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エージェント・サヤカ
- 1 名前:名無しさん 投稿日:2001年03月04日(日)17時07分58秒
- 産業スパイものです。
構成が稚拙なので先がよめてしまうかもしれませんが、一応完結までネタバレは御容赦下さい。
ちなみに題名は似ていますが、「パイロット紗耶香」とは内容はまったく関係ありません。
もちろん作者もまったく違います。
- 2 名前:名無しさん 投稿日:2001年03月04日(日)17時08分42秒
- この世界に身を投じた動機なんかない。
物心ついた頃からこの建物の中で暮らしてきた。
産業スパイとして護身術、銃、爆薬処理、解錠術、コンピューター知識、性技、口唇術、言語・・・全てを教え込まれてきた。
一般人以上に社会常識も身につけてきたつもりだ。
テレビもラジオもあり、部屋の端末はインターネットに接続されている。
仕事以外でこの建物をでようと思ったことはなかった。
それが一人のエージェント・サヤカとしての“当たり前”だったのだ。
- 3 名前:名無しさん 投稿日:2001年03月04日(日)17時09分23秒
- ある日、最新のオートロックシステムとやらをいじっていたらエリ姉がやってきた。
「あいかわらず、たいした腕前ね。」
「機械だろうと所詮は錠前。
鍵で開くのだから私に開けられないはずがない。」
「パソコンは苦手な癖に、鍵ならなんでもいいのね。」
私達の年齢層のトレーナーをしていたエリ姉は、私の成績を熟知している。
「その実力があれば今度の仕事もできそうね。」
私はとっさにエリ姉の持っていたファイルを見つめた。
「次の仕事決まったんだ。
盗み・それともサポート?」
解錠術が得意で体力に自信のある私は美術品等の盗難や、他のエージェントのサポートにあたることが多い。
私がエリ姉をみつめると、彼女はちょっととまどう素振りを見せた後、口を開いた。
「4日後、ソロでアサシンをしてもらうわ。」
「えっ!」
私はエリ姉のセリフに自分の耳を疑った。
エリ姉は本当に悲しげな瞳をしていた。
- 4 名前:名無しさん 投稿日:2001年03月04日(日)17時10分01秒
- ソロとはオペレーションと侵入以外を全て一人でこなす任務のことだ。
人員がさけない場合や、セキュリティの管理が厳しい場合はソロとなることが多い。
エリ姉がファイリングしてくれた資料によると、オートロックや合成錠が何重にもかかっており、それらの管制を内部で行っているため、ソロとなったようだ。
そして今回の最終目標は二人のアサシン。
アサシンは暗殺を意味する隠語。
一人はUF&Aグループ前会長秘書の和田薫氏。
もう一人は彼がかくまっているはずの少女。
添付されていた写真を見ると和田は坊主頭、少女は金髪をしている。
でもどちらも私は直視することができなかった。
ソロもアサシンも初めてのことだったから。
- 5 名前:名無しさん 投稿日:2001年03月04日(日)17時10分47秒
- 実行の前日、私はボスから呼び出しを受けた。
「...というわけでこのロック数々はオマエにしか開けられへん。
センサー系が多いから単独になるが、初めてのソロや。
がんばりぃ」
ボスから直々に指令書を受け取った。
指令書を見ると重々しい書式に本名のサインが入っていた。
私が普段こなしている任務の指令書には(つんく)と軽くサインが入る。
サインひとつでいまさらながら今回の任務の重要性、そして危険度を感じてしまう。
「おい、返事はどないした。」
「も、もうしわけございません。
ボス御自らの激励のお言葉。深く痛み入ります。」
慌てて変な返事をしてしまった。
「...そっか、アサシンも初めてか。」
私の様子を察してかボスは息をついて私をみやる。
「初めてだらけやろうけど、プロとしての自覚を持っていけ。
失敗は許されへんで」
「・・・・・・イエッサー」
「オペレーションと侵入補助はエリナにたのむ。」
「よろしくね、サヤカ。」
3日前、私にファイルを渡した時と同じ目をしているエリ姉の声が、私の耳につきささるようだった。
- 6 名前:名無しさん 投稿日:2001年03月05日(月)15時46分56秒
- ピッ、という電子音とともにロックが解除される。
焦燥感から、ふだんなら1分とかからないオートロックに3分近くかけてしまった。
