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月の美しや

1 名前:名無しさん 投稿日:2001年02月22日(木)22時25分25秒
月の美しや十日、三日
女童美しや十七つ
ホーイ チョーガー

意味
(月が美しいのは十三夜
 少女が美しいのは十七歳)

『琉球民謡』より
2 名前:名無し読者 投稿日:2001年02月22日(木)22時33分39秒
月明かりの中
『あ‥‥あぁ‥‥んっ‥』
喘ぐ声が聞こえる。

ほそい首筋をのけぞらせ、端正な美しい顔が快感にゆがむ。

ああ‥‥あの人だ。私の大切なあの人だ。

汗にまみれた白い肢体にからみつく、もう一つの肢体。

あれは誰だろう?

二つの肢体は絡み合い、決して離れようとしない。

私はその状況を、ただ見ている。
見ていることしかできない。


これは夢だ。
またいつもの夢だ。
はやく覚めてよ。
いやだ。いやだ。いやだよ。
3 名前:名無しさん 投稿日:2001年02月23日(金)16時52分13秒
なんか良さそう。期待!
4 名前:名無しさん 投稿日:2001年02月23日(金)22時37分37秒
「わぁあ〜〜〜っ」
大声をあげて目を覚ました。
周りは真っ暗だ。この感じだと、まだまだ夜が明けるのは先だろう。
もう肌寒い季節に入ったというのに、全身汗まみれで気持ちが悪い。

「はぁ‥‥」
このところ毎日のようについているため息をもらす。
ため息をつくたびに幸せは逃げていくんだと母さんに言われたけど、そんなこと知ったことか。
何とかしないと、あの人が誰かに抱かれてしまう。
そんなの絶対いやだ。
何とかしないと‥‥
何とか‥‥
5 名前:名無し読者 投稿日:2001年02月23日(金)22時45分08秒
「ふぇ‥っ‥」
感情がたかぶってきて、涙がこぼれそうになあいjり、ぐっとくちびるをかみしめた。
今は泣いている場合じゃない。
大丈夫。まだ時間はある。
鼻をすすって、自分に言い聞かせる。

ベットから起きあがり、汗でしめった衣服を着替えた。
「少しでも寝ておかなくっちゃ‥」
誰にいうともなく、つぶやく。
あの人のためにも。
今は。
6 名前:名無し読者 投稿日:2001年02月23日(金)23時03分43秒
『阿麻和利島』

周りを海に囲まれた面積役1000ku、人口約2000人からなる。
一応日本国に所属してはいるものの、その特異な文化と日本の最南端に位置するという地理的な条件により、日本国とは異なる社会システムを形成してきた。

特に目を引くものの一つは『通い婚』と呼ばれる結婚制度だ。
『通い婚』とは通称『夜這い』とも呼ばれており、成人に達した男女が、想いをよせる成人の家に通い、一夜を共に過ごすというものだ。
この場合、その相手を受け入れるか、あるいは拒否するかの選択権は通われる側にある。
合意の上で行われたわけではない性交渉(強姦)は最も重い罪として罰せられる。また、子供が生まれた場合には母親方の家で育てられることが多い。
一度きりの関係は数少なく、生涯同じ人に通い、通われることが多いという。
阿麻和利島では満十七歳をむかえた男女は、成人として『通い婚』に参加する資格と責任を得ることとなる。
7 名前:名無し読者 投稿日:2001年02月23日(金)23時19分09秒
そしてもう一つ『ノロ』と呼ばれる女性の存在がある。
ノロは大自然の声を聞くことができる女性して、島人からあつい信頼をうける。
その才能は母から子供に引き継がれ現在に至っている。 
ただしノロは満十七歳をむかえると、大自然と信頼関係を確立するために、大自然が定めた相手と一夜を過ごさなければならないという掟がある。
ノロの相手となる候補者は、ノロの満十七歳の誕生日に阿麻和利島に居る十七歳以上の男女全てということになる。
この中から大自然のお告げにより、一人の相手が選ばれることとなる。

阿麻和利島の現在のノロは、母亡きあと若干十四歳でその責務を継いだ。
市井紗耶香、現在十六歳である。
8 名前:名無し読者 投稿日:2001年02月23日(金)23時33分43秒

チユン‥チュン‥‥
鳥の鳴き声が聞こえてきた。
カーテンを開け窓の外を見ると、まだ薄暗い。
起きるにはまだ早いかなあ。
体を起こして隣を見ると、彼女はまだ深い眠りの中にいた。
寝顔はいつもの厳しさは微塵もなく、あどけない子供のようだ。
かっ‥可愛い‥‥
こんな顔を見ることができるなら、早起きも悪くないかも。
しばらく寝顔を見ていたが、やがて起こさないように静かにベットから脱け出した。

台所に入って、朝食の準備をする。
あたしが通ってきたんだから、少しはつくしてあげないとね。
味噌汁を作りながら昨夜のことを思い出してみる。
何度も何度も体を絡ませ合い、求め合った。
考えてみると、初めて体を合わせてから約10ヶ月が経ったことになる。
もうお互い、どこをどうすれば感じるか知っている。
でも‥‥毎日やっても飽きないんだよなあ〜。
あたしって‥‥こんなにエッチが好きだったんだ。
9 名前:名無し読者 投稿日:2001年02月23日(金)23時59分24秒
そうこうしているうちに、
「おはよーさん」
まだ眠たげな声が聞こえた。
「おはよう、ゆーちゃん」
笑顔で返す。
「矢口は元気やなぁ。ゆーちゃんはまだ疲れがとれんわ。昨夜はほんまにしんどかったで」
ゆーちゃんが布団を体に巻きつけながら、つぶやいた。
ゆーちゃんの心からの声に、思わずふきだしてしまう。
「ゆーちゃんだって、はりきってたじゃん」
ゆーちゃんはみるみるうちに赤くなり、そっぽを向きながら言った。
「はぁ‥‥はじめて会った頃は‥‥こんな子とは思ってもみなかったわ」
「だってゆーちゃんが大好きなんだもんっっ」
あたしはベットに座っているゆーちゃんに向かって、叫びながらタックルしていった。
「わかった、わかった。ちょっと重いから‥‥朝食作ってくれたんやろ‥食べようや」
ゆーちゃんは照れたように笑いながら、あたしの頭を撫でた。
そしてベットから起きあがり、床に落ちていたトレーナーを着けはじめた。

朝食を一緒に食べた後、ゆーちゃんは診療所に、あたしは海に。
お互いの仕事場に向かった。

海へと続く道を歩いていると、ガサガサと物音がすると同時に小高い丘から、物体があたしの目の前に落ちてきた。




10 名前:名無し読者 投稿日:2001年02月24日(土)00時11分32秒
「ごっちん!?」
後藤真希だ。
目の前で、落ちた衝撃からくる痛みに顔をゆがめているのは。
あたしはしばらく呆然と立ちつくしていたが、はっとして急いでごっちんに駆け寄った。
ごっちんは痛さのあまり、声もでないらしい。
腰のあたりを打ったらしく、体をまるめてうなっている。
その他にも手足はかすり傷だらけだ。
薬草でも採っていたのだろうか、ごっちんの傍には草が半分ほど入った籠が転がっており、籠から落ちたのだろうか草が散乱している。
「ごっちん、ゆーちゃんの診療所に連れて行くよ」
あたしはごっちんと籠を強引にかかえて、もときた道を引き返して島でただ一つの診療所に向かった。
11 名前:名無し読者 投稿日:2001年02月24日(土)00時33分39秒
幸いなことにごっちんは、打ち身だけですんだようだ。
ゆーちゃんと向かい合って座らされ、しっぷを貼ってもらい、大げさなくらい包帯を巻かれて、ごっちんは不満げだった。
「ゆーちゃん、大げさだよ〜」
「あんたにはちょうどええぐらいや。これでちょこっとは大人しくなるやろ。」
ゆーちゃんが包帯を棚にしまいながら答える。

あたしはそのあいだ二人から離れて治療の様子をじっと見ていたが、怪我がたいしたことなかったのに安心して、持っていた籠をごっちんに返した。

「‥‥でもなぁ‥‥なんであんな所から落ちたんや」
ゆーちゃんの静かな声。
ごっちんは黙り込んでしまった。

「その‥‥籠の中の草‥‥どうするつもりや」
「‥‥‥」
「それが‥‥何かわかってるんか」
「‥‥‥」
「ごっちんっ」
ゆーちゃんが声を荒げる。
ごっちんは俯いて、両手をきつくにぎりしめている。

あたしはゆーちゃんの剣幕とごっちんの様子に驚いて、何を言っていいのかわからない。

「「「‥‥‥」」」
しばらく沈黙が続いた。


ゆーちゃんが優しい声で言った。
「ごっちん‥‥何かあったんか‥‥うちら力になるで」
「‥‥‥」

やがて、ごっちんはゆっくり顔をあげると力なくつぶやいた。
「い‥ちぃちゃん‥‥」
12 名前:名無しさん 投稿日:2001年02月24日(土)07時34分58秒
ど、どうした後藤!
13 名前:名無し読者 投稿日:2001年02月24日(土)10時35分58秒
独特な雰囲気がいいです、頑張ってください。
14 名前:名無しさん 投稿日:2001年02月24日(土)11時26分37秒
いちごま、やぐちゅうなのかな?
名作の予感です。
15 名前:名無しさん 投稿日:2001年02月25日(日)03時31分36秒
いちーちゃん!?聞き捨てならない発言。。
続き期待
16 名前:名無しさん 投稿日:2001年02月28日(水)02時32分39秒
続き大期待
17 名前:名無し読者 投稿日:2001年02月28日(水)23時47分19秒
はじめまして、作者です。
どうしようかな‥‥。
実はこの小説を書き始めたとき、かなり泥酔してたんですね。
そのわりには誤字脱字が少なくて、俺ってすごいかも‥なんて思っていたんですが。
あらためて読み返してみると、はずかしいっす。
みんなすごいよなぁ。小説書いている方々。
しらふに戻って、一瞬本気で放置しちゃおうかなんて考えが浮かんだんですが、それは人間として許されませんね(笑
sageでやっていこうかなぁ。
とりあえず書き方を三人称に変えていきます。
一人称だと私生活が垣間見られているようでたまんなく恥ずかしいっす。
これからひょっとしたらエロいシーン出てくるかもしれないし‥。

12>> 名無しさん
   ごっちんは‥‥幸せにしたいと思っているんですが、どうでしょうか(笑

13>> 名無し読者さん
   ありがとうございます。お付き合いください。

14>> 名無しさん
   どうなるんでしょう。悩んでいるところです。

15>> 名無しさん
   いちいちゃんが活躍するのは、まだ先のことになりそうです。

16>> 名無しさん
   あんまり期待しないで、暖かい目で読んでくださると嬉いっす。 
18 名前:名無し読者 投稿日:2001年02月28日(水)23時53分04秒
真希の瞳から涙が零れ落ちた。
感情の塊が出口を求めて、身体の中を駆け巡る。
涙は感情のカケラだ。
こころの叫びを言葉に置き換えるのは苦手だ。
だから
涙をながす。

中澤裕子と矢口真理の姿は、涙でゆがんで見えない。
突然泣き出した自分にきっと呆れた顔を向けているに違いない。
19 名前:名無し読者 投稿日:2001年03月01日(木)00時41分03秒
「ん‥え‥ぐ‥っ‥」
真希は呼吸を落ち着けて、嗚咽を押さえようと努力した。
その様子を見ていた裕子が口をひらいた。
「やぐち〜。‥‥悪いけどなぁ。ごっちんが落ちてきたとこ行って、ばら撒いてしまった草拾ってきてくれるか〜」
そう言って、真希の籠を目で指した。

真希は相変わらず涙をながし、嗚咽していた。
真理は裕子の言葉に戸惑ったが、やがてすぐに笑顔で答えた。
「‥いいよ〜。ちょっと行ってくる」
ゆっくりとした動作で真理は真希の傍らの籠を持ちあげ、外へ続くドアを開けた。
それから真希の涙をタオルで拭いてやっている裕子を見つめた。
視線に気づき顔をあげた裕子と目が合った。
真理はひょいっと肩をすくめると、裕子に向かってウインクしてドアの外に出た。
20 名前:名無し読者 投稿日:2001年03月01日(木)00時52分54秒
多分、ここは席を外した方がいいだろう。
なんだか深刻そうだし。
いつもお気楽が身上のごっちんらしくない。
それに‥‥紗耶香がからんでくるとしたら‥‥多分‥‥。
ごっちんのことは裕子にまかせておいたほうがいいだろう。
‥‥だけど、この草は一体何なんだろう。最初見たとき裕子がえらく慌ててたけど。
後で聞いてみよう。
21 名前:名無し読者 投稿日:2001年03月01日(木)00時58分09秒
真理が診療所から出ていったのを確認してから、裕子は真希の体を引き寄せ抱きしめた。
「ごっちん」
暖かい声。
「あの草‥‥何に使われているか知っとるんやろ」
全て知っているかのような口ぶりだ。
「うん‥‥」
真希は小さな声で答えた。
22 名前:名無し読者 投稿日:2001年03月01日(木)01時13分31秒
裕子はゆっくりと真希を抱きしめている腕を解いた。
真っ直ぐ真希の目をみながら、再び先ほどと同じ質問をした。
「どうするつもりだったんや」
真希は観念したように、頭をたれ、うな垂れた。
「別に‥‥それほど‥怒ってへんよ。ただ‥‥子供が‥‥持っていいもんとちゃうやろ。そやから、ゆーちゃんビックリしてなぁ」
裕子はおどけたように言った。

「あと二週間で‥市井ちゃんの誕生日だもんっ」
黙っていた真希が俯いていた顔をあげ、叫んだ。
「ぐずぐずしてたら、市井ちゃんが誰かに抱かれちゃうもんっ。そんなのやだ。」
裕子の顔をにらみつけた。
親の敵だとでもいうように。

「紗耶香に飲ませるつもりやったんか」
裕子の問いに、真希は無言で頷いた。

「‥‥‥」
やっぱりな。しかし‥‥なんちゅうこと考えるんや。
裕子は考えこんでしまった。
23 名前:名無し読者 投稿日:2001年03月01日(木)01時24分12秒
――― ―――

真理は診療所を出て、真希が落ちてきた場所に向かって歩いていた。
肩に掛けた籠が、背中でガサガサと音をたてている。
あたしには、ちょっとおおきいなぁ。ごっちんにはちょうどかもしれないけど。
そんなことを考えて歩いていると、真希の落下地点が見えてきた。


人がいる。
よく見る顔だ。
その人はしゃがみこんで、真希が落とした草を拾い集めている。

市井紗耶香。
いま、一番会いたくなかった人だ。

24 名前:名無し読者 投稿日:2001年03月01日(木)01時40分09秒
紗耶香は白いノロの服を身に着けていた。
「矢口」
歩いてくる真理に気づいて、紗耶香が立ちあがり声をかけた。
「これ‥‥矢口のだったの」
紗耶香が真理の背中の籠を見て、草を指差しながら言った。
「う‥うん」
「‥‥ふーん‥」
紗耶香は集めた草を器用に一つにまとめると、真理に手渡した。

「‥‥風が‥呼んでたんだ。‥泣いてる人がいるって‥‥だから、ここに来たんだけど‥」
紗耶香はそう言って微笑んだ。

「‥‥‥」
ひょっとしたら紗耶香は知っているのかもしれない。
ごっちんが泣いたこと‥。

真理は何も言えずに黙り込んだ。
それをどう受け取ったのか、紗耶香が真面目な顔で言った。
「矢口。ラブラブだからって、使いすぎちゃだめだよ。『過ぎたるは及ばざるがごとし』ってね。体によくないからね」
「はぁ‥」
言われた意味がわからなくて真理はあいまいに答えた。
25 名前:名無し読者 投稿日:2001年03月01日(木)04時32分41秒
泥酔でよくこんなオモロイの思いつきますね(w
後藤がすげー健気で可愛くてイイ感じっす
続きは・・読者は頑張って下さいとしか言えんな〜・・
26 名前:名無し読者 投稿日:2001年03月01日(木)21時58分47秒
後藤・・・頑張れ!!!
27 名前:名無し読者 投稿日:2001年03月02日(金)21時58分03秒
>>25 名無し読者さん
   酔っているほうが、調子がいいかも(笑
   酔うと、根拠のない万能感を得られますから。
 
>>26 名無し読者さん
   そうっすね。
   後藤にはつらく、長い二週間になりそうです。
   まぁ、愛のためですから(笑
   ごっちんも頑張ってくれるでしょう。
28 名前:名無しさん 投稿日:2001年03月02日(金)22時07分33秒
――― ―――

「‥‥もし、ゆーちゃんならどうするの。ノロが市井ちゃんじゃなくて、やぐっちゃんだったらどうするの」
言い逃れは許さない、というような強い視線と硬い声。
その瞳はまだ潤んでいるものの、先ほどは感じられなかった力がみなぎっている。
裕子は真希の視線が痛くて、ふいっと視線をそらせた。
まるで、うちが問い詰められているみたいやんか。

「紗耶香の気持ちはどうなるんや」
裕子はとりあえず、という感じで質問した。
「そんなの‥‥誕生日の儀式自体が、市井ちゃんの気持ちを無視してるじゃんか」
「‥‥そうやなぁ」
二人とも黙り込んでしまった。
29 名前:名無し読者 投稿日:2001年03月02日(金)22時16分52秒
真希が重たい沈黙を払うように、わざと明るい声で言った。
「そういえば、ゆーちゃんのときはどうしたの」
「はぁっ」
裕子はいきなりの真希の発言に、言葉を返すことができなかった。

「やぐっちゃんの17歳の誕生日だよ。ゆーちゃん、会って一週間もしないうちにやぐっちゃんモノにしてたじゃんか」
「‥‥モノにしたっちゅうか、‥‥されたっちゅうか‥」
裕子は赤くなり、口の中でもごもごと言葉をにごす。
視線は宙に浮いている。

「何て言ったの〜。聞こえないよ〜」
「‥‥何でもないわ」
照れたようにそっけない言葉。
30 名前:名無し読者 投稿日:2001年03月02日(金)22時29分59秒
「ねぇっ、教えてよ。参考にするからさ」
「何言ってんねん。あんたはまだ十五歳やろ。‥‥通い婚に参加するにはまだ早いで」

裕子の言葉に真希の顔色が変わった。
蒼白だ。
全身小刻みに震えている。

震える唇で、しぼりだすように言った。
「‥‥あたしが十七歳だったら、こんな‥‥こんなことで悩んだりしないっ。‥‥儀式に参加して‥‥認めてもらえるように努力するよ」

努力して、どうにかなるものじゃないかもしれないけど。
それでも。
それでも。
きっと市井ちゃんは優しく笑ってくれる。
『頑張ったね、後藤』って抱きしめてくれる。
市井ちゃんを想う気持ちは誰にも負けないもんっ。
大自然もあたしの気持ちを認めてくれる。
大自然もあたしを市井ちゃんの相手に選んでくれる。
きっと。


31 名前:名無し読者 投稿日:2001年03月02日(金)22時37分39秒
「十七歳以上じゃないと、儀式に参加できないなんて、ひどいよっ。ひどすぎるよ」
「‥‥‥」

裕子は不用意な一言をもらした自分に対して、言いようのない怒りを感じていた。
うちはなんちゅうアホなんやろ。
ほんまに。
人間おもいやりを忘れたら終わりやでぇ。
このドアホが。


真希はいすから立ちあがり、じっと自分の足元を見ていた。
「ごっちん」
声をかけても、顔をあげようとしない。


裕子は心を決めて、言った。
「ごっちん、協力するで」
32 名前:名無し読者 投稿日:2001年03月02日(金)22時44分26秒

――― ―――

「紗耶香‥‥ごっちんのことなんだけど‥‥」
真理が言いかけたとたん、
ピキッ
空気が凍りつく音が聞こえた。
先ほどまでのやさしい空気が嘘のようだ。

紗耶香が真理に微笑みかけた。
目は笑っていない。
何より、身にまとっている空気がいつもと違う。

ゆっくりと真理に近づき言った。
「矢口、女難の相が出ているよ」
感情のこもっていない、冷たい声。
 
33 名前:名無し読者 投稿日:2001年03月02日(金)22時59分16秒
真理は無意識のうちにあとずさる。
肩に掛けてあった籠がずり落ちて、中に入れた草が再び散乱する。
ずるずると後退するうちに、道脇に生えている大きな松の幹に追いつめられた。

「矢口、‥‥どうしたの」
「‥‥‥」
答えられない。
目の前にいるのは、本当に紗耶香なのか。

「‥‥あたしが、こわいの」
冷たい瞳で、耳元にささやく。

真理は怯えた表情で紗耶香を見つめている。

紗耶香は真理の両肩をつかむと木の幹に押さえつけ、強引に唇を奪った。
真理は抵抗しようともがいたが、力任せに押さえこまれ動けない。

動かせる足を使って、相手のものを踏んでやると、さらに強く木の幹に押しつけられた。
硬いゴツゴツとした木の表皮が、衣服ごしの背中に当たって痛い。

「ぃ‥痛ッ」
おもわず叫んだところに、強引に舌が進入してきた。
34 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2001年03月03日(土)00時36分03秒
今さらですが、HNつけたほうがいいかなぁと。
なんせ初めて書く小説なので、『初太郎』などと考えていたのですが、
私の大好きな歌手のひとり、Coccoの突然の活動中止宣言。
なぜじゃ〜(叫

というわけで、
彼女に敬意を表し、彼女のニックネーム『あっちゃん』から、
HNを『あっちゃん太郎』にさせていただきます。
35 名前:名無し読者 投稿日:2001年03月03日(土)02時08分45秒
今もっとも気になる小説…。期待さげ。
なるほど。この独特の雰囲気はたしかにCoccoっぽいかも。
36 名前:名無し読者 投稿日:2001年03月03日(土)02時09分45秒
おぉぉぉオモロイ・・・続き大期待
37 名前:名無し読者 投稿日:2001年03月03日(土)09時22分39秒
   真理→真里 
後藤がダメでも矢口なら対象にはいるのにな・・・・
続き期待。がんばって。
38 名前:名無し読者 投稿日:2001年03月03日(土)21時51分14秒
私もCocco大好きです。
Coccoって自分のことあっちゃんって言ってたよね。
39 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2001年03月03日(土)23時12分19秒
渋谷で映画『初恋のきた道』を観てきました。
主演のチャン・ツィイー(グリーンディスティニーにも出演している)が、一途で可憐な少女を好演していました。
観た人ならわかると思うのですが、
後藤もこんな感じで書けるといいなぁ、と思ってます。

>>35 名無し読者さん
   Coccoっぽいって‥。
   ありがとうございます。
   嬉しいなあ。
   そんなにドロドロしないつもりですが、
   でも‥どうなるかなぁ?

>>36 名無し読者さん
   ありがとうございます。
   これからも見守ってくださると嬉いっす。

>>37 名無し読者さん
   『ぐえぇぇぇぇ〜っ』
   みぞおちに一発食らったような衝撃です。
   こんな初歩的な間違いをするとは(泣
   ご指摘ありがとうございます。
   矢口ファンの方々、大変失礼しました。
   俺も矢口大好きです。

>>38 名無し読者さん
   そうなんですよ。
   『あっちゃん』かわいいですよね。
   ああいう、強くて、でも脆そうな、アンビバレントな魅力を持っている女性にひかれるんです(笑
40 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2001年03月03日(土)23時19分44秒
柔らかな舌が真里の口内を動きまわる。
怯えてすくんでいる舌を見つけられ、からみつけられた。

「‥ん‥‥んっ‥」
吐息がもれる。
思考は完全に停止していた。

時間の感覚もなくなっていく。


体を押さえつけていた腕の力が緩められると、真里はずるずると崩れ落ちた。
呼吸は乱れ、頭は混乱している。
何でこんなことになったんだっけ?
真里は頭をあげることさえできずに、木の根元でぐったりしていた。

41 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2001年03月03日(土)23時30分43秒
「矢口‥‥大丈夫?」
紗耶香が心配そうに声をかけ、座り込んでいる真里に手を差し出した。

紗耶香の声。
いつもと変わらない声。
優しい瞳。
いつもと変わらない瞳。

夢だったのだろうか?
そう思わせるような、自然な紗耶香の態度。
「‥‥うん」
紗耶香の差し出した手を無視して、真里は一人で立ちあがった。

夢ではない証拠に、木に押しつけられた背中がひりひりと痛い。
血がでているかもしれない。

紗耶香が籠を真里の肩に掛けた。
籠の中には、先ほど真里がばら撒いた草が入っていた。

何時の間に集めたのだろう?
先ほどの紗耶香の豹変ぶりといい、おかしな事ばっかりだ。
真里は、はじめてこの友人が怖いと思った。
42 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2001年03月03日(土)23時39分16秒
――― ―――


真里が診療所に戻った時には、すでに日は落ちかけていた。

真希はすでに帰宅していた。

「矢口、一体どこまで行ってんねん!ゆーちゃん、心配し‥‥」
裕子の言葉は最後まで続かなかった。


真里の格好は、朝とまるで違っていた。
一言で言えば、プチ遭難者というところか。
髪は乱れ、服もあちらこちらに泥が付着している。
手足には擦り傷ができている。

「な‥何やねん。一体何があったんやっ」
血相を変えて、裕子が真里に駆け寄った。
真里は肩に掛けている籠をおろしながら答えた。
43 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2001年03月03日(土)23時52分53秒
「‥何でもないよ」
「何でもないことあるかいっ。何じゃい、その泥は‥‥まさか‥‥」
「何でもないっ」
強い口調で否定した。

「‥‥草拾ってたら〜、丘の上においしそうなビワが‥‥」
「ビワの季節は、まだまだ先やろ」
裕子のつっこみがはいった。

「‥‥実ってるかなぁ〜と思って、‥‥登ったの。それで‥ちょっと擦りむいちゃった」
「‥‥‥」

裕子は何も言わなかった。
だが、傷ついた瞳をして、唇を噛み締めている。
真里をいすに座らせると、黙って傷の手当てをした。

「矢口、悪いけどやることあんねん。‥‥家に帰って‥家族とご飯を食べてな‥‥」
裕子が真里の目を見ずに、言った。
「わかった」
真里も短く答えた。
44 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2001年03月04日(日)00時01分13秒
「ゆーちゃん、矢口今日仕事にならなかったから〜。明日からしばらく忙しいと思うんだよね〜。
‥‥しばらくゆーちゃんの所に通えない‥‥と思う」


帰りがけ、真里はそう言ってドアの外に消えた。

裕子はしばらく呆然と立ちつくしていたが、はっと我に返ると、
「‥何やねん。‥‥どないせいっちゅーんや」
力なく呟いた。


12月17日 (十四夜月)
儀式まで あと13日
45 名前:名無しさん 投稿日:2001年03月04日(日)00時36分29秒
後藤頑張れ!!!
46 名前:名無し読者 投稿日:2001年03月04日(日)11時09分41秒
矢口と裕ちゃんはどうなってしまうんだ!?
後藤頑張れ!!
47 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2001年03月04日(日)19時51分32秒
>>45 名無しさん
   はいっっ。
   ごっちんは、がんばりますよ〜。

>>46 名無し読者さん
   矢口とゆーちゃんの運命や如何に!?
   つづきをお楽しみ下さい(笑
48 名前:12月18日 儀式まで あと12日 投稿日:2001年03月04日(日)20時16分21秒

――― ―――

裕子は診療所で悩んでいた。

一体全体どういうわけや!?
いつもはほとんど来客のない診療所に、入れかわり立ちかわり人がやってくる。
それも、のどに魚の骨がささったとか、猫にひっかれたとか。
いつもなら絶対に診療所に来ずに、家で治療するはずや!
この人たちは!!

それもほぼ全員と言ってもいいぐらいの確率で、矢口のことを聞いてくる。
「先生、矢口は元気ですか?」
「裕子先生、あんまり真里ちゃんを疲れさせちゃ〜いかんよ!?」
「中澤先生と真里、アツアツですね」
その他モロモロ。
そう言って、意味ありげに裕子を見つめる。

うちが何したっちゅーねん。
昨日の矢口といい、今朝からの来客といい。

真希と相談した結果、とりあえずはお互いに『儀式』に関する情報を集めようということになったというのに、これでは情報収集どころではない。
49 名前:12月18日 儀式まで あと12日 投稿日:2001年03月04日(日)20時30分24秒

「「こんにちは〜」」
診療所のドアが開き、二人の少女が入ってきた。
一人の少女は、もう片方の少女におぶわれている。

「どないしたねん?」
「梨華ちゃんが転んじゃって‥‥」
おぶっていた少女が口をひらいた。
「よっすぃ〜、ごめんね。重たかったでしょう?」
おぶわれていた少女は、ばつが悪そうな顔をしている。


怪我は足首の軽い捻挫だっった。
「二、三日腫れが引かんやろうけど、大丈夫やろ」
いすに座らせ、包帯を巻いてやりながら言った。
裕子の言葉に、二人の少女はほっとしたような表情を見せた。

怪我をしたのは、石川梨華。
梨華をおぶってきたのは、吉澤ひとみ。
共に、後藤真希と同じ現在十五歳である。
50 名前:12月18日 儀式まで あと12日 投稿日:2001年03月04日(日)20時52分05秒

そうや!この二人なら今朝からの、変な島の人々のことを知ってるかもしれん!!

裕子は梨華とひとみに聞いてみた。
「今日なぁ〜、朝から人がぎょうさん来とんねん。‥‥いつもなら‥こんなことはないんや。
‥‥何か変やろ?‥‥わけ知っとるか?」
「「‥あー‥」」

二人とも思い当たるふしがあるみたいや。

梨華が言いにくそうに口をひらいた。
「昨日、矢口さん、山に登ったでしょう?‥‥それで‥‥」
それから先を言おうとしない。
頬を赤く染めている。

「‥‥うー‥‥」
じれた裕子は、視線を梨華の傍らに立っているひとみに向けた。

『お前が話せ』
裕子の強い視線に、おどおどしながら、ひとみが言った。

「皆がウワサしてたんですけど‥‥矢口さんが‥‥その‥‥先生のいいつけで
‥‥山で、媚薬の草を‥‥採ってたって‥‥」
ひとみの声はだんだん小さくなっていき、最後は聞き取るのがやっとだった。
顔は真っ赤だ。

予想はしていたが、やっぱりそうか。
「‥‥そうか。‥話してくれてありがとな」
裕子の言葉に、梨華とひとみはぶんぶんと首を振った。

51 名前:12月18日 儀式まで あと12日 投稿日:2001年03月04日(日)21時06分08秒

二人が帰った後、裕子はいすに座りこんでため息をついた。

多分、‥‥昨日の遭難者のような真里の格好と、背中に掛けた籠の中身を、誰か島人が見たんやろ。
まぁ、‥‥南国気質なんやろか。
昨日の真里の姿を見て、脳裏に一瞬よぎった悪い考えが浮かんだ人はいなかったようだ。
‥‥そんなことをする人は‥‥いないってことか。

昨日の自分の態度を思い出し、苦笑いをする。
自分が嫉妬と不安で胸を焦がしている間、島中、自分と矢口の『めくるめく、あつい夜』のウワサで盛りあがっていた、というわけだ。
何があったかは、‥‥矢口はいずれ話してくれるだろう。

裕子はポケットからライターを取り出し、タバコに火をつけた。
52 名前:12月18日 儀式まで あと12日 投稿日:2001年03月04日(日)21時15分09秒

――― ―――

よく晴れた日の朝。

真希は、紗耶香の所へ急いでいた。

早く、会いたいな。
昨日は、結局会えなかった。
市井ちゃん、どこかに行ってたみたいだし。

紗耶香は島の中心に位置する山のふもとに生えている、樹齢300年とも言われている大きなガジュマルの樹の下にいることが多い。

真希はガジュマルの樹のもとにむかった。
案の定、紗耶香はガジュマルの樹の根元に座り、本を読んでいる。
今日もノロの白い衣服を身に着けている。
53 名前:12月18日 儀式まで あと12日 投稿日:2001年03月04日(日)21時19分21秒
真希が近づくと、紗耶香は気配に気づいて顔をあげた。
「市井ちゃん、おはよう」
紗耶香より早く、真希が準備していた言葉を言う。


「おはよう」
紗耶香は読んでいた本を閉じ、真希に向かって微笑んだ。
真希の顔が赤くなる。
54 名前:12月18日 儀式まで あと12日 投稿日:2001年03月04日(日)21時29分15秒
「‥‥それ、どうしたの?」
いぶかしげな声。
視線は真希の手足に巻かれている包帯にそそがれている。

「へへっ、ちょっと転んじゃった」
そう言って、真希はぺろっと舌を出した。

「心配した?」
紗耶香の傍らに座りながら、真希はいたずらっぽく問いかけた。
瞳は真っ直ぐ紗耶香を見つめている。
「‥‥‥」
紗耶香は黙ったままだ。

やがて、真希の視線に耐えられなくなったのか、ふいっと目をそらした。
「‥‥市井ちゃん、最近いつもそうだよね〜。‥‥後藤のこと見てくれなくなった」
「‥‥そんなことないよ」
沈黙が二人を支配した。
55 名前:12月18日 儀式まで あと12日 投稿日:2001年03月04日(日)21時38分35秒

やがて真希が言った。
「‥‥市井ちゃん、覚えてる?小さい頃、あたしが怪我して泣いてたら、市井ちゃんが治してくれたんだよ?」
「‥‥あれは‥‥おまじないみたいなもので、‥実際に効果はない‥‥」
「そんなことないもんっ」
紗耶香の言葉は、真希の強い言葉に打ち消された。

「本当に痛くなくなったもんっ。本当だもんっ」
感情が高ぶり、真希の目が涙で潤んできた。
「‥‥‥」
紗耶香は無言だ。

真希は何かを決心したように勢いよく立ちあがると、おもむろに手足の包帯を解きはじめた。
56 名前:12月18日 儀式まで あと12日 投稿日:2001年03月04日(日)21時48分21秒

「ご‥後藤!?」
紗耶香が焦ったような声を出す。
「‥‥証拠を見せたげる」

包帯を完全に解くと、打撲の痕が黒くなり痛々しい。
所々に擦り傷があり、かさぶたができている。

真希は紗耶香を見つめていった。
「治してよ、市井ちゃん‥‥」

「‥‥‥」
紗耶香は固まってしまった。
真希は紗耶香の手を取り、力任せに立ちあがらせた。
強引に自分の手を、紗耶香に握らせる。


やがて、のろのろと紗耶香が動きはじめた。
57 名前:12月18日 儀式まで あと12日 投稿日:2001年03月04日(日)22時12分41秒

「‥‥ん‥‥んっ‥‥」
紗耶香のやわらかな唇が、真希の傷に触れた。
吐息がもれる。


紗耶香の唇はしだいに大胆になっていった。
真希の手、打撲の痕に唾液をすりつけ、舌で塗り広げる。

真希の前にひざまずいて、足首の傷にも同じことをする。
スカートを捲り上げ、唇がゆっくりと、足のつけねに向かって登っていく。
真希は唇をかみしめて、声が出そうになるのをじっと耐えた。

「‥あっ‥‥」
紗耶香の唇が太腿にさしかかると、思わず真希が声をあげた。

その声で、はっとしたように紗耶香の動きが止まった。
真希にからませていた腕をほどき、真希から離れた。

紗耶香の顔は蒼白だ。
自分の体を抱きしめるようにして、震えている。


「‥‥市井ちゃん‥‥」
真希の声にも答えようとしない。

「‥‥もう、‥子供じゃない‥‥」
誰に言うともなく呟いた。

「‥‥後藤‥帰って。‥‥あたしは‥‥一人にしてくれる?‥‥」
そう言うと、紗耶香は真希に背を向けた。


12月18日 (十五夜)
儀式まで あと12日
58 名前:名無し 投稿日:2001年03月05日(月)07時57分04秒
>あっちゃん太郎さん
読んでいただいてうれしいです。(ちょっと恥ずかしいけど
あるさやまり?、小説のものです。
まさかレスしてもらえるとは!!
これからさきどんな話になっていくのか、ワクワクです。
わたしの話とちがい、オリジナルストーリだし、
文体が独特の、なんていっていいのか、いい雰囲気ですね。
 
>儀式まで あと12日
ドキドキ。 
ではでは、これからも楽しく読ませてもらいます。  おやすみなさい
59 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2001年03月05日(月)19時06分34秒
実は、今、すでに半分ぐらいまでは書きあがっているんですが、長い話しになっちゃいそうです。
まだ、2日しか経ってないんですね(笑
あんまり早く更新すると、読んでくれている皆さんのスリル感(?)を失わせてしまいそうな気もするし。
ハラハラしてもらいたいんですよ(笑

ざっと書いてみたところ、性描写がはいってくるのは、まだまだ先になりそうです。
それまではageでいこうかなぁ‥‥と思いかえしました。
『邪魔なんじゃボケ』と思った方は遠慮なくsageて下さい(笑
エロ‥‥これが悩み所なんですが。
どこまで書くか。
う〜ん‥‥
人間を書く上では、性表現は切り離すことができないとは思うのですが、この小説は性愛自体を主テーマにしていないつもりなので。

>>58 名無しさん
   ありがとうございます。
   返事をくださって嬉しいです。
   文体が独特というのは‥‥自分ではよくわかりません(笑
   でも、最高の誉め言葉です(嬉
   こちらの、さやまりシーンはどうだったでしょうか(笑 

60 名前:名無しさん 投稿日:2001年03月05日(月)21時35分52秒
長くても全然オッケー!
でも、早く読みたいのは読みたい。
エロは、作者さんが必要だと思う所まででいいと思いますよ。
そりゃ、エロが多く見れりゃいいに越したことはないけど(w
誰と誰の性描写なんですか?
61 名前:名無しさん 投稿日:2001年03月05日(月)23時08分32秒
後藤頑張れ!!!(w
62 名前:名無しさん 投稿日:2001年03月06日(火)00時29分53秒
あ、更新してる!!嬉しい。
後藤頑張れ!!!!(w
63 名前:名無し 投稿日:2001年03月06日(火)04時01分27秒
>>59 あっちゃん太郎さん
さやまりぜんぜんオッケーです。そういう体のからみを書きたかった(涙
個人的な意見ですが、性描写=エロという考えはないですし、
心と体あっての人間ですから、性のなかにこそ・・・(以下略  
これ以上スレを汚すのはやめようと思いますので、一読者に戻ります。  
自分のペースで書き続けてくださいな。  矢口も後藤ももう大変!!で嬉しい
64 名前:ティモ 投稿日:2001年03月06日(火)15時37分54秒
後藤頑張れ!!!!!
65 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2001年03月06日(火)21時17分20秒
後藤の応援団が多くて嬉しいです。
この声は、きっと後藤に届く(といいなぁ)

自分で書いてて何なんですが、後藤を書いてるとぎゅ〜っと胸が痛いです。
じゃ痛くするのやめろって?
そうもいかんのですよ(笑

>>60 名無しさん
   それは‥‥あなたの予想どうりだと思います(笑

>>61 名無しさん
>>62 名無しさん
>>64 ティモさん
   後藤さんを応援してくれてありがとうございます。
   後藤は『けなげでいちず』をコンセプトに書いてます。
   でも、『けなげ』には‥涙がつきものなんですよね(笑

>>63 名無しさん
   汚すだなんて、とんでもないです。
   最初の頃は、こそばゆい感じで慣れませんでしたが、
   今は読者の感想を読むのが、カイカンに変わりつつあります(笑
   これからも大変ですよ。
   安心させませんからね〜。
66 名前:12月19日 儀式まで あと11日 投稿日:2001年03月06日(火)21時34分35秒

――― ―――

今日は昨日の晴天が嘘のように、朝から大粒の雨が降っている。

真希はかさをさして、ガジュマルの樹にむかった。
水溜りの水が、足を踏み出すたびに真希の両足首をぬらすが、気にせず歩く。

昨日の市井ちゃんは様子が変だった。
いや、違う。
昨日だけじゃない。‥‥最近ずっと変だ。
ニコニコ笑っているかと思ったら、急にふさぎ込む。
そうかと思うと、睨みつけたり、
逆に、愛しそうな瞳で見つめていることもある。
目が合うと、決まって目をそらされるが。
どうしたのかなぁ。
誕生日の儀式が近いせいだろうか?
でも、気にしてないみたいなこと言ってたよなぁ。
気にしているのは、あたしだけかぁ?
それって悲しい‥‥。

これからの『儀式ぶちこわし作戦』のことを考えると、頭が痛くなってきた。
裕子と相談した結果、とりあえずはお互いに『儀式』に関する情報を集めようということになったのに、これでは情報収集どころではない。

67 名前:12月19日 儀式まで あと11日 投稿日:2001年03月06日(火)21時48分43秒
ガジュマルの樹の根元には、誰もいなかった。
あたりは静まりかえり、雨が樹葉に当たる音だけが、かすかに聞こえる。
真希は周りを見まわした。
主がいないだけで、こんなに不気味に恐ろしく感じるものなんだろうか?

ふと、真希の脳裏に死んだ祖母の言葉がよみがえった。
確か、幼い真希と紗耶香、二人一緒に聞いたはずだ。

『ガジュマルには精霊が宿るんだよ。ノロはその精霊の言葉を聞くことができるのさ。
 そして、人々に大自然が何と言っているか教えてくれるんだよ』
『へー、すごいね。いちいちゃんもそうなるの?』
『へへっ。たぶんねっ』

『‥‥そうさ』
そう言って、祖母は口をつぐんだ。
幼い自分は気づかなかった。
おそらく、祖母は紗耶香が将来、背負うことになる責務の重さを知っていたのだろう。
68 名前:12月19日 儀式まで あと11日 投稿日:2001年03月06日(火)21時52分57秒


真希の瞳に涙が浮かんできた。
最近泣いてばっかりだ。

「‥‥市井ちゃん‥‥」
名前を囁いてみる。



答えはなかった。
雨音だけが聞こえる。
真希はガジュマルの樹の前に、立ちつくした。



雨は、当分やみそうもない。
69 名前:12月19日 儀式まで あと11日 投稿日:2001年03月06日(火)22時03分19秒

――― ―――

裕子は診療所でふてくされていた。

何やねんっ。
こんな大雨やで。
矢口は仕事にならんはずや。
ここに来いっちゅーねん。
何で、来ないんや。
ゆーちゃん、寂しいで。

「はぁ‥‥」
裕子は軽くため息をつくと、髪をかきむしった。
「たまには、デスクワークでもすっか‥‥」
そう呟き、裕子は机に向かい何やら書きものをはじめた。

「「「こんにちは〜!」」」
診療所のドアが開き、三人の娘が入ってきた。

「‥‥何や、あんたらか」
口調が不機嫌になる。

「何よ〜。その態度は」
「そうだよ。矢口じゃないからって」
「ゆーちゃんなんか、もう知らないべ」
次々に口をひらく。
70 名前:12月19日 儀式まで あと11日 投稿日:2001年03月06日(火)22時15分56秒
裕子は深深とため息をついた。
三人の茶々が入る。
「「「あ〜、ため息つくと幸せが逃げるんだよ!」」」
みごとにハモった。
「‥‥あんたらが、疲れさせてるんや」

「ゆーちゃん、考えることがあるからな。用がないなら帰ってな」
きっぱり言っても、この三人には通用しない。
「えー。用があるから来たんだよ」
背が高く髪の長い娘、飯田圭織だ。
「そうだべ」
年齢のわりに童顔の、安部なつみが同意した。
「そんなに冷たくしないでよ」
猫目の娘、保田圭がすねたように言った。

観念したように、裕子が口をひらく。
「用って何や」

「ゆーちゃん、媚薬持っているんでしょう?」
「欲しいんだよね」
「少しでいいから、分けてくんない?」
圭が口火をきると、圭織となつみも勢いよくしゃべりだした。
71 名前:12月19日 儀式まで あと11日 投稿日:2001年03月06日(火)22時24分05秒

何じゃ、こいつらは。
‥‥きのうの吉澤と石川は初々しかった。
あんなに二人とも真っ赤になって。
こいつらと4〜5歳しか変わらんで。
‥‥女って変わるんやなぁ〜。恐っ。

完全に自分のことは棚にあげている。

裕子はしばらく何か考えていたが、にやりと笑うと言った。
「交換条件といこうや」

「な‥何!?」
「だめだよっ」
「ゆーちゃんには、矢口がいるじゃんっ」
何を勘違いしたのか、三人とも見当違いのことを口走る。
72 名前:12月19日 儀式まで あと11日 投稿日:2001年03月06日(火)22時31分14秒
「アホかっ。誰が、あんたらに‥‥。違うで!!」
裕子は顔を真っ赤にして否定した。

「なーんだ」
「ビックリしたべ」
「本当だよ」
ほっとしたの半分、がっかりしたの半分という表情だ。

裕子は真面目な顔で言った。
「儀式な、紗耶香の‥‥儀式について知ってること、全部話してくれたら。そうやなぁ、
 媚薬草ちょこっとやってもいいで」


12月19日 (一夜月)
儀式まで あと11日
73 名前:名無しさん 投稿日:2001年03月06日(火)23時31分33秒
いちーちゃあぁぁん!!

ごとー頑張れ!!
74 名前:名無しさん 投稿日:2001年03月07日(水)14時43分05秒
うおぉぉおおぉお!!続き気になる。
後藤頑張れ!!!
75 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2001年03月08日(木)23時18分02秒
前々からウワサはありましたが、本当に中澤姐さんが卒業するとは、ビックリしました。
ただでさえ、Coccoの活動中止発表に脳内活動は停止中だったっていうのに。

しかし悲しいですが、ファンとしては彼女の選択にエールを送ることしかできないんですよね。

そんでは、ひとつ、ゆーちゃんの為にも頑張ってみましょうか!!
 
>>73 名無しさん
   はい、今日は市井ちゃんが登場しますが‥‥後藤が幸せかどうかは、別問題ですね(笑
 
>>74 名無しさん
   今日の後藤さんはちょっと頑張っています。
   でも、市井ちゃんがなぁ‥‥。
76 名前:12月20日 儀式まで あと10日 投稿日:2001年03月08日(木)23時30分25秒

――― ―――

裕子は診療所で困っていた。

うちは何をやってんのやろ?

先ほどから、少女が二人、所狭しとばかりに診療所の中を走り回っていた。
何が楽しいのか、二人で鬼ごっこをしている。
鬼も、逃げも、変わらへん。
どっちも、休めないやんか。


この子らもな〜。
『あまやどりさせてください』
そう言って入ってきて、鬼ごっこかいっ。
矢口なら、きっとうまく対応できるんやろうなぁ。
うちは‥‥どうしていいかわからん。

「‥‥せまいやろ。もっと広いとこでやったらどうや〜」
「雨ふってるやん」
裕子が話しかけると、するどい切り返しがきた。
「‥そうやなぁ〜」
同意してしまった。
77 名前:12月20日 儀式まで あと10日 投稿日:2001年03月08日(木)23時40分17秒

っくっ。
はぁ。矢口〜。助けにきて〜なぁ。
どうせ雨ふっとるし、仕事にならんやろ?

ため息をつくと、昨日の三人娘のことを思い出した。
結局、情報らしい情報は得ることができずに、媚薬草を持っていかれた。
まぁ、少量しか渡さなかったが。

はなっから、あいつらには期待してなかったが。
悔しいのは、あいつらが最後に言ったセリフだ。
「でも、知らなかった〜。ゆーちゃんも紗夜香狙ってたんだ〜」
「矢口には、内緒にしとくべ」
「紗耶香は競争率たかいよ〜」
手にはしっかりと媚薬草を握り、勝手な捨てぜりふを残して、三人娘は帰っていった。
78 名前:12月20日 儀式まで あと10日 投稿日:2001年03月08日(木)23時53分31秒

「せんせい?」
気がつくと少女の一人が、にっこり笑いかけてきた。
八重歯が見える。
辻希美、十三歳だ。
つられて裕子もにっこり笑う。

「食べへんか?」
先ほどの少女が、持っていた飴を裕子にさしだした。
加護亜衣、十二歳だ。
「ありがとう」
そう言って、裕子が笑いかけながら飴を受け取ると、亜衣は照れたようにはにかんだ。

何や。かわいいやんか。
きっつい子かなぁと思ってたわ。

二人はさんざん走り回って疲れたのか、裕子の机の側に来て、床に座った。

そうや!
この子ら、何か知っとるかもしれんで。

「なぁ、儀式のこと、何か知っとるか?」
聞いてみる。

「しらないです」
「大人じゃないと、参加できんて聞いたで」
二人が即答した。

やっぱりなぁ。
裕子はうんうんと頷いた。
79 名前:12月20日 儀式まで あと10日 投稿日:2001年03月09日(金)00時01分01秒

――― ―――

雨が降る中、真希はかさをさして、ガジュマルの樹にむかった。

昨日は市井ちゃんに会えなかった。
ずっと待っていたのに。
今日は会えるかなぁ。


紗耶香はガジュマルの樹の根元にいた。
今日も白いノロの衣服を身に着けている。
根元はガジュマルの豊かな枝のおかげで、雨粒は落ちてこない。
紗耶香は樹の幹に、その体をもたれかけている。
どうやら眠っているようだ。

「市井ちゃん」
近づいて、そっと呼びかけてみる。
返事はない。
身動きさえしない。
80 名前:12月20日 儀式まで あと10日 投稿日:2001年03月09日(金)00時10分54秒

真希はじっと紗耶香の寝顔を見つめた。
幼い頃、一緒に寝たとき見て以来だ。

市井ちゃんの寝顔ってかわいい。
寝顔に見ほれた。

人は寝ている時に、その本当の姿を見せるというけれど、紗耶香の寝顔はどこか悲しげだった。
叱られたあと、泣きつかれて眠ってしまった子供みたいだ。

真希は紗耶香の上にかがみこんで、目線を合わせた。

手を伸ばして、閉じている唇に触れてみる。

この前、あたしの傷口に触れたものだ。
優しく傷口を清めてくれた。
ねぇ、市井ちゃん、信じてよ。
本当に痛みが消えたんだよ。
81 名前:12月20日 儀式まで あと10日 投稿日:2001年03月09日(金)00時20分57秒

真希はゆっくりと顔を近づけると、紗耶香の唇に自分のそれを重ねた。
冷たい唇。

真希は唇を離すと、悲しげに紗耶香の頬にそっと触れた。
冷たい頬。


「‥‥市井ちゃん‥‥」
真希は再び、紗耶香の名を呼んだ。

紗耶香は眠ったままだ。

真希の瞳に涙が浮かんでくる。
ぐっと唇をかみしめると、立ちあがった。

そして、くるっと後ろを向き、もと来た道を戻っていった。



真希の姿が見えなくなると、紗耶香の目が開いた。
真希の去った方向をじっと見る。

先ほど真希が触れた唇に、手を当てる。
「‥‥後藤‥‥」
紗耶香はそっと呟いた。



12月20日 (二夜月)
儀式まで あと10日
82 名前:名無しさん 投稿日:2001年03月09日(金)02時00分55秒
いちごまよりやぐちゅーが心配でならない。
83 名前:名無し読者 投稿日:2001年03月09日(金)03時05分10秒
俺は両方心配だよ……
84 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2001年03月10日(土)14時36分53秒
>>82 名無しさん
   今日は嵐が吹き荒れます。
   姐さん飛ばされそうです。

>>83 名無し読者さん
   心配ありがとうございます(笑
   予感は的中(!?)します

 遠方より来たる友に会うため、5日ばかり更新はしないと思います。
85 名前:12月21日 儀式まで あと9日 投稿日:2001年03月10日(土)14時47分38秒

――― ―――

朝から空はどんよりとした曇り空だ。

裕子は診療所ではげしく後悔していた。

何でこんなことになるんやっ。
そんな目で睨まんといてぇなぁ。
ゆーちゃん、泣きそうや。

後悔というのは、圭、圭織、なつみの三人に儀式に関する情報を聞いたことだ。
三人は、こともあろうに、真里にそのことを話したらしい。
あの三人のことだ、おもしろおかしく尾ひれを付けて真里に話したんだろう。

久しぶりに診療所に真里が現れたかとおもうと、裕子の頬をおもいっきりひっぱたいた。
「ゆーちゃんの浮気モノっ」
そう言うと、涙を浮かべた瞳で裕子を睨みつけた。
86 名前:12月21日 儀式まで あと9日 投稿日:2001年03月10日(土)14時56分27秒

ひりひりと痛む頬を押さえて、裕子が言った。
「な‥何すんねんっ」
「うるさいっ」

「浮気モノって‥‥。ゆーちゃんそんなこと‥‥」
「圭ちゃん、圭織、なっちの三人が言ってたんだよ。ゆーちゃんは好きモノだから気をつけなって。
‥‥三人ともゆーちゃんに口説かれたって」

何やて!?
あのアマ。
ろくでもない情報に、媚薬草をくれてやった恩を忘れおって!!
よくも矢口にいいかげんなことを。
今度会ったら、ただじゃおかん。
どうしてくれようか。


考えこんでいると、真里がとんでもないことを言った。
「‥‥今度は、紗耶香を狙ってるって‥‥言ってた」
87 名前:12月21日 儀式まで あと9日 投稿日:2001年03月10日(土)15時03分36秒

何〜!?
紗耶香〜!?
そんな馬鹿なっ。
うちは矢口一筋やで。

想像もつかない言葉が、真里の口から飛び出してくる。
裕子は何を言っていいのかわからず、口をぱくぱくさせた。

そんな裕子を見て、真里が叫んだ。
「どうして、何も言わないの!? 馬鹿っ。‥‥もう顔なんか見たくない。
裕子なんか嫌いだ。‥‥道で会っても、あたしに話しかけないで」

真里の顔は、涙でぐしょぐしょだ。
濡れた目でもう一度裕子を睨むと、診療所のドアを蹴飛ばして外へ飛び出していった。
88 名前:12月21日 儀式まで あと9日 投稿日:2001年03月10日(土)15時14分57秒

――― ―――

あれからすぐ、裕子は真里の家に行ったが、当然返答はなかった。

しょんぼりと肩を落として、診療所に戻っていく。
重くたれこめた曇り空を見上げた。

この空は、うちの気持ちみたいや。

「しばらくしたら、聞く耳持ってくれるかもしれん‥‥」
自分に言い聞かせるように、呟いた。



診療所に帰る道で梨華とひとみに会い、声をかけられた。
「「こんにちは〜」」
「‥ぁ‥こんにちは‥」
気のぬけた挨拶をした。
「大変そうですね」
頬の赤みを見て、ひとみが心配そうに言った。

「‥‥何のことや」
そっけなく返す。
「島中でウワサになってますよ。先生が紗耶香さんのことを狙っているって‥‥」
「ごっちんも、それ聞いて真っ青になって診療所に行くって言ってました」
梨華とひとみが交互に答えた。
89 名前:12月21日 儀式まで あと9日 投稿日:2001年03月10日(土)15時21分27秒

何じゃ〜!?
もう、どないせいっちゅーねん。
うちが何かしたか?
迂闊やった。
あの三人が矢口だけに話すはずがない。
おそらく、会った人全員に話してるとみて、まずは間違いない。
おもしろおかしく尾ひれを付けまくってるはずや。
もう許さんっ。

‥‥でも、とりあえずはごっちんやな。
ウワサを聞いて、どう出るか。
あいつは紗耶香がからむと、何しでかすかわからん。

裕子は梨華とひとみに、あたふたと礼を言うと、診療所に向かって走り出した。
90 名前:12月21日 儀式まで あと9日 投稿日:2001年03月10日(土)15時32分11秒

――― ―――

診療所の建物の側に真希は座りこんでいた。
「‥‥ゆーちゃん」
真希は裕子の姿をみると、立ち上がり、近づいてきた。
泣いたあとらしく目は潤んでいるものの、落ちついている。

裕子は想像していたのと異なる真希の様子に、拍子抜けしてしまった。
走ったせいで息がきれている。

「‥な‥何や。‥げ‥元気‥そ‥うやないか」
息も絶え絶えに話しかけた。
「‥‥うん」

真希は小さく笑うと、続けて言った。
「最初、ウワサを聞いた時は頭の中真っ白になったけど。
考えてみたら‥‥ゆーちゃんがそんなことするわけないもんね‥‥」

よかった。
矢口だけじゃなくて、ごっちんも誤解してしまったら、
もう、ゆーちゃん立ち直れんわ。
91 名前:12月21日 儀式まで あと9日 投稿日:2001年03月10日(土)15時42分00秒

真希が、裕子の頬の赤みに触れながら聞いた。
「ゆーちゃん、やぐっちゃんは?」
真希の質問に裕子の顔が歪んだ。

「‥‥怒ってる。‥‥道で会っても‥話しかけるなって言われた」

あれっ?変やな。
ごっちんの顔が歪んできたで。
もう何も見えへん。
頬を液体が落ちていく感覚がする。
『むぎゅうっっ』
暖かいものに抱きしめられた。

「大丈夫だよ〜。やぐっちゃんも、きっとわかってくれるって。‥‥誤解はとけるよ〜。
‥‥多分」
真希の根拠のない言葉が心にしみいる。

裕子は真希に抱きしめられながら、
「そうやな」と言った。



12月21日 (三夜月)
儀式まで あと9日
92 名前:名無し読者 投稿日:2001年03月11日(日)16時47分35秒
中澤がんばれ。
93 名前:名無し読者 投稿日:2001年03月11日(日)20時13分49秒
後藤もがんばれ。
みんながんばれ。
94 名前:名無し読者 投稿日:2001年03月12日(月)21時44分52秒
全部の板の中でここの更新が一番気になります。
作者さまがんばれ。
95 名前:12月22日 儀式まで あと9日 投稿日:2001年03月14日(水)12時27分55秒

――― ―――


久しぶりに太陽が輝いている。晴天だ。

裕子は診療所で緊張していた。

昨夜は真里のことを考えながら、ついつい深酒してしまった。
おかげで朝から二日酔いだったのに、緊張のあまり、頭痛も胸焼けもどこかに消えてしまった。


うわぁ〜。
めっちゃ、緊張するで〜。
何話したらいいんやろ‥‥。

「あ‥あの、いい口紅の色ですね」

思わず標準語で話しかけてしまった。
しかも何や、口紅って‥。
このアホ。
自分で自分を叱咤する。
96 名前:12月21日 儀式まで あと9日 投稿日:2001年03月14日(水)12時36分38秒

診療所には重々しい空気が流れている。
阿麻和利島一番の年長者。
島人には『おばば』と呼ばれている。
年齢はおそらく130歳を越えているだろう。
本人も正確な年齢は、忘れてしまったという。
その人が裕子の目の前にいる。

何でもおばば本人が、裕子と話しがしたいと言って聞かなかったらしい。


裕子の言葉に、おばばは目を細め笑いながら言った。
「せんせい、ウワサどおりたらしのようだね。‥‥わしのくちべにが、きになるかい?」
「‥‥‥」

‥ウワサはおばばの耳にまで届いているらしい。
最悪や。
97 名前:12月21日 儀式まで あと9日 投稿日:2001年03月14日(水)12時42分55秒

「‥‥ぎしきのこと、しりたいそうだねぇ」
おばばが口をもごもごさせながら言った。
発音が不明瞭になるのは仕方がない。
なんせ歯の寿命は短い。
130年ももつはずがない。

おばばの言葉に裕子が目を見張ると、おばばは愉快そうに笑った。
「知りたいです」
即答する。
おそらく、おばばは数例の儀式に参加しているはずだ。


「いいとも、おしえてやるよ」
おばばが顔をしわだらけにして笑った。
98 名前:12月21日 儀式まで あと9日 投稿日:2001年03月14日(水)12時59分02秒

――― 

しばらくすると、おばばを島人が迎えにきた。
おばばの昼寝の時間らしい。

「おばば、どうして、私に教えてくださったのですか?」
どうしても聞いておきたくて、裕子はおばばに質問した。

「‥‥‥うちのこどもたちと、あそんだでしょう。よろこんではなしてたよ、あんたのこと。
‥‥しんりょうじょで、おにごっこをしても、わらってみてたって。せんせいが、ぎしきの
ことを、しりたがっているって、わしにおしえたのも、あのこたちだよ。‥‥あんたのこと
がすきみたいだよ‥‥」

おばばは意味ありげにひひひと笑うと、
「がんばりなさい、どうなるかわからないけどね」
そう言って、迎えの人と共に、自分の足で歩いて帰っていった。



あの鬼ごっこコンビか。
笑ってみてたのは、どうしていいかわからなかったからなんやけどな。
しかしあの二人は、あのおばばの血をひいているのか。
末おそろしい子供たちやで〜。


儀式の概要はわかった。
あとは作戦やな。
ごっちんと相談せな。
好きあったもの同士が、一緒にいるほうがいいんや。

裕子の脳裏に真里が浮かんだ。

矢口、どうしているやろ。
夜はちゃんと眠れているんやろか。
ゆーちゃん、寂しいで。
矢口‥‥。
99 名前:12月21日 儀式まで あと9日 投稿日:2001年03月14日(水)13時06分09秒

――― ―――

真希はガジュマルの樹にむかった。


しかし、ガジュマルの樹の根元に、紗耶香の姿はない。

避けられているのかな?
キスしたこと怒っているのかな?
市井ちゃんも、あたしのこと好きだと思っていたのに。
勘違いだったのかな。

もう微笑んでくれないのかな。
抱きしめてくれないのかな。



空は晴れているのに。
日差しは暖かいのに。
どうしてこんなに寒いんだろう。

寒いよ。
寒いよ。
寒いよ。
市井ちゃん‥‥。
真希は自分の体を抱きしめた。
100 名前:12月21日 儀式まで あと9日 投稿日:2001年03月14日(水)13時13分18秒

真希の脳裏に先日見た夢がよみがえる。


月明かりの中。
細い首をのけぞらせ、端正な美しい顔が快感にゆがむ。
汗にまみれた白い肢体にからみつく、もう一つの肢体。
あれは誰だろう?



