか…よっすぃーたちはまだ見つけてないんだ」
「なんですか、それ?」
矢口さんの言う『十字架お月さま』も何のコトだかさっぱりわかんないけど、その後の『よっすぃーたちは』ってのも気になる。
よっすぃーたち、って…あたしと、誰のコトを言ってるんだろうか。


「へへ…知りたい?」
テーブルから身を乗り出して、イタズラっぽく笑う矢口さん。
335 名前:SIDE-A:あたしの居場所 投稿日:2001年08月12日(日)16時39分21秒
「そこまで言っといてー…気になるじゃないですかぁ」
ホントは言いたくてしょうがないクセに…そう思ったけど、一応大げさに興味津々なフリなどしてみる。
普通に『何ですか?』って聞いても教えてくれそうにないし…『知りたいです!』って態度で臨まないとね。
この世界へ来て1ヶ月、あたしもだいぶ矢口さんの思考パターンが読めるようになってきた気がする。
テーブルに両手をついて、負けずにあたしも矢口さんの方へ身を乗り出した。


「窓、あけてみて」
矢口さんは興味津々なあたしを見て満足そうに頷くと、得意げに言った。

「えっ…寒いですよ?外」
「いいから!ホラ早く!!」
矢口さんに急かされて、あたしは渋々立ち上がった。
カーテンを開けてカギを外すと、閉ざされていた窓をゆっくりと開ける。
開け放たれた窓から、待ってましたとばかりに冷たい風が一気に吹き込んでくる。
うわっ、さっむー…。
336 名前:SIDE-A:あたしの居場所 投稿日:2001年08月12日(日)16時41分41秒
「ぜんぶ開けてよー、こっから見えないじゃん」
「矢口さん寒くないんですか?」
窓際に立ってるあたしは、冷たい風がモロに当たってかなり寒い。
「寒いけどいいの。ちょっと開けるのもぜんぶ開けるのも一緒じゃん」
「そうかなー…」
不満をもらしつつもあたしは、矢口さんの言うとおり窓を全開にする。
そしてテーブルの上に置いてあったリモコンを手にとると、エアコンの設定温度を上げた。

「あっダメ!そのままでいいよ」
外の景色が良く見えるように網戸を開けようとしたあたしに、矢口さんが言った。
窓の外はキレイな星空なのに、網戸を隔てて見るなんて…何なんだろ、一体。
網戸越しに見えている月は、キレイなまんまるお月さま。
帰り道は何だかさみしくて下ばかり見て歩いてたから気付かなかったけど…今日は、満月だったんだ。


「んっ?」
窓際に立ったまま月を眺めていると、突然部屋の中が真っ暗になった。矢口さんが電気を消したらしい。
なるほど、暗くした方がキレイに見えるもんね。
あたしは再び視線を窓の外へ戻して夜空を見上げる。
337 名前:SIDE-A:あたしの居場所 投稿日:2001年08月12日(日)16時42分55秒
「こっち来て、よっすぃー」
後ろから声がして振り返ると、矢口さんはまた元の場所でベッドを背もたれにして座っていた。
「あっ、見えないですか?」
あたしが窓際を占領しちゃってるせいで、矢口さんの位置から外が見えにくいのかもしれない。
あたしは今立っている位置から少し右側へ移動した。

「ちがうよ。ココ」
そう言うと矢口さんは、右手で床をぽんぽんと叩く。
隣に座れ、って言ってるのかなぁ…。
「早く」
窓の側に突っ立ったままのあたしを見て、矢口さんが再び自分の隣を右手で叩く…やっぱり『座れ』ってコトみたい。
戸惑いつつもあたしは、矢口さんの隣に腰を下ろす。

暗くてよく見えなかったせいで、あたしは矢口さんの隣にぴったりくっついて座ってしまった。
ひざをかかえて座っているあたしの左腕が、すぐ隣の矢口さんの肩に当たっている。
予定外の距離にちょっとだけ、いやかなり…ドキドキした。
338 名前:SIDE-A:あたしの居場所 投稿日:2001年08月12日(日)16時45分16秒
「ホラ、見て?」
あたしが隣に座るとすぐに、矢口さんが言った。
その視線の先には…さっきあたしが見ていた、まんまるの月。

「月の周りの光がさ、十字架みたいに見えない?」
「あ…ホントだ。え、なんで?」
まるい月の放つ光が十字型に伸びて、矢口さんの言った通りちょうど十字架みたいに見える。
いつも外で見てる月はただ丸く光ってるだけなのに…どうしてこんな風に見えるんだろう?

「網目通して見てるからだよ。ね、すごいっしょ?」
「うん」
縦横に組まれた網目のせいで、月の光が伸びてるように見えるんだ…なるほど。
布越しに伝わってくる矢口さんの体温のせいなのか、あたしは自分の体が少しずつあったまっていくのを感じていた。
339 名前:SIDE-A:あたしの居場所 投稿日:2001年08月12日(日)16時46分51秒
「はじめてココ来たときにね、矢口が発見したんだ。満月の時だけなんだよ?こんなキレイに見えんの。
欠けてる時はねー、こんな風にキレイになんないんだよね」
「…そうなんだ」
矢口さんがこの場所でこの不思議な月を見つけたとき、隣にいたのはココにいるあたしじゃない、もうひとりのあたし。

(『そっか…よっすぃーたちはまだ見つけてないんだ』)
さっき矢口さんが言った言葉の意味を、あたしはようやく理解した。
『よっすぃーたち』っていうのは、あたしと、もうひとりの矢口さんのコトだったんだ。
だけど、あたしたちに見つけられるはずがない。
2人がこの場所でこの月を見ていたとき…あたしはきっと、元の世界で一人ぼっちでこの部屋にいたんだろうから。
この場所でこの月を見つけてくれるはずの矢口さんは、あたしとは別の場所にいたんだから。