『ようやく次で最後よ。』
オペレーターのエリ姉から通信が入る。
最後のはえらく旧式の錠前で、少し錆び付いていた。
こんなものヘアピンでもあけられる。
もちろん、完全装備の産業スパイはわざわざヘアピンなどつかう必要はない。
ボス直属の秘書になるまで解錠術で右にでるものはいなかったと言う私の師匠、エリ姉が教えてくれたのだ。
カチャカチャ...ガチャッ
解錠された。
ここ以降の内部地図はない。
しかし中にいるのはターゲットである二人のみのはず。
私は深呼吸を一つした後、ドアに手をかけた。
- 7 名前:名無しさん 投稿日:2001年03月05日(月)15時47分32秒
- 部屋の中は図書館のようで、高い天井に高い本棚が並んでいる。
おそらく先程の最後の鍵がここの本来の鍵だったのだろう。
部屋の端には食料の入った箱がいくつも積み重ねられている。
これらは明らかに人がここで暮らしていることをしめしていた。
目標の一人である男は図書室の隣、元は司書室であったろう部屋で寝ていた。
写真と同じ顔をしているが、どうやら罠ではなく本物のようだ。
ただ一つ写真と違う点は坊主頭ではないところくらいだろうか。
このままこの男を始末しても良いのだが、少女の居場所を聞き出さなければならない。
私はそんな冷静な判断すら出来ず、エリ姉のオペレーションに縋るように行動してるだけだった。
「ねえ、エリ姉。
私、次はどうすればいいの?」
私の明らかに動転している声を聞いて、エリ姉はゆっくりと気を落ち着かせようとしてくれた。
今思えば、エリ姉の手元には目標時間を数分オーバーしたことを示すタイマーがあったはずなのに。
- 8 名前:名無しさん 投稿日:2001年03月05日(月)15時48分01秒
- エリ姉の指事通りにしても、状況はなかなかすすまなかった。
頭に銃口をつきつけられても、和田は口をわらなかった。
『もういいわ、サヤカ。
そいつを始末して、自力で探して。』
探して、みつけて、その後どうしろというのか。
答えは最初からでている。
しかし、現に自分はここにいる男の頭をうちぬくことすらできない。
それでもエリ姉の指事を受けて、和田を睨み付けた途端、私は彼と目があってしまった。
そしてしばしの沈黙の後、突如彼は重い口を開いた。
「あなたの探している...真希さんの居場所を言いましょう。
但し、こちらの条件をのんでくださるなら。」
- 9 名前:名無しさん 投稿日:2001年03月05日(月)21時39分21秒
- いちごま?
- 10 名前:名無しさん 投稿日:2001年03月06日(火)17時32分51秒
- 和田の言葉になぜだか私は通信用マイクを押さえた。
これでオペレーターのエリ姉には私達の会話が聞こえなくなった。
エージェントが任務中になにか判断をせまられた時、基本的にはオペレーターに通信し、場合によってはボスの指事を仰ぐのが原則となっている。
それなのになぜこのとき、私がとっさとはいえ違反を犯してまで個人交渉に望もうとしたのだろうか。
和田の人柄と口調が人の心のうちをよんでいるようで、無意識にそうしてしまったのだろうか。
そう言えば、この任務自体分からないことだらけだ。
通常エージェントが閲覧できる資料は任務の具体的概要の他に、簡潔に依頼背景がみてとれる。
しかし今回の件については依頼理由が全く明示されていない。
これはエージェント個人での判断・選択は無用であることを意味している。
しかしまあアサシン依頼という段階で常軌を逸した任務なのだ。
ともかく、前会長秘書などという怪しげな肩書きの小男との交渉は必須だったのだ。
私は和田の目をまっすぎに見つめ返し、エリ姉との通信を一時遮断した。
- 11 名前:名無しさん 投稿日:2001年03月06日(火)17時33分36秒
- 「こちらの条件とは、なに、簡単なことです。
私と約束をし、それを守っていただくだけです。」
「約束・・・・?」
交渉、取り引き、選択、駆け引き、判断、条件、、、、、
そんな言葉が渦巻いていた私の頭には、“約束”という言葉がえらくチープに響いた。
「そう、私とあなたの約束です。
そちらの条件はあなたのお仕事の達成でよろしいですね?」
産業スパイが暗殺に来た、そんな状況判断が冷静にできる人間などそうはいない。
ましてや取り引きをふっかけてくるなど、この男、本当にただ者ではない。
「ああ....