あれは‥‥夢だ。
真希は自分に言い聞かせた。



「市井ちゃんっ」
叫ぶ。


真希の声が山に反射して、やまびこになって戻ってくる。
『‥いちいちゃん‥』
『‥いちいちゃん‥』
『‥いちいちゃん‥』
‥‥‥‥


やがて、やまびこは小さくなって消えた。


12月22日 (四夜月)
儀式まで あと9日
101 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2001年03月14日(水)13時16分54秒

恋を失いました。

>>92 名無し読者さん
>>93 名無し読者さん
>>94 名無し読者さん

個々にレスをお返ししたいのですが、その元気がありません。
でも、ありがとうございます。
102 名前:名無しさん 投稿日:2001年03月15日(木)00時04分39秒
作者さん頑張って!!
103 名前:名無しさん 投稿日:2001年03月16日(金)06時03分00秒
作者さんも後藤も頑張れ・・・!!
104 名前:12月23日 儀式まで あと8日 投稿日:2001年03月17日(土)01時42分06秒

――― ―――

裕子は診療所で焦っていた。

目の前には、普段着姿の紗耶香がいる。
裕子と向かい合って座り、ニコニコ笑っている。

何でこいつがここに来るんや?
何か感づいたんやろか?
困ったなぁ。
うちはこいつが苦手やねん。
一枚も、二枚も上手やからなぁ。

「どうしたの? ゆーちゃん、嫌な汗かいているよ」
裕子の心を見透かしたかのように、紗耶香が言った。

「‥な‥何でもない。き‥気のせいやろ」
「そう?」
くすっと笑いながら、紗耶香はお茶を飲んだ。

いじわるそうな瞳だ。
こいつがこんな顔を見せるのは、多分うちの前でだけや。
思い返してみれば、初めて会った時からこんな顔をしてたっけ。
105 名前:12月23日 儀式まで あと8日 投稿日:2001年03月17日(土)01時47分14秒

「ゆーちゃんって、単純だよね〜」
勝ち誇ったかのように言った。

くっそ〜。
今にみてろ〜。
目にモノみせてやる。
あんたの弱点がごっちんだってことは、百も承知してるんや。
覚えとけよ。
うちはあんたより、10も年上なんやで。
年上は大事にせんといかんことを教えたる!

106 名前:12月23日 儀式まで あと8日 投稿日:2001年03月17日(土)02時00分57秒

「‥‥あたし、大抵の人のことは‥‥わかるんだ」
突然、紗耶香が低い声で言った。

「ゆーちゃんも、矢口も、‥‥ゆーちゃんを始めてみた時も、
あぁ、この人は矢口にコマされるなって思ったもん」
裕子はぎょっとしたように、紗耶香を見つめる。

「‥‥でも、‥‥後藤は‥‥わからない。あいつだけはわからないよ」
紗耶香は俯いて、深いため息をついた。

裕子は紗耶香の両肩に手をかけて、言った。
「わからないから、‥‥気になるんやろ?」
「‥‥‥」
「それでいいんちゃうかな。ゆーちゃんはそう思うで」

裕子の言葉に、紗耶香は顔をあげた。
そして、ふっと笑うと言った。
「ゆーちゃんて、やっぱり単純だね」

「うるさいわ。‥‥あんたは考えすぎや。‥物事は単純に考えた方がいいんや。
でないと、何が一番大事かわからなくなるで」
紗耶香は裕子の言葉を反芻しているように、数回頷いた。
「‥‥ありがとう、ゆーちゃん」
「‥‥‥」



その後、二人で黙ってお茶を飲んだ。
お茶は苦かったが、そのぐらいが丁度よかった。
107 名前:12月23日 儀式まで あと8日 投稿日:2001年03月17日(土)02時13分12秒

―――

帰り際、紗耶香がすまなそうに言った。
「ゆーちゃん、矢口と喧嘩してるんでしょう?‥‥あれって、あたしにも一因あるんだよね〜」
「ん〜?」

‥‥違うやろ?
あれは矢口が、うちが浮気したと思いこんで‥‥。

「実はこの前、矢口に無理やりキスしちゃったんだ」
「はぁっ!?」

何やて!?

「この前って、いつや?」
「う〜ん。‥‥矢口が媚薬草を拾ってた日‥‥」

「‥‥‥」
静かに、体の中が怒りで充満していくのがわかる。
思えば、あの日からおかしくなったんや。

思いっきり、目の前の相手を怒鳴りつけてやろうと、裕子は深く息を吸った。
と、目の前が突然暗くなった。
紗耶香の唇が裕子の唇をふさぐ。
「‥んぅっ‥‥」
裕子は抵抗するが、がっちり押さえつけられ、動けない。
108 名前:12月23日 儀式まで あと8日 投稿日:2001年03月17日(土)02時23分44秒

―――

「ゆーちゃん。矢口のキス、返したからね〜」
紗耶香は唇を離すと、言った。

なおも続けて言う。
「いいこと教えてあげようか。大サービスだよっ
明日の夜‥‥矢口のところに夜這いしたら‥仲直りできるよ。
ただし、ゆーちゃんが積極的にならないとだめだけどね。まぁ、頑張ってね〜」
そう言い残し、紗耶香は診療所を後にした。

床にへたりこんでいた裕子が、心の中で毒づく。

くっそー。
何が『矢口のキス、返したからね〜』や。
最初から、やるなっちゅーんや。
一瞬でも、しおらしいと思った自分が許せん。
‥もっと許せんのは、あんなクソガキのキスで‥‥腰が抜けてしまった自分や。

109 名前:12月23日 儀式まで あと8日 投稿日:2001年03月17日(土)02時32分38秒

――― ―――

真希は診療所にむかって歩いていた。

真希の進行方向とは反対から、人が歩いてくる。

久しぶりに見る、普段着。
青いトレーナーにジーンズ姿だ。
紗耶香は真希が現れたのをみて、驚いたようだった。

「‥‥後藤」
紗耶香はそのあとの言葉を続けることができない。

「「‥‥‥」」
二人とも何も言わず、道の真ん中で立ち止まっている。


やがて真希が口をひらいた。
「市井ちゃん‥‥どうして、あたしを避けるの?」
「別に‥避けてなんか‥‥いないよ。後藤の思いこみ‥‥」
「うそっ!!」
真希は紗耶香に最後まで言わせなかった。
110 名前:12月23日 儀式まで あと8日 投稿日:2001年03月17日(土)02時40分48秒

「あたしが嫌いになった? もう顔も見たくない?」
矢継ぎ早に質問する。
「‥‥‥」
紗耶香は答えない。
何かに耐えるように、瞳をぎゅうっと閉じている。
両方のこぶしは固く握り締められ、白く変色していた。

「何か言ってよっ」
真希が叫ぶ。

「‥‥後藤は‥‥」
紗耶香の言葉はそこで途切れた。

真希が紗耶香に抱きついたからだ。

紗耶香も真希の体を強く抱きしめ返した。
二人とも無言だった。


ただ、お互いの体温の暖かさを感じていた。


12月23日 (五夜月)
儀式まで あと8日
111 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2001年03月17日(土)02時41分46秒

更新しました。
112 名前:名無しさん 投稿日:2001年03月17日(土)09時28分27秒
くーっ!いいとこで終わってる…。
いちごまどーなるんだよー
113 名前:名無しさん 投稿日:2001年03月17日(土)14時33分30秒
う〜ん市井の行動が謎だな。かなりキニナル
市井ちゃむ頑張れ!!!!
作者様もファイトっす
114 名前:名無しさん 投稿日:2001年03月17日(土)18時38分02秒
夜這い・・・見てぇぇぇええ!!
作者さん頑張って
115 名前:名無しさん 投稿日:2001年03月26日(月)23時46分59秒
夜這・・・いいっすね!!
116 名前:12月24日 儀式まで あと7日 投稿日:2001年03月28日(水)01時26分02秒

――― ―――

よく晴れた日の朝。

真里は海へ向かって歩いていた。
潜水用のボディスーツを身に着けている。

視界に、誰かが道脇に立っているのが入ってきた。
誰かを待っているように、視線をうろうろさせている。


この道は船着場へ続く道で、普段誰かに会うことはめったにない。
誰だ?
真里の頭に素朴な疑問が浮かんだ。


久しぶりに見たので、かなり近よるまで気づかなかった。
普段着の市井紗耶香だ。
白いカッターシャツにジーパンという服装だ。

先日の紗耶香の様子が蘇ってきて、真里はぞっと背筋が冷たくなるのを感じた。

『‥矢口、女難の相が出ているよ‥』
感情のこもっていない、冷たい声。

『‥あたしが、こわいの?』
冷たい瞳で見据えられた。

硬い木の表皮に押しつけられ、強引に唇を奪われた。
117 名前:12月24日 儀式まで あと7日 投稿日:2001年03月28日(水)01時26分48秒

「やぐち」
118 名前:12月24日 儀式まで あと7日 投稿日:2001年03月28日(水)01時36分13秒

「矢口、おはよう」
紗耶香の方から声をかけた。
緊張しているのか、顔がこわばっている。
「‥‥おはよー」
真里は相手の顔を見ずに、いいかげんな挨拶をした。
「‥‥あのさ、‥‥」
おずおずと、紗耶香が話しかける。
それを遮るように真里が言った。
「‥‥あたしは‥‥紗耶香がわからなくなった‥‥」

真里の言葉に、紗耶香が目を見開いた。
真里には紗耶香が急に小さくなったように感じた。
顔色は真っ青だ。
唇は小刻みに震えている。
やがて途切れ途切れにごめんとつぶやくと、紗耶香は黙り込んでしまった。

119 名前:12月24日 儀式まで あと7日 投稿日:2001年03月28日(水)01時42分49秒


何だよ。ダンマリかよ。
こいつも裕子と一緒じゃんか。
ちゃんと言い訳しろよ〜。
そういうとこがむかつくんだ。
‥‥‥。
‥‥‥しょうがない、助けてやるか。


「‥‥後藤と何かあった?」

真里の質問に紗耶香はふっと笑った。
自嘲的な笑い。
「‥‥そんなに、あたしってわかりやすい?」

「質問に、質問でかえすなよ〜」
「‥ごめん」

「‥さっきから紗耶香、謝ってばっかりだね」
「‥ごめん」
120 名前:12月24日 儀式まで あと7日 投稿日:2001年03月28日(水)01時47分29秒

謝る紗耶香の顔に生気が戻ってきた。

真里はもう一度尋ねた。
「後藤と何かあった?」

「‥‥わからない‥‥」
「わからないって何が?」
「‥‥‥」
紗耶香は答えなかった。
考え込むように、真里から視線をそらせた。
遠い目。どこを見ているのかわからない目だ。
121 名前:12月24日 儀式まで あと7日 投稿日:2001年03月28日(水)02時00分35秒

しばらくすると、紗耶香がふっと笑って、言った。
「‥矢口、背中の傷治った?」
「はぁ!?」
「ごめん‥‥強く押しつけちゃったもんね。‥‥そのせいでしょ?
ゆーちゃんに会わなかったのは」
「‥‥‥」
真里の顔がたちまち赤くなっていく。

何だよ。その言い方は。
裕子に会うと、いつも背中を見せているみたいな言い方じゃんか。

「本当にごめんね。‥‥ゆーちゃんにはちゃんと謝っといたから」
「へっ!?」


何〜!?
裕子が知っている?
それじゃ何の為に、矢口は裕子の所に行かなかったんだ!!
背中の傷が治るまでは‥‥って我慢してたのに。
それなのに‥‥。
それなのに、裕子が他の子をくどいたりするから‥‥。
‥何で、言い訳のひとつもしなかったんだよ〜。
言い訳してくれたら‥‥。
‥ちょっとふくれて、それでお終いだったのに。
122 名前:12月24日 儀式まで あと7日 投稿日:2001年03月28日(水)02時10分16秒

紗耶香は真里の顔色が赤くなったり、青くなったりするのを見ていたが、やがておもむろに言った。
「矢口にいいこと教えたげる。今夜は家でおとなしくしといた方がいいよ」
「はぁ?」
「‥罪滅ぼしだよ」
紗耶香は心なしか楽しそうに言った。



「矢口、今日は西の海が大漁だよ」
紗耶香が帰り際、そっと教えてくれた。



‥‥‥。
普段はめったなことじゃ、どこに魚がいるか教えてくれないのに。
やっぱり、変だよなぁ‥‥。
裕子といい、後藤といい、紗耶香といい‥。
何もなけりゃいいんだけど‥‥。

はぁ〜。
真里はため息をつくと、船着場へむかった。
123 名前:12月24日 儀式まで あと7日 投稿日:2001年03月28日(水)02時20分44秒

――― ―――

裕子は診療所で一人悩んでいた。

今日は患者が一人も来ていない。
考え事をするには、好都合だ。

―――

裕子の脳裏に今まで起こった様々な出来事が、浮かんでは消えていった。

『‥‥裕子なんか嫌いだ。道で会っても、あたしに話しかけないでっ』
真里の言葉がよみがえる。

『大丈夫だよ〜。やぐっちゃんも、きっとわかったくれるって』
真希の言葉がよみがえる。

『‥‥矢口のところに夜這いしたら‥仲直りできるよ。ただし、ゆーちゃんが積極的に
ならないと駄目だけどね。』
紗耶香の言葉がよみがえる。
124 名前:12月24日 儀式まで あと7日 投稿日:2001年03月28日(水)02時26分44秒

そうやなぁ。
今夜が仲直りのチャンスやな。
海の向こうの日本は、クリスマスイブやで。
恋人たちの夜や‥‥。
そやのに、うちは‥‥。
はぁ〜。
うち、夜這いするんは初めてやけど、大丈夫やろか?
やり方とか、聞いた方がいいんかなぁ?


裕子は髪の毛をグシャグシャっとかきむしった。

うち‥‥ほんまに、こういうの苦手やねん。

裕子の悩みは夜まで続きそうだ。
125 名前:12月24日 儀式まで あと7日 投稿日:2001年03月28日(水)02時39分07秒

――― ―――

真希は昨日の喜びをかみしめていた。

へへへへっ。
顔がゆるむのを、止められないよ。
市井ちゃんが抱きしめてくれた。
力いっぱい、抱きしめてくれた。
もう、空もとべちゃいそうな気分。

真希、梨華、ひとみの三人はそろって、梨華の家で冬休みの宿題をやっていた。

机の上に本をひろげたものの、真希はうわのそらで、何やら思い出し笑いをしている。
側にいる、梨華とひとみが心配そうに声をかけた。
「ごっちん、大丈夫?」
「何か悪いものでも食べた?」
「へへへへっ」
何を聞かれても、真希はニコニコ笑っているだけだ。


「こりゃ、駄目だよ。‥‥使いものにならないよ」
「そうだね」
梨華とひとみは顔を見合わせて、ため息をついた。


12月24日 (六夜月)
儀式の日まで あと7日
126 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2001年03月28日(水)02時43分53秒

折り返し地点にさしかかりました。
本編を一時中断して、番外編『ゆーちゃん初めての夜○い』を書くことにしました。
次回はひっそりと更新することになると思います。
127 名前:名無し読者 投稿日:2001年03月28日(水)02時47分41秒
更新ホントに待ってました。
いちごま切なくて好きです。
ひっそり待ってます。
128 名前:名無し読者 投稿日:2001年03月28日(水)18時20分45秒
裕ちゃん(笑)!!
すごい楽しみです。
いちごまも
129 名前:ゆーちゃん初めての夜這い 投稿日:2001年03月28日(水)21時14分23秒

――― ―――

裕子は自宅に帰宅してから、ずっと悶々としていた。
冷蔵庫からビールを取り出し、プルトップを開け、一気に喉に流し込む。


もう夜の十時やで。
これ以上引き伸ばすのは、無理や。
覚悟を決めるで。
しっかりせい!裕子!!

自分で自分に喝を入れ、裕子は自宅を出た。
夜空には六夜月が出ていた。
冷たい夜風が裕子の頬を撫でた。
月の薄明かりの中、周りの人に気づかれないように、キョロキョロと辺りを
うかがいながら歩く。


夜這いって、恐いわ〜。
うち、ほんまに、へこみそうや‥。

そうこうしているうちに、真里の家に着いた。
昼間は入ったことのある真里の家が、今夜はやけに大きく、不気味に見える。


こんな時は、玄関から入るもんなんやろか?
それとも、窓から侵入するもんなんやろか?
130 名前:ゆーちゃん初めての夜這い 投稿日:2001年03月28日(水)21時28分23秒

裕子はしばらく考えていたが、やがて意を決したように、家の壁と壁の隙間に足を
かけ、登りはじめた。
しかし、慣れない動作と暗い視界のため、裕子は足をすべらせ、落ちてしまった。

『ガサガサガサ‥‥ドサッ‥』
派手な音がした。

「‥‥っ痛っ‥」
落下した時、腰を打ってしまったようだ。
痛さのあまり、すぐには声が出ない。

裕子が腰を押さえ、うめいていると、玄関の明かりがついた。
真里の部屋の明かりもついた。
目の前のドアが開き、中から真里の両親と真里が姿を現わした。
真里はパジャマ姿だ。


「ゆーちゃんっ」
真里が倒れている裕子に駆け寄った。

真里の両親は訳がわからないという表情をしている。
「‥裕子さん‥‥大丈夫ですか?」
真里の母親がためらいがちに、尋ねた。
「はぁ‥‥」
裕子もあいまいに頷くしかない。
131 名前:ゆーちゃん初めての夜這い 投稿日:2001年03月28日(水)21時38分27秒

沈黙がたちこめた。
裕子がそれを打ち破るように、口をひらいた。
「‥‥ははは‥ちよっと転んで‥」
「ゆーちゃん、診療所に行くよっ」
真里が裕子の言葉をさえぎるように言った。

「いや‥多分‥‥どこも折れてないようだし‥‥擦り傷だけ‥‥」
腰の痛みもだいぶ引いてきた。
「駄目。あたしと診療所に行くの!」
真里が言った。
有無を言わせない勢いだ。

「寝てていいから」
何か言いたそうな両親にそう告げると、裕子の肩に腕をまわして体重を支える。
二人の体が密着した。
真里の甘いにおいが、裕子の鼻をくすぐる。

「‥しっかりつかまってよっ」
「‥わかったがな」
二人はゆっくり歩きはじめた。
132 名前:ゆーちゃん初めての夜這い 投稿日:2001年03月28日(水)21時49分38秒

――― ―――

裕子の怪我は擦り傷だけだった。
腰も大丈夫そうだ。

診療所のいすに座らされ、真里に傷の手当てをしてもらう。

「本当に馬鹿なんだから」
真里が言った。
顔は怒っているように見える。


はい、返す言葉もございません。
うちは、ほんまに大馬鹿野朗です。
紗耶香の口車に乗って、大失態を演じてしまいました。

裕子はうなだれて、頭をたれた。
「本当に馬鹿なんだから」
真里が再び言った。
声が震えている。

裕子は頭をあげ、真里の顔を見た。

真里の瞳からは涙が溢れている。
濡れた瞳で、裕子をキッと睨みつける。


うちが泣かせてしまったんやろな。
うちのせいやな。
133 名前:ゆーちゃん初めての夜這い 投稿日:2001年03月28日(水)21時58分12秒

裕子は真里の頬を流れる液体をじっと見た。


きれいな涙やなぁ。
うわ〜。
なんて色っぽいんやろ。
どないしょ?
ドキドキしてきたで。

裕子は手をのばし、真里の頭を撫で、言った。
「ごめんなぁ‥‥」
真里は黙って、されるままになっている。

裕子はそのまま真里を自分の胸に引き寄せ、抱きしめた。
「ごめんなぁ‥‥」
再び言う。

「‥‥ば‥か‥」
くぐもった声が聞こえた。

裕子は真里を抱いている力をゆるめると、真里の顔を見つめた。
涙と鼻水でグシャグシャだ。
134 名前:ゆーちゃん初めての夜這い 投稿日:2001年03月28日(水)22時11分05秒

「‥‥見ないで」
真里が顔をそらして、小さな声で言う。
「何でや? めっちゃかわいいで?」
裕子はシャツで、真里の涙と鼻水を拭いてやる。
「‥嘘ばっかり」
照れたような声。

裕子がおずおずと真里に話しかけた。
「なぁ、‥‥今夜は‥‥その‥‥帰るんか?」
「‥‥‥」
「もし、よかったら‥‥その‥‥うちと‥‥」
「‥‥‥」
裕子は最後まで言うことができない。

真里は深深とため息をつくと、あきれたように言った。
「‥‥ゆーちゃん。‥‥こういう場合は、黙ってキスして、ベットに押し倒すんだよ‥‥」
「‥‥‥」

真里の言葉を受け、裕子はギクシャクと動きはじめた。
顔は真っ赤だ。
真里の手を引き、診療所のベットまでつれていった。
135 名前:ゆーちゃん初めての夜這い 投稿日:2001年03月28日(水)22時18分57秒

「‥‥ここでするの、初めてだね‥‥」
真里が裕子の耳元で囁く。

反応して、ビクッと裕子の体が震えた。
真里は自分から動く気はないようだ。
おもしろそうに裕子の様子を見ている。
裕子は覚悟を決めた。

「‥‥矢口‥」
興奮のため、かすれた声。
裕子は真里をベットのふちに座らせ、自分も腰をおろした。
『ギシッ‥‥』
ベットがきしむ音が聞こえた。


自分の唇を、真里のそれに重ねた。
「‥‥ん‥っ‥」
真里の吐息が聞こえる。
136 名前:ゆーちゃん初めての夜這い 投稿日:2001年03月28日(水)22時27分07秒

ゆっくりベットに真里の体を押し倒す。
唇は重なったままだ。
そのまま、お互いの唇と舌の動きを楽しむ。

真里のパジャマの上着を捲り上げ、手が進入してきた。
お腹のすべすべした感触を楽しむと、ゆっくりと上にあがってくる。
真里の呼吸が早くなっていく。

裕子はかんじんな所に触れようとしない。
真里は唇をもぎ離して喘ぐ。
「‥あぁ‥‥ゆ‥ちゃん‥」
目には涙が浮かんでいる。


‥‥うちも、こんな顔しとるんやろか?


137 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2001年03月28日(水)22時30分44秒

『ゆーちゃん初めての夜這い 前編』終了です。
138 名前:名無し読者 投稿日:2001年03月28日(水)22時35分47秒
夜這いは成功かどうかはともかく、目的は果せそうでなにより(w
139 名前:名無し読者 投稿日:2001年03月29日(木)00時38分17秒
後編ドキドキ
裕子頑張れ!
140 名前:名無し読者 投稿日:2001年03月29日(木)02時40分34秒
うわ〜マジ楽しみ!!
よかったね、裕ちゃん。
141 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2001年04月02日(月)10時47分34秒
引越しのゴタゴタで約二週間ほど更新できないと思います。
すいません。
142 名前:名無し読者 投稿日:2001年04月02日(月)18時29分11秒
二週間かぁ・・・。ちと辛い。
けど、いつまでも待ってますよ〜
143 名前:名無し読者 投稿日:2001年04月05日(木)03時19分50秒
待ってます!
144 名前:名無し読者 投稿日:2001年04月14日(土)21時40分34秒
あと少し!!期待してます!
145 名前:名無し読者 投稿日:2001年04月16日(月)19時44分28秒
まだなんか〜 
146 名前:名無し読者 投稿日:2001年04月21日(土)21時50分56秒
つらいです。更新待ってます。
147 名前:名無し読者 投稿日:2001年04月22日(日)14時05分07秒
ひたすら待つッす。期待sage
148 名前:名無し読者 投稿日:2001年04月23日(月)01時25分59秒
いちごま頑張れ!!作者も頑張れ!!
149 名前:名無し読者 投稿日:2001年04月25日(水)20時20分59秒
作者さ〜ん!!!
150 名前:名無し読者 投稿日:2001年04月26日(木)20時53分08秒
おお!!こんな所に名作が!!
読ませてもらいました。大変でしょうが、がんばつて 
151 名前:名無し読者 投稿日:2001年04月27日(金)00時48分14秒
いちごま隊員出動。
作者ファイツ!!!!
152 名前:名無し読者 投稿日:2001年04月29日(日)16時24分58秒
153 名前:名無し読者 投稿日:2001年04月30日(月)13時39分19秒
ついにゴールデンウイーク・・・・
嗚呼・・作者さん・・・
154 名前:名無し読者 投稿日:2001年05月01日(火)00時53分29秒
まだ1ヶ月経ってないし・・・
慌てず待とうよ。
155 名前:名無し読者 投稿日:2001年05月01日(火)17時05分30秒
( ´ Д `)<う、うんごとぉ全然待つの辛くないよっ。いちーちゃんを待つのなんて、全然・・・
156 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2001年05月02日(水)21時47分50秒
待たせてすいません。
明日には更新します。
157 名前:名無しさん 投稿日:2001年05月02日(水)23時29分39秒
待ってましたぁ!
早く明日になぁ〜れ。
158 名前:名無し読者 投稿日:2001年05月02日(水)23時36分19秒
( ´ Д `)<いちーちゃん・・(ワクワク
159 名前:ゆーちゃん初めての夜這い 投稿日:2001年05月03日(木)13時50分58秒
裕子は真里の体をきつく抱きしめた。
‥‥このままひとつに溶けてしまえたらいいのに。

唇からこぼれる言葉は彼女の名前だけ。

やがて抱擁を解くと、裕子は真里のパジャマのボタンに手をかけ、ゆっくりとはずしていく。
真里の細いうなじ、白い胸が姿を現わした。
真里の体が震える。

「矢口、体が冷えてるで‥‥」
耳元で囁くと、裕子は真里のうなじに唇を押し当て、軽く吸う。
「‥あっ‥‥」
真里の体がびくっと反応した。

くすっと笑うと、裕子は真里のパジャマのズボンに手をかけると一気に引き下ろした。
「ゆーちゃんっ」
真里が慌てたような声を出す。
「何や?‥今日は‥うちに仕切らせてもらうで‥」
裕子は真里の冷えた体を一瞬抱きしめると、掛け布団をめくり、真里の体を押し込んだ。
自らも手早く服を脱ぎ捨て、真里の上にかぶさっていく。
再び、きつく抱き合う二人。
ただし今回は素肌だ。
お互いのしっとりとした肌の感触を楽しむ。
160 名前:ゆーちゃん初めての夜這い 投稿日:2001年05月03日(木)14時04分28秒
自然と、唇と唇が引き寄せられ、触れ合う。
裕子の左手が真里の胸にのびる。
右手は真里の頬に添えられたままだ。
「‥あぁっ‥」
裕子の唇が真里の首筋を滑り降りる。
目指すは胸のふくらみだ。
ゆっくりとした舌の動きが真里の感情を掻き立てる。
真里は裕子の唇と手の動きに、どうにも我慢できなくなってきた。
足を悶えさせる。

「‥ゆ‥ちゃ‥ん」
真里の切なそうな声。
涙のにじんだ瞳。
上気した頬。


‥‥あんたの心が欲しいから、あんたの体が欲しいんや。


裕子の右手がそろそろと真里の体を下っていく。
胸、腹を通過し、太腿、脹脛、踝まで下りていく。
唇は相変わらず真里の胸で踊っている。
焦らされている。
いつもとは逆の立場に、真里の体はぶるっと震えた。

161 名前:ゆーちゃん初めての夜這い 投稿日:2001年05月03日(木)14時05分20秒
裕子は真里の体をきつく抱きしめた。
‥‥このままひとつに溶けてしまえたらいいのに。

唇からこぼれる言葉は彼女の名前だけ。

やがて抱擁を解くと、裕子は真里のパジャマのボタンに手をかけ、ゆっくりとはずしていく。
真里の細いうなじ、白い胸が姿を現わした。
真里の体が震える。

「矢口、体が冷えてるで‥‥」
耳元で囁くと、裕子は真里のうなじに唇を押し当て、軽く吸う。
「‥あっ‥‥」
真里の体がびくっと反応した。

くすっと笑うと、裕子は真里のパジャマのズボンに手をかけると一気に引き下ろした。
「ゆーちゃんっ」
真里が慌てたような声を出す。
「何や?‥今日は‥うちに仕切らせてもらうで‥」
裕子は真里の冷えた体を一瞬抱きしめると、掛け布団をめくり、真里の体を押し込んだ。
自らも手早く服を脱ぎ捨て、真里の上にかぶさっていく。
再び、きつく抱き合う二人。
ただし今回は素肌だ。
お互いのしっとりとした肌の感触を楽しむ。
162 名前:ゆーちゃん初めての夜這い 投稿日:2001年05月03日(木)14時18分22秒

裕子は顔を上げ、真剣なまなざしで真里を見つめた。
真里は裕子から視線をはずすことができない。


‥‥くっっ‥‥この‥‥。
裕子って‥‥こんな‥意地‥悪かったっけ?
あぁ‥なんて目してるんだよ。
視線が熱くて‥‥溶けちゃいそうだよ。
‥あたしも‥こんな目してる‥のかな?


やがて裕子は真里の瞳を見つめながら、踝まで下ろした手を、少しずつ上げていく。
真里が待ち構えている場所に到着した。
「っ‥ああぁあっ‥‥ん」
真里が体を大きく震わせて声をあげる。
熱く、濡れた性器が裕子の指を迎えた。

真里の体内に二本の指を差し込んでいく。
裕子は優しく指を動かし始めた。
真里の悲鳴のような喘ぎ声が聞こえる。
指を暖かく包み込む感触。
163 名前:ゆーちゃん初めての夜這い 投稿日:2001年05月03日(木)14時29分34秒
裕子は真里の唇に唇を重ねた。
舌を激しくからめ合う。
真里の唇の端から、二人の唾液がこぼれる。
真里が裕子の体にしがみついてくる。
二人の呼吸がひとつに重なった。

裕子の指の動きも次第に速くなっていく。
「あぁっ‥んっ‥あああぁっっ」
真里の体が大きくしなり、そして静かにくずれおちた。

裕子は真里の隣で仰向けに寝転がった。
二人とも汗だくで、呼吸が荒い。
裕子の指は、まだ真里の中にある。


‥‥好きやで、矢口。
好きで好きでたまらんわ‥。


真里の呼吸が収まるのを待ってから、裕子はゆっくり指を抜いた。
掛け布団はベット下にずり落ちてしまっている。

164 名前:ゆーちゃん初めての夜這い 投稿日:2001年05月03日(木)14時50分42秒
真里はじっと裕子の顔を見つめていた。
「‥どうしたんや?‥そんなに見つめられたら、ゆーちゃん照れるがな」
「‥‥‥」

真里は何も言わず、裕子の手を取り、言った。
「‥‥あたし‥だけ‥だよね?」
「‥は?」
「‥ゆーちゃんが、こういう‥ことするの‥あたしだけだよね?」
「‥‥‥」

裕子は質問に答えることなく、じっと真里の顔を見つめ返した。
裕子の熱い視線に、真里はじりじりしてきた。


‥何か言えよ‥このやろ‥‥


真里が文句のひとつも言ってやろうと、口を開きかけたとたん、裕子の腕が伸びてきて、
真里の体を強く抱きしめた。
「‥当たりまえやろ。‥‥うちはあんたと一緒にいたくて、この島にきたんや。
‥‥うちはあんたのものや」
「ゆ‥ちゃん‥」

優しい声。
暖かい腕。
欲しかった言葉。

きつく抱きしめられ、耳元で囁かれて、真里の瞳には自然と涙が浮かんできた。
裕子の胸に耳を押し当て、彼女の鼓動を聞く。

「‥‥バクバクしてる‥」
「‥裸で抱き合ってるんや‥バクバクもするわ‥‥」
「アハハハハ」
真里は泣き笑いの状態だ。頬に触れる裕子の柔らかい胸の感触にうっとりしてしまう。

165 名前:ゆーちゃん初めての夜這い 投稿日:2001年05月03日(木)15時03分36秒
抱きしめている腕を緩めると、裕子は真里の顔をのぞきこんだ。
真里の涙を唇で拭いながら囁く。
「‥‥泣き顔‥色っぽい‥んやね」
「な‥何言ってんだよぉ」
「‥‥‥」
「裕子、聞こえないよ〜」
裕子が何か呟いたようだが、声が小さくて真里には聞き取れなかった。
「‥‥もっと‥泣かせてみたい‥って言ってる‥んや」
裕子の声は切なそうに掠れている。
「ちょ‥ゆう‥」

裕子が真里の唇を塞いだ。
真里の両手が裕子の首に回される。
きつく抱きしめ合う。



夜空には薄い六夜月が、静かに人間たちの喧騒を見つめていた。
夜はまだ長い。
166 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2001年05月03日(木)15時10分42秒
『ゆーちゃんはじめての夜這い 後編』無事終わりました。
長い間待たせてしまって、読んでくださっている皆さんはさぞヤキモキしたことでしょう。
これからも見捨てないで、見守ってくれると嬉しいです。
167 名前:名無し読者 投稿日:2001年05月03日(木)15時28分45秒
最高!!
168 名前:名無し読者 投稿日:2001年05月03日(木)16時05分15秒
ヤッター!!!
更新してるよぅ!!
やぐちゅう最高!!作者さん最高!!!
169 名前:名無し読者 投稿日:2001年05月03日(木)21時59分06秒
マイペースで進めていってください。
応援してます。
170 名前:名無し読者 投稿日:2001年05月04日(金)22時01分28秒
更新、待っていました!!
これからも作者さんのペースで頑張ってください。
ずっとついていきますよ!
171 名前:名無し読者 投稿日:2001年05月04日(金)23時21分16秒
待ってました
続き期待っ
172 名前:12月25日 儀式まで あと6日 投稿日:2001年05月07日(月)20時20分59秒

――― ―――

晴天。さわやかな朝だ。

裕子は診療所のベットで目覚めた。
隣には真里が寝ている。
お互いに全裸だ。

裕子は昨夜のことを思い出して、ニマニマ笑った。


一時はどうなることかと思ったわ〜。
紗耶香は‥こうなることを予測してたのかぁ?
まさかな。
‥‥昨夜のことは誰にも予想できへんでぇ。


「んー‥?」
真里が目を覚まし、裕子に抱きついてきた。
「おはよう、ゆーちゃん」
全開の笑顔だ。
173 名前:12月25日 儀式まで あと6日 投稿日:2001年05月07日(月)20時40分38秒

「おはようさん。もうちょっと寝といていいで。‥‥疲れとるやろ?」
裕子は真里の頬にキスすると、そう言ってベットから降り、脱ぎ捨ててあった服を着けはじめた。
真里は上半身を起こして、裕子をじっと見ていたが、やがて、ベット脇に置かれた籠から草を一本
引きぬいて、言った。
「そうだ、ゆーちゃん、この草って何に使うの〜?」


あ〜?
本気で聞いとるんか?
‥‥‥。
そんな恥かしいこと、よう言えんわ。


裕子は真里をまじまじと見つめた。

「‥どうしたの?矢口、何か変なこと聞いた?」
「‥‥‥」
真里は裕子を見つめて、口がひらくのを待っている。
裕子はごくっと唾を飲みこんで、覚悟を決めた。
深呼吸して、『草の効用について』話し出そうとした。


『ガチャ』

診療所のドアが開く音がした。
昨夜は慌てていたせいで、戸締りするのを忘れていたらしい。
裕子は急いで診療室とベットとを仕切っているカーテンの外に出た。

そこには、真里と険悪になる原因の一つを作った、張本人の三人娘。
保田圭、飯田圭織、安部なつみが立っていた。
174 名前:12月25日 儀式まで あと6日  投稿日:2001年05月07日(月)20時57分26秒

「そんな嫌な顔しなくてもいいじゃん」
「ゆーちゃん、今日はキレイだね」
「うん、肌が輝いてるべ」
裕子の顔を見ると、圭、圭織、なつみの三人が一斉にしゃべり出した。


「‥‥何しに来たんや」
こいつらがお世辞を言う時は、ろくな時じゃない。
用心せんといかん!


「うんっ。この前もらった媚薬草、全部使っちゃったんだよね〜」
「ゆーちゃんが、ちょっとしかくれないからだべ〜」
「せっかく貴重な情報、教えたのに〜」
すねて、甘ったれたような声で言う。


‥‥ちょ〜待て。
あれが貴重な情報かいっ。
媚薬草くれてやったのも、もったいないぐらいや。
大体、あんたらの節操のない口のおかげで、うちがどんな目にあったかわかっとるんか!!

「‥‥よくも、矢口にいいかげんなこと、言ってくれたな」
裕子が低い声で言った。

しかし、裕子の威嚇も、三人には通用しない。
「本当のことじゃんっ」
「紗耶香に興味があるんでしょう?」
「儀式のこと聞いてたべ」
175 名前:12月25日 儀式まで あと6日  投稿日:2001年05月07日(月)21時11分54秒

「‥‥‥」
‥‥こいつらに何を言っても『ぬかに釘』や。
とっとと帰ってもらうにかぎる。
‥‥カーテンに仕切られているとはいえ、ベットには矢口がいる。
そんな所をこいつらに見られたら、どういうウワサが立つか‥‥。
‥‥考えるだけで、恐ろしいわ。


「あんたらの相手をしている暇はないんや。はよ帰ってな」
できるだけ冷たく言う。

「まあまあ、ゆーちゃんの手はわずらわせないべ」
「この前と同じ所に置いてあるんでしょう?」
「自分で取るから、ゆーちゃん仕事してていいよ〜」
そう言うと、三人は裕子の静止も聞かず、診療室とベットを仕切っているカーテンを開けた。


「「「!?」」」
三人はベットの上にいる真里に驚いたようだったが、真里と真里の手に握られた媚薬草を
交互に見ると、ニヤ〜っと笑った。
裕子の背筋を嫌な汗が流れる。
176 名前:12月25日 儀式まで あと6日  投稿日:2001年05月07日(月)21時22分16秒

「ふ〜ん。そういうわけか〜」
「お楽しみだね〜」
「なら、草はあきらめるしかないべさ」
そう言うと、ニヤニヤ顔を見合わせる。

「はは‥ちょ、ちょっと、体調が悪くて」
真里は焦ったように、弁解する。
三人は真里の話しを聞いている様子がまったくない。
ニヤニヤ笑いを崩すことなく、互いに何やら話し合っている。
打ち合わせが終了すると
「「「お幸せに〜」」」
声をそろえて、足早に帰っていった。


ドアが閉まり、三人の姿が見えなくなると、裕子はがっくりと肩を落とした。
「‥ゆーちゃん?どうしたの?」
真里の声が遠くに聞こえる。


今度は‥どういうウワサが、流れるんやろ?
‥‥矢口が上着を着けていたのが、せめてもの救いや。

「はぁ‥」
裕子は深いため息をついた。

177 名前:12月25日 儀式まで あと6日  投稿日:2001年05月07日(月)21時41分12秒

――― ―――

昼下がりの午後。

阿麻和利島においては、クリスマスというものは存在しないに等しい。
外国の有名人の誕生日という認識があるだけだ。
しかし、真希、梨華、ひとみの三人は、梨華の家に集まりクリスマスを楽しんでいた。
否、クリスマスケーキを楽しんでいた。

梨華が焼いたケーキを持って登場した。
真希とひとみは歓声をあげる。
「わ〜〜。すごいね、梨華ちゃん!」
「おいしそう〜。いい匂い〜」

梨華は嬉しそうに切ったケーキを真希、ひとみ、自分のケーキ皿に分けた。
「はい、どうぞ」
梨華の声も弾んでいる。
「ごっちん、食べようよ」
ひとみが嬉しそうに言う。
「うんっ」
真希は大きな目を輝かせた。

三人とも無言でケーキに夢中になっていると、外が何やら騒がしくなってきた。
「あっ、あれ‥市井さんじゃない?」
ひとみが、すっとんきょうな声をあげる。

真希はケーキ皿から顔を上げると、ひとみの視線の先を見た。
窓から見える広場には、人が集まっている。

その中で紗耶香が数名の大人と難しい顔で話し合っていた。
白いノロの衣装を身に着けている。
178 名前:12月25日 儀式まで あと6日  投稿日:2001年05月07日(月)21時50分35秒

「‥‥何やってるんだろ〜?」
ひとみがこそこそと梨華に耳打ちする。
「‥多分、儀式の打ち合わせじゃないかな」
梨華がひとみの耳元で囁いた。

真希はそれどころではない。
食い入るように紗耶香を見つめている。

と、視線に気づいた紗耶香が真希の方を向いた。
視線が一瞬からみあう。

紗耶香の顔がこわばった。
すぐに視線をそらす。
それから紗耶香が真希のいる方向を見ることはなかった。

真希の顔がこわばる。
目の前で起こった出来事が信じられない。
広場で立っているあの人は、一昨日、自分を抱きしめてくれた。
それなのに、今日は目も合わせてくれない。
天国から、奈落の底に突き落とされたような気分だ。
179 名前:12月25日 儀式まで あと6日  投稿日:2001年05月07日(月)21時57分08秒


ひどい‥
ひどいよ、市井ちゃん‥‥。
どうして‥
どうして、目をそらすの?
何か‥
あたしが何かした?
何故‥
何故、あの時抱きしめたの?


真希の目に涙が光る。
真希は声も出さずに、ただ涙を流した。

梨華とひとみは、二人の様子を一部始終見ていた。

「「‥‥ごっちん‥‥」」
梨華もひとみも、真希にかける言葉が見つからなかった。
180 名前:12月25日 儀式まで あと6日  投稿日:2001年05月07日(月)22時15分03秒

――― ―――

裕子は真里を目の前にして、困っていた。

先ほど、決意して『草の効用について』話そうとした所を邪魔された。

「‥‥この草って‥ごっちんが採ってたやつだよね。‥‥何であの三人が欲しがるの?」
「‥‥これはな〜、媚薬草ゆうてな‥‥う〜ん‥‥」
裕子の顔がだんだん赤くなっていく。

真里は裕子と先ほどの三人の会話から、この草の効用について、うすうす気づいていたが、
もう少し裕子の困った顔を見ていたい。

「‥‥その‥夜のな‥‥」
「‥‥ぷっ‥くくっ‥‥」
真里はとうとう我慢できなくなり、吹き出してしまった。

「な‥何や」
「ゆーちゃんっ、かわいいっ」
真里は裕子に抱きついた。
いきなり抱きつかれた裕子は、倒れそうになる。

「‥今度‥使って‥みようね」
真里は抱きついたまま、裕子の耳元で囁いた。
「‥ア‥アホ‥」
裕子はしどろもどろに答える。
真里はぎゅうっと抱きついた腕に力をこめて、おそらく真っ赤になっているだろう裕子の顔
を想像して、くすっと笑った。



12月25日 (七夜月)
儀式まで あと6日
181 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2001年05月07日(月)22時23分30秒
もう5月だというのに、クリスマスの話だなんて‥。
予定ではもう、完成している時期のはずなんですがねぇ。
空白の1ヶ月が大きいよなぁ。
自分のせいなんですけど。
次は、過去の話になると思います。
市井と後藤の関係について、少し書いたほうがいいかな?
このままじゃ、希薄かな?
という気がしてきたもんですから。
182 名前:名無し読者 投稿日:2001年05月07日(月)23時33分23秒
おぉぉ続き期待です
いちごま楽しみ
183 名前:名無し読者 投稿日:2001年05月08日(火)00時23分14秒
ありがたや、市井後藤の過去話があったほうが、もっと萌える〜!!
184 名前:芽生え  紗耶香の場合 投稿日:2001年05月09日(水)23時16分55秒

1996年1月、村山首相辞任のあと、衆参両議院本会議で自民党の橋本龍太郎総裁が
首相に指名され、組閣、三党連立の新政権が発足した。
そして‥
市井紗耶香、12歳。
185 名前:芽生え  紗耶香の場合 投稿日:2001年05月09日(水)23時29分51秒

1月、南国の孤島。
阿麻和利島は桜が満開となる。
南国気質の島人達が、これを見逃すはずもなく、この時期はあちらこちらで毎日の
ように『花見』と称した宴会が開かれる。



初めて後藤と会った時の事を、覚えてはいない。
ただ、聞いた限りでは、
当時二歳にも満たない私は、まだおぼつかない足取りで、生後まもない後藤に近寄り、
眠っている後藤の唇にキスしたらしい。
‥‥この話は、格好の酒の肴になるらしく、宴会の席になると必ず出てくる話題だ。
その後、必ず続く言葉。
「さやちゃんは、おませだったからね」
‥‥‥。
おませ?
そんなんで、片付けていいのか?
‥‥違うだろう。
初対面の相手に、いくら子供とはいえ、キスするなんて‥‥。
記憶がないとはいえ、自分で、自分のやったことが信じられない。
しかも、その相手が後藤だなんて!
186 名前:芽生え  紗耶香の場合 投稿日:2001年05月09日(水)23時40分00秒

「いちーちゃんっ」
紗耶香の思考を打ち破る声が聞こえた。
同時に背後から、何者かに抱きつかれる。
振り向くと、大きな目を輝かせ、白い歯をみせて笑いかける少女。
後籐真希、十歳だ。

「‥‥何?」
「へへ‥呼んでみただけ〜」
「‥‥‥」
「いちーちゃん?」
何も言わない紗耶香をみて、真希は不安そうに首を傾げ、抱き着いていた腕をほどいた。


‥‥そんな顔するなって。
くぅっ‥。
子猫みたいだ。
‥だから、こうしたくなるんだよなぁ。


紗耶香は手を伸ばし、真希の髪の毛をワシワシとかきあげた。
真希は気にする様子もなく、されるがままになっていた。
紗耶香の手が離れると、乱れた髪のまま、名残惜しそうな顔で紗耶香を見上げる。
187 名前:芽生え  紗耶香の場合 投稿日:2001年05月09日(水)23時46分24秒

そうだよ‥。
時々、衝動的に後藤のこと抱きしめたくなるけど。
それは、その、‥例えば、雨の日なんかに道端で、子猫がずぶ濡れになって
鳴いていたら、放って置けないでしょう?
その‥人間としてさ。
それと同じだよ!
あたしは、自分を無理やり納得させると、自分の心を正直に行動に移そうとした。
188 名前:芽生え  紗耶香の場合 投稿日:2001年05月09日(水)23時56分10秒

と、その時
「おーい。紗耶香〜」
背後で聞き覚えのある声。
振り向くと、保田圭、十五歳が立っていた。
「何やってんのよ〜」
紗耶香と真希の間に割り込んでくる。

「な、何も‥」
「何、どもってんの?」
「いちーちゃんにワシワシされたの〜」
「ワシワシ?」
「何でもないって!」
「‥‥ふ〜ん、そうか」
焦っている紗耶香とぼさぼさに乱れた真希の髪を見て、圭は感づいたらしい。
ニヤニヤ笑っている。
「何が、そうか、なんだよ」
「そんな、怒らなくてもいいじゃん。‥‥別に、紗耶香が真希のこと好きだなんて、
誰にも話したりしないわよ」
「な、何を言ってるん‥」
「‥‥自覚ないの?」
「‥‥‥」
189 名前:芽生え  紗耶香の場合 投稿日:2001年05月10日(木)00時00分04秒

自覚ってなんだよ?
何の自覚だよっ。
あたしはただ、濡れている子猫を‥、じゃなくて、後藤を‥‥。


「‥ふ〜ん。まっ、いいや。それより、紗耶香。矢口が探していたよ」
何故だか焦っている紗耶香を尻目に、圭は興味がなくなったという風に、そっけなく言った。
190 名前:芽生え  紗耶香の場合 投稿日:2001年05月10日(木)00時09分28秒

しまったっ。
花見を脱け出して、こっそり、矢口と『十七歳未満立ち入り禁止』の洞窟に鍾乳石を
見に行く約束があったんだ〜。
何で、忘れていたんだろう?
あたしはお礼もそこそこに、後藤の手を引いて、矢口の元へと急いだ。


約束をすっぽかして、てっきり怒っているかと思っていたら、真里は紗耶香の母親
の側で、すっかりくつろいでいた。
「‥矢口‥ごめん」
「あっ、紗耶香。ごっちんと一緒だったんだ」
「う、うん」
「おいらはこれから、紗耶香のお母さんと、デートなんだ。邪魔しないでよ。
‥‥というわけで、洞窟行くのは中止ね」
「わ、わかった」
「何、どもってんの?」
「‥‥‥」


確かにそうだよなぁ。
さっきから、あたし、何どもってんだ?
191 名前:芽生え  紗耶香の場合 投稿日:2001年05月10日(木)00時19分51秒

さっきからずっと、おとなしくしていた真希が口を開いた。
「いちーちゃん。ごとーと行こうよっ」
「は?」
「だから〜、ごとーと、どうくつたんけんに行こうって言ってるの」
「探検?」
「しょうにゅうどう」
「‥‥‥」


どうやら後藤は、探検ごっこを、やる気満々らしい。
大きな目をもっと大きくして、瞳は期待でキラキラ輝いているし、興奮の為か鼻の穴はふくらんでいる。
本気っすか?
矢口を見ると、あたしの母親にべったり甘えている。
‥‥別に、いいけどさ。
母親を取られたぐらいで、やきもちなんか焼かないぞ!あたしは!!