「矢口さん…まだ来たコトないんですよ、ココ」
「えっ?」
矢口さんが、あたしの方へ顔を向けて聞き返してくる。
「あっ、もうひとりの矢口さんのコトです」
「ああ。へぇ、そうなんだ」
あたしの言葉を聞いて、矢口さんは再び正面へ向き直る。
340 名前:SIDE-A:あたしの居場所 投稿日:2001年08月12日(日)16時48分35秒
「あの、さ。帰っても…ときどき思い出してね、矢口のコト。コレ見たら…思い出して」
矢口さんが見上げているのは、空に浮かんだ『十字架お月さま』。

「…矢口さんも」
「…うん。思い出すよ、よっすぃーのコト」
満月の夜、この月を他の誰かと一緒に見てても…きっと、思い出してください。

こんなの見なくたって忘れるワケないのにまたひとつ、矢口さんとの思い出が増えてしまった。
あたしは気付かれないようにそっと、隣に座る矢口さんの顔を盗み見る。
窓の外に広がる星空を見上げながら…矢口さん、泣いてた。
なんとなく見ちゃいけないような気がして、あたしはすぐに視線を逸らした。
341 名前:SIDE-A:あたしの居場所 投稿日:2001年08月12日(日)16時50分15秒
「コレさぁ…教えてあげなよ、もうひとりの矢口にも。喜ぶって、ぜったい」
頬に伝う涙を手で拭いながら、明るい口調で矢口さんが言う。
「どうかなー…」
あたしが知ってるもうひとりの矢口さんは、ココの矢口さんみたく素直じゃないから…。
窓開けて見せようと思っても、『寒い。閉めて』とか言われそうだもんなぁ…。

「えーっ、なんで?すっごい大発見なのに」
あたしの気のない返事に、矢口さんはかなり不満そう。
顔だけじゃなくカラダごとこっちを向いて、あたしに抗議する。
あたしは、矢口さんの質問に答えるべく必死に言葉を探した。

「何かちょっと違うんですよ、矢口さんと。なんだろ、もうちょっと大人っていうか…」
「なにそれ、どーゆーイミ!?矢口の方がオトナだよっ!!免許持ってんだから!!」
しまった、言葉を選び間違えたか。

「やっ、ちがっ…免許とかじゃなくて、中身っていうか」
「るっさいなー、わかってるよ!っていうかどっちにしても失礼だよ!!」
「あー…そうですね。ははっ」
これ以上フォローの言葉も見つからず、あたしは笑ってごまかす。
342 名前:SIDE-A:あたしの居場所 投稿日:2001年08月12日(日)16時52分49秒
「でもさ、よっすぃーにも言われんだよね」
何か思い出したようにくすっと小さく笑って、矢口さんが言った。
「『コドモみたい』って…センパイに向かってさぁ。ホントむかつくんだよねー、あいつ」
その言葉とは裏腹に矢口さんは怒っている風でもなく、むしろ楽しんでいるように見えた。

「…一緒だ」
矢口さんの言葉を聞きながら、あたしも小さく思い出し笑い。

「ん?」
「あたしもよく怒られてるから。矢口さんに」
もうひとりの矢口さんの姿を思い浮かべながら、隣に座る矢口さんに答える。
「え?なんで?」
「よくわかんないんですけど…ボーッとしてる時とか、あとは、1つのコトなかなか決めらんない時とかかなぁ。
でもそういうの、ぜんぜん嫌じゃないんですけどね」
どうしてこんなコト、矢口さんに話してるんだろう。自分でも不思議だった。
343 名前:SIDE-A:あたしの居場所 投稿日:2001年08月12日(日)16時55分40秒
「なんかさー…似てんのかな、あたしたち」
矢口さんがぽつりと言った。

「2人でいたら何にも決めらんないね、きっと」
「そうですねぇ…」
世界一コドモみたいな矢口さんと、世界一優柔不断なあたし。
きっとそれぞれに大切な、『たったひとりのヒト』がいて…何となく、わかった気がする。
あたしたちがココで一緒にいるコトは、たぶん…自然じゃない。


「2人ともボケてちゃ、漫才になんないもんね」
「…何の話ですか」
ボケとボケ、ツッコミとツッコミじゃコンビは成立しない…って言いたいんだろうなぁ、たぶん。
たとえはちょっとおかしいけど…あたしも矢口さんも、きっと同じコトを考えてる。
優柔不断なあたしにもコレだけははっきり言える、たったひとつの大切なコト。

矢口さんにとっての『吉澤ひとみ』は…今ココにはいない、もうひとりのあたし。
あたしにとっての『矢口真里』は…今ココにはいない、もうひとりの矢口さん。

もうひとりの矢口さんも同じ気持ちであたしのコト、待っててくれてるといいなぁ。
吉澤は…今いちばん、矢口さんにあいたいです。
344 名前:SIDE-A:あたしの居場所 投稿日:2001年08月12日(日)16時58分08秒
「よっすぃー…ゴメン、やっぱ目覚ましかけといて」
すぐ側で眠そうな声が聞こえたと思ったら、矢口さんがあたしに寄りかかってきた…寝る気だ、このヒト。
朝まで起きてるって言ってたくせに…予想はしてたものの、まさか11時前にダウンするとは思わなかった。