で、その約束ってのは..?」
「真希さんを殺さないでいただきたい」
ストレートな言葉が私の胸をつく。
「、、それはできない。私の任務の達成と矛盾している。
私の任務はあなたがた二人の殺害だ。」
「そうでしょうそうでしょう。そこであなたに協力していただきたいのです。
UF&Aグループ、そんなコングロマリットの頂点など彼女は望んでいません。
私をはじめ彼女付きの人間も皆そう思っています。
真希さんがUF&Aグループ前会長の孫娘であるがゆえに、社を煽動しようとするものの道具にされ、標的にされていることに、いい加減皆疲れ果てています。」
依頼背景を全く知らない私にもなんとなしに予想がつく内容だった。
和田は息をつく暇もないように続ける。
「ここは密室です。あなたなら彼女が死んだようにみせかけることができるはず。
お願いです。どんな形でもいいのです。彼女を生かして下さい。」
上に隠し事をすること自体が重罪なのだ。
個人の勝手な判断がバレれば、、、もうこの世界にいられないかもしれない。
それでも、、、そうまでして、、人の命など、、エージェントとして、、、、
自分の倫理が結論をだせないでいる。
- 12 名前:名無しさん 投稿日:2001年03月06日(火)17時35分09秒
- その時だった。
和田が私のつきつけていたピストルを奪いとったのは。
動揺を誘い、はじめからこうする作戦だったのか。
(はめられた)
私はとっさにそう思った。
そして、、、、死に恐怖した。
- 13 名前:名無し読者 投稿日:2001年03月06日(火)21時38分43秒
- くっ、いいところで… 早くつづきを
- 14 名前:作者 投稿日:2001年03月07日(水)00時22分18秒
- >>9 さん
当初の予定より甘いシーンは激減してます。
だからカップリングありの小説ではなくなっちゃったんです。
すいません。
>>名無し読者さん
今日はけっこう筆が進んだので2度目の更新ですが、基本的に日ごとの更新です。
おそらく今週中には完結すると思います。
山場ごとに区切っていくつもりなので、今後もお楽しみに。
- 15 名前:作者 投稿日:2001年03月07日(水)00時23分20秒
- しかし、和田は私に銃口をむけることはなかった。
彼の表情にうかんでいたのは笑みではなく、疲れ果てた表情だった。
和田は手元のスイッチに手をかけ、なにやら通信をひらいた。
彼が銃口をこちらにむけていないにも関わらず、私はただの少女のように死におびえていた。
私は目の前にいる、私の命を支配することのできる中年男性に注目し続けた。
『真希さん、薫です。トビラを開いて下さい。』
通信マイクにむかって和田はそう語りかけた。
内側からのみ閉めることのできるトビラ。
流石の私でもそんなものは開けられない。
緊張のなかで直接は関係ない考えが頭を支配する。
『ええ、ありがとうございます。
・・それと突然ですが、私は今日で真希さんとはお別れすることになりました。
そのかわり、今日からは真希さんと同じ年頃のお姉さんがお友達になってくれます。』
・・・・・!
この男は何をいっているのだろう。
私にやっかいもののお嬢様を押し付けて自分は逃れるつもりか?