「うっしゃ〜。行くぞっ、後藤っ」
「いえっさー」
紗耶香の半分やけくそ気味の、威勢の良い掛け声に、真希は嬉しそうに答えた。
192 名前:芽生え  紗耶香の場合 投稿日:2001年05月10日(木)00時30分53秒

鍾乳洞とは、石灰岩地にできた空洞。雨水や地下水に炭酸カルシウムが溶かされて
できたもので、上壁には別名『石の花』と呼ばれる鍾乳石が下がり、洞底には、た
けのこのような形に固まった『石筍』が立ち並んでいる。

鍾乳洞は不思議な所だ。
夏はひんやりと涼しいのに、冬はほんわかと暖かい。

「暖かいね〜。いちーちゃん」
「そうだね」
「でも、暗いね‥いちーちゃん」
「恐い?」
懐中電灯を持ってきているとはいえ、やはり暗くて、足元はたよりない。
「いちーちゃんがいるから、こわくないよ」
ぶんぶんと首を横に振り、つないだ手にぎゅうっと力を込めて、真希は紗耶香を
真っ直ぐ見て、言った。
193 名前:芽生え  紗耶香の場合 投稿日:2001年05月10日(木)00時39分02秒

「見て、いちーちゃん。これ、う○こみたい〜」
「ハハハ‥本当だ」
真希が鍾乳石を見て、はしゃいでいる。

「いちーちゃんっ、あのねっ‥‥あの石‥‥」
「どうした?ん?」
真希が焦ったような声を出して指差した鍾乳石は、恐ろしく巨大なものであった。
見るもの全てを圧倒するその姿。
紗耶香も真希も、言葉を発することができなかった。
その雄大さ、美しさに、心を奪われないものがいるだろうか。

「‥‥行こう、後藤。ここは‥何か」
しばらくその鍾乳石を見つめていた紗耶香が言いよどんだ。
焦りぎみに、真希の手を引いて、元来た道を戻っていく。
194 名前:芽生え  紗耶香の場合 投稿日:2001年05月10日(木)00時48分12秒

探検ごっこに疲れたのか、鍾乳洞を出ると、真希は眠いと言って、眠り込んでしまった。
仕方なく、膝枕をしてやりながら、紗耶香は真希の顔をじっと見つめた。


さっき、あの鍾乳石を見たとき、何か体が熱くなった。
後藤は何ともなかったみたいだけどさ。
‥‥だけど、ほんと可愛いな。
こいつの前では、絶対言いたくないけどさ。
鼻‥案外でかいんだな。
つまみたくなるよなぁ。‥ってイカン。
起きちまうじゃねえか。
まつげ‥長いんだな。
ほっぺも、つるつるだしよ。
唇‥‥。
あたしは後藤の唇から、何故か、目が離せなくなった。
そして、
‥‥何てこった。
すいよせられるように顔を近づけ、気がつくと、あたしは後藤の唇にキスしていた。
195 名前:芽生え  紗耶香の場合 投稿日:2001年05月10日(木)00時51分04秒




『三つ子の魂、百歳まで』というけど、
‥‥結局、あたしと後藤との関係は、二歳から変化してないようだ。
そう、気づいた、市井紗耶香、十二歳の冬。








196 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2001年05月10日(木)00時53分41秒
紗耶香編、一応終了です。
次は矢口編の予定です。

197 名前:名無し読者 投稿日:2001年05月10日(木)01時08分53秒
二歳の頃から、、長いなぁ。
二人がどうなるのか楽しみ
198 名前:名無し読者 投稿日:2001年05月10日(木)02時13分07秒
十二歳の市井&十歳の後藤、どっちもカワイイな〜♪
199 名前:名無し読者 投稿日:2001年05月10日(木)03時45分15秒
あっ!やっぱり萌え萌えしてしまった〜〜(嬉
200 名前:名無し読者 投稿日:2001年05月10日(木)18時40分46秒
いいっすね♪
200get
201 名前:芽生え 真里の場合 投稿日:2001年05月11日(金)14時19分57秒

1997年1月、島根県沖の日本海でロシアのタンカーが沈没し、重油が流出。
日本海近海で、最大級の事故となった。
そして‥
矢口真里、十四歳。

202 名前:芽生え 真里の場合 投稿日:2001年05月11日(金)14時32分51秒

1月、南国の楽園。
阿麻和利島は桜が満開となる。
南国気質の島人達が、これを見逃すはずもなく、この時期は、あちらこちらで毎日
のように『花見』と称した宴会が開かれる。


空はよく晴れわたり、美しく咲き誇る、薄紅色の桜の花の下、今日も宴会が開かれている。


‥‥ったく。いいかげんにしろっつーの。
おいらの隣では、幼馴染の紗耶香とごっちんが、いちゃついている。
というより、一方的に、ごっちんが引っ付いているんだけどさ。
紗耶香は迷惑そうな顔をしている。
でも、おいらは、知っているんだよね。
紗耶香がちぃ〜っとも嫌がってなんか、いないってことを!
あいつは、変なとこ、ひねてるからさ。
な〜んて考えていると、そのひねてるやつが話しかけてきた。
203 名前:芽生え 真里の場合 投稿日:2001年05月11日(金)14時46分42秒

「矢口、何ぼーっとしてるのさ?」
「んー、別に‥‥」
見ると、真希は紗耶香の膝の上に頭を置いて、眠り込んでしまっている。

「‥‥可愛いね」
「へ?‥‥そうかぁ?‥こんなの、重いだけだよ!」
「とか、何とか言って、本当は嬉しいくせに!」
「な、何言ってんだ。そ、そんなことないぞ!」


紗耶香が焦って、否定してきた。
こういう時ってさ、からかいたくなるよね?
その‥‥人間としてさ。
おいらは、素直に疑問をぶつけてみる。


「紗耶香ってさ、こういう無邪気そうな、ぼーっとしてるのが、好みなんでしょう?」
「はぁ!?」
「特別優しいもんね〜。後藤には」
「だ、誰にでも優しいぞ!あたしは!!」
「ほ〜‥‥」
「何だよ!」
「あ〜、知らないんだ〜」
「‥‥あ?」
「紗耶香、今溶けちゃいそうな位、甘い顔してるけど?」
「‥‥‥」
204 名前:芽生え 真里の場合 投稿日:2001年05月11日(金)14時55分52秒

黙り込んだ紗耶香を見て、真里は勝ち誇った気分に浸る。
紗耶香はじぃっと真里を睨んでいたが、やがて気がついたように言った。
 
「あっ‥母さん」
「!?」
真里は紗耶香の言葉に反応して、背筋をシャキッと伸ばし、周りを見渡した。
しかし、お目当ての人物の姿は見当たらない。
ぎっと、紗耶香を睨みつける。

「うそつき」
「矢口が変な事、言うからだよ」
「‥‥‥」
「‥前から聞こうと思ってたんだけど、うちの母さんのどこがいいわけ?」
「‥どこって‥‥かっこいいじゃん」
「‥ノロだから?」
「‥多分‥それもあるけど、‥‥美人だし、優しいし‥」
205 名前:芽生え 真里の場合 投稿日:2001年05月11日(金)15時04分16秒

「そうかぁ?」
「そうだよっ」
言葉とは裏腹に、紗耶香の表情は嬉しそうだ。
母親を誉められて、嬉しく思わない子供なんていないだろう。


おいらはぼんやりと、紗耶香の母親の顔を思い浮かべた。
ちょっとたれ目がちの、澄んだ瞳。
すぅっと通った鼻筋。
そして、形のよい唇。
紗耶香は絶対、父親似だ。
だって、お母さんに全然似てないもんなぁ。
二人並んでも、親子に見えないもんね。
しいて共通点をあげれば、意思が強そうなとこぐらいか。

206 名前:芽生え 真里の場合 投稿日:2001年05月11日(金)15時15分47秒

「矢口〜、紗耶香〜」
「何楽しそうに、話しているのかなぁ?」
「おね〜さん達にも聞かせて、聞かせて」
「「‥‥‥」」
年上のかしまし娘三人が話しかけてきた。
保田圭、十六歳。
飯田圭織、十五歳。
安部なつみ、十五歳だ。
しきりに体を揺らして、大げさなアクションをとる。


おいらと紗耶香が同時に黙り込んだのは、多分偶然じゃないはず。
この三人、決して悪い人じゃないけど、少々性格に問題があると思う。
人の困った顔を見るのが、大好きときているもんなぁ‥‥。


「何で黙り込むかなぁ」
「折角、仲間に入れてあげようと思ったのにさ」
「いいのかな〜?」

「‥‥何の、仲間、です?」
紗耶香が口を開いた。

「教えて欲しい?」
「欲しい?」
「ん?」


嬉しそうに聞いてくる。
っていうか、話したいんでしょう?

207 名前:芽生え 真里の場合 投稿日:2001年05月11日(金)15時27分32秒

「あの『十七歳未満立ち入り禁止』の洞窟があるでしょう?」
「あれに〜、一足お先に入っちゃおうって‥‥」
「面白そうだべ〜」


聞く前に、話しはじめたよ‥‥。
去年のうちらと同じ事考えてるのね‥‥。
‥‥何か、すごく嫌なんですけど。


「‥あたしは、入ったから、いい」
紗耶香がとんでもない事を、言い出した。

「い、い、いつ?誰と?何で?」
「‥‥去年の花見、‥後藤と、‥探検に行こうってせがまれて‥」
「何だよ、それ。‥おいら、中止にしようって、言ったじゃんか〜」
「‥‥そうなんだけどさ‥」
紗耶香はばつが悪そうな顔をしている。
「もういいっ!おいらも洞窟行くからね!!」
真里は叫んだ。


っていうか、何で、おいらこんなに怒ってんだ?
勢いで、三人についてきてしまった。
もう、洞窟の前まで来ちゃったよ‥‥。


208 名前:芽生え 真里の場合 投稿日:2001年05月11日(金)15時41分55秒

「矢口は、この洞窟に何があるか、知ってる?」
「何って、鍾乳石でしょ?」
「‥‥ここにはね‥きゃ〜‥‥恥かしくて、言えないべさ」
「‥何?」
「ここにはね、男性器と女性器の形をした鍾乳石があるんだって」
圭が真面目な顔で、重々しく言った。


圭ちゃんの真面目な顔なんて、はじめて見た。
‥‥じゃなくって。
だんせいきとじょせいき?
聞きなれない言葉に、クラクラする。


「お姉ちゃんが、見たら、発情するって、言ってたよ。‥‥圭織恥かしいっ」
「きゃ〜、発情だって」
「紗耶香と後藤は、入ったって言ってたよね?」
「きゃ〜、何かあったりして」
「ドキドキするね〜」
「秘密の香りがする〜」


発情?
‥‥何か、やばくないか?
つーか、紗耶香は後藤と入ったんだよね‥‥。
‥‥大丈夫だったの?
‥‥すごく、嫌な予感がするんですけど‥‥。
いまいち思考がついていかない、おいらを無視して、三人は盛りあがっている。

209 名前:芽生え 真里の場合 投稿日:2001年05月11日(金)15時52分51秒

「早く見たいべさ〜」
「圭織が懐中電灯持っているから、いちば〜ん」
「ほら、矢口、行くよ!」
「‥‥うん」

「‥‥イケナイ子達ね」
洞窟に入ろうとした、まさにその時、背後から声が聞こえた。
盛りあがって、どうにも止まらない三人、プラス、部外者一人を固まらせるのに、十分な声が。


恐る恐る振り向くと、
「君達には、まだ少し早いんじゃない?」
そこには、真っ白な服を着けた女性―阿麻和利島のノロ―が、腕を組んで立っていた。










210 名前:芽生え 真里の場合 投稿日:2001年05月11日(金)16時16分40秒

おいらの予感は当たっていたのかな?
それから、おいら達四人は、こってりとお説教された。
とくとくと、島の歴史から始まり、『通い婚に参加する資格と責任について』まで、語られる。
他の三人は、どうか知らないけど、おいらには、この説教がとても心地よかった。
アルトの優しい声が語りかけてくる。
何だか、子守り歌でも聞いているような気さえしていた。



「矢口、うちら先に行くからねっ」
圭の声に真里は、はっと我に返った。


気がついたら、三人の後姿が遠くに見えた。
おいらの傍らには、紗耶香の母親が立っていた。
じぃっと、その澄んだ瞳に見つめられて、おいらは固まってしまった。


「‥‥真里ちゃん、どうした?‥‥ぼーっとして。‥ちょっと話しが長すぎたかな?」
「‥‥ごめんなさい‥‥去年も、行かないでって、止められたのに」
おいら、自分自身が情けなくて、謝る声も、小さくなってしまう。


「‥‥別に、叱ったわけじゃないよ。ただ、こういうのは、その‥‥できるだけ順序よくいっちまった方がいいからさ。まぁ、興味津々の時期だと思うけど。‥‥紗耶香のバカは、見ちまったみたいだけどね。‥‥お子様だから、問題ないでしょう。」
そう言って、小さく笑い、真里の髪の毛をワシワシとかきあげた。

211 名前:芽生え 真里の場合 投稿日:2001年05月11日(金)16時20分48秒

『ドクン』心臓の鼓動が聞こえた。
顔がだんだん赤くなる。
‥‥あたし、好きみたい。
って、どうするよ。
やばい。紗耶香の母親だぞ。
‥‥‥。

焦る、矢口真里、十四歳の冬。

212 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2001年05月11日(金)16時26分02秒

気がついたら、200越えてるし。
その割には、話進んでないし。
一体、いつ終わるんだろう?
気のせいか、どんどん長くなっているような‥‥。

レス、ありがとうございます。
励みになります。
次は、後藤編の予定です。
213 名前:名無しさん 投稿日:2001年05月11日(金)20時01分01秒
わーい♪マターリ進めていってください。
後藤編楽しみにしてます。
214 名前:名無し読者 投稿日:2001年05月11日(金)21時58分03秒
楽しみは、長く続く方が嬉しい。。。
215 名前:名無し読者 投稿日:2001年05月12日(土)02時14分58秒
どんどん長くしちゃって下さい。(w
216 名前:芽生え 真希の場合  投稿日:2001年05月12日(土)14時15分55秒

1998年7月、橋本龍太郎首相は参議院選挙惨敗の責任を取って、退陣表明した。

1998年8月、中国最長の川『長江』が44年ぶりという大洪水を起こし、沿岸に大きな
被害をもたらした。中国民政省のまとめでは全国で2億4000万人が被災、2000人以上
が死亡した。

そして‥
後藤真希、もうすぐ十三歳。
217 名前:芽生え 真希の場合  投稿日:2001年05月12日(土)14時24分27秒

七月の阿麻和利島は日差しが強く、空の青さを写して、海の色が最も美しく見える。
亜熱帯気候に位置するこの島は、年中、植物が咲き乱れているが、1年を通して最も
花が咲き誇るのがこの時期である。


焼けつくような日差しの中、真希は麦わら帽子を被り、飽きもせず、生真面目な顔で
せっせと花を摘んでいた。
汗が、次々と、額から浮き出ては、流れ落ちていく。

そこに、真っ黒に日焼けした、二人の少女が近づいてきた。
人の気配に気づいた真希が顔を上げる。
とたんに、笑顔に変わった。
218 名前:芽生え 真希の場合  投稿日:2001年05月12日(土)14時35分51秒

「いちーちゃんっ」
「うわっ、抱きつくなって。‥‥暑いだろうが!」
「いいじゃん。‥‥いちーちゃん、汗くさい」
「後藤だってそうじゃんか」
「でも、いいもん!‥‥あっ、あのねっ、‥‥この花かんむり、ごとーが、いちーち
ゃんのために作ったの〜」
体を離すと、抱きついた反動で、形が乱れてしまった花かんむりを、紗耶香に差し出す。
「‥‥サンキュー」
照れくさいのか、紗耶香は視線をそらしながら受け取ると、真希の髪の毛をワシワシと
かきあげた。
真希は嬉しそうに、じっと髪をかきあげられている。

「‥‥矢口も、いるんですけど」
「あ‥‥ごめんなさい。‥やぐっちゃんの分、作ってなかった‥」
真希がしゅんとした声を出した。

「いいって、いつものことだから‥」
真里はひらひらと手を振って、気にするなという合図をした。
219 名前:芽生え 真希の場合  投稿日:2001年05月12日(土)14時42分41秒

「‥ところで、ごっちん。うちら、これから海に、タコを取りに行こうと‥‥」
「ごとーも行く!」
最後まで聞かずに、真希は元気よく返事をした。
嬉しそうに、ぴょんぴょん飛び跳ねる。
「‥‥ごっちん、そんなに嬉しい?」
「うんっ、いちーちゃんと一緒だもん」
「‥あっそ‥」

紗耶香は二人のやり取りに苦笑しながら、当たり前のように真希の手を取ると、
真里を促し、海に向かって歩きはじめた。
220 名前:芽生え 真希の場合  投稿日:2001年05月12日(土)14時53分27秒

丁度、海は引き潮で、遠浅になっていた。
白い砂浜には、小さなカニ達が戯れている。


真里は海のことを、実によく知っていた。
魚を取るのも得意だし、もちろんタコも例外ではない。
浜辺に落ちていた棒切れを使って、1時間も経たないうちに、タコを6杯取ってしまった。
紗耶香と真希は、真里の手際の良さに呆気に取られた。

食べ盛りの三人は浜辺に陣取り、早速、タコを焼いてみた。
焼きあがったタコの、香ばしい匂いが、食欲をそそる。
真希のお腹がぐぅっと鳴った。
「‥‥食べようよぉ」
気恥ずかしそうに、真希が言った。

「おいしー、自分で取ったタコはサイコーだねっ」
「うん、うまい」
「やぐっちゃん、焼くのもじょうず〜」

見る見るうちに、タコが消えていく。
221 名前:芽生え 真希の場合  投稿日:2001年05月12日(土)15時07分21秒

「後藤、食べすぎ!太るぞ!!」
「いいも〜ん」
「そんなこと言って、紗耶香はむっちりタイプが好きなんでしょう?」
「いちーちゃん、本当?」
「何の、根拠があって、そんなこと‥‥」
「人は、自分にないものを求めるって、お母さんが言ってたもんっ」
「じゃ〜、ごとー、むっちりになる!」
「ならなくていいよ!」
紗耶香に主張が否定され、真希はむっとした顔をしている。

「‥‥紗耶香もさぁ、素直に、今が一番いいって言えばいいじゃん」
真里が呆れたように言った。
「いちーちゃん、本当?」
「そ、そんな事、思ってないぞ!」
「ごっちん、いい事教えてあげる。‥‥紗耶香がどもるときは、言ってることの反対が
本音だからね」
「い、いいかげんなこと言うなよ!」
「ほらねっ」
勝ち誇ったような、真里の声。
222 名前:芽生え 真希の場合  投稿日:2001年05月12日(土)15時21分00秒

ん?
いちーちゃん、どもってたよねぇ。
ろいうことは‥‥。


紗耶香は口をへの字に曲げたまま、砂浜に座りこみ、落ちつきなく、海辺の砂をいじっている。
その姿を、真里は面白そうに見ていた。


「いちーちゃんっ、大好きっ」
真希は立ちあがると、叫びながら、紗耶香に飛びついた。

いきなり抱きつかれた紗耶香は、バランスをくずして、背中から砂の中に突っ込んで
しまった。
全身砂まみれになる。
「ペペペッ‥‥。この、後藤〜!」
口に入った砂を吐き出しながら、紗耶香が叫んだ。
「きゃ〜!!」
大げさな悲鳴をあげて、真希が逃げる。
223 名前:芽生え 真希の場合  投稿日:2001年05月12日(土)15時31分29秒

「待て〜!この悪ガキ〜!!」
「待たないも〜ん!」
はげしい追いかけっこを繰り広げる。

「‥‥ガキが、ガキに向かって、何言ってんだか‥‥」
真里のぼやきは、二人に届くはずもない。
そう言いながらも、何だか真里も楽しそうだ。


息は切れるし。
砂に足を取られて、うまく走れないのに。
それでも、止まりたくないよ。
いちーちゃんと、ずっと、こうして、
追いかけっこしたいな。
そんなこと、考えていたら、後ろからタックルされた。


「うりゃ〜」
「うわ〜い」
的外れな声と共に、紗耶香と真希が砂の上に倒れる。
二人で砂にまみれて、転げまわる。
224 名前:芽生え 真希の場合  投稿日:2001年05月12日(土)15時38分54秒

真里がその様子を半分呆れながら、見ていると、
「随分、楽しそうね」
背後から、優しいアルトの声が聞こえた。

振り向くと、紗耶香の母親―阿麻和利島のノロ―が立っていた。
「真里ちゃんは参加しないの?」
「‥‥邪魔したら悪いかなぁって」
「アハハ‥‥真里ちゃんは優しいなぁ」
そう言って、真里の髪の毛を、ワシワシとかきあげた。
真里の顔が赤くなる。
 

「‥‥母さん」
母親の存在に気づいた紗耶香は、少しばつが悪そうに立ちあがった。
真希の手も掴んで、立ちあがらせる。
225 名前:芽生え 真希の場合  投稿日:2001年05月12日(土)15時50分38秒

いちーちゃんのお母さんは美人だ。
もちろん、いちーちゃんも、美人だけど。
でも、二人は全然似てない。
いちーちゃんはお父さんそっくりだって、うちのお母さんが言ってた。
お父さんは、カメラマンだったらしい。
阿麻和利島にたまたま仕事で来た時に、二人は出会って、恋に落ちた。
でも、いちーちゃんが生まれてすぐ、仕事先の外国で、死んでしまったそうだ。


「紗耶香、私、帰り遅くなるから」
「うん、わかった」
手早く、紗耶香に用件を告げた後、真希に視線を移す。
「真希ちゃん、砂まみれだね。おか〜さんに怒られないかな?」
「うん、怒られる!」
「‥‥そうか」 
「うん、そう!!」

元気いっぱいの真希の返事に、ニコニコ笑うと、真希の髪の毛に手を伸ばして、ワシワシとかきあげた。
真希はぼーっとして、されるがままになっている。
それから、じゃあねと言って、そそくさと帰っていった。
226 名前:芽生え 真希の場合  投稿日:2001年05月12日(土)16時00分52秒

あはっ。
いちーちゃんのお母さんにもワシワシされちゃった〜。
って、‥‥何?
何か、いちーちゃんと、やぐっちゃんの機嫌が悪いような‥‥。
あたしの事無視して、二人で会話してるし‥‥。


「‥‥何か、忙しそう」
「うん、来月、中国行くからさ。その準備じゃないかなぁ」
「一人?」
「三人。姉妹都市から招待されたって」
「ふ〜ん」


「‥‥いちーちゃん?」
「‥‥何?」
「‥何か怒ってるの?」
「べ、別に怒ってないぞ!」
「‥‥‥」


やっぱり、怒ってるじゃん。
しっかり、どもってるし。
‥‥‥。
やっぱり、いちーちゃんって、よくわかんない。
そう思った、後藤真希、十三歳の夏。

227 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2001年05月12日(土)16時03分20秒

更新しました。
書けるうちに、書いておかないと。
次回も過去編です。
228 名前:名無し読者 投稿日:2001年05月12日(土)16時43分07秒
更新されてて嬉しい♪
次回も楽しみに待ってます
229 名前:名無し読者 投稿日:2001年05月12日(土)20時16分05秒
後藤ちゃんかわいすぎ。
次回も楽しみ楽しみ。
230 名前:名無し読者 投稿日:2001年05月14日(月)02時29分53秒
いちごまの絡みが最高〜♪
過去編は、ほのぼのしててすごくいいっす!!
231 名前:慟哭 投稿日:2001年05月16日(水)21時28分27秒

1998年8月

暑い夏だった。
とにかく、ひどく暑い夏だった。


そして、
阿麻和利島は、深い悲しみに包まれていた。

232 名前:慟哭 投稿日:2001年05月16日(水)21時39分27秒

中国福建省の姉妹都市に、招待されていたノロ―紗耶香の母親―達一行三人が、
44年ぶりに起こった『長江』の洪水に巻き込まれて、命を落としたのだ。
彼ら三人の遺体は、発見されていない。


――― ―――

三人の消息不明の一報を受けて、島はざわめきだった。

紗耶香は気丈にも、落ちついた様子で対応した。
その顔は、幾分青白かったが、凛とした印象さえ受けた。
すぐさま三人の消息を調べる為の捜索隊と、島の有志から成るボランティアが
現地に派遣された。

しかし、良い知らせが届く事はなかった。

233 名前:慟哭 投稿日:2001年05月16日(水)21時55分15秒

――― ―――

真夏には珍しい、涼やかな海風が吹く晴天の日、合同葬儀がおこなわれた。
紗耶香のノロとしての最初の仕事は、母親をはじめ、長江の洪水で亡くなった三人の
弔辞を述べることだった。

「‥‥遺体は発見されませんでしたが、雄大な『長江』は海へと続いています。
‥‥きっと、三人の魂は海を通じて、ここに‥‥この島に帰ってきているはずです。
その証拠に、今日は、風が、すごく優しいでしょう?‥‥」


お葬式で、いちーちゃんの話しを聞いて、
あたしは、いちーちゃんが、すごく無理しているように見えた。
痛々しくって、見ていられない。
大人の人達は、あれならノロとして大丈夫だとか、こそこそ話し合っていた。
どこが、大丈夫なのさ。
あんないちーちゃん、あたし、見たことない‥‥。

234 名前:慟哭 投稿日:2001年05月16日(水)22時08分53秒

――― ―――

その夜、真希は紗耶香の様子が気になって、こっそり自宅を脱け出し、紗耶香の家に
むかった。
ほんの数時間前までは、合同葬儀に参加した人達が訪れていた為、騒がしかったが、
さすがに今は静まりかえっている。

二階にある紗耶香の部屋の明かりはついていた。
真希はいつものように、小石を拾うと、紗耶香の部屋の窓に向かって投げた。
『コツン』
夜の静寂の中で、それは何かの始まりの合図のように響いた。

窓から紗耶香の顔が見え、そして消えた。
暫くすると、
『ガチャ』
玄関のドアが開き、紗耶香が出てきた。

「‥後藤」
「‥‥いちーちゃん」
「どうした?もう、夜だよ」
「うん‥‥」
「ん?」
「‥‥‥」
黙り込んだ真希に、紗耶香は優しく微笑んだ。
235 名前:慟哭 投稿日:2001年05月16日(水)22時18分04秒

涙がでてきた。
いちーちゃんが無理しているのが、わかるから。


「‥‥いちーちゃんさ、何で、笑うの?」
声が震えている。

「‥‥後藤?」
「何で、無理するのさっ」
「無理なんか‥‥」
「うそつき」
「‥‥うそじゃないよ‥」
「うそだもん」
「‥あたしは‥‥そうしなければ、ならないから」
自分自身に言っているように聞こえた。

「そんなの、いちーちゃんじゃない!らしくないよ!!」
唾を飛ばして、叫んだ。


傷つける言葉ばっかり、出てくる。
あたしって、嫌なやつ。
サイテーだ。
違うよ、いちーちゃん。
あたしが、本当に言いたいのは‥‥。

236 名前:慟哭 投稿日:2001年05月16日(水)22時34分03秒

「‥っ‥何がわかるんだよ。‥後藤に、何がわかるんだよっ!」
「わかるよ。いちーちゃんが泣いてるのが、わかるよ。なのに、何で無理して笑うのさ」
真希の言葉に、紗耶香の顔が歪んだ。

ぐっと唇をかみしめると、突然、傍らに立っている木の幹に拳を打ちつけた。
皮膚が切れ、鮮血が飛び散った。
かまわず、拳を打ちつける。
その姿は、狂気さえ漂っていた。

真希は呆然と見ていたが、はっと気づくと、紗耶香の腕に必死にしがみつき、止めようとした。
真希の体が振りまわされる。
「やめてよ、いちーちゃん!‥いちーちゃん!!」
必死で叫んだ。

紗耶香は拳を打ちつけるのを止めると、痛いやと言って、真希に笑いかけた。
血で、赤くなった手の甲に、ポタッと液体が落ちた。
「‥‥何だ?そんなに‥痛くない‥のに」
驚いたような声。

「泣きた‥かったら、‥な‥いてよ、い‥ち‥ちゃん」
真希が声をつまらせ、顔をクシャクシャにして言った。

「‥‥酷いよ。‥‥あたしを、ひとりに、するなんて‥‥かあさん」
低い声でそう呟くと、紗耶香はようやく泣きはじめた。
237 名前:慟哭 投稿日:2001年05月16日(水)22時52分30秒

真希は、ずっと紗耶香を抱きしめていた。
紗耶香の泣き声は大きかった。
叫んでいるかのようだった。


どのくらいの時間そうしていたのだろう。
紗耶香はしだいに落ち着いてきたらしく、真希にあずけた体を起こした。

真希はポケットからハンカチを取り出すと、紗耶香の傷ついた手に巻いてやった。
「‥格好悪いとこ見せちゃったね」
自嘲気味に紗耶香が呟いた。
「いちーちゃん、一人じゃないよっ。あたしがいるよ。‥‥やぐっちゃん‥だって、
圭ちゃん達だっているじゃんかぁ」
次第に大きくなる声。

「‥‥あたしさ‥‥もっと、時間があると思っていたんだよね‥‥」
「‥どういう‥意味?」
「‥‥もっと、後藤と一緒にいられると思ってたってこと」
「一緒にいられるよ!」
「‥‥‥」
「‥いちーちゃん?」
紗耶香は真希の体を引き寄せ、ぎゅうっと抱きしめた。
「‥‥暖かいな、後藤は‥‥」
「‥いちーちゃん‥」
「‥‥ずっと、こうしていたかったな‥‥」
「ごとーも、こうしていたい‥‥」
「‥‥‥」
紗耶香は何も言わなかった。


どうして、こんなに切ないのかな?
何で、いちーちゃん、そんな泣きそうな顔しているの?


夜空には青白い月が光っていた。
238 名前:慟哭 投稿日:2001年05月16日(水)23時03分08秒

――― ―――

それから十日後、紗耶香の臨時のノロ就任式がひっそりと執り行われた。
不幸があったのと、紗耶香がまだ十七歳未満であることなどから、正式な就任式は
十七歳になってから執り行われる事となる。


真新しい、白いノロの衣装に身を包んだ紗耶香は、美しかった。
見るもの全てが、息を呑むほどの美しさだった。
島の大人達も、立派なノロの誕生だた、喜んでいる。


遠くから、式の進行を見つめていた真希に、真里が近寄ってきた。
「紗耶香‥別人みたい‥‥」
「‥‥そんなこと‥ないよ‥」
真希が弱々しく否定する。

真里は、そうかもねと言うと、真希を引き寄せ、そっと抱きしめた。
239 名前:慟哭 投稿日:2001年05月16日(水)23時05分58秒

それから‥‥。

それから、いちーちゃんとあたしが、バカみたいにはしゃいでた日々は、遠い昔になってしまった。



240 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2001年05月16日(水)23時14分36秒
2000年度M-seek小説投票結果見ました。
こんな未完小説に投票してくれた奇特な方がいらっしゃったようで‥‥。
ありがとうございます。
気づくの遅くてすいませんでした。
期待を裏切ってなければいいのですが‥‥。
う〜ん、恐いな。
というわけで、更新しました。
241 名前:名無しさん 投稿日:2001年05月17日(木)00時31分55秒
裏切ってないと思いますよ。
自分は投票見てこの小説発見しましたけど。
242 名前:名無し読者 投稿日:2001年05月17日(木)03時02分41秒
今回の過去編はかなり、せつないですな〜(涙
この先の二人の幸せを、願わずにはいられない!!




243 名前:名無し読者 投稿日:2001年05月17日(木)07時15分45秒
いえいえ面白いですよ
続き楽しみです
244 名前:出会い 投稿日:2001年05月19日(土)22時27分18秒

2000年1月、矢口真里、もうすぐ十七歳。


あたしはあと5日で、十七歳の誕生日を迎える。
『通い婚』に参加する資格と義務を負う歳になるってわけ。
同級生の中には、とっくに十七歳になり、『通い婚』を実践している人もいる。
十七歳になって喜んでいる人もいるけど、あたしは憂鬱だ。
別に好きな人がいるわけでもないし。
何人か、島の男の子からアプローチされているけど、あたしはその気はないから。
十七歳になろうが、関係ないね。
『通い婚』なんて、するもんか。
初恋の人は、亡くなってしまったけど、すごい美人だったし。
あたしの理想は高いんだ‥‥。

近頃、島の人達は、あたしの顔を見れば、やれ山田はいいやつだの、宮下はどうだの、言ってくる。


知るかよ。
あたしは勝手にやるからさ。
ほっといてくれよ。
チッ、おもしろくねーな。
こんな日は海に出るにかぎる。
海は『長江』へと続いているから、大好きなあの人に会えるような気がするんだ。
245 名前:出会い 投稿日:2001年05月19日(土)22時49分36秒

1月だというのに、今日は日差しが暖かい。
日光がキラキラと波に反射して、自然の万華鏡をつくりだす。
穏やかな風が、真里の荒れた心を静めていった。

真里は港の端に繋いである、一艘の小型船に乗り込むと、エンジンをかけ沖にむかった。
しかし、調子よく走っていたにもかかわらず、沖に出たとたん、エンジンが止まってしまった。


なんだよ、どうしたよ。
このポンコツ。
海のど真ん中で止まるとは、いい度胸じゃねえか。
チッ、バッテリー切れかよ。
って、どうするよ。
無線で助けを呼ぶか?
‥‥かっこわりいなぁ。


「どうした〜」
困り果てていると、『ドドドドド』っていうエンジン音と、それに負けないくらいでっかい、つんじいの声が聞こえた。
つんじいは漁師で、酒に弱いのがたまに傷の、人のいいおじさんだ。
船のエンジンを切って、あたしの船の横につけてくれた。


「つんじい、助かった〜。バッテリーあがっちゃって、困ってたんだ。乗せて!」
そう言うと、真里は有無を言わさず、つんじいの船に乗り込んだ。

「‥いいけどよ、船は?」
「イカリ降ろして、置いとく。‥‥明日ここにつれてきてくんない?」
「お安いご用よ。‥‥先客いるぜ」
エンジンをかけながら言う。
「‥‥誰?」
「医者先生よ、健康診断の。‥でも、ビックリするぜ、若くてよ。‥‥‥‥にそっくりなんだよ」
つんじいの言葉は、エンジンの音にかき消されて、うまく聞き取れなかった。
246 名前:出会い 投稿日:2001年05月19日(土)22時59分50秒

ふ〜ん、若い先生ねぇ。
いつもは、よぼよぼの、じいさん先生なのに。
‥‥じいさんに、何かあったのか?
結構、あのじいさん、好きだったのにな。


あたしは、ハンドルを握る、つんじいの隣に腰をおろした。
すると、あたしとつんじいの会話を聞きつけたのか、奥の船室のドアがゆっくり開いて、中から女の人が出てきた。
その人の顔を見て、あたしは固まってしまった。

ちょっとたれ目がちの、澄んだ瞳。
すぅっと通った鼻筋。
そして、形のよい唇。
今はもういない、あたしの大好きな人にそっくりだった。

「なんや、えらい、可愛い子やなぁ」
優しいアルトの声が話しかけてくる。



それが、あたしとゆーちゃんとの出会いだった。
247 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2001年05月19日(土)23時15分43秒
短いですが、矢口とゆーちゃんとの出会い編です。
この話の後日談はのちのち書けたらいいなぁと思ってますが。

間違いを発見したので訂正させていただきます。

×12月17日 儀式まで あと13日
             ↓ 
○12月17日 儀式まで あと14日

×12月18日 儀式まで あと12日
             ↓
○12月18日 儀式まで あと13日

×12月19日 儀式まで あと11日
             ↓
○12月19日 儀式まで あと12日

×12月20日 儀式まで あと10日
             ↓
○12月20日 儀式まで あと11日

×12月21日 儀式まで あと9日
             ↓
○12月21日 儀式まで あと10日

そろそろ本編に戻ろうかなぁ。
248 名前:名無し読者 投稿日:2001年05月19日(土)23時47分10秒
過去が少しづつ明かされてく
続き楽しみっす
249 名前:名無し読者 投稿日:2001年05月20日(日)23時15分43秒
一気に読ませていただきました。
すごく面白いです。
続きがんばってください!
250 名前:名無し読者 投稿日:2001年05月21日(月)02時38分46秒
過去編よかったです。(ラブラブいちごまが見れたし)(w
これで本編の方も非常に楽しみです。
251 名前:思い出 投稿日:2001年05月23日(水)02時41分12秒

――― ―――

「‥‥いちーちゃん?」
「‥‥何?」
「‥何か怒ってるの?」
「べ、別に怒ってないぞ!」
「‥‥‥」

紗耶香は母親が乱した真希の髪を、丁寧に手ぐしで撫でつけてやった。
表情は不機嫌そうだが、その手つきは優しい。
真希はその間、紗耶香の顔を不思議そうに見つめていたが、紗耶香の手が離れると、
満面の笑顔になった。
252 名前:思い出 投稿日:2001年05月23日(水)02時49分32秒

真里はそんな二人を少し離れた場所で、手持ち無沙汰な様子で眺めていたが、やがて
思い出したように、家に帰らなきゃと呟いた。
日没にはまだ時間があったが、家に帰るには丁度いい時間かもしれない。

「紗耶香、あたし帰るから。ごっちんをよろしく。ちゃんと家まで送ってあげてよ。
‥‥それから、一緒に怒られてあげてね。ごっちんが砂まみれなのはあんたの責任
でしょう?わかった?」
真里が早口でまくしたてると、紗耶香は面白くなさそうにわかってるって、と言った。
真里はわかってりゃいいんだと笑うと、鼻歌を歌いながら帰っていく。
253 名前:思い出 投稿日:2001年05月23日(水)02時59分18秒

残された紗耶香と真希は、しばらく真里の後姿を見送っていた。
真希が申し訳なさそうに言った。
「いちーちゃん、怒られなくてもいいよ。ごとーが悪いんだし」
「何言ってんだ。一緒に怒られてやるよ」
「‥‥でも‥‥」
「こうみえても怒られるのうまいからさ。まかせときなよ!」
紗耶香は真希の手を取ると、ニッと笑って歩き出した。

「ヘヘヘ‥‥いちーちゃん大好き!」
真希は握った手に力を込めて言った。
「‥‥ん」
紗耶香は軽く頷いた。

何度も言われている言葉だ。
今更オタオタすることはない。
しかし、今日の真希はいつもとは違っていた。
 
254 名前:思い出 投稿日:2001年05月23日(水)03時04分54秒

「いちーちゃんは?」
「!?」
「ねぇ、いちーちゃんは?」
真希は更に、つないだ手に力を込めた。
「‥‥何が?」
「ごとーのこと、好き?」
真希はいつになく真剣な目をしている。
「‥‥‥」
「好きだよね?」
「さぁ?」
「答えてよ!」
珍しく真希がいらだったような声を出した。
紗耶香は立ち止まって、ため息をついた。
255 名前:思い出 投稿日:2001年05月23日(水)03時12分51秒

「‥‥そんなことより、帰るぞ!」
「ヤダ!」
真希が道に座りこんだ。
「‥‥何やってんだ」
「いちーちゃんがちゃんと答えてくんないからだもん!」
ふくれて、甘ったれた声。

紗耶香は困ったように、あいている手で髪をかきあげながら、ぼそっと言った。
「‥‥好きだよ」
「!?」
「ほら、帰るぞ!これから一緒に怒られなきゃいけないんだからな!」
真希の手をひっぱって立ち上がらせた。
「う、うん」
真希は顔を赤く染めた。
256 名前:思い出 投稿日:2001年05月23日(水)03時21分10秒


‥‥その時、後藤の顔は真っ赤だった。
多分、あたしの顔も真っ赤だったに違いない。
ちょうど夕日が沈む直前で、あたりを明々と照らしていた。
あの後、二人して後藤のお母さんにこってり怒られたっけ。


‥‥あたしも後藤も気づいてなかった。
時間は残り少ないということを。



それから‥‥。

それから、後藤とあたしが、バカみたいにはしゃいでいた日々は、遠い昔になってしまった。


257 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2001年05月23日(水)03時27分50秒
市井記念ということで、過去編『芽生え 真希の場合』の続編を書いてみました。
本来なら、ラブラブで終わらせたかったんですが、本編につなげるためにはどうし
ても >>256 が必要だったんです。

市井ちゃん元気かなぁ。
258 名前:名無し読者 投稿日:2001年05月23日(水)05時35分45秒
ごまの「!?」ってそれだけでキャワイイと思ってしまう(w
続き楽しみです。頑張って下さい。
259 名前:名無し読者 投稿日:2001年05月24日(木)01時14分27秒
多くは望まない。ただ元気でいて欲しい。
そして前をずっと見つづけて欲しい。
260 名前:名無し読者 投稿日:2001年05月24日(木)02時30分54秒
二人のこういった姿はもう見れないのかな〜・・・
いや、見れるはず・・・と信じたい。(w
261 名前:12月26日 儀式まで あと5日 投稿日:2001年05月24日(木)23時33分12秒

――― ―――

紗耶香は白いノロの衣装を身に着け、両手を胸の前で合わせ、瞼を閉じた。
精神を集中させて、『気』をよんでみる。
浮かぶのは、ベットの上でにこやかに寄り添う裕子と真里の姿。


よかった。
どうやら夜這いは成功したらしい。

島の中で、ウワサが流れるのはいつものことだ。
他愛のないウワサは放っておくにかぎる。
どうせ十日もすれば消えてなくなってしまうし、あれはあれで、島の重要な娯楽の
役割をはたしているのだから。

しかし、自分がからんだウワサとなると話が別だ。
『中澤裕子が矢口真里と市井紗耶香を天秤にかけている』なんてウワサが流れるに
いたっては、言語道断だ。
二人の仲を険悪にしたきっかけが自分だけに、珍しく自分から、二人の関係修復に
動いてしまった。

262 名前:12月26日 儀式まで あと5日 投稿日:2001年05月24日(木)23時47分40秒


ウワサの発端になった、真里との接吻を思い出してみる。
あの時のあたしはどうにかしていた。
矢口が後藤の事を口にだすから‥‥。
‥‥いや、多分それだけじゃないだろう。
急に体が熱くなって、頭の芯がぼーっとした。
おそらく‥‥。
矢口が持っていた媚薬草のせいだ。
敏感な体質だと自分で自覚があったが、これほどとはね‥‥。

媚薬草は、煎じて飲まれるのが、一般的だ。
それが媚薬草の香りだけでやられるとはね‥‥。
263 名前:12月26日 儀式まで あと5日 投稿日:2001年05月24日(木)23時49分30秒

あの時あたしは、確かに矢口が欲しかった。
欲しくて欲しくてたまらなかった。
だから、体が動いたんだ。
矢口を木に押しつけ、強引に唇を奪った。
矢口がずるずると崩れ落ちた時、はっと我にかえったんだ。

ゆーちゃんとの接吻だってそうだよ。
多分、診療所の中に媚薬草を置いてあったんだろう。
そうじゃなきゃ、誰が好き好んで自分の母親にそっくりの人間にキスするってんだ?


紗耶香は合わせていた手のひらを離すと、ぐるっと首を回した。
今まで必死に、自分を抑えてきたっていうのに‥‥。
たかが媚薬草ごときでこのありさまか‥‥。
自分で自分が情けなくなる。
紗耶香は口を歪め、自嘲的に笑った。

264 名前:12月26日 儀式まで あと5日 投稿日:2001年05月24日(木)23時51分56秒

――― ―――

朝、裕子は真里と診療所にいた。

机に向かいクルクルと鉛筆を回しながら、裕子が口を開いた。
「‥‥仕事は‥行かんでいいんか?」
「‥海が‥荒れてるもん」
真里が曇り空を見ながら言った。
「そうか」
「うん」
真里は裕子を見て、にこっと笑った。

「‥みんな元気やな。今日も患者がいない〜。ゆーちゃん暇でしょうがないわ」
「うーん、いいこと‥かな?」
「‥‥そらそうやなぁ。って‥ここに名医がいるっちゅーねん!」
「アハハハ」
真里の明るい笑い声が診療室に広がった。
265 名前:12月26日 儀式まで あと5日 投稿日:2001年05月24日(木)23時54分15秒

裕子が壁の時計を見て言った。
「そうや!もうすぐ、ごっちんが来るで」
「なんで?」
「なんでって、相談したいことがあんねん」
「相談?」
真里は目をぱちぱちさせた。

そこに、真希がやってきた。
目に見えて元気がない。
「どうしたの?ごっちん」
真里が声をかけた。
「‥‥何でもない」
弱々しい声。

裕子が口をひらく。
「ごっちん喜べや、儀式の概要を聞き出したで!!」
「ほ‥本当!!」
真希の目に光が戻ってきた。
「本当や。おばばから聞いたから、間違いないで!」

真里はぽか〜んとして、訳がわからないという顔をしている。
「‥ゆーちゃん、どういうこと?」
「ごっちんの手伝いしようと思ってな。‥紗耶香の誕生日の儀式ぶっ壊そう思うてんねん。‥今日はその計画を立てるんや!!‥‥な?ごっちん!!」
「うん!!」

真里は裕子の話を渋い顔で聞いている。
何か言いたげな顔だ。
266 名前:12月26日 儀式まで あと5日 投稿日:2001年05月24日(木)23時55分52秒

裕子がおばばから聞いた儀式の概要は、ざっとこんなものだった。


『儀式当日は朝から無風状態となる。ノロの相手候補は島の広場に集められ、神聖
な舞が踊られる。夜になり十三夜の美しい月が山の山頂にかかったその時、海から
風が広場に向かって吹いてくる。そして《相手》に選ばれた人物のまわりを、その
海風がまわり、ノロの《相手》を教える』

267 名前:12月26日 儀式まで あと5日 投稿日:2001年05月24日(木)23時57分45秒


「‥‥と、これがおばばから聞いた話しや。‥‥どう思う?‥うちは‥正直言ってな、科学的に説明できんことは信じられへん。‥‥どう考えてもおかしいやろ?単なる風に、運命たくすんかいな?‥‥おばばの話しが嘘だとは思わへん。けどな‥‥」
裕子は真希と真里の顔を見ながら、言った。

「‥‥ゆーちゃんは目に見えるものしか信じないの?」
黙って裕子の話しを聞いていた真里が、初めて口を開いた。
とげとげしい口調だ。

「‥‥矢口」
「‥‥‥」
「‥何言って‥」
「‥あたし‥‥違うと思う‥‥」

裕子は真里の言葉に唖然とした。
てっきり真里は協力してくれるものと思いこんでいた。

「な‥何でやねんっ」
「‥‥‥」

「‥ごっちんは?」
裕子を無視して、真里は真希に質問する。
「ごっちんも目に見えるものしか信じないの?」
「‥‥‥」
真希も真里の剣幕に驚いたのか、口をつぐんだ。


「‥‥あたし‥帰る‥」
真里は振り向きもせず、診療所のドアから消えた。
268 名前:12月26日 儀式まで あと5日 投稿日:2001年05月24日(木)23時59分36秒

――― 

「‥‥ゆーちゃん‥」
呆然とする裕子に、おずおずと真希が話しかけた。

「ごっちん、‥‥大丈夫や!‥‥ゆーちゃんはごっちんの味方や!!」
「‥‥ゆーちゃん‥」
「‥‥作戦考えんといかんな‥‥」
「‥‥‥」

真希は泣きそうだ。
「ごっちん、大丈夫やて」
裕子は真希を抱き寄せて、言った。

「ゆーちゃん‥‥ごめんね。‥‥ありがとう‥」
抱きしめられて、くぐもった声。
269 名前:12月26日 儀式まで あと5日 投稿日:2001年05月25日(金)00時01分14秒

何なんや‥‥。
やっと仲直りしたかと思ったら、またケンカかい‥。
いや‥‥ケンカやない。
一方的に矢口が怒っとる。
なんかまずいこと言ったかいな。
はぁ‥‥。
ゆーちゃん、どうしたらいいんやろ?