矢口さんの小さな寝息を聞きながらあたしは、矢口さんと過ごした今日までのコトをひとつひとつ思い出していた。

今日はずっと起きてよう、そしてあのクロスが消えていくのを…ココで、最後まで見てよう。
345 名前:すてっぷ 投稿日:2001年08月12日(日)17時03分22秒
更新遅くなってしまって、すいません…。
次回で最終回となると思います。もう少しだけ、お付き合いください…。
346 名前:LVR 投稿日:2001年08月12日(日)21時26分44秒
ついにAの方でも、両者の気持ちが固まりましたね。
それで、残り一話。
エンディングの予想図は頭の中にいっぱいあるんですけど、どれが一番いい結果なのかわかんないです。
これだけすてっぷさんのファンがいっぱいいますから、たぶん全員の希望通りにはならないと思いますが、どんな結果でも受け止めようと思ってます。
頑張ってください。
347 名前:紅男 投稿日:2001年08月12日(日)23時07分07秒
今週号の「ゲッチュ―まごころ便」を読んでてここ思い出した。ホロリ。
348 名前:名無し読者 投稿日:2001年08月12日(日)23時13分30秒
次で最後っすか。なんだか寂しいですなぁ。
すてっぷさん、あなたは天才だ!!
こんなにおもしろいお話をありがとう、最終回もがんばってください。
349 名前:名無し読者 投稿日:2001年08月13日(月)00時50分50秒
そっか。前回のSIDE-B:告白と、今回のSIDE-A:あたしの居場所で、今までの話の流れ全体が、なんというか、
腑に落ちた感じがします。なるほどね。最終的にはそういう話になるのか。
確かにSIDE-Aの吉澤が本格的に酒飲みだしたら、Aの二人で飲んでも二人とも潰れっ放しになりそうだもんな。(笑)
ってそういうことではなく、いやそれもあるけど。(笑)
でもこれで四人ともそれぞれ、きちんと自分の居場所を確認できたんですね。
いやー、前にも書いた気がするけど、すてっぷさんの書く話のこういうところがホント好きです。
あとは最終話、黙して待つのみですな。
350 名前:名無し読者 投稿日:2001年08月13日(月)05時22分07秒
すてっぷさん。
明鏡止水の心境で、最終話待ってます。
351 名前:すてっぷ 投稿日:2001年08月17日(金)16時04分31秒
>346 LVRさん
ありがとうございます。エンディングについては、色んなパターンが考えられますよね。
LVRさんの中にある予想図って、どんなものだったのでしょうか?気になる…。
最終話はとにかく書きたいことがたくさんあって、少々詰め込みすぎた気もするのですが…
どう感じていただけるでしょうか。

>347 紅男さん
「ゲッチュ―まごころ便」…ネットで調べてみました。
あらすじが紹介されてたのですが、ギャグ中心ながらも時に感動話だったり…ってのがかなりツボで。
今度ぜひ読んでみたいと思います。ありがとうございました(笑)

>348 名無し読者さん
こちらこそ、こんな長い話&遅い更新にお付き合いいただき、本当にありがとうございます。
最終話も少し長くなってしまったのですが、お付き合いただけるとうれしいです…。
352 名前:すてっぷ 投稿日:2001年08月17日(金)16時05分50秒
>349 名無し読者さん
ありがとうございます。今回はAの二人がどうやって気持ちの整理をつけるかという点で、Bに比べて
かなり悩んでやっと書き上げた話だったので、そういう感想をいただけると本当にうれしいですね。
>Aの二人で飲んでも二人とも潰れっ放し
あ、なるほど…それには気付きませんでした。言われて納得(笑)
Aでは、一緒にいても何となくかみ合わない2人というのを書きたかったのですが…思わぬところに伏線が(笑)

>350 名無し読者さん
応援いただき、ありがとうございます。本当に励みになります。
最終話、少し長い話になりましたが…結末まで見届けていただけるとうれしいです。
353 名前:ただいま。 投稿日:2001年08月17日(金)16時07分35秒

<SIDE−A>


「あれ…?えっ!?よっすぃー!?」
座ったままの姿勢でウトウトしていたあたしは、眠い目をこすりつつ後ろから聞こえた矢口さんの声に振り向く。

「うそ、もう帰っ…よっすぃー!?」
矢口さんが飛び起きた振動で、ベッドが大きく軋む。

「あ、矢口さん起き…うがあっっ!!」
突然目の前が真っ暗になって、一瞬自分の身に何が起こったのかわからなかった。
ベッドを下りようとイキオイ良く起き上がった矢口さんのヒザが、振り向いたあたしの額にヒットしたらしい…
なんて言ってる場合じゃないって。痛い…痛いぃぃぃ。

「ううぅぅぅ…」
「あっ…そこにいたんだ。良かったぁ…」
額を押さえてうずくまるあたしの頭上から、矢口さんの声。

「…良くない」
むっちゃ痛かったんですけど…。


窓の外から聞こえる小鳥のさえずりが、一日のはじまりを告げていた。
よく晴れた朝、予定時刻ぴったりに起床、すべてがカンペキ…ただ一つ、おでこの痛みを除けば。
354 名前:ただいま。 投稿日:2001年08月17日(金)16時08分48秒
「よっすぃー、そこで寝てたの?」
痛みも少し落ち着いた頃、またもや背後から矢口さんの声が聞こえて振り返る。
あたしがまだ部屋にいたコトに安心したのか、矢口さんはベッドの上に寝転んですっかりくつろいでいる。

「起きてましたよ、ずっと」
「うそっ」
あたしの言葉に、矢口さんが再び起き上がる。寝たり起きたり…忙しいヒトだなぁ。

昨日の夜は結局、完徹宣言しといてあっさり寝てしまった矢口さんをベッドに移動させた後(矢口さんは寝ボケてて
憶えてないみたいだけど)、あたしは一睡もしないまま朝を迎えた。
ベッドを背に座って、ココで過ごした今日までのコトを思い出していたら…あっという間に、朝が来てしまった。


「なんだよー!起こしてくれれば良かったのに!!」
「………」
ベッドの上でムクれる矢口さんを見ながらあたしは、さっきヒザ蹴りをくらった額が再び疼きだすのを感じていた。

(『よっすぃー…ゴメン、やっぱ目覚ましかけといて』)
っていうか、思っきし寝る気だったじゃんか…もう言い返す気にもならん。
やっぱりこのヒトは、あたしの手には負えない。
355 名前:ただいま。 投稿日:2001年08月17日(金)16時10分06秒
「何時だっけ…帰るの」
矢口さんの一言で、いきなり現実に引き戻される。

「6時35分、でしたよね。確か」
この世界へ迷い込んだ翌日も、今日と同じ方法であたしは元の世界に帰ろうとしていた。
あたしがココへ来た時と同じ状況を作ろうと、起床時刻の6時30分にベッドの上でボーッとしてた5分間(コレが
かなりアヤシイんだけど)を足して、6時35分。
あの時は雨降ってて結局帰れなかったけど…今日は予報通りの快晴だから、きっと帰れるはず。