私の怒りに満ちた表情を察してか、和田はこちらに銃口をむけた。
これではケースのなかのマグナムをとりだすことができない。
和田と少女の通信は1分程続いた。
『ええ、、ええ、ありがとうございます。
これからもお祖父様のお言葉を忘れずに強く生きて下さい。』
和田は通信をきると、こちらに顔をむけた。
「そこのトビラから真希さんの部屋に行けます。」
「ちょっとまて。私はあなたとの約束を守るとは一言も...」
「では、あなたに人を殺すことができますか?」
- 16 名前:名無しさん 投稿日:2001年03月07日(水)00時24分24秒
- 全て見すかされていたのだった。
私が行動をためらったのを見て、私との個人交渉にこの男は賭けたのだ。
和田は私にむけたピストルをおろし、なにやらスイッチを入れる。
「この建物は1時間後に爆破されます。」
「なんだって!」
「そうすればすべて証拠は消える。
あなたは真希さんを連れて脱出してくれればいい。
それが私からあなたへの条件です。」
「あなたは、、、あなたはどうするの?」
和田は私の問いには答えない。
「真希さんは亡き前会長がもっとも可愛がられていたお孫さんです。
彼女を会社の犠牲者にすることなど、いつあの方は望まれたでしょう。」
和田の瞳に涙が浮かんだ気がした。
「私に前会長への忠義を尽くさせて下さい」
そう言ってUF&Aグループ前会長秘書の和田薫は自らの頭をピストルで打ち抜いた。
- 17 名前:名無しさん 投稿日:2001年03月08日(木)13時11分05秒
- 和田は“約束”を果たした。
私は........
『ちょっとサヤカ!
応答して!』
不意にカギ師の7つ道具が入ったジェラルミンケースからエリ姉の声がする。
非常時用の通信装置だ。
「はい、こちらサヤカ。」
『どうしたの?
通信が途絶えてたけど。』
「セキュリティが作動しちゃって妨害電波かなんかでたみたいで。」
『...そう。大丈夫なのね。
それでは任務の遂行状況を報告して。』
「ターゲットの一人、和田氏の殺害に成功しました。」
『!』
任務の成功にもかかわらず、エリ姉は驚きの声をもらした。
その声を聞いてうつむくと、目を閉じて横たわる和田が視界に入ってしまった。
「...ック」
私も思わず息を漏らし、二人にしばらくの沈黙が訪れる。
数十秒後、ようやくエリ姉が口を開く。
『もうひとりの居場所は?』
「聞き出して、トビラを開かせました。
それより、この建物は1時間後に爆破されるそうです。」
『なんですって!
それは.....
それはつまり、あなたはもう一人のターゲットをおきざりにして、脱出すればいいのね?』
「えっ!」
たしかに、エリ姉の言う通りだった。
エージェントが本来とるべき行動は自らの安全と任務の遂行にあり、エリ姉の言っていることはそのどちらも満たしていた。
それで言えば今回の場合、もう一人のターゲットと接触する必要もない。
しかし、それでは和田との約束を果たしたことにはならない。
私はエージェントとしてではなく、一人の人として判断することを決めた。
- 18 名前:名無しさん 投稿日:2001年03月08日(木)13時11分40秒
- 『ちょっと、サヤカ、どうしたの?