そんなことは、おくびにも出さず、
「海風を止めるか、人工的に風をつくるか、‥‥どっちかやな」
裕子は真希を抱きしめたまま言った。
そして真希の耳元で、大丈夫という言葉を繰り返し言う。


『大丈夫』‥‥か。
もしかして、自分に言い聞かせとる?
‥‥矢口‥‥。
‥うち、あんたがわからなくなったわ‥‥。


真希には裕子の暖かさがありがたかった。
泣きたいほど、ありがたかった。



12月26日 (八夜月)
儀式まで あと5日
270 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2001年05月25日(金)00時13分05秒
ひとりひとり返事を返していませんが、読者さんからのレスは本当に嬉しく思っています。
暖かいレスありがとうございます。
『前をずっと見つづける』という生き方は、多分、とてもしんどいですよね。
だからこそ、そういう生き方は人々に感動と共感を与えるのでしょう。
ひとつ思ったことは、過去編を書いて良かったということです。
自分の中でも登場人物をより掘り下げることができました。
頭の中で構想していることと、実際書いたものとでは、微妙に違ってくるんですね。
今回、書いていて、登場人物を愛しく思いはじめている自分に気づいて、ちょっとびっくりしています。
271 名前:名無し読者 投稿日:2001年05月25日(金)00時58分12秒
>登場人物を愛しく
その気持ちよ〜く分かります(w 痛くさせるのが辛くなる。
あと5日ですかぁ頑張って下さい。
272 名前:名無し読者 投稿日:2001年05月25日(金)02時47分50秒
泣くな、後藤!!
紗耶香との絆を信じるんだ!!
273 名前:あと5日 〜夜と朝との間で〜 投稿日:2001年05月27日(日)18時16分02秒

――― ―――

真里はベットの中で、悶々としていた。
早く眠ってしまいたいという気持ちとは反対に、頭はどんどん冴えわたってくる。

昼間、真里は診療所で、一方的に裕子とケンカ別れをしてしまった。


どう考えても、あたしが悪いよな‥‥。
さっきからずっと同じことを考えている。
ゆーちゃんああ見えて、けっこう弱いから。
今ごろ泣いているかも。
あ〜ぁ、良心がズキズキ痛んできた。


真里はベットから起き上がると、寝間着の上からコートを羽織った。
両親を起こさないように、そっと家を抜けだし、急いで裕子の自宅へ向かった。
夜の風は、ひんやりとして、焦る心を静めてくれる。
通いなれた夜道をひたすら歩いた。
274 名前:あと5日 〜夜と朝との間で〜 投稿日:2001年05月27日(日)18時17分09秒

やがて、こじんまりとした裕子の自宅が見えてきた。
部屋の明かりはすでに消えている。
もう眠ってしまっているかもしれない。

真里は玄関前の植木鉢の中に手をつっこむと、合鍵を取り出した。
鍵穴に合鍵を入れ、静かに回した。
『カチッ』
小さな音と共に、ドアが開いた。

なるたけ音を出さないように気を付けながら、迷うことなく寝室に直行する。
ベットの布団がふくらんでいるのが見えた。
近づいて、手探りでサイドテーブルに置いてある電機スタンドの明かりをつけた。
暗闇が一瞬で明るくなる。
275 名前:あと5日 〜夜と朝との間で〜 投稿日:2001年05月27日(日)18時18分17秒

「‥ゆーちゃん」
「ん‥‥な、‥矢口‥」
裕子がまぶしそうに目をしばたたかせながら、上半身を起こした。

「‥ゆーちゃん」
「‥‥夜這いに来てくれたんか?」
いたずらっぽく笑う。

「ち、違うよっ」
「‥‥何や、さみしーなぁ‥‥」
「そ、そうじゃなくてっ」
焦ってうまく言葉が出てこない。
「ん?」
「ち、ちょっと話がしたくて」
276 名前:あと5日 〜夜と朝との間で〜 投稿日:2001年05月27日(日)18時19分47秒

裕子の顔が真剣なものに変わった。
「‥‥昼のことか?」
「‥‥うん」
「‥‥うちはなぁ、正直、矢口が何で怒ったのかわからんのや。‥‥あれから色々考
えたんやけど、やっぱりわからん。‥‥しょうもないな」
小さく笑ったように見えた。

「多分、うちが何かまずいこと言うたんやろうけどなぁ」
裕子は考え事をするように、俯いた。
「‥‥ゆーちゃんは悪くないよ」
「‥‥‥」
ゆっくりと裕子が顔を上げた。
真里の目をじっと見つめる。
277 名前:あと5日 〜夜と朝との間で〜 投稿日:2001年05月27日(日)18時21分18秒

「ゆーちゃんはお医者さんなんだから、目に見えるもの、科学的に証明できないものしか信じないのは当たり前なんだ。‥‥あたしは、自分の価値観をゆーちゃんに押しつけてたんだよ。」
「‥‥矢口」
「あたしはさ、風にも意思かあるんじゃないかって思ったことが、何回もあったからさ。
‥‥ほら、あたしって漁師だから、急に海が荒れたりするとやばいじゃん?だから何となくわかるんだ。荒れる時は‥‥風が違うんだ。‥‥風が教えてくれるんだよ。‥‥今まで何回も、それに助けられてるよ。この島の漁師はみんなそうだよ。‥‥逆に言うと、風に愛されないと、漁師にはなれないんだ。」


わかってよ。
お願いだからわかってよ、ゆーちゃん。
あたしの気持ち‥‥。


「だから、ゆーちゃんが『単なる風に運命たくすんかいな』って言った時、すごく悲しかったんだ」

裕子の手が布団を握り締めていた真里の手に重ねられる。
「‥‥ゆーちゃん‥」
「‥‥何て言うか‥‥うちは‥‥ごっつぅ無神経なこと言ってたんやなぁ」
「ゆーちゃん」
「‥ごめんなぁ‥‥」
優しいアルトの声。
278 名前:あと5日 〜夜と朝との間で〜 投稿日:2001年05月27日(日)18時22分43秒

真里は首を振った。
「‥謝るのは、あたしの方だよ。‥‥紗耶香とごっちんのこと、誰よりも近くにいて見てきたのに。本当ならあたしが、ごっちんのこと助けてあげなきゃいけないのに‥‥」
「‥‥そやな‥」
重ねられた手をからめながら言った。

「あたし決めた。ごっちんのためにも、‥‥紗耶香のためにも、紗耶香の儀式ぶっこわすよっ」
真里が目をきらめかせながら言った。
「‥‥いいんか?」
「うん」
「ほんまか?」
「うんっ」
「‥‥ほんなら、明日から早速動かんと‥‥。時間は残り少ないんやから。‥‥ごっちんはえらい消沈してるし。‥‥ほんま前途多難やで」
裕子がぼやいた。
279 名前:あと5日 〜夜と朝との間で〜 投稿日:2001年05月27日(日)18時24分03秒

「じゃあ、入れてよ」
「へ?」
真里はコートを脱ぎ捨て、布団を捲り上げると、体を中に滑り込ませた。

裕子の体に抱きつき、顔をすりつける。
「ゆーちゃん、暖かい〜」
「矢口は冷えてるなぁ」
真里を抱きしめ返しながら囁いた。
「‥‥こうやってくっついてると、安心する」
「そうやな」
280 名前:あと5日 〜夜と朝との間で〜 投稿日:2001年05月27日(日)18時25分20秒

「‥‥ゆーちゃん、あたしから離れないでね」
裕子の胸に顔を押し当てながら言ったため、くぐもった声だ。
「当たり前やろ」
裕子は何をいまさら、という顔をしている。

「‥‥好き‥」
耳元で囁いた。
「‥うちも好きや‥で‥」
裕子の目は潤んでいる。

真里は両手で裕子の顔をはさみむと、顔を近づけていった。
二人の唇がゆっくりと重なった。



夜空は昼間の曇り空が嘘のように雲ひとつなく、ちょうど半分の八夜月が輝いていた。


12月26日 (八夜月)
儀式まで あと5日 〜夜と朝の間で〜
281 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2001年05月27日(日)18時28分52秒
更新しました。
この調子でどんどんいけるといいなぁ。
282 名前:名無し読者 投稿日:2001年05月27日(日)21時10分17秒
心強い味方?が、1人増えて、なんとかならないかな……
283 名前:名無し読者 投稿日:2001年05月28日(月)00時40分27秒
よし!!
皆でぶち壊せー!!
続き期待
284 名前:名無し読者 投稿日:2001年05月28日(月)05時38分39秒
後藤頑張れ!!
285 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2001年05月28日(月)21時39分02秒

――― ―――

朝も早くから、裕子、真希、真里の三人は診療所に集まった。

椅子を三つ向かい合うように配置して、真剣な表情で話し合っていた。
「‥ゆーちゃん、どうしたらいいと思う?」
真希がすがるような目をしている。
「‥‥儀式の最中に海風が吹くと仮定してや!‥う〜ん‥‥風を止めるのは不可能やし‥‥風をつくるか‥‥」
「どうやって?」
「う‥‥」
裕子が軽く真里を睨んだ。
「‥‥考えてないんだね‥‥」
「‥だから、今考えてるんや!」
裕子は眉間にしわを寄せながら、うんうん唸っている。
真里は小さくため息をついた。
286 名前:12月27日 儀式まで あと4日 投稿日:2001年05月28日(月)21時41分21秒

「‥‥島のはずれの灯台に、使われてない扇風機があったよね?」
沈黙を破る声。
「それや!でかしたで、ごっちん!!」
裕子が指をパチンと鳴らした。
「どうするの?」
「ちょこっと、貸してもらってな。儀式の最中に動かすんや。‥‥そうやなぁ、海風が吹いている時とタイミング合わせてな。みんな、ごっつ驚くで。」
胸を張って、真希と真里の顔を見渡した。
「同時に、何人もの人間に風が吹いたら、混乱するやろ?」

「‥‥でも、おばばの話では、《相手》のまわりを風が回るんでしょう?‥‥扇風機じゃ無理だよ。」
「う‥‥」
裕子が言葉に詰まる。
「‥‥回ったら?」
真希がぼそっと言った。
「はあ?」
言っている意味がわからなくて、聞き返した。
「だから、風を当てた時に、当たった人が回るの。そしたら、同じでしょう?」
「う〜ん。‥‥そうなのかな?」
「そうなの!」


そうか?‥‥大分、違うような気もするけど。
でも、ごっちんの必死な顔見たら、そんなこと言えなくなった。
そうだよね。
‥‥必死にならなきゃいけないんだ。
もう、時間もないんだから‥‥。
287 名前:12月27日 儀式まで あと4日 投稿日:2001年05月28日(月)21時42分31秒

「ま、まあ、似たようなもんやろ。‥‥そんじゃ、扇風機を借りに行くで!」
裕子が勢いよく立ち上がった。
今にも出て行きそうな勢いだ。
「ま、待ってよ。昼間はまずいよ。‥‥目立っちゃうでしょう」
「‥‥せやな。‥‥夜になってから動くか‥‥。ごっちん、今晩大丈夫か?」
「うん。家、脱け出してくるから」
真希はじっと無機質な床を見つめていた。


ゆーちゃんとやぐっちゃんが協力してくれる。
それなのに‥‥‥あたしは急に不安になった。
一筋の光が見えてきたのに、どうして、こんなに不安なんだろう?


「‥ごっちん?」
「‥‥何?」
「あんまり考え込んだらアカンで。‥‥うちらがついているからな。」
裕子は大袈裟に胸をたたいてみせた。
「うん、わかってる。‥‥ゆーちゃんも、やぐっちゃんも‥ありがと」
少しぎこちなかったが、笑うことができた。
「礼をいうのはまだ早いよ。‥全てはこれからなんだから」
真里は照れくさそうに笑い、コーヒー入れるねと言って席を立ち、ポットに手を伸ばした。
288 名前:12月27日 儀式まで あと4日 投稿日:2001年05月28日(月)21時43分54秒

やがて、コーヒーの香りが診療室の中に広がった。

「コーヒーそれは
夜のように黒く
恋のように悩ましく
くちづけのように芳しい香り
されどコーヒー
それはほろにがい人生の味わい」
裕子がコーヒーを一口飲んで、歌うように言った。

「何、それ?」
真里がおかしそうに聞いてきた。
「ん〜、昔な、そんな事言ってた人がおってな。‥‥そん時は何とも思わんかったけどな。まあ‥‥この歳になると、何かわかるような気がするわな」
「例えば?」
「ん〜‥‥」
裕子は言いよどんだ。
こういう時に、真里との歳の差を実感する。
289 名前:12月27日 儀式まで あと4日 投稿日:2001年05月28日(月)21時45分06秒

「「‥こんにちは〜」」
診療室のドアが開き、見事にはもった声が響いた。
亜衣と希美だった。
「どうした?怪我でもしたんか?」
裕子は席を立って、二人に近づいた。

「あのぉ、あまやどりさせてください」
「雨宿り?」
「雨降ってないよ」
窓の外を見て、真里が首をかしげた。
「これから降るんや。‥見といてや」
「ん!?」
裕子は目を白黒させた。

やがて、亜衣と希美の言った通り、晴れていた空はあっという間に雨雲で覆われ、雨が降ってきた。
290 名前:12月27日 儀式まで あと4日 投稿日:2001年05月28日(月)21時46分15秒

「あ‥‥雨」
真里が驚いたように目をしばたたかせた。
「な〜、言った通りやろ?まぁ、通り雨や。じきに晴れるで〜」
亜衣は自慢げにそう言うと、希美と顔を合わせてクスクス笑った。

「‥‥市井ちゃんと同じだ‥‥」
黙ってコーヒーを飲んでいた真希が呟いた。


そうだった。
紗耶香も昔、雨が降るタイミングをピタッと当ててたっけ。
‥‥ずいぶん昔のような気がするな。


真里は裕子に向かって頷いて見せた。
裕子はあんたら大したもんや、と言って亜衣と希美の頭を撫でた。

真希は再び黙りこんでコーヒーを飲みはじめた。

雨はしばらく降り続きそうだ。


12月27日 (九夜月)
儀式まで あと4日
291 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2001年05月28日(月)21時49分23秒
HAPPA隊をやることになって鬱です。
でも、とりあえず更新しました。
292 名前:名無し読者 投稿日:2001年05月29日(火)02時37分18秒
扇風機〜!?そんなもんで大丈夫なのか?
不安いっぱいだな〜
293 名前:あと4日 〜夜と朝との間で〜 投稿日:2001年05月29日(火)19時16分24秒

――― ―――

深夜。
雨は通りすぎ、雲が立ちこめているものの、夜空には星がチラホラ見える。
裕子の提案通り、裕子、真希、真里、の三人は診療室で落ち合い、そろって島のはずれの灯台の向かった。
波の音が夜の闇の中で、やけに大きく聞こえた。
灯台の中は空洞になっていて、島の人達は物置代りに使っている。
巨大な扇風機も元々は島の集会場で使われていたが、あまりにも場所を取りすぎ不評であったため、今はこの灯台に収納されている。

海風にさらされ、錆びついた錠をこじ開ける。
「‥‥少々荒っぽいけど、まぁ、しょうがないわな」
裕子が苦笑した。

軋んだ音を立てて灯台の扉が開かれた。
中からかび臭い、よどんだ空気が流れてくる。
中に入ると、すぐ手前に扇風機が2台置かれてあるのが目に入った。
直径が約1.5メートルはあるかという代物だ。
294 名前:あと4日 〜夜と朝との間で〜 投稿日:2001年05月29日(火)19時17分19秒

「‥こんなに大きかったっけ?」
真里が扇風機の回りをグルグル回りながら呟いた。
「どこに隠しておく?」
真希は嬉しそうに言った。
「診療室の裏が無難やろうなぁ」
「すごい埃だけど、動くかなぁ?」
真里がプロペラについた埃を指でなぞった。
「‥‥それが問題やな‥‥」
「よっすぃ〜に頼んでみるよ」
「ん?」
「‥‥メカいじるの得意だからさ」
「そうなん?」
「うん」
「協力してくれるかな?」
真里が不安そうな声を出す。
「‥‥わかんないけど‥‥頼んでみる‥‥」
「そうやな‥‥」
裕子は真希の髪をワシワシとかきあげた。

真里がゴホンと咳払いをした。
「何や、矢口、妬いとるんか〜?この、可愛いやつ」
ニヤリと笑うと真里を引き寄せ、髪を乱暴にワシワシとかきあげる。
「何すんだよ〜。妬いてなんかないぞ!」
そう言いながらも真里は嬉しそうだ。
295 名前:あと4日 〜夜と朝との間で〜 投稿日:2001年05月29日(火)19時18分22秒

「これ運ぶの大変だよ〜」
扇風機の前で、真希が大袈裟にため息をついた。
「頑張りや〜」
「ゆーちゃんも一緒に運ぶの!」
「わかっとるがな」

三人は用意していた荷車に扇風機を積みこんだ。
荷車に入るか心配していたが、ギリギリで2台積むことができた。

舗装されてない夜道を、真希はひたすら荷車を引いて歩いた。
汗を流すのは気持ち良かった。
一人じゃないって、そう思えた。
296 名前:あと4日 〜夜と朝との間で〜 投稿日:2001年05月29日(火)19時19分20秒

「‥‥アカン‥ゆーちゃん、もう、死にそうや〜」
「ほら、ゆーちゃん、頑張って!‥あとでマッサージしてあげるからさ!」
「ん!?‥‥ほんまか?」
「うん」
「やった〜、愛のマッサージや!おーし、めっちゃやる気でてきたで!!」
後ろで荷車を押している二人の会話が聞こえてきた。

真希は小さく笑った。


市井ちゃん、覚悟しておいてね?
あたし、あきらめが悪いんだ。


雲は消えて、いつのまにか月が顔を出していた。
月明かりの中、三人は歩きつづけた。


12月27日 (九夜月)
儀式まで あと4日 〜夜と朝との間で〜
297 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2001年05月29日(火)19時20分50秒

短いですが、更新しました。
298 名前:名無し読者 投稿日:2001年05月30日(水)02時31分45秒
そうだ、後藤。あきらめずにがんばるんだー!!
299 名前:名無し読者 投稿日:2001年05月30日(水)02時39分25秒
ごまがこんなにもやる気を・・(涙
300 名前:名無し読者 投稿日:2001年05月30日(水)02時47分02秒
頑張れ後藤!!
市井ちゃんも後藤のことを想っているはずだ〜!!
301 名前:12月28日 儀式まで あと3日 投稿日:2001年05月31日(木)17時54分29秒

――― ―――

診療所を閉めるわけにはイカン、急患が来たらどうするねん、という裕子の主張を採用して、巨大扇風機の整備は診療所裏の屋根付き広場ですることとなった。
診療所のドアの外側には『ただいま忙しいので、急患の方は大声でどなってください』と書かれた札がさげられた。

灯台から拝借してきた扇風機は、長年使ってないおかげで、埃とさびがひどかった。
コンセントに差し込んで動かしてみても、ギシギシとひどい音がした。
「うわぁぁぁ〜すごい音だぁ〜」
「‥‥ごっちんの方がうるさいよ」
真里の声は双方の音にかき消さた。
302 名前:12月28日 儀式まで あと3日 投稿日:2001年05月31日(木)17時55分18秒

「うるさくてかなわんなぁ。‥‥こいつは一回解体して、さびと埃を落としてから、油をささんとイカンなぁ」
裕子がため息をついた。
「大丈夫ですよ。あたしこういうの得意ですから」
ひとみがニッと笑った。
「得意て、何かやったんか?」
「よっすい〜はバイクなんか自分でパーツ集めて作ったりしてるよね?」
梨華がニコニコ笑った。
「うん」
「‥‥自分、まだ免許取れる歳やないやろ?」
「え‥‥だから、作っただけですって‥‥別に乗り回したりしてませんよ」
「‥‥気いつけえー、ここに担ぎ込まれてくるなや‥‥」
裕子がギロッと睨んだ
「‥‥はい‥」
小さな返事が聞こえた。
303 名前:12月28日 儀式まで あと3日 投稿日:2001年05月31日(木)17時56分22秒

それから作業が分担された。
ひとみは扇風機のモーター整備。
真里と梨華はプロペラのさび落とし。
裕子と真希はプロペラの防護網のさび落とし。
埃とさびが一緒に付着しているため、作業はなかなか思うように進まなかった。
赤いさびに付いた埃をヤスリで少しずつ削り落としていく。
単調な作業だ。

「気晴らしに、誰か、何か話してくれんか?」
裕子が背伸びをして、首をグルグルと回した。
「何でも良いんですか?」
「ええよ」
「あたし、中澤先生に質問があります」
「ん?何や?」

「中澤先生って、同性愛者なんですか?」

『ピキッ』
空気が凍る音が聞こえた。
304 名前:12月28日 儀式まで あと3日 投稿日:2001年05月31日(木)17時57分36秒


‥‥さすがだよ、梨華ちゃん
よっすい〜もごっちんも固まってるし。
裕子なんかガチガチだぜ。
‥‥あたしも凍ってしまいたい。


どれぐらいの時間がながれただろうか。

「‥‥まぁ、今の恋人は矢口なんやし、同性愛者ちゅうたら、同性愛者なんやろうなぁ」
裕子は静かに答えた。
真里、真希、ひとみの三人は作業を続けてはいるものの、意識は完全に、裕子と梨華の会話に集中していた。
「今までの恋人はどっちだったんです?」
「んー‥‥男やったけど?」
「どう違います?」
「どう違うて‥‥それは人それぞれやろ‥‥急にどないしたんや?」
裕子は小さく笑い、髪をかきあげた。
「この島には同性のカップルが多いでしょう?‥‥あたしこの島に生まれて育ったから、男と女、男同士、女同士の恋人達がいて、それが当たり前みたいに思っているけど、他の所ではどうなのかなぁと思って‥‥」
裕子は眉間にしわを寄せた。
「‥‥どうなんやろうなぁ。うちもこの島以外で同性カップル見たことないからなぁ。‥‥でも、偏見とかあるんちゃうかなぁ。‥‥この島に移住してくるカップルも多いしな」
「矢口さんと付き合ってからはどうでしたか?」
「‥‥んー‥‥正直、ビックリしたわ。‥‥自分が、本気で、女性を好きになるて想像したこともなかったからな」
「ゆーちゃんっ」
真里が声をあげる。
「自分が信じられんかった。やっぱり‥‥心のどこかで、アカンことやって思ってたからな。でも、今は、違うで。この島に住めて幸せや。空気はうまいし、海もきれいや。何より、可愛い恋人が傍におる。‥‥これ以上は望めんやろ?」
裕子は真里に向かってウインクしてみせた。
真里の顔が赤く染まった。
305 名前:12月28日 儀式まで あと3日 投稿日:2001年05月31日(木)17時59分18秒

「でも、何でそんなこと聞くんや、‥‥さては好きな人でもできたんか」
裕子の顔にニヤニヤ笑いがはりついた。
「誰かを好きになったら、遠慮したらアカンで。矢口が良い例や。‥‥力ずくでうちをモノにしよった」
「ゆーちゃん!」
真里が持っていたヤスリでプロペラをガンガン叩いて、警戒音を出した。
「本当のことやろ?」
慌てている真里を見て、裕子はクスクス笑った。


「‥‥格好悪くてもいいんや。‥‥心で訴えるんや‥‥どうか愛して欲しいってな。‥‥これがまた簡単なようで難しいんやけどな」
裕子がぐるりと皆を見渡した。
その後、真希と目を合わせるとにっこり笑った。
「ゆーちゃん‥‥」
真希の顔も笑顔に変わった。

「さて、お喋りは終わりや。お仕事、お仕事」
裕子はヤスリ持つと、再び作業を開始した。
306 名前:12月28日 儀式まで あと3日 投稿日:2001年05月31日(木)18時00分47秒

―――

夕方。
1台目の作業が終わり、2台目に突入したところで、日が暮れてきた。
今日の作業はこれで終了して、続きは明日にしようということになった。

「おつかれさん。‥‥気いつけて帰り。‥‥明日もよろしくな」
「梨華ちゃん、よっすい〜、ほんとにありがとう」
「また、明日ね」
裕子、真希、真里の三人はひとみと梨華を見送った。

椅子に腰掛け、体をぐったりと投げ出した。
「はぁ〜、ハードな1日やった〜」
「うん」
「でも、大分進んだよね」
「うん」
「明日で終わるやろ。皆コツをつかんできたみたいやしな」
「うん」
「‥‥ごっちん、具合でも悪いの?‥‥さっきから『うん』しか言ってないよ」
真里が首をかしげた。
「ごっちん?どないした?‥‥お姐さんに見せてみ?」
裕子は真希の体に触れた。
ビクッと真希の体が反応した。
307 名前:12月28日 儀式まで あと3日 投稿日:2001年05月31日(木)18時02分02秒

「‥‥違うよ。‥‥具合は悪くないよ。‥逆なんだ。嬉しくって。‥‥よっすい〜も、梨華ちゃんも、やぐっちゃんも協力してくれて。‥‥ゆーちゃんなんか自分のことみたいに心配してくれて、だから、あたし、嬉しくて。‥‥」
「‥ごっちん」
「‥‥ごっちん」
「ありがとう」
真希は椅子から立ちあがると、ゆっくりと二人に頭を下げた。

「ねぇ、ゆーちゃん、今だけでいいから、ぎゅうって抱きしめてくれない?‥‥震えが止まらないんだ。‥‥おかしいね。‥‥嬉しいはずなのに‥‥」
見ると、真希の体が小刻みに震えている。
裕子は急いで真希を抱きしめた。
以前抱きしめた時より、大分細くなっている。
「ごっちん、あんた、ちゃんと食べてるか?」
「‥‥あんまり、食欲ないんだ‥‥」
「寝てるか?」
「‥‥あんまり‥‥」
308 名前:12月28日 儀式まで あと3日 投稿日:2001年05月31日(木)18時03分11秒

「このアホっ。儀式ぶっ壊す前に、あんたが倒れたら話しにならんやろっ。矢口、急いでおかゆ作ってな。‥‥ごっちん、あんたは緊急入院や!」
裕子は真希を抱きかかえると、ベットに寝かしつけた。


真希は真里の持ってきたおかゆを口にふくんだ。
「‥‥おいしい?」
「うん」
「よかった」
真里が笑った。
「ゆーちゃんは?」
「怒ってる。あっ、ごっちんの事、怒ってるわけじゃないよ。‥‥ごっちんの事、気がつかなかった自分に怒ってるみたい」
「‥‥ゆーちゃんのせいじゃないよ」
「‥そうは言っても、ああいう人だから‥‥」
真里は苦笑した。
309 名前:12月28日 儀式まで あと3日 投稿日:2001年05月31日(木)18時04分03秒

「ともかく、そのおかゆ、全部食べて、ぐっすり寝なさい。‥‥明日も忙しいんだからね。ごっちんの家には連絡しておいたから。」
「ん、ありがとう」
「‥‥あたしとゆーちゃんは隣のベットで寝ているから何かあったら遠慮なく起こしてね」
真里は診療室とベットとをしきるカーテンを閉めながら、真希にウインクした。


‥‥その夜
あたしは久しぶりにぐっすり眠ることができた。
よく覚えてないけど、優しい夢を見れた気がする。
310 名前:12月28日 儀式まで あと3日 投稿日:2001年05月31日(木)18時05分11秒

――― 

真希が寝たのを確認すると、真里は裏口から外へ出た。
案の定、裕子が庭石に座りこんで、タバコを吹かしていた。
ずっと吸いっぱなしだったのだろう、灰皿には山のように吸殻がつっこまれていた。

「ゆーちゃん」
「‥‥ごっちんは?」
「寝てる」
「‥そうか」
頷きながら、新しいタバコに火をつけた。
「‥‥吸いすぎは良くないよ。わかってるんでしょう?」
「ヤブ医者でも、そんくらい、わかってるわ」
「ゆーちゃん」
「‥‥スマン」
裕子はタバコを灰皿に捻りこむと、ガリガリと頭をかきむしった。
311 名前:12月28日 儀式まで あと3日 投稿日:2001年05月31日(木)18時06分09秒

「‥‥ごっちんは、色々サイン出しとった‥‥でも、うちは気づいてやれんかった。‥‥医者失格や‥‥」
「そんなことない。色々やってるじゃん!」
「‥‥‥」
「大丈夫、きっと、うまくいくよ」
後ろから腕を回して、裕子を抱きしめた。
汗とタバコの匂いがする。

「なぁ、この計画うまいこといくと思うか?」
「‥‥何で、そんな事、聞くの?」
「なんや、不安になってな」
「‥‥‥」
「穴だらけの計画なのはよくわかってるんや。‥‥ただ、何かせんと、ごっちんが壊れてしまうかもしれんて思ったからな‥‥」
「‥‥‥」
312 名前:12月28日 儀式まで あと3日 投稿日:2001年05月31日(木)18時06分49秒

あたしは裕子の顔を引っつかむと、後ろから強引に唇を塞いだ。
このままだと、どんな事を聞かされるかわかったもんじゃない。


「‥んっ‥」
はじめは抵抗した裕子も、真里が舌をこじ入れるとおとなしくキスを受け入れた。
唇が離れると、裕子はもう大丈夫やと、照れたように言った。


12月28日 (十夜月)
儀式まで あと3日
313 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2001年05月31日(木)18時18分37秒

更新しました。
こういう系列の小説を書いてて、なんなんですが、小説の中で登場人物が自分の性指向で
悩むコト少なくないですか?
夢物語なんだから、別にいいじゃん。という方もいるかもしれませんが、前々から不思議
だったんですよね。
そんなコトもあって、少しふれておこうかなぁと。
あっ、でも、ベタベタの甘々の砂糖菓子のような話も大好きなんですよ。
314 名前:名無し読者 投稿日:2001年05月31日(木)23時03分23秒
>小説の中で登場人物が自分の性指向で悩むコト少なくないですか?
>夢物語なんだから、別にいいじゃん。という方もいるかもしれませんが、前々から不思議だったんですよね。

それ、わかります。同性同士ってのがふつーにあたりまえのようなことになってるの多いっすね。
そこんとこ強調しすぎると、痛くなるけど・・・。
自分としては、今回、このことに触れてくれたのは、こう、すごい説得力があった感じで、よかったです。
って、ああ、うまく伝えられない〜。

もちろん、甘すぎて砂吐きそうな話もだいすっき!(ワラ
よろしければ、こういう場面もよろしくねッ!
315 名前:名無し読者 投稿日:2001年06月01日(金)00時09分52秒
書く人が、違和感を無くそう無くそうと強く思ってるからかも。
それが返って違和感を抱く事も多いんですけどね。
僕も読んでて「おい少しは悩めや」って思うのよくあります(w
、、余談失礼しました。続き楽しみにしてます
316 名前:名無し読者 投稿日:2001年06月02日(土)02時43分09秒
確かに同姓同士が当たり前のように描かれていることが多いですね。
自分としてはそれはそれとして十分好きですけど、今回のように上手く作品の中に
取り入れて考えさせてくれるのも良いですね。ただあまり同姓と言う事を意識させすぎると
悲しい結末が待っていることが多いような気もしますし、できれば登場人物が幸せに
なれるような方が読んでても嬉しいですしね。うーん、改めえ考えると難しい問題だなぁ。
なんかワケわかんない文章になってしまいました。
では続き楽しみに待っております。  駄文お許しください。
317 名前:あと3日 〜夜と朝との間で〜 投稿日:2001年06月04日(月)14時52分31秒

――― ―――


‥‥これは夢だ。
変わることのない、過去の夢だ。
繰り返し、繰り返し、あたしを苛む夢。
この夢を見るたびに、あたしは、心をえぐられるような痛みを覚える。

318 名前:あと3日 〜夜と朝との間で〜 投稿日:2001年06月04日(月)14時53分46秒

―――

中国、福建省の姉妹都市に母さんが出発する日の朝。


「紗耶香、あんたって本当、父さんにそっくりよね」
あたしの顔をまじまじと見つめて、かあさんがポツリと言った。


「‥‥何だよ、急に」
「いや〜、男前になったなぁと思ってさ」
いたずらっぽく笑った。
「‥‥それって、誉めてんの?」
「‥‥あたしみたいに、美人の嫁サンをもらえるよ」
「結構です!」
「チェ、それが母親に対する態度かね?」
不満そうに、ふんと鼻をならした。

「そんなことより、さっさと行けよ!みんな待ってるんだろ?」
「はいはい、わかってますよ」
パタパタと手を振り、一度は玄関に向かったものの、くるりときびすを返し、ぎゅうっと紗耶香を抱きしめた。
「‥‥暑いんだから、離せよっ」
「つれないなぁ。‥‥こんな子に育てた覚えはないのに‥‥」
大袈裟にため息をついた。
319 名前:あと3日 〜夜と朝との間で〜 投稿日:2001年06月04日(月)14時55分28秒


‥‥‥違う。
違うよ、母さん。
本当は嬉しかったんだ。
ぎゅうって抱きしめられて、本当は、嬉しかったんだよ‥‥。


懲りずに、抱きしめたまま、言葉を続けた。
「いい?ゴミはちゃんとまとめて、それから洗濯物はためたりしないで毎日ちゃんと洗ってよ。ご飯は‥‥」
これ以上黙っていると、まだまだ続きそうなので、急いで口を挟んだ。
「わかってるって。自分の娘を信じなさい?」
「それができれば、世の中もっと平和だと思うわ‥‥」
「‥‥‥」


‥‥ああ言えばこう言う。
まったく、あの人は‥‥。
懐かしいな。
いつも、こんな風に、やりあってたっけ‥‥。


「‥‥じゃあ、あんまり待たせるわけにはいかないもんね。‥‥じゃあ、行ってくる。いい子にしてるんだぞ!」
名残惜しそうに体を離すと、紗耶香の髪をワシワシとかきあげた。
「‥っ何すんだよっ。せっかくセットしたのに」
「たいして変わらないから、安心しなさい」
愉快そうに高笑いをした。
320 名前:あと3日 〜夜と朝との間で〜 投稿日:2001年06月04日(月)14時56分36秒

‥‥‥駄目だ。駄目だっ。
あたしは、この後、自分が言った言葉を覚えている。
‥‥‥駄目だ。言っちゃあ駄目だ。

止めないと。
母さんを、止めないと。
母さん、中国に行っちゃ駄目だっ。
『長江』が洪水を起こすんだ。
お願いだから、あたしをひとりにしないで。
必死で叫ぶ。
だけど、無常にも、夢の中のあたしは、過去を繰り返す。
321 名前:あと3日 〜夜と朝との間で〜 投稿日:2001年06月04日(月)14時57分31秒


「‥っ‥さっさと行けよっ!」
‥‥これが、母さんに言った、最後の言葉。


「はいはい、行ってきま〜す」
‥‥これが、母さんがあたしに言った、最後の言葉。
それから、二度と母さんが帰ってくることはなかった。

322 名前:あと3日 〜夜と朝との間で〜 投稿日:2001年06月04日(月)14時58分49秒

――― 

「‥‥っ駄目だ〜っ‥‥」
叫んだ自分の声で目を覚ました。
がばっと身を起こすと、ハアハアと肩で息をする。
髪が額にはりつき、熱を持った体が気持ち悪かった。
額ににじんだ脂汗を手のひらで拭った。


変わることのない、過去の夢。
繰り返し、繰り返し、あたしを苛む夢。
この夢を見るたびに、あたしは、心をえぐられるような痛みを覚える。


紗耶香はにじんだ瞳で、窓の外を見た。
夜空には、無常の月が白く光っていた。


12月28日 (十夜月)
儀式まで あと3日 〜夜と朝との間で〜
323 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2001年06月04日(月)15時03分06秒
ちょっと失敗したな。
相変わらず、暗い話だのう。
書いてても、本当暗くなります。
324 名前:名無し読者 投稿日:2001年06月05日(火)03時54分36秒
今はどんなに暗くても耐えられます。
最後には笑顔で読み終えられると信じて・・・
325 名前:12月29日 儀式まで あと2日 投稿日:2001年06月06日(水)16時22分36秒

――― ―――

ニ日目に入ると、作業のコツをつかんでくる。
昨日の残りの作業を黙々とこなした。
そのかいあって午前中には作業を終わらせることができ、扇風機もだいぶ静かに動くようになった。


裕子が真希の額に触れ、平熱であることを確認した。
「ごっちん、無理したらアカンよ。矢口、ごっちんの事頼んだで〜。‥‥ほらっ行くで」
裕子は、えーと不満の声をあげるひとみと梨華を引きつれて、発電機を借りるため、おばばの家に出かけた。

発電機を乗っけるための荷車を引いているのはひとみだ。
じゃんけんに負けたのだ。
その後ろを、鼻歌交じりの裕子と梨華がついてゆく。
ひとみはカラの荷車を引きながら、帰りの重量の増え具合を想像して、小さなため息をこっそりついた。
326 名前:12月29日 儀式まで あと2日 投稿日:2001年06月06日(水)16時23分56秒

一方、真希と真里は扇風機の設置場所の選定のため、儀式が行われる広場へとやってきた。
広場は山と島の村落との境目に位置する。

昼の日差しは、心地よく、体をあたためてくれる。
真希はまぶしそうに空を見上げた。

「家の方だと目立っちゃうからさ、木の影になるように置かないとね。‥‥あと、ゆーちゃんとあたしにうまく風が当たるように計算しないと‥‥」
真里は木々の合間をぬうように歩きながら、ぶつぶつ呟いている。
真希と二人、ああでもない、こうでもないと議論しながら歩いた。

広場の端に、黒木の大木があった。
いい具合に2本並んでいる。
見事に枝を四方に広げ、互いに、人の侵入を拒んでいるかのようだ。
これなら、うまく、2台の扇風機を隠す事ができるかもしれない。

「ごっちん、これならいいんじゃない?」
真里は木の枝をパンパン叩いた。
「うん」
「葉っぱとかでカモフラージュしたら、わからないよ」
「うん、‥‥うまくいくかなぁ?」
不安そうな声。


‥‥ったく、昨夜の裕子と同じ事言ってるよ。
しょうがないなぁ。


「当ったり前じゃん!そんな弱気でどうすんだよ!」
わざと怒ってみせた。
「‥‥そうだよね」
「そうだよ」
真里は真希の肩をポンポンとたたいた。
327 名前:12月29日 儀式まで あと2日 投稿日:2001年06月06日(水)16時24分58秒

真里と真希はそれぞれ木の根元に腰をおろした。
日は西に傾き、木々が影を作り出している。
二人はぼーっとそれを眺めた。
「‥‥静かだね。‥‥あと2日で儀式なんて、信じられないよ。ま、明日には前夜祭で、ここも騒がしくなるんだろうけど」
真里は足元の雑草を引きぬいた。
「‥‥あと2日か‥‥」
真希が呟いた。
言葉の意味を反芻しているようだ。
俯いてじっと考えこんでいる。

「今夜中に、扇風機設置しに来ないとね。‥‥明日になったら、ごっちん達は入れなくなっちゃうよ」
「‥‥何で、前夜祭にも参加しちゃいけないのかな?」
かすれた声。
泣いているのかもしれない。
「‥あたしにも、わからないケドさ‥」
真里は雑草を引きちぎった。
手の中で半分にちぎれた葉っぱを見つめた。
328 名前:12月29日 儀式まで あと2日 投稿日:2001年06月06日(水)16時25分36秒

「‥‥やぐっちゃんは、ゆーちゃんの昔の恋人の事、気にならないの?」
真希に話しかけられて、我に返った。
「ん?‥‥昨日の話?」
「‥‥うん」
相変わらず真希は俯いたままだ。

「気にならないって言ったら、嘘になるけど。‥‥しょうがないじゃん?‥だって、あの歳まで恋人がいなかったんじゃあ、それはそれで問題あるでしょう?」
「‥‥うん‥‥」

深呼吸をした。
「それに‥‥あたしは‥ゆーちゃんの最初の恋人にはなれなかったけど、‥‥えーっと‥‥その‥‥永遠の恋人にはきっとなれるって、信じてるから‥さ‥」
言っているそばから、顔がだんだん赤くなっていくのがわかった。

「やぐっちゃん、強いね」
「そう思わないと、やってられないじゃん?」
「‥‥ゆーちゃんは、やぐっちゃんにベタボレだと思うけど‥‥」
真希は顔を上げ、赤い目で真里に笑いかけた。
そう見える?と真里はやわらかく笑った。
329 名前:12月29日 儀式まで あと2日 投稿日:2001年06月06日(水)16時27分04秒

「‥‥やぐっちゃん?」
「ん?」
「ちょっと、眠ってもいい?」
返事も聞かず、ゴロッと真里の膝の上に頭を置いた。
「ちょ‥ごっちん!?」
すぐにスースーという、真希の寝息が聞こえてきた。

「‥‥お子様なんだから‥‥」
髪を手で梳いてやる。
さらさらとやわらかい髪。

「‥‥市井ちゃん‥‥」
かすかな声が聞こえた。

真希の頭を優しく抱きかかえた。
痩せこけた頬に触れてみる。
「寝言か‥‥痩せたね、ごっちん。‥‥紗耶香も、素直じゃないからなぁ。‥‥まったく、何考えてるんだか‥‥」
330 名前:12月29日 儀式まで あと2日 投稿日:2001年06月06日(水)16時27分39秒


しばらくこうしていてあげよう。
今夜もきっと忙しいから。
だから‥‥
どうかお願いします。
計画がうまくいきますように。
この子が笑っていられますように。

あたしは、祈らずにはいられなかった。


12月29日 (十一夜月)
儀式まで あと2日
331 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2001年06月06日(水)16時32分53秒
更新しました。
物語もいよいよ佳境に入りました。
パソコンの調子があまり芳しくないのですが、できるだけ早いペースで更新できるように努力したいと思っています。
332 名前:名無し読者 投稿日:2001年06月07日(木)00時07分54秒
がんばって下さい。
333 名前:名無し読者 投稿日:2001年06月07日(木)05時12分06秒
うん、頑張って下さい。
応援してます。
334 名前:あと2日 〜夜と朝との間で〜 投稿日:2001年06月08日(金)00時15分03秒

――― ―――

「‥‥まったく、参ったでぇ。‥‥おばばの家に行ったら、紗耶香がいるんやもん。‥‥いや〜、焦ったわ」
裕子が額の汗を拭く真似をした。
「ばれたんじゃないでしょうね」
真里がジロッと睨んだ。
「当たり前や。ちゃんと、忘年会に使うてごまかしたわ」
裕子が胸をはった。
「‥‥不自然じゃなかった?」
真里は傍で小さくなっているひとみに質問した。
「‥‥大丈夫だと思いますよ。ねぇ、梨華ちゃん」
「市井さん、おばばと『儀式』の打ち合わせで忙しそうでしたから」
梨華が頷いた。
「‥‥なら、いいけどさ‥‥」


まったく‥‥なんでこうタイミングが悪いんだ。
不安材料は少ない方がいいってのに‥‥。
紗耶香、昔から勘がするどいからなぁ。
う〜‥‥。
335 名前:あと2日 〜夜と朝との間で〜 投稿日:2001年06月08日(金)00時21分12秒

真里がしぶい顔をして、唸っていると、真希がトタトタやってきた。
「やぐっちゃん?」
「ん?」
「何、唸ってるの?」
「‥‥何でもない」
「そ?」
「うん」
「‥‥あのね、昼間はありがとね。」
「ん?」
「膝枕してくれたでしょう?」
「あ〜」
真里が頷く。
「‥‥市井ちゃんの夢‥‥久しぶりに‥見れた‥から」
真希は赤くなって俯いた。


あたしは急にごっちんのことが愛しくなって、気がついたら力いっぱい抱きしめていた。
やぐっちゃん苦しいよと言うごっちんの声は無視した。
あんたに今必要なのは、こういうぬくもりだから。
あたしができるのは、これぐらいだから。

336 名前:あと2日 〜夜と朝との間で〜 投稿日:2001年06月08日(金)00時22分07秒

――― 

『儀式ぶっこわし大作戦』の概要はざっとこんなものだった。
前夜祭が始まってしまうと、人目につかず広場に入ることはほとんど不可能になってしまうため、扇風機の設置は前夜祭の直前、つまり、今夜行う事となる。
『儀式』当日は、『儀式』への参加資格を持つ裕子と真里が、あらかじめ設置した扇風機の前に立ち、物陰に潜んでいた真希達が、海風が吹いてくるタイミングに合わせて扇風機のスイッチを入れるという、実にシンプルなものであった。
うまくいけば、海風が選んだ人物と、扇風機の風が当たった裕子と真里という、三人の《相手》が存在する事となる。
もちろん、他の人達は裕子と真里に当たった風が扇風機の風だとは夢にも思わないだろうから、現場は混乱するだろう。ひいては『儀式』の正当性が問われることになるかもしれない。いずれにしろ『儀式』が中止になることは否めないだろう。
337 名前:あと2日 〜夜と朝との間で〜 投稿日:2001年06月08日(金)00時23分26秒

深夜。
月明かりの中、2台の荷車が広場をめざして進んでいた。
1台目は真希が引いており、荷台には2台の扇風機が積みこまれ、後ろから裕子と真里が押していた。
2台目はひとみが引いており、荷台には発電機が積みこまれ、後ろから梨華が押していた。
真冬にもかかわらず、玉のような汗がしたたり落ちてくる。
真希にはそれがとても心地よかった。

広場に着くと、早速、昼間目につけておいたポイントに扇風機を運び込んだ。
並んだ二本の木に、それぞれ一台ずつ扇風機を設置した。
丁寧に木葉などでカモフラージュする。
一見すると、まずはわからないだろう。

「何や、思ったよりいい具合やんか」
裕子が満足げに頷いた。
「うん、これならいけそうですね」
「ねえ、動かして、ためしてみようよ!」
「よっすぃ〜、動かして〜」
はしゃいだ声をあげていると、


『パキッ』
背後で木葉を踏みつける音が聞こえた。

「‥‥市井ちゃん‥」
真希の涙声。
338 名前:あと2日 〜夜と朝との間で〜 投稿日:2001年06月08日(金)00時24分24秒

恐る恐る振り返ると、そこには、真希と紗耶香が見つめ合っていた。
紗耶香の白い衣装は夜の闇の中で白く浮き上がり、幻想的な美しさをかもし出していた。


「「紗耶香!」」
裕子と真里が同時に叫んだ。
ひとみと梨華は驚きのあまり、声も出ない様子だ。

「‥‥こんなところで、何、してるの?」
穏やかな瞳。
静かな声。

「‥‥すごいね、こんなの準備してたんだ」
ぐるりと視線を巡らした。
答えられずに俯く真希に近づくと、頬に手を当て、視線を自分に向けさせた。
真希の瞳から涙がこぼれた。
紗耶香の手に涙が伝う。
339 名前:あと2日 〜夜と朝との間で〜 投稿日:2001年06月08日(金)00時26分06秒

「‥‥市井ちゃん」
「後藤‥痩せたね」
依然、頬に手を当てたままだ。
「‥‥いち‥ちゃん‥‥あた、あたしね‥‥」
「ん?」
「あたし、市井ちゃんが好きなの」
「うん」
「本当に好きなの!」
「うん、わかってるよ」
「‥‥だ‥だから‥‥いち‥いちゃんの‥ぎしき‥こわそうと‥‥」
「うん、それもわかってるよ」
紗耶香は優しく笑って、頷いた。

「‥‥市井ちゃん」
「‥‥でも、あたしは‥ノロ‥だからさ、自分の責任を放棄するわけには‥いかないよ。‥‥あたしの言いたい事わかるよね?」
紗耶香はすこし俯いて考えている風だったが、やがて言葉を選びながら話しはじめた。
340 名前:あと2日 〜夜と朝との間で〜 投稿日:2001年06月08日(金)00時26分38秒

「っ‥わかんないっ!‥わかんないよ!」
真希が激しく首を振って、頬に当てられた紗耶香の手を拒絶した。
「‥‥後藤」
紗耶香は拒絶された手を見つめ、再び真希に触れようと手を伸ばしかけたものの、その手は途中で力を失い、だらーっと両腕を力なくたらした。

「市井ちゃんが他の人と一夜をすごすなんて、考えるだけでもヤダ。そんなことしたら、市井ちゃんじゃなくなっちゃうもん!」
真希が声を張り上げる。
「‥‥儀式が終わっても、あたしは、あたしだよ」
「違うもん!!」
真希は体を小刻みに震わせ、涙を流しながら、紗耶香を睨みつけた。
341 名前:あと2日 〜夜と朝との間で〜 投稿日:2001年06月08日(金)00時27分15秒

「‥ノロは本来、世襲制ってわけじゃないんだ。ただ、素質が遺伝する確率が高いだけで。
おばばのまごの亜衣や希美だって、ノロになる素質は持っているんだ。‥‥あたしは、たまたま、ノロの家に生まれたからノロになったわけじゃない。‥‥自分の意思でノロになるって決めたんだ。‥‥だから‥‥だから、嫌だからって、尻尾を巻いて逃げ出すわけにはいかないよ」
紗耶香は真希の視線を避けるように俯いた。

真希はとうとう声をあげて泣き出してしまった。
引き裂かれるような痛みを伴う声。

「‥後藤‥泣かないで‥‥」
紗耶香の顔がつらそうに歪んだ。
しかし、決して真希に触れようとしない。
紗耶香はじっと立ちつくしている。

342 名前:あと2日 〜夜と朝との間で〜 投稿日:2001年06月08日(金)00時28分37秒

事の成り行きを固唾を飲んで見守っていた裕子が動いた。
紗耶香と真希、二人の間に入ると、真希を抱きしめた。
「‥‥もう、ええわ。‥‥あんたみたいなわからずやには、ごっちんみたいないい子はもったいないわっ」
「‥‥ゆーちゃん」
紗耶香がほっとしたような顔を見せた。
裕子は無言で紗耶香を睨みつけた。



おやすみ、そう言って帰ろうとする紗耶香の背中に、堪らず、真里が声をかけた。
「紗耶香っ」
「‥‥何?」
紗耶香は振り向きもしない。
心なしか震えている背中に問いかける。
「本当に‥‥これでいいの?」
「‥‥‥」
「答えてよ!」
「‥‥やぐっちゃん‥‥後藤を‥頼んだよ」
震える声を残して、紗耶香は夜の闇に消えた。


12月29日 (十一月夜)
儀式まで あと2日
343 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2001年06月08日(金)00時36分07秒
更新しました。
阿鼻叫喚がパソコンの向こう側から聞こえるような気がしますが‥‥。
今は何も言いますまい。
344 名前:名無し読者 投稿日:2001年06月08日(金)00時39分21秒
あぁぁ・・・ごとー・・・頑張れ・・・・
345 名前:名無し読者 投稿日:2001年06月08日(金)02時37分44秒
何とかならんのかあぁぁ〜!!
市井も後藤と気持ちは一緒のはずなのに〜・・・
346 名前:名無し読者 投稿日:2001年06月09日(土)14時28分39秒
うえ〜ん
まだ終わったわけじゃないや〜〜市井〜!!
347 名前:12月30日 儀式まで あと1日 投稿日:2001年06月09日(土)17時03分24秒
 
――― ―――

「‥‥吉澤も石川も、ありがとな。」
「いえ‥‥ごっちんのためですから」
ひとみが首を横に振った。
「でも、もったいないですよね。せっかくきれいにカモフラージュできてたのに」
梨華が残念そうに呟いた。
「せやな。‥‥疲れたやろ?‥‥もう帰って、ゆっくり休んでな」

「‥‥ごっちんの様子は、どうです?」
「安定剤飲ませて、今は寝とる」
「‥‥どうなるんでしょう?」
「さあな‥‥どうなるんやろ‥‥」
誰にもわからんよ、と裕子は力なく言った。

昨夜、あれからひとみと梨華は、真希を落ち着かせるため診療室でつきっきりになっている裕子と真里に代わって、2台の扇風機と発電機を片付けていたのだ。
348 名前:12月30日 儀式まで あと1日 投稿日:2001年06月09日(土)17時04分35秒

――― 

裕子と真里はベットの傍の椅子に腰掛け、真希の様子を見つめた。
寝ている真希は幸せそうに見えた。

「ゆーちゃん、前夜祭行った方いいよ」
真里がポツリと呟いた。
「‥‥あんなもん‥‥」
裕子が吐きすてるように言った。
「気持ちはわかるけど‥‥一応、ゆーちゃんはお医者さんで、島の名士って事になってるんだから、顔出さないとまずいんじゃない?」
真里は真希に当てていた視線を、裕子に向けた。
「‥‥一応は、余計や」
裕子が苦笑した。
「しゃあない。‥‥気は進まんけど、顔出してくるか‥‥」

裕子は立ちあがると、シャワー室に消えた。

「ごっちんの事、頼んだで。‥‥絶対、目はなしたらえアカンよ」
真里の肩に手を置き、念をおした。
「わかってる。‥‥ゆーちゃん、心配しないで。あたし、ちゃんとごっちんのこと看てるから」
真里がコクコクと頷いた。
349 名前:12月30日 儀式まで あと1日 投稿日:2001年06月09日(土)17時05分46秒

――― 

広場に到着すると、そこはもう祭り一色だった。
色とりどりの飾りが立ち並び、にぎやかな音楽が流れている。
広場の真ん中には舞台が設置されていた。
おそらく明日は紗耶香があの舞台にあがるのだろう。
こんな祭りなんか潰れてしまうがいい。裕子は心の中で呪詛のように呟いた。

「あ〜、ゆーちゃんだ〜」
「そんな嫌な顔しないの!」
「そうだべ。せっかくのお祭りだべ」
圭織、圭、なつみの三人につかまった。
「‥‥悪いけどな、あんたらの相手するほどの元気はないねん」
弱々しく抵抗を試みる。
350 名前:12月30日 儀式まで あと1日 投稿日:2001年06月09日(土)17時06分33秒

「まあまあ、圭織がいいこと教えてあげるから」
「いいこと?」
「皆がゆーちゃんの事、何て言ってるか、知りたくない?」
圭が大きな目を見開いて、裕子の顔をのぞきこんだ。
「‥‥何て言ってるんや」

「ゆーちゃんと、先代のノロ、つまり紗耶香の母親がそっくりなのは知っているよね?」
裕子が頷いた。
「紗耶香は彼女の父親にうりふたつだべ」
「つまり、ゆーちゃんと紗耶香は、ちょうど二十年前の『儀式』の主人公達にそっくりってこと!」
「面白いでしょ?」
「何も、面白くないわっ!」
かっとして、怒鳴ってしまった。
「怒んなくてもいいじゃん」
圭織の拗ねた声。
そうだよ、つまんないのという声が聞こえる。


こいつらの、悪気のない無神経さに腹が立つ。
いや‥‥一番腹が立つのは、自分自身や。
結局、うちは、何も、できんかった。


ぐっと腹の底から、怒りがわいてきた。
しかし、この怒りを何にぶつけていいものか、うちにはわからなかった。
351 名前:12月30日 儀式まで あと1日 投稿日:2001年06月09日(土)17時07分49秒

――― 

「せんせい、だいぶ、おつかれのようだね。」

話しかけられてはっと我に返った。
ずいぶん長い間考えこんでいたようだ。
すでに三人娘の姿はなかった。
裕子の隣には、いつのまにかおばばが座っていた。

「‥‥おばば」
「どうなさった?」
「‥‥この、お祭り騒ぎは何なんですか?」
「きょうだけじゃよ。‥‥あしたは、しんせいな、ぎしきだからな。‥‥こんなにはさわがんよ」
おばばが自分の隣の椅子をたたいて、裕子を促した。
裕子はおとなしく、おばばの隣に腰をおろした。
352 名前:12月30日 儀式まで あと1日 投稿日:2001年06月09日(土)17時08分33秒

‥‥うちは、緊張したり、敬語を使う時は、標準語になるんや!
この際、おばばに一言、言っとかんと気がすまんわ。


「おばば‥聞きたい事があります」
「なんね」
緊張した面持ちの裕子とは対照的に、おばばは穏やかな視線を裕子に向けた。
「この『儀式』に何の意味があるんです?」
「ふぉふぉふぉふぉ」
おばばが笑った。

「‥‥こんな、何の意味もない‥‥」
「なぜ、そう、おもいなさるのかね?」
「紗耶香が、好きでもない人と一夜を過ごすことを考えると、胸が痛むからです」
裕子はぎゅうっと拳を握り締めた。
「‥‥‥」

「こんな‥‥非科学的な事」
「せんせいは、めにみえるものしか、しんじないのかね?」
静かな声。
何故か裕子は、自分がおばばに試されているかもしれないと、ぼんやり思った。

「っそれは‥‥」
「うちのまごたちの、あめがふるのをあてる、のうりょくはどうかね?‥‥あれも、しんじられないのかね?」
「それとこれとは、話しが違います」
握った拳の内側が汗で濡れてきた。
353 名前:12月30日 儀式まで あと1日 投稿日:2001年06月09日(土)17時10分36秒

「もとは、おなじことだよ」
「『儀式』によって、紗耶香が幸せになれるとは思えません。‥‥それにこの『儀式』には致命的な欠点があります。」
「なんね」
おばばが目をしばたたいた。
「ノロの想い人が十七歳以上ならば、確かに、風がノロの想い人を選ぶかもしれません。しかし、想い人が十七歳未満の場合はどうなるんです?‥‥歴代のノロ達の想い人が、そろいもそろってノロより年上だったなんて、そんなベタないい訳しないでくださいよ」
裕子が挑戦的におばばを睨みつけた。

「‥‥かぜは、みちびくだけ。あとは、ひとがなすことよ」
おばばはそう答えると、口をつぐんだ。


12月30日 (十ニ夜月)
儀式まで あと1日 〜前夜祭〜
354 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2001年06月09日(土)17時13分23秒
更新しました。
パソコンのソフトを新しく入れなおしたおかげで快調です。
今日からピッチをあげていきます。
次の更新は明日です。これからは毎日更新できると思います。
355 名前:名無し読者 投稿日:2001年06月09日(土)21時44分40秒
ホントに良いですね、このお話。すごく好きです。
最近ネットにつなぐ度に、ここの更新が気になって見にきてます。
毎日更新とは…読者としてはすごく嬉しいです。期待してます。
356 名前:名無し読者 投稿日:2001年06月10日(日)01時08分36秒
さすが、おばば含蓄のあるお言葉。
あ〜あと一日……
357 名前:あと1日 〜朝と夜との間で〜 投稿日:2001年06月10日(日)13時35分50秒

――― ―――

これは夢だ。
もう、戻る事はない、遠い昔の。

‥‥だって、あいつが、笑っているんだもの。
あいつがあたしに笑いかけることは、もうないだろう。
あたしが、泣かせてしまった。
あたしが、泣かせてしまった。
ごめん。
ごめん、後藤。

358 名前:あと1日 〜朝と夜との間で〜 投稿日:2001年06月10日(日)13時36分56秒

――― 

『いちーちゃんっ』
あいつが抱きついてきた。
『うわっ、抱きつくなって。‥‥暑いだろうが!』
嬉しいくせに、迷惑なふりをした。
『いいじゃん。‥‥いちーちゃん、汗くさい』
『後藤だってそうじゃんか』
『でも、いいもん!‥‥あっ、あのねっ、‥‥この花かんむり、ごとーが、いちーちゃんのために作ったの〜』
体を離すと、いびつな形の花のかんむりを差し出した。
あいつが炎天下の中、一生懸命花を摘んでいるのが目に浮かんだ。
『‥‥サンキュー』
とたんに照れくさくなった。
あいつの真っ直ぐな瞳がまぶしくなって、目をそらしたまま、受け取った。
手を伸ばし、髪をワシワシかきあげると、あいつは本当に嬉しそうな顔をしたんだ。
359 名前:あと1日 〜朝と夜との間で〜 投稿日:2001年06月10日(日)13時38分06秒


‥‥昔の、話だ。


――― 

『いちーちゃんは?』
海で遊んだ帰り道、あいつが突然尋ねてきたんだ。
『ねぇ、いちーちゃんは?』
つないだ手に力を込めて、尚も聞いてきた。
『何が?』
わざとはぐらかした。
『ごとーのこと、好き?』
今度は、直球勝負できた。
あたしはまだ、勝負するか迷っていた。

『好きだよね?』
たたみかけてきた。
『さぁ?』
往生際の悪いあたしは、まだ、逃げようと考えていた。
『答えてよ!』
あいつにしては珍しく、いらだったような声を出した。
『‥‥そんなことより、帰るぞ!』
『ヤダ!』
あいつは、道に座りこんでしまった。
腕をひっぱっても、てこでも動こうとしない。
『‥‥何やってんだ』
『いちーちゃんがちゃんと答えてくんないからだもん!』
プーっと頬をふくらませ、甘ったれた声をだした。
360 名前:あと1日 〜朝と夜との間で〜 投稿日:2001年06月10日(日)13時38分46秒

もう、逃げられそうもない。
観念したあたしは、あいているほうの手で髪をかきあげて、気を静めた。
『好きだよ』
優しく言うつもりだったのに、結果的には、そっけなく響いてしまった。

でも、それを聞いたあいつの顔を見たら、そんなのどうでもよくなってしまったんだ。
夕日とあいまって、真っ赤になったあいつの顔は、本当に可愛かったな。


‥‥本当に、可愛かったな。
あいつの、笑った顔、全然、見てないな。
あたしのせいだ。
あたしが、泣かし‥てばかりい‥るから‥‥。
ご‥めん‥‥。
ごめん、‥ごと‥う‥‥。

361 名前:あと1日 〜朝と夜との間で〜 投稿日:2001年06月10日(日)13時40分52秒

――― 

紗耶香ははっと目を覚ました。
気がつくと、涙を流していた。
寝間着の袖で乱暴にぬぐった。
頬がひりひりと痛んだが、気にならなかった。
だいぶ丸くなった月の明かりが、部屋の中に差し込んでいた。

にごった瞳で、部屋の壁を見つめた。
視線の先には、茶色に変色した輪っかのような物体―真希からもらった花かんむり―がかけてあった。

紗耶香は起きあがると、それに、ゆっくり震える手で触れた。
長い年月のせいで乾燥し、変色した花は、紗耶香の指で簡単にその姿を変えた。
『カサッ』
かすかな音と共に、花びらは指の間から崩れ落ちた。
足元には、先ほどまで、まだ花の形を留めていた物体が散らばっていた。
紗耶香はひざまずいて、その花びらだったもの――に触れた。
硬い、無味乾燥の感触。
362 名前:あと1日 〜朝と夜との間で〜 投稿日:2001年06月10日(日)13時41分57秒


―ぬけがらみたいだ―
あたしと後藤の――。
ままごとみたいな恋愛の――。

急に、何かがこみあげてきた。
キリキリと胸が痛んだ。


紗耶香の瞳から涙がこぼれた。


今だけだから。
泣くのは、今だけだから。
‥‥明日になれば、あたしは、もう逃げられない。
とっくに覚悟はできていた筈なのに、どうしてこんなに心が騒ぐんだろう?