「…もう、30分もないね」
枕元の目覚まし時計を見ながら、矢口さんが呟いた。
時計の針は、6時10分を指している。


「ねぇ、何か忘れ物とかない?だいじょうぶ?」
出発25分前、心配性の矢口さんらしい質問。

「いや…何にも持ってきてないし」
なにしろ朝起きてすぐの出来事だったんだから…登校途中とかだったら何か持っててもおかしくないんだろうけど。
「あ、そっか。そーだよねぇ」
あたしの言葉に、矢口さんも納得してくれた様子。
356 名前:ただいま。 投稿日:2001年08月17日(金)16時11分26秒
「………」
「………」
あーあ…まただ。
こういう状況になると、あたしたちに決まって訪れる静寂。


「あのさ…しりとりしよっか」
気まずい雰囲気に耐えかねたのか、矢口さんが口を開いた。
「え…」
それにしても矢口さん、一体なに言い出してんだろ…昨夜あたしが同じコト言ったとき、冷たく斬り捨てたクセに。

「あっ、違うよ。ただのしりとりじゃなくて。今日までの思い出をね、言ってくの」
『ただの』を必要以上に強調する矢口さん…昨夜のあたしの発想と一緒にしてほしくない、という想いが
こめられているのだろうか。

「えーっ…難しいですよ、それ」
ひとつずつ順番に言ってくだけなら簡単だけど、それをしりとりでやるとなると…かなり難易度高いと思うんだけど。

「難しいからいいんじゃん。ハードルは高いほど良いんだよ?」
「何ですかそれ」
こんなくだらないコト言ってる間にも、どんどん時間は過ぎていくのに…いいんだろうか、こんなんで。

「じゃあねー、『遊園地』」
ああ、もー…勝手に始めちゃってるし。
357 名前:ただいま。 投稿日:2001年08月17日(金)16時12分33秒
「ち…『ちくわ』」
「はあ?何だよ、ちくわって…カンケーないじゃん」
やっぱ気付いたか…気を取り直して、『ち』ではじまる矢口さんとの思い出について考えてみる。

「あっ、わかった。『チョコレート』」
バレンタインの時、もらったもんね…その後で矢口さんが酔っ払っちゃって、大変なコトになったんだっけ。

「『と』?うーん…」
2巡目にして早くも行き詰まった様子の矢口さん。
座ったまま、天井を見上げて何やら考え込んでいる。

「『突然、矢口の前に別のよっすぃーが現れました』」
長っ…。しかも『現れました』って、人のコト怪獣かなんかみたいに…。
「いいんですか、そういうの。文章じゃないですか、それ」
ムダとは思いつつも、一応抗議してみる。

「アリだよ。誰が単語限定って言った?」
はいはい、そうですね。すいませんでしたー…。

「じゃあ…えっとぉ…『たばこ吸ってました、小学生が』」
新ルールを活用して、あたしも負けずに文章でお返し。
「おっ、倒置法で来たね」
言いながら矢口さんは、ようやくベッドから下りてあたしの隣に座る。
358 名前:ただいま。 投稿日:2001年08月17日(金)16時14分00秒
「が、が、がー…がっつくなよ、よっすぃー」
「は?いつがっつきました?何に?」
あたしには全く身に覚えのない思い出だけど…一体何のコト言ってるんだろ。

「いいじゃん、なんとなくだよ。なんとなく」
「もー…」
ありもしない思い出勝手に作って…だんだんずれてきたなぁ。

「えっと、い、い…いつもがっついてるワケじゃないですよ」
「なにそれぇ?何かワケわかんなくなってきたね」
誰のせいだよ…。

「『よ』、かぁ……」
言うなり下を向いて考え込む矢口さん…やったね、今度こそ降参かも。
ふと壁の時計を見ると、時計の針はもうすぐ6時30分を指そうというところ。
いよいよ遊んでる場合じゃなくなってきた…もう帰る準備しなきゃ。

「矢口さん、そろそろ…」
あたしが言いかけたのと同時に、俯いていた矢口さんが顔を上げた。
そして、まっすぐに前を見て大きく深呼吸する。


「よっすぃーに、逢えてよかった」

出発5分前、矢口さんが言ったこの言葉を…あたしはきっと、忘れない。
359 名前:ただいま。 投稿日:2001年08月17日(金)16時15分33秒
「あたしも…矢口さんに逢えてよかった」
あたしがずっと言いたかったのは、この言葉だったのかも知れない。

いつか別れる日がやってくるのがわかってても、離れ離れになるコトがわかってても、それでも…『逢えてよかった』って、
心からそう思えるから。
会えなくなっても、矢口さんとの思い出はずっとずっと消えないから…だから本当に、逢えてよかったんだ。


「あ、それしりとりになってない。やったね、よっすぃーの負け」
そう言ってイタズラっぽく笑う矢口さん。

「えーっ、だって今のは…」
「あっ、ホラ!!もう時間だよ」
言われて時計を見ると、出発の6時35分まであと3分ほどに迫っていた。
くやしいけど、勝ちは矢口さんに譲るしかないみたい。

あたしはその場から立ち上がると、窓の側へ移動する。
矢口さんもあたしの後ろに立って、その時が来るのを待った。
360 名前:ただいま。 投稿日:2001年08月17日(金)16時16分39秒
「はい」
矢口さんが、あたしに向かって右手を差し出す。
あたしが、差し出された右手を取って…おわかれの、あくしゅ。

「矢口さん…顔、見せてください」
あたしが言うと、俯いていた矢口さんはほんの少し躊躇した後で…ゆっくりと顔を上げた。

「泣いてると思ったでしょ?」
「…はい」
ぎこちない笑顔の矢口さんは、必死で泣くのをガマンしてるみたいだった。

「残念でした。泣かないよ、矢口オトナだし」
「…そっかぁ。そうですよね」
半泣き状態の矢口さんの強がりに、あたしは思わず吹き出してしまった。

「じゃあ…」
つないだ右手に少しだけ力をこめて、あたしが切り出す。
「うん」
矢口さんが頷いて、そしてあたしたちは…つないでいた手を、離した。

矢口さんが1歩後ろに下がったのを見届けて、あたしはカーテンに手を掛けた。
そしてそれを一気に引いた瞬間、あの時と同じ強い光が矢のように飛び込んでくる。
あまりの眩しさに、あたしは思わず目を瞑った。