あんた、さっきからちょっとおかしいよ。』
エージェントとして普段通りを装ったが、エリ姉には気付かれていた。
『サヤカ....大丈夫?』
ここから少女をつれて脱出するの簡単だ。20分以内にできるだろう。
しかし、その後どうすればよいのだろうか。
『やっぱり、、あんたにアサシンなんかやらせるんじゃなかった。』
脱出すればエリ姉がライトバンで迎えに来てくれるはず。
それ以前に少女を逃がすなんて事、できっこない。
『ねえ、サヤカ、、建物が爆破されるんでしょ。急いで。』
頭の片隅にだけエリ姉の声が響く。
エリ姉、、、そうだ、エリ姉さえ協力してくれれば。
しかし、本当に協力してくれるだろうか。
『サヤカ。早く脱出してきて。
早く私に顔を見せて。私を心配させないで。』
エリ姉の悲痛な叫びが頭のなかできっちり3回反響した後、私は口を開いた。
「エリ姉、、、ものは相談なんだけどさ。」
- 19 名前:名無し 投稿日:2001年03月08日(木)21時56分32秒
- テレビで見ることもできない市井名義の小説がある…
なんか勇気づけられるよね。
- 20 名前:名無しさん 投稿日:2001年03月09日(金)02時02分07秒
- その少女は部屋の中央のベットに横たわっていた。
私の入ってきたトビラに視線を向けていて、ずっと来客を待っていたようだった。
パフスリーブのバジャマがなんとも愛らしい、と行ってもパジャマというには色っぽすぎるワンピースとも言えるなんとも不思議な寝巻き。
化粧はしていないのだろうが、唯一くちびるにひかれた深紅の口紅が幼さを消し飛ばす程妖艶に光っていた。
「あなたが和田さんの言ってた新しいお友達?」
「.......ええ」
エリ姉の真似をしてずいぶんと柔らかく言ったつもりだった。
だけどその少女・真希は私の起立姿勢を見て、(そんなに堅くならないで)と微笑んだ。
「ねえ、名前はなんていうの?身長いくつ?」
「名前は・・・・」
サヤカ、と言いかけてあることに気付いた。
サヤカとはエージェントとしての呼び名であり、一個人として私に名前などないことに。
「名前は無い。
身長は....いくつだったかな。」
「えっ」
直後、真希は何か言おうとしたが、声を発する前に口をつぐみ、すぐにまた口を開いた。
「お姉さん、そのうち私が名前つけてあげるよ。」
実際会話してみると、、、本当にかわいらしい少女だった。
- 21 名前:名無しさん 投稿日:2001年03月09日(金)02時02分38秒
- 「ねえ、和田さんは?」
「彼は先に脱出した。
この建物は40分後に爆破される。急いで脱出しよう。
手短に荷物の準備をして。」
けっしてキレ長ではないのだが、目尻あたりに鋭さを感じさせてしまう瞳。
そんな彼女の瞳が一瞬丸くなり、唇がぷっくりとふくれた。
「ねえ、あなたも私をどこかにとじこめるの?」
「えっ!」
彼女の悲しげな瞳に飲み込まれていきそうだった。
私は無意識に手をのばし、彼女のセミロングの髪に触れた。
彼女の鼓動が聞こえてくるようだった。
彼女の腕は思ったよりたくましく、しかし鍛練された私のそれよりはひとまわり細いものだった。
その腕が私の腕を掴む。
私は彼女を引き寄せ、抱擁した。
「これからのことは、二人でいっしょに考えよ。
もうだれもあなたを勝手に連れていこうなんてしない。
二人で行く先を決めよう。」
「.......うん。」
- 22 名前:名無しさん 投稿日:2001年03月09日(金)02時03分22秒
- 建物を脱出すると、エリ姉のミニバンが待っていた。
エリ姉は真希に会釈すると、とりあえずと言って車を走らせはじめた。
「本部には指令の成功と爆破のことだけ伝えておいたから。」
「ありがとう。」
「ねえ、これからどうするつもり?」
「わからない。とりあえずアパートとか借りて...」
「あんた、ロクに持ち合わせないでしょ。」
エリ姉はそう言うと銀行の通帳らしきもの(実物を見るのははじめてだった)を私に投げてよこした。
額面を見ると、1000万弱の金額がある。
「これは?」
「秘書になった時からさ、少しずつ経費を着服してたの。
いつかさ、こんな日がくるんじゃないかって。」
「えっ!」
見るとエリ姉は前方に視線を向けたまま、笑っていた。
「私もエージェントをやめる。
3人で暮らそ。」
- 23 名前:名無しさん 投稿日:2001年03月09日(金)02時04分37秒
- その夜はコンビニの駐車場で夜をあかした。