‥‥ごめん。
ごめん、後藤。
‥‥そして、幼い日のあたし。


紗耶香は涙を流しつづけた。


12月30日 (十二夜月)
儀式まで あと1日〜夜と朝との間で〜
363 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2001年06月10日(日)13時46分53秒
はやい更新ですが、再来週から忙しくなるので、それまでには完結させたいと思っているのです。
物語の終わりが見えてきました。
嬉しいような、寂しいような、妙な気分です。
いよいよ明日の更新は『儀式』当日です。
ご期待下さい。
364 名前:名無し読者 投稿日:2001年06月10日(日)14時05分24秒
ご期待してます・・・
ごま頑張れ・・
365 名前:名無し読者 投稿日:2001年06月10日(日)14時14分35秒
『期待』してます……
いちい頑張れ…
366 名前:名無し読者 投稿日:2001年06月10日(日)21時36分00秒

…泣きそうです。
367 名前:名無し読者 投稿日:2001年06月11日(月)04時32分44秒
ついに儀式が始まるのですね。
何かドキドキします。

風は導いてくれるさ、後藤のことを・・・
368 名前:12月31日 儀式当日 投稿日:2001年06月11日(月)14時11分30秒

――― ―――

朝から風がまったくない。
木々もまったくそよぐことなく、無表情に立ち尽くしているように見える。
まわりをぐるりと海に囲まれた、阿麻和利島にとっては異例のことだ。

「ごっちん、安定剤ききすぎてない?」
不安そうな顔。
「ん‥‥まあ、強い薬やしなぁ。‥でも、そろそろ目覚めると思うで?」
安心させるために、笑いかけた。
真里は裕子の顔をまぶしそうに見つめた。

裕子は真里の髪をワシワシかきあげると、視線を窓に向け外の景色を眺めながら呟いた。
「‥‥風は導くだけ、あとは人が為すことよ、か‥‥」
「何それ?」
「ん‥‥昨日おばばが言ってたんや‥‥」
「ゆーちゃんに?」
「うん」
「‥‥意味わかるか?」
裕子の質問に、真里はフルフルと首を横に振った。
「‥‥そうやろなぁ」
369 名前:12月31日 儀式当日 投稿日:2001年06月11日(月)14時12分17秒

『ギシッ』
ベットの軋む音が聞こえた。

真希が目を覚ましたようだ。
裕子の処方した安定剤のため、真希は昨日から、うつらうつらと、現実と夢の境界線をさまよっていた。
二人はベットに駈け寄った。
「ごっちんっ」
真里が叫んだ。

真希はノロノロと、うつろな瞳を向けた。
表情の死んでしまった顔。
本当にショックな時は、感情が表に出ないものだ。
いっそ泣き喚いてくれたら、どんなにほっとするだろうか。
裕子は表情の消えた真希の顔を、不安げに見つめた。
「ごっちん‥‥お腹すいてない?‥‥何か食べるよね?」
コクっと頷いた。
真里はほっとしたような表情を浮かべ、診療所の端にある簡易キッチンに向かった。

「ごっちん‥‥」
裕子は一旦口を開いたものの、なんと言っていいか言葉が見つからなかった。
「いちーちゃん‥‥あたしが、嫌いなのかな?」
質問というよりは、確認しているかのような響き。

真希は真里の持ってきたおかゆを2〜3回口に運ぶと、それっきり黙りこんでしまった。
370 名前:12月31日 儀式当日 投稿日:2001年06月11日(月)14時13分00秒

――― 

午後2時、真希をひとみと梨華に託して、裕子と真里は儀式に参加するため、島の広場に向かった。
「いいか、何があっても、ごっちんから目をはなしたらアカンで。今のあいつは何をしでかすかわからんからな」
診療室を出る時に、裕子はひとみと梨華にきつく言い渡した。
ひとみと梨華も神妙な顔で頷いた。


広場にはすでに大勢の人で埋め尽くされていた。
ほとんどの人間が立っている。座るスペースを探すのは大変そうだ。
若者もいれば、年よりもいる。
たまたま観光に来た旅行者までもが、ほぼ強制的に参加させられていた。
島の人口が約2000人。その内、十七歳以上が約1500人。
(この数字には対象外と考えてもよいと思われる、七十歳以上の老人も含まれている)
この中から、ノロの《相手》となる人物が今夜選ばれることとなる。
371 名前:12月31日 儀式当日 投稿日:2001年06月11日(月)14時13分43秒

広場の中心に設置された舞台では、白い民族衣装を身に着けた女性達の舞が始まっていた。

裕子はもともと島の人間ではないし、真里も十七歳になったばかりなので、二人とも『儀式』に参加するのは初めてだった。
裕子と真里は広場の端の方で、立ったまま舞台上の舞をじっと観察した。
そんな二人に圭、圭織、なつみの三人娘が話しかけてきた。

裕子はもうすでに、酒を飲み始めている。
「ゆーちゃん、ちょっとペース早いよ」
真里がグラスを持っている裕子の手を掴んだ。
「ほっといてんか。‥‥こんなアホらし‥‥酒でも飲まんとやっとられんわ」
真里の手を振りほどくと、グラスに入った酒を一気に飲み干した。
372 名前:12月31日 儀式当日 投稿日:2001年06月11日(月)14時14分27秒

女性達の舞が終了すると、紗耶香が白い衣装を身に着けて舞台の上に登場した。
そのまま、壇上に設置された椅子に座った。
紗耶香の傍らには、美しい花器に活けられた媚薬草があった。

「なんじゃ‥‥あれは!?」
裕子がおもわず声を荒げた。
酔いも思わずさめてしまう。

「紗耶香、今日は一段と綺麗だよね〜。圭織、びっくりしちゃった」
「ほんと、何か鬼気せまるものがあるよね。‥‥なんつーの、切羽つまった感じがステキっつーの?」
「あたしが《相手》に選ばれたら、どうするべさ」
圭織、圭、なつみの三人が呑気そうに会話している。

「そんなこと言ってるんやない!」
「わかってるわよ。‥‥媚薬草のことでしょう?」
圭は無粋な人ねと言わんばかりの視線を裕子に向けたのち、真里に視線を移した。
「矢口、覚えている?」
「え‥‥」
いきなり話を振られて、真里は戸惑ったような声を出した。
373 名前:12月31日 儀式当日 投稿日:2001年06月11日(月)14時15分18秒

「小さい時、鍾乳洞に入ろうとして怒られた事があったでしょう?‥‥媚薬草はあの鍾乳洞の上にしか生えないんだよ!」
「‥‥それってどういう‥」
「あの鍾乳石には、催淫作用と退行作用があるんだよ。‥‥鍾乳洞に入っただけでムラムラするだべさ」
「石の成分が地表を伝わって媚薬草になるのか、逆に媚薬草の成分が鍾乳石になるのか、因果関係ははっきりしてないんだけどさ。あの媚薬草ひとつで大人にも、子供にもなれるってわけ‥‥おもしろいでしょう?」
「島の七不思議の一つだって、‥あっ、でも、圭織これしか知らないけど」


‥‥七不思議って‥七つで足りるんか?
うちにはもっとあるような気がするでぇ。
って、そんな問題やない。
紗耶香のやつ、まさか、今夜媚薬草を使う気なんか?
374 名前:12月31日 儀式当日 投稿日:2001年06月11日(月)14時15分58秒

「でも、紗耶香もバカだよね。‥‥圭織が紗耶香だったら、ごっちんと二人で逃げちゃうのに」
「なっちだったら、役所の戸籍係にハナグスリ渡して、ごっちんの戸籍を変えてもらうだべさ。‥‥そんで、十七歳以上として『儀式』に参加してもらうべ」
「バカ。‥‥そんなんじゃ後藤が《相手》に選ばれるかわからないじゃない。‥‥あたしなら、気に入らない《相手》だったらクスリ飲ませて、一晩眠ってもらうけど」


‥‥なんちゅーやつらや。
こいつらに協力頼まなくて本当に良かった。
圭織以外は、犯罪行為やで。
‥‥って言っても、うちも頼りにならんかったケドな。
こうやって、酒で誤魔化しているだけや。
ごっちん、すまん。
375 名前:12月31日 儀式当日 投稿日:2001年06月11日(月)14時16分43秒

そうこうしているうちに、美しい十三夜の月が山の山頂にかかってきた。
おばばが祝詞を詠みはじめた。


『月ぬ美しや十日、三日
 美童美しや十七つ
 ホーイチョーガー』


海風が戻ってきた。
微風ながら、風が吹いてきたのを感じる事ができる。
「‥‥ゆーちゃん」
真里は泣きそうな顔を裕子に向けた。


どうする?
酒に酔ったふりでもして、ぶち壊すか?
‥‥胃が痛くなってきた。
うち、本当、プレッシャーに弱いねん。


裕子はぎゅうっと拳を握りしめ、心を決めた。
――よしっ、行くで。
376 名前:12月31日 儀式当日 投稿日:2001年06月11日(月)14時17分39秒

「いちーちゃんっ!」
真希の声。
おばばの祝詞を切り裂くように響いた。


うちより一瞬早く、ごっちんが飛び出していった。
いつの間に潜りこんだんやろ?
吉澤と石川は何やってるんや!
‥‥あいつらのことや、きっと目を離したんやろうな。
それとも、情に負けて、ごっちんをここによこしたんやろか。


もちろん、真希が紗耶香までたどりつけるはずもなく、数名の大人達に捕まってしまい、はがいじめにされる。
「ごっちん」
真里がかけより、真希を捕まえている大人達から、真希を開放しようとした。
377 名前:12月31日 儀式当日 投稿日:2001年06月11日(月)14時18分28秒

その時、海風が吹いてきた。
今度の海風は、微風なんかではなかった。
海風はしばらく広場をグルグル旋回した後、広場の中心にいる紗耶香とおばばを通過して、広場の端に立っていた裕子の周りをクルクルと回った。


‥‥っ‥うちか!?
紗耶香の《相手》がうち!?
そんなバカな‥‥。

いまいち思考がついていかない、うちの瞳にはいってきたのは、目をキラキラ輝かせた三人娘の顔と、呆然とする矢口の顔、そして泣きそうなごっちんの顔だった。


12月31日 (十三夜月)
儀式当日
378 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2001年06月11日(月)14時23分26秒
『儀式』当日 前編終了です。
長いので前編と後編に分けさせてもらいました。
明日は後編です。
379 名前:名無し読者 投稿日:2001年06月11日(月)20時55分45秒
ん〜……
ちょっと複雑な心境……
いや、まだまだ。。
380 名前:名無し読者 投稿日:2001年06月11日(月)23時26分43秒
なにぃ・・まさかさやゆう!?
続きが気になってしょうがない・・
しかし後藤健気で可愛い・・・
381 名前:名無し読者 投稿日:2001年06月12日(火)03時12分05秒
後編が気になって今日は眠れそうにないな〜。
382 名前:12月31日 儀式当日 投稿日:2001年06月12日(火)12時41分10秒

――― 

風は再び吹き始めた。
島は落ち着きを取り戻し、人々は帰宅の戸についた。
山の頂上には、最も美しいといわれる十三夜の月が輝いていた。

大自然(海風)が選んだ紗耶香の《相手》は裕子だった。
パニック状態の裕子は、うろたえてキョロキョロと回りを見渡し、おばばと一瞬目が合うと、意味ありげに笑いかけられた。

裕子は逃亡の恐れがあると判断されたのか、おばばの指示により、儀式にために作られた二間からなる小屋に移動させられ、そのうちの一室に通された。すでに、真新しい寝具一組が敷かれている。
体のいい軟禁状態だ。
383 名前:12月31日 儀式当日 投稿日:2001年06月12日(火)12時41分55秒

「くっそーっ、出せっちゅーねん」
裕子が毒づいた。
「‥‥そんなことしたら、ゆーちゃん逃げちゃうでしょう?」
圭、圭織、なつみの三人がふすまを開けて、入ってきた。
「‥‥何や‥あんたらは」
「圭織達、『儀式』の介添え人に選ばれたんだよね。おばばの指名で」


‥‥あのばーさん、絶対、ぼけがはじまってる。
そうじゃなきゃ、こいつらを選ぶはずがない。


むすっと不機嫌状態の裕子を気にする様子もなく、話しかけてくる。
「ずっと、隣の部屋で待機しているべさ」
「逃げようとしても、無理だよ。‥‥この小屋の外には大勢の見張りがいるんだから」
圭織が外へ通じるふすまを開けた。
外にはうじゃうじゃと見張りらしき人間がいる。
「さすがの後藤もここまでは来れないと思うよ」
384 名前:12月31日 儀式当日 投稿日:2001年06月12日(火)12時43分18秒

「‥‥矢口は?‥」
一番気にかかっていた質問をする。
「ずいぶんショックを受けたみたいだったべさ‥‥」
「圭織が思うに、吉澤と石川がついてくれていると思うけど」
「じゃね、もうすぐ紗耶香が来ると思うから‥‥うちら消えるね」
圭の頬は心なしか赤かった。
いや、圭ばかりではなく他の二人の顔も赤い。
そそくさと、三人娘が隣の部屋に消えた。


考えろ!
考えるんや、裕子!!
このピンチを如何にして切り抜けるか。
はぁ‥‥矢口とごっちんの事を考えると、本当に胃が痛くなる。
自分で望んだ事ではないとはいえ、あの二人からしたら、うちは裏切りものや。

『風は導くだけ、あとは人が為すことよ』おばばの言葉が脳裏によみがえる。
何故、うちが《相手》に選ばれた?
何故?

385 名前:12月31日 儀式当日 投稿日:2001年06月12日(火)12時44分06秒

考えこんでいると、すっと外へ通じるふすまが開き、音もなく紗耶香が部屋に入ってきた。
手にはトックリのようなものを持っている。
紗耶香は無言で、うろたえてあとずさる裕子に近寄ると、頬に手をかけ、唇を重ねてきた。
そのまま、裕子は寝具に押し倒された。
紗耶香は持っていたとっくりの中身を口に含ませると、裕子の口へと注いだ。
裕子はいきなり口内に注ぎ込まれた液体を飲み込むことができずに、ひどく咳き込んでしまった。
紗耶香は咳き込む裕子の背中をさすっていたが、裕子が落ち着いてきたのを確認すると、今度はトックリを差し出して、飲んでと言った。

「‥‥何や?」
咳き込んだために、にじんだ瞳でトックリを見る。
「‥媚薬草‥煎じたもの」
「アホかっ!‥‥そんなもん‥‥」
「‥じゃあいいよ。ゆーちゃんは飲まなくても。あたしはもう飲んだから」

よくよく見てみると、紗耶香の瞳は妙に潤んでいるし、頬は高潮している。体もじっとりと汗をかいている。
386 名前:12月31日 儀式当日 投稿日:2001年06月12日(火)12時45分07秒

「‥‥始めようか」
裕子の耳元で囁いた。
「‥‥‥」
「‥‥ゆーちゃん、何、固まってんの?」
紗耶香は動こうとしない裕子にいぶかしげな視線を向けた。
「‥‥固まってるんやない。‥‥考えてるんや」
「‥何を?」
「うちがあんたの《相手》に選ばれた意味を‥」
裕子は真っ直ぐ紗耶香の瞳を見つめた。
至近距離で見つめ合う形になった。


「‥‥うちは、あんたを、抱かん。‥‥抱かれもせん。‥矢口を愛しているからな」
優しいアルトの静かな声。
しかし、強い声。
シーンと静まりかえった部屋の隅々に響いた。
387 名前:12月31日 儀式当日 投稿日:2001年06月12日(火)12時45分58秒

「‥‥ゆーちゃん」
紗耶香が視線をそらし、俯いた。
「あんたかて、そうやろ?好きな人が他にいるやろ!‥‥」
「‥‥あたしはノロの務めとして、大自然の決めた《相手》と一夜を過ごさないと‥‥」
俯いたまま、懸命に言葉を紡ぐ。
裕子の強い眼光が恐くて、視線をあげることができない。

「ぶっちゃけた話、選ばれた《相手》と処女のあんたがセックスしろってことやろ!セックスがどうのこうの、処女がどうのこうの、イチイチうるさいねん。『儀式』なんか糞食らえっ。処女なんて、ただの薄い膜ひとつの話や。どーでもええわ」
裕子は一気にしゃべると、一息ついた。

「‥‥大事なのはセックスの方や。‥‥好きなやつとヤるとな、天国やねん。‥‥これが嫌なやつとヤるとな、もう最悪や。‥‥自分まで嫌になってしまう」
紗耶香は相変わらず俯いたままだ。
388 名前:12月31日 儀式当日 投稿日:2001年06月12日(火)12時46分51秒

「ごっちんが言ってたやろ?『市井ちゃんじゃなくなっちゃうもん』って。そういうことや。望まないセックスは、あんたを悪い方向に変えてしまう」
目を見て会話しなければ、裕子はそう思うと、紗耶香の頬に手をかけ、視線を上に向けようとした。

「‥っ‥うるさい。‥‥人の気も知らないで、好き勝手な事ばっかり言わないでよっ」
紗耶香は裕子の手を振りほどくと、視線をあげ、睨みつけた。
「何や、言いたいことあるなら聞くで」
「‥っ‥く‥あたしを一人にしたくせに。‥‥いまさらお説教ばっかり‥‥あたしがどんなに寂しい思いをしたかわからないくせに‥‥」
「‥‥一人にした?‥‥あんた、何言って‥‥」
裕子が戸惑ったような声を出した。
「勝手に中国で死んだくせに、説教なんてするなって言ってんの!」
紗耶香は声を出して、泣き出してしまった。
389 名前:12月31日 儀式当日 投稿日:2001年06月12日(火)12時48分15秒

‥‥紗耶香の言っていることが、段々おかしくなってきた。
うちを『誰かさん』と勘違いしているみたいや。


媚薬草は催淫作用と共に退行作用もある。
ある一定量以上の媚薬草を摂取すると、催淫効果はなくなり、その代わり退行効果が表れる。もちろん両方とも、一時的なものではあるが。


紗耶香が少しずつ退行していっているのかもしれんな。
‥‥なんつーか、可愛いやん。


「っく‥‥すご‥く、寂し‥かった‥んだよ」
「そうか、すまんかったなぁ」
裕子は紗耶香を抱きしめた。
「あ‥たし、一人‥で頑‥っ‥張った‥んだよ」

「えらいなぁ。うん、えらい、紗耶香はえらいぞ!」
誉めて、誉めて、誉めまくってやる。
この子の母親が生きていたら、おそらく言ったと思われる言葉を言ってやろう。
390 名前:12月31日 儀式当日 投稿日:2001年06月12日(火)12時49分24秒

「母さん、ごめんね。‥‥あたし本当は嬉しかったんだよ。ぎゅーって抱きしめられて、本当は嬉しかったんだ‥‥。ごめんね、母さん‥‥」


‥‥抱きしめろって要求してるんか?
紗耶香の言っていることの半分も理解できなかったが、とりあえずきつく抱きしめた。
紗耶香は相変わらず激しく泣きじゃくり、ごめん、ごめんと繰り返している。


「何を、謝ってるんや。‥‥あんたは‥うちの自慢の娘やで。‥あんたが幸せならそれでいいんや。‥‥誤ることなんか、これっぽっちもあらへん」
裕子の言葉を聞いて、紗耶香は涙をこらえ、嬉しそうに笑った。
そのまま裕子に体重を預けて、もたれかかる。
391 名前:12月31日 儀式当日 投稿日:2001年06月12日(火)12時50分01秒

気がつくと、紗耶香は裕子の膝をまくらに眠ってしまった。
裕子は紗耶香の髪を手で梳いてやった。
さらさらと指の間からこぼれおちる感触を楽しむ。


こんな風に黙っていると、可愛いのにな。
いつも意地を張っているから、疲れるんやで。


裕子は紗耶香の体を敷布の上に横たえ、布団をかけてやり、自らの体を紗耶香の隣にすべりこませた。
紗耶香が裕子にしがみついてきた。
――まるで何かに怯えるように――

裕子は紗耶香を抱きしめると、額に優しい唇を落とした。


12月31日 儀式当日
392 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2001年06月12日(火)12時55分43秒
やっと『儀式』終了です。
明日の更新の見所は、この一夜が明けてのち、お互いの関係がどういう変化をきたすのか‥‥というところでしょうか。
‥‥夜は、しっかり、寝てくださいね。
393 名前:名無し読者 投稿日:2001年06月12日(火)22時45分58秒
うい、おやすみなさい。
394 名前:名無し読者 投稿日:2001年06月13日(水)00時01分28秒
どどどうなるのかな・・・
・・・おやすみなさい(ネナイケド
395 名前:名無し読者 投稿日:2001年06月13日(水)02時29分31秒
神聖ですね。
396 名前:名無し読者 投稿日:2001年06月13日(水)03時23分42秒
続きが気になって今夜も眠れそうにないな〜。
397 名前:1月1日 〜新しい夜明け〜 投稿日:2001年06月13日(水)06時34分47秒

――― ―――

裕子はふすまの間から差し込む朝の光で、目を覚ました。
昨夜は紗耶香と二人で布団に入って眠りについた。
媚薬草のせいですっかり退行してしまった紗耶香は、裕子を母親と錯覚していた。
胸を触られたが、性的な感じはなかった。
幼い子供が母親の乳房に触れて、安心するような、自然なふれあいだった。
紗耶香は今も、裕子の胸に顔をうずめ、眠っている。


昨夜、母親役を演じたせいかもしれんな――。
こんなに紗耶香の事を愛しく感じる。


裕子が身じろぎすると、紗耶香はゆっくりと目を開いた。
「ん‥‥なんか、気持ち‥わ‥るい‥」
紗耶香が頭を押さえて、うめき声をあげた。
「当たり前や。あんないっぺんに慣れないモノ、飲むからや」
「う‥‥ぅぅ‥‥。怒鳴らないで」
「怒鳴りたくもなるわ」
そうは言ったものの、裕子の顔は笑顔だ。
398 名前:1月1日 〜新しい夜明け〜 投稿日:2001年06月13日(水)06時36分16秒

「‥なぁ、‥昨夜のこと‥‥どこまで覚えとる?」
裕子が紗耶香の顔をのぞきこんだ。
「全部、覚えているよ」
ぽつりと紗耶香が言った。
「え‥‥」
覚えてないと返答されると思っていた裕子は、びっくりして体を起こし、紗耶香を見た。
「何か、‥‥もう一人の自分が動いているって‥感じだったけど。‥‥自分の事、冷静に見ている自分もいたんだ」
紗耶香は上半身を起こすと、照れくさそうに、裕子から視線をそらした。

「‥‥ありがとう、ゆーちゃん。‥‥あたしって、相当、マザコンだよね。‥‥でも、すっきりした。おかげで何か吹っ切れた気がする。‥‥母さんのことも‥‥後藤のことも」
紗耶香は俯いて布団の端をいじり、言葉を選びながら話しはじめた。
399 名前:1月1日 〜新しい夜明け〜 投稿日:2001年06月13日(水)06時37分13秒

「昨夜な、‥‥途中から、うち、自分がしゃべってるんやない感じやってん‥‥。ひょっとしたら、あんたの母親が、うちの体借りてしゃべってたかもしれんで‥‥」
裕子がおどけて言った。
「うん。‥‥ゆーちゃんにしてはやけに格好良かったもんね。それに‥‥滅多にないイベントだったからね。‥‥あの人は、祭り好きだったから、そういうこともあるかもしれない」
「うちは、いつも、格好良いちゅーねん。‥‥それが朝までうちの胸触ってた、甘ったれの言うセリフか!?」
紗耶香は顔を真っ赤にした。
「そ、そんなの、覚えてないよ」
「‥‥自分、全部覚えてるって言わんかったか?」
裕子が笑いを堪えながら言う。
そうなんだけどさ、と紗耶香は憮然とした表情で答えた。


‥‥紗耶香は晴れ晴れとした顔をしていた。
昨日までの切羽つまってピリピリした印象は影を潜め、その代わり、女性らしい柔らかな美しさをかもし出している。
‥‥人はこういうのを、女になったと表現するのかもしれんな‥‥。
400 名前:1月1日 〜新しい夜明け〜 投稿日:2001年06月13日(水)06時38分15秒

「‥後は、ごっちんに素直になるだけやな」
「‥ん‥‥ねぇ、ゆーちゃん、あたしと後藤の事‥‥何でわかったの?」
紗耶香が本当に不思議そうに聞いてくる。
「あんまり姐さんを舐めたらアカンで。‥そんなん、簡単や。あんたが冷たくするのは、決まって後藤だけやし。そのくせ、後藤の事いつも見てるし。‥‥好きな子をいじめてしまうガキと一緒や」
「‥‥‥」
紗耶香は不満そうに口を尖らせた。

「まぁ、ゆっくり大人になったらいいんや。‥‥ごっちんも、まだまだガキやしな」
「‥‥‥」
紗耶香は考えこんでいる。


後は、ガキはガキ同士、うまくやるやろ。
大人の出る幕ではないちゅーことや。
 
401 名前:1月1日 〜新しい夜明け〜 投稿日:2001年06月13日(水)06時39分45秒

「さて、ここを出る前に、あの三人をどうするかやな‥‥」
裕子は腕を組んで、うーんと唸った。
昨夜、紗耶香が眠ってしまった後、裕子と紗耶香の会話が全て聞こえていたに違いない、三人娘への対応策を考えたのだが、良い案が浮かばなかった。

と、裕子と紗耶香の会話が聞えたらしく、隣の部屋のふすまが開き、なつみ、圭織、圭の三人が姿を現わした。
「ゆーちゃん、見損なわないで欲しいべさ」
「圭織達、それほどバカじゃないよ」
「しゃべって良いコトと、悪いコトの区別ぐらいつくって。‥‥無責任に情報垂れ流しているわけじゃないんだから」
402 名前:1月1日 〜新しい夜明け〜 投稿日:2001年06月13日(水)06時41分15秒

‥‥正直、うちは感動した。
こいつらの口から、こんな言葉が聞けるとは思わんかった。
すまん、うちは、あんたらを見損なってたわ。


「‥‥にしても、ゆーちゃん操高くって、圭織ビックリしちゃった」
「本当だべ。絶対、紗耶香の色香に迷わされるとおもったべさ」
「ドキドキしてたのに、ちょっと、がっかりしちゃった」


‥‥見直したとたん、これや‥。
まったく‥‥。


裕子が嫌味の1つでも言ってやろうと、口を開きかけた時、圭がウインクした。
そのまま、圭織となつみを促して退出する。

――暗黙の了解――
――昨夜の事は、5人の胸の内にしまわれる事になるだろう――
403 名前:1月1日 〜新しい夜明け〜 投稿日:2001年06月13日(水)06時42分12秒

『風は導くだけ、あとは人が為すことよ』
裕子はおばばの言葉を頭の中で反芻した。
歴代のノロ達がどのような一夜を《相手》と過ごしたのか――それを知る術はない。
運命の《相手》と熱い夜を分かち合ったのか、あるいは、昨夜の紗耶香のようにカタルシスが起こったのか。
いずれにせよ――


‥‥これでよかったんや。
うちには、こんなんしか、できんわ。

紗耶香の母親と奇しくもそっくりなうちが『儀式』の《相手》に選ばれたのも、おそらくは意味があったんやろ。
母親を失ったことは大きな心の傷となっているにも関わらず、彼女自身それから目をそむけてきた。
それに加えて、紗耶香は幼い頃から、阿麻和利島のノロという責務を背負ってきた。そのため、早く大人になってしまった部分と、未熟な子供の部分との間で、自我が揺れ動いていた。いや、意識的に未熟な子供の部分を隠していたふしがみられる。

今回のことで、紗耶香も気づくやろ。
無理して大人になることはないんや。
ゆっくり、時間をかけて成長すればいい。
404 名前:1月1日 〜新しい夜明け〜 投稿日:2001年06月13日(水)06時43分13秒

裕子は紗耶香の肩をポンポンと叩き、またな、と言うと、ふすまを開き、外へ出た。
新年の朝日がまぶしくて、裕子は手をかざした。
昨夜はうじゃうじゃいた見張りの人達は、夜が明けると帰ってしまったのだろう、人の姿は見えなかった。
しばらく歩いていると、木にもたれるような人影が見えた。
急いで駈け寄ると、真里と真希だった。
互いに寄り添いながら、毛布に包まっている。


‥‥一晩中、ここに?
こんなに‥‥愛しい。
うちの胸の中に、暖かいモノが流れ込んできた。
405 名前:1月1日 〜新しい夜明け〜 投稿日:2001年06月13日(水)06時43分46秒

裕子はゆっくりと二人の冷えた頬に触れた。

「‥んっ」
小さな吐息と共に目を開けた。
「ゆーちゃんっ」
真里が腰をおろしたまま、裕子の腰にしがみついた。
「どこにも、行かんよ。うちは、ずっとあんたの傍におるよ」
真里の髪を優しく撫でながら囁いた。

真希は眠そうに目をこすっていたが、はっと気づくと、裕子を睨みつけた。
「‥‥ごっちん、そんな恐い目で睨まんといてーな。‥‥ゆーちゃん、ごっつ傷つくわ」
「‥‥‥」
「‥‥紗耶香が小屋で待ってるで。‥‥行ってきい。‥‥言いたい事全部ぶつけてきたらええ」
真希はコクっとうなずくと、立ちあがって、小屋へと走り出した。
406 名前:1月1日 〜新しい夜明け〜 投稿日:2001年06月13日(水)06時44分31秒

「‥まったく、世話のやけるやっちゃ‥‥」
裕子がぽりぽりと頭をかいた。
「‥‥ゆーちゃん」
真里の怒気のこもった低い声。
真里も真希同様、やり場のない怒りを抱え込んでいた。
ただ、先ほどは、裕子がいきなり自分の前に現れたため、喜びの感情が先走ってしまった。

「‥な、何や‥‥矢口」
「‥あたし、怒っているんだよ?」
裕子の足に抱きついた姿勢のままの、怒気のこもった声。
「‥わ、わかってるがな‥」
「何が、わかるの?」

裕子は腰をかがめて、真里と視線を合わせた。
真っ直ぐ真里の瞳を見て言った。
「矢口が、うちを、愛していること」
真里の顔がみるみるうちに真っ赤に染まった。
「な、何言って‥‥そんなんで誤魔化されないんだからっ」
「‥‥うちも、愛してるで‥」
裕子はゆっくりと顔を傾けて、真里の唇に自分のそれを重ねた。
407 名前:1月1日 〜新しい夜明け〜 投稿日:2001年06月13日(水)06時45分12秒

――― 

裕子が出ていった後も、紗耶香はしばらくぼーっとしていた。
媚薬草が完全にぬけきっていないのだろう。
働かない頭で考える。


今、何をすべきか?
‥ごとう‥
後藤!
後藤に会わないと!
でも、会ってどうする?
あいつは、もう、あたしに、笑いかけてくれない。
それどころか、もう、会ってくれないかもしれない。
思考回路は最悪の方向へ進んでいく。


『ガサッ』
ふすまの向こうで音が聞こえた。
408 名前:1月1日 〜新しい夜明け〜 投稿日:2001年06月13日(水)06時45分59秒

紗耶香はぴくっと体を震わせ、息を潜めてふすまを見つめた。
やがて、静かにふすまが開くと、目に涙をためた真希が立っていた。
紗耶香はパニックにおちいった。


何で?
何で、後藤がここに?


「‥‥市井ちゃん‥‥あたし‥‥ここにいてもいい?‥‥何も、何もしないから‥‥」
「‥‥後藤」
紗耶香はゆっくり真希に近づいた。
「‥後藤に話したいことが、たくさんあるんだ。‥でも‥‥」
紗耶香は言葉に詰まり、続きを言うことができなかった。
「‥市井ちゃん」
おずおずと真希の手が紗耶香に差し伸べられた。
紗耶香の手と真希の手がゆっくり絡み合った。
409 名前:1月1日 〜新しい夜明け〜 投稿日:2001年06月13日(水)06時47分09秒

「‥‥ごめん‥なさい。‥‥それから‥ありがとう‥。」
ちゃんと目を見て言うことができた。
「市井ちゃん」
真希は嬉しそうに笑うと、紗耶香に抱きついた。

「‥‥何も、しないんじゃなかったっけ?」
「いいもん!」
真希は頬を紗耶香の胸に擦りつけた。
「‥‥ずっと、こうしたかったんだもん!」
「‥‥あたしも、ずっと、こうしたかった‥‥」
紗耶香は真希を強く抱きしめ返した。


1月1日 〜新しい夜明け〜
410 名前:補足 投稿日:2001年06月13日(水)06時48分41秒

※ 専門用語が出てきたため、補足させていただきます。
カタルシス(浄化) catharsis
過去の忘却された不快な外傷体験、葛藤が意識化され、再体験されるとき、人はそれらに結びついた激しい情動を放出し、表現することができる。それと同時に心の緊張が解放される。この過程、方法をカタルシスという。
411 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2001年06月13日(水)06時49分59秒

抱きしめられて幸せいっぱいの、お子様、後藤はともかく、おそらく矢口はあの程度では、誤魔化されてはくれないでしょう。
この後、ゆーちゃんは矢口に、アンナコトやコンナコトをされるんでしょうな〜。
と、妄想をふくらませると、よりいっそう楽しめると思います(笑
さて、この物語もいよいよ明日で完結となります。
長い間ありがとうございました。
412 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月13日(水)13時54分41秒
やです。終わらないで下さい。なんて・・
413 名前:名無し読者 投稿日:2001年06月13日(水)21時00分22秒
最後ですか〜、ちょっと悲しかったりして…
414 名前:名無し読者 投稿日:2001年06月14日(木)02時39分18秒
最後か・・・

長い間、隠れて拝読させて頂いてました。

明日の完結、楽しみにしております。
415 名前:名無し読者 投稿日:2001年06月14日(木)03時44分21秒
今回の更新分を読んで心の中のモヤモヤ感が浄化されました。
これで、今夜はぐっすり眠れそうです。(w

終わってしまうのは大変残念ですが、最後まで楽しみしてます。
416 名前:エピローグ 投稿日:2001年06月14日(木)07時52分27秒

――― ―――

あれから『儀式』に関するウワサが流れることはなかった。
あのおしゃべりな三人も、締めるべきところはキチッと締めているようだ。
圭は新しい恋のウワサがチラホラ聞こえてきたりする。
圭織は島の美少女隊のニューリーダーに選出され、張り切っている。
なつみは少し痩せて、前より可愛くなったと評判だ。


おばばは元気そのもので、ひょうひょうと生きておられる。生き字引の彼女は、そこに存在するだけで意味があるのだ。
亜衣と希美も、毎日元気に野山を駆けずり回っては、ゆーちゃんの診療所にちょっかいを出しているらしい。ゆーちゃんも、子供に懐かれるのはまんざらでもない様子だ。
おばばの不思議な魅力はこの二人にもしっかりと受け継がれている。


吉澤と石川は『儀式』の後、ボロボロになった矢口と後藤の面倒をずっと見ていてくれたようだ。その他にも(後藤いわく)『儀式ぶっこわし作戦』のため調達した、重たい扇風機2台と発電機を片付けたのもこの二人らしい。
優しい、というか‥‥貧乏くじをひく運命なんだろうか?
吉澤は自分が作ったバイクの後ろに石川を乗せて、こっそり乗り回しているらしい。
もちろん無免許だ。
あくまでウワサなので、真実は定かではない。
417 名前:エピローグ 投稿日:2001年06月14日(木)07時53分37秒

ゆーちゃんの診療所は、相変わらず暇そうだ。
それだけこの島が平和で、健康な人々が多いということなのだろう。
最近、あたしにものを頼む時、ニヤニヤ笑いを貼りつかせながら、母さんの言うことをきけ、と言うようになった。
‥‥困ったもんだ。


矢口は新しい船をゆーちゃんにせがんで買ってもらった。
ゆーちゃんも矢口に関しては負い目を感じているらしく、あっさりオーケーしたらしい。
‥‥まったく‥‥そんなんだから、疑われるんだよ。
矢口と後藤は今だに、あたしとゆーちゃんのことを引きずっているみたいだ。
あたしとゆーちゃんの会話をじっと二人で固まって聞いていることもある。
‥どっちにしろ、矢口があたしの親友であることに変わりはない。
418 名前:エピローグ 投稿日:2001年06月14日(木)07時54分23秒

後藤は、日ごと、綺麗になっていく。
十五歳という年齢は、少女の美しさと女性の美しさが、ちょうど渾然一体となる時期なのかもしれない。
彼女の髪が風に吹かれ、揺れ動く様を見るだけで、あたしの胸はドキドキと鼓動がはやまる。


あたしと後藤の関係は相変わらずだ。
あたしは焦ることをやめた。
ゆっくり――大人になればいいのだ。

あの幼い日の恋の続きを――楽しんでいる。
あたし達は手をつなぐだけで、胸が高鳴り、頬が高潮する。
そして互いの瞳をみつめ、その奥に隠された感情をよみとろうと模索する。


この恋の結末がどうなるか。
それは、おそらく、あたし達が本当の意味で大人に近づいた時にわかるだろう。

――まだまだ先の話だ。


〜Fin〜
419 名前:君に伝えたいこと 投稿日:2001年06月14日(木)07時57分46秒
前述した通り、このスレは、酒に酔い、ほとんど泥酔状態の時に立ちあげました。もともと、酒を飲むと、万能感が増していって、何でもできるような気になってしまうタイプなんです。
それに、実は、タイトルからして間違っているんですよね。
このスレの題の由来となった琉球民謡は、正しくは『月の美しや』ではなく、『月ぬ美しや(つきぬかいしゃ)』なんですね。
さすが酔っ払い。
最初から間違えてるし。
おまけに回線つないだまま直に打ちこんでいるもんだから、通話料の請求書を見た時は、目の前が真っ暗になりました。
あぁ、自己嫌悪。
420 名前:君に伝えたいこと 投稿日:2001年06月14日(木)07時58分56秒

いずれにせよ、
『月ぬ美しや十日、三日(つきぬかいしゃ とぅか みっか)
 美童美しや十七つ(みやらびかいしゃ とう ななつ)
 ホーイチョーガー』
という、とても美しい島歌です。機会があったらぜひ聞いてみて下さい。

阿麻和利(あまわり)島の名前は、沖縄が琉球と呼ばれていた時代の武将の名前からつけました。沖縄では『阿麻和利と護佐丸』という有名な歌劇もあるくらい有名なお方です。

この物語はおそらく酒の席で、とある女友達が語った南の某島での(夜這い)体験話からヒントを得たもの(と思われ)ます。
泥酔状態の頭の中では、ほとんど完璧な『月ぬ美しや』物語ができあがっていて、それで書きはじめたわけですが、段々と酒が抜けていく中、完璧だったはずのストーリーは霧の様に消えてしまい。半端なストーリーと設定だけが残されたわけです。
あの(泥酔状態の)時メモを取っておけば‥‥と何度悔やんだことか。
それからは、もう、頭をひねくり回して、苦労しつつ、何とか物語を書きあげることができました。
421 名前:君に伝えたいこと 投稿日:2001年06月14日(木)08時00分07秒

それも、読者の人達、レスしてくれた皆さんのおかげです。
どれだけ励まされたかわかりません。
本当にありがとうございました。
途中からレスの返事を返さなくなったのは、実は私生活でゴチャゴチャしていたもんで、
返答する元気がなくなったというか、そういう訳です。
でも、『小説の登場人物が性指向で悩むこと少なくないですか?』とレスした時は、予想以上の反響があったので、嬉しかったです。

おそらく、この頭の中には、あの泥酔状態の時に考えていた、もう一つの『月ぬ美しや』物語が眠っているに違いありません。
もう、目覚めることはないでしょうけど(笑
422 名前:君に伝えたいこと 投稿日:2001年06月14日(木)08時01分19秒

終わってしまうの残念とか書かれると、天狗になっちゃいますよ?
根っからのお調子者ですから。
そうですね‥‥とりあえず、しばし一読者に戻ります。
続編を書くとなると、どうしても大人のストーリーになってしまうと思うので。
(意味わかりますよね?)
このスレが沈んで、忘れ去られた頃合を見計らって、ほそぼそと再開しようかな、と思っています。それとも別スレ立てた方がいいのかな?
(某作者さんのように)

それはともかく、市井紗耶香、後藤真希、中澤裕子、矢口真里、飯田圭織、安部なつみ、保田圭、吉澤ひとみ、石川梨華、加護亜衣、辻希美、それぞれ愛着を持って書かせていただきました。
皆さんも、彼女達を愛してくだされば幸いです。

あっちゃん太郎
423 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月14日(木)14時26分44秒

おつかれさまでしたぁ〜。
ハッピーエンドで終わってよかったです。
天狗になって続編バリバリ書いてください(w
できたらこのスレで……。
424 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月14日(木)21時25分11秒
お疲れ様でした。本当に長い2週間でしたね w
ず〜っと更新楽しみにしていました。
登場人物のひとりひとりに作者さんの愛情が感じられ、
とても心地よかったです(途中若干痛かったけど・・w)
酔った勢いで書き始めたのに放棄せず、そしてこんな名作を残してくれた、
あっちゃん太郎さん本当にありがとうごさいました。
425 名前:名無し読者 投稿日:2001年06月14日(木)23時08分20秒
そー言えば、泥酔じょーたいで、いきおいで始めた話でしたっけ…
また泥酔状態になることを期待してます。
最後に、
読んだあとしあわせな気持ちになる作品をありがとうございました。
426 名前:名無し読者 投稿日:2001年06月15日(金)01時30分08秒
毎日の更新お疲れ様でした。
そして良い話をありがとうございました。
続き期待しまくってます
続き書くとしたらこのスレで良くないですか?
めちゃくちゃ楽しみにしてます(w
427 名前:名無し読者 投稿日:2001年06月15日(金)03時40分33秒
作者さん、素晴らしい話をどうもありがとうございました。
読み終わった後ほんと暖かい気持ちになれました。
これも作者さんのキャラへの愛情の賜物ですね。
さて次回作ですが、忘れ去られた頃などと言わず、酒の力を借りて明日からなんてどうですか?(w
とにかくお疲れ様でした。
428 名前:名無し読者 投稿日:2001年06月15日(金)04時47分40秒
御疲れさまです。
すっきりとした読後感を味わえました。

今は、ゆっくりして下さい。
その後は……1杯おごりますから、書いて下さいyo!
429 名前:ぱな 投稿日:2001年06月15日(金)17時13分02秒
完結おめでたう。
邪魔したくなかったので、途中レスはやめておきました。
読み終わって、スッキリしました。
久々に言い終わり方をする小説を読んだ気がしまふ。
430 名前:白板書き 投稿日:2001年06月16日(土)00時20分31秒
↑のばなさんと同じく、終わるの待ってレスします。

姫神の「神々の詩」を偶然ですが聞きながら読みました。
あうんです。この小説と。
映画化したいっすねえ。
アルコールにつられ、すれ立ててしまうのは良くある事です(爆
自分も、そうです(w?爆
いちごま原理主義者の自分は十分に楽しめました。
作者さんに感謝の言葉を送ります。
ありがとうございます。
また、作者さんの万能感を誘った酒にも感謝します。

431 名前:感想 投稿日:2001年06月25日(月)03時58分15秒
作品読みました。
完結しているので書いて良いのやら迷いましたが…
超超超いいかんじです。この作品は名作っす。めっちゃストーリが良かった。
どこかの板で紹介したいっす。次回作が有ったら紹介してくださいね<作者さん
432 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年06月26日(火)15時42分26秒

――― ―――

日本国は認めていないが、実質的に日本とは異なる制度をかたくなに守っている、それが、日本の最南端に位置する――『阿麻和利島』だ。

周りを海に囲まれた面積約1000ku、人口約2000人からなる。
一応日本国に所属してはいるものの、その特異な文化と日本の最南端に位置するという地理的な条件により、日本国とは異なる社会システムを形成してきた。

特に目を引くものの一つは『通い婚』と呼ばれる結婚制度だ。
『通い婚』とは通称『夜這い』ともよばれており、成人に達した男女が想いをよせる成人の家に通い、一夜を共に過ごすというものだ。
この場合、その相手を受け入れるか、あるいは拒否するかの選択権は通われる側にある。合意の上で行われたわけではない性交渉(強姦)は最も重い罪として罰せられる。また、子供が生まれた場合は母親方の家で育てられることが多い。一度限りの関係は数少なく、生涯同じ人に通い、通われることが多いという。
阿麻和利島では満十七歳をむかえた男女は、成人として『通い婚』に参加する資格と責任を得ることになる。

そしてもう一つ『ノロ』と呼ばれる女性の存在がある。
ノロは大自然の声を聞くことができる女性として、島人からあつい信頼をうける。その才能は母から子供に引き継がれ現在に至っている。
433 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年06月26日(火)15時44分58秒

――― ―――

2000年1月15日、中澤裕子は直接の上司であり、また学院時代の恩師でもあるA教授から頼まれ、彼になり代わり、定期健康診断のため、阿麻和利島へと向かっている最中だった。
裕子と同じく、東京の某国立大学病院に所属するA教授は変わり者だと評判の人物だったが、裕子は医者として、生命に対して常に敬虔であろうとするA教授を尊敬していた。

東京から沖縄本島まで飛行機で約3時間、それから船に乗って約3時間の長い旅が始まる。
昨夜遅くまで仕事の資料を整理したからだろう、裕子は飛行機の中で機内食、飲み物に目もくれず、ひたすら眠り込んでいた。三時間の休息の後、裕子はすっきりとした気分で沖縄の地に降り立った。

沖縄本島から阿麻和利島までは、阿麻和利島在住のつんじいというおじさんに船に乗せてもらう。
つんじいは、裕子の顔を見たとたん驚いたような顔を見せたが裕子はまったく気にとめなかった。

裕子の金髪に染めた髪や、ブルーのカラーコンタクトは世間一般がもつ『医者』というカテゴリーからは外れているという認識は持っていたし、自分が医者であることを知らない第三者に職業を明かす時は、決まってこういう反応をされてきたからだ。

そういう時、裕子は自分の上司がA教授である事を心から感謝した。
出世にまったく興味を持たないA教授(しかし腕は確か)と金髪碧眼の裕子(しかし顔立ちは東洋人)の子弟コンビは病院内で浮いた存在だった。
お堅い大学病院で、A教授以外の教授の部下になっていたら、自分は難癖をつけられた上に解雇か、もしくは、思う存分いびられた末に心因性の病気にでもなっていたのではないだろうか。
しかし、そのA教授も今年の3月いっぱいで定年退職してしまう。そうなったら自分はどうなってしまうのだろうか。裕子は不安を感じていた。
434 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年06月26日(火)15時46分06秒

裕子を乗せたつんじいの小型船舶は、ゆっくりとしたスピードで動き出した。
裕子はまだ見ぬ阿麻和利島に対する緊張と期待から、体が浮き上がるような高揚感をあじわっていた。
甲板に腰掛けると、の青い空と海をまぶしく感じ、目を細めながら、胸いっぱいに潮の香りのする空気を吸いこんだ。
「いいにおい〜」
裕子の叫びにつんじいは笑い声をあげた。
操縦桿を握りながら話しかけてくる。
「先生、先生は阿麻和利島は初めてかい?」
「ええ、沖縄本島までは、観光で来た事がありますけど」
「じゃあ、島に親戚がいる‥‥ってことはない?」
「‥‥ない‥‥と思いますよ」
裕子の言葉につんじいは無言で頷いた。

「どうしたんです?」
「‥‥先生が‥‥知り合いによく似ているから‥さ‥」
「知り合い?‥‥まさか外国人じゃないですよね?‥‥うちは、うちの髪は染めてるだけで、本当は黒いですよ?」
「わ、わかってますよ。先生が日本人ってことはっ」
つんじいは慌てたように首をぶんぶんと横に振った。
つんじいの慌てぶりがおかしくて、裕子はクスクスと 笑った。
435 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年06月26日(火)15時47分13秒

島に着くまで約3時間かかるため、それまで船室で休んでもいいですよというつんじいの言葉に甘えて、裕子は甲板から船室へと移動した。
船室の中は簡易ベットや小さなコンロなどが置いてあり、それなりにくつろげる空間になっていた。
裕子は旅行かばんの中からA教授が渡してくれた注意書きを取り出すと、ベットに横になりながら、読み始めた。
しばらくすると、事前に飲んでおいた酔い止めの薬が効き始めたのか、睡魔が訪れた。裕子は抵抗もせず、あっさりと睡魔に身を任せた。

どのくらい眠っていたのだろう。
気がつくと、船のエンジンは止まっているし、何やら甲板の方で人の話し声がする。
つんじいの低い声と少女の高い声。
裕子は目をこすりながら、腕時計を見た。
到着予定時間より1時間ほど早い。
もう、島に着いたんやろか?
裕子はゆっくりとベットから起きあがると、背伸びをした。
それから甲板へと通じるドアをゆっくり回して、船室から外へ出る。
436 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年06月26日(火)15時48分27秒

裕子の視界に、ハンドルを握るつんじいの後ろ姿と、その隣に腰掛けた小さな少女の後ろ姿が入ってきた。と、物音に気づいたのだろう、少女が振り向いた。
日に焼けて金色に近い髪と浅黒い肌、歳の頃は高校生ぐらいだろうか。
大きな瞳は真っ直ぐに裕子を見つめている。

「何や、えらい、可愛い子やなぁ」
裕子はニコニコ笑いながら少女に近づいた。

少女はじっと身動きもせず、凝視していたかと思うと、いきなり裕子に抱きついてきた。
「な、何や、どないしたん?」
突然の事に裕子は狼狽した。
「‥‥‥違う」
少女は小さく呟くと、抱きついていた腕をほどき、裕子から離れた。
「‥‥あんた、誰?」
「こら、真里っ、この人は先生だ。‥‥言っただろ、医者先生だよ」
つんじいが慌てたように言った。
少女は目を見張ると、ため息をつき、それから俯いてしまった。
「‥‥すいません。‥先生、難しい年頃なんで、勘弁してもらえますか。わしからよく、言っときますんで」
つんじいが申し訳なさそうに頭を下げた。
「ああ、気にしせんといてください。うちもこんな格好なんで、医者に見られん事多いんです」
裕子は気にしてないという風にひらひらと手を振り、俯いている少女に手を伸ばすと、頭を撫でた。
びくっと少女の体が震えた。
437 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年06月26日(火)15時49分21秒


‥‥‥その時、うちは気づいてなかった。

この少女との出会いが――その後のうちの運命を大きく変えることとなる。
438 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2001年06月26日(火)15時56分23秒
いちごまの続編を書こうと思ったのですが、その前に中澤と矢口のなりそめを書かなければ‥‥と思いまして。
時は――『月の美しや』本編より、約1年前です。
なので、残念ながら市井と後藤のラブラブは出てきません。
やぐちゅー一本に絞りたいと思います。
更新は、多分、ゆっくりになると思います。
439 名前:読者の名無し。 投稿日:2001年06月26日(火)16時31分59秒
うわ〜♪
はじめて感想書かせていただきます。
実は2人の馴れ初め気になってたんですよ〜。
やぐちゅー大好きです。更新楽しみに待ってます!
440 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2001年06月26日(火)17時30分38秒
何で矢口がいきなり船に乗ってんだよ!
という方 >>244-246を参照して下さい。さすれば、多分わかると思います。

『月の美しや』本編完結のときは、たくさんのレスを頂きました。ありがとうございます。
この外伝、豹と子狐の詩を書く気になったのも、皆さんのレスのおかげです。
これからも、見守ってくれると嬉しいです。
441 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月26日(火)21時43分18秒
やぐちゅー感激っす!!
442 名前:名無し読者 投稿日:2001年06月27日(水)02時52分08秒
外伝が始まってる〜♪
やぐちゅー出会い編ですか〜、めっちゃ楽しみっす!!