「ばいばい、よっすぃー」
薄れゆく意識の中であたしは…矢口さんの声を、聞いたような気がした。
361 名前:ただいま。 投稿日:2001年08月17日(金)16時17分46秒

<SIDE−B>


「久しぶりですね、矢口さんが起こしてくれんの」
『なにそれ…イヤミなやつぅ。切るよ』
「あっ、うそです、うそです。切んないで」
早朝6時20分、矢口さんからのモーニングコール。

『ツー、ツー、ツー』
「ああっ、矢口さん!?」
『バカじゃん?口で言っただけだっつーの』
「………」
早朝6時20分、朝から大変気分が悪い。
362 名前:ただいま。 投稿日:2001年08月17日(金)16時18分59秒
『…そっか。とうとう帰っちゃうかぁ』
「はい、たぶん」
『みょーに天気いいもんねー…何かそんなカンジするよね』
「それもあるけど…」
『帰れるような気がする、でしょ?』

昨日矢口さんにも直接会って話した、数日前から感じていた『予感』みたいなもの。
元の世界に帰れるかも知れない。
向こうの世界でもうひとりのあたしもきっと、帰ろうとしてる…そんな気がする。
昨日矢口さんと別れてからも妙に胸騒ぎがして、昨夜はほとんど眠れなかった。
矢口さんからのタチの悪いモーニングコールのせいもあるけど、寝てないのに目はちゃんと冴えてる。


『なに話そっか。あと15分しかないよ?』
矢口さんの声ではっと我に返る。
「なんか実感ないなー…あと15分かぁ」
15分、って実際声に出して言ってみても全く実感が湧かない。

でも、15分後にあたしがこの手でカーテンを開ければ…今話してる矢口さんの声、もう2度と聞けないんだ。
こうやって普通に話してるのに、15分後には…。
なんか、不思議なカンジ。
363 名前:ただいま。 投稿日:2001年08月17日(金)16時20分09秒
『ね、あっちに帰ったらさ、いちばん最初になにする?なにやりたい?』
「え…?えーっ、なんだろ…」
唐突な質問に、あたしは考え込んでしまった。

『悩むコトないじゃん。あれでしょ?お酒、いっぱい飲む』
…ったく、このヒトは。あたしのコト何だと思ってんだろ。

「それもやりたいですけど。いちばん最初は…」
『なによ?』
「電話する、かなぁ…矢口さんに」
やっぱり、帰ってきたコトいちばんに知らせたいし。

『あっそ。つまんないのー…もっと面白いコト言ってよね』
「なんで」
どういう答えを期待してたんだ、一体…『浴びるほど飲みたいです』とか言って欲しかったんだろうか。
最後だからって電話くれたのはうれしいんだけど…まだ起きたばかりなのか、矢口さんはちょっと不機嫌そう。
364 名前:ただいま。 投稿日:2001年08月17日(金)16時21分30秒
「あのぉ…矢口さん」
朝イチでテンション低めの矢口さんに、あたしは恐る恐る切り出す。

『なに?』
「いや…もし今日帰れなくても、怒んないでくださいね」
昨日からあれだけ言っといてもし帰れなかったら、後で何て言われるか…考えただけで恐ろしい。

『はあ?何で?怒んないよ、べつに』
「なら、いいんですけど」
矢口さんの回答に、とりあえずひと安心。

『でも、ぜったい帰れると思うよ』
「え…?」
あたしが言うのならわかるけど、どうして矢口さんにそんなコトがわかるんだろう…。

『ホワイトデーだし、今日』
「あっ」
そっか…すっかり忘れてた。
結局、ホワイトデーまで居ついちゃったんだなー…あたし。
でもそれとあたしが帰れるかどうかってのと、どう関係があるんだろうか?

『よっすぃーのコト、もうひとりの矢口に返してあげなきゃね』
そんな単純な理屈だったか…。
「返すって…あたし、モノじゃないんですけど」
『あははっ、そっかそっか』
良かった…最後に矢口さんの楽しそうな声、聞けた。
365 名前:ただいま。 投稿日:2001年08月17日(金)16時22分51秒
「あのぉ、忘れてました…ホワイトデー」
矢口さんに言われるまでまったく気がつかなかった。
バレンタインに矢口さんにもらったチョコのお返し、できないまま帰るコトになっちゃったなぁ…。

『期待はしてなかったけどね』
「すいません、もらいっぱなしで」
『ホントだよね』
確かに悪いのはあたしなんだけど、そこまで言うコトないじゃんか…普通だったら『いいよ』って言うよなー、もぅ。

『でもいいや。よっすぃーのいちばん大切なモノ、もらっちゃったしね』
「え…?」
いちばん大切なモノ、って……なにをあげちゃったんだ、あたしは!?