みんな興奮で眠れなくって、いろいろな話をした。
ともに幼児期から特殊な環境にいた産業スパイとコングロマリットのお嬢様。
みんな一般社会にでるのははじめてだった。
「..ねえ、私達、名前どうする?」
「名前って?」
「エージェントの時の名前でいく?」
「ああ、そういうことか。」
エリ姉はしばし思案し、カフェオレを音をたててすする。
「やっぱ改名しよっか。
どうせ戸籍なんかとどけられてないだろうし。」
「自分で名前決められるなんて、いいな〜」
「真希ってすごくいい名前だと思うけど。」
真顔で言うと、真希は顔を赤く染めた。
エリ姉もなんかにやけてる。
「..決めた。」
「えっ、もう名前決まったの?なんて名前?」
「キー・アンロックのK」
「鍵解錠のケイ、か。
うん、すごくらしくていいよ。」
「じゃあケイちゃんって呼んでいい?」
後部座席から真希が顔をだし、手を運転席の肩にのせる。
「うんいいよ。
それで、あんたはどうすんの?」
「えーと、、、いいのが思い付かないなあ。
、、、真希がつけてくれない?」
「えっ、私がつけていいの?」
「つけてくれるって約束したでしょ。」
「あっ、うん。」
真希が私の顔を真正面からみつめてきたので、私はなんかきはずかしくて顔をそむけた。
そうしたらまたエリ姉、じゃなくて圭ちゃんがニヤケテた。
「じゃあね、、、ひとみちゃん。」
「ひとみ?」
「うんそう。目がおおきくってかわいいから。」
「いいんじゃないの。ひ・と・み」
「、、、、真希ちゃん、アリガト」
- 24 名前:名無しさん 投稿日:2001年03月09日(金)02時06分12秒
- 「...ひとみちゃん、ひとみちゃん。もう昼の1時だよ。」
真希ちゃんの声で目覚める朝。
昨日までの私とは違う、今日の予定が決められていない朝。
「おなかへってるならそこでなんか買っておいで。」
「うん、大丈夫。」
「そう?それならもういくよ。」
そう言って圭ちゃんはオレンジのサングラスをかけた。
エンジンをかけてアクセルを踏み、ミニバンは駐車場をでる。
「さ〜て、まずは車を替えないとね。」
「えー、いいじゃんこれで。」
「本部の車なんだから足がついちゃうでしょ。」
「そっか。」
「ねえ、圭ちゃん。私も免許あったほうがいいかなあ?」
「私だって免許なんか持ってないよ。」
「ってことは無免許運転?」
「ん、まあそういうことになるかな。
でもひとみちゃん、あなたまだ15でしょ。
たしか自動車免許の取得は18からよ。」
「えー!ひとみちゃんって私と同い年だったの!
背が高いから、私てっきりお姉さんだと思ってた。」
・
昨日の晩だけじゃぜんぜん話し足り無い。
住むところ、働くところ、家事のこと、お互いの常識の欠如を指摘しあって....
隣には圭ちゃんと真希ちゃんがいる。
エージェント・サヤカは昨日、この世から姿を消した。
今日が新生・吉澤ひとみ誕生の朝。
=完=
- 25 名前:作者 投稿日:2001年03月09日(金)02時06分55秒
- 構想当初は前作「なっちゅーの手紙」と同じノリだったのですが、書いてみると結構ながくなってしまいました。
そのため、さもマトモな連載のように小出しにしてみたのですが、反応が恐いな(^^;
長くなったのでかえって面白くもなんともない出来になった気がします。
19さんをはじめ、市井ファンの方々、どうもすいませんでした。
でも「なっちゅー」の時もそうだったけど、これは読み返した時に違う印象を持ってもらうための小細工なので、市井が主人公のストーリーも間違いではないんです。
産業スパイものですが、作者はその手の小説等を読んだことがないので、結構テキトーです。
主人公を鍵師にしたのは作者の中で市井のイメージにあったからです。
だからこの小説は市井だと思って読んだほうがしっくりくるかも。
訂正 (投稿番号・誤り→訂正)
2・口唇術→読唇術
3・盗み・→盗み?
5・エリナ→エリー
17・ジェラルミンケース→ジュラルミンケース
18・ライトバン→ミニバン
とくに5番のエリナという名前を出してしまったミスは結構重要だったのですが...
- 26 名前:名無し読者 投稿日:2001年03月09日(金)02時21分29秒
- 楽しみに読んでました。正直ショックです。
目が大きい、とか背が高いとか書かれてるので市井には読めないっす。
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