この作品の後のいちごまの続編も楽しみにしています!!
443 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年06月28日(木)18時52分25秒

――― ―――

つんじいが裕子にこの少女が船に乗る事になった経緯を説明した。
どうやら一人で船を出したものの、途中でエンストしてしまい途方にくれている所に、ちょうど、つんじいが通りかかったという訳らしい。

少女は俯いていた顔を上げると、再び裕子の顔をまじまじと見つめ、顔を歪めた。
裕子の黒いハーフコートの裾を握りしめると、嗚咽をもらして泣き出してしまった。
つんじいはそんな少女の様子をチロチロ見て、オロオロしながら、ハンドルを握っている。
「‥‥つんじい‥さん、いいですよ。うちがこの子の事みてますから。‥‥運転に集中して下さい」
裕子は幾分戸惑いながら少女の頭を撫で続けた。

この少女が何故泣いているのかはわからないが、少なくとも嫌われているわけではないらしい。それどころか、甘えられているような気さえする。
裕子は何故か、顔がゆるむのを押さえる事ができなかった。

少女の握り締めたハーフコートに深いしわがよっている。
このコート高かったよなぁ。
裕子はぼんやりとそんな事を考えていた。
444 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年06月28日(木)18時53分24秒

しばらくすると、少女の嗚咽も収まり、呼吸も落ち着いてきた。
「‥‥泣き止んだなら、顔上げてーな。‥‥可愛い顔が見たいやんか」
裕子がおどけてみせると、少女はおずおずと顔を上げた。
泣いたせいで目と鼻が赤いものの、少女の可愛さは損なわれてはいなかった。

裕子が笑いかけると、少女もはにかんだような笑顔を見せた。
「‥‥やっぱり、笑った方が可愛いで」
裕子は目を細めると、今度は少女の髪をワシワシとかきあげた。
とたんに、少女が息を呑んだ。
裕子は慌てて手をひっこめた。
「ご、ごめん。嫌やった?」
「‥‥違う‥‥びっくりしただけ‥です」
少女は首を横に振ると、小さく笑った。
445 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年06月28日(木)18時54分28秒

――― 

船が阿麻和利島に到着した頃には、すでに大勢の島人が出迎えにきていた。
裕子が船を港に繋いでいるつんじいの様子を見ていると、先程の少女が寄ってきた。
「‥‥さっきはイロイロ‥ごめんなさい」
ぺこっと頭を下げた。

「気にせんでええよ。‥‥あんた名前何ていうんや?」
「‥矢口真里です」
「矢口か‥‥うちは中澤や、中澤裕子。‥‥よろしくな」
「‥中澤‥裕子」
真里が確認するかのように、重々しく言った。
446 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年06月28日(木)18時55分16秒

「ん?何や?」
裕子はそんな真里がおかしくて、笑いながら聞いた。
「な、何でもないです!」
「ふーん」
「何ですか!?」
「怒った顔も可愛いなぁって」
真里の顔が真っ赤に染まった。
裕子はその様子を見て、ニヤニヤ笑いを顔に貼りつかせた。

「へ、変な人」
真里はそう叫ぶと、きびすを返して、船から飛び降りた。
裕子は小さくなっていく真里の後姿を眺めながら肩をすくめ、小さなため息をつくと、両手に1つずつ、計2個の旅行かばんを持って、船を降りた。
447 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年06月28日(木)18時55分50秒

――― 

裕子の顔を見ると、島の人々は一様に驚愕の表情を浮かべた。中には腰を抜かさんばかりに驚いている人もいる。
一体、何なんや!
まわりを島人に囲まれ、ジロジロと見つめられると、裕子は言い様のない心地悪さを感じた。

と、人だかりがさっと割れて、白い服を身に着けた少女が現れた。
年の頃は高校生ぐらいだろうか。ショートカットの黒髪の下には、強い意思を示す瞳が輝いていた。体つきは小柄にも関わらず、身にまとう空気が少女を大きく見せている。

人だかりが割れたでぇ。
‥‥まるでモーゼの十戒やな。
裕子は唖然と少女が近づいてくるのを見つめていた。
448 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年06月28日(木)18時56分39秒

少女は裕子の前に立つと、挑戦的な眼差しを投げかけた。
「ようこそ、中澤先生。私は市井紗耶香‥‥阿麻和利島のノロです。」

‥‥ノロ?
裕子はA教授が渡してくれた注意書きを思い出した。
確か『ノロ』についての一節もあった。
確か――えらい信頼されてる‥人らしいケド。
でも、こんなに若いんか?
まだ子供やんか。

「ホンモノのノロですよ。‥‥若いですけど」
裕子の訝しげな視線に気づいたのか、紗耶香が顔を曇らせながら言った。
「い、いや、疑ったわけやないで!」
紗耶香は表情を緩めると、島人達に目配せをした。
島人達はゾロゾロと解散して、帰宅していく。
449 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年06月28日(木)18時57分46秒

「‥‥宿は私の家を利用してください。健康診断についてですが、この島には診療所がないので、代わりに明日から公民館で行うことにします。‥‥これからちょっと行きましょうか。」
紗耶香はそう言うと、さっさと歩きはじめた。
戸惑いながらも裕子も紗耶香の後に続いた。
と、紗耶香が振り向いて、裕子が右手に持っている旅行かばんを取ると、ニッコリと笑いかけてきた。

「A教授はお元気ですか?」
「元気やで。‥‥退官が近いんで、忙しそうやけどな」
「よかった。今年は来れないって連絡があって、気になっていたんですよ」
紗耶香が裕子の顔をのぞきこんだ。

「忙しいからな、うちに頼みよったんや。‥‥自分が引退するから、後継ぎにしよう思ってるんちゃうかなぁ」

「ふーん‥‥そうそう、手伝いの女の子を頼んであるんですよ。‥‥かなりウルサイけど、根はいい人ですよ。‥‥先生も気に入るといいけど」
そう言いながら、紗耶香は笑いを堪えているようだ。

一体どんな問題児が手伝ってくれるんやろか?
裕子は不安を覚えた。
450 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年06月28日(木)18時58分37秒

港からしばらく、一本道を真っ直ぐ歩いていると、視界が開けてきた。
島の部落に着いたようだ。まばらに民家が見え、子供達が元気に走り回っている。
子供達が紗耶香と裕子を見つけると、駈け寄って挨拶してきた。
紗耶香はニコニコ笑いながら対応している。
こんなのどかな風景を見るのは久しぶりやなぁ。
裕子の顔に自然に微笑みが浮かんできた。

そこからさらに南へ10分ほど歩いていくと、公民館らしい建物が見えてきた。
建物の前には3人の若い女性が座りこんでいた。
紗耶香と裕子を見つけると、走り寄ってきた。
「うわ〜、うわ〜、そっくりだべ」
「紗耶香遅いよ。待ちくたびれちゃった」
「あ〜金髪だ〜」
口々に叫び始めた。

紗耶香は苦笑すると、呆然としている裕子に、彼女達がお手伝いの女の子ですと言った。
451 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年06月28日(木)19時00分07秒

――― 

健康診断を手伝ってもらう女の子との顔合わせも無事に終わり、必要な器具を公民館に置かせてもらうと、裕子は紗耶香の自宅へと案内された。

部落のはずれにぽつんと建っている2階建ての建物は、シーンと静まりかえっていた。
「‥‥誰も、居らんの?」
「あたしは一人暮しです」
「そうなん?」
「両親とも、もう亡くなりましたから」
「あ‥‥スマン」
裕子は慌てて謝った。
紗耶香は裕子の顔をじっと見つめた。

「‥‥どうしたん?」
「‥‥先生が、知っている人によく似ているから‥‥」
「‥つんじいも同じ事言ってたわ」
裕子は紗耶香の顔を見つめかえした。 

紗耶香はふいっと視線をそらすと、夕飯の仕度をしますねと言って席を立った。
裕子はため息をつくと、右手でガリガリと頭をかいた。
452 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年06月28日(木)19時01分10秒

紗耶香が作った夕食は、新鮮な魚の煮付だった。
裕子はあまり魚を好きではなかったが、不思議とおいしく感じ、珍しく食べすぎてしまった。
食後のお茶を飲みながら、裕子が食べすぎたわと笑うと、紗耶香も笑いながら、あたしも食べすぎました、いつも一人だから誰かと一緒に食べると食欲が増すんですよね、と言った。

「何か、質問はありますか?」
唐突に紗耶香が聞いてきた。
「んー‥‥この島の人口はどの位やったかな?」
「約2000人です」
「うちは‥9泊10日の予定で来ているから‥‥実質8日で2000人みるわけか‥‥2000÷8は‥‥えーっと‥‥250!‥‥1日250人もみるんか!?」

「‥‥そんなことはないと思いますよ」
「ん?どういうことや?」
「‥‥日に30人来れば上出来でしょう‥‥去年もそれ位しか来ませんでしたし」
紗耶香が言いよどんだ。
裕子は訳がわからないというような顔をしている。
453 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年06月28日(木)19時02分05秒

「30人?‥‥何でそんだけしか来なかったんや!」
「‥‥健康な人が多いのがひとつ。‥‥それと、もうひとつの理由は‥‥日本人フォビア(恐怖症)‥です」
「日本人フォビア(恐怖症)?」
裕子にとっては耳慣れない言葉だ。 

「‥‥先生はここに来る時、不思議じゃありませんでした?‥‥何故、わざわざ、東京の国立大学病院から、こんな小さな島に派遣されるのか。東京からこの島に来るのに、飛行機で3時間、さらに船で3時間、計6時間もかかるんですよ。‥‥それなら、沖縄本島から医者を派遣した方が早いでしょう?」
裕子は頷いた。 
確かに紗耶香の言う通りだ。
時間といい、コストといい、東京よりも沖縄から医者を派遣した方が、いいに決まっている。
454 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年06月28日(木)19時03分05秒

「そうしない訳は‥‥日本政府は、この島を監視したいんですよ。だから目の届く所にいる東京の国立病院の医者を派遣しているんです。‥‥まぁ、この島自体、日本政府の方針を極力、無視する方向で動いてますからね、目の上のタンコブなんでしょう」
紗耶香はたたみかけるように言葉をつむぐ。
「‥‥監視やなんて‥‥うちはそんな事‥‥」

「この島から帰ったら、報告書を厚生省に提出するように言われているでしょう?‥‥たかが健康診断ぐらいで厚生省本庁に報告書を提出するなんて、おかしいと思いませんか?‥‥それに一時期、この島に医者がいないのは、日本政府の陰謀だっていうウワサが流れていたんです」
紗耶香が吐き捨てるように言った。
裕子は黙りこむと、俯いてしまった。
455 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年06月28日(木)19時03分52秒

「‥‥べつに先生を責めているわけじゃないんですよ。‥‥ただ、そんな訳で、日本人を嫌いな島人が多いんですよ。‥‥この島に移住してきた日本人は別ですけどね」
紗耶香は困ったように裕子を見て、小さくため息をついた。
「移住?」
「最近、多いんですよ、移住者が。‥‥すっかり、島にとけこんでますよ」

裕子は旅行かばんをガサガサと探ると、一枚のクシャクシャになった紙を取り出した。
「A教授にな、色々注意せんとイカンこと書いてもらったんや‥‥」

裕子の取り出した注意書きには次のような事が記されていた。
456 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年06月28日(木)19時04分54秒

中澤君、阿麻和利島には、色々な不思議が溢れているよ。君もきっと気に入るだろう。
その中でも、特出している事をここに書いておく。

@ この島においては『通い婚』が一般的だ。通称『夜這い』とも呼ばれている。成人に達した男女が思いをよせる成人の家に通い、一夜を共に過ごすというものだ。まあ、君には縁がない話かもしれないね。
A この島では、十七歳以上が成人扱いとなる。十七歳を子供扱いすると、痛い目にあうぞ。気をつけたまえ。
B 『ノロ』と呼ばれる女性の存在がある。大自然の声を聞く事ができる女性として、島人からあつい信頼をうけている。現在のノロはえらく綺麗な子だ。しかし困った事に、気難しくてな。まぁ、君ならうまくやっていけると信じている。
C 『日本人フォビア(恐怖症)』が根強い。移住してきた日本人はともかく、ふらっと来た日本人は嫌いな島人が多い。重々気をつけて、行動してくれたまえ。
D 『おばば』と呼ばれる女性の存在。これは驚くぞ。推定年齢130歳の女性だ。医者としては、非常に興味深い存在だ。
E 同性愛のカップルが多い。おそらく、同性愛に関する偏見がほとんどないという事に起因していると思うが、日本から移住してくる人も多い。島人が恋愛に関して、非常におおらかであるということも、原因の一つに挙げられるだろう。同性愛に関する差別的な行動、発言は極力慎むこと。
457 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年06月28日(木)19時05分52秒

裕子は紗耶香の言った『日本人フォビア(恐怖症)』言葉を反芻しながら、注意書きをじっくり読んだ。
どうやら、うちは、あんまり歓迎されていないらしい。
それなら、港での、島人の妙な反応も納得できるというものや。
お馬鹿な日本人がやってきたとでも思われていたんやろか。
裕子は自嘲的な笑いを浮かべた。
「‥‥先生‥どうしたんです?」
裕子が注意書きを読んでいる様子を、黙って見つめていた紗耶香が口をひらいた。

「いや‥‥島の人がな、うちの顔を見たとたん、驚いたような顔をしたんよ。‥‥なんや急に思い出してな」
「あー」
紗耶香は納得したように頷いた。
458 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年06月28日(木)19時06分40秒

裕子が不満そうな顔をすると、紗耶香はちょっと待っててと言って、立ちあがり、部屋を出ていった。
階段を上がる音が聞えてきた所をみると、おそらく二階に登ったのだろう。
裕子はすでにぬるくなってしまったお茶を飲んだ。
しばらくすると階段を降りる音がして、紗耶香が姿を現わした。

無言で右手に持っていた写真立てを裕子に差し出した。
裕子は写真立ての写真を見て、驚愕した。

自分が写っているではないか。
いや、髪と目の色が違う。
黒髪に黒い瞳、幾分、裕子よりは年上であろう。
その女性の隣には、幼い紗耶香が写っていた。
459 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年06月28日(木)19時07分37秒

「‥‥そっくりでしょ?‥‥最初、先生見たとき、悪い冗談かと思ったもん」
「‥‥誰や?」
「‥母さん‥‥死んだ、あたしの母さんだよ。‥‥つまり、先代のノロ。‥‥みんなびっくりしてたもんね‥‥アハハハ‥」
紗耶香がの笑い声がむなしく響いた。

「‥‥知ってる人って‥‥母親のこと、だったんか?」
「‥まあね‥‥先生は‥‥いくつ?」
「‥‥26や」
「ふーん‥‥」
「あんたは?」
「16歳だよ」
「‥‥そうか」
裕子は紗耶香をじっと見つめた。
紗耶香は顔を赤くすると、散歩に行ってくる、と言い残し、部屋を飛び出していった。
460 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年06月28日(木)19時08分12秒

大人びて、可愛げのない子やと思ったけど、可愛いいところもあるやんか。
そういやぁ、健康診断を手伝ってくれる子達も、顔だけは可愛かった。
矢口‥‥やったっけ‥‥あの子もめっちゃ可愛かったよなぁ。
‥‥何や、楽しくなってきたでぇ。
裕子の顔が、見る見るうちに、にやけてきた。
461 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年06月28日(木)19時09分16秒

しばらくすると、紗耶香が散歩から帰ってきた。
山盛りのみかんを抱えている。
「どないしたん?」
「‥‥庭にあった」

紗耶香はみかんをテーブルの上に置くと、上着のポケットの中から小さな紙片を取り出し、裕子に手渡した。
「何や?」
「みかんと一緒に置いてあった‥‥」

裕子は四つ折の紙片を開いた。
紙片には、ただヒトコト『中澤裕子さんへ』と書いてあった。
 
「‥‥どういうコトやろ?」
「さぁ?」
紗耶香は興味なさそうに答えると、さっそく皮をむいて食べ始めた。
「甘くて、おいしい」
「そうか‥‥」

紗耶香の能天気な声を聞きながら、裕子は明日の健康診断に思いをはせていた。
462 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2001年06月28日(木)19時16分51秒
長いですが、途中で切るのも、どうかなぁと思い、一気に載せてしまいました。
久しぶりに案内板を見てみたら、面白い事やってますね。
短編バトル?でしたっけ。参加してみようかな‥‥。
紫板にも、気づいてなかった。もっと、まめにチェックしなければ‥‥。
463 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2001年06月29日(金)10時19分24秒

――― ―――

健康診断は島の部落ごとに、8つの地域に分けられ、それぞれの地域の健康診断を何日目に実施するかという通知は、予めなされているらしい。

矢口は、何日目に、来るんやろうか‥‥。
って、違う!
それよりも、一体、何人の島人が健康診断に来てくれるんやろか。
30人より少なかったら、うち、まじでへこむわ‥‥。
早朝、裕子は誰もいない公民館で、そんな事を考えていた。

しかし、裕子の心配をよそに、昼頃には、診療室に大勢の島人がやって来た。
みんな一様に、まじまじと裕子の顔を見つめる。
先代のノロ(亡くなった紗耶香の母親)にそっくりな裕子を、ひとめ見ようとやって来たのだろう。

そんなにジロジロ見んといてや。
動物園の檻の中にいる気分やな。
裕子はこっそりため息をついた。

最初はジロジロ眺められる事に、居心地の悪さを感じていた裕子も、しばらくすると、慣れてきたのか、微笑を浮かべ、会釈する余裕も出てきた。
聴診器を当てながら、島人に、にこやかに話しかけたりすることもできるようになる。
464 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年06月29日(金)10時21分01秒

「ちょっと太り過ぎじゃない?」
「え〜そんなこと、ないべさ」
「ちょっと、圭ちゃん、血圧低いよ〜」
健康診断の手伝いをしてくれる、三人の娘達、保田圭、飯田圭織、安部なつみの声が公民館中に響きわたった。
圭は体重と身長の測定、圭織は血圧測定、なつみは視力判定を担当している。
先程から、三人は、好き勝手な事を大きな声で話していた。

「あんたら、ちょっとは静かにしてや!聴診器の音も聞えないやんか!!」
裕子が青筋を立てて怒鳴った。

裕子と向かい合って座り、聴診器を胸に当てられていた男性は、驚いたような顔をしている。
裕子ははっとして、すいません、と謝った。

「そんなこと言ったって、忙しいんだもん」
「圭織だって、一生懸命やってんだからさ〜」
「そうだべ、そうだべ」
三人は、口々に叫び始めた。

出会った初日から、うるさい子達やと思っていたが、こんなにとは思わんかった。
裕子は頭をかかえた。
465 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年06月29日(金)10時22分08秒

――― 

午後四時、今日一日の、健康診断が終了した。
来診数、約30人という予想を裏切って、84人が来診に訪れた。

「‥‥1日目にしたら、上出来やでぇ〜。うちも、安心したわ」
裕子は腰掛にぐったりと身を沈めながら、心底ほっとしたように言った。

「でも、こんなに大勢来るなんて、珍しいよね」
「先生が見たくて、仕方ないんだべ」
「去年なんか、暇でしょうがなかったもん」
圭、圭織、なつみも疲れているらしく、床に座りこみ、静かな声で話している。

「去年?」
裕子が聞き返した。

「うちら、去年も手伝ったんだよ」
圭が面倒くさそうに言った。
「去年は楽だったよね〜」
「ね〜」
圭織の言葉になつみが同調した。

‥‥道理で手馴れているわけや。
こいつらウルサイけど、十分使えるしな。
裕子は横目で三人を眺めた。

「‥‥今日は助かったわ。明日もよろしくな」
裕子はぺこっと頭を下げた。
466 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年06月29日(金)10時23分09秒

――― 

冬の季節は日が暮れるのが早い。まだ、午後五時前だというのに、どんどん暗がりが近づいている。裕子は帰宅を急いだ。
帰る途中、若い男女の言い争う声を聞いた。
足を止め、二人の会話に耳をすます。

「‥‥しつこいよっ。悪いけど、あたしにその気はないから」
女のイラついたような声。
「‥‥誰か、いるのか?」
「あんたに関係ない!」

裕子は悪いなぁと思いつつも、好奇心を押さえられず、茂みの間からそぉっと首を伸ばして、二人の様子を覗いた。
467 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年06月29日(金)10時24分28秒

矢口!?
口説かれているのは、矢口やったんか!?
裕子は驚いたと同時に、胸の中にモヤモヤとした、形にならないモノが充満していくのを感じた。

「死んだ人のことなんか忘れろよ‥‥」
男の声が聞えたとたん、
『パンッ』
乾いた音が響いた。

真里が男の頬を叩いたのだ。

「俺は、お前が好きだ。‥‥諦めないからなっ」
男は叩かれた頬を押さえもせず、そう言い捨てると、裕子が隠れている茂みとは反対の方向へ去っていった。
468 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年06月29日(金)10時25分17秒

真里は男を叩いた右手を見つめて、立ち尽くしていたが、やがて嗚咽をもらして泣き始めた。身体が小刻みに震えている。

船で一緒だった時も――こんな風に泣いてたなぁ。
――そんなに、泣かんといてや。
あんたは、笑っているのが、一番可愛いんやから。
そうは思ったものの、泣いている真里に言葉をかけることができず、裕子はため息をつくと、そっとその場を後にした。
469 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年06月29日(金)10時26分23秒

裕子が紗耶香の自宅に帰ってくると、庭先に、目にも鮮やかな魚が2尾、紙を敷いた上に置かれていた。昨夜のみかんと同様、四つ折の紙も添えられている。
裕子は身をかがめ、紙片をひらいて読んだ。
ただヒトコト『中澤裕子さんへ』と書かれていた。

「‥‥何なんや‥一体」
「まるでゴンギツネだね」
何時の間に来たのか、気がつくと、紗耶香が裕子の後ろに立っていた。

「ひゃっ‥‥いきなり、何やねんっ。びっくりするやんか!」
「知らないの?‥‥新美南吉のゴンギツネだよ」
裕子の抗議を気にする様子もなく、紗耶香は言い続けた。

「‥‥そん位知っとるわ。‥‥つぐないのために、せっせと働くゴンギツネやろ!」
「そうそう、それ!」
紗耶香が嬉しそうに笑った。
470 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年06月29日(金)10時27分20秒

「先生さ、どこかで可愛い子ギツネに懐かれたんじゃないの?」
紗耶香は何故か、とても楽しそうだ。
「‥‥あんた、何か、知ってるんか?」
「さぁ?」

「隠さんと、姐さんに話さんかい!」
裕子は紗耶香に手を伸ばし、捕まえようとした。

紗耶香は裕子の手を、するっとかわすと、(ゴンギツネが置いていった)魚を持ち上げた。
「あたしは忙しいんだ。‥‥これから、この魚をさばかなきゃいけないんだから。‥‥先生と遊んでる暇はないの!」
紗耶香はにくらしげにそう言うと、ニヤニヤと笑った。

「先生は、そこで、じっくり、子ギツネを捕獲する方法でも考えなよ」
悔しそうに顔を歪める裕子を尻目に、紗耶香はそう言うと、鼻歌を歌いながら、さっさと家の中に入ってしまった。
471 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年06月29日(金)10時28分26秒

子ギツネ?
そんなんイキナリ言われても‥‥。
一体、誰‥なんやろ?
ん〜、覚えがないしなぁ。
裕子は腕を組んで、考えこんでしまった。

ひとり残された裕子は、夕暮れの風に吹かれて腕を組みながら、紗耶香の謎かけのような言葉を反芻していた。
冷たい外気が、静かに裕子の頬を冷やしていった。
472 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2001年06月29日(金)10時32分19秒
やっとゴンギツネの話にもってこれた‥‥。
ここまで、本当、長かったっす。
これで、やぐちゅーに入れるかな?
473 名前:名無し読者 投稿日:2001年06月29日(金)21時54分28秒
更新早いですね。いや、大歓迎なんですけど。
外伝が始まってから、更新されてるかマメにチェックしてるので…
楽しみに待ってます。
474 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年06月30日(土)11時07分43秒

――― ―――

「今日は、3時には終わるからそのつもりでな。キリキリ働くんやで!」

「えーっ」
「何よ。それ〜」
「イキナリ言われても困るっしょ」
裕子の言葉に、圭織、圭、なつみの三人が抗議の声をあげた。

「うっさい。決めたんや!‥‥ほら、さっさと動いた。動いた!!」
裕子はシッシと手を振って、犬を追い払うかのように、三人を追い払った。

昨日はこの三人に振りまわされたが、今日はそうはいかんで。
うちが、ここを、仕切ってるんや!
うちの言う事を聞いてもらうで!!
475 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年06月30日(土)11時08分25秒

昨夜、裕子が考えた末に出した結論は、『ゴンギツネ』を待ち伏せるという、実にシンプルなものだった。
そのためには、今日の予定を早めに切り上げなければならない。
公民館の入り口には、念のため、『本日の診断時間は午後2時30分までです』という張り紙をしておいた。
これで、どう考えても、午後3時には、今日の業務を終了することができるだろう。

ブーブー文句を言いながらも、圭、圭織、なつみの三人は、次々と仕事をこなしていく。

やればできるやんか。
これで、もうちょっと静かやったら、いい子達なんやけどなぁ。
裕子は三人の仕事ぶりを眺めながら、そう思った。

圭、圭織、なつみが真面目に仕事に取り組んだのも手伝ってか、午前中の健康診断は、ほぼ裕子の計画通りに終了した。
476 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年06月30日(土)11時09分17秒

午後2時をまわり、公民館に訪れる島人もまばらになってきた。

よしよし、計画通りやんか。
これで『ゴンギツネ』を捕獲することができるやろ。
しかし‥‥紗耶香のやつ、‥‥あいつは何か隠しとるで。
裕子が物思いにふけっていると、
「‥‥いいですか?」
男性の声が聞えた。

見ると、20代校半と30代前半の男性が立っている。
「あのー‥‥診療時間はちょっと過ぎてるんですけど‥‥いいですか?」
若い方の男性が口をひらいた。
時計の針は2時35分を指していた。

「いいですよ。‥‥二人だけですよね?‥‥そんなら、たいして時間かからんし」
裕子はかるく頷いた。
477 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年06月30日(土)11時10分06秒

「すいません」
「‥‥先生は、関西の方ですか?」
青年がニコニコ笑いながら、裕子に話しかけてくる。
「ええ、京都です」
裕子もにこやかに返答した。

「僕、大学は京都だったんですよ」
「そうですか。‥‥うちは、東京の大学です。はい、息を吸って」
裕子は青年に聴診器を当てながら受け答えする。
「あっ、僕も、Kも東京出身ですよ」
圭織に血圧を計ってもらっている男性を指して言った。

「東京?」
裕子が首を傾げた。
「‥‥僕ら‥移住組なんです」
「移住組?」
「あっ‥‥日本からこの島に移住してきた人の事を『移住組』って言ってるんです」
「えぇっ、そうなんですか?‥‥見えませんね‥」

裕子は青年の顔をしげしげと眺めた。
浅黒く日に焼け、顔の彫りは深い。
一見すると、生粋のこの島の人間という印象を受ける。
478 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年06月30日(土)11時11分22秒

「そうなんです。もう5年にもなりますよ。今じゃすっかり、この島にも慣れましたけど」
青年は嬉しそうに笑った。
「最近移住してくる人が増えているそうですね。‥‥はい、後ろを向いて、息を吸って。‥‥どういうきっかけで、ここに移住しようと思ったんですか?」
裕子は青年の背中に聴診器を当てながら訊ねた。

「‥‥ここなら、差別されることもないし‥‥」
「差別?」
「‥‥僕、同性愛者です」
青年は振り向くと、裕子の目を、強い視線で真っ直ぐ見つめながら言った。

裕子は思わず、目を見張った。
目の前で同性愛者であると、カミングアウトされたのは初めての経験だ。
それに、何やら、睨まれているような気がする。
裕子は、A教授の注意書きを思い出した。
『同性愛に関する差別的な行動、発言は極力慎むこと』
うち‥‥自分でも気づかんと、何か失礼な事言ったんやろか。
裕子は頭の中で必死に、この青年に対する自分の発言を思い出そうとした。

「こら、B、あんまり見つめるんじゃない。先生が恐がっているじゃないか」
裕子が何も言えずに固まっていると、視力検査を終えたKが近づいてきた。

「すいません、先生。こいつ、カミングアウトする時は、相手に負けちゃいけないって気合が入るみたいで、それで‥‥睨んでるみたいに見えちゃうんです」
Kがぺこっと頭を下げた。
その横で、Bもすまなそうな顔をしている。

「気にせんといて下さい。‥‥話してくれて、ホンマ嬉しいです」
裕子はほっと胸をなでおろすと、ニッコリと笑った。
479 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年06月30日(土)11時12分20秒

――― 

予定通り午後3時には診察を終えた裕子は、真っ直ぐ紗耶香の自宅に戻ると、門扉側の木の影に身を潜めた。ここなら、侵入者には死角になるし、侵入者の様子を手に取るように見ることができる。

ここなら、パッと見、見つからんやろ。
さて、一体どんな子ギツネが現れるんやろか。
裕子はいたずらを仕掛けた子供のように、ワクワクしていた。

30分も過ぎただろうか、誰かがやってくる足音が聞えた。
裕子にも緊張が走る。

その人物はゆっくりと侵入すると、あたりをキョロキョロと見渡した。そして、誰もいないのを確認すると、大きな魚を庭先の木につるした。その後、ごぞごそと上着のポケットを探ると、四つ折の紙を取り出して魚の口にくわえさせる。

裕子はソロソロと侵入者に近寄ると、背後から抱きついた。
480 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年06月30日(土)11時13分07秒

「ひゃあっ‥‥な、何すんだよ!」
侵入者が驚いたような声をあげる。
「捕まえたでぇ〜。いや〜、子ギツネがこんな可愛い子やったなんて、今まで知らんかったわ〜」
裕子は抱きついた腕に、ぎゅうっと、さらに力を込めた。

「な、何だよ。キツネって‥‥」
「知らんの?‥新美南吉のゴンギツネや!」
どこかで聞いたようなセリフやなぁ。
裕子は自分のセリフに苦笑した。

「ほら、悪さばっかりした子ギツネが‥‥つぐないのためにやな‥‥」
「‥知ってる」
「子ギツネは、矢口、やったんやな」
腕の力を緩めると、裕子は微笑みながら、真里の顔を覗きこんだ。
真里の顔が真っ赤に染まった。
481 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年06月30日(土)11時14分11秒

「ちょっ‥‥離してよ」
真里が裕子の腕の中で、ジタバタともがいた。
真里の言葉に素直に従い、裕子は真里を解放した。

矢口の顔が残念そうに見えるのは、うちの、気のせいやろか?
裕子は真里をじっと見つめた。

真里は照れているのか、もじもじと居心地悪そうに体を動かし、決して裕子と視線を合わそうとしない。
482 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年06月30日(土)11時14分50秒

「お二人さん、どうしたの?」
背後から紗耶香の助け舟が入った。

「「紗耶香!」」
裕子と真里がほとんど同時に叫んだ。

「お〜‥‥気が合うね〜」
紗耶香は裕子を見ると、ニヤリと笑った。
裕子は紗耶香の視線に、何か良からぬものを感じた。

「‥‥矢口、せっかくだから、夕飯ここで一緒に食べていきなよ。矢口が取った、新鮮な魚なんでしょう?」
「う、うん」
紗耶香は真里が木につるした魚を取ると、そのまま、真里を促して家に入ろうとする。
483 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年06月30日(土)11時16分26秒

「ちょー待て、あんた、矢口がゴンギツネって事、知っとったんか?」
裕子が紗耶香を引き止め、詰め寄った。
「うん」
「な、何やてっ」
「矢口とは長い付き合いだし‥‥筆跡見たらすぐにわかったよ」
紗耶香は持っている魚の口にくわえられた紙片を取ると、裕子に手渡した。

「なっ‥‥」
「まぁ、いいじゃん。‥‥ゆーちゃんだって楽しかったでしょ?」
目を白黒させる裕子を、紗耶香は可笑しそうに見つめた。

他に何か言いたいことは、という紗耶香の質問に、裕子が答えられずにいると、紗耶香は肩をすくめ、何か言いたげな真里を伴ない、家へ入った。
484 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年06月30日(土)11時17分38秒

一人庭に残った裕子は、一連の今日の出来事を振り返った。

‥‥確かに、ゴンギツネが何者なんか、推理するんは楽しかった。
待ち伏せしたのも、何や、えらいワクワクしたし、照れて真っ赤になった矢口は、めっちゃ可愛かった。
それは認める。
けど、気に入らんのは、紗耶香の手の上で踊らされたような気がする事や!
しかも、あいつ、何気にうちの事を“ちゃん”付けで呼びおった。
しかし‥‥不思議なことに‥‥悪い気はせんわ。

裕子は日が暮れて、赤く染まった空をぼんやりと眺めていたが、思い出したかのように、先程紗耶香が渡してくれた紙片を見た。
丁寧に四つ折にされた紙片には、ヒトコト、『中澤裕子さんへ』と、女の子らしい、丸い文字で書かれていた。

裕子はふと、緊張の面持ちで、この紙片に文字を書く真里の姿を想像してみた。
裕子の顔が、自然に、にやけてくる。

って、イカン。こんな顔、紗耶香に見られたら何て言われるか‥‥。
そうは思うものの、裕子はこみあげてくる笑いを押さえることができなかった。
485 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2001年06月30日(土)11時23分53秒
我ながら、早いペースで更新しているのう。
もっと、ゆっくりやるつもりだったのにな‥‥。
まぁ、やっとという感じですが、矢口が動き始めました。
これから、猛烈なプッシュが始まることでしょう。多分。
486 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月30日(土)20時42分40秒
ほんと毎回楽しみで仕方ないです。矢口の猛烈はほんとすごそうですね。
487 名前:名無し読者 投稿日:2001年06月30日(土)20時50分25秒
やぐちゅー大好き!
先が楽しみです。頑張って下さい。
488 名前:名無し読者 投稿日:2001年07月01日(日)14時36分37秒
矢口は一体何を、、、
たのしみ、、、
489 名前:mo-na 投稿日:2001年07月02日(月)03時47分07秒
声を大にして言いたい!『 月の美しや外伝 豹と子狐の詩 』
ARIGATOU!おいらも「やぐちゅう」気になっていた所っす。
それに『月の美しや』その後の「いちごま・やぐちゅう」も気が向いたらお願いします。
何故なら、マジ「感動した」んで 切に希望
490 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年07月02日(月)17時45分50秒

――― ―――

「うわーーーん」
大きな泣き声と共に、少女が公民館に入ってきた。髪の毛を二つ分けにして、左右で結んでいる。年の頃は、小学校の高学年といったところだろうか。
「辻、どうしたの?」
圭織が慌てたようにその少女の元に駆け寄った。

「あいぼんが、花をちぎっちゃった〜」
少女の手には、がくから下がちぎれてしまった赤いハイビスカスの花が握られていた。
「加護が?」
圭織の質問に少女が頷いた。
圭織が困ったような顔で、少女の頭を撫でた。
圭織に優しくされて、少女の涙腺が更にゆるくなり、ポロポロと大粒の涙を落とした。
491 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年07月02日(月)17時46分47秒

「辻、待ってな。圭織が、加護を連れてきて、謝らせるから」
「連れてくるって、あんた、仕事はどうするんや!」
裕子が慌てたように、今にも飛び出していきそうな勢いの圭織を引き止めた。
「そんなの、圭織じゃなくたってできるでしょ」
圭織が不満そうに口を尖らせた。
「何言ってるべ。圭織じゃなきゃ駄目だべさ」
なつみも圭織を止めに入る。

「圭織、子供のケンカに口だしするもんじゃないよ」
圭も腕組をしながら言った。
「だって‥‥」
圭織が反論しようとすると、
公民館の扉が開き、仏頂面の少女が入ってきた。先程の少女と同じ年頃、同じく二つ分けの髪型だ。
「加護!」
入ってきた少女に、圭織が急いで駆け寄った。
492 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年07月02日(月)17時47分38秒

泣いているのが辻希美、圭織のお気に入りなんだ。今入ってきたのが加護亜衣だよ。
圭が裕子に耳打ちした。

「加護!‥‥あんた、辻に謝りなさい」
圭織が亜衣に詰め寄った。

「まあまあ、圭織、そんな怒るもんじゃないよ。‥‥落ち着いて、加護の言い分も聞こうよ」
圭が圭織と亜衣の間に割って入った。
「さっ、加護‥‥」

「だって、だってな‥‥うちが一生懸命話しかけてもな、のの、うちの言う事聞いてないんやもん。‥‥花ばっかり摘んでるんやもん」
そう言うと、亜衣はポロポロと涙を落とした。

「‥‥ののは、先生にきれいなお花をあげたかったんです。‥‥でも、亜衣ちゃん‥‥亜衣ちゃんのこと、ムシしたのは、ののが悪かったです。‥‥亜衣ちゃん、ごめんなさい」
希美はおずおずと亜衣に謝った。
「ヒック‥‥ごめんな。‥‥のの、ごめんな‥‥」
亜衣が希美に謝ったのをきっかけに、二人とも一層激しく泣き出してしまった。
493 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年07月02日(月)17時48分14秒

なつみはそんな二人の様子を黙って見ていたが、席を立つと、ガラスのコップになみなみと水を入れて戻ってきた。

「ほら、辻、花かして?‥‥こうしたら綺麗だべ?」
なつみは泣いている希美からハイビスカスを受け取ると、ニッコリと笑いながら、水を張ったコップに浮かべた。
「ホ、ホンマや。のの、見てみ、綺麗やで!」
亜衣が歓声をあげた。いつのまにか泣き止んでいる。
「‥‥きれいです」
希美は涙を拭うと、目を輝かせた。

「ほら、辻、先生の所に持っていきな?」
なつみが希美をうながした。
希美は右手で花を浮かべたコップを持ち、左手で亜衣の手を握ると、事の成り行きを黙って見ていた裕子の元へやってきた。
494 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年07月02日(月)17時48分57秒

「はい、せんせい」
「‥‥ありがとう。‥‥仲直りした、お利口さんには、褒美をあげんといかんな」
裕子はニッと笑うと、上着のポケットから飴玉を取り出し、希美、亜衣の手のひらにそれぞれのせた。

「やったー、イチゴ味やで!」
「ののは、レモンです」
二人は早速、飴玉を口の中にほうりこんだ。そして、元気いっぱい叫ぶと、公民館の中を走り回った。

数分後、裕子の怒声が響き渡ったのは、言うまでもない。
495 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年07月02日(月)17時49分51秒

――― 

昨夜、真里は裕子と紗耶香の三人で食卓を囲んでいる時に、明日も、海で取ったエモノを持ってくるようにと約束させられてしまった。

裕子はそれは横暴だと反対したが、強引に、紗耶香に押し切られる形になった。
裕子と一緒に食事を楽しめる絶好のチャンスなので、正直、真里は嬉しかった

今日は『キビレアカレンコ』というマダイに似て、赤く、色や形が美しい魚が大量に取れた。この魚は刺身や煮付にすると美味しい。
真里は裕子の喜ぶ姿を想像しながら、3匹の『キビレアカレンコ』を持って、紗耶香の自宅へと向かった。

早速、真里と紗耶香は夕飯の仕度をはじめた。
裕子が戻ってくる前に、夕食を作ってしまおうというわけだ。
496 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年07月02日(月)17時50分50秒

「‥‥矢口、本気なの?」
慣れた手つきで魚をさばく真里を見て、紗耶香は米を研ぐ手を止めて訊ねた。
「ん?何が?」
「ゆーちゃんの事だよ」
「‥‥‥」
「‥‥いい人だけどさ、六日後には帰っちゃうんだよ?」
「‥‥わかってる」
真里は紗耶香を見ようとしない。
真里の包丁を動かすスピードが、さらに早くなった。

「‥‥なら、いいけどさ。‥‥あたし、矢口が泣くの、見たくないから」
紗耶香がそう言ったとたん、
「‥‥っ‥痛‥」
真里が包丁を置いて、顔を歪めた。
見ると、真里の左の人差し指の先端から、鮮やかな赤い液体が筋をつくって流れ落ちている。
497 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年07月02日(月)17時51分38秒

「っ‥矢口‥何やってんだよっ」
紗耶香は叫ぶと、真里の側に駆け寄った。
「‥‥やっちゃった‥‥」
真里は切った指を口にくわえながら、紗耶香を見た。
見る見るうちに、真里の瞳には大粒の涙が浮かんでくる。
紗耶香は真里の涙を見ると、ごめん、と呟き、真里の体を引き寄せ、抱きしめた。

裕子は公民館から帰ってくると、真里の左手人差し指のバンソウコウに気づいて、どうしたんや、と訊ねてきたが、真里はなんでもない、と誤魔化した。
紗耶香も何事もなかったかのように、振舞っている。
498 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年07月02日(月)17時52分55秒

夕食の後、裕子と真里は食後の散歩に出かけた。
紗耶香も一緒に行こうと誘ったのだが、気を利かせてくれたのか、あたしはいい、と素っ気無く断られた。

「矢口、ありがとうな」
並んで夜道を歩きながら、裕子が真里の顔を覗きこんだ。
「ん?」
真里がきょとんとした表情を浮かべた。

「ほら、今まで、色々、‥‥みかんとか魚とか‥‥持ってきてくれたやろ」
「‥ああ、‥別に、あたしも迷惑かけちゃったし」
「ん?」
「‥‥船の上で」
「ああ、そうや‥‥子ギツネは、ドジな漁師さんで、おまけに泣き虫やったな」
裕子は目を細め、カラカラと笑った。
真里は不満そうに口を尖らせた。
499 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年07月02日(月)17時54分05秒

「なぁ、何で、あの時泣いたんや?」
裕子がふっと真面目な顔になって、質問した。
「‥‥ん‥‥何でかな。‥‥多分‥‥懐かしかったから‥‥かな」
矢口が俯き加減で、言葉を選びながら話す。

「紗耶香の母親か?」
「‥‥格好良くってさ。ずっとあんな人になりたいって思ってた」
真里は立ち止まると、道端の石ころを蹴りはじめた。
裕子も真里と一緒に立ち止まると、真里の蹴った石が暗い夜道を転がっていく様を見つめていた。

「‥‥そうか」
「うん。‥‥あたしの‥‥憧れの人だったんだ‥‥」
真里は顔を上げると、裕子の顔を見た。
二人はしばらく見詰め合った。夜の闇と沈黙が二人を包んだ。
500 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年07月02日(月)17時54分57秒

「先生?」
やがて、真里が口をひらいた。
「ん?」
「‥‥その腕時計、男物だよね‥‥」
裕子の左手の腕時計を指差した。
「ああ‥‥これな、うちの宝物やねん」
裕子は左手を上にあげて腕時計を真里に見せると、右手で愛しそうに腕時計を撫でた。

「‥‥彼氏から?」
真里が小さな声で、聞いた。
「‥‥父親の形見やねん」
「そうなんだ‥‥彼氏いるの?」
真里はほっとすると、一番聞きたかった言葉を口にする。

「何や、本当に聞きたいのはそれかい」
裕子が笑って、真里の額を軽く小突いた。
「‥‥そ、そういう訳じゃないけど」
真里は顔を赤くして、視線をそらした。
「‥‥おらんよ。」
裕子はポリポリと頬をかいた。
501 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年07月02日(月)17時56分10秒
「そうなんだ」
真里はほっとすると、目の前にあった石を、思いっきり蹴飛ばした。
石は勢い良く転がっていき、夜の闇に消えてしまった。

「ホンマ、こんな美人なのにな。まったく世の中どうにかしとるで」
夜空に視線を移しながら、裕子がぼやいた。
「‥‥よかった」
真里がぼそっと呟いた。
「ん?何か言ったか?」
裕子が聞き返した。

「ううん、何でもない」
真里は首をフルフルと振ると、裕子の腕に自らの腕を絡ませた。
502 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年07月02日(月)17時56分57秒

「あたしが‥‥一緒に、遊んであげる!」
「そら、ありがたいなぁ。‥‥矢口みたいな可愛い子やったら、大歓迎やで」
裕子はおどけたように言った。
真里は複雑な表情で裕子を見つめた。

裕子はその時真里の顔に浮かんだ、喜びとも悲しみともつかない複雑な表情を、見る事ができなかった。
夜の闇がそれを邪魔していた。

ただ、夜空に輝く三日月だけが、それを見ていた。
503 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2001年07月02日(月)18時08分23秒
軽く、500を越えてしまいました。自分でもびっくり、です。
‥‥おかしいなぁ。ラブラブにならない。
それどころか、何気に、痛いし。

いつも励ましのレスをありがとうございます。
それにしても、砂を吐きそうなくらい、甘く甘く書きたいと思ってはいるのですが、自分が書くとどうしても痛くなってしまう‥‥。
504 名前:no name 投稿日:2001年07月03日(火)01時38分03秒
そ、そうなんですか?
砂を吐きそうなくらいとは思わないけど、いいムードなんでは?

とりあえず、子ギツネに萌えです♪
505 名前:読者の名無し。 投稿日:2001年07月03日(火)02時16分24秒
もうすっかりこの世界に浸りまくりです♪
506 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年07月03日(火)20時43分07秒

――― ―――

公民館に一人の少女のが運び込まれた。
高さ5メートルの崖の上から、転落したらしい。
幸いな事に崖下はちょっとしたぬかるみになっていて、少女は泥だらけなものの、意識ははっきりしていた。

「ともかく、ベットに運んでな」
裕子がきびきびと指示を出す。
自らはハサミを取り出すと、少女の泥まみれのジーパンを縦に裂いていった。
こんなに泥まみれやと、汚れなのか、傷なのか、わからんわ。
裕子はチラッと少女を見た。

年の頃は15〜6歳ほどだろうか、肩につくほどの長さの髪は、べっとりと頭皮にはりつき、泥だらけの顔には、愛嬌のある目が輝いている。

「あー‥‥ひどいよ、先生。このジーパンお気に入りだったのに‥‥」
少女が頬をふくらませた。
「なっ‥‥先生に何言ってんだよ。ごっちん」
付き添っていた少女が慌てたように、少女を諌める。
「だって‥‥っ痛‥‥」
少女が苦痛に顔を歪めた。
507 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年07月03日(火)20時43分59秒

「ほらな、ちょっと触っただけで、こんなに痛いんやで?‥‥こんなピチピチのジーパンなんか、脱げるわけないやろ?」
裕子は小さく笑うと、少女の顔を覗きこんだ。
少女は目に涙を浮かべている。

「ほら、自分の名前覚えてるか?」
「‥‥後藤‥真希」
「意識は、はっきりしてるみたいやな。まぁ、へらず口きけるくらいやったら、大丈夫やろ」
裕子は濡れタオルで、真希の顔についた泥を拭ってやった。

「よかった」
裕子の言葉に真希に付き添っていた同年代の少女が、ほっとしたような表情を浮かべた。

「レントゲン撮ってみんと、ようわからんけど、多分、骨にヒビがはいっとるな。‥‥と言っても、ここにはレントゲンなんか置いてないし‥‥。とりあえず応急処置しとくわ」
裕子は少女の足に添え木を当てると、固定し始めた。
508 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年07月03日(火)20時44分34秒

「後藤が怪我したって!!」
紗耶香が血相を変えて、公民館に飛び込んできた。
「ゆーちゃん!どうなんだよ!!」
ベットに寝かされ、ジーパンを切り裂かれ、両足に添え木を当てられた真希の姿を見て、紗耶香は我を失ったらしい。
裕子の首根っこを掴みかからんばかりの勢いで、つっかかる。

「‥‥市井ちゃん」
紗耶香の様子に呆気に取られて、一言も発しない裕子に代わって、真希がおずおずと話しかけた。
「後藤!?‥‥大丈夫なのか?」
「うん‥‥ちょっと痛いけど」
「‥よかった」
紗耶香はほぅっとため息をつくと、真希を抱きしめた。

「‥市井ちゃん」
真希が嬉しそうに、紗耶香の名前を呼んだ。
真希の声にはっと我に返った紗耶香は急いで真希から離れると、このバカ、何で崖から落ちる羽目になったんだよ、と怒ったような声で言った。
509 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年07月03日(火)20時45分25秒

とたんに、甲高い少女の泣き声が響いた。後から、紗耶香と一緒に入ってきた、真希と同じ年頃の少女だ。
「あたしが、あたしが悪いんです」
細い体を震わせ、目から大粒の涙をぽろっと流した。

「梨華ちゃんのせいじゃないよ。‥‥あたしが勝手に‥‥」
真希が慌てたように、ジタバタと体を揺すった。
「あたしのせいです。‥ごっちんがあんな子ってことは、知っていたのに‥‥」
そう言うと、梨華はさめざめと泣き出した。

「吉澤」
紗耶香は、公民館を見渡し、先程からずっと、真希に付き添っていた吉澤ひとみを見つけると、威圧的に名前を呼んだ。
「は、はい」
ひとみは高い背を縮めながら、おずおずと返事をした。
「説明できるよな?」
「は、はい」
ひとみは唾をゴクッと飲みこむと、言葉を選ぶようにゆっくりと話し始めた。
510 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年07月03日(火)20時46分02秒

「あ、あの‥‥今日は梨華ちゃんの誕生日なんで、梨華ちゃんとあたしとごっちんの三人で遊んでいたんです。‥‥そんで気がついたら、あの崖の上に来ていて‥‥そしたら、梨華ちゃんが、崖の上の木にみかんが実っているのに気づいて‥‥『あっ、おいしそうなみかん』って言ったんです。‥‥そしたら、ごっちんが『あたしが取ってあげるって』言って‥‥あたしと梨華ちゃんは必死で止めたんです。‥‥でも、ごっちん、ちっとも言うコト聞いてくれなくて‥‥それで‥‥」
ひとみが言いよどんだ。
どう表現していいのか、わからないといった様子だ。

「木からすべって、落ちてしまったちゅーわけやな?」
横から、裕子がひとみに助け舟を出した。

「違うよ。そんな、ヘタじゃないもん!勝手に、枝が折れちゃったんだよ!!」
真希は裕子の言葉に、心底、心外だというような顔をした。

「‥‥あたしと梨華ちゃん、本当にびっくりしちゃって。‥‥梨華ちゃんは『ごっちんが死んじゃう』って泣き出すし‥‥。それで、梨華ちゃんには、市井さんに知らせに行ってもらって‥‥あたしは、とにかく、先生に診てもらわなきゃと思って‥‥人を呼んできて、ごっちんをここに運んだんです」
ひとみは、その時の状景を思い出したのか、震えながら、涙を浮かべた。
511 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年07月03日(火)20時46分32秒

「‥‥この‥おバカっ」
ひとみの話を黙って聞いていた紗耶香が、真希を怒鳴った。
「市井ちゃん」
「みんな、どれだけ心配したと思ってるの!?」
「‥‥ごめんなさい」
しゅんとして、真希が小さくなった。

「‥‥まっ、どっちにしろ、ここには治療器具がそろってないから、沖縄の病院に運ばんとなぁ。‥‥今までは、どうやって連れて行ってたんや?」
「急患の場合はヘリを呼んでいました。急ぎでないときは、船です」
紗耶香も落ち着いてきたのだろう、裕子に対する口の利きかたが、丁寧になっている。
「‥‥そうか」
裕子はどうしたもんかと考え込んだ。

「あっそうだ。梨華ちゃん、忘れるところだった。はいっ」
考えこんでいる裕子と紗耶香をよそに、真希の能天気な声が響いた。
真希の手には、崖から落ちる元凶となったみかんが、しっかりと握られていた。
梨花の目が真ん丸くなる。
「ごっちん‥‥」
ひとみは呆れたような声をあげた。

結局、真希は、裕子が応急処置を施したのと、命に別状のない怪我ということで、両親に付き添われて、つんじいの船で沖縄の病院に行く事になった。
512 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年07月03日(火)20時47分10秒

――― 

前日と同じように、真里は取りたての魚と共に現れ、裕子、紗耶香、真里の三人は仲良く夕食を囲んだ。

「先生、星を見にいこうよ。あたし、すごくいい場所知ってるんだよ」
真里が食器に洗剤をつけながら言った。
「おっ、ええなぁ」
真里の横で、洗剤を流している裕子が、嬉しそうにニコニコと笑った。

食後の後片付けの時、紗耶香にも一緒に星を見に行こうと誘ったが、やることがあるからと、素気無く断られた。

星を見る絶好のポイントへ移動する間、裕子は真里に、昨夜と同じく、色々話しかけてくる。
真里は嬉しかったが、反面、家に残してきた紗耶香の事が気になっていた。

紗耶香、ひょっとして、昨日あたしが泣いちゃった事、気にしているのかな?
別に、紗耶香のせいじゃないのに‥‥。
そりゃ、切った指の痛さだけで泣いたわけじゃないけどさ。
結局は、自分の問題なんだ。
‥‥あたしは、本気‥‥なんだろうか?
もしも、本気なら、覚悟を決めなきゃならない。
513 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年07月03日(火)20時48分11秒

「いや〜、今日の紗耶香はみものやったで。あんなオロオロするの初めて見たわ。」
考えこんでいる真里に気づかず、裕子がおかしそうに今日の公民館での出来事を話し始めた。
「‥‥あっ‥‥もともと、後藤は紗耶香のお気に入りだから。‥‥昔は、よく、ごっちんのこと泣かしてたな」
真里ははっと我に返ると、不自然のないように、急いで返答した。

「そうなん?」
「ほら、紗耶香って、変なとこひねてるから、好きな子をいじめちゃうんだよね。ごっちんも『いちーちゃん、いちーちゃん』って懐いててさ‥‥」
真里の口調には、懐かしさがにじみ出ていた。
「今とは、えらい、印象違うな。」
「うん。‥‥紗耶香が変わったのは、お母さんが亡くなって、ノロの後を継いでからだよ。‥‥それからは‥‥自分の感情を押さえるようになって‥‥大人びた口の利き方をするようになった。まぁ、実際、島人達も、紗耶香がそうなるのを望んでいたと思うけど」
「‥‥‥」
裕子は黙って頷くと、道端の石ころを蹴った。