「え、え、え、なっ、なっ、なんですか、それ!?」
『あのさ…もしかして何かすごいコト考えちゃってない?』
考えつく限りのいろんなコトに頭をめぐらせていると、矢口さんに冷静な口調で止められた。
だけどよく考えたら、どれも身に覚えないじゃん…なに焦ってんだろ。

『ありがとね、よっすぃー。楽しかったよ』
矢口さんの言葉に、あたしは自分の耳を疑った。
366 名前:ただいま。 投稿日:2001年08月17日(金)16時24分20秒
「…ずるいよ、矢口さん」
『何が?』
「何でそういうコト言うんですか?最後の最後で」
今まで憎まれ口ばっかだったくせに、どうして最後になって優しいコト言うかなぁ…。

『最後だから言うんじゃん。もし今日帰んなかったら、明日から完全無視するから』
「えーっ!?怒んないって言ったじゃないですかぁ!?」
『怒んないけど無視する』
「なんだよ、それー!!」
ベッドに腰を下ろしていたあたしは、思わず立ち上がって矢口さんに抗議する。
すると、電話の向こうから矢口さんの小さな笑い声が聞こえた。

「なに笑ってんですか」
『最後にもっかいケンカしたかったんだ、よっすぃーと』
なるほど、ずっと不機嫌そうだったのはそのためだったんだ。
自らケンカ別れを演出するとは…矢口さんらしい発想だなぁ。

『よっすぃー…』
「はい?」
笑ってたかと思うと突然、真剣な口調になる矢口さん。


『矢口も…よっすぃーのコト、大好きだったよ』
騙されるな、コレは…矢口さんお得意の、悪い冗談に違いない。
367 名前:ただいま。 投稿日:2001年08月17日(金)16時25分31秒
『ホラ、よっすぃーの大切なモノ。もらいっぱなしじゃ悪いからさ』
「あ…」
そっか、『いちばん大切なモノ』って…昨日、あたしが矢口さんに告白したコト言ってたんだ。

「だからー、何で最後にそういうコト言うんですか?」
『だからー、最後だから言うんだってば』
矢口さんが最後にくれた、告白のお返し。
胸の中にしまって、ちゃんと持って帰ろう。


『あ、もうホントに最後だ。行かなきゃ、よっすぃー』
矢口さんに言われて時計を見る…もう、15分経っちゃったんだ。
あたしは、携帯を手にしたまま窓際へ移動した。
368 名前:ただいま。 投稿日:2001年08月17日(金)16時26分51秒
カーテンの端に手を掛ける。時刻は6時34分。
残り1分、矢口さんに何を話そうか考えた。

「矢口さん」
『ん?』
「もうひとりのあたしが帰ってきたら、いちばん最初に何しますか?」
少し考えた後で、矢口さんが言った。

『おかえり、って言う』
「じゃあ、あたしも…ただいま、って言います」
電話の向こうから聞こえる、矢口さんの小さな笑い声。

6時35分、いつものようにカーテンを開ける。
そして目の中に飛び込んでくる、あの強い光。

あの時と同じだ。
今度こそ本当に、帰れるんだ。


さよなら…矢口さん。
369 名前:ただいま。 投稿日:2001年08月17日(金)16時28分20秒

―――

気が付くとあたしは、自分の部屋にいた。
目覚めたあたしの視界に飛び込んできたモノは、部屋の天井と…あたしのすぐ側に座り込んで泣きじゃくっている、
矢口さんの姿だった。

「やぐち…さん?」
今あたしの目の前にいる矢口さんは、あたしがずっと会いたいと思っていた矢口さんだろうか。それとも…。
半信半疑のまま、ゆっくりとカラダを起こす。

「…よっすぃー!?よっすぃー!!」
「わっ!?」
起き上がったのと同時に、矢口さんが飛びついてくる。

「良かった…。ぜんぜん起きないから…死んじゃったのかと思ったよぉ」
「勝手に殺さないでくださいよー」
「でも、ちゃんと息してたからだいじょうぶ」
なんだそりゃ…わかりやすいなぁ、ワケわかんないトコが。


どうやらあたしは、無事に元の世界へ戻ってこれたらしい。
370 名前:ただいま。 投稿日:2001年08月17日(金)16時30分02秒
「…っく、ひっ、ひっく…っ」
「泣かないでくださいよぉ…」
無事に生き返ったあたしを見ても、矢口さんは一向に泣き止んでくれない。
泣き止むどころか、どんどんひどくなってるような気がする。
あーあ、しゃっくりまで…『ただいま』なんて言ってる場合じゃないなぁ、コレは。

「矢口さん」
「ん?ひっく」
目の前に座る矢口さんの肩に手を添えて、ゆっくり顔を近付ける。

「…っ」
触れる直前、ほんの数センチのところで強く息を吸い込む矢口さん…まだしゃっくりしてるし。
構わず、あたしは目を閉じた。

「…びっくりするじゃん」
顔が離れてあたしと目が合うと、矢口さんはあわてて視線を逸らした。

「でも、止まったでしょ?しゃっくり」
「…ホントだ」
うれしそうに笑う矢口さん。


やっと、わかった。
もうひとりの矢口さんが言ってた、『大切なヒトに、自分だけがしてあげられるコト』。
あたしだけが知ってる、矢口さんの涙をとめる方法。

矢口さんのために、あたしだけがしてあげられるコト。
これから、たくさん見つけられればいいと思った。
371 名前:ただいま。 投稿日:2001年08月17日(金)16時31分29秒

<SIDE−A>


「おはようございまーす」
楽屋に入るとすぐ、メイク中の矢口さんと鏡越しに目が合う。

今朝6時35分にカーテンを開けてそのまま意識を失ったあたしが次に目覚めたとき、すぐ側にいたはずの
矢口さんは居なくなっていた。
代わりに、あたしのすぐ側には携帯電話が投げ出されてあった。
その場に座り込んで少し考えた後、あたしは…矢口さんが居なくなったんじゃなくて、あたしがこの世界に
戻ってきたのだと理解した。


「酒や酒や。ののちゃん、どや、一杯?」
「いいれすねー」
あたしはイスに座ってふざけ合ってる加護・辻の後ろを通って、鏡に向かってる矢口さんの元へ歩く。

「あの、」
「はーいよっすぃー、おひとつどーぞぉ」
矢口さんに声を掛けようとしたところで、割り込んできたあいぼんに行く手を遮られる。
あたしを見上げるあいぼんの手には、ジュースの入ったグラス。
372 名前:ただいま。 投稿日:2001年08月17日(金)16時32分39秒
あれ?ちょっと待って。コレ…本当にジュースなんだろうか。
自分が迷い込んでしまったあの世界の楽屋風景が、頭に浮かんだ。
あたしがさっきまで居た世界で、あいぼんとののは楽屋に入る度…ちょうど今と同じようなやりとりをしながら
ジュースではなく、お酒を飲んでいた。