「でも、先生の前では、紗耶香、素を出してるみたいだよ?」
「そうか?」
「うん。‥‥ときどき、すごくいじわるな目をする時あるんじゃない?‥‥あれって、心を許している証拠だよ。‥‥ノロを継いでから、あたしは、見てないけど」
真里が寂しそうに言うと、複雑な子やな、紗耶香を好きになった子はえらい苦労するで、と裕子は笑った。
514 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年07月03日(火)20時48分41秒

「‥‥そういや、矢口。明日、誕生日やて?」
裕子が思い出したように言った。
「うん」
「何でもっと早く言わんのや」
「だって、何か請求してるみたいで、嫌じゃん?」
「そんな事あるかい」
裕子が憤慨したような声を出した。

「じゃあ、先生、何かくれるの?」
「ちゃっかりしてるな。‥‥いくつになるん?」
裕子は目を細めて、進行方向に向けていた視線を、真里に向けた。
「十七だよ」
「十七‥‥若いなぁ‥‥青春って感じやなぁ」
裕子が感慨深げに、言った。

「せやな、何が欲しい?‥‥せっかくの記念の年やもんなぁ。うちが何でもプレゼントしたる。‥‥何なら、よそから取り寄せてもええで。ふとっぱらやろ?」
裕子がわざとらしく、胸を叩いて見せた。

「‥‥‥」
「矢口?」
何も言わない真里に、裕子が訝しげな視線を向けた。

「あっ‥‥うん‥‥考えとく」
真里は慌てたように言った。
続けて、欲しいものありすぎて困っちゃうなぁ、と笑った。
515 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年07月03日(火)20時49分23秒

楽しく喋っていると、真里が立ち止まった。どうやら、目的の場所に到着したらしい。
「見て、先生」
真里が夜空を指差した。
降るような星空というのは、この事を言うのだろう。
「‥‥満天の夜空やな」
星空に圧倒され、言葉を失っていた裕子が、やっとという感じで言葉をしぼりだした。

「ねぇ、見て。ほら、ちょうど、真上に見える小さな星が、子ギツネ座だよ」
真里の声は弾んでいる。
「矢口、詳しいんやな」
裕子が驚いたように言った。
「まあね、漁師だもん」
真里は得意げに、鼻の下を指でこすった。
516 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年07月03日(火)20時50分12秒

「ここに、横になるんだ。そしたら、全宇宙が見れるよ!」
真里はさっさと横になると、裕子にも横になるように促した。
「全宇宙?」
「そのくらい、すごいって事!」

裕子も、真里の隣に横たわって、夜空を見た。
地面は柔らかな草で覆われているらしく、背中に受けるフワフワとした刺激は心地よかった。

「‥‥何か、怖いな」
星空を眺めながら、裕子がポツリと呟いた。
「‥‥‥」
「自分一人でいるような気になってしまうわ」
「‥‥‥」
真里は黙ったまま、隣に横たわる裕子の手をぎゅうと握った。

「矢口?」
「‥‥あたしが、いるじゃん」
真里がぼそって呟いた。
517 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年07月03日(火)20時50分49秒

「‥‥そやったな」
「‥‥‥」
真里は無言のまま、更に裕子の方へ体を寄せ、ぴったりと体をくっつけた。
「矢口?」
裕子の戸惑ったような声を出した。

「‥‥先生‥‥あったかい」
真里の顔は、ちょうど裕子の首のあたりに埋められている。
「矢口の方があったかいで?」
裕子は風に揺れる真里の髪の毛を、軽く撫でると、満天の星空を見つめた。
518 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2001年07月03日(火)20時55分32秒
更新しました。
夏になって、ゴキブリの季節になってきました。
毎晩、3匹は殺しているような気がする。
あっ、決して不潔な所に住んでいるわけじゃないですよ。
自分の住んでいる所は、毎年そんなもんなんです。
519 名前:名無し読者 投稿日:2001年07月03日(火)21時38分47秒
ついに明日、誕生日かー。
どんな展開になるのかすごく楽しみです。
作者さんには失礼かもしれないけど、本編より外伝のほうが面白いっす。
520 名前:読者の名無し。 投稿日:2001年07月03日(火)22時16分08秒
ほんのりと甘く神秘的な雰囲気がステキです。
毎日こちらにチェックしに来るのが日課になってしまいました。
続きが楽しみです。
521 名前:名無し読者 投稿日:2001年07月03日(火)23時02分37秒
いやー…引き込まれるっす。
うん。まじで、毎日楽しみにチェックしてます。
522 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年07月04日(水)23時54分29秒

――― ―――

裕子の前には、阿麻和利島最年長、推定年齢130歳の女性が座っている。通称『おばば』と呼ばれ、島人の尊敬を一身に集めている人物だ。

「せんせい、どうかね、わしのからだは?」
じっと黙って裕子の診断を受けていたおばばが、おもむろに口をひらいた。
「申し分ないです」
裕子はおばばの胸に当てていた聴診器を外した。

おばばの体は、健康そのものだった。
歯は総入れ歯、目はかすみ、耳は遠くなっているものの、年齢を考えれば、十分、許容範囲に入るだろう。

「健康の秘訣ってなんですかね?」
裕子が興味深そうに訊ねた。
おばばの130年使いこんでいるとは思えない身体を診た後では、当然抱く疑問だろう。
523 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年07月04日(水)23時55分07秒

「いしゃの、あんたが、いちばんしってるんじゃないのかね?」
おばばが目をしばたかせた。
「うちは、基本的に、病人しか診ませんから」
裕子の答えに、おばばは、ひひひひ、と笑った。
「そりゃ、こまったもんだね。そうさな、わしのけんこうのひけつは、じぶんにしょうじきであることかね」
「正直‥‥ですか」
裕子は困ったように首を傾げた。
おばばの言っている事は、抽象的すぎて、いまいちよくわからない。

「せんせいに、ひとつ、じょげんを、さしあげようかね」
おばばは目を細めると、裕子に微笑みかけた。
「何です?」
裕子が身を乗り出した。
524 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年07月04日(水)23時55分43秒

「ちかぢか、せんせいは、にほんのみちのうちの、いっぽんをえらばないといけなくなる」
「二本の道?」
「どっちのみちをえらぶかによって、そのごのじんせいが、おおきくかわるはずじゃ」
「‥‥どの道がいいか、聞いてもいいですか?」
裕子は不安そうに、おばばを見つめた。
おばばの言っている事を、鵜呑みにするわけではないが、もらえる助言はもらっておいた方が得策といえるだろう。

「きめるのは、じぶんじしんだけじゃよ」
おばばは小さく笑うと、椅子から立ちあがった。
「そんなこと言われても‥‥」
「ここで、きめるんだよ」
おばばは、拳を固めると、自らの胸を叩いた。

「じぶんのこころにうそをついちゃいけないよ、せんせい」
おばばは、それだけ言うと、自分の用は済んだとばかりに、振り向きもせず、お付きの島人と共に帰っていった。
525 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年07月04日(水)23時56分17秒

――― 

すでに、真里が持ってきた魚を料理して、紗耶香、裕子、真里の三人で夕飯の食卓を囲むのは、日常となっていた。
いつものように夕食を食べた後、真里の誕生日ということで、紗耶香が買ってきたバースデーケーキを食べる。

「あたし、おばばに呼ばれてるんだよね。ちょっと今から行ってくる」
ケーキを食べると、紗耶香は思い出したように言った。
「何やて、こんな夜からか?」
裕子が渋い顔をした。
「うん」
「アカン。明日にし」
「駄目。急ぎだもん。本当はもっと早く行きたかったんだけど、せっかく買ったケーキ食べないのもしゃくだから‥‥」
「‥‥‥」
裕子はため息をつくと、好きにし、と言って、そのままゴロッと畳間に横になった。
526 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年07月04日(水)23時56分54秒

「今夜は、あたし、おばばの所に泊まるから。ゆーちゃん戸締りよろしくね。じゃ、矢口、ゆっくりしていきなよ」
紗耶香はバタバタとあわただしく準備を整えると、玄関で靴を履きながら言った。
「う、うん」
横になった裕子を見つめていた真里が、慌てて頷いた。

「何じゃ、あいつは‥‥」
裕子がつまらなそうに呟いた。
「しょうがないよ。‥‥忙しい人だからさ」
真里の言葉に、裕子はフン、と鼻をならした。
527 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年07月04日(水)23時57分26秒

「ゆーちゃんの髪って綺麗だね」
真里が隣に横たわっている裕子の金髪に触れた。
「ん?‥‥ああ、これかい、この色出すの、苦労するんやで」
裕子は照れたように笑うと、右手で髪をかきあげた。

「仕事場で何にも言われないの?」
「ああ、うるさく言うやつも居るけどな。‥‥無視しとるわ。‥‥矢口の髪だって、いい色やんか」
裕子が手を伸ばして、真里の赤茶けた髪に触れた。

「あたしのは、荒れてるだけだもん‥‥」
真里が拗ねたように俯いた。
裕子は真里の腕を掴んで、ぐいっと体を引き寄せた。
裕子の上に真里の体が覆い被さる形になった。
「そんなことないやろ?‥‥太陽の匂いと‥‥優しい、働き者の匂いがするで?」
そのまま、裕子は真里の髪に鼻を押しつける。

「ちょ‥‥やめてよ」
真里がジタバタと暴れた。
「それに、子ギツネはやっぱりこの色じゃないとな、感じ出んわ」
裕子は笑って、真里の髪をワシワシとかきあげた。
「‥‥先生は‥‥キツネって感じじゃないね。‥‥もっと‥‥ん‥‥何だろう‥‥」
真里は起きあがると、じっと裕子の顔を見つめた。
528 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年07月04日(水)23時58分03秒

「そうや、矢口、欲しいもの考えたか?」
横たわっていた体を起こすと、裕子は真剣な口調で聞いた。
「ん‥‥まあね」
真里は視線をそらした。
意味もなく、畳のヘリをいじっている。

「何や?」
「‥‥‥」
「えらい、もったいつけてんなぁ」
答えない真里に、裕子は小さく肩をすくめた。
529 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年07月04日(水)23時58分42秒

「あたしが欲しいのは‥‥」
真里は言うのを一瞬ためらった。
‥‥この優しい人を、あたしの愛情で包み込んで、他の誰にも触らせないようにして、自分だけのものにしてしまいたい。
そう、言ったら、この人はどんな反応を示すだろう。
あたしを受け入れてくれる?
‥‥それとも、拒絶する?
真里は決心したように、顔を上げた。

「ん?」
相変わらず、裕子は優しい瞳で真里を見つめている。
あたしがこれから言う言葉を聞いた後、この瞳はどういう変化をとげるのだろう。
真里は目を閉じると、深呼吸を一つした。
ありったけの勇気をふりしぼって、言葉を紡ぐ。

「あたし、先生が欲しい」
530 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年07月04日(水)23時59分25秒

「な、何‥‥」
裕子は、一瞬、何を言われたのかわからなかった。
「先生が欲しいの」
真里は真っ直ぐに裕子の瞳を見つめている。

「うちは女やで」
裕子の瞳には戸惑いが色濃く浮かんでいた。
真里の強い瞳におびえるように、あとずさる。
「‥‥そんなの、関係ない」
真里は裕子の腕を掴むと、力いっぱい自分の方へ引き寄せた。
531 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年07月05日(木)00時00分04秒

「先生が好き」
真里は、そう言うと、驚いたように目を見開いたまま固まっている裕子の唇に、自らの唇を重ねた。

「なっ‥‥矢口っ‥‥」
裕子は体を突っ張らせて、一旦は真里の唇をもぎはなすことに成功したものの、またすぐに真里の唇が迫ってくる。
真里の体を押しかえそうという意思は働くものの、裕子の体はいうことをきかなかった。
すでに、裕子の口内には真里の舌が侵入し、いたずらをしかけてくる。
いつのまにか、裕子も真里に答えるように、深いくちづけをかわしていた。
532 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年07月05日(木)00時00分52秒

「‥‥ずっと、好きだった」
真里が唇を離すと、裕子の耳元で囁いた。

‥‥ずっと?
うちと矢口が会ったのは、ほんの数日前やで‥‥。
裕子の脳裏に、つい先日盗み見てしまった、真里の浮かんだ。
『死んだ人のことなんか忘れろよ』
そう言った男を平手打つ、矢口。
『あたしの‥‥憧れの人だったんだ』
楽しげにに話す、矢口。
そういえば、あの時の矢口は、やけに嬉しそうやった。

「やめぇっ」
裕子は真里の体を突き飛ばした。そのまま、ズルズルと壁際まであとずさる。

「‥‥うちは、死んだ人の代わりはごめんや」
裕子は壁にもたれかかって、真里を睨みつけた。
「先生?何言って‥‥」
真里は戸惑ったように、首を傾げた。
533 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年07月05日(木)00時01分44秒

「この前、偶然見たんや、あんたと男が言い争いしてるの‥‥。男が『死んだ人のことなんか忘れろよ』って言ったら、あんたが男をひっぱたいたんや。‥‥あれは図星やったからやろ?」
「‥‥っ‥それはっ」
「聞きたないわ!」
裕子は目を伏せ、怒鳴った。
真里の体がビクッと揺れた。

「帰ってな」
裕子が俯いたまま、ぼそっと呟いた。
真里は呆然と立ちつくしていた。

しばらくすると、衣擦れの音がかすかに聞え、その後、玄関のドアの閉じる音が聞えた。
534 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2001年07月05日(木)00時05分50秒
とりあえず、謝っておこうかな。すいません。
やはり、痛くなってしまいました。
535 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2001年07月05日(木)09時20分52秒
誤字脱字が多いな。とりあえず、大きなものだけ訂正。
>>532裕子の脳裏に、つい先日盗み見てしまった、真里の浮かんだ。
 ↓
  裕子の脳裏に、つい先日盗み見てしまった、真里の姿が浮かんだ。
536 名前:読者の名無し。 投稿日:2001年07月06日(金)02時13分35秒
がんばれ矢口〜!
537 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年07月06日(金)15時14分56秒

――― ―――

真里の誕生日から二日が経過していた。
裕子はじっと砂を噛むような日々を過ごしていた。
毎朝、重たい体を引きずるようにして、公民館へ向かい、機械的に健康診断を行う。
その後、疲れ果て、ボロボロになった体で帰宅する。

あの誕生日の夜の後も、真里は毎日、取りたての魚を、庭先に置いていく。
しかし、姿を見せる事はない。
裕子はどんな顔をして真里と顔を合わせればいいのかわからない事もあり、あえて真里を探すことはなかった。
538 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年07月06日(金)15時15分41秒

『‥‥彼氏いるの?』
不安そうな矢口。

『‥‥あたしが、いるじゃん』
優しい矢口。

『先生‥‥あったかい』
甘える矢口。

『あたし、先生が欲しい』
熱っぽい瞳で見つめる矢口。


裕子はふと我に返った。
いつのまにか、また真里の事を考えている。

「なぁ、矢口が住んでる地区の、健康診断の日は、もう終わったんかいな?」
裕子は台所で夕食の仕度をする、紗耶香に向かって訊ねた。
「‥‥確か、最終日だったと思うけど」
「そうか‥‥」

最終日っていうたら、明日か‥‥。
矢口は来るやろか‥‥?
裕子は、ため息をつくと、思いを振りきるように、両手で自分の頬を軽く数回叩いた。
539 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年07月06日(金)15時16分25秒

――― 

夕食後、後片付けを裕子一人にまかせると、紗耶香は真里の自宅へと向かった。

「矢口、ゆーちゃんと何かあったでしょう?」
真里の部屋に通されると、紗耶香は単刀直入に聞いた。
「‥‥何で、そう思うの?」
真里は急須から二つの湯のみにお茶を注ぎ、一つを紗耶香の前に置いた。

「んー‥‥何となく」
紗耶香は、そう言うと、出されたお茶を飲んだ。
ひどく苦い味。
葉の分量を間違えたんじゃないか?
紗耶香は顔をしかめたが、真里が何の反応も示さないので、肩をすくめ、またお茶に口をつけた。

真里はつまらなそうに、体育座りで、ユサユサと体を揺すった。
しばらく沈黙が続いた。紗耶香のお茶を飲む音が、やけに大きく聞える。
540 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年07月06日(金)15時16分57秒

「ねぇ、紗耶香、『ゴンギツネ』の最後ってどうなるか知ってる?」
ふいに真里は真顔になると、紗耶香に訊ねた。
「‥えーと‥‥」
紗耶香は真里の豹変ぶりにたじろいた。

「ゴンは、尽くしていた『へい十』に鉄砲で撃たれて、死んじゃうんだ」
真里にとっては、紗耶香が質問に答えようが、答えまいが、どっちでもよかった。
自分の心情を吐き出すきっかけを、紗耶香が与えてくれたにすぎない。
それでも、真里は、なるだけ感情を押さえようと努力した。
そうしなければ、身も蓋もないほど、泣き崩れてしまいそうだった。

紗耶香は黙って、真里の言葉を聞いている。
「‥‥あたしも、撃たれちゃった‥」
真里は震える声でそう告げると、自らの胸を両手で押さえた。
ココが痛いんだよね、そう言って、俯いてしまう。
541 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年07月06日(金)15時17分28秒

「‥‥矢口」
おずおずと紗耶香が話しかけた。
「‥‥‥」
「‥‥告白したわけ?」
「‥うん」
真里は顔をあげ無理やり笑おうとしたが、失敗してしまい、顔は不細工に歪んでしまった。
そんで?というように、紗耶香が視線で、続きを話すように真里を促した。

「死んだ人の代わりはごめんだ‥‥って」
真里の瞳からは、今にも涙がこぼれおちてしまいそうだ。
「死んだって‥‥、もしかして、うちの母親の事?」
「‥うん」
「何だよ、それ」
紗耶香が呆れたような声を出し、何でそういう話しになるのさ、と言って、天井を見上げた。
真里は無言で、ボロボロと涙を落とすと、鼻をすすった。

「まさか、諦めたわけじゃないでしょ?」
「‥‥‥」
「‥‥じゃあ、何で、今でも、魚置いてくの?」
「‥‥‥」
真里は俯くと、嗚咽をもらして、泣き出した。

紗耶香はため息をつくと、真里の体を抱きしめた。
真里の小さな体は微かに震えていた。
542 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年07月06日(金)15時19分17秒

――― 

夕飯の片付けの後、裕子は一人、海に沿った夜道を歩いていた。
ったく、何やねん。
紗耶香のやつ、夜からフラフラと出かけおって。
おもしろくないわ。
今の裕子には、目の前に転がっている石でさえ、自分を邪魔する障害物のように、思えて仕方なかった。
視線を前に向けると、夜空の下、佇む二つの人影が見える。
裕子は内心ムカつきながらも、そのまま通過しようとした。

「先生、ひとりですか?」
健康診断に来ていた、BとKだった。大き目の岩に二人並んで腰掛け、星を見ている。
Bが裕子に気づいて、声をかけてきた。

「‥‥見ればわかるやろ」
裕子の剣幕に驚いたのか、BとKは口をつぐんだ。
温和な雰囲気が一瞬で険悪なものに変わろうとしていた。
543 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年07月06日(金)15時19分48秒

「‥‥スマン」
裕子は気まずそうに謝った。
「‥いや、どうかしましたか?」
「‥‥何でもない」
裕子はBに一緒に座ってもいいか、と訊ねた。
どうぞ、とBが言うと、裕子は軽く頷き、そのままBの隣に腰をおろした。

「なぁ、変な事聞いてもいいか?」
裕子の目は、夜空の星に向けられている。
「何です?」
Bが怪訝そうな顔で裕子を見た。Kも視線こそ星に向けられているものの、意識は裕子とBに集中しているのがわかる。

「‥‥自分、いつ、同性愛者って気づいたんや?」
裕子は、気い悪くせんといてや、と前置きした後、おもむろに訊ねた。
「うーん‥‥先生は、いつから、男が好きでした?‥‥それと同じくらいからですよ」
Bはいたずらっぽく笑った。
「‥‥気がついたらってことか?」
裕子が首を傾げる。

「そういう事です」
Bは頷くと、よくできました、と笑った。
544 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年07月06日(金)15時20分35秒

「なぁ、‥‥例えばやけど、急に、女が女を好きになるっていう事あるかいな?」
裕子はためらいながら、おずおずと聞いた。
「‥‥‥そりゃ、あるんじゃないですか?‥‥事実は小説より奇なりって言いますし」
Bは肩をすくめ、無責任に同意した。

「俺の場合もそうですし‥‥」
黙って裕子とBの話を聞いていたKが口をひらいた。
「‥‥俺、ずっと、こういうゲイの世界とは、一生縁がないものと思ってましたよ。コイツのせいで、人生変わったんです」
何だよ、その言い方、ひでぇなぁ、というBの声を無視しながら、Kはなおも言い続けた。

「コイツとは同僚だったんです。新入社員で、俺がコイツの教育係に選ばれて、それで‥‥色々世話しているうちに、その‥‥好きだって告白されて。正直、困りましたよ。男に告られるなんて、想像したこともありませんでしたから。」
Kの言葉を受けて、Bはケタケタ笑い始めた。

「‥‥今だから笑えるけどな。当時は、笑い事じゃなかったよ‥‥」
KはBを軽く小突いた。Bが痛てぇ、と大袈裟な声をあげる。
545 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年07月06日(金)15時21分11秒

「コイツを避けたり、殴ったり、泣かしたり、脅したり‥‥色々あったけど‥‥。ある日、気づいたんです。ジタバタしている自分に。‥‥それで、ああ、もう遅いやって。‥‥ジタバタしてるって事は、もうすでに、コイツにとらわれているって。‥‥とうとう、俺はホモになってしまったんだって‥‥‥開き直ったら、楽になりましたけど」
Kは、話している間もじゃれついてくるBを軽くいなしながら、開き直るまでが大変なんです、と笑った。

「‥‥それからは、流されるままに、仕事も辞めて、コイツとこの島に移住したってわけです」
話している間も、二人はじゃれあうのを止めなかった。KがBをヘッドロックで固めると、BはギブギブとKの腕を2回叩いた。Kは笑って、Bを解放する。互いに微笑みあった。
裕子は黙って二人を見つめた。

この二人のどこがおかしいというんやろ?
互いが互いを、必要と感じ、助け合っている。
理想的なカップルやんか。
546 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年07月06日(金)15時22分07秒

「先生?」
考えこんでいる裕子にKが声をかけた。
「ん?」
「何があった?なんて、野暮な事は聞きませんよ。そのかわり、忠告を一つ‥‥」
「何や?」
「自分に、正直が一番ですよ」
Kは生真面目な顔で言った。
「‥正直‥ね」
裕子は皮肉そうに、唇を歪めた。
547 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年07月06日(金)15時22分45秒

『せんせい、じぶんのこころに、うそをついちゃいけないよ』
脳裏に、健康診断でおばばから言われた言葉がよみがえってきた。

‥‥そんな事言われても、自分の心がわからんから、悩んでいるんや!

中澤裕子、お前が一番欲しいものはなんだ?
何を望む?
何を?


『‥‥彼氏いるの?』
不安そうな矢口。

『‥‥あたしが、いるじゃん』
優しい矢口。

『先生‥‥あったかい』
甘える矢口。

『あたし、先生が欲しい』
熱っぽい瞳で見つめる矢口。
548 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年07月06日(金)15時23分25秒

優しく、可愛いあの子を‥‥お前自身、惹かれてならなかった、あの子を拒んでしまった。

中澤裕子、お前は何を恐れている?

矢口真里を見ると、異常な感情の高まりをおぼえることか?
同性愛者になる不安か?
世間の人の目か?
それとも、死んだ紗耶香の母親か?

お前の勇気はどこにある?
希望は?
愛情は?

お前が一番欲しいものはなんだ?
何を望む?
何を?

真里の誕生日と同じ、満天の星空の下、裕子はBとKが帰った後も、ただ一人、じっと考えこんでいた。
549 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年07月06日(金)15時24分05秒

――― ―――

一夜明けて、健康診断、最終日。
明日の朝には、東京に帰らなければならない。
裕子は公民館で、真里の来るのをじっと待っていた。
大勢の島人がやって来たが、終了時間を過ぎても、真里は姿を現わさなかった。
550 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2001年07月06日(金)15時32分07秒
同性に告白されると、まずは、うろたえてしまうと思うんですよ。
相手を受け入れるか、あるいは、拒絶するかは別にして。それを書きたかったんです。
矢口の告白に「嬉しい、うちも好きやった」と姐さんに言わせる事は簡単ですが、それではちょっと、自分の中で納得いかなかったんです。
551 名前:『ずっと』と言わなければ? 投稿日:2001年07月06日(金)20時41分56秒
もし、矢口さんの告白の台詞の中に『ずっと』と云う単語がなければ、
中澤さんはその場でOKしたのでしょうか?

作者さんが、ご自分でも書かれている通りに同性に告白(それもシャレや冗談ですまされない雰囲気で)
を真面目にされたら、まず動揺するとは思うんですよ。

まず、自分はその告白してくれた相手に対して本当の意味での『恋愛感情』を持ち得るのか?
且つ、その感情そのものを社会的な抑圧に負けずに維持し続けられるのか?
(勿論、家族等の反対なども含みます。)
その上、さらに年齢の問題(10歳の年齢差からくるジェネレーション・ギャップ)
もかなり大きいのではないかと考えます。

そして、上記の問題がクリアーになった時点で始めて
『死人の代わり』
という扱いがイヤだという意見が出てくると思うんです。

しかし、今回の書かれ方では、中澤さんが矢口さんを拒否したのは『紗耶香の母親』に
重ねられている件が一番重大であるかのように印象付けられてしまうと思います。
(少なくとも、私はそう取らざるを得ませんでした。)

以前から同性愛の問題を真摯に考えようとなさっている姿勢は評価しておりましたが、
今回ばかりは論点のズレが大き過ぎたので、あえて口出しをさせて頂きました。

最後に、私がもしこの類いの小説(同性愛小説)を書くとすれば、この問題には触れられません。
簡単に描き出せる問題ではありませんから。

くだくだしい長文レスで申し訳ありません。
552 名前:名無し読者 投稿日:2001年07月07日(土)22時33分37秒
>>551
俺は「死人の代わり」なんじゃないかという不安と
「同性愛者になる」不安を同時に中澤は抱えてると捉えたけど。
どっちが重要かではなく、どっちも重要だと。
 確かに前半「ずっと」を言われて我に返ったあたりはそう捉えもできるだろうけど
じゃあ>>543以降で、KとBに話をきいたり、自問自答したりする部分は蛇足にしか
すぎないんだろうか?俺はそうは思わないな。

>最後に、私がもしこの類いの小説(同性愛小説)を書くとすれば、
>この問題には触れられません。
>簡単に描き出せる問題ではありませんから。
そう、きっと簡単じゃないだろうね。
でもこの類いの小説であるこの話が、その問題に触れてないなら
俺にとって魅力半減だったと思う。
俺は評価なんて大げさなもんじゃないけど、作者はちゃんと考えようと
しているんだと、改めて思った。
もちろん、その問題を扱っていない他の作者が考えてないという
ことにはならないよ。
553 名前:名無し読者 投稿日:2001年07月08日(日)10時08分16秒
ここに書くことが作者さんの意志にそうことかどうかわかりませんが意見は多い方が参考になると思い書かせていただきます。
中澤が今までどんな恋愛をしてきたかわからないが、矢口に惹かれていたことは自身感じていた。それが恋愛感情であったかどうかは自分自身ではわかっていなかったが。
矢口の突然の告白によりそれと正面と向かい合わなければならなくなった中澤は、矢口の行為そのものに反発しない自分に驚きつつも、同性愛を否定する自分の中にある社会的常識を無視できずにいた。「死人の代わり」はその常識を維持するために使われたように思いました。(否定するための口実)
「同性愛を否定しない自分に対する恐れ。」自分はこんなふうに読ませていただきました。
554 名前:名無し読者 投稿日:2001年07月08日(日)12時16分03秒
こういう意見がいろいろとでてくるあたりが、
この作品のすごさだと思う。
いろんな意味で世界観だったり、キャラの感情だったりがとてもしっかりと
書き込まれている証拠だと思う。
俺はそういう作者さんの姿勢はすごく評価したい。
なんかここでしか読めないのがもったいない作品だよ。
555 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2001年07月08日(日)14時19分06秒
>>551-554ありがとうございます。
こういう意見は、欲しくても、なかなか頂けるものじゃありませんから。
常々、心がけていることは、誠実な文章を書いていきたいということだけです。
今は、正直、どう書き進めればいいのか、迷っています。
この迷いは、なかなか晴れそうにありません。
556 名前:名無し読者 投稿日:2001年07月08日(日)15時25分01秒
いろんな意見がありますが、
あっちゃん太郎さんが一番いいと思う方向に進んじゃってください。

>>常々、心がけていることは、誠実な文章を書いていきたいということだけです
今まで読んでても、作者さんの意図は十分伝わってます。

557 名前:名無し読者 投稿日:2001年07月08日(日)23時53分27秒
>>566
 俺もそう思います。
 あくまでこの作品の作者はあっちゃん太郎さんなんだから。
 俺らはただ幸運なことにそれを読ませてもらえてるだけだしね。
 えらそうな言い方だけど、あっちゃん太郎さんの
 やりたいようにやってください。
 俺はそれを支持しますよ。
558 名前:読者の名無し。 投稿日:2001年07月09日(月)00時10分06秒
556さん、557さんと同意見です。
この物語の結末を知っているのは作者さんだけ。
迷わず作者さんの想うとおりに進めていただきたいです。
毎回本当に楽しみにしています。
559 名前:551ですが… 投稿日:2001年07月09日(月)23時03分22秒
まず、煽り・叩きの類いではないことは改めてお断りさせて頂きます。

552さんへ
>KやBに話を聞いたり悩んだりしたことは蛇足なのか?
いいえ、むしろ不足だと言いたかったんです。(書き方が悪くて誤解を招いてしまったようですが)
何故、彼らが東京という、極めて他人とのコミュニケーションの少ない土地からでさえ
逃げ出すようにこの島に来なければならなかったのかを考えてみて下さい。
作者さんもそう考えたからこそ、彼らを登場させたのだと思いますので。

ここを読まれている皆さんは《千夜一夜物語》の中にある「一つ眼の国に飛ばされてしまった男」
の話をご存じでしょうか?
自分のセクシャリティが他人と違うと云うのは、正に「目玉が二つある自分は異常だ」と感じて
自分の眼を一つ潰してしまった主人公のようなものだと思うんですよ。
想像してみては頂けませんか?もし、自分が異性愛者ではなかったら?
それが無理なら、自分の身近な人間からそう告白されたら?
家族でも良いです。親友でも良いです。
自分にとって掛け替えのない誰かが貴方を信用して打ち明けてくれたとしたら、どう受け止めますか?
その人のありのままを受け入れて、且つ、それまでと全く変わらない付き合いが出来ますか?

答えはそれぞれなりに出して頂ければ良いと思います。

ご意見、ご感想等があれば、今後こちらのスレにてお願いしたいと思います。
560 名前:551ですが… 投稿日:2001年07月09日(月)23時06分44秒
貼り間違えました。
すいません、緑のテストスレにてお受けします。
561 名前:名無し読者 投稿日:2001年07月09日(月)23時14分44秒
どう書こうが書き手の自由、どう解釈しようが読み手の自由。
それが小説なんじゃないのかな?

自分はあっちゃん太郎氏の自由な発想の小説を読みたい。 待ってます。
562 名前:553 投稿日:2001年07月09日(月)23時15分11秒
>>559 ここは作品スレです。これ以上あなたの意見を主張したいのであれば、名作集案内雑談スレでお願いします。
この作品を楽しみにしているたくさんの読者がいることを考えてください。
563 名前:名無し読者 投稿日:2001年07月10日(火)00時08分12秒
同感です。かなりあっちゃん太郎さんがこれ以上話を続けずらい状況を作っていると思います。
この話を読むのが1日の楽しみでもあったのに。
564 名前:名無し読者 投稿日:2001年07月10日(火)15時10分01秒
これ以上はどう見てもスレ汚し、作品汚しです。
以降こちらに続けましょう。559さんもこちらでどうぞ。
http://www.ah.wakwak.com/cgi/hilight.cgi?dir=imp&thp=982487843&ls=25

>作者さん
気にせず続けて下さい。読者の意見はこれっぽっちも取り入れる必要ないです。
作者さんの世界観に迷いを持たないで欲しいです。
僕は作者さんの書き方に違和感も疑問も1ミクロも感じません。
問題は何が書きたいか、です。どう伝わるかじゃないですし。そんなの人それぞれですし。
作者さん頑張ってne楽しみにしてるyo!
565 名前:564 投稿日:2001年07月10日(火)15時16分29秒
ってすいませんテストスレにてって書いてた・・恥ずかしい・・・
ホント気にしないで何事もなかったかのように続けて下さい>作者さん
566 名前:読んでる人 投稿日:2001年07月11日(水)14時12分26秒
作者さんの好きに進めればOKだと思います。
続きまってま〜す。
567 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 子狐のナミダ 投稿日:2001年07月11日(水)18時22分42秒

――― ―――

「矢口、今日の健康診断に、行かなかったんだって?」
夕方、紗耶香は真里の家を訊ね、真里の顔を見るなり、開口一番そう言った。
「知っているなら、聞かなくてもいいじゃん」
真里は仏頂面で答えた。
「何で、行かなかったんだよ!‥‥この、弱虫。‥‥今日だって、魚は家の前に置いてきたくせに」
紗耶香の顔が険しくなった。
「何でって‥‥あたし健康だもん」
真里は視線をそらし、消え入りそうな声で、意味のないいい訳を試みた。
「そんな事言ってんじゃない」
「‥‥‥」
紗耶香の言葉に、真里は無言で俯いた。

「どうすんだよ。ゆーちゃん、明日の朝には東京に帰っちゃうぞ」
紗耶香はこれ見よがしにため息をついた。
「‥‥何で、『先生が欲しい』なんて、言っちゃったんだろう。‥‥こうなることは、十分予想できたのに」
真里は自嘲気味に笑うと、唇を歪めた。
「そんなこと言ったの?」
紗耶香が驚いたような声を出した。
「うん」
「‥‥そうか」
紗耶香は頷くと、しばらく何か考えているふうだったが、おもむろに立ちあがると、じゃあ、あたし帰るね、今日はよく寝るんだぞ、と言った。
568 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 子狐のナミダ 投稿日:2001年07月11日(水)18時23分32秒

紗耶香に何か言われるに違いないと身構えていた真里は、拍子抜けした感じだったが、紗耶香の言葉に素直に頷いた。
紗耶香の助言通り早く眠りについてしまおう、そうすれば嫌な事は考えなくてもすむ、そう考えた真里は、早々と布団に潜り込んだ。
しかし、いっこうに睡魔が訪れる気配はない。それどころか、頭は冴えてくるばかりだ。
否応なく裕子の事を考えてしまう。

最初は、確かに、似てるって思ったんだ。
初恋のあの人に似てるって‥‥。

つんじいの船で、初めて会った時、突然泣き出したあたしを、嫌な顔ひとつみせないまま、ずっと優しく頭を撫でていてくれた。
多分、その時から惹かれていたと思う。
でも、その時は自分の気持ちに気づいてなかった。
ただ、『ゆーちゃん』が紗耶香の家に宿泊するって聞いたから、迷惑をかけてごめんなさいって意味をこめて、みかんを持っていったんだ。
誰からかわからないように、カードだけ残したのは、ほんのいたずら心からだよ。
っていうより、本当は、あたしを探してって思っていたのかもね。

だから、最初は好奇心だったんだよ。
あの人にそっくりな、『ゆーちゃん』がどんな人か、知りたかったんだ。
だから、健康診断に行ってきた人達の感想を、いっぱい聞いた。

日本人が嫌いなおじさんもね、あの医者先生はいい人だって言うんだよ。
びっくりしちゃった。
569 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 子狐のナミダ 投稿日:2001年07月11日(水)18時24分13秒

それから、あたしが、魚を置いていった犯人ってばれてから、『ゆーちゃん』と親しくなるまで、時間はかからなかった。
紗耶香と『ゆーちゃん』とあたしの三人で食べる夕食も、いつもの何倍も美味しかった。
『ゆーちゃん』と二人で散歩したり、星を見たり、楽しかったなぁ。

内心、先生の事を『ゆーちゃん』って呼んでいる、紗耶香がうらやましくてたまらなかった。
あたしは、心の中ではいつも、『先生』じゃなくて、『ゆーちゃん』って呼んでいたから。
だから、つい、一回だけ、『ゆーちゃん』って呼んだんだ。
『ゆーちゃんの髪って綺麗だね』って。
あの時は、照れたように笑ってくれて、嬉しかったなぁ。
『ゆーちゃん』がいずれ東京に帰っちゃうってわかってても、この気持ちは止められなかった。

誕生日プレゼント、別のものを頼んだ方がよかったのかな?
告白しない方がよかったのかな?
そしたら、今でも、『ゆーちゃん』の傍で笑っていられたかな?

今日だって、本当は健康診断に行こうと思って、朝からお風呂に入って、準備はしていたんだ。
でも、いざとなると、足が動かなくなった。
公民館に行くんだって思ったら、玄関から一歩も動けなくなってしまった。
570 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 子狐のナミダ 投稿日:2001年07月11日(水)18時24分55秒

『うちは女やで』
戸惑う裕子の瞳。

『‥‥死んだ人の代わりはごめんや』
裕子の冷たい瞳。

『聞きたないわ!』
吐き捨てたような言葉。

『ずっと、好きだった』って言葉は、『ゆーちゃん』に向かって言ったんだけどな‥‥。
あの人は――初恋の人は――あたしの思い出の中にしかいない。
今欲しいのは、中澤裕子、その人だ。
でも‥‥
真里はぎゅうと目をつむった。

決定的な言葉を聞きたくない。
今度、はっきり拒絶の言葉を聞いたら、あたしは‥‥

‥‥でも、やっぱり、好きだなぁ。
あたしは――中澤裕子が好きだ。

真里は、何度も、寝返りをうった。
今夜も眠れそうもない。
真里の瞳に涙が浮かんだ。
571 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 豹のタメイキ 投稿日:2001年07月11日(水)18時26分27秒

――― ―――

裕子は平坦な荒野をただ一人、黙々と歩いていた。
どこに向かって歩いているのか、何のために歩いているのかさえもわからない。
ただ、ひたすら前に足を踏み出すだけだ。
立ち止まってしまったら、得体の知れない何者かに飲み込まれてしまいそうだった。
と、裕子の足元が揺らぎ始めた。
ずぶずぶと音をたてて、土の中に沈んでいく。
気がつくと、いつのまにか平坦な荒野は、沼地へと変化していた。

裕子は前に進もうと、足を踏み出すが、沼地の泥に足を取られるだけだ。
それでも懸命に足を踏み出そうとする。
裕子のまわりには、すがる物は何一つない。見渡す限りの沼地だ。
すでに腰の高さまで、泥に埋まってしまい、身動きできない。
もう、おしまいだ。裕子は絶望感に襲われた。
572 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 豹のタメイキ 投稿日:2001年07月11日(水)18時27分08秒

『ゆーちゃん』
突如声が聞えた。
裕子が声のした方を振り向くと、真里が立っていた。
不思議な事に、沼地の上を、すべるように歩いている。
真里は真っ直ぐに裕子の前に来ると、嬉しそうに笑いかけた。
「‥‥何がおかしいんや」
泥の中に体半分埋まっているのだ、自然に裕子の口調も、不機嫌なものになる。
いつもは背の低い真里を見下ろす形の裕子も、この時ばかりは真里に見下ろされる形になった。

『ゆーちゃん』
真里は裕子の言葉を気にする様子もなく、裕子の頬に両手を当て上を向かせると、唇を重ねた。
すると、真里の体も、ずぶずぶと音をたてて、泥の中に沈み始めた。
「何、やってんのや!早く逃げえ!!」
裕子は真里から唇をもぎ離すと、真里を泥の中から押し出そうとした。
『嫌だ。ゆーちゃんと一緒にいる』
真里は裕子の体にしがみつき、決して離れようとしない。
見る見るうちに、二人の体は、泥の中に埋まっていく。
もはや、泥の上に出ているのは、首から上だけだ。

『ゆーちゃん、好きだよ』
真里の声がする。
裕子は諦めきれずに、ジタバタと泥の中で体を動かし続けた。
真里はそんな裕子を、物悲しげな表情で見つめている。
573 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 豹のタメイキ 投稿日:2001年07月11日(水)18時27分46秒

「‥わああああっっ‥‥‥」
大声をあげて、裕子は目覚めた。
真冬にも関わらず、べっとりと額に髪の毛が張り付くほどの汗をかいている。
裕子は上半身を起こすと、深い、安堵のため息をついた。
夢で良かった。
これが、裕子の率直な感想だった。

枕下のスタンドの明かりをつけ、時計を見た。ちょうど午前三時をまわったところだ。
裕子は布団から起きあがると、旅行かばんをひらいた。
今日の朝、東京に立つ為に、もうすでに荷物はまとめてある。
汗ばんだ寝間着を脱ぎ捨て、かばんからシンプルな上着とズボンを取り出し、それに着替えた。

湿った布団の中に戻るのも気がひけて、裕子はかばんの中から小さなポーチを取り出すと、窓を開け、窓のふちに腰掛けた。
夜明け前の冷たい空気が、裕子の頬を撫で、同時に眠気を覚ましてくれるようだった。
裕子はポーチからタバコとライターを出し、タバコを口にくわえ、火をつけた。
裕子の口からタバコの煙がはきだされる。
裕子はぼんやりと、タバコの煙を見つめた。
574 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 豹のタメイキ 投稿日:2001年07月11日(水)18時28分25秒

あと六時間ほどで、この島ともサヨナラか‥‥。
裕子はここ十日ばかりの、島の人々との交流を思いだし、小さく笑った。

この島は、好きや。
豊かな自然、美しい空と海、あたたかい人間関係、おいしい食べ物。
うちが東京暮らしで失ってしまったものが、この島には脈々と生きているという感じがする。
この島やったら、ずっと居てもいいような気さえするわ。

そこまで考えて、裕子ははっと我に返った。

何を考えている?
うちは、今日の朝、東京に帰るんやで?
第一、こんな島に住むって言ったら、うちのおかんが何て言うか‥‥。
裕子は短くなってしまったタバコをビールの空き缶に捻りこむと、新しいタバコに火をつけた。
575 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 豹のタメイキ 投稿日:2001年07月11日(水)18時29分00秒

しかし、なんちゅう夢を見るんや。
裕子は夢の内容を思い出すと、ぶるっと震えた。
自分で自分が恐い。
結局、うちは、矢口から逃げられんということやろか?
昼間は昼間で、気がつくと矢口の事を考えて。
夜は夜で、夢の中に矢口が出てくる。

そこなし沼にはまり込んでいるようなものや。
矢口の姿が見えない事にほっとしている自分と、その姿を追い求めてしまう自分。
矢口の唇の感触を忘れられない自分と、その事を嫌悪する自分。
矢口の『ずっと好きだった』という言葉の意味を考え続けている自分。
あれは自分に向けられたものだと思う自分と、いや、あれは紗耶香の母親に向けられた言葉だと思う自分。
自分で聞きたくないと、矢口のいい訳じみた言葉を拒絶したくせに、それで黙り込んでしまった矢口に腹を立てている自分。

裕子はタバコのフィルターをギリギリと噛み潰した。
576 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 豹のタメイキ 投稿日:2001年07月11日(水)18時29分53秒

『せんせい、じぶんのこころに、うそをついちゃいけないよ』
『自分に正直が一番ですよ』
おばばもKも、同じコトを言っている。

どうしたらいいんやろ?

何故、矢口のキスを受け入れた?
受け入れたばかりか、応えてしまったのは何故だ?

うちは、女が好きなんやろか?
仲のいい女友達は大勢いる。しかし今まで、性的な意味で女性に惹かれた事はない。

裕子はためしに、今まで付き合ってきた恋人達の事を、思い出してみた。
男性、年上、長身、筋肉質、テノールの声。
うん、どれも、矢口とは大違いや!
どこかで、ほっとしている自分がいる。
裕子はタバコをビール缶にこすりつけ、火を消した。
フィルターは平たく潰れてしまっている。
577 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 豹のタメイキ 投稿日:2001年07月11日(水)18時30分39秒

裕子はため息をつくと、窓を閉めた。
寝た方がいいかもしれん、と言ってみた。
どこか、白々しい響きがする。
裕子は布団の中に潜り込むと、頭まで布団を引き上げた。
汗で湿った布団が気持ち悪い。
裕子は何も考えず、眠り込んでしまいたかった。
しかし、睡魔が訪れる気配はまったくない。

『‥‥彼氏いるの?』
不安そうな瞳の矢口。

『‥‥あたしが、いるじゃん』
優しく寄り添ってくれた矢口。

『先生‥‥あったかい』
顔をすりつけ、甘える矢口。

『あたし、先生が欲しい』
熱っぽい瞳で見つめる矢口。
そして、やわらかい唇。

気がつくとまた、矢口の事を考えている。
裕子はそんな自分自身を嫌悪した。
578 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 豹のタメイキ 投稿日:2001年07月11日(水)18時32分05秒

中澤裕子、お前は何を恐れている?

矢口真里を見ると、異常な感情の高まりをおぼえることか?
同性愛者になる不安か?
世間の人の目か?
それとも、死んだ紗耶香の母親か?

お前の勇気はどこにある?
希望は?
愛情は?

お前が一番欲しいものはなんだ?
何を望む?
何を?

いくら考えても、答えは出なかった。
裕子はまんじりともせず、考え続けた。
579 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2001年07月11日(水)18時39分46秒
>>551-554
>>556-566
お騒がせしました。色々ありがとうございました。
今日から、再開です。
作者も、今回は、よく考えましたよ。受験勉強以来ですなぁ、こんなに頭を使ったのは。
そんなこんなで、これからもよろしくお願いします。
580 名前:名無し読者 投稿日:2001年07月11日(水)19時12分34秒
おお!!
待ってました!!
581 名前:読者の名無し。 投稿日:2001年07月11日(水)19時50分26秒
やった〜!待ってました!
これからも楽しみにしてますよ!
582 名前:名無し読者 投稿日:2001年07月11日(水)19時59分06秒
いえ〜!
再開!
583 名前:名無し読者 投稿日:2001年07月11日(水)20時21分44秒
ヨカタヨカタ
584 名前:名無し読者 投稿日:2001年07月12日(木)01時27分39秒
拍手喝采
ガンバテネ
585 名前:mo-na 投稿日:2001年07月12日(木)02時41分33秒
更新嬉しい。やぐちゅう、ある意味痛いですね。
でも作者さんが、この作品を大切に思って書いているのが文章で凄い分かります。
おいらも真剣に読んでるんで…今後に期待。
586 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年07月12日(木)18時25分08秒

――― ―――

今日は、裕子が東京に戻る日だ。
空は晴れ渡り、雲一つない。
裕子は青空を見上げると、深いため息をついた。
明け方近くに目覚めてからは、結局一睡もできず、朝食も箸が進まず、ひたすら真里の事だけを考えていた。
恋に恋していた学生の頃でも、こんなに一人の人物――しかも、十も年下の女の子――の事ばかり考えていた事はない。
裕子の恋はもっとスマートで、理知的なものであったはずだ。

うち‥‥ホンマ、おかしいで。
どないしてしまったんやろ?
裕子は落ち着きなく、部屋の端から端までを行ったりきたりを繰り返した。
そうすれば考えがまとまるとでもいうように。
しかし、裕子の混沌とした内面は、裕子自身、理解に苦しむものだった。
587 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年07月12日(木)18時25分44秒

そうするうちに、一刻一刻と、島を離れる時間が近づいてきた。
「ゆーちゃん、そろそろ行かないと」
紗耶香の能天気な声が聞えた。

今の裕子にとっては、紗耶香の親切な一言でさえ、苛立ちの対象だった。
そんなに、うちを、東京に帰したいんか!?
そう、考えてしまった自分を、裕子は必死で律した。
何を考えている?
紗耶香は親切にも、船の出る時間が近づいている事を、それとなく教えてくれただけにすぎない。
裕子は紗耶香に弱々しく笑いかけると、旅行かばんを右手で持ちあげた。

紗耶香は裕子のもう一つの旅行かばんを持つと右手で持つと、一緒に港まで歩いていく。
裕子の足取りは重たかった。
裕子は何も考えずに、ただ足を交互に前に出すように心がけた。
旅行かばんでさえ、来た時の何倍も重く肩にのしかかっているように感じた。
588 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年07月12日(木)18時26分31秒

港には、大勢の島人が見送りに来ていた。
裕子は無意識のうちにキョロキョロと辺りを見渡し、真里の姿を探した。
そして、そんな自分に気づくと、激しい自己嫌悪におちいった。
うちは、一体、何を考えてるんや?
矢口は十も年下の、しかも女の子やで?
どうにかしている。バカ丸出しだ。

そうは思うものの、心は理性を裏切って、真里の姿を捜し求めている。
しかし、真里はどこにもいない。
諦めきれず、裕子はさらに、視線をさまよわせた。

「矢口は、来てないみたいだよ」
紗耶香が裕子に耳打ちした。
「絶対、来るようにって、言っておいたんだけど‥‥」
「‥‥‥」
申し訳なさそうな紗耶香の顔を見ていると、裕子は何も言えなくなった。
本当は思いっきり怒鳴りつけてやりたいぐらいだったが、それでは、単なるやつあたりになってしまう。

うちが、矢口を傷つけてしまったんや。
自業自得ってやつやな‥‥。
裕子は目を閉じると、深い深呼吸を数回繰り返した。
気を静めないと、矢口の名前を大声で叫んでしまうかもしれない。
裕子はそれを恐れた。
589 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年07月12日(木)18時27分32秒

先生、そろそろ行きましょうか、とつんじいが言った。
裕子は頷くと、つんじいの船に乗り込むため、タラップを歩き出した。
こんなに足が重いなんて‥‥まるで鉛でも入っているみたいや。
このまま、海に沈んでも、うちは浮き上がってこないに違いない。
裕子は海に沈んでいく自分を想像してみた。
真っ直ぐに海底に沈んでいく自分。
案外、悪くないかもしれん。
裕子は唇を歪めると、自嘲気味に笑った。
こんな事、考える自体が、すでに病気や。

つんじいがエンジンをふかせると、船はゆっくりと動き出した。
裕子は船の後部甲板から、うつろな眼差しで、見送りに来ている人々を見下ろした。
紗耶香をはじめ、この10日間の短い中で、交友を深めた人々ばかりだ。
両足にギブスを巻いた真希までが、見送りに来ていた。
表情から、みんな、裕子との別れを惜しんでいるのが見て取れる。
裕子は泣きそうになった。
気づかないうちに、しかし確実に、この阿麻和利島は裕子の心の中に入りこんでいた。
今では、かけがえのない存在になっている。
この島を離れるのが、身を切られるようにつらい。

矢口真里に関しても、同じ事がいえた。
向こうから近づいてきて、告白してきたくせに。
勝手に、裕子の心の中に入りこんできたくせに。
別れの挨拶も言ってこない。見送りにも来ない。
うちは‥‥悲しくて、寂しくて、つらいのに‥‥姿も見せない。
裕子は絶望感に襲われた。
590 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年07月12日(木)18時28分12秒

と、見送りに来ていた人の波が、割れた。
息をきらした真里が現れた。
途中で転んだのだろうか、頬と、足の膝に泥がついている。

裕子と真里の視線が絡まりあった。
船が動き出しているため、二人の距離はすでに、20メートルは離れている。
裕子は真里に会った時に言おうと思って、色々考えていたが、実際真里を目の前にすると、考えていた言葉は霧のように消えてしまった。

「‥‥矢口‥‥ごめんな‥」
やっとの思いで、言葉を絞り出した。
もっと、気の利いたことが言えたらと、裕子は歯噛みする思いだった。
真里がぶんぶんと、首を横に振る。
真里も言葉にならないようだ。

言葉というのは、時には厄介なものだ。
誤解を生みやすいし、必要な時に出てこない事が多い。

裕子は船の後部甲板に立ったまま、次第に小さくなっていく真里を見つめ続けた。
港には大勢の人が立っていたが、目に入ってくるのは、真里ただ一人だった。
591 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年07月12日(木)18時29分03秒

船は100メートルも進んだだろうか、真里の姿は、本当に小さくなっていた。
裕子はその豆粒のような真里を、涙でかすんだ目で見つめ続けた。
その、真里の小さな体がかがんだと思った瞬間、水飛沫がおこった。
真里が海に飛び込んだのだ。
人々の歓声が、陸から離れた船の上の裕子のもとにも聞えた。

裕子は急いで、つんじいに船を止めるように言った。
真冬の海を、真里は真っ直ぐに、裕子の乗っている船に向かって泳いでくる。

南の島とはいえ、真冬には、気温は10度近くまで冷え込む。
真里は何故、自分が海に飛び込んだのかわからなかった。ただ、裕子の傍にいたかっただけだ。
真里は泳ぎながら、体が悲鳴をあげるのを感じていた。
手足の感覚はほとんど感じられなくなっている。
ただひたすら、足をばたつかせ、腕をまわし続けた。

裕子は呆然と、クロールで近づいてくる真里を見つめた。
真里は船の端にへばりついて、息を整えていたが、裕子の差し出した手を取ると、船によじ登った。
592 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年07月12日(木)18時29分36秒

「‥い、行っちゃ‥嫌だ。‥ゆーちゃん、行かないで!」
叫びながら、ずぶ濡れの体で、裕子に抱きついた。

裕子は真里の氷のように冷たい体を、しっかりと抱きとめた。
つんじいが、船室から毛布を取ってきて、真里にかけてやった。

「ゆーちゃん、行か‥ないで、あたしの‥傍‥にいてよ!」
真里は歯をガチガチ鳴らし、ガタガタ小刻みに体を震わせながら、それでも、瞳を真っ直ぐに裕子に向けた。
唇は紫色に変色し、涙と鼻水まみれの真里の顔は、客観的に見るとひどく不細工だったが、裕子の目には美しく輝いて見えた。

裕子の顔が泣き笑いに変わっていく。
「あんたって子は‥‥ホンマ、かなわんな‥‥」
裕子の瞳には、先程までの、狂おしい葛藤の色は微塵もなかった。
この子にはかなわない。逃げ回っても、無駄だ。
完敗だ。白旗をあげてしまおう。
その証拠に、この子が追っかけてくれただけで、こんなに幸せな気持ちになれる。
593 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年07月12日(木)18時30分14秒

裕子は真里の体にしっかりと毛布を巻いてやると、困惑の表情を浮かべるつんじいに、島に戻ってもらえますか、と言った。
船が島に戻ってくると、もう大騒ぎとなった。
真里の両親は、何が起こったのかわからないという表情を浮かべ、それでも、娘が裕子に迷惑をかけたという意識はあるらしく、裕子に向かってすいませんと謝ってきた。
裕子も、こちらこそすいません、と返した。
真里の両親は、さらに訳がわからないという表情を浮かべた。

「こうなると、思っていたよ」
紗耶香がニヤニヤ笑いながら、裕子に近づいてきた。
「嘘つけ」
裕子の言葉に、紗耶香は肩をすくめた。

「‥‥それより、急患発生や!‥あんたの家を借りるで!!」
裕子が早口にまくし立てた。
裕子自身も、真里ほどではないにしろ、海水で濡れてしまっている。
「‥‥わかった。好きにつかっていいよ。‥‥矢口の両親には、あたしから適当に言っとくから」
紗耶香はヒラヒラと手を振って、早く行けという仕草をした。
「矢口を運ばんと‥‥」
裕子は助けを借りようと、辺りを見まわした。
594 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年07月12日(木)18時31分05秒

「俺が運びます」
一人の青年が進み出た。
どこかで見た顔だ。裕子は記憶を探ってみた。
‥‥真里を口説いていた男や。
俺はあきらめないからな、と真里に向かって、ほざいていた男や。

「あんた‥‥うちの矢口にちょっかい出さんといてや!」
裕子はギロッと青年を睨んだ。
青年がビクッと身をこわばらせた。

最初が肝心やからな。
締めとかんと‥‥。
裕子は青年を一瞥すると、フンと鼻をならした。

裕子の考えている事を見ぬいたのか、紗耶香が含み笑いをした。
「先生、いたいけな青年を、びびらせちゃいけないと思いま〜す」
Bもちゃらけたような声をあげた。
Bの隣で、Kも笑いを堪えているようだ。

「うっさい。‥‥BとK、見てないで、矢口を紗耶香の家まで運んでや」
裕子は顔を赤らめると、そっけなく言った。
595 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2001年07月12日(木)18時36分15秒
通常は、一回の更新で1日を書ききるのですが、長いので、前半と後半に分けさせてもらいます。
これで、前半終了です。
やっと、物語の終わりが見えてきました。
596 名前:名無し読者 投稿日:2001年07月12日(木)18時59分43秒
裕ちゃんが素直になってよかった・・・。
続き期待してまっす
597 名前:読者の名無し。 投稿日:2001年07月12日(木)19時10分21秒
良かったよぉ。。。(泣)
裕ちゃん♪
598 名前:名無し読者 投稿日:2001年07月13日(金)00時20分51秒
はぁ…良かった良かった…(泣
599 名前:名無し読者 投稿日:2001年07月13日(金)05時42分27秒
矢口が健気だ・・・
BとK、描写全然無いのに凄く仲のよさが伝わってくる。上手いですねやっぱ。
続き楽しみ
600 名前:読んでる人 投稿日:2001年07月13日(金)08時24分40秒
ここのやぐちゅーが一番好き
601 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年07月13日(金)10時11分46秒

紗耶香の自宅に到着すると、裕子はBとKを部屋から追い出し、風呂を沸かしてくれと頼んだ。
それから、真里の濡れた服を剥ぎ取り、水分をタオルでふき取ってやる。
毛布で保護されていたとはいえ、真里の体は氷のように冷えきっていた。
徐々に、体温を常温に戻してやるのが、先決だ。
裕子は自らの濡れた服を脱ぎ捨て全裸になると、同じく全裸の真里の体を抱きしめ、毛布にくるまった。

自分の体温全てあげてもいい。裕子はそう思っていた。
真里の体温は少しずつではあるが、もとに戻ってきているようだった。
青白かった頬にも、赤みがさしてきた。
もう大丈夫だろう。
数時間が経過して、真里が落ち着いた頃を見計らって、裕子は毛布からそっと脱け出した。

床に散らばった、濡れた服を身に着ける。
気持ち悪いが、致し方ない。
家の中とはいえ、全裸で歩きまわるわけにはいかない。
602 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年07月13日(金)10時12分28秒

「往生際が悪いんだよ」
「言えてる」
濡れた服を着替えて、応接間に入ろうとした裕子の耳に紗耶香とBの話し声が聞えてきた。
どうやら二人は、裕子を話しのネタにしているらしい。
裕子は深呼吸すると、一気に応接間のふすまを横に引いた。
紗耶香、B、Kが息を呑むのがわかった。

「楽しそうに、何、話しているのかな?」
ニッコリ笑いながら、裕子が尋ねた。
「な、何って、別に、なぁ?」
Bが慌てたように、Kに同意を求めた。
Kもあいまいに頷き返した。

「ゆーちゃん、矢口は?大丈夫なの?」
紗耶香が急須からお茶を湯のみに注ぎながら、聞いてきた。
裕子が重々しく頷いた。
「‥‥ふーん。‥‥お風呂沸いたからさ、呼んでこようと思って、覗いたら、いい雰囲気なんだもん。‥‥あれじゃ、声かけられないよね」
紗耶香がニヤニヤと笑った。
「な、何言ってるんや!あれは、りっぱな治療やで!!」
裕子は顔を真っ赤にすると、慌てたように言った。
「まあまあ、ゆっくりお茶でも飲んで、落ち着きなよ」
紗耶香は裕子の前に、コトンと音をたてて湯のみを置いた。
603 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年07月13日(金)10時13分11秒

紗耶香はお茶を飲む裕子の顔をチラッと見た。疲労の色が見える。
「‥‥お風呂わいてるよ。入ったら?」
「‥‥そうやな」
裕子はおとなしく頷いた。
Bが、じゃあ先生がお風呂に入っている間、僕らが矢口さんの事みてますよ、と言った。
「頼むわ。‥‥ただし、ちょこっとでも、毛布をめくったら、あんたらコロスで?」
裕子はギロッとBとKを睨んだ。
真里は、今、別室で、全裸で毛布に包まれて眠っている。

紗耶香は、そう言った裕子の顔を見て、また、ニヤニヤと笑った。
BとKも、笑いを堪えているのか、俯いて小刻みに体を震わせている。
「‥‥何や?」
裕子が憮然としたように聞くと、紗耶香は、ジタバタ逃げ回っていた人のセリフとは思えないね、と言った。
裕子は照れたように、ふいっと紗耶香から視線をそらした。
604 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年07月13日(金)10時13分50秒

裕子が風呂場に入ると、すでに、風呂桶にはお湯がはってあった。
裕子は手早く体を洗うと、桶の中に体を沈めた。
桶の中からお湯が溢れ出す。
裕子はゆっくりと体を伸ばした。
疲れが取れていくようだ。

『ちかぢか、せんせいは、にほんのみちのうちの、いっぽんをえらばないといけなくなる』

『どっちのみちをえらぶかによって、そのごのじんせいが、おおきくかわるはずじゃ』

『きめるのは、じぶんじしんだけじゃよ』

『じぶんのこころに、うそをついちゃいけないよ、せんせい』

おばばに言われた言葉が、胸をうつ。
今なら、おばばが何を言おうとしたか、わかるような気がする。
おばばの言う、二本の道のうちの一本を選ぶ時というのは、おそらく今なのだろう。

これから――どうするか。
結論は出ている――が――問題は――
お湯に肩までつかりながら、裕子は目をつぶって、考えた。
605 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年07月13日(金)10時14分36秒

風呂からあがると、裕子はかばんから携帯電話を取り出すと、かけはじめた。
紗耶香が気を利かして、席をはずそうとするのを、引きとめる。
数回のコールの後、相手が出た。
「‥‥A教授ですか?‥中澤です。‥実は、急患が出まして‥‥いや、大した事はないんですが、それで、帰るのが遅れます。‥‥‥いえ、明日には、東京に帰りますから。‥‥はい、‥‥はい、わかりました」
裕子はため息をつくと、電話を切った。

「最近の携帯電話は、えらい、性能がいいなぁ。こんな南の島でも、よく聞えるで」
裕子はおどけたように言った。
紗耶香は黙ったまま、裕子を見つめた。
二人の間に、しばし沈黙が訪れる。
606 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年07月13日(金)10時15分25秒

「‥‥なぁ、例えばやけどなぁ‥‥美人で、若くて、腕がよくって、性格もいい医者が、この島に住むって言ったら、あんた、どうする?」
裕子は紗耶香の視線を避けるように、俯いて、畳のくぼみをいじり始めた。
「‥‥そうだなぁ‥‥小さな診療所と小さな家ぐらいは、準備しますよ?」
紗耶香は笑いを奥歯でかみ殺すと、至極真面目な声色で答えた。

「‥‥若いんやで?‥‥貧乏暇なしの研修医やで?‥‥そんな金ないわ」
裕子が自信なさげに、小さな声で呟いた。
「‥‥アハハハハ‥‥ローンにしときますよ。無利息、無担保の。‥‥先生がこの島に来てくださるのなら‥‥アハハハ‥‥」
紗耶香はもはや笑いを堪える事が不可能になっていた。
裕子の自信なさげな態度がおかしくて仕方なかった。
裕子がこの島に来てくれるならば、おそらく、多くの島人が喜んで協力してくれるだろう。
小さな診療所と家くらい、準備するのは朝メシ前だ。
ゆーちゃん、あなたは、自分が思っている以上に、色々な人から愛されているんだよ?
紗耶香は腹を抱えて笑い転げた。
「‥‥‥」
裕子は憮然とした様子で、笑い続ける紗耶香を見つめた。

「それに‥‥今なら、可愛くて健気な子ギツネが、もれなく付いてくると思いますけど?」
笑いすぎて涙のにじんだ瞳を、いたずらっぽくきらめかせて、ニヤニヤ笑いながら、紗耶香は裕子の顔を覗きこんだ。
「‥‥それは‥‥子ギツネ本人に聞かんことには、何とも言えんな」
「とか言って、本当は自信満々のくせに」
紗耶香は裕子の背中をバシッと叩いた。
607 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年07月13日(金)10時16分09秒

Bが裕子を呼びに来た。
真里が目を覚ましたらしい。
もうすでに、日が暮れ、辺りは真っ暗になっていた。

「ゆーちゃん‥‥」
部屋に入ってきた裕子を見ると、真里は上半身を起こした。
裕子が部屋に来る前に、誰かが着替えを持ってきてくれたのだろう。真里は紗耶香のパジャマを身に着けていた。
裕子と入れ替わりに、BとKが出て行く。
「どんなや?調子は?」
真里が答えられずにいると、裕子は真里の傍に座り、真里の額に手を当てた。その後、真里の右手を取ると、脈を計り始めた。
「熱があるな。‥‥脈もはやいし‥‥」
裕子は困ったような顔をした。

「まったく、冬の海に飛び込むなんて、無茶するからや‥‥」
「‥‥迷惑だった?」
恐る恐るという感じで、真里が尋ねてくる。その声は、心なしか震えているようだ。
裕子は黙っている。
608 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年07月13日(金)10時16分56秒

「ねぇ、迷惑だった?」
なおも、真里が尋ねた。
「‥‥そうやな‥‥驚いたゆうのが、率直な感想やな」
「‥‥‥」
裕子の言葉に、真里は黙り込むと、俯いてしまった。
裕子に迷惑をかけるつもりはなかった。ただ、考えるより先に体が動いて、海に飛び込んでしまった。

「矢口、頼むから、こんな無茶はせんといてーな」
裕子が弱々しい声で、囁くように言った。
真里が驚いたように顔をあげた。
裕子の瞳には涙が光っている。
「‥‥ゆーちゃん」
真里は呆然と、裕子の涙を見つめた。

「‥‥あたし‥‥ゆーちゃんが‥ずっと‥‥好き‥‥」
考えるより先に、真里の口からは言葉がこぼれ出していた。
「‥‥そうか」
裕子は涙を拭うと、頷いた。
「‥紗耶香のお母さんは‥‥もう、なんでもないよ」
「‥‥そうか」
裕子は目を細めると、嬉しそうに何度も頷いた。
真里の髪に手を伸ばすと、優しく撫でた。
自然に二人は寄り添う形になった。真里は裕子の肩に頭をのせ、体重を預けた。
609 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年07月13日(金)10時17分30秒

「うちな‥‥明日の朝、東京に戻るわ」
裕子の言葉に、真里の体がぴくっと震えた。
「‥‥そう」
消え入りそうな声で呟くと、両手で毛布の裾をぎゅうっと握り締め、それっきり俯いてしまった。

「矢口、顔上げてーな」
裕子が苦笑した。
真里は黙って俯いたままだ。
「‥‥そうやな。‥んー‥‥残ってる仕事片付けたり、うちのおかんと話し合ったりせんといかんから‥‥戻ってくるのは‥‥一ヶ月後ぐらいかな」
裕子は独り言をいうように、口の中でもごもごと言った。
真里は口を開け、ポカンとした顔をした。

一ヶ月ぐらい我慢できるやろ?
そう言うと、裕子は顔を傾けて、真里の顔を覗きこんだ。
610 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年07月13日(金)10時18分09秒

「それって‥‥」
真里が大きな目を、さらに見開いた。
裕子は無言で頷いた。

「‥‥‥」
真里は裕子に抱きついた。
嬉しくて、言葉が出てこない。
腕の中の愛しい人の存在を確かめたくて、更に力を込めて抱きしめた。

「うわっ‥‥矢口、苦しいわ」
裕子が苦しそうな声出した。そうは言うものの、裕子の顔はこの上なく幸せそうだ。

「‥ゆーちゃん」
真里は裕子の胸に、顔を擦りつけた。
「ん?」
裕子が返答する。
「ゆーちゃん‥‥ゆーちゃん‥」
真里は裕子が返事をしてくれるのが、嬉しくてたまらなかった。

「今日は、先生って、言わないんやな」
繰り返し自分を呼ぶ真里に、裕子は照れたようにはにかんだ。
「‥‥あたし、心の中では、ずっと、ゆーちゃんって呼んでた‥‥」
「‥‥そうか」
裕子が頷いた。
611 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年07月13日(金)10時19分00秒
裕子が頷いた。

真里は裕子の胸から上体を離すと、目をつぶって、唇を寄せてきた。
唇が重なる寸前に、裕子は人差し指で、真里の唇を止めた。
「駄目や。風邪ひいとる人とは、キスせーへん!」
唇に受ける感触が、思っていたものと違うことに驚いた真里が目を開くと、裕子がいたずらっぽく笑いかけてきた。
「えー‥‥」
真里は不満そうに、プーっと頬を膨らませた。

「それが嫌やったら、早く治すことや!」
裕子は真里の額にすばやく唇を落とした。
今はこれで我慢しとき、そう言うと、裕子は目を細めて笑った。
612 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2001年07月13日(金)10時25分54秒
後編終了です。
あとは、ひたすら甘く書ければいいなぁと思ってますが。
多分、あと3回ほどで、完結します。
613 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月13日(金)10時54分42秒
逆に、ゆーちゃんを看病する矢口もみてみたいなー
614 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年07月14日(土)12時13分58秒

――― ―――

裕子は久しぶりに、さわやかな朝を迎えた。
布団から起きあがり、カーテンを開け、朝日を浴びると、自分があらゆるものから、祝福を受けているかのような幸福感に包まれた。
こんな朝を迎えられたのも、矢口のおかげやな。
裕子は大きく背伸びした。

今日は裕子が本当に、東京に戻る日だ。
想いが通じ合った今、離れ離れになるのはつらいが、仕方がない。
昨日の電話でA教授は何も言ってこなかったが、仕事がたまっているのは確実だろう。
これ以上引き伸ばす事は困難だ。
615 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年07月14日(土)12時14分40秒

「まだ、熱があるな」
裕子は体温計を見ると、困ったような顔を見せた。
「もう、平気だよ。‥‥あたし、港まで一緒に行くから」
真里は上半身を起こすと、裕子をじっと見つめた。
「アカン」
裕子は首を横に振った。
「平気だって」
「アカン。おとなしく寝とり」
裕子は真里の両肩をつかむと、再び布団に横たえようと、力を加えた。

「嫌だ」
これから一ヶ月も会えなくなるというのに、見送りに行っちゃいけないなんてひどすぎる。
真里は肩をこわばらせ、口をへの字に曲げると、ブンブンと首を横に振った。
「矢口‥‥聞き分けのないこと言わんといてーな」
裕子は困ったような、そして、どこか嬉しそうな複雑な表情を見せた。
「嫌」
「‥‥すぐに、また、会えるやろ?」
「‥すぐ‥‥すぐじゃないよ」
真里は涙を浮かべると、右手で裕子の上着のすそを握り締めた。
「‥‥矢口」
裕子は困ったように笑った。

「離れたくないよ」
涙の浮かんだ瞳で裕子を見つめ、真里は拗ねたように、唇を尖らせた。
「‥‥うちかて、離れたないわ」
裕子は真里から視線をそらし、ポリポリと額をかいた。
真里の、だって、だってさ、という涙声が聞える。
616 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年07月14日(土)12時15分21秒

「‥‥しゃーないな‥‥本当は風邪ひきさんとは、したくないんやけど‥‥」
裕子は顔を傾けると、真里の唇に、自分のそれを重ねた。
真里の唇は微熱のせいで、熱く感じた。
困ったな‥‥。
やっぱり、唇にキスなんかするんじゃなかった。
ずっと、キスしていたい。
もっと、深く感じたい。
そう思いながらも、裕子はゆっくりと唇を離した。
風邪をひいている体に、無理は禁物だ。

唇が離れると、裕子は嬉しそうに笑った。
真里は照れたように俯くと、裕子の両手に指を絡めた。
617 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年07月14日(土)12時16分29秒

「‥‥矢口?」
「何?」
「‥‥うちが帰ってくるまでな、これ預かっていて欲しいんや。‥‥うちだと思って、大事に扱ってや」
裕子は左手から腕時計を外すと、真里の左手を取って、その手首につけた。
「‥これ‥」
真里が驚いたように、裕子の顔を見上げた。
裕子の父親の形見の時計だ。
裕子がとても大切にしているのを知っている。
「ん?」
真里の驚いたような顔を見て、裕子はニコニコと笑った。
「‥いいの?」
「矢口に預かっていて、欲しいんや」
「‥‥嬉しい‥‥嬉しいよ」
真里は時計をつけた左手をかざすと、裕子を涙目で見つめた。
618 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年07月14日(土)12時17分08秒

裕子は真里の涙目を見たとたん、真顔になった。
真里の体を引き寄せると、きつく抱きしめた。
真里が苦しそうな吐息をもらす。
裕子は腕の力を弱め、真里の顔を覗きこんだ。
いいからもっと強く抱きしめて、と真里が言った。
上気した真里の顔を見ていると、裕子はどうにも我慢ができなくなっていた。

右手で真里の頬に触れ、そっと撫でた。そのまま固定すると、唇を重ねた。
真里の両手も、裕子に首に回され、指先は裕子の髪の毛をせつなげに愛撫している。
裕子は真里の口内に侵入すると、真里の熱い舌を探し出した。
真里の唇の感触を、夢中になって味わう。
唇が離れると、真里は苦しげに息を乱していた。

「‥‥うちが、風邪ひいたら、矢口のせいやで」
裕子は真里を抱きしめ、髪を優しく撫でながら、耳元で囁いた。
「‥いいもん」
真里は小さく呟いた。
619 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年07月14日(土)12時17分45秒

「いいの?」
港に向かう道すがら、紗耶香がためらいがちに、裕子に聞いた。
「ん?」
「矢口‥‥」
「‥‥いいんや。‥‥熱もまださがらんしな。‥‥それに‥‥あいつなら、また、船を追って、海に飛び込みかねんからな」
裕子は困ったように肩をすくめた。
「アハハハ‥‥言えてる。‥‥でも、よく矢口がいうこときいたね。絶対、自分も行くって言い張りそうだけど‥‥」
紗耶香は右手に持っている裕子のかばんを、振り子のように揺らしながら、不思議そうに聞いた。

「まあな‥‥」
裕子は赤くなって、俯くと、道端の石ころを蹴飛ばした。
「‥‥ふーん‥‥朝から、大サービスしたわけね‥‥」
赤くなった裕子の顔を見て、何か思い当たったのだろう、紗耶香はニヤニヤ笑うと、港に向かって走り出した。

「な、何や、大サービスって‥‥」
裕子の声が追いかけてくる。
「アハハ‥‥別に」
ゆーちゃんと矢口ってホント、からかいがいがあるよね。
走りながらも、自然と、紗耶香の顔に笑みがこぼれ出した。
紗耶香の後ろから、待ってやーという、裕子の悲壮な声が聞えてきた。
620 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年07月14日(土)12時18分16秒

裕子は、昨日と同じように、つんじいの船に乗り込んだ。
港には、昨日と同じように、たくさんの島人が見送りにきている。
ただ一つ違うのは、裕子の足取りが非常に軽いということだ。

裕子は真里に、一ヶ月後にこの島に戻ってくると約束した。
今は、その約束を果たすため、しばらくの間離れるだけにすぎない。

つんじいの船は裕子を乗せて、沖縄本島へと出発した。
621 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2001年07月14日(土)12時21分09秒
更新しました。
本当に、今年の夏は、暑い。
622 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月14日(土)17時58分42秒
アンタが大将!!
623 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月15日(日)12時14分30秒
いいっすいいっす!!
624 名前:名無し読者 投稿日:2001年07月15日(日)23時35分03秒
暑さに負けずにガムバッテネ
625 名前:読んでる人 投稿日:2001年07月16日(月)13時40分15秒
とても良いですぅ〜♪
626 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年07月16日(月)17時13分23秒

――― ―――

裕子は沖縄に向かう飛行機の中、この一ヶ月の出来事を思い返していた。
京都から沖縄本島までの約ニ時間のフライトだ。
少しぐらい、感傷にひたってもいいだろう。
裕子はシートに身を沈めると、瞳を閉じた。

東京に戻ってからの裕子は、厚生省に『阿麻和利島の住人に関する健康状態報告書』を提出しなければならなかった。
報告書には逐一、島民の健康状態を記入しなければならない。
阿麻和利島は人口における、病人の割合が驚くほど低い。長寿社会なのにも関わらず、過疎化している気配もなかった。稀有な存在の島といえるだろう。
報告書を書き終わる頃には、裕子は紗耶香が以前もらしていた、日本政府が阿麻和利島を監視したいんだ、という発言はまんざら的外れではないと思い始めていた。

日本政府の本省がたかだか人口2000人の阿麻和利島の情勢を気にするなんて、如何にも不自然過ぎる。
あの美しい島を、日本化したいと考えているのだろうか?
健康状態を把握することで、弱みが握れるとでも?
それとも、病んだ日本社会を建てなおす見本になるとでも思っているのか?

裕子は報告書の最後にこう書き加えた。
『阿麻和利島島民の健康状態きわめて健康な者多し、しかし、長年の医者不在の現状を黙殺してきた日本政府の対応が、島民の根強い日本人不信につながる要因の一つであると思われる』
627 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年07月16日(月)17時14分07秒

裕子は大学病院に戻ると、早速、A教授に退職したいと申し出た。A教授は驚き、理由を聞いた後、更に驚いた。
裕子が阿麻和利島の診療所の医者になるつもりだと言ったからだ。
裕子が阿麻和利島に住もうと決心したきっかけは、医者としての使命感、阿麻和利島に関する憧憬の他に、矢口真里の存在が大きい。
しかし、裕子はどうしても、矢口真里と自分との関係を話す事ができなかった。

A教授は最終的には、裕子のわがままを許してくれた。
寂しそうに目を細めると、君は不器用にしか生きられないんだな、きっと良い医者になる、と言った。

大学病院で残っていた仕事を片付け、引継ぎの手続きと、担当していた患者と涙の別れをすませ、辞表を提出すると、裕子は単身京都の母親の元に向かった。
母親に阿麻和利島の医者になると言うと、母親は呆れたようにため息をついた。
あんたって子はホンマ落ち着かん子やね、一体いつまで心配かけさすんや、と言った。
傍で黙って裕子と母親の会話を聞いていた妹が、スタンドプレーが得意なんだからしかたないよ、と笑った。
裕子は母親と妹に対しても、矢口真里のことについては一言も触れなかった。
話さなければという思いはあるものの、いざ話そうと思うと、言葉が出てこなかったのだ。
628 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年07月16日(月)17時14分43秒

――― ―――

飛行機から降り、港に向かうと、すでにつんじいの船が待機してあった。
真里は裕子の姿を見つけると、一目散に走ってきた。
「ゆーちゃんっ」
力いっぱい裕子の体にしがみついて、離れようとしない。
裕子はこの一ヶ月という間、暇さえあれば、思い出していた真里の体の柔らかさ、吐息の温かさ、甘い香りを思う存分味わった。
つんじいは所かまわず抱き合って、再会を喜んでいる、恋人達をみて、苦笑いを浮かべている。

「‥‥そろそろ、行きましょうか」
つんじいはしばらくの間、海を眺めたり、意味もなく船の掃除をしたりして、裕子と真里の再会の邪魔をしないように気を使っていたが、やがて、おずおずと声をかけた。
真里はしぶしぶという感じで裕子の体から離れた。

船が出発すると、真里は裕子を船室に連れ込んだ。裕子は甲板で一人、ハンドルを握っているつんじいを気にしていた。
真里は船室に備え付けの簡易ベットに裕子と並んで座り、嬉しそうに、裕子がいなかった一ヶ月の出来事を話している。
「‥‥なぁ、つんじい、一人にしていいんか?」
裕子は真里の話が一区切りついた所で、おもむろに尋ねた。
「‥いいんだよ」
真里が素っ気無く返答した。
629 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年07月16日(月)17時15分19秒

「‥‥でもなぁ‥」
裕子は船室の扉からかすかに見えるつんじいの後姿をチラッと見た。
「‥‥さっきから、ずっと、つんじいのことばっか見てるじゃん。‥‥つんじいの事ばっか気にしてないで、あたしの顔見てよ。」
真里は拗ねたように口を尖らせると、裕子の頬に両手をかけ、無理やり自分の方へ向かせた。

「‥‥‥」
裕子は困ったように目をしばたたかせた。
「あたし、毎日、裕子のことばかり考えてたんだよ」
真里は裕子の顔をじっと見つめた。
真里の言葉を聞くと、裕子は顔にニヤニヤ笑いを貼りつかせた。
裕子は真里ににじり寄り、船室の壁に追いつめ、両手を船室の壁に付けて、自分の両腕と壁で真里を挟んで、逃げられないようにした。
630 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年07月16日(月)17時15分56秒

「な、何だよ」
真里は裕子の豹変ぶりに、焦ったように腕をつっぱらせて、裕子の体を押返そうとした。
「うちの子ギツネはホント可愛いな〜。‥‥もう、離さんでぇ。このまま食べてやるわ」
裕子は目を細めると、舌なめずりをし、そのまま、真里の体を抱きしめた。
耳たぶに息を吹きかけ、背中に回した腕をそのまま下におろして、上着の裾から手を差し込み、真里のすべすべした背中を撫でた。

「うひゃぁっ‥‥な、何すんだよ〜。‥バ‥バカ裕子‥‥どこ触ってんだよっ」
真里は慌てて裕子の腕の中で、ジタバタと体を動かして抵抗する。
「チッ‥‥ケチやな。‥‥減るもんじゃないやろ‥‥」
裕子はあっさりと真里の体を解放した。
「減るんだよっ」
真里は顔を赤くして叫んだ。
「そんなの聞いたことないで?」
裕子はクスクス笑いながら、真里をおかしそうに見つめた。
「ウルサイ」
真里は悔しそうに裕子を睨むと、腕を振りまわした。
裕子は笑って、真里の腕をあっさり掴むと、体を引き寄せた。
631 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年07月16日(月)17時16分43秒

「‥‥こんな人と思わなかった‥‥」
顔を真っ赤にして裕子の肩に顔を埋めると、真里はぼそっと呟いた。
「ん?‥嫌いになったんか?」
ちょっとやりすぎたかもしれん。
裕子は心配になり、すまなそうな顔を作って聞いてみる。
真里がブンブンと、激しく首を横に振った。

「よかった。ゆーちゃん、矢口に嫌われたら‥‥」
「‥‥嫌われたら?」
真里は裕子の肩から顔を上げると、裕子を見つめた。
裕子は質問に答えず、真里に優しく笑いかけた。
つられて笑顔になった真里の頬に、裕子の唇が触れた。

「好きやで」
真っ赤になって、頬を押さえる真里に、裕子は胸を張って言った。
632 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年07月16日(月)17時17分19秒

――― 

裕子が阿麻和利島に到着すると、まず盛大な歓迎式(診療所開業式)が新しい診療所前で開かれた。
島に待望の医者がやって来たのだ。島はお祭り騒ぎだった。
誰もが裕子を喜んでむかい入れてくれた。
真里は熱烈な祝福を受ける裕子を見て、自分のことのように喜んでいる。
歓迎の言葉を浴びせられる裕子に、紗耶香は、モテル女はつらいね、と言った。
Bは、俺らはこんな歓迎されなかった、とブツブツ言いながら酒を飲んでいた。
横でKが、まあまあ、と言いながら、Bのグラスに酒をついでいる。

小さな診療所と裕子の自宅として用意された小さな家は、島人の協力のもと、突貫工事で建てられた。
紗耶香から、日用品は島で準備するので、その他に必要なものは前もって送るようにという指示を受けていたので、医療器具や資料は診療所、裕子の私物は自宅の方へ運ばれていた。
633 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年07月16日(月)17時17分57秒

歓迎式が終わり、裕子が自宅に到着したのは、午後七時すぎだった。
自宅は紗耶香と真里で綺麗に整えてくれたらしく、日用家具もそろっており、すぐに生活することが可能になっていた。
裕子の私物はダンボールに入ったまま、部屋の隅に積まれたままになっている。

「じゃ、そろそろ、帰るね」
裕子を自宅へ送り届けると、紗耶香はきびすを返し、引き返そうとした。
「あっ、あたしも帰る」
真里も慌てたように、紗耶香の後を追いかけようとする。
「何や、もう帰るんか?お茶ぐらい飲んでいけばええのに‥‥」
裕子は玄関で、残念そうな声をあげた。
これから、ここに住むとはいえ、まだ慣れていないのだ。
いきなり一人は寂しすぎる。

「‥‥‥」
真里は黙り込んでしまった。紗耶香は何も言わず、裕子と真里の様子を面白そうに見つめている。
「‥‥またにするよ」
矢口はそう言うと、背伸びして、裕子の頬に唇を触れた。
634 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年07月16日(月)17時18分28秒

――― 

‥‥やっぱり、船室で、無理やりせまったのがいけなかったんやろか?
警戒されたんやろなぁ。
‥‥うちかて、毎日、矢口の事考えてたんやで?
『あたし、毎日、裕子のことばかり考えてたんだよ』
矢口の高い、甘い声。
あんな可愛い事言われて、普通、辛抱たまらんやろ?
はぁ〜、寂しいなぁ。
ビールでも飲んで、さっさと寝ようかぁ。

裕子は軽くシャワーを浴びると、ダンボールを開け、荷物の中から愛用のバスローブとシーツを取り出した。
バスローブを着こむと、寝室へ行き、ベットにシーツを取りつけた。

その後、冷蔵庫からビール缶を取り出し、プルトップを開けた。
静かな部屋にプシュという音が響いた。
裕子は缶のまま口をつけると、一気に半分ほど飲み干した。
ビールの冷たい咽喉ごしが、シャワーを浴びてほてった体を冷ましてくれるようだった。
635 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年07月16日(月)17時19分09秒

ピンポーンというチャイムが聞えた。
時計を見ると、午後九時をまわったところだ。
こんな夜に、一体誰や?
ひょっとしたら、急患か?
「誰や?」
裕子はドアに向かって問いかけた。
「あたし‥‥矢口だよ」
かすかにくぐもった声が聞えてきた。
「矢口!?」
裕子は急いで、カギを外すと、玄関のドアを開けた。

「どないしたん?」
「あ〜、ゆーちゃん、格好いいっ」
真里は家に入ってくるなり、開口一番、叫んだ。
裕子に抱きつくと、バスローブの裾を握り締めた。
「一人か?危ないやろ?‥‥こんな夜から」
真里に注意しながら、それでも裕子は、顔がにやけるのを押さえる事ができなかった。
真里の体の柔らかさ、温かさ、高い声、甘い匂い、すべてこの一ヶ月の間、毎晩夢想していたものだ。
636 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年07月16日(月)17時19分52秒

「夜じゃないと、意味ないじゃん」
真里は裕子のバスローブに顔を擦りつけながら、甘えたように囁いた。
「はぁ!?」
「あたし‥‥夜這いに来たんだよ」
真里の声はバスローブを通して聞えるため、くぐもって聞える。
「‥‥今、何て言った?」
「だから〜夜這いに来たって」
真里はバスローブから顔を上げると、きっぱりと言った。
裕子は無言で、固まってしまった。

「‥‥何だよ。嬉しくないのかよ。‥‥あたし、こんな事するの初めてなんだよ?‥‥すごくドキドキしながら来たのにさ‥‥」
真里は裕子に抱きつき、腕を背中に回したまま、両手で裕子の背中を叩き始めた。
「やめてーな。‥‥嬉しくないわけないやろ?」
裕子は真里の背中に回した手で、なだめるように真里の背中をさすった。
そのまま、しばらく二人は抱き合ったままでいた。
637 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年07月16日(月)17時20分45秒

「まったく、あんたって子は、やる事、為す事が全然読めんわ」
裕子は体を離し、真里の顔を覗きこむと、苦笑した。
「‥‥ゆーちゃん」
「‥‥ベットに行くか?」
裕子の言葉に、真里は顔を真っ赤にして頷いた。

「ああ〜、ゆーちゃんとおそろいだ〜」
真里は寝室に入ると、ベットに飛び乗って、ぴょんぴょんと飛び跳ねた。
まるで子供みたいや。
可愛いなぁ。
真里のそんな姿を見ていると、裕子の緊張していた顔がほころんできた。
「凄いやろ?この柄探すの苦労したねんで」
裕子は得意そうに鼻をうごめかせた。

「ゆーちゃん、ちょっとココに横になってよ」
真里は飛び跳ねるのを止めると、ベットに座りこんで、自分の座っている側を叩いた。
裕子はおとなしく、真里の指示に従い、ベットに横たわった。
「ゆーちゃん、顔しか、ゆーちゃんじゃないよ!」
真里は興奮したように、ベットに横たわる裕子の顔を覗きこんだ。
638 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年07月16日(月)17時21分21秒

裕子愛用のベットシーツ、バスローブは豹柄だった。
バスローブを着けたまま、ベットに横たわると、裕子の顔以外は豹柄に埋もれてしまう。
豹柄のシーツに裕子の金髪は、いっそう映えた。

「‥‥ゆーちゃんの髪綺麗だね」
真里は裕子の髪に手を伸ばすと、手を差し込み、髪を指で梳きはじめた。
「前も、そんな事言ってたな」
裕子は気持ちよさそうに、目を閉じたまま、真里にされるがままになっている。
真里はバスローブの合わせ目から見え隠れする、裕子の白い肌に釘付けになっていた。
あの白い肌に触れたい。
細い首筋に指を這わせて、そのままくちづけたい。

「ゆーちゃんが‥‥欲しいよ」
真里は瞳を潤ませ、かすれた声を出した。
639 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2001年07月16日(月)17時23分34秒
更新しました。あと2回で完結です。
次回の更新はひっそりと行います。それでは。
640 名前:名無し読者 投稿日:2001年07月16日(月)22時38分25秒
ワクワク
641 名前:読者の名無し。 投稿日:2001年07月17日(火)01時08分17秒
とっても良いです〜〜。
あと2回で完結してしまうのは寂しい、、
終わらないで〜!、、なんて。
642 名前:名無し読者 投稿日:2001年07月17日(火)01時09分24秒
ドキドキ
643 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年07月17日(火)15時46分20秒

「‥矢口‥」
裕子は目を開くと、自分の顔を潤んだ瞳で見つめる真里を見つめた。
真里はどうにも我慢できなくなって、横たわる裕子の上にまたがり、かがみこんだ。
裕子は戸惑ったような表情を浮かべている。

真里は顔を寄せると、裕子の唇を自らの唇で塞いだ。
裕子の口内に、荒々しく舌を挿し込んだ。
「‥ん‥」
裕子が苦しそうに眉をよせた。

裕子の細い首筋に指を這わせて、愛撫する。
呼吸するたびに上下する鎖骨がなまめかしい。
真里は裕子のバスローブをはだけさせると、ゆっくりと裕子の首筋に唇を這わせていった。
しだいに、裕子の呼吸が荒くなっていった。
裕子の指は真里の髪の毛をかきむしるかのように、うごめいている。
644 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年07月17日(火)15時47分04秒

「ゆーちゃん」
真里は一旦、唇を離すと、裕子の名前を呼んだ。
裕子が薄目を開けて、真里の顔を見た。
真里は上体を起こすと、裕子の手が真里の上着のボタンにかかった。
裕子がゆっくりと手を動かすと、真里の肩から上着がすべりおちる。
裕子は腰を浮かした真里から、スカートと下着を脱がせた。
全裸になった真里は、再び裕子の上にかがみこむと、バスローブを開いて、裕子の胸を外気にふれさせた。

「‥‥あっ‥‥ん‥‥」
真里の唇が裕子の胸にそっと触れた。
裕子の体が小刻みに震え出した。与えられる快感を何の躊躇もなく受け入れる。
そんな裕子を見て、真里は今まで裕子の体を通りすぎていった名も知らぬ何者かに嫉妬し、裕子の胸を激しくまさぐった。
「‥っ‥痛‥ぁ‥」
胸に与える刺激が強かったのか、裕子が苦痛の声をあげた。
645 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年07月17日(火)15時47分50秒

驚いた真里は上体を起こし、愛撫の手を止めてしまった。
夢の中で想像していた逢瀬と違う。
自分の未熟な愛撫に腹が立った。

「‥‥矢口?」
裕子がいぶかしげな瞳を向けた。

真里の瞳には涙が浮かんでいる。
「‥矢口‥どうしたんや?」
真里が俯いて、首を横に振る。
裕子は真里の頬に両手を添えると、視線を合わせた。
「矢口?」
真里の頬には涙が伝っている。
裕子は真里に顔を寄せると、優しく涙を唇でぬぐってやった。

「‥‥うまくできないよ‥」
真里が弱々しく告げた。
646 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年07月17日(火)15時48分28秒

「矢口‥‥うちは‥‥あんたが好きなんやで‥‥あんたと肌を合わせてるだけで幸せなんや‥‥それだけで‥‥感じるんよ」
裕子は小さく笑うと、真里の右手を取った。
そのまま、自分の性器へと導いた。

「‥んっ‥‥濡れてるやろ?‥‥あんたが濡らしたんやで?」
裕子の性器はしっとりと濡れていた。
真里が驚いたように、顔を上げる。
「‥‥突っ走ったと思ったら、変なとこで止まるんやな‥‥そんなとこも‥‥好きやけどな」
裕子は笑うと真里の頬にくちづけた。

真里は裕子の笑顔に励まされるように、ゆっくりと人差指を裕子の体内に挿し込んだ。
裕子の呼吸が乱れ始める。
「‥‥ん‥‥ハァ‥矢口‥‥」
真里の指を裕子が締めつける。
裕子は真里の頭を抱きかかえながら、快楽の吐息を漏らした。
647 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年07月17日(火)15時49分11秒

真里は裕子の体内に差し込んだ指を二本に増やした。
裕子の全身が弓なりにそり、真里の指の動きに合わせて、腰を振り始めた。
裕子の腰は激しく、のたうちまわるように動いている。
悲鳴のような喘ぎ声をあげ、裕子の指が真里の肩にキリキリと食い込んだ。
裕子は全身をかたく緊張させた。
真里自身も、愛する人の官能的な姿を目の当たりにして、快感が溢れ、ほとばしりそうだった。

「‥‥っ‥ああぁぁぁ‥‥」
裕子は顔をのけぞらせ、その後、体から力を抜いた。
体をベットに沈ませると、小刻みに痙攣している。

真里は裕子の体内から指を引きぬくと、愛液で濡れそぼった、裕子の性器をそっと撫でた。
裕子はビクッと体を震わせると、けだるげなため息をついて、真里の手を掴んだ。
「‥駄目や‥‥絶頂した直後は‥‥クリトリスが刺激を拒否するんや‥‥」
裕子は真里の手を自分の手に絡めた。
「‥‥そやから‥‥もうちょっと‥休ませてーな‥‥」
そう言うと、裕子は真里の汗ばんだ肩に額を埋めた。
648 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年07月17日(火)15時49分51秒

――― ―――

翌朝、裕子は目覚めると、毛布の中、真里の腕に抱きかかえられていた。
「おはよう」
真里が裕子に笑いかけた。
「おはよーさん」
裕子が眠そうに目をこすった。

「そうだ、今のうちに返しとくね」
真里はいつの間に置いたのか、ベット脇の机の上から、裕子から預かっていた腕時計を取ると、裕子に手渡した。
「昨日渡そうと思ってたんだけど‥‥何か‥突っ走っちゃったから‥‥そんな暇なくって‥‥」
真里は昨夜の事を思い出したのか、顔を赤くした。
「そうやったな」
裕子は真里の赤い顔を見ると、ニヤニヤ笑った。
649 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年07月17日(火)15時51分04秒

「‥‥ゆーちゃんって‥豹みたいだね」
「‥‥あ?」
「‥髪も金髪だし。豹柄好きだし‥‥」
真里はそう言うと、裕子の金髪を愛しそうに撫でた。

「‥‥そんなんで豹みたいか‥‥えらい安易やな‥‥」
「あたしだって、ゆーちゃんが勝手に、子ギツネって言ったんじゃないかぁ」
「‥‥だってなぁ‥‥うちの可愛い子ギツネなんやもん」
裕子は真里の体に抱きつくと、頬に頬ずりした。

「あ?‥‥何やこれ‥‥あぁっ‥」
裕子は背中に回した腕に違和感を覚えて、真里の背中を見て、絶句した。
痛々しいミミズ腫れが走っている。
昨夜、裕子が快感のあまり、爪をたててしまった痕だ。

「どうしたの?」
真里が不思議そうな顔をした。
裕子がコンパクトの鏡を二枚組み合わせて、真里に自分の背中を見せると、真里は目を見張った。
「嘘みたい‥‥本当にこんな痕ってつくんだね」
「ごめんなぁ」
裕子は平謝りに謝っている。
「いいよ。ゆーちゃんがつけた痕だもん。でも‥‥やっぱり、豹じゃん。‥‥豹なら子ギツネに爪をたてても、誰も不思議に思わないよ」
真里は笑うと、得意げに言った。
650 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2001年07月17日(火)15時54分51秒
くっそーバカだ。最後の最後でageてしまった。
鬱だ。

次回、完結。
651 名前:職場で読んでるひと 投稿日:2001年07月17日(火)19時59分51秒
めっさ応援してます。
がんばって下さい。
652 名前:名無し読者 投稿日:2001年07月17日(火)20時41分38秒
純心無垢知萌
653 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 投稿日:2001年07月18日(水)08時09分01秒

――― ―――

裕子が阿麻和利島に移住してから、約半年が過ぎた頃、京都に住むおかんから、遊びがてら三泊四日の予定で、裕子の診療所を見たいという連絡が入った。
八月の下旬、南国、阿麻和利島は海が青く、緑は青々と、生物達が最も生き生きと輝く季節だ。

裕子はこの機会に、おかんに矢口真里の事を紹介しようと考えていた。
そのためには、まずおかんと真里を逢わせる前に、前もって裕子と真里、二人の関係を説明しておかなければ。
そう考えた裕子は、一緒に出迎えに行きたいと言う真里を断り、一人で港におかんを迎えに行った。
明日は、裕子、真里、紗耶香、真希、おかんの五人で海に行き、ビーチパーティを開く予定になっている。
今日のうちに、話しておきたい。
654 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 エピローグ 投稿日:2001年07月18日(水)08時10分34秒

「何や、あんた、真っ黒にやけたんやね」
夕刻の迫る港で、おかんは半年ぶりに会う娘を見て、開口一番そう言うと、口を大きく開けて笑った。
あいかわらずやな。
裕子は苦笑いを浮かべた。
裕子はおかんのかばんを持つと、自宅に向かって歩き出した。

裕子の自宅を見たおかんは、一言いい家やね、と言った。
夕食を終えた裕子とおかんは居間のソファーに向かい合って座り、ビールを飲んでいた。
「‥‥おかん‥‥うち‥‥話しておきたいことあんねん」
裕子はおずおずと話しかけた。
「何ね?」
「‥‥‥」
「どうしたん?」
黙ったままの裕子を、おかんはいぶかしげに見つめた。
「‥‥‥」
自分から話しかけたものの、言葉がうまく出てこない。
おかんがこの島に来ると聞いてから、毎日この状景をシュミレーションしていたというのに。
裕子は焦ったように、意味もなく部屋を見渡した。
655 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 エピローグ 投稿日:2001年07月18日(水)08時11分13秒

「‥金の無心か?」
「ちゃうわっ」
「‥やっと、うちの顔見たな。‥‥そんな話しづらい事なん?」
おかんは小さく笑うと、ビールを一口飲んだ。
「‥‥‥」
裕子は黙って頷いた。

「‥‥うち‥好きな人おんねん」
「‥‥‥」
おかんはそれでというように、視線で裕子を促した。
「‥‥相手はな‥この島の‥‥年下の女の子なんや」
裕子は喉の奥から言葉を絞り出した。

裕子の言葉を聞くと、おかんは凍りついたように固まってしまった。
裕子とおかんとの間に、何とも気まずい沈黙が訪れた。

「‥うち‥‥寝るわ」
どのくらい沈黙していただろうか、おかんは一言呟くように言うと、立ちあがり、寝室に消えた。

裕子はおかんの姿が見えなくなると、脱力してソファーに身を沈めた。
言わん方が良かったんか?
知らん方が、おかんも幸せだったんやろか?
‥‥明日のビーチパーティはどうなるんやろか?
裕子は深いため息をついた。
656 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 エピローグ 投稿日:2001年07月18日(水)08時11分45秒

――― ―――

翌日、裕子の心配をよそに、おかんは、まるで昨夜の出来事はなかったかのように振舞った。
ビーチパーティに来た、真里、紗耶香、真希にも普通に接している。

おかんはうちの告白を、聞かなかった事にしようとしているのかもしれん。
普通の親は、実の子供から、恋人は同性だと聞かされると、どういう反応を示すんやろか。
親としては、辛いものがあるかもしれん。
裕子はおかんにすまないと思う一方、何故自分のことを受け入れてくれないのかという不満を募らせていた。

裕子の気持ちをよそに、おかんは阿麻和利島滞在期間中、豊かな自然、新鮮な食べ物をこの上なく気に入った様子で、楽しんでいた。
657 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 エピローグ 投稿日:2001年07月18日(水)08時12分21秒

――― ―――

おかんの阿麻和利島最終日、裕子とおかんは自宅のソファーで向かい合って座り、ビールを飲みながら、ゆっくりとくつろいでいた。
「‥‥裕子」
おかんの頬は、ビールを飲んでほんのりと赤い。
「ん?」
「あんたの恋人って、真里ちゃん?」
「ブッ‥‥な、何で‥」
裕子は思わず飲んでいたビールを吹き出してしまった。
「‥‥何となく」
おかんは赤くなりあたふたしている裕子を面白そうに見つめている。

「‥‥うち‥‥ずっと考えてたんよ。‥‥あんたに‥‥恋人の事聞かされた時は、正直、驚いたわ。‥‥できたら、聞きたくなかったとも思ったしな‥‥」
裕子はおかんの言葉に言葉を失うと、唇をかんで、俯いてしまった。
658 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 エピローグ 投稿日:2001年07月18日(水)08時12分57秒

「‥‥正直、今も、あんたが‥‥男の恋人作ってくれたら‥なんて‥思わんでもない‥‥」
おかんは小さく笑うと、ソファーから立ちあがり、裕子の手前まで移動すると、かがみこんで裕子と視線を合わせた。
「‥‥でもな‥‥あんたは‥うちの自慢の娘やで。‥‥あんたが‥どこにいて、何をしていても、誰を愛していても‥‥忘れんでや‥」
おかんは裕子の手を取ると、真っ直ぐ裕子の瞳を見つめた。

裕子はおかんの言葉を聞くと、胸の中に温かい感情が溢れ出して、それまでたまっていたおかんに対する不満や不安があっけなく消えていくのがわかった。
裕子の瞳から涙があふれてきた。
「‥‥いくつになっても泣き虫なんやな‥‥」
おかんは裕子をきつく抱きしめた。

「‥おかん‥」
何年ぶりだろう。おかんに抱かれるのは。
懐かしい匂い。温かい感触。
自分が愛されている存在だと実感できる。

「他の人には、もう言ったんか?」
裕子を抱きしめたまま、おかんが聞いてきた。
「おかんが初めてや」
「‥そうか」
おかんはそう言うと、裕子の髪を優しく撫でた。
659 名前:月の美しや外伝 豹と子狐の詩 エピローグ 投稿日:2001年07月18日(水)08時13分32秒

――― ―――

おかんは見送りに来た真里に何事か話している。
裕子は、沖縄本島におかんを送ってくれるつんじいと二人、離れた位置で真里とおかんの様子をぼんやりと見ていた。

「‥‥おかん‥‥何て言ってたん?」
つんじいの船に乗って、次第に小さくなるおかんの姿を見つめながら、裕子が真里に尋ねた。
「‥アホな子だけど、よろしくお願いしますって‥」
「‥‥‥」
「ゆーちゃん、お母さんにあたしの事話したんだね‥‥」
真里は裕子に寄り添うと、裕子の肩に頭を預けた。
「ん‥」
「ゆーちゃん‥‥お母さんいなくなって寂しい?」
「‥そんな訳ないやろ」
とは言うものの、裕子の瞳は寂しそうに、目の前の豆粒のような船に向けられている。

「‥‥」
真里は黙って裕子の横顔を見つめた。
「‥今は、矢口がいるからな」
裕子はそう言うと、真里の肩に腕をまわして抱きしめた。

      〜Fin〜
660 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2001年07月18日(水)08時16分04秒

『月の美しや』本編と違って、この外伝は、最初からストーリーはできあがっている状態で書きはじめたので、完成するのは早かったですね。
ストーリーは、当初考えていたものと、ほとんど変化してません。
最後のピロトークの部分も当初から考えていました。

変わったところは、>>567-570の『子狐のナミダ』と>>571-578の『豹のタメイキ』とエピローグでしょうか。
『子狐のナミダ』と『豹のタメイキ』は>>551さんの指摘を受けて、急遽書き加えました。といっても、非常に頭を悩ませました。
でもその甲斐は十分あったと思います。
自分で読み返してみても、この書き加えがあるのと、ないのとでは、特に中澤の心情を読み取るという面では、読み応えが違ってくるような気がします。
>>551さんの指摘は正しかったということでしょうか。ただし、自分がきちんと対応しなかったばかりに、多くの読者さんに心配をかけてしまったような気がします。

エピローグに関しては、当初、もっと違う形を考えていたのですが、中澤のカミングアウトという形で終わった方が、この途中でセクシャリティ論議に発展した作品にはふさわしいと思い、こういうエピローグにしました。
これに関しては、賛否両論あるかもしれません。
661 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2001年07月18日(水)08時16分37秒

外伝の途中で入ったリクエストなどに関しては、続編で前向きに検討したいと思っています。
いちごまの続編に関しては、とりあえず構想はあるのですが、全然形になってはいません。
そういう訳で、いつ皆さんの元にお届けできるかわかりません。
ただ、この阿麻和利島の世界観は大切に書いていきたいと思っています。

いままで読んでくれて、ありがとうございました。

あっちゃん太郎
662 名前:読んでる人 投稿日:2001年07月18日(水)09時21分13秒
>作者さん

お疲れさまでした。
とうとう終わってしまったんですね・・・ちょっと寂しいけど・・・おもしろかったです。
この作品はすっごく好きな作品でした。My名作リストに入れておきます(w
次回作も楽しみにしてます。

このエピローグは自分的には好きです。
663 名前:ぱな 投稿日:2001年07月18日(水)10時09分03秒
外伝も完結しましたね。
完結を待っての感想を。

まずはお疲れ様です。
私は同性愛について理解はあるので、こういう姿勢での小説を歓迎してます。
最終的に第三者にカミングアウトする終わり方も、嫌ではないです。
ただ、性描写はチョット引きました。チョット詳しすぎます(^^;
でも、これがないとこの外伝の本意がウヤムヤになるのですけどね。

それと島民との繋がりとかを、もうチョット掘り下げて欲しかったなと思います。
紗耶香の母親に似てる人から、中澤裕子個人に意識が変わっていく様子とか、
そういうところも知りたいなって思いました。
それだけこの小説にはまってるということの裏付けなのですけど。

個人の勝手な感想ですので、お気になさらずに。
また、紗耶香と真希の外伝も楽しみにしてます。
664 名前:読者の名無し。 投稿日:2001年07月18日(水)18時20分05秒
お疲れさまでした。
毎回ほんとうに楽しませていただいておりました。
エピローグでは裕ちゃんのお母さんの子を想う心情、
裕ちゃんと矢口それぞれの愛が伝わってきました。すばらしい。
私的には星を見に行った回の話の雰囲気がすごい気に入っておりまして
いつかまた「月の美しや」シリーズ若しくは
別のお話でも良いので、ほんのり甘いお話を書いていただきたいです♪
「紗耶香と真希の外伝」も楽しみにしております。
665 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2001年07月19日(木)17時24分08秒
甘い(?)いちごまを書きました。紫板、名無しです。よかったら読んでみてください。
666 名前:名無し読者 投稿日:2001年07月19日(木)19時06分20秒
うーむ、どれだかわかんない。
あがってるやつ?
667 名前:名無し読者 投稿日:2001年07月19日(木)20時11分50秒
>>665のあっちゃん太郎をクリックするとわかるよ。ただし、向こうは名無しを楽しむ所なので、どの作品があっちゃん太郎氏のものかわかっても、口外しないこと。
668 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月06日(月)22時39分58秒
おつかれさまでした!ちょっと遅い感想です。
いや〜、よかったっす!
番外編!裕ちゃんもいろいろくろうしてきたんだなあ・・・。(わら
次はぜひ!番外編で貧乏くじをひくいしよしでも・・・(わら
次改作も期待してます!

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