「もう、早よ飲んでーな。せっかく注いだんやから」
あたしの腕をつかんで、あいぼんが急かす。
仕方なくあたしは、彼女の手からグラスを受け取った。
「あ、うん。いただきまーす」
そして、恐る恐る…口をつける。

「ブッ!!」
一口飲んだ瞬間、あたしはその液体を吐き出した。
コレって……


「やったー!!ひっかかったー!!!」
あたしの反応を見て、ののは大喜び。
「なにコレ!?」
「あいぼん特製、塩オレンジジュースでしたーっ!!」
コンビニでもらった塩が包んであったと思われる紙をひらひらさせながら、あいぼんが言った。

オレンジジュース+塩、というシンプルな特製ジュースは…言うまでもなく激マズ。
塩辛さで、口の中が冗談のように熱い。
ちっくしょー…コイツら。
373 名前:ただいま。 投稿日:2001年08月17日(金)16時34分31秒
「おまえらーっ!!」
「よっすぃーが塩出しっぱなしにしてるから悪いんじゃん」
あいぼんに掴みかかろうとしたところで、ごっちんの冷静な一言。
「塩はね、体に良いんだよ?でも摂りすぎは良くないんだって。難しいよねー」
そして、今の状況とまったく関係のない飯田さんの一言。

「よっすぃー、ちょっとゆでたまご食べ過ぎだよ?」
げ、安倍さんまで…。
「そうそう。食べ過ぎやで」
げ、あいぼんまで…って、おい。
「お前が言うな!!」
あたしのツッコミにも全く動じないあいぼんは、あたしを見て楽しそうに笑っている。

「加護ぉ」
鏡に向かってメイク中の中澤さんが、あたしたちの方へ振り返る。
「あんたが悪いんやで?吉澤にあやまり」
中澤さんが、少し厳しい口調であいぼんを叱る。

「…ごめんなさい」
演技だとは思うけど、あいぼんは一応反省している様子。
「もう、いいよ」
口直しに梨華ちゃんがくれたジュースを一口飲んで、あたしはあいぼんにお許しの一言。

「おっ…よっすぃー、オトナぁ」
保田さんが茶化す。
374 名前:ただいま。 投稿日:2001年08月17日(金)16時37分59秒
…そっか。
まだまだオコサマな加護・辻と、少しだけオトナのあたしたちと、頼りになる中澤さんがいて。
それはあたしが見てきたもうひとつの世界と、似てるけどやっぱり違っていた。

いつものあたし。いつものメンバー。いつもの風景。
だけど、それは…今あたしが立っている、この場所にしかない風景なんだ。



後ろから、誰かがシャツの裾をひっぱる。
あたしは、少しだけ目線を落として振り返る…それが誰なのか、ちゃんとわかっていたから。


「おかえり」

あたしを見上げる、ココにしかない、大好きな笑顔。
あたしもそれに負けないぐらい、せいいっぱいの笑顔で答える。

「ただいま」

ずっと、待っていてくれて…ありがとう。




<おわり>
375 名前:すてっぷ 投稿日:2001年08月17日(金)16時40分12秒
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。
途中更新が滞ったりしましたが、読者の方々の温かいレスに励まされ、
ようやく完結させることができました。

ここまでお付き合いいただいた方々に心から感謝します。
本当に本当にありがとうございました。

また、感想などいただけるとうれしいです…。
376 名前:アリガチ 投稿日:2001年08月17日(金)17時15分45秒
お疲れ様でした!
最後まで書き込むの控えてました。
すてっぷさんの話はやっぱりどれも大好きです。
この話は同じ人物のはずなのにちゃんと性格分けされてて凄いですね。
個人的に矢口が凄い可愛く見えていい感じでした。

感想らしい感想になってませんが
もし次回作も作ることがあれば、そちらも頑張って下さい!
377 名前:名無し読者 投稿日:2001年08月17日(金)19時08分23秒
とうとう終ってしまいましたね。
ステップさんの作品はどれも独特のマッタリとした雰囲気があって大好きです。
次回作も期待してます。
つーかこの話の番外編でその後の2人をチョット書いて欲しかったりして。

それにしても矢口は何故か「しりとり」好きですね。
378 名前:もんじゃ 投稿日:2001年08月17日(金)21時35分25秒
すてっぷさん、長い間お疲れさまでした!

今読み終わってなんだか、ほんわかした気持ちに浸っています。
368の2人のやりとりが好きです。

私もまた次回作楽しみにしています^^
379 名前:Hruso 投稿日:2001年08月18日(土)00時18分08秒
すてっぷさんお疲れ様でした。
長い間楽しみにしていた作品が終っちゃうと、やっぱさみしいですね。
矢口と吉澤の話も好きでしたが、
吉澤(オトナじゃない)が居酒屋で戸惑う姿が面白かったです。
これからも頑張ってください。
380 名前:名無し読者 投稿日:2001年08月18日(土)00時40分12秒
おもしろかったです。
両方の世界の吉澤と矢口、最初は同じ性格かと思ってたんですが、
全然違うタイプだって分かってからが、特に。
個人的に酒豪の吉澤が好きでした。こう、ずばっと言葉と行動を起こしちゃう、
みたいな。ちとカッコつけ?やし(w
長い間、お疲れ様でした。今はゆっくり休んで下さい。
381 名前:なつめ 投稿日:2001年08月18日(土)04時31分39秒
面白くて、引き込まれてしまいました。
2つの舞台が同時進行する設定は、読みにくくなりがちなのに、それぞえれのキャラが
とても魅力的で個性的なので読みやすく最高でした。
とても良いものを読ませていただいて、ありがとうございました。
382 名前:名無し読者 投稿日:2001年08月18日(土)05時02分05秒
ああっ、終わってもうた。
かなり更新楽しみに待ってたので、結末を見れて最高に満足なんだけど、
もう終わってしまって読めなくなることが寂しくもあり。
SIDE-A、Bの同時進行なのに、性格の異なる人物や物語の設定等を書き分ける技術に脱帽です。
お疲れ様でした。
383 名前:名無し読者 投稿日:2001年08月18日(土)08時56分30秒
最初のはパラレルワールドという設定での、各エピソードでのどたばたが面白くて
読んでたけど、その設定が内容に結びついて、吉澤の成長に繋がっていくあたりに
すごく惹きつけられました。
あとやっぱり、各キャラどうしのやり取りとか口調が、らしくてすごく面白かった
ですね。けっこうみんな毒舌だけど(笑) そこがまた。
次回作があるのなら、またぜひ読みたいです。あとDear Friendsはちょうど終わっ
たとこだったんで過去ログいっちゃったみたいですけど、あのシリーズも次なんかは
あるんでしょうか。
とりあえずは、お疲れ様でした。
384 名前:LVR 投稿日:2001年08月18日(土)14時50分31秒
やっぱりステップさんの話は最高です。
もう最終話のタイトルを見ただけで、ウルウルきてしまいました。
結局元の世界に帰らないラストとかもあるとは思うんですけど、
これを読んだら、やっぱっりこの形が一番いいのかなって思います。
いつかは終わる関係だって4人全員がわかっていたから、ここまでいい話になったんでしょうし。
でも、赤板も黄板も終わっちゃって、寂しいです。
もし次回作を書くことがあれば、また楽しく読ませていただきますね。
385 名前:すてっぷ 投稿日:2001年08月19日(日)19時09分58秒
温かい感想をいただき、本当にありがとうございます!!

>376 アリガチさん
ありがとうございます。四人の性格については途中からだんだんはっきり見えてきたという感じです。
両方の世界を行ったり来たりで読んでくださる方が混乱しないか心配だったのですが、そう言って
いただけるとうれしいです。
矢口はちょっといい人すぎたかも、と思っていたのですが…気に入っていただけて良かった(笑)

>377 名無し読者さん
ありがとうございます。番外編、書いてみたい気持ちもありますが…素直にここで終わっておいた方が
良いのかな、とも。でも、Aの方は戻った後の2人の会話がほとんど無いですもんね…。
矢口の「しりとり」は、他の作品でもよく使ったネタでした。これからも使い倒したいと思います。(笑)

>378 もんじゃさん
ありがとうございます。2人の別れのシーン、それぞれの2人らしさを出したいと思って最後まで悩みました。
368、短いシーンですが印象に残ってもらえて良かった…。
次回も、またお付き合いいただけるとうれしいです。
386 名前:すてっぷ 投稿日:2001年08月19日(日)19時11分47秒
>379 Hrusoさん
ありがとうございます。居酒屋のシーン、感想いただけてうれしいです。あれは本当に最初の方のシーンで
書き方とか、今とは微妙に違う気がします。吉澤の心の声がやたら多いような…(笑)
また、次回もお付き合いいただけるとうれしいです。

>380 名無し読者さん
ありがとうございます。両方の世界の吉澤と矢口…明らかに途中からキャラ変わってますもんね(笑)
それぞれの性格が見えてきてからは、こちらも楽しんで書いていました。
酒豪の吉澤は出番が少ない割に、何だかAよりも人気あるみたいで。(笑)
こちらこそ、長い話を最後まで…ありがとうございました。

>381 なつめさん
ありがとうございます。同時進行で読みにくくないかというのは、最後まで心配していた点でしたので
そう言っていただけて安心しました。
こちらこそ最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!
387 名前:すてっぷ 投稿日:2001年08月19日(日)19時13分18秒
>382 名無し読者さん
ありがとうございます。毎回、不定期な更新をお待ちいただいて…感謝です。
設定もそうですが、特にそれぞれの性格がきちんと書き分けられていたかは、やはり不安な点ですね。
書きながら分からなくなることも結構ありましたし。(笑)
また、次回も読んでいただけるとうれしいです。

>383 名無し読者さん
ありがとうございます。吉澤の成長…実は一番書きたかったのはそれだったりするので、感想いただけて
うれしいですね。『ステップ・バイ・ステップ』ってタイトルも、そういう意味を込めて付けてたりします。
各キャラの口調など…少しでも実際の彼女たちに近いキャラになればと思って書いていますが、
そう言っていただけて安心しました。
次回は、Dear Friendsのような少し短めの話を書きたいと思っています。
よろしければ、そちらもお付き合いただけるとうれしいです。
388 名前:すてっぷ 投稿日:2001年08月19日(日)19時14分18秒
>384 LVRさん
ありがとうございます。最終話のタイトルは、かなり悩みました。『さよなら。』とか、色々考えたのですが
やはり前向きなタイトルの方が良いかなと思い、これに落ち着きました。
おっしゃる通り、元の世界に帰らないラストっていうのもあるので…『ただいま。』にするとオチ(?)が
読めてしまうというのもあって結構悩んだのですが(笑)
結末は、四人にとって一番自然な形で終われればと思っていました。
次回も、また読んでいただけるとうれしいです。
389 名前:ポルノ 投稿日:2001年08月21日(火)21時59分36秒
今、最後まで読ませていただきました。
おもしろい、感動、だけではないような…すごい作品だと思います。
最後のシーンでは胸があつくなりました。
この作品が終わると…楽しみがひとつ減ってしまいすこし悲しいのですが
次回作があるということでかなり楽しみにしています。
遅レスで申し訳ないんですが、感想だけでも書いておこうと思いました。
ご苦労様でした。次回作期待しております。
390 名前:すてっぷ 投稿日:2001年08月28日(火)21時59分15秒
>389 ポルノさん
ありがとうございます。こちらこそ、レス遅くなって申し訳ありません…。
この話は、当初考えていたのよりも長い物語になってしまってその分
思い入れも強く、ラストはかなり悩みました。
最終話はとくに、1話の中にAとBを入れなければいけなくて、どういう
順番で入れるかとか、そういった点でも。
なので、そういう感想をいただけると本当にうれしいです。
次回作ですが…風板でまた始めましたので、よろしかったら読んでやってください。

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